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608 :嘘と真実 6話 ◆Uw02HM2doE:2012/06/17(日) 23 38 56 ID Q5b3WH.c ~ある犯人のプロローグ・2~ 計画は綿密に練らなければならない。 途中で頓挫してしまっては意味がないし、アイツを苦しませることが出来なくては成功とはいえない。 まずは孤立させよう。少しずつ侵食していき、恐怖を与える。 そう、まるでばれないよう食卓に毎日毒を盛るように。 6話 「ふわぁ……」 腕時計を見るとちょうど正午を指していた。約束の時間だ。 桜山市はどちらかといえば田舎で、待ち合わせ場所といえば駅前の時計塔の下くらいしかない。 休日ということもあり、時計塔の下は結構な人がいる。 「藤塚君っ!」 「あ……」 「ゴメン、待ったかしら?」 「……い、いや!待ってないよ」 女の子の私服は意外とドキドキしてしまうものだ。しかも相手が学校の中でもかなり美人な女の子であれば尚更だと思う。 肩までかかる黒髪に白いワンピース、目の前の辻本さんは形容し難い程輝いて見えた。 「ん?何か藤塚君、顔赤いわよ」 「えっ!?ま、まあ今日は暑いからさ!あはは……」 「……まあ良いわ。さっ、行きましょ。ここじゃ落ち着かないし」 自然に俺の手を引いて歩き出す辻本さん。 思わずドキッとする俺に構わず進んでいくのは彼女らしいが、少しは俺のことも考えて欲しいものだ。 というか、そもそも今日これから何処に行くのか、俺は全く知らなかったりする。 昨日中条の見舞いに行った後、辻本さんに急に誘われて集合場所と時間だけメールで指定されたのだ。 「そういえば何処に行くんだよ」 「それは着いてからのお楽しみ!」 「はぁ……」 どうやら事前に目的地を教えてくれそうにはない。 俺は溜息をつきながらも、目の前のはしゃいでいる辻本さんを見ながら、まあいいかとか思ってしまうのだった。 609 :嘘と真実 6話 ◆Uw02HM2doE:2012/06/17(日) 23 39 43 ID Q5b3WH.c 桜山市に唯一あるショッピングモール。 この周辺はただでさえ田舎で何もない地域だ。休日ともなれば買い物客でごった返している。 「後は……シャンプーだけね」 「まだ買うのか……」 そんな人の波の中に俺たちはいた。そして俺の両手は溢れんばかりの生活用品が詰まった袋で塞がれている。 ……ああ、どう考えても荷物持ちですよ。本当にありがとうございました。まさかこれだけの為に呼ばれたんじゃないだろうな。 「うーん……このシャンプーはちょっと高いわね」 そんな俺を尻目に辻本さんは熱心にシャンプーを選んでいる。 まあどうせ暇だったし荷物を持つだけで一日美少女と一緒に過ごせると考えれば易いものなのかもしれない。 「やっぱりこれにしよっ」 「じゃあレジに――」 「あ、まだ冷凍食品と歯ブラシと、それから――」 「……ガッデム!!」 易いもの……なのか……? 「うん、大体目当ての物は買えたわ」 「さいですか……」 買い物を一通り終えて、公園で一休みする俺と辻本さん。空は快晴で家族連れやカップルで賑わっていた。 「やっぱり男手があると違うわね」 「お役に立てて光栄ですよ、お姫様……」 「まあまあ、そんなにいじけない!さ、用意するから手伝って!」 辻本さんは鞄からビニールシートを取り出して芝生に敷きはじめた。よく分からないが俺も彼女に倣い、手伝いをする。 買った荷物や靴を四隅に置けばあっという間に即席のピクニックの完成だ。 「よし、いい感じね」 「あはは、何か幼稚園を思い出すな」 「さ、今日付き合ってくれた藤塚君にご褒美よ」 「お、おおっ!!」 目の前に並べられたのはサンドイッチや唐揚げ、卵焼きなどの定番メニューがぎっしり詰まったお弁当箱だった。そして―― 「こ、これはっ!?ま、まさか"手作り"お弁当でしか見られないという伝説の――」 「タ、タコさんウィンナーがどうかした?」 「それだっ!!どうかしている!!」 ズビシと辻本さんを指差して俺は立ち上がる。 なんということだ。まだこの荒んだ現代にタコさんウィンナーを作ることの出来る女子高生がいたとは……。 「辻本真実、おそるべし……」 「えっ……」 「あ、別に今のはノリだから気にしなくて良いよ」 「……今、真実(マミ)って」 辻本さんは少し恥ずかしそうにしながら俺を見つめる。思わず引き込まれそうになるが、何とか自分を保つ。 そういえば今、つい名前で呼んでしまった。ノリとはいえ、名前で呼ばれるのを嫌がる女の子も結構いると思う。ここはちゃんと謝らないとな。 「……ああ。ゴメンな、つい呼んじまったけど嫌なら――」 「ち、違うの!……えっと、急に呼ばれたからビックリしただけで別に嫌じゃなくて……」 顔を真っ赤にしながら突然話し始める辻本さん。どうやら嫌われてはないようだ。でも、何でそんなに焦っているんだろうか。 「む、むしろねっ!もうそろそろ名前でも良いんじゃないかな、なんて思ったりしてねっ!?」 「あ、ああ……。まあ辻本さんが良いなら俺は構わないけど」 相変わらず顔を真っ赤にしている辻本さん。何だか手元のタコさんウィンナーと似ている気がする。 「じゃあ……私も呼んでいい?」 「えっ?」 「わ、私も……名前で呼んでいい?」 今にも茹でダコになりそうな顔色をしながら辻本さんは俺に言ってきた。 別に名前でも名字でも変わらない気もするが、辻本さんとは結構仲も良いし一向に構わないと思った。 「ああ、中条も晃も"司"って呼んでるから別に構わないけど」 「わ、分かったわ……つ、つ、つ、つ、司……君」 まるで何かの鳴き声のように噛みまくる辻本さんに思わず吹き出してしまう。そうするといつものように辻本さんが怒りながら言い訳をするのだった。 610 :嘘と真実 6話 ◆Uw02HM2doE:2012/06/17(日) 23 40 29 ID Q5b3WH.c 夕暮れの帰り道。結局公園でかなりの時間を過ごした俺たちは、買った荷物を届ける為に辻本……じゃなくて真実の家に向かっていた。 「いやぁ、真実はすぐにテンパるよな。見た目とは大違いだよ」 「な、何よ。人のこと、散々馬鹿にした癖に!」 「あはは。わりぃわりぃ」 自分から呼んでほしいと言ってきた癖に、しばらく"真実"と呼ばれる度に顔を真っ赤にして震え出すのだから、からかいたくもなる。 むしろ俺を"司君"と呼ぶのに果たして何回"つ"を繰り返したのだろうか。 「もう知らないっ!」 「まあまあ、そんな怒るなって」 そんなやり取りを繰り返す内にいつの間にか真実の家に着いていた。 彼女の家はオートロック型のマンションでいかにも高級そうな佇まいをしていた。 「お邪魔します」 「どうぞ。荷物はリビングにお願いね。ちょっと洗濯物取り込んでくるわ」 「了解。よいしょっと……」 はち切れんばかりの袋を持ち上げて真っ直ぐ廊下を進んでいくとすぐにリビングに着いた。 開放感溢れるリビングの向こうにはソファーとテレビがあり、窓からは夕焼けがカーテンをすり抜けて差し込んでいた。 とりあえずリビングにある大きな机に荷物を置く。 「……ん?」 最後の荷物を机に置く時、不意に写真立てが視界に入る。 木製のこじんまりとした作りの中には一枚の写真が入っていた。そこには仲良く写っている男女の姿があった。 「真実……か」 今よりも幼いが女の子の方は真実だということがすぐに分かった。隣には真実の頭を撫でながら穏やかに笑っている男性がいる。多分この人は―― 「わざわざ悪かったわね。でもおかげで助かったわ」 洗濯物を片手に持ちながら真実がリビングに入って来る。俺を見た後、すぐに目線は写真立ての方へ向いていた。 「あ、勝手に見てゴメン。この人、真実の兄貴だよな。随分仲良さそうだ」 「……うん。良く分かったわね、兄だって」 真実は俺の横を通り、写真立てを伏せた。表情は影になっていてよく分からない。 「まあ俺も兄貴だし、何となく分かるんだよ」 「……そっか。司君も、妹さんと仲良いものね。弥生ちゃん、だっけ」 冷蔵庫から麦茶を出しながら淡々と真実は話す。何だろう、先ほどまでと空気が違う気がする。 「あ、ああ……。良く知ってたな、妹の名前」 俺の質問に真実はクスッと笑う。そして俺に麦茶の入ったコップを差し出しながら―― 「……勿論。忘れるわけないわ」 笑顔で答えた。 俺はコップを受け取ったまま棒立ちしていた。何だろう、彼女から伝わって来るこの感情は。 寒気がする。いつの間にか汗をかいていることに気付いた。もう11月なのに何で汗なんかかいているんだ、俺は。 「…………あんなに可愛い一年生、学校で知らない人の方が少ないわよ」 「……ああ、そういうことか」 「何よ、良いから座ったら」 一気に力が抜けて椅子に座り込む。冷たい麦茶が喉に染みた。何を恐れているんだろうか、俺は。 真実の言ったことは当たり前で、弥生が学内で有名人であることも俺は知っているじゃないか。変に考えてしまうのは俺の悪い癖だ。 だって……真実が知ってるわけないのだから。 「……家族、仲良いんだな」 「そうね。今はこっちで一人暮らしをしてるから家族にはあまり会えないけど」 「ふーん……って一人暮らし!?このマンションでか!?」 俺は思わず立ち上がり辺りを見回す。どう考えても一人では広すぎるリビングだ。だが真実はきょとんとしている。 「な、何でそんなに取り乱してるのよ。普通でしょ?」 さも当然のように答える真実はやはりどこかおかしいに違いなかった。主に金銭感覚が。 611 :嘘と真実 6話 ◆Uw02HM2doE:2012/06/17(日) 23 41 32 ID Q5b3WH.c しばらくたわいのない話をした後、真実の薦めもあって中条の見舞いに行くことにした。 真実は用事があるらしく、今から晃を誘うのも気が引けるので一人で行くことにする。 「じゃ、お邪魔しました」 「ううん、今日はありがとう。本当に助かったわ。一人だと何かと入り用なのよ」 あの大荷物も今思えば一人暮らしだからこその量だった。妙に納得しながら靴紐を結び立ち上がると、いきなり真実に背中から抱き着かれた。 「うおっ!?」 「…………」 動揺しまくる俺とは対照的に真実は黙って俺をただ抱きしめている。背中越しでも分かるほど甘い香りがしていた。 「ま、真実……さん……?」 「……はい、おしまい!」 「わっ!?」 急に弾き飛ばされてドアまで行ってしまう。振り向くと真実は顔を真っ赤にしていた。 「今日の……お礼よ。お、お礼なんだからねっ!?勘違いしないことっ!」 いきなりまくし立てる真実を見て、一つの言葉が自然と頭に浮かぶ。でも言ったらきっと彼女はまた真っ赤になって怒るに違いない。 「……な、何よ」 「真実って……典型的なツンデレだな」 まあ、言ってしまったが。そして当然のごとく顔を今以上に真っ赤にした真実に部屋を追い出されながら、病院に向かうのだった。 完全に毎回のパターンになっている気がするのは、気のせいではないと思う。 612 :嘘と真実 6話 ◆Uw02HM2doE:2012/06/17(日) 23 42 13 ID Q5b3WH.c 「おう、元気そうで何よりだな」 「つ、司っ!?来るなら来るでちゃんと言ってからにしてよ!」 病院に着いたのは面会終了時間の30分程前だった。どうやらここの病院は休日の面会時間が短いようだ。 急いで中条の病室を訪ねるとパジャマ姿の中条はいきなり髪を整え始めたのだった。 「別にボサボサでも俺は構わないけど」 「あたしが構うの!もう……司の馬鹿!」 「す、すいません……」 よく分からないが怒られたので謝っておく。そのままベッドの横にある椅子に座って中条を眺める。 どうやらだいぶ良くなっているようだ。とりあえず、一安心だな。 「……来てくれて、ありがと」 「気にすんな。言ったろ、出来る限り来るってさ」 「う、うん。でも嬉しいよ……」 俯いて顔を赤らめる中条はいつもの意地悪な彼女と違ってとても女の子らしかった。 ……いかん、何を考えてるんだ俺は。さっき真実に抱き着かれて変になったのかもしれない。 「で、どうなんだ体調は?もうすぐ退院出来るのか」 「うん。先生が言うには早ければ来週中に退院出来るって」 「お、良かったな。弥生も喜ぶよ、きっと」 中条とじっくり話したのは久しぶりな気がする。 相談を受けたあの夜から、まだ3、4日しか経っていないのだが、感覚的にはもう随分前のことに思えた。 話は主に中条の病院生活についてで、食事がまずいとか隣がうるさいなど基本的には中条の愚痴だったが、それでも十分楽しいひと時と過ごした。 「おっ、もう時間みたいだな」 「……うん」 「そんなしょんぼりすんな。また来るし――」 立ち上がろうとした瞬間、中条に抱きしめられる。真実といい、中条といい、女の子の間では今抱きしめが流行っているのだろうか。 ……まあ中条の場合は、何となく分かる。ずっと病院で一人だと俺だって不安になってくるだろうしな。だから俺は励ましの意味を込めて―― 「あっ……」 中条を抱きしめ返した。中条はそれに応えるように俺をより強く抱きしめる。 少しでも中条を元気付けることが出来たら、俺がここにいる意味はあるのかもしれない。 「……中条、頑張れよ」 「うん…………………えっ」 突然、中条が俺を引き離す。流石に強く抱きしめすぎたのだろうか。 「ゴメン、強すぎたか?」 「う、ううん……あ、あのね司――」 「はい、もう面会時間過ぎてますよ!さ、帰った帰った!」 いきなり看護婦のおばさんが病室に入って来る。時計を見ると既に10分程オーバーしていた。いつの間にか話し込んでしまったようだ。 中条は何か俺に言いたげだったが、看護婦のおばさんの勢いに負けてしまい、そのまま追い出されてしまった。 「さ、消灯するからアンタも帰りな!」 「う、ういっす……」 半強制的に病院から追い出されてすっかり暗くなった帰り道を一人歩く。 中条の最後の言葉が少し引っ掛かる。突然抱きしめるのを止めた中条は、とても不安げな表情をしていた。 「……また見舞いに行けば良いかな」 辺りは不気味な程真っ暗で、俺の呟きだけが響いた。 ――この時俺はまだ気付いていなかった。これから始まる狂気は、もう既に俺たちを蝕んでいたことに。 613 :嘘と真実 6話 ◆Uw02HM2doE:2012/06/17(日) 23 42 49 ID Q5b3WH.c ――あの香り。司からしていたあの香りは……。 「……司」 ――間違いない。あの香りはあの女の……。 「……どうして」 ――司は……司は……あの女と……いたんだ……。 「どうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうして」 病院にはいつまでも無機質な声が響いていた。 「ふぅ……」 洗い物をしてやっと一息つく。さっきまで伏せていた写真立てを持ち上げると、私が大好きだった兄さんの笑顔が入って来た。 「……司、君か」 どこと無く兄さんに似ている。理由はそれだけだったのかもしれない。 でも気が付けば彼を目で追っている自分がいた。彼ともっと色んな話がしたい。だからこそ―― 「上手くいったかしら……」 自分でもぞっとするような笑みを浮かべて、机に置いてある小ビンを眺める。愛用している香水を、ちゃんと"彼女"は分かってくれたのだろうか。 「ふふっ。信じているわよ、中条さん……」 彼女の笑みと同じくらい、今宵の月は不気味にその光を湛えていた。
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409 :嘘と真実 1話 ◆Uw02HM2doE:2012/05/02(水) 16 58 35 ID 0/cKyfKA ~誰かのエピローグ・1~ どうしてこんなことになってしまったのか。今でもはっきりとした理由は分からない。 いつから間違いを犯していたのだろう。いくら後悔しても、もう元には戻れないのにいつまでも立ち尽くしていた。冷たい雨が容赦無く俺を打ち付ける。 このまま俺も、俺が犯した罪も流れて消えてしまえば良いのに―― ―嘘と真実― 1話 父親の急な転勤でこの桜山(さくらやま)市に引っ越してきて早半年が経つ。 以前住んでいた地域と違って市内は気温が低く、11月上旬で既に一桁代を記録する程だ。 俺達家族の住んでいる場所は海が近いので、海風も合わさって余計に寒さを感じる。 「ママ、行ってきまーす!」 「……行ってきます」 朝の通学路ほど、歩くことを憂鬱に思う場所もない。 一旦学校に着いてしまえば室内だし多少はマシになるのだが、どうにもこの早朝の寒さには半年経った今も一向に慣れない。 そんな寒がりな俺に比べて目の前をぴょこぴょこ軽快に歩いている―― 「お兄ちゃん!朝だからってシャキッとしなきゃ駄目だよ!」 「……そんなこと言ってもな、弥生。寒いもんは寒いんだよ」 我が妹、藤塚弥生(ふじつかやよい)は今日も朝から元気一杯だ。 少し茶色がかったセミロングとくりっとした大きな目が特徴的で、正直……半端なく可愛い。 勿論、俺はシスコンではない。 「だらし無いなぁ、お兄ちゃんは!弥生みたいに部活始めれば良いんだよ!サッカー好きでしょ?」 「弥生よ……何度言ったら分かるんだ?俺が好きなのは――」 「『フットサルであって断じてサッカーではない』でしょ?もう諦めてサッカーやりなよ!」 「お、おいっ!?」 突然腕に抱き着いてくる弥生からは女の子特有の甘い香りがする。 ……やはり弥生は可愛い。兄妹だというのに俺と全く似ていないコイツが、僅か半年で6人に告白されたというのも頷ける。 勿論、俺はシスコンではない。断じて、ない。 「へへっ!そんなこと言いながらも朝練組の弥生と一緒に登校してる癖に!」 「だからそれはな、朝早く学校に着いて優等生を演出する為に登校してるんだよ」 現在時刻は朝の7時過ぎ。毎日女子バレー部の朝練がある弥生とは違い、本来ならばこんな朝早くに登校する必要はない。 ……本来ならば。 「先週くらいから急に早起きし始めてさ。……何か企んでるの?」 「さあ?」 弥生が探るような目で見つめてくるので肩を竦める。妹が知ったところでどうにもならないし、知らせて心配をかけさせたくはない。 「……まっ、お兄ちゃんが何してようと弥生には関係ないけどね!」 ごまかされたのが嫌だったのか、頬を膨らませながらそっぽを向いて行ってしまった。 ……相変わらず弥生は可愛いなぁ。無論、俺はシスコンではないがな。 「おいっ、待てよ!」 「お兄ちゃんなんか知らないっ!」 ご機嫌ななめな妹を追い掛けながら思う。 そう、本来ならばごく普通の高校二年生である俺、藤塚司(ふじつかつかさ)がこんな早朝から通学路を走ることはなかったはずだ。 「……はぁ」 一週間前にあんなことさえ起きなければ。 410 :嘘と真実 1話 ◆Uw02HM2doE:2012/05/02(水) 17 01 18 ID 0/cKyfKA 一週間前。いつも通り登校してきた俺は違和感に気付いた。俺の下駄箱だけ異常に汚いのだ。 恐る恐る自分の下駄箱を開くと中は更に酷く、生ゴミや砂などか混ぜこまれていた。 その次の日には俺のロッカーに大量の赤いペンキがぶちまけられていたり、机の中に無数のカッターの刃が入れられたりしていた。 ……まあ分かりやすく言えばイジメ、あるいはかなり質が悪い嫌がらせである。 幸い誰もその惨状には気付かなかった為、自分で捨てたり放課後残ってこっそり塗り直したりした。 ……正直、イジメられていると思われたくないし、まだ転校してきて半年だ。出来れば事を荒立てたくはない。 そこで俺は朝早く登校して犯人を捕まえようと決めた。 直接理由も聞きたいしその方が手っ取り早いからだ。 しかし早朝に登校しているにも関わらず嫌がらせは続き、今だに早朝学校に来る日々が続いている。今日こそは―― 「いや、それはシスコンだろ。どう考えても」 「ははは、冗談キツいな晃は」 昼休み。いつものようにクラスメイトの小坂晃(こさかあきら)と飯を食う。 ……ちなみに結局今日も既にやられていた。これで8日連続、か。犯人はどれだけ早く学校に来ているのだろう。 「弥生ちゃんが可愛いのは分かるが……。頼むから捕まらないでくれよ、親友」 グッと親指を立てる黒髪短髪の好青年、晃はサッカー部で俺が転校してきた直後から気さくに話し掛けてくれた。 まさに好青年の中の好青年なのだ。サッカー派とフットサル派に分かれてはいるもののそれから半年、今では学校で一番仲が良い。 「おいおい。エロゲ好きの犯罪者予備軍が何を宣ってるんですかねぇ?」 「……お前は俺を怒らせた。良いかよく聞け!?そもそも性描写が青少年に対して有害だという確定的なデータは全くなくだな――」 ……"基本的に"コイツは好青年だが一つ大きな欠点がある。晃はかなりのエロゲ、要するに18禁バリバリのアダルトゲームマニアなのだ。 しかもそれを公言しているから質が悪い。 基本的に好青年でサッカー部のエースなのでかなりモテる。が、コイツに今だに恋人がいないのはおそらくそういう理由だと思う。 少なくとも告白してきた女子に「巨乳かつ金髪でツンデレ、エッチシーンの時はしおらしくないと駄目なんだ」と笑顔で断る好青年を俺は見たことがない。 「つまりこの条例というのは幸福追求権、ならびに表現の自由の――」 「晃君、晃君。ちょっと良いかな?」 「何だ親友?」 爽やかな顔で笑いかけてくる変態が約一名。 「もう、やめよう。俺が悪かったからさ」 「分かってくれれば良いんだよ親友!」 がっちりと握手してくる変態、もとい親友の情熱に折れたのか。それとも遠巻きから冷たい視線を送ってくるクラスメイト達に堪らなくなったのか。 どちらにしろ、コイツを暴走させたのは俺の責任だ。とりあえず謝っておくことにする。若干手遅れの感はあるが。 「またやってんだ、アンタ達?よく飽きないわね」 そんな素敵空間に変態がまた一人加わってきた。 セミロングの銀髪をなびかせながら俺達の間に椅子を割り込ませてくる美少女、中条雪(ナカジョウユキ)。 ……すまん、皆。もうどうすることも出来ないかもしれない。 「おっす、中条。今日は遅かったな」 「購買組はいつも戦争だから。……"幻のカレーパン"、手に入れたわ」 それを聞いた瞬間、俺も晃も張り詰める。まさかコイツ、あのカレーパンを……?中条は手に持っていた紙袋をゆっくりと机の上に置いた。 「……幾つだ?」 晃が震えた声で中条に聞く。頼む、3つ……!そう言ってくれ……!祈るような眼差しで中条を見つめる俺達を、彼女はばっさりと切り捨てた。 「2つ……よ」 その言葉を聞いた瞬間、俺達の空気が更に張り詰める。弦ならば完全に張った状態、液体ならばまさに表面張力の状態だろう。 晃がゆっくりとこっちを向く。その瞳には確かな決意が宿っていた。 「友よ……済まない」 「いや、気にするな。俺も……悪いが譲る気は全くない」 勿論俺だって一歩も引かない。カレーパンは2つ、俺達は3人。 このことから分かることはたった一つ、誰かがこのカレーパンを食いそびれてしまうという歴然たる事実のみなのだから。 411 :嘘と真実 1話 ◆Uw02HM2doE:2012/05/02(水) 17 03 49 ID 0/cKyfKA "幻のカレーパン"とはこの学校に昔からある購買限定のパンだ。 一見普通のパンだが外はサクサク、中はスパイシーなカレーが絶妙な柔らかさを保っており食べた者の心を掴んで離さない。 噂では、一時期あまりの需要の為販売を中止してしまったらしい。今でも一日僅か10食の限定販売なのがこのカレーパンが幻と言われる由縁である。 「雪は買ってきた当人……だからこのカレーパンを食べられるのは後一人だ」 俺と晃は互いをしっかりと見つめ合い、手を前に出す。 何か揉め事があった時にはジャンケンで解決するのが俺達三人のルールだ。だから俺達にはこれがただのジャンケンではないことが即座に分かる。 「司……俺は"チョキ"を出すぜ」 「ほう……」 晃お得意の撹乱が始まった。こうやって自ら出す手を宣言することで相手の思考を縛る。古典的だが効果的な揺さ振りだ。 現にこの揺さ振りに慣れていない者は晃の言っていることが真実か嘘かに思考の多くを持って行かれるだろう。しかし―― 「わざわざありがとよ。じゃあ俺は"パー"を出させて貰うぜ」 「……やるな、親友」 「くすくす……流石に司には通用しないでしょ?」 俺は即座に宣言を返す。この場合真実か嘘かは問題ではない。相手の術中に嵌まってしまっている、つまり考えていること自体が問題なのだ。 ジャンケンとはいかに相手を自分のフィールドに連れ込めるかで勝率が大きく変わる。遊び半分のジャンケンならば単純に直感と運が優れた者が勝つだろう。 しかしそれが本気になった時、人は緊張からか普段から無意識にしている癖や思考を外に出してしまう。 例えば、単純にパーを普段から多く出している場合、本気になった場でもついパーを出したくなるのが人間の心情だ。 ではそれを相手の縛りによって二択にされてしまったら……? 間違いなく普段の癖に自然と頼ってしまうはずだ。 ちなみに俺達は違いの癖を熟知している。晃はチョキ、中条はパー、俺はグーだ。 だからこそ晃は"チョキ"と言って、俺の無意識に語りかけるように、つまりグーを出したくなる状況を作り出そうとしたのだった。 「じゃあガチで行くしかないみたいだな……!」 「ああ、行くぜ……!」 しかし俺には通用しない。そうすれば純粋な運だけのジャンケンになるしかない。 ……少なくとも晃には!! 「「最初はグーっ!!」」 グーをお互いに出してから手を振って次を出そうとする、その瞬間を俺は利用する。 振り上げた手をパーの状態にしてわざと晃に見えるよう掲げる。嫌でも晃の視界に入るそのパーは奴の無意識に語りかけるはずだ……"チョキ"を出せと! 「へぇ……」 中条がその一瞬、俺の切り札に気がつき笑みを浮かべる。ならば晃にはとっくに分かっているはずだ。しかしこの一瞬で考える時間は皆無。 「「ジャン!!」」 だからこそ晃はチョキを出す。出したくなる!だが俺は―― 「「ケン!!」」 自分の手を振り下ろす瞬間にグーに変えるっ!これで俺の勝ちだぁぁあ!! 「「ポンッ!!」」 412 :嘘と真実 1話 ◆Uw02HM2doE:2012/05/02(水) 17 07 21 ID 0/cKyfKA 放課後、屋外プールに放り込まれていた体育館履きを回収して、俺は教室へと向かっていた。 早起きして学校に登校するようになってから相手の嫌がらせは小規模になっている。 良い意味で捉えれば俺が早く来ることで犯人が嫌がらせをしにくくなっているということだ。 しかし逆に悪い意味で捉えると犯人に俺の行動は筒抜けで、今まで通りの時間に登校しなければ嫌がらせはまた大掛かりなものになるであろうということであった。 「はぁ……カレーパン、食いそびれちまったな」 廊下を歩きながら昼休みのことを思い出す。 昼休み、俺が勝ちを確信したあのジャンケンは晃の勝利に終わった。 「運じゃ勝ち目はねぇよ……」 結局、俺が必死に考えて出した切り札も晃には通用しなかった。 というか、自分の誘導が通じなかった時点で晃は難しい思考は捨て司、つまり俺が出しやすいグーに勝てるパーを出すことを決めていたらしい。 だから俺の作戦にも晃は嵌まらず純粋なジャンケンで勝負しにきたのだった。 「俺、勝負運ないからなぁ……」 中条にはそれが分かっていたらしくあの時の笑みは今から敗北する俺を小ばかにするものだったのだ。 「くそ、覚えてろよ。次こそは勝ってやるからな!!」 誰もいない廊下で咆哮する俺は、傍から見るとかなり気持ち悪いに違いない。 「……はぁ」 奴ら、晃と中条と送る学校生活はかなり楽しい。 そりゃあ騒ぎすぎて担任やクラス委員に注意されることはしばしばある。しかしそれすらも退屈だった以前の日常に比べれば刺激になるのだった。 本当にこの桜山市に引っ越してきて良かったと思ってる。 だからこそ、この幸せな日常を脅かして欲しくない。誰にも迷惑は掛けないし、気付かせない。絶対に犯人は俺の手で―― 「藤塚君、そこで何してるの?」 「おわっ!?」 考え事をしていたせいか、思わず変な声を出してしまった。 「だ、大丈夫?……どうしたの、その体育館履き?」 「えっと……って、委員長か」 恐る恐る振り向くとそこには俺達のクラス委員長である、辻本(ツジモト)さんが立っていた。 端正な顔立ちと肩までかかる艶のある黒髪が印象的な、典型的な大和撫子だった。確か晃が学年で一番人気があるとか言ってたな。 「藤塚君?その体育館履き……」 ……って今はそんなこと考えてる場合じゃねぇよ!辻本さんは俺が持ってるずぶ濡れの体育館履きを気にしてる。何とかしてごまかさないと、面倒なことになる。 「ああ、これ?えっと……そう!振り回してたら噴水に落としちゃってさ!馬鹿だよね、俺も!」 「……今日は体育なかったけど、どうして体育館履き何か持ってるの?」 へらへらと笑ってかわそうとする俺に対して、辻本さんは冷たい口調で疑問を突き付ける。 ……ちょっとまずいかもしれない。上手く話を逸らさないと。 「それは……あーっと晃に悪戯されてさ!」 「小坂君が?藤塚君と仲が良いのに?」 晃を言い訳に使うのは若干心苦しいが仕方ない。ここでばれてしまっては、今まで一人で闘ってきた意味がなくなってしまう。 「仲が良いからだよ。まあ軽い悪戯だからさ。あ、俺用事あるからもう帰る――」 「……クスッ」 俺が無理矢理話を切り上げてその場を去ろうとした時、辻本さんは静かに笑みを浮かべた。 その笑顔が普段の辻本さんからは想像出来ない程の冷たさを湛えていることに俺は気付く。何だ、この感じ……。 「えっと……」 「藤塚君って嘘、下手だね」 ゆっくりと近付いて来る辻本さん。普段、辻本さんはこんな人だったか。 確かに俺や晃があまりに五月蝿くすると怒るけど、それはクラス委員という立場であるからであって、普段は普通に仲良くやってたはずだ。 席が近いからか、たまに昼飯を一緒に食ったりした。何より転校したての俺に色々と教えて雰囲気に馴れさせてくれたのは辻本さんだ。 それはクラス委員としての役目だけでなく、彼女の面倒見が良い性格もあったからだ。 「どうしたの?藤塚君……顔真っ青だよ」 まるで身体が石にでもなってしまったかのように動けない。 夕焼けに染まる廊下で俺は立ち尽くすことしか出来ないでいる。それ程に目の前にいる辻本さんは異常だった。 「あ、あのさ……」 「とりあえず、話聞かせて?じゃないと……」 俺の手を辻本さんが握りしめる。ひんやりと冷たい感触が俺を支配していた。 目の前にいるのは本当に辻本さんなんだろうか。ならば何故彼女はこんなにも冷たい笑顔を俺に向けるのだろう。 ……もしかしたら、もしかすると犯人は―― 「怒っちゃうよ」 クスッと笑いながら彼女は俺に囁いた。 413 :嘘と真実 1話 ◆Uw02HM2doE:2012/05/02(水) 17 16 00 ID 0/cKyfKA 放課後の教室。すでに外は暗くなり始めていた。部活を終えた生徒達の声が微かに聞こえてくる。 そんな教室の中央の席に俺は座っていた。隣には辻本さんが座っていてさっきまで俺の話を真剣に聞いていたのだった。 「――大体の状況は掴めたわ。まず藤塚君」 「は、はい」 凛とした辻本さんの声に思わず姿勢を正してしまう。何とも情けない話だが弛緩してしまっている自分がいた。 「これからも何かトラブルがあったら必ずクラス委員の私に相談すること!」 「す、すいません……」 「全く……クラスの問題を解決するのが私の役割なんだからね」 少し不満げにこっちを見て話す辻本さんは何処か頼もしかった。 ……結局、辻本さんに全て話してしまったのだ。問い詰められてもうどうにも言い逃れが出来なかったのだから、仕方ないのかもしれない。 「本当にゴメンな」 「……もう良いわよ、打ち明けてくれたんだし。だからいつまでも暗くならない!」 「痛っ!?」 背中を思いっ切り叩かれる。とても良い音がして辻本さんは満足そうだ。最初に問い詰められた時は恐怖を感じたが、それも気のせいだったようだ。 現に話し始めてからはいつも通り、俺が知っている世話焼きの委員長になっていたし。 「さて、どうしたもんかな。何で怨まれてるか分からないようじゃ、犯人を絞るのは難しいかもね」 「いってぇ……。まあ辻本さんがいると色んな意味で心強いよ」 辻本さんに打ち明けたおかげか、何だか気持ちが軽い。やはり一人で悩み続けるのは良くなかったのかもしれない。辻本さんは少し顔を赤くしていた。 「……な、何よ。最初は隠そうとした癖に」 「ゴメンゴメン。今度からはちゃんと辻本さんに言うからさ」 「そ、それなら良いけど!」 何故か辻本さんはそっぽを向いてしまった。まだ怒っているんだろうか。 「辻本さん?」 「と、とにかく!明日から対策を考えないといけないわね」 「確かに。今まで通り早起きして犯行現場を抑えるのは?」 辻本さんは顎に手を当てながら考えている。そんな端正な横顔が彼女の人気を裏付けていた。確かに学年一の美少女かもしれない。 「それは続けましょう。私はどの道、委員会の仕事で早く登校するし、きついなら私と藤塚君で交代制にすれば良いわ」 「そうだな。じゃあ晃と中条にも――」 「それは止めておきましょう。まだ確定的ではないしあまり多くの生徒を巻き込まない方が良いわ。明日の段階で私から先生にはちゃんとお伝えするから」 確かに生徒に話しても意味がないのかもしれない。 俺が話さなかった理由の一つでもあるし、先生に伝わるならば少しはこの状況もマシになるのかもしれない。 「分かった。じゃあとりあえず今のところ相手の様子を伺うしかないんだな」 「……まあ、ある程度の見当はつくわ」 辻本さんが難しい顔をしてこっちを見ていた。それは伝えるべきかを迷っているような表情だ。 「見当って……犯人の、か」 「……確定的ではないから、まだ藤塚君には話せないけど」 「それは――」 「藤塚君も、自分で考えてみて。さ、帰りましょ!もう遅いし」 話は終わりと言わんばかりに辻本さんは席を立ち、出口に向かって行った。今は何を聞いても答えてくれないだろう。仕方なく俺も彼女に続いた。 414 :嘘と真実 1話 ◆Uw02HM2doE:2012/05/02(水) 17 16 35 ID 0/cKyfKA 「今日は、ありがとな」 学校からの帰り道。意外と家が近い事が分かり、俺達は一緒に帰っていた。 「別に。困った人がいたら助けるのが友達でしょ?」 俺に笑いかけてくる辻本さん。 クラス委員ではなく"友達"として俺を助けてくれるのが凄く嬉しかった。何より一人では不安で潰れてしまったかもしれないから。 「お、おう。……やっぱり辻本さんは頼もしいな!」 「……調子良いんだから」 恥ずかしさを隠す為にふざけてごまかす俺に付き合ってくれる辻本さん。 今まで半年一緒に過ごしたクラスメイトだったが、こんなに話したのは初めてかもしれない。 帰りながら色んな話をした。趣味や食べ物など。そして殆ど好みが同じだったことにびっくりしたり、何だか不思議な気持ちになっている自分がいた。 辻本さんのことをもっと知りたい……そんな自分がいた。 「あ、私こっちだから」 「そっか。俺は左だからさ、じゃあまた明日な」 「うん、また明日!」 いつもより短く感じた帰り道。お互い手を振って別れる。少し物寂しい自分が何だか恥ずかしかった。 「……また明日、か」 でも今日は良い一日だったと思う。気持ちが楽になったし心強い味方も出来た。 「辻本、真実(マミ)か……」 交換したてのメールアドレスをぼんやりと眺める。 まだ問題が解決したわけではないが、彼女との出会いを作るきっかけをくれたことにはむしろ感謝したいくらいだった。 ――これが全ての始まり。これから藤塚司とその周囲に蔓延る、嘘と真実の始まり。
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554 :嘘と真実 5話 ◆Uw02HM2doE:2012/05/30(水) 23 11 11 ID 5MJHYHvE ~ある犯人のプロローグ・1~ 許せないと思った。あの人はあんなにも苦しんでいたのに。 だから同じ目に……いや、それ以上の苦しみを与えなければならないと思った。 あの人の代わりに私が思い知らせてやるんだ。 5話 学校が終わってすぐ、俺と晃と辻本さんは市内の中央病院へ向かった。 中条が意識を取り戻したのだ。一刻も早く会いたい。それに―― 「なあ、委員長。中条が俺たちに会いたいって、言ってたんだよな」 「うん。だから今日は私たちだけで行くことになってるわ。私はクラスの責任者として、だけど」 「中条……」 どうやら中条も俺たちに会いたいらしい。だからこそ一刻も早く病院へ向かわなければならないんだ。 それなのに俺は怖かった。果たしていつも意地悪くて何処か憎めない中条は、俺の知っている姿をしているんだろうか。 「…………」 首を振って嫌な想像を隅に追いやる。大丈夫さ、そう何度も自分に言い聞かせて。 電車から見える夕焼けは、街全体を真っ赤に染め上げていた。 気が付けば視界には真っ白な天井が広がっていた。 しばらく何が起こったのかも理解出来ず、とりあえず起き上がろうとすると激痛が体中を駆け巡る。 堪え切れなくて、起き上がるのを断念して天井を見つめていると扉の開く音がした。 「な、中条さん!?意識が戻ってるわ、すぐに先生を!」 よく分からない内に周りが騒がしくなり、あたしは自分がどんな状況だったかを少しずつ理解した。 555 :嘘と真実 5話 ◆Uw02HM2doE:2012/05/30(水) 23 12 01 ID 5MJHYHvE 正直、頭の包帯だけでよく済んだなと思った。 聞けば司と別れたあの日、あたしは坂のすぐ下にある交差点で事故に遭ったらしい。 全身打撲はあるものの、骨折などは一切ないようだった。 代わりにバラバラに砕け散ったあたしの自転車が事の凄惨さを物語っていたらしい。 「頭を強く打っていたのでどうなるかと思いましたが――」 どうやらあたしは2、3日昏睡状態にあったらしく、頭に巻いてある包帯がその証のようだ。 医者はもう歩けるなんて奇跡だと言っていた。 ……あたしの運もまだ捨てたもんじゃないのかもしれない。 「何か欲しいものはあるかな?」 しばらく入院は続くらしく、医者はあたしに気を遣ったのか、こんな質問をしてきた。 "欲しいもの"、そう聞かれてあたしの脳裏に浮かんだのは一つだけだった。 それが無意識に言葉が出て来る。 「つ、司……あの、クラスメイトで会いたい人がいるんです」 司だけでは……恥ずかしかった。晃に会いたいのも事実なので、あたしは二人に今すぐ会いたいと伝えることにした。 司に会えれば、あたしはもっと早く元気になれる、何となくそんな気がしたからだ。 医者はすぐに学校へ連絡を入れてくれたらしく、今日の放課後に司たちはあたしに会いに来てくれる、と言われた。 何故かドキドキしてしまう。別に今まで通り、何も変わらないのに。 司があたしが目を覚ましたらすぐに駆け付けてくれるからか。 あたしってそんな単純だったかな。 あ、髪の毛とかボサボサじゃないかな。 咄嗟に鏡を見たあたしの目に映ったのはいつも通り、銀髪をなびかせている中条雪だった。 「……どうしちゃったんだろ」 司に抱く気持ちは、晃に対するそれとは何となく違う気がしてしまう。 今までは悪友、親友で十分満足していた。 それが司に打ち明けたあの夜から、あたしの中にあった得体の知れない感情が少しずつあたしを蝕んでいっているようだ。 「……司」 蝕む、という表現は間違っているかもしれない。 あたしは司に会いたい。それは決してマイナスの感情なんかではなく、むしろ強いプラスの感情のように感じられた。 友情ではない、別の何か……。ただ、それが具体的に何なのか。今のあたしには分からなかった。 「あっ……ど、どうぞ!」 そんな考えはノックの音に掻き消えて、不意をつかれたあたしは間抜けな声で返事をしてしまった。 少しの静寂の後、ガラガラとドアが開き、そこには確かに司がいた。 556 :嘘と真実 5話 ◆Uw02HM2doE:2012/05/30(水) 23 12 44 ID 5MJHYHvE 「中条……!」 「あ、司――」 司は険しい顔であたしに駆け寄り―― 「良かった……本当に良かった……」 「へっ!?つ、司!?」 気が付けばあたしは思い切り司に抱きしめられていた。 自分でも分かるくらい顔が真っ赤になる。あまりの恥ずかしさに抵抗しようとするが、司はあたしを抱きしめたまま微動だにしない。 ……司の体温が、心地好い。いつの間にか抱きしめ返している自分がいた。 「おう、無事で何よりだな中条!」 晃も病室に入って来てくれた。本当は晃にも感謝するべきなのだが、今のあたしは司を抱きしめるので精一杯だった。 また、得体の知れない感情があたしを満たしていく―― 「……藤塚君、そろそろ中条さんを離してあげたら?」 「あ、わりぃ」 「あ……」 そんなあたしの気持ちを踏みにじるような冷たい声が病室に広がる。 司は恥ずかしくなったのか、あたしから離れていってしまう。そして代わりに委員長が目の前に来た。 ……なんで委員長がここにいるのだろう。彼女はあたしが呼んではいないはずだ。医者の手違いか。それとも―― 「中条さん、本当に無事で良かったわ。クラスの皆も心配してたのよ」 「あ、ありがとう……」 どうしてだろう。彼女の笑みが……怖い。 張り付いたようなその笑みが、怖くて仕方がない。 でも、司も晃も全く気にしていないようだ。……あたしの思い込みなのだろうか。 「もう、退院出来そうなの?」 「えっと……もう少し……かな」 「交通事故に遭って一週間程度で退院出来るなんて、流石は中条だな」 「あはは、違いねぇな」 あたしをおちょくってくる司たち。思わず自然と笑顔になる。 そうだ、あたしにはこんなにも暖かい仲間がいるじゃないか。あたしは一人なんかじゃないんだ。 「まあ安心しろよ中条。退院するまでは、出来る限り来るからさ」 「う、うん……」 そんなあたしの気持ちに応えるように司は一番言って欲しかった言葉をくれる。 雑に頭を撫でられながら、あたしは自分の気持ちに芽生えた感情が一体何なのか、やっと分かった気がした。 「流石に中条といえども他の患者を弄るわけにはいかないしな」 「べ、別に弄らなきゃ生きていけないわけじゃないわよ!」 あたしを気遣って励ましてくれる司のことが、あたしはきっと―― 557 :嘘と真実 5話 ◆Uw02HM2doE:2012/05/30(水) 23 13 46 ID 5MJHYHvE 「じゃあ今日はこの辺にしとくか」 「ああ、あんまり遅いと悪いしな」 「うん、今日はありがとね」 気が付けば外は暗くなっており、そろそろ面会時間も終わりが近付いてきていた。 司たちと別れるのは名残惜しかったが、また会えるしあまり拘束しても気が引ける。 何より、久しぶりに誰かと話して、あたし自身が少し疲れていた。 「あ、私、中条さんに色々渡す物あるから、先に外で待ってて」 「おう、了解」 「じゃあな、中条」 「あ……うん」 司と晃はいなくなり、病室にはあたしと委員長の二人になった。 鞄からプリントなどを取り出しはじめる委員長。 ……なぜだろう、とても不安な気持ちになる。 さっきのあの笑みのせいかもしれないが、早く彼女が帰ってくれたら良いのにと思ってしまう自分がいた。 「これが昨日の分で、こっちが一昨日の分。これは提出期限が来週だから気をつけてね」 「……ありがとう」 笑顔で説明してくれる委員長。 何も恐れる必要はないのに何故かあたしはその笑顔が好きになれない。 ただの思い込みに違いないのだが、どうしても彼女を受け入れられないのだ。 「……中条さんって、藤塚君と小坂君と仲が良いよね」 「う、うん……まあ」 委員長は急に作業をしながら話し始める。あたしに気を遣ってたわいのない話をしてくれているのか。それとも―― 「特に藤塚君とは仲良いわよね。さっきも抱き合ったりしちゃって」 「あ、あれは!その……不可抗力っていうか……」 「顔、真っ赤よ?」 「っ!?」 クスクスと笑う委員長。 何となくいつもあたしにからかわれている司の気持ちが分かった気がした。委員長はそんなあたしの顔をじっと見つめる。 「……もしかして、中条さんは藤塚君のこと、好き?」 「…………えっ」 「やっぱり好きなのね」 「ち、ちがっ!あ、あたしは!そ、そのっ!」 委員長の言葉に思わず反応してしまうが上手く言葉が出てこない。 そしてこんなにもうろたえる自分を見て、同時にはっきりと自覚してしまう。 あたしは……あたしはやっぱり司のことが好きなんだ。 「ふふっ、お似合いだと思うわ。藤塚君と中条さん」 「えっ!?……そ、そうかな」 「ええ、お世辞じゃなくね」 「あ、ありがと……」 自分でも顔が真っ赤になるのを感じる。自覚してしまうと何だかとても恥ずかしくなる自分がいた。思わず下を向いてしまう。 「……でも気をつけなくちゃね」 「へっ?」 見上げると目の前に委員長がいた。雰囲気は先程とは打って変わって、あの張り付いたような笑みであたしを見ている。 ……あたしは何を浮かれていたんだろう。 ずっとあたしの本能は警告していたじゃないか。委員長は、この女は決して味方なんかじゃないって。 「藤塚君、今大変じゃない?だから助けてあげないと」 「た、大変?一体何を言って――」 「嫌がらせ、されてるでしょ。……もしかして、知らない?」 「い、嫌がらせ?」 委員長が何を言っているのか、全く見当もつかない。司が嫌がらせに遭ってる?そんなわけない。仮にそうだとしたら―― 「……もしかして中条さんは相談されてないんだ。藤塚君に、このこと」 「あ、あたしは……」 そうだ。もしそんなことが司の身に起きているなら、司はあたしや晃にまず相談するはずだ。 だってあたし達は親友なんだから。なのに何で委員長が、委員長だけがそんなことを知っているんだろう。 「私には話してくれたから、"親友"の中条さんにはてっきり話したものだと思ってたんだけど」 「あ、あたし……あたしは……」 「……この話はもう忘れて。藤塚君も――」 止めて。それ以上しゃべらないで。あたしの中の大切な何か軋んでいく。 もうこれ以上、あたしと司の絆を壊さないで―― 「"信用できない人"には話したくないみたいだったから」 「……あ」 ――あたしの中で大切な何かが壊れる音がした。 558 :嘘と真実 5話 ◆Uw02HM2doE:2012/05/30(水) 23 14 23 ID 5MJHYHvE 「じゃあお大事に。……また来るわ」 辻本さんが病室から出て来たので俺たちはそのまま帰ることにした。 「結構長かったけど、何か大事な話でもしてたのか」 「うーん……女の子だけの秘密の話、かな」 クスッと笑いながら話す辻本さんに思わずドキッとしてしまう。普段とのギャップというやつなのかもしれない。 「へいタクシー!」 少し前で既に道路に向かっている晃が大袈裟にタクシーを呼ぼうとしていた。 アイツもアイツでかなり中条のこと、心配してたからな。もしかしたら安心していつもよりはしゃいでいるのかもしれない。 「…………」 無意識で抱きしめてしまった中条は、俺が想像していたよりもずっと華奢で、何だか甘い香りがした。 当たり前だが中条もやっぱり女の子なんだな、と改めて感じる。 「良かったわね、中条さんが元気そうで」 「ああ。最初聞いた時は本当にどうしようかと思ったけど、安心したよ」 「……藤塚君、明日暇?」 「ん?まあ部活やってないし土日は暇だな」 「じゃあ明日付き合って欲しいところがあるんだけど」 辻本さんは少し申し訳なさそうな顔をして俺を見つめる。 明日の予定は特には決まっていないし、辻本さんにそんな表情をされて断れる男の方が少ないと思う。 「良いよ。別に予定ないしさ」 「やった!……あ、ありがとね」 「……そんなに喜んで貰えると嬉しいよ」 「う、うるさい!」 恥ずかしそうにそっぽを向く辻本さん。何だか最近、色んな辻本さんの表情が見れて、それが凄く嬉しい自分がいることに気が付いた。 我ながらなんとも現金な奴だと思う。 「おーい!タクシーゲットだぜっ!」 「はいはい……」 いつもよりテンションの高い晃の捕まえたタクシーに乗り込みながら振り返る。 本当に怒涛の一週間だった。色んなことがあったけど、中条が無事で本当に良かった。 後は捕まえるだけだ。中条をこんな目に合わせた犯人を辻本さんと一緒に。 既に明かりの消えた病室で少女は膝を抱える。 ――大丈夫。 ぶつぶつと何かを呟きながら時折震え出す。まるで見えない何かに怯えるように。 ――大丈夫。司はあたしを信じてくれてる。 彼女の目には一切の光は宿っておらず、ただ漆黒を写すのみ。 ――大丈夫。だって抱きしめてくれた。凄く嬉しかった。 少女の想いに応えてくれる者はもう誰もいなかった。得体の知れない感情が、彼女を蝕んでゆく。 ――大丈夫。大丈夫。大丈夫。大丈夫。大丈夫。大丈夫。大丈夫。大丈夫。大丈夫。大丈夫。大丈夫。 病室にはいつまでも少女の呟きが木霊していた。
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505 :嘘と真実 4話 ◆Uw02HM2doE:2012/05/17(木) 00 05 14 ID a1yRYt1k ~誰かのエピローグ・4~ 結局小屋には長居せず、雨の中をひたすら歩き続ける。 どれくらい歩いたのかも分からなくなり始めた頃、ようやく街が見えてきた。 俺は……ついに帰って来れたんだ。思わずその場でへたり込んでしまう。 「ははっ……あはは……」 自然と笑えてきた。天を仰ぎ、笑い続ける。俺は、俺は解放されたんだ……! ――オモシロソウネ。 「……………………えっ」 咄嗟に振り返るが誰もいない。いるはずがない。こんな土砂降りの雨なんだぞ。それに一本道だ。何よりアイツは―― ――ミツケタヨ、ツカサ……。 「う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!!」 俺は叫びながら走り出す。何でアイツの声がするんだ。 雨に紛れて俺も消えてしまえば、アイツから逃れることが出来るのだろうか。 4話 思いっ切り廊下を駆け抜け、がむしゃらに走り続ける。気が付けばもう正門のすぐ近くまで来ていた。 「おいっ!まて司っ!!」 まさに正門を抜けようとした瞬間、誰かに腕を掴まれる。振り向くと晃が息を上げながら俺の腕を掴んでいた。 「晃……」 「何やってんだよ司!?」 「何って……中条のとこに行くんだよ……!」 「何処の病院にいるのか、司は知らないだろうが!?」 晃に言われてようやく我に返る。 何も聞かずに飛び出して来たので、俺は中条の容態以外は知らないんだ。 「じゃあ病院を――」 「落ち着けよ!……仮に行っても、今は面会謝絶だってさ」 俺の言葉を遮って、辛そうに晃は答える。 ……晃だって辛くないわけないんだ。大切な親友が大怪我をしたんだ、晃だって今すぐ飛び出したかったに違いない。 それでも俺を止めようと必死に堪えてるんじゃないか。 「……わりぃ、晃」 「いいんだ。……司が飛び出してなきゃ、俺が飛び出してたかもしれない」 晃は俺の肩を軽く叩く。自分と同じ気持ちを持っている人がいてくれることの有り難さを感じた。 「俺たちは……待つしかないのかな」 「今は、な。とにかく教室に戻ろう。皆、心配してるだろうしさ」 晃の言う通り、今は待つしかないのかもしれない。 ……ただ、待つことしか出来ない自分がとても情けなかった。 506 :嘘と真実 4話 ◆Uw02HM2doE:2012/05/17(木) 00 06 21 ID a1yRYt1k 担任にこっぴどく怒られた後、俺たちは教室に戻った。 中条がいないのにも関わらず授業はいつも通り進み、先生に当てられたクラスメイトも普通に受け答えをしていた。 勿論、それが当たり前だ。頭では理解出来るし、中条とそこまで仲良くなければ当然だと思う。 ……でも、頭では理解出来ても俺のいらつきや焦りは収まらなかった。昨日のアイツの笑顔が、焼き付いて離れない。 そんな、心ここにあらずの状態で気が付けば昼休みになっていた。 普段なら晃と、そして中条が俺に寄ってきてくれる。そのことが余計に俺を苛立たせているように思えた。 「司、ちょっといいか」 「……おう」 晃が手招きをして教室を出る。どうやら話があるようだ。ちょうど教室に居づらくなっていたので、俺は黙って晃の後をついていくことにした。 教室を出る途中辻本さんが心配げにこちらを見ていたが、今の俺には彼女を気遣う余裕はなかった。 晃の後をついていくと屋上に出た。 晃はそのまま隅っこまで行き、地べたに座った。俺もそれに倣い、晃の隣に座る。昨日と打って変わって、青い絵の具をぶちまけたように晴れ渡る青空が広がっている。 それにつられてからか、屋上にはたくさんの生徒が集まっていた。 それぞれが昼飯を食べたり、ボーッとしたり、たわいもない話に花を咲かせたりしていて……それが余計に中条がいないことを強調しているように感じてしまう。 「……俺も、さ」 「ん?」 晃は青空を眺めながらゆっくりと口を開く。つられて俺も雲一つない空を見上げる。 「俺も……晃があの時教室を飛び出してなかったら、飛び出してたと思う」 「ああ……。でも晃が止めてくれたおかげで、少し冷静になれたぜ」 「でも心ここにあらず……違うか?」 晃の言葉に内心ドキッとしてしまう。確かに今の俺は何をしてもまともに集中出来そうにない。 「あ、ああ。でも何で分かるんだ?」 「当たり前だろ。俺も、そうだからな」 晃は立ち上がりそのまま空を仰ぐ。 ……そうだったんだよな。俺だけが辛いわけじゃないんだ。決まってるじゃないか。晃だって、中条の親友なんだから。 「……わりぃ、晃」 「別に謝らなくていい。俺だって司が飛び出さなきゃ、気が付かなかっただろうしな」 俺もゆっくりと立ち上がり空を仰ぐ。俺たちの気持ちとは全く正反対に広がっている青空。俺に出来ることは……落ち込んでいることだけじゃないはずだ。 「……俺、中条を待つよ。落ち込んでたらさ、アイツに笑われちまうしさ」 晃は一瞬驚いた表情をした後、意地悪く笑った。 「ほう。中々分かってんじゃねぇか親友」 「誰かさんが分かりにくく教えてくれたからな」 「恋人に向かって"誰かさん"はないだろ、司くん?」 「いつまで引っ張ってんだよそのネタ!」 俺が、俺たちが暗くなっても仕方ない。中条は必死で闘ってるんだ。俺たちはアイツを信じて待とう。 大丈夫、中条なら絶対帰ってくるから。 507 :嘘と真実 4話 ◆Uw02HM2doE:2012/05/17(木) 00 07 10 ID a1yRYt1k 放課後、いつも通り辻本さんと教室に残る。 辻本さんは俺のことをかなり心配してくれていたようで、昼休みに無視したことを謝ると笑顔で許してくれた。 改めて俺は、支えてくれる友達の有り難みを噛み締めるのだった。 「先生も面会出来るようになったらすぐに教えてくれるらしいから、安心してって」 「そっか。心配してくれてありがとな、辻本さん」 「ま、まあ……ね」 辻本さんは顔を真っ赤にしながら呟いた。相変わらず恥ずかしがり屋の彼女に思わず吹き出すと、辻本さんはいつものように怒る。 それが面白くてまた俺は吹き出してしまい、余計に辻本さんを怒らせてしまうのだった。 ……気にしてないわけ、ない。辛くないわけも、ない。でもいつまでも落ち込んでる場合じゃない。 アイツが帰ってきたらいつものように出迎えてやる為に、俺に出来ることをしよう。 「ゴメンね、今日も職員室に寄らないといけないから」 「おう。じゃあまた明日な」 「うん、また明日ね」 辻本さんと職員室前の廊下で別れて昇降口へと向かう。昇降口には夕日が差し込んでおり、真っ白な下駄箱を染め上げでいた。 「……ん?」 下駄箱を開けると靴の上に小袋がおいてあった。薄い水色の袋で、ピンクのリボンが結ばれていた。 「悪戯……か?」 昨日はなく、今日も朝から一切行われていない俺への嫌がらせ。今朝の事件で今の今まですっかり忘れていた。 刺激しないようにゆっくりと持ち上げる。そんなに重くはなく、本当に嫌がらせか疑わしい。 というか、こんな小袋で嫌がらせなんで出来るのだろうか。出来ないからこそ、今まで大掛かりな手を使ってきたはずだ。 「……開けてみるか」 鼓動が高鳴るのを感じる。ただ、開けずに捨てるのも出来そうになく、俺はゆっくりとリボンを解き手の平へ中身を出した。 「何だ……これ?」 袋から出て来たのは画鋲でもゴミでもなく、金属の破片だった。 手の平に収まるくらいの大きさで夕日を受けて鈍く輝いている。袋を覗いてみるが他には何も入っていないようだった。 「……わけが分からん」 どうやら俺の思い過ごしだったらしい。一応気にはなるので明日辻本さんに見せるとしよう。溜息をつきながら俺は正門へと向かう。 「……結局、今日も何もなかったな」 もう犯人は飽きてしまったのだろうか。それとも機会を伺っているのだろうか。 見上げた夕焼け空は不気味なくらい紅く染まっていた。 508 :嘘と真実 4話 ◆Uw02HM2doE:2012/05/17(木) 00 08 01 ID a1yRYt1k 「お兄ちゃん、入っても良い?」 「おう。どうした?」 気を紛らわせようと思い、夕食後ずっと机に向かっていたが一向に集中出来ずにいると、ドアが開き弥生が入って来た。 どうやら風呂上がりのようで可愛らしいピンクのパジャマがよく似合っている。弥生は少し不安げな顔をしながら俺のベッドに腰掛けた。 「……今日ね、部活に中条先輩、来なかったんだ」 「あ……」 「その顔、やっぱりお兄ちゃん何か知ってるでしょ!?」 しまったと思った時にはもう遅かった。弥生はベッドを飛び出し俺に迫る。どうやら弥生には、というか女子バレー部には中条の話は伝わっていないようだった。 「と、とりあえず落ち着け!話してやるから!」 「……ゴメン」 今にも飛び掛かって来そうな弥生をなだめてベッドに座らせる。一瞬、本当のことを言おうか迷ったがこうなってしまっては仕方ない。 弥生は一度決めたら絶対に諦めない性格だ。それは昔から変わらない。 だから煙に巻くのは無理だと思った。何より弥生は中条のことを尊敬していたし目標にもしていた。そんな弥生を騙すのは……正直嫌だったのだ。 「……いいか。落ち着いて、最後まで俺の話を聞くんだぞ?約束な」 「……うん、分かった」 弥生を落ち着かせてから俺は今日起きた出来事を話し始めた。 今朝いきなり担任から中条が交通事故にあったと聞かされたこと。 すぐに病院に行こうとしたが今は面会出来る状態ではないこと。 何かあればすぐに担任が教えてくれること。 細かい部分は省いたりしたが、大まかな出来事は全て話した。途中弥生は震え出したり、涙を溜めたりしていたが決して泣かず、黙って耐えていた。 「――以上が今、俺が知ってることだ」 「あり……が……と……」 話が終わっても弥生は震えながらずっと泣かないよう耐えていた。目には今にも溢れそうなくらい涙が溜まっている。 ……素直に強いな、と思った。俺なんか我慢できず教室を飛び出しちまったのに、弥生はちゃんと約束を守ったのだ。 でも話は終わった。もう、良いんだ。だから―― 「よく頑張ったな、弥生」 「あっ……」 俺は弥生を思い切り抱きしめた。頭を優しく撫でてやる。少しずつ弥生の震えは大きくなっていった。 「だから、もう泣いていいんだ。思いっ切り、泣いていいんだ」 「う、うわぁぁぁぁあん!!」 俺が言い終わった瞬間、弥生は俺の胸で泣き始めた。感情を思い切り爆発させて、涙がぼろぼろとこぼれ落ちていく。 俺は黙って弥生を抱きしめ続けた。きっとこういう感情は、溜め込むより全て吐き出した方がいいから。弥生はしばらく泣き続けていた。 509 :嘘と真実 4話 ◆Uw02HM2doE:2012/05/17(木) 00 08 44 ID a1yRYt1k 「大丈夫か?」 「ぐすっ……うん、もう……平気……」 しばらく泣いて弥生はやっと落ち着いたようだった。目は真っ赤に腫れ上がっていたが、もう涙は出ないようだ。 「……中条なら大丈夫さ。アイツの強さは、弥生も知ってるだろ」 「……うん。先輩、凄く強いもん」 「じゃあ大丈夫だ。信じよう、中条のこと」 「……うん!」 目は腫れ上がっていたが、それでも弥生は笑顔を見せた。少し落ち着いたのかもしれない。 その後は少し弥生とたわいもない話をした。もう少し側にいてやりたかったし、弥生も泣き顔見られたと文句を言いながらも俺のベッドに寝転んでいた。 「じゃあ一年は井上の恐怖を――」 「味わってないよ。学年違うしね」 「何というゆとり……」 「いやいや、お兄ちゃんが悪いよ。授業中寝るなんて……それ、なに」 「ん?……ああ、これか」 弥生が指差したのは机の端に置いてあった、金属の破片だった。 蛍光灯の光を浴びて鈍く輝いている。結局こいつの正体は分からずにいた。弥生が興味津々だったので投げて渡す。 「……鉄の塊?どうしたの、これ」 「拾ったんだ。俺もよく分からないんだけどな」 流石に本当のことは言えなかったので、拾ったことにした。弥生はしばらく興味津々に眺めていたが、飽きたらしく俺に返してくれた。 「なーんだ……」 「まあ、ゆっくり調べてみるよ」 「……お兄ちゃん、分からないの?」 「えっ?」 「それ、多分だけど弥生知ってる」 少し得意げな顔をして金属の破片を指差す弥生。 ……鼓動が高鳴る。何故かは分からないが弥生はこの金属の正体を知っているようだ。 「……一体、何なんだこれ?」 「多分だけど……自転車の部品じゃないかな」 「自転車……?」 「うん。中学生の時に弥生、自転車壊しちゃったことあったよね」 「あ、ああ……」 昔、弥生が自転車を壊してしまったことはよく覚えている。確か下り坂でブレーキが効かなくて止まれずに、電信柱にぶつかったんだっけ。 自転車は大破したし、弥生自身も結構な大怪我だったと思う。 「あの時、ブレーキが効かなかった理由がそれだよ」 「これが、か?」 「それが壊れてたらしくてね、弥生の自転車。確かブレーキなんちゃらってやつ」 「これがそのブレーキなんちゃらの一部ってか」 金属の破片ということはこれは部品の欠けた部分なのだろう。 弥生は嘘をついているようには見えないし、おそらく本当にこれは自転車の部品に違いない。だが―― 「そんなもの取ってても意味ないよ、お兄ちゃん」 「まあ……な」 「あー、弥生のこと信用してないでしょ」 頬を膨らませて怒る弥生はいつもながら可愛かったが、俺の心には疑問が残ったままだった。 510 :嘘と真実 4話 ◆Uw02HM2doE:2012/05/17(木) 00 10 11 ID a1yRYt1k 「……またか」 朝早く登校して下駄箱を開けると昨日と同じような小袋が置いてあった。誰かの悪戯か、それとも犯人の仕業なのか。一体何の意味があるのか。全く分からない。 「何だ……これ?」 中身は昨日の金属片ではなく、黒い紐のようなものだった。紐といっても2、3cm程しかない切れ端だ。いや、紐にしては堅すぎるか。 表面はツルツルとしていて断面から想像するに―― 「……ワイヤー、か」 ワイヤーを切った時の断面と少し似ていた。だから何と言う訳でもないのだが。 とにかく、一人で考えていても仕方がない。もしこれが嫌がらせの犯人の仕業ならば、必ず何かしらの意図があるはずだ。 昼休みに辻本さんに聞いてみるのが良いだろう。昨日の弥生の話も含めて、辻本さんなら何か思い付くかもしれない。 今だに中条の容態は予断を許さないらしく、新たな情報はなかった。 昨日弥生に言った反面、あたふたするわけにもいかないが本音を言えば一刻も早く中条の意地悪い笑みが見たかった。 「これが?」 「ああ。二日連続で入ってたんだ」 昼休み、辻本さんと屋上に来ていた。晃は部活の昼練があるらしく、今頃グラウンドで練習をしているだろう。 俺は辻本さんに一部始終を説明し、昨日の金属片と今日新たに下駄箱にあったワイヤーらしき物を見せた。 辻本さんは難しい顔をして俺の話を聞きながらそれらを眺めている。 「うーん……。誰かの悪戯……にしてはちょっと手が込んでるわね」 「一人で考えてても埒外あかなくてさ」 「自転車……」 辻本さんは何か考え込んでいるようだ。まだ仲良くなって一週間程度だが、辻本さんが居てくれて本当に良かったと思う。 彼女や晃が居たから俺は何とか自分を保っていられるような気がした。 「まあ簡単には分からない――」 「…………嘘、でしょ」 「えっ?」 辻本さんは顔を強張らせていた。彼女の緊張感は俺まで伝わる程で、普段は冷静な辻本さんらしくなかった。 ……彼女は一体どんな推理をしたのだろうか。 「…………藤塚君。あのね、これはあくまでも推測に過ぎないから……」 「あ、ああ」 「聞きたくないなら、ちゃんと言って欲しいの」 恐る恐る俺を見つめる辻本さん。もしかしたら俺は聞かない方がいいのかもしれない。 こんな破片や切れ端なんか忘れて、中条の帰りを大人しく待っていた方がいいのかもしれない。 ……でも、それじゃあ意味がないんだ。犯人を捕まえてまた晃と中条と、今度は辻本さんも一緒に平穏な日常を取り返すんだ。 その為に俺は今こうして辻本さんに相談しているんじゃなかったっけ。覚悟を決めろよ、藤塚司……! 「……犯人が分かりそうなことなら、何でも言ってくれ」 「…………分かったわ。何度も言うけど、今から話すことは推測の範疇を出ないから」 「ああ、分かってる」 俺の返事を聞いて辻本さんは一度深呼吸をする。どうやら彼女も覚悟を決めたようだった。 「藤塚君、私が前に言ったこと、覚えてる?」 「前に……?」 「犯人の動機についてよ。もしかしたら原因は中条さんにあるかもしれないって、私言ったじゃない」 「……ああ。俺が嫌がらせを受けているのは中条や晃といるから、ってやつだろ」 確かに辻本さんにそんなことを言われたのは覚えている。しかし今回の嫌がらせと何か関係があるのだろうか。 辻本さんは厳しい表情のまま、話を続ける。 「そう。その時に私、こうも言ったわよね。"このままじゃ中条にも被害が及ぶかもしれない"って」 511 :嘘と真実 4話 ◆Uw02HM2doE:2012/05/17(木) 00 10 52 ID a1yRYt1k 「あ、ああ……。でもそれが――」 「分からない?この金属片はそれを犯人が行った"証"なのよ」 「あ、証?一体何を言ってるんだよ辻本さんは!?」 頭が混乱する。辻本さんが言いたいことがよく分からない。 ……証?何の証だよ。中条が被害に遭う?アイツは別に交通事故に―― 「…………あ」 「……気が付いた?」 辻本さんが俺を見つめて呟く。俺は今何を思い付いた? 決まっている。おそらく目の前の辻本さんと同じことだ。 ――そもそも中条は何で入院しているのか。それは交通事故に巻き込まれたからだ。 ――じゃあ、アイツはいつ巻き込まれたのか。 俺は知ってる。だって一昨日、中条は俺と一緒に途中まで帰ったんだよ。アイツ、笑ってたじゃねぇか。 それで、途中で別れて……アイツは自転車に乗って坂を下ったんじゃなかったっけ。 「藤塚君の話をまとめると、そうなるわ。そして中条さんはその後、交通事故に遭った……」 いつの間にか思考が口に出てしまっていたらしい。いや、今はそれはどうでもいい。つまりアイツは……自転車に乗って事故に遭った可能性が高い。 「……だから、何だよ」 「だからこの金属片とワイヤーが問題になるのよ」 ……そうだよ。もうやめよう、分からないふりをするのは。 俺は薄々気が付いてたんじゃないか。弥生も言っていた。この金属片は自転車のブレーキを動かす部品だって。 じゃあこのワイヤーも同じく、ブレーキに関わる部品なんじゃないか。つまり犯人は俺に伝えたかったんだ。 「中条さんが事故に遭った原因がもし、ブレーキが効かないことだったとしたら――」 「犯人が中条を、事故に遭わせたってこと、だな……!」 「ふ、藤塚君……?」 俺は無意識の内に立ち上がっていた。屋上の雑音も、今は一切気にならない。 犯人は伝えたかったんだ。中条を交通事故に遭わせたのは自分だ、ってな。 だから一つずつヒントを置いて行ったんだよ。鈍い俺でも分かるようにさ。 ああ、今はっきり分かったぜ、犯人さんよ。俺が憎いんだろ、こんな回りくどいことするくらいなんだからさ。 安心しろよ、俺も今お前が憎くて仕方ないからな。今すぐお前を探し出して―― 「藤塚君っ!!」 「…………辻本さん」 気が付けば俺は辻本さんに抱きしめられていた。辻本さんは今にも泣きだしそうなのを必死に耐えているようだった。 彼女のそんな顔を見ていると、自分の中のどす黒い何かが少しずつ収まっていくのを感じた。 「憎しみに流されないで……そんなこと、中条さんも望んでない……」 「辻本さん……」 何故俺の気持ちが彼女に分かるのか。それは辻本さんも同じ気持ちだからだ。 彼女は俺より先に見当が着きながらも、必死に俺にそれを伝えようとしてくれた。 犯人が憎くて仕方ないのは俺だけじゃないんだ。そう思うとほんの少しだけ気持ちが楽になった。 「ありがとう、辻本さん。もう、大丈夫だから。……見られてるし」 「うん……えっ!?」 顔を真っ赤にして俺から離れる辻本さん。 いつの間にか俺たちは注目の的となっていた。まあ、あれだけ騒げば仕方ないのかもしれない。 「あはは、抱き着いてたからカップルとか思われたかもな」 「カッ、カップル!?」 「あべしっ!?」 瞬間、到底目で追えない早さのビンタが俺を襲う。な、なんという威力。 「な、な、な、な、な、な、なにを言ってるのかぜんっぜん分からないわ!……あれ、藤塚君?」 「……下です」 「何してるのよ?頬が真っ赤よ」 「あはは……」 俺は辻本さんの明るさにまた救われていた。 もし辻本さんがいなかったら、俺は犯人への憎しみに潰されてしまったかもしれない。勿論、犯人は絶対に許さない。 でも同じ目に遭わせる為に捕まえるんじゃない。中条にちゃんと謝らせて、罪を償わせる為に。これ以上被害が広がらない為に捕まえるんだ。 512 :嘘と真実 4話 ◆Uw02HM2doE:2012/05/17(木) 00 11 42 ID a1yRYt1k 「辻本、ちょっといいか」 「あ、はい!ゴメンね、藤塚君。先戻ってて」 「おう」 「今日提出期限になってる進路調査用紙なんだがな」 「あ、それなら今日の放課後に出すので――」 屋上から帰る途中、辻本さんは担任に呼び止められていた。 内容からするに一昨日一緒に整理した用紙の話らしい。長くなりそうだったので先に教室に戻ることにした。 「……絶対に捕まえてやるよ」 もう俺だけの闘いではない。大切な親友が傷付けられたんだ。絶対に捕まえてみせる。 「おっ、親友!また辻本さんとデートか」 「うるせぇ、エロゲー信者」 廊下で練習帰りの晃と合流する。 からかわれたのが何だか恥ずかしくて、ついおちょくると晃の目が光った。どうやら触れてはいけない部分に触れてしまったようだ。 「なんだと……KI☆SA☆MA、そこに直れぇぇぇぇえ!!」 「ちょ!?まてっ!」 「藤塚君っ!」 まさに晃に矯正されそうだった瞬間、辻本さんがこちらに走ってきた。何かあったのだろうか。晃もふざけるのを止め、辻本さんを見ている。 「ど、どうしたの辻本さん?」 「今先生から聞いたんだけど中条さんが――」 急に心臓が高鳴る。一体中条はどうなったのか。おそらく晃も同じ気持ちに違いない。 「意識を取り戻したって!」
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249 :嘘と真実 13話 ◆Uw02HM2doE:2012/11/29(木) 00 50 24 ID g5jQjHWM 13話 あれから、真実が俺達を監禁したあの事件から一年が経ち、俺達は高校三年生になった。 世間はクリスマスが近付いているせいか、浮かれた気分になっている人が多いが、俺達受験生は例外だ。 今日も日課のように放課後の教室で参考書と睨めっこをしている。 「司くぅーん、まだぁ?早くラーメン食べに行きましょ」 「…………」 「無視なんて……酷いっ!こうなったら嫁に電話してやるわっ!」 「うるせぇ!!黙って待てねぇのかこのエロゲ野郎が!」 目の前で俺をおちょくってくる晃と口喧嘩をしながら、俺は目の前の参考書と格闘する。 「……くそ、分からん」 「ああ、それx=6だよ」 「適当なこと言ってんじゃ…………合ってる」 呆然とする俺に晃はピースをしてくる。悔しいがコイツはかなり頭が良い。 俺が今目指している大学も、推薦で合格してしまった強者なのだ。 なので一般受験で同じ大学を目指す俺に晃が勉強を教えてくれる、もといおちょくってくれている毎日である。 まあ何だかんだ言って丁寧に教えてくれる晃には結構感謝しているのだが。 「あ、晃君っ!」 「おっ、大内さん」 夕日に染まるポニーテールを揺らしながら大内さんが教室に入って来る。 「も、もしよかったら……そ、その一緒に帰らない!?」 若干裏声になりながらも大内さんは晃に話し掛ける。 以前と比べるとだいぶマシになったようだ。一年くらい前は『晃君に会わせる顔がない!』とか言ってずっと遠くから見つめていただけだった。 それが最近、やっとこうしてまともに話し掛けられるようになったのだから。 「別に良いけど?あ、司も――」 「俺はいいや。まだ勉強したいからさ。二人で帰れよ」 晃に被せて俺はやんわりと断りを入れる。 大内さんの恋路を邪魔するとどうなるか、何となく想像出来てしまうから。 それに俺も待たなければならない人がいる。 「そっか。じゃあラーメンはまた明日だな。行こうか、大内さん」 「う、うん!じゃ、じゃあね、藤塚君!」 晃は少し残念そうにしながらも大内と一緒に教室を出て行った。 夕日が差し込む教室に取り残され、ほっと一息ついた。 「……大内さん、か」 大内さんは学校に復帰していた。 真実を刺したあの出来事は、普通ならば裁判沙汰になるような事件だったが、裁判どころかニュースにさえならなかった。 理由は分からないが、そのおかげで大内さんは年明けには学校に復帰した。 ……これは俺の推測でしかないが、真実が大事にしないよう両親に掛け合ったのではないだろうか。 でなければ刺された側が何もしないなんて、考えられない気がする。 とにかく、大内さんは無事学校に戻ってきた。 勿論、戻ってきた直後、俺たちはかなり謝られた。雪の自転車のことも含めて。 雪は最初は驚いていたがすぐに大内さんを許した。別に気にしていない、と。 「晃もよくやるよな……」 夕日を見ながら呟く。 何の風の吹き回しか、晃は大内さんに積極的に話し掛けるようになった。 罪の意識からか、復帰した後も遠目で晃を見ることしか出来なかった大内さんと、今日みたいに帰っているのも晃の意志だ。 どうやら大内さんの好意を無視したことで、彼女を狂気に走らせてしまった。 そう晃は考えているらしく『ちゃんと向き合わないとな』なんて言っていた。 晃の考えすぎな気はするが、正直外見だけならお似合いだと思う。 ま、どうするかは二人次第なのだろうが。 250 :嘘と真実 13話 ◆Uw02HM2doE:2012/11/29(木) 00 51 11 ID g5jQjHWM 「……そろそろか」 時計を見た後、俺は帰りの支度をして教室を出る。まだ時刻は夕方なのに、辺りは段々と薄暗くなっている。 マフラーをしながら校門に向かうと既に人影がいた。 「それでですね……あ、お兄ちゃん!」 「おう、お待たせ。弥生もいたのか」 「弥生"も"ってなによ!酷いですよね、先輩!」 「ふふっ、そうね」 頬を膨らまて抗議する弥生に、雪はそっと微笑む。 「さ、帰るか。じゃあな弥生!」 「何よ!弥生だって先輩と一緒に帰るもん!」 「今日の買い物当番お前だろ。残念ながらスーパーは逆方向だ!」 「こ、この人で無し!!」 ぎゃあぎゃあと二人で大騒ぎをするのもいつもの光景だった。 ……あの事件の後、結局俺と弥生は普通の兄妹に戻った。あの時の弥生の気持ちを、俺はまだ改めて聞けずにいる。 しかし、弥生は何かが吹っ切れたように、以前と変わらず俺に接して来る。 以前よりも依存することが少なくなり、キスを求めてくることもなくなった。 もしかしたら、あの出来事が弥生を成長させたのかもしれない。 「司、一緒に行ってあげればいいじゃない」 「あ、別に気にしないでください先輩!お兄ちゃん、先輩に変なことしないでよね!」 「ばっ!?お前っ!」 「じゃ、先輩また明日!」 弥生は言いたいことだけ言うと全速力で俺達から離れていった。家に帰ったら覚えておけよ、我が妹。 「……じゃ、帰るか」 「うん」 自然と雪と手を繋いで通学路を歩く。雪の手から伝わる体温が心地好い。 結局、俺達は付き合うことにした。 あの事件からお互いの大切さを再認識したのだろうか、病院で目を覚ました雪に向かってすぐに俺は告白した。 また声が裏返ってしまいかなりからかわれたが。色々喧嘩もするが、なかなか上手くやっている。 「どう?勉強は進んだ?」 「まあな。相変わらず晃は五月蝿いけど。久しぶりの部活はどうだった?」 「うーん……やっぱり身体が鈍っちゃうね。でも弥生ちゃんは頼もしかったよ。キャプテンの貫禄がついてきたのかな」 たわいもない話をしながら二人、夕暮れの通学路を歩いていく。 雪も晃と同じ大学に推薦が決まっており、俺だけが一般受験で頑張っている。 「もうすぐ今年も終わりね。どう、受験生さん?」 「同じ大学に行けないと別れるカップルが多いとか聞くし、三人で馬鹿やるためにも頑張らないと――」 冗談混じりで言った瞬間、雪にぎゅっと抱きしめられた。甘い香りが俺を包む。 雪はちょっと不機嫌な顔をして俺を見上げた。 「……別れないよ」 「ああ、ただの冗談――」 「絶対に、離さないからね」 雪は更に強く俺を抱きしめた。 付き合ってから改めて知った、雪の愛情の深さ。そして……執着。 別に迷惑でないし、むしろ嬉しいが、度々こういうことが起きる。 こういう時は言葉じゃなくて態度で示さないといけない。 ……言っておくが、別によこしまな気持ちがあるとかじゃない。断じてない。 「絶対に――」 俺は雪の唇にそっとキスをする。柔らかい感触と共に自分の頬が暑くなるのを感じる。 雪の顔を見ると真っ赤だった。目は潤んでいて呆然としている。 「好きだよ、ゆ――」 「ば、ばばばばばはかぁぁあ!?」 「ぐはぁ!?」 思いっ切りビンタされて俺は道端に倒れる。雪は肩で息をしながら潤んだ目でこちらを見ていた。 「こ、ここここんな場所でなにしてんのよ!?へ、変態っ!!」 「あ、あのなぁ……」 起き上がって雪に近付くと、まるで獣でも見るような目付きをされた。 付き合ってもうすぐ一年。愛情深くて嫉妬深くて、それでいてかなり繊細……というかキス一つでここまで顔を真っ赤にする。 そんな彼女、中条雪と俺は一緒に歩いている。 ……そしてそこには、全ての元凶であり俺と雪を結び付けた、辻本真実の姿はなかった。 251 :嘘と真実 13話 ◆Uw02HM2doE:2012/11/29(木) 00 51 44 ID g5jQjHWM 雪を自宅まで送った後、何となく近くの河原まで来ていた。 たまに黄昏れたくなる、そんなお年頃なのかもしれない。 黄昏れというには、周囲はもう暗くなっているのはご愛敬ということで許して頂きたい。 「…………」 真実はあの事件の後、すぐにこの街からいなくなった。 弥生が呼んでくれた晃の協力もありあの日、真実も雪も奇跡的に一命を取り留めた。 手術室に入って行く真実を俺は祈る思いで見つめ、それが俺が見た最後の真実の姿となった。 真実が助かったことはご両親から聞かされたが俺達が会いたいというと、はっきりと断られた。 『もう真実には関わらないでほしい。賠償ならいくらでもする』と、ただそれだけ言われた。 悔しかった。そういう目でしか俺達は見られなかったから。 結局そのまま真実には会えず、いつの間にか彼女は家族と一緒にこの街からいなくなっていた。 電話も、メールも変えられていて全く連絡が取れないまま、もうすぐ一年が過ぎようとしている。 「……何してんのかな、真実」 違う学校でもまた、委員長をやっているのだろうか。 また誰かにお節介をして、誰かを叱ったりしているのだろうか。 ……また一人で抱え込んで、悩んで、苦しんでいるのだろうか。 結局俺は真実を救えなかった。必死に呼び掛けたが、彼女には届かなかった。 だから今、真実はこの街にいない。 「…………?」 ふと対岸を見ると同じように黄昏れている人がいた。 顔はよく見えないが服装からして、どうやら女子のようだ。ぼーっと見ていると女の子は河辺に近付いて―― 「………………えっ」 「久しぶり……司君」 ゆっくりと微笑んだ。 決して大きな声ではなかったが、俺にははっきりと分かった。 あの一ヶ月間の掛け替えのない思い出が溢れ出てくる。いつの間にか俺は川のギリギリまで駆け寄っていた。 確かめたかった。会いたいと思う俺が生み出した幻なのか、それとも―― 「ま、真実なのか……」 「……他に誰がいるのよ」 初めて出会った時と同じように辻本真実はクスッと笑う。 あの時と違うのは、俺が知らないグレーの制服を着ているという点だった。 やっと会えたという喜びと同時に、やはり真実はもうこの街にはいないのだと俺は改めて気付かされた。 「…………心配したぞ。連絡も寄越さず突然消えやがって。連絡先も変えるしさ」 「親に変えられたのよ。"全て忘れて、新しくやり直そう"って……」 真実は何処かさみしげな笑みを浮かべる。 "全て忘れて"という言葉が俺の中で引っ掛かった。真実は、真実の家族は一年前の出来事をないことにしようとしているのだろうか。 「全てって……でも、また真実は帰って来てくれたじゃないか」 「帰って来たわけじゃないわ。少し用があって、たまたま通り掛かっただけよ……じゃあね」 突然、真実は踵を返して河辺から離れていく。まるで俺を拒絶するかのように。 252 :嘘と真実 13話 ◆Uw02HM2doE:2012/11/29(木) 00 52 21 ID g5jQjHWM 「真実っ!!」 今を逃がしたら二度と会えない気がして俺は無意識に叫んでいた。 このまま終わるなんて、あまりにも悲しすぎる。 「…………何?」 真実は振り返らないまま、俺の言葉を聞いていた。言うなら今しかない。 あの時、一年前に届かなかった想いを伝えなければならない。 「行くなっ!!」 「……っ」 「真実が居てくれて本当に楽しかった!たった一ヶ月だったけど、俺にとっては掛け替えのない時間だった!」 「……私は復讐する為に、司君に近付いたのよ」 「だから何だ!きっかけなんてどうでもいい!俺は、俺達はまた真実に居てほしい!」 「……皆をたくさん傷付けたわ」 「謝って許して貰おう!一人が嫌なら俺も付き添う!だから……行くなっ!!」 俺の叫びが真っ暗な河辺に響く。真実は身体を震わしながら俺を見ていた。 「な、何で……何でそこまでしてくれるのよ!?私は、私は司君の妹を殺そうとしてたのよ!」 そして真実は今までの感情を爆発させるように叫ぶ。 やはり今でも真実は、あの時のことを後悔しているようだった。 「……真実のおかげで大切なものに気が付けた。色んなことが分かった。真実が居なきゃ、分からなかったことばっかだ」 「……嘘」 「嘘じゃない。真実には本当に感謝してる。だから、今度は真実の力になりたいんだ」 俺は真実に向かって手を差し出す。 一年前はちゃんと言えなかった真実への気持ちを、今度は言うことが出来た。 俯いていて真実の表情はよく分からない。そのまましばらく、川の流れる音だけがこの空間を支配していた。 やがて、真実はゆっくりと顔を上げて俺を見た。 「…………私も、やり直したい」 「真実……」 真実は消えてしまいそうな程小さな声で、それでも俺の眼を見て話しつづける。 「もう一度……もう一度やり直して、今度はちゃんと……皆に向き合いたい……!」 「じゃあ――」 「ありがとう。司君は、いつも私に勇気をくれるわ。……もう、決めたから」 真実は俺の言葉を遮って力強く話す。その言葉には、既に迷いはないように思えた。 「真実……?」 「私、やり直したい。今すぐは無理だけど、必ず帰ってくる。だから…………待っていてくれる?」 「……ああ、待ってる。皆で、真実のこと必ず待ってるから!」 「うん……」 川越しに俺達は約束をする。いつか必ずまた笑い合う為に。 この川は今の俺達の距離だ。簡単には越えられない。 それでもお互いを見失わなければ、俺達はまた出会えるはずだ。だって俺達にはお互いが見えているのだから。 「……司君、もし私達が普通に出会えてたら――」 真実はそこで口を閉じる。何かを言いかけたようだったが、少し考えた後,笑顔を作った。 「やっぱり何でもない!……中条さんとお幸せに!」 「お、おいっ!?」 「あはは、顔真っ赤よ?」 「ぐっ……」 この暗闇でも分かるとは相当真っ赤なのだろうか。考えると余計に恥ずかしいのであまり気にしないことにする。 「……じゃあ、私行くね」 「おう、必ず戻ってこい!」 「うん。行ってきます!」 真実は手を振った後、そのまま振り返らず、河辺から去って行った。 真っ暗な河辺に俺が一人残される。それでも俺の心はとても晴れやかだった。 「真実……」 結局、何故この街に来たのかは分からなかったが、おかげでもう一度真実に会えた。 そして大切な仲間を失わずに済んだ。どれくらい掛かるのかは分からない。 でも俺達は約束をした。だから俺は信じて待とう。必ず、今度は皆で笑い合える日を信じて―― 何が真実で、何が嘘なのか。決めるのは結局、自分自身だ。 たとえ嘘から始まった出会いだとしても、その関係や気持ちは真実だと、俺は思う。 嘘と真実が混ざりあったあの一ヶ月は、今までもそしてこれからも、俺自身にとって掛け替えのない思い出になるに違いないから。 253 :嘘と真実 13話 ◆Uw02HM2doE:2012/11/29(木) 00 53 25 ID g5jQjHWM ――春。桜が舞い散る並木道を俺達は歩いていた。全員がスーツ姿に身を包んでいる。 同じ方向へ歩く人達も、俺達と同じように真新しいスーツに緊張気味の面持ちを浮かべていた。 「……結局大学も皆同じだもんな」 「本当は落ちたらどうしようとか思ってた癖に。司君もツンデレですな」 「本当にね。あたし達の方が緊張したよ」 高校の時と同じように雪と晃にからかわれる。 かなり際どかったが、何とかこの二人と同じ大学に合格することが出来、晴れて大学生になった。 真新しいスーツに身を包み、俺達はこれから入学式を迎えるのだった。 俺達の大学は桜山市の市内にあり通学も高校の時とあまり変わらないが、結構知名度があり倍率は中々に高かったのだ。 「まあ入っちゃえばこっちのもんだからさ。な、大内さん!」 「う、うん!ふ、藤塚君の言う通りだよ!"棚からぼたもち"って言うしね!?」 顔を真っ赤にさせながら晃の隣を歩いていた大内が必死に答える。 彼女も俺と同じ一般入試で合格した仲間だ。 そして一緒に皆で勉強した甲斐あってか、何とか晃以外とも少し会話出来るようになった。まあ、よく吃るが。 「なんか使い方違う気もするけど……とにかく今日から大学生なんだな」 「おっ、何だか感慨深げじゃないか」 「どうかした、司?」 雪が不安げにギュッと俺の手を握ってくる。 ……自分の彼女ながらその仕草は可愛すぎだろ。 「……いや、何でもない」 俺は満開の桜を眺めながら、ここに居ないもう一人の大切な仲間に想いを馳せる。 彼女も同じ空を見ているのだろうか。そんなことを考えながら。 「そういえば今日の新入生代表挨拶、入試の成績優秀者がやるっていってたな」 「もしかして司……はないとして、大内さん?かなり自己採点良かったみたいだし」 雪がさりげなく俺を馬鹿にしてから大内さんに話し掛ける。 確かに俺はかなりボーダーラインで滑り込んだ感じはしたから、成績優秀者なんかになるわけはない。 「そ、そういう話はなかったので……」 「じゃあ誰だろうな。要するに一番出来た奴ってことだろ」 「さあ?……そろそろ着くな」 桜並木を抜けると目の前に大きな建物がずらっと並んでいた。 俺達は少し感動しながらも案内され、人の波に流されて行く。 会場である大型体育館にはスーツ姿の新入生がぎっしり用意された椅子に座っていて、思い思いに入学式が始まるのを待っていた。 しばらくすると入学式が始まり、同時に学長の長い話が始まる。 いよいよ俺達の大学生活がスタートする瞬間だった。そして―― 『続きまして、新入生代表の挨拶』 「ついに来たな。司君よりも頭の良い天才が」 「うるせっ」 晃と小声で話しながら誰も居ない壇上をぼーっと眺める。 一体どんながり勉が出て来るのか。せめて眠くなるような話はして欲しくないなんて考えていた俺の耳に入って来たのは―― 『新入生代表、辻本真実』 「………………………へっ?」 聞き覚えのある名前だった。 254 :嘘と真実 13話 ◆Uw02HM2doE:2012/11/29(木) 00 54 05 ID g5jQjHWM 辻本真実と呼ばれた女の子は以前より伸びて腰ほどにもなった黒髪を揺らしながら壇上に立つ。 どうみても俺達が知っている辻本真実だった。 呆然としている俺を知ってか知らずか、真実はゆっくりとマイクスタンドに近付き、挨拶を始める。 『新入生の挨拶。新入生代表、辻本真実――』 「おいおい……」 晃も相当驚いているようだった。同じように大内さんも眼を見開いている。 「…………司は絶対に渡さないから」 「ゆ、雪……?」 雪に至ってはぶつぶつ言いながら俺の手をギュッと握り締めている。 そんな俺達の状況などお構いなしに、真実はすらすらと挨拶を続ける。 そして最後に確かに俺達の方を見ながら―― 『……冬に学校見学に来てからこの大学に入りたいと心に決めておりました。これからは心機一転、人生をやり直すつもりで大学生活を謳歌したいです』 笑顔でそう言った。挨拶が終わり真実は壇上から降りる。 「……あいつ」 そんな真実を見ながら、俺は思わず笑い出しそうになるのを必死に抑える。 ――何が今すぐは無理、だ。全然すぐじゃないか。 あの時河辺を通り掛かったのも、この大学の学校見学のついでだったに違いない。 真実は親も、俺たちすら出し抜いて、最初からこの街に戻る気だったんじゃないだろうか。 「……ったく、とんだ嘘つきだよ、アイツは」 「……さてと、これから修羅場かもな、司君」 「はい?」 「司は……あたしの恋人なんだから……!」 「あはは……」 ……やっぱり真実にあんなこと言わなきゃ良かったなんて思いながらも、何故か俺は嬉しかった。 ――春が始まる。 今まで違う、新しい春が。 でも全て上手く行く気がする。 だって俺達は悲しみを乗り越えて、やっと揃うことが出来たのだから。 きっと今より素敵な未来が待っている。そんな気がするんだ。 ――嘘と真実―― 完
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428 :嘘と真実 2話 ◆Uw02HM2doE:2012/05/03(木) 21 42 27 ID W9rqsCrk ~誰かのエピローグ・2~ 「……行くよ」 冷たい声が聞こえてくる。そうだ、もう行かなくちゃ。本来ならば一刻も早くここから立ち去らなければならないはずだ。なのに俺はいつまでも終わったことを―― 「分かってる」 俺はゆっくりと歩き出す。冷たい雨で歩きにくいが、それでも俺は歩き出さなければならない。きっとこの罪は消えないから。だから俺は逃げるしかないんだ、ただひたすら遠くへ。 2話 夕焼けに染まる校舎裏。そこに佇む男女が一組。女子の方はポニーテールがよく似合う、可愛いらしい感じの女の子だった。 顔は夕焼け以上に赤くなっており、今まで自分自身がたどたどしくも話していた内容にかなりの羞恥心を覚えているようだ。 「そ、そ、それでっ!わ、私……あのっ!」 それでも必死に何かを相手に伝えようとしているようだったが、中々言い出せず先程の言葉をもうかれこれ5、6回繰り返しているところだ。 相手の男子はというと、もじもじしている女子を凝視しており、しばらく黙っている。 そんな状況が彼女を更に緊張させてしまい、場はまさに硬直状態だった。 ……静寂と時折聞こえてくる部活動の掛け声だけが場に満ちていた。 「……何考えてるのかね、あの阿呆は」 「多分何も考えてないんじゃねぇかな……」 そんな気まずい男女を陰から見守る俺と中条。良い趣味ではないことは重々承知しているが親友の頼みだ、仕方がない。 ……まあその親友はまさにいま気まずい空気のど真ん中に突っ立っているわけなのだが。 「何とか言わないとあの子が可愛そうね」 「って言っても晃がOKするとも思えないしな」 「何で……!」 「ん?っておいっ!?自重しろ!」 今にも飛び出さんばかりに身体を震わせている中条を必死に止める。コイツは美少女のことになると本当に変態に成り下がるからな……。 「あの無礼者に制裁を~!」 「ここでお前が出て行ったら余計ややこしくなる!大人しく見とけ!」 精一杯の小声で中条を注意し、引き止める。中条は大層不満げな顔をしながらも渋々俺に従ってくれた。 ぷっくりと頬を膨らましていても西洋人形のような美しい顔立ちは崩れず、生れつきだという銀髪は夕焼けを鮮やかに反射していて形容し難い美しさを湛えていた。 これで黙っていれば完璧な美少女なのだろうが、世の中そうな甘くないらしい。 でなければ「可愛いは正義!」とかを掲げて昼休みに晃と、三次元と二次元を巡って議論を繰り広げたりはしないだろう。 「あ、司っ!」 「おっ、動くか」 そうこうしている内に晃はゆっくりと女子に近付く。彼女は期待と不安が入り混じったような表情をしながら晃の言葉を待っている。 「えっと……大内さん、だよね?」 「は、はいっ!!」 「気持ちは凄く嬉しかったよ、ありがとう」 「…………」 「でも、ね。大内さんの気持ちには答えられないんだ」 「……そう、ですか」 女子は晃の返事をある程度は予想していたのか、そこまで動揺してはいなかった。しかし目には涙を溜めており既に晃を見られてはいなかった。 「実は……俺、付き合っている人がいるんだ!」 「えっ!?」 急に晃は深刻な表情になり衝撃的な事実を話し始める。そんな晃を見守る俺たちにも嫌な空気が漂っていた。 「……司」 「……多分、そうだ」 「「はぁ……」」 何故か溜息をつく俺と中条。半年という短い期間ではあるが、ほぼ毎日三人で馬鹿やってたんだ。晃が何を考えているのか、嫌でも大体の見当はついてしまう。 そもそも何故今日に限って晃は俺たち二人に「ついて来て欲しい」なんて頼んだのか。 そして一見可愛らしいが中々諦めてくれなさそうなあの女子を見た瞬間、予想は確信に変わったのだった。要するに俺たちは―― 429 :嘘と真実 2話 ◆Uw02HM2doE:2012/05/03(木) 21 43 20 ID W9rqsCrk 「……断るダシにされたのね」 「まあな。晃の考えそうなことだ……」 早い話しが告白を断る為に利用されるのだ。それが先程の晃の発言で残念ながら現実のものとなりそうだった。 俺は中条を哀れみの目で見る。晃は黙っていればかなりの好青年なだけに今回のような、女子からの告白も多い。 ただここで中条と付き合っているということにして、もしあの女子がそれを周りに広めたら中条にかなりの敵が出来るに違いなかった。 中条もかなり美人なだけに怨みを買うことは間違いないし、それが美男美女カップルともなれば尚更のことだ。気が付けば中条は軽く溜息をついていた。 「……まあ、元気出せよ」 「ん?……現実逃避したい気持ちはわかるけど、気をしっかり持つのよ」 「は?何の話だ……?」 「何のって……これから司がイケニエになることよ」 「……何言ってんだ。晃の恋人役はお前しかいないだろ――」 そこまで言って、ようやく俺は中条が笑みを浮かべていることに気が付く。その笑みはどこか俺を小馬鹿にしているようだった。 「ま、まさか……」 「ふふっ、ようやく気付いたようね。あたし"たち"が呼ばれた理由」 確かにそれなら中条は被害を受けないが、そんなこと通用するはずが―― 「ふ、藤塚君……?いつも一緒にいる……?」 「そう。実は俺……司と付き合っているんだ!」 その瞬間、世界が凍った気がした。少なくとも女子と俺は凍った。そして間髪入れず中条が俺を陰から突き飛ばし二人のところへ送り込む。 ……こいつらもしかして最初からグルなんじゃないだろうか。そう思わせる程の、手際の良さだった。 「おお、司!我が最愛なる人よ!」 「ちょ!?おまっ!?」 晃がわざとらしくポーズを取って俺を抱きしめようとする。それを必死に拒もうとする俺だが―― 「い、いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!」 時既に遅し。ポニーテールの似合う女子は思いっきり俺を見ながら泣き叫んでいた。 ……流石にそこまで泣かれると落ち込むんだが。 駅前のラーメン屋。 夜の比較的混んでいる時間帯に来た為かしばらく並んだ後、ようやく三人で座れた。これが今日の悲劇の報酬だ。 「いやぁ!今日は本当にありがとな!これでしばらくは告白されずに済むかもな!」 かなり満足そうに微笑む晃とは対象的に沈む俺。 結局あの後、ポニーテールの女子はあろうことか俺を目の敵にして散々罵倒した。 そして学年中にこのこと、何故か晃は全く責められず俺が如何に最低人間であること、を言い触らすと言って去って行ったのだ。 俺は何が起きているのか理解出来ずにただ立ち尽くしていた。 ……既に虐められてるのに更に追加で嫌がらせを受けるんじゃないか、これ。 「ふふっ。呆然としてる司の顔、悪くなかったわよ?」 「うるせぇ!いきなりあんなこと言われて対応出来るか!」 思い出し笑いをする中条。人ごとだと思って楽しみやがって。明日からどう過ごしていけば良いんだよ。 「まあこうしてラーメンを奢ってるんだから良いじゃないか、親友もとい恋人」 「まだ言うか!……大体嘘なんかついて良かったのかよ」 「あー、あの子さ……もう5、6回断ってるんだよ」 「……そういうことか」 いつもなら誠意を込めてお断りしている晃が、今日に限って何故あんな手段を取ったのか疑問だったがやっと分かった。 要するに普通に断っても絶対に諦めてくれない性質の女子なのだろう。だからこそ、あれくらいで諦めるかどうかは若干怪しいのだが。 まあいずれにせよ、そういうことにはあまり縁の無い俺には羨ましい話ではある。 「だから、周りから聞かれたら冗談で通して良いからさ」 「ああ……色々大変なんだな」 「まあモテない司には分からないわよね」 クスクスと笑う中条。確かに俺以外は正直異性にかなり、いや尋常ではない程モテるだろう。ただ晃を見ているとモテすぎるのも考えものだなと思うのだった。 「これであの子も少しは諦めてくれると良いんだけどなぁ」 「さあ?女の執念は怖いからね」 クスッと笑った中条に少し、ほんの少しだけゾクッとした。どこかで見たことがある、冷たい笑みだった。 「そ、そんなもんか」 「……そんなもんよ」 何が"そんなもん"なのか。それを聞く前に店員が食券を取りに来て、気付けばいつもの中条に戻っていた。 ……俺の、気のせいか。 「さ、今日は何ラーメンでも好きなのを食べてくれ!あ、チャーシューは無し!」 「はあ!?汚名を着せられたんだからチャーシューぐらい奢れよ!」 「あたし、カニチャーハンね」 「「……自由ですね」」 三人でこんな風に馬鹿やる時間。これを脅かされないように俺は出来る限りの努力をしなければならない。それが俺の犯人への唯一の抵抗のように思えた。 430 :嘘と真実 2話 ◆Uw02HM2doE:2012/05/03(木) 21 44 13 ID W9rqsCrk 放課後の教室。辻本さんに打ち明けてから一週間ほど経った。 あれからはなるべく少しでも集まって二人で話し合いをするようになっている。一人で考え込むよりも二人で悩んだ方が良いと、辻本さんが言ってくれたのだ。 「それじゃ藤塚君が男子しか愛せないっていうのは――」 「真っ赤なでたらめだよ!今説明しただろ?」 「とんだ災難だったわね。お疲れ様」 ようやく辻本さんにも一昨日の話が分かって貰えたようだ。クラスメイト全員を説得するには後どれくらいの時間がいるのだろうか。 ……まあ、殆どはそれが嘘か冗談だと思っているみたいだが。 「てっきり犯人がまた何かやったのかと思ったじゃない」 「面目ない……」 あれから一週間。結局二人で交互に朝早く登校しているおかげか、嫌がらせは小規模なものになりつつあった。 「……でも、有り得るわね」 「有り得る?」 辻本さんは顎に手を当てて難しい顔をしている。夕焼けに照らされる彼女はいつもより余計に美人だ。 「藤塚君が嫌がらせをされている原因よ」 「俺の……原因」 「よく考えてみて。藤塚君はいつも小坂君と中条さんといるよね」 「あ、ああ……」 「二人ともかなりの美男美女だし、学年でも噂になってるのは知ってる?」 ……それは嫌になるほど知っている。 一昨日も実際に体験したし、何より晃と中条と仲良くなってから半年。何回か二人を紹介して欲しいと頼まれたこともあったが全て断った。 二人ともそういうのは嫌いそうだったし俺も気が進まなかったのだ。 でも……もしかしたら少なからず俺は誰かに怨まれていたんじゃ……? 「……小坂君はまだしも、藤塚君と中条さんがいつも一緒にいるのを、快く思っていなかった人もいるかもしれないわ」 「……つまり、中条が俺の嫌がらせの原因ってことか」 「まだ可能性の一つに過ぎないわ。でも有り得なくはないと思うの」 辻本さんの言っていることは最もだと思う。確かに今までその可能性も考えなかったわけではない。ただ―― 「……仮にそれが事実だとしても、俺にはどうしようもないよ」 そう。俺個人に原因があって嫌がらせをされているならまだしも、中条が理由ならば俺に出来ることはないはずだ。 「……例えば、よ」 「ん?」 「例えば……少し中条さんと距離を置く、とか」 「なっ……!」 「ただの例えよ。……でもこのままじゃ中条さんにも被害が及ぶかもしれないわ」 確かにそれも辻本さんの言う通りだ。もしこの仮説が正しいなら俺だけでなく、犯人はむしろ中条を狙ってくるだろう。 ……でもそれじゃ本末転倒だ。俺はあいつらとの日常を守る為にこうして辻本さんと話をしているのに、中条と仲良くするのを止めるなんて……! 「…………少し、考えてみるよ」 「……うん。まだそうと決まったわけじゃないんだから!ほら、しゃきっとする!」 「いってぇ!?」 辻本さんに背中を思いっ切り叩かれる。彼女の明るさにまた救われた気がした。 「さ、帰りましょ!今日は藤塚君に付き合って貰うとこもあるし!」 「えっ?俺そんな約束――」 「今したの!さ、行くわよ!」 辻本さんに腕を捕まれそのまま教室の外へと連れて行かれる。彼女なりに気を使ってくれてるのが分かり、嬉しかった。 431 :嘘と真実 2話 ◆Uw02HM2doE:2012/05/03(木) 21 44 57 ID W9rqsCrk 「お待たせいたしました!"いつまでも二人で"でございます!ごゆっくりどうぞ!」 最近駅前に出来たスイーツ専門店。長いこと外国で修業を重ねた店長が、故郷である桜山市に出した店らしく、店の評判はかなり良い。 クレープからパフェまで甘いものなら大概の物はあり、味も絶妙な甘さで絶品らしい。 平日の夕暮れ時にも関わらず店内は満席状態だ。その殆どが女性客でありそれぞれが頼んだクレープやらパフェやらに舌鼓を打っている。 「きゃあ!来たよ藤塚君っ!」 「…………」 そんな店内の一番端っこの席に、俺と辻本さんは向かい合って座っていた。辻本さんは普段からは想像出来ないほどはしゃいでいるようだった。 「美味しい~!もう最高っ!」 「……確かに美味い、けど辻本さん?」 「藤塚君、ほんっとにありがとね!!」 「あ、ああ……」 あまりにも辻本さんがはしゃいでいるので文句を言うタイミングを失ってしまう。そう、俺はこの女性ばかりのスイーツ専門店に無理矢理連れて来られたのだった。 辻本さんはかなりのスイーツ好きらしく、ここの看板メニューである"いつまでも二人で"というパフェを狙っていたらしい。だが―― 「流石カップル限定パフェなだけあるわ!生クリームとかもう堪んない!!」 「あはは……」 それがカップル限定のパフェらしく、俺はいつの間にか利用されていたのだ。 いつもながら自分の鈍感さに情けなくなる。気付けば色々なことに巻き込まれてしまっていることが多いのだ。 「藤塚君、はい!」 「ん?……ってええっ!?」 気が付くと目の前で辻本さんがパフェの乗ったスプーンを笑顔でこちらに差し出していた。まるで幸せのおすそ分けと言わんばかりにスプーンを差し出している。 「はい、あーんして!」 「い、いや、あのですね!」 「私たち"カップル"なんだから!はい、あーん!」 「むぐぅ!?」 無理矢理開いている口にパフェを押し込められる。絶妙な甘さが口の中に広がった。 「もう一口、あーん!」 「あ、あーん……」 「うん、よろしい!」 何故か若干頬を赤らめながらも幸せそうな表情をする辻本さん。そんな彼女を見ているとこちらまで暖かい気持ちになるのが分かった。 ……協力してくれるお礼にこれくらい付き合うのは当然だしな。いつの間にか先程まであった不安な気持ちはどこかへ行ってしまったようだった。 「パフェ最高っ!」 「大袈裟だな……」 いつの間にかつられて俺まで笑顔になっている。この一週間で晃や中条と過ごす時間と同じように、辻本さんと過ごす時間も自分の中で大きくなっている気がした。 432 :嘘と真実 2話 ◆Uw02HM2doE:2012/05/03(木) 21 45 38 ID W9rqsCrk 「今日は付き合わせちゃってゴメンね」 帰り道。いつものように辻本さんと帰る。今までは晃も中条も部活組だったので帰りは一人だったが、一週間前からは辻本さんと帰る日々が続いている。 「あはは。まあ辻本さんの違う一面を見られたから俺は満足かな」 「あ、あれはね!つ、つい夢中になっちゃってね!その……」 今日のパフェの一件をからかう俺に対して、辻本さんは顔を真っ赤にしてしどろもどろに説明しようとしている。そんな辻本さんもいつもと違って新鮮だった。 「分かってるって。クラスの皆には内緒にしておくからさ」 「あ、ありがとう……」 「……俺の方こそありがとな。おかげで元気になったよ」 「ううん、私も楽しかったし」 「俺も……辻本さんの意外な一面が見れて楽しかったしな」 「もう止めてよね、恥ずかしいんだから!」 今日のことを笑いながら帰る俺たち。 こんな風に協力してくれる辻本さんの為にも何とかして犯人を捕まえないといけないな。 「あ、私こっちだから」 「おう、じゃあまた明日な!」 「あっ!藤塚君っ!」 いつもの十字路で別れようとする俺を引き止める辻本さん。思わず振り返ると辻本さんは少し俺と距離を置いて立っていた。 「どうかした?」 「……油断、しないようにね」 「……えっ?」 「嫌がらせ、まだ終わったわけじゃないから」 急に無表情になる辻本さん。まるで先程とは別人だった。 ……何だろう、この寒気は。彼女は何を伝えようとしているのだろう。 「お、おう。勿論……分かってるよ」 「……明日からも、またよろしくね?」 「あ、ああ……よろしく」 俺の返事に満足したのか、辻本さんは微笑んで行ってしまった。後には十字路に立ち尽くしている俺だけがぽつんといた。 深夜。俺は中々寝付けずにいた。何度も寝ようと試みるが目は冴えているし、寝たくはなかった。 「……大丈夫」 もう一度ベッドに入って今日を振り返る。そして自分に言い聞かせる。 確かに今日も嫌がらせはあったが、一週間前に比べれば大したことないじゃないか。 今日も一日楽しかった。本当に楽しかった。だから明日も大丈夫さ。何も……起きない。起きるわけがないんだ。 『……油断、しないようにね』 「っ!」 寒気が止まらない。何も恐れることはないんだ。辻本さんもいる、一人じゃないんだから。そう思っても震えは止まらなかった。 この時、俺は気が付くべきだったんだと思う。言ってたじゃないか、狙われているのは俺だけじゃない可能性があるって――
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幼い嘘と罪 読み:おさないうそとつみ カテゴリー:Event 作品:SHUFFLE! 【使用】自分のキャラすべてが火属性を持っている。 【使用】〔自分の手札の火属性のキャラカード2枚を控え室に置く〕 Main 以下の効果から1つを選び、その効果が発動する。その後、このカードをバックヤードに置く。 目標のフレンド1体に10ダメージを与える。 相手のキャラすべてに3ダメージを与える。 『りんなんか、死んじゃえばいいんだ!』 illust:Navel NV-045 U 収録:ブースターパック 「OS:Navel 1.00」 火属性デッキのサポートイベント。 状況とコストが非常に限定されるが、強力な2つの効果を持つ。 1つ目はダメージの値としては最大である10ダメージを与えるというもの。 大型キャラを裏にする他、耐久力が10を超えるキャラであっても、貫通と併用することで相手にプレッシャーを与えられる。 ただし目標に出来るのはフレンドのみであるため、単純にボードアドバンテージを見るなら対策されやすい肝試しと言える。 2つ目は相手全体へ3ダメージを与えるというもの。 作為的アースクエイクに比べ使いやすさで勝るが、汎用性や爆発力では劣る。 それでも各種サポートキャラや過去の「草壁 優季」等を裏にできるため、状況次第では1つ目の効果以上に貫通を補助できる。 双方の効果共に上位互換と言えるカードは存在するが、使い分けられる点がメリットとなる。 ダメージ対策のカードが増えているため、使用する場合は構築の段階でしっかりと対策をしておきたい。
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730 :嘘と真実 8話 ◆Uw02HM2doE:2012/07/25(水) 01 18 04 ID PPLsI1oc [1/6] ~ある犯人のプロローグ・4~ ……自分は何を期待していたのだろう。最初から理解していたはずだ、敵だと。 「…………」 鏡をじっと見つめる。何て情けない顔をしているのだろう。そんな顔に冷水をたたき付ける。 しっかりしろ、今更後戻りなんて出来やしない。 「……もう少しだ」 あの時決めたはずだ。何をしても絶対に復讐するって。これはあの人がくれたチャンスなんだから。 8話 「おっす」 「おはよう我が最愛なる友よ!おっ、今日は委員長も一緒か」 「おはよう、小坂君」 早朝の通学路。 俺は真実と晃と一緒に学校へ向かう。今だに規模は小さくなったものの、俺への嫌がらせは続いている。 だから最近はよく真実と一緒に通学して、対策を考えたりしていた。 晃が朝練のない日は一緒に登校することが多いので、最近は自然と三人で登校することも多くなった。 「そういえば中条、今日退院だっけ」 「ああ、昨日メールしたら今日の夕方には退院出来るらしい。放課後病院に行くけど二人とも、空いてるか?」 真実も晃もすぐに了承してくれた。 中条が入院してから一週間ほどが経っていた。ようやく中条が帰ってくる。 なんだかんだ言ってやはり一週間は入院してしまったが、これでまた一緒に馬鹿をやれる。 そう思うと浮かれてしまう自分がいた。 「まあちょうど良いタイミングだよな、中条も」 「ちょうど良い?」 「ああ、球技大会か」 俺の言葉に晃は思いっ切りガッツポーズをする。いや、それガッツポーズするところか。 「そういうこと。中条が入れば女子バレーはこっちのもんだしな!そして男子サッカー!」 「ふふ、期待してるわよ二人とも」 「おう!司、フットサルじゃないからって手、抜くなよ!」 「分かってるつーの」 運動部の球技大会への熱の入れようは異常だと思う。まあ気持ちは分からないでもないが、この暑苦しさは何とかしてほしい。 「気の無いフリしてるけど司君、昨日も一生懸命シュートの練習してたのよ」 「お、おい真実っ!」 思わず顔が赤くなるのを感じる。晃は目を輝かせて俺に抱き着いてきた。真実はそんな俺たちを見てクスッと笑うのだった。 ……最近、真実に良いようにからかわれているような気がしてならない。 「……司君、そろそろ」 「あ、ああ。そうだな……」 真実に耳打ちされて時計を見ると既に結構な時間になっていた。今日は俺が先に行って、嫌がらせがされているかどうか確認する日だ。 「ちょっと俺、職員室に用があるから先に行くわ」 「何だ司、最近多いな。また委員長と二人で登校だよ……」 溜息をつきながらやれやれというポーズをする晃。 言われてみれば確かにここ一週間、晃と一緒に登校する日は必ず俺が先に行っている。 まあローテーションの関係、つまり俺と真実が交互に先に行っているから固定になるのは当然なのだが。 「何かな、小坂君は私と一緒だと嫌なのかな?」 「いやぁ……流石に毎回歩きながら説教されるのは――」 晃の鳩尾辺りに強烈な蹴りが炸裂する。思わずうずくまり悲鳴をあげている晃を真実は笑顔で見下ろしていた。 「何か言った?」 「……ぐふっ」 「……委員長ってこんな仕事だったっけ?」 「はいはい、司君はさっさと行く!」 「うぃーす。無事でいろよ、晃」 「…………」 物言わずうずくまっている晃を一瞥して、俺は通学路を走る。 晃に言われて改めて気付いたが、真実と晃は端から見ると二人きりで登校するカップルのように見えたのかもしれない。 「……ちっ、晃め」 そして何となく晃にムカつく自分はかなり器の小さい人間なのかもしれない。 731 :嘘と真実 8話 ◆Uw02HM2doE:2012/07/25(水) 01 18 56 ID PPLsI1oc [2/6] 昼休み。 真実は委員会の仕事があるらしいので、晃と二人で飯を食う。やっぱり晴れた日は屋上、ということで隅のベンチに座って青空を眺めていた。 「何か二人だと、やっぱ物足りないぜ……」 「晃が物思いに耽っている……うん、キモいな」 「うるせぇな。司だって中条がいなくて寂しいだろうが」 「……まあな」 雲一つ無い青空を眺めながら晃に同調する。確かにこの一、二週間は何処か物足りなさを感じた。 勿論晃や、そして真実との時間も大切だが、やはり中条も欠けてはいけない俺の大切な仲間なんだ。 「まあ中条は今日退院だろ?放課後行って今まで分散々いじってやろうぜ」 「……返り討ちにあうのが関の山だけどな」 うへへと変態な笑みを浮かべる変態と少し距離を置く。うん、今日も弥生の弁当は美味いな。 「それより、ですよ!そろそろ話してくれてもいいんじゃない?司くぅん」 「な、なんだよ……」 晃の言葉につい緊張してしまう。まさか嫌がらせのことか……いや、ばれるはずが―― 「惚けやがって、司と委員長のことに決まってんだろうが!」 「……そっちかよ」 ほっとする俺などお構いなしに晃はまくし立てる。 「なんだなんだ!?最近一緒に登校するようになったらお互いに名前で呼んでるしよぉ!」 「いや、それには訳があってな……つーか何でそんなに悔しそうなんだよ」 「くっそこのリア充が!俺たち親友じゃなかったのかよぉぉお!」 目に涙を浮かべながら擦り寄って来る変態ほど気持ち悪いものはない。とりあえず近寄られた分だけ距離を取ることにする。 「リア充って……その気になれば晃なら、彼女くらいすぐに出来るだろうが」 「三次元には嘘しかないっ!!」 根っからのダメ人間ぶりを露呈する台詞を瞬時に言えるのはある意味称賛に値すると思う。 付き合っていると時間がいくらあっても足りないので無視するが。 「例えば……そうだ、この前告白してきたえっと……あのポニーテールの子……」 「……ああ、大内(おおうち)さん?」 「そうそう!彼女なんてどうだ?如何にも可愛らしい――」 「駄目だ。金髪ではないし巨乳でもない」 どっかの不思議な冒険に出て来そうなポーズをしながら、ビシッと言い放つ晃は本当にただの変態なんだなと確信した。 一応色々な意味で可哀相なので突っ込んではおく。 「……それなんてエロゲ?」 「とにかくっ!大内さんはない!それより問題は君だよ司くぅん!」 変態にガシッと肩を組まれてしまった。マズイ、近距離過ぎて吐き気すらするぞ……。 「近寄らないでくれますか」 「君と委員長が仲が良いのはよーく分かった!」 全く聞いていないよこの変態。 「でもな、うかうかしてると誰かに取られちまうぞ」 「……別に俺には――」 「関係なくないだろ?俺と委員長が二人きりで登校してるの、気にしてる癖にさ」 あまりの驚きで言葉が出ずに晃を見る。晃はやっぱりかという表情をしながら少し笑っていた。 「いや、司は分かりやすいからさ。今日とか、思いっ切り顔に出てたし」 「そ、そうか……」 まさか顔に出ていたとは思わなかった。ってことはもしかしたら真実も気付いていたのだろうか。そう思うと今朝以上に顔が赤くなるのが分かった。 「ま、別に強制はしないけどよ。決めるなら早くした方が良いぜ?中条も帰ってくることだしよ」 「ん?何でそこで中条が出て来るんだよ」 「……はぁ、この朴念仁が」 何故か晃は溜息をつきながら俺の肩をポンポンと叩く。 ……何だこの良く分からない敗北感は。 「まあ司の好きにすれば良いけどよ、あんまり待たせるなよな」 「待たせるって――」 「さ、飯だ飯!早く食わねぇと昼休み終わっちまう!」 「お、おう」 どうやら自分で気が付けということらしい。 もしかしたら顔だけではなく、こういう俺が気付けない箇所に敏感になれるから晃はモテるのかもしれない。 732 :嘘と真実 8話 ◆Uw02HM2doE:2012/07/25(水) 01 19 24 ID PPLsI1oc [3/6] 晃君は爽やかに隣の男子に話しかける。 ……忌ま忌ましい。あの男子が羨ましくて仕方ない。 男子に嫉妬するなんておかしいと言われるかもしれないが、人の感情を勝手に"常識"という名のただの多数派意見でカテゴライズしないで欲しい。 相手が誰であろうと自分以外の人間に好意や笑顔を向けて欲しくない。それが恋をしている人間が抱く、ごく当たり前の感情なのではないか。 少なくとも私はそうだ。それ程に私の小坂晃君への気持ちは強い。 「晃君を一番好きなのは私なのに……」 何度も何度も告白した。それでも晃君は応えてくれなかった。 晃君はこの高校に入ってから色んな人から告白されているけれど、それらを一度も受け入れたことはない。 ……何故なのか。私には全く分からなかった。けれど―― 『きっと小坂君は、藤塚君と中条さんと一緒にいたいのよ……大内さんよりもね』 「……っ」 悔しいけれど事実だと思った。 他人に言われて初めて気が付いた私も私だけど、確かに晃君はあの二人、藤塚司と中条雪と一緒にいる時が一番楽しそう。 ずっと晃君を見てきた私だからこそ、すぐに分かった。つまり晃君にとって私、大内翠(おおうちみどり)は少なくともあの二人より重要ではないのだ。 「……忌ま忌ましい」 本当に忌ま忌ましい。一番晃君のことを考えているのは、想っているのは他でもないこの私なんだ。 なのに……なのにあの二人の存在がそれを邪魔する。そして更なる裏切り者までが私の心を今、掻き乱している。 「次は……あの女……」 中条雪の時は予想外に上手くいった。 ……若干やり過ぎてしまったかもしれない。いや、今更もう遅い。私は後戻りなんか出来ないんだから。 藤塚とかいう男子は最後でいい。今はすぐに始末しなければならない奴がいる。 「……許さない」 散々私の味方を気取っておいて、結局晃君を盗ろうするメス豚。 「待っててね、晃君……」 誰も近付かせはしない。私は私のやり方で、晃君を守ってみせる。それが今の私の存在理由のように思われた。 733 :嘘と真実 8話 ◆Uw02HM2doE:2012/07/25(水) 01 20 35 ID PPLsI1oc [4/6] 放課後、いつものように教室で真実と嫌がらせに対する会議を開く。 「じゃあ、今日は何もなかったのね……嫌な予感がするわ」 「確かにな。中条の自転車の部品が壊されていた時も、朝は何もなかったし」 「中条さんの所にはこれから行くけど、一応連絡しておいたら?」 「ああ、そうするよ」 晃は部活なので終わるまで教室で待つことにしている。 中条は夕方といっても色々と退院の準備で時間が掛かっているらしく、晃の部活が終わってからでも十分間に合うようだ。 「……よし、中条にはメールしといた」 「そう……じゃあ、小坂君のとこに行きましょうか。そろそろ終わっているかもしれないし」 「おう……それなんだ?」 真実は可愛らしいピンクのリボンが付いた小袋を持っていた。中には同じく可愛らしい形をした、様々な種類のクッキーが入っている。 「ああ、いつも司君に虐められてる小坂君に見舞いと思って」 「虐めてるのは俺じゃなくて――」 「何か言った?」 笑顔で俺に詰め寄って来る真実。 こないだと同じ甘い匂いがしたが、それよりも笑顔だけれど決して笑っていない方が気になって仕方ない。というか恐い。 「……いや、何も」 「うん、よろしい」 今度は満面の笑みではにかむ真実を見ていると、女性という生き物の恐さが少し分かった気がした。 「…………」 そして同時に自分にはクッキーがないというしょうもない理由で、晃を羨ましく思う自分の小ささにも気付いた。 ……自分で思うよりも俺は女々しいのかもしれない。 晃の様子を見に行くと、ちょうど練習が終わったところらしく、邪魔にならないよう正門近くで待つことにした。 「クッキーの感想が楽しみだわ」 「あいつは何食べても基本的には『美味いっ!』って言うぞ」 正門に向かうため、中庭を歩きながら真実と話す。夕焼けが校舎を真っ赤に染めていて中庭も薄く赤に染まっていた。 「だから、小坂君に渡したのよ」 「ん?」 「毒味よ、毒味。普段使わない色々な調味料を入れてみたの。……ちょい足しってやつかしら」 真実は意地悪そうににやりと笑う。何か中条に似てきたなと思いつつ、その毒味クッキーを満面の笑みで受けとった晃に心の中で合掌する。 ……うん、クッキー貰わなくて良かったな。 「何でそんなことを……」 「この前テレビでやってたのよ、ちょい足しは以外とイケるって。でも自分じゃ試す気にならないし――」 「こんにちは」 ふと呼び止められて、振り返るとポニーテールの少女が立っていた。 顔は少し強張っており、両手を後ろに組んでいる。夕日がちょうど彼女を染めていて、日陰にいる俺たちからみるとポニーテールは真っ赤に染まっていた。 何処かで見たことがある気がする。確か……。 「どうしたの、大内さん。何か用かしら?」 真実の言葉で記憶が蘇る。そうだ、確かこの前晃に告白した女の子だ。今日の昼休みも、たまたま彼女の話題を出した気がする。 「……真実の知り合い?」 「そうよ。1組の委員長だからよく委員長同士の集まりで会うの」 「…………辻本さん、ちょっと来てくれないかな」 「ええ。司君、ちょっと待っててね」 夕焼けに染まる中庭に大内さんの声が通る。呼びかけられた真実は"無警戒"に彼女の元へ歩いていく。 ……無警戒?何を言っているんだ俺は。何故警戒する必要があるんだ。真実の知り合いなんだろ。何も警戒する必要なんて―― 「……っ」 何だろう、この胸騒ぎは。真実を見る彼女の目は一切の光を宿しておらず、夕日に染められたポニーテールはまるで血のように真っ赤だ。 そして何より異質なのはさっきまで組んでいた右手に握られている、鈍く輝いて―― 734 :嘘と真実 8話 ◆Uw02HM2doE:2012/07/25(水) 01 21 12 ID PPLsI1oc [5/6] 「ま、真実っ!!」 「……くんは、誰にも渡さない」 「えっ……」 叫んだがもう遅かった。大内さんは真実の腹部に深々とナイフを突き立てる。 刺された真実は傷口を抑え、そのまま地べたに倒れ込んでしまった。辺りに真実の真っ赤な血が広がり、草や地面に染み込んでいく。 「真実!大丈夫か!おいっ!?」 「う……あ……」 真実を抱き寄せるが、傷口を抑えるのがやっとで見る見る内に刺された腹部から血が出ていくばかりだ。 「まだ生きてる」 「止めろっ!!」 また真実を刺そうとする大内さんを咄嗟に組み伏せる。早くしなければ出血多量で真実が……! 「何でこんなことっ!」 「離せっ!お前も殺してやるっ!晃君は……晃君は渡さないっ!!」 女子とは思えない力で抵抗する大内さんを、何とか抑える。 やはり晃をまだ諦めていないのか。だが何故真実が指されなければならない。何故俺まで殺そうとする―― 「あの銀髪と同じ目に遭わせてやるっ!」 「なっ!?」 いきなり力の緩急を付けられて突き飛ばされる。しまったと思った時には既に大内さんはナイフを構えていた。 ……"あの銀髪"?まさか……まさか、中条を……中条をあんな目に遭わせたのは―― 「ふふ、あはは……何を驚いた顔してるの、藤塚司君、だっけ」 「くっ……!お前が、お前が中条の自転車に細工したのかよ!?」 目の前にナイフを突き付けられ、立ち上がることも出来ない。こうしている間にも真実は命は消えてしまうかもしれないのに……! 「ふふ、よく気が付いたじゃない!そうよ!私よ!嬉しい?お友達の敵が見つかって」 「ふざけるなっ!何でこんなことしやがった!中条を……真実をどうして刺した!」 「……邪魔なのよ、あんた達。あんた達がつるんでるせいでいつまで経っても晃君は……晃君は!」 大内さんは震えながら俺たちを睨みつける。 単なる恋愛感情を越えた、狂気とも取れる得体の知れぬ感情が彼女を支配しているようだった。 自分の身体が震えるのを感じる。べったりと血に濡れたナイフと狂気を突き付けられれば誰だって恐怖してしまうだろう。 「……ふざけんなよ」 「……何よ!?」 ……それでも、俺は負けるわけにはいかない。ついに見つけた、中条をあんな目に遭わせた犯人。真実を助ける為にも恐怖なんかに負けている暇はないんだ。 「ふざけんなって言ってんだよ!そんなに晃のことが好きなら、諦めてんじゃねぇよ!」 「私は諦めてなんてないっ!!」 「いいや、諦めてるね!中条や真実に勝てるわけないって思ってるから、だから殺そうとしたんだろうが!」 「っ!!……ち、違う……私は……私は……!」 大内さんはナイフを構えたまま何かをぶつぶつと呟いている。 このままじゃ、後ろにいる真実の命が危ない。かといってここでいきなり動けば間違いなく大内さんに指される。どうすれば―― 735 :嘘と真実 8話 ◆Uw02HM2doE:2012/07/25(水) 01 21 43 ID PPLsI1oc [6/6] 「司っ!?おい、司!大丈夫か!?」 「あっ……」 「晃!そうか、部活終わったのか!」 九死に一生だった。晃が部活を終えて駆け足で中庭を走ってくる。 「お、大内さん……い、委員長!?おい、どうしたんだよ司!」 晃は血だらけの真実を見て愕然としながら俺に駆け寄る。 そして大内さんが握っているナイフを見た。目線に気付いたのか、それとも狂気が弱まったのか分からないが、大内さんはナイフを落とした。 俺はすぐに後退し真実に近付く。息はしているが依然危険な状態であることに変わりはない。 すぐに携帯を開き、病院にかける。一方で晃はゆっくりと大内さんを見つめた。大内さんは相変わらず何処か虚ろな目をしている。 「……大内さんがやったのか!?」 「わ、私……その……私は……!」 大内さんは晃の怒鳴り声に思わず後ずさる。目には涙を溜め、首を小さく横に振っていた。 「何でこんなこと……!」 「っ!!」 晃の悲痛な叫びに耐えられなくなったのか、大内さんはその場を逃げ出す。 「ちょ、待て!司、わりぃ!俺あいつ追い掛ける!すぐに捕まえて先生呼んでくるから!」 「分かった!こっちも緊急だ急いでくれ!」 晃はすぐに校舎に消えていった大内さんを追い掛けた。晃の足ならすぐに捕まえられるはずだし、先生もすぐに来るに違いない。 とにかく今は真実の側に居てやらないと……! 「あっ、もしもし!」 長いコール音が終わりやっと病院に繋がる。すぐに状況を伝えると今すぐ向かうと言われ電話を切られた。 しかし目の前の真実は今にも息絶えてしまいそうにしている。果たして救急車が来るまで持ち堪えることが出来るのだろうか。 「すぐに救急車来るから!頑張れ真実っ!絶対に死ぬな!」 「はぁ……はぁ……」 傷口をハンカチで抑え、簡単な止血を行う。完全な止血は無理だが未使用なハンカチだし、無いよりはマシだ。 「真実……頑張れっ……!!」 地面に広がっている真っ赤な血が今の状況を嫌でも俺にありありと物語ってくる。それでも俺は必死に真実に呼びかけ続けた。 しばらくして人が集まって来る気配がする。晃が呼んでくれたのか、それとも誰かが中庭の異常事態に気が付いてくれたのか。 いずれにせよ、後は時間との戦いであった。 「死ぬな……真実っ!!」 「退院おめでとうございます!」 「こちらこそありがとうございました。さ、行くわよ雪」 「……うん」 携帯を開く。 これで何度目だろうか。電話をする。画面には"藤塚司"と表示されている。 何度かコール音がした後に、さっきからずっと聞いているアナウンスがまた流れてきた。 『ただいま電話に出られません。ご用の方は――』 「司……」 「ほら、雪!早く行くわよ!」 母親に急かされて車に乗る。すれ違いで救急車が病院に入って行った。急患なのかもしれない。 ……司は来てくれなかった。もしかしたら何か急用が出来たのかもしれない。でも連絡くらい、してくれても良いのに。 約束、したのに―― 「……司、何処にいるの」 車の窓ガラス越しに呟いても誰も答えてはくれない。ただあたしの中には疑念が渦巻くばかりだった。
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月と嘘と殺人 登場人物 コメント 2010年公開の日本映画。 登場人物 カクレオン:商店街の店主 コメント 名前 コメント すべてのコメントを見る