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ここは、やる夫の天下統一を見ることなく死んだ同士達を供養をする場所 誰の墓参りに来たのですか? 球磨川禊
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日清・日露戦争 今まで必死に、岩倉使節団を海外に送ってみたり、鹿鳴館を作って日本進んでるのよー。と無駄なアピールをしてみたりして、条約改正に喘いでた日本。 ノルマントン号事件を契機に不平等条約の解消が始まっていくのです。 条約改正 領事裁判権の撤廃(1894) イギリスとの条約で領事裁判権を撤廃。ノルマントン号事件が契機になったと思われる。 関税自主権の回復(1911) アメリカとの間で関税自主権を回復。 そして日本は列強へと突き進んで行く 日清戦争(1894~95) 朝鮮をめぐり、清と対立した日本は、甲午農民戦争が起きたのを良い機会だと思い清に攻めた。この争いに日本は勝利。 下関条約を結び、 朝鮮の独立を認諾。 遼東半島・台湾・澎湖諸島を日本に譲渡。 賠償金三億円の支払い。 を、行わせる。 しかし、ロシア・ドイツ・フランスの三国干渉により、遼東半島は清に返還。 日露戦争(1904) ※日英同盟・・・ロシアに対抗するためイギリスと締結。 日露戦争:韓国・満州をめぐりロシアと対立、開戦。 アメリカの仲介で ポーツマス条約 韓国での日本の優越権の承認。 旅順・大連の租借権の承認 南満州鉄道の鉄道利権を譲渡 北緯50度以南の樺太(樺太の南半分)を日本に譲渡 の内容で結ぶ。 韓国を植民地化 ポーツマス条約で韓国での優越権を認められた日本は、韓国併合(1910)。 日本人として教育するため、韓国人を日本語で教育したり、強制労働を行わせたりした。 ちなみにこのころ中国では、三民主義を謳う孫文を中心とし、辛亥革命(1912)が起こる。諸外国の帝国主義の流れや、日清戦争による敗北により国内の政治が混乱したが故だろう。 日本における産業革命 日清戦争のころ軽工業、賠償金による資金を得、また戦争のために日露戦争の頃には重工業が発達。鉄鋼の時給のため八幡製鉄所設立。 三井・三菱などの大資本家は、財閥形成。 社会運動 公害問題の発生 産業革命により、公害問題も発生してくる。 有名なのは、足尾銅山鉱毒事件ですな。田中正造が主となり、足尾鉱山閉山を求めた高いました。 そして労働争議の発生。社会主義社を弾圧する大逆事件なんつーのもおきました。 そーいえば、このころ(1907)義務教育が6年になります。大衆文化も発達。
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戦死者の墓について 配置モンスター一般モンスター MVPモンスター 戦死者の墓について テレポート不可のため、MVPを狩るならボスの巣窟Ⅱがおすすめ。 配置モンスター 一般モンスター 強調表示はMVP 一般モンスターは、銀貨の袋・死の櫃・研究記録・思念体の心臓・ブラディウム・カルニウム・思念の残滓を共通ドロップする。 名前 セイレン=ウィンザー 種族 人間 Lv 206 ATK ????~???? 画像 属性 火4 HP 699,785 DEF 216 サイズ 中 Exp 72,703,500 / 145,407,000 MDEF 212 ドロップアイテム [衣装] ルーンサークレット / ルーンナイトセイレンカード 使用スキル ???? / ???? 備考 名前 エレメス=ガイル 種族 人間 Lv 205 ATK ????~???? 画像 属性 毒4 HP 509,619 DEF 172 サイズ 中 Exp 71,661,900 / 143,323,800 MDEF 212 ドロップアイテム [衣装] 沈黙の執行者 / [衣装] ボーンサークレット / ギロチンクロスエレメスカード 使用スキル ???? / ???? 備考 名前 マーガレッタ=ソリン 種族 人間 Lv 203 ATK ????~???? 画像 属性 聖4 HP 685,979 DEF 208 サイズ 中 Exp 68,659,500 / 137,319,300 MDEF 293 ドロップアイテム [衣装] ミトラ / アークビショップマーガレッタカード 使用スキル ???? / ???? 備考 名前 カトリーヌ=ケイロン 種族 人間 Lv 202 ATK ????~???? 画像 属性 念4 HP 513,024 DEF 127 サイズ 中 Exp 66,980,400 / 133,960,800 MDEF 382 ドロップアイテム [衣装] 魔力石の帽子 / ウォーロックカトリーヌカード 使用スキル ???? / ???? 備考 名前 セシル=ディモン 種族 人間 Lv 204 ATK ????~???? 画像 属性 風4 HP 564,969 DEF 126 サイズ 中 Exp 70,395,600 / 140,791,200 MDEF 215 ドロップアイテム [衣装] 迷彩ウサギフード / [衣装] スナイパーゴーグル / レンジャーセシルカード 使用スキル ???? / ???? 備考 名前 ハワード=アルトアイゼン 種族 人間 Lv 207 ATK 13,988 画像 属性 水4 HP 846,696 DEF 280 サイズ 中 Exp 73,776,600 / 147,553,500 MDEF 210 ドロップアイテム [衣装] ドライバーバンド(赤) / [衣装] ドライバーバンド(黄) / メカニックハワードカード 使用スキル ???? / ???? 備考 名前 ランデル=ロレンス 種族 人間 Lv 206 ATK ????~???? 画像 属性 聖4 HP 1,236,475 DEF 228 サイズ 中 Exp 72,703,500 / 145,407,000 MDEF 156 ドロップアイテム [衣装] 守護の冠 / [衣装] シュミッツのヘルム / ロイヤルガードランデルカード 使用スキル ???? / ???? 備考 名前 ガーティー=ウー 種族 人間 Lv 205 ATK ????~???? 画像 属性 毒4 HP 530,140 DEF 158 サイズ 中 Exp 71,661,900 / 164,783,100 MDEF 200 ドロップアイテム [衣装] シャドウクラウン / シャドウチェイサーガーティーカード 使用スキル ???? / ???? 備考 名前 チェン=リウ 種族 人間 Lv 203 ATK ????~???? 画像 属性 水4 HP 642,980 DEF 75 サイズ 中 Exp 68,659,500 / 137,319,300 MDEF 156 ドロップアイテム [衣装] ブレイジングソウル / 修羅チェンカード 使用スキル ???? / ???? 備考 名前 セリア=アルデ 種族 人間 Lv 202 ATK ????~???? 画像 属性 念4 HP 556,527 DEF 124 サイズ 中 Exp 66,980,400 / 133,960,800 MDEF 371 ドロップアイテム [衣装] 風のささやき / ソーサラーセリアカード 使用スキル ???? / ???? 備考 名前 アルフォシオ=バジル 種族 人間 Lv 204 ATK ????~???? 画像 属性 風4 HP 607,426 DEF 134 サイズ 中 Exp 70,395,600 / 140,791,200 MDEF 215 ドロップアイテム [衣装] ミンストレルソングの帽子 / ミンストレルアルフォシオカード 使用スキル ???? / ???? 備考 名前 トレンティーニ 種族 人間 Lv 204 ATK ????~???? 画像 属性 風4 HP 586,113 DEF 120 サイズ 中 Exp 70,395,600 / 140,791,200 MDEF 212 ドロップアイテム [衣装] バレリーナの髪飾り / ワンダラートレンティーニカード 使用スキル ???? / ???? 備考 名前 エミュール=プラメール 種族 人間 Lv 207 ATK ????~???? 画像 属性 火4 HP 836,808 DEF 136 サイズ 中 Exp 73,776,600 / 147,553,500 MDEF 212 ドロップアイテム [衣装] ミダスのささやき / ジェネティックエミュールカード 使用スキル ???? / ???? 備考 MVPモンスター MVPモンスターは、銀貨の袋・金貨・交換チケット・魔力が込められた古いカード帖・宝石箱・古いカード帖を共通ドロップする。 名前 セイレン=ウィンザー 種族 人間 Lv 206 ATK ????~???? 画像 属性 火4 HP 3,673,871 DEF 216 サイズ 中 Exp 130,866,300 / 261,732,600 MDEF 212 ドロップアイテム ソードマンの魂 / ルーンナイトセイレン(MVP)カード 使用スキル ???? / ???? 備考 名前 エレメス=ガイル 種族 人間 Lv 205 ATK ????~???? 画像 属性 毒4 HP 2,675,499 DEF 172 サイズ 中 Exp 128,991,000 / 257,982,600 MDEF 212 ドロップアイテム シーフの魂 / ギロチンクロスエレメス(MVP)カード 使用スキル ???? / ???? 備考 名前 マーガレッタ=ソリン 種族 人間 Lv 203 ATK ????~???? 画像 属性 聖4 HP 3,601,389 DEF 208 サイズ 中 Exp 123,587,100 / 247,174,500 MDEF 293 ドロップアイテム アコライトの魂 / アークビショップマーガレッタ(MVP)カード 使用スキル ???? / ???? 備考 名前 カトリーヌ=ケイロン 種族 人間 Lv 202 ATK ????~???? 画像 属性 念4 HP 2,693,376 DEF 127 サイズ 中 Exp 120,564,300 / 241,129,200 MDEF 382 ドロップアイテム マジシャンの魂 / ウォーロックカトリーヌ(MVP)カード 使用スキル ???? / ???? 備考 名前 セシル=ディモン 種族 人間 Lv 204 ATK ????~???? 画像 属性 風4 HP 2,966,087 DEF 126 サイズ 中 Exp 126,711,900 / 253,423,800 MDEF 215 ドロップアイテム アーチャーの魂 / レンジャーセシル(MVP)カード 使用スキル ???? / ???? 備考 名前 ハワード=アルトアイゼン 種族 人間 Lv 207 ATK ????~???? 画像 属性 水4 HP DEF 280 サイズ 中 Exp 132,797,700 / 265,596,300 MDEF 210 ドロップアイテム マーチャントの魂 / メカニックハワード(MVP)カード 使用スキル ???? / ???? 備考 名前 ランデル=ロレンス 種族 人間 Lv 206 ATK ????~???? 画像 属性 聖4 HP 6,182,379 DEF 228 サイズ 中 Exp 130,866,300 / 261,732,600 MDEF 156 ドロップアイテム ソードマンの魂 / ロイヤルガードランデル(MVP)カード 使用スキル ???? / ???? 備考 名前 ガーティー=ウー 種族 人間 Lv 205 ATK ????~???? 画像 属性 毒4 HP 2,783235 DEF 158 サイズ 中 Exp 128,991,000 / 257,982,600 MDEF 200 ドロップアイテム シーフの魂 / シャドウチェイサーガーティー(MVP)カード 使用スキル ???? / ???? 備考 名前 チェン=リウ 種族 人間 Lv 203 ATK ????~???? 画像 属性 水4 HP 3,214,900 DEF 75 サイズ 中 Exp 123,587,100 / 247,174,500 MDEF 156 ドロップアイテム アコライトの魂 / 修羅チェン(MVP)カード 使用スキル ???? / ???? 備考 名前 セリア=アルデ 種族 人間 Lv 202 ATK ????~???? 画像 属性 念4 HP 2,797,635 DEF 124 サイズ 中 Exp 120,564,300 / 241,129,200 MDEF 371 ドロップアイテム マジシャンの魂 / ソーサラーセリア(MVP)カード 使用スキル ???? / ???? 備考 名前 アルフォシオ=バジル 種族 人間 Lv 204 ATK ????~???? 画像 属性 風4 HP 3,037,130 DEF 134 サイズ 中 Exp 126,711,900 / 253,423,800 MDEF 215 ドロップアイテム アーチャーの魂 / ミンストレルアルフォシオ(MVP)カード 使用スキル ???? / ???? 備考 名前 トレンティーニ 種族 人間 Lv 204 ATK ????~???? 画像 属性 風4 HP 2,930,565 DEF 120 サイズ 中 Exp 126,711,900 / 253,423,800 MDEF 212 ドロップアイテム アーチャーの魂 / ワンダラートレンティーニ(MVP)カード 使用スキル ???? / ???? 備考 名前 エミュール=プラメール 種族 人間 Lv 207 ATK ????~???? 画像 属性 火4 HP 4,184,040 DEF 136 サイズ 中 Exp 132,797,700 / 265,596,300 MDEF 212 ドロップアイテム マーチャントの魂 / ジェネティックエミュール(MVP)カード 使用スキル ???? / ???? 備考 コメント
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真実マン 明智右馬介01~06 すべて宣伝攻撃中に戦死したものたちです
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515: yukikaze :2017/02/11(土) 23 48 15 それでは投下します。 日清戦争史 第三章 黄海海戦 海軍とは何か? この命題に対し、日本海軍の主張は首尾一貫していた。 「自国の商船が安全に航海できるようにする存在である」 後世、数多の海軍が、ややもすると「決戦」を主目的とする悪癖に捉われがちであったが、日本海軍においては「決戦」はあくまで「手段」であって「目的」ではなかった。 彼らの主目的はあくまで「自国商船の保護」であった。 故に彼らは巡洋艦の建造に熱心であった。 初の防護型巡洋艦というべき筑後型防護巡洋艦(史実新高型防護巡洋艦)の性能にほれ込んだ日本海軍は、破格と言っていい16隻もの量産を開始する。 当時の軍艦の常識からすれば、水面下に衝角も備えていなければ、大口径砲もなくかといって、速力も当時の巡洋艦としてはやや早いが、15センチ砲を積んだお蔭で雷撃能力がない為に、装甲艦相手には対抗手段がないという、「いったい何のために作ったんだ?」と、ジェーン年鑑から酷評を受けた代物ではあったが、速力とある程度の航洋性能、そして何より堅牢で実用的な面は、通商路防衛を重要視する日本海軍にとって必要不可欠な艦であった。 無論、万が一決戦を行うための巡洋艦整備も怠りなく、英国アームストロング社との技術協力も得て完成した富士型装甲巡洋艦2隻(史実浅間型)及び吉野型防護巡洋艦4隻(史実ハイフライヤー級防護巡洋艦)を実戦配備している。(どちらも水面下に衝角はなく、クリッパー型の艦首) この富士型装甲巡洋艦については、むしろ英国から戦艦を購入すればいいのではという意見が強かったが海軍の実力者であった松岡磐吉中将が「英国が売ってくれればいいが、向こうも新鋭戦艦を売ってくれるとは限らんし、間に合わなければどうにもならん。それよりも英国が技術供与してくれて且つ今の自分らで出来る艦を作った方がええ。いざ戦争になって「英国の力がなければ修理できません」なんてなったら宝の持ち腐れじゃ」と、主張。 英国側が技術供与しても問題がないとみられ、且つ自国でも現時点で導入可能な技術な船に纏め上げた結果、英国をして「戦艦としては弱く、巡洋艦としては高価すぎる中途半端な艦」と評される艦となっている。 こうした評価から、清国側は「日本海軍は組しやすい」と、高をくくられることになるのだが、日本側はそんな評価に全く意を返さず、「税金の無駄遣い」と批判する新聞記者には「後で掌返しをするなよ」と、嫌味と皮肉で返し、豊富な石炭資源を背景に猛訓練に費やすことになる。 そして日本海軍の訓練風景も、ある意味異質であった。 当時の海軍の常識では、大口径砲の命中率向上と、衝角攻撃を行いやすいように、単横陣を主流とする考え方であったが、日本海軍は同陣形には見向きもせずに、徹頭徹尾、単縦陣による高速機動と、それに伴う砲撃訓練に時間を費やしている。 この時の日本側の単縦陣による高速機動訓練は凄まじく、「ミスター単縦陣」の異名を取った、坪井航三少将は、「艦隊は常に一本の線として動くべし。旗艦に追随できなければ何度でもやり直し」の言葉通り、少しでも旗艦の航跡から外れた艦がいると、即座に演習を中止して、最初からやり直しをさせるなど、『操艦の神様』と言われた松岡が「ありゃあ良い動きしているわ」と、太鼓判を押すほどの高速機動の運用を果たしている。 516: yukikaze :2017/02/11(土) 23 48 55 一方、砲戦については、連合艦隊参謀である島村速雄が「一発当たって沈まんのならば、千発当ててボロボロにしてやれ」と、単位時間当たりの投射量増強を厳命。 15センチ砲だけでなく、12センチ砲も有効な射程距離となる4,000mでの砲撃戦での戦技向上を中心とした訓練を重視することになる。 無論、当時の技術力を考えれば、命中率は個人の技能に左右されており、しかも高速機動での砲撃戦なので実際の命中率も推して図るべしであったが、島村も連合艦隊司令長官の伊東もまるで気にしていなかった。 そう。彼らは艦隊を「ユニット」として捉えており、艦隊を如何に有機的に運用できるかを重視していたのであった。 確かに1艦1艦は、命中率は頭打ちかもしれないが、艦隊全体で見た場合は、それこそ敵艦隊に対して無視しえないレベルで当てているのである。 鎮遠や定遠が撃沈できるか不安な明治天皇に対し、伊東はあっけらかんと返答したという。 「陛下。この世に不沈艦はありません。弾が当たれば壊れます。治せなければそれは鉄屑です」 これと対極的なのが清国海軍であった。 確かに彼らは、当時アジアで最大の艦である定遠級を2隻配備することに成功したが、彼らは定遠級の強大さに幻惑され、「定遠級さえあれば無敵」という誤った価値観を信仰することになる。 結果的に彼らは、定遠級の幻想に胡坐をかき、「ユニット」としての海軍戦力の維持発展を取りやめてしまったため、日清戦争開戦時には、艦隊の実戦力において、日本海軍に大きく後塵を拝することになっていた。 もっとも、彼らは、前述したイギリスの評価等を見ては「日本海軍恐れるに足らず」という慢心感を有しており、数的に劣勢であっても「奴らの船なんぞ定遠の衝角で引き裂いてくれる」と、意気軒昂であった。(唯一、定遠級に対抗できると予想されていた富士型も、主砲口径が定遠よりも小さいのと衝角がないことで、「ただでかいだけの巡洋艦」「ウドの大木」扱いされていた) 勿論、一部には「うちの軍艦には勝てんだろうが、流石に商船には勝てるだろ。うちの輸送船を狙われたら、かなり面倒だぞ」と、指摘している者もあり、李も、日本海軍が通商破壊作戦による清国経済への打撃を狙うことを懸念し、北洋水師に対しては、広東水師から増援部隊を加えるとともに、北洋水師司令長官である丁汝昌に出撃命令を出すことになる。 1894年9月17日。北洋水師が旅順港を出撃したとの報を受けた伊東連合艦隊司令長官は、前線基地となっていた佐世保港から出撃をする。 この時北洋水師は、14隻の総出撃であったのに対し、日本側は、偵察や海上護衛の問題もあり、富士型2隻、吉野型4隻、筑後型10隻と、数的な優位性を獲得できたかは微妙な所でもあったのだが、伊東は、全艦集結を待つべきではという参謀の意見に「せっかく連中が出てきたのに、道草を食っては逃げるだけ」と、構わず北洋水師との決戦を行うべく、北上を開始する。 同月18日午前10時過ぎ。両国海軍は、互いの煙を確認することで、双方の存在を知ることになり、お互いに合戦準備を命令することになる。 この時、北洋水師は、もっとも戦闘力のある定遠級を艦隊中央部に置き、衝角先鋒が取りやすいようにする単横陣であったのに対し、日本側は、富士型2隻と筑後型6隻のグループと、吉野型4隻と筑後型4隻のグループに分かれた、複縦陣の陣形を組んでいた。 同陣形を見た丁やお雇い外国人たちは「リッサ沖海戦の戦訓も知らんとは」と、苦笑をしていたとされるがそれも開始15分までで終わっていた。 何故なら、北洋水師は連合艦隊本隊に対して衝角戦に持ち込むべく接近を試みるが、速力で勝る日本海軍に取り付くことが出来ず、逆に本体と遊撃隊それぞれの単縦陣に分離した日本海軍に、機動力で徹底的に翻弄されることになるのである。 何しろ日本海軍はどちらとも、艦隊速度を20ノット近くで統一されているのに対し、清側は定遠級の速度に合わせざるを得ない為、14ノット強が限界であり、しかも北洋水師の予算問題から、艦隊運動はそれほど高くはなく、おまけに本隊にいた「広甲」は、元々広東水師所属であり、北洋水師との連携など取った事もなく、艦隊運動をさらに混乱させる要因になってしまうほどであった。 517: yukikaze :2017/02/11(土) 23 49 28 無論、そんな動きを見逃すほど日本側は甘くはなかった。 最初から戦策として提示されていた距離4,000mからの間断なき砲撃は、清国海軍水兵から『鉄の暴風』と呼ばれる程の弾量を同艦隊に叩きつけることになる。 事実、砲撃開始5分後には、北洋水師の両翼にいた「揚威」と「広甲」が、本隊および遊撃艦隊の一斉砲撃を受けて、碌な反撃も許されずに大火災が発生してそのまま沈没。別働隊として布陣し、慌てて加わろうとした「平遠」以下4隻も、返す刀で十字砲火を浴びせて、黄海に沈めさせることになる。 慌てた丁は、一斉回頭して、自らの後方に突っ切った日本海軍に正対すると共に、定遠と鎮遠とで艦隊を二分し、それぞれを旗艦とし、突撃をさせるように命じるのだが、これは自殺行為といってよい命令であった。 前述したように、北洋水師の予算問題から、艦隊運動はそれほど高くはなく、おまけに本隊にいた「広甲」は、元々広東水師所属であり、北洋水師と緊密な連携を取ることは不可能であった。 そんな中での艦隊分派行動であり、丁がリッサ沖海戦のベルサーノのように「余計なことをして艦隊を混乱させた」と、批判を受けることになるのだが、中央部から艦隊がゆっくりと左右に開いていく姿に、伊東や坪井は「統率がとれておらん」と、評すると、急な命令で混乱しながらも単横陣でこちらの前を抑えようとする彼らをあざ笑うかのように、艦を増速させ、北洋水師の両翼の艦に対して更なる砲撃を加えることになる。 北洋水師も必死になって食らいついていくのだが、日本側の高速機動に翻弄され続け、また敵弾を躱そうと咄嗟の回避行動をしたことが祟って、「広甲」が「経遠」にぶつかり、ともに大破(後、両方とも自沈)「致遠」が大火災を起こし、清側の左翼部隊は「定遠」を除いて壊滅状態になる。 対する右翼部隊はまだマシと言えたが、旗艦の状況を察知した「鎮遠」艦長が、「定遠」と合流する命令を発したのだが、その時「鎮遠」艦橋に「吉野」の15cm砲が直撃して、「鎮遠」首脳部は全滅してしまい、右翼部隊は統一した指揮を執ることができず、「鎮遠」を護衛する「来遠」と、最初に出された命令を守ろうとした「靖遠」とで戦力を二分するという状況に陥ることになる。 事ここに至って、丁もどうにもならない事を理解し、旅順への逃走を図るのだが、優速な日本海軍がそれを許すはずもなく砲弾を集中。ようやく「定遠」の主砲が、旗艦の意地を見せて「富士」に一撃を与えるが、「富士」と「浅間」の20cm砲弾が、それぞれ主砲部と機関部に直撃して、船足を停止し大火災を起こし(この時、丁は戦死したとされている)「鎮遠」も「吉野」以下の集中砲撃を受けて、主要部こそ貫けなかったものの大火災を起こすことで、継戦続行不可能となる。 この状況に、「来遠」と「靖遠」は、単艦での強行突破を図り、伊東も弾薬及び燃料が残り少なくなっていることから、追撃は困難であると判断し、「定遠」及び「鎮遠」に降伏勧告をだし、降伏を拒否した「定遠」を雷撃処分にし、降伏を受け入れた「鎮遠」を接収している。 なお、旅順に逃げ延びた両艦ではあるが、損傷を受けていた「来遠」は旅順沖で座礁。「靖遠」も損害を治すには旅順港の設備は貧弱であり、結果的に放棄されることになり、事実上、北洋水師は一戦で消滅することになる。 518: yukikaze :2017/02/11(土) 23 50 03 最後に、この海戦のあるエピソードを紹介することで、この章を終わりにしたいと思う。 「鎮遠」の鹵獲は、日本において大々的に報道され、日本国中は万歳三唱一色になっていた。 日本海軍は直ちに同艦を調査することによって多くの知見を得ることになるのだが、「同艦を編入しては」という問いに対し、伊東は「敵国の艦とはいえ、鹵獲されただけでも屈辱なのに、更にその艦が自国の兵に向けて砲撃を加えるというのは、この艦にとっては屈辱である」として、同艦を解体するとともに、その資材を民生利用するよう進言している。 その後、同艦は伊東の進言通り解体され、その資材は屑鉄として処理され、商船に産まれ変わることになるのだが、その前夜、伊東がのんびり道を歩いていた時に、一人の清国の女性が彼の元を来訪し「温情ありがとうございます。同砲を傷つけずに済みました」と、深く頭を下げ、「それは御丁寧に」と、伊東も慌てて頭を下げ、頭を上げると、そこには既に女性の姿はなく、代わりに『鎮』と刺繍されたハンカチが置かれていた。 「変わった事があるもんじゃ」と、頭を振りながらハンカチを取り、家に帰って詳細を告げると、「この近辺には清国の人は住んでいない」と告げられ、「じゃあ他の所から来たんじゃろ。タダで貰うのも気が引けるから、礼状を送らんと」といって、翌日、駅長や人力車及び馬車を扱う店に「こういう人なんじゃが見らんかったか」と聞いても、「いや・・・見ませんでした」と返答されこりゃますます不思議じゃ、と、頭をひねりながら、ふと新聞を見ると、小さな記事で「鎮遠解体」の文字に気付くことになる。 「まっこて義理堅い事じゃ」と、伊東は、何かに気付くと、「もう送り主は分かったで探さんでよか」とだけ告げると、横須賀の工廠に秘蔵の酒を送って「鎮遠に飲ませっくいやい。ハンカチのお礼じゃ」と述べ、仕事に戻ったという。 なお、伊東は「あん時の顔をちゃんと見らんかったのはおいの不覚じゃった。まあよかろ。こいはこいで風情がある」と、破顔大笑し、「鎮遠」の資材で作られた商船の写真を楽しげに見ていたという。 519: yukikaze :2017/02/11(土) 23 55 48 投下終了。最初に投下した第四章の改訂版ですね。 あの話では、定遠級は「あんなもの」扱いされての沈没でしたがここでは宣伝行為と最後のエピの為に一隻は残すことになりました。 まあそれでも解体は免れないのですが、ただ日本海軍の運用考えると、定遠級は極めて使いづらく、維持コスト考えると、廃棄した方がマシなんですよねえ。 史実は「戦力が足りない」故の運用でしたし。 史実と異なり、この一戦で北洋水師が壊滅したことで、清国の防衛ラインは一気に拡大することになり、同時に李鴻章の政治生命にも打撃を与えることになります。 つまり、イケイケドンドンな皇帝派が戦略の主導権を握ってしまう訳で、清の戦争指導はこれ以降ますます刹那的になります。 889: yukikaze :2017/02/16(木) 23 31 31 第五章作っている間に、第三章で思いっきり間違い発見したので、すいません、中の人修正をお願いします。 誤→おまけに本隊にいた「済遠」は、元々広東水師所属であり、 正→おまけに本隊にいた「広甲」は、元々広東水師所属であり、 誤→北洋水師の両翼にいた「揚威」と「広甲」 正→北洋水師の両翼にいた「揚威」と「済遠」 修正していたと思っていたのですが、修正しきれていませんでした。すみませんでした。 誤字修正
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《歴代の戦争》 勝ち 負け 唐 vs 日本+百済 (白村江の戦い) イスラム帝国 vs 唐 +高句麗人の総大将 (タラス河畔の戦い) 日本 vs 元 +高麗 (元寇) 明 vs 日本 +朝鮮 (文禄の役) 日本 vs 明 +朝鮮 (慶長の役) 清 vs 明 +朝鮮 (明滅亡) 日本 vs 清 +朝鮮 (日清戦争) 日本 vs 露 +朝鮮 (日露戦争) ソ連 vs 日本+朝鮮 (シベリア出兵) 米英仏蘭支ソ+伊 vs 日本+台湾+朝鮮+独+伊 (第2次世界大戦) 北ベトナム vs フランス(第1ラウンド)南ベトナム+アメリカ+韓国(第2ラウンド) (ベトナム戦争) 日本+台湾 vs フランス +韓国 (高速鉄道) 番外編(引き分け) アメリカ+韓国 vs 中国+北朝鮮 (朝鮮戦争) イラク+北朝鮮 vs 多国籍軍 +韓国
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第一部 戦死者リスト アベル 3章 マジ 5章 ハーディン 8章 ビラク 9章 ウェンデル 10章 ドーガ 11章 カシム 11章 ゴードン 11章 ロシェ 12章 チキひきかえけん 15章 チキ 15章 シーダ 15章 トムス 16章 ミネルバ 16章 バーツ 16章 ロレンス 16章 チェイニー 16章 パオラ 17章 ウルフ 17章 マルス(1回目) 18章 ジョルジュ 18章(2) ナバール 18章(2) リンダ 19章 ミディア 19章 サジ 19章 ミシェラン 20章 トムスゾンビ 20章 ジュリアン 20章 マリア 20章 ボア 20章 エスト 20章 機関車トーマス 20章 カチュア 20章 オグマ 20章 レナ 20章 マルス(2回目) 20章
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《軍神-名誉の戦死》 永続魔法 魔法・罠・効果モンスターの効果でモンスターが墓地に墓地に送られた時に、 相手フィールドに存在するモンスター1体を指定する。 墓地に送られたモンスターは、指定したモンスターとの戦闘で破壊されたもの として処理してよい。 part21-592 コメント 名前 コメント
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486: yukikaze :2017/02/19(日) 19 31 24 それでは投下します。 日清戦争史 第五章 英雄 「清国は英国の仲介案を蹴ったそうじゃ。まだ負けちゃおらんて」 居間で胡坐をかきながら、男は顎鬚を扱きつつ、外務省から伝えられた情報を盟友に伝えていた。 「そいはそうじゃろ。皇城と天津を併せて10万以上無傷の兵がおっでな、気も大きなろ」 「じゃっどん。第二軍団は山海関に迫り、後続の軍勢も合わせればこっちも8万近くおっど」 「一蔵どん。人間はおかしもんでな。自分の懐に大金があれば途端に気がおおきなっど」 「そいはわかっどんなあ・・・」 幕末のお由良騒動の余波で、散々に金の事で苦労した大久保である。 人間と言うものは、金がなければないで心を荒ませてしまうことが多いが、逆に大金が懐に入ったら気が大きくなって、後から考えるととんでもないバカなことをしがちなのである。 維新志士を気取っていた面子が、政府の役人になった瞬間、これまでの地位の低さや貧乏からの反動からか、幕府の汚職役人に勝るとも劣らない愚行をしでかしたのを、彼は嫌というほど見ていた。 無論、その手のバカは、彼が即刻叩き出し、目に余るものは有無を言わさず処断したのだが。 お蔭で彼は一時期、逆恨みを受け、幾たびか暗殺の危機にもあっていた。 幸いにも、目の前の男が気を利かしてくれて、腕利きの剣客を護衛につけてくれた事で事なきを得ていたが、政府高官の何人かは実際に暗殺をされ、以降、護衛については厳しいものになっている。 「一蔵どん。我が国も同じじゃっど」 「将軍どもとそれの尻馬に乗る馬鹿な若衆でごわんか」 やはりあの時処断しておくべきだったかと、大久保は臍を噛んでいた。 陸軍において完全に非主流派となっていた桐野や谷、三浦と言った面子は、現在では退役中将として貴族院におり、政府批判の急先鋒となっていた。 大久保にしてみれば、政府批判は我慢できるが、問題はその内容であった。 『暴清膺懲』というスローガンを掲げた彼らは、政府の弱腰を批判し、今すぐにでも北京に日章旗を掲げ、清国皇帝を捕えろといった強硬意見を連日連夜主張し、それにマスメディアや視野の狭い若手や中堅の軍の連中が煽り立てることで、一種のヒーローとなっていた。 バカどもが。講和条件が「15億両の金塊」「朝鮮半島・満州・台湾の割譲」とか、我らを泥沼の戦争にそれほどまでに引きずり込みたいのか。 特に桐野は「征韓論」の頃から、薩摩の連中と語らって馬鹿なことをしでかす傾向があったが、最近では吉之助さあの言葉すら聞かなくなってきている。 「吉之助さあ。もうあいつらはよかが。見限ろう」 「一蔵どん。そげん言うが、あんしらも維新の功労者じゃっど」 「何が功労な。半次郎はあの年になって分別がなく、谷も三浦も何も学んではおらん。そもそも谷なんざ思い込みで危うく奥羽を敵に回す粗忽もんじゃっど」 全く・・・坂本の敵だか何だか知らんが、勝手に新選組と会津を敵認定して、吉之助さあが命がけでまとめた和平案をあわやぶち壊しにした男なんざ、あそこで処断しておけばよかったと、大久保は思い出しただけでも腹が立っていた。 あの時は、会津の家老達と新撰組の近藤が、江戸明け渡しの時の家茂の態度に感銘を受けて、「死に場所は今」と、見事に腹を斬ってくれたから事なきを得たものの、あそこで戦争が起きていたらどうなっていたか。 そう言えば、坂本を襲ったのは、結局は、見廻組だったようだが、あれで重傷を負った坂本が、政治にこりごりして、郷里の岩崎と組んで財界に行ったのは良かったのか悪かったのか。 坂本が政治から足を洗い、中岡は殺され、見所のあった乾は、甲府で会津の山川に討ち取られ、残ったのが小物と言っていい後藤だけ。 佐賀の江藤や大隈は、下野してもまだ一角の政治家として名を成しているが、土佐のこの状況を見れば、「薩長藩閥政府」という谷の批判にも「お前たちが碌な能力を持っていないからだろうが」と、怒鳴り付けたい気分であった。 487: yukikaze :2017/02/19(日) 19 32 34 「若衆に灸を据えればよかろ。田中に松川、井口辺りかの」 「思いっきりやっくいやい。中央の官界の連中はおいが拳骨を食らわしもんで」 「そいは可哀想に。一蔵どんの拳骨はかてでな」 破顔大笑する西郷であったが、この親友の「拳骨」は相当なものであろう。 まあ見所があるものだと10年近い地方巡りだが、見切られたものは問答無用で首だろう。 外務省の伊藤にしろ、内務省の了介にしろ、一蔵どんの視線で睨まれれば、それこそ戦々恐々だろうて。 まあ了介が一蔵どんの一喝を食らって以来、一滴も酒を飲まない状態なので、その効果は絶大ではあるが。 「まあ国内と講和条件は一蔵どんに一任する。おいは一蔵どんがやりやすいようにうごっで」 「吉之助さあ。今更ながらじゃっどん、他の者に替えられんか? 山縣も弥助どんも七次どんもおらいよ」 「山縣は戦が平凡、弥助は一蔵どんを助けないかんし、七次は戦はうまかどん、あいはきかんぼうやっでな」 大久保は溜息を吐きたかった。 山縣は稀代の軍政家ではあるが、戦の腕前は平凡で、当人もそれを気にして武功に逸りかねない所があるし野津は戦上手であるのは確かだが、良くも悪くも武人気質で政治を理解するか不明。 大山はその点バランスが取れているが、兵部大臣の要職についている状態。仮に大山の代わりとなるとそれこそ山縣を大臣に据えないといけないが、逆に「なら自分が方面軍司令官になる」といいかねない。 なにしろ軍の位階を考えるならば、西郷を除けば最高位にあるのは山縣なのだ。 「山縣の気持ちもわかっで、おいが面倒を見る。むしろ弥助が兵部大臣としておった方がよか」 「兵部大臣の命令にあっては、例え戦地におる軍の位階が上の指揮官であっても命に服さんといかんとわからせるためか」 「七次だとそれができんでなあ。「現場の事は現場がようしっちょる」とかゆっせ、大陸の奥地にまで走りかねんど」 容易にその光景が思い浮かんだのか、2人は困った表情を浮かべる。 良くも悪くも野津は、典型的な薩摩隼人である。誰かが手綱を握っていないと、暴走しかねないのだ。 「まあ清国皇帝も主力軍が壊滅すれば目もさむっやろ。さまさんでも、西太后と李鴻章が抑えるじゃろ。 皇帝はともかく、あの2人は付き合わん。英国やうちの外務省の情報だと、はよ講和をせい。条件闘争もできんぞ、というのが李鴻章。西太后も皇帝とその取り巻きの戦の拙さに辟易としているようじゃ。 まあ西太后はアロー号事件で都から逃げ出した経験があるから、都に戦火が近づくのを嫌っているようじゃが」 「幕末そのものじゃな。李が勝先生。西太后は大奥、問題は皇帝じゃが・・・」 「水戸のタワケと同じと考えていた方が良いじゃろ。そっちの方が火傷が少なくてすむ」 大久保の辛辣な評価に、西郷は苦笑するが、色々と情報を突き合わせていくと、どうもこの皇帝は責任感はあるようにも見えるが、行動が粗忽且つ軽率で、言動も空回りしがちである。 お蔭で事態を鎮静化させるどころか、悪化させる方向に努力しているようにも見えるのだが、この性格を考えるならば「遷都しても戦う」と言った所で、どこまで周囲がついていくか甚だ疑問である。 成程。あの『夢幻会』と名乗っている連中の『誰が政権の主導権を握っているのか、そこを見極めて対策を立てないと意味がない』という指摘には、学ぶものがある。 まあ桐野達とは違い、あの者達はかなりしっかりとした国家戦略を持っているようなので、西郷としても手放しで受け入れるつもりはないが、危険視するつもりもなかった。 「まあ・・・後、3月と言った所か。情報部によると、清の防衛構想も混乱の極みだそうじゃなかか」 「せっか、天津に6万の軍勢を集めたのに、山海関を陥落されたことで、半分の兵を取り上げられて北京と山海関の間に防衛線を築こうとしちょるとか。後、錦州から逃げてきた兵達を懲罰部隊として前線に縛り付けているとも」 「むごかことじゃ。そげん扱いをすれば、兵は逃ぐっど。沼間どんな見逃さんじゃろ」 「新手の第四軍団2個師団を先鋒にし、防衛線に穴をあけような。向こうでは『鬼上官』と言われとるとか」 「清正公と同じか。沼間どんもよか気分じゃろ」 かつて太閤秀吉の先鋒として、半島を制圧してのけた英雄と同じ異名をつけられたのならば、武人としては満足できるものであろう。この手の武人が好きな明治天皇も、喜んで勅使派遣をするであろう。 488: yukikaze :2017/02/19(日) 19 33 16 「沼間どんの第二軍5個師団が山海関から北京を伺い、山縣率いる第一軍6個師団が天津から北京を伺う。 後、これに支作戦ということで、威海衛を守護していた1個師団と1個旅団で、現在台湾を攻略中。 占領しているのとしておらんとでは扱いが違うとはいえ、台湾攻略戦は兵力としては痛かなあ」 「まあ台湾を抑えれば、この国の南からの防衛線はかなり楽になっでなあ。新八どんも最後の御奉公じゃというて、きばっちょっでなあ」 西郷としては、万全を期して3個師団及び海軍主力を以て攻略をしたかったのではあるが、指揮官である村田の「直隷決戦に注力すべし」の言葉で、1個師団と1個旅団。それに筑後型4隻しか派遣できない状態であった。 前述した夢幻会が「鉄道連隊及び瘴癘の地であるため、医療部隊及び医薬品の拡充は必須」と強硬に主張しそのためのマニュアル本を急いで配布したことで、台湾での病気での被害は許容範囲に収まっているのが救いと言えば救いであり、弟分である村田も病で死ななかったことに、西郷は私人としても感謝をしていた。 「どら・・・そろそろ時間じゃな」 「吉之助さあ。くどかこというかもしれんが、身体には気をつけてたもんせ」 「そいは小兵衛にいっくいやい。あいが操艦が下手じゃったら、おいは船酔いで寝込みもんそ」 「吉之助さあ。小兵衛どんは、海軍でも有数の船乗りじゃっど。あん人を下手くそ言うたら、海軍みな下手くそじゃ」 「一蔵どんのお墨付きなら怖いもんなしじゃ。おいも鼻がたかか」 兄弟愛の強い西郷である。その中でも殊更かわいがっていた末弟が、海の武人として名を轟かせているのは、肉親として嬉しいものがあった。 強制的に隠居され、心中どれだけ悔しかったかもしれないのに、そんなことはおくびも出さず、「お前は吉之助に一番似ている」と、隠居所で小兵衛に目をかけ、海軍の道に歩かせてくれた斉彬公には何百回生まれ変わっても返し切れない恩を、西郷は感じていた。 「そいでは行ってまいりもす」 「御武運を。帰ってきたときは、吉之助さあの好きな、かるかん饅頭をずんばい用意しちょっで」 「そいはよか。2人で鹿児島に帰って墓参りにいこかい」 2時間後。明治天皇の『西郷元帥を勅命を以て征清軍総司令官に任命する。将兵は須らく元帥の命に服すべし』の言葉を受け、西郷は、眼下の将兵に短く『いっど』と、述べるや、悠々とした表情で、元帥座乗艦となった『浅間』に乗り込むことになる。 西郷の雄姿に歓声を上げながら乗り込む将兵達を見つつ、明治天皇以下文武の重臣達は皆、船が水平線から見えなくなるまで敬礼し続けたという。 ――天津防衛線崩壊。日本軍は北京に向けて進撃開始 この報を受けた時、李は来るべきものが来た想いを抱いていたとされる。 正直、山海関まで落とされた時点で詰みだというのに、皇帝とその取り巻き達は、錦州陥落から山海関陥落まで碌に動くことができず、右往左往するばかり。 しかも、山海関落とされてから、山海関と北京との間の防衛強化を叫びだす後手後手もさることながらその兵力を、錦州から落ち延びてきた兵を使うだけでなく、天津の兵を転用するという大愚策をしている。 これには塞防派が本気で抗議したのだが、皇帝の取り巻きにとっては「帝都防衛の兵を一兵たりとも動かすなど利敵行為」でしかなく、しかも皇帝がこういう時に限って決断力を発揮しないために、結果的に天津の軍を半数以上動かさざるを得ない羽目になってしまった。 百戦錬磨の李にすれば「血迷ったか」と吐き捨てたい気分であったが、既に軍権を事実上剥奪されている身にとっては何もできることはなかった。 489: yukikaze :2017/02/19(日) 19 34 25 そしてなお悪いことに、天津の防衛司令部では、この兵力の減少を受けて、水際で防衛線を行うか内地に引きずり込んでの防衛戦を行うかで意見が対立してしまい(兵力引き抜き前は、それぞれに均等に兵を分けていた)、しかも双方のトップが仲が悪かったこともあって、各々が勝手に防衛線を作るという、もはや勝ちを放棄したかのような有様であった。 勿論、こうした状況下で勝てるはずもなく、水際防御は敵の輸送船団にある程度の打撃は与えたものの敵の連合艦隊の集中砲火を受けて砲台が沈黙したことで敵の上陸を許し、満を持して迎撃を行った筈の部隊は、日本陸軍の重火力の前に磨り潰される羽目になっていた。 内地防衛派の将軍は、同僚のこの不手際に激怒し、救援要請を一顧だにしない傍ら、防備を固めつつ北京に援軍要請を行ったのだが、北京においては、「山海関方面の防衛もあることから現有戦力で死守せよ」という命令しか返ってこず(これは皇帝の取り巻きが握りつぶしたことが判明している)、更に天津の防衛ラインも、第一次大戦のような本格的な塹壕戦ではなく、地形は利用しているが、漫然とした布陣であることから、日本側砲兵部隊の集中砲火を受けて、部隊が混乱している間に、敵部隊の吶喊を受けて、砂上の楼閣として崩れ去ってしまっている。 「もうこれで終わりじゃな」 皇帝などは「北京にはまだ10万近い大軍がいる」と豪語しているが、向こうは天津の軍勢だけで8万近い軍勢を有しており、山海関から進撃を開始している面子まで入れると、15万人近い大軍勢である。 しかもこちらは、近代化していた北洋軍閥系の軍は崩壊し、北京にいる部隊も、多くは旧式兵器を所有している部隊である。質も量も向こうが上なのである。 一部には、「西安辺りに遷都し、日本軍を奥地に引きずり込み、消耗戦を行うことで勝てる」と、ナポレオンの一件を先例に主張するのもいたが、李からすれば噴飯ものであった。 あれは、ナポレオンは孤立しており、ロシアには列強が同盟していたからこそ成立した策であり、仮に欧米列強が日本と組んで我が国を蚕食しようと決定したらどうなるというのか。 太平天国の乱のときに、英仏がどのような態度を取っていたかを記憶している李にとっては、彼らの『好意』とやらを馬鹿正直に信じることなどできる筈もなかったのだ。 「何としても講和にもっていかなければ。まだ北京の無傷の軍勢があるうちにな」 そう。今ならまだ条件闘争は可能であった。 本来ならば錦州陥落時にやっておけばまだマシであったのだが、ことここに至っては、案山子であろうとなんであろうと『清国正規軍10万』という看板の存在が、交渉のカードになりえた。 仮にこのカードが失われれば、条件闘争すらできなくなるのである。 「敵の総大将は西郷。道理が分かる男ではあるが」 かつて彼も一度だけ会ったことがあるが、まぎれもなく英傑であった。 武人ならば誰もが誇るであろう、江戸城攻略や奥州等の平定についても、自らの功を誇ることはなく敗将であるはずの徳川家茂や他の諸侯達を褒めるなど、決して敗者を辱めるような言動はしなかった。 営利を求めることもなく、地位にも恬淡として、道理を重んずる性格。 成程。多くの将兵が問答無用で従う訳だと、李も得心していた。 「皇太后陛下は儂の言を聞いてくれるだろう。北京まで攻め込まれた以上、あの方は徹底抗戦など望まれることはせぬ。翁同和や李鴻藻等虚け者どもにこれ以上乱されてたまるか」 強硬な正論を吐くのは結構ではあるが、実力の伴わない正論ほど始末に負えないものはない。 彼らのくだらない言説のお蔭で、皇帝の権力強化どころか首都失陥の危険性すらでているのだ。 軍事指揮権はないが、内閣学士兼総理衙門大臣ではあることから、李は戦争指導の稚拙さを以てこの両名を含む皇帝の取り巻きの排除を決意していた。 「急がねば・・・何としても奴らの旗がこの外壁から見える前に意見を纏めねば」 皇帝に対する敬意はとっくに失っていたが、国に対する忠誠はまだ失ってはいなかった。 李もまた確かに愛国者であり英雄であったのだ。 惜しむらくは、西郷には仕えるにたる君主に恵まれていたのに対し、李の場合は真逆であったことなのだが。 もっとも・・・李の行動はあまりにも遅すぎた。 490: yukikaze :2017/02/19(日) 19 35 05 「馬鹿な!! あまりにも早すぎる」 報告を聞いて3日後。李は、茫然とした表情で、外壁越しから日本軍の旗を見つめていた。 李のこれまでの経験を考えるならば、部隊の再編と補給の関係から、彼らが到着するのは1週間後と見ていたのだが、彼の予測を上回るような速さで、日本軍は進撃してきたのだ。 無論、天津に上陸した6個師団全軍という訳ではないものの、少なく見積もっても、4万以上はいると見積もっていた。 「奴ら・・・朝夕関係なく駆けてきたというのか」 李の予測は間違っていなかった。 天津の防衛ラインを撃破した山縣は、念願の武功を立てたことに大いに満足してのけたのだが、同時に『北京一番乗りを果たしたい』という欲求に耐え切れず、小川又次参謀長もそれに同意したことから予備としていた第三軍(九州中心の軍勢:軍団長は野津道貫中将)に対して、「北京まで突っ切れ』と命令。野津も『山縣どんも、ちったあ戦が分かってきちょいもすな」と、快諾してのけ、暴走に近い進撃を開始したのである。 西郷や総参謀長である奥保鞏は、この暴走に半ば呆然としたとされるが、慌てて進撃停止を命じようとする奥に「保鞏どん。あげんはやっちょる軍勢を止めようとしても無駄じゃ。おい達もはしっど。七次にはおいが来るまで防備を固めよと命じてくいやい」と、西郷はこの暴走を半ば追認すると共に、馬に乗って駆け出すことになる。(なお、山縣以下の諸将は、西郷が北京に到着した後、『第二軍との連携を考えずに功に逸るとはそれでも大軍の将か』と、大雷を落とされることになる) 「いかん・・・このままでは」 半ば呆然としていた李であったが、ある事実に気づいて今度こそ顔から血の気が消える。 そう。敵軍が予想以上に早く進撃し、同時に敵軍の数がこちらよりも少ない場合、思慮の足りない連中が何をしでかすかと言えばたった一つである。 「正門前に行くぞ。バカどもを止める」 あたふたする従卒達を尻目に、李は全力で馬を飛ばす。 これが北京の全軍による平押しならば、まだ敵軍を押しつぶせるかもしれないが、もし敵の姿を見て頭に血の昇った将帥が、三々五々出撃してしまえば、取り返しのつかないことになる。 「速まるな・・・速まるなよ」 だが、李の願いもむなしく、彼が正門前についた時には、既にいくつもの部隊が「倭の連中を追い返せ」と、叫び声を上げながら出撃し、更に他の門からも出撃している有様であった。 全ての終りに地面に座り込む李の耳には、日本軍の間断なき砲撃と射撃音。 それに清国の兵達の断末魔の叫び声がいつ終わるともなく続いたのであった。 491: yukikaze :2017/02/19(日) 19 47 41 更新終了。今回は英雄の対照的な状況を描いてみました。 山縣及び野津の独断ですが、これは日清戦争でもやらかした前科から。 相手が小出しに波状攻撃を仕掛けたのと、こちら側が機関銃を大量に用意し、敵の砲撃にもカウンターで潰せたことから、今回は勝利に持ち込めましたが、本来第二軍と共同して北京攻囲する計画を壊していますので山縣と野津は本気で西郷から絞られることになります。 実際、西郷は沼間に対して深々と詫びを入れ、山縣や野津も自分達のしでかした事の拙さを骨身に浸みることになり、少なくとも戦術面はともかく、戦略面での独断専行は日本陸軍では完全に御法度になります。 なお、北京の部隊ですが、何だかんだ言って失われたのは数千レベルであり、総兵力は天津から引き抜いた部隊も入れれば、8万近くは無傷の軍がいます。 まあ、山海関からの防衛ライン碌に作られずに、急行してきた第二軍併せて、10万人以上の日本軍に、首都を取り囲まれ、布陣直後に攻めて散々に叩かれたという事実を見て継戦意欲があるかと言えば困難ですが。 次回はいよいよ講和問題に。 しかし・・・ひゅうが氏のように派手な会戦書きたくても、どうにも政治談議に 終ってしまうなあ。 誤字修正
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548 :yukikaze:2013/12/29(日) 01 42 49 錦州攻防戦 三月にわたり繰り広げられたこの激闘は、しかしながら欧州においてはあまり見向きもされなかった。 その理由としては、この戦争が極東での争いであり欧州諸国が関与していなかったからに他ならない。 その為、観戦武官も碌におらず、いたとしても彼らは北京か奉天、あるいは広島か博多の軍司令部に詰めているだけであった。 彼らは知らない。 ここで行われた戦闘が、後に日露戦争で再現されそして第一次大戦で日常の風景へとなることを。 そして彼らは後悔する。 もっとまじめに戦訓を学ぶべきであったことを。 後の歴史学者は言う。 『戦場は無機質な機械によって支配をされた。そしてそれはまさにこの錦州が出発地であった』 日清戦争史 第六章 錦州攻防戦 日本陸軍が錦州に上陸したという一報が知らされた時、 満州の軍勢を統括している宋慶は、ジレンマに捉われることになる。 後に戦史において「この時の清軍は徹底的に運に見放された」と記されているのだが、そう書かれても仕方がない程、宋慶の前に突き付けられた状況は悲惨であった。 まず第一の不運は、錦州に上陸した部隊の総数がまるで分らないという点であった。 日本側は誠に彼ららしく、敵に情報を与えないために、わざわざ払暁に上陸作戦を開始し、敵部隊の殲滅並びに街道封鎖を手際よく行う事に成功する。 結果として脱出に成功したものは少数で、しかも無我夢中で脱出したために、正確な兵力数がまるで分らない状態であった。 何しろ少ないので3,000人。多いものでは6万人という数字が出たのだから宋慶が混乱したのも無理はないだろう。(実数は約2万4千人) 第二の不運は、上陸した部隊の目的であった。 仮にこれが主戦力であった場合、彼らはためらうことなく北京に向かうであろう。 しかしながら、彼らが陽動部隊であり、真の目的が満州軍の足止めであった場合防衛戦略が完全に瓦解するのである。 そしてどちらも十分にあり得る事が、宋慶の判断を難しくさせることになる。 そして第三の不運が、北京との連絡不通により、全ての判断を彼がしなければならないという事であった。 全く何もわからない状況で、判断を行わないといけない。 しかもその判断は、北京の宮廷を満足させなければいけないという付帯条件付き。 そのことは知らず知らずのうちに宋慶への重圧へと転換していった。 かくして宋慶は、突きつけられた難問に嘆息しながら決断を下したのだが、これが極めつけの不運となった。 そう。彼は軍において決してやってはいけないことを無意識のうちに行ってしまった。 彼は総兵力5万の内、勇将として名高い左宝貴将軍に、1万5千の兵力を与えて出撃させたのだが、彼に対しての命令の中身は、敵の撃滅なのか、あるいは敵の足止めなのかどうとでも取れるものであった。 つまり、彼は明確な目標を左宝貴に与えず、また左宝貴も、それが自分への白紙委任であると判断してしまったのである。 錦州攻防戦において、左将軍の指揮が、時間が経つにつれて硬直的になっていったのは偏にこの命令のあいまいさに要因があった。 549 :yukikaze:2013/12/29(日) 01 44 09 さて、1万5千人の大軍を率いて奉天を出撃した左将軍であったが、その軍勢の大半は日清戦争勃発前後に無理やり集めた一般人であり、はっきりいってその錬度も装備もお寒い限りであった。 流石に左直属の部隊である2千名はそれなりの錬度と装備を備えていたが、その装備は統一されておらず、彼らの予想よりも実戦力は低いものであった。 実際、錦州に到着するのも、予定では20日程と考えられていたが、大多数の兵の規律の悪さと、隙あらば脱走しようとすることに悩まされ、彼らが到着したのは、予定よりも20日も遅れるという体たらくであった。 実際、宋慶はこの遅れに不快感を示し、叱責の早馬を送っているのだが、このことが左の憤激を買うことになり、両者の不和へとつながっている。 こうした状況の中、10月も終わろうとする中、左率いる清国軍は、ようやく錦州に到着するのだが、彼らが目にしたのは奇妙な光景であった。 彼らの予想では、数の少ない日本兵は(左は、日本軍の総数を、最大でも5千人と見積もっていた)、錦州の城壁によって防御陣地を作成していると考えていたのだが、日本軍は城外に布陣し、しかも入りくねった溝のようなものと、その前方に無数の木の棒とその間に何かを巻いたようなものが備え付けてあった。 はっきり言って清国軍にとっては理解不能な代物であり、左は「蛮族の考えることはわけがわからん」と馬鹿にしきった発言をしている。 主将のこうした態度は、兵達にもすぐに伝染し、溝の中で活動している日本兵を「土竜兵」と嘲笑し、「戦争ではなくて土竜狩りだ」と言う声すら上がっている。 もっとも、彼らのこうした楽観論は、翌日の戦闘で見事に吹き飛ぶことになる。 日本軍を完全に侮っていた左は、1万5千の兵に鬨の声を上げさせ、十分威嚇させると共に山川に対して降伏を促す使者を送ったのだが、山川からの返答は「皇帝も皇帝なら臣下も臣下だ。礼をまるで理解していない」と、完璧に馬鹿にしきった代物であった。 元より、本気で降伏を求めていなかった左は、これ幸いと3千の兵を第一陣として出撃させたのだが、これが地獄の始まりであった。 その主武装が刀や弓で、鉄砲を持っている者も火縄銃という彼らは、喚声を上げて攻め込んだと同時に、日本軍砲兵部隊からの熱い歓迎を受けて、文字通り四散した。 この時期日本陸軍砲兵部隊が導入していたのは、最新兵器と言っていい21年式山砲であったが、この史実41年式山砲と同等の能力を持っているこの砲は、最大20発/分の性能を誇っており、31年式野砲(史実95式野砲相当。ただし重量はそれよりも重くなったが)が配備されて以降は、連隊砲として重用されることになるのだが、初陣となったこの会戦においてその性能を存分に発揮し、21年式機関銃(史実92式相当)と並んで、清国軍の恐怖の的になる。 さて、数分間の猛烈な砲撃により、清国軍の第一陣は全面的に崩壊した。 もともとまともな訓練がされていない一般人が、砲撃の洗礼を受ければ、パニックに陥るのは当然の事なのではあるが、序盤でのこの醜態は左を怒らせるのに十分であった。 彼は、直属部隊に命じて、四散した兵隊たちを連れ戻させると共に、部隊を指揮していた責任者の首を全員が見ている前で刎ね、見せしめとしたのだが、その程度で一度しみついた恐怖感を拭い去ることは不可能であり、結果的に彼らは懲罰部隊として、全軍の弾除けに使われる悲劇に塗れることになる。 そして2日後、左は夜明け直後に全面攻勢をかけることになる。 左は、第一戦で不甲斐なさを示した部隊に、酒とアヘンを与えて突撃させると共に、左の直属部隊を含む7千の兵力を以て、一気に防衛戦を突破しようと目論んだのである。 幕僚の中には、砲撃を防ぐために夜襲を献策したものもいたのだが、清国陸軍の錬度の低さから机上の空論でしかなく、また2日前の猛烈な砲撃によって、敵軍の砲弾備蓄はそう多くないという予想から(これは清国陸軍の定数から判断されたものであり、全く意味がなかった)、部隊運用が可能で、且つ奇襲効果が見込める夜明け直後の攻勢を決定したのである。 550 :yukikaze:2013/12/29(日) 01 44 41 だが、清国側の意図とは裏腹に、日本軍は万全の態勢で待ち構えていた。 奇襲攻撃を行うならば、部隊行動の秘匿は何よりも重視しないといけないのだが、日本軍を除いてこの時代の軍隊は行動の秘匿には無頓着であり、さらに錬度の低さから、清側が戦闘行動に移るのに時間がかかったことから、山川曰く「阿呆でも相手が何をしたいのかわかる」という有様であった。 そしてこの日起こったことは、2日前以上の地獄であった。 清国陸軍が突貫する中、恐れられていた砲撃の嵐は起きなかった。 清国側はこれを「弾薬が枯渇した」あるいは「奇襲が成功した」と判断したのだが、酒とアヘンにより判断状態がマヒしていた部隊がある区域に到達した途端、キツツキが木を突くような独特の音と共にバタバタとなぎ倒されていくのを見て、行き足を止めることになる。 この光景に左はいら立ち、全軍に更なる突貫を命じ、命令に背く部隊は後ろから撃つという命令まで発したのだが、兵達にしてみれば、下手に突撃をすると、先ほどの部隊と同じになるのは自明の利であり、どうしても動こうとはしなかった。 業を煮やした左は、遂に直属部隊に対して、発砲命令を伝達。 後ろから撃たれた前衛部隊は泣き叫びながら突撃を再開するのだが、彼らの前には鉄条網と地雷原の二段構えの防衛網が敷かれており、塹壕の第一線に近づくことなく壊滅。 しかも、左の直属部隊が、突撃を開始するその瞬間に、日本軍砲兵の猛射を受けて混乱したことで、前方から逃げてきた部隊と、直属部隊との間で同士討ちが勃発し、もはや攻勢どころの騒ぎではなかった。 かくして、清国側は2度の攻勢に失敗すると共に、左の権威はこれ以上ない程落ちることになる。 わずか3日で戦力の過半数を失った左は、攻勢を諦め、持久戦に切り替えることに余儀なくされるのだがこの大敗の報に激怒した宋は、左を面罵すると共に、彼の指揮権を剥奪並びに他の将軍を派遣するということを決定し、左に通告。左は先の命令における自分への白紙委任を盾に取り命令を拒否。 使者を拘禁するという暴挙に躍り出る。 流石にこれには左の幕僚からも異論が出るのだが、左は完全にそれを無視し、自らを孤立に追い込むことになる。 そして錦州攻防戦が開始されて1月後。 左の行動に激怒した宋慶は自ら軍を率いて錦州へと進軍を開始。その報を聞いた左の部隊からは左を拘束し宋に突き出すことで処罰を免れようとする声が公然と聞かれるようになる。 万策尽きた左は、官服に身を包んで、自らの子飼いの部下達とともに日本軍陣地へ突撃。 半ば自殺ともいえる最期を遂げることになる。 この左の死を以て、錦州攻防戦第一幕は終わることになる。 なお、清国側は左の死を「犬死」と口汚く罵り、日本側も「近代軍の指揮官として不適当」と彼に対して全く容赦はない。 ただ、山川だけは何か思う所があったらしく、左の死骸に対し「生きる時代を間違えましたな」と声をかけ、錦州城外に懇ろに弔っている。