約 830 件
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/3534.html
第九章 新天地 生まれ育った町を出て、翌日の朝。俺と家族はやっと目的地の駅に着いていた。 ……夜行列車なんて初めて乗ったが、いくら寝台席があるとはいえ熟睡なんざ出来るもんじゃないね。 せいぜいうとうとするくらいが関の山だ、ということが身にしみて分かった。それでも、前日までの引っ越し騒ぎがあったせいで幾分は眠れたらしい。妹は熟睡していたようで、朝起きるといつもの笑顔に戻っていた。 俺としては、いつものボディプレスが無かっただけ、ましかもしれん。 電車を降りた俺たち家族は、思いもよらない寒さに身を縮ませた。寒い。 今3月下旬だよな?なんでこんなに寒いんだ? 慣れない気候に辟易した俺たちは、そそくさと改札に向かった。 改札を抜け駅前に出た俺たちを、ぴかぴかの大型セダンの新車の脇に立った得意満面の親父が出迎えた。 俺の編入試験の時一緒に来て、そのままこちらに残り仕事をしていた親父は、家族の姿を見つけるとまるで新しいおもちゃを見せびらかす子供のような顔で、車の屋根をポンポンと叩いた。なんだこの車は? 「買った」 マジかよ。 「社長たるもの、車の一つも無きゃな。それより、早く乗れ。引っ越し便がそろそろ来る頃だぞ」 車のトランクに手荷物を押し込み、俺たち家族は車に乗り込んだ。しかしまあ……よくこんな高級車を買えたもんだ。国産車とはいえ、安いもんじゃなかっただろうに。 「ここらへんじゃ、車がないと生活できないんだよ。交通手段がないからな」 ゆっくりと車を走らせる親父がぽつりと言った。そうなのか?バスとか電車とか自転車とか、いくらでも有りそうな感じだが。 「まあ、おいおい分かるさ。」 さて、引っ越し先にはまだ荷物は到着していなかったが、それよりも俺と妹は家自体の大きさに驚いていた。 以前の家と比べると、当社比2倍という所か?部屋の数も多いし、庭も広い。ガレージも大型自家用車を2台楽におけるほどのスペースが有る。周りはいかにも「高級住宅地」って感じの家が整然と建ち並んでいる。 「ここが、今日から我々の新しい家だ」 親父が自慢げに紹介し、親父から鍵を受け取ったお袋が、いそいそとドアを開ける。 家の中からお袋と妹の「へえ~~」とか「うわぁ、広~~い」等という叫声が上がるのを聞きながら、親父に尋ねた。どうしたんだ、この家? 「これも買った。中古だがな」 何だと?車にしろ家にしろ、俺んちはそんなものをポンポン買えるほど裕福だった覚えは無いのだが? 「登録上は、この家も車も新会社の資産になってる。いわば、社用車と社宅、だな」 なるほど……って事は、親父が事業に失敗すれば、俺らはここから叩き出され車も没収されるわけだな。 「さい先の悪いこと言わんでくれ。そうならないように、がんばってるんだ」 ブスッとしてこちらを睨む親父。悪い、言い過ぎた。 「まあ、良い、ホントのことだからな。それより中に入ってみろ。驚くぞ」 親父に促されるまま、俺は玄関をくぐった。 「広~~い!ねぇねぇキョンくん、あたしの部屋すっごい広いのよぉ~~」 妹が自分に割り当てられた部屋を見て、感嘆の言葉を出した。以前の妹の部屋は確か六畳だったはずだが、この部屋は八畳間か?では、自分の部屋はと見れば…… 「キョンくんの部屋、もっと広いねぇ~~~」 ……十二畳間でフローリングですか。つか、広すぎないか、これ。 「どう?気に入った?」 下の階から、お袋が声を掛けてくる。 「すっご~~い、広いの!うん、気に入った~~~!」 大はしゃぎしている妹がお袋の質問に答えながら、階下に手を振る。コイツは悩みがなさそうで良いな。 その時点で、親父がいないのに気がついた。外を見ると車も無い……逃げたか? 「あれ、親父は?」 「何だか、仕事の打ち合わせって言ってたけど、引っ越しの手伝いするのがイヤなんじゃないの?全く自分の家の引っ越しだってのに、何考えてんのかしら、あの唐変木」 唐変木て。意味分からんぞ、お袋よ。 ぶつぶつ言っていたお袋は、諦めたように俺たちに目を向けた。 「じゃあ、引っ越し便が来るまで自由にしてなさい」 妹は「は~~い!」と元気よく応え、部屋に戻っていった。俺も部屋に戻り、前の家から運び込まれる荷物をどのように配置しようか考えてみた。しかし……以前は六畳間だったから、ほぼ倍の広さの部屋なわけだ。 荷物を配置してもスカスカだろうな。無駄に広いって感じがするが、まあそのうち埋まるだろ。 さて、どのようなレイアウトにしようかと思案していると、携帯が鳴った。 着信:長門有希 長門だった。 「長門か」 「……目的地への到着を確認」 「おう、無事着いたぜ。多少疲れてはいるがな」 「……そう」 「そっちは変わりないか?」 「……ない」 「そうか。生存確認ってワケか、この電話は」 「……貴方に電話したのは、別件」 「なに?」 「……貴方のこと」 「俺がどうかしたのか?」 そこで長門は一瞬言葉を句切り、間を置いた。 「……貴方が涼宮ハルヒの元を一時的に去ることにより、状況に変化が生まれることを情報統合思念体は予想していた。しかし、今日まで特に大きな情報改変は確認されていない。ただし、貴方が涼宮ハルヒの『鍵』であることに大きな変更はないと情報統合思念体は考えている。貴方の身に危険が生じる可能性が増えると情報統合思念体は判断し、貴方を護衛及び観測するためのインターフェイスを派遣することになった」 つまり、俺も観測対象になったという訳か? 「……そう。私の観測範囲を広げれば、貴方に迫る危険には十分に対応可能であると情報統合思念体に報告したが、もし貴方に急遽危険が迫った場合、即時対応という意味では不十分と見なされた。そのため、貴方専用のインターフェイスを付けることとなった。なお古泉一樹の『機関』や朝比奈みくるの組織も、おそらく我々と似たような行動を取るだろう」 俺専用の護衛兼観察係、ですか。嬉しいんだか悲しいんだか。 そいつらは俺に自己紹介をしてくれるのかね? 「……わからない。情報統合思念体でも派閥によって思惑が違う。貴方に正体を明かした方がよいと判断するならば、そのようにするだろう。私にはそれ以上の情報が与えられていない」 そうですか。ただ、お前のパトロンの『派閥』がどうのって話を聞くとだな、脇腹のあたりがズキズキしたりするのは、俺のトラウマになってしまったんだが。 「……頑張って」 ああ、頑張るさ。伊達に2年もSOS団にいたワケじゃあない。多少のことでは驚かなくなってるしな。 「……そうではない。涼宮ハルヒと約束した事柄。私という個体も、貴方がこちらに戻ってきてくれることを切望している」 ……おい、なんでそのことを知ってるんだ? お前と朝比奈さんはあの時もう居なかったじゃ……って、長門のことだ、知らないことは無いんだろう。 「……ナイショ」 久々の長門の冗談のような台詞を最後に、携帯は切れた。 結局、やっぱりというか、当然というか。ここまで来てもハルヒやSOS団と俺は、縁が切れないらしい。 これじゃSOS団支部ってのを本当に立ち上げてみても良いかもしれないね。 ハルヒや古泉にも、無事到着したと連絡をしようと、携帯のメモリを呼び出していたとき、引っ越し便が到着した。これからまた肉体労働かと思うとげんなりしてくるが、とりあえずこの引っ越しを終わらせない限りは寝る場所にも困ってしまうし、飯も食えない。なんせ、俺のベッドも食器もあの荷物の中だからな。 階段を下り外へ出て、なんとなく玄関の脇で引っ越し便を見ていた。 引っ越し便のお手伝い人数は……運転手を含めて5人か。当然、向こうを手伝ってくれた人とは違うようだ。 彼らはトラックの前で点呼を取ると、荷物を下ろし始める。まずは隙間を埋めていた毛布を取り出し、同時に段ボールをトラックの側に敷き始めた。 流石プロ。手際の良さに感心して見入っていると、助手席からバインダーを小脇に抱えた作業服姿の女性が小走りにこちらにやってきた。 あれ……?? 「こんちにわ、お待たせしました。引っ越し便です」 「はあ~~い……お待ちしてました」 「では早速作業に掛からせていただきます」 お袋に挨拶し、再び小走りに外に出てきた女性に声を掛けた。 「……何でこんなところに居るんですか?森さん?」 足を止め、こちらを振り向いた女性は『機関』所属にして古泉の上司?森園生さんだった。いつぞやのメイドルックやスーツ姿と違って、作業着姿も板に付いている。 「ええ、引っ越しのお手伝いに参りました。それと、あなたにお伝えしたい事がありましたので」 多分、さっき長門から聞いた件なんだろう。 ありがとうございます。わざわざ伝えに来てくれたんですか。 訝しげな顔をした森さんに、俺は先程長門から聞いたことを説明した。 「さすがは長門さんですね。既に連絡済みとは」 いや、俺もその件はさっき聞いたばかりなんですが。 「彼女の言ったことは事実です。というわけで、我々も貴方の護衛を近くに置かせていただきます」 はあ、やっぱりね。出来れば、誰が来るのかを教えて頂くわけにはいきませんか? 「まあ、そのうち分かりますよ。それまでのお楽しみと言うことで」 ……まさか古泉が同じクラスに転校して来るというのは無しですよ? 「彼には、涼宮ハルヒの監視という任務がありますので、それはありません。それでも、貴方が全く知らない方ではありませんよ」 誰ですか?教えて貰うわけには…… 人差し指を口元に持ってきた森さんは、輝くような笑顔でこういった。 「……禁則事項です」 ……そう言う冗談はやめてください。イヤ、マジで。 引っ越し便(実は『機関』)の人たちの、プロ顔負けの手際の良さも手伝ってなのか、荷物の搬入は思いの外順調に進んだ。引っ越しの荷解きも大体終わり、あとは各々の細かい片付けが残った時点で『機関』の面々は帰っていった。是非夕食でもというお袋の言葉を「申し訳ありません。我々にはまだ仕事がありますので」と名残惜しそうに断った彼らは、来たときと同じようにトラックと随伴のワゴン車に乗って、夕闇の中に消えていった。 簡単な夕食を掻き込み、部屋に戻ったところで携帯の着信に気がついた。 履歴にはハルヒと古泉、朝比奈さんの名前が載っている。ああ、そう言えば到着の連絡してなかったな。 まずハルヒに……と携帯を取ったところで、電話が鳴った。 着信:古泉一樹 「古泉か」 「はい、ご無事そうで何よりです」 「ああ、無事に付いたぜ。引っ越しも一段落した。その……森さん達のおかげでな」 「……それはそれは。となれば、こちらの用件はもうご存じですね」 俺は、長門から聞いた話を古泉に話した。『機関』の意向を知っているのと知らないのでは、今後の対応が変わってくるだろうし、何よりコイツには「事情は知っている」ことを話しておかなければと思ったからな。 「そうですか。そこまでご存じならば、僕からは何も言うことはありません」 古泉の、ちょっと困ったようなにやけ顔が頭に浮かんだ。 「ところで涼宮さんにご連絡は?」 ああ、これからだ。今掛けようかと思ったら、おまえから掛かってきたんだ。 「そうですか、これは失礼しました。涼宮さんは、おそらくあなたからの連絡を首を長くして待っておられるはずです。それでは、また」 それだけ言うと、古泉からの電話は切れた。 ああ、そうだ。ハルヒハルヒ。 呼び出し音一回で出やがった。 「もしも……」 「遅~~~い!何やってたのよ!このバカキョン!」 いきなりそれかい。 お前な、引っ越しの翌日は荷物整理と片付けだろうが。こっちは大変な状態なんだぞ。 「知らない」 うわ、そこで一蹴しますか、こいつは。 「……心配してたんだから。到着したら、きちんと連絡しなさい!」 ああ、すまんな。それに関しては悪かった。 「そっちは、どう?上手くやっていけそう?」 着いたばかりでまだ分からんが、同じ日本だ。言葉も通じるし、問題ないんじゃないか? 「そっか。じゃあ、受験勉強も大丈夫ってワケね!」 そう言う意味かよ。まあ、日本全国やることは同じだ、大丈夫だろ。やれるところまでやってみるさ。 「ああ、そうだ。引っ越しの時に言い忘れていたけど、SOS団本部からの通達よ!!月イチで不思議報告をすること!良いわね!」 はあ??何のことだ??不思議報告だと?? 「あんたね!SOS団支部長って言う肩書きを忘れたワケじゃないでしょうね。こっちとそっちでは全然生活環境が違うんだから、不思議の一つくらい見つけるのがSOS団団員として当然のことなのよ!」 イヤ確かに生活環境というか、自然形態も違うから不思議な事の一つくらいはあるかもしれんが……って待て待て!俺たちは受験生だぞ!しかも俺は、お前の志望大学に入るためには脇目もふらずに勉強しなければいけないんだが? 「……う~~ん、そう言われればそうよね……ああ、じゃあ不思議なことを見つけておきなさい!調査自体はSOS団本部がやるわ。そうね、手始めはGWあたりを予定しておくから」 え~~と、それはつまり…… 「SOS団初の遠征!『GW不思議探索ツアー』決定ね!じゃ!おやすみ!」 おい!まてこら……という俺の叫びも空しく、携帯は既に切れていた。 はあ~~、と言う盛大なため息が俺の耳に聞こえてきたのは、空耳ではないだろう。吐いたのは俺だからな。 GWの予想……と言うより惨状を予測していた俺は、ふと時計に目をやった。時計は無情にも23時をとうに過ぎていた。やばい!朝比奈さんに連絡しなきゃ。 何度か携帯に掛けてみたものの、いっこうに出る気配はなかった。寝ちまったのかな?まあ、深夜に電話するのもどうかと思った俺は、明日もあるさと思い直し、とりあえずそれだけは確保した寝床に潜り込んだ。 第十章 護衛へ
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/2118.html
長門さんがくれて、彼が無理に僕につけたピンをポケットに押し込み、 僕は素早く前髪を撫で付けた。 朝比奈さんが湯飲みを取りに棚へ向かい、 涼宮さんは、いつも彼女が座る椅子の横に鞄を投げ出す様にして下ろす。 よし、どちらにも見られてない。 パソコンを立ち上げる前から、涼宮さんは上機嫌にマウスを机の上に走らせている。 クラスメイトの女子と放課後に勉強会をしたそうだが、 はかどったのだろう、うきうきとしているのが傍目にも解る。 いいことだ。 昨夜の閉鎖空間と神人を発生させた悪夢を、 目覚めて数時間経った今でも引きずっている様子は全く見られない。 昨夜、の。 …今更ながら、とんでもない事をしてしまったな、と頭を抱えたくなる。 いや、別に何かあった訳ではないのだが。 しかし、何もなくったって一緒にベッドで寝たのは事実だ。 いや、でもやっぱり何もなかったんだし、 大体あれはお互いの寂しさの波みたいな物が同時に押し寄せて、 人肌恋しいが故にその場の衝動で、本能が自分を突き動かすままに …ってこの表現じゃ、一緒にベッドで、文字通り寝ただけ、 と最初に断っておいていても色々と誤解を招きそうだ。 …まあ、どんな表現をしても、何も無かったものは無かったのだけれど。 あって欲しい訳でもないし。 ダサカワイイだとかユニカワイイだとか、さっき散々言われてしまったけれど、 今長門さんはいつも通りに読書をしている事だし、 もうごちゃごちゃと考え込む必要も無いか。 このピンを僕にくれたのだって、 長い前髪をうっとおしがる僕を見ての親切心からの物なんだろうし、 ぐだぐだ考えるのはよそう。 「もう一勝負するか?」 僕がまぜこぜにした駒が乗るオセロ盤を挟んで向こう側、彼がそう聞いた。 「あ、はい」 駒をまとめて、対局を開始する。 湯飲みと机が触れ合う音、マウスがクリックされる音、 本のページが繰られる音、駒が盤に置かれる音。 騒音とは今はまだ無縁のこの雰囲気に安心しきって、 僕は噛み殺す訳でもなく、顔を下に向けてあくびを一つした。 「寝不足か?」 「ええ、まあ」 「バイトが入ったとか?」 「ええ、まあ、そうです」 バイト、つまり神人退治をこなした後、長門さんと同じ布団に潜った割には、 緊張感もそれほど長持ちせずにぐっすり眠れたけれど、 それでも疲れが完全に無くなった訳ではない。 あくびの一つや二つ、出たっておかしくは無い。 「ねー、前々から気になってたんだけど」 涼宮さんが、パソコンの画面から目を離して僕達を見る。 「古泉くんのバイトってなんなの? 何曜日か決まってる訳じゃなさそうだし、不定期だし」 …まさか涼宮さんに僕のバイトについて聞かれるとは。 不定期なバイトなんていくらでもありますよ、と言おうかと思ったが、 じゃあ具体的にはどんな仕事、と聞かれてしまうと例が上げられない。 彼が、微かにぎくりとするのが視界の隅に入る。 「この前、キョンに 『相手をするのは疲れる』 って愚痴っぽいこと言ってるのを部室の外でたまたま聞いちゃったんだけど、 相手ってことは接客業よね? 夜中のレジに高校生立たせちゃ駄目でしょ。店の方も雇ったりしないだろうし」 聞かれていたのか。 けれど、もし聞かれていてもいい様に、 直接な名詞は使わずにいたから、まだ誤魔化せる。 さて、どうやって逃げよう。 「古泉は、北高の制服じゃなかったら高校以上に見えるだろ。 店の制服着てたらバレねーよ」 「バレるバレないの問題じゃなくって! …いいえ、まあ、バレなきゃ大抵の好き勝手はしてもいいし、 バレたらバレたで次のバイト探せばいいんだけど…」 涼宮さんは、うーん、と唸ってマウスを放り投げる。 腕を組んで考え込んでいる様だった。 「歳を偽装してるの?」 えー、っと… 「ああ、もう!あたしが聞きたいのはそんな事じゃなくて!」 僕が答えに迷う間すら空けず、涼宮さんは組んでいた腕を解いた。 「どうなの古泉くん!あなたは家庭の事情でバイトしてるの!? だから、不定期な上に夜中にだって出勤しなきゃいけないくらいの仕事じゃないと、 お給料が間に合わないの!?」 はらはら、と顔に書いた朝比奈さんが僕の前に、湯気の立つお茶が注がれた湯飲みを置く。 あ、あの、茶柱、茶柱を立てるのって、 コツさえ押さえれば簡単にできるって知ってますか~? と、なんとか涼宮さんの興味を僕のバイトから逸らそうと、 懸命に別の話題を提供してくれている。 「それとも!!」 しかし、涼宮さんはその話には釣られてくれない。 飲んでいる間は時間を稼げるかと思い、僕は湯飲みに口を付けた。 少し舌がひりひりする程、熱々だ。 「年齢偽装してレンタルビデオ店のAVコーナーのレジ打ちしてるの!?」 ぶばーーーっ!! 「汚ねぇぇえぇえ!!!」 「わ、ちょっと、大丈夫!?みくるちゃん、雑巾持って来て!」 「はわわわ、はあい!」 「AVとは?」 「!?げほ、ア、アアアニメビデオの略です…っごほ!」 いつの間にか僕の横に立っていた長門さんに、 咳と咳の間に声を絞り出すようにして嘘を吐いて、また咳込む。 駄目だ。明らかに入ってはならない方にお茶が流れた。 これは完璧に気管に入ってしまった。 ひーひーとおかしな呼吸を繰り返しながら、しかしここでもんどりうつ訳にもいかず、 僕は両手で口を押さえて背中を丸めた。 「落ち着く時間が必要」 背中に手が置かれる感触がした。 「立って」 言われるがままに立ち上がる。 そのまま背中を押されて、僕は長門さんが先回りして開いた扉の外に出た。 涼宮さんの声が聞こえる。 「…図星だったりして」 んな訳ねえよ!! 一番近くにある手洗い場に誘導されて、僕は台に手をついて屈むようにして咳込んだ。 息苦しさに上下する背中を長門さんがさすってくれている。 「落ち着いた?」 「はい…ありがとうございます」 まだ少し喉に何か引っ掛かったような違和感が残るけど、今はそれ所ではない。 ポケットから携帯を取り出して、僕は番号を選んで電話を掛けた。 「もしもし、こちら森」 「古泉です。少しお時間よろしいですか?」 「涼宮ハルヒに異変でも?」 「いいえ。変わった様子は見られませんし、閉鎖空間も感知していません。 …ちょっと、森さんの知恵をお借りできないかと思いまして」 困った時の森頼み。 僕はさっきあった会話の内容を手早く伝えた。もちろんAVの件は省いて。 曜日が定まっておらず不定期で、夜中に出勤する必要があり、尚且つ接客業。 涼宮さんが握っている条件が当てはまり、納得してもらえるバイトを森さんは果して―― 「ベビーシッターでいいじゃない」 「え?」 ――あっさりと思いついてくれた。 「赤ん坊がいる知り合いに雇われていて、 その雇主が所用で家を出る時に電話であんたを呼ぶのよ。 これで曜日が決まっていないのと、不定期なのとはクリアね。」 「ではあの、夜中に出勤、というのは」 「雇主が揃って残業だとか、 夜泣きがその親二人では対処できない程酷い、とでも言えばいいわ」 「涼宮ハルヒは、僕がバイトをするのは家庭の懐事情が複雑だから、 と思っている様なのですが」 「そうね…じゃあこうしましょう。 あんたは、多丸兄弟のどちらかの息子もしくは娘の子守を頼まれている。 企業の社長とその弟、それも孤島と別荘を買える上に、 メイドと執事を雇える程の人物とあんたは、 そこに招かれる程に親しい知り合いという設定なんだから、 家庭の事情でバイトってのもおかしいしね」 「そうですね。 では、雇われていると言うより、子守のお手伝いをしている、と」 「ええ、そうしなさい」 「圭一さんか裕さんか、どちらにしましょう」 「んー…どっちも最近、哀れになる程女っ気が無いのよね…さっぱり」 「森さんこそ、人の事言え――」 「古泉。森園生☆必殺お尻ぺんぺん百叩きの刑(はーと)に罰されたくなかったら黙んな」 「すみませんすみません申し訳ありませんこの古泉一樹一生の不覚」 「次言ったらビデオに撮影したやつ機関内に垂れ流すから」 「ごめんなさいごめんなさいもう言いませんあれは二回も食らえば十分です それ以外なら減給処分でもなんでもいかようにも罰して下さい てか録ってたんですかあれどこに隠しカメラあったんだちくしょう いつ死にたくなってもいいように遺言書いとこうかな今日あたり」 「古泉一樹は極度の恐怖による混乱状態の直中。句読点が入る余地も無い程。 早急に通信を絶つべき」 「マジですかああほんとださっきから僕の台詞が読み難いことに ではこの辺で切ることにしますさようなら森さん」 「二度目は無いからね、覚悟しときなさい」 通話ボタンを押して、僕は一気に憂鬱な気分にはまってしまいたかったが、 そうなるよりも先に気を取り直した。 「という訳で、僕のアルバイトは多丸さん… どちらでも大して変わらないでしょうから、とりあえず圭一さんにしておきます、 のお子さんの子守という事で」 長門さんが無言で頷く。 辻褄の合う偽バイトもできたので、部室に戻るべく僕達は廊下を歩いた。 「涼宮ハルヒに、 バイトをアニメーションビデオコーナーのレジ打ちと勘繰られただけだと言うのに、 あなたは過度に動揺していた。何故」 「…さあ…何故でしょうねえ……」 AVの略は一般的にはアニメーションビデオではないからです、 とも言えず、僕は辿り着いた部室のドアノブを捻った。 「お騒がせしてすみません。外の空気を吸ったら落ち着きました」 「あ、大丈夫ならいいわよ。あたしこそ変なこと言ってごめん」 ほんとにな。 「隠していた訳ではなく、言いそびれていただけなんですが」 と前置きをして、僕は森さんが考えてくれた子守のバイトの説明をした。 「ははあー、なるほどねえ…子守かあ…」 説明を終えると、涼宮さんが再び腕を組んで何度か頷く。 納得してくれたらしい。一安心だ。 「夜泣きの赤ん坊の相手は疲れるって愚痴っても、 子ども好きじゃないと勤まらないよな。ベビーシッターなんてさ」 こちらの説明臭い台詞の彼も、なるほどという表情をしているが、 涼宮さんのものとは違い、そう来たか、という顔だった。 「ええ、まあ」 けれど、辻褄を合わせてくれているのには変わらないので、それに乗る。 「赤ちゃんのお守ですか…?ああ、ほんと。それだとちゃんと話が合いますね」 この人が真っ先にぼろ出しそうだ。 気をつけて貰わないと。 僕達の真横を、長門さんがパイプ椅子と本に向かって歩いて行く。 「子ども好きなの?」 「ええ、まあ」 「ほんと?たまにイラッと来て、圭一さんが見てない所で虐待とかしてない?」 「してませんしてません」 …恐ろしいことを言う人だ。 「そーね。古泉くん面倒見良さそうだし、それは無いわよね。 子どもに囲まれたら、まんま教育番組のお兄さんって感じ」 「はあ…そうですか…」 「うんうん。いいなー、ベビーシッター」 「お前に子守は無理だろ」 涼宮さんのぼやきに、すかさず彼が突っ込む。 それこそ虐待騒ぎだ、と小声で呟いたのを聞いたのは向かいにいる僕だけだろう。 「ちがーう。あたしが羨ましいのはベビーシッターじゃなくて赤ちゃんの方」 「なんだお前、胎内帰還願望でもあるのか?」 「な訳ないでしょ。馬鹿言わないで。そうじゃなくって、 んー、こうして学校行ってるとさ、赤ちゃんとまではいかないでも、 幼稚園児とか小学生の頃に戻りたいなあー、ってたまに思わない? ほんとのほんとに、たっまーにだけどね」 「あー…言いたいことはなんとなく解るな。勉強しなくてもいいし」 「あ、わたしもたまに思います」 「よね!誰でもそう思うわよね!!古泉くんは!?」 「ええ…まあ…まれに…」 ……え、なんだこれ、この会話…え、なんか、とてつもなく嫌な予感が… 「有希は?有希もたまには、ちっちゃい頃に戻りたいって思うんじゃない?」 ちっちゃい頃も何も、長門さんは生まれた時には既に、 この外見と年齢が設定されていたのだろうから、 幼い頃の記憶とやらに興味を持ってもおかしくない、と思う。 「……」 しかし、涼宮さんにそう聞かれても、 長門さんは無言で頁を捲っただけだった…ら、どれ程良かっただろうか。 「思う」 「でしょ!あーあ、ほんとに戻れたらいいのにな、幼稚園児とか保育園児くらいにさ」 「だな。 …!って、待った!ハルヒっ!さっきの取り消せ!高校生だって捨てたもんじゃな――」 二番目に嫌な予感に気付いたのは彼だったが、如何せん遅過ぎた。 くしゃりと前触れも無しに、僕の視界で確認できる範囲の中にある、 三つの制服と一つのメイド服が椅子の上に崩れた。 それを着ていた持ち主達は多分、服に埋もれている。 「しまった…!」 嫌な予感が的中したことに青ざめ、僕は慌てて椅子を後ろに倒して立ち上がる。 余りの急展開に、何故僕だけ涼宮さんの力が働かなかったのだろう、 という疑問なんて、この時は思い付きもしなかった。 「大丈夫ですか!?」 一番近い椅子に駆け寄って、ブレザーごと抱え上げる。 ぶかぶかの制服の中に座っていた人物は、あの見慣れた、眉を寄せる動作を取り、 「おじさんだれ」 ………おじ!?おおおおじ!?!?おじ!?…おじ…って、そこじゃなくて!! 「まさか記憶まで…!?」 「そう」 「長門さん…! 良かった…あなたは記憶を失わなかったんですね?」 「そう」 椅子の上で、セーラー服の中で立ち上がった、頼もしいその人(ミニチュアサイズ)は、 「あんしんして。 このぎんがをとーかつしゅるじょーほーとーごーしねたいによつてつくられた たいゆーきせーめーたいこんたくとよーひうまのいどいんたーふえーす」 「………」 「しょれがわたし。あにゃたがふあんになることはない」 一気に押し寄せて来た不安に、僕は卒倒するのをなんとか堪えた。 手の中にいる幼い子どもを取り落とさないためにも。 一へ続く 「ただのいんげんにはきょーみありません。このなかにまじょっこ、へんしんひーろー、 しゃべるどーぶつきゃらがいたらあたしのところにきなさい。いじょー」 「うああああああん!ぱぱあ!ままあ!!」
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/748.html
3話 朝から妹のボディプレス、ハルヒの耳元絶叫により、寝覚め最悪で俺は朝食を食べていた。 あぁ、くそ。鼓膜が痛ぇ。 「いつまでも起きないのが悪いんじゃない。あたしまで遅刻させるつもり?」 ……ちょっと待て、お前は俺と一緒に登校する気か? 「当たり前じゃない! あの自転車は共有だから一緒に行くしかないでしょ!」 あぁ、そうなのか。頭の良い俺は、今のセリフでわかったよ。 ハルヒを後ろに乗せて学校に向かわねばならないわけか。 そして必然的にハイキングコースもハルヒと二人か……。 古泉が見たらいつもの3倍のニヤけ面を俺に向けて来るんだろう。……数日の我慢、数日の我慢。 迫り来る登校時間に焦りつつ、ハルヒを乗せて家を漕ぎ出た。 ……うむ、いつもより足が重い。やはり一人分多いのはキツいな。 「ふふ……なんか懐かしいわね。キョン兄と一緒に登校出来るのは一年ぶりだもん」 こいつは入学したばかりだから久しぶりなのか。 俺の記憶には無いが、中学時代も一緒に登校していたのだろう。話を合わせとかなきゃな。 そうだな。今まで軽かったペダルが一人分重いぜ。……痛ぇっ! ハルヒの手が乗っている肩を抓られた。 「女の子にそんなこと言わない!」 『女の子』……か。このハルヒは中学時代から精神がまともなのか? いや、まともなら能力が残ってるわけないか。 自転車を止めて、ハルヒと並んで学校へと歩き出した。 よくよく考えると、似てない兄妹である。谷口に見つかったりしたら絶対に勘違い……「キョン!? お前……その娘……ええぇぇ!?」 ……まぁ、お約束か。 「キョン兄、誰?」 あぁ、こいつは谷口。クラスメイトだ。で、谷口よ。こいつはハルヒ。あ~……妹だ。 谷口はリアクション芸人も真っ青のオーバーアクションで驚いていた。 「お、お前な! 嘘つけ、似てねぇ! こんなにかわいい娘がお前の妹なもんか!」 なんて失礼な野郎だ。……確かに似てないとは思うけどな。 「か、かわいい……? えへへ、ありがとうございます!」 おい、なんだそれは。頬を赤らめて谷口に敬語を使うハルヒなんておかしいだろ。 そんな態度を取るとバカが調子に乗るぞ。 「ハルヒちゃん、よかったら放課後にデートでも……「行くぞ、ハルヒ。あやしい奴にはついて行くなって中学で習っただろ?」 俺はハルヒの肩を抱いて坂を登っていった。 ……あれ? 何でこんなに必死に谷口から守る必要があるんだ? そうか、兄としての義務だからだ。そうに違いない。 「ちょっ……キョン兄! もういいから!」 何がもういいんだよ。 「肩!」 3分くらいずっと肩を抱いたまま歩いていたらしい。ハルヒは妹とはいえ恥ずかしい。 ゆっくりと肩から手を外し、改めて並んで歩き出すと、ハルヒが知り合いを見つけて走り出した。 「涼子、一緒に行こう!」 人を寄せ付けなかったハルヒが友達に『一緒に行こう!』か。 実は元のハルヒも、こういう生活に憧れてて、その理想をこっちに投影してるんじゃないのか? ……ないか。 「あ、ハルヒちゃん。いいわよ、一緒に行きましょ」 かわいらしい声で振り向いた人物は……参ったね。 見事なまでに朝倉涼子だった。 「キョン兄、あたし先に行くからまた後でね!」 あ、あぁ。 動揺を悟られぬように笑顔で手を振った。 朝倉が何故ここにいる。ハルヒと友達? 今度も俺の命か? それともハルヒか? 「大丈夫」 俺の心の中を見透かしたように声が聞こえた。 「あれは涼宮ハルヒのイメージの朝倉涼子。 どうでもいいクラスメイトの中でも、カナダに転校して、イメージが強く残った彼女を友達として選んだと見られる」 毎回毎回、俺を落ち着かせてくれるな。この声は。 長門、本当に俺達に危害は無いんだな? ショートカットを揺らしながら俺を追い抜いた後、振り向いてそいつは答えた。 「無い。もし何かあったとしても……わたしが守る」 本っ当に頼りになるぜ。 俺の鼓動はいつの間にか落ち着いていた。 大丈夫だ、今回はあの日のように、俺一人が別世界に来たわけじゃない。 古泉や朝比奈さん、そしてなによりも長門がいる。 頼りにしてるぜ。……そして早く元の世界に戻してくれよ。 長門の背中を見送り、先程置き去りにした谷口と共に学校へと歩き、自分の教室へと向かった。 新学年に上がり、新しくなった教室。一年の時と同じように、俺の後ろに陣取ったハルヒはここにはいない。 ……なんか、違和感あるな。少し寂し……くは無い。うん、寂しいわけがあるか。 谷口や国木田と少し話をして、去年と同じく席替えで決まった窓際後方二番手の席に座り、外を眺めた。 はぁ……なんだかやる気が出ないな。 その時、誰かが俺の後ろの席に座った。まさか……ハルヒ! 叫んで振り返った俺の視線の先では、意表をつく人物が微笑んでいた。 「お久し振りですね」 あっ……え? な、なんであなたがここに? 「仕事の一環です」 微笑みを崩さずにそう言い放った人物、森園生さんは静かに席に座った。 一体、何歳なんだ? 違う、それより何故ここにいるんだ? 何故、改変されても記憶が残ってるんだ? 様々に疑問が頭に浮かんでいく。それに気付いたのか、森さんは俺を屋上へと呼び出した。 「私も涼宮さんとあなたは兄妹だと認識しています。真相は古泉から聞きました」 それじゃあ何で『久しぶり』って……。 「あなたは古泉の友人として、朝比奈みくる、長門有希と共に夏に別荘に泊まりに来ています。 冬も同じような感じで会っていますよ。……あ、『涼宮さん』という呼び方も、古泉の指示です。 あなたにはそちらの方が分かりやすいからと」 そうだ、ハルヒは名字が俺と一緒になっているんだよな。 だんだんわかって来たような気がするぞ。 つまりハルヒの改変の有効範囲は《ハルヒを知っている者》なんだな。 それで機関の人間も記憶をいじられた。 しかし、それを防御した古泉から真相を聞くことで、機関も今まで通りになるよう動くってわけだ。 ……それで、何故、森さんが学生になって、しかも空くはずのハルヒの席に? 「簡単なことです。長門有希さんに情報操作を……あ、ちなみに私が一番学生っぽい顔をしてるという理由から選ばれました。 うふふ、うれしいですよね。若く見られて」 機関と情報統合思念体の利害が一致したとかそんな理由か。 しかし……本当に森さんは違和感がない。実年齢はいくつなんだ? 「今、私の年齢のこと考えてましたよね? ふふ……禁則事項ですよ」 ここで朝比奈さんのセリフを取りますか。もうね、大人っぽいけど子どもっぽいですよ。 大体の事情がわかり、俺は教室に戻ろうと階段を降りた。 「あ、待ってください」 どうしました? 「これから、世界が戻るまでは学生ですので、それ相応の喋り方、接し方をしますので覚えておいてください」 わかりました。 本当はよくわからなかったが、いい加減、予鈴がなりそうだったから返事をしておいた。 ……まぁ、すぐにわかることになったが。 「それじゃあ、教室に戻ろう? キョンくん」 あぁ、自分のキャラをカモフラージュか。妹ハルヒ並みに破壊力がある変化だ。 合宿の時などに見た微笑みじゃなくて、満面の笑みを向けられていた。 完全に学生になりきっている。これほどの演技力なら女優になれるな。しかも学生役からメイドまで何でも来いのだ。 そんなこんなで、教室に戻り、ハルヒの代わりに森さんが後ろにいる学校生活を開始した。 しかし、別段変化はなく、授業中のシャーペン攻撃が無くなったくらいだった。 そして昼休みになったわけだが……。 「あれ? キョン、ご飯食べないの?」 国木田、見ればわかるだろう? 忘れちまったのさ。 「わはははは! バカだな、バカ! 一人寂しく学食でも行って来い!」 このくそ野郎……。 谷口の背後に回り、右手を振り上げて構えた所で制止がかかった。 「こ~ら、キョン兄! 人に迷惑かけない! 弁当はあたしが持ってきてあげたから!」 ハルヒが弁当を持って俺の教室に……ってマズい! すぐにハルヒを連れて教室から離れた。 何故かって? そりゃ恥ずかしいし……ハルヒを取られたくないから周りの奴等に見せたくないのさ。 勘違いするなよ、《兄》としてだからな。 バカ! 来るなら来るって言えよ、恥ずかしいだろうが! 「な、なによ。そんなに怒らなくてもいいじゃない。 ちょっとキョン兄の様子を見たかったんだもん……ごめん……」 そんなに悲しそうな顔をするな、怒る気が失せるだろ、畜生。……やっぱり妹には甘いんだな、俺は。 ハルヒ、ありがとう。助かったよ。 頭を撫でてやると、ハルヒはニカッと笑った。この顔が見れるから甘くなるんだろうな。 「今回だけの特別サービスなんだから! 次からは罰金よ、罰金!」 そう言い残して走り去って行った。……さぁ、昼飯だ。 教室に戻ると、谷口がまたギャーギャーわめいてきた。相変わらずウザい。 国木田はと言うと、「久しぶりに見たなぁ。綺麗になったよね」などと見事なマイペースぶりだ。 こいつはたまに家に遊びに来てたから、その時に見たということになっているのだろう。 やっぱり学校生活はハルヒと長門で上手いように書き替えられていた。 午後の体育の時間も、森さんは去年からずっと一人で目立って活躍しているとの小ネタを聞いたからな。 ちなみに森さん情報はこうだ。 頭脳明晰、運動神経抜群、性格最高、かわいくて癒される。 入学してしばらくのハルヒと朝倉を足して二で割った感じだ。 もちろん、谷口ランクは最高らしい。 ハルヒはハルヒで女友達を数人作ったみたいだし、なんか真新しい感じがする。 ……違うな、物足りなさを感じてるんだよな。 もっとぶっ飛んだ生活が好きだったんだよ、俺は。今の生活も悪くないけどさ。 「キョン兄、帰るわよ!」 気がつくと、放課後になっていた。ボーッとし過ぎたか。 大方の予想通り、ハルヒは教室まで迎えに来やがった。……昼休みに隠れたの意味ないな。 「あ、あなたはキョンくんの妹さん? 全然似てないのね」 「顔だけじゃなくて、中身も違うよ。成績も上から数えるくらいの優等生だったよね、中学の時は」 阪中、国木田、うるさいぞ。また明日な。 ハルヒを連れて足早に教室を去った。あいつら、好き放題言いやがって……明日覚えてやがれ。 「ね、キョン兄。このまま家に帰るの? どっか寄ってかない?」 そうだな……あ、一か所行くところがあるんだがいいか? お前は待っててもいいが。 ハルヒは少し頬を膨らまして言った。 「せっかく一緒に帰るんだからついていくわよ!」 そうか、じゃあついて来い。 歩きなれた道を通り、だんだん人の少ない道へ。俺は部室棟へ向かっていた。 ハルヒがいなくても勝手に集まってるんだろうな。 階段を登り、ノックをした。涼宮ハルヒのいないSOS団の部室を。 「はぁい」 そのままドアを開けると、やはりみんな座っていた。俺がハルヒを連れて来たのは予想外だったらしく、驚いてはいたが。 「おやおや、何やらかわいらしいお人を連れて来ましたね。とうとう色恋沙汰にお目覚めですか?」 ハルヒが妹という事に完全に適応してやがる。まったく、要領の良い奴だ。 うるさいぞ、古泉。こいつは俺の妹だ。今年から北高に入学したんだよ。 それについて行く俺の大根役者っぷり。みんな、笑ってくれても構わないぞ。 「あ、あはは……本当にかわいいなぁ! す、涼み……じゃなかった。名前はなんて言うんですか?」 朝比奈さんに至っては、昨日会った事はなかったことになってるようだ。俺よりボロが出そうだな。 「あ、えっと……ハルヒって言います。昨日会いましたよね?」 「え? ……あ、そっか! そうですよね! あはははは……」 しかし、いくらハルヒとは言え、見知らぬ先輩3人に囲まれたら丁寧な態度にもなるか。 ……いや、改変された世界のごく普通の人間のハルヒだからか。 このハルヒは強引な所、わがままな所こそ変わっていないが、ぶっ飛んだ考えは持っていない。 だから友達もそれなりにいるようだし、明るく見えるんだろうな。 朝比奈さんと古泉がハルヒと会話を交わしている隙をついて、長門に話しかけた。 どうだ、元通りになるにはどのくらいだ? 「涼宮ハルヒのプロテクトが意外に強力。学校の時間は仕方ないが、夜に一気に作業を進める」 ……え~と、つまりまだ未定ってことでいいんだな? 「……いい」 やれやれ、当分の間はこの妹に振り回されるんだな。 部室のドアの方へ戻り、3人に声をかけた。 みんな、俺は帰らせてもらう。こいつとデートして、チャリに乗っけて帰らなきゃいかんからな。 「ふふふ、わかっていますよ。どうぞ妹さんを大切にしてやってください」 くそったれ古泉。その気持ちはうれしいが、ニヤけ面をやめろ。ぶん殴るぞ。 「そんな顔になってましたか? すみません」 かなりむかつく古泉の顔を遮るようにドアを閉めた。明日にでも、森さんにあいつの弱みを聞いとくか。 ハルヒと一緒に歩いて坂を降り始めると、何故か口数が少ないことに気がついた。 どうした? 体調でも悪いのか? 「ううん、何でもないわ。それよりどこに行こっか?」 そうだな……。 結局、いつもの喫茶店で軽く食い飲みしながら話し、そのまま帰った。 帰りの自転車でハルヒが立ち乗りではなく、俺の腰に抱き付いて座っていたのには驚いたが。 「疲れてるのよ、細かいこと気にしない!」 全然細かいことではない。なぜならこいつの女の部分が背中に当たっているからな。 俺も男だから意識するさ。ただ、それを気取られることはないように努めるが。 二人分の重さの自転車は俺の足に多大なるダメージを与え、家に着く頃にはフラフラだった。 「キョン兄、大丈夫? やっぱりお母さんに自転車買ってって頼もうか?」 大丈夫だ。うちの家計のことも考えてやろうぜ。 ドアを開けて、家の中に入った。飯の前に風呂に入ろう、汗かいたし。 ただい「おかえりっ!」 ぐおっ! 入った瞬間に妹からのダイブをくらった俺は、フラフラの足では支えきれずに倒れた。 「あ、えへへ……だいじょぶ?」 大丈夫じゃねぇ。背中痛いし、頭打った。……まぁ、ハルヒに被害がなかっただけましか。 妹を引っ掴み、ハルヒに手渡すと風呂へと向かった。やれやれ、災難だぜ。 ここからの夜の時間は特に何もなかった。 長門に電話して状況を聞こうかとも思ったが、邪魔になったら悪いと思い、結局しなかった。 今、俺にはただ一つだけ不安がある。 この生活に完全に居心地の良さを感じてしまうことだ。 このままハルヒが妹でも構わないと思いそうで怖い。 だから、その不安を拭い取るためにも……頼んだぜ、長門。 まだ、今は平穏な日であることに安堵しながら俺は目を瞑り、深い眠りに落ちていった。 つづく 第4話へ
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/2042.html
長門さんがくれて、彼が無理に僕につけたピンをポケットに押し込み、 僕は素早く前髪を撫で付けた。 朝比奈さんが湯飲みを取りに棚へ向かい、 涼宮さんは、いつも彼女が座る椅子の横に鞄を投げ出す様にして下ろす。 よし、どちらにも見られてない。 パソコンを立ち上げる前から、涼宮さんは上機嫌にマウスを机の上に走らせている。 クラスメイトの女子と放課後に勉強会をしたそうだが、 はかどったのだろう、うきうきとしているのが傍目にも解る。 いいことだ。 昨夜の閉鎖空間と神人を発生させた悪夢を、 目覚めて数時間経った今でも引きずっている様子は全く見られない。 昨夜、の。 …今更ながら、とんでもない事をしてしまったな、と頭を抱えたくなる。 いや、別に何かあった訳ではないのだが。 しかし、何もなくったって一緒にベッドで寝たのは事実だ。 いや、でもやっぱり何もなかったんだし、 大体あれはお互いの寂しさの波みたいな物が同時に押し寄せて、 人肌恋しいが故にその場の衝動で、本能が自分を突き動かすままに …ってこの表現じゃ、一緒にベッドで、文字通り寝ただけ、 と最初に断っておいていても色々と誤解を招きそうだ。 …まあ、どんな表現をしても、何も無かったものは無かったのだけれど。 あって欲しい訳でもないし。 ダサカワイイだとかユニカワイイだとか、さっき散々言われてしまったけれど、 今長門さんはいつも通りに読書をしている事だし、 もうごちゃごちゃと考え込む必要も無いか。 このピンを僕にくれたのだって、 長い前髪をうっとおしがる僕を見ての親切心からの物なんだろうし、 ぐだぐだ考えるのはよそう。 「もう一勝負するか?」 僕がまぜこぜにした駒が乗るオセロ盤を挟んで向こう側、彼がそう聞いた。 「あ、はい」 駒をまとめて、対局を開始する。 湯飲みと机が触れ合う音、マウスがクリックされる音、 本のページが繰られる音、駒が盤に置かれる音。 騒音とは今はまだ無縁のこの雰囲気に安心しきって、 僕は噛み殺す訳でもなく、顔を下に向けてあくびを一つした。 「寝不足か?」 「ええ、まあ」 「バイトが入ったとか?」 「ええ、まあ、そうです」 バイト、つまり神人退治をこなした後、長門さんと同じ布団に潜った割には、 緊張感もそれほど長持ちせずにぐっすり眠れたけれど、 それでも疲れが完全に無くなった訳ではない。 あくびの一つや二つ、出たっておかしくは無い。 「ねー、前々から気になってたんだけど」 涼宮さんが、パソコンの画面から目を離して僕達を見る。 「古泉くんのバイトってなんなの? 何曜日か決まってる訳じゃなさそうだし、不定期だし」 …まさか涼宮さんに僕のバイトについて聞かれるとは。 不定期なバイトなんていくらでもありますよ、と言おうかと思ったが、 じゃあ具体的にはどんな仕事、と聞かれてしまうと例が上げられない。 彼が、微かにぎくりとするのが視界の隅に入る。 「この前、キョンに 『相手をするのは疲れる』 って愚痴っぽいこと言ってるのを部室の外でたまたま聞いちゃったんだけど、 相手ってことは接客業よね? 夜中のレジに高校生立たせちゃ駄目でしょ。店の方も雇ったりしないだろうし」 聞かれていたのか。 けれど、もし聞かれていてもいい様に、 直接な名詞は使わずにいたから、まだ誤魔化せる。 さて、どうやって逃げよう。 「古泉は、北高の制服じゃなかったら高校以上に見えるだろ。 店の制服着てたらバレねーよ」 「バレるバレないの問題じゃなくって! …いいえ、まあ、バレなきゃ大抵の好き勝手はしてもいいし、 バレたらバレたで次のバイト探せばいいんだけど…」 涼宮さんは、うーん、と唸ってマウスを放り投げる。 腕を組んで考え込んでいる様だった。 「歳を偽装してるの?」 えー、っと… 「ああ、もう!あたしが聞きたいのはそんな事じゃなくて!」 僕が答えに迷う間すら空けず、涼宮さんは組んでいた腕を解いた。 「どうなの古泉くん!あなたは家庭の事情でバイトしてるの!? だから、不定期な上に夜中にだって出勤しなきゃいけないくらいの仕事じゃないと、 お給料が間に合わないの!?」 はらはら、と顔に書いた朝比奈さんが僕の前に、湯気の立つお茶が注がれた湯飲みを置く。 あ、あの、茶柱、茶柱を立てるのって、 コツさえ押さえれば簡単にできるって知ってますか~? と、なんとか涼宮さんの興味を僕のバイトから逸らそうと、 懸命に別の話題を提供してくれている。 「それとも!!」 しかし、涼宮さんはその話には釣られてくれない。 飲んでいる間は時間を稼げるかと思い、僕は湯飲みに口を付けた。 少し舌がひりひりする程、熱々だ。 「年齢偽装してレンタルビデオ店のAVコーナーのレジ打ちしてるの!?」 ぶばーーーっ!! 「汚ねぇぇえぇえ!!!」 「わ、ちょっと、大丈夫!?みくるちゃん、雑巾持って来て!」 「はわわわ、はあい!」 「AVとは?」 「!?げほ、ア、アアアニメビデオの略です…っごほ!」 いつの間にか僕の横に立っていた長門さんに、 咳と咳の間に声を絞り出すようにして嘘を吐いて、また咳込む。 駄目だ。明らかに入ってはならない方にお茶が流れた。 これは完璧に気管に入ってしまった。 ひーひーとおかしな呼吸を繰り返しながら、しかしここでもんどりうつ訳にもいかず、 僕は両手で口を押さえて背中を丸めた。 「落ち着く時間が必要」 背中に手が置かれる感触がした。 「立って」 言われるがままに立ち上がる。 そのまま背中を押されて、僕は長門さんが先回りして開いた扉の外に出た。 涼宮さんの声が聞こえる。 「…図星だったりして」 んな訳ねえよ!! 一番近くにある手洗い場に誘導されて、僕は台に手をついて屈むようにして咳込んだ。 息苦しさに上下する背中を長門さんがさすってくれている。 「落ち着いた?」 「はい…ありがとうございます」 まだ少し喉に何か引っ掛かったような違和感が残るけど、今はそれ所ではない。 ポケットから携帯を取り出して、僕は番号を選んで電話を掛けた。 「もしもし、こちら森」 「古泉です。少しお時間よろしいですか?」 「涼宮ハルヒに異変でも?」 「いいえ。変わった様子は見られませんし、閉鎖空間も感知していません。 …ちょっと、森さんの知恵をお借りできないかと思いまして」 困った時の森頼み。 僕はさっきあった会話の内容を手早く伝えた。もちろんAVの件は省いて。 曜日が定まっておらず不定期で、夜中に出勤する必要があり、尚且つ接客業。 涼宮さんが握っている条件が当てはまり、納得してもらえるバイトを森さんは果して―― 「ベビーシッターでいいじゃない」 「え?」 ――あっさりと思いついてくれた。 「赤ん坊がいる知り合いに雇われていて、 その雇主が所用で家を出る時に電話であんたを呼ぶのよ。 これで曜日が決まっていないのと、不定期なのとはクリアね。」 「ではあの、夜中に出勤、というのは」 「雇主が揃って残業だとか、 夜泣きがその親二人では対処できない程酷い、とでも言えばいいわ」 「涼宮ハルヒは、僕がバイトをするのは家庭の懐事情が複雑だから、 と思っている様なのですが」 「そうね…じゃあこうしましょう。 あんたは、多丸兄弟のどちらかの息子もしくは娘の子守を頼まれている。 企業の社長とその弟、それも孤島と別荘を買える上に、 メイドと執事を雇える程の人物とあんたは、 そこに招かれる程に親しい知り合いという設定なんだから、 家庭の事情でバイトってのもおかしいしね」 「そうですね。 では、雇われていると言うより、子守のお手伝いをしている、と」 「ええ、そうしなさい」 「圭一さんか裕さんか、どちらにしましょう」 「んー…どっちも最近、哀れになる程女っ気が無いのよね…さっぱり」 「森さんこそ、人の事言え――」 「古泉。森園生☆必殺お尻ぺんぺん百叩きの刑(はーと)に罰されたくなかったら黙んな」 「すみませんすみません申し訳ありませんこの古泉一樹一生の不覚」 「次言ったらビデオに撮影したやつ機関内に垂れ流すから」 「ごめんなさいごめんなさいもう言いませんあれは二回も食らえば十分です それ以外なら減給処分でもなんでもいかようにも罰して下さい てか録ってたんですかあれどこに隠しカメラあったんだちくしょう いつ死にたくなってもいいように遺言書いとこうかな今日あたり」 「古泉一樹は極度の恐怖による混乱状態の直中。句読点が入る余地も無い程。 早急に通信を絶つべき」 「マジですかああほんとださっきから僕の台詞が読み難いことに ではこの辺で切ることにしますさようなら森さん」 「二度目は無いからね、覚悟しときなさい」 通話ボタンを押して、僕は一気に憂鬱な気分にはまってしまいたかったが、 そうなるよりも先に気を取り直した。 「という訳で、僕のアルバイトは多丸さん… どちらでも大して変わらないでしょうから、とりあえず圭一さんにしておきます、 のお子さんの子守という事で」 長門さんが無言で頷く。 辻褄の合う偽バイトもできたので、部室に戻るべく僕達は廊下を歩いた。 「涼宮ハルヒに、 バイトをアニメーションビデオコーナーのレジ打ちと勘繰られただけだと言うのに、 あなたは過度に動揺していた。何故」 「…さあ…何故でしょうねえ……」 AVの略は一般的にはアニメーションビデオではないからです、 とも言えず、僕は辿り着いた部室のドアノブを捻った。 「お騒がせしてすみません。外の空気を吸ったら落ち着きました」 「あ、大丈夫ならいいわよ。あたしこそ変なこと言ってごめん」 ほんとにな。 「隠していた訳ではなく、言いそびれていただけなんですが」 と前置きをして、僕は森さんが考えてくれた子守のバイトの説明をした。 「ははあー、なるほどねえ…子守かあ…」 説明を終えると、涼宮さんが再び腕を組んで何度か頷く。 納得してくれたらしい。一安心だ。 「夜泣きの赤ん坊の相手は疲れるって愚痴っても、 子ども好きじゃないと勤まらないよな。ベビーシッターなんてさ」 こちらの説明臭い台詞の彼も、なるほどという表情をしているが、 涼宮さんのものとは違い、そう来たか、という顔だった。 「ええ、まあ」 けれど、辻褄を合わせてくれているのには変わらないので、それに乗る。 「赤ちゃんのお守ですか…?ああ、ほんと。それだとちゃんと話が合いますね」 この人が真っ先にぼろ出しそうだ。 気をつけて貰わないと。 僕達の真横を、長門さんがパイプ椅子と本に向かって歩いて行く。 「子ども好きなの?」 「ええ、まあ」 「ほんと?たまにイラッと来て、圭一さんが見てない所で虐待とかしてない?」 「してませんしてません」 …恐ろしいことを言う人だ。 「そーね。古泉くん面倒見良さそうだし、それは無いわよね。 子どもに囲まれたら、まんま教育番組のお兄さんって感じ」 「はあ…そうですか…」 「うんうん。いいなー、ベビーシッター」 「お前に子守は無理だろ」 涼宮さんのぼやきに、すかさず彼が突っ込む。 それこそ虐待騒ぎだ、と小声で呟いたのを聞いたのは向かいにいる僕だけだろう。 「ちがーう。あたしが羨ましいのはベビーシッターじゃなくて赤ちゃんの方」 「なんだお前、胎内帰還願望でもあるのか?」 「な訳ないでしょ。馬鹿言わないで。そうじゃなくって、 んー、こうして学校行ってるとさ、赤ちゃんとまではいかないでも、 幼稚園児とか小学生の頃に戻りたいなあー、ってたまに思わない? ほんとのほんとに、たっまーにだけどね」 「あー…言いたいことはなんとなく解るな。勉強しなくてもいいし」 「あ、わたしもたまに思います」 「よね!誰でもそう思うわよね!!古泉くんは!?」 「ええ…まあ…まれに…」 ……え、なんだこれ、この会話…え、なんか、とてつもなく嫌な予感が… 「有希は?有希もたまには、ちっちゃい頃に戻りたいって思うんじゃない?」 ちっちゃい頃も何も、長門さんは生まれた時には既に、 この外見と年齢が設定されていたのだろうから、 幼い頃の記憶とやらに興味を持ってもおかしくない、と思う。 「……」 しかし、涼宮さんにそう聞かれても、 長門さんは無言で頁を捲っただけだった…ら、どれ程良かっただろうか。 「思う」 「でしょ!あーあ、ほんとに戻れたらいいのにな、幼稚園児とか保育園児くらいにさ」 「だな。 …!って、待った!ハルヒっ!さっきの取り消せ!高校生だって捨てたもんじゃな――」 二番目に嫌な予感に気付いたのは彼だったが、如何せん遅過ぎた。 くしゃりと前触れも無しに、僕の視界で確認できる範囲の中にある、 三つの制服と一つのメイド服が椅子の上に崩れた。 それを着ていた持ち主達は多分、服に埋もれている。 「しまった…!」 嫌な予感が的中したことに青ざめ、僕は慌てて椅子を後ろに倒して立ち上がる。 余りの急展開に、何故僕だけ涼宮さんの力が働かなかったのだろう、 という疑問なんて、この時は思い付きもしなかった。 「大丈夫ですか!?」 一番近い椅子に駆け寄って、ブレザーごと抱え上げる。 ぶかぶかの制服の中に座っていた人物は、あの見慣れた、眉を寄せる動作を取り、 「おじさんだれ」 ………おじ!?おおおおじ!?!?おじ!?…おじ…って、そこじゃなくて!! 「まさか記憶まで…!?」 「そう」 「長門さん…! 良かった…あなたは記憶を失わなかったんですね?」 「そう」 椅子の上で、セーラー服の中で立ち上がった、頼もしいその人(ミニチュアサイズ)は、 「あんしんして。 このぎんがをとーかつしゅるじょーほーとーごーしねたいによつてつくられた たいゆーきせーめーたいこんたくとよーひうまのいどいんたーふえーす」 「………」 「しょれがわたし。あにゃたがふあんになることはない」 一気に押し寄せて来た不安に、僕は卒倒するのをなんとか堪えた。 手の中にいる幼い子どもを取り落とさないためにも。 一へ続く 「ただのいんげんにはきょーみありません。このなかにまじょっこ、へんしんひーろー、 しゃべるどーぶつきゃらがいたらあたしのところにきなさい。いじょー」 「うああああああん!ぱぱあ!ままあ!!」
https://w.atwiki.jp/aniwotawiki/pages/15215.html
登録日:2010/02/07(日) 00 09 32 更新日:2024/02/10 Sat 08 39 14 所要時間:約 10 分で読めます ▽タグ一覧 15年春アニメ ぷよ アニメ アニメ化 サテライト スピンオフではなくもはや別物←もはやリビルド ニヤニヤが止まらない ラブコメ リビルド 善光寺 文芸部 森さんにHなことがしたくなる本 消失 涼宮ハルヒ 涼宮ハルヒの憂鬱 漫画 長野市 長野県 長門有希 ライトノベル『涼宮ハルヒの消失』を元にしたラブコメ風公式パロディギャグ漫画。 原作 谷川流 漫画 ぷよ キャラクター原案 いとうのいぢ 『涼宮ハルヒちゃんの憂鬱』でお馴染みのぷよさんの漫画。 「ヤングエース」で2016年まで連載された。 単行本全10巻で完結。 神様も宇宙人も未来人も超能力者も存在しない、平和な平行世界を舞台に、 長門とキョンがイチャイチャする様をニヤニヤしながら見守る『ハッピーエンド後のエピローグ』 ただし、平穏無事な日常ものというわけでもなく、長門の恋路を脅かすライバルが登場したり、 割とシリアスな展開も描かれるなど、単なるスピンオフに留まらない点もある。 なお、原作の消失と違う部分も多く、「涼宮ハルヒちゃんの憂鬱」の設定を多く引き継いでいる。 具体的には長門が大食いかつゲーム好き、朝倉が長門の保護者みたいなことになっているetc… 「涼宮ハルヒちゃんの憂鬱」でも「涼宮ハルヒちゃんの消失」というネタをやっており、そこからの流れである。 なので「涼宮ハルヒちゃんの憂鬱」のスピンオフといった方が近い。 ある編集者は「これはスピンオフというよりも、もはやリビルド」と評している。 アニメ版が2015年4月から放送。全16話。 製作は京アニからサテライトに変更される。 キャストは森さんの声優が変更したのみ。 キャラソンも発売予定。 OP『フレ降レミライ』 ED『ありがとう、だいすき』 ラジオ『長門有希ちゃんの消失北高文芸部ラジオ支部』も絶賛配信中。 パーソナリティーは茅原実里氏、桑谷夏子氏。 さらに『長門有希ちゃんの消失 とある一日』という小説も発売中。 著者は『GJ部』で有名な新木伸。 【だいたいのあらすじ】 文芸部廃部の危機を乗り越えた文芸部部長・長門有希は、文芸部の存続を祝う為、 そして部の存続に協力してくれた部員・キョンに告白する為にクリスマスパーティーを開催した。 告白こそ失敗しつつも楽しい時間を過ごした長門とキョンだが、 二人の前に、光陽園学院に通う痛々しい美少女・涼宮ハルヒが現れる。 思わぬライバルの出現によって窮地に立たされる長門、果たして二人の恋の行方は…… まぁエピローグだから長門とキョンが結ばれるのは確定しているのだが ◆長門有希 CV:茅原実里 本作の主人公。 内気で天然ボケ、ゲーム好きな文芸部所属の1年生部長。(作中にて進級したので2年生) 原作とは異なり表情豊かで天然ボケ、キョンの言動に一喜一憂する可愛い女の子。 キョンが眼鏡属性云々などと言わなかったお陰で、本作では常に眼鏡つけっぱなしである。 もちろん対有機生命体コンタクト用ヒューマノイド・インターフェースなどではなく、ただの一般人。 しかし頭は良く、朝倉ですら解けない進学校レベルの数学を解いたり出来る。 その代わり説明はド下手で、無理に説明しようとすると原作アニメ同様の「宇宙語」が飛び出す。 キョンにベタ惚れしており、彼に何度か告白を試みているが、内気な性格が災いして上手くいかない。 しかし、「ある雨の日」に遭遇した事故をきっかけに、二人の関係には大きな変化が生じていく。 そして単行本7巻にてついに…… なお、単行本のおまけページにはポニーテールになった未来の姿「嫁長門」が登場する。キョン爆発しろ ◆キョン CV:杉田智和 長門に勧誘されて文芸部に入部した。本作では「別の世界から来た」などという事は無い、本当に単なる一般人。 主人公の座からは降格したものの、原作以上のイケメンぶりを見せる好青年となり、準主人公的な扱い。 長門の事はまんざらでもないみたいだが、彼女の事を妹のように見ている上に鈍感なので、関係はなかなか進展しない。 腹属性はないらしいが、原作同様にポニテスキーである。 漫画では朝比奈さんのサンタ姿に淡白な反応だが、 アニメ版では杉田氏が原作のキョンらしい演技をするので、ある意味アニメの方が原作より。 ちなみに収録現場では一人だけ大きなマイクを使っているそうだが、 そのせいで周りの女優陣から大不評らしく、 元々女性社会だったハルヒメンバーらしいが、最近は特に肩身が狭いらしい。 ◆朝倉涼子 CV:桑谷夏子 文芸部部員で、長門の親友。キョンのクラスの学級委員長でもある。 本作ではレギュラーキャラかつ準主人公に昇格した代わりに原作との乖離が一番激しい人。 大体のキャラが本家消失仕様である本作において、本家消失のような殺人鬼ではなく、 それどころか、作中どころか全ハルヒ関連作品中でも屈指の常識人。 そのキャラ性の違いは中の人が収録時に戸惑い(違いを理解してからは「私が親友に欲しい」と絶賛)、 原作漫画を読まずにアニメを視聴したハルヒファンが「この朝倉はいつ本性を出すのかと思ったら最終話まで普通にいい子だった」とラジオに感想を送るほど。 おそらくこの改変は、涼宮ハルヒちゃんの憂鬱で主婦化したあちゃくらさんの影響が大きいと思われる。 そのため長門の家事を基本的に引き受けているお母さん的な存在でもあり、 諭すときは諭し、甘やかす所はダダ甘。ただ、ほとんど甘やかしている。 また、長門とキョンの恋を進展させようと企む策士であり、長門にとっては恋の師匠。 しかし失策も多く、長門の恋愛事情で本人以上にやきもきしていると思われる。 ただ、二人が一線を越える事には抵抗もあるらしく、急進派なんだかそうでないのかハッキリしない。 原作通りAAランク+の美少女であり、眉毛可愛い……が、何故か全く男に縁が無い。 なぜかクラスメイトにも敬語で話す。 また、何を考えているかよくわからない本家消失とは対照的に、他人のことで激しく怒ったりもする。 更にハルヒとは喧嘩をしたことを機に仲良くなり、二人で長門の恋路を見守ったりしている。 ◆鶴屋さん CV:松岡由貴 書道部員2→3年のみくるファン倶楽部のシングルナンバーズ。本作ではメインキャラクターに昇格した。 SOS団と一定の距離を置いていた原作とは異なり、何かと長門とキョンにつっかかってくる。 その為、序盤は二人の関係をかき乱すトラブルメーカーとして活躍。 ハルヒ登場以降もパーティー、合宿、旅行などで率先して資金援助してくれる便利な人。 あらゆる面において高スペックで、ハルヒからも「マジの天才」と評されているが、やはり森先生には敵わない。 ◆朝比奈みくる CV:後藤邑子 書道部員2→3年の鶴屋さんのお友達。 未来人設定がなくなった事以外は原作と大して変わらない天然ボケな巨乳美少女。 キョンとの初対面時に鶴屋さんが暴走したためか、キョンからは原作ほど好かれていない。 勝手にファンクラブを作られたり(会員数は既に100名を超えている)、 アニメ版のOPで胸を揉みしだかれるなど、鶴屋さんに振り回されている可哀相な人。 たまに、ごくたまにだが良いお姉さんとして長門の恋路をサポートする。 ◆森園生 CV:小見川千明 体育教師。鶴屋さんの暴走を止めれる唯一の人だがやっぱりバイオレンス肉体派。 「えっちなのは感心しませんっ」 原作で演じていた大前茜氏が引退していたため、アニメ版では小見川千明氏が演じる。 また、アニメ版では何故か、同姓同名の別人が温泉旅館の従業員をやっていた。 ◆涼宮ハルヒ CV:平野綾 光陽園学院の1→2年生。 ひょんな事から長門と知り合い、文芸部を不法占拠(SOS団化)し始めた。 やってることは原作とさほど変わらないが、その貪欲な姿勢は長門が勇気を出す一因にもなった。 本編通り例の校庭落書き(?)事件を実行しており、それが切っ掛けでキョンに好意を持っている。 また、前述の通り朝倉と仲が良くなり、朝倉が暴走したときにはハルヒがツッコミ役になるという珍しい光景が観れる。 長門に対する恋のライバル的役割。 長門好きには「またハルヒか……」とモヤモヤさせる存在だが、ぷよさんの描くハルヒは何故か可愛い。 というか、周囲に配慮出来るイイ女になっており、原作よりこっちのハルヒのほうが好きという意見も…… ◆古泉一樹 CV:小野大輔 光陽園学院に通うハルヒのクラスメイト。 ハルヒの側近というかパシリ的な存在。もちろん超能力者ではなく、機関など存在しない。 ハルヒには好意を持っているが散々振り回されており、全く報われる気配はない。 (被害例:冬なのに校門前で体操服に着替えせられた) しかし、ハルヒの言う事なら何でも実行するという狂信的な一面があり、 小説版では「目でピーナッツを噛め」という無茶振りに応えようとして当のハルヒをも焦らせている。 アニメ版では何故か、キョンとのホモォ……な絡みが追加された。 ◆谷口 CV:白石稔 お馴染みキョンの悪友。一応文芸部部員その1(*1)。 出番は少ないが原作同様、周防に接触する。 アニメではオリジナルシーンで初登場した。 ◆国木田 CV:松元惠 鶴屋さんに気がある影が薄いほうのキョンの親友。一応文芸部部員その2。 アニメでは出番が増えた。 ◆キョンの妹 CV:あおきさやか 長門とキョンの出会いの場に居合わせた娘。 実は二人の関係を大きく進展させるキーパーソン的な存在でもある。 ◆佐々木 どういう訳か光陽園学院に通っている中学時代のキョンの”親友”。 長門にとっては、強大な恋のライバルでもある。 アニメ版には登場しなかった。というより登場エピソード直前までしかアニメ化されなかった。 ◆周防九曜 6巻で登場した光陽園学院の生徒。 原作における光陽園の子にあたるので、谷口とフラグが立っている。 佐々木と同じくアニメ版には登場しなかった。 追記・修正おねがいします。 △メニュー 項目変更 この項目が面白かったなら……\ポチッと/ -アニヲタWiki- ▷ コメント欄 [部分編集] アニメ化か……朝比奈さんや森さんとかどうするんだろう。 -- 名無しさん (2013-12-18 15 58 14) ↑別キャスト……だろうな -- 名無しさん (2013-12-18 16 54 04) 後藤さんアニメ出てるじゃん。 -- 名無しさん (2013-12-18 19 54 52) ゴトゥーザ様は既に回復してきてるしひだまりとか出てるから問題ないだろう。森さんの中の人は引退してるからスパロボスタッフみたいな事しないと無理だが -- 名無しさん (2013-12-18 22 30 45) ↑あれ、もう復帰してたっけ? 休養以降俺が見てたアニメには出てなかったのかな。 -- 名無しさん (2013-12-19 18 50 25) 腹属性ねぇよwww -- 名無しさん (2014-02-04 16 30 10) 噂ではしょこたんがCMしてるところでアニメがやるらしいは・・・ -- 名無しさん (2014-02-04 17 34 29) 後藤さん、ひだまりは大分頑張ってたらしくて休養中だとか。健康面で心配… -- 名無しさん (2014-06-27 06 09 49) アニメ化しても森さん&みくるちゃんの声優が代役になりそうだな -- 名無しさん (2014-09-02 15 08 59) ↑森さんは引退してるからな。 -- 名無しさん (2014-09-02 15 33 15) なんというか、ラブコメ漫画としての完成度はクソたけぇなこれ。絵もかなり上手くなっちゃって…… -- 名無しさん (2014-09-05 23 31 31) 後藤さんが10月に復帰するらしいし、収録は来月からかな -- 名無しさん (2014-09-14 12 48 50) 後藤さんが復帰して良かったと思う反面、心配から内心ハラハラしてます。 -- 老婆心 (2014-12-12 01 21 27) キャスト変更なしとあるが、森さんは? まさか、今作だけ特別に出演とか? -- 名無しさん (2015-02-08 09 37 08) 京アニはエンドレスエイトの件あって出禁にされたか? -- 名無しさん (2015-03-12 18 48 34) 7~8巻で話が大きく動いた(ネタバレに配慮)が、多分原作の続刊出る前に完結するよなコレ。つーか、既に『エピローグ』だし -- 名無しさん (2015-03-27 23 32 57) アニメ第1話、森さん登場シーンが見事にカットされてるんだよなぁ(その煽りでみくる達の初登場ちょっと後倒し)。こりゃ森さん完全カットも有り得るか…? -- 名無しさん (2015-04-05 22 01 36) アニメ1話で長門の中の人が声を忘れてみなみけの千秋みたいになってる。 -- 名無しさん (2015-04-19 18 48 36) 声忘れてるんじゃなくて演じ分けてるだけだろ、後々必要になるし -- 名無しさん (2015-04-19 19 02 17) アニメの出来はいいのに全く話題にならんな……京アニと比較されてこき下ろされてたせいか…… -- 名無しさん (2015-06-30 15 15 58) 2006年ハルヒ→全14話、2009年ハルヒ→全28話、長門有希ちゃん→全16話。きっちり1クールに収まらないのがハルヒシリーズなのか -- 名無しさん (2015-06-30 15 50 45) エンドレスエイトと京アニには本気で怒りがこみ上げてくる。これ自体は面白いが、前例が前例だけに誰も気にかけない。あと言ってはいけないが作者もいろいろやり過ぎて回収出来なくて書けない。悪しきスパイラルだな -- 名無しさん (2015-08-08 01 12 52) 次最終回かあ、朝倉いなくなった後の話も見たいがそもそもキョンとくっ付いた時点でもう話の目的地自体は達成されてるからなあ -- 名無しさん (2016-07-30 01 36 09) 完結おめでとう -- 名無しさん (2016-08-31 00 11 47) アニメ最初声どうしたって思ったけど消失編で声優ってすげえなって思わされた -- 名無しさん (2016-10-26 18 19 02) 個人的に朝倉とハルヒの絡みが好き。涼宮ハルヒシリーズ本編だと同じクラスなのにほぼ絡んでないし(というかハルヒがガン無視している)。 -- 名無しさん (2018-05-07 19 30 17) 名前 コメント
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/769.html
3話 朝から妹のボディプレス、ハルヒの耳元絶叫により、寝覚め最悪で俺は朝食を食べていた。 あぁ、くそ。鼓膜が痛ぇ。 「いつまでも起きないのが悪いんじゃない。あたしまで遅刻させるつもり?」 ……ちょっと待て、お前は俺と一緒に登校する気か? 「当たり前じゃない! あの自転車は共有だから一緒に行くしかないでしょ!」 あぁ、そうなのか。頭の良い俺は、今のセリフでわかったよ。 ハルヒを後ろに乗せて学校に向かわねばならないわけか。 そして必然的にハイキングコースもハルヒと二人か……。 古泉が見たらいつもの3倍のニヤけ面を俺に向けて来るんだろう。……数日の我慢、数日の我慢。 迫り来る登校時間に焦りつつ、ハルヒを乗せて家を漕ぎ出た。 ……うむ、いつもより足が重い。やはり一人分多いのはキツいな。 「ふふ……なんか懐かしいわね。キョン兄と一緒に登校出来るのは一年ぶりだもん」 こいつは入学したばかりだから久しぶりなのか。 俺の記憶には無いが、中学時代も一緒に登校していたのだろう。話を合わせとかなきゃな。 そうだな。今まで軽かったペダルが一人分重いぜ。……痛ぇっ! ハルヒの手が乗っている肩を抓られた。 「女の子にそんなこと言わない!」 『女の子』……か。このハルヒは中学時代から精神がまともなのか? いや、まともなら能力が残ってるわけないか。 自転車を止めて、ハルヒと並んで学校へと歩き出した。 よくよく考えると、似てない兄妹である。谷口に見つかったりしたら絶対に勘違い……「キョン!? お前……その娘……ええぇぇ!?」 ……まぁ、お約束か。 「キョン兄、誰?」 あぁ、こいつは谷口。クラスメイトだ。で、谷口よ。こいつはハルヒ。あ~……妹だ。 谷口はリアクション芸人も真っ青のオーバーアクションで驚いていた。 「お、お前な! 嘘つけ、似てねぇ! こんなにかわいい娘がお前の妹なもんか!」 なんて失礼な野郎だ。……確かに似てないとは思うけどな。 「か、かわいい……? えへへ、ありがとうございます!」 おい、なんだそれは。頬を赤らめて谷口に敬語を使うハルヒなんておかしいだろ。 そんな態度を取るとバカが調子に乗るぞ。 「ハルヒちゃん、よかったら放課後にデートでも……「行くぞ、ハルヒ。あやしい奴にはついて行くなって中学で習っただろ?」 俺はハルヒの肩を抱いて坂を登っていった。 ……あれ? 何でこんなに必死に谷口から守る必要があるんだ? そうか、兄としての義務だからだ。そうに違いない。 「ちょっ……キョン兄! もういいから!」 何がもういいんだよ。 「肩!」 3分くらいずっと肩を抱いたまま歩いていたらしい。ハルヒは妹とはいえ恥ずかしい。 ゆっくりと肩から手を外し、改めて並んで歩き出すと、ハルヒが知り合いを見つけて走り出した。 「涼子、一緒に行こう!」 人を寄せ付けなかったハルヒが友達に『一緒に行こう!』か。 実は元のハルヒも、こういう生活に憧れてて、その理想をこっちに投影してるんじゃないのか? ……ないか。 「あ、ハルヒちゃん。いいわよ、一緒に行きましょ」 かわいらしい声で振り向いた人物は……参ったね。 見事なまでに朝倉涼子だった。 「キョン兄、あたし先に行くからまた後でね!」 あ、あぁ。 動揺を悟られぬように笑顔で手を振った。 朝倉が何故ここにいる。ハルヒと友達? 今度も俺の命か? それともハルヒか? 「大丈夫」 俺の心の中を見透かしたように声が聞こえた。 「あれは涼宮ハルヒのイメージの朝倉涼子。 どうでもいいクラスメイトの中でも、カナダに転校して、イメージが強く残った彼女を友達として選んだと見られる」 毎回毎回、俺を落ち着かせてくれるな。この声は。 長門、本当に俺達に危害は無いんだな? ショートカットを揺らしながら俺を追い抜いた後、振り向いてそいつは答えた。 「無い。もし何かあったとしても……わたしが守る」 本っ当に頼りになるぜ。 俺の鼓動はいつの間にか落ち着いていた。 大丈夫だ、今回はあの日のように、俺一人が別世界に来たわけじゃない。 古泉や朝比奈さん、そしてなによりも長門がいる。 頼りにしてるぜ。……そして早く元の世界に戻してくれよ。 長門の背中を見送り、先程置き去りにした谷口と共に学校へと歩き、自分の教室へと向かった。 新学年に上がり、新しくなった教室。一年の時と同じように、俺の後ろに陣取ったハルヒはここにはいない。 ……なんか、違和感あるな。少し寂し……くは無い。うん、寂しいわけがあるか。 谷口や国木田と少し話をして、去年と同じく席替えで決まった窓際後方二番手の席に座り、外を眺めた。 はぁ……なんだかやる気が出ないな。 その時、誰かが俺の後ろの席に座った。まさか……ハルヒ! 叫んで振り返った俺の視線の先では、意表をつく人物が微笑んでいた。 「お久し振りですね」 あっ……え? な、なんであなたがここに? 「仕事の一環です」 微笑みを崩さずにそう言い放った人物、森園生さんは静かに席に座った。 一体、何歳なんだ? 違う、それより何故ここにいるんだ? 何故、改変されても記憶が残ってるんだ? 様々に疑問が頭に浮かんでいく。それに気付いたのか、森さんは俺を屋上へと呼び出した。 「私も涼宮さんとあなたは兄妹だと認識しています。真相は古泉から聞きました」 それじゃあ何で『久しぶり』って……。 「あなたは古泉の友人として、朝比奈みくる、長門有希と共に夏に別荘に泊まりに来ています。 冬も同じような感じで会っていますよ。……あ、『涼宮さん』という呼び方も、古泉の指示です。 あなたにはそちらの方が分かりやすいからと」 そうだ、ハルヒは名字が俺と一緒になっているんだよな。 だんだんわかって来たような気がするぞ。 つまりハルヒの改変の有効範囲は《ハルヒを知っている者》なんだな。 それで機関の人間も記憶をいじられた。 しかし、それを防御した古泉から真相を聞くことで、機関も今まで通りになるよう動くってわけだ。 ……それで、何故、森さんが学生になって、しかも空くはずのハルヒの席に? 「簡単なことです。長門有希さんに情報操作を……あ、ちなみに私が一番学生っぽい顔をしてるという理由から選ばれました。 うふふ、うれしいですよね。若く見られて」 機関と情報統合思念体の利害が一致したとかそんな理由か。 しかし……本当に森さんは違和感がない。実年齢はいくつなんだ? 「今、私の年齢のこと考えてましたよね? ふふ……禁則事項ですよ」 ここで朝比奈さんのセリフを取りますか。もうね、大人っぽいけど子どもっぽいですよ。 大体の事情がわかり、俺は教室に戻ろうと階段を降りた。 「あ、待ってください」 どうしました? 「これから、世界が戻るまでは学生ですので、それ相応の喋り方、接し方をしますので覚えておいてください」 わかりました。 本当はよくわからなかったが、いい加減、予鈴がなりそうだったから返事をしておいた。 ……まぁ、すぐにわかることになったが。 「それじゃあ、教室に戻ろう? キョンくん」 あぁ、自分のキャラをカモフラージュか。妹ハルヒ並みに破壊力がある変化だ。 合宿の時などに見た微笑みじゃなくて、満面の笑みを向けられていた。 完全に学生になりきっている。これほどの演技力なら女優になれるな。しかも学生役からメイドまで何でも来いのだ。 そんなこんなで、教室に戻り、ハルヒの代わりに森さんが後ろにいる学校生活を開始した。 しかし、別段変化はなく、授業中のシャーペン攻撃が無くなったくらいだった。 そして昼休みになったわけだが……。 「あれ? キョン、ご飯食べないの?」 国木田、見ればわかるだろう? 忘れちまったのさ。 「わはははは! バカだな、バカ! 一人寂しく学食でも行って来い!」 このくそ野郎……。 谷口の背後に回り、右手を振り上げて構えた所で制止がかかった。 「こ~ら、キョン兄! 人に迷惑かけない! 弁当はあたしが持ってきてあげたから!」 ハルヒが弁当を持って俺の教室に……ってマズい! すぐにハルヒを連れて教室から離れた。 何故かって? そりゃ恥ずかしいし……ハルヒを取られたくないから周りの奴等に見せたくないのさ。 勘違いするなよ、《兄》としてだからな。 バカ! 来るなら来るって言えよ、恥ずかしいだろうが! 「な、なによ。そんなに怒らなくてもいいじゃない。 ちょっとキョン兄の様子を見たかったんだもん……ごめん……」 そんなに悲しそうな顔をするな、怒る気が失せるだろ、畜生。……やっぱり妹には甘いんだな、俺は。 ハルヒ、ありがとう。助かったよ。 頭を撫でてやると、ハルヒはニカッと笑った。この顔が見れるから甘くなるんだろうな。 「今回だけの特別サービスなんだから! 次からは罰金よ、罰金!」 そう言い残して走り去って行った。……さぁ、昼飯だ。 教室に戻ると、谷口がまたギャーギャーわめいてきた。相変わらずウザい。 国木田はと言うと、「久しぶりに見たなぁ。綺麗になったよね」などと見事なマイペースぶりだ。 こいつはたまに家に遊びに来てたから、その時に見たということになっているのだろう。 やっぱり学校生活はハルヒと長門で上手いように書き替えられていた。 午後の体育の時間も、森さんは去年からずっと一人で目立って活躍しているとの小ネタを聞いたからな。 ちなみに森さん情報はこうだ。 頭脳明晰、運動神経抜群、性格最高、かわいくて癒される。 入学してしばらくのハルヒと朝倉を足して二で割った感じだ。 もちろん、谷口ランクは最高らしい。 ハルヒはハルヒで女友達を数人作ったみたいだし、なんか真新しい感じがする。 ……違うな、物足りなさを感じてるんだよな。 もっとぶっ飛んだ生活が好きだったんだよ、俺は。今の生活も悪くないけどさ。 「キョン兄、帰るわよ!」 気がつくと、放課後になっていた。ボーッとし過ぎたか。 大方の予想通り、ハルヒは教室まで迎えに来やがった。……昼休みに隠れたの意味ないな。 「あ、あなたはキョンくんの妹さん? 全然似てないのね」 「顔だけじゃなくて、中身も違うよ。成績も上から数えるくらいの優等生だったよね、中学の時は」 阪中、国木田、うるさいぞ。また明日な。 ハルヒを連れて足早に教室を去った。あいつら、好き放題言いやがって……明日覚えてやがれ。 「ね、キョン兄。このまま家に帰るの? どっか寄ってかない?」 そうだな……あ、一か所行くところがあるんだがいいか? お前は待っててもいいが。 ハルヒは少し頬を膨らまして言った。 「せっかく一緒に帰るんだからついていくわよ!」 そうか、じゃあついて来い。 歩きなれた道を通り、だんだん人の少ない道へ。俺は部室棟へ向かっていた。 ハルヒがいなくても勝手に集まってるんだろうな。 階段を登り、ノックをした。涼宮ハルヒのいないSOS団の部室を。 「はぁい」 そのままドアを開けると、やはりみんな座っていた。俺がハルヒを連れて来たのは予想外だったらしく、驚いてはいたが。 「おやおや、何やらかわいらしいお人を連れて来ましたね。とうとう色恋沙汰にお目覚めですか?」 ハルヒが妹という事に完全に適応してやがる。まったく、要領の良い奴だ。 うるさいぞ、古泉。こいつは俺の妹だ。今年から北高に入学したんだよ。 それについて行く俺の大根役者っぷり。みんな、笑ってくれても構わないぞ。 「あ、あはは……本当にかわいいなぁ! す、涼み……じゃなかった。名前はなんて言うんですか?」 朝比奈さんに至っては、昨日会った事はなかったことになってるようだ。俺よりボロが出そうだな。 「あ、えっと……ハルヒって言います。昨日会いましたよね?」 「え? ……あ、そっか! そうですよね! あはははは……」 しかし、いくらハルヒとは言え、見知らぬ先輩3人に囲まれたら丁寧な態度にもなるか。 ……いや、改変された世界のごく普通の人間のハルヒだからか。 このハルヒは強引な所、わがままな所こそ変わっていないが、ぶっ飛んだ考えは持っていない。 だから友達もそれなりにいるようだし、明るく見えるんだろうな。 朝比奈さんと古泉がハルヒと会話を交わしている隙をついて、長門に話しかけた。 どうだ、元通りになるにはどのくらいだ? 「涼宮ハルヒのプロテクトが意外に強力。学校の時間は仕方ないが、夜に一気に作業を進める」 ……え~と、つまりまだ未定ってことでいいんだな? 「……いい」 やれやれ、当分の間はこの妹に振り回されるんだな。 部室のドアの方へ戻り、3人に声をかけた。 みんな、俺は帰らせてもらう。こいつとデートして、チャリに乗っけて帰らなきゃいかんからな。 「ふふふ、わかっていますよ。どうぞ妹さんを大切にしてやってください」 くそったれ古泉。その気持ちはうれしいが、ニヤけ面をやめろ。ぶん殴るぞ。 「そんな顔になってましたか? すみません」 かなりむかつく古泉の顔を遮るようにドアを閉めた。明日にでも、森さんにあいつの弱みを聞いとくか。 ハルヒと一緒に歩いて坂を降り始めると、何故か口数が少ないことに気がついた。 どうした? 体調でも悪いのか? 「ううん、何でもないわ。それよりどこに行こっか?」 そうだな……。 結局、いつもの喫茶店で軽く食い飲みしながら話し、そのまま帰った。 帰りの自転車でハルヒが立ち乗りではなく、俺の腰に抱き付いて座っていたのには驚いたが。 「疲れてるのよ、細かいこと気にしない!」 全然細かいことではない。なぜならこいつの女の部分が背中に当たっているからな。 俺も男だから意識するさ。ただ、それを気取られることはないように努めるが。 二人分の重さの自転車は俺の足に多大なるダメージを与え、家に着く頃にはフラフラだった。 「キョン兄、大丈夫? やっぱりお母さんに自転車買ってって頼もうか?」 大丈夫だ。うちの家計のことも考えてやろうぜ。 ドアを開けて、家の中に入った。飯の前に風呂に入ろう、汗かいたし。 ただい「おかえりっ!」 ぐおっ! 入った瞬間に妹からのダイブをくらった俺は、フラフラの足では支えきれずに倒れた。 「あ、えへへ……だいじょぶ?」 大丈夫じゃねぇ。背中痛いし、頭打った。……まぁ、ハルヒに被害がなかっただけましか。 妹を引っ掴み、ハルヒに手渡すと風呂へと向かった。やれやれ、災難だぜ。 ここからの夜の時間は特に何もなかった。 長門に電話して状況を聞こうかとも思ったが、邪魔になったら悪いと思い、結局しなかった。 今、俺にはただ一つだけ不安がある。 この生活に完全に居心地の良さを感じてしまうことだ。 このままハルヒが妹でも構わないと思いそうで怖い。 だから、その不安を拭い取るためにも……頼んだぜ、長門。 まだ、今は平穏な日であることに安堵しながら俺は目を瞑り、深い眠りに落ちていった。 つづく 第4話へ
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/3364.html
第九章 新天地 生まれ育った町を出て、翌日の朝。俺と家族はやっと目的地の駅に着いていた。 ……夜行列車なんて初めて乗ったが、いくら寝台席があるとはいえ熟睡なんざ出来るもんじゃないね。 せいぜいうとうとするくらいが関の山だ、ということが身にしみて分かった。それでも、前日までの引っ越し騒ぎがあったせいで幾分は眠れたらしい。妹は熟睡していたようで、朝起きるといつもの笑顔に戻っていた。 俺としては、いつものボディプレスが無かっただけ、ましかもしれん。 電車を降りた俺たち家族は、思いもよらない寒さに身を縮ませた。寒い。 今3月下旬だよな?なんでこんなに寒いんだ? 慣れない気候に辟易した俺たちは、そそくさと改札に向かった。 改札を抜け駅前に出た俺たちを、ぴかぴかの大型セダンの新車の脇に立った得意満面の親父が出迎えた。 俺の編入試験の時一緒に来て、そのままこちらに残り仕事をしていた親父は、家族の姿を見つけるとまるで新しいおもちゃを見せびらかす子供のような顔で、車の屋根をポンポンと叩いた。なんだこの車は? 「買った」 マジかよ。 「社長たるもの、車の一つも無きゃな。それより、早く乗れ。引っ越し便がそろそろ来る頃だぞ」 車のトランクに手荷物を押し込み、俺たち家族は車に乗り込んだ。しかしまあ……よくこんな高級車を買えたもんだ。国産車とはいえ、安いもんじゃなかっただろうに。 「ここらへんじゃ、車がないと生活できないんだよ。交通手段がないからな」 ゆっくりと車を走らせる親父がぽつりと言った。そうなのか?バスとか電車とか自転車とか、いくらでも有りそうな感じだが。 「まあ、おいおい分かるさ。」 さて、引っ越し先にはまだ荷物は到着していなかったが、それよりも俺と妹は家自体の大きさに驚いていた。 以前の家と比べると、当社比2倍という所か?部屋の数も多いし、庭も広い。ガレージも大型自家用車を2台楽におけるほどのスペースが有る。周りはいかにも「高級住宅地」って感じの家が整然と建ち並んでいる。 「ここが、今日から我々の新しい家だ」 親父が自慢げに紹介し、親父から鍵を受け取ったお袋が、いそいそとドアを開ける。 家の中からお袋と妹の「へえ~~」とか「うわぁ、広~~い」等という叫声が上がるのを聞きながら、親父に尋ねた。どうしたんだ、この家? 「これも買った。中古だがな」 何だと?車にしろ家にしろ、俺んちはそんなものをポンポン買えるほど裕福だった覚えは無いのだが? 「登録上は、この家も車も新会社の資産になってる。いわば、社用車と社宅、だな」 なるほど……って事は、親父が事業に失敗すれば、俺らはここから叩き出され車も没収されるわけだな。 「さい先の悪いこと言わんでくれ。そうならないように、がんばってるんだ」 ブスッとしてこちらを睨む親父。悪い、言い過ぎた。 「まあ、良い、ホントのことだからな。それより中に入ってみろ。驚くぞ」 親父に促されるまま、俺は玄関をくぐった。 「広~~い!ねぇねぇキョンくん、あたしの部屋すっごい広いのよぉ~~」 妹が自分に割り当てられた部屋を見て、感嘆の言葉を出した。以前の妹の部屋は確か六畳だったはずだが、この部屋は八畳間か?では、自分の部屋はと見れば…… 「キョンくんの部屋、もっと広いねぇ~~~」 ……十二畳間でフローリングですか。つか、広すぎないか、これ。 「どう?気に入った?」 下の階から、お袋が声を掛けてくる。 「すっご~~い、広いの!うん、気に入った~~~!」 大はしゃぎしている妹がお袋の質問に答えながら、階下に手を振る。コイツは悩みがなさそうで良いな。 その時点で、親父がいないのに気がついた。外を見ると車も無い……逃げたか? 「あれ、親父は?」 「何だか、仕事の打ち合わせって言ってたけど、引っ越しの手伝いするのがイヤなんじゃないの?全く自分の家の引っ越しだってのに、何考えてんのかしら、あの唐変木」 唐変木て。意味分からんぞ、お袋よ。 ぶつぶつ言っていたお袋は、諦めたように俺たちに目を向けた。 「じゃあ、引っ越し便が来るまで自由にしてなさい」 妹は「は~~い!」と元気よく応え、部屋に戻っていった。俺も部屋に戻り、前の家から運び込まれる荷物をどのように配置しようか考えてみた。しかし……以前は六畳間だったから、ほぼ倍の広さの部屋なわけだ。 荷物を配置してもスカスカだろうな。無駄に広いって感じがするが、まあそのうち埋まるだろ。 さて、どのようなレイアウトにしようかと思案していると、携帯が鳴った。 着信:長門有希 長門だった。 「長門か」 「……目的地への到着を確認」 「おう、無事着いたぜ。多少疲れてはいるがな」 「……そう」 「そっちは変わりないか?」 「……ない」 「そうか。生存確認ってワケか、この電話は」 「……貴方に電話したのは、別件」 「なに?」 「……貴方のこと」 「俺がどうかしたのか?」 そこで長門は一瞬言葉を句切り、間を置いた。 「……貴方が涼宮ハルヒの元を一時的に去ることにより、状況に変化が生まれることを情報統合思念体は予想していた。しかし、今日まで特に大きな情報改変は確認されていない。ただし、貴方が涼宮ハルヒの『鍵』であることに大きな変更はないと情報統合思念体は考えている。貴方の身に危険が生じる可能性が増えると情報統合思念体は判断し、貴方を護衛及び観測するためのインターフェイスを派遣することになった」 つまり、俺も観測対象になったという訳か? 「……そう。私の観測範囲を広げれば、貴方に迫る危険には十分に対応可能であると情報統合思念体に報告したが、もし貴方に急遽危険が迫った場合、即時対応という意味では不十分と見なされた。そのため、貴方専用のインターフェイスを付けることとなった。なお古泉一樹の『機関』や朝比奈みくるの組織も、おそらく我々と似たような行動を取るだろう」 俺専用の護衛兼観察係、ですか。嬉しいんだか悲しいんだか。 そいつらは俺に自己紹介をしてくれるのかね? 「……わからない。情報統合思念体でも派閥によって思惑が違う。貴方に正体を明かした方がよいと判断するならば、そのようにするだろう。私にはそれ以上の情報が与えられていない」 そうですか。ただ、お前のパトロンの『派閥』がどうのって話を聞くとだな、脇腹のあたりがズキズキしたりするのは、俺のトラウマになってしまったんだが。 「……頑張って」 ああ、頑張るさ。伊達に2年もSOS団にいたワケじゃあない。多少のことでは驚かなくなってるしな。 「……そうではない。涼宮ハルヒと約束した事柄。私という個体も、貴方がこちらに戻ってきてくれることを切望している」 ……おい、なんでそのことを知ってるんだ? お前と朝比奈さんはあの時もう居なかったじゃ……って、長門のことだ、知らないことは無いんだろう。 「……ナイショ」 久々の長門の冗談のような台詞を最後に、携帯は切れた。 結局、やっぱりというか、当然というか。ここまで来てもハルヒやSOS団と俺は、縁が切れないらしい。 これじゃSOS団支部ってのを本当に立ち上げてみても良いかもしれないね。 ハルヒや古泉にも、無事到着したと連絡をしようと、携帯のメモリを呼び出していたとき、引っ越し便が到着した。これからまた肉体労働かと思うとげんなりしてくるが、とりあえずこの引っ越しを終わらせない限りは寝る場所にも困ってしまうし、飯も食えない。なんせ、俺のベッドも食器もあの荷物の中だからな。 階段を下り外へ出て、なんとなく玄関の脇で引っ越し便を見ていた。 引っ越し便のお手伝い人数は……運転手を含めて5人か。当然、向こうを手伝ってくれた人とは違うようだ。 彼らはトラックの前で点呼を取ると、荷物を下ろし始める。まずは隙間を埋めていた毛布を取り出し、同時に段ボールをトラックの側に敷き始めた。 流石プロ。手際の良さに感心して見入っていると、助手席からバインダーを小脇に抱えた作業服姿の女性が小走りにこちらにやってきた。 あれ……?? 「こんちにわ、お待たせしました。引っ越し便です」 「はあ~~い……お待ちしてました」 「では早速作業に掛からせていただきます」 お袋に挨拶し、再び小走りに外に出てきた女性に声を掛けた。 「……何でこんなところに居るんですか?森さん?」 足を止め、こちらを振り向いた女性は『機関』所属にして古泉の上司?森園生さんだった。いつぞやのメイドルックやスーツ姿と違って、作業着姿も板に付いている。 「ええ、引っ越しのお手伝いに参りました。それと、あなたにお伝えしたい事がありましたので」 多分、さっき長門から聞いた件なんだろう。 ありがとうございます。わざわざ伝えに来てくれたんですか。 訝しげな顔をした森さんに、俺は先程長門から聞いたことを説明した。 「さすがは長門さんですね。既に連絡済みとは」 いや、俺もその件はさっき聞いたばかりなんですが。 「彼女の言ったことは事実です。というわけで、我々も貴方の護衛を近くに置かせていただきます」 はあ、やっぱりね。出来れば、誰が来るのかを教えて頂くわけにはいきませんか? 「まあ、そのうち分かりますよ。それまでのお楽しみと言うことで」 ……まさか古泉が同じクラスに転校して来るというのは無しですよ? 「彼には、涼宮ハルヒの監視という任務がありますので、それはありません。それでも、貴方が全く知らない方ではありませんよ」 誰ですか?教えて貰うわけには…… 人差し指を口元に持ってきた森さんは、輝くような笑顔でこういった。 「……禁則事項です」 ……そう言う冗談はやめてください。イヤ、マジで。 引っ越し便(実は『機関』)の人たちの、プロ顔負けの手際の良さも手伝ってなのか、荷物の搬入は思いの外順調に進んだ。引っ越しの荷解きも大体終わり、あとは各々の細かい片付けが残った時点で『機関』の面々は帰っていった。是非夕食でもというお袋の言葉を「申し訳ありません。我々にはまだ仕事がありますので」と名残惜しそうに断った彼らは、来たときと同じようにトラックと随伴のワゴン車に乗って、夕闇の中に消えていった。 簡単な夕食を掻き込み、部屋に戻ったところで携帯の着信に気がついた。 履歴にはハルヒと古泉、朝比奈さんの名前が載っている。ああ、そう言えば到着の連絡してなかったな。 まずハルヒに……と携帯を取ったところで、電話が鳴った。 着信:古泉一樹 「古泉か」 「はい、ご無事そうで何よりです」 「ああ、無事に付いたぜ。引っ越しも一段落した。その……森さん達のおかげでな」 「……それはそれは。となれば、こちらの用件はもうご存じですね」 俺は、長門から聞いた話を古泉に話した。『機関』の意向を知っているのと知らないのでは、今後の対応が変わってくるだろうし、何よりコイツには「事情は知っている」ことを話しておかなければと思ったからな。 「そうですか。そこまでご存じならば、僕からは何も言うことはありません」 古泉の、ちょっと困ったようなにやけ顔が頭に浮かんだ。 「ところで涼宮さんにご連絡は?」 ああ、これからだ。今掛けようかと思ったら、おまえから掛かってきたんだ。 「そうですか、これは失礼しました。涼宮さんは、おそらくあなたからの連絡を首を長くして待っておられるはずです。それでは、また」 それだけ言うと、古泉からの電話は切れた。 ああ、そうだ。ハルヒハルヒ。 呼び出し音一回で出やがった。 「もしも……」 「遅~~~い!何やってたのよ!このバカキョン!」 いきなりそれかい。 お前な、引っ越しの翌日は荷物整理と片付けだろうが。こっちは大変な状態なんだぞ。 「知らない」 うわ、そこで一蹴しますか、こいつは。 「……心配してたんだから。到着したら、きちんと連絡しなさい!」 ああ、すまんな。それに関しては悪かった。 「そっちは、どう?上手くやっていけそう?」 着いたばかりでまだ分からんが、同じ日本だ。言葉も通じるし、問題ないんじゃないか? 「そっか。じゃあ、受験勉強も大丈夫ってワケね!」 そう言う意味かよ。まあ、日本全国やることは同じだ、大丈夫だろ。やれるところまでやってみるさ。 「ああ、そうだ。引っ越しの時に言い忘れていたけど、SOS団本部からの通達よ!!月イチで不思議報告をすること!良いわね!」 はあ??何のことだ??不思議報告だと?? 「あんたね!SOS団支部長って言う肩書きを忘れたワケじゃないでしょうね。こっちとそっちでは全然生活環境が違うんだから、不思議の一つくらい見つけるのがSOS団団員として当然のことなのよ!」 イヤ確かに生活環境というか、自然形態も違うから不思議な事の一つくらいはあるかもしれんが……って待て待て!俺たちは受験生だぞ!しかも俺は、お前の志望大学に入るためには脇目もふらずに勉強しなければいけないんだが? 「……う~~ん、そう言われればそうよね……ああ、じゃあ不思議なことを見つけておきなさい!調査自体はSOS団本部がやるわ。そうね、手始めはGWあたりを予定しておくから」 え~~と、それはつまり…… 「SOS団初の遠征!『GW不思議探索ツアー』決定ね!じゃ!おやすみ!」 おい!まてこら……という俺の叫びも空しく、携帯は既に切れていた。 はあ~~、と言う盛大なため息が俺の耳に聞こえてきたのは、空耳ではないだろう。吐いたのは俺だからな。 GWの予想……と言うより惨状を予測していた俺は、ふと時計に目をやった。時計は無情にも23時をとうに過ぎていた。やばい!朝比奈さんに連絡しなきゃ。 何度か携帯に掛けてみたものの、いっこうに出る気配はなかった。寝ちまったのかな?まあ、深夜に電話するのもどうかと思った俺は、明日もあるさと思い直し、とりあえずそれだけは確保した寝床に潜り込んだ。 第十章 護衛へ
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/6047.html
やや薄暗くなってきた会長宅の裏庭。 僕は懐中電灯を片手に来たるべき戦いへ向けての『仕込み』を続けていた。 「よし、これは無事ですね。こっちは……駄目だ、パーツが劣化して壊れてる」 今仕込んでいる『これ』も例の武器と一緒に森さんに押し付けられたものですが、まさかその森さんと敵対しているこの状況で役に立つとは。 いやはや、人生の巡り合わせというのは分からないものです。 「スペアがないので破棄、と。次」 久しぶりの作業だったが『仕込み』の大半は以前設置していた物を仕掛け直すだけなので、然程手間は掛からなかった。 「ふむ、こっちはすぐに直せそうですね」 それに壊れていた場合も――森さんのイジメにも似た厳しい指導のお陰か――頭と指先はしっかり手順を覚えていたので、部品さえあれば特に問題なく修理出来た。 「よし、次です」 ポンポンと土を均して次の設置に取り掛かる。こうして作業をしているとだんだんと当時の記憶も蘇ってきた。 ふと思い出されたのは『これ』を裏庭に仕込んだ当時の会長とのやり取り。 「……そういえば、会長にはこの件のお礼もしないといけませんね」 今思えばわりと無茶なお願いでした。 『会長、この家の裏庭なんですが……』 『ああ、親の趣味だったが生憎俺は門外漢でな。今ではあの様だ』 『少々あの場をお借りしてもよろしいですか? 実験と訓練に使わせて頂きたいんですよ』 『……待て、今不穏な単語が聞こえたぞ』 『大丈夫、危険物は使いません。ただ危ないので僕がいいと言うまで入らないで下さいね』 『一つの台詞の中であっさりと矛盾を成立させるな!』 なんだかんだ言いながら貸してくれる辺り会長のお人柄が窺えます。 悪人ぶってるけど親しい人間には結構優しいんですよ、あの人。 本人が聞いたら怒りそうなので言いませんけど。 それに、律儀に僕の言葉に従ってあの日からここには立ち入ってないようですね。 僕に対する信頼からか、はたまた自分の身を守る防衛本能からか。 「……前者ということにしておきますか」 「そんな訳あるか!」という脳内会長の抗議を無視しつつ、当時の実験メモと照らし合わせながら設置と修理を続けていく。 それなりに長い期間放置していた割には使えるものが多かった。流石は森さん謹製の品々です。 ブゥゥン…… 「む……」 そうしてしばらく作業に没頭していたが、ポケットに入れていた携帯が振動して作業の中断を求めてきた。 敵が突入した知らせかと少し身構えたけれど、着信したのは報告のメールだった。 開いたメールには簡潔な一文。 『敵はチーム分けの最中。扉は未だ突破されず』 「ふむ……」 引き続き監視の指示を出してから携帯をポケットに戻す。こちらの予定通り向こうも二手に別れようとしているようだ。 「……それはつまり森さんの予定通りでもありますが」 森さんは涼宮さんとは別の班に回って、迷わず僕がいるこちらのルートを選択するはずです。 僕がここで待ち構えていることは森さんも予測済みでしょう。 僕は森さんの性格を知っているし、同じように森さんも僕の性格を知っている。要はそういうことです。 だから、ここまでの流れは読み違いが起こりようのない予定調和。だけど、ここから先は…… 「僕次第、ですかね」 一人呟いて立ち上がり、膝に付いた土を払う。作業の時間はここまででしょう。 しゃがみっぱなしで固まった体をほぐすよう天に向けて大きく伸びをする。 僕が作業を始めた頃にはまだ働いていた太陽も、一足先に本日の業務を終了されたようで、今では月がその業務を引き継いでいます。 月明かりに照らされた薄暗い世界。その夕方とはすっかり雰囲気の変わった裏庭を一望すると、素直な感想が浮かんできた。 ……それにしても、日が落ちるとここは本当に薄気味悪いですね。 僕が迎撃ポイントに選んだのは、屋敷の入り口とは正反対の位置にある裏庭。 一般市民の感覚からすれば無駄に広すぎるその庭も、昔はさぞ綺麗に管理され美しい花々が咲き乱れていたのでしょう。 庭の中心に置かれたテーブルセットや、片隅に積まれた園芸用の土に本格的な道具の数々など、その頃の面影が所々に見て取れます。 しかし、屋敷の住人が会長だけとなった今では全く手入れをされず、そのままほったらかしにされていました。 その結果、放置されたままの道具や家具は風雨に晒されて錆付き壊れ、雑草は刈られることなく膝の辺りまで育ってしまい、木の枝はだらしなく無秩序に伸び放題、蔦類は屋敷の壁にまで張り付いている。 ……こうなるとこの一角だけはまるで幽霊屋敷のようです。庭に存在する全ての要素が絶妙に不気味さを演出しています。 ……この戦いが終わったらここも綺麗にしますか。随分長いことお借りしていましたし、借りた時より綺麗に手入れをしてからお返ししましょう。 そして、その手入れが済んだら会長に一言助言してみよう。円満な親子関係のために庭弄りの趣味を始めてはどうかと。 その余計なお世話であろう提案をされて、嫌そうな顔をしている会長を想像すると微かに頬が緩む。 が、そんな温い空気を切り裂くように携帯のバイブレーションが再び作動した。今度はワンコールで着信が切れる。敵襲の合図だ。 「来ましたか」 いよいよ涼宮さんたちが正面玄関から屋敷に侵入したようだ。正面ルートはすぐにでも戦闘に入るでしょう。 正直な話、こちらのルートほどではないが正面ルートにもやや不安が残る。会長たちはともかく、鶴屋さんが少々読めない。 上手く『突破される』といいんですが。 そのことを想像すると、少しだけ胸にチクリとした痛みが走る。この期に及んで割り切れない自分が好ましくもあり、疎ましくもあった。 ……どちらに転ぶにせよ今は自分の役目を全うしなくては。相手は森さんだ。もう間もなくここに乗り込んでくるはずです。 僅かに生じた迷いを振り切り、敵襲に備えるために地面に置いていたリュックに手にを伸ばす。 だが、僕がそのリュックを手にすることはなかった。 ヒュン! ガガガガッ! 「……え?」 風を切る音が聞こえたかと思った刹那、地面に置いていたリュックに次々と何かが突き刺さった。 その何かが刺さった衝撃に押されるようにリュックは地面を転がっていき、伸ばした右手はむなしく空を切る。 現実感が全くないその光景を僕はただ呆然と眺めていた。 撃たれた? 誰に? 何を? どうやって? そもそも入り口からの距離を考えて下さいよ。こんなに早く攻撃されるなんてありえないでしょう? まだ呆けたままの頭に浮かんだのは全て現実逃避の言葉。 しかし、今更になって聞こえてきた足音のお陰でやっと我に返ることが出来た。 タタタタタタッ! ……って、やっぱり敵襲ですか!? ちょっと早過ぎますよ! そこで初めて闇に紛れて猛スピードで接近してくる敵の影を確認する。けれど、その姿を見て再び疑問が湧いてきた。 その接近速度はこちらの予測を上回っていたものの、敵の現在位置はやはりどう考えてもここまで攻撃が届きそうにない……例えば狙撃用の銃でもなければまともな射撃が不可能な地点だった。 だが、目視で確認出来た敵のシルエットは、長距離用の大型銃はおろか小型銃すら装備していない。 ならばどうやってあの距離から攻撃してきたのか? この謎はすぐに解き明かされた。 何故なら敵がもう一度実演してくれたからだ。 その敵のシルエットは、その異常な走行スピードから生じる慣性を十分に活かして―― ――何かをこちらに向かってぶん投げた。 ……えーっと、つまり投擲武器でこの距離を狙撃してきたんですか? その出鱈目な真相が判明した途端、不覚にも軽い眩暈に襲われてしまった。 ……これだから埒外な人種は! 一般人が相手なんですから! もっと常識の範囲に収まる攻撃をして下さいよ! そんなこちらの心の叫びを知ってか知らずか、相手の投げた武器が僕に向かって飛来した。 ヒュン! ヒュン! ヒュン! 「くッ!」 耳にするだけで心が折れそうな風切り音が辺りに鳴り響く。その不吉な音に背中を押されながら、なんとか庭で一番大きな木の陰に転がり込んだ。 元々戦うならこの位置と決めていた安全地帯。この木の後ろなら相手がロケットランチャーでも用意しない限りは安全だろう。……しかし、 「……のっけから予定が狂いましたね」 苦々しい気持ちで、捨てざるをえなかったリュックに目をやる。あの中には有用な装備がたっぷり詰まっていた。 中身が無事かは分からないが、少なくともそのリュックが鞄としての機能を失ってしまったのは誰の目にも明らかだった。 太すぎる釘、あるいは小型の杭にも見える鉄の棒で無残にも串刺しにされている。 いわゆる棒手裏剣の一種だろうか? その鈍い輝きからはレプリカなどにはない、人を傷付けるための意思のようなものが感じられた。 あんな物が突き刺されば普通の人間は無事では済まない。閉鎖空間でならともかく、この現実世界ではどうしようもない脅威だ。 「……っ」 そのシンプルな暴力を目の当たりにして、不意に恐怖が湧き上がる。 心拍数が上がり、じっとりとした嫌な汗が噴き出してくる。 恐怖が濁りとなってじわじわと心を汚染していく。 ……けれど、心が完全に恐怖に飲まれてしまう前に、ギリギリのところで理性が踏み止まった。 その武器の脅威にだけ意識を囚われてしまったけれど、武器である以上は当然使い手もいる。 そして、初めて見る武器だったが、その武器の使い手に心当たりがあった。 ……そう、以前新川さんが話していたじゃないですか。実戦での『彼女』はこういう武器を得意にしていると。 落ち着け。ならば今攻撃してきたのは『彼女』だ。 そして『彼女』なら僕を『傷付ける』ことは出来ない。 「…………」 声も物音もしないが、そこにいるのは明白だった。戦場でこんなプレッシャーを放てる人間を、少なくとも僕は一人しか知らない。 SOS団ではメイドでお馴染み。 その正体は一人で組織の戦闘力の大部分を担う、機関の武闘派構成員。 そして、今回の戦いに於ける最大の脅威。 森園生、その人だ。 「…………」 木の陰から余り顔を出さないように向こうの様子を窺う。 相手の全体像は見えなかったが、見覚えのあるメイド服のスカートがちらりと覗いた。 向こうは僕の行動を待っているのか、ある程度距離を置いた位置で立ち止まっているようだ。 だが、こちらから動くつもりは毛頭なかった。 動かないことで得る主導権もある。ここは存分に焦れて頂こう。 「…………」 そうして、少しの間お互い沈黙が続き、 「……ふぅ」 程なくして、呆れを含んだような溜め息と共に、森さんはこちらに語り掛けてきた。 「すぐにでも降参するかと思いましたが、意外ですね」 普段と全く変わらないさらりとした物言い。顔を見なくとも分かります。いつものように微笑んでいるんでしょう、森さん? 「まさかとは思いますが、あなたは私に勝てるつもりでいるのですか?」 声色は変えないまま威圧感だけ増すというのはどういう話法なんでしょうね、まったく。交渉事に役立ちそうなので是非ご教授願いたいものです。 「答えなさい、古泉」 彼女は恫喝するように、それでいて静かに問い掛け、こちらの答えを待った。 その問いに対する答えならすぐに用意出来た。 ……ですが、馬鹿正直に答えて差し上げる義理もないでしょう。 僕は答えを口にする代わりに木陰から身を乗り出した。 森さんの真正面に無防備な体を晒す。 当然、今あの武器で狙われたらひとたまりもない。 それでも僕は、飛び切りの笑みを湛えたまま、彼女に向けて、芝居掛かった口調でこう言った。 「どうも森さん。いい夜ですね」 なんとかこちらの緊張を伝えずに上手く演じられただろうか? 頭では安全なことを理解していても、それだけでは湧き上がる恐怖を完全に抑え付ける事は出来ない。 けれど、森さんは僕を攻撃しない。そう自分に言い聞かせて相手からの返事を待った。 「……こんばんは、古泉。確かに月は綺麗ね」 森さんは僕が堂々と出てきたことに少しだけ驚いた素振りを見せたが、すぐに表情を取り繕ってそう返してきた。 内心ほぅと安堵の息を吐く。出来ることなら地面に座り込みたいくらいの安心感です。 僕がこれだけ隙を晒しているというのに、あの武闘派の彼女がわざわざこんな茶番に付き合っている。 その事実のお陰でようやく自分の理に確信が持てた。 ……やはり森さんは五体満足で僕を確保しようとしていますね。怪我はおろか、僅かな体力の損耗すらなく、僕には元気な体でいて貰わなければ困るのでしょう。 理由はもちろん、今にも発生しそうな閉鎖空間へと僕を向かわせるため。 少し考えれば誰にでも分かる理屈です。 今にして思えば、彼女がその気なら初撃で決着はついている。わざわざリュックを狙ったりなどしない。 そう、あれらは全て僕を降伏させるための脅しに過ぎなかったんですよ。 ……まんまと引っ掛かりかけた僕が指摘するのも恥ずかしい話ですが。 いや、そういう手で来ることは一応考慮してたんですよ? ……でもまあ実際やられると、恐いですよ、やっぱり。 ……それに森さんなら「足の一本くらいなくても閉鎖空間での戦闘には支障がないでしょう?」とか言い出しそうですし。 しかし、こちらが余裕を持って姿を見せていることで、はったりが通じなくなったことは向こうにも伝わったでしょう。 その証拠に、森さんの顔に貼り付きっ放しだった笑みが少しだけ剥がれ掛けていた。 さて、脅しは空振りに終わりましたよ。となると、次は説得ですか、森さん? 「投降しなさい、古泉。私と新川以外のメンバーは今回の事件にまだ気付いていません。今なら私の裁量で不問に出来ます」 概ね想像した通りの言葉だった。 お前の行動は機関に対する裏切り行為だ。黙っててやるからみんなに知られる前に馬鹿な真似はやめろ、と。 これは私見ですが、大多数の機関メンバーには今回の僕の行動を理解して頂けると踏んでいるのですがどうでしょう? 無論、男性メンバー限定ですけど。 とはいえ、そんな疑問を森さんにぶつけても仕方がありませんね。 今は彼女の降伏勧告に答えて差し上げますか。 答えはもちろんこうです。 「分かりました。投降しましょう」 「え?」 僕の返答を聞いて、森さんは虚を突かれたように言葉を詰まらせた。 そんな彼女の考えがまとまるよりも先に、次の台詞を投げ掛ける。 「その代わり、森さんにもこの戦いから降りて頂きます」 「……どういうことですか?」 彼女にとっては予想外の言葉の連続だったのでしょう。警戒した口調でこちらの真意を問い質してきた。 この段階で僕の意図が伝わる可能性も少しは考えてはいたけれど、どうやらそうはならなかったようだ。 心の中でやれやれと彼の口癖を拝借しつつ、説明の続きを口にしようとした。 ……だが、その前に遠くから聞こえてきた第三者の足音によって、僕の言葉は阻まれた。 タッタッタッタッ ……そういえば相手は森さん一人ではなくチームでしたね。すっかり忘れていました 自分では冷静なつもりでいたけれど、森さんのこと以外には頭が回っていなかったらしい。思ったよりも心に余裕がなかったのだと気付かされた。 足音の主は森さんの姿を確認すると、駆け足を緩めてその隣に歩み寄った。 彼女も森さんが霞むほどの反則的能力の持ち主です。敵対する場合は真っ先に警戒しなくてはならない人物で、本来ならその存在を忘れてしまうことなどありえませんが……。 ……あの様子なら警戒しなくても構わないでしょう。 森さんからかなり遅れてやってきたその人物――長門さんは、やっと追い付いた相方に向かって不満げにこう言った。 「……森園生、独断専行が過ぎる」 「……申し訳ありません。身内の恥ですので古泉だけは出来る限り速やかに処理したかったのです」 「…………」 森さんの謝罪を聞いて何やら空を見つめる長門さん。しばらく固まったかと思うとやがて一言「理解した」とだけ呟いた。 その長門さんの様子を注意深く観察してみると、普段の彼女との差異が端々に見て取れた。 今の彼女はとても『人間』らしい。 走ってここまで来たせいか、息をやや乱し、額に少し汗を浮かべている。 ただ立っている姿一つ見ても、いつもの人形じみた隙のなさに比べてどこか無駄の多い姿勢だった。 やはり開戦前に彼に語った推察の通り、今の長門さんは能力を制限されている。 どの程度かは分かりませんが、少なくとも情報操作は封じられているようですし、身体能力的にも一般人に近いでしょう。 ……長門さんがそういう状況となると、こちらが選べるプランは増えますね。いい展開です。 そんな小悪党のような思考をしている自分に、内心苦笑が漏れる。 けれど、そんなことはおくびにも出さず、僕はいつもの調子で長門さんに語り掛けた。、 「長門さん。森さんにもお願いしたのですが、この戦いを降りては頂けませんか? 交換条件は僕の身柄です」 「…………」 「ああ、涼宮さんと合流するのは構いませんよ。その場合は出来るだけ大人しくして頂きますが」 「…………」 僕の言葉を聞いて長門さんは再び固まってしまった。たっぷり時間を掛けて僕の提案について考察しているようだ。 そんな長門さんの代わりに、森さんの方から僕に疑問が投げ掛けられた。 「何故そのような真似をする必要があるのですか?」 森さんはまだこの提案の意味を全く理解していないようだ。 この人が僕の後手に回っている。これはなかなか自尊心をくすぐる状況ですね。 少し気をよくして、いつも以上に滑らかな口調で彼女の疑問に答える。 「簡単な話です。僕は涼宮さんと彼の二人だけでこの戦いのクライマックスを迎えて頂きたいのです」 「……それに一体何の意味が?」 「ふむ……そうですね。どこから話しましょうか」 わざと焦らすように、舞台役者のような仕草で考え込む真似をする。 「古泉……」 そんな僕のおふざけに苛立ったのか、森さんが剣呑な視線を送ってきた。 おっと、危ない危ない。少々調子に乗り過ぎましたか。 少し浮ついていた自分を戒め、僕は今回の戦いに関する自分なりの見解を披露し始めた。 「森さん。あなたはこう考えているはずです。閉鎖空間の発生を食い止めるために、速やかに自分一人で全て解決してしまおう、と」 「それのどこに問題がありますか? 本気の男子学生が相手のドンパチごっことなれば、いくら涼宮さんといえど万が一がある。ならば私が処理した方が迅速かつ確実です」 「そうですね。今回はいつものレクリエーションとも違いますし、森さんも初めから参加しているので、あなたが出しゃばってもそこまで不自然ではない。大変結構かと」 森さんの能力が涼宮さんに露見してしまうという危険性はありますが、森さんならその辺りも上手く誤魔化すでしょうし。 「それなら――」 「ただし、それは涼宮さんと敵対しているのが僕や彼でなければの話です。今回のケースではあなたが解決してしまえばSOS団メンバーの間に遺恨が残る。彼女に不満が残る。それは慢性的な閉鎖空間の種になります。あなたは可能な限り活躍するべきではない」 森さんが疑問の言葉を発するより先に、それに対する答えを提示する。彼女は開きかけた口を閉ざして僕の言葉を吟味し始めた。 この辺りは普段から涼宮さんに接している僕と、数回しか会ったことがない森さんとの、彼女に対する認識の違いでしょう。 森さんは基本的に報告書でしか彼女を知らない。すぐに気が付かなくても仕方がないことです。 「……なるほど、あなたの意見にも一考の余地はあるでしょう。ですが、彼女は早急な解決を喜ぶかも知れない。それは他人には分からない部分です」 なおも森さんは食い下がる。だが、その意見には明らかな間違いがあった。 「いえ、実は森さん一人で解決してはまずいという明確な理由があるのです。それは目に見える形で存在していて、既に森さんも目にされています」 「……どこにそんなものがあるというのです?」 「彼女ですよ」 そう言いながら長門さんの方に視線をやる。彼女は相変わらず黙ったまま僕たちのやり取りを傍観していた。 「長門さんに一体何が……あっ」 そこで森さんもやっと気付いたようだ。 「そう。涼宮さんが無意識の内に長門さんたちの能力を封じたという事実。それは自分自身の手でこの事件を解決したいという、彼女の願望の現れではないでしょうか?」 「…………」 僕の推論を聞いて森さんはとうとう黙り込んだ。 所々に穴もありますが、この推察はそこまで間違ってもいないと思っています。 少なくとも森さんに新たな選択肢を与える程度には筋が通っているはずです。 願わくばこれで納得して僕のプランに乗って頂きたいのですが……。 「…………」 僕が木に隠れていた時のように再び沈黙が場を支配した。 月が雲の後ろに隠れて、場の沈黙に合わせたかのように辺りが暗くなる。 長門さんはじっと森さんを見つめ、僕も口を閉ざし彼女の答えを待つ。 じんわりと重苦しい空気が辺りに広がっていく。 やがて、月が雲の後ろから顔を出し、月明かりが再び森さんたちを照らし始めた頃、彼女は重く閉ざしていた口を開いた。 「……あなたの考えはよく分かりました。確かに長門さんの能力に関しての推察は恐らく正しいでしょう」 僕の考えに理解を示す森さん。ここまでは予想通り。問題はこの後ですが、はたして……? 「では、僕の計画に賛同して頂けますか?」 少し緊張しながら再び提案をした。 可能ならば無駄な戦いは避けたい。そう願いながら返答を待つ。 ……だが、彼女の口から出たのは否定の言葉だった。 「いいえ。あなたの提案には同意出来ません」 きっぱりと、森さんはそう口にした。 ……こうなりましたか。こちらの計画に乗って頂ける公算の方が高いと踏んでいたのですが……。 口惜しさを飲み込み、思考を切り替える。まだ戦闘回避の見込みがない訳ではない。 「その結論に至った詳しい理由をお聞かせ願えますか?」 理由によってはまだ譲歩の余地があるかも知れない。ここははっきりさせておきましょう。 だが、僕のその質問を聞いて森さんは何故か言葉に詰まった。 「……それは……その」 ……あれ? そんなに変な質問をしましたか? こちらの提案を蹴れば当然聞かれることでしょう? 返答を促すように黙って森さんを見つめる。しかし、森さんは僕の視線から逃げるように顔を逸らして、こちらと目を合わせてくれない。 ……一体どうされたのでしょう? こんな森さんは今まで見たことがありませんよ。 やがて無言の視線に耐えられなくなったのか。彼女は覚悟を決めたようにこちらを見返し、少しつっかえながら先程の問い掛けに答え始めた。 「その……古泉、あ、あなたにはまだ言葉にしていな本心がありますよね?」 本心、ですか? はて? 「だって……色々と理屈を並べてはいますが、結局あなたは自分たちのコレクションが無事になる可能性を考慮して、こんなプランを立てたのでしょう? 普段のあなたなら最悪の結果を……今回の場合は涼宮さんが負けてしまう可能性を、まず最初に排除するはずです」 ……はっきり指摘されると少々恥ずかしいですが、まあそれはそうですね。 ぶっちゃけてしまえば、森さんが一人で解決してしまうと、その見込みは限りなくゼロになると考えています。 今回のプランは、まずコレクションの無事ありきで立てられたことは否定出来ません。 「……それならやはり私はそのプランに乗りません。予定通り私が一人で制圧します」 ……何故ですか? まさか森さん。あなたまで男子高校生にエロを捨てろなどという無茶を言い出すつもりですか? 「そうです!」 ……え? 「あんな破廉恥なものを高校生が所有しているなんて許しません!」 「……………………」 僕の見間違いですかね? それなりに成熟した女性であるはずの、僕より年上であるはずの、あの森さんが……。 「あんなもの存在していてはいけないのです! えっちなのは駄目なんです!」 初めてAVの存在を知った女子小学生みたいに、顔を真っ赤にして取り乱しているんですが……。 ……いや、今時の小学生より初心な反応ですよ、これは。 先程までの緊迫感はどこへやら。緊張が緩んだせいかどっと疲れてしまい、口から盛大な溜め息がこぼれる。 それから未だにワタワタしている森さんに向かって、思わずこう尋ねてしまった。 「……森さん、あなた歳はいくつですか?」 「と、歳は関係ないでしょう!?」 「いや、大人の女性としてその反応はかなり問題があると思うのですが……」 「ほっといて下さい!」 そう言って、森さんは真っ赤な顔でこちらを睨む。その可愛らしい表情に和むべきなのか、それとも睨まれたことを恐れるべきなのか……少々悩むところです。 しかし、これはかなり想定外の展開ですよ。 当初の予定では、森さんが積極的に戦いに参加せず涼宮さんが負けてしまう可能性と、森さんの活躍で解決した場合の涼宮さんの不満を天秤に掛けて、その上でどちらを選ぶか、と言った選択になると思われましたが……。 まさか森さんがコレクションの没収に積極的な立場だったとは……。 向こうの陣営で最年長の彼女が、ここまで免疫がないだなんて普通は誰も想像出来ませんよ。 ……いずれにせよ。これで森さんに協力して頂ける線は消えましたね。 最初の提案が蹴られた場合に備えて、もう少し妥協した案も用意していましたが……あの様子では無意味でしょう。 「とにかく! もう決めました! 涼宮さんには後でフォローするとして、こんな馬鹿げた戦いはさっさと終わらせます!」 すっかり戦う気満々ですよ、この人……。 「長門さん。森さんはこうおっしゃってますが、あなたはどうなさいますか?」 「…………」 最後の悪足掻きとして、さっきから森さんに無視されっぱなしの長門さんにも意見を聞いてみる。 ……この状況で森さんを止められるとは思えませんが、まあ念のため。 けれど、そんな毛の先ほどの淡い希望も、長門さんの言葉であっさり吹き飛んだ。 「……現在情報統合思念体との交信が途絶えている。情報操作も封じられ、非常に不安定な状況。早期解決はこちらとしても望ましい」 でしょうね。うん。分かってました。 「それに、あなたと彼には一発仕返しをしないと、何故か今後のコミュニケーションに重大なエラーが発生しそうな気がする」 ……こんなところで新たな感情を芽生えさせないで下さいよ。いや、もちろん元凶の僕たちにそれを言う資格はないですけど。 ……それはそうと、先程からやけに反応が鈍いようですね? 台詞から察するに、今の情報統合思念体と長門さんの状況は、通信障害が起きたサーバーとPCのようなものなのでしょうか? 普段から会話の反応が速い方ではありませんが、今の状態はそれに輪を掛けて酷い。 ……果たしてそれでまともに戦えますかね? 対話による解決を諦め、頭の中を戦闘用に切り替えていく。過程は大きく違ったが終着点はそこまでズレていない。 最終的に戦闘になる可能性は元々低くなかったのだし、そのための『仕込み』も終えている。戦う覚悟もとっくの昔に済ませてある。 「……よく分かりました。お二人とも僕と戦うという結論で構いませんね?」 そう呟いて、唯一手元に残ったハンドガンをポケットから取り出した。 それを見て森さんも武器を構える。取り出したのは伸縮式の警棒。先程までの取り乱した様子はすっかり消えていた。 遅れて長門さんも銃を構える。 「そういえば最初の質問への答えがまだでしたね。『あなたは私に勝てるつもりでいるのですか』でしたっけ?」 そして、僕は森さんに宣戦布告をする。 「答えはノーです。流石に森さんを相手にして勝てるとは思っていませんよ」 「……」 二コリと笑みを浮かべてみたが、どうもこの場での笑顔は不評のようで、森さんの反応は芳しくなかった。 気にせず交戦前の最後のお芝居を続ける。 「ただし、なんとか引き分けくらいには持ち込めるのではないかと踏んでいます」 「……なるほど。この分かりやすい『仕掛け』はそういう狙いですか」 引き分けという言葉でこちらの意図を察したようで、森さんは辺りをぐるりと一望してからそう呟いた。 すぐに踏み込んでこなかったのは、やはりこちらの『仕込み』をとっくに感知していたからのようですね。 まあ看破されることは想定済みです。この程度の雑な隠蔽で森さんを騙せるとは思っていません。 「……『仕掛け』?」 しかし、ただ一人長門さんだけは何も気付いていなかったようで、説明を求めるように森さんに視線を向けた。 「古泉の隣に生えている木をを中心に、尋常ではない数のトラップが張り巡らされています。カモフラージュが甘いので、注意深く観察すれば長門さんにも見破ることは出来るでしょうが……」 「見破ったところで僕が接近を許しませんがね」 森さんの台詞を補足しつつ、わざとらしく銃を構えて見せる。 長門さんは僕の銃と辺りの様子を交互に見比べて、やがて納得したように頷いた。 「……大量のトラップと射撃による時間稼ぎ。こちらがうかつに突っ込めば罠に捕らわれ、罠を警戒し過ぎると射撃の餌食になる、と」 そういうことです。涼宮さんと彼が接触するまで森さんたちをここに足止めすれば、それで当初のプラン通りの展開になります。 なにも僕はあなた方に勝たなくてもいいんです。 「ちなみに僕が装備している銃は当たればただでは済みませんよ。これは森さんが護身用にくれた改造型ですから」 「…………」 最後にもう一押し脅してから説明を終える。これで長門さんは無理を出来ないだろう。 今の彼女が僕に向かってきても脅威とはなりえないが、出来れば援護射撃程度で大人しくしていて頂きたい。 何しろ、相手は僕に戦闘のいろはを叩き込んだ先生なのですから。 月の下に立つ森さんを見つめる。 本気でこの人を相手にしなければならないのかと思うと身震いしそうになるが、これだけハンデを貰っておいて負ける訳にもいかない。 何より僕の後ろには彼らがいる。 僕が突破されれば彼女を止められる人間などいない。 ……僕がやるしかない。 一度だけ深く、深く息を吐いて、胸に湧き上がった弱気を追い出した。 「そういえば、以前あなたにトラップ入門編の教材と資材を与えたことがありましたね」 「ええ、仕掛けているのはあの時の罠です。どうですか、森さん? 今あなたの教育が花開いているところですよ?」 「そうですね……あなたの成長した姿を見るのはとても感慨深いものになったでしょう。……こんな形でなければ」 「喜んでは頂けませんか、残念です」 「私も残念ですよ、古泉。こんなに可愛げのない成長を見せられるなんて」 「……この場ではお褒めの言葉として受け取っておきましょう」 続く
https://w.atwiki.jp/yasasii/pages/372.html
やや薄暗くなってきた会長宅の裏庭。 僕は懐中電灯を片手に来たるべき戦いへ向けての『仕込み』を続けていた。 「よし、これは無事ですね。こっちは……駄目だ、パーツが劣化して壊れてる」 今仕込んでいる『これ』も例の武器と一緒に森さんに押し付けられたものですが、まさかその森さんと敵対しているこの状況で役に立つとは。 いやはや、人生の巡り合わせというのは分からないものです。 「スペアがないので破棄、と。次」 久しぶりの作業だったが『仕込み』の大半は以前設置していた物を仕掛け直すだけなので然程手間は掛からなかった。 「ふむ、こっちはすぐに直せそうですね」 それに壊れていた場合も――森さんのイジメにも似た厳しい指導のお陰か――頭と指先はしっかり手順を覚えていたので、部品さえあれば特に問題なく修理出来た。 「よし、次です」 ポンポンと土を均して次の設置に取り掛かる。こうして作業をしているとだんだんと当時の記憶も蘇ってきた。 ふと思い出されたのは『これ』を裏庭に仕込んだ当時の会長とのやり取り。 「……そういえば、会長にはこの件のお礼もしないといけませんね」 今思えばわりと無茶なお願いでした。 『会長、この家の裏庭なんですが……』 『ああ、親の趣味だったが生憎俺は門外漢でな。今ではあの様だ』 『少々あの場をお借りしてもよろしいですか? 実験と訓練に使わせて頂きたいんですよ』 『……待て、今不穏な単語が聞こえたぞ』 『大丈夫、危険物は使いません。ただ危ないので僕がいいと言うまで入らないで下さいね』 『一つの台詞の中であっさりと矛盾を成立させるな!』 なんだかんだ言いながら貸してくれる辺り会長のお人柄が窺えます。 悪人ぶってるけど親しい人間には結構優しいんですよ、あの人。 本人が聞いたら怒りそうなので言いませんけど。 それに、律儀に僕の言葉に従ってあの日からここには立ち入ってないようですね。 僕に対する信頼からか、はたまた自分の身を守る防衛本能からか。 「……前者ということにしておきますか」 「そんな訳あるか!」という脳内会長の抗議を無視しつつ、当時の実験メモと照らし合わせながら設置と修理を続けていく。 それなりに長い期間放置していた割には使えるものが多かった。流石は森さん謹製の品々です。 ブゥゥン…… 「む……」 そうしてしばらく作業に没頭していたが、ポケットに入れていた携帯が振動して作業の中断を求めてきた。 敵が突入した知らせかと少し身構えたけれど、着信したのは報告のメールだった。 開いたメールには簡潔な一文。 『敵はチーム分けの最中。扉は未だ突破されず』 「ふむ……」 引き続き監視の指示を出してから携帯をポケットに戻す。こちらの予定通り向こうも二手に別れようとしているようだ。 「……それはつまり森さんの予定通りでもありますが」 森さんは涼宮さんとは別の班に回って、迷わず僕がいるこちらのルートを選択するはずです。 僕がここで待ち構えていることは森さんも予測済みでしょう。 僕は森さんの性格を知っているし、同じように森さんも僕の性格を知っている。要はそういうことです。 だから、ここまでの流れは読み違いが起こりようのない予定調和。だけど、ここから先は…… 「僕次第、ですかね」 一人呟いて立ち上がり、膝に付いた土を払う。作業の時間はここまででしょう。 しゃがみっぱなしで固まった体をほぐすよう天に向けて大きく伸びをする。 僕が作業を始めた頃にはまだ働いていた太陽も、一足先に本日の業務を終了されたようで、今では月がその業務を引き継いでいます。 月明かりに照らされた薄暗い世界。その夕方とはすっかり雰囲気の変わった裏庭を一望すると、素直な感想が浮かんできた。 ……それにしても、日が落ちるとここは本当に薄気味悪いですね。 僕が迎撃ポイントに選んだのは、屋敷の入り口とは正反対の位置にある裏庭。 一般市民の感覚からすれば無駄に広すぎるその庭も、昔はさぞ綺麗に管理され美しい花々が咲き乱れていたのでしょう。 庭の中心に置かれたテーブルセットや、片隅に積まれた園芸用の土に本格的な道具の数々など、その頃の面影が所々に見て取れます。 しかし、屋敷の住人が会長だけとなった今では全く手入れをされず、そのままほったらかしにされていました。 その結果、放置されたままの道具や家具は風雨に晒されて錆付き壊れ、雑草は刈られることなく膝の辺りまで育ってしまい、木の枝はだらしなく無秩序に伸び放題、蔦類は屋敷の壁にまで張り付いている。 ……こうなるとこの一角だけはまるで幽霊屋敷のようです。庭に存在する全ての要素が絶妙に不気味さを演出しています。 ……この戦いが終わったらここも綺麗にしますか。随分長いことお借りしていましたし、借りた時より綺麗に手入れをしてからお返ししましょう。 そして、その手入れが済んだら会長に一言助言してみよう。円満な親子関係のために庭弄りの趣味を始めてはどうかと。 その余計なお世話であろう提案をされて、嫌そうな顔をしている会長を想像すると微かに頬が緩む。 が、そんな温い空気を切り裂くように携帯のバイブレーションが再び作動した。今度はワンコールで着信が切れる。敵襲の合図だ。 「来ましたか」 いよいよ涼宮さんたちが正面玄関から屋敷に侵入したようだ。正面ルートはすぐにでも戦闘に入るでしょう。 正直な話、こちらのルートほどではないが正面ルートにもやや不安が残る。会長たちはともかく、鶴屋さんが少々読めない。 上手く『突破される』といいんですが。 そのことを想像すると、少しだけ胸にチクリとした痛みが走る。この期に及んで割り切れない自分が好ましくもあり、疎ましくもあった。 ……どちらに転ぶにせよ今は自分の役目を全うしなくては。相手は森さんだ。もう間もなくここに乗り込んでくるはずです。 僅かに生じた迷いを振り切り、敵襲に備えるために地面に置いていたリュックに手にを伸ばす。 だが、僕がそのリュックを手にすることはなかった。 ヒュン! ガガガガッ! 「……え?」 風を切る音が聞こえたかと思った刹那、地面に置いていたリュックに次々と何かが突き刺さった。 その何かが刺さった衝撃に押されるようにリュックは地面を転がっていき、伸ばした右手はむなしく空を切る。 現実感が全くないその光景を僕はただ呆然と眺めていた。 撃たれた? 誰に? 何を? どうやって? そもそも入り口からの距離を考えて下さいよ。こんなに早く攻撃されるなんてありえないでしょう? まだ呆けたままの頭に浮かんだのは全て現実逃避の言葉。 しかし、今更になって聞こえてきた足音のお陰でやっと我に返ることが出来た。 タタタタタタッ! ……って、やっぱり敵襲ですか!? ちょっと早過ぎますよ! そこで初めて闇に紛れて猛スピードで接近してくる敵の影を確認する。けれど、その姿を見て再び疑問が湧いてきた。 その接近速度はこちらの予測を上回っていたものの、敵の現在位置はやはりどう考えてもここまで攻撃が届きそうにない……例えば狙撃用の銃でもなければまともな射撃が不可能な地点だった。 だが、目視で確認出来た敵のシルエットは、長距離用の大型銃はおろか小型銃すら装備していない。 ならばどうやってあの距離から攻撃してきたのか? この謎はすぐに解き明かされた。 何故なら敵がもう一度実演してくれたからだ。 その敵のシルエットは、その異常な走行スピードから生じる慣性を十分に活かして―― ――何かをこちらに向かってぶん投げた。 ……えーっと、つまり投擲武器でこの距離を狙撃してきたんですか? その出鱈目な真相が判明した途端、不覚にも軽い眩暈に襲われてしまった。 ……これだから埒外な人種は! 一般人が相手なんですから! もっと常識の範囲に収まる攻撃をして下さいよ! そんなこちらの心の叫びを知ってか知らずか、相手の投げた武器が僕に向かって飛来した。 ヒュン! ヒュン! ヒュン! 「くッ!」 耳にするだけで心が折れそうな風切り音が辺りに鳴り響く。その不吉な音に背中を押されながら、なんとか庭で一番大きな木の陰に転がり込んだ。 元々戦うならこの位置と決めていた安全地帯。この木の後ろなら相手がロケットランチャーでも用意しない限りは安全だろう。……しかし、 「……のっけから予定が狂いましたね」 苦々しい気持ちで、捨てざるをえなかったリュックに目をやる。あの中には有用な装備がたっぷり詰まっていた。 中身が無事かは分からないが、少なくともそのリュックが鞄としての機能を失ってしまったのは誰の目にも明らかだった。 太すぎる釘、あるいは小型の杭にも見える鉄の棒で無残にも串刺しにされている。 いわゆる棒手裏剣の一種だろうか? その鈍い輝きからはレプリカなどにはない、人を傷付けるための意思のようなものが感じられた。 あんな物が突き刺されば普通の人間は無事では済まない。閉鎖空間でならともかく、この現実世界ではどうしようもない脅威だ。 「……っ」 そのシンプルな暴力を目の当たりにして、不意に恐怖が湧き上がる。 心拍数が上がり、じっとりとした嫌な汗が噴き出してくる。 恐怖が濁りとなってじわじわと心を汚染していく。 ……けれど、心が完全に恐怖に飲まれてしまう前に、ギリギリのところで理性が踏み止まった。 その武器の脅威にだけ意識を囚われてしまったけれど、武器である以上は当然使い手もいる。 そして、初めて見る武器だったが、その武器の使い手に心当たりがあった。 ……そう、以前新川さんが話していたじゃないですか。実戦での『彼女』はこういう武器を得意にしていると。 落ち着け。ならば今攻撃してきたのは『彼女』だ。 そして『彼女』なら僕を『傷付ける』ことは出来ない。 「…………」 声も物音もしないが、そこにいるのは明白だった。戦場でこんなプレッシャーを放てる人間を、少なくとも僕は一人しか知らない。 SOS団ではメイドでお馴染み。 その正体は一人で組織の戦闘力の大部分を担う、機関の武闘派構成員。 そして、今回の戦いに於ける最大の脅威。 森園生、その人だ。 「…………」 木の陰から余り顔を出さないように向こうの様子を窺う。 相手の全体像は見えなかったが、見覚えのあるメイド服のスカートがちらりと覗いた。 向こうは僕の行動を待っているのか、ある程度距離を置いた位置で立ち止まっているようだ。 だが、こちらから動くつもりは毛頭なかった。 動かないことで得る主導権もある。ここは存分に焦れて頂こう。 「…………」 そうして、少しの間お互い沈黙が続き、 「……ふぅ」 程なくして、呆れを含んだような溜め息と共に、森さんはこちらに語り掛けてきた。 「すぐにでも降参するかと思いましたが、意外ですね」 普段と全く変わらないさらりとした物言い。顔を見なくとも分かります。いつものように微笑んでいるんでしょう、森さん? 「まさかとは思いますが、あなたは私に勝てるつもりでいるのですか?」 声色は変えないまま威圧感だけ増すというのはどういう話法なんでしょうね、まったく。交渉事に役立ちそうなので是非ご教授願いたいものです。 「答えなさい、古泉」 彼女は恫喝するように、それでいて静かに問い掛け、こちらの答えを待った。 その問いに対する答えならすぐに用意出来た。 ……ですが、馬鹿正直に答えて差し上げる義理もないでしょう。 僕は答えを口にする代わりに木陰から身を乗り出した。 森さんの真正面に無防備な体を晒す。 当然、今あの武器で狙われたらひとたまりもない。 それでも僕は、飛び切りの笑みを湛えたまま、彼女に向けて、芝居掛かった口調でこう言った。 「どうも森さん。いい夜ですね」 なんとかこちらの緊張を伝えずに上手く演じられただろうか? 、頭では安全なことを理解していても、それだけでは湧き上がる恐怖を完全に抑え付ける事は出来ない。 けれど、森さんは僕を攻撃しない。そう自分に言い聞かせて相手からの返事を待った。 「……こんばんは、古泉。確かに月は綺麗ね」 森さんは僕が堂々と出てきたことに少しだけ驚いた素振りを見せたが、すぐに表情を取り繕ってそう返してきた。 内心ほぅと安堵の息を吐く。出来ることなら地面に座り込みたいくらいの安心感です。 僕がこれだけ隙を晒しているというのに、あの武闘派の彼女がわざわざこんな茶番に付き合っている。 その事実のお陰でようやく自分の理に確信が持てた。 ……やはり森さんは五体満足で僕を確保しようとしていますね。怪我はおろか、僅かな体力の損耗すらなく、僕には元気な体でいて貰わなければ困るのでしょう。 理由はもちろん、今にも発生しそうな閉鎖空間へと僕を向かわせるため。 少し考えれば誰にでも分かる理屈です。 今にして思えば、彼女がその気なら初撃で決着はついている。わざわざリュックを狙ったりなどしない。 そう、あれらは全て僕を降伏させるための脅しに過ぎなかったんですよ。 ……まんまと引っ掛かりかけた僕が指摘するのも恥ずかしい話ですが。 いや、そういう手で来ることは一応考慮してたんですよ? ……でもまあ実際やられると、恐いですよ、やっぱり。 ……それに森さんなら「足の一本くらいなくても閉鎖空間での戦闘には支障がないでしょう?」とか言い出しそうですし。 しかし、こちらが余裕を持って姿を見せていることで、はったりが通じなくなったことは向こうにも伝わったでしょう。 その証拠に、森さんの顔に貼り付きっ放しだった笑みが少しだけ剥がれ掛けていた。 さて、脅しは空振りに終わりましたよ。となると、次は説得ですか、森さん? 「投降しなさい、古泉。私と新川以外のメンバーは今回の事件にまだ気付いていません。今なら私の裁量で不問に出来ます」 概ね想像した通りの言葉だった。 お前の行動は機関に対する裏切り行為だ。黙っててやるからみんなに知られる前に馬鹿な真似はやめろ、と。 これは私見ですが、大多数の機関メンバーには今回の僕の行動を理解して頂けると踏んでいるのですがどうでしょう? 無論、男性メンバー限定ですけど。 とはいえ、そんな疑問を森さんにぶつけても仕方がありませんね。 今は彼女の降伏勧告に答えて差し上げますか。 答えはもちろんこうです。 「分かりました。投降しましょう」 「え?」 僕の返答を聞いて森さんは虚を突かれたように言葉を詰まらせた。 そんな彼女の考えがまとまるよりも先に、次の台詞を投げ掛ける。 「その代わり、森さんにもこの戦いから降りて頂きます」 「……どういうことですか?」 彼女にとっては予想外の言葉の連続だったのでしょう。警戒した口調でこちらの真意を問い質してきた。 この段階で僕の意図が伝わる可能性も少しは考えてはいたけれど、どうやらそうはならなかったようだ。 心の中でやれやれと彼の口癖を拝借しつつ、説明の続きを口にしようとした。 ……だが、その前に遠くから聞こえてきた第三者の足音によって、僕の言葉は阻まれた。 タッタッタッタッ ……そういえば相手は森さん一人ではなくチームでしたね。すっかり忘れていました 自分では冷静なつもりでいたけれど、森さんのこと以外には頭が回っていなかったらしい。思ったよりも心に余裕がなかったのだと気付かされた。 足音の主は森さんの姿を確認すると、駆け足を緩めてその隣に歩み寄った。 彼女も森さんが霞むほどの反則的能力の持ち主です。敵対する場合は真っ先に警戒しなくてはならない人物で、本来ならその存在を忘れてしまうことなどありえませんが……。 ……あの様子なら警戒しなくても構わないでしょう。 森さんからかなり遅れてやってきたその人物――長門さんは、やっと追い付いた相方に向かって不満げにこう言った。 「……森園生、独断専行が過ぎる」 「……申し訳ありません。身内の恥ですので古泉だけは出来る限り速やかに処理したかったのです」 「…………」 森さんの謝罪を聞いて何やら空を見つめる長門さん。しばらく固まったかと思うとやがて一言「理解した」とだけ呟いた。 その長門さんの様子を注意深く観察してみると、普段の彼女との差異が端々に見て取れた。 今の彼女はとても『人間』らしい。 走ってここまで来たせいか、息をやや乱し、額に少し汗を浮かべている。 ただ立っている姿一つ見ても、いつもの人形じみた隙のなさに比べてどこか無駄の多い姿勢だった。 やはり開戦前に彼に語った推察の通り、今の長門さんは能力を制限されている。 どの程度かは分かりませんが、少なくとも情報操作は封じられているようですし、身体能力的にも一般人に近いでしょう。 ……長門さんがそういう状況となると、こちらが選べるプランは増えますね。いい展開です。 そんな小悪党のような思考をしている自分に、内心苦笑が漏れる。 けれど、そんなことはおくびにも出さず、僕はいつもの調子で長門さんに語り掛けた。、 「長門さん。森さんにもお願いしたのですが、この戦いを降りては頂けませんか? 交換条件は僕の身柄です」 「…………」 「ああ、涼宮さんと合流するのは構いませんよ。その場合は出来るだけ大人しくして頂きますが」 「…………」 僕の言葉を聞いて長門さんは再び固まってしまった。たっぷり時間を掛けて僕の提案について考察しているようだ。 そんな長門さんの代わりに、森さんの方から僕に疑問が投げ掛けられた。 「何故そのような真似をする必要があるのですか?」 森さんはまだこの提案の意味を全く理解していないようだ。 この人が僕の後手に回っている。これはなかなか自尊心をくすぐる状況ですね。 少し気をよくして、いつも以上に滑らかな口調で彼女の疑問に答える。 「簡単な話です。僕は涼宮さんと彼の二人だけでこの戦いのクライマックスを迎えて頂きたいのです」 「……それに一体何の意味が?」 「ふむ……そうですね。どこから話しましょうか」 わざと焦らすように、舞台役者のような仕草で考え込む真似をする。 「古泉……」 そんな僕のおふざけに苛立ったのか、森さんが剣呑な視線を送ってきた。 おっと、危ない危ない。少々調子に乗り過ぎましたか。 少し浮ついていた自分を戒め、僕は今回の戦いに関する自分なりの見解を披露し始めた。 「森さん。あなたはこう考えているはずです。閉鎖空間の発生を食い止めるために、速やかに自分一人で全て解決してしまおう、と」 「それのどこに問題がありますか? 本気の男子学生が相手のドンパチごっことなれば、いくら涼宮さんといえど万が一がある。ならば私が処理した方が迅速かつ確実です」 「そうですね。今回はいつものレクリエーションとも違いますし、森さんも初めから参加しているので、あなたが出しゃばってもそこまで不自然ではない。大変結構かと」 森さんの能力が涼宮さんに露見してしまうという危険性はありますが、森さんならその辺りも上手く誤魔化すでしょうし。 「それなら――」 「ただし、それは涼宮さんと敵対しているのが僕や彼でなければの話です。今回のケースではあなたが解決してしまえばSOS団メンバーの間に遺恨が残る。彼女に不満が残る。それは慢性的な閉鎖空間の種になります。あなたは可能な限り活躍するべきではない」 森さんが疑問の言葉を発するより先に、それに対する答えを提示する。彼女は開きかけた口を閉ざして僕の言葉を吟味し始めた。 この辺りは普段から涼宮さんに接している僕と、数回しか会ったことがない森さんとの、彼女に対する認識の違いでしょう。 森さんは基本的に報告書でしか彼女を知らない。すぐに気が付かなくても仕方がないことです。 「……なるほど、あなたの意見にも一考の余地はあるでしょう。ですが、彼女は早急な解決を喜ぶかも知れない。それは他人には分からない部分です」 なおも森さんは食い下がる。だが、その意見には明らかな間違いがあった。 「いえ、実は森さん一人で解決してはまずいという明確な理由があるのです。それは目に見える形で存在していて、既に森さんも目にされています」 「……どこにそんなものがあるというのです?」 「彼女ですよ」 そう言いながら長門さんの方に視線をやる。彼女は相変わらず黙ったまま僕たちのやり取りを傍観していた。 「長門さんに一体何が……あっ」 そこで森さんもやっと気付いたようだ。 「そう。涼宮さんが無意識の内に長門さんたちの能力を封じたという事実。それは自分自身の手でこの事件を解決したいという、彼女の願望の現れではないでしょうか?」 「…………」 僕の推論を聞いて森さんはとうとう黙り込んだ。 所々に穴もありますが、この推察はそこまで間違ってもいないと思っています。 少なくとも森さんに新たな選択肢を与える程度には筋が通っているはずです。 願わくばこれで納得して僕のプランに乗って頂きたいのですが……。 「…………」 僕が木に隠れていた時のように再び沈黙が場を支配した。 月が雲の後ろに隠れて、場の沈黙に合わせたかのように辺りが暗くなる。 長門さんはじっと森さんを見つめ、僕も口を閉ざし彼女の答えを待つ。 じんわりと重苦しい空気が辺りに広がっていく。 やがて、月が雲の後ろから顔を出し、月明かりが再び森さんたちを照らし始めた頃、彼女は重く閉ざしていた口を開いた。 「……あなたの考えはよく分かりました。確かに長門さんの能力に関しての推察は恐らく正しいでしょう」 僕の考えに理解を示す森さん。ここまでは予想通り。問題はこの後ですが、はたして……? 「では、僕の計画に賛同して頂けますか?」 少し緊張しながら再び提案をした。 可能ならば無駄な戦いは避けたい。そう願いながら返答を待つ。 ……だが、彼女の口から出たのは否定の言葉だった。 「いいえ。あなたの提案には同意出来ません」 きっぱりと、森さんはそう口にした。 ……こうなりましたか。こちらの計画に乗って頂ける公算の方が高いと踏んでいたのですが……。 口惜しさを飲み込み、思考を切り替える。まだ戦闘回避の見込みがない訳ではない。 「その結論に至った詳しい理由をお聞かせ願えますか?」 理由によってはまだ譲歩の余地があるかも知れない。ここははっきりさせておきましょう。 だが、僕のその質問を聞いて森さんは何故か言葉に詰まった。 「……それは……その」 ……あれ? そんなに変な質問をしましたか? こちらの提案を蹴れば当然聞かれることでしょう? 返答を促すように黙って森さんを見つめる。しかし、森さんは僕の視線から逃げるように顔を逸らして、こちらと目を合わせてくれない。 ……一体どうされたのでしょう? こんな森さんは今まで見たことがありませんよ。 やがて無言の視線に耐えられなくなったのか。彼女は覚悟を決めたようにこちらを見返し、少しつっかえながら先程の問い掛けに答え始めた。 「その……古泉、あ、あなたにはまだ言葉にしていな本心がありますよね?」 本心、ですか? はて? 「だって……色々と理屈を並べてはいますが、結局あなたは自分たちのコレクションが無事になる可能性を考慮して、こんなプランを立てたのでしょう? 普段のあなたなら最悪の結果を……今回の場合は涼宮さんが負けてしまう可能性を、まず最初に排除するはずです」 ……はっきり指摘されると少々恥ずかしいですが、まあそれはそうですね。 ぶっちゃけてしまえば、森さんが一人で解決してしまうと、その見込みは限りなくゼロになると考えています。 今回のプランは、まずコレクションの無事ありきで立てられたことは否定出来ません。 「……それならやはり私はそのプランに乗りません。予定通り私が一人で制圧します」 ……何故ですか? まさか森さん。あなたまで男子高校生にエロを捨てろなどという無茶を言い出すつもりですか? 「そうです!」 ……え? 「あんな破廉恥なものを高校生が所有しているなんて許しません!」 「……………………」 僕の見間違いですかね? それなりに成熟した女性であるはずの、僕より年上であるはずの、あの森さんが……。 「あんなもの存在していてはいけないのです! えっちなのは駄目なんです!」 初めてAVの存在を知った女子小学生みたいに、顔を真っ赤にして取り乱しているんですが……。 ……いや、今時の小学生より初心な反応ですよ、これは。 先程までの緊迫感はどこへやら。緊張が緩んだせいかどっと疲れてしまい、口から盛大な溜め息がこぼれる。 それから未だにワタワタしている森さんに向かって、思わずこう尋ねてしまった。 「……森さん、あなた歳はいくつですか?」 「と、歳は関係ないでしょう!?」 「いや、大人の女性としてその反応はかなり問題があると思うのですが……」 「ほっといて下さい!」 そう言って、森さんは真っ赤な顔でこちらを睨む。その可愛らしい表情に和むべきなのか、それとも睨まれたことを恐れるべきなのか……少々悩むところです。 しかし、これはかなり想定外の展開ですよ。 当初の予定では、森さんが積極的に戦いに参加せず涼宮さんが負けてしまう可能性と、森さんの活躍で解決した場合の涼宮さんの不満を天秤に掛けて、その上でどちらを選ぶか、と言った選択になると思われましたが……。 まさか森さんがコレクションの没収に積極的な立場だったとは……。 向こうの陣営で最年長の彼女が、ここまで免疫がないだなんて普通は誰も想像出来ませんよ。 ……いずれにせよ。これで森さんに協力して頂ける線は消えましたね。 最初の提案が蹴られた場合に備えて、もう少し妥協した案も用意していましたが……あの様子では無意味でしょう。 「とにかく! もう決めました! 涼宮さんには後でフォローするとして、こんな馬鹿げた戦いはさっさと終わらせます!」 すっかり戦う気満々ですよ、この人……。 「長門さん。森さんはこうおっしゃってますが、あなたはどうなさいますか?」 「…………」 最後の悪足掻きとして、さっきから森さんに無視されっぱなしの長門さんにも意見を聞いてみる。 ……この状況で森さんを止められるとは思えませんが、まあ念のため。 けれど、そんな毛の先ほどの淡い希望も、長門さんの言葉であっさり吹き飛んだ。 「……現在情報統合思念体との交信が途絶えている。情報操作も封じられ、非常に不安定な状況。早期解決はこちらとしても望ましい」 でしょうね。うん。分かってました。 「それに、あなたと彼には一発仕返しをしないと、何故か今後のコミュニケーションに重大なエラーが発生しそうな気がする」 ……こんなところで新たな感情を芽生えさせないで下さいよ。いや、もちろん元凶の僕たちにそれを言う資格はないですけど。 ……それはそうと、先程からやけに反応が鈍いようですね? 台詞から察するに、今の情報統合思念体と長門さんの状況は、通信障害が起きたサーバーとPCのようなものなのでしょうか? 普段から会話の反応が速い方ではありませんが、今の状態はそれに輪を掛けて酷い。 ……果たしてそれでまともに戦えますかね? 対話による解決を諦め、頭の中を戦闘用に切り替えていく。過程は大きく違ったが終着点はそこまでズレていない。 最終的に戦闘になる可能性は元々低くなかったのだし、そのための『仕込み』も終えている。戦う覚悟もとっくの昔に済ませてある。 「……よく分かりました。お二人とも僕と戦うという結論で構いませんね?」 そう呟いて、唯一手元に残ったハンドガンをポケットから取り出した。 それを見て森さんも武器を構える。取り出したのは伸縮式の警棒。先程までの取り乱した様子はすっかり消えていた。 遅れて長門さんも銃を構える。 「そういえば最初の質問への答えがまだでしたね。『あなたは私に勝てるつもりでいるのですか』でしたっけ?」 そして、僕は森さんに宣戦布告をする。 「答えはノーです。流石に森さんを相手にして勝てるとは思っていませんよ」 「……」 二コリと笑みを浮かべてみたが、どうもこの場での笑顔は不評のようで、森さんの反応は芳しくなかった。 気にせず交戦前の最後のお芝居を続ける。 「ただし、なんとか引き分けくらいには持ち込めるのではないかと踏んでいます」 「……なるほど。この分かりやすい『仕掛け』はそういう狙いですか」 引き分けという言葉でこちらの意図を察したようで、森さんは辺りをぐるりと一望してからそう呟いた。 すぐに踏み込んでこなかったのは、やはりこちらの『仕込み』をとっくに感知していたからのようですね。 まあ看破されることは想定済みです。この程度の雑な隠蔽で森さんを騙せるとは思っていません。 「……『仕掛け』?」 しかし、ただ一人長門さんだけは何も気付いていなかったようで、説明を求めるように森さんに視線を向けた。 「古泉の隣に生えている木をを中心に、尋常ではない数のトラップが張り巡らされています。カモフラージュが甘いので、注意深く観察すれば長門さんにも見破ることは出来るでしょうが……」 「見破ったところで僕が接近を許しませんがね」 森さんの台詞を補足しつつ、わざとらしく銃を構えて見せる。 長門さんは僕の銃と辺りの様子を交互に見比べて、やがて納得したように頷いた。 「……大量のトラップと射撃による時間稼ぎ。こちらがうかつに突っ込めば罠に捕らわれ、罠を警戒し過ぎると射撃の餌食になる、と」 そういうことです。涼宮さんと彼が接触するまで森さんたちをここに足止めすれば、それで当初のプラン通りの展開になります。 なにも僕はあなた方に勝たなくてもいいんです。 「ちなみに僕が装備している銃は当たればただでは済みませんよ。これは森さんが護身用にくれた改造型ですから」 「…………」 最後にもう一押し脅してから説明を終える。これで長門さんは無理を出来ないだろう。 今の彼女が僕に向かってきても脅威とはなりえないが、出来れば援護射撃程度で大人しくしていて頂きたい。 何しろ、相手は僕に戦闘のいろはを叩き込んだ先生なのですから。 月の下に立つ森さんを見つめる。 本気でこの人を相手にしなければならないのかと思うと身震いしそうになるが、これだけハンデを貰っておいて負ける訳にもいかない。 何より僕の後ろには彼らがいる。 僕が突破されれば彼女を止められる人間などいない。 ……僕がやるしかない。 一度だけ深く、深く息を吐いて、胸に湧き上がった弱気を追い出した。 「そういえば、以前あなたにトラップ入門編の教材と資材を与えたことがありましたね」 「ええ、仕掛けているのはあの時の罠です。どうですか、森さん? 今あなたの教育が花開いているところですよ?」 「そうですね……あなたの成長した姿を見るのはとても感慨深いものになったでしょう。……こんな形でなければ」 「喜んでは頂けませんか、残念です」 「私も残念ですよ、古泉。こんなに可愛げのない成長を見せられるなんて」 「……この場ではお褒めの言葉として受け取っておきましょう」 続く
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/2833.html
桃色のゲロ甘空間突入から約50分。 神人ちゃんとの戦闘(?)開始から約20分。 森軍曹の鼓舞により士気が格段に上昇している僕達超能力者一同。 連日出勤で疲れているにもかかわらず、暴れまわる神人ちゃんを少しずつ確実に減らしていく。 「ふはははは!どうだ、この森園生率いるサイキック部隊の実力は!桃色のゲロ甘神人め、おもいしったか!」 げははははははは!と高らかに笑う森軍曹。 寝不足で若干ハイになってるご様子だ。 「いいわよ野郎共!もっと、もっとあたしを楽しませて!」 …。 「ってどうしたの古泉。ずいぶん元気ないじゃない。」 …。 「まぁ疲れてるのは分かるけど、もうちょっとで帰れるんだから頑張りなさいよ。」 …。 「んもう、どうしたのよ。なにか言いたい事があるならハッキリいいなさい!」 …。 ええとですね。 「うん、なに?」 戦いにまったく関係ないことで悪いんですけど… 「うん。」 実はまとめwikiの雑談所で誰かが書いてたんですけど 「うん。」 桃色空間はどうせ20~30分程度で消えるんだからほっといてもいいんじゃないか…と。 「…。」 それ見たとき不覚にも「あ、そういえばそうだな。」って思って… 「…。」 そのせいでなんとなくモチベーションが上がらないというか。 「…。」 あ、あの…森さん? 「…よく聞きなさい古泉。」 は、はい。 「あのね、こんなSSでも読んでくれる人が、こんなSSでも楽しんで読んでくれるなんとも気の毒な人が、少なからず存在しているのよ。」 は、はぁ… 「それにこれ書いてる人は今、扁桃腺切除の手術で入院しててこれぐらいしかやることないの。」 …。 「それでもあんたはまだ、そんな下らない事にこだわるって言うの?あたしは古泉をそんな血も涙もない超能力者に育てた憶えはないわ。」 あ、あの… 「何よ。」 い、いえ…どうもすいませんでした。 「わかればよろしい。」 桃色空間奮闘記 第3章 『切除手術が終わって目が覚めたときナースがたくさんいたのに勃起してて恥ずかしかった の巻き』 なんとなくメタな会話が終わった頃、ちょうどお2人の行為も終わったらしく残りの神人も1人残らず消滅した。 「いやぁ、今日の戦闘はまずまずの内容だったわね。やっぱり各々のモチベーションは大事なのよ。」 まぁ、そうかもしれないですね。 「よーし、帰ったら早速次回の号令を考えないとね。」 えぇ…やっぱりまだやるんですか? 「あたりまえでしょ。」 モチベーションを高めるにしても、他に何か方法があると思うんですが… 「なによ、例えば?」 例えば…そうですね…頑張った人には有給休暇とかボーナスとか、そういうご褒美的なものはどうでしょうか。 「ご褒美…そうねぇ、でも命がけで戦う事に値するご褒美なんてあるかしら?」 うーん。やっぱり難しいですかね。 「そうねぇ……あ、あったわ!戦うに十分値するご褒美!」 な、なんですか? 「あたしの熱いディープキスとか、脱ぎたての下着とかってのはどう? ガチのゲイでもない限り、これほどテンションが上がるご褒美なんて無いと思うんだけど!」 やっぱりいいです。 それからいつも通りの反省会を終え、各自解散となった。 どうやら今日は2回戦目はないみたいだな… 現在午前2時30分。 明日は日曜で不思議探索もない。お2人が朝っぱらから事を行わない限りゆっくり出来るはずだ。 今から帰れば3時過ぎには布団の中に入れるな。 新川さんの車に乗り込み送ってもらう。 車内でうつらうつらしていると 「古泉。」 ふぁ?な、なんでしょう新川さん。 「さっきの話なんだが…」 さっきの話?はて… 「さっきの、ご褒美がどうとかという話だ。」 ああ、さっきの森さんとの話か。聞いてたんですか新川さん。 「私は悪くないと思う。」 …は? 「その…森園生の…」 …!!!! 「い、いや、なんでもない。聞かなかったことにしてくれ。」 …。 「…。」 …。 「…。」 …。 「…。」 …。 「…古泉。」 は、はいぃぃ!何でしょう新川さん! 「君の家に着いた。」 あ、ああはい。ありがとうございました!お疲れ様です! 「お疲れ。」 家に入り、そのまま自分の部屋のベッドにダイブする。 …疲れた。ほんと疲れた…。 桃色空間云々もそうだが、帰りの車の中での新川さんの変態カミングアウトにもびびった。 森×新川 …需要なし。 現在午前3時20分。 ここ2日間ほとんど寝てない。さすがに限界だ。 それに明日早朝からまた桃色空間が発生しないとは限らない。その為にも今は少しでも体を休ませなければ。 そうと決まればさっさと寝よう。正直もうそんなことを考える作業もしんどい。 布団を頭から被り、僕はゆっくり瞳を閉じた。 閉じた目蓋の向こうからあたたかい光を感じる。 耳にはチュンチュンという小鳥のさえずり。どうやら朝になったようだ。 今が何時かは分からないが、どうやら朝から桃色空間へ出動、という事態は免れたらしい。 ふう、今日こそゆっくり出来そうだ。 もちろん昼間から出勤、という可能性もなくは無いが、涼宮さんの性格上せっかく彼と二人っきりでいると いうのに昼間に家に閉じこもっているとは考えにくい。どこかに遊びに出かけるはずだ。 すくなくとも夜まではのんびり過ごせるな…。 まだはっきりしない意識の中小さな喜びと幸せを感じつつ、右手に感じる違和感に気付いた。 …ん、これは? なにかやわらかい物を握っているような感覚。 それはほんのり暖かく、まるで人肌のようにさらさらしている。 …っていうかコレ人肌? 手?誰かの手を握っている? どんどん意識がはっきりしていく。 あれ、そういえば僕… な、なんで裸なんだ?!寝るときは確実に服を着ていたというのに… まだ半分寝ぼけている脳みそをフル回転させ、必死に状況を整理する。 なぜか全裸の僕、その右手に握られている誰かの手、そして昨日の今日。 これは…これはもしかして…いやまさか…そんなベタなネタを今更? 嫌な予感をバシバシ体中に感じつつ、僕は覚悟を決めゆっくり目を開けた。 そこには… (やっぱりぃぃぃぃぃぃぃぃ!) そこには幸せそうに寝息を立てている、涼宮さんの顔があった。 待て、落ち着け、落ち着くんだ僕の脳味噌! まずは状況を整理しろ! 周りをゆっくり見渡す。何度か来たことがあるし間違いない、ここは彼の部屋だ。 てことはつまり… 枕の上にある置き時計を覗く。現在午前9時。 そしてその時計のカバーから反射して見える自分の顔はまぎれもなく、 驚愕に満ちた、それでもどこかやる気のない彼の顔だった。 (彼と僕の意識が入れ替わった?しかし、なぜ?) いや、こんなこと考えなくても分かる。涼宮さんの力によるものだろう。 わからないのはなぜ涼宮さんがこんなことを望んだのかだ。 (もしや昨晩彼と喧嘩でも…?) いや、それなら昨晩発生したのは桃色空間ではなく通常の閉鎖空間だったはずだし、 なにより僕の(正確に言えば彼の)右手をしっかりと握っている涼宮さんの寝顔からは幸福以外なんの怒りや不安も感じない。 12月の事(僕は詳しく知らないが)もある。なんらかの原因がきっかけでこうなってしまったようだ。 僕が状況を必死に考えていると 「んん~ キョン?」 げぇ!涼宮さんが目を覚ましてしまった。 「んー」 普段なら絶対に見せないであろう蕩けるような笑顔を浮かべた後、涼宮さんは甘えるように僕(正確に言えば彼)の胸に顔を埋めてくる。 (こ、これはよくない…非常によくないぞ…。) ちなみに言っておくと涼宮さんは上から少し大きめのシャツ(多分彼の)を着ており僕と違って裸というわけではない。 ただどうやら下着をつけてないご様子で、抱きしめられればその感触がダイレクトに伝わってくる。 「ふふふ…昨日はキョンがめずらしくかっこ良かったから、ついついはりきっちゃった。」 ギャアアアアアアアア!聞きたくない聞きたくない! いつも近くにいる友人の惚気なんて、兄弟の性行為最中の喘ぎ声ぐらい聞きたくない! 涼宮さんは僕(正確に言えば彼)の胸に顔をすりすりとこすりつけながら蕩けるような甘い声を出す。 「でも、あんなこと言ってくれて…あたし嬉しかった。」 そう言うと涼宮さんは口を小さく尖らせ、そっと僕の顔を近づけてくる。 (これは…まさか…!) 「す、涼宮さ…ハルヒ?!」 「んー」 まずい…これはまずい…!いくら彼の体とはいえこれはまずい! 確かに僕だって健康な高校生男子の1人なんだし涼宮さんも魅力的な女性だとは思うが、 それはソレ。彼の為涼宮さんの為そしてなにより僕のキャラクターの為、このまま唇を重ねることは非常によくない。 しかしだからと言って涼宮さんを引き離すわけにはいかない。 そんな事をしてしまえば閉鎖空間発生どころか下手したら世界が崩壊してしまう。 どうしたものか… と、どんどん近づいてくる涼宮さんの顔を見ながら必死に考えていると… PiPiPiPiPiPiPiPiPi… 突然電子音が鳴り響き、涼宮さんがピタリと動きを止める。 これは…携帯電話の着信音か。 それもどうやら彼の携帯から鳴っているようだ。これ幸い、枕元にあったそれを取る。 「んもう、ほっときなさいよそんな電話。」 少しいじけた様子の涼宮さん。まぁ、これぐらいなら閉鎖空間も発生しないだろう。 「そ、そういうわけにもいかんだろ。」 必死に彼の口調に合わせて喋る。携帯の液晶を見て相手を確認すると 着信:小泉 小泉? はて、彼の知り合いに小泉なんて名前の人いたっけ? 小泉… 小泉… こいずみ… ハッ…僕のことか! 酷い!間違えてる!下手なSSみたいな間違いしてる! 「相手誰?」 ショックに打ちひしがれていると涼宮さんから声をかけられた。 「あ、ああ古泉からだよ。」 携帯の液晶を涼宮さんに見せる。 「あー、あんた古泉君の漢字間違えてるわよ。「小」じゃないわよ。「古」よ。」 「あ、ああそうだったな。」 涼宮さんが覚えてくれてたおかげで少し立ち直った。 古泉から電話ってことは恐らく相手は僕の体に入った彼だろう。 早く出たいが、会話を涼宮さんに聞かれるわけにはいかない。 「調度催してきたから、トイレで電話してくるよ。」 そう言ってベッドから出る。 「はやく戻って来てよね。」 「ああ。」 そう返事してなんとなく視線が下に、彼の体の股間に向いた。 で、デカッ!なにこれ、ペットボトル? 「キョンこれ。」 涼宮さんから彼のボクサーパンツを受け取り、それを穿く。 …よくはみ出ないな。 部屋の扉を開け、廊下に出る。 今更パンツ一枚で出てきてしまった事に気付き若干焦った。 が、他に人の気配を感じない。どうやら彼の家族は留守のようだ。 階段を下り、トイレに入る。便座に座ってからようやく電話をとった。 「もしもし。」 『も、もしもし!お、おま、お前…』 「はい、古泉です。言いたいことはいろいろ分かりますが、とりあえず落ち着いてください。」 内心はまだ僕も焦りっぱなしなのだが、二人ともそれじゃいつまで経っても話が進まない。 『これって俺とお前の人格が入れ替わったってことだよな?つまり…』 「ええ、100%涼宮さんの力によるものでしょう。なにか心当たりはありませんか?」 『心当たり…』 そう言って彼が黙り込む。どうやら考え込んでるようだ。 『昨日はハルヒの機嫌が悪くなるようなことはなにも…それどころか昨日は』 「ああいいです。それ以上言わなくても。」 無意識のうちに惚気になりそうだったので制止する。 『あ、もしかして!』 「どうしました?なにか心当たりでも?」 『ああ、そういえば寝る前にちょろっとそんな話になったような…。』 「と、言いますと?」 『いや、なんとなく昔そういうドラマがあったよな。って話をチョロっとしただけなんだが。』 ふむ、間違いなくそれが原因だろう。 「おそらくその話が涼宮さんの心の中で無意識的に引っかかっていたのでしょう。 望んでいたわけでは無かったにしろ、それが昨夜の桃色空間発生とリンクしてこのような事態になってしまった、と。」 『桃色空間?』 「あ、別に気にしないでください。」 『…まぁいい。で、どうすりゃ元に戻れるんだ。』 「そうですね。涼宮さんが元のあなたに戻って欲しいと強く願えばいい事なのですが… 彼女はこの事実をしりませんからね…。まさか話すわけにもいきませんし。」 『長門に相談してみるか?』 「うーん、そうですね。今のところ他に方法も無さそうですし…」 だが今日は日曜だ。呼び出すにしても若干時間がかかるだろう。 『よし、そうと決まればさっそく長門に連絡を取ってみる。古泉、悪いがしばらくの間頼んだぞ。』 「ええ、こちらとしても対策を練っておきます。…それじゃあ、あんまり長いと涼宮さんに怪しまれてしまうので…。」 『ああ、すまんな。…古泉。』 「はい?」 『分かってると思うしお前を信用しているが…』 その時点で彼が何をいいたいかすぐにわかった。 「分かってます。そんな恐ろしいこととても出来ませんよ。」 『そ、そうか…それじゃあ、ハルヒを頼んだぞ。』 「ええ、そちらも長門さんによろしく。」 そう言って電話を切る。やれやれ、どうしたものか。 とりあえず彼の言うとおり今頼れるのは長門さんくらいしかいないか。 それまで涼宮さんに変に疑われないように振舞わないと… トイレを出て急いで部屋に戻る。 ドアを開け中に入ると、涼宮さんはなにやら怪訝そうな顔をしてベッドの上に座っていた。 僕がいない間に着替えたのか、上には彼女のシャツを、下はショートパンツを穿いていた。 「ハルヒ?」 「…」 返事が無い。涼宮さんは僕をまるで刺すような目つきで睨んでいる。 もしかして、トイレから戻ってくるのが遅くて怒ってしまったのだろうか。 さすがにそんなことぐらいで機嫌を損ねるとは思えないのだが… 「あの…ハルヒ?」 「…」 「ああ、その…遅れてすまん。ちょっと古泉との『あんた誰…。』 …え? 「あんた誰かって聞いてんのよ。」 「な、なにを…」 「さっき喉が渇いてジュース飲みに下におりたの。そしたらあんたの電話の声が聞こえてきて…」 ゲッ!聞かれてた! 「なんだかぼそぼそ言ってたから会話の内容までは聞こえなかったけど…」 そう言って一層目つきを険しくする涼宮さん。 「キョンは誰が相手だろうとあんな丁寧にかしこまった話し方はしないわ。ましてや古泉君なんかに敬語で話すはずない。」 ベッドから立ち上がり戦闘体制に入る涼宮さん。 「あんた一体何者?!キョンの体をどうするつもりよ!」 「ななななにバカな事を言ってるんだハルヒ。俺は…」 「は!さてはキョンの体を乗っ取った悪魔か宇宙人の類ね!」 僕の意見など聞かずますます興奮する涼宮さん。なんだソレ。 普段の彼女ならそんな馬鹿なことを本気で考えるわけないのだが、彼のこととなるとたちまち冷静さを欠くようだ。 「さぁ白状しなさい。一体あんたはドコの何なの!あたしのキョンをどうしようっての!」 手をわきわきさせながら少しずつ間合いをつめてくる涼宮さん。 「ちょ、ちょっと待て、落ち着けよハルヒ。俺は…」 このままでは誤解されたまま殺されてしまう。 頭をフルに回転させ、必死に弁解しようとする。 うおおおおおお!躍動しろ、僕の右脳! すると… ピキーーーーーーーーーーーーーーーン ひ、閃いたーーーーーーー! 「…フフフ…。」 「…!?」 「フフフ…ククク…カカカ…ワーーーーーッシャッシャッシャァァァー!」 「なッ…!」 突然の僕のイカれた大爆笑に若干ひるむ涼宮さん。 念のため言っとくが、ほんとにイカれたわけじゃない。 「まさかバレてしまうとは思わなかったぞ!人間! そう、キサマの言うとおり私はこの「キョン」とかいう人間ではない!この世界を滅ぼすため、 この男の体を乗っ取っとらせてもらったのだ!」 「な、なんですって!どうして…」 「私は魔界から来た悪魔。だが悪魔は生身のままでは人間界で活動できんからな。 こうやって人の意識を乗っ取る必要があるのだ。」 「あ、悪魔?!」 「そうだ、悪魔だ。」 「名前は?」 「は?」 「名前よ名前。悪魔にもそれぞれ呼び合う呼称くらいあるでしょう!」 まずい、そんなこと考えてない…。なんでこの状況で名前を聞いてくるんだ…。 「デ、デビル…いや、サタン、違うな……ハデス…そ、そうハデスだ!私の名はハデスコイズミだ!」 コイズミって言っちゃった! 「ハ、ハデスコイズミぃ?」 「そ、そうだ。ハデスコイズミだ。」 「なによコイズミって。なんでそんなバリバリ日本人みたいな名前なの? 悪魔ならもっとドスのきいたゴツイ名前なんじゃないの?」 「そ、それは貴様ら人間の勝手な思い込みだろう!私は生まれたときからハデスコイズミなのだから、いまさら そんな事を言われても困る!住民票にもそう登録されておるしな!」 「じゅ、住民票?!魔界にも市役所とかがあるの?」 しまった。余計なことを言ってしまった。 「も、もちろんだ。市役所も区役所も、県庁や都庁だってある!」 「ってことは会社なんかも?!」 「あるとも!私だって仕事で人間界まで来ておるのだ!」 ああ、また余計なことを言っちゃった… 「仕事ですって?そ、それならあんたの勤め先を言いなさい!」 どうでもいいだろそんなこと! 「株式会社デスブリンガー 新宿オフィスだ!」 「設立は?!」 「平成13年3月だ!」 「資本金は?!」 「5000万円だ!」 「企業理念は?!」 「『私達は、あらゆる悪魔の可能性を追求し、我々を必要とするクライアント(閻魔)・スタッフ(働く死神)・ 魔界の発展に貢献します。』…だ!」 「あんた社員なの?!」 「派遣だ!」 「固定給?それとも時給?!」 「歩合制だ…ってどうでもいいだろうこんなこと!」 「なんでキョンの体を?!」 そうそう、そういう質問を。 「本来ならばキサマの体を乗っ取るつもりだったのだが、昨晩、この男に邪魔されてしまってな…」 「キョンが?」 「そうだ、キサマを守るため愚かにも私に楯突いてきおったのだ。最後までキサマの名を叫んでおったわ。」 「そ、そんな…。キョンが…キョンが…。」 顔を真っ青にして腰を抜かす涼宮さん。やばい! 「だ、だからといって誤解するなよ。まだヤツは死んではおらん。」 少しだけ血の気を戻す涼宮さん。 「そ、それってどういう…」 「確かに体は乗っ取ったが、この男の意識は存在しておる。まだ救う可能性はあるということだ。」 「ってことは、まだキョンは生きてるのね!」 「そういうことだ!だからそう落ち込むことはない。安心しろ人間!」 なんとか元気を取り戻した涼宮さんは再び立ち上がり、ファイティングポーズをとる。 「どうすればキョンを助けることができるの?」 「わたしをこの体から追い出すことが出来れば自然とこの体の意識はあの男に戻る。」 「それじゃあアンタをやっつければいいのね!」 「え?あ、ちょっとま『キャオラァァァ!』 ズドムッ 「ゴハァッ・・・!」 涼宮さんの綺麗な直突きを鳩尾に食らい派手に吹っ飛ぶ。 ボッ!と構えなおす涼宮さん。 「どう?さっさと降参してキョンの体から出て行きなさい。さもないと…!」 「ちょ、グ…ちょっと待て!暴力はいかん!暴力はいかんのだ!」 お腹を抑えて必死に言葉を出す。まだ立ち上がれない。 「へ、なんで?」 「いいかよく聞け!我々悪魔は人々の憎悪や悪意を喰らって生きておる。 直接的な肉体へのダメージは私を追い出すどころか、ますます悪のパワーを この体に植えつけることと同義なのだ!」 「な、なんですって!なんでそれを早く言わないのよ!」 「言う前にキサマが攻撃してきたのだろうが!」 ようやく回復してきたところでどうにか立ち上がる。 「じゃ、じゃあどうしたらいいのよ!どうしたらキョンを救い出すことが出来るの?」 「ふふふ、無駄だ無駄だ。この私を倒すことなど出来んのだ。」 がっくり膝を落とし手をつく涼宮さん。 「そんな…」 再び涼宮さんの顔が絶望に染まっていく。そろそろか… 「どうだ、どうせ無駄だがこのさい神様にお祈りでもしたらどうだ?」 「え?」 「もしかしたら願いが叶って私を倒すことが出来るかも知れんぞ。」 そうだ、長くなってしまったがこれが僕の作戦! 涼宮さんが強く願って、うまく能力が発動すれば。という魂胆だ。 これなら長門さんに頼むよりも早く、確実に元にもどれる。 「お、お祈り?」 「そうだ、お祈りだ。」 すると涼宮さんはふぅっと溜息をついて 「そんなことしてもどうせ無駄でしょ。神様なんているわけないし。」 宇宙人や未来人を信じてるくせに、神様は信じていないのか、この人は。 「そう言わずに。やるだけやってみたらどうだ?」 「無駄だって言ってるでしょ。なによ、悪魔のくせに神様にお祈りって。バカじゃないの?」 くっ…この… 「この馬鹿者が!」 「え?」 ビクッと肩を震わせる涼宮さん。 「やってもいないのになぜ最初から駄目だ駄目だと決め付ける!例え確立が1%より低くても、試して みないことには結果はわからんだろう!まったく、なんで貴様ら人間はどいつもコイツもそうなんだ!」 叱咤激励する。どんな悪魔だよ。 「でも…」 「いいか、今この男を救うことが出来るのは世界中でただ1人、キサマだけなのだ! コイツの事を本当に愛しているなら、心から想っているのなら、どんなに成功率が低い事でも試してみろ!」 「…!」 僕(ハデスコイズミ)の説教を聞いた涼宮さんの瞳に、再び燃えるような光が灯る。 「そうね…そうだったわ。」 三度立ち上がる涼宮さん。その表情は決意に満ちていた。 「どんなことでも試してみる価値はあるわ。誰よりもキョンの事を愛しているなら尚更のことよね。 ありがとうハデスコイズミ。あたし目が覚めたわ!」 「どういたしまして!さぁ、祈ってみろ!心から彼氏に帰ってきて欲しいと願うのだ!」 「うん!」 両手を合わせ静かに目を閉じ祈り始める涼宮さん。すると… pi pi pi pi pi pi pi pi pi pi pi pi… 再び携帯に着信。誰だこんな時に… 着信:090-××××-×××× この携帯電話に登録のない番号。 だけど僕はこの番号に覚えがあった。 「む、いかん!魔界の上司から電話だ。ちょっと席をはずすぞ。」 「あ、ちょっと待ちなさい!」 「いいか!大人しくこの部屋でお祈りしていろ!さもなくばこの男の命はないぞ!」 言い捨てて部屋を出る。 そして聞き耳を立てられないように距離をおいてから電話に出る。 この電話番号は… 「もしもし、森さんですか?」 『もしもし。あんた…古泉ね?』 「えぇ、その通りです。どうして彼の番号を?」 『直接彼から聞いたの。あんたに電話したらあんたの声した彼が出てね。事情もなんとなくだけど把握したわ。』 なるほど…。 「僕の携帯に電話したってことは、閉鎖空間が?」 『ええ、今回のは桃色のじゃなくて普通のね。あんた彼女になんかしたの?』 僕は今までの経緯を全て森さんに話した。 『なるほどね。そうやって彼女が強く祈ってくれれば元に戻れる。と。』 「そういうことです。」 『確かにいい方法だと思うけど、出来るならはやく済ませてね。』 「どういうことですか?」 『彼を失った不安や恐怖からか、閉鎖空間の規模の大きさが半端じゃないのよ。神人の強さも異常だし。」 「ああ、なるほど。」 『このまま広がり続けるとホントに世界崩壊しかねないわ。』 「そんなにですか?!」 『ええ、だから出来るだけちゃちゃっと終わらせて。頼んだわよ。』 「はぁ、善処します。」 それだけ言うと電話は切れた。忙しいのは分かるがもうちょっと僕の事も気遣って欲しい。 部屋に戻る。 涼宮さんは僕が出て行く前と同じ体制で立っていた。 「すまん、待たせたな。」 「魔界の会社の上司から?」 「そうだ。」 「上司って怖いの?」 「ああ、それこそ悪魔のような女性だ。」 「あんたも悪魔でしょ。」 あ、そういやそうだったっけ。 「ええい、そんな事はどうでもいい!さっさと祈れ!」 「分かってるわよ。」 再び目を閉じ祈り始める涼宮さん。 「キョンお願い。あたしの所に戻ってきて…。」 涼宮さんが呟く。 するとさっそく効果が出始めた。 (お…?) 体に感じる浮遊感。いいぞ、その調子だ。 「ぐ、ぐおぉぉ…か、体が動かん…!」 「ほんと?!」 「ああ、ほんとに動かん。その調子で祈り続けられたら、私はこの体から追い出されてしまうぅ~」 ぐへぁ、と変な声を出して悶える。動けないって言ってるのに悶える。 「キョン…キョン…」 涼宮さんが一層強く祈る。浮遊感が大きくなっていく。 「ぐあああああああ!これはたまらん!あと一息、あと一息でやられてしまうぅぅぅ!」 「キョン、お願い…!」 ギュッと閉じた目に力を込め、より強く願う。 だんだんと意識が遠くなっていく。どうやら成功だ。 「ぐふぅ、どうやら、どうやら今回は私の負けのようだ…。まさかキサマの愛の力がこれほどのものとは…」 「ハデスコイズミ…。」 「しかし憶えておけ。もしこの先、貴様らがいちいちくだらんことで喧嘩したり別れたりした場合、私は再び甦り、 今度こそ貴様たちを殺しに来てやる。わかったか。」 「ええ…肝に銘じておくわ。」 「あとそれからあまり他の人に迷惑をかけるような行為はつつしむことだ。 本人達はそうとは思っていなくても周りはそう感じることもある。例えば教室や部室でイチャついたり、 朝っぱらからお互いの肉体を求め合ったりウボァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!」 「ハデスコイズミーーーーー!」 意識が無くなってきたので最後にナイスな断末魔をあげる。まだまだ言いたいことはあったのだが、まぁ仕方ない。 体の感覚が無くなり後ろに倒れこむ。涼宮さんが急いで駆け寄ってくる姿が見えた所で僕の意識は途絶えた。 … …… ………はっ! 目を開き、体を起こす。 ここは…僕の家だ。 鏡を覗く。紛れもなく自分の体だった。 どうやら元に戻れたみたいだ…。 ふぅ、っと一息ついてソファーに座り込む。 まったく、散々なめに会った。 携帯を見る。長門さんからメールが入っていた。 mail:長門有希 戻った。 うん、戻った。 この内容なら、別に返信はしなくてもいいだろう。 しかし味気ない内容だな。着メロの件といい、僕、嫌われてるのかな… 僕が少なからず落胆していると… 『『『溝鼠ハイエナ糞豚ばかりぃぃぃぃ!!』』』 手の中にあった携帯がシャウトした。しまった、着信音を変更しなおすの忘れてた。 着信:ハートマン軍曹 森さんか。 「もしもし。」 『もしもし、古泉ね?』 「ええ、どうにか戻ってこれました。そちらはどうです?」 『さっきまでの巨大な閉鎖空間はひとつ残らず消滅したわ。あんたのおかげね。』 「そうですか、それは良かった。」 心から安堵、やっと平穏が… 『ええ、そこまでは良かったんだけどね…。』 え? 『その後…通常の閉鎖空間が消滅してだいたい8分後ぐらいかしら。新たな閉鎖空間が発生したわ。』 えええええ?! 「そ、それってまさか・・・」 『ご名答。桃色空間よ。どうやら彼が戻ってきて、勢いで始めちゃったみたいね。』 眩暈がする。またそのパターンですか…。 『まぁあんたも色々疲れてるだろうけど、もう新川そっちによこしたから早く準備して来てよね。』 「…了解。」 電話を切り、深い溜息をつく。 そうだシャワー浴びる時間ぐらいなら『『ピーンポーン』』…。 鳴り響くお迎えのインターホン。僕はもう一度溜息をついた。 「諸君 あたしは甘いSSが好きだ 諸君 あたしは甘いSSが好きだ 諸君 あたしは甘いSSが大好きだ 『10月8日、曇りのち雨』が好きだ 『缶コーヒー、ふたつ』が好きだ 『花嫁消失』が好きだ 『ハルヒ親父シリーズ』が好きだ 『涼宮ハルヒの糖影』が好きだ 『カントリーロード』が好きだ 『lakeside love story』が好きだ 『Happiness!』が好きだ 『ミッドナイト・コーリング』が好きだ 自宅で 学校で 職場で ネカフェで この地上で読めるありとあらゆる甘いSSが大好きだ 。 ハルヒとキョンがお互いツンの要素を引き継いだままデレるのが好きだ。 ハルヒやキョンが原作無視なぐらいデレデレなった時など心がおどる 。 谷口や阪中視点から見るハルキョンSSが好きだ 。 『家族旅行』でハルヒがキョンを押し倒してキスする場面など胸がすくような気持ちだった。 キョンが他の女子にちやほやされてそれにハルヒが嫉妬するSSが好きだ 。 どちらかが風邪をひき、それのお見舞いにいって結局最終的にイチャつく内容のSSなど感動すら覚える。 些細なことでケンカして仲直り、結果雨降って地固まるなどの内容はもうたまらない。 ハルヒとキョンが既に結婚しており、その後日談的な内容も最高だ 。 ハルヒとキョンの為に他のSOS団が奔走して、結果2人がくっつくSSなど絶頂すら覚える。 ハルヒがキョンに滅茶苦茶にされるのが好きだ 。 谷口がハルヒとキョンの惚気に嫉妬してますます哀れになっていく様はとてもとても悲しいものだ。 ハルヒとキョンが結婚して既に子供が存在するSSが好きだ 。 「小泉」「朝日奈」「鈴宮」などという間違った表記は屈辱の極みだ。 諸君 あたしはSSを地獄の様な甘いSSを望んでいる 。 諸君 あたしに付き従う超能力諸君 君達は一体何を望んでいる? 更なる甘いSSを望むか? 情け容赦のない糖尿病になりそうなほどの甘いSSを望むか? ゲロ甘の限りを尽くし三千世界の鴉を殺す嵐の様な甘いSSを望むか? 『甘いSS! 甘いSS! 甘いSS!』 よろしい ならばハルヒ×キョン結婚ネタだ。 我々は渾身の力をこめて今まさに振り降ろさんとするSS投下職人だ 。 だがこの暗い閉鎖空間の底で5年もの間堪え続けてきた我々にただの甘いSSではもはや足りない!! ゲロ甘甘を!! 一心不乱のゲロ甘SSを!! 我らはわずかに一個小隊 100人に満たぬサイキック部隊に過ぎない。 だが諸君は一騎当千の古強者だとあたしは信仰している 。 ならば我らは諸君とあたしで総力100万と1人の超能力集団となる。 我々を疲労の彼方へと追いやり浮かれつづけている神人を叩き潰そう。 髪の毛(?)をつかんで引きずり降ろし眼(?)を開けさせ思い知らさせよう。 連中に恐怖の味を思い知らせてやる。 連中に我々の軍靴の音を思い知らせてやる。 プロとアマチュアのはざまには奴らの哲学では思いもよらないSSがあることを思い出させてやる。 一千人の甘いSSを書く投下職人団で まとめwikiを燃やし尽くしてやる。 「最後の小隊大隊指揮官より全員桃色空間へ!」 目標浮かれて踊る桃色神人集団!! 第4次桃色空間奮闘作戦 戦闘を開始せよ! 『『ウオオオオォオォォォォォォオオオオ!』』 僕を除く超能力者全員が我先にと神人ちゃんに突っ込む。 唖然としているとさっきまで得体のしれない号令をかけていた森さん(現森大佐)が近づいてきた。 「どうだった古泉?今回のあたしの号令は!半日かけて考えたのよ。」 ていうかレス食いすぎですよ。言ってることの意味がわかんないし。 絶対読んでる人から叩かれたり、雑談所で突っ込まれますよ。 「そんなことないわよ。ただの悪ふざけなんだし。笑ってスルーしてくれるハズよ。」 やっぱり悪ふざけなんですか?! 「そんなことはどうでもいいのよ。士気が上がってることにはかわりないんだし。」 まぁそうですけど…。 「それともなに?やっぱり号令よりあたしのディープキスや脱ぎたて下着のほうがいい?」 号令でいいです。 おしまい