約 14,199 件
https://w.atwiki.jp/83452/pages/11644.html
唯が突然、お金が無いと言い出した。 ギターメンテナンスに料金が発生すると言うことを唯は知らなかったのだ。 もともとそのギターも同じ店で、紬が10万以上の値引きを店員に強制させ、唯の手に入ったものなのだが。 困り果てる唯を見た紬は、軽音部のメンバーに気付かれないように、店員を睨みつけた。 店員は直立不動になってしまい、即座に料金をサービスということにした。 一瞬の出来事だったので紬は誰にも見られていないと思ったが、実は横で一部始終を梓が見ていた。 梓は普段のムギ先輩とのギャップに心底、驚き、恐がり青くなった。 紬は軽音部のメンバーとはどこまでも対等だったが、父親の経営する会社の社員は、自分の命令に従わなければならないと考えていた。 もし、そう考えていないで、店員を睨みつけたのだとしたら、手に負えない金持ちのわがまま娘ということになってしまうだろう。 実際、紬は大学を卒業すれば、父の会社に入り、経営を勉強するつもりでいた。 普通の会社に就職する気にもなれないし、紬は世の中の現実のシビアさを知っているくせに、アンバランスに世間知らずでもあった。 律や澪と初めてファーストフードに行った。 一緒にアルバイトも体験した。 自分の家の別荘での合宿だったが、初めて友達との宿泊を伴うイベントを経験した。 クリスマス会、年明けパーティ、勉強会・・・。 軽音部のメンバーと体験した紬にとっての初めてのことは数え切れないほどだった。 しかし、世間の女の子にとって当たり前のことが、紬にとっては新鮮だと言うことは、それだけ紬が世間離れした環境で育ってきたと言うことだ。 今更、身についてしまった感覚の違いは埋めようもなかった。 だから紬は、一歩離れて、軽音部のメンバーがはしゃいでいるのを見るのが、自分にはあっていると思っていた。 そう、一般とは違う価値観を持っている紬。 それはヒエラルキー、階級社会の上流としての常識であった。 紬は、自分の社会人との人生を、いきなりある程度の会社の経営なり、プロジェクトのリーダーなり、そういう立場でスタートしたいと思っていた。 紬は澪に一番好意を持っていた。 頑張ってリーダーシップをとっている澪。 その姿はけなげだった。 対等な関係の中でリーダーシップをとっていかなければならないのは大変だろう。 紬は、上から指示を与えるということになれていた。 相手は黙ってそれに従う。 しかし、軽音部ではそうではない。 律と唯はいわば野生の獣だ。 生半可なことでは従わない。 実際、澪が怒鳴ってもなだめすかしても、遊びまくっていた。 律などはそれを根にもって澪に仕返しする始末。 (澪ちゃんは本当に大変だなぁ) そういう紬の心境をある程度察しているのか、澪は紬を頼りにしているところがった。 律や唯にいじめられて放心している澪を慰めるのは紬の役目だ。 律と澪がケンカしてるのをなだめるのも澪の役目だ。 りっちゃんと唯ちゃんは、すごすぎる・・・。 紬は、澪のような有能な女性と一緒に経営が出来たらなぁと思う反面、律と唯の野生にも強く惹かれた。 結果、軽音部にいる間は、澪に悪いなぁと思いつつも、律と唯に感化され、しだいに悪ふざけをするようになっていった。 それが紬には楽しくてしょうがない。 紬が出来なかった、小学校、中学校で普通の子供がしてきたこと、 紬のとっての置き忘れてきた刻をひとつひとつ取り戻していくことであった。 買い食いも、友人と喫茶店でおしゃべりすることも、何もかもが新鮮だった。 刻には唯や律と一緒に澪を困らせてしまうほど悪のりをしてしまう。 しかし、たまに悪のりしても、澪は紬には説教はしなかった。 (やっぱりちょっと遠慮してるのかな?) 紬は思った。 律は紬の頭を平気ではたくし、唯は紬のことをしげしげと観察してはたまに抱きついてくる。 一番、共感できるはずの澪とは体重の話くらいしか話題がなかった。 紬は両親との海外旅行よりも、メンバーと一緒に過ごす時間の方が楽しく、大切になっていった。 海外旅行もあきあきしていたところがあったのだが。 澪などは、 澪「いいのか?ムギ?どう考えても旅行に行った方が・・・」 と心配さえしたが、海外旅行に飽きた等とは、心配してくれる澪には悪くて言えなかった。 律は唯はそんな事情はどうでもよいらしく、紬がそこに居て当然という風だった。 それがまた紬には嬉しい。 紬は徐々に変わっていった。 自分でも気付かないうちに徐々に。 友達の大切さ、友達と過ごす時間の豊かさ、それを学んでいったのだ。 しかし、紬にはタイムリミットがあった。 それは自分で決めていたことでもあるのだが、もともと自分が住んでいた環境に帰るときが来るのだ。 紬はやはり琴吹家の人間であり、社会に出れば、大企業の令嬢である。 世間は高校の大切な友人達のように、一人の当たり前の女性としては見てくれない。 彼女の家が持つ財力、経済力が生み出す身分、どうしてもそれがつきまとうだろう。 そして、それはやはり紬の持って生まれた運命だった。 これまではそれに対して何の疑問も持たなかった。 進学し、大学を出れば父親の会社に入り、経営の道を歩むつもりだった。 しかし、軽音部で過ごした三年間は、紬の中で予想以上に大きくなっていた。 (私は本当は何がしたいの?) 紬の心にうっすらと疑問が生じ始めていた。 ついに桜ヶ丘高校を卒業する日がやってきた。 紬は全国有数のお嬢様大学に合格していた。 その大学は商学部、経済学部に良い教授もいたし、自分が住む世界へ戻るという意味合いもあった。 浮世離れしたお嬢様達が多いだろうとは想像していたが、変に気を遣わなくてもいいだろうと思っていた。 しかし、それは見通しが甘かったのだが。 卒業する前に、思い出作りのつもりで「放課後ティータイム」で、ライブハウスや桜ヶ丘野外音楽堂でのライブをした。 紬は正直、そこから先、軽音部のメンバーとバンドをするかどうかは決めかねていたが、二つのライブはともに素晴らしい経験だった。 この一体感。 この感動。 多くの観衆が私たちの演奏に感動し、喜んでくれる。 こんな経験はそうそう出来るものではない。 お金では買えないもの。 この友人達との友情、そして積み上げてきた三年間。 この宝物があれば、私はこれからも頑張っていける・・・。 しかし、紬の心は見えないところで揺らいでいた。 最近、澪の様子がおかしい。 紬は、ライブハウスでの演奏の前後からそう感じていた。 感情の起伏が激しいような気がする。 唯へのコンプレックスか・・・。 紬は学校の成績は澪とほとんど変わらなかった。 ともに、学年で常に10位以内には入っていた。 唯は、一年生のときは全学年、240人中、238番とか平気で取っていた。 そりゃ、クラスでただ一人の補習とかならそのくらいだろう。 唯が澪と紬を抜いて、学年5位に入ったときは、紬もおどろいたものだ。 しかし、いくらヤマをはったとはいえ、まぐれで、澪や紬は抜けないだろう。 それまでの基礎学力というものもある。 誰でも出来ることではない。 (でも、唯ちゃんなら・・・。) 全く理解できないと言うこともない。 いや、そもそも理解しようというのが間違いなのだ。 紬はクールに思った。 しかし、澪はそうはいかないらしい。 唯が赤点をとる度に勉強を教え、唯が一人で勉強すると宣言すれば、 「お!えらいぞ!」 と子供を褒めるような態度をとっていた。 澪は唯にいろいろ思うところがあるのだろう。 澪の様子がおかしいのは、唯のギターが進化し初めてからだった。 (澪ちゃん、自分と比べちゃうからなー。) バンドの練習をしているときに、ベースを演奏する澪の横顔を見ながら紬は思う。 その間も、紬の綺麗な指先はよどむことなく、キーボードの上を滑っていく。 (もうちょっと楽になれないのかな?) しかし、よりにもよって唯と自分を比べなくてもいいだろうに。 そう、よりにもよって、澪は唯をライバル視しているらしい。 紬は、いつものように微笑ましく見守ることが出来ない。 (唯ちゃんとなんか、自分を比べたら、私だっておかしくなっちゃうよ。) 紬は以前から危惧していたことだった。 澪ちゃんは唯ちゃんのこと、悪い言い方をすれば舐めすぎてた。 りっちゃんとの関係は幼なじみだし、あれでいいと思うけど・・・。 唯ちゃんを見損なってるとその内、困ったことになるんじゃないかしら・・・。 紬は唯と澪の関係を心配していた。 しかし、そこに割ってはいることはしなかったし、出来なかった。 紬は、軽音部ではもう長い間、人間関係の傍観者だったからだ。 例えば、唯は何かと澪の手を握る。 紬は微笑ましくも、その光景に萌えるものがあった。 唯は男性的、澪は女性的であり、二人の関係は何か、危うさを感じさせ、紬を陶然とさせるのだ。 唯が王子様で澪がお姫様。 (なんだか素敵) そう、澪のことは、これまで通り困った笑顔で見守るしかないのだ。 紬は傍観者、いや、事態の成り行きの観客でもありたかった。 もちろん、人間関係自体が崩壊しそうになれば、紬もなんらかの手を打たねばとは思っていたが。 (私が絡んじゃうと、我慢できなくなってきつく言っちゃうかも知れない。) 紬は軽音部の人間関係は自分が一番良く見えていると確信していたし、自分の出来る範囲で、みんなのバランスをとろうとしていた。 しかし、それは澪のサポートをするという形が一番良く、紬は出しゃばることを望んでいなかった。 (私がリーダーだったら、りっちゃんや唯ちゃんには我慢できなくて怒っちゃうだろうな。) そんなわけで紬は控えめでいたかったし、それでも、澪はバンドの運営という意味では紬を一番頼りにしていた。 また、作詞作曲は紬と澪のチームで行っていたのだし。 しかし、時には律や唯と一緒にハメを外してしまう紬。 律や唯と一緒に、澪に説教されてみたかったが、澪が紬に説教することはなかった。 澪には、やはり紬を頼りにしているという思いと、少しの遠慮と、更に少しの恐怖があった。 澪はうっすらと紬の本性を感じているらしかった。 紬には後悔していることがあった。 それは澪との電話中に、執事の斉藤をしかり飛ばしたことだ。 澪に聞かれてしまった。 案の定、次の日から、澪の紬に対する遠慮ははっきりと感じられるようになった。 澪も普通の女の子なのだ。 初老の男性を叱り飛ばす同級生など、怖いに決まっている。 澪は、その話題を紬に振ることはなかった。 律や唯なら、真っ正面から尋ねてきただろう。 律「むぎ、お前、家では執事さんを叱り飛ばしてんのか?」 唯「ムギちゃん、ムギちゃんって、執事さんを怒鳴ったりするの?」 ムギもこの二人には自分を出せるような気がする。 だからこそ、一緒にはしゃぐことも出来るのだ。 しかし、澪には見せられない。 澪は本当の紬を知れば、確実に悩むだろう。 バンドでの人間関係に。 (本当に澪ちゃんはなんでも背負いたがる。) 紬も澪には少し遠慮しているた。 紬は澪に友情を感じていたし、澪もそうだ。 しかし、この二人が本音で話すことは非常に難しかった。 澪の動揺は傍目で見てもよく分かった。 律もああ見えて、澪のことをいつも気にかけているのだが、今回のように微妙で繊細な心の問題は、律には見えないようであった。 律は「元気」か「元気でないか」、おおざっぱに思っている。 澪が、「あ、大丈夫だよ」と言えば、律はそれ以上は問わない。 澪にとってはそれが楽でもあった。 もし、本当に私が大変な目にあったら律は心配してくれるという確信が澪にはあったし、良い関係と言える。 しかし、紬にはそうはいかない。 なんとかしてあげたい・・・でもどうにも出来ない。 下手に声をかけると、それはより澪を傷つけてしまうだろう。 唯はメンバーそれぞれの心の葛藤には全く気付いていなかった。 紬は思った。 (唯ちゃんってモンスターだわ。プリティ・モンスター) 唯のギター、ギブソン・レスポール。スタンダードは、紬の父親が経営する楽器店で、大幅に負けさせたものだ。 ギターメンテナンスも唯にはタダでさせたこともある。 唯は、紬に満足にお礼も言っていない。 しかし、紬は不快には思わなかった。 唯は、ギターのことしか見えていなかった。 紬のことも、値段のことも頭になく、 「このギターが欲しい」という純粋な気持ち以外は持っていなかった。 その気持ちが紬を動かした。 25万円(注)のギターを5万円に値引きさせるという暴挙に出たのも、唯の純粋な気持ちが伝わったからだ。 このギターは唯ちゃんが持たなければならない。これは運命の出会いに違いないわ。 それは唯と澪の関係を陶酔しながら見ている紬と、同じところから来る感情かも知れなかった。 唯は感謝を知らないわけではない。 ただ、目の前のものに夢中になってしまっているだけなのだ。 しかし、心に余裕のあるものでなければ、唯のことは理解できないであろうとも思った。 (注)原作では15万円。しかし、ギブソン・レスポール・スタンダードの市価からすると 25万円というアニメの設定の方が妥当。原作者かきふらい氏も流石に高校一年の初心者の女の子には高額すぎると思ったのかも知れない。 そんなこんなで紬は、澪と唯の関係に・・・、いや、澪の唯に対する感情に気を揉んでいた。 唯は徹頭徹尾、変わっていない。 澪と唯の人間関係は澪の唯に対する感情だけが問題だった。 唯のギターが劇的に変わった日、紬は思わず 紬「私たちの演奏じゃない見ない!」 と、感想を漏らした。 ついに唯ちゃんの才能が開花したんだわ。 紬はかすかにこういう日がくることを予感してた。 唯の独創性が何か、新しいものを生み出すのを。 唯が練習で上手くなるというような話ではなく、新しいものを創造する、クリエイトする日が来るのを。 しかし、その感動とともに、もう一つの心配が紬の胸にわだかまる。 演奏が終わると同時に紬は澪の方を見た。 澪は呆然としているようだった。 紬の心配していたことはほとんど当たっていた。 19
https://w.atwiki.jp/83452/pages/11636.html
第十一章 平沢唯 その時、階段をあがる足音が聞こえてきた。 トントントン。 澪の部屋の前で足音は一度立ち止まると、ガチャッとドアのノブが回って扉が開く。 澪の部屋に入ってきたのは唯だった。 (な、なんで唯が来るんだ?) 高校時代、澪が唯の家を訪れることはあっても、唯が澪の家に来たことは数えるほどしかなかった。 唯「こんばんわー、澪ちゃん。家にいるって澪ちゃんのお母さんに聞いたから来ちゃったよ。カーテン閉め切って、部屋真っ暗にしてどうしたの?もう寝てるのかな?」 澪は布団から出ずに答えた。 澪「何しに来たんだ?唯?」 唯「いやー、もう一ヶ月も立つのにさ、一度もみんなと集まれてなくてさ、淋しくって。澪ちゃん、どうしてるかなーって。」 (・・・・・。) 澪はふとんの中からちょこっと顔を出して唯の方を見た。 唯は、灯りもつけないまま暗い部屋の真ん中にてんっと座っている。 唯「澪ちゃんはみんなと会えなくて淋しくない?」 澪「・・・・。あのさ、唯、いつでも時間空いてるっていうけど、大学ちゃんと行ってるの?」 澪は唯の質問には答えず、違うことを言った。 唯のように 「淋しい」 なんてことは簡単に言えないのが澪だった。 唯「大学っていいところだよねー、自分で授業を決められるんだよね!だから、一年目はすんごくお休みを多くしたの!勉強いっぱいしたからこの一年は家でごろごろするんだ!」 澪「ば、馬鹿!・・・唯!それじゃ、絶対に後で単位取れなくて泣きを見るぞ!」 唯「えへへ、さっき和ちゃんにも電話で同じことを言われたよ。」 (そうか!和に様子を見てこいって言われたんだな。) 唯の突然の来訪の理由が分かった気がした。 唯「でも、不思議だよね~。寝れば寝るほど眠たくなって・・・ふぁぁ~」 大きなあくびをする唯。 澪「そりゃ惰眠だよ!そんな生活してると今に抜け出せなくなるぞ!」 唯「澪ちゃ~ん、私も一緒に寝ていい?」 澪「ばっ・・。ちょっと・・・!いやだよ!一緒に寝るなんて!」 そう言えば、唯は合宿のとき、どうやって入ったのか、鍵のかかっているはずの梓の部屋に忍び込み、梓に抱きつきながら眠っていた前科がある。 唯「だって、もう眠くてふぁぁ・・・」 (全くこいつは何しに来たんだ!和に電話で澪の様子を見てこいって言われたんじゃないのか?・・・、何の役にもたってないぞ!) 唯はふらふらとベッドに近づいて来る。 澪「わ、分かった、起きるから!こっち来んな!」 澪はあわてて、飛び起き、部屋の電気を入れた。 唯「わ!まぶしっ!」 澪「はーっはーっ」 (危なかった。もう少しで唯の抱き枕にされるところだった。) 憂によると、唯はたまに憂の部屋に寝に来るらしい。 そのときは、憂は抱き枕にされてしまってふとんまで剥ぎ取られると言っていた。 憂にはそれがまんざらでもなさそうなのだが、澪にはありがたくない話しだった。 唯は誰にでも抱きつく。 律はあんなだから、唯の抱きしめ対象外らしいが、紬はしばしば抱きつかれている。 梓は、唯にぬいぐるみ扱いされていた。 和にはすがりつくように抱きつく。 唯は澪にも抱きついてきたことが何度かあるが、澪はその度に唯の撃退に成功している。 しかし、手は何度も握られている。 (もしかして唯って・・・) その想像は間違っていることを澪は知っている。 唯はとにかく可愛いものが好きなのだ。 可愛いものなら無差別に愛でたくなるなるらしい。 澪は唯に性的な動機をを感じたことは一度もなかった。 唯「あれ、澪ちゃん、そんな服のまま布団にはいってたの?」 澪は大学から帰って来てそのままの服装で寝ていた。 澪「人の勝手だろ?」 澪は顔をそむけてぶっきらぼうに言った。 唯「あれあれ、澪ちゃん、お目々腫れてるよ?泣いて・・・たの?」 澪「泣いてないよ!眠たかっただけだよ」 しかし、唯に触れられると、感情がごまかし切れなかった。 新たな涙が溢れてきて頬をつたい出す。 澪「和に言われて来たんだろ?私は大丈夫だから帰れよ!」 唯「へ?」 澪「グスッ・・・。な、なんだ、違うのか?」 唯「私は、あんまりごろごろしすぎてたまには外に出なくちゃな~なんて・・・。散歩してるうちに、澪ちゃんに会いたくなって・・・。和ちゃんとなんかあったの?」 澪「え?」 (なんだ?和に言われて来たんじゃないのか?タイミングが良過ぎるだろ?勘違いしてしまったじゃないか!) 澪は一人合点を恥ずかしく思った。 しかし、澪はこれまでのいきさつをながながと唯に話す気にはなれなかったし、例え話しても唯には馬の耳に念仏で、理解してもらえないだろう。 澪「い、いや、和とは何もないよ。」 唯「じゃぁ、なんで泣いてるの?」 澪「う・・・」 唯はまっすぐに澪を見つめてくる。 本当に遠慮なくずけずけと何でも言う奴だ。 なんでも思ったことを口にして、思った通りに行動して・・・。 くったくがなくて明るくて・・・思いっきり自由で。 それでも誰からも好かれて・・・・。 澪「ゆ・・・唯なんて嫌いだ・・・」 思わず口をついて言葉が出た。 自分で言ってしまった言葉に澪は驚き、そしてすぐに後悔した。 澪「あ・・・。ゆ、唯・・・」 唯「・・・・・・・」 唯は無言のまま固まっている。 澪「ゆ、唯?」 唯「え?ええええ!」 (今頃!?) しかし、今回ばかりは唯のテンポがずれていた訳ではなかった。 唯にとってあまりの予想外の言葉で理解出来なかったのだ。 唯「み、澪ちゃん・・・私のこと、嫌いなの・・・?」 唯の顔がみるみる悲しげになる。 見るに耐えないほど表情がゆがみ、瞳に涙が浮かんで来る。 澪「い、いや・・・違うんだ・・・。私が駄目なんだ。わ、私が・・・。ごめん!唯・・・!ご、ごめんなさい・・・。うわ~ん」 ついに澪は号泣し始めた。 声をあげて泣き崩れ、ときに「ヒック、ヒック」と嗚咽が混じる。 唯「ど、ど、ど~したの澪ちゃん!」 心がぐちゃぐちゃだ。 どうしていいか分からない。 どうしたらこんな状態を抜け出せるのか。 自分が情けなくて情けなくて、どこにも居たくなかった。 どこかに消えてしまいたくなった。 そのとき、ふわっと身体を包まれる感触。 唯が両腕で澪を優しく抱きしめていた。 思いがけず澪の心は穏やかになっていくった。 唯「澪ちゃん、私、澪ちゃんのこと大好きだよ。澪ちゃんが私のこと嫌いでも。澪ちゃんが自分のことを駄目だなんて言っても私はそうは思わないよ。」 澪「グスッ、グスッ・・・、本当?」 唯「絶対に本当。世の中がひっくり返っても自信があるよ。」 澪「・・・・グスッ・・・・・。」 澪はそのままゆっくりと唯の胸にもたれかかった。 梓がキレたときに、唯が抱きしめてなだめたときのことが思い出された。 澪は 「そんなんで収まるか!」 と思ったが、梓は唯に抱きしめられると落ち着きを取り戻したのだ。 唯には不思議とそんな力があるようだ。 (私には出来ないことだ・・・。) 唯の腕の中で安らかな気持ちになりつつも、ちょっぴりチクンっと心が疼いた。 唯「澪ちゃん・・・。」 唯が澪の頭をなでる。 澪は唯の腕をそっと掴んだ。 澪「唯、私ね・・・」 唯「なぁに?澪ちゃん」 澪「私、子供なの。多分、中身が子供なの・・・。みんなに見せている澪はしっかりしなきゃって頑張っている澪なの。」 澪は消え入るような声で言った。 澪「だからみんなが知ってる澪は、大人のふりを一所懸命してる澪で、本当の私はみんなより子供なんだ・・・。みんなと、もう高校のときのように会って、お茶を飲んんだり、お喋りしたり、合宿に行ったり、そんなことが出来くなって、淋しかったの。」 唯は黙って澪の言うことに耳を傾けている。 澪「またあんな時間を作ろうと頑張ってみたけど、私一人が必死になっている気がして。みんなも同じように感じてると思ってたけど、私だけが淋しいのかな?私だけが悲しいのかな?」 唯「・・・・」 澪は精一杯、素直になってみた。 自分にも。唯にも。 甘えた行動というのは本人が自覚していないから出来るのである。 完璧主義者の澪は極端な甘え下手なのだが、変な言い方だが、頑張って甘えてみようとした。 唯という友人に初めて甘えてみようとした。 いかにも澪らしい不器用な行動だ。 甘えようとしながらも、それでも、 「唯はそんな自分を嫌がらないかな?呆れてしまわないかな?」 と心配になってしまう。 しかし、唯の心の内が覗けたら澪は愕然としただろう。 (み、澪ちゃん。か、可愛い!可愛過ぎる・・・。) 唯は自分の腕の中にいる澪の可愛さに萌え死に寸前だった。 どうやってこの可愛すぎる澪を愛でようか? そういう衝動でいっぱいだった。 澪「他にもいろいろあって。私、素直になれなくて、唯に嫉妬しちゃったりして・・・だからね、ちょっと疲れちゃったの。ごめんね?」 唯「・・・・」 澪はしばらく無言のままの唯の反応が心配になって、振り返って唯の顔を覗き込んだ。 澪「キャッ!」 唯はいきなり強く澪を抱きしめた。 唯「澪ちゃん、可愛過ぎるよぉ!」 唯が澪に口付けしようとする。 澪「ちょっ!!ゆ、唯?」 澪は唯を突き放そうとした。 ぐぐぐぐ・・・。 しかし、いつものように力が出ない。 それどころか、身体から力が徐々に抜けていく。 やがて唯の唇が澪のそれと重なる。 唯に強く抱きしめられる。 澪は目を閉じた。 それから先はよく覚えていない。 一時間くらいが過ぎただろうか。 (はっ!) 少し眠っていたらしい。 澪は意識がはっきりしてくると、 (ゆ、唯に犯された~っ!!) ベッドの上で頭を抱えた。 11
https://w.atwiki.jp/83452/pages/11633.html
第九章 崩壊 澪「なんなんだよ、律、今のリズムは!キープが全然出来てないよ!」 久々にみんな揃っての練習だった。 予約していたスタジオに入り、数曲流して演奏してみたのだが、なんとも気の抜けたサウンドしか奏でられない。 律「ちょ、ちょっと間があいたんで、勘が戻ってないだけだよ!」 澪「唯はギターミスりすぎ!」 唯「・・・、澪ちゃ~ん・・・」 澪「な、なんだ?唯」 唯「わ、私、私・・・、ギターのフレーズ忘れちゃったぁ!」 澪「・・・・。」 (仕方ないか・・・唯だものな) 紬のキーボードは相変わらず上手くて正確だが、何か熱が感じられない。 バラバラな演奏につられるように梓も調子を崩す。 澪は大学に進んでからも毎日、例え少しの時間でもベースの練習を欠かしていなかった。 しかし、他のメンバーが練習をしていないのは明白だった。 澪「全く!みんなちゃんと個人練習しなくちゃいけないだろ?高校の時みたいに毎日、放課後に練習出来るわけじゃないんだから!」 高校の頃も軽音部の部室である音楽室では、澪は毎日がみがみと説教していた。 律と唯、ときには紬のお尻をたたいて練習を続けた。 しかし、今日は何故か空気が白けている。 澪が一生懸命に気合いを入れようとしても、気の抜けた生返事しか帰ってこない。 ブランクがあったのは仕方がないとしても、熱のこもった雰囲気がまるでないのだ。 結局、澪の腑に落ちないまま、スタジオでの練習は終わった。 場所をファミリーレストランに変えて食事をしながらのミーティングとなった。 律「腹へったなー、唯!」 唯「りっちゃん!サラダバーだよ!サラダバー!」 二人は注文をすませると、食事についているサラダバーのコーナーへ一目散だ。 梓「唯先輩、そんなにあわてなくてもなくなりませんから!」 澪「あいかわらずだな、律と唯は・・・」 紬「そうですわね」 ムギははしゃぐ二人の姿を微笑ましそうに眺めている。 (しかし・・・) 澪は紬の服装に驚いていた。 高校時代は、私服でもそんなに高いものを着ている印象はなかったのだが、今日の紬の服は誰が見ても一目で高価なものだと分かるブランドで統一されていた。 それだけではない。アクセサリーも、バッグも、全てが一流ブランドだ。 紬は午前中、大学の授業に出てから澪達と合流した。 そのままの服装できたのだろう。 (やはり有数のお嬢様大学だけに、紬も服装には気を使ってるんだなぁ。) 澪は紬が高い服やブランドがあまり好きではないことを知っていた。 紬は高校時代、自分の家が飛び抜けた資産家であるということをひけらかしたことはなかったし、むしろそういう目でみられることを嫌がっていた。 軽音部のメンバーは、合宿では紬の家の別荘を借りたし、紬が家からあまらせてはもったいないという理由で持って来る高級なお菓子を毎日のように食べていたが、 紬のそんな人柄のおかげで卑屈になったり負い目を感じたりしたことはなかった。 いや、澪は少し負い目を感じていたかも知れない。 少なくとも (いつも甘えてばかりで悪いなぁ) と、ごく常識的な気持ちは抱いていた。 律や唯は負い目を感じるどころか、タカリのようにまったく遠慮がなかった。 紬はむしろ、まったく遠慮のない二人に喜んでいたようだ。 軽音部の後輩の夏の合宿も紬は快く別荘をかしてやるらしい。 現部長である梓とは電話で打ち合わせをしていたみたいだ。 紬の高価なブランドで統一された服装は澪に距離を感じさせた。 そしてそれは多分、紬が一番いやがることであることも分かっていた。 律「しっかしムギ!すっげーな、高そうなブランドだな!おい!」 紬「いえ・・・、そんなことは・・・」 サラダを皿一杯のてんこもりにして満足げな顔で自分の席に帰ってきた律がいきなり突っ込んだ。 (お、おい、律・・・!) 律「だってこれ、○○○のデザインバッグだろ?いくらくらいすんだよ?」 紬「え、あの・・・・。」 唯「ええ?りっちゃん詳しいね、分かるの?」 律「私だってファッション雑誌くらい見るさ!ブランドくらい知ってるよ!」 唯「ほえぇ・・・それは意外だな。」 律「唯は自分の感性だけで服を選ぶからな!何が流行ってるとか全然、知らないだろ?」 梓「唯先輩のファッションセンスって独特ですからね~。特にTシャツとか。」 唯「ちょと、あずにゃん、それどう言う意味?」 律も特別にブランドに興味があるわけでもなく、何も考えず聞いただけなのだろう。 もうとっくに紬の服に興味がなくなったらしく唯と梓とわいわいやっている。 澪はちらっと紬を見る。 紬は特に気にする様子もなく、ニコニコしている。 既に律も唯も、紬も今の話題を忘れ去っている。 (私だけが変に気を使ってしまっているのかな。) そういえば、紬は他のメンバーを客観的に見て楽しんでいることが多かった。 律や唯そして梓、時には澪も加わって、はしゃいだり、じゃれあったりしているのを一歩引いて楽しそうに見ていた。 (ムギは本当にお姫様なんだ。普通の女の子としてみんなと対等でいられる時間を大切にしていたんだな。) 紬が大金持ちの令嬢だと分かってもまるでそんなことを気にしない律や唯は、紬にとって大切な存在だった。 (さわ子先生が軽音部で素を出すのと似ているな。) やはり、みんなと離れてみると、今まで気付かなかったことが分かって来るようだ。 食事が始まると、なつかしい軽音部のノリが帰ってきた。 みんな本当に楽しそうに笑い、喋った。 (やっぱりみんなこうして集まりたかったんだな) 澪はなんだかほっとしていた。 だからこそ、バンドとして「放課後ティータイム」の活動はしっかりしなければならないとも思った。 メンバーが同じ高校に通う同級生でない今、バンド活動を止めれば集まる理由がなくなってしまう。 何かに一緒に夢中になれるからこそ、こうやって絆が出来たんだ。 ただの仲良しグループなら疎遠になっていくだろう。 めいめいが食後のコーヒーや紅茶を頼んで食事が一段落した。 (よし、ミィーティングを始めるか!) 澪「みんな、ミーティングを始めるよ!まずは・・・今日の演奏、どう思った?正直な感想を交わそう。」 澪にはバンドを引き締めなければという使命感があった。 律「うーん、ブランクがやっぱ予想以上にあったかな・・・」 紬「確かになんだか全体的にあわなかったね。」 梓「言う程リズムがあわないってこともなかったような気がするんだけど、なにかしっくりこなかったですね。」 唯「自分の演奏パート、忘れちゃったのが問題だなー。」 澪「唯、お前は論外だ。」 しかし、澪は問題はそんなところには無いような気がした。 もっと深刻なところに問題があるような気がしていた。 律も紬も何か音に遠慮しているような感じがした。 サウンドに対してよそよそしいのだ。 遠慮がちに音を出しているような雰囲気があった。 それが梓にも伝染したような気がする。 唯に関しては・・・ まぁ、唯が自分のギターパートを忘れるというのは、これまでも別に珍しいことではなかったし・・・、いや、あまつさえギターそのものを忘れて来ることさえあった。 (そうだな・・・。弾けている部分に関してはちゃんと唯の音が出ていたような気がする。) おかしなことだが、唯のギターに関しては問題がないように思えた。 そうか、律と紬の音が変わったのだ。 心の距離か・・・。 みんながどんどん変わっていって他人になっていくような気がした。 しかも彼女達本人はそれに気付いていない様子であった。 ひょっとしたら、私の演奏も変わってしまっているのかも知れない。 それは自分では分かりかねた。 しかし、澪は今、自分が感じている違和感を口に出すのが怖かった。 これは練習でどうにかなるような質のものではないような気がした。 しかし、集まって練習する以外に何が出来るというのだろう? 澪「そ、そうか、やっぱりみんなもしっくりきていない気がしたんだな。」 ひょっとしたら次の練習では大丈夫かも知れない。 澪は希望的観測にすがろうとした。 私の考え過ぎかも知れない。 とにかくもう少し様子を見よう。 澪「やっぱり定期的に練習していかないと、上手くなるどころか、演奏の質を維持することも出来ないと思うんだ。問題はどれくらいの頻度で集まれるかなんだけど・・・。」 唯「私はいつでも大丈夫だよ。」 律「唯、お前ちゃんと大学いってるのか?」 紬「えっと、私は、火曜日と金曜日なら大丈夫かな?」 律「う、マジですか・・・!火曜と金曜は私はまずいな・・・」 梓「私は土日じゃないと。軽音部のバンドも部長として参加しなければいけないし、毎回帰るのが遅くなるのも・・・」 澪は自分の都合なら大学の授業をキャンセルしてでも、みんなにあわすつもりだったが、こうもバラバラでは、どうしようもなかった。 結局、各自なんとか調整して、週一回は練習しようということになったのだが、具体的には何も決まらなかった。 澪「じゃぁ、みんな出来るだけスケジュールを調整して、今週末までに私に電話してくれ。予定を組んでみるから。」 8
https://w.atwiki.jp/83452/pages/11640.html
外伝 第十四章 平沢唯 唯視点 「ごろごろぉ~、ごろごろぉ~。」 別に雷が鳴っているわけではない。 このところ、唯は日がな一日、部屋で寝っ転がって暮らしている。 日中、両親はともに会社に行っているし、当然に憂は高校に通っているので、家には唯一人しかいない。 ギターを弾いたり、漫画を読んだりして楽しく過ごしていた唯だったが、流石に飽きてきたのか、自分で 「ごろごろぉ~、ごろごろぉ~。」 と独り言を言いながら寝っ転がっているのだ。 唯「暇だ!」 唯は立ち上がった。 大学に行けば解決する問題なのだが、彼女にはその選択肢はないらしい。 彼女は大学生活に「綿密な計画」を立てていた。 「私は死ぬほど勉強を頑張ったのだ。」 「だから、しばらくは思いっきりゴロゴロするぞ!」 この計画に唯はおおいに満足しているし、躊躇なく実行しているというわけだ。 ♪♪♪ ベッドの上に放置してあった携帯が鳴った。 パコンッ 携帯を開き、唯は電話に出た。 唯「もしもし?あ!和ちゃん!」 親友の和だ。 思わず唯の声は弾んだ。 このところ、家族としか顔を合わせていないので友人からの電話は嬉しい。 しかし、それは高校時代、和に 「こうやってニートが出来上がっていくのね」 と心配された生活そのものだった。 和は中学までは何をするでも一緒で、唯の面倒を見てきたが、高校入学を契機に、唯に自立を即した。 唯にクラブ活動を勧めたのも和だった。 唯は和には素直に従う。 そして特に興味もなかった軽音部に、カスタネットが出来るという理由だけで入部し、その後のお話につながるのだが・・・。 和「唯?あんた、また大学に行ってないの!?」 唯「いやぁ、家でごろごろしてたよぉ」 和「ちょっといい加減にしなさいよ!なんのために勉強して大学に合格したの?」 唯「・・・?」 唯はしばらく考えてみた。 唯「そう言えば、何の為に大学に行くんだろ?」 和は唯独特のペースにひるんだが、ここで負けては唯の為にもならない。 和「もう!いいから外に出なさい。毎日、毎日、家の中でごろごろしてたら太る・・・」 和は思い出した。 そう言えば、唯は太らない体質だった・・・。 女子に対しての最大の脅迫も唯には通用しない。 和「あ、ああ、あんたは太らないかも知れないけれど・・・」 唯「てへへ、そ~なんだよね」 唯「てへへ、そ~なんだよね」 和「いいから、外に出なさい!」 もう和は叱りつけるしかなかった。 この娘はほんとにっ! 和には唯に対して幼い頃からある種の責任感を持っていた。 この娘は私がなんとかしなきゃ、どうにもならない。 唯「分かったよぉ。」 唯はしぶしぶ了承した。 和「リハビリよ!リハビリ!散歩にでも行ってらっしゃい。」 唯「散歩かぁ。」 和「ふぅ。また電話するから。」 唯「あ、和ちゃん、バイバイ~」 パコンッ。 電話を閉じた唯は散歩に行くことにした。素直というか、何も考えていないというか・・・。 しかし、これでも唯は和の通う有名私大よりも偏差値の良い国立大生なのだ。 唯は簡単に身支度を済ませて、昼下がりの街に出ることにした。 唯「うひゃぁ、気持ち良い~」 散歩というアイディアを提供してくれた和に感謝したかった。 大学に通うためだとか、目的地のある外出はどうも楽しくない。 しかし、昼下がりの散歩は家でごろごろするのと同じような感覚だ。 唯はごろごろに付け加えて一日のスケジュールに散歩も入れるか・・・と思案する。 和は別に散歩の楽しさを唯に伝えたかったのではないのだが・・・。 唯は目的地もないままどんどん歩いていった。 風が気持ち良い。 住宅地を抜け、市街地に入る。 道行くサラリーマンが唯を振り返った。 本人は自覚していないが、実は唯はかなりの美少女である。 しかし、実際に唯に会って会話をし出すと、彼女の美貌よりもその独特のペースと個性に目を奪われてしまう。 そして、大抵の人は、唯が美少女だということを忘れ去ってしまうのだ。 唯はどんどん歩く。 道々、散歩中の犬を撫でる。 乳母車の赤ちゃんに挨拶する。 店頭の雑貨を眺める。 鯛焼きを買う。 まったく散歩は素晴らしい! 唯は楽しくて楽しくて仕方がなかった。 ひとりでに笑みがこぼれる。 (私って、エコ?散歩だけでこんなに楽しいって、私って地球に優しいよねぇ!) アーケードを潜り商店街に入ると、「いつもの楽器店」が見えてきた。 (あ、そう言えばみんなどうしてるんだろう?) 彼女に言わせれば、家でごろごろしているのには一つの理由があった。 スケジュールを空けておいてバンド活動を頑張ろうと、唯なりに一応は考えていたのだ。 バンド活動が無くても同じように家でごろごろしていた可能性は否めないが・・・。 (もう一ヶ月もみんなと会ってないや。スケジュールが合わないんだよな~) さっきまでの楽しい気分は消え失せ、唯は淋しくなってきた。 (澪ちゃん、あんなに張り切ってたのに。あ、そうだ、澪ちゃん、どうしてるんだろう?) 澪の携帯に電話してみる。 ♪♪♪「留守番電話に転送します。」 (あれ?) 唯はこんどは澪の自宅に電話してみた。 「はい、もしもし?」 澪の母親だ。 唯「あ、秋山さんのお宅ですか?平沢ですけど、澪さんはいますか?」 「ああ、澪?さっき帰ってきたわよ。唯ちゃん、久しぶりねぇ、元気?」 唯「は、はい!元気です!」 「澪、電話口に呼ぶ?」 唯「あ、結構です。ありがとうございました。」 いきなり行って澪ちゃんを驚かしてやろう! 久しぶりに澪ちゃんに会える! 澪を驚かすためにいきなり家に行くというアイディアに唯は満足した。 まったく私は天才だ! さっきまでの淋しい気持ちはどこへやら、唯はまたうきうきした気持ちで歩き出した。 トントントン・・・。 唯は澪の家に来ていた。 澪の母親に断って、澪の部屋がある二階への階段を上る。 (澪ちゃん、驚くかな~?) 唯はそ~っとドアのノブを回した。 ガチャッ! 思いの外、大きな音が鳴ってノブが回る。 (あちゃ~、これじゃ澪ちゃん、気付いちゃうよ・・・) 唯はへやにそ~っと入って 唯「こんばんわー、澪ちゃん」 澪を驚かすための一声を上げた。 反応がない。 というか、カーテンは閉め切られ、電気も付いておらず、部屋は真っ暗だ。 (あれ?) 唯「家にいるって澪ちゃんのお母さんに聞いたから来ちゃったよ。」 返事がない。 しかし、ベッドの布団が人の形に盛り上がっている。 (もしかして澪ちゃん、寝てるの?) 自分はともかく、こんな時間に澪が寝ているというのは具合が悪いのかな? 唯は声を小さくした。 唯「カーテン閉め切って、部屋真っ暗にしてどうしたの?もう寝てるのかな?」 澪「何しに来たんだ?唯?」 布団の中から声が聞こえる。 やっぱ、澪ちゃんいるんじゃん! 唯は電気も付けずに、その場に座った。 唯「いやー、もう一ヶ月も立つのにさ、一度もみんなと集まれてなくてさ、淋しくって。澪ちゃん、どうしてるかなーって。」 澪が布団の中から顔だけ出した。 唯「澪ちゃんはみんなと会えなくて淋しくない?」 澪は唯の質問と違うことを答えた。 澪「・・・・。あのさ、唯、いつでも時間空いてるっていうけど、大学ちゃんと行ってるの?」 唯「大学っていいところだよねー、自分で授業を決められるんだよね!だから、一年目はすんごくお休みを多くしたの!勉強いっぱいしたからこの一年は家でごろごろするんだ!」 唯は自分の学業計画を披露した。 澪「ば、馬鹿!・・・唯!それじゃ、絶対に後で単位取れなくて泣きを見るぞ!」 う、澪ちゃん、和ちゃんと同じことを言う・・・。 唯「えへへ、さっき和ちゃんにも電話で同じことを言われたよ。」 唯は白状した。 (でも、和ちゃんもも澪ちゃんもどうして、そんなに焦ってるのかな?) いや、和も澪も唯のことを心配しているのだ。 全く、唯は放っておくと、大学で四年間、ごろごろしかねない。 和や澪が必死に説教してるのに、まるで堪(こた)えた様子が唯にはないから、更に必死になるのである。 唯は、ただ 唯「てへへ~」 とはにかんで笑うが、和や澪にすれば、 「そこは照れるところじゃないだろう!」 と全力で突っ込みたいのだ。 (怒られちった。今日、怒られるの二度目だな~。それにしても・・・) 唯はかなりの距離を歩いたので、少し疲れていた。 彼女の場合、「疲れる=眠くなる」の方程式が成り立つ。 (あれ?今日も昼までたっぷり寝たのになぁ) 一度眠くなると、頭がぼーっとして、すぐにうとうとし始める。 唯の寝付きの良さには澪も驚いたことがある。 唯「でも、不思議だよね~。寝れば寝るほど眠たくなって・・・ふぁぁ~」 大きなあくびが出た。 澪「そりゃ惰眠だよ!そんな生活してると今に抜け出せなくなるぞ!」 (ダミン?なんのことだろ?) どうやら唯は「惰眠」という単語は知らないらしい。 (澪ちゃんは文学部だけあって流石に難しい言葉を知ってるなぁ・・・。) 澪の寝ているベッドは寝心地が良さそうだ。 唯はふらふらと立ち上がった。 唯「澪ちゃ~ん、私も一緒に寝ていい?」 澪「ばっ・・。ちょっと・・・!いやだよ!一緒に寝るなんて!」 (ぷっ!澪ちゃんったら可愛い!照れちゃって) 澪の全力の拒否反応も唯には通じない。 澪「わ、分かった、起きるから!こっち来んな!」 澪はあわてて、飛び起き、部屋の電気を入れた。 唯「わ!まぶしっ!」 いきなり明るくなって唯は目がちかちかした。 どうやら部屋の暗さも眠気を誘っていたのか、唯は目が覚めた思いがした。 澪「はーっはーっ」 (?・・・どうしたんだろ、澪ちゃん、はーはー言ってる?) 澪は唯の前に座った。 少し唇を尖らせて唯を睨んでいるようだ。 (あれ?) 澪ちゃん、外出着のままじゃん。 唯「あれ、澪ちゃん、そんな服のまま布団にはいってたの?」 澪「人の勝手だろ?」 澪は顔をそむけてぶっきらぼうに言った。 (さっきから、な~んか澪ちゃん、機嫌悪いなぁ。やっぱ具合悪いのかなぁ?・・・ん?あれ?あれれ?!) 唯「あれあれ、澪ちゃん、お目々腫れてるよ?泣いて・・・たの?」 澪「泣いてないよ!眠たかっただけだよ」 しかし見る間に澪の瞳からは新たな涙がこぼれ始める。 澪「和に言われて来たんだろ?私は大丈夫だから帰れよ!」 唯「へ?」 (和ちゃんに言われて?私がここに?・・・確かに外に出ろって言われたけど、違うよね?) 唯は混乱してきた。 情報処理能力が既にパンクし始めている。 澪「グスッ・・・。な、なんだ、違うのか?」 唯は少しの間、黙り込んで考えた。 (違うよね?私は自分でここに来たんだよね?) 唯「私は、あんまりごろごろしすぎてたまには外に出なくちゃな~なんて・・・。散歩してるうちに、澪ちゃんに会いたくなって・・・。和ちゃんとなんかあったの?」 唯は精一杯、頭を働かせた末に、和に外に出ろと言われたことは伏せた。 もし、そう言ってしまったら、澪に誤解されそうだったし、たったこれだけのことを上手く説明する自信も唯にはなかった。 澪「え?」 今度は澪が黙り込んだ。 15
https://w.atwiki.jp/83452/pages/11631.html
第八章 桜ヶ丘野外音楽堂 そのとき、楽屋に見知らぬ男が入ってきた。 男「あ、すいません、初めまして、僕、こういうものです」 男が差し出した名刺は音楽事務所のものだった。 律「あ!え?スス、スカウトですか??」 名詞を受け取った律が直立不動になる。 律「ム、ムギ!お茶だ!お茶!」 唯「りっちゃん!落ち着いて!ここは音楽室じゃないんだよ!」 男「ははは。スカウトってわけじゃないんだけど。君たちのライブを見てすごいと思ってね、挨拶がしたかったんだ。」 話しを聞くと地元のインディーズの音楽事務所のプロデューサーらしい。 男「でね、いきなりなんだけど今度うちの一押しバンドが桜が丘野外音楽堂でライブイベントをするんだけどさ、タイバンに地元のフレッシュなバンドを捜していてね・・・」 「!!!」 メンバー全員が驚いた。 さわ子「おほん!私、この娘たち軽音部の顧問をしております山中さわ子と申します。」 さわ子がずずいと前に出て男と話し始めた。 律「お、おい、さわちゃん急にマネージャー気取りでどういうつもりだ?」 律がひそひそ話しで澪に聞く。 澪「え、あ、ああ。音楽事務所とか出て来ると、やっぱり教師として心配なんじゃないのかな?」 澪は上の空だったがかろうじて律の疑問に意見を言った。 (え?ということは?ちょっと待ってよ?本当なの?今日だって必死だったのに、この話しが決まったら、千人も入る桜が丘野外音楽堂でライブをしなくちゃいけないの?) 梓「音楽事務所とか、自分たちだけで活動するのとは違いますからね。私も両親がジャズバンドでギャラとかスケジュールの話しをしているのを聞きましたけどややこしかったですよ。」 唯「ス、スカウトってまさか私をアイドルに?あわわ、ムギちゃん、どうしよう?」 話題の進み具合についていっていない唯が真顔であたふたしている。 どうやら唯の頭にはスカウト→アイドルという80年代並みの方程式しかないらしい。 その様子があまりにもおかしくて他のメンバーはもちろん、胸中複雑で笑える気分じゃないはずの澪も吹き出してしまった。 唯「???」 きょときょと周りを見回す唯。 さわ子「・・・・・ということでお願いしますね!」 メンバーがはしゃいでいる間にさわ子と男の話しは終わったらしい。 さわ子「みんな聞いて!この人は放課後ティータイムのデモテープを聞いて足を運んでくれたらしいわよ。実際に聞いてみたらテープより何倍も良かったって。彼が推薦するので、桜が丘野外音楽堂は出演の話しは確実に決定らしいわよ!」 「わっ!」 メンバーが湧く。 唯「ああ!あの話しかぁ!え?ということはりっちゃん!?」 律「そう、私たち桜が丘野外音楽堂で千人の大観衆の前でライブをやるんだよぉ!」 梓「ゆ、夢見たいですね!」 梓も興奮を隠しきれない ムギ「大変なことになってきたね、澪ちゃん」 澪「あわわわわ・・・」 澪(千人?気持ちの準備が・・・?どうしてこんなことに?みんなはこんな展開によくついていけるな!) 律は常にいけいけだし、紬もおっとりしているが、ほとんど物事に動じることがない。 梓もけっこう腹が据わっている。 唯はいつものごとく今起こっていることの凄さが良く分かっていないのだろう。 どちらにしろ唯のマイペースは変わらないだろうけども。 ということは、まともに焦っているのは澪だけなのだ。 律「ふふふ!これで武道館への野望が一歩近づいた訳だ」 唯「りっちゃん!サインの練習が必要だよぉ!」 律の弾け具合と唯のくったくのなさにいっそう不安が広がる。 澪「おい!みんな、簡単に考えすぎなんかじゃないのか?」 しかしメンバーは盛り上がってしまって澪の言葉に耳を貸さない。 ポン。 誰かの手が澪の肩を叩いた。 振り返ると和だった。 和はうんうんと無言でうなずいている。 「私は分かってるよ」 とその目は言っていた。 澪「和ぁ~。」 澪は和にすがりついた。 さわ子「まだ話しがあるわ。放課後ティータイムのスタイリストには是非、私をと頼まれたので私も及ばずながらみんなに力を貸すから!」 「わっ!」 メンバーから一斉に非難の声があがる。 律「横暴だ~!職権乱用だ~!」 梓「ね、猫耳とかメイド服とかそんなの着たくありませんよ?」 澪「あわわわわ・・・」 (せ、千人の前でさわ子先生のコスプレで演奏するの~???駄目だ、死んじゃう!) 唯「スクール水着はちょっとなぁ」 紬「ナースの服も違いますよね?」 澪(この二人、危機感のレベルが違うぅ!) こうしてばたばたと、超特急で「放課後ティータイム」の桜が丘野外音楽堂への出演が決まった。 桜が丘野外音楽堂でのライブは大成功だった。 千人以上の観客は澪達の演奏で多いに盛り上がった。 主役であるはずのタイバンを食ってしまったと言っても過言ではなかった。 音楽事務所が呼んだのであろう音楽系の雑誌のライターが何人も来ていて最前列の客席や舞台袖から何度もカメラのフラッシュがメンバーを包んだ。 ライブ後、「放課後ティータイム」には例の音楽事務所から所属要請があった。 これについてはまだみんなで検討中だ。 楽屋には例によってさわ子や和、憂もいて、今日の成功を一緒に喜んでいた。 演奏直後の興奮が一段落すると、ライターのインタビューが始まった。 彼らも「放課後ティータイム」の可能性を見いだしている様子でインタビューは熱気のこもったものと鳴った。 派手なことが好きな律は、あろうことか 「武道館制覇」 をぶち上げ、威勢の良さで取材陣に受けていた。 その日のライブでは澪がボーカルを絶対拒否したため、唯が全ての楽曲でメインボーカルを勤めた。 当然、取材陣の眼目はフロントマンの唯なのだが、唯にインタビューをしても期待したような返答が何一つ得られないみたいだった。 記者「どのような思いで歌われてますか?」 唯「いえ、特になにも考えてません・・・。で、でも一生懸命歌ってます。」 記者「ギターが独特ですよね、何処で学ばれたのですか?誰に影響を受けたのですか?」 唯「えーっと、ギターの練習は音楽室ですね。えへん!でも、それだけじゃないんですよ!個人練習も自宅でしっかりと・・・、いえ、その・・・、ときどきさぼりぎみだったんですが・・・。影響をうけたギタリストは、・・・え、影響?澪ちゃん、私、誰に影響受けたの?」 記者「日本にはこれだけギターが弾けて歌える女性のボーカルってプロでもそうはいませんよ。」 唯「へぇ~。・・・え?ええっ?そうなの?私、もしかしてすごいの?」 和は唯のインタビューを近くで聞いていて (記者も大変ね。こんなんじゃ記事にならないでしょうに。) と心底同情していた。 ライブ前から振り返ってみよう。 その日は結局、さわ子の作った衣装でメンバーは演奏に臨んだ。 さわ子の用意した衣装はメンバーそれぞれの個性に合わせたドレスだった。 唯は白を基調とした可愛いもので、後のメンバーは黒を基調としながらも、形やアクセサリーが違うものであった。 さわ子曰く、 「本当は全員、黒で統一したかったんだけど、唯ちゃんにはどうにも黒が似合わないよな気がするのよね~」 確かにそうかも知れない。 黒いドレスを着ている唯を想像すると、無理して大人っぽく装っている子供のようなイメージがある。 今回は唯が全曲メインボーカルだし、他のメンバーと違う配色は唯をフロントマンとして目立たせる為には良いかも知れない。 しかし、問題は、ドレスの露出度だった。 大胆に肩を露出させ、かなりボディラインがはっきりするデザインだ。 ドレス自体のセンスは良いものだったし、衣装に着替えたメンバーの姿には華があった。 そういう点では問題は無い。 律、唯、梓はドレスをいたく気に入ったらしかった。 梓「これ、大人っぽくて素敵ですね~」 律「いや~、珍しく、さわちゃんグッジョブだな!」 唯「律ちゃんも、あずにゃんもかっわいいよぉ~!!」 問題は澪と紬だった。 二人は他の三人よりも長身であり、胸が大きく、目立つプロポーションをしている。 特に澪はグラビアアイドル顔負けのスタイルの持ち主で、胸が標準よりもかな~り大きめだった。 澪は自分の胸の大きさを普段から気にしていた。 衣装のドレスでは胸の谷間が強調されてしまう。 この衣装ではセクシー過ぎるのではないか・・・。 これまでも澪にとってはメイド服やらゴスロリやら、「恥ずかしい」衣装を着せられて演奏に臨んだことはあったが、 それらは露出が多い衣装ではなかった。 澪は紬に話しかけた。 澪「ムギ、ちょっとこの衣装、露出が多すぎやしないか?ボディラインも浮き出ちゃうし・・・。こんなんで人前に出るなんてなぁ」 紬「澪ちゃん、すごく似合ってる!」 澪「え?」 澪を見る紬の顔はうっとりとしている。 紬「澪ちゃん、素敵・・・。」 澪「ム、ムギ??」 (そうだった!ムギはコスプレマニアだった・・・!ってことは、困ってるのはやっぱりまた私だけ~?) 律と唯はお互いの衣装を見て、もうライブ前に力を使い果たさんばかりの勢いではしゃいでいる。 律とはしゃぎ終わると唯は例によって梓を捕獲し、 唯「あずにゃん、可愛い!可愛いよぉ・・・」 と、梓にこれでもかと頬ずりしている。 梓「ゆ、唯先輩、ちょ、ちょっと」 唯「あずにゃん、にゃ~は?」 梓「しませんっ!!」 澪がその様子をため息をつきながら眺めていると、ふと、唯と目が合った。 唯「澪ちゃん~」 梓を開放した唯が近づいて来る。 澪「な、なんだ?唯?こっち来んな!」 ただでさえ、この衣装を着ている姿を見られるのが恥ずかしい。 唯の目は恥じらっている澪の様子をじっと見つめている。 澪「何なんだよ?唯」 唯「澪ちゃん、かぁわいぃぃぃぃ」 澪「ひっ!」 唯が抱きついて来ようとする。 抱きついて来ようとする唯の表情に澪は本能的危険を感じた。 (お、おやじだ!) 唯よりも長い手で唯のおでこを押さえつけ、それ以上の接近を許さない澪。 この時ばかりは自分の長身に感謝した。 梓のように小柄だったら同じように唯に捕獲されてしまっただろう。 澪「い~や~だ~、おい、誰か助けろよ!」 しかし律は梓と談笑してこちらには関心が無い。 (スルーかよ!) 唯は澪に抱きついて離れない。 澪「ム、ムギ、助けてよっ!」 紬はすぐ横の椅子に座っているのだが、まるで特等席でショーを見ているかのように陶酔していて助けようなどという考えはまるで持ち合わせていないみたいだった。 ポカッ! 唯「キャン!」 結局、唯の頭にたんこぶをプレゼントし、危機を脱した澪だった。 これまでもたまに澪に抱きついてこようとしたことがある唯だったが、澪の拒否にあい、ことごとく未遂に終わっている。 これが演奏前の楽屋のエピソードであった。 (でも、逆に変に緊張するような時間でなくて良かったな) 澪は意識を必死で切り替えてステージへ向かった。 (もう衣装のことは気にするな。普通にやるんだ。私たちの音をしっかりと出すだけだろ!) 野外ステージ独特の開放感が澪を圧倒する。 千人の聴衆が見守っているが、名も無い前座バンドなので、そうは歓声も起こらない。 澪はベースを肩から下げた。 その重みが落ち着きを取り戻させてくれた。 唯「初めまして!放課後ティータイムです!!今日はこの名前を覚えて帰ってねー!」 律「いくぞ!」 唯「私の恋はホッチキス!」 メンバーにとって武道館とは「夢のための夢」だった。 「夢のまた夢」ではなく、「夢のための夢」。 形にしようとするものではなく、「確か」で「あいまい」な「合い言葉」。 「高校を卒業してもこのメンバーでバンドを続ける」ことが出来る「魔法の合い言葉」。 バンドのメンバーは澪の高校生活で得たかけがえの仲間であり宝であった。 勉強をのぞけば、澪の高校生活の全てだと言えるかも知れない。 そしてそれは他のメンバーにとっても同じはず。 澪はそう思っている。 梓は、学校では後輩達とバンドを組み、外バンとして「放課後ティータイム」に参加することになった。 4月の前半は大学生活もまだまだ右も左も分からない時期であり、いろんな手続きもあるし、新入生の歓迎行事もあるだろう。 更に大きなライブの後でもあったため、充電期間ということで、少しバンド活動を休憩することにした。 それぞれが新しい環境で過ごす日々は瞬く間に過ぎて、そして4月半ば。 久しぶりにメンバー全員集まろうということになった。 今回は、練習するためではなく、これからの活動方針を決めたり、お互いの大学生活の報告会になるはずだった。 澪はわくわくしていた。 6
https://w.atwiki.jp/83452/pages/11629.html
第四章 唯の覚醒 ジャーンッ!! 「!!」 梓「ゆ、唯先輩・・・!」 律「お、おおお・・・」 紬「え?」 それはライブハウスでの初ライブまでちょうど一週間となったある日の出来事。 ライブでは5曲ほど演奏する予定だったので、リハーサルのつもりで通しで演奏しようということになった。 その一曲目が終わったときだった。 澪「唯・・・?」 唯のギターが明らかに違う。 唯がギター本気宣言をしてから二週間。 細かなテクニックは日々、上達を遂げていたし、それはメンバーも認めていたのだが、今日の演奏は明らかに違う。 もはや上達というレベルではなく、「異変」に近いものだった。 梓「なんですか?今のリフ?今のソロ?」 唯「いやぁ~、駄目かなぁ?」 梓「駄目とか、そんなじゃないですよ!聞いたことがないですよ、こんなギターっ!!」 律「わ、私もよく分からん。よく分からんが、すごいぞっ!」 紬「聞いていて胸の奥が熱くなりました。なんだか私たちのサウンドじゃないみたい・・・。」 唯「昨日思ったんだけどね、こんな風に弾いた方が気持ち良いし、可愛い音じゃないかなーって。そしたら、自分で感じたフレーズなら簡単に指が動くんだよねー」 澪「ゆ、唯。で、でも勝手に楽譜以外のことしたら戸惑うだろ?」 唯「てへへ、ごめんね~澪ちゃん!でも澪ちゃんはどうだった?」 放課後ティータイムの楽曲は基本的に、澪が作詞、紬が作曲している。 それを二人が楽譜にし、メンバーがアレンジを施していく。 しかし、唯だけはいまだに楽譜もタブ譜も満足に読めないし、自分ではフレーズを作ることが出来なかったのだ。 これまでは唯のギターパートは澪が作り、梓と一緒に唯に運指から教え込んでいた。 それなのに唯は、一夜にして自分でギターパートをアレンジして演奏してみせた。 聞いたことがないような不思議な音の数々。 音楽をかじったことがあるものなら、そこに貴重なオリジナリティーを感じるはずだ。 唯にしか弾けない、唯だけが生み出せる音。 それは数少ない選ばれたミュージシャンにしか出来ないことだった。 澪は自分に無断で唯がギターアレンジを変えたことに少し腹が立っていた。 しかし、唯のアレンジは明らかに澪のアレンジよりも何倍も魅力に溢れるものだった。 澪は屈辱を感じていた。 律「ゆ、唯、お前悪いものでも食ったんじゃないのか?」 梓「や、やっぱり唯先輩はすごいです!すごすぎる!私なんかじゃいくら練習しても、そんなプレイ出来ません!」 梓などは涙ぐんでいる。 どうして素直に唯の成長を喜べないんだろう? どうして、私はみんなと同じ風に思えないのだろう? 澪は何か、独りポツンッと取り残された気分になった。 澪は唯がギターを買った頃からのことを思い出していた。 澪「そのギターは重いし、ネックは太いし、女の子には不向きだよ」 楽器屋で澪は唯にアドバイスした。 唯「でも、これ、色も形もすごく可愛いんだもん・・・」 律「お、レスポールかぁ、唯も案外ワイルドな趣味だなー。」 唯「それに澪ちゃんのギターもおーきぃじゃん。」 澪「私のはベースギターだからな。」 唯「あそこまで大きいと流石に指が届きそうにないけど、これならなんとか・・・。でもあれが弾けるなんて澪ちゃんの手っておーきぃんだねぇ」 澪「!!」 手が大きいのは澪の数多いコンプレックスの一つだった。 澪「ああ~、じゃぁ、もうそれでいいんじゃない?後で困っても知らないぞ!」 唯「でも値段がな~、これはさすがに手がでないや・・・」 しかし、結局、紬に慮った店員の大幅な値引きで、唯はギブソン・レスポールという初心者には不釣り合いの高価なギターを手に入れることになる。 澪の回想は進む。 唯はなんでもかんでも感性で突き進む。 自分の感じたことにまるで疑いがない。 相手がどう思うとか、そんなことを気にしたことがないのだろう。 澪などは、相手の気持ちが気になったりして、思い通りに感情表現が出来ない。 周りに気を配り損な役目ばかりしている。 唯は音楽に関しても当然そうだった。 楽譜もタブ譜も読めない。そもそも読めるようになろうとしない。 音楽用語とかセオリーとかもまるで学ぼうとしない。 いつだって感覚だけでやってきた。 梓が軽音部に入部した当初、唯が音楽用語をまるで知らないことに、梓は驚いていた。 澪は自分の唯に対する指導の足りなさを責められているような気がして恥ずかしかった。 梓に指摘されても、当の本人である唯は全く恥ずかしがる様子もないのに、どうして澪が恥ずかしい思いをしなければならないのだろう? そう、澪の面倒見の良さに唯はどっぷり甘えてきた。 (そうだ。音楽だけじゃない。勉強もそうだったし。果ては口についたケーキやアイスを拭いてあげたりもしてきた。) しかし、唯はそんな澪の気持ちなど分からないのだろう。 唯にとってはそんなことは当たり前なのだ。 中学までは和が唯の面倒を何かと見て来たのだろう。 家では妹の憂が姉であるはずの唯の面倒を見てこれでもかというくらいに甘やかし続けている。 唯にとって自分の面倒を見てもらったり、誰かの力を借りたりするのは空気を吸うのと同じくらい自然なことなのだ。 みんな唯のことを甘やかし過ぎだ! しかし、そういう澪自身が、唯の面倒を見ずにはいられない。 それは律に対してもそうであったし、澪の性分でもあるのだろう。 みんなに愛され、世話を焼かれながらすくすくと成長する唯。 澪とは何から何まで境遇が違う。 (でも、こんなギターフレーズ、私も聞いたことがない。鳥肌がたってる。ムギの言う通りだ。私たちのサウンドじゃないみたい。いや、唯のギターが一瞬で私たちのサウンドを進化させてしまった。) 「天才」という二文字が澪の頭に浮かんだ。 (私はどれだけ頑張っても秀才にしかなれない。) 唯の感性、唯の集中力、唯の才能の前には私の努力なんて無力なのだろうか? 澪は、今しがた聞いた唯の演奏への感動と、自分の中にどうしようもなく渦巻く唯への感情にとまどい呆然としていた。 唯「澪ちゃん、どーかなぁ??」 唯が無邪気に澪を覗き込んで来る。 (ったく、人の気も知らないで。唯は・・・!) 唯にまじまじと見つめられ、なんとか心を立て直そうとする澪。 (でも・・・、そうだ。バンドの為だ。しっかりとしなきゃ。) 澪「い、いや、正直驚いた。唯のギターの方がいいと思う。この曲は次から、今のギターで行こう。」 唯「ほっ!良かった~!!澪ちゃんのお墨付きが出たよ~!」 唯は教科書やセオリーは無視して感性でなんでもやってしまうくせに、澪の意見には敏感で従順なのだ。 澪が唯を憎めず可愛いなぁと思ってしまう原因の一つであった。 (なんか私、いいように操られていないか?都合のいい女っていうか・・・。) そこまで考えて澪は苦笑しながら頭を振った。 (何を馬鹿なこと考えてんだろう?) 唯「じゃぁ、澪ちゃん、他の曲の感想もお願いね」 澪「え?新しいギターのアレンジ、今の曲だけじゃないのか?」 唯「うん、一応、全部の曲で作ってみたんだ~」 澪「えっ!!?」 唯は一晩で全曲のギターアレンジを完成させたらしい。 その日は新たな「放課後ティータイム」が生まれた日となった。 唯のギターがこれまでの「放課後ティータイム」のサウンドを一変させてしまった。 いや、あくまでも以前の音調の上に加味されたものであって、それはやはり5人だから出せる「放課後ティータイム」のサウンドには違いなかったが。 が、それ以外にも大きな変化があった。 もともと実は唯のギターに感動して入部した梓。 その後も唯のことは気になっていた様子だったが唯のマイペースについていけず、澪になついていたのが、この日を境に完全に唯に心酔してしまった。 澪に以前ほどには甘えて来なくなり、唯のスキンシップ攻撃にもあまり?嫌がらなくなった。 つまり、相変わらず唯から逃げ回ってはいたが、三回に一回は容認するようになった。 律のドラムは唯のギターのリズムとケンカしなくなって、より奔放に、よりアグレッシブになりバンドのグルーブの起点として機能し始めた。 紬は唯のギターを際立たせる為に、装飾系の和音を控えた。 それがバンドの音をより骨太にした。 唯はギターの進化にともない、歌も安定して来た。 歌詞を忘れたり、歌詞を気にすればギタープレイがおかしくなったり、そういうことが無くなった。 唯は感性のままに歌い、ギターを弾く。 そのプレイはどこまでも自由で、明らかに或る種のカリスマ性を感じることが出来るようになった。 同じメンバーであるのに、時折、唯の歌声やギターに耳を奪われ、プレイする姿に目を奪われるのだ。 そして澪。 もう澪のボーカルの助っ人は必要なく、澪はコーラスに専念出来た。 それでもメンバーに押し切られ、演目には一曲、澪のボーカルが入っていたが。 そして、律と唯のリズムがケンカすることを心配することもなくなった。 だが、それは逆に彼女のポジションを奪った。 リズムを刻むタイミングが変わってしまったのだ。 また、唯の個性的なギターが入った今、澪の素直なベースラインはただ演奏するだけでは音に埋もれてしまい、地味に感じられ、サウンドにプラスアルファを与えられなくなった。 一変したサウンドについていけず自分のプレイを維持出来ない。 澪はサウンドの中に自分の居場所が無くなったと感じた。 澪にとってこのような実感はとうてい受け入れられるものではなかった。 第五章 澪の執念 澪はその日から猛練習した。 練習して練習して、固くなったはずの指先に血がにじんでも練習した。 意地もあったし、バンドの足を引っ張る訳にはいかないと思った。 しかし、これまでサウンド面でも精神面でも軽音部の中心であったはず。 自分から望んでそうなったわけではない。 部長は律だったが、実質的には澪が軽音部をひっぱっていた。 律の立てる企画と言えばクリスマス会や、ピクニックなど遊びのプランばかりだった。 澪が練習のスケジュールを決め、合宿での練習を提案し、なんとか軽音部としての活動を維持してきた。 それでもあまりに軽音部の活動が目立たないと、生徒会から廃部させられそうになったこともあった。 まったく放っておけば、律と唯はケーキを食べてお茶を飲んで、遊んで・・・それしかしない。 紬はまだ頼りになったが、実際、傍観者でいることも多かった。 紬は軽音部の数々の騒動をどこか客観的に見ていて楽しんでいるようだった。 しかも、時が経つと、律&唯派になっていったような気がする。 梓は唯にだけはガミガミ言う。 しかし、唯に抱きつかれてしまうと動きが止まる。 軽音部のメンバーの性格上、澪がリーダーのポジションにいるしかなかったのだ。 澪はメンバーを監督し、スケジュールを立て、時には怒り、時にはなだめて軽音部を引っ張ってきた。 そういったわけで、軽音部は澪を中心に回っていたし、いつの間にか澪にとってもそれが自然になってしまっていた。 (私が引っぱっていかなきゃ、うちの部は続かなかったじゃない。) (そう。唯や律が遊びほうけてた間に、私は軽音部の為に頑張ってきた。) この二人は私が勉強を見なくちゃ、赤点ばっかりだったし! (私がいなければ軽音部なんてもたなっかたはずでしょ。) 愚痴めいた思いがぐるぐると頭を駆け巡る。 (梓だって、みんなのやる気の無さに部を辞めるって言い出して。なんとかしようと思ってたのは私だけじゃない!) (どうして私が居場所を無くしたような気持ちにならなくちゃならないの!) 目に涙が浮かんできた。 左腕で涙を拭う。 (いけない、時間がないんだ。) 澪は気を取り直してベースを抱え直す。 (本当は分かってる・・・。誰も悪くないんだ。) 私が未熟なのがいけないんだ。 その為には練習しかない。 ライブでみんなを驚かしてやるんだ。 絶対に足でまといになんかなりたくない。 ライブまでの澪の一週間の努力は執念と呼べるものだった。 これまでこんなに何かに集中したことはなかった。 何かについても充分な余裕を持って予定を立てる澪は、 追いつめられたことがあまりなかった。 この切羽詰まった感覚。 一秒、一瞬に自分を研ぎすまさなければ追い付かない状況は澪にかつてない集中力をもたらした。 澪はベースラインを一音、一音確かめながら改善出来る所は改善し、新しいフレーズを何度も反復練習した。 (ここは細かく跳ねた方が・・・。) (ここは、唯のギターを活かすために思い切って単純な構成にしよう。) (このパートは紬のキーボードの方が相性いいな。私の演奏は無い方がいい。) 今までよりも少しでも面白い音を考えた。 そして演奏技術の少しづつの上達。 (よし!私は出来る!頑張ってみんなといい演奏をするんだ!) 努力が実を結び出すと、それは澪に落ち着きを取り戻させてくれた。 4
https://w.atwiki.jp/83452/pages/11630.html
第六章 ライブ!! ついにライブ当日。 午後5時半、ライブハウスが開場となった。 新人バンドの常で、「放課後ティータイム」は一番手での出演だ。 客が入り始めた。 最前列には和や憂、さわ子の姿が見える。 唯「澪ちゃん、学校でのライブと違って緊張するねぇ」 唯はライブハウスの客の入りを見渡しながら澪に笑いかける。 澪「あ、ああ、そうだな・・・。」 しかし、緊張でガタガタ震えている澪から見ると、どう見ても緊張しているようには見えない唯だった。 律「うおぅ!気合い入るなー。いっちょ、かましてやろうぜ!」 しかし、律や唯の物怖じしない態度は澪にとっては救いだった。 (うん、大丈夫、大丈夫。始まってしまえばいつもと同じだ。私は、私のやってきたことを全部出せればいいんだ。) リハーサルでの照明効果はメンバーは初体験だった。 色とりどりの光線の演出はみんなの心を高揚させた。 ライブハウスのステージでの演奏は、やはり学校の講堂のそれとは違う。 アンプやスピーカーから鳴る音の迫力も桁違いだった。 梓「私も緊張してきました。予想以上にお客さんが多いですね」 律「他のバンドの客もいるからな。」 澪「100人以上は軽くいるな。」 紬「こんなところでみんなと一緒に演奏出来るなんて・・・。」 律「お!BGMが止んだぞ。みんな出番だよ!頑張ろうぜ!」 全員「おー!」 メンバーはステージ上でそれぞれの位置につく。 律は中央奥のドラムセットに座り、ムギは左奥のキーボードの前に。 澪は向かって左、唯はステージ中央前に。 ステージ右には梓。 澪はベースの感触を確かめながら精神を集中した。 ここしばらくは、自分でも頑張ったと思う。 お客さんにはもちろんだけど、他のメンバーにも私の演奏を聴いてもらうんだ。 唯「こんばんわぁ!放課後ティータイムです!!私たち、実はライブハウスで演奏するの、初めてなんですよぉ。」 唯のMCでライブは幕を開けた。 (やっぱり唯はすごいな。どうしてあんな沢山の人前で普通に喋れるんだ。) 澪は自分には出来ないことを平然とやってのける唯に今更ながら驚いた。 それと同時に頼もしさも感じる。 唯「えへへ・・・って言うか、私がこんな所でギターを弾いて歌うことになるなんて夢にも思っていませんでした。あ、そうそう、実はですねぇ、私、もともと軽音楽ってのは、軽い・・・・」 ドドン! ドラムの音に振り返る唯。 律「いつまで喋っとるんだ!」 このままでは、軽音部への入部のきっかけから現在の歴史までを話しかねない唯を律が急かす。 唯「えへへ。急かされちゃった。では、さっそく一曲目を聞いて下さい!私の恋はホッチキス!!」 律「ワン、ツー、ワン、ツー、スリー、フォーッ!」 唯はペロッと一度唇を舐めてからピックを弦に振り下ろした。 唯の楽しくてキュートで、そして奇想天外なオリジナリティ溢れるギターフレーズが虚空へ向かって放たれる。 照明を受けて虹色に輝く唯のレスポール。 その音色はくるくると表情を変えてライブハウスの空気を包み込んでいく。 ムギのキーボードが音曲に更に彩りを添える。 梓の小気味よいリズムギターが程よくサウンドを締める。 律のドラムも走ることなく、しっかりとみんなのメロディを支える。 澪は唯の新しいギターフレーズにあわせて、ベースラインを変えた。 考えに考え抜いたベースラインだった。 以前より元気のよいベースが唯のギターリフに噛みついたり、じゃれあうようにユニゾンしたり、遊び心たっぷりに軽快に鳴る、走る。 素晴らしい演奏! メンバー同志、みんなが笑顔で目配せする。 「私たち、すごいじゃん!!」 そしてサビでの唯と澪のハモり。 唯のやわらかな歌声に澪の硬質の低音がからみあう。 今までにないほど調和する二人の声。 ジャーン!! 一曲目が終わった。 ワッと客が湧く。鳴り止まない拍手。 「澪ちゃん!ベースすごいよ!!」 唯が驚いた顔で振り向いた。 梓「私も演奏しながら思わずベースに聞きいっちゃいました!」 ムギ「演奏することがこんなに気持ち良いなんて・・・!」 律「よっし!この調子で突っ走るぞ!」 放課後ティータイムで呼んだ客も他のバンド目当ての客の方も、この新人バンドには驚いたようだ。 メンバーは全員タイプの違う美少女で、演奏の実力は確かなものだ。 しかも聞いたことが無いようなオリジナリティーに溢れている。 そこにいた誰もが 「このバンドは将来、有名になる!」 と予感した。 観客の熱気は高まる一方で、曲を重ねるごとにライブハウスは盛り上がっていった。 そして曲順は澪のボーカル曲である「ふわふわ時間」。 澪「こ、今度はえーっと私が歌います。」 ピー!!ピー!! 男の客から口笛が飛んだ。 「可愛い!!」 「彼氏いんのー?」 只でさえ病的なほど恥ずかしがり屋の澪である。 澪「・・・・。あ・・・。」 男達のヤジで一気に不安定になってしまった。 そういえば「ふわふわ時間」は、ステージで転倒して公衆の面前で下着を晒してしまったという苦い思い出のある曲であった。 澪「あ、あの、あの・・・」 澪はまっ赤になって完全に舞い上がってしまっている。 (そういえば演奏に集中していたから気付かなかったけど、私、こんな所で演奏するの初めてなんだ~。お客さんもうちの生徒じゃないし・・・) そんな澪の様子を見て会場がざわつき盛り上がっている。 ドドドドン、ギュイ~ンッ 律と唯が音を出して会場を静める。 唯「みんなぁ!萌えるのも分かるけど、って言うか、私も澪ちゃんにはいつも萌えてるんだぁ。だけど、静かに聞いてあげて!曲は『ふわふわ時間』だよ!」 律のドラムと唯のリフで演奏が始まった。 澪は緊張のあまりそこから先をあまり覚えていない。 律と唯のフォローでなんとか澪は歌うことが出来たようだ。 途中、男性客からの声援がすごかったが。 やはり澪のルックスは人目を惹くらしい。 それからまた唯がメインボーカルとなって歌ったラストの曲では会場の手拍子が鳴り止まず、アンコールもまで入った。 「放課後ティータイム」はアンコールには 曲を用意していなかったので、「翼を下さい」のコピーを演奏した。 唯「大成功だったねっ!!りっちゃんっ!!」 楽屋で大はしゃぎで律と抱き合う唯。 律「私たちすごくね??」 二人は抱き合ったままぴょんぴょん飛び跳ねる。 紬「はぁ~・・・」 胸に手を当て目を閉じる紬。 唯「???ムギちゃんどうしたの?」 紬「ごめんなさい、私、ちょっと余韻に浸ってしまって」 梓「それにしても澪先輩のベース進化し過ぎですよ!」 律「いやぁ、さすが澪だな。ここ一番はやってくれるよなぁ!」 梓「唯先輩のギターと澪先輩のベースがすんごくあってるんですよ!本当に素 敵!!」 梓は頬を紅潮させ感動を訴える。 紬「お二人のボーカルも素晴らしいわ!」 唯「澪ちゃん!!やっぱ澪ちゃんは澪ちゃんだねぇ~。さすが澪ちゃんだねぇ~。」 唯が澪の手をとり握手する。 澪「そ、そんなに騒ぐことでもないだろっ?」 唯の握手に手をぶんぶん振り回わされながら、澪は顔を赤らめ、視線をそむける。 唯のまっすぐの視線はどうも苦手だ。 近頃は、唯への友情や好意と嫉妬や羨望がどうにも消化出来ない。 でも、なんとかまた唯と対等になることが出来たんだ。 自分の努力が実を結んだことに対して澪は満足と安堵を覚えていた。 和「すごかったよ!みんな!ほら!これ差し入れ!」 和、憂、さわ子が楽屋に入ってきた。 憂「おねぇちゃん!!びっくりした!ほんとにかっこ良かったよ!澪さんも!みんなみんなかっこ良かった!」 いつもは控えめな憂も珍しくテンションが高い。 演奏の素晴らしさが伝わったのだろう。 さわ子「あんたらいつのまにこんな凄いバンドになってたの?まったく気付かなかったわ!」 唯「さわちゃん先生ぇ~!」 さわ子「特に唯ちゃん!あんた何?演奏聞いてびっくりしちゃったわ!」 唯「ふふふ。さわちゃん先生。人は常に成長するものなのですよ」 憂「お姉ちゃん、頑張ってたものねぇ。」 憂がうっとりした表情で唯を見る。 さわ子「澪ちゃんも上手くなったわね。澪ちゃんは完成されていた感があったから、あれ以上上手くなるなんて思わなかったわ。」 澪「!!」 さわ子はたまに遠慮なくズバッと真実を言うときがある。 (そ、そうかも知れない・・・。唯のギターの成長がなければ、私は上手くなれなかったかも知れない・・・。) 自分がいつのまにか唯に引っぱられていたなんて・・・。 みんながわいわい盛り上がる中、澪は愕然としていた。 私はみんなをまとめてきた・・・。 お尻をたたいて練習させたり、時にはしかったりして。 唯にはギターも教えてきた。 でも、今、本当にバンドをひっぱっているのは唯だ。 唯はサウンドでバンドのリーダーシップをとっている。 いままであんなに遊びほうけていていたのに。 私がもっと練習しろって言ってもなかなか言うことを聞かなかったのに。 それが・・・、少し前に唯が本気宣言をしてからあっという間に「放課後ティータイム」は唯を中心としたバンドになってしまった。 勉強も、楽器も唯に負けた。 そして、バンドのリーダー的な立場まで唯に変わってしまうのだろうか。 第七章 澪と唯 ここで澪と唯のことを少し考えてみよう。 澪は常識的な人間だ。 何事を判断するにも常識という物差しを利用する。 常識から外れたことはしてはならないし、それは恥ずかしいことだ。 そして、ときには自分の常識を人にも押し付けてしまう。 まだ自分の常識が崩れていくのは恐怖であり不快なことだ。 これは順応力がさほど高くないということである。 新しい事態が起これば、澪は頭で対処方法を考える。 そして事態を理解し、把握してやっと安心出来るのだ。 この場合、リーダー的な立場に固執しているのではなく、昨日までの常識が崩れていくのが怖くて、不快なのだ。 そして原因であるはずの唯という人間がさっぱり分からない。 今までのように、唯をたしなめ、世話を焼いて、アドバイスをして・・・ そんな立場ならストレスもそうは感じなかっただろうが、 今や唯は勉強でも楽器でも澪を上回り、ひょっとしたら軽音部での立場さえも奪われるかも知れないという、いわば澪よりも出来た人間だった。 そんな唯にこれから々接すればいいのだろう? 澪は途方に暮れた。 一方、唯。 唯に言わせれば 「そんなの今まで通り、澪ちゃんの思い通りにすればいいんだよ」 こう言うだろう。 唯の行動基準は自分の気持ちだけだ。 したいことをしたいようにする。 したくないことはしない。 人の気持ちもあまり考えない。 興味のあることを目の前にすると人の話しは聞かなくなるし、唯の抱擁から逃げ惑う?梓にはそれでも、抱きつくし、あるときは、散々世話になっているはずの澪を、ギターのメンテナンスと引き換えにさわ子に売り飛ばそうとした。 そのときは澪は梓に助けられたのだが。 だから唯は何ごとにも極端な結果が生まれる。 興味のあるものと無いもの。 やる気のあるときと無いとき。 唯は同一人物かと思うほど結果に差が出る。 唯は思い通りに生きている。 それなのに唯は誰からも愛されている。 唯は澪がコンプレックスを抱いて当然の性格だったのだ。 ただ、今までは澪の方が唯よりも大人の立場で接することが出来ていたのでそれが表面化することがなかっただけなのだ。 更に続けると、別に澪が自分の中に持っている「常識」が澪自身の性格というわけではない。 心と常識は違う。 常識的な行動が澪を大人にしている面もあるが、常識という皮を一枚剥ぎ取ると、逆に軽音部で一番子供なのは澪かも知れない。 人はときには心を常識や理性で抑え、ときには押さえきれず心のままに動くものだ。 澪はすぐに泣く。 よく恥ずかしがる。 ときにいっぱいいっぱいになってしまって、 「やだ!やだ!」 と、まるで子供みたいにだだをこねるのも澪だ。 母親のことをママと呼んでいるのも澪だけだ。 しかしほけーっとしている唯は決していっぱいいっぱいにはならないたくましさを持っている。 「常識という判断基準があってこそしっかり出来る澪」 「心のままに行動し、順応出来る野生児の唯」 という見方が出来る。 その澪が常識的に比べられる部分、勉強も、楽器の演奏も唯に負けた。 そして、バンドのリーダー的な立場まで唯に奪われるかも知れない このケースの澪の不安や不快さを理解出来るだろう。 5
https://w.atwiki.jp/83452/pages/11635.html
第十章 憂鬱 5月も末になった。 あれから一度も軽音部のメンバーとは会っていない。 責任感からみんなの家に電話をし、一応はスケジュールの調整をやってはみたが、誰もが何かしらの予定が詰まっていて、なかなか全員の都合がつかないのだ。 しかし、唯だけはいつでも家にいて、「私はいつでもいいよ~」と同じ返事をして、 (あの子、大学ちゃんと行ってるのかしら?) と、違う心配を澪にさせる。 正直言えば、澪はバンドのスケジュール調整という作業にそれほど熱意を持てずにいた。 別に雑誌に載ったショックだけで澪は落ち込んでいる訳ではなかった。 そのショックが、今まで心の奥にあった不満が心の表面に出て来るきっかけになったのだ。 澪一人がいつでも真面目にバンドのことを考えていた。 少なくとも、本人はそう思っていた。 律や唯相手では、澪がそう思うのも無理はないが。 真面目と言えば、梓だが、梓はまだまだ律や唯の敵ではなかったし。 そしてどうしても心に引っかかる唯の存在。 唯に対してのコンプレックスを自身の努力で克服したと思った矢先、今度は世間の評価で差を付けられてしまった。 そんな訳で、澪の不満はどうしても唯に向かって具体化してしまう。 (唯ばかり注目を浴びて良い記事を書かれてる・・・!私が一番頑張っているのに!私がいつも我慢してみんなを引っぱっているのに!) 唯と自分との記事の内容の差が、澪に暗い影を落としていた。 唯は音楽的に高く評価されているのに、澪は胸やお尻のアップの写真、そして「巨乳」というレッテル。 (私は乳だけの女か!) ここで、澪の心を少し理解しなければならない。 澪は恥ずかしがり屋ではあるが、実は人一倍かまってほしいという欲望も強いのだ。 本人は気づいていないかもしれないが、 「恥ずかしい」 と過剰なほどに感じるということは、見られることに非常に敏感だということだ。 このような人間は、心の奥底では注目を浴びたい、賞賛して欲しいという思いが強い。 だから人一倍頑張るし、みっともないところは見せたくないと思うわけだ。 注目されたい、誰かに褒められたいと思う澪は評価を常に気にする。 自分のしたいことをただもくもくと遂行する唯とは全く違う性質を持っている。 しかし、このような心理=澪の性格という訳ではなく、澪は常識的理性が強く、例え、本心がこのようなものでも、自分では自覚していないし、行動としては控えめである場合が多い。 だが、ふとした瞬間、追い詰められたとき、人の心の深いところが水面に浮き上がるように現れる。 (律も遊んでるだけじゃない!ムギだって特に何もしてないじゃない!) そして澪のような人間は被害者意識が強い。 自分を律する分、他人にも同じような行動を求める傾向がある。 そして他人が同じように動けないとなると、 「どうしてこんなことが出来ないの?」 という思いに駆られやすいのだ。 澪のここ数ヶ月のストレスが一気に吹き出てきていた。 予定を立てるにしても、澪任せなメンバーの非協力的?な態度。 まるで自分だけが焦ってこのバンドを必死にささえようとしているようだ。 人間、上手くいっている時は多少のすれ違いがあっても仲良く出来る。 環境が同じなら同じ体験を共有出来る。 ささいなことでも簡単に共感出来る。 桜が丘高校にいたときは、全てが味方してくれた。 環境と言う大きな支えがあったのだ。 澪は自分一人が頑張っても何も変わらないような気がしていた。 (もう知らない!) 大学に行く以外は部屋にこもっていじけていた。 和「澪、ごめん、まった?」 澪「ううん、今来たとこだよ。」 大学の学食。 久々の和との食事だった。 澪はずっと和に会いたかったが、授業の関係でなかなか会えずにいた。 澪はわざわざ、授業を一つキャンセルして、和との時間を作った。 澪はここしばらくの悩みを和に話したかったのだ。 和「それは大変だったね。」 澪「でしょ?私の苦労を分かってくれるのは和だけだよ」 和は澪がどうにか甘えられるたった一人の友人だった。 澪はこのところの出来事を順を追って和に話した。 和はあいずちを打ちながら黙って聞いてくれた。 澪「結局、私一人が頑張っても駄目なのかも知れない。みんな違う大学だもんね。続けるのは難しいよ。」 和は澪の話しを最後まで聞くとしばらく黙り込んだ。 そしておもむろに話し始めた。 和「澪。」 澪「ん?」 和「いいかげん、澪も大人ぶるのを止めて楽になったらどう?」 澪「え?な、何を言ってるの和?」 和「だから、澪、背伸びをするのをよしなさいって言ってるのよ。」 澪「ちょ、ちょっと何を言い出すのよ、突然・・・」 和「いえ、あなたのためを思って言ってるのよ、澪。自分一人が何でも分かってるって感じで話してるけど、結局、何も出来ないでしょう?」 澪「・・・・」 和「自分だけ苦労しているつもりになったって、高校のときならともかく、あの子達をまとめるなんて無理よ」 澪「ひどい・・・」 和は共感してくれると思ったのに・・・。 だが、共感してくれると感じている相手だけに、澪にとって和の言葉は無視出来ない力のあるものだった。 和「いい?澪。軽音部のメンバーの中で一番子供なのはあなたよ。」 澪「・・・・」 澪の心は張り裂けそうだった。 和は澪を傷つけようとしてわざこんな風に話しているのだろうか? こぼれて来る涙を止めることが出来ない。 和「澪、冷静に聞いてね?私は何もあなたの人格を否定しているわけじゃないの。実際、軽音部はあなたがいなかったらつぶれていたかも知れない。」 澪「・・・・」 和「それはあなたが律や唯よりもしっかりしていたからだわ。」 澪は、そう言われると、素直に「そうでしょ?」とは言えなかった。 和「でもね、それはあなたが『しっかりしなくちゃ』って頑張ってしっかりしてきたということでしょ?あなたは自分に厳しすぎるのよ。 『こうでなければならない』『みっともないことは出来ない』って自分で自分を戒めてきたんでしょ? 律や唯は心のままに生きてるわ。 自分がかっこいいとか悪いとか他人の評価なんてあんまり気にしない。 だから心が強くなるの。でも、あなたは自分の心を押さえつけて生きてるわ。 それでは、あなたが何か学習しても、それは自分の心を守ったり、自分の心を押さえつける方法を学ぶことになってしまうわ。」 澪は和の言わんとするところが分かってきた。 和が澪の為を思って言ってくれているのも理解出来る。 しかし、いきなり全てを受け入れるには澪はそこまで強くなかった。 これ以上、和の話しを冷静に聞いていることは出来なかった。 澪「帰る!」 澪は席を立って駆け出した。 家に帰ってベッドに潜り込みたい。 人目を気にせずに泣きたい。 澪は部屋につくなり服も着替えずにカーテンを閉め切り、電気を消してベッドに潜り込んだ。 しばらくして、ふとんのなかから澪の手だけがにゅっと出てきて枕元のミニコンポのスイッチを押す。 軽音部の学園祭での演奏が流れ出した。 楽しかったあの頃の記憶。 高校時代に戻りたい・・・。 どれくらい時間がたっただろうか。 澪はカーテンの隙間から窓の外を見た。 まだ陽は明るい。 時刻を見ると4時を回ったところだった。 私は大学に友達もいない。 今日は和も置き去りにして帰ってきてしまった。 もう口も聞いてもらえないかも知れない。 (和の言う通り、私だけが頑張っているわけじゃないんだろうけど、実際、私が動かないと全然、活動も出来ないじゃない。) 軽音部のみんなとは・・・、もう、いいや。 私、疲れちゃった。 10
https://w.atwiki.jp/83452/pages/11642.html
唯の心は「澪のかわいさ」という物質でいっぱいに満たされ、どうにかしないと、本当に死ぬんじゃないかというほど、はち切れそうになった。 キスをチュッ、チュッと繰り返す唯。 澪は積極的ではないが、唯のキスを受け止めているようだ。 唯は顔を上げて、澪を見下ろした。 澪は目を閉じてかすかに震えている。 (私、今、すごいドキドキしてる!) 唯にとってもこの先は冒険だった。 そもそも、自分がとっさにこんなことをするなんて思っても見なかった。 澪もっと抱きしめたい。 澪の可愛さを知り尽くしたい。 その衝動が抑えきれない。 (これっていけないこと?) さすがに唯の頭をよぎる考え。 しかし、どうやら澪は唯を受け入れている。 (澪ちゃんも同じなんだよね?) 唯の根拠のない確信がその考えを追い払った。 そして、唯の確信はそのほとんどが正しい。 (ええい!このドキドキが正しい!) 澪は顔を横にして目をそらしている。 耳まで紅らんでいる澪。 その瞳には涙が浮かんでいたが、唯はその涙が悲しみの為ではないことを知っている。 澪が恥ずかしいときに流す涙。 律や唯がさんざん萌えてきた涙だった。 唯は澪のシャツのボタンを外し始めた。 一瞬、澪の手が唯の手を押さえる。 唯は、「めッ」と澪を睨んだ。 澪の手から力が抜ける。 澪のきれいな肌があらわになった。 澪は顔を横にして目をそらしている。 耳まで紅らんでいる澪。 その瞳には涙が浮かんでいたが、唯はその涙が悲しみの為ではないことを知っている。 澪が恥ずかしいときに流す涙。 律や唯がさんざん萌えてきた涙だった。 唯は澪のシャツのボタンを外し始めた。 一瞬、澪の手が唯の手を押さえる。 唯は、「めッ」と澪を睨んだ。 澪の手から力が抜ける。 澪のきれいな肌があらわになった。 澪に愛撫を加えるのに夢中な唯。 唯の愛撫によって澪は様々な仕草をし、声を出す。 唯は胸がキュンキュンしてたまらない。 唯「澪ちゃん、今の表情、可愛いなぁ・・・、もう一回見せて?ねぇ?」 唯 「澪ちゃんの声、可愛過ぎる!今の声、もう一回、聞きたいなぁ?」 澪はイヤイヤと首を振るが、唯はどうすればもう一度、澪の可愛い仕草が見られるのか、声が聞けるのか学習していく。 澪は恥ずかしいながらも、ちらっと唯の表情を見た。 唯は目をキラキラさせながら、熱心に澪に愛撫をしている。 心から、澪を求めているようだ。 誰にも見せたことがない澪の表情。 誰にも聞かせたことのない澪の声。 唯は極めて熱心に、そして真面目に、それを欲している。 (唯は私を自分のものにしたがってる) 努力して認められたかった。 なんとかして居場所を作りたかった。 でも、唯はありのままの自分を必要としているようだ。 澪の本当の姿、飾ることのない本当の自分。 それをこんなに熱心に唯は探り当て、自分のものにしようとしている! 澪は今、考える頭は持たなかったが心の奥でそれが分かった。 それを唯に与えるには・・・。 別に何もしなくてもいい。 ただ、澪が澪であればいいだけだ。 失ってしまうようなものではない。 澪が澪でいれば唯は満足するのだ。 澪は唯の望むままの自分を晒した。 唯の動きに豊かに反応する澪の心と体。 今、澪は、唯と対等になった。 どんなに努力してもコンプレックスを抱かされた天才肌の唯。 澪が澪であるだけで、それらは雪のように消えてしまうものだったのだ・・・。 澪はまだまだ頭では分からないだろう。 しかし、心の奥に、誰に言われずとも小さな自信が根付いた。 それは同時に、澪のなかの女の目覚めでもあった。 求められても、求められても与え続けることが出来るもの。 唯が澪に求めることによってそれは覚醒した。 澪はまったく素直だった。 何も考えず、心だけでいられる瞬間、忘我の時。 決して唯に翻弄されたわけではなかった。 唯と澪は求め合い、深くつながった。 唯は夢を見ていた。 大好きなアイスを好きなだけ食べている夢。 唯「もう、入いんないよ・・・、憂ぃ」 (ああ、こんな幸せでいいのだろうか。) その時、脈絡もなく澪が現れた。 唯「あれ?澪ちゃん?」 澪「口のまわりにアイスついてるぞ!」 澪は唯の口の周りをハンカチで拭いてくれた。 唯「ありがとう、澪ちゃん」 澪「ほら、これも食べるか?」 澪はスーパーの袋いっぱいのアイスを差し出した。 唯「ええぇ~?」 唯は嬉しいやら、困ったやらで声を上げた。 その瞬間、唯の景色は暗転した。 唯「アイスはもう~・・・、ん?」 (あれ?アイスは・・・) 唯の目に入ってきたものは締め切ったカーテン、暗い部屋の壁。 しかも、それはどうやら自分の部屋ではない、見慣れないものだった。 きょろきょろ見回す唯。 澪と目が合う。 唯「・・・・・?」 (あれ?あっ!そうだ!) 唯「・・・・わっ!そうだ、澪ちゃんちに来てたんだっけ!」 澪「あ、あぅ、ゆゆゆ唯・・・、あのさっ、」 なぜだか、澪はあわてている。 (?・・・どうしたんだろ?澪ちゃん・・・。) その時、つい先刻までの記憶が蘇った。 唯「くっ、くくく・・・」 唯は突然身体をまるめて、痙攣でもしているように身体を揺すり、くぐもった声を出し始めた。 (澪ちゃん、可愛かったし、暖かかったな~。) 澪「ゆ、唯?どうした?唯?大丈夫か?」 澪は唯の背中をさすった。 (澪ちゃん、優しいなぁ!) 唯「・・・たよ。」 澪「え?な、なんだって?」 唯「すっごい可愛いかったよ、澪ちゃん・・・!」 唯はばっと起き上がり、澪を押し倒した。 もう一度、澪の可愛いところが見たかった。 澪「ちょ、いやーっ!!」 澪は両手で顔を隠そうとしたが、唯はもう手慣れたものだ。 の両手首を掴んで、開かせる。 澪の顔をじっと見つめる。 視線をそらす澪。 唯「だめっ!澪ちゃん、こっち見て!」 (駄目だよぉ、澪ちゃん。もう、私、澪ちゃんのこと随分分かっちゃったんだから!) 強気な唯。 澪「・・・・」 澪は黙ってしまう。 唯「こっち見るの・・・。」 澪は逆らえずにそーっと唯の方を見る。 もう耳まで顔が紅らんでいる。 (う~ん、飽きないなぁ・・・。) 澪の目が唯を見つめる。 唯は先ほど、澪の可愛さを満足行くまで堪能したせいか、幾分余裕があった。 (なんだかすごく優しい気持ち・・・) つーっと澪の瞳から一筋の涙が零れる。 (あれ?また、澪ちゃん、泣いてる・・・。強引すぎたのかな・・・) 唯は心配になった。 唯「なんで泣くの?嫌だった?」 澪はふるふると頭を横に振った。 (ほっ) 唯「そ、良かった。」 (なら、もっかいキスしとこ。) 唯は優しく自分の唇を澪のそれに重ねた。 その行為で、唯にとっての冒険と言おうか、イベントと言おうか・・・、それはは幕引きとなった。 気持ちが切り替わっていく。 興味が急速に移り変わる。 (私、運動して、寝て・・・。お、お腹が減ったなぁ・・・) 唯「澪ちゃん、私、お腹減っちゃった。なんか食べにいこ!」 唯はベッドから這い出て、ぱっぱと衣服を身につける。 澪「あ、ああ、そうだな・・・。」 澪ものろのろとベッドから這い出てきた。 そして、気付いたように言葉を足した。 澪「ま、まったく唯はどんなときでも食べることだけは忘れないな!」 さすがに唯も澪の精神構造が以前よりもよく分かるようになった。 (さっきまであんなだったのに、澪ちゃん、すましてる!) 唯「ムフフ」 そんな澪も可愛いと唯は思った。 澪「な、なんだよ・・・?」 むきになる澪。 唯「なんでもないよ。行こ?・・・ムフフ。」 唯も悪趣味だ。 さすがに三年間、律と一緒に澪をいじりたおしてきただけあって、澪の弱みを握るともう、いぢめたくて仕方がなくなってくる。 唯が「ムフフ」と笑うだけで、そのたびに真っ赤になり、涙目になる澪。 (お腹減った・・・。) めまいのしそうな空腹を覚えつつ、「ムフフ」を繰り返す唯であった。 二人は歩いて近所のファミレスに向かった。 (お腹が空いた・・・。) 唯は早くファミレスに到着したかったのだが、どうも澪が後からとぼとぼと歩みが襲い。 唯は澪の手を握った。 早く、澪を連れてファミレスへ行くのだ。 澪は恥ずかしそうに俯いた。 (やっぱり澪ちゃんもお腹が減ってるんだな!) 唯は澪に笑いかけた。 「ふんす!」 一つ気合いを入れた唯は澪の手を引いて、道を急ぐ。 (ごはん、ごはん!) 唯もたまにりりしい顔をする。 可愛そうな澪は唯のりりしい横顔を見て、大誤解をしていたのだが、まぁ、当人がプラスに納得しているのならそれでいいだろう。 完 戻る 17 ※紬編
https://w.atwiki.jp/83452/pages/11626.html
戻る 作者さんお疲れ様です -- (名無しさん) 2011-02-24 01 34 29 作者さんが自身のブログで連載されてて途中から途絶えてたと 思っていたのですが…続きが読めて嬉しく思います。 -- (名無しさん) 2011-02-24 03 01 41 一時間半も掛かったな…… このレベルを一期で書けるのは相当だ…梓編も見たかったのは秘密(ぁ -- (名無しさん) 2011-02-24 04 52 40 すげえなこれ、久々に面白かった。 そしてこの澪が俺すぎて生きるのが辛い。人に頼るのってホント難しい -- (名無しさん) 2011-02-24 06 10 49 夢中になって読んでしまった面白いな。 -- (通りすがり) 2011-02-24 07 10 48 心理描写がいい。 -- (名無しさん) 2011-02-24 07 35 40 心理描写が良く、文面からもキャラ達の気持ちが伝わっていて面白かったです。 できれば、梓編も掲載して欲しいです。 -- (ディゴッド) 2011-02-24 08 36 19 よくキャラ分析されてるなー 1期の時でこのクオリティというか、キャラの掘り下げはすごいわ 今までのSSで一番好きな唯澪の距離感でした。 -- (名無しさん) 2011-02-24 22 38 51 つまんない -- (名無しさん) 2011-02-24 22 49 39 ここまで長くする必要があったのか・・・ -- (水素ポケガイ) 2011-02-25 01 20 54 ~だった。っていうキャラの気持ちの断定が多くて、読み手が考える余韻が無いから、 あれこれ想像して楽しめる話では無いかな。 会話も少なく堅い調子の説明的な部分も多くて、 読む人によってまるっきり評価が違うと思う。 -- (名無しさん) 2011-02-25 18 49 33 キャラの心理面については本編のシーンを 引用しているのは良かったと思う。二次創作を読んでいると、 「これ本当に「けいおん!」か?」という不安が たまにあるけど、原作のシーンと関連付けることで、 俺が二次創作を楽しむ理由の一つである「こういう展開も考えられたか」 と読む動機が持続出来たというのが理由。 ただ、セリフを台本形式にするか小説のようにするか はっきりしてほしかった。文から読んでいるのに、 ”キャラの名前「」”が出ると、余計に疲れる。 -- (名無しさん) 2011-02-25 21 50 54 内容に引き込まれはしなかったけどキャラ分析には感心した。 -- (名無しさん) 2011-02-25 22 32 15 逆だろ、内容はそこそこだが 唯澪語った唯澪ディスりかと 勘違いするくらい前半は・・ -- (名無しさん) 2011-03-05 04 49 46 ごめんなさい。あまり面白くなかったです・・・。 -- (名無しさん) 2011-03-22 21 39 21 ↓ ちょっと同感かな なーんか重いような・・・ でもきっちりまとまってて・・・ 一言で表すなら「本当に澪が作った作品」みたいなw -- (ねむねむ) 2011-03-31 11 17 39 校正済みの16までの感想。澪の掘り下げが私好み。 2期の澪の幼児退行・依存ばかりが目立って嫌だった。 -- (名無しさん) 2011-04-18 15 39 20 面白かった。作者は今までの人生で、 人間の心のありようを 深く分析してきたんだろうな。 -- (名無しさん) 2011-05-05 05 25 27 萌えってもう死語なんだなぁとしみじみ でもやっぱり唯ちゃんは天使 -- (名無しさん) 2011-05-05 08 19 24 個人的にはこういった分析的な文章はすごく好きだ。 -- (SS廃人) 2011-05-24 21 47 24 この澪ちゃんは俺 -- (名無しさん) 2011-09-21 04 26 19 話自体はよく出来てたと思うけど、澪ばかり苦労したり、唯との比較や雑誌で辱めを受けてたりと、読んでて個人的には正直辛かった。 自分はちょっともう、このSSは勘弁です。 -- (名無しさん) 2011-09-21 06 17 48 読むのがだるい これ以上に長いのを平気で読んでたけどこれはだるい -- (名無しさん) 2011-09-21 16 18 04 なんか、唯至上な話かな。 天才肌設定でも余り露骨過ぎるのは、読んでも違和感を感じてしまう。 -- (名無しさん) 2011-09-24 07 29 16 久しぶりに読み返したが面白かった。 けいおんのSSで最も好きな作品の一つだ。 -- (名無しさん) 2011-10-25 20 14 25 唯澪好きと澪だけ好きがはっきり分かる米欄だな、同じ批判でもこうも違うとは -- (名無しさん) 2011-11-20 05 56 09 38 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/06/10(木) 01 44 20.82 ID kNg3rNUX0 ちょっと風呂に入ってきます。 これは、ある人がミクシーの秋山澪ファンクラブのコミュに書いたものです。 すごく評判が良かったのですが、本人は拡散するつもりがないらしく、 俺が本人の許可を取って転載しています。 VIPにしては、文字量とかが多く、とっつきにくいかなぁ。 かなり初期のmixiからの転載なんだよな 初期でコレは凄いとしか言えない -- (タバスコ) 2011-11-20 18 25 12 設定って実際、原作でも天才だし仕方ないぜよ あそこまでの絶対音感は音大生でもそうそういないし -- (名無しさん) 2011-12-14 01 55 56 国立行っただけで天才なら日本は天才多過ぎだろワロタ -- (名無しさん) 2012-02-29 08 26 05 二、三年かかってこのサイトにあるssほとんど 読破したけど、これが一番面白かったよ。 -- (名無しさん) 2013-12-15 10 48 45 この作品が初期に作られたものとは驚きました。 少ない情報を自分なりに解釈して ここまで掘り下げることが出来るなんて 素直に凄いと思います。 また何処かで 作者さんの他の作品が読める日が来ることを願っています。 -- (名無しさん) 2013-12-15 23 10 25 なぜかぞわぞわっとする内容。 作者の思い入れがぎっちり詰まってるような。 -- (名無しさん) 2016-08-02 23 49 47 脱線してるがバランスも取れてる。 昔ならではの面白さ。 長いので外伝も読むと疲れるな。 -- (名無しさん) 2016-12-04 22 14 29 原作やアニメではサラッと流されてるからその異常さが目立ってないだけでやってる事は紛う事なき天才肌のそれだぞ -- (名無しさん) 2021-04-19 12 48 06