約 60,070 件
https://w.atwiki.jp/multiple/pages/182.html
エデンの蛇(前編) ◆b8v2QbKrCM 車窓を風景が流れていく。 西の窓には、人の営みを離れた自然の様相。 東の窓には、街の中心部ともいうべき地区。 ただ遠くから眺めているだけならば、実に平穏でありきたりな景色なのだろう。 バトルロワイアルなどという、卑下すべき酔狂の最中でさえなければ―― 電車がE-2駅を離れて暫くの時間が経った。 後ろの方の車両に乗り込んだ橘あすかと真紅は、特に会話を交わすこともせず、静かに電車に揺られていた。 E-2駅からC-4駅までは大した距離ではない。 徒歩ならともかく、電車を利用すれば数分程度で移動できる程度だ。 何かを語り合うには余りにも時間が短すぎる。 故に二人は、どちらから要請するわけでもなく、到着までの時間を個人的な思索に傾けていた。 橘あすかは思い返す。 真紅と出会ったときのことを。 そして、彼女と行動を共にしてきた数時間のことを。 当初、彼は彼女のことを庇護すべき対象であると確信していた。 彼は選び抜かれたHOLY部隊の一員であり、彼女は――少なくともあすかの認知する限り――力なき少女だ。 HOLYの存在意義から見ても、一般的な社会通念から見ても、橘あすかは真紅を護るべきである。 今もこの考えに誤りはないはずだ。 ……。 ……ないはずなのだ。 あすかは、真紅のツインテールに打たれた頬に手を触れた。 『ウソップは大事な仲間だったんだ』 『……おれ達の、大事な……仲間だったんだあああああああああああああああ!!』 ルフィの叫びが頭の中でリフレインする。 まさに激昂というべき叫びであった。 しかしその一方で、真紅は普段通りに振る舞い、あまつさえルフィと自分の諍いを仲裁までしたのだ。 彼女もまた、仲間を――桜田ジュンを喪っていたというのに。 真紅と桜田ジュンがどれほどの関係にあったのか、あすかには推し量ることもできない。 電車に乗る直前の沈んだ声色は、間違いなく"哀しみ"の発露だった。 ルフィには『仕方がない』と諭そうとしたあすかであったが、 ああして実際に感情を割り切った姿を目の当たりにすると、 理屈めいた言葉は何一つ思いつかず、ただ押し黙るしかできなかった。 不意に、あすかの脳裏に一つの"IF"が浮かび上がる。 それは今まで思いもしなかった、恐ろしい仮定であった。 (もし――キャミィもここに連れてこられていたら――あの放送で名前を呼ばれていたら――) そのとき、自分は真紅のように感情を抑えることができるだろうか。 それとも、ルフィのように―― 「あすか、どうしたの?」 はっと顔を上げるあすか。 ボックス席の向かいの座席から、真紅がこちらをじっと見上げていた。 あすかは片手で口元を押さえ、デイパックを片手におもむろに席を立った。 「ちょっと、どこに行くの」 「他の乗客がいないか見てくるんです。待っていて良いですよ」 咄嗟に適当な理屈を繕ったが、実際の理由は違う。 想像してしまったのだ。 目の届かぬ処で愛する恋人を失い、失意に打ちひしがれる己の姿を。 それはあすかにとって許容しがたいパラドックスだった。 劉鳳なき今、力ある者として正しく振舞わなければならない自分が、 こともあろうにルフィと同じような感情に身を委ねてしまうなど信じがたい。 だがキャミィへの愛と、彼女を喪う哀しみを否定することなど出来るはずがない。 その上に、真紅だ。 親しい相手を喪ってもなお凛と構える彼女の眼差しは、あらぬ想像に溺れたあすかにとって眩しすぎた。 ほんの数分でもいいから、彼女の傍から離れていたかったのだ。 そうすれば気分も変わって、負い目を感じることなく真紅と相対できるだろう。 手動のドアを開き、隣の車両に移る。 ――人の気配がない。 どうやら空車のようだ。 あすかは足を止めず、電車の進行方向に向かって歩き続けた。 ボックス席と普通の座席が並存する車内はひどく閑散としている。 丹念に清掃されているのか、それとも殆ど使用されていないからか、内装は妙に小奇麗だ。 更に隣の車両。 ――ここも空車。 ひょっとしたら乗客は自分と真紅の二人だけだったのかもしれない。 参加者は残り50人しかいないのだから、同行者でもない相手が乗り合わせる確率は低いのだろう。 そう考えながらも、あすかは次の車両に繋がるドアに手を掛けていた。 (もののついでだ。運転手の顔でも見ておこう) 勿論、機械で自動制御されている電車という可能性もある。 しかしそうだとしても、無駄足を踏んでほんの僅かの体力を浪費するだけだ。 足を運んでおいても損はない。 がらがらと重い音を立ててドアを開ける。 「闖入を許した覚えは無いぞ、雑種」 ここもまた無人だと思い込んでいたあすかの耳に人間の声が届いた。 あすかは一瞬ぽかんとして、すぐに声の主を探す。 いや、実際には探すまでもなかった。 あすかの立ち位置から数歩ばかりの距離、車両後方の乗降口の近くの席に、 見逃すはずもないほどに凄まじい存在感の男が腰を下ろしている。 目も眩まんばかりの黄金の鎧。 それに負けない色合いの、逆立った黄金の髪。 男は文字通り、掛け値なしに燦然と光り輝いていた。 「あ、あなた、今なんと……」 あすかは常軌を逸した男の容貌に気圧されながらも、大きく一歩踏み込んだ。 男の言葉が理解できない言語であったというわけではない。 男の言葉の内容が、己の耳を疑うほどに傲慢で高圧的であり、理解の範疇を越えていたのだ。 「二度も言わせるな。疾く、去ね」 黄金の男はあすかに一瞥もくれることなく、その存在を否定してのけた。 それだけでも言われた側としては充分憤慨に値することだが、 男の近くの座席で驚愕の表情を浮かべている少年の姿が、その情動を加速させた。 年齢は十代半ばほど。 着衣は軽装で、特に戦闘訓練を受けた様子もない。 典型的な一般人というやつだ。 そして、あすかの眼には少年が恐怖に震えているように見えたのだ。 見ず知らずの相手にも暴言を吐く傲岸不遜な男。 その傍で恐怖する少年。 実に分かりやすい『加害者』と『被害者』の構図であった。 「その子から離れろ! エタニティ――」 不善と看做した男に鉄槌を加えるべく、己のアルター能力を発動させんとする。 結論から言うと、少年――前原圭一が恐れを抱いているという認識自体は間違いではなかった。 だがそれは、男に対する恐怖というよりはむしろ、 「――エイ――」 これからあすかが蒙るであろう、理不尽極まりない受難を思ってのことだった。 黄金の残光が視界を縦断する。 それを知覚した瞬間、あすかの腹部に鋭く重い激痛が叩き込まれた。 予想だにしなかった苦痛に思考が途切れる。 腹を蹴られたのだと理解したときには、あすかの身体は天井すれすれまで舞い上がっていた。 「がっ……!」 背中から床に落下する。 衝撃で呼吸が乱れ、肺が空気の不足を訴える。 だが、劉鳳ほどではないとはいえ、あすかもHOLYに抜擢されるほどの使い手である。 苦痛を堪えて即座に身を起こし、追撃に備えて身構える。 エタニティ・エイトは極めて高い万能性を誇るアルター能力だ。 さっきは不意を突かれたが、二度目はない。 あの男がどんな攻撃を繰り出そうとも必ず対処してみせる。 間髪入れずに肉弾攻撃に訴えるのか。 武器を用いて襲い掛かってくるのか。 警戒してこちらの出方を伺ってくるのか。 それとも未知の能力を発動して攻めかかるのか―― 八つの珠を周囲に展開させ、幾通りものパターンをシミュレートする。 あすかは戦意に満ちた眼差しで、ゆっくり歩み来る男を睨んだ。 しかし男はこちらの車両に踏み込む手前で足を止め、 前後の車両を区切るドアに手を掛けると、ぴしゃりと閉めてしまった。 「……え?」 がたん、ごとん、と電車が揺れる。 それに合わせて吊革も揺れる。 静けさを取り戻した車両の中に、臨戦状態のあすか一人だけが残されていた。 「ちょ、ちょっと!」 余りにも壮絶な肩透かし。 あすかは慌ててドアを開け隣の車両に飛び込んだ。 黄金の男は数十秒前と同様に、悠然と座席に腰掛けていた。 「騒がしい。まだ罰せられたいのか」 あすかに対する暴力を、男は罰と言い切った。 罰? 何の? 唖然とするあすかを他所に、男の傲慢な物言いは止まらない。 「僥倖を噛み締めよ。我の宝具が十全ならば、貴様は今頃肉片だ」 口を動かしている間にも、男はあすかに視線を向けてこなかった。 どうやら男にとってはあの一撃で『罰を与えた』として全て完結しているらしく、 あすかに対する関心など消え失せてしまっているようだった。 「何だと……!」 ここまでぞんざいに扱われては、あすかでなくても反感を覚えて当然だろう。 真紅もあすかのことを下僕と言ってのけたり、生意気だと蹴りを入れたりしてきたが、 黄金の男が発揮する横暴さはそれとは似ても似つかない代物だ。 あの男は、こちらに関して一切の価値を認めていない。 そう直感できた。 「去ねと言っただろう。次は死罪だぞ」 男が傍らの短槍に手を掛ける。 明確な殺害宣言を受けても、あすかは物怖じなどしなかった。 このような輩がバトルロワイアルにおいて仲間となるはずがない。 後々の遺恨となる前にこの場で斃しておくべきだ。 「ストーップ!」 にわかに殺気立つ二人の間に、少年、前原圭一が割り込んだ。 驚くあすかの体を肩で押しやりながら、黄金の男に向けて裏返りかけた声で弁解の言葉を述べ始める。 「あああアーチャー様はそこで座っててくださいいっ! この人は俺が話を付けてきますからっ!」 ふむ、と頷き、男は槍から手を離した。 そしてそれっきりあすかの存在を忘れたかのように、悠然と脚を組みなおす。 その態度に憤懣を募らせるあすかだったが、 自分を男から引き離そうと必死になっている少年の姿を見て、今は矛を収めることにした。 電車がC-4駅に着いたのは、それからすぐのことだった。 ◇ ◇ ◇ ぷしゅう、と空気の抜けるような音がして、ホームに面した乗降口が自動的に開いていく。 アーチャーは槍を肩に担ぎ、床に落ちていたナニかを拾って、さっさと電車から降りてしまった。 「圭一よ。我は構内を見て回る。貴様は適当な場所で荷物の番をしていろ」 「は、はいっ!」 名指しで命令されて、反射的に返事をしてしまう。 ああ、いよいよパシリっぷりが板についてきた……。 そんな俺とアーチャーのやり取りを、良く分からない男が眉を顰めて睨んでいる。 誰もいないと思っていた後ろの車両から唐突に現れて、 アーチャーに喧嘩を売ってぶっ飛ばされた謎の男。 いくら事情を知らないとはいえ、命知らずにもほどがあるだろと思わざるを得ない。 「何なんですか、あの男は。傲慢にも程がある」 ホームに降りるなり、その人は俺に向かって詰め寄ってきた。 どうやらアーチャーよりもずっと真人間に近いらしい。 アーチャーの態度にしっかり怒って、俺の心配もしてくれている。 ただ――着ている服が、その、コスプレっぽいのが難点かもしれない。 真人間に『近い』と表現したのもそれが原因だ。 アーチャーくらい徹底的に現実離れした格好ならともかく、 こちらは妙なリアリティがあって、見ていて表現し辛い気持ちになってしまう。 エンブレムみたいなものが付いているし、好意的に考えればどこかの制服なんだろうけど……。 「君とあの男はどういう関係なんです?」 「いや、えっと……ちょっと前に出会って、後は成り行きで……」 「それならどうして、あんな奴の言う事を!」 コスプ……もとい、制服男さんは容赦なく俺を問い詰めてくる。 アーチャーに苛立ってるのは分かるけど、それを俺にぶつけないで欲しい。 完全に八つ当たりのとばっちりじゃないか。 ――でも、この人の言いたいことは凄く分かる。 同じ車両に入ってきたというだけで蹴り飛ばされるなんて、絶対に想像もしていなかっただろう。 だけどアーチャーはそういう性格なんだ。 身勝手で、残酷で、冷徹で―― むしろアーチャーが言っていたように、殺されなかっただけラッキーなんじゃないだろうか。 脳裏にゾロさんの最後の姿が過ぎる。 ……あれは惨かった……。 ゾロさんに非は(多分)一つもなかったのに、あの仕打ちだ。 俺には『最後の姿』が『最期の姿』にならないよう祈ることしかできない。 制服男さんはさっきから好き勝手言っているけど、もし本人に聞かれたら一大事だ。 ここにアーチャーがいないから良いようなものを……。 「……あ」 アーチャーは、ここにいない。 不意に、ひとつの考えが浮かんできた。 ――今なら逃げ出せるんじゃないか? (ダメだダメだ……!) 心の中で首を振って、危険な考えを振り払う。 確かにここで逃げ出せば、一時はアーチャーから離れられる。 でもその後はどうなる? 当然、猛烈に怒りを買うだろう。 俺のことを敵と看做すに決まっている。 最悪、俺を殺すために追いかけてくることだってあり得る。 もしもそうなったら、もう切嗣さんと合流するどころじゃない。 皆と再会することすら出来ずに、次の放送でしめやかに名前を呼ばれることになるだろう。 前原圭一、死亡確認。死因、金ぴかを怒らせた。 ……最悪の展開だ。 「ええと……僕の話、聞いてますか?」 制服男さんが、何だか気の毒な人を見るような目でこちらを見ていた。 お願いだから、そんな目で俺を見ないでください。 今の状況が凄く情けないってことくらい、自分でもよく分かってるんです。 ホームの柱の根元に二人分の荷物を置いて、制服男さんに向き直ろうとしたとき―― 「レディを待たせすぎよ、あすか」 ――どこからか女の子の声がした。 不思議なことに、声は聞こえるのに姿が見えない。 「ちょっとトラブルに巻き込まれてたんですよ」 ひょっとして幻聴かと思ったけど、制服男さんは普通に対応している。 きょろきょろと辺りを見渡して、最後に、視線を下に落とす。 制服男さんの足元に、大きな人形が立っていた。 サイズは膝の高さより少し低いくらい。 国宝級のアンティークドールですと言われれば納得してしまうほど綺麗に作られていて、 大きささえ考えなければ、まるで生きている人間のようだ。 真紅の服を着たその人形は、当たり前のように上を向いて――当たり前のように喋りだした。 「この子は? 貴方の知り合いかしら?」 「列車の中で会ったばかりです。……そういえばまだ名乗っていませんでしたね」 あー、うん。喋った、な。人形が。 「僕は橘あす――」 「ええええええええええええええっ!」 口を突いて出たのは、絶叫だった。 ◇ ◇ ◇ 駅の構内を睥睨する。 どこかで従者の叫びが聞こえた以外に、目立った異常は見当たらない。 アーチャーはフンと鼻を鳴らし、柱に取り付けられた掲示を、鎧の指先でなぞった。 どんな駅にでもあるような、列車の発着時刻と行き先を表示したパネルだ。 列車というシステムの出現は、英雄王ギルガメッシュが生きた時代より二千年以上後。 一般的な発想ならば、太古の人間に時刻表などという概念が通じるはずがないと考えるかもしれない。 しかし、そのような発想は英霊となった英雄には一切当てはまらない。 ギルガメッシュに限らず、全ての英雄は英霊となった時点で時空を越えた知識を付与される。 現在過去未来、時間軸の如何なる時点に召喚されようとも、その時代に即した情報を得て召喚されるのだ。 故にアーチャーの場合、第四次聖杯戦争が開かれた一九九〇年代の知識を取得していることになる。 「一周に三十分……随分な鈍行だな」 アーチャーの思考の中では、会場がループしているということは既に確定事項となっていた。 彼に解説させるならば、窓の外の風景と地図を照らし合わせれば馬鹿でも分かる、といったところだろうか。 「まぁ、舞台の面積を考えれば、鈍行も止むなしか。 本来の速度を出すには少々狭すぎるだろう」 ギラーミンは、会場の具体的な広さ、エリアごとの面積などの情報は与えなかった。 地図にも縮尺すら書かれていない。 実に不親切な主催者だ。 しかしそれくらいのことならば、実際に歩いてみればある程度推測できる。 アーチャーが考えるに、一辺あたり1kmほど。 エリアの区切りとしては実に切りのいい数値だろう。 アーチャーは手にしていた地図を柱に叩きつけ、乱雑に広げた。 この地図は、アーチャーと圭一に支給されたものではない。 三刀流の剣士を放り出した後、廊下に落ちていたものを取得したのだ。 考えるまでもなく剣士の所有物であったのだろう。 しかしアーチャーはそれを当然のように己のモノとして扱っていた。 「おいそれと戦闘からの逃亡手段には使わせぬ、ということか」 この速度では命からがら飛び込んでも決定的な逃走にはならない。 移動に特化した品が相手に支給されていれば、簡単に追いつかれてしまう可能性もある。 むしろ移動先が限定される分、先回りをしてくれと言っているようなものだ。 分岐のない単純な経路で、尚且つ北向きの便しかないというのも実に嫌らしい。 「まぁ、歩く面倒が省けるだけ無為ではないな」 アーチャーは列車を会場内の移動手段として割り切ったようだ。 本来ならばこのような情報収集は他者にやらせておきたいところだったが、 今の従者には頭脳労働など期待できない。 地図を乱暴に丸め、鎧を鳴らしながら歩き出す。 駅という施設の性質上、有用な物品が存在しているとは思えない。 売店から食料を徴用するのが関の山だ。 もう暫く歩き回って誰にも会わなければ、次の目的地を目指すとしよう。 「……む?」 はたと足を止める。 構内の一角。 どこかの部屋と外部を仕切る壁に、大きな穴が開いていた。 あまり新しくない駅である。 そこかしこが老朽していてもおかしくはない。 だが、その穴は少々大きすぎた。 しかも大穴の周囲には砕かれたコンクリートの破片が散乱している。 自然に朽ちた結果ではなく、外部の要因による破壊。 まるで戦闘を繰り広げた直後のような。 「ほう、何も無いというわけではなかったか」 興味深そうに口の端を歪め、アーチャーは進行方向を、大穴の開いた壁――駅事務室へと変更した。 ◇ ◇ ◇ 「ローゼン、メイデン……はぁー」 圭一は床に胡坐を掻いたまま長く嘆息した。 魔法使いを名乗る男――衛宮切嗣。 黄金の魔人――アーチャー。 三刀流の剣士――ロロノア・ゾロ。 奇妙な制服の青年――橘あすか。 真夜中から今に至るまで、色々な常識外れの人物に会ってきた。 もうこれ以上おかしな相手に出会うことはないだろうと、根拠もなく思っていた。 しかし、やはり根拠のない思い込みだったらしい。 何故なら目の前にちょこんと座っている少女、いや、人形があっさりと上を行ってしまったのだから。 「本当に人間が作ったのかよ……」 「ええ。でもお父様以外には無理でしょうね」 真紅はどことなく誇らしそうに頷いた。 お父様とは彼女の製作者のことなのだろう。 「それにしても、ゾロという人がE-2駅まで列車に乗っていたなんて。 見事に入れ違いだったんですね」 「え、あ、まぁ……そういうことになる、かな」 制服男さんこと橘あすかの言葉に、圭一は乾いた笑いしか返せなかった。 真紅を目の当たりにしたパニックから圭一が立ち直った頃合を見計らって、 圭一とあすか、真紅の三人は各々の持つ情報を交換し合った。 あすか達は圭一に対し、自分達が合流しようとしている人々の名と、警戒すべき人物の情報を。 圭一は自分の仲間のことと、切嗣とゾロから得た情報を。 危険人物と安全な人物の知識を得られれば幸いという気持ちで行った情報交換だったが、 実際には想像以上に実りのある結果となっていた。 特に蒼星石が殺し合いを拒むグループに属しているという情報は、真紅にとっては朗報だった。 その情報源がつい先ほど別れたばかりのルフィが信頼する人物であるという点も大きい。 出所の分からない怪情報とは訳が違うのだ。 「良かったですね、真紅。嬉しいならもっと喜んだほうがいいですよ」 「うるさいのだわ」 短い時間であったが、有用と思われる情報は大方交換し終わっている。 しかし――圭一は幾つかの情報を、あえて明かしていなかった。 まず、切嗣と映画館にて合流する手筈になっていたこと。 もしあすかに聞かせてしまったら、車内でアーチャーに突っ掛かった彼のことだ、 いよいよ力尽くで圭一をアーチャーから引き離そうとすることだろう。 それは避けたい。 とても避けたい。 そして、アーチャーがゾロを走行中の列車から叩き落したこと。 これもまた、アーチャーに対する敵愾心を過剰に煽ってしまうだろうから、上に同じ。 無論二人にはアーチャーを警戒するようにとは伝えてあるが、 自分がアーチャーから離れるときは奴の逆鱗に触れないようにしなければならないのだ。 ……主に身の安全のために。 (こうして考えると、俺の周りの危険材料って全部アーチャーじゃねぇか?) 今更ながらに気付く圭一であった。 「さて、情報交換も終わったことですし――」 「しっ……」 立ち上がろうとするあすかを真紅が制する。 「静かに。何か聞こえるわ」 命令されるままに口を閉ざし、耳を澄ますあすかと圭一。 真紅の言うとおり、どこからか奇妙な物音が聞こえてきていた。 ……めき。 …………ばき。 ………………みしり。 何かが軋み、砕け、壊れるような音。 不穏な物音の発生源は、少し前にアーチャーが歩き去った方向のようだった。 「聞こえますね」 「嫌な予感しかしない……」 「……行ってみましょう」 各々の荷物を持ち、音の発生源へと向かっていく。 ホームから階段を一つ降り、そこから少しばかり移動した辺りの区域。 主に駅員が利用するため、乗客はあまり近寄らないそこは――既に戦場と化していた。 「衝撃のおおおぉぉぉォォォォっ! ファーストブリットオオオオオォォォ!!」 時刻表を掲示する柱が突如として爆散する。 轟音と共に辺りを包み込む粉塵。 吹き飛ばされたコンクリート片が榴弾となって壁に突き刺さり、更なる破壊を生み出していく。 鉄筋が折れ、壁掛けの時計が粉砕し、駅舎全体が揺れ動く。 巻き起こる破壊に圭一と真紅が困惑する横で、あすかだけがこの破壊の原因を正しく理解していた。 「今のは……まさか!」 辛うじて残る柱の根元に置かれた、ライトパープルの装甲に包まれた右脚。 青と白を基調としたHOLYの制服。 見間違えるはずがない。 最速のアルター『ラディカル・グッドスピード』を有するアルター使い、ストレイト・クーガーの姿であった。 「クーガーさん!」 名を呼ぶあすかの声は、しかしクーガーに届かない。 それどころか、あすか達の存在に気付いているかどうかも怪しい。 「……もう一度言ってみろ」 殺意に近い怒りを込めた低い唸り。 それは決してあすかに向けられたものではない。 クーガーの怒りの矛先は、砕かれた柱の傍らに立つ黄金の男であった。 「耳が遠いのか? ならば何度でも言ってやろう。貴様の姿は哀れでならん。 己の責で人を死なせて悲しみ、己の知らぬ所で人に死なれ悲しみ、 そやつが死んで悲しむ者がいるといってはまた悲しむ。――実に醜く哀れだ」 そこで一旦言葉を切り、思い出したように言い捨てる。 「ああ、ミモリとかいう者も含めて、な」 クーガーの右脚が高速の凶器と化してアーチャーに繰り出される。 離れた場所にいる三人ですらまともに視認できなかったその一撃を、アーチャーは短槍の柄で防ぎ止めていた。 如何なる材質で製造されているのか、コンクリートを軽く砕くクーガーの蹴りを受けてもなお、 その槍は軋みひとつ上げることがなかった。 「俺のことはいい。だが、水守さんを侮辱することだけは許さねぇ」 「フン」 アーチャーは口元に笑みを浮かべ数歩分飛び退いた。 クーガーはそれを追わず、同様に後方へと距離を取る。 予想だにしない状況に、圭一達は言葉もなく立ち尽くすしかなかった。 これほどまでに怒り狂うクーガーを、あすかは知らない。 己に矛を向ける無礼に怒らないアーチャーは、圭一の知るアーチャーではない。 「我以外が人を殺す――そうして罪罰に迷う様を我は好まん。 そんなものは楽しくもないからな。 しかし苦しむものがいるならば、死を以って救うが王の慈悲というものだ」 アーチャーの振るった槍の切っ先が、立ち込める粉塵を切り裂き、クーガーへと向けられる。 数分前のことだ。 フィーロ・プロシェンツォの亡骸を前にするクーガーに、アーチャーは問うた。 『お前が殺したのか』 クーガーは首を振って答えた。 『殺したのは俺じゃあない。だが俺の責任だ』 更にクーガーは続けた。 アーチャーへの返答ではなく、誰に向けるでもない独白のように。 『俺は遅すぎた。俺がもっと速ければこいつは死ななかった。 それに――劉鳳もむざむざ死なせちまった。 畜生、水守さんにどう伝えればいいんだ……!』 クーガーはアーチャーに背を向けていた。 故に、そのときのアーチャーがどのような表情をしていたのかは分からない。 ただ一言、冷酷に投げかけられた。 『哀れだな、雑種』 それだけなら、まだいい。 クーガー自身も今の己が無様であることは自覚していたから。 だが、それ以上は許せない。 振り返るクーガーに、アーチャーは嘲笑にも似た眼差しで応じた。 『それとミモリとかいったな。名簿にはない名だが、ここに連れてこられなかった者か。 事情も分からず無力に嘆く様はさぞかし醜かろう』 クーガーの姿が掻き消える。 怒りのままに繰り出された直線的な蹴りを、アーチャーは軽く身を翻して回避した。 衝撃を帯びた大気が暴風となって圭一達にも襲い掛かる。 「うわっ!」 「きゃっ」 まずいな、とあすかは歯噛みした。 今のクーガーは完全に周囲が見えていない。 対するアーチャーに至っては、初めからこちらを気にするつもりもないだろう。 このまま突っ立っていては確実に巻き込まれてしまう。 「こっちです!」 あすかは真紅を抱え上げ、圭一の腕を掴んで駆け出した。 途中で自分のデイパックを落としてしまったが、拾っている暇は無い。 戦闘に巻き込まれておしゃかにならないことを祈るだけだ。 「金ピカ野郎……てめぇに水守さんの何が分かるっ!」 クーガーの脚部を覆うラディカル・グッドスピードの踵が床を打ち据える。 膝の力と反動の合力でクーガーは宙を舞い、更に天井を蹴る。 もはや駅舎という戦場は狭すぎた。 壁際をクーガーの残像が疾走し、充分な加速を得てアーチャーへと迫る。 巻き起こるは風ですらない。 それ自体が破壊力を持つ気体の障壁と化している。 すれ違う窓ガラスは粉砕され、限界を超えた床材が亀裂に覆われていく。 しかし圧倒的速度によって生じる莫大な運動エネルギーを前にしても、 アーチャーはその尊大な態度を崩すことがなかった。 迫り来るクーガーを気にも留めず、横へ数歩ほど移動する。 「何を言うか。雑種の思考など大差あるまい」 クーガーの脚が床を砕き、弾丸のように跳躍する。 「ヒール・アンド・トゥーーーッ!」 揃えた両足が黄金の鎧に突き刺さる。 槍による防御は間に合わず、アーチャーの身体は一直線に吹き飛んでいった。 狙い済ましたように事務室の壁の大穴へ吸い込まれ、 向かいの壁に衝突し、更なる爆音と破片を吐き散らす。 コンクリート片がぱらぱらと床に落ち、不意に静けさが訪れる。 クーガーは天井を仰ぎ、ふぅと息を吐いた。 「お、社長ぉ。いつの間に」 「さっきからいましたよ。ていうか、シャチョーってなんですか、シャチョーって。 名前を間違えるにしても、せめて名残のある間違え方をしてください」 あすかの反応が予想外だったのか、クーガーは眉を顰めた。 「いや、社長は社長だろ。それにHOLYの制服まで……変なモンでも食ったか?」 「そんなわけないでしょう。そっちこそ頭でも打ったんですか?」 「ん? ……んん?」 クーガーは納得がいかない様子で頭を掻いている。 少なくとも、一戦を終えて激昂は収まりをみせたらしい。 あすかは安堵し、落とした荷物を―― 「あれ……?」 落としたはずのデイパックが見当たらない。 ずたずたになった床の上のどこにも、それらしい形が存在しないのだ。 いくらクーガーの疾走が速かったといえど、跡形もなく消滅してしまうのか? 辺りを見渡すあすかの耳に、がしゃり、と――重い金属音が響いた。 音に気付いたのはあすかだけではなかった。 クーガーも、圭一も、真紅も、全員が同じ方向に視線を向けている。 見間違える理由があるものか。 多少粉塵に塗れてはいるものの、あの黄金の立ち姿はアーチャー以外に有り得ない。 右肩に槍を乗せ、その先端にデイパックをぶら下げ、左手には一冊の本を持っている。 深紅の瞳に浮かぶ感情は、殺意か、あるいは。 「しぶとい野郎だな……」 「あ、それは僕のデイパック!」 叫ぶあすかを無視して槍を振るい、デイパックを床に放る。 「我が財をくすねておらんか検分したまでだ」 悪びれる様子もなくアーチャーは言う。 他人の荷物を勝手に漁ることも、彼にとっては当然の行いのようだ。 ちっ、とクーガーは舌打ちをした。 先程の感情的な大振りの攻撃が直撃したのは、防御できなかったからではないと悟ったのだ。 この金ピカ野郎は、自分との戦いの中において、あすかの荷物を検分することを優先した。 槍を使ってデイパックを手繰り寄せる一動作があったために対処が遅れ、結果として直撃したということだ。 初めから食らうつもりだったのか、デイパックを拾って尚且つ攻撃に対処するつもりだったのかは分からない。 だが、アーチャーにはクーガーと本気で戦うつもりがないことだけは、確かだった。 「……中身は期待外れだったがな」 アーチャーは左手の本を乱暴に開き、適当な頁を視界に晒す。 そしてそこに記述されていたらしい文言を呟き、無造作に投げ捨てた。 辞典ほどもあるその本は、表紙と裏表紙を上にして、滑るようにアーチャーとクーガーの間に落ちた。 表紙には苦悶の顔が、裏表紙には磔にされた美少年の姿が、それぞれ精緻な細工で象られている。 その表紙を装丁する皮の正体に、この場の何人が気付けただろうか。 「確か――キャスターめの宝具だったか。 穢らわしい肉塊だが、雑種の相手には相応しかろう」 言い終わるが早いか、瞬時に距離を詰めたクーガーの蹴りがアーチャーを襲う。 しかしその脚はアーチャーへ届くことはなく、異様な力によって押し留められた。 「な……に……?」 クーガーの脚には、人間の手首ほどもある触手が何本も巻きついていた。 青黒いソレは小さな顎のような吸盤に覆われ、それぞれが個別の生物のように蠢いている。 異形の蛇。 おぞましい烏賊。 そのいずれにも該当しない、不可解な存在。 壁の大穴から触手の本体が這いずり出てくる。 異臭を放つソレを見て、クーガーは巨大な蛸を想起した。 大きさは人間一人分。 胴も四肢も、それどころか頭もなく、無数の触手が絡み合う異形である。 あえて既存の生命に例えるならば、深海に潜む軟体生物が近いだろう。 アーチャーは汚物を見るような目で異形を一瞥すると、クーガーに向けて笑いかけた。 それはあまりにも邪悪で淫靡な、蛇のような笑みであった。 「雑種よ。あの下郎が言っていたことを思い出せ。 ありとあらゆる願いを叶えられ、死者を蘇らせることも容易いのだろう? ならば貴様が勝ち残れば良いではないか。何もかもを手にかけて、な」 クーガーの眼が見開かれる。 エデンの園において、イヴを唆し人間を堕落させたのは、蛇―― 異形が更に幾本もの触手を伸ばし、クーガーの身体を絡め取る。 アーチャーは全て語り尽くしたとばかりに踵を返した。 「行くぞ、圭一」 「えっ、あ……」 事態の異常さに呆然としていた圭一だったが、アーチャーに呼びかけられて、はっと我を取り戻した。 だが――どうするべきなんだ? 本当にこのままアーチャーに付いて行くべきなのか、それとも…… 「圭一」 真紅の声は、穏やかだった。 「貴方の選びたい道を行きなさい。私やあすかのことは気にしなくていいの」 「真紅……ごめんっ!」 圭一は二人分のデイパックを担ぎ上げ、小さくなったアーチャーの背を追った。 途中で何度も振り返りながら、やがて真紅の視界からも消えた。 「ぐぉ……!」 クーガーは苦悶に顔を歪めた。 触手の力は予想以上に強く、全身の骨格を鈍く軋ませる。 四肢を厳重に束縛されているため、自慢の脚技で脱出を図ることもできない。 一本の触手がクーガーの首に巻きついた。 気管と頚動脈を同時に圧迫され、視界にじわりと闇が滲む。 「エタニティ・エイト!」 八つの宝珠が閃光となって異形を貫く。 甲高い断末魔が鼓膜を衝く。 硬い皮膚すら持たぬ異形の肉は容易く千切れ、悪臭を放つ肉片と化して床に崩れた。 「大丈夫ですか!」 「ああ……悪ぃな」 あすかは、触手から解放されて膝を突くクーガーに駆け寄った。 締め付けによるダメージこそ受けているが、命に関わる傷は負っていないようだ。 アーチャーは去り、異形は砕けた。 これで、C-4駅における戦いも終わりだろう。 「いいえ、まだ終わっていないわ」 再び空気が張り詰める。 ぐじゅり、みじゅり。 膿をかき混ぜるような、不快な音。 飛び散った肉塊が集まり、蠢き、膨らみ、無数の触手を吐き出した。 「再生かよ……」 アルターの再構成とは違う生物的な再生。 生理的な嫌悪感を煽る臭いと粘着性の音を立てながら、触手が再びクーガーへ襲い掛かった。 時系列順で読む Back limitations Next エデンの蛇(後編) 投下順で読む Back limitations Next エデンの蛇(後編) Back Next Drastic Soul ストレイト・クーガー エデンの蛇(後編) 王の裁き(ギル・トール) アーチャー(ギルガメッシュ) エデンの蛇(後編) 王の裁き(ギル・トール) 前原圭一 エデンの蛇(後編) 一歩踏み出して 真紅 エデンの蛇(後編) 一歩踏み出して 橘あすか エデンの蛇(後編)
https://w.atwiki.jp/marurowa/pages/285.html
エデンの蛇(前編) ◆b8v2QbKrCM 車窓を風景が流れていく。 西の窓には、人の営みを離れた自然の様相。 東の窓には、街の中心部ともいうべき地区。 ただ遠くから眺めているだけならば、実に平穏でありきたりな景色なのだろう。 バトルロワイアルなどという、卑下すべき酔狂の最中でさえなければ―― 電車がE-2駅を離れて暫くの時間が経った。 後ろの方の車両に乗り込んだ橘あすかと真紅は、特に会話を交わすこともせず、静かに電車に揺られていた。 E-2駅からC-4駅までは大した距離ではない。 徒歩ならともかく、電車を利用すれば数分程度で移動できる程度だ。 何かを語り合うには余りにも時間が短すぎる。 故に二人は、どちらから要請するわけでもなく、到着までの時間を個人的な思索に傾けていた。 橘あすかは思い返す。 真紅と出会ったときのことを。 そして、彼女と行動を共にしてきた数時間のことを。 当初、彼は彼女のことを庇護すべき対象であると確信していた。 彼は選び抜かれたHOLY部隊の一員であり、彼女は――少なくともあすかの認知する限り――力なき少女だ。 HOLYの存在意義から見ても、一般的な社会通念から見ても、橘あすかは真紅を護るべきである。 今もこの考えに誤りはないはずだ。 ……。 ……ないはずなのだ。 あすかは、真紅のツインテールに打たれた頬に手を触れた。 『ウソップは大事な仲間だったんだ』 『……おれ達の、大事な……仲間だったんだあああああああああああああああ!!』 ルフィの叫びが頭の中でリフレインする。 まさに激昂というべき叫びであった。 しかしその一方で、真紅は普段通りに振る舞い、あまつさえルフィと自分の諍いを仲裁までしたのだ。 彼女もまた、仲間を――桜田ジュンを喪っていたというのに。 真紅と桜田ジュンがどれほどの関係にあったのか、あすかには推し量ることもできない。 電車に乗る直前の沈んだ声色は、間違いなく"哀しみ"の発露だった。 ルフィには『仕方がない』と諭そうとしたあすかであったが、 ああして実際に感情を割り切った姿を目の当たりにすると、 理屈めいた言葉は何一つ思いつかず、ただ押し黙るしかできなかった。 不意に、あすかの脳裏に一つの"IF"が浮かび上がる。 それは今まで思いもしなかった、恐ろしい仮定であった。 (もし――キャミィもここに連れてこられていたら――あの放送で名前を呼ばれていたら――) そのとき、自分は真紅のように感情を抑えることができるだろうか。 それとも、ルフィのように―― 「あすか、どうしたの?」 はっと顔を上げるあすか。 ボックス席の向かいの座席から、真紅がこちらをじっと見上げていた。 あすかは片手で口元を押さえ、デイパックを片手におもむろに席を立った。 「ちょっと、どこに行くの」 「他の乗客がいないか見てくるんです。待っていて良いですよ」 咄嗟に適当な理屈を繕ったが、実際の理由は違う。 想像してしまったのだ。 目の届かぬ処で愛する恋人を失い、失意に打ちひしがれる己の姿を。 それはあすかにとって許容しがたいパラドックスだった。 劉鳳なき今、力ある者として正しく振舞わなければならない自分が、 こともあろうにルフィと同じような感情に身を委ねてしまうなど信じがたい。 だがキャミィへの愛と、彼女を喪う哀しみを否定することなど出来るはずがない。 その上に、真紅だ。 親しい相手を喪ってもなお凛と構える彼女の眼差しは、あらぬ想像に溺れたあすかにとって眩しすぎた。 ほんの数分でもいいから、彼女の傍から離れていたかったのだ。 そうすれば気分も変わって、負い目を感じることなく真紅と相対できるだろう。 手動のドアを開き、隣の車両に移る。 ――人の気配がない。 どうやら空車のようだ。 あすかは足を止めず、電車の進行方向に向かって歩き続けた。 ボックス席と普通の座席が並存する車内はひどく閑散としている。 丹念に清掃されているのか、それとも殆ど使用されていないからか、内装は妙に小奇麗だ。 更に隣の車両。 ――ここも空車。 ひょっとしたら乗客は自分と真紅の二人だけだったのかもしれない。 参加者は残り50人しかいないのだから、同行者でもない相手が乗り合わせる確率は低いのだろう。 そう考えながらも、あすかは次の車両に繋がるドアに手を掛けていた。 (もののついでだ。運転手の顔でも見ておこう) 勿論、機械で自動制御されている電車という可能性もある。 しかしそうだとしても、無駄足を踏んでほんの僅かの体力を浪費するだけだ。 足を運んでおいても損はない。 がらがらと重い音を立ててドアを開ける。 「闖入を許した覚えは無いぞ、雑種」 ここもまた無人だと思い込んでいたあすかの耳に人間の声が届いた。 あすかは一瞬ぽかんとして、すぐに声の主を探す。 いや、実際には探すまでもなかった。 あすかの立ち位置から数歩ばかりの距離、車両後方の乗降口の近くの席に、 見逃すはずもないほどに凄まじい存在感の男が腰を下ろしている。 目も眩まんばかりの黄金の鎧。 それに負けない色合いの、逆立った黄金の髪。 男は文字通り、掛け値なしに燦然と光り輝いていた。 「あ、あなた、今なんと……」 あすかは常軌を逸した男の容貌に気圧されながらも、大きく一歩踏み込んだ。 男の言葉が理解できない言語であったというわけではない。 男の言葉の内容が、己の耳を疑うほどに傲慢で高圧的であり、理解の範疇を越えていたのだ。 「二度も言わせるな。疾く、去ね」 黄金の男はあすかに一瞥もくれることなく、その存在を否定してのけた。 それだけでも言われた側としては充分憤慨に値することだが、 男の近くの座席で驚愕の表情を浮かべている少年の姿が、その情動を加速させた。 年齢は十代半ばほど。 着衣は軽装で、特に戦闘訓練を受けた様子もない。 典型的な一般人というやつだ。 そして、あすかの眼には少年が恐怖に震えているように見えたのだ。 見ず知らずの相手にも暴言を吐く傲岸不遜な男。 その傍で恐怖する少年。 実に分かりやすい『加害者』と『被害者』の構図であった。 「その子から離れろ! エタニティ――」 不善と看做した男に鉄槌を加えるべく、己のアルター能力を発動させんとする。 結論から言うと、少年――前原圭一が恐れを抱いているという認識自体は間違いではなかった。 だがそれは、男に対する恐怖というよりはむしろ、 「――エイ――」 これからあすかが蒙るであろう、理不尽極まりない受難を思ってのことだった。 黄金の残光が視界を縦断する。 それを知覚した瞬間、あすかの腹部に鋭く重い激痛が叩き込まれた。 予想だにしなかった苦痛に思考が途切れる。 腹を蹴られたのだと理解したときには、あすかの身体は天井すれすれまで舞い上がっていた。 「がっ……!」 背中から床に落下する。 衝撃で呼吸が乱れ、肺が空気の不足を訴える。 だが、劉鳳ほどではないとはいえ、あすかもHOLYに抜擢されるほどの使い手である。 苦痛を堪えて即座に身を起こし、追撃に備えて身構える。 エタニティ・エイトは極めて高い万能性を誇るアルター能力だ。 さっきは不意を突かれたが、二度目はない。 あの男がどんな攻撃を繰り出そうとも必ず対処してみせる。 間髪入れずに肉弾攻撃に訴えるのか。 武器を用いて襲い掛かってくるのか。 警戒してこちらの出方を伺ってくるのか。 それとも未知の能力を発動して攻めかかるのか―― 八つの珠を周囲に展開させ、幾通りものパターンをシミュレートする。 あすかは戦意に満ちた眼差しで、ゆっくり歩み来る男を睨んだ。 しかし男はこちらの車両に踏み込む手前で足を止め、 前後の車両を区切るドアに手を掛けると、ぴしゃりと閉めてしまった。 「……え?」 がたん、ごとん、と電車が揺れる。 それに合わせて吊革も揺れる。 静けさを取り戻した車両の中に、臨戦状態のあすか一人だけが残されていた。 「ちょ、ちょっと!」 余りにも壮絶な肩透かし。 あすかは慌ててドアを開け隣の車両に飛び込んだ。 黄金の男は数十秒前と同様に、悠然と座席に腰掛けていた。 「騒がしい。まだ罰せられたいのか」 あすかに対する暴力を、男は罰と言い切った。 罰? 何の? 唖然とするあすかを他所に、男の傲慢な物言いは止まらない。 「僥倖を噛み締めよ。我の宝具が十全ならば、貴様は今頃肉片だ」 口を動かしている間にも、男はあすかに視線を向けてこなかった。 どうやら男にとってはあの一撃で『罰を与えた』として全て完結しているらしく、 あすかに対する関心など消え失せてしまっているようだった。 「何だと……!」 ここまでぞんざいに扱われては、あすかでなくても反感を覚えて当然だろう。 真紅もあすかのことを下僕と言ってのけたり、生意気だと蹴りを入れたりしてきたが、 黄金の男が発揮する横暴さはそれとは似ても似つかない代物だ。 あの男は、こちらに関して一切の価値を認めていない。 そう直感できた。 「去ねと言っただろう。次は死罪だぞ」 男が傍らの短槍に手を掛ける。 明確な殺害宣言を受けても、あすかは物怖じなどしなかった。 このような輩がバトルロワイアルにおいて仲間となるはずがない。 後々の遺恨となる前にこの場で斃しておくべきだ。 「ストーップ!」 にわかに殺気立つ二人の間に、少年、前原圭一が割り込んだ。 驚くあすかの体を肩で押しやりながら、黄金の男に向けて裏返りかけた声で弁解の言葉を述べ始める。 「あああアーチャー様はそこで座っててくださいいっ! この人は俺が話を付けてきますからっ!」 ふむ、と頷き、男は槍から手を離した。 そしてそれっきりあすかの存在を忘れたかのように、悠然と脚を組みなおす。 その態度に憤懣を募らせるあすかだったが、 自分を男から引き離そうと必死になっている少年の姿を見て、今は矛を収めることにした。 電車がC-4駅に着いたのは、それからすぐのことだった。 ◇ ◇ ◇ ぷしゅう、と空気の抜けるような音がして、ホームに面した乗降口が自動的に開いていく。 アーチャーは槍を肩に担ぎ、床に落ちていたナニかを拾って、さっさと電車から降りてしまった。 「圭一よ。我は構内を見て回る。貴様は適当な場所で荷物の番をしていろ」 「は、はいっ!」 名指しで命令されて、反射的に返事をしてしまう。 ああ、いよいよパシリっぷりが板についてきた……。 そんな俺とアーチャーのやり取りを、良く分からない男が眉を顰めて睨んでいる。 誰もいないと思っていた後ろの車両から唐突に現れて、 アーチャーに喧嘩を売ってぶっ飛ばされた謎の男。 いくら事情を知らないとはいえ、命知らずにもほどがあるだろと思わざるを得ない。 「何なんですか、あの男は。傲慢にも程がある」 ホームに降りるなり、その人は俺に向かって詰め寄ってきた。 どうやらアーチャーよりもずっと真人間に近いらしい。 アーチャーの態度にしっかり怒って、俺の心配もしてくれている。 ただ――着ている服が、その、コスプレっぽいのが難点かもしれない。 真人間に『近い』と表現したのもそれが原因だ。 アーチャーくらい徹底的に現実離れした格好ならともかく、 こちらは妙なリアリティがあって、見ていて表現し辛い気持ちになってしまう。 エンブレムみたいなものが付いているし、好意的に考えればどこかの制服なんだろうけど……。 「君とあの男はどういう関係なんです?」 「いや、えっと……ちょっと前に出会って、後は成り行きで……」 「それならどうして、あんな奴の言う事を!」 コスプ……もとい、制服男さんは容赦なく俺を問い詰めてくる。 アーチャーに苛立ってるのは分かるけど、それを俺にぶつけないで欲しい。 完全に八つ当たりのとばっちりじゃないか。 ――でも、この人の言いたいことは凄く分かる。 同じ車両に入ってきたというだけで蹴り飛ばされるなんて、絶対に想像もしていなかっただろう。 だけどアーチャーはそういう性格なんだ。 身勝手で、残酷で、冷徹で―― むしろアーチャーが言っていたように、殺されなかっただけラッキーなんじゃないだろうか。 脳裏にゾロさんの最後の姿が過ぎる。 ……あれは惨かった……。 ゾロさんに非は(多分)一つもなかったのに、あの仕打ちだ。 俺には『最後の姿』が『最期の姿』にならないよう祈ることしかできない。 制服男さんはさっきから好き勝手言っているけど、もし本人に聞かれたら一大事だ。 ここにアーチャーがいないから良いようなものを……。 「……あ」 アーチャーは、ここにいない。 不意に、ひとつの考えが浮かんできた。 ――今なら逃げ出せるんじゃないか? (ダメだダメだ……!) 心の中で首を振って、危険な考えを振り払う。 確かにここで逃げ出せば、一時はアーチャーから離れられる。 でもその後はどうなる? 当然、猛烈に怒りを買うだろう。 俺のことを敵と看做すに決まっている。 最悪、俺を殺すために追いかけてくることだってあり得る。 もしもそうなったら、もう切嗣さんと合流するどころじゃない。 皆と再会することすら出来ずに、次の放送でしめやかに名前を呼ばれることになるだろう。 前原圭一、死亡確認。死因、金ぴかを怒らせた。 ……最悪の展開だ。 「ええと……僕の話、聞いてますか?」 制服男さんが、何だか気の毒な人を見るような目でこちらを見ていた。 お願いだから、そんな目で俺を見ないでください。 今の状況が凄く情けないってことくらい、自分でもよく分かってるんです。 ホームの柱の根元に二人分の荷物を置いて、制服男さんに向き直ろうとしたとき―― 「レディを待たせすぎよ、あすか」 ――どこからか女の子の声がした。 不思議なことに、声は聞こえるのに姿が見えない。 「ちょっとトラブルに巻き込まれてたんですよ」 ひょっとして幻聴かと思ったけど、制服男さんは普通に対応している。 きょろきょろと辺りを見渡して、最後に、視線を下に落とす。 制服男さんの足元に、大きな人形が立っていた。 サイズは膝の高さより少し低いくらい。 国宝級のアンティークドールですと言われれば納得してしまうほど綺麗に作られていて、 大きささえ考えなければ、まるで生きている人間のようだ。 真紅の服を着たその人形は、当たり前のように上を向いて――当たり前のように喋りだした。 「この子は? 貴方の知り合いかしら?」 「列車の中で会ったばかりです。……そういえばまだ名乗っていませんでしたね」 あー、うん。喋った、な。人形が。 「僕は橘あす――」 「ええええええええええええええっ!」 口を突いて出たのは、絶叫だった。 ◇ ◇ ◇ 駅の構内を睥睨する。 どこかで従者の叫びが聞こえた以外に、目立った異常は見当たらない。 アーチャーはフンと鼻を鳴らし、柱に取り付けられた掲示を、鎧の指先でなぞった。 どんな駅にでもあるような、列車の発着時刻と行き先を表示したパネルだ。 列車というシステムの出現は、英雄王ギルガメッシュが生きた時代より二千年以上後。 一般的な発想ならば、太古の人間に時刻表などという概念が通じるはずがないと考えるかもしれない。 しかし、そのような発想は英霊となった英雄には一切当てはまらない。 ギルガメッシュに限らず、全ての英雄は英霊となった時点で時空を越えた知識を付与される。 現在過去未来、時間軸の如何なる時点に召喚されようとも、その時代に即した情報を得て召喚されるのだ。 故にアーチャーの場合、第四次聖杯戦争が開かれた一九九〇年代の知識を取得していることになる。 「一周に三十分……随分な鈍行だな」 アーチャーの思考の中では、会場がループしているということは既に確定事項となっていた。 彼に解説させるならば、窓の外の風景と地図を照らし合わせれば馬鹿でも分かる、といったところだろうか。 「まぁ、舞台の面積を考えれば、鈍行も止むなしか。 本来の速度を出すには少々狭すぎるだろう」 ギラーミンは、会場の具体的な広さ、エリアごとの面積などの情報は与えなかった。 地図にも縮尺すら書かれていない。 実に不親切な主催者だ。 しかしそれくらいのことならば、実際に歩いてみればある程度推測できる。 アーチャーが考えるに、一辺あたり1kmほど。 エリアの区切りとしては実に切りのいい数値だろう。 アーチャーは手にしていた地図を柱に叩きつけ、乱雑に広げた。 この地図は、アーチャーと圭一に支給されたものではない。 三刀流の剣士を放り出した後、廊下に落ちていたものを取得したのだ。 考えるまでもなく剣士の所有物であったのだろう。 しかしアーチャーはそれを当然のように己のモノとして扱っていた。 「おいそれと戦闘からの逃亡手段には使わせぬ、ということか」 この速度では命からがら飛び込んでも決定的な逃走にはならない。 移動に特化した品が相手に支給されていれば、簡単に追いつかれてしまう可能性もある。 むしろ移動先が限定される分、先回りをしてくれと言っているようなものだ。 分岐のない単純な経路で、尚且つ北向きの便しかないというのも実に嫌らしい。 「まぁ、歩く面倒が省けるだけ無為ではないな」 アーチャーは列車を会場内の移動手段として割り切ったようだ。 本来ならばこのような情報収集は他者にやらせておきたいところだったが、 今の従者には頭脳労働など期待できない。 地図を乱暴に丸め、鎧を鳴らしながら歩き出す。 駅という施設の性質上、有用な物品が存在しているとは思えない。 売店から食料を徴用するのが関の山だ。 もう暫く歩き回って誰にも会わなければ、次の目的地を目指すとしよう。 「……む?」 はたと足を止める。 構内の一角。 どこかの部屋と外部を仕切る壁に、大きな穴が開いていた。 あまり新しくない駅である。 そこかしこが老朽していてもおかしくはない。 だが、その穴は少々大きすぎた。 しかも大穴の周囲には砕かれたコンクリートの破片が散乱している。 自然に朽ちた結果ではなく、外部の要因による破壊。 まるで戦闘を繰り広げた直後のような。 「ほう、何も無いというわけではなかったか」 興味深そうに口の端を歪め、アーチャーは進行方向を、大穴の開いた壁――駅事務室へと変更した。 ◇ ◇ ◇ 「ローゼン、メイデン……はぁー」 圭一は床に胡坐を掻いたまま長く嘆息した。 魔法使いを名乗る男――衛宮切嗣。 黄金の魔人――アーチャー。 三刀流の剣士――ロロノア・ゾロ。 奇妙な制服の青年――橘あすか。 真夜中から今に至るまで、色々な常識外れの人物に会ってきた。 もうこれ以上おかしな相手に出会うことはないだろうと、根拠もなく思っていた。 しかし、やはり根拠のない思い込みだったらしい。 何故なら目の前にちょこんと座っている少女、いや、人形があっさりと上を行ってしまったのだから。 「本当に人間が作ったのかよ……」 「ええ。でもお父様以外には無理でしょうね」 真紅はどことなく誇らしそうに頷いた。 お父様とは彼女の製作者のことなのだろう。 「それにしても、ゾロという人がE-2駅まで列車に乗っていたなんて。 見事に入れ違いだったんですね」 「え、あ、まぁ……そういうことになる、かな」 制服男さんこと橘あすかの言葉に、圭一は乾いた笑いしか返せなかった。 真紅を目の当たりにしたパニックから圭一が立ち直った頃合を見計らって、 圭一とあすか、真紅の三人は各々の持つ情報を交換し合った。 あすか達は圭一に対し、自分達が合流しようとしている人々の名と、警戒すべき人物の情報を。 圭一は自分の仲間のことと、切嗣とゾロから得た情報を。 危険人物と安全な人物の知識を得られれば幸いという気持ちで行った情報交換だったが、 実際には想像以上に実りのある結果となっていた。 特に蒼星石が殺し合いを拒むグループに属しているという情報は、真紅にとっては朗報だった。 その情報源がつい先ほど別れたばかりのルフィが信頼する人物であるという点も大きい。 出所の分からない怪情報とは訳が違うのだ。 「良かったですね、真紅。嬉しいならもっと喜んだほうがいいですよ」 「うるさいのだわ」 短い時間であったが、有用と思われる情報は大方交換し終わっている。 しかし――圭一は幾つかの情報を、あえて明かしていなかった。 まず、切嗣と映画館にて合流する手筈になっていたこと。 もしあすかに聞かせてしまったら、車内でアーチャーに突っ掛かった彼のことだ、 いよいよ力尽くで圭一をアーチャーから引き離そうとすることだろう。 それは避けたい。 とても避けたい。 そして、アーチャーがゾロを走行中の列車から叩き落したこと。 これもまた、アーチャーに対する敵愾心を過剰に煽ってしまうだろうから、上に同じ。 無論二人にはアーチャーを警戒するようにとは伝えてあるが、 自分がアーチャーから離れるときは奴の逆鱗に触れないようにしなければならないのだ。 ……主に身の安全のために。 (こうして考えると、俺の周りの危険材料って全部アーチャーじゃねぇか?) 今更ながらに気付く圭一であった。 「さて、情報交換も終わったことですし――」 「しっ……」 立ち上がろうとするあすかを真紅が制する。 「静かに。何か聞こえるわ」 命令されるままに口を閉ざし、耳を澄ますあすかと圭一。 真紅の言うとおり、どこからか奇妙な物音が聞こえてきていた。 ……めき。 …………ばき。 ………………みしり。 何かが軋み、砕け、壊れるような音。 不穏な物音の発生源は、少し前にアーチャーが歩き去った方向のようだった。 「聞こえますね」 「嫌な予感しかしない……」 「……行ってみましょう」 各々の荷物を持ち、音の発生源へと向かっていく。 ホームから階段を一つ降り、そこから少しばかり移動した辺りの区域。 主に駅員が利用するため、乗客はあまり近寄らないそこは――既に戦場と化していた。 「衝撃のおおおぉぉぉォォォォっ! ファーストブリットオオオオオォォォ!!」 時刻表を掲示する柱が突如として爆散する。 轟音と共に辺りを包み込む粉塵。 吹き飛ばされたコンクリート片が榴弾となって壁に突き刺さり、更なる破壊を生み出していく。 鉄筋が折れ、壁掛けの時計が粉砕し、駅舎全体が揺れ動く。 巻き起こる破壊に圭一と真紅が困惑する横で、あすかだけがこの破壊の原因を正しく理解していた。 「今のは……まさか!」 辛うじて残る柱の根元に置かれた、ライトパープルの装甲に包まれた右脚。 青と白を基調としたHOLYの制服。 見間違えるはずがない。 最速のアルター『ラディカル・グッドスピード』を有するアルター使い、ストレイト・クーガーの姿であった。 「クーガーさん!」 名を呼ぶあすかの声は、しかしクーガーに届かない。 それどころか、あすか達の存在に気付いているかどうかも怪しい。 「……もう一度言ってみろ」 殺意に近い怒りを込めた低い唸り。 それは決してあすかに向けられたものではない。 クーガーの怒りの矛先は、砕かれた柱の傍らに立つ黄金の男であった。 「耳が遠いのか? ならば何度でも言ってやろう。貴様の姿は哀れでならん。 己の責で人を死なせて悲しみ、己の知らぬ所で人に死なれ悲しみ、 そやつが死んで悲しむ者がいるといってはまた悲しむ。――実に醜く哀れだ」 そこで一旦言葉を切り、思い出したように言い捨てる。 「ああ、ミモリとかいう者も含めて、な」 クーガーの右脚が高速の凶器と化してアーチャーに繰り出される。 離れた場所にいる三人ですらまともに視認できなかったその一撃を、アーチャーは短槍の柄で防ぎ止めていた。 如何なる材質で製造されているのか、コンクリートを軽く砕くクーガーの蹴りを受けてもなお、 その槍は軋みひとつ上げることがなかった。 「俺のことはいい。だが、水守さんを侮辱することだけは許さねぇ」 「フン」 アーチャーは口元に笑みを浮かべ数歩分飛び退いた。 クーガーはそれを追わず、同様に後方へと距離を取る。 予想だにしない状況に、圭一達は言葉もなく立ち尽くすしかなかった。 これほどまでに怒り狂うクーガーを、あすかは知らない。 己に矛を向ける無礼に怒らないアーチャーは、圭一の知るアーチャーではない。 「我以外が人を殺す――そうして罪罰に迷う様を我は好まん。 そんなものは楽しくもないからな。 しかし苦しむものがいるならば、死を以って救うが王の慈悲というものだ」 アーチャーの振るった槍の切っ先が、立ち込める粉塵を切り裂き、クーガーへと向けられる。 数分前のことだ。 フィーロ・プロシェンツォの亡骸を前にするクーガーに、アーチャーは問うた。 『お前が殺したのか』 クーガーは首を振って答えた。 『殺したのは俺じゃあない。だが俺の責任だ』 更にクーガーは続けた。 アーチャーへの返答ではなく、誰に向けるでもない独白のように。 『俺は遅すぎた。俺がもっと速ければこいつは死ななかった。 それに――劉鳳もむざむざ死なせちまった。 畜生、水守さんにどう伝えればいいんだ……!』 クーガーはアーチャーに背を向けていた。 故に、そのときのアーチャーがどのような表情をしていたのかは分からない。 ただ一言、冷酷に投げかけられた。 『哀れだな、雑種』 それだけなら、まだいい。 クーガー自身も今の己が無様であることは自覚していたから。 だが、それ以上は許せない。 振り返るクーガーに、アーチャーは嘲笑にも似た眼差しで応じた。 『それとミモリとかいったな。名簿にはない名だが、ここに連れてこられなかった者か。 事情も分からず無力に嘆く様はさぞかし醜かろう』 クーガーの姿が掻き消える。 怒りのままに繰り出された直線的な蹴りを、アーチャーは軽く身を翻して回避した。 衝撃を帯びた大気が暴風となって圭一達にも襲い掛かる。 「うわっ!」 「きゃっ」 まずいな、とあすかは歯噛みした。 今のクーガーは完全に周囲が見えていない。 対するアーチャーに至っては、初めからこちらを気にするつもりもないだろう。 このまま突っ立っていては確実に巻き込まれてしまう。 「こっちです!」 あすかは真紅を抱え上げ、圭一の腕を掴んで駆け出した。 途中で自分のデイパックを落としてしまったが、拾っている暇は無い。 戦闘に巻き込まれておしゃかにならないことを祈るだけだ。 「金ピカ野郎……てめぇに水守さんの何が分かるっ!」 クーガーの脚部を覆うラディカル・グッドスピードの踵が床を打ち据える。 膝の力と反動の合力でクーガーは宙を舞い、更に天井を蹴る。 もはや駅舎という戦場は狭すぎた。 壁際をクーガーの残像が疾走し、充分な加速を得てアーチャーへと迫る。 巻き起こるは風ですらない。 それ自体が破壊力を持つ気体の障壁と化している。 すれ違う窓ガラスは粉砕され、限界を超えた床材が亀裂に覆われていく。 しかし圧倒的速度によって生じる莫大な運動エネルギーを前にしても、 アーチャーはその尊大な態度を崩すことがなかった。 迫り来るクーガーを気にも留めず、横へ数歩ほど移動する。 「何を言うか。雑種の思考など大差あるまい」 クーガーの脚が床を砕き、弾丸のように跳躍する。 「ヒール・アンド・トゥーーーッ!」 揃えた両足が黄金の鎧に突き刺さる。 槍による防御は間に合わず、アーチャーの身体は一直線に吹き飛んでいった。 狙い済ましたように事務室の壁の大穴へ吸い込まれ、 向かいの壁に衝突し、更なる爆音と破片を吐き散らす。 コンクリート片がぱらぱらと床に落ち、不意に静けさが訪れる。 クーガーは天井を仰ぎ、ふぅと息を吐いた。 「お、社長ぉ。いつの間に」 「さっきからいましたよ。ていうか、シャチョーってなんですか、シャチョーって。 名前を間違えるにしても、せめて名残のある間違え方をしてください」 あすかの反応が予想外だったのか、クーガーは眉を顰めた。 「いや、社長は社長だろ。それにHOLYの制服まで……変なモンでも食ったか?」 「そんなわけないでしょう。そっちこそ頭でも打ったんですか?」 「ん? ……んん?」 クーガーは納得がいかない様子で頭を掻いている。 少なくとも、一戦を終えて激昂は収まりをみせたらしい。 あすかは安堵し、落とした荷物を―― 「あれ……?」 落としたはずのデイパックが見当たらない。 ずたずたになった床の上のどこにも、それらしい形が存在しないのだ。 いくらクーガーの疾走が速かったといえど、跡形もなく消滅してしまうのか? 辺りを見渡すあすかの耳に、がしゃり、と――重い金属音が響いた。 音に気付いたのはあすかだけではなかった。 クーガーも、圭一も、真紅も、全員が同じ方向に視線を向けている。 見間違える理由があるものか。 多少粉塵に塗れてはいるものの、あの黄金の立ち姿はアーチャー以外に有り得ない。 右肩に槍を乗せ、その先端にデイパックをぶら下げ、左手には一冊の本を持っている。 深紅の瞳に浮かぶ感情は、殺意か、あるいは。 「しぶとい野郎だな……」 「あ、それは僕のデイパック!」 叫ぶあすかを無視して槍を振るい、デイパックを床に放る。 「我が財をくすねておらんか検分したまでだ」 悪びれる様子もなくアーチャーは言う。 他人の荷物を勝手に漁ることも、彼にとっては当然の行いのようだ。 ちっ、とクーガーは舌打ちをした。 先程の感情的な大振りの攻撃が直撃したのは、防御できなかったからではないと悟ったのだ。 この金ピカ野郎は、自分との戦いの中において、あすかの荷物を検分することを優先した。 槍を使ってデイパックを手繰り寄せる一動作があったために対処が遅れ、結果として直撃したということだ。 初めから食らうつもりだったのか、デイパックを拾って尚且つ攻撃に対処するつもりだったのかは分からない。 だが、アーチャーにはクーガーと本気で戦うつもりがないことだけは、確かだった。 「……中身は期待外れだったがな」 アーチャーは左手の本を乱暴に開き、適当な頁を視界に晒す。 そしてそこに記述されていたらしい文言を呟き、無造作に投げ捨てた。 辞典ほどもあるその本は、表紙と裏表紙を上にして、滑るようにアーチャーとクーガーの間に落ちた。 表紙には苦悶の顔が、裏表紙には磔にされた美少年の姿が、それぞれ精緻な細工で象られている。 その表紙を装丁する皮の正体に、この場の何人が気付けただろうか。 「確か――キャスターめの宝具だったか。 穢らわしい肉塊だが、雑種の相手には相応しかろう」 言い終わるが早いか、瞬時に距離を詰めたクーガーの蹴りがアーチャーを襲う。 しかしその脚はアーチャーへ届くことはなく、異様な力によって押し留められた。 「な……に……?」 クーガーの脚には、人間の手首ほどもある触手が何本も巻きついていた。 青黒いソレは小さな顎のような吸盤に覆われ、それぞれが個別の生物のように蠢いている。 異形の蛇。 おぞましい烏賊。 そのいずれにも該当しない、不可解な存在。 壁の大穴から触手の本体が這いずり出てくる。 異臭を放つソレを見て、クーガーは巨大な蛸を想起した。 大きさは人間一人分。 胴も四肢も、それどころか頭もなく、無数の触手が絡み合う異形である。 あえて既存の生命に例えるならば、深海に潜む軟体生物が近いだろう。 アーチャーは汚物を見るような目で異形を一瞥すると、クーガーに向けて笑いかけた。 それはあまりにも邪悪で淫靡な、蛇のような笑みであった。 「雑種よ。あの下郎が言っていたことを思い出せ。 ありとあらゆる願いを叶えられ、死者を蘇らせることも容易いのだろう? ならば貴様が勝ち残れば良いではないか。何もかもを手にかけて、な」 クーガーの眼が見開かれる。 エデンの園において、イヴを唆し人間を堕落させたのは、蛇―― 異形が更に幾本もの触手を伸ばし、クーガーの身体を絡め取る。 アーチャーは全て語り尽くしたとばかりに踵を返した。 「行くぞ、圭一」 「えっ、あ……」 事態の異常さに呆然としていた圭一だったが、アーチャーに呼びかけられて、はっと我を取り戻した。 だが――どうするべきなんだ? 本当にこのままアーチャーに付いて行くべきなのか、それとも…… 「圭一」 真紅の声は、穏やかだった。 「貴方の選びたい道を行きなさい。私やあすかのことは気にしなくていいの」 「真紅……ごめんっ!」 圭一は二人分のデイパックを担ぎ上げ、小さくなったアーチャーの背を追った。 途中で何度も振り返りながら、やがて真紅の視界からも消えた。 「ぐぉ……!」 クーガーは苦悶に顔を歪めた。 触手の力は予想以上に強く、全身の骨格を鈍く軋ませる。 四肢を厳重に束縛されているため、自慢の脚技で脱出を図ることもできない。 一本の触手がクーガーの首に巻きついた。 気管と頚動脈を同時に圧迫され、視界にじわりと闇が滲む。 「エタニティ・エイト!」 八つの宝珠が閃光となって異形を貫く。 甲高い断末魔が鼓膜を衝く。 硬い皮膚すら持たぬ異形の肉は容易く千切れ、悪臭を放つ肉片と化して床に崩れた。 「大丈夫ですか!」 「ああ……悪ぃな」 あすかは、触手から解放されて膝を突くクーガーに駆け寄った。 締め付けによるダメージこそ受けているが、命に関わる傷は負っていないようだ。 アーチャーは去り、異形は砕けた。 これで、C-4駅における戦いも終わりだろう。 「いいえ、まだ終わっていないわ」 再び空気が張り詰める。 ぐじゅり、みじゅり。 膿をかき混ぜるような、不快な音。 飛び散った肉塊が集まり、蠢き、膨らみ、無数の触手を吐き出した。 「再生かよ……」 アルターの再構成とは違う生物的な再生。 生理的な嫌悪感を煽る臭いと粘着性の音を立てながら、触手が再びクーガーへ襲い掛かった。 時系列順で読む Back limitations Next エデンの蛇(後編) 投下順で読む Back limitations Next エデンの蛇(後編) Drastic Soul ストレイト・クーガー エデンの蛇(後編) 王の裁き(ギル・トール) アーチャー(ギルガメッシュ) エデンの蛇(後編) 王の裁き(ギル・トール) 前原圭一 エデンの蛇(後編) 一歩踏み出して 真紅 エデンの蛇(後編) 一歩踏み出して 橘あすか エデンの蛇(後編)
https://w.atwiki.jp/kskani/pages/200.html
上と、下(前編) ◆S828SR0enc 加持にとって、人っ子一人いない夜の街というのはさほど重苦しいものではない。 使徒の襲来や、あるいはセカンドインパクトという悪夢の前では無人の風景など大したものではないからだ。 だというのに、 (気味が悪いな……) なのはの後を行く加持の心には、言い知れぬ薄ら寒い感覚があった。 無人の街。 立ち並ぶ建物の一つ一つを見るならばごく普通の街そのものなのに、人の息遣いがまったくしない。 常ならば夜中でも誰かがいてしかるべき警察署も、明かり一つなく静かに夜に佇んでいる。 当り前のものが当たり前でない様というのは、思ったよりもぞっとするものだった。 「…………」 「…………」 なのはも先ほどから口をきかないのは、この奇妙な不安のためだろうか。 闇夜に浮かぶ警察署の壁面のポスターには空気に似合わぬ能天気さで、『交通安全』だの『森林保護』だのと書かれている。 その黄色や緑色の文字や絵の明るさがかえって気分を落ち着かなくさせた。 「……誰も、いませんね」 ちらりと警察署の中を覗き込んだなのはが意気消沈したように言う。 「もともとホテルに行くつもりだし、大丈夫ですよ」 元から期待してなどいなかった。何も問題はない。 不安を織り交ぜた表情のままに歩き出したなのはを追って、加持も夜の街を進んでいく。 警察署の扉に張られた『子供の安全を守ろう!』というポスターが悲しげに風に揺れていた。 あまり変わり映えのしない街ではあるが、地図のおかげでおおよその位置の見当は付けることが出来る。 この調子なら六時前にホテルにたどり着けるだろうと思いながら、加持は地図を指でなぞる。 そうやって歩き続け、B-4とB-5の境目あたりまで来たときだった。 「え?」 突如として先を行くなのはが、がくんと首を上に傾けたのだ。 思わずつられて空を見る。 未だ夜を色濃く残した暗い空を背景に、巨大な影が『飛んでいた』。 「……はぁ?」 加持の口から呆けた声が漏れる。 彼の常識に合わせてみれば、空を飛ぶのは鳥か飛行機か化け物くらいだ。 だというのに今彼らの頭上を横切ったのは、どこからどうみても「頭に翼の生えた人間」だった。 とっさにもしかしたら巨大な鳥に捕まった人間かもしれない、などと思うが、そんな話があるはずもない。 使徒という明らかに非常識な存在とかかわりが深いとはいえ、にわかにお伽噺の世界に放りこまれたかのようで加持は混乱する。 ゆえに、次に起こったことについての反応が遅れてしまった。 「すみません、加持さん!」 未だ空を見上げて衝撃を隠せない加持の横を、なのはが叫びながら駆けていく。 そして彼の見ている前で何事かを呟いた彼女は、地面を勢いよく踏み切ると同時に『飛んだ』。 「…………」 「あとで必ず行きますから、先にホテルに向かっていてください!」 何やら焦ったようになのはが言うが、加持はその衝撃に言葉もない。 加持をちらりと振り返る彼女の足はすでに付近の家々の屋根よりひとつ高いところにある。 そして先ほど影が飛んで行った方向に向きを変えると、宙を泳ぐ魚のように迷いなく西へと飛んで行ってしまった。 しばし、静寂がおちる。 加持がゆっくりとため息のように細い声をもらし、再び歩き始めるまでに五分近く時間は流れていた。 それほどの衝撃だったのだ。 「おいおいおいおい、聞いてねぇよ……」 ただものではないと思っていたが、空を飛ぶ人間だったとは。 嘆息すると同時に、先ほど彼女に手を出さなかった自分の判断を褒めたい気分だった。 あの調子では、たとえばATフィールドじみたバリアーなども使えたりしてしまうかもしれない。 性格に難ありで、しかしスペックは期待以上。 喜ぶべきか、それとも泣くべきかという気持ちだった。 「あーあ」 少し考え、結局喜ぶのも泣くのも後回しにすることにした。 今の自分は銃を隠しているとはいえ一人きりだ、余計な行動をとる理由もない。 言い知れぬ予感を胸に、加持はホテルに向かうべく足を東に向けた。 ◆ ◆ ◆ 空に上がった瞬間、なのはの思考から加持のことはほとんど消えていた。 無力な一般人、保護すべき人物を危険地帯に置き去りにする。 「時空管理局の」高町なのはならば絶対にあり得ない行動だ。 だが今の彼女にその意識はない。 彼女の心を占めるのは、先ほど自分たちの上を横切った謎の影だけだった。 (もしかしたら、もしかしたら……!) なのはの心が焦りに叫ぶ。 先ほどの影に魔力らしき反応は感じられなかった。とはいえ、一瞬の交錯だから確実とは言えないが。 しかし、それは置いておいても、空を飛んでいたのは小柄な人影。少女のような体躯。 もしかしたらそれは、なのはが探し続けているヴィヴィオではないか? (早く、早く……!) なのはは飛ぶ。 先ほどの人影が明らかにヴィヴィオより背が高いとわかっていても。 その魔法にかかわる十年に及ぶ経歴において大きな損失をしたことのないなのはの、数少ない傷。 愛娘ヴィヴィオを奪われ、それを止められなかったというあの事件は、予想以上に彼女の心のトラウマとなっていたのだ。 ゆえに、一パーセントでもそれが彼女の大切な娘である可能性があるのなら、なのははそれを追わずにはいられない。 自分の矜持をかなぐり捨ててでも守りたいものが、今のなのはにはあった。 しかし、そんな彼女を嘲笑うかのように、体からは力が抜けていった。 がくん、と宙を飛ぶ速度が下がる。口からせわしなく荒い息が漏れ、こめかみを汗が伝う。 「……っ、なんでぇっ……!?」 悲鳴のような声を喉が上げた。 この島に来た時から感じている魔力の不足、それが如実になっていた。 いつもならば何の苦もなく飛べる距離、飛べる速度であるのに、なのはの体は言うことを聞いてくれない。 全身に汗が滲み、空気の抵抗によって手足や胸が痛む。 主催の力によって制限された魔法、そしてデバイスの補助なしでの飛行はあっという間になのはの体力を奪いつくしていた。 「う……っくぅ……」 加えて、先をいく人影の複雑な飛行軌道もなのはを消耗させていた。 何かを探しているのか、不規則に曲がり、くねり、ターンしたと思ったら上昇し、また下降する。 近未来的なミッドチルダにて過ごしていたために完全な暗闇に慣れていないなのはにとって、それを闇の中で追うのはただ事ではなかった。 ぐるりとビルを半周するように動いた時など、危うくバランスを失って堕ちるかと思った。 そうしてなのはの速度が落ちていくというのに、人影はさらに速度を増している。 今にも西の空に消えそうな月を追いかけるかのような人影は、そこだけ切り取ればロマンチックでさえあった。 もちろん今のなのははそれどころではないのだが。 「はっ……はぁ……」 呼吸も荒く空を行くなのは。その汗の流れる頬を、時々南の天地を焼く極光が輝かせた。 すさまじい轟音とともに空を貫く光。森の木々をなぎ倒しながら進む光線。 そういったものを飛行中になのはは何度も目にし、耳にした。 そのたびになのはは本能的にそちらに向かおうとし、そしてぐっと目をつぶってまた人影を追う。 またひとつ、またひとつと「管理局のエースオブエース」らしからぬ自分が積み重なっていく。 自己嫌悪が膨れ上がる今の彼女を支えているのは、ただ愛娘への思いのみだった。 (ヴィヴィオ……ヴィヴィオぉっ……) 彼女は飛ぶ。 うっすらと明るさを取り戻し始めた世界を、かすかに瞳を潤ませて。 守りたいものを守るために、悲鳴を上げる体を必死に行使して、西の空を飛ぶ。 それでも、いつかは限界が訪れる。 突如として体の自由が利かなくなり、飛行速度がゼロになる。 半ば意識を失うようにして、力尽きたなのははゆっくりと学校の中庭に落ちた。 彼女の着地地点が柔らかな草の生い茂る花壇であったことだけが、不幸中の幸いだった。 「……っ」 ぼふ、と音をたててなのはの体が草の上に横たわる。 口からははぁはぁと荒い息しか漏れない。見上げれば、空にあの影はない。 思わず、ぽろりと涙が瞳からこぼれた。 (私、何をバカなことをやっているんだろう……) ヴィヴィオかもしれないと希望にすがって、ごく普通の人間である加持さんを置き去りにした。 人影を追うことに夢中で、あちこちで起こった戦いの跡を見逃した。 そして今、力を使い果たし、何もできないままにここに倒れている。 (情けない……) ぽろぽろと涙が頬を伝う。 時空管理局に勤め幾多の戦績を誇ってはいても、彼女はその実まだ十九歳の女性にすぎないのである。 いつも当たり前に使いこなせた力を失い、友は行方知れず、守るべき者がいるというのに何もできない。 ここにいるのは管理局の高町なのはではない。ただの高町なのはだ。 そしてその高町なのはは、なのは自身が思っているよりもちっぽけな、ただの人間だった。 「…………」 小さく涙をこぼしながら、なのははゆっくりと起き上がる。 不安に打ちのめされてはいても、彼女の心根には歩こうとする強さがある。それが彼女を立ち上がらせていた。 涙に潤む視界を振り払うように、彼女はぐるりと中庭を見回す。 そして、あまりにも不吉な「それ」に気がついた。 「……え?」 南側の、教室の一室。机と椅子とが雑然とならんでいるだけの部屋。 その部屋の真ん中になにか真っ赤なものが散らばっており、そこから飛び散ったであろう赤で窓が塗りつぶされていた。 体より先に、足が動く。 その教室の窓には、幸いと言うべきか鍵がかかっていなかった。 ペンキのような赤が飛び散っていない窓を選び、がらりと引く。 教室の中には、濃厚な血のにおいが充満していた。 「うっ…………」 なのはの顔がゆがむ。 教室の中央にあったのは、誰がどう見ても肉の塊だった。 真っ赤な血を纏わせ、流した、ぶよぶよしたピンク色の内臓と黄色い脂肪、そして白い骨と筋肉の塊。そうとしか言いようのないもの。 「それ」が纏わりつかせた服の切れ端と思わしき布だけが、かつて「それ」が人間であったことを証明していた。 「ひ、ひどい……」 幾多の、時には世界規模の危機にかかわってきたなのはでも、初めて見るような無残な死体だった。 重い何かが何度もその体を押しつぶしたかように、その肉塊はぐちゃぐちゃに歪みきっている。 頭蓋骨と思わしき砕けた骨に絡みつく短い髪と、血まみれの服の残骸から、かろうじてそれが男であっただろうことが読み取れた。 なのはの心に小さな安堵と、大きな絶望が生まれた。 安堵は「それ」が明らかにここに呼ばれた仲間ではなかったため、絶望はこうしてすでに死者が出ているためであった。 なのはの瞳から、一度は止まった涙が再びほろりとこぼれる。 それは不安からくるものでも絶望からくるものでもなく、後悔からくるものだった。 「ごめん、ごめんね……」 なのはは小さく謝り、泣いた。 ひょっとしたら、自分がヴィヴィオを探すのではなく人助けを優先していたのなら、彼は助かったかもしれない。 魔法の行使に躊躇いを持たず、最初から空に上がって怪しい人がいないか探していたら。 あるいは、自分が加持とともにホテルに向かわず最初からこちらに向かっていたら。 こんな場所で、こんな無残に死ぬことはなかったのかもしれない。 このような非常事態にあっても、なのはの根底は変わらない。 苦しんでいる人がいるならば自分がどうなろうと力になってやりたい、それがなのはの信念だった。 例え自分がそのために傷つこうと、人を助けられるのが嬉しかった。 だから、助けられたかもしれない人を助けられなかったという事実は、なのはの心の深いところを痛めつける。 静かに涙をこぼしながら、なのははそっとその遺体に近づく。 異臭が立ち上り、胃がひっくり返りそうな姿になってしまってはいるが、この人もかつては普通の人間だったのだ。 もしかしたら、将来を夢見る学生だったのかもしれないし、子供を愛する親だったのかもしれない。 その体を、このまま無残に冷たい床にばらまいておくわけにはいかないと思った。 「すみません、こんな、でも……」 小さくあやまりながら、なのはは室内に置かれていた「もえるゴミ」と書かれたごみ箱を取り上げる。 一度教室から出て中身をすべて捨て、水道でそれを洗う。 廊下にはべっとりとした血の足跡が玄関まで続いていた。「彼」を殺した殺人者のものだろう。 だがそれにはかまわず、なのはは教室に戻る。何かが麻痺したかのように、血も異臭も気にならなかった。 そして何度も謝りながら、「彼」の残骸をごみ箱のなかに流し込んでいく。 「ちょっとだけ、ちょっとだけ我慢してくださいね」 なのははゴミ箱を窓から外に出し、自身も中庭へ戻る。 中庭には誰かが出しっぱなしにしたのか、大きなスコップがごろりと転がっていた。 それを持ち上げ、花壇の土を掘っていく。 骨の折れる作業ではあったが、土が柔らかかったためにさほどの時間もかからず、人一人入れそうな穴が開いた。 そっと、慎重な手つきで「彼」をそこに流し込む。 直接埋めるのはためらわれたので、あらかじめ近くの教室から失敬したカーテンで遺体をくるみ、土をかけていく。 そうして出来た小さな墓に、花壇に咲いていた赤い花を添えた。 「ごめんなさい、こんなことしかできなくて…… でも、せめて、どうか安らかに眠ってください」 墓に手を合わせ、途端に力尽きたようになのははその場に座り込んだ。正直、体力も気力も限界だったのだ。 見上げれば空はすでに太陽がその姿を現し始めたのか、夜の黒から昼の青へと色を変えつつある。 校舎ごしに差し込む生まれたての陽光が、なのはと小さな墓を薄紅色に照らしていた。 「私……」 思わず、つぶやきが漏れる。 「私、守るから。みんなを守るから」 墓の下の「彼」に言っているのかは、自分自身でもわからない。 「ヴィヴィオも、加持さんも、この殺し合いに巻き込まれた人たちみんなを、守るから。守れるように、頑張るから」 それは、なのはの心の一番奥から出てきた言葉だった。 守りたい。 みんなを守りたい。 誰にも死んでほしくない。 ヴィヴィオも、フェイトちゃんも、スバルも、加持さんも、まだ見ぬ人たちも、全て。 そして、あの場所に帰りたい。 それがなのはの望みだった。無力を嘆いていても、なのはの心の奥はいつもそう願っていた。 そしてそれが出来るかもしれないだけの力を、なのははその胸の中に確かに秘めているのだ。 「探さなきゃ……」 ここで無力に打ちひしがれている暇なんかない。 ヴィヴィオを、みんなを探し出し、守る。 今は疲れきっていて体が動かないけれど、もうしばらく休んでいけばある程度回復できるだろうから。 そうしたら、飛んででも、走ってでも、ホテルに向かおう。 加持さんや、まだ知らない人たちが自分の助けを待っているかもしれない。ヴィヴィオも、近くにいるかもしれない。 「…………」 明け方の空をぼんやりと眺めながら、なのはは今は傍にいない相棒を思った。 「彼女」の名を思い出し、心に刻む。そうして立ちあがり、少しずつ歩いていきたい。 「不屈の心は、この胸に」 それが誰でもない、高町なのはなのだから。 ◆ ◆ ◆ 明け方の空は、雲一つないこともあって場違いなほどに美しかった。 とはいえ、そんなことに感傷を覚えるほどに小砂という少女は純粋ではない。 それよりもよっぽどの重大事が、彼女に起こっているのだから。 「おえっぷ……」 色気もなにもない声を出し、小砂は空を行く。正直言って吐きそうだった。 『小砂君、大丈夫か?』 「この顔色みて、平気だと思うわけ―――ううっ」 なれない上下運動。見慣れない緑色の塊。 加えて、人探しのために曲がったりくねったり、昇ったり降りたりを繰り返した飛行の軌道。 おまけに、砂漠に生きる彼女には物珍しい、鉄筋の組み込まれた家々に時折混ざる高い建造物。 『ふむ、君は一度平衡感覚のテストをしたほうがいいかもしれないな』 「んなこと言ってる暇があるんならちょっとは気遣って飛べ―――うぷっ!」 はっきりと言おう。人探しのために空を飛んでいながら、途中から小砂は意識が朦朧としていた。 ぶっちゃけ、市街地など見ている暇はなかった。 それよりもこみ上げる吐き気を抑えなければ、空を飛びながら胃の中身を撒き散らすという恐ろしい現象を起こしてしまう。 他人の迷惑など大して考えない彼女でも、空からそんなものが降ってくる光景というのは非常に気色悪かった。 「この依頼、私には不向きだったかも……」 口を手で押さえながら、小砂は市街地を見下ろす。夜が明け始めうっすらと太陽が出てきたため、ずいぶんと視界はよくなった。 それに二時間近く飛んでいたので、吐き気というかこの不安定感にもようやく慣れ始めていた。 『人影はなし、か』 「どれだけの人間がここにいるかって話だしねー……っていうかさぁ」 『ん?』 「これ、人が建物に隠れていたら意味なくない?」 飛び始めてよりの疑問を口にすると、頭上の翼兼ネコミミはしれっとこう言ってのけた。 『だからこその君だ。なんのために私が君をこうして飛ばしていると思う?』 「……日向冬樹を探すため、でしょ?まぁ他にも人を見つけるように頼まれてはいるけどさ それと何の関係があるわけ?」 『私は飛ぶ、君が見る。そういうことだ』 その言葉を少し噛み砕いてみる。 別にネブラにだって眼はある――先ほどのタママとの戦いを思えば明らかだ。 そのネブラが飛ぶ役で、自分が見る役、ということは――― 「ねぇネブラ、まさかだけど私に建物の中を透視しろとか言ってない、よねぇ?」 『? そのまさかだが』 「やっぱりかぁっ!」 透視しろ、というか、はたから見て中に人がいるのを分かれ。 それがネブラの意図らしい。 自分には人の心情を理解するのは専門外だから、同じ人間の君ならわかるだろう、と。 「無茶言うなって!人間は外から見て中を慮るなーんてことは普通出来ないの! まして日向冬樹なんて全然知らない人間のことなんか、ぜんっぜんわかんないんだから!」 『おや、そうだったのか? それでは私も人類の相互理解に対し少し認識を改めねばならないということなのか? 』 「あったりまえでしょうが!っていうか―――」 『待て、小砂君。人だ』 小砂を遮って、硬い声が飛ぶ。 翼の先が器用に湾曲し、ひょいと指の形になって前方をさす。と同時に、少し高度が下がる。 見れば、四角くて真中が開いた建物――地図で確認するに「小学校」の中庭と思わしき場所に、人がいた。 空を見上げながら、ぼんやりと物思いにふけっている。 「あれ、はどう見ても女だよね……」 『そうだな、日向冬樹ではない』 「冬月さんが言っていた、えーっと『惣流・アスカ・ラングレー』は確か茶髪の女だよね…… あ、でも明らかにあの女は十五歳じゃないな、もっと年上だから違うか」 『どうする?声をかけるか?』 あー、という声が小砂の口から洩れる。明らかに渋っている音だと自分でもわかるような声だ。 「やめとく。っていうか声かけたくない」 小砂の視界に入るその女性は、身につけた白い衣服の前面を真っ赤に染めていた。 見れば、近くにはスコップと中が真っ赤になった青い箱、そして小さく盛り上がった土がある。 人を殺して埋めて、その事実に自分でも呆然としている。 それが、小砂がその女に対して抱いた印象だった。 「とりあえずもう少しこの辺を見て回って、それからあの店に戻って、冬月さんに報告、かな。もう五時過ぎちゃったし」 『そうだな、では少し飛ばすぞ』 ひらりとネブラの翼がはためき、小砂の体が再び上昇する。 先ほどは西に向かって飛んだが、今度は東に向かっての飛行だ。太陽のおかげで東の空も昼の色を取り戻しつつある。 「そういえばさ、さっきのでっかいあの水たまり」 『……海か?』 「あれってさ、売ればいくらくらいになると思う?とりあえず百人くらいは一生遊んでくらせるよね、確実に」 『?』 B-1の陸の切れ目で見た、果てのない水たまり――海を思いながら、風の中に紛れ込む。 そうして、大地に座り込むかつての空の覇者の頭上を、小さな砂の民にすぎぬ小砂の翼は、軽々と越えていった。 【B-2 小学校・中庭/一日目・明け方】 【高町なのは@魔法少女リリカルなのはStrikerS】 【状態】疲労(大)、悲しみと決意 、制服が血まみれ 【持ち物】基本セット(名簿紛失) ディパック ハンティングナイフ@現実 コマ@となりのトトロ 【思考】 0.ヴィヴィオをはじめとしたみんなを守りたい。誰にもこれ以上死んでほしくない 1.しばらく休んで体力を回復し、ホテルに向かい加持と合流する 2.ホテル、デパート方面に向かい仲間を増やし、ヴィヴィオやほかのひとの情報を得る 3.フェイト……?大丈夫……だよね 【B-3 市街地上空/一日目・明け方】 【小泉太湖(小砂)@砂ぼうず】 【状態】健康、ちょっと気分が悪い 【持ち物】ネブラ=サザンクロス@ケロロ軍曹、IMIミニウージー(9mm口径短機関銃)@現実 ディパック、基本セット 【思考】 0.生き残る 1.「日向冬樹」を探して保護する。もう少しB-3周辺を探索する 2.「川口夏子」と合流する 3.「碇シンジ」、「惣流・アスカ・ラングレー」、「加持リョウジ」、「ケロロ軍曹」、「ガルル中尉」を探して接触する 4. 第一放送が終わったらB-7の『ksk喫茶店』に戻り、危険人物のことなどを報告する 5.「水野灌太」、「雨蜘蛛」には会いたくない。「水野灌太」の存在だけはきちんと確認したい 6.「日向冬樹」が死亡した場合には、ネブラの協力を得るために"闇の者"達を討伐する ※『長い茶髪を頭の横で縛った、白い服の女』を危険人物と認識しました ※【B-2】小学校の中庭に墓が一つあり、日向冬樹の遺体が埋葬されています ◆ ◆ ◆ 時系列順で読む Back 犯罪! 拉致監禁○辱摩訶不思議ADV! Next 上と、下(後編) 投下順で読む Back 犯罪! 拉致監禁○辱摩訶不思議ADV! Next 上と、下(後編) 君、死に給うこと勿れ 高町なのは 君が残した光 加持リョウジ 上と、下(後編) 腹黒! 偽りの共鳴 小泉太湖(小砂) 師匠と、弟子
https://w.atwiki.jp/ooorowa/pages/270.html
ろくでなしブルース(前編) ◆QpsnHG41Mg ラウラは黙り込んだまま、ろくに言葉を発しようともしなかった。 仲間がほかの仲間を殺したことがそんなにショックだったのか。 ラウラの表情はさながら苦虫を噛み潰したように歪んでいる。 「フン」 小さく鼻で笑うウヴァ。 役立たずが、と付け加える。 本人に聞こえてはいないだろう。 “まあいい……俺はそろそろ動くか” 傷心の子兎ちゃんにこれ以上構ってやる気なし。 ラウラが何を考えているのかは知らないが、ウヴァは勝ち残らなければならない。 そのために、一陣営のリーダーとして出来ることはいくらでもあるはずだ。 どうでもいい些事は捨て置き、ウヴァはライドベンダーに跨った。 「俺はもういくぜ、ラウラ……まっ、精々頑張ることだな」 緑陣営の……俺の駒として、なぁ――? 「……………………」 恨めしそうに、ラウラは顔だけを上げてウヴァを睨む。 昏い表情だ。相変わらず気に入らない目をしていやがる。 が、ウヴァはそんなことで貴重な部下に当たり散らすような小物ではない。 心の広い俺に感謝することだな、と心中で笑いながら、ウヴァはバイクを発進させた。 それから数分間、ラウラはそこを動かなかった。 この気持ちの整理がつくまでに、時間が必要だった。 何度、どれだけ考えようが事実は変わらない。 シャルロットはセシリアに殺された。それだけだ。 この殺し合いに乗ったのだ、セシリア・オルコットは。 “ならば……最早躊躇う必要は何処にもあるまい” セシリアは倒す。奴は最早、仲間ではない。 奴は、越えてはならない一線を越えてしまったのだ。 一応説得はするつもりだが、それでも聞かないなら容赦はしない。 仮に説得に応じたとしても、戦力を奪って拘束する必要はある。 これでもラウラは、少し前と比べれば随分と丸くなった方だ。 一夏と出会う前のラウラなら、迷いなく殺そうとしていただろう。 そして、ラウラの変化はほかでもない織斑一夏の影響だ。 一夏ならば、きっとこんな時でもセシリアを救おうとするハズだから…… アレはそういう男だ。そんな男にだからこそ、ラウラは心惹かれたのだ。 だから、その一夏に免じて、すぐに殺すことだけはしないでおいてやる。 “それに……シャルロットもそれを望むだろうしな” こんな状況でもラウラを救い、セシリアを止めようとした彼女なら、きっと。 そこでふと、ラウラはシャルロットとの会話を思い出す。 このゲームの勝利条件――ウヴァへの逆転策。 “私は……例え仮初とはいえ、これ以上ウヴァには従えん” というよりも、あんなヤツに、もう従いたくはない。 シャルロットの死を笑い飛ばしたあの虫頭に従うなど反吐が出る。 だからもう出来ない。それは、シャルロットとの友情にかけても、許せない。 だから、ラウラはここで今までの考えを改めることにした。 “ウヴァの陣営の優勝? いいや、違う……私は、私だけの陣営を優勝させるのだ” シャルロットも認めてくれた、この状況を打開するための最善策。 すべてのコアメダルを集めて、自分だけの陣営を作り、優勝すること。 危険分子だけを排除して、極力多くの仲間を引き込み、全員で生還すること。 そうすれば、殺される必要のない多くの者を救って、共に脱出が出来る。 師である千冬も、嫁である一夏も、仲間である鈴音も、みんなで一緒にだ。 その方法なら、きっと一夏も、死んだシャルロットも喜んでくれるハズだ。 ラウラは、たとえどんなことがあろうとも、彼らの思いを踏み躙れない。 ……だが。 今のままでは力が足りない。 ウヴァにも、あのセイバーにも、敵わない。 だから、今すぐにでも、なんとかして力を得たいのだが…… “いや……そう思うなら、これ以上こんなところでじっとしてはいられないな” ラウラの中で、ようやっと前向きな決心がついた。 ○○○ 夕暮れの空を飛びながら、セシリアは一人涙を流していた。 徐々に闇に染まっていくこの空のように、セシリアの心も黒く染まっていく。 セシリアは大切な親友の一人を、この手で殺してしまったのだ。 その事実が、重く昏い闇となってセシリアの内でわだかまる。 「もう……もう……ッ今更……後戻り、なんて……」 出来るわけがない。 この手は既に汚れている。 セシリアはもう、血と怨嗟の色で汚れている。 一度血に汚れたものは、水で洗い流しても完全に綺麗になることはない。 こうなってはもはや、シャルの命を背負って生きていくほか道はないのである。 「……奪った分……私が……ッ幸せに……ならないと……」 うわごとのように呟くセシリア。 これは呪いだ。絶対に幸せにならねばならない、そういう呪いだ。 殺してしまった友の分まで、自分が幸福を掴み、生還せねばならないのだ。 それがどれ程に歪で醜い決意であるか……そんなことはとうに自覚している。 だが、それでも、不器用なセシリアには、もうこれしか残っていないのだ。 「ごめんなさい……ごめんなさい……私は、もう……」 金輪際、面倒なことを考えるのはやめにしよう。 考えれば考える程にセシリアの心はすり減るばかりなのだから。 ここからはもう、一切の思考を捨てて、罪深い一人の女として戦おう。 生き残るため、女としての幸福のため、ただひたすら……目的のために。 悪鬼の仮面を被って、セシリアはただ、一夏と生還するためだけに戦うのだ。 「そのためなら……なんでもしますわ…………」 恋敵を皆殺しにすることすら厭いはしない。 だがしかし、それだけではただの無駄な殺しだ。 生き残るため、生還するために必要なことは…… 「青陣営……優勝……させなくては……」 こうなってはもう、それしかない。 虚ろな瞳でぼんやりと下界を眺めながら、セシリアは小さく呟いた。 シャルを殺したのだ、もはや残りの恋敵も皆殺しにするほか道はない。 中途半端で終わるのでは、殺してしまったシャルにも申し訳が立たないのだ。 だが、恋敵だけを皆殺しにしたとて元の日常に戻れなければやはり意味などない。 恋敵を皆殺しにして、一夏とともに帰る為には、なんとしても優勝するしかない。 「そうですわ……優勝、しなくては……なりませんわよね……? みんな、殺さなくては……殺さないと……この手で……一人残らず……」 壊れた人形のようにブツブツと呟く。 セシリアは、これ以上、物事を考えるのがつらかった。 面倒な考えの一切を放棄して、そう決断するのが楽だった。 だったら、考えは全てこの場のルールに委ねてしまった方がいい。 「……ごめんなさい……皆さん……私はもう……」 申し開きようもない、どうしようもないクズだ。 だが、どうせクズならもう何をしたっていいじゃあないか。 クズならクズらしく、開き直って好きに生きた方が気が楽だ。 だから――今の一言が、友だったみんなへの、最後の謝罪だ。 「ここから先……私は……」 悪辣な鬼となろう。 目的を成すまで、自分の感情をも殺して。 何も考えない戦闘マシーンになって、ただ殺すのだ。 そして、どんなに汚い手段を遣ってでも、絶対に優勝するのだ。 それが……冷たく深い海の底で見付けた、至ってシンプルな答え。 セシリアの表情からは、既に人らしい一切の感情が消え去っていた。 ゲーム開始から、もう五時間以上が経過しているのだ。 あのメモの場所に行ったところで、すでに誰もいないことは明白。 いいや、もうそんなことはどうだっていい。 「どうせ敵はみんな殺すんですもの……こんなもの」 メズールから貰ったメモを手の中で握り潰し、地上へ捨てる。 ただのゴミ屑となったそれは、風に煽られ何処かへ舞っていった。 「……私の敵は……どこかしら……」 死人の如き能面を張り付けて、修羅の道へと堕ちたセシリアは飛ぶ。 次の標的を見付けるために―― ○○○ 「ベーニャンが偽物って……どういうことか説明するニャ!」 ベッドから跳び起き、イカロスに掴みかかるフェイリス。 フェイリスは、友達が友達を殺さなければならない状況が理解出来ずにいた。 イカロスは一体何をもって彼女を偽物としたのだろうか。 聞いても納得する答えが返ってくるとは思っていない。 が、それでも黙っていることなど出来なかった。 「ちゃんと答えるニャ、アルニャン!」 イカロスの肩を掴んで、がくがくと揺らす。 虚ろげな目をしたイカロスは、ブツブツと、何か言っている。 私の記憶と齟齬が、とか。メモリーがどうの、とか。 出てくる言葉はそんな要領を得ないことばかりだった。 やがて、イカロスを挟んで窓に面していたフェイリスの眼が、光を捉えた。 薄暗い夕闇の中で、何かが眩く光っている。 そして、「光っている」と認識したかと思えば、 「ッ―――――――――――!?」 もうすでに、光は硝子の窓を突き破っていた。 よくSFアニメに出てくる、レーザー光線……というヤツか? それが窓硝子を一瞬で粉々に粉砕し、イカロスの背に直撃したのだ。 エンジェロイドの身体を貫通することはないが、しかしその衝撃は凄まじい。 レーザーの余波がイカロスの背で弾けて、狭い室内で吹き荒ぶ突風を巻き起こす。 軽いフェイリスの身体など容易く吹っ飛んで、壁に打ち付けられた。 「あ……アル、ニャン……!?」 フェイリスは怪我という程の怪我をしたワケではなった。 イカロスが壁になってその背中で受け止めてくれたからだ。 だが、代わりにレーザーの直撃を受けたイカロスは―― 「ア、アルニャン! アルニャン! しっかりするニャ!」 人形のような無表情のまま、うつ伏せに倒れていた。 背中の天使の羽根の付け根には、レーザー攻撃によって出来た焦げ跡。 普通の人間ならばとっくに死んでいてもおかしくはないこの状況……。 一体どうして何が起こったのか、そんなことに考えは至らない。 フェイリスはただ混乱するだけしか出来なかった。 『オイ猫女、次が来るぞぉぉぉーーーーッ!!!』 頭の中で響いたモモタロスからの警告。 だが、そんなことを言われて反応出来るわけがない。 馬鹿みたいに、え!? とか、そういう反応しか出来ないのが素人だ。 粉々に砕かれた窓から空を仰げば、次はミサイルがこの部屋へと迫って来ていた。 「ニャーーーーーーーーーーーーーーッ!?」 何をするでもない、ただの絶句だ。 しかし、そのミサイルに命を奪われることはなかった。 ミサイルが着弾する瞬間、何かがこの部屋の周囲を覆ったのだ。 見えない壁に阻まれたミサイルは、その壁の外周を爆風で粉々にする。 頭を抱えて蹲るしか出来なかったフェイリスのそばで、イカロスが立ち上がった。 「敵勢勢力を確認――殲滅します」 システム音声のように、いつも以上に感情のない声で言った。 それから、キュイ、と小さな音を立てて、イカロスの瞳の色が変わる。 翼をばさりと拡げて、イカロスは敵のいる空へと飛び立っていった。 ○○○ イカロスを強襲した敵は、容易に捕捉出来た。 ステルス機能を使うでもなく……ただぼんやりと空に浮かんでいたのだ。 青い機械の装甲を身に纏った襲撃者は、イカロスと似た空虚な表情をしていた。 その少女の身体からやや離れた場所に、数機の青いビット兵器が浮かんでいる。 その名を、セシリア・オルコットと、ブルーティアーズ。 修羅へと落ちた女の名だ。 会話などなしに、ビットの砲門が一斉にイカロスへと向いた。 “ロックオン……されてる……” すぐに対処をしようと、此方からもロックオンし返す。 イカロスの翼から、ビット兵器と同じ数の赤い弾丸が射出された。 永久追尾空対空弾「Artemis(アルテミス)」だ。 アルテミスが一度イカロスから離れると同時に、敵のビットも稼働を開始した。 それぞれが独立した軌道を描いて、セシリアの身体から離れたのだ。 “オールレンジ攻撃……” だが、命中するまで半永久的に敵を追尾し続けるアルテミスには関係ない。 ビット兵器のかく乱はすべてアルテミスに任せて、自分は加速する。 背中の翼をはばたかせて――一瞬のうちに音速に近い速度を叩き出す。 これには流石のセシリアも驚いた様子で、狼狽を露わにするが…… 「――え?」 しかし、イカロスの加速は、セシリアに届くことなく終わった。 翼があるのだから、空は飛べる。飛行に問題はないが、加速が出来ないのだ。 アルテミスも、敵のビット兵器との追いかけっこの末、着弾を待たずして消失。 次のアルテミスを起動しようとするも、もうイカロスの翼は何の反応も示さない。 この不可解な状況変化に、セシリアは凛とした冷たい声で言った。 「あら、メダル切でも起こしましたの……? ご愁傷様ですこと……」 そういうことだ。 イカロスは決して燃費のいいエンジェロイドではない。 確実に殺すつもりで放たれたミサイルから身を守るための絶対防御圏イージス、 レーダーを起動し、セシリアに追いすがるための加速に、果てはアルテミス……。 残り二十枚ぽっちのメダルを使い果たしてしまうには、十分過ぎる消費であった。 むしろ、たったの二十枚でここまでやれただけでも驚くほどだった。 「……あっけない終焉ですわね」 ろくな加速も出来ないイカロスを囲むように、ビットが展開されていた。 その砲門が、うち四機はレーザーを、二機はミサイルを発射する。 加速も出来ない、ただ浮かんでいるだけのイカロスに回避は出来ない。 「あ……ぁ……」 一声掃射されたレーザーが、イカロスの身体を滅多打ちにする。 身体のあちこちで爆発が起こって、エンジェロイドのボディにダメージが及ぶ。 一秒、二秒と経たないうちに、すぐにイカロスはそれ以上の飛行が出来なくなった。 落下してゆくイカロスを、それでも執拗に追撃するレーザーとミサイル。 ミサイルの着弾と同時に身体が爆ぜて、爆風に煽られる。 レーザーの直撃と同時に人形のように身体が吹っ飛ぶ。 “いたい……ッ、くるしい……――” すぐに壊れてしまえない身体を持ってしまったことが恨めしい。 激しい痛みの中にあっても壊れること叶わない。 力も使えずただ苦しむことしか出来ない、生き地獄。 だが、こんな時でも助けてくれる者は誰もいない。 “……マスターは……此処には居ないから” それを思った時、動力炉に別の痛みが走った。 それについて考える時間を待たず、イカロスはアスファルトの地面に激突した。 大きな音と、強烈な衝撃。高く舞う砂埃。 全身を打ち据えるような鋭い痛み。 身体が、思うように動かない。 「しぶとい……ですわね」 アスファルトに沈んだ身体で、首だけを動かして上空を見遣る。 喜びも悲しみもない、深い空虚のような瞳が、イカロスを俯瞰していた。 砕けた大地を引っ掴んで、イカロスはぐぐぐ、と身体に力を込める。 相も変わらず能力は使えないが、それでも何とか立ち上がることは出来た。 あの冷たい目に負けず劣らず空虚な瞳で、イカロスは空を仰ぐ。 セシリアは、それ以上の滞空をやめて、ゆっくりと地へと降り立った。 つかつかと歩み寄った少女は、動かないイカロスの額に、銃を突き付ける。 ちゃき、という音と共に、額に冷たい鉄の感触を感じた。 「これで終わりですわね」 「……撃ってみると……いい……」 眉根をぴくりと動かしたセシリアは、躊躇いなく引鉄を引いた。 ドガン、と大きな音が炸裂して、イカロスの身体が人形のように後ろに倒れこむ。 額にやや赤い痣が出来ていた。 そこから、僅かな血液がつう、と流れていた。 しかし、それだけだ。イカロスに大したダメージは見られなかった。 それどころか、腕を抑えて苦悶の声を漏らすのは敵のセシリアの方だった。 「零距離射撃の……反動……。私は……そんなものでは壊せない……」 「っ……呆れましたわ……! こんなバケモノ、一体どうやって……!」 「それしか武器がないなら……あなたには、無理……」 イカロスは、幽鬼のようにふらりと立ち上がった。 驚愕に一瞬行動が遅れたセシリアの首を、獲物に飛び掛かる蛇の如き素早さで掴む。 その首をぎり、と締め上げて、人間離れした力でセシリアの身体を持ち上げるイカロス。 この少女は敵勢勢力だ。イカロスの命を奪おうとした、正真正銘の敵だ。 排除することに何の躊躇いも感じない。 ここで、ひと思いに殺してあげよう。 「さよなら」 最期に告げる、別れの言葉。 その細い首をへし折ろうとした、その時だった。 「やめてーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」 聞き覚えのある少女の、悲痛な絶叫だった。 思わず手から力が抜ける。セシリアの身体が、どさりと落ちた。 声の主が、息せき切らして一生懸命に此方へ走り寄って来る。フェイリスだった。 フェイリスは、まろぶようにイカロスにすがり寄り、そのあらゆる動きを掣肘する。 「こんなことやめるニャ! そんなことしたって、何にもならないニャ!」 ……この心優しい少女は、殺人を望まないようだった。 その瞳に澎湃と溜まった涙が、イカロスに後ろめたい気持ちを抱かせる。 その優しい涙が、イカロスの知る誰かの涙と、よく似ている気がしたから。 そんな思考を遮ったのは、視界の隅で銃を構えるセシリアの存在だった。 「ニャッ!?」 危ない、と判断したその瞬間には、イカロスはフェイリスを突き飛ばしていた。 その瞬間、ばん! と大きな銃声が響いて、二人の間を銃弾が通過してゆく。 今狙われていたのは、イカロスではなく……無防備なフェイリスだ。 イカロスに睨まれたセシリアは、苦々しげに表情を歪ませ、再び装甲を身に纏った。 スラスターの噴射による反動で、セシリアは一気に二人から距離を取る。 「……彼女は……無防備なあなたを、殺そうとした……」 それでも、まだそんな綺麗事が言えるのか。そう言いたいのだ。 フェイリスは、しかし、それでも意志を曲げる姿勢を見せない。 「それでも、殺しちゃ駄目ニャ! それじゃあ……駄目なのニャ!」 フェイリス自身も上手く言葉を纏められず、ただ、駄目としか言わない。 だから、イカロスには何が、どうして駄目なのかがわからなかった。 そんな混乱も冷めやらぬうちに、脳内でアラートが鳴り響く。 ――ロックされている。 空に舞い上がったブルーティアーズが、ビット兵器を射出した。 それら全てが、イカロスとフェイリスの二人をロックオンしているのだ。 もはや見境もなし、ということだろう。 とにかく殺したいのだ、あの少女は。 「……フェイリス……メダル……」 「ニャッ?」 「ロックオン、されてる……けど、メダルがない……」 「ニャ、ニャんだってーーーーーーーッ!?」 メダルがないから、防御が出来ない。 最後まで言わなくてもわかってくれたようだから話が早い。 慌てたフェイリスは首輪からオレンジ色のメダルを取り出し、投げた。 ライオンのコアメダルだ。投げ放たれたそれを、イカロスは危なげなくキャッチ。 ビットは六機全てで二人を取り囲むように展開されている。逃げ場はない。 いいや、逃げるつもりもない。 「――イージス、展開……!」 イカロスの声と、ビットによる一斉掃射は同時だった。 ○○○ ブルーティアーズの一斉攻撃による爆発を俯瞰しながら、セシリアは思う。 ああ、また防がれたのだろうな。あの爆煙は着弾による破壊の爆煙ではないな、と。 あの猫耳の女が、イカロスにメダルを分けたから、とかそんなところだろう。 案の定、爆煙から飛び出して来たのは、あの赤髪の少女――イカロスだった。 すぐにビットを向かわせようとするが…… 「……速ッ――」 ――駄目だ! そんな余裕はない……! 尋常ならざる速度だった。音速にも達しようかという勢いだった。 セシリアの反応を上回り瞬く間にイカロスが飛び込んできた。 反射神経などとうに置いてけぼりにされている。 何も出来ないセシリアの頭部を、イカロスの手が鷲掴みにした。 “なんてッ! 馬鹿馬鹿しい……! そんなゴリ押し――!” 対処など出来るわけがない。 セシリアはそこまで人間をやめてはいない。 その身体はぶんと空を切る音を立てて振り回され――地面へとブン投げられた。 イカロスの怪力に重力も手伝って、セシリアの身体はとんでもない速度で急降下。 スラスターを全開で噴射させ、ようやく姿勢制御をしたのは、 “……ッギリギリ! ですわ!!” 固いアスファルトの地面に激突する数センチ手前だった。 即座にレーザーライフル――スターライトを構え直すセシリアだったが、 「……えっ!?」 イカロスを相手に、姿勢制御をしてからの構えではあまりに遅すぎた。 放たれた無数のアルテミスは、既にセシリアの視界の中で円を描いて迫っていた。 円形に展開された一発一発、その全てがセシリアを取り囲むように拡がり、急迫。 横方向の移動は全て封じられたし、下には地面、上にはイカロス、逃げ場がない。 次の行動を起こす前の一瞬のうちに全弾がブルーティアーズに着弾した。 短い悲鳴ののち、セシリアの身体が吹っ飛んで、地面に数度バウンドする。 見たところ直撃だが――しかしセシリア本体へのダメージは今の所存在しない。 ISとはエネルギーが切れるまではどんな攻撃からも装着者を守ってくれる鎧だ。 今回のダメージも全てISが打ち消してくれたのである。 が、しかしだからといって望ましいことはなにもない。 本来ならシールドエネルギーが消費される筈が、急激な勢いでメダルがなくなっていた。 今のダメージをメダル消費なしで受け止めていたらと考えると背筋が寒くなる。 “どうして……あんなバケモノが参加していますの……!?” 頭を抱え、ううんと唸るセシリア。 戦力差がありすぎる。不公平じゃあないか。 零距離射撃でもロクな怪我をしない奴に一般人が勝てるわけがない。 勝てるとするなら、高威力のエネルギー攻撃で一瞬で蒸発させるくらいか。 もしかしたら、それ以外にも幾らでも倒す手段はあるのかもしれないが、 何にせよ、今のセシリアにはそれをやりとげるだけの力がない。 いいや、武装がない、どころか―― “……私のデイバッグが!?” なくなっていた。一瞬前まで肩にかけていたのに。 どうやらさっきの衝撃で、転がりながら落としてしまったらしい。 すぐにスラスターを噴射させそれを回収しようとするが―― 「あなたにこれは回収させない……」 頭上に天使の輪を浮かべた少女が、デイバッグの前に降り立った。 デイバッグの前に立つイカロスが、セシリアにはまるで絶壁のように見えた。 「……殲滅……する……」 まるで脇に大砲を構えるようなイカロスの動作。 その所作に合わせて、光が集束してゆき、そこに巨大なエネルギー砲を顕現させた。 イカロスの超兵器――超々高熱体圧縮対艦砲(ヘパイストス)だ。 “あんなものまで……ッ!!” 絶句するセシリア。 アレの砲身にすさまじい熱量を感知したブルーティアーズがアラートを鳴らす。 アレの威力はおそらく、一撃でセシリアのメダルをすべて刈り取って余りあるだろう。 ISが消失したセシリアに、あのバケモノを倒す手立てはない。 だが、諦めて死を受け入れるワケにもいかない。 「くぅ……ッ」 ビットは駄目だ。アレを飛ばしている間、自分はろくに動けない。 スターライトも駄目だ。今からでは遅いし、威力でもおそらく勝てはしない。 だったら残る道は――ISの機動力を活かしての回避しかあるまい。 セシリアはスラスターを全力噴射して、大空へと舞い上がった。 周囲のどのビルよりも高く上昇したところで、ヘパイストスが火を吹いた。 滅茶苦茶な軌道で飛んでいたセシリアに、へパイストスは――直撃、しなかった。 セシリアの身体の左側に浮かぶビットを蒸発させ、IS本体を掠めて空へと通過してゆく。 「きゃぁぁぁぁ――――――ッ!!?」 ビットの半分が爆発し、その爆風に身体を煽られる。 許容範囲を超えた衝撃に、空での姿勢制御が不可能となる。 くるくると舞いながら、セシリアは落下していった。 地面に激突して、小さなクレーターが出来上がる。 そして、またメダルが減ったことを認識する。 “……これでは……もうこれ以上の戦闘は――” 不可能か……と、一瞬考えたセシリアであったが。 いいや、勝利の女神はまだセシリアに微笑んでくれている。 セシリアの目の前で、イカロスの頭上の天使の輪がすうっと消失したのである。 さっきと同じだ。赤くギラついていた瞳も、ぼんやりとした緑へと変わる。 どうやら、戦闘形態の維持が不可能になったらしい。 実のところ、ヘパイストスも、コアメダルで補ったメダル残量では足らなかった。 今の一撃は、これでも大幅に威力が抑えられたものだった。 それも今の一撃でセシリアが一瞬で蒸発しなかったことの要因の一つである。 もっとも、ソレを差し引いてもセシリアが助かったのは奇跡と呼べるレベルだが。 “とにかく、彼女は今のでメダルの補助分を使い切ってしまったようですわ” それを理解したセシリアの頬がにやりと緩められる。 イカロスはその高性能さゆえ、メダル消費に関しては最悪の燃費なのだろう。 欠点などないかと思われた強敵だが、それはこの場においては致命的な弱点である。 ビットの半分は失ってしまったが、これはISの自動修復機能に任せておけばいい。 メダルを失ったイカロスをなんとかすれば、いくらでもやりようはあるのだ。 一気に逆転したとばかりに笑みを浮かべたセシリアは、 「そのデイバッグを返しなさい。さもなくば、そのメイドを殺しますわよ」 スターライトの銃口を、今も無防備なフェイリスへと向けて要求をする。 どうせイカロス本体を殺すだけの威力はない。こっちの方が脅迫としては上出来だ。 イカロスの表情がぴくりと動くが、しかし思いのほか、イカロスは返答をしなかった。 「私とフェイリスは……関係ない……」 「では、そのメイドさんをお見捨てになりますの?」 「……フェイリスは……私の記憶にない……。必要な人間じゃ、ない……から……」 「あら、そうですの」 ちらと見れば、フェイリスは絶句した様子で口を小さく開いていた。 この状況で唯一の味方に見放されたのだから、もうフェイリスに未来はない。 「憐れなメイドさんですこと」 そういってスターライトを発射しようと照準を合わせる。 その瞬間、フェイリスは転がるようにその場を離れ、イカロスの背後に飛び込んだ。 落ちていたデイバッグを拾い上げ、それを胸に抱きかかえ、また地面を転がる。 立ち上がると、デイバッグを胸元に携えて、フェイリスは精一杯の脅しをかけてきた。 「フェ、フェイリスを撃ったら……このデイバッグの中身まで吹っ飛ぶニャ!」 “ふふっ……何かと思えば、なんて可愛らしい” そんなものは、セシリアにとって脅迫にもなりえない。 自分の身は自分で守るしかないと判断しての行動だろうが…… 悲しいかな、その行動は裏目でしかない。 イカロスから離れさえしたなら、フェイリスなどどうとでもなる。 銃口を降ろしたセシリアは、ブルーティアーズを急加速させ突撃。 驚くフェイリスに次の行動を許さず、激突するような勢いでデイバッグを奪い取る。 ……だが! 「は、離さない……ニャ! 絶対に! 離さないのニャ!」 フェイリスもまた、相当な力でバッグを掴んでいた。 滑空するブルーティアーズに数十メートルも引き摺られて、それでも離さないのだ。 長いスカートが高速で地面に擦れて、どんどんすり減っていくのが目に見えた。 「ええい……しつこいですわ! とっとと! 落ちなさいなッ!」 ついでにその衝撃で死んでくれれば尚いいのに、と表情を歪めるセシリア。 次にフェイリスの身体を襲ったのは、セシリアのIS越しの蹴りだった。 「ッニャァ!?」 猫のような悲鳴を漏らしたフェイリスが、ようやっと落下しごろごろと地面を転がる。 が、計算外の出来事というのはつくづく繰り返されるものだ。 よっぽどの力で掴んでいたのだろう、デイバッグの口も同時に開いてしまった。 フェイリスと一緒に、荷物の凡そ半数がぶちまけられて、地面に散乱する。 “何処までも鬱陶しいメイドですこと……!” 支給品と一緒に転がっている、ボロボロのメイド服を着た女に苛立ちの視線を向ける。 フェイリスもすぐに周囲に転がる支給品に気付いたのか、それらへと手を伸ばしていた。 ――まずい、奴らに支給品を回収されてしまう。 彼女の周囲に落ちているのは、銀色のアタッシュケースと、赤い携帯電話と用途不明のカードが一枚、 ビニール袋に入ったIS学園の男女制服が一式と、シャルの橙色のネックレスが一つ…… 残りは自分のデイバッグに入っているが、重要な支給品は全てぶちまけられているではないか。 ファイズギアはまだいいとしても、 “たとえ他は犠牲にしてでも、ISだけは……!” ラファール・リヴァイブだけは渡すワケにはいかない。 優先順位トップは、迷いなく断然シャルのネックレスの形をしたISである。 幸いにも、フェイリスが最初に手を伸ばしたのはあの銀色のアタッシュケースだった。 セシリアはすぐにビットを展開して、フェイリスと、その周囲目掛けてビームを乱射。 「ニャッ、ニャニャニャァァァ~~~~~ッ!?!?!?」 ビットの展開と同時、フェイリスは慌てて逃げまどった。 ちょろちょろと、まさしく俊敏な猫のように逃げ回るフェイリスに直撃はしない。 が、その周囲で炸裂したビームの爆風に、フェイリスの身体は吹っ飛んだ。 体重の軽い少女を吹っ飛ばすには十分な爆風だ。 フェイリスはそのまま動かなくなった。気絶したのだろう。 ISに引きずられ、IS装着者に蹴られ、果ては爆風だ。無理もない。 何にせよこれで障害は一つ排除した。 支給品はそのまま。チャンスは今だ。 他の支給品には目もくれず、セシリアは真っ先に地表を滑空。 ISのマニュピュレーターがアスファルトで削れることも厭わず、 セシリアはシャルのネックレスをその手に掴み取り、そのまま飛翔。 しかし……それだけで「やりましたわ!」などとは思うまい。 この一瞬の間に、今度はイカロスが、銀のアタッシュケースに手を伸ばしていた。 セシリアはイカロスとはもうこれ以上は戦いたくはなかった。 が、かといってイカロスにファイズギアという戦力を渡すのも嫌だった。 “くっ……仕方ありませんわ……悪足掻きといかせてもらいますわ……!” 展開していたビットが、四方八方からアタッシュケース目掛けてビームを発射した。 イカロスの手が届く前に、ブルーティアーズの煌めきがケースを幾重にも貫いてゆく。 「……あ」 別にどうでもよさそうな、無感動なイカロスの呟き。表情の変化もなし。 イカロスが掴もうとしていたケースは、中身に引火したのか、内部から爆裂した。 爆発の中に、赤の粒子がきらきらと煌めいて舞い上がり、散っていくのが見えた。 それは、ファイズギアが内包していた赤きフォトンブラッドの煌めきだった。 「有害物質の散布を確認……すぐに全焼……消滅。人体に影響はなし……」 イカロスのシステム音声のような報告。 ファイズギアの完全破壊を確認したセシリアは、ほっと一息ついた。 これでもう、あの厄介な鎧が敵の手に渡ることはなくなった。 どうせ自分が使う日が来ることもなかったろうし、 誰かに奪われるくらいなら……ということだ。 他に落ちている物も、セシリアにとってはガラクタ同然。 玩具みたいな携帯電話と意味のわからないカードのみだ。 その携帯電話は気絶したフェイリスのそばに落ちていて…… カードは、風に吹かれてイカロスの足元にぱさりと落ちていた。 イカロスがそれを拾い上げるのを見て、セシリアは寧ろ諦めがついた。 “……まあ、アレらはもう諦めましょう。ISは守り通せたことですし” どの道、あのガラクタ二つを持っていても邪魔だとしか思えなかった。 今はそんなことよりも、自分の首輪の中のメダル残数の方が心配だった。 もう既に、セシリアのメダルはいつ切れてもおかしくないところまできているハズだ。 これ以上戦闘を続けてもしメダル切れを起こせば、勝ち目は絶対になくなってしまう。 口惜しい思いだが……それだけは避けたい。 ここは一旦退いたほうが賢いだろうと判断した。 空中で踵を返したセシリアは、そのまま急速離脱。 あっと言う間にイカロス達から逃げ果せた。 ○○○ 突然奇襲をしかけられた。 短い戦いののち、すぐに去っていった。 ……結果だけを述べれば、こんなところだろうか。 まさに嵐のような戦いであった。 「あの子は……」 戦場だった場所に一人ぽつんと佇むイカロスは考える。 あの青い装甲の少女はほとんど無言だったから、目的はわからない。 ……いいや、ここで人に襲い掛かる目的など知れている。 殺し合いに乗った以外に、一体どんな理由があろうか。 「でも……自分の意思で……?」 虚のような瞳をしたあの少女は、果たして自分の意思で戦っていたのか? 感情を押し殺したようなあの少女は、何を求めて戦っていたのだろうか。 自分と何処か似たあの子ですら戦っているというのに。 この場に来てから、自分は一体何をしているのだろう。 「私は……こんなことをしてる場合じゃ……」 じりじりと、何かがイカロスの心を焦がす。 みんな必死だ。ここにいるみんなが、何かをかけて戦い、殺し合っている。 今この瞬間にも、マスターが何者かに襲われ、殺されそうになっているかもしれない。 そう思った時、イカロスの心を焦がしていたソレが、一気に燃え上がった。 「マスターに……会いに、いかないと……!」 会いにいかねばならない。今すぐにでも。 そのためには、あらゆる万難を排して、戦う必要がある。 さっき戦ったあの子のように、自らの意思で、道を切り拓く必要がある。 「偽物の世界は……全て……破壊してでも……戦わないと……」 イカロスの頭脳は、それが最大の近道であると判断した。 地面に横たわるフェイリスの元まで歩み寄ったイカロスは、その首に手をかけた。 少しでも力を加えれば、ヤワな人間の身体などすぐに破壊してしまえる。 「……フェイリス……」 しかし――イカロスはフェイリスを殺すことは、出来なかった。 いざ殺そうとしたその瞬間、さっきのフェイリスの涙を思い出してしまったから。 あのマスターに似た優しい涙を思い出して……それでも殺せるワケがない。 「違う……私が……殺すまでもない、から……」 だから殺さないのだ。そう言い訳をする。 フェイリスはどうせ、力を持たない一般人だ。 ここで放置していけば、イカロスが手を下さずとも誰かが殺す。 そうだ。何も自分でやる必要はどこにもないのだ。 「さよなら……フェイリス」 イカロスはフェイリスに背を向けた。 もうこれ以上何の得にもならないお守りをするつもりはない。 ここからは自分のためだけに……精一杯、戦って行こう。 イカロスは、自分の意思で歩き出した。 ○○○ 「おい! おいッ! 大丈夫か、しっかりしろッ!」 身体が揺さぶられている。 瞼は重たい。全身の筋肉が、やけに疲れを感じている。 だが、どうにも起き上がれないというほどでもなかった。 ちょうど昼寝のまどろみから目覚めるような感覚だった。 「おいっ、起きろ――」 「――ンニャ……」 幾度となく呼ばれる声に、フェイリスはようやく答える。 そしてフェイリスの視界に飛び込んできたのは―― まず第一に、細くきめ細かに艶めく銀髪。 そして、燃えるルビーのような真っ赤な虹彩。 極めつけて目を引くのは、その片目を覆う黒の眼帯。 ――フェイリスは、彼女の容姿に目を奪われた。 「……素晴らしい……中二魂を感じるニャ……!!」 それが少女を見たフェイリスの正直な感想だった。 「……は? ちゅう、に……?」 「ハッ……!? も、申し訳ないニャ、思わず……」 少女は一瞬怪訝な顔をしたが、それ以上の追及はしなかった。 それよりも、周囲に散らばった支給品や、あちこちに出来た焼け跡を見て、 「私の名前はラウラ・ボーデヴィッヒ。ここで何があったのか教えて欲しい」 短い自己紹介に次いで、状況の説明を求めてきた。 あちこちのアスファルトが、焦げたり、砕けたりしているのだ。 ここで戦闘が起こらなかったという方が無理がある話だ。 フェイリスもまた周囲を見渡して、ことここに至るまでの経緯を思い出す。 そして次に自分自身の身体を見回して、大した外傷もないことに安心する。 “アルニャン……フェイリスには手を出さなかったみたいニャけど……” この場所で出来た友達――イカロスのことが何よりも心配だ。 今のイカロスが何をしでかすかは、フェイリスにも皆目見当がつかない。 もしかしたら、フェイリスは見逃されたが、ほかの参加者は殺している、かも。 そんなことを考えると、フェイリスはいてもたってもいられなくなった。 がばっ、と身を起してラウラに掴み掛り、フェイリスは早口に捲し立てる。 「こ、ここに天使の羽根の女の子がいなかったかニャ!?」 「いいや……私が来た時には、すでにこの状況だった。何も変化はない」 「そんニャ……」 「それよりも私の質問に答えろ」 苛立たしげに眉根を寄せるラウラだった。 フェイリスは慌てて一言謝罪をして、ことのあらましを説明した。 イカロスという友達がいたこと、彼女がニンフを殺してしまったこと。 そこへ突然襲いかかってきた青い装甲の少女のこと、それらを簡潔に、だ。 大体の状況を把握したラウラは、次に二、三質問を投げかけてくる。 その青い装甲の少女は、金髪で、丁寧な敬語を喋ってはいなかったか、とか。 それらの質問に、フェイリスは首肯で答えた。 「あの馬鹿がッ、やはりこれはセシリアの仕業か……!」 ラウラは、憎々しげに拳を握りしめていた。 「そのセシリアって子……ラウニャンの知り合いなのニャ?」 「知り合いどころか。セシリアは……私の仲間、だった」 苦い表情のラウラに、不躾を自覚しながらも質問する。 「だった……? どういう、ことニャ……?」 「……仲間の、ハズだったんだ」 ラウラは、セシリアという少女と、一夏という少年の話をしてくれた。 恋敵を殺し、おそらくは生還するため、殺し合いに乗ったセシリアという少女―― フェイリスは、セシリアとイカロスはとてもよく似ていると思った。 「そんなの悲しいニャ……その子は……止めなくちゃならないニャ」 「そのつもりだ……あの馬鹿は、私が絶対に止める」 たとえ殺すことになったとしても―― まるでそう言っているように、ラウラの瞳は怒りに熱く燃えていた。 友達だから、これ以上間違いを犯す前に止めなくてはならない。 そう考えているのであれば、ラウラもまたフェイリスの仲間になれる。 “でも……この子、危ない目をしてるニャ” 友達が友達を殺すことは、これ以上もなく哀しいことだ。 さっきそれを体験したばかりだから、その悲痛さはよくわかる。 フェイリスはもうこれ以上、そんな悲劇を見過ごしたくはないのだった。 この少女は放っておけない。 このフェイリスが、一緒に行動してストッパーにならなくては…… そう思い、フェイリスはどんと自分の胸を叩き、胸を張って言った。 「ラウニャン……出会ったばかりニャけど、フェイリスたちはもう仲間ニャ!」 「なんだと……?」 「フェイリスはアルニャンを止めなくちゃならニャい…… そして、ラウニャンもまた、同じようにセシニャンを……そう、 よく似た運命を背負いし者同士が出会ったとき、物語は再び動きだすのニャ! ここで終わりじゃないニャ! 何度でも、挫けずに、食らいつくのニャ!!」 そう言って、すっくと立ち上がるフェイリスの眼には……正義の炎が宿っていた。 何度挫けそうになっても、たとえ報われなくとも、諦めることは出来ない。 言葉がどんなにふざけていても、フェイリスの考えは真剣そのものだった。 それを感じ取ったのであろうラウラもまた、背筋を伸ばして立ち上がる。 隣に並び立つと、ラウラはまるで子供のように小さかった。 「そうか……一夏もきっと、そういうのだろうな」 「なら、そのイチニャンともきっとすぐに仲間になれるニャ!」 「フッ……お前ならば信用出来そうだ」 誰とでも友達になろうとするフェイリスが、敵であるワケがない。 そう判断してくれたのだろう。ラウラは小さく微笑んで、 「これから仲間になるなら……私のもう一つの目的を、聞いてくれるか?」 神妙な面持ちでそういった。 「ニャ?」 「私は……このバトルロワイアルで優勝するために戦うつもりだ」 息を呑むフェイリス。 「ソレってまさか……殺し合いに乗るってこと……ニャ!?」 ラウラはやおら首を横に振り、それを否定した。 「……最初はそのつもりだった。……が、今は違う」 「どういうことニャ?」 「死んだ仲間と誓い合った……全員で生還するための方法だ。 私はすべてのコアメダルを集め、陣営のリーダーとなるつもりだ」 そこでフェイリスは、ラウラの言わんとすることを何となく理解した。 このバトルロワイアルは、陣営リーダーとその配下の参加者のみが生還出来る。 いかに上手く参加者を多く引き込んで勝利するか、そういう陣取りゲームだ。 ラウラは……このゲームのルールの穴を突こうというのだ。 元よりこういった頭脳戦ゲームには強いフェイリスは、 「ニャるほど……確かにそれなら!」 胸の前でぽむ、と手を打ち合わせた。 「察しがついたようだな。出来る限り多くの仲間を引き入れて、グリードを排除、そして生還する……!」 決然と言い放たれたラウラの言葉に、フェイリスは光が見えた気がした。 殺されたくはないが、殺したくもない…… そんな二進も三進もいかない状況を打開するための最善策がここにある。 どうして今までそんな簡単な理由に気付かなかったのか、と自分を謗りたくなる。 だが、今はそういった小さなことどうでもいい。 「重要なのはコアメダル……それさえあれば帰れるニャ!」 するとなると、これから二人が挑んでいく戦いは、もはや殺し合いではない。 いかに多くのメダルを手にし、陣営を一つに纏め上げ、優勝するか。 言わばコレは――コアメダルの争奪戦、というワケだ。 “でも……フェイリスのメダルは、アルニャンが……” さっきまで所持していたライオンのメダルは、すでにここにはない。 イカロスが立ち去る前に返してくれていれば……とも思うが、 いいや、この場でそんな上手い話があるハズがないじゃあないか。 フェイリスはこれから、ラウラと共に、一からメダルを集めなおさねばならないのだ。 決意も新たに、ラウラを引き連れ歩き出そうとしたフェイリスだったが、 「……ちょっと待て、フェイリス」 ラウラがフェイリスの肩をつかみ、引き止める。 「その服……着替えないか?」 「ニャ?」 言われて見てみれば、確かにフェイリスの服装はもうボロボロだ。 あちこち黒く汚れているし、引きずられた影響でスカートは破れまくっている。 これでは清潔感など望めようはずもない。薄汚くすらあった。 それに加えて、動きづらいという理由も、ラウラの指摘にはあるのだが。 「ニャゥゥ……フェイリスのアイデンティティが……」 嘆くフェイリス。 二三歩歩いたラウラが、近くに落ちていたビニール袋を拾った。 中に入っているのは――何かのコスプレのような、白い制服。男女用、二着だ。 それは、男女両方の制服を着こなすシャルロットに支給されていた支給品。 さっきの戦いで、セシリアが落とし、そのまま放置していったものだった。 そしてそれは、一目みればわかる。ラウラと同じ衣装だった――! 「これに着替えるといい。私と同じ学校の制服だ。メイド服よりは動き安いだろう」 「……コレ、ラウニャンとおそろいニャ!?」 「まぁ……そうなるな」 フェイリスの表情が、ぱっと明るくなった。 この可愛らしいラウラと同じコスプレ衣装がそこにあるのだ。 元々フェイリスはコスプレが好きだ。メイド衣装は惜しいが…… しかしこれを着ることでこの可愛いラウラとお揃いになれるなら、悪くない。 フェイリスは喜んで着替えを受け取ると、近場の建物の物陰へ走った。 ――と、その途中で、赤い携帯電話のような玩具があることに気づき、 『ってオイ! お前、オイ! ソレッ!!』 それに意識を向けた瞬間、頭の中でモモタロスが声を荒げた。 拾えというのだろうか。一度立ち止まり、それを手に取って眇める。 液晶画面が透明になって透けているソレは、玩具にしか見えない。 「この玩具がどうかしたのニャ? モモニャン」 『どうしたもこうしたもねぇ! そいつぁ玩具なんかじゃねーんだよ! そいつぁなぁ! 俺たちの……俺たちのッ! ケータロスじゃねーかッ!!』 頭の中で騒ぎ立てるモモタロス。 ウラタロスやリュウタロスらも、何処かざわついていた。 なんだってこんなところにケータロスが、とか。 もうクライマックスフォーム? になれないかと思っていたよ、とか。 っていうかケータロスなくなってたんだ、気付かなかったー、とか。 ちなみにみんながそうやって騒いでいる間、キンタロスは居眠りをしていた。 「これ、みんなにとってそんなに大切なものなのニャ?」 ケータロスの何度かかぱかぱと開け閉めして遊ぶフェイリス。 フェイリスは、この玩具の有用性がまったくもって理解出来ていなかった。 それでまたイマジンたちは騒ぐのだが―― 『なんだ、騒がしい……我の眠りを妨げるでない!』 「え?」 聞いたことのない声が、フェイリスの頭の中で響いた。 男の声だ。静かで、それでいて何処か厳かで、高貴な声。 四人のイマジンのうち、誰のものでもないその声は―― 『わー! 鳥さんだー!』 『お前、いないと思ったらこんなとこにいやがったのか!』 『おお、誰かと思えば我の家来ではないか。こんなところで何をしているのだ?』 紫のイマジンと赤のイマジンに、その「白いイマジン」が答える。 今まで眠っていたのであろうそいつは、状況をまるで理解してはいない。 おそらく、ここが殺し合いの場であることにさえ気付いてはいないのだろう。 フェイリスは小首をかしげながら、頭の中の白いイマジンに質問する。 「……鳥さん、ニャ?」 『なんだ貴様は? 頭が高い! 我は王子であるぞッ!』 「えっ!? ご、ごめんニャさい……ッ!」 『あははー! ニャンニャンが鳥さんに怒られてるー!』 どういうワケか怒られた。 どうしてリュウタロスに笑われているのかわからなかった。 何が何だかわからぬうちに、フェイリスの脳内はまた賑やかになった。 元からフェイリスは重度の中二病を患っているのだ…… 見る人によっては、更にヤバく見えるかもしれない。 ○○○ 地表を車ほどの速度で滑空していたISが、光となって消失した。 高さにして一メートルほどの地点から、セシリアは飛び降り着地する。 周囲を見渡すが、セシリアを追ってくる影は見られなかった。 あの天使の姿をしたバケモノは追いかけてきていない。 ほっと胸をなでおろしたセシリアは、首輪の中のメダルに意識を向ける。 「……消耗、しすぎましたわね……」 手の平に、セルメダルが五枚転がった。 これが今のセシリアが持てるありったけのセルメダルだ。 五枚。少なすぎる。 完全にメダルが尽きる前にISを解除したのだが、これでは無いも同然ではないか。 ISの自己修復にも時間は掛かるだろうし、もうこれ以上はISにも頼れない。 今後は拳銃一つでなんとかメダルを集めていかねばならないなと思った。 その為にも、さっきのような考えのない戦いをしてはいられない。 「ああ……いけませんわね……私としたことが」 さっきはシャルのことで、気がどうにかなりそうだった。 とにかく前に向かって動いていないと、気が狂いそうだった。 だから手当たり次第に襲いかかって、殺そうとしたのだ。 だが、相手の戦力を見計らわずに挑むのは無謀すぎる。 今回のミスは、教訓として先に活かしていこう。 「……これからは……もっと賢くいきませんと……ね」 賢く……そうだ。 殺し合いに乗っていない人のフリをしよう。 なんとか集団に取り入って、油断してるうちにこっそり殺そう。 一人でも殺せばセルメダルもどっと補充できるだろうし、そうなればあとは簡単だ。 ISを起動して、残りのチームメイトも殺せそうなら一気に殺してしまうのがいい。 「ええ、それがいいですわ……そうしましょう……ふふ」 騙し打ちで賢く、確実に殺していくのだ。 そうやって殺せば、きっとちゃんと殺せる。 もっと殺すためにも、それで殺していくのが一番だ。 ああ、殺すのがいい。それで殺して、もっと殺していくのだ。 だから、殺そう、殺そう。一人でも多く、どんな手段を使ってでも、殺そう。 もっと殺せば、一夏とセシリアだけでも幸せになることが出来る。 たくさん殺したから、幸せになる権利を得ることができる。 ここはそういう世界だ。だから殺さなくては……! 「ああ……そうですわ……早く……誰か……殺しませんと……」 見開かれた目は笑っていないのに、口元だけが緩く微笑んでいる。 セシリアの心は、もうとっくに壊れていた。 人の心というものはそれほど強いものじゃあない。 今まで平和に暮らしていた人間が、いきなり人の死を見せつけられて、 その上親友の一人をこの手で惨殺してしまって、それでPTSDに陥らないワケがない。 だが、それも元をたどれば、すべてたった一人の愛する男のため。 「そうですわ……これも全部、愛する一夏さんのためですもの…… 一夏さん……ああ、一夏さん……何処にいらっしゃいますの? 私、殺しますから……沢山殺しますから……一緒に……ふふっ」 早く会いたい。愛する殿方に、一刻も早く会いたい。 だが、そのためには一人でも多くの敵を殺さなければならない。 だから、殺すための武器は常に万全の状態に整えておかなくては。 うわ言を呟きながら、セシリアは拳銃に予備の弾丸を詰めていく。 そんな倫理観の狂ってしまった少女の耳朶を打ったのは―― 悲痛な事実を告げる、定期放送の音声だった。 【一日目-夕方(放送直前)】 【D-5/市街地 北西寄り】 【セシリア・オルコット@インフィニット・ストラトス】 【所属】青 【状態】ダメージ(中)、疲労(大)、精神疲労(極大)、倫理観の麻痺、一夏への依存 【首輪】5枚:0枚 【装備】ブルー・ティアーズ@インフィニット・ストラトス、ニューナンブM60(5/5 予備弾丸17発)@現実 【道具】基本支給品×3、スタッグフォン@仮面ライダーW、ラファール・リヴァイヴ・カスタムII@インフィニット・ストラトス 【思考・状況】 基本:一夏さんと二人で生還したいので、邪魔者は殺しますね? 1.一夏さんが欲しい。ので、敵は見境なく皆殺しにしますわ! 2.一夏さんのためなら何だって出来ますの……悪く思わないでくださいまし。 3.一夏さんのために行動しますの。殺しくらいなら平気ですわっ♪ 【備考】 ※参戦時期は不明です。 ※制限を理解しました。 ※完全に心を病んでいます。 ※一応、青陣営を優勝させるつもりです。 ※ブルーティアーズの完全回復まで残り6時間。 なお、回復を待たなくても使用自体は出来ます。 NEXT ろくでなしブルース(後編)
https://w.atwiki.jp/nanoharow/pages/358.html
勇気のアイテム(前編) ◆gFOqjEuBs6 行動の果てには「結果」という答えが待っている。 例外は無い。そこに彼らの力は及ばない。 いかなる相手にでも命令を下せる絶対遵守の力を持っていようと。 いかなる相手にも屈しない、時空さえも超越した力を持っていようと。 その必然からは逃れられない。 幼い頃に失ってしまった、大切な人の仇を討つ為に。 たった一人の妹が幸せに過ごせる場所を創る為に。 同じ目的を胸に、動き出したのは二人の男。 だがしかし、世界は、人々は――― 彼らの思惑とは別に、「結果」を突き付け、その続きを求めて来る。 その続きが世界を紡いで行くというのなら、誰かが追うべき「罪」は。 受けるべき「罰」は、一体どこにあるというのだろう。 ◆ シャーリー・フェネットの父は、殺された。 シャーリーの記憶に残る父との思い出が、走馬灯のように流れては消えて行く。 記憶の中の父は、何よりも自分を愛し、大切にしてくれた。 「ゼロ」に殺される少し前、父は自分と、ルルーシュの為にチケットを手配してくれた。 二人の仲が上手く行くように。そんな淡い願いを込めて、父が用意してくれたのだ。 優しい父親だった。誰よりも、何よりも、優しい父親だった。 そんな父が、誰に。一体何故、殺されなければならなかったのか。 その答えは至って明解。 全ての元凶は、「ゼロ」。 仮面の革命家ゼロが、弱者の味方と謳いながら、殺戮を繰り返すゼロが。 何の罪も無い父を、無惨にも殺したのだ。 あの日、河口湖でゼロは言った。 「撃っていいのは、撃たれる覚悟のある者だけだ」と。 力を持つ者が、力を持たない者を傷付けることは断じて赦さないと。 自分は力無き者の味方だと、確かにそう言ったのだ。 それなのに、軍人でも無く、特別な力を持っている訳でも無い父は殺された。 それが一体何故なのか。ゼロが何故父を殺したのか。 それは誰にも解らない。 だが、一つだけ解っていることがある。 それは、“父を殺したゼロが、今自分の目の前で気絶している”という事。 無防備に、それも手負いの状態で。自分の目の前で眠りこけている。 それだけ解っていれば、今のシャーリーには十分なのかも知れない。 この男が、優しかったお父さんを殺した。 お父さんを殺した男が、今目の前で気絶している。 そして、気絶している相手の命を奪うことなど、武器さえあれば誰にでも出来る。 「お父さんの仇……私が、ゼロをッ……!!」 今なら殺せるのだ。憎きゼロを、この手で。 その一心で、シャーリーは爆砕牙を、その鞘から引き抜く。 父の仇を討つ。今なら、特別な力を持たない自分でもゼロを殺せる。 爆砕牙を握る手に力を込めて、切っ先を振り上げる。 あとは、これを振り下ろすだけ。 これを振り下ろす事で、お父さんの仇を討てるのだ。 その一心で、シャーリーは目を固く閉じ、爆砕牙を握る手をゼロへと振り下ろ―― 「んっ……んん……」 「―――ッ!?」 ――せなかった。 それは、シャーリーが爆砕牙の刃を振り下ろそうとした瞬間だった。 シャーリーの耳に入ったのは、ゼロの小さなうめき声。 それに気付いたシャーリーが、ゆっくりと目を開ける。 目の前で眠っていた筈のゼロが、苦しそうに顔をしかめ――― やがて、閉じられていた目が、うっすらと開いた。 ―――ど、どうしよう……ゼロが起きちゃう……!? 狼狽したシャーリーは、爆砕牙を握る手を緩め、その刀を畳へと落とす。 周囲をキョロキョロと見回し、自分はどうすればいいのか、思考を巡らせる。 もしもゼロが起きてしまえば、お父さんの仇を取るのはより困難になってしまう。 だがそれは同時に、何故父を殺したのか。ゼロは弱者の味方では無かったのか。 それを聞き出すチャンスでもあるのだ。 考えた末に、シャーリーが出した結論は――― ◆ 「……ここは……」 天道総司は目を覚ました。 うっすらと開いた目から見えるのは、天道にとっては見知らぬ場所。 何故自分がこんな所にいるのか。それは当の天道にも皆目見当が付かない。 状況を把握するために、天道は思考する。 これまでの自分に何が起こったのかを、寝起きの頭をフル回転させて思い出す。 自分は確か、あの青いワームを倒した後、クロックアップでフェイト達の前から姿を消した。 そこまでは天道にとってもはっきりとした記憶だ。問題なのは、その後。 その後の記憶が無いのだ。天道はただいつも通り、樹花の待つ家へと帰るつもりだった。 それなのに、気付いた時自分は、見知らぬ人々が集められた空間に束縛されていた。 やがて目にしたのは、大学生くらいの少女の、死の瞬間。 首からしたを残し、頭を爆ぜさせて、少女は絶命した。 流石の天道にも、何が何だか訳が解らなかった。 行動をしようにも、自分は動けない。 天道がいくら念じても、カブトゼクターも、ハイパーゼクターも現れる気配を見せない。 状況に流されるまま、天道の記憶はまたも暗転。 次の瞬間、天道は深夜の森の中に立たされていた。 状況を整理しようと、支給されたデイバッグの中を探る。 その時点で天道は完全に油断していた。まさかいきなり敵の襲撃を受ける事になるなんて、思いもよらなかった。 現れたのは、黒い“マスクドライダー”。 デイバッグの中に入っていた刀で応戦するも、最初に受けた一撃が致命的だった。 刀と刀を激突させる度に天道の体力は消耗していった。 それでも、ここで訳も解らないままに死ぬわけにはいかない。 天道はひたすらに黒いライダーから逃げながら、川を目指した。 そんな時、途中で聞いた電子音は、剣崎の持つ、ブレイドの電子音に酷似していた。 だが、それを認識したのも一瞬。 黒いライダーの攻撃―――恐らくはライダーキック。 それを受ける前に、自分はすぐに川に飛び込み―――そこで記憶は途切れた。 「ここはどこだ……俺は一体……」 先程言った台詞を、もう一度言う。 自分が目を覚ました時、自分の周囲は廃墟と化していた。 そこから想像するに、ここはシブヤ隕石の落下地点――所謂エリアXと呼ばれる場所だろうか? だが、何故自分がエリアXに居るのかが解らない。 まさか、今までの出来事は全て夢だったのかとすら思えて来た。 だが、夢にしてはリアルすぎる。かといって、先ほど黒いライダーに受けた傷が体に見受けられないのは明らかに可笑しい。 とすると、やはりあれは夢だったのか? それともこっちが夢なのだろうか? 天道が周囲を見渡すと、自分のすぐ側に居た、一人の男が視界に入った。 「お前……」 「やっと起きたか、天道」 刹那、天道は表情をしかめた。 目の前にいるのは、仮面ライダーガタックとして、共に戦って来た男――加賀美 新。 何故こんなところに加賀美がいる? 何故こんなところに、こいつと二人きりでいなければならない? あらゆる疑問が頭を駆け巡る。考えても考えても答えは出ないというのに。 やがて加賀美は、ゆっくりと天道の眼前まで近寄ると、地べたに座ったままの天道に手を差し延べた。 「ったく、いつまで寝てるんだよ。お前は」 「……加賀美、ここはどこだ。何故俺達はこんな所にいる」 加賀美の手を掴み、起き上がりると、天道は真っ先に質問した。 あの会場に集められ、デスゲームに参加させられた人達は。 みせしめとして殺されて、無惨にも命を散らした少女は。 俺に襲い掛かって来た黒いライダーは。 今抱いている疑問を加賀美にぶつける。 だが、加賀美は何も言わない。ただいつも通り、涼しい笑顔を浮かべるのみ。 「なぁ天道。お前、前に言ったよな」 「加賀美、質問に答え――」 「“アメンボから人類まで、地球上の全ての命を守る”って」 「…………」 天道には、何が何だかわからなかった。それ故に会話が止まる。 そもそも加賀美が何を言いたいのかがさっぱりわからない。 ただ加賀美は、天道の言葉を無視し、自分の言葉を続けるだけだ。 いつだって、加賀美は天道のペースに巻き込まれていた筈なのに、珍しく加賀美が話を続ける。 加賀美とこんなにも会話が噛み合わないのは、天道にとっても初めてだ。 「それなのに、お前はこんなところで何をしてるんだ?」 「……何だと?」 「誰かが助けを求めてるっていうのに、お前はこんな所でいつまでも寝てていいのか?」 そんなことは聞くまでも無い。 誰かが助けを求めているのならば、天道は直ぐにでも助けに行く。 それが天道のいう、“天の道”だからだ。 だが、天道は加賀美に言い返す事が出来い。 頭では解っていても、行動に移せなければ意味が無いのだ。 事実天道は、何をする事も出来なかった。 あの少女が殺された時も。 あの黒いライダーに襲われた時も。 救うことが出来なかった。戦うことも出来なかった。 「……お前はそんなに小さい奴だったのか? アメンボから人間まで、全ての命を守るって言葉は、嘘だったのか?」 「………………」 「俺は、お前がそんなでっかい奴だからこそ、お前を越えたいと思ったんだぞ?」 「………………」 天道は何も言わない。何も言えない。 ここまで言われても、何も言い返せない。 こんなことはやはり初めてだし、何よりも悔しかった。 ならば自分はどうすればいい? 答えはとっくに出ている筈だ。 天道がすることはとっくに決まっている筈だ。 自分は何がしたかった? 何を守りたかった? そんな事を考えていると、天道の耳に、怒声が響いた。 「天の道を往き、総てを司るんじゃなかったのか! 天道ッ!!!」 言われた瞬間、ハッとした。 そうだ、天道が往くべき道はただ一つ。それが天道の歩む道。 加賀美はまさか、それを俺に気付かせるためにこんなことを言いに来たのか? それは誰にもわからない。だが、天道には何故か、そんな気がした。 どちらにせよここまで言われて何も出来ないようでは、天の道を往く者として失格だろう。 気付いた時には、天道の表情には、いつもの不敵な笑みが浮かんでいた。 「全く……お前は面白い奴だ……!」 「天道……!」 「ああ、解ってる。俺は“天の道を往き、総てを司る男”だからな」 加賀美の表情にも、いつも通りの明るい笑顔が戻る。 加賀美と笑みを交わすと、天道はちらりと、天を見上げた。 太陽は今も空にギラギラと輝いている。 その光は、天道の心に、再び不屈の心を宿らせるのは十分だった。 だから天道は、自分のやるべき事を。これから自分がやることを高らかに宣言した。 「俺は全ての参加者を救い、ひよりも救ってやる!!」 「……ああ、それでこそ天道だ!」 天道の言葉を聞き届けた加賀美は、天道に踵を返し、歩き始めた。 何処へ行く気か。そんな野暮な事を聞く天道では無い。 加賀美と肩を並べて、天道も歩き始める。 大股で歩く二人の姿は、まさに戦場に赴く戦士の如く。 暫く真っ直ぐに歩いた二人は、やがて違う方向へと歩き始めた。 天道は右。加賀美は左。背中合わせに、歩いて行く。 その先に待っているのは。 二人の帰りをずっと待ち続けていたのは。 二人の“仮面ライダー”と、共に戦い続けて来た、二台のバイク。 天道の視線の先に待つのは、赤いバイク―――カブトエクステンダー。 加賀美の先に待つのは、青いバイク―――ガタックエクステンダー。 二人は同時にバイクに跨がる。 だが、どういう訳かカブトエクステンダーには鍵が刺さっていなかった。 自分のポケットを探る。だが鍵は見当たらない。 そうしていると、加賀美が天道の名を呼んだ。 天道が振り向くと同時に、加賀美が小さな鍵を天道に投げ渡した。 「忘れものだ、天道」 「……何故お前が鍵を持っている」 「さぁな? それより天道、お前はこれから何処へ向かうんだ」 「……そうだな。俺は俺の道を往く……お前は、お前だけの道を往け。」 「ああ、それでいいんだ。俺は俺のやり方で、俺の信じる道を進んで行く。 だからお前はお前らしく、お前だけの道を……天の道を往けばいい。」 加賀美の言葉を聞いた天道の顔には、小さな笑顔が浮かんでいた。 しかしそれは天道だけでは無い。加賀美にとっても同じ事だ。 二人の表情は、まさに友達同士で笑い合っているかのような。 信頼という名の絆で、堅く結ばれた者同士の笑顔であった。 「……またな、加賀美」 「ああ、またな。天道」 その言葉を最後に、二人は走り出した。 “さよなら”では無く、“またな”と。 また、一緒に戦える時が来ると信じて、二人はそれぞれのバイクに跨り、それぞれの道を歩み出した。 加賀美はガタックエクステンダーに。 天道はカブトエクステンダーに。 バイクのエンジンを入れ、アクセルを吹かす。 二人の行く道は違う。されど、二人のたどり着く場所は同じだ。 ――同じ道を往くのは、ただの仲間に過ぎない。 ――別々の道を共に立って往けるのが、“友達”なんだ。 その言葉を胸に、天道は己の道を進む。 そう誓った時であった。 カブトエクステンダーに跨がった天道の意識が、段々と揺らぎ始めた。 また、あの時と同じ感覚。いや、それよりも、どこか眠くなるような感覚だろうか。 だが、天道はその感覚に抗いはしなかった。 ただ流れるままに、天道は目を閉じ―――やがて再び、天道の意識は失われた。 ◆ 「ここは……?」 天道は目を覚ました。 今まで長い夢を見ていたような気がする。 まだ起きたばかりの頭は、夢の内容を完全には覚えていない。 だが、天道の意識が覚醒するに従って、段々とそれも思い出していった。 ――そうか……俺は……ッ!? 夢の中での加賀美との会話を思い出した天道は、ゆっくりと起き上がる。 それに伴い、脇腹への激痛が天道を襲う。 それでも何とか起き上がると、自分の脇腹にぐるぐると巻かれた包帯から、見るだけで痛々しい鮮血が滲み出ていた。 ――そうか……あの時のライダーにやられた傷か 納得すると同時に、自分のすぐ側でうろたえる少女が目に入った。 この包帯は彼女が巻いてくれたのだろうか? 措置はとても上手いとは言えないが、随分と身体が楽になった実感はある。 それだけ自分が長い間眠っていたということだろう。 それはさておき、まずは状況を把握したい。 故に天道はひとまず、少女に声を掛ける事にした。 「お前は……」 「あ、貴方が……ゼロ……!」 「……何だと?」 「どうして……どうしてお父さんを殺したの!? お父さんは、何も悪い事なんてして無かったのに!」 少女は、落ちていた刀を拾い上げ、自分へと突き付ける。 天道はただ、そんな少女を見詰めている事だけしか出来なかった。 ◆ ずっと眠っていたゼロが、ついに目を覚ました。 シャーリーは、すぐに落ちた爆砕牙を掴み、ゼロ――天道に突き付ける。 それは咄嗟に取った行動。だが、その行動にはなんの迷いも無い。 シャーリーが聞きたい事はただ一つだ。 「どうして……どうしてお父さんを殺したの!? お父さんは、何も悪い事なんてして無かったのに!」 ゼロへの憤りを、目の前の男へとぶつける。 自然と目に涙が滲むのが、自分にも解った。 だが、天道は何も言わないままに、沈黙が流れる。 天道は口を開く様子が無いし、ただ自分を睨んでいるだけ。 やがて、痺れを切らしたシャーリーは、爆砕牙を突き付けたまま、怒鳴った。 「ねぇ、何とか言ってよ……ゼロッ!」 「何の話をしているのかは知らないが、俺はお前の父親を殺した覚えは無い。人違いだ」 「嘘ッ! じゃあ、これは何なの?」 よくも抜け抜けとそんな事が言える。 彼がゼロだと言うのは、彼のかばんの中身が物語っているというのに。 どうしてもとぼけるというのなら、その証拠を突きつけてやるまで。 シャーリーは、天道の傍らに落ちていたデイバッグを引っ張り出した。 中に入っている物は言うまでもない。 彼がゼロである証拠――ゼロの仮面。 「これは俺の物じゃない。あの女が勝手に―――」 「誰がそんなことを信じるっていうのよ!?」 だが、それを見ても天道は動じない。 それどころか、冷静にいい返してくる。 天道が言葉を言い終えるのを待つ事無く、シャーリーが再び怒声を響かせた。 シャーリーの声は、恐らく温泉施設の外にまで響いたであろう。 静かなこの空間で大声で叫べば、そうなる事は簡単に想像がつく。 だが、そんなことはどうでもいい。 今のシャーリーには、最早殺し合いなどどうでもいいのだ。 今目の前に、ゼロがいる。今こうしてゼロと対峙している。 ゼロはお父さんを殺した。ならば何故殺したのか。 それだけがシャーリーの思考を完全に支配していた。 「あの時言ったのは、武器を持たない全ての物の味方だっていうのは、嘘だったの!?」 「………………」 「強い者が、弱い者を襲うことは断じて赦さないって、嘘だったの!?」 「……ああ、そうだ」 「―――なッ!?」 あっさりと嘘だと言ってのける。 だが、天道はシャーリーの質問に答えた。 それはつまり、自分がゼロだと言っているような物だった。 だが、シャーリーの返事を待つことなく、天道は続ける。 「おばあちゃんが言っていた。“強きを助け、弱きをくじけ”ってな。強い者が、生き残れるんだ」 「だから、お父さんを殺したの!? やっぱりゼロは、正義の味方なんかじゃない、ただのテロリストだったの!?」 「何度も言わせるな。俺はそのゼロって奴じゃない。人違いだ」 この期に及んで、まだ惚ける。 そんな天道に、シャーリーは余計に腹が立った。 刀を構え、天道を見据える。 強き者が生き残るというのなら、今自分がゼロを倒せば? それならばゼロには文句は言えない筈だ。ゼロも同じ事をやったのだ。 父の仇を討つ為に、シャーリーは爆砕牙を握り締める。 この手で人を殺せる自信はシャーリーには無い。恐らくは殺す勇気も無い。 だが、それでも、シャーリーはこの憤りをぶつける為に、爆砕牙を握った。 ――その時であった。 どん、と。今自分達が居る個室の襖が蹴破られた。 入口から堂々と現れたのは、一人の男と、一人の女の子。 シャーリーと天道の視線は入口に集中する。 二人が口論を続けるこの部屋に入って来たのは―― 浅倉威と、高町ヴィヴィオの二人組であった。 ◆ 「貴様……浅倉威か」 「ハハッ、俺を知ってるのか!」 天道の言葉に、浅倉が嬉しそうに笑う。 ただでさえ自分にとって有利な状況とは言えない中で、この二人が介入してくる事は、天道にとっては非常に拙いことだ。 まず天道の知る浅倉という人物は、まず間違いなくこのデスゲームに乗るだろう。 元々イライラしたからという理由で連続殺人を犯す様な人間だ。そんな事は簡単に想像がついた。 といっても、天道の知る浅倉と、今天道の目の前に立つ浅倉は厳密には別の世界の人間―――つまりは“別人”なのだが。 実際には、どちらの世界でも浅倉がして来た事に変わりはない。 故に、この状況は非常にまずい。 自分は脇腹に傷を追い、シャーリーはとてもマスクドライダーシステムを持った男と戦えるような人種ではない。 浅倉にぴったりくっついている少女については――保留だ。 ぴったりと浅倉にくっついている事からも、どうやら浅倉に懐いているらしい。 浅倉にしても、こんな女の子一人、殺そうと思えばいつでも殺せたはずだ。 それなのにここまで懐かれるまで一緒にいたという事は、恐らくは手を出すつもりは無いのだろう。 ならばこの少女については大丈夫だ。 どうする。シャーリーだけでも連れ出して逃げるか? 天道がそんな事を考えていた時だった。 浅倉が不敵な笑みを零しながら、天道とシャーリーの間に立った。 「何でもいい。どっちが俺と戦うんだ? それとも二人纏めてか?」 「……残念だったな。俺達はお前と戦ってやる程お人よしでも、暇人でもない」 言うが早いか、天道は、すぐに爆砕牙の鞘と、自分のデイバッグを回収。 天道が出した結論は、この場からの逃亡。 逃げるのはあまり好きではないが、この場合では仕方がない。 戦術的な勝利などはいくらでもくれてやる。天道が求めているのは、戦略的な勝利なのだ。 シャーリーの腕を掴むと、真っ先に部屋の入口へと向かって走り出した。 天道とシャーリーは、浅倉が蹴破った襖から飛び出し、ひたすらに廊下を走る。 だが、天道の意思とは裏腹に、脇腹の痛みが足枷となり、その歩みを遅らせる。 そもそもこれだけの傷を負いながらこれだけ動けるだけでも大したものだ。 しかし、このままで戦って浅倉に勝てる確率は無いに等しい。 それくらいの事は、天道にも解っていた。 それ故に、天道はこの温泉から一先ず脱出する為に、シャーリーと共に出口を目指す。 だが、二人が一緒に海鳴温泉を出ることはなかった。 「ちょっと……離してよ!」 「奴は連続殺人犯だ。逃げなければ殺されるぞ!」 途中でシャーリーが、天道の腕を振り払ったのだ。 天道もすぐに、浅倉の危険性をシャーリーに伝える。 だが、天道が――ゼロがどれだけ叫ぼうが、その声がシャーリーの心に届く筈もなく。 「それなら私は一人で逃れる! ゼロと一緒は嫌!!」 「……そうか。わかった」 シャーリーの言葉に、天道は奥歯を噛み締めながらも頷いた。 翌々考えれば、天道は既に脇腹に大きなダメージを受けている。 だが、天道とは対照的にシャーリーは依然無傷だ。 既に手負いの天道と、無傷のシャーリーならば、行動範囲が随分と変わって来る。 シャーリーが一人で逃げられるというのなら、天道は居ない方がかえって良いのかも知れない。 本当なら見捨てたくはないが、お互いが助かるためには仕方がないと、天道は踵を返した。 同時に天道の足元に、一振りの刀が投げられた。 一瞬立ち止まって、刀を拾い上げる。 「この刀は……」 「それは元々貴方のだし……それに、そんな重いもの持ってたら走れないから」 「……わかった。」 天道は爆砕牙を鞘に納めると、それを杖代わりに、再び歩き出した。 どういう訳か、浅倉が追い掛けて来ない。 浅倉にも何らかの思惑があるのだろうが、今はそれを考えている場合では無い。 追いかけてこないというのならば、天道はその隙にここから離れるだけだ。 天道は、残った体力を振り絞って、ひたすらに進み続けた。 ◆ やがて天道は、温泉を出てすぐの場所に設置された、温泉客用の小さな駐車場に姿を隠した。 この駐車場には車が数台停められている。 それはつまり、敵から身を隠す物陰にもなり得るということ。 天道は一台の車の陰に隠れ、周囲を見渡した。 まだ浅倉の姿は見えない。どうやらまだ温泉施設の中にいるのだろう。 きっとどこかに隠れたであろうシャーリーを追いかけるか。 それとも手負いの自分を追いかけるか。 恐らくは後者だろう。 天道は、浅倉が来る前にデイバッグの中身をもう一度チェックする。 先ほど黒いライダーに襲われた時にも一度チェックはしたが、ひとつ気になる支給品があったからだ。 ――これは恐らくあの女が俺達参加者に与えた道具だろう。ならば…… 天道からはカブトゼクターも、ハイパーゼクターも、パーフェクトゼクターも没収されたのだ。 それに代わるだけの道具が入っていて貰わなければ困る。 刀はいいとして、こんな仮面は使い道が分からない。ならば最後の支給品に期待するだけだ。 天道はデイバッグの中に入っていた小さな封筒を取り出すと、中に入っていた紙を読み始めた。 空は随分と白みを帯びており、もうすぐ朝が来るであろう事は、明白だった。 昇り始めた太陽のおかげで、紙に書かれた図を読むのに、それほど苦労はしなかった。 紙に書かれていたのは、単なる地図。ただし、自分が今いる温泉の場所に、×印が付けられていた。 それだけではまるで意味が解らない。×印の意味を調べるべく、天道は封筒の中身を漁る。 そうして出て来たのは、一つの小さな鍵だった。 「なるほど。そういう事か」 天道は、小さく、されど不敵に微笑んだ。 天道の掌の中で、薄い太陽の光りを反射して輝く鍵は、天道にとっては見慣れた物であった。 「……感謝するぞ、加賀美……。」 言いながら、天道は立ち上がり、歩き始めた。 先程見た夢の中に出て来た加賀美は、俺に鍵を渡してくれた。 あの夢が何だったのかは分からない。 もしかしたら偶然かも知れないし、もしかしたら何か別の理由があるのかもしれない。 だが、この場所に加賀美は居ない。 ここに呼び出されたライダーは、恐らくは自分と矢車・浅倉。そしてあの黒いライダーのみだろう。 となれば、元いた世界から、それだけの戦力が居なくなったことになる。 加賀美はきっと、今も自分たちが居なくなった世界で、戦い続けている筈だ。 人々を襲う異形から、人々を守る戦士――仮面ライダーとして。 ならば、自分も戦い抜かなければならない。 「俺も戦う……天の道を往く者として。仮面ライダーとして」 天道は、昇る朝日を睨み、ぽつりと呟いた。 それは今も仮面ライダーとして戦い続けているであろう友への誓い。 手に持った鍵を、目の前の赤きバイク――カブトエクステンダーへと差し込む。 天道が跨がると同時に、カブトエクステンダーはライトを点灯させ、アクセルを吹かせる。 それはまるで、主の帰還に喜んでいるかのように見えた。 Back ちぎれたEndless Chain 時系列順で読む Next 勇気のアイテム(後編) Back ちぎれたEndless Chain 投下順で読む Back シャーリーと爆砕牙 天道総司 Back シャーリーと爆砕牙 シャーリー・フェネット Back 駆け抜ける不協和音 浅倉威 Back 駆け抜ける不協和音 ヴィヴィオ Back 残酷な神々のテーゼ(後編) キャロ・ル・ルシエ
https://w.atwiki.jp/gundamfamily/pages/6912.html
462 名前:生真面目な二人の十二月 1/7 :2012/12/11(火) 21 32 26.10 ID ??? 前編として今日7コマ投下して、後日3コマ+おまけ1コマ投下の、計11コマを予定。 小説形式で書くのは初めてなので出来はあんまりよくないかも。 「モニクさん、新型のフレームを搭載したヅダの試験結果なのですが…」 「見せてくれ」 書類を手渡され、モニクはマイの手に包帯が巻かれていることに気が付いた。 「その手、どうしたんだ?」 「え? あ、これは…実家のMSの整備中にちょっと」 答えるまでに少し間が空いたことをモニクは見逃さなかった。実直な人間ゆえにマイは嘘が苦手だ。 「そうか。気をつけろよ」 気にかからなかったといえば嘘になるが、話したくないというのなら無理に聞くこともない。 そう思い、モニクはそのまま話を続けた。 「は、はい」 問題はそのあとからだった。 「なあ、マイ。例の件について話が」 「すみません、今ちょっと手が離せないので…デュバルさんなら詳しく知っているので、そちらにお願いします」 「わ、わかった」 「マイ、ちょっといいか」 「あ、デュバルさん! ヅダの新しいフレームの件で相談が…」 避けられている。なんだか露骨に避けられている。なんだ。何か悪いことをしたのか。 被害妄想かと思い、その後も何度か声をかけようとしたが、そのたびにうまくすり抜けられてしまった。 このやり取りを繰り返して二週間が経過。モニクは意気消沈して帰路につくこととなった。 463 名前:生真面目な二人の十二月 2/7 :2012/12/11(火) 21 33 47.27 ID ??? 「はぁ…疲れた」 エルヴィンは陰鬱な気分で帰宅した。よりにもよってハマーン先生の授業で宿題を忘れてしまったのだ。 こういうことについてハマーン先生はとても厳しい。体罰をするわけではないが(ただし問題児は除く) やはりあの声と高圧的な態度で叱られるのは精神的に辛い。ご褒美だなんだと騒いでいる生徒もいるらしいが自分にそんな趣味はない。 宿題を忘れたのは自分が悪いのだろうが、それでもあんなに怒ることはないじゃないか。 モヤモヤとした気分を抱えながら居間に戻ると、姉が陰鬱な表情で待っていた。 「エルヴィン…私は今度こそだめかもしれん…」 普通はここで理由を聞くところなのだろうが、エルヴィンには聞かなくともわかった。姉の交際相手のことだろう。 「なんでそんなに悲観的なの、姉さんは」 「ここまで来るのにどれだけ空振りを重ねたと思ってるんだ…」 つまり失敗を重ね続けたせいで自分にまったく自信が持てなくなっているということか。 「そういうこと…」 普段は冷静沈着にして堅物。デキる女を形にしたような性格の姉だが、こと交際相手のオリヴァー・マイ・Gのことに関しては 話が別だった。いつもはここでエルヴィンがフォローを入れるところなのだが、今日ばかりは事情が違った。 「だから…どうしようかなあと」 エルヴィンの頭の中はただ一言しかなかった。いわく――めんどくさい。交際に至る前までは色々と策をめぐらせては爆死する姉の ストッパーや慰め役、そして交際が始まってみれば愚痴という名の惚気の聞き役兼相談役。ただでさえ虫の居所が悪いところに そんな相談をされると途端に鬱陶しくなってくるのは当然で。 「たまには一人で考えてみなよ。それじゃあ僕、宿題あるから」 「ちょ、エルヴィぃぃぃぃン!?」 姉の悲鳴が聞こえたが無視した。こうイライラしているとどんなことを言ってしまうかわかったものではない。 とりあえず今日のことを反省しつつ宿題を仕上げに自分の部屋に戻った。 464 名前:生真面目な二人の十二月 3/7 :2012/12/11(火) 21 34 52.53 ID ??? 翌日。たしかに恋愛に関してエルヴィンに頼りすぎている気がする。たまには頼らずにやれということかもしれない。 昨日は偶然タイミングがよくなかっただけだ。そう思い直し、モニクはマイに声をかけた。 今日、マイに特に用事がないことはガンダム家の長兄であるアムロに確認済みである。 「マイ。仕事が終わったら食事にでも行かないか」 「申し訳ありません。誘っていただいて恐縮なのですが、今日は予定がありまして…」 「あ、ああ…わかった…」 「すみません。それでは」 アムロの情報から、最低でも家族ぐるみの用事はないはずなのだ。なのに予定? 何か秘密でもあるというのだろうか。 ネガティブ思考がネガティブ思考を呼んで、恋愛についてことごとく脆い彼女のメンタルはあっさりと崩壊した。 昨日はちょっと冷たくしすぎたかな、と少し後悔しながら、エルヴィンは家にたどり着いた。 ドアノブに手をかけて回し、玄関を開けると。 「姉さん、ただい――」 「えるう゛ぃぃぃぃぃぃぃぃん!」 ま、を言う前に。どたばたとエルヴィンのところに駆け寄ってきたのは彼の姉、モニクだった。 「うわっ! どうしたんだよ姉さん!」 「わるかった! 私が悪かった! でも今回は、今回だけは! 話を、話をきいてくれぇぇぇぇぇ!」 「ちょ、落ち着いてよ! 何があったんだよ!」 「マイに、マイにきらわれたぁぁぁぁぁぁぁぁ!」 涙声で訴えるその姿に沈着冷静な普段の姉の面影はなく、顔は涙と鼻水でぐちゃぐちゃになっていた。 「と、とにかく離れてよ! みんな見てるだろ!?」 「みんな…?」 我に返りあたりを見回すと、ほかに二人ほど人がいることに気が付いた。 「お、お邪魔してまーす…」 その中の一人――ツインテールの女の子――が、なんとなく居心地悪そうに言ってきた。 465 名前:生真面目な二人の十二月 4/7 :2012/12/11(火) 21 36 24.45 ID ??? エルヴィンたちはキャディラック家の居間に集まっていた。来ていたシンとメイリンを帰らせようか迷ったが 二人とも興味があるというし、人手は多い方がよいということで招くことにした。 「それで、マイさんに嫌われたって…何があったのさ」 エルヴィンがモニクに聞いた。モニクもようやく落ち着いたらしく、普段通りの冷静なスタイルを取り戻しつつあるようだ。 「最近、なんだか露骨に避けられてるような感じがするんだ…」 モニクが答えた。思い出してまた悲しくなったのか、あふれ出た涙をふいて鼻水をすすった。 「それだけ?」 「それだけとはなんだ! 仕事終わりに食事に誘っても複雑な顔して断ってくるし、 話しかけようとしてもそそくさとどこかへ行ってしまうんだぞ!」 拍子抜けと言うような態度で聞いたエルヴィンに、ぶんぶんと腕を振りながらモニクが叫んだ。 「なんか用事があったんじゃないの? …シン、なんかわからない?」 それを聞いて、エルヴィンは隣に座っていたシンに話を振った。マイの弟である彼なら何か知っているのではないかと思ったのだ。 マイ兄のことは俺もよくわかんないんだけど、と前置きを入れてからシンは答えた。 「あー。考えてみれば最近、結構遅くに帰ってきてるな」 「や、やはりほかに好きな女が…!」 「なんでそこで女の方向に持っていくのさ」 エルヴィンの突っ込みも耳に入らず硬直しているモニクを見ながら、シンは頬をかきながら付け加えた。 468 名前:生真面目な二人の十二月 5/7 :2012/12/11(火) 22 30 32.98 ID ??? 規制が切れたようなので続きいきます。バタバタしてしまって申し訳ありません 「でもなあ。最近のマイ兄、ちょっとおかしいんだよね」 「おかしいって?」 「普段あんまり出かける方じゃないのにさ、最近よく出かけるようになって。てっきりデートでもしてんのかと思ってたんだけど…」 「私じゃないぞ…誘っても断られたからな! つまり私以外に女が――む」 モニクの言葉を遮るように、モニクの携帯の着信メロディが鳴り響いた。 「メールだ。マイから…」 「なんだって?」 「あ、ああ。今月の二十四日は空いているかという」 メイリンが横から顔を出した。 「クリスマスだね」 「クリスマス。キリストの誕生を祝う日だったか」 「合ってるけど…姉さん、本当にそれだけとは思ってないよね?」 「それ以外に何があるというんだ。私は別にキリシタンじゃないぞ」 「生真面目もここまで行くとむしろ誇らしく思えるよ…あ」 あきれ気味に言った後、エルヴィンが不意に声を上げた。 「ねえ、メイリン。もしかしてさ…」 メイリンにエルヴィンが耳打ちする。 「うん。それは当たり前だと…え? まさか…」 「姉さん、そういうことに本当に疎いんだよ…」 「疎いっていっても限度があるんじゃないの? シンだってそれくらい…」 「姉さん、そういう俗なイベントには全然縁がなかったから…」 「俺がなんだって?」 「シンはお姉ちゃんをもっと意識しろって話」 「なんでそこでルナが出てくるんだよ。モニクさんの話だろ?」 二人で何やら納得してひそひそ話をする中、シンとモニクだけが頭に疑問符を浮かべている。 「何か思い当たることがあったのか?」 「えっ!? い、いや、それは…」 あからさまに動揺しながらメイリンが繕った。怪しい。そのまま視線を弟に送ると 弟も微妙な顔をしてこう答えた。 「え、えーっと…姉さん、ほんとに気づいてないの?」 「何の話だ。シンくん、何かわかるか」 「いや、全然」 まるでわからないとばかりに首を横に振るシンとモニクに、メイリンとエルヴィンは盛大にため息をついた。 469 名前:生真面目な二人の十二月 6/7 :2012/12/11(火) 22 32 42.74 ID ??? 「お姉ちゃんもかわいそうに…こんなのが相手なんて」 「だからなんでルナが出てくるんだ? わけがわからないぞ」 「いいよ、もう。シンには期待してないもん」 「こういうこと、自分から気付くまで言わないほうがいいよね…」 「そうだね…」 「やはり何か知っているな!? 教えろ! 教えるんだ!」 自分がこれほどまでに困っているのに、この二人の思わせぶりな態度。 それだけでも精神的な負荷で余裕がなくなっていたモニクがキレるには十分だった。 いきなり立ち上がって、弟の肩をひっつかんで前後に振り回した。 「モニクさん何やってんだよ!?」 「お、お姉さん落ち着いてください!」 「吐けばいくらでも落ち着いてやるわ! さあ吐け、吐くんだ!」 「め、目が回る…」 「このままじゃ違う意味で吐いちゃいますよ! 離してあげてください!」 「む、むう…」 完全に目を回しているエルヴィンを見てようやく落ち着いたのか、モニクは手を止めてメイリンを見た。 先ほどの凶行を思い出しているのか、完全に怯えた目でモニクを見ている。 「わ、私に聞こうったってそうはいきませんよ!? 聞いて損をするのはモニクさんなんだから!」 怯えながらも、あくまで言うことを拒否するメイリンを見て、これ以上は何を言っても無駄だと悟ったモニクは顎に手を当て考えた。 「損をする、だと?」 自分に不利益なことだというのか。まったく想像がつかない。そこでモニクの脳裏に、ある友人の姿が浮かんだ。 「…あの人の手を借りるとしようか。メイリン、シン。今日はありがとう」 「は、はい…」 「どういたしまして…で、いいのかな?」 シンとメイリンは戸惑いながらも返事をし、気絶したエルヴィンを看病して(メイリンがモニクを妙に警戒していた気がするのは気のせいだろう) 帰って行った。 471 名前:生真面目な二人の十二月 7/7 :2012/12/11(火) 23 00 38.39 ID ??? ・ ・ 滅多に使わない有給を消化してモニクがやってきたのは、バカップルの集う喫茶店としてそのテのカップルには有名な『レンダの家』。 開店後まもなくという時間帯からか、客はモニク以外いなかった。 「やあ、モニク。今日は一人なんだね」 カウンターから顔を出したのは店主のレンダだ。普段はマイとよく来ているので不思議そうな顔をしている。 「ああ。ちょっと相談があってな」 「相談? いいよ、言ってみな」 モニクは事のあらましを説明した。レンダは真剣に話を聞いてくれたが、話が終わると一言こう言った。 「ふーん…そりゃおかしな話だね」 「だろう?」 「考えられるのは…」 「エルヴィンたちは気付いているらしいのだが…私にはまったく見当がつかないんだ」 「…あ」 「何かわかったのか!?」 「…いや、まさか…そんなことが、あるっていうの?」 「なんだ。なんなんだ?」 レンダは当惑した様子で口を開いた。 「今、何月だと思う?」 「十二月だろう。私を馬鹿にしているのか」 「うん、そう。十二月だ。十二月といえば?」 「…年末?」 「いや、それより前にイベントあるでしょ」 「ネオジャパンでは天皇の誕生日を祝う日があるというが」 「…あんた、わざとやってんじゃないだろうね?」 「あなたを困らせることに何の意味があるんだ」 本当にわからないという風なモニクに、レンダがほとほと呆れた様子だった。 「あんた、本当に気づいてないのかい?」 エルヴィンと同じような顔で聞いてきた。まったく覚えがないのでモニクは前と同じ返事をした。 「何の話だ」 「ま、いいか。知らないほうがいいということもあるし」 「何の話なんだ!? 教えてくれ!」 つっかかろうとしたが、その前に腕をとられた。意外と力が強く、簡単に押し返されてしまった。 「やだよ。どうしても知りたいなら自分で気付くんだね」 そんな押し合いの中でも平然としながらレンダが言う。ついに友人にまで裏切られたのか。 そう思うと悲しいやら悔しいやら。さまざまな感情が混ざり合って、ついに出た一言は。 「薄情者ぉぉぉぉぉ!」 言いながら、モニクは逃げるようにして店を去った。 結局モニクは、意味のわからないまま十二月二十四日を迎えることとなる。 ここで前編は終了。続きは十二月中のどこかで。簡単に予測されそうではあるけど
https://w.atwiki.jp/rakirowa/pages/238.html
MURDER×MURDER(前編) ◆OGtDqHizUM 「この2人どうしよう?ボロボロだよ!」 「アル君落ち着いて!どっか安静にできる場所へ…」 「にしても酷い怪我だな。これは急がないと危険ではないのか」 「とりあえずお爺さんはボールに戻っててください……」 「心得た」 港が廃墟と化すほどの激戦の跡地でスバルとアルフォンス…と港爆☆殺の原因をつくった爺さんが、 ボロボロになって倒れているシグナムとアナゴを介抱しようとしていた。 見たところ余程の大激戦を繰り広げていたのか身体や服も傷だらけだ。 シグナムに至っては『何故か』獣の耳と尻尾という余計なものまでついている始末。 それを見てスバルはさらに頭を混乱させる。そしてお爺さんこと東方不敗マスターアジアが存在し話しかけてくるだけで余計ややこしくなってきたので不敗をボールに戻すことにした。 不敗を黙らせ、シグナムに余計なものまで生えていることをとりあえずスルーし、スバルはどうすべきか考える。 「とりあえず病院へ行こう!そこになら治療道具だってあるはず……」 「う…うん、そうだね!じゃあ僕が二人を抱えるよ!」 方針を決めたスバル。 彼女にとって病院は過去のバトルロワイヤルで殺人鬼がいると思しき危険地帯であったが怪我人を介抱する以上はせめて治療器具くらいは手に入れたいものである。 最も、デュエルアカデミアのように病院でなくとも保健室のような部屋のある施設があればいいのだが、動けない怪我人が2人いる上に、いつ襲われてもおかしくない状況なのであたら贅沢は言えないだろう。 そしてアルフォンスは倒れているシグナムとアナゴを抱えようとした時… 『おまえら人間じゃねぇ!』 『あぁん?あんかけチャーハン?』 『おいこら、お前らか、私の服を剥ぎ取っt 『やべっ!間違えた!』 『誰だよニコ動見ているやつは!』 『つか参加者の映像●RECしてんじゃねぇロリペド野郎がっ!!』 「…………」 2人が見たものをありのまま話そう。 『空に巨大なスクリーンが現れたと思ったらわけの分からない映像が流れた。』 放送事故だとか(ry スバルとアルフォンスは理解しかねる映像を呆然としながら見ていた。 『いきなりの放送事故失礼したね。 では早速だが第一回定時放送を始めよう・・・・・・おい』 突如画面は砂嵐状態になり、次に映ったのはこの殺し合いを開催したピエロの男。 上の空になっていた2人は我に帰る。 そう、バトルロワイヤルではもはや定番の提示放送がたった今始まったのであった―― ◇ 前略ニーサン……アルフォンス・エルリックです。 突然2度目の殺し合いに呼ばれてしまいましたが僕は元気です。 開始早々変な怪獣に襲われ前途多難でしたが、前の殺し合いの時に一緒だったスバルと出会うことができたのはニーサンと違って日頃の行いがいいからでしょうか。 そしてその怪獣を何とかやっつけることができ、襲われていた男の人と女の人を助けることができました。 そういえば僕はその『前の殺し合い』の途中でこちらに攫われてしまったわけですが、ヒューズさんが心配です。 何しろスバルがここにいるし、そして名簿を見る限りこなたまでこっちに来ているようです。いきなり僕たちが姿を消してヒューズさんは慌てているんじゃないでしょうか。 そして兄さんはどうしているでしょうか。兄さんのことだからきっと殺し合いに乗った人たちを千切っては投げ千切っては投げているんでしょうね。 とりあえず、一刻もはやくスバルやこなたと一緒にそちらに戻りますから待っててくださいね。 先ほど、僕らを2度目の殺し合いに巻き込んだ張本人だと思われるピエロの人の放送がありました。 放送と言えば、僕の前の殺し合いの最後の記憶は放送時間直前の話でしたね。 そちらが何人尊い命を散らしてしまっているのか気になるところでありますが、今はこちらのことを気にするべきでしょうね。 知り合いの無事を祈りながら聞く人もいれば、自分のスコアに愉悦に思っている人もいるんじゃないでしょうか。 もちろん自分は前者で、特にこなたが無事かどうかが気掛かりでした。 危うく発表される禁止エリアの聞き逃しかけたほどです。仲間の無事に気を取られてもう一つの重要なことを放っといてしまうのはいけませんよね。 どうやら追加された禁止エリアは現在僕らがいる地点からは結構離れているところです。 僕らが行こうとしてる病院も無事みたいなので僕らの行動に支障が無いようで安心しました。 禁止エリアに指定されたところにいる人ははやくそこから離れてくださいね、無事を祈ります。 禁止エリアの後は死者の発表がありました。 幸いこなたや僕の知り合い…といってもここに呼ばれているのは僕と目の前にいるスバルだけですけどが、死んでいないようです。 どうやらスバルの知り合いも無事なようで、僕はホッとして胸を撫で下ろしました。 ですがスバルの表情は暗いです。一体どうしたんでしょうか… 「スバル、どうしたの?暗い顔してるけど…知り合いは死んでないんでしょ?」 僕はスバルに聞いてみました。スバルは暗い表情のまま下を向いていた顔を僕に向け―― 「うんなのはさん達は簡単に死ぬような人じゃないと信じているし…私だってこなたが無事なことは嬉しいよ。 でも――10人も死んだんだよね…。私、素直に喜べなくて…」 そうか…確かに10人の命が亡くなったことは少し悲しいよね。 「…私ね。憧れてる人がいるんだ」 そう言ってスバルは名簿に書いてある名前を指差した。 『高町なのは』と書いてある。う~ん…前の殺し合いにはこんな人はいなかったなぁ… そしたらスバルはその高町なのはさんって人のことを話し始めたんだ。 昔その人に助けられたこと、自分はそれがきっかけで災害から多くの人を守るため…そんな魔導師を目差していること。 ちなみにスバルの職業だと思われる魔導師というのは俗にいう軍人みたいなものだってヒューズさんから聞いた。 話によれば魔法という錬金術よりずっとありえないものまであるみたい。いやありえないことはありえないよね。 「魔導師って言ったって…10人の人の命を助けられず、死なせてしまったなんて…… 所詮デバイスのない私なんてただのサイボ……女の子―――」 「そんなことないよ。スバルは頑張ってるよ。 僕は見ていることしかできなかったけどスバルはあの怪獣の魔の手からそこのシグナムさんて人と男の人を助けることができたじゃないか。 確かに10人も死んでしまったのは悲しいかもしれないけどさ、今はそれで落ち込むより僕たちができることをやるべきだよ。 だから今はあの2人介抱することだけを考えよう」 落ち込んでいるスバルのことが見ていられなくて僕はスバルにそう言った。一応最後に使い古された言葉かもしれないかもけどさと付け加える。 問題のすり替えといわれると確かにそうかもしれない。 でも僕は思うんだ。きっと暗闇の中にいても、僅かな希望さえあれば意志さえあればきっといつか脱出へとたどり着くかもしれないと信じて。 「アル君…ありがとう」 スバルはしばらく下を向いて沈黙していたけれど 僕の言葉がスバルの心に響いてくれたのか顔を上げて僕にお礼を言ってくれた。 お礼を言われるほどじゃないさ。 「じゃあこんなとこで落ち込んでいるわけにはいかないよね。はやく病院へ向かおう」 「うん、じゃあ僕はあの2人を抱えるから―――」 僕とスバルは立ち上がった。 とりあえず僕は倒れている2人を抱えることにする。 こういう荷物運びは疲れることがない僕のほうが適任だからね。 そして僕が2人を抱えようと倒れている2人のほうへ向かおうとした矢先――― 「ぶるあああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!! あぁぁーっ、テステス!本日は晴天なり本日は晴天なり!!」 突然辺りに響き渡る咆哮に僕とスバルは大声が聞こえてきた方向へと振り返る。 するとそこにはさっきまで倒れていたはずのタラコ唇の男の人が立っていた。 正気なのかどうか分からないけれど、とりあえず無事でよかった。 何故か怪我の回復が早い気がするけど… 「おぉい!そこの鎧に女人!」 「「はいぃぃっ!?」」 余りの迫力に僕らはつい怯みながら返事をしてしまう。 「さっきまでここにいた恐竜を知らねぇぇかぁ!?」 「え…あぁ……」 「さっさと答えろ!!!!」 「あ…安心してくださいっ!あの恐竜は私たちがやっつけました!! もう心配はありませんよ!!」 目の前の男の人の異常なほどの威圧感に僕はただ口篭ることができなかったが、 スバルは笑顔で男の人の問い……に答えた。何だか顔が引き攣ってるけれども。 「そうかぁ…なるほどなるほど…」 「「え?」」 「お前らだったのかぁ………」 ◇ ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……! アルたちの目の前の男、アナゴの口調が静かになると同時にこの場の空気が変わった。 男から放たれる覇気、怒り、殺意が2人に突き刺さる。 アルとスバルはただその場で固まっていることしかできず、スバルに至っては顔中に冷や汗を流している。 その時すでに2人は悟ってしまった。 目の前の存在とのいろいろな意味での次元の違い、底の知れなさ… 人の形をしているのだが人と同じなのかどうかすら怪しいものだ。 「お前らが俺を不意討ちして戦いを邪魔してきたんだなぁぁ~~~~?」 「いいえ僕たちは…」 「言 い 訳 な ん ぞ し て ん じ ゃ ね ぇ ! ! ! ! !」 2人は男の人とシグナムが恐竜に食べられかけていたところを助けただけと言おうとしたが アナゴの一喝により遮られてしまい、その咆哮に気圧され2人は怯む。 「生憎今日の俺は紳士的じゃないぜぇ………」 そう言うと男の人はどこからか大斧を取り出した。 正確には取り出したと言うのではなく、前の殺し合いの時にアナゴに集結した若本の魂に縁のある武器が投影されたのだ。 アナゴが投影したのは若本の1人バルバトス・ゲーティアの大斧である。 アナゴは片手で大斧をぐるんぐるんと回しながら処刑人のように一歩ずつ2人へと近づいていく。 そしてひとたび斧を振り回せば確実に2人は真っ二つにされるくらいの距離に近づくとアナゴは足を止める。 彼は今まで自分の戦いを邪魔したのであろう2人を睨みつけていたが、ふと何かを感じ取ったのか急に明後日の方向を睨みつけた。 「………………クックックックッ…クカッ…クカカカカカッ…… ゲェハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!」 アナゴはその顔に凶悪な笑みを貼り付け大声で笑い始めた。 気が済むまで笑った後は再び視線を固まっているアルフォンスとスバルに向け意外な一言――― 「見逃してやる」 「…え?今なんて…」 「見逃してやるよ。はやくそこで倒れている狸女を連れてどっか行け… 漢と漢の戦いに巻き込まれたくなけりゃあなぁ!!!」 ◇ 「…危なかったね」 「うん、何だったんだろ…あの人」 アルフォンスとスバルは走っていた。 アナゴに気圧されてロクに身体を動かすことままならず、アナゴによってもたらされる死を待つのみだった二人にアナゴが言った「見逃してやる」という言葉。 彼の突飛な発言に戸惑いつつもアルフォンスはシグナムを背負いスバルとともに病院方向へ逃走していたのだった。 後を振り返るが、どうやら追いかけてくる様子はなさそうだ。 アルフォンスとスバルはいろいろと釈然としない思いを抱えていたが、結果的に助かったのだからこれに越したことはないと考える。 それに今は気絶しているシグナムを病院へ担ぎ込み休ませるのが先決である。 自分達が来る前にあのサラリーマンと恐竜とシグナムは何をしていたのか?あのサラリーマンの男は殺し合いに乗っているのか? そんな疑問を跳ね除けながらアルフォンスとスバルは病院に向かって走っていく。 余談ではあるが、アルフォンスは他に疑問を抱えていた。 アルフォンスにとってスバルは前の殺し合いで一緒に行動していた仲間である。 開始早々遭遇できたのはいいが… (そういえば僕を見たとき驚いていたけどどうしたのかな? 前にもう会ってるんだし……そんなに驚かなくたっていいじゃないか…) 答えは簡単。 今回の殺し合いに呼ばれたスバルはアルフォンスとは違う世界で殺し合いをしていたスバルなのだ。 いわゆるパラレルワールドというもの。 当のアルフォンスはその答えに行き着かない。前の殺し合いでは平行世界説に感づき始めていたのに何故?(こなたの助言のおかげだが) それはきっと2人が泉こなたと知り合いだったがためだろう。 一方スバルは元々の世界観が世界観ということで早めに平行世界説に気付いているのだが、 それを彼に伝えることを本人は忘れているのか、状況が状況だから伝えられないのかは定かではない。 【B-7/1日目-朝】 【スバル・ナカジマ@なのはロワ】 [状態]:健康 [装備]:なし [持物]:基本支給品一式、マスターボール(東方不敗)@カオスロワ、 不明支給品1~2(少なくともみためで武器と判断できないもの) [方針/行動] 基本方針:殺し合いを止める。出来るだけ人は殺さない。 1:シグナムを病院に連れて行き、休ませる 2:泉こなたを探し出し保護する 3:アルにパラレルワールドを説明するのは後(忘れている可能性もあります) 4:前の殺し合いのルルーシュとレイが心配 5:あのサラリーマン(アナゴ)の人は…どうしよう [備考] ※なのはロワ 070話「誰かのために生きて、この一瞬が全てでいいでしょう」より参加。 ※シグナムの参戦時期が11年前であることを知りません 【アルフォンス・エルリック@アニメキャラ・バトルロワイアル2nd (アニ2)】 [状態]:鎧胸部に貫通傷、困惑気味、シグナムを背負っている [装備]:チョーク(1ダース) [持物]:デイパック、基本支給品一式、対弾・対刃メイド服@やる夫ロワ、こなた×かがみのエロ同人誌@オールロワ [方針/行動] 基本方針:事態の把握に努める 1:シグナムを介抱する 2:こなたを探す 3:とりあえずスバルについていく 4:スバルに対し少し違和感が…まあいいか [備考] ※アニロワ2nd 091話「ひとつ屋根の下」より参加。 ※二人ともでっていうは恐らくは死んだと思っています。 『とりあえず難は逃れたか…』 シグナムと合身している身であるラスカルはホッとする。 本当なら気絶している隙に始末するのがベストだったのだが、 この2人と主であるシグナムが無事なのでまあまあ結果オーライというところだろうか。 シグナムは気絶しているもののしばらく休憩すれば後は軽い処置さえ施せば助かるレベルのものだ。 会話からして彼らは病院に行くつもりらしい。 しばらくはこの2人に自分達を任せても大丈夫だろう だが予想外だったことがある。 サラリーマン姿の男の回復が意外にはやかったということ。 それと… 『シグの字が放送を聞き逃しちまったことか…放送でシグの字が探していると言った『セフィロス』って奴が呼ばれたが、お前はどうする? やる夫の奴も無事なんだろうな?ちっ……問題が山積みすぎるぜ…』 【シグナム@なのはロワ】 [状態]:疲労(大)、ダメージ(大)、ラスカルと合体中、アライグマの耳と爪と尻尾つき [装備]:ラスカル@やる夫ロワ(合体中) [持物]:支給品一式(食料少し減)、不明支給品0~2(確認済み・少なくとも刀剣類はない) [方針/行動] 基本方針:はやて(@なのはロワ)についての判断がつくまで態度保留。ただし降りかかる火の粉は払う。 1:(気絶中) 2:セフィロスと接触し、はやて(@なのはロワ)のその後の安否情報を確認する。 3:柊かがみに激しい警戒。 4:できればラスカルを主(やる夫)の所に届けてやりたい。 ※第一放送を聞き逃しました 099:涙の誓い(後編) 投下順に読む 100:MURDER×MURDER(後編) 097:Pray ~それぞれの想い~ 時系列順に読む 057:Double-Action Rascal form(後編) スバル・ナカジマ アルフォンス・エルリック シグナム アナゴ 064:二人がここにいる不思議 衝撃のアルベルト
https://w.atwiki.jp/loli-syota-rowa/pages/340.html
君と共に弾幕を(前編)◆3k3x1UI5IA 静かな風が開けっ放しの窓から滑り込み、厚いカーテンを音も無く揺らす。 一旦は逸れた日差しが再び彼女の寝顔の上を通り過ぎ、少女は億劫そうに目を開けた。 窓の外には、天頂近くに昇った太陽の姿。 僅かばかりの時間、うたた寝をしていた少女は、ベッドで目を擦る。 「むに……寝ちゃってた、の?」 『――お目覚めですか?』 1人しか居ないガランとした寝室に、『2人目』の声が響く。 フランと呼ばれた少女が目を向けたのは、枕元にあった赤い宝石。 彼女はニッコリ微笑むと、それを手に取る。 「おはよう、レイジングハート。……なんか、全然眠った気がしないわ」 『それは……バリアジャケットを展開したままでしたからでしょう。 フランが眠る前に警告はしたのですが、聞こえてなかったようで。解除するわけにも行きませんでしたし』 赤い宝玉『レイジングハート・エクセリオン』は、苦笑のニュアンスの混じった声で答える。 曲りなりにも吸血鬼である少女フランドール・スカーレットは、一応、日光を苦手としている。 ただそれもバリアジャケットを展開していれば大丈夫。肌の露出部も不可視の防護フィールドがカバーする。 待機状態である宝石の姿になりながら、バリアジャケットだけ残した変則的な状態は、そのためだった。 けれど、バリアジャケットというものは、維持するだけでも僅かながらの魔力を消費するわけで。 そんな状態のまま寝ても、魔力の回復はまず見込めまい。 「じゃあ……バリアジャケット解除。すぐに、戻ってくるから」 『フラン? どちらに行かれるのですか?』 「シャワー浴びてくる。汗かいちゃったし、それに……ね」 『あ、フラン! 私を置いていくのは、賢明な判断とは……!』 言われるままにバリアジャケットの解除に応じたレイジングハートは、慌てて制止の声を挙げるが。 フランドールは構わず宝玉をベッドに残したまま、寝室を出て行った。 こうなっては、部屋に残された『彼女』にできることは無い。軽く点滅しながら、小さく呟く。 『これは、羞恥心、ということなのでしょうか?』 一番の『武器』を手放したフランドールの身を案じながら、しかし『彼女』は内心暖かいものを感じる。 相手に羞恥を感じるということは、相手を一個の人格として認めているということ。 レイジングハートを『道具』として見るのではなく、『トモダチ』として見ていることの証――。 ――ささやかな反応に小さな喜びを見出していた『彼女』は、だから、『そのこと』に気付くのが遅れた。 寝室の窓が開きっぱなしだったことを忘れた。自分が美しい姿をしていることを忘れた。 今この島が殺し合いのステージであることを忘れた。多くの者が歩き回っていることを忘れた。 静かに、気配を消したケダモノが接近する。 揺れるカーテンの隙間から、特徴的なシルエットが顔を覗かせる。 猫のような目をし、独特の表情を浮かべ、『そいつ』は唐突に吼える―― 「――トッピロキー!」 * * * 「また同じ所に戻ってきてしまうとはね――この辺りには、できれば近づきたくなかったのだけど」 ヴィクトリア・パワードは見失った追跡対象を求めて市街地を歩きながら、1人愚痴る。 周囲にはフランドールとゴンが残した破壊の痕跡があちこちに刻まれていて。 あの空飛ぶ少女がこの辺りに留まっている可能性は低かったが、あまり気分のいい場所ではない。 言葉の通じない忍者の少年に詳細名簿を奪われてから、2時間余り―― ヴィクトリアは延々と彼を追いかけながら、なお、名簿を取り返すことができずにいた。 あの様子ではいつか勝手に落とすだろうと見ていたのだが、どうやらそれは虫の良すぎる願いだったようで。 あれから3回ほど攻撃を仕掛け奪還を試みたが、ことごとく失敗に終っていた。 あの肥満体だというのに、妙に勘が鋭く、動きも素早いのだ。まさに野生動物。 「やはり、この装備では無理か。ままならないものね」 手持ちの武器が鞘から抜くこともできない剣1本では、やはり限界があるということか。 ホムンクルスである以上、パワー・スピード共に常人より上だが、しかし素手の戦いは彼女の専門ではない。 せめて核鉄かそれに類するアイテムがあれば、名簿を取り返すのも簡単なのだろうが……! と、とりとめのないことを考えていたヴィクトリアの所に、風に乗って聞き覚えのある奇声が届く。 街の向こう、2ブロックほど先だろうか。あの声を聞き間違えるはずがない。ヴィクトリアは急ぐ。 「随分とご機嫌ね。何か状況の変化でもあったのかしら?」 長いこと観察していたためか、彼の気分も推測できてしまう自分が少し情けない。 ヴィクトリアはそして声がした街区に辿り着き、物陰からそっと顔を出す。 ……居た。 例の肉達磨が、道の真ん中に居た。 どこで拾ってきたものだか、何やら赤く光る小さな石を弄んでいる。 足元に名簿を置き、手の中の赤い宝石を転がしたり、舐めたり、投げ上げたりして遊んでいる。 「あれは……?! でも、『彼』の興味が逸れたのは、こっちにとっては都合がいいわね……」 ヴィクトリアは物陰に隠れながら、ゆっくりと近づく。 これはチャンスだ。あの名簿を取り戻す、これはチャンスだ。 彼女はそして、4回目の襲撃をかけるべく、一気に飛び出した。 * * * 「……どこ行ったの!?」 フランドールは、飛んでいた。 乱れた服に、ランドセルをひっかけ、日傘を手にして。 取るものもとりあえず家を飛び出し、『誘拐犯』を追う。 シャワーを浴びようと服を脱ぎかけた所で、奇妙な声が聞こえて――。 『CAUTION! CAUTION!』とレイジングハートが大きな警報音を鳴らすのが聞こえて。 慌てて引き返した彼女が見たのは、窓枠に足をかけた、猫のような顔をした太った少年の姿だった。 そして、少年の手には、キラキラと光るレイジングハートが握られており……! ……彼をその場でやっつけてしまう方法は、実はあった。逃がさない手段は存在していた。 けれど、咄嗟にその力を使いかけた彼女は、はッと何かを思い出し、一瞬躊躇して―― その僅かな隙を見逃さず、少年はその体格に見合わぬ身軽さで逃げ出してしまった。 屋敷の外には、さんさんと降り注ぐ太陽の光。吸血鬼を拒む自然の力。 支給品の中に見覚えのある日傘があったのは幸いだったが…… それでも左肩を砕かれ片腕が利かない状態で、それを広げるのには手間がかかった。 窓から飛び出した時には、既に少年忍者の姿は無く。 「レイジングハート! どこ!?」 フランドールは飛ぶ。日傘を広げて、針金のような翼を広げて飛ぶ。 495年間生きてきた中でこれほど焦ったことはなく、これほど執着したことはなく。 彼女は自分でも理解できない衝動に駆られ、宝石泥棒を探す。 「…………キロキロキロ~~ッ!」 「あっち!? 逃がさないんだから!」 家々の向こう側から、悲鳴のような、奇妙な声が上がる。間違いない、あの少年だ。 フランドールは家を回りこむようにして現場に急行する。 塀の向こう、声が上がった辺りから、少女の呟きが聞こえる。光の柱が立ち上がる。帯状の魔法陣が踊る。 どこか既視感のある光景に胸騒ぎを覚えながらも、彼女は現場に到着して―― 仮面の怪人と、対面した。 頭巾のように広がるマント。肩のあたりにゆるやかにかかる肩紐。マントの縁に何本も並ぶナイフ状の金具。 そして、顔の中央に収まる楕円形のミラーシールドが、着用者の表情を完全に覆い隠して―― だが、フランドールの注意は、その見るからに不審な人物の姿形には向かわない。 ただ1点。その装束にはいささか不釣合いな、ファンシーな意匠の杖に、視線が釘付けになる。 「……レイジング、ハート?」 『フラン! これは……!』 「なるほど……私のイメージできる『強い服』となると、こうなるわけか。 親離れできない自分の弱さを突きつけられるようで、少し恥ずかしいわね」 呆然と呟くフランドール。黒衣の怪人に握られた杖が、戸惑うような声を上げる。 視界の片隅に、紙の束を握ったまま走り去る少年を捉えていたが、最早彼のことなどどうでもよく。 フランドールは、仮面の怪人を睨みつける。怪人が、フランドールの方に向き直る。 「隠れ潜むのが私の本来のやり方だけど。こうなってしまった以上、仕方がないか――」 * * * レイジングハート・エクセリオンは、魔法運用サポート用のデバイスに過ぎない。 資格ある者が正当なる手続きに則って命令を下せば、反抗することは適わない。 このゲームが始まった当初、危険人物と判断していたフランドールに逆らえなかったのも、そのせいだ。 レイジングハートをあの家から持ち出した少年は、リンカーコアを持たない一般人だった。 使用もできないのに、何故彼は『彼女』に目をつけたのか。 どうせ「キラキラ光って綺麗だったから」程度の理由だろうが、あの野生動物の心情を推し量るのは難しい。 そして、何をどう言ってフランドールの所に戻してもらおうかと、『彼女』が悩んでいたその時に…… その少年は、第三の人物の襲撃を受けたのだった。 激しい殺気に、少年はレイジングハートを投げ捨て、落ちていた紙の束を拾って逃げ出して。 キロキロキロ~~ッ、と叫んで去っていく少年の背を見送りつつ、襲撃者は『彼女』を拾い上げた。 そして、呟いた。「2つの『インテリジェントデバイス』のうちの1つ……これは思わぬ拾い物ね」、と。 異次元世界の魔法使いの存在自体は驚きではないが、しかしレイジングハートは混乱する。 この少女は、何故自分のことを知っていたのだろう? 何故インテリジェントデバイスの存在を知っているのだろう? 何故自分の起動キーを知っていたのだろう? フランドールが最初に手にした時と違い、説明書も何も持って無いはずなのに! 未だ支給品「アイテムリスト」の存在を知らないレイジングハートには、その答えを想像することもできない。 だがしかし、今はその全ての疑問が後回しだ。 ともかく今はこの新たな少女がレイジングハートの支配権を握り、杖を展開し、バリアジャケットを展開し。 そして、日傘1本を頼りに飛び出してきたらしいフランドールと対峙している。 自分に何が出来るのか。自分は何をすべきなのか。 レイジングハートは考える。 知恵ある杖『インテリジェントデバイス』の名に賭けて、知恵を絞って考える。 * * * 「目立たずに済むなら、それに越したことはなかった」 隠れ潜むのが、ヴィクトリア・パワードのやり方。 それが必要なら、10年でも100年でも息を殺して姿を隠し、チャンスを待つ。 「戦わずに済むのなら、それに越したことはなかった」 正義も大義も、彼女にとっては信じるに値するものではなく。 生き残るだけが目的なら、戦う必要は無い。逃げるを良しとせぬちんけなプライドも、彼女にはない。 「けれど……生憎と、戦っても負ける気は無いのよね。私としても」 ヴィクトリアは笑う。その目に冥い光を宿したまま笑う。 慎重を期したのは、支給品に恵まれなかったから。相手の手の内が分からなかったから。 けれど、思わぬ形で手に入ったのは、全支給品の中でもかなりの当たりと言える品物。 武装練金の核鉄のように、手続きを踏んで展開する魔法の道具。 武装練金に比べて扱える力は多岐に渡り、ファジィな命令にもちゃんと対応できるAI搭載型。 アイテムリストでその説明を読んだ時から、できれば手に入れたいものだと思っていたのだ。 さらに、フランドールの手の内は既に分かっている―― フランドールは、常時レイジングハートを片手に攻撃していた。 逆に言えば、レイジングハートの無い今は大した力は使えない、と見るのが自然な推理。 せいぜい、自力で空を飛ぶのが精一杯というところだろう……ヴィクトリアはそう考える。 そして彼女の身を包むのは、ニュートンアップル女学院に潜む『仮面の男』の装束。 ヴィクトリアの母・アレキサンドリアの武装練金、『ルリヲヘッド』を模したバリアジャケット。 その機能は違うとはいえ、2人で1人の『仮面の男』の再現だ。この姿になった以上、負ける気はしない。 「――『強力な武器』は奪い取ったとはいえ、あの子は危険ね。 どう考えても信用など出来ないし、有能とも思えない。存在自体が危険だわ。 ジェダの意図に沿うのはシャクだけど、この杖の機能テストも兼ね、この機に排除してしまいましょう」 『!!』 ヴィクトリアの剣呑な呟きに、レイジングハートが動揺したように点滅する。 レイジングハートを使って、フランドールを、排除する、だって――? デバイスに過ぎない『彼女』は、しかし何も出来ない。正当な方法で命令されれば、逆らえない。 「何をゴチャゴチャ言ってるのか、分からないけど―― レイジングハートは、私の『トモダチ』なの! 返してよ!」 「世界は常に不条理なものよ。それでも意を通したいのなら、方法は1つしかない」 幼さを丸出しにしたフランドールの叫びに、ヴィクトリアは杖を構える。明確な殺気を叩き付ける。 対する『悪魔の妹』は、日傘の下、ちょっと考えてから、首を傾げる。 「……『弾幕ごっこ』? 避ける方に回るのは、そういえば初めてかも」 『駄目です、フラン! この人は――!』 「いいわ、でも約束よ! 私が勝ったら、レイジングハート返すって約束して!」 「奪えるものなら、奪ってみなさい。いつだって、力ある者だけが想いを通すことができるのだから」 住宅街に、緊張が走る。2人の少女が、睨み合う。 遥か遠く、未だ正気に戻れぬ少年の「ウニョラ~!」という叫びをゴング代わりにして。 レイジングハートから、初弾が放たれ――静かな住宅街は、再び魔法の砲火に包まれた。 【G-1/市街地の路上/1日目/真昼】 【フランドール・スカーレット@東方Project】 [状態]:左肩粉砕骨折。疲労困憊。魔力大消費(あまり回復できていない)。 [服装]:慌てて着なおした服がかなり乱れている。日傘を差している。 [装備]:レミリアの日傘@東方Project [道具]:支給品一式、ひらりマント@ドラえもん、i-Pod@現実? [思考]:レイジングハートを取り戻す! 第一行動方針:『弾幕ごっこ』に勝って、レイジングハートを取り戻す。 第二行動方針:人を見つけ次第弾幕ごっこを仕掛ける。 第三行動方針:レミリアを捜す。 基本行動方針:遊ぶ。 [備考]:通常弾幕やスペルカードを封印中? 【ヴィクトリア=パワード@武装錬金】 [状態]:バリアジャケット展開中。 [服装]:バリアジャケット(外見は『ルリヲヘッド』そのまま)。 [装備]:レイジングハート・エクセリオン@魔法少女リリカルなのは [道具]:アイテムリスト、天空の剣@ドラゴンクエストⅤ、基本支給品×2(食料のみ1人分)、首輪 [思考]:さて、どう攻めたものかな? 第一行動方針:レイジングハートの機能テストを行いつつ、フランドールを排除する。 第ニ行動方針:男の子(しんべヱ)を追いかけて詳細名簿を取り戻したい。 第三行動方針:首輪を外す。主催者の目的について考える。 第四行動方針:“信用できてかつ有能な”仲間を捜す。 ホムンクルスのイリヤに興味。 基本行動方針:様子見をメインに、しかしチャンスの時には危険も冒す 参戦時期:母を看取った後 [備考]:能力制限により再生能力及び運動能力は低下、左胸の章印を破壊されたら武器を問わずに死亡。 ジョーカーの存在を疑っています。 『01 明石薫~46 ニケ』の顔写真とプロフィールにざっと目を通しました。 【福富しんべヱ@落第忍者乱太郎】 [状態]:凶暴化。ヴィクトリアに一発蹴られたけど、怪我と呼べるほどの怪我ではない。 [装備]:なし [道具]:詳細名簿(手で掴んでいる) [思考]:ウニョラー 第一行動方針:野生の勘で戦闘を回避すべく逃走。 [備考]:凶暴化は数時間経つか、呪いを解く効果のある魔法や道具で治ります アイテム紹介 (フランドールの不明支給品×1) 【レミリアの日傘@東方Project】 吸血鬼レミリア・スカーレットが、晴天時の外出に使用する日傘。 日傘程度でどの程度の日光を防げるのかは不明だが、とりあえずスカーレット姉妹にはこれで十分な模様。 後編
https://w.atwiki.jp/iliasion/pages/207.html
ep.97 かつてあいつはUMAだった!!前編 k-suke プレゼンツ 放送内容 参加メンバー Tomo Kimura K-suke その他 名前 コメント すべてのコメントを見る
https://w.atwiki.jp/kkjs/pages/43.html
ベルガラックでの、ある暑い夜。 今日は戦闘がまるで無かったせいか、ゼシカは寝付けずにいた。 エイトとヤンガスはもう寝息を立てているようだ。 そしてククールのベッドはーーー今日も空だった。ククールは、滅多に自分のベッドで休まない。 行く先々で女の子に袖を引かれているから、その中から見繕ったコとそのコのベッドで楽しんでいるのかも知れない。 ーーー『オンナノコト・タノシム』 ゼシカは自分の考えに嫌悪して眉をひそめた。 『オタノシミ』というのがどういう事なのかは、ゼシカも知識としては知っていた。 若い健康な男が生理的にそれを必要とする理屈もなんとなくわかっている。 それでも、旅の中で自分をエスコートしてくれるその手が、どこの誰とも知らない、行きずりの女のからだに絡み付いていると思うと、喉に詰め物をされたかの様に息苦しくなる。 最近では町で寝具が整った宿に泊まるより、野宿のほうが気が休まるくらいだ。外には魔物はいるが女はいない。 『あーもう!何考えてるのよ。私は!』 ーーーこんなにもいらつくのは暑さのせい。胸がざわざわするのも、なんだか悲しい気がするのも、この暑さのせい。 なんとか寝直そうと頑張ってみるが、目は冴える一方だ。 『ーーー酒場にでも行ってるのかも・・・。』酒場はこの建物のすぐ下だ。 『ちょっとだけ見てこよう。』 ゼシカはベッドから降りた。 明るいピアノ曲と人のざわめき。 ククールはカウンター席にいた。右隣に座るバニーガールがしなだれかかるように誘い文句を囁いてくる。 ククールはそれに曖昧に答えながら酒を飲んでいた。 「ねぇ、私の部屋に行こうよ。」 「ダメ~」 「なんでよ~。ククールからお金取ったりしないわよぉ?」 「そういう事じゃなくてさ」 今日はずっとこのやりとりだ。面倒くさい。かったるい。今日は暑くて・・・いつものサービス精神は湧いて来ない。 ククールが河岸を変えようかと思い始めた時、背後で聞き慣れた声がした。 「マスター、お酒ちょーだい。隣の紳士と同じやつ。」 驚いてを振り向くと取り澄ました顔のゼシカが頬骨をついてこちらを見ていた。 「ゼシカ・・・なにしてんだよ。」 「お酒飲みにきたのよ。」 「ばっか・・・お前、女の子がこんな時間に一人でウロウロしてんじゃないよ。」 「そうね、ククールが居てくれて丁度良かったわ」 ゼシカは悪怯れずに笑って見せた。 ククールは脱力し、大きなため息をついた。目を見ればわかる。ゼシカはご機嫌が悪いらしい。 「お前いつも酒なんて飲まねーじゃ・・・」 「おまちどうさま」 マスターがカウンターにカクテルを置く。 「ありがとう」 ゼシカはそれを一口啜り、甘くて美味しいわ、と全て飲み干した。 「・・・ねェ、ククール・・・そのコなんなの?」 忘れられたバニーガールが存在を主張しはじめる。 「なに?オンナ付きだったの?早く言いなさいよ。こっちだって仕事あるってのに!時間、無駄にしちゃったじゃない―――バカにすんじゃないわよ!」 一瞬にしてククールの眼中から除外されてしまった事を悟ったバニーガールは、一気にまくしたて立ち上がった。 「振られちまったじゃねーか。」 足早に去って行くバニーガールを眺めながらククールがつぶやいた。 「ごめェん」 少しももすまなそうでないゼシカの前に、新しいグラスが置かれた。ゼシカはかなり赤くなって、手元も呂律も怪しくなっている。 「・・・マスター、このオンナ、何杯飲んだ・・・?」 ニヤつくマスターを睨み付け、ククールはこめかみに指をあて何度目か分からないため息をついた。 「ククールはぁ、みんなと・・・一緒にいるの、嫌い・・・なのぉ?」 「そんな事ないさ」 「じゃーあー・・・なんで・・・ククールは夜になると、そ・・・と・・・外に・・・出ちゃうのよ。じ・・・自分だけは・・心配されない・・とでも思ってンの?」 「・・・・・」 ゼシカの物言いはストレートだ。 「・・・お前酔ってるだろ。もう部屋に帰ろう。」 ゼシカの腕を掴み、立ち上がろうとすると、その手を振り払われた。 「それで・・・?ククールはさっきのバニーさんの部屋に行くわけ?」 ゼシカは気分が悪くなったのか、カウンターにうつぶせてしまった。ククールがもう一度その手を掴む。 「ククールはそんなんでいいわけ・・・?相手は誰でもいいの・・・?愛し愛される人は・・・いらないの・・・?―――メチャクチャ寂しがりやの癖に・・・!」 思わずカッとなり、ゼシカの腕を掴む手に力が入る。 ゼシカの恐い所はこういうところだ。感情に火をつけられる。ポーカーフェイスを崩される。 「好きなコがかわいーカオして寝てるのに、隣でグースカ寝れる程,出来た人間じゃないんだよ!オレは!!」 むかついた。お前は無神経だ。バカゼシカーーー言葉が止まらなくなる。 「いつか、きっと、どうにかしちゃうぜ?ゼシカの事。」 そこまで言うと突っ伏したゼシカから、すーすーと寝息が聞こえてきた。 「・・・ったく。最後まで聞けよ・・・。」 「お客さんお熱いですね。」ニヤニヤとマスターが笑った。 「いいなあ。こんな可愛いお嬢さんと・・・。」 ククールはマスターをバカヤローと心中で罵り、ゼシカを抱き抱えて店を出た。 無題10-後編-