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828 :嘘と真実 9話 ◆Uw02HM2doE:2012/08/28(火) 02 08 50 ID ylKqaTag [1/7] ~ある加害者のモノローグ・1~ 世の中は腐っている。 少なくとも、僕はもうこの世界に微塵たりとも期待してはいない。 何度主張しても、何度抵抗しても……所詮は無価値だったんだ。 最初から、あの電車に乗った時から僕の命運は尽き果てていたのかもしれない。 ……じゃあ、もしそうだとしたら"あの子"は悪魔だったのだろうか。あの子が、あの子さえ僕を指差さなければ僕は―― 9話 鏡に映る自分の顔を見る。酷い顔だ。顔立ちのことではなく、表情の方だけれど。 「……司」 この単語を呟く度に心が締め付けられる。結局昨日、司が電話に出ることはなかった。 メールも送ったが同じように、全く反応はなかった。何か、あったのだろうか。それともあたし、嫌われちゃったのかな……。 そんなことを考えている内に朝になっていた。当然寝不足とぐちゃぐちゃな心のせいで今のあたしの表情が出来てしまっている。 「……しっかりしなきゃ」 今日から待ちに待った学校だ。司が何で昨日来なかったか、直接本人に聞けば良いだけの話だ。 もし納得いかない理由だったら弄ってやればいい。とにかく、そんなに重く考えることじゃないんだ。 「……よしっ!」 あたしは気合いを入れて洗面所を後にした。 どれ程の時間が経っただろうか。手術中のランプが消え、医者が手術室から出て来た。 真実の両親に何か話しているようだったが、様子からするにどうやら手術は成功したらしかった。 「ほい。……手術、成功したみたいだな」 「サンキュ。ああ、良かった……」 晃が渡してくれた缶コーヒーのプルタブを開けながらぼーっと真実の両親と医者のやり取りを見る。 苦めのコーヒーが身体に染み渡っていく。ふと壁にかかっている時計を見るとすでに夜中の2時過ぎだった。 病院に入ってから関係者として、警察に簡単な取り調べを受けて―― 「……そういえば、大内さんは?」 「警察に引き渡されたらしい。今も多分事情聴取、つーか取り調べ中だろうな」 「……そうか」 結局、犯人は大内さんだったのだ。 真実を刺した件は勿論のこと、中条の自転車に細工したのも彼女だ。そして俺を一ヶ月近く悩ませてきた、あの数々の嫌がらせの犯人も恐らく―― 「スマン……」 「晃?」 晃はうなだれていた。そこにはいつも明るく俺を励ましてくれていた晃の面影はなかった。 「俺が、もっとちゃんと断っていれば……委員長は刺されずにすんだのに……!」 晃は苦しそうにそう呟いた。無理もない、というか当然の葛藤だった。 まして晃は責任感の強い方だ。余計に責任を感じてしまい、責めざるを得ないのだろう。 「別に晃のせいじゃねぇよ。つーか、むしろ晃は真実を助けたじゃんか」 あの時の大内さんは、きっと晃以外の呼びかけでは止まらなかっただろう。 むしろとどめを刺そうとしていた彼女を止められたのは、晃のおかげだったのだ。 「でも俺は――」 「でももへったくれもあるか。とにかく晃は真実を助けたし、どんな事情があろうとも悪いのは……大内さんだよ」 「司……」 人は色んな感情を押さえ付けて生きてるんだと思う。それは憎しみだったり、欲望だったり、悲しみだったり。 でもそれらの感情をそのまま出すことは許されないから、だから人は我慢や妥協をして生きている。 とても残酷なことだが、一時の感情に支配された者が向かうのは、破滅しかないんだ。 人々はそのことに無意識に気付いているからこそ、この社会は成り立っているのではないか。 もし、自身の感情を押さえ付けられなくなったとしたら、それは自己責任以外の何物でもないはずだから。 829 :嘘と真実 9話 ◆Uw02HM2doE:2012/08/28(火) 02 09 23 ID ylKqaTag [2/7] 「だから晃は真実が目覚めたらいつもみたくアホなこと言って励ましてやれば良いんだよ」 「……サンキュ。アホは余計だけどな」 晃は苦笑いしながら俺の肩を叩いた。やっといつものコイツらしくなってきたな。 「さて、これからどうするか。司はどうする?」 「……俺はもう少し、出来れば真実が目覚めるまでここに居たい」 「そうか……。家族には?」 「そこの電話で弥生には事情を話してあるから、そっちは平気だ」 本当は携帯からかけようとしたのだが、電池が切れてしまっていた。どうやら晃のもだったらしく、仕方なく10円玉を数枚犠牲にして自宅にかけることにした。 「後は、委員長の家族が許してくれるかだな……」 晃の言葉に思わず不安げになってしまう。 大体この時間まで付き添いで居させてもらっていることですら、感謝しなければならないのにもう少しなんて許して頂けるのだろうか。 そんなことを考えている内に、真実の両親が俺たちに歩み寄ってきていた。果たして何を言われるのだろうか。 緊張している俺の手を真実の父親であろう男性が、がしっと握ってきた。 「えっ……?」 「娘を助けてくれて本当にありがとう!君が司君だね?話は電話で娘から聞いているよ。君もありがとう!」 「あっ、はい……」 続いて晃も熱い握手をさせられる。母親の方は少し離れて俺たちを見ていた。これが真実の両親……。 確か真実は一人暮らしをしていると言っていたが、何だかとても温和な印象を受けた。 「あ、あのっ!すいません、俺――」 俺がこのまま真実の看病をしたいと申し出ると、真実の父親は快く許可してくれた。 どうやら二人とも共働きらしく、また早朝には仕事に行かなければならないらしい。ウチも共働きなので、その大変さは何となく分かった。 母親は少し不安げな表情を浮かべてはいたが、父親に倣って俺にお辞儀をして帰って行った。 帰り際の「娘が電話で言っていた通りだなぁ、あはは!」という真実の父親の台詞が気になって仕方なかったが、とりあえず許可を頂けたことには素直に感謝しなければならないだろう。 「……結婚フラグ?」 「んなわけあるか!」 朝っぱら、というかむしろ夜中から寝ぼけたことを言う晃にツッコミを入れる。 「でも良いのか?本当に帰らなくて。弥生ちゃんも心配してるだろうに」 「弥生には連絡してあるし、大丈夫だよ。それに目覚めた時に……傍にいてやりたいんだ」 真実が刺されたのは自分のせいだと、そう晃は自身を責めた。でも本当に責任があるのは晃じゃない。 …………俺だ。 俺が自分だけの力で嫌がらせを解決していれば、そもそも真実に打ち明けなければ彼女を巻き込まずに済んでいたはずた。 そうすれば俺と真実は今ほど親しくなることもなく、晃とも親しくならなかった。それならば大内さんに襲われることはなかったはずだ。 「……よく分からんが、あんまり思い詰めんなよ。司がさっき俺を励ましてくれた通りなら、司も悪くねぇんだからさ」 晃は軽く俺の肩を叩いて立ち上がる。励ましたはずが逆に励まされてしまった。 ……晃がいてくれて本当に良かった。 「ああ、サンキュ」 「よしっ、司君が出られない分、しっかりと闘ってこなければな!」 「闘う……?」 「球技大会に決まってんだろ、球技大会!サッカーを司無しで闘わなければならないのは辛いが仕方ない……」 「……すっかり忘れてたわ」 一体コイツのサッカーへの想いは何処から来るのだろう。呆れたのが半分、そのお気楽さに救われたのが半分といったところか。 「俺は必ず優勝カップを――」 ひとしきりサッカーと今回の球技大会へ対する熱を語り尽くした晃は、満足したのか帰って行った。 「……さて、と」 一息付いた後、俺は静かに病室に入る。 本当は付き添い用の部屋があってそこで寝なければならないらしい。 だから、気付かれないようにこっそりと忍び込む。深い暗闇の中、手探りでベッドに近付くと、眠っている真実がいた。 近くにあった椅子に腰掛けて深い溜息を付く。 「……これで、終わったのか」 長い一日だった。 色んな感情が入り混じり満身創痍だ。でも真実が死ななくて本当に良かった。 そして一ヶ月近く続いた嫌がらせの犯人も、ついに捕まった。 これでようやく、俺が望んでいた平穏な日常が戻って来る。そう考えると途端に睡魔が襲ってきた。 「ふぁ……戻んの、めんどくさいし良いか……」 そのまま椅子に座り込んで目を閉じる。明日の球技大会には参加できないが、明後日からはまた元通りの生活が待っている―― そんな希望に満ち溢れた日々を夢想しながら俺はゆっくりと意識を手放した。 830 :嘘と真実 9話 ◆Uw02HM2doE:2012/08/28(火) 02 10 00 ID ylKqaTag [3/7] 「中条さんっ!」 「おお、中条さん久しぶり!もう大丈夫なのかよ!」 「今日のバレー、一応登録しといて正解だったぜ!やっぱ中条さんがいないと――」 あたしが教室に入った瞬間、クラスメイトが口々に話し掛けてくる。非常に有り難いことだが、それどころではない。 生返事をしながら教室を見渡すが司の姿は見当たらなかった。おかしい、いつもならとっくに居てもおかしくないはずなのに―― 「あぶねぇ!ギリギリセーフだろ!?」 「あ……」 反対の扉から晃が滑り込んで来た。 クラスメイトに弄られながら自分の席に向かっていく。そうだ、晃なら司に何があったのか、知っているかもしれない。 そう思った瞬間、あたしは自然と晃に近付いていた。 「……おはよう、晃」 「おっ!復活したか中条っ!マジで待ってたぜ!」 あたしを見て満面の笑みで迎えてくれる晃。とても嬉しかったし、あたし達が親友だってことをより強く信じさせてくれる。 「昨日は悪かったな、急にお見舞いいけなくなっちまってさ」 「ううん、仕方ないよ。……それより司は?」 ……自分に嫌気がさす。せっかくこうやって晃が心配してくれているのに、あたしの頭には司のことしかない。 晃がどうして昨日お見舞いに来れなかったのか、そんなことはどうでもいいからとにかく司に会いたい―― ……間違ってるのは分かっている。でも止められない。この深くて真っ黒な感情があたしの心を蝕んでいくのを、止められない。 「あーっと……実はさ、昨日――」 「ほら!チャイムなってるぞ!さっさと席に着け!」 「わりぃ!また後で話すわ!」 「……うん」 タイミング悪く担任が教室に入って来て、晃から話を聞けなくなってしまった。 ……一体晃は何を言おうとしていたのだろうか。ホームルームの時間が永遠のように感じられる。担任が何か言っているが全く耳に入って来ない。 「…………司」 一体どれくらい経っただろうか。やっとクラスが騒ぎ出すが今日が球技大会のせいで、すぐに晃は数人の友達と外へ出てしまった。 黒板の予定表を見ると次の休憩は昼休みあたしもバレーの選手として参加しなければならない。こうしている間にも司は―― 「……?」 その時、あたしは違和感に気が付く。 教室を見渡すが姿は見えない。晃のようにもう移動してしまったのだろうか。 いや、確かにあたしが教室に着いた時には居なかったはずだ。 「ん?雪、どうしたの?早く着替えに行こうよ」 「あ……うん」 周りに促され仕方なく席を立つ。もしかしたら誰か知っているかもしれない。 けど、聞くのは怖い。もし事実だとしたら……あたしは平静を保てるだろうか。 「ね、ねぇ……聞いても良いかな?」 「何~?」 呑気な友達の声とは対照的にあたしの中の何かが警鐘を鳴らす。聞かない方が、いや聞いてはいけない。そんな声をあたしは無視する。 「い、委員長は……今日いる?」 「あれ、雪聞いてなかったの?ホームルームで休みだって言ってたじゃん」 「…………そっ……か」 ……やはり聞くべきではなかった。 あたしの中でうごめいていた得体の知れない感情が、 あたしの心を蝕んで蝕んで蝕んで蝕んで蝕んで蝕んで蝕んで蝕んで蝕んで蝕んで蝕んで蝕んで蝕んで蝕んで蝕んで蝕んで蝕んで蝕んで蝕んで蝕んで蝕んで蝕んで蝕んで―― 「――きっ!雪っ!?大丈夫!?雪っ!」 「…………あれ、あたし?」 気が付くとあたしは友達に支えられて何とか立っていた。一瞬だが気を失ってしまったらしい。 「急にふらついて倒れそうになるんだもん!大丈夫!?」 「……うん、大丈夫。ちょっと貧血でクラッときただけだから。ありがと」 「まだ病み上がりなんだから辛かったらすぐに言ってね」 「……ありがとう」 お礼を言ってまた廊下を歩き出す。友達が何か言っているが全く耳に入って来ない。担任の時と同じだ。 あたしの頭の中は最悪の可能性で一杯だった。司がいない、そして委員長もいない。 どう考えてもあたしの思い込みだ。そう思っても決して疑念は消えない。それどころか否定しようとすればするほど、それは強くなっていく。 司と……委員長は一緒に……。 「さあ向かいますよ、体育館に!いつものリベロ、お願いしますよ中条さん!」 「……任せて」 あたしはちゃんと笑えているだろうか。心の中はいつまでも疑念が渦巻いていた。 831 :嘘と真実 9話 ◆Uw02HM2doE:2012/08/28(火) 02 11 38 ID ylKqaTag [4/7] 「雪っ!」 目の前に迫るボールを両腕で弾く。強すぎず弱すぎず、ちょうど良い加減で味方へ―― 「……っ!」 「くっ!」 速攻のスパイクが相手のコートに突き刺さる。 瞬間、クラスメイトの歓声が聞こえていた。スコアを見ると25対16。どうやら準決勝に進出したようだった。 「よっしゃ!」 「いやぁ勝った勝った!」 チームメイトも口々に喜びを表している。スコア的には圧勝だが中々手強い相手だっただけに、勝った喜びも一入のようだ。 「雪っ、お疲れ様!」 「恵(めぐみ)……ナイススパイク」 このチームのエースでありあたしと同じ女子バレー部の、林恵(はやしめぐみ)。 あたしの友達であり、部活では良いコンビでもある。あたしが上げて恵が決める。これがウチのバレー部の基本形とまで言われたりする。 「雪こそナイストス&カバー。私たち、結婚できるわね」 「はいはい」 「雪のいけず~」 恵はいつものようにあたしに抱き着きながらふざける。確かにあたし達は不思議と息がピッタリだと思う。 それは自他共に認める程だし、何となく気が合うのかもしれない。小さめのあたしに比べて恵は175cmあり、ショートボブが良く似合う活発な奴だ。 だから冗談でよくカップルとか言われたりするのだが、正直恥ずかしいし勘弁して欲しい。 恵はむしろネタにして毎回あたしに抱き着いてくるけれど。 「……ゴメンね、恵」 「ん?」 「トス……結構乱れた」 恵だけに聞こえるよう、小さめな声で謝罪する。 周りは気付いていないかもしれないけど、今日のあたしのトスやレシーブは少し……いや、かなり乱れていた。それに恵が何とか合わせて打ってくれたのだ。 「……別に気にしてないけど、大丈夫?」 「……何とか、ね」 「病み上がりもあるだろうけど……何かあった?」 恵の言葉にドキッとしてしまう。そう、あたしの心は今かなり乱れている。 理由は勿論、司と委員長のこと。それがバレーにもはっきりと出てしまっていたのだ。恵はそれを何となく感じ取ったのだろう。 「……ま、次は昼休み挟むから一回落ち着きなよ」 「ありがと……」 「切り替えてきな!私の嫁だろ?」 恵の言葉に苦笑いしながらも少しだけ、救われたような気持ちになる。一回頭を冷やそう、そう思ってあたしは屋上へ向かった。司が一番好きな場所だから。 屋上には涼しい風が吹いていて心地好かった。球技大会ということもあり、屋上には殆ど人影は見えない―― 「おっす、中条!ちょうど呼ぼうと思ってたんだよ!ほい、隣座れよ」 「晃……」 振り返るとベンチに晃が座っていた。ゼッケンを着たままなのがまた晃らしくて笑える。 「晃、ゼッケンつけたままよ」 「あっ、やべっ!まあ後で返せば良いか」 「相変わらずね……」 促されたまま晃の隣に座る。こうやって話すのも何だか久しぶりな気がして、何だか懐かしかった。 「どうだ女子バレーは?」 「次が準決勝よ。そっちは?」 「ナイス!ウチは次準々決勝。やっぱ司がいないと大幅に戦力ダウンだわ」 "司"……その言葉に思わず反応してしまう。そうだ、晃は知っている。何故司が今日いないのか、そして何故昨日来なかったのかを。 「あのさ、晃――」 832 :嘘と真実 9話 ◆Uw02HM2doE:2012/08/28(火) 02 12 55 ID ylKqaTag [5/7] 「司のことだろ、ちゃんと話すから安心しろって。その為に呼ぶつもりだったんだからさ」 「……ありがと、晃」 「中条だって司のこと心配だろ。別にお礼言うことじゃないって」 笑顔でそう答える晃。これだから晃はモテるんだろうな、なんて思う。晃は気が利くし、すぐにこちらの気持ちを汲み取ってくれる。それに比べて司は―― 「……中条?」 「えっ!?何っ?」 「……もしかして今、司のこと考えてた?」 「っ!?」 思わず声も出ない。一気に顔が赤くなるのが分かる。そんなあたしの様子を見て、晃はにやけ始める。 「中条にしても司にしても、分かりやすいなぁ」 「う、うるさいっ!」 「あべしっ!」 おちょくろうとする晃の鳩尾に鋭い蹴りを入れる。晃はしばらく悶絶した後、またベンチに座り直した。 ……そんなに分かりやすいかな、あたし。 「な、何も本気で蹴ることはないだろ……」 「……何か言った?」 「いえ、何にもございません!」 あたしの殺気にすぐにビシッとなる晃。やっぱり晃と話していると飽きない。 こう言うと偉そうに聞こえるが、この明るさがあたしが彼を"親友"と認めている理由の一つだったりする。とにかく晃といると元気になれるのだ。 ……やはりどう考えても晃の方が良い男なのだが、あたしは何故か……うん、止めよう。また晃にからかわれてしまう。 「で、司のことだよな」 「うん……」 「ちょっと長くなるけど、良いか?」 「構わないわ、全部……教えて」 晃がゆっくりと口を開く。果たしてあたしの疑念はただの杞憂だったのか、それとも―― 「……つか…さ……君?」 「んっ……ま、真実?」 結局、朝まで病室で寝てしまい、看護婦のおばさんにこっぴどく怒られてしまった。 その後も病室で真実の傍にいたのだが、いつの間にかまた眠ってしまっていたようだ。 微かな声と手の温もりを感じて目を覚ますと真実は目を開けて、俺の手を握っていた。つまり―― 「意識が戻った……!」 「……司、君」 「ああ、俺だよ!本当に良かった……!」 思わず涙が出そうになる。目の前で刺された時は、血が溢れ出した時はもうダメかと思った。 でも、こうして真実は今生きている。 「……随分心配かけたみたいね、ごめんなさい」 「真実が謝ることじゃないよ。ちょっと待ってて、今お医者さんを――」 離そうとした手の平をギュッと握られる。真実は不安げな顔をしていた。 「……もう少しだけ、こうしていて、お願い」 「……分かった」 俺は真実の手をゆっくりと握り返す。とても小さくて普段の彼女からは想像しがたい程、頼りなかった。 「刺された時、力が抜けていくのが分かったの……」 「ああ……」 「身体がどんどん冷たくなって……怖かった。これが死ぬってことなんだって……」 「真実……」 「でも……司がいてくれた……この手を握って、私に呼び掛けてくれた」 「俺は何も――」 「してくれたよ……だからもう一度、確かめさせて。司は……ここにいるよね?」 「ああ……俺は居るよ。ここに、真実の傍に居るよ」 真実の言葉に応えるように手を強く握る。彼女は弱々しいながらも微笑んだ後、俺の手をそっと離した。 「すぐに戻ってくるからな。ちょっと待っててくれ」 「うん……待ってる」 こんな状況なのに真実の微笑にドキドキしてしまう自分がいた。とにかく真実が目を覚ましてくれた。 これで、本当に全部終わったんだ。俺たちは悪意に打ち勝つことが出来たんだ……。 廊下に出て時計を見るとちょうど12時だった。晃は今頃サッカーに燃えているのだろうか―― 833 :嘘と真実 9話 ◆Uw02HM2doE:2012/08/28(火) 02 13 31 ID ylKqaTag [6/7] 「……あ」 ふと気付く。昨日からのドタバタですっかり忘れていたが、昨日は中条の退院予定日だったはず。慌てて携帯を取り出すが―― 「電池切れなの、忘れてた……」 もしかしたら中条から連絡が来ているかもしれない。 昨日退院したなら今日、学校に来ているだろうが、晃は上手く説明してくれただろうか。いずれにしろ、申し訳ない気持ちになる。と同時に―― 『よくもすっぽかしてくれたわね、司……。幻のカレーパン、買ってきなさい!出来なきゃ……ククク……それもまたよし、だわ』 「……ありそう、つーかそれしかねぇよ」 意地悪い顔をしながら近付いてくる中条が嫌でも脳裏に浮かんで来る。 そしてそんな状況を懐かしむ、というかむしろ多少望んでいる自分がいるのに気が付いた。 そう、やっと中条にも会えるんだ。 「あーあ、怖いからカレーパン、用意しておくかな」 自然とテンションが上がっているのに気が付く。別に焦らなくていいじゃないか。 時間はたくさんある。もう俺たちを苦しめる脅威は去ったのだから。 「――そういうわけで、委員長は病院に運ばれて、司は傍に居る感じだ」 晃は昨日の出来事を順序よく説明してくれた。おかげであたしの中に巣くっていた疑念は大体解消された。 確かにあたしの勘はある意味当たっていたが、それは司と委員長が一緒に何処かへ、とかではなく司の責任感から来るものだったから。 委員長の両親に司が信頼されている話は若干複雑だったが、隠さず話してくれた晃には感謝しなくてはならない。 「……ありがとう、本当に助かったわ」 「おや、毒舌の中条さんに褒められてしまった!」 「本当に感謝してるの、ちゃかさないでよ」 「まあ良いってことよ……それより――」 晃は急に顔を近付けて来る。思わず後ずさるがその分だけ晃が詰めて来るので結局かなり近い距離に顔がある。 「な、なによ」 「行かなくて良いのか、司んとこ」 晃の言葉にドキッとする。朴念仁の司とは対照的に晃の勘は鋭い。というか鋭過ぎる。 「べ、別にあたしは……」 「気になるから何処か上の空だったんだろ?」 「べ、別に上の空なんかじゃ……!」 「んー?」 ニヤニヤと笑う晃の鳩尾にまた一発お見舞いする。 呻き声を出しながらも晃は相変わらずニヤニヤしていた。いつも弄っているから反撃されているのかもしれない。 気に喰わなかったがもうばれてるのはあたしでも分かる。今更、しらを切っても無駄だろうし。 「……気になる」 「いてて……え?」 コイツ、殴りたい……! 「気になるって言ってんの!」 顔を恐らくは先程以上に真っ赤にしてあたしは叫んだ。同時に心の中のもやもやしたものが晴れていく気がする。 「……これがツンデレか」 「っ!」 「や、止めよう!ノーモア鳩尾!」 「じゃあ黙ってろ……!」 「は、はいっ!」 敬礼する晃はほって置いて、ため息をつきながら空を眺める。澄み渡るような快晴が広がっていた。あたしの心も決まった。司に、会いに行こう―― 「さ、もう午後の試合始まるし、戻ろうぜ」 「分かってるわよ……ありがと」 あたしは、あたしはやっぱり司のことが好きだ。だから会いに行くんだ―― 834 :嘘と真実 9話 ◆Uw02HM2doE:2012/08/28(火) 02 14 31 ID ylKqaTag [7/7] 気付けば病室に夕日が差し込み始めていた。長く話しすぎてしまったようだ。 「なるほど……じゃあ犯人は大内さんだったのね……」 「ああ、中条の自転車に細工したことも白状してたし……多分間違いないと思う」 刺された箇所がそこまで深くなかったのが不幸中の幸いだったのか、真実は目覚めてからすぐに話せる状態まで回復していた。 「そう。それじゃ司君への嫌がらせも、彼女が……」 「動機は前に真実が推理した通り、俺じゃなくて晃が目的だった」 それでも本来ならば安静にしてなければならないのだが、真実の強い希望により俺との会話が許可された。 と、言ってもたまに巡回に来るおばさんの刺すような視線に耐えなければならないのだが。 「小坂君……中条さんではなかったのね。大内さんは警察に捕まったって言ってたけど……」 「ああ、今日は球技大会だし、まだ学校も発表してないみたいだな」 「大内さん……」 真実は夕日を見つめて呟いた。確か同じクラス委員長同士だったんだっけ。いきなり聞かされるとショックだよな。 「真実……」 「……とにかく!これで司君の嫌がらせの件も解決ね」 「ああ、やっと普通の生活に戻れるよ……真実のおかげだ、本当にありがとう」 「ううん、私なんてこんなザマだし……結局犯人に刺されて司君に迷惑かけちゃっただけだわ」 真実は申し訳なさそうに俯く。何処まで責任感が強いんだろうか。 「いや、真実がいなかったら決して真相には辿り着けなかったよ……これでも感謝してるんだぜ?」 「……良かった、司君の役に立てて」 満面の笑みを浮かべる真実は、かなり可愛かった。思わず見とれそうになる程だ。 「ま、明日からは早起きもしなくて済むし、真実には本当に感謝だよ」 「……じゃあ、ご褒美貰っても良い?」 真実はまた俯いていて、表情はよく分からないがご褒美の一つや二つ、あげても何の問題もないだろう。 「何なりとお嬢様。こないだパフェですか?それともまた買い物に――」 「キス……しなさい」 病室に静寂が訪れる。 突然のことに上手く呼吸が出来なくなる。今彼女は何て言った? 俺の聞き間違いなのだろうか。いや、確かに彼女は―― 「キス……してよ」 「あ……」 もう一度、今度はねだるように囁かれる。 聞き間違いでも勘違いでもない。 彼女は、辻本真実は俺に、藤塚司にキスして欲しいんだ。 その事実が俺の鼓動を急速に早まらせる。外に聞こえるんじゃないかと思うくらい、鼓動が早まるのが分かる。 よく見ると顔をこちらに向けた真実の頬は赤く染まっていた。 「…………」 「……真実」 名前を呼ばれて真実はゆっくりと目を閉じる。 流石に俺もこれが合図だということに気が付いた。汗ばんだ手で真実の肩を掴み顔を近付けていく―― 『か、感謝してるの!!こんなあたしを受け入れてくれてすっごく嬉しかったの!!』 『……今日は、ありがと。司の言葉、嬉しかったよ』 『……来てくれて、ありがと』 『う、うん。でも嬉しいよ……』 「……っ」 何故だろう、何故今中条とのことを思い出すのだろう。 俺にとって中条は大切な親友で、それ以上でも以下でもないはずだ。 でも真実は、俺は真実のことが女の子として好きなんじゃないのか。 『ま、別に強制はしないけどよ。決めるなら早くした方が良いぜ?中条も帰ってくることだしよ』 ……何だよ、何なんだよ。 どうしてこのタイミングで晃の言葉が思い浮かぶんだよ。 835 :嘘と真実 9話 ◆Uw02HM2doE:2012/08/28(火) 02 15 06 ID ylKqaTag 「司……君……?」 「あ、ああ……」 気が付けば真実は不安げな目で俺を見つめていた。そりゃそうだ、俺が躊躇してるんだから。 ……俺は、俺は彼女を安心させる為にここにいるんじゃないのか。だから、だからこれは―― 「んっ……」 当然のことなんだ。唇が触れ合った瞬間、ドアの外から物音がして―― 「んっ!?」 振り向く間もなく真実は俺を求めるようにキスを続ける。 女の子特有の、甘い香りが完全に俺を支配していた。何も考えられない。一瞬なのか永遠なのか。 決して短いとは言えない時間の後、俺たちはやっと唇を離した。 振り返るが扉は閉められたままで、看護婦に見られた……訳でもないようだった。 「キス……しちゃったね」 「……ああ」 真実はまだ頬を赤く染めてぽーっとしている。恐らくは俺もだろうが。 キス一つでこんなにもドキドキするとは思わなかった。どうやらそれは真実も同じようで、俺たちは中々目を合わせられなかった。 時計を見るともう良い時間だったので、とりあえず今日は帰ることにする。 「つ、司君っ!」 「ん?」 扉に手をかけると真実が呼び掛けてきた。振り向くと今だに顔を真っ赤にしながらも俺をしっかりと見つめている。 「わ、私……ああいうこと初めてだったけど……後悔してないからっ!」 若干目を震えながらたどたどしく告げる真実は今まで見ていたどんな彼女よりも……可愛かった。 「……俺も後悔してないよ。また、お見舞い行くからさ」 「う、うん。今日はありがとう……」 「じゃあな、ゆっくり休めよ」 手を振りながら扉を閉める。 ……こういうのがギャップなのだろうか。だとしたらおそるべし、辻本真実。 「ん?」 真実の病室の前に何かが転がっているのに気が付いて拾う。 「……栄養ドリンク?」 未開封の栄養ドリンクが転がっていた。また冷たいのは買って間もないからなのかもしれない。 それは以前俺がテスト前に徹夜した時に愛用していたメーカーの物だ。あの時は中条と晃に散々弄られたっけ。 そして、その近くに袋も転がっていて、中にはゼリーなどが入っていた。さっき外でした物音はこれだったのかもしれない。 しかし誰が、というか落としたのに何故拾わなかったのだろうか。 「……とりあえず落とし物として届けるか」 何かが腑に落ちないが仕方なく俺は受付に向かった。 夜の街をがむしゃらに走る。 行き先なんてない、ただあの病室から一歩でも離れられるなら、何処でも良かった。 「はぁっ……はぁっ……!」 頭の中からあのシーンがこびりついて離れない。司と委員長が―― 「はぁっ……はぁっ……!」 自分の息さえ耳障りだ。あのシーンが頭から離れない。 あたしの中の何かが完全に壊れていくような気がする―― 「あっ!?」 足がもつれてしまい派手にこける。 流石に決勝戦までやった後の全力疾走に、身体は中々ついて来てくれなかった。 両足から血が出てるのを感じる。熱くて、痛い。 「……っく、ひっく」 目頭が熱くなるのを感じる。 止めようと思った時にはもう遅かった。心が決壊して歯止めが聞かなくなる。 「……っく!」 声は出なかった。震えながらひたすら涙を流す。何故涙が出るんだろう。 あたしは司が……あのシーンが、司と委員長が―― 「うぅっ!」 駄目だ、叫んじゃ駄目だ。泣き叫んだら、きっともう止まらなくなる。 そんなの駄目だ。 今のあたしに出来ることは歯を食いしばって震えながら泣くことだけだから。 心が軋む、認めたくない。見たくなかった、見なければよかった。 負の感情がぐるぐるとあたしの心に溜まっていく。××した瞬間、あの女の目は確かにあたしを見ていた。 あたしに、見せ付けていた。司は……司はあの女のことが―― 「うぅっ!!」 悔しい、辛い、嫌だ、悲しい、死にたい――色んな感情があたしを支配した。 しばらくそうやって泣いて、ようやくあたしは立ち上がることが出来た。 頭はクラクラするし身体は思ったように言うことを聞かない。 ふとゆっくりと空を見上げると月があたしを照らしていた。周りには誰もいない、暗い一本道にあたしだけ取り残されているようで、ようやくあたしは悟った。 元から分かっていたことだったはずだ。あの時裏切られた瞬間、あたしは散々思い知ったはずなんだ。 なのに司が優しくするから、あたしは勘違いしちゃったんだ。 そうだよ、あたしは―― 「あたしは…………やっぱり、独りなんだ」 その言葉は誰にも応えられず、闇に消えていった。
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469 :嘘と真実 3話 ◆Uw02HM2doE:2012/05/06(日) 02 41 07 ID AD11.4Q2 ~誰かのエピローグ・3~ どれくらい歩いただろう。気が付くと小屋が見えた。雨は一向に止む気配を見せない。このまま進むのは自殺行為のように感じられた。 「……入るか」 かなり古びた小屋だった。所々雨漏りをしているが雨風はなんとか凌げそうだ。端の方に座り込んでぼんやりと天井を見る。至る所に染みが出来ていて、まるでそれは―― 「っ!」 急に吐き気がして俺はうずくまる。今更何を後悔しているのか、もう分からなくなりそうだった。 3話 翌日の昼休み。俺は何だか清々しい気分でいた。理由は簡単だ。昨日あれだけ心配した俺に対する嫌がらせが、今日初めて何もなかったのだ。 下駄箱にゴミもなければロッカーも汚されておらず、体育館履きもずぶ濡れではない。つまり何も起きていなかったのだ。 これからという可能性もあるだろうがそれならば逆に犯人を捕まえるチャンスだと思った。こちらも警戒出来るし犯人も迂闊に手出しは出来ないはずだからだ。 「司、何だか今日は嬉しそうね」 「何か良いことでもあったのか、親友」 晃も中条も俺がテンションが妙に高いのが気になるようだ。とにかく俺の思い過ごしだったのだ。何も怯える必要はなかった。 そう思うと急に眠気が襲ってきた。やはり昨日あまり寝付けなかったのが響いているらしい。 「ふわぁ……」 「残念だな、司。次は井上の古文だぜ。もし寝たりしたら――」 「50分立ちっぱなしで授業を聞かないといけないわね」 いつものように嫌味に笑う中条。立たされたら笑えねぇっつーの。 井上は怒らせたらかなり厄介な先生だ。生徒たちの中でも"鬼の井上"なんていうあだ名で呼ばれたりしている。 「頑張って寝ないようにはするよ」 「藤塚君、ちょっといい?」 「あ、辻本さん。晃、中条、わりぃ。ちょっと席外すわ」 辻本さんは心配そうか顔をしている。おそらく今日何か嫌がらせをされてないか聞きたいのだろう。 ここでは二人に聞こえてしまうので場所を移動する。辻本さんも分かってくれたようで俺たちは教室を出た。 「司の奴、委員長に呼び出し喰らって……また変なことしたのかね」 面白がって司と辻本を見る晃に対して、中条は少し不機嫌そうな顔をしていた。 「……あたし、ちょっとトイレ」 「おう、早く戻って来ないと井上怖いぞ~」 「司みたいなヘマ、あたしはしないわよ」 晃とふざけあってから、中条は小走りで近くの女子トイレに向かう。何か良くない気持ちが沸き上がるのを中条自身も自覚していた。 ――あたし、こんなに心狭かったっけ。 都合よく女子トイレには誰もいなかった為、中条は蛇口を思いっ切り捻って出て来た冷水を―― ――頭、冷やそう。落ち着けあたし。 顔に何度もぶつけた。ぶつける度に身体が縮こまるほどの冷たさを感じる。 ……これでいつも通りの"中条雪"に戻れただろうか。 「……落ち着け、あたし」 声に出して中条は確認する。別に委員長は自分たちの仲を引き裂こうとしてるわけじゃない。 どうせ司がまた悪戯でもして今頃生活指導室辺りで怒られているに違いない。晃もそういってたじゃないか。 ――こんな些細なことで動揺するあたしがおかしいんだ。 「……司と晃は、あたしの一番の親友だよ」 だから心配する必要なんてない。"あの時"みたいに裏切ったりするわけないんだ。だってあれはもう昔の話だし、司と晃には関係のないことなんだから。 中条は何回も繰り返す。まるで魔法の呪文のように。 「司と晃は、あたしの一番の親友だよ」 ――大丈夫。委員長はあたしの居場所を奪おうなんてしてないから。だから大丈夫。 「司と晃は、あたしの一番の親友だよ」 ――だから……疑ったりしてはいけないんだ……! 「……よしっ!」 冷え切った自分の頬を軽く叩いて、中条は女子トイレを後にした。大丈夫、もう元通り。サバサバしてる中条雪に戻れたはずだから。 470 :嘘と真実 3話 ◆Uw02HM2doE:2012/05/06(日) 02 43 13 ID AD11.4Q2 屋上が解放されている学校は、現実では中々ないと思う。少なくとも前の学校は屋上へ行くことは出来なかった。 いわゆる"青春"と呼ばれる部類の一つが屋上だと思い込んでいる俺にとっては、この学校の屋上解放というのはかなり魅力的な点の一つなのだ。 「それじゃあ、今日は何も起きてないのね」 「ああ。俺も用心して今日はいつもよりも早く登校したけど到って平和だよ」 そんな屋上に俺と辻本さんはいた。 いつもなら昼休みともなれば結構な数の生徒で賑わうのだが、今日は生憎の曇り空。屋上には殆ど生徒はおらず俺たちにとっては都合が良かった。 「……諦めた、のかしらね」 「まあまだ分からないけどな。やりづらいのは確かなんじゃないか」 屋上の隅っこにあるベンチに座りながら俺たちは話を続ける。辻本さんは考える時の癖なのだろうか、手を顎に当てて難しい顔をしていた。 「……辻本さんの言いたいことは何となく分かる」 「えっ?」 「まだまだ油断大敵ってことだろ?」 今日はまだ終わってはいない。これから犯人が何か仕掛けて来る可能性は十分にある。 それにたまたま今日しくじっただけで、明日になったら嫌がらせをされているという可能性だって十分ある。 「……油断はしない方が良いと思うの。私たちに出来ること、まだあると思うし」 「そうだな。とりあえず警戒は最大限しておくよ。何かあったらすぐに連絡する」 「それもそうだけど――」 辻堂さんの話を遮って予鈴が鳴り響いた。そろそろ井上が教室に来て、今日当てる生徒を品定めするに違いない。 最後に教室へ戻ったり、立っていた者がよく当てられてしまうのだ。 「とりあえず予鈴が鳴ったから急いで戻ろう。俺も用心しておくからさ」 「う、うん……」 辻本さんは何か言いたげだったが黙って俺の後について来た。大丈夫、俺がしっかりと警戒していればそう簡単には嫌がらせは出来ないはずだ。 471 :嘘と真実 3話 ◆Uw02HM2doE:2012/05/06(日) 02 43 59 ID AD11.4Q2 「明日はホームルームに球技大会の組分けをするからな。どれが良いか各自考えてこい。それでは、また明日!」 担任の礼を期にクラスメイトたちは帰り支度をしたり、部活へ行く準備をし始める。そんな中俺は―― 「あらあら、この机に突っ伏して動かないのは一体誰かな?」 「晃くん、これはさっきの古文の授業で恐ろしくも居眠りをしてしまった藤塚司じゃないかしら」 完全にノックダウンしていた。嫌味を言いながら近付いてくる晃と中条に構う力すら今はない。 ……あの時、睡魔に負けず打ち勝てていたら、井上の怒りを買ってしまい一人で黒板に同音異義語をひたすら書き続けるという罰を受けずに済んだのだろうか。 「いや、実際司は頑張った方だぜ?"たいしょう"なんて漢字、よく7個も思い出せたもんだ」 晃はよくやったと言いながら俺の肩を叩いてくれた。そう、俺は頑張って抵抗したんだ。無い脳みそを振り絞って7個も同音異義語を書いたんだぞ。 「まあそのせいで余計に井上の怒りを買って、"ほしょう"、"こうてい"、"きょうい"……それから何だっけ?」 「えっと……確か"こうしょう"、"こうせい"、"しこう"……くらいかな」 「そうそう。それらも追加で書かされる羽目になっちゃったわけだけどね」 クスクスと笑う中条の声さえも今は気にならない。とにかく黒板にあんな大量に漢字を書いた疲労感で一杯だった。 「ふ、藤塚君……大丈夫?」 心配げな声に思わず顔を上げると、辻本さんが立っていた。目の前にいる晃と中条に気を使いながらも、俺が心配で話し掛けてくれたようだった。 「ああ、別に大したことじゃないよ。まあ良い勉強になったしさ」 辻本さんを安心させる為に明るく答えると、彼女も微笑んでくれた。 ……我ながら現金な奴だなと呆れてしまう。晃と中条も半分は心配して声を掛けてくれたのに対応があからさまに違うからだ。 「おいおい!俺たちが心配してやってた時は無視してた癖に、委員長の時はすぐに返事かぁ!?」 「うるせぇ!お前らは心配半分、からかい半分だろうが!」 ふざけてからかってくる晃。まあ、こいつらと辻本さんとじゃ関係が違う。晃と中条とはもう半年も一緒につるんでるんだ。 これくらいじゃないと照れ臭い。晃もそんな感じらしく、怒ったふりをして俺に絡んで来ていた。 「こんなこと言ってるぜ、中条?もう司と遊ぶのはやめようかねぇ」 「えっ……と、あはは……」 「ん?どうした中条?」 中条の反応が悪かったのが気になったのか、晃は中条を見る。つられて俺も見ると、少し複雑そうな表情をしている中条がいた。 「あ、あはは!あたしも、もう司と遊ぶのはやめようかな!」 「そうだよなぁ。何か司君、素っ気ないし?」 「晃の恋人なのにね?」 「お、お前らいつまでも引っ張り過ぎだろ、そのネタ!」 二人の掛け合いにいつものように突っ込む。中条を見るが、俺が知っている意地悪そうな中条に戻っていた。俺の見間違いだったのだろうか。 結局、いつも通り騒ぎ出した俺たちを辻本さんが注意するのだった。 472 :嘘と真実 3話 ◆Uw02HM2doE:2012/05/06(日) 02 44 39 ID AD11.4Q2 「未記入は何処だっけ?」 「右端に置いておいて。……手伝わさせちゃってゴメンね、藤塚君」 放課後の教室。夕焼けが差し込む中、俺は辻本さんの仕事を手伝っていた。 クラス委員は色々と雑務が多いらしく、今日は二学期中のクラス全員の提出物をチェックしている。 「いや、いつも放課後時間取らせちゃってるしさ。俺、部活やってないから暇だし」 「そう?でも本当にありがとね。凄く助かるわ」 「しかし、こんな量を辻本さん一人に任せるなんて先生も先生だよな」 二学期分、しかもクラス全員ともなれば結構な量の用紙が机の上には広がっていた。 これを一人で仕分け、整理までするのはかなり骨が折れるに違いない。辻本さんは苦笑しながら作業をこなす。 「まあ先生もお忙しいから。それに意外とこういう仕事も楽しいものよ?」 「楽しい……ね。俺には分からないけどなぁ」 こんなアンケートや進路調査の整理の何処が楽しいのか見当もつかない。 「例えば、藤塚君は将来公務員になりたいんでしょ?」 「えっ?」 「でも警察官や国会議員とかもあるから、恐らく安定した仕事、もしくは国関係の仕事が良いのかな」 ニッコリと微笑む辻本さんに対して俺は呆然としていた。何で彼女が俺の将来の夢を知っているんだ。一体彼女は―― 「まあこんな風に皆の進路調査を見て、その人が何を考えてるのか推測できるじゃない?」 「あ、ああ、そういうこと。つーかそれって勝手に見ちゃいけないんじゃ……」 「別に見てるわけじゃないわよ。チェックしてる時に見えちゃうんだもの、仕方ないわ」 「あはは……」 当然のように話す辻本さんに頼もしさすら感じる。 ……何を考えてるんだ、俺は。自意識過剰にも程があるだろ。 「さ、ちゃっちゃと終わらせましょう。出来れば今日中に職員室に持って行きたいし」 「了解しました、お嬢様」 「頼んだわよ、じいや」 ふざけながら夕焼けに染まった教室でせっせと作業をする。この時、俺は嫌がらせのことなんてすっかり忘れていた。 「じゃあ私、職員室に寄っていくから」 夕日も沈みかけた頃、ようやく作業が終わり辻本さんと教室を出た。一緒に帰ろうと誘ったが職員室に整理した用紙を届けるので、近くで別れることになった。 「おう、暗くならない内に帰れよな」 「あっ!藤塚君!」 「ん?」 昇降口に向かおうとする俺を辻本さんが呼び止める。 「今日はありがとね。それから……気をつけて」 「あ、ああ。気をつけるよ」 「うん。じゃあまた明日!」 明るく手を振りながら辻本さんは小走りで職員室に向かって行った。 「……そうだ」 辻本さんに言われて思い出した。まだ今日は終わってないんだ。夕焼けに染まる階段を降りながら俺は自分の甘さを改めて思い知った。 473 :嘘と真実 3話 ◆Uw02HM2doE:2012/05/06(日) 02 45 22 ID AD11.4Q2 「お、中条」 「……司」 帰る途中に正門で偶然中条と会った。制服に自転車を押している中条に若干の違和感を覚える。 「あれ、帰りか?部活はどうした?」 「ちょっと手、捻っちゃってね。今日は早退」 中条の右手首には包帯が巻いてあった。どうやら練習中に捻挫したらしい。 「そっか。俺も今帰るとこなんだ。途中まで帰ろうぜ?」 「う、うん……」 中条と一緒に暗くなり始めた通学路を歩く。 そういえば中条と二人きりで帰るのは、初めてのことだった。晃も中条も部活組だったので帰りはいつも一人だったのだ。 「中条ってセッターだっけ?」 「……そうだよ」 「セッターってかなり難しいんだろ?どっちに打たせるかとか、瞬時に判断しなきゃいけないんだもんな」 「大袈裟だよ……」 中条は女子バレー部で弥生の先輩だ。たまに家で弥生から中条の話を聞いたりするが、かなり優秀なセッターらしく弥生たち一年生の憧れらしい。 たまにその話をすると中条がこれでもかと言うぐらい自慢話をするので、普段は話さないのだが……今日は食いついてこないな。そんなに手首が痛むのだろうか。 「弥生……えっと、妹も言ってたぜ?中条は凄いセッターだってさ」 「……うん、ありがと」 中条はずっと俯いたままだ。俺の方を一切見ずに歩き続けている。いつもの中条ならもっとふざけたり、俺を困らせようとするのに。 ……何かあったのだろうか。 「……どうかしたか?」 「えっ!?な、何が?」 「何かあったんじゃねぇのか。さっきからずっと俯いてるし」 「そ、そんなこと……」 中条は明らかに動揺しているようだった。暗くなっているせいで表情はよく分からない。でも何となく昼間のあの表情が思い出された。 「……ちょっと時間、あるか」 「……うん」 いずれにしろ心配だ。俺は中条と近くにある公園に行くことにした。 474 :嘘と真実 3話 ◆Uw02HM2doE:2012/05/06(日) 02 46 12 ID AD11.4Q2 通学路の途中にある小さな公園。公園内には設置物が殆どなく、ブランコが二つあるだけだ。そんなブランコに俺と中条は座っていた。 「ほい、コーヒーで良かったか?」 「……ありがと」 中条にコーヒーを渡してブランコに座る。音を立てながら揺れる感覚が何だか懐かしかった。 「あったけぇな、コーヒー」 「…………」 ホットコーヒーを飲みながら中条が何か言うのを待つ。きっと俺から聞いても答えづらいだろうし、中条のペースで話をして欲しかった。 中条はしばらくずっと俯いたままだったが、観念したのか少しずつ話をし始めた。 「……あたし、変なんだ」 「変?」 「うん。あたしとさ、司は親友だよね?」 真剣に俺を見つめる中条。改めて見るとかなりの美少女なのがよく分かった。この質問はちゃんと答えなければならない。 「ああ、勿論だ」 「……どうやってあたしたちが仲良くなったか、司は覚えてる?」 忘れるわけがない。俺にとって中条は晃の次に出来た友達だからだ。 「当たり前だろ。お前がいきなり、バレー部の可愛い藤塚弥生の兄は君か、とかいって突っ掛かってきたんだよな」 「あはは、まさか一字一句覚えてるなんてね」 「あんなに印象的な出会い、忘れる方が難しいな」 急に俺に突っ掛かって来たのが中条だった。 学校が始まって一週間、晃と友達になりようやくクラスにも少しずつ溶け込めるようなっていた4月中旬。中条は嵐のように現れたのだ。 理由はどうあれ、それから何かと中条は俺に絡むようになり気付けば三人で馬鹿をやるようになっていたのだった。 「覚えててくれて……嬉しいよ」 中条は照れ臭そうに話を続ける。 「正直、引かれたらどうしようかと思ってたよ。でもあたし……不器用だから」 「だからって妹ともっとお近づきになりたいから仲良くしろとか、ないわな」 「う、うるさいわねぇ!あたしだって必死だったんだから!」 中条はすっかり恥ずかしがっていた。 それが普段の中条とあまりにも掛け離れていて、俺はつい吹き出してしまう。暗くてよく分からないがきっと中条は今顔を真っ赤にしているに違いない。 「わ、笑うなっ!!」 「ゴメンゴメン。で、それがどうしたよ?」 「と、とにかくね!司と晃には……その…………しゃしてるの」 「えっ?」 急に声が小さくなったので思わず聞き返す。すると―― 「か、感謝してるの!!こんなあたしを受け入れてくれてすっごく嬉しかったの!!」 公園内に響き渡るくらいの大声で中条は叫んでいた。 ……めっちゃ照れること大声で言いやがって。 「だから!!……だから不安になっちゃったのよ」 「不安?」 「……委員長がさ、最近司とよく話したりしてるじゃない?」 「あ、ああ……」 少し、ドキッとした。 確かに辻本さんとの時間が最近三人で遊ぶ時間よりも長くなりつつあるからだ。 それでも俺が晃と中条を親友と思う気持ちは変わらないが二人はどうなのか、考えなかったわけではない。 「あたし、変に勘繰っちゃってさ。委員長が、あたしたちの仲を引き裂こうとしてるんじゃないかって……」 「委員長が?いや、それは――」 委員長は俺が頼んだから協力してくれているだけだ。 「分かってる。そんなことないって分かってるよ。……でも凄く不安になって」 中条はまた俯いてしまった。そうか、だから中条は俺と委員長が話してる時、口数が少なかったんだ。 ……中条も俺と同じだ。三人の関係を崩したくなくって、それが崩れるのが怖かったんだ。 「……中条、その気持ち分かるよ」 「司……?」 中条が俺を見つめる。俺も今の日常を守りたくて辻本さんと一緒に戦っているんだから。 「……俺も不安だからさ。今が楽しすぎて、いつこの日々が壊されてしまうのかって」 「うん……」 「でも辻本さんは別に俺たちの仲を引き裂こうとはしてないから」 「……信じて、いいんだよね」 いつの間にか中条の顔が目の前にあった。これだけ近ければ周りが真っ暗であっても関係ない。不安げな中条の顔がはっきりと見えた。 今彼女を安心させられるのは、俺だけなのかもしれない。だから俺は中条の目を見てはっきりと答える。 「……ああ!信じろ。俺たち、親友だろ?」 「……うん、分かった。信じるよ、司のこと」 中条はゆっくりと微笑んでくれた。それは俺の知っている意地悪なものじゃなくて、つい見とれてしまった。 「あっ、ゴメン!」 「い、いや……俺こそわりぃ」 至近距離だったことにお互い気付いて急いで距離を取る。何だか恥ずかしかったが、不思議と嫌な気持ちはしなかった。 475 :嘘と真実 3話 ◆Uw02HM2doE:2012/05/06(日) 02 46 57 ID AD11.4Q2 「あ、司そっちなんだ」 「おう。中条は下り坂か」 すっかり暗くなった帰り道。 さっきのこともあり、少し照れ臭かったがいつも通りの中条に戻っていた。今日付き合わせたお詫びに、コイツなりに気を使ってるのかもしれない。 「じゃ、あたしはこれで。……今日は、ありがと。司の言葉、嬉しかったよ」 中条はこちらを向かず、ぶっきらぼうに自転車に乗る。きっと恥ずかしがっているのだろう。 「気にすんな、親友だろ。下り坂、気をつけてな」 「うん。また明日ね!」 「おう、またな!」 中条はそのまま下り坂を自転車でかけていった。俺はそのまま帰り道を歩いて行く。 「……信じる、か」 改めて思う。俺はこの日常を、大切な仲間たちとの日々を失いたくない。中条をこれ以上不安にさせないためにも、俺は一刻も早く犯人を突き止めなければ―― 「……今日は結局何も起きなかったな」 本当に何も起きなかったのだろうか。今までずっと、辻本さんと一緒に警戒しても続いていた嫌がらせ。果たして今日突然止むことがあるのだろうか。 「……大丈夫」 何も起きなかったんだ。自分自身にそう言い聞かせて、俺は家への道を急いだ。 「今日も元気か、司君?」 次の日の朝、ホームルーム前に晃が話しかけてきた。いつもは朝練で疲れているせいか席で爆睡しているのだが、今日は気持ち悪い笑みを浮かべて近付いて来る。 「どうした?ちなみに金なら貸さん」 「違うっ!親友よ、分かっているとは思うが今日のホームルーム、議題は覚えているかな」 「確か……あー、球技大会――」 「そうだ親友っ!勿論司君はサッカーに出てくれるよな!なっ!」 俺が言い終わる前にガシッと手を握ってくる変態が一名。 せっかく解いた誤解が一瞬の内に水の泡になるような行動は止めて欲しい。現に不審なものを見る目でこちらを伺っているクラスメイトも2、3人いる。 「わ、分かったからその手を離せ!」 「よっしゃ!頼むぜ親友!いやっほぅ!!」 爽やか系変態男子が思いっ切りガッツポーズをした瞬間、教室に予鈴が鳴り響いた。晃をなだめて席に返しながら俺は考えていた。 「今日も……か」 今朝も嫌がらせは起きていなかったのだ。まだ油断は出来ない。しかし本当に犯人はもう諦めたのではないだろうか。 辻本さんはしばらくは油断しない方が良いと言っているが、昨日のこともある。中条も―― 「……あれ?」 そういえば中条の姿が見当たらない。 いつもは朝練が終わった後には教室にいるんだが。バレー部は朝練が長引いているのだろうか。でもアイツ、怪我したんじゃなかったっけ。 「ホームルームやるぞ!席につけ!」 そんなことを考えている内に担任が教室に入って来た。 まあ俺の考えすぎなのかもしれない。単純に風邪を引いたって可能性だって十分あるわけだし。そんな俺の疑問に答えてくれるかのように担任は口を開く。 「最初に……皆にも知っておいて欲しい話だ。ちゃんと聞くように」 教室がしんと静まり返る。何だろう、皆はそんな不思議そうな表情をしていた。 「今日休んでいる、中条なんだがな――」 その瞬間、急に鼓動が激しくなるのを感じた。何で中条の名前が出てくるんだ……。そして俺は、俺は何でこんなに震えてるんだ。 「昨日交通事故にあって……重態だそうだ。今朝保護者の方から――」 頭がガンガンする。吐き気が止まらない。 交通事故って……何だよ?重態?昨日あんなに笑ってたじゃねぇかよ……。何だよ、それ。今日も何も起きてないって?起きてるじゃねぇかよ!! 「今はまだ……おいっ、藤塚!!」 気が付けば俺は教室を飛び出していた。何でもっと気をつけなかった!?辻本さんにも言われてたんじゃないか―― 『ただの例えよ。……でもこのままじゃ中条さんにも被害が及ぶかもしれないわ』 俺は………………大馬鹿野郎だ。
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禁忌と衝動 ◆imaTwclStk ―ここは何処だ? 見知らぬ風景。 もう、この感覚にも慣れてきた。 でも、今回のはちょっと今までと違う感じだな。 おぼろげな視界がハッキリして、見えてきた光景は… ―愚か者どもめ! 何故、私に従わん!何故、私に逆らうのだ! あれは誰だったかな? あぁ、そうだ。 何でこんな単純な事に気がつかなかったんだろう。 あれも僕じゃないか。 僕は『誰か』と戦って負けた。 力が失われていく、現界したばかりだぞ! 嫌だ、これで終わりだなんて、僕は… 僕はまだ誰の血肉をも得ていない。 僕に逆らった愚かなる弟の始末以外何一つ! 視界が遠のいていく、又、あの忌々しい石の中で待ち続けるのか? 最後にあいつの姿を… ―ベオルブ家も、もうおしまいだ… あれは! そうだ、あいつはあいつこそが! ベオルブ家がお終い? 終わらせた者こそ、おまえだろうが! 愚かだ、愚かな弟達だ。 何故、何一つ理解しようとしないんだ。 あの時こそ私達がイヴァリースを手に入れる機会だったのだ。 その為に邪魔な父を殺し、私が家を継いだのだぞ!? ラムザ、貴様はその全てをぶち壊したのだ。 ただ、父に可愛がられていただけの妾の子が…そのおまえが私を手に掛けたのだ。 ―許せん『せない』! ―おまえだけは、私『僕』に逆らった事を後悔させてやる!! 「痛ッ!」 あれは…夢? 夢にしてはあまりにもハッキリとしすぎていた。 そういえば、僕は誰の手を掴んでいるんだ? 今、聞こえた声は? 「デニム…痛い」 僕は柔らかな感触を後頭部に感じながら視界を声の方に向ける。 視線の先に姉さんが不安と苦痛が入り混じった表情でこちらを覗いている。 「ご、ごめん、姉さん」 僕は慌てて手を離す。 さっきの夢の所為だろうか、よほど強く姉さんの腕を掴んでしまっていたみたいだ。 気がついてみれば先ほどから感じている柔らかな感触は姉さんの太腿の感触だ。 要するに僕は姉さんに膝枕されていたってことか? …情けない。 起きよう。 そう思い、身体を起こそうとする。 「ごめん、姉さん。重かっただろう?今、起き…ウグッ!?」 姉さんの唇が僕の唇に重なる。 柔らかな感触に一瞬浸ってしまったけど、すぐに姉さんの肩を掴み引き剥がす。 絡み合った唾液が糸を引いてぷつりと切れ落ち、甘い吐息が漏れる。 改めてみた姉さんの目から涙が頬を伝い落ち、僕の顔をうつ。 「ね、姉さん?」 肩を掴んでから気が付いた。 姉さんの身体は震えている。 「…ねぇ、デニム。あなたに何があったの? 私は…私はあの時、確かにあの剣士に斬られて、もう駄目だって思ってた。 身体が冷たくなってきて、助からないって分かってたから デニムにあんなお願いまでしたのよ? でも、気が付いたら、傷なんて何一つ負ってなかった。 …違うわね。あなたが何とかしてくれたんでしょ? なのに…なのに、何で?何で一人で何処かに行ってしまうのよ!」 姉さんが泣きながら僕に真剣に訴えている。 姉さんを僕が置いていった? 「姉さ…」 いつの間にか姉さんの手が僕の後頭部に回り、無理やり引き寄せられ、 再び重なる姉さんとの唇の感触。 感情が高ぶっているのか、今の姉さんは自制が効いていないのだろうか? 僕たちはその…こういう関係では、ない…と思う。 「姉さん、その意味が良く分からない」 如何しても離れてくれる気のない姉さんを無理に離しても同じことの繰り返し、 若しくは状況が悪化するだけ。 あくまで今の段階だけでも許容しないと今の姉さんなら一線を越えかねない。 唇は重ねたまま、口を割って入って来ようとする舌を舌で押し返し、姉さんに尋ねる。 「意味?意味って何!?」 少しだけ口を離して姉さんが僕に聞き返してくる。 質問が抽象的過ぎた。 「その…何も覚えてないんだ、姉さんの為に『何か』をした覚えはあるんだけど…」 僕が打ち明けた途端、姉さんはやっと僕から離れ驚愕の表情を浮かべている。 「覚えていないって、デニムあなた平気なの?」 姉さんがぐっと顔を寄せて、僕の顔を窺っている。 心配してくれているんだろう。 関心がずれた所為か、いつの間にか泣き止み、おろおろと僕の身体に異常が無いか 確認しようとする姉さんを今度こそきちんと離し、 少し大げさに自分の身体が無傷な事をアピールしようと思ったのだが、 「グッ!」 気が付かなかったが身体のところどころに打撲を負ってしまっている。 しまった、と僕が思うよりも早く姉さんが動いていた。 「やっぱり、何処か怪我してるんじゃない!?動かないで、今、私が…」 無理やり押し倒され、又、最初の状態に戻ってしまった。 それで更に気が付いた事なんだが、 「姉さん…あの…こんな事言うのも如何かと思うんだけど…その…見えてる…」 自分でも一気に顔面が紅潮していくのがハッキリと分かる。 さっきまで慌てていたのと姉さんとの距離が近かった所為で気が付かなかったのだが、 姉さんの上着は袈裟懸けにスッパリと斬れており、 その隙間から姉さんの素肌が垣間見えるのだ。 黒い衣類の隙間から見えるふっくらと整った白い肌と淡い桃色のそれは姉さんに対してだけは 本来感じる事はないと思っていた、自分の中の情欲を煽るものが出てきてしまう。 僕の視線と言葉から回復呪文のために集中していた姉さんが視線を落とし、 そこで初めて自分の状態に気が付いたのだろう、慌てて胸元を隠す。 「…見た?」 姉さんも僕と同じように顔を紅潮させて尋ねてくる。 「…ごめん」 こんな言葉しか返せないのだけど。 だけど少しほっとする。 姉さんの素肌が垣間見えたときに襲ってきた衝動。 姉さんの事を押し倒し、その柔らかい素肌を思うままに蹂躙し、自分の肉欲のままに姉さんを汚す。 そしてその腕に、乳房に、首に喰らいつき嬌声と悲鳴の入り混じった叫びを響き渡らせる。 自分の中に此処まで猟奇的な衝動があること自体に正直驚いている。 まるで何かに急かされる様な感じで襲ってきた衝動は何とか押さえ込む事ができたけど、 姉さんには僕がこんな葛藤を抱いていたなんて気づかれるわけにはいかない。 いつ、又、同じ衝動に襲われるかも分からない。 取りあえず状況を変えなくては。 「姉さん、僕は本当に大丈夫だから…それに姉さんこそ、あまり顔色が良くないよ。 取りあえず此処を離れて何処かで休憩しよう。 …それと、姉さんの着れる服を探さないと」 姉さんも黙って頷いている。 今の状態が恥ずかしいのは姉さんの方だから当然かもしれないけど。 「取りあえずはさっきの城まで戻ろう。 日の傾き具合から観ても、多分あそこには誰も残ってはいないだろうし、 何よりあそこなら色々と手に入れることができそうだから。 少し歩く事になるだろうけど…姉さん、いけるね?」 「え?えぇ、それで問題ないわ…」 胸元を隠しながらもじもじとした仕草で姉が同意する。 同意が得られた事だけを確認し、すぐに姉さんから視界を離す。 じゃなければ、姉さんの女性としての仕草を見ているだけで衝動に襲われそうになる。 すぐにでも出立できるように自分の荷物を拾い上げ、 そのまま此処を離れようとして、気が付けば僕はいつの間にか荷物の中から名簿を取り出し握っていた。 (あれ?僕はこれを取り出した覚えは無いけど…) 取り出したものはしょうがない、移動しながら名簿の再確認でもしよう。 やはり見覚えの無い名前を目で追っていると、ふと一人の人物で目が止まった。 ―ラムザ・ベオルブ 「どうしたのデニム?ずいぶん、嬉しそうだけど?」 姉さんが不思議そうにこちらを見ている。 「えっ?」 自分の顔に手を当てる。 僕の顔はいつの間にか笑っていたようだ。 この名前を見たとき、ただ『見つけた』。 そう感じただけだったのに。 【C-5/森の手前/夕方】 【デニム=モウン@タクティクスオウガ】 [状態]:プロテス(セイブザクィーンの効果)、全身に打撲(軽症)、 全身が血塗れ、気絶中。 [装備]:セイブザクィーン@FFT 炎竜の剣@タクティクスオウガ、ゾディアックストーン・カプリコーン@FFT [所持品]:支給品一式×3、壊れた槍、鋼の槍、シノンの首輪、スカルマスク@タクティクスオウガ [思考]:1:姉と共にC-6の城まで移動 2:衝動を抑える 3:…ラムザ・ベオルブ? 【カチュア@タクティクスオウガ】 [状態]:全身が血塗れ、失血による貧血。左腰から右胸に掛けて衣装に裂け目。 [装備]:魔月の短剣@サモンナイト3 [道具]:支給品一式、ガラスのカボチャ@タクティクスオウガ [思考]:1:デニムと共にC-6の城まで移動 2:衣類の探索 3:デニムの様子がおかしい? [備考] ・デニムはアドラメルク時の記憶を部分的に喪失しています。 又、デニムが襲われる衝動は全てアドラメルクが介入しています。 徐々にダイスダーグ(前の契約者)の記憶の混同が始まっています。 081 それはまるで… 投下順 083 Black Wings 081 それはまるで… 時系列順 083 Black Wings 072 愚者の集い デニム 101 Legion 072 愚者の集い カチュア 101 Legion
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嘘とぬいぐるみ/ Dixie Flatline Lv CHAIN 譜面属性 BPM TIME Version Genre Illustrator Effect NOVICE 03 0432 105-120 IV54 EXIT TUNESボーカロイド べて Megacycle ADVANCED 08 0514 EXHAUST 13 0765 MAXIMUM 16 1258 +難易度投票 NOVICE 選択肢 投票数 投票 詐称 0 強 0 中 0 弱 0 逆詐称 0 ADVANCED 選択肢 投票数 投票 詐称 0 強 0 中 0 弱 0 逆詐称 0 EXHAUST 選択肢 投票数 投票 詐称 0 強 0 中 0 弱 0 逆詐称 0 MAXIMUM 選択肢 投票数 投票 詐称 0 強 2 中 0 弱 0 逆詐称 0 動画検索 攻略・解説 譜面・楽曲の攻略についてはこちらへどうぞ 見辛さ解消の為に改行や文頭の編集、不適切なコメントを削除することがあります 名前 コメント ※文頭に[ bgcolor(#aaf){NOV}]、[ bgcolor(#ffa){ADV}]、[ bgcolor(#faa){EXH}]、[ bgcolor(#888){MXM}]をコピー ペーストすると見やすくなります コメント 楽曲やイラストなどのコメントについてはこちらへどうぞ 名前 コメント すべてのコメントを見る
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24 :嘘と真実 11話 ◆Uw02HM2doE:2012/10/17(水) 12 59 52 ID TNfm98K. ~ある加害者のモノローグ・3~ 兄さんが、死んだ。 葬式はひっそりと行われて、兄さんの友達は殆ど来なかったらしい。 両親は早く式を終わらせたかったらしく、私が寝込んでいる間に全てが終わっていた。 「…………兄さん」 もう兄さんがいない部屋で、兄さんの使っていたタオルケットに包まれる。 ……許せない。ただそれだけが私の感情を支配していた。 私がもっと兄さんを支えることが出来たら……無力な自分が許せない。 両親が兄さんを信じてあげられたら……ろくでなしな両親が許せない。 周りが兄さんをおとしめたり苦しめなかったら……無慈悲な周囲の人達が、許せない。 そして何より―― 「…………許せない」 頭の中を反芻する名前。駅員がメモしていた、痴漢の"被害者"とされている……兄さんを死に追いやった"加害者"の名前。 「藤塚……弥生……」 見たのは一瞬だったが私はこの名前を一生忘れないだろう。 非力で無力な、兄さんを救うことの出来なかった今の私では無理かもしれない。 でも、必ず見つけ出す。私の生涯を賭けても必ず見つけ出す。 ……そして復讐する。兄さんに痴漢の濡れ衣を着せてのうのうと生きている藤塚弥生に、復讐する。 ――藤塚弥生を××する。 11話 『なるほどねぇ……それで最近、中条のことを雪とか言っちゃってるわけだ』 電話越しでも伝わる、晃のやれやれみたいな態度に思わずぶん殴ってやりたくなるが、これは電話だ。 残念なことに晃を殴る手段は存在しない。だから冷静に対応しなくてはならない。 「……まあな」 『俺というものがありながら中条にまで手を出すなんて……酷い!鬼畜!鬼!悪魔っ!』 「そもそもお前とそんな関係じゃねぇよ!」 ……やはり晃相手に冷静でいられるはずはなかった。まあ何となく分かっていたことだが。 『とにかく、君の気持ちは分かったよ司君。多いに青春しているみたいで結構だ』 「そりゃどうも……」 あれから、中条を雪と呼ぶようになってから二週間程が経った。 少しずつ雪と呼ぶことにも慣れてきたが、俺が意識するせいか。以前のように気楽に話せなくなっていた。 どうしても雪のことが気になってしまう。今まで体験したことのない感覚に、正直俺は戸惑っていた。 最近、無事退院した真実が俺達のグループに入ってくれたおかげで、何とか雰囲気は平穏に保たれてはいたが、このままではよくない。 そう思って俺は晃に相談することにしたのだった。 『で、結局中条のことが好きってことでいいのか』 「……ああ」 『じゃあ付き合いたいのか?』 「……多分」 『キスしたい?イチャイチャしたい?セックスしたい?』 「お、おいっ!?」 詰問からの超展開に思わず俺は戸惑いを隠せなくなるが、そんなことはお構いなしに晃は話を進めていく。 『いや、付き合うってそういうことだぞ。恋人同士でしか出来ないことが出来るんだから。司は中条をどうしたいんだ?』 「俺が……どうしたいか」 25 :嘘と真実 11話 ◆Uw02HM2doE:2012/10/17(水) 13 00 35 ID TNfm98K. 『それが曖昧な内は告白なんて止めとけ。怪我するだけだぞ、お互いに』 「……別に告白なんて――」 『考えてないわけじゃないだろ?』 晃は俺の心を見透かすように話を続ける。確かに晃の言う通りなのかもしれない。 ……俺は雪と、どうなりたいんだろうか。 「……もう少し、考えてみるわ」 『おう、あんまり難しく考えるなよ。思った気持ちを素直に言葉にすりゃあいい』 晃が友達で、親友で良かった。こんなこと相談出来る奴なんて、そうそういない。現金かもしれないが、晃がいることのありがたさを改めて感じた。 「……ありがとな、晃」 『っ!司君がデレた!!』 「うるせぇ!」 結局こうやっていつも通りのノリにはなってしまうのだが。 『……後は委員長だな』 「真実?真実がどうかしたのか」 『お前は……お前って奴は何処まで朴念仁なんだ』 晃は呆れ果てたような口調で話しながら、溜息をつく。電話越しでも分かる、大きな溜息だった。 『後は自分で考えろよな。あんまりグズグズしてると修羅場を迎えるぞ?』 「ど、どういうことだよ」 『不用意な優しさは誰かを傷付けることに成り兼ねないからな……ま、健闘を祈る!』 「おいっ、晃!おいっ!」 晃に呼び掛けるが既に通話は切られてしまっていた。仕方なく携帯を机に置いてベッドに腰掛ける。 ……俺だってそこまで鈍感じゃない。晃が何を言いたかったか、大体分かる。真実との関係をはっきりさせなければならない。 俺は雪のことが好きだ。この気持ちに偽りはない。 具体的にどうしたいのか、それはまだ分からないが少なくともアイツが他の誰かと付き合ってるのを見たくない。 だからこそ、真実にもはっきりそれを伝えなければならない。 この一ヶ月、嫌がらせにあっていた俺に協力してくれた、真実。 彼女がいなかったら俺はこの一ヶ月で起きた出来事に耐えられなかったかもしれない。 真実がいたからこそ、俺は嫌がらせの犯人を見つけることが出来たんだと思う。 このまま親友としてやっていけたらどれだけ良いか。勿論、俺はそれを望んでいる。しかし―― 「……真実」 真実はそうじゃないかもしれない。俺の思い違いだったら、勝手な自惚れだったら全然構わない。 ……ただ、もしそうじゃなかったとしたら。 「それでも……俺は……ちゃんと言わなきゃ…ならない……」 それが真実に対する礼儀だから。ちゃんと言って、そして雪にも俺の気持ちを伝えなければならない。 ふと壁にかけられたカレンダーが目に入った。もうすぐクリスマス、そして今年が終わる。 「……明日、言おう」 もう時間はない。グズグズしていたら来年になってしまう。 まずは明日、真実に言わなくてはならない。机にあった携帯を取り、メールを作成する。 ------------------------------- To:辻本 真実 Sub:明日 放課後ちょっと時間あるか?話したいことがあるんだけど。 ------------------------------- 「……送信、っと」 少し躊躇いはあったが、いつまでもこうしていても仕方がない。俺は強くボタンを押した。 すると数分後、返信が来ていた。多分世話焼きの真実のことだ。間違いなく―― ------------------------------- From:辻本 真実 Sub:何かあった? 了解。 大丈夫?詳しくは明日聞くわね。 ------------------------------- 了承してくれると思った。嫌がらせにあっていた時だって、元々真実のお節介のおかげだった。だから真実が断るはずはない。 「……後は、ちゃんと言えるかどうかだ」 身勝手なのは分かってる。それでもはっきりさせないといけない。今夜はあまり寝れそうになかった。 26 :嘘と真実 11話 ◆Uw02HM2doE:2012/10/17(水) 13 01 21 ID TNfm98K. 「つ、司おはよう!」 「お、おはよう……」 次の日、教室に着くと同時に雪に話し掛けられた。 「今日なんだけど……放課後ちょっと付き合って欲しいな、なんて……」 何故か段々小さくなっていく雪の声。でも最近少し気まずかっただけに、誘ってくれていること自体はとても嬉しい。嬉しいのだが―― 「あー、わりぃ。今日は……その……無理なんだ」 放課後は真実と会う約束がある。自分から呼び出してキャンセルするわけにもいかない。 「……どうしても、無理?」 雪は懇願するように俺を見る。今日じゃなければ……自分の運の悪さを恨みたくなる。 「ゴメン。今日はどうしても無理なんだ」 「……そっか」 雪は静かに呟いた。よく見ると目の下にはうっすらと隈が出来ており、まぶたも少し腫れていた。 「雪?」 「き、急にゴメンね!また今度誘う!」 「あ、おい!」 そのまま雪は鞄を持って教室を出ていってしまった。もしかしたら何かあったのかもしれない。 何より気になるのは、雪の瞳が……何て言えば良いのか。光を宿していない、という表現が正しいのか。とにかく普通ではなかった。 昨日までは俺が意識しているせいで気まずさはあったが、その他は普通だったはず。何かあったのだろうか。 「おはよう、司君」 「……おはよう、真実」 追い掛けようか迷っているとちょうど教室に入って来た真実に話し掛けられた。 今から追っても雪を見つけられそうにはない。俺は諦めて真実に向かう。 「今日はいつもより遅いな」 「ちょっと用事があったの。あ、今日の放課後でしょ?空けてあるから」 「あ、ああ――」 「そろそろホームルーム始めるぞ!全員座っとけ!」 真実に何かを言う前に、担任が教室に入って来てしまった。ぱらぱらと生徒達が席に着きはじめる。 「詳しい話はまた放課後にしましょ」 真実も駆け足で自分の席に戻って行った。晃のような朝練組もぞろぞろと教室に入り座りはじめた。そんな中―― 「雪……?」 雪は姿を見せず、ホームルームも出席しなかった。 結局雪は朝早く早退してしまったらしい。 その連絡は昼頃クラスに届き、俺の不安は余計に募っていた。 メールも電話も反応が全くなく、本当に体調が悪いのかもしれないが、今朝の様子がとにかく気になった。 もしかしたら無理にでも雪の誘いに乗るべきだったのでは……そんなことを考えている内に気が付けば放課後になっていた。 「……余計なこと考えてても仕方ないか」 とにかく今は真実と話すのが先決だ。しばらく教室で待っていると真実が入って来た。 「ゴメンね!委員会の方が長引いちゃって……」 「お疲れ様。そんなに待ってないから大丈夫だよ」 真実は自分の席に戻り鞄を持ち上げると、近付いて俺の手を掴んできた。 「よし、行きましょ」 「い、行くって何処へ?」 学校の屋上で話をしようと思っていた俺を引っ張りながら、真実はどんどん昇降口に向かっていく。 「誘ってくれてちょうど良かったわ。司君に食べて貰いたい物があるのよ」 「食べて貰いたいって……またいつぞやのパフェか!?」 一ヶ月ほど前。 まだ真実と親しくなって間もない頃、一度特大ジャンボパフェを出す店に連れていかれたことがある。 確かに味は文句なしに美味かったが、あんなもんはそうそう食えやしない。 「違うわよ!とにかく行くわ、ついて来なさい」 「お、おいっ!?」 有無を言わさず真実は俺を連れていくらしい。 ……とりあえずパフェじゃなくて良かった。何処に行くか知らないが、俺が言うことはもう決まっている。 後は真実に伝えるだけだ。そう思って、俺は真実についていくことにした。 27 :嘘と真実 11話 ◆Uw02HM2doE:2012/10/17(水) 13 02 26 ID TNfm98K. 「適当に座っておいて。すぐに用意しちゃうから」 「お、お邪魔します……」 真実は俺を家に連れてきたかったようだ。 一度来たことがあったけれど、やはり女の子の家は自然と緊張してしまうものだ。 本当は真実の家は避けたかったが、真実は頑なだった。まあそういう強引な所も彼女らしいのかもしれないが。 とりあえず落ち着こうとリビングにあった椅子に座り、辺りを眺める。 前回来た時と変わらず、清潔感ある部屋だ。そして仲睦まじい兄妹の写真が、リビングにある写真立てに収まっていた。 ……そういえば真実は一人暮らしって言ってたな。両親から離れて暮らしているみたいだが、兄貴はどうしているんだろう。 写真から見るに大学生くらいだろうか。仲睦まじく写っている二人の写真が夕日に照らされていた。 「はい、どうぞ」 エプロン姿の真実が持って来たのは色とりどりなゼリーだった。 ガラスの器に一口サイズの球状になったゼリーが綺麗に並んでいる。 「おお、綺麗だな。まるで――」 「宝石みたい?」 真実は微笑みながらスプーンを俺に渡してくる。真実の前にも同じようなゼリーが器に入って置かれていた。 「そうそう!」 「……本当に似てるね」 「ん?」 「……私の兄もね、最初に私がこれを作った時、宝石みたいだって言ったの」 真実は写真立てを眺めながら呟く。何だか聞かなければいけないような気がして、俺は黙ることにした。 「……食べてみて?」 真実に勧められるがままにゼリーを一つ口に運ぶ。ちょうど良い甘さとイチゴの風味が口に広がる。美味いな、と素直に思った。 「美味い!サイズもちょうどいいし」 「ふふっ、気に入ってくれてよかった……兄も凄く好きだったの。司君もきっと気に入ると思って」 真実も緑のゼリーを口に運んでいく。エプロン姿の彼女は、何だか新鮮だった。 「それぞれ味が違うんだな。全部美味いよ」 一口ということもありとても食べやすく、すぐに全て食べてしまった。 28 :嘘と真実 11話 ◆Uw02HM2doE:2012/10/17(水) 13 03 02 ID TNfm98K. 「ご馳走様。こないだの弁当といい、真実は料理の才能あるよ」 「ありがとう。あ、そういえば司君の話って?」 「あ、ああ……真実、真剣に聞いて欲しいんだ」 まさかこのタイミングで聞かれるとは思わなかったが仕方ない。俺は真実を真っすぐ見て深呼吸をする。 「俺、実は……好きな人がいてさ」 「……そうなんだ」 真実は微笑みを崩さないまま俺を見つめる。唐突な話のはずなのに何だろう、全てを見透かされている気がする。 「あ、ああ。それで、そいつに……告白しようと思ってるんだ」 「…………」 何と言うのが正解だったのか、俺には分からなかった。 とにかく自分の気持ちは伝えているつもりだ。真実は相変わらず静かな笑みを湛えている。 ……何だろう、頭がクラクラする。よっぽど緊張しているのだろうか。 「……そ、その相手ってのが――」 「中条さんでしょ?」 「……えっ」 「ふふっ、司君って本当に分かりやすいよね。すぐに顔に出るから。よく言われない?」 真実はすっと立ち上がって俺を見つめる。つられて俺も立ち上がろうとするが、力が上手く入らない。 「……っ!?な、なんだ……?」 「まあ、それだけ食べたら効くわよ。睡眠薬がたっぷり入ったゼリーだからね」 真実の声が反響して耳に残る。視界もいつの間にかぼやけてしまっていた。 ……睡眠薬?一体何を話しているんだ。まさか俺の食べたゼリーに……。 「どうしてって顔してるわね……私からしたら、こっちの方がどうしてって感じだけど」 「な……んだっ……て……」 もう一度立ち上がろうとするが、力が入らず床に倒れてしまった。起き上がることも出来ず、段々意識が朦朧としていく。 「そういう鈍感な所も……兄さんそっくり……だから、許してあげようと思ったのに」 ……許す?真実は何を言っているのか、さっきから皆目見当がつかない。 足音が近付いてくる。力を振り絞って見上げると、真実が無表情で俺を見下ろしていた。 「馬鹿な司君。中条さんを選ばなきゃ、こんなことしなかったのに……」 「ま……み……」 真実は屈んで優しく俺の胸を撫でる。もう視界はぐにゃぐにゃに歪み、意識は飛ぶ寸前だった。 結局、何で真実がこんなことをするのか。そして何をしようとしているのか。俺には全く分からないままだ。 ……俺は許されないことをしたのだろうか。 「ま……」 「今はゆっくり休んで。じゃないと――」 意識が深い闇に落ちていく。逆らいたいがどうしようもない。 真実に言われるがまま、俺はゆっくりと意識を手放していく―― 「……怒っちゃうよ」 クスッと笑いながら彼女は俺に囁いた。何処かで聞いたことのある真実の台詞が、俺が最後に聞いた言葉だった。 29 :嘘と真実 11話 ◆Uw02HM2doE:2012/10/17(水) 13 03 35 ID TNfm98K. 暗闇の中、あたしは一人膝を抱えて縮こまる。頭の中は今朝の出来事がひたすら反芻していた。 「嘘だよね、司……」 今朝、委員長に言われたことが頭から離れない。 『今日、司君に大事な話があるって言われたの……中条さん、何か知ってる?』 「嘘だよね、司……」 委員長は、あの女はどうしてこんなにもあたしの心を蝕んでいくのだろうか―― 『そう、ごめんなさい。中条さんなら何か知ってると思って……だって司君の――』 「嘘……だよね……」 吐き気がする。司が隣に居てくれたら。こないだみたいに抱きしめてくれたら。あたしはあたしで居られるのに―― 『"親友"でしょ?』 「っ!?」 突然、無機質な電子音が真っ暗な部屋に響く。机の上にある携帯をゆっくりと掴む。 メールが一通届いているようだった。こんな時に誰が―― 「……っ!」 差出人には"藤塚司"と表示されていた。あたしが今一番会いたい人。思わず携帯を持つ手が震える。とりあえず落ち着こう。 逸る気持ちを抑えつつゆっくりとボタンを押すと、本文が表示された。あたしはそれを目で追う―― 「う……そ……」 ------------------------------------ To:藤塚 司 Sub:報告 真実と付き合うことにした。 いきなりだけど、今日告白したんだ。 中条のおかけで付き合えたよ、ありがとな。 今、真実の家で料理をご馳走になってる。 とりあえず、取り急ぎ報告した。小坂にもよろしくな。 -------------------------------------- 「……うそ」 あたしの中の何かが音を立てて崩れ落ちたような気がした。 気持ちが上手く整理出来ない。ただ呆然と本文を見つめるしかなかった。 「…………………あはは、あははははははははははははは!」 何だろう。何であたしは笑ってるんだろう。なんで笑っているのに、こんなに悲しい気持ちになるんだろう。何で……涙が止まらないんだろう。 ……なんとなく、恋愛に異常に執着する人の気持ちが分かった。好きな人の幸せは必ずしも自分自身の幸せとは繋がらないんだ。 「あはははは……」 ゴメンね、司。もう限界みたい。今までずっと我慢してきたけど、もう抑えきれない。 あたしは何かに支配されたようにゆっくりと立ち上がった。 さあ、行かなきゃ。間違ってるんだから、止めなきゃ。 だって司は……司は、あたしの司なんだから。 「待っててね、司。すぐに……行くから」 もうあたしを止めるものは何もない。枯れてしまったのか、涙はいつの間にか止まっていた。
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光球と衝撃の天災(ヘヴンリー・ディザスター) VR 光文明 (4) 呪文 ■コストを支払うかわりに自分の光のクリーチャーを2体タップして、この呪文を唱えてもよい。 ■相手の進化でないコスト6以下のクリーチャーを1体選び、裏向きにしてシールド化する。 ■エクスチェイン:フォーエヴァー・テイルまたはドゥームズガイ(このターン、この呪文を唱える直前にフォーエヴァー・テイルまたはドゥームズガイを召喚していれば、この呪文は次のEC能力を得る) [EC]―相手のタップしているクリーチャーは、次の相手のターンのはじめにアンタップしない。 ■エクスチェイン:名前に《ディザスター》とある呪文(このターン、この呪文を唱える直前に名前に《ディザスター》とある呪文を唱えていれば、この呪文は次のEC能力を得る) [EC]―この呪文を唱えた後、墓地に置くかわりに山札に戻してシャッフルする。 作成者:Y DMVT-02「戦滅編 第2章 第六の叡智」に収録された呪文。光のクリーチャー2体のタップを代替コストとして唱えられ、コスト6以下の非進化クリーチャーをシールド送りにする。また、フォーエヴァー・テイルかドゥームズガイの召喚の直後に使えば、エクスチェインにより相手クリーチャーのアンタップを封じられる。また、自身の属する《ディザスター》サイクルの呪文の後に使うと、唱えた後に山札に戻るため再利用できるようになる。性質上ふたつのエクスチェインは両立できないが、状況に応じて使い分けよう。 サイクル DMVT-02「戦滅編 第2章 第六の叡智」の、エクスチェインを2種類持つ《ディザスター》呪文サイクル。カード名の読みには、英語で「すばらしい」を意味する単語が使用されている。 ・《光球と衝撃の天災》 ・《氾濫と過冷の天災》 ・《呪詛と霊障の天災》 ・《炸裂と爆炎の天災》 ・《激震と亀裂の天災》 評価 名前 コメント
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155 名前:嘘と真実 12話 ◆Uw02HM2doE[] 投稿日:2012/11/18(日) 20 19 50 ID bAN/7./k [2/9] 12話 「……っ」 気が付くと目の前には壁が広がっていた。ベッド以外には目立つものは特にはない、簡素な部屋。 まだはっきりとしない意識のまま、立ち上がろうとするが出来ない。 よく手足を見ると、今座っている椅子に縛り付けられていた。 「……なんだ、これ」 状況が理解出来ない。縛られた手足に見慣れない部屋。 そもそも何で俺はこんな所にいるんだ。確か俺は真実の家にいたはず―― 「あ、起きたんだ司君。おはよう、ってもう夜だけどね」 壁と同じような灰色をした扉が重苦しい音を立てて開き、真実が部屋に入って来た。 笑顔の真実を見た瞬間、ぼーっとしていた頭がはっきりとした。 そうだ、俺は真実に……薬入りのゼリーを食べさせられたんだ。 ということはここは真実の家なのだろうか。 「……ここは、何処だ」 「ここは私の家だよ……兄さんが、よくいた部屋なの」 真実は愛おしそうに壁を撫でる。まるでそこに兄を感じるかのように。 真実の兄貴……写真立てに飾られていた、あの人のことか。 「ウチの両親はこのマンションのオーナーでね。この部屋は特別仕様なの」 「特別、仕様……?」 「うん。兄さん、楽器が好きでね。両親が兄さんの為にこの部屋だけ、防音仕様にしたの」 一見普通の部屋のようにしか見えないが、確かに窓は一つもない。 出入口は真実が入って来た分厚い扉一つだけだ。 「今考えると親バカな話だけどね。でもこの部屋は……兄さんが生きていた証だから」 「……"生きていた"ってことは――」 「もういないわ……兄さんは死んだ。……司君の、妹さんのせいでね」 先程とは打って変わって、真実は無表情で俺を見つめる。でも、その瞳は何処か悲しみを帯びているように思えた。 「妹……弥生の、せい?……一体どういうことだ!?」 「……答えは後で教えてあげるわ。まずは準備を整えないとね」 真実は入り口に戻り、ゆっくりと何かを中に運び込んで来る。 ちょうど俺と対面するように置かれた椅子には気絶していて、俺と同じように手足を縛り付けられている―― 「雪っ!?おい、雪っ!」 「……つ、つか…さ……?」 「あら、お早いお目覚めね」 雪がいた。ゆっくりと目を開き俺を見つめている。一体何が起きているのか、俺には全く理解出来ない。 分かるのは俺達を見下ろす真実が、この状態を作り出しているということだけだった。 「雪っ!俺だ!分かるか!?」 「つかさ……!司!会いたかった!あたし――」 「さ、始めましょ」 意識の戻った雪に向かって、真実は素早く鈍く光るナイフを突き立てた。 「なっ!?」 「あ……」 「どう、痛い?」 「っ!!あぁぁぁあ!!」 「ふふっ、良い叫びね」 雪の右肩が赤く染まっていくのを、俺は呆然と見つめていた。 雪が刺されたことを、痛みを理解して叫ぶが真実はお構いなくナイフを深く深く突き立てていく。 ……なんだ、これ。意味が分からない。 「や、止めろっ!!何してんだ真実っ!!」 「あーあ、途中までは上手くいってたんだけどな」 「あっ!!……はぁはぁ……!」 真実が思いっ切りナイフを抜くと、雪の右肩から血が溢れ出し、彼女の髪を赤く染めはじめた。 雪は泣きながら痛みに耐えていて、真実はそれを無表情で見つめている。 俺は必死に抵抗するが固定されているのか、椅子はびくともしなかった。 「真実っ!!止めろっ!!何してんだ!!」 「やっぱり中条さんには勝てなかったわ。残念、私の負け」 「うっ!?……あぁ…ま、負け……?」 「そうよ。あのメールは嘘。本当は司君は……貴女を選んだのよ」 「うぐっ!?うぁぁぁぁぁぁあ!!」 「止めろっ!!止めろよっ!!真実っ!!」 真実は容赦なく、今度は左肩にナイフを突き立てる。 156 名前:嘘と真実 12話 ◆Uw02HM2doE[] 投稿日:2012/11/18(日) 20 21 03 ID bAN/7./k [3/9] 防音仕様の無機質な部屋に雪の悲鳴と血の臭いが溢れていく。 まるで俺の声など聞こえていないかのように、真実は雪を傷付けていった。 「大内さんをけしかけて貴女を殺そうと思ったのに……結局、司君が貴女を意識するきっかけを作っちゃったわ」 「大内さんを……けしかける?」 「私がね、入れ知恵したのよ。自転車の仕掛け。それ自体は上手くやってくれたみたいだけど」 俺の声にやっと反応して、真実は俺の方を向く。大内さんに入れ知恵……? あれは、雪の自転車に細工したのは大内さんだったはずだ。 ……まさか―― 「ふふっ、やっと気が付いたの?私がけしかけたのよ。中条さんが死ねば、司君の妹さんは悲しむでしょ?」 「う、嘘だ……」 「嘘じゃないわ。『小坂君が好きなのは中条さんだ』なんて言ったら、簡単に信じちゃって。……まさか反撃されるとは思わなかったけど」 真実が言っていることが理解出来ない。だって真実は俺達の仲間であり、友達なはずだ。 でも、これじゃあ……これじゃあまるで真実が―― 「薄々気が付いてると思うけど、司君に嫌がらせしたのも全部私よ」 「う、嘘だ!嘘だっ!そんなこと……!」 「嘘じゃないわ。真実よ。この光景を見ても、まだ嘘だって言い切れる?」 真実はまるで当たり前のことのように、自分は犯人であることを話す。 真実の思い出が走馬灯のように思い出される。 楽しかった日々が……俺は……俺はっ!! 「何で!!何でこんなことすんだよ!!あんなに一緒に笑ったのに!!一緒に過ごしたのに!!」 「……っ」 いつの間にか、俺は泣いていた。悔しかった。 俺が掛け替えのないと思っていた真実との日常は、彼女にとっては嘘でしかなかったのだろうか。 それが……悔しかった。 「俺は楽しかった!真実が居てくれて良かったって、本気で思った!!」 「止めてよ……」 「真実と一緒に食べたパフェや作ってくれたタコさんウインナー、めっちゃ美味かった!!」 「止めて」 「お前が刺されて目を覚ました時、俺は心の底から良かったって思った!!」 「止めろっ!!!」 真実が怒鳴りながら俺にナイフを向ける。その瞳には……涙が溜まっていた。 ……何泣いてんだよ、泣きたいのはこっちだっていうのに。 「……真実」 「もう、戻れないのよ……もう、決めたのよ……藤塚弥生を殺して、それで終わりって決めたのよ……」 「……まだ、戻れる。終わりなんかじゃない」 震える真実に俺は語りかける。このまま終わりなんて悲しすぎる。こんな惨劇、俺は認めない。 「駄目だよ……私、いけないのに。好きになっちゃいけないのに……君のこと、好きになっちゃったから……」 「真実――」 真実はゆっくりと俺に口づけをした。彼女の切ない想いが込められた、そんな口づけだった。 真実は雪に向き合ってナイフを構え直す―― 「止めろ真実っ!」 「っ!……良いタイミングね」 その時、急に電子音が部屋に木霊した。 真実はポケットから携帯を取り出し、画面を確認する。よく見るとそれは俺の携帯だった。 嫌な予感がする。さっき真実は言っていたはずだ。弥生と殺して終わりにする、と。 理由は分からないが真実は弥生を憎んでいる。それも尋常ではないほどに。 俺への嫌がらせも、大内さんをけしかけて雪を殺そうとしたのも、全て弥生を苦しめる為ならば、おそらく今の電子音は弥生に違いない。 「真実っ!」 「主賓の到着よ。少し待っていてね。中条さんも、良い子にしてるのよ」 「…………」 俺の叫びも虚しく、真実は扉の向こうに消えていった。残されたのは何も出来ない俺と、血だらけの雪。 「雪っ!大丈夫か雪っ!?」 「うぅ……へ、平気……肩…だし……」 明らかに平気じゃない量の血を流しながら、それでも雪は気丈に振る舞おうとする。 真っ白な髪は血で真っ赤に染まっていた。肩だから致命傷ではないだろうが、このまま血を流し過ぎたら雪は死んでしまう。 「くそっ!解けろよ!」 「……司、さっきの話……本当……?」 「……さっきの話?」 157 名前:嘘と真実 12話 ◆Uw02HM2doE[] 投稿日:2012/11/18(日) 20 21 43 ID bAN/7./k [4/9] 「委員長が言ってた、あたしを選んだって……話」 「なっ!?い、今はそれどころじゃ――」 「お願い……答えてよ」 切れ切れになりながらも雪ははっきりと口にした。 こんな状況でいうのも変な気はするが、聞かれてしまった以上は仕方ない。どの道、言うつもりだったんだ。 「……分かった。い、一回しか言わないからよく聞けよ」 「うん……」 ……言うと決めたら決めたで緊張してしまい、上手く頭が整理出来ない。 今更何を怖じけづいてんだよ、俺。晃に散々言われて分かってるだろうが。 「あ、あのな……えっと……そのだな……」 「…………」 「お、俺はな……その……お、お前のことがだな……」 「…………」 何と言う根性なしだろう。ややこしいことはもう考えるな。そのまま素直に伝えれば良い。当たって砕けろだ。 「お、お前が好きだ!雪!ずっと一緒にいれくれ!」 無機質な部屋に俺の若干裏返った声が木霊した。 「……格好悪い」 「し、仕方ねぇだろうが!こんな状況でいきなり――」 「でも、好き。司のそういうとこ」 「ぐっ!?」 恥ずかしがりながらも雪は俺の目を見てそっと呟いた。 ……破壊力ありすぎだろ。こっちまで恥ずかしくなる。おそらく俺の顔は真っ赤に違いなかった。 「ふふっ……死んでも……後悔……ないか……な……」 「雪っ!?おい、雪っ!しっかりしろ!!」 「…………」 「雪っ!!くそっ!死なせてたまるか!!」 雪は笑顔のまま目を閉じて、そのまま動かなくなった。 まだ息はあるだろうが、相当際どい状況に違いはなかった。 折角想いが通じたのに、雪に告白出来たのにこれじゃあ何の意味もない。 必死に抵抗するが手足の縄はびくともしなかった。部屋が少しずつ雪の血で染まっていく。 「そんなに騒がしくしなくても、すぐに解放してあげるわ」 「真実っ!!……や、弥生っ!?」 再び部屋に入って来た真実は、先程と同じように椅子を運び込んで来た。 先程と違うのは座っている人が雪ではなく、弥生だということだ。 「……お……兄ちゃん……?」 「弥生っ!」 「さ、メインイベントの始まりよ」 真実は弥生を縛り付けている椅子を俺と雪の横に設置した。 俺達と弥生とには2mほどしか距離がない。弥生はそんなにやられなかったのか、すぐに目を覚ましていた。 「お、お兄ちゃん……ゆ、雪先輩っ!?な、何で!!」 「何で?貴女のせいに決まっているでしょ、藤塚弥生さん」 真実は俺達と弥生の間に立ってゆっくりとナイフを構える。その切っ先は弥生に向かっていた。 「止めろ真実!弥生は関係――」 「大有りだよ、司君」 「ひっ!?い、いやぁ……」 突然の事態に訳も分からず首を横に降る弥生を、真実は静かに見下ろしていた。 一体どういうことだ。弥生が何をしたって言うんだ。 「……覚えてる?弥生さん。私のこと」 「お兄ちゃんの、ク、クラス委員長の……辻本さん……?」 「正解。……以前に辻本という苗字に、聞き覚えはある?」 「と、特には……」 ナイフを突き付けながら、真実は意図の不明な質問を弥生にする。 弥生も相当困惑しているのか、すがるような目で俺を見てくる。 やばい、弥生も相当追い詰められている。このままじゃあの時のトラウマが再発してしまうかもしれない。 「真実!止めてくれ!弥生にはトラウマが――」 「電車で痴漢されたこと?そっか、トラウマになっちゃったのね」 「えっ!?」 真実の言葉に心臓が止まりそうになる。弥生も信じられないといった表情をしていた。 それもそうだ。だって弥生の事件のことは、ごく一部の人間にしか知られていないはずだ。 それを真実が知っているわけがない。あてずっぽう……にしては的確過ぎる。 俺達の表情を見て、真実はうっすらと笑みを浮かべた。 「っ!」 「う……ぁ……」 その表情に俺達は思わず寒気を覚える。 怒りや憎しみ、様々な敵意が混ざったその笑みに俺は震え上がった。こんなに深い憎悪を、俺は感じたことがない。 158 名前:嘘と真実 12話 ◆Uw02HM2doE[] 投稿日:2012/11/18(日) 20 22 21 ID bAN/7./k [5/9] 「あはは……やっぱり覚えてないか。覚えて……ないか」 「ま、真実……?」 急に俯いた真実はゆっくりとナイフを掲げ―― 「あははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!!!!」 「……ぁ」 「……っ」 狂気じみた笑い声が部屋一杯に広がっていく。 ぞっとするような恐怖を、本能的に感じる。 真実は笑いながら弥生の左腿を思い切りナイフで突き刺した。 飛び散る血と弥生の悲鳴で、ようやく俺の意識は戻ってくる。 「や、弥生っ!?」 「うぅ!?ぁ、あぁぁぁあ!」 「たった一年しか経ってないのに、覚えてないんだ……兄さんを殺した癖に……」 真実は虚ろな目をして俺に近付いてくる。 ――怖い。素直にそう思った。真実は、もう俺が知っている真実じゃないのか。そんな考えが頭の中をぐるぐると巡る。 「真実……どうして……」 「……どうして?そんなに知りたいなら教えてあげるわ。貴方の妹さんの罪をね」 真実は俺の膝に乗っかって肩に頭を乗せた。 密着した体勢の為、真実と俺の身体はぴったりとくっついている。 血生臭さと共に、以前も嗅いだことのある甘い香りが俺を包んだ。 「ま、真実……」 「私の兄はね、私より5つ上なんだけど、とにかく頼りなくて……いつも私が心配する側だったの」 何処か懐かしげに話す真実からは、さっきまで感じていた狂気はないように俺には思えた。 少し落ち着いたのだろうか。真実の表情は分からないので、定かではない。 「本当に情けなくて、頼りなくて……それでも、いつも笑顔で優しい兄さんが、私は大好きだった……」 「真実……」 「……ある日ね、知らない番号から家に電話が掛かってきたの。親が出たんだけどね、兄さんが……」 真実は俺をより強く抱き寄せる。彼女が小刻みに震えるのを肌で感じた。 「……痴漢の容疑で捕まった、って」 「………………えっ?」 「………………ぁ」 "痴漢"。その言葉が思い出したくもない記憶を無理矢理呼び起こさせる。 ちょうど一年前、弥生が心に傷を負った原因であり、俺に依存するようになった原因でもある、あの事件。 俺の中でまるでパズルのピースを埋めていくかのように、次々と話が繋がっていく。 「ま、まさか……」 「……気付いた?そのまさか」 真実はうっすらと笑みを浮かべる。信じたくない。 でも真実の表情が、言っていることが全てを物語っていた。 つまり、弥生が痴漢だと、犯人だと言った相手は―― 「私の兄さん。辻本真人(つじもとまさと)は……そこの女に"痴漢"の罪をなすりつけられて、自殺したのよ」 「っ……」 真実の瞳はもう何も映さない。どろどろとした感情が今の真実を動かしているようだった。 「……な、なすりつけたんじゃないもん」 「……何かな、弥生さん?」 「なすりつけたんじゃない!わたしは……わたしは本当に痴漢に遭ったんだ!!」 「弥生……」 真実の言葉に刺激されてしまったのか、弥生は泣きながら必死に叫ぶ。 一年前と同じで、心が軋んでいた。このままじゃまずい。弥生が、弥生が壊れてしまう。 「……そう。別に弥生さんが痴漢に遭ってないなんて、言ってないわ」 「わたしは嘘なんか、嘘なんかついてない!!」 「でもそれが兄さんだとは、証明出来ないでしょ?錯乱していた貴女には」 「わ、わたしは間違ってなんかない!!そうだよね、お兄ちゃん!?」 「弥生!落ち着けっ!」 「お兄ちゃん……助けて……!」 弥生は泣きながら訴える。本当にまずい。 今まで、あの事件以来弥生が錯乱することは何度かあったが、今回はそれらを遥かに上回っていた。 「ふふっ、結局それ。"お兄ちゃん"って言えば助けて貰えるって、そう思ってるんでしょ?」 「わ、わたしは別に……!」 「…………好きな癖に」 「……えっ?」 「"お兄ちゃん"のこと、好きなんでしょ?自分の気持ちが抑え切れないくらい。だから告白されても断ってるんでしょ?」 159 名前:嘘と真実 12話 ◆Uw02HM2doE[] 投稿日:2012/11/18(日) 20 23 13 ID bAN/7./k [6/9] 「や、やめてっ!!やめてっ!!」 「や、弥生……?」 狼狽する弥生を追い詰めるように、真実は立ち上がり弥生に近付いていく。 ……真実の言っていることが理解出来ない。何で弥生はあんなに焦っているんだ。 「本当は誰にも渡したくないんでしょ?本当は自分の物にしたいんでしょ?本当は"お兄ちゃん"と一緒に――」 「やめてっ!!やめて……!」 段々語気が弱くなって来た弥生を見て、真実は……思わず震えてしまいそうな程、冷たい笑みを浮かべた。 このままじゃまずい。そう思っているのに声が上手く出せない。状況が飲み込めない。 「でも知ってる?貴女の大好きな"お兄ちゃん"はね、同じく貴女の大好きな"雪先輩"と、付き合うらしいわよ」 「…………えっ」 「ね、司君?」 真実は満面の笑みを浮かべて俺に話し掛ける。 対して弥生はまるで死刑宣告でも受けたかのような表情をしていた。 「……何のつもりだよ」 「別に。大好きな二人が付き合うんだから、祝福して当然かなって。ねぇ、弥生さん?」 「………や、だ」 「や、弥生……?」 弥生は虚ろな目をして俺を見ていた。まるで何かを否定するように小さく首を横に振る。 「やだ……やだよ、お兄ちゃん……弥生を……弥生を独りに……独りにしないで……!!」 「弥生……」 「ごめんなさい……駄目だって分かってるのに……でもお兄ちゃんを想うと……心が苦しくて……!」 心に秘めていた、絶対に言ってはいけない感情が弥生の中で爆発したようだった。 大きな目から涙を流しながら、弥生は俺に心の叫びを訴える。 真実は笑みを浮かべたまま、俺達のやり取りを見ていた。 そしてゆっくりと再度俺に近付いて来る。 「これで分かったかしら」 「……何がだよ」 「司君の妹さんが、いかに変態なのか」 「……弥生は変態なんかじゃねぇ」 「実の兄に恋する妹の、何処が変態じゃないわけ?どう考えても――」 「真実もそうだったんじゃないのか!?」 「……っ」 俺の言葉に真実の表情が凍りついた。 どうして真実がこんなにも弥生を憎んでいるのか、俺には分からなかった。 肉親を死に追いやった敵だから……それだけでは説明が出来ない彼女の憎悪と兄への想い。 それはまるで今目の前で俺への想いを吐露した弥生にそっくりだった。だから―― 「……真実だって本当はこんなことしたくなかったんだろ?」 「……何言ってるのよ。私は最初から復讐目的で司君に――」 「もう、嘘は止めろよ」 「……嘘なんかじゃないわよ」 「新しい生活を受け入れたら、兄貴を裏切ったように感じるから、だから止められなかっただけだろ」 「違う!!私は、私は……!」 真実は必死に首を振って拒絶を示す。 俺にはもう真実が、嘘に堪えられなくなった少女にしか見えなかった。 もっと早く気付いていれば彼女を止められたのかもしれない。 「真実は嘘だって言ったけど、助けてくれた時、俺は本当に嬉しかった」 「そんなの嘘よ……!」 「嘘じゃない。真実が居てくれたから、俺は色んなことに気付けたんだ」 真実が居なかったら、雪が事故に遭うこともなかったに違いない。そうしたら俺は、雪の大切さに、雪を想う気持ちに気が付かなかった。 真実が居なかったらあんなにも晃が頼もしく感じることはなかった。 真実が居なかったら……俺は弥生の気持ちに向き合うことが出来なかった。 誰が何と言おうとも、それは俺にとっては紛れも無い"真実"だから。 「そんなの……そんなのこじつけよ」 「……別にこじつけだっていい。俺は真実が居てくれて、本当に良かったって思ってるし……また皆で一緒に居たい」 俺は真実の目を見て答える。 この一ヶ月、真実と過ごした日々は確かにかけがえのないものだった。 真実だって、そうではなかったのだろうか。 「司……君……」 「嘘も、真実も、関係ない。一緒にいた時間は、思い出は――」 「………………もう、遅いよ」 真実はゆっくりと俺の目の前に来て、そっとキスをした。 先程とは違ってひんやりとした感触が唇に残って、今の真実の気持ちを表しているようだった。 とても悲しそうな、だけど何処か穏やかな表情を浮かべながら真実は俯く。 160 名前:嘘と真実 12話 ◆Uw02HM2doE[] 投稿日:2012/11/18(日) 20 24 05 ID bAN/7./k [7/9] 「……もっと早く……出会えていたら………………ううん、何でもないわ」 真実は一瞬微笑んだ後、ナイフをもう一本ポケットから取り出して俺の後ろに回り込む。 俺の喉には血がこびりついたナイフが突き付けられている。 「お兄ちゃん……!」 「動かないで……チャンスを、あげるわ」 「ま、真実……?」 手足の縄が切られ、俺は椅子から解放された。 呆然とする俺に真実は新品のナイフを放り投げる。 俺がナイフに気を取られている隙に、真実は気絶している雪の首筋にもう一本のナイフを押し当てていた。 「さあ、フィナーレよ。司君、そのナイフで……妹さんを殺しなさい」 「なっ!?」 「でなければ……分かるわよね」 真実は雪の首筋に押し当てたナイフを見る。 もう少し力を入れてしまえば、雪はあっという間に死んでしまうだろう。 「……お、お兄ちゃん?」 弥生は怯えながら俺を見上げる。俺に弥生を殺すことなんて出来るはずがない。 だが、もししなければ―― 「……弥生を殺すなんて出来ないし、したくない」 「そう、ならこの子が死ぬだけだわ」 真実がほんの少し、ナイフに力を入れると、雪の首筋から血が少し流れた。 何の躊躇もない。先程の、苦しそうな表情の真実はもう何処にも居なかった。 「止めろっ!!」 「じゃあ早く妹さんを殺して」 淡々と真実は俺に命じる。まるで作業でも頼むかのように、早くしろと俺に迫る。 どうすればいいのか、俺には分からない。弥生を殺せるわけがない。 でもそうすると雪が……真実に殺されてしまう。 「…………っ」 「……お、お兄ちゃん。い、いいよ……」 「や、弥生……?」 「わたしを、殺していいよ……」 弥生は震えながらも、しっかりと俺の目を見て話した。 「馬鹿っ!自分が何言ってんのか分かってるのか!?」 「分かってるよ!!わたしのせいで……わたしのせいで雪先輩が死にそうなの、分かってるもん!」 「それは弥生のせいじゃねぇよ!」 「わたしのせいだよ!今だけじゃない!わたしのせいでお兄ちゃんに迷惑かけてきたの、知ってるもん!」 「弥生……」 弥生は目に涙を溜めながら、それでも俺を見上げつづける。 「あの事件からわたしがお兄ちゃんに……お兄ちゃんに依存して、たくさん迷惑かけたの……知らないわけないよ……」 「弥生、俺は――」 「わたし、自分が怖い。お兄ちゃんと雪先輩が付き合うって聞いた時……嫌って思った。血を流してる先輩を見て……死んじゃえって思った!」 自分の中の何かを吐き出すように、弥生は俺に話し続ける。 「きっとわたしは二人を祝福出来ないよ……二人とも大好きだけど……だから、わたしが死んで解決するなら――」 「……ばーか」 「いたっ!?」 俺は思いっ切り弥生の頭にげんこつをする。 何か知らんが人生を悟った気になっている妹にお仕置きをしてやった。 「祝福出来ない?当たり前だろうが。だって弥生は……その、俺のことが好きなんだろ?」 「……お兄ちゃん、普通自分ではそういうの言わないよ」 「うるせっ!」 「いたぁ!?」 こんな状況でも突っ込んでくる妹に制裁を加えながら話を進める。 「好きな人が他の誰かと付き合ったら、祝福出来なくて当然だろ。死んじゃえって思うのが、自然だろ。俺だって雪だって、誰だってそう思うよ」 「お兄ちゃん……」 「だから簡単に死ぬとか言ってんじゃねぇよ。苦しくて、辛いけど……いつか生きていて良かったって思える日の為に、頑張って生きるんだろ?……一年前の時みたいにさ」 「…………うん」 弥生の頭を撫でながら俺は改めて誓う。 そうだよ、俺が望んでいたものは?それは平穏な日々だったはずだ。 平穏な日々って何だ?それは皆で楽しく馬鹿をやることだ。 お調子者の晃も、兄想いの弥生も、大好きな雪も……そして世話焼きな真実も、誰か一人でも欠けたら駄目なんだ。 ゆっくりと真実に振り向くと、真実は辛そうな、何かに堪えている表情をしていた。 161 名前:嘘と真実 12話 ◆Uw02HM2doE[] 投稿日:2012/11/18(日) 20 24 56 ID bAN/7./k [8/9] 「……真実」 「な、何よ!早く妹さんを殺してよ!?」 「俺は誰も死なせないよ。勿論、真実も含めてな」 「何を馬鹿なこと言ってんのよ!この状況を見てもまだそんなことが――」 「言えるよ。真実は、絶対に誰かを殺したりしない……俺はそう、信じてるから」 ゆっくりと真実に近付いて行くと真実はナイフを俺に向けてきた。 「と、止まって!何が信じてるよ!?都合の良い言葉でごまかして!アンタなんかに、アンタなんかに分かるわけない!!」 真実は俺にナイフを向けながら……涙を流した。 「真実……」 「わ、私には……私には兄さんしかいなかった!今の私にはもう、もう復讐しか残ってないのよ!!」 「俺が、俺達がいる!真実のことを必要としてる!」 「嘘だっ!そんなの嘘だっ!皆、嘘ばっかりついて都合が悪くなったらすぐに裏切るんだ!誰も、誰も兄さんを助けてなんてくれなかった!!」 俺は全ての感情をぶちまける真実に近付く。そして―― 「ち、近付くな!!」 「もういい!もう……いいから……」 「………………ぁ」 俺は真実を抱きしめた。 抱きしめて分かる、とても小さくて華奢な身体。 こんな身体に真実は色んなものを抱え込んでいた、そう思うと俺はより一層彼女を強く抱きしめた。 「手遅れなんかじゃない。また、皆でやり直せばいい」 「…………でも……私は皆を……」 「誰だって間違えるさ。もし不安なら一緒にいれば良い……絶対誰かが止めてくれる」 真実は俺の胸に顔を埋める。 「……司君って兄さんみたい」 「兄さん……真実の、か」 「うん。兄さんみたいに温かくて……安心する」 「真実……」 「もし、もっと貴方と早く会えたら……もっと早く貴方を好きになれたら……。でも、復讐を決意しなかったら貴方とはこんなにも仲良くなれなかった……」 真実はゆっくりと顔を上げて俺を見つめる。 そこにはこの一ヶ月、俺を支え続けて来てくれた真実の顔があった。 「悔しいけど…………………大好きだったよ、司」 「真実……」 「………………だから、ゴメンね」 「えっ――」 突然真実は俺を突き飛ばす。 バランスを崩して倒れそうになった俺の隙をついて彼女はナイフを自分の腹部に突き立てた。 血に染まる部屋で、真実の血が新たに床や壁を染めていく。 そのまま真実は床に崩れ落ちた。 「ま、真実!?真実!おいっ!」 「…………ぅぁ」 「何してんだ!?くそっ!」 「お兄ちゃんっ!!」 弥生の呼び掛けてほんの少し冷静になった俺は、まず急いで弥生の縄を持っていたナイフで切る。 「弥生!救急車頼む!後、晃にも連絡してくれ!それと救急箱探してくれ!」 「わ、分かった!!」 弥生は携帯を取り出しながら、切られている腿も気にせず、急いで部屋を出ていった。 俺は真実に近寄り腹部の傷口を抑えるがそれでも血は中々止まらなかった。 「真実っ!!しっかりしろよ真実っ!!」 「…………司、君。もう……十分だから」 「何言ってんだよ!!」 「十分……幸せだったから……一ヶ月……」 「逃げてんじゃねぇよ!!このままで良いわけないだろ!」 「……司を好きになって……良かったよ……」 「何勝手なこと言ってんだ……!」 「…………ありがとう……ゴメン……ね……」 真実はゆっくりと目を閉じた。そしてそのまま眠ったように何も話さない。 「真実っ!?くそっ!死なせて、死なせてたまるか!!」 俺は必死に真実の傷口を抑える。 こんなの、あんまりだ。やっと分かりあえたのに、これからだっていうのに。 絶対に真実は死なせない。雪もかなり際どい。二人とも絶対に死なせちゃいけない。 何が復讐だ、何が惨劇だ。そんなもの、俺が認めない。 もう一度俺達が皆で笑い合う為に、絶対に俺が誰も死なせない。 「嘘も、真実も関係ない……絶対に、死なせない……!」 真っ赤に染まった部屋に俺の声が静かに響いた。 そして一年の月日が過ぎる――
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【嘘と無知】 れいむ、おきて。あさだよ。 「ゆっ! おはようおきゃあしゃん! きょうもいっぱいゆっくちちようにぇ!」 ――――― ぽかぽかのお日様を浴びて おいしいご飯を食べて たくさん遊んで ゆっくりゆっくりゆっくりしよう どこまでも続く緑の草の海を駆け抜けて 優しい風が吹く丘を登って 輝く太陽を見上げて ゆっくりゆっくりゆっくりしよう ――――― 道端にれいむがいた。車に轢かれたのだろう、半身が潰れて虫の息だった。飼いゆっくりの証明であるバッジは辺りを見渡しても見つからない。 もしも、迷子になったり事故に遭った飼いゆっくりを助けて保護したならば飼い主から相応の謝礼がいただけるのだが、こいつは野良のようだ。 せめて楽にあの世へ送ってやろうと思い片足を上げた、次の瞬間。 「おきゃあしゃんどこにいっちゃったにょおおお!? ゆわあああん!」 少し離れた場所から、ゆっくりの幼体の泣き声が聞こえてきた。 「ゆっ……あがぢゃん?」 俺は驚いた。声を出す気力も体力も無くなっているはずの瀕死のれいむが、声を出した。こいつらは、親子なのだ。 「あがぢゃん……」 自らは既に助からないことを悟っているであろうに、れいむは我が子を捜そうと少しずつ動き出す。破けた部位から餡子を垂れ流しながら、蛞蝓のように這ってゆく。 そこで、はたと思いつく。俺はれいむからお飾りを奪い、そして――――。 「あがぢゃゆぎゅぶ!!!」 とどめをさした。お飾りは、自分の頭に装着する。 ――――― あかちゃん、おかあさんのそばをはなれちゃだめだっていったでしょ! 「ごめんなしゃい……ばったしゃんをおいかけてたら、はぐれちゃったんだよ……」 もう、これからはちゃんとおかあさんのいうこときいてね! ……さあ、そろそろおうちにかえってごはんにしようね! きょうはあかちゃんのすきなどんぐりさんだよ! 「ゆわーい! どんぐりしゃんだいちゅきだよー!」 ――――― ゆっくりのお飾りとは、個体の区別において最大の効力を発揮する。 「このお飾りを付けたゆっくりはこのゆっくりだ」と認識してしまう。……たとえ、それが血肉を分けた愛する家族だとしても。 ――――― 「れいみゅのおきゃあしゃんは、でっきゃくてかっきょいいゆっくちなんだよ!」 完
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嘘とぬいぐるみ 作曲/Dixie Flatline 作詞/Dixie Flatline リグラグロントン 唱えてくれる? つまらないこと かき消してくれる 嘘じゃないよ 約束するよ しぼんだ気持ち ふくらんでくるよ 魔法なんて ぶっちゃけ無いけどね あーもうわかった うるさい 元気だせ! シンガーリンガーリン ガラクタもラブも君も ピカピカに みがきあげてあげる ウィッパーウィッパーウィン 大切なことはひとつ このボクに 逆らわないこと 最近ちょっと よそよそしいの ボクの友達 そうミミのこと 彼氏なのかな 違う悩みかな あの子の気持ち 聞いてくれるかな? 「ぬいぐるみだよ」って 馬鹿にしてんの? あーもうわかった 夢のない男ね シンガーリンガーリン 退屈な夜も君も キラキラに 楽しませてあげる ウィッパーウィッパーウィン 大事なこともうひとつ このボクに ちゃんとついてきてね 君は静かで いつもかっこつけて あんまり笑わないけどね そーゆーの弄って ペースを乱して 遊ぶの好きなんだ ごめんね シンガーリンガーリン ガラクタもラブも君も ピカピカに みがきあげてあげる ウィッパーウィッパーウィン 大切なことはひとつ このボクに 逆らわないこと シンガーリンガーリン 退屈な夜も君も キラキラに 楽しませてあげる ウィッパーウィッパーウィン 大事なこともうひとつ このボクに ちゃんとついてきてね 大人のふりして なにもしないのは ボクは嫌いなの ハイ http //www.nicovideo.jp/watch/sm19497806
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交錯と衝突 ◆aWSXUOcrjU 結論から言うと、一条薫は、トーマ・アヴェニールを追いかけることを選んだ。 それは殺し合いを止めるに当たって、協力者が必要だと感じたから、だけではない。 一条にとっては彼もまた、保護すべき被害者であったからだ。 自分より一回りも歳下の少年を、このまま放っておくわけにはいかない。 幸いにも、距離がさほど離れていなかったこともあり、一条はすぐトーマに追い付いた。 ◆ 「俺の身体には、人間の身体に感染する生体兵器……EC(エクリプス)ウィルスっていうものが組み込まれています」 ジャケットの袖を少し捲り、トーマが右腕を持ち上げて言う。 彼の示した右手首には、銀色の腕輪が巻かれていた。 その下に浮き上がっていたのは、先ほどの変身時にもあったようなタトゥーだ。 否――こうして間近に見てみると、痣と表現した方が適切かもしれない。 「このウィルスに感染すると、さっきみたいな姿に変身して、強い力を発揮できるようになるんですが……」 「それだけではない、ということか?」 含みのある物言いに、一条が問う。 対するトーマから返ってきたのは、肯定を示す頷きだ。 「ECウィルスに感染した人間は、誰かが憎いとか、許せないとか……そういう攻撃的な衝動を、増幅されてしまうんです」 「! それは、つまり……」 「はい……誰かを傷つけずにはいられない……むしろ、誰かを殺したくてたまらなくなる」 そう告げるトーマの表情は、暗い。 なるほど、生物兵器とはそういうことか。かつて友人・椿秀一が、未確認を評した言葉を思い出す。 人を殺し得る力を持ち、人を殺すことを目的として動く――あのおぞましき怪物達の姿が、一瞬、トーマの姿にダブった。 「君は平気なのか?」 「今は、大丈夫です。ウィルスの研究をしてる人達や、大切な友達が助けてくれているおかげで、何とか殺意を抑えられています」 「しかし、それを問題視しているということは……」 「ええ……完全に破壊衝動を抑える方法は、まだ見つかっていないんです」 少しずつ、分かってきた気がする。 自分も怪物だから――という、トーマの言葉を思い返す。 意図せず殺人衝動を植え付けられ、望まぬ人殺しを強いられたトーマ。 手にした怪人の力に酔いしれ、衝動のままに殺人を繰り返す未確認。 恐らく彼は、一条の話した、未確認という存在に対して、一種の共感を覚えたのだろう。 だからこそ、彼らを憐れんだ。 人の身にありながら、人ならぬ力と凶暴性を備えた者として、彼らを殺すことをためらったのだ。 「……刑事として……というより、君は管理局員という立ち場だそうだが」 俯き気味のトーマに対して、一拍の間を置いて、一条が言う。 「治安を守る者の先輩として、君に教えておこうと思う」 「……?」 「トーマ君は、凶悪犯罪というものが、どうして起こるか知っているか?」 凶悪犯罪――それは刑事が扱う事件の中でも、特に残忍な事件の俗称だ。 当然だが、未確認が起こした事件の多くも、凶悪事件として世を騒がせている。 「えっと……猟奇殺人とか、そういうのですよね。 加害者が、どうしても被害者を許せなくなっただとか……そうやって起きるものじゃないんですか?」 「もちろん、そういうものもある」 戸惑ったようなトーマに対し、一条が答える。 当然と言えば当然だろう。我ながら、とは思うが、この流れの中で切り出すには、この問いはいささか場違いだ。 それでも、どうしてもこれからの話を、この場で話しておかなければならなかった。 この話を聞いたその上で、トーマに答えを示してほしかったのだ。 「だがどうしても、ときどき起きてしまうものなんだ……理由のない事件というものは」 「理由が、ない?」 オウム返しのトーマに対し、無言の頷きで応じる。 「生まれつき狂っていた者かもしれないし、何かがきっかけで、理性のたがが外れてしまったのかもしれない。 それでも人は、時に気紛れのような感覚で、何人もの命を殺してしまうことがある。 むしゃくしゃしたから、スカっとしたかったから……時には、楽しそうだったから」 「そんな!」 「誰もが君のように、己を律することができるわけではないんだ」 悲しいことにな、と一条は言った。 犯罪者にだって事情がある。法や良心に逆らってでも、犯罪に手を染めなければならないと思った理由がある。 人間関係や金銭事情、あるいはそれ以外の理由であれ、多くの事件においてはそれが正論だ。 それでも、時に人間は、喜んで悪事を犯すことがある。 大した理由もないままに、一瞬で多くの命を奪う。 職業柄、そうした類の事件については、いくつも目や耳で知ってきた。 その度にままならぬ人の世に、何度も心を痛めてきたのだ。 「残念ながら今のところ、外的要因の強制によって、未確認が殺人を犯すようになった、という報告は挙がっていない」 それはすなわち、彼らは自ら力に溺れ、自らの意志でそうしたということだと。 理由なき通り魔がそうしたように、力を振るう快楽に味をしめ、ゲゲルを繰り返すようになったのだ、と。 「彼らは、君とは違うんだ」 トーマのような良心の呵責を、未確認生命体は持っていないのだ。 「………」 できれば見たくない顔だった。 沈痛な面持ちで押し黙るトーマを見ると、一条の胸がきりきりと痛む。 一条とて真っ当な警察官だ。こんな年端もいかない少年を、自らの言葉で苦しめて、平気でいられるわけもない。 それでも、この少年は子供ではあるが、力と責任を持った管理局員だ。 だからこそ、言う必要があった。敢えて心を鬼にしてでも、トーマに伝えなければならなかった。 彼が挑もうとするものが、いかに困難な壁であるのかを。 その事実を知らずして、自分勝手な正義を振りかざすのは、迷惑な蛮勇に他ならないのだ。 「……私も、君と似た男を知っている」 「え……?」 「偶然、未確認と同じ力を得てしまった、未確認第4号と呼ばれている男だ」 思い返すのは、あの笑顔。 サムズアップがトレードマークの、五代雄介のあの笑顔。 悲しみと痛みを胸に秘め、共に未確認と戦ってきた、笑顔の似合う青年の姿だ。 「彼は本来、暴力を嫌う男だった……それでも、多くの人々を守るために、敢えて未確認との戦いに身を投じた。 自分の身体が人間でない、生物兵器に変わっていく恐怖……その苦しみにも耐え続けながらな」 それがどれほどの苦痛なのかは、一条には想像するしかない。 彼ほど争いに向かない男が、同じ人間を手にかけ続けることを、どれだけ嫌悪し続けているのか。 いずれ彼のその心すら、力に飲まれ消えかねないという未来に、どれだけ恐怖し続けているのか。 どれだけ想像してもしきれないし、到底想像したくもなかった。 「君が悩む気持ちも分かる。だが、だからこそ君も、彼のように、一度真剣に考えてほしい。 君がどうしたいのか……奴らの仕掛けた殺し合いの中で、君はどうすべきなのか」 それが一条の願いだ。 未だ顔色の暗いトーマを見据え、一条ははっきりと言い放った。 「……俺は……」 意地悪い質問をしているという自覚はある。 そう簡単に答えを出せないのは、この職に就いた自分自身が、きっと誰よりも自覚している。 それでも、全てを理解した上で、改めて考え直してほしかった。 どんな結論であったとしても、それら全てを知った上で、導くべきものだと考えたのだ。 「――見ちゃいられないね」 その、時だ。 不意に彼らの横合いから、女の声が割り込んできたのは。 ◆ (何だ、こいつらは) それが2人に対して抱いた、ルネ・カーディフ・獅子王の第一印象だ。 惨めにもカブトムシの怪人相手に敗走を喫し、ひとまず市街地を目指していたルネだったが、 ちょうどその行く手に立っていたのが、一条とトーマの2人だった。 一条薫は日本の刑事。 トーマ・アヴェニールは、時空管理局とかいう、何だかよく分からない組織の人間だそうだ。 理解しようとも思えないので、ひとまず一条の様子から、警察と似たようなものだと解釈する。 「揃いも揃って甘ちゃんばっか、か」 いずれにせよ、殺し合いに乗る気のない者もいたという事実は、一応ルネを驚かせはした。 だがだからとて、それが自身にとって有益な存在であるかどうかとは、どうやら無関係らしい。 刑事はこの状況下でなお、クソ真面目に職務をこなす気でいる。 ガキに至ってはそれ以下で、自分がどうすべきかどうかすらも、未だままならぬようだった。 共に悪状況を打開し、ゲームを生き残るための戦力としては、話にならないほどに情けない。 「……君は、殺し合いに乗るつもりなのか?」 先に問い掛けてきたのは、警察官の一条の方だ。 「生憎あたしらのやり方は、疑わしきは始末せよ、でね。おまわりさんに従って、正義ヅラできる身分でもないのさ」 「だが、犯罪に対抗する組織であるのなら、君も治安のために戦っているはずだ。協力し合うことは、可能だと思うが」 「甘ったれに付き合って死ぬのは、まっぴらだって言ってるんだ」 そうだ。 気に食わない悪党を退治しているのは確かだが、何もこの仕事だって、真っ当な正義感から始めたものではない。 シャッセールに身を投じたのは、自分をサイボーグ体へ改造した、バイオネットへの復讐のためだ。 GGGと共に宇宙へ旅立ったのも、親友パピヨンを殺されたことへの、個人的な仇討ちに他ならない。 獅子王凱のように正義を語り、真っ直ぐに実行することなど、まぶしすぎてできやしないのだ。 「あんた達の支給品をよこしな。あたしが有効に使ってやる」 ならば、プランは予定通りだ。 もちろん、殺すつもりはない。殺るべき相手とそうでない相手くらいは分ける。 故に支給品だけを奪い、戦う準備を整えることにする。 もし抵抗するのであれば、少し痛い目に遭ってもらうまでだ。 「悪いが、そういうわけにはいかない。君に武器を渡せば、不要な犠牲を生む可能性がある」 やはり、そういう反応で来るか。 こいつらのことだ。タダで武器を渡してはくれないだろうということは、何となく推測はしていた。 一条は背負ったデイパックを庇うようにし、こちらを真っ向から睨みつけている。 強い眼差しだ。人間だろうがサイボーグだろうが、目力に変わりはないということか。 とはいえ、生身と改造人間との力差は、そうそう覆せるものではない。 仮にあの日本人刑事が、達人級の武芸者だとしてもだ。 カラテだろうがジュードーだろうが、正面からねじ伏せられるだけの技量は、日々の訓練で培っている。 一色即発の空気の中、いざ踏み込まんとした瞬間、 「――待ってください、2人ともっ!」 その両者を引き止めたのが、これまで黙っていたトーマだ。 大きく声を張り上げながら、両手を広げて割って入る。 また厄介な手合いが割り込んだものだ。ち、と舌打ちをしながら、ルネはトーマを睨みつけた。 「一条さん……俺にはまだ、一条さんに出せる答えが見つかりません。 だけど今、この人と争ってる場合じゃないってことは、はっきりと分かります」 「トーマ君……」 肩越しに一条を振り返りながら、トーマが言う。 そして今度はその視線を、再びルネの方へと向ける。 「ルネさんもです! ここで殺し合いに乗ったら、それこそ彼らの思うツボじゃないですか!」 「奴らは後からまとめて駆除する。でもその前に殺されたら、元も子もなくなっちまうだろうが」 ガキがいっちょ前に偉そうに、と。 ため息に不快感を乗せながら、ルネは呆れ気味に言った。 「俺だって奴らは許せない! 殺したくはないけど、止めたいとは思う!」 「だったら――!」 「でも! そのためにすることが、奴らと同じことっていうのは……何か、違うじゃないか!」 ぎり――という歯軋りの音が、骨を伝って耳に届く。 熱弁を振るうガキの姿が、青臭くって仕方がない。 「……もういいよ。これ以上理想論には付き合ってらんない」 これ以上お遊戯に付き合うのはたくさんだ。 言っても分からないのなら、やはり力ずくで聞かせるべきだ。 体温が微かに上がるのを感じる。 Gストーンの嵌めこまれた、黄金の右手を握り締める。 不穏な気配を感じたのか、トーマの顔もこわばった。眉間に皺が寄せられて、つぅっと頬を冷や汗が伝った。 片や攻勢のために拳を握り、片や防戦のために身構える。 火花の散るような緊張感が、再びその場に立ち込めた時。 「――っ」 不意に、トーマの背後にいた一条が、瞳を見開いたような気がした。 「伏せろ!」 一条の微かな驚愕は、次の瞬間絶叫に代わり。 彼が飛び出すと同時に、後方から轟音が鳴り響いた。 ◆ 身を隠す場所の多い市街地にも入らず、ターゲットが手前の平野に留まってくれていたことは、諫山黄泉にとっては幸運であった。 途中で1人増えた時には、さすがに一瞬身構えたが、所詮は霊能力もない只人だ。 殺生石をその身に宿し、無敵の悪霊と化した己にとっては、何人増えようが関係ない。 まずは最初の支給品――ドラグノフ狙撃銃を構え、発砲。 「伏せろ!」 これはスーツの男の声によって、あえなく回避されてしまった。 ともあれ、元々慣れていない狙撃銃だ。最初から牽制程度にしかアテにしていない。 要は3人がこの一撃で、一瞬でも硬直してくれればよかったのである。 「ふふっ」 目論見通り、と笑いながら。 黄泉はドラグノフを投げ捨て、自ら切り込みにかかった。 「こいつ!」 最初にこちらに反応したのは、白いコートの女だった。 人間にしてはかなり速い。それでも、やはり初動が遅い。 殴りかかる金色の拳を、指先をしならせて軽くいなす。 とんっと指に力を込め、勢いのままに飛び上がる。 目標は奥の少年と男だ。面食らって混乱したところを、このまま一気に狩らせてもらう。 右手に構えた得物が光った。 天上の白い月光を受け、和刀がぎらりと煌めいた。 殺意を込めた白刃が、少年目掛けて振り降ろされた瞬間。 「ぐぅッ!」 意図したものとは違う呻きが、黄泉の鼓膜を揺さぶっていた。 「一条さん!」 少年の慌てた声が上がる。 一条、と呼ばれたその男は、先ほども叫びを上げていたコートの男だ。 彼が咄嗟に少年を庇い、背中を刃の前に晒して、黄泉の斬撃を受けていたのだ。 「く……!」 少年の行動も素早かった。 右手がこちらに突き出されるや否や、不可視の銃撃が襲いかかった。 これを咄嗟の反応で、後方に跳び退りながら、かわす。 驚くべきことに、その手には、禍々しい銃剣が握られていた。あんなもの、それこそ一瞬前までには、影も形もなかったはずだが。 「こンのォォォッ!」 着地と同時に咆哮が迫る。 黄泉の横っ腹を目掛けて、女の鉄拳が襲いかかってくる。 今度は先ほどのようにはいかなかった。姿勢が崩れていたことを考えれば、むしろ不利なのは黄泉の方だ。 故に唸りを上げる拳を、今度は紙一重でかわす。 轟――と響く拳圧が、ぶわっと黒髪を舞わせた。 「ルネさん! 一条さんがヤバい! 手当てできるところまで行かないと!」 「はァ!? 知るか! んなもんあんた1人で行ってろ!」 どうにも妙な連中だ、と。 バックステップで距離を取りながら、黄泉は2人を見定める。 コートの女の攻撃力は、恐らくは岩端のそれに匹敵するほどだ。 そして銃剣の少年も、明らかに普通のものではない、妙な力を操っている。 何よりの問題は、今なお彼らには、一切霊能を用いた気配がないということ。 「……俺の荷物を置いていきます! 戻るまで、殺さずに持ちこたえてて!」 言うや否や、少年の方は、背負っていたデイパックを地面に降ろした。 そうして一条と、彼の足元にあった荷物を拾い上げると、そのまま市街地へと走り出す。 武器を託した――ということか。なるほど確かに、妥当な判断だろう。 無手のルネという女に、武器を与えたと同時に、自分の身も軽くしたというわけだ。 人一人背負って逃げるには、あのデイパックはかなり邪魔になる。そういう意味でも、数を減らしたのは正解だろう。 「ったく……何勝手にお仲間にカウントしてんだか」 目の前ではその武器を託された女が、ぐちぐちとぼやきながら見送っている。 楽勝だと思っていた戦いだが、どうやらこの勝負、思ったよりも、手を焼かされることになるかもしれない。 そう考えるなら、戦力の分散は、むしろ望むところといったところだ。 ルネという女と、銃剣の少年――バラバラに潰していった方が、楽に殺すことができる。 (それまで待っててね、神楽) 土宮神楽がここにいることは、先のホールで確認済みだ。 言うなればこの戦いは、彼女と再会するまでの前哨戦に過ぎない。 彼女と死合うその時までは、つまずいてなどいられないのだ。 にやり、と笑みを浮かべながら、黄泉は静かに構えを取った。 【1日目・黎明/D-4 市街地手前の平野】 【ルネ・カーディフ・獅子王@勇者王ガオガイガーFINAL】 【状態】通常形態、ダメージ(中)、疲労(小) 【装備】インタークーラーコート 【道具】支給品一式(トーマ)、ランダム支給品0~2(トーマ) 【思考】 基本:このゲームを終わらせて脱出する 1:ガドルは必ず殺す 2:襲撃者(黄泉)を殺す 3:殺し合いに乗った者は殺す。そうでない者は、現状は殺すつもりはない 4:トーマ達の戯言は無視。理想論には付き合っていられない 【備考】 ※FINAL.03「GGG追放命令」終了直後からの参戦です 【諫山黄泉@喰霊-零-】 【状態】殺生石発動 【装備】殺生石、カレンの刀@魔法戦記リリカルなのはForce 【道具】支給品一式、ランダム支給品0~1 【思考】 基本:神楽と決着をつける 1:ルネを殺す 2:ルネを殺した後は、銃剣の少年(トーマ)と一条を追いかけて殺す 3:邪魔する者は皆殺し。殺し合いに乗るのも悪くない 【備考】 ※第12話「祈 焦(いのりこがれて)」にて、山に入った直後からの参戦です ※生前三途川カズヒロから受けた傷は、主催者によって治癒されています 【カレンの刀@魔法戦記リリカルなのはForce】 カレン・フッケバインの私物。何の変哲もない日本刀。 カレン自身は気に入っていたようだが、強度は至って普通のようで、戦闘中にあっさりと破壊されている。 ※【D-4 市街地】のどこかに、ドラグノフ狙撃銃(9/10)@現実が放置されています ◆ 「一条さん、どうして……俺にも戦う力はあるのに!」 「きみの、力は……変身しないと、使えないのだろう……?」 だから無防備なトーマを、敢えて庇ってしまったのだと。 そういう一条の言葉が、トーマの胸にぐさりと刺さった。 一条を背負ったトーマは、黒髪の少女との戦闘をルネに預け、彼の治療を優先することを選んだ。 このまま市街地を南下していけば、すぐそこに病院があったはずだ。 そこまで一条を連れて行き、すぐに応急手当てをする。それが済み次第、先ほどの場所に戻り、ルネに加勢して少女を止める。 正直ルネの気性を考えると、危険な賭けであることは間違いない。 それでも、殺されるかもしれない命の心配より、確実に死ぬ命の心配だ。 黒髪の少女の一撃は、かなり深く刻まれたらしい。背負った一条の意識は朦朧としていて、今にも消えてしまいそうだ。 そんな彼を放置して、そのまま少女を迎撃することは、トーマには到底できなかった。 (そういえば、ディバイダー……) ふと、先の戦闘を思い出す。 咄嗟に銃剣――ECディバイダーを展開し、少女を迎撃した瞬間を回想する。 (今は抗体が効いているけど……実際、どこまでもたせれるんだ?) ディバイダーを抜いた程度では、意識に変化は見られなかった。 それでも、リリィもいない今、リアクトにまでこぎつけた場合、自分がどうなるのかは未知数だ。 ひょっとしたら、抑え込まれていたウィルスの活動が再開し、再び暴走してしまうかもしれない。 (……やっぱり、慎重に動かなくちゃ駄目ってことか) 一条に言われた、身の振り方についてのことだけではない。 今のトーマは、戦闘の挙動一つですら、注意を払わねばならない状態にある。 これまでのように、ただ闇雲に突っ走るだけでは、この場では立ち回れないということか。 そのことを改めて意識しながら、トーマは一路、病院を目指した。 【1日目・黎明/D-4 市街地】 【トーマ・アヴェニール@魔法少女リリカルなのはForce】 【状態】健康 【装備】無し 【道具】支給品一式(一条)、銀十字の書@魔法戦記リリカルなのはForce、ランダム支給品0~2(一条) 【思考】 基本:この殺し合いを止める。殺しは絶対にしない 1:一条を病院へ運び、手当てをする 2:その後ルネの元へ戻り、黒髪の少女(黄泉)との戦闘に加わる 3:仲間と合流する 4:一条の言ったことを考える。可能なら、未確認生命体を殺さずに止めたいが…… 5:リリィと合流するまでは、極力リアクトなしで戦うことを心掛ける 【備考】 ※参戦時期は【Record17:Bayonet】以降。服は私服です ※最初の場でリリィ・シュトロゼック、アイシス・イーグレットの存在を確認しています ※未確認生命体について話を聞きました 【一条薫@仮面ライダークウガ】 【状態】気絶、背中に斬撃ダメージ(大) 【装備】コルト・パイソン(6/6) 【道具】なし 【思考】 基本:この殺し合いを止める 1:……… 2:トーマと行動を共にする。彼が納得のいく答えを見つけるまで支える 3:戦う力のない者を保護する 4:五代雄介を探す 【備考】 ※参戦時期は不明。少なくともバラのタトゥの女には出会っています ※最初の場で五代雄介の存在を確認しています ※ミッドチルダや時空管理局、ECウィルスについて、簡単に話を聞きました Back 両雄、守るもののために 時系列順で読む Next 彷徨の果てに Back 両雄、守るもののために 投下順で読む Next 彷徨の果てに Back 諦めない先にだけ未来がある! 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