約 1,234,215 件
https://w.atwiki.jp/propoichathre/pages/1466.html
外界篇 「○○ー、次はこっちー」 「はいはい、慌てないでくださいね、人が多いんですから」 ○○の腕を引くレミリアを、彼は優しくなだめた。 「あら、大丈夫よ、貴方が手を引いていてくれるんでしょ?」 「まあそうですけれど、それでも気をつけてくださいね」 そう微笑んで、彼は楽しそうな彼女に日傘を差し掛けた。 どちらかというと、腕を引かれているのは彼の方なのだけど。 八雲紫主催の神無月外界旅行。 暇を持て余していた紅魔館の主が食いつかないはずも無く。 一も二も無く、彼自身が直接八雲藍に申請書を手渡しに行くことになっていた。 『お前も大変だな』 『いえいえ、好きでやってますので』 という会話を交わしたことは内緒である。 「○○、あれは何?」 「ああ、冷やした鉄板の上でアイスを作ってるんですよ」 「……?」 「食べてみます?」 「ええ」 繁華街の中。騒がしい場所だが、遊ぶには事欠かない。 本来はもう少し静かな場所もあるのだけれど、それは夜に回すとしよう。 それに雨になれば動けなくなるのだから、天気の良い日には出来るだけ出歩くに限る。 いや、晴天も、決してレミリアと○○にとって『良い天気』とは言えないのだが。 「はい、どうぞ」 「ありがと、○○」 嬉しそうに受け取って、レミリアはアイスに口をつける。 外界に出るに当たり、彼が一番心配していたのは彼女の羽のことだったのだが。 『これが問題なら、霧化させておけば良いでしょう?』 そうこともなげに言い放ったので、彼の心配は杞憂に終わった。 少し不自然に二人の周囲が紅いのはどうしようもないけれど、人が気に止めるほどではないのは幸いであった。 その代わり。 「あら、どうしたの、さっきから周りばかり気にして」 「いえ、何も」 「変なの。一口食べる?」 「……ええ、いただきます」 レミリアが差し出すアイスに口をつけながら、彼は周囲の視線が痛いほどこちらに集中するのを感じていた。 常人離れした美少女とどこか冴えない青年の二人組の旅行者は、とにかく目立つのであった。 「帰ったらパチェに頼んで作ってもらおうかしら……」 「それもいいかもしれませんね」 言いつつも、○○は周囲が気になって仕方が無い。 「○○、どうかしたの?」 「いいえ、久しぶりだなあと思いまして」 そう応えつつ周りを見る。久しぶりなのは正しいが、本心はそうではない。 レミリアに好奇の視線を送る者達が気に入らないのだ。自身に対する妬みの視線は気にならないが。 いつもの服装ではなく、外に出る様に誂えた、淡い紅のワンピースにカーディガンを羽織った服装。 ごく普通の服装のはずなのだが、それでも彼女が着るとそれだけで映える。 初見のとき、思わず抱きしめそうになったことが記憶に新しい。気の利かない言葉で褒めることしか出来なかったが。 「そうね、懐かしい?」 「まあ、確かに懐かしくもありますが……」 こんなに街は騒がしかっただろうか。まだ離れてそう経ってないはずなのにそんなことも思ってしまう。 「じゃあ、いろいろ回りましょう?」 「え?」 「貴方が外でどういうものを見てきたのか知りたいわ。案内して頂戴」 「はい、喜んで」 指を絡めるように手を繋いできたレミリアに、少し照れながらも彼は頷いた。 外に出るのに許された期間はそう長くなく、また二人は天候にも左右される。 だからこそ、昼夜問わず様々な場所を巡った。 「○○、これはどうー?」 「いいんじゃないでしょうか?」 「もう、そればっかり……あ、こっちは?」 「ちょ、そっち下着ですから! 僕入れないですから!」 服を見に行ったり。 「ん、このケーキ美味しい……作り方わかる?」 「これですか? まあ、たぶん。そういう本も買って行って、咲夜さんに作ってもらいますか?」 「ええ、そうするわ」 喫茶店でお茶をしたり。 「意外と、静かね」 「ええ、まあ、人も若干いますが……この河原は、結構穴場なんですよ」 「渡れないけどね」 「まあそうですけど、でも、こうして静かに虫の声を聞くと言うのも、風流でしょう?」 「そうね……悪くは無いわ」 そう、二人で他愛も無い話をしたり―― 限られた時間のデートを、目一杯楽しんでいた。 だが、それでもたまには天候に祟られるわけで。 「雨ね……」 「ええ、今日は大人しくするしかないですね」 残念そうに外を見るレミリアの隣で、○○がポットを手にしていた。 宿泊先など諸々のことも紫の手配なので問題はほぼ無いが、天候だけはどうにもならない。 「ま、こちらに来てから動きっぱなしだし、たまにはいいかしら」 そう、いつものように羽を現して、レミリアが椅子に座った。彼はその前に紅茶のカップを置く。 「咲夜さんのようにうまくないですけれどね」 「精進なさい。貴方の味も嫌いじゃないけれどね」 雨音を聞きながら、静かにお茶の時間が過ぎて行く。 しばらくして、レミリアがふと口を開いた。 「ねえ、○○。貴方は後悔していない?」 「? 何をでしょうか?」 「何度目の問いになるか、もうわからないけれどね。吸血鬼になったことよ」 そう、カップを指先で弾く。安物だからか、あまり良い音は鳴らなかった。 「こちらに来て、貴方が喪ったものを見たわ。もう貴方はこちらには戻れないけど、でもだからこそ」 目を細めて、彼女はそっと告げる。 「心配になったのよ。貴方が全てを憂えないか。自分の運命を厭わないか。私に――」 そこまで言ったレミリアは、不意に正面から自分を包んできた腕を感じて、目を瞬かせた。 「○○?」 「僕は」 はっきりとした声で、彼は言葉を紡ぐ。 「貴女に逢えて、貴女の側に居られて、居続けさせてもらえて、とても幸せなんですよ」 顔を覗き込むように、優しい声色で。 「何度でもお答えします。僕は微塵も後悔していない。後悔しない。 人間を捨てたこと、貴女の側に在り続けること――これがもし、運命だというなら」 彼女にとって極上の微笑で、彼は告げた。 「僕もまたそれを望む。貴女と一緒に居られるなら、僕は何だって望む。嘘偽りなんてない、本当の気持ちです」 「○○……」 レミリアは○○の背中に手を回すと、強く抱きついた。 「ありがとう、○○。少し心配になったの。街を眺め続ける貴方を見て。懐かしいという言葉を聴いて」 生を無為に思ってしまうことほど、永遠を生きるものにとって恐ろしいものは無い。 自分自身にさえ意味を見出せなくなる――彼がそうなってしまうことが、レミリアには怖かった。 「お礼を言うのは、僕の方ですよ。そしてすみません。ご心配をおかけして」 言葉の後半が微妙に申し訳なさそうな響きを持つことに気が付いて顔を上げると、彼は何ともいえない表情をしていた。 問いただすレミリアに、彼はここ数日の、周囲からの好奇について白状した。 「気が付かなかったわ。でも、悪い気分じゃないわね」 「僕には不本意ですよ」 「ああ、そういうことじゃなくて。貴方がそういう思いを抱いてくれてた、ということが、よ」 その言葉に少し顔を紅くして、当然でしょう、という彼に、レミリアは満足気な想いを持つことが出来たのだった。 「何だか、眠くなってきたわ」 ほっとしたからだろうか、ここのところあまり寝ていないからか、軽く目をこすってレミリアは呟く。 「今日はすることももうないし、休むわね」 「ええ、では僕は――」 どうしていましょうか、という言葉は、不意に再び抱きついてきたレミリアの唇に塞がれた。 「貴方も一緒に寝るの」 「え……ええ?」 「貴方は私のものなんだもの。だから」 甘えるように彼の胸に擦り寄る。少し戸惑っていたらしい彼も、やがてそっと優しく抱き返してくれた。 この愛おしさが、何よりも一番大事なもので――この旅の一番の想い出となることを、二人は確信していた。 「咲夜にはこれ、パチェにはこれで、美鈴はこれ……ああ、フランには何にしようかしら、どれが気に入ってくれるかしら……」 「レミリアさん、決まりました?」 「もう少し待って。○○は?」 「大体は。霜月初めの宴会用のも買っておきましたよ」 「ん、ありがと」 応えながら、レミリアはまた土産物の物色にかかった。 旅行の最終日。もうすぐ紫が迎えに来る手筈になっている。 「んー……これがいいかしら」 ようやく決めてきたレミリアに微笑んで、彼は恭しく手を取った。 「それでは、これは僕から」 「え?」 可愛らしい紅色の縮緬作りの巾着を、そっと手に提げさせる。 「折角の旅行ですから、何か思い出の品などあった方が良いと思いまして」 「あ、えっと、うん、ありがと、○○。嬉しいわ」 照れたように微笑むレミリアに満足そうに頷いていると、後ろから声がかかった。 「あらあら、相変わらず熱いわね」 「紫さん」 「もう、少しは空気読んだらどうなの? あの龍宮の使いみたいに」 「それは失礼。でもそろそろ帰る時間よ」 紫は悪びれずにくすくすと笑うと、スキマを開いて二人に道を示した。 「ま、楽しかったわ。そろそろ館も放っておけないしね」 「ありがとうございました」 「いえいえ、来月初めの宴会、楽しみにしていてね」 言葉に少しの違和感を感じたが、それが何かわからないうちに、彼は再び尋ねられた。 「どうだった? 外界への里帰りは」 「そうですね、敢えて言うなら『故郷は遠くに在りて思うもの』でしょうか」 それに、と○○はレミリアに視線を向けて軽く笑む。 「僕の帰る故郷はもう幻想郷ですから」 「ふふ、まあいいわ、そういうことにしてあげる。幻想郷、の部分に別の地名が入りそうだけどね」 紫は再び笑って、さあ、と彼らを促した。 「ねえ、○○」 「はい」 前を行くレミリアが、不意に話しかけた。 「貴方の帰る場所は、私よ」 くるりと振り向いて、少し不満そうにしながらも、傲然と言い放つ。 「貴方の居る場所は私の傍。ずっと、ずっとよ。いいわね」 ああ、と彼は思う。なるほど、先ほどの会話の、帰るのが幻想郷というのが気に入らなかったのか、と。 そんな小さな我儘と嫉妬が嬉しくて、彼はレミリアの頬に手を伸ばした。 「はい、かしこまりました。僕はずっと、永遠に、貴女の傍に」 「よろしい」 微笑んだレミリアに、彼はそっと口唇を重ねた。 後日宴会の席で面々の旅行中のことが暴露され、照れと怒りでレミリアがまた暴れ、それを何とか彼が宥めるのだが―― それは別の、ちょっとした余談である。 新ろだ53 ─────────────────────────────────────────────────────────── 在るがままで居てくれればいい、とは思う。 そのまま、のんびりとしたままで居て欲しい、とは思う。 それは紛れもない本心。 それでも、種族的なもの等のしがらみがないわけではなく。 少しくらいは、と望むのは、贅沢ではないと、思いたい。 紅魔館のティールーム。何となく集まって何となく談笑する、いつもの光景。 「外の世界の本はどうなのかしら。最近紙が少なくなってきたって言うけど」 「紙の本もきちんとありますよ。ただ、そうですね、電子媒体も増えましたからねえ……」 とりとめない話をする中、唐突に扉が大きな音を立てて開いた。 「あら、フラン。いつも言ってるでしょう、ノックを――」 レミリアが言い終わる前に、入ってきた存在、フランドールは満面の笑みを浮かべて―― 「おにーさまーっ!」 「グッ……!?」 心底楽しそうな呼びかけと共に、○○の背中に突撃を敢行。 盛大な紅茶の霧が辺りに舞って、綺麗な虹を映し出した。 「ごほ、けほ、こほ……」 盛大に紅茶を噴き出した○○は、テーブルに伏せて背中を押さえている。 別に、驚いたわけではない。いやまあ、驚きも十分以上にあるのだが。 「……大丈夫?」 「せ、背骨がずれました……」 なってて良かった吸血鬼。いや本当に。 吸血鬼じゃなかったら、大怪我では済んでいないだろう。 「まあ、夜だしすぐに治るでしょう。ところで、今のは何? フラン」 「え? だって魔理沙が」 動揺しているのか、○○を放って尋ねたレミリアに、フランドールは大したことでもないように答える。 「『○○はレミリアの旦那なんだからお前のお義兄様だろ?』って」 「あの黒白ネズミ……」 「呼んだか?」 「居るのか!」 よっ、とばかりに現れた魔理沙に、反射的に突っ込む。 「あんたはフランに一体何を吹き込んでる……」 「あー? 私は別に嘘を教えたつもりはないぜ」 にやにやと笑いながら魔理沙は応じた。 「だってそうだろ? 何よりも大事にしてる奴なんだから」 「ちょっと待ちなさい、どうしてそういうことになってるのよ」 「みんな言ってるぜ?」 「勝手に決めるな」 言いつつ、レミリアはふいと顔を逸らす。照れ隠しであることを知ってる面々は敢えて何も言わない。 「お姉様、違うの?」 「違うわよ、まだ」 「まだ?」 にやにやしながら言葉の端をあげつらっていく魔理沙をきっと睨んで、レミリアは声を上げた。 「だ、第一、○○は全然力量が足りてないもの」 何か鉾先が向いたことを感じて、○○は顔を上げる。 「魔力も弱いし弾幕も撃てないし、半人前もいいとこよ」 「まあ、確かにそうですが……」 そこまできっぱり言われるとさすがにへこむものを感じるのか、彼は少し微苦笑する。 「なら、鍛えてあげればいいということになるわね、レミィ?」 それまで本に目を落としていたパチュリーが不意に声をかけた。 「ん……まあ、そう……なるかしら」 少し歯切れの悪い言葉に、魔理沙とフランドールが顔を見合わせる。 「それじゃあ、私達で鍛えてやればいいんだな」 「そーだねー。弾幕ごっこだね、○○!」 「え、あれ? 何でそういうことに?」 何だか話が妙な方向を向いたことを感じた○○は、驚いた声で二人を見る。 「だってそういうことだろ? 今の話」 「それに、○○も今は吸血鬼だもんね。弾幕勝負できるでしょ?」 「いや僕は……」 弾幕なんて撃てないのですが、と言う前に、ふむ、とレミリアの声がした。 「ま、鍛えるのには丁度良いかもしれないわね。咲夜、貴女も手伝いなさい」 「かしこまりました、お嬢様」 「魔力の素地も才能もないけれど、まあ努力の価値はあるかもしれないしね」 パチュリーが何気に酷いことを言った。あの、とおずおずと彼は手を上げる。 「……僕、弾幕撃てないのですが? というかそもそも飛ぶのも……」 その言葉に、吸血鬼と魔女の親友コンビは顔を見合わせて頷き、素敵な笑顔を向け――。 「ねえ、○○」 「気合避け、って素敵な言葉よね」 ――大変御無体な言葉を彼に放った。 「…………それは」 「さ、○○、始めようか」 楽しそうな声で、魔理沙が○○の肩に手を置く。 「……御手柔らかに、願います」 「安心しろ、最初から全力だ」 「あー! 魔理沙、私からだよー!」 既に部屋の外――ホールの方に向かっていたフランドールの、嬉々とした声が聞こえてくる。 紅魔狂の始まりを確信して、○○は大きく息をついた。今日一日、自分は無事に過ごせるだろうか。 明け方、ベッドの上で、仰向けになって青年が呻いている。 「……トラウマになりそうだ……」 「大丈夫?」 少し心配気に覗きこむレミリアに、彼は僅かに苦笑して頷いた。 「遠くで見ている分は綺麗なんですけど」 「あら、弾幕る方も楽しいわよ?」 ぱたぱたと羽をはためかせ、レミリアは○○の胸の上に顎を乗せて楽しそうに微笑む。 「まあ、すぐに無理は言わないわ」 「そうしていただけるとありがたいです。何せまだ」 「ええ、わかってるわ」 レミリアは体勢を変えると、○○の枕元まで来て彼の頭を膝の上に乗せた。 「……これは、何かのご褒美ですか?」 「そうね、初日にしては頑張ったし」 ○○の頬に手を当てながら、レミリアは、でも、と言葉を繋ぐ。 「少しは頑張って欲しいというのも本当よ。この私の血を受けた眷属だと言うのに、ここまで力量がないと威厳に関わる」 「承知しているつもりです」 「一朝一夕に、なんて無茶は言わないわ。貴方はまだ人間に近しいし。でも、いつか」 そう、いつか。たとえ十年掛かろうが百年掛かろうが。 「いつかは、私の隣に堂々と並べるくらいになってくれるわよね?」 「努力します。僕も、そうなりたいですし」 「待ってるわ。気長にね」 それはきっと、退屈しのぎにもなるだろう。この永き生の、ちょっとした慰みにくらいには。 日付が少し経過して、黒白の魔法使いが再び紅魔館を訪れていた。 「よ、メイド長」 「魔理沙また来たの……って、珍しい、今日は正面からなのね」 「ああ、今日は正式な客だぜ? パチュリーの」 「まあそれなら。でも今ホールは危険よ?」 咲夜の言葉に、魔理沙が首を傾げる。 「どうしたんだ? 妹君がご機嫌斜めか? それともパチュリーの実験か?」 「それだったらまだマシな方ですわ」 瀟洒な従者は苦笑を微笑みに隠して、魔理沙を案内する。 「おお、何か凄い音してるな」 「よりにもよってこんなときに真正面からなんて、貴女もタイミングが悪いと言うか何と言うか」 ホールの方向から派手な音が響いていた。時折声も聞こえるが、何を言っているのかはわからない。 「わざわざ他のメイド達が入れないように空間も遮断してたって言うのに」 「あ、だから今も広さが違うのか。というか何があったんだ?」 魔理沙の問いには直接答えず、咲夜はホールを示した。そこでは―― 「こら、○○! これくらい避けれるでしょう!?」 「無理! 無理ですって!」 ――Lunatic並みの弾幕が飛び交っていた。 ただでさえ紅いホールが、レミリアの弾幕でさらに紅く染まっている。 「おー、派手にやってるじゃないか」 「もうこの四半刻ほどずっとこうなのよ」 「頑張るなー」 魔理沙もたまに○○の弾幕訓練(決して勝負ではない)に付き合っていたので、現状は飲み込めたようだった。 「でも何でまたお嬢様はご機嫌斜めなんだ?」 レミリアの機嫌が悪くて、それに○○がつき合わされているのも理解できる。できるのだが。 「まあ、元々の原因は○○さんよ。現在の発端は私だけど」 「何したメイド長」 「少し唆しただけよ」 何事もないかのように言いきって、咲夜は微笑して呆れた様なため息を漏らした。 その間も、激しい弾幕は続いている。 「獄符「千本の針の山」!」 「それ死んじゃいますから!」 「吸血鬼でしょ! 大丈夫よ!」 ○○に欠片も余裕が無いのが見て取れる。そもそも飛ぶのすら上手く出来ない青年だ。 「あ、被弾ー」 「何度目かしら」 「前も思ったがタフだなー」 それをのんびりと眺めやる少女二人。 「でも正直よくかわしてるわ」 「そうだな、最初とはえらい違い……というか、原因は何なんだ? あの痴話喧嘩の」 「実は全部つながるんだけどね」 咲夜が再び微苦笑した時、弾幕勝負に変化が生じた。 「…………」 「どうしたの○○! 行くわよ!」 紅蝙蝠「ヴァンピリッシュナイト」。蝙蝠が音を立てて飛び回り、ナイフ弾を形成して行く。 「……もしか、して」 ナイフが額を掠めたことにも構わず、○○はレミリアに向かって突っ込んでいった。 「え、ちょっと!?」 蝙蝠とナイフ弾をグレイズしながら一目散に近付いて、彼は囁くような声で言う。 「怒っておられますか」 「……今更、気が付いたの?」 「ええ、今更です、でも」 口ごもって、それでも彼はレミリアを真っ直ぐに見て、その腕を掴む。 「……接触は被弾扱いのはずだけど」 「それでも構いません」 そして、少しだけ唸ると、大きく息をついてすまなそうに言った。 「ごめんなさい。何が悪かったのか、今でもわからない」 「そこまでは気がつかなかったのね」 「すみません」 「…………最近」 弾幕を止め、蝙蝠を身に返しながら、レミリアが呟いた。 「最近、フランやパチェと弾幕勝負してばかりじゃない」 「ああ、ええ、訓練にと」 「だから! ……あまり、構ってもらえてない、私は」 拗ねたような口調で、レミリアは○○から顔を逸らす。 がつんと殴られたような表情になった後、彼はレミリアを引き寄せた。レミリアも抵抗せず、腕の中に収まる。 「すみません、本当に」 「全くね。主を放っておくなんて」 拗ねたような言葉には、それでも不安が滲み出ていて。 「……寂しかったですか」 「…………」 沈黙は雄弁だった。擦り寄るように頬を彼の胸に当ててくる。それだけで十分すぎた。 「すみません」 「謝れば、いいってものじゃないわ……」 「それでも、です。ごめんなさい、やはり僕は、焦っていたのかも」 ○○はゆっくりと言って、レミリアの顔を覗きこんだ。 「早く貴女に認められたくて、それで」 「……それで私を蔑ろにしてちゃ駄目じゃない……」 「ええ、そうなのですけれど、でも」 それでも。その言葉の先をわかったかのように、レミリアは切なげに彼を見つめた。 力のない、人間とあまり変わらない吸血鬼。愛しい者の傍にいるためだけの。 だからこそ、せめて隣に並び立てないまでも、認められるくらいに。 「……馬鹿ね、言ったでしょう? 慌てなくて良いと。何十年をかけても良いと」 「……はい」 「大丈夫、私は愛想を尽かしたりなんかしないから」 逆に抱きしめられて、○○は低く何事か唸って頷いた。 「ゆっくりでいいの。貴方が吸血鬼らしくなるのにも」 「はい……ありがとう、ございます」 「でも」 身体を離して顔を見上げて、レミリアは軽く微笑して言い放った。 「それとこれとは別の話。私を蔑ろにしてた分は、どう補ってくれるのかしら?」 「あー、えーと」 ○○は一瞬迷って、レミリアの頬に手を添えた。 「これで、如何でしょう?」 「ん、まずは及第、ね」 優しい口付けを受け入れるようにしながら、レミリアは満足気に微笑んだ。 「……御馳走様」 「あら、もういいの?」 目の前でキスシーンを見せ付けられて、魔理沙がなんとも言えない表情で呟く。 「よくお前らあれに耐えられるな……」 「あら、まだマシな方よ?」 「普段がどうなのか、考えないようにしておくぜ。で、発端は?」 「今語ってた通りよ」 「それはわかったんだが、咲夜がけしかけたとかいう」 「ああ、お嬢様が最近寂しそうだったから、それとなく○○さんに伝えたんだけど」 そこまで言われて、魔理沙は一つ息をついた。 「わかった。あいつ、何か惚けたこと訊いたんだな。変に鈍いから」 「ご名答」 「よくお前が怒らなかったなあ」 「まあ、じゃれあいみたいなものだからね」 そんなもんか、と頷いてホールを見上げて、まだいちゃついている二人に魔理沙は軽く呆れた。 「というか、私達が居ること気が付いてないだろあれ」 「居ても気にしていない、の方が正しいと思うわ」 慣れきった様子の咲夜に首を振り、魔理沙は軽く呻いて図書館に足を向けた。 「あー、甘い甘い。メイド長、私の分の紅茶には砂糖はいいや。先に行ってるー」 「はいはい」 図々しい注文に苦笑して、咲夜もその場から消えた。 「ん……先に行ったみたいね」 「え、ああ、魔理沙さんと咲夜さんですか?」 「パチェが呼んだって言ってたから。何かあったのかな」 彼の腕の中で小首を傾げ、そして柔らかに微笑む。 「さ、私達も行きましょう。咲夜の紅茶で一休みとしましょ」 「ええ」 するりと抜け出して、彼の腕を引く。機嫌はもうすっかり直っていた。 「今日の紅茶は何でしょうかね」 「さあ、苦くないと良いのだけど……まあ、でも」 いきなり彼を引き寄せて、レミリアはその口唇を塞ぐ。 「こちらの方が甘いから、多少苦くてもいいけどね」 「……はい」 不意打ちに照れる彼を満足気に見て、微かに自分の顔も紅くなっているのを誤魔化すように、行くわよ、とレミリアは促した。 この後の図書館で、彼の膝の上に座って上機嫌のレミリアに、魔理沙は何とも形容し難い表情を向けることとなるのだが―― どうしたの、とあっさりレミリアに涼しい顔で受け流され、濃い目の紅茶をお代わりする破目になったのだった。 後に曰く、『紅魔館の菓子が糖分控えめになった理由がわかった』ということだが、これはまあ、ちょっとした余談である。 新ろだ99 ─────────────────────────────────────────────────────────── 「Trick or Treat!」 楽しげな声が、調理場に飛び込んできた。 「妹様、お菓子はまだですよ」 「あら、咲夜はTrickの方が良いの?」 ふふ、と無邪気に笑いながら、咲夜の周囲をフランドールがくるくると回る。 「こらフラン、あんまり咲夜を困らせないの」 後ろから入ってきたのは、館の主、レミリア・スカーレット。 「お嬢様。お菓子はもう少しですわ。パーティには十分間に合いますので」 「ええ、大丈夫。つまみ食いなんてしないから」 そう言いつつ、レミリアは楽しそうに調理場の中に視線を巡らせた。 目当ての存在を見つけたのか、その紅い瞳が輝く。だが、すぐにそちらには向かわず、咲夜に声をかける。 「量は十分?」 「はい。妖精メイドも導入しましたし、今年は何より」 咲夜はその意を汲んだのか、奥のほうで作業していた青年の方に注意を向ける。 「お菓子作りが趣味って言ってたものね」 レミリアも満足そうな、だがどこか甘みを含んだ声で頷いた。 その言葉が交わされた辺りで、ボールの中のクリームを確かめていた彼が近付いてきた。 「んー、こんなもんかなあ……ああ、レミリアさん、フランさん、どうも」 「○○、○○、まだ出来ないの?」 フランドールの言葉に微笑んで、○○は頷く。 「もう少しですから、待っててくださいね」 「もう、咲夜も○○もそればっかり……」 拗ねるフランドールの格好と、隣で笑っているレミリアの格好を改めて見て、彼は少し言葉を失った。 ――――どうして猫耳と尻尾が付いているのでしょうか。 心の中だけの疑問は、あっさり解消された。 「ああ、この耳? いつもと趣向を変えてみてね、ワータイガーなのよ」 「……ワータイガー?」 「人虎だよ、○○知らないの?」 「いやまあ、言われたらわかりますが」 二人がつけていると、トラ猫の耳をつけているように見えるのだけれども。 言葉にはせず、○○は咲夜に視線を送った。 「いいですかね、一枚くらいなら」 「その辺りは全部○○さん任せだから、足りるなら良いわよ」 「では」 ○○は調理台の上からクッキーを二枚つまむと、二人の前に立った。 「それでは、悪戯されないうちにお二人に先に一枚ずつ」 「いいの!?」 頷かれて、フランドールは嬉しそうにクッキーに口を付けた。 「いいのかしら?」 「量は大丈夫ですから。折角来ていただいたのに、手ぶらでは申し訳ないですし……今日はハロウィンですから」 微笑みが心持ち柔らかくなって、レミリアは少し満足したような声を上げる。 「では、いただくわ」 サク、と小気味よい音を立てて、レミリアもクッキーを口にする。 柔らかな甘味が口の中に広がって、彼女は感嘆の息をついた。 「美味しいわ、○○」 「ありかとうございます」 レミリアに恭しく礼をしたところで、フランドールが話しかけてくる。 「○○、もっと頂戴?」 「今は我慢です。後でたくさん持って行きますからね」 「はーい」 声は渋々だが、表情は明るい。余程気に入ったらしいことが周囲にもわかって誰知らずほっとする。 「そうだ、準備を急ぎなさい」 「ですが、まだお時間はあるはずですけれども」 咲夜が首を傾げると、レミリアは楽しそうに笑みを浮かべた。 「貴女達も仮装するの。そこの妖精メイド達もね。さっさと終わらせてしまいなさい」 急に声をかけられて、妖精メイド達があわあわしはじめる。直に声をかけられるのはやはり怖いらしい。 「では、一度この場は僕が持ちましょう。出来た分を運ぶ等は咲夜さんに監督してもらって。よろしいですか?」 「ん、そうね……それがいいかもね」 咲夜は何気なく視線を巡らせて一つ頷く。 「それでは、お嬢様、失礼致します」 「ええ、よろしくね、咲夜」 「私もついてくー」 フランドールが咲夜に着いていき、びくびくしながらも妖精メイド達も台車を運んでいく。 それを見送りながら、二人きりになった調理場で○○は仕上げに掛かった。それを、興味深そうにレミリアが覗きこむ。 「難しそうね」 「意外と、覚えてしまうと簡単ですよ。楽しいですし」 てきぱきと出来上がった菓子を並べ、○○は、そうだ、と頷く。 「もう一つ、味見をお願いして良いですか? さっき作ってたクリームなんですけれど」 「ええ」 嬉しそうに頷いたレミリアは、○○が自分でも味見をしようと指先に取っていたクリームを、指ごと口に含んだ。 「んー……ちょっと甘めね」 「………………まあ、スポンジがそう甘くないので、その釣り合いを取るために、ですね」 彼が微妙に照れたような表情をしたのを楽しげに見て取り、レミリアは言葉を続けた。 「でも、それ以上に美味しいわ。パーティが楽しみね」 「ええ……ところで」 「ん?」 「僕も、何かするんでしょうか」 「当たり前でしょう? 今日はハロウィンだもの」 楽しそうに言った主に、彼は心の中だけで両手を挙げた。 方々から人を呼び寄せたハロウィンパーティは、つつがなく始まった。 仮装している者も多く、見ているだけでも十二分に楽しめる。 「よ、○○。何だ、お前も仮装か?」 「向こうで犬になってる咲夜と猫になってるパチュリーがいたけれど、今年の紅魔館はそういう趣向なの?」 「魔理沙さん、霊夢さん、いらっしゃいませ。そういうわけじゃなかったはずなんですが……」 そういう彼の頭にも、犬科の耳が生えている。どちらかというと、狼のそれに近く見える。 「尻尾まで生えてるのか。狼男か?」 「らしい、です。気が付いたらパチュリーさんに魔法かけられてました」 困ったように微笑んで、彼は、どうぞ、と二人の客をテーブルに案内する。 「あら、いらっしゃい、霊夢、魔理沙」 「いらっしゃーい」 吸血鬼姉妹が巫女と魔法使いの姿を認め、各々の方法で近付いてくる。 つまり、レミリアは悠然と、フランドールは魔理沙に飛びつくように。 「邪魔してるぜ。あー……お前らもか」 「それ何? トラ猫?」 「人虎よ」 不満そうにレミリアが答えるが、猫に見えるのも仕方がない気はする。 「何でまた。吸血鬼といえば人狼だろうに」 「普通すぎるじゃない」 「ならどうして僕は狼に」 「貴方は初めてでしょう? 基本も大事よ」 楽しそうに言うレミリアの背後で、虎模様の尻尾が動いている。 全部パチュリー手製の魔法だと言うから驚きと言うか何と言うか。彼女もこのパーティを楽しみにしたのは間違いないようだ。 「ああ、わかった。レミリアの我儘に結局振り回されたってことね」 「霊夢、その言い方はあんまりじゃない?」 抗議するレミリアと涼しげな表情の霊夢のじゃれ合うような会話に少し微笑んで、彼は何ともなしに答える。 「僕も楽しんでますからね」 「言うようになったわね、本当に」 やれやれ、と苦笑して、霊夢は近くのテーブルの皿に手を伸ばした。綺麗に切り分けられたケーキが乗っていた。 パーティも盛り上がってきた頃、ふと気配を感じて、料理を運んでいた彼は顔を上げた。 「ああ、どうも、紫さん」 「ええ、お邪魔してるわ」 隙間から出てきてそれに腰掛ける。○○は料理を手近のテーブルに置いて切り分け、紫に渡した。 「あら、ありがと」 「いえいえ」 「それにしても、紅魔館は楽しそうねえ、今回のハロウィン」 「みんな態と揃えたのかも知れないですが、確かに」 「貴方も楽しそうね」 「ええ」 笑顔で答えた彼に、紫もまた楽しげに頷く。真意は読み取れないが、楽しんでくれていれば良い、と彼は胸中で頷いた。 「○○、こんなところにいたの」 「レミリアさん」 「お邪魔してるわ、お招きありがとう」 「ええ、楽しんでくれていれば重畳よ」 軽く応じるレミリアに、紫がくすくすと微笑いながら尋ねる。 「みんなで揃えたの、それは?」 「そういうわけじゃないけど、いつの間にかね。何なら、貴女もする?」 「いいわ、うちはもう二匹も居て間に合ってるから」 微笑みながら言って、紫は○○に目を向けた。 「ああ、いいわよ、私の相手してなくても。貴方の愛しい主のところに居てあげなさいな」 「え、と、はい」 「……何故みんな勝手なことばかり言うんだ」 同時に真っ赤になる程照れたレミリアと○○を見て満足したように紫は笑った。 おそらく二人は気が付いていないに違いない。それぞれの感情が、その魔法でつけている耳と尻尾に如実に表れていることなど。 「私はもう行く。○○、来なさい」 「はい。では、失礼します」 「ええ、また」 ひらひらと手を振る紫を後に残して、○○はレミリアの隣に並ぶ。 その彼を見上げるようにして、彼女が尋ねた。 「○○、この後に用は?」 「いえ、特には」 「では、私に付き合いなさい。主人を一人にするものではないわ」 「はい。気が利かずすみません」 「わかればいいのよ」 虎模様の尻尾が機嫌よさそうに軽く揺れて、レミリアは○○の腕を取った。 さっと顔を紅くした○○を見てまた微笑うと、さあ、行きましょう、と彼女は告げた。 パーティは盛況の内に幕を閉じた。 終わっても、すぐに帰っていく者、しばらく談笑する者、酔い潰れて館で介抱される者など行動は様々だ。 紅魔館側も、帰る者にはお土産としてケーキを切り分けてラッピングしたものを渡したりと、いつものパーティとは少し違う様相を見せた。 そして今ホールには、語り合う者と片付ける者だけが残っていた。 館の主とその妹は終わって早々に部屋に戻っている。特にフランドールは楽しかったのか、終わる頃には既に眠そうにしていた。 そして、○○もまた、片付けの一員として働いている。 そのパーティの片付けも終わる頃、何となしに○○は気が付いた。 「……あれ、みなさん魔法解いてます?」 「ええ、片付けには邪魔になるもの」 「割合簡単に解けるわよ。そんなに複雑なものではないし」 残っていた面子との会話が終わって戻ってきたパチュリーが説明する。 だが、無茶を言わないで欲しい、と彼は思う。魔法なんて元々縁が無かったのだ、簡単に解けると言われて解けるはずが無い。 「……どうするんですか、これ?」 「えーと、説明が難しいわね……」 咲夜が苦笑する。ということは、何の苦もなく解ける魔法と言うことか。説明が要らないくらい。少し落ち込む。 「まあ、一日くらいで解けるから、そんなに気にしなくてもいいでしょ」 「……僕寝るときもこのままですか」 「いいんじゃない? レミィもまだそれで遊んでみたかったみたいだし」 そう、パチュリーは○○の尻尾を差す。心なしかしゅんとなっているのは、彼の気落ちを表しているのだろう。 「何だかそれは非常に複雑ですが」 「それなら、○○さんはもう上がって。お嬢様はもう部屋に戻られてるし」 「ですが」 「お嬢様の機嫌を損ねるつもり?」 う、と詰まって、わかりました、と彼は頷いた。 しかし、言葉とは裏腹に、その尻尾は嬉しそうにパタパタと動いている。 それを少しだけ眺めて、パチュリーが咲夜に声をかけた。 「では私も図書館に戻るわ。咲夜、後で紅茶を頂戴」 「かしこまりました、パチュリー様」 「では、お先に失礼します」 それぞれの方向に歩きながら、さてどうしたものか、と○○は考え始めた。 部屋で寛いでいたレミリアの耳に、扉を叩く音が届く。誰何するまでもない。 「入って良いわよ、○○」 声に応じるように扉が開き、○○が姿を現した。レミリアが座っている椅子の所まで真っ直ぐ近付いてくる。 「お疲れ様」 「ええ、お疲れ様です」 汗を流して着替えてきたらしく、微かに石鹸の香りがする――ふさふさの尻尾からも。 「それまだ解いてないの?」 「解けないんですよ」 憮然となった彼に笑って、レミリアは○○にも椅子に座るよう促した。 「楽しかったわ、今日は」 「ええ」 「フランもはしゃぎ疲れて、今日はすぐ寝ちゃったしね」 それは良かった、と彼も微笑んだ。レミリアもワインを薦めながら、今日の事を語り合う。 パタパタパタパタ、と○○の後ろで尻尾が揺れるのを眺めて、レミリアは何となく楽しくなった。 酒にあまり強くないことも知っているが、これくらいでは酔い潰れないだろう。 それに何より、彼の気分や機嫌が耳と尻尾でわかるのが楽しい。またパチェにかけてもらおうかな、と考えた。 「ふかふかね」 「んー、風呂上りですし」 ほむほむ、とレミリアが○○の耳に手を伸ばし、満足そうに頷く。 この分だと、尻尾もかなり気持ち良いのではないだろうか。そんなことも思う。 そんなことをしているうち、寝酒にしていたハーフボトルも空になった。 「そろそろ休みましょうか」 「はい、でも、その前に」 椅子からベッドに座る先を代えたレミリアの隣に腰掛けて、○○はレミリアの方を向く。 「? 何?」 「ええ――Trick or Treat?」 唐突な言葉が何なのかわかるまで、少しの時間を有した。 「え、ええ?」 「甘い物、欲しいなと」 そう言った彼の視線が一瞬サイドボードに流れる。そこにはラッピングしたクッキーの袋。 「あんまり食べてないので。作るだけ作って」 「そういえばそうね……」 レミリアはそう言ってクッキーの包みを開き、一枚取り出して彼に渡そうとする。 「ああ、いえ、そうでなくて」 「? ……!」 ○○はレミリアの手にあるクッキーを取上げると彼女に咥えさせた。 驚く暇もあればこそ。○○は、その反対側からクッキーを食べ始める。 反応できずに止まっているレミリアに構わず平らげ、彼女の口唇をぺろりと舐めた。 「御馳走様」 「……いきなりじゃなくて、せめて何か言ってからにしなさい……」 顔を紅くして逸らしてレミリアの目に、○○の狼の尻尾が千切れんばかりに振られているのが見えた。 表情はいつもと同じ微笑みだが、相当上機嫌らしい。本当に感情をよく出すものだ。 「……まだ、要る?」 「出来れば」 本当に機嫌の良いらしい彼に、もう一度クッキーを与える。今度の口付けは、少しだけ長かった。 「……ん、甘党、だったかしら」 「ええ、かなりの。でも、まだ欲しいな、と思います」 気が付けば、彼の腕の中で抱きかかえられたような状態になってしまっている。 でもそれに反発しようなんて想いは湧かなくて。 「自分で作り始めて、それに凝ってしまうくらいの甘党ですから。でも、今は」 「あ……」 今度はキスだけが下りてきて、レミリアは目を閉じた。 「……もっと、好きなものがありますけれど」 その笑顔は、レミリアにとっては反則すぎて。 「……ずるいわ」 「ですか?」 「ええ、ずるい……」 今度はレミリアから頬を寄せて、そっと口付ける。長めの口付けの後、囁くように○○に尋ねた。 「……もっと、欲しい?」 「はい」 「いいわ、あげる――」 もう一度口付けて、優しく抱きよせられるのを感じて、レミリアもまた、○○の首に腕を回した。 甘い宴は、まだ終わりそうに無い。 後日、耳尻尾付きだと反応わかりやすいから、もう一度付けてみるか、とパチュリーが冗談でレミリアに提案するのだが。 「……え?」 「だから、結構面白かったでしょう? 咲夜もそうだったけど、○○さんも――」 言いかけたパチュリーの言葉を遮って、レミリアが声を上げた。 「駄目、絶対に駄目!」 大きく羽をバタバタさせて、顔を真っ赤に染めて慌てる親友に、パチュリーもそれ以上は突っ込まなかった。 ただ、少しだけ好奇心は湧いたので、咲夜と小悪魔を使って○○に尋ねさせてみたのだが。 「すみません、ノーコメントで」 と、こちらも紅くなって応えたので、それ以上の追求は出来なかった。 かくしてあの夜に何があったのかは――二人だけが知る秘密となったのであった。 新ろだ114 ─────────────────────────────────────────────────────────── その日は、起きた時から変だった。 何がおかしいのかはすぐにわかった。 愛しい人に、出逢ってない。 どこかに隠れたように、逢えていない。 「うーん……?」 首を捻りながら、○○は紅魔館の中を歩いていた。 辿り着いた先のティールームを、ノックの後に開けて失望のため息をつく。 「どこに行ってるんだろう……? 神社に行ったりしてるのかな……」 小柄な彼の愛しい主の姿がそこにないことをもう一度確認して、ぽつりと呟いた。 そう、今日目覚めてから、彼はレミリアの姿を見ていないのであった。 「咲夜さん、すみません」 「あら、どうしたの? 今日は里に出ない日だったとは思うけど」 「ええ。ああ、お仕事中すみません、少しお聞きしたいことが」 掃除中らしい咲夜に、謝りつつ声をかける。 「あら、何?」 「レミリアさん、お見かけしませんでしたか?」 ○○の問いに、咲夜は目を瞬かせる。 「起きてすぐ、紅茶を召し上がられていたけれど……それからも、何度かお会いしているわ」 「んー、では、館の中にはいるんですよね……うーん」 「会ってないの?」 意外そうな瞳に、こくこくと頷く。 避けられてるんだろうか、いやそんなことはない、と信じたい。だがもしかすると何か気に障ることでもしたのか。 「もう少し探してみます……ありがとうございます」 一礼して背を向けた○○に、咲夜は一瞬何かに気が付いたような顔をして、ふっと微笑んだ。 「○○さん、意外と近くにいらっしゃるかもしれないわよ」 「え?」 「私からのヒント。頑張ってね」 咲夜はそれだけ言うと、次の仕事のためか姿を消した。 次に赴いたのは、図書館。 「見てないわよ、ここには来てないわ」 パチュリーの言葉に、そうですか、と○○は肩を落とした。 「んー、目ぼしいところはいろいろ見てきてるはずなんですけどね」 「盛大な隠れ鬼でもやってるのかしら?」 「そんなはずでは……いや、そうなのかもしれないのですけど」 がくりと机に突っ伏す○○に、パチュリーは首を傾げる。 「レミィのことだから、どこかで見てそうな気もするけどねえ……」 「うーん、僕が右往左往している様子をですか?」 「ええ。まあ、気長に探すといいかもね。そのうち向こうから痺れを切らして出てくるかもしれないし」 その言葉はレミリアの性格を知るが故だろうか。 「まあ、そうかも知れないですけど……」 「早く逢いたい、というところかしら」 パチュリーの静かなからかいに、彼は顔を紅くして、ええ、まあ、と応える。 「と、とにかく、見かけたら教えていただけますか」 「ええ、いいわ。頑張ってね」 「はい」 軽く会釈して踵を返した○○に、パチュリーは本から顔を上げて、軽く息をついた。 「そうね、あえて言うなら」 「はい?」 「灯台下暗し、というところかしら」 それだけを言ってまた視線を本に戻したパチュリーに、彼は首を傾げて図書館を後にした。 それから、○○は紅魔館のあちこちを歩き回った。 中庭で美鈴にも声をかけたが、見ていないと言う返事と、不思議そうな表情を返されてしまった。 「あー、まあ、見つかってないんですね」 「ええ。近くに居るかも、とはみなさんに言われるんですけどね」 「……そうですね、私もそう思います」 何となく納得した顔で、美鈴はそう答えた。 「まあ、頑張ってください。お嬢様も早く見つけて欲しいでしょうから」 「はい、頑張ります」 では、と館に戻っていく彼を見送りつつ、ふーむ、と美鈴は唸る。 「見つかるかなあ、あれ」 とりあえず見えなくなるまで帽子をクルクルと回しながら眺めて、さて、と呟く。 「仲良きことは良き事かな――私も仕事に戻りますか」 そして、彼女はいつもどおりの仕事に戻っていった。 結局見つからないまま、時間は過ぎる。○○は所在無げに、自室に戻っていた。 ドアは開け放ったままである。もしかすると、部屋の前でも通るかもしれない、思ってのことだった。 「灯台下暗し、って言われたけどなあ……」 いない、と呟いて、自室のベッドに腰掛ける。 最近はレミリアの部屋で休むことが多くなって、部屋を使う頻度も減ったことにふと気が付いた。 そんなに近くに居る人に、今日は逢っていない。逢えていない。 心の中に焦燥とか、苦しさとか、そういうものが湧き上がってくる。 「ああ、駄目だなあ……僕は、もう」 レミリアさん無しにはいられないんだな、と呟く。 呟いて認めたら、少し元気が出てきた。 また探そう。 パチュリーさんも言ってたじゃないか、大掛かりな隠れ鬼だって。 よし、と気合を入れる前に、少しだけ伸びをしようと、ベッドに背中を預けるように仰向けになって―― ぴぎゅ。 変な音が背中からして、慌てて彼は起き上がった。 「……こう、もり?」 彼に潰されて、目を回しているのは一匹の蝙蝠。 それを掌の上に乗せると、ばさばさと部屋の外からも音が響いてきた。 手の中に居た蝙蝠も一緒に集まって、一人の姿を形づくる。 形づくられると共に、部屋が静かになった。 「○○、酷いじゃない! 潰さないでよ!」 訂正、静かになった瞬間、それは少女の大声で破られた。 「レミリア、さん?」 「ええ、そうよ。もう、全然気が付かないんだもの」 拗ねたように言う彼女が、○○の膝の上に正面から乗ってくる。 「ずーっと背中に張り付いてたのに」 「……ずっと?」 「ずっと。私の気配くらい、わかるようになりなさい」 パタパタ、と羽を動かしながら、レミリアはこちらを見上げてくる。 いろいろ、言いたいことはあったはずだった。 何故半日近く姿を見せなかったのか、とか、ずっと見ていたなら声をかけてくれれば、とか。 だが何か言おうとした口からは言葉は出てこなくて。 少しだけ口を開閉した後、彼は何も言わず、彼女に腕を伸ばした。 言葉では到底、今の自分の想いを伝えるのには足りなかった。 不意に強く抱きしめられて、レミリアは一瞬戸惑う。 「○○?」 「……結構、寂しかった」 心の底から響くような言葉。その言葉を耳にして、レミリアは優しげに目を細めた。 「……探し回ってたわね、随分と」 「ええ。姿が見えなくて。とても、心配して」 「……ごめんなさい、ちょっとした悪戯のつもりだったのだけど」 貴方にそんな顔をさせるつもりではなかったの、と囁くように告げる。 「わかってます、けど」 「ええ、わかってるわ」 肩に顔を埋めるように強く抱きしめる彼の顔を上げさせて、軽く口付けをする。 「これだけで、埋め合わせろなんて言わないけど」 「……ええ、足りない」 くる、と視界が変わって、レミリアは○○のベッドに仰向けになっていた。 目の前には、覆いかぶさるように彼が覗き込んできている。 「もっと、いいですか」 「ん……ええ」 落ちてきた少し深い口付けを受け入れて、口唇を離して息をついて、また再び口付けを―― ――その瞬間。 「○○さん、こちらですか?」 「そろそろ答え合わせをしておこうかと思っ――」 パチュリーと咲夜が、半ば閉まり半ば開いたままであった扉を不意に開けたのだった。 数瞬の沈黙。硬直。 「……そこまd――!」 バタン。 パチュリーが何か言いかけた矢先、勢い良く扉が閉まった。いや、閉められたのだろうか。 硬直したままの○○とレミリアの元に、ひらひらとメモが落ちてくる。 それを手に取って一読して、○○は枕に顔を突っ伏した。 「え、何? どうしたの?」 「……どうぞ」 渡されたメモを、レミリアも眺める。 「『ごゆっくり。ですが、少しはご自重くださいね』…… …………咲夜…………」 呆れた声を上げて、レミリアも脱力した。 気を利かせられたのか、からかわれたのか、あるいは素なのか。 どれもありそうだ。 はあ、と大きく息をついて、丁度隣に顔を埋めている○○を眺める。 ○○も顔を中途半端に上げて、レミリアと視線を合わせた。 「ふ、ふふっ」 「はははっ」 何となくおかしくなって、二人で顔を見合わせて微笑う。 「ああ、何となく気が削げちゃったわ……咲夜に紅茶でも入れてもらいましょうか」 するりと○○の腕の中から抜け出て、レミリアは彼の腕を引く。 「ええ、ああ、はい」 起き上がりながらも、何となく名残惜しそうにしている彼に気がついて、レミリアは少し考える。 想いをそのまま言葉にするのは何となく気恥ずかしくて、でも、あんな様子を彼が見せたのは初めてだったから。 自分を必死に探して不安そうな表情も、そして見つけたときのあんなに安堵したような表情も初めてだったから。 「その」 「はい?」 腕を引きながら、少しだけ顔を背けて、レミリアはぽつりと告げた。 「埋め合わせは、後できちんとしてあげるから」 顔が熱い。きっと紅くなっているであろうそれを隠すように、レミリアは少しだけ腕の力を強めて彼を引き寄せた。 「いいわね?」 「……はい」 見上げた彼の表情は酷く嬉しそうで、少しだけ、早まったかな、と彼女が思ったのは秘密である。 ティールームに着くと、まだ何かぶつぶつ言っているパチュリーに紅茶を入れている咲夜がこちらに気が付いた。 「あら、お嬢様、○○さん、随分とお早いお帰りですね」 「何もしてないってば。咲夜、私達にも紅茶を頂戴」 「かしこまりました」 からかわれて不満そうにしながらも、レミリアが○○を離そうとしていないのを見て、パチュリーが一つため息をついた。 「まあ、いいけど、とりあえず人目は気にしなさいね、レミィ」 「ん、気を、付けるわ」 「後、○○さん」 「はい?」 「……扉はきちんと閉めておくことを薦めておくわ」 「……すみません」 顔を紅くした吸血鬼主従の、だがその手がしっかりと握られてることを確認して、パチュリーと咲夜は視線を合わせ、微笑ましく頷いたのだった。 新ろだ158 ─────────────────────────────────────────────────────────── 霜月になって寒さも強くなってきた頃。 暇を持て余していたレミリアは、たまたま訪ねてきた霊夢と魔理沙を館に入れ、お茶に付き合わせていた。 「暇ねー」 「そうねー。またそのうち何か開こうかしら」 だが結局はうだうだとしているだけで、とりあえずこの暇な時間の解消にはならないようだ。 「そういや、この前のあの魔法ってどうやってたんだ?」 「え? ああ、あれね。割と簡単なものよ。むしろジョーク的なものになるかしらね」 「まあ、使い道なさそうだもんなあ」 魔法使い二人のそんな雑談に、霊夢が口を挟んだ。 「この前? ああ、ハロウィンの?」 「ええ。冗談で使ってみる類の、ただ賑やかすだけの魔法。実用性は無いわね」 「私としては、そんな魔法をパチュリーが使ったのが驚きだけどな。結構楽しんでたんじゃないか?」 「さ、どうかしら」 魔理沙の軽口に微笑って応じて、パチュリーは紅茶を口に運ぶ。 「でも見てるほうには面白かったわ。咲夜とか○○さんとか」 「あら、私も?」 霊夢の言葉に、レミリアの命令で一緒にお茶していた咲夜が首を傾げた。 「ええ、耳と尻尾に感情が良く出てて。そう言う効果もあるのかしら?」 「あくまで副産物だけどね。ねえ、レミィ?」 「何で私に話を振るのよ」 そう言いつつ、レミリアの顔は紅くなっている。何かを思い出しでもしたのか、ふい、と顔を背けてしまった。 「ん、何かあったのか?」 「何もないわ――咲夜、紅茶を頂戴」 「はい」 命じて一緒のテーブルに座らせている咲夜に、レミリアは紅茶のお代わりを頼む。 瀟洒な従者はただそれに従っただけだった。主の胸中は察しているが、言葉に出さぬが華というもの。 「そういえば、○○さんは?」 「今日は本を漁ってるわ」 「レミィ、よく把握してるわね」 「からかわないで、パチェ」 実際、起き掛けに今日の予定を聞いていたからなのだが、それを口にすると明らかに泥沼なので黙っておく。 「へえ、仲が良さそうで何よりね」 隠す方が無理な相手と言うものも居るが。どことなく楽しげにからかうように、霊夢が微笑ってみせる。 「何だ何だ、楽しそうな話か?」 「ええ、きっとね」 「適当なこと言うな」 レミリアはそう誤魔化して、手元の紅茶に口を付けた。 賑やかな声が聞こえてくるのを耳にして、彼はひょいとティールームに顔を出した。 「ああ、みなさんお揃いで」 「あ、お疲れさま、○○」 レミリアが咲夜に頷いて、紅茶を用意させる。 「ああ、ありがとうございます、咲夜さん」 「いいえ、どういたしまして」 適当な所――レミリアの隣に腰を下ろして、○○は場を見回した。 「何か楽しそうな声がしたものですから」 「ええ、そうね。この前のハロウィンの話をしてたのよ」 「ハロウィン、ですか」 「具体的には、あのときの魔法についてだな」 楽しそうに魔理沙が口にした瞬間、彼の表情が微かに変わる。 慌てているような、少し紅くなっているような、そんな表情に。 「あ、面白い反応」 「わかりやすいなー」 楽しそうに笑う巫女と魔法使い。レミリアに軽く睨まれて、○○は肩をすくめる。 「ああ、いや、その」 「○○、余計なこと言ったらグングニルだからね」 「ええ、わかってますって」 レミリアが脅すが、こちらも顔が紅くなっているのであまり怖くは無い。 「仲の良いことで」 「咲夜ー、砂糖抜きでよろしくー」 「はいはい」 「あんた達は……」 そう茶化している中、本に目を落としていたパチュリーが不意に顔を上げて何言か呟いた。 ぽむ。 小気味よい音と共に、○○の頭に見覚えのある耳が。後ろには尻尾も生えている。 「……あれ?」 「……え?」 一瞬何があったのかわからず、わかった瞬間、レミリアが声を上げた。 「パチェ――っ!?」 「ほら、魔理沙、割と簡単な魔法でしょ」 怒鳴られたことなど何もなかったかのように、パチュリーは説明する。 「ああ、なるほど。本当に冗談のような魔法なんだな」 「あんたも普通に頷くな! ああもう……」 ちらり、と○○を見上げると、耳と尻尾がピンと立っている。相当驚いているらしい。 「……○○?」 「あ、え、ああ、はい、何でしょう?」 「良い感じに混乱してるわねー。なるほど、わかりやすい」 霊夢が砂糖無しの紅茶を啜りながら頷いた。 会話の途中に我に返ったらしく、だが慌てるように彼の耳と尻尾が動く。 「ああ、すみません、ちょっと驚いて」 「かなり驚いてたんじゃないかしら?」 「……はい」 咲夜の言葉に、しゅん、と耳が垂れる。 「いや、しかし面白いな。その毛皮柔らかいのか?」 魔理沙が○○の頭に手を伸ばそうとした瞬間、レミリアが強く○○を引き寄せた。 「駄目、○○は私のよ」 「おおっと、こいつはすまないな」 レミリアの示した態度に、魔理沙はにやにやしながら手を引っ込める。 自分が何をしたのかがわかって、レミリアは○○を離した。 「愛されてるわねえ」 「ええ、僕もそうですから」 「こら、○○……!」 「はいはい、御馳走様」 尻尾をパタパタと降り始めた○○に、霊夢は軽く呆れのような微笑で応じた。 お茶会は賑やかに過ぎていく。 霊夢と魔理沙が帰る段になってお開きになるまで、話題は尽きなかった。 レミリアの部屋に戻って、その彼女が妙に距離を取ってベッドの上に座っているのを見て、○○は困ったように微笑う。 「うーん、そこまで警戒しないでくださいよ」 「してないわよ、別に」 だが前科があるからか、枕を抱いて○○を軽く睨む様子に、可愛らしいと思いつつもどうしようもない。 というか、拒否するならそれは逆効果だとわかっているのだろうか。わかってない気がする。 それにそもそも、本当に彼を拒絶するなら、部屋には入れないだろうし。 「前回みたいなことにはなりませんから」 「ホントに?」 「前回は、その、いろいろと」 甘いものを食べ損ねていた、とか。いろいろ給仕とか片付けで疲れていた、とか。 そしてこれが一番大きいのだが、パーティの間、そう長いことレミリアといられなかった、とか。 一度は呼んでくれたものの、主人役はそうそう気儘にすることもかなわないから。 途中から結局給仕に戻っていたから、そういうのでいろいろと溜まっていたというか。 「……でも、今も」 ちらり、とレミリアが○○の尻尾を見る。千切れんばかり、ではないが、それでも左右に揺れている。楽しげに。 「ああ、これはその、まあ、レミリアさんの近くにいるといつもといいますか」 かなり恥ずかしい告白をしなければならないが、そうでもしないと近寄らせてもらえまい。 「心が、躍るんです。大好きな人の傍に居られるのは、それだけで嬉しいことですから」 「……本当に?」 「ええ、紛れもない本心ですよ」 これは本当だ。レミリアの傍に居られるのは有り難いし、嬉しい。 「……うん、わかったわ」 少しだけレミリアの表情が和らいで、○○の服の袖を引く。 「こっちに」 「はい」 レミリアの求めに応じて、近くに寄る。レミリアからも距離を詰め、枕を下ろして彼の腕に擦り寄ってきた。 「……うん、落ち着くわね、やっぱり」 「それは嬉しいです」 言葉の通り、尻尾がぱたぱたと動く。それを見て、あ、とレミリアは小さく声を上げた。 「ねえ、○○。尻尾にも触って良い?」 「え、ああ、はい。引っ張ったりされなければ」 その言葉に嬉しそうに頷いて、レミリアはもふもふと、前に回してきた○○の尻尾を抱きしめた。 「ん、やっぱり柔らかいわ」 「……ですか?」 「ええ、こうしたら気持ち良さそう、とは思っていたんだけどね」 もふもふしながら、レミリアは大変満足そうである。やれやれ、と思いつつも、○○も成すがままに任せた。 「あー、しかし明日一日このままですかねえ」 「かもね。大体一日って言ってたし」 「んー、明日は里に行くことにしてたんですが……」 「……駄目。耳尻尾有りは問題あるだろうし……それに、この貴方は私だけのものだから」 それは、あまり人に見せたくない、ということだろうか。 少し嬉しく思いつつ、明日誰かに連絡を頼まないと、と考えていると、レミリアが尻尾に顔を隠すようにして、ぽつりと呟いた。 「…………だから、前のこと、嫌だったわけじゃないから」 「……はい」 一瞬心臓が躍って、それを無理矢理静める。 「……今日は、もう寝ましょうか」 「そう、ね」 このままだと、妙な空気に発展してしまう。そうなる前にと、○○は少し腕に力を入れて囁く。 「……次は、あんなことにはなりませんから」 「……うん。約束よ」 「ええ、約束です」 その言葉に照れたようにこくりと一つ頷いて、レミリアは尻尾を抱いたまま○○に擦り寄った。 「それじゃあ、おやすみ、○○」 「はい、おやすみなさい」 幸せそうに目を閉じた彼女を抱き寄せて、○○は静かに目を閉じた。 腕の中の温もりを、この上なく愛しく感じながら。 新ろだ169 ─────────────────────────────────────────────────────────── ○○は里でたまに仕事をする。 何てことは無い、紅魔館に住み始める前からの習慣だ。 たまに出ては日銭を貰い、それをかつては博麗神社、現在は紅魔館に入れている。 無論、吸血鬼となった彼が里に再び出るには、人里の守護者や妖怪の賢者、博麗の巫女との会議が必要であったが。 結果的に許可された大きな理由は、彼の主人たるレミリアが幻想郷の人間に危害を加えぬ約束をしていたからであろう。 彼自身もそれに従う、という形を取ることで、意見は概ね一致した。 そして彼は今日も里に来ていた。本格的な冬支度の手伝いのため、ここのところ連日である。 幻想郷の冬は彼にとっても初めてであるが、相当厳しいということは訊いていた。 紅魔館から禄に出られないことも覚悟しておくように、とも言われている。 「そろそろ昼飯にするかー」 誰かが言い出して、それぞれ集まって弁当を開く。 ○○も今日は弁当だった。たまに里の食堂で食べることもあるが、たまにこうして作ってもらっている。 自分でも作ったりもするが、作ってもらうと嬉しいものだ。 直射日光を避けるため木陰に入り、ぱか、と弁当を開けると、色取りも鮮やかなおかずが現れた。 プラス白飯である。紅魔館に和食というのはどこかアンバランスでもあるが、○○の好みに合わせてくれたりもしている。 それはそれで申し訳なくも思うのだが、レミリアに遠慮しないよう言い渡されているので、ありがたく頂いている。 「お、兄ちゃん、旨そうだなあ」 「ん、ええ」 里人に声をかけられ、○○は弁当に箸を伸ばしつつ頷いた。 「いいよなあ、うちの奴も作ってくれるといいんだが」 「そう言うお前だってたまにもらってるだろうがよ、独り身にゃ辛いぜ」 そうわいわい言いながらの昼食も慣れたものである。 だが、よく見れば、いつもの弁当とは少し違うことがわかる。 それに気が付くのは彼にとっては当然ではあったが、思わず頬が緩んだ。 少し玉子焼きは焦げついているし、入っている野菜もどこか不揃いだけれども。 にやにやしながら食べていたことに気がつかれたのか、一人が声をかけてきた。 「なあ、良かったら一つ交換しないか?」 「あー、駄目です。今日のは」 少し困ったような表情をしつつも、きっぱりと断る。 「えー、そんなに旨そうに喰ってるのに」 「だからです。駄目ですよ」 手を伸ばそうとしてくる相手から遠ざけるように弁当を抱えて距離を取る。 その様子を面白がってか食いたがってか、何人かが参加し始めた。 「お、いいな、俺にもー!」 「複数は卑怯ですよー!」 「なら大人しく寄越せー!」 「それだけは断る!」 慧音に見られでもしたら、「何をやってるんだ」と呆れられるに違いない光景。 その喧騒を打ち破ったのは、静かな少女の声であった。 「一体何をしているのかしら?」 一同、ぴたりと停止する。その停止した中で、ただ一人○○だけが普通に挨拶した。 「あれ、レミリアさん。散歩ですか?」 「ええ、神社に行くついでにね。咲夜と一緒に」 レミリアはそう、後ろにいる咲夜に視線を送る。 「ん、では僕は今日の仕事が終わったら神社に向かいましょうか」 「それもいいわね。たまには」 微笑む表情は、それでも周囲に他の人間がいるからか、少しだけ余所向けの、紅魔館の主としての表情。 それでも、○○には一向に構わない。そんなものも全て含めて彼女のことが好きなのだから。 「今は?」 「ああ、昼食中だったんですよ」 「それにしては騒がしかったようだけど」 ○○がまだ手にしている弁当と、少し引き気味の里人達を交互に見てレミリアが呟く。 「まあ、弁当を死守していただけですよ」 「……よくわからないわ。まあ、咲夜の作ったお弁当なら、人気もあって当然だけどね」 ね? と背後の咲夜に話を振る。 「そうであるなら光栄ですわ」 本当に私のものなら、という含みを持たせるように、咲夜も楽しげに微笑んだ。 そのからかいの気配を感じたのか、レミリアは機嫌を損ねたかのように○○にも話を振る。 「○○だってそうでしょう? 咲夜の作ったものは美味しいものね」 「ええ、まあ」 曖昧に頷いて、○○は玉子焼きを一つ摘むと、レミリアに食べさせた。 「どうです?」 「……貴方はたまに唐突よね……」 「僕としては大変好みの味なんですけど。焼き加減といい味付けといい」 「……咲夜の料理だもの」 そういうことにしますか、と呟いて、彼は残りのものも平らげる。幸い、取られたものはなかった。 「大変美味しかったですよ」 「だから、私じゃなくて咲夜に言いなさい。ああ、でもついでだからその箱は預かっておいてあげるわ」 「ありがとうございます」 受け取って、荷物持ちになるのは当然咲夜だったけれども。 「では、そろそろ昼休憩も終わりますし、また行きます。後で神社で」 「ええ、待ってるわ。行くわよ、咲夜」 「はい。それでは、○○さん」 「はい、お願いします」 了解の頷きを交わして戻ってきた○○に、里の男達は一様に大きく息をついた。 「……本当にお前さんはなんてーか」 「羨ましいのとよく平気だなってのと、そういや兄ちゃんも妖怪だったかと」 ○○はそれぞれの言葉に曖昧に応じるように微笑う。 「いやいや、僕は全く普通ですよー」 嘘をつけ、と突っ込まれたのは当然の流れだったけれども。 「……で、ここでお茶飲みに来たと」 「いいでしょ、たまには」 「お賽銭持ってきてくれるならね」 神社の居間、炬燵に入りながらの会話である。 「あんたも大変ね、咲夜。好き勝手振り回されて」 「あら、心外ね。そんなことはないわよ」 レミリアのカップに紅茶を注ぎながら、咲夜も応じる。 「それに、その弁当も、自分で作ったって言えば良かったじゃない」 「言えるわけ無いでしょ」 ふい、と顔を背けるレミリアに、やれやれ、と霊夢と咲夜は顔を見合わせる。 丁度そのとき、境内に魔理沙が下りてきた。 「よー、寒いな。って、お前ら来てたのか」 「居ちゃ悪い?」 「悪い」 霊夢の言葉をスルーして、レミリアは紅茶に口をつける。 「そうだ魔理沙」 「ん、何だ霊夢」 何かを含んだ霊夢の声に、同じ様な口調で魔理沙が答える。 言いながら、すでにその身は炬燵の中へ入ってぬくぬくしていたが。 「里の上通ってきたんでしょう? 何か作業してたと思うけど」 「ああ、冬支度かー。ん、ああ、そっか、そだな」 霊夢の含みに気が付いたように、魔理沙はうんうんと頷く。 咲夜は肩をすくめているが、レミリアは顔を背けながらも気になっている様子だ。 「○○もいたなー。何か楽しそうにしてたが」 「へえ、まあ、今日はいいものも貰ってたみたいだしね」 「いいもの? 何だそりゃ」 「それがね……」 「霊夢」 咎めるような響きを持ったレミリアの声が二人の会話を中断する。 「別にいいでしょ、レミリア」 「ん、何だ何だ、何やったんだ?」 楽しそうに魔理沙が混ぜっ返す。兎にも角にも、この吸血鬼主従は話題に事欠かないからだ。 巻き込まれて砂糖を吐く破目になることも多いが、彼女達はそれはそれで楽しんでいる。 「お弁当。ね、咲夜?」 「ええ、お弁当、ね」 「咲夜……」 じと目でレミリアは咲夜を見るが、彼女は優しく微笑んだままだ。 レミリアは照れたように再び顔を逸らす。咲夜は何も、自分の意に反することをしているわけではない。 直接何かを伝えているわけではないし、別にレミリアも止めてはいないから。 「んー、ああ、なるほどねー」 いろいろ察したらしい魔理沙が、にやにやとレミリアを見返す。 「そりゃあ、○○も張り切るってもんだな」 「煩い」 冷たく言葉を撥ね退ける様子も、照れたままではその効果はなく。 何処までも強情なその様子に、何となく微笑ましい気分で人間三人は笑みを交わしたのだった。 夕方近くになる頃、一つの人影が神社に降り立った。軽く障子を叩いて、返事を貰った後に入る。 「どうも、遅くなりまして」 「おー、遅いぞー」 「待ちくたびれてるわよ、ほら」 霊夢の言葉に、○○は彼女を示した方を見る。 「お嬢様、今日は随分早かったものだから」 「ええ、そうでしょうね」 咲夜の言葉に――眠ってしまっているレミリアを膝枕している咲夜の言葉に頷いて、○○はレミリアの傍らに座る。 「いや、意外と長引いてしまって」 「まあ、幻想郷の冬は厳しいからな」 「○○さんも覚悟しときなさいよ?」 「はい、覚悟しておきます。ところで」 鍋の材料など頂いてきたのですが、という一言に、霊夢と魔理沙が歓声を上げる。 「温かい物が丁度食べたいと思ってたんだ、グッとタイミングだな」 「手間も省けていいわね」 「作らせる気かよ」 掛け合いに笑って、彼は軽く頷いた。 「久々ですし、作りましょうか」 「……じゃあ、咲夜も手伝った方が良いわね」 ゆっくりと起き上がって、レミリアが目をこすりながら告げる。 「ああ、起こしてしまいました?」 「ん、いいわ。お疲れ様」 「はい」 嬉しそうに微笑った○○に頷いて、レミリアは咲夜を呼んだ。 「私もここで食べてくわ」 「はい、かしこまりました」 「まあ、今回は○○さんが持ってきたものだし仕方ないか」 「では、行ってきます」 霊夢の許可を得て、○○は材料を持って神社の台所に入っていった。 「ところで」 「はい? 何かしら?」 二人がかりでさくさく進む料理の途中、彼はふと咲夜に尋ねた。 「咲夜さんですか? 僕の好みを伝えたのは」 「ああ、ええ、幾らかはね。後はお嬢様の匙加減よ」 「ですか。いやはや、咲夜さんにも劣らずの腕前で」 本日全体的に上機嫌なのはそれが理由かと、咲夜は微笑む。 「お嬢様は器用でいらっしゃるしね。今回はお嬢様から言い出したことだし」 「そうなんですか。いや、嬉しいです」 「だから」 手際よく煮込みながら、咲夜は少し真剣に告げた。 「後できちんと、お嬢様に伝えておいてね?」 「はい、もちろんです」 「よろしい」 真摯な態度で返したその様子に、そう咲夜は頷いたのだった。 とりあえず、鶏鍋などに舌鼓を打ち、夜も更ける頃に紅魔館組は神社を後にした。 「じゃ、また本格的に雪が降る前に行くってパチュリーに伝えておいてくれ」 「あまり盗って行くと、パチェも本気で怒り出すわよ?」 軽口を叩き合って、彼女達は微笑う。魔理沙は泊まって行くつもりらしい。 「じゃ、お暇するわ」 「今度は賽銭持ってきなさいよねー」 「はいはい」 適当に挨拶をして、三人は紅魔館に向かって飛んでいった。 戻って湯浴みした後、レミリアは自室のベッドで、手持ち無沙汰にパチュリーから借りた本をめくっていた。 一人は退屈だが、仕方が無いのだ。○○は連日――ここ一週間程、里に出ている。 ということは生活が彼女とはほぼ反転してしまっていることであり。 結局、一人で居る時間が長くなってしまっていた。 「ふう……」 それでも、彼があちこちにふらふら出歩くのは、レミリアはそう嫌っているわけではない。 むしろ、前と同じ様子が見られて、少し安心する所もある。 だが、確かにそれはあれど、一人で居るのが退屈なことに変わりはなくて――結局、無為に時間を過ごしてしまう。 咲夜にお茶でも頼もうかしら、と思った瞬間、扉がノックされる音がして、レミリアは起き上がって適当に返事を返した。 「ああ、もうこちらにお戻りだったんですね」 「○○? どうして、明日も里じゃないの?」 驚いたレミリアに近付いてきて、彼は少しはにかむように微笑ってみせた。 「明日は休みを貰いました。そして、里の方に出るのも後一日という話も頂いてきましたし」 「本当!?」 声に嬉しさが混ざったことに気が付いて、レミリアは一つ咳払いした。 「いいの、それで?」 「もう大方は終わってますし。帰りに紅魔館用の荷物を買い出して終わりです」 レミリアの隣に腰を下ろしながら、にこにこと笑って彼はそう言った。 「そう、じゃあ、今日はここで休めるのね」 「はい、お邪魔でなければ」 「むしろ命じて上げる。ここに居なさいってね」 悪戯っぽく笑ったレミリアに笑い返して、そうだ、と彼は呟いた。 「改めて、ですが。お弁当、ありがとうございました。大変美味しかったですよ」 「な、あれは……」 「咲夜さんじゃなくて、レミリアさんでしょう? 嬉しかったです、とても」 率直な言葉に咄嗟に返せなくて、レミリアは紅くなった顔を誤魔化すように背けた。 「……咲夜の方が上手でしょう?」 「まあ、慣れの点から言えばそうかも知れません。でも僕にとっては」 レミリアの頬に手を当てて自分の方を向かせて、○○は告げる。 「貴女に作ってもらえた、ってことが何よりも嬉しかったです。美味しかったですしね。御馳走様でした」 「……本当に?」 「ええ、本当です」 「……うん」 嬉しそうに、まだ照れたように微笑んで、レミリアは○○を抱きしめた。 唐突なことに驚く彼に、そっと囁く。 「……最近、忙しいみたいだったもの」 「ああ……寂しかったですか?」 「そ、そんなことは……」 「僕は、結構寂しかったです」 だから、とレミリアの背に腕を回しながら、彼が応えてくる。 「今日のお弁当、とても嬉しかった」 「……うん」 レミリアは目を閉じて、その抱擁を受け入れた。 朝に、咲夜を捉まえて弁当の作り方を教えろ、と言ったとき。 咲夜は最初驚いた顔をして、でもすぐに頷いてくれた。 いろいろ教えてもらって初めて作った弁当は、少し不恰好か、と我ながら思ったけれども。 でも、彼がこんなに喜んでくれたなら、作った甲斐があると言うものだ。 無論、そんなことをしたなんて、滅多な者には知られたくないけれど。特に天狗とか天狗とか。 「少し安請け合いしすぎましたかね、今回のは」 「ハクタクに、長く借りてすまない、って言われたわ、今日」 「ん、ですね。まさか、こんなに続くとは」 「でも一週間よ?」 「でも、その間レミリアさんとあまり一緒に居られなかったから」 子供みたいな言葉にくすくす笑って、レミリアは○○の胸に頬をつけた。 「なら、これから埋め合わせて。明日一日は私のものだし」 「その次が終われば、当分は一緒に居られますしね」 「ええ、一緒に、居て」 見上げて、レミリアは彼の頬に手を当てて、そっと顔を近づける。 「ん……」 軽く口唇を重ねて、さらに擦り寄るように抱きついた。 「ね、○○」 「はい?」 「毎年、冬は退屈になりがちだけど……今年は幾分か、マシになる気がするわ」 「そうですね、僕はこちらが初めてですから、何事も珍しいですし」 微笑って、彼はレミリアに口付けを送ってくれた。優しい、温かいキス。 「これからもいろいろと、よろしくお願いします」 「ええ、こちらこそ」 抱きしめて笑い合って、ぽす、とレミリアは○○をベッドに倒した。 「ここしばらくの話を聞きたいわ。随分楽しそうだったものね」 「では、寝物語にでもしましょうか。どうぞ」 「うん」 少し休むのには早い時間だけれども、こうして話をしながら横になるのもいいかもしれない。 そんなことを思いながら、レミリアは○○の腕を枕にして横になる。 「話をする前に」 「ん?」 「いろいろと本当に、ありがとう。大好きですよ」 カッと顔を紅くして、レミリアは○○の胸に顔を伏せる。 「唐突なのよ、貴方は」 「すみません」 「……でも、私も。貴方のことは、大好きだから」 紅くなったまま彼を見上げれば、彼も照れたように顔を紅くしていて。 「改めて言うと照れますね、こういうのは」 「貴方から言い出したことじゃないの、全く。さあ、話を聞かせて頂戴」 身体を寄せて囁いた言葉に、では、と彼も話を始めた。 久し振りに二人で眠ったベッドの中は意外なほど暖かくて。 こうした日々の少しずつを大事にしていけたら良いと、どちらともなく思いながら、彼らは眠りについた。 新ろだ196 ───────────────────────────────────────────────────────────
https://w.atwiki.jp/398san/pages/60.html
《紅き月 レミリア・スカーレット》 効果モンスター[[【覚醒】]] 星8/炎属性/悪魔族/攻 2900/守 2400 このカードは墓地からの特殊召喚は出来ない。 このカード以外の、自分フィールド上のモンスター1体を生贄に捧げるごとに、 このカードの攻撃力はエンドフェイズまで800ポイントアップする。 この効果は相手ターンでも使用する事ができる。 このカードがモンスターと戦闘を行う時、ダメージステップの間のみ相手モンスターの守備力は半分となる。 このカードが守備表示モンスターを攻撃した時、 このカードの攻撃力がそのモンスターの守備力を越えていれば、その数値だけ相手に戦闘ダメージを与える。 攻撃力アップ効果と貫通効果を持つ炎属性・最上級モンスター。 貫通攻撃を行う際、相手モンスターの守備力を半分にするため《千年の盾》、《守護神エクゾード》等の高守備力を売りとするモンスターすら軽々戦闘破壊する。 攻撃力をアップさせる効果はトドメに使うもよし、《黄泉ガエル》を利用して継続的に使うもよし。貫通効果と合わせて相手に致命傷を与えてくれるだろう。エラッタによって相手ターン中の発動が可能になったため、いざという時の迎撃もできるようになった。このカードの隣に積極的にモンスターを並べておけばそれだけで相手にとってかなりのプレッシャーとなる。 というように強力な効果を持つが、このカードは上級モンスターの基本的運用法「墓地からの特殊召喚」が出来ないといデメリットも合わせ持つ。 ただし、除外ゾーンからの特殊召喚に制限はないので、《封印の黄金櫃》から《D・D・R》、《異次元からの帰還》につなげて奇襲させるとよいだろう。《マクロコスモス》等を利用しての専用デッキを組んでもいいかもしれない。その場合は、上記の《黄泉ガエル》を《異次元の偵察機》、《異次元の生還者》に変えればいい。 《紅き月の従者 十六夜咲夜》と共に運用することで、戦闘の対象にされず、対象を取る魔法・罠の効果を受けなくなる。この2枚は積極的にフィールドに並べていこう。《血の懐中時計》があれば即座に《紅き月の従者 十六夜咲夜》を呼び出せる。他方の相手モンスター一体を守備表示にする効果も、《紅き月 レミリア・スカーレット》は相手が守備表示であれば素の状態のあらゆるモンスターが射程に入る効果と攻撃力を誇る為に相性は抜群。流石は瀟洒な従者である。ただし《究極竜騎士》と並ぶ最高攻守の一角で《龍の鏡》等の存在から場に出る機会の多い《F・G・D》は戦闘破壊耐性があるので通常撃破は不可能となっている。惜しい。 ただし自分の使う魔法・罠も無効化されることに注意。強力な専用装備魔法である《吸血鬼幻想》を活用したい場合は《紅き月の従者 十六夜咲夜》と同時にフィールドに出してはいけない。それでも相手の伏せカードが気になる場合は《レッドマジック》を使おう。 また、《紅き月の従者 十六夜咲夜》では《聖なるバリア-ミラーフォース-》に代表される対象を取らない効果や、帝シリーズをはじめとするモンスター効果への耐性はないことも留意すべし。前者の対策には《レッドマジック》があるが、後者には《天罰》等で対策するほか無い。 《フォービドゥンフルーツ》によって上位種《悪魔の妹 フランドール・スカーレット》を特殊召喚することが出来る。戦闘破壊には対応していないが、元々の攻撃力が高いので効果により破壊されることの方が多いだろう。 原作において― 東方紅魔郷において紅魔館の主、ステージ6(ラストステージ)のボスキャラとして登場。何種類もの弾幕でプレイヤーを苦しめる。また、東方永夜抄では《紅き月の従者 十六夜咲夜》とコンビを組んで自機に昇格。 「スカーレットデビル」の異名を持つが、その由来は小食で上手く血が吸えないため服に赤い血をこぼしてしまうことから、というオチ付き。 原作初登場時にはラスボスにふさわしい威厳を兼ね備えての登場だったが、ネーミングセンスがアレだったり、妹にすらナメられたり、果ては公式でまでカリスマブレイクしたりとカリスマの危機に瀕している。 攻撃名は「紅魔「スカーレットデビル」!」 守備力半減効果は「レミリアが攻撃する時相手モンスターの守備力は半分となる!」 貫通効果は「神槍「スピア・ザ・グングニル」!レミリアの攻撃がガードを貫通してダメージを与える!!」 攻撃力上昇効果は「レミリアはモンスターの血を吸って攻撃力が800ポイントアップ!」 とメッセージが出る。 関連カード 《紅き月の従者 十六夜咲夜》 《紅魔館門番 紅美鈴》 《悪魔の妹 フランドール・スカーレット》 《吸血鬼幻想》 《レッドマジック》 《血の懐中時計》 《フォービドゥンフルーツ》 《バンパイアキス》
https://w.atwiki.jp/touhou_ronpa/pages/41.html
レミリア・スカーレット 超高校級の吸血鬼 紅魔館の主の吸血鬼で、十六夜咲夜は彼女に仕えている。 わがままで幼い性格の持ち主だが、 運命を操る という超人的な能力を持っている。 また、自分をカリスマと豪語している。 才能は、超高校級の吸血鬼であり、 1日1回、コウモリに変身できる。 これを、やっかいと捉えるか、それだけと思うかは、あなた次第だ。
https://w.atwiki.jp/orz1414/pages/396.html
外界篇 「○○ー、次はこっちー」 「はいはい、慌てないでくださいね、人が多いんですから」 ○○の腕を引くレミリアを、彼は優しくなだめた。 「あら、大丈夫よ、貴方が手を引いていてくれるんでしょ?」 「まあそうですけれど、それでも気をつけてくださいね」 そう微笑んで、彼は楽しそうな彼女に日傘を差し掛けた。 どちらかというと、腕を引かれているのは彼の方なのだけど。 八雲紫主催の神無月外界旅行。 暇を持て余していた紅魔館の主が食いつかないはずも無く。 一も二も無く、彼自身が直接八雲藍に申請書を手渡しに行くことになっていた。 『お前も大変だな』 『いえいえ、好きでやってますので』 という会話を交わしたことは内緒である。 「○○、あれは何?」 「ああ、冷やした鉄板の上でアイスを作ってるんですよ」 「……?」 「食べてみます?」 「ええ」 繁華街の中。騒がしい場所だが、遊ぶには事欠かない。 本来はもう少し静かな場所もあるのだけれど、それは夜に回すとしよう。 それに雨になれば動けなくなるのだから、天気の良い日には出来るだけ出歩くに限る。 いや、晴天も、決してレミリアと○○にとって『良い天気』とは言えないのだが。 「はい、どうぞ」 「ありがと、○○」 嬉しそうに受け取って、レミリアはアイスに口をつける。 外界に出るに当たり、彼が一番心配していたのは彼女の羽のことだったのだが。 『これが問題なら、霧化させておけば良いでしょう?』 そうこともなげに言い放ったので、彼の心配は杞憂に終わった。 少し不自然に二人の周囲が紅いのはどうしようもないけれど、人が気に止めるほどではないのは幸いであった。 その代わり。 「あら、どうしたの、さっきから周りばかり気にして」 「いえ、何も」 「変なの。一口食べる?」 「……ええ、いただきます」 レミリアが差し出すアイスに口をつけながら、彼は周囲の視線が痛いほどこちらに集中するのを感じていた。 常人離れした美少女とどこか冴えない青年の二人組の旅行者は、とにかく目立つのであった。 「帰ったらパチェに頼んで作ってもらおうかしら……」 「それもいいかもしれませんね」 言いつつも、○○は周囲が気になって仕方が無い。 「○○、どうかしたの?」 「いいえ、久しぶりだなあと思いまして」 そう応えつつ周りを見る。久しぶりなのは正しいが、本心はそうではない。 レミリアに好奇の視線を送る者達が気に入らないのだ。自身に対する妬みの視線は気にならないが。 いつもの服装ではなく、外に出る様に誂えた、淡い紅のワンピースにカーディガンを羽織った服装。 ごく普通の服装のはずなのだが、それでも彼女が着るとそれだけで映える。 初見のとき、思わず抱きしめそうになったことが記憶に新しい。気の利かない言葉で褒めることしか出来なかったが。 「そうね、懐かしい?」 「まあ、確かに懐かしくもありますが……」 こんなに街は騒がしかっただろうか。まだ離れてそう経ってないはずなのにそんなことも思ってしまう。 「じゃあ、いろいろ回りましょう?」 「え?」 「貴方が外でどういうものを見てきたのか知りたいわ。案内して頂戴」 「はい、喜んで」 指を絡めるように手を繋いできたレミリアに、少し照れながらも彼は頷いた。 外に出るのに許された期間はそう長くなく、また二人は天候にも左右される。 だからこそ、昼夜問わず様々な場所を巡った。 「○○、これはどうー?」 「いいんじゃないでしょうか?」 「もう、そればっかり……あ、こっちは?」 「ちょ、そっち下着ですから! 僕入れないですから!」 服を見に行ったり。 「ん、このケーキ美味しい……作り方わかる?」 「これですか? まあ、たぶん。そういう本も買って行って、咲夜さんに作ってもらいますか?」 「ええ、そうするわ」 喫茶店でお茶をしたり。 「意外と、静かね」 「ええ、まあ、人も若干いますが……この河原は、結構穴場なんですよ」 「渡れないけどね」 「まあそうですけど、でも、こうして静かに虫の声を聞くと言うのも、風流でしょう?」 「そうね……悪くは無いわ」 そう、二人で他愛も無い話をしたり―― 限られた時間のデートを、目一杯楽しんでいた。 だが、それでもたまには天候に祟られるわけで。 「雨ね……」 「ええ、今日は大人しくするしかないですね」 残念そうに外を見るレミリアの隣で、○○がポットを手にしていた。 宿泊先など諸々のことも紫の手配なので問題はほぼ無いが、天候だけはどうにもならない。 「ま、こちらに来てから動きっぱなしだし、たまにはいいかしら」 そう、いつものように羽を現して、レミリアが椅子に座った。彼はその前に紅茶のカップを置く。 「咲夜さんのようにうまくないですけれどね」 「精進なさい。貴方の味も嫌いじゃないけれどね」 雨音を聞きながら、静かにお茶の時間が過ぎて行く。 しばらくして、レミリアがふと口を開いた。 「ねえ、○○。貴方は後悔していない?」 「? 何をでしょうか?」 「何度目の問いになるか、もうわからないけれどね。吸血鬼になったことよ」 そう、カップを指先で弾く。安物だからか、あまり良い音は鳴らなかった。 「こちらに来て、貴方が喪ったものを見たわ。もう貴方はこちらには戻れないけど、でもだからこそ」 目を細めて、彼女はそっと告げる。 「心配になったのよ。貴方が全てを憂えないか。自分の運命を厭わないか。私に――」 そこまで言ったレミリアは、不意に正面から自分を包んできた腕を感じて、目を瞬かせた。 「○○?」 「僕は」 はっきりとした声で、彼は言葉を紡ぐ。 「貴女に逢えて、貴女の側に居られて、居続けさせてもらえて、とても幸せなんですよ」 顔を覗き込むように、優しい声色で。 「何度でもお答えします。僕は微塵も後悔していない。後悔しない。 人間を捨てたこと、貴女の側に在り続けること――これがもし、運命だというなら」 彼女にとって極上の微笑で、彼は告げた。 「僕もまたそれを望む。貴女と一緒に居られるなら、僕は何だって望む。嘘偽りなんてない、本当の気持ちです」 「○○……」 レミリアは○○の背中に手を回すと、強く抱きついた。 「ありがとう、○○。少し心配になったの。街を眺め続ける貴方を見て。懐かしいという言葉を聴いて」 生を無為に思ってしまうことほど、永遠を生きるものにとって恐ろしいものは無い。 自分自身にさえ意味を見出せなくなる――彼がそうなってしまうことが、レミリアには怖かった。 「お礼を言うのは、僕の方ですよ。そしてすみません。ご心配をおかけして」 言葉の後半が微妙に申し訳なさそうな響きを持つことに気が付いて顔を上げると、彼は何ともいえない表情をしていた。 問いただすレミリアに、彼はここ数日の、周囲からの好奇について白状した。 「気が付かなかったわ。でも、悪い気分じゃないわね」 「僕には不本意ですよ」 「ああ、そういうことじゃなくて。貴方がそういう思いを抱いてくれてた、ということが、よ」 その言葉に少し顔を紅くして、当然でしょう、という彼に、レミリアは満足気な想いを持つことが出来たのだった。 「何だか、眠くなってきたわ」 ほっとしたからだろうか、ここのところあまり寝ていないからか、軽く目をこすってレミリアは呟く。 「今日はすることももうないし、休むわね」 「ええ、では僕は――」 どうしていましょうか、という言葉は、不意に再び抱きついてきたレミリアの唇に塞がれた。 「貴方も一緒に寝るの」 「え……ええ?」 「貴方は私のものなんだもの。だから」 甘えるように彼の胸に擦り寄る。少し戸惑っていたらしい彼も、やがてそっと優しく抱き返してくれた。 この愛おしさが、何よりも一番大事なもので――この旅の一番の想い出となることを、二人は確信していた。 「咲夜にはこれ、パチェにはこれで、美鈴はこれ……ああ、フランには何にしようかしら、どれが気に入ってくれるかしら……」 「レミリアさん、決まりました?」 「もう少し待って。○○は?」 「大体は。霜月初めの宴会用のも買っておきましたよ」 「ん、ありがと」 応えながら、レミリアはまた土産物の物色にかかった。 旅行の最終日。もうすぐ紫が迎えに来る手筈になっている。 「んー……これがいいかしら」 ようやく決めてきたレミリアに微笑んで、彼は恭しく手を取った。 「それでは、これは僕から」 「え?」 可愛らしい紅色の縮緬作りの巾着を、そっと手に提げさせる。 「折角の旅行ですから、何か思い出の品などあった方が良いと思いまして」 「あ、えっと、うん、ありがと、○○。嬉しいわ」 照れたように微笑むレミリアに満足そうに頷いていると、後ろから声がかかった。 「あらあら、相変わらず熱いわね」 「紫さん」 「もう、少しは空気読んだらどうなの? あの龍宮の使いみたいに」 「それは失礼。でもそろそろ帰る時間よ」 紫は悪びれずにくすくすと笑うと、スキマを開いて二人に道を示した。 「ま、楽しかったわ。そろそろ館も放っておけないしね」 「ありがとうございました」 「いえいえ、来月初めの宴会、楽しみにしていてね」 言葉に少しの違和感を感じたが、それが何かわからないうちに、彼は再び尋ねられた。 「どうだった? 外界への里帰りは」 「そうですね、敢えて言うなら『故郷は遠くに在りて思うもの』でしょうか」 それに、と○○はレミリアに視線を向けて軽く笑む。 「僕の帰る故郷はもう幻想郷ですから」 「ふふ、まあいいわ、そういうことにしてあげる。幻想郷、の部分に別の地名が入りそうだけどね」 紫は再び笑って、さあ、と彼らを促した。 「ねえ、○○」 「はい」 前を行くレミリアが、不意に話しかけた。 「貴方の帰る場所は、私よ」 くるりと振り向いて、少し不満そうにしながらも、傲然と言い放つ。 「貴方の居る場所は私の傍。ずっと、ずっとよ。いいわね」 ああ、と彼は思う。なるほど、先ほどの会話の、帰るのが幻想郷というのが気に入らなかったのか、と。 そんな小さな我儘と嫉妬が嬉しくて、彼はレミリアの頬に手を伸ばした。 「はい、かしこまりました。僕はずっと、永遠に、貴女の傍に」 「よろしい」 微笑んだレミリアに、彼はそっと口唇を重ねた。 後日宴会の席で面々の旅行中のことが暴露され、照れと怒りでレミリアがまた暴れ、それを何とか彼が宥めるのだが―― それは別の、ちょっとした余談である。 新ろだ53 ─────────────────────────────────────────────────────────── 在るがままで居てくれればいい、とは思う。 そのまま、のんびりとしたままで居て欲しい、とは思う。 それは紛れもない本心。 それでも、種族的なもの等のしがらみがないわけではなく。 少しくらいは、と望むのは、贅沢ではないと、思いたい。 紅魔館のティールーム。何となく集まって何となく談笑する、いつもの光景。 「外の世界の本はどうなのかしら。最近紙が少なくなってきたって言うけど」 「紙の本もきちんとありますよ。ただ、そうですね、電子媒体も増えましたからねえ……」 とりとめない話をする中、唐突に扉が大きな音を立てて開いた。 「あら、フラン。いつも言ってるでしょう、ノックを――」 レミリアが言い終わる前に、入ってきた存在、フランドールは満面の笑みを浮かべて―― 「おにーさまーっ!」 「グッ……!?」 心底楽しそうな呼びかけと共に、○○の背中に突撃を敢行。 盛大な紅茶の霧が辺りに舞って、綺麗な虹を映し出した。 「ごほ、けほ、こほ……」 盛大に紅茶を噴き出した○○は、テーブルに伏せて背中を押さえている。 別に、驚いたわけではない。いやまあ、驚きも十分以上にあるのだが。 「……大丈夫?」 「せ、背骨がずれました……」 なってて良かった吸血鬼。いや本当に。 吸血鬼じゃなかったら、大怪我では済んでいないだろう。 「まあ、夜だしすぐに治るでしょう。ところで、今のは何? フラン」 「え? だって魔理沙が」 動揺しているのか、○○を放って尋ねたレミリアに、フランドールは大したことでもないように答える。 「『○○はレミリアの旦那なんだからお前のお義兄様だろ?』って」 「あの黒白ネズミ……」 「呼んだか?」 「居るのか!」 よっ、とばかりに現れた魔理沙に、反射的に突っ込む。 「あんたはフランに一体何を吹き込んでる……」 「あー? 私は別に嘘を教えたつもりはないぜ」 にやにやと笑いながら魔理沙は応じた。 「だってそうだろ? 何よりも大事にしてる奴なんだから」 「ちょっと待ちなさい、どうしてそういうことになってるのよ」 「みんな言ってるぜ?」 「勝手に決めるな」 言いつつ、レミリアはふいと顔を逸らす。照れ隠しであることを知ってる面々は敢えて何も言わない。 「お姉様、違うの?」 「違うわよ、まだ」 「まだ?」 にやにやしながら言葉の端をあげつらっていく魔理沙をきっと睨んで、レミリアは声を上げた。 「だ、第一、○○は全然力量が足りてないもの」 何か鉾先が向いたことを感じて、○○は顔を上げる。 「魔力も弱いし弾幕も撃てないし、半人前もいいとこよ」 「まあ、確かにそうですが……」 そこまできっぱり言われるとさすがにへこむものを感じるのか、彼は少し微苦笑する。 「なら、鍛えてあげればいいということになるわね、レミィ?」 それまで本に目を落としていたパチュリーが不意に声をかけた。 「ん……まあ、そう……なるかしら」 少し歯切れの悪い言葉に、魔理沙とフランドールが顔を見合わせる。 「それじゃあ、私達で鍛えてやればいいんだな」 「そーだねー。弾幕ごっこだね、○○!」 「え、あれ? 何でそういうことに?」 何だか話が妙な方向を向いたことを感じた○○は、驚いた声で二人を見る。 「だってそういうことだろ? 今の話」 「それに、○○も今は吸血鬼だもんね。弾幕勝負できるでしょ?」 「いや僕は……」 弾幕なんて撃てないのですが、と言う前に、ふむ、とレミリアの声がした。 「ま、鍛えるのには丁度良いかもしれないわね。咲夜、貴女も手伝いなさい」 「かしこまりました、お嬢様」 「魔力の素地も才能もないけれど、まあ努力の価値はあるかもしれないしね」 パチュリーが何気に酷いことを言った。あの、とおずおずと彼は手を上げる。 「……僕、弾幕撃てないのですが? というかそもそも飛ぶのも……」 その言葉に、吸血鬼と魔女の親友コンビは顔を見合わせて頷き、素敵な笑顔を向け――。 「ねえ、○○」 「気合避け、って素敵な言葉よね」 ――大変御無体な言葉を彼に放った。 「…………それは」 「さ、○○、始めようか」 楽しそうな声で、魔理沙が○○の肩に手を置く。 「……御手柔らかに、願います」 「安心しろ、最初から全力だ」 「あー! 魔理沙、私からだよー!」 既に部屋の外――ホールの方に向かっていたフランドールの、嬉々とした声が聞こえてくる。 紅魔狂の始まりを確信して、○○は大きく息をついた。今日一日、自分は無事に過ごせるだろうか。 明け方、ベッドの上で、仰向けになって青年が呻いている。 「……トラウマになりそうだ……」 「大丈夫?」 少し心配気に覗きこむレミリアに、彼は僅かに苦笑して頷いた。 「遠くで見ている分は綺麗なんですけど」 「あら、弾幕る方も楽しいわよ?」 ぱたぱたと羽をはためかせ、レミリアは○○の胸の上に顎を乗せて楽しそうに微笑む。 「まあ、すぐに無理は言わないわ」 「そうしていただけるとありがたいです。何せまだ」 「ええ、わかってるわ」 レミリアは体勢を変えると、○○の枕元まで来て彼の頭を膝の上に乗せた。 「……これは、何かのご褒美ですか?」 「そうね、初日にしては頑張ったし」 ○○の頬に手を当てながら、レミリアは、でも、と言葉を繋ぐ。 「少しは頑張って欲しいというのも本当よ。この私の血を受けた眷属だと言うのに、ここまで力量がないと威厳に関わる」 「承知しているつもりです」 「一朝一夕に、なんて無茶は言わないわ。貴方はまだ人間に近しいし。でも、いつか」 そう、いつか。たとえ十年掛かろうが百年掛かろうが。 「いつかは、私の隣に堂々と並べるくらいになってくれるわよね?」 「努力します。僕も、そうなりたいですし」 「待ってるわ。気長にね」 それはきっと、退屈しのぎにもなるだろう。この永き生の、ちょっとした慰みにくらいには。 日付が少し経過して、黒白の魔法使いが再び紅魔館を訪れていた。 「よ、メイド長」 「魔理沙また来たの……って、珍しい、今日は正面からなのね」 「ああ、今日は正式な客だぜ? パチュリーの」 「まあそれなら。でも今ホールは危険よ?」 咲夜の言葉に、魔理沙が首を傾げる。 「どうしたんだ? 妹君がご機嫌斜めか? それともパチュリーの実験か?」 「それだったらまだマシな方ですわ」 瀟洒な従者は苦笑を微笑みに隠して、魔理沙を案内する。 「おお、何か凄い音してるな」 「よりにもよってこんなときに真正面からなんて、貴女もタイミングが悪いと言うか何と言うか」 ホールの方向から派手な音が響いていた。時折声も聞こえるが、何を言っているのかはわからない。 「わざわざ他のメイド達が入れないように空間も遮断してたって言うのに」 「あ、だから今も広さが違うのか。というか何があったんだ?」 魔理沙の問いには直接答えず、咲夜はホールを示した。そこでは―― 「こら、○○! これくらい避けれるでしょう!?」 「無理! 無理ですって!」 ――Lunatic並みの弾幕が飛び交っていた。 ただでさえ紅いホールが、レミリアの弾幕でさらに紅く染まっている。 「おー、派手にやってるじゃないか」 「もうこの四半刻ほどずっとこうなのよ」 「頑張るなー」 魔理沙もたまに○○の弾幕訓練(決して勝負ではない)に付き合っていたので、現状は飲み込めたようだった。 「でも何でまたお嬢様はご機嫌斜めなんだ?」 レミリアの機嫌が悪くて、それに○○がつき合わされているのも理解できる。できるのだが。 「まあ、元々の原因は○○さんよ。現在の発端は私だけど」 「何したメイド長」 「少し唆しただけよ」 何事もないかのように言いきって、咲夜は微笑して呆れた様なため息を漏らした。 その間も、激しい弾幕は続いている。 「獄符「千本の針の山」!」 「それ死んじゃいますから!」 「吸血鬼でしょ! 大丈夫よ!」 ○○に欠片も余裕が無いのが見て取れる。そもそも飛ぶのすら上手く出来ない青年だ。 「あ、被弾ー」 「何度目かしら」 「前も思ったがタフだなー」 それをのんびりと眺めやる少女二人。 「でも正直よくかわしてるわ」 「そうだな、最初とはえらい違い……というか、原因は何なんだ? あの痴話喧嘩の」 「実は全部つながるんだけどね」 咲夜が再び微苦笑した時、弾幕勝負に変化が生じた。 「…………」 「どうしたの○○! 行くわよ!」 紅蝙蝠「ヴァンピリッシュナイト」。蝙蝠が音を立てて飛び回り、ナイフ弾を形成して行く。 「……もしか、して」 ナイフが額を掠めたことにも構わず、○○はレミリアに向かって突っ込んでいった。 「え、ちょっと!?」 蝙蝠とナイフ弾をグレイズしながら一目散に近付いて、彼は囁くような声で言う。 「怒っておられますか」 「……今更、気が付いたの?」 「ええ、今更です、でも」 口ごもって、それでも彼はレミリアを真っ直ぐに見て、その腕を掴む。 「……接触は被弾扱いのはずだけど」 「それでも構いません」 そして、少しだけ唸ると、大きく息をついてすまなそうに言った。 「ごめんなさい。何が悪かったのか、今でもわからない」 「そこまでは気がつかなかったのね」 「すみません」 「…………最近」 弾幕を止め、蝙蝠を身に返しながら、レミリアが呟いた。 「最近、フランやパチェと弾幕勝負してばかりじゃない」 「ああ、ええ、訓練にと」 「だから! ……あまり、構ってもらえてない、私は」 拗ねたような口調で、レミリアは○○から顔を逸らす。 がつんと殴られたような表情になった後、彼はレミリアを引き寄せた。レミリアも抵抗せず、腕の中に収まる。 「すみません、本当に」 「全くね。主を放っておくなんて」 拗ねたような言葉には、それでも不安が滲み出ていて。 「……寂しかったですか」 「…………」 沈黙は雄弁だった。擦り寄るように頬を彼の胸に当ててくる。それだけで十分すぎた。 「すみません」 「謝れば、いいってものじゃないわ……」 「それでも、です。ごめんなさい、やはり僕は、焦っていたのかも」 ○○はゆっくりと言って、レミリアの顔を覗きこんだ。 「早く貴女に認められたくて、それで」 「……それで私を蔑ろにしてちゃ駄目じゃない……」 「ええ、そうなのですけれど、でも」 それでも。その言葉の先をわかったかのように、レミリアは切なげに彼を見つめた。 力のない、人間とあまり変わらない吸血鬼。愛しい者の傍にいるためだけの。 だからこそ、せめて隣に並び立てないまでも、認められるくらいに。 「……馬鹿ね、言ったでしょう? 慌てなくて良いと。何十年をかけても良いと」 「……はい」 「大丈夫、私は愛想を尽かしたりなんかしないから」 逆に抱きしめられて、○○は低く何事か唸って頷いた。 「ゆっくりでいいの。貴方が吸血鬼らしくなるのにも」 「はい……ありがとう、ございます」 「でも」 身体を離して顔を見上げて、レミリアは軽く微笑して言い放った。 「それとこれとは別の話。私を蔑ろにしてた分は、どう補ってくれるのかしら?」 「あー、えーと」 ○○は一瞬迷って、レミリアの頬に手を添えた。 「これで、如何でしょう?」 「ん、まずは及第、ね」 優しい口付けを受け入れるようにしながら、レミリアは満足気に微笑んだ。 「……御馳走様」 「あら、もういいの?」 目の前でキスシーンを見せ付けられて、魔理沙がなんとも言えない表情で呟く。 「よくお前らあれに耐えられるな……」 「あら、まだマシな方よ?」 「普段がどうなのか、考えないようにしておくぜ。で、発端は?」 「今語ってた通りよ」 「それはわかったんだが、咲夜がけしかけたとかいう」 「ああ、お嬢様が最近寂しそうだったから、それとなく○○さんに伝えたんだけど」 そこまで言われて、魔理沙は一つ息をついた。 「わかった。あいつ、何か惚けたこと訊いたんだな。変に鈍いから」 「ご名答」 「よくお前が怒らなかったなあ」 「まあ、じゃれあいみたいなものだからね」 そんなもんか、と頷いてホールを見上げて、まだいちゃついている二人に魔理沙は軽く呆れた。 「というか、私達が居ること気が付いてないだろあれ」 「居ても気にしていない、の方が正しいと思うわ」 慣れきった様子の咲夜に首を振り、魔理沙は軽く呻いて図書館に足を向けた。 「あー、甘い甘い。メイド長、私の分の紅茶には砂糖はいいや。先に行ってるー」 「はいはい」 図々しい注文に苦笑して、咲夜もその場から消えた。 「ん……先に行ったみたいね」 「え、ああ、魔理沙さんと咲夜さんですか?」 「パチェが呼んだって言ってたから。何かあったのかな」 彼の腕の中で小首を傾げ、そして柔らかに微笑む。 「さ、私達も行きましょう。咲夜の紅茶で一休みとしましょ」 「ええ」 するりと抜け出して、彼の腕を引く。機嫌はもうすっかり直っていた。 「今日の紅茶は何でしょうかね」 「さあ、苦くないと良いのだけど……まあ、でも」 いきなり彼を引き寄せて、レミリアはその口唇を塞ぐ。 「こちらの方が甘いから、多少苦くてもいいけどね」 「……はい」 不意打ちに照れる彼を満足気に見て、微かに自分の顔も紅くなっているのを誤魔化すように、行くわよ、とレミリアは促した。 この後の図書館で、彼の膝の上に座って上機嫌のレミリアに、魔理沙は何とも形容し難い表情を向けることとなるのだが―― どうしたの、とあっさりレミリアに涼しい顔で受け流され、濃い目の紅茶をお代わりする破目になったのだった。 後に曰く、『紅魔館の菓子が糖分控えめになった理由がわかった』ということだが、これはまあ、ちょっとした余談である。 新ろだ99 ─────────────────────────────────────────────────────────── 「Trick or Treat!」 楽しげな声が、調理場に飛び込んできた。 「妹様、お菓子はまだですよ」 「あら、咲夜はTrickの方が良いの?」 ふふ、と無邪気に笑いながら、咲夜の周囲をフランドールがくるくると回る。 「こらフラン、あんまり咲夜を困らせないの」 後ろから入ってきたのは、館の主、レミリア・スカーレット。 「お嬢様。お菓子はもう少しですわ。パーティには十分間に合いますので」 「ええ、大丈夫。つまみ食いなんてしないから」 そう言いつつ、レミリアは楽しそうに調理場の中に視線を巡らせた。 目当ての存在を見つけたのか、その紅い瞳が輝く。だが、すぐにそちらには向かわず、咲夜に声をかける。 「量は十分?」 「はい。妖精メイドも導入しましたし、今年は何より」 咲夜はその意を汲んだのか、奥のほうで作業していた青年の方に注意を向ける。 「お菓子作りが趣味って言ってたものね」 レミリアも満足そうな、だがどこか甘みを含んだ声で頷いた。 その言葉が交わされた辺りで、ボールの中のクリームを確かめていた彼が近付いてきた。 「んー、こんなもんかなあ……ああ、レミリアさん、フランさん、どうも」 「○○、○○、まだ出来ないの?」 フランドールの言葉に微笑んで、○○は頷く。 「もう少しですから、待っててくださいね」 「もう、咲夜も○○もそればっかり……」 拗ねるフランドールの格好と、隣で笑っているレミリアの格好を改めて見て、彼は少し言葉を失った。 ――――どうして猫耳と尻尾が付いているのでしょうか。 心の中だけの疑問は、あっさり解消された。 「ああ、この耳? いつもと趣向を変えてみてね、ワータイガーなのよ」 「……ワータイガー?」 「人虎だよ、○○知らないの?」 「いやまあ、言われたらわかりますが」 二人がつけていると、トラ猫の耳をつけているように見えるのだけれども。 言葉にはせず、○○は咲夜に視線を送った。 「いいですかね、一枚くらいなら」 「その辺りは全部○○さん任せだから、足りるなら良いわよ」 「では」 ○○は調理台の上からクッキーを二枚つまむと、二人の前に立った。 「それでは、悪戯されないうちにお二人に先に一枚ずつ」 「いいの!?」 頷かれて、フランドールは嬉しそうにクッキーに口を付けた。 「いいのかしら?」 「量は大丈夫ですから。折角来ていただいたのに、手ぶらでは申し訳ないですし……今日はハロウィンですから」 微笑みが心持ち柔らかくなって、レミリアは少し満足したような声を上げる。 「では、いただくわ」 サク、と小気味よい音を立てて、レミリアもクッキーを口にする。 柔らかな甘味が口の中に広がって、彼女は感嘆の息をついた。 「美味しいわ、○○」 「ありかとうございます」 レミリアに恭しく礼をしたところで、フランドールが話しかけてくる。 「○○、もっと頂戴?」 「今は我慢です。後でたくさん持って行きますからね」 「はーい」 声は渋々だが、表情は明るい。余程気に入ったらしいことが周囲にもわかって誰知らずほっとする。 「そうだ、準備を急ぎなさい」 「ですが、まだお時間はあるはずですけれども」 咲夜が首を傾げると、レミリアは楽しそうに笑みを浮かべた。 「貴女達も仮装するの。そこの妖精メイド達もね。さっさと終わらせてしまいなさい」 急に声をかけられて、妖精メイド達があわあわしはじめる。直に声をかけられるのはやはり怖いらしい。 「では、一度この場は僕が持ちましょう。出来た分を運ぶ等は咲夜さんに監督してもらって。よろしいですか?」 「ん、そうね……それがいいかもね」 咲夜は何気なく視線を巡らせて一つ頷く。 「それでは、お嬢様、失礼致します」 「ええ、よろしくね、咲夜」 「私もついてくー」 フランドールが咲夜に着いていき、びくびくしながらも妖精メイド達も台車を運んでいく。 それを見送りながら、二人きりになった調理場で○○は仕上げに掛かった。それを、興味深そうにレミリアが覗きこむ。 「難しそうね」 「意外と、覚えてしまうと簡単ですよ。楽しいですし」 てきぱきと出来上がった菓子を並べ、○○は、そうだ、と頷く。 「もう一つ、味見をお願いして良いですか? さっき作ってたクリームなんですけれど」 「ええ」 嬉しそうに頷いたレミリアは、○○が自分でも味見をしようと指先に取っていたクリームを、指ごと口に含んだ。 「んー……ちょっと甘めね」 「………………まあ、スポンジがそう甘くないので、その釣り合いを取るために、ですね」 彼が微妙に照れたような表情をしたのを楽しげに見て取り、レミリアは言葉を続けた。 「でも、それ以上に美味しいわ。パーティが楽しみね」 「ええ……ところで」 「ん?」 「僕も、何かするんでしょうか」 「当たり前でしょう? 今日はハロウィンだもの」 楽しそうに言った主に、彼は心の中だけで両手を挙げた。 方々から人を呼び寄せたハロウィンパーティは、つつがなく始まった。 仮装している者も多く、見ているだけでも十二分に楽しめる。 「よ、○○。何だ、お前も仮装か?」 「向こうで犬になってる咲夜と猫になってるパチュリーがいたけれど、今年の紅魔館はそういう趣向なの?」 「魔理沙さん、霊夢さん、いらっしゃいませ。そういうわけじゃなかったはずなんですが……」 そういう彼の頭にも、犬科の耳が生えている。どちらかというと、狼のそれに近く見える。 「尻尾まで生えてるのか。狼男か?」 「らしい、です。気が付いたらパチュリーさんに魔法かけられてました」 困ったように微笑んで、彼は、どうぞ、と二人の客をテーブルに案内する。 「あら、いらっしゃい、霊夢、魔理沙」 「いらっしゃーい」 吸血鬼姉妹が巫女と魔法使いの姿を認め、各々の方法で近付いてくる。 つまり、レミリアは悠然と、フランドールは魔理沙に飛びつくように。 「邪魔してるぜ。あー……お前らもか」 「それ何? トラ猫?」 「人虎よ」 不満そうにレミリアが答えるが、猫に見えるのも仕方がない気はする。 「何でまた。吸血鬼といえば人狼だろうに」 「普通すぎるじゃない」 「ならどうして僕は狼に」 「貴方は初めてでしょう? 基本も大事よ」 楽しそうに言うレミリアの背後で、虎模様の尻尾が動いている。 全部パチュリー手製の魔法だと言うから驚きと言うか何と言うか。彼女もこのパーティを楽しみにしたのは間違いないようだ。 「ああ、わかった。レミリアの我儘に結局振り回されたってことね」 「霊夢、その言い方はあんまりじゃない?」 抗議するレミリアと涼しげな表情の霊夢のじゃれ合うような会話に少し微笑んで、彼は何ともなしに答える。 「僕も楽しんでますからね」 「言うようになったわね、本当に」 やれやれ、と苦笑して、霊夢は近くのテーブルの皿に手を伸ばした。綺麗に切り分けられたケーキが乗っていた。 パーティも盛り上がってきた頃、ふと気配を感じて、料理を運んでいた彼は顔を上げた。 「ああ、どうも、紫さん」 「ええ、お邪魔してるわ」 隙間から出てきてそれに腰掛ける。○○は料理を手近のテーブルに置いて切り分け、紫に渡した。 「あら、ありがと」 「いえいえ」 「それにしても、紅魔館は楽しそうねえ、今回のハロウィン」 「みんな態と揃えたのかも知れないですが、確かに」 「貴方も楽しそうね」 「ええ」 笑顔で答えた彼に、紫もまた楽しげに頷く。真意は読み取れないが、楽しんでくれていれば良い、と彼は胸中で頷いた。 「○○、こんなところにいたの」 「レミリアさん」 「お邪魔してるわ、お招きありがとう」 「ええ、楽しんでくれていれば重畳よ」 軽く応じるレミリアに、紫がくすくすと微笑いながら尋ねる。 「みんなで揃えたの、それは?」 「そういうわけじゃないけど、いつの間にかね。何なら、貴女もする?」 「いいわ、うちはもう二匹も居て間に合ってるから」 微笑みながら言って、紫は○○に目を向けた。 「ああ、いいわよ、私の相手してなくても。貴方の愛しい主のところに居てあげなさいな」 「え、と、はい」 「……何故みんな勝手なことばかり言うんだ」 同時に真っ赤になる程照れたレミリアと○○を見て満足したように紫は笑った。 おそらく二人は気が付いていないに違いない。それぞれの感情が、その魔法でつけている耳と尻尾に如実に表れていることなど。 「私はもう行く。○○、来なさい」 「はい。では、失礼します」 「ええ、また」 ひらひらと手を振る紫を後に残して、○○はレミリアの隣に並ぶ。 その彼を見上げるようにして、彼女が尋ねた。 「○○、この後に用は?」 「いえ、特には」 「では、私に付き合いなさい。主人を一人にするものではないわ」 「はい。気が利かずすみません」 「わかればいいのよ」 虎模様の尻尾が機嫌よさそうに軽く揺れて、レミリアは○○の腕を取った。 さっと顔を紅くした○○を見てまた微笑うと、さあ、行きましょう、と彼女は告げた。 パーティは盛況の内に幕を閉じた。 終わっても、すぐに帰っていく者、しばらく談笑する者、酔い潰れて館で介抱される者など行動は様々だ。 紅魔館側も、帰る者にはお土産としてケーキを切り分けてラッピングしたものを渡したりと、いつものパーティとは少し違う様相を見せた。 そして今ホールには、語り合う者と片付ける者だけが残っていた。 館の主とその妹は終わって早々に部屋に戻っている。特にフランドールは楽しかったのか、終わる頃には既に眠そうにしていた。 そして、○○もまた、片付けの一員として働いている。 そのパーティの片付けも終わる頃、何となしに○○は気が付いた。 「……あれ、みなさん魔法解いてます?」 「ええ、片付けには邪魔になるもの」 「割合簡単に解けるわよ。そんなに複雑なものではないし」 残っていた面子との会話が終わって戻ってきたパチュリーが説明する。 だが、無茶を言わないで欲しい、と彼は思う。魔法なんて元々縁が無かったのだ、簡単に解けると言われて解けるはずが無い。 「……どうするんですか、これ?」 「えーと、説明が難しいわね……」 咲夜が苦笑する。ということは、何の苦もなく解ける魔法と言うことか。説明が要らないくらい。少し落ち込む。 「まあ、一日くらいで解けるから、そんなに気にしなくてもいいでしょ」 「……僕寝るときもこのままですか」 「いいんじゃない? レミィもまだそれで遊んでみたかったみたいだし」 そう、パチュリーは○○の尻尾を差す。心なしかしゅんとなっているのは、彼の気落ちを表しているのだろう。 「何だかそれは非常に複雑ですが」 「それなら、○○さんはもう上がって。お嬢様はもう部屋に戻られてるし」 「ですが」 「お嬢様の機嫌を損ねるつもり?」 う、と詰まって、わかりました、と彼は頷いた。 しかし、言葉とは裏腹に、その尻尾は嬉しそうにパタパタと動いている。 それを少しだけ眺めて、パチュリーが咲夜に声をかけた。 「では私も図書館に戻るわ。咲夜、後で紅茶を頂戴」 「かしこまりました、パチュリー様」 「では、お先に失礼します」 それぞれの方向に歩きながら、さてどうしたものか、と○○は考え始めた。 部屋で寛いでいたレミリアの耳に、扉を叩く音が届く。誰何するまでもない。 「入って良いわよ、○○」 声に応じるように扉が開き、○○が姿を現した。レミリアが座っている椅子の所まで真っ直ぐ近付いてくる。 「お疲れ様」 「ええ、お疲れ様です」 汗を流して着替えてきたらしく、微かに石鹸の香りがする――ふさふさの尻尾からも。 「それまだ解いてないの?」 「解けないんですよ」 憮然となった彼に笑って、レミリアは○○にも椅子に座るよう促した。 「楽しかったわ、今日は」 「ええ」 「フランもはしゃぎ疲れて、今日はすぐ寝ちゃったしね」 それは良かった、と彼も微笑んだ。レミリアもワインを薦めながら、今日の事を語り合う。 パタパタパタパタ、と○○の後ろで尻尾が揺れるのを眺めて、レミリアは何となく楽しくなった。 酒にあまり強くないことも知っているが、これくらいでは酔い潰れないだろう。 それに何より、彼の気分や機嫌が耳と尻尾でわかるのが楽しい。またパチェにかけてもらおうかな、と考えた。 「ふかふかね」 「んー、風呂上りですし」 ほむほむ、とレミリアが○○の耳に手を伸ばし、満足そうに頷く。 この分だと、尻尾もかなり気持ち良いのではないだろうか。そんなことも思う。 そんなことをしているうち、寝酒にしていたハーフボトルも空になった。 「そろそろ休みましょうか」 「はい、でも、その前に」 椅子からベッドに座る先を代えたレミリアの隣に腰掛けて、○○はレミリアの方を向く。 「? 何?」 「ええ――Trick or Treat?」 唐突な言葉が何なのかわかるまで、少しの時間を有した。 「え、ええ?」 「甘い物、欲しいなと」 そう言った彼の視線が一瞬サイドボードに流れる。そこにはラッピングしたクッキーの袋。 「あんまり食べてないので。作るだけ作って」 「そういえばそうね……」 レミリアはそう言ってクッキーの包みを開き、一枚取り出して彼に渡そうとする。 「ああ、いえ、そうでなくて」 「? ……!」 ○○はレミリアの手にあるクッキーを取上げると彼女に咥えさせた。 驚く暇もあればこそ。○○は、その反対側からクッキーを食べ始める。 反応できずに止まっているレミリアに構わず平らげ、彼女の口唇をぺろりと舐めた。 「御馳走様」 「……いきなりじゃなくて、せめて何か言ってからにしなさい……」 顔を紅くして逸らしてレミリアの目に、○○の狼の尻尾が千切れんばかりに振られているのが見えた。 表情はいつもと同じ微笑みだが、相当上機嫌らしい。本当に感情をよく出すものだ。 「……まだ、要る?」 「出来れば」 本当に機嫌の良いらしい彼に、もう一度クッキーを与える。今度の口付けは、少しだけ長かった。 「……ん、甘党、だったかしら」 「ええ、かなりの。でも、まだ欲しいな、と思います」 気が付けば、彼の腕の中で抱きかかえられたような状態になってしまっている。 でもそれに反発しようなんて想いは湧かなくて。 「自分で作り始めて、それに凝ってしまうくらいの甘党ですから。でも、今は」 「あ……」 今度はキスだけが下りてきて、レミリアは目を閉じた。 「……もっと、好きなものがありますけれど」 その笑顔は、レミリアにとっては反則すぎて。 「……ずるいわ」 「ですか?」 「ええ、ずるい……」 今度はレミリアから頬を寄せて、そっと口付ける。長めの口付けの後、囁くように○○に尋ねた。 「……もっと、欲しい?」 「はい」 「いいわ、あげる――」 もう一度口付けて、優しく抱きよせられるのを感じて、レミリアもまた、○○の首に腕を回した。 甘い宴は、まだ終わりそうに無い。 後日、耳尻尾付きだと反応わかりやすいから、もう一度付けてみるか、とパチュリーが冗談でレミリアに提案するのだが。 「……え?」 「だから、結構面白かったでしょう? 咲夜もそうだったけど、○○さんも――」 言いかけたパチュリーの言葉を遮って、レミリアが声を上げた。 「駄目、絶対に駄目!」 大きく羽をバタバタさせて、顔を真っ赤に染めて慌てる親友に、パチュリーもそれ以上は突っ込まなかった。 ただ、少しだけ好奇心は湧いたので、咲夜と小悪魔を使って○○に尋ねさせてみたのだが。 「すみません、ノーコメントで」 と、こちらも紅くなって応えたので、それ以上の追求は出来なかった。 かくしてあの夜に何があったのかは――二人だけが知る秘密となったのであった。 新ろだ114 ─────────────────────────────────────────────────────────── その日は、起きた時から変だった。 何がおかしいのかはすぐにわかった。 愛しい人に、出逢ってない。 どこかに隠れたように、逢えていない。 「うーん……?」 首を捻りながら、○○は紅魔館の中を歩いていた。 辿り着いた先のティールームを、ノックの後に開けて失望のため息をつく。 「どこに行ってるんだろう……? 神社に行ったりしてるのかな……」 小柄な彼の愛しい主の姿がそこにないことをもう一度確認して、ぽつりと呟いた。 そう、今日目覚めてから、彼はレミリアの姿を見ていないのであった。 「咲夜さん、すみません」 「あら、どうしたの? 今日は里に出ない日だったとは思うけど」 「ええ。ああ、お仕事中すみません、少しお聞きしたいことが」 掃除中らしい咲夜に、謝りつつ声をかける。 「あら、何?」 「レミリアさん、お見かけしませんでしたか?」 ○○の問いに、咲夜は目を瞬かせる。 「起きてすぐ、紅茶を召し上がられていたけれど……それからも、何度かお会いしているわ」 「んー、では、館の中にはいるんですよね……うーん」 「会ってないの?」 意外そうな瞳に、こくこくと頷く。 避けられてるんだろうか、いやそんなことはない、と信じたい。だがもしかすると何か気に障ることでもしたのか。 「もう少し探してみます……ありがとうございます」 一礼して背を向けた○○に、咲夜は一瞬何かに気が付いたような顔をして、ふっと微笑んだ。 「○○さん、意外と近くにいらっしゃるかもしれないわよ」 「え?」 「私からのヒント。頑張ってね」 咲夜はそれだけ言うと、次の仕事のためか姿を消した。 次に赴いたのは、図書館。 「見てないわよ、ここには来てないわ」 パチュリーの言葉に、そうですか、と○○は肩を落とした。 「んー、目ぼしいところはいろいろ見てきてるはずなんですけどね」 「盛大な隠れ鬼でもやってるのかしら?」 「そんなはずでは……いや、そうなのかもしれないのですけど」 がくりと机に突っ伏す○○に、パチュリーは首を傾げる。 「レミィのことだから、どこかで見てそうな気もするけどねえ……」 「うーん、僕が右往左往している様子をですか?」 「ええ。まあ、気長に探すといいかもね。そのうち向こうから痺れを切らして出てくるかもしれないし」 その言葉はレミリアの性格を知るが故だろうか。 「まあ、そうかも知れないですけど……」 「早く逢いたい、というところかしら」 パチュリーの静かなからかいに、彼は顔を紅くして、ええ、まあ、と応える。 「と、とにかく、見かけたら教えていただけますか」 「ええ、いいわ。頑張ってね」 「はい」 軽く会釈して踵を返した○○に、パチュリーは本から顔を上げて、軽く息をついた。 「そうね、あえて言うなら」 「はい?」 「灯台下暗し、というところかしら」 それだけを言ってまた視線を本に戻したパチュリーに、彼は首を傾げて図書館を後にした。 それから、○○は紅魔館のあちこちを歩き回った。 中庭で美鈴にも声をかけたが、見ていないと言う返事と、不思議そうな表情を返されてしまった。 「あー、まあ、見つかってないんですね」 「ええ。近くに居るかも、とはみなさんに言われるんですけどね」 「……そうですね、私もそう思います」 何となく納得した顔で、美鈴はそう答えた。 「まあ、頑張ってください。お嬢様も早く見つけて欲しいでしょうから」 「はい、頑張ります」 では、と館に戻っていく彼を見送りつつ、ふーむ、と美鈴は唸る。 「見つかるかなあ、あれ」 とりあえず見えなくなるまで帽子をクルクルと回しながら眺めて、さて、と呟く。 「仲良きことは良き事かな――私も仕事に戻りますか」 そして、彼女はいつもどおりの仕事に戻っていった。 結局見つからないまま、時間は過ぎる。○○は所在無げに、自室に戻っていた。 ドアは開け放ったままである。もしかすると、部屋の前でも通るかもしれない、思ってのことだった。 「灯台下暗し、って言われたけどなあ……」 いない、と呟いて、自室のベッドに腰掛ける。 最近はレミリアの部屋で休むことが多くなって、部屋を使う頻度も減ったことにふと気が付いた。 そんなに近くに居る人に、今日は逢っていない。逢えていない。 心の中に焦燥とか、苦しさとか、そういうものが湧き上がってくる。 「ああ、駄目だなあ……僕は、もう」 レミリアさん無しにはいられないんだな、と呟く。 呟いて認めたら、少し元気が出てきた。 また探そう。 パチュリーさんも言ってたじゃないか、大掛かりな隠れ鬼だって。 よし、と気合を入れる前に、少しだけ伸びをしようと、ベッドに背中を預けるように仰向けになって―― ぴぎゅ。 変な音が背中からして、慌てて彼は起き上がった。 「……こう、もり?」 彼に潰されて、目を回しているのは一匹の蝙蝠。 それを掌の上に乗せると、ばさばさと部屋の外からも音が響いてきた。 手の中に居た蝙蝠も一緒に集まって、一人の姿を形づくる。 形づくられると共に、部屋が静かになった。 「○○、酷いじゃない! 潰さないでよ!」 訂正、静かになった瞬間、それは少女の大声で破られた。 「レミリア、さん?」 「ええ、そうよ。もう、全然気が付かないんだもの」 拗ねたように言う彼女が、○○の膝の上に正面から乗ってくる。 「ずーっと背中に張り付いてたのに」 「……ずっと?」 「ずっと。私の気配くらい、わかるようになりなさい」 パタパタ、と羽を動かしながら、レミリアはこちらを見上げてくる。 いろいろ、言いたいことはあったはずだった。 何故半日近く姿を見せなかったのか、とか、ずっと見ていたなら声をかけてくれれば、とか。 だが何か言おうとした口からは言葉は出てこなくて。 少しだけ口を開閉した後、彼は何も言わず、彼女に腕を伸ばした。 言葉では到底、今の自分の想いを伝えるのには足りなかった。 不意に強く抱きしめられて、レミリアは一瞬戸惑う。 「○○?」 「……結構、寂しかった」 心の底から響くような言葉。その言葉を耳にして、レミリアは優しげに目を細めた。 「……探し回ってたわね、随分と」 「ええ。姿が見えなくて。とても、心配して」 「……ごめんなさい、ちょっとした悪戯のつもりだったのだけど」 貴方にそんな顔をさせるつもりではなかったの、と囁くように告げる。 「わかってます、けど」 「ええ、わかってるわ」 肩に顔を埋めるように強く抱きしめる彼の顔を上げさせて、軽く口付けをする。 「これだけで、埋め合わせろなんて言わないけど」 「……ええ、足りない」 くる、と視界が変わって、レミリアは○○のベッドに仰向けになっていた。 目の前には、覆いかぶさるように彼が覗き込んできている。 「もっと、いいですか」 「ん……ええ」 落ちてきた少し深い口付けを受け入れて、口唇を離して息をついて、また再び口付けを―― ――その瞬間。 「○○さん、こちらですか?」 「そろそろ答え合わせをしておこうかと思っ――」 パチュリーと咲夜が、半ば閉まり半ば開いたままであった扉を不意に開けたのだった。 数瞬の沈黙。硬直。 「……そこまd――!」 バタン。 パチュリーが何か言いかけた矢先、勢い良く扉が閉まった。いや、閉められたのだろうか。 硬直したままの○○とレミリアの元に、ひらひらとメモが落ちてくる。 それを手に取って一読して、○○は枕に顔を突っ伏した。 「え、何? どうしたの?」 「……どうぞ」 渡されたメモを、レミリアも眺める。 「『ごゆっくり。ですが、少しはご自重くださいね』…… …………咲夜…………」 呆れた声を上げて、レミリアも脱力した。 気を利かせられたのか、からかわれたのか、あるいは素なのか。 どれもありそうだ。 はあ、と大きく息をついて、丁度隣に顔を埋めている○○を眺める。 ○○も顔を中途半端に上げて、レミリアと視線を合わせた。 「ふ、ふふっ」 「はははっ」 何となくおかしくなって、二人で顔を見合わせて微笑う。 「ああ、何となく気が削げちゃったわ……咲夜に紅茶でも入れてもらいましょうか」 するりと○○の腕の中から抜け出て、レミリアは彼の腕を引く。 「ええ、ああ、はい」 起き上がりながらも、何となく名残惜しそうにしている彼に気がついて、レミリアは少し考える。 想いをそのまま言葉にするのは何となく気恥ずかしくて、でも、あんな様子を彼が見せたのは初めてだったから。 自分を必死に探して不安そうな表情も、そして見つけたときのあんなに安堵したような表情も初めてだったから。 「その」 「はい?」 腕を引きながら、少しだけ顔を背けて、レミリアはぽつりと告げた。 「埋め合わせは、後できちんとしてあげるから」 顔が熱い。きっと紅くなっているであろうそれを隠すように、レミリアは少しだけ腕の力を強めて彼を引き寄せた。 「いいわね?」 「……はい」 見上げた彼の表情は酷く嬉しそうで、少しだけ、早まったかな、と彼女が思ったのは秘密である。 ティールームに着くと、まだ何かぶつぶつ言っているパチュリーに紅茶を入れている咲夜がこちらに気が付いた。 「あら、お嬢様、○○さん、随分とお早いお帰りですね」 「何もしてないってば。咲夜、私達にも紅茶を頂戴」 「かしこまりました」 からかわれて不満そうにしながらも、レミリアが○○を離そうとしていないのを見て、パチュリーが一つため息をついた。 「まあ、いいけど、とりあえず人目は気にしなさいね、レミィ」 「ん、気を、付けるわ」 「後、○○さん」 「はい?」 「……扉はきちんと閉めておくことを薦めておくわ」 「……すみません」 顔を紅くした吸血鬼主従の、だがその手がしっかりと握られてることを確認して、パチュリーと咲夜は視線を合わせ、微笑ましく頷いたのだった。 新ろだ158 ─────────────────────────────────────────────────────────── 霜月になって寒さも強くなってきた頃。 暇を持て余していたレミリアは、たまたま訪ねてきた霊夢と魔理沙を館に入れ、お茶に付き合わせていた。 「暇ねー」 「そうねー。またそのうち何か開こうかしら」 だが結局はうだうだとしているだけで、とりあえずこの暇な時間の解消にはならないようだ。 「そういや、この前のあの魔法ってどうやってたんだ?」 「え? ああ、あれね。割と簡単なものよ。むしろジョーク的なものになるかしらね」 「まあ、使い道なさそうだもんなあ」 魔法使い二人のそんな雑談に、霊夢が口を挟んだ。 「この前? ああ、ハロウィンの?」 「ええ。冗談で使ってみる類の、ただ賑やかすだけの魔法。実用性は無いわね」 「私としては、そんな魔法をパチュリーが使ったのが驚きだけどな。結構楽しんでたんじゃないか?」 「さ、どうかしら」 魔理沙の軽口に微笑って応じて、パチュリーは紅茶を口に運ぶ。 「でも見てるほうには面白かったわ。咲夜とか○○さんとか」 「あら、私も?」 霊夢の言葉に、レミリアの命令で一緒にお茶していた咲夜が首を傾げた。 「ええ、耳と尻尾に感情が良く出てて。そう言う効果もあるのかしら?」 「あくまで副産物だけどね。ねえ、レミィ?」 「何で私に話を振るのよ」 そう言いつつ、レミリアの顔は紅くなっている。何かを思い出しでもしたのか、ふい、と顔を背けてしまった。 「ん、何かあったのか?」 「何もないわ――咲夜、紅茶を頂戴」 「はい」 命じて一緒のテーブルに座らせている咲夜に、レミリアは紅茶のお代わりを頼む。 瀟洒な従者はただそれに従っただけだった。主の胸中は察しているが、言葉に出さぬが華というもの。 「そういえば、○○さんは?」 「今日は本を漁ってるわ」 「レミィ、よく把握してるわね」 「からかわないで、パチェ」 実際、起き掛けに今日の予定を聞いていたからなのだが、それを口にすると明らかに泥沼なので黙っておく。 「へえ、仲が良さそうで何よりね」 隠す方が無理な相手と言うものも居るが。どことなく楽しげにからかうように、霊夢が微笑ってみせる。 「何だ何だ、楽しそうな話か?」 「ええ、きっとね」 「適当なこと言うな」 レミリアはそう誤魔化して、手元の紅茶に口を付けた。 賑やかな声が聞こえてくるのを耳にして、彼はひょいとティールームに顔を出した。 「ああ、みなさんお揃いで」 「あ、お疲れさま、○○」 レミリアが咲夜に頷いて、紅茶を用意させる。 「ああ、ありがとうございます、咲夜さん」 「いいえ、どういたしまして」 適当な所――レミリアの隣に腰を下ろして、○○は場を見回した。 「何か楽しそうな声がしたものですから」 「ええ、そうね。この前のハロウィンの話をしてたのよ」 「ハロウィン、ですか」 「具体的には、あのときの魔法についてだな」 楽しそうに魔理沙が口にした瞬間、彼の表情が微かに変わる。 慌てているような、少し紅くなっているような、そんな表情に。 「あ、面白い反応」 「わかりやすいなー」 楽しそうに笑う巫女と魔法使い。レミリアに軽く睨まれて、○○は肩をすくめる。 「ああ、いや、その」 「○○、余計なこと言ったらグングニルだからね」 「ええ、わかってますって」 レミリアが脅すが、こちらも顔が紅くなっているのであまり怖くは無い。 「仲の良いことで」 「咲夜ー、砂糖抜きでよろしくー」 「はいはい」 「あんた達は……」 そう茶化している中、本に目を落としていたパチュリーが不意に顔を上げて何言か呟いた。 ぽむ。 小気味よい音と共に、○○の頭に見覚えのある耳が。後ろには尻尾も生えている。 「……あれ?」 「……え?」 一瞬何があったのかわからず、わかった瞬間、レミリアが声を上げた。 「パチェ――っ!?」 「ほら、魔理沙、割と簡単な魔法でしょ」 怒鳴られたことなど何もなかったかのように、パチュリーは説明する。 「ああ、なるほど。本当に冗談のような魔法なんだな」 「あんたも普通に頷くな! ああもう……」 ちらり、と○○を見上げると、耳と尻尾がピンと立っている。相当驚いているらしい。 「……○○?」 「あ、え、ああ、はい、何でしょう?」 「良い感じに混乱してるわねー。なるほど、わかりやすい」 霊夢が砂糖無しの紅茶を啜りながら頷いた。 会話の途中に我に返ったらしく、だが慌てるように彼の耳と尻尾が動く。 「ああ、すみません、ちょっと驚いて」 「かなり驚いてたんじゃないかしら?」 「……はい」 咲夜の言葉に、しゅん、と耳が垂れる。 「いや、しかし面白いな。その毛皮柔らかいのか?」 魔理沙が○○の頭に手を伸ばそうとした瞬間、レミリアが強く○○を引き寄せた。 「駄目、○○は私のよ」 「おおっと、こいつはすまないな」 レミリアの示した態度に、魔理沙はにやにやしながら手を引っ込める。 自分が何をしたのかがわかって、レミリアは○○を離した。 「愛されてるわねえ」 「ええ、僕もそうですから」 「こら、○○……!」 「はいはい、御馳走様」 尻尾をパタパタと降り始めた○○に、霊夢は軽く呆れのような微笑で応じた。 お茶会は賑やかに過ぎていく。 霊夢と魔理沙が帰る段になってお開きになるまで、話題は尽きなかった。 レミリアの部屋に戻って、その彼女が妙に距離を取ってベッドの上に座っているのを見て、○○は困ったように微笑う。 「うーん、そこまで警戒しないでくださいよ」 「してないわよ、別に」 だが前科があるからか、枕を抱いて○○を軽く睨む様子に、可愛らしいと思いつつもどうしようもない。 というか、拒否するならそれは逆効果だとわかっているのだろうか。わかってない気がする。 それにそもそも、本当に彼を拒絶するなら、部屋には入れないだろうし。 「前回みたいなことにはなりませんから」 「ホントに?」 「前回は、その、いろいろと」 甘いものを食べ損ねていた、とか。いろいろ給仕とか片付けで疲れていた、とか。 そしてこれが一番大きいのだが、パーティの間、そう長いことレミリアといられなかった、とか。 一度は呼んでくれたものの、主人役はそうそう気儘にすることもかなわないから。 途中から結局給仕に戻っていたから、そういうのでいろいろと溜まっていたというか。 「……でも、今も」 ちらり、とレミリアが○○の尻尾を見る。千切れんばかり、ではないが、それでも左右に揺れている。楽しげに。 「ああ、これはその、まあ、レミリアさんの近くにいるといつもといいますか」 かなり恥ずかしい告白をしなければならないが、そうでもしないと近寄らせてもらえまい。 「心が、躍るんです。大好きな人の傍に居られるのは、それだけで嬉しいことですから」 「……本当に?」 「ええ、紛れもない本心ですよ」 これは本当だ。レミリアの傍に居られるのは有り難いし、嬉しい。 「……うん、わかったわ」 少しだけレミリアの表情が和らいで、○○の服の袖を引く。 「こっちに」 「はい」 レミリアの求めに応じて、近くに寄る。レミリアからも距離を詰め、枕を下ろして彼の腕に擦り寄ってきた。 「……うん、落ち着くわね、やっぱり」 「それは嬉しいです」 言葉の通り、尻尾がぱたぱたと動く。それを見て、あ、とレミリアは小さく声を上げた。 「ねえ、○○。尻尾にも触って良い?」 「え、ああ、はい。引っ張ったりされなければ」 その言葉に嬉しそうに頷いて、レミリアはもふもふと、前に回してきた○○の尻尾を抱きしめた。 「ん、やっぱり柔らかいわ」 「……ですか?」 「ええ、こうしたら気持ち良さそう、とは思っていたんだけどね」 もふもふしながら、レミリアは大変満足そうである。やれやれ、と思いつつも、○○も成すがままに任せた。 「あー、しかし明日一日このままですかねえ」 「かもね。大体一日って言ってたし」 「んー、明日は里に行くことにしてたんですが……」 「……駄目。耳尻尾有りは問題あるだろうし……それに、この貴方は私だけのものだから」 それは、あまり人に見せたくない、ということだろうか。 少し嬉しく思いつつ、明日誰かに連絡を頼まないと、と考えていると、レミリアが尻尾に顔を隠すようにして、ぽつりと呟いた。 「…………だから、前のこと、嫌だったわけじゃないから」 「……はい」 一瞬心臓が躍って、それを無理矢理静める。 「……今日は、もう寝ましょうか」 「そう、ね」 このままだと、妙な空気に発展してしまう。そうなる前にと、○○は少し腕に力を入れて囁く。 「……次は、あんなことにはなりませんから」 「……うん。約束よ」 「ええ、約束です」 その言葉に照れたようにこくりと一つ頷いて、レミリアは尻尾を抱いたまま○○に擦り寄った。 「それじゃあ、おやすみ、○○」 「はい、おやすみなさい」 幸せそうに目を閉じた彼女を抱き寄せて、○○は静かに目を閉じた。 腕の中の温もりを、この上なく愛しく感じながら。 新ろだ169 ─────────────────────────────────────────────────────────── ○○は里でたまに仕事をする。 何てことは無い、紅魔館に住み始める前からの習慣だ。 たまに出ては日銭を貰い、それをかつては博麗神社、現在は紅魔館に入れている。 無論、吸血鬼となった彼が里に再び出るには、人里の守護者や妖怪の賢者、博麗の巫女との会議が必要であったが。 結果的に許可された大きな理由は、彼の主人たるレミリアが幻想郷の人間に危害を加えぬ約束をしていたからであろう。 彼自身もそれに従う、という形を取ることで、意見は概ね一致した。 そして彼は今日も里に来ていた。本格的な冬支度の手伝いのため、ここのところ連日である。 幻想郷の冬は彼にとっても初めてであるが、相当厳しいということは訊いていた。 紅魔館から禄に出られないことも覚悟しておくように、とも言われている。 「そろそろ昼飯にするかー」 誰かが言い出して、それぞれ集まって弁当を開く。 ○○も今日は弁当だった。たまに里の食堂で食べることもあるが、たまにこうして作ってもらっている。 自分でも作ったりもするが、作ってもらうと嬉しいものだ。 直射日光を避けるため木陰に入り、ぱか、と弁当を開けると、色取りも鮮やかなおかずが現れた。 プラス白飯である。紅魔館に和食というのはどこかアンバランスでもあるが、○○の好みに合わせてくれたりもしている。 それはそれで申し訳なくも思うのだが、レミリアに遠慮しないよう言い渡されているので、ありがたく頂いている。 「お、兄ちゃん、旨そうだなあ」 「ん、ええ」 里人に声をかけられ、○○は弁当に箸を伸ばしつつ頷いた。 「いいよなあ、うちの奴も作ってくれるといいんだが」 「そう言うお前だってたまにもらってるだろうがよ、独り身にゃ辛いぜ」 そうわいわい言いながらの昼食も慣れたものである。 だが、よく見れば、いつもの弁当とは少し違うことがわかる。 それに気が付くのは彼にとっては当然ではあったが、思わず頬が緩んだ。 少し玉子焼きは焦げついているし、入っている野菜もどこか不揃いだけれども。 にやにやしながら食べていたことに気がつかれたのか、一人が声をかけてきた。 「なあ、良かったら一つ交換しないか?」 「あー、駄目です。今日のは」 少し困ったような表情をしつつも、きっぱりと断る。 「えー、そんなに旨そうに喰ってるのに」 「だからです。駄目ですよ」 手を伸ばそうとしてくる相手から遠ざけるように弁当を抱えて距離を取る。 その様子を面白がってか食いたがってか、何人かが参加し始めた。 「お、いいな、俺にもー!」 「複数は卑怯ですよー!」 「なら大人しく寄越せー!」 「それだけは断る!」 慧音に見られでもしたら、「何をやってるんだ」と呆れられるに違いない光景。 その喧騒を打ち破ったのは、静かな少女の声であった。 「一体何をしているのかしら?」 一同、ぴたりと停止する。その停止した中で、ただ一人○○だけが普通に挨拶した。 「あれ、レミリアさん。散歩ですか?」 「ええ、神社に行くついでにね。咲夜と一緒に」 レミリアはそう、後ろにいる咲夜に視線を送る。 「ん、では僕は今日の仕事が終わったら神社に向かいましょうか」 「それもいいわね。たまには」 微笑む表情は、それでも周囲に他の人間がいるからか、少しだけ余所向けの、紅魔館の主としての表情。 それでも、○○には一向に構わない。そんなものも全て含めて彼女のことが好きなのだから。 「今は?」 「ああ、昼食中だったんですよ」 「それにしては騒がしかったようだけど」 ○○がまだ手にしている弁当と、少し引き気味の里人達を交互に見てレミリアが呟く。 「まあ、弁当を死守していただけですよ」 「……よくわからないわ。まあ、咲夜の作ったお弁当なら、人気もあって当然だけどね」 ね? と背後の咲夜に話を振る。 「そうであるなら光栄ですわ」 本当に私のものなら、という含みを持たせるように、咲夜も楽しげに微笑んだ。 そのからかいの気配を感じたのか、レミリアは機嫌を損ねたかのように○○にも話を振る。 「○○だってそうでしょう? 咲夜の作ったものは美味しいものね」 「ええ、まあ」 曖昧に頷いて、○○は玉子焼きを一つ摘むと、レミリアに食べさせた。 「どうです?」 「……貴方はたまに唐突よね……」 「僕としては大変好みの味なんですけど。焼き加減といい味付けといい」 「……咲夜の料理だもの」 そういうことにしますか、と呟いて、彼は残りのものも平らげる。幸い、取られたものはなかった。 「大変美味しかったですよ」 「だから、私じゃなくて咲夜に言いなさい。ああ、でもついでだからその箱は預かっておいてあげるわ」 「ありがとうございます」 受け取って、荷物持ちになるのは当然咲夜だったけれども。 「では、そろそろ昼休憩も終わりますし、また行きます。後で神社で」 「ええ、待ってるわ。行くわよ、咲夜」 「はい。それでは、○○さん」 「はい、お願いします」 了解の頷きを交わして戻ってきた○○に、里の男達は一様に大きく息をついた。 「……本当にお前さんはなんてーか」 「羨ましいのとよく平気だなってのと、そういや兄ちゃんも妖怪だったかと」 ○○はそれぞれの言葉に曖昧に応じるように微笑う。 「いやいや、僕は全く普通ですよー」 嘘をつけ、と突っ込まれたのは当然の流れだったけれども。 「……で、ここでお茶飲みに来たと」 「いいでしょ、たまには」 「お賽銭持ってきてくれるならね」 神社の居間、炬燵に入りながらの会話である。 「あんたも大変ね、咲夜。好き勝手振り回されて」 「あら、心外ね。そんなことはないわよ」 レミリアのカップに紅茶を注ぎながら、咲夜も応じる。 「それに、その弁当も、自分で作ったって言えば良かったじゃない」 「言えるわけ無いでしょ」 ふい、と顔を背けるレミリアに、やれやれ、と霊夢と咲夜は顔を見合わせる。 丁度そのとき、境内に魔理沙が下りてきた。 「よー、寒いな。って、お前ら来てたのか」 「居ちゃ悪い?」 「悪い」 霊夢の言葉をスルーして、レミリアは紅茶に口をつける。 「そうだ魔理沙」 「ん、何だ霊夢」 何かを含んだ霊夢の声に、同じ様な口調で魔理沙が答える。 言いながら、すでにその身は炬燵の中へ入ってぬくぬくしていたが。 「里の上通ってきたんでしょう? 何か作業してたと思うけど」 「ああ、冬支度かー。ん、ああ、そっか、そだな」 霊夢の含みに気が付いたように、魔理沙はうんうんと頷く。 咲夜は肩をすくめているが、レミリアは顔を背けながらも気になっている様子だ。 「○○もいたなー。何か楽しそうにしてたが」 「へえ、まあ、今日はいいものも貰ってたみたいだしね」 「いいもの? 何だそりゃ」 「それがね……」 「霊夢」 咎めるような響きを持ったレミリアの声が二人の会話を中断する。 「別にいいでしょ、レミリア」 「ん、何だ何だ、何やったんだ?」 楽しそうに魔理沙が混ぜっ返す。兎にも角にも、この吸血鬼主従は話題に事欠かないからだ。 巻き込まれて砂糖を吐く破目になることも多いが、彼女達はそれはそれで楽しんでいる。 「お弁当。ね、咲夜?」 「ええ、お弁当、ね」 「咲夜……」 じと目でレミリアは咲夜を見るが、彼女は優しく微笑んだままだ。 レミリアは照れたように再び顔を逸らす。咲夜は何も、自分の意に反することをしているわけではない。 直接何かを伝えているわけではないし、別にレミリアも止めてはいないから。 「んー、ああ、なるほどねー」 いろいろ察したらしい魔理沙が、にやにやとレミリアを見返す。 「そりゃあ、○○も張り切るってもんだな」 「煩い」 冷たく言葉を撥ね退ける様子も、照れたままではその効果はなく。 何処までも強情なその様子に、何となく微笑ましい気分で人間三人は笑みを交わしたのだった。 夕方近くになる頃、一つの人影が神社に降り立った。軽く障子を叩いて、返事を貰った後に入る。 「どうも、遅くなりまして」 「おー、遅いぞー」 「待ちくたびれてるわよ、ほら」 霊夢の言葉に、○○は彼女を示した方を見る。 「お嬢様、今日は随分早かったものだから」 「ええ、そうでしょうね」 咲夜の言葉に――眠ってしまっているレミリアを膝枕している咲夜の言葉に頷いて、○○はレミリアの傍らに座る。 「いや、意外と長引いてしまって」 「まあ、幻想郷の冬は厳しいからな」 「○○さんも覚悟しときなさいよ?」 「はい、覚悟しておきます。ところで」 鍋の材料など頂いてきたのですが、という一言に、霊夢と魔理沙が歓声を上げる。 「温かい物が丁度食べたいと思ってたんだ、グッとタイミングだな」 「手間も省けていいわね」 「作らせる気かよ」 掛け合いに笑って、彼は軽く頷いた。 「久々ですし、作りましょうか」 「……じゃあ、咲夜も手伝った方が良いわね」 ゆっくりと起き上がって、レミリアが目をこすりながら告げる。 「ああ、起こしてしまいました?」 「ん、いいわ。お疲れ様」 「はい」 嬉しそうに微笑った○○に頷いて、レミリアは咲夜を呼んだ。 「私もここで食べてくわ」 「はい、かしこまりました」 「まあ、今回は○○さんが持ってきたものだし仕方ないか」 「では、行ってきます」 霊夢の許可を得て、○○は材料を持って神社の台所に入っていった。 「ところで」 「はい? 何かしら?」 二人がかりでさくさく進む料理の途中、彼はふと咲夜に尋ねた。 「咲夜さんですか? 僕の好みを伝えたのは」 「ああ、ええ、幾らかはね。後はお嬢様の匙加減よ」 「ですか。いやはや、咲夜さんにも劣らずの腕前で」 本日全体的に上機嫌なのはそれが理由かと、咲夜は微笑む。 「お嬢様は器用でいらっしゃるしね。今回はお嬢様から言い出したことだし」 「そうなんですか。いや、嬉しいです」 「だから」 手際よく煮込みながら、咲夜は少し真剣に告げた。 「後できちんと、お嬢様に伝えておいてね?」 「はい、もちろんです」 「よろしい」 真摯な態度で返したその様子に、そう咲夜は頷いたのだった。 とりあえず、鶏鍋などに舌鼓を打ち、夜も更ける頃に紅魔館組は神社を後にした。 「じゃ、また本格的に雪が降る前に行くってパチュリーに伝えておいてくれ」 「あまり盗って行くと、パチェも本気で怒り出すわよ?」 軽口を叩き合って、彼女達は微笑う。魔理沙は泊まって行くつもりらしい。 「じゃ、お暇するわ」 「今度は賽銭持ってきなさいよねー」 「はいはい」 適当に挨拶をして、三人は紅魔館に向かって飛んでいった。 戻って湯浴みした後、レミリアは自室のベッドで、手持ち無沙汰にパチュリーから借りた本をめくっていた。 一人は退屈だが、仕方が無いのだ。○○は連日――ここ一週間程、里に出ている。 ということは生活が彼女とはほぼ反転してしまっていることであり。 結局、一人で居る時間が長くなってしまっていた。 「ふう……」 それでも、彼があちこちにふらふら出歩くのは、レミリアはそう嫌っているわけではない。 むしろ、前と同じ様子が見られて、少し安心する所もある。 だが、確かにそれはあれど、一人で居るのが退屈なことに変わりはなくて――結局、無為に時間を過ごしてしまう。 咲夜にお茶でも頼もうかしら、と思った瞬間、扉がノックされる音がして、レミリアは起き上がって適当に返事を返した。 「ああ、もうこちらにお戻りだったんですね」 「○○? どうして、明日も里じゃないの?」 驚いたレミリアに近付いてきて、彼は少しはにかむように微笑ってみせた。 「明日は休みを貰いました。そして、里の方に出るのも後一日という話も頂いてきましたし」 「本当!?」 声に嬉しさが混ざったことに気が付いて、レミリアは一つ咳払いした。 「いいの、それで?」 「もう大方は終わってますし。帰りに紅魔館用の荷物を買い出して終わりです」 レミリアの隣に腰を下ろしながら、にこにこと笑って彼はそう言った。 「そう、じゃあ、今日はここで休めるのね」 「はい、お邪魔でなければ」 「むしろ命じて上げる。ここに居なさいってね」 悪戯っぽく笑ったレミリアに笑い返して、そうだ、と彼は呟いた。 「改めて、ですが。お弁当、ありがとうございました。大変美味しかったですよ」 「な、あれは……」 「咲夜さんじゃなくて、レミリアさんでしょう? 嬉しかったです、とても」 率直な言葉に咄嗟に返せなくて、レミリアは紅くなった顔を誤魔化すように背けた。 「……咲夜の方が上手でしょう?」 「まあ、慣れの点から言えばそうかも知れません。でも僕にとっては」 レミリアの頬に手を当てて自分の方を向かせて、○○は告げる。 「貴女に作ってもらえた、ってことが何よりも嬉しかったです。美味しかったですしね。御馳走様でした」 「……本当に?」 「ええ、本当です」 「……うん」 嬉しそうに、まだ照れたように微笑んで、レミリアは○○を抱きしめた。 唐突なことに驚く彼に、そっと囁く。 「……最近、忙しいみたいだったもの」 「ああ……寂しかったですか?」 「そ、そんなことは……」 「僕は、結構寂しかったです」 だから、とレミリアの背に腕を回しながら、彼が応えてくる。 「今日のお弁当、とても嬉しかった」 「……うん」 レミリアは目を閉じて、その抱擁を受け入れた。 朝に、咲夜を捉まえて弁当の作り方を教えろ、と言ったとき。 咲夜は最初驚いた顔をして、でもすぐに頷いてくれた。 いろいろ教えてもらって初めて作った弁当は、少し不恰好か、と我ながら思ったけれども。 でも、彼がこんなに喜んでくれたなら、作った甲斐があると言うものだ。 無論、そんなことをしたなんて、滅多な者には知られたくないけれど。特に天狗とか天狗とか。 「少し安請け合いしすぎましたかね、今回のは」 「ハクタクに、長く借りてすまない、って言われたわ、今日」 「ん、ですね。まさか、こんなに続くとは」 「でも一週間よ?」 「でも、その間レミリアさんとあまり一緒に居られなかったから」 子供みたいな言葉にくすくす笑って、レミリアは○○の胸に頬をつけた。 「なら、これから埋め合わせて。明日一日は私のものだし」 「その次が終われば、当分は一緒に居られますしね」 「ええ、一緒に、居て」 見上げて、レミリアは彼の頬に手を当てて、そっと顔を近づける。 「ん……」 軽く口唇を重ねて、さらに擦り寄るように抱きついた。 「ね、○○」 「はい?」 「毎年、冬は退屈になりがちだけど……今年は幾分か、マシになる気がするわ」 「そうですね、僕はこちらが初めてですから、何事も珍しいですし」 微笑って、彼はレミリアに口付けを送ってくれた。優しい、温かいキス。 「これからもいろいろと、よろしくお願いします」 「ええ、こちらこそ」 抱きしめて笑い合って、ぽす、とレミリアは○○をベッドに倒した。 「ここしばらくの話を聞きたいわ。随分楽しそうだったものね」 「では、寝物語にでもしましょうか。どうぞ」 「うん」 少し休むのには早い時間だけれども、こうして話をしながら横になるのもいいかもしれない。 そんなことを思いながら、レミリアは○○の腕を枕にして横になる。 「話をする前に」 「ん?」 「いろいろと本当に、ありがとう。大好きですよ」 カッと顔を紅くして、レミリアは○○の胸に顔を伏せる。 「唐突なのよ、貴方は」 「すみません」 「……でも、私も。貴方のことは、大好きだから」 紅くなったまま彼を見上げれば、彼も照れたように顔を紅くしていて。 「改めて言うと照れますね、こういうのは」 「貴方から言い出したことじゃないの、全く。さあ、話を聞かせて頂戴」 身体を寄せて囁いた言葉に、では、と彼も話を始めた。 久し振りに二人で眠ったベッドの中は意外なほど暖かくて。 こうした日々の少しずつを大事にしていけたら良いと、どちらともなく思いながら、彼らは眠りについた。 新ろだ196 ───────────────────────────────────────────────────────────
https://w.atwiki.jp/remiliakings/pages/13.html
四天王の中でも特に4Aの有利フレームを生かした増長固めが上手く、動いた相手を狩るのが得意。 落ち着きはらった動きで静かに敵を追いつめる。 サーヴァントとチェーンを使い分け、敵に合わせた戦法をとる。 無駄が少なく、落ち着いた動きで敵を屠る様はまさに「林」の如し。 レミリアのカラーは黄色カラーを使用。 今のところ(第二回終了現在)、レミリア四天王対戦会をニコ生で放送してくれている生主でもある。 決め台詞は「おきょ!」。(「OKよ」という意味らしい。) このおきょ!を流行らせるため、今もボイスチャットでアジールに普段から言うように勧めている。 実は麻雀がとっても強いらしい。
https://w.atwiki.jp/propoichathre/pages/1484.html
春恒例の、博麗神社での夜桜の宴。 今宵も様々な人妖達が集まってきて、酒を酌み交わしていた。 宴も酣を過ぎようとしている、そんな頃のこと。 「う、あー……?」 「あら、起きた?」 愛しい紅い吸血鬼の声に、○○はぼやける視界をはっきりさせようとした。 「あれ、レミリアさん……僕は……」 「最終的に鬼二匹と天狗に絡まれてたのは覚えてる?」 「あー……」 薄っすらと思い出す。確か、地下のメンバーに初めて会って、その流れで萃香に勇儀を紹介されて、気が付いたら文まで居て―― 「……また、潰れましたか」 「ええ、いつもの如く、ね」 さら、とレミリアの手が額を撫でる。気持ちいい。 「他の地下の面々も集まってたしね。だいぶ飲まされたでしょう」 「もう覚えてないですー……ほとんど抜けましたが」 酔ってすぐ寝る代わりに、量を大量に飲めるわけではないので抜けるのも早い。 それだけがこの体質のいいところだと彼は思っていた。 まあ、酔い覚ましの薬の力を借りたりもするが。 「ん、良かった。じゃあ、交代」 「え?」 「私にも、膝枕」 言うが早いか、○○を起き上がらせると強引に座らせ、その膝の上に頭を置く。 普段は絶対しないだろうその様子に、○○は目を瞬かせた。 「……レミリアさん?」 「何? んー……気持ちいい」 すりすりと○○に擦り寄って、レミリアは目を細める。 妙に顔が紅い様子に気が付いて、彼はレミリアの額に手を当てた。 「……酔っています?」 「酔ってないわよ?」 「……酔ってますね」 そんなことないわ、と言いながら、膝だけでは飽き足らないのかレミリアは○○の身体によじ登る。 ついには膝の上に座って、彼の腕の中に収まってしまった。 「…………どれくらい飲みました?」 「だから酔ってないってば……鬼達と飲み比べたくらいよ」 肩を枕にするように頭を預け、気持ち良さそうに目を細める。 「……それ、かなりですよね?」 「いいじゃない、別に」 そう擦り寄るレミリアから、酒精と共に甘い香りがした。確か、今日は果実酒があったからそれだろう。 やたら度数がおかしかった気がする。こんなものあるのかと思ったが、幻想郷では常識に囚われてはならないらしい。 「……みなさん見てますよ?」 「いいじゃない、見せ付けてやれば」 ああ、やっぱり酔ってる、と実感する。普段こんなことを外では言わないししない。 館の中でも、せいぜい咲夜やパチュリーといった面々の前だけだ。 「んー、気持ち良い」 「それは重畳なんですけど……」 宴会の席の方を眺められば、にやにやしながらこっちを見ている少女達が見える。 何だかカメラも構えられてる気がする。いやあれはそうだな。レミリアは明日の新聞の一面になってもいいのだろうか。 「たぶん、そこまで意識回ってないよなあ……」 「○○」 「あ、いえ、何も……!」 「こっち見てないと、嫌」 頬に柔らかい感触があって、慌ててレミリアに向き直る。とはいえ、腕で抱きかかえている状態なので顔を向けただけだが。 口付けられたところを照れ隠しに撫でながら、ぽつりと呟く。 「……こういうのは、二人だけのときにして欲しいものですが」 「だって、○○今日の宴会であまり私に構ってくれてないじゃない」 「ああ、まあ、挨拶回りもありましたし」 「だからわざわざ私が出向いて鬼から取り返したのに……」 そう拗ねたように言って、○○に身体をすり付けてきた。 いやまあ、嬉しくはある。あるのだが、その、人目があるところでは流石に恥ずかしい。 「……あー、まあ、いいか」 「? どうしたの?」 「いえ、僕もまだ少しお酒が残ってるみたいでして」 言いながら、ポケットの中の小瓶を開けて液体を口に含むと、そのままレミリアの口唇を塞ぐ。 「ん……んん……?」 甘い声を漏らして、レミリアの喉がこくりと嚥下した。 「……何、飲ませたの?」 口唇を離して、苦い、と呟きながら彼女は○○を見つめて――みるみるうちに顔を紅くしていった。 「あ、う……」 「酔いは覚めましたか?」 唸るような声のまま、こくりと頷いてレミリアは○○の肩口に額をつけてうなだれる。 「永琳さん特製の酔い覚ましですからね、よく効くんですよ」 「ん、痛感してるわ……」 ばさり、と羽が大きく広がって、照れ隠しなのかぱたぱたと動いている。 「では、みなさんの目もありますしそろそろ……って、どうしました?」 「……顔、上げられない」 どうやら随分恥ずかしいらしい。耳まで真っ赤になっているのが見えて、可愛いなあとは思うものの、さてどうしようか。 かなりしっかり掴まれているので離すに離せない。どのみち力比べになったら勝てないわけだし。 「……見られてますけど?」 「うー……」 「おまけに写真も撮られてますが」 ああ、新聞記者のとてもいい笑顔が見える。 だがそれを言った瞬間、レミリアの羽が大きく広がったまま硬直した。 「……写真?」 「ええ、写真です」 「…………鴉天狗の」 「ええ、文さんの」 「………………」 しばらく沈黙した後、紅い顔をきっと上げて、レミリアは○○の腕からするりと抜けた。 「……焼いてくる」 「いってらっしゃい」 名残惜しさと共にレミリアを見送って、さて、と○○も皆の輪の中に戻る。 「ただいまです」 『おかえり』 『そしてごちそうさま』 ほぼ唱和して言われるのは心外だったが、まああの様子を見せたとあっては無理もないか。 「いやはや、また酔い潰れたようで」 「楽しかったわよ、レミリアが取り返しに行ってね」 「随分と空けたんじゃないかしら」 空で天狗を追いかけている吸血鬼を見上げながら、暢気な会話を交わす。 「外でもあんな大胆なことをするとは思わなかったわ」 パチュリーのからかうような言葉に、照れたように○○は微笑う。 「あはは、まあ、その、酒は怖い、と」 「『外でも』ってことは中ではもっと……?」 誰かの一言に、こほんと○○は咳払いする。 「ノーコメントと言うことで」 「かなりよ」 「かなりですわね」 「パチュリーさーん! 咲夜さーん!」 隠そうとしているこちらの意志全部無視か。 「いいじゃない、あれ見せたんだからもう」 「幸せそうならいいんじゃないかしら」 好き勝手に言う二人に、○○は頭を抱えた。少し館の中でも控えよう。 「○○、何か言うことは?」 「……何もありませんよ」 にやにやしながら手をマイクのようにして近付ける魔理沙に、彼は両手を挙げた。 「春っぽいのもいいけれど、桜が散れば夏が近付くわ」 「ただでさえ暑い中に、熱いのは持ち込まないようにね?」 「…………善処いたします」 紫や幽々子と言った面々にからかわれて、ため息をつきつつ○○は空を見上げる。 桜が散る中に、夜空には大輪の弾幕が咲いていた。 終わって戻ってきたら、どんな言葉をかけようかな、と考えながら、手元の水を一口啜る。 「さとり様ー、どうなさいましたー?」 「……いえ、随分と甘いものをいただいたので」 「……そうか、あんたには辛かったかもね」 宴会の片隅では地霊殿メンバーと霊夢がそう会話をしていたりもしたが、彼は飽きずに空を眺めていた。 今年の花見も後何回か、というところ。なればこそ、この光景を覚えていたいと思った。 これから永遠に、主ある限り自分もまた永遠にこの季節を迎えるだろうけれど。 桜吹雪の中を、楽しそうに弾幕勝負をしている愛する吸血鬼の姿を、いつまでも心に留めていたいと思った。 新ろだ473 ─────────────────────────────────────────────────────────── 意識に、霧がかかっているようだった。 反射的に、ああ、これは夢だな、と思う。 乳白色に包まれていた周囲が少しずつ晴れていって、視界が開けていく。 この先にあるものが、見たくないものだとわかっていても。 遥か下に、一人の人間が倒れている。 近くにあるのは、あれは何といったか、クルマ、とか言ったっけ。 何もかもが紅くて、そう、真っ赤に染まっていて。 これは夢。それがわかっていても、彼女は身が慄くのを止められない。 だってそこにいるのは。そこで地に臥しているのは。 私の、何よりも大事な。 全身が紅く染まっていて、どこから出血しているのかももうわからないほどで。 どんなに医学の知識のないものから見ても、致命傷なのは明らかで。 でも、目の前の彼は、苦痛に顔を歪ませながらも、どこか安らかな表情をしていて。 そして、こう、呟くのだ。最期に、微笑んで、こう告げるのだ。 『愛しています、レミリアさん――』 そして、その身体から力が抜けて―――― 「――――――っ!!」 音を立てんばかりの勢いで、レミリアは身体を起こした。 息は、荒い。はあ、はあ、と大きく息をしながら、震える身体を抱きしめる。 「……久々に、見たわ……」 そう、わかっている。あれは夢。前にも見ていた、夢。 もう起こらないはずの、運命の情景。 それでも不安になって、傍らで寝ているはずの彼の方に視線を向ける。 「……レミリアさん?」 「あ……ごめんなさい、起こしたかしら」 そう言いつつも、レミリアは安堵する。ああ、この人は此処にいる。私の大事な人は、此処に。 「……どうぞ」 少し何かを考えた後、彼は腕を伸ばして、レミリアを招いた。 「……うん」 頷いて、大人しくレミリアは彼の腕の中に納まる。温かい鼓動が聞こえて、さらにほっとする。 「怖い夢、見ましたか」 「……うん、何よりも、怖い夢」 貴方を、失う夢。 「……大丈夫」 強く抱き寄せて、彼が耳元で囁く。 「僕はずっと貴方の傍にいますから。独りになんて、絶対させないから」 「うん……約束よ」 「はい、約束です」 顔を上げて口付けを交わして、レミリアはさらに彼に擦り寄った。 肌で触れ合っている感覚は気持ちよくて、とても安心させてくれる。 「……怖かったの」 「うん」 「貴方が私に、好きだって言ってくれる前に、よく見てた夢」 「僕を、拒絶する理由になった夢?」 「うん」 甘えるような声色で、いや実際甘えながら、レミリアは言葉を続ける。 「あのときの事件で、貴方を失うと思ったの」 「うん」 「それが、何より怖かったの……」 昼夜問わず襲ってくるあの情景が恐ろしかった。 でも、彼を手放すこともしたくなかった。 結果、互いを酷く傷つけることになったけど。 「大丈夫。僕は、此処にいます」 「うん……貴方は、此処にいる」 もう一度、と強請って、レミリアは彼の口付けを満足するまで求めた。 「ん……大好き、よ」 「僕も。貴女のことが大好きです。愛してます」 「うん、私も――」 そう言いながら、今度はレミリアから口付ける。 私は弱くなったのかしら。 私は吸血鬼なのに。悪魔の王だと言うのに。 本来は、孤高の存在であるはず、なのに。 一瞬だけ考えて、レミリアはそれを否定した。 違う。 大事なものが増えたからこそ。大切なものがあるからこそ。 それを守りたいと思い、守りきるのが王なのだ。 だから私は、きっと、より強くなった。 この愛しい人に逢う前よりも、きっと、ずっと。 「ね、お願いがあるの」 「何でしょう?」 「今日は、ずっと抱きしめてて。私が起きるまで、ずっと。離さないでいて」 「勿論。貴女が望むなら、どれだけでも」 そう言いながら抱き寄せる腕に、自分からも擦り寄っていって、レミリアは柔らかく息をついた。 この温もりの中なら私はどれだけでも安心していられる。 きっと、あの夢も見ないだろう。 「おやすみ」 「はい、おやすみなさい」 身体の震えはいつしか収まり――レミリアは緩やかに、眠りに落ちていった。 新ろだ513 ─────────────────────────────────────────────────────────── 雨の日が続いていた。 静かに雨が降り注ぐ中、退屈そうにソファでごろごろしている二つの影。 「ひまー」 「暇ねえ……」 レミリアとフランドール、二人の吸血鬼の姿だった。 「お二人とも、だらしがないですよ」 咲夜が声をかけるが、二人とも不満を述べるのみだ。 「だって、外に出られないんだもの」 「魔理沙も遊びに来ないー」 暇を持て余す二人に、咲夜はそっと微笑を浮かべた。 「○○さんも暇そうにしてましたから、何か外のお話でもしていただいたらどうでしょうか」 「○○、今日は本読んでなかった?」 ソファに行儀悪くうつ伏せになって、レミリアは咲夜に問い返す。 「図書館に行くー、って言ってたよー」 レミリアの上に乗っかるようにして、フランドールも言葉を繋ぐ。 「こらフラン、お姉様の上に乗るんじゃないの」 「だって暇なんだもの」 理由になってない理由を言いながら、何が楽しいのか羽をパタパタさせている。 「まあ、暇なのは確かだものね……」 「ええ、そう思って、外の話で何か面白いのがないか物色してたんですよ」 その声にレミリアがティールームの扉の方に視線を向けると、いつの間にやら、何冊か本を持って○○が立っていた。 「前に、香霖堂で大量購入してましてね。後はまあ、いろいろ探しに行ったりとか」 「相変わらず自由人ね」 「あはは、大目に見ていただけるとありがたいです」 そう言いながら、よいしょ、と机の上に本を置く。 レミリアの言い分も随分なものなのだが、彼は不満を言わない。 何しろ、○○が自由に動き回っているのはレミリアがそれを許し、楽しんでいるが故であるから。 「ねえねえ、何のお話があるの?」 興味津々に寄ってきたのはフランドールだった。 「んー、そうですねえ……」 「あ、この前の続きは? ほらほら、人間の帝国の話。どんどん領土が小さくなっちゃってたとこから始まってた」 「ああ、あれですか。この中にはないですけど、お話しましょうか」 「ん、何それ。最初から私も聞きたいわ」 レミリアも興味を向けて、咲夜に一つ頷く。それに対して一礼して、咲夜は紅茶の準備を始めた。 時間を止めていないところを見ると、パチュリーあたりも来るのかもしれない。 そんなことを思いながら、レミリアは○○をソファに引っ張った。 「さ、始めて頂戴、大丈夫よ、紅茶はちゃんと間に合うわ」 「……というところでしょうか」 人魚の元に通い、二度と帰れなくなった男のくだりを話し終わったところで、一度○○は話を切った。 「恋に命を捧げたの? もう二度と戻れなくなることをわかってて? 何もかもを捨ててしまっても?」 フランドールに不思議そうに楽しそうに問われ、○○は頷いた。 「ええ、わかっていたのだとしても」 「……全てを捨てても遂げたい恋、ね」 パチュリーは手にした本から目を上げる。 「その話は面白いわね。一つの歴史のはずなのに、どこか叙事詩の雰囲気も持ち合わせてるし」 「まあ、近いかも知れません」 「いっそ、その話を本にしてみたらいいんじゃないかしら?」 考えておきます、と微笑って、彼は紅茶のカップを手に取った。 「……面白くはあったけどね」 レミリアはぽつりとそう言って、後は無言で紅茶を飲む。 どことなしに心此処に有らずな様子に、○○が顔を覗き込んだが、レミリアは軽く首を振っただけだった。 その様子を慮ってか、パチュリーが声をかける。 「さて、夜も明けるわ。そろそろ妹様は眠くなるころじゃないかしら?」 「んー……そうでもないよ」 そう言いつつ、フランドールは小さく可愛らしい欠伸を漏らした。 「そろそろ寝ましょうか。また雨が続くようならば、続きを話してもらえば良いわ」 「うん……はーい……」 とろとろと眠そうにしているフランドールを見て微笑すると、レミリアは咲夜に目配せした。 「それでは、妹様」 「ん……」 咲夜は手を伸ばしたフランドールを抱き上げると、一礼してさっと消えた。 「じゃあ、私も戻るわね、レミィ」 「ええ、おやすみ、パチェ」 応じるレミリアにひらひらと手を振って、パチュリーも図書館に帰っていく。 「レミリアさん……?」 「さ、○○、私達も戻りましょう?」 そう手を引かれた時、○○はレミリアの態度の理由に気が付いたが、それは口にせず、はい、とだけ答えた。 部屋に戻って就寝の準備をして、いつものようにベッドの上で○○を背もたれにするようにレミリアは座っていた。 「……ね、○○」 「はい」 何の言葉が来るかはわかっている。だから、彼はレミリアの言葉を待った。それがいいと思っていた。 「話の中の男は、後悔しなかったと思う?」 「しなかったと思いますけどね」 「……何もかも捨てても?」 「たぶん、きっと」 後ろからそっと抱き寄せた○○に、レミリアは首だけで振り向いた。 「……どうして、そう思う?」 「それだけの想いがあったのだと、僕は思うから」 「……うん」 擦り寄るように身を寄せたレミリアに、○○が訪ね返す。 「では、その人魚はどうだったと思います?」 「通われていた人魚?」 「ええ。そこまで想っていた男に対して、彼女はどう想ったのでしょうか」 「……そうね」 レミリアは手を解かせて振り返ると、真正面から抱きついた。 「この上なく、愛しくてたまらなかったんじゃないかしら」 「そうでしょうか」 「きっと、ね。何かもかもを捨てた男を、どこまでも愛しく想ったんじゃないかしら」 「……どうして?」 「私がそう想うからよ」 そう言いながら、レミリアは○○の胸に顔を埋めた。 「……ね、○○」 「はい」 「大好きよ」 「はい、僕も」 「ん」 満足そうに頬ですりすりしながら、レミリアは○○を、ぽす、とベッドの上に倒した。 「ねえ、じゃあ、貴方の話をして」 「僕の?」 「ええ、貴方のこれまでの話。此処に来る前、此処に来た後。どう思ってきたか、どう歩んできたか」 顔を上げて、彼の目を真っ直ぐに見ながら、レミリアは微笑んだ。 「貴方を教えて、○○。貴方がしてくれる話が、私達にいろいろ教えてくれるように。 貴方自身をもっとたくさん、私に教えて。貴方をもっと、私に頂戴」 「……はい」 少し照れたように頬をかいて、○○は微笑って頷いた。 「では、何を話しましょうか。以前少しだけはお話したはずですけど」 「何でもいいの。もっと詳しいことが聞きたいだけだもの」 「地味に難題ですねえ」 「少しずつでもいいわ。どんなに小さいことでも。貴方の話だから」 そう言いながら、レミリアは○○の腕を枕にするように隣に寄り添って、小さな声で続けた。 「……大事な、貴方の話だから」 「……はい」 もう一度微笑んでレミリアを腕の中に包み込みながら、では何にしようか、と彼は独り言のように呟いた。 外はまだしとしとと雨が降り注いでいた。 いつしか眠り込んでしまうまで、二人は話を続けた。 これまではこれからに続いて、話は続いていく。 人魚と男の話は伝わっているところまでしかわからないけれど。 側に居たいと、大事な人の傍に居たいと願うのならば、これからもずっと、この温かい想いは続いていくに違いなかった。 新ろだ668 ─────────────────────────────────────────────────────────── 「ぎゃーおー!」 「たーべちゃーうぞー!」 「…………………………」 ティールームに飛び込んできた二人の吸血鬼に、彼は一瞬動きを止めた。 はて、確か今日はハロウィンではなかったか。 いや、格好は間違ってはいない。狼の耳と尻尾、というのはわかりやすい人狼の姿だ。 だが何かセリフが決定的に違うような。 「あれ、○○驚かなかったー」 「インパクトが薄かったかしら」 「……何やってるんですか二人とも」 顔を見合わせるフランドールとレミリアに、一瞬遅れて間の抜けた声を出す。 ぴこぴこと動く耳と尻尾は可愛らしいが、それとこれとは別の話。 「ん、Trick or Treatだけじゃ芸がないかなー、って」 「芸がなくてもいいと思います」 「でも折角のハロウィンだもの、仮装も含めて楽しまないとね」 ん? と○○は眉を顰めた。もうすでに仮装しているのでは。 「あー、えっと、お二人は?」 「私は魔理沙みたいなのを着て魔女をするの! ますたーすぱーく! って」 「それは館が吹き飛ぶから止めなさい。そうね、でもお揃いも悪くないかも」 「あ、お姉様、お揃いにするの? じゃあ咲夜に用意してもらおう!」 「ええ。じゃあ○○、貴方も何か考えておいてね」 「………………ええ、はい」 風のように走っていった二人を見送った後、彼は我関せずと言わんばかりに紅茶を啜っているパチュリーに声をかけた。 「……何かしました?」 「私じゃないわよ。あの二人が気が付かない程だから、そういうことを出来るのは一人だけでしょう」 「紫さんですか……一体また何を」 「さあ、暇潰しじゃないかしら」 そう言って、パチュリーは手元の本をはらりとめくる。 「……今日は騒がしくなるかもよ」 「パーティーで、ですか?」 「むしろその後。あの人狼セット、二人をどんどん無邪気にしていってるから」 「……は?」 二人揃って走っていくなんて珍しいでしょう、と言って、大したことでもないように続けた。 「私と咲夜と美鈴は妹様対策ね。小悪魔もこちらについてもらうし、○○さんはレミィをお願い」 「僕一人でレミリアさん押さえられる自信はないですが」 「一応吸血鬼でしょ。それに、貴方が相手ならレミィも大人しくなると思うけど」 それはどういう意味ですか、と一つため息をついて、○○は頭をかいた。 どうも今夜は騒がしくなりそうである。 かくしてハロウィンパーティは開始された。あちこちからいろいろ集まって、紅魔館ホールは賑やかなのものとなっている。 ○○は準備を終えた咲夜の姿を見つけ、声をかけた。 「咲夜さん、お疲れさまです」 「むしろこれからよ。まあ、パーティ中は大事も起こらないでしょうけれど」 「起こらないことを願います。レミリアさんとフランさんは?」 「霊夢と魔理沙にじゃれ付いてるわ。ほら」 咲夜が指差す先では、霊夢と魔理沙の背中にしがみついて尻尾を振っているレミリアとフランドールの姿があった。 「……平和ですねえ」 「周りも、少し羽目を外してるくらいにしか思ってないみたいだからね」 「楽しそうでいいじゃないの」 後ろからした声に、二人同時に振り向く。 「こんばんは、紫さん」 「こんばんは。ああ、招待状はあるわよ、睨まなくても」 咲夜の方にそうくすくすと微笑って封筒をひらひらさせながら、スキマに腰掛ける。 「一体またどうしてこんなことを?」 「あら、楽しんでるんだからいいじゃない。それに折角のハロウィンよ。楽しまなきゃ、ね」 咲夜はその返答に首を振って一つ息をつくと、いつの間にやら持っていたグラスを紫に差し出した。 「さすが、気が利くわね」 「お客様をもてなすのは当然のことですから」 溜め息混じりにそう言うと、咲夜は一礼して去っていった。 「……?」 「ふふ、メイド長さんは気が付いたということよ。さ、そろそろ行ってあげなくていいのかしら? こっち見てるわよ」 その言葉にレミリアの方を見ると、いつの間にやら霊夢から離れてこちらを頬を膨らませて見ている。 「あ、い、行ってきます」 「はいはい、行ってらっしゃい。楽しませてもらうわ」 くすくすと微笑う紫を残して、○○はレミリアの下に向かった。 「○○、スキマ妖怪と何話してたの?」 「ちょっとした応対ですよ。レミリアさんこそ、霊夢さん達と話されてたようですけれど」 「私が招いたのだから当然でしょ。さ、○○も一緒に回るの」 「はい」 いつもより子供っぽく袖を引いてくる主はこの上なく可愛いとは思うが、さてどうしたものか。 ぴょこぴょこ揺れる尻尾と耳に思わず触りたくなる衝動に駆られるが我慢する。 「ところで、紫さんに何か頼み事でもしました?」 「何で私があのスキマにそんなことしなきゃいけないのよ」 「んー、いや、ちょっと」 咲夜の態度と紫の様子がどうも引っかかっているだけなので、確信めいたことが言えない。 「そんなこといいじゃない。行きましょう」 黒い衣装を翻して、レミリアは○○の手を取った。 しかし、いつもより三倍増しではしゃぐ主にはいつの間にやら置いていかれてしまい、○○は所在無く給仕をしていた。 「まあ、楽しいならいいんだけど……」 料理を適当に分けつつ、一つ息をつく。 「よ、分けてくれないか」 「私にも」 「ああ、魔理沙さん、霊夢さん、どうぞ」 ふらりとやってきた二人に料理を渡しつつ、○○はレミリアを視線で追う。 「ところで、何なんだあれ?」 「僕にもさっぱり。紫さんが何かされたみたいなんですけど」 「ああ、何でも有りになるわねそれ」 涼しげな顔で霊夢が手元の飲み物を飲み干して、○○に尋ねかける。 「で、○○さんとしてはどうなのかしら?」 「え?」 「惚けるなよ、どうなんだ、お前の愛しのお嬢様のあの格好は」 魔理沙からもにやにやとからかわれ、○○は反射的に顔を紅くした。 「ああ、いやその、可愛らしいとは思いますけど」 「目が追ってるわよ、ずっと」 「バレバレだぜ。給仕役がそれじゃ拙いんじゃないか?」 呆れた声の霊夢と楽しそうな魔理沙に、誤魔化すように彼は一つ咳払いした。 「……善処します」 「まあ、手遅れよね」 「手遅れだな」 言いたい放題に言った後、霊夢が相変わらず興味のなさそうな声で言った。 「ま、頑張りなさい。これからでしょ、此処が大変なのは」 「ああ、ええ、らしいです」 「しばらく収まりそうにないもんな、ま、私らは今日は早々に退散させてもらうが」 らしい言葉に少しだけ微笑って、彼は再びレミリアを視線で追い始めた。 かくして、大きな騒動もないままにパーティは幕を閉じた。 普段の紅魔館パーティよりは早めの解散であったが、それに不満を言う者もなく、平和に終わった。 平和でないのは、むしろ。 「さあ、これから本番ね」 「客も帰しましたし、後は」 「あの楽しそうにされているお二人をどうするか、ですねー……」 パチュリーと咲夜と美鈴が、同時にため息をつく。 客のいなくなったホールでは、まだ遊び足りなさそうな姉妹がお互いに軽い弾幕を放ち始めている。 「小悪魔、ブースター役お願い」 「はい……やっぱり妹様がお相手ですか」 「妹様よ。さ、○○さん、レミィの方よろしくね」 「はあ、しかしどうしたものですかね」 「レミィか貴方の部屋に行っておけばいいでしょう。どの道、ここは封鎖よ。後はよろしくね」 そう飛び立ったパチュリーに声をかけようとして止めて、○○はレミリアに近付く。 「レミリアさん」 「どうしたの?」 楽しそうに尻尾をパタパタさせている。それは大変可愛いのだけど。 「あー、えーと、ああそうだ、そろそろ、部屋に戻りませんか?」 「ん、でもフランは」 「フランさんも、咲夜さん達が送っていくそうですよ」 ほら、と差す先では、咲夜とパチュリーがフランと何かを話しているところだった。 尻尾があちらも楽しそうに振られているので、まあおそらく予想通りの展開だろう。 「ですから、ね?」 「わかったわ。じゃあ、連れてって」 子供っぽく手を伸ばすレミリアに少し笑って、そっと抱き上げる。 「ん、上出来」 「ありがとうございます」 すり、と頬を寄せてこられて、一瞬理性がぐらと揺れた気がしたが、とりあえず気のせいにしておいた。 「ん、気持ちいい」 ベッドにぽんと乗って、気持ち良さそうにレミリアが目を細めた。 「今日はもう休まれますか?」 上着を椅子にかけながら○○は尋ねる。少し酒も入ってることだし、早めに休みたいところだ。 「んー、でも、○○、まだよ」 「はい?」 中途半端にシャツのボタンを外していたところをぐっと引っ張られて、後ろからベッドにダイブする。 「わ、どうしたんですか」 「まだ○○に言ってないもの」 起き上がろうとするのを上に馬乗りになって押さえ込んで、レミリアは笑った。 「Trick or Treat?」 「あー、ここで、ですか」 「ええ、ない?」 「生憎と手持ちにはー……あ、ポケットに飴が入ってたかもしれないですが」 「だーめ。今よ」 上着を指差したのに首を振って、レミリアは狼の耳をぱたぱたと動かす。 「くれない人には、悪戯よね」 「えーと、ああもう、観念します……」 どうしろというのか、こんなに可愛らしくいつもより子供っぽい様子で言われて、何も打つ手立てなどない。 同時に今の体勢に理性が警鐘を鳴らしたが、それも気が付かないことにした。 まあ、大抵の悪戯ならどうにでもなるだろう、と意識を無理やり他所に向ける。 「じゃあ、じっとしてなさい」 楽しそうに言って、尻尾と耳をこれでもかと言うほど振りながら、レミリアが口唇を押し付けてきた。 唐突なことに、目を丸くする。 「!? レ、レミリアさん!?」 「悪戯、よ」 そう言いながら、額と頬に、再び口付けてきた。 「だって、今日は何だか上の空なんだもの。だから」 こちらを見て、と囁いて、極上の笑みでこう言い放った。 「ぎゃおー、たーべちゃーうぞー!」 再び、ぺろ、と口唇を舐められて――彼は、盛大に理性の糸が切れる音を聞くことになった。 翌日夜。どことなしに疲弊した感のあるパチュリーにレミリアと○○は会いに来ていた。 疲れは特に見せていないが、それでも疲れたであろう咲夜と共に。 「お疲れさまです、昨晩は」 「そちらこそ……でもないのかしら。まあいいわ。で、まだそれ取れないのね」 「んー……こんなのついてたのね」 どこか気だるそうに、レミリアが自分の頭の耳を触る。 「自分からスキマ妖怪に頼んでおいて何を今更」 「……そうだったんですか?」 「あー、えーと、それはその、取引って奴だから」 ぴこぴこぴこぴこ、と耳をパタつかせながら、レミリアが弁解する。 「折角のハロウィンだし、ちょっとくらいならいいかな、って……」 「まあ、妹様もしばらくは大人しいと思うけれどね」 だいぶエネルギー発散してたから、と言いながら、パチュリーは咲夜の淹れた紅茶を口に運ぶ。 「レミィも随分大人しいけど」 「うー、そ、それは、ちょっと」 誤魔化すようにわたわたしながら、彼の方をちらりと見上げる。こほん、と咳払いして、彼が話題を変えた。 「ともかく、です、解けませんか?」 「随分面倒そうなんだけどね……それに、そろそろ解けるんじゃない?」 「そんなアバウトな……」 「だって後ろ」 パチュリーが示した先を二人で振り向くと、いつの間にやら紫がやってきていた。 「こんばんは、楽しんでいただけたかしら?」 「相変わらず唐突よね……咲夜」 「かしこまりました」 「あら、ありがと」 咲夜から渡された紅茶を遠慮なく受け取って、椅子ではなく自身のスキマに腰掛ける。 「まあ、いろいろ礼は言わないこともないんだけど……これ、いつ解けるの?」 「貴女からそんな言葉がもらえるなんてね。よほど楽しんでいただけたのかしら?」 くすくすと笑われて、レミリアは慌てる。 「べ、別にいいでしょう。それにまだ質問に答えてもらってないんだけど」 「もうじき解けるわよ。メイド長さん、今のお時間は?」 「まもなく十二時です」 「それがどうにか……あ」 ぽむ、と軽い音がして、レミリアの耳と尻尾が消える。 「……解けた」 「魔法は午後十二時に切れるのがセオリーよ」 「どこの世界の話よ、全く」 帽子を被りなおしながら、でもまあ、とレミリアは呟いた。 「いろいろ楽しかったから、感謝はしてあげる。フランも楽しそうだったし」 「それは何より、ね。彼はちょっと名残惜しそうだけど」 「え、あ、ええ?」 いきなり矛先を向けられて、○○は慌てる。 いや確かにちょっと名残惜しかったりはするけど―― 「……○○?」 「あー、いや、その」 紅い顔で睨み上げられて、○○は両手を挙げて降参の意を示した。 「……すみません、自重します」 「ん、それならいいの」 その様子を眺めていた紫が、呆れたような表情で咲夜に話しかける。 「あー、ごめんなさい、メイド長さん、おかわりお願いしていいかしら。砂糖抜きで」 「はい」 「わかってて振ったんじゃないの、貴女も。ああ、咲夜、私にも同じのを」 「かしこまりました、パチュリー様」 咲夜が淹れる紅茶の香が、図書館にふんわりと漂った。 とにもかくにも、紅魔館は今日も平穏である。 新ろだ837 ─────────────────────────────────────────────────────────── 香霖堂にて、彼はいつものように手伝いをしていた。 「お疲れさま、今日はそれくらいでいいよ」 「ああ、はい」 手を休めて、霖之助が入れてくれたお茶を受け取る。 「まただいぶ集めましたねえ」 「興味は尽きないからね。ああそうだ、今日の手間賃プラスなんだが」 ぽい、と霖之助が投げてきた袋を受け取って、彼は目を瞬かせた。 「これは? ……ああ、懐かしい」 中にはさまざまな味のポッキーが入っている。珍しいものから定番まで。 「外の菓子だろう? 何故だか大量に入荷が入ってね……」 「……まさか」 「ご想像の通りの相手からさ。でも、とりあえず繁盛はしたからね。おすそ分けだよ」 「ありがとうございます。レミリアさん喜ぶかな……」 嬉しそうにポッキーを手に取っている様子を見て、霖之助は軽く苦笑する。 「まあ、程ほどにするんだよ」 「はい……? はい」 彼はといえば、霖之助の言葉がわからず、一人首を傾げていた。 「というわけでもらってきました」 「へえ、外のお菓子、ねえ……」 レミリアが珍しそうにポッキーをつまみあげる。 咲夜が紅茶を用意するまでの間、レミリアの部屋でポッキーを検分していた。 「まだたくさんあったけど、あれは?」 「後で皆さんでお茶請けにしてもらおうかと。でも先にレミリアさんに持ってきたくて」 「ん、ありがとう……」 少し顔を赤らめながら、レミリアは素直に礼を言う。 「そういえば、これ何ていうの?」 「ポッキーですけど?」 「あ、じゃあ、ぽっきーげーむ、とかいうの出来るのかしら?」 「………………どこからそんな情報仕入れてきましたか」 「外界の本の中にあったわよ? 詳しくは知らないけど」 教えろ、と言わんばかりにレミリアがきらきらした目でこちらを見てくる。 「……あー。えーと」 もう半ば諦めたように、彼は簡単に説明した。 「……というわけです」 「………………」 説明を聞き終わったレミリアは、顔を紅くして視線をどことなしに向けていた。羽はせわしなくバタバタしている。 「あー、えと、そういうの、なんだ」 「ええ、そういうのです」 説明した此方もかなり恥ずかしい。 レミリアは少し迷うようにポッキーと彼との間で視線を往復させると、ぽつり、と囁くように言った。 「やって、みたい?」 「え?」 「あ、貴方が、やってみたいなら、その、いいけど」 紅い顔をそらすようにしながら、レミリアがそう言葉を続けた。 「……レミリアさんは?」 「訊いてるのは私」 よほど恥ずかしいのか、視線を一切合わせてくれない。 「……してみましょうか」 「……ん」 少し嬉しそうに微笑みながら、レミリアがポッキーを用意する。 やってみたかったんだろうなあ、とどうでもいい思考に無理やり飛ばした。 あまりに可愛らしいので思わず抱きしめたくなるのを我慢するためだった。 「ん……ほう(こう)?」 ポッキーを咥えて、レミリアが首を傾げた。 「……はい、では」 うっかり何かが切れそうになったが自重する。 反対側を咥えて、少しずつ食べようとして――不意に、ノックの音が響いた。 「っ!」 驚いて噛み折ったのはどちらだったか。慌てて食べて、彼がドアの向こうに声をかける。 「は、はい? 咲夜さんですか?」 「はい、お茶の準備が出来ましたので」 「い、今行くわ、ちょっと待ってなさい」 こちらもいつの間にか食べ終わったレミリアが、慌てて答える。 「……行きましょうか」 「……うん」 立ち上がって差し出した彼の手に自分の手を重ねながら、レミリアは小さく呟いた。 「また、後で」 「え、あ……はい、喜んで」 嬉しそうに一つ笑って、彼は部屋のドアを開けた。 ティールームに着いて、パチュリーから顔が紅いことを指摘され、レミリアが慌てに慌てるのだが、それはまた別の話。 新ろだ841 ─────────────────────────────────────────────────────────── 「あ、こら、待ちなさい!」 「やーだ! 捕まらないもーん!」 紅魔館の中の、やや恒例の追いかけっこ。 逃げる幼い少女の方が圧倒的に速く、どう見ても青年の方に分がない。 「はいはい、お手伝いしますね」 「すみません、咲夜さん」 声がするが早いか、少女は咲夜に抱えられていた。 「あー! 咲夜はずるいー!」 「駄目ですよ、お嬢様。あまり走り回っていては、はしたないです」 「ぶー」 むくれる少女に、ようやく青年も追いついた。 「はは、追いかけっこではさすがにもう勝てないですかねえ」 どことなく困ったように笑う彼に後ろから声がかかった。 「また、追いかけっこしてたのね?」 「あ、お母様!」 するり、と少女が咲夜の腕の中から抜け出て、羽をはためかせてレミリアに飛びついた。 飛び込んできた、自分と瓜二つの娘を抱きしめて、レミリアは微笑む。 「駄目でしょう、あまり困らせては」 「だって、お父様全然遅いんだもの」 むー、と唸って、青年の方を見上げる。 「だそうよ、○○」 「まあ、頑張ります」 頭をかく彼に微笑んで、けれど、とレミリアは娘に話しかける。 「お父様は、怒ると凄く怖いわよ?」 「えー?」 物凄く疑わしそうな声を出す。 「そうよ、無理をしてるときなんて、ね」 「妊娠中に弾幕勝負をしようとすれば当然怒ります。危ないことは今でも駄目ですよ」 「はいはい」 心配性になっちゃって、と苦笑して、娘に言い聞かせる。 「赤ちゃんの頃の貴女が昼間外に出ようとしたときなんて、この館の誰よりも速かったんだから」 「……そうなの?」 「さて、無我夢中でしたから……」 首を傾げる彼に、褒めてるんだから素直に取っておきなさい、とレミリアはまた微苦笑した。 「でも、弾幕は出来ないよね、お父様」 「まあ、そればかりはね」 娘の意見に、うんうんと頷く。 「勘弁してください。これでも昔よりはマシなんですから」 「少しずつは進歩してるけれどね」 「でも、弾幕はパワーなんでしょ?」 娘の一言に、レミリアは一瞬停止する。 「…………敢えて訊くわ。それだけから聞いた?」 「魔理沙ー! マスタースパーク! って」 楽しそうに魔理沙の真似をして、マスタースパークを放つ真似をする。 「……咲夜」 「はい」 「今度からパチェだけじゃなく貴女もこの子の教育に付き合いなさい……あれは悪影響が大きすぎるわ」 「承知いたしました、レミリアお嬢様」 微笑って一礼した咲夜に頷いて、○○に向けてため息をついてみせる。 「あの黒白は、全くもう……」 「らしいといえばらしいですけどね」 彼もまた微かに笑った。そして、おや、という顔をする。遠くからの声を聞きつけたようだった。 「フランさんが呼んでますよ」 「あ、今日はフランお姉様と遊ぶって約束してるの! 行ってきまーす!」 言うが早いか、娘は廊下の向こうへと飛んでいってしまった。 「ああもう……咲夜、お願い」 「はい」 後を追って姿を消した咲夜を見送って、レミリアは○○の側に寄った。 「フランさんもだいぶ落ち着かれましたね」 「ええ。あの子が生まれてから」 レミリアの娘を目にしてから、フランドールの中で何かが変わったようだった。 姉以外の自分の血縁だからか、それともただ守りたいと思ったのかどうか、よく娘と遊んでいる。平和裏に、だ。 少なくとも、前のような破壊し尽くすような遊び方は、今はしていない。 「……フランの影響もあるのかしらー……」 「まあ、パワーではあるかもしれませんが」 「追々考えましょうか。さ、私達も行きましょう」 「はい」 いつものように微笑い合って、二人は弾幕の音が聞こえてきた方向に歩いていった。 数刻後のティールーム。 「楽しかったー!」 「それは何より」 娘の声を聞きながら、彼はレミリアに膝枕してもらってぐったりしていた。 娘の遊びに付き合った結果がこれである。途中レミリアも参加したので途中から何が何だかわからなかった。 「もう、お父様情けないわよ」 「そうね、身体鈍ってたんじゃない?」 二人に言われて、降参のお手上げをする。というか、吸血鬼三人相手はいろいろ無理だ。 「僕は僕のペースで行きますよ」 「むー」 「まあ、それがいいわね」 正反対の反応に、少しだけ微笑う。 「不満?」 「だって、私もお父様と弾幕勝負したりいろいろ遊んだりしたいもの」 むくれて、娘は母の肩に寄り添った。 「だから、お父様にはもっと……」 言いながら、うつらうつらし始める。はしゃぎすぎたからだろうか。 「あらあら……だそうよ、○○」 「頑張ります。ああ、レミリアさん」 身体を起こして、娘をレミリアの膝を枕にして休ませる。 「貴方も眠いんじゃない?」 「ええ、まあ、少し」 さほど眠くないと思っていたはずなのだが、どうも瞼が重い。 「おかしいなあ……」 「ふふ、寝てしまってもいいわよ」 「では、お言葉に甘えて……」 レミリアに寄りかかるように、○○は目を閉じる。 何とも言えない心地よさと幸福感のうちに、彼の意識は眠りの中に溶けていった―― 「……ん、あれ、ここは」 「ああ、起きた? 目覚めはどう?」 目を覚ました○○を、レミリアが覗き込んでいた。 「あれ、僕は、えーと……」 きょろきょろと見回せば、いつものレミリアの部屋だった。 「寝る前に胡蝶夢丸を飲んだの、覚えてる?」 「え? あ、ああ、そうか、そうでしたね……」 ぼんやりした頭をはっきりさせる。 そういえば最近、どうも調子がおかしかったので永琳に薬を処方してもらったのだった。 精神的なものかも、ということで、胡蝶夢丸を。 ということは、さっきまでのは夢か。 「……何か、良い夢は見れた?」 「……ええ、とても、とても幸せな夢でした」 「そう……未来の夢、なのかもね」 「かもしれません。そうだとしたら、とても嬉しい」 微笑った○○に微笑を返して、レミリアは起き上がらせるように腕を取った。 「さ、起きて咲夜の紅茶を飲みに行きましょう。目覚めには最高のはずよ」 「はい。レミリアさんは休まれました?」 「ええ、さっきまで私も寝ていたもの。さあ、早く準備して」 「はい」 頷いて、身体を起こしながらサイドボードの薬を見て――彼は首を傾げた。 胡蝶夢丸の数が合わない気がする。自分が飲んだ数よりも倍の量がなくなっているような―― 「○○?」 「ああ、はい、すぐ行きます」 呼ばれて、○○はベッドから立ち上がる。さっと準備して、レミリアの隣に立った。 「お待たせしました」 「ええ……○○、私も夢を見ていたわ」 「……良い夢でした?」 「ええ、とてもとても良い夢。いつか本当になるかもしれない、そんな夢よ」 嬉しそうに頬を染めて、レミリアはそう答えた。 「……同じ夢を見ていたら、素敵ですね」 「そうね、でも本当にそうかもしれないわよ」 含むように微笑って、彼女は彼の腕を取った。 二人の見た夢が現実になるかどうかは――まだ、先の話。 新ろだ852 ─────────────────────────────────────────────────────────── 「……う、く……はっ! はあ……はあ……」 ベッドの上で急に起き上がって荒い息をする彼に、隣で身を起こしたレミリアが心配そうな視線を向けた。 「大丈夫……? 随分、うなされていたわ」 「ああ……ええ、すみません。このところ、夢見が悪くて」 苦く笑う青年に、レミリアはさらに心配そうな表情をする。苦笑することが珍しい人なのは、もう知っていた。 ここしばらく、ずっとそうだ。何かにうなされて、ほとんど眠れていないように見える。 いや、実際眠れていないに違いない。 「……何か、気にかかってることがある?」 「そういうことは、ないはずなんですけど」 何でですかねえ、と首を傾げる。 「……しばらく、休みなさい。そうした方がいいわ」 「ん……そうしますか。すみません、今はもう少し……」 「ええ。おやすみなさい……」 隣で眠り始めた彼の髪を撫でて、レミリアは瞳を翳らせた。 「……と、いうわけなのだけど」 「………………驚いたわ、貴女が自らわざわざ来たことに」 永遠亭にやって来たレミリアに、応対に出た永琳が意外そうな声を出す。 「いいじゃない、別に」 「まあ、貴女が彼に熱を上げてるのは周知の事実だけどね。しかし、ねえ……」 「何か文句が?」 「貴女が来たことには特に。彼の症状についてよ」 ふむ、と形のよい顎に手を当てて続ける。 「精神的な病だけど、本人が全く自覚していない、ということで間違いないわね……」 「少しは自覚しても良さそうなのに」 「元々人間だから、そういうのに疎いのかもね」 立ち上がって薬棚に手を伸ばしながら、永琳は微苦笑した。 「妖怪は精神の方に負担がかかるのにね」 「自覚してないでしょうね……それは?」 「胡蝶夢丸よ。その程度の症状なら、これで十分でしょう」 薬袋に薬を入れて、レミリアに手渡す。 「とりあえず一週間。それでも改善しないようならまた来なさい」 「ええ、そうするわ」 「一回の量は袋に書いてるから」 「……? 多くない?」 「何言ってるの、貴女も飲むのよ。どうせ彼に付き合って貴女も不安定になってるんでしょう」 何を当然のことを、と言わんばかりに、永琳はレミリアに視線を向けた。 「貴女の能力と、彼と貴女の関係性を考えると、互いに影響を及ぼしあっていてもおかしくないしね」 「………………完全に否定はしないけど」 ぽつ、と呟いた一言に、意を得たりとばかりに永琳は頷く。 「二人で一緒に飲みなさい。飲みすぎには注意ね。夢と現実が入れ替わる……っていうのはどこぞの新聞記者にも話したけど」 「……程ほどにするわ」 手元の薬に視線を落として、レミリアは応える。そして、持ってきていた荷物を永琳に渡した。 「これは一先ずの手間賃代わり。正式な代金は後でまた咲夜に届けさせるわ」 「あら、どういう風の吹き回しかしら」 「別に。対価を払わないほど、紅魔館はケチではないよ」 そう言って、レミリアは立ち上がる。 「改善されなかったら、今度は連れてくるわ」 「そうしてもらうのが一番ね。改善されても、とりあえず来て欲しいものだけど」 「治ったかどうか?」 「いえ、ただの好奇心よ」 気が向いたら、と答えて、レミリアは飛び去っていった。 何だかんだで幻想郷で指折りの速さの姿を見送った後、永琳は荷物を開く。 「あら……へえ、割合奮発した、というところかしら」 そして、奥にいる弟子に向かって声をかける。 「ウドンゲ、何か肴を用意してもらえるかしら? 輝夜も呼んで」 「はい、師匠。ですが、どうしました?」 「いいワインが入ったのよ。ああ、肴はそれに合わせてね」 「……これ?」 「ええ、眠れないようなら、って薬師からね」 むう、と目の前の薬を見て、青年が唸る。 「……苦くないですかね?」 「子供じゃあるまいし……大丈夫じゃない?」 「薬嫌いなんですよ……うう」 やや躊躇いながら、だが彼は観念したように薬を手にした。 「……いただきます」 そう呟いて、一気に水と一緒に飲み込んで、息を一つついた。 「胡蝶夢丸、でしたっけ、これ」 「ええ。胡蝶夢」 「……夢が現か現が夢か、ですか」 楽しそうに微笑って、彼はベッドに横になった。 「…………出来るなら」 「ん?」 「現でも夢の中でも、貴女と一緒にいられたら……」 どれだけ幸せだろう、と呟くが早いか、彼は眠りに落ちていく。 「…………」 顔をひとしきり真っ赤に染めた後、レミリアもまた胡蝶夢丸を手に取った。 「恥ずかしいことを……でも、そうね」 こくり、と飲み込んで、彼女は幸せそうに微笑んだ。 「夢でも現実でも、どれくらい先の未来でも――貴方と一緒なら」 きっと、言い表せないほど幸せに違いない。 それだけを胸中で呟いて、レミリアもベッドに潜り込み、彼の腕の中で横になった。 この眠りの先にある夢はきっと、幸せなものであるに違いないと確信しながら。 新ろだ908 ─────────────────────────────────────────────────────────── 「ああ、今日は満月だったか」 里からの帰り道、ふと彼は空を見上げて呟く。 陽が沈みかけているのを眺めて、帰り道を急いだ。。 別に夜は怖くない。陽の光も夜の闇も。彼にとって気にかかるのはただ一つ。 「急がないと、レミリアさんが起きるのに間に合わないかな」 愛する主のこと、ただそれだけ。 紅魔館に着く頃には、陽はすっかり落ちていた。間もなく月も上るだろう。 門の前では美鈴が妖精メイドに何やら指示をしていたが、彼が帰ってきたのを見つけると笑顔で声をかけてきた。 「ああ、おかえりなさい」 「美鈴さん、ただいまです」 「今日は帰って着替えたら、屋上に集合、だそうですよ」 「屋上、ですか」 彼の言葉に、ええ、と美鈴は頷く。 「さ、急いでください。遅くなってお嬢様のご機嫌を損ねても知りませんよ?」 「それは困りますね。では」 冗談に笑って、○○は紅魔館の中へと入っていった。 着替えを済ませて屋上に出ると、もう既にレミリアとパチュリーが椅子に着いていた。 近付く○○に微笑を向けながら、レミリアが隣に座るよう仕草で促す。 「遅かったわね」 出てきた言葉に、○○は困ったように微笑った。 「すみません、手間取って。今日は?」 「今日はいい月だから、どうせなら全員で月光浴でもしないかって提案したのよ」 そう言いながら、パチュリーが手元のグラスを揺らす。中には紅いワインが入っていた。 「こういうのも久し振り……○○が来てからは初めてかしら?」 「そうですね」 レミリアの言葉に頷いてテーブルを見やれば、いつの間にやら自分の分のグラスが用意されていた。 「ああ、ありがとうございます、咲夜さん」 「いいえ」 生真面目な○○の言葉に、咲夜はちらりと笑みを見せる。 「咲夜、貴女も今日は付き合いなさい」 「はい。ですが、妹様は……」 「美鈴と小悪魔に連れてくるよう頼んでるわ」 パチュリーが何と言うこともなし、という態度で告げた。 「折角だから、みんなで楽しもう、ってね」 レミリアはそう言いながら、今にも開こうとしている扉の方に目を向けた。 「お待たせしましたー」 「わあ、本当にいい月ね、お姉様」 嬉々として、フランドールがレミリアの隣に座る。 「ええ、そうね。さ、美鈴と小悪魔も座りなさい。咲夜もよ」 レミリアの命令で、紅魔館のささやかな月見が始まった。 「そういえば、図書館はいいの? 門番も司書もいるのなら無防備じゃない?」 「鼠なら問題ないわ。門番の妖精メイドに来たらこちらに回すよう連絡してるし、図書館自体もロックかけてるもの」 「いつもかけていればいいのに」 「咲夜の紅茶が飲めなくなるじゃない……ところで、レミィ? ○○さん大丈夫なの?」 しばらく歓談する中で、パチュリーが会話の方向を○○に向けた。 彼はにこにこしながら会話を聞いているのだが、どこか視線が曖昧で、ワイングラスを持つ手元もおぼついていない。 「さっきからぼーっとしてるよー」 「大丈夫ですか? 酔っ払ってるんじゃ……」 フランドールと美鈴も声をかける。咲夜は水の用意を始めていた。小悪魔は酔い覚ましを。この辺り手馴れているとしか言いようがない。 「んー……? だいじょうぶだと思いますけど」 「いや、だいぶ大丈夫じゃないわね……とりあえず○○、その手のグラスを離しなさい」 「あまり飲んではないですよ……たぶん」 そうじゃなくて、とレミリアは軽くため息をつく。 酔っているのは酒だけではなく、月の所為でもあるのだ。 無論、酒だけでも月だけでもこうはなるまい。酒だけならとっくに寝ているだろうし、月だけなら少し気が大きくなる程度。 二つの相乗効果と……それと、彼自身の気質によるものだろう。楽しい場で飲むと、彼はあっという間に酔っ払う。 それはこの場が楽しいと言う証明だから、企画した側としては嬉しい限りなのだけれども――? 「…………ちょっと、○○?」 「グラスはおきますから、代わりに」 これは代わりになっていないだろう、と、いきなり彼の膝の上に抱きかかえられて、レミリアは思う。 「酔ってるわねえ……」 「まあ、仕方ないでしょう。お酒もだいぶ進んでいたし」 パチュリーはグラスを置くと、咲夜に紅茶を頼んだ。 「しっかり月の光に当たるのは慣れてないとまずいんですかねえ……」 「私達には、そういうのはありませんものね」 美鈴と小悪魔がそう声を交し合う。レミリアは嘆息すると、自分のグラスを手に取った。 「まあ、いいわ。しばらくはこのままでも」 「あ、いーな、お姉様」 「だーめ、ここは私の特等席だもの」 「わかってるよー。○○はお姉様のものだし。咲夜、私も紅茶ー」 「はい、ただいま」 微笑んで、咲夜が紅茶のカップをフランドールの前に置いた。 「さてしかし、○○をどうしようか……」 「いいんじゃないの、そのままで。どうせ身内だけでしょう」 「そうなんだけど……」 猫が喉を鳴らしている姿か、あるいは犬が尻尾を振る姿か、あれと同じ雰囲気を今の○○は持っていた。 「お嬢様、何でしたら休ませましょうか」 「いいわ、折角の月光浴だし、邪魔なわけではないから」 実際、向こうから積極的にくっついてくるのは珍しい。 もっと甘えてくれてもいいのに、とも思うが、そこは彼なりに譲れないものでもあるのだろう。 だからこの状況は、驚きはしたものの不快ではなかった。 「しかし、そんな○○さん滅多に見られませんよねー……あ、ありがとうございます、咲夜さん」 「いいえ」 咲夜は紅茶を人数分用意しながら、レミリアの方も伺う。それに気が付いて、レミリアも軽くグラスを掲げた。 「これを空けたらいただくわ」 「はい」 頷いた後、咲夜は小悪魔にも紅茶を渡した。彼女自身も、再び卓に着く。 「それにしても面白いわねえ。レミィ、○○さんに耳と尻尾生やしたら怒る?」 たぶんもっと面白いけど、とパチュリーが指をかざす。 「やめて。大変なことになるから」 ため息交じりで制して、レミリアは甘えてくる愛しい人の頭をぽんぽんと叩いてやった。 その後再びのんびりとした時間が流れていたが、その空気は唐突に破られた。 「んー……レミリアさん」 「何?」 すりすりと擦り寄っていた○○が、ふと動きを止めて、ぼうっとした瞳のまま呟く。 「お腹空きました……食べたいです」 ごふう。 何人かが確実に紅茶を吹いた。吹かなかったフランドールが首を傾げる。 「○○、何も食べてないの?」 「ええ、帰ってきて直に来たので……」 「………………後であげるから、今はおあずけ」 レミリアは耳まで真っ赤になったあと、そう告げる。 血のことだとはわかるが、ここまでストレートに言われたのは初めてだ。 「はい……ここでは、我慢します」 「……ああ、食事、ですね!」 「血のことですか、びっくりしましたよ」 小悪魔と美鈴は我に返ると布巾を用意して、テーブルを拭き始める。 合点がいけば何ということはないが、唐突に聞かされると驚くものだ。 「…………レミィ、やっぱり耳と尻尾生やさせたら駄目?」 「後で本当に大変なことになるから止めて」 主に私が、と呟いて、咲夜に紅茶を求める。 「咲夜、紅茶を」 「はい」 先ほどからの流れなど何ともなかったように紅茶を淹れて、咲夜は二つ、カップをレミリアの前に置いた。 「はい、○○。少しこれで空腹を紛らわせておきなさい」 「いただきます……」 熱い紅茶を少しずつ飲みながら、彼は不意に空を見上げた。 「本当に、良い月ですねえ」 「ええ、本当に……でもこれから満月の飲み会は、気を付けた方が良いかもね」 レミリアが嘆息すると、周囲から同意の声が上がる。 「全くです」 「この状況が神社で展開されたら、いろいろな意味で収集つかなくなるわよ」 「天狗が来るよー」 「そこで楽しそうにしないでフラン。まあでも、今日ばかりは許してあげましょうか」 綺麗な月の夜だから。こんなにも、いい月の夜だから。 そう心の中で呟いて、レミリアは○○に少しもたれると、手元の紅茶を一口飲んだ。 「よー、何やってんだ? 図書館には入れないし門番不在だし……あ」 「砂糖の要らないお茶会、よ。貴女も参加する? 魔理沙」 「激しく遠慮したいが、何か同時に珍しいものを見た気がするぜ……へー、○○もそんなになるのか。何やったんだ?」 「何もしてないわ。ただ月に酔っただけ。どの月に酔ったのかは、わからないけどね」 「ほほう、なるほどなるほど、紅い月か。咲夜、私にも紅茶をくれ。砂糖抜きで」 にやにやしながら降りてきて、魔理沙もずうずうしく紅茶を所望する。 「勝手なことばかり言って……咲夜、もう下がるわ。後よろしく」 「はい、お嬢様」 咲夜に一声かけて、レミリアは○○を連れて館の中に戻っていった。 「魔理沙ー! 後で勝負しよー!」 「はいはい後でな。しかし、あれ大丈夫なのか?」 魔理沙はレミリア達が消えていった扉の向こうに視線を向けた。 何だか「こら、人目がなくなると同時に抱きつくな!」とか「誰が見てるかわからないんだから……」とか聞こえる気がするが気のせいだろうか。 「大丈夫よ、ちょっと○○さんがおかしいだけで」 「それはあまり大丈夫じゃないんじゃないか?」 「でもまあ、いつも通り甘々ですから」 「いつもよりちょっとスキンシップ激しかったですけどね」 「概ねいつも通り、かしら」 「…………大した忠誠心だよなあ」 美鈴、小悪魔、咲夜と言った従者の面々からの少しばかり酷い感想に魔理沙が苦笑する。 それでも、これはあの二人を温かく見守ってるからなんだろうな、と思っていると「パチェ――――っ!!」という叫びが聞こえた気がした。 「……何した?」 「ちょっと時限式の魔法の実験。あの分だと成功したみたいね」 何とも温かい友情だな、と魔理沙は嘆息しながら紅茶をすする。 まあともかく、砂糖抜きの紅茶が何とも甘い晩であった。 翌日、眠そうにふらふらしているレミリアと、彼女に申し訳なさそうに甲斐甲斐しく付き添う彼の姿が見受けられた。 「パチェ……」 「おはようレミィ。思ったより早いわね」 「貴女がそういう悪ふざけするとは思わなかったわ」 むう、とむくれて告げた言葉に、何でもないようにパチュリーは返答する。 「あら、甘えられて嬉しそうにしてたと思ったんだけど」 その言葉に、ふいと顔を背けたものの、照れ隠しは明白であった。 「いいわ、もう。○○」 「はい」 そう言って、ソファに座っている彼の腕の中に収まる。 「仲良いことで何よりね」 「それはまあ、ね」 照れながらも寄り添う姿は、とても幸せそうに見えて、何となく微笑ましい気分になる。 こんな日もいいかもしれない、と思いながら、パチュリーは久々の珈琲に口をつけた。 それでも、満月の夜は酔っ払いに気をつけろ、の言葉が紅魔館の暗黙の了解になったのは、言うまでもない。 新ろだ909 ─────────────────────────────────────────────────────────── 師走も半ばを過ぎ、里も俄かに騒がしさを増してきた。 年の瀬と、その前に来る一つの祭りが理由だ。 「いやはや、幻想郷にもクリスマスがあるんですねえ」 「外から入ってきたものも多いですからね」 「冬は娯楽が少ないからな、皆楽しみにしているよ。原義は忘れられていてもな」 阿求と慧音の言葉に頷いて、○○は手元の紅茶を啜った。 咲夜の買い物に付き合って里に降りてきて、今は紅茶の茶葉を選んでいるのを待っている最中だ。 待っている間、さてどうするか、と思っていたら、丁度同じ店で歓談している二人に声をかけられ、今に至る。 「紅魔館でもパーティすると言っていましたしね」 「ああ、招待状が来ていたよ」 「だいぶ大掛かりにやるみたいですね」 「ええ、今日もその買い物で。咲夜さんが紅茶を選び終わったらそれ関係を買いに行く予定です」 その言葉に、阿求が首を傾げる。 「貴方は紅魔館では雑用をしなくてもいいのでは?」 「確かに。客分……と表向きは聞いているが、恋人なのに」 「ごふ」 大きくむせて、ごほごほと咳をしながら○○は言葉を繋いだ。 「ごほ、いやまあ、手伝いに関してはそうなんですけど、こればかりは性分で」 「恋人の方は否定しない、と」 「やれやれ、お熱い事だ」 好き放題に言われて、○○は頭を抱えて呻く。 「はいはい、あまりからかわないで」 「ああ、咲夜さん、決まりましたか?」 「ええ、荷物お願いね」 はい、と立ち上がって受け取る。 「からかうと楽しいのでつい」 「いささか悪ふざけをしてしまったな、すまない」 笑いながらの謝罪に、咲夜も微かに笑う。 「まあ、気持ちはわからないでもないですけどね」 「咲夜さんまで……勘弁してください」 頭をかいていると、パシャリ、と音がした。 「ん?」 「今、鴉天狗がいた気が……」 「また何かネタでも探しているのかな。さて、私は仕事に戻るよ」 「私も屋敷に。またお会いしましょう」 立ち去っていく慧音と阿求を見送って、さあ、と咲夜が呟いた。 「私達も仕事を終えてしまいましょう。雪が降ってくると厄介だし」 「はい」 頷いて、○○は荷物を抱えなおした。 年の瀬であるためか、方々で買い物に来たらしい顔見知りと挨拶や談笑を交わしているうちに遅くなった。 「これはお嬢様が起きそうね……」 「急ぎましょうか」 両手に抱え上げるほどの荷物を持った○○の言葉に、咲夜は頷いた。 「パーティは三日後だから、これで足りるとは思うけど」 「新年の準備は準備で、また買出しに出るのも有りですかねー」 「そうね。またお蕎麦も作らなきゃだし……と、今はクリスマスね」 「ですねえ」 会話をしながら、紅魔館への帰路を急ぐ。雪がちらつき始める前に、何とかたどり着くことが出来た。 「あ、お帰りなさい。荷物運びましょうか」 「ありがとう、美鈴。でも私達だけで大丈夫と思うけど」 「いえ、お嬢様が起きていらっしゃったみたいなんで」 「ああ、ではお願いするわ。ちょっと間に合わなかったわね」 美鈴に荷物を渡しながら、咲夜が肩を竦める。 「ちょっと早めに起きられたみたいですし。ああそういえば、新聞記者さんが来てましたよ」 「文さんが?」 「ええ、もう帰っていきましたけど」 「……通したの?」 「お嬢様が通せって言ったんですよー」 仕事はしてます、と美鈴は慌てて弁解した。 「それならいいわ。では、後よろしく」 先に館に戻る咲夜を見送って、○○と美鈴も館に歩を進める。 「随分買い込みましたね。私もついていけばよかったかな」 「もしかしたら年末の買い物はそうなるかもですね」 「そのときは頑張りますよー。○○さんも荷物を置いたらお嬢様のところに?」 「ええ、まあ、いろいろと話もしたいですしね」 そう笑った彼には、これから起こる騒動など全く見当もついていなかった。 「○○の馬鹿! 知らないっ!」 「ちょ、ちょっと待ってください! 誤解ですって!」 「みんなにでれでれして、もう知らない! 頭冷やしてなさいっ!」 弁解する○○の言葉を聞かず、レミリアはその場から立ち去っていってしまった。 霧になって消えた姿をさすがに追うことはできず、○○は髪をかきむしって椅子にどかりと腰掛ける。 「あーもう、どうすればいいんだか」 一人で呻いていると、テラスに顔を出した咲夜が物凄く呆れた表情で尋ねて来た。 「……一体どうしたの」 「ああ、咲夜さん」 これこれ、とテーブルの上を指差す。どれどれと覗き込んだ咲夜が見たのは―― 「……写真? ああこれ、今日里を回っていたときのね」 咲夜も写っているが、ほとんどは○○が誰かしら知り合いの少女達と言葉を交わしている姿だった。 「ええ。で、余計なことを吹き込んでくれた方が居まして」 「……何となく見えたけど、聞いていい?」 こくり、と頷いて、彼は簡単に説明した。もうそれこそ一言だけ。 「随分と楽しそうに笑っていると」 「…………あっさりね」 「ええ、あっさり。これに尾びれ背びれいろいろつけまくってくれたお陰で」 これですよー、とテーブルに突っ伏す。 「あー……とりあえず、お嬢様の機嫌も見てくるわね」 「お願いします。どうもあれはしばらく会ってくれる雰囲気ではないので……」 ひらひらと手を振って、レミリアの様子を見に行った咲夜を見送る。 「……あー、本当にどうしようかなあ……」 テーブルから身を起こして、写真をまとめると、彼はそうため息をついた。 そして三日後。 「……え、また喧嘩中なのかあの二人」 祭り騒ぎとあって一足先に来ていた魔理沙が呆れた声を出す。 「ええ、まあ、絶妙なタイミングのすれ違いがあってね」 「あれは私のせいじゃないですよー」 文がいつの間にやら後ろに現れて発言する。 「何があったんだいったい」 「いやまあ話せば長くなることながら……」 少し苦笑しながら、文は話し出した。 あの翌日、文は再び紅魔館に訪れていた。 とりあえず、自分が引き起こしたことの結果を確認するために。 『あーやーさーんー?』 『あやや、そんなに恨めしげな声出さなくてもいいじゃないですか』 『出したくもなりますよ。まったく、それで僕は昨日からレミリアさんにお会いできてないんですから』 来るなり彼に捕まって、恨み言を聞かされた。まあこれは予想通り。 『いやあ、らぶらぶなお二人にたまには波風を』 『立てなくていいです。というか、それはやめてください。恥ずかしい』 照れて頭をかいた彼に、さらに言い募ろうとしたとき、だ。 『……随分、楽しそうじゃない』 『あ』 間が悪いにも程があるタイミングで、レミリアが姿を現した。 『あ、レミリアさ……』 『楽しそうに話してるなら、私はいらないわね』 笑顔で怒気のこもった声の吸血鬼というものは、かなり迫力がある。 『え、ちょ、ちょっと……』 『○○の馬鹿! もう絶対知らないっ!』 言うが早いか走り去ってしまい、後には茫然とした態の○○と、かける言葉を持たない文だけが残された。 「とういうことです」 「短かったな。そして何と言うバッドタイミング」 「よね。丁度私がお嬢様を取り成して、○○さんに謝りに行こうとした矢先」 「だからそのタイミングは私のせいじゃないですってばー」 「でも波風立てようとしたのは事実だろ」 「ええ」 だってたまには面白い話題欲しかったんですもん、と悪びれもせずに答える。 はあ、と同時にため息をついて、咲夜と魔理沙は顔をあわせた。 「とりあえずはそういうこと。この三日間、一度も顔すらあわせてないから」 「うわー……○○、どうなってる?」 「目も当てられないわ。まあそれはお嬢様も同じだけど」 「さすがにここまで大事は考えてなかったですよ私も」 そう口を挟んで、文は、おや、という表情で咲夜と魔理沙の向こうに視線を向けた。 咲夜と魔理沙も振り返って、館の主がこちらに向かってくるのを視界に入れる。 「お嬢様」 「ご苦労様、咲夜。早いわね、二人とも」 「邪魔してるぜ、レミリア」 「お先にお邪魔してます」 鷹揚に頷いたレミリアの隣に○○の姿はなくて、お節介とわかっていながら魔理沙は尋ねた。 「○○がお前さんの隣にいないのは何か違和感あるな」 「どこかにいるんじゃない。知らないわよ」 むくれて、レミリアは明後日の方向を向く。 「あやや、誤解は解けてないままですか?」 「…………さあね」 一瞬レミリアの視線が下がったのを見て、魔理沙と文は理解する。 咲夜はとっくに気が付いているのか、いつもの表情を崩さない。 「そんなことはどうでもいいでしょ。ま、楽しんでいってよ」 「ええ、そうさせてはもらうつもりですが。ああ、後で渡したいものがあるのですがよろしいですか?」 「渡したいもの? いいけど……っ! 咲夜、ちょっと行ってくる。天狗、また後で聞くわ」 「はい、お嬢様」 さっとその場から蝙蝠になって姿を消したレミリアに訝る間もなく、一人の青年がそこに駆けつけてきた。 「あ、あれ? レミリアさん、ここに来てませんでしたか?」 「さっきまではね」 「あー、またすれ違ったか……」 少し苛立ったように髪をかき回して、○○はそこに魔理沙と文が居ることに気が付いたようだった。 「ああ、すみません。いらっしゃい、お二人とも」 「ん、邪魔してる……大変だな」 「まあ、頑張って何とかします」 「すみませんねえ」 「あまり悪いと思ってないでしょう、文さん」 だが仕方ないとも思っているのか、困ったように笑っただけで彼は文を責めるようなことは言わなかった。 「咲夜さん、何か手伝うことは?」 「今は特にないわね」 「では、ちょっとまた探しますので。また後ほど」 一つ頭を下げて走っていく彼を見送って、ふむ、と魔理沙は首を傾げた。 「割とピンポイントで場所把握はしてるんだなあ」 「お嬢様も気が付いて逃げるから、堂々巡りなんだけどね」 咲夜は苦笑して、二人の客をホールの方に案内し始めた。 かくして、パーティ事態は和やかな雰囲気で始まった。 ただ、いつも一緒にいる館の主とその恋人が一緒にいないだけで。 まあ、それだけでも十分以上、人妖達の酒の肴にはなっていたのだが。 宴も進み、料理も酒も、いい具合に全員に回り始めた頃。 「すみません、こちらにレミリアさん、いらっしゃいませんでした?」 「いいえ、来てないわ」 「見てないわね」 そうですか、と少し落胆したように呟いて、○○は近くの給仕のメイドから料理の皿を受け取り、幽々子と輝夜の側のテーブルに置いた。 「お邪魔しました。どうぞ楽しんでいってください」 「ええ」 「そうさせてもらうわ」 料理を取り分け、一礼して去っていく○○を見送って、さて、と二人は呟く。 「そろそろいいんじゃない?」 「随分探し回っているわよ」 「……大きなお世話だ」 不意にレミリアが現れて、二人に向かってため息をついた。 「まあ、パーティは楽しませてもらってるけどね、料理も美味しいし」 「それは当然。咲夜の料理だもの」 ふふん、と何故か胸を張る吸血鬼に、輝夜が呆れた視線を向ける。 「それはいいとして。どうして従者から逃げ回ってるのよ貴女は」 「別にいいじゃない。関係ないでしょ」 「まあ関係はないけどね。もし貴女が彼をいらないーって言うんなら、永遠亭にもらおうかと思っただけ」 「……どういうことよ」 「情報源はあそこね」 輝夜は別のところで話をしている文を指差す。天狗か、と大きくため息をつくレミリアに、彼女は続けた。 「さ、どうする?」 「あら、ずるいわね。白玉楼にも欲しいわ」 「マヨヒガっていう方向もあるわよ」 唐突に紫まで参加して、会話はおかしな方向に流れていく。 「な、何を言って……」 「おや、そういうことならこっちの神社にも欲しいねえ」 「そうだね。彼なら文句なしだ」 「寺にも人手があると助かりますね」 「地霊殿も、賑やかになるでしょう」 いつの間にやら他の面々までが集まってきて、もう何が何だかわからなくなってきた。 「さ、こんな意見が出てるけど、貴女の意見は?」 「…………○○の勝手にすればいい」 言うが早いか、レミリアは背を向けて行ってしまった。 それを見送って誰ともなく息をつき、紫がさとりの方を向く。 「……さて、どうですか」 「かなりに意地になっているみたいですね。無理して」 「一目瞭然よねえ。で、彼の方は?」 「言う必要が?」 ないわねえ、と紫は苦笑する。ふふ、と輝夜が笑みを浮かべた。 「さて、『友人』としては人肌脱いであげないとね」 「困っている姿を助けるのは当然、ですものね」 「全くだねえ。さて、でもどうしようか。何かないかい、神奈子」 白蓮の言葉を継いで、諏訪子は神奈子に尋ねながら会場を見回した。 「一気に人目を引ければいいんだろうけどな」 「何かイベントでも起こしたら?」 「いい案ね、幽々子。そうね、メイド長さん、ちょっといいかしら?」 紫は自分達の方に注意を向けていた咲夜を呼ぶと、何やら耳打ちした。咲夜も頷いて、メイドに指示をする。 かと思うと、不意にパチュリーの元に赴いて、何か相談を始めた。パチュリーは紫達を見てため息をつきつつも頷いている。 「上手くいきそうね」 「……外の世界にはそんなイベントがあるのですか」 「覚りにだけわかるのはずるいわ。私達にも教えなさい?」 「ええ、もちろん」 集まって楽しげに――幻想郷のパワーバランスを担う者達が一斉に何かを企んでいる様子をそう呼ぶのなら――話している彼女達のところに、再び○○がやってくる。 「ああ、みなさんお揃いで。すみません、またなんですけれど……」 「お、いいところに来たね」 「はい?」 何を企んでいるのか――そもそも企んでいることにすら気が付いていない彼は、ただ首を傾げることしかできなかった。 「さて、ここで一つ、イベントを始めたいと思いまーすっ!」 マイクを持った文の声に、会場を歩いていたレミリアはそちらの方に視線を向けた。 「名付けて『私の主張大会』! 日頃から思っていることを、思いっきり叫んでしまおうというイベントです!」 何やら面白そうなことを始めたな、と思う。自分が主催になっていないのがどうも不満だが、パチュリー辺りが考えたのだろうか。 「参加は自由! 我こそはー! という者は、勇んで挑戦してください!」 文の声が響くが早いか、次々と手が上がり始めた。 種族問わず壇上に上がっては「あたいは最強だー!」だの「私の歌を聴けー!」だの叫んでいる。 まあ、酒が入っていることもあるだろうが、盛り上がっていることだし、パーティ主催としては何ら問題はない。 ふと思って、○○の姿を探してみる。視線を彼の方に向けて、自然と眉根を寄せた。 スキマ妖怪だの亡霊姫だの蓬莱人だの、大勢に囲まれて飲んでいる。 何となく不機嫌になって、顔を背けて手近のメイドからワインを受け取って一息に飲み干した。 あまり酔う気がしない。もう一杯何か、と視線を巡らせていて、隣に咲夜が現れたのに気が付く。 「お嬢様」 「咲夜、どうしたの」 「そういう飲み方はお身体に触りますわ」 「頑丈だから大丈夫よ。それより、何かあった?」 「ええ、壇上に」 「壇上?」 ふと視線を向けると、ふらふらと酔っ払ったように揺れながら、○○が壇上に上るところが見えた。 五分ほど時間は遡る。○○は紫達に捕まり、次々と酒を呑まされていた。 正直、前後不覚一歩前と言っても過言ではない。 「……すみません、そろそろ」 「あら、もう?」 「ええ……レミリア、さんも、さがさないと」 ぐら、と揺れる身体を支えるように近くのテーブルに手を置きつつ、○○は呟く。 「へえ、でも探し回ってはいるけど、会えてないじゃない?」 「ぐ」 痛いところを突かれたように、彼は言葉を詰まらせた。 「ねえ、○○、最近彼女にきちんと想いを告げてあげてる?」 「え……?」 「いつもいつも言われるのもあれだけど、たまには言葉にされないと、不安になるものよ、女というものはね」 こちらも杯を傾けながら、輝夜が笑みを含んだように告げる。 「あー……そうです、ね」 つたえないと、と呟く彼の肩を誰かが叩いた。 「いい機会があるじゃないか。ほら」 揺らぐ視線の先では、みんなが思い思いのことを叫んでいる。 「……いってきます」 がんばれー、という声を背に、ふらふらと彼は歩き始めた。 「はい、では○○さん、どうぞ!」 思い切り期待に満ちた声の文の紹介を受けて、○○は壇上に上る。 視界は定まっていない。頭はぐらぐらするし、呂律が回るかどうかも怪しい。 それでも、言わなきゃいけないことがある。 「レミリアさ――――ん!」 思ったよりも声が出た。 「僕は、貴女の事を、誰より、何よりも――――!」 声を張り上げられる限り、張り上げて。 「愛してます――――!」 今自分に伝えられる想いの全てを、叫んだ。 「な、な…………」 彼の叫びが終わるや否や、目にも止まらぬ速さでレミリアは咲夜の隣から壇上まで駆け上がった。 「何人前で恥ずかしいこと言ってるのよ貴方はっ!!」 「レミリア、さん」 あまりのことに顔を真っ赤にして肩で息をする彼女を少し茫然と見た後、○○は唐突に抱きしめた。 「な、こら、離しなさいっ!!」 「やっと、つかまえた」 ぽつり、と呟く。 「だいすきです、貴女だけを、ずっとずっと」 「う、あ、○○、その」 酔った勢いで熱烈なことを言ってくる彼に混乱しつつも、レミリアは腕から逃れようとする。 「おーおー、熱いなー」 「キスしろー!」 余計な茶々を入れる野次馬達に何やら文句を言おうと気を逸らした隙に、○○の指が顎にかかったのを感じた。 「あ、こら待ちなさ――んん」 おおー、というどよめきが会場から聞こえる。 強引に塞がれた口唇を解放されて、レミリアは一瞬だけ茫然となった後―― 「い、いい加減に目を覚ましなさいっ!!」 霊夢の昇天脚もかくや、という鋭さの蹴りを、○○の顎に見事にヒットさせていた。 「はい、師匠から、いつもの酔い覚ましだそうです」 数分後、会場の片隅に移動したレミリアと気絶している○○のところに、鈴仙が薬を持ってきていた。 「礼を言うわ。代金はいつものでいいのかしら」 「あ、いえ……今日は面白いものが見れたからいいと、姫が」 「……焚きつけておいて何を……まあいいわ、わかった」 正直酔い覚まし自体はありがたい。後であいつらには礼と言う名の弾幕勝負でも仕掛けてやろう。 「ありがたく貰っておくわ」 「はい、では私はこれで」 鈴仙はそれだけ言うと、騒いでいる兎達の中に戻っていった。あんな数の妖怪兎を呼んだかどうかはどうも覚えていないのだけど。 それはいいとして、だ。完全に気絶している○○にどうやって薬を飲ませようか、と考えていると、不意に声がかかった。 「どうも、レミリアさん」 「ん、どうしたの」 司会を終えたのか、文が近くにやってきていた。 「ほら、渡すものがある、って言っていたでしょう?」 これですよ、と渡されて、レミリアは片目を眇める。 「写真?」 「ええ、写真です。まあ、よく見てくださいよ……」 にこにこと何か物凄く裏のありそうな笑顔の文を胡散臭く見た後、レミリアは視線を写真に落とした。 この後、あちこちで弾幕勝負まで始まったために、パーティは大盛況かつ収拾のつかない事態へと発展した。 それでも、とりあえず騒々しく楽しく、パーティは大成功を収めた、ということになったらしい。 特に、弾幕勝負の発端となった館の主は上機嫌で、ここしばらくの不機嫌さを知っていた館の者達はほっと胸をなでおろしたのだが、これは余談である。 そして、クリスマスパーティがお開きになってしばらくの後。 部屋の扉をノックする音に、ベッドに座っていたレミリアは機嫌の良い声で応じた。 「どうぞ」 「失礼します」 三日振りに、レミリアの部屋に尋ねてきた○○の姿がそこにあった。 「いらっしゃい、○○」 「はい」 ○○を隣に呼びつけて座らせて、レミリアはそっと口を開いた。 「ごめんなさい、○○」 「ん、いえ、すみません、僕こそ」 「いいえ、だって今回は私が天狗に乗せられたり、間が悪かったりしたのは事実だもの」 ぼそぼそと、自分の勘違いであることをレミリアは認めた。 「……わかってたんですか?」 「…………後で冷静になったら。でも」 意地とかいろいろ邪魔して、彼の前に出られなかったのだ。 ふう、と軽く息をついて、○○はレミリアの頭を撫でる。 「僕は、レミリアさんへの誤解が解けていたら十分ですよ」 「私は十分じゃない。だから、ごめんなさい」 そして、手元の写真を取り出す。 「貴方が、私を想ってくれているのは、知っているはずなのに」 「それは?」 「天狗がくれたの」 それは、レミリアと彼が一緒に写っている写真。楽しそうに笑い合っている写真。 「いつの間に撮られてたんでしょうか」 「さあ。まあ、別にいいけれど」 この写真をもらったときに、文に言われたのだ。『貴女の側にいる彼が、一番幸せそうな顔をしているでしょう』と。 本当は、あの翌日訪ねてきたときにこれを渡すつもりだったらしいが、なるほど間が悪かったものだ。 「ああでも、良かった」 ○○はほっとしたように笑って、レミリアに写真を返した。 「もう会ってくれなかったらどうしようと、本気で思いました」 「本当に、もう会わないような気がした?」 「大げさだと理解はしてますけど。ここまで避けられると」 「……他のところに、行こうかと思った?」 輝夜達が巫戯けて言っていたことを、尋ねてみる。彼はきょとんとして、即座に首を振った。 「それでも、僕が居るのは此処だけです」 「そう」 嬉しそうに言って、レミリアは○○に抱きついた。つまらない意地は張ったけれど、それでもやはり彼女も彼が好きなのだ。 もし他のところに連れて行かれていたとしたら……力ずくでも、取り戻しに行っただろう。 しばらく抱き合っていて、ふと、彼は身体を離した。 「……そうだ、レミリアさん」 「ん?」 「これを、お渡ししないと」 そう言って、持ってきていた箱をレミリアに渡す。あまり大きくない箱が、綺麗にリボンでラッピングされていた。 「私に?」 「ええ……大したものではないですが」 「それでも、嬉しいわ。ありがとう」 少し小首を傾げて笑って、レミリアはリボンに手をかける。 「……これ」 「あはは、中々いいものが入らなかったのと……まあ、バタバタしたので、これだけですけれど」 中に入っていたのは、柑橘系の香のする香水と、クリスタルで出来たイルカの置物。 「香霖堂に流れ着いてまして。イルカというのは珍しいかと」 「そうね、とても綺麗……」 灯りに透かして飽きずに眺めていたレミリアが、ん、と声を上げた。 「外……」 「え? ああ、雪、ですか」 「どこかの雪女が降らせてるんでしょう、どうせ」 レミリアは小さな小窓から見えるそれを少し眺めて、サイドボードの上に箱ごと置物と香水を置いた。 そして、こちらに向き直る。 「……○○、ちょっと、後ろ向いてて」 「え? あ、はい」 言われるままに、後ろを向いた。 「……えと、私からは何も用意してなくて」 「ああ、まあ、僕はここにいれるだけでも」 しゅる、と布の擦れる音。 「でも、それはやっぱり嫌だから……ん、ちょっと難しいかな」 羽がはためく音が少しだけして、布の音だけに戻る。何をしているのだろう。 「ん……出来上がり。いいわ、こっち向いて」 「はい。どうし……っ!」 レミリアに向き直って、○○は息を飲んだ。 ベッドの上にぺたりと腰を下ろして、手にはさっき渡したプレゼントの、リボンを巻いている。 正確には、両手の手首にしっかりと、リボン結びで。 「これが、私からのプレゼント」 「………………」 何と言えばいいのか。上目遣いにリボンを結んだ手を差し出してくる様の破壊力たるや、筆舌に尽くしがたい。 「その、こういうのは、嫌だった?」 黙ったまま茫然としている彼に、レミリアが少し不安げに首を傾げる。 即座に返答が出てこず、○○はただレミリアを抱き寄せた。 「あ、えと、その……もらって、くれる?」 「返せといわれても、返しませんよ。喜んでいただきます」 「ん、良かった……あ」 口付けて、さらに強く抱きしめて。 「大好きです。愛してます、レミリアさん」 「ええ。私も、愛してる……」 仲直りの意味もこめて囁いた言葉は優しくて。そして、とても、とても温かかった。 翌日。 「積もりましたねー」 「積もったわねえ」 廊下で二人して、真っ白になった庭の光景を眺めていた。 「あー、まだ降るかな。振り出すと買い出しがなあ」 「しばらくはいいじゃない」 「ん、まあ、そうですけど。つい習慣で」 頬をかいて、レミリアをそっと引き寄せる。 「寒くありません?」 「大丈夫よ」 丈夫だしね、と言って、レミリアは○○を見上げた。 「それより、昨晩の約束」 「ええ、しばらく出来る限り外出は控えますよ。側に居ますから」 「よろしい」 ぽす、と○○によりかかって、レミリアは頬をほころばせる。 「……お二人とも、仲直りされたのはよろしいですけれど、廊下ではさすがに自重していただけますか」 「あら咲夜、紅茶が入った?」 「ええ。パチュリー様もお待ちです」 「そう。待たせちゃ悪いわね。行きましょうか」 「はい」 ティールームに向かって歩き出しながら、レミリアが尋ねる。 「そういえば昨日のあれ、パチェ?」 「発案者は別の方ですが」 「ふーん……まあ、新年にでも何か送り付けましょうか」 「はい」 「え、何がですか?」 「ふふ、内緒。さ、急ぎましょう」 楽しげに微笑って、レミリアは○○の手を引いた。 この後、黒白やら紅白やら天狗やらの来訪により、また俄かに紅魔館は騒がしくなるのだが。 そんな少々の騒動もその銀色の中に内包してしまったかのように、幻想郷は今日も平和だった。 新ろだ953 ─────────────────────────────────────────────────────────── 年の瀬を控えた紅魔館。掃除も一段落した中、台所で料理をする姿が二つ。 正確には、料理をしているのは一人だけなのだが。 「出来た?」 「もう少しですね。味見してみます?」 「ええ」 甘えるような声色で、レミリアが○○の背中に飛びついた。 「っと、危ないですよ」 「貴方がしっかり立っててくれたら大丈夫」 「了解しました。では、どうぞ」 作っていた料理――雑煮の出し汁を小皿に入れて、彼はレミリアに差し出した。 「熱いので気をつけて」 「わかったわ……ん、ちょっと薄いけど美味しいわね」 少しずつ口をつけて、レミリアが評する。 「僕の地元……というか、僕の家がこういう味付けだったもので。少し濃くしますか?」 「ん、いいわ。美味しいし、貴方の作ってくれる味だもの」 「では、このままで」 「……お二人とも、妖精メイド達追い出して何なさってるのですか」 どこか呆れたような咲夜の声が、台所の入り口から聞こえてきて、二人は振り返った。 「ああ、咲夜さん、ちょっと台所お借りして雑煮などを」 「それに追い出したわけじゃないわ。勝手に出ていったんだもの」 ずれた返答を返す○○と、何でもないように返すレミリアに、咲夜は一つため息をついた。 「お嬢様が台所にいたら、妖精メイド達が怖がって近付けませんわ」 「○○だけだと大丈夫なのね。もう少し威厳を身につけなさい」 「善処します」 困ったような微笑みを浮かべた彼に、咲夜がもう一つため息をつく。 「……どれくらいで出来上がりそう?」 「もうすぐ出来上がりますよ」 「では作ったら、少しここを空けてもらっていいかしら。今晩の準備もあるし」 「了解ですー。ああ、お餅だけ食べる直前に入れて煮るのですけど」 「作り方は私もわかるし大丈夫よ」 「では、それ以外は作ってしまいます。少々お待ちください」 鼻歌でも歌うような楽しそうな気配で、○○は鍋に向き直った。 その背中には、まだレミリアが乗っかって、料理を進める手つきを眺めている。 羽がパタパタと動いてるのは、こちらも上機嫌だからだろう。 その様子に、咲夜はやれやれと仕方無さそうに微笑む。 「手が空いたら、外の仕事している子達に差し入れをお願いしていいかしら?」 「ええ、承りましょう」 「私も行くわ」 「程々になさってくださいね」 咲夜の言葉に、レミリアは判っているのかいないのか、パタ、と一つ羽を動かした。 「美鈴さーん、差し入れでーす」 「あ、ありがとうございまーす……お嬢様も!?」 「あら、私がいたら悪いかしら?」 「いえいえいえいえ、とんでもないです」 雪かきをしていた美鈴は、手にしていた雪かき用のスコップを置いた。 「咲夜さんからです」 「ど、どうも……ああ、あったかい」 水筒から注がれた紅茶のカップを手にして、美鈴は一つ白い息を吐く。 そして、他に作業していた妖精メイド達にも休憩を指示した。 「随分と積もってるわねえ」 「ですね。冬の風物詩でもありますけど」 レミリアは庭を見回して頷く。 「何か作れそうねえ」 「……作るんですか」 「そうね、雪だるまか何か、大きいのがいいわ」 「…………頑張ります」 そう項垂れた美鈴は、レミリアの後ろに居た○○の姿がなくなったことに気が付く。 レミリアも気が付いたようで、後ろを向いて呼びかけた。 「○○?」 「ああ、すみません」 雪かきで集めた雪山の影から、彼がひょこと顔を出した。 「離れちゃダメじゃない、どうしたの?」 「いえ、これを作ってまして」 差し出された手に乗っていたのは、小さな雪うさぎ。ハンカチの上に乗せて溶けないようにしている。 「本来耳と目はヒイラギとナンテンを使うんですが……まあ、代用品で」 「扱えないものねえ。ん、いいわね、これ」 「何か器に入れないと溶けてしまいますけどね」 「ええ、中に戻りましょうか……あ、美鈴」 「あ、はい、何でしょうか」 「これ、作って。大きいのを。フランにも見せたいわ」 ○○から雪うさぎを受け取って、レミリアはそう微笑んだ。 「ああ、はい、これならすぐ作れると思います」 「よろしくお願いね」 「お任せください」 美鈴も微笑ってその命令を受ける。それを満足そうに見て、○○を見上げた。 「戻りましょうか。パチェとフランのところに行きましょう」 「ええ、その前に咲夜さんに器をいただいてからですね。それでは、また」 「はい、また後で」 一つ頭を下げると、美鈴は仲良く去っていく二人を見送った。 「仲良いなあ……まあ、この前みたいに喧嘩しているよりは全然いいかな」 そう呟くと、スコップを再び手に取って未だ降り積もっている雪に向かっていった。 ティールームでは、既にパチュリーとフランドールが待っていた。 「あらレミィ、遅かったわね」 「お姉さま、遅ーい」 「ごめんなさい、ちょっと寄り道していたの」 そう言いながら、レミリアはフランドールの前に雪うさぎを置いた。 「わあ、どうしたのこれ?」 「○○が作ったのよ。そのうち大きいのが庭に出来るわ」 パチュリーも本から視線を上げて、それを眺める。 「雪うさぎ、ね。相変わらずいろいろ作るのね」 「思いつくと唐突に作りたくなって」 本当に相変わらずね、と言いながら、パチュリーは○○とレミリアを交互に眺めた。 クリスマスでの喧嘩から仲直りして以来、二人は常に一緒に居る。 いつもならば、どちらかが――主に彼の方があちこちふらふらしているのだが、ここのところそれも自重しているようだ。 「レミィの命令?」 「いいえ、どちらかというと……」 「○○、お蕎麦は温かいのにするのー?」 フランドールが割り込んできて、会話が中断される。 「あ、はい、温かいのでお願いします。パチュリーさんも?」 「……ええ、お願いするわ」 「じゃあ、テラスに移動しましょう。間もなく日が変わるわ」 楽しそうにしながら、レミリアは○○の袖を引く。 「ええ、では、いろいろ持って行きましょうか」 ○○も頷いて、その場にあったティーセットを手にした。慣れているせいか妙に安定感がある。 「らぶらぶだー……」 「下手につつくと紅茶が甘くなるわよ」 行きましょう、と、パチュリーはフランドールを促した。 「ああ、また雪ですね」 「そうね」 ちらちらと降り続ける雪を眺めて、○○は息を吐く。 「星はよく見えるよー」 「すぐに止むかしら」 「ああ、雪うさぎも出来てるわね」 テラスに用意され椅子に座りながら、レミリアは庭を眺めた。 「………………あんなサイズの雪うさぎ、僕は見るの初めてです」 紅魔館の庭には、全長十メートルはあろうかという雪うさぎが出来上がっていた。 雪祭りという単語が頭に浮かんだが、口にはしないでおく。きっと美鈴にとっての悲劇が起きる。 「割と楽しそうに作ってるわね」 「一緒にやりたいなー」 吸血鬼姉妹は興味深そうにまだ大きくなっていく雪うさぎを見ている。 二人とも興味が抑えられないのか、羽がパタパタ動いていた。 「……行ってきます?」 「いいわ、そろそろお蕎麦が来る頃だし」 「食べ終わってまだ作ってたら行って来るー」 「フランがいくなら私も行くわ。いいでしょう?」 「はい、お供します」 「私は見てるわ」 用意されていたワインを口にしながら、パチュリーだけが冷静に答えた。 咲夜に用意してもらった蕎麦と雑煮を、一緒に用意された蕎麦焼酎と一緒に平らげながら、○○は空を仰いだ。 蕎麦と雑煮って一緒に食べるものだったか、と、どうでもいいことを思いながら星空を眺めて呟く。 「んー、初日の出はこの分だと見れそうかなあ」 「……太陽を楽しみにする吸血鬼ってきっと稀有よね」 「ああ、確かに。つい癖で」 照れたように微笑って、彼は気分良さそうに椅子の背にもたれた。 「やっぱり焼酎はちょっと強いなあ……」 「本当に弱いよねー」 「もう少し強くなってもいいのに」 散々に言われるが、彼はただ笑っただけだった。 「反論しないの?」 「出来るのならば」 「……まあ、確かにね」 本に目を落として、パチュリーはグラスに口をつけた。それを見て、○○もグラスを空にする。 「ああもう、無理しないで」 「ん、大丈夫ですよ」 「そんなこと言って、結構飲んでるでしょう?」 熱くなった頬に軽く触れられて、彼は頭をかいた。 「では、もうやめておきます……ああ、ありがとうございます」 「いいえ」 水の入ったグラスを目の前に置いた咲夜に礼を言って、それを飲み干す。 「もう、学習能力が無いんだから」 「大丈夫ですよ、いつも程じゃないです」 「パチュリー、雪が溶けそうー……」 「全くね。溶けてしまう前に雪うさぎ作りに参加する?」 「行くー!」 フランドールは椅子から立ち上がると、庭に向かって勢いよく飛んでいった。 「あ、フランばかり、私も……あ」 「いいですよ、行ってきてください」 「……ん、後で埋め合わせるわ」 それだけの会話を交わして、レミリアもフランドールの飛んでいった方向を追いかける。 きゃいきゃいともう雪うさぎと言っていいのかわからなくなったものの回りで遊ぶ姉妹を少し眺めて、パチュリーが口を開いた。 「……で、訊いてもいいの?」 「何をでしょう?」 「さっきの話。レミィの命令でない、っていう」 「ああ……大したことじゃないですよ。僕はしばらく館にいる、レミリアさんは僕の近くにいる、それだけです」 照れたように頭をかきながら、彼は注がれた手元の水をもう一杯飲んだ。 「……両方ともレミィからの命令ではないの?」 「いえ、命令ではないですし、後者は僕ですからね。その、つい」 「…………いつそんな約束したかは聞かないほうが良さそうね」 「それだと助かります、まあその、あまり人に言うことでは」 「……それで大体理解したわ。了解」 熱いことで、と言って、パチュリーは咲夜に追加を求めた。 「蕎麦焼酎で良いのですか?」 「素面で聞いてるのも恥ずかしいわ、全く。咲夜もどう?」 「多少ならば、お付き合いいたします」 微苦笑して、咲夜はその案に乗った。 遠く日が昇り始めて、吸血鬼達は館の中に戻る。パチュリーはもう少し星を眺めていると言って残った。 「今年の明星はどうかしらね」 「ん、勝つと妖怪の年になるってあれですか」 うろ覚えの知識で、○○はベッドに腰を下ろした。 「ええ、暗黒の年になるの、素敵でしょう?」 「……何ともコメントしがたいですねえ」 手招きしてレミリアを抱き上げながら困った表情をする。 「後で霊夢の顔見に行ってみましょうか。勝ったか負けたかすぐわかるわ」 「初詣がてら、ですか」 「ええ」 上機嫌で擦り寄ってくるレミリアに軽く頷く。初詣する吸血鬼ってどうだろうと思ったが口には出さずにおいた。 「みんなで一緒に」 「そうですね……いろいろ準備して」 「いいわね」 くすくす笑って、レミリアは彼に向き直るとベッドに倒した。 「じゃあ、少し休みましょう……さっきの埋め合わせも」 「僕が行っていいですよ、と言ったことですけど」 「それでも私の気が済まないの……約束だもの」 すり、ともう一度胸元に擦り寄って、レミリアが甘えたような声を出す。 「それでは、こうしていましょうか」 「ん、よろしい」 抱きしめ返すと、満足そうな声が返ってきた。 「大好きよ、○○」 「ええ、僕も、大好きですよ」 楽しそうに笑い合って、○○は上掛けを取って自分達にかける。 「冷えないうちに、寝てしまいましょうか」 「そうね、おやすみ」 「はい、おやすみなさい」 強く抱きしめて、彼も目を閉じた。 また新しい一年が始まることに、今年も彼女の傍に居られることに感謝をしながら。 今年もまた、良い一年でありますように。 新ろだ962 ─────────────────────────────────────────────────────────── 香霖堂で珍しいものを見つけた。 「あれ、へー、炭酸水か」 「ああ、この前流れてきたんだ、名称、用途ともにわかりやすいものだったよ」 霖之助はそういって、手元の何かを机の上に置いた。 「飲んでもあまり美味しいとは言いがたくてね」 「まあ、何かを割るときに使うものですからねえ。そうだ、ワインとかあります?」 「君のいるところのに比べたら安酒だけれどね。味も香りもそんなに楽しめるものではないよ」 「安酒でもいいんですよ」 彼は笑って、グラスに差し出されたワインを入れ、炭酸水を注いだ。 「おいおい」 「まあ、そういわず一つ。安い酒でも、こうするとなかなかいけるものです」 霖之助にも勧めて、彼はグラスを傾けた。こうすると安いワインでもなかなか飲めるものなのだ。 学生時代によくやった。懐かしいとも思う。 「……意外だな、こういう飲み方もあるんだね」 「でしょう? 外に居た頃はたまに飲んでました。まあ、好き嫌いがあるのと邪道なのは理解してます」 「なるほどね。まあでも、だとすると、君のご主人に知られると怒られるんじゃないかな?」 「あー、レミリアさんは怒りそうですねえ、こういう飲み方」 そう言いながら、もう一口にすする。 「私が何だって?」 吹きかけた。 「おや、いらっしゃい。お一人かい?」 「ええ、一人よ。咲夜は里に買い物。お邪魔するわね。○○がこっちに来てるって聞いたから寄ってみたんだけど」 ゴホゴホとむせているこちらを見ながら、店にやって来たレミリアが首を傾げる。 「何、何か飲んでたの?」 「あ、ああ、ええ」 グラスをカウンターに置きながら、○○は応えた。 「ワインの炭酸割り、だそうだ。外に居た頃飲んでたそうだよ」 霖之助が、彼に代わって説明する。レミリアはその説明に頷いて、○○の置いたグラスに視線を向けた。 「……飲んでみて、いい?」 「……いいですけど、レミリアさんの舌に合うかどうか」 「安い酒を飲みやすくしていたそうだよ。ということで、それも安酒だ」 霖之助があっさりと言う。飲んだ後に何だかんだといちゃもんをつけられてはかなわないと思ったのだろうか。 「ふーん……まあ、物は試しよね」 そう言って、レミリアは手に取ったグラスを傾ける。こくん、と喉が鳴った。 「…………安酒ね」 「……ええ、ええと、まあ」 しばらく考えていたが、レミリアは一つため息をついてグラスを置いた。 「まあ、庶民の飲み物、って感じだけど、飲めないわけじゃないわね」 「それなら、いいのですけれど」 ほっとしたように○○が応える。 「文句を言うとでも思った?」 「物凄く美味しい、とは言えないものだと思いますので」 「でも、向こうではよく飲んでたんでしょう?」 「結構、好きだったんですよ、飲みやすくて」 「○○はお酒弱いものねえ……」 楽しげに会話するのを見遣って、霖之助は手元のグラスを手に取った。さすがに話しかける無粋はしないらしい。 それをわかってかわかっていないのか、それとも構いもしないのか、レミリアは○○の襟元に手を伸ばした。 「でも、口直しは必要よねえ……?」 「……レミリアさん、何狙っておられますか?」 嫌な予感に身体を引こうとするが、しっかりと掴まれていて逃げられない。 「ね?」 「ちょ、待ってください、人が見て――っ」 霖之助の見ている前で、いきなり○○を引き寄せたかと思うと、レミリアは彼の首筋に牙を立てた。 血を吸う音が聞こえ、しばらくの後の口を離す。 「ん……ふっ……はあ、ごちそうさま」 「……あー、その……」 困ったように頭をかく○○と満足そうなレミリアを交互に見遣って、霖之助が深々とため息を吐く。 「…………とりあえず、そういうことは外でやってくれないか」 「すみません、香霖さん」 「君達の仲が良いのはよく知っているけれどね」 どこかぐったりとする霖之助に申し訳なさそうに謝っていると、店のドアが乱暴に開いた。 「お、珍しい、お前らがいるなんて」 「あら、魔理沙」 「どうも」 「……今日ほど君の来訪が有り難いと思ったことはないよ」 霖之助の言葉に一瞬不思議そうな顔をして、すぐに合点がいったように魔理沙は笑った。 「あはは、なるほど。私たちの苦労がわかったか香霖」 「苦労って何よ、ねえ、○○」 「まあ、何とも」 見上げてくる主に少しだけ微笑んで、○○は返事をはぐらかせた。 「年始から妙にべったりだよな、お前ら」 「別に、そういうわけでは」 咲夜がこちらに来るらしく、それまで待機することになった吸血鬼主従と魔理沙と霖之助で簡単な茶会となった。 茶会といいつつ、飲んでるのもワインがあったり紅茶があったり緑茶があったりと、かなりフリーダムだが。 「普通よ、魔理沙」 「……普通はそういう風に膝の上に乗ったりしないものだと思うぜ」 「席がないんだからいいじゃない」 空ければ席が出来るのだから、これは我侭以外の何ものでもない。 「いつもこうなのかい?」 「いつも……かな?」 炭酸割りのワインを啜りながら、○○は首を傾げた。 「いつもだいつも。私が行ったときは大概そうだろう」 「いいじゃない別に。○○は私のものなんだもの。私がどうしようと勝手でしょ」 満足そうにレミリアは言って、○○の手からワインを奪った。 「あ、レミリアさん」 「大丈夫よ、今度は悪ふざけはしないわ」 「……まったく、早く咲夜来ないかな、と、噂をすれば何とやら、待ち人来るって奴か」 「あら、待たれていたのかしら」 咲夜は入るなりの言葉に首を傾げ、ついで奥の主達を見て事態を理解したようだった。 「お嬢様、ご自重なさってください」 「ん、考えておくわ」 そう言いつつ、○○の膝の上から降りる様子はないし、彼も困りながらも下ろす様子はない。 それを見ながら、魔理沙は仕方なさそうに笑った。 「被害拡大、だな、香霖」 「やれやれ、僕としては商売の邪魔にならなければいいんだけどね」 後場所をわきまえてもらえれば、と言う言葉は、楽しそうな主従達にはどうやら届いていないようであった。 新ろだ2-050 ─────────────────────────────────────────────────────────── 「あ、やばい」 「ん、どうしたんだい?」 里からの使いで香霖堂にきていた○○は、窓から空を見上げて顔をしかめた。 「雨です」 「ああ、午後から丸一日降る感じだ、とか聞いたね」 「……どうしよう」 頭を抱えて、○○は壁にもたれた。霖之助は首を傾げ、合点がいったように手を打った。 「ああそうか、君も流水が駄目だったな。らしくないから、君が何なのかつい忘れる」 「そうなんですよ。すみませんが、香霖さん、手伝いするんで雨が止むまで雨宿りさせていただけませんか」 「ああ、僕は構わないよ。いろいろ外からの物についての談義もできそうだからね。だが君の方はいいのかい?」 「うーん、それなんですよねえ……里からの用事も完遂できてないし」 香霖堂に荷物を持ってきて、それと引き換えにするものを里に持って帰って、今日の仕事は終わるはずだった。 雲行きが妖しくなっていたのは知っていたが、仕事を途中で放り出すことも出来なかった。 昔からの性格と、吸血鬼になってからの『里に仕事に出た際は、依頼を受ける』が変に曖昧な約束となっていたらしい。 今度もっと細かく約束決めておこう、と決意していると、香霖堂に客が入ってきた。 「いらっしゃい」 「お邪魔する。ああ、やっぱりここにいた」 「慧音さん、すみません、ちょっと帰れそうにないです」 わかっている、と慧音は頷く。 「貴方の仕事は私が引き継ぐ。帰り掛けに紅魔館にも連絡しておこう」 「ありがとうございます」 「何、きちんと伝えておかないと私が殺されかねない」 冗談めかして笑い、慧音は丁寧な口調で霖之助に告げた。 「申し訳ありませんが、彼をお願いできますか」 「構わないよ、手伝いもしてくれるようだし」 頷いて、慧音は○○に訊ねる。 「すまないな、私のミスだ。何か伝えておくことはあるか?」 「雨が上がり次第、すぐに戻ります、と」 「わかった、では、失礼する」 霖之助から商品を受け取って、慧音が香霖堂を出て行く。 「あー、しかし迂闊だったなあ……」 「まあ、現状は変らないさ。ところで、この前見つけてきたこれなんだが……」 ごそごそと近くの箱からいろいろ物を取り出しながら、霖之助は気落ちしている○○に話題を振った。 雨に煙る紅魔館。その客間で、既に起きて来ていたレミリアに、慧音が謝罪していた。 「……そう、香霖堂にね」 「ああ、真に申し訳ない」 「雨ならば仕方が無いわ」 レミリアは静かに言うと、咲夜に視線を向けた。 「後で香霖堂に使いに立ってもらうわね、咲夜」 「はい、かしこまりました」 一礼した咲夜に頷き返すと、レミリアは大きくため息をついた。 「今まで起こらなかったのが不思議なくらいね、白沢」 「まったくだ。そもそも雨の多い時期には出てこなかったりしていたしな」 「次からは気を付けさせるわ。そちらも、雲行きが怪しくなったらすぐに帰らせる等して欲しい」 「わかった」 頷いた慧音に頷き返して、レミリアは態度を崩す。 「ご苦労様。貴女も仕事の途中なんでしょう?」 「後は荷物を里に届けるくらいだから、何と言うことはない」 慧音も微苦笑して、気配を和らげた。 「ただ、彼に頼ってばかりのところはあったな。反省している」 「こちらも○○の好きにさせていたからね」 レミリアは紅茶のカップを軽く弾く。 「帰ってきたら、しばらくは里に出させないようにするわ」 「了解した」 レミリアの言葉の中にあるものを理解した慧音は頷いて、時計を見上げた。そして、近くに置いていた帽子を手に取る。 「では、私はそろそろお暇するとしよう」 「手間を取らせたわね。咲夜」 「はい」 慧音はレミリアに一礼し、咲夜に案内されて客間を出て行った。 それを見送った後、レミリアはソファに沈み込むように力を抜いた。 「……○○の、馬鹿」 「それでこれが……ん?」 気晴らしにと会話してい最中、店の扉が開く音に霖之助は顔を上げた。 「やあ、いらっしゃい」 「失礼しますわ」 「ああ、咲夜さん。外はまだ」 「ええ、強い雨よ」 呆れたように微笑んで、咲夜は霖之助に持っていた袋を渡した。 「こちらはお嬢様から店主殿に」 「これは?」 「手間賃、とのことです。世話をかけてすまないと」 中を確かめて、霖之助は軽く頷いた。 「ありがたく頂いておくよ」 「はい。さて、○○さん」 「わかってます。レミリアさんは怒ってらっしゃいましたか?」 「むしろ呆れてたわね。『雨が上がったらすぐに帰ってきなさい』だそうよ」 「了解しましたー……雨さえ降ってなければ、飛んででも帰るんですけど」 微苦笑しつつ、○○は髪をかき回す。咲夜も仕方ない、というように微笑みながら軽いため息をついた。 「伝えておくわね。後何かある?」 「いえ、出来るだけ早く帰る、ということしか」 「了解。では、私は帰るわね」 一礼して出て行く咲夜を見送って、○○は大きくため息をついた。 「怒ってるかなあ」 「さてね、女性の心理ばかりは何とも難しい。ところで、いただいたこれを早速飲もうかと思うんだがどうだい?」 「いただきます」 袋から取り出されたウイスキーのビンを見て、○○は軽く頷いた。 「……………………」 ベッドの上で横になりながら、レミリアはぼんやりと部屋を眺めていた。 「……こんなに、広かったかしら」 ころん、と転がって、普段は彼がいる場所にぽす、と手を置いてみる。 当然だが何の感触も無く、一つ大きく息を吐いた。 「……暇ね」 ころんころんと転がりながら呟く。妙に広く感じるベッドが、何だか物足りない。 図書館にでも行こうか。そう思って身体を起こす。一人きりだと、どうもいろいろ考えていけない。 寂しいのか、と自分の中の何かに問われた気がして、レミリアは紅い瞳を切なげに伏せた。 「……寂しい、なんて」 夜の王には必要の無い感情。そのはずだ。 それでも、彼がいないと言うその一点だけで、こんなにも気分が乱される。 ふるふると強く首を振って、レミリアは自室の扉を力強く開いた。 蝶番が妙な音を立てたが、気にも留めず彼女は図書館へと歩き出した。 「んー、これはまた珍しい。久々に見るなあ」 「ほう、君は使ったことが?」 「これと全く同じではないですし子供の頃ですけどね。幻想入りしちゃったのか……」 ウイスキーグラスの中身をちびちび舐めながら、彼は霖之助が集めてきた外来品を眺めていた。 今手にしているのは携帯型ゲームの走りの頃の物だったりする。 「河童の人たちが見たら喜びそうですねえ」 「持ってかれないように気を付けているよ」 グラスを傾けながら、霖之助が応じる。そして、カウンターの上にことりと音を立ててグラスを置いた。 「さて、だいぶ落ち着いたようだね」 「え?」 「雨が降り出した辺りは大分混乱していたようだからね。錯乱かな、君にしては珍しい」 「……そんな風になっていましたか」 「心此処に有らずで外ばかり見ていればね」 「まあ、帰りたいのは事実ですけれど、そこまでなっていましたか」 ○○は苦笑して、ウイスキーを舐めた。舌がひり付く様な感覚が、逆に落ち着く。 「犬が飼い主の所に帰りたがる心理かな?」 「確かにレミリアさんは主ですけれど、僕は犬ですか」 「似ているかもしれないよ、悪魔と言うのは契約に従順だからね」 霖之助はそう言って、グラスにウイスキーを注いだ。 「別に、契約だからってわけじゃないですよ」 「ふむ。まあ君は、自ら望んで吸血鬼になったわけだしね、見解も違うか」 「まあ、悪魔が契約や約束を守る、というのは同感ですけれどね」 微笑して、○○は認める。彼の気性と性質が現在の状況を呼び寄せたのも事実であるから。 「でも、僕はただ、レミリアさんを愛しているだけですよ」 「これはまた、凄い発言が出たものだ」 呆れたような苦笑を浮かべて、霖之助は肩を竦めた。 「僕が帰る場所は、結局のところレミリアさんの傍なんです。一番落ち着けるところというのかな」 「……そういえば何だかんだと、君が紅魔館を丸一日離れたことはなかったね」 「そうですね。だからなのかな、妙に落ち着かないんです。早く帰りたい、逢いたいと。重症なのも理解はしてるんですが」 「かなりの重態だね。いや、瀕死かな」 ○○は笑って頷くと、また外を眺めた。 「明日の午後には止むんですよね」 「まあ、この時期だしそこまで長続きはしないだろう。梅雨時だと大変だっただろうけれどね」 「長雨には本当に注意します」 「次からはそういうときは君のお嬢様が外に出さなくなるような気がするけれどね」 再びグラスを傾けながら、霖之助は笑う。 「ですかね、今回のことも帰ったらだいぶ怒られそうですけれど」 「どうかな。怒るよりも先に、帰ったら喜ぶんじゃないかね」 そうだと嬉しい、と微笑んで、○○はグラスの中身をぐっとあおった。 喉を焼く熱さにむせながらため息をついて、酔いが回ったような声で呻く。 「帰りたいなあ……レミリアさん……」 「本当に重症だね」 苦笑しながら、霖之助はもう一杯、彼のグラスにウイスキーを注いでくれた。 図書館に踏み入れたレミリアはきょろきょろと見回して、親友がいつもの場所にいることを確認した。 「パチェー」 「あら、レミィ。珍しいわね」 「ちょっとね」 パチュリーの目の前の椅子に座ると、小悪魔が紅茶を持ってきた。受け取って、一つ息をつく。 「先に言っておくけど、いくら私でも、香霖堂までの道の雨は止ませられないわよ?」 「そんな無理は言ってないわよ」 心外、とでも言うように、レミリアは返した。 「あらそう? 出来るなら今すぐにでも迎えに行きたいって顔だけど」 「そんな顔なんてしてない」 むう、とむくれて、紅茶のカップを傾ける。温かいそれは、少し落ち着く気がした。 「ここにきても退屈が紛れるわけじゃないわよ」 「わかってるわよ、そんなの」 「……大事なのは、それでも尚、ここに来なければならなかった理由かしら?」 パチュリーに言われて、レミリアは押し黙る。 「寂しいと思うのは、罪ではないと思うけれど」 「……私は、吸血鬼よ、パチェ」 「わかっているわ。だから敢えて言うの」 そう、パチュリーは紅茶のカップを手に取った。 「それに、別に口に出せなんて言ってないのよ」 「暗に言っているように聞こえるわ」 不満そうな声で、レミリアは応じた。そして、しばらくカップを見つめた後、口を開く。 「……落ち着かないの」 パチュリーはカップをソーサーに戻すと、黙ったまま本をめくる。レミリアは構わず続けた。 「妙に部屋が広いのよ。空間に何か足りないの」 「…………」 「テーブルもベッドも、何もかも広すぎて嫌になるの。前までは、そんなこと思いもしなかったのに」 足りないの、とレミリアは紅茶に視線を落とす。 「……重症ね」 ため息をついて、パチュリーは魔道書の続きに目を走らせた。 「……ねえ、パチェ」 「何?」 「……私は、寂しいのかしら」 「…………訊く相手が、違うんじゃないかしら?」 「………………かも、しれないわ」 そう呟いて、レミリアは再び、大きくため息をついた。 翌日昼前、香霖堂に入ってきた魔理沙は、挨拶と共に呆れた声を上げた。 「よう、香霖……って、何か死んでるのがいるな」 「雨に降られてこの有様だよ」 椅子に座ってテーブルに突っ伏して寝ている○○を見て、霖之助が応じる。 「僕は適当に休ませてもらったんだがね、しばらく外を見てると言って」 「で、これってことか。しかし、随分惚気を聞かされたんじゃないか?」 「男同士だから話せるってこともあるさ」 魔理沙に緑茶を淹れてやりながら、霖之助は軽く応じる。 「……ん」 「あ、起きた」 頭を起こした○○は、眠そうな目で周りを見回すと落胆したような表情になった。 だがすぐに我に返ったように、魔理沙に目を留めた。 「あれ、おはようございます、魔理沙さん」 「よう、おはよう。随分寝起きは悪そうだな」 「いやはや、椅子で寝てしまうとは。すいません、おはようございます、香霖さん」 「おはよう。構わないさ」 片手を振った霖之助に一礼して、○○は外を見てがたんと立ち上がる。雲の切れ目から陽の光が差し込んでいた。 「雨、止みましたか」 「いや、まだ少し降って……っと、待て待て!」 「まだ完全に止んだわけではないよ。もう少し待つといい」 ドアに向かっていこうとする○○を、魔理沙と霖之助で制する。 「……ですか」 「ったく、香霖の苦労がわかるぜ」 魔理沙が苦笑して、帽子をテーブルに置いた。 「面目ない。どうも気が逸って」 「雲が完全に切れてしまってからでも遅くはないさ。ほら」 指す先では、雲がどんどんと晴れていく様子が伺えた。 しばらくそれをもどかしそうに見ていたが、完全に雨雲らしきものが見えなくなってきた辺りで、彼はドアノブに手をかけた。 「香霖さん、そろそろ帰ります。今日はありがとうございました」 「いいさ、また別の形で返してもらえれば」 「はい、必ず。魔理沙さんも、また」 「ああ、またそのうち行くからよろしくな」 笑って返して、○○は外に飛び出した。それを見送って、やれやれと魔理沙は息を吐く。 「……今日は紅魔館に行かない方が良さそうだな」 「おや、からかうネタになるんじゃないか?」 「糖分の取りすぎは身体に悪い」 肩を竦める魔理沙に、まったくだ、と霖之助も笑った。 「雨、止んだわね」 「はい、お嬢様」 本来もう眠る時間はとうに過ぎていると言うのに、レミリアはまだ外を眺めていた。 「……ん、帰ってきた」 「お嬢様?」 咲夜の問いに答えず、レミリアは階下に下りて玄関に向かう。 扉を開けると、全速で走ってきたらしい○○が、門の美鈴に声をかけてこちらに向かってくるところだった。 「○○……」 呟くが早いか、自分でも気が付かないままに駆け出していた。 「あ、レミリアさん……っ!?」 こちらも駆け出そうとしていたらしい彼に飛びつくように激突し―― 「おわっ!?」 彼がバランスを崩して後ろに倒れこむのを、抱きついたままレミリアは感じていた。 「つつつ……ただいま戻りました、レミリアさん」 「遅いわ、○○」 「すみません」 胸に顔を埋めたままの彼女に、身体を起こした○○は謝罪してきた。 「ですが、今は曇ってるから良かったものの、晴れてたらどうするつもりだったんですか」 「そのときはそのときよ」 顔を埋めたまま言う。どうしてこんなことをしたのか自分でもわからないが、少なくとも顔が上げられる状況ではなかった。 「……レミリアさん」 「何」 「……ただいま」 「…………お帰りなさい」 優しい声に、少しだけ顔を上げる。柔らかい微笑みがこちらに向いていて、頬が紅くなった。 誤魔化すように服に顔を押し付ける。 「ああ、昨日仕事したままですからね。汗臭いですか?」 「……そうでも、ないわ」 むしろ、どこか落ち着く匂いで、レミリアはそのまま抱きしめる。 「……あの、レミリアさん、これはこれで非常に嬉しいのですが、その、そろそろ中に入らないと」 言われて、ここが玄関先、というか中庭であることを思い出した。 慌てて離れて、真っ赤な顔を誤魔化すように首を振る。 「……お嬢様」 「咲夜」 念のためにか日傘を差しかけてくれていた咲夜にも今気が付く。 意識せずとはいえ、人の目にも着きかねないところで一体何をやっていたのか。 動揺する心を抑えながら、レミリアは○○に囁いた。 「……○○、湯浴みが終わったら、部屋に来て」 「はい」 「…………待ってるから」 それだけを告げて、先にレミリアは館の中に戻っていった。 「お疲れ様、○○さん」 「ええ、ご迷惑を」 さっさと戻って湯浴みを終えた○○は、廊下の先を歩く咲夜に対して頷き返す。 「お嬢様、随分と待っていたから。次からは気をつけないと駄目よ」 「ええ、本当に痛感してます」 微笑いながら、○○は頬をかいた。 「さ、着いたわ。私は紅茶だけ淹れたらすぐに退散するから」 「……すみません」 咲夜は微笑むと、ノックをして許可を取って中に入る。 「ご苦労様。そして、お帰りなさい、○○」 「はい」 ○○がレミリアの傍まで言ったのを見て、咲夜は手早く紅茶を用意した。 「では、お嬢様」 「ええ、後はよろしく」 部屋を出て行く咲夜を見送った後、レミリアは○○の袖を引いた。 「レミリアさん?」 「○○」 腕を伸ばされ、○○はその求めに従って小柄なその身体を抱き上げる。 レミリアの体温は少し低くて、そのひんやりとした感覚が何だか彼を落ち着かせた。 「運んで」 「はい。もう休まれます?」 「ええ」 丁寧に抱き上げて運びながら、紅茶のカップだけサイドボードに移しておく。 「随分器用になったわね」 「まあ、多少は」 「……ね、○○」 ベッドに下ろしてもらいながら、レミリアはそのまま○○を引っ張った。 「……貴方のいない部屋は、広かったわ」 「…………はい」 「どこかが抜け落ちた気がして、落ち着かなかった」 そう言って、レミリアは○○の腕を強引に枕にする。 「早々に寝ようかと思ったけど、寝れなかったわ」 「はい」 「……どこも、広すぎたの。私だけじゃ、もう広すぎる」 擦り寄ってきながら、レミリアは囁くように告げた。 「……僕は、いていいってことですか?」 「いなきゃ駄目、ってこと」 服をぎゅっと掴んで、レミリアは紅い顔を隠すように肩口に顔を寄せた。 「貴方は? ○○はどうなのかしら? 私がいなかったら……ん」 言いかけた言葉を口付けで遮って、○○はレミリアを抱き寄せた。 「早く帰りたくてたまりませんでしたよ」 「……うん」 「傍にいられないとか、帰れないってことが、こんなに落ち着かないものなんて思いもしなかった」 それがもし、言われたように帰巣本能のようなものであったとしても。 不慮の事態であっても、いや不慮の事態だったからこそ、愛する人の傍にいられないことが耐えがたかった。 「……次からは、絶対こんなことないようにしますから」 「お願いね。白沢にも約束させたけれど、貴方自身も気を付けて」 抱きしめられるがままになりながら、レミリアが、それと、と続ける。 「……しばらく、傍にいて」 「はい」 「二、三日でいいから。この気持ちが落ち着くまで、一緒に」 「いくらでも」 少しまだ不安げなレミリアをさらに強く抱きしめて、○○は一つ息をついた。 自分が寂しがっていたように、レミリアもまた寂しいと感じていてくれたのだろうか。 だとするならば、これほど嬉しいことはない、と思う。 想いが一方だけでなく、双方向であるというのは、本当に幸せなことだ。 「○○」 「はい」 「……また、キス、して」 「……はい」 常にないおねだりに少しだけ動揺しながらも、○○はレミリアの口唇を塞ぐ。 「ん……ぁ……ありがと。やっぱり、安心するわ……」 「落ち着き、ますか?」 「ええ、とても」 レミリアは満足そうに微笑んだ。 情欲を煽るものではない、親愛の情のこもった口付け。 不安な心を落ち着けるには、最適のものなのかもしれない。 「……寝ましょうか」 「そうですね。おやすみなさい」 「ええ、おやすみ……○○」 「はい……っ!?」 レミリアから不意打ちに近いキスをされて、○○は目を丸くする。 「ふふ、お返し、よ。おやすみなさい……」 「眠れなくさせる気ですか、全く……おやすみなさい」 ぬくもりを感じながら目を閉じる。閉じれば、あまり意識していなかった睡魔が一気に襲ってきた。 腕の中でレミリアが身動ぎするのを感じながら、○○は大人しく意識を手放すことにした。 しばらくの後、陽の光の入らぬ一室では、穏やかに寝息を立てる二人の吸血鬼の姿があった。 新ろだ2-150 ─────────────────────────────────────────────────────────── 「抱きつかれたいとき、かあ」 ふむ、と手にしたアンケートを眺めて、○○は首を傾げた。 「……帰ってきたときに抱きついてくれると嬉しいだろうなあ」 考えながら、アンケートにペンを走らせる。 「でも、寝ているときに抱きついてくれるのは嬉しいな」 それは確定なので問題ない。 自然に頬が緩む。あまり人に見せられない顔になってるだろうなあ、と思いながら顔を叩いた。 「後は、抱きつきたいとき、か。いつもとか言ったら怒られるな」 それでも、ふと抱きつきたくなるときはあるのだ。 嬉しそうな笑顔を見たとき、とか。 羽をぴょこぴょこさせながら、上機嫌で歩いているとき、とか。 風呂上りに、楽しそうに一日あったことを教えてくれるとき、とか。 正面からでも、背中からでも、ぎゅっと抱きしめたくなる。 二人きりのときならばそれも許してくれるだろうが、人目があったら怒られる。 「僕が覚えてないときも多いけど」 クリスマスとか月見とか。それでも、何だかんだと最後には許してくれるのだ。 「んー、こんなもんかな」 書きあがったら、レミリアの顔を見たくなった。 いきなり抱きしめたら怒られるだろうか。怒られてもいい。どうせ一緒にいるのは咲夜だけだろう。 窓を向くと、鴉が待機していた。アンケート回収係なのだろう。 「お待たせしました。はい」 ついでに木の実をやると、カア、と一声鳴いて鴉は飛び去っていった。 それを見遣った後、さて、と○○は部屋の外に出る。 「レミリアさんを探しますかね」 「うー……」 「お嬢様? どうなさいました?」 「い、いえ、何でもないわ」 紅茶を頂戴、と咲夜に告げて、レミリアはアンケートとのにらめっこに入った。 「抱きつきたいとき、抱きつかれたいとき、ねえ」 レミリアは小さく呟いた。 「……何だかんだで、よく抱きしめられてる気がするのよね」 油断すると、ひょいと抱きしめてくる。 「……別にいいんだけど、あまり羽とかは……」 あまり触られているとくすぐったいから、程ほどにするように、といつも言っているのだが。 ふう、とため息をついて、アンケートを再び眺める。抱きつきたいとき、と呟いた。 抱きつく、とは少し違うかもしれないが、くっついていたいときは、ないわけではない。 寝ているときは――あれは向こうが手を広げてくるからだけれど、抱きつくわけだし。 ああでも、ふとしたときに抱きつきたくなることは、ないわけでは、ない。 こちらに向かって、優しい笑顔を向けているとき、とか。 咲夜に代わって紅茶を淹れてくれてるときの、真剣な表情を見たとき、とか。 少し難しそうな顔をして、本を眺めているとき、とか。 不意に、ぎゅっと抱きしめたくなる。きっとそういうことをしても、彼は微笑って抱き返してくれるのだろうけれど。 「……こんな感じかしら」 言いながら、レミリアはペンを走らせた。咲夜に紅茶をもらって、訊ねる。 「○○はどこにいるかしら?」 「今は部屋にいると思いますけれど」 「じゃあ、呼んできてもらえる? 後、これをその辺りに鴉か天狗がいるはずだから、渡しておいて」 「かしこまりました」 咲夜が部屋を出るのと入れ違いに、○○が入ってきた。 「随分早いわね、今呼びに行かせたのに」 「僕がこちらに向かってもいましたから。レミリアさん」 「ん」 差し出された腕に抵抗せず、レミリアは彼の腕の中におさまった。 「どうしたの、急に」 「急に抱きしめたくなったんです。駄目でした?」 「いいえ、私も、こうしたかったから」 レミリアも、彼の首に腕を回す。そのまま、軽く、彼の口唇を奪った。 「っ!? レミリアさん?」 「たまには、不意打ちもいいでしょ?」 「……唐突過ぎますよ」 そう言いつつ、彼も優しい口付けを、レミリアに返してくれる。 「ね、もっと、強くぎゅっとしていて」 「はい」 少し強くなった腕の力に満足して、レミリアは頬を摺り寄せた。 「随分、甘えたがりですね」 「いいじゃない。たまには」 「たまに、ですか?」 「ええ、たまに、よ」 そう言いながら、レミリアは○○に、もう一度口付けた。 「とりあえず相変わらずと言うか何と言うか……」 「ああ、いた。本当に館の中にいたのね。何してるの?」 テラスの隅。咲夜は鴉を相手に何かしている文を発見した。 「ああ、咲夜さん、これを……って、そちらはレミリアさんのですか」 文に紙を渡しながら、逆に差し出された紙を眺めて、咲夜は軽いため息をついた。 「アンケート、ね」 「ええ、アンケートです。これは○○さんに書いていただいたものですね。で、今いただいたのがレミリアさん、と」 中を確認して、文はそちらも咲夜に見せる。 「本当にお二人とも相変わらずといいますか」 「……了解、しばらく紅魔館には近寄らない方が良いかもしれないわね」 「やっぱり甘々になりますかー。ですが、館のみなさんは?」 「慣れてるわよみんな」 やれやれ、とため息をついて、咲夜はアンケートを返す。 「さて、私は仕事に戻るわ。貴女も見逃すから早く帰りなさい」 「そうですねー。そろそろ新聞にもまとめないといけませんし」 では、と、文は立ち去っていく。それを見送って、咲夜も館の中に戻っていく。 しばらくは、ずっとくっついている主と彼の姿が見受けられるはずだ。 とりあえず、場所と時間は選ぶように後々忠言しておこうと決めながら、咲夜は館内の仕事に戻る。 どうせ今は入れる状況ではないだろうから、次に紅茶のおかわりを求められたときにでも伝えよう。 空気を読むのも、従者としては大事なことなのだ。 兎にも角にも、紅魔館は今日も平和である。 新ろだ2-162 ─────────────────────────────────────────────────────────── 「くー……」 「はてさて、どうしたものですかね」 だらしなくソファに転がった青年は、自分の上で寝ているレミリアの髪を撫でながら呟いた。 梅雨時は暇だ。外には出れず、やることと言えば読書やボードゲームといったことだけ。 今日も下手ながらもレミリアのチェスの相手をしていたのだが、レミリアが少し疲れたといって――この状態である。 「まあ、今日は少し早かったしなあ」 しかし胸元にひっつくようにして眠られては、身動きも出来ない。 申し訳なく思いつつも、手の届く位置に置いてある鈴を振った。 「お呼びでしょうか……あら」 「すみません咲夜さん、呼び出して」 鈴が鳴ると同時に現れた咲夜に、○○はすまなそうに片手を上げた。 咲夜は即座に状況を理解したらしく、軽く了解の意を示すように頷く。 「いいのよ、貴方も客人なんだから。で、どうする? 紅茶か何か持ってくる?」 「すみません、お願いします。ああ、本も一冊二冊持ってきていただけませんか。それと、薄掛けを一枚」 「了解。では、少し待ってて」 さっと消えた咲夜は、すぐに注文したものを持ってきた。 「はい。では、また何かあったら呼んで」 「すみません、ありがとうございます」 「いいのよ、お嬢様第一なのは変わらないんだから。私は仕事に戻るわね」 「はい」 咲夜を見送って、○○は薄掛けをレミリアにかけると、手元の本を開いた。 とにかく、レミリアが起きるまでの暇は潰せそうだ。 「……しかし自堕落な格好だな」 手持ち無沙汰にレミリアの羽を撫でながら、○○は呟いた。 片足を床に投げ出すようにしてソファに横になっていて、身体の上にはレミリアがいて、片手には本。 手の届く場所には入れてもらった紅茶。 とにかく、駄目な人間――自分は人間ではもうないが、その見本のような格好だ。 「……まあいいか」 呟いて、羽を撫でるのを再開する。○○は羽を撫でるのが好きだった。 自分にはないものだから気になるというのもあるし、何より触っていて気持ちいい。 付け根から先の方までをなぞり、皮膜を軽く撫でる。いつもながら不思議な感触だが、それがたまらない。 普段はくすぐったいからと途中で怒られるのだが、熟睡しているらしく文句もない。 ぴく、と動くのは反射なのだろうか。微笑ましく思いながら、手元の本に視線を落とした。 内容はあまり頭に入っていない。指先の感触にどうしても気を取られてしまう。 羽だけでなく、髪も撫でてみる。さらさらとした感触が指の間にこぼれた。 自然に笑みが浮かぶ。寝所でも思うが、この触り心地には何も敵わないだろう。 もう読書が主なのか撫でてる方が主なのかわからなくなってきた。 「……よし」 本を閉じて、テーブルの上に置く。 読書を放棄することにした。 片手で抱き寄せて、髪を撫でる。梳くように髪の間に指を通して、丁寧に。 さらりと指からこぼれる感覚を楽しむように、何度も何度も。 テーブルの上の灯りに照らされた銀糸が、きらきらときらめく。 それに目を奪われて、○○は軽くため息をついた。綺麗だと、美しいと、素直にそう思う。 「ん……」 甘えたような声が漏れて、一瞬起こしたかとも思ったが、すりすりと胸に擦り寄って寝息を立て始めた。 安心して、今度は羽に手を伸ばす。半分たたまれたようになっているのは、リラックスしているからだと知っている。 羽が表情のバロメータだと知ったのはいつだったか。 楽しいときや興味を示したときはパタパタと動くし、驚けば広がる。 こうして気を許してくれているときは、ぺたりと寝せたりたたんでいたりする。大変に光栄なことだ。 ゆっくりと、撫でるように触れる。最初見たときは硬いかとも思っていたが、思っていたよりも柔らかいのだ。 触れるたびに、ぱた、ぱた、と揺れる様は、猫や犬の耳を触っているときの感じに似ている。 あれも過ぎると怒られるものな、と思いながら、指先から手のひら、全体を使って撫でていく。 たまに、びく、と震えるが、それもまた可愛らしくて楽しい。 楽しむままに、羽の付け根まで撫でていって―― 「んんっ……!」 羽と肌との境目に触れたとき、大きく、レミリアの身体が震えた。 「……ん?」 ぱた、ぱたと羽は動いているが、それが先ほどまでの自然な動きではない、気がする。 見れば、胸元に押し付けている顔の表情は見えないが、耳は真っ赤に染まっている。 これは、つまり。 「…………レミリアさん、起きてます?」 返答は羽で返ってきた。一瞬大きく広がって動きが硬直し、そのまま静かにたたまれていく。 「……いつから起きてました?」 「………………本閉じて、髪、撫でてもらってた辺りから」 それはほとんど起きていたということではないだろうか。 「……起きてたなら、声かけてくれれば良かったのに」 「だって、楽しそうだったもの……」 もぞもぞと動いて、レミリアは呟く。 「……それに」 「それに?」 「……その、気持ち、良いんだもの」 さらに胸に顔を押し付けられて、○○は反応に困る。怒られるのだとばかり思っていた。 「……怒らないんですか? いつも、くすぐったいと怒るのに」 「………………でも、嫌なわけじゃ、ないの」 物凄く可愛らしい反応を返されてしまった。 羽はぱたぱたと軽く揺らめいているが、それも照れ隠しだと理解する。 嬉しくなって、優しく髪と羽を撫でる。 「ん……」 気持ち良さそうに、レミリアが手に擦り寄ってきた。 それに相好を崩していると、レミリアに楽しそうな声で言われた。 「……随分、嬉しそうね」 「そんな顔してますか」 「ええ」 だが、○○の胸に擦り寄っているレミリアも随分楽しそうだ。 「ね、○○」 「はい?」 甘えた声に油断した瞬間、レミリアに口を塞がれた。 触れるだけの軽いものではなく、ぎこちなく舌を口唇の中に滑り込ませてくる。 始めは驚いたものの、そのいつまでもどこか不慣れな口付けを受け入れ、逆に攻め返してみる。 「ん、んん……はあ、ん……」 口を離すと、少し拗ねたような視線が返ってきた。 「むー、私から不意打ちしてやろうと思ったのに」 「不意打ちにはなりましたけど、まあ、その」 「○○ばかり余裕なんだもの」 「いや、余裕ってわけではなくて……レミリアさん?」 気が付けば、馬乗りのような体勢になってしまっている。 少し嫌な予感がした。 「あの、何をしようとしてます?」 「そうね、まずは血をもらって……それから、いろいろするのも悪くないかもね」 「……血はまだ良いとして。いろいろとは」 「いろいろ、よ」 余裕を持たせようとしているのだろうが、顔を真っ赤にしていてはそれも半減というところだろうか。 いろいろの内容も予測がつかないわけではない。ないが、此処では拙いような。 「あの、レミリアさ……っ!」 制止は間に合わず、かぷ、と首筋を噛まれる。血を飲むのではない、甘噛みのような噛み方。 はむ、と何度も首筋を軽く食んでくる。しばらく遊ぶように食まれた後、耳元で囁かれた。 「…………どう?」 「どう、と言われましても」 微妙に声が動揺する。恋人にこんなことをされて、どうも思わない男がいるものか。 いろいろなものが湧き上がってくるのを、彼女は理解しているのだろうか。 「ふふ、久し振りに見たわ、貴方の慌てたところ」 「大抵いつも、余裕なんてないんですがね」 「そうかしら?」 いつもレミリアの方がどこかしら慌てているからなのだが、それは口にしない。 それよりも、だ。現在の状況の方が拙い。 具体的には理性が警鐘を鳴らしっ放しである。 「……あの、レミリアさん、そろそろ」 「あら、駄目よ。私が主導権を握るの」 楽しそうに囁いて、頬にキスされる。 ああもう、理性など放棄してしまおうか――そう、レミリアの背に腕を回そうとした、そのとき。 「……とりあえず、場は弁えましょうか、二人とも」 救いの手なのかどうなのかよくわからない声が届いて、レミリアと○○は扉の方を見た。 「あら、パチェ」 「あら、じゃないわよ。そういうことは自分の部屋でしなさい」 呆れながら、パチュリーが入ってくる。後ろからは咲夜が。何か用でもあったのだろうか。 「別に良いじゃない、少しくらい」 「少しくらいじゃないから言ってるのよ。入っていきなりそれだと次はロイヤルフレア撃つわよ」 「それは勘弁ね」 そう言いながら、レミリアは○○の上から退く。若干欲求不満ではあるが、大人しく腕を引いた。 「○○さんも、レミィをきちんと止めなさい」 「すみません」 「もう、説教はいいわ。どうしたのよ」 話題を変えるレミリアを見ると、羽がせわしなく動いている。 平静を装ってはいるが、随分慌ててはいるらしい。 当然、パチュリーもわかっているはずだが、そこには触れない。さすがというべきか。 「○○さんの持っていった魔道書。あれ少し難しかったかと思って、まだ初歩のを持ってきたのだけど」 「……あ」 「○○がさっきまで読んでた奴? どんなの?」 「……えーと」 頭に入ってなかったとは言い難い。だが、表情で察されたらしく、パチュリーはため息をついた。 「……どうせ、レミィに気を取られてろくに読んでないんでしょう?」 「そうなの?」 「……ノーコメントで」 声に照れが混じったのを見逃さず、レミリアは機嫌良さそうに○○の膝の上に座る。 柔らかく髪を梳くと、さらに満足気な笑みを浮かべた。 「ああもう、見せ付けるのはいいけれど、紅茶を無駄に甘くしないで」 「そろそろ慣れてきたんじゃない? パチェ」 楽しそうにレミリアが応じる。やれやれ、とパチュリーも咲夜に紅茶のお代わりを頼んだ。 「ねえ、○○?」 「?」 小声で囁いてきたレミリアに、首をかしげて訊き返す。 「続きは後で、ね?」 照れたように微笑を浮かべたレミリアに、○○は頷いて髪をもう一度撫でた。 「密談は終わり?」 「ええ、終わりよ。ところでパチェ、持ってきたの見せてよ」 「いいけど、簡単よ?」 「僕には難しいんですけどねえ……」 ○○は困ったように微笑いながら、レミリアが手に取った本を覗き込んだ。 「まあ、程々に、ね。あまり見せ付けるのもいいけれど、一足先に夏が来てしまうわ」 「そうしたら、アイスティーでも飲んで涼みましょう?」 「はいはい」 呆れたような、微笑ましいような調子を含んだ声で、パチュリーは応じる。 外からは雨の音。蛙の声。初夏の音色。 それをBGMにして、のんびりと紅魔館の夜は更けていく。 新ろだ2-196 ─────────────────────────────────────────────────────────── がーりがーり。 聞きなれない音に、レミリアは首を傾げながら食堂を覗き込んだ。 「……何、それ?」 「あ、お姉様! 暑いから、美味しいの○○が作ってくれるんだって!」 「……ええ、それはいいんだけど」 一心不乱に○○が回しているあのハンドルがついた、氷を台と台の間に挟んでいるようなアレは何なのだろう。 「ああ、レミリアさん。レミリアさんも食べますか?」 「ん、食べる……けど、それは何?」 「かき氷機です。香霖堂で安かったのがあったんでもらってきたんですよ」 ハンドルを一旦止めて、○○は楽しそうに微笑う。 「懐かしい型のですけどね、整備したら普通に動いたので氷とシロップ調達して」 「かき氷作ってる、と」 「はい」 「ね、ね、急がないと溶けちゃわない?」 フランドールが待ちきれない様子で尋ねる。 「そうですね、それでは」 がりがりがりがりがりがり。 ○○は勢い良くハンドルを回し始め、砕けた氷が器に山を作っていく。 程なく、二人分の氷の山が出来上がった。 「お二人ともいちごで良いですかね」 「うん、いいよー」 「ん、これは?」 「ああ、練乳もかけたほうが良いかなって。甘くて美味しいんですよ」 作った○○の方が、心なしかレミリアとフランドールより楽しそうである。 「随分手際よく手に入ったものね」 「何でも大量に仕入れがあったとかで……まあ、おそらくは」 予想される名前を悟ってか、レミリアは仕方なさ気に首を振った。 「まあいいわ。溶ける前に食べてしまいましょう」 「はーい!」 シロップと練乳をたっぷりかけたかき氷を、レミリアとフランドールは勢い良く食べ始め―― 「……○○さん、いいかしら?」 「……何でしょうか、咲夜さん」 「お嬢様と妹様、お二人ともどうして椅子に座ったまましゃがみガードしてるの?」 「……かき氷が原因としか」 「いたたたた……びっくりしたわ」 「頭がキーンっていってる……」 頭を押さえながら、二人が顔を上げる。 「すみません、注意が遅れました」 「もー! 先に言ってよー!」 フランドールが、むー、と頬を膨らませる。困ったように微笑って、彼は軽く誤魔化した。 「まあ、それもかき氷の醍醐味ということで」 「いいわ、もう。美味しいのは確かだし、暑いから冷たいのは丁度良いわ」 しゃく、とレミリアがまた一口スプーンを運ぶ。氷の崩れる音も涼やかで良い。 「夜でも暑くなってきたもんねー……あ、○○、お代わり欲しいな」 「あまり食べ過ぎるとお腹壊しますよ?」 「えー」 「ま、いいでしょう、作ってあげて」 レミリアに取り成されて、○○は頷いた。 「はい。ああ、咲夜さんもどうです?」 「私も?」 一連の会話を聞いていた咲夜が首を傾げる。 「そうね、咲夜も暑い中働いてるし、少し休憩しなさい」 「よろしいので?」 鷹揚にレミリアは頷き、○○に視線を向けた。頷いて、○○は氷をセットした。 「では、行きますよー」 またがりがりと楽しそうに作り出す。 途中、パチュリー達や休憩に来た美鈴などがやってきて、○○は彼女達の分も作ることになった。 「いいわね、こういうのも」 「暑い中にずっといたんで助かりますよー」 「いえ、僕も久々に作れて楽しかったですから」 途中から腕まくりをして作っていた○○は、そう微笑った。 楽しかったが、さすがに少し疲れた。自分の分を最後に作って、今日は終わりにしよう。 「あ、私やってみたーい!」 「私も、少しやってみていいかしら?」 そう、羽をパタパタさせている姉妹に提案される。どうやらあのがりがりとやるのが楽しそうに見えていたようだ。 「ああ、いいですよ。ただあまり力こめすぎると壊れますから気を付けて」 普通ならばあまり削れない、程度なのだけれど、吸血鬼の力でやるのはちょっと怖い。 ○○は加減してやっていたが、はてさて二人に出来るのか。 「大丈夫。じゃあ、私からね、お姉様」 「はいはい。私の分も残しておいてよ?」 そしてがりがりと回しだす。氷が砕けていくに従って、フランドールの瞳が輝きを増した。どうやら相当楽しいようだ。 しばらく一人で回していたが、それに待ちきれなくなったのかレミリアも手を伸ばした。 「私もやるわ」 「えー?」 「いいじゃない、少しくらい」 そう言いながら、レミリアも回し始める。こちらも楽しそうに表情が変わった。 というか、二人とも羽が凄い勢いでパタパタしている。どれだけ楽しいのやら。 「……楽しそうね」 「そうですねえ」 「喧嘩せずに仲良くしていただけているだけでもよろしいかと思いますわ」 パチュリーと○○と咲夜は、どこか微笑ましげに言葉を交し合った。 「ああ、うん、美味い。やっぱり夏はかき氷ですねえ」 「さっぱりしたしね。こんなことやってる間に、もう夜明けが近いけれど」 まあ、あれだけ作ればそうもなる。とりあえずその場に用意していた氷全部を使ったのだから。 運の良い妖精メイドは相伴にも預かれた。今はもう仕事に戻ってしまっているが。 調達のあては幾つもあるので、氷不足にはならないのが救いか。またチルノ辺りに菓子と交換してもらおう。 「フランも戻ったし、○○が食べたら私達も部屋に戻りましょうか」 「そうですね。今日は涼しく寝れそうです」 「昼間はどうしても暑いものねえ……」 そう言うレミリアの口元にもスプーンを運びながら、○○は相槌を打つように頷く。 一人で食べてるのか二人で食べてるのかわからない光景であるが、二人とも気にしていない。 パチュリーなどが見ていたら「熱帯夜が更に暑くなる」と言う様な状況だ。幸い周りに人が居ないので被害はない。 「食べ終わったら、軽く汗を流してきます。さすがに少し暑かったので」 「ええ、待ってるわ」 しゃく、と食べながら、○○は、それにしても、と楽しそうに相好を崩す。 「みんなでかき氷を食べる、なんて、お祭りみたいで楽しかったです」 「もう少ししたら、本当の夏祭りもあるんじゃないの?」 「そうですね、里でかな、神社かな、とにかくどこかでは開かれるでしょう」 「紅魔館で開いてもいいしね」 「毎日どこかで祭りがあるような状態になりますね、それだと」 「それも退屈しないわ」 楽しげに言って、レミリアは何かを思いついたように頷いた。 「紅魔館で屋台を出すのもいいかもね」 「かき氷屋ですか? それもいいかもしれないですね。こう、山ほど作って」 がりがりと回す仕草をして、○○は微笑う。 「楽しそうだけど……あー、でも、やっぱり駄目」 「へ? どうしてです?」 首を傾げる○○に、レミリアはぼそぼそと小さな声で告げた。 「……回れないじゃない」 「え?」 「だから、○○が屋台やってたら、一緒に回れないじゃない」 だから駄目、とレミリアはふいと顔をそらした。その照れ隠しが微笑ましくて、○○は頷く。 「……わかりました」 「……顔がにやけてる」 「いや、可愛いなと……いたたたた」 「……ばか」 頬をつねって、レミリアは本当に拗ねてしまったようだった。 「すみません、ですが本当のことですし」 「余裕綽々なのが気に食わないの」 「すみません」 もう一度謝って、○○はレミリアの髪を撫でた。 しばらく不満そうな顔をしていたが、撫でられているうちに機嫌も少し直ってきたのか、レミリアが口を開く。 「そういえば、咲夜ももう休ませちゃったわね」 「ああ、ええ、そうですね」 「湯浴みの人手が必要だわ」 「……僕ですか」 「他に誰が居るの?」 悪戯っぽい笑みを浮かべて、レミリアは椅子から立ち上がった。 「さ、○○」 「はい、了解しました」 器を片付けて、○○はレミリアの後ろに従う。 「またかき氷、作って欲しいわ」 「ええ、またそのうちに。毎日はさすがに身体を冷やしすぎるでしょうから」 「そうね、暑くて暑くて眠れないような、そんな夜に」 微笑いながら、レミリアは閨の中で、○○の首に腕を回して抱きついた。 「もしかすると、祭りにもかき氷の屋台が出るかもしれないですね。行くのもいいかもしれません」 「あ、いいわね」 「楽しみですね」 「……○○って、結構お祭りとか好きよね。子供っぽいというか」 「いいじゃないですか。小さい頃から好きなんですよ」 拗ねたような○○にくすくすと微笑って、レミリアは小さく欠伸をした。 「とりあえず、今日は寝ましょうか。おやすみ」 「はい、おやすみなさい」 夏の行事に思いを巡らせながら、二人は目を閉じた。 夏はまだ、これから。 新ろだ2-269 ───────────────────────────────────────────────────────────
https://w.atwiki.jp/touhou/pages/182.html
アンケート番号T9 レミリアさまと晩餐会 78スレ目280~963 ,-r⌒L⌒」⌒yヽ、 _r─ノヽヽ,_ _,ノヽヽイゝ、、 rヽ,/ / `ヽイヽヽ, r` / /λ 入、ヽ、 ヽy i 'y r イ-─i, λ─-ヽ、 ヽ, | ∠/ /r;;=;;、i レ' r;= ;-, !ヽヽ、、i / ,イ}. ヒ_! ´ ヒ_,! イヽ、 ヽ、 こんばんは。唐突ですが、 / /くl"" . ""{yイ\ ヽゝ 明日紅魔館にてお嬢様主催の晩餐会を開きます。 i//{.人 r─, ,イiy}イ´/ヽ! 下記の注意事項をよく読んで //y}レヽ 、 , イゝ {yレV 是非お越しください。 ´ ,{y -─r ̄´=ゝ─--y}、 r´ y}「´ ̄`rt´ ̄ ̄フ {y ヽ、 / r⌒ヽ、 ̄イ ̄´ヽイゝ [ } ヽ, / i _、ン.────┐ヽ、くゝイ i i __ゝイ. |´ /ヽ、ヽゝノ ゝ、_ | 注意事項 .| / ´/-´ 注意事項. `..ー| ☆……… .|/ ./ ☆ 5月5日夜22時にご来館ください | ☆……… .|. /_ ☆ 1+5問くらい出ます | ☆……… | ヽ/、 く ☆ 夜遅くなっても、泣かない /|___r,r,rヽ_/ )/、ヽイヽ、 // ヽ イ ヽ \/ ルール説明 ,. ''"´∧ ̄ ̄ ''' ‐ ., / < 龍 フ `ヽ. i ゝレ'ヽ、!─-ィ..,,_ノ i r〉'7´ / ハ i i-i i ヽ、_イ 7 / _!,.-i_! i_ !,ィ=t、i i i ', i i i !ィテi' !,_rハ i_ i 」 i こんばんは、皆様 !_ハLハ'ゝ' . " iハ) i | さて、唐突ですが、あなた方に入館資格があるか、 !Y!、" ヽフ .ハノ | | テストさせていただきますね 〈ン >.、.,__ ,.イ7Y〉、 | |. (Y〉i; rィ''ki/7〈,ソ /7ヽ; ! } { ,.イ ∞イ/} {|/ ヽ! 〈ム,イ _Y_ ム〉〈 、_,.r! !/ ゝ,_ 十 _,.ィ/ヘk'´ ヽ 〈 `ヽ! 十 〈 ! 〉 ノ \r-イ、_ハ、____,.イハ / /| |_{_7´`7ー''"ト| i⌒ヽr'_ハ,」 / / / ト| ゝ'、ノ、ルール・私の出す問題と、お嬢様の出す問題全6問中、全てウミガメ形式です。・解答時間は、1問につき基本1.5時間とします。(解答者の状況・時間等で柔軟に対応します)・それ以外、質問数などに制限はありません。 アンケート番号T9-1 『Wの悲劇』 78スレ目281~341 『Wの悲劇』 紅魔館で少女が死んだ。 何故死んだ? 解答を表示 【解説】 ある日、チルノと大妖精は、紅魔館に忍び込み、かくれんぼをすることになった。 当然、言いだしっぺはチルノである。 さて、大妖精が鬼となりチルノを探していたのだが……なんと、咲夜に見つかってしまった。 このままでは、酷い目にあわされる。 そう思った大妖精は、得意のテレポーテーションで、離脱を図った。 しかし、不運なことに……テレポート先が『#壁の中』であったため、窒息死してしまったのだった…… 翌日、なんとそこには元気に走り回る大妖精の姿が!! 以下、関係者のコメント チルノ「あの日、大ちゃんがエクステンドしていなかったら、彼女の命は無かったでしょう」 大妖精「もう二度と、紅魔館で遊ばないよ」 注:壁の中で死亡した場合、復帰が壁の外となるのは常識である ,. ''"´∧ ̄ ̄ ''' ‐ ., / < 龍 フ `ヽ. i ゝレ'ヽ、!─-ィ..,,_ノ i r〉'7´ / ハ i i-i i ヽ、_イ 7 / _!,.-i_! i_ !,ィ=t、i i i ', i i i !ィテi' !,_rハ i_ i 」 i 合格です! !_ハLハ'ゝ' . " iハ) i | では、ゆっくりお入りください! !Y!、" ヽフ .ハノ | | 〈ン >.、.,__ ,.イ7Y〉、 | |. (Y〉i; rィ''ki/7〈,ソ /7ヽ; ! } { ,.イ ∞イ/} {|/ ヽ! 〈ム,イ _Y_ ム〉〈 、_,.r! !/ ゝ,_ 十 _,.ィ/ヘk'´ ヽ 〈 `ヽ! 十 〈 ! 〉 ノ \r-イ、_ハ、____,.イハ / /| |_{_7´`7ー''"ト| i⌒ヽr'_ハ,」 / / / ト| ゝ'、ノ、 アンケート番号T9-2 『XYZ』 78スレ目345~440 こんばんは。 ようこそ、紅魔館へ。 本日用意したスープは、どれも煮込みに煮込んだものばかり。 是非味わってほしいわ。 /\__,.へ i ', i `ヽ,_」,.. - ''"  ̄ `"' 'ー .、.,_ r-、 _」 >''"´ ___r-、 `ヽ. r‐i ヽ,ァ'´ ヽ,/´ ̄`>く>-ヘ_/ヽコ___ ' , ! 7 `r'"二>'"´ `ヽ_! ', ヽ! ', _!フ´ ! ; ハ ; ', `ヽイ_ ヽ/ヽ7 / ,' ト.、! ハ _」,.ィ' ハ i__,.ヘ `ヽ._ r'! i ,' i `_!、 ' , ,'7´; ‐;、`ヽ.! ', `'ー;ヽ、.,__ノ _,,.. -'" /ヽ ,ハ i /7'´;-、 レ' i r! ! ! ,ゝ ! 」 ,. -''"´ 〈 ノ ', ! ,ハi. | ,リ 'ー‐'- ' レ'´i |イ´ / / `'' ー`ヽ.レミィ' .!,.,. '´ ' __ '"'",ハ !. Y i / !____L_'7 .! r'" ̄ 'ソ , ' ,' ' , ,' ',ヽ、 ノ ノ ノ`' 、, ` -‐' ,..イ ./ ハ i. / ! ヽ. 〈∠,,_,,. ヘ .! / `>;-‐=ニ´,.-!_)ヘ/ /i/ (/ γ⌒ヽ i´'ヽ. )' )イレ')_,.r'7」_____/ /! `"'ァーi´`ヽ.,ン !)、 _',.. -、ヽ、 ,. '"´ i7 |_/ /7 / ', ' , '、, '´ ノi Yア /ヘ!∵/ムヽ∵/] ,' _,,.. -''"´ `ヽ. ,. '⌒ヽヽ,. ''"´`ン !/ ,' `レ/ ハ ヽ// !,' (_ _,,.. -‐ i, 」..ヽ_,.-'"´ソ、ム_ヘ.__「Y / ,' ', i 7 '" ハr'" ヽ、,_/ /_ハ7 !7 rく , i /' ,_r'iヽー,- ''" ̄ i `i"´ ' , i 、 ヽヘ_二ハン ' /´ヽ.(___,,.. -‐ァ' 『レミリアさまと晩餐会』 今夜は月が出てないから わりと本気で、殺すわよ? 【問題】 『XYZ』 最近、パチュリーに同士が出来たみたいなの。 そして、日々敵対勢力と戦っているらしいわ。 さて、同士とは誰かしら? 敵対勢力とは誰かしら? また、何故彼女達は敵対しているのかしら? 解答を表示 【解説】 鍵山雛は、同士を探していた。 最近の東方は、回転するキャラクターが少なくない。 その中で……横回転をするのは雛しかいなかった。 対して、縦回転派は、アリス、藍、にとり等がいる。 彼女らに押され、横回転派が消滅するのも時間の問題であった。 そのときだった。雛が、パチュリーと出会ったのは。 金土符「#ジンジャガスト」 それは、実に優雅な、横回転であったのだ…… その日より、スピンに興味を持ったパチュリーを仲間に加え、横回転派の抵抗が始まったのだった。 「俺達の戦いは、これからだ!!」 アンケート番号T9-3 『敗者』 78スレ目449~588 ふん、よくやるわね。では、次のもんだ…… γ⌒ヽ γ⌒ヽ γ⌒ヽ γ⌒ヽ ゝ __ノ ゝ __ノ ゝ __ノ ゝ __ノ γ⌒ヽ γ⌒ヽ γ⌒ヽ .γ⌒ヽ ゝ __ノ ゝ __ノ ゝ __ノ ゝ __ノ γ⌒ヽ γ⌒ヽ γ⌒ヽ γ⌒ヽ ゝ __ノ ゝ __ノ ゝ __ノ ゝ __ノ lヽ,____, γ⌒ヽ γ⌒ヽ γ⌒ヽ γ⌒ヽ ∠/,,,,,,,,,,,) ゝ __ノ ゝ __ノ ゝ __ノ ゝ __ノ < ( //ノ、)ヽ\ ..lll,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,, < ヽ(( i ゚ヮ) \,,ll゙゙゙ + ∵; *∴ < \i yi ヽ ,,llll゙゙' ;; ∴ ;; ∵ ← ∠ゝく//_|〉∪ /'lll,,, ∵+;; -*∴ し'ノ / ゙ll゙゙゙゙゙゙゙゙゙゙゙゙゙゙゙゙゙゙゙゙゙゙゙゙゙゙゙゙゙゙゙゙゙゙゙゙゙゙゙゙゙゙゙゙゙゙゙゙゙゙゙゙゙゙゙゙゙゙゙゙゙゙゙゙゙゙゙゙゙゙゙゙゙゙゙゙゙゙゙゙゙゙゙゙゙゙゙゙゙゙ +* ∴ レ ー ヴ ァ テ ィ ン ! お姉さまばっかり問題出すなんて、ずるいわ。というわけで、今日の晩餐会はこのフランドール・スカーレットが乗っ取らせてもらうわね。 く| ,..-──-ヘ/i | く| ,..-──-ヘ/i | < ヽ、 ,'y,..-=== y__」/ > < ヽ、 ,'y,..-=== y__」/ > < 〈`'γ ノノハノノハノ > < 〈`'γ ノノハノノハノ > .< ゝノルリ ゚ ヮ゚ノ!|ノ > .< ゝノルリ ゚ ヮ゚ノ!|ノ > < ' 〈(つyiつリ> < ' 〈(つyiつリ> ,く/_!__」 , ,く/_!__」 , `ト,ノ~トノ" `ト,ノ~トノ" く| ,..-──-ヘ/i | く| ,..-──-ヘ/i | < ヽ、 ,'y,..-=== y__」/ > < ヽ、 ,'y,..-=== y__」/ > < 〈`'γ ノノハノノハノ > < 〈`'γ ノノハノノハノ > .< ゝノルリ ゚ ヮ゚ノ!|ノ > .< ゝノルリ ゚ ヮ゚ノ!|ノ > < ' 〈(つyiつリ> < ' 〈(つyiつリ> ,く/_!__」 , ,く/_!__」 , `ト,ノ~トノ" `ト,ノ~トノ" 『フランちゃんとフォーオブアカインド』 今夜はコンティニューできないのさ!! それじゃあ、いっくよーーーーーっ! 【問題】 『敗者』 「くそっ、やられた!」 そう叫んだ者がいました。 何故、その人物は叫んだのでしょう? 解答を表示 【解説】 第5回東方シリーズ人気投票 音楽部門 砕月 736票 御伽の国の鬼が島 ~ Missing Power 214票 「くそっ、やられた!」 幻想神主、ZUNは怒っていた。 第4回に続き、第5回までも、『#萃香のテーマ』において、U2に遅れをとったのだから…… 「……はははははははははははははははは!!……いいだろう、黄昏。 緋想天では、この屈辱、倍にして返してやる……!!」 暗い部屋の中、PCのモニターと一対の眼鏡が、不気味に光っていた…… アンケート番号T9-4 『パチュリーの外出』 78スレ目612~692 それじゃ、次の問題いくよ!! 【問題】 『パチュリーの外出』 ある日、パチュリーは珍しく外出していました。 ある物を手に入れるために…… ある物とは、何でしょうか? また、パチュリーは何故それを手に入れようとしているのでしょうか? 解答を表示 【解説】 パチュリーの目的地は、永遠亭だった。 永琳を呼び出し、目的を伝えるパチュリー 「貴方のスペルカード『#練丹「水銀の海」』だけど、私のスペルカード金&水符「マーキュリポイズン」と、イメージが被ってるのよね。だから、悪いけど、戴かせてもらうわ」 「剣呑ねぇ。まあ、力づくで、というなら、もちろんお相手するわよ」 そんな、割と幻想郷では日常的なお話。 結果? 4ボスが6ボスに勝てるわけないじゃん、JK 霊&魔「私達忘れてもらっちゃ困るんだけど、4ボスに負けたEXボスさん」 むきゅー アンケート番号T9-5 『誤解』 78スレ目700~803 【問題】 『誤解』 彼女は、災難にあっていた。 「だぁっ、なんなんだ、お前達は!?」 何故彼女は、災難にあっていたのでしょう? 解答を表示 【解説】 ことの発端は、永遠亭での会話だった。 「師匠、なんか、外の世界が面白いことになっているみたいですよ」 うどんげは永琳に、月で蔓延しているうわさについて報告していた。 それによると、どうも外の世界で、聖火リレーならぬ、聖火を消火する『#消火リレー』が流行っている、とのことだった。 この会話自体はそれで終わったのだったが、それを聞いていた者がいた。 「おもしろいことを聞いたウサよ」 てゐによって、たった一日で、消火リレーは幻想郷に広まってしまった。 その結果、不死鳥の炎……聖なる炎使いの妹紅は四六時中、火を使うたびに、酷い妨害を受けることになった。 どのくらい酷いかというと、本来なら調停役であるはずの巫女までも『フリーチベット!』と楽しそうにダイビングする有様。 結局、ブームが去る七十五日後まで、ずっと妹紅は妨害に耐えることとなったのだった…… アンケート番号T9-6 『従者の願い』 78スレ目818~963 【問題】 主人は、ある日思い至った。 「そういえば、ずっと彼女にボーナスとか上げてなかったわよね……」 そして、主人は彼女に希望を聞いた。 彼女の希望は当初受け入れられなかったが、3日後、それは叶えられることとなった。 彼女の希望は何だったのか? また、当初受け入れられなかったのに、何故3日後叶えられたのか? 解答を表示 【解説】 十六夜咲夜は、老いていた。 いつ死んでもおかしくない。永遠亭でそう言われるほどの高齢だった。 さて、レミリアはというと、死を覚悟し日々穏やかに過ごしている咲夜に、せめて最後に何か贅沢をさせてやろう、と考えた。 ボーナスを与える、という名目で…… それを聞いた咲夜は、言った。 「では、私の死んだとき、『#お嬢様の涙』を頂戴いただけたら、これ以上の幸福はありません」 生きているうちに、贅沢をさせてやりたい。そんなレミリアの想いは踏みにじられた。 ふざけるな!、とレミリアは叫び、結局この話は無かったことになった……と思われた。 三日後、自室のベットで、冷たくなっている咲夜が発見された。 レミリアは、即座に館内の全てのメイドに対し、午前中の強制外出命令を出した。 数分後、ほぼ空っぽとなった紅魔館に、幼き赤い月の泣き声が、響くこととなった…… 【後日談】 「なるほど、そんなことがあったのですか……いや、私とめーまままで放りだされるのだから、どういうわけなのかとびっくりしちゃいましたよ」 「レミィも動転してたのよ。分かって頂戴。……さて、メイド長が逝った今、貴方が次期メイド長よ。覚悟はできてる?」 「まあ、実感はありませんが……ぼちぼちがんばりますよ」 「……不安ね。貴方は咲夜程、犬度が足りない。猫度が低いのも問題だったけど……」 「さくままはさくまま。私は私。私は私のやりかたで、お嬢様に仕えていきますよ!」 「やれやれ、この能天気さは、どっちに遺伝したのやら……」 てなわけで、スペルブレイクです。みなさん、おつかれさまでした。 割と出題は久しぶりだったけど、楽しかったよ。 また機会を見つけて長編とか出題するね。 じゃあ、また合う日まで。 ゆっくり待っててね!! ,.へ ___,.へ ,. -───-- 、_ __,,. --─'──`<.,,/ ト、 .rー-、,.'" `ヽ、. ,. '" `'く ト. _」 i _ゝへ__rへ__ ノ__ `l ∧ / ゝ____,.へ--、へr-、ノ i、 ! | /!く `i / ゝ-'‐' ̄ ̄`ヽ、_ト-、__rイ、 V i__,.へ!_,./--'─'--'-<ヽi__/ Y | /」 \ ゝイ,.イノヽ! レ ヽ,_`ヽ7ヽ___ __i. r'へ,.イ / ハ ハ i `ヽ7、.| .|/ r'´ ィ"レ´ ⌒ ,___, ⌒ `! i ハ ∠__,.ヘ `Y´ / / ノ__,/,.ィ レ' 、!__ハ i i iヘ| | > .ヽ/ ! /// ヽ_ ノ /// i ハ ', /iヽ. i イハ ハ (ヒ_] ヒ_ン !_!ィヘ.| .| .ノ /l ハノ i ヽ. !/ !., | V |'" ,___, "' ハ ハノ.| |> 〈,.ヘ ヽ、 〈 i ハ i 〉 ∧ `ヽ、ノ 〈 ハ. ヽ _ン .从ヽレi. | ノ レ^ゝi>.、.,_____,,...ィ´//レ'ヽハヘノ V /!〈rヘハ!|>,、 _____, ,.イハ ハ〉 レ' /⌒`γ´ハ_,,.イ´レ`ヽ、 /⌒ヽ、 |/ / レ/´ ̄`ヽニ7´ト、!/ Vヽ 〈r'^ヽi /^L_!ムイ_」^ヽ. .〉´ / i' \ !/〈 `ヽムi i/ .`7 _ノ'§ !、_ !,イ__'⌒ヽ、ノ i ヽ_r、_イヘノハi_,.r〉 .i、_ノ !、,§__、ハ、_ノ、/、__ ⌒ヽノ i ヘ ', / / r/ `ー--─ヘ´``ヽ、_イ ,.rく / ハ ヽ7 /ト、 / / ', ヽ、 、 ,r< ヽ 〉 i/イ_ \、 rく__ ハ ゝイン ri ´ ̄ ̄7 ̄7'^ヽ'ヽ. `iヽ、 `'、__ニ、_r_、_イ__r__ェ_'ン´....... くL!、.,______,,.l____i, i i_ノ_ノ i__,7 i,__,7 ヽ-'^ー'  ̄ └'゙ i,_,/
https://w.atwiki.jp/toho_yandere/pages/1818.html
とあるマンションの4階。 台所では圧力鍋がシチューを煮て、電子レンジが冷凍食品を解凍させている。 いやぁ、やっぱり文明の利器は素晴らしいな。 「文明の利器ってのも、中々か良いものじゃない」 背後でTVドラマを見ている吸血鬼が俺と同じような感想を述べている。 レミリア・スカーレット。幻想郷という場所からやってきたという本物の吸血鬼だ。 見た目は子供だが、年齢は俺のはるか上を行くらしい。 結界に歪みができてこちらに弾き飛ばされたとかなんとか言っていたが、詳細はよく理解できなかった。 なんの因果か、元の場所に帰れなくなり、こちらの世界での勝手を知らないこいつの面倒を見ることになった。 始めは吸血鬼ということなんて信じられなかったが血を吸われ、蝙蝠に変身するのを見たとたんに信じた。 これには逆に彼女が驚いたらしい。 「こちらから証明しといてなんだけど、よくこれだけで信じたわね」 「若干、中二病を患っている影響だな」 「中二病?なにそれ病気?永遠亭の薬師に薬でも処方してもらうのね」 「永遠亭?なにそれ病院?これは薬じゃあ治んねえよ」 お互いがお互いの知識をまったく考慮しない会話が行われた。 ただ、今では一日中TVを見ている影響か、だいぶこちらの知識を得ているようだ。 「特にこのTVは素晴らしいわ。これさえあれば、本なんていらないじゃない。パチェ涙目ね」 「いや、文字には文字の良さがあるから。こっちにも普通に図書館とかあるからな?」 レミリア曰く魔女だという友人をディスってたのでとりあえずフォローしておく。 「ところで○○」 「どうした?」 「そろそろ私もあれが欲しいわ」 といってTV画面を指さすんで見てみると、携帯電話のCMをやっていた。 「いや、お前携帯電話持っても相手がいないだろ」 「あなたが大学とやらに行ってる間もメールで会話できるじゃない」 「大学に行ってる間までお前と話したくはねぇなー」 「なによ、私と話をしたくないって言うの?」 「うっ」 こんなことで殺意を向けないでいただきたい。 現代日本の一般人の殺意に対する耐性はゼロなのだ。 多分、本気の殺意ではないのだろうがキツイものはキツイ。 最近この吸血鬼、何かをねだる際に殺意を放ってくるようになった。やめてほしい。 ピンポーン。 と、ここインターホンがなる。助かった。 「はーいはい、誰ですかー」 レミリアの視線から逃げるようにして玄関に行く。 「やっほー○○」 「あれ?先輩じゃないですか。うち来るのは久々ですね」 そこには大学の先輩がいた。 美人で俺みたいなやつとも気さくに付き合ってくれるいい人で、バイト先の コンビニが近くにあるせいか、前はバイト前などにちょいちょい俺の家に遊びに来ていた。 「久々だね。今、あがっても大丈夫?」 「えっ?今っすか!?」 「なにー?エロゲでもしてんの?どれどれー…なにこの幼女?」 あっというまにリビングに侵入してレミリアとの邂逅をはたつ先輩。 「いや、先輩そいつは従妹で今預かっててさ」 「いや、どうみても外国の血が混ざってるよねこの子」 「えっと・・・」 「もしもし警察ですか?」 「先輩違うんです!!」 「あはは、冗談だよ。でも、私じゃなかったらマジで通報されてたかもね」 「○○、誰よ。そいつ」 「この人は大学の先輩だよ。で、先輩、こっちがレミリア」 「ふぅん」 「こんにちはレミリアちゃん」 先輩に対してレミリアは興味がなさげた。 先輩はバイト前に立ち寄ったようだ。お腹が減ったと主張されたので 夕飯のレミリアの分を通常の子供用の量に減らしてその分を先輩に出した。 レミリアには食事中恨めし気に睨まれてしまった。後で血でも与えるので勘弁してほしい。 先輩はバイトの時間まで時間を潰すとバイトに向かっていった。週末に深夜帯のコンビニで働いているらしい。 「デレデレしちゃって。みっともないったらありゃしない」 「いや、先輩美人だしやっぱり話せるのは嬉しいんだよねー」 「…そう。あなた、あの小娘と付き合いたいわけ?」 「小娘って…まぁお前の実年齢からみたらそうなんだろうけど…」 「で、どうなのよ」 「なんだよ。やけに気にするな。まぁ、家にきたりとかそこそこ仲良くしてもらってるし いつかは機を見て告白したいと思ってたんだけど、今回のでなぁ…。 最近は先輩来ないから安心してたが、まさかレミリアを見られるとは。家に幼女かぁ… …内心引いててもおかしくないよな~。月曜に話しかけても反応なかったらどうしよう」 「…あなたには私がいるじゃない。安心しなさい」 「いやー俺幼女はちょっと。幼女の妖女はちょっと。俺先輩みたいな大人の女がタイプだから」 「…ふぅん。あ、ところで○○。この話したからしら?うちの門番がね、昼間なのに昼寝して…」 「悪いレミリア。やっぱ先輩の携帯に弁明のメールにしたいからその文面考えたい。 お前にかまっている暇は今はない」 「……わかったわ。私はもう寝るわ。おやすみなさい」 「ん?ああ、おやすみー」 なんだろうか。部屋を出ていくレミリアは殺気をだしていなかったが、ゾッとするような瞳をしていた気がする。 その後俺は先輩にメールを送ってから就寝した。 バイトが終わったであろう時間になっても先輩からの返信は来なかった。 弁明とは別に返信するような内容のメールを送ったにもかかわらずだ。 最初は嫌われたのかと思った。でも違うことを知った。俺がそれを知ったのは月曜ではなく週末中。 先輩が亡くなったことをTVニュースの報道で知った。 先輩はバイト先からの帰り道で事件に巻き込まれ亡くなったらしい。 そのニュースを見た後、俺は一日中ボーとしながらその報道のことを考えていた。 先輩が亡くなったこともショックだったがそれ以上にあることに対する恐怖と疑念があった。 この事件には警察を悩ませるふたつの謎があるらしい。 ひとつは動機。 先輩は基本的に人柄がよく、恨みを持っているような人物は基本的いない。 だが、財布などは取られておらず、怨恨・強盗のどちらともいえない状況だという。 だとすると、単純に人の殺害自体が目的の通り魔に遭遇したということだろうか? もうひとつは殺害方法。 先輩は、包丁よりも太いもので胸を貫通させられていたらしい。 いや、それどころかその凶器は先輩の背後のビルの壁に深々と穴を穿っていたらしい。 そして、その凶器は見つかっていないらしい。 人間を貫通させ、さらに背後のコンクリートにまで穴を開けるなんてこの世のものの所業ではないとして すでに都市伝説的な説も囁かれていた。 だが俺は知っている。先輩を心よく思っていない奴を。 俺が先輩と話している間、レミリアは拗ねた子供のような顔をしていた。 先輩へのメールの文面を考えるために、相手をしなかった直後の瞳が思い出される。 今思うと、一貫してレミリアが先輩に向けていた感情は"邪魔者"に対するそれだった。 だが、この法治国家でそんな理由で殺人が起きてたまるか。 いや、そもそもこいつはある意味別世界から来たのだった。 そして俺は知っている。 その別世界という意味ではこの世のもののではない存在を。 そして俺は知っている。 あの夜。レミリアは外出していた。 あの日先輩が返った後、レミリアの後に寝た俺だが、ふと目を覚ましてしまっていた。 ちょうど浅い睡眠だったのか、誰かがベランダを開けた音で起きてしまったのだ。 レミリアは飛べる。ベランダから外出することは可能だ。 先輩が殺された夜に先輩を邪魔者と思っているこの世のもののではない存在が外出している。 この事実が俺の中で疑念を生んだ。 まさかレミリアが先輩を? いや、そんなまさか。あの時俺は寝ぼけていた。ベランダを開けただけで出かけなかったかもしれないし、外出したとしても関係ない場所かもしれない。 いや、ベランダが開いたこと自体夢じゃないのか? そもそもレミリアにこの犯行は可能か? あいつは吸血と蝙蝠化と空を飛べて、あとはせいぜい殺気で人を動けなくすることしかできない幼女じゃないか。 …本当にそうか?それが本当にあいつの力の底か? あいつが俺に見せたのが吸血鬼ということを証明することのできる最低限の力だとしたら? そもそもあんな殺気を出せる奴があの程度の力しか持ってないなんてあり得るのか? 自分の中で何回も否定するが疑念は消えない。 そんな中ふと考えてしまう。 もし、そうだとして?俺に何ができる? 警察に言うか? 信じてくれるわけがない。 俺が先輩の仇を取る? 奴が寝たら首を、いや、銀のナイフでも用意して心臓を… もし本当にあいつがあの犯行を行うような力を持っていたとして…俺にレミリアをやれるか? 今回の犯行すらレミリアの力の底ではなかったら? 仮に警察が信じたとしてこの吸血鬼を日本の警察に捕まえることはできるのか? 俺は…俺は… 「どうしたのよ○○。顔色が悪いじゃない」 「…!」 気が付いたら目の前にレミリアがいた。 話しかけられてビクッと反応してしまう。 「ああ、先輩のこと?気の毒だったわね?」 何をいけしゃあしゃあと思い睨みつけようとするが駄目だった。 恐怖からか、体が震え、恐る恐るという感じでしか窺えない。 「今にも倒れそうじゃない。大丈夫?なにか不安なの?」 不意に、レミリアに抱き寄せられる。その小さな体からはとても信じられない強い力だった。 「あなたには私がいるじゃない。安心しなさい」 今レミリアからは殺気も、冷たい目をしていた時の雰囲気も感じなかった。 俺は…。俺は、この事件について考えるのをやめた。
https://w.atwiki.jp/propoichathre/pages/1465.html
転機、結実篇 青年が紅魔館を訪れなくなって十日余りが過ぎた。 その真実を知る者は少なく、ただ、何かが彼ら二人の間にあったのだろうと推察するだけで。 青年は、ただ里と神社を往復し、朗らかな笑みを周りに向けるだけで、何も語らず。 紅魔館側はといえば――頑なに、何も告げようとしなかった。 「ああ、ここにいたのか」 里で子供達の相手をしていた○○は、やってきた慧音に声をかけられた。 「どうも、慧音さん」 「いやすまん、こちらも手が離せなくてな。助かった。ほらみんな、もう日が暮れる。家に帰りなさい」 はーい、と声をそろえる子供達を見送って、彼女は○○の方を向いた。 「○○はどうする?」 「神社に戻ります。ちょっと遅くなってしまいましたし」 「……彼女の所には行かないんだな?」 「…………ええ」 一瞬の間の後微笑んだ彼に、慧音はため息をつく。どうも良くない感じだが、何とも言い難い。 「まあ、私に言えることは無いな」 「すみません」 「言えることはせいぜい、神社と里の往復の際に妖怪に襲われないよう気を付けろ、くらいだ」 「ああ、はい。一応御札も頂いてますが」 「それでもだ。最近、少し気になる話があってな。見慣れぬ妖怪がいたとかで」 慧音はそこまで話して、まあ、大丈夫だろうがな、と話を打ち切った。無駄に不安にさせるようなことを言う必要も無い。 ところで、と慧音が話題を変えようとしたとき、空から一陣、風が舞い降りてきた。 「どうもー」 「こんにちは、文さん」 「どうした?」 射命丸文であった。にこにことしている彼女が記者モードであることは一目瞭然。 「いやいや、少し気にかかることがありまして、取材をと」 「なるほど。どちらに?」 「素で言っているのかそれを」 慧音が思わず突っ込み、文も笑う。 「あはは、貴方にですよ。少々気になっていることがありまして――ああ、これから神社に帰られるんですね?」 「ええ、そうですが」 「では、送らせていただきましょう。良いですよね、慧音さん?」 「まあ、危険はないだろうが」 そういう言い方で了承の意を示し、○○も頷いた。 「何か話せることがあるとは思えませんが……」 「いえ、こちらが訊きたいことがあるだけですのでー」 有無を言わさぬ取材のやり方は真にこの天狗らしく、慧音はやれやれとため息をついた。 まあともかく、天狗の彼女が居れば凡百の妖怪に襲われることはあるまい。 慧音がそう断ずる頃には、もうすでに二人の姿はそこに無かった。 静かに佇む紅魔館。咲夜は、すでに起きていたレミリアの元に向かった。 いつものティールーム。そこに、館の主は気だるげに座っている。 「お嬢様。天狗にはお引取り願いました」 「ご苦労様。よく引き下がったわね」 「……あてが、もう一つあると言うことでしたので」 「……そう」 どこに、とも、誰に、とも言わない。もうわかりきっているから。 「……今日も、来てない?」 「……ええ、いらっしゃっておりません」 軽く、レミリアは頷く。もうほとんど日課になってしまった、同じ問いかけと同じ答え。 ここ数日、レミリアは日が沈む前に起きてきていた。起きる時間は、彼が来ていた頃よりも早い。 来ないのがわかっているのに、それでも待ってしまう。そんな自分を、内心だけで嘲りながら。 真実を言えば、彼が紅魔館にやってきたとして、それを追い返す術を彼女は持ち合わせない。 最初に会ったときに誓ってしまったから。何時如何なるときでも、紅魔館は彼を拒まない、と。 だから来ないのは彼の意志なのだ。そう仕向けたのも自分なのだ。 それなのに、彼に逢いたいと想ってしまう。声を聞きたくて、表情を見たくて――それでも、逢いたくなくて。その二律背反に、レミリアはため息をついた。 「『来ぬ人を、松穂の浦の――』ね、レミィ」 「パチェ。今のは何?」 「この国の古い文献よ。詩というべきかしら。詩には力があるからね」 いつしか、パチュリーがティールームの扉を開けてそこに立っていた。 「天狗が来ていたそうだけど」 「もう帰ったわ」 「そう。ああ、咲夜。私にも紅茶を。今日はミルクティーにしてくれるかしら」 「はい」 咲夜はレミリアの向かいに座ったパチュリーの前にティーカップを置き、丁寧に紅茶を淹れる。 「もうすぐ妹様も来るわよ」 「あら、フランも? 随分早起きね」 「レミィほどじゃないけどね。魔理沙がそろそろ来る頃だから、教えておいたの」 「またなのかあの黒白は……」 レミリアは呆れたように笑った。親友の笑顔が久し振りだったからか、パチュリーは少しだけほっとした表情を浮かべる。 「お姉様! パチュリー! 咲夜! 魔理沙来てない!?」 良い音を立ててフランドールが部屋に入ってきたのはそのときだった。 「フラン、はしたないわよ」 「はーい。ねえねえ、パチュリー。魔理沙はまだ?」 まだよ、と苦笑で返すパチュリーと、パタパタと羽をはためかせるフランドールを眺めて、レミリアの口元に笑みが浮かぶ。 ここに来て、紡いだ運命は決して誤りではなかったのだ、と。 紅霧の異変、あれは紅魔館をこの地と縁付けるためのものだった。 それは引いては確かに、大事な家族達のためになると考えてはいたが、手繰った糸は予想以上の効果だったようだ。 時としてレミリアが考えている以上の効果を、彼女の手繰る糸は紡ぎだす。 そう、それは良くも悪くも――そう考えて、レミリアは切なげに目を細めた。 「でも、魔理沙が来るなら○○も来る? 最近、全然お話してもらってないもの」 誰もが少しだけ身動ぎした。事情を知らないフランドールだけが、首を傾げている。 そういえば、と、レミリアは思い出す。自分に話をするついでに、一緒にフランにも話をしていたっけ。 弾幕勝負が出来ないから代わりにと進言して――彼の語る物話は、確かに面白かった。 ――面白かった。 「フランドール様、○○さんは少々忙しく、しばらくこちらに足を運べないそうですわ」 咲夜が微笑んでフォローに回る。フランドールは納得したようだが、それと感情は別物のようだった。 「うん、わかった……でも、つまんないな」 「仕方ないわ。この館に住む者とは違った生活があるのだから」 「そうだけどー……お姉様もつまんないよね?」 無邪気な問いに、しばらく無言だったレミリアは頷いた。 「……ええ、そうね」 退屈でたまらない。彼が来なくなっただけなのに。ただそれだけの変化なのに。前に戻っただけなのに。 咲夜の言うとおり、ただ忙しくて来れないだけだったら、どれだけ良かっただろうか。 「……本当に、退屈だわ」 手元の紅茶に口をつけて、レミリアは大きくため息をついた。 「で、どうなんですか本当の所?」 「あー、うーん、そういう話題でしたか」 神社に強制送還されていた○○は、文の取材攻勢に困った表情を浮かべていた。 霊夢に助けを求める視線を送るが、面倒なのか茶を出されただけだった。しかも部屋の方に戻っていった。 縁側で取材を受けている立場としては早く逃げ出したいのだが。話題が話題なだけに。 「○○さんが紅魔館にも足を運ばず、懸命に働いておられるからには、何やら稼いで大きな贈り物でもしようとしているのでは、と言う憶測も」 「……そういうことになってたりするんですか」 「あくまで一つの憶測です。それとも、喧嘩でもなさったかと」 喧嘩、か。○○は心の中で呟く。それだったらどんなに良かったことか。それだったら、仲直りの方策も考えられるのに。 「んー、ノーコメントでお願いできませんか」 「いやいや、私が来たからにはそんなの許しませんよー」 「そこを何とか」 「いいえ、紅魔館の主と外の人間、なんて、スクープのネタになるようなの逃がすわけがないじゃないですか」 「そこを何とか、負けてやってくれないかなあ、文」 乱入したのは第三者の声。聞きなれた声にその方向を見ると、霧が萃まって形になろうとしているところだった。 「あやや、萃香さん」 「こんばんは、どうなさいました?」 「ちょっと用事があってね、よっと」 縁側に腰掛けて、にっと萃香は笑う。 「文、今はまだ聞くときじゃない。真実を明らかにするときは来るさ」 「しかし、新聞は速さが命なんですよ。いくらなんでもこればかりは」 「紫からの受け売りなんだけどね、『真実は時の娘』らしいよ。何事にも時期がある。酒にも美味しい時季があるように」 「……時には熟成させるのも必要、と?」 「そうそう。まあ、明らかになるときは、○○が全部教えてくれるさ。そうだろう、○○?」 萃香に話を向けられて、困った表情のまま○○は頷いた。 助け舟を出してくれた相手の言葉に反した行動を取るほど、愚かではない。 「むむ、仕方ありませんね……では、いい感じに熟成したら、最初に私に教えてくださいよ?」 「もちろんだよ。私が約束しよう。いい酒も付けてね」 「それはそれで楽しみにさせていただきましょう。では、○○さんも約束ですよ?」 「ええ。僕にわかる範囲のことは、全部御教えいたします」 頷いて、では、私は次の取材があるので、と告げて、文はまさしく風のように去っていった。 「おー、さすが天狗だねえ、速い速い。あ、霊夢ー、酒とつまみ持ってきたから一杯やっていいー?」 それを見送りながら、萃香は中に居る霊夢に声をかけた。 「駄目って言ってもやるんでしょうあんたはー。いいわよ、私にも分けなさいねー?」 「おっけー」 「それでは、準備などしましょうか」 「あ、よろしく。紫に貰った乾物、軽く焙ってもらっていい? 後、二人ばかし来るから」 「わかりました。準備します」 ○○は頷いて席を立った。萃香は手元の瓢箪をくいと傾けて、くすくすと微笑う。 「さてさて、今日は楽しくなるよ」 ささやかな飲み会は、主催者にしては大人しいものだった。 ただしそれが、洩矢神であったり妖怪の賢者であったりすれば、格としては別の話。 「やあ、○○、元気にしてるかい?」 「ええ、まあ。諏訪子さんもお元気そうで」 「まあねえ」 「ほら、○○、あんたも飲みなよ」 萃香に薦められて、○○は盃を手に取る。 「どうも。しかしいきなりどうしたんですか?」 「いいじゃないか。たまにはさ」 「あんたはたまにじゃなくていつも飲んでるでしょ」 霊夢もやってきて、ふう、とため息を漏らす。 「で、本題は何なのかしら?」 「紫ー、ストレートすぎだよ」 「まあまあ、いいんじゃないかい? あんただって、そう長く引っ張るつもりじゃないんだろ?」 「そりゃそうだけど」 何の話かわからず首を傾げる○○に、萃香はため息をつき、そしてすっと真剣な瞳で尋ねた。 「○○、何故嘘を吐く?」 「……はい?」 「何故に、汝は嘘を吐くか」 静かな問いかけは鬼のもので、○○は一瞬身を堅くする。先日の恐怖を、彼はまだ忘れていない。 同時に、あの哀しげな表情も思い出してしまって、○○は振り切るように首を振った。 「嘘、ですか。僕は、何か嘘を吐きましたか」 「そうだね、あんたは吐いてる。そもそも、それはあんたの気質じゃないだろうに」 楽しそうに笑いながら、諏訪子が茶々を入れた。 「そうね、人間は嘘つきで、貴方みたいな嘘を吐くのも珍しくないわ」 「ああ、そうか、あんたらそのために集まってきたんだ。わざわざうちに」 「まあまあ、土産持ってきたんだから邪険にしないでよー」 「え、あ……?」 軽快な三人の言葉に対し、続く萃香の言葉はずしりとしたものを、未だわからぬ○○に与えてきた。 「わからない?」 「……申し訳ない」 深々と、彼女は嘆息した。 「率直さは美点だけど、この場合は減点だね、○○――汝は、何故、自分に嘘を吐く」 ○○の動きが止まった。盃を取り落とさなかったのだけが見事といえる。 「……自分、に」 「そうさ。あんたの中が軋んでる。諏訪子も言ったように、そもそも○○は嘘の吐ける性質じゃない。それなのに、自分を必死に誤魔化してるから軋みが出る」 「………………」 「私は鬼だからね。嘘が嫌いだから、問うてみたけど……やっぱり気が付いてなかったのか」 やれやれ、と、萃香は息をついた。 「私達はもうとっくに知ってるからね、レミリアとのこと」 「……そう、ですか」 「パチュリーにも言われたんじゃなかったの? 自分の思うままに動け、って」 「……ええ」 だが怖いのだ。怖くてたまらないのだ。再び拒絶されたらと、そう思って足が向かない。 それでも逢いたい。逢いに行きたくて――それでも。 「……私とかは、もう少し正直になっても良いと思うよ。やりたいことをやればいい」 「そうね。このまま膠着状態、っていうのも面白いけど、長いと見ている方も疲れるわ」 「そうそう。○○、怖がらなくて良いんだよ。想いはきちんと想いで返る」 何もかも見透かしたような言葉に、○○は大きく息をついて、くいと盃を空けた。 「…………すみません、お手数を」 「いいっていいって。で、どうするの?」 「……明日にでも、訪ねようかと思います。僕も、確かに、訊きたいことが、ありますので」 「ん、良い返事だ。まあ、何かあったら助けてあげるよ。約束する」 「萃香、そんな安請け合いして良いの?」 霊夢の問いに、萃香は笑って返した。 「なに、焚き付けたのもこちらだからね。それくらいはしてやらないと」 「やっぱり焚き付けてるんじゃない」 呆れた霊夢の声に、○○は笑って、でも、と応えた。 「決めました。明日、紅魔館をお訪ねします。どんな結果になったとしても」 しかし結局、○○は翌日、紅魔館を訪れることは出来なかったのだった。 翌日も何の変哲も無い一日になるはずだったのだ。 多くの者達にとって何事も無く終わり、何事も無かったように夜を迎えるはずだった。 そう、大抵の者達にとってはそうであった。 ただ、一部の者達には、そうでなかっただけで。 その夕刻、魔理沙が目の前に降りてきた時に、美鈴は不思議に思うべきだったのかもしれない。 いつもなら、自分を跳ね飛ばさんばかりの勢いで突っ込んでくるのだから。 「またですか。ここは通さないよ?」 「あー、違う。今日はそうじゃない」 声が固い。問いかけようとして、美鈴は血の匂いに気がついた。 改めて見返すと、魔理沙の白いエプロンが紅く染まっている。いや、黒くて目立たないが、それ以外にも。 「ちょ、その血……!」 「私のじゃない」 「でも、それ随分な……!?」 「あー。その、どっちが伝えるか迷ったんだがな。霊夢はあいつのもの取りに行かなきゃならなかったし、霊夢も私と同じ状態だし」 「あいつ、って……!」 「妖怪退治に巻き込まれてな。すぐに永遠亭に駆け込んだんだが……状況は察してくれ」 「……っ!」 合点がいった美鈴に、みなまで告げず魔理沙は箒に乗る。 「伝えるかどうかはあんたに任せるぜ。私は着替えて永遠亭に行く」 「……わかりました。ありがとうございます」 「いいや」 彗星のように――実際スペルを使ったのかも知れないが――飛んでいった魔理沙を見送るのもそこそこに、美鈴は近くに居た妖精メイドに仮の番を頼むと、館に向かって駆け出した。 レミリアが廊下の角を曲がろうとしたとき、その先から声が聞こえてきた。 「ですから……で……」 「……かったわ……でも、陽が……まで……伝えず……」 美鈴と咲夜だ。何だか切迫しているようで、暇を持て余していたレミリアは、ひょいと顔を出した。 「咲夜、美鈴、どうしたの?」 「お嬢様!」 「お嬢様……美鈴、門に戻っていて」 「で、ですけど……」 「私から伝えるわ。後でまたお願いしに行くだろうけど、それまでは門に居て」 「……わかりました」 二人の会話の内容が掴めず、レミリアは首を傾げる。 「何かあったのかしら?」 「……はい」 咲夜は大きく息をつくと、凛とした声で主に告げた。 「○○さんが、大怪我を負ったとのことです」 数瞬、彼女にはその言葉の意味がわからなかった。 「何……ですって。それは本当?」 ようやく出た声は、絞り出すようなものになっていた。咲夜は頷いて続ける。 「昼間、妖怪退治の最中に巻き込まれたそうです。詳しくはわかりませんが……現在は永遠亭で処置がなされていると」 その報告を聞き終える前に、レミリアは館を飛び出そうとした。 ○○、○○! 心の中で強く彼の名を呼ぶ。 こんなことのために、私は貴方を手放したわけじゃない。 邪険にしたかったわけでもなく、離れて欲しかったわけでもない。 貴方の想いに、素直な想いを返すことが出来なかっただけ。 此処から足が遠のいてしまったのだとしても、それはただ、あの情景が現実になってほしくなかっただけ。 それだけ、なのに。 その彼女を、押し留める手があった。 「咲夜?」 「お嬢様、まだ陽が出ております。どうか、後小半刻もありませんから、お待ちください」 咲夜の声は凛としたまま、確固とした意志に包まれていた。 「もう陽も落ちる。少々のことは問題ではない」 「いけません。万が一のことがありましたら」 「咲夜」 「どうか、お待ちください」 一瞬の対峙。静寂。空気の張り詰める音がしたような気がした。 破ったのは、大きなため息。 「……後、何分?」 「八分三十二秒です」 「わかったわ。貴女の見立てなら間違いないでしょう。陽が落ちたら出る」 「お聞き入れ頂き、ありがとうございます」 「いいえ、貴女の言うことの筋が通っていた。それだけのことよ」 レミリアは再び大きく息をつく。 咲夜が止めた理由は二つ。 一つは、純粋にレミリアを心配してのこと。大丈夫といったものの、まともに陽に当たれば――ただではすまない。 一つは、レミリアに万が一があったときに、○○に逆に心労をかけるということ。○○の性格からして、レミリアに何かがあり、それが自分が原因としたら気に病むだろう。それはレミリアの本意ではない。 咲夜はもう全て察している。それであっても、主が飛び出して行きたいことも全て。 察した上で、レミリアに苦言を呈した。一つ間違えば不興を買いかねないと言うのに。 全く、何と出来た従者だろうか。 そして、拷問のような数分を過ごした後、レミリアは近くの窓を開け放った。 「咲夜、今日ばかりは止めないで。形振り構ってられないの」 「はい」 窓から出るのがはしたないとか、そういうことはわかっている。だが、そんなことはどうでも良いのだ。 そう、彼の無事がわかるなら、今はどうでもいい。 「貴女は後から来なさい。どうせ追いつけないから」 「承知しました」 そして、飛び立つは閃光の矢の如く。紅き一条の光となって、吸血鬼は宵の空を駆けた。 迷いの竹林を突っ切って、射抜くように辿り着いた永遠亭には、もう顔見知りが十人強も揃っていた。 これは、彼自身の人望を表している様で――少しだけ、胸がざわついた。 「ああ、レミリア。あんたが日暮れまでよく持ったわね」 「良い従者がいるもの。○○は」 霊夢の言葉に簡潔に返すと、説明のためにだろうか、鈴仙が出てきた。 「今は眠っています。来たときよりはましかも知れませんが、予断のならない状況です。師匠がまだ診ていますが……」 「……そう」 レミリアは喚かなかった。静かにそれだけ返すと、霊夢の隣に座る。 同じく横に座っていた魔理沙が声をかけてきた。 「何があったのか訊かないのか?」 「結果だけは大体わかってるわ」 「……視えてたのね」 「……一応ね」 幾分か時間が経ち、咲夜が遅れて現れる。 彼女も集まっている面々――里の守護者だの人形遣いだの、蓬莱人だの――を見て、レミリアとほぼ同じ感想を抱いたようだった。 「ご苦労様、咲夜」 「はい。とりあえず、後のことはパチュリー様と美鈴に任せてきました」 そう、咲夜もレミリアの傍に座る。そして何とはなしに口を開いた。 「また、人が多いですね」 「人間は少ないですけれどね。貴女と霊夢さんと魔理沙さんくらいです」 射命丸文がそう言って、手元の手帳をパタンと閉じた。 「しかし、こんな大事になろうとは……」 慧音が大きく息をつき、首を軽く振る。 「何があったのかしら?」 尋ねたのは咲夜。主は訊かないであろう詳細を、代わって彼女が尋ねることにしたのだった。 「……外の世界の式、のはずだ。私もよくはわからない」 「付喪神の一種みたいだったわ。よくは知らないけれど。外から曰くも持ち込んだのかもね」 「止まった、って思ったんだ。いや確かに奴は止まったんだ。なのに、また動き出して――」 「一応、一連のことは写真に収めてはいます」 文が口を挟んで、集中した視線に首を振った。 「いくら私と言えど、あの瞬間に動けはしませんでした。上空に居ましたし、まさか彼があんな行動を取るとは」 再び動き出したその式が里に向かわないようにと、彼はそれに向かって行って――揉み合う様に、土手を転がり落ちた。 「土手とは言え、かなりの高さ、距離を転がったからな。正直もう――」 「慧音」 妹紅の言葉に、すまない、と返して、慧音は居住まいを正した。 「――いや、しかし本当に間に合ってよかったと思っている」 「まだ安心は出来ないわよ」 言葉を遮るように襖が開いて、永琳が姿を現す。 「永琳、○○は……」 「まだ予断を許さないわ。外傷も勿論、内臓にもダメージがあります。正直、彼の体力次第」 声は切迫しては居なかった。ただ静かに事実を告げる様子が逆に、容態が芳しくないことが窺える。 「ウドンゲ、調合を手伝いなさい。後、何人かには手伝ってもらうかもしれないわ。材料が必要だから」 「へえ、それなら、萃めるくらいは手伝ってあげようか?」 いつからそこにいたのか。萃香が瓢箪を傾けながら永琳の言葉に応えた。 「萃香、居たんだ」 「んー、まあね。○○とは約束もあるからね。何か困ったときは手伝ってあげるって」 「……そんなことしてたのか」 「あはは、怖い声出さないでよレミリア。別に何てないことだから。まあ、こんなことになるとは思ってなかったからねえ。でも約束は約束さ」 そう鬼は笑う。ねえ、と彼女が虚空に言葉をかけると、すっと空間に亀裂が走った。 「まあねえ。ま、暇潰し程度にはね」 「紫までいつからいたのよ……」 「さあてね」 紫は口元を扇で隠してくすくす笑うと、さて、とスキマから出てきてそれに腰掛けた。 「萃香がやってくれるなら楽ね」 「紫も手伝いなよー」 「楽観的なところ悪いけど、一刻を争うわ。文字通り」 一刻、つまり二時間、と咲夜が手元の懐中時計を手にした。二時間が勝負というわけだ。 紅い影が立ち上がって、薬師に鋭い声をかけたのはその瞬間だった。誰なのかなど、言うまでも無く。 「何だってやってやる。何であっても用意してやろう。その代わり、必ず○○を助けなさい。さもなくば――」 その後は、言葉にならなかった。誰もがその先を憶測し、誰もが答えには至れなかった。 何故なら、言おうとした本人ですら、その先は不明瞭であったに違いないから。 「――任せなさい、吸血鬼。私も薬師だもの、患者に対しては真剣になるわ。 それに、友としてもなかなか面白い存在を、みすみす殺したりはしないから」 それは彼女の、最大限のリップサービスであったのかもしれない。 「さて、そうと決まったら材料集めだ。私達は何をすればいいんだ、薬師?」 不敵な言葉でその場を締めくくったのは、やはり黒白の魔法使いであった。 時間は無情に過ぎていく。薬師の頼んだ品々は早々に集まり、彼女は鈴仙を伴って調合と治療に入っていた。 「大丈夫なんだろうな?」 「うちの永琳の腕を信じなさい。大丈夫よ」 いつしか輝夜まで出てきて、そう会話を交わしている。 「まあ、私も手伝ったしね」 「てゐまで珍しいな」 「まあ、貸しといて損はないからねー」 「それにしても、こういうときは待ち長いものだな」 飄々とする者の言葉も案ずる者の言葉にも乗らず、レミリアはぼうっと、どこかを眺めていた。 じっと待っていると、どうしても思い出してしまう。 自分に向けてくれた彼の表情。仕草。ちょっとした癖。そういうことを覚えている自分が不思議だった。 そして、最後に見た表情を思い出す。寂しそうな優しい、あの表情を。 最後に見たあの寂しい微笑みを、あの表情を最期の記憶になんかしたくなかった。 最期に、なんて―― 「らしくないわね、レミリア」 急に上から降って来た霊夢の声に我に返って、レミリアは顔を上げる。 「霊夢……」 「今回のこと。まったくあんたらしくないわ」 レミリアの隣に、彼女は腰を下ろす。 「……そうかしら」 「そうよ」 静かな言葉。静かな返事。 「……私は」 「うん」 「…………本当は、こうなって欲しくなかった」 「そう」 「……それだけよ」 「我が侭は、最後まで押し通すものよ」 「……パチェにも、言われた」 「聞いてもらえる程度の我が侭なら、通すのも良いんじゃない?」 「……うん」 それが、出来るならば。再び、彼に我が侭を言えるなら。 そうなれば、どれほど良いだろうか。 人は脆いから。あっという間に壊れてしまうから。だから。 落ちた沈黙に、霊夢はもう何も言わなかった。 周りの雑談が嘘のようにその場は静かで、だがそれがせめてもの慰めで。 それでも、その静けさが不安を煽るようで、レミリアは静かに座っていた。 その沈黙を破ったのは、やはり静かな霊夢の言葉。 「……一刻、過ぎたわね」 がた、と勢い良く襖が開いたのはその瞬間だった。 「失礼します、○○さんの容態が――!」 飛び込んできた鈴仙が言葉を言い終えるより速く、彼女の傍らを紅い風が過ぎ去って行った。 「――え」 茫然とする鈴仙に、完全に置いていかれた形になった面々を代表して、霊夢が尋ねた。 「容態がどうなったの?」 「あ、ええ。何とか持ち直しました。もうじき目も覚めるとのことで」 気が削がれたのか、鈴仙は入ってきたときの勢いがどこかに行ってしまったかのようにそう答える。 それを聞いて、大きな安堵のため息が誰からとも無く零れ落ちた。 「ああ、良かったぜ……あれだけ走っておいて、駄目でしたじゃかっこつかないからな」 「まあ、それなりのものを集めたしね」 「珍しいものも混じっていたけど。まあ、役に立って良かった」 やいのやいの言いながら、誰となしに立ち上がる。 「じゃ、見舞いに行こうか。面会謝絶じゃないんでしょ?」 「とりあえずは大丈夫なはずよ。まあ、止める前に突っ切って行っちゃったのも居るし」 鈴仙は一つため息をついて、こっちよ、と先導する。 しばらく歩いて、あ、と咲夜が足を止めた。真後ろに居た妖夢がぶつかりそうになって声をかける。 「どうしたんです?」 「いけないわ、私としたことが」 咲夜は額に手を当ててぼやくと、申し訳ないけど、と告げる。 「少し紅魔館に戻ってくるわ」 「どうしたんだ?」 「お嬢様の日傘を忘れてきてしまったの。この分だと夜明けまではいるだろうし」 「やっぱり変なとこ抜けてるわねえ」 霊夢にくすくすと笑われたが、咲夜は一つ微笑を閃かせただけだった。 「私も動揺していたのかもね。また後で戻ってくると、お嬢様に伝えてもらえるかしら」 「それくらいなら安いさ」 「紅茶を一杯、ってところね。それじゃあ、行ってくるわ」 それだけを言い残して、咲夜はその場から消える。 「じゃあ、私達だけで○○の無事を拝んでおくことにしようか」 「そうね、一番はレミリアに渡せたわけだし」 「あれは煽ったって言うべきなんだと思うけどね」 そう言いながら、彼女達もまた、病室へと向かったのだった。 レミリアが病室に飛び込んだとき、○○はまだ眠っていた。 薬師の向こうにいる彼の姿は半ば見えなくて、一瞬心が冷えて、彼女は思わず呟いた。 「○○――」 「大丈夫よ、峠は越したわ」 振り返って告げられた言葉に、レミリアは動揺を隠して頷いた。 「そう」 「もし何か容態が変わったら呼んで。もう大丈夫なはずだけど」 「ええ」 そう言って席を立つ永琳に、彼女は静かに答えた。気を遣ったのだろうか。あの薬師にそんな気遣いはあっただろうか。 どうでも良かった。レミリアは彼の枕元に腰を下ろし、その表情を眺めていた。 静かだった。しばらく静寂が続いた後――彼は、目覚めた。 「……っ……?」 「○○」 呼びかけに、彼はレミリアに気が付いて目を見開く。 そして、周りを見渡し、自分を見て、状況を理解したようだった。 「そうか、僕は……助かったのですね」 「そうよ」 「これは様々な方面にご迷惑を……来て、くださったんですか」 「感謝なさい、私がわざわざ来たのだから」 「はい。ありがとうございます」 屈託のない笑みに、レミリアは唇を結ぶ。どうして。どうして貴方は。 そっと○○の両肩に手を当てると、彼女は彼を真上から覗き込んだ。 「何故微笑える」 「……嬉しい、から? レミリアさんがここにいてくれて」 「私は――お前を拒絶した。それでも?」 「それでも。嫌われたとしても――僕は、貴女のことが好きですから」 その言葉は明瞭で、優しくて、それに泣きそうになって。 だからレミリアは、わざと傲然とした言葉を、口の端に昇らせていた。 「……でも、お前は私のところに来なくなった」 「嫌われたかなと思って。僕に会うのが不快なら、会わない方がいいかなと」 その言葉が、彼女の胸をずきりと痛ませた。 「……私が、いつそんなことを」 「……そうですね。僕のためだったのかも。貴女に嫌われたくなくて。それが怖くて、足を遠のけた」 「だから、私がいつそんなことを言った!」 彼女は叫んだ。叫ばずに居られなかった。 そんなことを想っていたはずがない。だって、だってこんなにも。 「お前が勝手に解釈したに過ぎないだろう。私は嫌いなどしなかった。ただ、想いに応えられないだけだった」 「そうだったんですか、鈍くてすみません」 「どうしてかと問わないの?」 「言えないほどのことならば」 「……ああ、認めよう。私もただ恐れていたに過ぎない。私が――」 頬を何かが流れ落ちたのを、視界が歪むのを、レミリアは気が付かないことにした。 驚いている彼の表情に構わず。驚きながらも、こちらを優しく見つめる彼に構うことなく。 「私が、貴方を好きだといったら、傍に居て欲しいと言ったら、貴方はそれに応えるでしょう? 人間であることを止めてでも」 「ええ、まあ」 「そうなれば、貴方は変質する。貴方という存在が変わってしまう。それが嫌だった」 「…………」 「嫌だった――けど、貴方が来なくなったのも嫌だった。退屈になった。そして何より、今日」 悔しくて、レミリアはきっと○○を睨みつけた。この言葉を口にしてしまうのが悔しくて、でも口にせずには居られなくて。 「貴方を喪うことを、私は恐れた。この吸血鬼が、紅き月が! ただのちっぽけな、人間の存在に振り回されて」 「レミリアさん」 「何かを恐れるなど、絶対しないと思っていたのに……っ!」 怒っているのか泣いているのか自分でもわからなくなる中、ふわり、と何かが彼女を包んだ。 ゆっくりとした、とてもゆっくりとした、それでも温かい、彼の腕であった。 「……僕は変わらない。器は変われど、その中にある僕と言う存在は変わらない、です」 「…………」 力はない。簡単に振り払えてしまう。身体も軋むような痛みがあるのだろう。本当にゆっくりとした動き。 それでもレミリアはそうしなかった。この温もりが、彼が確かに生きている証だと、そう想ってしまったら、払うことなど出来るはずも無かった。 「それより、嬉しくてたまらないんです。ここまで想ってもらえたことが。嬉しくて嬉しくて、たまらない」 「……○○」 声が戸惑った響きを持ってしまったことに気が付いたが、それでも、彼女はそっと頷いた。 「答え、させて。貴方を拒絶した言葉を変えたい。何も想っていないと言ったことを」 「はい」 「感謝しなさい。私も、貴方のことを想っているのだから」 「はい……嬉しいです」 柔らかく微笑った○○に、レミリアはそっと顔を寄せた。そして、口唇が少しずつ近付いて―― ――額に、口付けを落とした。 「少し待ってなさい」 「はい……?」 疑問符が上がると同じ、レミリアは○○の腕を外して身体を起こして、パチンと指を鳴らした。 途端、襖が全開になり、その向こうから―― 「いたたた、押さないでよ!」 「いきなり開いたんだから仕方ないだろ!?」 「良かった、カメラは大丈夫ですねー」 後から来た面々が、転がりだしてきて、互いに何やかんやと文句をぶつけていた。が。 「――遺言はそれだけかしら?」 その言葉に、凍りついた。 「あ、いや、これは別に覗き見とかそう言うのじゃなくて」 「そうそう、あんた達のことを心配して」 「――神槍――」 「ちょっと待て、いきなり全力かよ!」 「あ、こら紫、萃香! 自分達だけ逃げるな!」 「レミリア、ちょっと落ち着きなさいよ!」 「――――スピア・ザ・グングニル」 ほぼ同じ頃。 「……?」 館に向かっていた瀟洒な従者が、疑問符を浮かべて、竹林から空に上っていく見事な真紅の槍を眺めていた。 表のデバガメ達を吹き飛ばしたレミリアは、すっきりした表情で○○の傍らに戻ってきた。 「お疲れ様です」 「大した労じゃないわ」 機嫌良さそうに羽をパタパタとはためかせて、枕元に腰を下ろす。 「楽しそうですね」 「たまには思い切りやるものね。すっきりしたわ」 このしばらくの間、鬱屈していたものを全てグングニルと共に放ったのだろうか。清々しい表情をするレミリアを眩しそうに見上げて、○○は唇を開いた。 「……レミリアさん」 「何?」 「……記憶戻った、って言ったら驚きます?」 「……いいえ」 ○○はぎこちなく手を胸の前で組んだ。まだそれすら、彼には辛い。 「よろしければ――本当によろしければですが、聞いていただけませんか」 「いいけど、貴方は話して大丈夫なの?」 「……身体はほとんど動かない上にまだ痛みはするんですが、体調が悪い気はしないんです」 「……まあいいわ。話しなさい」 あの薬師は一体あの材料からどんな薬を作ったのか。レミリアは一瞬考えたが、とりあえず放っておくことにした。 「では」 そう言って○○は目を閉じた。胸の上で組んだままの手と相まって死を連想し、レミリアは少しだけ不安げな顔になった。 話自体は大したものではない。 ○○は間違いなく、どこにでもいるようなごく一般の青年に過ぎなかった。 それでも、○○が大事そうに語る全ては、レミリアにとっては大切な話であった。 彼の転機は、とある大きな事故。 ありふれたそれは彼のほとんど全てを奪った。その事故で多くを奪われたのは、彼だけではなかったけれども。 傷心を癒すためか、あるいは自棄か。彼にとっても不明瞭なその旅に出た時には、彼はもう外の世界から足を踏み外しかけていたのかもしれない。 そして、彼は此処に辿り着いた。 短くも長くもない話だった。 時折レミリアの問い掛けに答えながら、○○は己のことを語り終えた。 そして、レミリアの最後の問い。 「貴方は、これからどうするの?」 「さあ……どうしましょうか。外にはもう帰る場所はありませんし」 ○○は、ふむ、とゆっくり首を傾げる。 「霊夢さんのところに、ずっと世話になるわけにもいきませんしね。里に家でも構えましょうか」 「それなら」 レミリアは身を乗り出すと、組んだままの○○の両手を解いて、その右手に自分の左手を重ねた。 「私のところに来なさい」 「レミリアさん……?」 「どこにも行く場所がないなら、紅魔館に来なさい」 指を絡めるように、○○の胸の上で手を握って、レミリアは続ける。 「外にも此処にも場所がないと言うのならば、私がその場所をあげる。 この紅い悪魔が、レミリア・スカーレットが、この名と全てに於いて誓う。 貴方に居場所を。貴方が平穏と安らぎを求められる場所を。その全てを。 私が、貴方に与えよう」 「……レミリア、さん」 「答えを」 少しだけ不安げな光が瞳に過ぎったのを見て、○○は大きく息をついた。 そうでもしなければ、彼はこの瞬間が夢のように過ぎてしまうのではないかと思ったから。 「……貴女の許しが在るなら」 「…………」 「僕は、貴女の傍に、居たいです」 「……赦す」 凛とした、安堵したような、優しい声色に――ありがとうございます、と笑みを返した○○の目元から、一筋雫が伝った。 しばらくじっと手を繋いだまま二人は黙っていたが、やがてレミリアが○○に尋ねた。 「……もし、このことがわかっていた、と言ったら、貴方は怒るかしら」 「このこと、って、僕が事故に遭うことですか?」 「……ええ、私に視えていたのは結末だけだったけど」 黙っておくかどうか悩んだ末に、レミリアは○○に告げた。自分が視えていたことについて。 「……そしてそれが、私と出逢ったから、私に会いに来ていたから、だとしたら?」 「……もし知っていたら、僕はどうしていたか、ってことでしょうか?」 「そうね。それも含めて」 「……それでも、会いに行っていたと思います。理屈とかじゃなくて」 「……私は、嫌だった。貴方がこんな目に遭うのも、死んでしまうのも」 レミリアの口調で、○○は悟る。彼女に視えていたものが何であったか、どういうものであったか。 「…………自惚れならそう言ってください。あのとき、断ったのは、それもあったからですか」 「……自惚れなんかじゃ、ないわ」 少しだけ絡めた指の力を強くして、レミリアは頷く。 「私は、貴方に、死んで欲しくなかった」 「……うん、僕は、死ななかった」 「一歩手前まで行ってたらしいけどね」 うん、ともう一度頷いて、○○は微笑んだ。 「ありがとうございます、そして、ごめんなさい」 「どうして、貴方が謝るの」 謝るのは自分の方なのに。自分は何も伝えず、彼を突き放したのに。 「心配してもらったことが嬉しくて、そう思ってくれたことが嬉しくて。だから、ありがとう。 でも、それで貴女に、辛い思いをさせたことに。それに気が付かなかったことに、ごめんなさい、です」 「……貴方は、まったく……」 こんなときまで、彼は何処か抜けている。ここは怒るところではないのか。何も告げられなかったことに。 「……でも、そんな貴方だからこそ、なのよね」 「……?」 疑問符を浮かべた○○の瞼が、重そうに瞬いた。 「……ゆっくり休みなさい、○○。私はここにいるから――」 最後の言葉は彼に届いただろうか。頷きながら眠りの世界の住人になった彼に、レミリアはそっと微笑んだ。 暫くの後、○○は目を覚ます。確か、レミリアと話をしているうちに眠ってしまったはずだが―― 「あら、起こしたかしら。そんなはずはないのだけれど」 いきなりの声に、驚きつつもゆっくり声のほうを向く。 「永琳さん?」 「だいぶ良いようね。まだ身体は動かせないでしょうけれど」 頷いて、○○は不思議に思う。永琳の声の出所が、彼女の口からではない錯覚に陥って。 それに、気配も希薄で、本当にそこに居るのか疑わしくなってしまう。 同時に、自分の声も変な気がする。まあそれは起き抜けだからかもしれないが。 「そのとおり、錯覚よ。実際にここに居るけどね」 「?」 「ウドンゲに頼んでね。気配の波長を薄くして、声の波長も変えてもらったの。貴方のもね」 後ろから会釈する鈴仙に会釈を返して、○○は尋ね返した。 「どうして?」 「普通に入ったら、その子起きちゃうでしょう?」 永琳に言われて、○○は初めて気が付く。レミリアはいつの間にか一緒の布団に潜り込んで、手を繋いだまま眠っていた。 「っ!?」 「あらあら、気が付かないほど自然だったのねえ」 楽しそうに笑いながら、永琳は○○を診察する。 「ふむ、薬の効きは上々ね」 「ありがとうございます」 「とりあえず、これだけ飲んでまた休みなさい。その前に、何か話すことがあったら聞くわよ」 永琳の言葉に甘えて、○○は記憶が戻った旨などを話す。 彼女は静かに彼の言葉を聞き、やがて頷いた。 「そう……そして、これからは?」 「少し経ったら、紅魔館に移ることなりました」 簡潔に○○は伝えた。永琳は再び頷いて、でも、と釘を刺す。 「しばらくは神社で静養しなさい。他の所だと、まだ傷に響くわ。霊夢は了承済みだから」 「わかりました。すみません、いろいろご迷惑を」 「いいのよ、怪我人病人を診るのも医者の仕事。私は薬師だけどね」 永琳はそう応えると、ふう、と息をついた。 「そう、貴方も人ではなくなるのね」 「できるならば、と思います」 「いいの? 言うのは何だけど、彼女は大変だと思うわよ?」 「大事な人に我が侭を言ってもらえるのであれば、それは幸せな事と想いませんか?」 「……確かにね」 その思いは、おそらく永琳にも理解は出来る。忠誠と慕情という形は違えど、親愛の点では変わらないから。 まだ力の入らないだろう手で、彼は傍らの小さな吸血鬼の髪を撫でていた。 寝言に近いものを漏らしながら○○に擦り寄る様子は、本当に幼子のようで。 「地味に犯罪よねえ、見た目だけだと」 「……別に下心とかは無いですよ?」 「大丈夫大丈夫、わかってるわ。それに今貴方はろくに動けないしね」 「それ暗に」 自分が彼女を襲うんじゃないかとかそういうものを含んでませんか、とか何とかを、彼は口の中だけで言っているようだった。 「んぅ…?」 夢見心地のまま、薄く目を開けたレミリアは隣にある温もりにすり寄った。 先程まで見ていた夢がやはり夢であったと再確認する。夢であったことが残念なような、でもそうでなければ気恥ずかしいどころではないような、そんな想いを抱いていて。 それでも、このまま少し眠ったら、またあの幸せな夢を見れるかと考えて―― 「ん、起きました?」 真上からした○○の声に、飛び退かんばかりに驚いた。 「な、○○……っ!?」 飛び退かなかったのは、他ならぬレミリアの左手の指が、○○の右手の指をしっかりと絡めていたから。 慌てて解いて起き上がる。そして、此処が永遠亭であることを思い出し、何をしている、と自分に喝を入れた。 まさか、他所で無防備に寝てしまうなんて。失態もいいところだ。 「おはようございます」 「ええ、おはよう……って時間なのかしら?」 「正確な時間はわかりませんが、陽は高そうですね」 そう答えて、○○も緩やかに身を起こす。 「起き上がって大丈夫?」 「ええ、昨晩に比べると段違いに」 そう笑って、○○は無造作にレミリアの髪を撫でた。 おそらく、自分が寝ている間もそうしていたのだろうと、確信に近くレミリアは思う。 「……レミリアさん?」 「何?」 「何だか少し顔が紅いですけど、どうしました?」 「……本当に、貴方は変なところが鈍いわね……」 心の底から深々と、レミリアはため息をついた。 「あら、起きたのね」 部屋に入ってきて、永琳の第一声目はそれだった。 「随分仲良さそうに寝てたから放置してたんだけど」 「するな。○○の容態が急に変わったらどうする気だった?」 「何かあったら貴女が文字通り飛んでくるはずだもの。そうそう、伝え忘れてたけど、貴女の従者が昨晩から待機してるわよ」 「…………わかった」 しれっと返されて沈黙したレミリアを放って、永琳は○○を診察する。一応それが主目的だったらしい。 「もう大丈夫ね。少し休めばすぐに歩けるようになるでしょう」 昨晩死にかけた相手に、あっさりと薬師は告げた。 「……僕、何の薬をもらったんでしょうか」 「……○○」 「はい」 「知らぬが花、って素敵な言葉だと思わない?」 「……それは」 満面の笑みのレミリアに、○○は絶句するしかなかった。 数日後、退院した彼を神社で待っていたのは、快気祝いと言う名の宴会であった。 無論、彼は酒を辞退し続けていたのだが―― むしろ、彼の隣にいた紅魔館の主が、どことなく嬉しそうにしながら、いつもより仄かに酔っていたということの方が、見る者の目を引いたかもしれない。 ともかく、その仲良さげな様子に、誰もがほっとした想いを抱いていただろう。 「これで一件落着ですかね」 主に酌をしながら、九尾の狐はそう主に話しかけた。 「あら、そう?」 「え、紫様はそう思われないので?」 式の問いに、境界の妖怪は胡散臭く微笑んで―― 「めでたしめでたし、ですね、師匠」 「あら、ウドンゲはそう思うの?」 「ええ、師匠はそう思われないのですか?」 弟子の言葉に、薬師は一つため息をついて―― 「これで終わるはずが無いでしょう? もう一幕二幕は確実に、後に控えているわ――」 すれ違った想いはようやく実を結ぶ。その果実の味はわからずとも。 手繰るは運命、手繰らるるも運命。 手繰られた運命の糸を、逆に手繰ろうとする手は誰のものか。 ようやく結んだ想いは、また新しい形を望んで―― ────────── 決意、叛月篇 想いが届けば、さらにと望むは人の性。否、人に限らずかも知れないが。 そして例えそれが、月に叛こうとも―― 「何度言えばわかるの」 「何度でも言います。僕は――」 「聞きたくない! もう下がりなさい!」 勢い良く背を向けた吸血鬼の少女に、青年は大きく息をついた。 「……わかりました」 「………………」 その言葉に返す声はなく、青年は一礼してやはり背を向けた。 歩み去っていくその足音が遠ざかって、少女は振り向いて何か言おうとし――口を噤んだ。 青年が越してきて数日。紅魔館は異様な雰囲気に包まれていた。 ぎすぎすした、というか、どうにも居心地の悪い空気である。 妖精メイド達も、ひそひそと噂話をしてはメイド長に叱られ、それでもその話は尽きる事が無かった。 原因が、彼女達の主と、その想い人にあるとすれば、なおさらのこと。 話は数日前に遡る。 ○○が神社から越してきて、紅魔館にようやく落ち着いた頃。 『お願いがあります、レミリアさん』 『何かしら?』 ○○が常に紅魔館に居る、ということで機嫌の良かったレミリアは、その真剣な願いを真正面から受けることになる。 『僕を、貴女と同じにしてください』 『……それは、どういうこと?』 声が乾いた。その場に彼ら以外の者が居れば、即刻立ち去りたくなるような空気だったに違いない。 『言葉のままです。レミリアさん、僕を吸血鬼にしてください』 『……嫌よ』 『レミリアさん』 『……下がって、○○』 『…………ですが』 『お願い。そして、そのことを、今私は聞きたく無い』 完全なる拒絶。○○は少し迷ったようだったが、はい、と一つ頷いた。 『ですが、本気で、お願いしたいと思っています。また、後程』 そう言って、○○は立ち去った。レミリアはそれを見送って、大きく息をついて、額に手を当てる。 予想できていたはずのことだったのに、それすら忘れるほど浮かれていた自分に対して呆れているように。 それから、彼女の○○の言葉を退ける日々が始まった。 原因はただ単純。 青年は少女と共に在ることを望む。人間を捨ててでも、彼女の傍にいたいと願う。 少女は青年が変わってしまう事を望まない。人間を捨てることで変質する事を恐れる。 青年が最初に宣言したとき、少女は驚いてその宣言を退け、以後、彼からその話について聞こうとしない。 堂々巡りが続くこと数日。紅魔館は異様な雰囲気に包まれていた。 「……どうしたものかしら」 「……僕が悪い、でしょうか?」 十六夜咲夜の呟きに、○○が訊き返す。だがその口調は、拗ねた少年そのもの。 「そうとは言ってないけど。でもそう言うということは、そう思ってるのかしら?」 「……それでも、曲げたくないんです」 「強情ね。まあとにかく、妖精メイド達も不安がってるから、早く何とかして欲しいんだけど」 「僕はただ、思うことを告げるだけですよ」 ○○はそう言って、手元の珈琲を啜った。子供の喧嘩だな、と咲夜は思うが、口には出さない。 「……何か、手伝いしてきます」 「じゃあ、いつものようにパチュリー様の蔵書整理でも手伝ってあげたらどうかしら。」 「わかりました」 「そういえば、今日の宴会には行くのよね?」 「ええ。では、それまでの間、図書館に行ってきます」 珈琲を飲み干して、彼は席を立った。 この館の主に面と向かって意見を堂々と言える者は少ない。その一人であるという自覚は彼にあるのだろうか。 (ないんでしょうねえ) 遠ざかっていく姿を見送って、さて、と彼女は呟いた。 主の心を慮るのも、従者の大事な勤めなのだ。 「お嬢様、紅茶をお持ちしました」 「ん、ありがとう、咲夜」 少しばかり心あらずな状態の主に、咲夜は尋ねかける。 そして敢えて地雷には触れない。こういうときは、少しでも気を晴らさせた方が良いのだ。 「今日の宴会には参加されるのですよね?」 「もちろんよ。そのために早く起きたんだもの」 パタ、と羽を一つはためかせるのは、少し機嫌が戻った証拠である。 それには全く触れず、では、と咲夜は話を進める。 「手土産は何に致しましょうか」 「そうね、いいワインを一本なんてどうかしら。血のように紅い赤で」 「かしこまりました、準備いたします。いつお出かけになりますか?」 「そうね……今日は少し早めに、日が暮れる前から行きましょう」 「はい、かしこまりました」 ○○をどうするのか、とは訊かない。彼が一緒に行くことは暗黙の了解である。 それに、彼の性格的に、外でこの話題は出さないだろう。 ならば、早めに出ようとするレミリアの心情もわからなくはない。 「それでは、準備してまいります」 「ええ、出来たら声をかけて」 「はい」 レミリアの前から退出しながら、意外に根の深いこの喧嘩をどうするべきか、パチュリーに尋ねようと咲夜は考えていた。 宴席の片隅。いつものごとく飲まされて眠ってしまった○○に、そっと近付く影があった。 誰も気に止めない。彼女が彼の傍に居るのはごく自然なことだから。 起きないかどうか、慎重に様子を窺った後、レミリアは○○の頭を自分の膝に乗せた。 遠くからにやにやしている少女達の視線に気が付かない訳ではないが、それでも、今彼女はそうしたかったのだ。 「○○――」 切なそうな瞳をして、彼の髪を撫でる。 館内の追いかけっこと問答ではずっと逃げてばかりだが、それでも、本来こうしたいことに変わりはない。 愛しく優しい彼の傍で、ずっとこうしていたいのも本当なのだ。 「あらあら、見せ付けてくれるわねえ」 「本当にねえ」 「何しに来たの」 近付いてきた紫と幽々子に、鋭い視線を送る。それでも、膝上の○○を起こさないよう動きは最小だ。 「そりゃあ、幸せのおすそ分けに預かろうかと。ねえ、幽々子」 「ええ、紫。とても幸せそうだもの、ねえ」 「…………」 呆れ果てた方がまだマシなのだろうか、と本気でレミリアが考えかけたとき、紫がすっと扇子を閉じて彼女達を指した。 「ところで、いいかしら」 「何かしら?」 「どうして貴女は、彼を吸血鬼にしないの?」 立ち上がらなかったのは見事であった。身動ぎすらしなかったのも。 ただ、視線だけで射殺せそうな気配で、レミリアは紫を睨み付けた。 「何故、そのようなことを言われなければならない」 「別に変なことを聞いたつもりではなかったのですけれど」 紫の瞳は静かで、レミリアの視線をものともしていない。 「妖と人。其れが共に在り、そして在り続けようとするなら――何も可笑しい話ではないでしょう?」 「そうねえ、不思議ではあるわね。私であれば――」 ふわり、と幽々子が扇を振って、蝶が舞った。美しいその蝶が○○に辿り着く前に、レミリアが握り潰す。 本気ではない。戯れだ。わかっている。それでも。 「何が言いたい」 「レミリア。貴女達は一つの形を成そうとしている。それは理解できるでしょう?」 「…………」 紫はどこか優しげでさえあった。おそらく、レミリアの迷いすら的確に把握しているのだろう。 それに何かを返すのは悔しくて、レミリアは沈黙で返す。 「旧い噺に幾つか在るわね、妖と人の恋、妖恋譚」 幽々子が唐突に話題を振る。そうね、と紫が応じた。 「旧い古い噺ね。悲恋も多いけれども」 「そう、ただ一つのことが足りなかったが故に」 「ただ、一つのこと」 レミリアの呟きに応じるように、ええ、と紫が返す。 「永遠を歩む覚悟が足りなかった、ただそれだけのこと」 「人が永い間を生きるのに耐えられないと、そういうこと?」 「そういう見方もあるわね」 その返答さえ静かなものだった。 「貴女達は、どうなのかしら、ね?」 こちらは微笑みを浮かべて、楽しげに幽々子が尋ねた。返答など微塵も期待しない問い。 「さて、幽々子、行きましょう。あまり邪魔しても悪いわ」 「あら、いいの?」 「ええ、いいのよ。またね、レミリア」 去っていく二人に一瞥だけをくれて、レミリアは○○の頬を撫でた。 むにゃむにゃと言葉にならぬ寝言を漏らしながら彼女の手に擦り寄る彼が、何となく愛しくて。 レミリアは少し安堵したような微笑を一瞬だけ浮かべて、彼の頬を撫で続けていた。 それでも、すぐに何かが変化する言うわけではなく。 紅魔館は妙な空気を湛えたまま、また翌日を迎えることとなる。 迎えることは幾人にはとうに予想済みであったから、それに対して全く手を打ってないわけではなかったけれど。 「――どうして私達が呼ばれてるのかしら」 「空気を換えたくてね。貴女達みたいな年中春っぽいのが来たら少しは変わるかなって」 「失礼ね」 そう言いつつも、霊夢は咲夜に淹れてもらった紅茶を啜ってくつろぐ。魔理沙がカップを手にしながら問うた。 「しかし、どうするんだ?」 「どうしようもないわよ。レミィと○○さんが互いに意地張って譲らないんだから」 「じゃあ私達が来ても何にもならないんじゃない?」 「だから空気を換えたかったのよ」 紅魔館図書館で、四人がささやかなお茶の時間を過ごしていた。珍しく、能動的に招いてある。 それでも、議論は自然とここの主達の話題になっていった。 「○○は吸血鬼にしてくれ、って言うが、レミリアはそれを嫌がってる?」 「嫌がると言うより、意地になって聞いてないだけ。怖いのよね、きっと」 「怖い? あんな怖いものなんて何も……ってそっか、○○のことだけか」 「名言よねえ。あのときの。スピア・ザ・グングニルには吃驚したけど」 いつぞやの永遠亭での話を持ち出して、霊夢が頷く。 「二人とも強情なのよ」 パチュリーが呆れた声を上げる。 「ここ一週間と少し、ずっと二人で堂々巡りの生産性の無い会話ばかりしてるんだもの」 「あー、何だかわかる気がするわ。要するに子供の喧嘩なわけね」 「話が早いと助かるわ」 酷いことを言いながら、んー、と霊夢は視線を巡らせる。 「本当に綺麗にぐるぐる回ってるのね」 「ええ。レミィは自由な○○さんのままで居て欲しいけれど、○○さんは多少不自由でもレミィと永久を共にしたい。そもそも相容れないのよね」 「じゃあ打つ手無しじゃないか。この前の喧嘩より性質が悪いんじゃないか?」 「……この前の方がまだましだったとも言えるかもね」 パチュリーの言葉に、他の三人が不思議そうな顔をする。 「……前回はまだ明快に打つ手があったけれど、今回は単なる痴話喧嘩だもの」 「まあ、人の恋路だものねえ」 霊夢は適当な感じで頷くが、隣でニヤリと魔理沙が笑った。 「いいや、だからこそ手の出し甲斐があるってもんじゃないか」 「こじらせる気?」 「そんなつもりはないぜ。ただかき回すだけだ」 楽しげなその言葉に誰もがため息を付いたとき、ひょい、と話の渦中の人物が顔を出した。 「あれ、みなさんお揃いで」 「よう、○○」 軽く挨拶を交わして、○○も席に着く。 「相変わらず本の整理?」 「何だかどんどん増えてる気がするんですけどね」 「増えてるわよ、私も書いてるし」 「では、また借り甲斐があるな」 「持ってかないでよ、貴女のは盗ってくというの」 「借りてるだけだぜ?」 いつもの雰囲気ににこにこしている○○に、咲夜が紅茶を出す。 「あ、ああ、どうも」 「いいのよ、貴方もここの客人なんだから」 そう応じる咲夜に一つ礼をして、彼はカップを手に取って口を付けた。 「しかし、○○いいのか? 今の時間起きてて」 「え、ああ、夜ですか?」 「そうだ、レミリア追いかけてるんじゃないのか?」 ぐ、と○○は紅茶をむせる。そして、咲夜とパチュリーを交互に見て、困ったような表情をした。 「話したんですか?」 「別に隠すことでもないでしょう」 「そうかもしれませんけど」 改めて紅茶を口に運んで、○○は困った表情のまま、最初の問いにだけ答えた。 「とりあえず夕方に少し仮眠を取って、夜中にまた仮眠を取る形にはしてますが。朝を少し遅くしたり」 「それでよく持つわねえ」 「まあ、ちょくちょく休んでますから」 ○○はそう言って、誤魔化すように笑った。そんな誤魔化しが、彼女達に通ずるわけもないとわかっていながら。 「で、だ。お前、レミリアに逃げられてばっかなんだろ?」 「直球ねえ」 咲夜が呆れるが、魔理沙は一瞬だけ視線を送ってにっと笑う。 「どうして、無理矢理にでも話してやらないんだ?」 「いや、無理矢理、って……」 「多少強引でも、言いたいことは言うべきだ。そっちの方が後悔しなくて済む。違うか?」 明朗な言い方に、彼は一瞬呆気に取られていた。 「どうせ、レミリアが嫌だっていったら遠慮してるんだろ?」 「いや、まあ、その通りですが」 「遠慮しなくていいと思うぜ。言うだろう、引いても駄目なら押せってね」 「元々は逆のはずだけど」 パチュリーがふう、とため息をつくが、それにはどこか同意するような空気があった。 「そうねえ、確かに、○○さんはもう少し押しが強くてもいいかも」 「霊夢さんまで」 「堂々巡りでも良いならそうなんでしょうけど。それは嫌なんでしょう?」 「だったら、話は早いよな?」 ぐう、と詰まって、紅茶を飲み干して、○○はぽつり、と呟いた。 「…………何に叛いても、でしょうか」 「何に叛いてるのかしら?」 本当に叛いているの、とでも言いたげな口調で、霊夢が微笑む。 「……あー、僕らしくなかったかもしれないですねえ」 「ある意味では、非常にお前らしかったのかもしれんがな」 「ですか、ね……ああ、咲夜さん」 「何かしら?」 急に声をかけられて、咲夜が首を傾げる。 「レミリアさん、何時くらいに起きてこられるかわかりますか?」 ○○が立ち去った後、咲夜はどこか安堵したようなため息を一つついた。 「……さて、お嬢様が起きてからがまた大変そうね」 「それでもいいんじゃないかしら。解決に向かって一歩でしょ?」 「私が意外だったのは、割と魔理沙がまともなことを言ったことかしら。割と、だけど」 「当然だ。停滞してるものはかき混ぜる、自然なことさ」 パチュリーは瞳を瞬かせて、心底意外そうに魔理沙を見た。 「貴女からそんな言葉を聞くなんてね」 「想いはそういうもんだろう。それに」 胸を張り、輝くような笑顔で、彼女は宣言した。 「何たって私は、恋の魔法使いだからな」 日がほぼ落ちて、客人たちも帰った後の図書館。 扉が開いて、この館で唯一の青年が此処に足を踏み入れた。 「あれ、パチュリーさん、レミリアさんを見かけませんでした?」 「こっちには来てないわよ」 「そうですか……」 ふう、と少し肩を落とした○○に、パチュリーが尋ねかける。 「改めて、訊いていいかしら? この問いはまだしたことなかったはずだから」 「はい、何でしょう?」 「貴方は、どうしてそこまでレミィに願うのかしら?」 「吸血鬼にしてほしい、と?」 「ええ。不老や不死なら方法はいくらでもある。時間はかかっても捨食や捨虫の法もあるし、蓬莱人に頼む方法もあるわ。それなのに?」 「……それでも」 ○○は朗らかに微笑む。 「僕がずっと、あの方の傍に居続けるには、吸血鬼になるのが一番良いと思うんです」 「ずっと一緒に居たい、ただそれだけで?」 「ええ、それだけです。子供っぽいし、理由になんてなっていないけど」 「……レミィ以外の手に掛かるのも嫌、というところかしら?」 「ああ、そうなのかもしれないですねえ……」 目を細めて笑った○○に、パチュリーも軽く面白そうに笑みを浮かべた。 「わかったわ。結局の所、貴方がレミィのことを物凄く好きなんだ、ってことがね」 「え、あ、ええと、その」 ストレートに言われて焦った彼は誤魔化すように、何かお手伝いできることは、と尋ねた。 「ああ、じゃあ、千五百番台の棚に幾つか外界の本があったからお願いしようかしら」 「わかりました、行ってきます」 「報告はいいわ。レミィを探すんでしょう? 終わった後部屋を訪ねた方が早いと思うけど」 「え、あ、すみません、ありがとうございます」 駆け足で去っていったのを見送って、パチュリーはカップを手に取る。 「もういいわよ」 「……ん」 もぞもぞとテーブルの足元のクロスが動く。 レミリアがクロスの下から姿を現した。ご丁寧に紅茶のカップまで持っている。 「○○さんの気持ちは聞けたわね」 「…………」 黙って隣に座り、レミリアはカップをテーブルの上に置いた。 「レミィ、そろそろ仲直りしたら?」 「……別に喧嘩してる訳じゃない」 子供っぽい言い回しに、パチュリーはやれやれと息をつく。 「いいじゃない、きちんと話くらい聞いてあげたら? 身も心も○○さんに捕らわれてるのに」 「……まだ心だけよ」 ふい、と顔を逸らしていった言葉に深くは突っ込まず、パチュリーは手元の珈琲を一口飲んだ。 「ならばなおさらね。心ほど、大事なものもないでしょう、レミィ」 「…………でも」 「……話なら、いくらでも聞くわよ。貴女の望む答えが出るかは別として」 「……ん、ありがと、パチェ」 レミリアはようやく表情をほころばせる。 パチュリーも応じるように笑んで、カップをソーサーに戻した。 こういった会話ができるのも親友の特権なのかもしれないと、そう思いながら。 まあもっとも、訊くのは愚痴の仮面を被った惚気なのだろうけれど。 こうして土壌は出来上がる。 周囲の多大なる努力によって、ようやくその時は訪れた。 部屋をノックする音に、レミリアは顔を上げた。誰かはわかっているが、拒絶はしない。 「……いいわ、入りなさい」 声に応じるように、扉が開く。現れたのは○○。パチュリーが言ったとおりにしたのだろう。 「……何をしにきたの」 「話を、しに」 椅子に座るレミリアの傍らまでやってきて、○○はそう答えた。 「話すことなんか何もない、聞きたくない、私はそう言ったはずよ」 「それは偽りです。もしそうなら、そもそも僕をここに入れてはくれなかったでしょう」 静かな声に、レミリアは顔を背けて立ち上がる。 「……そうね。でも、聞きたくないのは本当。○○、下がって」 本当は聞いていたい。その声は彼女を安らげる。それでも、その先に続く言葉を聞きたくない。 「嫌です」 「……○○?」 今までレミリアの言葉に逆らうことなどなかった○○が、初めてその意に逆らった。 信じられないような表情で、彼女は想い人を見上げる。 「聞こえなかったの? 下がりなさい、○○」 「嫌です」 もう一度きっぱりと、だが優しい声で答えると、○○は、失礼します、と呟くように言い―― 「――――っ!?」 ――レミリアを、強く抱き締めた。 「なっ――は、離しなさい!」 「いいえ、離しません」 慌てたようなレミリアの声に、○○は静かに首を振った。 「○○――!」 「僕を離したかったら、僕から逃げたかったら」 羽をピンと張ったまま、驚きながらも腕の中で僅かに身じろぎするレミリアに、○○は告げた。 「蝙蝠に、霧になって逃げればいい。いやいっそ、僕を引き裂いてしまえばいい。そうすれば、僕は貴女から手を離すでしょう」 「――――!」 動揺した気配が伝わってくる。○○は構わず続けた。 「貴女なら、簡単なはずです」 そうだ、そうなのだ。吸血鬼の力とはそういうもの。 人間なぞ一瞬で引き裂いてしまえるほど。そう、彼の腕から逃れることなど造作もないこと、なのに。 どれ程の時が経ったか、レミリアが力を抜いた。 「……わけ、ない」 「…………」 やがて、小さな声が彼女の唇から漏れた。 「……そんなこと、出来るわけないじゃない……!」 自分の声は悲鳴じみているのはわかっていた。だがそれでも、言わずにはいられない。 そんなことが出来たら、どれ程楽だったか。 この腕を振り払えるほど彼を何とも想ってなかったら、どれ程楽になっていただろうか。 でも、でも駄目なのだ。自分はこんなにも、彼の腕を求めていて。 今でさえ、心の奥底では情けないほど嬉しいなどと、どうして口に出来ようか。 「ずるい。○○はずるい。私がそんなこと出来ないことはわかっているでしょう、それなのに」 「……ええ、すみません。意地悪なことをするつもりではなかったのですが」 「……ずるいわ、本当に……」 レミリアは○○の身体を少し押し返し、彼の顔を見上げる。 「レミリアさん、話を聞いていただけますか」 「聞かなければ、離さないんでしょう?」 「脅迫になりますかね、それだと」 「もう諦めたわ……」 変に強情なんだから、と拗ねたようにレミリアはため息を吐いた。 「……僕は、貴女と共に居たい。貴女と同じ時を歩みたい」 「……それは、人間である貴方を捨てると言うこと。それがわかっていて?」 「それでも。僕は、貴女だけの物だから。貴方の傍にいることを赦されたから。貴方の傍に、ずっと居たい」 それは理由にもならないような、子供染みた想いの吐露。だが、それでも。 「僕は、貴方のことが好きです。ずっと、ずっと愛しています。愛させてください」 「……吸血鬼になったら」 レミリアは呟くように告げる。 「太陽の下には決して出られなくなるわ。雨の日も同じ。それに、言うのは何だけど、弱点だって多い」 「それでも」 「貴方の行動は酷く制限されるわよ。もう人里にもろくに出られない。この紅い館に、半ば閉じ込められるように」 「だとしても――」 そっと抱きしめて、彼はレミリアの耳元で囁く。 「貴女の傍に居られる以上に、大事なことなんて、ない」 抱き寄せられて、その胸に耳をつけて、少し早く鳴っている鼓動を聞きながら、レミリアは考える。 この人は、いつからここまでの決意をしていたのだろう。ここまでの覚悟を、いつから持っていたのだろう。 ああ、そうか、自分は、○○の自由を奪うのも怖かったけど、きっと。 ○○が本当にずっと自分の元に居てくれるのか、それもまた不安だったのかも、しれない。 紫の言葉が脳裏に過ぎる。 『永遠を歩む覚悟が足りなかった――』 ああ、そうか。 覚悟が決まっていなかったのは、きっと。 「……○○、貴方は本当にそれでいいの? 人を捨て、人の傍を捨て、悪魔になるのに」 「それでも、貴女の傍に居られるなら」 ○○は優しく笑う。 「僕は変わりません。例え器がどれほど変わっても、僕は僕でしかない。以前言った通りに。 約束します。僕は、決して変わらないと」 「人間と悪魔の契約で、それを破るのはいつも人間のはずだけど」 「代償は命ですよ。それに、僕の命なんてもうすでに貴女だけのものですから」 そう言って、○○はレミリアを抱き寄せる。抵抗せず寄り添って、レミリアは微笑した。 「契約は何をもってか、わかってるわね?」 「ええ」 ○○はレミリアの顎に手を沿えると、そっと口付けた。 「ん、あ……ん」 角度を変えて、何度も何度も。それを少しずつ深くして。 途中、レミリアの牙で○○の舌が傷付き、口の中に甘い血の味が広がった。 だが、頭が痺れるようなその甘さが、久々のその血の味にもたらされたものなのか、それともこの初めての口付けに因るものなのか、レミリアにはわからなかった。 「ん……は、あっ……」 どれだけ時間が経ったか。口唇が離れ、レミリアは大きく息をつく。 力なく○○にもたれかかって、荒い呼吸を整えた。 「えと、大丈夫ですか……?」 優しい声に顔を上げ、放心気味だった自分には気が付かなかった振りをして、レミリアは恨み言のような言葉を口にした。 「人を窒息させる気? 人じゃないけど」 「え、あ、いや、その」 「何?」 「……鼻で息したら良かったんじゃないかな、って」 「…………」 ただでさえ紅い顔がさらに紅くなり、レミリアは○○を睨みつけながら彼の頬を引っ張った。 まるで自分だけが夢中になっていたかのようで、それが悔しくて。 「いたた、痛いですよ」 「煩い」 ふい、と顔を背ける。 腹が立つのに、それでもこの腕の中から抜け出す気になれない。それがまた少し腹立たしくて、レミリアは不機嫌な声を出した。 「まったく、貴方はいつでも勝手なんだから」 「すみません……怒りました?」 しょんぼりとした雰囲気が伝わってきて、レミリアはささやかに満足する。 「……まあ、いいわ。○○」 「はい」 「さっきみたいにしなければ、もう一度許して上げる」 「……いいんですか?」 「何度も言わないわよ」 レミリアは背けていた顔を○○の方に向けて、彼の表情が嬉しそうなのを見て少しだけ後悔した。 この表情が見れて嬉しく想うなんて、自分は本当にもう手遅れなんだろう、と。 今度は優しい口付けを受け入れながら、彼女はそう思った。 「次の満月」 「え?」 ○○にしなだれかかったまま、レミリアは告げる。 「次の満月の夜に、貴方の願いを叶えるわ」 「……はい」 満月までは、もう幾日も無い。 「それまで、せいぜい陽のある生活を楽しみなさい」 「はい、そうさせていただきます」 「そして……」 レミリアの瞼が、重そうに一つ瞬いた。 「せめて、今日はここにいなさい……」 慢性的な寝不足。レミリアは○○の身体を押して彼ごとベッドに倒れこむと、その上で寝息を立て始めた。 「……はい」 答える彼の声も眠そうな響きを持っていた。柔らかなベッドの感触が彼を眠りに誘う。 結局、二人とも互いのことが気になって、最近ろくに睡眠を取れていなかったのだった。 暫くの後に様子を見に来た咲夜が、とてつもなく中途半端な体勢で寝ている二人を目撃して呆れ果てるのだが、それは二人の与り知らぬところの話である。 昼から宴会を始めると言うのも珍しい。神社で集まった面々はそんなことを思ったかもしれない。 「美味しい肴が手に入ったからよ」 と、霊夢が納得しているならば、他の者達に言うことは無いのだけれど。 「真昼間からの宴会なんて久々ね」 「あんたは特にね。というより、吸血鬼が本当に昼間に外を出歩いてるってのが変なんだけど」 「そうね、とても不自由だわ」 レミリアはそう言って、珍しく自分から酒の席に向かっている○○を縁側から眺める。 そんなに強くないから、勧められるまでは飲まない青年なのに。いや、だからこそ、か。 「そしてその不自由を選んだのね」 「……そうね」 「やれやれ、里は優秀な人手を失うようだな」 レミリアの逆の隣に、慧音が腰を下ろす。 「あんたも止めなかったのよね」 「もし、彼を強引に吸血鬼にしようとしてたのだとしたら、何としてでも止めてたさ」 「今回は逆だものね。○○さんが選んだことなら、私達に止める理由なんて無いし」 「そういうことだ」 幻想郷の調停者と人里の守護者の言葉に、レミリアは大きく息を吐いた。 「……もう誰も止められない、ってことなのね」 「そもそも、彼が止めて止まる奴でもないだろう」 それは貴女が一番ご存知のはずだが、と慧音はからかうように微笑う。 ○○は既に、自分がレミリアの眷属になることを幾人かに告げている。慧音はその筆頭だった。 「……大きなお世話よ」 「それにしても、随分と酔ってるわよ。大丈夫かしら?」 三人で、宴も酣の席を見遣る。中心にいる○○はかなり酔っているようだった。 「止めないのか?」 「いいのよ、好きにさせていれば。もう、こんなことも出来なくなるから」 その声は心から彼を想う少女のもので、霊夢と慧音は顔を見合わせてそっと頷き合った。 何だかんだとあったが、二人はどうにかうまくやっていくだろう。 「レミリアさん」 中心から、ふらふらとやってきた○○に、レミリアは首を傾げる。 「どうしたの、みんなの中にいなくて……って!」 唐突に腕を伸ばしてきた彼に抱き上げられ、彼女は慌てた。いつの間にやら、両隣の二人はその他大勢に混じっている。 顔が近い。完全に酔いの回っている○○の手が頬に当てられ、彼と至近距離で向かい合っていた。 何をされようとしているのか、周りが何を期待しているのか、瞬時に理解したレミリアは―― 「っ……! いい加減に目を覚ましなさいっ!」 見事に絶妙の手加減が入った頭突きを、○○の額に見舞ったのだった。 「まったく」 沈没した○○を放って、レミリアは日傘を差して宴席の方に出てきた。 「惜しいわねえ、面白い物が見れそうだったのに」 「私達は見世物じゃない」 紫の声に反発して、レミリアはしかし、彼女の隣に座った。 「あら、どういう了見?」 「別に」 だが、そう言いながらも一献、紫の盃に注いだ。紫もまた、レミリアのグラスに酒を注ぐ。 礼と返礼。言葉にする必要など無く、仮にしたとしたら互いに馬鹿にし合うに違いない。 だから、酒を交わしただけ。 「幻想郷は全てを受け入れる」 「…………」 「貴女達の決意も、決断もね」 「…………そうね」 その後に交わしたのも、ただその言葉だけだった。 数日のうちに、彼は必要な所に顔を出していった。 里を初めとして、彼が世話になった者達のところを、次々に。 それは或いは神社であり、永遠亭であり――幻想郷中を一巡りしたのではないかと思われるほどで。 各々から皮肉染みた祝いの文句をもらいつつ、彼は礼を言っていった。 そして、彼が帰るのは、常に―― 紅魔館の夜。○○の部屋にレミリアが訪ねてきていた。 「挨拶回りは終わったの?」 「ええ、全員にお会いできたはずです」 「お疲れさま」 ベッドに腰掛ける○○の隣に座って、レミリアが呟く。 「ついに明日ね」 「ええ、明日ですね」 そう言葉を交し合って、少しの沈黙の後、不意に彼女が口を開いた。 「少し、喉が渇いたわ」 「あ、ええ、どうぞ」 身体を自分の方に向けた○○に、レミリアは身体を寄せる。 反射的に、○○は壁に背をつけた。貧血気味になるのと、やはりどこか畏れを感じているからか。 しかし、彼の首筋に口を近づけて、彼女はしばらく何事か考えたように止まった。 「……?」 暫くの後、結局牙は立てず、ただ舌で首筋をぺろりと舐める。 「っ! あ、えと?」 「ん、やっぱりまだ我慢。どうせ、たくさん吸わなきゃいけなくなるから」 「……はい」 ○○の首筋に顔を埋めたまま、レミリアが呟く。 「どうせなら、心身ともに貴方が欲しくてたまらないくらいにするのが丁度良いわよね」 瞬間、ゴン、と鈍い音がした。顔を上げると、○○が頭を壁に打ち付けているのが見える。 「どうかした?」 「いえ、ちよっと煩悩を散らそうと」 他意はないんですよね、とか何とかを口の中で呟いている○○に、不思議そうな視線を向ける。 「よくわからないけど……とりあえず、今はこれだけね」 ○○の顔を自分の方に向けさせ、レミリアはどこかぎこちない口付けを彼に送った。 「……後少しよ。貴方が人間で居るのも」 「はい」 「……後悔しない?」 何度もしてきた問い。きっと最期のそのときまで、レミリアはこの言葉を尋ねてしまうのだろう。 そして、その不安げな問いに返す言葉も、常に同じで。 「はい、決して」 そう穏やかな表情で言われるから、彼女も安心するのだった。 「○○」 「はい」 「今度は貴方から、して」 「はい」 優しく口付けられて、彼女は陶然とした想いのまま、彼にそっと抱きついた。 要はきっと、決意と想い。それさえあるなら、恐れることは無いのだろう。 彼の温もりを感じながら、レミリアはそう心に呟いた。 月に叛いた青年の決意はようやく届く。紅く愛しき幼い月に。 そしてまた、決意は決意を呼んで、新たな道を切り拓く。 其の道は、一つの顛末に向かって―― ────────── 顛末、伴月篇 月に沿い、月に添う。 願いが叶った後には、一体何が待っている? 「破っ!」 「っ!?」 裂帛の気合。ドン、という力強い音。そして。 「…………あれ?」 人の形の物が、紅魔館の外周壁に思いっきり叩きつけられた。 「ああああああ! す、すみません、お嬢様!」 「いいわ、思い切りやれと言ったのは私だし」 呆れたようにため息をついたのは、レミリア・スカーレット。 平謝りに謝る美鈴に、気にするなとばかりにひらひらと手を振ってみせる。 「まだ安定してなかったのかしらね」 「でも、パチェも確認したでしょう? ○○は、間違いなく」 「ええ、間違いなく――吸血鬼になった、はずよ」 パチュリーはそう言って、手元の本をはらりとめくった。 どうやら、この事象――人間から吸血鬼になった人間についてのこと――をまとめようとしている、その資料の一つらしい。 レミリアはため息をついて、雲が掛かりかけている十八夜の月を見上げた。 満月から、三日が経つ。レミリアが○○に吸血を施し、吸血鬼にしたあの日から。 そろそろ安定したのでは、という考えで、彼女は美鈴に手合わせを命じたのだ。 無論、思い切り、という前提をつけて。吸血鬼の素の力は、並の妖怪など物の数ではない。 ない、はずだったのだが。 「焦りすぎたのかもね、レミィ。まだ三日よ。貴女が初めてということを考えてみても、もう少し時間はあっていいかもしれない」 「そうね……まさか、ここまで弱いなんて思ってもみなかったし……」 美鈴の突きを、よけることも受けることもせずに、真正面から喰らって周壁まで弾き飛ばされるとは。 「しかも、受身すら取ってないなんて……」 「お嬢様、よろしいですか?」 咲夜の声に、レミリアは視線だけで尋ねかける。 「○○さんが気絶したままのようなのですが、回収しなくても?」 「あ」 言われて、レミリア達が一斉に○○に注意を向けた。 周壁からずり落ちて気絶しているらしい○○は、それでも大した傷は負っていないようで。 「身体の頑丈さは吸血鬼並み、といったところかしら」 「それだけ、とも言えるかも、ね」 レミリアはもう一つ、大きなため息をついた。 「○○さんは?」 「寝てるわ。大した怪我はないみたい」 あれだけ派手に飛ばされておきながらほぼ無傷というのは、やはり人間ではありえなくなったということだろう。 「んー、とりあえず、頑丈にはなったみたいだけど……寝てばかりなのよね」 「退屈なのね、レミィ」 「そうじゃないわよ」 パチュリーの言葉が少なくとも事実の一端であるということは態度からもわかるが、それだけでもないらしい。 「あれから三日。でも、○○の感覚では実質一日半も経ってないわ」 「丸一日眠って、起きて紅茶を飲んでまた眠ったんだっけ?」 「ええ、血入りのね。知らせてはなかったけれど、普通に味はわかってたみたいだから」 「……さすがに、それは私にはわからないけれど」 そうね、とパチュリーは頷く。 「彼が吸血鬼になっているのは間違いない事実よ。彼から零れ落ちている魔力も、レミィと同質のもの」 「ん、それも何となくわかる。でも、何となくなのよね……?」 「それはそうだと思うわよ。だって彼、貴女の蝙蝠一匹分の魔力も無いもの」 「……え?」 「レミィが微弱に感じるのも当然ね。元が人間だからかしら」 「……何か、間違えたのかしら……でも、間違えるようなことはなかったはずなんだけど」 レミリアはそう言って、三日前のことに思いを馳せた。 満月が差し込む中、レミリアは自室に○○を招いていた。 どこか気だるそうな、青い顔をした○○を上体だけ起こさせた形でベッドに横たえさせて、少し首を傾げる。 「顔が青白いけれど?」 「あー、えと、さっきちょっと、血を抜いてもらいまして」 「血を抜いた?」 「献血みたいなものですよ。少しは、マシになるでしょう?」 何がか、などという愚問を発するほど、レミリアは愚かではなかった。だから、代わりに。 「本当に馬鹿ね、貴方は」 「僕の我儘ですから」 柔らかい表情で、彼は微笑った。レミリアは少しだけ切なくなって、彼を抱きしめる。 「貴方の我儘だけではないわ。私も決めたことだもの」 そして、○○の頬に軽く口付けて、その首筋に牙を当てた。いつものように○○の鼓動が速くなる。 「後悔、しない?」 「勿論。貴女の傍に居られるのならば」 「……うん。じゃあ、行くわよ」 宣言して、牙を突きたてる。いつものように甘い味が広がる。 蕩けそうな甘さも、量が量なれば苦痛になる。それでも、止めない。止めるわけにはいかない。 辛そうな声が耳元で聞こえた。もうすぐ、もうすぐなのだ。 互いが互いに無理を強いて、願いを叶えようとしているのだから。 決意と覚悟。必要なのはただそれだけ。 やがて、レミリアは血を吸い終えた。恐る恐る身を離すと、彼の口からは、低い唸りが漏れ始めていた。 身体が震えている。口の端から牙が見え始めている。変化しようとしている。人間を終えて、吸血鬼になろうと。 だが、安定していない、不安定なのだ。そう気が付いた瞬間、レミリアは彼を抱き寄せた。 「○○!」 頭を抱えて牙を自分の首筋に当てさせて、彼女は命じた。 「飲みなさい!」 戸惑うような視線がレミリアに向けられた。 その戸惑いは、人間から吸血鬼になってすぐの吸血へというよりも、レミリアに牙を立てることに対してのように、見えた。 「命令よ、飲みなさい」 今や眷属となった以上、その命令には逆らえないはずだった。彼女は主人なのだ。 一瞬だけ途方に暮れた表情になった後、彼は、レミリアの首筋に牙を突きたてた。 瞬間、レミリアは自分を襲った感覚に身を竦ませた。 痛みであれば、苦痛であれば、どれだけでも耐えられたはずだった。 だが、この痛みと共に訪れた脳髄が痺れるような甘い感覚は、予想の範疇をはるかに超えていて。 「あ……う……っ!」 声を上げていたかどうか。どこまでも長く感じた、彼の吸血が終わるまで、レミリアは必死にその感覚に耐えていた。 「っ、は……○○……?」 荒い息を整えている途中、彼が何事か囁いているのが聞こえてきた。 それは謝罪。ごめんなさい、ごめんなさい、と、何度も繰り返して。 「……いいのよ、○○」 「でも」 「いいの。私が命じたのだから」 聞こえているのかいないのか、彼は朦朧としているようだった。 人と魔の境で揺らいでいるように、どこか焦点のあっていない瞳で、彼女を見つめて。 「ごめんなさい、ごめんなさい。でも、それでも、僕は貴女を、愛して」 そして、彼は意識を失った。その彼を抱きとめながら、レミリアは何となく悟っていた。 今の言葉が、おそらく、僅かなりとも残っていた彼の、人としての、最期の言葉なのだと。 疼くような首筋の甘い痛みを感じながら、そう悟っていた。 「……ミィ、レミィ? どうしたの、首筋を押さえて」 「あー……いえ、何でもないわ。何、パチェ?」 思い出した首筋の感覚に気を取られていたレミリアは、親友の言葉で我に返った。 「……一体何を思い出していたのかしらね?」 「いいじゃない別に。で?」 その誤魔化し方に微笑ましいものを感じて、パチュリーはくすりと微笑う。 「どのみち、まだゆっくり観察する必要がありそうね。一週間か一月か一年か――十年百年かかるのか」 「パチェは気が長いなあ」 「あらそう? 私としては、レミィが焦っているように見えるけど。何に焦ってるの?」 「焦っているつもりはないんだけど」 レミリアは咲夜が用意してくれた紅茶を一口飲んで、息をついた。 焦っているわけではない。ただ。 「早く確かめたいのね、レミィは」 「ん……そうね。そうなのかも」 そう、きっと確かめたいのだ。彼が本当に自分と同じになったのか。 彼が目覚めてからある、彼から感じる違和感のような、落ち着かないものが何なのか。 それを知りたくてたまらないのだ。 おそらく人はそれを、不安と呼ぶのだろうけれど。 彼が本当に変わっていないのか。前のままなのか。 愛しい人だからこそ、まだ掴みきれていなくて。 その事実がレミリアを、何よりも不安にさせていた。 紅魔館の廊下。音もなく一つのドアが開いて、一人の青年が顔を出した。 きょろきょろと周りを見回して、廊下に出る。 「……今、何時だろう」 昨晩、美鈴と対峙してからの記憶がほとんど無い。吹き飛ばされたような気もするが、よく覚えていない。 少し小腹が空いた気がして、何かつまむものがないか、と階下に足を向ける。厨房はそちらにあったはずだ。 勝手知ったる、である。もうすでに、ここを終の住処とすることは決めているのだけれど。 「あら、○○さん」 「あ、咲夜さん……えーと……今何時でしょうか」 階段に近付いた所で咲夜に会って、こんにちはと言うべきかこんばんはと言うべきか迷い、とりあえず時間を尋ねた。 「もう陽は落ちてるわね」 「では、こんばんは、ですね」 微笑って言って、ふと気が付く。 「と言うことは、僕半日以上寝てましたか」 「まあ、まだ仕方がないんじゃないかしら。昨日も昨日だったし」 「んー、あの後どうなったんですか? 手合わせしろ、からよく覚えてなくて」 「そこから抜けてるのね……」 咲夜は少し呆れたように息をついたが、まあいいわ、と来た方向に踵を返す。 「丁度食事だから起こしに来たのよ。お嬢様方が待ってるわよ」 「あ、すみません。少し小腹が空いてしまって」 何かつまもうと思ったのですが、という彼に、咲夜は首を傾げた。 「……他のものを食べて、空腹は収まるのかしら?」 「え? あ、あー」 「……まだ慣れてないのかしら」 「……はい。それはそうですよねえ」 吸血鬼になったのだから、主食は血なのだ。うっかりまだ忘れてしまう。 一人納得して頷く彼の方を向いて、咲夜が再び呆れたように感想を述べた。 「……本当に、全く変わらないのねえ」 それでも、自分は吸血鬼になったのだ、という確信が、彼にはある。 言葉にはし難い、でも確かな感覚で、自分がレミリアと同じものに成ったと感じるのだ。 それを口にしなかったことが、彼の鈍さだったのかもしれない。 「○○、身体の具合はどう?」 食事を終えた後、○○はそう問いかけられた。 「んー、少し眠気が残ってるようですが、概ね何ともないですね」 食後の紅茶を啜りながら、うん、と自分の中で頷く。 何も変わらなかった。別に突然空も飛べなかったし、魔法が使えるようになったわけでもない。 まあ、空を飛ぶのだけは、どうやら練習すればできるようにはなりそうだけど。 「いえ、そういうことじゃなくて……いや、そういうことなのか」 レミリアも納得したように頷く。 「まだあまり動けてないですしねー。眠るときには日が昇ってないですし起きたら沈んでますし」 「早寝遅起きね」 「まあそうなんですが。何だかまだ違和感が」 曖昧に微笑ったとき、口元から牙が覗いた。下唇に当たり、反射的に口を閉じる。 「ああ、まだこれにも慣れないですね」 「牙だけは立派なのにねえ」 「あー、すみません、昨日のことは」 とりあえず、食事のときに昨日のあらましを聞き、謝ることしか出来なかった。 「まあいいわ。私も焦りすぎてたみたいだし。ゆっくり調べていきましょ」 「よろしくお願いします。まあ、時間はありますし」 「……そうね」 少しだけ開いた間が気になったが、何と訊けばいいものかわからず、再び紅茶に口をつける。 「後で、ちょっとパチェのところに行くわよ。いろいろ調べたいし」 「はい」 答えながら、とりあえずこの頃眠ってばかりなのをどうにかしないとなあ、と暢気なことを考えていた。 ちなみに、パチュリーのところに行ったらいきなり飛行訓練などをさせられる破目になっていた。 でも、高いところから突き落とすのは訓練ではないと思います、とは小悪魔の談である。 「……死ぬかと思いました」 「死なないわよ、怪我も多分しないでしょうし」 レミリアと○○はそう話しながら、廊下を歩いていた。 「羽とかあったら、もっときちんと飛べるんですかね?」 「それはわからないけど。そういえば、羽は生えないものなのかしら……」 「……それはさすがに僕にも何とも」 軽いお手上げのポーズを○○は取る。 そう、彼には、レミリアやフランドールのような羽は生えていない。 そのためか、彼が吸血鬼であると外見から判断するのは、中々に難しいものになっている。 「まあ、少しは浮ける様になったからいいんじゃないかしら?」 「そうですねえ。床に激突しそうになったときはどうなるかと思いましたが」 「ちゃんと助けたじゃない。私もパチェも」 レミリアは不満そうに言った後、ふと表情を切なげなものにした。 「……それにもう、貴方はそんなことでは死なないわ」 「どれほど痛くとも、ですか」 茶化すように微笑う彼に、レミリアは首を振る。 「そもそも痛くすらないかもね。低い段差から飛び降りた程度。その程度の感覚しかないかも」 「ああ、うん、まあ、頑丈にはなりましたし」 「そういうことじゃなくて」 どこか愁いを帯びたような表情で、レミリアは立ち止まって○○を見上げる。 「貴方には、まだ、人としての恐怖が在るのね」 「……ですねえ。自力で飛ぶのは体験してないですし。高過ぎるところは怖いです」 「……誰かと飛んだことはあるの?」 「二度ほど。一度目は、此処に来た当日、香霖堂で買い物するのに霊夢さんと魔理沙さんに。 もう一度は、僕は覚えてません」 運んでくれたのは同じ二人ですが、と微笑する。 「初めのときもまだ幻想郷に居るという感覚もなかったですから、よく覚えてないですね」 「夢の中にいるかのように?」 「ええ、まさに――いや、怖かった気がしますが、その程度で」 それでも、それでもだ。高いところを恐怖する吸血鬼などいるものだろうか。 人か吸血鬼か。彼はどちらの側に振れているのだろう。 人間であった頃の彼で居て欲しい、と願った。 ずっと傍に居てくれるという彼で居て欲しい、と願った。 ならば、今の彼は一体どちらなのだろう。 「ねえ、○○。人と吸血鬼、貴方は――どちらなのかしら」 「僕は――吸血鬼ですよ。そして、貴方のしもべです」 当然の事を述べるかのように、彼はレミリアに応えた。 それでもなお、レミリアの不安は消えることなく。 「……そうね」 だからただ、そう応じることしかできなくて。 「もう、休むのかしら?」 「そうですね、眠気が取れる程度にまでは休もうかと」 「ゆっくり休みなさい。規則正しい生活が送れるくらいになるように」 「はい」 微笑った彼が愛しくて、でも、言葉は何も出てこなかった。 一つ一つの事実は積み重なっていく。紅き月が愛した青年は、確実に彼女の眷属となっていた。 それでも、違和感だけが残る。何かが、おかしい。 彼が弱すぎるからだろうか。あまりに、外見が人間と等しいからだろうか。 人間だった頃と、何一つ変わらないからだろうか。 それは喜ばしいことのはずなのに。それを望んでいたはずなのに。 なのに、何故自分はこんなにも。 疑問は解消されず、ただただ積もっていく。 そして、その朝が訪れる。 何となく寝付けず、レミリアは朝方の館内を歩いていた。 もうとうに朝日は昇っているらしく、館の窓は堅く閉ざされている。 「神社にでも顔を出してみようかしら」 誰ともなく呟く。○○も連れて行きたいが、この時間は眠っているかもしれない。 のんびり歩いていると、妖精メイド達が何かさざめいているのが見えた。 レミリアの方を見て、明らかに動揺する者もいる。そんなにこの時間に起きているのが珍しかっただろうか。 そういえば、咲夜も出てこない。まあ、こんな有様だから忙しいのかもしれないが―― 「それ……当?」 「らし……よ。だっ……門番長……血相変え……」 曲がり角の向こうで、お喋りしている妖精メイドの声が微かに聞こえてきた。 立ち話をしていると咲夜に怒られると言うのに、全く懲りないものだ、と思ったのも一瞬。 「本当なの……? ……さんが、陽を浴びた、って?」 聞き取れた瞬間、レミリアは駆け出した。気が付いた妖精メイド達が怯えるが、気にしてもいられない。 「咲夜!」 最も信頼する従者の名を呼びながら、レミリアは館内を飛翔する。 心の中では、口には上らせなかった彼の名を叫びながら。 吸血鬼が陽光を浴びるなど、正気の沙汰ではない。 だが彼はあまりにも人間に近すぎる。意識も存在も。でも彼は吸血鬼なのだ。 自分が望んだ、大事な眷族なのだ……! 「咲夜! いないの!」 なのに、そのために喪っては、何の意味もないではないか! 「ここに。お呼びですか?」 ふっ、といきなり併走して現れた咲夜に、レミリアは急停止しつつ飛びつかんばかりの勢いで尋ねかけた。 「○○は! ○○はどこ!?」 「お嬢様?」 「どこにいるの、咲夜!」 否定して欲しかった。何をそんなに慌てているのかと。慌てることなど何もないといって欲しかった。だが。 「お嬢様、もしやもうご存知で……?」 足元が崩れるような感覚が襲う。では、それが事実とするなら、○○は、もう。 「咲夜、○○は……」 「今部屋に……お嬢様!」 聞くが早いか、再び駆け出す。灰しか残っていないかもしれない。もう何もないかもしれない。 でも、でも。この目で見るまでは信じたくなくて―― 大きな、壊れかねない勢いで、レミリアは彼の部屋の扉を開け放った。 「!? ……ああ、レミリアさんですか。おはようございます」 「な――――!?」 「…………? どうしました?」 何事もなく普通に声をかけられて、今までの不安とか恐怖とか安堵とか怒りとかが綯い交ぜになって―― 「――――っ!!」 ――気が付いたときには、渾身のスピア・ザ・グングニルを彼に向かって放っていた。 「……で、どういうことか、状況把握と説明から入りましょうか」 場所は図書館。部屋は先ほどの騒動で見ていられないことになったので場所を移した。 レミリアがそっぽを向いたままなので、必然的に尋ねるのはパチュリーの役目になっている。 「はあ、まあ、聞いてのとおりなのですが……」 咲夜が入れた紅茶を、どうも、と受け取りながら、彼は話し出した。 少し寝ただけで、目が覚めてしまった。 「ん、天気は良さそう、かな」 ふらりと部屋の外に出て、外がもう朝だと確認して、ぼんやり歩きながら、館の正面玄関を押し開けた。 自分が吸血鬼になったことを、忘れていたつもりではなかったけれど。 何かに突き動かされるように外に出て、陽が、自分を照らすのを見て。 何も起こらなかったから、ついそのまま表に出て、陽を浴びてしまったのだった。 「何も起こらなかった?」 「はい。陽を浴びても、僕には何の変化もありませんでした」 ともかく、不思議に思いながら朝日を浴びていた所を、もうすでに仕事についていた美鈴に見つかってしまい。 何故なのか、という問いもそこそこに、慌てた彼女から咲夜に連絡が行って、部屋で待機を命じられた。 手持ち無沙汰にぼーっとしていると、レミリアが飛び込んできた、というわけであった。 「……陽の光が、問題ではない? そんな吸血鬼なんて……」 「変ですよねえ」 首を傾げるパチュリーに、○○もうんうんと頷く。 「でも、今から行ってもいいくらい、です。証明、出来ます」 「……そうね。いいかしら、レミィ」 「…………ええ」 きゅっとレミリアが膝の辺りで手を強く握り締めたのを、パチュリーは見て見ぬ振りをした。 結果は全くの同じであった。 彼は陽光をものともしていなかったし、全身に浴びても無傷であった。 むしろそれを見るレミリアの方が、とても不安そうに見えたのは、きっと見間違いではない。 図書館に戻ってきて、パチュリーが口を開いた。 「確かね。まあ、全く無反応、というわけにはいかなかったみたいだけど」 「ですか?」 「ええ。少しは消耗しているはずよ。それでも、人間より少し多いくらい、だろうけど……」 少し考えて、パチュリーは小悪魔に何かを言いつけた。 「いろいろ確かめてみましょう」 「はい?」 「まずはこれね」 小悪魔が持ってきたのは一つの枡。その中に入っている物をみて、レミリアが一歩下がった。 「大豆?」 「掴んでみて」 「あ、はい」 「あ、ちょっと……!」 レミリアの制止は少し遅く、いきなり大豆を鷲掴みにした彼の手から、しゅうしゅうと蒸気が昇っていた。 彼の口から漏れたのが絶叫でなかったのは、よく耐えたとしか言いようが無い。 その後も、幾つか苦手なものに対しての耐性があるかどうか、確かめる作業もとい実験が行われた。 「ふむ、どうも陽光だけみたいね、強い耐性があるのは」 「……雨が本当に苦手なんだと身を持って感じることになるとは思いませんでした」 「それでも、レミィ達ほどではないのねえ。面白いわね」 すっかり知識人モードに入ってしまったパチュリーに、○○は深々とため息をついた。 手には包帯。炒った大豆を思い切り握り締めた結果である。その手を取って、レミリアが尋ねた。 「手は大丈夫?」 「ええ、はい。治りが遅いですけど」 「私も大豆の火傷は少し治りが遅かった記憶があるからそれはわかるんだけど。少し遅すぎないかと聞いてるの」 「どうなんでしょう……あまり意識してないもので」 手を取って心配している図は微笑ましいものがあるが、とりあえずここは図書館である。 こほん、とパチュリーの咳払いに、レミリアは気がついて手を離す。 どうやら無意識だったらしい、と見て、パチュリーはからかうように微笑んだ。 「そういうことは後で二人のときにやってもらえるかしら?」 「ほっといてよ。で、パチェとしての見方はどうなの? ○○に何が起こってる?」 「まあ、たぶんデイウォーカーになったのだと思うわ。陽光を克服した吸血鬼」 「随分あっさりととんでもないこと言うのね」 「それ以外に言いようが無いもの。推測だけど、力がほとんどないのはその所為だと考えられるわね。 陽光を克服できている代償。だから○○さんは、それこそ並の妖怪以下の力しかない」 淡々と述べるパチュリーに、レミリアは思わずと言う様子で呟いた。 「何それ。それじゃあ、人間だった頃とほとんど変わらないじゃない」 「そうね。まだいろいろ調べないとわからないけど……」 「…………パチェ」 何かに気がついたレミリアの様子に、パチュリーは頷いてやった。 「レミリアさん?」 「………………私が望んだからなの、パチェ」 静かな確認の言葉に、パチュリーもまた静かに返す。 「可能性の一つよ、レミィ」 レミリアが、○○を強く想うがあまりに、彼の運命を操作したと言う可能性。 人間であったときのように、日中の行動を制限されないで欲しいと。 吸血鬼となって、自分の傍でずっと一緒に居て欲しいと。 双方の想いを、レミリア自身が叶えた形になったという、あくまでも可能性。 「まだわからないわ。でも、それはそれでとても幻想郷的よね」 「確かに、そうかもしれませんね」 「○○まで……」 「レミリアさんがそうであれと望んでくれたなら、僕にとっては何よりも嬉しいです」 柔らかく笑んで、彼はそう告げた。少し照れたように戸惑った後、レミリアも微笑みを返す。 「……だから、そういうことは二人のときにやってと言ってるでしょう」 やれやれと苦笑して、パチュリーは本を閉じた。 「とりあえず、一つの疑問は解決したし、今日はもう二人とも休んだ方が良いわね」 「そうね。私はともかく、○○がね」 「お手数かけます」 頷いた二人に、パチュリーもまた頷き返して、図書館から出て行くのを見送る。 とにかく、時間は十分にあるのだ。ゆっくり調べていけばいいし、レミリアももう焦ることは無いだろう。 とりあえず今は。 「ああ、小悪魔。珈琲を一杯もらえるかしら」 「あ、はい。砂糖とミルクはどういたします?」 「今日はブラックで良いわ。甘いのは今は十分だから」 簡単に湯を浴み――流水でなければ大丈夫らしいことも知った後。 寝る前に紅茶を一杯、ということで、○○はレミリアと一緒に、彼女の部屋で紅茶を啜っていた。 「デイウォーカー、ですか。不思議なものですね」 「不思議なことは不思議よね」 レミリアは椅子に座って、真正面の彼に頷いて見せた。 「まあでも、これで幾らかはっきりしたわね」 「ですねえ。まあ、力がないのは本当に申し訳なく思いますが」 「それはいくらでも鍛えようがあるじゃない」 他愛ない話をする中、ふとレミリアが立ち上がり、○○の傍に来てその頬に手を触れた。 「……貴方は、ここにいるわよね」 「? はい」 「確かよね。私は、夢を見ているのではないのよね」 不安そうな瞳で、レミリアは○○に抱きついた。 「貴方が灰になってしまったのを見て、そのまま逃げるように眠りについているのではないわよね」 「ええ、大丈夫です。僕はここにいますよ」 きゅ、と強く彼の服を握る手に、そっと手を重ねる。 「……うん、貴方の鼓動が聞こえる。貴方はここにいる」 「ええ。ほら、こうすることも出来る」 抱きしめ返すと、少し安心したように身体のこわばりが解ける。 そのまま、擦り寄るように身を寄せて、彼女が呟いた。 「…………もう、あんなことはしないで」 「……はい」 「……わかっているでしょう。かつて私が何を恐れたか」 彼は頷いた。そうだ、そうだった。 自分が死に掛けたとき、彼女は陽が落ちてないにも関わらず、紅魔館を飛び出そうとしたと、聞いた。 今更ながらに、阿呆なことをしたとは思う。けれど、話していない部分に、確信はあったのだ。 本当は、話の中で一つだけ省いたことがあるのだ。 廊下を歩いていたとき、ふとカーテンが揺れているのを見て、それに近付いて――右手に陽を浴びたことを。 そして、とっさに引っ込めた手に何も異常がないことを、すでに確かめてあったことを。 少し、その窓のところで自分の身が、太陽に対して大丈夫であることを確かめ、その上で外に出たことを―― 無論、見つかってしまったのは予想外だったけど。 いつか話すときは来るだろうけれど、今の彼女に話すことは出来なかった。 自分の腕の中で、微かに震えている彼女に、そんなことは伝えられなかった。 不安だったとどうして言えようか。 互いに、想いが変わってしまっていたらどうしようかと、そう思っていたことなど。 自分が愛されているかどうかが不安になっていたと、どうして言えるだろうか。 だから彼女は、彼の存在と想いが変わらないかどうか、確かめたいと焦った。 だから彼は、自身を危険に晒して彼女の想いを確かめるような行為をしてしまった。 互いを想い合うが故に、少し臆病になっていた恋心は、ようやく彼女達の中で本来の形を取り戻していた。 結局、部屋は一、二刻でどうなるものでもなく、仕方なしに別の部屋に入って寝る、はずだった。 「……あの、僕はここにいていいんでしょうか」 「……いいのよ。私がいいって言ったんだから」 だが、彼がいるのはまだレミリアの部屋だった。 それは、レミリアに命じられてのことだったから、そこには問題は無いのだけれど。 「まあ、うん、そうなんですけど」 彼にとっての問題はそこではなく、ベッドに腰掛けている自分とベッドの上に座っている恋人の距離、だった。 この部屋で休む、ということはわかっているのだが、この微妙な距離がどうしても気になる。 「……僕がここで寝るのが気になるなら、ソファを貸してもらいますけど」 「……駄目」 立ち上がろうとすると、服の端を引っ張られる。どうしたものか。 何となく落ち着かない気分のままで、○○はレミリアに尋ねかける。 「……僕はどうしたらいいでしょうか?」 「……好きに、していいわよ」 「いえ、そうでなくて」 少し考えて、レミリアの方に向き直る。 「えと、このままだと全く状況が動かないので。寝るにしてもどうしたものかなあ、と思いまして」 「……○○の好きにしていい」 ぼそ、と呟く声に、逆に困惑して――気が付いた。 「レミリアさん?」 頬に手を当てて自分の方を向かせる。顔が紅い。そして目を逸らしてこちらに合わせてくれない。 「……顔が紅いですが」 「煩い」 間抜けなことを言ったなと思いつつ、レミリアの顔を真正面から覗きこむ。 「流石に、言われないとわからないです。朴念仁なのはわかっているのですが」 「……自分で言ってれば世話は無いわね」 ため息をついて、紅い顔のまま、レミリアは囁くように呟いた。 「だって……そう、なんでしょ?」 「何が?」 「その、恋人同士が、一緒に寝る、ってこと、は」 珍しく歯切れの悪い言葉に何が言いたいのか一瞬わからず、わかった瞬間、○○は脱力した。 「……誰に聞きましたかというか何からそういう情報を」 「あ、えと、本とか、から」 一体何の本を置いてるんだ、と思うが、まあ仕方が無いのかもしれない。 凄まじく生物学的に男女の仲を書いて居てもおかしくない本もある気がする。 「だから、その。○○の、好きにして良いのよ?」 「ちょっと、ちょっと待った、待ってください。どうしてそうなるんですか」 「だって、私の我儘だったもの」 ○○の手に自分の手を重ねて、レミリアは言う。 「私の我儘で、貴方は中途半端な吸血鬼になった。貴方の全てを、私が運命(さだ)めた」 「……それはむしろ、光栄なことですが」 「私だって、貴方の全てが私のものであるのは嬉しいわよ。でもね」 こつり、と額に額を当ててくる。 「それでも、貴方とは対等で居たい部分もあるの。貴方は私の僕。貴方の全ては私のもの。だからこそ」 レミリアは、○○が思わず見惚れるような微笑で、告げた。 「貴方の我儘を、貴方が望むものを、聞かせて頂戴。貴方の望むことを、私は何だって叶えてあげる」 「……それでは」 ○○は手を伸ばして、レミリアを抱き寄せた。一瞬びくりとなったことに、少しだけ苦笑して。 「警戒しないで下さい」 「してないわよ」 「では……僕の願いは、唯一つ。貴女の傍に。貴女に、どこまでも伴わせてください。この存在の全てを」 抱きすくめられたまま、レミリアは瞳を瞬かせていた。 「……そんなの、当たり前じゃないの」 「それでも。僕は本来届かぬ紅い月に手を伸ばした愚かな男です。その男の願いを叶えてくれると言うのなら」 「貴方が届かないと言うのなら、私がいくらでも引き上げるわよ。でもいいの? 絶対手は離されないわよ?」 「それを赦してくれるのならば、いや、それを赦してほしいと言うのが、僕の願いであり、我儘です」 ○○の背中に小さな手が回る。抱きしめ返して、レミリアが応えた。 「赦す、赦すわ。だから、貴方は私の傍に居なさい。ずっと、ずっと。約束よ」 「ええ、約束です」 少し身を離して二人で微笑い合って、ふと、柔らかな表情を○○は浮かべた。 「では、休みましょうか。もう陽が高いです」 「あ、ええ、その、えっと」 「別に、恋人同士だからって、絶対そうしなきゃいけないって決まりはないですよ」 レミリアに腕枕をするような形で横になる。少し紅くなって、戸惑っている彼女の髪を軽く梳いた。 「いきなり、変なことしたりしませんから。安心して」 「……うん。でも」 「こうしているだけで幸せなんですから」 そっと抱き寄せると、レミリアの身体の強張りも解けた。 「うん……○○の鼓動が聞こえる。いいわね、こういうのも」 「ええ」 すっかり安心して目を閉じたレミリアに、少し安堵の息をついて、○○も瞼を閉じた。 月に伴い、月と歩む。 紅き月に焦がれた人間。人間に恋した紅き月。 二人の出逢いはここで終わり、二人の物語はここから始まる。 それはまた、別の話となるのだろうが―― それはしばらくの後の話。 館の主とデイウォーカーの青年が下がった後の、テラスでのお茶会の話。 「ふむふむ、良い記事に出来そうですねえ」 満足気に、一人の鴉天狗が魔女の話をまとめていた。 隣では礼儀正しく、メイド長が二人のカップに紅茶のお代わりを注いでいる。 「まあ、これで記事にできるような内容は全部ですかね」 「あら、これで終わりと本当に思うのかしら?」 「おや、まだあるのですか?」 「今はここまで。でも、彼女達にはまだ『これから』があるのよ?」 「それこそ『永遠に』ですか」 咲夜の言葉に、パチュリーは、そうね、と頷いた。 「それではさしずめ、これは『始まりの終わり』というところですか」 「あら、貴女もたまには奇を衒うのね」 「表現力も新聞の魅力ですよ。それではまた。これからも『文々。新聞』をご贔屓に!」 文が疾風と共に空に舞い上がっていったのを見送って、さて、とパチュリーも席を立った。 「私は図書館に戻るわ。後で紅茶をまたお願いね」 「はい、わかりました」 館の中に戻りながら、パチュリーは親友達のことをもう一度考え、くすりと微笑った。 「本当に、退屈しない日々になりそうよね」 レミィ、幸せになりなさい。無意識にずっと館の主として気を張っていた貴女にも、そういう存在が居ても良いと思うわ。 親友の幸せを心の中で言祝ぎながら、知識の魔女は自らの図書館へと戻っていった。 ────────── 後日談 それはちょっとした後日談。後日談ともいえない後日談。 あの後、結局一週間に半分程度、○○は自室で休むようになっていた。 あれからすぐに、再び自分の部屋を用立ててもらっていたのだ。 それに関しての、ちょっとした話。 「レミィ、随分と不機嫌そうだけど、また○○さんと何かあったの?」 「また、って何よ。別にないわよ」 「じゃあ質問を変えるわ。何が不満なの?」 パチュリーの問いに、むー、とレミリアはテーブルに腕を伸ばす。 「○○、昼間も動けるってわかったから、二日に一度は里に出るのよ」 「ああ、前みたいに手伝いしてるのね」 「うん。稼いだ分は家賃みたいなものだ、って。別に良いのに」 「……で? 問題はそこじゃないのよね?」 「ん……だから、そのときは自分の部屋で寝ちゃうのよ」 ああ、とパチュリーも納得する。同時に、言いたいことにも気が付いて呆れたように親友を眺めた。 「……それはつまり、一緒に寝てくれないから嫌、ってこと?」 「……だって、一緒に居たいもの」 素直なのが良いことなのかどうかは判断が付きにくくなってきた気がする。最近特に。 「……本人に訊いたら?」 「訊いたわよ。『僕が起きたら起きちゃうでしょう?』って。それはそうだけど」 「まあ、道理よね」 「むー……でも……」 「はいはい、訊いておけばいいのね」 唸るレミリアに一つため息をついて、パチュリーは当人が帰って来た後にとりあえず尋ねておくことにした。 「……って聞いたんだけど」 「あー、はい。そうですよ。起こしては悪いでしょう」 微笑する彼に、パチュリーはなおも尋ねる。 「それはいいんだけど。何でも、少し切羽詰った様子で咲夜に部屋を頼んだらしいわね?」 「あ、えーと」 「レミィには口止めしたみたいだけど。訊いてみてもいいかしら?」 「う……それ答えなきゃいけないですか?」 「出来れば、ね」 唸って、テーブルに突っ伏した彼の言葉を、パチュリーは何となしに待つ。 「……だって、持たないんですよ」 「?」 「あんなに無防備に寝られてたら、理性とか何とか、持たないです……」 突っ伏したまま、ぼそぼそと呟く彼の言葉を聞き取って、パチュリーは素直に呆れた。 「レミリアさんには内緒ですよ?」 「念押されなくても言わないわよ」 全く、とため息をつく。 本当に退屈はしなくなったが、この甘ったるいのだけはどうにかならないものか。 ならないわね、と心の中でもう一度息をつく。 「……レミリアさん、何か言ってたんですか?」 「それを正直に言うつもりが無いなら、訊かないことね」 「……そうします。うーん、しかし不満に思われてるのか……」 「………………もう勝手にやってて頂戴。私は関知しないから」 彼の言葉を聞き流して、パチュリーは珈琲を口に運んだ。 どうやら、砂糖の消費量はこれまでよりも確実に少なくなりそうね。 それは言葉にせず、さてどうやって親友に報告したものかと、パチュリーは考え始めることにした。 結局、○○は前と変わらず、二日に一度レミリアの部屋で休んでいるらしい。 「納得したの、レミィ?」 「納得はしてるわ。だからね、パチェ」 「?」 「私の部屋で寝てるから、○○は気にしてると思うのよ」 「まあ、そうでしょうね」 「だから、○○が自分の部屋で寝るときは、私がその部屋に行けば気にしなくて良いと思わない?」 「…………まあ、私はもう何も言わないわ」 軽くため息をつき、パチュリーは静かに本を閉じた。 彼の努力が近い将来、徒労になることを予見しながら―― うpろだ1200、1224、1244、1250 ───────────────────────────────────────────────────────────
https://w.atwiki.jp/orz1414/pages/348.html
転機、結実篇 青年が紅魔館を訪れなくなって十日余りが過ぎた。 その真実を知る者は少なく、ただ、何かが彼ら二人の間にあったのだろうと推察するだけで。 青年は、ただ里と神社を往復し、朗らかな笑みを周りに向けるだけで、何も語らず。 紅魔館側はといえば――頑なに、何も告げようとしなかった。 「ああ、ここにいたのか」 里で子供達の相手をしていた○○は、やってきた慧音に声をかけられた。 「どうも、慧音さん」 「いやすまん、こちらも手が離せなくてな。助かった。ほらみんな、もう日が暮れる。家に帰りなさい」 はーい、と声をそろえる子供達を見送って、彼女は○○の方を向いた。 「○○はどうする?」 「神社に戻ります。ちょっと遅くなってしまいましたし」 「……彼女の所には行かないんだな?」 「…………ええ」 一瞬の間の後微笑んだ彼に、慧音はため息をつく。どうも良くない感じだが、何とも言い難い。 「まあ、私に言えることは無いな」 「すみません」 「言えることはせいぜい、神社と里の往復の際に妖怪に襲われないよう気を付けろ、くらいだ」 「ああ、はい。一応御札も頂いてますが」 「それでもだ。最近、少し気になる話があってな。見慣れぬ妖怪がいたとかで」 慧音はそこまで話して、まあ、大丈夫だろうがな、と話を打ち切った。無駄に不安にさせるようなことを言う必要も無い。 ところで、と慧音が話題を変えようとしたとき、空から一陣、風が舞い降りてきた。 「どうもー」 「こんにちは、文さん」 「どうした?」 射命丸文であった。にこにことしている彼女が記者モードであることは一目瞭然。 「いやいや、少し気にかかることがありまして、取材をと」 「なるほど。どちらに?」 「素で言っているのかそれを」 慧音が思わず突っ込み、文も笑う。 「あはは、貴方にですよ。少々気になっていることがありまして――ああ、これから神社に帰られるんですね?」 「ええ、そうですが」 「では、送らせていただきましょう。良いですよね、慧音さん?」 「まあ、危険はないだろうが」 そういう言い方で了承の意を示し、○○も頷いた。 「何か話せることがあるとは思えませんが……」 「いえ、こちらが訊きたいことがあるだけですのでー」 有無を言わさぬ取材のやり方は真にこの天狗らしく、慧音はやれやれとため息をついた。 まあともかく、天狗の彼女が居れば凡百の妖怪に襲われることはあるまい。 慧音がそう断ずる頃には、もうすでに二人の姿はそこに無かった。 静かに佇む紅魔館。咲夜は、すでに起きていたレミリアの元に向かった。 いつものティールーム。そこに、館の主は気だるげに座っている。 「お嬢様。天狗にはお引取り願いました」 「ご苦労様。よく引き下がったわね」 「……あてが、もう一つあると言うことでしたので」 「……そう」 どこに、とも、誰に、とも言わない。もうわかりきっているから。 「……今日も、来てない?」 「……ええ、いらっしゃっておりません」 軽く、レミリアは頷く。もうほとんど日課になってしまった、同じ問いかけと同じ答え。 ここ数日、レミリアは日が沈む前に起きてきていた。起きる時間は、彼が来ていた頃よりも早い。 来ないのがわかっているのに、それでも待ってしまう。そんな自分を、内心だけで嘲りながら。 真実を言えば、彼が紅魔館にやってきたとして、それを追い返す術を彼女は持ち合わせない。 最初に会ったときに誓ってしまったから。何時如何なるときでも、紅魔館は彼を拒まない、と。 だから来ないのは彼の意志なのだ。そう仕向けたのも自分なのだ。 それなのに、彼に逢いたいと想ってしまう。声を聞きたくて、表情を見たくて――それでも、逢いたくなくて。その二律背反に、レミリアはため息をついた。 「『来ぬ人を、松穂の浦の――』ね、レミィ」 「パチェ。今のは何?」 「この国の古い文献よ。詩というべきかしら。詩には力があるからね」 いつしか、パチュリーがティールームの扉を開けてそこに立っていた。 「天狗が来ていたそうだけど」 「もう帰ったわ」 「そう。ああ、咲夜。私にも紅茶を。今日はミルクティーにしてくれるかしら」 「はい」 咲夜はレミリアの向かいに座ったパチュリーの前にティーカップを置き、丁寧に紅茶を淹れる。 「もうすぐ妹様も来るわよ」 「あら、フランも? 随分早起きね」 「レミィほどじゃないけどね。魔理沙がそろそろ来る頃だから、教えておいたの」 「またなのかあの黒白は……」 レミリアは呆れたように笑った。親友の笑顔が久し振りだったからか、パチュリーは少しだけほっとした表情を浮かべる。 「お姉様! パチュリー! 咲夜! 魔理沙来てない!?」 良い音を立ててフランドールが部屋に入ってきたのはそのときだった。 「フラン、はしたないわよ」 「はーい。ねえねえ、パチュリー。魔理沙はまだ?」 まだよ、と苦笑で返すパチュリーと、パタパタと羽をはためかせるフランドールを眺めて、レミリアの口元に笑みが浮かぶ。 ここに来て、紡いだ運命は決して誤りではなかったのだ、と。 紅霧の異変、あれは紅魔館をこの地と縁付けるためのものだった。 それは引いては確かに、大事な家族達のためになると考えてはいたが、手繰った糸は予想以上の効果だったようだ。 時としてレミリアが考えている以上の効果を、彼女の手繰る糸は紡ぎだす。 そう、それは良くも悪くも――そう考えて、レミリアは切なげに目を細めた。 「でも、魔理沙が来るなら○○も来る? 最近、全然お話してもらってないもの」 誰もが少しだけ身動ぎした。事情を知らないフランドールだけが、首を傾げている。 そういえば、と、レミリアは思い出す。自分に話をするついでに、一緒にフランにも話をしていたっけ。 弾幕勝負が出来ないから代わりにと進言して――彼の語る物話は、確かに面白かった。 ――面白かった。 「フランドール様、○○さんは少々忙しく、しばらくこちらに足を運べないそうですわ」 咲夜が微笑んでフォローに回る。フランドールは納得したようだが、それと感情は別物のようだった。 「うん、わかった……でも、つまんないな」 「仕方ないわ。この館に住む者とは違った生活があるのだから」 「そうだけどー……お姉様もつまんないよね?」 無邪気な問いに、しばらく無言だったレミリアは頷いた。 「……ええ、そうね」 退屈でたまらない。彼が来なくなっただけなのに。ただそれだけの変化なのに。前に戻っただけなのに。 咲夜の言うとおり、ただ忙しくて来れないだけだったら、どれだけ良かっただろうか。 「……本当に、退屈だわ」 手元の紅茶に口をつけて、レミリアは大きくため息をついた。 「で、どうなんですか本当の所?」 「あー、うーん、そういう話題でしたか」 神社に強制送還されていた○○は、文の取材攻勢に困った表情を浮かべていた。 霊夢に助けを求める視線を送るが、面倒なのか茶を出されただけだった。しかも部屋の方に戻っていった。 縁側で取材を受けている立場としては早く逃げ出したいのだが。話題が話題なだけに。 「○○さんが紅魔館にも足を運ばず、懸命に働いておられるからには、何やら稼いで大きな贈り物でもしようとしているのでは、と言う憶測も」 「……そういうことになってたりするんですか」 「あくまで一つの憶測です。それとも、喧嘩でもなさったかと」 喧嘩、か。○○は心の中で呟く。それだったらどんなに良かったことか。それだったら、仲直りの方策も考えられるのに。 「んー、ノーコメントでお願いできませんか」 「いやいや、私が来たからにはそんなの許しませんよー」 「そこを何とか」 「いいえ、紅魔館の主と外の人間、なんて、スクープのネタになるようなの逃がすわけがないじゃないですか」 「そこを何とか、負けてやってくれないかなあ、文」 乱入したのは第三者の声。聞きなれた声にその方向を見ると、霧が萃まって形になろうとしているところだった。 「あやや、萃香さん」 「こんばんは、どうなさいました?」 「ちょっと用事があってね、よっと」 縁側に腰掛けて、にっと萃香は笑う。 「文、今はまだ聞くときじゃない。真実を明らかにするときは来るさ」 「しかし、新聞は速さが命なんですよ。いくらなんでもこればかりは」 「紫からの受け売りなんだけどね、『真実は時の娘』らしいよ。何事にも時期がある。酒にも美味しい時季があるように」 「……時には熟成させるのも必要、と?」 「そうそう。まあ、明らかになるときは、○○が全部教えてくれるさ。そうだろう、○○?」 萃香に話を向けられて、困った表情のまま○○は頷いた。 助け舟を出してくれた相手の言葉に反した行動を取るほど、愚かではない。 「むむ、仕方ありませんね……では、いい感じに熟成したら、最初に私に教えてくださいよ?」 「もちろんだよ。私が約束しよう。いい酒も付けてね」 「それはそれで楽しみにさせていただきましょう。では、○○さんも約束ですよ?」 「ええ。僕にわかる範囲のことは、全部御教えいたします」 頷いて、では、私は次の取材があるので、と告げて、文はまさしく風のように去っていった。 「おー、さすが天狗だねえ、速い速い。あ、霊夢ー、酒とつまみ持ってきたから一杯やっていいー?」 それを見送りながら、萃香は中に居る霊夢に声をかけた。 「駄目って言ってもやるんでしょうあんたはー。いいわよ、私にも分けなさいねー?」 「おっけー」 「それでは、準備などしましょうか」 「あ、よろしく。紫に貰った乾物、軽く焙ってもらっていい? 後、二人ばかし来るから」 「わかりました。準備します」 ○○は頷いて席を立った。萃香は手元の瓢箪をくいと傾けて、くすくすと微笑う。 「さてさて、今日は楽しくなるよ」 ささやかな飲み会は、主催者にしては大人しいものだった。 ただしそれが、洩矢神であったり妖怪の賢者であったりすれば、格としては別の話。 「やあ、○○、元気にしてるかい?」 「ええ、まあ。諏訪子さんもお元気そうで」 「まあねえ」 「ほら、○○、あんたも飲みなよ」 萃香に薦められて、○○は盃を手に取る。 「どうも。しかしいきなりどうしたんですか?」 「いいじゃないか。たまにはさ」 「あんたはたまにじゃなくていつも飲んでるでしょ」 霊夢もやってきて、ふう、とため息を漏らす。 「で、本題は何なのかしら?」 「紫ー、ストレートすぎだよ」 「まあまあ、いいんじゃないかい? あんただって、そう長く引っ張るつもりじゃないんだろ?」 「そりゃそうだけど」 何の話かわからず首を傾げる○○に、萃香はため息をつき、そしてすっと真剣な瞳で尋ねた。 「○○、何故嘘を吐く?」 「……はい?」 「何故に、汝は嘘を吐くか」 静かな問いかけは鬼のもので、○○は一瞬身を堅くする。先日の恐怖を、彼はまだ忘れていない。 同時に、あの哀しげな表情も思い出してしまって、○○は振り切るように首を振った。 「嘘、ですか。僕は、何か嘘を吐きましたか」 「そうだね、あんたは吐いてる。そもそも、それはあんたの気質じゃないだろうに」 楽しそうに笑いながら、諏訪子が茶々を入れた。 「そうね、人間は嘘つきで、貴方みたいな嘘を吐くのも珍しくないわ」 「ああ、そうか、あんたらそのために集まってきたんだ。わざわざうちに」 「まあまあ、土産持ってきたんだから邪険にしないでよー」 「え、あ……?」 軽快な三人の言葉に対し、続く萃香の言葉はずしりとしたものを、未だわからぬ○○に与えてきた。 「わからない?」 「……申し訳ない」 深々と、彼女は嘆息した。 「率直さは美点だけど、この場合は減点だね、○○――汝は、何故、自分に嘘を吐く」 ○○の動きが止まった。盃を取り落とさなかったのだけが見事といえる。 「……自分、に」 「そうさ。あんたの中が軋んでる。諏訪子も言ったように、そもそも○○は嘘の吐ける性質じゃない。それなのに、自分を必死に誤魔化してるから軋みが出る」 「………………」 「私は鬼だからね。嘘が嫌いだから、問うてみたけど……やっぱり気が付いてなかったのか」 やれやれ、と、萃香は息をついた。 「私達はもうとっくに知ってるからね、レミリアとのこと」 「……そう、ですか」 「パチュリーにも言われたんじゃなかったの? 自分の思うままに動け、って」 「……ええ」 だが怖いのだ。怖くてたまらないのだ。再び拒絶されたらと、そう思って足が向かない。 それでも逢いたい。逢いに行きたくて――それでも。 「……私とかは、もう少し正直になっても良いと思うよ。やりたいことをやればいい」 「そうね。このまま膠着状態、っていうのも面白いけど、長いと見ている方も疲れるわ」 「そうそう。○○、怖がらなくて良いんだよ。想いはきちんと想いで返る」 何もかも見透かしたような言葉に、○○は大きく息をついて、くいと盃を空けた。 「…………すみません、お手数を」 「いいっていいって。で、どうするの?」 「……明日にでも、訪ねようかと思います。僕も、確かに、訊きたいことが、ありますので」 「ん、良い返事だ。まあ、何かあったら助けてあげるよ。約束する」 「萃香、そんな安請け合いして良いの?」 霊夢の問いに、萃香は笑って返した。 「なに、焚き付けたのもこちらだからね。それくらいはしてやらないと」 「やっぱり焚き付けてるんじゃない」 呆れた霊夢の声に、○○は笑って、でも、と応えた。 「決めました。明日、紅魔館をお訪ねします。どんな結果になったとしても」 しかし結局、○○は翌日、紅魔館を訪れることは出来なかったのだった。 翌日も何の変哲も無い一日になるはずだったのだ。 多くの者達にとって何事も無く終わり、何事も無かったように夜を迎えるはずだった。 そう、大抵の者達にとってはそうであった。 ただ、一部の者達には、そうでなかっただけで。 その夕刻、魔理沙が目の前に降りてきた時に、美鈴は不思議に思うべきだったのかもしれない。 いつもなら、自分を跳ね飛ばさんばかりの勢いで突っ込んでくるのだから。 「またですか。ここは通さないよ?」 「あー、違う。今日はそうじゃない」 声が固い。問いかけようとして、美鈴は血の匂いに気がついた。 改めて見返すと、魔理沙の白いエプロンが紅く染まっている。いや、黒くて目立たないが、それ以外にも。 「ちょ、その血……!」 「私のじゃない」 「でも、それ随分な……!?」 「あー。その、どっちが伝えるか迷ったんだがな。霊夢はあいつのもの取りに行かなきゃならなかったし、霊夢も私と同じ状態だし」 「あいつ、って……!」 「妖怪退治に巻き込まれてな。すぐに永遠亭に駆け込んだんだが……状況は察してくれ」 「……っ!」 合点がいった美鈴に、みなまで告げず魔理沙は箒に乗る。 「伝えるかどうかはあんたに任せるぜ。私は着替えて永遠亭に行く」 「……わかりました。ありがとうございます」 「いいや」 彗星のように――実際スペルを使ったのかも知れないが――飛んでいった魔理沙を見送るのもそこそこに、美鈴は近くに居た妖精メイドに仮の番を頼むと、館に向かって駆け出した。 レミリアが廊下の角を曲がろうとしたとき、その先から声が聞こえてきた。 「ですから……で……」 「……かったわ……でも、陽が……まで……伝えず……」 美鈴と咲夜だ。何だか切迫しているようで、暇を持て余していたレミリアは、ひょいと顔を出した。 「咲夜、美鈴、どうしたの?」 「お嬢様!」 「お嬢様……美鈴、門に戻っていて」 「で、ですけど……」 「私から伝えるわ。後でまたお願いしに行くだろうけど、それまでは門に居て」 「……わかりました」 二人の会話の内容が掴めず、レミリアは首を傾げる。 「何かあったのかしら?」 「……はい」 咲夜は大きく息をつくと、凛とした声で主に告げた。 「○○さんが、大怪我を負ったとのことです」 数瞬、彼女にはその言葉の意味がわからなかった。 「何……ですって。それは本当?」 ようやく出た声は、絞り出すようなものになっていた。咲夜は頷いて続ける。 「昼間、妖怪退治の最中に巻き込まれたそうです。詳しくはわかりませんが……現在は永遠亭で処置がなされていると」 その報告を聞き終える前に、レミリアは館を飛び出そうとした。 ○○、○○! 心の中で強く彼の名を呼ぶ。 こんなことのために、私は貴方を手放したわけじゃない。 邪険にしたかったわけでもなく、離れて欲しかったわけでもない。 貴方の想いに、素直な想いを返すことが出来なかっただけ。 此処から足が遠のいてしまったのだとしても、それはただ、あの情景が現実になってほしくなかっただけ。 それだけ、なのに。 その彼女を、押し留める手があった。 「咲夜?」 「お嬢様、まだ陽が出ております。どうか、後小半刻もありませんから、お待ちください」 咲夜の声は凛としたまま、確固とした意志に包まれていた。 「もう陽も落ちる。少々のことは問題ではない」 「いけません。万が一のことがありましたら」 「咲夜」 「どうか、お待ちください」 一瞬の対峙。静寂。空気の張り詰める音がしたような気がした。 破ったのは、大きなため息。 「……後、何分?」 「八分三十二秒です」 「わかったわ。貴女の見立てなら間違いないでしょう。陽が落ちたら出る」 「お聞き入れ頂き、ありがとうございます」 「いいえ、貴女の言うことの筋が通っていた。それだけのことよ」 レミリアは再び大きく息をつく。 咲夜が止めた理由は二つ。 一つは、純粋にレミリアを心配してのこと。大丈夫といったものの、まともに陽に当たれば――ただではすまない。 一つは、レミリアに万が一があったときに、○○に逆に心労をかけるということ。○○の性格からして、レミリアに何かがあり、それが自分が原因としたら気に病むだろう。それはレミリアの本意ではない。 咲夜はもう全て察している。それであっても、主が飛び出して行きたいことも全て。 察した上で、レミリアに苦言を呈した。一つ間違えば不興を買いかねないと言うのに。 全く、何と出来た従者だろうか。 そして、拷問のような数分を過ごした後、レミリアは近くの窓を開け放った。 「咲夜、今日ばかりは止めないで。形振り構ってられないの」 「はい」 窓から出るのがはしたないとか、そういうことはわかっている。だが、そんなことはどうでも良いのだ。 そう、彼の無事がわかるなら、今はどうでもいい。 「貴女は後から来なさい。どうせ追いつけないから」 「承知しました」 そして、飛び立つは閃光の矢の如く。紅き一条の光となって、吸血鬼は宵の空を駆けた。 迷いの竹林を突っ切って、射抜くように辿り着いた永遠亭には、もう顔見知りが十人強も揃っていた。 これは、彼自身の人望を表している様で――少しだけ、胸がざわついた。 「ああ、レミリア。あんたが日暮れまでよく持ったわね」 「良い従者がいるもの。○○は」 霊夢の言葉に簡潔に返すと、説明のためにだろうか、鈴仙が出てきた。 「今は眠っています。来たときよりはましかも知れませんが、予断のならない状況です。師匠がまだ診ていますが……」 「……そう」 レミリアは喚かなかった。静かにそれだけ返すと、霊夢の隣に座る。 同じく横に座っていた魔理沙が声をかけてきた。 「何があったのか訊かないのか?」 「結果だけは大体わかってるわ」 「……視えてたのね」 「……一応ね」 幾分か時間が経ち、咲夜が遅れて現れる。 彼女も集まっている面々――里の守護者だの人形遣いだの、蓬莱人だの――を見て、レミリアとほぼ同じ感想を抱いたようだった。 「ご苦労様、咲夜」 「はい。とりあえず、後のことはパチュリー様と美鈴に任せてきました」 そう、咲夜もレミリアの傍に座る。そして何とはなしに口を開いた。 「また、人が多いですね」 「人間は少ないですけれどね。貴女と霊夢さんと魔理沙さんくらいです」 射命丸文がそう言って、手元の手帳をパタンと閉じた。 「しかし、こんな大事になろうとは……」 慧音が大きく息をつき、首を軽く振る。 「何があったのかしら?」 尋ねたのは咲夜。主は訊かないであろう詳細を、代わって彼女が尋ねることにしたのだった。 「……外の世界の式、のはずだ。私もよくはわからない」 「付喪神の一種みたいだったわ。よくは知らないけれど。外から曰くも持ち込んだのかもね」 「止まった、って思ったんだ。いや確かに奴は止まったんだ。なのに、また動き出して――」 「一応、一連のことは写真に収めてはいます」 文が口を挟んで、集中した視線に首を振った。 「いくら私と言えど、あの瞬間に動けはしませんでした。上空に居ましたし、まさか彼があんな行動を取るとは」 再び動き出したその式が里に向かわないようにと、彼はそれに向かって行って――揉み合う様に、土手を転がり落ちた。 「土手とは言え、かなりの高さ、距離を転がったからな。正直もう――」 「慧音」 妹紅の言葉に、すまない、と返して、慧音は居住まいを正した。 「――いや、しかし本当に間に合ってよかったと思っている」 「まだ安心は出来ないわよ」 言葉を遮るように襖が開いて、永琳が姿を現す。 「永琳、○○は……」 「まだ予断を許さないわ。外傷も勿論、内臓にもダメージがあります。正直、彼の体力次第」 声は切迫しては居なかった。ただ静かに事実を告げる様子が逆に、容態が芳しくないことが窺える。 「ウドンゲ、調合を手伝いなさい。後、何人かには手伝ってもらうかもしれないわ。材料が必要だから」 「へえ、それなら、萃めるくらいは手伝ってあげようか?」 いつからそこにいたのか。萃香が瓢箪を傾けながら永琳の言葉に応えた。 「萃香、居たんだ」 「んー、まあね。○○とは約束もあるからね。何か困ったときは手伝ってあげるって」 「……そんなことしてたのか」 「あはは、怖い声出さないでよレミリア。別に何てないことだから。まあ、こんなことになるとは思ってなかったからねえ。でも約束は約束さ」 そう鬼は笑う。ねえ、と彼女が虚空に言葉をかけると、すっと空間に亀裂が走った。 「まあねえ。ま、暇潰し程度にはね」 「紫までいつからいたのよ……」 「さあてね」 紫は口元を扇で隠してくすくす笑うと、さて、とスキマから出てきてそれに腰掛けた。 「萃香がやってくれるなら楽ね」 「紫も手伝いなよー」 「楽観的なところ悪いけど、一刻を争うわ。文字通り」 一刻、つまり二時間、と咲夜が手元の懐中時計を手にした。二時間が勝負というわけだ。 紅い影が立ち上がって、薬師に鋭い声をかけたのはその瞬間だった。誰なのかなど、言うまでも無く。 「何だってやってやる。何であっても用意してやろう。その代わり、必ず○○を助けなさい。さもなくば――」 その後は、言葉にならなかった。誰もがその先を憶測し、誰もが答えには至れなかった。 何故なら、言おうとした本人ですら、その先は不明瞭であったに違いないから。 「――任せなさい、吸血鬼。私も薬師だもの、患者に対しては真剣になるわ。 それに、友としてもなかなか面白い存在を、みすみす殺したりはしないから」 それは彼女の、最大限のリップサービスであったのかもしれない。 「さて、そうと決まったら材料集めだ。私達は何をすればいいんだ、薬師?」 不敵な言葉でその場を締めくくったのは、やはり黒白の魔法使いであった。 時間は無情に過ぎていく。薬師の頼んだ品々は早々に集まり、彼女は鈴仙を伴って調合と治療に入っていた。 「大丈夫なんだろうな?」 「うちの永琳の腕を信じなさい。大丈夫よ」 いつしか輝夜まで出てきて、そう会話を交わしている。 「まあ、私も手伝ったしね」 「てゐまで珍しいな」 「まあ、貸しといて損はないからねー」 「それにしても、こういうときは待ち長いものだな」 飄々とする者の言葉も案ずる者の言葉にも乗らず、レミリアはぼうっと、どこかを眺めていた。 じっと待っていると、どうしても思い出してしまう。 自分に向けてくれた彼の表情。仕草。ちょっとした癖。そういうことを覚えている自分が不思議だった。 そして、最後に見た表情を思い出す。寂しそうな優しい、あの表情を。 最後に見たあの寂しい微笑みを、あの表情を最期の記憶になんかしたくなかった。 最期に、なんて―― 「らしくないわね、レミリア」 急に上から降って来た霊夢の声に我に返って、レミリアは顔を上げる。 「霊夢……」 「今回のこと。まったくあんたらしくないわ」 レミリアの隣に、彼女は腰を下ろす。 「……そうかしら」 「そうよ」 静かな言葉。静かな返事。 「……私は」 「うん」 「…………本当は、こうなって欲しくなかった」 「そう」 「……それだけよ」 「我が侭は、最後まで押し通すものよ」 「……パチェにも、言われた」 「聞いてもらえる程度の我が侭なら、通すのも良いんじゃない?」 「……うん」 それが、出来るならば。再び、彼に我が侭を言えるなら。 そうなれば、どれほど良いだろうか。 人は脆いから。あっという間に壊れてしまうから。だから。 落ちた沈黙に、霊夢はもう何も言わなかった。 周りの雑談が嘘のようにその場は静かで、だがそれがせめてもの慰めで。 それでも、その静けさが不安を煽るようで、レミリアは静かに座っていた。 その沈黙を破ったのは、やはり静かな霊夢の言葉。 「……一刻、過ぎたわね」 がた、と勢い良く襖が開いたのはその瞬間だった。 「失礼します、○○さんの容態が――!」 飛び込んできた鈴仙が言葉を言い終えるより速く、彼女の傍らを紅い風が過ぎ去って行った。 「――え」 茫然とする鈴仙に、完全に置いていかれた形になった面々を代表して、霊夢が尋ねた。 「容態がどうなったの?」 「あ、ええ。何とか持ち直しました。もうじき目も覚めるとのことで」 気が削がれたのか、鈴仙は入ってきたときの勢いがどこかに行ってしまったかのようにそう答える。 それを聞いて、大きな安堵のため息が誰からとも無く零れ落ちた。 「ああ、良かったぜ……あれだけ走っておいて、駄目でしたじゃかっこつかないからな」 「まあ、それなりのものを集めたしね」 「珍しいものも混じっていたけど。まあ、役に立って良かった」 やいのやいの言いながら、誰となしに立ち上がる。 「じゃ、見舞いに行こうか。面会謝絶じゃないんでしょ?」 「とりあえずは大丈夫なはずよ。まあ、止める前に突っ切って行っちゃったのも居るし」 鈴仙は一つため息をついて、こっちよ、と先導する。 しばらく歩いて、あ、と咲夜が足を止めた。真後ろに居た妖夢がぶつかりそうになって声をかける。 「どうしたんです?」 「いけないわ、私としたことが」 咲夜は額に手を当ててぼやくと、申し訳ないけど、と告げる。 「少し紅魔館に戻ってくるわ」 「どうしたんだ?」 「お嬢様の日傘を忘れてきてしまったの。この分だと夜明けまではいるだろうし」 「やっぱり変なとこ抜けてるわねえ」 霊夢にくすくすと笑われたが、咲夜は一つ微笑を閃かせただけだった。 「私も動揺していたのかもね。また後で戻ってくると、お嬢様に伝えてもらえるかしら」 「それくらいなら安いさ」 「紅茶を一杯、ってところね。それじゃあ、行ってくるわ」 それだけを言い残して、咲夜はその場から消える。 「じゃあ、私達だけで○○の無事を拝んでおくことにしようか」 「そうね、一番はレミリアに渡せたわけだし」 「あれは煽ったって言うべきなんだと思うけどね」 そう言いながら、彼女達もまた、病室へと向かったのだった。 レミリアが病室に飛び込んだとき、○○はまだ眠っていた。 薬師の向こうにいる彼の姿は半ば見えなくて、一瞬心が冷えて、彼女は思わず呟いた。 「○○――」 「大丈夫よ、峠は越したわ」 振り返って告げられた言葉に、レミリアは動揺を隠して頷いた。 「そう」 「もし何か容態が変わったら呼んで。もう大丈夫なはずだけど」 「ええ」 そう言って席を立つ永琳に、彼女は静かに答えた。気を遣ったのだろうか。あの薬師にそんな気遣いはあっただろうか。 どうでも良かった。レミリアは彼の枕元に腰を下ろし、その表情を眺めていた。 静かだった。しばらく静寂が続いた後――彼は、目覚めた。 「……っ……?」 「○○」 呼びかけに、彼はレミリアに気が付いて目を見開く。 そして、周りを見渡し、自分を見て、状況を理解したようだった。 「そうか、僕は……助かったのですね」 「そうよ」 「これは様々な方面にご迷惑を……来て、くださったんですか」 「感謝なさい、私がわざわざ来たのだから」 「はい。ありがとうございます」 屈託のない笑みに、レミリアは唇を結ぶ。どうして。どうして貴方は。 そっと○○の両肩に手を当てると、彼女は彼を真上から覗き込んだ。 「何故微笑える」 「……嬉しい、から? レミリアさんがここにいてくれて」 「私は――お前を拒絶した。それでも?」 「それでも。嫌われたとしても――僕は、貴女のことが好きですから」 その言葉は明瞭で、優しくて、それに泣きそうになって。 だからレミリアは、わざと傲然とした言葉を、口の端に昇らせていた。 「……でも、お前は私のところに来なくなった」 「嫌われたかなと思って。僕に会うのが不快なら、会わない方がいいかなと」 その言葉が、彼女の胸をずきりと痛ませた。 「……私が、いつそんなことを」 「……そうですね。僕のためだったのかも。貴女に嫌われたくなくて。それが怖くて、足を遠のけた」 「だから、私がいつそんなことを言った!」 彼女は叫んだ。叫ばずに居られなかった。 そんなことを想っていたはずがない。だって、だってこんなにも。 「お前が勝手に解釈したに過ぎないだろう。私は嫌いなどしなかった。ただ、想いに応えられないだけだった」 「そうだったんですか、鈍くてすみません」 「どうしてかと問わないの?」 「言えないほどのことならば」 「……ああ、認めよう。私もただ恐れていたに過ぎない。私が――」 頬を何かが流れ落ちたのを、視界が歪むのを、レミリアは気が付かないことにした。 驚いている彼の表情に構わず。驚きながらも、こちらを優しく見つめる彼に構うことなく。 「私が、貴方を好きだといったら、傍に居て欲しいと言ったら、貴方はそれに応えるでしょう? 人間であることを止めてでも」 「ええ、まあ」 「そうなれば、貴方は変質する。貴方という存在が変わってしまう。それが嫌だった」 「…………」 「嫌だった――けど、貴方が来なくなったのも嫌だった。退屈になった。そして何より、今日」 悔しくて、レミリアはきっと○○を睨みつけた。この言葉を口にしてしまうのが悔しくて、でも口にせずには居られなくて。 「貴方を喪うことを、私は恐れた。この吸血鬼が、紅き月が! ただのちっぽけな、人間の存在に振り回されて」 「レミリアさん」 「何かを恐れるなど、絶対しないと思っていたのに……っ!」 怒っているのか泣いているのか自分でもわからなくなる中、ふわり、と何かが彼女を包んだ。 ゆっくりとした、とてもゆっくりとした、それでも温かい、彼の腕であった。 「……僕は変わらない。器は変われど、その中にある僕と言う存在は変わらない、です」 「…………」 力はない。簡単に振り払えてしまう。身体も軋むような痛みがあるのだろう。本当にゆっくりとした動き。 それでもレミリアはそうしなかった。この温もりが、彼が確かに生きている証だと、そう想ってしまったら、払うことなど出来るはずも無かった。 「それより、嬉しくてたまらないんです。ここまで想ってもらえたことが。嬉しくて嬉しくて、たまらない」 「……○○」 声が戸惑った響きを持ってしまったことに気が付いたが、それでも、彼女はそっと頷いた。 「答え、させて。貴方を拒絶した言葉を変えたい。何も想っていないと言ったことを」 「はい」 「感謝しなさい。私も、貴方のことを想っているのだから」 「はい……嬉しいです」 柔らかく微笑った○○に、レミリアはそっと顔を寄せた。そして、口唇が少しずつ近付いて―― ――額に、口付けを落とした。 「少し待ってなさい」 「はい……?」 疑問符が上がると同じ、レミリアは○○の腕を外して身体を起こして、パチンと指を鳴らした。 途端、襖が全開になり、その向こうから―― 「いたたた、押さないでよ!」 「いきなり開いたんだから仕方ないだろ!?」 「良かった、カメラは大丈夫ですねー」 後から来た面々が、転がりだしてきて、互いに何やかんやと文句をぶつけていた。が。 「――遺言はそれだけかしら?」 その言葉に、凍りついた。 「あ、いや、これは別に覗き見とかそう言うのじゃなくて」 「そうそう、あんた達のことを心配して」 「――神槍――」 「ちょっと待て、いきなり全力かよ!」 「あ、こら紫、萃香! 自分達だけ逃げるな!」 「レミリア、ちょっと落ち着きなさいよ!」 「――――スピア・ザ・グングニル」 ほぼ同じ頃。 「……?」 館に向かっていた瀟洒な従者が、疑問符を浮かべて、竹林から空に上っていく見事な真紅の槍を眺めていた。 表のデバガメ達を吹き飛ばしたレミリアは、すっきりした表情で○○の傍らに戻ってきた。 「お疲れ様です」 「大した労じゃないわ」 機嫌良さそうに羽をパタパタとはためかせて、枕元に腰を下ろす。 「楽しそうですね」 「たまには思い切りやるものね。すっきりしたわ」 このしばらくの間、鬱屈していたものを全てグングニルと共に放ったのだろうか。清々しい表情をするレミリアを眩しそうに見上げて、○○は唇を開いた。 「……レミリアさん」 「何?」 「……記憶戻った、って言ったら驚きます?」 「……いいえ」 ○○はぎこちなく手を胸の前で組んだ。まだそれすら、彼には辛い。 「よろしければ――本当によろしければですが、聞いていただけませんか」 「いいけど、貴方は話して大丈夫なの?」 「……身体はほとんど動かない上にまだ痛みはするんですが、体調が悪い気はしないんです」 「……まあいいわ。話しなさい」 あの薬師は一体あの材料からどんな薬を作ったのか。レミリアは一瞬考えたが、とりあえず放っておくことにした。 「では」 そう言って○○は目を閉じた。胸の上で組んだままの手と相まって死を連想し、レミリアは少しだけ不安げな顔になった。 話自体は大したものではない。 ○○は間違いなく、どこにでもいるようなごく一般の青年に過ぎなかった。 それでも、○○が大事そうに語る全ては、レミリアにとっては大切な話であった。 彼の転機は、とある大きな事故。 ありふれたそれは彼のほとんど全てを奪った。その事故で多くを奪われたのは、彼だけではなかったけれども。 傷心を癒すためか、あるいは自棄か。彼にとっても不明瞭なその旅に出た時には、彼はもう外の世界から足を踏み外しかけていたのかもしれない。 そして、彼は此処に辿り着いた。 短くも長くもない話だった。 時折レミリアの問い掛けに答えながら、○○は己のことを語り終えた。 そして、レミリアの最後の問い。 「貴方は、これからどうするの?」 「さあ……どうしましょうか。外にはもう帰る場所はありませんし」 ○○は、ふむ、とゆっくり首を傾げる。 「霊夢さんのところに、ずっと世話になるわけにもいきませんしね。里に家でも構えましょうか」 「それなら」 レミリアは身を乗り出すと、組んだままの○○の両手を解いて、その右手に自分の左手を重ねた。 「私のところに来なさい」 「レミリアさん……?」 「どこにも行く場所がないなら、紅魔館に来なさい」 指を絡めるように、○○の胸の上で手を握って、レミリアは続ける。 「外にも此処にも場所がないと言うのならば、私がその場所をあげる。 この紅い悪魔が、レミリア・スカーレットが、この名と全てに於いて誓う。 貴方に居場所を。貴方が平穏と安らぎを求められる場所を。その全てを。 私が、貴方に与えよう」 「……レミリア、さん」 「答えを」 少しだけ不安げな光が瞳に過ぎったのを見て、○○は大きく息をついた。 そうでもしなければ、彼はこの瞬間が夢のように過ぎてしまうのではないかと思ったから。 「……貴女の許しが在るなら」 「…………」 「僕は、貴女の傍に、居たいです」 「……赦す」 凛とした、安堵したような、優しい声色に――ありがとうございます、と笑みを返した○○の目元から、一筋雫が伝った。 しばらくじっと手を繋いだまま二人は黙っていたが、やがてレミリアが○○に尋ねた。 「……もし、このことがわかっていた、と言ったら、貴方は怒るかしら」 「このこと、って、僕が事故に遭うことですか?」 「……ええ、私に視えていたのは結末だけだったけど」 黙っておくかどうか悩んだ末に、レミリアは○○に告げた。自分が視えていたことについて。 「……そしてそれが、私と出逢ったから、私に会いに来ていたから、だとしたら?」 「……もし知っていたら、僕はどうしていたか、ってことでしょうか?」 「そうね。それも含めて」 「……それでも、会いに行っていたと思います。理屈とかじゃなくて」 「……私は、嫌だった。貴方がこんな目に遭うのも、死んでしまうのも」 レミリアの口調で、○○は悟る。彼女に視えていたものが何であったか、どういうものであったか。 「…………自惚れならそう言ってください。あのとき、断ったのは、それもあったからですか」 「……自惚れなんかじゃ、ないわ」 少しだけ絡めた指の力を強くして、レミリアは頷く。 「私は、貴方に、死んで欲しくなかった」 「……うん、僕は、死ななかった」 「一歩手前まで行ってたらしいけどね」 うん、ともう一度頷いて、○○は微笑んだ。 「ありがとうございます、そして、ごめんなさい」 「どうして、貴方が謝るの」 謝るのは自分の方なのに。自分は何も伝えず、彼を突き放したのに。 「心配してもらったことが嬉しくて、そう思ってくれたことが嬉しくて。だから、ありがとう。 でも、それで貴女に、辛い思いをさせたことに。それに気が付かなかったことに、ごめんなさい、です」 「……貴方は、まったく……」 こんなときまで、彼は何処か抜けている。ここは怒るところではないのか。何も告げられなかったことに。 「……でも、そんな貴方だからこそ、なのよね」 「……?」 疑問符を浮かべた○○の瞼が、重そうに瞬いた。 「……ゆっくり休みなさい、○○。私はここにいるから――」 最後の言葉は彼に届いただろうか。頷きながら眠りの世界の住人になった彼に、レミリアはそっと微笑んだ。 暫くの後、○○は目を覚ます。確か、レミリアと話をしているうちに眠ってしまったはずだが―― 「あら、起こしたかしら。そんなはずはないのだけれど」 いきなりの声に、驚きつつもゆっくり声のほうを向く。 「永琳さん?」 「だいぶ良いようね。まだ身体は動かせないでしょうけれど」 頷いて、○○は不思議に思う。永琳の声の出所が、彼女の口からではない錯覚に陥って。 それに、気配も希薄で、本当にそこに居るのか疑わしくなってしまう。 同時に、自分の声も変な気がする。まあそれは起き抜けだからかもしれないが。 「そのとおり、錯覚よ。実際にここに居るけどね」 「?」 「ウドンゲに頼んでね。気配の波長を薄くして、声の波長も変えてもらったの。貴方のもね」 後ろから会釈する鈴仙に会釈を返して、○○は尋ね返した。 「どうして?」 「普通に入ったら、その子起きちゃうでしょう?」 永琳に言われて、○○は初めて気が付く。レミリアはいつの間にか一緒の布団に潜り込んで、手を繋いだまま眠っていた。 「っ!?」 「あらあら、気が付かないほど自然だったのねえ」 楽しそうに笑いながら、永琳は○○を診察する。 「ふむ、薬の効きは上々ね」 「ありがとうございます」 「とりあえず、これだけ飲んでまた休みなさい。その前に、何か話すことがあったら聞くわよ」 永琳の言葉に甘えて、○○は記憶が戻った旨などを話す。 彼女は静かに彼の言葉を聞き、やがて頷いた。 「そう……そして、これからは?」 「少し経ったら、紅魔館に移ることなりました」 簡潔に○○は伝えた。永琳は再び頷いて、でも、と釘を刺す。 「しばらくは神社で静養しなさい。他の所だと、まだ傷に響くわ。霊夢は了承済みだから」 「わかりました。すみません、いろいろご迷惑を」 「いいのよ、怪我人病人を診るのも医者の仕事。私は薬師だけどね」 永琳はそう応えると、ふう、と息をついた。 「そう、貴方も人ではなくなるのね」 「できるならば、と思います」 「いいの? 言うのは何だけど、彼女は大変だと思うわよ?」 「大事な人に我が侭を言ってもらえるのであれば、それは幸せな事と想いませんか?」 「……確かにね」 その思いは、おそらく永琳にも理解は出来る。忠誠と慕情という形は違えど、親愛の点では変わらないから。 まだ力の入らないだろう手で、彼は傍らの小さな吸血鬼の髪を撫でていた。 寝言に近いものを漏らしながら○○に擦り寄る様子は、本当に幼子のようで。 「地味に犯罪よねえ、見た目だけだと」 「……別に下心とかは無いですよ?」 「大丈夫大丈夫、わかってるわ。それに今貴方はろくに動けないしね」 「それ暗に」 自分が彼女を襲うんじゃないかとかそういうものを含んでませんか、とか何とかを、彼は口の中だけで言っているようだった。 「んぅ…?」 夢見心地のまま、薄く目を開けたレミリアは隣にある温もりにすり寄った。 先程まで見ていた夢がやはり夢であったと再確認する。夢であったことが残念なような、でもそうでなければ気恥ずかしいどころではないような、そんな想いを抱いていて。 それでも、このまま少し眠ったら、またあの幸せな夢を見れるかと考えて―― 「ん、起きました?」 真上からした○○の声に、飛び退かんばかりに驚いた。 「な、○○……っ!?」 飛び退かなかったのは、他ならぬレミリアの左手の指が、○○の右手の指をしっかりと絡めていたから。 慌てて解いて起き上がる。そして、此処が永遠亭であることを思い出し、何をしている、と自分に喝を入れた。 まさか、他所で無防備に寝てしまうなんて。失態もいいところだ。 「おはようございます」 「ええ、おはよう……って時間なのかしら?」 「正確な時間はわかりませんが、陽は高そうですね」 そう答えて、○○も緩やかに身を起こす。 「起き上がって大丈夫?」 「ええ、昨晩に比べると段違いに」 そう笑って、○○は無造作にレミリアの髪を撫でた。 おそらく、自分が寝ている間もそうしていたのだろうと、確信に近くレミリアは思う。 「……レミリアさん?」 「何?」 「何だか少し顔が紅いですけど、どうしました?」 「……本当に、貴方は変なところが鈍いわね……」 心の底から深々と、レミリアはため息をついた。 「あら、起きたのね」 部屋に入ってきて、永琳の第一声目はそれだった。 「随分仲良さそうに寝てたから放置してたんだけど」 「するな。○○の容態が急に変わったらどうする気だった?」 「何かあったら貴女が文字通り飛んでくるはずだもの。そうそう、伝え忘れてたけど、貴女の従者が昨晩から待機してるわよ」 「…………わかった」 しれっと返されて沈黙したレミリアを放って、永琳は○○を診察する。一応それが主目的だったらしい。 「もう大丈夫ね。少し休めばすぐに歩けるようになるでしょう」 昨晩死にかけた相手に、あっさりと薬師は告げた。 「……僕、何の薬をもらったんでしょうか」 「……○○」 「はい」 「知らぬが花、って素敵な言葉だと思わない?」 「……それは」 満面の笑みのレミリアに、○○は絶句するしかなかった。 数日後、退院した彼を神社で待っていたのは、快気祝いと言う名の宴会であった。 無論、彼は酒を辞退し続けていたのだが―― むしろ、彼の隣にいた紅魔館の主が、どことなく嬉しそうにしながら、いつもより仄かに酔っていたということの方が、見る者の目を引いたかもしれない。 ともかく、その仲良さげな様子に、誰もがほっとした想いを抱いていただろう。 「これで一件落着ですかね」 主に酌をしながら、九尾の狐はそう主に話しかけた。 「あら、そう?」 「え、紫様はそう思われないので?」 式の問いに、境界の妖怪は胡散臭く微笑んで―― 「めでたしめでたし、ですね、師匠」 「あら、ウドンゲはそう思うの?」 「ええ、師匠はそう思われないのですか?」 弟子の言葉に、薬師は一つため息をついて―― 「これで終わるはずが無いでしょう? もう一幕二幕は確実に、後に控えているわ――」 すれ違った想いはようやく実を結ぶ。その果実の味はわからずとも。 手繰るは運命、手繰らるるも運命。 手繰られた運命の糸を、逆に手繰ろうとする手は誰のものか。 ようやく結んだ想いは、また新しい形を望んで―― ────────── 決意、叛月篇 想いが届けば、さらにと望むは人の性。否、人に限らずかも知れないが。 そして例えそれが、月に叛こうとも―― 「何度言えばわかるの」 「何度でも言います。僕は――」 「聞きたくない! もう下がりなさい!」 勢い良く背を向けた吸血鬼の少女に、青年は大きく息をついた。 「……わかりました」 「………………」 その言葉に返す声はなく、青年は一礼してやはり背を向けた。 歩み去っていくその足音が遠ざかって、少女は振り向いて何か言おうとし――口を噤んだ。 青年が越してきて数日。紅魔館は異様な雰囲気に包まれていた。 ぎすぎすした、というか、どうにも居心地の悪い空気である。 妖精メイド達も、ひそひそと噂話をしてはメイド長に叱られ、それでもその話は尽きる事が無かった。 原因が、彼女達の主と、その想い人にあるとすれば、なおさらのこと。 話は数日前に遡る。 ○○が神社から越してきて、紅魔館にようやく落ち着いた頃。 『お願いがあります、レミリアさん』 『何かしら?』 ○○が常に紅魔館に居る、ということで機嫌の良かったレミリアは、その真剣な願いを真正面から受けることになる。 『僕を、貴女と同じにしてください』 『……それは、どういうこと?』 声が乾いた。その場に彼ら以外の者が居れば、即刻立ち去りたくなるような空気だったに違いない。 『言葉のままです。レミリアさん、僕を吸血鬼にしてください』 『……嫌よ』 『レミリアさん』 『……下がって、○○』 『…………ですが』 『お願い。そして、そのことを、今私は聞きたく無い』 完全なる拒絶。○○は少し迷ったようだったが、はい、と一つ頷いた。 『ですが、本気で、お願いしたいと思っています。また、後程』 そう言って、○○は立ち去った。レミリアはそれを見送って、大きく息をついて、額に手を当てる。 予想できていたはずのことだったのに、それすら忘れるほど浮かれていた自分に対して呆れているように。 それから、彼女の○○の言葉を退ける日々が始まった。 原因はただ単純。 青年は少女と共に在ることを望む。人間を捨ててでも、彼女の傍にいたいと願う。 少女は青年が変わってしまう事を望まない。人間を捨てることで変質する事を恐れる。 青年が最初に宣言したとき、少女は驚いてその宣言を退け、以後、彼からその話について聞こうとしない。 堂々巡りが続くこと数日。紅魔館は異様な雰囲気に包まれていた。 「……どうしたものかしら」 「……僕が悪い、でしょうか?」 十六夜咲夜の呟きに、○○が訊き返す。だがその口調は、拗ねた少年そのもの。 「そうとは言ってないけど。でもそう言うということは、そう思ってるのかしら?」 「……それでも、曲げたくないんです」 「強情ね。まあとにかく、妖精メイド達も不安がってるから、早く何とかして欲しいんだけど」 「僕はただ、思うことを告げるだけですよ」 ○○はそう言って、手元の珈琲を啜った。子供の喧嘩だな、と咲夜は思うが、口には出さない。 「……何か、手伝いしてきます」 「じゃあ、いつものようにパチュリー様の蔵書整理でも手伝ってあげたらどうかしら。」 「わかりました」 「そういえば、今日の宴会には行くのよね?」 「ええ。では、それまでの間、図書館に行ってきます」 珈琲を飲み干して、彼は席を立った。 この館の主に面と向かって意見を堂々と言える者は少ない。その一人であるという自覚は彼にあるのだろうか。 (ないんでしょうねえ) 遠ざかっていく姿を見送って、さて、と彼女は呟いた。 主の心を慮るのも、従者の大事な勤めなのだ。 「お嬢様、紅茶をお持ちしました」 「ん、ありがとう、咲夜」 少しばかり心あらずな状態の主に、咲夜は尋ねかける。 そして敢えて地雷には触れない。こういうときは、少しでも気を晴らさせた方が良いのだ。 「今日の宴会には参加されるのですよね?」 「もちろんよ。そのために早く起きたんだもの」 パタ、と羽を一つはためかせるのは、少し機嫌が戻った証拠である。 それには全く触れず、では、と咲夜は話を進める。 「手土産は何に致しましょうか」 「そうね、いいワインを一本なんてどうかしら。血のように紅い赤で」 「かしこまりました、準備いたします。いつお出かけになりますか?」 「そうね……今日は少し早めに、日が暮れる前から行きましょう」 「はい、かしこまりました」 ○○をどうするのか、とは訊かない。彼が一緒に行くことは暗黙の了解である。 それに、彼の性格的に、外でこの話題は出さないだろう。 ならば、早めに出ようとするレミリアの心情もわからなくはない。 「それでは、準備してまいります」 「ええ、出来たら声をかけて」 「はい」 レミリアの前から退出しながら、意外に根の深いこの喧嘩をどうするべきか、パチュリーに尋ねようと咲夜は考えていた。 宴席の片隅。いつものごとく飲まされて眠ってしまった○○に、そっと近付く影があった。 誰も気に止めない。彼女が彼の傍に居るのはごく自然なことだから。 起きないかどうか、慎重に様子を窺った後、レミリアは○○の頭を自分の膝に乗せた。 遠くからにやにやしている少女達の視線に気が付かない訳ではないが、それでも、今彼女はそうしたかったのだ。 「○○――」 切なそうな瞳をして、彼の髪を撫でる。 館内の追いかけっこと問答ではずっと逃げてばかりだが、それでも、本来こうしたいことに変わりはない。 愛しく優しい彼の傍で、ずっとこうしていたいのも本当なのだ。 「あらあら、見せ付けてくれるわねえ」 「本当にねえ」 「何しに来たの」 近付いてきた紫と幽々子に、鋭い視線を送る。それでも、膝上の○○を起こさないよう動きは最小だ。 「そりゃあ、幸せのおすそ分けに預かろうかと。ねえ、幽々子」 「ええ、紫。とても幸せそうだもの、ねえ」 「…………」 呆れ果てた方がまだマシなのだろうか、と本気でレミリアが考えかけたとき、紫がすっと扇子を閉じて彼女達を指した。 「ところで、いいかしら」 「何かしら?」 「どうして貴女は、彼を吸血鬼にしないの?」 立ち上がらなかったのは見事であった。身動ぎすらしなかったのも。 ただ、視線だけで射殺せそうな気配で、レミリアは紫を睨み付けた。 「何故、そのようなことを言われなければならない」 「別に変なことを聞いたつもりではなかったのですけれど」 紫の瞳は静かで、レミリアの視線をものともしていない。 「妖と人。其れが共に在り、そして在り続けようとするなら――何も可笑しい話ではないでしょう?」 「そうねえ、不思議ではあるわね。私であれば――」 ふわり、と幽々子が扇を振って、蝶が舞った。美しいその蝶が○○に辿り着く前に、レミリアが握り潰す。 本気ではない。戯れだ。わかっている。それでも。 「何が言いたい」 「レミリア。貴女達は一つの形を成そうとしている。それは理解できるでしょう?」 「…………」 紫はどこか優しげでさえあった。おそらく、レミリアの迷いすら的確に把握しているのだろう。 それに何かを返すのは悔しくて、レミリアは沈黙で返す。 「旧い噺に幾つか在るわね、妖と人の恋、妖恋譚」 幽々子が唐突に話題を振る。そうね、と紫が応じた。 「旧い古い噺ね。悲恋も多いけれども」 「そう、ただ一つのことが足りなかったが故に」 「ただ、一つのこと」 レミリアの呟きに応じるように、ええ、と紫が返す。 「永遠を歩む覚悟が足りなかった、ただそれだけのこと」 「人が永い間を生きるのに耐えられないと、そういうこと?」 「そういう見方もあるわね」 その返答さえ静かなものだった。 「貴女達は、どうなのかしら、ね?」 こちらは微笑みを浮かべて、楽しげに幽々子が尋ねた。返答など微塵も期待しない問い。 「さて、幽々子、行きましょう。あまり邪魔しても悪いわ」 「あら、いいの?」 「ええ、いいのよ。またね、レミリア」 去っていく二人に一瞥だけをくれて、レミリアは○○の頬を撫でた。 むにゃむにゃと言葉にならぬ寝言を漏らしながら彼女の手に擦り寄る彼が、何となく愛しくて。 レミリアは少し安堵したような微笑を一瞬だけ浮かべて、彼の頬を撫で続けていた。 それでも、すぐに何かが変化する言うわけではなく。 紅魔館は妙な空気を湛えたまま、また翌日を迎えることとなる。 迎えることは幾人にはとうに予想済みであったから、それに対して全く手を打ってないわけではなかったけれど。 「――どうして私達が呼ばれてるのかしら」 「空気を換えたくてね。貴女達みたいな年中春っぽいのが来たら少しは変わるかなって」 「失礼ね」 そう言いつつも、霊夢は咲夜に淹れてもらった紅茶を啜ってくつろぐ。魔理沙がカップを手にしながら問うた。 「しかし、どうするんだ?」 「どうしようもないわよ。レミィと○○さんが互いに意地張って譲らないんだから」 「じゃあ私達が来ても何にもならないんじゃない?」 「だから空気を換えたかったのよ」 紅魔館図書館で、四人がささやかなお茶の時間を過ごしていた。珍しく、能動的に招いてある。 それでも、議論は自然とここの主達の話題になっていった。 「○○は吸血鬼にしてくれ、って言うが、レミリアはそれを嫌がってる?」 「嫌がると言うより、意地になって聞いてないだけ。怖いのよね、きっと」 「怖い? あんな怖いものなんて何も……ってそっか、○○のことだけか」 「名言よねえ。あのときの。スピア・ザ・グングニルには吃驚したけど」 いつぞやの永遠亭での話を持ち出して、霊夢が頷く。 「二人とも強情なのよ」 パチュリーが呆れた声を上げる。 「ここ一週間と少し、ずっと二人で堂々巡りの生産性の無い会話ばかりしてるんだもの」 「あー、何だかわかる気がするわ。要するに子供の喧嘩なわけね」 「話が早いと助かるわ」 酷いことを言いながら、んー、と霊夢は視線を巡らせる。 「本当に綺麗にぐるぐる回ってるのね」 「ええ。レミィは自由な○○さんのままで居て欲しいけれど、○○さんは多少不自由でもレミィと永久を共にしたい。そもそも相容れないのよね」 「じゃあ打つ手無しじゃないか。この前の喧嘩より性質が悪いんじゃないか?」 「……この前の方がまだましだったとも言えるかもね」 パチュリーの言葉に、他の三人が不思議そうな顔をする。 「……前回はまだ明快に打つ手があったけれど、今回は単なる痴話喧嘩だもの」 「まあ、人の恋路だものねえ」 霊夢は適当な感じで頷くが、隣でニヤリと魔理沙が笑った。 「いいや、だからこそ手の出し甲斐があるってもんじゃないか」 「こじらせる気?」 「そんなつもりはないぜ。ただかき回すだけだ」 楽しげなその言葉に誰もがため息を付いたとき、ひょい、と話の渦中の人物が顔を出した。 「あれ、みなさんお揃いで」 「よう、○○」 軽く挨拶を交わして、○○も席に着く。 「相変わらず本の整理?」 「何だかどんどん増えてる気がするんですけどね」 「増えてるわよ、私も書いてるし」 「では、また借り甲斐があるな」 「持ってかないでよ、貴女のは盗ってくというの」 「借りてるだけだぜ?」 いつもの雰囲気ににこにこしている○○に、咲夜が紅茶を出す。 「あ、ああ、どうも」 「いいのよ、貴方もここの客人なんだから」 そう応じる咲夜に一つ礼をして、彼はカップを手に取って口を付けた。 「しかし、○○いいのか? 今の時間起きてて」 「え、ああ、夜ですか?」 「そうだ、レミリア追いかけてるんじゃないのか?」 ぐ、と○○は紅茶をむせる。そして、咲夜とパチュリーを交互に見て、困ったような表情をした。 「話したんですか?」 「別に隠すことでもないでしょう」 「そうかもしれませんけど」 改めて紅茶を口に運んで、○○は困った表情のまま、最初の問いにだけ答えた。 「とりあえず夕方に少し仮眠を取って、夜中にまた仮眠を取る形にはしてますが。朝を少し遅くしたり」 「それでよく持つわねえ」 「まあ、ちょくちょく休んでますから」 ○○はそう言って、誤魔化すように笑った。そんな誤魔化しが、彼女達に通ずるわけもないとわかっていながら。 「で、だ。お前、レミリアに逃げられてばっかなんだろ?」 「直球ねえ」 咲夜が呆れるが、魔理沙は一瞬だけ視線を送ってにっと笑う。 「どうして、無理矢理にでも話してやらないんだ?」 「いや、無理矢理、って……」 「多少強引でも、言いたいことは言うべきだ。そっちの方が後悔しなくて済む。違うか?」 明朗な言い方に、彼は一瞬呆気に取られていた。 「どうせ、レミリアが嫌だっていったら遠慮してるんだろ?」 「いや、まあ、その通りですが」 「遠慮しなくていいと思うぜ。言うだろう、引いても駄目なら押せってね」 「元々は逆のはずだけど」 パチュリーがふう、とため息をつくが、それにはどこか同意するような空気があった。 「そうねえ、確かに、○○さんはもう少し押しが強くてもいいかも」 「霊夢さんまで」 「堂々巡りでも良いならそうなんでしょうけど。それは嫌なんでしょう?」 「だったら、話は早いよな?」 ぐう、と詰まって、紅茶を飲み干して、○○はぽつり、と呟いた。 「…………何に叛いても、でしょうか」 「何に叛いてるのかしら?」 本当に叛いているの、とでも言いたげな口調で、霊夢が微笑む。 「……あー、僕らしくなかったかもしれないですねえ」 「ある意味では、非常にお前らしかったのかもしれんがな」 「ですか、ね……ああ、咲夜さん」 「何かしら?」 急に声をかけられて、咲夜が首を傾げる。 「レミリアさん、何時くらいに起きてこられるかわかりますか?」 ○○が立ち去った後、咲夜はどこか安堵したようなため息を一つついた。 「……さて、お嬢様が起きてからがまた大変そうね」 「それでもいいんじゃないかしら。解決に向かって一歩でしょ?」 「私が意外だったのは、割と魔理沙がまともなことを言ったことかしら。割と、だけど」 「当然だ。停滞してるものはかき混ぜる、自然なことさ」 パチュリーは瞳を瞬かせて、心底意外そうに魔理沙を見た。 「貴女からそんな言葉を聞くなんてね」 「想いはそういうもんだろう。それに」 胸を張り、輝くような笑顔で、彼女は宣言した。 「何たって私は、恋の魔法使いだからな」 日がほぼ落ちて、客人たちも帰った後の図書館。 扉が開いて、この館で唯一の青年が此処に足を踏み入れた。 「あれ、パチュリーさん、レミリアさんを見かけませんでした?」 「こっちには来てないわよ」 「そうですか……」 ふう、と少し肩を落とした○○に、パチュリーが尋ねかける。 「改めて、訊いていいかしら? この問いはまだしたことなかったはずだから」 「はい、何でしょう?」 「貴方は、どうしてそこまでレミィに願うのかしら?」 「吸血鬼にしてほしい、と?」 「ええ。不老や不死なら方法はいくらでもある。時間はかかっても捨食や捨虫の法もあるし、蓬莱人に頼む方法もあるわ。それなのに?」 「……それでも」 ○○は朗らかに微笑む。 「僕がずっと、あの方の傍に居続けるには、吸血鬼になるのが一番良いと思うんです」 「ずっと一緒に居たい、ただそれだけで?」 「ええ、それだけです。子供っぽいし、理由になんてなっていないけど」 「……レミィ以外の手に掛かるのも嫌、というところかしら?」 「ああ、そうなのかもしれないですねえ……」 目を細めて笑った○○に、パチュリーも軽く面白そうに笑みを浮かべた。 「わかったわ。結局の所、貴方がレミィのことを物凄く好きなんだ、ってことがね」 「え、あ、ええと、その」 ストレートに言われて焦った彼は誤魔化すように、何かお手伝いできることは、と尋ねた。 「ああ、じゃあ、千五百番台の棚に幾つか外界の本があったからお願いしようかしら」 「わかりました、行ってきます」 「報告はいいわ。レミィを探すんでしょう? 終わった後部屋を訪ねた方が早いと思うけど」 「え、あ、すみません、ありがとうございます」 駆け足で去っていったのを見送って、パチュリーはカップを手に取る。 「もういいわよ」 「……ん」 もぞもぞとテーブルの足元のクロスが動く。 レミリアがクロスの下から姿を現した。ご丁寧に紅茶のカップまで持っている。 「○○さんの気持ちは聞けたわね」 「…………」 黙って隣に座り、レミリアはカップをテーブルの上に置いた。 「レミィ、そろそろ仲直りしたら?」 「……別に喧嘩してる訳じゃない」 子供っぽい言い回しに、パチュリーはやれやれと息をつく。 「いいじゃない、きちんと話くらい聞いてあげたら? 身も心も○○さんに捕らわれてるのに」 「……まだ心だけよ」 ふい、と顔を逸らしていった言葉に深くは突っ込まず、パチュリーは手元の珈琲を一口飲んだ。 「ならばなおさらね。心ほど、大事なものもないでしょう、レミィ」 「…………でも」 「……話なら、いくらでも聞くわよ。貴女の望む答えが出るかは別として」 「……ん、ありがと、パチェ」 レミリアはようやく表情をほころばせる。 パチュリーも応じるように笑んで、カップをソーサーに戻した。 こういった会話ができるのも親友の特権なのかもしれないと、そう思いながら。 まあもっとも、訊くのは愚痴の仮面を被った惚気なのだろうけれど。 こうして土壌は出来上がる。 周囲の多大なる努力によって、ようやくその時は訪れた。 部屋をノックする音に、レミリアは顔を上げた。誰かはわかっているが、拒絶はしない。 「……いいわ、入りなさい」 声に応じるように、扉が開く。現れたのは○○。パチュリーが言ったとおりにしたのだろう。 「……何をしにきたの」 「話を、しに」 椅子に座るレミリアの傍らまでやってきて、○○はそう答えた。 「話すことなんか何もない、聞きたくない、私はそう言ったはずよ」 「それは偽りです。もしそうなら、そもそも僕をここに入れてはくれなかったでしょう」 静かな声に、レミリアは顔を背けて立ち上がる。 「……そうね。でも、聞きたくないのは本当。○○、下がって」 本当は聞いていたい。その声は彼女を安らげる。それでも、その先に続く言葉を聞きたくない。 「嫌です」 「……○○?」 今までレミリアの言葉に逆らうことなどなかった○○が、初めてその意に逆らった。 信じられないような表情で、彼女は想い人を見上げる。 「聞こえなかったの? 下がりなさい、○○」 「嫌です」 もう一度きっぱりと、だが優しい声で答えると、○○は、失礼します、と呟くように言い―― 「――――っ!?」 ――レミリアを、強く抱き締めた。 「なっ――は、離しなさい!」 「いいえ、離しません」 慌てたようなレミリアの声に、○○は静かに首を振った。 「○○――!」 「僕を離したかったら、僕から逃げたかったら」 羽をピンと張ったまま、驚きながらも腕の中で僅かに身じろぎするレミリアに、○○は告げた。 「蝙蝠に、霧になって逃げればいい。いやいっそ、僕を引き裂いてしまえばいい。そうすれば、僕は貴女から手を離すでしょう」 「――――!」 動揺した気配が伝わってくる。○○は構わず続けた。 「貴女なら、簡単なはずです」 そうだ、そうなのだ。吸血鬼の力とはそういうもの。 人間なぞ一瞬で引き裂いてしまえるほど。そう、彼の腕から逃れることなど造作もないこと、なのに。 どれ程の時が経ったか、レミリアが力を抜いた。 「……わけ、ない」 「…………」 やがて、小さな声が彼女の唇から漏れた。 「……そんなこと、出来るわけないじゃない……!」 自分の声は悲鳴じみているのはわかっていた。だがそれでも、言わずにはいられない。 そんなことが出来たら、どれ程楽だったか。 この腕を振り払えるほど彼を何とも想ってなかったら、どれ程楽になっていただろうか。 でも、でも駄目なのだ。自分はこんなにも、彼の腕を求めていて。 今でさえ、心の奥底では情けないほど嬉しいなどと、どうして口に出来ようか。 「ずるい。○○はずるい。私がそんなこと出来ないことはわかっているでしょう、それなのに」 「……ええ、すみません。意地悪なことをするつもりではなかったのですが」 「……ずるいわ、本当に……」 レミリアは○○の身体を少し押し返し、彼の顔を見上げる。 「レミリアさん、話を聞いていただけますか」 「聞かなければ、離さないんでしょう?」 「脅迫になりますかね、それだと」 「もう諦めたわ……」 変に強情なんだから、と拗ねたようにレミリアはため息を吐いた。 「……僕は、貴女と共に居たい。貴女と同じ時を歩みたい」 「……それは、人間である貴方を捨てると言うこと。それがわかっていて?」 「それでも。僕は、貴女だけの物だから。貴方の傍にいることを赦されたから。貴方の傍に、ずっと居たい」 それは理由にもならないような、子供染みた想いの吐露。だが、それでも。 「僕は、貴方のことが好きです。ずっと、ずっと愛しています。愛させてください」 「……吸血鬼になったら」 レミリアは呟くように告げる。 「太陽の下には決して出られなくなるわ。雨の日も同じ。それに、言うのは何だけど、弱点だって多い」 「それでも」 「貴方の行動は酷く制限されるわよ。もう人里にもろくに出られない。この紅い館に、半ば閉じ込められるように」 「だとしても――」 そっと抱きしめて、彼はレミリアの耳元で囁く。 「貴女の傍に居られる以上に、大事なことなんて、ない」 抱き寄せられて、その胸に耳をつけて、少し早く鳴っている鼓動を聞きながら、レミリアは考える。 この人は、いつからここまでの決意をしていたのだろう。ここまでの覚悟を、いつから持っていたのだろう。 ああ、そうか、自分は、○○の自由を奪うのも怖かったけど、きっと。 ○○が本当にずっと自分の元に居てくれるのか、それもまた不安だったのかも、しれない。 紫の言葉が脳裏に過ぎる。 『永遠を歩む覚悟が足りなかった――』 ああ、そうか。 覚悟が決まっていなかったのは、きっと。 「……○○、貴方は本当にそれでいいの? 人を捨て、人の傍を捨て、悪魔になるのに」 「それでも、貴女の傍に居られるなら」 ○○は優しく笑う。 「僕は変わりません。例え器がどれほど変わっても、僕は僕でしかない。以前言った通りに。 約束します。僕は、決して変わらないと」 「人間と悪魔の契約で、それを破るのはいつも人間のはずだけど」 「代償は命ですよ。それに、僕の命なんてもうすでに貴女だけのものですから」 そう言って、○○はレミリアを抱き寄せる。抵抗せず寄り添って、レミリアは微笑した。 「契約は何をもってか、わかってるわね?」 「ええ」 ○○はレミリアの顎に手を沿えると、そっと口付けた。 「ん、あ……ん」 角度を変えて、何度も何度も。それを少しずつ深くして。 途中、レミリアの牙で○○の舌が傷付き、口の中に甘い血の味が広がった。 だが、頭が痺れるようなその甘さが、久々のその血の味にもたらされたものなのか、それともこの初めての口付けに因るものなのか、レミリアにはわからなかった。 「ん……は、あっ……」 どれだけ時間が経ったか。口唇が離れ、レミリアは大きく息をつく。 力なく○○にもたれかかって、荒い呼吸を整えた。 「えと、大丈夫ですか……?」 優しい声に顔を上げ、放心気味だった自分には気が付かなかった振りをして、レミリアは恨み言のような言葉を口にした。 「人を窒息させる気? 人じゃないけど」 「え、あ、いや、その」 「何?」 「……鼻で息したら良かったんじゃないかな、って」 「…………」 ただでさえ紅い顔がさらに紅くなり、レミリアは○○を睨みつけながら彼の頬を引っ張った。 まるで自分だけが夢中になっていたかのようで、それが悔しくて。 「いたた、痛いですよ」 「煩い」 ふい、と顔を背ける。 腹が立つのに、それでもこの腕の中から抜け出す気になれない。それがまた少し腹立たしくて、レミリアは不機嫌な声を出した。 「まったく、貴方はいつでも勝手なんだから」 「すみません……怒りました?」 しょんぼりとした雰囲気が伝わってきて、レミリアはささやかに満足する。 「……まあ、いいわ。○○」 「はい」 「さっきみたいにしなければ、もう一度許して上げる」 「……いいんですか?」 「何度も言わないわよ」 レミリアは背けていた顔を○○の方に向けて、彼の表情が嬉しそうなのを見て少しだけ後悔した。 この表情が見れて嬉しく想うなんて、自分は本当にもう手遅れなんだろう、と。 今度は優しい口付けを受け入れながら、彼女はそう思った。 「次の満月」 「え?」 ○○にしなだれかかったまま、レミリアは告げる。 「次の満月の夜に、貴方の願いを叶えるわ」 「……はい」 満月までは、もう幾日も無い。 「それまで、せいぜい陽のある生活を楽しみなさい」 「はい、そうさせていただきます」 「そして……」 レミリアの瞼が、重そうに一つ瞬いた。 「せめて、今日はここにいなさい……」 慢性的な寝不足。レミリアは○○の身体を押して彼ごとベッドに倒れこむと、その上で寝息を立て始めた。 「……はい」 答える彼の声も眠そうな響きを持っていた。柔らかなベッドの感触が彼を眠りに誘う。 結局、二人とも互いのことが気になって、最近ろくに睡眠を取れていなかったのだった。 暫くの後に様子を見に来た咲夜が、とてつもなく中途半端な体勢で寝ている二人を目撃して呆れ果てるのだが、それは二人の与り知らぬところの話である。 昼から宴会を始めると言うのも珍しい。神社で集まった面々はそんなことを思ったかもしれない。 「美味しい肴が手に入ったからよ」 と、霊夢が納得しているならば、他の者達に言うことは無いのだけれど。 「真昼間からの宴会なんて久々ね」 「あんたは特にね。というより、吸血鬼が本当に昼間に外を出歩いてるってのが変なんだけど」 「そうね、とても不自由だわ」 レミリアはそう言って、珍しく自分から酒の席に向かっている○○を縁側から眺める。 そんなに強くないから、勧められるまでは飲まない青年なのに。いや、だからこそ、か。 「そしてその不自由を選んだのね」 「……そうね」 「やれやれ、里は優秀な人手を失うようだな」 レミリアの逆の隣に、慧音が腰を下ろす。 「あんたも止めなかったのよね」 「もし、彼を強引に吸血鬼にしようとしてたのだとしたら、何としてでも止めてたさ」 「今回は逆だものね。○○さんが選んだことなら、私達に止める理由なんて無いし」 「そういうことだ」 幻想郷の調停者と人里の守護者の言葉に、レミリアは大きく息を吐いた。 「……もう誰も止められない、ってことなのね」 「そもそも、彼が止めて止まる奴でもないだろう」 それは貴女が一番ご存知のはずだが、と慧音はからかうように微笑う。 ○○は既に、自分がレミリアの眷属になることを幾人かに告げている。慧音はその筆頭だった。 「……大きなお世話よ」 「それにしても、随分と酔ってるわよ。大丈夫かしら?」 三人で、宴も酣の席を見遣る。中心にいる○○はかなり酔っているようだった。 「止めないのか?」 「いいのよ、好きにさせていれば。もう、こんなことも出来なくなるから」 その声は心から彼を想う少女のもので、霊夢と慧音は顔を見合わせてそっと頷き合った。 何だかんだとあったが、二人はどうにかうまくやっていくだろう。 「レミリアさん」 中心から、ふらふらとやってきた○○に、レミリアは首を傾げる。 「どうしたの、みんなの中にいなくて……って!」 唐突に腕を伸ばしてきた彼に抱き上げられ、彼女は慌てた。いつの間にやら、両隣の二人はその他大勢に混じっている。 顔が近い。完全に酔いの回っている○○の手が頬に当てられ、彼と至近距離で向かい合っていた。 何をされようとしているのか、周りが何を期待しているのか、瞬時に理解したレミリアは―― 「っ……! いい加減に目を覚ましなさいっ!」 見事に絶妙の手加減が入った頭突きを、○○の額に見舞ったのだった。 「まったく」 沈没した○○を放って、レミリアは日傘を差して宴席の方に出てきた。 「惜しいわねえ、面白い物が見れそうだったのに」 「私達は見世物じゃない」 紫の声に反発して、レミリアはしかし、彼女の隣に座った。 「あら、どういう了見?」 「別に」 だが、そう言いながらも一献、紫の盃に注いだ。紫もまた、レミリアのグラスに酒を注ぐ。 礼と返礼。言葉にする必要など無く、仮にしたとしたら互いに馬鹿にし合うに違いない。 だから、酒を交わしただけ。 「幻想郷は全てを受け入れる」 「…………」 「貴女達の決意も、決断もね」 「…………そうね」 その後に交わしたのも、ただその言葉だけだった。 数日のうちに、彼は必要な所に顔を出していった。 里を初めとして、彼が世話になった者達のところを、次々に。 それは或いは神社であり、永遠亭であり――幻想郷中を一巡りしたのではないかと思われるほどで。 各々から皮肉染みた祝いの文句をもらいつつ、彼は礼を言っていった。 そして、彼が帰るのは、常に―― 紅魔館の夜。○○の部屋にレミリアが訪ねてきていた。 「挨拶回りは終わったの?」 「ええ、全員にお会いできたはずです」 「お疲れさま」 ベッドに腰掛ける○○の隣に座って、レミリアが呟く。 「ついに明日ね」 「ええ、明日ですね」 そう言葉を交し合って、少しの沈黙の後、不意に彼女が口を開いた。 「少し、喉が渇いたわ」 「あ、ええ、どうぞ」 身体を自分の方に向けた○○に、レミリアは身体を寄せる。 反射的に、○○は壁に背をつけた。貧血気味になるのと、やはりどこか畏れを感じているからか。 しかし、彼の首筋に口を近づけて、彼女はしばらく何事か考えたように止まった。 「……?」 暫くの後、結局牙は立てず、ただ舌で首筋をぺろりと舐める。 「っ! あ、えと?」 「ん、やっぱりまだ我慢。どうせ、たくさん吸わなきゃいけなくなるから」 「……はい」 ○○の首筋に顔を埋めたまま、レミリアが呟く。 「どうせなら、心身ともに貴方が欲しくてたまらないくらいにするのが丁度良いわよね」 瞬間、ゴン、と鈍い音がした。顔を上げると、○○が頭を壁に打ち付けているのが見える。 「どうかした?」 「いえ、ちよっと煩悩を散らそうと」 他意はないんですよね、とか何とかを口の中で呟いている○○に、不思議そうな視線を向ける。 「よくわからないけど……とりあえず、今はこれだけね」 ○○の顔を自分の方に向けさせ、レミリアはどこかぎこちない口付けを彼に送った。 「……後少しよ。貴方が人間で居るのも」 「はい」 「……後悔しない?」 何度もしてきた問い。きっと最期のそのときまで、レミリアはこの言葉を尋ねてしまうのだろう。 そして、その不安げな問いに返す言葉も、常に同じで。 「はい、決して」 そう穏やかな表情で言われるから、彼女も安心するのだった。 「○○」 「はい」 「今度は貴方から、して」 「はい」 優しく口付けられて、彼女は陶然とした想いのまま、彼にそっと抱きついた。 要はきっと、決意と想い。それさえあるなら、恐れることは無いのだろう。 彼の温もりを感じながら、レミリアはそう心に呟いた。 月に叛いた青年の決意はようやく届く。紅く愛しき幼い月に。 そしてまた、決意は決意を呼んで、新たな道を切り拓く。 其の道は、一つの顛末に向かって―― ────────── 顛末、伴月篇 月に沿い、月に添う。 願いが叶った後には、一体何が待っている? 「破っ!」 「っ!?」 裂帛の気合。ドン、という力強い音。そして。 「…………あれ?」 人の形の物が、紅魔館の外周壁に思いっきり叩きつけられた。 「ああああああ! す、すみません、お嬢様!」 「いいわ、思い切りやれと言ったのは私だし」 呆れたようにため息をついたのは、レミリア・スカーレット。 平謝りに謝る美鈴に、気にするなとばかりにひらひらと手を振ってみせる。 「まだ安定してなかったのかしらね」 「でも、パチェも確認したでしょう? ○○は、間違いなく」 「ええ、間違いなく――吸血鬼になった、はずよ」 パチュリーはそう言って、手元の本をはらりとめくった。 どうやら、この事象――人間から吸血鬼になった人間についてのこと――をまとめようとしている、その資料の一つらしい。 レミリアはため息をついて、雲が掛かりかけている十八夜の月を見上げた。 満月から、三日が経つ。レミリアが○○に吸血を施し、吸血鬼にしたあの日から。 そろそろ安定したのでは、という考えで、彼女は美鈴に手合わせを命じたのだ。 無論、思い切り、という前提をつけて。吸血鬼の素の力は、並の妖怪など物の数ではない。 ない、はずだったのだが。 「焦りすぎたのかもね、レミィ。まだ三日よ。貴女が初めてということを考えてみても、もう少し時間はあっていいかもしれない」 「そうね……まさか、ここまで弱いなんて思ってもみなかったし……」 美鈴の突きを、よけることも受けることもせずに、真正面から喰らって周壁まで弾き飛ばされるとは。 「しかも、受身すら取ってないなんて……」 「お嬢様、よろしいですか?」 咲夜の声に、レミリアは視線だけで尋ねかける。 「○○さんが気絶したままのようなのですが、回収しなくても?」 「あ」 言われて、レミリア達が一斉に○○に注意を向けた。 周壁からずり落ちて気絶しているらしい○○は、それでも大した傷は負っていないようで。 「身体の頑丈さは吸血鬼並み、といったところかしら」 「それだけ、とも言えるかも、ね」 レミリアはもう一つ、大きなため息をついた。 「○○さんは?」 「寝てるわ。大した怪我はないみたい」 あれだけ派手に飛ばされておきながらほぼ無傷というのは、やはり人間ではありえなくなったということだろう。 「んー、とりあえず、頑丈にはなったみたいだけど……寝てばかりなのよね」 「退屈なのね、レミィ」 「そうじゃないわよ」 パチュリーの言葉が少なくとも事実の一端であるということは態度からもわかるが、それだけでもないらしい。 「あれから三日。でも、○○の感覚では実質一日半も経ってないわ」 「丸一日眠って、起きて紅茶を飲んでまた眠ったんだっけ?」 「ええ、血入りのね。知らせてはなかったけれど、普通に味はわかってたみたいだから」 「……さすがに、それは私にはわからないけれど」 そうね、とパチュリーは頷く。 「彼が吸血鬼になっているのは間違いない事実よ。彼から零れ落ちている魔力も、レミィと同質のもの」 「ん、それも何となくわかる。でも、何となくなのよね……?」 「それはそうだと思うわよ。だって彼、貴女の蝙蝠一匹分の魔力も無いもの」 「……え?」 「レミィが微弱に感じるのも当然ね。元が人間だからかしら」 「……何か、間違えたのかしら……でも、間違えるようなことはなかったはずなんだけど」 レミリアはそう言って、三日前のことに思いを馳せた。 満月が差し込む中、レミリアは自室に○○を招いていた。 どこか気だるそうな、青い顔をした○○を上体だけ起こさせた形でベッドに横たえさせて、少し首を傾げる。 「顔が青白いけれど?」 「あー、えと、さっきちょっと、血を抜いてもらいまして」 「血を抜いた?」 「献血みたいなものですよ。少しは、マシになるでしょう?」 何がか、などという愚問を発するほど、レミリアは愚かではなかった。だから、代わりに。 「本当に馬鹿ね、貴方は」 「僕の我儘ですから」 柔らかい表情で、彼は微笑った。レミリアは少しだけ切なくなって、彼を抱きしめる。 「貴方の我儘だけではないわ。私も決めたことだもの」 そして、○○の頬に軽く口付けて、その首筋に牙を当てた。いつものように○○の鼓動が速くなる。 「後悔、しない?」 「勿論。貴女の傍に居られるのならば」 「……うん。じゃあ、行くわよ」 宣言して、牙を突きたてる。いつものように甘い味が広がる。 蕩けそうな甘さも、量が量なれば苦痛になる。それでも、止めない。止めるわけにはいかない。 辛そうな声が耳元で聞こえた。もうすぐ、もうすぐなのだ。 互いが互いに無理を強いて、願いを叶えようとしているのだから。 決意と覚悟。必要なのはただそれだけ。 やがて、レミリアは血を吸い終えた。恐る恐る身を離すと、彼の口からは、低い唸りが漏れ始めていた。 身体が震えている。口の端から牙が見え始めている。変化しようとしている。人間を終えて、吸血鬼になろうと。 だが、安定していない、不安定なのだ。そう気が付いた瞬間、レミリアは彼を抱き寄せた。 「○○!」 頭を抱えて牙を自分の首筋に当てさせて、彼女は命じた。 「飲みなさい!」 戸惑うような視線がレミリアに向けられた。 その戸惑いは、人間から吸血鬼になってすぐの吸血へというよりも、レミリアに牙を立てることに対してのように、見えた。 「命令よ、飲みなさい」 今や眷属となった以上、その命令には逆らえないはずだった。彼女は主人なのだ。 一瞬だけ途方に暮れた表情になった後、彼は、レミリアの首筋に牙を突きたてた。 瞬間、レミリアは自分を襲った感覚に身を竦ませた。 痛みであれば、苦痛であれば、どれだけでも耐えられたはずだった。 だが、この痛みと共に訪れた脳髄が痺れるような甘い感覚は、予想の範疇をはるかに超えていて。 「あ……う……っ!」 声を上げていたかどうか。どこまでも長く感じた、彼の吸血が終わるまで、レミリアは必死にその感覚に耐えていた。 「っ、は……○○……?」 荒い息を整えている途中、彼が何事か囁いているのが聞こえてきた。 それは謝罪。ごめんなさい、ごめんなさい、と、何度も繰り返して。 「……いいのよ、○○」 「でも」 「いいの。私が命じたのだから」 聞こえているのかいないのか、彼は朦朧としているようだった。 人と魔の境で揺らいでいるように、どこか焦点のあっていない瞳で、彼女を見つめて。 「ごめんなさい、ごめんなさい。でも、それでも、僕は貴女を、愛して」 そして、彼は意識を失った。その彼を抱きとめながら、レミリアは何となく悟っていた。 今の言葉が、おそらく、僅かなりとも残っていた彼の、人としての、最期の言葉なのだと。 疼くような首筋の甘い痛みを感じながら、そう悟っていた。 「……ミィ、レミィ? どうしたの、首筋を押さえて」 「あー……いえ、何でもないわ。何、パチェ?」 思い出した首筋の感覚に気を取られていたレミリアは、親友の言葉で我に返った。 「……一体何を思い出していたのかしらね?」 「いいじゃない別に。で?」 その誤魔化し方に微笑ましいものを感じて、パチュリーはくすりと微笑う。 「どのみち、まだゆっくり観察する必要がありそうね。一週間か一月か一年か――十年百年かかるのか」 「パチェは気が長いなあ」 「あらそう? 私としては、レミィが焦っているように見えるけど。何に焦ってるの?」 「焦っているつもりはないんだけど」 レミリアは咲夜が用意してくれた紅茶を一口飲んで、息をついた。 焦っているわけではない。ただ。 「早く確かめたいのね、レミィは」 「ん……そうね。そうなのかも」 そう、きっと確かめたいのだ。彼が本当に自分と同じになったのか。 彼が目覚めてからある、彼から感じる違和感のような、落ち着かないものが何なのか。 それを知りたくてたまらないのだ。 おそらく人はそれを、不安と呼ぶのだろうけれど。 彼が本当に変わっていないのか。前のままなのか。 愛しい人だからこそ、まだ掴みきれていなくて。 その事実がレミリアを、何よりも不安にさせていた。 紅魔館の廊下。音もなく一つのドアが開いて、一人の青年が顔を出した。 きょろきょろと周りを見回して、廊下に出る。 「……今、何時だろう」 昨晩、美鈴と対峙してからの記憶がほとんど無い。吹き飛ばされたような気もするが、よく覚えていない。 少し小腹が空いた気がして、何かつまむものがないか、と階下に足を向ける。厨房はそちらにあったはずだ。 勝手知ったる、である。もうすでに、ここを終の住処とすることは決めているのだけれど。 「あら、○○さん」 「あ、咲夜さん……えーと……今何時でしょうか」 階段に近付いた所で咲夜に会って、こんにちはと言うべきかこんばんはと言うべきか迷い、とりあえず時間を尋ねた。 「もう陽は落ちてるわね」 「では、こんばんは、ですね」 微笑って言って、ふと気が付く。 「と言うことは、僕半日以上寝てましたか」 「まあ、まだ仕方がないんじゃないかしら。昨日も昨日だったし」 「んー、あの後どうなったんですか? 手合わせしろ、からよく覚えてなくて」 「そこから抜けてるのね……」 咲夜は少し呆れたように息をついたが、まあいいわ、と来た方向に踵を返す。 「丁度食事だから起こしに来たのよ。お嬢様方が待ってるわよ」 「あ、すみません。少し小腹が空いてしまって」 何かつまもうと思ったのですが、という彼に、咲夜は首を傾げた。 「……他のものを食べて、空腹は収まるのかしら?」 「え? あ、あー」 「……まだ慣れてないのかしら」 「……はい。それはそうですよねえ」 吸血鬼になったのだから、主食は血なのだ。うっかりまだ忘れてしまう。 一人納得して頷く彼の方を向いて、咲夜が再び呆れたように感想を述べた。 「……本当に、全く変わらないのねえ」 それでも、自分は吸血鬼になったのだ、という確信が、彼にはある。 言葉にはし難い、でも確かな感覚で、自分がレミリアと同じものに成ったと感じるのだ。 それを口にしなかったことが、彼の鈍さだったのかもしれない。 「○○、身体の具合はどう?」 食事を終えた後、○○はそう問いかけられた。 「んー、少し眠気が残ってるようですが、概ね何ともないですね」 食後の紅茶を啜りながら、うん、と自分の中で頷く。 何も変わらなかった。別に突然空も飛べなかったし、魔法が使えるようになったわけでもない。 まあ、空を飛ぶのだけは、どうやら練習すればできるようにはなりそうだけど。 「いえ、そういうことじゃなくて……いや、そういうことなのか」 レミリアも納得したように頷く。 「まだあまり動けてないですしねー。眠るときには日が昇ってないですし起きたら沈んでますし」 「早寝遅起きね」 「まあそうなんですが。何だかまだ違和感が」 曖昧に微笑ったとき、口元から牙が覗いた。下唇に当たり、反射的に口を閉じる。 「ああ、まだこれにも慣れないですね」 「牙だけは立派なのにねえ」 「あー、すみません、昨日のことは」 とりあえず、食事のときに昨日のあらましを聞き、謝ることしか出来なかった。 「まあいいわ。私も焦りすぎてたみたいだし。ゆっくり調べていきましょ」 「よろしくお願いします。まあ、時間はありますし」 「……そうね」 少しだけ開いた間が気になったが、何と訊けばいいものかわからず、再び紅茶に口をつける。 「後で、ちょっとパチェのところに行くわよ。いろいろ調べたいし」 「はい」 答えながら、とりあえずこの頃眠ってばかりなのをどうにかしないとなあ、と暢気なことを考えていた。 ちなみに、パチュリーのところに行ったらいきなり飛行訓練などをさせられる破目になっていた。 でも、高いところから突き落とすのは訓練ではないと思います、とは小悪魔の談である。 「……死ぬかと思いました」 「死なないわよ、怪我も多分しないでしょうし」 レミリアと○○はそう話しながら、廊下を歩いていた。 「羽とかあったら、もっときちんと飛べるんですかね?」 「それはわからないけど。そういえば、羽は生えないものなのかしら……」 「……それはさすがに僕にも何とも」 軽いお手上げのポーズを○○は取る。 そう、彼には、レミリアやフランドールのような羽は生えていない。 そのためか、彼が吸血鬼であると外見から判断するのは、中々に難しいものになっている。 「まあ、少しは浮ける様になったからいいんじゃないかしら?」 「そうですねえ。床に激突しそうになったときはどうなるかと思いましたが」 「ちゃんと助けたじゃない。私もパチェも」 レミリアは不満そうに言った後、ふと表情を切なげなものにした。 「……それにもう、貴方はそんなことでは死なないわ」 「どれほど痛くとも、ですか」 茶化すように微笑う彼に、レミリアは首を振る。 「そもそも痛くすらないかもね。低い段差から飛び降りた程度。その程度の感覚しかないかも」 「ああ、うん、まあ、頑丈にはなりましたし」 「そういうことじゃなくて」 どこか愁いを帯びたような表情で、レミリアは立ち止まって○○を見上げる。 「貴方には、まだ、人としての恐怖が在るのね」 「……ですねえ。自力で飛ぶのは体験してないですし。高過ぎるところは怖いです」 「……誰かと飛んだことはあるの?」 「二度ほど。一度目は、此処に来た当日、香霖堂で買い物するのに霊夢さんと魔理沙さんに。 もう一度は、僕は覚えてません」 運んでくれたのは同じ二人ですが、と微笑する。 「初めのときもまだ幻想郷に居るという感覚もなかったですから、よく覚えてないですね」 「夢の中にいるかのように?」 「ええ、まさに――いや、怖かった気がしますが、その程度で」 それでも、それでもだ。高いところを恐怖する吸血鬼などいるものだろうか。 人か吸血鬼か。彼はどちらの側に振れているのだろう。 人間であった頃の彼で居て欲しい、と願った。 ずっと傍に居てくれるという彼で居て欲しい、と願った。 ならば、今の彼は一体どちらなのだろう。 「ねえ、○○。人と吸血鬼、貴方は――どちらなのかしら」 「僕は――吸血鬼ですよ。そして、貴方のしもべです」 当然の事を述べるかのように、彼はレミリアに応えた。 それでもなお、レミリアの不安は消えることなく。 「……そうね」 だからただ、そう応じることしかできなくて。 「もう、休むのかしら?」 「そうですね、眠気が取れる程度にまでは休もうかと」 「ゆっくり休みなさい。規則正しい生活が送れるくらいになるように」 「はい」 微笑った彼が愛しくて、でも、言葉は何も出てこなかった。 一つ一つの事実は積み重なっていく。紅き月が愛した青年は、確実に彼女の眷属となっていた。 それでも、違和感だけが残る。何かが、おかしい。 彼が弱すぎるからだろうか。あまりに、外見が人間と等しいからだろうか。 人間だった頃と、何一つ変わらないからだろうか。 それは喜ばしいことのはずなのに。それを望んでいたはずなのに。 なのに、何故自分はこんなにも。 疑問は解消されず、ただただ積もっていく。 そして、その朝が訪れる。 何となく寝付けず、レミリアは朝方の館内を歩いていた。 もうとうに朝日は昇っているらしく、館の窓は堅く閉ざされている。 「神社にでも顔を出してみようかしら」 誰ともなく呟く。○○も連れて行きたいが、この時間は眠っているかもしれない。 のんびり歩いていると、妖精メイド達が何かさざめいているのが見えた。 レミリアの方を見て、明らかに動揺する者もいる。そんなにこの時間に起きているのが珍しかっただろうか。 そういえば、咲夜も出てこない。まあ、こんな有様だから忙しいのかもしれないが―― 「それ……当?」 「らし……よ。だっ……門番長……血相変え……」 曲がり角の向こうで、お喋りしている妖精メイドの声が微かに聞こえてきた。 立ち話をしていると咲夜に怒られると言うのに、全く懲りないものだ、と思ったのも一瞬。 「本当なの……? ……さんが、陽を浴びた、って?」 聞き取れた瞬間、レミリアは駆け出した。気が付いた妖精メイド達が怯えるが、気にしてもいられない。 「咲夜!」 最も信頼する従者の名を呼びながら、レミリアは館内を飛翔する。 心の中では、口には上らせなかった彼の名を叫びながら。 吸血鬼が陽光を浴びるなど、正気の沙汰ではない。 だが彼はあまりにも人間に近すぎる。意識も存在も。でも彼は吸血鬼なのだ。 自分が望んだ、大事な眷族なのだ……! 「咲夜! いないの!」 なのに、そのために喪っては、何の意味もないではないか! 「ここに。お呼びですか?」 ふっ、といきなり併走して現れた咲夜に、レミリアは急停止しつつ飛びつかんばかりの勢いで尋ねかけた。 「○○は! ○○はどこ!?」 「お嬢様?」 「どこにいるの、咲夜!」 否定して欲しかった。何をそんなに慌てているのかと。慌てることなど何もないといって欲しかった。だが。 「お嬢様、もしやもうご存知で……?」 足元が崩れるような感覚が襲う。では、それが事実とするなら、○○は、もう。 「咲夜、○○は……」 「今部屋に……お嬢様!」 聞くが早いか、再び駆け出す。灰しか残っていないかもしれない。もう何もないかもしれない。 でも、でも。この目で見るまでは信じたくなくて―― 大きな、壊れかねない勢いで、レミリアは彼の部屋の扉を開け放った。 「!? ……ああ、レミリアさんですか。おはようございます」 「な――――!?」 「…………? どうしました?」 何事もなく普通に声をかけられて、今までの不安とか恐怖とか安堵とか怒りとかが綯い交ぜになって―― 「――――っ!!」 ――気が付いたときには、渾身のスピア・ザ・グングニルを彼に向かって放っていた。 「……で、どういうことか、状況把握と説明から入りましょうか」 場所は図書館。部屋は先ほどの騒動で見ていられないことになったので場所を移した。 レミリアがそっぽを向いたままなので、必然的に尋ねるのはパチュリーの役目になっている。 「はあ、まあ、聞いてのとおりなのですが……」 咲夜が入れた紅茶を、どうも、と受け取りながら、彼は話し出した。 少し寝ただけで、目が覚めてしまった。 「ん、天気は良さそう、かな」 ふらりと部屋の外に出て、外がもう朝だと確認して、ぼんやり歩きながら、館の正面玄関を押し開けた。 自分が吸血鬼になったことを、忘れていたつもりではなかったけれど。 何かに突き動かされるように外に出て、陽が、自分を照らすのを見て。 何も起こらなかったから、ついそのまま表に出て、陽を浴びてしまったのだった。 「何も起こらなかった?」 「はい。陽を浴びても、僕には何の変化もありませんでした」 ともかく、不思議に思いながら朝日を浴びていた所を、もうすでに仕事についていた美鈴に見つかってしまい。 何故なのか、という問いもそこそこに、慌てた彼女から咲夜に連絡が行って、部屋で待機を命じられた。 手持ち無沙汰にぼーっとしていると、レミリアが飛び込んできた、というわけであった。 「……陽の光が、問題ではない? そんな吸血鬼なんて……」 「変ですよねえ」 首を傾げるパチュリーに、○○もうんうんと頷く。 「でも、今から行ってもいいくらい、です。証明、出来ます」 「……そうね。いいかしら、レミィ」 「…………ええ」 きゅっとレミリアが膝の辺りで手を強く握り締めたのを、パチュリーは見て見ぬ振りをした。 結果は全くの同じであった。 彼は陽光をものともしていなかったし、全身に浴びても無傷であった。 むしろそれを見るレミリアの方が、とても不安そうに見えたのは、きっと見間違いではない。 図書館に戻ってきて、パチュリーが口を開いた。 「確かね。まあ、全く無反応、というわけにはいかなかったみたいだけど」 「ですか?」 「ええ。少しは消耗しているはずよ。それでも、人間より少し多いくらい、だろうけど……」 少し考えて、パチュリーは小悪魔に何かを言いつけた。 「いろいろ確かめてみましょう」 「はい?」 「まずはこれね」 小悪魔が持ってきたのは一つの枡。その中に入っている物をみて、レミリアが一歩下がった。 「大豆?」 「掴んでみて」 「あ、はい」 「あ、ちょっと……!」 レミリアの制止は少し遅く、いきなり大豆を鷲掴みにした彼の手から、しゅうしゅうと蒸気が昇っていた。 彼の口から漏れたのが絶叫でなかったのは、よく耐えたとしか言いようが無い。 その後も、幾つか苦手なものに対しての耐性があるかどうか、確かめる作業もとい実験が行われた。 「ふむ、どうも陽光だけみたいね、強い耐性があるのは」 「……雨が本当に苦手なんだと身を持って感じることになるとは思いませんでした」 「それでも、レミィ達ほどではないのねえ。面白いわね」 すっかり知識人モードに入ってしまったパチュリーに、○○は深々とため息をついた。 手には包帯。炒った大豆を思い切り握り締めた結果である。その手を取って、レミリアが尋ねた。 「手は大丈夫?」 「ええ、はい。治りが遅いですけど」 「私も大豆の火傷は少し治りが遅かった記憶があるからそれはわかるんだけど。少し遅すぎないかと聞いてるの」 「どうなんでしょう……あまり意識してないもので」 手を取って心配している図は微笑ましいものがあるが、とりあえずここは図書館である。 こほん、とパチュリーの咳払いに、レミリアは気がついて手を離す。 どうやら無意識だったらしい、と見て、パチュリーはからかうように微笑んだ。 「そういうことは後で二人のときにやってもらえるかしら?」 「ほっといてよ。で、パチェとしての見方はどうなの? ○○に何が起こってる?」 「まあ、たぶんデイウォーカーになったのだと思うわ。陽光を克服した吸血鬼」 「随分あっさりととんでもないこと言うのね」 「それ以外に言いようが無いもの。推測だけど、力がほとんどないのはその所為だと考えられるわね。 陽光を克服できている代償。だから○○さんは、それこそ並の妖怪以下の力しかない」 淡々と述べるパチュリーに、レミリアは思わずと言う様子で呟いた。 「何それ。それじゃあ、人間だった頃とほとんど変わらないじゃない」 「そうね。まだいろいろ調べないとわからないけど……」 「…………パチェ」 何かに気がついたレミリアの様子に、パチュリーは頷いてやった。 「レミリアさん?」 「………………私が望んだからなの、パチェ」 静かな確認の言葉に、パチュリーもまた静かに返す。 「可能性の一つよ、レミィ」 レミリアが、○○を強く想うがあまりに、彼の運命を操作したと言う可能性。 人間であったときのように、日中の行動を制限されないで欲しいと。 吸血鬼となって、自分の傍でずっと一緒に居て欲しいと。 双方の想いを、レミリア自身が叶えた形になったという、あくまでも可能性。 「まだわからないわ。でも、それはそれでとても幻想郷的よね」 「確かに、そうかもしれませんね」 「○○まで……」 「レミリアさんがそうであれと望んでくれたなら、僕にとっては何よりも嬉しいです」 柔らかく笑んで、彼はそう告げた。少し照れたように戸惑った後、レミリアも微笑みを返す。 「……だから、そういうことは二人のときにやってと言ってるでしょう」 やれやれと苦笑して、パチュリーは本を閉じた。 「とりあえず、一つの疑問は解決したし、今日はもう二人とも休んだ方が良いわね」 「そうね。私はともかく、○○がね」 「お手数かけます」 頷いた二人に、パチュリーもまた頷き返して、図書館から出て行くのを見送る。 とにかく、時間は十分にあるのだ。ゆっくり調べていけばいいし、レミリアももう焦ることは無いだろう。 とりあえず今は。 「ああ、小悪魔。珈琲を一杯もらえるかしら」 「あ、はい。砂糖とミルクはどういたします?」 「今日はブラックで良いわ。甘いのは今は十分だから」 簡単に湯を浴み――流水でなければ大丈夫らしいことも知った後。 寝る前に紅茶を一杯、ということで、○○はレミリアと一緒に、彼女の部屋で紅茶を啜っていた。 「デイウォーカー、ですか。不思議なものですね」 「不思議なことは不思議よね」 レミリアは椅子に座って、真正面の彼に頷いて見せた。 「まあでも、これで幾らかはっきりしたわね」 「ですねえ。まあ、力がないのは本当に申し訳なく思いますが」 「それはいくらでも鍛えようがあるじゃない」 他愛ない話をする中、ふとレミリアが立ち上がり、○○の傍に来てその頬に手を触れた。 「……貴方は、ここにいるわよね」 「? はい」 「確かよね。私は、夢を見ているのではないのよね」 不安そうな瞳で、レミリアは○○に抱きついた。 「貴方が灰になってしまったのを見て、そのまま逃げるように眠りについているのではないわよね」 「ええ、大丈夫です。僕はここにいますよ」 きゅ、と強く彼の服を握る手に、そっと手を重ねる。 「……うん、貴方の鼓動が聞こえる。貴方はここにいる」 「ええ。ほら、こうすることも出来る」 抱きしめ返すと、少し安心したように身体のこわばりが解ける。 そのまま、擦り寄るように身を寄せて、彼女が呟いた。 「…………もう、あんなことはしないで」 「……はい」 「……わかっているでしょう。かつて私が何を恐れたか」 彼は頷いた。そうだ、そうだった。 自分が死に掛けたとき、彼女は陽が落ちてないにも関わらず、紅魔館を飛び出そうとしたと、聞いた。 今更ながらに、阿呆なことをしたとは思う。けれど、話していない部分に、確信はあったのだ。 本当は、話の中で一つだけ省いたことがあるのだ。 廊下を歩いていたとき、ふとカーテンが揺れているのを見て、それに近付いて――右手に陽を浴びたことを。 そして、とっさに引っ込めた手に何も異常がないことを、すでに確かめてあったことを。 少し、その窓のところで自分の身が、太陽に対して大丈夫であることを確かめ、その上で外に出たことを―― 無論、見つかってしまったのは予想外だったけど。 いつか話すときは来るだろうけれど、今の彼女に話すことは出来なかった。 自分の腕の中で、微かに震えている彼女に、そんなことは伝えられなかった。 不安だったとどうして言えようか。 互いに、想いが変わってしまっていたらどうしようかと、そう思っていたことなど。 自分が愛されているかどうかが不安になっていたと、どうして言えるだろうか。 だから彼女は、彼の存在と想いが変わらないかどうか、確かめたいと焦った。 だから彼は、自身を危険に晒して彼女の想いを確かめるような行為をしてしまった。 互いを想い合うが故に、少し臆病になっていた恋心は、ようやく彼女達の中で本来の形を取り戻していた。 結局、部屋は一、二刻でどうなるものでもなく、仕方なしに別の部屋に入って寝る、はずだった。 「……あの、僕はここにいていいんでしょうか」 「……いいのよ。私がいいって言ったんだから」 だが、彼がいるのはまだレミリアの部屋だった。 それは、レミリアに命じられてのことだったから、そこには問題は無いのだけれど。 「まあ、うん、そうなんですけど」 彼にとっての問題はそこではなく、ベッドに腰掛けている自分とベッドの上に座っている恋人の距離、だった。 この部屋で休む、ということはわかっているのだが、この微妙な距離がどうしても気になる。 「……僕がここで寝るのが気になるなら、ソファを貸してもらいますけど」 「……駄目」 立ち上がろうとすると、服の端を引っ張られる。どうしたものか。 何となく落ち着かない気分のままで、○○はレミリアに尋ねかける。 「……僕はどうしたらいいでしょうか?」 「……好きに、していいわよ」 「いえ、そうでなくて」 少し考えて、レミリアの方に向き直る。 「えと、このままだと全く状況が動かないので。寝るにしてもどうしたものかなあ、と思いまして」 「……○○の好きにしていい」 ぼそ、と呟く声に、逆に困惑して――気が付いた。 「レミリアさん?」 頬に手を当てて自分の方を向かせる。顔が紅い。そして目を逸らしてこちらに合わせてくれない。 「……顔が紅いですが」 「煩い」 間抜けなことを言ったなと思いつつ、レミリアの顔を真正面から覗きこむ。 「流石に、言われないとわからないです。朴念仁なのはわかっているのですが」 「……自分で言ってれば世話は無いわね」 ため息をついて、紅い顔のまま、レミリアは囁くように呟いた。 「だって……そう、なんでしょ?」 「何が?」 「その、恋人同士が、一緒に寝る、ってこと、は」 珍しく歯切れの悪い言葉に何が言いたいのか一瞬わからず、わかった瞬間、○○は脱力した。 「……誰に聞きましたかというか何からそういう情報を」 「あ、えと、本とか、から」 一体何の本を置いてるんだ、と思うが、まあ仕方が無いのかもしれない。 凄まじく生物学的に男女の仲を書いて居てもおかしくない本もある気がする。 「だから、その。○○の、好きにして良いのよ?」 「ちょっと、ちょっと待った、待ってください。どうしてそうなるんですか」 「だって、私の我儘だったもの」 ○○の手に自分の手を重ねて、レミリアは言う。 「私の我儘で、貴方は中途半端な吸血鬼になった。貴方の全てを、私が運命(さだ)めた」 「……それはむしろ、光栄なことですが」 「私だって、貴方の全てが私のものであるのは嬉しいわよ。でもね」 こつり、と額に額を当ててくる。 「それでも、貴方とは対等で居たい部分もあるの。貴方は私の僕。貴方の全ては私のもの。だからこそ」 レミリアは、○○が思わず見惚れるような微笑で、告げた。 「貴方の我儘を、貴方が望むものを、聞かせて頂戴。貴方の望むことを、私は何だって叶えてあげる」 「……それでは」 ○○は手を伸ばして、レミリアを抱き寄せた。一瞬びくりとなったことに、少しだけ苦笑して。 「警戒しないで下さい」 「してないわよ」 「では……僕の願いは、唯一つ。貴女の傍に。貴女に、どこまでも伴わせてください。この存在の全てを」 抱きすくめられたまま、レミリアは瞳を瞬かせていた。 「……そんなの、当たり前じゃないの」 「それでも。僕は本来届かぬ紅い月に手を伸ばした愚かな男です。その男の願いを叶えてくれると言うのなら」 「貴方が届かないと言うのなら、私がいくらでも引き上げるわよ。でもいいの? 絶対手は離されないわよ?」 「それを赦してくれるのならば、いや、それを赦してほしいと言うのが、僕の願いであり、我儘です」 ○○の背中に小さな手が回る。抱きしめ返して、レミリアが応えた。 「赦す、赦すわ。だから、貴方は私の傍に居なさい。ずっと、ずっと。約束よ」 「ええ、約束です」 少し身を離して二人で微笑い合って、ふと、柔らかな表情を○○は浮かべた。 「では、休みましょうか。もう陽が高いです」 「あ、ええ、その、えっと」 「別に、恋人同士だからって、絶対そうしなきゃいけないって決まりはないですよ」 レミリアに腕枕をするような形で横になる。少し紅くなって、戸惑っている彼女の髪を軽く梳いた。 「いきなり、変なことしたりしませんから。安心して」 「……うん。でも」 「こうしているだけで幸せなんですから」 そっと抱き寄せると、レミリアの身体の強張りも解けた。 「うん……○○の鼓動が聞こえる。いいわね、こういうのも」 「ええ」 すっかり安心して目を閉じたレミリアに、少し安堵の息をついて、○○も瞼を閉じた。 月に伴い、月と歩む。 紅き月に焦がれた人間。人間に恋した紅き月。 二人の出逢いはここで終わり、二人の物語はここから始まる。 それはまた、別の話となるのだろうが―― それはしばらくの後の話。 館の主とデイウォーカーの青年が下がった後の、テラスでのお茶会の話。 「ふむふむ、良い記事に出来そうですねえ」 満足気に、一人の鴉天狗が魔女の話をまとめていた。 隣では礼儀正しく、メイド長が二人のカップに紅茶のお代わりを注いでいる。 「まあ、これで記事にできるような内容は全部ですかね」 「あら、これで終わりと本当に思うのかしら?」 「おや、まだあるのですか?」 「今はここまで。でも、彼女達にはまだ『これから』があるのよ?」 「それこそ『永遠に』ですか」 咲夜の言葉に、パチュリーは、そうね、と頷いた。 「それではさしずめ、これは『始まりの終わり』というところですか」 「あら、貴女もたまには奇を衒うのね」 「表現力も新聞の魅力ですよ。それではまた。これからも『文々。新聞』をご贔屓に!」 文が疾風と共に空に舞い上がっていったのを見送って、さて、とパチュリーも席を立った。 「私は図書館に戻るわ。後で紅茶をまたお願いね」 「はい、わかりました」 館の中に戻りながら、パチュリーは親友達のことをもう一度考え、くすりと微笑った。 「本当に、退屈しない日々になりそうよね」 レミィ、幸せになりなさい。無意識にずっと館の主として気を張っていた貴女にも、そういう存在が居ても良いと思うわ。 親友の幸せを心の中で言祝ぎながら、知識の魔女は自らの図書館へと戻っていった。 ────────── 後日談 それはちょっとした後日談。後日談ともいえない後日談。 あの後、結局一週間に半分程度、○○は自室で休むようになっていた。 あれからすぐに、再び自分の部屋を用立ててもらっていたのだ。 それに関しての、ちょっとした話。 「レミィ、随分と不機嫌そうだけど、また○○さんと何かあったの?」 「また、って何よ。別にないわよ」 「じゃあ質問を変えるわ。何が不満なの?」 パチュリーの問いに、むー、とレミリアはテーブルに腕を伸ばす。 「○○、昼間も動けるってわかったから、二日に一度は里に出るのよ」 「ああ、前みたいに手伝いしてるのね」 「うん。稼いだ分は家賃みたいなものだ、って。別に良いのに」 「……で? 問題はそこじゃないのよね?」 「ん……だから、そのときは自分の部屋で寝ちゃうのよ」 ああ、とパチュリーも納得する。同時に、言いたいことにも気が付いて呆れたように親友を眺めた。 「……それはつまり、一緒に寝てくれないから嫌、ってこと?」 「……だって、一緒に居たいもの」 素直なのが良いことなのかどうかは判断が付きにくくなってきた気がする。最近特に。 「……本人に訊いたら?」 「訊いたわよ。『僕が起きたら起きちゃうでしょう?』って。それはそうだけど」 「まあ、道理よね」 「むー……でも……」 「はいはい、訊いておけばいいのね」 唸るレミリアに一つため息をついて、パチュリーは当人が帰って来た後にとりあえず尋ねておくことにした。 「……って聞いたんだけど」 「あー、はい。そうですよ。起こしては悪いでしょう」 微笑する彼に、パチュリーはなおも尋ねる。 「それはいいんだけど。何でも、少し切羽詰った様子で咲夜に部屋を頼んだらしいわね?」 「あ、えーと」 「レミィには口止めしたみたいだけど。訊いてみてもいいかしら?」 「う……それ答えなきゃいけないですか?」 「出来れば、ね」 唸って、テーブルに突っ伏した彼の言葉を、パチュリーは何となしに待つ。 「……だって、持たないんですよ」 「?」 「あんなに無防備に寝られてたら、理性とか何とか、持たないです……」 突っ伏したまま、ぼそぼそと呟く彼の言葉を聞き取って、パチュリーは素直に呆れた。 「レミリアさんには内緒ですよ?」 「念押されなくても言わないわよ」 全く、とため息をつく。 本当に退屈はしなくなったが、この甘ったるいのだけはどうにかならないものか。 ならないわね、と心の中でもう一度息をつく。 「……レミリアさん、何か言ってたんですか?」 「それを正直に言うつもりが無いなら、訊かないことね」 「……そうします。うーん、しかし不満に思われてるのか……」 「………………もう勝手にやってて頂戴。私は関知しないから」 彼の言葉を聞き流して、パチュリーは珈琲を口に運んだ。 どうやら、砂糖の消費量はこれまでよりも確実に少なくなりそうね。 それは言葉にせず、さてどうやって親友に報告したものかと、パチュリーは考え始めることにした。 結局、○○は前と変わらず、二日に一度レミリアの部屋で休んでいるらしい。 「納得したの、レミィ?」 「納得はしてるわ。だからね、パチェ」 「?」 「私の部屋で寝てるから、○○は気にしてると思うのよ」 「まあ、そうでしょうね」 「だから、○○が自分の部屋で寝るときは、私がその部屋に行けば気にしなくて良いと思わない?」 「…………まあ、私はもう何も言わないわ」 軽くため息をつき、パチュリーは静かに本を閉じた。 彼の努力が近い将来、徒労になることを予見しながら―― うpろだ1200、1224、1244、1250 ───────────────────────────────────────────────────────────