約 2,363 件
https://w.atwiki.jp/mahousyouzyoapple/pages/40.html
夢じゃ、なかったのよね。 狭山純子は教室の片隅でぼんやりと考えていた。確かめるように右の頬に触れてみた。細長いかさぶたがあるのがわかる。昨日、爪の長い怪物につけられた傷だ。狭山は昨日のことを思い出す。 あれは一体なんだったのだろう。あの後、呆然としている狭山を、少年はホテルへと誘った。ワケも分からず付いて行こうとすると、アップルが駆け足でこちらにやってきて、少年を叱った。 「またかよ先輩。ちっとは恥を知りやがれ。出会ったばかりの女の子に手をだすなんざ、便所臭い鼠にも劣る最低の振る舞いだって何度も言ってんだろうが」 「冗談だよ、冗談。林檎ちゃんはきついなー」 少年は悪怯れる風もなく、笑った。また、ということはこの少年はいつもこのようなことをしているのか、と狭山はぼんやりと考えた。 今思えば、貞操のピンチだったのだな、と狭山は苦笑する。いや、貞操だけではない。生命すら失うところだった。 それから、彼女は二人に送られて家路についた。道中、少年は自分の名は飛南瓜光次郎だと言った。彼の制服は、狭山が通う中学のものだった。狭山は考えた。軽薄そうな美少年の隣を歩く、奇抜な格好の大柄な女性、彼女は一体何者なのだろう。腕力、体力、戦闘技術、どれをとっても人間離れしていた。それに、あの炎を出した魔法のような力はいったい。考えれば考えるほど、謎は深まっていった。 そういえば、アップルと名乗ったこの女性は、少年のことを先輩と呼んでいた。もし少年が狭山と同じ牌ヶ原中学校の生徒だとすると、この大柄な女性も中学生、それも狭山と同い年か、たった一つ上の年齢ということになる。この、まるでグリズリーのような巨大な体躯が、十三か、十四そこらの年齢の少女のものだなんて。 狭山がアップルをちらちらと見ていると、飛南瓜がいろいろと話しかけてきた。年齢、クラスはどこか、クラブには入っているか、星座、血液型、体を洗う時どこからあらうか、好きな男のタイプは何か。狭山は聞かれるがままにそれに答えていた。すると、突然アップルが怒ったように「いい加減にしやがれ」と叫んだ。夜空の星まで届くようなその怒声に、狭山は驚いて彼女の方を見た。アップルの目には奇妙な色の炎が灯っていた。 「わかったよ」 飛南瓜はいたずらっぽく口を窄める。それから三人はほとんどしゃべらず、田舎の道を歩いた。そのうち、狭山の家に到着し、そこで二人と別れた。 「今日のことは内緒にして、出来る限り忘れてもらいたい」 別れ際にアップルが言った。何故、と反射的に尋ねる。アップルは無言で首を横にふった。 「済まないが、言えない」 「でも、改めてお礼もしたいし」 「まあまあ、いいじゃない」 飛南瓜が二人の間に入った。 「僕たちは僕たちで事情がある。わかるかい?」 「……もし誰かに話したりしたら?」 「食べちゃうかも」 飛南瓜はそう言って舌舐めずりをした。すると、アップルは大きくため息を付いてから、さあそろそろ帰るぞ、と言った。 「じゃあな」 「ばいばい」 「あの、今日は本当にありがとうございました」 狭山が頭を下げると、二人は顔を見合わせたあと、にっこり笑った。そして狭山に背を向けて夜の闇の中へと消えていった。 「起立」 担任教師の声が突然聞こえ、狭山は回想を終わり慌てて立ち上がる。昨日出来た太ももの痣を机にぶつけてしまい、小さな声が漏れる。クスクスと言う笑い声が、耳に入った。 「礼」 他の生徒がありがとうございましたと言うなか、彼女は無言で口だけ開閉しながら頭を下げた。そして、手提げカバンを掴むと、大急ぎで教室から外に出た。駆け足で廊下の角を曲がり、階段を駆け下りる。 そこでふと、階段の踊り場に一枚のポスターがはられていることに彼女は気がついた。 「新入生募集 クラヴマガ部」 達筆な筆字で、たったそれだけ書かれている。 クラヴマガ。彼女はこの言葉に聞き覚えがあった。昨日、飛南瓜が言っていた。あのアップルと言う女性が使っていた格闘術。たしかその名前がクラヴマガだった。 狭山はクラヴマガ部とやらのポスターを何度か読み返す。 そこにはデカデカとした文字で「新入生募集 クラヴマガ部」と書かれている以外には、部長・椎名橋林檎、顧問・桂浜竜果としか書かれていなかった。 まてよ。狭山は考える。林檎。この名前にも聞き覚えがある。そうだ、あの飛南瓜は確か、アップルのことを林檎ちゃんと呼んでいた。クラヴマガをしている、林檎ちゃん。間違いない。狭山は部室棟へ行こうと、慌てて階段を駆け下りた。階段の下にいた男子学生と危うくぶつかりそうになる 「おいおい、危ないだろ」 男子学生が注意する。すいません、と謝った後、狭山はクラヴマガ部の椎名橋林檎について、彼に尋ねてみた。 「ああ、戦乙女のことね」 「戦乙女?」 「そういうあだ名だよ。2年の椎名橋林檎だろ、有名だよ。女子だけど、スゲーでかくて、スゲー強いんだ。だから、戦乙女。知らないの?」 狭山はしらないと答えた後に、飛南瓜についても尋ねてみる。男子生徒は彼に対しても知ってるよ、と答えた。 「イケスかねえヤツだ」 彼によると、飛南瓜はいつも女の尻ばかり追い回していて、学校中の女生徒、はては女教師にまで手を出しているらしい。 「だけどなあ、あいつもめちゃくちゃ強いんだよ」 飛南瓜はなんでも、ブラジリアン柔術部の部長で、全国大会優勝の経験もあるらしい。 「暴走族の総長の女に手を出して、フクロにされた時も、一人で返り討ちにしたって噂だぜ」 狭山には信じられなかった。飛南瓜が女の尻ばかり追い回していると言うことにではない。それはなんとなく予想出来た。驚いたのは、彼がそんなに強いということにだ。 「なに、君、格闘技に興味があるの? 一年生だよね? どう、うちの部に入らない、サンボ部なんだけど」 男子生徒の誘いを、狭山は丁重に断った。それから、彼女は残念そうにしている男子生徒にお礼を言ってから、校舎の端にある部室棟へと向かった。 校舎の端の部室棟のさらに端に、クラヴマガ部の部室はあった。一旦深呼吸してから、狭山はドアノブを回す。 そこにいたのは大柄な女性。忘れるはずのない、昨日のあの姿。ただ、昨日と違うのは、不可思議なドレスではなく、制服を半分脱いだ、下着姿であったことだ。可愛らしい、淡いピンク色のブラジャーに締め付けられている、彼女のはちきれんばかりの大きな胸は、苦しそうにすら見える。布で覆われておらず、何にも隠されていない腰は、ウエッジウッドのように白く、滑らかだった。膝まで脱がれたスカートで隠されていたのだろうパンティも、ブラジャーと同じ色をしていた。その体に無駄な脂肪はどこにも見あたらない。さながら、ギリシアの彫刻のように美しい。狭山がそれを観察して息を飲んでいると、こちらを向いたアップルと目が合った。 太い声の悲鳴が部室棟に響く。狭山は失礼しました、と言って、慌ててドアを閉めた。 それからしばらくして、ドアが開いた。学校指定のジャージを着た女が姿を現した。 「ごめんなさい、大声出しちゃって」 彼女はそう言ってから狭山を部室にはいるよう促した。狭山は部屋の中に入り、ドアを閉め、先程のことを謝った。アップル、椎名橋林檎は首を振って、私が鍵をかけなかったのが悪いから、と静かに言って、部屋の中の椅子を指し、座るようすすめた。昨日とはまったく違う、静かで優しい口調だ。狭山はそれに従う。 「昨日の子よね」 「はい」 「あのことは忘れてって言ったじゃないの」 「でも」 「でもじゃないわ。これ以上私や、スナックンのことに関わられたら、あなたの命を保証することが出来ないわ」 「スナックン? なんですか?」 狭山の問いに林檎は口をつぐむ。それから、諦めたように首をふった。 「もう帰りなさい、あなたと話すことは何も無いわ。昨日のことは夢だったのよ」 「お願いします、教えてください。私、知りたいんです、私が襲われたのがなんなのか、あなたたちの力がなんなのか」 「知ってどうするの?」 「それは……」 今度は狭山の方が言葉につまる。わたしは、いったいどうしたいのだ。私はどうして彼女のことを知りたいのだ。どうして? 「ぐぁー」 自問していると、突如、男の悲鳴が聞こえた。林檎は突然立ち上がり、「ここで待ってて!」と狭山に向かって叫んだ。 そして、勢い良くドアを開けると、大きな足音を立てて部室から出て行った。林檎の言葉を無視して、狭山もそれに付いて行く。 校庭では、さっき狭山とぶつかりそうになった男子生徒が怪物に襲われていた。昨日狭山が襲われた浅黒い殻に覆われた怪物が四体、そして狐のような顔をした怪物が一体である。狐頭の怪物の両腕は鉄製の洗濯バサミのようになっていて、時々それを開けたり閉じたりして、そのたびにバシッと鋭い音がする。 「グヒャ、グヒュ、グヒャヒャ、喰ってやるゼイ、お前、喰って、俺の頭良くなるゼイ、もっと強くなるゼイ」 狐頭の怪物はそう言って男子生徒ににじり寄る。男子生徒はサンボの間合いに持ち込もうとするが、しかし、怪物の関節が人間のそれと明らかに違うことに気づくと、へなへなとその場にしなだれ落ちた。 「超戦闘魔法・アップルトランスフォーム・変身!!」 廊下を走りながら、椎名橋林檎は叫んだ。彼女のジャージが端の方からみるみるうちに消えていく。見事に筋肉のついた彼女の裸体が顕になる。林檎が右腕を振り上げると、そこに炎が巻き起こり、彼女の身体を包み込んだ。そして、その炎がちりちりと音を立てて消えていったかと思うと、そこにいたのは、狭山が昨日出会った戦士、超戦闘魔法少女アップルだった。 「行くぜ!!」 アップルの雄叫びが廊下に響く。 「グヒャ、グヒュ、グヒャヒャ、喰うぜ、喰うぜ、タラフク喰うゼイ」 狐頭の化物、闇生物ピンチーフォックスは手のハサミで男子生徒の頭をはさみ、宙へと持ち上げる。 「いてー、砕けるっ!」 男子生徒は悲鳴をあげる。 「安心しろヨ、おまえの脳からこのまま潰して喰ってやるゼイ、脳みそは頭蓋骨をこうして砕くと格別なんだヨ」 「そこまでだ、スナックン!」 勇ましい声がピンチーフォックスの後ろから聞こえた。 「誰だァ!?」 気をとられたピンチーフォックスは、ぼとりと男子生徒を落とす。男子生徒は這いつくばって逃げて行く。 「天知る、地知る、人が知る、邪悪な力も我を知る、真っ赤に燃えるは闘志の炎、長野県最強の戦士、超戦闘魔法少女アップル!! 只今参上!!」 ピンチーフォックスはじろりと彼女を見る。 「シッテル、シッテル、お前シッテル、俺の仲間いっぱい倒したヤツダロ、殺すゼイ、殺して喰ってやるゼイ!! かかれ、ドリアンヌ!」 ドリアンヌと呼ばれた怪物、浅黒い外殻に覆われた怪物がその長い爪を振りかざして襲いかかってきた。 ふん、と彼女は鼻を鳴らし、左足を高く上げる。 「千秋!」 彼女の脚に炎が灯ったかと思うと、あっという間に四体いたドリアンヌが全て吹き飛ばされる。 「雑魚が……」 アップルは追い打ちをかけるために飛び上がり、そしてドリアンヌの頭を次々に踏みつぶして行く。鈍い音がして、彼らの頭は潰れていく。そして、全ての頭を踏潰してから地上に舞い降りた途端、轟音を上げてドリアンヌたちが一斉に爆発した。 「次はお前だ」 アップルが振り返る。と、そこにはピンチーフォックスと、狭山純子がいた。狭山の頭をピンチーフォックスの洗濯バサミが挟んでいる。 「お前、部室に残っていろって言っただろうが!」 「すいません」 「おしゃべりはそこまでだゼイ」 ピンチーフォックスが力を強め、狭山が小さく声を上げる。 「さあて、おまえさんが強いということはヨウク知ってるゼイ、だからな、このオンナを人質にとってやるゼイ、こいつの生命が惜しかったら、そこから動くんじゃネエ」 そう言って、ピンチーフォックスは高笑いを上げた。勝ち誇った、学校中に響く高笑い。 「遺言はそれだけか」 アップルの声が高笑いの中に聞こえたかと思うと、ぼとり、と音を立てて、ピンチーフォックスの腕が、落ちた。 「テメエの肉はミートパイにも使えねえよ、クソギツネ」 そう冷たく言い放つアップルの姿が、ピンチーフォックスの懐にあった。 「バカナ……」 「バカはお前だよ」 炎を纏った左足で、アップルはピンチーフォックスの腕以外、つまり胴体を蹴り飛ばした。怪物の身体が校庭の真ん中に落ちたかと思うと、爆音と熱風が校庭中に広がった。 「ありがとうございます」 狭山はまた頭を下げた。男子生徒はもうどこかへ逃げたようで、姿が見えなかった。遠くからバタバタと足音が聞こえた。 「人がくるな」 アップルは右腕を振り上げる。すると、一瞬にしてドレスがジャージへと変化した。 「私のこと、しゃべらないでね、お願い」 椎名橋林檎はそう言って、その場から走り去っていった。 「待ってください!」 狭山もそれを追いかける。 「だから、私に関わらないでって、言ったじゃない」 部室の中で林檎が言った。 「私たちのことを知れば、あなたが危険にさらされる、私たちのことを知ったって、何一ついいことないわ!」 「そんなことないです!」 狭山が叫んだ。自分でも驚くほど、大きな声だった。 「私、林檎さんのこともっと知りたい、だって、だって……」 狭山は大きく息を吸う。 「私、林檎さんとお友達になりたいから!」 それから、しばらく二人は黙っていた。狭山は直前の言葉に、なんとなく気恥ずかしさを覚えた。りんごの香を見ると、彼女もその頬を赤らめていた。目が合い、二人は微笑み合う。突然、ノックの音がした。ガチャリとドアが開き、背の低い男子生徒と、髪の長い女子生徒がひとりずつ部室に入ってきた。クラヴマガ部の部員か、と狭山は考えた。 「大変よ、大変、校庭にまた化け物が現れたって、大騒ぎよ!」 髪の長い女性とが入ってくるなりそういった。そして、すぐに狭山を見つける。 「あれ、林檎ちゃん、その子、誰? 入部希望者?」 髪の長い女子生徒が林檎に尋ねた。 林檎は首を振って「違うよ、友達だよ」とだけ答えた。 次回予告 私の親友、無礼門京子、彼女がスナックンに殺されたですって!? 許さないわ、スナックン、おまえら全員、八つ裂きにしてこの世に灰すら残してやらないからな!! 次回、超戦闘魔法少女アップル第二話「乙女は死から逃れ、復讐を誓う」 見ないヤツはシナモンを振りかける価値すらない!! (作・恋人が南十字星)
https://w.atwiki.jp/sysd/pages/1151.html
東亜ディーケーケー 本店:東京都新宿区高田馬場一丁目29番10号 【商号履歴】 東亜ディーケーケー株式会社(2000年10月1日~) 東亜電波工業株式会社(1944年9月19日~2000年10月1日) 【株式上場履歴】 <東証1部>2013年10月31日~ <東証2部>1961年11月2日~2013年10月30日(1部指定) 【合併履歴】 2000年10月 日 電気化学計器株式会社 【沿革】 昭和19年9月 CR発振器等の通信用測定器の製造販売のため、東京都文京区高田老松町に東亜電波工業株式会社を設立。 昭和24年8月 東京都新宿区高田馬場に移転。 昭和33年4月 東京都新宿区高田馬場に工場用建物を建設。 昭和36年9月 埼玉県狭山市に工場用地を取得。 昭和36年11月 東京証券取引所市場第二部に株式を上場。 昭和38年5月 埼玉県狭山市に狭山工場を建設し開発部門を移転。 昭和42年5月 埼玉県狭山市に狭山工場を増設し生産部門を集合移転完了。 昭和42年6月 当社製品の生産を行なうため、関係会社アリス電子工業㈱を埼玉県狭山市に設立。 昭和43年4月 東京都新宿区高田馬場に本社ビル完成。 昭和47年4月 当社の荷造運送等の業務を行なうため、関係会社東波興業㈱を東京都新宿区に設立。 昭和48年8月 当社製品の生産を行なうため、関係会社岩手東亜電波㈱を岩手県遠野市に設立。 昭和59年9月 東京都新宿区高田馬場に賃貸用ビルを完成し、賃貸業を開始。 昭和62年11月 決算期を8月31日より3月31日に変更。 平成2年2月 三井造船株式会社と資本・業務提携契約を締結。 平成7年7月 埼玉県狭山市に貸店舗用ビルを完成し賃貸を開始。 平成7年7月 ISO9001を認証取得。 平成12年10月 電気化学計器株式会社と合併し、商号を東亜ディーケーケー株式会社に変更。 平成12年10月 ISO14001を認証取得。 平成14年6月 研究開発部門を集約するため、東京都武蔵野市に武蔵野RDセンターを開設。 平成14年8月 当社狭山テクニカルセンター内へ関係会社アリス電子工業㈱を移転。 平成15年10月 埼玉県狭山市に所在する事業用土地の賃貸を開始。 平成17年2月 当社狭山テクニカルセンターに多目的ホールを新築。 平成17年10月 バイオニクス機器株式会社(東京都東大和市)を株式交換による完全子会社化。 平成17年11月 ハック・カンパニー(米国コロラド州)と業務及び資本提携契約を締結。 平成18年11月 電子計測機器部門を日置電機株式会社へ事業譲渡。 平成18年12月 山形東亜DKK(生産子会社)工場増設。 平成19年3月 三井造船株式会社と資本・業務提携契約を終了。
https://w.atwiki.jp/boueisyousetu/pages/59.html
地球防衛大 SINCE_2016 大1話「防衛大」(承) 真っ暗になった視界の上のほうから うっすらと光が拡がってくる。 狭山は自分が鈍い銀色に囲まれていることを確認すると、 ほっ、と軽く息を吐いた。 先程までの「あれ」は現実ではない。 仮想空間構築マシンが見せた幻である。 日本国防衛大の特殊兵器運用技術養成学科が開発した その機械の正式名称は Kinematic Landscape's Environment In Neurofilament 通称 K.L.E.I.N.(クライン) この機械を使えば、実戦に近い状況を想定したテストを 簡単に行うことができる。 狭山はこのシステムのテスト生の一人である。 狭山・・・彼は日本国防衛大 下士官養成学科所属の準隊員。 本名 狭山 教(サヤマ キョウ)。 配属は陸軍系。 この物語の主人公である。 狭山の着ているボディスーツにかかっている圧力が抜けていく。 頭がまだ痺れている。鼓動はまだ落ち着かない。 狭山は大きく深呼吸をした。 意識がはっきりしてくる。 狭山は銀色の塊から抜け出し、 その「部屋」の扉のノブに手を掛けた。 扉の向こうから、聞き覚えのある声が聞こえた。 「狭山、任務ご苦労だったな。」 彼は日本国防衛大 戦術理論養成学科所属の準隊員。 本名 上条 征一(カミジョウ セイイチ)。 配属は陸軍系。 歳も隊歴も狭山より先輩である。 「上条さん、何ですかあれは?何の実験だったんです?」 「・・・今回は2つの実験を同時に行った。 1つは、うちの大学の兵器開発技術養成学科が開発している 装着式浮遊装置『ジェットパック』の実用化テストだ。 そしてもう一つは、特殊兵器運用技術養成学科に要請された 緊急のテストだ。」 「緊急のテスト?」 「ああ。詳しいことはわからないが。」 「それなら実験前に私に教えてくれれば・・・」 「話は最後まで聞け。特運(「特殊兵器運用技術養成学科」の略) の市村がそのことについて話があると言っていたぞ。 昼食をとったあとに来るようにとのことだ。」 「2つの実験を同時に行った理由について、ですか?」 「・・・理由はあとで文書の形で送られてくる。 その他に、お前に何か別に話があるのだと思うが。 兵器(「兵器開発技術養成学科」の略) の結城も同じように呼ばれているようだ。」 「・・・わかりました。では失礼します。」 狭山はその「部屋」を出た。 戦術理論養成学科棟 兵器情報解析室。 例の機械・・・『K.L.E.I.N.』を使ってテストをし、 その結果を実戦のために解析している場所。 廊下を歩く狭山の頭からはまだあの光景が離れていなかった。 人の何倍もある体をもった『アリ』。 (あの実験に何の意味があるんだ・・・?) 狭山は軽い眩暈を覚えた。 ********************************************************* 2015.7.21_15 12 狭山が戦術理論養成学科の学科棟を出てしばらく進むと 防衛大の合同棟が見えてきた。 合同棟には全学科の学生が利用する設備が置かれていて、 その中には食堂もある。 (もう15時を過ぎているのか・・・他の学生がいないな。) 合同棟に入り大きな廊下をまっすぐ行くと、 狭山は、廊下の壁に掛かっている防衛大の敷地内地図の前に 見慣れない人がいるのに気づいた。 年齢7・・・80ほどの、老年の男性のようだ。 防衛大の地図を見ながら、何か困っている様子だった。 「お困りのようですね。僕でよければ 敷地内をご案内しましょうか?」 狭山はその老人の横に行き、地図と老人を交互に見ながら言った。 「おや、ここの学生の方ですか?これはどうも。 実は、下士官養成学科の獅島先生の お部屋を探しているのですが、 この地図では細かな場所の名称が分からず、 この通り、困っております・・・。」 「ああ、獅島先生の部屋ですね・・・この地図で言うと、 下士官養成学科の学科棟の1階の、ここの部屋ですね。 棟まで行けばもっと細かい地図がありますが・・・ そこまでご案内しましょうか?」 「いえ、そこまでわかれば結構です。私、 獅島先生のお部屋がこの合同棟にあるものと勘違いしておりました。 あなたも他に用事があるご様子。 あとは私一人で行けますので・・。 どうも、ありがとうございました。」 「どういたしまして。」 その老人は一礼してから、合同棟の外へと歩き始めた。 「・・・あの人、獅島教官のお客さんだったのか。」 獅島(シジマ)教官は、狭山の所属する下士官養成学科の教官で、 階級は陸軍曹長である。 (あの教官にお客さんとは、珍しいな。) 狭山はそんなことを考えながら、再び食堂のほうへ向かった。 ********************************************************* 狭山は食事をしながら、あの部屋で見たあの光景について 考えていた。 人ではないものとの戦闘。 あれは機械などではなく、生物だった。 (仮想空間の中とはいえ、実戦と無関係のテストはしないはずだ。 いつか、あんな敵と戦うときが来るとでもいうのか?) 考えを巡らせながら、狭山は黙々と食事を口に運んでいた。 その時。 『バシャッ』 「きゃっ!?」 狭山は首の後ろにとてつもなく冷たい液体をかけられて 情けない声をあげてしまった。 あわてて首の後ろに手を回すと、一瞬の冷たさの後に 掌が焼けるように熱くなるのを感じた。 それに驚いて掌をブンブン振ると、 その液体は白い煙となって蒸発し、虚空に消えた。 (なんだこれは・・・ドライアイス?) 常温で蒸発するこの状態変化は、 確かに二酸化炭素の固体、俗に言うドライアイスのものだった。 「誰だ、こんなことをするのは・・」 狭山は、はあっ、と息を吐きながら周りを見回した。 しかし、予想に反し、周りには誰もいない。 (なんだよ。どこから飛んできたんだ?) 狭山が不思議な感覚に包まれながら窓の外を見ると、 隣の棟の3階に見覚えのある顔が。 (あいつは・・・) 「すいません狭山さん!当てるつもりは無かったんです! ただ、気づいてもらおうと思って・・」 隣の棟・・兵器開発技術養成学科の棟の3階に、 すまなそうな、それでもどことなくいたずらっぽい表情をした 男がいる。作業着を着ているあの男は・・・ 「すいませんじゃないぞ結城!! 幸い周りに人がいなかったからよかったものの、 恥ずかしい声を出してしまったじゃあないか! こんなことせずに、早く下に降りて来いよ!まったく・・」 (悪気があるわけじゃあないんだろうが、こんな所、 市村に見られていたらと思うと、ぞっとする・・。) 狭山は身を震わせた。 5分ほど後、食堂に結城がやってきた。 彼は日本国防衛大 兵器開発技術養成学科所属の準隊員。 本名 結城 和人(ユウキ カズヒト)。 配属は陸軍系。 歳は狭山と同じだが、隊歴は狭山よりも1年短い。 よって、狭山からは後輩として見られている。 「狭山さんも市村さんに呼ばれているみたいですね。」 「ああ・・それはいいとして、さっきのは何だ?」 「え?あ、これのことですか?」 腰に付いている大きなポーチから取り出された『それ』は、 見た目では普通の霧吹きにしか見えなかった。 ただ普通の霧吹きと違うのは、ノズルの先端部に 奇妙な形をした機械が取り付けてある、というところだ。 「簡単に説明するとですね・・・ このタンクの中に二酸化炭素を液体にしたものを入れていて、 それをスプレーしているわけです。 ただし、常温では蒸発してしまう二酸化炭素を すぐに蒸発させないように、 このノズルに付けた装置が働いています。 その仕組みとは・・・」 「いや、もういい。・・・やはりさっきのは二酸化炭素か。 目に入ったら危ないぞ。人に向けて使うなよ。 以後、気を付けろ。」 「はい、すいません・・。」 (この男は・・こういったものを作る技術と熱意には 非凡なものがあるが、それ以外はというと・・・。 まあ、誰でもそんなものか。) 「わかれば、いい。では、市村の所に行こうか。」 「はい。」 狭山は結城を引き連れて食堂を出、 市村の待つ特殊兵器運用技術養成学科の棟へ向かった。 ********************************************************* 「他学科の学生の方ですね?学生証を拝見させていただきます。」 特運の学科棟は他の棟より出入りの管理が厳しい。 3日以上前からアポを取っておくか、 各研究室の責任者の許可がないと入ることができない。 「はい。確認できました。特殊兵器運用技術養成学科の市村さんが、応用技術開発室でお待ちです。」 もちろん、狭山と結城は応用技術開発室の室長の市村から 入室の許可を受けているので、すんなりと入ることができた。 エレベーターに乗って特運学科棟の最上階・・七階に行き、 エレベーターから出て右を見ると、 入り口の上に応用技術開発室と書かれた 札が付いている部屋がある。 狭山と結城は部屋の前まで来た。 二人はそれぞれ自分の学生証を取り出し、 その部屋の扉にかざした。 数十秒後、がちゃりという音とともに、扉がひとりでに開いた。 「お入り。」 二人が部屋の中に入ると、またひとりでに扉が動き、閉じた。 制服を着た狭山と作業着姿の結城。 その視線の先には、白衣をまとった女性がいる。 「早かったわね。教ちゃん、和ちゃん。 教ちゃんのテスト、よほど早くに終わったみたいね。」 彼女は日本国防衛大 特殊兵器運用技術養成学科の正隊員。 本名 市村 翔子(シムラ ショウコ)。 配属は陸軍系。 歳は狭山と同じ、隊歴も狭山と同じ。 しかし、准尉という階級を持ち、 応用技術開発室の室長を務めている。 「いやみみたいに言うな。 それに、防衛大の中では上の名前で呼べ。 気が緩む。」 「上の名前で呼ぶのは堅っ苦しくて嫌なの。 そういうのは置いておいて本題に行くわよ。 奥の部屋まで来てちょうだい。」 (こいつは・・・月並みな言葉で言うと「天才」だ。 しかも、普通の目で見ると「美人」だ。 だが・・・S度が尋常でなく高い。 今日も、振り回されなければいいが・・・。) 「何か言った?」 「いや、なんにも。」 制服と作業着が、白衣の後に続いて奥の部屋に入る。 ********************************************************** 部屋の中央には大きな机があった。 大きな机の中央部はレンズになっている。 その上には、巨大な白い球体が浮かんでいる。 また、天井にも机に付いているものと 同じようなレンズが取り付けられている。 「まず最初に、私の所属している学科が開発した 仮想空間構築マシン『クライン』を簡単に説明するわ。 この映像を見てちょうだい。」 市村はそう言うと大きな机の横に取り付けらてあるボタンを押した。 部屋がぼんやり薄暗くなる。 机のレンズと天井のレンズが映写機のように光を放つ。 白い球体の表面にに影と色が現れる。 影と色が『クライン』の形を造っていく。 まるでそこに実物があるようだ。 「これが『クライン』の外観ね。これを使えば仮想現実を あたかも現実であるかのように錯覚させることができるの。 だから、被験者に実戦に近い心理状態を擬似的に作り出し、 より精度の高いデータを得られるというわけ。 次に・・・」 鈍い銀色の物体の映像が、白色の機械へと切り替わった。 「これが兵器開発技術養成学科・・・和ちゃんの所属している学科で開発中の装着式浮遊装置『ジェットパック』の外観。 知っての通り、圧縮空気を噴射して空を飛ぶ装置ね。」 ここで結城が口を挟んだ。 「今もっともアツい空気圧縮技術ですね。 ほら、この装置も・・・。」 結城が腰のポーチからあの装置を取り出そうとした・・・その時。 『ドゴン!!』 重厚な音。 「サンダアーーーッ!!!!?」 可哀相な叫び声が響き渡った。 (目で追うのがやっとだったが・・・あの瞬間、市村の腕が ムチのようにしなり、指が結城の眉間をロックオンして 「撃ち抜いた」・・・。) 結城は床にもんどりうって倒れた。 「今は私が話してる!!しばらく、そこの床で頭を冷やしてなさい。」 結城は床に突っ伏したままだが、息はある。 市村は狭山を睨み付けて 話を続けた。 「・・・このジェットパックの実験は 1ヶ月以上前から予定されていたもので、 装置の『クライン』用動作データは十分なものが用意されていた。 教ちゃんがテストしたときも、実物と同じ重量はもちろん、 実物とほぼ同じ動作を表現できていたはずね。 そして・・・」 映像があの巨大な生物に切り替わる。 市村はあいかわらず狭山を睨み付けたままだ。 「・・・昨日緊急に要請した新実験・・・ 教ちゃんには言わずもがな、黒色巨大甲殻昆虫・・・『アリ』よ。 何故こんな化け物と教ちゃんを戦わせたかと言うと・・・」 (・・・と、言うと・・・?) 狭山はごくり、と唾を飲み込んだ。 「・・・もう人間同士で争う必要がなくなったからよ。」 ********************************************************* 「は?」 狭山は決して声を出さないつもりだったが、 思いがけない言葉に疑問の声を上げてしまった。 結城も床に突っ伏したまま、 疑問に満ちた目で市村のほうを見ている。 市村はさらに続ける。 「地球防衛軍・・・EDFの現在の戦力を知ってる? EDFと世界中のその他の戦力を比べると、その比は5 2。 世界中が束になって掛かっても適わない戦力差よ。 だから、もう人類同士の争いに使うデータは取らない。」 狭山の疑問は増えるばかり。 市村はまだ続ける。 「もちろん、EDF以外の国が争うことがあるかもしれない・・・。 でも、それはEDFが解決してくれる。」 狭山の疑問は募る。 市村はもっと続ける。 「それなら、私たち日本国防衛隊隊員のすることはただ一つ。 『日本国』を『防衛』することよ。」 狭山は疑問で頭がパンクしそうだ。 「・・・。」 「・・・。」 無言の時が流れた。 「・・・。」 「・・・どうして何も喋らないの?」 「え?」 「私が言ったことに対して疑問があるでしょう? あるなら言ってちょうだい。」 (くっ・・・この野郎・・・。) 狭山は唇を噛んだ。 そして・・・最大の疑問を爆発させた。 「・・・EDFと協力体制を築きつつあるのは知っている。 だから、国同士のいざこざの解決をEDFに任せるという 『上』の決定もなんとなくわかる。 でも・・・どうして、『アリ』なんだ? 日本を『アリ』から守ってどうするんだよ?」 その問いに、市村は微笑みながら答えた。 「束になって来られたら絶対に勝てないからよ。」 「何だよそれは。何のためのテストだ?」 「理由は色々あるけど、一番の理由は 自然災害時の救助訓練のためね。 『クライン』で火災や地震なんかの災害を 再現するのは難しいから、 代わりに『アリ』にした、というわけ。 今回は急なテストだったけど、 本来は『アリ』から逃げながら市民を救出する、 っていうテストなのよ。」 「だったら、あんなに怖くするな。リアルすぎる。」 「やっぱり、怖かった?テストデータが楽しみね、教ちゃん。 いい声が聞けそう。」 市村はすごく嬉しそうだ。 逆に狭山は・・・ (・・・このドSが!!) 心の中で叫び声を上げていた。 「何か言った?」 「いや、なんにも。」 狭山は今日も振り回されてしまった。 ********************************************************* 2015.7.21_17 36 「それじゃあ、寮に帰る。 テストデータ・・・有効に利用してくれよ。」 「ええ。未来へと繋がる能力の開発 技術の発展に利用させてもらうわ。」 (どのクチが言ってるんだ。) と狭山は言いかけたが、すぐにその言葉を飲み込んで 感情を悟られぬように後ろへ振り返った。 そして、部屋の入り口へ歩き出した。 結城も狭山に続いてよろよろと続く。 どうやら軽い脳震盪を起こしているようだ。 結城は狭山に小声で話しかけた。 「・・・狭山さん・・・僕は何のために呼ばれたんですか? これじゃあ僕、デコピンされに来たようなものですよ。」 (あれはデコピンだったのか。 結城、可哀想だが、その通りなんだよ・・・。) 狭山はそう思ったが、言えば結城がもっと可哀想になるので 何も言わなかった。 そして、二人は無言のまま応用技術開発室を出、 特殊兵器運用技術養成学科の棟から外へ出た。 狭山がおもむろに口を開いた。 「結城・・・。」 「なんですか?」 「いつか一緒に、あのドS准尉から市民権を勝ち取ろうな。」 「はい・・・。」 このとき、二人の間に奇妙な連帯感が生まれた。 防衛大の寮は合同棟の向こう側にある。 近道なので、二人は合同棟の中を突っ切っていくことにした。 「・・・あれ?」 結城が何かに気付いた。合同棟の中、中央通路の入り口のほうにある巨大な ――縦3m×横5mぐらいもあるデジタル掲示板のところに、防衛大の生徒が数十人ほど集まっていた。 授業が終わったとはいえ、それほど目立ったことも書かれない掲示板に、いくらなんでも多すぎる人数。 生徒たちは何か興奮しているように見える。 「どうした結城?・・ああ、掲示板になにか面白いことが書かれているみたいだな。」 「行ってみますか?」 「ん・・まあ、明日の昼頃でもいいだろう。明日の朝は来週の各科合同訓練のための準備があることだし、 早く寮に帰って休んでおけよ。」 「うーん・・・でも、気になる・・・。」 「行っても見れないだろ。人が多すぎる。」 「じゃあ、掲示板を見た人に話を聞いてみます。狭山さんは先に寮に戻っててください。」 「わかった。早く来いよ。」 狭山は掲示板のほうへ行く結城を見送ると、寮へと歩き出した。 数分後、狭山は寮の近くまで来ていた。足取りは重い。 (・・・思ったより疲労が大きいな。たかが仮想空間と侮っていたが、あの『恐怖』は体の芯にくる・・・。 これは夢に出るな・・。) 頭に浮かぶのは『恐怖』の使者。 (・・・なるほど、自然災害と比べても遜色ないな。) と考えればあのテストも合理的・・・と狭山が思うわけがない。 『恐怖』と共に頭に浮かぶのは、あのドSの恍惚に満ちた顔。 「私はモルモットじゃあない!!」 狭山は叫ばずにはいられなかった。 そこへ。 「わっ!?狭山さん、何をハッスルしてるんですか?」 「!!?・・・結城、今のは見なかったことにしてくれ。それより、掲示板のほう、どうだった?」 「え・・ああ!そうですよ!!あの掲示板、とてつもなく面白いことが書いてあったみたいです!」 「面白い・・・こと?」 「ええ!・・・なんと・・・来月、防衛大とEDF訓練生とで合同訓練をすることが決定したそうです!!!」 「ああ、それは面白・・・な・ん・だ・と!!?」 *******************************************************
https://w.atwiki.jp/boueisyousetu/pages/58.html
地球防衛大 SINCE_2016 大1話「防衛大」(起) 21世紀初頭 世界各地で勃発した紛争を解決すべく 国家の枠組みを越えた超法規軍が組織された。 その組織の名前は・・・ Earth Defence Force (日本名:地球防衛軍) 通称 EDF その目的通り、彼らは各地での平和維持活動を成功させ、 地球はかつてない程の平和と繁栄を手に入れた。 だが、2015年現在、各国の軍隊とEDFは 完全に統合されるまでには至っていない。 それは日本も例外ではなく、 「EDF極東支部」と「日本国防衛隊」が 並存する形になっていた。 そのため、「防衛大」は 未だに「日本国防衛隊の養成施設」という存在だった・・・ 2015.7.21_14 34 「こちら狭山、まもなく指定のポイントに到着します。どうぞ。」 ビルの間を狭山は走っていた。 片手にライフルを携え、 背中には大きなバックパックを装着していた。 「こちら上条、それではもう一度レーダーを確認してくれ。 12時の方向に5つの生体反応があるのがわかるか?どうぞ。」 モニターに囲まれた部屋の中から上条は無線を送っていた。 狭山は左腕に取り付けてあるレーダーを確認した。 「はい。」 「よし、それではミッションを開始する。 ジェットパックの起動スイッチを押してくれ。」 狭山は「ジェットパック」と呼ばれた 機械の起動スイッチに手を伸ばす。 スイッチが押されると、短い電子音の後に ジェットパックは小さく振動し、 機械の上下にある吸気口から空気を取り入れ始めた。 「ジェットパックが起動しました。どうぞ。」 「了解。ではジェットパックの出力はこちらで調整する。 あとはそちらがやりやすいように操作してくれ。 健闘を祈る。」 無線が切られた。 ******************************************************* 昼下がりだというのに街には人の気配は無い。 狭山はここで得体の知れない敵に対して 自分ひとりで立ち向かわなければならなかった。 「さて、どうするか・・・。」 狭山は背中のジェットパックを見た。 ジェットパックとは、 軍で開発している装着式浮遊装置のことである。 まだ試作段階のこの機械は、手元のライフルの弾倉部に設けられた 4つのボタンによって操作できるようになっている。 4つのボタンはそれぞれ 「上昇」「下降」「前進」「後退」の動作に対応している。 その他の動作は装着している者の 体の動きに瞬時に反応して行われる。 狭山はまず「上昇」のボタンを押した。 すると、ジェットパックの下部にある噴射口から 圧縮された空気が破裂音を響かせながら噴射されていく。 それとともに、狭山の体が少しずつ宙に浮き始めた。 数秒後、狭山はビルの屋上に到着していた。 「最大上昇速度時速20キロ・・・出力80%でも自動車の徐行速度と変わらないのか。」 腕のレーダーにはジェットパックの速度や出力などの情報が 表示されるようになっていた。 そのとき、突然、レーダーにある赤い点が強く光り始めた。 敵がこちらに気づいたのを知らせる合図だ。 「ほかの操作は、敵の姿を拝んでからだな。」 (今からどんな敵と戦うのか、オレは何も知らされていない。 ただ、双方の距離が2キロメートル以上あるにも かかわらず見つかるとは、敵がかなり性能の良い「眼」か「耳」を 持っているは確かだ。 それに、5体の敵がこちらに反応したのが ほぼ同時だったということは、 5体とも同じような能力を持っているようだ。) 狭山はそう思った。 「最初の実験でこの難易度とはな。それとも、背中の「これ」が 余程の活躍をしてくれるということか・・・?」 そうつぶやくと、狭山は弾倉の 「上昇」ボタンと「前進」ボタンを同時に押した。 ジェットパックは狭山の体を「上昇」させつつ 敵のいる方向へ「前進」させた。 (戦い方の指示はされていないが、 このジェットパックとライフルを兵装として与えられた ということは上空から敵を圧倒的有利な位置から 一方的に攻撃する作戦が鉄板だろう) という考えが狭山の頭の中で働いていた。 「高度100メートル、敵との直線距離500メートル・・・ そろそろ敵の姿が見えてくる頃か。」 高度を保ったままライフルを構え、スコープを覗き込む。 レーダーの反応に注意しつつ、ゆっくりと高度を下げる。 高度50メートルまで下がった、その時。 「なんだあれは?」 ビルの間に、太陽の光を反射して黒く光る「もの」が動いている。 「それ」は、狭山の体の3倍よりも、まだ大きい。 「巨大生物か・・・?」 「それ」には人間よりも多い数の足が付いている。 「それ」の顔は小さい頃から良く知っている。 「『アリ』か!? なんてデカさだ!」 ビルの谷間から現れた「もの」の正体は、巨大なアリだった。 「一体何のためにこんな化け物と戦わされるんだ? 無線も切られちまったし、やるしかないのか・・・!」 狭山はひとまず高度を上げることにした。 「高度80メートル・・・100・・・120・・・ 110・・・!?」 高度は120メートル以上にはならなかった。 「なんてことだ・・・!?この高度が限界なのか!!」 そこはまだ敵の攻撃が届く距離だった。 「・・・限界高度がこれじゃあ、実戦配備には程遠いな。 超C難度の実験になりそうだ。」 狭山はそう吐き捨てるように言うと、 「・・・さて、やれるところまでやってみますかね!」 ライフルを構えた。 ******************************************************* 『ドスッ』 弾丸が巨大な昆虫の硬そうな外皮にめり込むと、 そこから赤黒い液体が噴出した。 「ダメージはあるようだな。ん・・・?」 レーダーを見ると、敵の反応が移動していた。 左に2体、右に1体、正面に2体。 そのうち1体が先ほど弾丸を命中させた個体だった。 「なかなか合理的な知能も持っているようだ。 正面から行列で来てくれる、というわけにはいかないか。」 狭山は弾倉の「後退」ボタンを押し、相手と距離を取ろうとした。 だが、『アリ』の歩行速度はそれよりわずかに速かった。 「そういうことかよ。 裏に周らせないためには、裏周りしようとしている敵を 速攻で倒す必要があるということか。」 狭山は左方向の一番近いアリに向かって「前進」した。 そのとき、ジェットパックが一段と大きく振動し始めた。 「おっ・・・!?・・・やっと出力MAXか!」 「前進」速度も増加し、最大速度は時速50キロに達した。 前方のアリが射程範囲に入った。 (弾数を気にするヒマは無い。全弾喰らえ!) 狭山はライフルをフルオートモードに切り替え、引き金を引いた。 アリの体に装填されている弾のワンセット マイナス1発が 次々と撃ち込まれていく。 4発中3発が命中し、3発目が命中した時点で アリの生命活動が停止した。 レーダーから赤い点が一つ消える。 と同時に、ジェットパックの出力値が80%に低下した。 (・・・敵との距離が一定以下に縮まったら 出力を上げるようにしているのか?) 狭山が腕のレーダーを見つめていると、 出力値が100%に急上昇した。 「近くにいる!?」 狭山は下を見た。そこには地面があった。 「!!?」 いつの間にか、地面は足元にあった。 「高度10メートル!?なぜ・・・そうか! 前進時には圧縮空気を後ろに向けて噴射するから 高度が保たれないのか! 早く、上昇しなければ」 「上昇」ボタンを押す。 上昇速度がだんだん大きくなる。 時速30キロ。出力80%の時よりも少し速い。 周りのビルの中ほどまで上昇した。 レーダーの赤い点の明滅がどんどん早くなる。 アリは、近い。 「どこにいる・・・?高度・・・70メートル。そろそろ安全圏に」 急に視界の一部が暗くなった。 狭山が、ふと上を見上げると、 ビルの屋上に、アリ。 大きな複眼が正確に動点を追う。 鋭い巨大なアゴが狭山の体に上から被さるように近づいてくる。 触覚の動きが激しくなる。 ギザギザしたものが狭山の頭部を捉える。 ゆっくりと、確実に両アゴの距離が狭くなっていく。 「わ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!!!!!!?」 *******************************************************
https://w.atwiki.jp/hirireorikyara/pages/264.html
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ――――Piece10◇アクセル(悪/CELL)―――― ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ 回想。 なぜ狭山雪子らと丹羽雄二が時間差を置いて登場したか。 それは丹羽らが、例の轟音の元へ向かおうと駆けていた時の事であった。 「――銃声、だな」 丹羽の耳に、早野が加藤清正を撃った銃声が入ってきた。 天王寺、狭山も同様なのか、頷いて丹羽の呟きに同意する。 先の轟音の位置も、情報が音だけということもあり、あまりはっきりしたものではない為、丹羽らはそこが先の轟音の元凶となった場所だと判断した。 実際には、音と元となる倒壊した電柱はその先であるが、彼らの知るところではない。 「……で、どうするんですか」 天王寺が二人に尋ねた。 銃声が聞こえた。恐らくは先の轟音の元凶の所在も分かった。 では、それからどうするべきか。 元より天王寺には、意見と言えるほどの意見がなかったが為に二人に任せようと問いたのだ。 「私は、一旦様子を見てからでもいいと思います……」 狭山は控えめに発言する。 天王寺は一理ある、と頷く。 相手はどのような輩かは不明であるが銃を持っていることは確かなのだ。慎重に動いても損はないだろう。 「いや、俺は一回隠れながらでも接近してもいいと思うぜ」 丹羽は狭山の意見に反対するように意見を述べる。 天王寺はこれまた一理ある、と頷き返す。 相手が銃を持ち、実際発砲したということは銃を所有するものは殺し合いに乗ってるという可能性も決して低くはない。 加えて言うなら、発砲されたということは撃たれた相手がいるということ。そのものを助けれるということだって、場合によっては出来るだろう。この男らしいと天王寺は黙考する。 「じゃあ、こうしよう」 丹羽は意見をまとめる。 ちなみに今はまだ路地裏でコソコソと移動していた最中。 先の音源は直ぐ近くだ。きっと十分もしないで辿りつけるだろう位置に彼らは立っている。 「俺はこの銃を持って今の銃声のところに近づいてみる。だから一旦狭山と天王寺はここで待機をしていてくれ」 イングラムM10を掲げながら弁ずる。 確かに理にはかなっている。 所有武器が強いて言えて丹羽が授けたスタンガンとカッター程度(丹羽がチェーンソーを授けようとしたら無理だと断わられた)の狭山と、 アンテニー・ダガーしか武装できていない天王寺が一緒に付いて行くより、よっぽど丹羽一人で行動した方がいいだろう。 銃を相手に、身体能力が高いわけでもなく近接武器しか装備できていない二人がついていったところで足手まといになるのは目に見えている。 一緒に行動する、見栄を張っていたにもかかわらずいきなり別行動するのも、これ如何に。などと言った思考がよぎったが、この場合それも仕方ないであろうと、落ち着いた。 だがしかし。 狭山はこの提案に付いて一つの懸念を抱いた。 「……でもそしたら、丹羽さんにもしもの事があったらどうするんです……?」 丹羽の安全性だ。 狭山は知っていた。 このバトルロワイアルには、常識に囚われない非日常めいた強者が多かれ少なかれ存在することを。 たとえば銃を持っていたところで、神社で暴れた行木団平やジャック・ザ・リッパーには簡単に平伏すこととなるだろう。 丹羽から見て、いままで強者と呼べたものは、殺戮機械(洲崎宏)と、殺戮機械(小神さくら)。確かに両名揃って銃をもってるからといって簡単にどうにかできる相手ではなさそうだ。 銃を持ってるから大丈夫。という思考回路も相当危ないものだろう、と丹羽は考え改め直す。 銃を持ってるからと言って、安全ではないのなら、どうするべきなのだろうか。 じっくりと考えを巡らせて、もう一度提案する。 「なら、俺がしばらく経っても戻ってこなかったら、それからどうするかはお前らで決めろ。……まあここは冷静に判断できそうな天王寺に頼むわ」 「……は?」 天王寺が理解不能と言った調子で相槌にもならなかった文字を零す。 丹羽と対面してから何度目だろうか、と考え、数え切れないほどあったな、と呆れを含む溜息を洩らす。 そんな天王寺の憐憫を知ってか知らずか、丹羽の言葉はそのまま続いた。 「そしたら……うん。俺に万が一にことがあったら助けられるかもしれない。もしくは逃げればお前らの安全はひとまず確保できる」 「い、いや待ってください!」 狭山から異論の声が上がる。 丹羽は不思議そうな顔をして、狭山の言葉の続きを促す。 近くの天王寺はすっかり傍観者の位置に立ち、誰を弁護する訳でもなく立ち尽くしていた。 狭山の異論の内容はこうだった。 「それじゃあ丹羽さんの安全の確保と言う意味では解決してません!」 その通りだ。 丹羽の後者の提案には前者の提案を前提としたもので、結局のところ丹羽の安全性が確保された訳ではなく。 加え増援するであろう狭山、天王寺両名の戦力は前述の通り期待できるものではない。 異論があがるのも当然の話であった。 対し丹羽もその意見は予測できたのか、間をおかず弁論を叙する。 「そうだな。確かにそうだ。……だけどな、狭山。このふざけた場所にいて、安全な場所がどこにあるんだ? 何処にいたって、悪いけど死ぬ時は死んじゃうんだよ。どんだけ生きたいと願ってても、どんなに安全性を確保したところで、死ぬときゃ死ぬんだ」 とても天王寺に風呂に入ることを提案した男のものとは思えない発言である。 あの時は血塗れの方が誤解を招きそうだったのもあり、正当性を兼ねることが出来ているのだろう、と天王寺は内心で推測していた。 推測したところでどうというわけではないが、天王寺は不思議と丹羽が言わんとすることを察す。 「そんな中で、……そうだな。後悔ないように俺は行動したいんだ。きっと……今、銃を撃った奴を、一見もせず放置しておくのは、きっと俺は後悔することになる」 天王寺の予想は、当たった。 実際『死ぬときは死ぬ』というのは間違いではなく、真理とも言える事柄だろう。 事実。丹羽雄二は今回のバトルロワイアルが始まってからここに至るまでに、大塚英哉と鬼一樹月の死と遭遇しているし、彼自身一度死を体験しているのだ。 死に対することで言えば、目の前の二人よりもよっぽど理解を得ている。 その中で、彼の決意はあくまでも自己満足から派生した彼なりの正義を貫きたかった。 たとえばそれは、河田遥を身を挺して護った時のように。 たとえばそれは、天王寺深雪を身の危険を顧みず更生させようとした時のように。 「……何があなたをそこまで突き動かすんですか」 「言っただろう……。俺はしたいことをするまでだよ」 狭山は彼の思考を不思議がる。 思えば最初に会った時も、彼は見捨てたほうが確実に逃亡成功率は高まるのにもかかわらず、天王寺の手を引き続けていた。 狭山だったらどうするか、と言うのはさておいて、彼の行動理念はどうにも理解出来るものではない。 とても、昨日まで変哲もない人々と、変哲もない生活を送っていた彼女には、分かりえない境地の思考だ。 それでも、信用できないかと言ったら、そうではない。 「……じゃあ、分かりました。そこまで強い意志があるのに私が止める義理はありません」 この場はこれで引いておいた。 彼女は、彼の言葉を覆すほどの強い意志をもっていた訳ではない。 彼女は、彼の意志を尊重と同時に、強固な意志を前に屈したのだ。 「我儘で悪ぃな……。……狭山の好意は素直に嬉しいよ」 「……礼を言われるほどの事はやってませんよ」 「そうかよ、じゃあ勝手に感謝しておくさ」 丹羽は微笑んで、天王寺の方へと視線を移した。 蚊帳の外で傍観者を気取っていた天王寺は急に話が振られ驚いた様子で丹羽を見る。 その様子を丹羽と狭山は微かに笑い、口調に笑いを残したまま丹羽は天王寺に言った。 「んじゃ、とっとと行ってするべきことをやってくるぞ。天王寺、狭山のこととか判断とか宜しくな」 「え、ええ。精々頑張ってください」 「そういうときは頑張ってね、でいいだろうに……」 嘆息。 狭山は二人のやり取りをどこか羨ましそうに見つめる。 その視線の居心地はあまりよろしくなかったのか、慌てた様子で丹羽は身体を例の発砲音の方へ向ける 「改めて、行ってくるよ……」 彼は言い残すと、今度こそ走りだした。 そして今に至る。 狭山と須藤の、再会へと。 □ ■ □ 丹羽雄二と天王寺深雪は同時に失敗を悟る。 判断は瞬時に行われ、刹那には結果が叩きだされていた。 ――その失敗は、丹羽や天王寺を傷つけるものにあらず。 「――――須藤、くん? 浅倉……くん?」 狭山がその言を洩らした瞬間。 誰よりも焦りの汗を流したのは、丹羽であった。 天王寺もまた、どうしましょうかといった青い顔で、丹羽にアイコンタクトで伝えようと試みる。 ――一向に解決案は、出てこない。打開策が見いだせない。 何に対して? ――決まっている。この須藤と狭山の邂逅と言う単純明快な事象に対しての、解決案、打開策。 「……狭山……さん」 須藤凛は、浅倉の死体を前に、顔だけをこちらに向ける。 泣き腫らしたその顔には、悲痛な笑みが浮かんでいた。 ――恐らくは、狭山に会えた嬉しさから、絶望の淵から見えた微かな光を縋った結果なのだろう。 それでも丹羽も天王寺も、そして狭山や須藤にとって。 望まない再会だったであろう。 少なくとも丹羽が須藤の立ち位置だったら、こんな再会は望まなかった。 こんなにも、悲しい再会は――心を痛めつけるだけなのに。親戚の葬式に顔を出すのとはわけが違う。 現実を直接受け入れなければいけない――そんな辛さに、変哲もない中学生が、耐えられるわけがないのだ。 よもや狭山は、本心から『友達に会いたい』と心底から願っていた――始末、この現状。……丹羽はそこまで考えて、一旦思考を閉ざす。 見れば、酸素の足りない魚のように、口をパクパクさせていた狭山から、ようやく言葉が紡がれようとしていたからだ。 「……ねえ、浅倉くんは……」 狭山が訊ねる。 いや、訊ねるというよりも、確かめる、と言う描写の方が適切だ。 ――浅倉翔の死は、あまりにも分かり易く見てとれた。この状態で生きている――と信じる方が間違っている。 血は今でもあふれ、須藤の服を巻き込んで浸食していく。 狭山だってそんな事は知っていた。 眼前で広がるこの景色を、見れないと言う方がおかしな話で、狭山が例から漏れるなんて事もない。 死んでいる浅倉翔を抱える、泣き顔でこちらを見つめる須藤凛の姿は、実にはっきりと。一分の訂正箇所もなく視認する。 それでも。 彼女は問うた。 受け入れ難い現実を、最後まで否定しようと。 言わば現実逃避をしたい彼女は、最後の藁(希望)に縋っていたかった。 ……だけど。 彼女が何を思おうとも、現実は揺るがない。 須藤の口から重々しく、事実が述べられる。 「……浅倉は死んだよ。……青髪の奴にたった今、殺された」 胸が裂けるような痛み。 四人が四人とも――須藤を含めて、その言葉が耳朶を通り抜けた途端に、楽天的なことは考えられなくなる。 緊迫された身体。 唇を動かすのすら、躊躇われる雰囲気の重圧。 空気に温度はあるのだろうか? そんな他愛のない疑問すら湧くほど、凍てついた空気。 少なくとも、丹羽と天王寺は二人の間に言葉を挟もうだなんて、とてもじゃないが思えなかった。 出来ることなんて何もない。 どうしようもないほど、今のこの現状は当人らの問題だ。 狭山と、須藤。そして浅倉の遺体を見つめる他に、彼らは凍てついた空間の中、行動できない。 「……、で」 最中。 狭山は口を開く。 マシュマロのように柔らかな唇は、端正な形を歪め、言葉を排出する。 されどノイズが混じったかのようにその言葉は何処に消えた。 「……なにかな」と、何も感じられない、まっしろよりも虚無な声で須藤は狭山に促す。 光失せた双眸を埋(うず)める浅倉を抱いて、須藤は未だ浮かべた涙を拭う。 されど狭山はそんな彼の悲痛な姿を見つめず、冷たき地面を向いたまま、声を絞り出す。 「なんで、須藤くんは……須藤くんは……! 浅倉くんを助けきれなかったの?」 「……え?」 柔らかな唇から漏れ出したとは思えないほどの、捩られた金属片のような――冷たさと、鋭さを纏う言葉を。 クラス一の美少女、とも謳われる綺麗に整った美顔を、酷く歪め、ありもしない責任の所在を、須藤に付きつける。 何よりもまず先に。 この場の誰もが負うべきでない責任を、須藤に擦り付ける。 本来はそうするべきではなかった。 ゆっくりと、ゆっくりと空気を和らげてから、落ち着いた状態で、話を進めていければ、それが最善だった。 けれど、狭山は既に我慢がならなかった。 ――どうしても理不尽に、それもよりにもよって級友の、浅倉がどうして死んだのかと言う、疑問を氷解させたかったのだ。 彼女の心は、友人の死を突きつけられて、それでもなお落ち着いてられるほど、異常じみていない。――違う、彼女は、あまりにも『変哲もない』学徒なのだ。 せわしなく転がり落ちる精神状態の中、彼女の言葉は、止まらない。――須藤に向けて、糾弾の弾丸を込めて――発砲する。 「だって! だって……なんで! 浅倉くんが死ななきゃいけないの!?」 期待していた。 狭山雪子は、友達に再び会えることに期待をしていた。 それは揺るがぬ本心で。 今の彼女の行動の主柱となっていた、と断言しても決して過言にあらず。 だからこそ、夢を見ていた。 全員が無事に、合流できる事を。 ――蜜のように甘く、見ていた。楽観視をしていたのだ。 彼女にとって、人が死ぬということは、常識の範囲外で。 あの非現実――馬鹿みたいな強者と巡りあってなお中途半端ながら無事に生きていた、という事実が、どこか狭山を油断させていた。 全員、何があっても無事でいるだろう――そんな意識を、無意識の奥底で芽生えさせていた、とでも言うべきか。 弾丸(コトバ)を鼓膜に受けた須藤は、呆然とその言葉を聞いた。 須藤はきょとんと、狭山の問いを吟味して、ようやくその意味を理解する。 そうでもしない限り、意味すらも解きえない理不尽な問いだった。 須藤は、考える。 ――そもそもどうして俺がここまで言われなきゃいけないんだろう、と。 そりゃそうである。 須藤だって別に浅倉を死なせたくて死なせたわけじゃない。 例え須藤に非が山のようにあったところで、究極的に悪いのは先の青髪――早野正昭に変わりない。悪意を以て殺したのは彼だ。 須藤にとっては最善を尽くしたつもりだった。 一生懸命に、浅倉と共に早野を打倒していた。 なのに。 憧れの狭山から向けられる視線は明らかに糾弾を意味している。 まるで自分がすべて悪いと言われているかのように――自分の無力さを突き詰められるかのように。 おかしい。 須藤は思う。 「……んだよ」 こんなのおかしい。 須藤は思う。 「…………なんで……俺が……」 何で俺がこんな目に遭わなきゃいけないんだ。 須藤は思う。 「…………違、う…………べつに……浅倉は………」 だからだろうか。 須藤の顔から、狭山に会えて得た、僅かな安らぎの色が徐々に褪せていく。 ――先ほど飯島遥光と議論を交わした時のように、怒りに似た感情を顕わにさせす。 勢いのまま須藤は言葉を放つ。 「――――違うっ! 違う違う違う違う違う!!」 ――散々彼は、ここに至るまで疲労を積み重ねてきたとは言った。 そう、彼はここに来るまで、あまりに無茶をし過ぎてきた。 その疲れが、ここに来てもまた、足を引っ張る。――思考の短絡さや、本能に対する無抵抗を招く。 紅に染まる声が、張り上げられた。 「知るかよっ! んなもん俺が聞きてえよ!!」 頭の中で――弦が。 怒りの糸が弾かれる。 周りの景色から、彩りが消えていく。 まるで燃えるかのような紅蓮が、三度須藤の視界を支配する。 もはや彼にとって狭山雪子の事などどうでもよくなっていた。 彼の言に狭山の問いに対する解は含まれていない。 そうするまでの、余裕が欠落している。 今の彼には、自らを正当化するのに必死になった。 それを阻害する狭山のことなど、気にも止めようともしない。 ――俺は悪くない。悪くない。悪くない。 呪縛のように纏わりついた、呪(まじな)いの言は、いとも容易く須藤の正当化を助長する。 自分の行動を信じた、正当化ボーイの姿に、一時間ほど前の輝ける栄光は失せていた。 鋭い視線で狭山を睨む。 その瞳のどこにも、好意の文字は存在しない。 躍起となった心に、頭には冷静さが欠け、一つの、かつて命だったものに振り回される形で、須藤は――追随して狭山の理性が汚染される。 ただでさえ正常な思考が出来そうにないほどの驚愕の念は拍車がかかったように。 睨みつけられた狭山は、悲痛に声をあげる。 「知らないってわけがない! 浅倉くんのした……そんな浅倉くんを抱えて、なにも知らないわけがないでしょ!?」 狭山の恐怖は和らいでいた。――立腹に中和されていた。 さりとて心内は穏やかではない。 動揺は、波紋となり。波紋は、津波へと変わる。 大きく揺れ動いた、隙だらけだった感情は、あっという間に色合いを変貌させた。 ラブリーな天使は、一瞬にして翼をもぎ取られる。墜落した天使の先に待ち構えていたのは――行き止まりの現実だった。 「須藤くんを責めるなんて真似はしない。だけどワケぐらい話してくれたっていいじゃない!」 「だから知らねえっつってんだよ! 俺は悪くねえんだ!! どうしてそんな眼で俺を見る? 違えだろ、あいつら殺人鬼が悪いんだろうが!!」 荒げた狭山の声に、間髪もおかず須藤も意を吐き出す。 責める真似なんてしない――そんな微細な言葉すら、須藤の非を訴えているような気がして、気持ちが悪かった。 浮ついた彼の心には、如何なる言葉が通ることはない。 彼の心に入った傷も、心で縫い合わす必要がある。 だけど彼はそれを拒む。 呻きを砲撃に。 焦りを城壁に。 天守に佇む『須藤凛』という人間、人格を護るために、城は狭山の前に立ちはだかる。 「だからそれは話してくれなきゃわからないじゃない!」 堅牢にして荘厳と門を構える、心理の壁を崩す術を、狭山は知らない。 故に、彼女は門を崩さず、強硬突破を試みようとする。 それは須藤の反抗心をくすぐるだけで、最良の方法とは言わない。むしろ、改悪策ともとれるだろう。 懊悩としても、解は出ない。 どちらにしたところで、両者共々まともに話し合おうとする意が欠いている以上、この現状が解決する見込みなど――零に等しい。 丹羽も天王寺も、口をはさむ気配はなかった。 「んなもん分かるだろっ! 大体どうして俺が浅倉を殺さなきゃならないんだ、普通におかしいって。そんな眼で俺を見んなッッ!!」 須藤は分かっていた。 自分の言っている不条理さも、同時に狭山の言葉の節節から感じる正当さも、分かっていた。 この場で今、誰が悪いのか。 理解をしているし、須藤の大きく空振りした決意が全てを台無しに持っていったのも今では頭の奥底では理解は得てる。 現実に抗っている――なんていう格好いい言葉を使うつもりはない。 それでも認めたくなかった。認めてほしくなかった。 自分の失態が、浅倉の死を呼んだなんて、信じたくなかった。 その感情の理屈はあまりに単純で明瞭。説明不要なほど、簡単な理由。 幼稚な感情だとは、知っている。――それでも激情は滞ることを知らない。 命の重さは、須藤からしても、述べるまでもなく重い。 幾ら死体に見慣れてたとは言っても、重さが失われた訳じゃない。 知人――いや、それを上回る関係性でもあった浅倉が、目の前で死んで、須藤の心が揺れ動かないわけがない。 だからこその正当化。 奥底では理解しているからこそ、その事実を受け入れ難かった。 何度も何度も、心で唱える。 ――俺は正しい。 ――だからこそこうするしかないだ。 ――全てが丸く収まるためには。 ――この世界が、優しくあるためには。 ――【 全て 】を騙すしかない。 自分に対する正当化。 非情な現実に対する憤怒。 様々な思いが混濁したまま、須藤の時間は流れてゆく。 されど、押し問答も長くは続かない。 「もう、いいよ……狭山さん」 須藤はふと、流れを断ち切る。 話がかみ合ってない事――かみ合わせていないこと。 須藤はそんなことは分かっている。それでも、「どうして引いてくれないんだ」と引き際を失った狭山に対して、思わずにはいられない。 狭山とて、同じだった。皮相な考えが両者を支配する。 言葉の穂を狭山が継ぐ。 「私だって、もういい。……須藤くんがそこまで分からず屋だなんて、知らなかったよ」 「…………そっくりそのまま返してやる、一旦さ、どっか行ってくれよ」 ……傍らで、静かに傍観に耽っていた丹羽は、その言葉を呆然と聞いた。 いやいやいや、と内奥から今までの須藤と狭山の掛け合いを、否定する。 気持ち悪く空々しい二人の会話は、正直聞いていて、煩悶して苛立ちにも似た感覚が冴える。 どっちとも悪いところはあったが、だからといって、決別するほどの内容のある掛け合いとは見えない。 ゆっくりと話しあえば、絶対によりは戻せる――戻せはせずとも、回復は出来る。そのはずだった。 そう、流石にこのままではいけない、と。 丹羽が言葉を投げかけようとしていた時――声は隣からあがった。 「……それは、あなた方の望んだことなんでしょうか」 天王寺深雪は、心底不思議そうに二人に問う。 掌で銀髪をなぞりながら、真摯な瞳がそれぞれ二人を突き刺す。 「別に、それならそれでいいんです。私は、どうこう言う資格なんてないですから。 でも、本当にお二人はこのようなことをしたいって願っているんですか」 二人の視線の矛先が、天王寺に向く。 穿つように刺さる視線を意に介さないで、二人を見つめ続けた。 そんな天王寺の視線を受け。 二人の視線は、自ずと浅倉翔の元へと寄って行った。 ――――今、どんなことがしたいのだろう? 幼稚な疑問が、両者に生まれる。答えは明瞭で言葉にすれば呆気ないもの。 「狭山さんが、私と丹羽さんに向けていった『友達に会いたい』っていうのは、どうなったんですか。会えれば――それでよかったんですか」 「…………」 そうだった。 狭山は丹羽らにあった時の事を回顧する。 ――浅倉の死体を見て、現実逃避の靄が思考を汚染したあの時から、忘却に葬られた、願い。 友達に会いたい。 自分の本心からの願い。 会って、笑いあって、日常に帰る――それが、狭山雪子、唯一つの望み。 ――そうだ、諦めきれる望みではない。 今こうして、目の前には須藤凛がいるのだ。……全てが潰えたわけではない。 「須藤さんがどのような考えを持っているかは分かりませんけど、それでも友達思いなことはそこはかとなく伝わりました。 それでいて、どうしてこうして言いあっているんですか。こういうときは、喜ぶものじゃないのでしょうか」 須藤は黙す。 何を言おうともしない。 浅倉の死体を力強く抱きしめた以外に、行動に変わりはない。 ふと見ると、涙は乾いていた。 よほど、未だ生乾きの天王寺の髪の方が、湿っぽい。 「確かに人の死は重たいです――それは本当に、重たいものなんでしょう」 天王寺深雪は言いながら、顧みる。 そうだ、人の命は重い――ナイフで刺したら、ポンッっとなくなってしまうほど、儚く、それ故美しく、重い。 いつも行使していた、『任務』、『命令』とはわけが違うのだ。 身をもって知っている。 人の死が――退廃への道標となるのは、心がない。 「狭山さんにはもう一度言いますが、私は『したいこと』というのが、自分自身でわかりません。 だから本来は私がこのようなことを言う資格なんてないんでしょう」 彼女は、鬼一樹月の死を、殺害という事実はどのような道標となったのだろうか。 退廃だったのか。発展だったのか。 何が正しいのかは、天王寺じゃなかったとしても、おおよその人間が、大見得切って言えることではないだろう。 「――でも」 丹羽だって。 丹羽が正しいと思えることを言ったまでで、それが社会のすべてに通じるとだなんて、天王寺自身も含めて思っていない。 通じない相手には、通じないだろうし。 反感を買う相手には、買わす以上の意味など生まれない。 だけど。 否、それでも。 今の天王寺からしてみれば、狭山と須藤の言動は、当事者らが困窮をする以外の価値が、ない。あまりに儘ならない。 「――時には本心から、話すことは大事なはずなんです。とても私には、お二人が本心からお話しているようには思えません」 偽ることは、時として無為である。 天王寺は知っている――つい先刻までがそうだったのだから。 困窮の果てにいた彼女は、甚く感じることができたのだ。 「…………それは」 狭山は、洩らす。 その頭には落ち着きの色が徐々に姿を現す。 現実逃避の靄が、霧散する。 そうだ。その通りだ。 浅倉を悼む気持ちも大事だけど、須藤を蔑ろにする理由は何処にもない。 若干こじれてしまった仲を取り戻す必要がある。 決裂は、狭山の望むところではない。 改めて、須藤の顔に視線を移して――。 瞬間。 「うっせぇよっ! 何も知らねえ癖にウダウダ言ってんじゃねえ!」 吼く。 須藤の怒号が、三者の耳朶を強く叩く。 狭山の動きが止まる。 お構いなしに、浅倉の死体を強く抱きながら、須藤は続けざまに吐き捨てる。 「なんだなんだなんだよッッ。結局おまえらは俺が悪いって言いたいんだろ! 俺が、浅倉を護りきれなかったことを責めたいんだろ! こんなん誰も望んでなかったよ、狭山さんも、俺も! でも浅倉は死んだ。 そのことを責めてえだけなんだろッ! ああそうだ、俺が無力だから浅倉は死んじまったんだ! 重い命を奪ったのは俺も同然なんだよ!」 手のひらを返すような自供と同時に、それでも狭山たちの介入を拒む。 機械のように、停止した狭山とは裏腹に、あくまで人間らしく、動物らしく、鬱勃と放つ。 獅子の如く気迫に秘めた、ウサギに通ずる儚さ。 しっちゃかめっちゃかに掻き乱された心に余裕はありはしない。――他者の言を素直に受け入れるほどの、寛容でいて然るべき行いを執る猶予もない。 「勝手なこと吼えてんじャねーよ。俺の気持ちを勝手に改竄してんじゃねェ!! 分かった振りしてんじゃねえよ!! そういうんが一番ウゼェんだッッ!!!」 怖かった。 厭わしい感情の激流が、それでもなお止まる兆しを見せない。 固陋していく心の視野が、須藤の思考をますます短絡化への道へ誘(いざな)う。 凋落すべく思考は堕落の一路を辿って行く中、狭山は明らかに憮然とした態度で須藤の態度を噛みしめる。 これはもはや撞着ではない。 ただの、須藤凛の、独りよがりな現実逃避でしかない。 意志の疎通は、もはや不可能。 狭山はもとより。 天王寺はもとより。 丹羽だって、どう接すればよいのか、全くもって分からなかった。 ――繊細な年ごろと言えば、それまでなんだろう。 世の中には思春期と言う都合のいい言葉だって現に存在する。 無茶に溜めていた疲労が。 無茶に耐えぬいた徒労が。 彼を、穿つ。 「もう、いいよ……そうだね、須藤くん。わかった」 そんな須藤に向かう、狭山。 悟るように、諭すように須藤の言葉を受け入れる。 そして同時に――彼女のここにいる意志が、ここにいる意識が、ここにいる意味が、大きく揺れ動いたということだった。 「私は別に、須藤くんが嫌がるのなら、一緒にいようだなんて思わない。一緒にいたって仕方がないもんね」 一瞬。 語尾が強まる。 されどお構いなしに、天王寺が問う前よりも、修正不可能な状態で、言葉は続く。 「ごめんね。変に構ったりして。私が、悪かったです」 言葉は感情を伝える、コミュニケーションの道具である。 それは例え、真意じゃなくても。 それは例え、本意じゃなくても。 人と人は、所詮言葉でしか会話が出来ない以上、言葉で得た情報で、相手を理解するしかないのだ。 狭山が須藤が体験してきた経緯を察するには、須藤の言葉を聞かなければ始まらないし。 須藤が狭山の仲間を思ってきたこれまでを知るには、やはり狭山の言葉を留めなければならない。 逆もまた、同じだ。 「だから、優しい須藤くんのことだから、私のことを気にしてくれるかもしれなから、言っとくね」 二人の関係は形だけの悲劇に過ぎない。 二人の対立は言葉だけの悲劇に過ぎない。 だけどそれでも、一度決したものを巻き返すのは難しくて。 「――――須藤くん、私はあなたの事が大っ嫌いでした」 人と人は、不器用だった。 彼と彼女は、あまりに言葉を頼り過ぎた。 感情の正しい表し方。 少年少女は、それを理解していない。 だから、飯島遥光ともうまくいかなかった。 だから、一刀両断ともうまくいかなかった。 だから、狭山雪子ともうまくいかなかった。 もう、分かりきっていたことなのに。 それでも少年は、感情を制御できずに、ただ喚いた。 少女もまた、それを諭すような真似が出来るほど、成熟した人間ではない。 青い果実は、不味いのだ。 青い果実をかじっても、得られるものは不快感。 少年は。 少女は。 それを知らずに、互いの身をかじった。 「じゃあね。須藤くんも頑張って生きてください」 だから、悪の細胞は、急激に活性化する。 物語は――冗長な前ふりをもって、二人の中を決した。 それは、これまで須藤が掛けあってきた言葉の中で、最も軽い言葉で締められる。 狭山雪子は、後ろを振り返ることなく、立ち去った。 時系列順で読む Back 失踪する思春期のパラベラム『デイドリーム』 Next 失踪する思春期のパラベラム『バーンアウト』 投下順で読む Back 失踪する思春期のパラベラム『デイドリーム』 Next 失踪する思春期のパラベラム『バーンアウト』 070:失踪する思春期のパラベラム『デイドリーム』 加藤清正 070:失踪する思春期のパラベラム『バーンアウト』 070:失踪する思春期のパラベラム『デイドリーム』 璃神妹花 070:失踪する思春期のパラベラム『バーンアウト』 070:失踪する思春期のパラベラム『デイドリーム』 須藤凛 070:失踪する思春期のパラベラム『バーンアウト』 070:失踪する思春期のパラベラム『デイドリーム』 銀丘白影 070:失踪する思春期のパラベラム『バーンアウト』 070:失踪する思春期のパラベラム『デイドリーム』 小神さくら 070:失踪する思春期のパラベラム『バーンアウト』 070:失踪する思春期のパラベラム『デイドリーム』 丹羽雄二 070:失踪する思春期のパラベラム『バーンアウト』 070:失踪する思春期のパラベラム『デイドリーム』 天王寺深雪 070:失踪する思春期のパラベラム『バーンアウト』 070:失踪する思春期のパラベラム『デイドリーム』 浅倉翔 070失踪する思春期のパラベラム『バーンアウト』 070:失踪する思春期のパラベラム『デイドリーム』 稲垣葉月 070失踪する思春期のパラベラム『バーンアウト』 070:失踪する思春期のパラベラム『デイドリーム』 狭山雪子 070:失踪する思春期のパラベラム『バーンアウト』 070:失踪する思春期のパラベラム『デイドリーム』 東奔西走 070:失踪する思春期のパラベラム『バーンアウト』 070:失踪する思春期のパラベラム『デイドリーム』 早野正昭 070:失踪する思春期のパラベラム『バーンアウト』 070:失踪する思春期のパラベラム『デイドリーム』 被験体01号 070:失踪する思春期のパラベラム『バーンアウト』
https://w.atwiki.jp/sysd/pages/3333.html
綜研化学 本店:東京都豊島区高田三丁目29番5号 【商号履歴】 綜研化学株式会社(1953年6月~) 株式会社綜合化工研究所(1948年9月2日~1953年6月) 【株式上場履歴】 <大証JASDAQ>2010年4月1日~ <ジャスダック>2004年12月13日~2010年4月1日(取引所閉鎖) <店頭>2001年4月20日~2004年12月12日(店頭登録制度廃止) 【沿革】 昭和23年9月 株式会社綜合化工研究所(本社:東京都台東区花園町10番地)を設立 昭和24年10月 本社を東京都台東区中初音町四丁目60番地に移転 昭和27年9月 本社を現在地に移転 昭和28年6月 社名を綜研化学株式会社に変更 昭和38年4月 狭山工場化学部研究室完成、本社より研究課移転 昭和38年12月 狭山工場Aプラント完成、アクリル系樹脂生産開始 昭和56年3月 狭山新研究棟完成 昭和63年7月 狭山工場第1号コーター設備完成 平成元年12月 狭山事業所にBACCS100(当社開発の生産管理システム)導入による粘着剤製造工場A-8プラント竣工 平成4年6月 浜岡事業所第1期工事完成 平成6年5月 粘着剤及び加工製品製造を目指し、中国中信大榭開発公司との合弁会社「寧波市大榭開発区綜研化学有限公司(略称 寧波綜研化学有限公司)」を設立 平成7年12月 中国遼河油田華油実業公司との合弁会社「盤錦華日化学有限公司(現 盤錦遼河綜研化学有限公司)」を設立 平成9年1月 100%子会社「綜研テクニックス株式会社」(現連結子会社)設立 平成9年8月 本社増改築施工 平成10年2月 浜岡事業所に粘着剤製造プラント竣工 平成10年9月 創立50周年記念式典挙行 平成10年11月 ISO9002を「アクリル系粘着剤の製造及び委託製造管理並びに販売」において取得 平成11年4月 シンガポール駐在事務所を開設 平成11年9月 狭山事業所が埼玉県から「彩の国」工場の認定 平成11年10月 狭山事業所に新粉体工場竣工 平成11年12月 粘着剤に関するISO9002を拡大し、ISO9001を取得 合作会社「常州綜研加熱炉有限公司」を中国江蘇省常州市に設立 平成13年4月 100%子会社「浜岡綜研株式会社」(現連結子会社)を設立社団法人日本証券業協会に店頭登録銘柄として登録公募増資により資本金を590百万円に増資 平成13年11月 シンガポール駐在事務所を現地法人化し、100%子会社「綜研化学シンガポール株式会社」(現連結子会社)を設立 平成14年3月 狭山事業所においてISO14001を取得 平成14年5月 100%子会社「綜研化学(蘇州)有限公司」(現連結子会社)を中国江蘇省蘇州市に設立 平成14年10月 装置システム事業の一部(一般プラントに関連する事業)を「綜研テクニックス株式会社」(現連結子会社)へ譲渡 平成15年3月 本社・狭山事業所・綜研テクニックス株式会社(現連結子会社)・浜岡綜研株式会社(現連結子会社)においてISO14001を拡大取得 平成15年4月 装置システム事業の一部(熱媒体油及びボイラーに関連する事業)を「綜研テクニックス株式会社」(現連結子会社)へ譲渡 平成16年2月 公募増資により資本金を1,259百万円に増資 平成16年3月 第三者割当増資により資本金を1,359百万円に増資 平成16年4月 100%子会社「狭山綜研株式会社」(現連結子会社)を設立。100%子会社「綜研化学アメリカ株式会社」(現連結子会社)を設立。装置システム(オリジナル)事業を「綜研テクニックス株式会社」(現連結子会社)へ譲渡 平成16年12月 株式会社ジャスダック証券取引所に株式を上場 平成17年9月 寧波市大榭開発区綜研化学有限公司(略称 寧波綜研化学有限公司)を連結子会社化 平成18年3月 公募増資および第三者割当増資により資本金を3,361百万円に増資 平成18年8月 狭山事業所に新研究棟竣工
https://w.atwiki.jp/hirireorikyara/pages/261.html
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ――――Piece7◇奔走疾駆(本望チック)―――― ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ところで、この二人をお忘れになってはいないだろうか。 ぼかす必要性もないので早々にあげてしまえば、狭山雪子と東奔西走だ。 《変哲もない人間》と、《四字熟語》。 しかしてその一行は、市街地へと足を向けていた。 際立って理由はない。必要性もない。――しかし彼らには、そちらの方へと足を運ばなければならない、謂わば義務感があった。 知っての通り、かはこちらからは存じ上げないが、東奔西走には能力――って謂いようにもよるがデメリットがある。 《東西そのどちらかにしか動けない》。そんな能力。いや、正しく言うとそれは本人の意思に干渉されず発動し続ける為に、もはや体質とも換言できる。 東奔西走という四字熟語の意味から考えれば、無慈悲なほどに正反対の能力であるが、当の本人の強さを顧みれば然るべき制限であるのかもしれない。 ともあれ、彼がそういう運命の下で戦わざるを得なくなった以上、そのことを度外視する訳にも当然いかない。 無意識に連行されていた狭山雪子とて同じこと。一人で行動できるならいざ知らず、狭山雪子にはそれに値する勇気も実力も兼ね備わっていなかった。 ならば、二人共々東西のどちらかに進むしかなく。結果として、神社の西に存在していた市街地へと、足を運ぶこととなったのだ。 何故東へ行かなかったのか。簡単だ。 ――東へ向かえば、先ほどの二人に出遭う確率が極めて高くなるからに他ならない。 ジャック・ザ・リッパー。――そして行木団平。 このバトルロワイアル屈指の曲者の異端者であり、同時に実力者。 分かりやすく悪漢していたジャックはもとより、正義ぶっていた行木に東奔西走は危惧――狭山雪子は、恐怖していた。 狭山が瞳で捉えた、獲物を狙う獰猛かつ空虚なる瞳。如何にも舌なめずりでもしそうなほど牙を向いた殺意。 能ある鷹は爪を隠すとはよく謂われる諺であるが、それをひしひしと感じたあの瞬間に置いて、狭山にとっての行木は、残念、残酷ながら味方ではなくなった。 敵であるかと謂えば答えはまた違ってくるのであろうけれど――実質命の恩人には変わりはないわけで。 会いたいかという質問においても、答えは違う。 出来ることならば会いたくない。それが東奔西走の答えであると同時に、狭山の答えでもあった。 多分、このまま会ったら、命の恩人に対して、無礼な態度をとってしまいそうだから。 それも恐らく狭山自身の身勝手で。――お礼をするなら、また後で。――怖いと感じるなら、克服してから。 そういった、狭山からの最低限な優しさではあった。 一度恐怖したものに対する恐怖を払拭するのは、簡単なことでは決してないのだ。 そういう思考経路の後に、二人で話し合った結果、最終的には市街地に向かうという結論に落ち着いた。 というわけで。 視点を現状における二人へともっていこう。 狭山が目覚めるに至るまでの物語は実に明快なものでいて、語るまでもない。 東奔西走の歩みの振動によって浅き眠りから目覚め、特に不和もなく協力関係が築かれ、今に至る。 「ふむ、悪くはない」 「そうですね、普段の街並みみたいですね」 「城壁なんてなければより一層そうなっとるんじゃがのう」 「そうですね」 狭山の頭の中では、東西にしか動けない東奔西走が、城壁に阻まれ市街地には入れなかった際、 わざわざ東奔西走を引っ張って、ここの入り口にまで辿りついた、つい先ほどまでの情景がリフレインされては、溜息を吐く。 「悪かったの」 そんな狭山を見て、申し訳なさそうに謝罪を述べる東奔西走。 狭山はそれを丁重にいなした。謝られてもそもそも東奔西走には非がない訳で、責めようがないし、そもそも責めるような話ではなかった。 助けられたも同然の東奔西走に対して、こんなことで非難を浴びせているようでは、それこそ申し訳なく感じる狭山である。 さしあたって会話のない行進。 そもそも老人と高校生にも満たない少女。 話題の焦点が合うこともそうはない。バトルロワイアルですべき情報交換は、既に終えている。 雑談のしようがない。 いや、別にしようと思えばできるのだ。 狭山雪子で言うなら、級友の話であるとか、自分について語ったりだとか。 東奔西走で言うなら、四字熟語の話であるとか、自分について語ったりだとか。 ――ただ、一言で言うなら、そういう気分に二人はなれなかった。 理由は明快。 狭山雪子で言うなら、先の争いですり減った精神では、会話する気力がなかったため。 東奔西走で言うなら、それに対する気づかい。加え先の通り会話の発端がいまいち掴みきれないこと。 ジェネレーションギャップ、とはまた違うのだろうが、それでもなんの共有点をもたなかった彼女らの壁が狭まることは思いのほかなかった。 東奔西走はふと感じていた。 前の殺し合いで、切磋琢磨と言う共有点のある人物に早々から出会えたことが、どれだけ幸せなことだったのだろう、と。 無論ながら狭山を助けるべく動いたことに後悔はしていないのだが、だからといってこの調子は、居心地が悪いのもまた事実。 不協和音ではない、気まずさを醸し出しつつ。 その時はやってきた。理不尽に、無差別に。 ビィイイイイイイイイイイイイイイ―――― けたたましく鳴るアラーム音。 甲高く鳴り響くその音は、さながら救援を求めているサイレン――。 「これは……ブザーの音……ですかね?」 「……じゃな」 これはそのまま、救援を呼ぶ声だ。 悪戯の可能性も恐らく低い。――ここでそのようなことを悪戯でするには、あまりにも迂闊。 きっとそのことはここにいる誰もがわかっていることだろう。 それとはまた別に、俗称マーダーが愚かな人間を引き寄せる為に使っている可能性も重々にある。 二人とて、それがわからないほど愚かではない――故の、焦燥。 「……どうします?」 「どう、といっても困ったもんじゃのう」 狭山の問いに、東奔西走は曖昧な返事を残す。 両者ともに、濁った言葉のまま、数秒が経つ。 狭山雪子は思う。 私一人なら、怖くて、多分向かわず逃げるだろう。 けれど東奔西走さんは向かって、確かめるぐらいはするだろう、と。 東奔西走は思う。 わしなら、とりあえず向かってから判断を下すじゃろう。 けれどユキコは怯えて、向かおうとは思わないだろう、と。 互いが互いをそれなりに理解して。 事実、互いが思いそうな事をずばりと言い当てた。 しかし、その先をどうすればいいかが分からない。 中途半端に理解が出来る為に、中途半端に相手を尊重したくなる気持ちが湧いて出る。 「……とりあえず、向かってみましょうか」 「あ、ああ……。お主がそれでいいならいいんじゃが……」 「なら、方角は西の方ですし急ぎましょう」 この場においては、狭山が早々と手をひいて、特になにが起きるわけでもなく落ちついた。 やり辛さが残る空気のまま、彼らは足早に無言のままの救援、或いは傍観へと向かう。 狭山は、内心で、想いを秘めている。 不満感、ではないのだろう。これを不満と言うのはただの我儘に過ぎない事ぐらい察している。 しかし狭山は、噛みしめる。秘めたる思いを、何度も何度も噛みしめる。 ――知り合いが隣にいてほしい、と。 ただそれだけの単純な願い。それでも、とても強い願い。 別段、東奔西走とは話の通じない相手ではない。 おそらく普段の状態で二人が話し合うことになれば、それなりには、話が出来るのだろう。 現に東奔西走――否、××××は元々《四字熟語》に襲名される前は、道場を営み、 そこへ通う子供たちと和気藹々とやっていたのだ。子供の扱いも、決して不慣れではない。 しかし、今は普段ではない。むしろ普段とは、大きくかけ離れていた。 バトルロワイアル。――殺し合い。荒んだ冷たい空気に、必然的に晒される露悪趣味な、最低最悪の催し。 つい先ほど、狭山はその冷風を浴びたばっかりだった。暴食と無双劇場によるそれだ。 少しでも、いつもの温もりを、欲したくなるのもまた、然るべき流れ。 日常とは、気付きづらいものだが、とてもありがたいものである。 当然と言えば当然だし、考えるまでもないから考えたことのないこと。 故に今になって、狭山はそのことを、不明瞭ながらに思い至る。感情としてではなく、――彼女も知りえない本心が、痛感する。 だからこそ、せめてもの救いとして、アラームの先に――よく知る顔がいることを、狭山は願った。 □ ■ □ 結論から言うと、そこにはその顔触れはなかった。 あったのは、瀬戸麗華でも須藤凛でも浅倉翔でもない。 ――――見知らぬ顔だった。 「ちょ、ちょっと丹羽さん! 私はどうすればい――――」 「悪いけど黙って! こいつ正気の沙汰じゃねえぞ……っ!」 「…………」 一に、防犯ブザーを押し続ける白いワンピースを身に纏った白銀の女の子。 二に、その少女の手を取り、逃げ続けるパーカーの青年。 三に、クロスボウを手に青年らを射ち殺そうと矢を射抜く紅色の狐。 人目を着けさせるのが目的なのか、丹羽と呼ばれた男たちは路地裏には逃げようとしない。 相手の獲物がクロスボウであれば、まだ逃げる余裕は出来ているようだった。 「……ユキコ」 「……わかってます」 その様子を目撃した東奔西走は、差分一秒にも満たないと言っても過言でないほど瞬間的に、判決を下した。 狭山も、そうくるであろうことは予想付いていたのか、とりわけ驚いた様子もなく、受け入れた。 東奔西走の強さは、ここに至るまでの過程で、実を言うと見せてもらっていた。故に、その点に関しての心配は、狭山は抱いていない。 ――それに、無双劇場のような、過剰な強さ故の、過剰な『正義』を行使したりしないだろう、と信頼を置くことは出来ている。 狭山は頷くと、紅色の狐――小神さくらが、東奔西走のレール上に立つように、東奔西走を引っ張って、盤上に立たせる。 不自由な身体に申し訳なさを覚えつつ、東奔西走の瞳には、戦意が籠りはじめていた。 殺意ではなく――闘志。ここには明瞭なる差が生じてくる。 神社のそれで狭山が体感したそれとは違う。 狂気や悪意は感じられない、温かな瞳である。 無双劇場のような、自意識ありきの《冷酷な正義》とは違う――《温厚なる正義》。 「頑張ってください」 「無論じゃ」 凛と返す。 張りのある声は自身に満ち溢れている――というわけでは生憎ない。 彼は、一回《死んでいる》。 初見の東奔西走の能力を見取ったかのように、自らの退路を防がれて、足掻いた果てに殺された不気味な《記憶》が蘇る。 彼とて、腐っても、弱体化しても名人であるため、殺した相手の能力ぐらい察することは出来たが、 しかしそれでも、このバトルロワイアル。――何が起きるか分からない、相手が何をしてくるか、予期できない場合も多々あるだろう。 「――だが一つ、ユキコ、頼まれ事をしてくれないかのう」 「なんでしょうか」 幾ら己が強かろうとも、相手の出方次第では、どう転がるか分からない。 あの紅色の狐が、どんな輩かは 一抹の不安がよぎる。 「悪いが、あのパーカーの青年とワンピースの少女と連れて、どこかへ退避しておいてくれないかのう。 わしの戦いは、少々派手じゃし、なによりあの紅色の狐が何をするか、分からんのじゃ。念には念を置いといても、悪くはないじゃろうし」 不安が、言動となった。 無様な様は、見せたくないというのももちろんある。 彼の戦闘が派手だという点も否定はしまい。 この紅色の狐の風貌が徒ならざるものだというのも一理だろう。 ただし、それだけがすべてかというと、そうではなかった。 要するに、自信が足りなかった。 「狭山雪子と、青年少女をこの身一つで守りきる!」と断言できるほどの自信が、なかった。 理由はどうあれども、一度死を経験していた彼に、慢心は決して生まれない。 「……わかりました、では私は東奔西走さんが行った後、あの二人に接近してみます」 狭山は、その言動そのものを疑っていないのか。 素直に頷いた後に、視線をその例の二人に向けていた。こうして話している間にも、こちらの方へと近づいている。 彼らはまだこちらの姿に気付いていない。というよりも視線が一向に前に向かない。……まあ、後ろから矢が飛んでくると思えば、それも至って当然だ。 「済まぬな……とはいえあの二人が、真の善人とは限らぬ。心もとないとは思うが護身用の餞別じゃ、懐に仕舞っておきなさい」 東奔西走は、自らのディパックより支給品であったスタンガンを取り出すと、狭山に手渡した。 狭山は「ありがとうございます」と、スタンガンをポケット仕舞い、東奔西走に一礼をすると、自らが履いているスニーカーの靴紐を固く結び直した。 丹羽たちに近づくための用意である。 自らに純粋に従ってくれる狭山の姿を一瞥すると、小さくも苦い笑みを零す。 信じてくれる者がいる。ネガティブに陥っていた時に、その信頼は、とても嬉しいものだ。 もしくは彼女からしてみれば、信じる他選択肢がないかもしれないけれど、それでも――そうならば尚更。 その信頼を、動力源(ちから)にしないわけにはいかない。 このまま何もせずに笑っているわけにも、ましてや何もしないわけにはいかない。 当然の道理。 自衛のために鍛えてきたこの力と言えど、他人の為に発揮できるのなら、手抜かりなく揮わせて、存分に結果を残せる力を有する彼にとっては、当たり前の行動であった。 東奔西走は、動く。 その構えは――突進。。 四点流の四あるうちの構えの一つ。 小柄な老人に不釣り合いなほどの威圧が、瞬時に込められる。 スゥゥ――っと息を大きく吸いこんで、声と言う形で、空気を吐き出す。 「――東奔西走、いざ参る――ッ!!」 弱音を無理矢理誤魔化そうと、太鼓の如く、轟かす。 東奔西走は一直線に、駆け抜ける。 全身に風を浴び、三つ編みにされた髪が、風と共に踊っている。 みるみる内に狭山雪子との距離も、かけ離れていく。常人とは比べものにならない速さ。 もとより曲ることの許されない身体。 走り出したら止まらない。――それはさながら、機関車のように。 そして目的地――青年らのもとに到着するのも、さして時間がかからず。 「おぬしら退けぇ!」 喝、と。 暴風のような声が響きわたる。 声と言うよりももはや凶器の域にまで達すかのような衝撃に、丹羽と天王寺は同時に反応し 「うおっ……!?」 「……」 青年らは迫りくる拳をかろうじて避け切った。 小柄な老人から繰り出されたとは思えないほど切れのある拳は、止まらない。 元より狙いは彼らではなく、その奥にいる――狐。小神さくら。 「…………」 声と言うものは、言わば無差別。 テレパシーなどと違い、狙った相手だけに聞こえるものでは決してない。 あれほどの声量となれば、小神さくらに聞こえるのは当然のこと。 「はぁぁああああああ!」 「…………」 つまりは、小神にとっても、攻撃が待ち構えていることが予想のつく。 奇襲とは違う攻撃を、避け切ることは彼女にとってあまりに容易。 下段から、上段から、左右から雨のように降り注ぐ打撃をいなすことぐらいは、楽に出来た。 東奔西走は、生前――と言った言い方には語弊が生じるので、改めよう。 死ぬ間際に行った、屈指の異端者との戦闘に置いて、学んだことがある。 相手に手を出させる隙を与えないのが、最良の策である、と。 東奔西走の《ルール能力》の性質上、彼は南北からの攻撃に弱くならざるを得ない。 それに、死ぬ間際の戦いに置いて実際にしてやられた、東西の行路を防がれる――というのも実に痛い。 しかしそれに関しては、彼自身どうしようも出来ない。なにせそれは《ルール》なのだから。 だから、彼は相手がそれを察するよりも前に。 もしも自らの《ルール能力》が見破られたのならば、相手に対策を打たせる隙を与えない様に、攻撃を繰り返す他になかった。 自らの分かりやすい弱点を見出される前に、無力化を図る――それが今の彼に出来る最善策。 連打、連打、連打。 彼の四点流が小神に対して火を吹いていく。 実際、小神さくらはそれらの技に手間取っている。 リーチの差であれば、小神さくらに分はあるが、しかしながら東奔西走は、いとも簡単に彼女の懐に入り込んで、掌底を打ち込む。 小神がうろめき後退している最中にも、東奔西走の猛攻は止まる兆しを一向に見せない。 確かに小神さくらは強力だ。彼女のスペックそのものはこのバトルロワイアルにおいても無比のものだろう。 だが彼女の戦法と言えば、そのスペックを頼りきった粗雑な戦い方だ。 大雑把にいってしまえば、力任せでワンパターンな攻撃しかしないのだ。 先の一刀両断の戦闘においても、彼女がしたことであれば、クロスボウでの攻撃と、肢体を駆使した打撃のみ。そこになにかを工夫したような節はない。 故に一刀両断も往なしきることができた。丹羽らにしてみたところで同じ様なものだろう。次にくる攻撃がわかりきっているからこそ、かろうじて避けることは出来た。 そして、武術の心得のある東奔西走からしてみれば、そのような雑な攻撃を避け切ることなど、 幾らスピードやパワーがあったところで、瑣末なものだ。 傍若無人の《ルール能力》を見切った観察眼で、小神の攻撃は既に見切り終えた。 四点流とは、伊達じゃないのだ。 「あの、そこにあなたたち!」 そうして、小神さくらと東奔西走の戦闘の火蓋が切られたとほぼ同時に、狭山は東奔西走と契った約束通り、丹羽と天王寺との接近を試みていた。 狭山は、先の場所よりかはある程度丹羽たちの場所へと近寄った路地裏より、顔と手だけを出してこちらこちらと招いていた。 丹羽と天王寺は若干訝しがった後に、考えている場合ではないと考え至り、狭山の元へと近寄った。 「……えーと、ご無事でしたか?」 様子を窺う声を掛けながら、狭山は改めて二人の身形を見る。 一人は社会人であろう精悍な顔つきをしていた。パーカーを羽織り、少女の手を片手に添え、装備らしい装備と言えば、もう片方の手で銃を装備していることか。 息切れた様子で上下に肩を揺らしながら、狭山がそうしているように、狭山の身形を見ている。 一人は狭山よりも幼く見える少女だ。青年と手を繋ぎ、恐らく引きづられていたのだろう、青年よりも力尽きている様子で、 それでもこちらに対する警戒心は解けきっていないのか、疲弊の色を明らかにさせながらも、もう片方の手に握るダガーを突きつけて、睨み返していた。 「あ、ああ……。助かった……あの人はあんた……いや君の連れ?」 「別にため口で構いませんよ。私が何をしたわけじゃあるまいし。……それで、はいそうですね。あの人は私と今まで一緒に行動していた人でした」 「そうか。じゃあ遠慮なくため口でいかせてもらうよ。……まあとりあえずあんたはどうするの? ここであの人を待つんか?」 「いえ、私はあなたたちさえよければ、あなた方に付いていきたいんです。あの人……東奔西走さんは一先ず離れろって言ってましたし」 「んー、俺は良いけど……。……お前はどう思う?」 と、一頻り会話が成立し、狭山は約束通り動こうと交渉に入った。 敵意をむき出しにする少女、天王寺に小突きをしながら、青年、丹羽は答え、容易に頷いてくれた。 そして丹羽は、天王寺に話を振る。 天王寺は小突かれた部分をさすり、言われたとおりにダガーを降ろすと、狭山の瞳を射抜きながら真摯な口調で答える。 「……だったら、私は一つあなたに訊きたいです。答えてくれたら、如何なる答えであろうとも、私は異論を唱えません」 「……なんでしょうか、答えれるものであれば、答えます」 「ありがとうございます」 立場上か、本当に感謝をしているのか、一礼をし、彼女は改めて向き直ると、尋ねた。 「あなたのしたいこととは、なんでしょうか?」 シンプルな問いだった。 しかしながら狭山は、一瞬咽喉で言葉を詰まらせる。 ――思えば、今の私はなにを掲げて、この場にいるのだろうか。自問自答をする。 問いを述べた天王寺は、真剣だ。 今の彼女は、いろんな意見を欲した。 あくまで丹羽の行動指針は、一例に過ぎない。もしかすると、彼の指針は、人殺し同様に、彼女の肌に合わないやり方なのかもしれない。 しかしこの少女の、狭山の掲げる指針がもしかすると彼女の求める『答え』と類似するのかもしれない。 可能性という選択肢を広げるだけの行為であるが、視界を広げるというのも、やっておいて損はないこと。 今まで、『自ら考えて行動する』ことが少なすぎたために、選択肢がそもそも圧倒的に足りない天王寺。――むしろしないと、何時までもこの案件は解決しないだけであろう。 故に天王寺は、狭山に尋ねたのだ。 はあ、と一度息をはくと、申し訳なさそうに、丹羽は狭山に 「すまんが、答えてやってくれると助かるな」と促す。 狭山とて、答えてあげたい気持ちはある。 だが答えが定まらない。 今まで出会ってきた人たちを頭の中で想像する。 行木団平――彼は『強さ』故に、どこか道を外れてこそいたが、『護るべき人を護る』という大義名分を果たしていた。 名も知らない彼……つまるところジャック・ザ・リッパー――彼はどこまでも、人を殺すことしか考えていない様に見える。実際狭山たちに襲いかかった。 東奔西走――彼は人を『正しく』、温情あふれる『正義』を果たそうと、今もこうして励んでいる。 上記の三人は、道のさす方角は違えど確固たる目的が存在している。 対し狭山はどうであろう。今の今まで、何を目的に過ごしてきたのだろうか。 何度も何度も訊ね返せども、答えと言えるべき答えは、見当たらない。 確かに彼ら二人は、まだ分からない。 だが、ここで質問返しをすることは、野暮であろうことは、おのずと察する。 狭山は考える。 考えて、考え通し、考え抜く。 「えーと……そうですね」 それでも答えへ導かない。 自分の流されやすさというか、自立性のなさに若干の失望を覚えながらも、答えないのも失礼だと、とりあえず言葉に出してみる。 言葉を文字通り、寄せ集め選びながらも、今思い浮かんだ言葉を必死に紡ぐ。 「私は……見つけたいです」 何をだろう、と自分自身に問いなおす。 脳内サミットは途切れなく行われて、選択肢となる言葉を出だす。 本心とも呼べるほど、改変の施しを受けていない単語の連なりは台詞となり、天王寺と丹羽の鼓膜を叩く。 「見つけたいんです……友達を。大切な、大切な友達たちを」 その答えに――当たり前の答えであったが納得する。 そうだろう。行木に話した通り、狭山は最初から友達に会いたかった。それだけだ。 東奔西走との、妙なやり辛さからも感じていただろう。――友達と会って、笑いあいたいと。 「会って、その後はどうするんですか?」 「何でもいいよ。笑いあって、それがエゴでも――私は笑いあって、日常に帰りたい。それだけだよ」 「そうですか」 狭山は腑に落ちる。 ようやくのことで、自らを確立出来たような気がしたから。 朧げで、不透明な感情が、ようやくすっきりして、不思議と心内が晴れたような気がした。 「では、答えて頂いきましたので、約束通り私に異論はありません」 「……ありがとうございます」 「どう致しまして」 そこは『こちらこそ』じゃねえのか……。とぼやきながら、丹羽は狭山に一度頭を下げると簡単な自己紹介をする。 「改めて、俺は丹羽雄二だ。どれだけ付き合うか分かんねえがよろしくな」 「私は天王寺深雪です。先の無礼に関しては失礼しました」 「私の名前は狭山雪子です」 と、言ったところで、狭山は一回、息を吸う。 そして、今度は二人の姿をしっかり視界に入れると彼女は意を伝えた。 「質問返しで申し訳ないんですけど、丹羽さんたちは、何を目的に今、動いているんですか?」 先は尋ねることのできなかった質問であれど、今ならば問題ないだろう、と狭山は判断し、問いを投げる。 どんな答えが返ってくるのだろうか、と半分ほどは期待を込めて、言葉を待つ。 されど彼らは、さほど時間をかけずに、返答を繰り出した。 「俺は、そん時自分がしたいことをするよ。まあ殺したいだなんてきっと思わねえけどな」 と丹羽が答え 「私は、自分がしたいことを見つけたいです。現段階では、殺人をする気はありません」 と天王寺が答える。 それは問いの答えとして成立するのか、と疑問を抱きはしたが、二人からはお茶を濁した雰囲気はしない。 誠意をもった答えであることは、容易に想像つく。 狭山は、特に荒立てはせずに、その言葉を、その言葉のまま受け入れる。 ま、と仕切り直す様に丹羽が切り出す。 「先あたっての俺たちの目的はさっきの轟音――まあ、大きな音がしたんだけど、聞こえた?」 「……多分、分かる……と思います」 実際は知らない。 ただ話を合わせただけである。 「じゃあ多分、それだよ。俺たちはそこに向かおうって話になってたんだけど運悪くあいつに追いかけ回されてな。全くもって厄介だった……」 「つまり今から、来た道を戻って、そこに向かおうってことですか?」 「早い話そういうことだな。……友達に会いたいってならお前にとっても悪くはねえはずだぜ」 「そうですね……あのおっきな音で近寄ってくるかもしれませんし、あれの原因が私の友達かもしれませんし」 狭山は頷く。 どちらにしたところで、こんなところで呆と待機していたところで、東奔西走との約束は守られていない。 ならば彼らに付いていき、例え危険は伴おうとも、震源地に向かうことは、決して悪いだけではないだろう。 「わかりました、私もそこに付いていきます」 しばし頭の中で、今までの事を整理し、悩んだ結果、案外早く、答えは出た。 ……今の彼女にとって、それほどまでに、友達に会いたいという感情は、膨大されているのかもしれない。 「分かったよ、まあ、堂々と広い道に出るわけにもいかねえし、遠回りだが路地裏から回るぜ」 「了解しました。……狭山さんもそれでいいんですか?」 「ええ、問題ありません」 意気投合を果たした三人は、路地裏に入り込み、轟音の元へと、足を向ける。 一歩一歩着実に、元凶の元へと駆け寄っていく。 そこになにがあるのだろうか、夢想してみたところで答えが導き出されるわけがない。 それでも、期待感や好奇心か、自然と歩調も速くなる。 なにかに駆られるように、一生懸命歩みを進める。 ――――その先に何があるのだろうか、その一心で。 最中。 ふと、狭山は言葉にして漏らす。 初めて対面した時から、ずっとツッコミたくても、ツッコめなかったそれに対して、恐る恐る問いかける。 「それで……天王寺さんはどうしてそのような格好を……」 「黙ってください。事情があるんです」 プルプルと震えながら、屈辱に耐えているかのような顔をして恥を忍んでる姿を見て、思わず狭山は謝罪をする。 なんとも愛くるしい姿であれど、本人の剣幕によって、可愛さは打ち消されている。 ――なんていう話は、蛇足だった。 時系列順で読む Back 失踪する思春期のパラベラム『ブリリアント・カタルシス』 Next 失踪する思春期のパラベラム『デイドリーム』 投下順で読む Back 失踪する思春期のパラベラム『ブリリアント・カタルシス』 Next 失踪する思春期のパラベラム『デイドリーム』 070:失踪する思春期のパラベラム『ブリリアント・カタルシス』 加藤清正 070:失踪する思春期のパラベラム『デイドリーム』 070:失踪する思春期のパラベラム『ブリリアント・カタルシス』 璃神妹花 070:失踪する思春期のパラベラム『デイドリーム』 070:失踪する思春期のパラベラム『ブリリアント・カタルシス』 須藤凛 070:失踪する思春期のパラベラム『デイドリーム』 070:失踪する思春期のパラベラム『ブリリアント・カタルシス』 銀丘白影 070:失踪する思春期のパラベラム『デイドリーム』 070:失踪する思春期のパラベラム『ブリリアント・カタルシス』 小神さくら 070:失踪する思春期のパラベラム『デイドリーム』 070:失踪する思春期のパラベラム『ブリリアント・カタルシス』 丹羽雄二 070:失踪する思春期のパラベラム『デイドリーム』 070:失踪する思春期のパラベラム『ブリリアント・カタルシス』 天王寺深雪 070:失踪する思春期のパラベラム『デイドリーム』 070:失踪する思春期のパラベラム『ブリリアント・カタルシス』 浅倉翔 070失踪する思春期のパラベラム『デイドリーム』 070:失踪する思春期のパラベラム『ブリリアント・カタルシス』 稲垣葉月 070失踪する思春期のパラベラム『デイドリーム』 070:失踪する思春期のパラベラム『ブリリアント・カタルシス』 狭山雪子 070:失踪する思春期のパラベラム『デイドリーム』 070:失踪する思春期のパラベラム『ブリリアント・カタルシス』 東奔西走 070:失踪する思春期のパラベラム『デイドリーム』 070:失踪する思春期のパラベラム『ブリリアント・カタルシス』 早野正昭 070:失踪する思春期のパラベラム『デイドリーム』 070:失踪する思春期のパラベラム『ブリリアント・カタルシス』 被験体01号 070:失踪する思春期のパラベラム『デイドリーム』
https://w.atwiki.jp/mahousyouzyoapple/pages/30.html
月の大きな夜だった。 冷たい風を素肌に感じながら、狭山純子は自転車のペダルに体重をのせる。昨日通い始めたばかりの、塾から家への帰り道。まだ田植えの始まっていない田圃の畦道を自転車はゴトゴト揺れながら走っていく。ペダルを踏みながら、彼女は重苦しく息を吐き出した。入学式からすでに二週間、小学生の頃とぜんぜん違う生活にも慣れ、友達も出来ているはずの時期である。 「なんでかな」 狭山は呟く。誰もそれに答えない。 彼女には友達と呼べる存在がいなかった。小学校卒業と同時に親の都合で引っ越し、誰も知り合いのいない状態で中学校に入学してしまったのだ。非社交的なわけではない。小学校の頃はどちらかと言えば人気者と言えるだろうポジションにいたし、おしゃべりも苦手ではない。だけど、知っている子と知らない子が混じり合う、中学開始という変化において、「自分だけ」誰も知り合いがいないと言うディスアドバンテージは、予想以上に大きかった。 ふと、彼女は自分の頬が冷たく濡れていることに気がついた。慌てて自転車を止め、制服の袖でそれを拭う。カフスボタンが鼻に当たり、小さな痛みを感じる。 「カッコ悪いよ」 少女の小さな声が夜の空気に吸い込まれて行った。そして、それに応えるような、べチャリと言う音を、少女は背後の闇の中に聞いた。狭山純子は振り返る。しかし、そこにあるのはただの田圃と、そこに腰をおろしている深い暗闇だけだった。彼女は再び前を見て、ペダルに足をかける。 突然、彼女の真上を巨大な影が通り過ぎた。そして、それは彼女の目前に重たい音を立てて現れる。 「何? 誰?」 彼女は声にならない声でそう問うたが、しかしそれは答えなかった。それは代わりに咆哮する。狭山の口から小さな悲鳴が漏れた。そして、自転車が倒れる音。 地面に転がった彼女の目が捉えたそれは、少なくとも彼女の知らないものだった。 四足で歩き、体の大きさは牛ほどもある。首周りには獅子のようなタテガミをはやし、犬のような、あるいはワニのような口の裂けた顔をしている。 「なんなのよ……………!」 彼女の言葉に、やはりそれは答えない。唸り、そしてぬちゃり、ぬちゃりと足音を立てるばかりである。少女は本能的に悟る。死ぬ。裂かれる。殺される。食われる。逃げなきゃ。立たなきゃ。走らなきゃ。 嫌だ。私、こんなところで死ぬの、嫌だ。友達もいない、こんな時に死ぬの嫌だ。もっといろんなことしたかったのに。おしゃれして、遊んで、働きたかったのに。彼氏だってほしいのに。こんなところで死にたくないよ。 彼女は震える身体に渾身の力を込めて立ち上がり、よろめきながらも畦道を蹴る。だが、すぐに彼女はまた倒れる。けっして震えのせいではない。別の何かにぶつかったからだ。 「痛っ!」 彼女が顔を上げると、そこにはまた得体のしれない生命体がいた。人の形をしているが、人ではない何か。硬く、突起のついた殻に覆われた何かがそこにいた。 「グシャー!!」 それが叫ぶ。背後の獅子のようなワニのような化物も同時に吠える。殻に覆われたそれは、手から生えている長い爪で、彼女の頬をつうと撫でた。頬から流れた血が、涙と混じる。 「なんなのよ、ねえ、答えてよ」 返事はない。ただそれはまるで自分を誇示するように雄叫びを上げるだけだった。狭山は目を瞑る。怪物は長い爪の生えた腕を大きく振り上げる。 「もう、やだよ」 狭山の口から諦めの声が漏れたその瞬間、殻に覆われたそれのからだが宙に浮いた。風を切り飛んで行った怪物は田圃に落ちる。そして、爆発音。熱風を感じて、狭山は目を開く。殻に覆われた怪物の姿はどこにもなかった。 「何? 今度はなんなのよ……」 「安心しな、もう大丈夫だから」 力強い、中性的な声が闇を伝って周囲に響く。狭山は声の方を向く。そこに立っていたのは、ひどく大柄な影だった。1メートル90センチほどだろうか。暗くて顔は良く見えないが、おそらく男だろう。肩幅はがっしりと広く、逆に頭は小さい。 「あなたは……」 「アップル」 人影は狭山の問に、短くそう答える。 薄暗いなか、狭山が目を凝らしてよくよく観察してみると、その人影は、赤い多数のフリルの付いたドレスのような服を着ていることがわかった。女、なのだろうか。それとも女装した男なのか。狭山の頭はますます混乱する。 「とっとと仕留めるよ」 アップルと名乗った、筋肉質な人影は、獅子型の怪物に向かっていく。一歩毎に地面を震わせるその足取りに、恐れやためらいはない。獅子のような怪物は、上半身を起こし、前足でアップルに殴りかかる。アップルは片手でそれを軽くいなす。いなしたかと思うと、すぐさま怪物の懐に潜り込み、右腕で一撃をお見舞いする。流れるような動きだ。怪物は、うめき声を上げ、バランスを崩した。アップルはそれに容赦なく蹴りを連発して、田圃の泥中に怪物の頭をめり込ませる。そして、倒れた怪物の腹に休むことなく蹴りを与え続ける。怪物の悲痛な叫びが、狭山の耳を鋭くつく。あまりに一方的な攻勢に、彼女は思わず目を背けた。 「相変わらず爽快だね」 また、狭山の後ろで聞き覚えの無い声がした。歌うような、どこか弾んだ口調だ。狭山が振り返ると、そこに学生服を来た少年が立っていた。月灯りに照らされた彼の顔は、目鼻立ちがすっきりと整い、誰が見ても惚れ惚れとするように美しかった。 「あれね、クラヴマガって言うんだよ。知ってるかい」 少年の言葉に、狭山は首を振る。 「世界で一番"容赦"のない格闘技さ。人を殺し、自分が生き抜くための格闘技だよ」 そんなことを言っているうちに、怪物とアップルとの格闘は終了していた。怪物はもはやピクリとも動かず、アップルはその腹に足をかけて見下ろしていた。 「おまえらにはシナモンを振りかける価値すらないよ」 アップルはそう冷たく言い放つと、片腕を振り上げた。そして、ぶつぶつと何かを唱え始める。すると、振り上げた腕が炎を纏い、夜の闇を明るく照らし出した。その時、初めて狭山はアップルの顔を見た。日本人離れした、彫りの深い顔、眼光鋭く力強い目つきなど、厳しい部分も多いが、しかし、その顔は間違いなく美しく、どこか可憐な、女のものだった。 「ウルトラマジカルクリーミー・超戦闘魔法・火焔大剛拳!!」 彼女は拳を振り下ろす。火柱が天まで昇る。熱気が、あたりを包む。 そして、そして怪物の巨大な断末魔が、徐々に消え失せていった。 「君、良かったね。僕らが偶然通りかかって」 美しい顔をした少年が、まるで恩を着せるかのように狭山にそう話しかけた。呆然としていた少女は不意の言葉に何も返せない。 「いいよ、お礼なんかしなくても。こっちはこっちで事情があるからね」 少年はそう言ってニヤニヤ笑いながら首を振る。 「それよりさ――」 少年は黙らない。狭山の顔と体をなめますように見てから、こう言った。 「君、処女かい?」 Bパートに続く (作・恋人が南十字星)
https://w.atwiki.jp/dista/pages/3033.html
〒350-1308 埼玉県狭山市中央2-1-1 ☆TEL:04-2958-3398 ☆営業時間:10 00-24 00 ☆最寄駅:西武新宿線・狭山市(バス2+徒歩2) ☆行方:駅東口1番バス乗り場から「井戸窪経由狭山団地行(狭山30)」に乗車し、「井戸窪」(3つ目)下車 ※乗車2分。170円 ☆下車後:バス進行方向に信号まで進むと左前方角に店舗有り。徒歩2分程度 [狭山30(2011.02.19 現在)] 平日 7時台 10本 / 8時台 10本 / 9時台 7本 休日 7 02,12,24,39,51 / 8 01,11,27,34,45,56 / 9 08,24,36,42,54 ※西武バス 川越営業所 049-244-1155
https://w.atwiki.jp/kamiyarc/pages/95.html
11(日)練習会@狭山10 00-11 30 17(土)練習会@狭山15 30-17 00 24(土)練習会@狭山15 30-17 00 31(土)練習会@狭山15 30-17 00 事情によって変更になる可能性もあります。 その場合はスケジュールを変更し、その内容をコメントに記します。 予めご了承下さい。 また、平日開催、その他ご要望等はこちらにコメント、メッセージを下さい。