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武将名 おおばかげちか 大庭景親 統一名称:大庭景親 生没年:不明~1180「時勢を読み、波を乗りこなして こその坂東武者だぜ!」平家方の保元の乱では源義朝の軍に属したが疎遠であり、平治の乱で義朝が敗死すると平家方に加わった。石橋山の戦いでは頼朝軍を撃破し、自害寸前まで追い詰める。しかし鎌倉で再起した頼朝に敗れ、降伏するが許されず、斬首となった。 勢力 蒼 時代 平安 レアリティ N コスト 2.0 兵種 騎兵 武力 7 知力 6 特技 先陣 計略 坂東の大波(ばんどうのおおなみ) 戦場にいる味方部隊数が敵部隊数より多いほど武力が上がる。一定以上武力が上がると、さらに兵力が徐々に回復する 必要士気 4 効果時間 知力時間 Illust. クレタ 声優 鳥海浩輔 計略内容 カテゴリ 士気 武力 知力 速度 兵力 効果時間 備考 強化 4 +(4+自部隊数-敵部隊数)最低+4 - - 1秒毎に+3% 11.3c(知力依存0.4c) 兵力回復効果は自部隊が敵より2部隊以上多い武力+6から合計回復量は約80% (最新Ver.2.0.0F) 調整履歴 修正Ver. 変更点 内容 備考 Ver.1.5.0E 武力上昇値 +3+自部隊-敵部隊(最低値+3) → +4+自部隊-敵部隊(最低値+4) ↑ Ver.1.6.0F 効果時間 9.2c → 10c ↑ Ver.2.0.0F 効果時間 10c → 11.3c ↑ - 所感 特技先陣により前半は8/7と2.5コスト並みのスペックになる2コスト騎兵。 計略「坂東の大波」は相手との枚数差で効果が変わる単体強化。 最低値は保証されており、自部隊より敵部隊が多くともマイナスにはならない。 自軍8部隊・敵0部隊で最高値となるが、ここまでいかずとも追加効果の発生する2部隊差なら士気4計略としては充分。 継続回復効果により見た目の武力以上に粘り強く戦えるため、極力追加効果を狙っていきたい。 なおこの計略は戦場にいる互いの部隊を対象に取り、その後部隊数の計算を行って効果値を決定するため、ステルス効果付与中の部隊は計略の計算対象外。 つまり豊臣秀吉やEX姜維といったステルス号令に対して後撃ちすると、効果中の敵部隊は対象にならないため、結果的に敵部隊数は0として計算される。 一般的に多枚数とされる6枚デッキで上記の相手にうまく起動すれば、武力10台後半の騎兵がしぶとく回復しながら戦場に留まり続けるだろう。 性質上多枚数デッキ向きだが、本作は1コストの攻城力や覇道のコスト依存といったシステム面の都合上、デッキ自体の敷居は高め。 単体だと爆発力には期待できないため、彼を主軸に据えるのであれば構築でうまく補ってやる必要がある。 解説 大庭氏は坂東八平氏(一般的には千葉、上総、三浦、土肥、秩父、大庭、梶原、長尾の八つの氏)のひとつである。この八つの氏は後に玄087_源頼朝に仕え、鎌倉幕府の礎を築くのである。 兄は大庭景義。景義は保元の乱の際に玄065_源為朝に足を射抜かれ負傷。その後は隠居していたが、頼朝が挙兵すると景親と袂を分かち頼朝に従った。 元は源義朝に従い、保元の乱を戦った。この時、源為朝と対峙し景義が負傷。兄を助けて退散した。 平治の乱では参加できず、義朝が討死すると平家へ接近。三浦氏などが平家によって圧力を受ける中、景親は勢力を伸ばしていった。 治承4年に以仁王が挙兵するとこれを鎮圧、その後頼朝が挙兵の動きがあると知ると佐々木秀綱(佐々木四兄弟(定綱、経高、盛綱、高綱)の父。特に四男高綱は宇治川の先陣争いで有名)に相談。このことを知った秀綱は頼朝に急ぎ使いを送り、頼朝は計画を早めたという。 伊豆で一旦は挙兵に成功した頼朝を石橋山で対峙、これを撃破するも、梶原景時により頼朝を捕らえる機会を逃し、頼朝は安房へ逃れることが出来た。 その後は畠山重忠や梶原景時が頼朝に従い、鎌倉に入ったこと、富士川の戦いで平氏が敗北すると抗う術を無くした景親は降伏。蒼058_上総広常に預けられた後、治承4年10月26日に境川(神奈川県藤沢市片瀬)で処刑、梟首されたのだった。 兄の景義はこの時、頼朝からの『助命を嘆願するか』との質問に全て断り裁量を任せたとある。 景義はその後は御家人として参列し、後に出家。天寿を全うした。 台詞 \ 台詞 開幕 あの時乗れなかった大波が、オレのところにも来たな! └敵軍に玄065_源為朝 怯えるんじゃねえ!目の前の大波から逃げるんじゃねえ!やるぞ、今度こそ乗ってやる! 計略 大波に乗るぞー! └絆武将 大波だ!ついてこい! 兵種アクション 波乗りだー! 撤退 潮時か 復活 波が来たな 伏兵 乗り遅れちまったなぁ! 攻城 1本の波に乗れるのは1人だけだ!いっくぜー! 落城 時勢を読み、波を乗りこなしてこその坂東武者だぜ! 贈り物① お前も波待ちか?ふーん、オレに贈り物とは景気がいいな。 贈り物② ずっとオレを待っててくれたのか。甲斐甲斐しいやつだな。ありがとよ! 贈り物(お正月) 波乗りは日の出と共に海へ向かう。そして、坂東武者は日の出と共に戦うのさ。 贈り物(バレンタインデー) 波乗りの側にいたいってか?自分で言うのもなんだが、大変だぞ。 贈り物(ホワイトデー) 波以外でこんなに昂ったのは、オマエが初めてだ。これからもオレについてきな! 贈り物(ハロウィン) - 友好度上昇 波が来たな 寵臣 坂東八平氏の1つ、鎌倉氏の流れを汲む、大庭が棟梁、三郎景親だ! 情報提供・誤った点に気付いた等、何かありましたら気楽にコメントしてください。 名前 相手姜維の計略効果で相手部隊が計略の対象にならない場合、部隊としてカウントされないようです。……追記しようとしたんだけどいい感じの文章が浮かばなかったので後は任せた。 - 名無しさん (2024-02-07 22 23 40)
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(01)宋の太祖の建隆元年(960)は、周の恭帝――宗訓の元年である。 これ以前、周の乾徳六年の十一月、鎮州と陳州から、北漢が契丹の兵と合流して侵略を始めたと連絡があった。この年の正月の辛丑朔日、殿前都点検・検校太尉・帰徳節度使の趙匡胤は、兵を率いて防衛に当たることになり、殿前副都点検の慕容延釗が前軍を率いて先に出発した。当時、皇帝は幼く、国中は疑惑に包まれていた。内外には、匡胤を〔皇帝位に〕推戴すべく密議があり、都下は「出軍の日に点検を天子としよう」と喧しかった。人々は恐れおののき、逃亡の算段に余念がなかったが、内廷だけはのんびりとしており何も知らなかった。 癸卯(三日)、大軍が続いて出発した。軍校の苗訓は天文に明るかった。太陽の下にまた太陽が生まれ、黒い光がしばし摺り寄っているのを見て、匡胤の側近の楚昭輔に、「これは天命だ」と言った。この日の夕方、陳橋駅に軍を止めた。軍人らが集まって相談するには、「皇帝はまだ幼い。我々が死力を尽くして敵を破っても、功績を認めてもらえまい。まず点検を天子に奉戴し、それから北方に遠征しても遅くはあるまい。」都押衙の李処耘は、匡胤の弟で供奉官都知の匡義と帰徳掌書記の趙普に事態を伝えた。匡義と普は将軍らに円陣を組ませ、夜明けまで待機させると、牙隊軍使の郭延贇に単騎入京させ、殿前都指揮使の石守信、都虞候の王審琦に報告させた。二人はもともと匡胤に心を寄せていた。 甲辰(四日)の夜明け、軍卒が匡胤の寝所に迫ると、匡義と普が帳の中に入って事態を伝えた。このとき匡胤は酒に酔って寝ており、あくびをしながらもぞもぞと起き出した。将校は既に抜き身の姿で広場に並んでおり、「我々には君主がおりません。願わくは太尉を皇帝に戴きたい」と言うと、匡胤がまだ応えないうちに、黄袍をまとわせた。そしてすぐに整列して拝礼すると、万歳を歓呼し、匡胤を馬上に担ぎ上げ、汴都に帰還した。 匡胤は手綱を執りつつ、「諸君らは富貴のために私を皇帝にした。私の命令に従えばよし、さもなくば私は諸君らの君主になることはできぬ。」将兵はみな下馬して、「願わくは命のままに」と答えた。匡胤、「太后と主上は、私が臣下としてお仕えする人々、手出しはならぬ。朝廷の宰相らは、私の同僚、侮蔑は許さぬ。朝廷の宝物庫は掠奪してはならぬ。命に従えば重く褒美を与えよう。違えば、諸君らを許さぬ。」「仰せのままに。」こうして軍を整えて帰還の途についた。 乙巳(五日)、汴都に入城した。 まず楚昭輔を遣わし趙家の安全を確保させ、つぎに客省使の潘美を派遣して宰執に事態を伝えさせた。まだ朝の政務の終わる前だったが、事変が伝えられると、范質は王溥の手を取って、「よく考えもしないで将軍を派遣したのは我の失敗だった」と言った。〔質の〕爪は溥の手に食い込み、血が出るほどであっが、溥は口を噤んで何も言えなかった。 侍衛親軍副都指揮使の韓通は、防禦の策を練るべく、禁中から急ぎ私邸に向かうと、軍校の王彦昇はあとを付けた。通は私邸に入ったが、門を閉じる前に、彦昇に妻子ともども殺された。 匡胤は明徳門に登り、甲兵を陣営に引かせ、自身は役所に退いた。軍卒が范質らを引き連れてくると、匡胤は彼等をみて涙を流し、「私は世宗の厚恩を受けながら、六軍に迫られ、このようなことになってしまった。天地に罪を羞じる次第。どうしたらよかろうか。」質らが応えないため、列校の羅彦瓌は剣を抜いて声を怒らせ、「我等には君主がいないのだ。今日、どうしても天子を奉戴せねばならん。」質らはたがいに顔を見合わせ、なすところを知らなかった。溥が階段を降り、いち早く拝礼したので、質も已むを得ず拝礼した。かくして匡胤は崇元殿に詣でて禅譲の儀式を求めた。百官を呼び寄せ、日が暮れには朝廷の列次も決まったが、まだ禅譲の詔書ができあがらなかった。翰林学士承旨の陶穀が袖の中から出したため、それを用いることにした。 匡胤は朝廷に赴き、北面して〔禅譲の詔書を〕拝受した。この後、御殿に導かれると、皇帝の位に即いた。周の君主を鄭王に奉じ、符太后を周太后とし、西宮に遷した。 〔この日、〕大赦して改元した。所領の帰徳軍が宋州にあることから、国号を宋とした。使者を派遣して各地の藩鎮に告知し、各々をふさわしい官爵に進めた。国運は火徳の王に当たるので、赤色を貴ぶことにし、臘の祭は戌の日を用いることにした。 帝は涿郡の人。四世の祖の朓は、唐の幽都の長官だった。珽が生まれ、珽は唐の御史中丞になった。珽は敬を生み、敬は涿州の刺史になった。敬は弘殷を生み、弘殷は周の検校司徒・岳州防禦使になった。弘殷は杜氏を娶ると、〔杜氏は〕洛陽の夾馬営で帝を生んだ。赤い光が部屋を囲み、特異な香があたりを包み、消えることがなかった。〔帝は〕成長すると、容貌は立派になり、度量も広かった。先見の明あるものは、常人に異なる人であることを知った。周に仕えて東西班行首となった。昇進を重ね、殿前都指揮使になり、軍政をつかさどること六年、しばしば世宗の征伐に従い大功を立て、人望の帰するところとなった。 むかし世宗は、袋の中から長さ三尺あまりの木を見つけた。そこには「点検が天子になる」とあった。当時、張永徳が殿前都点検だったので、〔匡胤に〕交替させた。しかし、結局、〔点検であった匡胤が〕周に代わって王朝を立てることになった。 華山の隠者陳摶は、帝が周に代わって王朝を立てたことを知ると、「これでようやく天下も落ち着こう」と言った。そうこうしているうちに、鎮州から北漢の兵が引き上げたと報告があった。 (02)戊申(八日)、周の馬歩軍副都指揮使の韓通に中書令を贈り、礼を尽くして埋葬させ、その忠義を明らかにした。 独断で韓通を殺害したとして王彦昇を処分しようとしたが、建国したばかりのことだからとて、群臣は〔彦昇の罪を〕赦すよう求めた。しかし帝の怒りは解けず、〔彦昇は〕死ぬまで節鉞を与えられなかった。 (03)辛亥(十一日)、皇帝奉戴の功績があったとして、石守信に侍衛親軍馬歩軍副都指揮使を、高懐徳に殿前副都点検を、張令鐸に馬歩軍都虞候を、王審琦に殿前都指揮使を、張光翰に馬軍都指揮使を、趙彦徽に歩軍都指揮使を加えて節度使とし、自余の軍指揮官は爵位を進められた。 この当時、慕容延釗は精鋭を率いて真定府に駐屯しており、韓令坤は軍を率いて北方を巡回していた。帝は人を派遣して意向を伝え、臨機応変に事を行うことを許した。二人とも命令に従った。そこで延釗に殿前都点検を、令坤に自衛都指揮使を加えた。 (04)乙卯(十五日)、帝は弟の匡義を殿前都虞候とし、光義に改名させた。趙普を枢密直学士とした。 (05)四等の祖先の廟を立てた。 高祖の朓を尊んで僖祖文献皇帝とし、曾祖の珽を順祖恵元皇帝とし、祖の敬を翼祖簡恭皇帝とした。妃もすべて皇后とした。亡父の弘殷を宣祖昭武皇帝とした。〔宗廟の〕礼を以下のように定めた。――毎年、四時の第一月(正月・四月・七月・十月)と冬の第三月(十二月)の五回は、宗廟に供物をささげる。朔日(一日)と望日(十五日)は、供物や初物をささげる。三年に一度、祫祭を行い、そのときには冬の第一月(十月)を用いる。五年に一度、禘祭を行い、そのときには夏の第一月(四月)を用いる。 (06)夏四月癸巳(二十四日)、周の昭義節度使の李筠が挙兵した。 これ以前、帝が即位したとき、筠に中書令を加えた。使者が潞州までやって来ると、筠は追い返そうとしたが、上客が反対したため、使者を迎え入れた。〔筠は〕酒席を用意すると、すぐに周の太祖の画像を取り出して壁に掲げ、嗚咽して止まなかった。上客は驚愕して使者に、「公は酒に酔ってしまい、常軌を逸してしまったようだ。どうかお気になさらずに」と弁解した。北漢の君主はこれを聞き、蠟書をよこして、ともに挙兵すべく密約を結んだ。筠の長子の守節は泣いて諫めたが、筠は聞き入れなかった。 帝はみずから詔書を出して〔筠を〕慰めると、守節を招いて皇城使とし、帰国させた。そして筠にこう伝えさせた。――「私がまだ天子でなかったとき、君が皇帝になるのを認めたではないか。こんどは私が天子になったのだ。どうして君は許してくれないのか」と。守節は帰国すると筠に伝えたが、筠は結局挙兵してしまった。〔筠は挙兵すると、〕幕府のものに檄文を作らせ、帝の罪を数え上げた。監軍の周光遜らを捕らえて北漢に送り、軍の増援を要請した。また人を遣わして沢州刺史の張福を殺させると、その城を占拠した。 従事の閭丘仲卿は筠に進言した。――「公は単独で挙兵され、状勢は甚だ危険です。河東(北漢)の来援に頼るといっても、その助力を得られぬのではないかと畏れるばかりです。大梁(宋)の精鋭は力があり、先鋒を争い難いものがあります。西に進んで太行を下し、ただちに懐州・孟州を襲い、虎牢を塞ぎ、洛邑を占拠して、東面して天下を争うのが、上策です。」筠は用いることができなかった。 北漢の君主はみずから兵を率いて筠のところに赴いた。筠は出迎えて太平駅で謁見すると、「周の太祖の恩を受けた以上、死をも厭わぬ」と言った。北漢の君主は、周と仇敵の間柄だったので、これを聞いて不機嫌になった。そこで宣徽使の盧賛に軍を監視させることにした。筠は、北漢の兵が弱小であるばかりか、賛が来て〔筠の動きを〕監視するのを知り、心中甚だ悔やみ、謀議は対立することが多かった。そこで〔息子の〕守節に潞州を守らせ、自身は軍を率いて南に向かった。 北漢の君主は、賛と筠の対立を知り、平章事の衛融を遣わして和解させた。帝は石守信・高懐徳・慕容延釗・王全斌に各方面から〔筠の勢力を〕撃破させることにした。そこで守信らにこう言いつけた。――「筠に太行を取らせてはならぬ。急ぎ兵を率いて要害を防ぎ、必ず撃破せよ。」守信らは筠の兵を長平で破った。 (07)六月辛未(三日)、帝はみずから大軍を率いて筠を討伐した。山路は険しく、石に埋もれていた。帝は率先して馬上から数個の石を背負ったので、兵卒も争って石を背負い、その日のうちに山路は平たい大道になった。かくして守信らと合流し、筠の軍を沢州の南方で大破し、盧賛を殺した。筠は逃げて沢州を守った。帝はみずから督戦し、柵で囲んだ。大将の馬全義は決死隊数十人を率いて城壁をよじ登り、ついに敵城に入った。筠はみずから火を放って死んだ。 衛融を捕らると、死を求めた。帝は怒って鉄で〔融の〕頭を打ち付けたため、血は〔融の〕顔面を覆うほどに流れた。それでも融は「こここそ私の死に場所だ」と叫んだので、帝は「忠臣である」と言ってこれを許し、太府卿とした。北漢の君主は懼れて軍を引き返した。帝はさらに潞州を攻撃すると、守節は城ごと降伏した。帝はその罪を許し、単州団練使とした。 (08)秋七月、潞州から帰還した。 (09)大梁を東京とし、洛陽を西京とした。 (10)己未(二十一日)、周の淮南節度使の李重進が揚州で挙兵した。 重進は周の太祖の甥で、帝とともに周室に仕えて兵権を握っていた。このため常に心では帝を畏れていた。帝は即位すると、重進に中書令を加え、青州の節度使に移した。重進はますます不安に陥り、謀叛を考えるようになった。李筠が挙兵したので、重進は側近の翟守珣を潞州に遣わして筠と結託しようとした。守珣はもともと帝と面識があったので、都に潜伏して謁見を求めた。 帝が問うには、「私は重進に鉄券(鉄の割り符。特権を保証するもの)を与えようと思うが、これなら彼は私を信用するだろうか。」 守珣、「重進に帰順の心は芽生えますまい。」 帝は守珣に手厚い褒美を与えると、重進を説得させ、〔筠との〕謀議を遅らせることで、二人の凶漢が同時に乱を起こし、宋側の兵力が分断させられないようにしむけた。 守珣は〔重進のもとに〕戻り、軽々しく挙兵せぬよう戒めると、重進もこれを信じた。すぐに帝は六宅使の陳思誨を遣わして鉄券を与えた。重進は旅支度を調え、思誨とともに汴都に向かおうとしたが、側近らに阻まれ、決心できなかった。重進は、自身が周室と近い関係にあるため、天寿を全うでぬのではないか恐れ、ついに思誨を捕らえると、城の守りを固め、軍備を整え、人を遣わして唐に救援を求めた。唐の君主もこれを許した。〔帝は〕石守信・王審琦・李処耘・宋偓らに各方面から〔重進を〕討伐させた。趙普は帝みずから出陣するよう勧めた。 冬十月、帝は汴都を出発した。 十一月丁未(十一日)、広陵に到着し、その日のうちに撃破した。 城が陥落する間際、〔重進の〕側近らは思誨を殺そうとしたが、重進は「これから一族とともに火に巻かれて死ぬつもりだ。あれを殺しても何にもならん」と言い、そのまま一族を引き連れて焼け死んだ。思誨も殺害された。帝は城に入ると、謀略に加担したもの数百人を殺戮した。かくして揚州は平定された。 史臣の評。韓通は宋が禅譲を受ける前に死んだのだから、忠義の志は明白である。李筠と李重進は、旧史は謀叛だというが、謀叛か否かそう簡単に決められない。洛邑の所謂頑民、殷の忠臣ではなかろうか。ある人は、三人はむかし唐と晉と漢に仕えたという。それに対しては、こう答えられよう。――智氏に対する豫譲は誤っていたのだろうか、と。 (11)三年(963)冬十月、鄭王の宗訓を房州に遷した。王はこの後、開宝六年(973)の春に死んだ。諡を恭帝という。
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山内一豊-封状- 未進LvMAX 攻5330 防5890 知6380 1進[文]Lv1攻2990 防3300 知3580 LvMAX 攻7036 防7778 知8426 -- 未進マイペ台詞 「え??石田三成挙兵の書状……なの??」1進 「え??家康に仕えるの??けど……」2進 「解ったから!!それ以上はぁ……」 -- 2進[書状]Lv1攻3350 防3700 知4100 4MAX 攻8098 防8956 知9696 -- 最終[土佐国主]Lv1攻3750 防4150 知4490 8MAX 攻9120 防10082 知10920 マイペ台詞 「思い返しただけでも……ね……」 --
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基本のあらすじ これはどこかの世界の、どこかにある島国での戦乱のお話。 この島国の名前はオウストラル。 そこに東西へ二分した二つの国があり。 一つは東側に位置するムガール王国、もう一つは西側に位置するアウストラリス帝国。 ある日西側のアウストラリス帝国の皇帝は趣味の考古学発掘の最中に 2000年前の遺跡から出土した謎のオーパーツに触れてしまう。 オーパーツに触れた皇帝はそこから沸き上がる無窮の破壊衝動に憑依されて豹変。 破壊欲の赴くまま彼はアウストラリス帝国軍に隣国のムガール王国に総攻撃を挙兵して 更にはオーパーツを使って地獄の底からマシンクルスと呼ばれる魔物達を召喚してムガール王国を破滅の炎へと染め上げていく。 一方のムガール王国はマシンクルスを擁した帝国軍に軍事的に一歩先を踏まれていた。ムガール国王は家臣の小間使い達にオウストラル島全域から帝国の侵攻に耐えうる戦闘力達をスカウトしてくるように要請し、小間使い達は苦難の東奔西走を強いられる事になるが・・・。 これは、邪智暴虐の徒と化した皇帝を「ファースト・オーダー」と呼ばれる一団が討伐するまでの物語である。 以下、基本設定 「オウストラル」 本作の舞台でどこかの世界のどこかにある島国。 東側には豊富な自然環境と共生したテラーダ王国が。 西側には荒野と砂漠によって荒廃しながらも高度な文明を建立して 生きながらえるトミーノ帝国の二つに二分されている。 「ファースト・オーダー」 味方パーティーの総称。 意味合いは「最初の秩序」。 テラーダ国王が皇帝討伐の為に結集したメンバーが母体。 「ムガール王国」 ストラグルアイランドの東側に位置する王国。 王国なので最高権力者の名称は「国王」。 西側の帝国とは友好関係を結んでいた筈であったが 突如の皇帝による挙兵によって進行される立場となる。 「アウストラリス帝国」 今回の主な敵。 ストラグルアイランドの西側に位置する王国。 帝国なので最高権力者の名称は「皇帝」。 全ての発端はここの皇帝がオーパーツによって無窮の破壊衝動に憑依された事が 発端となる。 「オーパーツ」 全ての発端で全てが謎に包まれし宝石のような形をした遺物。 トミーノ帝国首都付近にある古代遺跡から皇帝が直々に発掘。 これに触れた途端、皇帝は人が変わったかのように無窮の破壊衝動に憑依されてしまった。また、このオーパーツからカオスゲートと呼ばれる空間の穴を発生させて そこからマシンクルス(後述)と呼ばれる異形の怪物達を召喚が可能。 「マシンクルス」 語源はマシン(機械)+ホムンクルス(怪物) オーパーツに触れて無窮の破壊欲に憑依された皇帝がそれを使役して 地獄の奥底からカオスゲートを通じて召喚する異形の怪物達。 機械生命体達の魂魄(スパーク)を主食としており、それを喰らわんがために襲来していく。
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今川の章 桶狭間の戦いより分岐。 年代 シナリオ名 難易度(普通時) プレイヤー武将 敵無双武将 ユニーク武器入手武将 備考 1560 義元上洛戦 2 井伊直虎/早川殿/今川義元 前田慶次/織田信長/濃姫/森蘭丸豊臣秀吉/前田利家/柴田勝家 今川義元 1565 長篠防衛戦 2 井伊直虎/早川殿/徳川家康 真田幸村/上杉謙信/くのいち/武田信玄島左近/直江兼続/綾御前/真田信之/上杉景勝 井伊直虎 1567 徳川家康の乱 3 早川殿/今川義元/井伊直虎(固定) 稲姫/徳川家康/藤堂高虎松永久秀/小少将 阿国早川殿 徳川家康の乱・改 3 早川殿/今川義元/井伊直虎(固定) 稲姫/徳川家康/藤堂高虎松永久秀/小少将 - 年代 大イベント名 小イベント名 選択肢 友好度上下 登場武将 備考 1560 義元、上洛を志す 光見ゆるも 何を言ってるのか、わかりません 今川義元上昇 今川義元 それが乱世のならいです - 上洛の決意 少し不安なことがある 徳川家康上昇 今川義元徳川家康 義元上洛戦解放 油断は禁物だよ - 義元、挙兵 漆黒の鞠 選択肢なし - 今川義元徳川家康井伊直虎 義元上洛戦戦前イベント 義元、信長を破る 今川惣無事令 選択肢なし - 上杉謙信武田信玄今川義元徳川家康毛利元就 義元上洛戦戦後イベント 親子死別 今は少し泣けばいい 井伊直虎上昇 井伊直虎 井伊家の未来を守れ - 親子再会 自分で決めろ - 井伊直虎 継いじゃえば? 井伊直虎上昇 できる限りね 井伊直虎上昇 甘えるな - 1565 信玄と謙信、挙兵 龍虎の鞠 選択肢なし - 今川義元徳川家康井伊直虎早川殿 長篠防衛戦戦前イベント 阿国、天下布雅に参戦 ひ、人違いです 阿国上昇 阿国今川義元 こちらこそ、よろしくお願いします - 義元、信玄と謙信を破る 蹴鞠の輪 選択肢なし - 上杉謙信武田信玄今川義元井伊直虎早川殿 長篠防衛戦戦後イベント 1566 義元、蹴鞠外交を展開 鞠外交官の苦悩 なぜいつも家康と直虎が鞠を運ぶのか 井伊直虎上昇 井伊直虎早川殿 なぜ早川殿は鞠を運ばないのか - 天下布雅への道 すぐに甘えるな 井伊直虎上昇 井伊直虎 徳川家康の乱・改開放 自分で考えよ - 1567 家康、義元に謀反 敵は本能寺にあり 選択肢なし - 服部半蔵本多忠勝徳川家康 徳川家康の乱戦前イベント 義元、死す 義元は炎に消えた 選択肢なし - 阿国今川義元 徳川家康の乱戦後イベントスチル 義元、家康と和解 蹴鞠の心、和の心 選択肢なし - 阿国今川義元徳川家康井伊直虎早川殿 徳川家康の乱・改戦後イベントスチル コメント 友達としたいゲームです -- 名無しさん (2015-10-11 09 24 14) 名前 コメント
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黄蓋(コウガイ) ?-? 字は公覆。 呉の将。孫堅挙兵時以来の宿将。鉄鞭の使い手。 赤壁の戦いでは周瑜と協力して「苦肉の計」を実行する。自らを周瑜に棒打ちさせた黄蓋は、曹操に投降すると見せかけて魏の船団に火を放ち、呉を勝利に導いた。 蜀:趙雲 関羽 張飛 諸葛亮 劉備 馬超 黄忠 姜維 魏延 龐統 月英 関平 星彩 魏:夏侯惇 典韋 許褚 曹操 夏侯淵 張遼 司馬懿 徐晃 張郃 甄姫 曹仁 曹丕 龐徳 呉:周瑜 陸遜 太史慈 孫尚香 孫堅 孫権 呂蒙 甘寧 黄蓋 孫策 大喬 小喬 周泰 凌統 他:貂蝉 呂布 董卓 袁紹 |張角 孟獲 祝融 左慈
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夏侯淵(カコウエン) ?-219 字は妙才。 魏の将。夏侯惇の従兄弟。曹操の挙兵から行動をともにし、軍の一翼を担った。 急襲を得意とした名将で、馬超を破るなど活躍する。しかし、定軍山の戦いでは蜀将の挑発に誘い出され、最期は黄忠に斬られた。 蜀:趙雲 関羽 張飛 諸葛亮 劉備 馬超 黄忠 姜維 魏延 龐統 月英 関平 星彩 魏:夏侯惇 典韋 許褚 曹操 夏侯淵 張遼 司馬懿 徐晃 張郃 甄姫 曹仁 曹丕 龐徳 呉:周瑜 陸遜 太史慈 孫尚香 孫堅 孫権 呂蒙 甘寧 黄蓋 孫策 大喬 小喬 周泰 凌統 他:貂蝉 呂布 董卓 袁紹 |張角 孟獲 祝融 左慈
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ウェルト王国 決戦~それぞれの思い~に登場する王国。 ゲーム中では水の王国テンペルスと同様、「風の王国ウェルト」と呼ばれる。 初代国王フォルストは青竜(カイザードラゴンのシナリオに登場)の正義の魔力の残るこの地に新しく国を建てた英雄。 しかしヘルが繋げた魔界の穴がたまたまウェルトにグライアイを招いてしまい、フォルストは刺し違えて亡くなってしまう。 娘のレイラはかたき討ちのため挙兵するが、国民は国の復興に忙しいため3人だけで戦う。 あのイェーラに、なけなしの資金を寄付してしまい、彼女が傭兵を二人も雇えるのはこの王国のおかげである -- 名無しさん (2024-04-27 14 45 32) 名前 コメント
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(1624~1662)明末の遺臣。明人鄭芝竜?と日本人の間に平戸で生まれる。1644年に明の遺王を奉じて挙兵し、滅清復明の戦いを展開。王室から国姓の朱を賜り国姓爺と呼ばれるようになった。明の滅亡後、台湾を攻略、拠点として戦いを続けたが、江戸幕府に求めた援軍も拒絶され、台湾で病死した。 近松門左衛門の「国姓爺合戦」では明人老一官と日本人女性の間に生まれた和藤内三官として登場。ダッタン国に攻められて日本に落ち延びた明の皇女から祖国の危機を知って大陸に渡り、幾多の冒険を経て延平王国姓爺鄭成功の名を贈られ、ついに明朝を復興させる。
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メイマイ国が暗黒竜アビスフィアーの封印を目的に結成した騎士団。 第一次ネバーランド大戦の勃発により暗黒竜が力を蓄えつつあるのを感じとり 完全復活に備えるために挙兵した。 本来の君主はティナだが、戦争の駆け引きに疎いため デュークランドから来た騎士フォルトに指揮権が委ねられている。 拠点 メイマイ 君主 『愛しき邪悪』 ティナ 『メイマイ騎士団』 フォルト 所属武将 『愛しき邪悪』 ラト リム 『メイマイ騎士団』 ティナ ラト リム キラット アニータ 同盟勢力 なし 登場作品 スペクトラルフォース~愛しき邪悪~ 純情で可憐メイマイ騎士団 スペクトラルフォース聖少女外伝 スペクトラルフォース3~イノセントレイジ~ ネバーランド研究史 いつかこの手が穢れる時に -SPECTRAL FORCE LEGACY-