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怒り と、いうわけで、ギャグモードを投入しなければ、セルベリアたんは突破できないということが理解されたのです。 あ、もちろんこれは暴走です。南方新領土とかさらっと以前から使ってますが、南方態勢は全く未決なので、これはこれモード完全発動で。 大ガイユス死んじゃうから、南方占領軍って誰が頭だっけ、とかその辺のアレもアレなので、とりあえず一番偉いもといエロいセルベリアたんに御登場願ったわけです。 彼女が近衛騎士であったかどうかは、はっきり覚えてないんですが、龍神乗りですし。ええ。 っていうかセルベリアたんはマジレス力強すぎです。 「どういう始末なのだ」 イル・ベリサリウス元帥は、執務卓の向こうから、赤い瞳でマルクスを見る。いつもに増して厳しいその瞳は、もちろん、いわゆるパラウ事件についての状況説明からだ。そして、マルクスの口頭報告の後に、一言、そう言ったのだ。 それがあらゆることに対しての、あらゆる回答なのは判っていた。まず近衛騎士が、機神をもって二人がかりでも魔族を取り逃がした醜態について。その程度の腕であったことについて。その顛末報告を、当事者の一人がこうして行っていることについて。つまりは、陛下をお守りする近衛騎士が魔族太夫ごときにおくれを取ったあげくにこうして平然と報告することについて。マルクスは深く頭を垂れる。 「申し開きのしようもございません」 「・・・・・・」 イル・ベリサリウス元帥の沈黙は、その答えに到底満足しかねるからだ。 つまりは、始末がついていない、と。しかしマルクスはあえて話を続けた。 「説明が遅れたことについてもお詫び申し上げます。近衛騎士団は、緊急の警護態勢に入っております」 もちろん、軍にも緊急警戒警報が出されてはいた。事の始まりが帝國軍部隊による、通常の匪賊討伐だった。討伐部隊の13連隊が予想外の損害を受け、それが魔族太夫によるであることは、軍自身も認識していたはずだ。だが実際に何が起きたのかを掌握していた近衛騎士団からの状況説明は遅れ、結局、今のマルクスの報告が戦闘概報の最終的なものとなった。マルクスは続ける。マルクスの任務は説明のみではないのだから。 「逃走した魔族太夫を追跡し、帝國の秩序に捉えねばなりません。アモニスがすでに直接追跡を始めています」 「・・・・・・」 イル・ベリサリウス元帥は、やや呆れたように息をつき、それから言った。 「追跡したとして、討ち取れるのか」 執務卓の向こうで、イル・ベリサリウス元帥はやや席をずらし、足を組み、執務卓に肘をついてみせる。彼女が憤るのもわかる。彼女は、自他ともに認める戦乙女筆頭なのだ。彼女からすれば、近衛騎士に任ぜられたものが、たかが魔族太夫に後れをとることそのものが、許しがたいことだろう。敗北のたびに自決を迫ることなど、彼女の本意ではなかろうが、納まらぬものは収まらぬのだ。マルクスは応じる。 「不確実ならば、組織力を持って相対します」 「・・・・・・」 元帥は、マルクスに目を向けることもなく、横顔のままでいる。聞いているという風も見せない。聞くに値するのはその部分ではない、ということだ。もちろん、それも判っている。セルベリア・イル・ベリサリウスその人は、帝國元帥にして、皇帝陛下の御臨席される軍事参事会議長にして、黒騎士にして、黒の龍神乗りにして、自他ともに認める戦乙女の筆頭であり、今でも、セルベリア・イル・ベリサリウスその人は、皇帝陛下守護の、というより副帝陛下らによってはじめられた、新しい世の、その建設の最前衛にある人でもある。 彼女は、いつでも、どこでも、率いるものの先頭に立ってきた。その彼女からすれば、今の対応は手ぬるいものであるし、今の説明はあまりによそよそしい、の、だろう。 「・・・・・・」 よそよそしい、か、とマルクスは思う。 たとえばの話、シルディール近衛騎士団長から、かくのごとき状況となった、ゆえに助力を願う、と示されれば、イル・ベリサリウスその人は、どのような労苦も問わなかっただろう。そういう人であることは知られていた。 しかしそうはならなかった。熱烈に愛し、身をささげるこの帝國に起きた問題について、姉とも仰ぐシルディール近衛騎士団長から直に知らされもせずにいる。代わりにマルクスごときがここに現れている。もちろん、シルディール近衛騎士団長には、それほどの他意も無く、説明すべきものが説明せよという事にすぎない。つまりこの状況は計算された苦難なのだ。 「組織力の動員が必要ならば、軍こそがこれを行うべきだ」 イル・ベリサリウス元帥はごく冷たくそっけなく言う。マルクスは応じることにした。 「はい閣下」 「・・・・・・」 これは猫でも七度死ぬな、と思うほど冷たい赤い瞳がマルクスへ向けられる。そこで、貴様と言う奴は、などと叱責でもされるなら、まだ楽なのだが。だからマルクスは続ける。 「アモニスがあの場にあったことが、僥倖でした。展開して匪賊討伐を行っていた13連隊のあの態勢では、魔族太夫の奇策に応じきれなかったでしょう」 あれは奇策でした、とマルクスは続ける。 「魔族太夫は戦うつもりなどありませんでした。帝國の秩序に挑戦する気すらなかったでしょう。奴は帝國の秩序の中で、帝國に知られぬように力を振るい、そして利を得る小賢しい悪党にすぎません」 「ならばこそ、、倒せなかったことを問うている」 セルベリア・イル・ベリサリウスはセルベリア・イル・ベリサリウスなのだ。問題と見据えたものを流しはしない。 「軍の組織力を使って、その魔族を捉えたとして、近衛騎士がそれを捕殺できぬようでは、つまるところ軍がそれを捕殺せねばならない。それ自体は構わない。もとはと言えば、南方新領土の治安問題の解決を行うのは軍であるからだ。全ての黒騎士が、その任に耐えぬなら、私こそ出よう」 だが、とイル・ベリサリウス元帥は言う。 「近衛騎士には、そのような代替はあるまい。先のていたらくで近衛騎士が近衛騎士の本務を全うできるのかと言っている。最強であることを求められ、選び抜かれ、研ぎ上げられた帝國の最後の剣でなければならないはずだ。敵がその質を問うてからでは遅い」 「近衛騎士団長にはお伝えいたします」 「お前の口など借りる必要はない」 「・・・・・・」 応えぬマルクスを、イル・ベリサリウス元帥は赤の瞳で見る。 猫の七つの命を一度に奪う冷たい視線が、およそ七倍になると、五十の命を消し飛ばすということになるな、などとマルクスは思った。 しかしこれは、計算された苦難なのだ。セルベリア・イル・ベリサリウスともあろうものが、判らぬはずがない。皇帝陛下をお守りする近衛騎士がいかにあるべきか、と。それは外なる敵に、絶対の優位と、勝利を得なければならない。またそれらを、いかにして鍛え上げるか。いずれも容易でない。同時に、それらは、外のものらに容易く左右されてはならない。セルベリア・イル・ベリサリウスその人は、決して外の者ではない。長く護持の前衛にあった人だ。 それでも刻は流れる。長く前衛にあった、大ガイユスは陣没し、帝國軍の宿将らの顔ぶれも、少しずつ変わっている。それより先に、近衛騎士団そのものが変わっている。セルベリアその人が、それを見てきていたのだ。 かつて成されたことをその場にて見届け、また今も変わらずここにある。 「・・・・・・」 元帥は、銀色のまつげをかすかにふるわせる。それからもう一度マルクスを見た。 「それで、如何に始末する」 セルベリア・イル・ベリサリウスとは、このような人なのだ。マルクスは応じる。 「復仇の機会をお与えください。魔族太夫ごときにおくれを取ったままではこの後に障ります。これは閣下のおっしゃるように、近衛騎士のあるべき姿のことからとお考えください」 マルクスは続ける。 「また、事件は国境警備と、治安との狭間に起きた事でもあります。内務省の情報機関もまた兆候を捉えておりませんでした。自分は、内務省と協力して、魔族太夫への対応を命じられました」 「・・・・・・なるほど」 「軍の情報網が、匪賊情報を捉えていたからこそ、13連隊は匪賊討伐出撃しました。軍の情報網は、内務省に先んじています」 「お前は、気付いているか?」 ふいにイル・ベリサリウス元帥は言った。 「奴に妙に似てきたぞ」 「は?」 イル・ベリサリウス元帥の赤の瞳は、先までとは違う光を帯びている。 「まあいい、いや、駄目だ」 打消し、それから元帥は続ける。 「情報だと?焼け太りも大概にしろ」 「いえ、自分がかかわる必要はありません。むしろ情報の実務に通じた実務本位の者でなければ危険です。その情報機関こそが、黒騎士と黒の六の対応能力を決めます」 「黒の六まで頼りにする気か」 「魔族の浸透はこれが最後ではないでしょう。通常の対処は、軍が行う。それは近衛騎士団の能力からしても、また役割の分担からしても当然のことになります」 が、とマルクスは付け加える。 「近衛騎士団の能力改善は、当然のものとしつつ、適切な能力向上と、戦訓の共有は必要になるはずです」 「狙いはそちらの方か」 「それは買いかぶりです。戦技戦訓の活用と教導には、黒騎士級の騎士が必要でしょう」 「では何が狙いだ」 「近衛騎士団と軍と内務省、そんな坩堝に手を突っ込み、また魔族案件などにかかわるのか、ですか。そこまで入り組んだものが、私の手に収まるとお思いですか」 マルクスは息をついた。口に出すだけでぐったりする。 「それは帝國に必要で、命じられたからです」 「・・・・・・」 元帥は疑わしげにマルクスを見ている。ただ疑わしいというにはやや度を越えているように感じるのは気の所為だろうか。マルクスは応じる。 「自分は皇帝陛下の御恩寵によって永らえてきた家の者です。帝國に必要なことを命じられれば、成さねばなりません」 「・・・・・・」 イル・ベリサリウス元帥は、まだどこかしら疑いを捨てきれない、と言った様子だった。それも何というか、疑われている、と言うより、拗ねられている、という風にも思える。 「・・・・・・」 マルクスはすこし考えた。 それから、己を疑った。最後までありえないと放っておいた考えは、もしかしたら正しい、近しいのではないか、と。 そして、マルクスは、その考えを形にして見せた。 「・・・・・・なーんて、ね?」 人差し指をくるりとまわして言ったその刹那だった。 「やはりかっ!貴様っ!」 ばん、と執務卓を叩き、妙に間合い良くセルベリアは身を起こす。マルクスにぐっと顔を近づける。 「どういう仕掛けだ!」 「・・・・・・」 「・・・・・・」 その後に訪れた沈黙の重さは言いようもなく、また何気ない風を装って、ごく近くに寄せられたセルベリアの瞳が、つい、と逸らされた。彼女はつづいて身を退き、こほん、などとわざとらしく咳払いをしてみせたりもした。そしてそれそのものが、マルクスの思っていた通りなのだと示していた。 「・・・・・・ご苦労なさったようで」 しかし、この応じようは、実に、サウル・カダフ将軍好みなのだと、マルクスは心から納得していた。サウル・カダフ将軍とイル・ベリサリウス元帥は古くからの知己であると知っていたし、浅からぬ関わりがあったとも察していた。 「別に苦労などしていない」 結局、セルベリア・イル・ベリサリウス元帥は、それ以上、特段の異議を差し挟むことは無かった。白子の透けるような白い肌が、ほんのり染まるのはまことに眼福であったし、この後のことについても、特段の疑いをもたれることなく話を進められたのは、大変有意義でもあった。
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アスラン 貸出先 (6) 帝國軍の動きは、アスランの思っていたよりも早かった。翌朝には、南方軍の当直参謀が、護衛騎兵とともに、駆けつけてきていた。 アスランたちだけではなく、陣地にいた部隊への指揮権を確認し、続いて兵站部隊には、ただちに移動が命じられた。アスランたち黒騎士小隊は待機だ。黒騎士大隊に連絡後、正式に管区配属になるのだという。ただし今後の予定は未定。そういった諸々のことを行った後、南方軍参謀は護衛を伴ってあわただしく西へ、アル・ダキア国境へと向かって行った。報せを送ってきた砦へ行くのだろう。 陣地を利用していた輸卒らも、すぐに移動し始めた。夜のうちに移動準備を終えていたからだ。朝日の中、陣地の土塁の影を横切って、馬と輜重車とが進んでゆく。砲にも耐える低く分厚い土塁は、一つの正面に一つながりの壁を成しているわけではない。緩い傘型を描く土塁線を並べて作られている。傘型の土塁線の端は、他の土塁線とつながっておらず、その狭間は通れるようになっている。反撃のための出撃部であり、近接してきた敵を側面から撃つところでもある。輸卒らが出てゆくのは、陣地の西側にある大きな狭間だ。陣地への常の出入り口として使われ、そのための石畳の道もある。 やがて陣地は、がらんと広いだけになり、陣地の真ん中に立つ本部の信号塔の光も、朝日の中に押され、見えなくなった。 アスランたちの黒騎士小隊といえば、機体の整備は、陣地内の格納庫で夜のうちに終えており、今は待機中、もっと言えば思い思いに休息中だ。小隊長もマシュリアも、寝台代わりに使えそうな大きな背もたれのある、折りたたみ椅子に腰を据えている。待機は常の事だと、小隊長は言う。 「出動があるとしても、まだ兵力が足りない」 だが、その兵力も、次々と到着してくる。 まずは騎兵たちがやってきた。蹄を鳴らして土塁の狭間を抜けてくる。部隊は、この陣地にも慣れているらしい。無駄のない動きで、馬を陣地内の水場へと集めてゆく。機装甲の姿もあった。もちろんアスランも知っていた。驃騎兵の緑の五だ。七機がいた。およそ一個小隊だ。機装甲小隊も、列を成して、一斉に片膝をついて待機の姿勢をとる。その背から降りてきた騎士も、騎兵も、こちらへ振り向いては、何やら話し合っている。 あちらは、こちらに驚いているらしい。 「それじゃ、様子をうかがってこようか」 物見高くフラウクス小隊長が立ち上がり、驃騎兵の方へと向かってゆく。すかさず、小隊従士長も共に歩いてゆく。マシュリアはつまらなそうに見ている。小隊長と小隊従士長は、何やら話しこんでいる。 戻ってきた小隊長によると、あちらは驃騎兵連隊の即応指定部隊だという。今回の事態に驚いているのだそうだ。こういった緊急出動は、最近は滅多になく、今回も訓練だと思っており、すでに部隊が、つまりアスランたちがいることに驚いていたらしい。それが黒騎士小隊だと聞いてさらに驚き、そして、越境するんだろうか、と聞いてきたという。 「だから先行きも判らんそうだ。ただ、本隊にも出動命令が出ていて、おっつけこちらへ駆けつけてくるそうだ。だがまあ、一昼夜じゃあ無理らしい」 「じゃあ、それを待って越境攻撃?」 「憶測はやめろよ、マシュリア」 小隊長はたしなめる。 「それを命じられるのは、南方辺境公か、南方軍司令だけさ」 どちらも同じひとりの人だ。コルネリアの父上様で、アスランは一度だけお会いしたことがある。それもあちらからの夕食の御招待を受けて、だ。体格のいい、朗らかな人で、なるほどコルネリアの父上様なのだ、とアスランは妙な納得をした。 越境は、禁じられている。南方辺境が辺境防備のために行う場合でも、南方辺境公の命令が必要だったし、帝國軍でも、南方軍司令の命令が必要だ。独断専行の場合、南方軍司令に釈明が必要になる。 昼少し前に、大隊規模の歩兵がこの陣地に到着してきた。彼らが陣地内に整列するのを待っていたかのように、こんどは驃騎兵とその機装甲が出立してゆく。もちろん帰るためではない。アル・ダキアとの国境へ向かう。 歩兵たちが携帯天幕を張る一方で、あちらからも様子を聞きに人が来た。先任士官だという。指揮官は当然、本部建屋へと行っている。彼らは本隊で持ち回りの即応待機部隊で、本隊に先んじてここへ移動してきているのだという。やはり本隊の移動準備にはやや時間がかかるとも言う。彼らもまた、黒騎士小隊がいることに驚いており、やはり越境するのでしょうか、などと問うてくる。答えようもない。 そうしている間に、中隊規模の機装甲部隊が到着した。十五機の青の三だ。陣地の土盛りの向こうから低く足音が響き、さらに携える長鑓の列が見え、やがて陣地へと入ってくる。機装甲中隊も慣れた様子で、陣地内部を通りすぎ、騎兵や歩兵よりもアスランたちにずっと近く、格納庫棟近くに整列する。そして一斉に片膝をついて動きを止める。機装甲中隊は、機装甲の常の通りに、手入れを始める。 彼ら機装甲中隊からも、様子伺いに人がやってきた。その騎士もまた、やはり越境でしょうか、と問う。 「それはわからない。俺たちは備蓄巡察の途中で、偶然ここにいただけだ。緊急時指揮権が発動されて、ここに留まってるだけだ」 フラウクス小隊長はいずれにもそう答える。他に応えようもない。引き下がる各部隊の者を見送り、それから言う。 「まださ。砲兵が到着してない」 越境があるならかならず砲兵がつく、と。 「瀬の渡河点支援、それに対岸に橋頭保を作ったなら、橋頭堡防御のために、砲兵を置く」 やがて小隊長のその言い分を認めるかのように、新たな部隊が姿を見せていた。土塁の向こうから、重い足音が響き、やがて機卒の角ばった肩と首の無い胴が見える。機卒の顔の部分は、人で言えば胸に直についている。その機卒は、砲車と砲を牽いている。帝國軍の新編成型砲兵連隊だ。 ただ陣地に入ってくるのは、そのごく一部だ。軽砲四門は、二個小隊分、砲兵連隊の三分の一に過ぎない。彼らもまた、即応指定部隊なのだろう。 今、ここには小さいながらも諸兵科部隊が揃っている。素手に出立した増強騎兵中隊、陣地に残っている歩兵中隊、機装甲中隊、砲兵二個小隊。自力で前方偵察を行い、自力で陣地占領を行い、自力で目標を攻撃する能力がある。 「あとは工兵と渡河段列だな」 椅子に座ったフラウクス小隊長は、いかにもありそうだ、という口調で言う。アスランは、小隊長を見返す。 「そんなこと言ってると、本当に工兵が来ますよ?」 「来たらやるしかない。決めるのは南方軍司令だ。命令が出たら、どこへでも行く。お前もだ。今は、黒騎士小隊にいるんだぞ」 まるで、覚悟を問われたようだ。見くびられたと思い、アスランは応じる。 「問題ありません。それに俺は、北方で実戦をやってます」 「そいつは聞いてる。ゴーラの宿将相手に、真っ向魔術戦を挑んだ、と」 「そんなんじゃありません」 そういう伝えられ方をしているとは、思ってもみなかった。そこまで行くと、盛りすぎだ。フラウクス小隊長は、面白げに笑みを浮かべる。 「・・・・・・」 アスランは答えず、顔をそむける。盛られた話に、本当に起きたことが少しでも近ければ、これほど屈辱は感じないだろう。アスランの術は、敢無く真っ二つに断ち切られて破られた。アスランの黒の二も、斬り倒された。あの時、コルネリアが飛び込んでこなければ、アスランは今、ここにはいない。けれど、今のアスランは、あの時のアスランとは違う。顔を上げて言った。 「問題ありません。やれます」 「ああ。期待している。お前の高い評価は聞いている」 「高い?」 「だが、ここじゃあ原隊での評価なんて、糞の役にも立たない。お前が今ここにいるのは、特例中の特例だ」 「・・・・・・」 褒めたり貶したり、というより、からかわれているとしか思えない。だが、とフラウクス小隊長は続ける。 「だが、何も問題は無い。お前が力を見せればいい」 フラウクス小隊長はけれど目を逸らし、青空を向ける。柄にもないな、と笑う。 「ケツは拭いてやる」 「・・・・・・」 どう答えればいいだろう。黒騎士は他の黒騎士を案じたり、ましてや、ケツを、もとい尻を拭くこよなどできない。それが、どんなに危険なことなのか、アスランは、痛いほど知っている。見返すアスランを、フラウクス小隊長は茶化しも、からかいもしなかった。 「どうだ」 「行けます」 「ちがう、やるんだ」 小隊長が肩まで上げた手を、ぎゅっと握り、拳の形にする。アスランにも、それが何かすぐにわかった。己の拳を、合わせてフラウクス小隊長の拳に打ち当てる。 「やります」 「・・・・・・」 こんどは、小隊長は何も言わなかった。ただ手をおろし、折りたたみ椅子へ背を深く預けただけだ。マシュリアはつまらなそうに見ている。 やがて、陣地には新たな騎影が姿を見せた。 工兵ではない。騎兵か、とも思った。ほとんどの兵員が騎乗している。しかしただの騎兵でもない。騎兵ならば、騎銃を携えているものだ。それすら持たないもののほうが多い。代わりに参謀章の紐を吊るした者もいる。 「・・・・・・司令部?」 「旅団らしいな」 フラウクス小隊長は、低くつぶやく。南方軍司令は、本気かも知れない、と。そして彼は椅子からアスランを見る。 「お前は運がいい。雑務ばかりかと思っていたが、こいつは実戦になりそうだ」 手続きばかり延々やってしまった。反省
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カロン (4) 今気づいたのだけれど、アル・レクサのようにレクサ自体に意味を持たせるより、領邦連合国、と書けばよかったんだ。 「死せしもの、三に一人どころではなく」 アル・ブレクス宰相は、声も高く読み上げる。 「生けるもの、三に一人のありさま。遺骸ら、まとめて穴に投げ込まれ、死臭著し。これによる蟲どもの跋扈堪え難し」 エル・エメス騎士よりの報告は続く。彼女らは、それら遺骸を弔い、蟲を鎮め、泉を清め、地を清め、いまだ病めるものあればこれを癒した、と。 「我らアル・フレイアナス王の捧げものにより、冥界神に捧げる祭壇を据え、祭祀の場を成し、ここにて非業の死を遂げる者らを、冥界神の館へと導く門と成した」 アル・ブレクス宰相の読み上げる文書の言葉に、それを聞くゼニア共和国在アル・フレイアナス公使の肩がかすかに震える。ゼニア公使ウォンリは、謁見の間でカロン王へ頭を垂れたままだ。王の激怒を買い、アル・フレイアナス王国と、ゼニア共和国との約定も風前の灯であった。まあ、そういうことになっている。 アル・ブレクス宰相は、エル・エメス騎士からの報告書を、背後に控える宰相付へと渡すと、もったいぶった仕草で、ふたたびゼニア公使へと向き直る。 「これは、アル・フレイアナス王カロン陛下による、ゼニアへの友誼に基づくものである。にもかかわらず、公使は何と申されたか。島にたむろする者らを引き揚げさせよ?島のありようを旧に復せ?」 アル・ブレクス宰相は重々しげに黙り込む。もはや言うべきことは無い、というように。この男は、意外とそういった小芝居ができるのだ。 島の惨状は事実であり、エル・エメスらの報告は書き送られてきたままである。島のゼニア総督、農園主らが虎列刺に打つ手がなかったのもおおむね事実であり、島の港町は外からの出入りを封じて、虎列刺が納まるのを待つしかなかったこと、いずれも事実であった。 そして、虎列刺による死者が極まったその後に、カロン王が送り込んだ者らが、島で我が物顔で振る舞っている。ゼニア公使ウォンリの言うとおり、これもまた事実であった。のさばらせたのだ。カロン王が。 そもそも重魔道機の持ち込みどころか、機卒の持ち込みはもちろん、自前の道具の持ち込みすら、約定に反している。勝手の道具により、農園の主の思惑を超えたことをすること自体、禁じられている。銃やその他武器は言うまでもない。それらをもってして、勝手に泉を清め、泉の下に溜池を作り、水路さえ作らせた。高潮に合わぬ程度のところを選ばせ、村落とすべく下ごしらえもした。沖合には、海の底に達する柱を立て、いかだをつなぎ、滑車により長綱を張り渡した。ようするに浮桟橋であり、それを機卒によって牽けば、これまでより労せず荷を運び込める。 さらにアル・フレイアナス王に代わって勅撰騎士が、冥界神に捧げる祭壇も立てた。王の名による祭壇だ。それらに対するゼニアからの抗議は、当然のことだ。 抗議に訪れたゼニア公使に対し、逆に難癖をつけて開き直るとは、悪辣も甚だしい。カロン王すらそう思う。しかもカロン王は、礼式にのっとって頭を垂れたゼニア公使ウォンリをそのままにさせていた。謁見の間、カロン王の王座の下、王を持たぬゼニア共和国公使は、王に平伏することは無い。しかしカロン王の王宮である以上、面を上げよ、の言葉を得るまで頭を上げることも許されない。もっとも、王を持たぬ国の公使を王の思うままに愚弄できるわけではないのだが。宰相は言う。 「いかなることか、言上いただこう」 「陛下に申し上げます」 彼は頭を垂れたままに言う。カロン王は応ぜず、代わりに軽く指を振って宰相へと示す。アル・ブレクス宰相は言う。 「陛下はお聞きになられる。申されよ」 「我が共和国は、陛下の御友誼に基づくお力添えを頂いたこと、これに深謝しております。我が共和国にとって、多島海の諸港、諸地の護持は絶対の国策にございます。カロン陛下の御友誼により、疫病虎列刺にとりましたる後手、これを取り返すことが叶いました」 ウォンリ公使は続ける。 「危急の折に行われたこと、これは、いつしか危急の形を終え、常の形に納めねばならぬと、考えております」 ウォンリ公使は、もちろんゼニアの民であり、商家のものであり、ゼニア人たちの中の決め事から国の役を担い、ここへとやってきた。五十がらみの男で、身なりも良く、髪も整え、しかし、身なりよりもこすっからく見える。面相はいかにも商家の主であった。ウォンリ公使は、頭を垂れたままの姿でいるのが、辛くなってきたらしい。あるいは、王の様子を窺おうとしたのかもしれない。 「もって本国より、陛下にご検討いただきたい議、伝えられてございます」 「申されよ」 応じるのはアル・ブレクス宰相だ。ウォンリ公使は続ける。 「かの島のかの農園、ならびに農園の持つ権利一切、これを陛下に献上申し上げたいと、考えております」 これには、笑わざるを得ないではないか。釣り餌としてはひどく不味いが、笑えば負けである。王は続いて言った。 「おもてを上げられよ、ウォンリ公使」 公使は、ゆっくりと身を起こし、さらに服のわずかな乱れを直す。王は言う。 「無用である」 しかし釣られたなら、せいぜいあがいて、手ごたえを与えてやろうではないか。 「余の民が捨て置かれている島は、あれ一つではないゆえにな」 「陛下、その議については、我が共和国の者らにお任せいただきたく」 彼の言葉は、王の言葉を遮った咎めが入るいとまさえ与えまいとつづけられる。 「我らゼニアとて魔術の使い手はおります。それらが手を出しかねたのは、蔓延る病魔より多くの者らを守る結界を保つためゆえのこと。怖れながら陛下の遣わされた魔術騎士の術が通じたのは、言ってみれば、死により虎列刺が絶えたゆえのことにございます。此度の病禍、失われたのはアル・フレイアナスの民ばかりではございませぬ。諸国の民、もちろんゼニアの民も倒れております。それらについて、弔い行い、祭祀行うは、ゼニアの知行そのものにございます。どうかご容赦を。陛下」 「ゼニアにどれだけの船と魔術師が居ろうとも、それぞれの島に遣わせるのは、ほんのわずかであろう。それぞれの島におけるそれらが、ゼニアの真の力ではないことは承知しておる。そのゼニアの真の力を、どこに振り向けるべきか、余とゼニアとはともに知る、友誼の仲ではなかったか?」 「御意にございます」 しかし国には、真の友誼など存在しない。カロン王も、またゼニアもだ。彼らと、王との間には、上下だけがある。上に在るものが統べ、下に在るものが従う。ゼニアが、アル・フレイアナスとのつながりをもとめたのは、それはアル・フレイアナス王国は、海にては弱いからに過ぎない。 「遠く海よりの道を通して、得られぬものを、近いが劣る陸より運び出した。ゼニアから見れば微々たる数、微々たる力であったはずだ。しかし、それが、本質であったからこそ、そちらをして余に苦言呈したのではないか」 「苦言などと、そのようなことは」 「ゼニアの絶対、それを守るゼニアの秩序。ゼニアが余と手を携えたのは、そのためにやむなく、であろう。その余が、ゼニアの秩序を微塵たりとも犯すのは許しがたかろう」 「許しがたいなどと、そのようなことはございませぬ」 「あるいは、領邦連合諸国が余を真似て、こぞって乗り出しくる、かな」 領邦連合全体を見れば、有力な海軍をもっている。領邦諸国それぞれだけでも、大陸南岸の安寧を保つに充分なものだ。かつ、領邦連合諸国がそれぞれに海軍を持つことで、海賊を、互いそれぞれをも含めて、抑えこむこととなっている。ゼニアと、王冠盟邦との多島海の競り合いが、大陸南岸での私掠船合戦となることを防いでいる、とも言える。多島海の向こう側、獣人らの発した大陸沿いでは、ゼニアと王冠盟邦の競り合いは、私掠船による狩りあいになっている、とも言われている。 その領邦連合のそれぞれの海軍を連合した、連合艦隊がもし成ったとしたら、その力は、たとえ獣人らの大陸近くであっても、今の情勢を大きく変えうるだろう。カロン王の行いを、何倍かにすることも容易いはずだ。 ゼニアはそれを恐れている。王冠盟邦を利するときは。 あるいは使おうとしている。ゼニアを利するように。 カロン王からすれば、その連合艦隊が成るのは、そうとうむつかしかろうと思われるし、その連合艦隊の運用は、領邦会議公儀アル・ファロス王にすら難しいものとなろう。そんなものが叶うとしたなら、領邦連合諸国が、一致して戦わねばならぬ敵が、海に現れた時のみだ。 そうせねばならぬと気付くより早く、領邦連合が滅び去ることもありえるだろうが。カロン王は言う。 「農園など要らぬ。あの程度の島と農園、しかし遠すぎる。船をやりとりするとなると、余の船はそれで手一杯になろうがな。それを投げてよこすなど、余を見くびってくれたものだ」 「そのようなことは、決してなく」 「旧に復するとして、いかにする」 「陛下のお知恵、拝聴いたしたく」 さすがに商人、相手が要らぬと言うものは売らぬ。また何を求めているか判らぬところで、こじらせもせぬ、というわけか。ここでカロン王が噂通りの狂王ぶりを見せれば、それはそれで次のことを考えるだろう。王は言う。 「ゼニアの海の道に起きることが、海の道の果ての我が国へ聞こえてこぬのは、余は気に入らぬ。週ごと、月ごとに如何にかせよ」 「ご報告の使者、週ごとに送らせましょう」 「足りぬ、我が王宮に助言役が要る。ゼニアより推挙せよ」 「推挙いたします。いささか時をいただきたく存じます。本国に相談いたします」 「これとは別に、我が海事総裁に相対すべき、ゼニアの役職の者、これを我が王国に常置させよ」 「本国に相談いたしますが、本国の判断なしにはお約束を賜るのは大変難しいことにございます」 「そのようなことは承知している。余は、此度のことについて、ゼニアから全く報せを受けられなかったこと、また我が通報船がゼニア港に入ることを拒まれたこと、これを重く受け止めている。ゼニアは、余に何事も伝える気が無いのではないか。公使」 ウォンリ公使は、半拍たりとも間をおかず応じる。 「本職の任は、我が共和国と、陛下が王国との間の諸問題の橋渡しとなることでございます。本職も、また本国我が共和国も、アル・フレイアナス王カロン陛下との御友誼を、またとないものと考えております。この場で陛下に申し上げましたること、我が共和国の把握したることであり、陛下のお耳にこれまで届きしこととは、違って聞こえるやも存じます。もって陛下の御不興をひととき賜るとしても、本職の任として、行わざるを得なかったこと、どうか御汲み取り賜われたく存じます」 カロン王も応じる。 「ゼニアの申し出、認めるものとする。余の民は、かの島より退かせよう」 「ありがたきお言葉」 「しかし、先に申したことどもについて、ゼニアより応じ行われるまで、公使館は封じる」 「それでは公使の役を行えませぬ」 ウォンリ公使は踏み出しかけて、かろうじて踏みとどまった。ゼニアでどうかはいざ知らず、アル・フレイアナスの王宮で王に詰め寄るような不敬は許されない。そう、ここはアル・フレイアナス王国の王宮なのだ。 「余の怒りは解けておらぬ。先の虎列刺の一件の際、公使館は何をしていた。公使館と公使が、ゼニアのための働きを行うのは当然だ。だがウォンリ公使。公使は言った。公使は本国と余との橋渡しにになる、と。その役を果たせ。次の領邦集会までに間に合うようにするがよかろう」 領邦集会、すなわち領邦連合国を成す諸国による国政集会だ。諸国それぞれの国政をつかさどるものが、公儀アル・ファロス王の首府に集うのだから。最も大きな声を持つのがアル・ファロス王であり、アル・ファロス王こそが公儀として領邦集会をとりまとめるのであるが、アル・ファロス王の声のみによって領邦会議が進むわけでもない。 アル・フレイアナス王国は、領邦連合国の中で、機神をもつ六つの王国のひとつである。だが、だからといってその中でも強い力を持っている、というわけでもない。どちらか言えば内陸にあり、これまで海の道の利益をあまり得ていなかった。海の道からの大きな益をわずかでもアル・フレイアナス王国へ流れてくれば、アル・フレイアナス王国も活況となる、そういう形であった。 そう、北から、安くまた質の良い小麦が、河の道を通じて領邦連合へ流れてくるようになった、この時期に。 しかしゼニアは、領邦集会に何ら働きかける力を持っていない。領邦集会で何が話し合われ、どのような見識が王の間に持たれるのかも、だ。 「陛下、どうか御考え直しを」 「余は考えている。公使も本国に相談し、ともに考えてみるがよかろう。下がれ。謁見を終える」 終えると言われれば、継ぐ言葉など公使からは許されない。カロン王は謁見の王座から立ち上がり、そして歩いてゆく。奥への扉を近習が開く。 控えの間には、尚書役らが詰めていた。やり取りの言葉を、すべて書き取るためである。エル・ミゲルらその役の者らが立ち上がり、王を迎える。王に続いて、宰相が控えの間に入り、近習が扉を閉じる。 「さて、如何に出てきましょうな」 アル・ブレクス宰相は言う。 「ウォンリ公使は、商売人でございますゆえ、目先の利害には敏うございますが、その枠を越えますると、鈍るところがございます」 もちろん、王もまた利で動く。しかし王の利は、金子、財物の多寡のみではない。アル・フレイアナスが、ただ人売り同然の約定を結び、国より人を送りだした、とゼニアは思っていたはずだ。実のところアル・ブレクス宰相もそう思っていただろう。カロン王とて、疾病禍が座視されていると知るまで、深入りするつもりは無かった。 気まぐれに動いたのか、と問うものがいれば、その通りだ、と応じるだろう。尚書役エル・ミゲルは、それに気付いているらしい。そのエル・ミゲルに、尚書が書き取ったものを示させる。さほど不自然な流れではあるまい。王は思う。 「もう少し、わかりやすく利を求めた方がよかったかな」 「いえ、あそこで利を求められれば、利を隠すため、偽りを重ねたと捉えられるでしょう」 形の上では、ゼニアとの間の初めの約定に含まれていなかったもの、すなわち、ゼニアの飛び地諸地諸港において起きたことを、報せる枠組みを作れ、というものだ。そもそもアル・フレイアナスに行えることのほうが少ない。船も少なく、港は河を遡ったところにあり、ゼニアの外海船が遡ってくるのは、いささかむつかしい。またアル・フレイアナスの船のほとんどは小さく、外海といえども近場の島へ渡るほどでしかない。海の道に直に入ることそのものがむつかしいのだ。 ゼニアの商人どもの利は、財物が道を行くより早く行き来する。それは抛金として、あるいは手形の交換として、陸で動く。 アル・フレイアナス王国の利も、そこで動かねばならない。動かせるようにならねばならない。アル・フレイアナス王国に抛金を受ける枠組みを作り、手形を受ける枠組みを作る。そうしてはじめて、海の道の末となる。虎列刺の一件で、ことをそこまで動かすことはできない。長くかかる遊戯になるだろう。王の遊戯だ。 ゼニアの動きは、カロン王が思っていたより早かった。本国の決断を仰ぎつつ、同時に公使の独断で行えることを始めたらしい。まず、公使館より、週報、月報と称するものが送り届けられるようになった。続いて十日と経たないうちに、ゼニアの入港朱印書が送り届けられた。 もって王の船が、ゼニアの通報船と同じく、いつでもゼニアの港に入れるようになった。ただし、朱印書を持つ船のみ、またその船の数も朱印書の数のみに限られている。つづいて、かの農園の主が、管理不行き届きによる落命により、訴えを起こされた旨の報告とが送られてきた。こちらは余興のようなものだ。ゼニアの法では、落命の過失であっても金で補って良いとしている。さらにゼニアより、アル・フレイアナス王宮へ、推挙されるべき者の名簿も届けられた。 その名簿の者が、公使とともに王の前に現れるまでには、一月ほどを要した。ウォンリ公使は伴った者らを示す。 「こちらのもの、ブラスコ・ノエと申します。我が共和国の海の英雄の一人にございます。彼がまだ見習い士官であったころ、敵船の攻撃を受けて、船長以下幹部が壊滅した中でも、指揮を継承し、戦いを続け、敵船を撃破いたしました」 ウォンリ公使の紹介とともに、一歩踏み出し、軍人の礼を行う。しかしそのブラスコ・ノエは居心地悪げだ。黒目勝ちの小さな目をわずかに伏せる。細面で、癖のある黒髪、背もそれなりにある。カロン王も、ブラスコ・ノエのその英雄譚も知ってはいた。推挙名簿をもとに調べさせたときに、真っ先に目についたのだ。南王の派手好みに向いた履歴とゼニアは考えたのだろう。ウォンリ公使はもう一人を示す。 「こちらのものは、ブルーノ・カルマーニ。彼には軍務の経験はございませんが、本国の商会の切り盛りに力を奮っておりました。我が共和国の役職の経験も長く、商事軍事のいずれにも長じております」 ブルーノ・カルマーニのほうは、ヘルケス・アル・ベッケス海事総裁に応じた、ゼニア側の役職になるはずだ。つまり、こちらの方がゼニアの本命だ。茶色の癖毛、額はやや広く、眼鏡を掛けていて、知恵者風である。しかしアル・ベッケスより年下で、王国のこちら側で決め事をできる格ではあるまい。まあ、やむを得ぬだろう。 ブラスコ・ノエ、ブルーノ・カルマーニ、二人とも己の思う己の器を越えたところに引き出されている、と言う風だ。いずれもすでに妻子ある年だろう。優秀であるようだが、王宮どころかゼニアの中でも重鎮たりえぬだろう。王を操るより、王に操られぬ、というのが彼らの任に見える。 ウォンリ公使は留任するという。問題を小さく押しとどめ、王の怒りを押さえ、ゼニアとアル・フレイアナスの約定を守った功労者、というわけだ。彼の対応が王に受け入れられたがため、に公使館の封鎖は、ごく短く済んだ、とも。彼は二人からの報告をとりまとめ、本国へと送ることも任となるのだろう。 カロン王は、機嫌よく振る舞い、ブラスコ・ノエと、ブルーノ・カルマーニを励まし、彼らに王宮の一部屋と、それぞれに近習をつけることとした。もちろん初めから決めていたことだ。ブラスコ・ノエには日々の出仕を、ブルーノ・カルマーニには海事総裁との定期会議、王には最小で週に一度の御前報告を求めた。 これに伴い、王は王宮の側から人をあてがう。あてがう事で、あてがわれた者らが、むしろ学ぶ。いかにして、海の道に起きていることを知るのか、いかにして、それをとりまとめるのか。ヘルケス・アル・ベッケスが最も学ぶだろう。そうでなければ、彼も位を追われるだけだ。 諸々の騒ぎの末が、これでしかないとすれば、虎列刺で倒れた者らも報われはしないだろう。王も、それらの死に応えようとしたわけでもない。ただその死を使っただけだ。王の船は外洋で無力であり、王の民は多島海では奴隷と大差が無い。王自身がそれを知り、そのように扱ったものの一人でもある。何者か罰されるべきものがあるとしたら、カロン王もその一人だ。筆頭かも知れぬ。 そうして、何を得る。 何も得る物は無い。刻は流れ、全ては消えてゆく。死して後、冥界神の館で、良く生きたかを量られる。悪しき者は、永久の苦しみの中に落される。 落ちようではないか。どうせ虚無なのだ。 ブラスコ・ノエ=ブライト・ノア ブルーノ・カルマーニ=カムラン・ブルーム どちらがミライさんを嫁にしたのかは未定でw もちろん、ミライさんはゼニアに留め置かれている。人質、までは言わない。 王冠盟邦の支援を受けた、獣人のシロッコあたりも、射程に入ってきたかもしれない。 そもそも、アル・ファロスが有力な海軍を持っていることを忘れかけていた。その結果、つじつま合わせのために、アル・フレイアナスが内陸よりになってゆく。酷い泥縄で大変申し訳ない。 これはこれ、でキャラと国のプレゼンでひとつ。 フレイム関係について、たとえばスパークとか、風の部族とか、炎の部族とか、触れていないだけで、否定もしていない。 たとえば、ザビ家に簒奪されかかった王国を取り戻す、というのはすなわち内戦になっていたわけで、アル・フレイアナス王国内部の民族関係も動いたはず。風の部族に相当する民族が、炎の部族に対して優位になった理由、またスパークが不遇不幸であった理由、騎士叙任すら遅れた理由、国を追い出されて属国公王になったり、そういうアレも説明できるかもしれない。 まあ、普通に考えて、機神に乗っていたからこそ「この」カロン王は一定以上の活躍をしたのだろうし、またその後に国内に平定戦争を行わざるを得なかった、とも考えられるのだが、そうなると領邦連合全体を「そういう地域」にせざるをえなくなるので、あえて触れなかったのだと思っていただけると幸いである。 逆に、アル・ファロス大社は、ロードスの騎士ならぬ、大社の騎士を領邦連合に送りだしている可能性はあるし、その大社の騎士に、なぜか森族が一人付き従っている、なんてこともありえる、とか。まあ、そうなると大社も神官をお目付け役につけてるだろうし、アル・ファロス王もそうしてるかもしれない。 こういうのは本来はセッションに上げるべきなのだろう。申し訳ない。 したがって、ここまでのプレゼンは、基本、カロン王の狂気に焦点を当てている。 レイヒルフト、というより帝國と戦っても構わない、と考えるのは、これまで帝國と付き合ってきた僕からすると、狂気そのもので、OVAで池田さんがカシューに与えていた穏やかさより、シャアを越える狂気のほうが必要なんじゃないかと思える。もっと言えば破滅志向というか。 「この」カロン王は狂っている。そこはカシューとは違っている。理性はあるし、理性とは別の打算もある、同時に、「この」カロン王は、破滅志向でもある。危険を弄び、同時にその危機の中で勝つ算段をして遊んでいる。 何しろ初代カシューは池田さんだが、二代目は我らが譲治だし。
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アスラン 貸出先 (5) 扉を叩かれて、アスランは跳ね起きた。まだ寝入りばなだ。 「何か!」 「黒騎士小隊長より伝令。小隊騎士は、駐屯地本部へ集合。以上」 「了解した」 何があったのだろう。戦時でもない、国内だ。アスランは起き出し、着替えを始めながら考える。 今日までのところ、はっきり言って、派遣されない方が良かったんじゃないかと思うくらい、雑務ばかりだった。この砦への移動だって、駐屯でも即応支援待機でもなく、施設点検および情勢確認であったりする。 南方辺境での、辺境貴族の防備義務と、帝國軍の国境警護任務とはずいぶん整理されていて、任務の主体は、帝國軍が担いつつある。この陣地も、その任務を負う帝國軍部隊の駐屯地で、有事の集結地点の一つであり、平時の伝令通信中継点でもある。 第506黒騎士大隊も南方軍の即応部隊に指定されている。だから必要に応じて派遣先部隊に配属され、その指揮を受けることになる。ただし、黒騎士大隊は使用機材は、他の帝國軍部隊とは異なっており、その戦闘力発揮は、使用機材、黒の二の状況次第となる。黒の二は高い走破性と、頑強さをもっていて、アスランもずいぶん世話になったけれど、まったく入れ無しというわけには行かない。小隊ごとに機側部材を随伴もするが、その時には随伴馬車、輜重車のために移動速度が落ちる。機敏な出動にはならない。 そこで黒騎士大隊は前方陣地に、部品部材を僅かだが備蓄することとしていた。もちろん、その管理は前方陣地で行うのだが、要するに梱包のまま置かれっぱなしでもある。それを定期的に検査するのは黒騎士大隊の任務で、それに加えて、黒騎士大隊側からの経路検査や、前方陣地から先の地形確認なども行う。要するに雑用ではないか、とアスランは思っていた。 その雑用で、国境めぐりをしている。国境は川沿いだけれど、国境防護機能は、その後ろ側にある。川岸沿いに壁が立てられているわけではない。古くからある町や村、河港、すこし内陸にある入植都市、諸侯の砦、帝國軍の施設、諸々が結び合っている。それ自体は、アスランの知らなかったことで、見ていて興味も尽きなくあったのだけれど。ここはそんな砦の一つで、普段は管理や、前方の監視哨への補給の部隊しかいない。 その砦で、就寝時間後の呼び出しとは何だろうか。即応体制確認だろうか?いや、フラウクス小隊長は、そんな権限を試して楽しむような人ではない。内戦上がりで、まだ引退は考えてないけれど、いくさその物には飽きかかっている、と本人が言っていた。まあ、世間では好男子の範囲なのだろう。腕は黒騎士なりのものだ。氷の術遣いで見た目より強い。アスランはまだ勝ちと言っていい一本を取れていない。 アスランが着替えを終えて、部屋を出ると、ちょうどマシュリアも部屋から出てくるところだった。 「こんなこと、良くあるんですか」 「はじめて」 寝入りばなを起こされたからだろう、マシュリアはむっつりと不機嫌だ。彼女は夜の中をさっさと歩いてゆく。待っていたはずの伝令が慌てて追いかける。 前方陣地はだだっぴろい。部隊移動の中継をおこなうからだ。いざとなればここ自体に委託して戦う、だから永久陣地でもある。陣地本部は、その中央にある。そこはほぼ天守と言ってよく、本部施設棟に沿って、物見塔を兼ねた信号連絡塔が立っている。陣地をさほど暗く感じないのは、その灯明塔の石窓から、光が漏れているからだ。 その窓の蓋を開け閉めして、点滅信号をつくる。灯明が見えるのは、信号塔が受信見張り体勢にあることを示している。 本部は、すこしざわめいている。立哨の立つ入り口を通って、伝令は本部奥の指令室へと導いた。 「黒騎士小隊、マシュリア騎士長以下二名、到着」 「小隊長了解」 フラウクス小隊長は、いつもの明るい、聞きようによってはふざけてるとも思える口調ではない。いつも通りに袖を折ってまくった腕を組んで、壁際から、地図卓を見つめている。地図卓を囲んで、駐屯地本部の者らがいる。あまりあわただしくは無い。 「何が起きてるの」 マシュリアは、フラウクス小隊長の隣へと歩み寄る。小隊長は、まだ判らん、と低く言い、それから続ける。 「河岸国境の向こうらしい」 「アル・ダキア?」 マシュリアは壁の黒板を見る。今日に受信確認した灯明信号の文言が書かれてる。時刻に続いて、たとえば系統信号線、発:XX砦 内容:見ゆ。対岸、大、炎。状況不明。 当該の砦は、刻々情勢を知らせてきている。たとえば、砦は総員起こし待機中。炎は対岸町のさらに向こう。騒擾聞く。砦は斥候を河岸に派遣す。河岸に異変なし。YY町には事態通知伝令派遣。そういったことだ。 「こんなことって、良くあるんですか?」 アスランが問う。フラウクス小隊長は腕組みをしたまま器用に肩をすくめる。それが答えで、答えてもらってから、それはその通りだろうとも思った。黒騎士大隊は、緊急派遣され、配属され、指揮下となるだけだ。現地のことは、おおよそのことしかわからない。なるほど、だからこうして、定期的に黒騎士小隊の側が巡察するのだ、と納得もした。 「夜間出撃ですか」 「必要ならそうする。向こうの匪賊団の機装甲が、川を渡ってくるなら、な」 フラウクス小隊長は当たり前だろ、と言う風に応じる。つまりそれは、まずありえない。国境の河ほど大きな川を渡るには、渡し船を使うか、それとも瀬を歩かせるしかない。瀬を使えば、機装甲や機卒が歩いて渡れる。 そして、やっと気づいた。灯明信号で報せを送ってきているのは、その瀬を見降ろす砦だ。アスランは皆の邪魔にならぬように、そっと地図卓へと歩み寄る。広げられている地図は、その砦を中心にしたもので、信号の順に覚書が、そこに相当するところに置かれている。炎を見た、とするところにそれを書いた紙片が置かれ、砦には総員起こしの覚書、騒擾が聞こえたとする向き、それは炎を見た向きと同じだ。 そしてその砦から見降ろすところには、瀬がある。瀬があるから、砦を作った。背後には、そのあたりを知行地とする貴族の町がある。YY町だ。そこにも伝令派遣された、と覚書が載っている。 町は城壁に囲まれている。地図に記されているのは、対銃対機卒の標識だ。砲に耐えられるほどではない。それは合理的な考えでもあって、瀬を砲をもって渡ってくるような、大きないくさともなれば、諸侯だけでなく、南方辺境全体を交えた、大いくさになるだ。その時には町を捨てて逃げることになる。 だが、そうはならないだろう。アル・ダキアの混乱は続いている。王国の力を注ぎ込んだ軍勢などは、もう無い。アル・ダキアには、匪賊団が闊歩し、諸侯も手を付けかねる、というより、諸侯も王権に従わず、中には匪賊同然のものもいるらしい。そういったものが、調子に乗って帝國側に入り込み、略奪を行うこともある。 もろもろあって、国境は封じられ、瀬を渡るものは限られている。帝國軍は、南方軍司令以上の命令、ないしは、南方辺境公の要請に基づかねば、渡河してアル・ダキアに入ることは許されない。諸侯軍勢も、南方辺境公の許可なしには、渡河できない。 つまり、戦うことがあるなら、南方辺境内でだ。 「・・・・・・」 アスランは振り返って、フラウクス小隊長を見た。小隊長は、別に何でもない、という顔をしている。戦うのは、俺たちで、それが当り前だろう、と言う風に。 今、この辺りに居る機装甲部隊は、アスランたちの小隊だけだ。それも、ありえないほど運よくいるだけだ。機装甲連隊は、ここ、前方陣地のはるか後方にある。やむを得ない。平時の連隊の任務は、国土防衛のみでなく、部隊錬成と練度維持だ。機装甲は動かすだけ部品を使い、手入れが要る。前方には置いておけない。 徒歩兵相手でも、機装甲の力は絶対と言っていい。それは北方での戦いで、アスランも思い知っていた。踏んでも蹴っても蹴散らしても、機装甲そのものにはどうということはない。やりたいと思う事でもないけれど。気をつけねばならないのは、大口径銃や、梱包爆薬、刺突爆雷のようなものだ。そういったものを備えさせないように、歩兵の中に斬り込まねばならないこともある。 今度は、どうなるのだろう。 「・・・・・・」 扉が荒々しく開かれる。開いた従卒は、陣地指揮官のところへ向かってゆく。その手の覚書を読み、陣地指揮官は顔を上げる。 「聞け。管区大隊には対処準備命令が下された。総員起こし」 「総員起こし!」 すぐに従卒が部屋を駆けだしてゆく。起床を命じる鐘が叩かれる。それを聞きながら、陣地指揮官は続ける。 「指揮系統を確認する。在地黒騎士小隊は、管区管理総則に基づき、臨時に管区大隊指揮下に入る。指揮は本官が取る」 「黒騎士小隊長了解」 フラウクス小隊長は、さすがに結んでいた両腕をほどき、背を伸ばしてかかとをあわせる。マシュリアも、アスランもそうした。これで黒騎士小隊は、この管区の防衛戦闘に参加することになる。黒騎士小隊が戦闘を前にして退去することは、まずない。 やがて、在陣地部隊の各級指揮官が集合し始める。各級、と言っても中隊規模の銃兵の他は、ここを中継してたまたまいた輸卒の指揮官くらいだ。陣地指揮官はその皆を見回す。 「諸君、聞いてくれ。国境外で、騒擾が観測された。管区大隊には準備命令が下された。よって在地部隊は全て、臨時に管区大隊指揮下に入る。ただしまだ、帝國国境が侵犯されるには至っていない。あくまで予備的な対処である」 陣地指揮官は続ける。これまで、アル・ダキアの情勢は混迷を深めていた。アル・ダキア内部情勢の変化によって、混乱が帝國に波及する可能性については、すでに警告を受けている。よって、当部署は、当通達に従い、対応準備に入る。 「陣地部隊は出動準備の上、待機。陣地利用中の部隊は、即応態勢を整え、待機。情勢が変化した場合、追って通知する。以上」 「小隊長はここで。あたしとアスランで、小隊の準備をしてくる」 「頼むわ。即応体制について口うるさく言ってた俺らがもたついてたら話にならん」 「りょーかい」 軽い口調でマシュリアはひらひらと手を振り、歩きはじめる。アスランと二人を、指令室の人らが横目で見送る。 黒騎士ではないアスランだけれど、黒騎士であるということが、どういうことなのか、少しわかった気がした。 これは、もっともおとなしいプラン。 アル・ダキアでバルバレスコを回収する案が、これ以外にあった。 もう一つは、アル・レクサに浸透偵察する案だったけど、さすがにそこまでの作戦はさせられないw というわけで、次点案の帝國内活動、と。
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カロン(3) カロン王は、王城奥の部屋へと赴いた。 アル・マリガスらの近習を退け、扉の外にイル・ギムノスに立たせて部屋を封じさせる。 柱に支えられた東屋のようなところで、内庭に面している。ただ柱と柱との間には、窓のように格子枠が置かれ、さらに紗がかけられている。床は絨毯ではなく、石のままだ。本来は、王が涼み休む処の一つに過ぎない。 今、部屋の真ん中には浴槽が置かれている。女官どもがすでにお湯を満たした。やってくる者は酷く汚れているのが判っている。泥まみれ、というわけではない。この役目は、この女官らには、余分で面倒な仕事だが、やむを得ぬ。躾け役にも、神殿神官らにも、行わせるわけにはゆかないのだから。 「陛下、備えが出来てございます」 「面倒を頼む」 「いいえ、お任せください、陛下」 女官頭が頭を垂れる。カロン王は、椅子に座り、見守るのみだ。別室から、両脇を抱えられるように、イル・エアが連れ出されてくるところを。 両脇を抱えているのは躾け役、双性者を躾けなおす役目の者らだ。イル・エアは汚されていた。裸のままで、己を守るのは両の手のみで、その腕すら両脇から抱えられている。その体は、さまざまな形で塗れ、汚されている。薬で力を奪い、神聖娼婦同然に抱けと命じたのはカロン王その人だ。 イル・エアは、突き飛ばされるように女官どもに引き渡される。女官どもも嫌そうな顔をして、震えるその身を、腕を伸ばして受ける。女官頭が指図し、風呂へ入れるよう、身を清めるように命じる。 双性者は、本来は神殿に奉じられるべきもので、その神殿から王へと双性者が貸されることとなっている。双性者は、正しき律に取りこめられていなければならない。しかし、イル・エアは違っていた。サーンの民の教化が緩みが生んでしまった、神殿に捧げられざる双性者だ。本来は、いつであろうと神殿に奉じられ、神殿での躾けを受けねばならない。 だが今からでは、イル・エアの心がもたぬだろう、とカロン王は考えていた。神殿はそれほど甘くはない。もちろん、カロン王も甘くするつもりは無い。カロン王には、双性者の手ごまが要る。それだけだ。 震えながら身をかばうイル・エアは、浴槽に導かれ、されるがままに座り、そして身を洗われている。イル・エアに薬を与え、力を奪い、思うさま犯させた。双性者は、拒まず奉仕できなければならない。双性者の交合は、双性者のためのものではない。イル・エアは常人に交じって奔放に生きてきた。そのようなことは、まだ行えぬ。だから諦めさせねばならぬ。王のみの寵愛など受けられぬと。 イル・エアは奔放過ぎた。あの年頃の常人の娘のように、振る舞い過ぎた。神聖騎士団付神官はカロン王に忠義を誓っているが、その頭を飛び越え、神殿が何か言いはじめれば、カロン王にも庇えぬ。ことはイル・エア一人ではない。イル・エア一人を契機に、サーンにこれまで行ってきた教化が覆されかねない。教化を進めたいのは神殿の神官どもの思惑に過ぎない。イル・エア一人と、サーンと引き換えにするつもりは無い。サーンは緩やかに、しかも王の手のよって教化されねばならないのだ。 イル・エアは浴槽の中で身を抱えたままだ。その身を女官たちは洗っている。お湯を満たした盥から、その髪にお湯を掛け、髪もまた洗ってやっている。身を抱え、こわばるその手をゆっくりと伸ばしてやり、その手を、腕をも洗ってやる。手首には縛められていた跡がある。薬と縛めを使わねば、双性者に無理強いすることなどできぬ。今もまだ、力を残しているはずだ。イル・エアが動けずにいるのは、心に受けた傷故だ。双性者の気力もまた常人離れしているが、それも暫し麻痺していよう。 イル・エアは浴槽より引き上げられ、足拭き布の上に立たされる。拭い布を持ち着た女官らが、寄ってたかってその身をぬぐい、髪をぬぐう。女官らは、やがてそれを終え、拭い布を手元に折り畳み、王へと頭を垂れて退いてゆく。残されたのは、裸の、濡れ髪のままのイル・エアだけだ。辛うじて、しずくが落ちることは無い。 彼女は、その緑の瞳で、縋るように王を見、それから顔をそむける。両の腕で己の身をすこしでも隠そうとしながら。 「おいで、クーア。これを呑みなさい。喉が渇いただろう」 カロン王は、脇の小机の上の器を示す。クーアは、イル・エアの名だ。彼女の祖父が生きていたころは、祖父にクーアと呼ばれていた、そう王は聞いていた。 「余が呼ぶのだ。応えなさい」 イル・エアは、顔をそむけたまま、一歩、踏み出す。足拭き布の上から、はだしのまま、大理石を踏んで、歩きはじめる。ぺたり、ぺたりとわずかな音だけが聞こえる。やがて、彼女は王の前に立つ。胸と前とを己の手で隠しながら。 「イル・エア、跪きなさい」 彼女は顔をそむけたまま、わずかに王を窺い見る。少しの躊躇の後に、王の前で、両の膝をつく。 「喉が渇いただろう」 イル・エアは王を見つめている。不安げに、悲しげに、そして今の己が裸のままで王の目に晒されていることを、いたたまれなげに。 「飲みなさい」 促され、ようやくイル・エアは王の手より差し出す器を、彼女は体を隠そうとしていた両の手を伸ばして、その器を受け取った。器に口をつけ、傾ける。飲み始めれば一息だった。よほど喉が渇いていたのだろう。ふう、とイル・エアは大きく吐息をつく。そして目の前の器のやり場に困る風なのだ。カロン王が手を差し出すと、イル・エアは両手でその器を載せる。 「イル・エア、そのまま近くへ。そして、私の言うことを、良く聞くのだ」 はい、と震える吐息のような応えがある。それでもイル・エアはにじり出る。王は命じる。 「首を、見せなさい」 すこしためらい、彼女は胸を隠すように押さえながら、天井を見上げるように背を伸ばし、喉を晒すようにする。王は、脇の小卓に置いてあった首帯を手に取る。 「イル・エア。双性者と常人とは、違う則に従って生きている。その則を越えんとすれば、常人の側も、ただでは置かぬ。イル・エア。お前に口うるさく言われた双性者としてのありようは、すなわちお前を守る物でもあったのだ。わかるか」 はい、とかすかに小さく、それど確かに、イル・エアは言った。 「では、余の手をもってこれを着けてやろう。近う寄れ」 イル・エアはさらに膝立ちにて王の元へと出でる。王は席より、その首へと帯を巻き、金具を止める。 「これは、双性者の印であり、これをつけることで、イル・エア、お前は双性者の則に、自ら従うものだと示すのだ。それは諸神の則に従い、加護を求めるありようでもある。わかるか」 はい、とイル・エアは再び小さく応える。王はうなずき返し、己が席の脇に掛けていた、双性者のための外套を広げる。音を立てるそれに、イル・エアはびくりと震える。そのむき出しの両肩へ、王は外套を掛ける。 「これは、お前を双性者の則に包むもの。この則に身を包み、常人に、また他の双性者に、気軽に触れてはならぬ。わかるか」 「はい」 王は続いて、外套の背に垂れていた頭巾を引き上げ、その濡れ髪を覆ってやる。 「またお前は、これを被らねばならぬ。これを被り、また頭を垂れねばならぬ。双性者には、口を開くこと許されぬ時があるからだ。わかるか」 「はい」 「そしてこの透かしの紗面布にて顔を隠せ。美しいお前たちの顔を、厭うものがいる」 だが、とカロン王は続ける。 「それらからお前たちを守るのが、この面布だ。良いな」 「はい」 「立つがいい、イル・エア」 「はい」 裸体を外套に隠し、ただ膝頭だけをわずかに見せて、イル・エアは立ち上がる。肩を落とし、俯いているように見える。 「おいで、クーア」 差し出すカロン王の手に、イル・エアは戸惑う風だ。けれど、外套の隙間から、そっと手を伸ばし、カロン王の手に手を重ねる。王はその手を握りしめ、強く引き寄せる。 「!」 声を上げて、イル・エアはカロン王にしなだれかかる。王はその体を抱きとめる。その体は、思ったより冷えていない。それも判っていた。何もかもをカロン王自身が仕掛けていたからだ。 「恐ろしかっただろう、クーア」 イル・エアの肩が震える。クーア・イル・エアは本当に若い。そして神殿に奉じられることなく育ってきた。神殿で行われるしつけを受けたことが無く、そのまま双性者として、神聖騎士として振る舞うことなどできない。 「しかし、双性者とはそういうものなのだ。お前たちは神々の定めたもうた人の生きようから、あえて離れることを選んだ者らの末裔なのだ。ゆえに古人ともいう」 そのままでは神聖騎士団付神官も、アル・フレイアナス本社に隠しておけなくなるだろう。アル・フレイアナス本社は、サーンの信仰が十分に正しくないことを厭い、また疑ってもいる。イル・エアのような、双性者が在ることを知れば、本社神官らはサーンをそのままにはしておかないだろう。教義によって本社神官らが王土に押してくることを、カロン王は許すつもりは無いのだ。 「だが、それは罰されているのではないのだ。常人とは違う生き方をせねばならぬ。古人は、常人とは違う刻を生きねばならぬ。いずれ私が老いて死んだとしても、お前や、イル・ギムノスや、神聖騎士らは、今のように若く生き続けることだろう」 「ずっと・・・・・・」 「なに?」 「ずっと、あんなことをされながら、生きてゆかねばならないのですか」 「お前たちに抱かれることは、誉れでもあるのだぞ」 「でもあたしは、いや・・・・・・」 だが、王の足を跨ぐように座り、そして王の肩に顔をうずめるイル・エアは、そう言った。その首筋も、その肩も、その背も、そっとなでるカロン王の手に、応じてかすかに震え、怖れのみならぬゆえんで。カロン王の胸に押し当てられたイル・エアの胸の先端も、服の上から判るほどの張りを示しつつある。 初めから、そうするつもりだった。 だから、先の水には淫薬が混ぜられていた。先の、どころではない。神聖娼婦のごとく抱かれているときに、すでに淫薬は与えられていた。凌辱の痛みや恐怖と関わりなく、感じてしまうものがいるのは、知られている。双性者の感応は、常人よりも高いことも、だ。それを淫薬で高め、その上で犯させたのもカロン王だ。いずれはイル・エアも奉仕の務めを行うのだ。それは動かない。 慣れろ、と突き放しても構わない。これまで、カロン王はいくらでもそうしてきたのだ。 「私が相手でも、か」 カロン王は、イル・エアの耳元に囁く。その言葉に、イル・エアは身をよじる。 このような人を苛むようなことに耽る己を、王はどこか他人事のように見ている。己が人を人とも思わぬ所業を続けながら、ただ生き腐れているだけでもある。ただ王の器に腐った魂が宿っているだけだ。それは重々わかっている。 もはや人を愛することも無い。死して後に冥界神の館にて会うなど、欠片とて信じてはおらぬ。 それでも、すでにこの世に亡い女の言葉をふと思い出してしまう事もあるのだ。 やさしいあなたが、そのまま生きてゆければよかったのに、と。そのあなたの、愛を受けるべき子を産めなくて、ごめんなさい、と。 「・・・・・・ララア」 思わず唇から洩れた女の名に、イル・エアの身が震える。それからいぶかしく窺う気配となる。 その肩を掴む。力を込めて体を入れ替える。今まで座っていた椅子に、イル・エアの体を押し付ける。さらにカロン王は、己がかけてやった頭巾をはぎ取る。イル・エアは外套の前の合わせを強く握りしめる。 よすがとなるものを得れば、人はそれにすがって生きてゆくことができる。生き腐れるだけでも、稀に思い起こすことにすがって生きてしまう。双性者とて変わりない。いや多情多感なだけに、より容易くすがることも判っている。 「欲しくはないか。今ひとときだけでも、生きている証をだ」 恐れをにじませているイル・エアの瞳がまたたく。王を見上げ、一つ、二つ、と瞬く。王は肩を掴む指に力を込める。 「イル・エア!」 はっと、イル・エアは息を呑む。けれど、その目は、王の姿を映したまま、逃げなかった。そして、唇は、震えるままに開かれる。 「ください・・・・・・・」 「ああ、くれてやる」 その唇を唇でふさぎ、自ら開く外套を、さらにひきはがし、その乳房を揉みしだく。足を開かせ、すでに反り立つイル・エアの男根の下、幾度も幾度も犯された女性自身を露わにさせる。傷つけられ、それでも濡れて、開いて、王を待つのだ。 「!」 イル・エアは声を上げる。王自身を受け入れ、さらに激しく突くその動きに。 情など無くても、愛など無くても、感じ、感じるがゆえに今があり、今この時を流されるように生きている。 すべては消え去るのみなのだ。 アル・フレイアナス王宮には、ただの一枚も、王妃の肖像は残されていない。一枚残らず、カロン王が外させ、焼き捨てたからだ。 もう十年にもなる。忘れようと思っても、その面影は忘れられない。大きな青の瞳、眉間のほくろ、扁桃に似た柔らかな輪郭を描く顔と、黒の長い髪と、南方人らしい褐色に近い肌を。その目は、王を恐れているのだと思っていた。 しかし違っていた。彼女には、わかるのだ。人の心の奥底が。そういう者が、稀に表れる。そのような女が王宮に上がったのは、女官につながる役人らを粛清したからだ。閑散とした王宮で、カロン王は自らが信じられるものを選び出そうとしていた。彼女が、最も信じるべきものだと気付くまでに、幾年かが過ぎていた。 彼女が、王の前に罷り出たのは、妹姫の為であった。妹姫は、深く悲しんでいると言った。兄王陛下様がーそう、彼女はまだ王へ使うべき言葉も十分に知らなかったのだー宮廷の諸々の者を小さな由縁で強く罰し、時には死まで命じられることに、と。 何を馬鹿なと言う反駁もあった。父王の甘いやり方、宮廷任せのやり方が、あの簒奪を生んだのではないか、と。父が死ぬのは構わぬ、しかし母に毒を仰がせ、妹姫もカロン王子も如何にされたか判らなかったではないか、と。 彼女は、顔を上げ、不敬にも王の顔をじっと見つめ、そして、青の瞳から、静かに涙をこぼした。いかなるものも、信じるに値しないと思われるようになったことは、わたくしにも、よくわかります、と。けれど、妹君すら、その心中すらお退けになるのは、あまりに、切のうございます、と。 馬鹿な、と思った。常の王なら、彼女を追放どころか、死を与えただろう。激昂して立ち上がりながら、けれど、王はそれを命じなかった。嗜虐の心が騒いでいた。もとより王宮は王のもの。王宮にある女官のことごとくを、どう扱おうと構わぬではないか、と。 彼女は怖れなかった。むしろ王を憐れむ目をもって、いかようにも、と言い放った。王には、そう聞こえた。 結局、彼女を弄ることはしなかった。出来なかったのか、せぬように導かれたのか、カロンにはわからない。あの青の瞳に見透かされつつ、どう弄れというのか。あの青の瞳に浮かぶのは憐憫めいたものばかりではなかった。むしろ、いわく言い難い、情、それを湛えながら、まっすぐに王を見つめる。そんなものに絆されるとは、我ながら甘いとは思っていた。 思っていたのだ。彼女を、王妃に迎えた時にも。 そう思わなくなったのは、彼女とその胎内の子とが、共に世を去ってからだ。 あくまでプレゼンで。しかも王国そのものと言うより、キャラに着いて。 南方王国をエキゾチックに描く能力は、僕にはあまりないんで。僕はパーネルのように多くの人間が入り乱れても読める物にあこがれていた。ニーヴンのように見たことも無いものを描くことにはあまり入れ込んでいなくて。
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メイドに見つかるとゲームオーバー 階段を上って2階の左側の部屋からベランダに出て進む 『天使の涙』(2階南側扉) イベント戦闘 取り憑かれたメイド(レアドロップ:薄地のメイド服)←ここでカチューシャ取っておくと地味にうれしい イベント戦闘後、全ての部屋に自由に入れるようになる 『王女様の鞭』(2階北側扉) 『室内用メイド服』(1階右奥「地下倉庫」荷物の奥側) 王都の地下水路へ降りる
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アスラン 貸出先 (8) 仮面を着けて、機体と一つになる。 押し寄せてくる、感覚に身を委ねる。光、あるいは、力。言葉にできない。言葉にならない。けれど、アスランにはわかる。機と一つになりゆく己が、機にかかる力を感じる。それは大地と引き合う力の中に在る。その重みもまた、機体の隅々に行き渡り、大地へと引き寄せられながら、同時に機の骨格を渡りあう。 日差しを感じる。機に在って感じる日差しは、生身のときとは違うように思える。生身のときには、生まれながらの感覚に馴染んで感じるのだけれど、機に在って、その胎内に結界化された操縦槽の中では、違った感じ方をする。より魔術的、と言えば良いのだろうか。 日差しの源の、太陽は、真の虚空の中に浮かんでいる。それが、日差しを浴びているだけでわかる。その太陽は、アスランの認識の及ばぬほどの「光」のかたまりだ。この大地の千倍でも万倍でも通じぬ大きさと力をもっている。それが、わかる。そんな言葉では、表すことのできない、虚空の真の王、そう感じる。この大地は、その王者に引き寄せられて、虚空をめぐりころがるに過ぎない。めまいするような螺旋の動きをしながら、太陽とともに、どこかへ、どこかもわからぬ虚空を、どこへともなく彷徨う。そう、感じる。 けれどアスランは、そんな世界そのものの驚異に飲み込まれるわけには行かない。押し寄せてくるそれらを、そっと押しのけ、己自身を、そして機体を、思惟の掌に納める。アスランは軍人で、魔導兵だ。魔術とともに手に入れた、空と、光の認識は、軍人としての本分で果たされるべきだ。そもそも、アスランが操れるのは、ほんのわずかでしかない。軍人としても、魔術師としても、まだまだ未熟で、世界は大きすぎる。 日差しは日差し、大地は大地、巡るその動きは、大地の上の者には、ほとんど意味を成さない。むしろ昼と夜という別の形のほうが意味がある。朝日が背後から押し寄せてくる。 馬たちがざわめくのが聞こえる。アスランたち黒騎士小隊の背後に集結した、驃騎兵中隊の馬たちだ。彼らが最初に渡河する。帝國南方辺境と、アル・ダキア王国とを隔てる河の瀬を。 越境偵察の要請は、南方辺境公から。命令は、南方軍司令から。昨夜のうちに届き、あの陣地に集合していた部隊は、それぞれに準備に入った。アスランたち黒騎士小隊も、夜のうちに機体の渡河準備を整えた。資材は陣地に備蓄されていたし、渡河点となる瀬の情報も、すでに文書としてあった。 その後、夜明け前に、河岸の丘影へと前進した。アスランたちは機側待機して、仮眠できたが、その間に、驃騎兵中隊からの斥候兵が泳いで渡河し、近隣の丘には砲兵が展開していた。それらの物音が鎮まってしまえば、静かすぎるほどに静かな夜だった。 そして今、夜明けとともに、動きはじめる。驃騎兵中隊が渡河の一番手だ。黒騎士小隊は渡河の二番手、しかし行動開始は一番早い。驃騎兵中隊の渡河支援のために、火力戦闘に有利な地点へ前進、占領する。 黒騎士小隊のいずれの機、フラウクス小隊長の機も、マシュリアの機もすでに立ち上がっていた。それぞれの得物を携え、さらに大盾を持ち、黒の二は前進する。瀬を目前にした河岸だ。対岸の斜面からは見降ろされる形になる。こんなところに砲兵は推進できない。こんなところで渡河直援ができるのは、魔術兵の乗る重魔道機だけだ。 ただ、対岸の斜面の向うには、敵影は無い。昨夜から静まり返ったままだ。黒騎士小隊が配置を完了すると、すぐに驃騎兵が動きはじめる。まずは五騎ほどの先導部隊が、川への道を下り、迷うこともなく瀬へと踏み込んでゆく。蹄が、すぐに馬の胸が流れに漬かり、やがて騎手はたてがみを掴み、共に泳ぎ始める。 あんなこと、秋になったらできないな、とアスランは思い、なるほど、橋を落としておくというのは、そういうことなのか、とも思った。浮橋を持ちこみでもしなければ、兵站線は作れない。また河の凍る季節には、そもそもいくさが難しくなる。そう思う間にも、人馬はみるみる泳ぎ行く。たてがみを掴んで共に泳いでいた騎手は、ふたたび鞍へとまたがり、その姿も次第に水の上へと見えてくる。彼らは背に担いでいた騎兵銃ではなく、鞍の前に下げていた騎兵剣を抜き、濡れたまま、岸の道を一気に駆け上がる。すぐにその姿は、斜面の向こうに見えなくなった。 しかし構わず、驃騎兵本隊が、渡河のために進み出てくる。まずは一個騎兵分隊、つまり中隊の半分だ。彼らの中には、半裸になって、軍装も堅く縛った天幕の中に包みこんで濡れぬようにしているものもいる。彼らの待機は長くなかった。対岸に渡った斥候の一人が、斜面の際に現れ、合図する。応じて、騎兵分隊は一気にわたり始める。 騎兵は、河でも、歩兵に優越するのだな、とアスランは思った。馬は浮き袋役だけでなく、騎兵以上によく泳ぐ。その彼らも、次々と対岸側の浅瀬へ上がってゆく。泳いだまま鞍に乗りそびれて、浅瀬で馬を止めて鞍に上がる者がいるのは愛嬌だろうか。彼らもまた、対岸の斜面を駆けあがってゆく。彼らが対岸を確保したところで、黒騎士小隊が渡河する。再び合図があった。こちら側の丘の本部からもだ。 『小隊、前へ。渡河開始』 フラウクス小隊長が命じる。アスランも、マシュリアも、共に了解と応じる。彼女の機は、無造作に、渡河点へと向かってゆく。彼女が流れを蹴って河へ踏み込む前に、アスランも進み始める。 知らされていた通り、流れは強くない。騎兵たちもそれほど流されずに渡りきれていた。底も、砂利大の石礫なのが判る。踏みしめるたびに、足裏に開いた蹴爪が深く刺さるのも判る。河は、機装甲で言えば腰辺りにまでしかならない。それでも流れに大盾を持って行かれないように、肩に担うようにして携える。水を押し返しながら進み、やがて、河も浅くなってゆく。 そうして、アスランは、そして黒騎士小隊は、河を渡った。渡ってしまえば、どうということもない。越えてしまえば、どうということも無い。それは北方ゴーラ諸国の国境のときも同じだった。越えてしまえば、さえぎるのは敵か、それとも、味方の兵站だけだ。今回は、兵站部隊は随伴しない。偵察範囲は、ごく限られている。 そのまま黒騎士小隊は、斜面の道を進む。黒騎士小隊の後に渡河するのは、剽騎兵中隊の残りの一個分隊、それからこの偵察を直率する管区部隊野戦指揮所のみだ。驃騎兵中隊は、通常随伴する緑の五すら、随伴しない。彼らの任務は、あくまで捜索であり、前衛任務ではない。地積を確保することは求められておらず、また渡河先で、主権に基づき秩序回復に当る当事者と遭遇したときも、戦闘を行わない。 対岸、アル・ダキア、その国王と帝國とは和議を結んでいる。皇帝陛下の名において結ばれた和議を、帝國の側から破る訳には行かない。しかしアル・ダキア王が、アル・ダキアの秩序を保てず、その混乱が帝國に押し寄せると見られるならば、帝國軍は、南方辺境公は、対処しなければならない。この、和議と秩序の狭間で、この越境が行われている。 アスランは機の脚を止める。先を行くマシュリアの黒の二が脚を止め、ゆっくりと身を沈めたからだ。 『前方に村落見ゆ。通報通り、焼かれてる』 マシュリアの声が、魔術で届いてくる。彼女の声は続く。 『騎兵中隊より手旗信号通知。村落内に機影なし。前進する』 『もちろんだ。進め』 背後の小隊長が応じ、マシュリアの機は再び進み始める。アスランも、援護位置を保ったまま進む。もし敵がいたら、彼女は突撃して駆逐しただろう。それが黒騎士の任務だ。たとえ敵が複数であっても、それは変わらない。敵が多少増えたところで、後れをとるようでは、黒騎士ではない。 大斧を肩にかつぎ、マシュリアの機は、いつも通りに進む。河へと向かう坂を上り、アスランも続いてその坂を上る。やがてアスランにも、その村が見えてくる。確かに、焼かれていた。あるはずだと教えられていた見張の木塔はすでに無かったし、先を尖らせた丸太杭で作られた壁の向こうには、焼け落ちた屋根がいくつか見えるだけだ。騎兵中隊らは、その丸太杭の壁の門のところにある。騎兵ではないものの姿も見える。村民だろうか。何事か話しているらしい。 マシュリアの機は、それらを無視して進む。村に近づきすぎず、その木壁を横目に、草はらを進む。渡河点援護の位置へ着くためだマシュリアの機が、少し苛立たしげに低く手を振る。横につけ、というしぐさだ。 少し慌てて、アスランは歩を進める。草を踏み、やや斜め、マシュリアと間をとりながら、並ぶ位置につく。つづいてその間を、フラウクス小隊長機が押しぬけて、やや前へと進んでゆく。浅い楔型隊形は、草原のような広いところで、周囲警戒しながら前進するときの定石だ。 河岸の坂を上がって広がるのは、草原と林ばかりだ。焼けた村がすぐそばにあると思わなければ、静かでのどかな風景だった。やがてフラウクス小隊長機も足を止める。ここが、とりあえずの警戒線になる。道は、さらに長く進んでいる。 帝國側の道と違って、砂まみれで、半ば埋まってもいる。掘りかえせば、昔の石畳が出てくるのかもしれない。かつてここに在った王国の道だ。ペネロポセス海を囲むようにあったその王国は、帝國南方辺境の伸長とともに解体された。今、ペネロポセス海は、いくつもの国が接するところとなっている。北岸からは帝國南方辺境、西岸にはこのアル・ダキア、東岸から南岸にかけてのアル・レクサ、最後に南岸の一角を占めるエル・コルキス。 かつての王国の道は、川と川とをつなぐように伸ばされていて、国土を円環に結んでいたという。先の瀬にも、昔は石橋があったのだとも聞いた。帝國とアル・ダキアに別れたのち、橋は落とされた。その石材は引き上げられて、帝國側では見張の砦になったらしい。 しかし、こんなところ、こんな村に、なぜ盗賊騎士団が現れたのだろう。 ここ自体、手を掛けるべきところではない。この背後の帝國に手を伸ばそうとしても、数日のうちに戦力が集結し、逆襲だって行う。それどころか、盗賊騎士団懲罰のためにアル・ダキアに侵攻することだって、許しさえ出れば行える。行わないのは、それが帝國の施策だからだ。だから、なのだろうか。帝國は来ぬと、侮っているのだろうか。他に何かの考えがあるのだろうか。 アスランの思いに、応えるものはいない。ただ川風が背後から吹き、足元を押しぬけて草を揺すぶるばかりだ。 物思いにふけるうち、騎兵中隊からの伝令がやってきた。村の周囲の検索を終えて、敵がいないことを確認したという。村落近くに前進本部が開設され、管区指揮官もすでに前進しているという。 『了解した。黒騎士小隊は、予定通り、本部へと後退する』 上陸後点検のためだ。黒の二は頑丈極まりなく、結構な長距離移動でもぐずらず、こなしてくれる。ただ渡河等駆動部から油が流れることがありえるばあい、点検するように定められている。点検と言っても、大休止の時のようなものではない。小休止の時に行う程度のものだ。それでも、やるとやらないとでは大きく違う。その後、本部で待機し、偵察終了をもって再渡河、後退する。 何も起きなければ、予定通りに、そうなる。
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←品川方 浦賀方→ ここは、マイナーというか、あまり良くない(?)撮影地です。 踏切内(開いている時)に撮ります。 ピンクの★です。 ▲停車中の品川行普通を狙います(管理人撮影) <データ>(管理人編集) ランキング:★★★☆☆ 順光情報:★★★★★ 午前順光 編成写真:★★★★☆ 編成写真はとれます!しかし進行方向後ろ側からなので・・・。 アクセス:★★☆☆☆ 北品川駅:徒歩1分 難易度:★★★★★ 初心者にもお勧めです!許容人数:1~2人 ズーム:★★★★★ 標準・望遠が良いです。 車種:★★★★★ 普通しか取れません・・・。 直通車・・・☆☆☆ 2100形・・・☆☆☆ 1500形・・・★★☆ 1000形・・・★☆☆ 600形・・・★☆☆ 2000形・・・☆☆☆ 800形・・・★★☆ 頻度(平日・日中)・・・★★☆☆☆ 09分・・・普通 19分・・・普通
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アスラン 貸出先 (4) 激しくこれはこれ、で。 黒騎士が、黒騎士選抜を通過してないものを部隊に入れるのは大変おかしいと、僕も思うので。 同時に、もう一つ、ネタを組んだので、そっちが発動するまで、ちょっとだけ保留で。 近衛騎士団長にも、南方軍司令部にも、それぞれ思惑があり、506大隊長はそれを示され、かつ、その目的のための一時預かりのためなら、受け入れる程度の実力はあった、と言う事で。 「!」 アスランは、炎の術を投げ放つ。黒の二の両腕を、同時に振るって。 それが技の秘訣の一つだ。そして二つの炎の術が飛びゆく。一つの標的杭へと向かって、尾を引いて吸い込まれる。 動かぬ標的杭など、もう外すことは無い。動いていたとしても、あまり変わらない。アスランに観える。それが、現世のどこにどのように在るか、あるとき、あるところから、どのように動くのか。その速さも、どのように速くなってゆくかも、わかる。観える。それが空の相、光の相、魔導八相のうちの二つに目覚めたアスランに観えるものだ。 「!」 二つの炎の投槍が、交差するように突き立つ。そこからが、本当の術だ。二つの炎を、一つに重ねあわせる。突き立つ二つの炎の槍の、その切っ先が、互いに互いを吸い込みあい、絡み合い、捩じりあいながら、一つの術に交わってゆく。それだけではない。二つの術の炎は、互いに互いを食い合い、一つとなりながら、その熱を高めてゆく。炎の色は、次第に薄れ、しかし光は強まり、真っ白な輝きとなる。 「!」 そして、はじけた。 標的杭を消し飛んで、あとには地の穿たれたあとがあるだけだ。白煙が玉になってゆっくりと宙を登ってゆく。上手く重なった、その自負があった。二つの術を重ね、重ねるだけではなくて、より高い新しい術に作り替える。凝りすぎとは言われたけれど、だからこそあの力を出せる。 『やっぱり、動きが大きすぎないか』 後ろから、そう評する声がする。アスランは、黒の二を振り返らせる。何人もの黒騎士が見ていたけれど、評したのは、長い金の髪の古人、ハーニア・XX・マシュリアだった。アスランが臨時配属された黒騎士小隊の先任だ。つづいてもう一人が言う。 『別にいいさ。砲撃屋だと思え』 そちらは、小隊長のマルメクス・フラウクス騎士長だ。 「砲撃以外だって、出来ます」 思わずむきになってアスランは言った。そりゃあたりまえだろ、とフラウクス小隊長は黒の二を見上げ、ひらひらと手を振る。アスランにも自負はある。増長かもしれないけれど、それが一蹴されるのは悔しい。 黒騎士は強い。思っていた以上に強い。黒騎士上がりの小隊長を何人も見てきたけれど、黒騎士の本流そのものではなかったのだと、今になってわかる。小隊長らは、魔術戦部隊であるところの902大隊に合わせて選抜されてきている。普通の黒騎士はそこまでの魔術戦能力を持っているわけではない。 多くの黒騎士は、902の小隊長に並ぶ戦闘力を持っている。近接戦闘力だけで、だ。彼らに勝てなければ、つまり、カールスボルグ将軍のような敵に相対した時、アスランはふたたび、あの時のような無様な敗北を喫しかねない。 アスランだって、鍛練を続けてきた。一度に四つの炎の術を扱うことを目指したのだって、近衛騎士団の一線級を狙うなら、それくらいの力が必要だからだ。三つの氷槍を投射する術があるのなら、同じく三つの炎槍を投じても、まだ同格以下だ。四つ扱って、はじめて比べられるに足る。越えようと思えば、四つの術を組み合わせて、さらに力を見せねばならない。 そして、その四つの術の組み合わせで、アスランは506黒騎士大隊への、訓練交流派遣を手に入れた。 だから、今、ここにいる。異例中の異例のことで、506大隊か、ひょっとしたら南方軍に何かの思惑があるのかもしれない。それとも、何かのやり取りが、南方軍と近衛騎士団との間にあったのだろうか。 少なくとも、506大隊長は、アスランのあの技を見るまで、全く乗り気ではないようだった。二つの炎の術では、大隊長の目には留まれなかった。だから、四つの炎槍の術を使った。まだ実戦に使えるとは思っていなかったし、まだ他の者に見せたくなかったものだったけれど。 四つの炎の槍を宙に浮かべ、それを「揃え」る。揃える、としか言いようがない。術同士を完全に重ねるための、下ごしらえだ。そして、揃えたまま、四つの炎槍を放つ。投げ放つ動作などできない。宙に浮かべたそれらを、同時に飛ばす。 飛ばすことなど、むつかしくはない。むつかしいのは、四つの揃いを保たねばならない。魔術的な揃いだ。それが保たれていなければ、術が上手く重なり合わない。重なり合わなければ、火球を生めない。 まだ動く相手には撃てない。けれど、あの時見せなければ、何の役にも立たなかった。 ただ術だけに集中して、標的杭と、四つの炎槍が、ただあるべき形に、重なることだけを考えた。その通りに、一点に絞り込むように、四つの炎槍が突き立つ。 「!」 それは、己でも思っていなかった大きな術となった。四つの炎槍は、互いに互いを食い合って、一つの真っ白な光の球となり、そして弾けた。大きく膨らんで、そうしてやっと炎の色へと変わった。機体にも轟音が叩きつけ、押しぬけて行った。あとには、自らを自らに揉みこむようにしながら、白煙が宙を立ち上ってゆき、その下には、地を丸くえぐった跡だけが残る。 正直、アスラン自身も驚いていた。506大隊長が、どう判断するかも、わからなかった。アスランは、まあすこし面目をほどこしたけれど、大事なのは506大隊が受け入れてくれることだ。 許可は出た。 必ずしも全面の同意と許可とは言えなかったけれど、それでも許しは許しだ。506大隊長は言った。訓練交換交流を目的とする、と。そのために、大隊即応人員名簿には記載しない、と。 「好きにしろ。だが今は、捕虜にとられることだけは許容できない」 命令の場で、フォン・ベルリヒンゲン大隊長は低くそう言った。アスランは、もちろんうれしかったのだけれど、今でなければ、捕虜にとられても構わないのか、と少し思いもした。 異例中の異例のことだ。黒騎士大隊は、実戦部隊で、南方軍の即応部隊でもある。他の部隊の要員を、訓練のためだけに受け入れるようなことは無い。黒騎士大隊は、すでに斬り覚えたもののあるところだ。アスランが、斬り覚えるところに出られないなら、せめて斬り覚えた者らから、何かを得たい、そう思っていた。 アスラン自身、伸び悩んでいる己を感じていたし、それに、帝都を離れたいとも思っていた。 それは逃げたいと心のどこかで思っていたからかもしれない。 「・・・・・・」 『せっかく搭乗してるんだから、立会いもついでにやろう』 ハーニャ・XX・マシュリアは言う。振り向くと、彼女は長い金の髪を振って、背後にある彼女の機へと歩いてゆく。 『うちの小隊、即応名簿から外れてるけれど、あんたに合わせてお留守番してるからじゃないし』 『また壊すなよ』 マルメクス・フラウクス小隊長のその声に、マシュリアは肩越しにひらひらと手を振る。了解の意であるらしい。そうして彼女は機の背を伝い登る。フラウクス小隊長は、アスランの黒の二へと目を向ける。 『魔力抑制は判るな?』 「当然です」 『訓練抑制相へと切り替え。お前は全力でやっていい。負けたらあいつは、お前を受け入れないだろうからな』 「わかっています」 『得物を取ってこい』 とはいっても、アスランは特別な得物は使っていない。何かの剣技流派というわけでもない。あえて言えば東方辺境の若年教練式、あえて言えば帝國軍式なのだろう。だから使うのも鑓か、大斧だ。マシュリアの機も同じように教練大斧を手にする。教練斧と言っても、重さは実物とほぼ同じだ。受けること自体、かなり危ない。 それからマシュリアの機は、大斧を肩に、先に教練結界へと向かってゆく。結界と呼んではいるけれど、魔術でいう結界ほどの力は無い。演習で放出された魔力を、安全に大地へと吸い戻す要石で囲われた区域のことだ。その区域内ならば、魔力火力は、ある程度は使える。 マシュリアの機は振り向く。 『撃ってきて構わない』 彼女の機の手指が、きゅるんきゅるんと柔らかく動いて、アスランの機に、かかっこいと示す。 『撃たないなら、あたしから撃つよ』 駆け引きなのか?とアスランが思った刹那、マシュリアの機が魔力に青く輝く。本当に撃ってくる気だ。大斧を横なぎに振るう。その先から、つむじ風が飛んだ。砂埃を激しく舞い上げながら、やがてそれは、風の刃となる。術のつくり、練りが早い。 アスランは、大斧を振るった。マシュリアの術に、真っ向から打ち付ける。 「!」 術が弾けて舞い散る。飛び散りながらも、小さなつむじ風へと裂けて、あたりの砂塵をさらに舞い上げる。しまった、と思ったときにはもう遅かった。砂塵を押しのけて、黒の二が迫りくる。大斧が、下段から来る。 「!」 咄嗟に受けた。大斧を大斧で受けるのは下策なのはわかっていた。だが空の術でその力をいなせば、と思った刹那、マシュリアの大斧が巧みに動く。アスランの手の内から、大斧がもぎ離されて、宙を舞う。 「!」 マシュリアの斬り返しがくる前に、アスランは大きく退く。見え見えの奇策に引っかかって、得物を失わされるなんて。けれど、得物を無くしたとマシュリアが思ったなら、アスランにこそ機がある。だから、構え、あえて待った。 砂塵が動く。横滑りにマシュリアの機が飛び出してくる。さすがに真正面から来ない。地を蹴って切り返し、彼女の機は突っ込んでくる。アスランは魔力を放つ。腕より炎の刃を伸ばす。右と左、それを振るった。 一刀は、マシュリアの大斧に打ち砕かれるように吹き飛ばされる。だが構わない。二刀目を、近い間合いから突き放つ。 「!」 マシュリア機は、大きく身を逸らし、躱しながらも大斧を振るう。その刃に追い立てられるようにしながら、アスランは身を翻す。マシュリア機へと踏み込みながら、すれ違うように。 そしてマシュリアの背後から、炎の刃を振るった。その首を狩る。 「!」 しかし彼女の機も動いた。それが来るのを、知っていたかのように、身を沈め、炎をかいくぐる。彼女は地を蹴った。 「!」 大斧を振るう余地が無いまま、体当たりでぶつかってくる。炎剣を振るったままの、体勢の崩れたアスランの機が突き飛ばされる。空相の魔術を使い、機を立て直す。あの技、果たせないとこれほど危ういとは知らなかった。そんなことを思っている暇はないのに、脳内を過ぎる。そこにマシュリアの大斧が来る。二本の炎剣では、受けられない。 「ならっ!」 アスランは大きく退く。半身の構えをとり、隠して三本目の炎剣を伸ばす。マシュリアは、まっすぐには突っ込んでこない。一つ跳ねて、間合いと入りを変えてくる。地を蹴り、踏込、大斧を振るう。 それに合わせて、アスランも炎剣を振るった。 腕ではない。腕ではもう、どうにもならない。だから脚を使う。 「!」 蹴りつける脚のつまさきから、伸ばした炎剣を、マシュリアに叩きつける。さすがに、マシュリアの大斧の筋が揺らぐ。その大斧を、アスランは蹴り退ける。揺らぐマシュリアに、追い打ちの炎剣を、上段から叩きつける。近場の間合いから、炎剣を振るい、薙ぎ払う。マシュリア機は、大斧で受けつつ退く。そして、大斧を捨てた。さらに退く。 彼女の機を追って、アスランは駆け、炎剣の蹴りを叩きつける。 だが、マシュリアの機も動いた。魔力に青く輝く。 「!」 魔力とともに、彼女はおおきく身を振るう。炎剣の切っ先をかいくぐりながら、アスランの蹴りの脚を跳ねあげる。そのまま、体全体を動かして、これまでにない動きをする。両の腕を大きく振るう。 『ハーニャ!壊すな!』 風と魔力が、アスランを包む、それに乗せられ、アスランは宙へと放り上げられる。声は、フラウクス小隊長の声、この術は、マシュリアの魔術を使った投げ技。魔術と兼ね合わせた動きで、体全体の動きを、ただ腕一本で、アスランの黒の二を跳ねあげている。 「!」 天地が巡る。 咄嗟に、アスランは魔力を放った。どうやったのかは、己自身も良くわからない。ただ、身をひねるようにして、何とか体勢を宙で立て直そうとしただけだ。空相の魔術とともに、身をひねるようにして、たてなおす。魔力の揺らぎが、当りの気を、風の流れを巻き込んで振り回す。 次の思いもよらないことが起きていた。アスラン機の脚を跳ねあげた姿の、マシュリアの機が宙に跳ねあげられている。 しまった、と思った。 アスランの空相の術が、マシュリアにも効いていた。そして、アスランが強引に姿勢を立て直した障りを受けて、マシュリアの機が振り回されている。 「くそ!」 手を伸ばしたけれど、届かない。機体の魔力を使いすぎている。咄嗟のことに、何もかもが追い付かない。 このままでは、マシュリアの機は、振り回されるまま、地に叩きつけられる。そんなことになれば、乗り手も死ぬ。 だが、マシュリアの機を包む魔力は変わらない。彼女の機は魔力の青い光に包まれながら、身を翻す。空中で。 南方の青空と日差しを背に、彼女の機は、くるりと蜻蛉を切る。魔導の双眸がアスランを見た。彼女の機は、舞い下りてくる。蹴撃の型を成して。 『稲妻蹴撃!』 『だから、壊すな!』 再び、フラウクス小隊長の声が響く。そして雷光に包まれた彼女の蹴撃が、空中から舞い下り、炸裂した。 激しく土ぼこりが舞い、ばちばちと雷光がひらめく。 「・・・・・・」 何が起きたのか、アスランにはわからない。なぜ己が蹴り倒されていないのかも、わからない。舞い下りてきたマシュリアがどうなったのかも、見えないでいる。彼女は、最後に、アスランの目の前に・・・・・・ ぱちぱちと雷光をまといながら、砂埃の向こうで、黒の二がゆっくりと立ち上がる。青く光る魔導の双眸がアスランを見ている。彼女は、はずしたのだ。わざと。そして、アスランの目の前に降り立った。 彼女の機が腕を伸ばす。鉄の手指を軽く握り、そして、身動きできなくなったアスランの機の、兜のひさしを軽く打つ。額を弾く代わりのように。 『あたしの勝ちでいいな』 彼女は言った。まあ、良くやった、と。若手でこれじゃあ、うかうかしてられない、とも。 それはどうやら、アスランを認めてくれた、という意味らしかった。 フラウクス小隊長は、大笑いをしていた。アスランへでも、立合いの顛末へ、でもなくマシュリアへ、だ。 「技の名前とかつけているのか」 「ちがうっ!」 機を降りたマシュリアは、真っ赤になって食って掛かる。 「前に大技ぶっこんだのに破られて負けたの!悔しくて悔しくて、ずーっと倒す方法考えてたら、術と言葉がくっついちゃって、離れなくなっちゃったの!」 「それで稲妻蹴撃かよ」 まあ、稀にはそういうことがあるらしい。帝國の兵法魔術は、符呪の組み合わせよりも、観相的な錬成と発露を重視する。異国、たとえば南方諸王国では、符や呪という言葉の組み合わせで術を成し発露する。アルファルデスがやっていた。魔術と言葉との間には、そのようなつながりもあり、人によっては言葉を術に使うらしい。 「まあ、あれよ。いいんじゃないの。若手でこれとか、思っていた以上だったけれど」 不機嫌そうに腕組みをして、マシュリアは言う。フラウクス小隊長は、人の悪い笑みを浮かべながら、腰に手を当てて言う。 「指導してやれよ。俺も頼まれちまったからな」 「あたしもだけど。小隊長が頼まれたなら、そっちの方が優先でしょ」 「なら命ずる。ハーニャ。くれぐれもよろしく頼む。指導してやれ」 マシュリアは苦虫をかみつぶしたような顔になり、それからアスランを見る。 「まあいいわ。たしかに、指導してやらないと駄目みたいだし」 「駄目ってどういう事ですか」 思わず反駁の言葉が突いて出た。マシュリアはびしっと指を突きつけてくる。 「術がおおざっぱよ。魔力に物言わせてぶちかましてるだけだから、間合いがすごく悪い。錬術してるとき、別の事考えてる」 「う・・・・・・」 「だから魔力を途中で使い果たしたりするの。近衛騎士団で、そういうのを教えてるわけ?」 「・・・・・・」 アスランは、実は、アモニス小隊長にも、ファルコニア小隊長にも、そういう注意を受けたことがある。何か別のことを考えてない、とか、集中しなさい、とか。うわの空というわけじゃないはずなのだけれど、思い当たらないことがないわけでもない。 「・・・・・・わかりました」 「じゃ、そういう事で、指導の方は任せる、ハーニャ」 「まあ、いいけど」 マシュリアは腰に手を当てて、仕方ないわ、と言う風にうなずく。アスランはこういう、気分次第で、相手をくさするようなことばかり言う馬鹿女が大嫌いだった。前途多難そうだ、と落ち込みもしていた。 「なに落ち込んでるのよ」 そして往々にして、この手の馬鹿女は、そういうことに良く気付く。彼女は続ける。 「せっかくそれだけの腕を持ってるんだから、生かせって言ってるの。当たり前のことでしょう、あんた、近衛騎士で、黒騎士大隊にまで派遣されてきてることが、どういう事なのかわかってるの?」 「・・・・・・はい」 「あたしじゃ嫌なの?」 「そうでもないです」 「それじゃ、何?」 「何って・・・・・・」 「照れずに褒めてやれよ、ハーニャ」 楽しげにフラウクス小隊長は言う。 「お前相手に、真っ向から格闘戦で応じて、お前、負けかかっただろ」 マシュリアは、負けかかってなんかいないでしょう、と言い返えしながら、それでも認めた。 「真空投げをああやってかわされたのは、初めてだけど」 「やっぱ術に名前着けてるのか」 「だから、言葉と術とが離れなくなっちゃった、って言ったでしょう」 それから、マシュリアはアスランをまっすぐに見た。 「確かに、ああいう切り返しははじめてだった。考えてもいなかった。そこは、負けを認めてもいい」 「・・・・・・」 「なによ」 「いえ、よろしくお願いします」 そう頭を下げるアスランに、彼女も応じる。笑顔を見せて、言った。 「よろしくね」 「・・・・・・」 「なに?」 「いえ、べつに」 実のところ、アスランは先よりも、前途多難だな、と思うようになっていた。 アスランは、気持ちのままに、怒りや笑顔をくるくると入れ替える相手が、苦手になっていた。昔は違っていたのに、今は、何か、踏み込めず、近づけないと思っている。 マシュリアに聞こえないように、アスランはそっと息をついた。 その訳も、己の胸の内にあった。 だからこそ、辛くて、帝都を離れたいとも思っていた。 それが、相手から逃げ出した、ということなのは、アスランにもわかっていたけれど。 アスラン貸出、というのが、こういう形で上手くゆくかどうかともかく、 こういうのを書きたかったの。 人員負傷欠員が出て、しかし即応体制や訓練体制の都合で、補充のつかなかった小隊には、何かの別の任務が与えられる、はず。 必ずしも不正規戦闘任務ではない何かが、ということで、枠組みの拡張はもう一度あるので、しばしお待ちを。
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よーこそー、特に見るものないですけど 興味のある方見ていってください。 比武国