約 106,288 件
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ここでは力が正義主義を掲げているキャラクターを記述する。 力が正義主義者の一覧 皇帝(ファイナルファンタジーII)吐き気を催す邪悪。 シン(北斗の拳) マスターロゴス / イザク / 仮面ライダーソロモン(仮面ライダーセイバー)吐き気を催す邪悪。 真の力が正義主義者の一覧 チアキ / 橘千晶(真・女神転生III-NOCTURNE) 最初は力が正義主義者だったが最終的に力が正義主義者ではなくなったキャラクター一覧 緋道蓮 / 仮面ライダー剣斬(仮面ライダーセイバー) カバトン(ひろがるスカイ!プリキュア) 正確には力が正義主義者ではないキャラクター一覧 駆紋戒斗 / 仮面ライダーバロン / ロード・バロン(仮面ライダー鎧武) 関連項目 力が正義主義 勝てば正義主義者・勝てば官軍負ければ賊軍主義者の一覧
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警戒レベル0 「スラヴ民主主義合衆国」へようこそ 合計訪問者数 - 今日の訪問者数 - 昨日の訪問者数 - 建国から749日目 国旗 意味 下の赤は愛国心、独立への苦難、国民の団結を 緑は広がる野原、大地を表している。 情報 英語名 United States of Slavic Democracy 略号 USSD 漢字略称 斯 元首(大統領) 十真都 人口 約2億4000万人 人種 スラヴ人 言語 日本語、英語、ロシア語、ポーランド語 宗教 人口順位 カトリック、仏教、イスラム教 政党 自由民政党 議会 一院制(衆議院) 通貨 トロ(toro)(1トロ=150円) 活動バージョン Minecraft統合版1.15.0.51beta、1.18.12 SV通信 スラヴのメディア、スラヴのメディアの中で一番規模が大きい ニュース + ... 4/3 日本海におけるカンタルシアと極東連邦との戦闘は多数の国が混じり合うなど激しい戦闘が行われたがトンガ帝国による仲介により講和が成立した、スラヴはこの講和に賛成する。 1/19 スラヴ海軍はカンタルシア軍による釜山上陸を支援を行ったが極東軍の抵抗により失敗、スラヴ海軍を殿軍として退却した、スラヴ海軍の被害は確認されず 11/26 極東連邦はカンタルシアに対して航空攻撃、十真都大統領は[同盟国への攻撃は許されてはならない]と声明、カンタルシア側で参戦を表明、議会はカンタルシアに海軍を派遣を承認、同時に非常事態宣言を発令した。 ◆政体スライダー 民主的 -■------- 独裁的政治的左派 ----■---- 政治的右派開放社会 --■------ 閉鎖社会自由経済 -■------- 中央計画経済常備軍 -■------- 徴兵軍タカ派 --■------ ハト派介入主義 ---■----- 孤立主義 警戒レベル レベル 状況 命令 具体的な内容 発表時の名称 0 異常なし 特になし なし なし 1 注意 不要不急の外出自粛 外出自粛 臨時注意情報 2 警戒 外出自粛、警察厳戒態勢 警察、政府の指示に従うように 臨時警戒情報 3 各地でテロ 避難、命を守る行動を 都市部からの避難、疎開 緊急事態宣言 4 戦闘開始 全兵器使用許可、1部シェルター解放 空襲等本土への攻撃があった場合シェルターに避難 非常事態宣言 5 領土に敵が侵入 全シェルター解放 戦闘地域から半径20kmの地域は避難 戒厳令 6 劣勢 戦闘地域から半径50kmの地域は避難 シェルターに避難もしくは疎開、命を守る行動を 戒厳令Lv2 7 終戦 全部隊撤収 全部隊撤収 戒厳令Lv3 8 敗戦 降伏 無条件降伏 降伏 外務省 外交窓口、こちらからお願いします 【外務省発表】我が国と同盟を検討している国に我が国との同盟の条件を発表します 資本主義や立憲君主など、民主的思想であること これを守ることが可能であれば同盟は簡単に可能です + ... エルトシア諸国及びエントルテ連邦{内代表国ミズガルズ皇国}の者です同盟もしくは国交を結んでいただけないでしょうか、よろしくお願いします。 -- amanomiyayura217 (2022-02-07 22 38 20) 同盟ですか!いいんですか?!、よろしくお願いします! -- kiriman627 (2022-02-08 00 35 33) アラビア連合帝国の者です。 -- 名無しさん (2022-02-08 10 45 10) 本日は同盟締結のご相談に参りました。よろしければ我が国と同盟を結んでいただけないでしょうか。よろしくお願い申し上げます。 -- 名無しさん (2022-02-08 10 46 07) 遅れましたが -- amanomiyayura217 (2022-02-08 17 35 42) すみません上のはご送信ですでは改めまして宜しくお願い致します--エルトシア -- amanomiyayura217 (2022-02-08 17 37 23) 中央ユーラシア帝国のものです同盟締結のご相談にきましたよろしければ同盟を結んでいただけないでしょうか -- nb233 (2022-02-09 22 42 04) 本日は同盟締結のご相談に参りました。(ry<<<いいですよ!よろしくお願いします! -- kiriman627 (2022-02-09 23 16 14) 中央ユーラシア帝国のものです同盟締結のご相談にきましたよろしければ同盟<<<よろしいですよ!よろしくお願いします! -- kiriman627 (2022-02-09 23 17 32) 聖バビキロス連合王国のものです、一緒に国交を結びませんか? -- 聖バビキロス (2022-02-27 18 32 28) 返信遅れてすみません!外務省の方見るの忘れてました!、国交はもちろんよろしいです! -- kiriman627 (2022-03-17 03 22 53) カンタルシア帝国の者です。もしよろしければ貴国と同盟を締結したいのですが…どうでしょうか? -- 2525kamakiri (2022-06-30 12 22 37) はい!政治体制など問題はありませんので、大丈夫です!よろしくお願いします! -- kiriman627 (2022-07-01 01 03 35) では、DMの方で内容の詳細を -- 2525kamakiri (2022-07-01 06 08 34) 話したいのですがどうでしょうか?(連投すみません…) -- 2525kamakiri (2022-07-01 06 09 05) はい!いいですよ!都合がいい時間帯にdiscordのDMに起こし下さい! -- kiriman627 (2022-07-01 14 45 12) いつ来ますか? -- kiriman627 (2022-07-02 16 22 36) うーん、明日のお昼ごろにお話できたらいいなぁと -- 2525kamakiri (2022-07-02 22 34 20) わかりました!全裸待機してます! -- kiriman627 (2022-07-03 01 07 05) 名前 コメント 同盟国 アラビア連合帝国帝ス軍事同盟 カンタルシア帝国冠斯同盟 加盟条約 セントラル自由主義条約機構 陸軍 スラヴ民主主義合衆国陸軍旗 主力戦車 + ... PT-1 我が国の初代主力戦車 要目 武装 DDCCTNTキャノン弾頭数約500 FC機銃3門 一番最初の主力戦車としては出来がいい物と思われるが車体が大きく防御力が低く被弾すれば確殺される さらに水流装甲展開用ディスペンサーが四つで展開された後に無限水源になるため水流装甲を取り除くためにはスポンジが必要になる、以上の点において兵士からの評価は低かった。そのためすぐに新型主力戦車の開発が急がれた。 主砲は輸入 現在は退役 PT-2ヒバリ 我が国2代目の主力戦車 要目 武装 DDCCTNTキャノン弾頭数約230 FC機銃1門 PT-1戦車の後継として開発された主力戦車 この頃から装甲は捨てて機動力で避けるという戦法が付き(装甲不要論)まともな装甲は前面水流装甲と複合装甲のみ 主砲は輸入 現在は退役 PT-3コサック 我が国3代目の主力戦車 要目 武装 XDCCTNTキャノン弾頭数約450 PT-2の後継として開発された主力戦車 装甲不要論を展開しているのに防御力が高く、正面への殴り合いも地味に可能(当社比) 前方に着いているなんか変な装甲も取り外すことができ、機動戦の場合取り外して戦闘を行う ↑全面装甲を取り外したPT-3 水流装甲も全周囲の他、砲身からも水流装甲が出てきて、前方に着いている装甲にかかり、防御力かアップする 前主力戦車と同じくクリスティー式を採用しエンジンも高出力にすることで機動力を確保した。 しかし対歩兵能力がほぼ無く、カスタムで砲塔にFC機銃を乗せても対処は難しく、対歩兵戦車などと行動するようにとされている またこの戦車の主砲も輸入製である 現在は退役 PT-4 スラーヴァ 要目 武装 XDCCTNTキャノン弾頭数500 同軸機銃1門 リモコン機銃 PT3の後継 しかしPT3にかなり似ており、見分けが尽きずらい そしてPT3と一緒で追加装甲が搭載可能 またこの戦車の主砲も輸入製である PT-3の追加装甲を搭載できる ↑追加装甲ありバージョン PT3から当たり変わらず、15両ほど企業から納品されたあと、改良型が研究されたが、研究は中止し15両程程しか軍に採用されなかった 現在は予備役 PT-5ヘローヤム 要目 武装 120mmコマンド砲(弾頭数480) 車載機銃2基 信号弾発射機一基 装甲 垂直分離装甲 水流装甲 PT4の後継スラヴ陸軍が採用、配備している、PT2以外がでかくなりすぎて、被弾率が高くなり、評価が下がり、PT4以前の戦車がダサくなったこともあり、PT5はクリスティー式を使用しないことを決定され、PT5が出来上がった コマンド超砂砲を採用により小型化され、見た目も改善された。 またこの戦車は主力戦車としては初めて純国産主砲を搭載した PT-6 キャバルリー (PT-6 cavalry) 要目 120mmdc式弾頭数434 fc機銃 装甲 全面水流装甲 垂直分離装甲 複合装甲 PT-5の後継として作られたもの コマンド砲を捨て純国産dc式超砂砲を搭載 PT5ではなかった全面水流装甲や複合装甲を搭載したため防御力が上がっている PT-7 クリガーレ PT-7 Krigare 要目 120mmddc式超砂砲(弾頭数252〜684) fc機銃×2 信号弾発射機×1 装甲 全面水流装甲(後部1部防御無し) 垂直分離装甲 複合装甲 溶岩装甲 PT-6の後継で、我が国初の純国産DDC砲と我が国最新版初の超砂砲を搭載、防御力も進化し、溶岩装甲や砲身爆破機構の採用をしている 偵察戦車 + ... P3軽偵察戦車 我が国最初の偵察戦車(現役) 要目 武装 FC機銃二門 P3軽偵察戦車は偵察戦車用に開発され、車体が小さく、隠蔽率が高い、そして敵に見つかってもその小さい車体のおかげで砲弾が空中炸裂しない限り上を通りすぎる。 装甲は無に等しく、TNTキャノン1発どころかTNT1個で乗員が全滅する可能性がある(乗員は3名) そして武装がFC機銃二門だけの為、戦闘はできるだけしないように行動することを推薦されている。モデルはイタリアのL3 P4軽偵察戦車 要目 73mm砲(24弾頭) 本車はP3軽偵察戦車の後継であり、全長は少し増えたがその他は小さくまとまっている 武装は輸入した砲を小型化改良した73mm砲(24弾頭)を一門搭載し、P3軽偵察戦車の欠点であった攻撃面を強化している また、最新版で作った陸上兵器としては初の採用である 歩兵戦車 + ... PI-1・クルセイダー 我が国の歩兵戦車 要目 武装 弾頭数70拡散砲×2 車載機銃5門 我が国初の歩兵戦車 試製20式戦車の車体を利用し、兵員スペースも十分に確保された、その代わり水流装甲などの装甲は無い ちなみに、一応超砂が打てるバージョンもある拡散砲だからほとんど意味無くね? PI-2・クルセイダーII 要目 70mm45弾頭SC式キャノン 同軸機銃2丁 歩兵輸送能力20名 スラヴの歩兵戦車 PI1の弱点であった装甲面も強化し、水流装甲を搭載 PI1よりも小さくなったが兵員輸送能力がそのままの20名で優秀 砲も石ボタン式SC式キャノンで弾頭数こそ少ないが連射力が優秀だ 軽戦車 + ... PL-1、type1Light tank 我が国初の軽戦車(現役) 要目 武装 弾頭数約150TNT榴弾砲 FC機銃1門 PL-1、別名一号軽戦車は我が国初の軽戦車であったが性能はあまりいいものとは言えなかった 装甲はほぼ無く、命中すれば確殺であり、加えて武装も耐水弾がないため対歩兵もしくは非装甲目標、水流装甲を貼っていない戦車しか有効打を与えられない さらに車体に付いているFC機銃は単発式のため腕が疲れる人が続出した ただ居住スペースがあり ベット等が置いてあるため夜間任務や長期任務などの場合はかなり良かったらしい PL-2、type2Light tank PL-1の後継(現役) 要目 TNTキャノン120弾頭 FC機銃三門 PL-2、別名二号軽戦車、PL-1の後継として開発されPL-1と比べてかなりいいものに出来上がった まず耐水弾は2発装填式で貫通能力はあまり高くないが軽戦車なためあまり気にならなかった 水流装甲も追加され防御力も少しアップ 車体FC機銃は二問になり、連射になった為前作のように腕が疲れる人が居なくなった そして前作と一緒で居住スペースがあり、夜間任務や長期任務も楽で兵士からの評価は高いらしい。 PL-3、type3Light tank PL-2の後継として開発された軽戦車(現役) 要目 武装 TNTキャノン弾頭数約60 PL-2の後継として開発された軽戦車、別名はない 後継として開発されたが出来はあまり良くなく、PL-2の方が性能がいい ただ超砂が打てる点に置いては当戦車が勝っている だがFC機銃がなくて対歩兵能力が低かった、だが当戦車は夜間任務向けに開発されており歩兵遭遇率は低いと考えられている、さらに初代から一貫して居住スペースがあり長期任務向けでもあった PL-4 要目 105mm約216弾頭コマンド砲 車載機銃2 PL-3の後継で最新技術などを取り入れた PL3では問題だった対歩兵能力は車載機銃搭載によって解決 コマンド砲を搭載し超砂も撃てるためPL3よりも遥かに高性能 水流走行もしっかりしたものになった 重戦車 + ... 超重戦車オメガ 要目 dc式戦艦砲弾頭数1946(合計) sc式3基搭載(合計374) 装甲 全周囲水流装甲 垂直分離装甲 スラヴ軍が運用している超重戦車 主砲にはクライペダ級戦艦の主砲を少し弱体化して搭載 弾頭数のゴリ押しで全水流装甲貼ってても貫通可能(当社比) ただ水流の影響で複合装甲は搭載せず 輸送ヘリ + ... ジャーニー輸送ヘリ スラヴ陸軍の輸送ヘリ(海軍や海兵隊も使用) モデルはオスプレイ 攻撃ヘリ + ... I1攻撃ヘリ 要目 武装 コマンドキャノン2基 tnt投下ディスペンサー3基 我が国初の攻撃ヘリ、機体自体は他国製ヘリ(タスキー氏製、ここ参加者ではない、掲載許可取り付け済)を使用 陸軍や海兵隊だけではなく、海軍では対潜爆雷を搭載した機体が少数ながら採用された 現在では全機が退役し、陸軍が所有していたI1はI2攻撃ヘリに改造され、海軍や海兵隊が採用していたI1は全機陸軍に引き渡された I2攻撃ヘリ 要目 対地キャノン弾頭数約280(両門) Fc機銃二門 tnt投下ディスペンサー1基 I1攻撃ヘリを改造し、対地キャノンを搭載、対地キャノンは P1戦闘機のダブルクロックをシングルクロックにし、装薬を少なくした、全面水流装甲を貼っていない戦車なら撃破できる、更にはI1攻撃ヘリを改造するだけで製造完了するため、安価で、I1全機改造された 陸軍だけではなく海兵隊も1部所有している 現在では全機退役 ламантин(海牛) 要目 武装 コマンドキャノン四門 対地機関砲一門 TNT投下機 スラヴ陸軍だけではなく、海兵隊でも採用されていた攻撃ヘリ、現在ではI4攻撃ヘリに置き換えられ、ламантин(海牛)は全機退役、残った他の攻撃ヘリは武装を剥がされ民間機にされたり、博物館などに供与されている I3攻撃ヘリ 要目 武装 FC機銃二門 対地拡散砲2基 対地キャノン弾頭数420(両門) 我が国最新の攻撃ヘリ 機体自体と対地拡散砲は他国製を使用 フェニックス I4攻撃ヘリ Phoenix i4 要目 30mwコマンド連射tntキャノン dc式対地キャノン弾頭数784(両門) tnt投下機2 試製戦車 + ... 試製20式戦車 要目、なし PT-1より前の主力戦車案、車体と砲は完成してあと少しのところで砲が自爆し始め計画は頓挫した。 一応前面を被える水流装甲がある。 多額の開発費を費やし出来た為、政府と軍は諦めきれずあらたな砲を開発しようとしたがそれも頓挫、それでも軍は諦めきれなかった だがこの戦車の車体は幅や前面がちょうどよく、 この戦車の車体をベースに色んな改造をすることが決定され、駆逐戦車などの派生型が大量に生産された 試製1型重戦車 要目、なし 大火力、重装甲の戦車を開発しようとしたが、結果的に装甲は重装甲になったが、火力が弾頭数約70の耐水弾。2発装填式の悲惨の火力にしまった、当時、大火力を持つ砲がなく、開発は中止された 装甲車 + ... Pz.1装軌装甲車 要目 武装 fc機銃一門 コマンドキャノン2門 我が国で作られた初の装甲車 主兵装はfc機銃だが対歩兵にしか使えず、威力不足の為コマンドキャノンを搭載した Pz.2 オーダー Pz.2 order 武装 30mm機関砲(弾頭数6) Pz.1の後継、10人の兵員を輸送可能、また対戦車ミサイルを取り付け可能 取り付けたバージョン PV-1パトリア 要目 武装 TNTキャノン120弾頭 我が国で作られた装輪装甲車、PL-2の砲を使用するため威力不足、だが基本敵戦車と正面から戦うことは想定してないため、さほど問題とはならなかった PV2 ヨングァン 要目 DDCCTNTキャノン弾頭数約230 車載機銃三門 PV1の後継として開発された機動戦闘車、分類上は装甲車 PT2と同じ砲を搭載している そして前作と違って水流装甲が搭載され、防御力が上がっている M1装輪兵員輸送車 要目 武装 リモコンFC機銃一門 車載機銃二門 スラヴ陸軍が運用する装輪兵員輸送車 兵士18名の輸送が可能 m2兵員輸送車 要目 mk.3機関銃 装甲 全面水流装甲 垂直分離装甲 複合装甲 11人輸送可能 スラヴ軍の兵員輸送車 対空車両 + ... Sky1 要目 武装 FC機銃4門 車載機銃5門 我が国で作られた対空戦車 試製20式の車体を使用された Sky2 要目 対空拡散砲1基 Sky1の後継として開発された対空戦車、前作よりも高性能で出来上がったが、装甲が紙で、tntキャノンを1発でも喰らえば死 Sky3 要目 対空FC機銃2丁 車載機銃2丁 Sky2の後継 PL-4の車体を流用して作られた 駆逐戦車 + ... PK-1 要目 武装 DDCCTNTキャノン弾頭数約230 車載機銃5問 駆逐戦車だがPT-2と同じ輸入砲を使用していたり、クソデカの為隠蔽性がかなり悪く [これ使うならPT-2でいいよね]となりかなり早い段階で後継の子が開発され、ぱっぱと消えてった可哀想な子 車体は試製20式戦車を使用した。 現在は退役 PK-2 要目 武装 XDCCTNTキャノン弾頭数500 FC機銃5門 PK-1の後継として開発された駆逐戦車、主砲をより高火力なものへ、ただしまた輸入砲この頃まだそんな技術なかったんでね、え?まだXDCC作れないだろって?粛清 PK-1で問題だった隠蔽性が解消され、待ち伏せ攻撃も可能になった、居住スペースもある為、兵士からの評価は高かったらしい 空挺戦車 + ... PP-1 要目 武装 弾頭数5連射TNTキャノン一門 コマンドTNTキャノン二門 我が国の輸送機に入るように作られた戦車 幅7マス、高さ5マスという条件で作られた、これを要求された技術者は発狂したそうな 弾頭数5の連射キャノンを搭載したが、火力や制圧力、射程が足りないと判断され他のTNTキャノンにしようとしたが、どれもこの戦車に入らず、結果的にコマンドキャノンを搭載し、火力、制圧力を上げた射程なんて知らない PN01輸送機に最大2両を入れられる 自走砲 + ... PD-1自走砲 要目 武装 弾頭数244DDCC超砂砲 車載機銃5門 我が国初の自走砲 自走砲としては火力不足感があるが、射程距離が長く、更には超砂も撃てる万能砲を搭載している この砲は主力戦車に搭載する予定だったが、大きく、その戦車には乗らない為自走砲にしようとし、試製20式戦車の車体を流用して作られた PD-2自走榴弾砲 要目 武装 155mmコマンド砲(弾頭数1680) 車載機銃5門 スラヴ陸軍が運用している自走榴弾砲 試製20式戦車の車載を使用している コマンド砲の採用により、ディスペンサー砲と違い小型、高威力で、使いやすく、PD-1よりも高性能 NPD-1 要目 DC式弾頭数672榴弾砲 車載機銃5 スラヴ陸軍が運用している自走榴弾砲 PD-1や2と違って軽量で離島や山岳地帯で活躍が期待されている カタストロフィ装輪自走榴弾砲 要目 155mm榴弾砲(DC式弾頭数854) 装輪式なため機動力があり配置、射撃、陣地変換を迅速に行える 車類 + ... FFS大型多目的トラック 我が国の陸軍が運用する大型トラック type2FFS軽機動車 スラヴ陸軍だけではなく海兵隊や空軍でも使用されており、複数の改造型がある、空挺部隊ではPN01輸送機にも入るように改良型が使われている、 FFSキャリッジ軽機動車 type2FFS軽機動車の後継 海兵隊や空軍などでも運用されている FFS中型輸送トラック FFS中型輸送トラックはその拡張性の良さからスラヴ軍全体で採用されている 現地の非公式な改造を含めれば相当な数の改造型が存在する FFS ドラゴンワゴンタンクトレーラー この車両は災害時等水不足等になった場合派遣される。 液体ならなんでも運べるとされるが基本的に水が積まれる FFS大型輸送トラック 最大26人の輸送が可能 戦車運搬車 + ... FFS戦車運搬車 スラヴ陸軍が運用する戦車運搬車 FFS製のトレーラーヘッドにこれまたFFS製の戦車運搬用のトレーラーが付けられた 最大幅9マスまで乗せることが可能 FFS ドラゴンワゴン戦車運搬車 スラヴ軍が運用する戦車運搬車 最大幅11マスまで載せることが可能で戦車だけでは無く様々なものを載せることが可能 トレーラーヘッドはFFS ドラゴンワゴンを使用している 戦車回収車 + ... PT5TRV スラヴ陸軍が運用する戦車回収車 PT5の車体を使用している MLRS + ... MLRS-1 スラヴ陸軍最初のMLRS 試製20式戦車の車体に当時我が国では最大火力だったシングルクロックの871弾頭キャノンを乗っけたもの PSU-MLRS-2 試製20式戦車の車体にダブルクロックの弾頭数約2,296 空中炸裂するキャノンを搭載している HMSM-1 要目 対地拡散ロケット砲弾頭数28 Mk.2機関銃1(後部) 車載機銃5 一応MLRS 対歩兵を主任務としており火力は少ないが連射が良く相手を牽制する 地対艦ミサイル + ... デビル地対艦ミサイル スラヴ陸軍の地対艦ミサイル 名前の[デビル]は悪魔の意味であり、その名の通り敵艦に対して悪魔のように襲いかかる え?ハリボテじゃないかって? 国家安全保障公安委員会送っておきました ゴッド地対艦ミサイル クライペダ級ミサイル原子力戦艦に乗っていた対艦ミサイルをFFS大型輸送トラックに搭載した 1つの発射管に4発、それが二基で計8発のミサイルを発射できる 戦艦に搭載しているだけあってその任務も大型艦破壊のため威力が大きく敵に対して神罰のように撃破する え?ハリボテじゃないかって? 国家安全保障公安委員会送っておきました 地対空ミサイル + ... KP1 要目 対空ミサイルという名のVLS4基 我が国で開発、製造されている対空車両 ただ必要性に疑問が持たれた為、20台ほど作られた後、発注取り消しがされた、生産数の半分の10台は空軍に渡され、空軍基地防衛に配備されている ナイトメア地対空ミサイル スラヴ陸軍、空軍が運用する地対空ミサイル 名前の[ナイトメア]は悪夢という意味であり、その名の通り敵航空機等には悪夢のようなことが起きる だが実際にはミサイルではなくて上対空拡散砲が搭載されており縦方向しか拡散しない、シングルクロックのためそこまでの威力はない、だが連射装置があるため威嚇にはなる FFS地対空ミサイル FFS大型輸送トラックに海軍の対空拡散砲を搭載した車両 自走迫撃砲 + ... 120mmガレット自走迫撃砲 要目 120mm迫撃砲一基 我が国初の自走迫撃砲 新規開発の迫撃砲を搭載され、高性能 突撃砲 + ... CRP-1クリスティー突撃砲 要目 約364弾頭DC式榴弾砲 我が国の突撃砲 機動力がよく、歩兵支援をよく行う 敵戦車と出会った時は機動力で回り込み撃破する 支援車両 + ... 油圧ショベル スラヴ軍が運用している油圧ショベル 主に基地建築、修復や災害時などに派遣されダンプトラックとセットで運用される FFSダンプトラック FFS大型輸送トラックを改造して作られた 油圧ショベルとセットで運用される 空軍 スラヴ民主主義合衆国空軍旗 戦闘機 + ... P-1戦闘機(マルチロール機) 要目 ダブルクロックキャノン弾頭数約560(両門) ハードポイント二基 現状にして我が国の主力戦闘機 TNTキャノンは安心安定の空中炸裂砲である ハードポイントが二基あるため、任務によって違う武装をつけれる。 FC機銃は無い、無くてもあっても変わらんからな 現在では退役 AF-1ディアブロ(制空戦闘機) 要目 ダブルクロックキャノン弾頭数約840(両門) FC機銃1門 カート投下機 名前のディアブロは悪魔の意味 役ただずのFC機銃が一門 カート投下機もあるためTNTカートを入れて爆撃もできるし、チェスト付きカートを入れて救援物資を落とすことも可能 現在では予備役 P-2ライト戦闘機 要目 ダブルクロックキャノン弾頭数約924(両門) FC機銃二丁 スラヴ空軍が運用する戦闘機 空中炸裂弾等を使用するため、強力であり、他国と張り合える程ある(当社比) ネメシス P-3(nemesis P-3) 要目 dc式弾頭数1288(両門) fc機銃 ミサイル発射機2 スラヴ空軍の戦闘機、火力や見た目が進化している 攻撃機 + ... AA-1葵 要目 コマンドTNTキャノン一門 FC機銃一門 元々は戦闘機として開発、配備されていたが、コマンドキャノンは射程が短く、空中炸裂、爆発しないため、TNTが地面に落ちる、都市上空で空戦した場合地面に落ちれば余計な死者が出るため、攻撃機に変更された。 現在は退役 AA-2攻撃機 要目 対地拡散砲一基 ハードポイント二基 スラヴ空軍、海軍で運用されている攻撃機、従来の攻撃機は海軍の軽空母には入る数は少なかった為、海軍と共同で開発された、小型化するために、I4攻撃ヘリの対地拡散砲を使用 ハードポイントには爆撃用のtntディスペンサーしか付けれないが、それもそれでいいのでよしとなった、空軍ではそこまで配備されていなかった、海軍では軽空母用にかなりの数が運用されていた。 現在では退役 AA-3攻撃機 要目 シングルクロック対地キャノン弾頭数約504(両門) ハードポイント二基 tnt投下ディスペンサー一基 スラヴ空軍と陸軍が運用する攻撃機、陸軍は敵戦車に対抗できる攻撃機を欲しく空軍と共同開発を行った これも空軍ではそこまで配備されていないが、陸軍ではかなりの数が運用されている AA-4攻撃機 要目 30mmコマンド連射TNTキャノン シングルクロック対地対空両用キャノン弾頭数約168(両門) TNT投下ディスペンサー5基 ハードポイント二基 近接航空支援機として開発され、連射コマンドキャノンなどはかなり強力で5秒ほどあれば敵戦車は消える(水流装甲?なんだそれ) 対地対空両用キャノンは168弾頭のシングルクロックで空中炸裂はしないため対空には多少の技量が必要だが、対地には威力を発揮する しかし、性能重視で開発した結果見た目がダサくなってしまった 現在では退役 AA-5攻撃機 要目 30mm連射tntキャノン sc式対地キャノン4弾頭数560 ハードポイント2 機甲部隊などを叩くために開発された攻撃機 AA-4の反省を活かして作られた 爆撃機 + ... BP-1爆撃機 要目 tnt投下機複数 tntカート投下機複数 スラヴ空軍が運用する爆撃機 全翼機のステレス機となっている 輸送機 + ... PN01 PN02 大型輸送機 PT-6主力戦車2両輸送できる 海軍 スラヴ民主主義合衆国海軍旗 駆逐艦 + ... スィグルダ級駆逐艦 要目 mk.2.120mm速射砲3基 対空拡散VLS二基 機関銃二基 艦対艦ランチャー二基 CIWSファランクス(FC機銃)二基 スラヴ海軍の駆逐艦 モデルはイタリア海軍カイオ・ドゥイリオ グローリー級ミサイル駆逐艦 要目 127mm連射砲(DC式168弾頭)×1 76mm連射砲(SC式30弾頭)×3 Mk.2艦対空キャノン×2 Mk.2機関銃×2 艦対艦キャノン×2 モデルはデ・ラ・ペンネ級ミサイル駆逐艦 スクトゥム級汎用駆逐艦 要目 127mm速射砲(DC式168弾頭)×1 Mk.2艦対空キャノン×1 ゴールキーパー×1 Mk.2機関銃×2 VLS28セル(対空VLS×2) 対潜爆雷×2 艦対艦キャノン×2 全長174b 幅19b 僚艦防空などを重視し、対潜にも対応できるよう新型の対戦爆雷を2基搭載している モデルはあきづき型 ヴェスティージ級ミサイル駆逐艦 要目 75mm速射砲(sc式30弾頭×1) VLS14セル(DC式対空拡散VLS×2) 艦対艦キャノン×2 全長142b 幅19b ステレス形状をしており敵のレーダー網を掻い潜りながら進むことが出来る モデルはフランスのアキテーヌ級駆逐艦 巡洋艦 + ... グディニャ級ミサイル巡洋艦 要目 mk.3.127mm速射砲一門 CIWS、ファランクス3基 艦隊艦キャノン2基 VLS対空拡散直上キャノン前部後方二基ずつ 機関砲二挺 ヘリコプター一基格納可能 スラヴ海軍のミサイル巡洋艦 イージスシステムを搭載し、主力艦される予定 今後30隻以上が建造される予定 第一次海軍増強計画の最後の艦であり、一番最初の艦よりも高性能になった ガーディアン級ミサイル巡洋艦 要目 Mk.4.130mm(DC式308弾頭)×1 75mm速射砲(SC式30弾頭)×2 CIWSゴールキーパー×5 vls96セル(DC式対空拡散VLS×3) 艦対艦キャノン×2 全長233 幅25 旧式化が進むグディニャ級の後継艦 イージスシステムなどを搭載し スラヴ初のダメコンシステムを搭載している 護衛艦 + ... 最初に、我が国ではフリゲートやコルベットは護衛艦という名称で呼んでいる ポズナン級多目的護衛艦 要目 50mm連射砲 type2対空拡散vls 対潜爆雷一基 対空拡散砲一基 mk.2機関銃2挺 コマンド艦対艦キャノン2基 スラヴ海軍の護衛艦、艦橋やレーダーー類はオリバー・ハザード・ペリー級ミサイルフリゲートをモデルとしている バトルクライ級護衛艦 要目 75mm速射砲(SC式30弾頭×1) Mk.2機関銃(fc機銃)×2 艦対空キャノン×2 全長138 全幅15 船団などの護衛を主の任務としており軽武装ながら新型の艦対艦キャノンを搭載している モデルはドイツのF123 アウゲ級対潜護衛艦 要目 75mm速射砲(SC式30弾頭)×1 VLS6セル(DC式対空拡散VLS)×1 CIWS×2 対潜爆雷×6 mk.2機関銃×2 対潜を重視し、潜水艦に有効打を与えられる 哨戒艦 + ... エトワール級哨戒艦 要目 全長 93b 全幅 13b 75mm速射砲(弾頭数30)×1 CIWS×1 mk.2機銃(FC機銃)×4 沿岸警備や監視、対海賊に使用される 20隻が建造されている 航空母艦 + ... ヴロツワフ級航空母艦 我が国で最大級の艦 全長527bで航空機は約45機入るとされており、全長の割には少ない気がするのは気のせいだ。 自衛火器として艦対空拡散砲三基 Mk.2.VLS2基が搭載されている その巨体には少ない気がするが、基本護衛艦隊がいるため大丈夫(慢心) 現在では退役が検討されている。 ディアブル級大型空母 要目 全長 512b 全幅 102b 武装 CIWS 8 対空ランチャー 2 VLS 37 約90〜110の機体を搭載可能 スラヴ最大級の艦 ヴロツワフ級航空母艦の後継で、甲板上に駐機スペースが多くあり、大量の航空機を運用可能だ さらにイージスシステムを搭載しミサイルの脅威に対して対処が可能だ。 ソコウィ級航空巡洋艦 要目 全長226b 全幅 37b 武装 主砲 36cm二連装砲×2 CIWS×8 VLS 32セル ソコウィ級原子力ミサイル戦艦を魔改造したもので、攻撃機やヘリなどの運用能力を付与したもの 後部主砲は撤去され、残りの主砲は改良型に変更されている ほぼ面影がないがちゃんとソコウィ級原子力戦艦が元である なお、元の動力は原子力であったが、原子炉は撤去され、動力はガスタービンに変更されている 強襲揚陸艦 + ... マリーン・エルデ級強襲揚陸艦 要目 全長 281b 全幅 55b 武装 mk.4 130mm速射砲 (DC式弾頭数308)×2 CIWS×4 対空ミサイル×1 VLS36セル その他 ホバークラフト2隻搭載可能 ヘリコプター発着スポット11ヶ所 我が国では初となる強襲揚陸艦 潜水艦 + ... クライネ・トイフェル級潜水艦 要目 全長 54b 全幅 15b 武装 魚雷発射管×2 通常動力の哨戒型潜水艦、小型故に長距離航行は出来ないが、我が国周辺海域で警戒任務をしている タリスマン・トイフェル級原子力潜水艦 要目 全長 153b 全幅 23b 武装 弾道ミサイル発射管 22基 魚雷発射管 4基 大きな抑止力になることが期待され建造された戦略ミサイル原子力潜水艦 我が国では1隻目となる原子力を搭載した潜水艦である。 潜水空母ワルシャワ級 要目 CIWSファランクス(FC機銃)三門 VLS4基 収容機体数14機 我が国最初の潜水艦 敵の予想外の所で浮上し、戦闘機、攻撃機を発艦させ、敵を攻撃、機体を回収して撤収する戦法のために建造された。 自衛火器はFC機銃三門で、貧弱 VLSは4基あるが、当たらないと来た 実質使えるのは艦載機のみだったため、二隻建造されたのち、建造は打ち切られた。 カシャロット級原子力潜水母艦 要目 全長 240b 全幅 50b 武装 76mm速射砲(SC式弾頭数30)×1(格納式) CIWS×3(格納式) 魚雷発射管×4 VLS 8基 48発 スラヴ海軍の潜水空母、ワルシャワ級潜水空母の後継で フェニーチェ 3APSを11機搭載でき、VLSでの自衛・攻撃も可能、CIWSや主砲は格納式となっており、海上航行時では出し、潜航する時に格納する 動力は原子力 戦艦 + ... ソコウィ級原子力ミサイル戦艦 要目 ダブルクロック644弾頭砲三基 対空拡散砲五基 CIWSファランクス十基 mk.2機関銃2挺 艦対艦キャノン4基 対空拡散VLS4基 スラヴの原子力ミサイル戦艦 我が国初の戦艦で、全長は205と重巡か海防戦艦並だが、戦艦である(強調) 戦艦は空に弱いと言うのを反映し、当艦はイージスシステムを搭載し空に対抗した クライペダ級ミサイル原子力戦艦 要目 全長463 ゴッドミサイル160発 46cm主砲6基18門 VLS275セル CIWSゴールキーパー18基 機関砲4基 艦対空キャノン8基 副砲(mk.2.120mm速射砲)4基 艦対艦キャノン20 対空拡散VLS27 哨戒ヘリ2機 前回の全長が小さいなどの反省を活かして作られた戦艦 各国の戦艦標準レベルに追いつこうとした。 アルタイル級原子力ミサイル戦艦 要目 全長627 全幅67 武装 主砲 46cm砲20門(四連装砲×4 二連装砲×2) 副砲 36cm二連装砲×4 76mm二連装砲×4 VLS 280セル(type2VLS×6 type3VLS×6) 大型VLS(弾道ミサイル) 10セル CIWS×44 対空ミサイル×16 対潜グレネード×4 ゴット型ミサイル 80発(対艦キャノン×10) クライペダ級の後継で全長が500前後になる予定が100b増加し我が国最大の艦となった しかし前級にはなかったヘリ格納庫を搭載し華鳥哨戒ヘリを最大5機搭載可能 輸送艦 + ... ラドム級輸送艦 要目 mk.2.120mm速射砲一基 mk.2VLS二基 対空拡散砲一基 CIWS ファランクス(fc機銃)一基 我が国初となる輸送艦 モデルはおおすみ型輸送艦 補給艦 + ... ウォリア・サプライ級補給艦 要目 全長 212b 全幅 23b 武装 20mmCIWS×2 30mmCIWS×3 M2機銃(fc機銃)×4 我が国では初となる補給艦 艦隊に追従し燃料や弾薬、食料を補給する 後部ヘリコプター甲板は広く作られ、コンテナを多数置くことも可能、クレーンも設置されている。 艦橋の後ろが燃料用、中央がドライカーゴ用、後部艦橋よりが燃料用 アーセナルシップ + ... エルブロンク級アーセナルシップ 要目 Mk.2.120mm速射砲 mk.2VLS20基 mk.1VLS8基 mk.1.DCVLS4基 艦対艦キャノン20基(両舷) VLS820セル CIWSファランクス2基 哨戒機一機 820セルのVLSを搭載し飽和攻撃や対空戦闘に長けている イージスシステムを搭載し防空能力を強化しており、ミサイルが尽きない限りこの防空を突破することは不可能とされている さらに多少のステレス性能も持っており敵艦の最大の脅威になるであろう テンペスタ級アーセナルシップ 要目 全長 304b 全幅 37b 武装 VLS 255セル (DC式type2VLS×6)(DC式type3VLS×9) CIWS30mm×10 155mmDC式弾頭数588主砲×2 艦対艦キャノン×10 エルブロンク級と比べてVLSはかなり減ったがステレス性能がかなり重視されている 練習艦 + ... ホープ級練習艦 要目 全長 166b 全幅 19b 武装 76mm速射砲(SC式弾頭数30)×1 M2機関銃(fc機銃)×4 対潜爆雷×1 CIWS×1 艦上機・艦載機 + ... アヴァリス 1-P(avarice 1-P) 要目 fc機銃 DC式キャノン弾頭1176(両門) ミサイル発射機2 tnt投下機3 ミサイル発射機 ハードポイント2 ヴロツワフ級に搭載するため開発されたマルチロール 対地対艦対空が可能 アミュレット 1APS(amulet 1APS) 要目 対地対艦キャノン332弾頭(両門) ミサイル発射機6 スラヴ海軍の攻撃機 ヴロツワフ級に搭載するために開発された 対地対艦可能でミサイル発射機に対空ミサイルを搭載すれば対空も可能である フェニーチェ 2-P (fenice 2-P) 要目 DC式両用キャノン弾頭1232(両門) FC機銃2 ハードポイント2 ミサイル発射機2 ディアブル級に搭載するため開発された、1-Pの後継、 1-Pと比べて小型化し、弾頭数も増えた ライアー 2APS(Reiher 2APS) 要目 対地対艦キャノン348弾頭(両門) ミサイル発射機2 ディアブル級に搭載するために開発された、1APSの後継 華鳥 要目 対潜爆雷(固定) ハードポイント×2 小型化をめざして作られている ハードポイントには対艦ミサイルなどが搭載可能である 衆議院 青 自由民政党(与) オレンジ 斯民衆党(与) 黄緑 立憲君主党(野) 赤 スラヴ共産党(野) 水色 スラヴ第一党(野) 黄 斯拉夫中道党(野) 灰色 無所属 衆議院議席 与党 + ... 自由民政党 独立時からある政党 総裁 十真都 総裁任期 4年 政治的思想 右派 核兵器について 反対 斯民衆党 自由民政党と連立を組む党 代表 ノヴアック・ポレク 代表任期 4年 政治的思想 右派 核兵器について 反対 野党 + ... 立憲君主党 野党第一党、皇帝、国王の誕生を目指す 代表 コヴァル・トメク 代表任期 5年 政治的思想 左派 核兵器について 保有するべき スラヴ共産党 共産主義化、全世界革命を目指す 書記長 皇海人 書記長任期 無し 政治的思想 共産主義 核兵器について 保有すべき 斯拉夫第一党 スラヴファースト 総統 神楽丈 総裁任期 なし 政治的思想 極右 核兵器について 保有すべき 斯拉夫中道党 代表 天王馬春 代表任期 3年 政治的思想 中道右派 核兵器について 全世界的破棄を主張していく。
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戦う民主主義とは名ばかりの言論統制である。 この意味はとんドイツ国民からかつての英雄であったヒトラーを悪者だと洗脳し、 1言でも賞賛したり、その単語をん出すと法令により罰せられ、実際にヒトラーボイスを着メロに使用して 鳴ったので理不尽な1ドイツ国民が通報、逮捕に至った。 そこまで嫌わなくてもいいのにね。 ドイツが立ち直れたのはヒトラーのおかげなのにあまりにも恩を仇で返す行為である。 ヒトラーは確かに戦争に走り、罪もないユダヤ人を虐殺ったりしただろう。 しかし、そればかりではない、アウトバーンを作ったの推奨したのは紛れもなくヒトラーであると神は言っている。 戦後か、落ち込んでるドイツ国民に希望を与えたのは紛れもなくヒトラーである。 現在のドイツ政治はナチスに台頭を許した反省からと一定数議席を取らないと政党が作れないようになって国グルミでナチス虐めが盛んになっている。 ちなみに実はヒトラー、ドイツ首相や総統をしていたが、ドイツ国民でもドイツ人でも土井津仁でもない。 元々オーストリーで生まれたオーストリ人だった。 何故か知らないがオーストリーで徴兵を嫌ってドイツに逃げたが引き戻されて徴兵検査したんだけど不合格になって 再度ドイツにいったんだ。ドイツで国政は悪く何とかしようと政党を立ち上げクーデターを起こすも失敗、牢屋に監禁されたヒトラーは武力よりも人々の支持を得るほうが効果的だと悟り、 牢屋出所後、再び政党を作り、国政が傾くのを待った。 すると思い通り国政が傾き、経済が低迷、食糧難なんかになって、ヒトラーは国民に食料を配って信頼を得る。 そして、選挙で勝ち、首相に、優しい口調から刺々しい口調になるまで長ったるい演説で国民の心を引き付け、 自らの肩書きを総統に変え、ドイツ帝国へと成長を遂げた。 関連 ドイツ
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国名 清河人民社会主義共和国 国旗 首都 栄都 地域 シンファ大陸北西部 公用語 韓語 国歌 万国の人民よ団結せよ 国制の特徴 中央集権 社会主義 人民民主主義?プロレタリア独裁 一党独裁 モーリス主義 国家元首 頭 光盟 人口 約3億人 通貨 人民銭 条約 ジャーガルク・清河不可侵及び通商条約 関連組織 ヤーディシア人民解放革命戦略会議 ・概要 ・政治 ・地理 ・経済 ・外交関係 ・軍事・陸軍・保有兵器 ・水軍・現有勢力 ・空軍・現有勢力 ・保有兵器 ・宗教 ・民族 ・オーパーツ ・文化・代表的な映画 ・歴史・先史時代(約50万年前~約1万年前) ・神話時代~前韓王朝(約1万年前~1287年) ・東西韓朝並立戦国時代(1287年~1921年) ・覇王朝(1921年~1965年) ・後韓王朝(1968年~4221年) ・皇帝分立時代(4221年~4319年) ・芯王朝(4319年~4378年) ・六族十二国時代(4256年~4486年) ・南北朝時代(4486年~4602年)・北朝の動向 ・南朝の動向 ・瑞(4602年~4642年) ・柱王朝(4642年~5631年) ・三民八国時代 ・冨王朝(前冨王朝)・北冨王朝 ・南冨王朝 ・モスン帝国~狼王朝(6515年~6687年) ・五国時代 ・冨王朝(後冨王朝) ・柱王朝(後柱王朝) ・復韓王朝 ・礼王朝(7289年~7599年) ・中原共和国~原王朝(7599年~7602年) ・ヤーディシア大戦への参戦(7601年~7602年) ・軍閥内戦時代(7602年~7613年) ・人物 ・固有種 ・旧設定集 -政策スライダー 地方分権 -------◆ 中央集権 地方の反革分子は全て抹殺した、これからは中央から派遣された優秀な党幹部が地方行政を改良していくだろう!! 貴族中心・富豪中心 -------◆ 党幹部中心 貴族も資産家も富農も抹殺した!! 農奴制 -------◆ 自由農民 農奴・小作人は存在しない、これから全ての農民同志は人民農園や村民組合で農作業に励むだろう!! 保守主義 -------◆ 革新主義 古いもの・退廃的なもの・資本主義的なものは全て破壊し、人民主義的な社会を築こう!! 重商主義 ◆------- 自由貿易 自由貿易は貧富の格差を生む悪だ!!全ての生産活動は人民政府が管理・指導する!! 攻撃主義 ◆------- 防御主義 世界には未だ虐げられている農民・労働者が沢山いる!!そして外国の帝国主義者・資本家・封建領主は我が国を侵略する気だ!! 陸軍重視 ◆------- 海軍重視 精強な革命的青年たちが自ら銃を持ち戦うだろう!! 精鋭 -------◆ 大軍 200万の兵士が大軍でないはずがない!! ・概要 シンファ大陸北西部に存在する社会主義国家、略称は清河である。NPC国家なので加筆編集自由 いくらでもボコボコにしていいんだよ(ニッコリ) ・政治 人民革命党による1党独裁体制、一応、憲法(革命歴1年人民憲法)が存在し、人民議会(立法)人民裁断所(司法)人民行政局(行政)によって3権分立がなされていることになっているが、実際は人民革命党指導局が実権を握っている。 ・地理 地方行政は4層の垂直構造によって構成されており、最も大きな行政区画は5つの省と3つの直轄市で、省の下に地級市と地区が、さらにその下に市轄区と県が、そして最下層に郷と鎮が存在する。 行政のトップは地域人民の選挙によって、人民革命党地域問題研究局の指導の下選ばれ、地方議会は存在しないが、必要に応じて臨時の地域住民による直接選挙がおこなわれる。 省・直轄市名 人口 番号 詳細 特産物 氷刹省(ピンクァン) 約5000万人 12 人民革命党の元本拠地であり、最も党を支持している地区、寒冷でコーリャン・モロコシ・ソバ等の栽培と牡蠣・ホタテなどの養殖が盛ん、また鉱業も盛んであり、鉱山労働者が党の支持基盤となっている。 鉄貴金属 紺築省(コンチク) 約5000万人 6 寒冷で大麦・芋類・砂糖大根の栽培が盛んであり、油田が存在する。 穀物ボーキサイト石油 央妙省(チョンクァイ) 約6000万人 10 小麦・野菜・芋類の畑作が盛んであり、古都洛都・陽安を有す 綿花硫黄石炭 直栄省(ジーロン) 約7000万人 9 水耕稲作と茶や紅の栽培が盛んであり、最も人口が多く港湾・鉄道・電信・発電所などのインフラストラクチャーが整備されているため、工業化も比較的進んでいる。 茶葉 沙南省(シャーナン) 約7000万人 8 水耕稲作と漁業が盛んであり、沿岸部であるため港湾整備が比較的整備されているため軽工業を中心に工業化が進んでいる。 魚類米 栄都直轄市(ロンチャン) 約250万人 9の中央 清河の首都にして最大の都市、 充啓直轄市(シューチー) 約200万人 10の中央 清河第3の都市であり、製鉄・ガラス工業・治金・食品加工が盛んである。 顛信直轄市(ティンシン) 約220万人 8の中央 清河第2の都市であり、紡績など軽工業が盛ん ・経済 土地の所有は完全に禁止されており(富農・地主は全て処刑された。)各地に国有の人民農園(ソフホーズ)村民協会(コルホーズ)が存在し、農業生産を担っている。工場は全て国有化されており、労働時間は8時間となっている。(*1)しかし、工場の設備は古く、生産性も高くない、技術力?技術者は富裕層なのでほとんど処刑されたよ、通貨は人民銭であるが、何度かデノミを行った為、商売は外貨(闇市などでは特に流通する。)又は物々交換で行われる。 ・外交関係 社会主義国家なので各国との外交関係はまだあまり構築されていない、しかし一方で各地の社会主義・共産主義勢力との協力関係は強く、色々と援助している。 国名 清河人民社会主義共和国の対外感情 各国の対清河人民社会主義共和国感情 ジャーガルク・シャー国 古くから我が国を攻撃する夷狄の国、更には我が国の正当な領土を不当に占領しているブルジョワ帝国主義者共、いつか殲滅しなきゃ(使命感) 連中がもし工業を中心に生産力を手にしたら、我々は我が国を防衛できるだろうか… ピスカ・ハウイカウサイ部族連合 ジャーガルクの蛮族に支配されてる哀れな迷信深い民族、いつか解放軍を送ってあげなきゃ!! トゥガ国 折角開放してあげたのにジャーガルクのせいで封建支配に戻ってしまった国、でもまた開放してあげるよ 今まで仲良くしてきたのにいきなり侵略してきたのは許せない ムスルマーネン=カリフ国 腐った宗教を信じる封建国家、早く殲滅しなきゃ 無神論者の屑は地獄に堕ちろ ザルバチ海岸共和国 極端な白人至上主義・反共主義には反対だけど、帝国に逆らう国としては応援したいな、取りあえずこの惑星から封建制と資本主義を殲滅するまで同盟してもいいんだよ?(二段階革命論)その後は誤った思想を直してあげなきゃ(使命感) レオネッサ王国 ファシズム?社会主義の一種かな?極端な民族主義はあり得ないし、そもそも王国じゃん、封建的貴族国家だね(蔑視) 劣った共産主義を自ら証明する劣等国家だ ソフィア王国 典型的封建制国家、殲滅対象 殺す 立憲王政アーカルソン=リペルニア 半封建的・帝国主義的・資本主義的国家、殲滅するしかない(使命感) 封じ込めねばなるまい ハダカンボ王国 原始共産主義国かな?支援してもいいんだよ リントヴルム朝ヤード帝国 腐った封建主義国家、奴隷制とか貧富の格差が大きすぎて隷下の人民がかわいそう、いつか解放軍を送って、平等な国に変えてあげなきゃ(善意) フォンタニエ辺境伯国 この国も二段階革命を経て、立派な共産主義社会の一員になるんだろうなぁ(しみじみ)あっ、そうだ(唐突)あのうさちゃん達にもモーリス主義を教えてあげよう(宣伝員派遣) カラシュ公国 古臭い迷信を信じる哀れな封建国家、現地の社会主義者を支援してあげなきゃ(使命感) カノミス王国 お友達がいる所、早く王族を処刑してもっと仲良くなろう シンファナ=タンクレート共和国連合 裏切り者と修正主義者の巣窟、殲滅対象 フィルモア合衆国 資本主義者の屑、シンガ・イクファターナ解放後に開放してあげなきゃ インティ帝国 封建主義帝国の屑、シンガ・イクファターナ解放後に開放してあげなきゃ ゴーシュ共和国 亜人を虐めるなんて最低、何時か解放軍を送って征伐しなきゃ スヴィン民主共和国 今まで支援してきたのに我が国を非難するとか最低、カノミスの同志たちと協力して討伐してやる。 空賊連合組合 逃亡したブルジョワと軍閥の残党による犯罪集団、早く殲滅しなきゃ(使命感) 共匪共め…いつか絶対やっつけてやる!! ・軍事 初期の軍には階級が無く、頭光盟元帥及び軍事委員会の者以外は全て役職無し兵卒であったがチュンハイ戦争侵攻の時に、軍を指揮する者がおらず惨敗、その反省により下士官・士官が復活した。しかし王朝時代・中原共和国時代の士官はほぼ全て処刑されており、古参人民革命員の将校も半数以上権力闘争で粛清されているため、経験の浅い士官が殆どである。また軍隊が党と政府に反抗しないよう、政治将校が中隊ごとにいる。 ・陸軍 平時で120師団(4単位編制)合計約240万人を有する。しかしその内ライフル銃を装備する師団は100師団(残り20師団は良くてマスケット銃、最悪の場合冷兵器装備である。)さらに分隊支援火器として機関銃を配備している師団はその内80師団であり、砲兵連隊がある師団はその内65師団、軍用車両が取りあえず存在する師団は10師団であり、戦車が配備されている師団は2師団のみである。 師団名 装備 師団数 歩兵師団 マスケット銃又は冷兵器 18 騎兵師団 馬・マスケット銃又は冷兵器 2 狙撃師団 ライフル銃 大隊ごとに機関銃 75㎜以下の砲5門以下 18 衛列師団 ライフル銃 分隊ごとに機関銃 75㎜以下の砲10門以下 75㎜以上の砲5門以下 15 竜騎兵師団 馬 カービンライフル又はピストルカービン 2 火砲師団 ライフル銃 分隊ごとに機関銃 75㎜以下の砲約15門 75㎜以上の砲約5門 55 偵察師団 ライフル銃 分隊ごとに機関銃 75㎜以下の砲約15門 75㎜以上の砲約5門 非装甲車両約1輌以上 8 機動竜師団 ライフル銃 分隊ごとに機関銃 75㎜以下の砲約15門 75㎜以上の砲約5門 非装甲車両約10輌 戦車5輌 2 ・保有兵器 名称 区分 製造国 武装 詳細 装備数 機銃馬車 機銃馬車 清河人民社会主義共和国 機銃 馬車に雑多な機銃を搭載した所謂タチャンカ 不明 武裝改裝車 戦闘車輌 清河人民社会主義共和国? 機関銃1丁 普通のトラックに機銃を搭載した所謂テクニカル、装甲は無い 約500輌 人民一号小戰車 豆戦車 8mm重機関銃等 とある軍閥が購入した某国の豆戦車を接収したもの、清河最強の戦車 約10輌 ・水軍 基本的に礼帝国水軍の装備を引き継いでいる(士官は内戦で死亡した者が多く、また貴族・ブルジョワが多かったのでほぼ処刑済み)但し練度は低く、装備も旧式である。 ・現有勢力 前弩級戦艦×2 巡洋艦×2 装甲巡洋艦×1 防護巡洋艦×1 駆逐艦×15 水雷艇×10 敷設艇×4 掃海艇×2 海防艦×5 ・空軍 装備は旧式で練度は低い…が嘗て軍閥の一人が全財産を叩いて買った飛行戦艦を所有している。 ・現有勢力 空中戦艦×1 複葉戦闘機×約400機 単葉金属戦闘機×約200機 双発戦闘機×約50機 複葉爆撃機×約300機 単葉金属爆撃機×約160機 双発爆撃機×約60機 複葉偵察機×約1000機 単葉金属偵察機×約250機 練習機×約1800機 輸送機×約100機 ・保有兵器 名称 区分 製造国 武装 詳細 装備数 定龍 空中戦艦 リントヴルム朝ヤード帝国 40cm三連装砲・3基6門15cm三連装砲・2基6門10cm連装高射砲・12基35㎜機関銃・三連装45基35㎜機関銃・10基65cm臼砲・2基爆装・ ある軍閥のトップが(趣味で)発注した空中戦艦、建造の為陸軍兵士の給与をピンハネしたため、就役後直ぐにその軍閥は消滅した。 1 海鸥 戦闘機 清河人民社会主義共和国? 13㎜機銃・2丁br()爆装・25kg 内戦中に拉致した外国人技師に設計させた複葉戦闘機 100機 扑 オー二ソプター 清河人民社会主義共和国 13㎜機銃・1丁 两足步行拖车机械を用いたオーにソプター、垂直離着陸ができ航続距離も長いため、対外工作活動などに用いることができる。但し两足步行拖车机械自体が100基以下であるため温存されている。 60機 その他、軍閥から鹵獲した各国の戦闘機を配備している。 ・宗教 宗教は民衆を搾取する社会装置であるため全面禁止となっている。また近年紅色清廉文化運動という活動によって、寺院・祠・円十字教の教会・メトラ教のモスクが破壊され、反抗する者は精神障碍者として教化所に送られるようになっている。 ・民族 全人口の90%に当たる約2億7220万人が韓語を話す韓族であり、その他、メトラ人200万人、亜人である、豚族約600万人・蜥蜴族約600万人・亀族約500万人・牛族約400万人・象族約300万人・鼠族約400万人・虎族約200万人・狼人約200万人、狐人約50万人、が少数民族として存在する ・オーパーツ 古代に技術・文化大国として繁栄した韓帝国の故地であるため、様々なオーパーツが存在し、発掘されたものの一部は現在でも利用されている。しかしその製法・加工技術は寒冷化による韓王朝滅亡、その後の戦乱と異民族の流入によって失われているため、現在製造することはできない(リバースエンジニアリングも何度か行われたが、貴重な遺産を破壊する結果としかならなかった。)現在多くのオーパーツは人民の生活向上のため用いられている。 +... 警告 以下の内容の閲覧には政治局委員長と人民保安隊長官の承認が必要であり、違反者は委員会決定1条に基づき処分されます +... 清河文明財産管理局は清河人民と文明の財産であるオーパーツ及び希少生物を極悪非道の帝国主義者・封建主義者から保護し、将来的には敵性国家・組織を滅ぼし、世界開放闘争に貢献することを目的とする人民保安隊の部署である。 敵対組織 資料保管庫 完全敵対 敵国ジャーガルクのオーパーツ・希少種収集研究組織、世界を守るという名目で貴重な遺産・生物を秘密裏に独占し、現在の資本主義・封建主義社会を護持しようとしている、また我々が保管していた■■■■と■■を■■■地区の保管施設から強奪した大変危険な組織 a+x=Ω 完全敵対 野人・ダハーカ人研究で名高く円十字教司教でもあるイーブル・S・ゾンツ教授が提唱した狂った宗教思想であるイーブル主義(*2)信奉者によって構成されている組織、彼らの理念は人間の生み出した技術(オーパーツ)や知られていない生物(危険種含む)を用いて神に至る進化を早めることとである。しかしa+x=Ω内には地球上の元素は有限であるため、進化の落伍者である亜人・ソーラネウスを抹殺し彼らのリソースを円十字教徒の人類種人口増加に役立てようという過激派が存在する。 ナハト大学 堕落した資本主義国家ヤード内で最も腐敗した封建国家カラシュ公国に存在する大学、非常に高度な技術を有している一方、文字どうり人民の血肉を啜る吸血鬼共が、非倫理的な活動を行っている。さらに我が国の遺産を狙っているとの情報もあり大変危険である。 遺産一覧 名称 製造時期 詳細 錬土金 覇王朝~帝政韓王朝末期 金属セラミックス複合材料(MMC)、割れにくく、軽量(鋳鉄の1/3)かつ剛性も鉄より高く曲がり難い物質、しかし耐熱性が高く熱膨張しにくいため加工は困難である。韓王朝時代では刀剣及び防具類・包丁・農耕器具として利用されていた。 浮遊石 帝政韓王朝中期~末期 作用を制御可能な半重力物質、韓王朝時代にはこれを用い、浮遊可能な木造船(錬土金製の船もあった。)が造られていた。 两足步行拖车机械 韓王朝初期~末期 形状記憶合金を用いた人工筋肉の1種、馬力は900HPであり古代にはこれを利用した歩行する乗り物が存在した。 ・文化 堕落した帝政時代・資本主義時代の遺物はほぼ全て破壊されており、また帝政末期よりイクファターナ諸国から流入した貴族主義的洋装・文学・芸術は人民の精神を汚染するため禁止となっており、その代わりとして党は革命と社会主義発展を鼓舞する文学・絵画創作を援助している。 特に伝統的な京劇を前衛主義的に改良した革命劇は清河国内で人気を博している。また文盲の人民達に映像で革命精神を教育するため、次世代的映画の作成にも取り組んでおり、特に元京劇脚本家好色が巨匠として国内外両方で広く評価されている。 ・代表的な映画 「もし週末開戦したら」 監督&脚本 好色 制作会社 栄都影業公司 ・概要 清河のプロパガンダ映画、7615年に行われた演習の映像を切り貼りしてジャーガルク・スルガ・アトリオンとの戦争シミュレーションに仕立てた作品、監督は前作「戦艦充啓」でモンタージュ理論を確立し、清河国内で一躍有名となった好色 ・あらすじ 近い将来のとある日曜日、善良な農民たちが国立農園で休日であるにも関わらず自主的に労働し、また勤勉な労働者達が休みを返上し祖国のため働いている中、周辺諸国の軍隊(軍装からアトリオン軍・ジャーガルク軍・スルガ軍と思われる)が突然祖国を攻撃する。敵の卑怯な侵略行為に対して清河紅軍は頑健に抵抗するも、奇襲の効果によって初期は負けが続く、しかし帝国主義者と封建領主を憎む同志人民達が国土防衛に協力し、広大な我が国土に引き込まれた侵略者は包囲殲滅される。 その後紅軍は敵国本土開放に着手し、東の封建国家と西の帝国主義国家で抑圧されていた労働者・農民が歓喜で解放者たる紅軍を出迎える。終盤では帝国主義の巣窟たる小さな島国へ亡命しようとする帝国主義国の老皇帝と、封建国家の鬼畜淫乱領主達が乗船する戦艦に、家族を残虐無道な敵軍に殺された青年パイロットが操る戦闘機が特攻し、その報告を聞いた偉大なる指導者頭光盟(本人が出演)が同志たちに「勇敢な戦士達の犠牲を無駄にしないため、シンガのみならずこの惑星全ての労働者・農民を非道な支配者から解放しなければならない」と語り終了する。 「50銭銀貨の男」 監督 脚本 馬路痲 制作会社 栄都影業公司 ・概要 好色の弟子である馬路痲の処女作、内容が複雑であるという理由で、あまり好評ではなかった。 ・あらすじ 礼王朝時代末期、労働者の欣聾者は1日50銭銀貨一枚の賃金でガラス製品工場で働いていた。しかし、労働者を搾取することしか考えていない工場主は工員達に、「今日から日給を10銭銅貨4枚に下げる」と通告する。 多くの労働者が不平不満を言う中で、欣聾者は「もっと働けば賃金が上がるはず」と思い込み、終業時間後も働き続け、それを見た工場主は労働者たちの勤労意欲増大を目論見工員達の前で欣聾者に10銭の報奨金を特別に支払い、他の労働者たちも時間外労働を行うようになる。 しかし数日後工場主は「今度は今日から日給を10銭銅貨3枚に下げるが最も働いた者1人に報奨金10銭を支給する」と通告、労働者たちは報奨金に釣られさらに時間外労働に励むようになり、調子に乗った工場主はさらに賃金を10銭銅貨2枚に下げ、逆に報奨金を20銭へ上げる。 その中でも欣聾者はほぼ毎日報奨金を得ていたが、ついに限界を迎え過労死してしまう。葬儀の席で工場主は遺族に対して特別に見舞金を支払った。それは欣聾者が欲していた50銭銀貨であった。 ・歴史 ・先史時代(約50万年前~約1万年前) 現在清河が存在する地域に人類が生息し始めたのは約50万年前とされ、ホモ・エレクトスの亜種の化石が山汪人民地区で発見されており、彼らの生き残りは野人として各地に生息している。 約20万年前にはラ族等の先祖であるホモ・ソーラネウスに続き、ホモ・サピエンスが生息し始め、約1年前に清河中部において畑作が、同時期に清川下流で水耕稲作が開始され、その後各地で小国家が形成され始めた。 ・神話時代~前韓王朝(約1万年前~1287年) その後小国家群は封建制に基づき、清河中部の前韓王朝を盟主とする韓国家連合と清河南部の印王朝を盟主とする印国家連合に分かれて対立、最終的に韓の段王王継が印の柱王灰記を216年に倒し、韓が中原の盟主となり、その後約800年は平和な時代が続いた。 ・東西韓朝並立戦国時代(1287年~1921年) 紀元1000年頃より各地の諸侯が独立傾向を見せ始め、また韓本国も1287内紛により東西に分裂、以後各地の諸侯は韓王を盟主と仰ぎつつ、中原の覇者を目指し争った。戦乱の中、中原の西部に存在した覇と、東部に存在した譲が辺境との貿易と新田・新畑の開発によって勢力を拡大、覇は西韓王を盟主として、譲は東韓王を盟主として対立、結果として1916年、覇が譲を破り中原を統一、1920年には禅譲によって覇王羅聖が西韓の圧王王銘より盟主の座を譲られ、翌1921年に皇帝の称号(聖明帝)を用い始めた。 ・覇王朝(1921年~1965年) 聖明帝は貨幣・測り・暦の統一を進め、郡と県を設置(郡県制)また北方に5度侵攻し現地人を服属させることに成功、しかし北方遠征によって得られた土地は少なく、また同時期に侵攻してきたヘファイスティオン軍撃退のため、長城を建設する等の賦役を人民に課し、戦費獲得の為のおこなった増税により各地で反乱が続発した。 聖明帝の死後各地の反乱軍は旧諸侯の末裔を盟主として各地を占領、それでも2代皇帝聖酎帝羅胡は宦官を重用し、政務を行わず宴会ばかり行い酒の飲み過ぎで崩御、1965年に覇の都である柱都が反乱軍によって陥落し、3代皇帝聖酎帝羅黄は処刑され、覇王朝は滅亡した。 その後、各地の反乱軍・復活した諸侯・覇王朝の生き残り軍等が戦いを続け、最終的に韓王朝の(自称)末裔である王玲が功臣達の助力もあって1968年に覇の旧領である中原を再統一、再び侵攻してきたヘファイスティオン軍も撃退した。 ・後韓王朝(1968年~4221年) 後韓王朝は覇王朝が急速な中央集権化を推し進めて失敗したことから、群国制に基づき一部の地域には皇族や臣下を王として治めさせ、ほかの地域を中央が直接管理できるようにし政権を安定させた。 一方で覇王朝以降の貨幣経済の浸透と韓王朝時代の製紙技術向上科挙制度確立による識字率の向上により科学が進歩し、金属セラミックス(MMC)や作用を制御できる半重力物質が開発され、帝国はヤード帝国に比肩するほど経済的・文化的に繁栄を極めた。 しかし一方で王朝中ごろより貧富の格差が増大、王朝末期(4100年代)には寒冷化も相まって、生活の苦しい農民は各地で農民反乱を引き起こし、鎮圧のため軍事費が増大、そして費用を賄うため増税を行うという悪循環に陥り、また豪族等、各地で勢力を拡大する者も現れ、帝国は分裂し始めた。 4152年には群王である王貝が反乱を引き起こし、4158年に首都陽安を占領、皇帝である哀涙帝王蜜を誅殺、王貝は翌年に皇帝へ即位、しかし反乱後、味方を増やすために王貝が豪族の地方における裁量権を大幅に認めたため、各地の群王・有力者は皇帝に従わなくなり、韓王朝は地方への統治能力及び徴税能力を喪失、中央では宦官と外戚の争いが続き、それらの勢力と結託して有力豪族が朝廷を制圧、反発する有力豪族と相争い、そして4221年に終彌帝王緑が諸侯の一人で政争に勝利した魏紺に禅譲し韓王朝は名実ともに消滅した。 ・皇帝分立時代(4221年~4319年) 皇帝の座に就いた魏紺(香麓帝)は国号を宗とし、国土統一と諸制度の整備を推進、しかし韓王朝時代から独立していた諸侯は正当な皇帝ではないとして従わず、特に韓王朝の王族で元群王の王微は魏紺を簒奪者と見なし、自身こそが正統な韓の皇帝(継道帝)であると主張、それに同調して南東部で独立勢力を築いていた遜圏も宗への臣従を止め、皇帝を名乗り国号を御として独立、以後中原に三帝が並立することとなった。 3国は中原統一を目指し相争い、特に王微の韓(継韓とも呼ばれる)は韓王朝復活を目指し、何度も北伐を繰り返すが、逆に国力を疲弊させ、4283年、2代皇帝王全の時代に宗の軍門に下り消滅、御国も河川と有力な水軍によって根強く抵抗を続けたが、宗国の物量と名宰相磁派川の活躍もあり4308年に滅亡、磁派川の息子である磁円が4319年に堕落し酒乱となった宗の案帝魏前より禅譲を受けて皇帝となり、国号を芯とした。 ・芯王朝(4319年~4378年) 芯王朝の創始者項連帝磁円は群王や諸侯を味方にするため中央集権的な科挙制度を廃止し貴族主義的な九品官人法を採用、しかしその結果、諸侯・群王が派閥を作るようになり、さらに項連帝が堕落し、後宮に籠り政務を行わなくなったため、皇族・貴族の派閥が政治を動かすようになる。 項連帝死後、無能な2代皇帝項方帝磁儀を皇族である磁面が暗殺したことを皮切りに、皇族同士の皇位を巡る内乱が勃発、約10年で皇帝が12人変わる事態(十二龍の乱)となった。 各派閥は異民族(*3)の傭兵を雇い兵力を拡充し相争ったが、4256年に磁芭が皇帝に即位した際、約束の給金と封土を与えなかったという理由で虎族カプラン氏族の酋長である寅診が反乱(寅山の乱)を引き起こし、芯の都である洛都は陥落、国土の北半分を占領した寅診は芯からの独立を宣言し国号を汪とした。一方南部では芯の王族である磁器が亡命政権を樹立し(南芯)抵抗を続けていた。その後、北部の汪は前王朝の旧官僚取り込みに失敗し分裂、諸国が相争う場となった。 ・六族十二国時代(4256年~4486年) 韓王朝末期の寒冷化と戦乱により中原の人口は減少(*4)していたため、中原の諸王朝は自国への移民を推奨、内地へ移住した諸民族は、それまでの部族形態を維持したまま王朝の傭兵として使われた場合が多い。汪王朝崩壊後、虎族(黄・黒・穏・彌を建国)狼族(楼・宍・甚を建国)ダハーカ系のラ族(後羅・磨・欣・布を建国)同じくダハーカ系のヌグ族(地・射・痔・撫を建国)テリシュ人(紀・淡・列・途を建国)銀髪金目の銀族(呂・膳・吏・斗を建国)が有力となり各地に新国家を建立、それに対して多くの韓族は南部(南芯)に亡命したが、北部に残った韓族は芯王朝を見限り、新しい国家(李・望・剃)を建てた。 4387年に後覇の腕王神賢が韓人宰相亜美摩を重用し内政の充実を図り旧汪領を制圧、さらに4411年には南方の(南芯)を滅ぼし中原を統一するが、亜美摩の死後内政を担当できる者がおらず、4415年には各地の将軍が裏切り中原は再度分裂、その後、羅の将軍であった虎族の飛個が建てた蕗の3代皇帝飛治が中原北部を纏め上げ、南部の韓人王朝と対峙した。 ・南北朝時代(4486年~4602年) ・北朝の動向 蕗王朝は5代皇帝制文帝飛陽の時代に隷下の部族を統制・解体するため、三長制による村落統制制度確立し、さらに俸禄性を復活させ、今まで官僚が支配下の土地より給与として自由に徴税していたのを、中央政府が定めた税率の下徴税役人が徴税し、その一部を給与として支給することにより、地方勢力が独自に行動できないようにした。 また荒廃した農地を再整備し税収を拡大、さらには農民から徴兵できるように戸籍を整備し府兵制と均田制を実施、非韓人貴族に部族ごとの習俗を改めさせ、韓人風の生活を強制し、国の一体化を図った。しかし、その韓化政策の是非を巡り宮廷内で派閥争いが発生、7代皇帝制政帝飛紋の死後に後継者争いと相まって、内乱が勃発、皇族・官僚・軍人が殺し合う内乱の後、関中の軍閥である裳武が正統な8代皇帝に譲代帝飛免を擁立した。 しかし裳武に帝位を奪われると疑心暗鬼になった飛免は宴会の席で自ら裳武を刺殺、それを見ていた裳武の息子裳治は飛免をその場で殺害、その勢いで皇族飛家の人間を全て殺し、皇帝に即位(正義帝)国号を欣とした。 その後、正義帝裳治は飛家の娘が各軍閥に嫁いでいることを思い出し、飛家と繋がりのある軍閥討伐を開始、しかし逆に簒奪者に対する反裳治同盟を組まれ敗北、正義帝裳治は処刑され、軍閥内で一番勢力があった陽軍閥の陽健が皇帝となった。 その後聖武帝陽健は国号を瑞とし、蕗王朝以来の中央集権化政策を押しすすめ、旧来の地方行政を改め郷里制を整備、在野の優秀な人材を確保し貴族や豪族の力を削ぐため科挙制度を一部復活、内政を充実させた後、南部の韓人王朝へ遠征、南部珍王朝最後の皇帝を捕縛して4661年に中原を再統一した。 ・南朝の動向 南朝では芯王朝崩壊後、現地の豪族と北部から逃れてきた貴族の間での派閥争いが続き、皇帝の権力は有形無実で、政治の実権は現地豪族と軍閥が牛耳り、腕王神賢が率いる後覇軍によって(南芯)は滅ぼされた。 後覇王朝崩壊後、権力の空白地帯となった南部では韓人貴族・豪族が相争い、また皇帝が疑心暗鬼より皇族・貴族を虐殺するという事態が相次いだため、瑞に征服されるまでの186年間で6つの王朝(里・悶・厳・犲・峨・珍)が興亡した。 犲王朝の時代には合部帝士萬が戸籍を整備し土断法を実施、官位の上下を9品から18班とし新興の貴族人材を取り入れることにより、一時的には中央集権化と税収増加に成功したが、後の時代にかえって皇帝に逆らう貴族を増やすこととなり、また北朝との争いでは全ての王朝でほぼ劣勢だったため、珍王朝の時代に北朝瑞に併呑された。 ・瑞(4602年~4642年) 瑞による中原統一後、聖武帝陽健は宮廷費を節約し水路や道の整備を進めたが、跡を継いだ炎蔡帝陽代は華奢に溺れ、更に中原を南北に貫く大運河を人民を動員し掘削させたが、各地で重税と賦役に耐えられなくなった農民が蜂起し群雄が乱立、4639年に陽代は武将の田古に誅殺された。 ・柱王朝(4642年~5631年) 群雄の一人で先帝の婿養子であった理縁は3男の理清民の助言に基づき支配地への重税を避け、人民の支持を集めることにより、他の群雄が被支配者の反乱で悩まされる中、安定した収入を確保し勢力を拡大、4641年に中原を再統一し、田古に幽閉されていた杏譲帝陽吉を皇帝とし、4642年には禅譲を受けて皇帝(才武帝)となった。 そして跡を継いだ聖常帝理清民の時代に律令を作製し全国の検地を進め均田制を強化、中央官庁として三省六部を設置し、租庸調と府兵制の制度を整備し財政を安定化させ王朝の基礎を築いた。 しかし次代の皇帝は暗君が多く代わりに皇帝の寵妃が実権を掌握、だが彼女たちに対して門閥貴族が反発した為、逆に科挙官僚や実力のある者が代わりに優遇されるようになり、庶民が貴族の汚職や生活の実態を朝廷に上奏するシステムも創られたため、汚職が減少し経済は発展した。 4780年に後宮の傀儡とはならない聡明な完仙帝理武が即位、増大した国力を背景にトゥガ王国や西方諸国へ遠征し国土を拡大し帝国の最盛期を築く、しかし彼の死後、軍事費が増大しその負担に耐えられなくなった農民が地主の土地へ逃げ、均田制と祖庸調の制度が崩壊、また徴兵に応じる者も居なくなったので、財政難の結果なし崩し的に両税法が導入され、兵力確保を目的とし職業軍人制度である長征健児制も辺境地区を中心に開始され、軍人達を統括する藩鎮が地方行政を支配するようになった。 そして藩鎮に任命される者の中にはそもそも異民族で王朝に忠誠心などなく、勝手に独立したり(*5)王朝に反抗する者が多く居り、そして5631年に最後の皇帝が退位させられ、柱王朝は崩壊した。 ・三民八国時代 ・冨王朝(前冨王朝) ・北冨王朝 ・南冨王朝 ・モスン帝国~狼王朝(6515年~6687年) 関連項目 モスン帝国 北冨王朝は当時、トゥガ国やジャーガルクの諸邦による入犯に悩まされており、長城等の城柵を築き対策していたが、自国軍の反乱を恐れるあまり、軍の指揮官には王朝に忠誠を誓う科挙官僚を任命し、優秀な武官は粛清していたため、侵略を防ぎ切れていなかった。 そこで北冨王朝は「夷を以て夷を制す」の精神で、北方の小部族族長達を支援、その中にモスン族アルタ・ハーン(*6)がおり、王朝からの支援や馬の売買によって勢力を拡大、また自国領の北に鉄鉱石がある事に気づいたため、コークス製鉄が盛んである王朝に鉄鉱石を売り込み巨万の利益を得た。 そしてその経済力と軍事力によって北方(*7)を統一、6515年に遊牧民のクリルタイでカン(王)に推挙され、その勢いで南方(現ゼン国)を制圧、さらに交易路開拓のため送った使節を殺害したトゥガ国に対して懲罰遠征を開始、6527年に王を捕縛し処刑して同国を併合した。 一代で大帝国を築いたアルタ・ハーンを警戒した北冨王朝は、経済制裁として朝貢・互市の停止処分を行ったが、6534年に激怒したモスン軍が侵攻、首都皇安(現栄都)は陥落し皇帝は捕縛されたものの、皇族が南部に逃れ、臨時政府を樹立(南富)、南富王朝は直ぐにアルタ・ハーンへ謝罪の使節を送り、逆にモスン帝国へ臣従し、歳幣を送ると約束、折しもハーンが危篤であったため、モスン側も遠征継続は不可能と判断し、休戦条約が結ばれた。 その後、アルタ・ハーンの次男であるオゴ・ハーンが即位し、長男の三男であるパリ(*8)に東方遠征を命じ、また駅伝制(通称ジャムチ)を帝国全土に広め、官僚制に詳しい韓人官吏を重用した。 しかし過度の飲酒によって55歳で病没、集会を無視してオゴ・ハーンの次男である、ドヅジュ・ハーンが即位、それに反発した東方イクファターナ遠征中のパリ・ハンはドヅジュ・ハーンの即位を認めつつも反発、東方領土の税が一時滞るようになる。 ドヅジュ・ハーンの死後、アルタ・ハーンの4男イルの長男であるクン・ハーンが即位、彼はすぐさま使節を送り東方パリ・ハンとの対立関係を解消し、さらに学問を推奨して、首都テングルに学者を集め、皇族・貴族の子弟を教育し、次代の官僚育成に努めた。 また前南冨王朝への侵攻を積極的に進めたが、その陣中にて病没、クン・ハーンの死後その同母弟であるライとアリケがハーンの地位を巡り対立、クン・ハーンの前南冨王朝遠征に従っていたライはアリケが集会の用意を行っている間に遠征軍の支持を集め、さらに各地の方面軍を味方につけ、アリケのいる首都テングルへ侵攻、寄せ集めのアリケ軍を破り勝利し、アリケはライの軍門に下った。 即位したライ・ハーンは前南冨遠征を再開し、先に臣従させたムスルマーネンに南冨との貿易禁止を命じ、また優勢な南冨水軍に対抗するため、ムスルマーネン人の船乗りを雇い水軍を整備、さらに金鱗族(*9)の工兵に敵の要塞を水攻めにさせ、救援に来た北冨水軍の水上機動部隊を自国水軍で殲滅、主力部隊を失った南冨王朝は劣勢となり、6598年にモスン帝国は前南冨を滅ぼし中原全土を制圧、6600年には国号を狼とした。 前南冨征服後ライ・ハーンは2つの新しい都(*10)を建立、塩を基にした兌換紙幣の発行や運河建設によって商業を推奨し、また安定した社会の下技術も発達、染付陶磁器など新しい特産品が登場した。反抗的な一族は粛清する一方で同母弟が建国したアル・ハン国やジャル・ウルス国と緩やかな連合体制を創出し、商人の安全を確保した。 しかし6621年に6代皇帝テルー・ハーンが没すると外戚・貴族・軍閥を巻き込んだ皇位争奪戦が続き、さらに商業の推奨によって、世界的に伝染病(*11)が蔓延、また浮屠教の大寺院を建立するため韓族へ重税を課したため、飢饉に伴い政情は不安定化、6687年には韓族の反乱によって中原の領土を喪失した。 ・五国時代 ・冨王朝(後冨王朝) ・柱王朝(後柱王朝) ・復韓王朝 ・礼王朝(7289年~7599年) 7289年に農民出身の大将軍浮錬嘉が韓の蝋経帝王閥より禅譲され礼王朝が誕生、礼王朝は前冨王朝に習い、官職を細分化して皇帝独裁体制を確立し、また、朝貢関係の強化及び拡大を目的として各国へ調査団を派遣、7329年には滅ぼされた復韓王朝の王族である王遺が洋南諸島(*12)建国した南韓を降伏に追い込み併合、7347年には大船団を率い宦官オランが現ハダカンボ王国に派遣された。 7417年には一条鞭法を実施し、複雑な税体系を簡便化して銀納の一本にまとめ、また7422年には対立関係にあったジャーガルク・シャー国と開戦し一部領土を獲得、一方で7500年代より門徒開放や移住を求めるイクファターナ人の越境が増加、礼王朝はイクファターナ諸国に対して朝貢及び服属を要求するが、イクファターナ人達は拒絶、時の皇帝安霊帝浮埒は国内のイクファターナ人を見せしめに殺害するが、それを理由に7511年イクファターナ諸国連合軍が侵攻(嘉門戦争)、首都皇安が陥落した。※ その翌年に停戦条約が結ばれ、礼国は莫大な賠償金の支払い義務が発生、重税によりその資金を調達しようとしたため、各地で農民反乱が多発、一時国土の北半分を反乱軍に占領されるが、科挙官僚・王族が創設した近代的軍、及びイクファターナ諸国の支援によって、反乱を鎮圧した。 その後礼王朝は鉄道・電信の敷設、教育制度の確立、軍の再編などを進めたが、その資金を重税によって調達したため、各地の王朝に対する不満が増加、それを打開するため時の失哀帝浮雲は7586年にジャーガルク・シャー国へ侵攻(ジャーガルク・礼戦争)、しかし逆に攻め込まれ、7588年の山南条約締結によって、広大な領土を失う結果となった。 敗戦後、失哀帝は王朝を立て直そうとしたが7594年に病没、息子の陽哀帝浮敏が皇帝となったが、5歳の彼に王朝の滅亡を止める力はなく、民主派・反王朝派による革命が各地で発生、その中で7599年に南衛軍閥のトップ射剣元帥によって廃位され、礼王朝は滅亡した。 ※イクファターナ諸国連合軍のうちソフィア王国軍は類まれな残忍さを見せ、ソフィア王国軍が通過した周辺は人一人残らず皆殺しにされ、凡そ3万人の民間人が殺戮された。講和会議ではソフィア王国軍が会議場の付近で2万人余りの捕虜と拉致した民間人を1人1人殺害していき、ソフィア王国代表が礼国代表団に対して 「会議が纏まるまでに「あれ」が全部片付いたら次はあなた達の番です。楽しみですね」 と威嚇した。講和会議期間中に凡そ2万5千人余りの礼人が殺戮され、これらの虐殺事件はソフィア人に対する怨讐を抱かせた。 ・中原共和国~原王朝(7599年~7602年) 礼王朝を滅ぼした射剣元帥は、民主派・反王朝派との協議の上、中原共和国大統領に就任、しかし大統領就任後に政治を牛耳るため 各地へ刺客を送り、民主派・反王朝派の指導者層暗殺を画策、その事実を知った民主派・反王朝派は団結し、国民連合を結成、誕生間もない議会において、射剣大統領解任決議を行った。しかし射剣は隷下の軍を動かし、議会を占領、その場にいた議員を反逆罪で処刑し、7601年には皇帝に就任、国号を原とした。 ・ヤーディシア大戦への参戦(7601年~7602年) 共和制(中原共和国)を破戒し、自称皇帝となった射剣元帥は列国に政権承認を求めたが、議会制民主主義の国々は自国世論を考慮し、承認を拒否する又は承認の条件として利権を求めた一方、ヤード帝国は鉱山の割譲という”比較的”軽い条件で帝政を承認、しかしそれでも中原の民は政権の為利権を割譲したとして射剣元帥を非難した。 大戦勃発直後、列強が大戦に注力し租界から一部兵力を引き上げる中、射剣元帥は諸国が対応できないうちに租界を奪還、さらに領土を拡大すれば人気を獲得し、帝政を根付かせる事かできると考え、早速ジャーガルクが自国に攻めてこないように不可侵条約を打診、ジャーガルク政府は複数の鉱山利権に加え、自国に対する関税自主権の廃止と鉄道利権の譲渡を条件に受諾、後顧の憂いを断った原帝国軍は租界へ、さらにタンクレート王国軍と共同でロードレス諸国へ侵攻した。 両軍の攻撃に対して列強の租界防衛軍は近隣諸国から弾薬・食糧を購入し応戦、終戦までチュンハイ等の租界は維持された一方、ロードレス方面は原帝国・タンクレート王国軍によって制圧、しかし急激な侵攻に兵站が追い付かず、兵士による略奪・虐殺が横行、また異教徒の侵攻に対してアレルギー反応を示したカノミス王国の円十字教騎士修道会サンタ・クロース騎士団やシンファナ社会民主主義推進同盟(*13)によるパルチザンにより戦闘は長引いた。 7602年、長期化する戦闘に対して働き手を徴兵された農村は疲弊、食糧・燃料の値段が高騰し(*14)それによるデモや暴動が相次いだ、この様な中で7602年の10月9日に射剣は病没、同時に本土を防衛していた将軍たちが前線への食糧・兵員輸送を中止し、任地での自立を図るようになった。 跡を継ぎ2代皇帝となった射閔は駐留していたロードレスより兵を引き、裏切った首都預かり将軍厘庫に戦いを挑んだが、厭戦機運が高まった兵たちは次々と脱走し、最後は部下に裏切られ同年11月28日に処刑された。 ・軍閥内戦時代(7602年~7613年) 7602年~7613年に存在した勢力 名称 トップ 支配地域 概要 直隷軍閥 厘庫大総統 直栄省(9)南部 南衛軍閥を前身とする軍閥、皇安を支配していたため、正当政府とされており、一時は真陽軍閥に滅ぼされたが、租界へ逃げ込み立て直し復活、しかし趙裂天爆殺事件直後に勢力を増大させた紅軍に敗れ滅亡した。 案騎軍閥 団瑞総理 直栄省(9)北部 南衛軍閥の分派で共和国残党討伐強硬派が分離して誕生、直隷軍閥と激しく争った。真陽軍閥に滅ぼされた後にまた復活したが、直後に総理が死亡し、その後も勢力が振るわず多くの将兵が紅軍へ吸収された。 真陽軍閥 趙裂天大元帥 旧西三省(現氷刹省) 総督に帰順し、ジャーガルク・礼戦争に従軍した元馬賊の趙裂天が、旧礼帝国時代の官僚組織を基盤に結成した軍閥、彼は礼帝国時代に政府支援下で馬賊の統率を行い、原帝国時代は大戦の後方兵站基地を整備するという名目で領内に自国資本鉄道や大学等のインフラを整備し、原帝国崩壊直後に軍を動かし帝国の総督を追放、更に勢いに任せて紺築省(6)へ侵攻し同地を支配した。趙裂天は他の軍閥と違い、不在地主の土地を小作人に分配し、各種インフラの整備を行う地域密着型の軍閥であり、支配下の民は彼を支持し、また早くからジャーガルク陸軍に接触し、軍事顧問や物資を支援してもらったため、彼の軍は軍規が行き届いており、7604年には北釣軍閥と惹章軍閥を配下に収めた。7605年には案騎軍閥と同盟し、共和国残党の陽安・充啓両政府を挟撃、多くの領土を獲得、さらに直隷軍閥と案騎軍閥の争いに付け込んで直隷軍閥と同盟し、案騎軍閥を打倒、その後連立政府の役職を巡って直隷軍閥とも戦い7607年に皇安を占領した。しかしそれが列強の介入を招き、また中原の統一を望まないジャーガルクも占領地からの撤退を勧告し、盛り返した直隷・案騎軍閥によって直栄省(9)・央妙省(10)の領土を喪失、さらに同年鉄道で本拠地真陽へ期間中に爆殺された。(趙裂天爆殺事件) 顛信軍閥 峡王大将軍↓鋼雨神聖皇帝 沙南省(8) 内紛が絶えず清河侵攻時には殆ど勝手に壊滅していた。 中原共和国陽安政府 央盟大総統 央妙省(10)陽安付近 旧中原共和国共和派の残党議員が結成した政権、軍閥融和派で地方行政をある程度軍閥に任せる事を条件に、彼らの帰順を勧め、中原の再統一を図ったが、軍事力・経済力共に微弱だったため、その勧告は無視されおり、紅軍侵攻直後は無血開城し、降伏した。 中原共和国充啓政府 完民大総統 央妙省(10)充啓付近 陽安政府から分離した軍閥強硬派、軍閥は飽くまで討伐すべきとし、中央集権的な共和国の復活を目指していた、7608年に紅軍の呼びかけで同盟し、最終的に清河政府へ吸収された。 北釣軍閥 金浪費宇宙大将軍 北釣島(12) 真陽軍閥支配下でもその空軍力を消耗させるのは勿体ないと判断した趙裂天により、帰順を許され同軍閥崩壊後も勢力を保ったが、空軍派と陸軍派の争いで陸軍派が紅軍を呼び込んだため壊滅、残党が空賊連合組合となった。→空賊連合組合 田家軍 早蛇王田盛 央妙省(10)紺築省(6) した蜥蜴亜人系軍閥であり、紅軍に最後まで抵抗したが、7612年に壊滅した。 惹章軍閥 運胡大将軍 氷刹省中部(84) 支配地で地主と結託し、貧民に重税を課したため民心を失っており、支配地では紅軍が跋扈していたが、7604年に真陽軍閥の討伐を受け帰順、同地の紅軍も討伐を受け山岳へ逃げ込んだが、同軍閥崩壊後復活、しかし復活後も民を搾取していたため民心を失い、山岳に籠っていた紅軍の攻撃で消滅した。 その後は各地で自立した射剣元帥の元部下・国民連合残党・その他有力者の勢力が地方政権として乱立し、各地で自称大統領・自称皇帝・自称委員長が現れた。そのような中偉大なる指導者にして、天才的軍事指導者であらせられる頭光盟委員長が中原社会民主主義推進同盟の指導者として、各地で善良な農民・労働者を苦しめる勢力を討伐、7613年には人民の為中原を統一し、清河人民社会主義共和国を建国、7618年にはジャーガルク・清河不可侵及び通商条約を締結し国家の存在を確固たるものとした。 7619年より北方への影響力を拡大し、共産主義政権による確かな成果を内外に示すため北限人民解放戦争を開始、大量の戦力を北限へ送り幾つかの岩礁を制圧、清河軍の雪中戦能力の高さを内外に示したが、依然として野蛮な封建人魚酋長勢力の反抗が続いている。 ・人物 名前 役職 年齢 詳細 頭光盟 政治局委員長 114歳 7502年に誕生、家は元々亀族の富農であったが少年時代にソフィア兵によって土地を荒らされたため生活は貧しかった。7526年に親戚の伝手で外国の高等学校に入学、大学進学予定であり入学試験にも合格していたが、入学10日前に学費の為働いていた工房の労働争議に参加したため入学を取り消さた。その後故郷に帰り、同地手習い堂の教師として働きつつ、誕生間もない中原社会民主主義推進同盟に参加、数少ないインテリ(当時の礼帝国において中学校を卒業した者は、全人口の5%以下であった。)として教育局局長に就任、7585年のジャーガルク・礼戦争においては多くの党員が民族主義的感情により戦争を賛美する中、ただ一人「この戦争は封建領主が飢餓と貧困より人民の目を逸らすために引き起こした贅沢な劇である。」と主張、同戦争終結後は発言力を増大させ、7593年には同組織の最高委員長に就任、都市における革命を主張する古参幹部に対して、「人民の90%以上は農民なのだから、農村を支持基盤とすべき」と独自の考えを持ち、7598年には国民連合と合作し礼王朝滅亡に協力、初期議会の議員となるも、あまり議会に参加しなかった為射剣による議員虐殺を免れた。その後は同組織の本部を北部零雹県に移し同地を統治、侵攻してきた軍閥軍をゲリラ戦によって撃退し、更に軍閥の統治する地域に工作員を送り込み、内部分裂と農民反乱を誘発した。7611年に射剣の元部下である厘庫将軍が統治していた皇安を占領、国土のほぼ全てを制圧した。その後は世界革命を目標とし先ずは国を安定させ、国力を増やすべきとし、7613年に清河人民社会主義共和国建国を宣言、土地・生産手段の国有化・外国の利権接収・海外革命組織との連携強化・反革分子の粛清を進めている。 頭光美 軍事員会委員 42歳 7574年に誕生した頭光盟の長男、当時父親は革命家として活動していたため、一時逮捕される。(その時、頭光盟は「息子なら何時でも作れる、あれは放置しろと発言している)脱走後、官憲の捜査が及びにくい外国人居留地で生活、同地の中等学校を卒業後、偽名と偽の身分証(韓人とレオネッサ人のハーフと偽った)を用いてレオネッサ王国士官学校に入学、韓語を話せるという理由で居留地防衛軍の指揮官となる。そこで韓族系兵士を教化し、彼らの多くを中原社会民主主義推進同盟党員とした。内戦時には退役した彼らを率い同党精鋭部隊として活躍、しかし現在父との関係は良好とは言い難い 頭凡々 書記局長 21歳 7595年に誕生した頭光盟の次男、父親が老いた時に生まれたため、兄弟の中で一番可愛がられている。父親の伝手で偽名を用い外国の私立学校に入学した。 虎錬 軍事委員会委員長 55歳 中原社会民主主義推進同盟の初期党員で頭光盟の親友である虎倫の息子、虎族軍人の家柄であったため帝政時代の軍事教育所東学堂に入学、卒業後はジャーガルク・礼戦争に従軍した。7588年に革命家である父と初めて会い、中原社会民主主義推進同盟党員となる。入党後は当時教育局局長であった頭光盟より革命思想を学び、7591年に軍事委員会委員となる。内戦勃発後は革命軍指揮官として活躍し、また旧東学堂時代の人脈を用い、敵軍閥内の将校の引き抜きにおいて活躍した。 孤李古 人民保安隊長官 45歳 王朝崩壊後に入党した党員、狐人で元々は地方の警察所長官であった。拷問術に精通しており、また一介の警察署長から秘密警察長官に取り立ててくれた頭光盟を表では信奉している。…が実際は堕落した資本主義文化の象徴とされる少女趣味者であり、時間があれば町や教化所を巡り、気に入った少年・少女を入手(一般人の子供であれば、親を反革命分子として教化所に送る)自身の邸宅へ招き、資本主義国から秘密裏に購入した服を着せ、上等な食事を与える、外国産のアニメ映画を見せるなど優しく接した後、地下室に連れてゆき「自主規制」した後「自主規制」し「自主規制」している。 孤斐子 政治局委員 43歳 王朝崩壊後に入党した党員、狐人で元々は工場の事務員であり、兄が秘密警察人民保安隊長官孤李古である。 ・固有種 名称 大きさ 解説 画像 野人 身長約150~200cm ホモ・エレクトスの生き残り、高度な石器と火を用い、山岳地帯の洞穴で生活する。ジャーガルク・シャー国に生息するイェレェンの亜種 視肉 1g~5t 陸生単細胞緑藻類の一種で、どの様な土地でも発生する。見た目は文字通り茶色い肉で目玉の様な模様があるためこの様な名称となった。食べることができ、味は鳥のささ身のようであるとされ、清河の人口を支えている。一説では災害続きの末期後韓が食糧問題解決のため、合成したとされている。 シンガキリン シンガに分布するキリンの仲間、主に荒野で生息し、一部は観賞用に飼育されていたが、キリンを麒麟と同一視してきた歴代王朝への反発として、飼育されてきたキリンは多く殺され、野生のものも食糧不足により狩られている。 ・旧設定集 +... スルガ 封建領主とブルジョワに支配されている国、スルガの労働者はかわいそう、開放して偉大なる家族の一員にしてあげなきゃ(使命感) 落ちぶれた宗主国。学ぶより忘れることの方が多い。かつては尊敬できるところもあったが、今やどこにもない。 リンディスヴァート制憲諸邦同盟 自国の封建領主と海外の帝国主義者によってひどい目に遭わされたのに、未だ封建制度が続いているなんて、隷下の人民が可愛そう、工作い…じゃなくてボランティアと武器…じゃなくて支援物資を送って、現地の社会主義者を支援しなきゃ(使命感) まずは患部の切除あるいは治療。後に病原の根絶。
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平和主義国の最大の気象情報会社。国内初の民間気象会社として成長したが、巨額の設備投資で一時経営が悪化し、08年に日本の気象会社の傘下に入った。今後の設備投資の費用のため、委託していたデータ処理事業を内部で処理し固定費を削減するなどコスト削減を積極的に推進している。 種類 株式会社 市場情報 新証1部 本社所在地 〒002-0004 新都府東区池乃阪町1丁目1-19 平和主義国メディアタワービル 業種 情報・通信業 事業内容 気象情報等の配信など 代表者 宇多 天気 資本金 9億2,450万円 売上高 64億1240万円 従業員数 251人(連結) 主要株主 日本系気象情報会社 50% ドイツ系投資会社 3% PN総合通信社 2% 夕日テクノロジー 2% 主要子会社・関連会社 帝国気象情報処理システム(情報処理事業) 60% 帝国気象メディア&ネット(ネット・テレビ配信事業) 100% 海外拠点 香港支局 上海支局 ソウル支局 東京支局 沖縄出張所 モスクワ支局 シンガポール支局 プーケット支局 ハノイ支局 マニラ出張所
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加速主義哲学とはキャピタリズムにもとずく社会変革を抑制する相反する社会的進化を克服することを目的として、ジル・ドゥルーズの脱領土化の相対的な持続を肯定し、資本主義急進化を目的とした社会理論である。 ウォーリック大学に在籍中、哲学者のニック・ランド、セイディ・プラントを中心に学生主体の組織であるCCRUにより思想は具現化された。 90年代からのニック・ランドの右傾化により、社会主義的思想に視点をおく加速主義者と新反動主義者におおきく分かれることになる。 また同じくCCRUのロビン・フィッシャーはスラヴォイ・ジジェクに影響をうけたポピュラー・カルチャーの視点から加速主義を再定義している。 米国では2000年以降の加速主義の動向としてシアトルの教育機関であるニューセンター・オブ・リサーチ・アンド・プラクティスにて作家としても活動するレザ・ネガラスタニ、ポストデジタルの社会学者、松本良多、CCRUのメンバーであったニック・スルニチェックを中心に加速主義をテクトニック的な視点から新しいテクノロジーとアートをまじえた視点により探究している。 同大学では加速主義の批評家であるベンジャミン・ノイも教鞭をとっている。 関係する組織と思想家 CCRU, The New Centre of Research Practice,Nick Land, Robin Fisher, Nick Srnicek, Ryota Matsumoto, Benjamin Noy, Reza Negarestani https //dic.pixiv.net/a/加速主義
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《問題点》 西欧保守主義は、ナショナリズム(=右翼思想)とは区別されるのが普通である。保守主義の代表者であるE.バーク自身が、イングランド本国ではなくその統治下にあったアイルランドの出身の政治家であり、またハイエクはオーストリアからイギリスに帰化した学者であって、彼らの思想には全体主義に対する激しい批判はあっても、ナショナリスティックな発想は一切混入していない。⇒ これに比較して、日本の「保守主義者」の唱える思想には、(1)反・全体主義の主張と、(2)ナショナリスティックな主張との区別が明瞭でなく、そのままでは英米保守主義の定義とは齟齬が生じてしまう恐れが高い。また最近は、本来の意味での保守主義とはまるで関係ない思想を唱えてるにも関わらず、その言葉のもつプラス・イメージに着目した自称「保守主義者」が続出しており、思想的な混乱が甚だしくなっている。 【考え方】 「ナショナリズム」の定義を確り押さえずに、やたらに「民族主義」という言葉を使っているケースが多いように思う。普通に祖国や自国民、自国の文化・伝統・歴史などに愛着を持つことは、西欧保守主義でも当然視されており、これを「パトリオティズム」とは表現しても、「ナショナリズム」とは通常は言わないはずである(nationalismは、①patriotism と②jingoismの両方の意味を包摂するが、現代の用法ではnationalismは②排外的なマイナスの意味合いが強まっている)。日本の問題はむしろ、西洋であれば「保守」ではなく「ナショナリスト」「右翼」と呼ばれるべき主張を持つ人物・組織が、「右翼」という言葉にマイナス・イメージが定着しているために、文字通り「民族主義者」であるにもかかわらず「保守」と自称している者が非常に多く、その結果、「保守(アンチ全体主義)」と「右翼(ナショナリスト)」が著しく混同されている点にある。つまり、日本においては、①単に「パトリオティズム」である祖国愛を、「民族主義」と勘違いしている保守主義者②西欧保守主義の基準では、「ナショナリスト」「右翼」なのだが、「保守」を自称する者の二種類がおり、それらの者の主張内容を確り吟味し、「保守」なのか「右翼」なのか識別する必要がある。
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資本主義を超えようとする運動は、資本主義が社会に対して提供している諸機能を理解し、それらのそれぞれについて、継承、代替、または不要化の策を講じなければなりません。 «資本主義再考 I»では貸し手の権利の制限、«資本主義再考 II»では事業の金銭面の端を閉じることを資本主義の機能としてつまびらかにしました。 この投稿では、社会運営資源の回収について述べることにします。 社会運営に関係する組織は、公的なものであれ私的なものであれ、天然資源、資金、人材などの資源を確保して活動しています。ある組織によって確保された資源は、他の組織からある程度あるいはまったく利用できなくなります。ですから、時代の移り変わりで組織が不要になった場合に、組織が速やかに解体されないままであれば、資源は社会運営から漏れ出してしまいます。 多くの場合、通貨発行権を持つ政体が個別組織を直接所有していると、不要になった後も組織は解体されず、社会には資源漏れが発生することになります。資源漏れが大きくなると社会全体が機能不全に陥ります。ソビエト連邦と東ヨーロッパの社会主義国が崩壊したのも、資源漏れが大きくなったことが主な原因でしょう。 資本主義における代表的な組織である株式会社は、不要になれば解体され、それが確保していた資源は社会に回収されます。株式会社の解体は資本主義の失敗ではなく、機能なのです。政府が会社を頻繁に救済すれば、資本主義は行き詰ります。 スウェーデンのような北欧諸国が高福祉政策を維持するには、強い経済が必要です。そのため、スウェーデンでは会社をほとんど救わない。会社を速やかに潰し、社会の資源である従業員のほうを救済します。 政体が会社などの民間組織を過剰に保護しても、資源漏れは発生します日本経済は会社の平均寿命が長いからこそ不調に陥っているのです。 日本政府は日本航空を救済し、従業員の一部を切り捨てます。日本航空が救済されたことで、別の会社から躍進の機会が奪われたこと、そして、切り捨てられた従業員の未来の再就職機会が部分的にせよ奪われたことに、日本政府は気が付いていない。 社会主義制度において、組織の解体はなおさら難しい。おそらく、組織の設立時にその有効寿命が定められ、有効寿命を迎えた組織は、有権者である人民の審査を通らない限り、自動的に解体されなければならないでしょう。 名前 コメント すべてのコメントを見る
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ようこそ!思想百科事典へ!📖 こちらは誰でも編集可能となっています!✒ ⚠️悪質な書き込みは当方で削除、場合によっては通報します!⚠️ 目次 目次 日本の思想日本仏教和の精神 日蓮宗 日本儒教朱子学 陽明学 古学 国学本居宣長 近代化佐久間象山 中江兆民 植木枝盛 夏目漱石 日本の社会主義幸徳秋水 片山潜(キリスト教人道主義から) 安部磯雄(キリスト教人道主義から) 木下尚江(キリスト教人道主義から) 堺利彦(自由民権論から) 河上肇(人道主義からマルクス主義にかたむく) 戸坂潤(マルクス主義) 小林多喜二(プロレタリア文学) 冬の時代 治安維持法 転向 片山哲内閣(初の社会主義政権) 日本社会党 日本共産党 レッド・パージ 革新自治体 60年安保闘争 55年体制の崩壊(保守革新の曖昧化) 村山富市内閣 現在の革新政党 源流思想 西洋の近現代思想ルネサンス、宗教改革前後 イギリス経験論系統 社会主義サン・シモン(原始社会主義、初期社会主義) フーリエ(原始社会主義、初期社会主義) オーウェン(原始社会主義、初期社会主義) カールマルクス(科学的社会主義) フリードリヒエンゲルス レーニン スターリン トロツキー 毛沢東(毛沢東主義・マオイズム) 社会民主主義 民主社会主義 共産主義 無政府主義(アナーキズム) 金日成・金正日主義(主体思想) ポル・ポト主義(原始共産主義・反知性主義) ローザルクセンブルク ホーチミン フィデルカストロ チェゲバラ モーリス・トレーズ アメリカ政治哲学リベラリズム(自由主義) ネオリベラリズム(新自由主義) リヴァ(バ)タリアニズム コミュニタリアニズム(共同体主義) 日本の思想 日本仏教 和の精神 十七条の憲法(憲法十七条、十七条憲法とも)に見られる。 「和を以て貴(たっと)しと為し、忤(さから)うことなきを宗(むね)とせよ」とある。 日蓮宗 日本仏教の一派。開祖は日蓮。法華教、仏立(ぶつりゅう)宗とも。法華経を根本としらその題目をとなえ、本尊、題目、戒壇と即身成仏を主とする。門下に妙法寺、本門寺、久遠寺、大石寺など。系統の在家教団に霊友会、創価学会、立正佼正会がある。 日本儒教 朱子学 儒教の一派。朱子の系統。主に君臣父子の上下関係の秩序を重んじたため、封建社会の骨髄となった。日本では藤原惺窩から林羅山に伝わり、江戸の官学になった。 陽明学 陽明が唱えた思想。聖人、凡人の良知の実現として知行合一を重んじ、その実践を大切にした。後、卓吾が朱子学を批判。 古学 江戸時代において、漢唐宋明の理学を退け、直接経書を研究しようとする立場。 国学 本居宣長 22歳に上京。医学の傍ら儒家堀景山に契沖を学ぶ。1763年には紫文要領でもののあはれの説を主題化。1762年に賀茂真淵に入門し、1763-1798年までに古事記伝全44巻を完成。儒家の「理」に真実の世界、「事」を対置した。また、係り結びの法則を発見。多くの研究書を遺し、後世の世やナショナリズムに大きな影響を与えた。 近代化 佐久間象山 幕末の思想家。「東洋道徳、西洋芸術」の観念提唱人。下級武士の家に生まれ、朱子学を奉じる。佐藤一斉の門下に入った後1839年に江戸に開塾。オランダ語や砲術を教え、勝海舟、吉田松陰、坂本龍馬を輩出。 中江兆民 明治期の政治家、思想家。1871年にフランスに留学。1874年に東京に塾を開く。1881年、東洋自由新聞主筆。1882年、ルソーの社会契約論を訳し、人権論を唱えた。1890年、第一回衆議院選挙当選。1898年、国民党結成。「東洋のルソー」などと呼ばれる。 植木枝盛 自由民権運動指導者。板垣退助に影響されて政治家をめざす。国会期成同盟の活動に精力をだす。東洋大日本国国憲按で人民の抵抗権、革命権を主張。1890年の第一回衆議院選挙で当選。立憲自由党に加わるも、脱党。復党直後、死去。 夏目漱石 明治期の作家。1905年から吾輩は猫である、坊ちゃんをホトトギスに寄稿。草枕などで自然主義文学と対立。1908年の朝日新聞入社後から三四郎などを発表。1910年の修善寺大患の後からエゴイズムを追求。晩年は則天去私の精神領域に到達。 日本の社会主義 幸徳秋水 明治期の社会主義者。中江兆民に師事したあと、社会主義に接近。1898年、社会主義研究会入り、1901年、安部磯雄と社会民主党結成に参加。日露開戦反対。勤め先の万朝報を内村鑑三、堺利彦らと退社し、平民社結成。平民新聞発行。日露戦争終了後にアメリカ旅行。急速にアナルコ・サンディカリスムに傾倒。直接行動を唱える。1910年の大逆事件の関係者として1911年に処刑。 片山潜(キリスト教人道主義から) 日本労働運動の先駆け。社会主義者。1884年から1886年までアメリカのイェール大で学ぶ。1901年、社会民主党結成に参加。1904年、第二インターナショナルアムステルダム大会出席、ロシア代表と反戦を共鳴。1907年の日本社会党大会で議会政策を唱え、幸徳秋水と対立。大逆事件後も東京市電争議を勝利に導く。1914年、再度渡米。1921年、モスクワのコミンテルン常任委員となり、同地で死去。 安部磯雄(キリスト教人道主義から) 社会運動家。同志社大卒業後、渡米。キリスト教社会主義者に。1898年、社会主義研究会結成。1901年、社会民主党結成に参加。大逆事件後一時期社会主義から距離をとるも、1926年に社会民衆党委員長。1934年社会大衆党党首。1940年、勤労国民党組織、禁止。戦後は社会党顧問。1899年以来な早大教授。野球部の創設者。 木下尚江(キリスト教人道主義から) 社会運動家。1897年、大規模普選運動で逮捕。1899年毎日新聞入社、廃娼運動、足尾鉱毒事件で活躍。1900年、社会主義研究会入。社会民主党結成に参加。日露戦争反戦を訴えながら作家活動もした。 堺利彦(自由民権論から) 社会運動家、政治家。1903年、平民社結成。共産党宣言を初めて訳す。1906年、日本社会党結成。1920年、日本社会主義者同盟結成。1922年、日本共産党委員長となる。その後、社会民主主義に転向した。 河上肇(人道主義からマルクス主義にかたむく) 経済学者、社会運動家。東大・学習院で講師を務めたが、資本主義の、矛盾解決を求め辞す。1908-1928年まで京大で経済学を講じる傍ら、マルクス経済学を探究。その後、労農党結成。1932年共産党に参加後逮捕。1937年出獄。戦後、志半ばで死した。 戸坂潤(マルクス主義) 哲学者、評論家。1931-1935年、法政大教授。三木清からマルクス主義の洗礼を受け、唯物論指導者となったが、1938年治安維持法違反で逮捕。1945年に獄死。 小林多喜二(プロレタリア文学) ドストエフスキーに心酔し、小説家を志す。社会主義に接近し、プロレタリア文学運動に参加。名作、蟹工船などを発表する中、1931年に共産党に入党し、コップなどで活躍するも、1933年に特別高等警察に逮捕、拷問され虐殺された。 冬の時代 日本の社会運動、社会主義運動は大正デモクラシー後、治安維持法の制定にもかかわらず興隆した。日本共産党については1922年の結党から1945年までは壊滅的な組織破壊をこうむった。戦争の激化とともに、社会主義者は次々と転向声明などをだす。日本共産党中央執行委員会委員長の佐野学、同中央委員の鍋山貞親の転向声明が大きな影響を及ぼし、社会主義、特にマルクス主義に大きな影をおとした。同時に自由主義者や民主主義者にも攻撃が開始された。 治安維持法 国体変革、私有財産否定を主義とする組織の加入、指導を禁止する法律。1928年に緊急勅令で最高刑が死刑になる。1941年以降、最も厳しいものとなった。 転向 日本共産党の幹部らが大量にマルクス主義を捨てた一連の流れ。日本共産党に壊滅的打撃を与える結果となった。 片山哲内閣(初の社会主義政権) 1947-1948年の短期内閣。二・一ストライキ後の総選挙で第一党となった社会党と日本民主党と国民協同党の連立内閣。賃金物価新体系と傾斜生産方式で資本の再建を助け、石炭国家管理も資本と保守勢力の反発で骨抜きになる。1948年予算審議で総辞職。 日本社会党 1945年に安部磯雄の呼びかけで無産政党が統一した政党。サンフランシスコ講和問題で右派左派に分裂。1955年、統一。1960年、安保問題で再分裂。飛鳥田委員長の時にマルクスレーニン主義を極力薄めた政策をとる。1994年の党大会で日米安保容認、自衛隊容認、日の丸容認、君が代容認した。1996年に社会民主党に党名変更後、党勢減退。現在の党員は1.1万人、2021年11月現在、衆議院議席1、参議院議席1。 日本共産党 1922年、山川均、堺利彦、徳田球一が中心となって結成。当初は天皇制廃止、民主主義革命を掲げる非合法活動。三・一五事件、四・一六事件と中央幹部の転向で壊滅的打撃。戦後徳田、志賀義雄、野坂参三らが再建。1950年のコミンフォルムの批判に党は動揺。1955年に、冒険主義を自己批判。後反帝国主義、独占、人民民主主義革命を目指す。1979年には最高の41議席獲得。その後は減退。2000年の党大会で前衛政党、社会主義革命の表現を党規約から削除。現在の党員は27万人、2021年11月現在、衆議院議席10、参議院議席13。 レッド・パージ アメリカ占領下の日本やアメリカ本国での共産主義者取締の風潮。冷戦の激化やマッカーシー議員の発言から広がる。ちなみに、チャップリンもこの流れでアメリカを追われた。 革新自治体 東京都で1967年に日本共産党、日本社会党などの推薦で当選した全国初の革新首長、美濃部亮吉が誕生した。美濃部は国に先駆け、福祉政策や公害対策を行った。 60年安保闘争 日米安保条約改定に反対する運動だったが、性格が変わり、岸信介の強硬な採決や東大女学生の死亡などに激怒する国民的運動に変わった。岸はこの運動後、退陣した。この一連の流れはベトナム反戦運動や学生運動につながった。 55年体制の崩壊(保守革新の曖昧化) 1955年の日本社会党右派左派統一、自民党の成立から1993年の自民党野党転落まで続いた55年体制が崩壊したこと。1993年、新生党、新党さきがけ、社会党、民社党、公明党、日本新党が反自民を掲げて細川護熙政権を発足させた。 村山富市内閣 1994年から1996年までの社会党、自民党、新党さきがけの連立内閣、社会党委員長でもあった村山は自衛隊容認、日米安保堅持を公表。その間、阪神淡路大震災や地下鉄サリン事件が発生。また、戦後50年に際し、村山談話を発表した。突如、村山が退陣を表明し、総辞職。 現在の革新政党 日本共産党や社会民主党 源流思想 西洋の近現代思想 ルネサンス、宗教改革前後 イタリア発の文化革新運動。再生を意味するフランス語。宗教改革、地理の発見、近代科学から人文主義、世俗主義、合理主義、個人主義を包摂。中世の暗黒時代からの脱却をめざした。 イギリス経験論系統 ベーコン、ポップスの後継者のロックが確立し、バークリー、ヒュームが発展させる。イギリスの近代哲学系譜。神学イデオロギーに変わる市民社会の倫理形成に寄与。 社会主義 サン・シモン(原始社会主義、初期社会主義) 各人の自由な能力に基づく未来社会を構想したフランスの空想的社会主義者。 フーリエ(原始社会主義、初期社会主義) 空想的社会主義者。商業界での仕事の経験より、資本主義の批判を細かく展開。ファランジュ構想をうちたてて、ユートピアを構想した。 オーウェン(原始社会主義、初期社会主義) 人道主義的工場主。マルクスから空想的社会主義と批判される。労働者中心の経営に腐心し、イギリスでの工場法成立に貢献。1825年にアメリカに渡り、ニューハーモニーと称する共産社会の実現を目指したが、失敗した。1834年に帰国。生活協同組合の結成の呼びかけの他、全国労働組合大連合の結成に心血を注いだ。 カールマルクス(科学的社会主義) かの世界的に有名な「資本論」の著者。 独自の経済分析によって、搾取を伴う「資本主義社会」の限界を訴え、その克服の為に「共産主義」を提唱した。 芸術・文化面なども含めた全ての社会活動の源流は経済活動に根差すという「唯物史観的」視点で世界を捉え続けた。 社会主義思想の潮流としては「マルクス主義・科学的社会主義」に分類される。 第一インターナショナル(国際労働者協会)設立にも大きく貢献した。 すべての社会主義思想=マルクス主義ではないが、今日まで「社会主義・共産主義」思想が受け継がれてきたのは何より マルクスの存在があったからであることは疑いの余地がないであろう。 フリードリヒエンゲルス 紡績工場主の息子として生まれる。 その経済力によって生涯に渡ってマルクスを支え続けた。 マルクスとはその「唯物史観」な視点が完全に一致しており、1848年に共同で起草した「共産党宣言」を発表した。 マルクス亡き後、「資本論」をまとめ上げて完成させる。 レーニン ナーロドニキ思想から皇帝派暗殺を企てたかどで処刑された兄の死をきっかけに社会主義に開眼、ロシアの一連の革命運動を指導する。 当初は社会民主主義者として機関紙「イスクラ」の編集の中核を担いながら社会主義理論家としての地位を築き上げていった。ツァーリ政権に何度も流刑に処されるも、逃走や亡命を繰り返しながらロシア国内外の社会主義者を束ねながら先導する指導的な役割を演じた。1917年、第一次世界大戦時の厭戦気分を巧みに先導し「パンと平和と土地」をスローガンに都市部労働者を束ねてロシア革命を成功させる。海外からの干渉も受けた過酷な内戦期を乗り切った1922年、世界初の社会主義国家、ソビエト社会主義共和国連邦をつくることに成功する。 資本主義は戦争を伴う帝国主義に至るという「帝国主義論」 議会制民主主義はブルジョワの欺瞞だとし、プロレタリア(労働者階級)階級の先導によって直接民主制への移行は可能であるとした 「国家と革命」はともに世界的に有名な書籍である。 マルクス思想を絶対としており、マルクス主義の理論家というよりは実践家としての役割を果たしとも言える。 スターリン グルジア(ジョージア)出身の革命家。レーニン亡き後のソ連の指導者として世界的にも有名である。 農業の集団化・重工業の発展を最優先した五ヶ年計画などによって急速な近代化を成功させるものの、あまりに性急すぎる政策の過程では 膨大な餓死者を出すなど多くの犠牲を生み出した。 トロツキーと対立し、「一国社会主義」を唱え、反対派を「トロツキスト」とレッテル張りして弾圧した。 悪名高い「大粛清」によって反対派を壊滅させ、自身を頂点とする極度な中央集権化を行った。 死後、後継者のフルシチョフによってされた「スターリン非難」は社会主義諸国に衝撃を与えたことでも有名である。 一方で、第二次大戦を勝ち抜いたことから、ロシア国内でもいまだに一定の支持者がおり、世界的にも「スターリニズム」は存在し続けている。 トロツキー レーニン・スターリンと並ぶロシア革命の中心人物。 革命直後に瓦解した旧軍隊を新たに労働者・農民で再編成した「赤軍」を創設し、内戦の勝利に大貢献した。 話術に長け、カリスマ性があったことから時にレーニン以上の革命の立役者であった。 社会主義は一国では維持できず、最終的には全世界が共産化する必要があるとする「永続革命論」を唱えた。 レーニン亡き後、「一国社会主義」を掲げて中央集権を強行するスターリンと対立し、国外追放となる。 海外の亡命生活中も一貫してスターリン体制批判を続けるも、1940年、メキシコにて暗殺される。 文才があり、文学や芸術にも造詣が深かった。 毛沢東(毛沢東主義・マオイズム) 中国共産党の指導者。陳独秀らが結成した中国共産党に参加したあとに会議で指導者に。国共合作などを通して抗日運動を指揮する。戦後の国共内戦に勝利。中華人民共和国建国。大躍進や文化大革命で中国に混乱を招く。 社会民主主義 共産主義・暴力革命を否定し、平和な手段で漸進的に社会主義を実現する、民主主義を通して実現する思想。民主社会主義とは異なる。 民主社会主義 民主主義の基に社会主義を実現する思想。社会主義と民主主義は相互に依存しあうものであるとして、マルクス・レーニン主義の共産主義に強く反対する。 共産主義 社会主義の進んだ社会。共有物、公共物などの生産手段を労働者のものに、社会のものにし、不平等をなくそうとする思想。古くからあったものであったが、マルクスが共産党宣言の中で確実なものとし、資本論の中で科学的社会主義、所謂マルクス主義になった。 無政府主義(アナーキズム) 国家などの権力を全て廃して、完全に平等な社会を建設することを目指す思想。 アナルコ・サンディカリズム(労働者を中心とした自主的な共同体運営)思想でもある。 有名なのは、スペイン内戦によるCNT・FAIなどの労働組合に先導された革命運動である。 中心人物の一人として、ドゥルーティなどがいる。 (いずれもサンディカリストによる革命は圧殺され失敗に終わった) 金日成・金正日主義(主体思想) 国防や経済などあらゆる分野で自立していなければならないという思想。しかし、それには金日成など最高指導者の指導が絶対必要。 ポル・ポト主義(原始共産主義・反知性主義) 都市や知識・医療・教育など全ての現代要素を排除して、農村を主体とした原始的な社会を造ろうとする思想。ポル・ポトはそれを実現するため、都市解体、知識人の大虐殺を行い混乱を招いた。 ローザルクセンブルク ドイツの女性社会主義者 ロシア革命には肯定的であったものの、レーニン率いるボリシェヴィキの強権路線に反対する立場を取り続けた。 "ルクセンブルク主義"という社会主義思想の一つの潮流にもなっている。 ドイツ革命最中、リープクネヒト(ルクセンブルクと同立ち位置の指導者)らとスパルタクス団を結成。 右派国軍勢力と手を組み急進左派勢力の撲滅を目論む社会民主党政権(現ドイツSPD党)と対決し敗北する。 1919年、リープクネヒトと共に殺害される。 ホーチミン ベトナム社会主義共和国の間接の建国の父。ベトナム独立運動の頃から政治に携わり、その最中に社会主義に開眼。抗日運動の後はベトナム独立としてフランスに勝利。その後はベトナム戦争においてアメリカへの勝利に貢献する。 ベトナム社会主義共和国が正式に成立するのを待たずに死去した。 ホーチミンに関しては、彼自身の記録が少ないことからいまだに素性の知れない謎の多い人物ともされている。 北ベトナムでの早急な土地改革では多数の犠牲を伴うなどしたが、自己顕示欲や贅沢などとは無縁の質素な生活を貫いたとされ、汚職などとも 無縁であったとされている点から高く評価する声もいまだに多い。 フィデルカストロ 近現代の社会主義国指導者の中では世間的に評価の高い革命家。 かの有名なチェゲバラと友に、1959年に親米傀儡のバティスタ政権を武装蜂起で打倒し、キューバ革命を成功させた。 歴史上、社会主義革命家の中では珍しくカストロ自身も前線で一兵士として闘い続けた。 また、内戦期においても赤十字に捕虜を引き渡すなど人道的な精神を持ち続けた。 「ピッグス湾事件」など尋常ならざるアメリカからの執拗な暗殺、干渉行為を跳ね除け続けた。 学生時代から演説の練習をしていたと言われるほどの「演説好き」であり、数時間におよぶ演説を度々行っていたことで知られる。 2016年の死去の際には、世界中から追悼の言葉が贈られるなど、「独裁者」と非難される一方、国際的に一定数の評価を得ていたことも伺い知れる。 チェゲバラ 思想関係なくおそらく世界で一番有名な革命家。 元々はアルゼンチンの中産階級で医者になる予定だったが、20代で南米旅行をした際に「当たり前の治療」も受けられない貧困層の存在に衝撃を受け、以後社会主義革命に没頭していく。 キューバでカストロと出会い、意気投合した後は医師の技術を生かして軍医として自らも前線に立ってキューバ革命を成し遂げた。 戦闘中も潜伏先のジャングルで現地住民の診察にあたるなどの尽力から、革命勢力に対して住民は非常に協力的であった。 政権奪取後も、公務時間外はボランティアで労働に勤しむなど類まれなる利他精神を貫き続けた。 1967年、ボリビアで革命を起こすために戦闘中、CIAによって殺害される。 モーリス・トレーズ フランス共産党の指導者。ソ連の政策に忠実であった。そのため、彼の存命中のフランス共産党は特にスターリニズムの傾向が強く、トレーズが死去してからも1991年のソ連の崩壊までは特にフランス共産党は“モスクワの長女”と揶揄される。トレーズ自身はモスクワに向かう船上で急病死 アメリカ政治哲学 リベラリズム(自由主義) 個人の自由を重んずる思想。その個人の自由には国家は干渉してはならないとする。近代自然法思想を源とする。市民革命の原理となる。経済上では、古典派経済、重農主義から自由放任主義になった。その道は市民社会の発展と対応したが、産業革命による資本主義の本格的胎動とそれに相対的に続く社会主義の台頭により、主義としての自由のみならず、個々の人間の平等、実質的自由を重んずる個人主義の観点を持ち合わせるようになった。 ネオリベラリズム(新自由主義) 1980年代から急速に発達した経済思想。先進国の資本主義がオイルショックやドルショック、労働運動で揺さぶられる中、ケインズ主義に代わる新思考として現れた。主に規制緩和、福祉削減、緊縮財政、自己責任を掲げ、新保守勢力と結び、マイノリティの権利削減、排他的ナショナリズムになる傾向がある。一定の経済成長に貢献したものの、貧富格差の増大、弱肉強食イデオロギーの常態化といった負の影響を遺した。 リヴァ(バ)タリアニズム 福祉国家の集産主義に警鐘を鳴らし、国家の干渉に不可侵の権利を擁護する自由論者。 コミュニタリアニズム(共同体主義) 個人の属する共同体の価値観を大切にすべきだとする立場。自由と功利のみを追求する人を負荷なき個人と批判する。
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イェスカ思想 歴史 [表示] ・ユエスレオネ革命 潮流・派閥 [表示] ・イェスカ哲学・イェスカ主義・イェスカ右派・武力革命論・新イェスカ主義・イェスカ主義倫理学 概念 [表示] 革命 人物 [表示] ターフ・ヴィール・イェスカフィシャ・ステデラフターフ・フューザフィスターフ・ヴィール・ウォルツァスカイユターフ・ヴィール・エミリアレシェール・アルヴェイユターフ・ヴィール・タリェナフシルキン・ユノア 著書 [表示] ・革命序説・ファールリューディア宣言・教法学的社会主義とその理論・やさしい正しいイェスカ主義・「民会」の限界とそれに対する代替案の提案・イェスカのために・普遍主義的クハンテールと主体的統一のイェスカ主義復興・イェスカたちの行方イェスカ言行録 組織 [表示] 国際組織・国際蒼色機関・国際イェスカ主義政党連盟ユエスレオネ・ユエスレオネ人民解放戦線・ユエスレオネ共産党・ユエスレオネ社会党・ユエスレオネ社会党ステデラフ・イェスカ派(IDLT)・ユエスレオネ統一社会党・ユエスレオネ連邦人民戦線・ファルトクノア社会行動党・ファルトクノア共産党・デュイン社会民主党ハタ王国・王国共産党・王国共産党ハフルテュ派(HAGID-H)・王国共産党解放派(HAGID-IT)・王国社会党南サニス・統一解放戦線・統一共産党・国教会教法会議・イェスカ思想連合党PMCF・ヴェフィス社会党学生運動・連邦革命的学生同盟・ユエスレオネ中央大学イェスカ主義研究会・ユエスレオネ中央大学アレス学派教法学研究会・旧共産党大学教法学研究会・アイン・イェスカ主義学生同盟・天神大学イェスカ主義研究会・イェスカ主義学生同盟改革派・イェスカ主義学生同盟労協派大宇宙・イェスカ主義マーカス革命党・イェスカ主義産業労働党「連帯」・エメルダ・イェスカ党・ルリスティア勤労民草党・アポラ・イェスカ主義行動党・国民民主戦線/イェスカ主義政治グループ・闘争的人民武装戦線 関連項目 [表示] ・ユエスレオネ連邦・南サニス連合王国カラムディア・ハタ社会主義王国 イェスカ思想のテンプレート 新イェスカ主義(理:dytyjeskavera)とは、第三政変時代に興隆した反ユミリア主義・反社会党を中心とする思想潮流の一つ。 目次 概要 ファルトクノアと新イェスカ主義 連邦革命的学生同盟の設立と学生組織情勢 大雑把な「新イェスカ主義」 関連項目 概要 「ユエスレオネ革命は真にイェスカ主義の誤った発現であり、我々新イェスカ学派は憶論や応用憶理学のような人間疎外的な形而上学への反逆であり、連邦社会党の国家修正主義に対する非難として駆動する。 」 ―『イェスカのために』 ユエスレオネ中央大学哲学部を基盤としてアイン・シャント・ミナミラハ・リーツェを中心とするイェスカ主義の新しい方向性を模索する新イェスカ学派が興隆する。新イェスカ主義はアインの『イェスカのために』を中心にイェスカ主義を読み直し、理論化していった。現在の社会党への批判の方向性が強まり、イェスカが政権を担う中で自らの哲学思想から離れていったのは政党内にイェスカ哲学的な意味でのフェンテショレーが居たからという解釈がなされるようになった。同時に新イェスカ学派はレクタール・ド・シャーシュの憶論やアンハルティア・ド・ヴェアン・アンヴェハルなどの憶理学のような意識主義的なイェスカ主義の発展思想を批判する面もあった。 ファルトクノアと新イェスカ主義 ユエスレオネ社会党の中にも新イェスカ学派を支持しようとする流れが生まれ、リュフィア・ド・ノウヴデリエ・ア・ファジュー・リュノウヴハイト、レシェール・ファリーヤ・リュイユ、ラヴィル・ド・エスタイティエ・ラタイハイト、メイア・ド・ノーヴデリエ・メノーブなどがユミリア主義の放棄、イェスカ主義への回帰を掲げた。しかしながら、新イェスカ学派を支持する社会党員の多くは、後にファルトクノア共和国に出向させられることになり、党内勢力としての実力を失うことになった。ファルトクノア共和国ではイェスカ主義研究会が設立されたが設立されたが、これは実質アイン思想の研究会であった。 連邦革命的学生同盟の設立と学生組織情勢 2005年4月12日、ユエスレオネ中央大学、天神大学フェーユ分校、第二ラメスト総合大学、アディア言語開発大学校に散在していたイェスカ主義系組織が合一し、連邦革命的学生同盟(理:cierjustel fankasen xolanasch lersserss)を組織した。この"同盟"は別名ラ・シェーユステレスタン(理: la cierjustelestan)とも呼ばれるほどにユエスレオネ学生運動における大きな存在となった。当時のイェスカ主義学生組織は新イェスカ主義に影響されたものが多く、"同盟"もその系統を引き継いでいた。"同盟"第一回大会では「アイン・イェスカ主義の教導を受け、ユエスレオネ社会党の修正イェスカ主義を排撃し、民族国家主義的社会を変革する」との方針を議決した。ユエスレオネ社会党はこれらの新イェスカ学派的動きを警戒し、「教条主義的な冒険主義」との批判を加え続けた。各大学のユエスレオネ社会党系の学生組織(ユエスレオネ中央大学イェスカ主義研究会、旧共産党大学の諸組織など)もこれらの動きに反発した。 大雑把な「新イェスカ主義」 新イェスカ主義とは異なる思想潮流ではあるものの、同時代人であるターフ・ヴィール・ウォルツァスカイユやレシェール・アルヴェイユなど反社会党的な姿勢を持つイェスカ主義思想は新イェスカ主義と大雑把に括られることがある。 なお、日本語では同じ表記だが、リパライン語では本来の新イェスカ主義は "dytyjeskavera" で大雑把にな新イェスカ主義は "dytysn jeskavera" と書き分ける場合がある。 関連項目 最高尊厳……人権概念との対立関係に、同時期に見直しが入った。これに新イェスカ主義の影響があるとされる。