約 170,903 件
https://w.atwiki.jp/toho_yandere/pages/1106.html
「お子様をいたぶるのは趣味じゃないが、俺も仕事なんでな。 お嬢様、お命頂戴致します、ってな。」 「ふふ。 私以外、皆気絶させられるなんてね。 やるじゃない?」 「遺言にしては余裕じゃないか?」 「そうね。 ただ、私の遺言じゃないと思うけど。」 「言ってろ、クソガキ。」 崩れた壁が煙って見えないが、決まった筈だ。 自慢の銀のナイフに、肉の感触。 これでこのヤマは終わりで、この辺鄙な世界ともオサラバだ。 「あら? 間近で見るとなかなか良い男じゃない。」 「なっ…!?」 ナイフの先には、ちぎれた腕。 そして声は胸元から。 「生憎と500年生きてるからね。 見た目以外は、あなたよりは幾分大人よ? 気に入ったわ。 普段は少食だけど、頑張ってあげる。」 片腕が優しく肩に絡まり、首筋に軽い痛みが走った。 まずい。 この失血は… 「あのクソガキが…。」 執事服の男はぼやく。 ミイラ取りがミイラになるを地で行く結末。 彼は怪物・人間の両方からの依頼を請け負う殺し屋だったが、それも今や廃業。 紅魔館の新米執事が現在の生業だ。 別世界に人を移動させる“飛ばし屋”にいつも協力を依頼していたが、帰還は仕事の完遂が条件。 とうに失敗した事にされているだろう。 何より、彼はもう一端の吸血鬼である。 元々レミリア暗殺の依頼主は、外の世界の吸血鬼だったのだが… 「まさか今や依頼主と同じ種族になるとは、随分皮肉だ。 …つくづく、殺し屋失格だな。」 レミリアの眷属とされた事と、殺し屋としてのプライドをズタズタにされた二重苦が、彼の足を館に留めさせていた。 人間の頃に潜入しての殺しもやっていたお陰か、それなりに執事として必要な知識もある。 もはや諦観で生きている、というのが実際の所であろうか。 「○○、紅茶を淹れなさい。」 「畏まりました、お嬢様。 本日のお茶請けはラングドシャとなります。」 「相変わらず良い腕と香りね。 新人とは思えないわ。」 「お褒めに与り、光栄であります。」 「そうそう、咲夜がそろそろ“カフェオレ”が切れるって言ってたから、またよろしくね?」 「はい、3日以内には補充分を揃えますので。」 “カフェオレの調達” これが彼の重要な任務であり、吸血鬼としての食事の時間。 元々ターゲットの血を見ると落ち着くような殺人マシンだ。 別に迷い込んだ外来人を拐うのに抵抗は無い。 1人は“毒味”として、殺しても良い事になっている。 彼は刃物で外来人を殺し、その傷口から血を啜る。 怪物殺しに愛用していた銀のナイフは今や弱点となったが。 吸血鬼としての彼の歴史を刻む、まだ新しい鋼の刃で。 “こうして任務さえ果たせば、殺し屋としてのプライドは満たされる” 任務と殺し。 例え詭弁でも、今も尚与えられる、殺し屋としての存在意義。 それが更に、彼の諦観を強くしていた。 咲夜でさえ人間のままで従えているレミリアが、何故彼だけを無理矢理眷属に据えたのかは、未だに解らない。 ただ、気紛れで我儘な彼女の興味を引いたのが運の尽き。 ○○はそう割り切っていた。 「○○、来てくれたんだね!!」 「ああ、丁度仕事が終わった所でね。 さて、今日は何して遊ぼうか。」 「えっとねー。 まずはどかーんごっこして、それから絵本読んでー!!」 「はは…今日はせめて腕一本で勘弁してくれよ。」 数日に一度、フランドールと遊んでやるのが、彼のたまの息抜きだ。 フランの存在を知ったのは吸血鬼にされた後、執事とされてからだが。 最初は四肢を吹き飛ばされた挙句、再生の為に数日仕事を休む羽目になったりと、なかなか手を焼いた。 しかし、外面は淑女的な振る舞いの面子だらけの紅魔館に於いて。 ○○にとってフランドールは、数少ない素で接する事が出来る相手。 例え危険があっても、つい息抜きに来てしまうのだった。 「しかしフランのお姉さんは、何で俺を眷属にしたのやら。 最初は殺し合った仲なのだから、壊せば良かっただけだったろうに。」 「んー。 きっとね、お姉様は寂しかったんだと思うの。 あと、怖がりなの、あの人は。 わたしが閉じ込められてるのと一緒で、心配性すぎるんだと思うな。」 「そういうものかね。」 “ただの暇潰しだと思うがな…俺もいつ飽きられるのやら。” 眷属の身だが、任務さえ全うすれば、あとはそれなりに自由だ。 その気にさえなれば、恐らく反抗だってできる。 何故レミリアがそうしているのかは、今も解らないままだが。 未だに彼女の意図は図りかねるが、取り敢えず今日はフランドールを寝かし付ける事にし、彼は目を閉じた。 天井に貼り付いた、一匹の小さな蝙蝠には気付かずに。 「一目惚れって本当にあるんだ」って思ったわ。 まさか自分を狩りに来た相手にそうなるなんて、予想外だったけど。 仮にも殺し合いが最初の出会いだったから、普通に仲良くなるなんて無理じゃない? だから、とにかくまずは繋ぎとめなきゃって焦って。 それでまずは、彼を眷属にしたの。 それからは順調だったわ。 彼の人間としてのアイデンティティは崩したから、まずは執事としての職を与えた。 それと、血液の調達役も。 何か誇りのある者同士だから解る勘、って奴かしら。 殺し屋をやってた訳だから、そのプライドを保ってあげないと、彼は陽光にでも飛び込みかねない。 それは絶対に嫌だったから。 とにかく何か一つでも私に依存させる為、吸血鬼と、紅魔館の住人としてのアイデンティティを与えた。 他に行くあてが考えられなくなる程度に囲ってね。 ただ一つだけ失敗だったのは、思ったよりあっさり諦めて、彼が順応してしまった事ね。 たまに眷属にされた事を愚痴ってるのは知ってるけど、今はそこまで本心じゃないみたいだし。 さっきもフランの面倒を見てるのを覗いてたけど、殺しをしてない時の彼は、本当に優しいもの。 そんな彼も大好き。 …だけど、最初に惹かれたのは、“あの眼”なのよ。 あのターゲットを前にした時の、冷たい眼に惹かれたの。 「眷属にしたら、憎しみであの眼で見てくれるかも」なんて思ってたけど、そうは上手くいかなかった。 操ったら、それこそあの眼は見れないしね。 紅魔館の主たる者が、被虐趣味の気があるなんて、お笑い草かしら? ただね、もう一度だけ、でいいの。 もう一度だけ、あの眼で私を見て欲しい。 今はそう…あの冷たい眼に、愛を織り交ぜて私を見て欲しいの。 まだ恋人同士じゃないから、無理かしらね。 彼を操って無理矢理そういう関係にしたっていいけど、それじゃ、愛憎混じりに見てくれる事は無いから。 ただの人形には興味無いのよ。 あくまで○○のままで、あの眼を私に向けて欲しいの。 時間はたっぷりあるもの。 そうね、まずは自分の力で彼の心を掴んで、それから… 数年が過ぎた。 いつからか吸血鬼としての生に順応しきっていた○○は。 レミリアに対しての感情も、敗者としての主従と言うよりは、本来的な忠誠に変わっていた。 何より変わったのは。 彼が執事であるのは、“執事服に袖を通している間だけ”に変わった事であろうか。 「○○、いるかしら。」 「お嬢様…いや、今はレミリアと呼ぶ時間か。」 「もう、まだその癖は抜けないの?」 「主従としての時間の方が長いんだ、なかなか急には難しいね。」 「ふふ。そういう所もあなたらしいけど。」 始まりが始まりだっただけに、恋仲になるのはなかなか苦労した。 長い努力により、レミリアはようやく彼の心を手に入れる事が出来た。 その小さな体躯を彼の膝の上に乗せ、胸元に抱きつく。 彼はその身体を片腕で支え、子猫をあやす様にレミリアを撫でる。 “ふふ、幸せだわ。 だけど、まだ足りない。 彼の愛も憎しみも、全部を手に入れたいのだもの。 私にだけでいいのよ? そこまで深い感情を向けるのは。 そう、まだ“あの眼”で見つめて貰っていないのだから。 だから次は…。” まだ夕暮れが残る頃。 いつもより早く起きたレミリアは、独り地下室へと向かう。 封印された分厚い扉を開けると、まだ眠っているフランドールの姿。 “そう…彼はこの子を本当の妹として扱っている。 我儘な姉でごめんなさいね、フラン。 本当はこんな真似はしたくないのだけど、私も、もう我慢出来そうにないの。 許してくれなくていいわ。 …今からあなたを傷付けて、利用するのだから。” 「フラン、入るよ。 …!!!!!???」 彼の目に飛び込んできたのは、血まみれのフランドール。 片翼と腕は千切れ、息も絶え絶えだ。 そして倒れ伏すフランドールを見降ろしているのは。 返り血に塗れた最愛の恋人、レミリアだった。 「あら、良い所に来たわね。」 「レミリア、お前どうして…!」 「そうね…ちょっと昔に戻ってみたくなったの。 出会った頃の私とあなたに。 ターゲットとハンターだった頃に、ね。 あの頃のあなたは素敵だったわ…何処までも冷徹で、それでいて獰猛な眼。 」 ○○の頬に優しく手を這わせる。 「…触るな。」 彼女の手は、払い除けられた。 そして、レミリアを見つめるその眼は。 「ああ、良いわ…そう、その眼よ。 それが見たかったの。 ほら、もっと間近で見せて? 私を見つめて?」 「レミリア…」 彼の双瞼から、涙がこぼれる。 その瞳に、斑模様に絡んだ感情を乗せて。 「…そう、そうよ! もっと憎んで!! もっと悲しんで!! もっと愛とその感情の間で苦しんで、私でいっぱいになって? 私だけでいいの!あなたの心の全てを埋めるのは!!!!!!」 「…それで、良かったのか? そんなに、泣きながら笑って。」 「…え? あれ、なんで…」 「フランが昔言ってた事が解ったよ。 君は確かに寂しがりで、心配性だ。 そうまでしないと、俺を繋ぎとめられないと思ったのか? 憎しみも愛も、全部手に入れないと不安な程に。」 「何を言ってるの? ただ私は、あの頃のあなたの眼が好きで…」 「誰かの全てを手に入れるって事は、きっとそういう事じゃないさ。 愛も憎しみも過剰に手に入れた所で、それはいつか相反して壊れるだけだ。 少なくとも君への感情は、たった今壊れた。 近い内、フランを連れて出て行くよ。 君の傍には、この子を置いておけない。この子の危険性を抑えるのは、俺がやる。 …例え始まりがああだったとしても、愛していたよ、レミリア。 出来るなら、昨日までの二人のままでいたかった。 殺し屋としてしか生きられなかった俺に。 誰かと生きる喜びをくれたのは、君だったのだから。」 「あ…」 「“恋人として”はさよならです、“お嬢様”。」 「待って…!」 重く扉が閉まる。 その闇の中に、レミリアは独り残された。 「…ふふ、そうね。我儘よね。 確かに寂しかったし、失うのが怖かったわ。 一目惚れしたあの時から、あなたの愛も憎しみも、存在自体も。 あなたの全部を手に入れないと、不安だったの。 …だけどね、○○。 それでも私は、欲しいものは必ず手に入れるのよ。 例え、何をしてでも。」 「フラン…。」 自室でフランドールに治療を施し、眠らせた。 吸血鬼の再生力なら、数日で千切れた翼や腕も生える。 しかし、数百年に渡る幽閉の上、今回は実の姉に重症を負わされたのだ。 その心の傷は、きっと死ぬまで癒えないだろう。 「すまない。 俺が、レミリアの心の闇に気付いてやれていれば…」 せめて深く眠れるように、優しく頭を撫でてやる。 「そうやって触れるのは、私にだけでいいはずよ?○○。」 部屋に入ってきたのは、レミリア。 「お嬢様。 妹様の治療中なのですがっ…!?」 身体が動かない。 何故だ!?まさか… 「あなたに眷属としての命令をするのは初めてよね? どう? 身体の自由が利かない感覚は。」 やはり、言って聞く奴じゃないのか。 何故ここに…“主従でない関係”は、確かに終わらせたというのに。 「言ったじゃない。 “愛も憎しみも、あなたの全てを手に入れる”って。 そうね、良い方法を思い付いたのよ。 いっそ、あなたと一つになってしまえばいい、ってね。」 腕が勝手に引き出しを開ける。 この手に触れた“それ”からは、焼けるような感覚。 それは人間だった頃に愛用していた、銀のナイフ。 「さあ、一つを寄越しなさい。 あなたの絶望も死も、全てを手に入れるの。 …私の死を、その対価にね。」 「あ…がっ…!?」 言葉が話せない。 身体が言う事を聞かない。 鋭い痛みが一閃。 まずレミリアのナイフが胸を刺し。 そして俺のナイフが、彼女の胸を刺す。 今も生きる殺し屋の勘が、確かに互いの心臓を貫いたのを告げる。 まさか… 「ふふ…これで今まで見てきた全ても…あなたの絶望も死も…私の…ものね。 吸血鬼ってね…死んだら…灰に…なるのよ…。 そう…あなたの全て…を…手に入れて… 灰に…なって…混ざり合…うの… あなたが隣にいない…世界なんて…興味無い…のよ… …ダカラ、一緒ノ灰ニナリマショウ? …くく…ごふっ!! …ふふ… あははははははははははははははははははははははははははははははは!!!!!!!!!!!」 身体が崩れていくのを感じる。 目の前のレミリアも崩れていく。 ああ、こうして混ざり合って。 一つの灰になって。 崩れ、混ざり合った部分から。 彼女の感情が伝わってくる。 それは真っ暗な、とても深い孤独。 そんなに、寂しかったのか? 自ら死を選んでまで、俺の全てを手に入れたいと思う程に。 もう…独りにはさせないよ。 互いの身体が崩れる直前、彼女を抱き締め、くちづけを交わした。 最期は。 彼女が俺に惚れた切っ掛けだったという眼をしてやる事は、きっと出来なかったけれど。 吸血鬼の館、紅魔館。 そこの当主は、とても鮮やかな金髪と翼を持つ、妙齢の美しい女性だという。 その当主たるフランドール・スカーレットの部屋には。 一つの石膏像がある。 それは男と女が混ざり合ったデザインの、吸血鬼の像。 毎年決まった日に、彼女はこの像に花を手向ける。 いつもは当主然とした彼女が、唯一涙を流す日。 「お姉様…。 ○○…。」 その像に使われた石膏には、ある灰が混ぜられている。 かつてすれ違いながらも愛し合い。 そして一つになった、ある恋人達の灰が。
https://w.atwiki.jp/toho_yandere/pages/1297.html
「興奮して・・・何も分かっていないんだろうな」 ネズミからの報告に合った、片腕で大の男を持ち上げた時と同じように。星はほんの少しだけ、○○が自分の体の変化に気付かず事態が終わっている事を期待した。 寄り合い所の入り口は見るも無残に破壊されていた。 足を使ったのか手を使ったのかは分からないが、生身の人がやりましたと言っても信じないだろう。 野生の熊なり猪が突っ込んだ後と言った方が、事情を知らない物は納得できる壊れ方をしていた。 廊下の床板も、所々に亀裂が走っていた。別に驚きはしなかった、むしろ踏み抜いている物がなかったのでそちらの方が意外だった。 床板には亀裂が走っているので、○○が辿った道は容易に分かった。 皆、履物など脱がず。そのまま土足で上がりこみ、亀裂を辿り二人がいるはずの場所まで向う事にした。 道中は無言であった、一体何を喋ればいいのか分からなかった。それに、下手にぎこちない会話をするよりは、皆無言の方が楽だった。 「うわ・・・・・・これ、誰の血かな」 亀裂の終点である大広間にたどり着き、壁に描かれた縦に真っ直ぐ伸びる血の跡を見て村紗が息を詰まらせた。 “誰の”とは言ったが、村紗も含めおおよその見当は付いていた。 聖か○○、どちらかの物だろう。 この程度の怪我で死ぬような事などありえないし、どちらもこれぐらいの出血量の怪我ならばすぐに治るのでそこまでの心配は必要ないが。 やはり、家族がそれなりの怪我をしたという事実は。およそ真っ当な精神を持っているならば、心に来る物があるだろう。 星はチラリと大広間の中を確認するが。足元にふすまの破片、部屋の端に鏡台の残骸がある以外は人の姿は無かった。 「おかしいですね・・・これ以上広い部屋はないし・・・・・・場の状況的にここのはず」 「ご主人、聖はこっちだ」 いぶかしんでいる所にナズーリンが呼ぶ声が聞こえた。 その声の方向に目をやると、ナズーリンは大広間に併設された水屋の入り口に立っていた。 「○○もこっちにいる・・・ただし、意識は無いが」 辛かったろうに、そんな言葉が口をついた。○○が意識をなくしているということは、恐らく発狂ですら発散できない心労から卒倒してしまったのだろう。 その心労の原因とは何かと問われれば。時の流れに気付いた、これ以外に思い当たる節は無い。 水屋の中では聖が濡れた布巾を手に○○の顔や手を必死に拭っていた。 聖の拭う○○の顔や手にはべっとりと乾いた血がこびりついていた。聖はそれを拭おうとするが量が多く、いたずらに延ばしている感があった。 時折、聖の顔が○○の顔に近づくが、口付けでは絶対にないだろう。それは聖の肩の振るえで分かった。 濡れた布で拭うには余りにも汚れが多すぎる、大量の湯でも被れば一思いに綺麗に出来るのだろうが。 残念ながらこの水屋に湯を沸かす気の利いた道具や用意は無かった。 湯の代わりに水を被せても見た目は綺麗に出来るだろうけど。そんな凍えるような仕打ちを聖が○○にするはずが無い。 だから聖は手近な布を手に取り、○○の体にこびり付いた・・・・・・恐らく、○○自身の血を丁寧にそして必死に拭っているのだろう。 聖の手にする布はもう元の白さが消えうせ、水を溜めていた瓶の中身も真っ赤に染まっていた。それが○○にへばりついた血を拭う障害になっていた。 聖は星たちに気付いているのだろうか?聖は○○を綺麗にするのに必死ですぐ後ろで見つめている星達に対する反応は何も無かった。 「・・・・・・聖」 一呼吸、二呼吸と間をおいて。ようやく意を決した星が聖に声をかけた。 「ごめんなさ星・・・もう少し待って。○○から匂いが取れないの」 そういってまた聖は○○の顔に、自分の顔を近づける。また肩の震えが大きくなった。 この水とその布ではな・・・・・・でも、それを言えば聖はより一層、悲しむだろう。 「取れないの・・・・・・全然・・・何回も、拭いてるのに」 鼻をすする音が聞こえた。泣いているのだろう、見なくても分かる。 「ごめんね・・・○○・・・・・・ごめんね・・・」 グスッ、ヒックと。鼻をすする音と、甲高い息遣いが大きくなっていく。 「星、私戻って二人のためにお湯沸かしてくるね」 そんな聖の姿にいたたまれなくなったのか、村紗がもらい泣きを浮かべながら星に許可を求めてきた。 「ええ、お願いします。二人のことは任せてください」 その言葉に村紗はコクンと頷いて、外に向って駆けて行った。 次は聖を落ち着かせて、○○と一緒に命蓮寺に帰るだけだ。 こんな汚れ切った水と布では、いつまでたっても○○は綺麗にならないし、染み付いた匂いも取れない。 「聖」 星は聖の肩に手をやり、優しく言葉をかけて行った。 「ここの少ない水と布で○○をそこまで綺麗にできただけで、大した物ですよ」 ほんとに?その言葉を言う聖の様子は。涙を手で拭い、悲しみで歪みきった顔を星に向け、そして声は、蚊の鳴くような声だった。 「勿論です。きっと・・・いや絶対に。○○も許してくれますよ」 「いつもの○○なら、絶対に許してくれますよ、聖。綺麗にし切れなかった分は、二人で風呂に入ればいい、村紗が先に帰って用意していますから」 ただし、その“いつもの○○”は。命蓮寺によって都合よく記憶を改変された○○なのだが。 そこに気づきそうな者は・・・・・・誰もいなかった。 「私はね・・・・・・もう○○には何も辛い思いなんてさせたくなかったの」 涙を拭う事も忘れ、目からダラダラと涙をこぼしながらも、聖は○○の顔を見据えていた。 「それなのに・・・・・・○○が嫌な事を思い出しそうになった時・・・それを解決し切れなかった」 独白を続ける聖の目からあふれる涙は勢いを増すばかりであった。 星はそれを止めずに、聖の思いの丈を、涙と一緒に全部吐き出させることにした。 「聖、ゆっくりでいいですから、いるのは私だけじゃありません。ナズーリンに一輪、今はいませんが、湯を沸かしに戻った村紗も」 肩を優しく抱きかかえ、そして優しく声をかけ続け。三人とも、心ならば四人全員が、聖の傍らに付き添い続けた。 「解決し切れなくて・・・嫌な事を全部思い出させちゃって・・・・・・」 「それで・・・その嫌な事に振り回されて、泣き喚く○○を・・・助けれなかった・・・・・・ずっと、オロオロしてただけだった」 ○○を抱きかかえる聖の腕が、一層力みを帯びていく。 そしてギュッと。聖は嗚咽を混じらせながらも、意識を失っている○○を、力いっぱい抱きしめた。 「○○は私の事も嫌な事の一部として見ていたわ」 「・・・・・・でもね、私は・・・○○とずっと一緒にいたいの!」 それは聖の心の底からの叫びであろう。 ○○を抱きかかえる聖の腕の力強さからは。絶対に離さない、誰にも渡さない、何が合っても守りたい。と言った感情が星には透けて見えたような気がした。 「守りたかったのに・・・助けたかったのに・・・・・・」 聖はまた、さめざめと泣き出した。 「聖、それで良いじゃないですか。また一緒に暮らせば良いじゃないですか・・・いつか絶対に上手くいきますよ」 ○○とずっと一緒にいたい。星にも他の者にも、聖のこの思いを否定する気など毛頭無ければ、その材料も存在しないと信じていた。 「聖、貴女が○○と一緒にいたい、いようとする事に異を唱えられる謂れなど何処にもありません」 「誰にも二人の幸せを邪魔など、してはなりませんし。出来るはずがありません、私達がいますから」 「○○が聖を思う気持ちに嘘偽りは無かったんです・・・だから、やり直せます。何度でもやり直しましょう」 そう、聖には○○を守り抜く盾となる決意があった。ならば、自分達は二人を守る矛になりたかった。 あの時、毒にも薬にもなれなかったから。今度こそは二人に降りかかる魔の手は、全て叩き潰したかった。 「姐さん、命蓮寺に帰りましょう。○○と一緒に」 「聖、君は1人で抱え込みすぎている。迷惑をかけたくないと思っているのならば、むしろ心外だぞ」 「そうですよ、家族じゃないですか。○○も含めて、皆この命蓮寺の」 ○○も自分達の家族。そんな表現に聖の体の強張りが少し和らいだ。浮かべる表情も、柔らかくなっているのが横からでも確かに分かった。 「今は村紗がいないから少し締まりませんが・・・一足先に命蓮寺に帰って風呂を沸かしてくれています」 「良いじゃない少し緩いくらいの方が。そっちの方が、気楽に行く事ができるわ。ね、○○」 皆からの暖かい言葉に、気力を取り戻したのか。聖は自分から立ち上がることが出来た。 「○○、村紗がお風呂を沸かしてくれているんですって。一緒に入って、サッパリして・・・またやり直しましょう」 ○○を抱きかかえ、優しく声をかける聖のその姿に、星達から安堵の溜め息が漏れる。 これでやり直せる、これでまた元の少しばかり甘ったるい日常に戻る事が出来る。 「聖、風呂の中見たいに人の目が無い場所では何も言わないが・・・・・・」 ナズーリンがいつもの“役割”に則った言葉を口に出す。しかし、その顔には渋面ではなく、確かな笑みが合った。 聖と○○の甘い関係は、最早命蓮寺の維持に欠かせないものとなっていた。 「なんだか今の姐さん、また直視できない感じがしてきたわ」 「そりゃそうですよ一輪。この笑顔は本来○○の為にあるんですから。○○以外には甘すぎます」 聖にとって○○は間違いなく精神的な支柱であった。○○がいるから、○○と中睦まじくいるからこそ明るく振舞える。 そして、聖以外の者も。聖と○○の姿を見て微笑ましい気分になり、聖同様精神の安定を得る事ができていた。 ナズーリンの小言も、結局は辻褄合わせでしかない。およそ一般的な価値観と乖離しすぎないようにする為の物でしかなかった。 ○○の記憶や思考に齟齬が生じぬように。ほころびが生まれればまた○○は傷ついてしまう。 命蓮寺の行動の根底には○○の存在があった。突き詰めれば、皆○○の為に動いていた。 乖離、矛盾、ほころび。これらを必死に覆い隠し、つぎはぎの様に思い出を重ねていって。 ○○が過去に体験してしまった“嫌な事”から必死に遠ざけ、見えないようにしていた。 聖と○○の間に生まれる物は、笑顔だけで良い。その思想が今の命蓮寺の絶対不可侵の掟だった。 そして、これからもずっと。それが変わる事はないだろう。 「皆、ごめんなさい。心配かけちゃって、命蓮寺に戻りましょう。私たちの家に」 「村紗が先に戻ってるから、帰ったらちゃんと“ただいま”って言わないとね」 弾む聖の声。聖だけではない、これで○○も。もう大丈夫だ。 その笑顔は、朗らかそのものだった。こんな笑顔がある“家族”は幸せそのもののはずである。 そう、傍から見れば。 「―がっ!うえっはあ!!」 ○○の寝覚めは最悪であった。 「え・・・あれ・・・?寝てた・・・・・・?」 まず合ったのは息苦しさだった。○○は何故だかあまり落ち着かなかった。息が詰まる、上手く呼吸をする事が出来ない。 心臓も、激しくバクバクと鼓動を打っていた。そう、まるで恐怖を前にしたときのように。 「うわ・・・・・・凄い寝汗」 何か悪い夢でも見ていたのだろうか。寝る前の事を思い出そうとするが、寝ぼけているせいか、何も思い出せなかった。 「○○、起きたのね」 手の平や顔にあふれ出していた寝汗を、敷布団や掛け布団で拭っていると。横から女性の声が聞こえた。 「あ・・・・・・聖・・・あれ・・・・・・・・・ああそうか」 頭をかきむしりながら○○は小さく呟く“またやっちゃったんだ、、まだこんなに明るいのに“その顔は、ほんの少し恥ずかしそうであった。 「うふふ」 恥ずかしそうな顔をする○○を見て。聖は一気に嬉しそうな雰囲気を爆発させ、○○に口付けを施した。 「そうよ。貴方の恋人の、聖白蓮よ」 何度も何度も、聖は○○と口付けを交わした。絡みつくのは○○の唇だけでなく、聖は全身を使って○○を抱きしめるように密着の度合いを高めていった。 その口付けの嵐は聖と○○の域が苦しくなるまで続いた。 「ふぅ・・・・・・ところで○○、起きる時苦しそうだったけど・・・・・・・・・」 心配そうに・・・と言うよりは泣きそうな顔で、聖が○○の寝覚めの悪さを心配した。 聖の、○○の頬をさする手がほんの少し震えていた。 その心配の仕方に・・・・・・○○は特に感じる所はなかった。 「大丈夫だよ、たまたま夢身が悪かっただけだと思うよ。何の夢かも忘れてるし、どうってこと無いよ」 むしろ、心配させた事に少し心を傷めるくらいだった。 この時には、もう寝汗の事など全く気にしていなかった。 横に聖がいたことから。戯れて、密着したまま寝てしまい・・・そのせいだとすら考えていた。 ○○は優しく答え、頬を触っている手を上から重ね。もう片方の手で○○は聖の頬を触った。 「そう!良かったぁ・・・・・・」 聖の泣きそうな顔は一変、涙は引っ込みまた元の満面の笑みに戻った。 そしてその満面の笑みは、衰えるどころか熱を増すばかりであった。 理由は○○が聖の頬を触っているからだろうか。 聖はもっと触って、と言わんばかりに○○の手に自分の頬を擦り付ける。 聖は頬を触る○○の手に触り。その手を頬から顔へ、唇へ、そして胸のほうへいろんな所に誘導していった。 胸のほうへ誘導された辺りで○○は「あっ・・・・・・」と小さな声を空気と一緒に漏らした。 そして、とても気恥ずかしそうな表情を浮かべる。その表情を聖は愛おしそうに見つめる。 「ひ・・・聖。続きは暗くなってから・・・・・・そろそろ起きないと、ナズーリンの小言が増える」 「うふふふふ、そうね。ねぇ、○○」 「何?聖」 「起きた後もしばらく、手繋がない?」 「もちろん、いいよ」いつも通りの優しい笑顔で○○は聖の提案を受け入れる。 その笑顔に、聖はまたうふふと笑い。口づけをした
https://w.atwiki.jp/toho_yandere/pages/384.html
複数/4スレ/948 タグ一覧 チルノ バッドエンド パチュリー フランドール ヤンデレ少女主観 ルーミア レミリア 大妖精 小悪魔 紅魔郷 美鈴 複数ヤンデレ 霊夢 魔理沙 霊夢の場合 N「……流石にやりすぎたかしら。出来ちゃったわ。何って……もう、言わせないでよ。 さっさと私達を養う為に、人里で良い働き口でも探して来て頂戴。だ・ん・な・さ・ま?」 Y「……お帰りなさい。帰ってくるのが早かったじゃない……こんな時だけ。 見ちゃったなら仕方ないわね。 ……そうよ?妖怪の仕業や異変なんかじゃない。 この女を殺したのは私。 だって私の事、好きなんでしょ? ……私も好きよ。気付いたのは最近だけど。 ねえ、そんな顔しないで誉めてよ。 貴方が私を好きでいられるようにって、面倒なものを排除してあげたんだから、ねっ? それにもう、あなたはここに居る時点で―― 私と、運命共同体で、共犯なのよ」 魔理沙の場合 N「頼みがある、お前に。前から研究してた薬が完成したんだ……惚れ薬なんだけど。 それで……今この場で、お前が飲むか、お前が私に飲ませるか。 どちらかを、頼んでも、いいかな……?」 Y「最近全然会いに来てくれないから心配したんだぜ。 ……変な薬ばかり作ってて気持ち悪いから会いたくなかった? 酷いなぁ、お前は。 ……の為にずっと夢中になってたってのにさ。 まぁ、いいや。その事は水に流してやるからさ。 最後にもう一度だけ、薬の試飲に付き合ってくれ。 大丈夫、私も半分は飲むから……なっ」 ~紅の人達~ ルーミアの場合 N「貴方を私の中に包み込んで、おそって、さらって、たべてあげる。 ……私は妖怪だから。 だから、人も妖怪さえも与り知らぬ所へと、貴方を連れて行くの。 ……抵抗、してもいいよ。 私は……平気、だから(にっこり」 Y「貴方の心が見えないの。 真っ暗で、深い、地獄に燃える深淵の炎よりも黒い、貴方の心が。 何でそんな平気な顔で他の人間―― いや、妖怪だっけ。どっちでもいい。 平然と他の女の顔を見れるのか。 ……遊びじゃなかった、なんて今更言っても。 もう 遅いよ 貴方を知っている人達も 貴方へと向けられていた想いも 貴方が築き上げていた 愛情も 友情も 信用も ……全部 闇の中へと沈んでしまったから 手探りで何を探しているの? ……そう。 でもこの闇の中に居るのは私だけ 貴方が余所見ばかりしてるから……みんな、いなくなっちゃったの 痛みに耐えられなくて。 ……私は耐えられるから、まだ貴方の傍に居てあげる」 大妖精の場合 N「あんなに大事にしていた……貴方と作った花の冠も、花の指輪も……すぐ、しおれちゃいました。 ……時々、ふっ、と貴方の名前も忘れてしまいそうで恐いんです。 大好きなのに、顔だけしか思い出せない事が一杯あって…… 一度だけ全部忘れてかけて、胸が凄く痛くなったら。……生き返った時の様に、思い出せたんです。 それで気付きました。 私達は死なないから、命の概念は無いのかもしれないけど。 どんなものよりも……私は、貴方を愛していた事を。 忘れてしまうのは、とある先生さんに聞いたら……妖精だからって、聞きました だから、貴方に聞いておきたいんです。 私が妖精でなくなっても…… 私と友達で……ううん、ずっと一緒に居てくれる事を、誓って……くれますか?」 Y「……あなたが誰だか思い出せない。 でも、酷く胸が痛むの。 ……何でかな、人間なのに。 悪戯するより 殺したくなる 待ってよ、逃げないでよ。 あなたが誰なのか教えてよ。 何でこんなに胸の中が疼くのか、知ってるんでしょ、うわきものめ。 ……あはは うわきものって、なに?」 チルノの場合 N「あっついー。 ならくっつくなって……ここはあたい専用の場所なんだから! あんたがどうこう言う権利なんて無いの! ……ちょっと! あんたが動いたらあたいが座れないでしょ!! なんで自分なのかって……そんなの、当たり前だからに決まってるじゃない! Y「……また来た。 此処はあたいと、あいつだけの場所だって言ってるのに…… いい。うるさい。喋るな。 お前もあいつに近付く奴等と一緒なんだな? あたいからあいつを遠ざけようとしてる。 分かってるんだから あいつらと一緒に、仲良く氷漬けになっちゃってよ」 美鈴の場合 N「ああ、丁度良い所に。え、態々また私を訪ねてきてくださったんですか? ふふ、そうやって足しげく通って下さるのは嬉しいのですが…… それも今日で最後にしてください。 私にも門番としてのプライドがありますから。 仕事と恋愛、中途半端にはしておけないんですよ。 ……そんな顔をしないで下さい。 私は貴方の事を嫌いになったわけじゃありませんから。 だから、私と一緒に……紅魔館で働くのか。 それとも、私を娶って……居場所を提供してくれるのか。 今此処で、決めて下さい。 猶予は、少しだけですからね?」 Y「……口実、だったんですね。あの方に会う為の。 門の前で見せてくれた表情も、楽しそうな会話も。 全部、虚言だった。嘘だったんですね。 ……体の痛みも、心の痛みも。 慣れてますから。 はは、は。……私は、耐えてしまえそうです。 貴方の顔が、今お嬢様以上の悪魔に見える事を除けば。 無事に帰りたいのなら、私が視界から消えるまで 振り向かないで去っていってください。 そう、私と目を合わせたまま―― 私に背を向けぬ様に。 ……一瞬でも後ろを見せてみなさい。 手足の骨を砕かれ、何処かの家の地下室の床へと転がされているでしょうから。 ……私はまだ、好きなんです。貴方の事。 だから………… 絶対に許さない……けど、止めたりもしませんから…… 自分の身が大事なら。もう、此処には来ない事です」 小悪魔の場合 N「……薄っぺらい言葉なんて要りませんから。 血にします?それとも肉体?いきなり魂ってのも、私的にはありですけど。 何って……契約ですよ、契約。 貴方を私のモノにするための。 私が貴方のモノになるための。 ご安心を。既にパチュリー様からの許可は取ってます。 それに、液体での契約は既に八分以上済ませてありますから、それほど手間もかから…… えっ いいいいいいえ!!ちっ、ちちちがいます!寝込みを襲ったりなんてしてません!!! 既成j……ベッドでそのまま添い寝なんてしてないんだから!!」 Y「悪魔を魅了した者は、人であろうと魔であろうと……神であろうと、その身を削られてゆくんですよ。 あれほど教えてあげたのに、気付かなかったなんて、まぁ。 ……ほんと馬鹿な人ですね。 悪魔と一緒になったって、いい事なんかありませんよ。 貴方に優しくされればされるほど、私は胸の中がもやもやとして―― 実に、心地良かった。 ……この衝動を何時我慢できなくなるのかなっ、てね。 貴方の事を普通の『好き』のままで居られれば、こんな事にはならなかったのに。 大『好き』になってしまった。 こんなにも愛してくれたから。 こうなってもまだ、私を信じているあなたが居るから。 ……でもごめんなさい。私は悪魔、小悪魔なんですよ。 きっと、痛くはして上げられません。 気が狂って、私の名前以外は言えなくなってしまうと思います ……そして私も、嘘をつける悪魔じゃなかった ごめんなさい 貴方を『愛』してしまいました」 パチュリーの場合 N「……貴方にこの椅子を上げる日が来たみたい。 この意味、判ってくれるかしら……? そう。 貴方以外の人に、この椅子には座って欲しくなくなったの。 私が本を読む時でも、貴方には傍にいて欲しい。 ……そう言ってるの。 拒否権はあってないようなものね。 私はもう、貴方が傍に居ないと落ち着いて本も読んで……いられるけど、能率が物凄く落ちるの。 だから絶対傍に居て欲しいの、というか居なさい。 それでも断るなら、私が貴方の家にこの椅子と本を持っていって図書館ごと移すわ。 いいわね」 Y「一度しか言わないから、良く聞きなさい。 貴方は死んだ。 ううん?ああ、言葉通りの意味だけど。 そう、貴方は今、たった今、この瞬間をもって死んだのよ。 肉体的、精神的にとかじゃなくて。 人生そのものが終わったの。 なにがどう……って、説明が無いと判らない? まぁ、貴方が判らなくて困る事は私には無いわよ。 帰るって、へぇそう、何処に? 貴方の家は何処にあるの? どんな道を辿るんだっけ? 近所には誰が住んでいたの? 夕飯の予定は何だったかしら? 買わなければいけないものがあったんじゃないの? 誰かが尋ねてくる予定もあったわよね やらなければいけない仕事だって そういえば趣味で集めてたあれはどうしたのかしら ところであなた、名前なんだっけ? ふふふ。 思い出せないんじゃないわ。 ……そうよ、くれるって言ったの。 貴方が。自分で。私に。 貴方の物語(人生)をね。 ……ありがとう。 これは二回目だけど、貴方を貰えて嬉しかったわ。 さてと。 結末を迎えた本は、本棚に仕舞わないとね。 ……本棚は、ここにあるわ。いらっしゃい」 咲夜の場合 N「お嬢様だけっ……て、決めてたの。昔はね。 生涯尽くし使え続ける事の喜びよりも、今この一瞬を過ごす貴方との時間が…… いらただしいほどに幸せで、腹に穴を開けてやりたくなるわ。 ……。嘘。貴方にナイフを向ける事が出来たなら、もうとっくにそうしてたもの。 事実、そうなった人も居たわ……って、ふふ。これは嘘かどうか、教えては上げないよ。 貴方を一番に愛してるって、私は誓えない。けれど、気持ちは本物なの。 ……それでももし、私と一緒に。これからも過ごしてくれるなら。 貴方の永い時間の全てを――――私に頂けますか」 Y「 あ は。 み ー つ け た。 かくれんぼでもしてるつもりだったのかしら? そう、でもまだまだ子供ね。 あんな隠れ方じゃ、どんなにやったって時間の無駄よ。 能力?そんなの使ってないし、必要もありませんでした。 ――貴方の匂い ――貴方の足音 ――貴方の考える事。 それだけで十分。割り出す為に一秒も要らないから。 ……それより。 どうして私から離れようとするのかしら? あんなにも私と一緒になりたいって、貴方言ってたじゃない。 束縛されるのが嫌?拘束されるのは趣味じゃない? あのね。貴方が何を言ってるのか、私には判らないわ。 貴方との時間は一秒であれ一瞬でも貴重なものなのよ? 一緒に居るだけで二人とも幸せな気持ちになれるじゃない。 心の中が暖かい気持ちで満たされて、その一瞬一瞬全てが体にも心にも刻み込まれてゆく。 永劫に続く時間の中で過ごした、貴方との…… さっ、部屋に戻りましょう。私か貴方が死ぬまで、ね」 レミリアの場合 N「まどろっこしいわね。自分が嫌になるわ。 惚れた相手が人間だったせいで、余計な事ばかり気にして。 普通に面と向かって、好きだとも言えなかった。 ……貴方の事を言ってるのよ。そう。聞き違いでは無いわ。 貴方は強い人……強い人間だわ、本当に。 私のプライドをズタズタに切り裂いて、完全に壊してしまった。 私の魂も体も。貴方に嬲り弄ばれていると言うのに……嫌ではない自分が居るのよ、今もね。 ……ああ、半分は言葉のあやよ? 貴方が私の力さえも蹂躙して、この体の全てを支配する事になるのは、 ……きっと酷く永い時間が必要でしょうから。悲しいほど。 答えなさい。 その永い時間を私と過ごす覚悟はある? 無いと言うのなら、今此処で引導を渡してあげる。 その方がきっと、お互いの為だから……(にっこり)」 Y「小食だった私。 運命って、分かる? ……そうね、きっと貴方の為だったのよ。 だから 貴方の血は、一滴残らず飲み干せたって事 ……今まで飲んだ……ううん、他に口にした何よりも、貴方の血が美味しかった これからはもう……退屈しなくてすみそうね。 あの蓬莱人達と同じ様に。 私達も世界の終わりまで、笑ったり、泣いたりして一緒に……殺し合う事が出来るのだから ただ一つ違うのは 私達にとって、それは愛を確かめあっていると言う事よ」 フランの場合 N「今日もぎゅっとしてくれるの? 前から思ってたけど……本当に変な人ね、あなた。 もう閉じ込められてる訳じゃないけど、此処は地下室。 面白いものなんて、何も無いのに…… 私の持ってる玩具にだって、興味も示さないし。 私、あなたが分からないわ。 ……人間だからじゃない。咲夜や霊夢、魔理沙を見ていたって。 あなたの事、何も理解できないよ。 ……でも。 前にね、お姉さまに貰った本で読んだ事があるの。 その中に、大切なものは目に見える訳じゃないって一言があって…… 私、その意味が本を読み終えても分からなかった。 だって、その人が居なくなったらとしても。 私にはつまらなくなるだけで、悲しさに震える事なんて、多分ない。 体と同じ、傷と同じ様にきっと記憶からも消えてしまう。 それなのに、どうしてかしら……? 目を閉じていても最近、あなたが視える事があるの。 私に笑いかけてくれるあなたが。 ……あなたは、私だけの王子様になってくれるひと?」 Y「……死ね。死んでしまえ。 壊れちゃいなよ、おまえなんか。 ……下種にも劣る肉塊……。 見てるだけで目が腐りそう。反吐が出るわ ……これだけ言っても人間で居る事をやめてくれないのね。 年老いたその姿じゃ、私には何の説得力も無いっていうのに 嘘なんか言ってない 泣いてなんか、ない! 今直ぐにでもその首をへし折ってやる じかに内臓を握りつぶして、おまえがひぃひぃ叫び声を上げた瞬間大声で哂ってやるから 命乞いをしろっていってるのよ!!! 死にたくないっていってよ!! 殺したくて、壊したくて、ずっと一緒に居たのに我慢してきたんだよ!? 酷いよ 酷いよぉっ!! なのに何で勝手に死にそうになってるの…… あなたは、私に…………大事なのよ…………とっても………… ……いいよ、分かった。 そんなやせ細った手で、もう私を抱きしめなくていいよ ……そうだよね……なんだ、簡単な方法があったじゃない…… あなたと一緒に 私も 壊れちゃえばいいんだ 全部 感想 名前 コメント
https://w.atwiki.jp/toho_yandere/pages/1453.html
紅魔館正門――― 朦朧とした意識の中、咲夜に抱きかかえられていた。 霞んでいく目をはっきりと覚まさせ、ふと横に振り向く。 ○○は隣で今にも溢れ出しそうに顔を震えさせて見つめている。 ただならぬ妖気を嗅ぎつけ、当主のレミリアもパチュリーも駆けつけていた。 「美鈴殿!しっかりしてください、美鈴殿ッ!」 「○○君…」 すぐ傍で所々服が破れ満身創痍の魔理沙がパチュリーから介抱を受けている。 これほどまでに追い詰めたということだ。 だが当の力を使い果たした美鈴は既に虫の息だった。 「すみま…せん…、一度でも、いいとこ見せよう…として…この様、です…」 涙で顔をクシャクシャにする○○を目の前に努めて、美鈴は○○に笑ってみせた。 それは僅かでも触れても壊れるように儚く。 最期だけでもと美鈴は掠れた声を必死に絞り出す。 「私は、ここまで…みたいです……貴方なら…きっ、と…」 「やめてください、お願いですから…!私を……俺を、置いてかないでよ…」 「駄目よ…私がいなくても、笑っていて…」 「嫌だ…!貴女が思うほど、私はそんなに強くない!だから…」 次の言葉に口を開いた途端、○○は後ろに仰け反って倒れる。 急いでパチュリーが駆け寄り彼を看るが、弾幕で突き飛ばされたようだった。 ○○は気を失ってしまった。 咲夜は事を理解できず虚ろに見つめるしか出来なかった。 「○○!?美鈴、一体何を…」 「ク…うぁ……分からずや……ひっくッ…!嫌だ……」 嗚咽が漏れる。 ○○に伸ばした手を震わせ、地面に落とした。 これが美鈴にとって最期の弾幕だった。 意図を理解したレミリアは遣り切れなくなり、日傘を前に傾け目を逸らす。 「イヤだああああ!死にたくない!こんなとこで死にたくない!!!」 死を目の前にして耐えられず、咲夜の胸に泣きついた。 抑えられない嘆きを○○に聞かれたくなかったのだ。 しがみつかれる咲夜の腕に爪が食い込み血が溢れてくる。 その血のようにどうしようもなく美鈴の両目から涙が溢れてくる、ただ子供のように泣き喚くしかなかった。 「落ち着いて!美鈴…、美鈴…!」 「嫌だ死ぬのはいやだ嫌だイヤだイ゛ヤだ、たすげテ死にたクない!助けて咲夜ぁああああああああ!!」 少しずつ、咲夜を呼ぶ悲痛の叫びが小さくなっていく。 美鈴の掴む手の力が弱々しく、零れ落ちそうになる。 最早 「なん…で、あたし、が……」 「そんな…美鈴…?」 抱きかかえる腕に重さがかさばる。 合わさっていた冷たい手が擦り抜け、花弁のように堕ちていった。 最期の顔は深い悲しみに沈み悶える苦しみで歪んでいた。 美鈴の頬にぽたぽたと雫が降り注ぐ。 肩が震える、咲夜も奥底から湧き上がる慟哭を堪えきれない。 「いやああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」 今は完全で瀟洒な従者の肩書きのないただの少女は、抜け殻を抱き締め大空に吠えた。 他の誰も言葉に出来ない沈黙の中で。 暗い暗い意識の中――― あれは知識と日陰の魔女に師事して二十数日か。 最初の満月の前夜に起こったことだった。 いつものように床に就いてたところだ。 中々寝つけない○○は突如腰の上に重さを感じた。 声にならない呻きを口から漏らし、顎を引いて下を見る。 「な、パチュリー様…どうして…っ!」 「何も、言わないで」 暗闇に紛れていたのはパチュリーだった。 驚嘆しながらも、不意に手で口を押さえられる。 悲しみに満ちて潤った瞳で見つめる。 ○○の心臓が跳ね上がり、反対にも彼女を凝視する。 悩ましく息を吐きネグリジェをはだけさせ、太股を艶かしく摺り寄せる。 そして彼女の顔が迫っていき… 「貴方は優秀で頼れる逸材、けどそれ以上に愛おしい…」 この後は突然暗闇になり何も見えなくなった。 いや、意識を閉じて見ないようにしたと言うべきか。 それでも情交が続いていた。 絶頂を迎えて快楽に浸かった後、虚無感に身をやつした。 彼女は荒い息を整え、○○の背に手をまわし離さなかった。 師から背向け壁を睨む目は、紅い月のように鋭く血走っていた。 ○○は体中に脳内麻薬を走らせるように、気づき目を最大に見開く。 魔女パチュリー・ノーレッジは自分を愛していることに。 彼に才能を見出したのが切っ掛けで次第に惚れていったのだろうか。 思案を巡らせるうちに○○を様々な感情が駆り立ててくる。 心に芽生えたのは恐怖、情欲、諦観、悲哀、そして… 「起きて、○○」 「はっ、あ……うぅ…!」 聞き慣れた声に目を覚まし跳ね起きる。 気がつけば一室の中、つい先程までソファーで横になっていた。 それも、同じ席に座るパチュリーの膝の上で眠っていたのだ。 意識を取り戻して最初に彼女を見たのは必然だった。 額には温かみのある白い手が乗っかっていた。 見えたのは目元赤く腫らした瞳。 このまま目を覚まさないのかという悲しみと不安、そしてどこか良心に責め苛んでいるようだった。 「ど、どうしたの?」 「いえ、何でもありません」 顔から汗が溢れ、胸が高鳴っている。 この屋敷に従事してからこの方、誰とも一緒に寝たことはないと、そう一方的に○○は思っていた。 けれどいつの間にか身に覚えも根拠もない考えがあった。 それは、魔女が自分に虜になっていること。 今こうして席を同じくしているのだから見て取れる。 だが彼女から寄せられる密かな感情に気づかされる度に負い目を感じていた。 何も答えを見出せていない。 このまま寄り添っていて、果たしていいのだろうか。 いつかのどこかで微かに感じた温もりを恋しく思っていた。 「……ごめんなさい…」 沈む顔を覗き込むパチュリーはそっと呟いたが息を吐くのと変わらない程で聞き取れなかった。 ただ先程の過去に犯した過ちを詫びる言葉が風のように耳元から過ぎ去っただけだった。 あのときは自分の気持ちを一方的に突きつけたことを後悔させられた。 だがあの夜、○○の痛みと拠りどころを知ってしまった。 ○○の親友だった美鈴を想うと、さぞかし不憫でならない。 そして同時に自分に苛立ちを覚えていた。 どうして自分じゃなくて美鈴だったのか、と悔しさも噛み締めていた。 だがまたいつ疼くのか。 その身体は黒ずんだ感情の胎動を予感し震えるばかりだった。 「お目覚めか…、とりあえず全員揃ったみたいだな」 何事もなかったようにテーブルを隔てた席の方に向き直す。 右隣の席には消毒薬を塗した手足や胸に包帯を巻かれていた魔理沙が安静に座っていた。 たった今、咲夜から応急に怪我の手当てを受けた後だった。 魔理沙と○○の二人が無事であっても、部屋の空気が重苦しい。 鬱屈とした視線で○○を、いや彼の席を見つめるレミリア。 誰も口を利こうともしない。 ただ彼女の席の後ろに戻ろうとする咲夜の足音だけが響いた。 紅魔館一階応接室――― この部屋には紅魔館の面々が一堂に会していた。 挙動が落ち着かない○○の隣には師のパチュリーが寄り添っていた。 向かいにはレミリアの座っているソファー、その後ろに付き添うように咲夜は佇んでいる。 左隣には当主の妹君フランが震える膝を抑え魔理沙を不安そうに見つめていた。 「今分かってることを話すぜ」 包帯を巻いた二の腕を大切に撫でながら、右隣のソファーに横になっている魔理沙は話を切り出す。 その口は大きく震えており、つい先程まで言うべきか迷っていたようだった。 それぞれの席についている一同は静かにつく息遣いに固唾をのむ。 「美鈴にかかってたのは…アンドヴァリの遺産、だな」 部屋が一瞬だけ騒然となった。 全貌を知らずともこれは美鈴を蝕んだ何かの名前だと分かる。 ただ一人、禁断の秘術を知るパチュリーは冷静に魔理沙を見つめている。 「アンド…なんだって?」 素っ頓狂に○○は尋ねる。 聞いたことのない名前をもう一度確認したかった。 それを補足するようにフランが説明を付け足す。 「アンドヴァリ。北欧神話に出てくる大富豪のドワーフのことだよ」 「おうサンキュ、それで美鈴に掛かってたのはそういう呪いなんだよ」 最後の呪いの部分で、騒然となる。 呪いとはある者が他者に不幸を成すよう祈る施術。 それは身内が何者かの悪意に喰らい尽くされたことを暗に示しているからだ。 「黄金が招く呪いを凝縮させた魔法で、多大な幸福をもたらす代わりに代償は大きい。 溜まったガソリンに火をつけてやるような危険な代物だ」 厳しい目つきで○○を見つめる。 魔理沙はとっくに彼が教わっていたのではなかったのかと思案したのだが、 ○○には美鈴を殺したのは自分かと疑われているようにしか見えない。 故に半狂乱になり立ち上がった。 「な、な何故私を見る…?わ、私がやったとでも言うのか!?違うぞ、断じて私ではない!」 「落ち着いて!まだ誰が犯人とは決まってないじゃない!」 「咲夜の言うとおりだ。しかも見た限りでは一日で掛かった呪いじゃない。 しかもあれは凄い複雑な方程式で出来てるんだよ。犯人は素人なんかじゃない」 つまり、美鈴を呪い殺した犯人は魔力と実績に富む魔術師だということ。 ○○は顔面蒼白になり、避けるように席を離れた。 「な、なんということだ…この館は呪われている!」 「どうしたの、○○…?」 「どうもこうもありません、あんな風に次は私まで呪い殺されてしまうかもしれない! なのにどうして冷静でいられるのです!?」 「○○、どこ行くのよ!」 「こんなのに巻き込まれるのは御免です!私は先に部屋に戻ります!」 魔術師といえど、○○が一番実力が足りないことは自覚していた。 今の○○には最初に見た吸血鬼のときのように恐怖心に包まれている。 青ざめた顔でそう吐き捨てて急ぎ足で立ち去る。 パチュリーの制止も振り切って、扉に手を掛けようとした。 そのときだった。 「待て」 逃げ出そうとする○○を制止する乾いた一声。 勇んで立ち上がり、部下の乱心を静め諭す。 声の主はレミリアだった。 「一人になってはいけない。その隙を犯人が見逃すはずがないでしょう」 至って冷静に、従者を咎めるように、言葉に重みを持たせて。 威圧するでもなく表情を真剣そのものとさせて。 少しずつ○○に歩み寄り言い聞かせる。 「何が何でも大切な従者を…いや、家族を守るのはこの私」 「家族…」 「そう、共に屋敷に住まう家族を愛する者として受け入れるのは当主としての責任よ。 貴方がどう私を思おうとせめてそれだけでも約束する」 一言一言、丁寧に歩調と合わせ、○○の目と鼻の先まで近くなっていた。 扉を背に腰の抜ける○○の目の前にレミリアの顔が迫る。 「だから私達から離れないで頂戴」 ○○は返す言葉が見つからなかった。 いつものお嬢様からは想像もつかない宣言だった。 今確実に身の安全を守ってくれるのは嘘なんかではない。 後ろ手に掛けていたドアノブを離す。 その動作が進言を受け入れる意思表示なのだと、レミリアはそう捉えた。 紅魔館三階回廊――― 血のような色彩の回廊の先を一様の闇が覆いつくす。 その中に暗闇と赤い内装に溶け込んでいる闇の住人が一人。 艶々だった赤髪はぼさぼさに乱れ、顔には苦悩で影を潜めている。 僅かな水滴の音でも身の毛の逆立つくらいに挙動が落ち着かなく、気を張り詰めていた。 図書館の司書、小悪魔。 その腕には大事そうに一冊の古ぼけた本が抱えられていた。 「こんな物ッ…」 目の前には鷹の頭部を如実に象った大理石の彫像。 鋭い目は道行く者を威圧しているようだった。 小悪魔は息を乱し彫像の紅い眼球に恐る恐る手を伸ばす。 今まで積み重なってきた心労と焦りで声が震えている。 「こんな物さえなければ…!」 彫像の瞼に爪を引っ掛け、小さな宝石をくり抜く。 血のように赤く、吸い込まれそうに透き通った綺麗な瞳。 ちょうど度重なる心労に濁り輝きを失った彼女の目と対を成すようだった。 苦難に疲れ荒みきった瞳にも小さな炎が静かに揺らめいている。 そして赤い石はその火種となるように焼け焦げていく。 それを手の平に乗せ、忌まわしきものを見るように睨みつける。 何かに縛られやつれた彼女の思惑を誰も知らない。 紅魔館二階ロビー――― 解散してすぐに部屋を出て、一息入れる。 張り詰めた空気から解放されても当主レミリアはまだ考えを纏めきってなかった。 一人の部下に面と向かって護ると誓っても、幾ら運命を見ても先日のと変わらない。 先行きを見通せず自分自身にさえも苛立っていた。 その後ろを見守る咲夜も内心穏やかではなかった。 このままパチュリーを疑うのは親友としても心苦しかった。 それを汲み取って、少し冷静さを取り戻した○○は舌を噛みそうになりながらも語りかける。 「お嬢様が友人のパチュリー様を疑いたくないお気持ちは我々も深く理解しております。 魔理沙殿の証言は嘘とは思えませんが、今結論づけるには早計かと…!」 「分かってるわよ」 ごく僅かに声を荒げて否定する。 信頼できる二人の手前で漸く感情を吐き出せたようだった。 妹や客人の前で取り乱して不安を与える訳には行かない。 ○○は親友への信頼がまだあることに安堵したが顔には出せなかった。 今は非常事態、まだ楽観できるような状況ではない。 「恐らく魔導書のなかには禁断の呪法が封じられているものもある。 何かの偶然で封印が解けて暴走したのかもしれないんだ」 溜まった苦悩を吐き出すように、レミリアは表情を曇らせて言う。 咲夜は付け加えるように今後の動向について聞いてみる。 次にどう動くかが重要だと、息を呑んだ。 「今回の件にはいかが致しましょう」 「まだ糸が掴めていない内に無用な混乱を起こすわけにはいかない。 調査が終わるまでは内密にしなさい。いいわね、咲夜」 「畏まりました」 事の了解を得て、レミリアは嘆息した。 今思案しているのは親友の魔女のことだ。 ごく最近だが自分に対しての強い視線を薄々とだが気づいていた。 彼女を疑っているわけではない。 しかし、垣間見た運命を思うと、とてもレミリアには疑念を拭えなかった。 もしかすると警戒しているのかもしれない。 それに、今の○○に一番近いのはパチュリーだけ。 何とか彼女から引き離さないと。 かといって○○と二人きりにしても彼は警戒するだけだし、返って自分が怪しまれてしまう。 彼女を出し抜いて手元に置くには… ふとレミリアはあることを思いつく、同時に赤面する。 「それと…あの…」 しかし頼むのは突拍子のない、流石の吸血鬼も勇気が要る。 先程の凛とした顔つきとは打って変わって、気恥ずかしく口ごもる。 それは幼い少女というに相応しい。 「咲夜も…卿も…、今夜は…私と、わたしと一緒に…いなさい…!」 「え?」 ○○は豆鉄砲をくらって拍子を抜かしたように声が裏返った。 宴会のときでもあったが、このようなお誘いが来るのは稀有な例。 それもプライドの高い彼女から絶対口に出さない内容だった。 思わず咲夜も主と同じように急に沸点に達したかのように頬を赤らめた。 何を言ったのか理解しきれず聞き返す。 「○○はともかく私も、ですか?」 「ええ、なんというか…その……ああもう、いちいち理屈が必要かしら!? い、いい!?絶対私の目から離れないでよ!!」 「フフ…家族団欒ね………畏まり、ました」 これ以上の詮索は無用と判断し、咲夜は了解した。 少し主人の見かけ相応に取り乱す様子を微笑ましく思いながら。 「○○は?」 「あ、えと…はいッ!」 ○○の方はまだ素っ頓狂な顔が抜け切らず裏返った声で返答した。 その慌てた様子を見てレミリアもどこか安心した。 そして微かに独り言を呟いた。 「手元にないのが嫌なのよ…」 図書館――― 次の日、またいつものように吸血鬼と魔女が会していた。 しかし悠長に親友と語らう余裕はなかった。 今は蔵書を見つけ出さなければならない。 しかしこんなときに限って司書の小悪魔がいない。 彼女が不在な今、数人の妖精を手伝わせて本を探していた。 しかし一向に見つからない。 考えられるのは既に持ち出されているということだ。 魔理沙が借りて行ったのはまず考えられない。 幾ら手癖が悪くとも身に余る力があることくらい弁えている。 実際に呪いの餌食になったのだから、件とは無関係だったのだろう。 今の彼女はというとあれからここで一夜休んでからアトリエに送り返されてもういない。 問うのも辛い空気に胸が焼け焦げそうになりながらもパチュリーは重い口を開く。 「ねぇレミィ…昨日○○はどうしてたの…?」 「あぁ、私が部屋に招いたんだ。咲夜も呼んどいたけどね。 それがどうかした?」 「別に、聞いてみただけ…」 「そう」 「……血を吸ったんじゃないでしょうね…」 最後に聞こえない程度にかつ掠め取るように毒づく。 宴会でも垣間見た孤独。 そして孤独へと取り入ろうとする己への背徳。 一度きりの過ちを持ったパチュリーには十分理解していた。 あの夜、彼の恐怖を含んだ虚ろな表情。 荒々しく交情する際に聞いた首を絞められたような悲痛な金きり声。 それで初めて背負っている荷の重さに気づいた。 辛い目に遭わせた事を忘れさせてはおいたが、代償は彼の時折見せる怯えだった。 以来、何度も心の奥底で根付いた恐怖を取り払うために幾度も歩み寄る。 いつの日か○○が自分を許し、心を開いてくれるまで。 魔女が彼に執着を深める理由はここにある。 「…今後の事を聞いておこう、如何にして卿をお守りする?」 「もう考えてあるわ。今は厳戒態勢、非常線を張るわよ。 ○○には話を付けてあるわ」 事件が解決するまでの間だけ再び霧で覆い尽くす。 それは過去に起こした異変のそれと同じく。 ただ異変のときは日中でも往々と闊歩できる環境を欲したという私利私欲のために霧を発生させた。 だが今は違う。 従者の彼を、いやそれだけじゃない。 紅魔館を危機から守るために再び行使しようというのだ。 敢えて誰も近寄れず誰も脱出できない陸の孤島を完成させる。 そうすれば閉じ込められたと知った犯人は動き出すはずだ。 「ほぅ、屋敷の安全はパチェに任せるわ、ならば○○はこちらでお守りしよう」 「えっ…?」 「あいつは“親友”を失って追い詰められているのよ。 私にも痛いほど分かる」 レミリアは彼に対して申し訳がなさそうに俯く。 だがすぐ後に胸を張り、誇らしげに語った。 「だが私がいてやるのだから、あいつが死ぬなんてある筈がないだろう。 この異変が終わるまで○○を離しはしない」 「待って、○○の事だったら私がよく…!」 「そのために策を練るのがパチェの役目だ。 まぁ時刻になったら彼を連れて来る。では頼んだぞ」 レミリアは頼りにされたように笑みを浮かべた。 単に気張ったつもりだったが、パチュリーにはそう捉えようがなかった。 ○○を奪い取らせはしないと見下したような嘲笑に見えた。 そしてフンと鼻であしらうように背を向け、レミリアは図書館を去った。 「痛みを知っているのは、私だけのはずなのに…!」 パチュリーは険しい表情で親友を睨みつける。 握り締める本に爪跡が深く刻み込まれる。 しかし、その瞳には既にかつての小さな嫉みはない。 憎悪と嫉妬の入り乱れた愛する者への執念へと捻じ曲がっていた。 もう包み隠しはしなかった。 紅魔館地下回廊――― 妖精達に事の顛末を伝えた後、解散させる。 その号令を受けて思い思いに館の奥に去っていく彼女らの羽ばたきは慌しかった。 見届けた咲夜は下向きになり眉間を押さえる。 当主に下された命令は一つ。 “アンドヴァリの遺産”が記された禁書を探すこと。 ただ、今の咲夜は手掛かりを掴んでいる。 恐らく持ち出したまま館の中を行き来しているだろう。 その人物と接触すべく隈なく飛び回り今は地下をあたっているところだ。 ふと声を掛けられる。 聞き覚えのある声の方に振り向く。 そして見下ろすと、思ったとおりの姿を認識した。 「妹様」 自身の仕える当主の妹君、フランドール。 見上げるように咲夜の顔を覗き込む彼女は吸血鬼らしからぬ表情をしていた。 だが今は年相応の物怖じした女の子にしか見えない。 姉と全く一緒の赤い目は不安げに、悲しげに咲夜を見上げていた。 「咲夜…、美鈴のことは…大変…お悔やみ、申し上げ、る…わ… でも、○○も可哀そうで…なんて言えばいいか…」 「お気になさらずに、妹様」 不安にさせまいと笑みを張りつけ、彼女の頬を撫でる。 まだ幼く柔和な白い肌がひんやりと指に吸いつく。 指でなぞられていく内に強張った顔が解けてきたフランは震えた声で尋ねる。 姉が予感していたように妹も不安だった。 何の前触れもなく顔も掴めない誰かに理不尽に命を奪われれば、流石の彼女も穏やかじゃなかった。 「ねぇ、小悪魔みなかった?」 そんなおどおどした様子で上目遣いで問う。 ジャストで探し人の名前がでてきたことに咲夜は驚く。 「いえ…私も丁度探してたところです」 「やっぱり咲夜もおかしいと思った?小悪魔のことで何か嫌な予感がして…」 彼女なりに何か感づいていた所があったようだ。 それは吸血鬼をも震撼させる未曾有の異変と改めて認識させられるものだった。 「ねぇだったら一緒に探そう、一人じゃ心細いから…」 「良いですとも、妹様がいてくれるだけで心強いです」 「えへへ…、頼りにしてるわよ」 まさか一緒に協力して探すことになるとは。 地下の間取りをよく把握しているフランならば迷うことはない。 二人は互いの視界から離れない範囲で哨戒する。 今ならば山の白狼の如く虫一匹も見逃さないとばかりに。 何回か直線を突っ切っていき、角や交差点を曲がっていく。 そして一様の闇の奥深くに入っていくにつれ、胸騒ぎが強くなる。 「あれは…、小悪魔!」 先に気がついたのはフランだった。 何回目かの角の影に誰かが横切ろうか覗かせていた。 影の形は間違いなく小悪魔のものだ。 手足よりも先に羽が出るのが早かった。 フランは飛び込むように彼女の前に立ち塞がる。 「待ちなさい!」 「ひぃいいッ!」 小悪魔は慌てたように一冊の厚い本を掲げた。 すると土人形のゴーレムが地中から這い出るように次々と現れた。 あれは○○がよく使ってた化け物だと見知っていた。 しかしどこか動きが固く単純だ。 恐らく彼女でも扱えるのは思考回路が簡単になっているからなのだろう。 だが問題は立ち塞がる障害物ではない、小悪魔の手にある物の方だ。 大事そうに持っている年老い劣化した一冊の本。 咲夜にはあの本こそが探していたアンドヴァリの遺産であると巫女並の勘が騒いだ。 そうと決まればと、獲物を見るように視線を崩さず短剣を突きつける。 怯えた小悪魔は人形を押しつけ奥に逃げていく。 それにつられてフランも歪な翼を広げ飛翔しようと浮き上がる。 二人は小悪魔が鍵を握っていると確信した。 エントランス――― 真上から見た紅魔館敷地の中心、つまりそこは正面玄関の内側だった。 外は鉛のように鈍い灰色の曇り空が天を覆っていた。 極大な魔方陣の光を部屋一面にはりつけ、儀の準備が整った。 身体が弱く喘息で不安なパチュリーに代わるために○○が中心に立つ。 そこは二対の階段が取り囲む正面踊り場、上った先にはレミリアが見守っている。 彼の足元には大きな円の赤い絨毯が敷かれている。 「準備はよろしいでしょうか?」 「えぇ、始めましょう」 事前に確認を取ったとおりだ。 合図と共に薔薇を前に掲げ、目を閉じる。 それを見届けて詠唱を始めるパチュリーにふと胸中に黒い塊が呻く。 それは○○の姿を目に焼きつける度に肥大化していく。 先刻に親友が話したことが反芻される。 このまま愛する者がレミィの手に渡ったままでいいのか。 摘み取った花を誰かに渡すのが惜しくなった。 この場に乗じて彼を結界の中に閉じ込めようか。 しかし己の過ちでまた彼を傷つけたままでいいのか。 はたまたしかし、彼の痛みを知っている自分が癒してやらないでどうする。 それこそが師としての責任ではないのか。 彼女の黒い心にまた背徳や自責で入り混じり、愛憎で噛み締める歯を一層軋ませた。 未だ躊躇いを捨て切れないままページの縁に手を掛けた。 そのときだ。 「な、何だ!?」 溢れた血のようにどす黒い波動が火花とともに中心から広がっていく。 それは正面ゲートで起こった呪殺のように。 予想外の事態に、パチュリーは慌てて別の詠唱を始めて抑えようとする。 それを嘲笑うように○○は中心に供えられるように浮かび上がった。 中に異物が暴れたかのように痛みを感じ、胸を押さえた。 彼の懐から細長い物が零れ落ち、数回跳ねて転がった。 「…うぅ、グっ!胸が…苦し……!?」 苦悶の表情が浮き出てくる。 平静でいられなかったパチュリーはどうにか暴走を止めようとした。 けれど溢れてくる雷鳴が唸り続け、さらに風が増してくる。 「○○!駄目よ止まって、止まれぇ!」 胸倉を押さえるもう一方の手が魔方陣の外へ伸びる。 掴もうとしている先は他でもない。 異変を感じてすぐに駆けつけてきた者が一人。 そこには乱暴に降り立つ両足を床に叩きつけ、息を切らせたレミリア。 焦点の合わない彼女の目にはあの時と同じ死の瞬間が寸分違わず映った。 「あ……あぁ…、○…○……!?」 咄嗟に飛び込もうとしたが弾かれて押し返されてしまう。 伸ばした指先にバチバチと電流が悪戯に血走っていく。 今起こっていることが運命の筋書き通りであることが信じられなかった。 だがレミリアの目は円陣の外にいるパチュリーがこの暴走を引き起こしたのだと捉えた。 現に○○はこちらに悲痛な程に言葉にならない呻きが漏れ、思わず○○に向かって手を伸ばす。 「ひ、ぃあ…あァ……ぇ!?…この…私、が…死、ぅあ……ぃ…シぬ?な、なぜ…」 しかし虚しくも… 「ぃ嫌だ……イヤだぁぁぁァぁあアあああ゛あ゛あアああああ!!!」 掴み取るものなく、○○は涙の粒を遺して掻き消えた。 ただ沈黙が場を支配し、後は荒れた部屋の飾りつけと取り残された吸血鬼と魔女だけ。 茫然自失になり、レミリアは力なくへたり込む。 恐怖する人間がやっとのことで叫ぶ最期の断末魔。 レミリアにとっては何とも無様で、自分が優越であることへの賛美の響きでしかない。 それを耳にする度に吸血鬼としての快楽を覚えていたものだった。 「………いやぁ……あぁ…!」 けれど今は違う。 この地下にまで届きそうな悲鳴が彼女の奥底まで突き刺さる。 先日の美鈴の叫びと同じく、胸元に喰らいつくように。 それは自分に救いを求める大切な家族の悲痛の叫びに聞こえていた。 絶望に叩き込まれた親友の近づいてくる足音にパチュリーの額に汗が一筋流れる。 「家族だっていったのに、守ると誓ったのに…」 ドスの入った声が響く。 辺りの壁や天井が一瞬揺らめき、不吉に風がどこからか向かい合う二人を貫く。 今まで○○のことしか見てなかった、盲目だった。 だがその黒く歪んでいった恋情によって想い人を失ったことに気づいてしまう。 それを失った今、初めて彼以外の他人の感情を目の当たりにした。 己の所業の虚しさと、残された者の絶望。 けれど時既に遅かった。 パチュリーの視界がモノクロになり血の気が引いていく。 「お前が殺ったのか」 「違う!これは…、話を聞いて!」 「目の前であいつを吹き飛ばしておいて今度は話を聞け…?」 レミリアは無表情だった。 泣き叫ぶ、怒鳴りつける、いや今の彼女にどんな反応も似合わない。 悲しみや憎しみが限界を超えると、虚無の心が感情を消し去ってしまう。 何もかもが、絶望すら抜け切ったような顔でただ見つめていた。 親友の虚ろな表情を見てパチュリーは戦慄する。 二つの眼光にどんな物も焼き尽くす青い炎が静かに灯っていた。 「…………ける、な……!」 「………レミィ…?」 その灯火が影に沈んでいく。 肩をわなわなと震わせ、一つの込み上げて来る漆黒の感情で胸が張り裂けそうになる。 ごく僅かだが、空気の流れが止まった。 「ふざけるな貴様ぁああああああああ!!」 そして雷光のように猛り吠える。 外では咆哮に応えるように雷鳴が鳴り響いている。 今のレミリアは怒りにおぞましく歪んだ形相をしている。 その喪失感が抜け切っていない瞳は真っ赤で鋭くて、涙も含んで溢れ出しそうだった。 恐れつつもパチュリーは止むを得ない形でスペルカードを一枚抜き取る。 二人にあったはずの友情が崩れ去り、二人を魅了した花が枯れ、残るのは擦れ違う憎悪と怒り。 運命の輪が音を立てて壊れた。 続く… おまけ 咲夜「と、止まらない(鼻血が)…」 おぜう「二人とも甘えん坊で仕方ないわねぇ(家族なら一度やってみたかったのよね、川の字)」 ○○(真ん中じゃなくてよかった…) パチェ(窓から)「<●> <●>」 後書き 書いててこの○○は河野裕とか野島健児とかのボイスで脳内再生されてしまう… このタイミングで回想とか絶対後付けだろ 少女を可愛く描くなんて無理だorz 黒幕は分かる人には分かるけど気づかないふりしてあげてください
https://w.atwiki.jp/toho_yandere/pages/849.html
春。 阿求が泣いたのは春だった。 綻び始めた桜花に生気を吸われたように阿求の病がいよいよいけなくなった。 枕元に駆け付けた俺に阿求は言った。寂しそうな虚ろな顔で。 ――ごめんなさい。私は石女になりました。ごめんなさい。 もう出産に耐えられる体ではない。既に竹林の医師から聞いていた。 何を謝る事がある。どうしてお前が謝るのだ。 ――ずっと貴方に言いたかった事があったのです。今まで勇気が出なくて言いだせなかった。 ――貴方の妻にして下さい。貴方の生涯を外に帰らずこの幻想郷でどうか私と過ごして下さい。こんな体になる前に言えば良かった。 ――もう全てが間に合わない。こんな陰気で根暗な女に好かれているなどどれほど貴方はお嫌だろう。打ち明ければきっと貴方は呆れ果てて私を嫌う。 ――そう決めて掛かっていたのです。ああ、でも。どんなに望みが無くても言うべきでした。 ――子供も産めない女に先ずもってこれ以上御用は無いでしょう。義理深く見舞いに来て頂いて恐縮ですがもうお帰りになられた方が宜しいでしょう。 ――来てくれて有り難う。こんなに嬉しい事はありませんでした。 そう言って阿求は微笑んだ。涙など欠片も見せなかった。 俺は大層腹が立った。 俺の話も聞かずに何を言う。 実はそう。迷い込んだ当初は帰る事ばかりに気が急いたが、なかなかどうしてこの幻想郷も良いところだ。 何を隠そう、たった今骨を埋める決心がついた。 ついては今まで通りに体と頭を使えば、自分の食い扶持ぐらいは訳無いつもりだがあの傾いた長屋にだけは我慢がならない。 そこでだ阿求。誠に厚かましいとは思うのだが、この稗田の家屋敷、中にいるお前ごとそっくり俺にくれないか。 おい。そうきょとんとした顔をするな。もちろんタダで寄越せという訳じゃない。代わりにお前に俺の姓を消し去ってくれてやる。 今ならおまけで俺の一生も付けよう。つまりはそう。婿入りという事になるが……どうか。 阿求は暫く黙っていた。 ――貴方は。 ――何を、何を仰るのです。あんなに外に帰りたがっていたのに。 もういい。ここの土の臭いが急に好きになった。 ――私、わたしは御役目があります。毎日机に向かう鬱陶しい女です。 舐めるなよ。こう見えても外の人間は学がある。二人でやれば半日で済む。 ――わたしはきっと長くありません……。 飯を食って寝ろ。まだまだこれからだ。 ――…………こんな、信じられません。こんな幸せ……罰が、当りそうで……。 当てさせやしない。 ――い、いいのですか。だってわたし、もう普通の、体では またそれか。あー阿求よ。 ――は、はい。 俺の方こそこんな目付きだし口は悪いが構わないか。 そう言ったと思った瞬間布団の中で今にも消えてしまいそうだった阿求が起き上がって飛びついて来た。 病人とは思えない程しっかりと腕を絡めて俺に抱きついた。そうして親を見つけた迷子のように大声でわんわん泣いた。 開け放しの縁側からゆるゆると日が差した。緩やかに吹きこんだ風に乗って阿求の髪に桜花が舞い落ちた。 泣きじゃくる阿求の頬は桜よりもずっと赤みがある。花散るにはずっと早いがきっと阿求に命を返してくれたのだ。 花見に行こうか阿求。早く良くなれよ。 阿求は叫ぶように答えた。 ――行きます。何処へでも付いていきますから。もう絶対に離しませんから。 そう言っていつまでもいつまでも、赤子のように 泣いた。 夏。 阿求が笑ったのは夏だった。 白無垢を彩るように蛍の群れる夏の夜、阿求は俺の妻となった。 博霊の神前にて不敬にも畏まらず俺は阿求の一挙一動を見詰めていた。 白磁の指が白い杯に添えられるのを。花弁のような口唇が神酒を含むのを。 婚儀には数多の人妖が参列していた。神事の際には俺と阿求の背に無数の寿ぎが寄せられた。 だがその中に。 ――石女と余所者の外来人か。 花の中に埋もれた毒針のような呪詛が確かに聞こえた。びくりと阿求の背が震えた。間に合わないと知ってはいてもその耳を塞いでやりたくなった。 毒は確かに阿求の耳に注がれたろう。表情を変えなくても少しだけ俯いたのが良く分かった。 阿求。俺を見ろ。 言いながら阿求の手を握った。 もう決して一人で耐えるな。苦しければ俺を頼れ。俺はお前の夫だ。 辛い時は必ず側にいる。 ――……はい。あなた。 阿求は陶然としたように返事をした。朗々と続く巫女の祝詞など気にも留めずそのままずっと濡れた瞳で俺を見る。 まさかあの量のお神酒でもう酔ったのか。 ――ええ……。早く私たちの家に連れて帰って下さい。二人きりで……その……か、介抱してくれますか。 そこまで酒に弱いとは知らなかった。 ――えーごほん。 巫女のわざとらしい咳払いで我に返った。 婚礼から一月経った。 一向に風は涼やかならず陽光が地に落とす影はその黒さを増すばかりだ。 だが里の賑わいは暑さとともにいや増した。 春の花見の約束は結局阿求が本復せず流れていた。余り阿求が口惜しがるので夏祭りに行くことにした。 縁日の喧騒の中、隣にぴたりと張り付く阿求が頻りに近況を聞くので俺は新婚生活の愚痴を漏らした。 やれやれ旧家の入り婿とは面倒なものだな。 ――……どうしたのですか。 覚える事が山ほど有る。慣れぬ仕事に礼儀作法に金繰りに……。楽しんでやれるのはお前の仕事の手伝いぐらいだ。 ――……矢張りお辛いですか……。 うん。しくじった。しまったな。こんな事ならあの時……。 ――あの時、……なんですか……。 婿入りではなくお前を攫って逃げれば良かった。 そう言った途端阿求は地面にしゃがみ込んで長い息を吐いた。胸を強く抑えている。 どうした阿求。気分が悪くなったか。 ――いえ、違います。安心して……。良かった。私と一緒にならなければ良かったと言われるのかと。 驚かせるな。いずれにせよ顔色が良くないな。暑気に中てられたか。どれ、ここにいろ。かき氷でも買ってこよう。 ――……、ま、待ってください、あなた。私も一緒に。 駄目だ休んでいろ。すぐ戻る。 少し離れた所で氷精が露店を出していた。 宇治金時と、そうだな、いちご味を。あれであいつは子供だからな。 その時。背後でわっと人が叫んだ。 ――人が倒れたぞ。 ――あれは稗田のお嬢さんじゃないか。 俺は受け取ったばかりのかき氷を放り出して駆け出した。人波を掻き分けた先で阿求が地面に倒れている。 阿求ッ。発作かッ。 阿求の病は近頃は小康の状態にあったが少しの弾みでぶり返す事がある。夢中で阿求を抱き起し背中に負う。 すぐに連れて帰る。気をしっかり持てッ。 ――ごめんなさい。でも、ふふ。 喋るな阿求。舌を噛む。 ――本当でしたね……。あなたは、わたしが辛い、時は。いつでも、そばにいてくれるって……。 そう言って必死に駆ける俺の背で揺られながら力無く 笑った。 秋。 阿求が眠ったのは秋だった。 紅葉はすっかり山を朱に染めてしまったろうが俺も阿求も風流に心を割く暇が無い。 阿求の診察を終えた竹林の八意医師に二人差し向った座敷で茶を出した。 夏祭りの日に倒れてから阿求の容体は一進一退を繰り返し一向に回復の兆しが見えない。 不作法者の粗茶で申し訳ないが。 ――頂きますわ。 八意医師は表情を変えずに俺が淹れた茶を啜った。 内密の話故に稗田家の使用人は遠ざけており阿求本人は臥せっている。さぞ渋かろうが俺の他に茶を出せるものがいない。 ――余り良くないわ。 茶の話か。 八意医師は首を振った。 ――阿求さんの、奥様の病状は勿論予断を許さないけれど。それよりも心がすっかり弱り切ってしまっている。あれでは助かる者も助からないわ。 ――体の方が多少持ち直しても心の方がそれに付いて行かないのよ。 ――精神が非常に不安定だったりしない?異常に一人になるのを怖がったりしていない?夜眠れない事は? ある。全てに心当たりがある。 ――普通なら家族の手厚い看護が必要だけれど貴方は十分過ぎるほど看護しているようね。随分顔色が良くないわ。根を詰め過ぎね。 それもその通りだ。 あの日以来寝付いた阿求を使用人に任せて稗田家の仕事や雑事を済まそうと遠出して遅くなったりすると決まって阿求の容体は急変した。 痛苦に身を捩りながら俺の名を呼んで熱にうなされる。そして俺が家に駆け戻って手を握ってやると阿求は心底ほっとしたように息を吐いて熱が鎮まる。 この間などは里の会議に稗田家の名代として出席している最中に縁側から落ちた。 病で朦朧とした夢現の判然としない意識の中で俺を探しまわり布団から這いずり出て縁側から庭に落ち気を失っていた。 ――ちょっと目を離した隙に。 そう言って言い訳した女中をその場で怒鳴りつけた。幸いその時は大事に至らなかったが季節が冬なら阿求はあのまま……。 ゾッと背筋が寒くなった。 それ以来、俺は余程の重大な用でなければ外出しない。だが本当に四六時中側にいる事は不可能だ。 俺から事の次第を聞いた八意医師は暫く無言で考え込んでいたが ――精神を落ち着ける薬も一緒に出しておくわ。それで少し様子を見ましょう。でも良く聞いて。阿求さんの病を完全に治す方法は無いわ。 人間に業病を克服することは出来ないの。長く上手く付き合っていくしかないのよ。 人間には不可能、か。 儚いものだな。 俺の呟きは聞こえなかったようで八意医師は立ち上がった。玄関まで見送ろうとした俺に不意に八意医師が声を掛けた。 ――ああ。それから……。阿求さんは私が渡した以外の薬を何か飲んでいるかしら? 妙な事を聞く。 いや、先生に貰ったものだけだが。 八意医師は固い表情で――そう、とだけ返事をした。 玄関先で医師に診察の謝意を述べて送り出した矢先である。 かたん。 背後で襖が鳴った。 振り返ると阿求が壁にもたれ掛かるようにして立っている。 ――あ、あなた。おでかけ、ですか。 はぁ、はぁと息をして今にも泣きだしそうな不安げで弱弱しい顔を俺に向けた。 歩み寄って細い肩を抱き寄せた。 いいや。何処にも行かない。それより部屋に戻ろう。寝ていないと駄目だ。 ――ごめん、なさい。 そう言った阿求の体からガクリと力が抜ける。 細い体を抱きとめた。 秋の陽は釣瓶の如く早く落ちた。 ささやかな夕餉が始まった。その日は秋神の姉妹が送ってくれた山の幸が膳に並んだ。 宝石のように鮮やかな食膳からほんの一口分を箸で掬い取ってゆっくりと阿求の口元に運ぶ。 布団の上に座った阿求を後ろから抱え込むようにして俺も座る。 そして布団の傍らに置いた食膳から俺が箸で選んだ物を阿求の口に運ぶ。ちょうど二人羽織のように。 阿求は背後の俺に軽い体重を預けて雛鳥のように食事を採る。 ――食欲が出なくて……。 そう言って当初はほとんど食事に手を付けず、やつれていくばかりだった阿求もこうすれば何とか食べてくれる。 阿求が何を欲しがっているかは逐一言わずとも視線だけで分かるようになった。 そうして静かな夕餉が進む。 次は風呂だ。 湯殿の前で阿求の帯に手を掛けた。するすると抵抗無く阿求の肌が露わになる。 また痩せたな阿求。 そう言うと阿求の青白い肌にじんわりと赤みが差した。 あばらの浮いた細い体を抱いて一緒に湯船に浸かる。 ――ん……っ……。 熱い湯の中で阿求は幽かに身じろぎした。そうして俺の肩に掛けた細い手を首に回してしな垂れ掛かった。 するりと阿求の肌と俺の肌が擦れた。 摩擦の無い滑らかな雪のような肌が。 ――あ、あなた……。 肌を密着させたままで阿求は懇願するようなどこか悲しそうな熱い目で俺を見た。幾分息が荒い。その細く幼い首がごくりと動いたのが見えた。 何を言いたいのかは分かっている。俺も熱くならぬ訳がない。何度この愛しい小さな体を滅茶苦茶にしようと思ったか。 しかし抱けば折れるというのは阿求の場合比喩では無い。 体の芯の熱を慰めてやるのにも時期を見計らう必要がある。夫婦となってからも重なりあったのは片手で数えられる。阿求の体はそれほどの注意が必要だった。 婚儀の初夜、破瓜に耐えた時など阿求は四日も寝込んだのだ。 離れろ、阿求。背中を流してやる。 ――……はい……。 残念そうに言って阿求はゆっくり俺から離れた。真っ赤な顔をして叱られた子供のように項垂れていた。 真珠を磨くような心持で真っ白な背に布を当てた。 風呂から出て阿求を注意深く布団の上に寝かせた。湯冷めしない程度の時間を置いてその額に手を置く。 就寝前に熱が出ていないかを確認しなければならない。 額に手を置くと阿求は気持ち良さそうに目を細めた。 ――あなた。御免なさい。今夜もお願い出来ますか。 ああ。少し端に寄れ。 布団は二つ並べて敷かれていたがあまり両方を使う事は無い。 俺は阿求の隣に横になった。 すぐに阿求は俺の背に手を回して胸に顔を埋めてきた。そして恐怖に耐えるようにじっとしている。 俺はゆっくり同じ間隔で阿求の背を撫でる。こうしていないと眠れないほど怖いのだそうだ。 阿求の発作は夜間、眠る前に最も多い。一度苦しみ始めればけんけんと苦しそうに小さな背を震わせて血の混じった咳をする。 酷ければ明け方近くまで咳は続き、自分の咳に疲れきって気を失うように眠るのだ。その恐怖が和らぐからと俺にいつも添い寝を頼んだ。 ――ごめんなさい。まるで赤子ですね。背中を擦ってもらわないと眠れないなんて……。 お前はそんな事を気にせずとも良いのだ。 ――その上、その上、ここまでして貰って私はまだ不安で。こんな面倒な女、とっくに愛想を尽かされているのではと。こんな面倒な女で……。ごめんなさい。 謝るな。謝らないでくれ。眠れるまでここにいてやる。いつまでも擦ってやる。 そう囁くとようやく阿求の体から力が抜けた。俺は何度も何度もその背を撫でた。 やがて俺の手が背中を撫でるのに合わせるように阿求は静かな呼吸を初めた。 緩やかな寝息を立てて、しかし俺の背に絡めた腕はそのままで、ようやく 眠った。 冬。 阿求が願ったのは冬だった。 白銀の雪が月光を照り返し輝いて夜道に灯が不要な程明るい晩だ。 ――結論を言えば人間が妖怪になる事は可能ですわ。 招かれねば訪れられぬ屋敷の一室で八雲紫は話を締め括った。 ――吸血鬼が仲間を増やす際互いの血液を吸い合う様を想像なさい。 ――人の場合も大差有りません。手っ取り早いのは妖怪の血肉を取り込む事ですわ。 ふぅん。そうか。お前にしては分かりやすかったぞ。邪魔したな。 そう言って俺は席を立った。 自分でも幻想郷の賢者に対して不遜が過ぎた態度だとは分かるが、俺はこの女の気紛れで幻想郷に迷い込まされたのだ。 つい辛辣になる。 ――まあ御待ちなさい。何を考えているかは察しが付くけれど碌な事にはならないわよ。 昨夜。 ――え? 昨夜も阿求は血を吐いた。もう時間が無いのだ。 ――九代目を失うのが心苦しいのは私としても同じですわ。でもその方法は考え直しなさい。 今日お前に話を聞きに来たのは裏付けと確認のためだ。もう既に準備はしてある。すぐにでも決行する。 ――ですが……。 悪いが余り遅くなるとあいつが度を越して心配するので失礼する。 別に嘘ではない。俺が家にいないと分かれば何故かそれだけで阿求の病状は悪化するのだ。 この訪問を阿求の眠っている深夜に行わなければならなかったのも俺の外出を悟られぬため。 部屋を出て行こうとした俺の背に紫が声を掛けた。 ――ねえ、こんな話を知っているかしら。 思わず足が止まった。 ――ある地方の女は昔。気付かれぬよう夫の朝食に少しずつ毒を盛って夕食には解毒剤を混ぜたそうですわ。 ――それで夫が他所の女の所に外泊するとその晩苦しみに耐え切れず戻って来る。どこかで聞いた話に似ているとは思わないかしら。 紫。今度はいつも通りのお前の話に戻ったぞ。回りくどくて何が言いたいのか分からん。 じゃあな。 まだ何かを言おうとした紫を振り切って屋敷を出た。 ――お帰りなさい。 しくじった。 ――こんな遅くにどちらへ……? 肌を刺すように冷え切った薄暗い部屋の中、薄い夜着一枚だけで阿求が座っていた。 阿求の正座は病身とは思えぬほど凛と背筋の伸びた座相であるが顔だけは俯いていて良く見えない。 半端に誤魔化しても聡明な阿求には通じまい。 なに、あの隙間妖怪に相談があってな。 ――こんな夜更けにですか。 急ぎの用事だったのだ。 ――どんな用事だったのですか。 秘密だ。 ふるふると阿求の肩が震えた。 ――あ、あなたは。 なんだ。 ――私よりも紫様のほうがお好きなのですか。 いいや、お前が好きだ。お前がいい。 ――八意先生とも随分長くお話をされますね。 話すとも。お前の事をな。 ――う、嘘……。 ぜひゅ。 咳音が阿求の言葉に混じった。かと思うとそのままガクリと畳に手を付いた。 ぜーぜーと荒い息をする阿求を抱き起した。俺の腕の中でケンケンと咳を繰り返す阿求をそのまま抱き上げて布団まで運んでやった。 興奮しすぎだ。落ち着け阿求。 怒っているのかと思って顔を見ると阿求の目からポロポロと涙が零れていた。 ――あ、あなた。 ――捨てないで。捨てないでください。 当たり前だ。 ――嘘です。 何故そう思う。 ――だって、だって私はあの人たちと違う。何の力も無いし、すぐ死ぬんです。子供も……子供すらもあなたに残せません。 ぎゅうっと阿求が俺の腕を抱きしめた。 ――あなたが側にいてくれるのは、私が病だから。だから哀れんで側にいてくれるんでしょう。 ――それでも、いい。それでもいいんです。同情でも構いません。だから。どうか私が生きている間だけは。 ――お願い。側にいて……。 阿求、お前は何の心配もしなくていい。安心して休め。 俺はいつも通りに阿求の背を撫でた。はっはっと犬のように忙しなかった阿求の息が徐々に長く深くなっていく。 やがてその呼吸が長い時間を掛けて一定の間隔で繰り返される安定したものになった。 眠ったか。 それを確認すると俺は静かに阿求の布団から抜けだした。 ――……。 阿求の声を幽かに感じた。 寝言か。 ――な……た。 ――あなた、ずっと……いっしょに。 そうして立ち去る俺の背に向けて寝顔に涙を滲ませながら 願った。 そうとも阿求。お前は何の心配もしなくていい。 お前の願いは必ず叶えられる。お前の病はすぐに治る。 お前は死なない。俺とずっと一緒にいるのだ。 俺たちが離れ離れになるのは今夜が最後だ。 刀、槍、斧、鉈、弓、銃。 そして博霊、守矢、命連字の護符。 狩りに必要な金で揃うものは全て揃えた。 足りないのは人手だけだ。この狩りで狙う獲物を恐れる臆病者どもの手などは必要ないが。 格の低い奴でもいい。肉が手に入るものならば。この刻限に人里の外をうろつけばウヨウヨと寄って来るだろう。 季節は冬。月光冴え渡り灯明無くして夜行し得る明月の夜。 狙う獲物を妖怪変化という。 今夜。 阿求は今夜癒えるだろう。 次の年も。 この一年と同じように。 春の温もりに泣き、夏の喧騒に笑い、秋に安んじて眠り、冬に幸せを祈れ。 次の年も。その次の年も。その次の次の年も。次の次の次の年も。 阿求。お前は死なない。望み通り俺とずっと一緒にいるのだ。 野の中で、凍りついて雪を纏い銀の針となった名も知らぬ草が一歩進む度にパキパキと音を立てて砕けた。 未だ月は陰らぬが夜明けの前は最も暗く仰げば闇の中に人里の明りがぼんやりと浮かんで見えた。 ああ生きて帰って来たのだ。 死ぬ気になればやれるものだな。 背中の麻袋の中に狩りの成果の重みを感じつつ家路を急いだ。 他に荷は無い。 護符も武器も粗方獲物に突き刺してきてしまった。 せっかく獲れた獲物も重さに辟易して持ち帰ったのはほんの一部だ。残りは夜が明けてから取りに戻れば良いだろう。 今はそんな事よりも阿求に会いたい。その寝顔の頬を撫でてやりたい。 ぽたぽたと俺の歩いた雪の上に血が落ちた。麻袋から染み出た物と俺の体から流れ出た物が混じったものが。 「お帰りなさい」 真っ暗な部屋の中に阿求が一人立っていた。 眠っていなかったのか。そう思って歩み寄ろうとした俺を阿求が制した。 「ねえあなた。あなたは私を愛していますか。陰気で子供も産めず明日の命も知れない女を」 阿求の顔は穏やかだった。たおやかな微笑すら浮かべている。 俺はこれ程迷いの無い阿求の微笑を初めて見た。 何か。尋常でない阿求の様子を察して俺は注意深く答えた。 「勿論愛している。だから布団に戻れ。この寒さは体に毒だ」 「心配してくれるんですね」 「当たり前だ」 くっくっ。 阿求は口元を覆って子供のように無邪気に笑った。 「でも、どこへ行っていたかは言えないのでしょう?」 俺は言葉に詰まった。まさかここの所、お前を妖怪にして生き長らえさせるためにあちこちを回って支度していたのだ。とは言えまい。肉は分からないように食事に少しずつ混ぜる心算であった。 黙りこむ俺を見る阿求の目に憂いが混じる。 「あなたがお出かけになる時ばかり都合良く、いえ都合悪く私が発作を起こすのを奇妙に思った事はありませんか」 ごとり。阿求の手から何かが音を立てて転がり落ちた。畳を転がって俺の足元までやって来たのは黒い粉薬の入った薬瓶であった。永遠亭で処方された丸薬ではない。 ――ある地方の女は昔。気付かれぬよう夫の朝食に少しずつ毒を盛って夕食には解毒剤を混ぜたそうですわ。 耳元に紫の警句が蘇った。 ――それで夫が他所の女の所に外泊するとその晩苦しみに耐え切れず戻って来る。どこかで聞いた話に似ているとは思わないかしら。 「そのお薬は私が調合しました。稗田家にはそういう資料も多く残っていますから」 ――ああ。それから……。阿求さんは私が渡した以外の薬を何か飲んでいるかしら? 八意医師の質問の意味が今はっきりと理解出来た。 「何故だ……」 信じ難い程に低い声が出た。こんな声を阿求に向けた事は無い。これは敵に向ける声だ。 「だって……」 にいぃ。白々と障子を透かす月光を背に阿求は怪しく嗤った。 俺はこれ程妖艶な阿求の笑みを初めて見た。 「だって私が苦しんでいると聞けば優しいあなたは必ず私のところに戻って来てくれるでしょう。どんな女性と一緒にいても」 ――もう決して一人で耐えるな。苦しければ俺を頼れ。俺はお前の夫だ。辛い時は必ず側にいる。 ――……はい。あなた。 夏の日の誓いは強く阿求の中に脈打っていた。 「私が自分で毒を飲んでいるとは知らず、私が苦しんでいると聞けば放っておけずに帰って来てくれる。あなたは本当に素敵な殿方です」 見知らぬ妻の笑顔を前にようやく俺は阿求の意図を読み取った。 幻想郷の女たちは力でこの地に男を縛ると言う。 だが阿求は。恐らくはこの幻想郷で阿求だけが、弱さで俺を縛ったのだ。 「あなたの妻で良かった。あなたが家まで駆け戻って私の手を握ってくれる度に本当に私は嬉しかった」 阿求は頬を染めて熱い息を吐き胸に手を置いた。俺が家に戻った時に見せる安堵した阿求の表情。 「私の狂言で大変なご迷惑をお掛けしました。でも私の病をあなたが哀れんでくれなければあなたがもう帰ってこないような気がして止める事が出来ませんでした」 そう言ってまた阿求は微笑んだ。俺はこの微笑みを知っていた。何かを耐えている時の阿求の顔だ。何か恐ろしい事を一人で背負う時の顔なのだ。 ――子供も産めない女に先ずもってこれ以上御用は無いでしょう。義理深く見舞いに来て頂いて恐縮ですがもうお帰りになられた方が宜しいでしょう。 ――来てくれて有り難う。こんなに嬉しい事はありませんでした。 あの春の日のように。涙など欠片も見せずに恐怖を押し隠している。 「今までずっと考えていました……。あなたにずっと側にいて貰える方法を。この薬は少量なら発作だけで済みますが大量に飲めば体中を侵されます」 すっと阿求の手が夜着に差し込まれた。抜き出されたその手には一服の薬包紙が握られていた。薬瓶の中身と同じものだろう。 「あなたが私の病を哀れんで側にいてくれるのなら。治らなくしてしまえばいい。ずっとあなたの助けが無ければ生きていけないようになればいい。そう気付きました」 そして一息に阿求は薬を呷った。 「阿求ッ!」 床を蹴って俺が阿求の手を叩く前に毒は阿求の口に注がれた。 倒れる阿求を抱き止めるしか出来なかった。 「もう、話せなく、なる……でしょうから、いま。つたえます」 阿求の目から涙のように血が流れた。 「ずっと、お慕いして、います……あなた」 そう言って俺の腕の中で阿求は 消えた。 阿求の頬に滴った血の滴を拭いながら俺は阿求の口元に耳を寄せ、微かに息が有る事を確認した。 まだ間に合う。 僅かに阿求の口を開けさせると麻袋の中から一片の肉片を千切り取りそれを阿求の口元に持って行った。 そうとも阿求。お前は何の心配もしなくていい。 お前の願いは必ず叶えられる。お前の病はすぐに治る。 お前は死なない。俺とずっと一緒にいるのだ。 あーん。あーん。 赤子のような泣き声が人気の無くなった屋敷に響いた。 おや、側にいないのがばれてしまったか。 廃屋同然になった屋敷の中を歩いて奥まった座敷に入ると、阿求はすっかり怯えた泣き顔で布団の上に丸くなっていた。 「泣かないでくれ阿求。夕餉の支度をしていただけだ」 泣きじゃくっていた阿求だったが俺を認めると倒れ込むように飛びついて来た。そうして俺の腕の中に収まるとあーうーと蕩け切った安心した声で指をしゃぶっている。 その瞳にかつての理知の光は無い。ただ喜びの感情だけがある。 「さあ食事にしようか阿求。今日も新鮮な肉が手に入った」 俺がそう言うと阿求は伸び始めた牙を覗かせてにっこりと笑った。 あの日、薬を服して昏倒している阿求に妖怪の血肉を飲ませて一命を取り留めた。しかし薬に侵された阿求の頭や精神は元に戻る事は無く生来の病が癒える事も無かった。それでも一時に比べれば随分調子が良い。死んだように眠るばかりだった阿求がこんなに元気になっている。この所は発作も無い。やはりこの食事のせいだろう。 美味しそうに肉を頬張る阿求を見ながら俺も同じ肉を口に運んだ。俺もずっと阿求と同じ食事をしている。最近は闇夜でも目が見えるようになり力も異常なほど強くなっている。着実に体が妖怪のものに作り変えられているのだろう。無論、少しでも強い獲物を狩るため、永く阿求と共にあるためだ。 食事を終えて汚れた阿求の口元を拭ってやりながら阿求に語りかけた。 「お前を元のように戻してやるのにあとどれぐらいの妖怪が必要なのだろうな」 その問い掛けには答えず阿求はくすぐったそうにきゃっきゃっと笑い俺の手に頬ずりしている。 それが済むと俺は阿求を抱え上げた。 「さて、そろそろ住処を変えるか。こうしていれば隙間妖怪か巫女辺りが訪ねて来そうだからな」 慣れたもので阿求はすぐに俺の首に手を回してぎゅっと抱き付いた。 今度こそはお互いに離す気が微塵もない。 そうして二人で連れ添いながら夜の闇の中へと歩いて行った。 『妖怪を喰らうもの――夜更けに一人で出歩いていると夜道にも関わらず明りも無いまま、しっかりとした足取りで歩いて来る人間の夫婦者と行き遭う事がある。信じ難い事にこの人間達は妖怪を喰らうのだと言われている。 不思議に思って声を掛けるのが人間であれば何事も無く通り過ぎる。が、出遭った者が妖怪であった場合、首を掻き切られて喰われてしまうという。既に相当数の被害が出ている可能性があるが被害者のほとんどが死亡しているために 詳しい被害状況が掴めていない。特に妖力の弱い妖怪にとっては非常に危険である。妖怪の賢者や博霊の巫女が調査中であるが狡猾なために足取りは掴めていない。夜道を行くのが本道である妖怪に不安を与えている』 文々。新聞 ○月×日より抜粋 終
https://w.atwiki.jp/toho_yandere/pages/2181.html
◆Dreamy Sweet Night ――自分が死ぬ夢を見た。 「うわぁああああああああああ!!!」 何度も。 「はぁ…はぁ…はぁ……」 何の前触れもなく、突然のことだった。このところ数週間立て続けにそんな夢を見る。 妙に生々しくて起きた直後は現実と夢の区別がつかないほどだ。 夢の中では‘夢’だと気付けない。故に毎日のように飛び起きる。 そんな事が続いたある日、夢の中で一人の女性に会った。 夜空みたいに深く青い髪。サンタクロースのように真っ赤なナイトキャップ 白と黒の服に、これまた白と黒の玉がついている。 そしてその手には本とうねうね動く奇妙なピンクの物体 『こんばんは、○○さん』 「あなたは誰?ここは?どうして私の名前を知っているのですか?」 彼女は私を知っているようだった。でも私の知り合いにこんな奇妙な格好をした者はいない。するとこれは妖怪の類なのだろうか。 『ああ、随分とせっかちなのですね。夢の中だというのに』 「夢…ですか?」 『そうですとも。ここは夢の中ですよ。…今日は怖い夢、見なかったみたいですね』 「ええ、そうみたいで……えっ…?」 なぜ知っているのだろうか、初対面なのに…誰にも話していないのに… 『フフフ…困惑していらっしゃるみたいで』 『私はドレミー・スイート。夢の番人、とでも言いましょうかね…あぁどうなんでしょう…フフ』 夢の番人…成程、それならば私が今までみた夢の事を知っていてもおかしくはない。 それならば 「それなら私が怖い夢を見ないように何かしてくださいよ」 当然、こうも言いたくなるわけで。懇願するような視線を彼女に送ってみる。 『そうしてあげたいところは山々なのですが、そういうわけにもいきません』 「どうしてですか?」 『色々あるのです。あなたには説明できない事情が、ね』 つれない回答だった。まぁ、夢の管理者を名乗るくらいなのだから 彼女の立場も噂に聞く‘天狗の縦社会’というものに近いのかも。 そうであれば上司の無茶を必死できいている可能性だってある。 もしそうなら無理を言うのもはばかられる。 そんなつもりはなかったかどうやら露骨に表情に出てしまったらしい。 落胆する私に彼女は…ドレミーさんはどうしていいものかとオロオロしていた。 そんな姿をちょっとおかしく思ってしまう。 夢で笑ったのなんていつ以来だろうか 『あの…○○さん?大丈夫ですか?』 「あっ…いえ、すみません。‘まともな夢’を見たのは久々なのでつい…」 『…フフ、そうでしたか。楽しんで頂けたのなら幸いです』 『ですが、時間です』 彼女がぱちんと指を鳴らすと、ゆっくり視界がゆがみ始める。これは一体… 『明けない夜はありません、少なくとも今は。ですから今回はこのままお別れです』 なるほど、要は朝が来た…ということだったのか 『ではまた…ンフフ…次もよい夢を』 ――――― 「……あ…ぁ…?」 目が覚めると小鳥のさえずりが聞こえてくる。なんてすがすがしい目覚めなんだろう。 「――?!」 悪夢から解放された? ここに来て初めての好転だ。何かいつもの悪夢とは違った夢を見ていたような気がするけれど…思い出せない。いや、もう夢の話なんてどうでもいい。 すばらしい目覚めに感謝、そして一日の始まりに胸を高鳴らせる。 願わくば明日もこんな目覚めを。 ―――― ―― 「あああああああああああああ!」 現実は非常である。次の夜からはまた悪夢の連続が始まった。 しかも内容も段々と恐怖の度合いがつよくなってゆく。 頻度も増える。夜でも、昼寝でも、たった数分の転寝でさえも。 そんなことが今まで以上に続けば、やがて眠ることが恐ろしくなり、徐々に睡眠に費やす時間が減っていくのは想像に難くないだろう。 だが人間は眠らなければ生きてはゆけない。 私はだんだんと疲弊してゆき、ついには屍人とそう大差ないほどやつれてしまった。 万策尽き果て、里で定期的に見かける薬売りに相談してみたところ‘胡蝶夢丸’というものを貰えた。 なんでも好きな夢を見る事ができるらしい。 きっとこれで悪夢から逃れられる。 藁にも縋るような思いで飲んでみたところ、早速変化が訪れた。 森の中を散歩している夢。枝葉の間からは暖かい木漏れ日が降り注ぎ、時折小鳥のさえずりが聞こえてくる。ああ、なんてここちよいのだろう。 恐怖などとは無縁の空間。 動物たちがこちらをみている。手を振るとなんと向こうも手を振り返してくれるではないか!これはすごい!たのしい!かわいい! 少し進むと新緑の木々の中で白と黒の小鳥たちがさえずっていた。 [ぺぽぺぽ ぺぽぺぽ] [ぺぽぺぽ ぽぺぺぽ] 奇妙だが不思議と安心する鳴き声だ。 鳥たちに導かれるように走り出す。気持ちいい。 ふと見渡すと、木々の間からはたくさんの花々やたくさんの顔のない何かが一斉にわたしを見てみてみてみみみみみああああああああああああ 恐怖と嫌悪感が綯交ぜになり、胃が裏返りそうになる。 それまでの安らぎなどまるで無かったかのように 泣き叫びながら必死に逃げ惑う私を顔の無い顔がたくさん追いかけて来る いやだ!いやだ!助けて!助けて!たす―― 『はい』 どこかで聞いたような安らかな声が聞こえた ような気がした。 気が付くと私は木陰で横たわっていた。…いや、膝枕をされ、頭を撫でられている。 『随分と魘されていましたね』 「あ…ぁ…」 聞き覚えのある声、この不思議な装飾の服… 『安心してください。こわいゆめは私が処理しました。あなたは槐安は守られたのです』 彼女はたしか、夢の番人を名乗って…。そうだ、彼女は…彼女の名前は―― 「ドレミーさん…」 『――っ』 一瞬、彼女の手が止まった。とても驚いたような顔をしていた。 『……覚えて頂けていたのですね。うれしい限りです』 一瞬、驚いたような顔をしていたが、すぐに笑顔に変わった。 ねっとりとして、視線を固定されるような、それでいて慈愛に満ちたような…そんな笑み。 そんな表情に見とれている最中、彼女は唐突に話を切り出した。 『そう言えば、○○さん。あなたは今催眠療法のようなものを受けていたりしませんか?』 「いえ…そんなことはありませんが…」 『そうですか…ふむ…』 ドレミーさんは空いた片手を口元に当て、なにやら考え事は始めてしまった。 頭を撫でている手も止ってしまう。 「あの…なにか…」 『…あっ、いえ。実はあなたがさっきまで見ていた悪夢についてです』 さっきまでの悪夢…その反芻してみる。が、内容が思い出せない。 だがとてつもない数の恐怖と不快感に追いかけられたような―― 『ああ、思い出さなくて結構です。大部分は処理しましたが、残滓を無理に思い出そうとすると記憶に定着してしまいますよ?』 『そうなれば今度は現世でも‘見えて’しまいます』 それは困るので、おとなしくドレミーさんに撫でられる感覚に集中する 『で、その悪夢なのですが、強制的に誘導されたような夢だったんです。特に、楽しいと感じる方向へ…ええ。なにか心当たりは?』 「それは…」 具体的な内容は霞がかかっていて思い出せない。だが楽しい…といえばおそらく胡蝶夢丸のことだろう。私はその胡蝶夢丸について、薬売りから聞いたことを全て伝えた。 『…なるほど、それのせいか…』 『わかりました。では○○さん、その丸薬を飲むのはこれっきりにしてください』 「そんな…!そうしたらまた悪夢が!」 胡蝶夢丸は一縷の望みだ。 胡蝶夢丸を飲んでなお悪夢を見たのは間違いないはず。悪夢を処理された今でも悪夢の不快感は残っていることが証拠だ。しかし、その感覚は今までの悪夢の残滓と比べれば格段に小さいのだ。 8割分の効果はあると言ってもいい。 「もうあの恐怖はいやなんです…怖い…いやだ…あの薬だけが頼りなんです…」 気がつくとわたしはわんわん泣いていた。ぼろぼろになった心をむき出しにして。 『大丈夫ですよ、○○さん。わたしがいますから。』 『こわいものは、ぜんぶ私が除いてあげますから』 『だから、お薬なんてやめてしまいましょう』 『大丈夫、ずうっとわたしが見守ってあげますから、ね?』 彼女の言葉がすうっと沁みこんでくるのがわかる ドレミーさんは私が泣き止むまで嫌な顔一つせず抱きしめていてくれた。 慈愛に溢れた安らかな微笑みを浮かべながら、ずっと。 ―――― ―― 『もう、大丈夫ですか?』 「…はい…ごめんなさい…」 大分取り乱してしまったようだ。ドレミーさんの服に皺が寄ってしまっている。 『…もう、起きる時間ですよ?』 「……」 『怖いのですか?』 「…はい」 起きればまた寝る時がきてしまう、そうなればまた…。 だったらずっとこのまま、どれみーさんといっしょにいたい 『もし怖い夢に入ってしまったら私の名前を呼んでください。』 『たとえ白昼夢であったとしても、私が駆け付けます』 「でも…覚えていられるか…」 『大丈夫ですよ。あなたは私の名前を覚えていた。間違いなくできます』 どれみーさんがここまで言ってくれている。 『さぁ、ゆきなさい』 「…はい!」 私は自らを奮い立たせるように強く返事をした。 それからは悪夢に遭遇する度、彼女の名を呼んだ。 そうすれば、彼女は応えてくれた。 あるときは頭を撫で、あるときはぎゅっとしてくれた。 毎日、毎日。 彼女こそが私の希望であり、心の支えだった。 初めは悪夢から逃れたい一心だったが、いつしか彼女が目的となり 寝る事がどうしようもなく楽しみになって。 やがて悪夢など消え去り そうして数か月が過ぎていった。 『また会いましたね。○○さん』 「またきました、ドレミーさん」 他愛もない会話を紡ぎ、共に過ごす。 それがわたしにとってはとうしようもなくしあわせで、かけがえのない時間。 「私は思うんです、こうしてドレミーさんとお話している時がとっても楽しいんです」 「そして、唯一安らぎを感じるんです」 『そうですか。それはそれはよかった。ですがこれ以上はよろしくありません』 この関係への始めての否定の言葉。突然だった。 「…なぜ?」 『夢は現実以上に精神を侵します』 彼女は相も変わらずねっとりとした微笑みを向けてくる。 この目つきが、口が、声が、全てがわたしを狂わせる。 『あなたも分かっているのでしょう?眠っている時間がどんどん長くなっている事に』 確かにその通りだ。起きている時間がどんどん短くなっていることは実感としてあった。 生命の維持に必要な行為に費やす時間以外はほとんどすべて寝ている。 それゆえ、彼女が今言った言葉は警告なのだろう。 しかし、この目を見ると視線をそらせない。 妖しく動く口元が、わたしの意識をとらえる。 艶やかで絡みつくような声が、頭に響く。 もうドレミーさんしかみえない、きこえない、かんじない 『このままだと貴方は二度と現世に戻れなくなりますよ』 いやちがう。ドレミーさんをみたい、ききたい、かんじたい 『それでも良いなら、ずっとここにいさせてあげますけれど…どうします? 』 そうだ…私は…わたしは! 「ドレミーさん!わた―――」 『そんな事を言っている間に起きる時間になりましたよ。ああ、今回もお別れの時間ですね』 私が返事をしようとした瞬間彼女が時間切れを告げた。いやだ、待って。 『今回は一体何時間……いえ、何日間眠っていたのでしょうね』 『でもどうか安心してください。ここで起きればもう二度と私に会う事はないでしょう』 『さすれば貴方は日常へと戻ることができるでしょう』 いやだ、いやだ。まって、ドレミーさん。 『では、さようなら』 みるみるうちに彼女が遠くなってゆく。手を伸ばすたびに手が届かなくなっていく。 いかないで、ああいかないで、どれみーさん。 「―――ッ!――っ!」 私は必死に叫んだ。声にならない声を上げ、必死に彼女にすがりつこうとした。 しかし私の意識は急速に肉体に引き寄せられていく。 やめて、ひっぱらないで、助けて、ドレミーさん 『現実に未練はないのですか?』 ドレミーさんの声が聞こえる。待ってて、今行くから。 『無理やり来てはいけませんよ?』 どうして?いやだ、行く 『それ以上は…ああ、切れてしまいます』 みしみしと千切れそうなロープが軋むように身体から嫌な音がする 痛い、痛い、心と体が千切れそうな痛み。 なのになんで私は進もうとするの?何でこのまま戻りたくないの? 決まっている。だって、だって私は―― 「ドレミーさんとずっと一緒にいたいから!!!!!」 全身全霊を込めて叫んだ。 そして私は真っ暗闇に放り出された。 しばらく何もわからず漂っていたが、自分置かれた状況を認識した瞬間、強烈な孤独と恐怖に襲われる。 「どこ…ここどこ?…こわい…どれみーさんどこ…?」 返事はない。それどころかまわりの音は消え、光も無く、ただ暗黒空間を漂っている。 まるで魂を鷲掴みにされたような異様な不快感に苛まれる。 「どれみーさん…!どれみーさん!!こわい!!どれみーさんたすけて!!!」 半狂乱になって暴れまわるが、手足の感覚は無い。それどころか自分の体がどうなっているのかもわからない、わからない、くらい、みえない、きこえない、こわい 『ああ、こんなところにいたんですか』 真っ暗闇に一筋の光が差した。ドレミーさんだ!!でも何故か声が出ない。 『フフ…もう大丈夫ですよ。全てうまくいきました。さぁ、いきましょうか』 彼女のやさしい声を聴くだけで脳髄が甘く痺れる 彼女に抱きしめられる度にしあわせがあふれる。 ふわふわ、ふわふわ。いっぱい、どれみーさん、しあわせ。 『そうですか。ああ、それはよかったです』 どれみーさんといっしょなら、わたしはいっぱいしあわせ 考えたことがそのまま彼女に伝わっているようだ。 彼女と私の間にはもはや言葉すら必要ないのかもしれない。 ああ、どれみーさん、どれみーさん、すき。ああどれみーさん、だいすき 『フフ…私も好きですよ、○○さん。いえ、愛しています。こっちの方が正しい表現です』 どれみーさん。ああ、どれみーさん。しあわせ。わたしもあいしています。すき 『これからもずっと一緒ですよ』 どれみーさんと、ずっといっしょ。いっぱいしあわせ もう、夢しか見えない。 ――――― ――― 『ンフフ…ああ…ようやくこの時が来ましたね…ああ、長かった』 もはや私以外についての興味を完全に失った○○さんを‘手に乗せる’。 わたしは只ひたすらに、夢魂だけの存在となった○○さんを撫でていた。 『初めて会った時からずっとずっとこうしたかったんですよ?』 そっと、○○さんを抱きしめる。 とくん、とくん―― ○○さんの想いが熱となり身体に伝わってくる。ああ、なんて暖かく、そして心地良いのだろう。 『あなたの方から、あなたの意志で‘こっち’へ来てくれるなんて…うれしい』 思わず笑みがこぼれる。幸福感でどうにかなってしまいそうだ。 と、言ってもこうなるように仕組んだのはこの私。夢の支配者、ドレミー・スイート。 胡蝶夢丸なんてなんの意味も成さない。 『怖い夢も、私との楽しいひと時も、全部私が作った‘夢’なんですから』 ○○さんは結局気がつかなかったみたいだけど。 夢の中では何者にもなれる。夢を通じて何者にもなれる。 それは夢の中では夢魂という存在になるからだ。 ○○さんは夢の中で現実への回帰を否定した。それは現実の肉体と夢魂のリンクを切断する事にほかならない。 それだけのことならば、○○さんの全てを‘こっち’側へ導く私の作戦はまだ終わらなかっただろう。 しかし○○さんの思いの強さによって現実の肉体に宿る魂をも引き抜いてしまった。 こうなれば現実の肉体は魂を失った抜け殻になる。 通常、肉体の死をもって魂が肉体を離れるのだが、その順序が逆転してしまえばどうなるか。 存在する意味が消滅した肉体はグズグズの灰になって消え去り、シーツの上には燃えカスを人型に散らしたようなシミが残るだけだ。 ○○さんは図らずも自らの意志で肉体を消滅させた。 戻るべき肉体を失った夢魂は二度と現世に戻ることは無い。 永遠に私と共にある。共にあり続ける。 そう、これでずうっと一緒にいられる。 ドレミー ・ スイート ・ ナイト 『ようこそ。永遠の “ 夢みるような甘い夜 ” へ(ドレェ…』 ああ、愛しい貴方と共に、永遠の春夢を。 ENDoremiy
https://w.atwiki.jp/wiki9_nurupo/pages/112.html
(2006年04月18日) 駄目だし霊 (2006年04月16日) こ・・・この部屋は・・・ (2006年04月13日) 不思議な犬
https://w.atwiki.jp/83452/pages/12813.html
1 2 3 4 5 唯梓 2011/04/11 http //hibari.2ch.net/test/read.cgi/news4vip/1302453536/ 戻る 名前 コメント すべてのコメントを見る 最高です...! -- (名無しさん) 2018-11-17 16 42 43 この人の唯梓2人とも可愛くて好きだったんだけどな… また書いてくれないかな -- (名無しさん) 2018-02-13 21 57 58 途中で小説風味なの草生えた 面白かったですわ -- (椿) 2018-02-12 00 31 42 >唯「だって、いいところにリモコンがあったからクーラーかなって・・・」 ワロタ -- (名無しさん) 2012-08-08 00 51 17 タイトルwwww -- (名無しさん) 2012-01-16 13 49 20 え、え~と…トラックが何だって? -- (あずキャット) 2011-12-28 10 33 50 タイトル見た時「おい、やめろ」って感じになったが、凄く良かった -- (柚愛) 2011-12-28 03 25 56 4が好きすぎるww -- (名無しさん) 2011-12-11 22 44 26 良SS -- (名無しさん) 2011-12-11 21 14 30 そのだな、頭があちこちにもっていかれる感覚がとても新鮮だったというか、日常と非日常の切り替わりがあまりにもリアルというか、…すごいな。うん、すごい。 -- (名無しさん) 2011-04-13 19 23 22
https://w.atwiki.jp/toho_yandere/pages/606.html
流れをぶった切るけど投下します。 なんか申し訳ない。 白で覆い尽された世界。 さながら雪原のようなそこに、私と¨彼¨はいた。 「フランおねーちゃん、どうしたの?僕の顔に何か付いてる?」 彼が心配そうに私の顔を見上げてくる。 「ううん、何もついて無いよ。」 「ホント?いたずらされたりしてない?」 「大丈夫。もし誰かが○○にいたずらしたら、フランお姉さんがそいつをやっつけちゃうんだから。それに、○○が何か困ったら絶対に助けるよ。」 「約束?」 「そう、約束。」 「じゃあ・・・」 彼はそう言うと小指を差し出した。 私は黙って彼の小指に自らの小指を絡めて言う。 「「ゆーびきりげんまん。うそついたらはりせんぼんのーます、ゆびきった!!」」 ◇◇◇ 霧が立ち込める湖の畔。 そこには血で染めたように赤い洋館が存在する。 そして、私はその館の門番だ。 いつもは退屈なくらい何も無いこの仕事だが、今日は少し違っていた。 館の住人だった○○君の墓参りがしたいという者がやってきたのだ。 「・・・ですから、お嬢様の許可無く部外者を中へ入れるわけにはいかないんです。どうかお引き取り下さい。」 「では、せめて許可を頂けないか話を取り次いで下さいませんか?彼の墓標にお花を供えたいのです。」 「お嬢様はご多忙なため取り次ぎは出来ません。それに・・・そんなことされても、はっきり言って迷惑です。」 そう、迷惑だ。 彼女がいなければ彼は・・・○○君は死ななかったかもしれないのだから。 「迷惑・・・?」 「とぼけても無駄です。貴方が○○君に¨人でも妖怪でも困っていたら助けてあげましょう¨なんて吹き込んだことは皆知っていますよ。」 「それは・・・」 「貴方は○○君の遺体を見ましたか?・・・私は見ていませんが、うちのメイド長の話によれば全身が焼け焦げて赤黒くなり、肉は削がれ、首は折れ曲がって眼球は左右共にえぐられていたそうです。歯並びで辛うじて本人だと分かるくらい酷い有り様だったと、竹林の薬師も言っていました。」 彼女はうつむいて黙りこんだ。 泣くことを耐えているのだろうか? 小刻みに肩が震えている。何にせよ、もう沢山である。 彼女とはあまり話をしていたくない。 感情にまかせて殴りかかる自分を抑える自信が無いから。 「きっと素直な○○君は、お腹を空かせたずる賢い妖怪に騙されたんでしょう。助けてとかなんとか言って人気のない森の中に呼び出され、丸焼きにして食べられた。・・・ああ、それなら確かに困っている妖怪を○○君は助けましたね。自分が餌になって。」 ・・・・・・小さな嗚咽が漏れ聞こえてくる。 そうやって泣くくらいなら、始めからあんなことを○○君に言わないで欲しかった。 「さあ、分かったらどうぞお引き取り下さい。」 ◇◇◇ 「美鈴、来客は帰ったのかしら?」 「ええ、今しがた命蓮寺の聖白蓮さんがお帰りになられました。」 聖白蓮。 その名を聞いた途端、私は胸の奥底から沸き上がる黒いものを感じた。 私は、いや、この紅魔館に住まう全ての者は彼女を決して許しはしないだろう。 彼女は私達の大切な弟を、間接的にとはいえ永久に奪っていったのだから・・・ 「アアァァァァッ!!」 「「っ!!!」」 突如響き渡る絶叫。 地下から怨嗟にまみれた声が轟く。 「妹様、今日は一段と荒れているみたいですね・・・」 「・・・美鈴、私も地下室へ向かうわ。門番の仕事、頼んだわよ。」 「お任せ下さい、咲夜さん。○○君と紅魔館の名に誓って、必ず職務を全うしてみせますから。」 紅魔館地下室。 そこはかつてお父様がフランを恐れて幽閉した場所であり、今また私がフランを閉じ込めている場所である。 ○○を喪ったことで落ち着いていた情緒が再び不安定になったフランは、不定期に覚醒して自傷行為を繰り返したり、手当たり次第に破壊しようと暴れまわるようになった。 恐らく、今のフランならば幻想郷を破壊することも然程難しくないだろう。 だが、そうさせる訳にはいかない。 もし幻想郷が壊れれば、○○が生きていた証が全て無くなってしまうのだから。私とフランの絆を取り戻し、館の者達の心を近付けてくれた彼の思い出を私は守りたい。 何より、一番○○を可愛がっていたフランに○○の思い出を消させたくないのだ。 「・・・ふふ、フランや○○を思いやる様なことを言っておきながら、結局やっていることは前と変わらないなんてね。」 ○○、君ならどう思うかな? 駄目な姉だと呆れる? 必死になって励ましてくれる? それとも・・・ 「レミリアお嬢様。」 私は廊下に響くその声に、はっと我に返る。 「ああ、咲夜か。どうした?」 「いえ、妹様の声が聞こえたものですから。妹様はまた?」 「ああ、今回もパチェが強化した結界を破って部屋から飛び出そうとしたよ。」 「今日も約束の夢を見たのでしょうか?」 「恐らくは、な。」 「約束したのに助けられなかった。その思いが妹様を縛り付け、苦しめているのですね・・・」 「夢は私の能力でも荷が重い。全く、ままならないな・・・」 「お嬢様・・・」 ◇◇◇ 人里の外れにある命蓮寺。ほんの少し前まで楽しげな声が聞こえたそこは、今ではひっそりと静まりかえっている。 理由は簡単。 ○○が死んでしまったからだ。 ○○の死後、村沙とぬえは犯人を探すと出ていって戻らず、後追い自殺を図った星は付き添いのナズーリンと共に竹林の薬師のもとへ。 時々○○を驚かそうと寺に来ていた傘お化けの娘も、ぱったりと見かけなくなった。 残ったのは私と姐さんと雲山の三人だけ。 ○○の死は、私達に大きな変化をもたらしたのだ。 「姐さん、そろそろ帰って来るかな?」 今日は○○の月命日に当たる。 だから私は境内を箒で掃除しつつ、墓参りに出掛けた姐さんの帰りを待つことにした。 そしてそれからしばらくした後、私は石段を上がり寺に近付く姐さんを見つけた。 「姐さん、お墓参りは出来ましたか?・・・姐さん?」 姐さんの顔が心なしかやつれているように見える。 大丈夫だろうか? 「・・・ああ、一輪ですか・・・」 「その様子じゃあ駄目だったんですね・・・」 「一輪、私は・・・私は間違っていたのでしょうか?」 暫しの沈黙の後、姐さんが不意にそう問いかけてきた。 ・・・間違い? 「決して救われず、人の手で排斥されるのみの妖怪達を救い、人と妖怪が共に暮らす世界。私はそれを理想としてきました。」 姐さん? 「しかし、○○君は死にました。妖怪に・・・殺されました。」 「姐さん、もういいよ・・・」 「私は弟から法術を学び、弟の死後はさらに魔術や妖術を学んで死を克服しました。・・・当初は若さを維持する妖力のためだった妖怪の救済も、彼等の苦しみを知る内に理想へと繋がっていきました。」 「姐さん、お願いだから・・・」 「○○君は、まさに私の理想を体現した存在。人と妖怪の垣根を越えて、多くの人妖から家族として愛された。でも、私がそれを壊した・・・私が彼を」 「もうやめて下さい!!このままじゃ姐さんまで壊れてしまいます!!」 私は叫んで姐さんの言葉を遮った。 そうしなければ、姐さんの心が潰れてしまうと思ったから。 ・・・しかし、何てことだろう。 姐さんがここまで追い詰められていたなんて。 自分の迂濶さが恨めしくなる。 「私は・・・私は・・・」 うわ言の様に同じことを繰り返し呟く姐さんを見て、私は改めて皆の帰る命蓮寺を守ると胸に誓った。 竹林の奥深く。 そこにひっそりと佇む永遠亭の一室に私はいた。 「・・・やはり何かおかしい。」 椅子に腰かけた私の対面には竹林の薬師こと八意永琳が座っており、私がこの一ヶ月間ずっと小悪魔に集めさせた情報を確認してそう呟いた。 「貴方もその結論に到るのね、永琳。」 「どうやらそのようね。パチュリー、貴方が持ってきた情報が正しいならどう考えてもおかしな点があるのよ。」 「○○があの日向かったはずの人里で○○の目撃情報が無いこと。博麗の巫女や人里の守護者、さらにはその友人と人形遣いの魔女まで遺体があった森を隈無く探したが、犯人らしき妖怪は一切見つからなかったこと。さらに、捕食目的にしては無駄が多すぎることも挙げられるわね。」 「あの日、○○は人形遣いの人形劇を見に行くと言って紅魔館から人里へ向かったはず。だけど人里の門番すら○○を見なかったと証言した。犯人らしき妖怪のことにしても、一瞬で人を丸焦げにする力を持った個体があの森にいるとは思えない。」 「何より、遺体の状態からまるで○○が死んだことを見せつける様な執拗さが感じられる。」 「だとすれば、死なせたと周囲に理解させることが重要・・・?」 妙な薬物が人里の若者の間で流行り、黒幕として疑われて可哀想だから助けてあげてパチュリーおねーちゃんと紹介された時も思ったが、永琳は頭が良い。 情報から、真実の一端に到ろうとしている。 「・・・もうそこに行き着くなんて、流石に月の頭脳は伊達じゃないわね。実は私もその可能性に思い到り、小悪魔に追加で調べさせているの。」 「それは一体・・・?」 「ああ、それは・・・ん、失礼。小悪魔から報告がきたわ。・・・ええ・・・それで・・・そう、ありがとう。・・・ええ、それじゃ。」 「○○の事件、真犯人が分かったわ。」 「本当に!?」 「ええ、ほぼ間違い無い。だけど急がなくては手遅れになるかもしれないわ。私はこれから犯人のところへ向かうけど、永琳、貴方も同行してくれる?多分彼は衰弱しているだろうから・・・」 「ちょっと待って頂戴!!状況がさっぱり分からないわ。」 「悪いけど、事態は急を要するの。説明は道中でするわ。」 さあ、この馬鹿げた茶番を終わらせましょう。 悪夢のような日々はもう要らない。 「よお、パチュリー。今日は随分珍しい奴と一緒なんだな。」 彼女、霧雨魔理沙は人懐っこい笑顔を浮かべてそう言った。 その様子からは、いつもと異なるところは見受けられない。 「実は貴方に話があるのだけど、今大丈夫かしら?」 「ああ、別に構わないぜ。永琳が一緒なのもその関係か?」 「ええ、そうよ。」 「まあ、立ち話もなんだ。上がっていけよ。」 「それじゃ、お邪魔させて貰うわね。」 その言葉とともに、私と永琳は魔理沙の家に入る。 中は雑多な品物が散乱していた。 地震が来たらすぐに崩れそうだ。 「・・・で?話って何なんだ。」 数分後、紅茶を片手に魔理沙がそう聞いてくる。 証拠は十分に有るのだ、単刀直入に行こう。 「貴方に返して欲しいものがあるの。」 「おいおい、結局いつもの本返却の催促か?だったら毎度言っているだろ?死んだら返すってさ。」 「違う。○○のことよ。」 途端、魔理沙の表情が凍りつく。 「何言ってるんだ?死人は返せないし、第一私はそんなの持ってないぜ。」 「○○の葬儀に来たとき、貴方は○○が丸焦げになったことを知っていた。文文。新聞が報道を自粛した以上、貴方は知っているはずが無かったのに。」 「葬儀に出ていた妖精メイドに聞いたんだ。」 「貴方がこの一ヶ月に人里で買った食料。どう考えても、今までの二倍あるわ。」 ほら、と小悪魔の調べた情報をメモした紙を見せる。 「最近ちゃんと食事を摂るようになったんだ。前が少な過ぎたんだぜ。」 「○○が死んだ日、貴方が人里近くの森を飛んでいるのを目撃したと人里の門番は証言したわ。そして、その森は○○の遺体が発見された場所よ。」 「その日は人里にちょっと用事があったんだ。」 「そう・・・あくまで白を切るつもりなのね。なら、奥の部屋を見せて頂戴。」 「いや、それはその・・・ほら・・・」 「魔理沙、あそこに何か私達に見られて困るものがあるの?」 「いや、だから・・・そう!!危険なんだ!!危ない薬品がゴロゴロしてるから入らない方が良いぜ?」 「私は魔女、永琳は薬師。魔法薬にしろ普通の薬品にしろ、扱いには慣れているから大丈夫よ。」 そう言って私は扉に手をかけ・・・ 「ヤメロォォォォォォォ!!」 咆哮。 まるで悪鬼羅刹のような形相で、魔理沙が叫ぶ。 「後ちょっとなんだ・・・後ちょっとで・・・後ちょっとで、○○は私だけのものになるんだ。だから・・・邪魔すんなぁぁぁぁぁぁ!!」 魔理沙の八卦炉に火が入り、妄執にまみれ歪んだ悪意の光が走る。 スペルカードルールを無視した、相手を消すための魔法が私達に迫り、しかし目前で掻き消えた。 目の前には気絶した魔理沙と注射器を持った永琳が立っていた。 「鬼でも眠る鎮静剤よ。流石にこんな用途は想定外だけど・・・」 ◇◇◇ あの後、○○は奥の部屋で無事発見された。 一ヶ月近く監禁されたせいでかなり衰弱していたが、命に別状はないとのことだ。 そして私の予想通り、魔理沙の部屋からは犯行を裏付ける証拠が出てきた。 人体生成に関する書籍や魔道具。 人体のもととなる物質。 出所不明な博麗大結界の操作に関する巻物。 魔理沙はこれらを用いて偽の死体を作り、周囲を欺いた後で○○を連れて幻想郷から逃げ出そうとしていたのだ。 「しかし、部屋の位相をずらして閉じ込めていたなんて。それじゃあ命蓮寺のネズミでも見つけられないわね。」 ともあれ、○○が帰ってきた。 巻物のことや八雲紫が最後まで何もしなかったことなど、いくつか気になる点はあるものの、まずは喜びたい。 おかえり、○○。 終。 694です。 フランは、○○が帰ってきたことで一先ず暴れなくなります。 しかし、魔理沙と聖は月夜に気を付けろフラグが立ちました。 生命の危機という意味で。 以下簡単な補足 魔理沙 永遠亭で療養中。犯人。 フラン ○○が帰ってきて大喜び。そしてどこでもべったりな心配症に。 危険防止のため、魔理沙が犯人だったことは知らされていない。 永琳 多分まともな人。魔理沙を狙ってコンスタントに襲撃する舟幽霊・鵺・傘お化け・妖精メイド達・烏天狗をいなす日々。 星 ○○が死んだと聞いて、悲しみの余り切腹チャレンジした。 今は魔理沙をどうしてくれようか思案中。 魔理沙にげてー。 なお、全裸で○○の前に行き、¨服をなくしました、人肌で暖めてください¨と言ったことがある。 ナズーリン 星の付き添いで永遠亭にいる。 星を変態と馬鹿にしているが、本人も自覚のないナチュラル変態。 ○○の寝た布団の臭いをかいだりする。 魔理沙の話を聞いて、その手があったかと驚いた。 聖 新感覚撲殺系魔法使い。 事件を経て、弱い自己と向き合いハイパー化。 ○○も不死になればいいじゃない。 お姉さんが手取り足取り教えてあげる。 パチュリー 多分まともな人2 紅魔館総出の○○おかえりパーティで、死ぬほど酒を飲まされる。 頭痛い・・・ 小悪魔 本編影の功労者。 しかし変態である。 ○○にはちみつ授業と称してセクハラを繰り返し、給料を下げられた過去を持つ。 下着など飾りだ、というノーパンスタイリスト。 しかし変態である。 写命丸 文 表は新聞記者。裏は○○の秘蔵写真ブローカー。 部屋は○○の写真でいっぱい。 文は走り続ける。 性欲が満ち足りるその時まで。 鈴仙 残念なストーカー。 全裸がデフォルト。 私は変態じゃありません。変態という名のノーパンです。 やりたいネタはまだあるので、多分続きを投下すると思います。 その時は、よろしく。
https://w.atwiki.jp/toho_yandere/pages/1410.html
どこかは知らない遠い昔。 ある滝の近くに魔法の指輪を持つ大富豪の小人がいました。 彼は臆病で用心深く、魚の姿に化けて滝の根元に宝を隠して大事にしていたのです。 宝物は世界に散らばる黄金をかき集めて幸福をもたらす指輪。 指輪の裏には自分の名前を魔法で刻み込んでありました。 その指輪の招く黄金のおかげで小人は平和で豊かに暮らしていました。 ところがある日、彼の元に一人の戦士がやって来ました。 戦士の手には網が握られ、小人を捕まえようとしています。 小人は魚になって逃げましたがさあ大変、網でがんじがらめにされてしまいました。 戦士は言いました。 『お前の宝を寄越せ』 小人は泣いて見逃してくださいとお願いしたけれど、戦士はいやだと首を振りました。 結局、指輪を見つけ出され戦士は満足して持ち帰りました。 辛うじて小人は放してもらえましたが、大事な大事な宝物を取られてしまったのです。 その夜、枕元で小人は泣いて怯えました。 『お金まで取られたくない』 『ただ平和に暮らしたいだけなのに』 しかしそんなお願いは儚くも消え去ってしまいます。 数日して今度は若い騎士が二人やって来ました。 彼らもまた小人を捕まえて、黄金を持ち去ろうとしています。 二人の騎士は小人を脅して黄金の在りかに案内させました。 小人は悔しくてたまりませんでした。 目の前にはたくさんの黄金を目にして大喜びしている騎士が二人。 騎士達は怯える小人に目もくれずお宝の半分こする話をしていました。 二人とも、この前の戦士と同じ欲ばり者のような笑顔をしているのです。 小人は込み上げてくる怒りにもう我慢できませんでした。 『もう何も失いたくない』 そう思った小人は気づかれないように黄金に呪いをかけたのです。 ちょうどそれは指輪にかけた魔法と同じように… 地下のとある一室――― 「うわぁ、欝だ~」 フランドール・スカーレットはパタンと絵本を閉じる。 そして読書に飽きが来て、絵本を隣の柔らかいベッドの上に放り投げてしまう。 だるい肩をほぐして座っているソファーの背もたれに体重を乗せた。 なんだか小人も戦士もみんな哀れな話だと溜め息でもして気分を晴らそうとする。 「はぁ~あ、暇ねぇ…」 膨大な魔力と彼女を特徴づける破壊の目を幼い身体に持て余す吸血鬼として恐れられ幽閉され、自らも外に関心なく地下に閉じこもっていた。 しかし異変を機に姉の許しを得たうえで地下を出て外の空気に触れるようになる。 彼女には何もかも新しく、自由の世界に思いを馳せて破壊ではない無垢な瞳を輝かせた。 時折やってくる魔法使いの少女達と弾幕ごっこをしたり、図書館の司書に本を読んでもらったりして暇を潰していた。 それでも心は一杯に満たされる日は来ない。 今は日課として面白そうな本を借りて読み漁ってはいるが、それが終わったらどうするか全く考えていなかった。 ふと視線を上げると、壁掛けの時計が目を引いた。 「そうだ、この時間って」 とある青年の顔を思い出す。 魔晄を浴びて今や一級の魔術師、そのうえ姉の下僕になって色々と使い走りにされていた○○という男だ。 自分の食事を作っている者の一人であると知って、初めて会った際には一言お礼を言った。 そのとき彼は凄く複雑そうな顔をしていたのをよく覚えている。 彼と一緒なら門をくぐれると思いソファーから跳ね起きる。 身を守れる力を得た今の彼やメイド長の咲夜が同伴ならば一応、館の周りを探索しても良いと許可を貰っている。 咲夜よりも融通が利く○○のことだから、言えば近場なら連れて行ってくれる。 ただ、当の○○は出来の悪い妹を押し付けられたのではないかと勘繰る所はあるが。 とにかく今は気の赴くままに誰かと遊びたい。 そう高鳴る胸を弾ませ扉を乱暴に閉め直して廊下を飛んでいった。 地下の回廊――― 階段を下った先の暗い廊下は相変わらず冷気が張り詰める。 薄暗く気味が悪いうえに悪魔の妹たる吸血鬼の寝床がある地下に誰も近寄りたがらなかった。 ○○は一人では掃除などやりきれない雑用仕事をするとき数体のゴーレムを使役する。 区画ごとに飾られた鷲や蜥蜴の彫像の埃を払い花瓶の水を取り替えては戻ってくる。 丁度、一体帰って来たと足音を聞き振り向く。 戻ってきた人形は土くれと木彫りの関節で造った、メイド格好の少女の姿をあしらっていた。 無駄な装飾やディテールを控え、顔を端正に整えて造りこまれている。 これはただの無骨な人形姿だと、とある人物が敵か玩具だと思って壊してしまうため。 そのために遠めに見れば大抵のメイド妖精とほぼ変わらない見た目に拘りを施してあった。 自分より背の低いゴーレムはいつもの無表情のままで主のもとに駆け寄り、今の仕事が終わったとサインする。 その都度土くれの人形に細かく指示をしては別の方向に送り出す。 命令を受けて人形は了解がわりにぴょこんと跳ねて愛らしく後ろにターンする。 そして小走りでダスターを片手に奥深くに向かっていった。 あと数分で終わるな、猫の手も借りて以前よりは楽になったなと感慨深く遠くなる彼女をみつめる。 用事が済んだら自動的に消えるようにセットしてある、もう少しでまた静かな空間に戻る。 ふと視線を右に移し花瓶をじっと睨む。 鈍い銀色をした花瓶の縁には赤いごく小さな宝玉が飾りつけられている。 手にコートのポケットの中を探らせ、ピンポン球くらいの大きさの球体を指で確認する。 順調…か…、と思案を巡らせるそこに歩み寄る足音を聞きつける。 これはゴーレムではない誰かと耳で感じ取り、即座に手をポケットから離す。 「○○さん」 「小悪魔殿…」 黒く小さな翼を畳んで畏まった少女、パチュリーの使い魔であり図書館の司書であった。 大事そうに大学ノートぐらいの厚さをした蔵書を数冊、胸に抱えている。 彼女の姿形を認めた途端に目を細めた。 厳しい目つきで睨みつける○○を、肩を竦め上目から覗き込む。 「お掃除お疲れ様です」 「ええどうも、用件は何です?」 少し口調に乗せるナイフが鋭く尖っている。 小悪魔は気圧され口ごもってしまうが、両腕を十字に抱きしめる力を強める。 「あの、最近…その……パチュリー様、ちょっと元気ないんです。 それで、○○さんのことで聞いてはみたのですけど…その… 何かあったんですか?それに…○○さん、まだ…」 「や、やめろ!これは私と彼女らの問題です、口を出さないでいただきたい…!」 「ヒっ、ぁ……えと、ご…ごめんなさい…!失礼、します…」 小悪魔は竦み上がり涙ぐんだ目で一瞥し振り切るように去っていった。 先程の人形のように見送った後、彼は視線を落として苦いものを噛み切るように歯を軋ませる。 彼女には引け目がある、ただ思惑に焦りを感じていた。 まるで自分を鏡で見ているようだった。 ○○という青年には立場が出来上がっているという呪縛への痛感があるだけだ。 日が重なるとどうしても人の縁が重くなっていく、心なしか肩まで重くなってしまう。 また誰かが近づいてくる。 すぐさま顔を上げてその人物を確認する。 今度は足音が聞こえない、代わりに風が切るように肌に吹きつけた。 「○○~♪」 「ふ、フラン様!?」 突拍子もなく、小さな影が飛びついてくる。 思わずへたれた声をあげながらもなんとか踏み止まりその小さな身体を受け止める。 見下ろせば背中に腕をまわして身体を密着させる少女が一人。 幼き吸血鬼の妹君フランドールとは、今自分に抱きついている無邪気な少女のことだ。 二対の枝のような羽に虹のようなグラデーションの結晶がついた奇妙な翼が背中で上下する。 肩まである金の髪が揺れ、甘い匂いが微かに掠め取る。 「一緒にどっか行こうよ~」 「え、わ…私と…ですか…?」 「そう、どうせ後は暇なんでしょう?」 比較的今の仕草からみる彼女の印象は良好だろう。 現にこうして○○に何の遠慮もなくじゃれついているのだから。 だができるだけ多数派みたいに彼女とは関わり合いになりたくはなかった。 どんな物でもたやすく破壊出来てしまう凶悪な力を持っていることは既に聞かされている。 何かの間違いで力が自分に向けられてしまうのであればたまったものではない。 まだ死ぬ訳にはいかないこの身を外へと逃がしたい。 けれども少女はどうしてか自分に懐いている。 何の企てがあって構って来るのか、○○には理解できないと同時に内心震えている。 だから今は彼女の機嫌を損ねることは出来なかった。 「はい、それでは」 「やったぁ!じゃあ湖まで連れてって!」 分かりましたと了承を受けてフランはにっこりと笑った。 彼女が絡むと息つく暇も退屈もない。 勿論○○は彼女に悪気はないことも分かっている。 今は気恥ずかしさが勝っているけど満更でもないなと嘆息する。 観念した○○に地上に上がる階段へ向け案内されるように後ろをついていく。 しょっこりと角から人形が顔を出す、ただ二人の後ろ姿を表情一つ崩さず見つめていた。 紅魔館正門――― フランは日傘を片手に携え、いつになく息を弾ませ鼻歌交じりに正面玄関を潜り抜ける。 ○○は彼女をエスコートして中庭の花畑へと目指す。 この息の詰まる毎日を忘れられるひと時がそこにあった。 見つめる先には、如雨露を片手に一帯を埋め尽くす薔薇に水遣りをしている女性が一人。 深い緑のチャイナ衣装に、館に見合った深紅の髪はちょうど薔薇の庭園に溶け込んでいる。 彼女の姿を目にして○○はようやく笑顔が綻んだ。 それにつられてフランも笑った。 紅美鈴、この紅魔館の門番であり○○が唯一気兼ねなく話せる相手だった。 「美鈴殿、これはちょうど良かった!」 「あら、デートに行くのですか○○」 「いえ決してそうでは、ハハ…また一本頂戴しますよ」 「どうぞ持って行ってください」 一言軽く弾ませた挨拶を交わし、目につく色鮮やかな赤の薔薇を一本摘み取る。 ○○はただ気取るためだけに花を貰い受けているのではない。 霊を花弁に閉じ込め憑依させるチャネリングの媒介としての機能を持つ。 日常的に気運を仮初めの命から占う口寄せのようなものだ。 ○○は気取った風に構えて、手に取った一輪の薔薇の甘い香りに一瞥する。 いつになく子供っぽくはしゃぐ○○にフランは目を丸くした。 「○○、嬉しそうだね」 生真面目でいつも思い詰めたような彼の意外な一面を見たようだった。 ○○はこの場所を偉く気に入っていた。 色とりどりの薔薇の香りがこの穢れた身体を包み込むような気がして、つい足を運んでしまう。 美鈴もまたここで彼が来るのを楽しみにして待っていた。 二人が出会ったのはこの館にきて数日後のこと。 食品加工の仕事が終わった夕刻、その日の彼は気分が優れなかった。 館の裏にあるゴミ捨て場で一人情けなく胃の中身を吐き出していたときだ。 むせ返って丸まった背がビクリと跳ねる。 その背中に温かくしっかりした手でさすってくれた存在があった。 感触に気づいて振り返ると、彼女は何の悪意もなくにっこりと笑った。 「大丈夫?」 見られたのが恥ずかしくて取り乱してしまった。 しかし最も顔に表れた感情は恐怖、ここで晒していた失態への叱責か罰を恐れていた。 当時の○○にとって初めて顔を合わせる美鈴も同じ自分を見下す存在にしか思えなかった。 それでも彼女は違った。 「怖がらなくていいですよ」 一瞬言われた言葉を理解できず今度は固まった。 震えて強張る唇から美鈴は初めて自分を恐がっていることを認識した。 恐がらせないように白い手をゆっくりと伸ばす。 間近に迫った細い指が頬を掠め、優しく手の平が触れる。 怯えを含んだ彼の顔が少しずつ緩んでいく気がしていく。 美鈴にはただ目の前にいる彼がばつが悪そうにはにかむ少年に見えた。 けれども○○の顔は恐怖と気恥ずかしさで沸騰してとても彼女の顔を見ていられなかった。 そして彼女の手と待っての制止を振り切ってそそくさと逃げてしまった。 しどろもどろな後ろ姿を見つめる美鈴は怖がらせたかなと少し苦笑いした。 数日したある晴れた午前の日、中庭で魔法の実験をしていたらまた彼女と目が合った。 今度は○○が勇気を持って歩み寄った、もしかしたら今までの面々と違うかもしれない。 青年は心に決めた、この人とは仲良くしたい。 もし彼女もまた同じだとしたらどうするかという手を打ってある。 後ろの手の中に忍ばせた丸めた紙くずを視界の端から睨むように見つめる。 事前にメモして発動可能にしたそれを… あとは面と向かって話しかけるだけ。 何て声をかけるか思考を巡らせているなか、目の前の女性は朝日の光に微笑みを溶け込ませて待ってくれていた。 ○○はこの上なく赤くなるが、先日の小心による気恥ずかしさとは違う。 見惚れつつも彼女に見合うように優しい音色の言葉を紡ぎだす。 もう言うべきことは分かっているではないか。 最初に思い浮かんだ言葉はただの当たり障りのない挨拶と、自己紹介だった。 「あ~あ、仲良さそうだね~」 仲睦まじく話す○○と美鈴が笑っている姿を遠目で見つめるフラン。 勿論、構ってもらえなくて少し頭にきていた。 美鈴の前ではこうして笑っているのに、フランどころかレミリアやパチュリーには一切心から笑っていない気がしていた。 そっちのけにされて不機嫌な彼女は頬を膨らませ足元の石を蹴って転がす。 「お姉様もパチェも何してんだか、先越されちゃうわよ」 霧の湖、湖畔――― 澄んだ空気が霞み、視界の先に広がる湖のほとり。 側についてる吸血鬼が強い魔力を張り詰めているのか他の妖怪も妖精も近づいてこなかった。 しかし館を出るまではしゃいでいたフランの顔は浮かない。 ただの暇潰しで遊びに行ったつもりなのに。 先刻の光景が未だに頭から離れない。 見渡すのにちょうど良く、日陰になりそうな木の下で二人は立ち止まる。 フランは傘を閉じてじっと○○を見つめる。 「ねぇ○○、話があるの」 「如何なされました?」 「どうして、私達を避けるの?」 真摯に顔を覗き込むフランの問いに一瞬固まった。 純粋に透き通った瞳には見透かされていた。 手に取った薔薇が小刻みに揺れ動く。 「美鈴とは仲良いのに…私達の何がいけないの?」 「いえ…け、決してお嬢様も貴女も、そんな風には…」 「何回も言ったよね、元気出してって」 「おやめください!私は…」 「この意気地なしッ!みんな受け入れてるのよ、でも貴方のことがわからなくて…」 自分はどうせ嫌われるのに慣れてるからいい。 けど表立って生きているお姉様をいつまで軽蔑しているのか。 いつまで従者や師の前で卑屈でいるつもりなのか。 一方で、一介の部下に遅れを取っているのにお姉様達はどこまで強がっているのか。 純粋に見届けるフランの目にはただもつれた糸が縦横無尽に広がっていた。 破壊の目でこれを壊せたらどれほど楽なものか。 「命令よ、これだけは私の前に誓って!」 胸の中で呻く霧を振り払うように○○を弾劾する。 何度もそのことで○○は叱られたことがある。 一緒に暮らすからには仲良くしたい、それがフランの持論なのだ。 こんな関係が続けばお互い惨めになることは幼いながらも目に見えている。 そして間を置いた。 「今だけでも良いから、私達の前でも笑っていて」 「…………」 今までフランは姉のように勅命を下したことがない、これは最初の命令。 そして同時に約束でもあった。 ○○には応える術が見つからない。 太陽の光が広く漂う雲の上にかさばって一層、距離の空く二人の影を潜める。 フランは力や種族がどうとかではなく何かの入れ違いの壁を感じていた。 けれども自分ではどうしようもない心の隔たりに暗く沈みこんでしまった。 いつの間にか空は灰色に濁っている。 そろそろ帰らないと主が心配するだろう。 景色に見飽きて雨が降り出す前にフランはまた傘を差した。 誰も気づいていない、上から覗く小さな影。 止まり木の上の蝙蝠はただ黒い羽をと閉て佇んでいる。 ピタリとも動かずここを去ろうとする二人をじっと悲しく見つめていた。 それとはお構いなくフランは湖に背を向ける。 続く○○も雑多に伸びる街道を睨む、鉄のように冷え切った眼で。 「帰ろう」 続く 妹様の出会いの部分は省いちゃったけどいいかな… 次で本題に入れる気がします、やっとヤンデレが書ける。 こんな長くするつもりはなかったのに。