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(※ これは谷口探偵の事件簿の続きです) 長門が新しく発売される文庫本を買いに行くというので、行ってこいと言ったら荷物持ちについてきてくれと返答してきた。 文庫本を2,3冊買う程度でなぜ荷物持ちが必要なのか。嫌な予感がしたのでイヤだと断ったが、どうせすることなくて暇なんでしょう、と古女房のようなことを言ってきた。実際することもなくて暇だったのだが、そのままハイハイと言うことを聞くのもシャクだったので嫌だ嫌だとダダをこねていると、長門に頭を叩かれた。 何故この年になって、10代のガキに頭をピシャリとされねばならぬのか。あまりのショックにいろいろ考えていると、畳み込まれるように長門に同行を促され、半ば強制的に連れ出されてしまった。 まだまだ俺も甘いと思う。 仕方なく不貞腐れた顔で、夏場のチンピラのようにダラダラと歩いているとまた長門に、「………兄貴、恥ずかしいからちゃんとして」と注意された。母親に姿格好で反抗するダメな息子のような気分になってきた。 電車に乗って、最近できたばかりというデパートにやって来た。なにも文庫本を買うためだけに、出来たてホヤホヤのデパートに来なくても。新しい場所っていうのは、人が無尽蔵に集まってくる集合地点でもあるんだ。人間は旬の物がことの他好きなものであるからして、こういう場所に来たかったら、ある程度ほとぼりが冷めて人足が少なくなった頃合に来るのが疲れなくていいんだぞ。 「………中年はこれだから…」 おいちょっと待て、誰が中年だ。俺はまだギリギリ青年と呼べる範囲だぞ!? 訂正しなさい! 「………いや」 最近こいつが兄貴分である俺の言うことを聞かなくなってきた。反抗期だろうか。 「あれ、谷口くん? やっぱり。谷口くんと長門さんだ。お久しぶりです」 長門の買った本を10冊ほどまとめて紙袋に入れて腕にかけていると、人ごみの中から見覚えのある人影が現れた。見覚えがあるなんてもんじゃない。たとえ記憶喪失になって長門のマセ顔を忘れても、この方の尊顔を忘れるなんてことはないに違いない。 朝比奈さん。お久しぶりです。あれ、今日はお一人ですか? 「ううん。キョンくんと、キョンくんの妹さんと一緒よ。今は自由行動中なの。あと30分したら、1階の広間に集まる約束をしてるわ」 そうでしたか。くそ、毎度毎度キョンのやつめ。 「その後3人でお昼を食べる予定なんだけど、谷口さんと長門さんも一緒に来ない?」 「………行く」 間髪いれずにこくりとうなづく長門。 俺はどっちでもいいんだけど、長門が行きたいって言うんなら仕方ないな。うん。一応、俺が保護者なんだからな。うんうん。 朝比奈さんは何か買い物に来たんですか? それとも、新しいショッピングモールに冷やかしに? 「目的があってきたわけじゃないけどね。新しい店とかできたら、どんな所なのか見てみたいじゃない?」 「………ほら、兄貴。若い人はこういうアクティブな思考をするもんなんだよ」 やかましい。せっかく荷物持ちについて来てやったのに。紙袋をお前に押し付けて帰ってもいいだんぞ。 「その紙袋、長門さんの本だったの。谷口くんは荷物持ち? 優しいのね」 そうなんスよ。こいつがどうしてもってダダをこねるもんだから、仕方なく来てやったんですよ。いやあ、参った参った。あはははは。 「………うそつき」 ところで、朝比奈さんは何か買い物したんですか? そのビニール袋に入ってる箱、なんですか? 「ああ、これ。これは、キョンくんが私に買ってくれたの。オルゴール。ちょっと素敵じゃない?」 ああ……それはまた。ロマンチックですね。メルヘンっていうか、ポストモダンというか。 「………兄貴。私もああいうの欲しい」 ああいうの欲しいって。はあ。そう言うと思ってたよ。荷物持ちに来いって言われてた時からな。分かったよ、買ってやる。爪切りとかどうだ。実用的だろ? 「………つめきり…やだ」 文句言うなよ。1週間くらいしたら絶対に、オルゴールよりもこっちの方を買ってもらっておいてよかった!て思うようになるから。俺は無駄のない男なのだ。 その後、俺と長門は朝比奈さんたちと5人で昼食を食べ、ぺちゃぺちゃ喋ってぐだぐだクダ巻いて、別れて家に帰った。 長門には結局、高価な爪切りを買い与えるハメになったしキョンともフリットを取り合っていつものように険悪なムードになってしまったが、まあそれもいつものことだ。なんだかんだで楽しいデパート見物だった。 その帰りに長門の家の近くまで荷物を持って行かされたが、長門に交通費を出してもらえたから電車代は1円も出さなくてすんだ。 家に帰ると、部屋に忘れていた携帯に国木田からメールが届いていた。急ぎの用だったらマズいなと思って確認したが、今夜用があるから店まで来てくれという内容のメッセージだった。よかった。指定の時間まで、まだ間はあるな。しかし何の用だろう。 いつものように使い古した中折れ帽をかぶり、俺はまたダラダラとした足取りで家を出た。 だいぶ素直に涼しいと感じられるようになってきた夜の街を抜け、いつも通るうす汚れた路地を抜けていく。今日は空に雲がかかり、月も見えない静かな夜だ。 見慣れた灰色塀の雑居ビルの螺旋階段を昇り、相変わらず人が寄りつかないような場所にある国木田の店までたどり着いた。 店に入って中折れ帽を脱ぐと、店の奥から身なりの整ったバーテンダーが現れた。 「やあ谷口。メールの返信がなかったから、どうしたのかと思ったよ」 ああ。悪かったな。ちっこいギャングに拉致されてたんだ。 「まあいいや。キミなら来てくれるお思っていたよ。でも、気を遣わせてしまって悪かったね。大した用事じゃなかったんだ」 気にするな。俺もやることなくて暇だったんだ。 「店においてあった酒が古くなってね。お客さんに出せなくなったから処分しようと思ったんだけど、ちょっともったいなくて。まだ十分飲めるんだし、キミにあげようかと思って。食品衛生上、本当はこんなことしちゃいけないんだけどね」 そういって国木田は棚から、濃いグリーンのボトルを取り出した。 固いこというなよ、国木田くん。固いこというなよ。俺とキミの仲じゃないか。なに? つまり、その酒を捨てるのがもったいないから、谷口くんに個人的に処分してもらいたいと。そういうことかい? 「そういうこと。キミ、普段からあまり大したお酒を飲んでないんでしょ? たまにはさ。上等な物を飲んでみるのもいいんじゃない?」 内緒だよ、と笑顔で国木田はボトルを開けた。 堅苦しいこと言うなよ。墓の中まで秘密にするって約束するよ。約束するから早くくれ。 あ、これうまいな。おお、なんか違う。においが違うな、におい。 「においじゃなくて、香りって言いなよ」 これは、あれだろ? 蒸留系の……なんだっけ。名前がここまで出掛かってる、ここまで出掛かってるんだけど。えと、エール? 「ははは。もういいよ。名前知らなくても、味が分かればそれでいいじゃないか。いっぱいあるから、飲みなよ」 いやあ、悪いねえ。こんなうまい酒をいただくのは初めてかもしれない。 「ふふ。良かった。喜んでもらえて」 そりゃそうだよ。うまい酒を飲ませて……いや、処分させてもらっているんだ。しかもタダときたもんだ。これで文句を言うようなヤツがいたら、その場で俺がデトックスしてやるよ。 それからしばらく、俺と国木田はちまちまと名前も分からない蒸留酒を飲みながら、18の時に出会って以来の思い出話に花を咲かせていた。 静かな夜だ。ただ俺たちの話し声と、液体が瓶の口からそそがれる音だけが、2人きりの店内に響く。 少年時代に戻ったような気分で、俺と国木田はなにもかも忘れ、腹の底から愉快に話し続けていた。 邪魔をするものもなく、うまい酒を飲みつつ、仲の良い友人とさし合わせで語り合う時間。ありきたりな出来事かもしれないが、これはこれで満ち足りた幸せな時間だ。 「あの頃は、楽しかったね。よく年をとった人が過去をふりかえって昔はよかったって言うけど、みんなこんな気分になってるのかな。あの頃は辛いとか嫌だとか思えたことも、何年も経った今なら、それも良い思い出のように思えるよ」 年寄り染みたこと言うやつだな。そういうこと言うヤツはな、あれだ。中年なんだよ。若い人はそういう思考はしないもんなんだよ。俺は若いから、そういうことは思わないんだよ。分かるか? 俺はまだまだ若いんだ! 中年じゃありませんー! 「キミ、だいぶ酔ってきたみたいだね。これくらいにしとくかい?」 酔ってません! 俺は酔ってません! たとえ酔っていたとしても、酔ってなんかいませんよ! 「はいはい、分かったよ。気をつけて帰りなよ」 なんだよ。俺の言うこと信じてないな、こいつ。くそう。もういい! お勘定! 「お金はいいって。古くなったのを秘密で処分したんだから」 うーむ、せっかくポッケから財布をとりだしたというのに。しかし国木田がそう言うならしかたない。友人の顔をたてて、そういうことにしておいてやるよ。 「はいはい。ありがとうございました。足元に気をつけてね」 そこまで心配されなくても大丈夫です! 痴呆老人かよ俺は。少しもつれる足で、俺は椅子から立ち上がった。 んじゃな、国木田。あばよ。今日は楽しかったぜ。また処分しなければならない酒がある時は、いつでも谷口さんに言いなさい。すぐ駆けつけてやるから。 「あははは。そうさせてもらうよ」 俺が足元のおぼつかない思いで店のドアを開けると、おずおずとした様子で国木田が俺を呼んだ。 「ねえ、谷口。僕たち……友達だよね。ずっと。これからも。何があっても」 ああん? 何を言ってるのかよく分からんが、そうに決まってるだろ。お前は俺の大親友だよ。だからまたよろしくな。 カウンターの奥から出てきた国木田が満面の笑みで、俺に手を差し出した。 なに? 「握手」 はあ? 握手? なんでまた。 「いいから。ほら」 よく分からないが、まあいいや。俺は促されるまま国木田の手を握り返すと、上下にシェイクした。 これでいいのか? 「悪いね」 いや。別に。そんじゃ、また今度な。 「ああ。また……またね」 変なやつだ。まだ俺が酔ってるなんて世迷いごとを言ってるんだろうか。 俺は鼻歌をうたいながら店のドアを開け、店から出て行った。 さわやかな風の吹く、最高の夜だった。 つくづく自分が情けない。 この時、国木田の様子がおかしいことに気づいておくべきだった。 次の日、目が覚めると自室の床の上だった。玄関から上がってすぐのところで、うつ伏せ状態での起床となった。 昨日はけっこう飲んだと思ったが、二日酔いの気配もなく快調な目覚めだった。蒸留酒は悪酔いしないし二日酔いにもならないと言う。比較的健康にもいいらしい。今度から蒸留酒に乗り換えるのもいいかもしれない。 もぞもぞと部屋の中を歩き冷蔵庫をあけてみる。おお。なんということだ。見事なまでに何もない。ニンジンが2本あるだけだ。きゅうりならマヨネーズでもかけて丸かじりできるんだが、ニンジンはかじる気にならないな。いや、マヨネーズその物がないんだった。 ここまで何もないと諦めもつく。俺はよれよれになったシャツを着替え、顔を洗って寝癖を直し、家から出た。コンビニに行けば何か食いたい物があるだろう。持ち金があっただろうか。と所持金の確認をしようとポケットに手をつっこんだ俺は、あることに気づいた。 財布がない。あれ? こっち側のポッケだったっけ? いやいや、無いぞ。待て待て。これはどういうことだ。昨日、国木田のところへ出かける時、財布をポケットに入れた記憶はかろうじてある。ということは国木田の店に置いて来てしまったということか!? 落としたなんてことはないはず……そんなこと認めたくない。 暗澹とした気分で、俺は居間へ移動した。 頼む、国木田の店に置き忘れてたのでありますように! 祈る気持ちで俺は国木田の携帯に電話をかける。くそ、こんな時に限って国木田が携帯電話の電源いれてないみたいだ。一応状況報告のメールを送っておこう。 取りに行かないとダメだよな。あの財布に所持金が全部はいってるし。ATMのカードも財布に入れてあったし。銀行の通帳はどこにいったか分からなくなったから、銀行の窓口で金は下ろせないし。やっぱ国木田家に赴かないといけないのか。アレがないと飯も食えないもんな! ちくしょー、行くか! 自分に喝をいれる意味で声を張り上げ、俺はすきっ腹を提げてコンビニの前に国木田家へ向かって出発した。 自分のミスとは言え、意味もなく遠出しなければならないというのが腹立たしい。おそらく腹が立っているのは、空腹であることも関係あるに違いない。チクショー。 腹減った、無性に虚しい、ハングリー。字あまり。 「谷口くんじゃない。どうしたの? 財布をなくして朝食にありつき損ねたような顔して」 顔を上げると、目の前に小首をかしげた朝倉涼子が立っていた。 やあ。朝倉さんじゃないか。おはよう。大当たり。実はその通りなんだ。慧眼だね。 「慧眼っていうか、なんだか空腹で機嫌の悪そうな顔してたから。大丈夫?」 いやいや。機嫌悪そうな顔はしてないぜ。知らないの? 巷じゃ、今こんな顔がブームなんだぜ。流行最先端なんだ。 「他にそんな顔してる人、見当たらないんだけどな」 前衛的だろ? 「……何か食べる? サンドイッチくらいならおごってあげるよ」 マジすか? さすが朝倉さん。ありがとうございます。この恩はサンドイッチを食べ終わるまで忘れません。 「食べ終わるまで……まあいいわ。私についてきなさい」 朝倉さんにサンドイッチを2袋、コーヒー1杯をおごってもらった俺は、公園のベンチに座っておもむろに食べ始めた。おお、うまい。腹が減ってるから更にうまい。 「それで、財布は本当に店に置いてきたの? 落としたんじゃないでしょうね。もし落としたんだったら、早く警察に届けて銀行で口座の凍結の手続きをしないと危ないわよ」 んー、多分あそこで間違いないっしょ。酔って転んだくらいで財布がまろび出るほどやわなポケットじゃないし。 「ならいいんだけど。私に言われるまでもないと思うけど、お金のことはちゃんとしておかないとダメよ」 俺は卵サンドをかじりながら、ベンチの隣に腰を下ろす朝倉さんに目をやった。風になびく前髪が繊細で、どこか果敢なげな印象を受ける。 朝倉さんは、なんで俺にサンドイッチおごってくれたの? 「理由が必要かしら? 目の前に困ってる人がいたら、手を貸してあげたくなるじゃない。それだけよ」 俺、そんなに困ってるように見えた? 「けっこうね。でも理由が必要なら、なんとでも言ってあげるわよ。縁日で金魚をくれたお礼、とかね」 なるほど。これはあの金魚の対価ということか。いやあ、やっぱ人に金魚はあげておくもんだわ。 それからしばらく、俺はサンドイッチを食みながら空を見上げる朝倉涼子の横顔を眺めていた。彼女は、ずっと物憂げな眼差しで遠くを見ている。何を見ているんだろう。少し気になった。 まただ。朝倉涼子のその表情を、その輪郭の曲線を、姿を見ていると、足の先あたりからじわじわと、震えにも似た心地よい感覚が込みあがってくる。 いつからこんな感覚が現れ始めたのかは覚えていないが、よくよく考えてみると、それは初めて彼女に会った時からずっとあったもののような気もする。 夏祭りで朝倉涼子に出遭った時も、こんなことを思っていた。 俺の視線に気づいたのか、朝倉涼子がわずかに俺の方へ視線を送る。 「どうしたの?」 震える感覚が胸まで達した。俺はほとんど無意識的に、ぽろりと頭の中の言葉を口にしていた。 俺やっぱ、あんたのこと好きだ。 風が凪いだ。ように感じた。 朝倉涼子は大きな目を見開き、驚いたふうに正面から俺の様子を窺っていた。 あ、やべ。言っちゃった。 俺はとっさに、サンドイッチの袋とコーヒーパックをビニール袋に乱暴につめこみ、彼女に背を向けるように立ち上がった。 背中に朝倉涼子の視線を感じる。おそらく、さっきまでのように無言で驚いた表情をしているに違いない。 言うつもりはなかったのに。あー、言っちゃったよ。マズったな。気まずいな。どうしよ…… 遠くで、子どもたちがボールを蹴りあって遊んでいる声が聞こえてきた。 「あの……」 呟くような彼女の小さな声が俺の耳に届いた。あー、やっぱり。すげえ気つかわせてるよ。まずったわ。今世紀最大のミスだわ。 「なんて言うか、その。……ありがとう」 うっそぴょーん! と言って勢いよく振り返って誤魔化したいくらい重い空気が流れていたが、それはよくない。男として、人としてそれはよくない。どういうベクトルであれ、俺は彼女の心に大きな衝撃を与えてしまったんだ。彼女がそれを真摯に受け止めてくれているのに、俺が自分の理屈で一方的になかったことにしてブチ壊してしまいたくはない。俺の口から気持ちが流れ出てしまったその瞬間から、これは俺の問題じゃなくて朝倉涼子の問題になっちまったんだ。マジでまずったわ。俺の問題だけで終わらせておきたかったのに。 「わ、私も谷口くんのこと好きだよ。ほら! この前も金魚くれたしさ。今、私がお姉ちゃんと一緒に暮らせてるのも、谷口くんのおかげだし」 無理に作った喜声で朝倉涼子はそう言った。俺が友情とか仲間意識という意味で「好き」と言ったのだと思い込もうとしているようだが、きっと彼女自身それが違っていることに気づいているんだろう。でなきゃ、こんな無理して演技をしない。 誤魔化しちゃいけない。真剣に物事と向き合わなければならない時は、それが逃げ出したい状況であっても、適当なことを言ってはぐらかしたらいけないんだ。 俺はきびすを返し、朝倉涼子と向かい合った。さっきコーヒーを飲んだばかりなのに、のどがどんどん乾いていくのが分かる。ひりひりする口で、俺はもう一度、彼女に向かってさっきと同じことを繰り返した。 「私、その……人からそんなこと、言われたのって、初めてだから。なんて答えていいか、よく分からなくて……」 指を絡ませて下を向き、朝倉涼子はぼそぼそと小声でそう言った。 いや、いいんだ。答えをもらおうと思って言ったことじゃないから。ほら、俺って自分に正直だからさ。つい、思ったことを言ってしまったんだ。 「でも。返事はした方がいいんじゃ……」 いいんだ。いいんだよ。そりゃ返事がもらえるに越したことはないけど、今すぐなんて難しいだろ。いつでもいい。できればゆっくり考えてもらって、結論が出たら、教えてくれないか。メールでもいい。1年先でも2年先でもいいから。あ、いや、それは長いか。1ヶ月? それくらいにしといた方がいいかな。いろいろと。うん。え、早い? 2ヶ月……それはちょい遅いかな? うーむ! 妙にあわててしまってセリフをうまく口にできない俺を見て、朝倉涼子はくすっと笑った。 鉛のように重くなった頭を首の上に乗っけて、俺はふらふらと人のいない裏路地を歩いていた。まったく予期していなかった事態を自分の不注意で招いてしまい、興奮やら気恥ずかしさやら猛省やらの感情が坩堝のようにない交ぜになって全身をグルグル駆け巡っていた。 言わなきゃ良かった、断られたら気まずくなるかな、などネガティブなことを考えてみても、不思議と心には後悔が一切なかった。むしろ奇妙な達成感すらあるように思える。 まあ、考えたって仕方ない。なるようになるさ。 俺は自分にそう言い聞かせ、昨夜降りたばかりの雑居ビルの螺旋階段をまた昇っていった。国木田のやつ、店にいるかな。閉店の時間帯だけど、いてくれたらいいんだが。ドアに鍵かかってたらどうしよう。そういや、インターホンとかあったっけ。なかったんじゃないかな。施錠されてたらどうやって入れてもらおう。呼べば出てくるかな。 店の前に着いた俺は、少し違和感を覚えた。あれ、ここってこんな感じだったっけ? なんかいつもと様子が違う気がするんだが。 そうだ。閉店の時間帯にいつも店の前につっている「CLOSED」のプレートが無いんだ。珍しいな。あいつがプレートを掛け忘れるなんて。それとも、臨時で今も店を開けてるのか。 ドアノブを回してみると、なんの抵抗もなく扉が開いた。お、やっぱ開いてたんだ。ラッキー。 ほっと胸をなでおろし、店内へ「うぃーす!」と一歩踏み込んだ俺は、二歩目を踏み出すことなくその場で固まってしまった。 昨日まで俺と国木田が思い出を熱く語り合っていた店内には、文字通り何もなかった。 呆けた頭で、店の中を見回す。カウンターや備え付けの棚はあるが、それ以外の物は何もない。客用のテーブルも椅子も、棚に並べられた酒のボトルも、なにもかも。 そして、国木田の姿もなかった。 ひやりとした感覚が俺の頭に去来する。来る場所を間違えただろうかと思いつつ、こそこそと店内に入る。 カウンターの上に、黒い革財布が置いてあった。俺の財布だ。中を開けて確認する。カード類から金額にいたるまで、昨日俺が持っていた物に間違いない。 間違いなく、ここは国木田の店だった。 しかしこれはどういうことなんだ? どう見ても、これが営業を今夜に控えるバーの姿には見えない。 国木田の名を呼びながら、狭い店内を探し回る。今まではずっと狭い小さな店だとばかり思っていたが、こうしてみるとけっこう店内が広かったことに驚いた。 どこを探しても、国木田の姿はない。生活臭さえもきれいサッパリ消えている。部屋の隅々まで掃除が行き届いているらしく、ほこりっぽさもまるでない。無機質な印象が強すぎる。 落ち着け、俺。これは一体どういうことなんだ。冷静に考えてみろ。昨日俺が座っていた席に俺の財布があった。つまりここは99%国木田の店に相違ない。しかし国木田がいない。ちょっとお買い物に出かけている、というわけでもなさそうだ。 引越しでもしたのか? 昨日まで普通に店を開けていたのに、今日になって突然? 何の報告もなく? あいつらしくもない。 いや、今は昼前だ。引越しをするにしても、半日でこの店の物をすっかり持ち出すのは無理だろう。この店を引っ越そうと思ったら、何日も前から忙しく段取りをして、荷物をダンボール詰めしてレッカーでも雇ってテーブルを運び出して……。となるはずだ。とても半日で終了できるもんじゃない。 夜逃げの線もなしだ。あいつは店の経営が危なくなったからといって夜逃げするようなヤツじゃないし、そこまで資金繰りが危うい様子でもなかった。そもそも夜逃げするなら、テーブルなどの余計な荷物はすべて置いていくだろう。 なによりも、国木田が俺に一言の連絡もなくこんな行動に及んだ理由がわからない。 身体から力が抜ける感触に足をとられ、へたりこむようにカウンター席の回転椅子に腰をかけた。 そういえば。昨日、国木田の様子がおかしかったな。ふるまってくれた酒も、古くなっているという感じはしなかったし、あいつの態度にも不審な点が多かった。昨夜は酒の勢いでそんなことまったく気にしなかったが、思い返すと明らかにおかしい。あいつが、普段の生活の中で俺に、おやすみの握手を求めることなんて考えられないことだ。 何があったのかは知らない。何を国木田が考えていたのかも知らない。しかし、あいつにはあいつの理屈があって、黙って一人ここを出て行ったんだろう。 あいつが昨日俺を店に呼んだのは、古くなった酒を処分するためではなく、俺とお別れの酒宴をささやかに開くためだったんだろうか。そう思うと、少し寂しくなってきた。 ───ねえ、谷口。僕たち友達だよね。ずっと。これからも。何があっても 昨晩の国木田の言葉がリフレインする。 どこに行ったんだよ、国木田。早く帰ってこいよ。 どうせコンビニにサンドイッチでも買いに行ってるんだろ? そうだろ? 帰ってきて店のドアを開けて、「あれ、谷口どうしたの?」とか少しびっくりしたような笑顔でひょこっと現れるんだろ? 分かってるんだよ。俺をハメようたってそうはいくか。 不安になんかなってないぜ。本当だぜ。だから早く帰ってこいよ、国木田! 扉のきしむ音がして、店のドアが開く気配があった。 カウンター席で肩を落としていた俺は、弾かれるように店の入り口を振り返った。 国木田か!? 「すごいですね。まさかたった一晩で、この店がきれいサッパリ消えてしまうなんて」 おや谷口さんじゃないですか。そう言って、にやけた顔の男が現れた。 「どうしたんですか? 国木田さんなら、ご覧のとおり不在ですよ」 お前こそどうしたんだ、古泉。昼間っからアルコールを飲みに来たわけじゃなさそうだな。 古泉は相変わらず張り付けたような笑顔を浮かべて、店の入り口に立ったままだった。 ~つづく~
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デッドヘッドフレッド~首なし探偵の悪夢 デッドヘッドフレッド~首なし探偵の悪夢ID+ゲーム名お金たくさん HP減らない レイジゲージ減らない ID+ゲーム名 _S ULJS-00136 _G Dead Head Fred 2chより転載 お金たくさん _C0 Money MAX _L 0x2049AC0C 0x4B18967F HP減らない _C0 HP Inf _L 0x50CB77D4 0x00000004 _L 0x00CB77D0 0x00000000 レイジゲージ減らない _C0 Rage Attacks Inf _L 0x50CB79D4 0x00000004 _L 0x00CB79C4 0x00000000
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シナリオ 頒布ページはこちら ユーガタ きさらぎ駅のその向こう。『異界』と呼ばれる場所に、とある探偵事務所があった。―人、曰く。そこには『怪異専門の探偵』が居るという。今日もまた、怪異と縁を繋いでしまった依頼人が扉を開く。これは、怪異と記憶を巡る奇妙な記録だ。 HO1 怪異事件専門の私立探偵 HO2 記憶喪失の探偵助手 配信 クリック/タップで詳細 KP:ユーガタ 23/02/15-16 都市伝説×探偵「異界探偵の奇怪なる事件簿」【クトゥルフ神話TRPG】
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KP ユーガタ PL&PC 高生紳士:大勝曲論 しぐれなお:四井慶太郎 配信 2019/04/07 20 00- 【クトゥルフ神話TRPG】或る探偵の回想録/まろん探偵事務所【大正】 ハッシュタグ #まろん探偵事務所 イラスト 芋煮:@imooooonie ツイート セッション告知 キャラクター紹介 大勝曲論 / 四井慶太郎 感想 ユーガタ / しぐれなお 1 / 2 / 3 / 高生紳士 1 / 2
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シンソウノイズ〜受信探偵の事件簿〜 登場人物 コメント Azuriteより2016年12月22日に発売された美少女アドベンチャーゲーム。 PC版は18禁だが、2019年2月28日にはPlayStation 4に移植された。 本作は萌えゲーアワード2016年度のゲームデザイン賞を受賞した。 登場人物 サクラビス:雪本さくら 名前繋がり キレイハナ:桃園萌花 コメント 名前 コメント すべてのコメントを見る
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デッドヘッドフレッド~首なし探偵の悪夢~ デッドヘッドフレッド~首なし探偵の悪夢~ID+ゲーム名お金たくさん HP減らない レイジゲージ減らない Moon Jump ミミズの数99 スピードUp ジャンプ力Up ID+ゲーム名 _S ULJS-00136 _G Dead Head Fred 18 名前:9[] 投稿日:2008/04/09(水) 10 43 09 ID cou/DB2w とりあえず、 13-14 を参考に修正してみた。 お金たくさん _C0 Money MAX _L 0x2049AC0C 0x4B18967F HP減らない _C0 HP Inf _L 0x50CB77D4 0x00000004 _L 0x00CB77D0 0x00000000 レイジゲージ減らない _C0 Rage Attacks Inf _L 0x50CB79D4 0x00000004 _L 0x00CB79C4 0x00000000 Moon Jump _C0 Moon Jump _L 0xD0000000 0x10004000 _L 0x00CB72A3 0x000000C0 HP減らないと併用して下さい。 ミミズの数99 _C0 Earthworm99 _L 0x2049A764 0x442EF000 スピードUp _C0 SpeedUp _L 0x00CB7ABF 0x00000040 ジャンプ力Up _C0 JumpUp _L 0x00CB7AC7 0x00000040
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デッドヘッドフレッド~首なし探偵の悪夢~ デッドヘッドフレッド~首なし探偵の悪夢~ID+ゲーム名お金たくさん HP減らない レイジゲージ減らない Moon Jump ミミズの数99 スピードUp ジャンプ力Up ID+ゲーム名 _S ULJS-00136 _G Dead Head Fred 18 名前:9[] 投稿日:2008/04/09(水) 10 43 09 ID cou/DB2w とりあえず、 13-14 を参考に修正してみた。 お金たくさん _C0 Money MAX _L 0x2049AC0C 0x4B18967F HP減らない _C0 HP Inf _L 0x50CB77D4 0x00000004 _L 0x00CB77D0 0x00000000 レイジゲージ減らない _C0 Rage Attacks Inf _L 0x50CB79D4 0x00000004 _L 0x00CB79C4 0x00000000 Moon Jump _C0 Moon Jump _L 0xD0000000 0x10004000 _L 0x00CB72A3 0x000000C0 HP減らないと併用して下さい。 ミミズの数99 _C0 Earthworm99 _L 0x2049A764 0x442EF000 スピードUp _C0 SpeedUp _L 0x00CB7ABF 0x00000040 ジャンプ力Up _C0 JumpUp _L 0x00CB7AC7 0x00000040
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シンソウノイズ ~受信探偵の事件簿~ 点数:15P 票数:10票 (2016-12-22) Azurite ←感想16-11.枯れない世界と終わる花 →感想16-13.まいてつ ↑2016年に戻る 1-068■シンソウノイズ ~受信探偵の事件簿~■― SC H1 574 推理パートはぶっちゃけ攻略みました、すみませんでしたぁぁぁぁ!!!! DMMプレイヤーでの件が記憶に新しい今作でしたが中身は真っ当・・・いやその言い方もなんかあれだけど、シナリオ含め絵から何から普通に出来が良かったです。 本当それだけに中身以外の部分でこんなに叩かれたのが悔やまれる作品でした・・・ネット認証系ってほんとなぁ・・・今後もますます増え続けてくんだろうけども。 とにかくプレイ中はワクワクがとまらなかった作品でした。 主人公が訳アリとはいえちょっちいらいらさせられる場面があったりしましたがヒロインや友人キャラたちはとっても良かったです。続編希望 1-038■シンソウノイズ ~受信探偵の事件簿~■― MP H3 529 今年度『体験版のみ部門』1位。とはいえそれ以降が駄目というわけではない。 一本道のシナリオゲーとしても読み応えがあるし(○○とのバトルを除く)、何より実際に自分で推理して進めていくのが楽しい。 推理に正解した先の展開で絶望して、問題に隠された意図を知り新たな答えを見つけるというので多くのユーザーが興奮したことだろう。 そのぶん売り方が良くないせいで避けられているのが非常に勿体無い。 エロゲ業界の救世主となるだけの地力はあるのだから、次回作以降では中身以外で回避されないように気を付けるべきだとここに忠告しておく。 1-080■シンソウノイズ ~受信探偵の事件簿~■― SP H2 494 パケ版購入した身としてはいろいろと仕様について文句を言いたいことは山ほどあるがとりあえず置いておく プレイした雑感としては期待していたものとはかけ離れたものだった だが、面白かったと言える非常に稀な感想が口からでる奇妙な作品だった サスペンスを期待していざ始めてみたら異能バトルものになってのだから仕方ないと言えば仕方ないだろう 予想斜め上の展開でシナリオを面白くすることに成功したのだからライターの目論見に見事にはまってしまった何とも言えない敗北感がある そんな作品だった 1-024■シンソウノイズ ~受信探偵の事件簿~■― SC H3 450 シルキーズプラスとLiarのいいとこ取りな作品。 ラストは正直この先を見せてくれよ!って言いたくなりましたが、良い終わり方では合ったと思います。 誰の声かが分からないという限定的にしか使えない他人の心の声を読む能力で推理を組み立て、事件を解決するというのは中々新鮮で良い設定。 本格推理を期待してる人には物足りない難易度らしいが、自分には丁度いい難易度で解くのが楽しかったです。 伏線も綺麗に回収されていて、期待通りのシナリオゲーでした。 1-191■シンソウノイズ ~受信探偵の事件簿~■+1 GP H2 450 中盤以降推理モノの皮を被った能力バトルモノになるが、本格的な推理モノに挑戦した事自体を評価したい。 完全に能力バトルモノにジャンルチェンジするのではなくて、能力バトルに一定のルールを儲けた上で推理モノに持ち込めるよう努力している形跡は見て取れた。 せっかく原画にはましま薫夫先生を起用したのになぜかエロが薄いのと、 意味深なセリフを吐いて退場した清川ひかりが本当にそのまま二度と登場しなかった点に疑問を呈さなければ、十分良作の部類に入る。 1-052■シンソウノイズ ~受信探偵の事件簿~■+1 SP H2 381 ミステリ系のエロゲをプレイする度に毎度毎度感じていた不満。 「読者に提示してない手がかりを使って種明かしをするな!!!」 このゲームはその点よく出来ていて、読んだ感じこのルール違反は0だったと思います。 これが出来ないエロゲのいかに多いことか!これが出来ているエロゲって過去ほとんどないですよ!多分! 次はサスペンスは別にいいからもっともっとミステリして欲しいなぁ。 1-045■シンソウノイズ ~受信探偵の事件簿~■+2 SP H3 272 各章の事件を推理しつつ、最後の謎は本編を通して散りばめられた伏線を回収して謎を解く…本当によくできたゲームだと思います。 推理パートに関しても最後の方はとても難しく感じ、すごくやりがいがありました。 ラストの超能力バトルを抜きにしても非常に完成度の高いと思います。 1-201■シンソウノイズ ~受信探偵の事件簿~■― SP H2 141 推理パートが面白くて純粋に楽しめた。 プレイ始めて最初はこの班大丈夫かよ・・・と思ってたけど終わってみると3班の仲間達が好きになっていた。 1-026■シンソウノイズ ~受信探偵の事件簿~■― CP H2 116 後半超能力全開になるので微妙な感じはありますが、推理パートが面白かったです。 黒月と大鳥のEDが特によかったかな。 1-030■シンソウノイズ ~受信探偵の事件簿~■+1 SG H1 60 主人公の能力の制限が程よく、推理部分では頭を使って楽しめた。 ←感想16-11.枯れない世界と終わる花 →感想16-13.まいてつ
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探偵と探偵のパラドックス ◆j1I31zelYA どちらが本心かということではなく、両方ともが本当のことだった。 きちんとした根拠があるように見えていたから、『生き返る』と信じたことも。 螢子たちが生き返ると希望を持ちたかったから、『生き返る』と信じたことも。 どちらも、浦飯幽助が生きてきた『これまで』に基づいた帰結だった。 しかし、反論できなかった。 生き返らせたい大切な人がいるのはお前だけじゃない、とか。 死体の保存場所を探す暇があったのなら、他にできることはあったんじゃないのかとか。 どちらも、幽助の覚悟していなかったこと。 雪村螢子と桑原和真を失った巨大な喪失感が、そんな想像をする余裕を奪っていたせいでもあった。 己をさいなむ虚無が大きすぎたあまり、他者の悲しみまでを失念していた。 答えは、出ない。 足は自然と、病院への道を引き返していた。 このまま前進を続けても、ろくなことにはならないという直感。 雪村螢子の死体は、冷たいままで。 そんな彼女を取り戻したいと願う正直な感情を捨てることなど、できやしない。 しかし、このまま死体を抱えてうろうろしていることが、誰かに顔向けできない罪悪であるかのように感じる。 「待てよ……? ここ、工場じゃなかったのか?」 タイミングとしては、良かったのか、悪かったのか。 死体を保存するのに適した場所を、幽助は見つけた。 住宅地のはずれから北西部の2つの橋へと至るための車線の近くに、ぽつねんと建つ冷蔵倉庫。 その近辺を通り過ぎたのに見落としていたのは、それが小規模の工場か何かに見えたからで。 ブロックのように並ぶ小さな倉庫のまとまりは、西の海岸線一帯に広がる港湾部の流通キャパシティを補おうとした産物らしかった。 閉ざされた鉄の門戸をひと飛びで飛び越え、軽々と侵入を果たす。 鍵のかかった従業員ルームのドアを拳でぶち破れば、幸いにも倉庫のマスターキーはすぐに見つかった。 ひとつの倉庫の南京錠を開き、霜の降りた零度以下の空間に足を踏み入れる。 海産物を中身とするらしい箱が積まれていたけれど、人間の十人や二十人を寝かせるスペースはゆうにある。 鉄で組まれた荷物棚は寝かせ心地が悪そうに見えて、冷たい床に少女の亡骸を横たえた。 固くまぶたを閉ざした少女の面立ちに、いまだ腐敗のきざしはなかった。 「しばらく、さよならだな」 呟き、背を向けた。 『しばらく』とはもうすぐなのか、それとも永久に訪れないのか。 もし犠牲者の蘇生に制限がなければ、主催者を倒せば『しばらく』はやってくる。 しかし奇跡の座に人数制限があるならば、他者を犠牲にするどうかを答えなければならない。 主催者をブッ飛ばした後で考えればいい、それが簡単に頭を切り替える方法だった。 幽助は物事を難しく考えない。簡単に割り切る方法があるなら、簡単な方を選択する。 とにかく、殺し合いを止める。 ともすると先延ばしでしかない行為で、しかしある意味では幽助らしい考え方だった。 ただし、そういうわけにはいかない出来事がある。 前原圭一のことだった。 殺しても仕方のない人間は、殺す。 本当にそれができるのか。殺しても最終的に生き返ることが期待できたから、殺そうと思えたのではないか。 つきつめれば、現在の幽助が迷っているのはそういうことだ。 「行くあてもねぇし、どうすっかなー……」 螢子を殺した名も知らぬ少年の遺体は、隣の冷凍室に横たえてきた。 螢子と同じ部屋に並べることは、とてもできなかったから。 当初は、そいつに対しても殺す以外の選択肢はなかったと信じていた。 あの善良で芯の強い雪村螢子を殺しておきながら誇らしげに笑う人間なんて、気が狂っていたようにしか見えなかった。 それまでの幽助にとって、『殺されても仕方のない人間』とは、分かりやすく見分けられるものだった。 不良学生として喧嘩に明け暮れるうちに小悪党も目にしてきたけれど、そいつらはべつだん命の危険を抱かせるような存在ではない。 真の悪党は、もっと分かりやすい。 例えば、私利私欲を肥やすために優しい妖怪の少女を誘拐し、拷問して笑っていた垂金権造。 例えば、医師でありながら、病院の人間を一度に殺そうとしていた神谷実。 例えば、人間界を本気で滅ぼそうとする考えを持ち、桑原を殺そうとした御手洗清志。 (桑原は御手洗のことをそこまで悪い奴じゃないとか言っていたけれど、圭一の話によれば殺し合いに乗っていたらしい) 万人がどう見てもゲスであり、殺すことを禁忌と思いこそすれ、報いを受けても仕方のない連中という見解を持っていた。 それこそ、『自分にとっては悪党でも、誰かは生きて欲しいと望むかもしれない』なんて想像することさえできないような。 被害を拡大させるのは、そういう救いようのないヤツらだと思っていた。 しかし、前原圭一は違っていた。 ほんのついさっきまで信頼できる仲間だった。 楽しそうに元いた『部活動』での友人たちのことを話し、螢子を亡くした幽助の心情を慮ってくれた。 そんな少年が前触れもなく、悪い妖怪に憑かれたかのような豹変を果たした。 友人だったはずの少女を殺し、それを庇って撃たれた相沢雅に対してもまったく悪びれていなかった。 それこそ、螢子を殺して高笑いしていたあいつと同じように。 幽助の目がおかしくなったのか、それまでの圭一が偽りだったのか。 答えを聞くことはおそらく不可能になり、訳が分からないという茫然だけが残された。 「畜生、頭いてぇ」 ほんの今まで信頼できる好青年だった仲間が、殺人者に豹変するかもしれない環境。 そんな世界で、殺すしかない人間とそうじゃない人間の区別なんてできるのか? 殺すことによって、殺し合いは止められるのか? 「こういう時、桑原のヤローならスパっと答えたりするんだろうけどな……」 亡き友がこの幽助を見たらどう思うかと、歯がゆくなる。 桑原和真は、幽助に輪をかけた単純馬鹿であり、何より仁義の男だった。 それに認めたくはないが、おそらく幽助よりも脆くない。 殺すべき人間がどうたらとか小難しく考えずに、誰がどう見ても善人らしい行動をするだろう。 例えば、戦う力も持たない女子を保護して回るとか……。 「……そういや今、周りに誰かいたっけ?」 うっかりしていたことに我ながら呆れ、放置していた携帯電話レーダーを再確認する。 地図上に、新しい光点と名前が出現していた。 『常盤愛』と。 ◆ 厄介な相手に見つかったな、というのが常盤愛の溜息の理由。 あの渋谷翔を殺したと目される、浦飯幽助である。 利用できるかもしれない。しかし、下手をすれば倒されるかもしれない。 だから『逆ナン日記』に遭遇の予知が出た時は、まず回避しようとした。少し距離をおき、観察に回るために。 しかし、愛が動いても予知された『遭遇時刻』はほとんど変動しなかった。 まるで、向こうも愛を捕捉しているかのように。 「えっと、怪しい者じゃないんだが。すまん、驚かせちまったか」 まるで、バトル漫画の忍者を思わせる足の速さで。 その男は、眼前へと駆け寄ってきた。 郊外の小道なので身を隠す場所は左右にいくらもあったけれど、こう正面からこられてはその暇もない。 強い男。 愛より強いだろう男。 認めたくないけど認めざるを得ない存在に、ぴりぴりと肌があわだつ。内蔵までが緊張でこわばる。 そんなこと、おくびにも外見には出さない。ただただ、驚いた風な演技。 「オレは浦飯幽助……で、もちろん殺し合いには乗ってない」 いきなり現れて話しかけてきた割には、台詞は陳腐というかお決まりのものだった。 ばっちりとリーゼントの形に固められた頭髪に、険の強い三白眼。 常盤の警戒度を引き上げるに足りる外見だった。もし品行方正な学生ならば信用できたかは別として。 不良として場数を踏んでいそうな雰囲気も、気さくそうに異性へと声をかけてくる軽さも、日頃の常盤が『標的』として選ぶタイプの男子生徒だったのだから。 「常盤愛さん、で合ってるよな?」 「え、はい……」 大丈夫、大丈夫だと己に言い聞かせる。 確かに渋谷は愛よりも強かったけれど、それはあくまで真正面から戦った場合の話。 油断させるとか、死の蛭を使うとか、渋谷より強い男を制するすべは色々とある。 気を許すな。張りつめろ。考えろ。負けるな。 ――怖がっている? 違う。慎重になっているだけ。実力で上回る男とは、長らく対峙したことがなかったから。 男とは、いつ牙を剥くともしれない相手だから。 「どうして、私の名前が分かったんですか?」 ここは子どもっぽく媚びた口調で接するよりも、しっかりした少女の顔を見せるべきだろうと判断。 渋谷をさっさと殺した疑惑がある以上、下手に嗜虐を煽れば逆効果になるかもしれない。 「そうだった、いきなり名前を当てられたりしたらびびるよな。悪かった」 少年はくったくのない笑みで謝罪をすると、支給品である『携帯電話レーダー機能』の説明をしてくれた。 本来ならば近くの民家とかで腰を落ち着けてすることなのだろうけど、幽助は「誰か来りゃレーダーで分かるし」と、道端の安定した柵の上に腰かけた。 愛も、男と密室で2人きりになるよりは落ちつける。 その気さくな調子と単純そうな人柄は演技に見えなかったけれど、かといって警戒を怠ることはない。 むしろ、こんな蹴落とし合いで『気さくに』接してくるからこそ、『怪しい』と思わせる要素になる。 利用する為には、まず浦飯がどれほどの情報を得ているか把握しなければならない。 万が一にもあの3人の誰かと接触していたりしたら、偽情報も台無しになってしまう。 「浦飯さんはやっぱり、殺し合い反対派なんですか? 主催者に反抗するための仲間を集める途中だったりとか?」 そう話題を振ってみると、少年はさっと顔を翳らせた。 ほらきた。 表に出す表情は崩さず、しかし仮面の下では、牙をといで噛みつくタイミングを見計らう。 右の掌の中には、死の蛭(デス・ペンタゴン)が握りこまれている。 「こんなことおっぱじめたヤローはぶっ飛ばす。そこは変わらねぇんだけどな……」 明るさが崩れ、うつろさをにじませた声で、少年は独白するように言った。 そこ『は』変わらないなら、どこが変わったというのか。 「常盤には、生き返らせたいヤツとか、いるか?」 「へ……?」 既に死んでしまった知り合いがいるかと聞かれたなら分かる。 しかし、どうして『生き返らせたい』という言葉をチョイスするのか。 「生き返らせたい……?」 その言葉が持つ不可思議さを、常盤は口に出して確かめる。 やっと浦飯も、違和感のあることを言ったと自覚したようだった。 「あ、……悪い。聞かなかったことにしてくれ」 例えば、軽い気持ちで人に話して失敗したことがあるとか、そんな感じの躊躇いに見えた。 演技には見えないが、しかし腹の底も読めない。 「気になってることがあるなら、吐き出してみたらいいんじゃないですか? こんな状況なんだし、あたしは後ろ暗いところがあるからって気にしたりしませんよ」 だから優しい声を出して、背中を押してみる。 浦飯は言葉の裏を読むことを知らないのか、面食らったような顔をした後に「ありがとな」と言った。 「聞いてて楽しい話じゃねぇから、覚悟してくれるか?」と警告をいれて、切り出す。 「人を、殺しちまったんだ……」 やっぱり。 死の蛭を隠した拳を、強く握り締めた。 浦飯は、語る。 レーダーを支給されたおかげで、幼馴染である雪村螢子の居場所をいち早くつき止めたこと。 しかし、たどり着いた現場で、雪村螢子は渋谷翔という少年に刺し殺されていたこと。 それを見て、頭が真っ白になったこと。 そいつはあろうことか、螢子を見下ろして狂ったような高笑いをあげていたこと。 頭に血が上り、そいつを殴り殺していたこと。 「じゃあ浦飯さんがなくした人って、その雪村さんのことだったんですか?」 「ああ……俺がもう少し急いでりゃよかった。結局のところは、それなんだろうな」 あの慎重派の渋谷がそんなトチ狂ったような行動をとったとは、にわかには信じがたい。 ありえるとしたら、母親がらみのトラウマを刺激された場合だろうか。 『学籍簿』によれば浦飯幽助と雪村螢子はクラスメイトの間柄だったことから、大筋において虚偽はないと推測する。 それにしても……。 「そんなことないと思います。浦飯さんは、真っ先に病院に行ったんじゃないですか。 悪いのはどう考えたって、渋谷って男の方ですよ。何もしてない女の子を殺すなんて」 その『螢子』のことを語る時、浦飯の表情はひどく愛おしそうだった。 それが、気になった。 幼なじみの、男の子と女の子なカンケイ。 常盤愛には、異国の童話のように縁遠い物語だった。 「ありがとな……常盤って、いいヤツだな」 男は、キタナイものだ。信用できないものだ。 けれど、浦飯は螢子という少女のことが、とても大切だったように話していた。 所有していた女を奪われたから凹んでいる? 生きている間にヤりたいことをできなかったりして、腹を立てている? しかし少年の顔に宿る翳りは、魂からの悲しみであるように見えた。 本当に守りたかった人を、失ったような。 「あたしにはそういう彼氏さんがいないから、雪村さんはすごく大事に想われてたって、思えます」 愛は、知っている。悲しんでいる振り、怒っている素振りを演じることはできても。 死ぬほど傷ついた人間の顔を、演技では生み出せない。 たかだか男子中学生に、演じきれるものではない。 《天使隊》は、一度ならず自殺未遂を起こした少年少女たちの集まりで。 だからこそ愛は、そういう顔を見慣れている。 「彼女か……そういう仲だったのかな、分かんねぇや。 餓鬼のころは、気軽にプロポーズとかできたんだけどな」 中川典子は、守られて生きのびたことを誇る勝ち組だった。 しかし浦飯幽助は喪失者であり、魂を傷つけられた中学生だった。 虚ろな目。奪われた者の目。荒(すさ)みを抱えた目。 それは、むしろ《天使隊》の仲間たちと近い。 ――でも、関係ない。 百歩ゆずって、浦飯の螢子に対する想いが、邪念のない純粋なものだったとしても。 浦飯がいつでも欲望を秘めた『男』であることに変わりはない。 仮に雪村螢子には優しかったとしても、警戒を緩めていい理由になりはしないのだ。 「あたしは、そういう人を亡くした重みとかは分からないけど、本当につらかったんですよね」 だからこれは、信用を得るための言葉だ。 「こういう言葉が適切かは分からないけど、おくやみを、言います」 ただし、大事にされていたという少女を悼むという気持ちは、本当だったかもしれない。 「ありがとよ……聞いてもらえて、少し楽になった気がする」 人を殺したと告白してから初めて、浦飯はくったくのない笑みを見せた。 そういえば、前に通っていた中学校でも、吉祥学苑でも、男子からここまで裏表のない笑顔を向けられることはなかった。 「……っと、話がそれちまったな。どうして『生き返る』って言い出したのかって話題だったっけ」 そうだったと、常盤も思い出す。 渋谷翔を殺した疑惑の謎は解けたけれど、そちらにも違和感を持っていた。 「実は、あの後……」 浦飯の続けようとした言葉が、止まる。 たびたびチェックしていた携帯電話の画面に、目を落としたときだった。 「レーダーに新しい名前が映ってる。今度は『秋瀬或』ってヤツだ」 愛もまた、音をたてずに舌うちした。 浦飯幽助の挙動を注視するのに気をとられて、逆ナン日記のチェックをおろそかにするというミスだった。 ◆ 霊界探偵。 興味深い、というのが秋瀬或の感想。 手がけた事件の一つ一つを聞くことはできなかったものの、“暗黒武術会”の話や“蘇生した経緯”の説明から、その輪郭はうかがい知れた。 浦飯幽助の世界では、犯罪を取り締まる職務を『探偵』と呼ぶらしい。 秋瀬或にとって、『探偵』の本文とは“謎”と“事件”の解決にあった。 その過程で困っている人々を助けようと行動したことはあったけれど、それは身軽に動ける一般人だからこそのお節介に近い。 浦飯幽助は、『謎』の追求を望まざるとにかかわらず探偵に従事し、『霊界』という公的機関の指令を、自身の正義感と一致させていたようだった。 では“探偵”の定義とは何だろう。 人を助けることか。謎を解くことか。 少なくとも浦飯幽助は前者だと理解しているように見えたし、そういう人物だからこそ『殺し合いを止める為に殺す』という発想も生まれたのだろう。 ――などと小難しく整理してみたが、要は幽助がちょっと『探偵っぽくない』のである。 閑話休題。 「それで、オレは目の前で雅って子を死なせちまったんだ。 たぶん、圭一のヤツだってもう……」 「なるほどね、君たちが議論していた話題については、よく分かったよ」 さて、ここにひとつの問題がある。 犠牲になった人々を生き返らせる力があるかもしれない。 ただし、その真偽が不明瞭という問題だ。 「それで浦飯君は、『一人しか生き返らないならどうするか』については保留しているわけだね」 「ああ、園崎の言うことはもっともだと思ったから……」 幽助たちとは道を挟んだ向かいの柵に背を預けて、秋瀬は問いを重ねつつ沈思する。 浦飯幽助の住む世界では、死者蘇生が不可能ではない。 秋瀬或にとっては、看過できない事実だった。 神の力でも、死者の蘇生は不可能だった。天野雪輝は、そう告白したのだ。 「仮に『複数人が生き返る』としたら、やはり生き返らせる道を選ぶのかい?」 「そりゃ最初からそのつもりだったからな。螢子も、できれば、園崎の妹たちも」 死者の蘇生が可能な世界と、≪条件付きで≫不可能な世界。 推測を進めることは、できる。 しかし推測を口にするべきか、或はしばし判断に迷う。 『死んでも生き返るかもしれない』という仮説に首を突っ込むこと。 それは、下手に転べば殺し合いを促進させるリスクをも孕んだ行為だ。 「だとしたら、話しておかなければいけないね」 しかし、承知の上で秋瀬或は伝える。 浦飯幽助という少年に、手札を少しだけ明かしてみせる。 それは、天野雪輝のため。 もっと言えば、天野雪輝のために、我妻由乃を止めるためだった。 自ら生きようとは思っていない雪輝を、絶えず傍近くにいたところで守るのは難しい。 だからこそ或は、雪輝との再合流を後回しにしてまで由乃を探しに動き、また世界の謎を解くための探索も変わらず続けている。 由乃がこれからも犠牲者を出し続けるようでは、そのきっかけを作った雪輝の立場も悪くなる。何より雪輝は、由乃がそうすることを望まない。 しかし、由乃が雪輝の知らないところで対主催派に殺されてしまっても、彼はおそらく悲しむだけで、前に進めないだろう。 天野雪輝が幸福を得るには、『我妻由乃との決着』が必要だ。それも、雪輝が納得する形での決着が。 我妻由乃を、生かしたまま捕らえて雪輝の元に連れていく。これが、大前提。 最低条件でありながら、いきなり難易度最高クラスといったところか。 ましてや雪輝によれば、未来の秋瀬或は由乃に敗北して斬殺されるらしいのだから。 「実は僕の住む世界にも、人を蘇生させる手段はあった……と言ったら、驚くかい?」 「マジか?」 由乃に対してだけは、『殺すしかない人間は殺す』を実行されては困る。 多くの犠牲者を出す上に、改心の余地も絶望的な我妻由乃は、間違いなく幽助が言う『殺し』の対象に入る。 しかも暗黒武闘会のことを聞く限り、幽助の強さは参加者でも上位のものだろう。 我妻由乃さえ、殺しかねないほどに。 敵に回せば百害あって一利ないが、味方につければ多くの利がある。 なぜなら、今の或と雪輝にとって、協力者となり得る人材は限られるからだ。 主催者の知り合い。元≪神様≫。 一度は殺し合いに参加し、友達を含めた大勢の人間を、願いのために皆殺しにした後ろ暗い過去。 そして、間接的に自分の住んでいた世界を滅ぼしたという言い訳できない大罪。 凶悪かつ話が通じないマーダーである我妻由乃の思い人。そして、その彼女が暴れている元凶。 対主催者ではあるが、全てに対して投げやりなスタンス。 ひどい言い方になってしまうが、今の雪輝はこれだけ信用されない要素が多すぎる。 だから、意味深な話し方をしている或ともこうして真正直に会話してくれる浦飯幽助は、協力者となり得る貴重な人材だった。 おそらく彼の『探偵』としての成功も、こうした人徳によるところが大きかったのだろう。 「今のところ、《神様》が浦飯君の世界の蘇生技術を持っている確証はない。しかし、その公算は高いと思うんだ。 僕が出会った月岡君も、《死んだはずなのに蘇った》という経歴を持っていたからね」 秋瀬或は、語る。 『神様』のいる世界で生きていたこと。 その『神様』には、死んだ人を蘇らせる力もあるのではないかと言われていたこと。 はたして神様は、言った。 どんなに体が損傷していても、それは復元できる。ただし魂までは戻せない。 それはいわば、生体反応はあっても生きていないのと同じことだと。 「おい、それって……」 「そう、浦飯君の知っている蘇生術とは、ちょうど真逆なんだよ。そちらは、体の損傷がひどければ、魂を戻せないという話だった。 主催者がいくつかの世界から人を集めたならば、複数の世界の蘇生術についても網羅していると仮定するのはどうだろう。 それなら、首と胴体を切り離されて死んだはずの月岡君が蘇生できたことにも、説明がつけられる」 そしてこの仮説が真ならば、おそらく複数の人間が生き返る。 1人だけしか蘇生することができないならば、参加者を選考する段階でわざわざ月岡彰のためにその能力を使い切ってしまうのは、あまりにも勿体ないからだ。 「だから僕は、どちらかと言えば複数人が生き返る説を採用したいと思う。 ただし、だからといってそれを当てにしすることは危険だね」 おそらく、園崎魅音に問い詰められる前の浦飯なら『主催者に蘇生された参加者がいる』と聞けば飛びついたのだろう。 しかし今の浦飯ならば、安易にご都合主義の報酬に飛びつくことはしないはず。 「みんなが生き返るならそうしてやりたいけど、それはさすがにできすぎてるって気がするな」 果たして浦飯は、そんな感想を漏らした。 「それが賢明な考えだと思うよ。僕自身も、蘇生の甘言に釣られて失敗した人を見たし」 「そういうヤツもいるのか? そりゃあ」 その方が、或にとっても好都ご――。 「アンタたち、おかしいわよ」 少女の声が、議論を断ち切った。 ◆ 霊界とか。妖怪とか。閻魔様とか。 頭おかしくなったんじゃないのと、問いただしたくなるような話で。 それでも男2人の会話を聞くことで、信じがたいなりにその意味を理解していった。 生まれた感情がある。 怒りだった。 生き返るなら、何人でも生き返らせたいというその態度。 生き返らせることが被害者の為だとでも言わんばかりの、その態度。 そりゃあ、大切な人が死んだら、戻ってきてほしくもなるだろう。そんな人だって、ここにはたくさんいるだろう。 でも、あんなに螢子という少女のことを大切そうに話していたのに。 その様子は、まるで螢子当人の気持ちなど、無視しているかのようで。 「それってさ、可能ならみんな生き返らせちゃうつもりなわけ? 刺し殺されたり、殴り殺されたり……すごくひどい殺され方をした人も?」 「え、そりゃあ……ひどい死に方したヤツなら、なおさらむくわれねぇだろ?」 そこにいるのは、すでにして理解の範疇を超えた『男』で。 例えば。 仮に確実な脱出手段を持っている男がいたとして、そいつが『生き延びたければ体をよこせ。生還できるなら、一度レイプされるぐらい安いもんだろう』と言ってきたら。 愛はそんな条件を飲むぐらいなら、死んだ方がマシだと答えるだろう。 浦飯幽助たちの言っていることは、それと同じだ。 刺されたり、殴り殺されたり、もしかしたら首を絞められたり。 生き返ったという月岡なる人物は、首と胴体をバラバラにされるような目に遭ったという。 殺されるというのは、きっと犯されるのと同じぐらいぞっとすることに違いない。 押さえつけられて、思うがままにされて、凶器を振り下ろされる。 愛にとっては、決して他人事ではない経験だった。 過去に輪姦されてからしばらく、愛はそれこそ死んだような思いで日々を過ごした。 もし恩人である大門美鈴と出会わなかったら、一生立ち直れないままに廃人になっていただろう。 生き返るんだから、一回ぐらい殺されても大丈夫? 『命を奪う』というこれ以上ないほどの蹂躙が、『生き返るから大丈夫』なはずがない。 当人の意思を確かめようもないのに、そんなことを勝手に決めてしまうなんて。 「『生き返るから死んでも大丈夫』なんて、信用できるわけないじゃんっ!!」 もしかしたら、マシな男かもしれないなんて、ちょっとだけ思ったのに。 裏切られるのはごめんだと思っていた愛が、そんなことを思ったのに。 それは、トラウマスイッチだった。 理解のできない男たちに囲まれて。 手を、足を、口元を抑えて、衣服をむしるように剥いでいく男たち。 信じていた彼氏が、得体のしれない生き物に豹変する、あの瞬間。 嫌だ。嫌だ。嫌だ。 立ち上がり、右手を大きく振りかぶる。 テコンドーの蹴りではなく、全力をこめた平手打ちをお見舞いしていた。 ――バチン! 唖然とした幽助は、そのビンタを回避も防御もせずに左頬で受け止める。 ひっぱたいた拍子に、手のひらの蛭が貼りついていた。少年の左頬に赤いほくろが残る。 (あんたなんか、あんたなんか) 発作的な熱に浮かされて、愛は強く念じる。 先のことなど、まったく考えていなかった。 (あんたなんか『死んじゃえ』っ――!!) 死の蛭に、絶対死の命令を叩きつけた。 結果を言えば、浦飯幽助は死ななかった。 死の蛭は、取りつけた本人にしか剥がせない。決して皮膚から離れない以上、死を逃れる手段はない、はずだった。 しかし皮膚から引き剥がせなくとも、皮膚『ごと』破りとることはできる。 相応の、人間離れした腕力があれば。 圭一の行動が読めずに遅れをとった先刻とは違う。 本来の浦飯幽助は、人の目にもとまらぬほどの異常な速さで動ける。 頬に、異物感を感じた。 そこから、急激に『抜き取られる』という吸血の感触を味わった。 とっさに、手を頬にあてて、異物感のもとであるそれを引きはがしにかかっていた。 ぶちぶちっと、ほほ肉の断裂する音とともに、赤い蛭がこぼれ落ちる。 数秒あれば幽助を殺せたはずのそれは、それなりに血を吸ってゴムボールほどの大きさに膨らんでいた。 「…………っ!」 すぐにふらつき、地面に膝をつく。 いくら人間離れしていても、どんな生き物だって血がなくなれば失血死するわけで。 急に頭部から大量の血を吸いだされたら、貧血も起こす。 代わりに秋瀬がそれを拾い上げ、観察した。 「これは……吸血蛭の一種?」 失敗した。 俯いた幽助と、冷静に検分する秋瀬の声が、愛を我に返らせる。 殺そうとした。 失敗した。 ヤバい。 ヤバい。 ヤバい。 背を向ける。 脱兎。 そんな風に、愛は逃げ出した。 ◆ 「……って、ちょっと待てよ秋瀬! なんで追わねぇんだよ」 ふらつく頭を無理やりに起こして、幽助が常盤の逃げて行った方向を見据える。 「殺し合いに乗った人間は殺すというのが、君の方針じゃなかったのかい?」 秋瀬或が追わなかったのは、常盤を引き止めたとして、その常盤を幽助がどうするかが読めなかったから。 未だ『殺し合いに乗った人間は殺す』という方針はどう転ぶかわからない以上、うかつな真似をすることで最悪は『戻れなくなる』かもしれない。 それを聞いて、幽助もはっとする。 しかし、すぐに答えた。 「追っかけて、話を聞いてから決める」 それに対して、秋瀬は意外そうな顔をする。 自らの立ち位置に迷っていた幽助からすれば、そこは答えに迷ってしかるべきタイミングで。 「常盤は、螢子のことを想ってくれた。 最初から俺を殺す気だったとしても、だから悪党だって殺す気にゃなれねぇよ。 それに、前原の時は、問いただすことだってできなかったんだ」 生き返るのか、生き返らないのか。 生き返らせるべきなのか、生き返らせるべきではないのか。 殺すべきなのか、殺してはいけないのか。 答えは出ない。 「男同士ならこじれても決闘すればすっきりするんだろうけど、そうもいかねぇだろ。 だったらせめて、言いたいこと言いあってすっきりさせる」 道が見えなくとも、前を向かなければいけない理由ならいくらでもある。 考えても答えがでないなら、ただじっとうずくまっていても答えが出るはずない。 少なくとも螢子は、自分のことを慮ってくれた相手を幽助が無下に扱ったりしたら怒るだろう。 「なるほどね」 浦飯幽助の眼に、わずかながらも光を見てとったのか。 「付き合うよ。『探偵』として」 秋瀬或は同行を申し出た。 【G-4/郊外/一日目・昼】 【常盤愛@GTO】 [状態] 右手前腕に打撲 [装備] 逆ナン日記@未来日記、即席ハルバード(鉈@ひぐらしのなく頃に+現地調達のモップの柄) [道具] 基本支給品一式、学籍簿@オリジナル、トウガラシ爆弾(残り6個)@GTO、ガムテープ@現地調達 基本行動方針:生き残る。手段は選ばない 1:??? [備考] ※参戦時期は、21巻時点のどこかです。 幽助とはまだ断片的にしか情報交換をしていません。 【秋瀬或@未来日記】 [状態]:健康 [装備]:The rader@未来日記、セグウェイ@テニスの王子様 [道具]:基本支給品一式、不明支給品(0~1)、火炎放射器(燃料残り7回分)@現実 基本行動方針:この世界の謎を解く。天野雪輝を幸福にする。 1:浦飯君と共に常盤愛を追う。 2:越前リョーマ、跡部景吾、切原赤也に会ったら、手塚の最期と遺言を伝える。 3:殺し合いを止める、か……。 [備考] 参戦時期は『本人の認識している限りでは』47話でデウスに謁見し、死人が生き返るかを尋ねた直後です。 『The rader』の予知は、よほどのことがない限り他者に明かすつもりはありません 『The rader』の予知が放送後に当たっていたかどうか、内容が変動するかどうかは、次以降の書き手さんに任せます。 幽助とはまだ断片的にしか情報交換をしていません。 【浦飯幽助@幽遊白書】 [状態] 精神に深い傷、魅音の言葉に動揺、貧血(大)、左頬に傷 [装備] 携帯電話(携帯電話レーダー機能付き) [道具] 基本支給品一式×3、血まみれのナイフ@現実、不明支給品1~3 基本行動方針 殺し合いを潰した後に、螢子蘇生の可能性に賭ける……? 1:常盤愛を追い、話を聞く 2:圭一から聞いた危険人物(雪輝、金太郎、赤也、リョーマ、レイ)を探す 3:殺すしかない相手は、殺す? [備考] 秋瀬、常盤とはまだ断片的にしか情報交換をしていません。 常盤愛がまだレーダーの探知範囲(100メートル以内)にいるどうかは、後続の書き手さんに任せます。 Back 「正義」「夢」どんな言葉でも 投下順 100%中学生 Back 「正義」「夢」どんな言葉でも 時系列順 100%中学生 問:ゼロで割れ 浦飯幽助 その目は被害者の目、その手は加害者の手 「希望は残っているよ。どんな時にもね」 秋瀬或 その目は被害者の目、その手は加害者の手 Driving Myself(後編) 常盤愛 その目は被害者の目、その手は加害者の手
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KP ユーガタ PL&PC むつー:弐嵬堂ちえ 中尾ヤスヒロ:襟巻カゲト 配信 23/02/15 21 00- 【前編】都市伝説×探偵「異界探偵の奇怪なる事件簿」【クトゥルフ神話TRPG】 23/02/16 21 00- 【後編】都市伝説×探偵「異界探偵の奇怪なる事件簿」【クトゥルフ神話TRPG】 ハッシュタグ #むつヒロ事件簿 イラスト 清水しの:@doro10mizu 感想配信 2023/02/17 03 00- 【メン限感想戦】都市伝説×探偵「異界探偵の奇怪なる事件簿」 ※待機所案内 ツイート 告知 セッション告知 "―曰く、怪異専門の探偵が居るという" 中尾ヤスヒロ キャラクター紹介 (中尾ヤスヒロ) 当日ツイート 前編:[むつー https //twitter.com/mutuu24/status/1625691371008045056?s=20]] 後編:むつー (ユーガタ) / 中尾ヤスヒロ 感想 むつー 1 / 2 立ち絵・イラスト 襟巻カゲト