約 170,867 件
https://w.atwiki.jp/poke_ss/pages/891.html
10ページ目 ~天界~ アルセウス「いけない。我としたことが寝過ごしてしまった」 アルセウス「ゴリチュウがピンチのようだな。よし、次なる救援を送ろう」 ~地上~ ???「おーい、ゴリチュウ、起きろー!」 ダークライ「ム? ダレダ?」 ゴリチュウ「へぶしっ!」ビシッ ???「お、ようやく起きたか。魘されてたぞ」 ゴリチュウ「・・・ん? お前は誰だ?」 キノガッサ「俺の名はキノガッサだ。お前を助けに来た」 ゴリチュウ「そうなのか、ありがとう。ゴウカザルといいお前といい、俺は運には恵まれてるそうだな」 ゴリチュウ(アルセウスの奴、自分で命令しておいて何もサポートしてくんねーのかよ) キノガッサ「よし、力を合わせてダークライを倒そう! 喰らえ、スカイアッp」ビビビビ キノガッサ「」 ゴリチュウ「キノガッサ~~!!」 ダークライ「チョロイチョロイ、サイコキネシスデイチコロヨ 次へ トップへ
https://w.atwiki.jp/wiki9_nurupo/pages/165.html
(2006年04月27日) 赤ちゃんて、どこから来るの?
https://w.atwiki.jp/toho_yandere/pages/1335.html
腕が刃となった、一匹の化け物がいました。 その腕は、触れるモノ全てを切り裂きました。 孤独に震え、手を伸ばしても、その先は皆、赤色ばかり。 女が一人、おりました。 女は、化け物と恋に落ちました。 抱き合う程に、身が裂かれようとも。 その傷痕さえ、彼女は愛しました。 新月に舞うは刀月、満月に咲くは想影~第四章~ 靴が砂を噛み、ざりざりと音が鳴る。 空にはぽっかりと半月が浮かんでいて、それが私の影を地面に描いていく。 踊る様に、期待にくらくらと酔いしれる様に、ゆらりふわりと舞う影。 近付く程に胸が高鳴って、誰もいない道も寂しくは無かった。 見慣れた玄関を前にして、一度立ち止まる。 私は力を使い、一つの歴史を消した。 “今夜、私がここに来たと言う歴史。” これなら誰にも解らないから。 邪魔は、させないから。 指を掛け、ゆっくりと、静かに戸をずらす。 この向こうには、私の愛しい人が。 一度タガが外れてしまえば、あっさりとためらいは消えて行った。 とても簡単な、単純な事なのだ。 ただ、心を向けてしまえば良いのだから。 惑わせて、私に沈めてしまえば良いのだから。 彼が寝静まっているのを確かめ、そっと部屋に忍び込む。 相変わらず閂も掛けないで、無防備だな。まだ泥棒は斬ってしまえば良いと思っているのか? 布団の傍には漆黒の刀が置かれ、それが月明かりに照らされ、艶めかしく輝く。 隣で歪んだ花の様に乱れる、彼の黒く、長い髪と同じように。 そっと手を伸ばし、その瞼を塞ぐ。 余計なモノは見えなくて良い。 ただ、私の温度と、声と、心と。それ以外はお前の世界には要らない。 その刃に隠した優しさも、孤独も、私は全て知っている。 ____いっそ、その目を潰してしまえば、お前の世界は私だけになるのだろうか? ____その刀を壊せたのなら、その手は私の手を握ってくれるのだろうか? ____その命を奪えたのなら、最期の記憶は私で…。 「…あんたか。」 瞼に掛けた手を掴まれ、それを払うと彼は上体を起こした。 ぱさりと降りた長い髪と、低く気だるげな声が私の目に、耳に触れる。 それだけで胸が締め付けられて、切なくなって、暖かくて。 「どうしているかと思ってな。どうだ?何か変わりは無いか?」 「こないだここで酔っ払いが暴れた以外は無いな。…様子見にしちゃ、随分遅い時間じゃねえか?」 彼が突き出して来た懐中時計は、日付を既に跨いでいた。 それはそうだろう、この時間を狙ってきたのだから。 燐寸を擦り、燭台へとその火を落とす。 ゆらゆらとゆらめく蝋燭の灯りが鋭い双瞼を照らし、その瞳の奥には、私の姿が映る。 そこに映る貌は、とても嬉しそうなのに、何故か泣いているかの様にも見えた。 少しずつ距離を詰めて、彼の髪に触れて。 そして、絡み付く様に抱き締める。 離さない。 その傷も、心も、何もかも私のものに。 彼の手が私の肩に掛かり、押しのける様に身体を離そうとする。 近付くなと、これ以上触れてはならないと、そう視線は警告を告げてくる。 「冗談だろ? …これ以上はやめときな、俺も本気になっちまう。」 「………。」 何を恐れているのだろう。 何も、怖がる必要など無いと言うのに。 彼は、手負いの獣に似ている。 人並外れた強さの裏で、その心は何処までも脆い。 寒さに震える子猫の様な、その心の奥。 ただ、そこまで手を伸ばして、暖めたいだけなのに。 肩を押さえ付ける手を払い、その頬に触れ、私はまた、額の傷に口づけをした。 「私は…本気だぞ?」 今、私はどんな顔をしているのだろう。 一人の女の顔なのか、それとも、飢えた獣と同じそれなのか。 この身だけでなく、きっと心も半身は獣だ。 心の飢えが腹を空かせて、彼の中を、何もかも私で塗り潰してしまえと騒ぎ出す。 動揺しているのか、いつの間にか、彼の肩は力が抜けていた。 軽く押すだけでその身は態勢を崩し、私はその上に跨る様に肩を押さえ付ける。 両手でその頬を、髪を撫ぜ、彼の耳元に近付く。 もう、何も迷う事など無い。 私の心は、既に決まっているのだから。 「…○○、愛しているよ。」 か細い声で、だけど、強く。その言葉を口にする。 彼は一度その目を見開くと、すぐに目を細め、何かを諦めたかのように溜息をついた。 「まさかあんたから聞くとは思わなかったよ…。 ずっと、言うつもりは無かったんだがな。だけどもうダメだ。 …その言葉、そっくり返させて貰うぜ?」 皮肉交じりな、だけど、優しい頬笑みと共に返ってきたのは。 すっと、待ち望んでいた言葉。 ああ…ああ!! やっぱり、何も恐れる事など無かったんじゃないか!! 彼を解るのも、愛されるのも、私だったのだ!! もう大丈夫だぞ…○○。 脅えないでいいんだ、ずっと、私が傍にいるから。 「ふふ…そうか。」 唇を奪い、深く、舌を絡めた。 何も遮るものは無い。 ただ、互いの求めるままに。 首筋の傷に彼が口づけたのを最後に理性の糸は千切れ、後はただ、二匹の獣がそこにいるだけだった。 私とて長く生きている手前、初めてでは無い筈なのに。 何故だろう、純潔を散らした遠い昔よりも涙が溢れていて。 嬉しいのか、哀しいのか。 或いは、その両方なのか。 全身に感じた彼の体温と存在を前に、それは最後まで解らなかった。 傷を舐め合い、絡め合うだけの、二匹の獣の宴。 やがてそれも果て、いつしか混濁した意識の奥へと私は呑まれて行った。 繋ぎ合った手だけは、最後まで離さないままで。 夏は揺らぎ、秋は暮れ、冬が過ぎ、春が舞う。 そうして一年、二年と過ぎた。 関係が深まって以来、彼は変わった。 依頼に向かう時の目さえ、それまでとは違う、何か意志を宿したものへと。 彼を縛る鎖は、断ち切られた訳では無い。 それでもその変化は、私には嬉しいものだった。 だけど…一つだけ、不満がある。 「○○。」 「なんだ、“先生”?」 私の名を、彼は決して呼んではくれない。 「癖が抜けないから」と彼は言うが、やはり、まだ隔たりがあるような感覚を覚えてしまうのだ。 何も遠慮など、いらないのに。 慧音と言う私の名を、ただ口にするだけだ。 それだけで、もっと近くに寄れる。 私の愛する声でその名を呼ばれるだけで、もっと、もっと満たされて行けるのに…。 ある日の事、私は寺子屋での業務を終え、休憩を取っていた。 子供達もとうに帰り、私以外はここにはいない。 住居としている離れへ戻れば、より静かな静寂が広がるばかりだった。 いつかはここで、彼と暮らしたいと願う。 そうだ、○○がここで暮らす日が着たら、体育の一環に剣術を取り入れようか。 ○○が指南をすれば子供達の護身に役立つし、彼の心もきっとその中で解れる。 そうして寄り添って、二人で暮らせたのなら…それはとても、幸せな事だ。 「夜分遅くに失礼致します、先生。」 玄関から響いた声で、私は我に返る。 この声は里長か…はて、何か重要な事があったろうか。 「先生、○○に依頼をお願いしたいのですが…。」 「どうしたのですか?あなたが来るとは珍しい。」 仲介を頼むのは、いつもなら守衛だ。 しかし今日来は里長直々の依頼。何が起きたのだろう…。 「うむ、門に矢文が刺さっておったそうでな…その内容が…。」 「…見せていただけますか?」 その文を手に取り、目を通す。 それは赤い字で書かれたもの。これは…血文か? “退治屋○○に、一対一での決闘を申し込む。 期日は本日夕刻。場所は××峠の桜の下。 尚、来なければ手下の妖怪50匹を人里へと差し向ける。 必ず、一人で来るように。誰かは来れば解る。” 「これは…。」 「今や○○は妖怪の中では、悪い意味で名の通ってしまった者。怨みを持つ妖怪も少なくはありませぬ。 恐らくは、その中の者では無いかと…。」 そうか…○○が退治屋となり、もう5年が経つ。 更に斬り殺した数は増え続け、今や妖怪からさえ『血色の化け物』と呼ばれ、恐れられている始末だ。 少しずつ優しさを見せてくれてはいるが、やはり現実は…。 「解りました。○○に伝えましょう。」 「はい、ありがとうございます…。」 胸騒ぎがする。 これだけ尾ひれが付いてしまった彼に決闘を申し込むのは、余程腕を試したい者か。 或いは…並々ならぬ怨念を、彼に抱える者か。 酷く重い気分を抱えたまま、その依頼を彼に告げる事にした。 「…決闘、ね。思い当たる節なら腐る程あるが。」 「………。」 淡々とした表情で果たし状に目を通し、彼はすぐに仕事の準備に入った。 血文と言う事からしても、怨みの深さは相当なものだと言う事は解る。 しかし慣れた物だと言わんばかりに、あっさりとその文を火にくべて燃やしてしまった。 普段決して口にはしないが…吐き捨てられた怨みや因縁は、恐らく相当な数なのだろう。 …それは恐らく妖怪だけに限らず、人間からもだ。 「一人、サシで殺し合いたいって言いそうなのがいたしな。尤も、そいつが生きてればだが。 まあ…殺すだけさ。くく…。」 一瞬浮かんだのは、彼が少年の頃に浮かべていた狂笑。 愉しそうで、そして哀しそうな、血に餓えた獣の顔。 未だに彼の中の悪鬼は、深く息づいているのだ。 また…また遠くなってしまうのか。 彼の背中にすがり付いて、私は震えていた。 今にも消えてしまいそうな、その大きな背中に。 「○○…死ぬな。絶対に生きて帰ってくれ!!」 「…ああ。」 失いたくない。 悪い予感が胸に絡み付いて、怖くて。 家を出る後ろ姿は滲んで、形を亡くして行く。 ただ、それを見送る事しか出来なかった。 死なないで…行かないでくれ…○○…。 「………。」 桜の花弁が舞う木の下に、一人の剣士が立つ。 その表情は静かで、激情の波などは一切見受けられない。 視線の先には一つ影が映り、それがゆらり、ゆらりと、ゆっくりと近付いて来る。 その影は、金色の髪に赤い瞳を持つ、一人の男。 その姿から、彼が人では無い事は容易に見て取れた。 「やっぱお前か…妖怪がたかが5年でそんだけデカくなるなんざ、俺は相当好かれてるらしい。 お前らが身内の敵打ちとは、一体何の冗句よ?」 「意外だなぁ、覚えてるなんて。 妖怪は心の生き物だよ?お前を殺したいってずっと思ってたら、随分強くなれたよ…親兄弟は、皆あのまま死んだけどね。」 「そいつはどーも。あのまま素直にお前も死んどきゃ、御家族揃って彼岸旅行だったのにな。 …忘れるかよ、記念すべき俺の初仕事の的だぜ?」 進み合う歩はゆっくりと、しかし、その足音は次第に意志の強さを増す。 そして互いの口元は耳まで裂けんばかりに弧を描き、狂笑と共に、合図を口にする。 「「じゃあ、殺ろうか。」」 その刹那、血の花が舞った。 「………。」 「……ははっ、僕の負けだな。」 桜の野に、傷だらけの男が二人。 一人は左目から血を流す、人間の剣士。 そしてもう一人は片腕を無くし、斬り裂かれ倒れ伏す、妖怪の青年。 「片目持ってかれるとはな…やるじゃねえの。」 「それだけ…だろ?何でだ、何で僕が人間のお前に勝てない…。」 「さて、ね…まあ、中身はお前らと大差ねえよ、俺は。 俺の二つ名は知ってるだろ?“血色の化け物”って。」 「………。」 彼は刀を降り、血を払う。 舞い踊る桜の中にあっても、その雫は濃い赤を放ち、地面にその痕を描いた。 「…俺にもな、守るモンはある。 そいつ以外は心底どうでもいいし、そいつの為なら外道にだってなるって決めてる。 狂ってんだろ?だから俺は人でも妖怪でも無い、ただの化け物で良いのさ。」 「…守る為に、僕らを殺したと? 僕らはただ、死なない為に人間を食べようと、必死だっただけなのに…僕の親だって…。」 「………。」 その問い掛けに、答えは無い。 長い黒髪に隠され、彼の表情は伺い知れない。 ただ、その影には、複雑に絡んだ感情が揺らいでいた。 「…お前の親父、最期までお前ら庇おうと必死だったよ。あん時の傷はまだ腕にある。 だけどな…それでも殺った。譲れねえのは、お互い様だからよ。」 「そう、か…確かに狂ってるよ、お前…。」 「はっ…だから言ったろ?化け物だって。 …悔しけりゃ、また殺しに来い。お前じゃ俺には勝てねえよ、今のままならな。」 彼は刀を収めると、妖怪に背を向けた。 その背中は、何故かとても脆いものに妖怪の目には映った。 “守るモノ、か…僕にはそんなものは無いな…。あるなら、それは…” にたりと笑みを浮かべると、妖怪はその腕を掲げた。 指先から爪が伸び、それは鋭利なものへと変わる。 「ひひ…僕を支えるのは、やっぱり怨みだけだよ。」 腕が伸び、○○の背中目掛けてその爪が襲いかかる。 「!!」 気付いた頃には遅く、もう避ける事は叶わない間合い。 眼前にその爪が迫ったその時。 「____○○!!」 彼をかばう影から青銀の髪が揺れ、そして血が飛び散る。 背中に傷を受けた彼女は倒れ伏し、それは走馬灯の様に、ゆっくりと○○の眼に映った。 「____慧音!!!!!」 彼が初めて彼女の名を呼んだ声。 その声は、意識を無くした彼女に届く事は無かった。 「慧音!!おい、しっかりしろ!!」 息はまだある。 しかし意識は無く、背中に受けた傷はとても深いものだった。 彼の両手は血に塗れ、それは腰に刺した刀の柄さえも濡らす夥しさ。 柄に巻かれた黒い糸を、その血がより赤黒く染め変えて行く。 「ひゃひゃひゃ…何?その女がお前の守るモノ? 丁度良いなあ…どの道お前の絶望顔が見れるなんてついてるよ…。」 倒れ伏したまま、妖怪はけたけたと嗤う。 彼にとっても最後の力だったそれは、確かに○○の守るモノを奪った。 その事実に、何処までも愉しそうに。 「………。」 慧音をその場に寝かせると、ゆらりと彼は立ち上がる。 俯き、長い髪に隠されたその表情。 それは妖怪の方へ向き直ると顕となり、それを見て彼はより愉悦の笑みを深めた。 暗く、そして生気の無い表情。 絶望を通り越した、それ以上の何かに達しているその表情は、やがて小さな笑みを形作る。 「はっ…だから言わんこっちゃねえ…。」 自嘲の表情を浮かべた“それ”は、ゆっくりと妖怪の元へと近付く。 妖怪は力無く立ち上がり、その歪な笑みを深くする。 「ひゃひゃ…ねえ、どんな気分?大切なものを壊されるのって?解ったでしょ?あひゃひゃひゃひゃ!!!」 「…確かに最悪だな。お前の気持ちはよーく解ったぜ…。」 一度俯き、血に塗れた手で、血に塗れた柄を握る。 そこに一切の力みは無く、そして迷いも無かった。 「ついでにお前も殺してやるよ…これで僕の復讐は終わりだ!!」 「そうだな…だけどよ。」 「……!!」 顔を上げた彼のその表情に、妖怪は戦慄した。 それは人のモノでも無く、血に飢えた妖怪のモノでも無い。 狂いの笑みは無く、悲しみも無く。 あるのは何処までも澄み切った、純粋な『殺意』。 「ひっ…あ…。」 「妙に頭がすっきりしてんだよ…なんつーの?身体が軽いって言うかさあ…。」 「こ、来ないで…。」 「やっぱいいや、二度とお前のツラは見たくねえから。」 「ひ…ば、ばけ…」 「死ね。」 死の直前、妖怪の口は、確かにその言葉を形作った。 『化け物。』 ○○の姿に対する、純粋な恐怖の言葉を。 血と肉が飛び散り、妖術の炎が更にそれを焦がす。 後には妖怪の塵さえ残らず、ただ焼け爛れた野が広がるばかりだった。 立ち尽くす彼の表情に一切の感情は無く、傷付いた慧音を抱え、彼はその場を後にした。 「○○!!」 飛び起きた私の目に入ったのは、見慣れた自室の光景。 夢…?いや、だけどあれは…。 「っ…!!」 直後、背中に激痛が走った。 これはあの時の傷…あれはやはり現実だったのだ。 じゃあ、○○は…? 「慧音、目が覚めたのかい?」 襖の音と共に現れたのは、妹紅だった。 世話をしてくれていたのか…一体誰がここまで。 「○○に頼まれたんだよ。良かった…あんた一週間も眠ってたんだよ。」 「そうか…ありがとう。 …そうだ!!○○は無事なのか!?」 「………。」 何故だ、何故何も言わない…?まさか、○○の身は…。 「…会わない方がいいよ。」 「何を言っているのだ?生きているのだろう?なあ…。」 「あいつ…里に戻ってから袋叩きにされてね。 戦いで満身創痍で、片目もやられてたってのに…里の奴ら、“慧音が怪我をしたのはお前のせいだ”って…。」 そんな…あれは私が彼の身を案じて勝手に飛び出しただけなのに…何で…。 「…妹紅、留守を頼む!!」 「慧音!!」 急がねば。 急いで、彼に会わなければ。 着の身着のままで走り出し、私は彼の元へ向かった。 何たる事だ…何故、彼が…。 蝋燭の薄明かりが照らすのは、一人の男の影。 左目は包帯に隠され、まだ生きている右目が、何かを追う様に視線を動かしていた。 男は煙管に火を付け、溜息を誤魔化す様にその紫煙を吐き出す。 あの日から吸い始めた、まだ慣れぬ苦味に顔をしかめながら。 「…○○。」 玄関から響くのは、彼を呼ぶか細い声。 その声を聞き、彼は玄関へと歩を進めた。 左手には、彼の愛刀を持って。 「…あんたか。」 「○○…生きていたのだな…。」 そこにいたのは、彼が愛する一人の女。 女は涙を滲ませながら、包帯に隠された左目へと、愛おしそうに手を伸ばす。 「こんな…痛むだろう?傷の具合はどうだ。」 「大した事じゃねえ。だからさ…。」 「…!!」 彼女の手は振り払われ、そしていつかと同じように、首筋に刃先が触れる。 その刃は彼の手により、真っ直ぐに彼女の首へと向けられたもの。 確かな拒絶の心を以て向けられた、鋭利な刃。 「…これで解ったろ? 俺に関われば、いつ死ぬかも解らねえ。下手すりゃ寺子屋ごと焼討ちされるぜ?」 「な、何を言っているのだ?あれは私が勝手に…。」 「…終わりなんだよ、あんたと俺は。」 「あ…ああ…あ…。」 女は涙を滲ませながら、震える腕を刃へと伸ばす。 慈しむようにその両手で刃を握り締め、ぽたぽたと、掌から零れた血が足元を濡らす。 「なあ…何もかも憎いなら、私を斬ればいいじゃないか。私は半人半獣だ、だから少しくらい斬られたって…。 だから○○、あの時みたいにもう一度名前を呼んで…。」 涙を流しながら、女は懸命に笑顔を作り、懇願する。 その血は刃を伝い、やがて彼女の白い浴衣を赤く染めている事にも気付かないまま、ただ、必死に。 「……っ!!」 ”パン!!” 乾いた音。 それは彼の手が、彼女の頬を打った音。 「いい加減にしろや、人の気も知らねえでよ…。」 残された彼の右目からは涙が伝い、隠された左目からは、血が伝う。 その顔は苦痛に満ち、そして肩は震えていた。 「こういう奴さ、俺は。 いいか、死にたくなけりゃ二度と俺の前に出てくるな。」 「待って…!!」 大きな音を立てて戸が閉められ、そして彼の姿は隠された。 女は地面に伏し、膝をついたまま、ただすすり泣いていた。 その瞳から全ての彩を失ったまま、やがてふらりと何処かへ消えるまで。 その日、更に夜も更けた頃。 “トン…トン…” 「お前か…今日は疫病神の千客万来かね。」 「……。」 彼の前に現れたのは、藤原妹紅。 皮肉交じりな彼の笑みを目に収めると、彼女の表情は一層鋭さを増した。 「…さっき、倒れてる慧音を拾ったよ。」 「そうか…せいぜい風邪引かねえ様にしといてやれよ。じゃあな。」 「待ちな。」 乱暴に戸を閉めようとする彼の腕を掴み、妹紅はその勢いのまま家へとなだれ込み、彼を押し倒す。 力任せに左目の包帯を掴み、そして引き剥がした先に現れた物を見て、彼女はある疑問を確信へと変えた。 「やっぱりか…あんた、妖怪になりかけてるね。」 「………。」 包帯の下に隠されていた左目は、赤い瞳を宿していた。 それは人のものでは無い、彼が人から外れつつある事を証明する赤。 「本当はあんたも気付いてるんだろ、自分がどうなるかなんて事は。」 「…ああ、薄々だったがな。だけど予定外だ、たかが5年でこうなるとはよ。なんで解った?」 「私も退治屋だったからね…あんたみたいになった仲間を、何人も殺して来たのさ。」 「そうか…こうなっちまう日が来たら、ひっそり消えて死のうかとでも思ってたんだがな…。」 人の範囲を越えた強さを手にしつつあった彼は、自らの行く末に気付いていた。 そして、その時が来てしまった際の決意も。 「あたしが殺して来た仲間も、同じだったよ。強い奴ほど早く妖怪になって、その度に頼まれたのさ。“殺してくれ”ってね。 …昔付き合ってた退治屋の男を、それで燃やした事もある。」 「………。」 彼女は頭を押さえ付けていた手を離し、そして彼の胸倉を掴む。 ぎりぎりと布が軋みを上げ、その手にはいつしか血が滲んでいた。 「…さっさと殴れよ。憎いだろ?親友があそこまでボロボロにされてよ。」 「そうだね…あんたは殴っても殴り足りないぐらいの馬鹿だよ。」 「いっそ燃やしたらどうだ?それで全部終いだろ。」 自嘲に満ちた笑みが、妹紅を捉える。 そこに希望は無く、そして絶望も無い。 絶たれる望みすら放棄した、全てを諦めた男の顔がそこにあった。 「いい加減にしな!!!」 胸倉ごと持ち上げられ、彼は頭を床に叩きつけられた。 彼女の顔には怒りが満ち、そして涙が流れている。 何かを思い出しているかの様な、塞がらない傷から溢れ続ける血の様な、涙が。 「残される奴の気持ちが解る!?あんたを失った慧音の気持ちが!? あんたは逃げてるだけだよ…あの頃から、何にも成長してないクソガキだよ!! 恋人が自分の炎で燃えて行く肉の匂いが、灰になる瞬間の辛さがあんたに解るっての!? …慧音には、私と同じ気持ちは味わって欲しくないんだ。 選びな…慧音に謝って、二人で里から逃げるか。それとも根性無しの半妖として、ここで私に燃やされるか。 独りで勝手に絶望して、共に在る努力もしないで燃やされるなら…あんたはその程度だったって事だろうね。」 「………。」 手を離し、無言のまま彼女は○○の元を去った。 彼は茫然と天井を見上げ、そして手で右目を塞ぐ。 妖怪化した左目に映るのは、何も変わらない景色。 彼だけの、彼が彼であるが故の景色。 特別な事は何も無い、心に映る視覚だけがそこにあった。 「慧音、俺は…。」 幾日かが過ぎ、私も大分平静を取り戻していた。 ○○がまた塞ぎこんでしまったのは、やはり私のせいなのだろうか…また、振り出しに戻ってしまった気がする。 何故なのだ。 何故、○○が忌み嫌われなければならないのか。 あの妖怪は、近頃急激に力を伸ばし、他の妖怪を暴力で従えた実力者であったと聞いた。 そんな者が里を襲えば、死人を出さずにいる事は無理だったろう。 決闘と言う形とはいえ、彼はその妖怪に勝利し、里が襲われる事は防がれたのだ。 …何故、勝手に彼をかばった私が責められず、彼ばかりが。 「さて、そろそろ会合の時間か…。」 今日は里の会合がある。 やはり納得は出来ない、今度こそ、私の意見に頷いてもらわねば。 里長の家へと赴き、そして客間へと向かう。 既に何人かは来ているのだろう、襖の向こうからは幾人かの話し声が聞こえた。 「里長、ご決断を。あの者は危険です。」 その声を聞いた時、私の足は止まった。 彼の事だとすぐ解るその話の内容に、そっと聞き耳を立てる。 「確かにのう…奴は既に、人の域を越えておる。 あのまま妖怪化すれば、儂等の手には負えなくなるな…。」 「ええ、そうなれば恐らく、里が滅びかねない事態になると…。」 「八雲殿曰く、次の退治屋は育ちつつあると聞く。 ○○は確かに強いが…慧音先生の件で、人の情を知ってしまったからの。始末が悪い。」 「ええ…ですから…。」 「解った、許可しよう。 “明日の丑の刻、奴の寝込みを襲い処刑する。” 化け物とはいえまだ人の身、家ごと燃やしてしまえば殺せるだろう。」 「はい、すぐに準備をさせます。」 処刑? …何を言っているのだ?こいつらは。 何故○○が殺されなければならない、おかしいじゃないか。 ああ…簡単な事だったのか。 最初から、迷う必要など無かったのだ。 だってこいつらは、単に己の偽政の為に孤児を犠牲にするような、人でなしだったのだから。 人の人生を地獄に突き落とし、その犠牲の上にぬくぬくと胡坐を掻くような畜生なのだから。 私の愛する人を化け物呼ばわりした、石を投げ、人一人を妖怪に堕とすような本当の意味での化け物は。こいつらだったのだから。 ____コノ里ノ存在全テガ、彼ヲ喰ライ尽クソウトスル化ケ物ナノダカラ。 「…その話、詳しく聞かせていただけますか?」 「け、慧音先生…ひっ!?ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」 ほら…上手に描けたろう? 障子はこうやって飾ると綺麗なんだ。 真っ赤な絵の具で、真っ赤な蝶や花みたいに障子や壁が飾られて…。 汚らわしい化け物などいない世界を、二人で作ろう。 何もかも隠して、そして書き換えてしまえばいいんだ…。 誰も邪魔しない、平和で幸せな、私達だけの歴史を。 ○○…今、迎えに行くよ…。 続く。
https://w.atwiki.jp/toho_yandere/pages/153.html
あの人の平等な優しさが 愛おしかった。 だけどそれは 苦痛でもあった。 平等だからこそ、私に向けらる優しさは……ほんの僅かな物だったから。 「○○……」 目覚める筈の無い時間、私の意識が手元にある。 夢に出てきたあの人が、あんな事を言わなければ。 布団の裾を掴み、ぎゅっと握り締める。 何かに、しがみ付いていたかったのかもしれない。 『お願いだ、紫……殺さないでくれ……』 恐怖に歪んだあの人の表情には、畏怖だけではなく。 憎悪に満ち、私に向けられていた筈の僅かな感情さえ――残ってはいなかった。 「そんな事……あなたにする訳が、ないでしょう……?」 枕に顔を埋めると、そのまま再び眠りに落ちようと、目を閉じる。 けれど、意識ははっきりとしたままで、結局眠る事は叶わなかった。 カシャン。 「……あら」 手から茶碗が落ちて、割れてしまう。 半分眠っているかのような表情のまま、紫は落ちた茶碗を眺めた。 「ちょっと紫、何やってんのよ」 霊夢が驚いた様に言う。 が、割れた欠片を機敏に片付け、奥から拭き物を瞬時に持ってきた姿勢からは、 そんな様子は微塵も感じられなかった。 「割れた茶碗の音も風情があるでしょう?」 そういって笑顔で答える。 「風情でうちの茶碗を全滅させるつもりじゃないでしょうね」 「そういう異変もそのうち起こるのかしら。怖いわね」 「あんたがやったんでしょーが!」 そんなやり取りを交わす中、そのうち誰かが見ている事に気付く。 「趣味かしら?○○」 「漫才は何時見ても飽きないけど、趣味としてはどうかな」 「覗きなら○○にはお似合いなんじゃない?」 そうして受け答えを交わすと、○○もまた会話に参加した。 結局その日は三人で、そのまま暇という時間を大いに満喫したのだった。 やがて話す事も無くなった頃、自然と解散する。 ○○は何時ものように一人、何事も無く帰路につこうとする、が。 「○○」 紫が声を掛けた。 「……何かまだ面白い話でも?」 笑いかけるように答え、返事をする。 「偶にはエスコートの一つでもしていきなさい。それがあなたの為よ」 「…なに?」 少し驚くように反応したが、直ぐに表情を戻すと、紫と一緒に歩き始めた。 「スキマを使えば直ぐだろうに」 「あら、○○はスキマ妖怪だったの?それは初耳ね」 「俺は人間だよ……って、何でそんな反応が返ってくるんだ?」 「エスコートをするのが今のあなたの役目。 なら私のそれで移動してしまっては、何の意味も無いでしょう」 「確かにそうかもしれないが……ううむ」 唸る○○に対し、くすくすと紫が笑う。 「バカねぇ、それならわざわざ一緒に帰る意味がなくなってしまうでしょう」 「ん」 納得したような顔をして。 「それもそうか」 頷く様に、返事をした。 「で。家に着いたのは良いんだが」 「お菓子はお煎餅だけ……あらあら」 「何でお前まで家に上がってるんだ?しかも人の台所を勝手に漁るな」 「おかまいもできず、ごめんなさいね」 「それは俺の台詞だ!いや、違うか」 勢いのまま家に上がりこまれ、台所を荒らされて。 そして、結局お茶を入れさせられ。 そのまま数時間ほど、エスコートと言う名の暇潰しが終わる事は無かった。 流石に気に触ったのか、○○が口を開く。 「まさか夕飯まで食べてくつもり……じゃ?」 そう言おうとした○○の前に差し出されたのは料理だった。 特に何もおかしな所の無い、普通の、料理。 「そうねぇ、○○がどうしてもというのなら」 「いや、待て。この料理は何だ?」 相変わらずの調子で紫は言う。 「お気に召しません?毒でも入れておけば、あなたの食指を誘えたのかしら」 「誰もそんな事は言ってない」 「……食べないのかしら?」 そういった紫の目は、他人から見れば少し甘える様な、優しげな表情だった。 が、○○は気にした様子も無く、こんな言葉を返す。 「……これ、紫は食べたのか?」 疑うような視線が、其処にはあった。 「……食べたわ。それが何か?」 先程までの空気はいずこかへと消え、紫は唇を噛み締める。 「そうか。いや、ならいいんだが」 その返事を聞いた途端、料理を口に運ぶ○○を見ながら。 それから一週間程経った頃、○○は紫と妖夢という、 少し奇妙な組み合わせで外に出かけていた。 この前のお礼がしたい、という名目で。 「私とは二人きりになりたくないという○○の思惑……」 と、紫がそんな事を言い始める。 「え」 二人が声を合わせて、反応した。 「取って食べられる事を恐れて? それとも、逢引に誘う程の度胸が無かったから」 「――どちらかしら?」 「後者だな」 即答する。 「あら、そうなの?」 「女性に恥をかかせるよりは、な」 普段と変わらない調子で。 そういうものなのですか?と、妖夢が口を挟んだが、 その話題はそれ以上進展しなかった。 用事を済ませ、今度は下山する。 「まさかあんな所に果樹園があるなんて……」 「果樹園って程のものでもないけどな。 時々様子を見に来て、世話をする。 殆ど自生してるようなものだよ。大したもんだろう?」 自分の事では無いのに、嬉しそうにそう言う。 「あの場所が好きなのね、○○」 「……そうかもな」 今度は少し考えて、そう言った。 直後。 落石。 崖崩れが、起きた。 「最強って言う割には大した事ないなぁ。 驕るのも妖精の特技の一つ、かしらね」 「う、うるさいっ!あたいはまだ負けた訳じゃない」 ヘロヘロと飛ぶチルノに、天子が興味無さそうに相手をする。 先程の落石はこの余波で起きたものの様だ。 「……っ!」 あの人の、声がする。 咄嗟に避けてはみたものの、全部は避け切れなかったらしい。 自然に起きた落石までは読めなかった。 落石をあの人に当てない様にする事で、手一杯だったから。 スキマから、外に出て、聞いたのは 「……むっ!妖夢!!大丈夫か!?」 あの人が、心配している声。 『それは私では無かったけれど』 「あ、はい……私は何とか。○○さんこそ……」 「俺の方はなんともないよ。運が良かったらしい」 そうして、私の方を振り向く。 「……あぁ紫、大丈夫か?まぁ、お前なら心配いらな――」 お前なら。 心配いらない。 なんでって だって、強いじゃないか ○○がその時何と言ったのか、聞こえはしなかった ただ、ただ。私には、そう 聞こえた 聞こえた、気がした 「最近、あいつの様子がおかしい気がするんだが」 「あいつって……紫の事?」 霊夢は煎餅を齧りながら、縁側で足をぶらぶらとさせている。 「ああ。やっぱり霊夢もそう思うか」 「んー。あいつがおかしいのはいつもの事じゃない」 特に気に留めている様子は無い。 ○○は、やっぱり思い込みかねぇと呟くと、茶を啜った。 スキマの中で何処か遠くを見る様に、紫はそんな○○を見つめていた。 「風見、幽香――」 「珍しいお客ね」 傘を差したまま、お互いに目線も合わせぬまま、言葉を交わす。 「花を見に来たって訳でも無さそうだけど?」 今度は笑顔で返事をする。眩しいほどの、笑顔で。 「……あながちち間違いでもありません」 なぜなら 「私は、あなたの弾幕という花を見に来たのですから」 「……ふぅん」 幽香は、笑ったままだ。 「要するに、本気でいじめて欲しいって事ね?」 「いいえ」 「本気では足りないわ。 死ぬ気で、来なさい。 殺し合い、という言葉では生温い―― そんな戦いになる様に」 ……。 神社を出て直ぐの帰路、○○は嫌な予感がした。 正確には、嫌な物を見たかもしれない、そんな感覚。 ふらり、ふらり、と此方に歩み寄ってくる人影が一つ。 こんな所で、妖怪だろうか? 場所が神社の近くだけに、妖怪を見ても別段おかしな気はしなかったが、 何処か妙な雰囲気がある。 はっきりとその人影が、視認出来る距離まで近付くと、 それが、見知った人物だと言う事に気付く。 紫だった。 真っ直ぐと○○を見据えている、紫だった。 ボロボロの服を纏ったまま、四肢が揃っていないのに 傘を差して ふらり ふらりと ○○の方へ、近づいて行く。 「こんな時間に 何処へ帰ろうっていうの? ○、○。 ……ふふ」 「どうしたんだ、その怪我!」 ○○が、駆け寄る。 「お前がこんなになるなんて……一体何をしてたんだ?」 驚いた、表情をしている。 「そうねぇ……私が凄い怪我をしたら、あなたは一体どんな反応をするのか。 それが見てみたかった、なんてどうかしら?」 自然と、本音が出た。 「紫にしては。つまらない冗談を言うんだな」 そう言いながら、体を支え。 「……そうね」 「お前なら、何時も気をつけてればこんな事にはならないだろう?」 心配そうな表情で、気遣って。 「つまらない冗談なんかで、俺を惑わせないでくれ。迷惑だよ」 「え……?」 そのコトバで、ワタシを。ツきハナした。 支えていたその手ごと、押しのける様に、○○を拒絶する。 体の痛みも同様に、何処かへといってしまったようだった。 気付けば私は、マヨヒガにも戻らずに――スキマの中で、閉じ篭った。 「紫……?久しぶりだな。もう、怪我は良いのか?」 「おい、聞いてるのか? そういえば、この前あった事なんだが……」 「それで……どうした? やっぱりまだ調子が悪いんじゃないのか? 無理しないで、まだ休んでたほ……」 ぎゅっ、と 締める。 「迷惑だから?」 簡単に、それは砕けてしまう。 だってこれは、夢の中の 私の中の、あなただから。 私があの人を愛おしいと思えたのは、何が理由だったのだろう。 思い出そうと手を伸ばした先は、まるで靄が掛かっているかのように、先が見えなくなっていた。 今も昔も、あの人は変わらずに。 変わらないままの存在で、今も其処に在るというのに。 分け隔てなく、人外とも接する事の出来る存在。 それでいて、何処か掴み所の無い―― 可愛らしいと思った。 それだけだった。 だから、霊夢達と同じ様に接していた筈なのに ……独占したくなってしまったのは、何故なのか。 短い様で長く。あの人と一緒にいる内に、与えられた優しさが。 私の中の何処かに、ひっかかっている。 ……むずがゆくて、邪魔なもの。 だから私は、これを取り除いてしまいたい。 ○○―― 「私を恐れるかしら?」 誰も居ない。返事を待たず、紫は喋る。 「でも私は、あなたが恐い」 そして仰ぐ様に手を上げると。 ぎゅっ、と握り締めた。 「あなたを好きでいられなくなりそうで。 愛してしまいそうで、恐いの」 「壊して、しまいそうで とっても」 「はぁい、霊夢、○○」 「いきなり出てくるな」 「つれないわねぇ。相変わらず」 「お互い様じゃないのか?」 何時もの様に現れた紫の態度はいつもと変わらない。 怪我をしていたという素振りさえ、何処にも無かった。 「もう体の方はいいのか?」 ○○が気遣う様に言うと。 「ええ、大丈夫――よ」 「――っ?!」 その手を取り、自分の体に、押し当てるように触れさせた。 「な、何を」 「ほら、なんともないでしょう?」 確かめさせる様に、そう言いながら。 ○○が慌てて振り解こうとするが、その手は強く握られていて離れない。 ……痛くは無いのに、押し潰されるぐらいの強さで掴まれている様な、感覚。 「いつまでやってんのよ」 「あら」 霊夢の言葉と同時に、その手がぱっと離れた。 腕に痕は……残っていない。 「あんたでも鼻の下伸ばすのねぇ」 「いや、これは……」 誤解だ、と言おうとする○○の口は紫の指で塞がれていた。 いつもと変わらない態度で。 しかし、何かがおかしかった。 「今日もエスコートして頂けるかしら、○○」 あの日の様に、紫が言う。 「……あぁ」 ○○も、断らなかった。 先程の事を聞く為に。 「急にどうしたって、顔してるわね」 「当たり前だろう」 二人きりで、家への道を歩いてゆく。 いつもよりも、静かな様に感じるのは気のせいなのだろうか。 「私がああする事が意外かしら?」 「……あ、あぁ。そういうの、興味ないって言うか」 そう言おうとする○○の口は再び塞がれる。 彼女の、唇で。 「ん――ぐっ!?」 慌てて後ろに下がり、よろけてしまう。 「今日は一体何なんだよ!!」 怒鳴る様に言うと、直ぐに『しまった』といった顔をした。 だが、紫はそれを気にした様子もなく、○○に微笑みかけている。 いつもと何も変わらない。 何も、変わらない。 ……変わっていない、筈なのに。 「そうねぇ」 「無自覚に人の境界を犯す様に上がりこんで」 「自分の用件だけを済ませたら帰ってしまう」 「知らなかったでは済まさせない―― 自分が何を与したかすら判っていないあなたが 何を、理解出来ると言うの?」 ……加えて、言った。 『何も変わってないわ』と。 紫と別れ、○○は自分の家へと帰った。 何も言わずに。 あなたが欲しい。 他の誰でもない、あなたの口から 一言でいい、心の底から 私を想った、言葉が欲しい。 次のページに進む
https://w.atwiki.jp/toho_yandere/pages/760.html
夕暮れ時に湯屋に寄った。 俺の日課だ。毎日人里の湯屋まで行って必ず身を清める。 一方で他の長屋の仲間たちは普段、頭から井戸水をかぶり偶の風呂は共同の風呂桶に張った湯を代わる代わる使う。 薪代も馬鹿にならず人里へ行って湯を借りればそれはそれは嫌な顔をされる。汗と埃を落とすのに他に仕様は無い。 そういう長屋の仲間たちの窮状を思えば俺の連日の湯屋通いは望外の贅沢であると言えた。 だが誰も文句を言う者はいない。むしろ誰しも俺を湯屋に行かせねばならない事を嘆いていた。涙を流した奴までいる。 帰りに新しい剃刀と香料を買った。眉を整え僅かな髭をすっかり落とした。香は長屋に戻ってから使う。 着物に香りを焚き染めて俺の部屋から生活の匂いを消すために。少しばかり値が張ったが淡く菖蒲が香るものを選んだ。 長屋に戻る前に古着屋へ寄る。古く擦り切れた安物しか買えはしないが、それでもいい。少しでも趣味の良い柄で色彩の鮮やかな男物を探し歩いた。 その日はめぼしい物は見つからずその足で長屋へ戻ろうと人里を出た。 ひそひそ。くすくす。 その背に無数の囁きと侮蔑を感じた。湯屋を出てからずっと。 わざとぶつかって来る男。鼻をつまんで足早に立ち去る親父。これ見よがしに店仕舞いを始める古着屋の女。 極めつけは里を出る直前背中に土くれをぶつけられた。大切な着物に汚い泥がべシャリと付いた。 振り返ると笑いながら若者が逃げて行った。そして辺りの里人がどっと笑った。 ――○○ってさマジにイケメンで羨ましいぜ。 長屋仲間の××は外でしか通じない単語で俺の面を褒めた。もちろん俺の仕事を知った上で。 幻想郷で通じない軽い言葉を××らしい気遣いで思い出させてくれる。外に居る時は下らんと思っていた言葉だがそれすら懐かしく思えた。 ××が褒めた面が怒りと屈辱で歪んでいくのが自分で分かった。だが。 その××は今、山を三つ越した先で化け物ども相手に命を張っている。××だけではない。長屋の仲間はその多くが命を張っている。 そうしてここに来たばかりの昔の俺を生かしてくれた。体は弱く技能も無い。取り得は顔だけの下らない男を。 それを思い出して黙って里を出た。下らない喧嘩で顔に傷が付いたらどうするのだ。この顔はそんなに安いものではない。 長屋の自分の部屋に戻った頃にはとっぷりと日が暮れていた。隣の部屋と便所と倉庫を挟んだ長屋の最奥の部屋。 仕事始めに気を使った仲間が隣の声が届かないこの部屋を空けてくれたのだ。 一日の辛く危険な仕事を終えて仲間たちが長屋へと戻る時間。俺の仕事はその時間に始まる。即ち冬は稼ぎ時だ。 惜しみなく火鉢に炭を入れて部屋を暖め香に火を付ける。安っぽく深みが無いがとりあえず良い香りが部屋を満たした。 そして俺は正座を崩さず待った。どれぐらいそうしていたろう。 ――ほとほと。 部屋の入口の障子紙を静かに誰かが叩いた。遠慮がちなそれでいて興奮と不安がない交ぜになった心情を滲ませた音。 来たか。最早扉を叩く音で来客が誰かが分かる。「どうぞ」短く客に告げた。そろそろと戸が滑る。 「じゃ、邪魔するよ。○、○」 「これはこれは、ようこそおいで下さいました……八坂様」 俺は額が畳に付くほど深い礼をした。そして顔を伏せたままにぃと笑う。上得意だ。 年が嵩んでから覚える火遊び程手に負えないものは無い。眠る八坂神奈子の髪を撫ぜながら外の世界の警句を思った。 今夜は彼女で良かった。男娼として体を鬻いでいれば仕方がないがどんな客でも文句は言えないのだ。 どんな老婆でも抱かなければならない。幻想郷にこの手の職は珍しいと見えて普段外来人を嫌う人里の女も何人かここに通ってくるのは笑える所である。 いや女ならまだいい。それこそ相手が男でも。人間でなくとも。始めたばかりの頃仕事の後に良く吐いた。 反吐が出るような相手でも俺には他に方便を立たせる手段がない。長屋にお荷物を養う余裕が無いのはかつてお荷物だった俺が一番良く知っている。 そんな客の中にあって八坂神奈子は珍しく有り難い客だった。いや彼女の他にも人間でない客の多くは素晴らしい客だった。どんなに人里が恐れる女でも。 まず彼女らは美しい。それも大変に。すれ違えば十人中十人が振り返るだろう。抱く時に努力を要せぬのはそれはそれは助かった。そして大概金払いも良い。 幻想郷では有名人な彼女らは悪所通いが露見する事への恐れが金の上積みという形で現れた。口止め料のつもりなのか。 そして何より彼女らの多くは男に慣れていない。人よりずっと長く生きているのだろうにまるで初恋の少女のように御しやすく騙しやすかった。 いや事実。初恋なのかも知れぬ。彼女らの中には生娘すら珍しくない。美しい大人の女がそうある事など外の常識では異常な事だ。 八坂神奈子もその御多分に漏れなかった。初めて来た時も宴会で酔った挙句に前後不覚になって良く分からないままにここを訪れたのだ。 俺はその日何もせず彼女を介抱し家に帰した。翌朝ここがどういう場所か聞かされて真っ赤になった神奈子はしどろもどろに礼を言って退散した。 抱いたのは二度目だ。寝込んだ自分に手を付けなかった事を誠実と取ったのか知らぬが「笑わないで聞いておくれよ……惚れちまったよ……」そう言った。 その日から神奈子は上の付く得意客となった。 俺には人間よりも人外の客の方がいっそ有り難いくらいだ。 ただ一点を除いて。 不意に眠っていた神奈子が目を開けた。そうして熱を出した子供のような切なげな目で俺に問う。 「ねぇ○○……。もし、もしもだよ?あんたを身請けするとしたらどれぐらいの銭がいる?」 これだ。俺はまた外界の警句を思い出した。遊びなれていない客は手に負えない。本気になるから。 彼女の勢力は信仰とやらを集めるのに必死でその懐も楽ではないはずだが神奈子はどこからか金を捻出して足繁く通って来る。 そういう遊びなれていない客に限って使ってはいけない金まで使って身を持ち崩す。 娼婦や男娼相手に真実の愛があると思い込む。朴訥な騙されやすい人柄ならそれは男も女も変わらない。 もちろんこちらも思わせぶりな態度でもって客から出来るだけ絞り取るわけだが引き際を誤れば恨みを受けてその身を焼かれる。 外の世界でもホステスが客に殺されたなんていうのは良くあった話だ。 「突然どうしたんだい神奈子さん」客によるが布団の中では敬語は外す。この『お客さん』は恋人のような口調を御所望だった。 「い……嫌なんだよ。あんたが仕事とはいえ他の女と寝ていると思うと……気が違いそうになるんだ」 そういって神奈子は俺の胸に一層深く顔を埋めた。 「今夜はやけに甘えるね」そう言って俺ははぐらかす。下手な事を言って焼かれないように気をつけねばならない。馴染みの客なら尚更。 「頼むから真面目に聞いておくれよ。あんただって私の事を商売抜きで好きだっていってくれたじゃないか」神奈子の瞳が潤んだ。 それを言うのが俺の商売だ。そんな事は全ての客に言っている。この間は呉服屋の婆にも言った。俺は笑いだしたくなった。 神奈子は可哀想になるほど不安そうな純な目で俺の答えを待っている。その真剣な顔を笑いたくなるのと同時に、なんだか大変哀れになった。 遊びなれている人里の女とは違う。奴らは俺が嘘つきな淫売だと知っている。だが神奈子は本当に俺を信じているのだ。 その目が俺に危ない橋を渡らせた。ここまで世間知らずな女なら少しだけいい夢を見せて。 「そうだね……俺もこんな因果な商売は止めにして誰かと所帯を持つのが夢だが」騙し通せるかもしれない。 「……所帯」 その暖かな響きに神奈子の瞳が幼子のように輝いた。 可哀想に。君と所帯を持ちたいとは言っていないのに。 本気でこの淫売と神の間に家庭が築けると思うのか。さておき俺は商売人だ。餌を吊るせば狩りにかからねば。 「ただ実は俺には借金があってね。それを返せば足を洗って身請けされてもいいんだが」 「……幾らなんだい?」 俺はさも深刻そうな顔でありもしない借金の総額を告げた。大金だ。長屋の外来人十人は楽に外界へ還れるぐらいの。 「そう、か。そんなに。か」 神奈子はさすがに驚いたように口ごもった。その金をどう工面するか考え込んでいるようだ。 「神奈子さんが心配しなくても俺の借金だ。俺がもう少し体を売っていればいい事だからさ」 「いいや。待ってな○○。私に任せてくれればいい」 そう言って神奈子は布団から出て着物を纏った。 「そういえば、さ。お腹減ってないかい○○。どうせ碌なものたべてないんだろう顔色が悪いよ」 心配そうに俺の顔を覗き込む。先程まで子供のように甘えていた女が今度は子供に接するようだ。 「材料は買って来てあるんだ。お蕎麦茹でたげる」そう言って笑った。 愛しい男に会いに来るというのにめかし込むよりこういう事に金をつぎ込む神奈子の家庭的な性分は少しだけ本当に愛おしい。 俺は布団を抜け出して神奈子の前に立った。そしてその唇に口づけをした。 「商売抜きだよ」 神奈子の顔が蕎麦を茹でられるぐらいに真っ赤になった。 「ああ。どうしよう」早苗の悲嘆に暮れた声が守矢神社に響いた。何事だろう。 「どうしたの早苗」問いかけると早苗はオロオロと事情を説明する。 「ああ。諏訪子様。それが今春人里に守矢神社の分社を建立するために集めた寄附がなくなっているんです。確かにここに置いたのに」 確かに由々しき事態だ。 「……おかしいね泥棒にでも入られたかな」 「せっかく……せっかく諏訪子様と神奈子様が頑張ってようやく集めたお金なのに……」 早苗は今にも泣きだしそうだ。 「どうしましょう。諏訪子様。神奈子様になんて言えば……」 「落ち着いて早苗。神奈子には私から話すよ。今日はもう休みな」 そう言って私は早苗を下がらせた。嫌な予感がしたのだ。今日の神奈子はどこか様子がおかしかった。 早苗に聞かせず二人きりで話したほうがいい。多分これはそんな話になる。夜半過ぎ私は一人神奈子と話をしに行った。 「神奈子、実は今日集めた寄付金がさ……」そう言って話を切り出した途端。 ばんっ。と音がした。あの神奈子が私の前にひれ伏して頭を下げている。私は信じがたいものを見てしまった心持になった。 「ちょ、ちょっと神奈子?どうしたのさ一体」 「すまない諏訪子!あの金はもう無い!私が使っちまった!いずれ必ず返す!約束する!」 神奈子は頭を上げる事もせずそう一気に捲し立てた。 「どういう事さ。一体何があったの?」 「出来れば事情も聞かないでくれ!頼む!」 「……事情も聞かないって訳にはいかないよ。神奈子。取り合えず顔を上げて」 私がそう言うと神奈子は恐る恐る顔を上げた。私はまた信じがたいものを見た。 あの神奈子が泣いている。言葉に詰まりそうになったが何とか続けた。 「あのお金が無いとどうなるか分かってるよね。早苗だってどれだけ頑張って集めてくれたのかも」 私たち神には信仰が命であり力だ。より強い力と命の為に多くの強い信仰が必要だった。 人里に分社を増やそうと信者から寄付金を募ったのもそのためだ。 「勿論……勿論分かってる……。それでもここ一度。ここ一度だけ見逃してほしい」 そう言って神奈子はまた頭を下げた。私はとてもいたたまれない気持ちになる。 一体何が。何があの気高い神奈子をこうさせるのだ。 「神奈子……ひょっとして今回の事、あんたの『夜遊び』と関係あるの?」 そう聞くと神奈子は今度こそ言葉に詰まった。 俯いたまま答えない神奈子の姿はそのまま私の問いを肯定しているようなものだ。 私はぐらりと眩暈を覚えた。神奈子が夜な夜な人里外れの外来長屋に出入りしているのは知っていた。 そこがどういう場所で神奈子がどういう遊びを覚えたのかも。人里の信者の一人から報告があったのだ。 確信は持てないが神奈子に似た女が長屋の奥の男娼宿に入る所を見たと。 私はその信者に見間違いだろうが絶対に他言無用と釘を刺してそれ以上の詮索を沙汰止みとした。 神奈子に限って有り得ないと思っていたし仮に本当だとしても神奈子は聡明で分別もある。単なる火遊びで終わるはずだ。 そう思って問い詰めたりはしなかった。それがまさか。こんな事になろうとは。 「神奈子。あんたは今まで浮いた話の一つも無く守矢の為に奔走して来てくれた。だから男の甘い言葉に熱くなってしまうのも良く分かる」 私は心を決めた。この美しく誇り高い親友が下らない男に騙されて傷つくなんて許せるものか。目を覚まさせてやる。 「お堅いあんたが恋を知った。それ自体は喜ばしい事だと思う。でもね神奈子」神奈子は項垂れて聞いている。目尻にはまだ涙が光っている。 「その男だけは駄目だよ。『ああいう』連中は金の為に平気で嘘を吐く。……将来の夢の為に金がいる。医者にかかるのに金がいる。実は借金がある。断言してもいいけど全部嘘だ」 借金がある、の所で神奈子の体がびくりと震えた。成程。その薄汚い嘘で神奈子を辱めたのか。許せない。顔も知らない男に殺意が湧いた。 「その男じゃ駄目なんだよ神奈子。そいつは最初からあんたを裏切るつもりでいるんだ。あんたにはもっと相応しい男が沢山いる。だからあんたもそんな『淫売』の事なんて忘れてさ……」 「黙れ」 静かに。部屋が震えた。地の底から響くような声が私の言葉を遮った。私は強引に途中で言葉を呑みこまされる。 そして神奈子が顔を上げた。その目に底知れぬ憎悪が溢れている。涙で濡れたその目玉が剣のように私を貫く。 冷酷で執念深い、蛇の目だ。私の背を冷たい汗が流れた。 「黙るんだ。諏訪子……。二度と○○に対して淫売なんて言葉を使うんじゃない……。……あんたが○○の何を知ってるの」 そう言って神奈子はゆっくりと立ち上がった。私は本能的な恐怖を感じて蹲りたくなる。だが体が動いてくれない。 「○○がどんな思いであの仕事をしているか知っているの。どんな思いで体を売っているのかあんたに分かるの」 神奈子の言葉は普段の威厳ある言葉から女の口調に変わっていた。きっと無意識なものだろう。 「知らないでしょう何も。もう一回でもそんな汚い言葉を○○に向けたら。例えあんたでも許さないからね。いいわね二度とよ。二度と……」 そう言って神奈子はふらふらと部屋を出る。そうしてこの夜更けに守矢神社から出て行った。呼びとめる事など出来なかった。行き先など決まっている。 神奈子の足音が聞こえなくなってようやく私の体は自由を取り戻した。どっ汗が湧いて床に突っ伏し息を整える。 恐ろしかった。神奈子のあんな目は太古の大戦以来見た事が無い。 そしてそれより恐ろしいのは神奈子はもうとっくに説得など出来ないほどその男にイカれている事だ。 このまま裏切られれば神奈子はどうなってしまうのだろう。私が何とかしなければ神奈子が壊れてしまう。 何とかしなければ――。 博霊神社裏手の鎮守の森の中に外界との境界があった。巫女が二言三言呟くと空気が震え空間が裂けた。 薄い膜を裂いたように幻想郷と外界を遮る見えない壁に穴が開いた。あとはまっすぐ歩くだけで外界へ還れるという。 しばらくすれば勝手に穴は閉じるからさっさと行って。そう言い残すと巫女は立ち去った。 後には俺と長屋の仲間たちが残された。総勢十名。今回帰還出来る人数だ。過去に例が無い大人数と言えた。 八坂神奈子は宣言通り金を持って俺のもとを訪れた。ちょうど俺達十人が外界へ戻れる大金を。 ――本当にありがとう神奈子さん。これでこんな仕事から足を洗える。 そう言って俺は彼女を抱きしめた。確かに足を洗える。仕事だけでなくこの世界からも。 神奈子は頬を赤らめてはにかみながら俺の喜びを我が事のように喜んでくれた。しかしその笑顔はいつもより少し暗かった。 当たり前だ。突然に用意されたこんな大金がまともな金であるはずがない。だからこそさっさと逃げてしまうに限る。 哀れみこそあれど罪悪感は無い。無いはずだ。この世界に来てから人を騙す事には慣れさせられている。 今まで俺を支えてくれた仲間たちが一人ずつ、お前のおかげだ。と俺に礼を言って境界を越えた。自然と俺の順番は最後になった。 最後の仲間が現世に消えるのを見届けてから俺はしばし物思いに耽った。 あの女はまだ俺を信じているのだろうか。こうしてまさに今裏切って逃げようとしている俺を。起こり得ない暖かな幸福を夢想しているのだろうか。 俺は頭を振って雑念を払った。――一刻も早く帰ろう。初めて体を売った日からなんとしても現世へ還ると決めていたのだ。 歩き始める。外界との境界が眼前に迫った。 ――ああ。これで還れる。そう思った時。 どしゅっ。 音がした。何かが破裂するような音。不思議に思って見てみると。俺の胸に大きな穴が開いていた。何かに胸を貫かれたのだ。傷口が焼け焦げてしゅうしゅうと煙をあげている。 ――これは弾幕、か。 そう理解したのと同時にごぼっと血を吐きだして倒れた。辛うじて息のある俺を見下ろして。一人の少女が俺に歩み寄った。 「畜生……畜生。やっぱり騙していたんだな……」 少女は奇妙な帽子を被った幼い子供だった。面識は無いが見覚えがある。洩矢諏訪子。 幻想郷では名の知れた神だ。確かあの八坂神奈子の、親友だった。 「あれからずっとお前の事を調べていた。見張っていたんだ。よもや神奈子の言うとおり信じる事が出来る人間かと思って……」 息も絶え絶えな俺に少女が呪詛の言葉を並べたてた。 「神奈子を裏切って逃げようとしやがって!面白かったか、面白かったろうな!初心な女の心を弄ぶのは!」 守矢諏訪子は叫ぶように俺の罪を糾弾した。 「神奈子はこの後に及んでまだお前の事を信じているんだぞ!お前が突然消えたのは何か理由があったに違いない!きっとすぐに戻って来てくれるって! こんな!こんな男をだぞ!ふざけるな!私は!私は……神奈子になんて言えばいいんだ!」 諏訪子は荒げた息をはぁはぁと整えた。怒りと失望がその瞳で燃えていた。 俺は痛みに耐えつつ罵声を聞いた。血はだくだく流れている。もうとても助かるまい。なんだが笑いだしたくなった。 「クッ……フ、フフ」 「何がおかしいっ!舐めるなよ人間!私は祟り神だぞ!魂ごと消滅させてやろうか!」 「いや、なにね……」 何とか口を利く事が出来た。怒り狂う諏訪子に俺も長年の愚痴を聞いてもらおうと思ったのだ。淫売という商売は嘘ばかりだ。 客をいい気持ちにさせるための嘘。必要以上に着飾って容姿を良く見せる嘘。そしてなにより。身を汚しても平気だというふりをする嘘。 ずっと誰かに聞いて貰いたかったのだ。もう死ぬのだからせっかくだ。この女に聞いて貰おう。 「俺もひどいが……あんたらの方こそ……なかなかひどいと思いましてね」 「……何だと?」 「いきなりこんな世界に連れて来られて。知り合いの一人もなく。毎日搾られないといけない……。家も、金も……体も。その上。命まで取ろうってんだから……」 「……」 「俺たちはいつも……恐ろしかったよ。いつ、この世界の女への生贄にされるかって、ね」 諏訪子は苦々しげな顔のまま黙っていた。今の内に早く話してしまおう。どんどん痛みが強く苦しくなる。 「だから。幻想郷の女を騙してもまず、罪悪感なんて……なかったな。これだけ、俺たちから搾り取るんだから、俺が少しぐらい……取り返しても、ね。そう、思っていました」 そうだ。そう思っていた。なのに。それなのに。神奈子は。 「ああ――それなのに、そう思っていたのに。そんな俺を――」 不意に暖かいものが溢れた。血では無い。大粒の涙だった。 「そうですか。神奈子は。まだ俺を信じていてくれましたか」 突然に神奈子の笑顔が思い浮かんだのだ。それだけで知らない間に泣いていた。 「…………お前」 諏訪子が困惑したように声を掛ける。 「ねぇ諏訪子様。一つだけ、頼みがあります」 「……聞こう」 「神奈子に……伝えてくれませんか。止むをえない事情で幻想郷を離れるが用事を済ませたら必ず戻る。って」 諏訪子はぐっと息を呑んだ。クズだと思っていた俺が最後に神奈子を気に掛けた嘘を言う事がさぞかし意外だったのだろう。 「あの人。ああ見えて、寂しがり屋だから、こう言っとかないと壊れちまうよ……あんたも俺を殺したと神奈子に知られたくはないでしょう。ねぇお願い出来ますか」 「分かった。必ず伝える。――済まないね。最後まで嘘を吐かせて」 今度は俺が意外だった。 「礼なんて、いりません。この伝言は俺の……。幻想郷への、復讐でもあるんですよ」 「復讐?」 諏訪子は不思議そうに聞いた。その意味が分からないだろう。今はまだ。 「ええ。俺はこの世界に嫌な思い出しか……。有りませんから」 「でも。あんた神奈子の事は本当に好きだったんじゃないの。じゃなきゃどうして最後に神奈子の事を心配するのさ……」 「ああ。それはね――俺は嘘つきな」 ――淫売ですから。 そう言ったのを最後に俺の目の前は暗くなった。 私はその○○という男の亡骸をそこに埋めた。○○の伝言通りに神奈子にはその死を隠して伝えるつもりだ。 確かに○○の言うとおり今の神奈子にはやはり自分は○○に騙されていてその上○○は死んだという事実は重すぎる。 私はなんだかとても遣り切れなくなった。○○は確かにこの幻想郷の全てを恨んでいただろうが。それでも神奈子だけは確かに愛していたのかもしれない。 人里には今日も新たな外来人が連れて来られているだろう。そしてまたこの男のような人間が現れるのだろう。 私は一つだけ決心して守矢神社に戻った。 助けよう。辛い目にあっている外来人たちを。その地位を少しでもまともに出来るよう人里と幻想郷の賢者たちに掛けあってみよう。例えどれだけ時間がかかっても。 今まで何をしていたのだろう。私は神だぞ。人を救わないでどうするのだ。 冬の空の下小さく身を寄せ合う外来長屋の姿を思い出しながら私は山を下りた。 ――二百年後。 ひっ。と情けない悲鳴を上げて蛙のように地面に這いつくばった。頭上を嵐のような圧倒的な質量を持った弾幕が飛んで行った。 背後にあった小山が半壊した。立ち昇った噴煙の向こうから神奈子がふらふらと歩いて来る。私は一層身を竦ませた。 「ねぇええ。諏訪子ぉ。○○がいない。○○がいないんだよ。一緒に探しておくれよぉ」 神奈子はあの時○○が死んだ事を知らないままだ。私は○○に頼まれた通りいつか必ず戻るという伝言をそのまま伝えた。 それで神奈子は静かに頷き普段通りの生活へ戻った。それから百年は何事も無く過ぎた。 私は時が経って神奈子が○○との別れをいつしか受け入れたのだと考え安心していた。 様子がおかしくなったのは百五十年を過ぎた頃だ。ある日の事。なんでもない日常会話のようにぽつりと神奈子がいった。 ――そろそろ○○も戻ってこないかねえ。 耳を疑った。当たり前の話だが人間は百五十年も生きはしない。早苗だってもう随分前に死んだ。そんな事は長年人間を見てきた神奈子は当然分かっている。分かっているはずだった。 そして現在。倒れ伏した私の目の前までやって来た神奈子はものすごく不安げな表情で私の首を掴んで立たせガクガク振る。 「諏訪子ったら聞いてるのかい。ねぇっ!○○を探したいんだよ!」 「ぐぇ……っ。神奈子……。やめ……」 別れを受け入れるどころではない。神奈子は○○を信じていた。本当にその言葉を全て盲目的に信じていたのだ。神であるはずの神奈子がまるで宗教の教祖の言葉を信じる信者のように。 いずれ戻ると言ったのだから必ず戻る。何百年経とうが変わらない。そう信じている。 「○○ったらこんなに遅くなって……。きっと外で困った事になって帰れないんだよ。もう二百年だもの。ああ。でも。あれ?人間はそんなに生きないよね?あれ?おかしいよ諏訪子 ○○が約束を破る訳がないのに。○○は人間だからそんなに生きなくて…………ああああッ!」 神奈子は私を放り投げて頭を抱えた。そして地面に膝を付き子供のように頭を抱える。ここ最近はずっとこんな調子だ。 人間は百年足らずで死ぬという道理と○○の言葉の矛盾に気付き始めておかしくなっている。いや元々おかしかったのだ二百年前からずっと。 頭を掻き毟りながらぶつぶつと神奈子が呟く。 「やっぱり幻想郷が気に喰わなくて戻ってこないのか。なんだろう。どうすればいいのかしら。胡散臭い八雲紫は殺したし。人を襲う妖怪どもだって根絶やしにしたのに」 手に負えないのは神奈子の力がこの二百年の間にかつてとは比べ物にならないほどに強大になったことだ。○○が戻った時に今度は何一つ不自由させないようにと神奈子は日々必死で力を強めていた。 あの八雲紫を初めとした幻想郷の重鎮たちを一人で全滅させる程に。 ここに来て私はようやく○○の言った『復讐』という言葉の意味が分かった。 あの男は自分の愛こそが神奈子に力を与えると知っていたのだ。○○から全てを奪った幻想郷を唯一愛した神奈子に壊させる。これは幻想郷にかけられたあの男の呪いだった。 そして二百年かけて少しづつ強くなったその呪いが実を結びつつあるのだ。私はおぞましい寒気を覚える。人は愛まで使って呪うのか。人の呪いの恐ろしさは祟り神の呪いの比ではない。 「あとは……やっぱり。そう人里を滅ぼさないといけないかな。○○には嫌な思い出が多いだろうし」 神奈子が良い事を思いついたように言う。 それだけは、それだけはさせない。 人里には守矢の信者たちがいる。そして私があの日誓った通り守って来た外来人たちも。 私は傷だらけの体に鞭打って立ちあがった。絶対に勝てないとは分かっていても神奈子を止めなくてはならない。 それにどの道○○を殺した私には神奈子に殺される理由が十分すぎるほどある。 「なんで……なんで邪魔するんだい。諏訪子」 あの日のように神奈子が蛇の瞳で私を睨む。 私は少しだけ神奈子との幸せだった日々を思い出して――絶望的な戦いを始めた。 終
https://w.atwiki.jp/toho_yandere/pages/526.html
むかし むかし……… 誰が言ったか知らないけれど、全ての物語は「むかし むかし」で幕を開けるらしい だから、今から始まるこのお話もむかしむかしで始まるんだ むかしむかしあるところに、変わり者の男がいた それは、幻想郷の外から来たんだってさ どこで生まれてなんでここに来たのかは分からないけれど、その男は妖怪をあまり恐れなかったんだ 「自分に危害を加える者は恐れる。加えない者は恐れない」 それがその男―――○○の持論だった 変わっていたのはそこだけじゃないんだ その男には嫁がいたんだが、その嫁はなんと何をしても死なない蓬莱人だったんだよ ……ああ、そうだよ。その蓬莱人って言うのはわたしさ わたしの体のことは慧音から聞いてるだろう? ん? その男はどこにいるのかって? もういないよ。30年前に77歳で死んじゃったんだ だから言ったろ、むかし むかしってさ まいったよ、元々は慧音の共通の知り合いってだけの仲だったんだけどね ○○の方から遊びに行こうだの、酒飲もうだのって誘うようになってきてさ それで知り合ってから半年でゴールインしたってわけ プロポーズの言葉? ああ、忘れろって言われても忘れられないさ 「あなたの長すぎる人生の退屈を埋めるため、数十年ほど僕を雇ってくれませんか」 ○○はカッコつけたつもりだったんだろうけど、聞いてるほうが恥ずかしかったよ あれは しかし、一緒になってみるとこれがまた楽しいものでね いつもそばに誰かがいるってことがこれほどいいものなんだって気づかされたよ 今は○○だったからあんなに楽しかったんだ、って思うけどね ……ははは、そんな風に順風満帆にいけばこんな話はしないさ まだ序章、ここからがお話しの本編に入ってくるのさ お話をしてくれって言われてるのに、のろけ話を延々とするほどわたしも馬鹿じゃないよ ところで、みんなは永遠亭の輝夜って知ってるかい? ……薬師の八意先生と助手の兎は知ってるけれど、それは知らない か まああんなの知ってても知らなくても別にいいけどさ 永遠亭にとっても、いてもいなくてもどっちでもいいだろうし まあともかく、その同じ蓬莱人の輝夜ってやつとわたしは相性が最悪でね 昔っから殺しあ……もとい、喧嘩が絶えなかったんだよ でもまあ、わたしも奥さんになったわけだし、そういったこととは卒業しようと決めたんだ しかし、わたしがぱったりと喧嘩しに来なくなって気になったのかね ある日いきなり輝夜がうちにやってきたんだよ 輝夜「……ここ、妹紅の家よね?」 ○○「ええ、確かに藤原妹紅の家ですけど」 輝夜「で、あなたは?」 ○○「夫の○○です」 輝夜「……夫?」 ○○「はい。妹紅の友人ですか?」 妹紅「違う違う。こいつは赤の他人だから」 輝夜「つれないことを言わないでよ。どういうことなのか説明しなさいな」 ○○「そういえば、結婚式にはいませんでしたね。妹紅、招待状贈らなかったの?」 妹紅「こいつの祝福なんか、ご祝儀はずまれたってほしくないよ」 この時は必要もないと思ってたから、○○には輝夜のこと話してなかったんだよね それからしばらく、輝夜には○○と結婚した経緯。○○には輝夜との因縁を話したってわけさ ……因縁って何かって? 聞いたって面白くも無い話さ。だからここじゃ話さないよ それから輝夜は○○にいろいろと話してたね わたしは晩ご飯のしたくがあったし、輝夜と一緒にいたくないからその場を離れたから聞いてないけど 後で○○に聞いたら、蓬莱人と一緒になっても寿命がどうだの子供ができないだのいろいろ吹き込まれたらしいね わたしへの嫌がらせに○○と別れさせようとしたんでしょうよ それも、その日から何度も何度も ま、あいつが言ってきたことなんてみんな結婚前にさんざん話し合ったことだったから、逆に輝夜を嘲笑してやれたのがいい気味だったよ しかし面倒になってくるのはここからなんだ さっきも言ったけれど、○○はわたしと結婚する前に話し合いをしていたんだよ。それも何十時間も 今の私からは想像もつかないかもしれないけれど、昔わたしは人間を極力避けて暮らしてたんだ この死なない体のせいでね そんなわたしでも受け入れてくれるのかどうか、審査って言うのも変だけど、確かめたのさ そこで聞いたとおり、○○は蓬莱人のわたしをありのままに受け入れてくれたんだよ そんな○○を同じ蓬莱人の輝夜が見つけたんだ すると、どうなると思う? いつのまにか好きになっちゃったんだよ、あいつも ○○がさ ○○「妹紅、仕事を見つけたよ」 妹紅「仕事って、お前は物語を書くのが仕事じゃないのか?」 ○○「そろそろネタが尽きてきてね。将来のために貯蓄もしたいし」 妹紅「ふうん。まあ○○がやりたいならいいよ。で、どんな仕事なんだい?」 ○○「それが不思議な仕事でね、座って話したり遊んだりするだけでいいらしいんだ」 妹紅「? 妙な仕事だね」 ○○「チラシによると場所は永遠亭の奥座敷。10日泊り込みで高待遇の日給金貨5枚、ただし○○に限る。だってさ」 妹紅「OK、却下。あと10日って、10の後にすごい小さく0が3つくっついてるんだけど」 初めはこんなものだったんだけど、○○は昔からちょっとぼんやりしててヌケてるところがあるからね ほっといたら騙されて連れてかれそうで毎日気が気じゃなかったよ ………そう、村に数十冊の貸本があるだろ? あれは○○が書いたものなのさ いやいや、完全オリジナルで書いて数十冊も書けるはずがないよ もう時効だと思うから言うけど、実はあれはほとんど外の世界で○○が読んだ本の模倣品なんだから そうして日が過ぎて、あれはちょうど1年目の結婚記念日だったね 外から帰って玄関前に来ると、また輝夜と○○の声がしたんだよ そのときは「ああ、またか」って思っただけだったけど、なんだか輝夜の剣幕がおかしい そこで、ちょっと聞き耳を立ててみたんだ 輝夜「○○、私の婿になりなさい」 ○○「僕、妹紅の夫なんですけど」 輝夜「知ってるわよ。それを分かって言ってるの」 ○○「はぁ」 輝夜「私の家に来ればこんな狭いところで貧乏生活することもなくなるし、何も不自由することもなくなる それに、あんな芋娘よりも高貴な私のほうがずっとあなたを幸せにできるわ。そうでしょう?」 ○○「う~ん」 輝夜「それに、あなたは月のお姫様を惚れさせたのよ。それなのに責任を取らないなんてそんなバカな話が通るわけないでしょ」 意味が分からないって? 安心しな、わたしにだってわからないよ そんなトンデモ理論をしばらく外で聞かされて、2・3回家に火をつけそうになったね しかしまあ、○○が何か言ってから火をつけようって思ったわけさ ……ちょっと、人を放火魔みたいに言うのはやめてほしいんだけど ○○「まあ、たしかにあなたのような高貴な生まれの方には妹紅は芋娘でしょうね」 輝夜「そうね、だからあなたは私と」 ○○「でも自分、高級懐石とかよりも芋の煮っ転がしや肉じゃがの方が好きなんですよ」 輝夜「懐石よりも煮っ転がし?」 ○○「ええ。だいたいおかず食った後にご飯ってのが理解できません。米はおかずと一緒に食べる方が美味いでしょ、常識的に考えて」 輝夜「………」 ○○「まあそれはともかく、悪いんですけどもうお引取り願えませんか。今日は妹紅と1年目の結婚記念日なんですよ 今日は自分が食事当番なんですんで、腕によりをかけて美味しいもん作ってやりたいんですよ」 輝夜「………わかったわ、帰るわよ」 ○○「すいませんね。今日はあんまり時間が取れませんで」 輝夜「何を言ってるのよ。あなたも一緒に帰るの」 ○○・妹紅「はぁ?」 思わず声を上げて家に飛び込むと、小柄なくせに○○を脇に抱えて輝夜が庭から飛んだとこだったんだよ それはどう考えても誘拐ってやつだよね 輝夜「あら芋娘、遅いお帰りね」 妹紅「芋娘言うな! あと○○を帰せ!」 輝夜「いやよ。この人は本当に蓬莱人でないのに蓬莱人をありのままに受け入れてくれる人 そんな人があなたのお婿さんじゃもったいないわ」 妹紅「もったいないとか、そういう問題じゃないでしょ!」 輝夜「それに、私だって○○のことが好きになってしまったんだもの。だから、もらっていくの」 妹紅「ああもう、話が通じない! ○○何とか言ってよ!」 ○○「いやぁ、この高度でヘタなこと言って手を離されたら………庭にミートソースがぶちまけられることに」 妹紅「……あ」 ○○「しかも家の中ではパスタが茹でられているという、なんつーかある意味グッドタイミング」 輝夜「あら、それもいいわね。あなたが生を終えたらそうやって私と一つになる?」 ○○「美味しくないと思います」 輝夜「大丈夫。その時は、どんな味だって私がみんなたいらげてあげるから」 ○○「自分としては死んだらこんがり火葬してほしいです」 妹紅「わけわかんないこと言ってないで、降りてきたらどうだい……そろそろ自制がきかなくなりそうなんだけど……」 輝夜「あら怖い。それじゃ、このへんでさよならしましょうか。じゃあねー」 ○○「妹紅ーー! スパゲッティ鍋の火がかかりっぱなしだからきちんと止めてねーーー!」 連れて行かれるまでそんなところを気にしてるなんて、ほんとに○○らしかったね なんて思い出すと笑って話せるけど、この時のわたしは相当余裕がなかったのよね 飛び出した輝夜を追いかけてそのまま永遠亭に突っ込んでいったんだ しかしあいつもこうなることを予想してたのか、いろいろと罠が仕掛けられてたんだよ 月兎の魔眼で見せられた進んでも進んでも終わらない幻覚廊下攻略に3日 妖怪兎の仕掛けたトラップ攻略に2日 薬師に投与された睡眠薬で3日ぐっすりと、8日もかかって輝夜のところにたどり着いて ボッコボコにしてから○○を連れて帰ったのさ ……省略しすぎ? そう言われてもね、この辺のわたしのほうはあんまり話すこともないんだよ 迷って罠警戒して進んで寝て殴って帰っただけだしさ でも○○サイドなら面白い話になると思うよ その8日間に何があったかって話。私も帰ってから聞いた話だけどさ 輝夜「○○、ここがあなたの部屋よ」 ○○「……広いのはいいんですけど、部屋って言うより座敷牢ですね」 輝夜「放っておくと、あなたはいつ逃げようとするかわからないから。好きなものはきちんと隔離しなきゃいけないの」 ○○「わけが分かりません。それは愛情じゃないです」 輝夜「そんなことないわ。これも立派な愛情表現よ」 ○○「愛情から出る行動ってのは自分だけじゃなく、相手も尊重した行動のことを言うんです それとも僕をペットか何かと思ってるんですか?」 輝夜「………」 ○○「僕のことが好きなんですか? それとも退屈しのぎに連れてきたんですか? 後者だったらさっさと帰してください。前者だったら、相手に自分の主張ばかり押し付けないでください」 輝夜「……分かったわよ。永遠亭の中は自由に歩き回ってもいいわ。ただし、逃げるのと他の女に手を出すのは禁止よ」 ○○「了解」 輝夜「永琳特製の薬ができたわ。飲みなさい」 ○○「特製って、効能は何です?」 輝夜「秘密」 ○○「隠し事はよくないと思います」 輝夜「……あなたが素直になる薬よ」 ○○「つまり洗脳ってやつですね」 輝夜「そうとも言うわね。でもあなたが悪いのよ、いつまでもあんな芋娘にうつつをぬかすから」 ○○「これからもずっとうつつをぬかすつもりですけど」 輝夜「私の夫になる人が何を血迷ったこと言ってるの」 ○○「しかし、僕を洗脳してどうするんです? 蓬莱人でも気にせず愛した僕は、そこで死ぬんですよ」 輝夜「どういうこと?」 ○○「人間は感情の生き物です。今の僕の心を操ってしまえば、僕はもうあなたの知る僕じゃなくなりますよ」 輝夜「じゃあ、どうすればいいのよ」 ○○「あなた、お姫様なんですよね。それなら、自身の魅力だけで僕を篭絡させてください」 輝夜「私の魅力だけで?」 ○○「あなたの言う芋娘にできたことが、まさかお姫様にできないなんてあるわけないですよね」 輝夜「……あ、あったりまえでしょ! 簡単に済ませたいから薬を使おうと思っただけよ!」 と、まあ、そんな経緯があって○○は五体満足だったってわけさ その他にもいろいろとあったらしいけど、その点は省略するよ まあともかく、無事だったからいいじゃないかって話になったんだ その後も何度も何度も何度も何度も輝夜は来ることになるんだけどね 問題はそこじゃない ○○を助け出して、家に帰ったときが一番肝が冷えたよ 妹紅「よく無事でいられたね。ほんとによかったよ」 ○○「決め手は適度な話術とその場の思いつき、かな」 妹紅「あはは、そのへんの話は家でじっくり聞かせてもらうよ」 ○○「……でさぁ、妹紅」 妹紅「ん?」 ○○「家、どこ?」 妹紅「……………」 ○○「まさか、この焼け跡じゃないよね?」 妹紅「……………」 ○○「スパゲッティ茹でてたから火を消してって……僕、言ったよね……?」 妹紅「あ」 ○○「あ? 今 あって言ったよね? どういうこと? ねえどういうこと?」 妹紅「あ、あはははは………」 ○○「……妹紅ーーーーッ!!!」 妹紅「ご、ごめんなさーーーいっ!」 あの時は本気で怒られたねぇ…… え? しょうもないオチだ って? そう言わないでよ、輝夜なんかより本気で怒った○○の方が数倍怖いんだから とまあ、ずーっとこんな調子だったんだ 今はもう○○はいない むかしむかしのお話だよ 「妹紅おねえちゃん。また○○のお話してー」 それでも、物語はむかしむかしで幕を開ける この誘拐事件がわたしと永遠亭のやつらとの○○争奪戦の幕開けだったんだ 「そうだね、じゃあ薬師も○○に惚れちゃったときの話をしてあげようかな」 むかし むかし………
https://w.atwiki.jp/toho_yandere/pages/2750.html
マミ「ただいま○○……おい、お前は帰っていいぞ」 子狸「はっ」 ○○「おかえりマミゾウさん。茶髪ちゃん、今日もありがとうね」 マミ「…………」 子狸「あ、し、失礼します!」 ○○「あ……うーん、やっぱり嫌われてるのかな。ねえ、マミゾウさん。お手伝いさんを付けてくれるのは有難いんだけど、 他の人じゃだめなの?あの子なんだか俺のこと苦手みたいだし、可哀想じゃない?」 マミ「……ふむ、考えておこう」 ○○「うん、お願い……と、そうだ。お風呂、まだしばらくかかるけど先にご飯食べる?」 マミ「んー?ふふ、それならば○○を先に……や、冗談じゃ、風呂を待つ。だからそんな顔をするな。それよりも――」 ○○「はいはい、どうぞ」 マミ「ふふふ、ドーンじゃ!……んんんんぅぅ……ああ、やはり○○にこうやって抱きしめられるのは最高じゃのう」 ○○「それは良かった」 マミ「……むぅ。○○は素直なのはいいが、もっとこう、女を喜ばせるようなことは言えんのか?」 ○○「え?どんなことを言ったら女性が喜ぶかなんて分からないんだけど」 マミ「全く、女の悦ばせ方は熟知しているくせに……まあ、試しに何か言ってみい」 ○○「ええ?」 マミ「容姿を褒めたりとかあるじゃろ」 ○○「褒めるといっても……ああ、でも、マミゾウさんの目ってくりくりしてて綺麗だよね」 マミ「む、そうか?」 ○○「うん。眼鏡も瞳の色が映えて似合うし……あ、髪もふわふわでいい匂いするから、抱き締めた時とかつい嗅いじゃうなあ」 マミ「あ、ん、え……?」 ○○「笑ったらすごい可愛いし、大妖怪なのに俺みたいな人間にも優しいし、 手とかこんなに小さくて柔らかくて、こうやってずっと握ってられるし」 マミ「こうやってって、ちょ、手……」 ○○「俺がマミゾウさんの尻尾もふもふしてたら自分の尻尾なのに嫉妬しちゃうとことか本当に愛おしいし、 喧嘩しても一時間持たなくてこっちの視界に入る所で怒ってないアピールするのとか――」 マミ「待て待てまてマテ!」 ○○「あれ、マミゾウさんの良い所挙げてみたんだけどお気に召さなかった?」 マミ「最後の方のは良い所か!?」 ○○「違うかな?」 マミ「違……わないのかもしれんが、恥ずかし過ぎるわ!」 ○○「あ、ごめん。じゃあやっぱり嬉しくなかったんだ?」 マミ「…………ぃ」 ○○「え?」 マミ「嬉しいって言ったんじゃ!こんな、抱き寄せられて、手も指を絡めて握られて! ○○が儂をどう思って見てたかなんて、今まで聞いたことのないことを言われて!嬉しくないわけがないじゃろ!」 ○○「え、と。ごめん?」 マミ「許さん。四六時中良い意味でも悪い意味でも儂をドキドキさせおって。もう辛抱たまらん、お仕置きじゃ」 ○○「あー……お仕置きって?」 マミ「閨事に決まってるじゃろ」 ○○「ちょ、夕飯とお風呂――」 マミ「そんなもん後じゃ!」 ○○「いや、ほんと待っ――」 マミ「問答無用!」 ○○「うおあ!?」 ――――――――――――――――――――― マミ「まあ結局、最後には儂があひんあひん言わされたんじゃが――」 ぬえ「いや親友の情事の詳細なんて知りたくないわ!」 マミ「なんじゃつまらん」 ぬえ「うるさい!久しぶりに会いに来たかと思ったら惚気の上に猥談まで始めやがって!」 マミ「仕方なかろう。休みなのに○○に家を追い出されたんじゃから」 ぬえ「あれ、それは初耳。なに、喧嘩でも……いや、それなら今頃怒ってないアピールとやらをしてるか」 マミ「ぐぬ……言わなければ良かったかのう」 ぬえ「いやほんとにね。で、実際どうしたの?」 マミ「ああ、今日は同棲を始めて一年の記念日なんじゃが、ご馳走を作ると言って 下準備に忙しくしてた○○にちょっかいを出してたら、夕方まで帰ってくるなと言われた」 ぬえ「子供かよ……けど、マミゾウも随分落ち着いたよね」 マミ「そうか?」 ぬえ「そうよ。少し前なら、家を追い出されたりしたら○○が他の女に靡いたとか言って暴れてたでしょ?」 マミ「あー、まあ、そうじゃなあ」 ぬえ「どういう心境の変化?」 マミ「うーん、○○に愛されていることが分かっているから、かのう?」 ぬえ「そんなことでそんなに変わるもの?」 マミ「儂のような女にはそれが一番大きな影響を及ぼすもんじゃ。相手から想われていないというのは……堪える」 ぬえ「わあ、実感篭ってるなー……でも、マミゾウみたいな疑り深いのが、なんでその男を信じられてるの?」 マミ「ふむ。普段の言動が誠実であったり、ちょっとした時に優しさや気遣いを感じられたりと色々あるが… …やっぱり一番は閨事かのう?」 ぬえ「そこでまたその話になるわけ!?」 マミ「いや、これは冗談ではない。男女の営みを『愛し合う』と表現するのは伊達じゃないぞ?」 ぬえ「えー?」 マミ「まあ、おぼこのお主には分からんかもしれんが、閨事には本音が出るものじゃ。 アレは互いが本当に想い合っていなければ心まで満たされん」 ぬえ「……つまりマミゾウは○○との、その、ソレに毎回大満足、と」 マミ「うむ!」 ぬえ「うるせえ!」 マミ「はっはっは」 ぬえ「はあ……けど、それなら良かったじゃない」 マミ「そうじゃな……じゃが、儂の心根自体は変わっておらんよ」 ぬえ「心根?」 マミ「ああ。儂は今、心が満たされているだけなんじゃよ。○○を愛し、 ○○に愛されていることで、心が穏やかになっているだけに過ぎん」 ぬえ「それはいいことなんじゃないの?」 マミ「いいことじゃ。じゃが、もしも○○の心が儂から離れることがあれば、儂は……ナニヲスルカワカラン」 ぬえ「っ……!」 マミ「……のう?少し考えるだけでもこうなるんじゃ。落ち着いたように見えてもそれは表面上だけじゃよ」 ぬえ「……そうみたいね」 マミ「それに、儂が家を離れる時は手伝いと称して部下を監視に付けておる。 それも命令される以外で口を聞いたり、好意を受け取るなと伝えてな。 それでも心配で、家に帰ったら○○に他の女の匂いがついていないか確認してしまう。結局、儂は臆病で嫉妬に塗れたままなんじゃ」 ぬえ「……不安ならそう言えばいいじゃん」 マミ「何を言えというのじゃ?捨てないでくれと、自分だけを見てろとでも?……男はこういう面倒くさい女からは離れたがる。 それを口にするのは自分の首を絞めることにしかならんよ」 ぬえ「いつか破綻するよ」 マミ「させんよ」 ぬえ「…………」 マミ「いい時間じゃな。儂はそろそろ帰るよ」 ぬえ「……また来いよ。惚気くらいなら聞いてやってもいい」 マミ「ありがとうの」 ぬえ「…………」 ぬえ「あーあ。私も面倒くさい性格してるなあ」 ぬえ「……次会った時は怨まれてるかなあ」 ――――――――――――――― マミ「ただい……ま」 ○○「おかえり、マミゾウさん」 マミ「ぬえの匂いがする」 ○○「あ、そういうのわかるんだ?」 マミ「おいお前 、ぬえは何をしに来た?」 子狸「は、はっ。その……」 ○○「あ、俺が説明するから茶髪ちゃんは帰っていいよ」 子狸「え、と……?」 マミ「……ああ、帰れ」 子狸「はっ、失礼します!」 ○○「今日もありがとねー」 マミ「……それで、ぬえは何をしに来た?」 ○○「そんな怖い顔で震えなくてもそんな大したことじゃないよ。ほら、いつものしてあげる」 マミ「……何を知った?」 ○○「まあ、色々。主にマミゾウさんが、思ったよりも俺のこと好きだったってことかな」 マミ「……嫌じゃ……捨てんでくれ……」 ○○「おっけー」 マミ「……今なんと?」 ○○「おっけーって。というか、なんでそういう話になるのか分かんないんだけど」 マミ「ぬえに全部聞いたんじゃろう?儂が何を思っていて、何をしていたか」 ○○「うん、聞いた」 マミ「ならば愛想が尽きたじゃろう!」 ○○「いや全然?」 マミ「え?」 ○○「それよりマミゾウさんは俺をどうしたいの?俺にどうして欲しいの?ほれ、怒んないから言ってみ?」 マミ「っ……○○を、誰の目にもつかない所に閉じ込めてしまいたい。そして、それでも○○に愛してもらいたい!」 ○○「うん、いいよ」 マミ「は……?」 ○○「だって俺、幻想郷に来て働くとこが見つからない所をマミゾウさんに拾ってもらったわけだから、 別に会いたい人もいないし……あ、外の世界に帰りたいってのも特にないから安心してね」 マミ「な……」 ○○「それで、どこか遠くの地でマミゾウさんと今まで通り過ごせば、マミゾウさんが悲しまなくていいんでしょ?じゃあもうそれ一択だよね」 マミ「……やめてくれ。夢を見せないでくれ。その優しさが怖い……それは、信じられない……」 ○○「信じてもらえないって微妙に傷つくけど、まあ、そうなるんだろうね」 ○○「……となれば、やることは一つ」 マミ「やること?」 ○○「いやあ、ぬえさんに色々聞いたって言ったじゃん?その中にこんな言葉もあったんだよね」 マミ「……え、と?」 ○○「『閨事には本音が出るもの』なんだってね?」 マミ「なっ!?」 ○○「言葉で信じてもらえないなら、伝わる方法を取るしかないじゃない?」 マミ「えっと、その、もしかして○○、怒っておるのか?」 ○○「……いっぱい気持ち良くしてあげるからね」 マミ「怒っとるじゃないか!ちょっ、まっ……」 マミ「みゃあああ!!」 ――――――――――――――――――――― マミ「そして儂は何度も気をやるまで――」 ぬえ「だから親友に自分の情事を語るんじゃねえ!」 マミ「つまらんのう」 ぬえ「つまらなくてけっこうだ!」 マミ「……ありがとうの」 ぬえ「ああ?……別にいいよ。ぶっちゃけ博打だったし、その博打に負けてたら怨まれてただろうし、 礼を言うならあんたを受け入れた○○でしょ」 マミ「じゃが、お主がその覚悟を持って○○に会いに行かなければ、こうはならんかった。 もしかしたら最悪の結果になったかもしれん。じゃからお主には感謝してもしきれん」 ぬえ「あ、じゃあ○○貸してよ。そろそろ生娘は卒業したい」 マミ「それとこれとは話が別じゃ。死ぬか?」 ぬえ「冗談だってば。全く、そんなんでその子を育てられるの?」 マミ「大丈夫じゃ……多分」 ぬえ「そこは断定してよ……まあ、○○って子供溺愛しそうだし、ヤンデレ奥さんとしては気が気じゃないか」 マミ「息子なら安心なんじゃが娘はなあ……いや、冗談じゃからその顔はやめい」 ぬえ「冗談に聞こえないんだよ!」 マミ「ふふ、大丈夫じゃよ。この子を身篭ってから、どす黒い感情が小さくなってきているのを感じるんじゃ」 ぬえ「母性にでも目覚めた?」 マミ「かもしれんのう」 ぬえ「そりゃ良かった。全く変わらなかったら○○が報われなさすぎる」 マミ「違いない。本当に儂にはもったいない程のいい男よ」 ぬえ「そうね……けど、意外」 マミ「なにがじゃ?」 ぬえ「結局、○○を閉じ込めたりしなかったし、人付き合いに関してはもう自由にさせてるんでしょ? ○○に部下も付けてないって話だし」 マミ「ああ、そうじゃな」 ぬえ「なんでそうしたの?」 マミ「それが普通だから、かのう?」 ぬえ「……?」 マミ「○○に、歪な生活を強いるのが嫌になった。代わりに、○○のためにできることをしたいと思えるようになったんじゃ」 ぬえ「いい奥さんになりたくなったってこと?」 マミ「要はそういうことじゃ。自分の想いだけを押し付けるなど、夫婦とは言えんじゃろう?」 ぬえ「ふーん。なんかいいね、そういうの」 マミ「うむ。お主も早く相手を見つけるといい。世界が変わるぞ」 ぬえ「えー」 マミ「ああ、この子が男子だったら、お主になら婿にやってもいいぞ」 ぬえ「マミゾウが義母とか嫌すぎる!」 マミ「ははは……っと、そろそろ帰るかの」 ぬえ「ああ、そう?そういや、今日はなんでこっちに来たわけ?」 マミ「前と同じじゃ」 ぬえ「懲りろよ!お腹も大きくなってきたんだからそろそろ落ち着け!」 マミ「○○がちょこまか動いているのに落ち着いてられるか!」 ぬえ「……はあ。もういいや、○○も待ってるでしょうし早く帰んなよ」 マミ「うむ。本当に世話になったな」 ぬえ「はいはい。あ、子供が生まれたら遊びに行くね」 マミ「ああ、待ってる。それじゃあの」 ぬえ「ん、ばいばい」 マミ「…………」 マミ「本当に、儂の周りは良い奴ばかりじゃ」 マミ「ただいま、○○」 ○○「おかえりマミさん。大丈夫?疲れてない?」 マミ「本当に○○は過保護じゃのう。大丈夫じゃ、それより――」 ○○「はい、どうぞ。ゆっくりね?」 マミ「むぅ。分かっておる……うむ、落ち着く」 ○○「……ね、マミさん」 マミ「ん?なんじゃ」 ○○「愛してる」 マミ「!……ああ、儂もじゃ!○○、愛しておるぞ!」 うん、「また」なんだ、済まない 仏の顔も(ry というわけでハッピーエンドしか書けないわけですよ ヤンデレが好きだけど女の子には陰のない笑顔でいてほしいんですよ 感想 マミゾウとぬえが可愛すぎる… -- 名無しさん (2018-10-09 03 56 54) 名前 コメント
https://w.atwiki.jp/toho_yandere/pages/2940.html
タグ一覧 屠自古 布都 権力が遊ぶときシリーズ 芳香 青娥 ナズーリンから身辺調査を依頼された件の男が、よりにもよって一線の向こう側を同時に相手していると知って。 鬼人正邪が、往来から外れているとは言え、人里の敷地内で倒れているのを見つけた時よりも、○○は深刻な表情を浮かべていた。 「どうする。○○。ひとまず離れたとはいえ、何かできる事があるだろうか?」 何にせよ、接触はおろか尾行すら怪しくなってきた。雲居一輪だけならば、まだ、稗田邸に匿ってもらってだんまりを決め込んでも良かったろう。 第一、依頼人がナズーリンだから。そうは言っても命蓮寺の関係者が依頼者と言うのは、何かあった場合の心強さが違う。 しかし、物部布都まで舞台に躍り出たのであれば。事情が全く違ってきてしまう。 ○○程周辺の事情を調べているわけでは無いが、命蓮寺と物部布都の所属する神霊廟が、あま仲が良くない事ぐらいは知っている。 ややもすればこの依頼、二つの勢力の正面衝突にまで発展しかねない。しかも原因が男の取り合い、天狗のブンヤが沸き立ちそうな話題だ。 「一旦稗田邸に戻るか?」 「いや……」 上白沢の旦那が、少し立て直しを図るために稗田邸へ戻る事を提案したが。○○はこんな状況でも何か、考えをめぐらせれるようだ。 「広場へ行く」 「広場?」 上白沢の旦那が『何のために』と言う部分を聞く前に、○○は動き始めていた。 しかし幸い、独り言に大分近かったが、○○は歩きながら喋ってくれた。 「神霊廟自体は、ごくごく少数の物しか行き来できない場所のようだが。だからと言って何もしてない訳じゃない、命蓮寺とは信者を取り合っているようだし。 だから彼女たちはほぼ毎日、人里を練り歩いてビラを配ったり。最近では手近な広場を、そこの管理人を調略出来たようで、そこで出し物をやっている。 物珍しいから、周辺の店も案外好意的だ。集客にある程度つなげれるからね。 特にあの、珍妙な『希望の面』は人気が合って……それを模した饅頭なんかが結構売れているようだよ」 流行、廃りにうとい自分と違って。○○は、市中の情報がいつ、何の役に立つか分からないと言う、探偵稼業の影響もあるのだろうけれども。 中々広く、周辺の事情を頭に入れて置くようにしている事に、少しばかり唸ってしまった。 「時間が惜しい。ナズーリンさんが来る前に、もう少し調べたい」 そう言いながら○○は、後ろで常に控えている、阿求が用意した護衛兼監視役の人間に対して、身振りで何かを合図したかと思えば。 そのまま数分ほど、その場で待っているだけで人力車が二台、目の前に用意されてしまった。 「行こう」 さっきは○○の広範な知識に、少しは舌を巻いていたはずなのに。今度は稗田阿求の影響力が一体どこまで広いのかが分からなくて。 恐怖の感情が呼び起されて、逃げ出したい気持ちも込みあがったが。 ふと、そもそも今回の依頼に首を突っ込まざるを得なくなった原因の、稗田阿求からの手紙がまだ懐にしまってある事を思い出した。 人力車の座席にしかたなく座りながら、懐に入れっぱなしにしていた稗田阿求からの手紙を、もう一度広げる。 暇であろうともなかろうとも来なさい。相変わらずこの文言が、ひどく目を引いた。 もう一度読んでみれば、こんなものが手紙である物かとすら思えてきた。 命令書、下手をすれば脅迫文にも近い。 もし逃げればどうなるか。さすがに死ぬような事にはならないと思うが……少なくとも慧音に迷惑がかかる。 寺子屋の仕事が出来なくて、慧音を1人にしてしまった事を最初は気に病んでいたが。 今では全く違う考え方になった。稗田阿求の機嫌を悪くするような手は、極力避けねばならない。 「こっちだ」 盛り場とは言え、乗合馬車ならともかく人力車が乗り付けてくるのは、やはり不用意に目を引いた。 ○○は乗り付けてきたのが誰かなのかを、往来の人たちに気付かれる前に、こちらの手を引いて雑踏に紛れ込ませてくれた。 そう言えば、あの人力車を引いてくれたのは、最初に自分たちに付いてきてくれた監視及び護衛の人間だが。 人力車の世話もあるから、そうそう付いて行くことは出来ずに。おいて行くような形になってしまったが。 あの者達が慌てるような気配は無いどころか、人力車をどこかにやるために、離れてすらいった。 少し気になって、辺りを見回すと。○○も自分の意を察したのか、こう耳打ちしてくれた。 「そう、君が思った通り。こっちには既に、阿求の手の物が配置されている。誰がってのは、俺は気づいているけれども。まぁ、知らない方が良いよ」 稗田阿求の影響力の底は知れない。物部布都の姿を確認したのは、まったく予測できない事態だったのに。 それに対応しようと努める○○よりも、急激な方向転換についていける、稗田阿求の用意した組織の方が。 より強大で、恐ろしい存在であった。 どうやらこの人里に住まう限りは、稗田阿求と言う人物の目からは逃れられないのかもしれなかった。 下手をすれば、誰にも見せていない日記帳すら。稗田阿求位の存在なら、手の物を使って探し当て中身を検め、そのまま元の位置に。 いやもしかしたら既に……慧音が俺を喜ばせようと、夜の為に用意している物位なら…………。 ここまで考えて、背筋に寒気が走ったので。上白沢の旦那は、○○に付いて行って。以来の事だけを考える事にした。 「命蓮寺と神霊廟の事はどれぐらい知っている?」 幸い、別の話題はすぐに○○が提供してくれた。悔しいけれども、稗田阿求が自分の登壇を何度も強制したのは、案外正しいのかもしれなかった。 「あまり仲が良くない程度だ」 「そうだな、両方とも人里を拠点にしているし。いざこざは博麗の巫女以前に、上白沢先生とかうちの阿求の不興を買うから、なんとかお互い、無視に近い共存だが。 実の所では水と油よりも酷い関係だ。簡潔に言うけれども、命蓮寺は来世利益。現世で徳を積んで、次をよくしましょう。 そして神霊廟は、現世利益だ。次も大事だけれども、今を犠牲にする理屈の正当化にはならないとまで言っている。 命蓮寺の檀家や信者に、強制では無いとは言え肉食と飲酒を戒めているのは徳を積むためだし。 神霊廟が折々で人里で振る舞い酒をやっているのは、現世利益の追求なんだ。 この二つは、繰り返しだけれども水と油どころじゃない」 うんざりしつつも説明してくれた○○の心中には、同情の念を覚える。 特に、命蓮寺と神霊廟の組み合わせが。水と油ですら無い程に酷いと言うのには、酷く納得してしまった。 かたや堅苦しい禁欲主義者、かたや身を滅ぼさない程度に快楽を追及。 「その両端に女が2人、間に男が1人か……ゾッとするな」 上白沢の旦那は、○○から聞かされた話を噛み砕き、理解を深める事が出来たが。理解できたが故に、恐怖と向き合う必要が出てきた。 「まったくだ……けれどもまだ、最悪では無い。命蓮寺はナズーリンが現状を訝しんでいる。どの組織にも氷みたいに冷静になれる存在はいる」 「それを期待しているのか?」 「この期待が運頼みだと言う点は、残念だけれども認める。けれども物部布都が外歩きをしている点は、男と会うために遊んでいる点は。 もしかしたら問題視されているかもしれない。そうでなくとも、神霊廟周辺を確かめておきたい」 案外運頼みの行動に、上白沢の旦那はやや虚を突かれて。がっかりしたような気分にもなったが。 そもそもが、この依頼はまだ始まったばかりだ、その言う点を考える必要があるのかもしれない。 「どーぞー、振る舞い酒だー……です」 神霊廟の面子が出し物をやっていると言う、その広場にやってくると。初めから珍妙な物が見れた。 額にお札を貼った女の子が、つたない声と、あまりきびきびしているとは言い難い動きで、お酒を辺りの人間に振る舞っていた。 「アレは……?」 ○○から手を引かれたと言うのもあるが、思わず避けてしまったが。存外酒の魔力に抗える者は少なく、辺りは案外人山が出来ていた。 「宮古芳香……神霊廟の協力者、青娥と呼ばれる女性が使役しているキョンシー。陪臣(ばいしん)ではあるが、あれでいて数百、いやもっとかな?とにかく長生きしている。 その上、自意識も……怪しい物だがな、あるという事だから。 神霊廟の首魁である、豊聡耳神子からすれば、現世利益の宣伝には使えると言う判断なのだろう」 だが上白沢の旦那は、もっと直接的な物を見てしまった。 「あのキョンシーの横。あの女が青娥と言う女なのか?」 ○○は女性と表現したが、上白沢の旦那は女と呼び捨てだった。 「……ああ。俺が君の手を引いて、遠ざかった理由が分かったろう?昼酒よりも厄介な何かだ」 「うさんくさい女だ……」 相変わらず○○は言葉を、表現を柔らかくしているが。上白沢の旦那は容赦が無かった。 しゃなりとしているが、それは演じている物で。稗田家とも付き合いがあり、上白沢慧音程の名士を妻にしていれば。 そのしゃなりが、上っ面だけと言うのはすぐに気が付いた。 それでいながら青娥と言う女は、自分が演じている事に気付く者は多いだろうと、自覚しているのが嫌らしい。 ――短く表現すれば、肌の露出が多かった。胸も豊満であることを――いや、作ったのかも。キョンシーを使役できるなら不思議では無い――利用している服装だ。 「女性人気は出そうにないな。特に慧音や、稗田阿求のような存在にとっては、特に」 「うん……そう思ったのだけれどもね」 ○○が訝しむように周りを見渡す。 それに倣うように、上白沢の旦那も辺りを見てみた。 「女性客も多いな」 「豊聡耳神子は、中々、男装が様になるような女性だから。同性から人気が出ると言うのは、まぁ、理解できるのだが」 「今気付いたが……みんな何かを待っているな。豊聡耳ではないのか?」 「それだったら、お立ち台で毎日演説しているから。良い席を早めに取りたがる」 ○○の言う通りであった。所在なさ気にうろつくよりも、そちらの方が効率がいいはずなのに。 ○○と上白沢の旦那はしばらく辺りを、青娥が配っている酒の方には近づかないようにしつつも。 しかしやる事が無く、所在なさ気に動き回るしかなかった。 だが待ったかいは有った……と、思いたかった。何もわからないよりは、それよりは、せめてと思いたい。 広場の出入り口の方向から、黄色い歓声が沸きあがった。 「豊聡耳か?」 上白沢の旦那が、言葉を低くしながら○○に聞いてみたが。 「多分違う。首魁が来たなら、もう少しまとまりがあるはずだ」 なるほど、○○の言う通りだった。 「あの男!?」 上白沢の旦那は思わず声を大にしたが、幸い黄色い歓声にかき消されてくれた。 「物部布都もいるな。いかんな、雲居一輪がこれを知ったら――だがそれよりも、物部布都の方が、あの男を人気者に仕立てている」 ○○と上白沢の旦那は、その警戒心を一気に引き上げられてしまった。 当然だ、黄色い歓声の中心は――ナズーリンが調べてくれと頼んだあの男で。 その近くを警護するかのように、物部布都が。辺りをチラつく女性を、一掃とまでは行かないが、かなり強引に引き離していた。 「散れ!散るのじゃ!!ちゃんと商品はあるし、商品は逃げないし、振る舞い品もこの男がちゃんと持ってきたぞ!!」 だが物部布都としても仄暗い楽しみがあるのか、件の男の守護者面出来るのが。本当に楽しくて、愉悦を感じていた。 女に付きまとわれて、半ギレではあったが。愉悦が勝っていた。 だが一番目を引いたのは、件の男の方だろう。 「あの男……便利屋どころの職業じゃないぞ。あの男、歩荷(ぼっか)だったのか!」 ○○が『何故それに気付けなかったのか』と悔やみながら見ていた、件の男は。 とんでもない量の荷物を背負って、腕や腰にも括り付けて、あまつさえ胸にも括り付けられていた。 とてもではないが、1人で運べる量ではなさそうだが。さすがに少しばかり歩調は遅いが、それでも、確実に歩けている辺りは、件の男は素晴らしかった。 「――歩荷をあそこまでの人気者に仕立て上げるとはな。物部布都の手腕には恐れ入るが。一番の理由は、人気者の近くに入れる愉悦かな だが何故、物部布都が歩荷にあそこまで入れ込むかが分からない」 とは言うが、○○は広場から立ち去ろうとした。 「調べないのか?」 上白沢の旦那は言うが、一番調べたいのは○○だと早くに気付くべきだった。 「調べたいさ。だがこの、英雄でも現れたかのような歓声の中で、どうやって調べればいいんだ」 言う通りであった。この場で水を差す行為は、自分たちの嫁が上白沢慧音や稗田阿求でも、後々の生活に大きな支障が出てしまう。 ――だが、敵情視察とまでは行かないものの。様子を確認だけでもした甲斐はあった。 蘇我屠自古が、気づいていた。自分たちがいきなり現れて、いきなり帰った事を。 「クソ……青娥も布都も。妙な遊びを覚えやがって。だが危惧している連中が、上白沢と稗田の旦那なら、まだ……相談できるか?」 感想 名前 コメント
https://w.atwiki.jp/toho_yandere/pages/1480.html
大好きなひとがいる。 わたしと同じ、緑色の髪とお目々のひと。 わたしと同じ、ひとりぼっちのひと。 不思議な力で、絶対にわたしを見付けてくれるの。 _______だから、そのひとだけは手放せない。 Spiegel von Hartmann-4.ゆびきりげんまん- そろそろストックも切れかけなので、こいしを連れて薪を拾いに来た。 今は丘の方で、少々一休みとしけこんでいる所だ。 呆然と麓を見下ろせば、遠くの畦道に5人ぐらいの影が見える。 里の農夫達が、丁度帰る所らしい。 あいつは赤、あいつは藍色。 それぞれが放つ靄で、大体の人間関係は読めるが、つくづく人の腹の底は恐ろしいモノに見える。 そう。最近は、段々と見える靄が増えて来ているのだ。 前よりも様々な感情が、色付きの靄として漂う様を見て取れる。 それが、何を指すのかも含めて。 赤は怒りや殺意の類。 藍色は憂鬱。 鈍色は無関心。 大抵がこの三色ばかりで、何とも言えない気分にさせられる。 「何見てるの?」 「いや、ぼーっとしてただけさ。さて、帰ろうか。」 ただ、例外もある。 こいしが俺に向けるのは、大半は橙や黄色などの原色。 それは楽しさだとか、暖かさを示す意味合いを持っていて、その色にいつも安堵を覚えていた。 例えるなら、ゴミ溜めの花とでも言ったらキザだろうか? 異常さや支離滅裂さは相変わらずだし、わがままな所もあるが。 もしこいしがいないまま能力が変化していたらと思うと、正直肝が冷える思いだ。 少なくとも、今俺達は独りじゃない。 それだけで充分だ。 さあ、帰って風呂でも沸かすとしようか。 「ふー、暖まるな…。」 手製の簡素なモノとは言え、やはり疲れた時は風呂が手っ取り早い。 こいしはやたらに俺と入りたがるが、そこは全力で拒否し続けている。 俺より長く生きているとは言え、やはり幼い少女と入るのは抵抗感が強いのだ。 今日も入浴前に攻防戦を繰り広げたせいか、何だか余計に疲れた気がするな…。 「…?」 湯が沁みた痛みが走って、その元を辿ると小さな傷があった。 丁度左胸の辺り、横一文字に入った切り傷。 薪運びの時、枝で切ってしまったのか?気付かない怪我は案外多いものだな。 何となく傷に触れてみると、皮膚の下が妙に硬い気がした。 ただ、元々痩せ型な身だ。恐らく肋だろうとすぐに結論は出た。 暖まったし、そろそろ出…。 「ふふふ、よく考えたら後から入ればあなたは逃げられない。さあ、今日こそ一緒に……!!!!」 あー…その視線の向きって…。 「………。だ、大蛇、ね…。」 あ、倒れた。 …まあ、やっぱりそうなるよな。 「ん…。」 まっくらだ。 確か…お風呂を開けたら…。 あれ?ここどこだろ…あったかい。 「うーん…。」 ○○?あ…お布団の中だったんだ。 あったかいのは、○○がぎゅっとしてくれてたからなんだね。 ○○の匂いが大好き。 ○○の腕が大好き。 ○○の温度が大好き。 ____○○の事が、大好き。 ひとりぼっちなら、楽になれるって思ってた。 だけどさびしくて、誰も気付いてくれなくて。 さびしすぎて殺したって、誰もわたしがやったなんて気付いてくれなくて。 だからいっぱい殺して、それでも気付いてくれなくて。 やっと見付けたわたしが見える人は、わたしとおそろいで、だけどとってもやさしい人なんだ。 だから今はね、ちょっとだけ眼を閉じたの、後悔してるんだ。 あなたの心の中は、私と同じなのかなって。 「大好きだよ、○○。」 聴こえてないよね、きっと。 だけど、ずっといっしょ。 ずっと、ずーっと。 こっそりお布団から出て、顔がよく見える所に行ってみる。 暗がりでも、やっぱりきれいな髪ね。 全部、独り占めしたくなっちゃうくらい。 “あの女”は、もっと○○を知ってる。 “あの女”は、わたしがまだ○○にしてない事を、いっぱい知ってる。 ○○のお目々から、色んなモノが見えたんだ。 例えばね…。 「う…んん…。」 こうやって、首筋にキスをしてみたりとか。 ああ、眠ってるのに、こんなにかわいい声なんか出しちゃって。すてきね。 次は…胸にキスでもしちゃおうかな。 ○○はいつも浴衣を着て寝てるから、ほら、簡単にはだけちゃう。 …なんだろう、すごくどきどきする。 ここに、○○の心があるんだね…。 …あれ?なにこれ。怪我しちゃったのかな? 胸の所に、切り傷みたいなのがある。これは…。 ………!? うそ…うそだよね、○○…だってこれって…。 わたしのせいなの?わたしが、あんな事したから…。 取り敢えず、今日の目覚めは最悪だった。 具体的な夢の内容は思い出したくも無いが、どうにも寝汗が酷くて寒さに叩き起こされる程度には悪夢だ。 まだこんな時間か…やれやれ、二度寝するしかないな。 横にはいつも通りこいしが眠っていて、彼女の無邪気な寝顔を見て、ようやく安堵を覚えた。 幸せそうに眠っているが、果たしてどんな夢を見ているのか。 過去の辛い記憶で無い事を願うばかりだ。 「…いつだって、俺が見付けてやるからな。」 聴こえるはずも無い言葉をつぶやいて、またこいしを胸元に抱き寄せる。 ああ、また眠くなって来たな。 大丈夫だ、独りじゃない、寒くはない。さあ、眠ろう。 うそつき。 なんにも、知らないんだね。 もうすぐ、わたしが見えなくなるかもしれないのに。 こいしの行動が、最近少し変だ。 元からトンでる行動に出る奴だが、それとは違う意味で変わりつつある。 例えば、俺が人里の連中を遠くから眺めているのを嫌がるようになったり。 この前なんかは、たまたま俺と目が合っただけで、通りすがりの妖怪を殴り飛ばしてしまったりしていた。 前から若干その傾向はあったが、今は極端に他者が俺の目に入るのを嫌がるようになっていた。 そしてそれらの出来事があった後は、しばらくくっついて離れようとしなくなる。 ここまで甘え癖が酷くは無かったのだが…一体どうしてしまったのか。 「ねえ…お願いがあるんだ。」 「…何だ?」 「ずっと、ずーっと一緒にいてくれる?」 「………。」 出来ない約束は、本来はするべきではない。 それが果たされなかった時、何よりもこいしが傷付くからだ。 こうして暮らしてはいるが、もしかしたら、いつか終わりは来るのかもしれない。 だから、「見付ける」以上の約束なんて、誰にも出来はしない。 だけど今のこいしはその約束が交わされなければ、消えてしまいそうな気がした。 「ずっとは、無理かもな…。」 「………!!」 大きく見開かれた目には、酷く恐れと悲しみの色が浮かぶ。 青い靄も、色濃く漂い始めて。 …全く、気の早い奴だな。 「いいか?俺は人間から変化した分まだ若いが、所詮は半妖だ。 遅かれ早かれ、どの道お前よりは先に死ぬ。 それに、お前にも家族がいるだろ?いつかは迎えに来るかもしれないじゃないか。 だから…そうだな、どっちかがいなくなるまでは、出来るだけ側にいるよ。」 「…ほんとに?」 「ああ、本当だ。」 「大人は汚いな」と、内心苦笑してしまった。 口先だけの優しい嘘なんて、返ってこいしの心を傷付けるだけだ。 だから、嘘と真実を混ぜた。 話を聞く限り、こいしの姉は地底の有力者だ。 もし連れ戻しに来たなら、場合によっては俺は殺される可能性だってある。 俺が死ねば、どの道この日常も終わり。 いつかはこの生活も終わるかもしれないのなら、せめて、出来るだけ長く側にいてやろう。 またこいしが独りになった時は、どれだけ時間が掛かっても、必ず能力で探し出す。 …我ながら、随分ぬるくなったモノだな。 前は、誰が死のうが蚊帳の外だったのに。 「ん。」 こいしに差し出された手を見ると、かわいらしく立てた小指が俺に向けられていた。 ああ、約束だもんな。 「指切りげんまん。嘘ついたら針千本縫っちゃうから。」 「そこは飲ますじゃないのか?」 「えへへ、なんでかは内緒。」 「そうか。それじゃ怖い妖怪さんにお仕置きされないよう、せいぜい頑張るとするかな。よっ、と…。」 こいしを抱え上げて、また歩を進める。 最初はびっくりしていたが、今はとても嬉しそうだ。 さあ、帰ろうか。俺たちの家に。 ○○はうそつきだから、針千本縫わなきゃダメなんだよ? わたしが見えなくなるなんて、絶対に許してあげないから。 何針も。 何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も 何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も 何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も 何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も 何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も 何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も 何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も 何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も 何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も 何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も 何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も 何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も 何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も 何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も 何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も 何針も縫って、縫って。 綴じてあげなくちゃ。 「……。」 またか…何故だろう、夕べから突然目が覚めてしまう。 悪夢を見た訳でも無く、本当に急にだ。 腕の中の重みを確かめて、またこいしのぬくもりを感じる。 良かった…まだこの日常は、続いてくれているのだ。 小さな身体をきゅっと抱き寄せて、目を閉じる。 耳に飛び込んで来るのは夜風の音と、動物や、獣同然の低級妖怪の鳴き声ぐらいだ。 “ジ…ジジ…” …ノイズ? なんの音だろうか、正体を確かめようと耳を澄ませた。 そうして聴こえたモノ。それは…。 “…の間の…人間…肉…美味かっ…” ……!! 途切れ途切れだが、低級妖怪の鳴き声が、確かに言語として聴こえた。 あいつらは人語は喋れないはず…一体何故… 「ぐうっ!?…あ、はぁ…!!」 そう思った矢先、突然脈が乱れた。 胸に強烈な異物感と激痛が走る。 何だ、まるで心臓が二つある様な…。 「うう、あ…はあっ、はあっ…。」 収まったか…今のは…。 そうだ、こいしは起きてしまっただろうか?今のを見られていたら、また不安がらせてしまう…。 「こいし…?」 いない。 何故だ!?少なくとも、起き上がった様子は無かった筈だ。 「痛っ…?」 そう思った直後、また左胸に妙な違和感を感じた。 まるで『粘膜に何かがこすれている』様な、特有の違和感。 この前怪我をした辺りか…浴衣を捲り、その傷だった筈のモノを見て、俺は目を疑った。 「…嘘だろ?」 薄く開けられた、暗い、暗い深緑の瞳。 見慣れていた筈のそれが、俺の心臓の位置にあったのだから。 続く
https://w.atwiki.jp/toho_yandere/pages/1411.html
遭難同然で幻想郷に迷い込んだ時、飢えから死んでいた獣の肉を食べた。 それが自分にとっての『詰み』だったのを知ったのは、数日して人里に流れ着いた後の、里人の奇異の声から。 「半妖だ。」 数週間振りに覗いた鏡に映っていたのは、すっかり色の変わってしまった自分の髪と目。 人里での奇異の視線に耐えられず、隠れる様に林に構えた掘っ立て小屋で、根無し草な生活を始めて数か月が経っていた。 灰色がかった緑色の髪と、暗い深緑の瞳。 それと、妙な力。 それを持て余しながら、今日も死んだように生きている。 Spiegel von Hartmann -1.雨の日の邂逅- その日は激しい雨が降っていた。 日雇いや何でも屋紛いの仕事をしての、その日暮らしの日々。 雨が降ると、ここでは大抵の仕事は中止になる。 やる事も無いが、食わなくても死ぬ訳でも無い。ただ呆然と寝転んで、ざあざあと連なる雨音に耳を傾けていた。 屋根を叩く音は、何時間経っても止む気配は無かった。 これからの生涯で、あと何回雨音を聴くのだろうかとふと考える。 あと何百年か、気の遠くなる程の時間が俺にはある。 事実なんてモノは実感が無ければあやふやに過ぎず、到底現実には達しない。 つまり、ただ「人で無くなった」と言う事象を突き付けられても、当の俺は、まだ受け入れ切れてはいないと言う事だ。 数百年、か。 それは一体、どんな感覚なのだろう。 ふと雨戸を開けて、能力を使ってみる。 半妖になった時に身に付いたこの力は、名付けるなら、『意識させる程度の能力』とでも言おうか。 平たく言えば、元来は見えないモノを自分に意識させる力。 例えば空気の流れだとか、部屋で無くしたモノだとか、そういう見えないモノを意識させる事が出来た。 「晴れ間は三日後か…長いな。」 この空気の流れだと、まだまだ長雨になるらしい。 だけど、大した話じゃない。強いて言えば、暇潰しに困るぐらいか。 今となっては、独りでいる方が気楽だ。 半人は他にもいるらしいが、そもそも育ちも環境も違う。別に同じ身の上だからと言って、何か輪を築ける訳じゃない。 外来人にして半妖な奴など、せいぜい俺ぐらいしかいないのだ。 仕方ない事なのだろうと、やがてそれもどうでもよくなって、いつしか考える事も止めた。 目を閉じると、心地良い雨音だけが胸に沁み入る。 雨音だけは、そんな宙ぶらりんな俺を許してくれる気がして。 その内うつらうつらと夢と現を行き来しながら、時間が過ぎるのを待っていた。 次の日も、相変わらず激しい雨だった。 厠で用を足し、手を洗い、また布団に潜る。 そうして目を閉じて、ただ時が過ぎるのを待つ。 “走る趣味も無い分、死体以下なのかもしれないな。” そう考えてみて、乾いた笑いが浮かんだ。 世捨人とは、果たして捨てられた者か、それとも自ら捨てた者か。 俺は一体、どちらなのだろうな。 ああ、滑稽な話だ。考えるだけ無駄か。 この小屋には、センサーの様に俺の能力を張り巡らせてある。 何か異変があれば、すぐに俺はそいつを意識出来る仕組み。 だけどそうやって警戒をした所で、俺を襲う妖怪も、訪ねてくる人間もいない。 何でそんな無駄な事をしているのか問われれば…無意識に、何処かでまだ期待しているのだろう。 “まだ世界に関われる“と。 “自分は、独りでは無い”と。 自ら殻に閉じこもる様に生きている癖に、お笑い草だ。 まだ棄てられないのか、人を。 まだ成り切れないのか、妖怪にも。 今日もまた、じっと目を綴じる。 “…気配?” その時だった。 確かに能力が反応したのを感じた俺は、布団の隙間からこっそりとその方向に目を向ける。 ぽたぽたと、外の激しい雨とは違う水音。 それは玄関に立つ影から聴こえる、濡れた服から零れる雫の音だ。 “雨宿りか?いや、でもおかしいな…。” 薄暗い部屋の中で、その影の正体を確かめてみようとする。 いつもは対象を肉眼で確認出来た瞬間、俺の能力は自動的にオフになる。 しかし、そいつを肉眼に収めても、今は能力が切れる事は無かった。 今ここにいるのは、何か見えざるモノ、と言う事か。 妖怪?いや、幽霊か? 話も出来ない奴なら勘弁願いたい所だが。 見た所、子供の様だ。 黒い帽子を目深に被っていて、どんな顔をしているかは伺えない。 妙な線が肩や脚に伸びていて、その先は胸元の球体に繋がっていた。 妖怪か…だけど、あんな特徴のは聞いた事は無いな。 能力が切れないのは気掛かりだが、廃屋と勘違いされたままなのも癪だ。雨足が弱まったら、早々に出て行って貰おうか。 布団から這い出して近付いてみるが、特に気付く様子は無い。 …いや、気付かないフリをしてる、が正解か。ちらちらとこちらを見てはいる。 何なんだ、こいつは…。 「お嬢ちゃん、残念だが、ここは見ての通り俺が住んでる。空き家じゃないぞ。」 「……?」 びくりと肩が震えたかと思うと、酷く怯えた様子で子供はこちらを見て来た。 気付いてた筈だろうに、一体…。 「あなたは…私が見えるの?」 「何を言ってるんだ?さっきから君はここにいるだろ。」 「………。」 そう返すと、子供は俯いてしまった。 よく解らない子だな。怯えている様子を見ると、どうにも罪悪感に駆られる。 「……?」 腰に衝撃が走ったかと思えば、どうやら子供に抱き着かれたようだった。 相当に雨に打たれていたらしく、俺の服にも水分が沁みて行く。 …このまま放り出すのも、気が引けるか。 「まあ、話したくないならいいさ。取り敢えず、今は服を乾かして休んだ方がいい。君にはぶかぶかだが、俺の服ならあるしな。 だからまずは離れてくれ。」 「…うん。」 相変わらず、外は激しい雨だ。 子供を着替えさせて、肩に毛布を掛けてはやったが…さて、どうしたモノか。 さっきから本当に何も言わない。 じっとこっちを見たまま、何かを考えているみたいだ。 見た限りこの子は妖怪らしいが、やはり半妖は珍しいのだろうか。 或いは、ただの人見知りか。 何にせよ、雨が弱まるまでは面倒を見るしかないか…。 「ねえ。」 「どうした?」 「髪、お揃いだね。」 ああ、そう言えばそうか。気付いてなかったが。 半妖になった時から、俺の髪の3分の2は薄緑だ。 灰色がかった、なんとも形容し難い緑。…最後に切ったのは、確かまだ人間だった頃か。 子供の胸元の球体を見ると、瞼の様な切れ目が入っている。 そして開かないようにする為か、その切れ目は糸で縫い付けられていた。 位置にしても、まるで綴じた心みたいだな。 会話もロクに交わしていないのに、何故だか鏡でも見ている気分になる。 「でも、お揃いなのは髪だけじゃないよ。」 「…何がだ?」 「あなたの無意識は、私と一緒。ひとりぼっちでさびしんぼう。」 「………。」 背中に汗が伝うのを感じた。 不思議な子だな…たった一瞬で、何故か奥底を見透かされてしまった気分になる。 …きっと慣れない来客で疲れているんだ。眠ってしまおうか。 「そうかもしれないな…まあいい、俺は少し眠るとするよ。 もう少ししたら服も乾くだろう、傘は勝手に持って行って構わないから、早めに帰る事だな。」 「………。」 それだけ言って、俺は独り布団に潜り込んだ。 これ以上話をしていると、全てを見透かされてしまいそうな気がして。 切れてはくれない能力が、否応無しにこの子の存在を告げて、それでも固く目を閉ざした。 そうして世界から逃げていると、一瞬背中を撫ぜた冷気と、小さなぬくもりが絡み付いて来たのが解る。 布団に入ってきたのか…どうしたものか。 「どうしたんだ?俺が悪い大人だったら大変だぞ?」 「触れても解るのね、私の事は。」 「まあ、君は実際にここにいるからな。俺に見えないモノなんて、他人の心ぐらいだ。」 「そう…でも、心なんて見えない方が良いよ。」 「…そうだな。」 確かに、この子はここにいる。 肩に掛かる吐息も、しがみ付く腕も、実際の感触としてあるのだから。 …何故、そんな当たり前の事を訊くのだろう? 「君は一体…。」 「私?私はこいしだよ。古明地こいし。 ねえねえ、お兄さんは誰なの?」 誰、か。 まともに名乗った事なんて、幻想郷に来てからは無かったっけな。 「俺は○○だ。見ての通りの半妖さ。」 「ふうん、良い名前ね。」 そう返事が聴こえたかと思えば、こいしは一度するりと布団から抜け出して、今度は俺の胸元側へと潜り込んで来た。 嬉しそうに、何か探し物でも見付けたみたいに、胸元にしがみ付いて離れようとしない。 それはうっとおしくもあるが、何処か悪くはないとも感じている自分がいた。 “気に入られてしまったらしいな…まあ、良いか。” 片腕で腕枕を作って、残った腕で抱え込みながら頭を撫でてやると、こいしは目を細め、更に強く抱き付いて来た。 くすぐったさはあるが、それ以上に眠い。 彼女が何者なのかとか、自分が何者なのかとかは、今はもうどうでも良かった。 心地良い雨音と、リズムを刻む彼女の寝息が、ただ耳に響いて。 その内それも遠くなって、俺もいつしか眠りに落ちた。 _________やっとみつけた。『わたし』がみえるひと。 案の定、本日も雨天なり。 無駄に正確な自分の能力を、時々恨めしく思う。 掘っ立て小屋な以上雨漏りも心配だが、それ以上に溜息の元になっているのは…。 「どうしたの?」 こいしだ。 目覚めた時からさも当然と言わんばかりに同じ布団の中にいて、正午を回ってからも、未だに家に居付いていた。 「はあ…いや、ちょっとな。…なあ、お前は何処から来たんだ?」 「私?私は地底から来たよ。だけどおうちはつまんないから、いつもこうやってふらふらしてるの。 だって、誰も私が見えないんだもの、悪戯し放題じゃない?それはもう、恋い焦がれる様な殺戮の嵐よ!!」 昨日は気付かなかったが、起きてから解った事がある。 こいしは、何処かネジが外れていると言う事。 さっきから言葉の端々に支離滅裂さが見て取れるし、「朝ご飯だよ。」と喰えないぐらいバラバラになった狸や小鹿を引きづって来た時はさすがに引いた。 地底の噂は聞いた事があるが、こんなトんでる奴らの溜り場かと思うと、ゾッとしなかった。 「まあ、お前が何を殺そうと俺の知った事じゃないが、俺を殺すのは勘弁してくれよ?痛いのは嫌なんでな。」 「えへへ、だけどお兄さんの無意識は死にたがってるよ?寂しい、寂しい、ってずっと泣いてる。」 胸に何か小さな痛みを感じる。 こいしは俺の前に現れた時から、時々ぎょっとする事を言う。 …無意識か。 妖怪にしろ半妖にしろ、大抵の人外は何かしら能力を持っている。 こいしも例外ではないなら、その能力は…。 「こいし。お前も何か能力があるのか?」 「んー、私は無意識を操る力、かな。だから誰にも見えないし、聴こえないの。私に触っても誰も解らないの。」 だから、か。 『意識する』力を持つ俺にこいしが見えるのも、俺の隠したい心理が見えているのも。 鏡を見ている様な感覚の正体は、こいしのこの特性なのか、それとも。 「ほんとはね、私は覚妖怪なんだ。心を読むの。 だけどね、皆胸の中は汚いから、怖いから…お目々を縫っちゃった!!きゃははははははは!!! だってそうでしょう!?こうしちゃえば、汚いモノは何にも見ないで済むもの!!!!」 「……!!!」 殺される。 そう切り出したこいしの高笑いを聴いた時、直感が悲鳴を上げた。 憎悪だとか悲哀だとか、片っ端から掻き混ぜてぐちゃぐちゃにした様な笑い声が、心臓の鼓動を速める。 両手を掲げ、くるくると楽しそうに壊れながら回る。 翻るスカートが、揺れる髪が、その高い声を彩る様に舞う。 胸の球体は、びくりびくりと痙攣しながら、必死にその瞼を開けようとしている様に蠢く。 気圧されていた。 恐怖していた。 歯がカチカチと頭蓋骨に響き、動悸から呼吸が乱れ、不足した酸素が脳髄から視界を揺らす。 いつの間にか、俺はしゃがみ込んでいた。 不意に頬に小さな手が触れると、そのままくいっと前に向きなおされる。 薄い翡翠色の、吸い込まれそうな瞳。 それが俺の深緑の瞳と合うと、こいしはさっきまでの異様な空気が嘘の様に、儚げに微笑んだ。 「…でもね、ひとりぼっちはやっぱりさびしいの。 そうやってお目々を縫ったら、大好きなお姉ちゃんもあんまり私に気付いてくれなくなっちゃった。 お兄さんは、いつでも私が見えるよね?私が触っても解るよね? だから…少しの間だけ、私と一緒にいてくれないかな?ねえ、お願い?」 さっきまでの恐怖は、気付けば潮が引くかの如く引いていた。 目の前にいるのは、狂人から、現実から逃げてばかりのか弱い少女に変わっていて。 その急激な変化に茫然としてしまった俺は、ただ黙ってその『お願い』を受け入れる事しか出来なかった。 突然現れ、そして少しずつ、こいしが俺の中に侵食し始めるのを感じながら。 ______ずっとほしかったの。はなさないよ。はなれないよ。 続く