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メルルのアトリエ ~アーランドの錬金術士3~ メルルのアトリエ Plus ~アーランドの錬金術士3~ メルルのアトリエ ~アーランドの錬金術士3~ DX 機種:PS3,PSV,PS4,NS,PC 作曲者:柳川和樹、阿知波大輔、中河健(原曲のみ)、下田祐(Plus版のみ) 編曲者:柳川和樹、阿知波大輔 発売元:ガスト 発売日:2011年6月23日、2013年3月20日(PSV) 概要 アトリエシリーズの13作目(A13)。 『ロロナのアトリエ』『トトリのアトリエ』の続編で、PS3のアトリエシリーズ「アーランド編」の完結作。 物語は前作の1年後、辺境の小国アールズ王国のメルル姫が、錬金術士のトトリ(前作主人公)に弟子入りしたところから始まる。 DLC「メルルミックスパック」でBGMを過去作のものに自由に設定できるほか、無料DLCにて新ダンジョン、新ボスと共に新規BGMが追加された。 2013年に発売されたVita版およびその移植のPS4,ニンテンドースイッチ版でも新規にBGMが追加。 またVita版では『エスカ ロジーのアトリエ』の発売に先だって「updraft」などの楽曲が使用できるDLCも配信された。 収録曲(サウンドトラック順) Disc1はボーカル曲とその派生、 Disc2は日常・イベント曲および各採取地・ジングルの曲、 Disc3はキャラクターのテーマ曲とバトル曲がメインとなっている。 Disc1のボーカル曲はフル、ゲーム版、Off Vocal、Instrumental版も収録されている。 曲名 作・編曲者 補足 順位 Disc1 Cadena 作:阿知波大輔 オープニングテーマ歌:山本美禰子 ガスト41位第2回ゲームソング521位第2回オープニング340位 Cloudy 作:阿知波大輔 イベント挿入歌歌:茶太 第2回ガスト133位 Little Crown 作:柳川和樹 人口30000人達成のイベント挿入歌歌:野見山睦未 錬金少女メルルのうた 作:阿知波大輔 ボスバトル(討伐モンスター)歌:真理絵Recorder Ver.と選択 第5回58位第6回121位第7回311位第8回305位第9回425位第11回333位第13回704位第14回899位第15回489位第16回744位ガスト7位第2回ガスト46位第2回ゲームソング271位第3回ゲームソング139位2011年25位RPGバトル176位 メトロ 作:柳川和樹 エンディングテーマ歌:mao 第2回ゲームソング284位エンディング63位第2回ガスト23位 Disc2 メルルのアトリエ 柳川和樹 アトリエ公式サイトBGM3 ガスト99位第2回ガスト28位第2回掘り出し90位 宮廷風舞曲 お城 小さな国の城下街 街 お使いは十歳から ショップ お酒は二十歳から 酒場 鍛冶は三十路から 男の武器屋 Oh My Siesta ! アストリッドの店 Forest Dance 採取地:モヨリの森 私と踊りませんか? 採取地:ハンデルの森 私と耕しませんか? 私と収穫しませんか? 砦の下見へ 採取地:ハルト砦 Fort Fanfare ~ I Fort Fanfare ~ II はいこう! 採取地:アールズ国有鉱山 風の咲く山 採取地:トロンブ高原公式サイトBGM1 第5回782位ガスト55位第2回ガスト140位2011年69位フィールド133位夏170位 水源の翠蓋 採取地:クエレの森 寂然の宿 採取地:モディス旧跡 生ける森にて 採取地:エントの森 紅く灼けた地へ 採取地:ヴェルス山 書の闇を泳ぐ者 採取地:無限回廊 いつものわたし 公式サイトBGM2 白詰草の栞を挟んだら 小首をかしげて ~ その1 小首をかしげて ~ その2 ピンツパンツポンコツ 小さじ2杯の蜂蜜を いつもの工房 キケン大好き! いたずらっ娘 あーあ… アールズ音頭 エンディング「おとこぶろ」 メルルのアトリエ ~ Bad END エンディング「城での生活」 メルルのアトリエ ~ Normal END それ以外のエンディング メルルのアトリエ ~ True END エンディング「錬金術士!」 Cadena ~on orgel 作:阿知波大輔編:柳川和樹 せんせー、おしえて! 柳川和樹 チュートリアル 習得しましょ 錬金レシピ習得中 Little Toybox タイトル コッコ3 日数の経過 これから宜しくね! 仲間の加入 お宝いただきっ! 重要アイテム入手 やったね! 王国ランクがUP 発展したよ! 人口が目標達成 建設完了! 施設の建設完了 広がる世界 採取地の開示 大樹移動中 エントの森の移動 撃退したよ! バトルリザルト Disc3 わたしの目線で見えるもの ~ その1 柳川和樹 ワールドマップ わたしの目線で見えるもの ~ その2 わたしの目線で見えるもの ~ その3 フィールド360位第2回ガスト151位 わたしの目線で見えるもの ~ 森 採取地 わたしの目線で見えるもの ~ 水辺 わたしの目線で見えるもの ~ 洞窟 わたしの目線で見えるもの ~ 平原 おひめさマーチ 阿知波大輔 メルルのテーマ 木陰の花 ケイナのテーマ お父さんは心配症 デジエのテーマ 悩める執事 ルーフェスのテーマ1 頼れる執事 ルーフェスのテーマ2 風と砂のアリヴィオ ライアスのテーマ もこもこもんもん フアナのテーマ ひなたぼっこ for meruru 作:中河健編:阿知波大輔 ロロナ(8歳)のテーマ おお!お昼寝よ! for meruru アストリッドのテーマ 錬金少年・少女 for meruru ホムのテーマ 騎士様は無愛想 for meruru ステルクのテーマ アーランドの国王 for meruru ジオのテーマ 困ったときは相談してね for meruru エスティのテーマ 武器屋のおじさん for meruru ハゲルのテーマ1 毛根岬 for meruru ハゲルのテーマ2 幽霊少女 for meruru 作:小林美代子編:阿知波大輔 パメラのテーマ 潮風 for meruru 作:柳川和樹編:阿知波大輔 トトリのテーマ 不器用さんの御心に for meruru ミミのテーマ 何して遊ぼう for meruru 作:中河健編:阿知波大輔 ジーノのテーマ 相談されても困っちゃう for meruru フィリーのテーマ 天ヨリ然リ for meruru 作:柳川和樹編:阿知波大輔 ペーターのテーマ Estrella 阿知波大輔 ノーマルバトル 第5回526位第6回582位第7回769位ガスト23位第2回ガスト30位2011年45位通常戦闘曲197位 Luna ノーマルバトル(強敵)マスク・ド・Gのテーマ ガスト99位 錬金少女メルルのうた(Recorder Ver.) チュートリアル戦ボスバトル(討伐モンスター)ボーカル版と選択 Alcyone ボスバトル(討伐、下記ボス以外)他イベント戦など 第5回245位ガスト13位2011年131位 Double Riddles ボスバトル(匣の幽霊) Astral Blader ボスバトル(ワイバーン) 第5回86位第6回430位第7回642位第8回817位第9回630位第13回891位ガスト8位第2回ガスト117位2011年38位 樹神 ボスバトル(森の大精霊) Gigantic Crimson ボスバトル(エアトシャッター) ガスト98位 Astarte ボスバトル(無限回廊の管理者) 第5回233位ガスト14位2011年118位RPGバトル294位 ケイナFJ:プライドシスター 必殺技発動時(とどめ演出付き) ライアスFJ:フレイムランカー ロロナFJ:とっておき3号 作:中河健編:阿知波大輔 必殺技発動時(とどめ演出付き)ロロナのアトリエ「Falling, The Star Light」のアレンジ トトリFJ:ちむコールエンド 必殺技発動時(とどめ演出付き)トトリのアトリエ「GO GO TOTORI」のアレンジ ステルクFJ:ガイアブレイク 阿知波大輔 必殺技発動時(とどめ演出付き) ジオFJ:極・アインツェル エスティFJ:ラブリーシャドウ ミミFJ:エンゼルホルン ジーノFJ:クロスブレイズ DLC追加曲 pinakes 柳川和樹 採取地:マキナ領域 Terminus for meruru 作:中河健編:阿知波大輔 マキナ領域門番:塔の悪魔戦トトリのアトリエ「Terminus」のアレンジ ピアノ151位 Alas de Luz 阿知波大輔 マキナ領域最深部ボス:マシーナオブゴッド戦 第6回401位第8回560位第9回753位第11回836位ピアノ118位RPGバトル327位 フアナFJ:ブッコみパチキ 必殺技発動時(とどめ演出付き) ルーフェスFJ:情熱執事乱舞 パメラFJ:ふぁんたずむ PSVita版追加曲 17/16 下田祐 追加ボスバトル Get Back Rorona エンディング「お待たせ」 PSVita版DLC追加曲 朝霧のピチカート 阿知波大輔 『エスカ ロジーのアトリエ』より先行収録 Updraft 柳川和樹 Don't Panic 下田祐 前作からの収録曲 ロロナのアトリエ アトリエBGMとして設定可能 トトリのアトリエ Full-Bokko 通常戦闘曲として設定可能 Yellow Zone 未収録曲 ビジュアルアートブック収録曲 (アーシャのアトリエのBGM追加DLCで使用可能) 幕が上がるまで 柳川和樹 PV・TV CM使用曲 麦畑 本編未使用 決意 てんやわんや 夜の帳 町の痕 アールズ一周! かえりみち 阿知波大輔 燐光 朝焼け Nefertiti(Ver.MMXI) 作:阿知波大輔編:平松俊紀 ガスト44位 サウンドトラック メルルのアトリエ ~アーランドの錬金術士3~ オリジナルサウンドトラック メルルのアトリエ ~アーランドの錬金術士3~ ビジュアルアートブック ガスト通販での購入特典 アーシャのアトリエ リコレクションアーカイブス ガスト公式通販に付属。DLCで追加された曲が収録されている。 エスカ ロジーのアトリエ リコレクションアーカイブス ガスト公式通販に付属。Vita版で追加された曲が収録されている。
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登録日:2014/10/10 Fri 22 36 29 更新日:2024/03/21 Thu 21 12 00NEW! 所要時間:約 3 分で読めます ▽タグ一覧 DM デュエル・マスターズ ドラグハート ドラグハート・ウエポン ドラグハート・クリーチャー ドラグハート・フォートレス ドラゴン・サーガ 特殊タイプ その剣が龍解せし時、新たなる伝説がはじまる。 ドラグハートはデュエル・マスターズの特殊タイプである。 概要 設定 ドラグハート・ウエポン ドラグハート・フォートレス ドラグハート・クリーチャー 余談 概要 まずそもそも特殊タイプってなんぞやって人のために。 デュエル・マスターズには「クリーチャー」「呪文」「クロスギア」「城」というカードタイプの他に「進化」「サイキック」「スーパー」「エグザイル」というそのカードタイプの前についてそのカードの性質を表す語句が存在する。 「進化」ならかならず何かの上に重ねて場に出るし、「エグザイル」なら場に同一語句を持つクリーチャーは(センジュロックギミックを使わない限り)同時に存在できない。要はMTGで言うところの「伝説の〜」みたいなものである。 特殊タイプ「ドラグハート」はドラゴン・サーガで導入された。 ドラグハートを持つカードは以下の特徴を持つ。 メインデッキには投入されず、超次元ゾーンにサイキックと合わせて8枚まで置かれる。 バトルゾーン以外の場所に移動した時、そこから更に超次元ゾーンに移動する(戻る)。 種族ドラグナーを持つクリーチャーの効果によって場に出る。 両面にイラストが印刷されていて、いずれかの面に「龍解」という能力語を持つ。 すべての特殊タイプは基本的にクリーチャーについている(「進化」はクロスギアの一部、「サイキック」はセルにもついているが)が、ドラグハートはクリーチャーだけでなく「ウエポン」「フォートレス」というカードタイプのカードにも付いている。 また設定上、両面のカードタイプは同じではない。カードタイプが変化するとサイキックコストが3上昇するのも現時点での特徴。 設定 「ドラグハート・ウエポン」は各文明のドラグナーが操る武器である。 これを操ることができるものは内に眠る龍の魂を目覚めさせ、武器を龍に変化させる。これを「龍解」と呼んでいる。 火文明のように出処不明だったり光や闇のように何らかの儀式などで生み出されたり自然のように気まぐれで生み出されたりと思えば水は科学力によって人工的に生み出されたりだったりと文明ごとに扱いはことなるが、いずれにせよドラゴンが眠る武器であり、非ドラグナーは触ることすらできない(一説には、体が蒸発してしまうらしい)。 「ドラグハート・フォートレス」は各文明の本拠地や空母がウエポンのような性質を持ったもの。こちらはさすがに本拠地である都合上、その場にいるだけで非ドラグナーがどうこうなることはないようである。やはり龍が目覚める点は同じ。 「ドラグハート・クリーチャー」に関しては目覚めた後は普通の龍として(…といっても、大体が各文明の中心格で文明中でも随一の実力者だったりするのだが)扱われているようだ。 ドラグハート・ウエポン 上記の通り、龍の魂を宿している武器。 それぞれの文明ごとに形状が異なる。 光 槍状の刺突武器 水 銃を模した武器 闇 死神の鎌を模した武器 火 刀剣類 自然 棍棒やハンマーといった打撃武器 ドラグハート・ウエポンの特徴はそのウエポンを出したクリーチャーに装備して出ることであり、龍解する前にドラグナーがやられると超次元ゾーンに戻ってしまう。 そのため、基本的には出したらすぐ龍解を狙いたいところ。 効果も装備したドラグナーに何らかの力を与えるものばかりであるが、ジュダイナのような例外もある。 とりあえずクロスギアのサイキック版と考えれば大体あってる。 銀河剣 プロトハート 火文明 (4) ドラグハート・ウエポン これを装備したクリーチャーが各ターンはじめてタップした時、アンタップする。 龍解:自分のターンの終わりに、そのターン、これを装備したクリーチャーが2度攻撃していた場合、このドラグハートをクリーチャー側に裏返し、アンタップする。(ゲーム開始時、ドラグハートは自身の超次元ゾーンに置き、ドラグハートまたはそれを装備したクリーチャーがバトルゾーンを離れた場合、そこに戻す) 始原塊(ジュラシック・ハンマー) ジュダイナ 自然文明 (4) ドラグハート・ウエポン 自分のターン中、ドラゴンを1体、自分のマナゾーンから召喚してもよい。 龍解:自分のターンの終わりに、バトルゾーンに自分のドラゴンが3体以上あれば、このドラグハートをクリーチャー側に裏返し、アンタップする。 ドラグハート・フォートレス 本拠地や空母などを元にしたドラグハート。 ウエポンと違うのは自身を出したドラグナーとは独立している点であり、フォートレスという新カードタイプであることも相まって、有効な除去手段が《トンギヌスの槍》と《龍脈術 水霊の計》しかない、というこの上ない除去耐性を誇る。実際公式やコロコロでもフォートレス自体は除去手段がないことを理由に「場を離れない」(誇大広告だがほぼ正しい。救いは前述のカードがいずれも最近のカードで一線級の実力を持つ点であろうか)としている。 現時点ではフォートレスというカードの特性かどうかはわからないが、イラスト及びテキストは横向きになっているのも特徴。またカード名もそのせいか基本長いにもかかわらずゆったりと表記されている。 独立しているからかドラグナーに何かのメリットをもたらすというよりは場のクリーチャーやプレイヤーにメリットをもたらすものが多い。 「要塞(Fortress)」だが、似たような意味合いを持つ「城」より、《ノーブル・エンフォーサー》のような常在効果持ち「クロスギア」と考えたほうが近い。というより、ドラグハートというくくりじたいが「クロスギア」の問題点に対するウィザーズなりの解答であると考えられる。 龍波動空母 エビデゴラス 水文明 (4) ドラグハート・フォートレス 自分のターンのはじめに、カードを1枚引いてもよい。 龍解:自分がカードを引いた時、それがそのターンに引く5枚目のカードであれば、このドラグハートをクリーチャー側に裏返し、アンタップする。(ゲーム開始時、ドラグハートは自身の超次元ゾーンに置き、バトルゾーンを離れた場合、そこに戻す) 大いなる銀河 巨星城 火文明 (4) ドラグハート・フォートレス 自分の火のクリーチャーがバトルに勝った時、カードを1枚引いてもよい。 龍解-自分のターンのはじめに、バトルゾーンに火のクリーチャーが2体以上あれば、このドラグハートをクリーチャー側に裏返し、アンタップしてもよい。 (ゲーム開始時、ドラグハートは自身の超次元ゾーンに置き、バトルゾーンを離れた場合、そこに戻す) なお独立して存在できるためか、エビデゴラスはクリーチャー面に「龍回避」(サイキックで言うところの「解除」)を持つため、置換効果持ちでないとクリーチャー状態からでも除去できないという特性を持つ。 ドラグハート・クリーチャー ドラグハート・ウエポンまたはドラグハート・フォートレスが龍解するとみんなおなじみのカードタイプ、クリーチャーになる。 ドラゴン・サーガの背景設定上現時点では登場するすべてのドラグハート・クリーチャーがドラゴン(より正確に言うならばコマンド・ドラゴン)である。 他のカードタイプを経由する都合上、特に高コストのクリーチャーは強い…はずなんだがなあ。ザウルピオは龍解しないほうが強いとか言われたりも。 熱血星龍 ガイギンガ 火文明 (7) ドラグハート・クリーチャー:ガイアール・コマンド・ドラゴン 9000+ スピードアタッカー W・ブレイカー このクリーチャーが龍解した時、相手のパワー7000以下のクリーチャーを1体破壊する。 バトル中、このクリーチャーのパワーは+4000される。 相手がこのクリーチャーを選んだ時、このターンの後にもう一度自分のターンを行う。 最終龍理 Q.E.D.+ 水文明 (7) ドラグハート・クリーチャー:クリスタル・コマンド・ドラゴン 11000 自分のターンのはじめに自分の山札の上から5枚を見る。そのうちの1枚を山札の上に戻し、残りを好きな順序で山札の一番下に置く。その後、カードを1枚引いてもよい。 自分の水のドラゴンはブロックされない。 W・ブレイカー 龍回避-このクリーチャーがバトルゾーンを離れるとき、バトルゾーンを離れるかわりに、フォートレス側に裏返す。 余談 この時期に販売されたコロコロコミックのふろくのジャンボカードは、かつてのジャンボカードと異なり「公式戦使用可能」。さすがデュエル・マスターズ…なのだが、カレーの香りとか金属板とかとはまた違う意味で問題を抱えており、非公式戦ではジャンボカードを使用するのは見送りたい(ダイギンガ以外は現時点で通常サイズが存在している)。ジャンボカードである問題点はただひとつ。「でかい」ことである。ゴッド・リンクやサイキック・リンクにもいえるが、やはり盤面を制圧してしまうのが難点。相手のカードに被さったりと割と洒落にならない問題を抱える(公開情報を隠したり相手のカードに触れてしまうなどによるトラブル)。ただし許容できる友人同士の勝負や、公式大会では堂々と使って良い(わざわざ公式でも使えると書いているのだから)。 今までのメタルカードや匂い付きカード、ジャンボカードはカードの性能自体に影響を与えるものではなかったが、「3D龍解カード」なる仕様のカードも登場が予告されている。この仕様のカードは通常の3倍の横幅のカードを3つ折りした形状になっており、普通のドラグハートが「ウエポン」→「クリーチャー」ないし「フォートレス」→「クリーチャー」なのに対して3つ折りを活かして「ウエポン」→「フォートレス」→「クリーチャー」と3段変形する。 ドラグナーは現時点では出せるドラグハートの条件としてサイキックコストと文明を指定しているがカードタイプは指定していない。そのため、必ずウエポンやフォートレス状態で出す必要はなく、出そうと思えばクリーチャーを素で出すことも可能ではある。最も現時点ではコストの噛み合い上ウエポンまたはフォートレスで場に出すしかないものばかりだが。当初フォートレスの登場は予告されていなかったため、あくまでウエポンという特殊なカードタイプのために用意した裁定と思われていたが、フォートレス登場以後も既存ドラグナーで出せるという方向の裁定であった。だが今でもコストによってはクリーチャー直出しもありえるため新規カードに注目が集まる。 新要素であるにもかかわらず、毎回初回は主役が使っていないとネタにされる。ウエポンおよびフォートレスの最初の使用者はべんちゃんであり、ウエポン自体はそのあとコジローが使用した後にガイギンガを手に入れたため作中で勝太は3人目にドラグハートを使用したことになる。また3D龍解カードはギョウとでこちゃんが使用しており、その間主役は包帯にくるまれながら観戦。前年度のオラクルのトライ・G・リンクなどは主役サイドと敵で違うカードを使用しているという理由もあるため問題なかった(アウトレイジはエグザイルのドロン・ゴー)が、今回は全文明に振り分けられているためネタになってしまっている。もっとも、今作の勝太は「デュエマから一時離れていた」という設定であり、おそらくデュエマを一度やめたプレイヤーも対象にしたアニメであるため、この描写自体は変なものではない。むしろ主役の立場から「なんじゃありゃあ!?」っとなることで、プレイヤーとの共感が狙えるよい構成である。 また、主人公が使用しているドラグハートはたいがい貰い物である。最初のガイギンガはでこちゃんが自分の店から掘り出して彼に渡したものであり、ガイバーンは土瓶マスクが卒業記念に与えたもの。そしてバトライ武神はルシファーが正義(まさよし)とヨーデルを介して与えたものである。 △メニュー 項目変更 この項目が面白かったなら……\ポチッと/ -アニヲタWiki- ▷ コメント欄 [部分編集] この前3D龍解カード最終形態まで龍解させて使ったがでかくて大変だった… -- 名無しさん (2015-02-18 21 43 52) 名前 コメント
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カート王ランキング 最終結果 名前 成績 ベスト1 ベスト2 ベスト3 優勝 ちくてんさん 137.3 140 139 133 2位 Sebossさん 134.7 142 134 128 3位 ミスターブウさん 129.3 139 134 115 4位 まかにろさん 128.0 141 127 116 5位 ありたさん 119.7 130 117 112 6位 Playerさん 119.3 141 109 108 7位 ニヤニヤさん 115.3 121 114 111 8位 るんさん 114.7 125 111 108 9位 MK9さん 112.3 118 113 106 10位 なすらさん 104.0 114 100 98 11位 トモユキさん 103.3 118 97 95 12位 pikoさん 101.3 114 96 94 13位 るーしーさん 98.7 101 99 96 14位 MrMowzさん 91.7 98 89 88 15位 ゆうさん 89.3 100 93 75 16位 ARFさん 87.7 90 88 85 17位 Solarさん 87.3 94 84 84 18位 ともにーこさん 82.0 99 83 64 19位 Tetsuoさん 76.0 84 73 71 19位 koboldさん 76.0 83 75 70 21位 きいろいくまさん 74.3 77 75 71 22位 ターフィさん 69.7 73 72 64 23位 みけさん 68.7 77 67 62 24位 おしょうさん 62.3 64 63 60 25位 きやさん 60.3 62 61 58 26位 papadobleさん 58.0 64 61 49 27位 Brunoさん 56.7 66 58 46 28位 きうクン 52.0 58 57 41 29位 かみよ 33.3 45 29 26
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咲夜さんCGIで唯一全てのスペルカードが実装されている上に2種類もカードがあり、更にCPUまである大人気引篭もり系アイドルフランちゃん その専用スペルカードの中でも《恐ろしい波動 フランドール・スカーレット》と《悪魔の妹 フランドール・スカーレット》の両方をサポートするカードで指定されている名前である。 ここではその他《恐ろしい波動 フランドール・スカーレット》と《悪魔の妹 フランドール・スカーレット》の専用カードも纏めておく。 フランドールと名の付くカード 《恐ろしい波動 フランドール・スカーレット》 《悪魔の妹 フランドール・スカーレット》 《フランドール・スカーレット》 フランドールを指定しているカード 《クランベリートラップ》 《レーヴァテイン》※レベル10指定 《カゴメカゴメ》 《スターボウブレイク》 その他フランドールまたはフランちゃん関連カード 《クランベリートラップ(CPU)》 《レーヴァテイン》 《フォーオブアカインド》 《カゴメカゴメ (CPU)》 《恋の迷路》 《スターボウブレイク》 《カタディオプトリック》 《過去を刻む時計》 《そして誰もいなくなるか?》 《495年の波紋》 《フォービドゥンフルーツ》 《禁じられた遊び》 《禁じられた遊び(CPU)》 フランドールと名の付くカードを使うデッキ 【悪魔の妹 フランドール・スカーレット】 【恐ろしい波動 フランドール・スカーレット】
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第2話(BS50)「伝統国家の契約事情」( 1 / 2 / 3 / 4 ) 1.1. 傭兵と吟遊詩人 魔法都市エーラムの下町の酒場に、一人の壮年の吟遊詩人(下図)の歌声が響き渡っていた。独特の色気を帯びたその声色が紡ぎ出すのは、先日、ブレトランド南部を支配するヴァレフール伯爵家の新当主を襲名したレア・インサルンドを讃える叙事詩である。 「時を超えて受け継がれしは 英雄王の高貴な血統 和平を掲げ 覇道を歩み 真実を求め 愛に生きる 鮮血の覚悟を胸に抱き 思い出と共に本懐を果たす 姫伯爵レア・インサルンド 風の指輪の継承者」 そんな唄を歌い終えたところで、その吟遊詩人は、酒場のカウンター席に座っていたフードを被った一人の青年(下図)の元へと向かう。その傍には使い込まれた複合弓が置かれている。 「あなたは、君主ですね?」 「よく分りましたね」 「職業柄、匂いで分かるのですよ。しかし、エーラムのこのような所に君主の方とは珍しい」 「私は傭兵をやっていましてね。そろそろ腰を落ち着けたいと思い、どこかの君主に仕えようかと思って、多くの人々が集まるこの地に来たのです」 この青年の名はグラン・マイア。弓を得意とする流浪の騎士である。彼は幼少期に、パンドラの闇魔法師クラインに故郷を滅ぼされ、以後は少年兵として各地を渡り歩くことになった。その後、とある君主に拾われて養子となるものの、その君主もまたクライン率いるパンドラの闇の軍勢によって滅ぼされてしまう。だが、彼はそこから逃げ延びる際に、迫り来る混沌に抗う中で無意識のうちに「聖印」を創出し、君主としての力を手に入れた。誰かから与えられた訳ではなく、自力で聖印を作り出したという意味では、極めて稀有な存在である。 「なるほど。まだ土地を治めている訳ではないのですね」 「えぇ。いずれどこかの君主に仕えて、人々が安心して暮らせる地を築きたいと思ってはいるのですが、そもそもどうすれば士官の道が開けるのかも、まだ分からない状態です。ところで、先程歌われていた『ヴァレフールの新しい君主』のことについて、詳しく聞かせてもらえますか?」 そう問われた吟遊詩人は、自身の知る限りのことを語り始める。ブレトランド小大陸の南部に位置するヴァレフール伯爵領は、一年ほど前から後継者問題を巡り、分裂・冷戦状態が続いていたのだが、先日、ようやく新たな若い伯爵の下で無事に再統一されたらしい。その新伯爵の名はレア・インサルンド。まだ15歳の少女だが、その統一に至るまでの過程で、巨大な混沌災害を鎮め、前線指揮官として隣国からの侵略を撃退するといった功績を挙げ、一部の者達による叛乱の鎮圧にも成功した。彼女と同世代の優秀な部下達にも恵まれ、着々と新体制を整えつつあるという(ブレトランド風雲録・簡易版参照)。 「これまで世界各地の様々な英雄を見て回っている私から見ても、新たな叙事詩の題材として、非常に興味を惹かれる存在です」 「なるほど」 グランとしては「仕えるに値する君主」の候補の一人として、興味が湧き上がってきた。そんな彼に対して、吟遊詩人の男はおもむろに自分の首飾りの先端にあるロケットの部分を彼の目の前に差し出す。 「ところで、あなたも傭兵として各地を旅しているようですが、このような女性を見たことはないですか?」 そう言いながら吟遊詩人の男がロケットを開くと、そこには一人の女性の肖像画(下図)が描かれていた。 「私は存じ上げませんが、その女性はどなたなのでしょうか?」 「まぁ、昔の……」 彼がそこまで言いかけたところで、エーラムの魔法師見習いと思しき人物が酒場に現れ、そして大声で叫ぶ。 「こちらに、吟遊詩人のハイアム・エルウッド殿はおられるか!?」 その声に対して、吟遊詩人の男は静かに答える。 「私ですが」 「あなたが、この地でヴァレフールの新伯爵の叙事詩を歌っているという評判を聞いて参上しました。まもなく、その新伯爵様を初めとするヴァレフールの方々がこの地に来訪され、新伯爵就任の祝賀会を開催する運びなので、ぜひともその場でその叙事詩を披露してほしい」 「それはもったいなき御言葉、ぜひ御同席させて下さい」 ハイアムと呼ばれたその吟遊詩人の男は恭しく頭を下げつつ、そのまま魔法師見習い達と共に、何処かへと去って行く。その場に残されたグランは、改めて「ヴァレフールの新伯爵」への興味を募らせていった。 (せっかくこの地に来るなら、実際に会ってみようか) 彼はそう思い立ち、それから数日かけて、ヴァレフール新伯爵についての情報を集めてみる。その結果、どうやら今のところ君主としての評判は悪くないらしい、ということが分かったが、最終的には直接会って、自分の目で確かめてみる必要があるだろう。彼は彼女達が訪れる予定の場所を突き止めた上で、飛び入りでその祝賀会へと参加する算段を立て始めるのであった。 1.2. 新伯爵の思惑 ブレトランド小大陸南部に位置するヴァレフール伯爵領では、新伯爵レア・インサルンド(下図)の名の下で、国内各地の諸侯に「魔法都市エーラムで開催される新伯爵就任を祝う祝賀会への参加者」を募る通達が届く。ただし、その参加条件は「現時点で契約魔法師が不在の君主」に限られていた。というのも、この「祝賀会」とはあくまでも名目で、実際には「エーラムの新人魔法師の契約斡旋」がその主目的だったのである。 レアの傘下には、祖父の代からヴァレフール伯爵に仕え続けた魔法師団がいるが、ヴァレフール全体の諸侯が次々と新世代へと切り替わる中で、レア自身の手で新たな魔法師団長を招聘すべきという声が高まっており、レア本人もそれを望んでいたため、この機に「まだ契約相手のいない若い君主達」と共に、エーラム主催のこの斡旋企画への参加を決意し、その同行者を募ることにしたのである。 祝賀会に来ていくための服を侍女達に選定させつつ、彼女は爵位継承の証としての「宝剣」を宝物庫から取り出し、その柄を強く握り締めると、彼女の心の中に何者かの声が響き渡った。 《良き魔法師が見つかると良いな》 (あなたは、私の補佐役として、どんな人が望ましいと思っている?) 《さあな。私はお主のことが良く分かっていない。相談するならむしろ、護国卿夫婦だろう》 (それはそうなんだけど……、でも、ここで彼等の判断基準に頼ってしまったら、ますます私は彼等の価値観に引っ張られすぎてしまう。彼等は私のことを一番理解してくれているし、私も彼等の言うことは基本的に正しいと思う。でも、この世界の「正しさ」は一つじゃない。彼等とはまた別の「正しさ」を示してくれる人が、今の私には必要なんじゃないかな、って) 《面倒なことを言い出すものだな。二つの正義を隣に並べて、それらが衝突した時はどうする気だ?》 (その時は私が、私自身の責任の下で「より正しい」と思った方を選ぶ。それが「王」としての責務。そうでしょう?) 《そこまで分かっているのなら、わざわざ「道具」の言うことなど聞く必要もなかろう》 (少なくともあなたは、三百年以上に渡ってこの国の国主を支え続けてきた実績がある。そんなあなたにしか言えない「正しさ」もあるんじゃないかと、私は思っている) 《「道具にとっての正しさ」が、「人にとっての世界の正しさ」に通じるかどうかは分からんがな。まぁ、しいて言うなら……、「情」を交わせる相手が、今のお主には必要なのだと思う》 (情?) 《友情でも、愛情でも、慕情でも、なんでも良い。お主の中には「護国卿夫婦達にも晒け出せない感情」は色々あるだろう。「その感情をぶつけられる相手」こそが、今のお主には一番望ましいのではないか?》 (友情はともかく、契約魔法師相手に慕情はどうかと思うけどね) 《叔母上殿の存在を否定する気か?》 (そういう訳じゃないけど……、少なくとも今の私が「そういう感情」をぶつけたとしても、それは「彼」を忘れるための逃避行動でしかないと思う。それは、相手にも失礼でしょう) 《忘れるための恋も、悪くはないと思うがな。きっかけなど、何でも良かろう》 (少なくとも私は、恋愛相談をあなたに持ちかける気はないわ) 《それは残念だ。私にとってはそれが一番の得意分野なのだがな》 (……よくぬけぬけと言えたものね。あなたの立場で) 《私の立場だからこそ言えるのだ。実際、私の娘だけではないぞ。お主の父上の方がむしろ例外なのだ。この数百年の間にどれだけの当主達が……》 (悪いけど、その点に関しては、私は父上を尊敬しているから) 《一番つまらぬところが似てしてまった、ということか。まぁ、それは別にどうでもいいのだが……、いずれにせよ、無理はせぬことだ。就任以来、お主が肩肘を貼りすぎていることは誰の目にも明らかだからな。もう少し、自然体で人と接してみる方が良かろう》 (自然体、と言われてもね……) 《小娘だと思って舐められないように、という気持ちも分かるが、やはり「年相応の言葉遣い」というものもあるだろう。民を相手に威厳を示すべき時は今まで通りでも構わんが、直属の部下や君主達を相手にする時は、もっと「姫君主らしい口調」の方が、忠誠心や庇護欲を掻き立てるものであるし、お主自身もその方が楽なのではないか?》 (それは、何百年もこの国を守り続けてきた宝剣としての経験則?) 《まぁ、そういうことになるな》 (なら、考えておくわ) 1.3. 地方領主達の思惑 ヴァレフール中部に位置するカナハ村の領主ユイリィ(下図左)は、約一年前に先代の契約魔法師を失って以来、新たな魔法師を迎え入れることはなかった。しかし、新伯爵の布告を受けた彼女は、少し迷いながらも、新たな魔法師との契約へと踏み切ることを決意する。彼女は留守を双子の妹マイリィ(下図右)に任せた上で、もう一人の側近である邪紋使いを執務室へと招き入れた。 その邪紋使いの名はフリック(下図)。マイリィと同じ「不死の邪紋」の持ち主である。ただし、彼の邪紋はやや特殊な経緯で手に入れた邪紋であり、他の邪紋使いにはない「特殊な力」が宿っていた(ブレトランド八犬伝2参照)。 ユイリィはレアからの布告内容をフリックに説明した上で、彼にこう告げる。 「今回のエーラムへの旅に際して、あなたに同行して頂きたいのです。私はこの村で生まれ育った身であり、この村の外のことはよく知りません。あなたはあのルーク様と共にブレトランド中を周り、色々な方々を見てきた筈。あなたのその経験を生かして、私の目となり、耳となって、今回の契約魔法師選定の際の助言を頂きたいのです。私は自分には人を見る目がないことをダニエルの時の一件で痛感しておりますので、ここはあなたの見識を頼りたいのです」 彼女はかつて先代の契約魔法師に裏切られる形で、この村の領民達を苦しめる陰謀に手を貸すことになってしまった。その悔恨の念はフリックもよく分かる。 「承知しました。ユイリィ様のため、ひいてはカナハの村の平和のために、この身を捧げたいと思います」 「出来れば、今度は『裏表のない人』が良いですね」 「そうですね」 フリックが苦笑いしながらそう答えると、ユイリィは改めて、重い表情を浮かべながら述懐する。 「ダニエルがあのような凶行に至ったのは、兄弟子との繋がりが深すぎたことも原因かと思われます。ですから、『魔法師同士の間でのしがらみ』が強すぎる人も避けた方が良いのかもしれませんね」 「そうですね……」 「逆説的ではありますが、『あまり交友関係が広くなさそうな人』の方が良いのかもしれませんが、それはそれで『人格に問題のある人物』となってしまう可能性もある訳ですし……、いずれにせよ、まず第一に考えるべきは人間性だとは思います」 「カナハの村を好きになってくれる方であれば、大歓迎ですね」 ****** 対アントリア国境を形成する長城線の一角を担うジゼル村の領主リューベン・ケリガン(下図)は、レアからの告知に対して二つ返事で了承した。彼は以前から、自身の側近として働く契約魔法師の招聘を熱望していたものの、立場上、あまり気安く長城線を離れることが出来なかったため、このような形でエーラムへの渡航の名目が得られたのは、何よりも朗報だったのである。 彼は自分の不在時の指揮官として、オディールから側近のエリザベスを招聘した上で、家臣達に事細かく指示を伝える。そして妻であるブリュンヒルデにも出立の旨を伝えた。 「ということで、私はエーラムに行って参りますので、留守中のことはお任せします」 「分かりました。ぜひとも、良きご縁に恵まれることを祈っております。ただ……」 「ただ?」 「出来れば、お連れになられる魔法師の方は、若い女性ではないことを願いたいです」 リューベンは婿養子である。そのため、結婚前に「諸々の女性関係」とは縁を切ったとされているが、未だに(オディール時代の恋人と言われている)エリザベスとの仲を疑う声は少なくないし、それ以外の女性との噂も無くはない(ブレトランドの英霊3参照)。 「心配することはありません。私は実力第一主義です。その結果として契約相手が女性となってしまうかもしれませんが、どちらにしても今の私には、あなた以外の女性に心を奪われるようなことはありませんから」 「……その言葉に偽りがないことを祈っています」 妻のそんな冷ややかな視線に後ろ髪を引かれながら、リューベンは静かな野心を胸に抱きつつ、ジゼルを後にするのであった。 ****** レアの布告は国中の君主へと伝えられたが、当然のごとく、聖印教会系の君主達の大半は、その布告に対してはあえて何の反応も示さなかった。だが、そんな中で例外的に参加姿勢を示したのが、ヴァレフール北西部に位置するソーナー村の領主ダンク・エージュ(下図)である。 彼は聖印教会の熱心な信者でありながら、過去に歴代三人の魔法師と契約を交わした経歴を持つ、異端の聖戦士である。彼は出発前に領内に設置された共同墓地へと赴き、過去の魔法師達の墓標を前にして、晴れやかな笑顔で語り始める。 「喜べ。新たな魔法師を迎え入れる時が来たぞ。いずれ、お前達の元に其奴の魂も辿り着くことになるだろう。この俺の魂と、どちらが先になるかは分からんがな」 彼の中では、魔法の力も邪紋の力も、本質的には「悪」である。しかし、自らが悪であることを自覚した上で、混沌の脅威から「力を持たない人々」を守るために命懸けでその力を振るう者は、最終的にその魂は救われると考えている。そして、それは自分を含めた「聖印を持つ者」も同様であり、この世界を救うために自ら死地に積極的に赴いて混沌災害と戦い続けることこそ「力を持つ者」の使命であるというのが、彼の信念であった(ブレトランド八犬伝4参照)。 そのため、彼が指揮を採る戦場では、敵を倒すために仲間(力を持つ者)を犠牲にすることを前提とした戦術が奨励されているため、従属騎士も、契約魔法師も、邪紋使いも、極めて死亡率が高く、彼自身も何度も死の寸前まで追い詰められる程に無謀な戦いを繰り返して来た。しかし、その結果としてより多くの「力なき人々」の命が守られてきたことを彼は誇りに思い、死んで行った部下達に対しては謝罪や悔恨の念は欠片も持たず、常に笑顔でその死を心から讃えている。 「では、いざ行かん。我等が唯一神様の導きのままに」 ****** 首都ドラグボロゥの南に位置する港町オーキッドでは、つい先日、先代領主のイノケンティス・ザンシックが隠居を表明し、次男のウォート・ザンシック(下図)がその後を継ぐことになった。ウォートは以前から父の補佐官として政務に深く関わっていたため、領主としての心構えは既に整っている。戦場での経験がないことを不安視する者もいるが、少なくとも為政者としての評価は高い。 そして、イノケンティスの契約魔法師だったハンソンは昔から犬好きで「イノケンティスが引退したら、自分も魔法師を引退して(オーキッドの名産品である)コーギーのブリーダーになる」という約束を交わしていたため、ウォートもこれを機に新たな魔法師を迎えることになった。 「この街のことはもうお主に任せた以上、魔法師の人事についても、とやかく言う気はない。ただ、出来ればその、いつぞやの時空魔法師の娘に関しては、やめた方が……」 「……ご安心下さい。その点に関しては私も同感です」 一年ほど前に起きた食中毒事件のことを思い出しながら(ブレトランド八犬伝1参照)、ウォートは父とそんな言葉を交わす。今回の契約魔法師候補一覧の中に「彼女」の名前を発見した時点で、二人の中では見解は一致していたようである(なお、「彼女」は食中毒事件そのものに関しては、直接的には無罪である)。 ちなみに、ウォートは先日、平民出身の妻を娶ることになった。選んだ決め手は「料理上手」なことであったらしい。そして、その妻もまたコーギーの愛好家で、彼女と共に四頭の新たな家族(名前は、ファーン、ベルド、ニース、フレーベ)が迎えており、彼女からはそんなコーギー達のための「異界の動物育成用品」をお土産に要求されたウォートであった。 ****** ヴァレフール中北部に位置する湖岸都市ケイの領主代行を務めているのは、先代騎士団長ケネス・ドロップスから男爵級聖印を引き継いだ13歳の少年、ラファエル・ドロップスである(下図)。 彼もまた今回のエーラム行きに同行することになり、彼の不在時のこの地の「対グリース防衛軍」の指揮官として、ラファエルの従兄のトオヤ・E・レクナと、その契約魔法師にしてラファエルの実姉でもあるチシャ・ロートが赴任することになった(彼等についてはブレトランド風雲録・簡易版を参照)。 「留守のことは俺達に任せて、お前は心置き無く、魔法師探しに専念してくれればいい。契約魔法師は大切だからな。俺がここまでやってこれたのだって、チシャがいたからこそだ。後悔しないように、慎重に、よく考えて選べよ」 トオヤはラファエルにそう告げたが、実際のところ、トオヤがチシャと契約出来たのは「エーラム入門前から顔見知りの親族」という特殊な事情に助けられたからであり、魔法師を勧誘するための具体策などに関しては、助言出来る立場ではない。 「一応、これが今回のエーラム側からの参加予定者の一覧らしいのですが、この中に、姉さんの知っている人はいますか?」 ラファエルはそう言ってチシャに資料を手渡す。実はこの時点で、この場にる者達の共通の知人としての一人の「時空魔法師」の名前があることにラファエルも気付いていたのだが、あえてその名はここでは挙げなかった。 「そうですね……、私が直接面識があるのは、召喚魔法師の後輩くらいですが……」 チシャはその名を見て、数年前に「彼」と会った時のことを思い出す。彼はその当時から、召喚魔法科の中では、色々な意味で「ちょっとした有名人」ではあった。 「……まぁ、最後に会った時はまだ子供だったので、今どうなっているかは分かりませんしね」 グリースの魔法師が同じことをセシル達に言っていたということなど知る由も無いまま、チシャは実弟にそう告げた上で、彼をエーラムへと送り出すのであった。 ****** そのトオヤとチシャの本来の所領であるタイフォン村には、彼等が首都に勤務することが増えたこともあって、領主代行として「鉄仮面卿」の異名を持つムーンチャイルド出身の騎士クリフトが赴任していた(下図)。そんな彼もまた、今回の「エーラムでの魔法師選定会」への参加が提案され、逡巡しながらも、その列に加わることを決意したのである。 「本当に、私が参加してしまっても良いのだろうか……、いくらエーラムとはいえ、私のような異形の者を認めてくれる者が、果たして本当に……」 出発直前になっても、そんな弱音を吐いているクリフトに対して、彼の不在時の「領主代行代行」として派遣された(クリフトの「数百年来の幼馴染」である)オルガノンの女戦士カーラは喝を入れる(彼等の関係についてはブレトランド風雲録9を参照)。 「だから! 異形であることが問題なんじゃなくて、その後ろ向きな姿勢が問題なんだよ! キミはもう一人の立派な騎士なんだから、ちゃんと胸を張って参加しなきゃ!」 「しかし、私のような者が列席することで、新伯爵様に悪評が……」 「そうやって自分を卑下するってことは、それはキミのことを認めたレア様やあるじを貶めることにもなるんだよ! もうキミは自分一人の殻に閉じこもっていられる立場じゃないんだ! ちゃんとこの国を支える君主としての責任を自覚してもらわないと!」 カーラとしては、今回のエーラム行きを通じて、クリフトが自分以外の者ときちんと人間関係を築けるのか不安ではあるが、彼自身の成長のためにも、ここはあえて彼一人で送り出さねばならないと決意していた。それで上手くいく保証はないが、まずは自分一人でどうにかする術を身につけるための訓練の場として、これが良い転機になることを切に願っていた。 1.4. 飛行船 こうして、新伯爵レア・インサルンドと、その傘下の六人の地方領主達(ユイリィ、リューベン、ダンク、ウォート、ラファエル、クリフト)が、今回のエーラムにおける「新伯爵就任の祝賀会」を建前とした「契約魔法師斡旋企画」に参加することになった(下図参照)。 彼等は、それぞれの侍従などを伴った上でドラグボロゥの王城に集められた後、レアに付き従う形で、郊外の小高い丘へと向かっていた。なぜそのような場所に行く必要があるのか、皆が不思議に思っている中、レアがおもむろに語り始める。 「この中で、過去に魔法師と契約したことがあるのは、ユイリィ卿とダンク卿だけ。私もエーラムでの作法はよく知らないので、よろしくお願いします」 「宝剣」の助言を聞き入れた彼女は、いつもよりも柔らかな口調で(しかし、物腰そのものは毅然とした態度で)ユイリィとダンクにそう言った。 「私は過去に人選を誤った身ですので、反面教師にしかなれませんが、もし何か気になることなどがあれば、何なりとお聞き下さい」 ユイリィが恭しくそう答えたところで、彼女の傍を歩いていたダンクが口を開いた。 「貴殿の魔法師が道を誤ったのは貴殿の責任ではあるまい。最終的にきちんと落とし前をつけたのだから、貴殿が気を病むを必要はなかろう」 厳密に言えば、ユイリィの先代契約魔法師は最終的に「謎の人物」によって殺されているのだが、ダンクはそこまで詳しい事情は知らないらしい。 「それよりも心配なのは、この面々で大丈夫なのか、ということだ。何かあった時に、まともに敵を滅する力を持っているのは、俺しかいないようだが」 ダンクは険しい表情でそう語る。レアとユイリィは回復特化型、リューベンとウォートは支援特化型、クリフトは防御特化型という、いずれも破壊力とは無縁の聖印の持ち主である。ラファエルは騎乗特化型聖印の持ち主であり、それなりに前線で敵を蹴散らせるだけの力はあるが、いかんせん若すぎてあまり頼りにならない、というのがダンクの印象であった(なお、「混沌の匂い」を嗅ぎ分けられるフリックが確認したところ、それぞれの君主に付き従う侍従達の中で、邪紋使いは彼だけのようである)。 「我々は戦争に行く訳ではないですから。今回はあくまで平和な交渉ですし」 レアが苦笑しながらそう言ったが、ダンクは真剣な表情で返す。 「表向きはその通りです。しかし、エーラムに乗り込む以上、何が起きるかは分かりませぬ。道中で、陛下を狙った賊の襲撃を受ける可能性もあるでしょう」 聖印教会の一員であるダンクは、やはりエーラムという組織そのものに対して、常に一定の不信感を抱き続けているらしい。彼の中では「エーラムに契約魔法師を探しに行く」という行為は「魔境に乗り込み、使えそうな武具を発掘すること」と同じくらいの位置付けであるらしい。 そんな会話を交わしつつ、彼等はやがて丘の頂上に辿り着く。そこで待っていたのは、中年の傭兵騎士(下図)と、そして 見たことがない巨大な異界の乗り物のような何か であった。 傭兵騎士の名は、ガフ・アイアンサイド。数ヶ月前まで、先代騎士団長ケネスに雇われていた傭兵隊長であり、「調達屋」としても名高い人物である。彼はヴァレフールの内乱が収まったことで、「この国での役目は終わった」と言って解約を申し出て、何処かへと旅立ったと言われている。その彼が突然、「謎の異界の産物」と共に彼等の前に現れたのである。 「長らくお世話になったこの国への最後の御奉公として、この飛行船『グラーフ・ツェッペリン』にて、皆様を魔法都市エーラムへとお連れしよう」 彼はそう言いながら、自分の背後にそびえ立つ巨大な異界のアーティファクトについての説明を始める。どうやらこれは「地球」から投影された飛行乗騎らしい。ここからエーラムまで僅か数日で到着出来るほどの高性能な代物で、とある地方において発見された極めて稀な一品を、調達屋としてのガフの人脈で、操縦士ごと「レンタル」することに成功したらしい。 「それでは今から、どうか快適な空の旅をお楽しみ下さい」 恭しくガフはそう告げるが、皆、目の前に君臨する飛行船の圧倒的迫力に言葉を失って動けない。特に、聖印教会の信徒であるダンクは人一倍警戒した様子でこの「巨大な怪物のような大きさの乗騎」に圧倒されていたが、そんな彼にフリックが声をかける。 「平和な空の旅を楽しもうではないですか、ダンク殿」 「お、おぅ、そうだな」 そう言いながら、ダンクはレアをエスコートするように先頭に立ち、危険がないことを確認しながら皆を迎え入れる。こうして、ヴァレフールの要人達を乗せた飛行船は、一路エーラムへと向けて飛び去って行くのであった。 1.5. 副主催者の思惑 エーラムに所属する魔法師達の一門は、原則として政治的立場としては中立であり、特定の国家や勢力との間での密接な繋がりは建前上存在しないことになっている。ただ、現実問題として、それぞれの一門ごとに、契約魔法師の供出先がある程度偏ることは当然あり得る。 そんな中、主にノルドを中心とする大工房同盟諸国との関係が深いと言われているのが、オクセンシェルナ家と呼ばれる一門である。現在の当主は時空魔法師のクロード・オクセンシェルナ(下図)であり、彼の兄弟子達の多くはノルド近辺の諸侯達と契約を結んだが、兄弟達の中でも最も軍略方面の知識に長けた「実戦向きの俊英」と期待されていたクロードは、あえてエーラムに残る道を選んだ。彼はあくまでも学者気質であり、学んだ軍略を実戦で用いることよりも、様々な異世界の軍事史を学ぶこと自体に生き甲斐を見出していたのである(ちなみに、彼は召喚魔法にも通じており、常に「異界の装束」を見にまとい、「異界の梟」を従わせているが、これらは彼の純然たる「趣味」らしい)。 その後、一門の当主の座を引き継ぎ、高等教員となったクロードの門下からは多くの「実戦型の軍略家」が排出され、世界各地の諸侯と契約を結んでいく。その就職先に同盟諸国が多かったのも、同盟系の諸侯の方がより「実戦的な即戦力」を求める傾向が強かったからであろう。 そんなクロード門下にしては珍しく、実利よりも根源を求める研究者気質の魔法学生として知られていたのが、18歳の元素魔法師ボリス・ダフネ・オクセンシェルナである(下図)。彼は貴族家に生まれ、幼少期に父の急死によって一度は「聖印」を受け継いで「君主」となったこともあるという、珍しい経歴の持ち主であった。最終的には戦乱の中で彼の祖国は敗れ、聖印を奪われて故郷から追放された後に、旅先で出会ったクロードに魔法師の才能を見出されて、その養子となるに至る。 ボリスは、その幼少期の波乱万丈な人生経験故に、物事の本質とは何か、自分とは何かという哲学的な問いに目覚め、この世界の根源を求め続けた結果、朽葉の系譜の元素魔法の魔法を研究する道へと進むことになった。そんな彼が今回、ヴァレフールの諸侯を契約相手候補として選ばれ、祝賀会への出席を命じられたのである。彼を推挙した師匠のクロードは、自身の研究室に彼を呼び出し、こう告げた。 「今回の『祝賀会』の主催はノギロ先生、副主催が私、ということになっています。魔法師側の参加者は基本的に私が管理しているのですが、ヴァレフールからは七名の君主様が御来訪とのことなので、それに合わせて、今回の参加予定の魔法師として、あなたの他に『リアン家の新卒の二人』と『ノギロ先生のところのヴェルナさん』、そして『フェルガナ先生のところの三姉妹』に参加を要請しています」 クロードは淡々とそう説明するが、ボリスは基本的に学問一筋で、異なる学科の人々とはあまり接点が無いため、他学科の教員の名前を聞いても、今ひとつピンとこない。そんな彼の内心を知ってか知らずか、そのままクロードは説明を続ける。 「ただし、フェルガナ先生のところの三人は現在『課外調査活動』に出向いており、このエーラムにはいません。その行先もフェルガナ先生しか知らないようです。参加は打診していますが、おそらく間に合わないでしょう。これが何を意味しているか分かりますか?」 唐突に投げかけられたそんな「問題」に対して、ボリスが戸惑う。師匠が何を言いたいのか理解しきれないまま、しばしの沈黙が続くと、ため息をつきながらクロードは再び口を開く。 「せめて、30秒以内には答えてほしかったところです」 「……すみません」 クロードは時々、このような形で「無茶振り」をする。とはいえ、別に答えられなかったからと言って怒る訳でも、罰を与える訳でもない。ただ単に、自分の推察力の無さを自覚させるだけである。 「つまり、『こちら側の選択肢』がより広がるということです。君主が七名いるのに対して、魔法師側は四名しかいないのですから、主導権はこちら側が握れますよね。条件の悪い君主と無理矢理契約させられる可能性は、当然減ります」 先日、リアン一門主導で無人島でおこなわれた「合宿」では、これとは逆の状態で、途中で君主の一人が勝手に逃亡したことから、実質的に魔法師が余る状態になっていた。リアン兄弟からその話を聞かされていたクロードは、同じ轍を踏まないように、あえて最初から「参加出来そうにない三人」を候補に含めておいたのである。自分の弟子に有利な契約環境を整えるために。 「この条件ならば、よほどのことがない限り、就職先に困ることはないでしょう。当然、君主側からは数が合わないことに不満が出るでしょうが、それについては担当者である私の責任です。結果として私の評判が下がるかもしれませんが、私は別に構いません。エーラム内での教員としての序列を下げられることになったとしても、別に、研究はどこでも出来ますから。そのあたりは気にせず、全て私のせいにしてくれればいいです」 「お心遣い、ありがとうございます」 「その上で、あなたはとっとと就職して下さい」 さすがに、ここまでお膳立てしてもらって、就職の機会を逃す訳にはいかない。改めてボリスは気を引き締める。 「そうそう、あと、ノギロ先生のところの若い新入りのユタ君という子が、今回の祝賀会に『お手伝い役』として参加するそうです。彼はまだ子供なので契約魔法師となるには早いものの、将来に向けての勉強として参加してもらおうという、ノギロ先生の御配慮らしのですが、式典場で彼に会ったら、これを渡しておいて下さい」 そう言いながらクロードがボリスに手渡したのは、一冊の異界の書物である。そこに書いてある文字はボリスには読めなかったが、文字の形状からして、クロードが最も好んでよく読んでいる「中華世界」の本であるように見える。 「それは『異界の料理』に関する本です」 「料理……、ですか?」 「ユタくんが興味を持っているようだったのでね」 ユタは元々は戦災孤児で、ヨハン・デュランという名の錬成魔法師に拾われた後にノギロに紹介されて魔法師となったのだが(その過程は 戦災孤児の少年ユタ(グランクレスト大戦記録) を参照)、ヨハンの元に身を寄せていた時、彼の作っていた中華料理の味が忘れられなくて、それを再現したいと考えているらしい。彼は師匠と同じ生命魔法科に在籍しているが、中華の世界には医食同源という言葉もあるため、人体構造把握の研究の一貫として、料理についても勉強しているのだという。 「さて、それはそれとして、ボリス君。あなたはどんな君主に仕えたいと考えていますか?」 「そうですね……、自由に研究をさせてくれるようなところだといいな、と思ってます」 「なるほど。前線で働かされるような君主ではない方が良い、ということですね。元素魔法師はどちらかというと前線向きだとは言われますが、あなたは朽葉の系譜ですし、どちらかと言えば天候の制御などを通じて内政に貢献する方が向いているのかもしれません」 「えぇ。もちろん、戦えと言われたら戦うつもりではいますが」 そんな会話を交わしつつ、クロードはエーラム魔法大学の近辺の地図を広げ、中央キャンパスからは遠く離れた、日頃は大規模魔法の実験場として使われやすい「ミルドレッド高原」と呼ばれる小高い平原地帯を指差す。 「ヴァレフールの方々は飛行船でここに降り立つ予定です。皆と一緒に迎えに行って下さい。その後、ここから歩いて間もないところにある『青の迎賓館』にて祝賀会が開催される予定です」 「分かりました。では、今から準備に向かいます」 そう言って、ボリスは退室する。そんな弟子の背中を眺めながら、クロードは内心で密かに呟く。 (あなたが良縁と巡り合うために最適な「準備」は整えました。それを掴めるかどうかはあなた次第ですよ、ボリス君) 1.6. 主催者の思惑 今回の「祝賀会」の主催者であるノギロ・クァドラント(下図)は、エーラムでも屈指の生命魔法の使い手であり、かつては流浪の君主ダン・ディオード(現アントリア子爵)の側近として世界を旅していたことでも知られている。教員としても極めて優秀で、多くの魔法師達から師事されていたのだが、直弟子の数は少ない。 そんな彼が、何の因果か(かつての盟友の現在の宿敵である)ヴァレフール伯爵を招いた祝賀会の主催者を担当することになった。彼を主催者として推挙したのはクロードであり、その意味では実質的な主導者はクロードの方なのだが、ノギロはその提案を快く受け入れた。というのも、ノギロは数少ない直弟子(養女)である時空魔法師ヴェルナ・クァドラント(下図左)の就職先として「ヴァレフール」を前々から勧めていたからである(そこには、ヴェルナが「とある事情」からアントリアへの就職を渋っていたから、という背景もある)。彼はヴェルナと、もう一人の弟子のユタ・クァドラント(右)を自室に招いた上で、ヴェルナにこう告げる。 「今回の祝賀会の司会はあなたにお願いしたいと思っています」 「私、ですか?」 「今回の参加者の中ではあなたが最年長ですしね」 「そう、なんですね……」 ヴェルナは現在19歳。新卒の魔法師としてはまだまだ若い部類の筈だが、今回の参加者達は彼女よりも更に若いらしい(厳密に言えば、エステリア三姉妹の長女カナンは彼女よりも年上だが、カナンがあくまで「ダミー参加者」であることはノギロにも伝えられていた)。なお、ヴェルナは約一年前からブレトランドを中心とする各地で就職活動を兼ねた実地研修を重ねてきたのだが(ブレトランドの英霊4、ブレトランド八犬伝1、ブレトランドの英霊7、ブレトランド風雲録12などを参照)、なぜか毎回「あと一歩で契約に至れそうな直前」まで到達しながらも、最終的には破綻に至っている。その理由は、彼女の「特殊な味覚」と「料理を振舞いたがる癖」にあるのだが、彼女自身はそのことを全く自覚していない。 「あなたはヴァレフールの方々とも面識があるようですし、ちょうどいいでしょう。そして、今回はユタにも社会勉強もかねて同席してもらおうと思ってます。まださすがに就職には早いですが、将来のことを考えて、この機に色々と経験を積んだり、人脈を広げておくのも良いでしょう」 そう言われたユタの方は、既に事前にノギロからこの話を聞かされていたようで、黙って頷く。彼はまだ10歳の魔法学生だが、既にその才能を開花させつつある有望株として、その噂は内外に広まりつつある(ダボダボの制服を着ているのは、ノギロの学生時代の「おさがり」をもらったからである)。 ヴェルナはそんな義弟の様子を確認した上で、彼に向かって笑顔で答える。 「分かりました。私一人で務めを果たせるかどうかも分からないので、手伝ってもらえると助かります」 「よろしくお願いします。では、僕は調理場の皆さんのお手伝いに行ってきます」 ユタはそう言って、祝賀会の参加者への料理を準備している調理場へと向かう。ヴェルナとしては、ぜひとも自分もその料理を手伝いたいと考えていたが、さすがに司会という重責を任されたこともあり、今回はそちらに専念することにした(というよりも、彼女にそうさせるために、あえてユタをその役に抜擢した、という側面もある)。 ****** こうしてユタが去った後、ヴェルナは改めて参加者(およびダミー参加者)に関する詳しい情報をノギロから聞いた上で、他の参加者達と合流するために、ノギロの部屋を後にする。すると、そこで彼女の目の前に、調理場で働いている中年女性が早足で駆け込んで来た。 「すみません、こちらにユタ・クァドラント様は……」 「あれ? ユタ君ならさっき、そちらに行きましたよ」 「あぁ、行き違いでしたか……。実は今回の参加者の方々の中で、参加するのかしないのかよく分からない人達がいると聞いて、一応、『最大人数で計算してくれ』と言われたのですが、ちょっと人手が足りなくて、仕込みが間に合うかどうか不安なので、ユタ様の知り合いでどなたか料理に詳しい方はいないかと……」 どうやらユタは、以前から調理場の人々とは顔馴染みらしい。ヴェルナは自分の今後の予定を確認した上で、おもむろに答える。 「ちょっとでいいなら、私もお手伝い出来ると思います」 こうして、不幸な行き違いから、(ノギロの心遣いもむなしく)「類稀なる特殊な味覚の持ち主」である彼女は調理場へと足を踏み入れることになってしまうのであった。 1.7. 二度目の挑戦 前回の無人島合宿を経て、それぞれの「出戻り長女」を無事に再び送り出したアルジェント・リアン(下図左)とメルキューレ・リアン(下図右)は、残るそれぞれの弟子の就職先を探すために、クロードが提案した今回の「祝賀会」企画に便乗することにした。 アルジェントの弟子のランス・リアン(下図左)と、メルキューレの弟子のローラ・リアン(下図右)は、再びメルキューレの研究室へと招聘され、改めて「前回の総括」と「今回の計画」についての話し合いがおこなわれることになった。 「メーベルも『あの男』にそこまで恨みがあるのだったら、この機に『厄介者』を押し付けてやっても良かったと思うのだがな」 アルジェントはランスを見ながら、そう語る。 「我も痛い目を見させたのだからな。これで奴も懲りたのだろう」 「そうか、お前は『姉弟子の復讐』のために、自ら汚名を背負う覚悟で、奴に痛い目を見させたのか?」 「当然であろう。教祖として『我の信者』を守るのは当たり前故」 「殊勝な心がけだな」 アルジェントは目を合わせずに、淡々とそう語る。無論、メーベルはヤマト教の信者ではないし、そもそも別にランスがルイに対して何かした訳でもない。 そんな二人の不毛なやりとりを聞き流しつつ、メルキューレは本題を切り出す。 「前回はお二人とも姉君に遠慮して自己主張しきれなかったところもあると思いますが、今回は良い縁に巡り会えると良いですね」 「そうですね……」 ローラは微妙な表情を浮かべながらそう答えた。確かに、前回の無人島合宿では「自分を売り込む努力」が足りなかったことはローラ自身も分かっている。ただ、それは「姉に遠慮して」というよりも、むしろ「それどころではないくらいに深刻な事態」が彼女の中で発生していたことが原因であった。そして、今も自分の故郷の一族が散り散りになったまま状況が掴めていないという意味では、あまり事態は好転していない。 とはいえ、せっかく師匠が用意してくれた二度目の機会をふいにする訳にもいかない。そう思いながら彼女は、前回自己主張しまくった結果として選ばれなかったランスに視線を向けると、彼はいつも通りに踏ん反り返った姿勢で言い放つ。 「うむ。我に見合う者が今回もおるかは分からんがな」 ローラとしては、今まで彼の歯止め役だった姉達がいなくなったことで、自分がその役回りを担わなければならなくなったことへの不安も大きい。 「やはり、こちらから積極的に売り込みに行くのが重要でしょう。メーベルもそれで上手くいったようですし」 メルキューレはそう語るが、ローラとしては自分の何をどう売り込めば良いのか分からないし、末弟に関しては売り込もうとすればするほど相手が離れていく未来しか見えない。 一方、アルジェントは懐から一通の封書を取り出しつつ、ランスにこう告げる。 「あまり深く考えることなく、今の自分に出来る範囲で交渉の席に臨めばいい。心配しなくても、またダメだった時のために、既に次の斡旋企画への紹介状はここに書いてある」 どうやらこの時点で、既に「次の企画」は進行中らしい。 「そんなものは我には必要ないであろう。お前が持っておけ」 「あぁ、うん、そうだねぇ」 まともに相手をするのも疲れるだけだと思ったのか、ローラは軽くそう言って受け流す。 「それでは、今からミルドレッド高地へと向かって下さい。そこで、他の参加予定の魔法師達と一緒に、君主の方々を出迎えて頂きます」 メルキューレにそう言われた二人は、彼の部屋を出て、一旦それぞれの自室に戻って準備を整えようとする。その途上、二人は「見覚えのある人物」が、魔法師見習いと思しき者に連れられてどこかへと向かって歩いている場面に遭遇した。 「ハイアムさん!」 そう言いながら、ランスはその人物に向かって駆け寄った。ランスの見間違いでなければ、その人物の名はハイアム・エルウッド。かつてランスの故郷の村を訪れたこともある、旅の吟遊詩人である。 「あなたは?」 「覚えてないのですか?」 「すみません、私は世界各地を回っておりますので、なかなか一人一人の顔と名前までは……」 「あなたのあの神的な詩を聞いたことで『本当の姿』を思い出した、あのランスですよ!」 ランスは幼少期に出会ったハイアムから聞かされた「異世界の神話」の叙事詩に感銘を受け、それをきっかけに妄想力を高め、やがてそれが「堕天使ヤマトゥ」という別人格(?)を生み出すに至った。その意味では、ハイアムの存在こそが、今の彼を作り出したと言っても過言ではない。 「おぉ、そうでしたか。あの時の、随分成長しましたね」 ハイアムはそう答えたが、隣で見ているローラの目には、明らかに「話を合わせてるだけ」で、実際に思い出しているようには見えない。 ちなみに、実はローラもエーラム入門前にハイアムと出会ったことがある。彼はかつて、新たな叙事詩の題材として、ローラ達が信奉する女神ヘカテーの伝承を聞くために、彼女の故郷の村を訪れていたのである。だが、今のハイアムはそのローラと目が合っても何の反応も見せていないので、どうやら彼女のことも記憶にはないらしい。 「会えて嬉しいですぞ」 「もう一人の師匠」を目の前にしてランスが目を輝かせている中、ハイアムはふと問いかける。 「あなたはここで魔法師として修行中なのですか?」 「我は修行を終え、いざ雇い主のところへ行く途中である」 「では、参考までにあなたの名前をお聞かせ願えますか? これから先、あなたの叙事詩を作ることが無いとも言い切れないので」 たった今、名乗ったばかりだったのだが、一度聞いただけでは覚えられなかったらしい。そして当然、ランスは「先刻とは異なる名」を名乗る 「我が名は堕天使ヤマトゥ! ヤマト教の教祖であり、この世の全ての混沌を操りし者だ!」 いつものポーズをキメながらすそう名乗るランスであったが、そんな彼の口から発せられた「堕天使」という言葉に、ハイアムは一瞬ピクッと反応する。 「……その名の由来は?」 「それは、あなたが教えてくれたではないか。この世の理、そして聖印教会が語っていたあの偽物の教え、それは全て私に通じるものだ」 相変わらず、何を言っているのかよく分からないランスを横目に見ていたローラは、さすがにそろそろ止めなければならないと思ったようで、割って入る。 「ランス君、ダメでしょ。急いでらっしゃるんでしょう?」 「ハイアムさんは、忙しくしておられないであろう」 興奮しているせいか、いつも以上に既に口調もグチャグチャである。そんなランスに対して(先刻までの「ただ話を合わせていただけの姿勢」から一変して)急に興味を示したような表情を浮かべるハイアムであったが、隣の魔法師見習いに何かを促されたことで、その場から立ち去る。 「またその話は後ほど、詳しくお伺いしましょう」 「では、またどこかで会おう」 ランスは満面の笑みで「心の師匠」を見送った。ローラの目から見ても、去り際のハイアムは確かにランスに本気で興味を持っているように見えたが、それはそれで、また「ろくでもない事態」を引き起こしそうな気がしてならなかった。 「ランス君、忙しいところ、邪魔しちゃだめでしょう?」 「それは済まないことをしたな」 「私達も準備しなきゃいけないでしょ」 「そうだな。我も鋼の意志を持って臨まなければな!」 二人はそんな会話を交わしつつ、それぞれに一旦自室へと戻る。これから先、あと何度このような形で彼の暴走に振り回されるのだろうと思うと、ローラはより一層気が重くなっていった。 2.1. 消える大地 ランスとローラがミルドレッド高原に辿り着くと、二人は一足先に到着していたボリスと合流する。そして、少し離れたところには、「ヴァレフール御一行の到着地点」の情報を聞いて駆けつけた傭兵騎士のグランの姿もあった。 (魔法師達が集まって来たということは、やはり場所はここで合っているんだな) 彼は「到着地点」としか聞いていないので、それがこの「何もない平原」だと聞いた時は半信半疑だったのだが、出迎え役と思しき魔法師達が現れたことで、自分の得ていた情報が間違いではなかったと確信しつつ、しばらくは姿を隠したまま様子を見守る。 やがて、少し遅れて(調理場での一仕事を終えた)ヴェルナもこの場に到着した。 「皆さんが、今回の祝賀会に参加される魔法師の方々ですよね?」 ヴェルナは三人に対してそう声をかけた。 「そうです」 ボリスは落ち着いた物腰で淡々と答えた。 「いかにもである」 ランスはいつも通りに尊大な態度で答えた。 「はい、すみません……」 ローラはなぜか申し訳なさそうにランスを見ながら答えた。 「私はヴェルナ・クァドラント。今回の司会役を担当することになりました。よろしくお願いします。ヴァレフールの方々はこの平原に飛行船で来るという話だったんですけど、到着まで、もう少し時間がかかりそうですね」 「その飛行船とは、何だ?」 「空を飛ぶ大きな船と聞いてるんですけど、私も実物を見たことはないので」 「そんなものがあるのか。我が教祖の乗り物にしても良いな」 いつも通りに傲慢な態度でそう語るランスの横から、さすがに見かねたローラが抑止に入る。 「ランス君、いっかい落ち着こ。ね? ね? ほら、困っちゃうから、相手が」 「我は落ち着いているであろう」 「そうは思えないよ……」 実際のところ、ランスが落ち着いているのかどうかは分からないが、ヴェルナとボリスは明らかに戸惑っている様子ではあった。 「我が教祖?」 ヴェルナが首を傾げながら問いかけると、ローラが体を震わせながら間に入る。 「ごめんなさい、こういう子なんです〜」 だが、そんな彼女の仲介も虚しく、彼はいつもの自己紹介を始める。 「我が名は堕天使ヤマトゥ! ヤマト教の教祖なり!」 「ごめんなさい、ランス・リアン君です」 即座にローラが訂正するが、当然のごとくヴェルナは混乱する。 「え? えーっと、ヤマ……」 「堕天使と呼んでくれて構わんぞ」 「リアン先生のところのお弟子さんと聞いたんですけど、えっと、ヤマト・リアンさんでよろしいのでしょうか?」 「堕天使ヤマトゥだ」 「違います! ランスです!」 「えーっと、えーっと……?」 ヴェルナが更に混乱する中、ローラはどうにか軌道修正を試みる。 「好きに呼べばいいと思うんですけど、ヤマトゥって呼ぶと調子に乗るので……。ダメだよほら、初対面の人に色々言うと、びっくりしちゃうでしょ?」 「我は真名を告げただけ」 「分かった、分かったから、ちょっとだけ向こう行ってよ」 「……仕方ない。では、我は向こうで、飛行船とやらを待つことにしよう」 「うん、そうしてて」 そんなやり取りを経て、ランスが少し離れて行くのを傍目に見ながら、ヴェルナは改めてローラに問いかける。 「何だったんでしょうか?」 「すみません、ご迷惑をおかけしました。私はローラ・リアンと申します。彼は弟弟子のランス・リアンです。えっと、ああいう子なんです、ごめんなさい」 改めて深々とローラは頭を下げた。 「これはご丁寧に、ありがとうございます」 とりあえず、ヴェルナの中ではどうやら「ランス」を彼の個体識別名として認識したらしい。 「ごめんなさい。今日はご迷惑をおかけする気しかしないです。えっと、そちらは……」 ここまでのやり取りを呆然と眺めていたボリスに対してローラが視線を向けると、彼もまた自己紹介を始める。 「私はボリス・オクセンシェルナと申します。クロード先生の弟子です。よろしくお願いします。ところで……」 彼はそこまで言ったところで、ヴェルナに視線を移した。 「ヴェルナさんにちょっと聞きたいんですが、こちらにユタさんっていらっしゃいますか? 渡したい物があるのですが」 「ユタ君は、調理場のお手伝いに行ってるので、ここには来ませんよ。祝賀会の時には来ると思うんですけど」 「じゃあ、その時にでも」 三人がそんな会話を交わしている中、彼等は自分達の周囲の混沌濃度が高まり、そして「何か」が収束しようとしている気配を感じる(なお、ランスは気付いていない)。警戒しながら周囲に気を配る三人であったが、次の瞬間、彼等の「足元」に異変が起きた。彼等が踏みしめていた大地が突然「水」に変わったのである。少し離れた場所にいたランスも含めて、四人の魔法師はそのまま足元に出現した「湖」の中へと落下する。 「み、水!? また溺れちゃうよー!」 ランスの中では前回の無人島で沈みかけた恐怖が蘇る。しかも、今回は塩水でない分、前回よりも沈みやすく、そして前回助けてくれたラナはこの場にはいない。 だが、幸いなことに今回も(ラナとは系譜は違うが)元素魔法師のボリスがいた。彼が魔法杖を掲げて、自分の周囲の二人を含めて水中呼吸の魔法を掛けようとしているのに気付いたランスは、必死にもがきながら自分にもその魔法をかけてもらうため、ボリスの元へと泳ぎ寄る。 一方、物陰からヴァレフールの面々の到着を待っていたグランの立っていた場所は、運良く「湖化」の範疇外であった。 (何が起きたんだ!?) 事態が把握出来ないまま「湖」方面を注視していると、魔法師達の周囲の水域に、一体の「巨大な人型の魔物」と、そして四体ほどの「ワニのような怪物」が出現し、彼等に対して襲いかかろうとしている様子が見える。ボリスの魔法によって水中呼吸が可能になった魔法師達もすぐにそのことに気付き、臨戦体制を整えつつあった。 (あれは、フォモール界の沼巨人……。とりあえず、ここは黙って見ている訳にはいかないな) グランは弓を構えると、そこに聖印の力を込め、湖へと向けて駆け出して行くのであった。 2.2. 水中戦と空中戦 その頃、ミルドレッド高原の上空には飛行船「グラーフ・ツェッペリン」が既に辿り着いていた。しかし、彼等が陸地へと降下しようとした瞬間、その陸地が突如消滅して「湖」へと変わったことで、皆一様に困惑する。そして、水面上に何体かの魔物と思しき投影体が出現していることにも彼等は気付く。 更に、それとほぼ時を同じくして、飛行船の目の前にも、別の翼を持った魔物の集団が現れた。どうやらオリンポス界のグリフォンのようである。 「お、おい、なんだこれは」 「なぜエーラムの領空にこのような……」 「罠か!? これはエーラムによる罠なのか!?」 乗員達が混乱する中、レアは落ち着いた様子で皆に指令を出す。 「混沌災害が起きようとしているようなので、対処しましょう。『下』にいるのは魔法師の方々だけの筈なので、このままではまずいです。目の前にも魔物がいる以上、こちらにも対処しなければならない。今、この場にいる中で、空を飛べる者は?」 それに対して手を挙げたのは、ラファエルであった。 「大丈夫です。僕は聖印で乗騎に翼を生やすことが出来ます。そして、ここにその乗騎もいます」 彼がそう言うと、懐からニョロッと一匹の「イタチ」が出てくる。どうやらこれが彼の「乗騎」らしい。この世界の「騎乗型聖印」の持ち主の一部には、このような形で馬以外の動物に特殊な力を与えて乗騎とする能力が備わっている。 「今は聖印の力で小型化していますが、巨大化すれば、同時に五人までは乗ることが出来ます。その上で、翼を生やせば空も飛べます」 想像するとなかなか奇妙な光景だが、この世界ではさほど珍しいことでもない。 「よし、俺を乗せろ!」 真っ先にそう言って名乗りを上げたのはダンクである。彼の得物は長斧のみなので、空中でグリフォンに対峙するには、まず何らかの形で接敵するのが必須条件となる。空を飛べる乗騎があるなら、乗らない理由はない。 一方、フリックはラファエルに問いかけた。 「ラファエル殿、その小動物ですが、私のような重装備の者が乗っても大丈夫ですか?」 「おそらく大丈夫です。しかし、あなたかクリフト殿のどちらかには、『下』の援護に行ってもらった方がよろしいかと」 ラファエルが飛行イタチに乗せて「下」まで運ぶという手段も無くはないが、どうしても時間がかかる上に、その間に飛行船の周囲の警備が手薄になるため、出来ることなら、即座に「下」まで飛び降りて駆けつけた方が圧倒的に早い。 とはいえ、地上までは結構な高さがあるため、並の人間が飛び降りて地面に叩きつけられれば、間違いなく即死である。ただ、現時点で地表は(深さは不明とはいえ)水に変わっており、しかも魔法師達がいればその衝撃を魔法で和らげてくれるこも可能であろう。幸いにも、参加者名簿を見る限り、7名中2名が(衝撃緩和の魔法を習得しているであろう)時空魔法師であるらしい(もっとも、上から見る限り、現時点で「下」には4人しかいないので、その中に時空魔法師が1人もいない可能性もありうるのだが)。身体の耐久性の強化に特化した能力の持ち主であるフリックかクリフトであれば、十分に耐えられる可能性が高いだろう。 とはいえ、フリックの本来の役割はユイリィの護衛である。ここで主人を置いて飛び降りて良いものかと一瞬躊躇するが、そんな彼の心境を慮ったユイリィが、即座に提言した。 「ここは、魔法師の方々を助けることを優先して下さい」 「分かりました。では、『下』を援護します。ご無事で!」 フリックはそう言いながら飛行船の扉を開け、そして「下」に広がる湖へと向かって、勢いよく飛び降りた。 「うぉぉぉぉぉぉぉ!」 雄叫びと共にフリックは水面へと向かって落下していく。最初にそれに気付いたのは、ヴェルナであった。 「空から、誰か落ちて来ますよ!」 彼女はそう叫びつつ、衝撃を和らげる魔法を「落ちて来る人」に向けて唱える。フリックは激しい水飛沫と共に着水するが、もともと肉体そのものが強靭だったこともあり、ヴェルナの魔法のおかげで全く無傷のまま、魔法師達を守るように巨大な沼巨人の前に立ちはだかった。 更に、ほぼ時を同じくして、もう一人の「乱入者」がこの水中戦場に現れる。それは「頭に可愛らしいリボンを付けた女性型のトロール」であった。「彼女」はランスによって固定召喚された従属体である。ランスは彼女の陰に隠れながら、自分の近くに迫り寄ろうとしていたワニ型の投影体達に対して、ラミアを瞬間召喚で絡ませて攻撃を仕掛ける。 その直後、今度は反対側のワニ達と沼巨人達の身体に、突如謎の雷撃が走り、ワニ達は次々と倒れ、そして沼巨人もその痛みに悶え苦しむ。 「今、何が起きた!?」 フリックは困惑する。実はこれは、ヴェルナが密かに放った雷球の魔法であった。彼女は、いきなり飛び降りてきたフリックが何者か分からなかったこともあり、ひとまず自分の手の内を晒すことを避けようと考え、あえて自分が魔法を使ったとは悟られないような形で密かに発動させていたのである。そして、フリック同様にその動きに気付けなかったランスは、目の前で起きた不可思議な現象が起きた原因を脳内で勝手に解析する。 「これは、我の新たな力……」 「いや、違うよ! 違うからね!」 ローラがすかさず否定する。どうやら、(系譜違いとはいえ)同じ時空魔法師のローラには、そのヴェルナの動きが見えていたらしい。 そして、もう一人「見えていた者」がいる。湖岸で弓を構えながら状況を注視していたグランである。 「さすがは魔法師協会の本拠地だな。じゃあ、そろそろ行きますか」 彼はそう呟きながら、聖印の力を込めた矢を放つ。その矢は途中で「二本」に分かれ、片方はワニ達の中の一体を完全に射抜き、もう一本は沼巨人に直撃する。その上で、湖岸沿いに移動することで残った敵との間合いを取り直した。 (また別の乱入者? 援軍? それとも……) ヴェルナは弓の飛んできた方向に視線を向けたことで、グランの姿を確認するが、彼の正体が分からないこともあり、改めて「この場では慎重に行動した方がいい」と判断する。その上で、彼女が周囲の状況を警戒すると、上空で「飛行船」と思しき何かと、翼の生えた投影体達が戦っていることにも気付いた。状況的に考えて、あそこにヴァレフールの人々がいるであろうことは推測出来る。 一方、ランスに呼び出された女性型トロールは、沼巨人に向けて接敵しようとしたところで、ワニ達の猛攻を受ける。 「ローちゃん! キサマら、よくもやったな!」 ランスがそう叫んだところで、フリックがランスに問いかける。 「おい、『あれ』は仲間なのか?」 「我の『化身』の一人、ローちゃんだ」 どうやら、それが「彼女」の名前らしい。「化身」が何を意味しているのかは、多分ランス自身にもよく分かっていない。そして、その会話の直後に沼巨人が「ローちゃん」に殴り掛かるが、そこでフリックが割って入り、彼女を庇った。沼巨人の拳は、相手が魔法師ならば一撃で重傷を負わせるほどの重撃であったが、フリックには全く通用せず、あっさりとその巨大盾によって弾き返される。 この時、ローラとヴェルナはいずれも次元断層の魔法を発動させて沼巨人の攻撃を防ごうとしていたのだが、その必要もなかったことに驚愕する。 (あの攻撃を受けて、無傷!?) (どうやら「不死」の邪紋使いのようですね) 実はヴェルナには、フリックと同じ系統の邪紋を持つ「異母弟」がいる。「ローちゃん」を庇った時のフリックの動きは、その異母弟の動きと酷似していた。 そして、残ったワニ達の大半は、ローラが放った衝撃波と、ボリスが(ローラの支援を受けた上で)放った豪炎の魔法によって次々と倒れていき、その間にランスがラミアを用いて沼巨人にとどめを刺す。 この時点で、彼らの目の前に残っていた魔物はワニ一体だけだったのだが、ヴェルナが(またしても周囲から見えないような仕草で)放った衝撃波の魔法によってそのワニも倒されると、湖化していた大地が再び「元の状態」に戻った。その場には、沼巨人とワニ達の混沌核が浮かび上がっており、そこに駆け込んできたグランが、聖印を掲げてそれらを浄化・吸収していく。 (この人は、君主だったのですね) ヴェルナは、ひとまず彼がこちらに対して敵意を見せていないことを確認しつつ、今のこの状況に内在している一つの「不可解な事象」に気付く。 (もし、今のが突発的に出現した「魔境」だった場合、「魔境の核となる混沌核」を破壊しないと、倒さないと消えない筈。この魔物達の中で最大級の混沌核を有していたのは、明らかに沼巨人。でも、湖が消えたのは沼巨人を倒した時ではなく、明らかにもっと格下のワニの魔物達が全滅した時……。ということは、今ここで出現したのは「魔境」ではない?) ヴェルナは改めて周囲の「混沌」の残滓を確認してみたところ、思いのほか混沌の揺らぎが穏やかで、「魔境」が消え去った直後とは思えない。だとすると、先刻までこの平原を覆っていたのは、自然発生的な魔境ではなく、人為的に(一時的に)召喚された異界の湖だったのではないか、という仮説に到達する。だとすると、あの魔物達も誰かの手によって意図的に召喚された投影体であった可能性が高い。 では、この高原に「湖」と「複数の魔物」を同時に召喚出来る者がいるとしたら、それは一体誰なのか? ヴェルナは熟考した。時空魔法師として、知りうる限りの情報を脳内で帰納的に整理し、そこから演繹的に様々な可能性を考慮した結果、彼女はこの一件の背後にいる人物を特定するに至る。 今のエーラムにおいて、自分が姿を現さないまま、このような「大規模召喚」が可能な人物がいるとすれば、高等教員のフェルガナ・エステリア以外にはありえない。そして、彼女が本気を出せば、もっと強力な魔物や、もっと劣悪な戦場をこの場に召喚することも可能であった筈である。そんな彼女が、あえてヴァレフールの面々が到着しようとしたこの瞬間にあのような諸々を召喚するに至ったとすれば、そこから導き出せる結論は一つ。これはおそらく「魔法師達の実力を君主に見せつけるために、彼女が(ノギロかクロードに頼まれて?)仕組んだ見世物」だったのだろう。 (まぁ、黙っておきますか) ひとまず、ヴェルナはそう割り切ることにした。上空に浮かぶ飛行船の乗員達の目に、魔法師達の活躍が写っていたかは不明であるが(そもそもヴェルナに至っては、自分が魔法を使っていることを悟られないようにしていたため、師匠達の心遣いが全く無意味に終わってしまったのだが)、手傷を負った者は誰もいないようなので、特に問題視すべきことはないように彼女には思えた。 2.3. 着陸と合流 ただ、今のこの状況下において、ヴェルナの仮説では説明しきれない問題が一つある。二人の乱入者のうち、フリックに関しては「落ちてきた方向」から察するに、おそらくヴァレフールからの来客の護衛の邪紋使いであろうと推測出来る。では、彼よりも先に地上にいたこの「弓使いの君主」は何者なのだろうか? ヴェルナがその判断に迷っている中、グランは一番近くにいたボリスに声をかける。 「大丈夫だったか?」 「あなたは一体?」 当然のごとくボリスがそう問い返すと、グランは改めて聖印を掲げながら答える。 「私は『野良の君主』のグラン・マイア。傭兵をやっている。今回、この辺りで『ヴァレフールの新伯爵の祝賀会』が開かれていると聞いてやってきたら、こんなことが起きていたので、とりあえずは傭兵の性分として、魔物がいたから狩ろうとしたんだ。手伝いになったなら何よりだよ」 そんな会話を交わしつつ、彼等は上空に視線を向けると、そこでは「翼を生やした巨大なイタチ」と、その鞍上に乗ったラファエル、ダンク、クリフトの三人が、グリフォン達を次々と撃破していた。フリック以外の面々には何が起きているのか理解し難い光景だが、その様子を見たローラは、他の者達とは異なる感慨を抱く。 (え? あれって……) ローラの出身地において「イタチ」は「(彼女達が信奉する)女神ヘカテーの神獣」とされている。ただ、このような「空飛ぶ巨大なイタチ」など、見たことがある筈もない。ローラにとっては、それはあまりにも神秘的な光景に見えた。 (ヘカテー様が、助けてくれた?) そんな困惑した状態のローラをよそに、その「巨大イタチ」と「そこに騎乗した君主達」はグリフォン達をあっさりと一掃した上で、やがて「飛行船」と共に地上に降り立つ。そして飛行船からレア・インサルンド率いるヴァレフールの面々が現れた(その過程でイタチはラファエルの聖印で小型化され、再び彼の懐へと入っていく)。 ヴァレフールの君主達はそれぞれに聖印を掲げ、その中で最大の伯爵聖印を掲げたレアが、魔法師達に対して問いかける。 「皆さん、大丈夫でしたか? そちらの代表者は……、あなたですか?」 彼女がそう言いながら視線を向けた先にいたのはヴェルナであった。四人の中で、最もこのような状況に「場慣れ」している雰囲気が漂っていたらしい。 「はい。私がエーラム側の取りまとめを仰せつかっております。お久しぶりです、レア姫」 「お久しぶり」と言われたことで、レアも彼女のことを思い出す。直接言葉を交わしたことは殆どなかったが、確かに彼女とは、即位前に何度か顔を合わせたことがあった。 「お久しぶりです。そうでした、あなたは確かにこちらにも何度かいらっしゃってましたね」 「ドラグボロゥにも滞在したことはありますし、その前にもオーキッドで研修をさせて頂いたこともあります」 ヴェルナにそう言われたオーキッドの現領主ウォートは、一瞬苦い(物を食べたことを思い出したような)顔を浮かべつつ、軽く会釈をする。 「ウォートさんもいらっしゃっていたのですね。お久しぶりです」 「お、お久しぶりです。そうでしたか、あなたも今回の祝賀会に参加されるのですね……」 「はい。少なからずヴァレフールとは関わりのある身ですし、こういった式典に参加出来ることを嬉しく思います」 この二人の間の会話において、どこか「微妙な空気」が広がっていることに、(ラファエル以外の)周囲の者達は首を傾げるが、あえてそのことには触れない方が良いような、そんな空気も広がっていた。 「そちらの方は?」 レアはそう言いながら、魔法師側の方に立っている「見覚えのない君主」を指すと、彼は自ら名乗りを上げた。 「お初にお目にかかります、レア様。私はグラン・マイア。傭兵をやっております」 「ということは、今回の祝賀会の護衛役として、エーラムがこの方を任命されたのですか?」 その問いに対して、ヴェルナもやや困惑しながら答える。 「いえ、そういった訳では……。先刻この方に助けては頂いたのですが……」 ヴェルナにしてみれば、師匠から何も話は聞いていないし、見たところ他の魔法師達とも完全に初対面のようである。 「この辺りで『宴』があるという噂を聞いて立ち寄ったのですが、何やら騒ぎが起きていたので、彼等の助力をしたところです」 そう言ってグランは友好的な姿勢を示すものの、やはりこの状況において唐突に現れたこの青年に対して、レアもヴェルナもどこか胡散臭さは感じざるを得ない。助けてくれたのは事実ではあるものの、この状況であれば「何か裏があるのでは?」と考えるのが自然な発想であった。 2.4. 戦友と仇敵 そんな中、飛行船からガフが降りて来た。その姿を目の当たりにしたグランは、思わず声を上げる。 「あれ? 隊長じゃないですか!」 「やっぱり、そうか。上から見た時、もしかしてとは思ったんだが……」 「いやー、お元気そうで何よりです。お久しぶりですね」 実はグランとガフは、同じ傭兵騎士として、過去に一度、同じ戦場で共に戦ったことがあった。ガフはその時、弓兵としてのグランの腕を気に入り、彼をそのまま自分の傭兵隊に加えようかとも考えていたのだが、グランが「いずれは土地を収める領主となりたい」という志を抱いていることを知り、諦めたのである。 「まさかエーラムで会うことになるとはな」 「えぇ。私も思いもしませんでした。会うとしても、また戦場かどこかだろう、と思っていたので」 「『戦場』になってはいたようだがな」 「えぇ。しかし『戦争』というほどではなかったので」 グランとの間でそんな和やかな会話を交わしていたガフであったが、やがて彼は、グランの隣にいるボリスが、自分に対して、あまり好意的ではない眼差しを向けていることに気付いた。そしてその視線を目の当たりにしたガフは「何か」を思い出す。 「……もう一人、気になっている人物がいるのだがね」 ガフはそう言いながら、ボリスに視線を移す。 「あんたも君主だろ? なんでそんな格好をしてるんだ?」 唐突にそう言われたボリスは、どう反応すべきか迷いつつ、沈黙する。だが、この時、ボリスもボリスで、自分の中の「予感」が的中していたことに気付いてしまった。 「俺の見間違いか? 人の顔と名前を覚えるのは、割と得意な方なんだがな。間違ってたら申し訳ないが……」 ガフが更にそう問いかけたところで、ボリスは吶吶と答える。 「……前に、あなたに祖国を滅ぼされた者です」 忘れもしない、聖印を受け取った幼き日のボリスが、劣勢ながらも軍勢を立て直そうと必死で奮戦していたのをあっさりと蹂躙した敵軍の傭兵隊長、それが当時のガフであった。ボリスはガフによって虜囚とされたものの、まだ子供だったこともあり、ガフの進言によって助命され、聖印を剥奪された上で放逐されることになったのである。 「やっぱりな、あの国の御曹司だろう? その格好をしているということは、魔法師に転向したのか?」 「えぇ。あなたもお元気そうで……」 唐突に現れた「宿敵」を目の前にして、なんとも言えない表情を浮かべているボリスに対して、ガフは率直な質問を投げかけた。 「俺のことを恨んでるか? 今でも」 「どうでしょうね……」 「俺もこういう仕事をやっている以上、色々と恨まれるのは覚悟してるんだが」 「あなたがいなかったら、このような人生を歩んでいなかったと思うけれど……」 ボリスの中では、今の自分の感情を一言では言い表すことは出来ない。今は自分の立場がある以上、「客人」側にいる彼に対して、攻撃魔法を投げかけることは絶対に出来ない。それは自分に魔法を教えてくれた師匠の恩を仇で返すことになるし、そもそも過去の怨恨に基づく私情に流されて復讐すること自体が「魔法師」としてあるまじき行為であることも、冷静沈着なクロードの薫陶を受けてきた今のボリスは重々理解している。しかし、それと同時に、祖国を奪われたことを「ただの巡り合わせ」とは割り切れない感情的な何かを、完全に捨てきることも出来ない、そんな心境であった。 「あぁ、ちなみに、安心していい。俺は今回は対象外だからな。俺はここまでお偉いさん方を運んできただけだ。平和になったヴァレフールにはもう用はない。契約相手を探すなら、こちらの若い方々の中から選んでくれ」 苦笑を浮かべながらガフがそう語ると、ボリスは再び何とも形容しがたい感情を抱きながら、ひとまず今はこの感情が自分の中から消え去るのを願っていた。 2.5. 従属騎士の誕生 一方、そんなやりとりを横目にグランは、ある一つの決意を固めて、おもむろにレアの前へと一歩踏み出た上で、片膝をついて訴えかけた。 「レア様、一つお願いしたいことがあるのですが、よろしいでしょうか?」 「なんでしょう?」 「私はこれまで傭兵として生きてきましたが、そろそろ一人の君主として、私の力を必要としている『主』に仕えたいと考えています。今回の祝賀会、私も参加させて頂けないでしょうか?」 「ほう? それはつまり、我がヴァレフールの将の一人として、ですか?」 「そう察して頂ければありがたいです」 この唐突な申し出に対して、レアはガフに意見を求める。 「彼は、信用出来る人物ですか?」 「騎士としての腕は信用出来ますな。統治者としては未知数ですが」 「統治者として未熟なのは私も同じですから、それは問題ありません。では、あなたはどんな国を望んでいますか?」 グランに対してレアがそう問いかけると、彼は率直に答える。 「私は幼い頃から様々な戦場を渡り歩き、不安に怯える人々を見てきました。そんな人々が少しでも安心して過ごせる国を作りたい、と思っています。それは、かつて私のことを実の子のように育ててくれた、ある一人の君主の理想でもありました。今はもうその君主はこの世にはいませんが、私は彼の志を受け継ぎたいと考えています」 真剣な表情でそう訴えるグランの瞳から、彼のその言葉に一片の欺瞞も偽飾も含まれていないことをレアは実感する。レアは、彼女が心の底から信頼する幼馴染の護国卿にも通じる「より地に足のついた理想」を求める輝きを、グランの言葉から感じ取っていた。 「あなたの戦いぶりは私も上空から見ていました。実力としては申し分ないでしょう」 レアはそう言った上で、周囲の君主達に視線を向ける。 「腕が立つ奴が増えるのは歓迎だ」 ダンクはグランに対して、満面の笑みを浮かべながらそう告げる。ダンクの中では、もう既に「仲間」として受け入れる気は満々のようである。 「戦力が増えるのは歓迎ですね。問題は、信用出来るかどうかですが」 リューベンはそう言いながら、グランを値踏みするような視線で眺めながらも、どちらかと言えば好意的な雰囲気は漂わせている。リューベンの本音としては、別に信用は出来なくても、何らかの形で利用出来る価値さえあればそれでいい、と考えているのだろう。 他の面々は、今のところ、積極的に賛成も反対もしていない様子である。ウォート、ラファエル、クリフトの三人は、いずれも領主としては新参であるが故に積極的に進言するのは憚られる立場にあり、ユイリィに関しては「人を見る目がない」と自認してしまっている以上、この場で意見を言える筈もなかった。 そんな臣下達の様子を確認した上で、レアは改めてグランに問いかける。 「あなたは私に聖印を捧げる覚悟はありますか?」 実は現状において「レア直属の領主」はあまり多くない。この場にいる者達の中では、ウォート、ユイリィ、ダンクは彼女に聖印を捧げているが、リューベンは「オディール男爵ロートスの従属君主」であり、ラファエルは「セシルの従属君主となる予定の独立君主」であり、クリフトは(その特殊な聖印故に「通常の従属」が出来ないため)「実質的に護国卿トオヤに従属しているも同然の独立君主」である。元来は七男爵以外の君主は伯爵家の聖印の直属となるのがヴァレフールの慣習であったが、内乱時の混乱の影響もあって、今のところレアは「各々が従属したいと思った時に聖印を捧げれば良い」という方針を示していた。 だが、これが「新参の君主」となると、話は別である。素性の知れない者にいきなり一つの村や軍隊を任せるということになれば、必然的に「絶対的な忠誠の証」として、その聖印をレアに捧げて従属君主となることは、当然必須条件となる。 「もちろんです。それが無ければ、このようなことは申しません」 グランもここに至るまでの間にレアに関する評判はある程度聞いている。その上で、実際に彼女を目の前にして、直感的に「信じて仕えるに値する君主」と判断したらしい。彼は自らの聖印を彼女に差し出すと、彼女はそれを受け取り、そのまま同じ規模の聖印を彼に授ける。そしてレアは、おもむろにグランに対してこう告げた。 「実は現在、一度伝染病で滅びた村を復興しようという計画があるのです。もしよろしければ、あなたをその復興計画の責任者に任命しようと思うのですが、いかがでしょうか?」 その村の名はヴィルマ。数年前に謎の伝染病の被害が発生し、その被害拡大を防ぐためにレアの父ワトホートの手によって焼き討ちにされた「いわくつきの土地」である。当時の領主の一族は既に全滅しており、様々な理由から誰もその地の復興には手を貸そうとはしなかった。だからこそ、「外様」の君主こそが適任と彼女は判断したのである。 「分かりました。ありがたく承ります」 グランはそう答えながら、改めて深々と頭を下げた。こうして、ここに新たな一人の「従属騎士」が誕生したのである。 2.6.1. 道中〜出発〜 新戦力としての「魔法師」を勧誘に来た筈が、思わぬ形で「君主」を手に入れてしまったレアは、改めてヴェルナに対して語りかける。 「さて、これで『祝賀会に参加する君主』が一人増えてしまいましたが、必ずしも君主と魔法師が同じ数でなければならない訳ではないですし、問題はないでしょう。で、そちらにいる四名の魔法師の方々は全員『祝賀会』の参加者、ということでよろしいのですか?」 「はい。君主の方々と同じ数になるように、あと三名に参加を打診しているのですが、色々と諸事情により、彼女達が祝賀会に間に合うかどうかは、まだ分かりません」 ヴェルナがそう答えると、ダンクが割って入る。 「おい、それはどういうことだ? 俺達は魔法師がそちらに七人いると聞いて来たんだが。間に合わないなら、他にもいくらでも若い奴はいるだろう。そいつらを連れて来ればいいじゃないか」 「それは……」 確かに、それはその通りである。エーラムには契約相手を探している若い魔法師はいくらでもいるし、出来れば君主と魔法師が同じ数である方が話はこじれにくい。 もっとも、この時点でヴァレフール側が君主の数を一人勝手に増やしている以上、レアとしてはその点にあまりこだわる気は無い。そして、険悪な雰囲気になるのを避けるために、ここでユイリィが口を開いた。 「まぁまぁ、ダンク殿。彼等には彼等の事情があるのでしょう。それに、あなたも未熟な魔法師は必要としていないでしょう?」 「そうだな。確かに、中途半端な奴が来て、すぐに使い物にならなくなっても困る」 ダンクはこれまで三人の魔法師を戦場で「使い潰して」きたことで有名だが、決して無駄死にさせたい訳ではない。魔法師自身の魂が救われるような「栄誉ある死」を与えたいというのが彼の本意であり、あまりにも実力不足な魔法師では、それすらもままならない。ダンクは少し考えた上で、改めてヴェルナに問い直した。 「ということは、少なくともここに来てる奴等は全員、今すぐ戦場に出しても大丈夫な『選りすぐりの魔法師』ということでいいんだな?」 「えぇ。それは保証しましょう。先ほどの戦いを見て頂けていれば分かる通り、それぞれ出来ることや専門分野は違いますが、皆、一線級の魔法師の筈です」 「では、その言葉を信用するとしよう」 こうして、彼等はヴェルナの案内に従って、祝宴会の会場となる「青の迎賓館」へと向かうことになった。なお、ガフに関しては「俺は部外者だから」と言って、会場には同行せず、飛行船の管理と警備のために船内に残ると宣言する。彼は会場へと向かう客人達の背中を眺めながら、静かに呟いた。 「まさか俺と入れ違いで、あの二人がヴァレフールに来ることになるとはな……。いい出会いがあることを祈ってるぜ、グランも、御曹司も」 2.6.2. 道中〜先輩と後輩〜 会場へと向かう道中において、グランは改めて周囲の君主達に自己紹介していた。会場に着いたら、今度は(自分を含めた)君主達は魔法師達の自己紹介に耳を傾けることになる以上、今後の自分の同僚となる彼等に対して自分の存在を記憶に留めてもらうには、今しか機会がないと判断したのであろう。 「グラン・マイアと申します。若輩者ですが、ご指導ご鞭撻のほどをお願い致します」 そんな彼に対して、最初に質問を投げかけたのはリューベンであった。 「あなたは、その聖印をどこで手に入れたのですか?」 「流浪の君主」に対して、まず最初に気になるのは、確かにそこだろう。 「これはかつて、クラインという魔法師に率いられたパンドラの者達に襲撃された時に、彼等から逃げ延びる際の戦いの中で、気が付いた時には私の身体に備わっていたのです」 「では、自力で作り出した、と?」 「はい」 グランとしても、その時のことは明確には覚えてはいない。ただ、その場には彼に聖印を分け与えられるような君主は誰もいなかった以上、そう解釈するしかない。無我夢中で混沌と戦っているうちに、偶発的に混沌核に触れ、無意識のうちにそれを聖印へと書き換えていたのだろう。 「それは素晴らしい。かの始祖君主レオンをはじめとして、偉大な君主達の中には、そのようにして聖印を作り出した者もいると聞く」 リューベンはそう言ってグランを持ち上げながらも、内心ではやや訝しげに思っていた。聖印の由来を確認する術はない以上、名も知られていないような辺境の君主から奪い取った聖印を、そのように自称しているだけの可能性もあると思いつつ、今はひとまずグランの本質を見極めるために、あえて彼に話を合わせるように会話を続けていた。 「私も偉大なる君主に続けるような、この聖印に恥じない者になりたいです」 「ぜひ期待したいところです。それにしても、パンドラに狙われるとは不運でしたな。奴等は非常に邪悪な、この世界から絶滅させなければならない存在です。もし、貴殿が再びパンドラと相見えることになった時は、今度は我等と力を合わせて立ち向かいましょう」 リューベンはグランの口ぶりから、彼がパンドラに強い恨みを持っていそうな雰囲気を感じ取り、あえてこのような言い回しを用いることで、彼のより深い本音を聞き出そうとしていた。 だが、そんなリューベンの発言に対して、その近くを歩いていたレアが、ほんの一瞬だけ表情を曇らせる。直感力にすぐれたグラン、ローラ、ヴェルナの三人だけはその表情の変化に気付くものの、彼女がリューベンの発言の「どの部分」に反応したのかまでは読み取れない。 そんな中、ダンクが会話に割り込んで来た。 「貴殿のその聖印を、更に強化する方法がある」 「ほう」 「それは、唯一神様に帰依することだ。この世界に聖印をもたらしたのは唯一神様であり、貴殿が聖印を自ら作り出せたのも、間違いなく唯一神様のお導きに相違ない。つまり、貴殿は唯一神様に選ばれた存在であり、おそらくその聖印には、唯一神様から与えられた特別な力が宿っている筈だ。その真の潜在能力を覚醒させるためには、やはり唯一神様の声に耳を傾けなければならない。幸い、ヴァレフールには聖印教会の教えを学ぶ施設はいくらでもある。我がソーナーの村に来れば、いつでも我等が聖典を読み聞かせてやろう」 「そうですね。私はまだここに来て間もないこともありますし、ゆっくり考えていきたいと思います」 グランはひとまずそう言って、この場は軽く受け流すことにした。これまで旅先の各地で聖印教会系の騎士達と出会って来た経験もある彼にしてみれば、この手の類の君主に対しては、あまり真正面から取り合わない方がいい、ということも実感していたようである。 2.6.3. 道中〜農村の審査官〜 一方、フリックは改めてヴェルナに声をかけていた。 「先ほどは、落下時に衝撃緩和の魔法をかけていただき、ありがとうございます」 「いえいえ、こちらこそ。カナハ村の領主様の護衛の方だったのですね」 「はい、そうです」 「確か以前にお顔を見かけたことがあった筈なのですが……、もっと早く気付いていれば、上手く連携が取れていたかもしれませんね。とはいえ、私は何も出来ませんでしたが」 ヴェルナとしては、あくまでも「自分は先程の戦いでは何もしなかった」という体裁を取り続けるつもりらしい。なお、彼女はカナハ村にはブラフォード動乱終結後にラファエルをアキレスへと連れ帰る際に立ち寄った程度であり、互いに相手のことを覚えていなくても仕方がない程度の関係であった(むしろ、その程度の関係だったからこそ、ユイリィもフリックも、彼女の「被害」には遭わずに済んだのである)。 一方、そんなフリックに対して、彼等の少し前を歩いていたランスが声をかける。 「キサマが我の化身のローちゃんを庇ってくれたこと、感謝するぞ」 「ありがとうございます。あの巨人を召喚された方なのですね」 「うむ。我が名は堕天使ヤマトゥ! ヤマト教の教祖!」 「ヤマトゥ……?」 フリックは、事前に確認していた「参加者予定者」の名簿を思い出すが、その名前に聞き覚えはない。すかさずローラが訂正に入った。 「すみません、ランス・リアンです!」 「それは『仮の名』だ!」 「ランス君、ダメでしょ!」 「それは『この世に顕現するための仮の名』にすぎない」 「ランス君、それぐらいにして下さい!」 「何をだ?」 そんな「リアン家の日常会話」が繰り広げられる中、フリックは何かを悟ったような顔を浮かべながら呟く。 「なるほど、なかなか個性的な方なのですね」 それがフリックの中での精一杯の「穏便な表現」であった。その上で、フリックはそのまま語り続ける。 「今回は魔法師としての実力はもちろんのこと、皆さんの人柄も見た上で、判断させていただきたいと思っています」 ユイリィの意思を代弁するようにそう語るフリックの隣で、ユイリィは黙って笑顔を浮かべながら頷く。それに対して、ヴェルナも会釈を返しつつ、「魔法師側の代表者」としての「一般論」を述べる。 「そうですね。それはこの後の祝賀会の席でも判断していただければ、と思います。彼等のような個性も含めて、それらが良く働くか悪く働くかの判断は、そちらにお願いしたいと思います」 ランスが作り出してしまった「微妙な空気」を、ヴェルナがそんな「曖昧な大人な表現」でなんとなくうやむやに流したところで、今度はボリスがフリックに問いかけた。 「ちなみに、どのような人材を求めているのでしょうか?」 「一番重要なのは『誠実さ』ですね。領主に仕える立場ですので、忠義を尽くせる方というのがまず第一ですね」 「我だな」 間髪入れずに挟み込まれた彼のその発言に関しては、もはや誰も何も言う気は起きなかった。 「もちろん、カナハの村は平和な村ですので、環境はそこまで悪くはないと思います。食べ物も美味しいですし、和やかな職場ですよ」 実際、カナハはヴァレフールでも有数の穀倉地帯の中心に位置する農村である。その話を聞いたヴェルナが「余計な一言」を呟いた。 「そういうことなら、私は料理には自信があるので、ぜひ一度お伺いしたいですね」 これに対して、少し離れた場所で彼等の話を耳にしていたウォートとラファエルが、露骨に顔を顰めている様子に、ランスは気付く。 (きっと彼等も、彼女を狙ってるんだろうな。「優秀な料理人」は貴重だから、よその村に取られたくないよな) 一人で勝手にそんな想像を働かせつつ、ランスは祝賀会での料理が楽しみになって、気付いた時には集団の先頭を歩いていた。そんな彼がまた何かやらかすのではないかと心配なローラが、恐縮しながらすぐ後を追っている。 二人のそんな光景を眺めつつ、グランは小声で呟いた。 「彼女は大変そうだな……」 とはいえ、ここまでのところ、グランは真面目に後輩の面倒を見ているローラに対しては好印象を抱いている。一方で、全体を統率しつつ、自分の戦場での功績をひけらかさずに黙々と勤めを果たしているヴェルナに対しての評価も、彼の中では着実に高まりつつあった。 (とはいえ、俺は完全に新参者だし、今はまだ、他の人達と争ってまで魔法師を要求出来る立場でもないしな) グランとしても、優秀な魔法師を補佐官として傍に置けるなら、ぜひとも迎え入れたい。これから一つの村を再建するにあたって、為政者としての経験のない自分が一人で取り組むよりは、博識な魔法師の支援があった方が望ましいことは言うまでもない。とはいえ、いきなりの乱入で士官させてもらえただけでも、今は十分に満足すべきだろう、という気持ちの方が、今の彼の中では強かった。 2.6.4. 道中〜亡国の青年達〜 そんな中、グランはふと、もう一人の魔法師であるボリスに声をかける。自分と同年代くらいに見える同性の彼は、グランから見れば一番気楽に話しかけ易い相手であった。 「さっきは、水中だったにもかかわらず、途中から皆が動きやすくなってたみたいだけど、あれは君の魔法の効果かな?」 「確かに、私が水中呼吸の魔法を使いましたけど、そこまで見えていたのですか?」 「傭兵稼業をしていれば、いろいろな戦場を渡り歩くことになるからね。どんな魔法を使っていたかくらいは分かるよ」 さらっとそう言い切ったグランに対して、ボリスはボリスで先刻から密かに気になっていたことを問いかける。 「ところで、ガフさんとはお知り合いなのですか?」 「あぁ、まぁ、傭兵として彼と同じ人に雇われたことがあってね。その時に彼と共闘したことがあるんだ」 グランがいつの時点でガフと共闘していたのかは不明だが、グランがおそらくボリスと同い年くらいと仮定すれば、「ボリスの祖国を滅ぼした戦争」の際に、グランがいた可能性は低いようにボリスには思えた。少なくともボリスの記憶にある限り、当時の敵軍の中に「自分と同世代の少年」はいなかった筈である。 「そうですか。あ、すみません、こんなことを聞いて」 「いやいや。さっきも話してたことだし、別に隠すことでもないしな。それに、俺も以前に彼から聞いたことはあったんだよ。『子供ながらに聖印を受け取って奮戦していた亡国の御曹司』の話をね」 実際、グランはその話を聞いた時、その「御曹司」に深く共感していた。祖国を失った身としても、幼い頃から戦場にいた身としても、どこか自分に通じるものを感じていたのだろう。 「そうだったんですか」 「あの人も傭兵なりの矜恃ってものがあるからね。だからこそ、君を助けたんだろうけど」 「でも、彼のことは好きにはなれなくて……」 「まぁ、それはしょうがないだろう。殺したいとか思うほどなのかい?」 「それは……、言えないですね」 「どう思おうが、別にそれはいいんじゃないかな? 彼自身、それを承知した上で君を助けたんだろうし」 「助けた、っていうところも、ちょっと、思うところもあったりして……」 「それなら、素直に彼と話してみるのもいいんじゃないかな。少なくとも、彼はある程度は受け止めてくれるような器量はある人間だから」 「……考えてはみます」 「うん、考えるだけでいいよ」 グランとしても、それ以上は何も言えなかった。もし仮に、二度にわたって自分の居場所を奪ったパンドラのクラインが目の前に現れたら、そこにどのような大義や矜持があろうとも、グランは彼女を許すことは出来ないだろう。だからこそ、この問題に関しては、部外者があまりとやかく言うべきではないということを、彼も分かっていたのである。 2.7. 想定外の先客 やがて彼等は、エーラムの中でも有数の豪奢な建築物として知られる「青の迎賓館」に到着する。この時点ではまだ夕刻に差し掛かろうとする時間帯であり、祝賀会は陽が落ちた頃合いから開始の予定であったので、ひとまずは「君主(来客)用の待合室」と「魔法師用の待合室」に分かれて、開催までの時間を過ごすことになった。なお、「待合室」とは言っても、それぞれが数十人規模の宴会場として十分機能する程度には広く、軽食や食前酒なども用意されている。 迎賓館の責任者から館内の説明事項などを一通り聞いたところで、ヴェルナが全体に(主に魔法師達に)向かってこう言った。 「それでは皆さん、申し訳ございませんが、しばらくお待ち下さい。私は少し準備がありますので、一旦失礼しますね」 彼女はそう言って、何処かへと去っていく。その上で、君主およびその従者の人々と、魔法師組は、それぞれの待合室へと案内されることになった。 ****** だが、ヴェルナ以外の3人が案内された「魔法師部屋」には、意外な先客がいた。今回の祝賀会には実質的な「名義貸し」として名簿上にだけ名を連ね、実際には参加する予定はないと言われていた、エステリア家の三姉妹である。 「ようやく来てくれましたのですね。もう待ちくたびれましたよ。ヴァレフールの方々はどのようなご様子でした?」 長女のカナン(前掲図左)に急にそう言われて、ボリスは面食らう。残りの二人もどう答えて良いか分からない。しばしの沈黙の後、ひとまず彼女は自己紹介を始める。 「私はカナン・エステリア。私達エステリア三姉妹の長女にあたる者です。専門は元素魔法ですので、就職先としてはなるべく前線でこの力を生かせるところが良いかと思っているのですが」 同じ元素魔法師であるボリスは、系統こそ違うものの、カナンの噂は聞いたことがある。極めて優秀で実戦向けの元素魔法師にもかかわらず、どの君主とも契約しようとはせず、現在はどこかに調査任務に向かっているらしい。その彼女がいつの間にかエーラムに帰還し、しかも急に契約に前向きになっているというのは、完全に想定外の展開であった。 そんな彼女に対して、いつものごとく何も考えずに「彼」が語り始める。 「うむ、キサマらも、この祝賀会に参加する人達か。我が名は堕天使ヤマトゥ。ヤマト教の教祖だ!」 ここで、エステリアの三姉妹は「堕天使」という言葉にピクッと反応した。 「すみません。正確に言って下さい。あなたは『堕天使』ですか? それとも『堕天使の縁者』ですか?」 「我が名は堕天使ヤマトゥ! ヤマト教の……」 「違います、違います! 申し遅れました。私はローラ・リアンと申します。彼は弟弟子のランス・リアンです。彼が言っていることは、彼なりの世界観の話なので気にしないで下さい!」 毎度お馴染のローラによる訂正がすぐさま繰り出されるが、三人はボソボソと何かを相談し始める。 「いや、でも、今、確かに、彼は『堕天使』と名乗っていたぞ」 「しかし、まさか本当に、しかも自分から……?」 「だが、年齢的に考えれば、ありえなくもない話だが……」 そんな彼女達の雰囲気を目の当たりにしたローラは、前回の邪神騒動の時と同様に、またしてもランスの放言が厄介な事態を呼び込みそうなこの状況に、戦々恐々としていた。 ****** その間に、ヴェルナは密かに館の外に出た上で、魔法杖通信を試みていた。通信相手は、エステリア三姉妹の師匠(義母)であり、先刻の湖出現の「犯人」と思しきフェルガナ・エステリア(下図)である。 「もしもし、フェルガナ先生?」 「私だ。今のこの時点で私に通話してきたということは……、『何か』に気付いたか?」 「いえ、気付いたというほどの話でもありませんが、先ほど、例の平原で大規模な混沌の収束が発生し、魔物が出現しましたので、関係者の職員の方々にはご連絡しておこうと思いまして」 一応、ヴェルナとしては「そういう建前」で連絡することにしたらしい。 「なるほど。一応、私も関係者と言えば関係者か。まぁ、今回はクロードに、ウチの娘達の名前を貸して欲しいと頼まれただけなんだがな。正直、祝賀会に遅刻して参加出来なかったとなると、彼女等の評判も落ちるとは思うのだが、どの道、あの子達はもう今更就職する気があるとも思えんし、気にする必要もないだろう」 「私がよく知ってるのはルナだけですが、確かに、そのような印象ではありますね。まぁ、先程の混沌災害の時は彼女等は現場にいなかったので、被害には巻き込まれずに済みましたが、彼女等がいてくれた方が助かった、というのが正直なところです。ほら、カナンさんがいれば、アレが使えるじゃないですか?」 「ん? いや、水中呼吸の魔法に関しては、クロードのところのボリスがいただろう?」 「おや、先生? 私は水中呼吸の魔法が必要になったなんて、一言も言ってませんよ」 フェルガナは内心で舌打ちする。 「……私に連絡してきた時点で、もう気付いているのだろう? 私もクロードには色々と借りがあるから、あいつに頼まれて手伝わされることになった訳だが……、まぁ、あの程度なら問題は無かっただろう?」 「えぇ。ただ、万が一、本当に何か企んでいられると困るので、念のため、ですね」 「それならば、私の方も念のため言っておくが、あの弓使いの君主に関しては、私の仕込みではないからな」 逆に言えば、それ以外については「仕込み」であることを否定する気はないらしい。しかも、どうやら彼女は「現場」が見える場所にいたようである。 「エーラムの方ではなかったようですしね。ということで、一応の確認でした。あと、迷惑料代わりに一つ要求するくらいはいいですよね?」 「……何だ?」 フェルガナにしてみれば、彼女達のために苦労して仕組んだ努力に対して、感謝どころか「迷惑料」を要求されるのは甚だ心外なのだが、とりあえず話は聞くことにした。 「精神回復剤を何本か要求したいです」 「なるほど。確かに、重労働ではあっただろう。とはいえ、この後は特に魔法を使わなければならないような『仕込み』も用意していないのだがな。一応、念のためすぐに届けさせよう」 「それはありがたいです。会場が始まるまでに手配していただければ」 こうして、ひとまずの「確認」を終えたヴェルナは、魔法師部屋へと向かうのであった。 2.8. 堕天使を追う者 ヴェルナが魔法師部屋の扉を開けると、そこに「いる筈のない三人」の姿を発見した彼女は驚愕し、そして助けを求めるようなローラの視線を向けられる。 「え? どういうこと? ルナ、間に合ったの?」 「えぇ。無事に間に合いました。おかげさまでどうにか」 エステリア三姉妹の次女ルナ(前掲図右)がそう答えた瞬間、ヴェルナは「明らかな違和感」に気付く。その上でローラに問いかけた。 「で、ランス君が何かした?」 状況的に、そのことはすぐに察しがついたらしい。だが、それに対して答えたのは、三姉妹の末っ子のユニス(前掲図中央)である。 「彼が、自らが堕天使であると言い出したので……」 「違うんです〜」 「当たり前であろう」 ローラとランスが同時にそんな反応を示したのに対し、ユニスは少し苛立った表情を浮かべながら、話を続ける。 「それは今、私達が追っている特殊任務と関係する話なのだ!」 ユニスのその様子から察するに、明らかに彼女達はランスに対して何か強い嫌疑をかけていることは分かる。だが、それ以上に強い嫌疑が、既にヴェルナの中では湧き上がっていた。 「特殊任務っていうと、ルナ達がこないだブレトランドの山の方に行ってたってやつ?」 ヴェルナがルナに対してそう問いかけると、ルナは一瞬間を開けた後に、ガクガクと頷く。 「そう、それです、それです」 「で、あなたは誰ですか?」 「え? 誰って……、わ、私はルナ、ルナ・エステリア……」 明らかに動揺した様子の「ルナ」に対して、ヴェルナは淡々と告げる。 「ルナはそんな喋り方はしません。それから、彼女が今行ってるのは『山』ではなく、『島』です」 ルナの親友であるヴェルナがはっきりそう断言すると、「三姉妹」は小声でボソボソと何か語り合い始める。 「ほら、だからもっとちゃんと事前に調べておかなきゃって言ったでしょ」 「そんなこと言ったって、本人に会ったことないんだから、喋り方なんて知らないわよ」 「確か、山にも行ってた筈なんだけどなぁ……」 周囲が明らかに不審な視線を向ける中、三人は何かを覚悟したような顔を浮かべながら、「魔法のような何かの力」を発動させ、その外見を「別の女性の姿」へと変える(下図)。 彼女達はいずれも漆黒のドレスを見にまとい、そして身体の各所に「三日月」をあしらった装飾具を身にまとっている。ローラにはその装飾具に見覚えがあった。 (あれは確か……) ローラの記憶が確かならば、彼女達の装飾具は、ローラの故郷のヘカテー教団の聖章に酷似している。より正確に言えば「少し前の世代の人々が付けていた聖章」のデザインであった。ただ、彼女達の外見年齢はローラと同世代くらいに見えるが、少なくとも彼女の故郷では見覚えのない少女達である。 そして三人のうち、先刻まで「ユニス」の姿だった者(前掲図中央)が、ランスを指差しながら問いかける。 「私達は、この地に『邪悪なる堕天使』が現れるという予言を受けて、そやつから『ある人物』を守るために、この地に潜入して来た。だから、そこの少年が本物の堕天使かどうかは、重要な問題なのだ。もし本物ではないとすれば、なぜそのような偽装工作をしているのか? 誰かを庇おうとしているのではないか?」 「バレてしまっては仕方がない。我は堕天使ヤマトゥ。我が誰を狙っているのかは知らんが、我が堕天使だということは、そちらにバレてしまっているようだな」 「……ランス君、まず、お願いがあるの」 ローラが、これ以上に無いほど真剣な表情で詰め寄ってきた。 「何だ?」 「部屋の隅に行ってて下さい! これ以上はやめて!」 さすがに、自分の教団の関係者かもしれない彼女達との間で、彼の妄言によって無益な争いが発生するのは耐えられないらしい。 「おぅ……、まぁ、仕方がない……、部屋の隅で待っていよう」 さすがに彼女の本気度合いが伝わったようで、ランスはおとなしく彼女達から離れて行く。その様子を目の当たりにした「先刻までユニスだった少女」はローラに問いかける。 「なぜお前はそこまで『あの男』を庇い立てする?」 「そりゃあ、とてもうざったい奴だし、面倒ごとしか起こさない奴ですけど……、私にとっては大事な弟弟子です」 「では、奴が本当に私が探している『堕天使ルシフェル』だとしても、貴様はあやつを庇いだてするのか?」 「私は、彼が堕天使ではないと信じているので」 さすがに、そのことに関してだけはローラは確信を持って断言出来る。ランスの言うことは何一つ信用出来ないが、この件に関して「何一つ本当のことは言っていない」ということだけは、この場にいる他の誰よりも強く確信していた。 両者の間に緊張感が走る中、ヴェルナがおもむろに手をあげる。 「話に割り込むようで申し訳ないですが、彼が『あなた方が探している堕天使』ではないと、証明しましょうか?」 「ほう? どうやって?」 「その堕天使に関する詳細な情報を教えて下さい。『所在探知』の魔法で探してみます」 赤の学部で伝授される所在探知の魔法は、特定の物品や人物の在り方を特定することが可能となる。もっとも、そのためには「正確な情報」と「膨大な精神力」と「集中して魔法を唱え続ける時間」が必要となるのだが。 「とはいえ、どちらにしてもそれ以前の問題として、あなた方がこの場に侵入してきたことは看過出来ません」 ヴェルナが臨戦態勢を整えながらそう言い放つと、「ユニスだった少女」も一歩も引かずに言い返す。 「しかし、それを言うならば、それが本当に正しいかどうかを我々は判断出来ない。はっきり言わせてもらうが、我々はエーラムが『堕天使ルシフェル』を匿っているのではないかと考えている。その意味では、この場にいる者達全員が容疑者なのだ。その中で、まさか自ら名乗り出る者がいるとは思わなかったがな。だから、正直なところ、貴様らはこやつを身代わりに差し出してごまかそうとしているのか、と我々は考えている」 「我は嘘はつかん」 部屋の隅でランスがそう呟くと、その少女は改めて彼を指差しながら、ヴェルナに対して話を続けた。 「正直、こやつが本物である可能性は低いと私も思い始めている。あまりにもおかしい。あまりにも不自然だ。ということは、やはり他のどこかにいるのではないか?」 「それに対してこちらが証明する術はありません。ただし、そうでない場合、我々の対応としては、そもそも『魔法師と君主の会談の場』であるこの館に侵入した時点で、あなた達は犯罪者である以上、あなた達を拘束し、その堕天使とやらについては、この会談を脅かす可能性がある以上、私達が独自の調査する。そういう結論になるでしょう」 「なにを!?」 「ユニスだった少女」が激昂しかけたところで、「カナンだった少女(前掲図左)」が彼女を制して、彼女に代わってヴェルナとの交渉に応じる。 「仮に、あなた方が本当に『堕天使ルシフェル』を知らないとするならば、私達としてもあなた方と争う気はありません。そして、あなた方が本当に『堕天使ルシフェル』を危険視するのであれば、あなた方が争うべき相手は私達ではない筈です」 「こちらとしても無駄な争いが避けられるのであれば、それに越したことはありません」 「『私達が先ほどまで化けていたあの三人』は、この祝賀会には出られないそうですね。だから、私達が『あの三人』の振りをして潜入調査を続けて、この会場内にいる堕天使を探し出す。それに対してあなた方が妨害しないのであれば、私達とあなた方が対立する必要はありません。それでいかがですか? 少なくとも我々は、まだ契約も果たしていないような魔法師に引けを取るとは思いませんよ。たかだが3対4で勝てるとお思いですか? だとしたら、随分舐められたものです」 そう語る「カナンだった少女」の視線は、明らかにヴェルナ達を見下している様子である。それが奢りなのか、ハッタリなのか、確固たる根拠に基づいた自信なのかは分からない。ただ、「得体の知れない相手」を相手にいきなりコトを構えるのは、色々な意味でリスクが高すぎることも、(ランス以外の)この場にいる者達は分かっていた。 この場を預かるヴェルナとしては、少しでも穏便に解決する道を模索しつつ、あらゆる危険性をより確実に排除するために、あえてもう一度問い返した。 「そもそも前提として確認したいのですが、あなた方はこの会場にその『堕天使』がいると確信を持って来ているのですか?」 「えぇ。それは『我が主』の力によるものです」 彼女達が「普通の魔法師」であれば、「主」とはおそらく「君主」のことだろう。だが、「闇魔法師」なのだとすれば、その「主」もまた「魔法師」や「混沌の力を用いる何か」である可能性が高い。 そして、彼女が「我が主」と言った時、彼女は首元にある「三日月の聖章」に手を当てていたことにローラは気付く。だとすると、彼女達にとっての「主」とは、ローラにとっての「女神」そのものである可能性は十分にあり得る。だが、今はそのことを言い出せる雰囲気ではないと思ったローラは、あえて黙ってこの場の裁定をヴェルナに委ねた。 「では、まずその点に関してはっきりさせて頂きましょう」 ヴェルナはそう言うと、誤審を防ぐためにランスを近くに呼び寄せた上で、彼女達から「堕天使ルシフェル」の詳細を聞き出す。彼女達曰く、堕天使ルシフェルとは異界から投影された「かつて(その世界における)神に逆らった天使」である。その出身世界に関しては諸説あり、様々な形状でこの世界に現れる個体が何種類か存在するらしいが、彼女達が追っているのは「天使の羽と悪魔の羽を三枚ずつ背中に生やした男性型の投影体」らしい。これまで世界各地に現れて、様々な災厄を撒き散らしてきたと言われているという。ヴェルナはその情報に基づいて、多大な精神力と時間を費やし、「所在探知」の魔法を発動させた。 (これは……) ヴェルナは確かに、その「堕天使」の存在を感知した。それは彼女の極めて近く、おそらくは「この館の中」にいる。だが、あまりにも近すぎて、その正確な方角までは探知出来ない。しかし、その距離感から察するに、明らかに「今、自分の真横にいるランス」ではないことも確認出来た。 「結果は出ました。この建物の中に堕天使ルシフェルなるものがいることは間違いないです。その点に関しては真実です」 ヴェルナはそう言った上で、ボリスに視線を向ける。 「オクセンシェルナ魔法師は、どう判断します?」 この言い回しだと、ボリスのことを指しているのか、クロードのことを指しているのか、どちらとも解釈は可能である。参加者を管轄する権利を持っているのは副主催のクロードだが、この場でボリスが彼の名代として返答することも可能だろう。 だが、ここでボリスは「ひとまず師匠に確認する」という道を選んだ。彼は先刻のヴェルナと同じように、一旦この場から離れた上で、魔法杖通信を試みることにしたのである。 ****** 「どうしました?」 「参加しない筈だった『三人の魔法師』の代わりに、『堕天使』なるものを探している人達が来ているのですが……」 ボリスとしても、今の状況の説明は非常に難しいが、あまり長々と説明している時間はない。突然そう言われたクロードは当然困惑するが、まず一つずつ状況を確認する。 「代わりに、とはどういうことです? フェルガナ先生が代理で寄越した、ということですか?」 「いえ、多分、勝手に来たのではないかと……」 「で、その三人は何者ですか?」 「それがどうにも……、ただ、『堕天使』を探しているとしか……」 「堕天使ですか……、そういえば、そう名乗っている学生が一人いましたね」 「それについては『彼』の姉弟子が否定しているようです。どうやらその三人も、多分彼は違うのではないかと思っているようで……」 「ふむ……、では、少し待って下さい」 クロードはそう言って、魔法杖通信を繋げたまま、「魔法杖の向こう側」で時空魔法を用いてこの状況を解析する。しばしの間を開けて、彼は通話に戻った。 「では、面白そうなので、しばらく泳がせてみましょう」 「はぁ……、面白そうだから、ですか……」 ボリスにしてみれば、その言い回しから、何か少し嫌な予感を感じる。 「まず、最初に言っておきますが、『これは』私の仕込みではありません。ただ、何か事件が起きようとしているのであれば、それをあなたが解決すれば、あなたの株も上がるでしょう」 「では、私の株を上げるために仕組んだことではないのですね?」 「違います。『これは』違います」 どうやら、「それ以外のところ」で何かを仕組んでいることは否定しないらしい。それについては、ボリスも先刻の「湖」の一件は不自然に思っていたので、概ね師匠の思惑は察する。具体的に何がどこまで「仕込み」なのかについては、おそらく聞いても教えてはくれないだろう。それを読み解くのもまた一つの試練だとクロードが考えているであろうことは予想出来る。 「もし、その三人が何か怪しい動きをみせるようでしたら、その時点で対応して下さい。実際、ヴァレフールの人々の中に、そのルシフェルなる者が潜んでいないとも限らないですしね」 「そのルシフェルについて、何か知ってることはないですか?」 「少なくとも私は、そのような投影体に関しては、初めて聞きました」 クロードは召喚魔法にも通じている以上、異界の諸々についてもそれなりに詳しいが、どうやらそのルシフェルなるものは、彼の得意領域である「中華世界」とは無縁の存在のようである。 「分かりました。ありがとうございます」 そう言って、ボリスは通信を切った。 ****** 「害がないようであれば、放っておいてもいいんじゃないですか?」 戻ってきたボリスは、ヴェルナにそう告げる。 「その言い方からして、それはあなたと言うより、クロード先生の判断なのですね?」 「えぇ」 ヴェルナは時空魔法科においてクロードの授業を受けていたため、彼の人となりはよく知っている。そしてボリスとしても、別にそのことを隠すつもりはないらしい。 そして、この場にいる残り二人の魔法師のうち、ランスにこの件に関して相談すれば、彼が何と答えたとしても、事態はより混乱するだろう。だからと言って、ローラだけに相談しても、それはそれでランスがまた横から何か余計な口を挟む可能性が高い。そう考えると、ここは「主催者代理」と「副主催者代理」の判断で決定した方が早い、と判断したヴェルナは、三人に対してこう告げる。 「あなた達の偽装による参加を認めましょう。念のためもう一度確認しますが、我々や君主の方々に危害を加えるつもりはない、ということでよろしいですね?」 「えぇ。ただしそれは、あなた方や君主の方々が『堕天使ルシフェル』ではないという前提の上での話ですが」 「その条件で構いません」 ヴェルナがそう答えると、三人は再び「エステリア三姉妹」の姿に戻る。そして「ルナ」はヴェルナに対して、薬瓶のような何かを差し出した。 「では、とりあえず、協力の証にこれを」 それは「錬成魔法師」という彼女の「肩書き」に合わせて用意されていた精神回復剤であった。先刻の所在探知の魔法でヴェルナが大量の精神力を費やしたことを察した、彼女なりの配慮らしい。 その後、フェルガナの命令によって五本の精神回復剤も届けられ、それらも含めて魔法師達は先刻の戦いで消耗した気力を蘇らせつつ、余った薬を使用人に頼んで「君主部屋」にいる(先刻の戦いで参戦していた)フリックとグランへと届けさせる。なお、この際、ローラは「『ルナ』から貰った方の回復剤」から、どこか懐かしい匂いを感じる。それは、彼女の故郷において、女神ヘカテーの力を根元とする自然魔法師達が作り出す回復剤と、同じ匂いであった。 2.9. 邪紋使いの見解 その間に、君主部屋ではグランが想定外に発生したこの「待ち時間」を利用して、ヴァレフールの君主達の交流を深めつつ、同国の歴史と現状について学んでいた。 ヴァレフールの初代伯爵であるシャルプ・インサルンド、更にその父親である英雄王エルムンドにまで遡る同国の長い歴史と伝統の重さ、そして連合の一員としての現在の立ち位置、ブレトランド内に現存する他の国々との関係、そして今も小大陸各地に存在する魔境の存在、覚えなければならないことは山ほどある。それに加えて「領主として守るべき君主道」についても、この場にいる君主達(主にダンク)から「それぞれの信念」を滔々と聞かされていた。 一方、フリックは先刻の戦いの状況を事細かくユイリィに説明していた。 「先程はお疲れ様でした。あなたから見て、あの四人の魔法師の方々はどうでしたか?」 「そうですね。四人とも実力としては申し分ないと感じました」 「では、人間性としてはどうですか? あなたの勧めは?」 「私が評価するのもおこがましいですが……」 フリックは、少し考えた上で、言葉を選びながら答える。 「魔法師は個性が強い人が多いと聞きますが……、あのランスさんという人に関しては、随分クセというか、アクの強い人ですね」 どうもフリックの中では、あまり彼のことは採用したくなさそうである。 「なるほど。他の三人に関しては?」 「今のところは素直な受け答えが出来ているようなので、問題ないかと」 「表裏は無さそう、ということですね」 「他の魔法師との関係などについては、今後の祝賀会の場で明らかになっていくと思いますので、その時にユイリィ様ご自身の感性で決めて頂くのも大切かと」 そんな会話を交わしつつ、やがて祝賀会の準備が整い、彼等は宴会場へと導かれる。なお、その間に届けられた魔法師部屋から届けられた回復剤については、フリックは特に不要と判断したので、より多くの精神力を費やしていたグランに譲ることにした。 3.1. 君主達の自己紹介 祝宴の会場の準備は整った。会場に集まったヴァレフールの君主およびその侍従の者達とエーラムの魔法師達を前にして、まずは主賓のレアが全体に対して挨拶する。 「レア・インサルンドです。私は、つい半年ほど前までサンドルミアに留学していました。その間に祖父が死去し、その継承をめぐって諸々の争いがありましたが、最終的には私がこうして爵位を継ぐことになりました」 その辺りの事情については、魔法師側も概ね伝えられていた。無論、それはあくまでも「表向きの事情」だけだが。 「私が契約魔法師の人達に求めているのは『対話して相手を理解する能力』です。ヴァレフールには色々な人達がいます。色々な価値観の人達が力を合わせなければ、国は成り立ちません。皆さんそれぞれに色々な考え、信念、理念があるでしょうが、異なる立場の人達とも、まずは話し合って相手を理解しようとする心、それを私は望んでいます」 レアがそこまで語ってしまったことで、そのままなし崩し的に「参加者紹介」をする流れとなったため、司会者としてのヴェルナの進行の下で、まずは君主達の紹介が始まる。 「では、続けて君主の皆様方をご紹介させて頂きます。まずは、リューベン・ケリガン様。アントリアとの国境沿いに位置する長城線を守る三つの村の一つジゼル村の領主様です。オディール男爵様の弟君にあたります」 最初の名を呼ばれたリューベンは、先刻までレアが語っていた「お立ち台」へと向かい、彼女に代わって語り始める。 「私は、兄二人と共に長城線を守る立場です。ですので、その契約魔法師としては、即戦力として戦える実力の方が望ましいですが、戦争において必要なのは直接的な武力だけではない。小技で裏から補助して下さる方も当然必要であり、むしろそういった方の方が私は好ましいと考えています。その上で、私が必要としているのは『向上心』です。より高みを目指す心。魔法師として高みを目指す『志』のある方と私は共に歩んでいきたい、そう考えています。詳しい話はまた後で直接お話ししましょう」 リューベンはそう言いながら、七人の魔法師達に視線を向ける。 (どうやら私の意図に関係なく、美しい女性が多いようですね。さて、これは妻にどう言い訳すれば良いものやら……) そんなことを考えながら彼は壇上から降り、ヴェルナに「次」を促した。 「では続きまして、ソーナー村の領主ダンク・エージュ様です」 呼ばれたダンクは、意気揚々と皆の前に立ち、朗々と演説を始める。 「俺が魔法師、というよりも、この世界で力を持つ者達全てに求めること。それは死を恐れないことだ。我々力を持つものは、力無き者のためにこの力を振るう義務がある。そして、力無き者を守るために混沌と戦い、死んでいった者達の魂は救われる。俺はその魂の救済の手伝いをしたい。だから、この世界のために命を捧げる覚悟のある者だけ、俺のところに来てくれればいい」 彼もまた魔法師達を見渡すように視線を向けるが、その中でも彼は特にランスに対して、最も強い熱い視線を送っていた。 (あの少年、先程は「堕天使」などと言っていたが……、一体、何者だ?) 聖印教会の本流の教義には「天使」も「堕天使」もいない。だが、異界の宗教の影響を受けた一部の宗派では、絶対神の下僕や敵対者として、そのような概念を取り入れている者もいる。この少年が言うところの「堕天使」とは何なのか? ダンクは契約魔法師探し以前の問題として、まずそのことを確かめなければ、という考えに囚われていた。 「続きまして、カナハ村の領主ユイリィ・カミル様です」 ユイリィは穏やかな微笑みを浮かべつつ、どこか影を背負った雰囲気を漂わせながら、静かな声で語り始めた。 「私がこういった機会を与えられるのは、これが2回目になります。以前の契約相手の魔法師とは、色々あって不幸な結末を迎えてしまったのですが、今にして思えば、あれは彼だけが悪かったのではなかったのかもしれない。私も、もう少し彼のことを理解してあげるべきだったのかもしれない。しかし、私もそこまで人の心が深く分かる訳でもない。言葉にしてもらわなければ分からないこともあります。ですので、思ったことを素直に打ち明けて下さる方、裏表のない方が私は理想です。平和な村なので、赴任後はあまり戦いには縁がないかもしれませんが、どのような魔法師の方であっても、きっとそのお力を役立てる機会はあると思います」 フリックに見守られながら、彼女はそう語る。ただ、前の二人に比べると、魔法師達を見定めようとするその視線には、どこか弱々しさ、自信の無さが表れていた。魔法師達と正面から向き合わなければならないと思いつつも、そこまで深い人間関係を築くことを、まだ心のどこかで恐れているようにも見える。 「続きまして、湖岸都市ケイの領主代行ラファエル・ドロップス様です」 この場にいる君主達の中では最年少である13歳の少年は、ユイリィ以上に自信がなさげな顔を浮かべながら、なぜか紹介してくれたヴェルナに対して微妙に距離を取りつつ、どこか恐縮した面持ちで語り始めた。 「すみません、まず、僕の立場は非常にややこしいのですが、 僕は今、領主代行、そして男爵代行としてケイの街を治めています。しかし、ケイの街の本来の領主は現在、故あってグリースに留学しているセシル・チェンバレン様です。僕はもともと、あの方の下に仕えていました。故あって今は少々ややこしい関係にあるのですが……」 彼は、何をどこまで説明すれば良いのか迷いつつ、少し呼吸を整え、やや口調を改めて、話を続ける。 「私から一つ断っておかなければならないことは、セシル様が戻ってきたら、私はあの方の従属君主になる、ということです。ですから、今の私が男爵級の独立聖印を持っているとはいっても、あまり高い地位を望まれる方の御期待には添えないと思います。先程のリューベン様の話の中に『志』という言葉がありましたが、私の場合は、あまり強い向上心を持っている方の期待には、残念ながら応えられそうにありません」 意を決して「本音」を語ったものの、やはりどこか後ろ向きな印象が拭えない自己紹介をしてしまったことに、ラファエルは若干の自己嫌悪に陥る。そんな彼を元気付けるように、彼の懐からイタチが現れ、そして彼の肩から首のあたりに巻きつく。 ローラが再びそのイタチに目を奪われている中、初めてその姿を目の当たりにした「エステリア三姉妹」も、ヒソヒソと何かを話し始める。 「ねぇ、あれって……」 「イタチ、よね……」 「じゃあ、もしかして、あの子が……?」 彼女達がそうささやき合っているのに対して、逆に君主側の中にも「先刻までいなかった三人」に対して不自然な視線を送る者達もいる。おそらくは彼女達がヴェルナの言っていた「到着が間に合いそうにない三人」であろうことは推測出来るものの、微妙に他の魔法師達と距離を取って「三人だけの世界」を形成しているように見えることは、グランも含めたヴァレフール側の君主達に対して、若干の不自然さを与えていた。 中でも、彼女達に対してひときわ強い「不信感」を感じ取っていたのは、フリックである。彼は「混沌の匂い」を嗅ぎ分ける能力を有しており、その彼の嗅覚は、この三人があきらかに「普通の人間」ではないことを彼に告げていた。通常の魔法師ならば「肉体そのもの」はただの人間の筈である。この世界においては、投影体や邪紋使いが魔法を使うことも無くはないし、実際にフリックは「そのような者」と戦ったこともあるが(ブレトランド八犬伝8参照)、経験上、それは「まともな魔法師ではない」というのが彼の中での認識である。 (彼女達は一体、何者なんだ……?) フリックがそんな疑念を抱いていることを知る由もなく、ヴェルナはそのまま淡々と司会進行を続ける。 「続きまして、オーキッド村の領主ウォート・ザンシック様です」 ウォートもまた、ヴェルナに対してどこか恐怖感を浮かべているような愛想笑いを浮かべながらも、それなりに場慣れした様相で自己紹介を始める。 「私はこの中ではダンク殿に次ぐ二番目の年長者ということになりますが、実はまだ父の聖印を引き継いだばかりで、領主としては一番の新参者です」 厳密に言えば、この場に加わったグランという「更なる新参者」がいるのだが、彼はまだ厳密に言えば領主ですらないので、この説明も間違いではない。 「私の所領であるオーキッドは首都に近い港町なので、どちらかというと交易中心の土地柄であり、あまり軍備に重きをいてはいません。もちろん、それでも敵が攻めて来た時は戦わなければなりませんが、私自身、それほど際立った戦技の持ち主ではありませんし、このようなことを言うとダンク殿に怒られるかもしれませんが、私としてはなるべく争いは避けたいと思っています。特に、故あってアントリアの方々とは、なるべくなら戦いたくはない。もちろん、一領主に過ぎない私がどうこう言える立場ではありませんが、出来れば『人と人との争い』は避けたいと思っています」 もっとも、オーキッドは地理的にはアントリアからは一番遠い南端の港町である。首都に近い以上、海から攻められる可能性もないとは言えないが、そこまでの大艦隊が派遣されれば、到着前にどこかで海戦となるだろう。その意味では、カナハと同じくらい「戦争とは縁遠い土地」と言えるかもしれない。 なお、唐突に引き合いに出されたダンクであるが、彼は別に不機嫌になっている様子もない。彼は他の君主達からは「好戦的な戦闘狂」のように思われているが、あくまで「混沌撲滅主義者」であって、人間同士の争い(その中でも特に「力を持たない者達」を巻き込む「戦争」)を好まないという意味では、実はウォートとそれほど立場は変わらないのである。 「続きまして、タイフォン村の領主代行のクリフト様です」 その呼び出しと共に、エーラム到着以来、一言も喋らずに、なるべく目立たないように振舞っていた(しかし、その姿であるが故に必然的に魔法師達からは好奇の目で見られていた)鉄仮面の男が、ようやく表舞台に立ち、仮面の下からやや籠もった声で語り始める。 「私は領主代行。タイフォン村の領主は、現在護国卿を務めているトオヤ殿。私はその留守を任されている者。それだけです」 ただそれだけ言って、彼はあっさりと引っ込んだ。この場にカーラがいれば「いや、それじゃ全然アピールになってないだろ!」などと叱責されるだろうが、数百年間引きこもり続けていたクリフトには、今はこれが限界だった。 当然、魔法師側もこの彼の態度に対しては、明らかに不審な目を向ける。中でも特に訝しげな目で見ていたのは、やはり「エステリア三姉妹」であった。 「あいつも怪しいよね?」 「逆に怪しすぎて、違う気もするけど……」 「いや、そう思わせて、裏の裏をかいて、実はやっぱりあいつが……」 そんな微妙な空気が会場全体に広がる中、それをかき消すようにヴェルナが「最後の一名」の名を挙げる。 「それから、飛び入りでの参加となりましたグラン・マイア様です。ヴァレフールの『一度滅亡した村』の復興の指揮を取られることになったそうです」 グランは、先刻までの君主達の話を思い出しつつ、今の自分がこの場で語るべきことを率直に語り出す。 「ご紹介に預かりました、グラン・マイアです。よろしくお願いします。復興を仰せつかった身としては、その地に住む人々と力を合わせて進めていきたいと考えておりますので、民の声を聞いて、民のために行動する、そういった方と契約したいと考えています。若輩者で新参で、まだ右も左も分からない者ですが、これからよろしくお願いします」 実際のところ、この「民のための村を築く」というのは、確かにグランが長年抱き続けてきた一つの大きな目標である。それに加えて、実は彼の中にはもう一つ、「パンドラのクラインを倒す」という目標もあるのだが、それは今この場で「ヴァレフールの君主」として語るべきことではないと判断したらしい。出来ることなら、そこまで付き合ってくれるような魔法師と契約出来ることが望ましいが、まずは「今の自分が、今の自分の立場にいて果たすべきこと」を優先しようと彼は考えていた。 3.2. 魔法師達の自己紹介 「では、ここからは魔法師の皆様を順番に紹介していきます。まずは今回の副主催クロード・オクセンシェルナ魔法師の弟子、ボリス・オクセンシェルナ魔法師です。専門は朽葉系統の元素魔法になります」 ヴェルナは公的な場において、他の魔法師のことを「様」でも「殿」でも「君」でもなく、「○○魔法師」と呼ぶ。あまり一般的な呼び方ではないが、「身内(エーラム側)の名前を呼ぶ際」において上下関係を意識させないようにするには、確かに無難な言葉遣いといえよう。 「今、紹介されましたクロードの弟子で、名前をボリス・オクセンシェルナと申します。私が一番興味があるのは『この世界の真理』を探求することなので、出来れば、そのことを理解して下さる方と一緒に働けたらな、と思っています。ただ、戦闘も出来るので、その点は心配なさらないよう、よろしくお願いします」 ボリスは淡々と、素直に自分の思うところをそのまま述べる。魔法師として積極的に契約を求めるのであれば、もっと具体的に政務や戦争において自分がどのような形で役立てるかを強調すべきなのだろうが、そこあであまり過度に自分を飾り立てても、就職後に過度の激務を強いられるだけかもしれない。それよりは、「自分と価値観の一致する君主」に交渉相手を絞るために、あえて最初から本音を語った方が正解なのかもしれない。 「では、続きまして、リアン家のお弟子さんの方々ですね。まずはアルジェント・リアン魔法師の弟子のランス・リアン魔法師です。専門は青系統の召喚魔法になります」 呼ばれたランスが、勿体振った振る舞いで皆の前に立つと、会場全体がややザワついたような空気に包まれるが、彼は「いつも通りのポーズ」で語り始める。 「今呼ばれたのが、我、堕天使ヤマトゥである。我はヤマト教の教祖にして、ヤマト教を統べる者。我と契約したならば、その村は、我がヤマト教の聖地となり、ヤマト教の発信の地として、今後一生名を連ねることになるであろう。我がヤマト教は全ての民の平等を願っている。全ての民の幸せを願っている。我が定めるのは……」 「あ、はい。ありがとうございました。時間が押していますので、次の方の紹介に移りたいと思います」 ヴェルナがそう言って無理矢理話を終わらせると、ランスは渋々ながらも存外あっさりと引き下がった。この場にいる者達の大半が、彼のこの口上を聞くのが2回目なので、それほど驚いている様子もないが、やはり全員が奇異の目で彼を見ている。 「次はメルキューレ魔法師の弟子にあたります、ローラ・リアン魔法師です。専門は夜藍系統の時空魔法です」 ローラは「彼の後はやりにくいんだよなぁ……」と内心で呟きつつ、平身低頭しながら皆の前に出る。 「ローラ・リアンです。先ほどは弟弟子のランス・リアンがご迷惑をおかけしました。あくまで彼なりの世界観の話ですので、そう理解してくれると嬉しいかな、と思います」 こうやって彼の奇行の後始末をするのも、もはやこれが何回目なのかも分からない。そんな状況にうんざりしつつも、彼女は気を取り直して、自分自身の自己紹介を始める。 「私は田舎の村の出身なので、あまりこの世界のことは詳しくありません。ですので、色々と勉強していける君主様のところに就職出来たらな、と思います。私は夜藍の時空魔法師なので、あまり戦闘には向いていません。出来るとしても支援くらいしか出来ないので、そのことをご考慮頂けると助かります」 彼女はランスとは対照的に、何一つ自分を飾ることなく、むしろ「自分に出来ないこと」を強調する。それはボリス以上に後ろ向きな自己紹介ではあったが、彼女の謙虚さ、誠実さは確かに君主達には伝わったであろう。もっとも、そのような「消極的な性格の魔法師」を好む君主がこの場にいるかどうかは、まだ彼女にも分からないのであるが。 「では、次はフェルガナ・エステリア魔法師のお弟子さんの三姉妹ですね。まずはカナン・エステリア魔法師。専門は橙系統の元素魔法になります」 君主達にしてみれば、ここから先の三人は「まだその魔法師としての力を見ていない面々」なので、必然的により強い好奇の視線が注がれることになるのであるが、「カナン」の口から語られたのは、そんな周囲の期待を大きく裏切る内容であった。 「カナン・エステリアです。このような場に出席させていただいて、このようなことを申し上げるのも恐縮なのですが、私はまだもうしばらくここで研究を続けさせて頂きたいと考えています。ただ、将来的には就職したいという考えもありますので、いずれ研究がひと段落した時に就職するときの参考までに話を聞かせて頂ければ幸いです」 「魔法師契約を求める者達の集いの場」である筈のこの祝賀会におけるこの発言は、露骨に周囲の空気を凍りつかせる。しかも、見たところ彼女は七人の中でも最年長と思しき風貌であり、既に魔法学生としての通常課程は修了しているように見える。その状態で「まだしばらく研究を続けたい」ということは、いつの時点になれば就職する気があるのか、皆目見当もつかない。 とはいえ、この状況において彼女が採るべき対応としては、これが確かに最善手である。下手に「契約相手候補」として期待を持たせた上で「実は偽物でした」と言われた方が、君主としてはより一層腹立たしさも増すであろう。それよりは、最初から自分には関心が向かないように仕組んだ方が、最終的に場を収める上ではまだマシである。 そして、ヴェルナによる紹介を待つこともなく、そのまま残り二人も淡々と勝手に自己紹介を始める。 「ルナ・エステリアです。紫の錬成魔法師です。私も姉と同様です」 「ユニス・エステリアです。常盤の生命魔法師です。私も同じです。御了承下さい」 そのあまりの「やる気のない態度」に対して、君主側の間で妙な空気が広がる中、ヴェルナが強引にこの場の状況をまとめようとする。 「それでは最後に、今回司会を務めさせて頂きます、わたくし、時空魔法師のヴェルナ・クァドラントを加えた七名が今回出席する魔法師となります。よろしくお願いします」 あえて自分も詳細な自己紹介を避け、「詳しい話は、この後で各自が個別に聞けばいい」という空気を作り出すことで、先刻の三人の「不自然なまでに簡素な自己紹介」をごまかそうとしたのであろう。 だが、ここでレアが一つ、部屋の隅に視線を向けながらヴェルナに問いかける。 「一応、確認なのですが、あの子は魔法師ではないのですか?」 その視線の先にいたのは、給仕達に混ざって整列していたユタである。 「彼は私の弟弟子にあたるユタ・クァドラントです。エーラムに入門してまだ日が浅いので、契約するような立場ではありませんが、今回はお手伝い役として同席してもらっています」 一応、そう言われた以上は自己紹介した方がいいと考えたユタは、おずおずと前に出て、上目遣いに周囲を見渡しながら口を開く。 「ユタ・クァドラントです。専門は生命魔法です。皆様、時間に余裕があれば少しお話を聞かせて頂ければ嬉しいです」 ヴェルナとしては、ユタは今回の正式な参加者ではないものの、もし「どうしてもユタと契約したい」という強い希望があれば、彼の卒業まで待ってもらった上で契約する、というのも認めても良いか、と考えてはいた(もっとも、実質的には、まずその前に実地研修の段階を踏むことになるだろうが)。 こうして、飛び入り・乱入・補佐役を含めた、君主八人と魔法師八人による「お見合い交渉」の幕が、切って落とされたのである。 3.3. 新たな容疑者 一通りの自己紹介が終わった段階で、以後はしばらく立食形式で自由に歓談する機会が与えられる。それぞれに「興味を持った相手」に対して個別で話を聞きに動き出す中、フリックはユイリィに対して小声で何かを告げた上で、二人でヴェルナの元へと向かった。 「ヴェルナさんは、今回の主催ということでよろしいんですよね?」 フリックにそう問われた彼女は、素直に今の自分の立場を伝える。 「そうですね。今回の主催は私の師匠にあたりますノギロ・クァドラントですので、その関係で私が司会を担当しています」 「それで、ちょっと質問なのですが」 「何でしょうか?」 「私、魔法師の方に関する知識があまりないのですが、魔法師の方で、『混沌の力を身に纏う方』というのは、いるのでしょうか?」 唐突にそう言われたヴェルナは、その質問の意図が分からないまま、少し考えた上で「自身の見解」を述べる。 「基本的には、魔法師が混沌の力を身に宿すということはありません。例外として、魔法師と邪紋使いの力を共存させる方もいないことはないと聞いたことがありますし、邪紋ではないにせよ、何らかの混沌の力を一時的に身に纏うことがあってもおかしくはないでしょう」 実際、自己強化の魔法などによって、一時的に自分の身体に混沌の力を付与することはさほど珍しくはない。ただ、フリックが「三姉妹」から感じ取ったのは、そのような類いの「一時的な強化魔法による混沌の力の付与」とは明らかに異質の力であった。彼はヴェルナとの距離を詰めつつ、周囲に聞こえない程度の声で彼女にささやきかける。 「そうですか……、一応、伝えておきたかったのですが、さきほど、エステリアの三姉妹の方々から『混沌の力』を感じましたので、あの方々は何者なのかということを、確認したいと思いまして。何か変なことをしでかすような方ではないと信じたいのですが……」 先刻の三人のあの様子も含めて、フリックは明らかに彼女達が「普通の魔法師」ではないことを確信していた。その上で、彼女達が「ヴェルナも気付いていない侵入者」である可能性を危惧した上での通告であった。 そんなフリックの真剣な様子を目の当たりにしたヴェルナは、ひとまずこの場を収めるために最適な返答を導き出し、小声でフリックとユイリィに伝える。 「あなたはかなり明確に気付いているようなので、お伝えしましょう。実は『この会場に賊が入り込んでいるかもしれない』という匿名の情報提供がありました。彼女達は、その調査のために魔法師協会から派遣された邪紋使いです。ちょうど出席者の中に欠員が出来ていたということもあり、姿を変えて潜入してもらっています」 正確に言えば、彼女達は「魔法師協会から派遣された邪紋使い」ではないのだが、ここで「正体不明の面々をあえて泳がせている」と正直に告げた場合、余計に話がややこしくなると判断した上での方便であった。 実際のところ、現状において彼女達が「邪紋使い」なのかどうかすらもヴェルナには分からないし、そもそも邪紋使いの中でも「姿を変える能力」の持ち主は極めて稀であり、その存在自体が一般にはあまり知られていない。ただ、偶然にも現在のヴァレフールの護国卿の妻が「姿を変えることが出来る邪紋使い」であり、フリックもユイリィも彼女とは面識があるため、その説明で二人はあっさりと納得する。 その上で、ユイリィは周囲を警戒しつつ、彼女もまた小声で語り始めた。 「了解しました。私も周囲は警戒しておきます。ただ、こちらも上手く説明は出来ないのですが、このフリックには『混沌の力を嗅ぎ分ける能力』が備わっています。ですので、もし邪悪な投影体がこの会場内に存在すれば、彼はその存在を把握出来る筈です。そして、少なくともこの場にいる君主七人の中に、混沌の力を身にまとった者はいない。そうですよね?」 「はい」 フリックはそう答えた上で、念のため周囲の匂いを改めて確認する。君主達以外の、それぞれの侍従の人々などの中にも、邪紋の力が感じられるような者はいない。だが、この時、フリックは「混沌の力なのか何なのかよく分からない気配」の存在に気付いた。その気配の発信源は、ユタである。 「注意深く周囲を見てみたんですが……、あのユタ君から、よく分からない力を感じます」 「ユタが?」 「それが混沌の力なのかどうか、私にもよく分からないのですが……」 そもそもフリックのこの嗅覚は、この世界全体の中で彼を含めた「八人の同志」にしか理解出来ない感覚であるため、どの匂いが何を示しているのか、ということに関して、明確な実証が確立している訳ではない。ただ、それでも確かに彼は直感的に「混沌の力に類すると思しき匂い」をユタから感じ取っていたのである。 「それが『話に聞いている賊』かどうかは分かりませんが……、あそこにいるのが本物のユタかどうかも分かりませんし、警戒はしておきます。ありがとうございます」 ヴェルナはそう言って、ひとまず彼との話を終える。その後、しばらくヴェルナがユタを注視していると、彼の元へとボリスが足を運んだ。その手には、クロードから預かった「料理本」が握られている。 ボリスがユタにその本を手渡すと、日頃はおとなしいユタにしては珍しく、感情を露わにした満面の笑みを浮かべながら受け取る。その笑顔は、ユタが滅多に見せることがない貴重な表情であり、義姉であるヴェルナですら過去に数回程度しか見たことがない表情である以上、ユタのことをよく知らない者が容易に再現出来る顔ではなかった。 「ありがとうございます。これが欲しかったんです」 ユタはそう言いながら、その場でパラパラとその本をめくり、そして「探していた料理が乗っている頁」に辿り着く。 「この『ハッポウサイ』というのが気になってたんですが、主な材料になるこの『ハクサイ』という葉菜は、どこで手に入れれば良いのでしょうか?」 「さぁ? この辺りにはあまり無いとは思いますが……」 ボリスは首を傾げる。異界の食物について話を聞くなら、本来ならばそれは召喚魔法師の領分なのだが、「今この場にいる召喚魔法師」が、果たして信頼に足る答えを出せる人物かどうかと言われると(彼の日頃の言動から)怪しいと考えるのが自然だろう。なお、その「召喚魔法師」は、黙々と一人で目の前の料理を食べ続けている。どうやら彼は、誰かから声をかけてくれるのを期待して、あまり自分から動くつもりはないらしい。 3.4.1. 歓談〜夜藍の矜持〜 一方、そんな弟弟子とは対照的に、先刻は消極的な自己紹介しかしなかったローラであったが、彼女はあえて積極的に、自ら「気になった君主」の元へと足を運んだ。それは、湖岸都市ケイの領主代行にして、今回の参加者の中では最年少のラファエルである。彼はローラが近付いてきたことに気付くと、自分の方から声をかける。 「ローラさん、でしたっけ? 時空魔法師の方でしたね」 「はい。夜藍の時空魔法師です」 「夜藍の、ですか……」 ラファエルは、少し微妙な表情を浮かべながら、訥々と語り始める。 「実は、僕の治めているケイの街は、以前はセシル様のお父様であるガスコイン卿が治めている土地でした。そのガスコイン卿が数ヶ月前に謀反を起こされて、最終的には討たれることになったのですが、彼の元には一人の『夜藍の時空魔法師』の方がおられたのです。鎮圧後も生き残って、現在はエーラムに帰還されているそうですが……」 そう言われて、ローラも思い出した。「最近になってブレトランドから出戻った夜藍の魔法師がいる」という話が、一部の学生達の間で話題になっていたことを(夜藍の学派は「非主流派」であるために数が少なく、それ故にその少数派の間では情報が共有されやすい)。 「……あまり大きな声で話すべきことではないのかもしれませんが、その方が時空魔法を用いて伝えた『真実』が、ガスコイン様を謀反へと駆り立てた、と噂する人々もいるのです」 それが本当に「真実」だったのか? 実はその時空魔法師が意図的に「偽の情報」を「真実」として伝えてガスコインを破滅させたのではないか、という噂も一部にはあるが、ラファエルはその可能性についてはこの場では触れずに、前々から自分の中で抱いていた一つの疑問について、ローラに問いかけた。 「あなたは時空魔法師として、真実を知った時に、その真実は必ず君主に伝えるべきだとお考えですか?」 これは時空魔法師だけに限った話ではない。世の中には「伝えない方が良い真実」もあるだろうし、それを誰にどこまで伝えるかの判断は、各人の責任の元で下されるべき案件である。ただ、より正確な真実を見極める能力を持つ時空魔法師は、常にその問題と向き合い続けることになる。その中でも特に、戦場における破壊力よりも情報収拾面で本領を発揮すると言われている「夜藍の系譜」の者達にとって、これは極めて大きな命題であるといえよう。だからこそ、ラファエルは彼女にこの問いを投げかけたのである。 「いきなりこんな話を持ちかけてしまって、すみません。ただ、もし仮にあなたが重要な秘密を握ったとして、君主にそれを伝えた場合、最終的にそれで君主が破綻するかもしれない。そんな状況においてもあなたは、その真実を君主に告げるべきだと思いますか?」 ローラとしては、唐突なその「重すぎる質問」に対して即答出来ずに、しばし沈黙する。その反応を目の当たりにした上で、あえてそれでもラファエルは問いかけた。 「これは、どちらが正しいという問題ではないと思うのです。僕にも答えは分からない。だからこそ、あなたならどう思うのか、あなたの考えを聞きたい」 そこまで言われたローラは、少し迷いつつも「今の自分の中での答え」を伝えることにした。 「私だったら、うーん……、伝える、かもしれないですね……。伝えることによって、未来が変わるかもしれないし、何か対処する方法が見つかるかもしれない、と私は思います。まだ私は社会経験が足りませんし、これからまだまだ学んでいかなければならない身ですし、未熟な答えかもしれませんけど」 「いえ、十分です。こちらも、いきなり重い話を持ちかけてしまい、すみませんでした」 「いえいえ、そんな」 そうして二人が互いに恐縮し合う中、ラファエルはもう一つの「気になっていた案件」について問いかける。 「そういえば、ローラ・リアンさんとおっしゃいましたが、聞いた話だと、セシル様のところに新たに契約魔法師として赴任された方も、たしかリアンという姓だったかと」 「あぁ、メーベル・リアンですね。私の姉弟子にあたるものです」 「そうだったんですか!」 ラファエルは「この人が相手なら、詳しい事情を話しても問題なさそう」という思いから、急に表情が明るくなる。実際、ローラとしては、もしセシルがケイに帰ってきた場合、それで姉と一緒に働けるのは願ったりな話である。その意味では、ラファエルにとっては「契約の際の障害」になるかもしれないと思っていた点が、ローラにとってはむしろ絶好の好条件となっていた。 そして、今度はローラの方から、一つ気になっていたことを問いかける。 「ところで、さきほどからそこに……」 「あぁ、この子ですか」 そう言いながら、彼は首に巻き付いていたイタチの頭を撫でる。 「この子の名前はジュスティーヌといって、元はただのイタチだったんですけど、僕達『騎乗型聖印』の持ち主は、聖印の力で動物に特殊な力を与えて乗騎とすることが出来るんです」 「じゃあ、先ほど空を飛んでいたのも……」 「えぇ。僕がこの子に、聖印の力で翼を与えたのです」 ローラは先日の無人島合宿の際に、エディが自身の馬に翼を生やしていたことを思い出す。聖印の力でそのようなことが可能だということは、彼女もその時の経験から分かっていたが、「巨大なイタチが翼を生やして空を飛んでいる」という光景は、イタチを神聖視するヘカテー教団の一員である彼女にしてみれば、あまりにも衝撃的な情景であった。 ラファエルはイタチに興味を示してもらえたことに素直に喜びつつ、そのまま語り続ける。 「イタチというのは、地方によっては、ずる賢いだとか邪悪だとか言い出す人達もいるみたいですが、僕はそうは思いません。彼女はいつも僕の言うことをよく聞いてくれています」 「私も、イタチはいい子だと思っていますし、邪険に扱うようなことはしませんよ」 おそらく、セシルが戻ってきた場合、動物好きのメーベルも喜ぶことになるだろう。ローラがそんな状況を妄想しつつ、二人の間でなんとなく「いい雰囲気」が形成され始めていたのだが、そこに唐突に「カナン」が割り込んできた。 「ちょっと私もそのイタチに興味があるんですけど、そのイタチは、本当に最初は『ただのイタチ』だったんですか?」 「え? あ、はい。そうですけど……」 いきなり割って入られたことに驚きつつラファエルがそう答えると、そのまま「カナン」は質問を続ける。 「では、あなたがイタチを乗騎に選んだ理由は?」 「え? いや、その、なんとなく、かわいいかな、と思って……」 なぜそこまでそこに食いついてくるのか分からずに、ラファエルはやや戸惑う。ローラはこの時点で、彼女が自分と同じ「ヘカテー教団の関係者」である可能性が高いと考えつつも、聖印教会の信者であるダンクがいるこの場でその話題は出さない方がいいと思い、あえて黙っていた。 「あと、あなたの家族構成についてお伺いしたいのですが、お父上とお母上はどんな方でしたか?」 「私の父は騎士団長の息子で、母は平民出身の元侍女で、あと、『上の姉』はエーラムで魔法師の修行を積んで、現在は我が国で……」 なおもしつこく質問攻めを続ける「カナン」に対して、ラファエルは、何をどこまで話せば良いのか分からぬまま、色々と説明させられる。 こうして、ローラが取り残された状態となったところで、今度はそのローラに対して、グランが声をかけてきた。実は彼もローラには最初から好印象を抱いていたのだが、自身が新参者ということもあり、ひとまずは他の君主達の邪魔をしないよう「順番」を待っていたのである。 「ローラさん、食事とか、色々楽しんでますか?」 「えぇ」 「色々大変そうですね」 グランはそう言いながら、一人で黙々と料理を食べ漁っているランスに視線を向ける。 「そうですね。今までは『私の姉弟子』と『彼の直接の姉弟子』がいたので、多少は楽だったのですけど、二人がいなくなってしまってから……」 今日だけで、何度「彼の自己紹介」を代行させられただろう。そう考えると、早くこの役回りから逃げたい気持ちもあるが、一方で、ここで自分が誰かと契約して、彼が一人だけ残されることになった場合、本当に大丈夫なのだろうか、という不安も彼女の中にはあった(しかし、だからと言って彼と一生同じ職場で働き続けたいとは思えない)。 「今、ラファエル殿とお話しされていたようですが、どうでした?」 「そうですね、うーん、いい人かなぁ、と思ったり」 「なるほど。それはよかった。気に入った人と出会えることは大事ですからね」 「姉弟子もそれで一度苦労したことがあった人なので、就職には少し不安があるのですけど」 「そうですね。私もじっくり考えていきましょうかね」 当初、グランの中ではローラは「有力候補」として位置付けられていたのであるが、彼女がこのままラファエルとの間でうまく話がまとまりそうなら、新参である自分は身を引いた方がいいな、と考え始めていた。 3.4.2. 歓談〜朽葉の矜持〜 一方、ユタへの「お使い」を済ませたボリスは、周囲を見渡しつつ、まずは歳が近くて話しかけやすそうなジゼル村の領主リューベンの元へと向かった。リューベンは、自分に興味を示してきたボリスに好印象を抱きつつ、ある一つの問いを投げかける。 「先程、あなたは『真理』を追求されると仰ったが、追求した上でどうするおつもりですか?」 「ただ、知りたいだけなんですよ」 「それ以上求めるものはない、と?」 「そうですね。自分自身の在り方とか、そういったことを見極めようと考えているので」 ボリスが素直にそう答えると、リューベンは心の中で「彼と契約した場合の未来」について思考を巡らせる。 (純粋な研究者気質の魔法師か……。それもそれで悪くはないが、問題は彼が「扱いやすい人間」かどうか……) リューベンはボリスの人間性を確かめるために、より率直な質問を投げかけることにした。 「なるほど。では、あなたがこの世界で成し遂げたいことは何ですか? あなたには、何か個人的な野心はないのですか?」 「野心、ですか? それはつまり、お金持ちになりたいとか、名声を得たいとか、そういうことですか?」 「えぇ。それらもまた一つの野心ですね」 「なるほど……。そういったことよりも、この世界の理や法則を知る方が、私としては興味深いな、と思っています」 曇りなき表情でそう答えるボリスを目の当たりにして、「どうやらこの魔法師は、本当に野心を持たない純粋な求道者らしい」ということをリューベンは実感する。それと同時に、リューベンの中ではボリスに対して「扱い辛そうな人材」という評価が確立された。基本的に人間の行動原理を打算から割り出した上で人間関係を構築することを旨とするリューベンにしてみれば、「欲がない人間」は一番その行動原理が読みにくい。長兄や護国卿のように「領民を守りたい」などといった願望があれば(リューベンの中ではそれもまた「野心」の一つとして認識しているので)まだ扱いようがあるが、純粋に知識だけを求める研究者は、リューベンにとっては最も苦手な「御し難い存在」であった。 「確かに、それを知ることで、何かこの世界で役に立つことが見つかるかもしれませんね」 「まぁ、分からないですけどね」 「えぇ、分からないですね」 リューベンのこの素っ気ない口振りから、彼があまり自分に興味を抱いてなさそうな雰囲気を感じ取ったボリスは、これ以上話をしても得るものは無さそうだと判断し、程々に話を切り上げて「次」へと向かうことにする。 今の時点で手の空いている君主はいないかとボリスが周囲を見渡すと、港町オーキッドの領主であるウォートと目が合った。ウォートの方もまた自分に興味を持っているように思えたボリスは、そのまま彼の元へと向かい、軽く挨拶を交わした上で、先刻のウォートの自己紹介の内容の中で、気になっていたことを質問してみることにした。 「そういえば先程、アントリアとは戦いたくない、と言っていましたが……」 「実は、私の兄と従弟がアントリアにいまして。まぁ、アントリアと言っても、遠い北方の村なので、直接戦火を交える可能性は低いとは思いますが、それでも、出来れば彼等とは争いたくはないなという、至極個人的な事情でして」 ウォートにしてみれば、一地方領主の身で外交方針には口出し出来ないことは分かっている。ただ、自分がそのような「個人的感情に流される人間」だということは分かってもらった上で、それでも良いと認めてくれる魔法師と契約したい、というのが彼の本音である。その意味では、ボリスと似たような「最初から契約候補を絞る方針」であったとも言える。 「なるほど。事情は分かりました」 ボリスは淡々とそう答える。実際のところ、ボリスにしてみれば「人々を導く立場にある君主が、肉親の情を優先して行動すること」に対して、特に非難する気もない。今のボリス自身は、この世界全体を極力俯瞰して客観視することに勤めているが、別に同じことを他人に要求するつもりは無かった。 「ちなみに、あなたはオクセンシェルナ家の魔法師とのことでしたが、オクセンシェルナ家は同盟諸国に多くの魔法師を輩出しているということは私も伺っています。そうなると、もしあなたが私と契約した場合、あなたも場合によっては兄弟子などと戦わなければならなくなると思うのですが、そうなった場合、あなたはどうしますか?」 「そうですね……、そうなった場合はそれが『運命』ということですので、私は戦います」 「でも、出来れば戦いたくない、という気持ちはありますか」 「それはもちろん。戦わずに済むなら、そちらの方が望ましいです」 ボリスにとっては、それは同じ一門の者達が相手の時だけに限った話ではない。基本的には「無益な戦い」は可能な限り避けたいというのが彼の本意である。 「私もそれは同感です。そして、あなたは『真理』を追い求めていると仰っていましたが、あなたの求める真理とは、どのような真理なのです?」 「そうですね……」 ボリスは、過去の自分の経験を踏まえた上で、他人にも伝わりやすい言葉を選びながら、自分の考えを端的にまとめようと試みる。 「……地位や立場といったものは、確実なものではないじゃないですか。一夜にして無くなることもあると思うのです。そういった中で、物事の本質だけは変わらないと思うのですよ。私はそれが知りたい」 これに対してウォートもまた、丁寧な言葉で改めて問い直す。 「私は、それなりに学問を修めてきた身ではありますが、基本的には『実学』を中心に学んできたので、そういった『高尚な話』にはあまりついていけないのですけれど、『それ』が分かることで、たとえば、この世界から争いや対立、あるいは飢えや貧困を無くすことにも繋がるとお思いですか?」 問いかけている内容自体は、先刻のリューベンの質問とあまり変わらない。ただ、その微妙な言い回しの違いから、ウォートの方がボリスに対してより誠意を持って、より真剣にこの質問を投げかけていることは分かる。 「可能性は、無くはないのではないでしょうか?」 「そうですね。確かに、可能性があるのであれば、ただ闇雲に戦争を続けるよりは、そのような形で物事の『真理』を追い求めた方が、最終的にはより建設的なのかもしれませんね」 「そうですね。戦争は、出来れば無い方がいいですし」 そんな会話を続けつつ、ウォートの中では、着実にボリスへの好感度は上がっていた。 「ところで、あなたは元素魔法師だとお伺いしましたが」 「はい」 「元素魔法師の中には、海に渦潮を引き起こして船を沈没させる能力のある方がいるらしいですが、あなたはそれを使えますか?」 「私は『そちらの系統』では無いので……」 港町の君主達の間では「渦潮の魔法が使える元素魔法師」は重宝されるが、それは元素魔法師の中でも「橙の学派」(の中でも高位)の魔法師のみであり、ボリスが習得している「朽葉の系譜の元素魔法」では、そのような大規模な魔法は含まれていない。 「では、あなたはどのような魔法が得意なのですか?」 「そうですね……、ちょっと天候を操ったりとか……」 実際のところ、朽葉の学派の元素魔法は、戦場で華々しく活躍する橙の学派の元素魔法に比べると、やや地味な印象を与えやすい。だが、この世界の元素そのものをより根源的な次元から操作する彼等の魔法はより安定性が高く、そして小回りも効く。様々な状況に合わせて、より普遍的に対応可能なのは、朽葉の系譜であるとも言われている。 そして実際、天候操作は農村などにおいては極めて有用な魔法であり、港町の領主であるウォートもまた、そこに強い興味を示した。 「なるほど。それはそれで有用ですね。重要な航海の時には天候を落ち着かせ、いざという時には逆に嵐を起こすことで敵を牽制することも出来る。きっと、あなたの力は我が町においても役に立つことでしょう」 ボリスとしては、これまで自分の魔法をどのようにして世の中に役立たせるか、ということにはあまり強い関心を示していなかった。しかし、どうやらこのウォートという君主は、その点に関して勝手に「有効な活用法」を考えてくれそうな人物のようである。 「率直に言って、私はあなたの能力が欲しいです。あなたの求める真理の探究という点に関して、お役に立てるかは分かりませんが、我がオーキッドは港町である以上、必然的に色々な人々が集まりやすいですから、結果的に様々な情報を手に入れることには繋がるかもしれません」 実際、今回集まっている君主達の中で、全体の統括者であるレアを除けば、最も多くの「情報」を手に入れ易い環境にあるのは、間違いなくウォートであろう。その中に「ボリスが求めている情報」が含まれるかどうかは分からないが、自分の研究に理解を示した上で、自分の魔法に存在価値を見出しているという意味では、ボリスにとってはこの上ない好条件であった。 3.4.3. 歓談〜責任者の矜持〜 こうして、ローラとボリスが「気の合いそうな君主」を見つけて会話を交わしている中、この会場の管理責任者でもあるヴェルナは、先刻のフリックの忠告もあって、ユタや「エステリア三姉妹」の動向を中心に、全体の状況をつぶさに観察していた。 「三姉妹」のうち、「カナン」はラファエルへの質問攻めを続けている。一方、「ルナ」は(誰に話しかければ良いか分からずに部屋の隅で一人立ち尽くしている)クリフトを、そして「ユニス」は(誰かに話しかけられるのを待ちつつ淡々と食事を続けている)ランスを、それぞれ少し離れたところから監視しており、今のところ、彼女達はユタに対しては、特に接触しようという気配は見せていない。 その間にユタは甲斐甲斐しく使用人達と一緒に料理の運搬などを手伝っていたが、そんな彼に対して話す機会を伺おうとしている君主が二人いた。(先刻までヴェルナと話していた)ユイリィと(先刻までボリスと話していた)リューベンである。ユイリィに関しては、おそらくフリックの助言に基づいてユタの正体を突き止めようと考えているのだろうが、リューベンが何を考えているのかは分からない。純粋に「将来有望そうな生命魔法師」を青田買いしようと考えているだけなのか、それとも、ユタの中の「何か」に気付いているのか、現状では判断が難しい。 一方、主賓であるレアに対しては、どの魔法師達も恐縮しているのか、誰も話しかけようとはせず、手持ち無沙汰な状態であった。さすがにこの状況はまずいと思ったのか、ここでヴェルナが彼女に声をかける。 「レア姫様、いかがでしょう? 楽しまれていますか?」 「そうですね。やはり、エーラムには面白い方々がいるようで」 彼女の視線の先には、黙々と料理を平らげているランスの姿があった。 「えぇ。特にあればエーラムの中でも指折りの……」 ヴェルナはそこまで言いかけたところで、彼が「どう表現すれば良いのかよく分からない存在」であることに気付き、言葉に詰まる。その上で、あえてレアに問いかけた。 「……彼に興味がおありですか?」 「私の手に余る存在でしょうね、おそらく」 その意見に対してヴェルナも黙って頷く。そして今度はレアの方からヴェルナに問いかけた。 「あなたは、君主に何を望みますか?」 「君主にですか……、私は基本的に君主の方は助けるものだと思っているので、私から多くを望むことはありませんが、優しい方、民と共に歩める方というのが素敵ですね。ダンク様とか、あと、マーシャルみた……、あ、いや、その、アントリアのジェミナイ閣下みたいな方は、ちょっと苦手です」 思わず「アントリア子爵代行閣下」のことを呼び捨てにしようとしたヴェルナは、慌てて言い直す。そんな彼女の様子にレアは微妙な違和感を感じつつも、あえて深くは踏み込まず、素直に「本題」の話を続けた。 「確かに、それは私も同感です。ただ、私の場合、私の一存で全てが決められる訳ではない。どうしても人それぞれ背負っているもの、許せないものがあるようで……。どうすればそれらの間で折り合いをつけているけるのか、今もそれが分からないまま、試行錯誤を繰り返しています」 「国を治めるというのは、そういうものなのでしょうね。特にヴァレフールは大きな国ですから。レア様の周りには、七男爵の皆様も、護国卿のトオヤ様もいらっしゃいます。もし、私がその輪の中に入れるなら、私は時空魔法を用いて、必要な情報を差し上げましょう。それを判断するのは君主の皆様方です。でも、精一杯、一緒に悩むことは致しましょう。それが、私の思う君主の方と魔法師の在り方でしょうか」 「確かに、君主と魔法師も、対話を通じて分かり合っていくしかないのでしょうね」 「時空魔法は真実を見通します。ですが、その真実を人に伝えることは魔法では出来ません。それは私自身が為さねばならないことですし、それこそが人の力だと私は思っています」 そんな会話を交わしつつ、ふとヴェルナは「あること」を思い出す。 「そういえば、以前、アキレスにいた時に、なぜかよく護国卿の方に睨まれたのですが、何があったのでしょうね」 「トオヤがですか?」 「えぇ。一度、お茶会をした辺りから」 「それについては、一度確認してみないと分かりませんね」 だが、実際にはヴァレフールに帰る前に、レアは「その時のトオヤの真意」を概ね理解することになる。そのきっかけとなる料理皿は、まもなくこの会場に運ばれようとしていた……。 3.4.4. 歓談〜堕天使の矜持〜 こうして、魔法師達が自ら積極的に「好条件の君主」を探し当てている中、相変わらず一人で黙々と豪華な食事を楽しんでいるランスに対して、このような祝宴の場には似つかわしくない「鉄仮面」を被った、タイフォンの領主代行であるクリフトが声をかけた。 「先程の話、途中で止められてしまったが、もう少し詳しく聞かせてもらえないだろうか?」 ようやく興味を示してくれた者が現れたことで、ランスは上機嫌な顔を浮かべる。 「うむ、我の考えを分かってくれる者がいたか」 「考えというか、まず、率直に確認したい。貴殿は『人』ではないのか?」 「我は、元は『人』として生まれた身」 「では、ご両親は『人』なのか?」 「我の両親は『人』であった。しかし、これは我の仮の姿。我の真の姿は堕天使ヤマトゥと呼ばれるものである」 「その『真の姿』とは、どこから来た者なのか?」 「だ、堕天使の、ヤマトゥは……、この世の理では理解出来ない世界から来ておる」 真正面から細かい「設定」を突っ込まれたことで、そこまで厳密に考えている訳でもないランスとしては、徐々に説明に綻びが出始める。だが、クリフトはそのことに気付かないまま、真剣な声で話を続けた。 「そうか……。確かに、この世の理では図りきれぬ存在という者も、この世界にはいる。私自身もそうだ。自分の存在がこの世界の中でいかに異端であるかということを、遥か昔から実感し続けてきた。だが、今の主は、そんな私でも『人』として受け入れてくれた」 そんなクリフトの「自分語り」に対して、ランスは目を輝かせる。 「貴殿も我と同じであったか!」 「同じなのかどうかは分からぬが……、今の貴殿は自分のことを『人』だとは認識していないのか?」 「皆が『人』だと認識しているのであれば、我の体は『人』なのかもしれない。しかし、我自身は『人』ではない」 「では、貴殿は『人』でありたいと思うのか?」 「我は……、皆が我が『人』であることを望むのであれば、我は『人』であり続けるものだ」 この辺りから、ランスは薄々気づき始める。この鉄仮面の男が何者であるかは分からないが、少なくとも「本物」の「人ならざる者」である、ということを。 なお、この時点においてもまだ、「ルナ」と「ユニス」はそれぞれの観察対象と微妙な距離を取りつつ、二人の会話を盗み聞きしていた。しかし、ランスもクリフトもそのことには気付かないまま、クリフトは「自分語り」を続ける。 「私は、自分のことを『人』ではないと思っていた。それが長年の悩みであった。この世界では、『人ではないもの』を『人』と同じように受け入れてくれる者達もいるが、『そのような存在』を受け入れられない者もいる。たとえば、聖印教会と呼ばれる人々から見れば、貴殿は許されない存在なのかもしれない。しかし、我が主であるトオヤは私のようなものを受け入れてくれた。そして彼の下には、私の他にも異形の者達は色々いる」 クリフトとしては「君主としての自分」に「契約したい」と思わせるような人間的魅力があるとは思えない。しかし、このランスという「異形の存在でありながらも人の世界の中で生きている存在(推定)」に興味を持った彼は、ランスとの友好関係を築いた上で自領に招き入れたいと考え、「今の自分が置かれている環境」が「人ならざる者」にとっていかに魅力的かを伝えよう、という戦略を思いついた。 「実は我がタイフォンには『異界の神』がいるのだ」 「異界の神?」 「正確に言えば『異界の神』と『人間』の混血児らしいのだがな」 「う、うむ。堕天使ヤマトゥの親戚のような存在なのかもしれないな」 そもそもランスの中では、自分自身が神なのか堕天使なのかもよく分かっていない。 「貴殿も我が主の元であれば、受け入れられる可能性はある。無論、それは貴殿が『人』と共に生きたいのであれば、の話だがな」 クリフトとしては、ランスが自分自身と契約してくれなくても、トオヤ傘下の魔法師団の一人としてヴァレフールに来てくれるならそれでもいい、と考えていた。現状、トオヤにはチシャとサルファという二人の契約魔法師がいるが、現状のトオヤの聖印の規模を考えれば、もう一人くらい契約相手が増えたとしても問題はない。 「しかし、我はこのヤマト教を世界に広め、この世界をヤマト教で包むという野望がある。この野望を達成するまでは、一つの場所に止まる訳にはいかないのだ」 流れに任せて適当なことを言っているうちに、ランスは自分がどんどん就職の道から離れつつあることに気付き、さすがにこのままではまずいと思ったのか、若干軌道修正する。 「ま、まぁ、その足掛かりとして、一つの町に止まるのも悪くはないのかもしれないがな」 「なるほど。貴殿の中にも色々と迷いがあるのだな」 クリフトは真剣な表情で、ランスに対して同情の意を示す。そんな中、唐突に「ルナ」が割り込んできた。 「今の話に出てきた『異界の神』についてお伺いしたいのですが……」 どうやら彼女にとって、それは黙って聞き流せないほどの重要な問題であるらしい。クリフトが彼女のその質問に対して、何をどこまで説明すれば良いのか分からずに戸惑っている間に、ランスはその場から離れて、別の(先刻新たに到着したばかりの)料理が乗っている食卓へと移動する。なお、この時点で「ユニス」は微妙に距離を取りつつランスの観察を続けていたのだが、気にせずそのままランスは料理を食べ漁り始めた。 そんな中、今度はソーナーの領主にして聖印教会の敬虔な信徒であるダンク・エージュが、真剣な表情でランスの前に現れる(この時点で、その近くで会話を交わしていたローラとグランは、心配そうな表情でランスに視線を向けていた)。 「貴殿の教義に関して、色々と確認したいのだが」 「うむ」 「まず、その『堕天使』という言葉に関してだが、俺も聞いたことがある。様々な教派の中に存在する概念らしいが、基本的には『神に叛逆する者』なのだろう?」 「うむ、そうだな」 「で、その叛逆する相手となる神とは、どの神なのだ?」 「……ど、どの神?」 この時点で、ランスは悟った。この男もまた、別の意味で「本物」であることを。だが、ここで怯む訳にはいかない。 「かつては堕天使ヤマトゥも、神の一人、あるいは天使の一人として君臨していた。しかし、その神は真実の神ではなかった。堕天使ヤマトゥは、そのことに気付き、神に対し申し立てをしたところ、他の神達に裏切られ、堕とされたため、堕天使となったのだ」 「つまり、神は複数いるのだな? お前の中では」 「神は複数いる……、いた……、と思うんだ……」 「ということは、我々聖印教会とは根本的に異なる教義、ということなのだな?」 「聖印教会か。懐かしい名だ……」 「懐かしいということは、まさか貴様が叛逆する神というのは、唯一神様のことなのか!?」 「その唯一神が誰かは知らんが、我は堕天使ヤマトゥ!」 答えになっていないが、もはやそれ以上、何を言えばいいのか分からなくなったらしい。さすがにこれは危険と感じたローラが止めに入ろうとするが、ここでダンクは何かを悟ったような表情を浮かべつつ、落ち着いた口調で問いかける。 「そうか。貴様はまだ子供のようだが、貴様の『親』は、今ここにいるか?」 「我に親はいない。仮の親ならいるがな」 「仮の親でも何でもいい。とにかく、貴様の魔術の師匠はここにいるか?」 「我の魔術の師は、ここにはいないだろう、うむ」 実際、アルジェントはこの会場には来ていない。ただ、連絡を取ろうと思えばいつでも取れる状態にはある。 「貴様と話をするには、まず貴様の師匠に話を通さねばな」 「うむ。我を引き取るには、『上』の許可が必要だからな。当然であろう」 その辺りに関しては、明確な規則はない。だが、「親」がこの場に彼を送り込んでいる以上、本人が自分の判断で誰とか契約することを「親」は既に認めている、と解釈するのが自然であろう。だが、ダンクはこの時点でランスのことを「正常な判断力を持たない(正規の契約を結べる精神状態ではない)少年」と認識したらしい。 「俺もエーラムと喧嘩はしたくない。喧嘩はしたくないが、しかし、『完全に道を誤った若者』がいる以上、それを放っておく訳にもいかない」 「そのような者がいるのか!? それは道を正さねばならんな」 「……どちらにしても、まず一度、『親』を通じて話をすることにしようか」 この時点で、ランスには話が通じていないことはダンクにも分かった。だからこそ、この「哀れな若者」を救うために、まずは「このような若者を生み出してしまった責任者」と話をつけなければならない、という使命感が、彼の中では湧き上がっていたようである。 ランスはそんな彼の想いには全く気付かぬまま、彼が自分に対して好意的な姿勢を示していると勘違いして、まだ自分も手をつけていない「目の前にあった料理皿」を彼に差し出す。 「ところで、こちらの料理などはどうだ?」 「あぁ、頂こう」 ダンクは、ひとまず今の気分を落ち着けるためにその食事に手を伸ばす。その一口が、惨劇をもたらすことになるとは知らずに……。 3.5. 突然の悲劇 「ダンク殿、どうしました!?」 ローラと一緒に心配そうに「ランスとダンクの会話」を観察していたグランが、唐突に大声を上げた。彼等の目の前で、ダンクが突然、口元を押さえてうずくまったのである。それは、ランスに勧められた料理皿を彼が一口食べた直後の出来事であった。 「すまない。手洗い場はどちらかな……」 ダンクはふらつきながら起き上がる。グランが肩を貸しながら、彼を厠へと連れて行く。 「食事に何か混ざっていたのですか?」 「分からん。今まで食べたことがない味で……、何なんだ、これは……」 「落ち着いて下さい。まずは深呼吸を」 「いや、大丈夫だ。おそらく、毒などの類いではない。身体そのものには影響はない。ただ、その、なんというか、味があまりにも衝撃的すぎて、ただ純粋に、気持ちが悪いのだ……」 なお、ダンクは決して美食家ではない。むしろ、質素を尊び、「食事など、戦うための活力補給にすぎない」などと考えている類いの人間である。 「あのダンク殿がここまで苦しむとは……」 「一体、この料理に何が入っているんだ?」 周囲の者達が口々に不安な表情を浮かべる中、またしても「彼」が余計な一言を呟く。 「我の瘴気にあてられたか……」 その瞬間、「ユニス」が腰の細剣に手をかけ、ランスとの距離をその細剣の「間合い」に入る程度の距離にまで近付いてきた。 「キサマも料理が食べたいのか? ならば、食べると良いぞ」 ランスはそう言ってまた手近な皿を差し出すが、「ユニス」の表情から「本気の殺気」を感じ取り、さすがに怯みながら言い直す。 「……食べても、いいよ」 そんな彼に対して、「ユニス」は声を荒げて問い質す。 「今、あの男が食べた料理に、お前は何をした!?」 「あれはおそらく、食べ物のせいではない。あの男は我の瘴気に当てられたのだよ」 この光景を目の当たりにして、さすがにローラも「これは庇いきれないかもしれない……」という絶望感に包まれる。今回の相手は、先日の聖印教会のはぐれ信徒とは訳が違う。ヴァレフール伯爵一行を前に、彼は一人の君主を相手にした傷害事件(?)の「虚偽の自白」を(取り調べ段階で強制された訳でもないのに)勝手に始めたのである。 「実際、我が食べても何ともなかった。キサマも、食べてみるがいい」 ランスはそう言って食べかけの皿を差し出すが、ユニスは細剣の柄に手をかけたまま、一歩も動かない。なお、よく見るとランスが食べていた皿は、ダンクが食べていた皿とは微妙に異なる。かけられているホワイトソースの種類が、一見すると同じように見えるが、若干色合いが異なっていたのである。 ここで、ユイリィはフリックに問いかけた。 「『あの人』は、本当に大丈夫なんですよね?」 そう言われたフリックは念のためランスを改めて凝視するが、彼の身体そのものは、どう見ても普通の14歳である(心が「普通の14歳」なのかどうかは分からない)。 「少なくとも、混沌の力はないです」 フリックはそう答える。ただし、「混沌の力を身に纏っているかどうか」と「瘴気を発生させるような魔法が使えるかどうか」は、全く別の問題である。ここで、ユイリィは一つの「嫌な可能性」に思い至る。 「召喚魔法師の中には、『食物』を召喚出来る方もいるのですよね?」 「そうらしいですね。この状況でそれを即座に召喚出来るのかは分かりませんが……」 なお、フリックが見た限り、ランスが持っている皿からも、ダンクが食べかけで落とした皿からも、混沌の気配は感じない(ちなみに、食物召喚は召喚魔法の中でも「浅葱」の系譜の召喚魔法師の専門領域であり、「青」の系譜のランスにはそもそも使えない)。 さすがにこの状況に動揺した様子のレアに対して、ユイリィとは別の「嫌な可能性」に気付いたウォートとラファエルは、密かにレアに「何か」を耳打ちする。 「はぁ……、はぁ……、なるほど…………」 彼等の「仮説」を聞かされたレアは、ひとまずこの場にいる君主達を自分の周囲に集めて、ウォートに改めて「仮説」を語らせる。ウォート曰く、この祝賀会の現場責任者であるヴェルナは特殊な味覚の持ち主であり、彼女の作る料理は極めて高い確率で「特殊すぎる味付け」が施され、それを食べた者は皆一様に「著しい精神状態の悪化」がもたらされるという。本人には一切悪気はなく、毒でもないので、決して誰かを陥れようとした罠などの類いではない、というのが彼の見解であった。 とはいえ、この時点ではまだあくまでも「仮説」である。饗応を受ける身として、出された料理に対して一方的に嫌疑をかけるのも場の雰囲気を壊すことに繋がりかねない(ましてや、その犯人候補は「実質的な主催者代行」である)。 ひとまずグランが、この宴会の「準備」に関わっていたと思しきユタに話を聞きに行ったところ、「ヴェルナさんが下準備を少し手伝っていたらしい」という情報を得た彼等は、ウォートとラファエルの仮説が正しい可能性が極めて高い、という考えに至る。とはいえ、明確な証拠がない以上、あまりここで騒ぎ立てて険悪な空気にはしたくない、というのが君主達の共通見解であった。 ****** 一方、この間に(なし崩し的に)魔法師達もまた(ランスと「ユニス」が向かい合っている場所に)集まることになる。この時点で、「ユニス」だけでなく、「カナン」も「ルナ」も険悪な表情を浮かべていた。 「あれ? もしかして、ランス君、疑われてます?」 全く今のこの事態を把握していないままそう問いかけたのは、諸悪の根源(推定)のヴェルナである。 「こやつは今、確かに『我の瘴気が』といった。そして実際、あれほどの屈強な戦士が、一瞬にして倒れた。これを今更どう申し開きするつもりだ?」 「これは、我も弁解は出来ないだろう」 満足気な様子で「罪」を自供するランスに対して、ローラは心底うんざりした様子で訴える。 「あのさぁ、ランス君……」 「我は何もしていない。ただ、我の力が何かを引き起こしてしまったようだがな」 「あのね、君が何か喋る度に余計に混乱するから、やめてほしいんだよ……」 「あぁ、キサマらもこの料理を食べるか? 美味しいぞ」 「この状況で食べるのは怖いよ……」 ローラはそう呟きつつ、どちらにしてもこの状況を放置する訳にはいかないため、時空魔法を用いて「ダンクが食べていた料理皿」の本質について調べ上げる。その結果、彼女にもたらされたのは以下の五つの「単語」であった。 「無毒」 「まずい」 「下準備」 「調味料」 「ホワイトソース」 通常、このような形でもたらされた言葉を繋ぎ合わせて「真実」を導き出すのは非常に困難なのだが、今回ばかりは、彼女の中ですぐに「結論」が導き出される。 「どうやら彼のせいではなく、下準備の段階でホワイトソースに変な調味料が混ざってしまったのが原因のようです。あと、純粋にただ美味しくないだけで、人体に影響は無さそうです」 彼女がそう告げると、ひとまず「疑惑のホワイトソース」がかけられた料理を外した上で、宴会は再開されることになった。なお、その間にユタが調理場に確認を取り、ヴェルナが下準備の段階で関わっていたのがそのホワイトソースの生成段階であったという情報を得た君主達は、何も言わずにそのまま(厠から帰って来ないダンクを除いて)参加し続けることになった。 3.6.1. 再開〜新米領主の矜持〜 緊迫した会場の空気を和らげるために、ユタは「口直し」として自らが拵えた「杏仁豆腐」を持参する。最初に興味を示したのはグランであった。 「これは、何です?」 「異界の調理法を用いたデザートです」 正確に言えば、この世界でも大陸の東方(シャーン地方)では同じような料理を作る人々もいるらしいが、ユタが参考にしているのは、かつて彼を拾った錬成魔法師ヨハン・デュランの用いていた調理法である。グランはますます強い興味を抱いた 「ほう、異界の。私、料理には興味があるので、あとでちょっと教えてもらえますか」 「えぇ、それはもちろん」 そんな会話を交わしている中、グランはリューベンとユイリィがユタと話したそうな顔をして遠くから様子を眺めていることに気付き、あまり彼を長時間独占するのも良くないと考え、ひとまずその場を立ち去り、そして今度はヴェルナに対して声をかけた。 「さっきは司会、お疲れ様でした」 「いえいえ。私はただ紹介しただけですし。こちらこそ、その前の戦いの時は助かりました」 「なんとかなって良かったですね。いきなり周囲が水になるとは」 「あの時は本当に助かりました。私は、何も出来ませんでしたけど」 「いえいえ、あなたのあの魔法は素晴らしかったですよ。他の人には分からないようにしていたようですが」 サラッとグランがそう言ってのけたのに対し、ヴェルナは少し驚く。 「あれ? 気付かれていたのですか?」 「傭兵業をしていると、時々出会うのです。立場を隠して魔法を使う人にも。そのおかげで、観察眼も鍛えられたのです」 「正直、あの時点では敵か味方かも分からない人達もいたので、隠させてもらいました。もしお気を悪くされたのなら、すみません」 申し訳なさそうな顔を浮かべるヴェルナに対して、グランはあえて「社交上の口調」から「素の口調」に切り替えた上で、話を続ける。 「いやいや、それは傭兵としては当たり前のことだからね。むしろ、君はそれだけの力があるということは分かった。ところで、いい主は見つかったかい?」 「私としては、レア様やユイリィ様が気になってはいるのですが、問題は、お互いがお互いを気に入ることが出来るかどうかですね。こう見えても、今まで何度も就職には失敗しているので」 「へぇ、そうなんだ。あれだけの力があれば、すぐに見つかりそうなのに」 ヴェルナの料理に関する話を聞いた上で、それでもグランはそう言った。彼にしてみれば、契約魔法師の料理の腕が気に入らないなら、自分で作ればいいだけだと考えているため、その程度のことは契約を拒む理由にはならないらしい。もっとも、より深刻な問題は、ヴェルナは「頼まれてもいないのに勝手に料理を作って周囲に振舞いたがる癖がある」ということなのだが、それに関しても、自分でちゃんと制御すれば問題ないと考えているのだろう(実際に制御出来るかは不明だが)。 「もうかれこれ一年以上、就職活動してますよ」 「そっか。俺みたいな若輩者じゃダメかね?」 唐突かつ率直なその申し出に対して、ヴェルナはあくまで「一般論」として答える。 「うーん……、君主様が偉いかどうか、どこを治めているか、そんなことは気にはしませんよ」 「そういえば、君はどんな君主を望んで、この場に来ているんだい?」 「さきほどもレア様と話をしたのですけど、私はどちらかというと『そこにいる民』と一緒に歩める君主が素敵だな、と思います」 「いいね、それ。私も出来れば、そういった領主になりたいと思っている。私を実の子供のように扱ってくれたあの人は、そんな君主だった」 グランがそんな「自分の境遇」を伝えたのに対し、ヴェルナもまた「話せる範囲」で、今の自分の中に鬱積している想いについて語り始める。 「『ちょっと近しい知り合い』がですね、『結構大きなところ』の君主なんですけど、なんというか、国が大きすぎるというのもあるかもしれないけど、周りの人みんなを警戒しているようで、疲れているように見えるというか……」 「あぁ、確かに。人を疑わなきゃいけないってのは大変だからな」 「国が大きい方がそういうことがあるのかな……」 「色々な人が集まりやすいしね。まぁ、もし良かったら、俺のところに来てくれると嬉しいかな。俺は君が気に入ったよ」 確かに、その意味では「これから復興する村の領主」の方が、「伝統ある大国の国主」よりは契約相手として「気楽」なのかもしれない。ただ、ヴェルナの中では、自分がそのような「気楽な道」を選んで良いのか、という疑念もある。また、誰と契約するにしても、自分自身が背負っている宿業を背負わせて良いのかについても、彼女の中ではまだ逡巡する想いがあった。 「そうですね。考えておきます。この会が終わる時に、いいお返事が出来れば良いかと」 「楽しみにしておくよ」 グランは、つい先刻まで「聖印以外、何も持たざる君主」だった。その彼が、まだ未開とはいえ領主の座を与えられ、このような場に出席出来ただけでも、今の彼にとっては十分すぎるほどの大出世である。この上、更に契約魔法師まで手に入れようというのはムシが良すぎる話かもしれない、という想いは彼の中にはある。しかし、それでも出来ることなら、このヴェルナを契約魔法師として迎え入れたいという想いが、今の彼の中では着実に強まっていた。 3.6.2. 再開〜新米国主の矜持〜 その頃、杏仁豆腐を食べ終えたレアの傍らには、ボリスがいた。最初はボリスの方から話しかけてきたのだが、そんな彼に対してレアは、ふと思いついた疑問を投げかける。 「真理の探究の先に、あなたは何があると思いますか?」 「そうですね、それを知った上で世の中のために生かすのも良いですし。私は、知ること自体に意味があると思っていますが」 先刻のリューベンやウォートの会話の時と同じような答えを示したボリスであったが、ここでレアの側から、ボリスの探求心の根源に関わる質問が投げかけられる。 「では、あなたはこの世界の『真理』は一つだと思いますか?」 「おそらく一つではないかと考えていますが、まだ分からないですね。知らない以上は、何とも答えようがないです」 「そうですね。分かっていないことを分かった気分になるよりは、その方がいいですね」 この瞬間、レアの中ではボリスは「誠実な青年」として位置付けられた。彼女の中では、それは人としてこの上ない美徳である。ただし、美徳に溢れた人物が、自身の契約魔法師としてふさわしいとは限らない。伝統国家を背負う自分を支えられる人物には、それ以上の何かを求めたいというのが、彼女の本音であった。 そんな彼女に対して、今度はボリスの方から質問を投げかける。 「さきほど『対話を重要視する』と仰っていましたが、何かあったのですか?」 人として「対話を重要視すること」自体は、一般論として別に何も間違ってはいないし、それは「言葉を持つ者」として当然のことのようにボリスには思える。ただ、レアがあえてそのことを強調する背景には、何か特別な理由があるのではないか、とボリスは考えていた。 「色々あったのです……。たとえば、我が国にも聖印教会の人達がいます。ダンク殿はその中でも少し変わった人ですが、聖印教会の中には、そもそもエーラムの魔法師と契約すること自体を快く思ってない人も多いです。彼等の主張も分からなくはないですが、それでも私は国をまとめるためには、魔法師の力は必要だと思ってる。だから、彼等を納得させながら、魔法師の方々とも良い関係を築かなければならない。そこで必要になるのは、やはり対話なのです。対話を通じて、妥協点を見つけていくしかない」 実際には、レアの中ではこの「聖印教会」と「エーラム」の間の対話だけでなく、「より厄介な存在」との対話を実現しなければならない、という課題もあるのだが、さすがにそれについてはこの場で語る訳にはいかないので、彼女はより「一般的な議論」の次元で話を続ける。 「あるいは、今、私達は連合の一員として同盟のアントリアと戦っていますが、もともと連合と同盟の争いは大陸の争いが波及した問題である以上、それに関わること自体が不毛だと考える人もいます。彼等の中には『ブレトランドはブレトランドの中で独自に和解して独立勢力になるべきではないか』と主張する人もいる。しかし、『それでは両方から攻められるだけ』と主張する人もいる。だからと言って、完全にブレトランド全体で『どちらか片方」に加わったとしても、やはり『反対側』からは攻められる。そう考えると、結局、『ブレトランド人同士で争うこと』と『ブレトランドで結束して外の人々と戦うこと』と、どちらがマシかという程度の違いでしかない。そんなような議論を、我が国の人々は続けています」 もし、この場にクロードがいれば、レアを相手に軍略講義の一つでも始めるかもしれない。あるいは、他のオクセンシェルナの門下生達がいれば、自らの政略・戦略・戦術の手腕を試そうと、レアに対して契約を申し出たかもしれない。だが、今のボリスはそのような諸国家の興亡にはあまり関心を持たない。しかし、関心がないからと言って、そのような国家間の争いの中で生きる人々を貶めるつもりもない。生まれた家によって、好むと好まざるとにかかわらず、その争いの中で生きることを強いられる身の辛さは、ボリス自身もよく分かっていた。 「あなたは真理を探究すると仰った。探究するのは良いと思います。ただ、探究した先に真理を見つけたとして、それが本当に唯一の真理なのか? 他にも真理はあるのではないのか? 異なる真理同士がぶつかってしまう危険性があるのではないか、という危惧を私は抱いています」 レアがボリスの発言の中で気にかかっていたのは、その点である。もし彼が「世界には一つの真理しか存在し得ない」と考える原理主義的な哲学者であれば、おそらくレアとは相容れられないだろう。ただ、先刻のボリスの返答から、レアの中では彼は「対話する余地のある青年」であるという認識で定まっていた。 「なるほど。お若いのに、苦労されたのですね」 「色々あったんです……。ところで、参考までに聞きたいのですが、あなたは『パンドラ』についてどうお考えですか?」 唐突に脈絡のない質問となってしまったことは、レアも自覚している。しかし、彼女はこの機会に聞いておきたかったのである。エーラム内における一般的な「パンドラ」の認識について。 「詳しく知らないので、何とも言えないです」 それが「魔法学生」としての一般的な認識なのかどうかは分からない。しかし、ボリスのその答えに、レアは幾分救われた心地になっていた。 「それならば、それで良いです。詳しく知らないものを知った気分になるよりは、そちらの方がよほど良いです」 3.6.3. 再開〜名門領主達の矜持〜 グランの後を受けていち早く「ユタとの交渉権」を獲得したリューベンは、ユタと他愛ない雑談を交わしつつ、彼に対しての好感度を上げようと試みていた。実はリューベンは、前もってユタが「驚異的な速度で生命魔法を習得しつつある天才児」であるという情報を仕入れていたため、出来ることならこの機会に「実地研修先」としてジゼルを訪れるように、約束を取り付けておこうと考えていたのである(なお、彼はランスに関しても同様に「天才的な才能の持ち主」であるという情報も仕入れていたが、それと同時に「理解不能な感性の持ち主」であるという話も聞いていたため、最初から彼については眼中になかった)。 その間にも、ラファエルは「カナン」からの質問攻めを受け続けていたが、さすがにそろそろ疲れてきた様子である。そしてまた「カナン」の方も、彼が「ただのイタチ好きな少年」でしかない可能性が高い、ということに気づき始めていた。 一方、クリフトから「タイフォンに滞在する異界の神の混血児」についての話を聞き出そうとしていた「ルナ」であったが、話を聞けば聞くほど、それが「彼女達が探している者」とは無関係な存在のように思えてきた。ただ、そもそもクリフトの説明自体が今ひとつ要領を得ない(純粋に説明が下手すぎる)ので、そもそもきちんと話が噛み合っているかどうかの確信も持てない、というのが「ルナ」の本音である。 厠へと駆け込んでいたダンクは、口の中に漂う「気持ち悪さ」を吐き出そうとするものの、嘔吐感がある訳でもないので何も吐き出せず、その「嫌な感覚」を消し去ることも出来ないまま、一旦館の外に出て、夜風に当たることで「心(味覚)にこびりついた闇」を浄化しようと試みていた。 ウォートは、なかなか帰ってこないダンクを心配して一旦厠へと向かった後、彼が(少なくとも身体的には)大事無いことを確認した上で会場へと戻り、一仕事終えて暇そうにしていた使用人を相手に「異界の動物飼育用品」を買える場所を尋ねていた(さすがに個人的なお土産に関する情報を得るために、魔法師達の貴重な時間を奪うのは申し訳ないと思ったらしい)。 そんな中、なかなかリューベンがユタを解放しようとしない状態に一旦見切りをつけたユイリィは、ユタの監視をフリックに任せた上で、部屋の隅で一人で寂しそうにしているランスの元へと歩み寄った。 「先程からあなたは、あまりご自分から話しには行かれないようですが、本音では、君主とはあまり契約したくないのですか?」 ユイリィの中では、純粋にランスを心配する気持ちもあるが、それと同時に「もしかしたらこの人も、『あの三人』と同じように、何か別の目的で潜入している人なのでは?」という疑念もあった。そんな彼女の思惑など露知らず、ランスは思いつくままに返答を試みる。 「うむ。我は……、我は一人で…、我は、うむ、君主と契約して、その地を聖地とする使命を抱いている。しかし、この我の考えに、考えが、まったく、うむ、はい、理解されないので、我が仕えるのは、我の真理が理解出来る者のみだ」 ランスが何を言っているのか、ユイリィにはさっぱり理解出来ないが、当然、ランスもまた自分が何を言っているのかを理解出来ていない。それでもなんとか、ユイリィは彼のことを理解しようと試みる。 「真理を求めているということは、あの方と同じような考えなのでしょうか?」 彼女はそう言いながらボリスを指す。本人が知ったら「一緒にするな」と怒るだろうが、ランスは胸を張って答えた。 「うむ、まぁ、似たようなものではあるな。もっとも、もう我は真理に達しておるのだがな」 なお、そんなランスのことを未だに「ユニス」は遠巻きに警戒している一方で、ローラは「彼女」を含めた「三姉妹」の正体が気になりつつも、「いつダンクさんが戻ってくるか分からない」というこの状況において、自分の信仰のことを明かして良いのかどうか、判断がつかない心境が続いていた。 3.7. 従属君主の助言 その後、各自の交渉が概ね一段落したところで、グランが改めてレアへの挨拶へと向かうと、彼女は少し疲れたような顔で語り始める。 「正直、私もこういった場は初めてなので、どういった形で人間関係を構築すれば良いのかよく分からないというか、もう少し、私も『人に好かれる努力』をした方が良かったのかもしれませんね」 端から見ている限り、レアの対人交渉には特に問題があったようには見えないが、どうやら彼女の中では「もっと多くの人々と円滑に分かり合えるような対話術を身に付けたい」という「高すぎる理想」があるらしい。 そんな彼女に対して、グランは「一般論」として答えた。 「とはいえ、自分を偽って構築した人間関係は、いずれボロがでますからね。自然体で触れてみて、気が合った方と契約した方が良いのでは?」 「そうかもしれませんね。嘘をついてまで契約するというのも……、いや、まぁ、嘘も時には必要になるのかもしれませんが……」 レアは伯爵就任以来、まだ一度も公的な場で「明確な嘘」は言っていない。しかし、「隠している自分」はいる。それはこのグランに対しても、他の君主達に対しても同様である。少なくとも彼女の中で「彼等との関係」を明らかにしても良いと思えるだけの人物とは(「護国卿一行」以外には)まだ出会えていない。 そんなレアの本心など知る由もないまま、グランは率直に助言する。 「そうかもしれませんが、わざわざ本来の自分とは異なる自分を演じて契約しても、後が辛くなると思います」 「確かに……」 レアもそのことは分かっている。分かっているからこそ、悩んでいるのである。 「そう言えば、お目当の魔法師は見つかりましたか?」 「そうですね。『魅力的な方』はいます。ただ、その方に私の契約魔法師という業を背負わせて良いのか、という意味で、なかなか踏ん切りがつかない、というのが正直なところですね」 「確かに、その気持ちはなんとなく分かります。私も領主になったばかりの自分に付き合わせて良いのかどうか、という気持ちはあります。それでも、私は自分に出来ることをやっていけばいいのではないかと思っています」 実はこの時点で、二人の脳裏を過っていたのは「同じ人物」である。二人がそのことに気付くのは、あとほんの少しだけ先のことである。 3.8. 「本物」の襲来 各自がそれぞれの想いを胸に、いかにして「契約希望の相手」に対して想いを告げようかと思考を巡らせている中、「建前上の本題」としての「新伯爵就任」を祝うための余興として、吟遊詩人のハイアム・エルウッドが宴会場に現れる。 「ハイアムさーん!」 子供の頃からの「憧れの人」を改めて目の前にして、ランスが一人で勝手に盛り上がりを見せる中、フリックはハイアムの身体から、「あまりにも強力すぎる混沌の気配」を感じ取る。 「今、ここに集まって下さったヴァレフールの方々、そして『これからヴァレフールの魔法師となられる方々』の前途を祝す歌を、披露させて頂きたいと思います」 ハイアムはそう言いながら周囲を見渡し、そしてユタと目が合った瞬間、ニヤリと笑みを浮かべ、その笑みを目の当たりにしたユタは、よく分からない本能的な恐怖を感じてビクっと震える。そのことにも気付いたフリックは、ハイアムがリュートを奏でようとしたその瞬間、大声を上げた。 「ハイアム、と言ったな! 貴様は何者だ!?」 それに対して、ハイアムは肩をすくめながら答える。 「私は、旅の吟遊詩人ですが?」 「旅の吟遊詩人が、そのような混沌の気配をまとっているのか?」 「混沌の気配? はて? 私からそのようなものが感じられますか?」 「えぇ、私にはヒシヒシと。少なくとも、『ここにいて良い者』ではない」 「ふむ……、私はエーラムの方に請われてここに来たのですが、それはエーラムの趣旨ということでよろしいですか?」 ハイアムが全体に対してそう問いかけたのに対し、フリックもまた会場全体に対して宣言する。 「これに関しては、断言出来ます!」 会場全体に広がる不穏な空気に対して、真っ先に動いたのはグランであった。彼は射手として、部屋全体を見渡せる場所へと移動する。その間にヴェルナが「現場責任者」としての公式見解をハイアムに対して告げる。 「エーラムからの依頼としてあなたを呼んだことは確かですが、『彼の言葉』は私達にとって信頼に値します」 彼女はフリックを指差しながら、そう言った。 「一度、この舞台を中止し、事情を聞かせて頂きたい」 毅然とした態度でヴェルナがそう言い切ると、ハイアムは自分が出て来た扉の方面へ向けて歩き始める。 「招かれざる客ということなのであれば、私はこれで退席させて頂こう」 淡々とそう語りつつ去って行く彼に対して、会場の使用人達は困惑した様子で顔を見合わせたまま動けない。そんな中、ユタが怯えながらもハイアムの後を追いかけた。 「あ、え、えーっと、お帰りでしたら御案内を……」 ユタがそう言い終える前に、既にハイアムは宴会場の外へ出て行ってしまったが、ユタはそのまま追いかけ、フリックもその後に続く。そしてこの時、皆の目がハイアムに集中している一瞬の隙を付いて、ヴェルナは自身の姿を透明化し、彼女もまた、そのまま彼等の後を追って行た。 「え? ハイアムさん、帰っちゃうの!? 待ってよー!」 何も気付いていないランスもそのまま堂々と追いかけて、他の(「三姉妹」も含めた)魔法師達も彼の後に続く。明らかにこの状況が「想定外の異常事態」であると分かった時点で、彼等としても黙って見ている訳にはいかなかったのである。 一方、ヴァレフールの君主達の大半はこの状況の中で、追いかけて良いのかどうか躊躇していた。今のこの状況が「エーラムの内部の内輪揉め」なのだとしたら、ここで下手に手を出して良い問題なのかどうかは分からない(ダンクがいれば、気にせず後を追っただろうが、彼はまだ館の外から帰還していない)。そんな中、既に気持ちが「臨戦態勢」に入っていたグランだけは、迷わず即座に魔法師達の後を追った。 ****** ユタと共に真っ先に部屋の外に出たフリックは、まだ出口までは長い距離がある筈の廊下のどこにもハイアムの姿がないことに気付く。だが、この時点でフリックは、空気中に「強い混沌の気配」と「弱い混沌の気配」が混在していることに気付いた。片方は明らかに「先刻までのハイアムの気配」である。それに対してもう片方は「一時的に混沌の気配をまとっただけの人間」であるように思えた。 フリックはユタに寄り添いつつ、「強い混沌の気配」の方を注視していると、その傍らに「弱い混沌の気配」が近付いてくるのを感じる。そちらに対してもフリックが警戒しようとした瞬間、その「弱い混沌の気配」から聞き覚えのある小声が聞こえてきた。 「分かりますか?」 それは明らかにヴェルナの声である。つまり、フリックが感じていた「弱い混沌の気配」の正体はヴェルナであった。そのことに気付いたフリックは、「強い混沌の気配」がする方向を指差すと、ヴェルナはそこに向かって密かに衝撃波の魔法を放った。すると、確かにその衝撃波は、そこで「何か」にあたったような反応を示す。 そして、ランスを先頭とした魔法師達とグランがその場に到着した時点で、「強い混沌の気配」が漂っていた空間から、ハイアムの姿が現れる。 「まさか、私の気配を察知出来る者がいるとはな。さては貴様、ヘカテーの眷属か?」 「何を言っている? そんなものは知らない」 フリックが当然の如くそう返すと(その間に、後方にいたローラは一瞬ビクッと反応していたのであるが)、ハイアムはフリックとユタを眺めながら言い放った。 「そうか。ならば『貴様』には用はない。私が用があるのは『この子』だけだ」 彼はそう告げると同時に、自らの姿を変貌させる。それは、三枚の天使の翼と三枚の悪魔の翼を背中に生やした、明らかなる異形の姿(下図)であった。 その直後、フリックの傍にいたユタが、頭を抱えて苦しみ始める 「ぼ、僕の中に、別の誰かが……」 それは、ローラにしてみれば「以前からランスがよくやっていた『もう一人の僕』の憑依儀式」に酷似しているが、ここまでの状況から、彼女はこれが「本物」だと確信してすぐに駆け寄り、ランス、ボリス、グランも彼女に続く。 「大丈夫ですか?」 ローラはユタにそう問いかけるが、既に彼の耳にはその声は届いていない。そしてフリックは、ユタの中の「よく分からない気配」が完全に「混沌の何か」になろうとしているのが分かる。どうやら、フリックが感じていたその気配は「特殊な力で封印されていた強大な混沌の気配」であっらしい。 そして、ここで「カナン」が叫んだ。 「この子を、その男に渡してはダメです。その男こそルシフェル、間違いありません」 「ルシフェル?」 先刻の「魔法師部屋」での話を聞いていなかったグランには意味が分からなかったが、なんとなく、「悪い奴」なのだろうということは推察し、ルシフェルと呼ばれたその異形の存在に対して弓を構える。 そして「三姉妹」がユタの元に駆けよろうとしたところで、ルシフェルはその六翼の翼をはためかせて「衝撃波」を放ち、「三姉妹」を吹き飛ばす。すると、彼女達の身体は後方から(物々しい喧騒を聞いて)駆けつけようとしていたヴァレフールの君主達と衝突し、三人は君主達と交錯したまま、その場に倒れこむ。 「やはり、『この姿』のままでは本来の力は出せぬか……」 苦悶の表情を浮かべながら「ユニス」がそう呟くと、「三姉妹」は先刻の魔法師部屋で見せた「本来の姿」に戻る。当然、何も知らなかった(グランを含めた)君主達は驚くが、そこで(それまでフリックの傍にいた)ヴェルナが自身にかけられた魔法を解いて、その姿を皆の前に現す。 「結果的にあなた方を騙すような形になってしまって、申し訳ございません。彼女達は欠席者の姿をしてこの会場に入ってもらった護衛です。私達の敵は、あちらです」 ヴェルナがそう言って「ルシフェル」を指すと、ルシフェルは「真の姿を現した三人」に対してこう告げる。 「そうか、貴様らの方がヘカテーの眷属であったか!」 この発言に対して、ローラ以外の全員が混乱する。ローラだけは彼の言葉の意味は理解した(というよりも、もともと薄々察していた)が、理解しているが故に、この後の彼女達の会話が、ローラにとってはより大きな衝撃となって突き刺さる。 「その子は、あなたに渡す訳にはいかない!」 「カナンだった女性」がそう叫んだのに対し、ルシフェルは吐き捨てるように言い放つ。 「『家庭の問題』に、『下級神』ごときが口を挟むでない!」 この瞬間、ローラの中では「ものすごく嫌な予感」が広がるが、当然、他の面々には彼等が何を言ってるのか全く理解出来ない。 「どういうことだ?」 「よく分かりませんが、この場を害する意図があるのは間違い無いです」 グランとヴェルナがそんな会話を交わす中、一人だけ妙なテンションで盛り上がっているのはランスである。彼は事態を全く理解していないまま、「憧れの人」が「自分の理想の姿」になってしまったこの状況に、ただひたすらに興奮していた。そして、うずくまっていたユタの背中からも、同じような翼が生えようとしている。 「これは……、我が待ち望んでいた瞬間! 貴様もまた堕天使の一人という訳か!」 ランスがそう叫んだことで再び事態が混乱しそうになったが、すぐにヴェルナが一括する。 「ランス・リアン、落ち着きなさい! 魔法師の皆さん、この場の責任者として指示を出します。この場を害する意図がある者を取り押さえなさい!」 彼女が、堕天使(本物)を指差しながら、そう命令すると、ユタの周囲にいたフリック、ローラ、ランス、ボリス、グランの五人は、ヴェルナと共に堕天使(本物)の前に立ちはだかる。その直後、「真の姿」となった三人組は、改めてユタの元へと駆け寄り、彼を取り囲んだ状態で自分達の周囲に「外からの侵入を阻止する魔力結界」を張り巡らせ、堕天使(本物)がユタに近付こうとするのを完全に遮断する。 ただ、この結界は廊下の幅と同等の直径の円状に形成されたため、この時点で、「結界の前方(堕天使とヴェルナ達)」「結界の内側(ユタと三人組)」「結界の後方(グラン以外の君主達)」は完全に遮断されてしまう。それでも、どうにか声は届くと判断したグランは、自身の主君であるレアに対して確認を試みた。 「レア様、倒してしまって良いのですか!?」 一応、ヴェルナの命令は「取り押さえること」だったのだが、この状況で「生け捕りにすることを前提とした戦い方」を選んでいる余裕は無いと彼は判断したらしい。それに対して、レアも即答する。 「よく分かりませんが、少なくとも今の彼は『対話が可能な者』ではないと私は判断します!」 レアは決して、無責任な理想主義者ではない。明らかに自分達に対して敵意を示している者が目の前にいれば、自分達が生き残るために全力で戦うことを止める気は無かった。結果的に相手が生き残った上で対話の機会が持てれば良いが、「相手を殺さないこと」よりも、まず「自分の部下が生き残ること」を優先させるのが、レアの流儀である。 一方、ローラは結界を形成している三人組に対して問いかけた。 「ユタ君を守ればいいんですね?」 「あぁ、そうだが?」 「ユニスだった女性」がそう答えるが、ローラの出自を知らない彼女達にしてみれば、なぜ唐突に自分達に対してローラがそう聞いてきたのかが分からない。 「私では力不足かもしれませんが、頑張ります!」 「よろしく頼む」 よく事情は分からないが、少なくとも今の三人組は、ユタを守ることで手一杯であり、堕天使(本物)の戦いに力を回す余力は無さそうである。 一方、そんなローラの傍らにいた堕天使(自称)は、天井を見上げながら叫んだ。 「ローちゃぁぁぁぁぁぁぁぁん!」 すると、豪奢な天井を突き破って、上空から「頭にリボンをつけたトロール」が降ってくる。当然、この時点で「エーラムでも有数の高級迎賓館」には大規模な損傷が発生していた。 (あとで叔父様に怒られても知らないよ……) ローラが内心そう呟く中、堕天使(自称)は堕天使(本物)に向かって言い放った。 「同族を倒すのは心苦しいが、仕方がない!」 だが、今のこの状況で、彼の言動に対して一々否定している余裕は無い。その間にグランの弓に対して、ローラによる威力強化の魔法と、ヴェルナによる雷撃化の魔法がかけられる。この場において「武器」を持っている者がグランしかいない以上、武器強化の魔法を彼に集中させるのは当然である。 これに対して、堕天使(本物)は機先を制すべく、真っ先に大規模な攻撃魔法を彼等に向けて放とうとしたが、その魔法は「謎の力」によって未然に阻止された。ローラとグランにだけは分かったが、これはヴェルナが密かにその魔法を無力化させたのである。 堕天使(自称)はそれに気付かぬまま、ラミアを放とうとしたのに対し、今度は堕天使(本物)がその魔法を失敗させようと試みるが、ローラの基礎魔法とヴェルナの時空魔法による支援を受けた上で、最後は堕天使(自称)自身が呼び出したケット・シーの力によって、どうにか発動に成功し、堕天使(本物)の体を内側から蝕んでいく。 それに続けて畳み掛けるように、ボリスによる豪炎の魔法と、ヴェルナによる(暗殺針を混ぜ込んだ)雷球の魔法が立て続けに直撃し、そこに更にグランがあえて距離を縮めた上で(ヴェルナの時空魔法の支援を受けつつ)激しい光の矢を解き放ち、そしてトロールもそのまま接敵して殴りかかったことで、堕天使(本物)は苦痛に表情を歪める。 (こんな魔法師風情共に、この私がここまで苦戦する筈がない。まさか、こやつは本当に我が同族なのか……?) 堕天使(自称)に視線を向けつつ、堕天使(本物)は再び本格的な攻撃魔法を放とうとするが、またしてもヴェルナによって(グランとローラ以外には気付かれないまま)その魔法は無力化される。だが、この時点でヴェルナの精神力は相当に消耗していた。 (やはりそうか……、私の魔法を無力化しているのも、この「同族の少年」のせいなのだな……。だが、そう何度も続けて止められはしまい!) 完全に堕天使(本物)は勘違いしたまま、三度目の攻撃魔法を放つ。既に限界に達していたヴェルナは今度ばかりは防ぎきれずに、先刻のヴェルナの雷球を遥かに凌ぐ規模の雷撃が放たれた。だが、ここでローラが次元断層を発生させ、更に堕天使(自称)がサラマンダーを瞬間召喚したことでその威力は急激に弱められ、そして強靭な肉体を持つトロールがグランを、それ以上に強力な防御力を誇るフリックがボリスを庇った結果、彼等の損傷は最小限に食い止められる。 その直後にボリスによって再び放たれた豪炎の魔法が、堕天使(自称)が補助魔法で支援したことによって堕天使(本物)に直撃し、堕天使(本物)は燃え盛る炎の中でその身が焼け焦げていく。 「此度はこれで終わりか……。また、次の周期を待つしかないな……」 そう呟きながら、彼は(同族に敗れたと勘違いしたまま)この世界から消滅するのであった。 3.9. 女神達の事情 この戦いの最中、結界の中の三人組がユタに対して何らかの呪法を用いた結果、徐々に彼の体は元の姿へと戻っていく。ただ、堕天使(本物)の消失時点でまだその結界が残っていたため(後方の君主達が合流出来ない状態だったため)、堕天使(本物)の混沌核はグランが浄化・吸収した。 その後、跡形もなく全て消え去ったかのように見えたその跡地に、一つの首飾りだけが残っていることにグランは気付く。それは、数日前に「ハイアム」がグランに対して提示して見せた、あの「ロケット付きの首飾り」だった。 グランがそれを拾い上げたところで、ユタへの「呪法」を終えた三人組が、結界を解いて駆け寄って来る。 「そのペンダントの中身を確認させてほしい」 「ユニスだった女性」にそう請われたグランは、素直にそのロケットを開く。その中に描かれていた「女性の肖像画」を見て、彼女はボソッと呟く。 「やはり、そうだったのか。ヘカテー様……」 「え? この女性がヘカテー様?」 グランが「ヘカテー様」なるものが何者なのかも分かっていない状態のままそう問いかけると、彼女は慌てて首を振る。 「あ、いや、ヘカテー様はあの男とは関係ない! あの少年とも関係ない!」 彼女が言うところの「あの少年」が、堕天使(自称)ではなく、ユタのことを指しているのであろうことは、容易に想像がついた。 「まぁ、ともかく、これでもうあの男は消滅した。これでもう当分、この世界に顕現することはないだろう」 「奴は消える直前に『次の周期』とか言っていたが……」 「その時はもう別の世代になっているだろう。お前達の寿命は短いからな」 グランにそう告げた上で、三人組はローラの元へと向かい、「ユニスだった女子」は小声で問いかける。 「先程の魔法の使い方からして、お前、もしや……」 ローラの魔法の使い方には、独特の癖がある。それは彼女の故郷の自然魔法師達に共通する「女神への敬意」を示した動作であった。 「あまり大きな声で言える話ではないですが、私は女神ヘカテーを信仰する一族の者です。だから、力になれればと思って……」 「なぜそれを早く言ってくれなかったんだ! それを知っていれば、もっと早く……」 「聖印教会のせいで、故郷がバラバラになってしまったのです。だから、聖印教会の人がいる場所では、このことは言いたくなくて……」 「いや、さすがにこのエーラムにはそんな輩は……、あ、いや、一人いたか」 「一人いるんですよ。だから言いたくなくて……」 もっとも、その「一人」もそこまで原理主義的な宗派の信徒ではないので、話したところでそこまで大きな揉め事にはならなかったとは思うが、その辺りの区別を付けるには、まだまだローラの人生経験が足りなかった(なお、まだその「一人」は帰ってきていない。どうやら彼は、この迎賓館からかなり遠くまで行ってしまっていたらしい)。 「まぁ、そういうことなら仕方がない。で、『この少年』についてだが……」 姿は「通常の人間」に戻りながらも、気を失った状態で倒れているユタを指差しながら、彼女はローラに告げる。 「この少年はヘカテー様とは全く何も欠片も関係ない。そしてあの『堕天使』がいなくなったことによって、『彼の中の何か』が目覚めることはもうない。だから、何も心配することはない」 そこまで言い切りながらも、彼女はどこかバツが悪そうな顔を浮かべつつ、付言する。 「……ただ、ヘカテー様とは全く関係ないが、この子が健やかに育つと、多分、ヘカテー様は嬉しい」 ローラがその言葉の意味をうっすらと理解したところで、彼女の目の前に立つ三人組の姿が、徐々に薄らいでいく。 「では、我等の役目はこれで終わった。ヘカテー様の祭壇に関しては、我々が生き残った者達を集めて、何らかの形で再臨させることにしよう」 そう言い残して、三人の姿はその場から消え去った。そしてこの時、ローラは彼女達の正体についても概ね理解していた。今はもう失われつつある古のヘカテーの伝承の中に「ティシフォネー」「アレクトー」「メガエラ」という三人の従属神がいたということを、彼女は思い出していたのである(なお、ブレトランドにも同じような地名があるが、その関連性は不明である)。 ****** こうして、ローラ以外の面々にとっては何が何だかよく分からないまま、ひとまず彼等は君主組と合流した上で、ヴェルナがレアに状況を報告する。 「出来れば捕縛したかったのですが、倒し切ってしまったので、正確な真実は分かりませんが、これ以上の危険はないです。私が時空魔法で解析した通り、賊は一人だったようです」 「では、結局、あのハイアムとかいう男は、本当に『堕天使』とやらだったのでしょうか?」 「そこは分かりかねますが、私は最初から『偽物』だったのではないかと思います。本人も世界中を旅している方なので、どこにいてもおかしくはない訳ですが……」 そんな会話を交わしつつ、気を失った状態のままのユタを医務室へと運び終えたところで、ようやくダンクが帰還してきた。 「俺がいない間に、とんでもない魔物が出たようだな。ということは、やはり『あの料理皿』は俺を戦場から遠ざけるための、その魔物の罠だったのか?」 彼のこの問いに対しては、どう説明しても面倒なことになるので「よく分からなかった」とだけ答え、唐突に姿を消した「エステリア三姉妹」に関しても「また急用が入っていなくなってしまった」という形でごまかすことにしたのであった。 4.1. 君主達の本音 その後、予定よりも簡素化した形でひとまず「式典」を終わらせた後、彼等は再び「君主部屋」と「魔法師部屋」に分かれた上で、それぞれに(「指名」を被らせないための)「意思調整」の機会を設けることにした。 君主部屋において、真っ先に「指名希望」を口にしたのは、意外にもダンクであった。 「『あいつ』の師匠に掛け合って、『あいつ』をウチのところで鍛え直したい。『あいつ』は優秀な魔法師ではあるようだが、魔道に堕ちようとしている。それを放置しておくことは出来ん」 それに対して、クリフトはやや気後れしながらも自身の考えを述べる。 「私も、あのヤマトゥとかいう少年に興味はあるのですが、ダンク殿が強く希望されるのであれば、お譲りします」 ここでクリフトが強く彼の獲得を主張していれば、「彼」の運命もまた話は変わっていた可能性はあるが、この場で「一番の古株」を相手に主張出来るような気概は、彼にはなかった。 続いて意見を表明したのは、リューベンであった。 「私はあのユタという少年に興味があります。即戦力ではないでしょうが、ひとまず我がジゼル村に一度、実地研修で来て頂きたいと考えているところです。それを認めて下さるのでしたら、本採用枠に関しては、他の方々にお譲りします」 リューベンとしては、出来ればユタとは別枠で誰か正規の契約魔法師も手に入れたかったところではあったが、現状で契約可能な魔法師が四人にまで減ってしまったことで、あっさりと諦めることにした。彼の中では、そこまで無理を言ってまで(場合によっては妻の不興を買ってまで)獲得したいと思える魔法師もいなかったようである。 もっとも、今回の一件を通じて、ユタに「何か特別な危険な力」が宿っている可能性が発覚した以上、エーラム側の裁定次第では、ユタが何らかの形で「選別」されてしまう可能性もある。リューベンとしてはそれが惜しいと思えたからこそ、今の時点で彼に対して「予約」を入れることによって、エーラム側が勝手に彼の存在を抹消することを防ぎたい、という思惑もあった。 ここで、そんな彼の思惑を知ってか知らずか、ユイリィが口を挟む。 「私も、出来ることならユタ君に、一度カナハ村に遊びに来て頂きたいと考えています。ジゼル村を訪問する『ついで』で構いませんので」 彼女は結局、ユタと直接話す機会は殆ど得られなかったのだが、ユタが「特殊な力を宿した少年」である可能性が高いと知ってしまったからこそ、彼が「選別」されるのが不憫に思えた。また、それと同時に(野心家と噂されている)リューベンに彼を任せるのも、それはそれで危険なように思えたからこそ、このような形で「横槍」を入れることにしたのである。 なお、この調整会の直前に、ユイリィが密かにフリックに「誰を指名すべきか」と相談した時点で、フリックは「決め切らないです」と答えていた。これに関してはユイリィも概ね同意見であったため、あえてこの場はリューベン同様、正規の採用枠を捨てて、ユタの実地研修招聘権さえ確保出来ればいい、と割り切ることにしたのである。 一方、ウォートとラファエルは、はっきりと「指名したい魔法師」の名を挙げる。 「あのボリスという青年が、能力的にも人格的にも私のところに欲しい人材です」 「私はローラさんが良いと思っています。私の主であるセシル様とも繋がりありますし、歳も近いので接し易い、というのもあります」 この二人に関しては、他に指名したい者もいなかったので、あとは本人達の希望さえ合えば即契約、という形で話はまとまりそうである。 問題は、残る二人であった。レアは自分の意向を最後に語ろうとしていたが、グランがあくまで「自分は新参者だから、皆さんの希望を優先した後でいい」と主張したため、あえてレアが先に「本音」を語る。 「私は、ヴェルナさん、ですかね。というよりも、ヴェルナさん以外の方に『私の契約魔法師』という重責を背負わせることは出来ません。他の方々はまだ危うさを感じる。もっとも、ヴェルナさんはヴェルナさんで、色々と背負っているものがあるようですし、それはそれでまた別の危うさを感じてもいるのですが……」 レアはそこまで言った上で、グランに視線を向ける。 「で、あなたは?」 それに対してグランは、恐縮した様子で答えた。 「そうですね……。私もヴェルナさんが良いとは思いましたが、私はまだ領主ですらない身ですし……」 当然、彼としてはここで主君の希望する魔法師を横取りするつもりはなかった。しかし、レアはあえて彼にこう告げる。 「これは、まずヴェルナさんが誰を希望するか、という問題でもあります。あの方の希望として、『国家全体を指揮する私の契約魔法師』となるか、『新たな土地を開拓するあなたの契約魔法師』となるか、その意思は確認すべきでしょう」 レアにしてみれば、そもそもヴェルナが自分の申し出を受けてくれる確証がない以上、最初から希望者を自分だけに絞らせるよりは、「自分が断られても、グランが彼女を迎えてくれる」という可能性を残した方が、ヴァレフール全体にとっては有益であると考えていた。それだけヴェルナの存在を高く評価していたのである。そして、その意図はグランにも伝わっていた。 「確かに、もし彼女が私との希望するのであれば、契約するつもりではいます。ただ、今の時点で強く希望するつもりはありません。まず私は、契約魔法師以前に、領民との関係を築く方が先決ですから」 とはいえ、領民を導く上でも、補佐官としての契約魔法師がいた方が順調に進む可能性が高いことは確かである。それが、志を同じく出来そうなヴェルナであれば申し分ない、とも彼は考えていた。 4.2. 魔法師達の本音 「我がヤマト教の理念を理解し、我を欲しいという者であれば、我はどこへでも」 魔法師部屋においてランスがそう言い放つと、ローラが微妙な声色で問いかける。 「ダンクさんが、君に興味を持ってたみたいだけど……」 ローラにしてみれば、聖印教会は仇敵である。ましてやあのダンクのような気質の君主とランスが、うまくやっていけるとは思えない。だが、ランスは思いのほか前向きであった。 「あやつには、何か共感出来るものを感じる。あやつも困っている人を救いたいと言っていた。『困っている少年』を助けたいと言っていた。我はその心意気に感動した。我は『その少年』を救うために行動したいと思う」 「その『少年』って、君のことじゃないよね?」 「なぜそう思う? 違うだろう」 何も理解していないままランスがそう言い切ったところで、ヴェルナも彼に声をかける。 「あと、クリフトさんもランスさんに興味がありそうでしたよ」 「あの人か……、うん、いいと、思う、ぞ」 「歯切れが悪いよ」 ローラにそう突っ込まれると、ランスは目を泳がせながら、自分に言い聞かせるように呟く。 「我の理解に遠く及ばないところであったのであろう、うん」 「キャラが負けてしまうのが怖いんですね」 ヴェルナのあまりにも的確すぎるその一言に、思わずランスは声を荒げた。 「我は『キャラ』ではない! 我は『真実』だ!」 「ヴェルナさん、思いっきりはっきり言うんですね……」 ローラはそう呟きつつ、隣にいたボリスに問いかける。 「ボリスさんは、誰と契約したいですか?」 「私は、私のことを必要だと言ってくれたウォートさんですかね。あなたは?」 「どの方も優しい人でしたし、でも私はラファエルさんがいいかな、とは思ってます。ヴェルナさんは?」 それに対して、先刻までとは打って変わって重い表情を浮かべながら、ヴェルナは口を開く。 「私は……」 彼女はそこまで言いかけたところで、少し考え込んだ後に、今の自分の気持ちを正直に語る。 「……レア様の『君主としての理念』に共感しました。ですが、私にはレア様との契約をためらう理由が一つありまして。それを彼女に話して、どう言って下さるかによりますね」 ヴェルナは遠い目をしながら、そう呟く。彼女に対して、そのことについて深く聞き出そうとする者は、誰もいなかった。 ****** その後、ユタはどうにか意識を回復させ、魔法師部屋に現れる。彼は自分の身体に何か異変が起きようとしていた時のことを覚えてはいるものの、その力の根源に関しては全く何の心当たりもないらしい。ただ、ユタは自分を育ててくれた(戦火の中で死亡した)「両親」が、「本当の親ではないかもしれない」という疑念は以前から持っていたらしい。 この話を聞いた上で、ヴェルナは「なぜ、滅多に弟子を取ることがないノギロ先生が、自分とユタを迎え入れたのか」ということを考えた上で、ユタが自分と同じ「何らかの特殊な出自」なのかもしれない、という可能性が頭を過ぎったが、ノギロ自身がそのことを語ろうとしない以上、それ以上の詮索は控えることにした。 4.3. 領主達の契約 こうして、互いに「内側での調整」を終えた後に、君主達と(ユタを含めた)魔法師達は再び祝宴の間に集まり、互いに向き合う。 この状況において、「当事者の一人」であるヴェルナが司会を務めるのも不自然なため、特に明確な「進行役」はいない。どちら側からでも、希望のある者が随時名乗り出て「契約」を申し出れば良い、というのが原則であるが、慣例としては君主側から申し出るのが一般的である。 そんな慣習に従い、まず最初に動いたのはウォートであった。彼は迷うことなくボリスの前へと歩み出る。 「私は、あなたの求める『真理』が何なのかは分かりませんし、あなたがそこに辿り着けるかどうかも私には分からない。しかし、あなたとは一人の君主と魔法師として、良い関係が築けそうな気がする」 そう言って、聖印を掲げながら差し伸べた手を、ボリスは笑顔で握り返す。 「これからよろしくお願いします」 こうして、まず一組目の「契約」が成立した。続いて動いたのはラファエルである。彼はこれまでと同様に恐縮した様子ながらも、足取りだけははっきりと、ローラの方へ向かっていた。 「あの、なんか、その、縁故で採用するかのように見えるかもしれませんけど、そうではなくて、いや、それも無いわけではないんですけど、でも、本当に……」 彼は言葉を詰まらせながらも、聖印を掲げ、そしてローラに手を差し出す。 「……いきなり面倒なというか、重苦しい話を持ちかけたのに、それに真剣に答えて下さった姿勢に感動しました。ですので、中途半端な立場の身ではありますが、私の元に来ていただけないでしょうか?」 「こんな未熟者ですが、私で良ければ、よろしくお願いします」 ローラにそう言ってもらえたことで、ラファエルは満面の笑みを浮かべる。こうして、二組目も無事に成立した。 その直後、険しい表情を浮かべながら、ランスの前にダンクが歩み寄る。 「とりあえず、お前の師匠の連絡先を教えろ」 「いいだろう。我の師匠とじっくり話すがいい」 ランスはそう言って、アルジェントの研究室の所在を伝える。ローラはハラハラした様子でその光景を眺めていたが、ランス自身がそれで良いと思っているのなら、もはやこれ以上、彼女の立場で口出しすべきではない。そして、ランスがダンクとの契約に対して前向きな姿勢であるように思えたクリフトもまた、あえて何も言わずにその状況を眺めていた。 一方、リューベンとユイリィは同時にユタの前へと歩を進める。このような状況を全く想定していなかったユタは驚くが、どちらも「一度、留学に来ませんか?」と申し出たのに対して、彼は「師匠と相談した上で考えたいと思います」とだけ答えて、二人はひとまず満足した表情を浮かべる。 そして、ここでようやくレアが動いた。彼女は、あくまでもグランが「主君を優先する」という姿勢を取り続けることは分かっていたので、まず自分が先にヴェルナに契約を申し出た上で、ヴェルナがそれを断ったら、あとはグランに委ねよう、と考えていた。レアは確固たる決意を固めた上で、聖印を掲げてヴェルナの前に立つ。 「私の契約魔法師になるということは、とても重い任務です。ただそれだけで多く人から嫌われ、恨まれ、狙われる立場になる。そんな重責を背負わせることに、私は今までずっとためらいがありました。でも、あなたとであれば、その重責も分かち合えるかもしれない。私が勝手にそう思っているだけかもしれませんが、もしあなたが良ければ、私と契約して、我が国の『首席魔法師』になって頂けないでしょうか?」 これに対して、ヴェルナもまた、今の自分の真正直な言葉で返すことにした。 「ありがとうございます。ヴァレフール伯爵様にそう言っていただけるとは、光栄の限りです。ですが、契約に先立ち、あなたに一つお伝えしなければならないことがあります。すみません、少し場所を変えてもよろしいでしょうか?」 「分かりました。では、どこか別室を用意して下さい」 こうして、二人は(今回の祝賀会では使う予定のなかった)別室へと移動することになった。 4.4. 国主の契約 「さて。改まって私に伝えなければならないこととは、何なのでしょう?」 レアにそう問われたヴェルナは、落ち着いた口調で語り始める。 「私は、契約魔法師としてあなたに仕えることに異存はありません。あなたのために全力を尽くしましょう。私がどのような出自の者であったとしても。ただし、私の心持ちがどうあれ、いずれ私の出自があなたに伝わることがあるかもしれません。その時、あなたが私に課した業と、同等かそれ以上かそれ以下は分かりませんが、とても重い業を背負わせるかと思います。ですので、今のうちに語っておきたいのです」 ヴェルナはそこまでの前置きを踏まえた上で、端的に自身の「秘密」を伝えた。 「私の父親は、アントリア子爵ダン・ディオードという男です」 その告白は、さすがにレアにとっては完全に想定外であった。 「……それは、どこまで知られている話なのですか?」 「父と母、そしてエーラムでは師匠くらいでしょうか。それから、アントリア子爵代行マーシャル・ジェミナイ。あと、二人弟がいますが……」 正確に言えば、「ヴェルナの弟」は「彼女の知っている二人」だけでなく、更に「もう一人」いる。しかも、その弟はレアとは極めて深い親交関係にあるのだが、レアもヴェルナもそのことは知らない。 「そうか、マーシャル殿のお姉さん、ということになるのですね」 「はい。彼は私の弟、ということになります」 正確に言えば、(他の弟達も全員)「異母弟」なのだが、それは当人達以外にとっては大した問題ではないだろう。 その話を聞いた上で、レアは改めて問いかけた。 「むしろ、あなたの方はそれで良いのですか?」 「先程お伝えした通りです」 ヴェルナにとっては、たとえ血を分けた肉親であろうとも、戦うべき時は戦う覚悟は出来ている。自分が心から信頼する契約相手の命令であれば、それは彼女にとって血縁の絆よりも重い。少なくともこのレアという君主にはそこまでの忠誠を捧げる価値が十分にあると、ヴェルナは確信していた。 そのヴェルナの決意を受け取ったレアは、自分の改めて自分の想いを伝える。 「分かりました。では、あなたがそこまでの覚悟を持って私と共に歩んでくれると言うのであれば、共に参りましょう。私の周囲にも、特殊な出自の人々は沢山います。しかし、人はどのような道を選んだとしても、自分の進む道は自分で選び取ることが出来る。私の周りの人々は、それを証明してくれました。あなたが私と共にこのヴァレフールを支える道を歩んで下さるのであれば、私はそれが出来ると信じています」 「素敵なことだと思います。では、私はあなたの契約魔法師として、あなたを支え続けましょう。よろしくお願いします。マイロード」 「よろしくお願いします」 こうして、レア・インサルンドはようやく「インサルンド家の契約魔法師」ではなく、「自分自身の契約魔法師」を手に入れることになった。ここまで「秘密」を話してくれたヴェルナに対して、まだレアの中には隠している「秘密」がある。しかし、それを彼女に明かす時が来るのも、そう遠くはないだろう。だが、その奥に繋がる、更に根深い「宿業」の全てを彼女達が知ることになるのがいつの日になるのか、それは誰にも分からない。 4.5. 宴のあと その日の夜、ローラの夢の中に、再び女神ヘカテーの声が響き渡る。 「あなたも色々と聞きたいことはあるでしょうが、私が言いたいことは一つです。『外面のいい男』に騙されてはなりません。相手の出自はよく確認するように。それだけです」 ローラとしては、それ以上、何かを聞く気にはなれなかった。自分自身が「そのような経験」もない身において、自らが信仰する女神の「そのような話」に対して、踏み込める筈もない。 「……その上で、『あの子』を守ってくれたことには感謝します。ありがとうございました」 その言葉を最後に、彼女の声は消えていった。この日も、月が綺麗な夜であった。 ****** その後のエーラムの調査によって、「あのハイアム」が偽物であったことが判明する。どうやら本物のハイアムはまだブレトランドに滞在中であり、間も無く開催予定の「第三回マージャ国際音楽祭」に参加予定であるらしい。酒場でレアの叙事詩を歌っていたのも、祝賀会に招かれるための方策だったのだろう。 一方で、その「偽ハイアム」の正体については、唯一その真相の一端を握っているローラが何も報告しなかったため、「堕天使と呼ばれる有害な投影体」という程度の情報しか得られず、「三人組」についても「通りすがりの謎の協力者」として処理された。 ユタの処遇に関しては、水面下でノギロが様々な手を回しつつ、ひとまずはランスと同様の「ただの天才」という「公式見解」に落ち着き、特に処分が下されることはなかった。実際のところ、ノギロ自身もどこまでユタの正体に気付いているのかは定かではない。 ****** それから数日後、新たに加わった臣下達を加えた「ヴァレフールの人々」は、再びガフと共に飛行船でドラグボロゥへと帰還することになった。 ヴェルナにはこれから弱冠19歳の筆頭魔法師として、海千山千の歴戦の魔法師団を束ねるという重責が課せられることになるだろう。ローラとボリスもまたそれぞれの赴任地で新たな人生を歩むことになる(二人のその後についてはグランクレスト異聞録2とグランクレスト異聞録3を参照)。リューベンとユイリィはこれから先、競い合うようにユタを招聘するための準備をそれぞれに進め、フリックはそんなユイリィを以後も支え続けることになる。 一方、何の成果も得られなかったクリフトが帰国後の幼馴染からの叱責を恐れて憂鬱な気分に浸っているのとは対照的に、彼と同様に今回は契約魔法師を得られなかったグランは前向きに今後のヴィルマ村復興に向けて、気持ちを切り替えていた(彼のその後の物語についてはブレトランド another内の「ブレトランド開拓記」を参照)。 そして、ランスを連れ帰ることを希望していたダンクの隣には、彼の姿はなかった。ダンクからの「魔道に堕ちようとしているランス・リアンの魂を救うために、契約魔法師として引き取りたい」という申し出は、アルジェントによって丁重に拒否されたのである。 ****** 「いくら私でもな。一週間持たずに弟子が命を落とすのは看過出来ん。いや、一週間どころではないな。下手したら、三日だな」 「事前に用意していた紹介状が役に立つことになりそうですな、兄上」 「とはいえ、『次の相手国』の国柄を考えると、これはこれで大変そうではあるが、それでも『あの男』よりはマシだろう……。ところで、前に頼んでいた『例の魔道具』は出来ているか?」 「あと少しで完成なので、どうにか間に合いそうです」 「気休め程度かもしれんが、それがあれば、今度こそ奴の就職の道が開けるかもしれん。出来れば、次で最後にしてほしいところだな」 アルジェントはそう呟くものの、実際のところ、彼もメルキューレも実際にどこかの国に仕官した経験がある訳でもない以上、何をどうすれば契約の道が開けるのかは、彼等自身にもよく分かっていない。ただ、今回の顛末をローラから聞く限り、「素直に本当の自分をさらけ出した者達」が、そのまま就職出来ているようにも見える。 果たして、今のランスにそれが出来るのか? そもそも、今のランスにとって何が「本当の自分」なのか? むしろ、それを分からせてくれる君主こそが、彼が契約すべき相手なのか? だとしたら、果たしてそのような君主はこの世界のどこに存在しているのか? そんなことを考えながら、アルジェントは「青の迎賓館」の修理代請求書を見ながら、頭を悩ませるのであった。 【ブレトランドと魔法都市】第3話(BS51)「覇権国家の契約事情(前編)」 グランクレスト@Y武
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今から400年前、黒い長角公ゲオルグ(ジョージ1世)は東大陸はマセ・バズーク、オルニト以南、 ”仄めかす者岬(ケープ・ウィスパー)”より西側に広がるペーザル平原に約束の地を見出した。 『地上最強の生物ドラゴン』 約8万年前に急激に数を減らしたのは神々に挑戦したからだと伝えられているが、ハッキリしたことは分からない。 ただあまり賢くない選択を繰り返し、時代が下がるにつれて賢い者より馬鹿ばかりになり、姿も醜く暗く澱んだものに近づいた。 かつては地上に太陽を写し取ったように光り輝く至高の存在であった彼らも、今は黒く醜悪な姿に成り下がった。 ドラゴンは姿かたちは数あれど、全てが同一の種族である。 注意が必要なのは、俗にいうワイバーン(リンドヴルウム)などは彼らとは全く別の生物である。 同様に龍(リュウ/ロン)、つまりオリエンタルドラゴン(東洋の龍)や竜人、鱗人なども彼らとは関係ない。 まず、おおよそ小さな個体でも13m、記録にあるだけで最も大きな個体は70mを超える。 しかしこの時代でもっとも偉大なドラゴンであっても、絶頂期の彼らにしてみれば趣味の悪い劣等種に他ならない。 近親交配と本来なら生存にも値しない脆弱な者同士が乱交雑することで、本来の高貴なる形質は失われてしまった。 次に鱗の色や角の数、時には首の数さえ異なるが、これは個体差であり、種族の違いを示すものにはならない。 これもかつては白く、陽の光を受けずとも自然に光り輝く姿をしていたが、今では暗く、鈍い。 また翼の左右の頂点を結んだ距離と頭から尻尾までの長さは等しい。 故にドラゴンの頭、翼の頂点、尻尾を線で結ぶとほぼ正円を描く。 さらに一見、爬虫類のようだが、卵は産まない。卵胎生をとり、卵は腹のなかで孵す。 この時、兄弟は胎内で互いに食らい合う。その上、かつては生まれた時に母親が動きの遅い我が子を選り食んだというが、 今ではどれも生まれてすぐに目も明かない、愚図でのろまばかりである。 強靭な肉体と屈強な生命力、深い知性ととこしえの時間が与える豊かな知識。 だが、彼ら自身が最も誇るべき能力は飛行能力とドラゴンブレス、口腹から放たれる火炎にある。 いずれも神の与えた力でも、魔法でもなく、彼ら自身の比類なき生命力が支える特性である。 かつて彼らは何ものよりも誇り高く、そして崇高な生物であった。 自分たちに絶対の自信を持ち、神などは顧みなかった。劣った者はためらいなくにじり殺された。 強さと賢さ、美しさこそがドラゴンそのものであり、同じ母親の胎内から生まれ落ちたことなど何の意味も持たなかった。 そんな傲慢で許すことを知らない彼らは他の生物とは相容れずに生きて来た。 思えばこのような生活が彼らを荒廃させ、ここまで数を減衰させ続けた理由に他なるまい。 今はかつての誇り高さ、いや愚かさを反省して、多くはおごそかに暮らしている。 自尊心だけは神ほどあった先祖たちに言わせれば、死んでいないだけで、すでにドラゴンなどではないと憤るだろう。 『シャーンイイ伯爵領』 時にスラヴィア戦争が始まり、列強国が激しく争う中、数少ないドラゴンの部族を率いる王、黒い長角公ゲオルグ、 後のジョージ1世はスラヴィアの家臣となる宣誓をあげて吸血姫に忠誠を誓い、ペーザル平原に国家を成立させた。 すなわちこれが『シャーンイイ伯爵領』の誕生である。 不安定な未踏破地帯にさしかかったペーザル平原はマセ・バズークもオルニトも進出していなかったが、 長角公は古代の都市遺跡を発見し、水源や農耕が可能な地勢をつぶさに調べると、ここに安定した国家が存続できる可能性があると考えた。 スラヴィア本国からいえばシャーンイイは全くの飛び地である。 しかしオルニトなどの列強がスラヴィアを侵そうとすれば、その背後を脅かすことで本国を守ることができる。 同様に不安定な未踏破地帯と緩衝材になるという事実をオルニトに説き、この地に国家の樹立を許された。 現実的にいえばシャーンイイの国力ではオルニトを脅かし、スラヴィア本国を支援することなど到底不可能であり、 スラヴィアもシャーンイイがオルニトに攻撃されたとしても、援軍を送り込むことは非現実的であった。 オルニトにしてもシャーンイイはあまりに不安定な地域に広がっており、まるで魅力のない領域であった。 これは遠交近攻という外交のテクニックであり、あえて国境を接しないスラヴィアと軍事同盟を結び、 国境を接するマセ・バズーク、オルニトとは距離を取ることで弱小国としての生き残りをかけた。 いずれにしてもどの国もスラフ島の戦いにかかり切りで、こんな小さな国のことなど誰もが忘れた。 本来、何物にも屈しないドラゴンが他国の封臣となることは、考えられない屈辱だったが 長角公が率いているドラゴンの一団はこの時、老人や病人ばかりになり、各地を放浪することに耐えられない状況だった。 そのため一時の方便として、彼らは若いドラゴンが数を取り戻すまでの間、史上、類のない領土を有するドラゴンになった。 老いた王は一大事業を成し遂げて、すぐにも世を去った。 跡を継いだジョージ2世はスラヴィア貴族でありながらアンデッドになることを拒み続け、7度本国に招聘された。 また饗宴なども全く行われることもなく、スラヴィア領というのは完全に形式だけになっていった。 ひるがえって未踏破地帯に遠征を繰り返し、ジョージ2世はおびただしい犠牲を出した。 あとは食料となる酪農と主邑(首都)ナーナクを作るべく、周辺の原住民の蟲人、鳥人、鱗人を大量に奴隷として連れ去った。 当然、これにも激しい反撃にあってジョージ2世はあらゆる政策で失敗し、建国30年目にして遠征中に病死した。 シャーンイイ伯爵領、3代国主ジョージ3世。またの名を暗い目のゲオルグという。 ドラゴンは”副名”という個人を特定する二つ名と親の名前を引き継ぐ。暗い目のゲオルグは副名を合わせた通り名である。 副名が示すようにジョージ3世の眼は白目の部分が黒く、瞳の部分が血のように赤く濁っていた。 ブラインド・ジョージ、盲目公ジョージの異名もあるが、厳密には眼は見えており、盲目ではない。 盲目公は父の失敗を挽回するべく、初代同様、スラヴィアの封臣として礼を尽くし、領内のスラヴィア化に着手した。 当然、スラヴィアの文化を押し付けられても、シャーンイイの原住民たちもドラゴンたちも受け入れなかったため、 饗宴においては決闘や模擬戦で「双方勝者」という判定が加えられ、可能な限りは死者は出さないことになった。 代わりに大量の家畜がドラゴンたちに振る舞われ、形は変われども、可能な限り本国の文化を尊重する姿勢に努めた。 さらに本国への献上金を増やし、数々の物資や奴隷を送り届けることで外交上の関係維持に注力。 加えて道中で宿場町、港を必ず通り、オルニト国内で必ず金を落とすということにも気を払った。 盲目公は即位して最初の朝貢に際し、3週間かけてオルニト国内を通ってスラヴィア本国に使者を向かわせたが、 治世の間、最長6ヶ月もオルニト国内に滞在する使者団も記録に残る。 最後に国力増強のため交易を考えたが、めぼしい物がなく、傭兵として各国に軍隊を派遣した。 そのためドラゴンの国でありながら、ドラゴンがほとんど国内にいないという状況が数十年も続いて、 ”家を持たない国家の軍隊”という不名誉なあだ名がついた。 上記の通り、シャーンイイはペーザル平原と古代都市を中心とした小国だったが、 一時期、全くドラゴンは暮らしておらず、奴隷階級の蟲人、鳥人やそのほかの亜人たちが暮らしていた。 首都の市街地も奴隷たちを住まわせるためのもので、領主と平民であるドラゴンたちは山麓か洞窟で暮らしていた。 だが、建国から200年もすると多くの有力者が登場し、未踏破地帯に領土を拡張、人口は40倍になった。 それによって貧富の差も拡大し、富裕階級になったドラゴンたちは伯爵領内で自分たちの荘園を経営し、 少しずつだが、空気が淀み始めて来たことを誰もが感じていた。 『4代目国主”殺戮王”』 兄の盲目公ジョージ3世とはかなり歳の差があるものの、一応は弟ということになるチャールズは 未踏破地帯への遠征に向かう兄に代わって領内の統治を任され、摂政に任じられた。 ”血に飢えた殺戮王シャルル”、”残虐公シャルル”、”シャーンイイの処刑者シャルル”…。 多くの悪名を持ち、摂政として留守を任されたチャールズは文字通りのスラヴィア貴族であり、生粋のアンデッドである。 父や兄と違い、スラヴィア本国で育ち、生まれ持った殺傷能力を余すことなく振るってきた。 彼は兄がいなくなると伯爵領内の有力者をことごとく殺すか捕らえて、場合によっては本国に送り届けさせた。 オルニトも通過する使者団が運ぶ荷物が、黄金から半殺しのドラゴンに変わると、シャーンイイの異変に気付いた。 冷酷な摂政シャルルは伯爵家に並ぶような勢力はあらかた始末し、あくまで領主以外は平民に過ぎないという態度を現した。 一方で盲目公が未踏破地帯の遠征に出発して30年が経っても戻らなかったが、摂政は兵と物資を送り続けた。 この頃になると国内の有力者から没収した財産と各国から集まった義勇兵や物資で、非常に余裕が出来ていたからだ。 数十年も恐るべき、あの未踏破地帯で勇戦する盲目公の活躍で、熱に浮かされた若者たちが競うように参戦した。 ある意味では盲目公と殺戮王は、スラヴィア貴族然として、血と戦争で多くの人々を熱狂させ、大いに楽しませたといえる。 しかし、熱というものはやがては冷める物。 遠征軍の出立から50年、幼いドラゴンと数十名の兵士たちが首都に帰還した。 陣中で生まれたという盲目公の息子、ジョージ4世である。 帰還者たちの話では、未踏破地帯に陣を構え、城を築き、各地を転戦し続けること数十年、 伯爵も兵たちもこれ以上は騎士の夢想に着き合う必要はないと物資や義勇兵を送り届けなくともよいと言づけた。 建国から263年の歳月が経っていた。 本人の遺体が眠らぬジョージ3世の墓が建てられ、喪が明けると兄に代わって弟、摂政シャルルが4代国主に即位した。 すなわちシャーンイイ伯シャルル1世の誕生である。 この直後に起こったのが、『ノウ・フェチットの大虐殺』である。 即位式に参列した伯爵領内の有力者たちはことごとく捕らえられ、残酷に処刑された。 中には本国から使者として招かれたスラヴィア貴族も含まれていて、これは本国の大貴族からの密命と言われているが、定かではない。 分かっているのは本国に招聘されたシャルル1世は無罪放免となったことだけ。 この最後の大虐殺によって伯爵領は完全に残虐公シャルルによって掌握され、絶対的な支配権が確立された。 それはスラヴィア本国のような吸血姫に対する忠誠心とは全く異質の、死者による生者への恐怖による統治であった。 この頃になってオルニトは動揺していた。4代目の国主はどう考えてもこれまでの領主とは違い過ぎる。 ドラゴンに対する恐怖が、ある程度は盲目公の活躍で薄らいで来た中に、何を考えているのか分からない、 おまけに吸血鬼のドラゴンという極めて不可解な存在に、人々は恐怖した。 また建国当初は鼻で笑う程度だったスラヴィアとの共闘戦線が、ある意味では現実味をおびて感ぜられ始めていた。 そしてついに、誰もがまさかと信じなかった開戦の時を迎えた。 シャーンイイ伯爵軍、伯爵本陣200名、甥ジョージ4世軍100名。合わせて総軍300名。 これがただの300名ならば何の問題もない。全員が軍事訓練を受けたドラゴンの戦闘団である。 それに合わせて、一度これが攻撃隊形を整えれば地上のいかなる都市であってもを守ることは不可能と豪語した 先代の盲目公が考案した”涙滴型陣形”である。 だがしかし、やはりドラゴンは愚かな選択を繰り返してしまった。 神の怒りを受けた軍勢は瞬く間に叩き落され、敵都市を攻撃するどころではなかったのである。 仄めかす者岬を越えたところで信じられない嵐が軍勢を飲みこみ、半時とせずに壊滅した。 普通の人間の兵士を育てるのに何十年かかる?ならばドラゴンは何百年かかるだろう? 余りに貴重な軍団を失い、ジョージ4世はオルニト軍に捕縛された。 なお殺戮王の死体をオルニト軍は数ヶ月探し回ったが、遂に発見できなかった。 『双子の伯爵領』 建国から300年頃。かつては財源を得るための切り札だった傭兵軍を失い、シャーンイイは衰退した。 ジョージ4世も捕らえられ、スラヴィア本国からは領土継承も認められず、オルニトの監視下に置かれ、惨めな生活を強いられていた。 だが、戦後20年、凍った時間は動き始める。ジョージ4世が解放されたのである。 ただしオルニトは交換条件としてシャーンイイはスラヴィアの属国からオルニトの属国に転向することを宣言する。 これに対し、国内は騒然となった。あるいは沈黙を保った。シャルル1世の大粛清によって国政に意見する者がなかったからでもあるが、 建国以来のこととはいえスラヴィアとの関係を、どう考えても不自然と見做す者は多かった。 もともと生者と死者が交わることなどドラゴンたちも奴隷階級の亜人たちもまったく理解できない奇妙な話に思えた。 しかし生贄文化を持つオルニトに対し、同様の不快感や嫌悪感があったことは言うまでもない。 盲目公は「双方勝者」の前提を作り、死人を出さない饗宴を領民に約束させた。 殺戮王の粛清も不安定な弱小新興国を強固な政権で安定化させる、やむない方策と受け止めていた。 結局、これを機会にシャーンイイはオルニトとの約束を勝手に破って、スラヴィア本国との関係も白紙に戻した。 これによりシャーンイイは全く外部との接触を断ち切って、領土の中に引きこもってしまった。 建国から350年頃。ジョージ4世は波乱の人生を終えた。ドラゴンとしては異例の若さであった。 数日後、もはやスラヴィア本国にも承認を得ずに6代目の当主が即位することに決定した。 シャーンイイ伯ジョージ5世とシャーンイイ伯エドワード1世である。 ”脚の臭いゲオルグ”の通り名を持つ、悪臭公ジョージ5世と”四つ目のエドヴァルド”、四眼公エドワードは双子の兄弟である。 母親の胎内で互いに食い合うというドラゴンにとって双子というのはあまり例のない存在である。 また二人はどちらかが伯爵で、どちらかが摂政という訳ではなく、二人が共に伯爵という奇妙な関係に落ち着いた。 悪臭公はその名の通り、体臭がきつい、という訳でもなく理由は不明である。 ともすれば副名になりそうな特徴がないため、このようなとってつけた様な副名も珍しくはない。 四眼公は逆にその名の通り、眼が4つある。白目の部分が黄金で、漆黒の瞳が浮かぶ。それが4つ。 あまりにまがまがしい姿から、”世界のおぞましさの半分”とさえ領民たちも恐れている。 二人の伯爵はすぐに国力の回復に努めた。 もはや人口の自然回復は望めないダメージを受けていたため、世界各地のドラゴンに移住を勧める政策を始めた。 妙な話、世界各地に散らばっていては交尾の相手も見つからないやん?困るやん? また傭兵軍の再建、そして国交を断行していたオルニト、スラヴィアとの関係修復である。 スラヴィアの吸血姫は最初は使者団すら断ったが、2度目にはすんなりと封臣としての復帰が認められた。 問題はオルニトで根強い交渉が必要だったが、お互いに気が短いので話し合いにもなりはしない。 「この金髪チキン野郎!」 シャーンイイ側の大使、一つ目のグウェンドリンがオルニト側の大使を罵ったことは致命的だった。 だが建国から368年、遂にオルニトとの関係が修復され、ある程度の国交が認められた。 余談だが、この時に白と黒のパンダ模様のドラゴンがオルニトに派遣されたということもあったかも知れない。 しかし失策もあった。新天地では鳥人を奴隷として扱うシャーンイイへの悪感情は高まり、 ”リュウ”は”ドラゴン”より劣るという風潮もミズハミシマを激怒させた。 何と言っても神を神とも思わないドラゴンの傲慢さは各国にとって不快なものでもあった。 そして双子が領主となって数十年経ったが、未だに傭兵軍は再建できず、産業も発達しなかった。 だが、オルニトからの提案がシャーンイイに大きな転換期をもたらすのである。 オルニトの大図書館の蔵書の一部を複製し、シャーンイイに保管するというものである。 近年では浮き島同士の衝突などの事故や蔵書の紛失などが相次ぎ、貴重な文献は安全な場所に隠したいということであった。 ドラゴンが守る街のど真ん中に巨大な倉庫を作れば、そこから稀覯本を盗み出すことはできないだろう。 それに何と言ってもドラゴンである。どんな巨大な荷物も運ぶことができる。 各地から大量の書類や文献が集められ、取り敢えず必要な時までシャーンイイ国内に保管する運びになった。 これを皮切りに次はスラヴィアからも金塊や宝石類をシャーンイイの巨大な倉庫に保管しておくという流れが生まれた。 もともとドラゴンたちが住んでいた洞窟は国中にあり、何が住んでいたかも分からない遺跡はごまんとある。 隠し場所にも苦労はしない。鍵など無用。ドラゴンしか動かせない巨石を置けば良いのである。 さらに新たな倉庫を拡張するため近隣の蟲人達を動員して、次々にシャーンイイの地下には迷宮が作られて行った。 次第に倉庫から品物を取り出すのが面倒なので所有権だけを売り買いするという制度も誕生した。 その後、紆余曲折あって『銀行』というシステムが考案され、価値のあるものは取り敢えずシャーンイイに保管されるという風潮ができあがった。 今日、建国から402年、今やシャーンイイは世界最高の金庫を持つ大銀行へと進化を遂げた。 傭兵産業も復活し、再び未踏破地帯の奥地を開拓する遠征軍の募集も計画されている。 『付録』 「シャーンイイ伯爵領」 オルニト以南、仄めかす者岬より西側にあるペーザル平原にある古代都市遺跡に建国される。 国名は先に滅んだ古代国家の名前によるもので、「新シャーンイイ」という呼び方もされる。 主邑(首都)はナーナクというが、これも古代国家の首都名である。 社会体制はシャーンイイ伯爵家を絶対の君主とする専制体制。 シャルル1世の大粛清により、伯爵家以外に有力な勢力はない。また信仰する神は存在しない。 かつてはスラヴィアの属国としてモルテ神を信仰したが、今では廃れている。 ただし奴隷となっている鳥人や蟲人はそれぞれの種族固有の神を信仰している。 人口配置は平民階級であるドラゴンと奴隷階級のその他の亜人という構造。 なおドラゴンたちも平民であり、市民ではないため政治に参加することは出来ない。 国民の9割以上は奴隷で、ほとんどが蟲人と鳥人。 かつては傭兵軍を各国に派遣していたが、オルニト戦争で戦力のほぼ全てを失い、国家としての威信も失墜。 列強11ヶ国との国力比は45対1以下であり、ほとんど比べるまでもない弱小国。 酪農が盛んだが、ほとんどはドラゴンたちが食べる分しか賄いきれない。 ゲート解放後は傭兵として地球に進出する計画を企むも神々によって阻止され、 ゲートの向こう側へ通過することは許可されなかった。 今ではシャーンイイ銀行を開設し、世界中から集めた極秘書類、金塊、紙幣、貴重品を保管している。 「古代シャーンイイ王国」 未踏破地帯にあるペーザル平原に勃興した古代の小国。 現在ほとんど原形をとどめていないが、どう考えても既知の生物が住んでいたとは思えない形状をしていた。 「シャーンイイのドラゴン」 知恵があり、人語を介する以外は額面通りのドラゴン。人間にも変身しないし、魔法も使えない。 平均して300年前後は生きる。かつては文字通り永久に生きる個体もいたが、今では脆弱になっている。 また太古の昔は白く、光り輝く存在だったが、今では緑色や暗色系が多い。 目の数、首の数、角など姿かたちが全く違うが、どれも同じ種族で、あくまで個人差のようなもの。 オリエンタルドラゴンやワイバーンとは全く違う存在。例えるならばタコとイカぐらいに全くの別物。 食文化とか服装とか、趣味のような文化も当然ながら全くない。裸だし、生きたまま牛や豚を丸呑みにしている。 かつては神々とも戦った戦士の末裔。いわく12番目の神になり損ねたために狷介孤高となったと仄めかす。 誇り高く、傲慢。自分の力に絶対に信を持っており、他の生物は劣等生物とさえ信じ込んでいる。 だが今では先祖に呆れられる現状を自嘲気味に受け止めているが、相当ひねくれている。 力に固執しているが、あくまで戦士というより軍人気質であり、快楽として戦闘を楽しむタイプではない。 だが騎士道や武士道のような戦闘に対する美意識や拘りも強く、あまり平和的とは言い難い。 それでも今は国力が他国に及ばないため、大人しくしている。 要するに昔は強かったので喧嘩も楽しかったが、今では誰にも勝てないのでひねくれていて そのくせ自分たちは昔は強かったんだぞという過去から離れられない所がある。 一時期、先祖たちが小ゲートから地球に進出したため、名前が完全にヨーロッパ風。 「黒い長角公ゲオルグ」 ジョージ1世。スラフ島戦役の混乱に乗じて僻地にドラゴンたちの国家を成立させる。 スラヴィアの属国としてのスタートから各国との微妙な外交関係を築き、建国の父となる。 「5つ首公ゲオルグ」 ジョージ2世。国家建設のために奴隷狩り、領土拡張のための遠征、スラヴィア本国との外交… なにひとつ上手くいかずに急死した。 「暗い目のゲオルグ」 ジョージ3世。盲目公、ブラインド・ジョージ。父の失敗を挽回するため奮闘する。 未踏破地帯における50年以上の遠征はドラゴンの武勇を各国に広め、ドラゴンは多種族と協調できると印象付けた。 「殺戮王シャルル」 シャルル1世。殺戮王、残虐公、処刑者。数々の大粛清と謀略で国内を安定させたアンデッド・ドラゴン。 最後は初陣で戦死というあまりな顛末。しかし直接、死を確認できた訳ではない。 「囚われのゲオルグ」 ジョージ4世。叔父のシャルルと共にオルニト戦争に参加し、嵐神の怒りを受けて敗北、捕虜となる。 その後20年近く幽閉され、90歳という若さでこの世を去った。 「脚の臭いゲオルグと四つ目のエドヴァルド」 ジョージ5世とエドワード1世。ドラゴンでは珍しい双子の伯爵で現領主。 国民を傭兵として海外に派遣することは諦め、国全体を巨大な金庫として銀行に変身させる。 「仄めかす者岬(ケープ・ウィスパー)」 オルニトとシャーンイイの間にある岬。ここが両国の国境線となってる。 未踏破地帯の入り口であり、地球人はおろか亜人さえ滅多に近寄ることは出来ない。 予め連絡すればドラゴンたちが迎えに来るので、シャーンイイ領内で、安全な場所まで連れていってくれる。 「ペーザル平原」 未踏破地帯に差し掛かったなだらかな平原。かつては文明があったが、黒い長角公が訪れた時は無人になっていた。 「ノウ・フェチット」 シャルル1世が行った最後の粛清、ノウ・フェチットの大虐殺の舞台。シャーンイイの地方都市のひとつ。 シャルルが領主に即位することに反感を持つ有力者たちを即位式に招いたところで一斉に殺害した。 「ナーナク」 シャーンイイ伯爵領の主邑で古代シャーンイイ王国の首都でもあった。 最初は古代都市が残っていただけだったが、今では奴隷として連れて来られた亜人たちが住んでいる。 「ジョージ2世の城壁」 主邑ナーナクを囲う城壁。未踏破地帯からあふれ出る得体の知れない敵から都市を守るために建設された。 結局は連れて来られた奴隷たちの反感を買って、全く工事が進まなかった。 「シャルル1世の城壁」 ジョージ2世の城壁のさらに外側に新たに建造された巨大な三重城壁。 900の要塞と18000の塔、5000の城門、加えて城壁から独立した櫓数万基、全長93kmになる長大な防衛施設。 穢れの城壁、鋼鉄の城壁、黄金の城壁の3つからなる。 穢れの城壁は城館からもっとも外側にあり、シャルル1世に処刑されたドラゴンたちが吊るされた。 巨体を誇るドラゴンたちを立て掛けるという、そのことからもこの城壁の巨大さが伺い知れる。 最盛期には幾つもの処刑台が立ち並び、ドラゴンも亜人も区別なく殺戮が毎日繰り返された。 鋼鉄の城壁は3つの城壁の内側に存在し、複数の要塞と塔を城壁で繋いだもので壁というよりは細長い巨大な砦である。 穢れの城壁が敵軍に占領された場合、ここが奪回の橋頭保となるべきもので、ようするに味方を攻撃できる構造になっている。 穢れの門から飛び出して来たものは容赦なく、ここから攻撃を浴びる。 最後に黄金の城壁。これは完全に装飾であり、防衛を意図したものではない。 その名の通り、全てが黄金という訳ではないが、というか今ではその名残もないが、かつては黄金で飾られていた。 恐るべき冷酷な罠を巡らせた二つの城壁の背後にこのような物を建てる。シャルル1世の不可解さを示す代物である。 ドラゴンについてがっつり固めて掘り下げるのってほとんどなかったから興味がわく期待したい -- (名無しさん) 2015-07-07 22 49 43 見た目じゃなくて形とバランスを取り上げているのが面白いな。歴史とくっつけるとぐっと存在感が増す -- (名無しさん) 2015-07-07 23 48 33 イレゲってドラゴンの他にも知恵と力をもつ生物とかいるんかな -- (名無しさん) 2015-07-10 00 38 09 老婆心ながら冒頭の「西大陸」を「東大陸」に書き換えました -- (名無しさん) 2015-07-12 19 07 19 名前 コメント すべてのコメントを見る
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クエストレストランスキル系 クエストレストランスキル系エコ改善学 接客指導学 マーケティング学 売り込み学 客席回転率学 コスト削減学 在庫管理学 レストランスキルを上げることでクリアします。 研究を行った時点でクリアします。 エコ改善学 先行クエスト 売上5,000ドル/日 開始 クエストリスト「受託可能」タブ 概要 スキルの「環境改善」をLv1に上げましょう。 内容 1.画面下の「レストラン」を押す2.画面左上のスキルアイコンを押す3.環境改善の「研究」ボタンを押す 報酬 経験値×2000 備考 ドルを出費するので余裕がある時にやろう 派生クエスト 接客指導学 ▲TOP クエスト一覧に戻る 接客指導学 先行クエスト エコ改善学 開始 自動 概要 スキルの「接客指導」をLv1に上げましょう。 内容 1.画面下の「レストラン」を押す2.画面左上のスキルアイコンを押す3.接客指導の「研究」ボタンを押す 報酬 経験値×2000 備考 ドルを出費するので余裕がある時にやろう 派生クエスト マーケティング学 ▲TOP クエスト一覧に戻る マーケティング学 先行クエスト 接客指導学 開始 自動 概要 スキルの「プロモーション」をLv1に上げましょう。 内容 1.画面下の「レストラン」を押す2.画面左上のスキルアイコンを押す3.プロモーションの「研究」ボタンを押す 報酬 経験値×5000 備考 ドルを出費するので余裕がある時にやろう 派生クエスト 売り込み学 ▲TOP クエスト一覧に戻る 売り込み学 先行クエスト マーケティング学 開始 自動 概要 スキルの「売上効率」をLv1に上げましょう。 内容 1.画面下の「レストラン」を押す2.画面左上のスキルアイコンを押す3.売上効率の「研究」ボタンを押す 報酬 コイン×5 備考 ドルを出費するので余裕がある時にやろう 派生クエスト ▲TOP クエスト一覧に戻る 客席回転率学 先行クエスト 売り込み学 開始 自動 概要 スキルの「客席回転率」をLv1に上げましょう。 内容 1.画面下の「レストラン」を押す2.画面左上のスキルアイコンを押す3.客席回転率の「研究」ボタンを押す 報酬 コイン×10 備考 ドルを出費するので余裕がある時にやろう 派生クエスト ▲TOP クエスト一覧に戻る コスト削減学 先行クエスト 客席回転率学 開始 自動 概要 スキルの「コスト削減」をLv1に上げましょう。 内容 1.画面下の「レストラン」を押す2.画面左上のスキルアイコンを押す3.コスト削減の「研究」ボタンを押す 報酬 コイン×10 備考 ドルを出費するので余裕がある時にやろう 派生クエスト 在庫管理学 ▲TOP クエスト一覧に戻る 在庫管理学 先行クエスト コスト削減学 開始 自動 概要 スキルの「在庫管理」をLv1に上げましょう。 内容 1.画面下の「レストラン」を押す2.画面左上のスキルアイコンを押す3.在庫管理の「研究」ボタンを押す 報酬 コイン×20 備考 ドルを出費するので余裕がある時にやろう 派生クエスト ▲TOP クエスト一覧に戻る
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チョコットランドに関係のない内容なので削除いたしました。
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第9話(BS43)「遥かなる時を超えて」( 1 / 2 / 3 / 4 ) 1.1. 追憶の夢 カーラは夢を見ていた。それはまだ自分が子供だった頃。自分の隣には母ヴィルスラグがいた。自分と母の前には、優しそうに微笑む一人の女性と、鉄仮面をつけた一人の男性がいた。その女性は、両手で赤子を抱きながら、穏やかな声色でこう言った。 「カーラ、この子と仲良くしてあげてね。あなたなら、きっとこの子の気持ちも分かってくれると思うから」 その直後、カーラは目を覚ました。それは確かに過去に見たことがある光景だった。だが、それが何年前の話だったのかまでは分からないし、その女性のことも、赤子のことも、鉄仮面の男のこともよく覚えていない。 (確かあの後……、「うん、お姉ちゃんだから」と答えたような……) ****** ドルチェは夢を見ていた。それはまだ自分が「ドルチェ」でも「パペット」でもなかった頃。自分の隣には7〜8歳くらいの黒髪の少女がいた。今の自分が何者なのかは分からないが、目線の位置から察するに、彼女は自分よりも少し年上らしい。彼女は自分に対して「絵本」を読み聞かせていた。そこに描かれていたのは「英雄王エルムンド」の物語。楽しそうな声色で彼女はこういった。 「すごいね。私達も、いつかこんな君主になりたいよね」 その直後、ドルチェは目を覚ました。それが過去の出来事なのか、ただの妄想なのかは分からない。 (今のは一体……、懐かしい記憶、なんてものが、僕にあったんだろうか……) ****** チシャは夢を見ていた。それはまだ自分が「チシャ・ドロップス」だった頃。これからエーラムへと旅立つ前夜に、母が優しそうな笑顔でこう言った。 「あなたはこれから先、ドロップス家ではなく、ロート家の一員となるけど、それでも、あなたが私の娘であることは変わらないから。辛くなったら、いつでも帰っていらっしゃい」 その直後、チシャは目を覚ました。それは間違いなく、彼女の記憶に今も焼き付いている母の記憶であった。母に対する複雑な想いが、彼女の中で渦巻き始める。 (どうして今、こんな夢を……) ****** トオヤは夢を見ていた。それはまだ自分が聖印を受け取る前の頃。それまで様々な噂が原因でどこか疎遠な関係にあった父が、真剣な表情でこう言った。 「お前は私の息子だ。誰が何と言おうと、私はそう信じている。だから、お前にはこれから、私の後継者となるために、為政者としての道を叩き込む。ウォルターがな」 その直後、トオヤは目を覚ました。父の実家は下級騎士の一族であり、父はそこから功績を重ねてこの村の領主となったものの、為政者としての帝王学を学んできた訳ではない。それ故に、長年にわたって執政官としてこの村を支えてきたウォルターの方が教育係としては適任と考えたのだろう。とはいえ、この最後の一言で、当時のトオヤは少し肩透かしを食らったような気分になったのは、はっきりと覚えてる。 (なんか、変なところで放り投げるところが似てたんだよなぁ、俺と……) 1.2. 騎士団長代行 翌朝、トオヤの元にケネスからの書状が届いた。それは、タイフォンの北西部に位置する山村ムーンチャイルドで起きている異変の調査を命じる令状であった。 ムーンチャイルドを中心とする丘陵地帯はもともと混沌濃度が高いことで知られている(遥か昔に「月のかけら」が落ちたことで生まれた土地であるとする説もあるが、それが混沌の発生要因かどうかは分かっていない)。かつてこの村を治めていたのはトオヤの父レオンの親友デーリーだったが、彼はレオンと共にテイタニアの魔物騒動で命を落とし、現在はデーリーの部下だったバルザックという君主が領主を務めている。 先日タイフォンを襲った強大な「異界の神」を生み出した原因がムーンチャイルド近辺の混沌濃度の急上昇であったことはトオヤも把握していたが、あれから数日が経った現在も、バルザックからはこの状況に対して何の報告もない。不審に思ったケネスが魔法師団の者達に命じてバルザックの契約魔法師であるジャミル・ドルトゥスとの魔法杖通信を試みたが、連絡すら取れない状態が続いているという。 バルザックは誠実な人物であり、だからこそ、その彼が音信不通になっているこの状況は明らかに異常事態だと考えたケネスは、トオヤに「騎士団長代行」として、騎士団長直属の部下である「夜梟隊」と「悪鬼隊」を随行させた上で調査に向かうように、と令状には記されていた(彼等は、この手紙を届けた早馬に続いて到着予定であるという)。魔法杖通信ではなく、あえて書状という形で伝えたのは、上記の現状から、何者かによって魔法杖通信が妨害もしくは傍受される可能性があると考えたからであろう。 トオヤとしても、ムーンチャイルドの混沌濃度の異変は気がかりだったため、すぐさま出陣の準備を始めるよう、チシャ、カーラ、ドルチェに通達する。その上で、今回はレア姫(本物)には村に残ってもらうことにした。まだ身体の中に混沌核を残した状態の彼女を、魔境化しているかもしれない地に連れて行くことはあまりに危険性が高い上に、あえて連れて行かなければならない理由もなかった。 また、もし自分達が不在の間にこの村で何か異変が起きたとしても、彼女の側近(?)であるウチシュマが彼女の近くにいるという安心感もある。むしろ、前回の蛇神騒動の元凶であると自称しているウチシュマを混沌濃度の高いところに連れて行く方が危険性が高いようにも思えた。 (正直、助かったわ……。あんな夢を見てしまった後で、トオヤとはあまり顔を合わせたくなかったし……) トオヤから上記の方針を告げられたレアは、内心でそう思っていた。なお、前日の夜に彼女がどんな夢を見ていたのかは、永遠の謎である。 1.3. 炎の悪鬼 その日の夕方、タイフォンに「悪鬼隊」と「夜梟隊」が到着する。彼等はトオヤと面会し、翌朝にマキシハルト経由でムーンチャイルドへと向かう方針を確認した上で、この日は村に逗留することになった。 「悪鬼隊」の隊長のアグニ(下図)は、炎を操る邪紋使いであり、現伯爵の実弟である故・トイバルの側近として、数々の戦場で凄惨な破壊・殺戮を繰り返した悪名高い将校である。テイタニアの魔獣騒動の折にも運良く(?)生き延び、ケネス直属の武官となっていた。そんな彼が、領主の館の一角にあるチシャの執務室を訪れる。 「久しぶりだな、お嬢。だんだん『姐さん』に似てきたじゃねーか。もうあと数年すれば、色気も出て、いい女になりそうだな」 アグニはもともとチシャの母ネネの知人として故トイバルに紹介された人物であり、チシャとも面識がある。チシャの中ではもともとあまり好印象の人物ではなかったが、ネネの正体を知った今となっては、より一層「あまり関わりたくない人物」として位置付けられている。 「お久しぶりです」 眉をしかめつつ、淡々とそう答えたチシャに対して、アグニはニヤリと笑って問いかける。 「なぁ、もう俺の正体には勘付いてんだろ?」 それに対してチシャは何も答えない。だが、ネネが「あの組織」の一員であることを考えれば、当然、彼もまたその関係者である可能性が高いと考えるのが自然だろう。もともと「庶民出身の侍女」にすぎなかったネネが、アグニのような荒くれ者と知り合いであることが不自然な話だったのである。この点に関しては、自然とチシャの中でも話が繋がっていた。 チシャの表情からその心理を読み取ったアグニは、そのまま語り続ける。 「騎士団長様もそれを察して、俺を厄介払いしたいみたいでな。それで今回の任務を機に『あんたの主人』に俺を押し付けようとしているらしい」 チシャにしてみれば、迷惑な話である。確かに武人としてはアグニは有能な人材ではあるが、獰猛な獣は制御に失敗すると大変な災厄を撒き散らすということは、先日のオブリビヨンの騒動でも実感したばかりであった。ましてや「あの組織」の関係者ということであれば、彼のような存在を手元に置いておくことは相応の危険を抱きかかえることになる。 「ただ、『俺達』はあんたらに危害を加える気はねえよ。それが姐さん達の方針だし、俺も、せっかくいいカンジに育ってきたお嬢をここで殺しちまうのは勿体ないと思うしな」 「勿体無い?」 その言葉には様々な意味が込められているように思えたが、チシャがそのことについて問い直すべきか迷っている間に、アグニは話を続ける。 「あんたが今の主人に忠義を尽くすってんなら、俺達もあんたの主人に協力する。ただ、俺達みたいな胡散臭いのはいらねーってんなら、いつでも出ていくし、成敗するってんなら、今すぐケツまくって逃げるぜ。ただまぁ、この世界、表に出せねえことはいくらでもある。この世界の人々を導く君主様には、それがたとえ世の中に必要なことでも『やっちゃあいけないこと』が色々ある。そういう『汚れ仕事』を請け負うために俺達がいるんだ。それは分かってくれるだろ? だから、好きに利用してくれればいい」 清々しいまでに自分の役割をわきまえた発言であるが、いずれにせよ、彼のような危険人物を雇うかどうかを決めるのはトオヤであって、自分ではない。チシャはそう考えていた。今回の任務はケネスの命令である以上、彼等の同行を拒否する権利はトオヤにも無いが、その後の彼等との関係については、改めてトオヤ達と話し合う必要があるだろう。 そんなチシャの考えを知ってか知らずか、アグニはさっそく「売り込み」を始める。 「たとえば、俺なら裏社会の連中ともそれなりにツテはあるからな。今のお嬢ではおおっぴらには会えないような連中とも、話をつけることは出来るぜ」 「出来るだけ、頼らないようにはしたいです。もしものことがあれば、頼らせていただくかもしれませんが……」 チシャはそこまで言った上で、今の時点でどうしても聞きたくなった「あのこと」について尋ねてみる。 「……母とは連絡を取っているのですか?」 「姐さんは姐さんで、今でもあんたのことを案じている。だからこそ、今でも俺はまだここにいるし、あんたらに、というか、あんたに危害を加えることは姐さんが許さない」 チシャにとっては、それは予想出来た返答である。そんな母の「心遣い」が分かっているからこそ、やるせない気持ちが湧き上がってくる。 「会いたいかい? 姐さんに」 「……出来れば」 「そうか……、でもなぁ、親子喧嘩は見たくないしなぁ……」 どうやらアグニにも、二人の今の関係は概ね予想出来ているらしい。 「あと、『あの王子様』に関しては、力づくで取り返すのは無理だ。仮にパンドラの中で内部抗争を起こしたとしても、新世界派のジャックを力でねじ伏せるのは難しい。ただ、交渉の余地はあるかもしれない」 「交渉? たとえば?」 「『代わり』を見繕うことだ。たとえば、あんたがとっとと『誰か』との間で子を作って、その子を差し出す、とかな。あ、俺は生娘は苦手だから、他をあたってくれ」 平然とした表情で不快な言葉を連発するアグニに対して、チシャがあからさまに辟易した表情を見せ始めたところで、アグニも「話の切り上げ時」を悟る。 「俺は俺に出来ることをやる。さっきも言った通り、今の俺の一番の仕事は、あんたを守ることだ。あんたが主人を守れってんなら、あんたの主人も守る。今、ヴァレフールに崩れられるのは困るからな」 「『今』ですか……」 将来的には、どうなるかは分からない。それがパンドラ(均衡派)としての本音なのだろう。とはいえ、それは別にパンドラに限った話ではない。利害が合う時は協力し、衝突すれば殺しあう。それは国と国の関係においても同じことであった。チシャもそのことは分かった上で、つとめて冷静な態度を保ち続ける。 「色々と思うところはありますが、頼りにはしています」 「それは何よりだ」 アグニはニヤッと笑って、その場から立ち去っていく。その不気味な後ろ姿を、複雑な心境でチシャは見送るのであった。 1.4. 夜の梟 その頃、もう一人のアキレスからの派遣部隊「夜梟隊」の隊長であるジーン・スウィフト(下図)は、出立の準備を進めつつあったドルチェの詰所を訪問していた。 「あんたが、ここの領主様の側近の傭兵隊長らしいね。私はジーン、よろしく頼むよ」 ジーンは「影」の力を用いる女邪紋使いであり、彼女が率いる夜梟隊は主に偵察を得意とする斥候部隊である。長い黒髪を無造作に結び上げて露わになった頬に、はっきりとした邪紋が描かれている。 「私はまだまだ『新人』の部類だと思っていたんだが、『側近』と呼んでくれる程度には名が知られているようで」 「そりゃあね。ちょくちょく噂もあるんだよ。若い領主様が、どこから連れてきたかも分からない美人の傭兵隊長さんを重用してたらね」 「そうだろうね」 ドルチェは思わず苦笑する。先日ヴァレフールに到着したばかりのレア姫にまで知られる程にその話が広がっているのだとすれば、それも致し方ないことだろう。トオヤの方が「そのこと」を隠す気がない以上、ドルチェとしても別に悪びれるつもりはない。 「まぁ、いいや。私はそこら辺のゴシップには興味ないから。私の専門は偵察だ。あんた、幻影の邪紋使いなんだろ? それなら多分、同じような役回りが回ってくるんじゃないかと思って、挨拶しておこうと思ってね」 「そういうことか。よもや世間話をしに来た訳じゃないだろうと思っていたが……」 ドルチェにしてみれば、別に愛人疑惑を取り沙汰されることは問題ないが、もしジーンが「自分の正体」にまで勘付いているのだとすれば、それは少々厄介な事態である。いかに「本物の姫様」が帰ってきたとはいえ、今まで周囲を騙していたことを明るみにされると、様々な方面からトオヤが批判される恐れはある。ジーンが偵察や諜報が得意な邪紋使いということは、そこまで勘付いている可能性も考慮すべきだろう。だが、ここで彼女から切り出されたのは、全く想定外の話題であった。 「いや、世間話も世間話で、一つ聞きたいことがあるんだがな、個人的に」 「おや? なんだい?」 「アンタ、ここの領主様に雇われる前は、どこにいたんだい?」 ドルチェにしてみれば、それはそれで聞かれたくない話ではあるが、この手の質問へのあしらい方は慣れている。 「どこに、ねぇ……。まぁ、大陸の傭兵団にいたこともあったけど、あんまり昔のことは分からないや」 「つまり、いわゆる『流れの傭兵』だった、ということ?」 「そうそう」 そういうことにしておくのが、一番都合がいい。相手がそれで納得してくれるのであれば、それ以上特に何も言う必要はない。 「じゃあ、あちこち回ってたんなら、邪紋使いの間では、結構顔が広かったりするのかな? いや、ほら、あんたみたいな能力があれば、色々な任務で重宝されそうだからさ。まぁ、それは隠密の私も同じなんだけど」 「そうだね。色々な人には会ったよ。もっとも、それは『ドルチェ』としてではないから、『ドルチェ』の僕が連絡を取ろうとして取れるものでもないけど。彼等は皆、僕のことを『違う僕』だとして認識してるのさ」 そう言ってしまえば、これ以上厄介な質問を投げかけられることもないだろうと思ったドルチェであったが、ジーンはその返答を踏まえた上で、彼女に問いかけた。 「なるほどな……。それなら、ひとまずあんた自身に聞きたいんだがね、どこかで『私とよく似た雰囲気の邪紋使い』を見なかったか? 私より少し若いくらいの」 そう言われたドルチェはジーンの風貌を確認するが、少なくともドルチェが過去に出会った邪紋使い達の中に「彼女と似た雰囲気の人物」がいたという記憶はない。ただ、それはそれとして、ドルチェの中で奇妙な感覚が湧き上がってくる。 (「この人に似た人」というよりも、むしろ「この人自身」と前にどこかで会ったことがあるような……? いや、でも、気のせいかもしれないし、そもそもいつの話だったのかも思い出せないし……) 少し迷った上で、ドルチェは答えた。 「うーん……、見覚えはないね」 自分の中の記憶がはっきりしない以上、今はそう答えておいた方が無難だろう。自分が会ったのが「彼女」であろうと「彼女に似た邪紋使い」であろうと、その人物と会った時の自分が「どの自分」なのかを思い出せない上、ここは迂闊にそのことを話す訳にはいかない。 「そうか……。実は、私には弟がいてね。生き別れてしまっていて、もう十年以上も会ってないんだが、最近とある時空魔法師の人に占ってもらったところ、どうやらその子も今、邪紋使いになって、どこかで生きているらしい、ということが分かったんだ。ただ、その魔法師さん曰く、今は記憶もなくしてしまってるらしいから、多分、名前も覚えていないんだと思う。だから、私の方から見つけてやらないといけないんだが……」 そう語るジーンの顔をドルチェは改めて凝視するが、やはりどこかで「彼女自身」と会ったような記憶は湧き上がって来る。だが、それが果たしていつどこでの話だったのかは、どうしても思い出せない。 「そういう訳だったか。力になれなくて、すまない。ただ、まさかとは思うけど、僕みたいな『幻影の邪紋使い』ってことはないよね? それだとさすがに僕にも分からないよ」 「うーん、どんな邪紋の持ち主なのかまでは分からないが……、なるほどなぁ、その可能性もあるのか……」 「あとは、君みたいな『影』とかね。隠れられては仕方がない」 「確かにな……。まぁ、何にせよ、今回の任務では色々と共同作戦を採ることになるだろうから、よろしく頼むよ」 そう言って、ジーンはその場を立ち去っていった。一人その場に残されたドルチェは、これまでに実感したことのない奇妙な感慨に囚われていた。 (僕の過去、ねぇ……。僕が姫様と出会ってから十年くらい……。それ以前か……、何をしていたんだろうね?) 1.5. 霊と神 その頃、カーラはタイフォンの兵士達に、ムーンチャイルドへの出立の準備を進めるように指示を出していた。そんな彼女の隣で、兵士達は不穏な噂を口にする。 「ムーンチャイルドには昔から、不気味な女の幽霊が出る噂があるらしいぞ」 この世界では「幽霊」という言葉が何を指すかは非常に曖昧である。本来は「死者による残留思念」を意味する言葉だが、実際にそのような存在が実際に出現した事例は稀であり、市井の人々の間では「よく分からない不気味な怪物」全般を指す言葉として用いられることも多い。 「そういえば部隊長、確かクーンの城でも幽霊が出るとかいう噂がありましたよね? いるんですかね、この世界に幽霊とか」 クーンの真相については、さすがに大っぴらに話して良いことではないので、ひとまずカーラは首を傾げつつごまかす。 「幽霊というか、なんというか、投影体の可能性もあるしなぁ……。混沌濃度が高いんだろ? しょっちゅうそこに現れる投影体とかがいてもおかしくないかもしれないし……」 ひとまずそう言って話を切り上げたカーラであったが、それはそれで兵士達にしてみれば恐怖心をかきたてられる話であり、やはり不安な表情を浮かべている。幽霊であろうと、投影体であろうと、「正体がよく分からない敵」というのは、どうしても不安感を掻き立てるものである。そのような存在のことを、人々は「怪異」や「悪霊」などと呼んで忌避することもあれば、「神」や「聖霊」として祭り上げることもある。 そしてこの時点で、このタイフォンには既に一人、「神なのか悪霊なのかよく分からない存在」としてのウチシュマが居候していた。兵士達や村の人々の中には、彼女に対しても訝しげな視線を向ける者は少なくなかったが、カーラはこの時、ふと(おそらく昨晩見た夢の影響から)幼い頃に母ヴィルスラグに言われていたことを思い出す。 「神様は、とりあえず崇(あが)めておくことで、祟(たた)られないようにしておいた方がいい」 それがヴィルスラグの教えであった。彼女の出身世界は「太陽の女神」や「戦いの神々」などが混在する世界であり、様々な神々と折り合いをつけて生きていくためには、そのような形での柔軟な姿勢が必要だというのが、彼女の処世術だったらしい。 「とりあえず、出陣前にボクはあの『神様』にお供え物を届けに行くよ」 カーラはそう言って、領主の館の敷地内の一角に建てられた小さな「祠」のようなウチシュマの仮設住宅へと向かう。小さな扉を開いて中に入ると、そこには、布団の上で横になって、芋を薄切りにして塩をまぶした異界の菓子を食べながら、ダラダラしているウチシュマの姿があった。食べかすがこぼれ落ちていることもあって、布団はかなり汚れている。 「神様、そのお布団、洗濯させて頂きますね」 カーラはそう言いながら、ウチシュマをだっこして、隣のソファーへと移動させる。 「うむ、くるしゅうない」 取ってつけたような「偉そうな物言い」でウチシュマがそのまま運ばれると、カーラは布団を担ぎ上げ、祠の外に出た上で、手を合わせて祈るような姿勢を取る。 「留守の間、レア姫をお願いします」 カーラはそう告げた上で、布団を洗濯場へと運んで行く。 (次に来る時はお供え物を持ってこようかな。何がいいかな? お花かな? お香かな? むしろお酒が無難かな? でも、見た目からすると幼そうな気もするし……。何か安眠用の道具とか、いい匂いのするポプリとか、香油とか探して来ようかな) そんな想いを巡らせながら、彼女は丁寧に布団の手洗いを始める。相手が人であろうと神であろうと、基本的に彼女の「世話好きの本性」は発動されてしまうらしい。そして、カーラがこのような形でウチシュマを「神」として厚遇し続けていった結果、やがてこの村の兵士達や館の使用人達を中心に、少しずつ彼女の信者が増えていくことになるのであるが、それはまだもう少し先の話である。 2.1. 新米領主の憂鬱 翌日、トオヤ達は「悪鬼隊」「夜梟隊」と共にタイフォンを出立し、その日の夕方にトオヤの弟ロジャーが治めるマキシハルトへと到着する。オブリビヨンの暴走によって破壊された建造物の大半は修復され、順調に復興が進んでいるように見えるが、そんな中、以前に来た時に比べて、微妙に混沌濃度が高くなっていることにチシャは気付く。だが、それ以上に強い違和感を感じていたのはカーラであった。 (なんだろう……、この懐かしい感覚……? こないだ来た時には感じなかったのに……) それは、以前にテイタニアで祖母マルカートの気配を感じた時に近い感覚であった。つまり、縁者か、もしくはそれに相当するほどに親しい誰かの気配のように感じる。そして、方角的にはそれはこの街から見て北東、すなわちムーンチャイルドの方角に近付くほどに強くなっているような気がした。 (こういう直感が働く時って、何か法則性とかあるのかな……?) カーラが密かに内心でそんな想いを抱いている中、トオヤ達は領主の館へ到着する。先日訪問した時には凄惨な虐殺の後でボロボロの状態であったが、今はどうにか元の姿へと戻りつつあるようだ。だが、その館の中から彼等の前に現れたロジャーは、重苦しい表情で口を開いた。 「兄上、二人で話がしたいのですが、よろしいでしょうか?」 「二人? 別にいいが……」 あえて他の者達を遠ざけてまで内密に話さなければならないような事態が起きているとは想定していなかったので、トオヤはやや面食らうが、ひとまず他の面々を別の応接室に待機させた上で、言われるがままにロジャーの私室へと一人で向かった。 部屋に入ると、ロジャーはバタンと扉を閉めた上で、これまでに見せたことのないような怒りを込めた剣幕でトオヤに詰め寄った。 「兄上! 兄上の本命は、レア様ではなかったのですか? 兵士達が、兄上とドルチェ様のことを噂しているのですが、これはどういうことですか!」 あまりにも想定外すぎる話を切り出されたことで、トオヤは完全に言葉を失った。ロジャーの表情は真剣である。これまでロジャーはトオヤに対しては常に従順で、トオヤの隠し子疑惑があった頃も決してそのことに触れようとはせず、常にトオヤのことは「憧れの兄」として尊敬の眼差しで見つめていた。そのロジャーが、生まれて初めて本気でトオヤに対して、感情をむき出しにした怒りをぶつけてきたのである。 もともと、ロジャーがこの地に就任した当初から、兵士達の間では密かに噂は広まっていた。オーバーハイムの戦いの後に、兵士達の目の前で堂々と抱き合っていたのだから、それも当然の話であろう。だが、先日のタイフォンでの「白昼堂々のケーキ屋デート」が決定打となって、その噂が遂にはロジャーの耳にまで届くほどに浸透するに至ったらしい。 「子供の頃から、ずっと兄上とレア様は相思相愛だと思っていたのに、今更他の人に乗り換えるなんて……。 しかも、なんでよりによって、ドルチェさんなんですか!? なんで兄上ばっかり!」 怒りのあまり、ロジャーの声が少し裏返る。「支配者の聖印」の持ち主として、常に冷静さを重んじるようにリューベンから教育を施されていた筈の彼が、明らかに我を忘れている。だが、それも仕方のないことであろう。彼は君主である以前に、一人の思春期の少年なのである。長城線で出会った「尊敬する兄の側近の美しい邪紋使い」に心を奪われていた彼にとって、その「尊敬する兄」の取った行動は、あまりにも残酷な裏切り行為に他ならない。 「いや、あの……」 なんとか宥めようとしたトオヤであったが、いつもの如く動揺して咳き込んでしまう。そして、兄が咳き込む時は本気で動揺している時だということを、弟は嫌というほど熟知していた。それでもトオヤはどうにか弟に今の状況を理解してもらうために、なんとか言葉を捻り出す。 「……色々あったんだ」 短い言葉で説明するには、それは確かに最適な言葉の選択ではあるが、同時にそれは「最悪の説明」でもある。 「色々あったんですね、レア様とも、ドルチェ様とも。色々してきたんですね。あれですか? もしかして、チシャ姉さんやカーラさんとも色々あったんですか?」 「と、とりあえず、一旦落ち着いて、話を聞こうか?」 今までは盲目的なほどに兄に従順だった弟の突然の「闇堕ち」に対して、トオヤは必死で宥めようとするが、もはやロジャーは聞く耳を持とうとはしない。それもやむを得ぬ話であろう。彼は「思春期」なのだから。 「そういえば兄上の父親は本当は……」 ロジャーはそこまで言いかけたところで、ハッと我に返り、口籠る。「兄上にも色事師の血が流れているのではないですか?」と言おうとしたようだが、さすがにこれは「言ってはいけないこと」だと気付いたらしい。トオヤもそれに対しては、あえて聞かなかったふりをする。 「……まぁ、もういいですよ。兄上がドルチェさんがいいと言って、ドルチェさんも兄上がいいと言ってるなら、もうそれでいいですよ。そりゃね、どうせ僕なんてドルチェさんの眼中には無かったってことですよね、そりゃね、仕方ないことですよね」 つい先日、別の人物から同じようなことを言われたトオヤとしては、どう反応するのが正解なのかが分からなかったが、ひとまず弟の怒りがひと段落したようなので、話題を切り替える。 「ま、まぁ、その、とりあえず、仕事の話から進めようか。ムーンチャイルドの異変について、お前は何か知っているか?」 「サルファに聞いて下さい」 「いや、あの……、ね?」 「私はとりあえず、街の復興で忙しいので」 実際のところ、マキシハルトはオーバーハイムに比べると被害も小さかったので、それほど復興に手間がかかっているようには見えなかったのだが、それでも、彼がそう言うのであれば、「そういうこと」にしておいた方がお互いのためだとトオヤは察する。 「あ、う、うん、そうだな。俺が悪かった」 何がどう悪かったと思っているのかは有耶無耶にしたまま、トオヤは足早にその部屋を立ち去るのであった。 2.2. 裏社会組織 領主兄弟がそんな思春期の会話を交わしている間に、応接室で待っていたチシャ達に対して、ロジャーの契約魔法師となったサルファが、やや顔を赤らめながら挨拶する。 「あ、あの、えーっと、お久しぶりです、チシャ先輩」 彼もまた思春期の少年ではあるが、今のところまだ闇堕ちするような要因もないため、ひとまず今は一人の執政官として、調査隊の部隊長を務めるチシャ、カーラ、ドルチェ、アグニ、ジーンの五人に対して、現在の街の近辺の状況を説明する。 「ムーンチャイルドは昔から混沌濃度が高いと言われている土地ではあるんですが、先日のオーバーハイムでの戦いの直前の頃から、更に少しずつ上昇し始めていました。ただ、こちらはこちらで復興と新体制構築のための諸々の作業で手一杯で、そちらまで調査に出る余裕はなかったんです」 村の被害自体が少なかったとはいえ、それまで村とは無縁だった新任の領主が就任するとなれば、当然のごとく新体制の構築には時間がかかる。サルファも数ヶ月前からこの地に滞在していたとはいえ、正規の契約魔法師ではなかった以上、前任者が早々にエーラムに帰還してしまった状態で、その後任としての仕事を独学で全て理解するのは容易ではない。補佐役としてガフが滞在しているとはいえ、まだまだ年若の二人には、村の外にまで目を向ける余裕がなかったのも当然であろう。 「そんな中で、ここ数日の間にムーンチャイルドの方面に向かった商人の人達も何人かいたのですが、皆、そこから先の足取りが途絶えてしまっているのです。私達としても、この事態を放置しておく訳にはいかないと考えていたところですので、こうして調査隊の皆さんが来て下さったことには感謝しています。ただ、実は今、他にももう一つ、少々気掛かりなことがありまして……」 サルファは言いにくそうな顔を浮かべながら語り始める。 「最近、村の中で『ミルバートン・シンジケート』と呼ばれる反社会集団が暗躍してます。もともとは大陸系の組織らしいのですが、最近になってブレトランドにも進出してきたようで……。今のところ、この村では復興のための資材を安値で提供するなど、協力的な姿勢は示していますが、他の地域では御禁制の危険な物品を売り買いしていたり、パンドラとも通じているという噂もあります」 「パンドラ」と言われると、チシャとしては内心穏やかではないが、ひとまずは黙って話を聞き続ける。その隣のアグニもまた、特に表情を変えることなく涼しい顔を浮かべていた。 「ですので、もしかしたらムーンチャイルドの異変も、彼等が何らかの形で裏で絡んでいるかもしれません。首魁のラザールは今、この村のどこかに潜んでいると言われているのですが、現状ではその居場所までは特定出来ていないので、接触を取るのも難しい状態です」 サルファがそこまで言い終えたところで、トオヤが応接室に現れた。 「あ、マイロードとの話は終わりましたか?」 「うん、まぁ、終わった」 その何とも言えない微妙な表情から、「何かあった」ということをチシャは察する。その後、ひとまずサルファが改めて同じことをトオヤに対して説明した上で、そのままサルファを同席させた上での「軍議」へと移行していく。 2.3. 分担調整 ムーンチャイルドの現状に関してはサルファ達も全く把握出来ていないが、ここまでの状況から察するに、村の周辺が既に魔境化している可能性は十分にあり得るだろう。その場合、村の住人達の救助と同時に、その混沌災害の拡大を防ぐための手立ても必要になる。状況によっては、そのどちらを優先すべきかという難題に直面する可能性もあるだろう。 そのことを踏まえた上で、最初に口を開いたのはアグニであった。 「面倒臭くなったら、俺に言ってくれれば、村ごと燃やすことは出来るぜ」 不敵な笑みを浮かべながら、彼はそう言い放つ。実際、炎を操る能力を持つ彼が本気を出せば、問答無用で村一つを焼き払うことも可能であるし、もし村の異変が伝染病などが原因だとするならば、その道を選択せざるを得ない時もあるだろう(そして実際、ヴァレフールでは過去にそのような理由から村一つを丸々焼き払った事例もある)。アグニとしては、そのような「汚れ仕事」こそが自分の本懐であると開き直っていた。 「まぁ、それについては最終手段ということで。まずは状況の確認だな」 トオヤが冷静にそう答えると、今度はジーンが手を挙げる。 「ならば、私が先行して調べてきましょうか?」 「それはムーンチャイルドの方かい? それとも、ミルバートン・シンジケートの方かい?」 「どちらも調べに行くことは可能ですが、どちらかというと私は屋外活動の方が得意なので、今の時点で行くなら、ムーンチャイルドの方ですかね。ミルバートン・シンジケートは、そもそも絡んでいるかどうかも分かりませんし」 「確かにな。とはいえ、ミルバートン・シンジケートに関しても調べてみる必要はある気がする」 ジーンとトオヤがそんな会話を交わしていると、ドルチェが口を挟む。 「僕もある程度の調査は出来るけど、どうする? ムーンチャイルドはジーンさんに任せるなら、僕がミルバートンの方を調べてみようか?」 確かに、能力的に考えても、街中に潜む裏社会組織を探し出すには、ドルチェの方が向いている気がする。ただ、ドルチェに一人で行動させると、また必要以上に危険なところにまで足を踏み入れる恐れがあるため、トオヤとしては出来れば許可を出したくない。 トオヤがどうすべきかで迷っていたところで、アグニが「何か言いたそうな顔」をしていることにチシャは気付く。そのチシャの視線に気付いた彼は、不意に窓の外へと視線を向けた。 「お嬢、ちょっと外で妙な気配を感じるんだが、ちょっと様子を見に行かないか? あんた、投影体には詳しいんだろ?」 この時、チシャは外から何の気配も感じられなかった。その上で、アグニの表情から、彼の意図を概ね察する。どうやら彼は「他の者達がいる前では言えないこと」をチシャにだけ伝えたいらしい。 「そうですね。では、一緒に行きましょう」 チシャはそう答えた上で、駆け足で館の外に出る。口を挟む間も無く去ってしまった二人の後ろ姿を眺めながら、サルファが、やや心配そうな表情で問いかける。 「あの人は、何者なのですか?」 それに対して答えたのはジーンだった。 「私の同僚でね。まぁ、ちょっと危険なだけの男だよ」 あえて語弊のある言い方を選んだその返答に対して、サルファが露骨に焦燥の表情を浮かべると、ジーンは苦笑しながら補足する。 「いや、まぁ、役には立つ男だよ。要は『使い方次第』ってことさ。邪紋使いなんて、そんなもんだろ?」 それに対してはドルチェと、そしてカーラも頷く。 「そうだね。それは否定しない」 「投影体も似たようなものだしね」 実際、この世界において、邪紋使いや投影体は「君主や魔法師の制御下にあること」を前提とした上でその力の使用が認められている、という側面はある。とはいえ、本当に危険な邪紋使いや投影体は、その制御の外側で暴走してしまう可能性もあるということをつい先日の騒動で実感しているサルファとしては、アグニと一緒に出て行ったチシャのことが心配でならなかった。 ****** 館の外に出たところで、アグニは周囲に人がいないことを確認しつつ、チシャに小声で告げる。 「ラザール・ミルバートンになら、俺は話をつけられるぞ」 「ということは、やっぱり『そちら』の……」 「あいつの正体は闇魔法師だ。ただし、パンドラではない。昔はパンドラとも繋がりがあったんだが、色々あって袂を分かったらしい。で、一時はかなり本格的に対立していたんだが、姐さんが間を取り持って、今はどうにか『付かず離れず』の関係にあるってとこだな」 またしてもここで『母親』の存在が絡んできたことで、チシャは複雑な心持ちになるが、そんな彼女の心境をよそに、アグニは話を続けた。 「だから、姐さんの側近の俺が仲介して話をつけることは出来なくもない。まぁ、基本的にあの爺さんは人のことは信用しないし、こっちから見ても信用出来る人物ではないが、探りを入れてみる価値はあると思う。俺一人で接触する形でもいいし、お嬢も一緒に行きたいならそれでもいい。あんたの主人を一緒に連れてくことも可能だが、さて、どうする?」 確かに、今の時点で直接接触するツテがあるなら、その方が話は早いだろう。問題は、どのような名目で接触するかである。 「トオヤは、『あなたの正体』のことは知ってる?」 「さぁな。もう既に勘付いてる可能性はあるが、少なくとも俺の方からは何も言ってない。もし、何も知らずに俺達を従軍させてるなら、今から俺がパンドラの人間だとバラす時点で、色々と面倒なことになるだろうな」 実際のところ、もしトオヤが気付いていたとしても、パンドラの人間と公的に接触するというのは体面上好ましくはない。その意味では、トオヤにはアグニの正体は知らせない方が得策であろう。とはいえ、トオヤに無断で勝手に契約魔法師が反社会組織と接触する訳にもいかない、というのがチシャの考えでもある。 彼女が答えに窮していると、彼女の心中を察したアグニの方から提案してきた。 「じゃあ、とりあえず俺が先行調査に行って来る。あんた達が奴等に話を聞きたがってる、ということを伝えた上で、奴等が話をする気がありそうなら、また帰ってくるから、その時までに方針を決めといてくれ」 それに対してチシャは黙って頷くと、アグニは何処かへと歩き去って行った。 ****** こうして、「危険な男」との密談を終えたチシャが一人で部屋に戻ってくると、サルファが思わず駆け寄る。 「あ、あの……、大丈夫でしたか?」 「うん、特に心配されるようなことは何もないよ」 チシャがそう答えると、今度はドルチェが問いかける。 「で、アグニはどこへ?」 「どうやらミルバートン・シンジケートにツテがあるらしいので、調べに行ってもらいました」 厳密に言えば、この調査隊の指揮権はトオヤにある以上、部隊長の一人であるアグニの行動にもトオヤの許可を得る必要はあるのだが、トオヤは契約魔法師であるチシャには自分の代理人としての権限があると考えてるため、この彼女の裁量には特に異論を挟むつもりはなかった。 トオヤは、ドギを奪ったパンドラの新世界派に対しては激しい敵愾心を抱いてはいるが、村の復興のために、状況によっては裏社会組織との協力が必要になることもある、ということも分かっている。ただ、どこまでその存在を許して良いかは「場合による」というのが彼の認識であったため、とにもかくにも、まずは情報を得るために探りを入れる必要がある、と考えていた。 そのことを踏まえた上で、再びドルチェが口を開く。 「さて、直接ミルバートンの方と連絡が取れるなら、僕が忍び込む必要はなくなった。それなら、僕もジーンさんと一緒に偵察に行くという手もあるかな。もっとも、同じ偵察役でも、一緒に行動するにはあまり相性の良くない組み合わせになるんだけどね」 ジーンの邪紋は「他人に見つからずに忍び込む能力」に特化されているのに対し、ドルチェはむしろ「他人に見つかっても正体を看破されない能力」を持つ邪紋使いである。その意味では、確かにこの二人が一緒に行動するのは、あまり向いていないのかもしれない。 だが、ここでジーンが一計を案じた。 「あんた、人間以外に化けることも出来るのかい?」 「ん? あぁ、出来るよ」 ドルチェはそう言うと、ひとまず「猫」の姿に化ける。すると、ジーンはそれをひょいと片手で抱えて、肩の上に乗せた。 「こういう形で一緒に行けばいいんじゃないかな。最悪、私がしくじった時には、一人で逃げてもらえばいい」 人の姿でない状態で逃げる方が、人目を引かずに逃げられそう、ということらしい。もっとも、そのような目くらましが通じるかどうかは、相手次第ではあるのだが。 そして、このタイミングでカーラがボソリと呟いた。 「ボクも、ちょっと気になってることがあるんだけどね……」 「何かあったんですか?」 チシャがそう問いかけると、カーラは少し戸惑いながら訥々と語る。 「ちょっと何か感じる気配があるというか……」 その言葉から、トオヤ達はテイタニアの時のことを思い出す。もしかしたらそれはまた『四百年前の何か』なのかもしれないが、ジーンがいるこの場でその話をして良いか微妙だと判断したので、ひとまずその話題は脇に置いた上で、トオヤは話を本題に戻すためにドルチェに問いかける。 「ドルチェは、調査に行きたい?」 「そうだね。情報は自分の目で確かめておきたい、というのはある。情報は力だ。それは僕はよく知っているし、僕なら『他の人には見つけられないもの』を見つける力もある」 「では、ジーン隊長とドルチェに、ムーンチャイルドに行ってもらうことにしよう。俺とチシャとカーラは、ひとまずこの場に待機する。もしかしたら、二人が帰って来る前に、ミルバートンとの連絡がつくようになるかもしれないしな」 この場にいる者達はその方針で同意し、ひとまずドルチェとジーンがムーンチャイルドへと向かうことになった。 2.4. 紫角兎 ムーンチャイルドへと向かう山道に入ろうとしたところで、ジーンの肩に乗っていたドルチェはふと何かを思い立ち、その姿を「猫」から「梟」へと変身させる。 「この方が『君の相方』として、それっぽいだろう?」 「なるほどな」 「もっとも、姿が変わるだけで、飛べるようになる訳じゃないんだけどね」 「そうか、幻影の邪紋ってのも、そこまで万能じゃないんだな」 そんな会話を交わしつつ、軽快に山道を駆け上がるジーンであったが、その途上、ジーンの肩に乗った状態のドルチェは、少し離れたところに、奇妙な小動物を発見する。それは、額から一本の角を生やした紫色のウサギであった。今のところ、こちらには気付いてはいない様子である。 「ジーンさん、何かいるよ」 「あれは……、この世界のウサギじゃないね。何者だろう?」 「そういうことは僕じゃ分からないな。チシャなら何か分かるかもしれないけど……。とりあえず、一匹捕まえて連れ帰ってみるか」 ドルチェはそう言うと、小柄なフクロウの姿のままジーンの肩を降りて、こっそりとウサギに近付こうとする。ジーンが周囲に別の投影体がいないか警戒する中、ドルチェ(フクロウ)は慎重に距離を詰めて行くが、襲い掛かれる間合いに入る前にウサギに気付かれてしまった。 (やっぱり、僕は本来、目立ってナンボの存在なんだよなぁ) そう開き直った上で、ドルチェはウサギの前に立つと、その翼を広げて魅惑的な姿勢を取りながらウサギを魅了しようと試みる。ウサギの視線はすぐにその姿に釘付けになるが、それと同時に、ウサギの方からもドルチェに対して何らかの術が掛けられた。ドルチェがそれに気付いた瞬間、彼女は強烈な眠気に襲われる。 (これは……、睡眠の魔法? いや、魔法ではないのかもしれないけど、いずれにせよ、本気を出さないとまずいな……) もしここで二人とも眠らされることになったら、一巻の終わりである。そう判断したドルチェは、ウサギからの攻撃を避けつつ、フクロウの短い細足で一気に間合いを詰めて、美しい羽根模様に気を取られているウサギの喉元を、一瞬にしてその鋭い嘴で食いちぎった。 ウサギは血を流しながらその場に倒れる。もしこのウサギが投影体だった場合、完全に絶命させると消滅してしまうため、あえてトドメは刺さない状態で、嘴で咥えて引きずりながらジーンの元へとそのウサギを連れて行く。 「ジーンさん、捕まえたよ!」 そう言われたジーンは、ウサギを気絶させた上で傷口を止血し、懐から取り出した皮袋の中にそのウサギを放り込む。その上で、彼女はドルチェに問いかけた。 「どうする? ひとまずコレだけ一旦持って帰るか? もう少し先まで行くか。あんたにコレを持って帰ってもらった上で、私が一人でもう少し奥まで行く、という手もあるが」 「うーん、まだ本来の目的を果たしたとは、とても言えないんだよね」 「確かにな。じゃあ、もう少し先まで行くか」 二人はそう言って、そのまま山道を登って行く。だが、やがて村の建物が道の先に見えてきたあたりで、二人同時に強烈な睡魔に襲われる。出所ははっきりとは分からないが、少なくともジーンの皮袋の中からは特に何の力も感じられない。どうやら、空間全体にかかっている魔法のような存在らしい。その力は先刻のウサギが発していた力よりも強く、しかも、精神が削られるような苦痛も同時に感じ始める。 「あぁ、これはダメだな……。さっきのウサギみたいに、出所が分かっていれば、どうにかなるんだが……」 「そうだな……。とりあえず、意識があるうちに戻ろう……」 こうして、ドルチェとジーンはひとまず退却することになった。調査を強行出来ないほどの睡魔や苦痛ではなかったが、原因不明の変調が発生するような領域の奥地に二人だけで踏み込むのは、さすがに危険すぎると判断したようである。 2.5. 裏社会の首魁 一方、マキシハルトではその間にアグニが領主の館に帰還していた。 「ラザール・ミルバートンとは話がついた。とりあえず、話がしたいなら『ココ』に来い、とのことだが、どうする?」 そう言って示されたのは、村の一角に位置する寂れた民家である。サルファが確認したところ、その家は小さな商家の奉公人の住宅らしいが、どうやらその地下にラザールは潜伏しているらしい。もっとも、あえて領主にこの場所を知らせたということは、あくまで「隠れ家の一つ」でしかないのだろうが。 「あまり大勢で行って圧力をかけると、向こうの態度を硬直化させるかもしれないからな。とりあえずは俺とチシャだけで……」 そう言ったところで、カーラが心配そうな顔でこちらを見ていることに気付く。 「……『カーラ』も背負って行くことにするか」 そう言われたカーラは、人間体を放棄した上で「大剣」だけの状態となり、トオヤに背負われる。アグニをあえて連れて行かない方がいいと考えたのは、彼の正体が何者であれ、場合によっては「彼に聞かせない方がいい話」が発生する可能性があると考えたからである。アグニも特にその方針に対して異を唱える気はなかった。 こうして、トオヤ(と背負われたカーラ)とチシャは、その指定された民家へと向かう。すると、扉を開けた先で彼等の前に現れたのは、見るからに不気味な風貌の老人であった(下図)。彼は二人が入ってくると、まずチシャに対して侮蔑を込めた視線で語りかける。 「お主が、あの女の娘か。フン、よく似ている。男を惑わせながらも男には屈しない、そんな厄介な女の匂いがプンプン漂ってくるわ」 それに対してチシャが表情を変えずに無言を貫いていると、今度はトオヤに視線を向ける。 「で、そちらが、今噂の騎士団長代行殿か?」 「あぁ。知っているのなら、自己紹介は不要だな」 トオヤが淡々とそう答えると、ラザールはふてぶてしい態度で語り始める。 「最初に言っておこう。わしにとっては、エーラムも、パンドラも、ヴァルスの蜘蛛も、ついでに言えば聖印教会も、皆同じじゃ。手を貸すかどうかは、わしの金ヅルになるかどうか次第。せっかく見つけたこの村の利権を奪おうというのであれば、お主と話すことは何もない。その上で聞くが、何の用で来た?」 トオヤ達が見る限り、この部屋の中にはラザール以外の住人の姿は見えない。アグニの話によれば地下室がある筈なので、そこに誰かが潜んでいる可能性はあるが、現在の両者の間合いを考えれば、トオヤが剣を振るえば一瞬でこの老人の首を搔き切ることは出来るだろう(もっとも、それはこの老人が「ただの老人ならば」の話だが)。この状況下であくまで強気な姿勢でそう言い放ったラザールに対し、トオヤは淡々と交渉を始める。 「商人が利益で動くのは悪いことだとは思わない。この村の復興が早く進んでいるのも、あんたの金儲けのおかげでもあるんだろう。とはいえ、あなたの利益の根源が『一線』を超えているかどうかは確かめる必要があると思ってな」 「一つ確認するが、それは『騎士団長代行殿』としての権限なのか、それとも『ここの領主の従属聖印を預かる君主』として言っているのか?」 「どちらかと言えば『この地の領主の従属元の君主』として、だな」 つまり、あくまでも「ロジャーの保護者として」ということである。騎士団長代行としてのトオヤに許された権限は、あくまでも「ムーンチャイルドの異変の調査」であり、それに関係している可能性があるとはいえ、民間の商業活動にまで「騎士団長代理」の名の下でトオヤが口出しするのは、後々で厄介な問題を引き起こしかねない。だが、間接的にこの村を支配している立場としてであれば、介入する権限は確かにある。 「そうか。では『一線』を超えているとは、どういうことだ?」 「あくまで、噂の確認のために来ただけだ。そう身構えてもらっても、お互いに話し合いは出来ないだろう」 トオヤはそう言って友好的な姿勢を示そうとはするが、その目に強い警戒心が宿っていることをラザールは見逃さない。 「わしら商人は、自分の手の内は基本的には見せん。それはお主たちも似たようなものだろう。その上で、今お主が見ている限り、わしはその『一線』とやらは超えてはいないのか? もしそうならば、これ以上話すこともなかろう」 「今の段階では確かにその通りだ。だが、その『一線』を超えたと判断したのならば、我々はあなたに対して容赦はしないし、そのことはあなたも重々理解しておいてもらいたい。あなたがやりすぎない限りにおいては、あなたがこの村で利益を上げることに、我々は特に何も文句を言うつもりはない」 トオヤとしては、搬入元が不明な商品などについて全て調べる気はない。ただ、民を蝕むような商品(中毒性のある薬物など)を取り扱おうとしているのであれば、それは看過出来ない。もっとも、今のところはそういった商品をこの村で売り捌いている様子はないのだが。 「で、ここに来たのはその釘をさすためか? 本当に聞きたいのはそれだけか?」 実際のところ、ここまでの話はトオヤにとっても本題ではない。だが、トオヤはひとまずここでは相手の出方を見ようと考えた。 「そちらは何か、俺達が聞きたいことを知っているというのか?」 「ふむ……、もう少し勘のいい男かと思っていたがな。てっきり、北の山村のことについて聞きに来たのかと思っていたのだが」 「それに関する情報を、こちら側に売るつもりはあるか?」 ようやく話が本筋に入ったことを察したラザールは、トオヤに対して値踏みするような視線を向けながら答える。 「値段次第だな。わしが求めているものは一つ。『ヴァレフール全土における我等の経済活動の特許状』だ。要は、我等の参入を阻もうとする既存のギルドの連中を黙らせられる免状。未来の騎士団長殿であれば、それくらいは出せるであろう?」 現在のヴァレフールのそれぞれの街や村には、それぞれの地域の商人ギルドごとの縄張りがある。そこに外部から新規の商人達が手を伸ばそうとした場合、それは現存するギルドの商人達の既得権益を奪うことに繋がる可能性が高いため、結束してその新規参入を阻もうとする傾向が強い。そんな彼等の妨害工作を封じ込める上で、この国において実質的に伯爵に次ぐ序列2位の君主である騎士団長が発行した商業特許状は、絶大な効果を発揮することになるだろう。 だが、今のトオヤはあくまで「未来の騎士団長候補」にすぎず、少なくとも今回の任務限定の「騎士団長代行」としての立場で発行出来るような代物ではない。当然、本気でそれを対価として提示するなら、一度ケネスに相談する必要はある。 とはいえ、前回のヴァルスの蜘蛛との交渉で高額な代価を払わされたことの教訓もあって、トオヤはここで「あくまでもこれは『交渉のスタートライン』としてふっかけてきているだけ」ということをすぐに察した。おそらく、この要求がこのまま通るとはラザールも考えてはいないだろう。あくまでも、ここから「妥協可能なライン」にまで条件を引き下げることを前提とした上での提示であることは推察出来る。 そのことを踏まえた上で、トオヤはあえて、最初から条件の引き下げを提示するのではなく、あえて逆方面への交渉を切り出してみることにした。 「なるほどな。確かに商人としてあなたが求めるものは分かった。しかし、それではいささか対価として大きすぎるな。もう少し他に何か出せる情報はないか?」 「たとえば?」 「裏社会にいるあなただからこそ得られる情報もあるだろう」 実際のところ、トオヤとしては今回の任務とは無関係なところで「どうしても手に入れたい情報」がある。だが、それが何かを知られてしまっては足元を見られるので、ひとまずはこの老人の情報網がいかほどのものなのかを見極めようとしたのだが、それに対してラザールは、ニヤリと笑って想定外の答えを提示した。 「そうだな、最近手に入れている情報としては……、たとえば『マカロン』という異界の菓子を手にれた闇商人ともわしは繋がりがあるが?」 どうやらこの老人は「次期騎士団長候補」の趣向に関する情報も既に入手済みらしい。トオヤは必死で平静を装おうとするが、露骨に動揺した表情を隠せない。 「そ、そ、そ……、それ以外は?」 「キノコやタケノコの形をした菓子類を扱う業者にも心当たりが……」 「か、菓子に関する情報は、後で個別で受け付ける! それ以外に何かないか?」 とりあえず「菓子」が交渉材料として使えることを確認出来たことにラザールは満足しつつ、真剣な表情で問い返す。 「まず、お主らとしてはどうしたいか、だ。確かに、情報の内容が分からん状態で特許状を出せないというのも分かる。ならば『手付金』として、まずはお主の土地であるタイフォンに我らが参入するのをひとまず『黙認』してくれれば良い。特許状を出せないというのであれば、それでも構わんが、我等の参入に対して既存の商人達が妨害してくるようであれば、我等もそれに対抗するための『手段』を取らざるを得なくなる。平和的に解決するためには、特許状を出してくれた方が早いのだがな」 「……分かった。ただ、特許状を出すかどうかは、しばらく考えさせてもらいたい。ギルド側に対してこちらから『妨害しないように』と圧力をかけることは出来る」 「では、ひとまずはそれで良しとしよう。もしお主らがこの約束を違えれば、我等はいつでもこの村の復興支援からは手を引くし、お前達にとって都合の悪い方向に市場価格を変動させることも出来る。我等が本気を出せば、チョコバナナクレープの値段を現状の数倍に釣り上げることも可能だということを、心しておくが良い」 思わずトオヤは咳払いしつつも、つとめて冷静に答える。 「あぁ、分かった。お互いに利のある取引をしよう。ただし、そちらもやりすぎるようなら、こちらも容赦はしない」 「そうだな。お互いに、お手柔らかに願おう」 2.6. 銀盾と鉄仮面 こうして、口約束ながらもようやく条件面で折り合いがついたところで、ラザールはようやく本題の話を切り出す。 「では、まずムーンチャイルドに関してだが、あの村に関して、お主等はどこまで知っている?」 これに対しては、トオヤとしても今更隠し立てする必要もないと判断し、素直に答える。 「こちらとしては連絡がとれない状態になっていて、殆ど情報が得られていない。今は偵察部隊の報告待ちだ」 「では、まずそもそも、なぜあの地の混沌濃度が上昇したと思っている?」 「ムーンチャイルドはもともと混沌濃度が高かったと聞いている。なんらかの要因でその均衡が崩れたということか?」 「そう。問題はその『均衡が崩れた要因』だ。何か心当たりはないか?」 「もしかして、この間の蛇神か?」 「あれは、どちらかというと『結果』だな」 その言葉の意味がトオヤにもチシャにもよく分からなかったが、少なくともこの老人は、あのタイフォンを襲った巨大蛇神のことも把握しているらしい。彼はそのまま、今回の事件に関する一つの仮説を提示するための前提条件について語り始める。 「あの土地の混沌は、村の領主の聖印だけで抑えている訳ではない。あの村の領主の館の地下に、『鉄仮面卿』と呼ばれる男がいることを知っているか?」 その名前に対して、トオヤの背中に背負われたカーラが、一瞬カタッと反応する。彼女の先日の夢の中には、確かに鉄仮面をつけた男が登場していた。「赤子を抱いた優しそうに微笑む女性」の隣にいたその男は、その女性の夫のようにも見えたが、仮にそれが過去に実際に見た光景だったとしても、四百年近く前の話である。今回の話と直接関係しているのかは分からない。 一方、トオヤもまた、その人物には見覚えがあった。ムーンチャイルドの先代領主デーリーは父レオンの親友だったため、子供の頃に何度も父に連れられて同地に行ったことはある。その際に、一度だけうっかり地下に迷い込んだ際に、暗い部屋の中で鉄仮面を付けた不気味な男と遭遇したことがあった。もっとも、10年以上前の話なので、その時点でトオヤが見たその「鉄仮面」が、ラザールの言っている男と同一人物かどうかは分からない。 「何者かは分からないが、どうやらその鉄仮面の男は『特殊な聖印を持った君主』であるらしい。そして、奴の地下室には『銀色に輝く盾』が封印されており、その盾そのものに聖印の力が宿っているという。おそらくは、その『銀の盾』の力と『鉄仮面卿』の存在が、あの地の混沌濃度を下げていたのであろう」 「銀色の盾」と聞いた時点で、トオヤとチシャの脳裏には、子供の頃から何度も聞いたことがある「英雄王エルムンドの叙事詩」の最初の一節が思い返される。 七つの聖印携えて 六つの輝石の加護を受け 五つの銀甲身に纏い 四つの異能を従えて 三つの令嗣に世を託し 二つの神馬の鞍上で 一つの宝剣振り翳し 全ての希望を取り戻す かの者の名はエルムンド ブレトランドの英雄王 この歌の中に登場する「五つの銀甲」の実態は定かではない。エルムンドが銀色の防具のような何かを身につけていたのではないか、という解釈が一般的であるが、少なくとも現時点でそれらがどこにあるのかを知る者はいない。もし、その銀の盾が「五つの銀甲」の一つなのだとすれば、確かに混沌を封じるための特別な力が宿っていたとしても不思議はない。 もっとも、あくまで四百年前の伝説にすぎない以上、この歌自体に信憑性は殆どないし、そのような伝承にあやかって「我が一族に伝わるこの防具こそが五つの銀甲の一つだ」などと吹聴する者達などいくらでもいる。ただ、その歌の最後に登場する「一つの宝剣」の娘であるカーラが、ムーンチャイルドの方向から「懐かしい気配」を感じているという時点で、「その可能性」も十分に現実性のある仮説のように思えてくる。 無論、そんなカーラのことなど知らないラザールとしては、その「銀の盾」の正体を確かめる術はない。故に彼はその盾の正体については踏み込まないまま、自身の提唱する「今回の事件を引き起こした要因」についての仮説の説明を続ける。 「さて、数日前にお主等が討伐した『オブリビヨン』のランディには、ローズという名の側近がいたことは知っておるか? 奴はいわゆる『影の邪紋使い』で、諜報活動に秀でているだけでなく、様々な物品を各方面から盗み出しては、オブリビヨンに献上してきた実績がある。そのローズが、あの戦いの過程で行方をくらませたまま、現在も生死は不明のままなのだ。そして、奴の上官であるランディが『武具』にこだわる男だったことは、お主等も知ってるだろう?」 そこまで聞いたところで、ようやくトオヤ達にも話が見えてきた。 「つまり、そのローズがムーンチャイルドに向かい、何か君主の身に危険が及ぶこと、もしくは混沌の均衡が崩れることをした、と?」 「そういうことだ。正直、あの盾の正体はよく分からんが、奴がランディのためにその盾を盗もうとしたことで、何かが起きた可能性はある」 少なくともトオヤ達が戦った時点で、ランディ達の中に「銀色の盾」を持っていた者はいなかったが、その前の時点で別働隊として行動していたのであれば、それがランディに届く前に彼等が全滅し、その後でローズが別の地で活動するオブリビヨンの元へと届けた可能性も十分にあるだろう(なお、今回の物語とは無関係だが、ブレトランドの光と闇3にて戦死したオブリビヨンのアクセルは、ローズの実の兄である)。 「そしてあの村に関しては気になることがもう一つある。お主等は『ストレーガ』という名の女傭兵を知っているか?」 トオヤは心当たりがなかったが、チシャは以前にどこかで聞いた記憶があった。「不死」の邪紋を持つ不気味な風貌の女傭兵で、その姿を見ただけで相手は震え上がって戦意を喪失すると言われるほどの実力の持ち主らしいが、半ば伝説的な存在であり、その実態は明らかではない。 だが、この場にもう一人、そのストレーガについて誰よりも詳しく知っている者がいた。カーラである。その名を聞いた直後にカーラは、先刻よりも激しくカタカタと震え始めた。より正確に言えば、彼女はその名を聞かされるまで、その存在のことを忘れていた。だが、名前を聞いた途端に、はっきりと記憶の中から蘇ってきたのである。 それは、カーラが「封印」されるよりも前の時代。まだ父母が健在だった頃に何度か会ったことがある女傭兵であった。彼女は父シャルプの側近の一人で、ヴァレフールの建国にも協力した英雄であると聞かされていた。そして、一昨日の夜の夢の中に現れた「赤子を抱き、優しそうな顔をした女性」こそが、まさにそのストレーガであったということを彼女は思い出したのである。 トオヤの背中に背負われた武器が突然の記憶のフラッシュバックに動揺していることなど露知らず、ラザールはそのまま話し続ける。 「なぜかは分からんが、昔からあの村の近くではストレーガの目撃情報が頻繁に起きている。あの村は混沌濃度が高いとはいえ、そこまで頻繁に投影体が出現する土地でもない以上、わざわざ奴が出向くのは不自然だ。何か特別な事情があるんだろう。そしてつい昨日、この村の近くで彼女を見たという噂を聞いた。まだこの辺りにいるのかもしれない。もしかしたら、奴も何らかの形でこの事件に関わっている可能性はあるな」 そこまで言われたことで、カーラの中でのもう一組の「記憶の欠片」と「認識の欠片」がはっきりと繋がった。自分がこの地に来てから感じている「懐かしい気配」の正体が「ストレーガの気配」であることを確信したのである。 「ひとまず、今言えるのはそんなところだ」 ラザールはそう言った上で、不気味な笑みを浮かべながら付言する。 「ちなみに『追加料金』を払うなら、もう少し調べてもいいぞ」 「調べに行ってくれる、ということか?」 「いや、『わしは未来を見ることが出来る』と言えば、分かるか?」 ここで、今までずっと黙っていたチシャが口を開く。 「おっしゃらんとすることは」 チシャは、ラザールの正体が魔法師であることをアグニから聞いている。その系統までは知らされていなかったが、彼の職業的特性を考えれば、時空魔法師である可能性は高いだろう。 「とはいえ、わしはもう身体にガタがきておる。『そういうこと』を試みるには体力を使うからのう」 勿体ぶった仕草でそう呟くラザールを目の当たりにして、トオヤは訝しげな表情を浮かべながらチシャに小声で問いかける。 「チシャ、どう思う?」 「対価として、何を要求されるか次第かと」 そんな会話が交わされる中、トオヤの背中でカーラが再び揺れ始める。彼女としては、もうここまでの情報が手に入っただけで十分なので、早くここから立ち去った上でトオヤ達に自分が思い出したことを伝えたい、という心境だった。 トオヤはその仕草から、カーラが何かを伝えようとしていることは察しがついた。その彼女が握っている情報次第では、これ以上の「追加料金」を払ってまで更なる情報をこの老人から引き出す必要はないのかもしれない。 「ちなみに、追加料金とは具体的にいかほどかな?」 トオヤのその問いかけに対し、ラザールは単刀直入に答えた。 「アキレスでの活動の特許状。まだそこまでは払えんか? 今のお主では」 ラザールの表情から、これは「値切りを前提とした提示」ではなく、本気でそれを交換条件として提示していることが伺える。 「そちらの情報が不確定である以上、それは対価として釣り合っているとは言えないな」 トオヤもまた、あっさりとそう切り返した。仮にこのラザールが時空魔法の使い手であったとしても、あくまでそこで提示される未来予知は「不確定な断片情報」でしかない。とはいえ、ラザールとしてもその返答は想定の範囲内であった。 「すぐに結論が出ぬのは、仕方がない。お主も、騎士団長殿を説き伏せるのには時間も必要であろうしな。まぁ、今日のところはこの辺りにしておこうか。また行き詰まったらいつでも来るが良い」 そう言われたトオヤは、黙って家を出る。その傍らではチシャが一言「有益な時間でした」とだけ告げた上で、彼の後を追って立ち去っていくのであった。 2.7. 符合する情報 帰り道の途中で、カーラは「人間体」を出現させた上で、トオヤから「本体」を降ろしつつ、語りかける。 「さっきの話、団長殿だったら、特許状を出すくらいは認めそうな気がするけど……」 それがカーラの見解である。カーラは当初「追加料金」を払うことには否定的であったが、アキレスの免状程度であれば出したところで問題がないように思えた。実際、ケネスであればあのような類いの人物と裏取引することに、さほど抵抗はないだろう。 「あんまり『食えん狸』を抱え込むつもりはない」 それがトオヤの回答である。あのような人物を相手に、迂闊に「付け入る隙」を与えすぎるのは危険に思えた。 「でも、これから先、レア姫を支えるには清濁併せ呑むことも必要なのでは?」 「併せ呑むには、不確定要素が強すぎる」 トオヤはそう答えたが、とはいえトオヤとしても色々と思うところはある。彼の中では、あの老人を通じて引き出したい情報はある以上、彼とは今後も何らかの形での交渉が必要になると考えてはいた。 そんな彼等が領主の館に辿り着いたところで、ちょうど偵察から帰還したジーンと(人間状態に戻った)ドルチェに遭遇する。 「やあ、ただいま」 ドルチェは少し疲れた様子ではあったが、それでも特に傷を負った様子はない。 「お疲れ様でした」 「無事に戻って来て、何よりだ」 チシャとトオヤがそう声をかけつつ、彼等はアグニとも合流した上で、改めて領主の館の一室を借りて、軍議を開くことになった。 「結局、村には入れずに引き返してきたんだけどね」 ドルチェはそう言いつつ、一通りの事情を説明した上で、ジーンに預けていた「角の生えた紫色のウサギ(重症状態)」をチシャに見せる。 「……という訳で、お土産だ。晩御飯には、ちょっと毒々しすぎるけどね」 確かにそれは、この世界に存在する「自然の産物」としてのウサギにしては不自然な風貌であり、あまり食欲をそそられる色合いではない。そして、そのウサギを見るや否や、チシャはすぐにその正体が分かった。 「アルミラージ、ですね」 その名を冠する怪物は様々な世界に存在するが、チシャが見たところ、これは「裏アレフガルド界」と呼ばれる世界から投影された個体であり、人間を眠らせて無防備化したところを攻撃する習性を持つ魔物であるという。 「やはり、投影体だったか……。とはいえ、村の近くに行った時に感じた眠気は、このウサギと戦った時の比ではなかった……」 ドルチェのその発言に対して、今度はトオヤが口を開く。 「ということは、こいつの親玉に相当する奴がいるか……」 「もしくは、村全体にそいつがウジャウジャいるか、だね」 「どちらにしても、対策を打つ必要があるだろうな」 なお、チシャの見解によれば、このアルミラージの睡眠波動は、おそらく普通の人であれば問答無用で眠ってしまうほどの強烈な威力だが、君主や邪紋使いならばその影響下でも一定の活動は出来るだろうと推測出来る。また、「精神を削り取られるような痛み」を与えるような能力は持ち合わせていない筈なので、おそらく「村の近くで感じた眠気」は、このウサギとは別の要因である可能性が高いように思われる。 また、ドルチェとジーンの証言から察するに、彼女達が何らかの「精神攻撃」を受けた時点で、その周囲の状況はまだ魔境化と言えるような状況ではなかったようにチシャには思えた。つまり、変異率の類いでもない可能性が高いため、チシャの力で発散させるのも難しそうである。 「そこまで強力な眠気だとすると、耐えられるのは『不死の邪紋使い』くらいかと……」 不死の邪紋を極めた者の中には、一切睡眠を取らなくても行動出来る者達がいる、という話をチシャは聞いたことがある。もっとも、それは「眠らなくても体力や気力を回復出来る」というだけの話で、「魔法などの混沌の作用として強制される眠気」に対しても耐性があるのかどうかは分からない。それ故に、チシャとしてはあくまでも「たとえ話」程度のつもりで挙げた事例だったのだが、それに対してカーラが予想外の反応を見せる。 「じゃあ、ツテがあるから、ボクが探しに行くよ」 「ツテ?」 「さっきの話に出てきたストレーガっていう人は、かなり強力な不死の邪紋使いなんだけど、実は昔の知り合いなんだよ。どれくらい昔かというと、だいぶ昔なんだけど」 唐突に告げられたその宣言に対して、「さっきの話」を直接聞いていなかったドルチェが真っ先に反応する。 「君の言う『だいぶ昔』ってのは、相当な昔ってことだよね」 「そうだね。えーっと……」 カーラは周囲を見渡し、事情を知らない二人の邪紋使いがいることを再確認した上でトオヤに目線で問いかける。 (話してもいいよね?) それに対してトオヤが頷くと、彼女はジーンとアグニに対して語り始める。 「具体的に言うと、ボクはヴァレフールの初代伯爵シャルプ様とも知り合いなんだけど……」 さすがに「娘」とまで言ってしまうと説明が複雑化するため、そこまでに留めておいた。実際のところ、彼女がオルガノンである以上、四百年以上前からこの世界に存在していたと言われても、それは普通に「ありうる話」なので、ジーンもアグニもそこまで驚きはしなかった。 その反応を確認した上で、トオヤはひとまずラザールから聞いた話をかいつまでこの場にいる者達に説明しつつ、改めてカーラに問いかける。 「ストレーガがその頃から生きている邪紋使いで、今もムーンチャイルドにいる、と?」 「そう。そして多分、例の『銀色の盾』って、エルムンド王の叙事詩に出てくるアレだよね?」 それに対して反応したのはドルチェであった。 「五つの銀甲のうちの一つ、か」 彼女の中では昨日の夢の中で見た絵本の内容が思い出される。あくまでもお伽話程度に認識されてる話だが、久しぶりにその響きを聞いて、なぜかドルチェの中の何かが心踊るような感覚に囚われていた。 (この感覚……、英雄王に憧れていたあの子供は、やはり過去の僕自身なのか……?) そんなドルチェの奇妙な感慨をよそに、カーラとトオヤは話を続ける。 「だから、彼女は初代伯から『銀の盾』を任されているという可能性もある」 「そんな昔から?」 「彼女に聞けば、そのあたりのことも教えてもらえるかもしれない」 「さっきから感じていた『気配』というのは、そのストレーガの気配なんだな?」 「その可能性がだいぶ高い。だから、頼めば話を聞いてくれるかもしれない」 カーラとしても、なぜそう言えるのかの理由は自分でもよく分からない。それがオルガノンとしての力なのか、それともエルムンドの血族としての力なのかも不明である。だが、それでも直感的にそう認識してしまう、としか言いようがない。そして実際、テイタニアではその直感が事態の解決を導いた実績がある以上、(そのことを知らないジーンとアグニがどう考えているかは不明だが)トオヤ達の中ではそれは十分に信用出来る情報なのである。 しかし、だからと言ってこれが事態の解決に繋がるとは限らない。 「向こうが覚えていればいいんですけどね」 チシャはそう呟く。カーラとストレーガが最後に会ったのは、封印されていたカーラの実感としては「つい数年前」であっても、もしストレーガが400年以上眠らずに活動を続けていたのだとすれば、その間に蓄積された膨大な記憶の下に埋もれてしまっている可能性はある。 「あと、『鉄仮面』についても、ボクはちょっと心当たりがあってね。四百年前に、ボクやストレーガさんと親しい関係にあった人の中に、鉄仮面を付けてる人がいたんだ。どんな人だったかまでは思い出せないんだけど……」 とはいえ、さすがにそれが『今の鉄仮面卿』と同一人物である保証はない。むしろ、何代にも渡ってその鉄仮面を引き継いでいる「特殊な聖印の継承者」と考えた方が自然である。 「俺も一度、子供の頃にその鉄仮面卿とやらを見たことはあるんだが……、今のところは、やはり不確定な情報ばかりだな……」 トオヤはそう呟く。こうなると、やはりもう一度、ラザールを頼って時空魔法で何か調べさせた方が良いのかもしれない。どちらにしても不確定な情報しか手に入らないかもしれないが、それを現在の自分達の持っている情報と符号させることで、また何かが見えてくる可能性もある。 とはいえ、既にこの時点で陽は落ちており、アグニが言うには「夜は彼等が最も忙しい時間帯だから、ラザールもどこかに出かけている可能性が高い」とのことだったので、ひとまず今夜のところはここまでの旅と調査の疲れを癒すために休眠し、明日以降に備えることにした。 領主の館はまだ改修工事の途中だったこともあり、オブリビヨンが去って以降使われなくなっていた一部の兵舎を借りて、兵士達と共に彼等は睡眠を取る。そんな中、カーラは寝る前にタイフォンにいると思われるウチシュマの方角に向かって静かに手を合わせ、無事に今日が終わったことへの感謝と、明日以降の平穏無事を祈るのであった。 3.1. 夢見ていた夢 トオヤは夢を見ていた。彼の目の前には、父レオンの姿があった。だが、それはトオヤの記憶にあった生前のレオンに比べて、明らかに年老いている。 「もうお前は一人前の君主だ。あとのことはよろしく頼むぞ」 そう言いながら、レオンは聖印をトオヤに託す。周囲には、その「継承の儀式」を笑顔で眺めている母や弟、そしてウォルターを初めとするタイフォンの住人達がいるが、いずれも今現在の彼等よりも年月を重ねた風貌である。だが、トオヤはそのことに特に違和感を感じることもなく、新領主に就任した自分のことを皆が心から祝福してくれている幸せに浸っていた。 ****** チシャは夢を見ていた。エーラムでの修行を終え、トオヤの契約魔法師となるためにブレトランドへ帰還した彼女の目の前には、父マッキーと母ネネ、そして三人の弟妹達の姿があった。 「おかえりなさい。今日は久しぶりに、家族全員で焼肉を食べに行きましょう」 ネネはチシャにそう言った。ヴァレフールにおいて牛肉は重要な生産品の一つであり、チシャにとっては懐かしい祖国の味である。一度は実家との縁を断ち切ってロート家の養女となった自分が、こうして祖国へと帰還し、再び生家で家族団欒の時間を過ごせることの喜びを、彼女は深く噛み締めていた。 ****** ドルチェは夢を見ていた。自分の目の前には、一人のエーラムの制服を着た「赤髪の女性」がいた。 「やっと約束が果たせたね。これからよろしくね、マイロード」 「赤髪の女性」はそう言った。そして彼女の隣には、つい先刻どこかで会ったような気がする「黒髪の女性」の姿があった。 「ユーフィー、弟をよろしくね」 「黒髪の女性」はそう言った。そして自分の手の甲には、光り輝く聖印が浮き上がっていた。長年思い描いていた夢を叶えたドルチェは、満面の笑みでその達成感を二人の女性と共に分かち合っていた。 ****** カーラは夢を見ていた。彼女の手の中には、一人の赤子がいる。彼女の目の前には、髪の長い青年の姿があった。前髪で顔の半分が隠れてはいるが、端正な顔立ちで、穏やかな笑みを浮かべている。 カーラの背後には、彼女の記憶にある姿よりも明らかに年老いた父と母、そして「髪の長い青年」の背後には「優しそうな笑顔を浮かべるストレーガ」と「鉄仮面の男」の姿があった。 カーラはこれまで、諸々の事情から、堂々と家族一緒に過ごせる機会に恵まれなかった。だが、そんな彼女が今、胸を張ってこれから先の人生を共に歩んで行ける「自分の家族」を手に入れた。その喜びを、自分に寄り添う髪の長い青年と、自らの手の中に抱いた赤子を見て、改めて心の底から実感するのであった。 3.2. 苦い目覚め 翌朝、チシャは目を覚ました。これまでに経験したことがないほどに、起きるのが辛い朝だった。出来ることなら、あの「幸せな夢」の中で、父や弟を失うこともなく、母の正体を知ることもなく、平和な日々を過ごしていたかった、そんな想いを抱きながらも、彼女は必死で自分を奮い立たせて起き上がる。 その後、どうにか支度を済ませて周囲を見渡すと、いつもいる筈の者達が誰もいないことに気付く。 兵士達の大半がまだ眠りについたまま、トオヤもカーラもドルチェも姿を見せない。これはさすがにおかしいと考えたチシャは、まずトオヤの宿舎へと向かった。 幸せそうな顔で眠りに就いているトオヤの周囲から、チシャは微量の混沌の気配を感じ取る。おそらくこれは何らかの外的要因に基づいて眠らされている状態だと気付いた彼女は、全力でトオヤの頬を叩いた。すると、トオヤはパッとその瞳を開いて飛び起きる。 「おぉ! びっ、びっくりした!」 思わずそう叫びつつ、彼は状況を把握出来ていないような表情で周囲を見渡す。自分が、本来の予定よりもかなり長々と眠り続けてしまっていたことに気付いたトオヤが慌てて身支度を整えているのを横目に、チシャはカーラとドルチェも同じ症状なのではないかと考え、彼女達の部屋へと向かう。 最初に向かったカーラの部屋では、案の定、彼女もまた混沌の気配に包まれる形で深い眠りに就いていた。チシャが強引に叩き起こしたことで、彼女はどうにか目を覚ましたものの、彼女は複雑な表情を浮かべる。 (なんだか心地良い夢だったけど、何かおかしい……。あの男の人は誰? ボクが抱いてたあの赤ちゃんは……?) そんな不可思議な感覚に囚われてるカーラをよそに、今度はチシャはドルチェの部屋へと向かう。ここでも同じように眠り続けていたドルチェを無理矢理チシャが起こそうとすると、ドルチェは寝ぼけたような顔でうっすらと目を開ける。 「あぁ、起こしに来てくれたのか……。ん? チシャ?」 「チシャですよ」 真顔でそう答えたチシャを目の当たりにして、ドルチェもようやく正気に戻る。 「そうか……、魔法師の姿で僕を起こしに来るのはチシャくらいだよな……」 ドルチェが何を言わんとしているのかはチシャにはさっぱり分からなかったが、ひとまず起きたことを確認したチシャは、兵舎全体を回って「まだ起きていない兵士を強引にでも叩き起こすように」と指令を出す。チシャの予想通り、殆どの兵士達がまだ深い眠りの床に就いていたが、チシャの命を受けた「夜勤明けの兵士達」が片っ端から彼等を叩き起こしたことで、どうにか全員が一通り目を覚ますことになる(その過程で多少の傷を負った者もいた)。 無理矢理起こされて不機嫌な様子の兵士達から話を聞いてみたところ、どうやら彼等は全員、「起きたくなくなるほどに幸せな夢」を見ていたらしい。そして、それはアキレスから派遣された部隊長達も同様のようである。 「この地はなぜか寝心地が良かった。夢の中で、久しぶりに弟に会えたよ」 ジーンの何気ないその一言を聞いたドルチェは、ここで「何か」に勘付くが、ひとまずそのことは胸の奥にしまったまま、平然とやり過ごす。 一方、アグニは下卑た笑いを浮かべながら彼等の前に現れた。 「いやー、姐さん、いい女だったなぁ……」 チシャはそんな彼に言いようがないほどの不快感を抱いていたが、ひとまずそんな彼等の状況を踏まえた上で、トオヤ達はこの「奇妙な共通現象」について検証する。 「皆が揃って深い眠りから覚めにくい状態になっていたのだとしたら、偶然ではないだろうな。多分これはムーンチャイルドにいる何者かの影響だろう」 トオヤはそう推測した。昨日のドルチェとジーンの報告を聞く限り、あの村には他人を眠らせる能力を持つ何者かが潜んでいると思われる。おそらくはその影響がこの村にまで及び始めたということだろう。チシャだけが自力で起きられたのは、彼女が(投影体を制御するための)人並み外れた精神力の持ち主であったが故であろうと考えられる。 そして、皆が共通して「現実とは異なる、幸せな夢」を見ていたのも、 「目覚め」の妨害の一環なのだろう。ただ、カーラとドルチェは、それが自分にとって本当に「幸せな夢」なのかが分からなかった。二人共、過去の記憶の一部(ドルチェに至ってはほぼ全て)を失っているため、過去の自分が何を望んでいたのかも定かではない以上、あの夢が本当に「自分の望んでいた夢」なのかどうかが分からなかったのである。 とはいえ、カーラに関してはその夢の中に「ストレーガ」や「鉄仮面」が登場していたことから、明らかに夢の内容そのものが今回の事件に深く関わっている可能性が高い。彼女はそのことを自覚した上で、ここまでの流れを口に出して思い返してみる。 「タイフォンにいた時も昔の夢を見てたんだよな……。ムーンチャイルドに近付くことでその力が強くなってきているということは……」 その彼女の言葉を受けて、トオヤが決断する。 「あまり、悠長なことを言っていられなくなったな。ラザール・ミルバートンへの再訪は中止だ。今すぐムーンチャイルドへ行こう」 「そうだね。次に寝たら、起きれる自信はないよ」 カーラがそう答えると、他の者達も揃って頷く。こうして彼等は全軍を率いて、ムーンチャイルドへと向かう山道へと足を踏み入れることになった。 3.3. 死なずの傭兵 調査隊が山道を慎重に北上していくと、先鋒を務めるジーンとドルチェが同時に「同じ気配」を進行方向から感じ取る。ジーンは小声でドルチェに声をかけた。 「なぁ、昨日の『アレ』に近い混沌の気配を感じるんだが……。しかも、今回はかなり数が多いような……」 「あぁ。こっちも数が多いことは多いが、厄介だな……」 ドルチェはひとまず後続を率いるトオヤの元へと駆け寄った。 「トオヤ、『ウサギ』の気配がする」 文脈上、それが「例のウサギ」を意味していることはトオヤにも当然理解出来た。 「困ったな。そいつらと接触する前に、チシャの魔法で焼き払えれば早いんだが」 「固まってくれていると、狙いやすいんですけどね」 傍らに立つチシャがそう呟きながら、いつ襲撃を受けても対処出来るようにワイバーンを固定召喚して空中に浮遊させる。その上で、ひとまず彼等は臨戦体制を維持しつつ、そのウサギの気配の漂う領域へと歩を進める。すると、その先から「例のウサギ」と思しき獣の悲鳴と喧騒が聞こえてきた。彼等が進行速度を上げて近付くと、そこには、大量のウサギに囲まれた状態で孤軍奮闘する、不気味な青白い肌の女性の姿があった(下図)。その手には、身の丈よりも長い曲刀が握られている。 「あれは……、ストレーガさん?」 カーラの夢の中に登場した「優しそうな微笑みで赤子を見つめていた時」とは真逆の表情だが、それは確かにカーラの知っている人物であった。彼女は巨大な曲刀を振り回し、襲い来るウサギ達を次々と撃退しているが、数が多すぎてキリがない様子である。 ここでチシャがワイバーンに攻撃を命じればウサギ達は一掃できるだろうが、当然のごとくその中心にいる「彼女」もその一撃に巻き込むことになる。見たところ彼女は苦戦しつつも怪我をしている様子もないので、もし彼女が本当に「伝説の傭兵」なのであれば、ワイバーンの一撃程度で倒れはしないだろう。とはいえ、今回の事件の鍵を握っていると思しき人物に対して、初対面からいきなり敵対行動と取られそうな姿勢を見せるのは好ましくない。 この状況でチシャが逡巡していると、ウサギ達の一部は彼等の気配に気付いて、視線を向ける。それに対して、昨日の遭遇戦で彼等の能力を実体験しているドルチェは、率先して前に飛び出して、ウサギ達の視線を一身に集める。さすがに、あの睡眠周波を味方全体にかけられるとのは厄介なので、それなら自分一人で囮になった方が良いと考えたらしい。 これに合わせてチシャはひとまずドルチェを魔法で支援しつつカーラに目を向けると、彼女はチシャに「何か」を伝えるような「目配せ」をした上で、ウサギに囲まれたストレーガ(と思しき女性)に向かって突進する構えを取る。ここでカーラの意図を察したチシャは、ワイバーンに「ストレーガを囲んだ全てのウサギ」を巻き込んだ大規模な突風を巻き起こすように命じると同時に、オルトロスをストレーガの眼前に瞬間召喚して彼女を庇わせる。更にそれに加えてカーラがストレーガの前に立ちはだかった。 「我が姿は壁となる!」 カーラはここで、あえて母親譲りの特殊な力(青い文様のような光の壁)をストレーガに見せつけるように出現させることで、どうにかその損傷を最小限に食い止める。そして、突風が止んだ時点で、周囲のウサギ達は全滅し、そしてストレーガには(彼女達の献身の甲斐あって)傷一つついていない状態であった。 ストレーガは、一瞬、何が起きたのか分からない表情を浮かべるが、すぐにトオヤ達のことを「味方」と認識する。そして、カーラの顔を目の当たりにして、呟くように問いかけた。 「カーラ、か?」 その声色も表情も、「夢の中に現れたストレーガ」とはまるで別人のような、氷のように凍てついたオーラをまとっていたが、それでもカーラはこの反応から、彼女が「ストレーガ」であると確信する。 「はい。お久しぶりです、ストレーガさん」 「なぜ、お前が……? まぁ、いい……」 ストレーガは淡々とした様子で周囲を見渡しつつ、カーラに問いかける。 「ラドクリフを見なかったか?」 その名を聞いた直後に、カーラの中の記憶が思い起こされる。それはストレーガの夫の名前。日頃は鉄仮面をつけていた、夢のなかのあの男の名前である。 「私は見ていませんが、似たような仮面の人がムーンチャイルドにいる、と聞いたことがあります」 カーラがそう答えると、ストレーガは表情を変えないまましばらく沈黙した上で、心なしか残念そうな声色で呟く。 「そうか、お前はそこまで覚えてはいないのか……」 どうやら今のカーラの返答は、彼女が求めている答えではなかったらしい。そして彼女は、カーラが知らない何かを知っている、ということは伺えたが、カーラがそのことについて問いかける前に、ストレーガは機先を制して言い放った。 「覚えていないのであれば、思い出す必要はない。本来、お前達には関係のないこと。私達が、一方的に想いを押し付けただけだ」 そう言って、ストレーガはこの場を立ち去ろうとする。彼女が何を言いたいのかは分からないが、カーラとしては当然呼び止める。 「あの! 今のウサギ達、どういう存在かご存知ですか?」 「人を眠らせる魔物。だが、私には効かない。私は既に人ではない」 淡々と彼女はそう答えた。やはりチシャの仮説通り、不死の邪紋を極めた者には、眠気を与える混沌の力は作用しないらしい。もっとも、それは自ら「既に人ではない」と自認するほどの境地に達した者だけにしか該当しない、極めて特異な事例なのであろうが。 「ムーンチャイルドという村の中で何が起こっているのかは、ご存知ではないでしょうか?」 「私もまだ確かめられてはいない。だが、ラドクリフが今、おそらくあの村から離れている。そしておそらくこの辺りのどこかにある。私はそれを探している」 この時、彼女が自分の夫のことを「いる」ではなく「ある」と表現したことを、カーラは聞き逃さなかった。カーラにしてみれば、自分自身が自他共に認める「道具」である以上、そのような呼び方にはそれほど違和感はない。だが、それはラドクリフが「自分と同類(オルガノン)」であった場合の話である。 カーラの記憶の中ではラドクリフに関しては「鉄仮面をつけた男性」という記憶しかない。もしかしたら、彼の正体こそがムーンチャイルドに封印されているという「銀色の盾」なのかもしれない、と一瞬考えたが、ラザールが言うには、その盾には「聖印の力」が宿っているという。もしラドクリフがオルガノンだとするならば、その身に聖印を宿すことは出来ない筈である。 だとすると、ラドクリフは盾以外の別の何か(鉄仮面そのもの?)のオルガノンなのか。それとも、オルガノンとはまた別の「何か」なのか。自分の中の中途半端な記憶から先が引き出せないもどかしさもあってカーラは内心困惑していたが、ひとまず「今思ったこと」をそのまま提案してみることにした。 「人手が足りないようでしたら、私達も手伝いましょうか?」 それに対してストレーガは、背を向けたまま答える。 「好きにすればいい。ただ、この辺りは危険だ。何かあっても私は守りきれる自信はない」 そこまで言い終えたところで、ストレーガは振り返り、カーラとその仲間達に向かって、相変わらず凍てついた表情のまま、こう言った。 「あと、さきほどは助かった。礼を言う」 3.4. 英雄王の盾 こうして、カーラ以外の面々には何の話をしているのかもよく分からないまま、調査隊はストレーガによる「捜索」を、勝手に手伝うことになった。と言っても、何を探せば良いのかも分からない状態のため、当然のごとく兵士隊も他の部隊長達も困惑していたが、ここはカーラの直感を信じた方が良いと判断したトオヤは、「とりあえず、この近辺で何か怪しい物を見つけたら報告するように」と皆に命じる。 しばらくそのまま彼等が「山狩り」の要領で探索を続けていると、カーラは街道から大きく外れた山の急斜面の一角に、一人の男性の死体を発見する。おそらく死後数日は経過していると思われるほどに腐食しているが、その身体には「邪紋が刻まれていたと思しき跡」があり、そしてその首筋から肩にかけて「怪物か何か」に噛み付かれたような跡がある。そしてその周囲の草木の様子を見ると「大蛇が通ったような形跡」が見受けられることから、おそらくはあの「蛇神」に殺された人物ではないかと推察出来る。 そして、その彼の周囲を更に詳しく調べてみると、その斜面を少し降った先に、古ぼけた一つの盾が転がっているのを発見する。一見しただけでは材質は不明だが、少なくとも銀色ではない。だが、カーラはその盾に見覚えがあるような気がした。 「ストレーガさん!」 カーラに呼ばれたストレーガがその「盾」を目にした途端、それまで一度も崩れることなく氷のような雰囲気を保っていた彼女の顔が、少しだけほころんだようにカーラには見えた(それは微かながらも、カーラの夢に出てきた「優しそうな顔を浮かべたストレーガ」に通じる雰囲気を醸し出していた)。 「よくぞ見つけてくれた」 ストレーガはそう言うと、その盾をカーラから受け取った上で、トオヤに声をかける。 「そこの者、君主だろう?」 「あぁ」 「お主は英雄の器か?」 「英雄?」 「英雄の資質が、お主にはあるか?」 トオヤは少し考えた上で、訥々と答える。 「突然聞かれて、なんと答えて良いか分からないが……、そうだな……、俺は自分のことを英雄だなんて思ったことはない。俺は自分の手が届く範囲が狭いことは知っているし、その手が届く範囲ですら守れないものも多いことを知っている。だが、俺には配下達がいるからな。彼等と一緒だったら、乗り越えられることがあると信じている」 そう語るトオヤに対して、ストレーガは彼を改めて値踏みするような視線で凝視した上で、カーラが発見した「盾」を手渡す。 「では、これを持ってみよ」 トオヤが黙ってその盾を受け取ると、次の瞬間、その盾が銀色に光り出す。その美しき輝きに周囲の者達が圧倒されている中、トオヤの心の中で、正体不明の声が語りかけてきた。 「何百年ぶりであろうか。エルムンド様と我が息子以外で、我が声を聞くことが出来る者は」 トオヤは驚いて周囲を見渡すが、トオヤ以外の誰の耳にも、その声は届いてはいない。そんなトオヤの元に、再び同じ声が響き渡る。 「気高き聖印を持つ者よ、お主の名は」 「名前? ト、トオヤだが……」 彼は思わず、そう口に声に出して答える。当然、周囲の者達から見ると、トオヤが誰に対して話しているのかも分からない状態だが、カーラはテイアニアでマルカートと交信していた時のことを思い出して、大方の状況を理解する。 そんな中、「謎の声」と「トオヤ」の会話はトオヤの心の中で展開されていった。 「トオヤ、か。私はエルムンド様の盾。かつて『五つの銀甲』と呼ばれた武具の一つだった。我々はエルムンド様の聖印の力によって、武具でありながらエルムンド様の従属聖印を受け取り、魂を宿した。言うならばエルムンド様の『従属武具』とでも呼ぶべき存在だ」 「……ということは、元々はただの武具だったということか?」 「ただの武具ではないがな。名工ラドクリフによって作られた、エルムンド様にふさわしい武具であり、その名工の名で私は呼ばれていた」 これはこの世界では別段珍しい話でもない。自らの作った武具の一つ一つに名前をつける工匠もいるが、そうでなければ工匠の名そのものが武具の呼称に転用されるのが一般的である。 「我々は言うならば、エルムンド様直属の家臣であり、実際にエルムンド様も我々を七騎士と同格の側近として遇して下さった。だが、それでも所詮、あくまで一つの盾にすぎない。自分の意思で動くことが出来る宝剣ヴィルスラグとは違う。私は、そんなヴィルスラグが羨ましかった。『人』であるかのように振る舞い、『人』として持ち主に愛されることが出来る彼女のような存在に、私はなりたかった」 どうやら彼は、エルムンドから聖印を受け取った時点では、まだあくまでも「意思を持った盾」であり、オルガノンのような「擬人化体」を有する存在ではなかったらしい。 「私はエルムンド様の側近であった一人の魔法師に頼んだ。私に『人の体』を与えてくれ、と。彼女は答えた。『かりそめの姿』であれば、与えられなくもない、と。そして彼女は私に『エルムンド様そっくりの姿』を与えてくれた。私はその姿を利用して、『エルムンド様の影武者』としての役割を、様々な戦場で果たし続けた」 おそらく、それは現在のレア(本物)やドギ(の侍女)にかけられている生命魔法の奥義のことだろう。とはいえ、『意思を持った盾』に『人間の姿』を与えるなどという発想自体、常人には思いつかない。まさに狂気の実験とでも呼ぶべき試みである。しかも、その狂気の物語にはまだ続きがあった。 「やがてヴァレフスとの戦いを終え、エルムンド様の死が公にされた後、私は『鉄仮面』をつけた一人の『騎士』となり、混沌濃度の高い危険な土地と言われたムーンチャイルドを治める領主となった」 この時点で「鉄仮面」をつけた理由について、この声の主は明確には説明しなかったが、おそらくは混乱を防ぐためであろう。「英雄王」の死後に同じ顔の人物が存在しているのは、あまり好ましい話ではない。ならば別の顔を改めて作り直せば良かったのであろうが、ラドクリフとしては、一度貰った「主君そっくりの顔」を捨てることに抵抗があったのかもしれない。 「だが、やがて私は一人の邪紋使いに惹かれてしまった。彼女はエルムンド様の御長男の側近であった。いつしか私は、自分が『盾』であったことも忘れて、一人の人間になった気になって、彼女との間に『子』を作ってしまった。そして『盾』と『人』の間に生まれたその子は、文字通り、身体の半分が『盾』の姿だった」 ここに来て、更にもう一段階上の「狂気」の顛末を聞かされたトオヤは、さすがに状況が想像出来なくなっていた。「身体の半分が『盾』」と言われても、何がどう「半分」なのか想像すら出来ない。 「そ、それはどういう……?」 「本人に会ってみれば分かる」 「本人?」 どうやら、まだその「子供」は生きているらしい。トオヤはまだ認識の整理が出来ていない状態だったが、その「声」は構わず語り続ける。 「そして、その『半人半盾』の子供の姿は、普通の人から見れば『異形』にしか見えない。私も妻もその子を愛したが、周囲の者達はその子のことを不気味に思い、忌み嫌った。一人だけ、そんなあの子を受け入れてくれた少女がいたが、彼女が故あって封印された後、我が子は完全に心を閉ざしてしまい、妻もまた、笑顔を見せることはなくなった」 この「少女」が誰のことなのか、今の混乱した状態のトオヤにはまだ理解しきれていない。 「私は、自分が『道具』であることを忘れて、人であるかのように振舞ったことで、不幸を生み出してしまったことを悔い、再び魔法師に頼んで、元の『盾』の姿に戻してもらった。その上で、ムーンチャイルドの混沌を鎮める任務を果たすため、領主の館の地下室に封印してもらうことにした。そして、人前に出ることを恐れる息子もまた、私と共に地下で生き続けることを選んだ。息子は私の鉄仮面で己の顔を隠して、私と共にこの地の歴代の領主に仕えることになった。妻はこの地の領主に、私と息子を子々孫々守り続けるように契約を交わし、そのために莫大な資金を稼ぎ、以降の歴代の領主に貢ぎ続けることを約束した」 矢継ぎ早に語られる荒唐無稽な話にトオヤは困惑しつつも、どうにか状況を整理していた。カーラから断片的に彼女の過去の記憶の話を聞いていたこともあり、どうやらこの盾の「妻」がストレーガらしい、という推測に至ったことで、どうにかトオヤは納得したような表情を浮かべる。 そのトオヤの様子を見て、傍らに立っていたストレーガは声をかけた。 「ラドクリフは全てをお主に話したようだな」 トオヤがそれに頷くと、彼女はそれとほぼ同じ説明を、その場にいる人々に伝える。一般兵士達にしてみれば、何を言っているのかさっぱり分からない話であったが、その話を聞いたカーラは、ここでようやく全てを思い出した。 父シャルプの側近であったストレーガと銀仮面卿ことラドクリフの間には、一人の息子がいた。その少年の名はクリフト。原理は異なるとはいえ、「人と武具の混血児」にして「聖印と混沌の混血児」でもあるという意味で、カーラとクリフトは極めて似通った境遇であた。そしてその特殊な出自故に、自分自身の存在自体を秘匿されていたカーラにとっては、クリフトはほぼ唯一の「歳の近い遊び相手」であり、かなり仲は良かった。 そのことを思い出した上で、タイフォンとマキシハルトで見た夢を思い返すと、カーラはその場で頭を抱えて唸り出す。あの夢の持つ意味を理解したことで、彼女自身の中で今までに経験したことのない理解不能な感慨が湧き上がってきたのである。 トオヤはそんな彼女の異変に気付きながらも、まずはストレーガに問いかけた。 「さっきの話通りならば、あなたの息子はまだ村にいるのでは?」 「あぁ。おそらくまだ館の中にいるのだろう。なぜラドクリフがここにあるのかは分からんが」 それについては、トオヤ達の間では概ねの予想はついていた。ラザールの仮説に基づいて考えれば、おそらくラドクリフの近くに転がっていた死体の正体は、オブリビヨンのローズであろう。彼が領主の館から盾を不用意に盗み出したことで、封じ込められていた村の混沌が蘇り、それがあの「蛇神」を呼び出し、そして彼を殺害したのだと推測される。蛇神は既にトオヤ達の手で倒されたが、今も村に何らかの異変が起きているということは、少なくとももう一つ、何か別の魔物が現れ、それが今も村に残っている可能性が高い。 トオヤ達がその推測に辿り着いたところで、先刻までこの遺体(推定:ローズ)を埋葬しようと考えていたカーラは、彼の身勝手な行動への怒りから、その必要性を感じなくなっていた。とはいえ、邪紋使いの死体をそのまま放置しておくのも、何か新たな災害の原因になりかねないような気がしたトオヤは、ひとまずアグニに「火葬」を命じる。その上で、まだ銀色に光り輝いた状態の盾を見つめながら言った。 「とりあえず、こいつを館に戻せばいいのかな」 それに対して、カーラが微妙な表情を浮かべながら進言する。 「あの……、その方を『こいつ』と呼ぶのはやめてもらいたいかな……」 カーラにしてみれば、ラドクリフは「幼馴染の父」であり、「母の友」であり、「父と祖父の側近」である。いかに武具とはいえ、あまりぞんざいに扱われるのは心地が悪かった。 そして彼女は、幼馴染のクリフトが「銀仮面卿」として今も村にいるという上述の仮説から、自分の中でもう一つの派生仮説が湧き上がってくる (もしかして……、彼もボクと同じ夢を見てる?) マキシハルトで見た夢に登場した「髪の長い男性」が彼なのだとしたら……、と考えると、彼女はなんとも言えない心境に陥ってしまうのだが、いずれにしても、まずは村に向かわなければならない。そう決意した彼女は、ストレーガに問いかける。 「ストレーガさんも、ついて来てもらえますか?」 「無論だ。だが、あの村は今、人々を眠らせる能力を持つ強力な投影体が支配している。私が昨日、村に行った時には、その投影体に操られた『夢遊病状態の村人達』が私に向かって襲って来て、領主の館にも近付けない状態だった。さすがに、村人相手に本気で戦う訳にはいかないからな。それで、ラドクリフを連れて行けばどうにかなるかと思ったのだ。私ではラドクリフの力を引き出すことは出来ないが、まだクリフトが無事ならば、この盾を届ければあの地の混沌を無効化することが出来る筈……」 ストレーガ曰く、「英雄の資質を持つ君主」がラドクリフの魂と共鳴することが出来れば、一定時間、周囲の全ての混沌の力を無効化出来るらしい。ただし、その力はその周囲の空間全体に影響を及ぼすため、ストレーガを初めとする味方の邪紋使いの力も使えなくなるし、チシャも魔法を使うことは出来なくなる。先刻の話を聞く限り、トオヤでもこの盾の力は使えるようだが、現状、君主が一人しかいないこの調査隊が使うには、利点よりも欠点の方が大きいと言えよう。 「まぁ、最後の切り札だな。俺達が使うには相性が悪い」 トオヤはディフェンスには定評があるが、オフェンスに関しては全く無力である。彼一人だけが力を使える状態でも、事態の解決には繋がらない。せめて「もう一人の君主」であるクリフトの無事が確認出来るまでは、使用は控えた方が無難だろう。 一方、その話を聞いたカーラは、その力を発動されたら自分自身の存在そのものが消えてしまうのではないか、という恐怖を感じたのだが、それについてはストレーガが否定する。あくまでも混沌が不可思議な現象を引き起こそうとする作用を無効化するだけで、一度「物質」として収束した投影体そのものを消失させられる訳ではない。ましてやカーラの場合は体の半分が人間である以上、存在そのものが失われることはありえない、というのがストレーガの見解である。 その話を聞いて一安心したカーラであったが、そこでボソッと「あること」に気がつく。 「ドルチェ君の姿はどうなるのかな?」 その疑問に対しては、さすがのドルチェも動揺を隠せない表情を浮かべながら絶句する。確かに、ドルチェの今の姿は混沌の力によって上書きに上書きを重ねた上での姿であり、「元の姿」が何だったのかをドルチェ自身が覚えていない(「パペット」でさえも、あくまで「仮の姿」である)。今の自分を形作っている「邪紋による仮の姿」の解除方法を忘れてしまったドルチェだが、ラドクリフの力で強制解除させられれば、確かに、一時的に「元の姿」に戻る可能性もある。 (僕の「本当の姿」……?) かつての「パペット」であれば、元の姿が判明したところで、特に深い感慨を抱くこともなかっただろう。「そうか、これが本当の僕か。でも、これはもう『今の僕』ではないし」などと言って、また新たな姿を上書きすることで「影武者」としての日々に戻っていただろう。 だが、今の彼女はもはや「何者でもないパペット(人形)」ではない。「トオヤを愛する一人の女性としてのドルチェ」としての人格が既に確立されてしまっている。その一方で、彼女はここ数日の夢の内容と、そしてこの日の朝の「とある人物」の証言から、自分の「正体」に気付き始めていた。まだそれは今の時点ではあくまでも「仮説」であるが、ここで「本当の姿」が明るみになることで、その仮説の正しさが立証される可能性がある。しかも、それは色々な意味で「今のドルチェの存在価値そのもの」を否定しかねない仮説であった。 つとめて冷静に振る舞おうとするドルチェであったが、明らかにその表情がいつもの「飄々と周囲を翻弄する幻惑の邪紋使い」ではなくなっていることに気付いたトオヤは、その点についてはあえて触れなかった。彼としては、ドルチェの正体が何者であろうと、「今のドルチェ」を愛する気持ちは変わらない。だからこそ、彼女のどんな過去をも受け入れる覚悟は定まっていたが、だからと言って、彼女が「知られたくない」と思っている過去を無理に暴く気もない。よほどのことがない限り、この盾の力は彼女がいる場では使わないようにしよう、と改めて決意する。 3.5. 眠りの女王 こうして「ストレーガ」と「ラドクリフ」という、遥か昔の英雄の助力を得た彼等は、そのまま村に向かって進軍を続行する。やがて村の入口に差し掛かったところで、トオヤ達は強烈な眠気に襲われる。睡眠欲を完全に克服しているストレーガと、強靭な精神力を持つ召喚魔法師のチシャ以外は、昨日のドルチェやジーンと同様に激しい精神的苦痛に襲われるが、それでも彼等は怯まず直進する。どうしても耐えられなくなった時はトオヤがラドクリフの力を発動させればいい、という開き直りが、かろうじて彼等の意識を保ち続けていた。 そして村に入ったところで、彼等の前に激しい濃霧が広がり、その中から奇妙な風貌の女性型投影体が現れる(下図)。雪のように白い肌の上に、露出の多い黒衣の装束をまとった彼女は、体格自体は(先日の蛇神とは異なり)普通の人間と同程だが、彼女の周囲には強力な混沌の力が広がっていることが伺えた。 「おぬしら、なにしにこの村に来た? わらわの術で倒れぬということは、相当な精神力の持ち主だな」 それに対して、真っ先に答えたのはカーラであった。 「幼馴染に会いに」 強い決意を込めた瞳でその黒衣の投影体を睨みつけるカーラに対し、黒衣の女性は彼女が何者なのかをすぐに理解した上でこう言った。 「おぬしは既に『夢』の中で会えたのではないのか?」 どうやら、彼女がここまでの一連の「眠り」の事件の首謀者のようである。彼女はゆったりとした口調で、カーラにそのまま語り続ける。 「わらわの生み出す夢の中は良いぞ。なんでも思うがままじゃ。いくらでも人生はやり直せる。気に入らない結末は何度でも書き換えられる。好きな場面は何回でも読み返せる。わらわの夢の中で『永遠の幸せ』を享受し続ければ良かろう」 カーラの予想通り、彼女は「他人を眠らせる能力」と同時に「他人に幸せな夢を与える能力」の持ち主であるらしい。ということは、カーラの見た「あの夢」は「カーラ自身が望んだ夢」であるということになるのだが、果たしてそれが本当なのかどうか、確かめる術はない。いずれにせよ、カーラの中ではこの黒衣の女性に対して、沸々と怒りが湧き上がっていた。 「つまり、現実で会う権利はない、と言いたいのかなキミは?」 顔を引きつらせながらそう問いかけるカーラに対し、黒衣の女性はため息をつきながら、呆れたような口調で問い返す。 「『現実』などというものに何の価値がある? この世界がおぬしらの言う『現実の世界』だとして、それと『わらわの作り出す世界』と、何が違う? 『この世界に住む一人一人』の心の中に『無数の世界』がある。『この世界』とて『誰かが作り出した妄想の世界』かもしれん。だとすれば、このように不都合の多い『現実の世界』など、出来損ないの三流劇だとは思わぬか? そんな世界など放置して、わらわの夢の世界に没頭した方が、おぬしも幸せであろう?」 黒衣の女性のそんな哲学的な問いかけも、今のカーラには無意味であった。 「誰かに作られた予定調和なんて、ボクはほしくないけどな」 そう言って、カーラは剣を抜く。その様子を見ながら、黒衣の女性は肩をすくめた。 「まぁ、そこの面倒なものを持ち込んできた時点で、こちらの言うことを聞く気がないことはわかっておったがな」 彼女はトオヤの左手に装備された「銀色に輝く盾」を見ながら、そう呟く。 「話が早くて助かる」 トオヤがそう答えた上で臨戦態勢を整えると、黒衣の女性は再びカーラに視線を移した。 「だが、そもそもわらわを呼び出したのは、お主の幼馴染なのだがな。やつの『鬱屈した心』がわらわを呼び出したのだ」 投影体の出現要因には様々な説がある。召喚魔法師による意図的な召喚術以外で収束した投影体に関しては、この世界の誰かの願望に呼応して出現するという説もあれば、投影される側に内在する何かが要因ではないかとする説もあるが、はっきりしたことは分かっていない。ただ、クリフトが生まれながらにして特殊な力を持った存在なのだとすれば、彼の意識が投影体の出現に影響を及ぼしたという可能性も、ありえない話ではないだろう(とはいえ、それはカーラの中では、今のこの事態を放置して良い理由にはならないのだが)。 「そういえば、わらわと共に呼び出された『蛇の化け物』は、どこかに消えてしまったな。せっかく、奴にも『奴が望む夢』をくれてやったというのに。どうやら奴もまた、夢の中だけでは満足出来なかったらしい」 「蛇の化け物」ことクンダリーニがこの世界に出現したのもクリフトが原因なのか、それとも偶発的な出現だったのかは分からない。ただ、彼女がウチシュマの夢の中に出現したのは、紛れもなくこの黒衣の女性の仕業である。より正確に言えば、クンダリーニが作り出した夢の中に、ウチシュマの夢が引き摺り込まれたのである。もっとも、その夢の世界の支配者の半分はウチシュマでもあったため、クンダリーニがいくら彼女を攻め立てようとも、ウチシュマにはそれが「心地良いマッサージ」程度の影響しか与えられなかったのであるが(なお、そもそもウチシュマがそのような夢を見ていたことを知る者自体、この場には誰もいない)。 そして、ここまで黙って話を聞いていたドルチェが、ここでようやく口を開く。 「まぁ、そうだろうね。僕らだってその蛇のなんちゃらさんと同じだよ。夢は所詮、夢なのさ」 ドルチェもまた、自分がなぜ「あのような夢」を見たのかは分からない。今の自分が「昔」を思い出したいと考える要因には心当たりはなかったし、少なくともそれは今の彼女にとっての「幸せな未来」ではない。だが、もし仮にドルチェが「今の自分が望む夢」を見ていたとしても、やはり、彼女はそれだけで満足するには至らなかったであろう。 あくまでも彼等が敵対的な姿勢を崩しそうにないことを悟った黒衣の女性は、再びため息をついた上で、静かな声色でこう告げた。 「ならば仕方がない。その盾を手放す気がないのであれば、力づくで奪わせてもらおう」 彼女がそう言った瞬間、彼女の周囲を取り囲む民家から、おそらくは半眠状態で操られていると思しき村人達が鋤や鍬を握った状態で現れ、彼女の周囲を取り囲む。その様子を見ながら、それまで黙って彼女の様子を確認していたジーンは、周囲の者達に助言する。 「あいつはおそらく、人々の夢を操る異世界の魔物『バク』の投影体だね」 ジーン自身が実物を見たことがある訳ではないが、噂には聞いたことがある。通常、それは「白黒の四つ足の獣」の姿で出現することが多いが、彼女のように「人」の姿(擬人化体?)で現れることもあるという。 「以前に聞いた話によれば、あの姿で出現したバクは、その周囲の空間そのものを支配することによって、自分の身体をその周囲の空間内の別の場所へ瞬時に移動させることが出来るという、面倒な存在らしい」 つまり、村人達に敵を攻撃させた上で、自分の周囲に敵が迫ってきたら、即座に瞬間移動で逃げることが可能、ということである。もっとも、あまりに遠くには逃げられないので、辺り一面をチシャの魔法かアグニの能力で焼き払うという道もあるが、その場合は村人達にも甚大な被害が出ることになるだろう。 トオヤは頭を悩ませる。ラドクリフの力を使えば村人達を一時的に解放することは出来るかもしれないが、自分以外の者達が「能力」を失った状態で、黒衣の女性(推定:バク)を倒せる保証もない。それに加えてドルチェの先刻の様子もあり、なるべくこの力は使いたくないと考えていた彼は、別の解決策を考える。 「俺が村人達を食い止めている間に、カーラ達には先に館に行ってもらった方がいいかもしれないな」 館の中に銀仮面卿(クリフト?)がまだ存在しているなら、彼との接触がこの事件の解決に繋がる可能性もある。だが、彼等がこうして方針を協議している間に村人達が彼等に向かって襲いかかろうとしている。彼等をかいくぐって村の中心部まで向かうのは難しそうだが、この時、チシャの傍らにはお誂え向けの従属体がいた。 「では、ワイバーンに乗って下さい」 チシャがそう言うと、トオヤ率いるタイフォン軍、アグニ率いる悪鬼隊、ジーン率いる夜梟隊が盾となって村人達の前に立ちふさがっている間に、他の者達がワイバーンに飛び乗る。この時、トオヤはあえて盾を(事態解決の鍵になるかもしれないと判断した上で)カーラに託した。 そしてワイバーンが空高く飛び上がって領主の館へと向かおうとするのを確認した上で、その場に残ったトオヤ達は村人達の攻撃をかわす中、アグニが黒衣の女性(推定:バク)へと遅いかかろうとするが、ジーンの推察通り、あっさりと避けられる。 「チッ、面倒な相手だな……。旦那、いっそ、この村ごと……」 「ダメだ。村人に傷を付けることは許さん。チシャ達が戻ってくるまで、なんとかここで時間を稼ぐんだ!」 トオヤは聖印を掲げて部下達の士気を高揚させつつ、持久戦を前提とした陣形を部下達に指示する。どちらにしても、トオヤ隊が本気を出して防御に徹すれば、(おそらく混沌の力で強化されているとはいえ)村人が振りかざす農具程度の威力では、傷をつけることは出来ない。ここから先は、どちらが先に気力を使い果たすかの我慢比べとなる。トオヤの聖印の力が尽きるまでに、チシャ達が打開策を見つけて帰って来ることを信じて、彼等はこの霧の戦場をただひたすらに耐え続けるのであった。 3.6. 孤独からの解放 どうにかワイバーンに乗って館へと到着したチシャ達は、開け放たれたままの扉をくぐって中に入り、地下室へと向かう。すると、そこには床に仰向けで倒れた姿勢で眠り続けている「鉄仮面をつけた男」(下図)の姿があった。 カーラは確かにその鉄仮面には見覚えがある。そして、今のこの仮面を付けた「彼」については、「カーラの記憶にある彼」よりも遥かに大柄に成長していたが、それでもカーラは、この男が「探し求めていた幼馴染」であることを確信する。 カーラはその男の脇腹に、全力の拳を叩き込んだ。チシャがカーラ達を起こした時も、確実に目覚めさせるために全力で叩いたが、所詮は生身の「かよわい少女」にすぎないチシャの平手と、「生まれながらの武器」であるカーラの拳では、その威力は天と地ほどの違いがある。その拳が無防備な脇腹に直撃したことで、当然のごとくその鉄仮面の男は即座に目が醒める。 「カーラ……? そうか、目が覚めたと思ったが、まだ夢の中にいたか……」 その声は、さすがに多少声変わりはしていたが、紛れもなくカーラの記憶にある「クリフト」の声であった。 「もう一発、いる?」 笑顔で拳を握りながらそう言い放つカーラを目の前にして、クリフトが混乱した様子を見せていると、彼女の隣に立つドルチェはこう言った。 「見たものが信じられないのは分かるが、目を覚ませ」 ドルチェ自身、つい半日ほど前に同じような境遇に陥っていたからこそ、彼の心境はある程度まで理解出来たらしい。 と言っても、実際に彼の心理を本当の意味で理解出来る者など、まずいないだろう。何百年も眠り続けていたカーラとは異なり、彼はその何百年もの間、暗い地下室の中で、両親以外と顔を合わせることもなく、ただ混沌を鎮めるために「存在し続けるだけ」の任に就いていたのである。それが彼自身が選んだ道とはいえ、それは想像を絶する孤独との戦いであった。その彼の前に、数百年ぶりに「唯一、自分と素で語り合える幼馴染」が現れたのである。困惑するのも当然であろう。 「では、この痛みは本物……? どうしてお前がここに? それは……、父上!?」 「ラドクリフ」を目の当たりにしたクリフトがそう言いながら「父」をその手に受け取ると、「その盾」は再び銀色に光り始めた。そして、クリフトの心の中で「親子の会話」が繰り広げられる。当然、周囲の者達にはその内容は分からないが、どうやらラドクリフはクリフトに対して「現状」を説明しているらしい。 「そうか……、私のせいでそのようなことに……。では地上は今……」 周囲から見るとそんな独り言のような言葉をクリフトは呟きつつ、すっと立ち上がる。 「こうしてはいられん!」 彼はそう言って、盾(父)を持ったまま、地上への階段へと向かおうとするが、その途上で振り返って、カーラ達にこう言った。 「私は今から、この盾の力を使う。だから、しばらく地上には出ないでほしい」 どうやら、地下にいる限りは影響を受けないらしい。それに対してドルチェ、チシャ、カーラの三人は揃って頷く。 「まぁ、そうだな。ついて行っても役に立たないと分かっていてついていく趣味はないさ」 「同じく」 「あとでお説教ね」 3.7. 聖光と追撃戦 領主の館の扉を開けたクリフトは、トオヤ達と村人による喧騒のする方角へと走り出し、そして「銀の盾」を掲げて「力」を解放した。彼を中心に眩い光が拡散し、村人達は次々とその場に倒れて行く。 その異変に気付いた黒衣の女性は、自らの力が失われていくのを実感しながら、クリフトを睨みつけた。 「き、貴様、目覚めおったか……。貴様のために夢の楽園郷を作ってやったのに、この恩知らずが!」 「現実の彼女が私を起こしに来てくれた。もうお前は必要ない!」 鉄仮面の奥から鋭い瞳で黒衣の女性を睨みつけながら、クリフトはそう言い放った。その言葉のやり取りだけを聞けば、確かにそれは「恩知らず」であり、黒衣の女性からしてみれば「不条理」な話である。だが、もはや完全に「正気」を取り戻した状態のクリフトと、その手に掲げられたラドクリフを目の当たりにして、彼女はその場からすぐに逃亡を始める。トオヤに加えて「もう一人の君主」が現れたことで、彼女は完全に無勢を悟ったらしい。 「逃すか!」 アグニがそう言って炎を放とうとするが、銀の盾の効果によって、今の彼は何も生み出すことが出来ない状態となってしまっていた。追跡能力には定評がある筈のジーンも、この光の下ではいつもの俊足を発揮出来ない。かといって、この場でこの「盾」の力を解除してしまっては、村人達が再び襲いかかってくる。 つまり、この状況下でまともに追撃が可能なのは、トオヤとクリフトしかいない。だが、クリフトは周囲の混沌の制御に集中しているためこの場を離れる訳にはいかず、そして重装備で機動力に欠けるトオヤでは彼女の足に追いつくのは難しい。 「このまま奴を逃す訳にはいかない! だが……」 トオヤは自分一人では彼女に追いつけないことを察した上で、ひとまずチシャ達と合流するために領主の館へと向かう。そして、クリフトが周囲の混沌を一通り無力化した時点で、一旦、その力を停止させると、チシャ達も地上に上がり、そして今度はトオヤもチシャのワイバーンに乗って、黒衣の女性が走り去った方向へと追撃する。 ワイバーンの飛行速度で周囲を飛び回った彼等は、獣道から下山する形でこの場から離れようとする黒衣の女性の姿を発見する。そのことに気付いた彼女は、盾の効果が無力化していることに気付き、再び精神攻撃を仕掛けるが、トオヤ達は苦しみながらもそのままワイバーンに乗って彼女に向かって特攻する。 まず、ドルチェが彼女に接敵した上で邪紋の力で彼女の視線を自身に釘付けにさせると、ドルチェからいつもの「合図」を受けたカーラが自身の本体を巨大化させて、あえてドルチェを巻き込む形で十字切りを彼女に向かって仕掛ける。 「待て! こやつはわらわの新たな下僕となる者! 殺させる訳にはいかぬ!」 黒衣の女性はドルチェを庇うことでその十字切りを二重に直撃し、その直後にドルチェが自身を庇っている彼女の急所に至近距離から(残された邪紋の全ての力を込めた)短剣を突き刺す。自分が庇った筈の相手からの不意打ちによろめいたところに、チシャがラミアを瞬間召喚して特攻させたことで、彼女はその混沌核ごと一瞬で破壊された。 「この、恩知らず共がぁぁぁ!」 その最期の断末魔と共に、人の夢に巣食う「擬人化バク」の投影体は、この世界から(ひとまず?)姿を消したのである。 4.1. 領主の責任 諸悪の根源と思しき投影体を打ち倒し、その混沌核(の残骸)の浄化吸収を終えたトオヤ達がムーンチャイルドに帰ると、村の領主のバルザックと契約魔法師のジャミルが出迎えた。どうやら彼等もまた、あの投影体の力で眠っていたようである(ただ、彼女が夢遊病状態にして操ることが出来るのは「力を持たぬ一般人」のみであり、君主や魔法師のような一般人よりも強固な精神力を持つ者を操ろうとすると、逆に目を覚ます危険があったため、彼等はそのまま自宅で眠らされ続けていた)。 「詳しい話はストレーガ殿達から聞きました。面目次第もございません。我等が不甲斐ないばかりに……」 バルザックはそう言って深々と頭を下げた。彼等は先日のオブリビヨン騒動の際に、ランディ達がムーンチャイルドに矛先を向ける可能性があると考え、南方の街道方面に警備を集中させていたのであるが、その結果として領主の館の警備が手薄となり、その隙を突かれて「盾」を盗まれてしまったらしい。 「この不始末、いかなる処分もお受けいたします」 そう言って、バルザックは自身の聖印をトオヤに差し出した。それに対してトオヤは「騎士団長代行」として答える。 「此度の一件は確かに領主としての失態ではある。しかし、長年あなたがこの地を治めてきた功績に鑑みるのであれば、そう易々とその聖印を差し出されても困る。追って沙汰は下すが、引き続きあなたにこの地を任せることになると思う」 実際のところ、今回の出来事は確かに結果的にはバルザックの判断ミスが原因ではあるが、あの状況下において南方からの攻撃を警戒すること自体が間違っていたとも言えない。それに、混沌濃度の高い危険な地域において、ラドクリフとクリフトという「英雄王の遺産」とも言うべき特殊な存在の秘密を預かる者の首を、そう易々と挿げ替えるのは良策とは言えないだろう。 「分かりました。では、まずは村人の安全を確認してきます」 そう言って、バルザックは村の各地の巡視のために彼等の前から走り去って行く。その上で、その場に残った契約魔法師のジャミルは、トオヤ達にこう言った。 「クリフト殿が、館の地下室にてお待ちです。皆様にお話したいことがある、と」 4.2. 人として生きる道 トオヤ達はジャミルに案内される形で、領主の館の地下室へと案内される(なお、この時点でジーンとアグニは村の近辺に混沌の残骸が残っていないかどうかの調査に出ていた)。地下室には、クリフトとストレーガ、そしてラドクリフの三人(?)が揃っていた。 案内を終えたジャミルが地上へと戻ると、クリフトはゆっくりと、トオヤ達の前でその鉄仮面を外す。その下から現れたのは「ストレーガに似た端正な右半分の顔」と「父親と同じ銀色の金属のような何かに覆われた左半分の顔」から成り立った、カーラにとっては懐かしい「彼の素顔」であった(下図)。よく見ると、その左半分の顔の一部には、ストレーガの邪紋と良く似た文様が刻まれている。 「申し訳ございませんでした」 クリフトはそう言いながら、深々と頭を下げ、まずは自分の「正体」について明かす。 「私の体の半分は、このように、生まれながらにして『盾』で覆われています。それと同時に、私は父の力を受け継いで、生まれながらに『特殊な聖印』を持っていました。しかし、私の聖印は不安定な存在であり、私の精神が不安定になると混沌核に書き換わりそうになり、それを私が必死で抑えようとすると、その周囲の混沌濃度が高くなってしまう、そんな『災厄をもたらす聖印』だったのです。ですので、私はあまり人前には出ない方が良いと考え、この地下室で父と共に三百年以上の間、歴代の領主殿の下で仕え、この地の混沌を鎮め続けると同時に、自分自身の精神を抑えていたのです」 事前に「父」からある程度の話を聞いていたこともあり、トオヤは彼の話を素直にそのまま受け入れる。 「しかし、不意を突かれて『父』を賊に奪われたことに動揺した私の聖印が、もともと混沌濃度が高かったこの地の空気と最悪な形で同調してしまい、やがて二体の凶悪な投影体をこの世界に生み出してしまったのです。私は自分一人でもなんとかそれを封じようとはしたのですが、巨大な蛇の投影体との戦いで苦戦している間に、もう一人の投影体によって眠らされ、そのまま奴の生み出した夢の世界に引き込まれてしまいました」 そこまで言った上で、クリフトはカーラに視線を向ける。 「カーラ……、私はずっとお前が羨ましかった。この私の『異形の姿』に比べれば、お前はより『人間』に近い。同じ『混沌から生まれた者』でありながら、『より人間に近い、人間に愛される姿』を持つお前のことを羨ましく思い、心のどこかで嫉妬していた。それと同時に『お前の存在』が『私の心の支え』でもあった。夢の中でお前と再び会えた時、現実には存在しない『私が心のどこかで願っていた未来』という妄想の世界に浸り続けることで、私の心は完全にあの投影体に支配されてしまった」 どうやら彼もまたカーラと「同じ夢」を見ていたようである(ただ、もしそうだとすると、正確に言えばそれは「未来」ではなく、何百年も昔の「実現出来なかった過去」のだが)。 「私を目覚めさせてくれたお前には、いくら感謝してもしきれるものではない。その上で、私はこの罪をどう償えばいい?」 首を差し出せと言われれば素直に応じる程の覚悟でクリフトはそう言ったが、それに対してカーラは、露骨な不満でその顔を歪ませつつ、全くクリフトが想定していない言葉を浴びせかける。 「羨ましいといえばさぁ……」 それは、今までにトオヤ達の前では決して見せたことがない「本気の愚痴」を語る時のカーラの顔であった。 「あのね、ボクからすればね、今でも両親が健在な君の方がずっとずっと羨ましいんだけど! しかも君、割と頻繁に両親に会えてたんでしょ? ボク、ずっと意識がなかったとはいえ、ずっとずっと一人きりだったんだよ! 目覚めてもしばらくは会えなかったんだよ! これが羨ましい以外の何だと思うんだい!」 捲し立てるようにそう言ったカーラにクリフトはやや面食らいつつも、素直に彼女の言葉を受け止める。 「それはそうかもしれない。だが、私にとっては、両親に会える喜びより、お前に会えない悲しみの方が大きかった」 あっさりとそう言い切ったクリフトに対し、カーラはどう反応すれば良いのか分からず、一瞬、言葉を失う。だが、彼のその「気持ち」を察した上で、先程から確認したかったことを、そのまま彼に投げかけてみた。 「『ボクが見てた夢』は『君が見てた夢』と同じなんだよね?」 実際のところ、カーラがどんな夢を見ていたのかは、彼女が何も語っていない以上、本来ならばクリフトに分かる筈がない。だが、彼はなぜか、概ねその内容を察していたようである。 「あぁ。それはおそらく、私の妄想がお前の夢の中に入り込んでしまったのだろう。私の願望に付き合わせてしまって、申し訳なかった」 「えーっと……、うーんと……」 カーラは周囲を見渡し、皆がいることを確認して躊躇しつつも、聞きにくいことをあえてそのまま問い質す。 「キミは、ボクと所帯を持ちたかったのかい?」 「それが叶わぬ愚かな夢だと分かっていても、そんな叶わぬ未来にしか希望を見出せなかった。私と違ってお前は美しい。人に愛される素質を持ったお前と、人から忌み嫌われる私では、そんなことは叶わぬことは分かっていたんだがな」 過剰なまでに卑屈な劣等感をそのまま投げかけられたカーラは、思わずため息をつきつつ、視線をそらしながら小声でボヤく。 「……幼い頃は、顔の半分とはいえ、そっちの方が可愛くて、ずっと悔しかったんだけどな」 そんな二人の会話に対して、彼の「母親」が横から口を挟んだ。 「すまない、こいつは人との接し方が分からないんだ。だから、こういう言い方しか出来ない」 「ボクもあんまり変わらないんですけどね。起きてから五年間、人に囲まれていた程度で」 「その『五年の差』が『今の差』なのだろう。だから、今のこやつの言うことが突飛に聞こえるのは、何百年もの間、人と接する機会を作ってやれなかった私のせいだ。そのために、伝えるべき言葉で伝えられていなくて申し訳ないと思う。だが、お前がいれば、クリフトも『人として生きる道』を見出せるかもしれない。母としての、身勝手な願いではあるが……」 そう言われたカーラは、少し考え込む。彼と「所帯」を持つかどうかはともかく、彼の近くに居続けることはカーラとしてもやぶさかではない。ただ、自分はあくまでも「タイフォンの領主トオヤの剣」であり、クリフトにはこの地で父と共に混沌を封じ続けるという任務がある。ただ、後者に関しては、必ずしも彼がここに居続けなければならない訳ではなく、むしろ今回の事件に関しては、彼がいたことによって被害が拡大したという側面もある(ストレーガとしてもこのような事態が発生する可能性も視野に入れていたからこそ、「厄介事」を押し付けることになるこの地の歴代の領主達には、彼女が各地の傭兵業で稼いだ莫大な金を献上し続けていた)。 だから、トオヤに頼んで彼をタイフォンに呼び寄せるという道もある。だが、今の状態の彼のためにそこまですることが、果たして彼のためになるのか、と考えると、それはそれで疑問である。過度なカーラへの依存症は、今後「何か」があった時に、逆に彼の精神をより不安定化させるかもしれない。 カーラはしばしの沈黙の後、何かが吹っ切れたような声で、クリフトに向かって言い放った。 「償う云々は放棄! 今は考えるな! 何かやってほしいことを思いついたら、その時に言う!」 その上で、彼女はクリフトのことを改めて凝視する。カーラも女性としてはかなり長身の部類だが、それでも今は見上げるほどにクリフトの方が背が高い。 「うーーーー、確か年下だった筈なのに……」 複雑な感慨を抱きながら、彼女はクリフトを見上げつつ、睨みつける。 「でも、寿命的に釣り合いそうなのが他にいないしなぁ……」 実際のところ、カーラもクリフトも、あと何年ほどの寿命があるのかは分からない(どちらも、他に似た事例の人物が周囲にいない以上、予想が出来ない)。ただ、おそらく今後もあまり歳を取ることが無さそうなカーラにとって、これから先、共に永い人生を歩んでいけるパートナーとして、彼以上の適任者を見つけるのは相当に難しいだろう。 「とりあえず、月に二回手紙のやりとり! あと、なるべく頻繁に休暇をとって遊びに来るから、もてなしなさい! とりあえずそれで手を打とう!」 「わかった」 カーラの中の複雑な感情をどこまで理解しているのかは分からないが、クリフトは短くそう答えた。 「あと、顔の半分は綺麗なんだから、もう半分を髪か何かで隠して、人前に出たらどう?」 「それは、お前が『私の同類』だからそう思うだけだ。やはり、普通の人々には私のこの姿は理解出来ない」 だが、それに対して今度はトオヤが横から口を挟む。 「え? カッコいいじゃん」 彼はもともと異界文書に登場する「変身ヒーロー」に憧れるような人物である。クリフト自らが「異形」と自認するその姿は、トオヤにとってはむしろ羨望の対象であった。 「私も、綺麗だと思いますよ」 チシャもまたそう言った。彼女は彼女で、異界の様々な「一般的な感覚で見れば不気味に思えるような投影体」と触れ合ってきた身であり、その感性は「普通の人々」とはどこか異なっているのかもしれないが、それでも彼女がそう思ったのは紛れもない事実である。 そんな二人の率直な実感を踏まえた上で、ドルチェがこの場にいる者達の考えをまとめて代弁する。 「君の過去に何があったかは知らないが、人が皆、 君のことを異形だと思っている訳ではないんだよ。僕なんて、そもそも『定まった形』を持たない存在なんだ。そんな人間が、今更他人の姿形が『普通』かどうかなんて、一々気にすると思うかい?」 立て続けに三人にそう言われたクリフトは、やや困惑する。彼等三人が揃って「気にしない」と言ってくれたところで、それはこの三人が変わり者なだけで、世間一般の人々が全てそう考えてくれる訳ではない、というのがクリフトの認識である(そして実際、その認識は概ね正しい)。だが、それでも、彼等のこの言葉は、今のクリフトの中では確かに一定の「救い」を与える言葉ではあった。 「お前達の言葉が人々の総意とは思えない。だから、私がこれからどう生きるべきかは、ゆっくり考える。その上で、最後にこれだけは聞かせてくれ。私は『人』として生きていいのか?」 「何を今更」 カーラが即答すると、クリフトは少しだけ晴れやかな表情を浮かべた。 「分かった。では、『人』になれるように、『人としての生き方』を探していきたいと思う。お前と一緒に」 その言葉に対し、カーラは少し迷いながらも、あえて軽く突き放す。 「とりあえず、しばらくは一緒。 そこから先は、少し距離を取るからね」 「そうなのか……」 そんな二人のやりとりを見ながら、ストレーガは僅かに笑みを浮かべながら、クリフトに一言だけ声をかける。 「まぁ、ゆっくりやれ」 そう言って、彼女は地下室から立ち去って行く。その背後では、「息子」と「未来の嫁候補」の会話が続いていた。 「手紙を出す時は、タイフォンの領主の館のカーラへ、と書いてね」 「分かった」 「そっちは『領主の館のクリフト』で届く?」 「届くとは思うが、今まではずっと『鉄仮面』だったからな」 「じゃあ、『領主の館のクリフト(鉄仮面)』の方がいい?」 「しばらくは、その方がいいかもな」 やがて扉の外に出て、階段を上っていく過程で、その二人の声は彼女の耳には届かなくなる。この時、ストレーガの表情は一瞬だけ、カーラの夢の中に出てきた「四百年前の優しそうな表情」に戻っていた。 (人と剣が結ばれ、人と盾も結ばれたのだ。剣と盾が結ばれることなど、そう難しいことではあるまい。そうだろう? ラドクリフ、ヴィルスラグ、そして、シャルプ陛下……) 4.3. 今は亡き夢 翌日、トオヤ率いる調査隊は、マキシハルト経由でタイフォンへと帰ることになった。その途上、マキシハルトの宿屋にて、ドルチェはジーンの部屋を訪ねた。 「今回は、お疲れ様だよ」 「大して役には立てなかったけどね。まぁ、無事に解決して何よりだ」 ジーンはそう答えつつ、ふと遠くを見つめながら呟く。 「それにしても、あの『不思議な夢』が混沌の仕業だったとはねぇ……。正直、私はちょっと、あの投影体に感謝している気持ちもある」 「なんで?」 「忘れかけていた『弟の顔』をまた見ることが出来たからね。そして……、まぁ、笑ってくれていいんだが、私と弟は子供の頃、君主になりたかったんだ。結果的に色々あって、今は私も弟も邪紋使いになってるみたいだけど、その二人が揃って君主となっている夢を見ることが出来たんだ。夢の中だけでも『幸せな時』を送れたのは、それはそれで悪くない感慨ではあった。もちろん、そこから出られなくなったら困るけどね」 なぜ彼女がそのことを「この場」で口にしたのか、そこに何らかの意図があるのかは分からない。だが、それに対してドルチェは何も気付いていないような素振りのまま口を開く。 「『幼い頃の夢』ってやつか。ま、いいものだよね。僕もね、この街で不思議な夢を見たんだ。僕に昔なんてものはないから、それが本当に僕の夢だったのかどうかは分からないけど。ちょっとそんなお話をしてもいいかな?」 「あんたは、どんな夢を見たんだい?」 「『君主になりたかった少年』と『魔法使いになりたかった女の子』のお話しさ。一体、あれは誰だったんだろうね?」 正確に言えば、ドルチェの夢には「もう一人の登場人物」がいたのだが、あえてその人物のことには彼女は触れなかった。 「そうか……、じゃあ、きっとそれもあんたの夢……、子供の頃はきっと『あんた』は魔法師になりたかったんじゃないのか?」 ジーンはそう答えた。ドルチェのその言葉を素直に受け取れば、そう解釈するのが自然だろう。そして、ドルチェはあえてその解釈を否定しないまま、独り言のように呟く。 「そうか……、そうかもね……。魔法の力で皆に夢を与える、いいじゃないか、そんな人がどこかにいたのかもね……。僕が『そんな夢』を見たのは、僕の理想は案外『そんなところ』にあったからなのかもしれない。まぁ、いいけど。その夢に出てきた少年と女の子が誰だろうが、関係ないさ。『ここにいる僕』はドルチェだから。そうだよね」 その言葉の意味をジーンがどこまで理解したのかどうかは分からない。だが、もはやこれ以上話すべきことは、ドルチェの中には残っていなかった。 「じゃ、明日もそれなりに早くからタイフォンに出発するんだ。あまり夜更かしもしていられない。また何かお仕事絡みで機会があったら会おう。それじゃあね」 ドルチェはそう言って、部屋を立ち去ろうとする。 「そうだね。あんたとは一緒に仕事をしていて、なぜかやりやすかった。不思議な安心感があったよ」 ジーンのその言葉を背に、ドルチェは部屋を出る。そしてポツリと呟いた。 「気付かれなかったのなら、仕方ないか……。じゃあね。さよなら、おねえちゃん……」 4.4. 併せ呑む覚悟 その頃、トオヤはアグニ経由でラザール・ミルバートンとの再会談に臨んでいた。今回は、あえて自分一人のみでの交渉である。 「どうにか無事に解決したようだな」 「えぇ、まぁ、それなりになんとか。それで、今日は『商談』に来ました」 「ほう?」 先日来た時とは明らかにトオヤの雰囲気が異なることにラザールは気付いた。前回は何をどう聴き出すべきかの方針もはっきりしないままだったが、今回は明らかに明確な目的と戦略を持って交渉に挑もうとしてる様子が伺える。 「俺には『売って欲しい情報』がある。ただ、その情報があんたから入って来るものかどうかは分からない。だから、出せる対価も限界がある」 「……とりあえず、話は聞こう」 ラザールはトオヤの決意の強さを感じ取りながら、真剣な表情を向ける。それに対してトオヤも、真正面から見つめ返す視線を浴びせながら答えた。 「俺はパンドラの情報がほしい。それも、新世界派と名乗る連中の情報だ」 トオヤには、ゴーバンとの約束がある。ゴーバンが今もこの世界のどこかで、ドギを助ける力を得るための修行に励んでいるのなら、その間に自分もまた、ドギを助けるために必要な情報は何が何でも手に入れたい。それが、彼がこの老人のことを訝しげに思いながらも、彼との関係を断ち切ろうとはしなかった最大の理由である。 「なるほどな……。だが、あやつらは一番得体が知れん。ある意味、最も純粋なパンドラだ。奴等に関しては、わしも出せる情報に限界はある。わしらですら、そうそう尻尾をつかめている訳ではないからな。だが、情報を高く買ってくれるというのであれば、これから先、何かそれらしい話があれば、そちらに話をもちかけることにしよう」 「あぁ、それで頼む」 「その上で、お主にとって有益な情報を出す度に、一箇所ずつ免状をもらえればそれでいい」 「お互いに利のある関係であれば、後々、俺が立場を手に入れた時に、あなたに色々と利を与えることは出来るだろう。その将来に投資してもらうための取引だ」 「いいだろう」 こうして、トオヤは密かにドギ奪還に向けての一歩を踏み出した。カーラが言っていた通り、この国を背負うためには清濁併せ吞むことは不可欠である。果たしてこのラザールという濁水が、トオヤにとっていつまで飲み続けなければならない汚水なのかは分からないが、少なくともドギを取り返すためなら、どんな危険な存在が相手であっても、条件次第では裏交渉の機会を作る。そのための覚悟を、トオヤは密かに固めていたのである。 4.5. 勤勉な弟と危険な男 その頃、密かにその「パンドラ」の情報の一端を掴みつつも、まだトオヤにそのことを伝える決意を固めるにまでは至っていなかったチシャは、今回の事の顛末を、一通り義弟のサルファに報告し終えたところであった。サルファは素直にチシャを笑顔で労う。 「お疲れ様でした。そして、ありがとうございました」 「なんとか穏便に終わりました」 「それならばよかったのですが、もし今後、また何か危険な任務に向かう時があれば、その時はぼ……」 サルファがそう言いかけたところに、どこからともなく現れたアグニが割って入る。 「さて、お嬢。とりあえず今回の任務は終わったんだが、俺はどうすればいい? あんたの主人が俺を使い続けてくれるなら、タイフォンに居続けてお嬢を守り続ける、でもいいんだが」 あえてサルファに見せつけるように、チシャに対して馴れ馴れしい態度で距離を詰めようとするアグニに対して、サルファは露骨に不快な顔を浮かべる。 「ちょっと待ってください! あなた、何なんですか!?」 サルファがそう言って「(ジーン曰く)ちょっと危険なだけの男」に食ってかかろうとしたところで、チシャが宥めに入った。 「一応、彼はうちのお爺様の部下で、今回も色々助けてもらったので……」 実際のところ、今回の任務においてアグニはラザールとの仲介役を担った程度で、彼の「本領」を発揮する機会がそもそも与えられなかった(アグニとしてはそれが不満だった)のだが、それでも、今回の一件を通じてチシャの役に立つことがほぼ何も出来なかったサルファとしては、そう言われてしまうと何も言えない。しかし、だからこそ彼の中ではアグニへの嫉妬と憎悪が静かに湧き上がり、それは表情にもはっきり現れてしまっている。アグニはそんなサルファを内心で嘲笑いつつ、チシャに問いかける。 「まぁ、どの道、このままあんたの主人が騎士団長になる流れは、ほぼ決まってるんだろう?」 「おそらく……」 実際のところ、まだその点に関しては交渉中だが、レアに爵位を継がせる上で、ケネスを納得させるにはそれが絶対条件だろうとチシャは考えていた。そして、トオヤが騎士団長になれば、ほぼ自動的にアグニもそのままトオヤの直轄下に入ることになるだろう。トオヤがそれを拒否しない限り。 「あとは、爺さんが譲るタイミングをどうするかだな。今回、俺はあまり役に立たなかったようだが、今後またあんたらが必要な時に呼んでくれれば、あんたらの力になる」 自分が言いたかったことを先に言われてしまったサルファは、改めて悔しそうな目でアグニを睨みつける。 「じゃあな。次こそは『俺の仕事』をやらせてくれよ」 そう言って、アグニが去って行くと、ようやく好機到来とばかりに、サルファはチシャに詰め寄って熱弁する。 「あ、あの、必要な時は僕もいつでも駆けつけますから! いつでも呼んでくださいね!」 「ありがとう。まずはこのマキシハルトのことをお願いね」 「はい!」 サルファが満面の笑みでそう答えたところで、彼の契約相手であるロジャーが現れる。 「おいサルファ! 仕事だ! お前一人だけがいい思いをするなんて、許さないからな!」 彼はそう言いながら、サルファの首根っこを引っ掴んで、チシャから引き剥がす。この少年領主は、自分の相方が幸せになることも許せない程度に、まだ闇堕ち状態が続いているらしい。 「あ……、が、頑張ってね……」 チシャはそう言って、引きずられていくサルファを見送るのであった。 4.6. 捧げ物と贈り物 こうして、各自がマキシハルトでそれぞれの時をすごしている中、カーラは復興が進むこの村の商店にて、留守番を務めてくれた「神様」への供物(土産物)の買い出しに来ていた。 ウチシュマは「ふかふかの布団」が欲しいと言っていたが、さすがにまだ復興途中のこの村では、現在の彼女の祠にある布団よりも高級な品は見当たらない。菓子類も好きなようだが、やはり(トオヤやウォルターが構築してきた人脈の影響から)タイフォンの方が充実しているように見える。その他に何かウチシュマが欲しがるようなものはないかと物色していたところで、カーラはふと、道具屋の隅に転がっていた「仮面」が目に入る。その瞬間、彼女の思考の中に「別の人物」が割り込んできた。 (外の世界を知るためには、もっと積極的に人に触れ合って欲しいけど、やっぱり、まだ「仮面」が必要なのかな……。せめて、ストールとか巻いたら目立たなくなるかな? どんな柄なら似合うかな?) そんな考えが頭をよぎる中、いつの間にか彼女は当初の目的とは全く無関係な「幼馴染への贈り物」を探し始めていたのであった。 4.7. 最初の名前 翌朝、彼等は無事にマキシハルトを出発して、その日のうちにタイフォンへと帰還する。一人の死傷者も出すことなく全員を無事に帰還させた「騎士団長代行」としてのトオヤのことを、レアは「次期爵位継承者」として讃える。 そして、アグニ率いる悪鬼隊はその日はそのままタイフォンで一泊することになったが、機敏性を持ち味とするジーン率いる夜梟隊は、ケネスへの迅速な報告のために、その日のうちにそのままアキレスへと帰還することにした。やや強行軍ではあるが、彼女達が本気を出せば日が暮れる前に辿り着くことは可能である。 ジーンは去りゆくタイフォンを背に、空を見上げながら一人感慨に耽っていた。 (何がどうあったのかは知らないけど、今はもうあんたにはあんたの人生があるんだよね……。思い出さない方がいいなら、もうこれ以上、私はあんたの人生に介入する気は無い。でも、あんたが助けが必要な時は、いつでもまた駆けつけるから……) 彼女は一度だけ振り返り、タイフォンにいる「誰か」に向けて、一言だけ呟いた。 「じゃあ、またね。シモン」 時系列上の続編:【ブレトランドの光と闇】第6話(BS44)「星々の瞬き」 シリーズ内の続編:【ブレトランド風雲録】第10話(BS45)「和平会談」 グランクレスト@Y武
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【元ネタ】アーサー王伝説 【CLASS】セイバー 【マスター】 【真名】ロウランド 【性別】男性 【身長・体重】174cm・73kg 【属性】秩序・中庸 【ステータス】筋力C 耐久C 敏捷B 魔力D 幸運B 宝具D 【クラス別スキル】 対魔力:B 魔術詠唱が三節以下のものを無効化する。 大魔術、儀礼呪法等をもってしても傷つけるのは難しい。 騎乗:C 騎乗の才能。大抵の乗り物、動物なら人並み以上に乗りこなせるが、 野獣ランクの獣は乗りこなせない。 【固有スキル】 直感:D 戦闘時、つねに自身にとって有利な展開を“感じ取る”能力。 ただし、攻撃のためにしか働かない。 透化:C 目的への専心。精神面への干渉を無効化する精神防御。 先制攻撃:C 戦闘において先手を取る能力。 戦闘開始ターン(1ターン目)のみ優先的に行動を開始できる。 【宝具】 『勝利を約す連鎖の剣(セクエンス)』 ランク:D 種別:対人宝具 レンジ:1~2 最大捕捉:1人 父王より授かった「その打ち込みは決して無駄にならない」名剣。 多くの者を死に導いた妖精王の呪いを纏っており、敵対者の運命を捻じ曲げる。 この剣による攻撃を防御ないし回避した者は以降の防御成功率を引き下げられ、 命中を受けながらも無傷に終わった者はダメージ減少値を引き下げられる。 一撃毎の効果は軽微なものだが、累積し戦闘終了時まで持続する。 【解説】 スコットランドのバラード『貴公子ロウランド』の主人公、アーサー王の三男ロウランド。 ある日、四人兄妹は教会近くでボール遊びをしていたのだが、ロウランドの蹴ったボールが 教会を越えて飛んで行ってしまい、エレンがこれを探しに行った。ところが彼女は不注意にも この時、教会の周りを“太陽の動きと反対方向に”回ってしまった。これは妖精の領域に 入ってしまう恐れのある行いであり、エレンはただちに妖精に攫われ、戻って来なかった。 マーリンが言うには、キリスト教国で一番の勇敢な騎士だけが彼女を連れ戻せるのであった。 まず長兄が探索の旅に出たが、彼はマーリンに助言を受けていたのにそれを守らず、 妹と同じに行方を絶った。次に探しに行った次兄もまた長兄の轍を踏んだ。 最後にロウランドが父の剣を与えられて出発し、彼はマーリンの言葉を忠実に守った。 即ち妖精の国では一切飲み食いをしない事、そして「出会った者は全て首を刎ねて殺せ」である。 最後に殺した女性が教えた合言葉と三度の“太陽と反対方向の動き”により丘に開いた扉を抜け、 その中の広間でロウランドは兄妹を発見する。妖精王は打ち倒され、兄妹は無事に帰還した。 以後、エレンは二度と教会の周りをあの方向に回る事が無かったという。