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登録日:2022/01/14 Fri 17 50 36 更新日:2024/01/17 Wed 17 04 52NEW! 所要時間:約 6 分で読めます ▽タグ一覧 Eテレ NHK NHK for school 中村獅童 日本史 歴史 歴史にドキリ 歴★史★に ★ドキリ 概要 「歴史にドキリ」は2012年よりNHKEテレで放送されている小学校6年生を対象とした10分間の歴史教育番組。 2011年に行われたNHKの大幅な放送内容変更により新設された「NHK for school」の番組の一つ。 歌舞伎役者として知られる中村獅童が歴史上の様々な人物に扮し、歴史(日本史)のドキリとするポイントを学ぶ。 前番組の「見える歴史」の人形劇から雰囲気が一新され、大幅に親しみやすくなった。 序盤の偉人による語りや途中で挟まる歌など、教育番組らしからぬバラエティ要素が特徴で、歴史を楽しく学ぶことができる。 この点はtvkなどの「戦国鍋TV」シリーズによく似ているが、こちらは全ての時代を扱っている上に毎回真面目な解説VTRもあるため、教育面も問題なし。 現在も地上波放送されている他、スペシャル番組を除いてNHK for school公式サイトで少し画質は悪いものの全人物分が閲覧可能。 ドキリ★ソングブックとして歌もまとめられているので、歌だけ聞きたい人も安心。 違う格好をした中村獅童がズラッと並び、違う人物であるかのように扱われているさまはとてもシュール。 次番組として、2020年から始まった歴史の内容を少し含む公民教育番組「社会にドキリ」がある(*1) 構成 「縄文時代と弥生時代」と「戦争そして戦後」を除き人物ごとに番組が区切られており、人物メインで歴史を学ぶ。 歌川広重や近松門左衛門、福沢諭吉にそれぞれ一枠割くなど、全体的に文化人や脇役の割合が多め。 そのため時代情勢などその人とは直接的な関連のない事柄を紹介する際は、前半にメインの人物の紹介をして、後半にそれらの紹介を回す構成も多い。 世界大戦以降はその時代を象徴する人物があまりいないのか、一纏めにされてしまっているので詳しく学びたい場合は注意。 オープニング ここは中村獅童歴史研究所。 胸がドキリとするような歴史を研究するため、彼は歴史上の偉人に変身している。 ナレーションは垂木勉。 中村獅童が本棚がたくさんある場所で回転してから見得のポーズを取る。 語り 中村獅童扮する歴史上の偉人による語り。もちろん卑弥呼をはじめ女性偉人にもなりきる。 赤と白を基調とした近代的な書斎のような小部屋で話すのが基本。部屋にある額縁やテレビにはその人物にちなんだものが映っていることが多い。 小さくプロフィールが現れ、聖武天皇が囲碁好きだったり大久保利通が漬物好きだったりという小話も知ることができる。 彼らは現代社会に存在していて過去を振り返っている(一部はリアルタイムで出来事が進行している)設定になっており、インターネットなども軽々と使いこなす。 鑑真がスマホの音声認識機能で航空会社に電話し、中国から関空までにかかる時間がたったの3時間だと知り驚愕するなど、ユーモラスである。 各人物の性格も豊かで、力強い人物から冷静沈着な人物、陽気で朗らかな人物など多種多様。 何かに熱中しているなどでこちらの存在にしばらく気付かないパターンも多く、呼んでもないのに「呼んだ?」と出てくる人とは対照的である。 VTR 江崎史恵アナウンサーのナレーションによる人物紹介VTR。 再現イメージ映像やイラスト、当時の書物などの資料がふんだんに使われ、視覚的な理解を助ける。 VTRは合計6分ほどの短さで要点がまとめられており、見飽きることも少ない。 特に大事な部分は「ドキリ★ポイント」と称され、歴史にドキリとする部分としてピックアップされる。 ドキリ★ソング 本番組の目玉要素。 VTRの間に挟まることが多い。徳川家康のみ編成が特殊で、2曲ある。 偉人に扮した中村獅童とバックダンサーがその人物の活躍を本人目線で紹介する歌「ドキリ★ソング」を歌いながら踊る。 バックコーラスの独立パートが多いのが特徴。デュエットのようにパート分けをして歌うのも一興。 作曲は前山田健一(ヒャダイン)、振付、バックダンサーは振付稼業air.manが担当。 こちらも要点が歌にまとめられており、この歌を楽しく歌い、PV(?)を見るだけでも歴史をある程度理解できるのが大きな魅力。 同じく歴史を題材にした楽曲を制作するアーティストとしてレキシやエグスプロージョンなどがいる。 豊臣秀吉「関白宣言(秀吉流)」(*2)や西郷隆盛・木戸孝允「TOU-BAKU」(*3)などなど、ほとんどが今昔問わない有名曲のオマージュ。 とは言っても大幅にアレンジが加えられて原曲とはかなり異なっているのでほぼ別物として楽しめる。 ポップスにバラード、ロックと曲調は様々で、各々の楽曲としての完成度も高い。 陸奥宗光・小村寿太郎の「We can stop the 不平等」(*4)では陸奥宗光役として作曲の前山田健一も直接出演した。 上杉謙信役として山本耕史もゲスト出演する武田信玄・上杉謙信のドキリ★ソング「戦国の雄(ゆう)たちよ」は特にかっこいい。 歴史にほとんど触れていないが、武将のように己の道を拓いていくことを説く歌詞に山本耕史のギターが相まってこの上なくシビれるので気にしすぎてはいけない。 踊る場所は語りパートと同じ書斎が基本だが、照明により全く異なる印象を感じさせたり、大きく動くカメラワーク、合成背景や違う空間で踊る場面に頻繁に切り替わるなど、演出にも強いこだわりが見られる。 振り付けにはその人物を象徴する動き(ザビエルなら胸の前で手を交差させるあのポーズ、紫式部なら筆で執筆する動きなど)が取り入れられているので、自然と印象に残りやすい。 その中でも人形浄瑠璃や歌舞伎の脚本家で知られる近松門左衛門の回(*5)では、女型の中村蝶紫とともに実際に歌舞伎の演技が行われた。 題目は恐らく「曽根崎心中」。同時に人形浄瑠璃文楽座による人形の操演もあり、非常に本格的となっている。 足利義政や杉田玄白など、歌う前と歌っているときで人物のキャラが大きく変わるものもある。 エンディング ドキリ★ポイントのおさらいとメイン人物が偉業を起こした年を覚えるためのゴロ合わせを教えてくれる。 しかしゴロには少し無茶な面があり、文化人の場合はそれほど年は重要ではないので無理にそのゴロで覚える必要はない。 特に平塚らいてうが雑誌「青鞜」を創刊した1911年の語呂は 「いくわよ!いい?」と全く関係のない前口上がゴロになってしまっている 。 展開 各地の学校でドキリ★ソングが歌われ、実際に踊られることもあるなど番組は評判となった。 派生として、公民科目の「くらしと政治」も4回分放送された。 年末年始に10分の教育番組としては珍しく3回スペシャル特番が放送された。 第1回「ロワイヤル・スペシャル」では卑弥呼を司会に、ドキリ★ソングを様々なランキング形式で放送した。 第2回「ラグジュアリー・スペシャル」では再び卑弥呼をMCに置き、偉人たちによる歴史クイズバトルが繰り広げられた。 画面に何人も所狭しと中村獅童がざわめき、流れる歌も中村獅童…と、中村獅童だらけの一時間はまさにカオス。 足利義政は頼りないおじいちゃんっ子キャラに変わっており、義満おじいちゃんに携帯電話で答えを聞こうとするなど姑息な一面も見せた。 第3回「フラワー・バーニング・スペシャル」では当時放送直前だった大河ドラマ「花燃ゆ」とのコラボが実現。 今回は流石に中村獅童だけではなく、花燃ゆに出演するキャストたちもゲスト出演した。どこかの時代調査員も混じっているような…? 花燃ゆの舞台である幕末中心の歴史紹介がされ、オリジナルのドキリ★ソングも三曲発表された。 これらは現在の公式ページでは公開されていない。 …ドキリとしたかな!? 2198年はとあるWiki籠もりがwiki拡大運動を行った年。こう覚えてみては? 追(21)記(9)や(8)修正! アニヲタWiki それではまた。 △メニュー 項目変更 この項目にドキリとしたなら……\ドキリ/ -アニヲタWiki- ▷ コメント欄 [部分編集] 縄文土器のアレが好きだったな -- 名無しさん (2022-01-14 20 40 59) 通ってた小学校では一時期近松門左衛門の歌が流行ったなぁ -- 名無しさん (2022-01-16 15 19 11) うわ懐かし。リアル小6の時に始まって授業でも使われてたわ。というかまだやってたんだ。 -- 名無しさん (2022-01-22 17 52 13) 名前 コメント
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【登録タグ 曖昧さ回避】 曖昧さ回避のためのページ MiracleCiderの曲行かないで/MiracleCider ds_8の曲行かないで/ds_8 類似タイトル 想太の曲いかないで じたばたPの曲行かないで 行かないで 曖昧さ回避について 曖昧さ回避は、同名のページが複数存在してしまう場合にのみ行います。同名のページは同時に存在できないため、当該名は「曖昧さ回避」という入口にして個々のページはページ名を少し変えて両立させることになります。 【既存のページ】は「ページ名の変更」で移動してください。曖昧さ回避を【既存のページ】に上書きするのはやめてください。「〇〇」という曲のページを「〇〇/作り手」等に移動する場合にコピペはしないでください。 曖昧さ回避作成時は「曖昧さ回避の追加の仕方」を参照してください。 曖昧さ回避依頼はこちら→修正依頼/曖昧さ回避追加依頼
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このページはこちらに移転しました いかないで 作詞/262スレ79 作曲/( A`)モヲトコ 心無いコトバに傷つけられて 人に会うのもたまに辛くなる 頭ごなしに駄目出しされたようで やりきったことでさえ自信が持てない ひたむきなユメも不器用さも まるごとあなた自身を受け止めればいい 冷え切った身体も心も そのまま 元気になれない悲しいときには どうか思い出してみて 生きてさえいれば何かが生まれる 生きてさえいれば報われる だから負けないで 会話もできない泣きたいときでも どうか辛くならないで 生きてさえいれば明日が来るでしょう 生きてさえいれば乗り越える だから負けないで わたしがついてる 音源 いかないで mp3
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人間は死んだら終わりだ。 まだ幼かったあの日、私は『あの子』の生を終わらせてしまった。私も後を追いたかったけど、きっと『あの子』はそんなこと望まないから。『あの子』を終わらせてしまった私は、『あの子』の分まで生きなくてはならないから。 『あの子』が手を振っている。あんなに遠くにいるのに、とてもはっきりを見える。 嗚呼なんて浅ましいのだろう。『あの子』はもういないのに。これは現実ではないとわかっているのに。手を伸ばさずにはいられないなんて。 (待って) 『あの子』が遠ざかっていく。離れてしまう。 (いかないで) 行かないで行かないで行かないで行かないで行かないで行かないで行かないで行かないで行かないで行かないで行かないで行かないで行かないで行かないで行かないで行かないで行かないで行かないで行かないで行かないで行かないで行かないで行かないで行かないで行かないで行かないで行かないで行かないで行かないで行かないで行かないで行かないで行かないで行かないで行かないで行かないで行かないで行かないで行かないで行かないで行かないで行かないで行かないで行かないで行かないで行かないで行かないで行かないで行かないで行かないで行かないで行かないで行かないで行かないで行かないで行かないで行かないで行かないで行かないで行かないで行かないで行かないで行かないで行かないで行かないで行かないで行かないで行かないで行かないで行かないで行かないで行かないで行かないで行かないで行かないで行かないで行かないで行かないで行かないで行かないで行かないで行かないで行かないで行かないで行かないで行かないで行かないで行かないで行かないで行かないで行かないで行かないで行かないで行かないで行かないで行かないで行かないで行かないで行かないで行かないで行かないで行かないで行かないで行かないで行かないで行かないで行かないで行かないで行かないで行かないで行かないで行かないで行かないで行かないで行かないで行かないで行かないで行かないで行かないで行かないで行かないで行かないで行かないで行かないで行かないで行かないで行かないで行かないで行かないで行かないで行かないで行かないで行かないで行かないで行かないで行かないで行かないで行かないで行かないで行かないで行かないで行かないで行かないで行かないで 作者 邪魔イカ
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DANDELION★SEED>ダンデライオン用語辞典>な行>泣かないで 村田亮1stフルアルバム「Sketchbook」に収録。 泣かないで(作詞:村田亮/阿久津健太郎 作曲:村田亮 編曲:古川望)
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☆羞恥心 弱虫サンタ ひまわり 我が敵は我にあり 羞恥心 悲愴感 泣かないで 陽はまた昇る ■泣かないで ソ ソ シ レ ミ ー ー ー ミ ミ ミ ファ 休符 ミ 休符 ド 泣かないで!最高ωあいらぶ羞恥心! -- 静希´∀★ (2008-12-18 18 32 31) ゆうちゃん超かわいぃ^^ -- 尚夏♪ (2008-12-27 10 54 18) 雄ちゃんの最後の約束だよが感動した -- しほ (2009-01-07 16 24 33) めちゃくちゃ画像いい・・・きゃーかみじお嫁にして -- さゆり (2009-03-05 12 18 12) かみじ、私に呪文お願い -- のどか (2009-03-21 17 39 48) 俺のブログみてね -- かみじ (2009-03-22 14 27 01) にせだね -- 名無しさん (2009-03-22 14 27 58) ばれた -- 名無しさん (2009-03-22 14 30 06) 本物です -- かみじ (2009-03-22 14 31 45) 偽だろぉ -- 名無しさん (2009-03-22 14 32 19) ほんとだ偽じゃん -- 名無しさん (2009-03-22 14 32 54) ごめんなさい -- かみじ (2009-03-22 14 33 48) おれが本物みんなおれだよ -- かみじ (2009-03-22 14 36 36) 調べれば直判るんですよ。編集大変なんですから止めてください -- 管理人 (2009-03-22 14 40 56) このうたチョー好き -- 名無しさん (2009-03-22 14 42 56) 管理人さんもうやりません ごめんなさい -- 名無しさん (2009-03-22 14 45 16) 管理人さん!!忙しいのはわかりますが、リセ管、他のぺージも早く編集してっください。一刻も早く編集しないと、ここに来る人々が減りますよ?私には関係ありませんが; -- 名無しさん (2009-03-22 14 55 17) この歌チョー好き -- 名無しさん (2009-03-22 20 13 19) もう良いじゃありませんか管理人さん忙しいのはしょうがない! -- 名無しさん (2009-03-22 20 14 53) 上地だいすきーーーかっこよい -- りっく。。 (2009-04-18 11 15 46) かっこいいよ -- しっし (2009-07-24 09 06 55) 上ちゃんは・・・誰にもわたさない -- りんご (2009-08-30 13 16 08) 羞恥心ちょーーーーーーーーっかっこいい とくにのっく大好き -- ラブ (2009-11-21 13 34 50) 名前 コメント
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天使の羽を踏まないでっ 390 :名無したちの午後:2011/05/15(日) 15 47 07.33 ID W3q7jlMP0 天使の羽を踏まないでっの体験版に足コキがあるな 関連レス
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泣かないで、泣かないで、笑って! 第2話 照りつける暖かい日差しと、それに反したひんやりとした冷たい風。 夏季に入り、連日猛暑が続いているのだが妙に涼しい。 時折吹き抜ける風が周囲の気温を下げているのか、あるいは丘の下に広がる透き通った湖が熱を気化しているのか、おそらくはその両方であろう。 小高い丘には草原とゴツゴツした岩と所々に生えた針葉木しかない。 そんな自然の芸術で形成された風景に、につかわしくない人物が紛れ込んでいた。 「ふぐぅ…」 男が仰向けに倒れている。 赤いタンクトップに黒いジーンズ、黒く長い髪は適当にはねており、前髪だけ癖になっているのか目元で分かれている。 筋肉質では無いが、身体は引き締まっていて、顔立ちは悪くは無いが、特別良いと言えるほどでもなくこれといった特徴が無いのが特徴であった。 男の周囲には投げ出されたままの状態のギターケースが転がっている。 いつからそこにいたのか、男自身にもわからない。 男は太陽の眩しさから目をそらすように体を横に転がした。 「……」 冷えた風が吹き抜ける。 無意識に身体を丸め、男は体温を保持しようとする。 しかし二度三度と襲い来る寒波に、男は耐え切れず、薄く目を開いた。 最初に男の目に入ったのは一面の若草の緑。 続いて、ヒノキだかスギだかよくわからないところどころに生えた針葉樹とこぶし大から男の背丈ほどもある岩。 立ち上がってみると、高台になっていたらしくそれほど離れていないところに針葉樹の森と、反対側の丘下に大きな湖があった。 「……ふぁ」 未だに寝ぼけているのか、男は現実感の無い風景をあっさりとうけとめた。 そよそよと頬を撫でてくる風が気持ちいい。 男のまどろんだ脳が冴え始めてくる。 それと同時に生じてくる違和感。 なぜここにいるのか、と男の頭に浮かび、家に帰った事も覚えてない、と男は考え、むしろ帰ってたっけ、と男に疑問が生じ、これは夢だなと男は結論付けた。 思考は一瞬。 そして男は両足を投げ出して地面にへたりこんだ。 「……んなわけねーじゃん」 太陽は変わらず眩しかった。 どーしよっかなーっとふざけた様に呟き、およそ真剣に見えない顔で白痴の様に呆けていた男は、ふと気づく。 「っ、携帯!」 男は慌ててジーンズのポケットに手を突っ込んだ。 心情では相当焦っていたのかその行動は素早い。 労せず触れる硬質の感触。 ジーンズから携帯電話を引っこ抜き、液晶画面を確認する。 暫く携帯を凝視していた男は視線を外し、仰向けになり空を見上げた。 「……お約束だよな」 携帯の電波は圏外を示していた。 携帯を仕舞い、男はふて腐れた。 「どこなんだろ、ここ……」 寝そべりながら呟く。 頬に触れる若草がこそばゆかった。 どれ程の時間が経ったのかわからない。 男は体を起こした。 景色は相変わらず森と山と湖。 携帯電話の画面で時間を確認すると、先ほど確認した時間から二時間ほど経過していた。 こんな見ず知らずの安全っと決まったわけでもない場所で無駄に時間を使ってしまった自分の神経の図太さに、男は頭を抱えた。 ひとしきり己の馬鹿さ加減についての後悔を終えた男は、投げ出されていたギターケースを手に取る。 おもむろにケースを開き、アコースティックギターを取り出す。 「げっ……弦が切れてやがる」 五弦目の弦が千切れ飛んでおり、羊司は相棒の無残な様子に軽く凹んだ。 ギターケースにしまっていた替えの弦やピン抜き、ニッパーなどを取り出し弦交換に移る。 何度も弦を交換してきたのか、その手順は鮮やかである。 程なくしてギターが元通りになる。 「調律は、と……」 何度か弦を弾き、音がずれていないか確かめる。 チューナーが無いのが痛いが、高校時代から愛用していた楽器だ。 完璧とは言えなくてもある程度はわかる。 調整は終わり、何度となく練習した得意のフレーズを引いてみる。 慣らしていないので少し五弦が強いが、仕方が無い。 次第に気分が高揚し、抑え目に弾いていたギターを鳴らす音量も大きくなっていく。 明るい曲、悲しい曲、楽しい曲、寂しい曲。 手馴れた様子でギターを操り次々と曲を変え、男は気付かないうちに声を出し、歌いだした。 歌うことが好きだった男は高校一年の時からプロのミュージシャンを目指している。 親には大学に進学して就職しろと反対され、友人には無謀だやめておけと止められた。 周囲の人間の態度に嫌気が指した男は、卒業して家を飛び出した。 幸い高校時代に無駄遣いせずに貯めた貯金で安いアパートを借りることができ、男はバイトとギターの練習で日々をめまぐるしく過ごしている。 日々研磨し努力した賜物か、男の声は周囲によく響いた。 そして、その歌声に惹かれるものが一人。 灰色の外套姿で、フードを目深に被っている為、男か女か区別がつかない。 周囲の木と岩影に隠れながら少しずつ近づいてくるが、あまりにも隠れ方がお粗末過ぎる。 とはいえ、見ているとなかなか面白いので男は気づかない振りをしながらギターを弾いた。 男はそろそろいいかなと思い、楽器を鳴らす手を止める。 木陰から飛び出そうとしていた矢先、音楽を止められ、間抜けな姿で静止する。 その距離およそ10メートル。 外套を着た者と男の視線が重なる。 「あ、あぁ……」 少女特有の高い声。 男の心の中で前面の外套の中は年若い女の子と結論を下した。 「あの……」 黙っていても仕方ないと思い、声をかけようと一歩踏み出す。 その瞬間少女は脱兎のごとく逃げ出した。 「わっ、待ってくれ!」 ギターを置き、起伏にとんだ丘に足を取られながら、男は慌てて追いかける。 「っ! 来ないでっ!」 少女は振り返り、男が追いかけてくるのを見て涙声で叫んだ。 「来ないでっ、追いかけて来ないでっ!!」 「頼む、何もしないから逃げないでくれ!」 静止する声を無視し、少女は逃げる。 「なあっ、ここは何処なんだ!?日本だろ!?」 「違いますっ、来ないでっ!!」 少女の答えに納得できず、男はさらに声を荒げた。 「そんな訳ないだろっ! あれかっ!? 北朝鮮か!? 拉致かっ!?」 「知らない、知らないっ!」 必死で男も追いかけるが、一向に距離は縮まらない。 凹凸の激しい丘を、少女は全く速度を落とさずに駆け下りる。 自分より華奢で小柄な少女を、声を上げ追いかける自分の姿はどう見ても変質者だと思い、男は泣きたくなった。 少女はマントを大きくはためかせ、もう二度と振り返らずに走っていった。 「待ってくれよ……頼むから」 丘を抜け、鬱蒼と茂った森の中で、男は息も絶え絶えに呟いた。 既に、全力疾走ではない。 落ちていた長い木の枝を杖代わりに歩いていた。 気温は低めだが、先ほどの鬼ごっこのせいでかなりの汗を掻いている。 べたついたシャツを鬱陶しく感じながら、時折つま先で土を削る。 道しるべ、のつもりだ。 「なんで……歌聴くときは寄ってくんのに……話し掛けたときは、逃げんだよ……」 苦しげに男は言う。 それにしても、と男は思う。 全力で走っている自分は、別段運動部に所属していたわけでも、特別に体力に自信があるというわけでもない。 学生時代と違い、確かに運動不足はいなめない。軽い筋トレぐらいはしているが、それも軟弱に見せない為の見せ筋を維持する為だ。 しかし、いくらなんでも15、6の少女に、足の速さで負けるほど身体も鈍っちゃいないだろう。 しかし、追いつけなかった。 少女の姿はとうに見失った。 別段勝利に固執する性格でもないが、やはり年下の少女に走り負けると言うのは悔しく感じる。 それでも少女の姿を追い求めるのは、流石に少女も追いつけなかったとはいえ自分と同じ様に体力も落ちて歩いているだろうから、もしかしたら追いつけるかも、と考えたから。 また、走っていった方向に少女はいなくとも、街か何かがあったら誰か住んでいるだろう、とも思ったからだ 「待ってくれてもいいだろうよ、あそこまで怖がられたら流石に俺も傷ついたぞ…」 沸々と理不尽に逃げた少女に対する怒りが募ってくる。 「逃げるぐらいなら近づくなっての。 声かけただけじゃんよ」 男も自分の言葉が理不尽と言う事はわかっている。 しかし言わずにはいられない。 「自分だって変な外套を着て、おかしいだろ……それな――」 突然男は愚痴を止め、身体を木に隠し息を潜める。 慎重に首だけを伸ばし、目標を確認する。 そして心の中で歓声をあげた。 見つけた、さっきの少女だ。 少女はブナの様な木の傍で、両足の膝を地面につけ何かを熱心に覗き込んでいる。 左手には外套に半分隠れているが、円形のザルの様な物を持っている。 男は声を殺して、回り込みながら静かに少女に忍び寄る。 少女は気付いていないのか、暫く木の根元を観察していると、思い出したかのように右手で土を掻き分け始める。 興味をそそられたのか、男が身体を横にそらし少女の手元を見ると、毒々しいイボ付きの赤いきのこがそびえ立つ様に生えていた。 少女はそれを嬉しそうに籠に入れる。 男の顔が引きつる。 少なくとも、こんな毒々しいきのこは自分なら絶対に食べない。 頭が錯乱するか、腹筋がねじれるほど笑い転げるか、下手をすれば死んでしまう。 声をかけるか、否か。 声をかけなかった場合、殺人補助になるのだろうかと男は悩む。 流石に人道的に問題があるだろうと思い、男は少女の肩に手を伸ばす。 声をかけて、逃げられるのはもうこりごりだった。 しかし、肩に触れる前に少女の顔を見て、息を呑んだ。 男が驚くほど少女の顔は整っていた。 ふっくらとした唇、現役のアイドルも羨む様なすっと長い鼻立ち、見るもの全てを慈しむ様な穏和そうな目。折れてしまいそうな細い指を一生懸命動かし、土を掻き、キノコを引き抜く姿は、非常に微笑ましい。 ボロボロの外套に隠れてはいるが、時折除く髪は白髪と呼ぶにはおこがましいほどに美しく、ふわふわと波打っている。 「うわっ……超かわいい」 先ほどの少女に対しての批難する様な愚痴や危なそうなきのこの存在すら忘れ、男は知らず呟いていた。 「!?」 その瞬間、少女が小さな肩を竦ませ、男の方を向いた。その顔には明らかに恐怖の色に染まっている。 少女の震える指から籠が滑り落ちる。 底の浅い円状の籠から、男が見た事もない野草やまだら模様のきのこが零れ落ちた。 「あ、あぁ……」 迂闊だったとしか言いようが無い。 テントの方へ真っ直ぐ逃げてしまった。 男から完全に逃げ切ったと思い込んだ。 貴重な食料に気を取られ、男の接近を許してしまった。 少女は膝を地面につけた状態で外套を握り、身震いしながら自身の行動を悔やんだ。 少女が肩を震わせ、大きな目に涙を溢れさせる姿に、男は酷く動揺した。 「な、泣かないで! ちょっと道を知りたいだけなんだ! 教えてくれたらすぐに消えるからさ! 大声出して追いかけてごめん! 黙ってこっそり後ろから近づいてごめん! 謝るから泣かないで! あと、そのきのこは食べない方がいいと思うよ、うん!」 男は自分でも何を言ってるのかよくわからないが、ひたすら謝ってみる。 少女は何も答えない。 「本当にごめん! 怖いならもう少し離れるからさ、せめて逃げないで」 そう言って男は伸ばしたままになっていた腕を引っ込め、前を向きながら器用に後ずさった。 宥めて卑屈になって。 男はなぜこんなに必死になっているんだろうと思う。 ただ言えるのは、罪も無い女の子を泣かせるのはどうしてもごめんだった。 「本当に……何もしませんか?」 男の願いが通じたのか少女が顔をあげ、初めて自ら声を出した。 「しないしない、絶対に危害を加えないってば」 少女は男に対する警戒心が抜けていないのか、未だに顔を伏せている。 初めて会話への糸口が見つかった男は、必死で自身の無害さをアピールする。「ええと……さ、変な事を聞くようだけど、ここって日本だよね?」 男が少女の顔色を窺いながら、尋ねる。 脅かさないように、泣かせないように。 少女は幾分か迷いながら、答えた。 「……いえ、ここはフィルノーヴ。 ニホン、という国ではありません」 「いや、でも俺さっきまで日本に……っつーか東京にいたんだけど」 「はぁ……」 少女はよく意味を理解しきれていないのか、首を傾げ曖昧に相槌を打つ。 「こっちに来て目を覚まして、日付見ても一日やそこらしか経ってないから……あれ? 日本からブラジルまで24時間で行けたっけ?」 「よく、わかりません……あなたが何を言ってるのか……」 「まあ、どうみてもブラジルじゃなさそうだし、どうでもいいんだけど。 あー、つまり……ここってどこかな?」 「で、ですからフィルノーヴです」 「そんな国聞いたこと! ……いや、大声出してごめん。 泣き顔で怯えないで……」 「グスッ……本当です。 この土地はネーモアと自然に囲まれた大きな国です。 本当に……知らないんですか?」 男は頬を頭を掻きながら少女の言った単語を思い出そうとする。 フィルノーヴ、ネーモア、全く思い出せない単語に男は恥ずかしそうに質問した。 「あの……無知でごめん。 フィルノーヴ、とかネーモアってさ、本当に、何、かな?」 その言葉に今度は逆に少女が驚いた。 大きな目を見開いて、男の顔や服装、一挙一足を観察する。 少女の慌てた様子に、男は少女に呆れられていると勘違いし、自身の常識の無さを恥じた。 「えっ……まさか」 「ごめん、今度からちゃんと現代社会についても勉強するから……」 少女が被りを振る。 そして初めて申し訳なさそうに言った。 「あ、いえ……すみません。 ヒト……だったんですね」 少女の言葉に男は呆然とする。 そして次第に怒りも沸いてくる。 人だったのか、だと? どこからどう見たら人間ではないと思えるのだ。 人が下手に出ていればいい気になりやがって。 どうしてここまでコケにされないといけないのか。 馬鹿にするのもたいがいにしろ! そろそろ少しぐらい叱るべきなのかもしれない。 男は激憤に駆られた表情を隠そうともせずに少女を睨んだ。 男の憤怒の表情に気付いた少女は、恐怖の満ちた顔を涙で濡らした。 両手で胸元の外套を握り締め、まるで親に叱られる子供のようにきつく涙で溢れた目を閉じ、震えながら頭を垂れる。 その姿を見ると、男も怒る気力を無くしてしまう。 「はぁ……俺が悪かったから、そんなに怯えないでくれ。 あと、俺を人間扱いしてくれると嬉しい」 少女は上目づかいに男の表情を確認すると、首を小さく振った。 縦に、そして横に。 「……それで、フィル……なんたらとネルモアって?」 男にもう反論する気は無かった。 早く話しを済ませてしまおうとばかりに質問する。 「……フィルノーブは北寄りのオオカミやクマ、他にも多数の部族が多く住む土地で、森と山に囲まれた国です。 独自の集落の多いこの国は、その土地特有の果実や珍しいイキモノが数多く生息しています。 ネーモアはこの土地一番の大きな湖で毎年この時期になると珍しい赤い顔の白い鳥が群れを成して集まり、数多くの見物客で賑わ――」 「それで、この辺りで一番近い街は何処だ?」 少女の説明を遮り、男は最も知りたい事を確認する。 「なんでこんな国に居るのか、理由は後で考える。 とりあえず電話さえあったら日本の実家に連絡できるから」 「デンワって何ですか?」 「電話は電話だ。 んで、銀行に振り込んでもらって下ろして、飛行機で日本に帰る。ビサなら使えるだろ」 「ギンコウ? ヒコーキ? ビサ?」 少女は本気でわからないのか、首をかしげている。 男は次第に苛つき始めるが、表情を押し殺しながら尋ねる。 「すまん、遊んでいる暇は無いんだ。 とりあえず街はどこだ?」 「はぁ……ここから700ケート程南に行ったところにオオカミの集落がありますからそこに」 「舐めてる?」 「いえ、そう言われましても」 少女は困ったように頬を人差し指で掻きながら答える。 不機嫌そうな男に言うべきか言わぬべきか迷っていた。 意を決し、少女は口を開いた。 男の目から若干視線を逸らせながら。 「ええと、怒らないでくださいね。 あなたは帰ることが出来ないと思います」 「何だって?」 「ここは、いえ、この世界には貴方の言うニホンという国は何処にもありません」 森に静寂が宿る。 男は怒鳴り散らしたくなるのを堪え、少女に尋ねる。 「……冗談にしては面白くないぞ」 「本当です。私自身、始めて外界から来たヒトを目にしたのですから」 「よくわからない。 君は人間だろ?」 男は当然の疑問を口にする。 「ええ、私はニンゲンです」 ただしと口にし、少女は被っていた外套のフードに手をかける。 そして、フードを脱ぎ、隠れていた後ろ髪に手を入れ、サッと後ろに流す。 男は白というより銀に近いウエーブの髪をなびかせる少女に目を奪われた。 否、正確には少女の顔の横についているものに目を奪われた。 それは横に長く伸びた大きな耳。 「私はコリン・ルーメリー・ユイーフア。 普通の、ヒツジの女の子です」 男は声を失った。 頭が理解に追いつかない。 この世界に日本が無くて、そして自分はヒツジの女の子? 頭を掻きながら男は考える。 少女、コリン・ルーメリー・ユイーフアは佇みながら男の反応を待っている。 「ええっと……その耳、よく聞こえそうだね?」 結局、男には無難な話題を出すしかなかった。 「え、はい。 ヒツジですから」 「そっか。 羊か」 「はい、ヒツジです」 あははーっと声を上げ、お互い笑いあう。 そして男が笑顔でコリンに問う。 「ところでさぁ、どこからどこまでが本当?」 「全部ですよ」 コリンの答えに男はブチギレた。 「あーっ、マジですまんかった。 むしゃくしゃしてやった。 今は反省している」 男が髪を掻きながら、あまり反省してそうに見えない顔で謝る。 ビクビク怯えながらコリンは両手で頭を抱えてしゃがみこんで、本当ですかぁと涙声で言う。 その姿に怒鳴ってしまって悪いことをしたと思いつつも、心の片隅でもっと苛めてみたいと不謹慎にも思ってしまう。 「えーとだな。 とりあえず俺自身、正直半信半疑で君から聞いたことを纏める。 ここは狼の集落の近くで、羊が人で、この世界には日本は無いとかそんな風に聞こえたんだが、もう一度聞くぞ。 本当か?」 「は、はい。 正確に言えばウサギとオオカミの、若干オオカミの国側の大陸です。 ニホンという国は……ごめんなさい、本当に無いんです。」 男の嘘は許さんといった威圧する目にコリンは怯えながらも何とか言葉を紡ぐ。 腕を組む男の沈黙を続けろと受け取ったコリンは話を続ける。 「私はヒツジですが、この世界には様々な種族がいます。 先ほどから何度か言いましたオオカミやウサギ、クマなど多数の種族がいますがみんな人間です」 「ちょっ、ちょっと待ってくれ」 話を遮り、男は慌てた様子でコリンに問う。 「どうみても君、えーっと……コリンさんは人間だろ? 変わった耳飾りみたいな物をつけているだけだろう? 日本語を話しているし、その姿はどうみても人にしか見えない」 「いいえ、私はヒツジです。 この耳は飾りではないですし、私以外にもそれぞれの種族の特徴を持つ人間はいます。 それと私たちが話している言葉はこの世界の共通語で昔から使ってきました。 むしろ、なぜ貴方の言葉が私に通じるのか、それが全然わからないんです」 「……人って人間って事だろ?」 「うまく説明できませんが、ヒトは貴方です。 そして、人間は私たちなんです。」 男は自分の額を手で覆う。 理解しかけているが、理解できない。 そんな態度が現れている。 「今から貴方にとって非常に心苦しいことを言います。 その、怒らないでくださいね?」 コリンが言いづらそうに男に確認を取る。 慌てて男が顔を引き締める。 「落ちる、この世界に強制的にやってくる、という意味なんですが、この世界に貴方は落ちてきました。 外界から落ちてきた人間を私たちはヒトと言います。 ヒトがこの世界にやって来ることは稀で、落ちてきたヒトには一切の人権はありません。 つまり……ヒトと言うのは奴隷や家畜の別称なんです」 「はぁっ!?」 素っ頓狂な声を出し、男は少女を間の抜けた顔で見た。 「ヒトは奴隷という所有物ですから、傷つけ、苦しめ、壊しても罪には問われることはありません。 それと、私自身ヒトを見るのは初めてなのですが、ヒト奴隷はとても高価なものだと聞いた事があります。 人里に入れば確実に、貴方は捕まり売られるでしょう」 男の中で何かが崩れていく音が聞こえた。 何処にも行く当ては無い。 頼れる縁者もいない。 街を歩くことも出来ない。 住む当ても無い。 食べる事すらままならないだろう。 たった一人でこの世界をどう生きていけばいいのか。 「嘘だろ? なぁ……これって嘘だよな?」 男がコリンに詰め寄る。 コリンの両肩が強く揺さぶられる。 「いいえ……すみませんが……」 「帰る方法は……」 「聞いたことが……ありません」 コリンは首を横に振り、男の望みを絶つ。 男はこの世界に絶望し、いたずらな神を呪う。 悲観にくれる男の涙が少女の外套を濡らした。 「私と、一緒に来ますか?」 彼女は言った。 男は涙でくしゃくしゃになった顔を隠そうともせず、少女の顔を窺った。 「私は、一つの町へ定住することはせず、リャマのクトと一緒にいろんな国を旅して回っています。 いろんな国を調べたら、もしかしたら元の世界へ帰る手がかりが見つかるかもしれません。 もし宜しければ、一緒に、行きませんか?」 少女は震える身体を優しさで押し殺し、笑みを浮かべ男に言った。 不安なのだろうと男は思った。 この少女は怖がりだ。 おどおど辺りを窺って、何かに怯えて生きている。 この少女は泣き虫だ。 今日、初めて会ったのに何度泣かせたかわからない。 そしてこの少女は―――とても優しい。 少女の性格からして、ヒト、しかも男と話をするのは怖いだろう。 安全面からも、非力で高価なヒトと旅をするなんて危険極まりないだろう。 金銭面、生活面でも迷惑をかけるだろう。 少女の事を思うなら、一緒に行かないほうが良いに決まっている。 しかし、 しかし、それでも―― 「浅草羊司です。 よろしく、お願いします。 コリン様」 「こちらこそよろしく、おねがいします――ヨウジさん」 一人は、嫌だ。 私の住処へ案内します、とコリンは言った。 落ちた籠に山菜を詰めなおした後、落とさない様にしっかりと両手で持ち、フードを被り直した後、先導する様に歩き出した。 そして少女の数歩後を羊司がついていく。 辺りはかなり日が落ちており、夕焼けが世界を柔らかく包む。 「えーっと……コリン様」 足早に歩くコリンに羊司は、先ほどから懸念していたことを伝えようと声をかける。 「あのっ、ヨウジさん、私に敬語なんて使わなくても……」 表情は伺えないが、声質は困ったという感じが滲み出ている。 「あ、いや。 そう言わないとまずいと思うし」 「一応は主人ですけど、強制はしませんから……ただ、人前で気をつけてくだされば」 コリンが言うには基本的に自分、浅草羊司はコリン・ルーメリー・ユイーフアの所有物になるそうだ。 本人は酷い扱いをしない、敬語は使わなくていいと言っているが、人前だとどうしても建て前というものがあるので、その時だけ、奴隷としての行動を取ってほしいと言う事らしい。 どうも俺は過剰に意識していたらしい。 「あー、わかった。 人前では敬語で様付け。 でも今は敬語も様もいらないんだな?」「はい。 私は普通の、ヒツジですから」 なぜか普通を強調するコリン。 「よく意味がわからんが、わかった。 改めてよろしく。コリン」 「はい。 ヨウジさん」 微かに笑みを浮かべるコリンの姿に、羊司の頬がわずか朱に染まる。 「そ、そうだ、コリン。 ギターを丘に忘れたんだ。 取りにいかないとまずい」 表情の色を悟られたくない羊司は、慌てた様子でコリンに言う。 「ギターって、あのヨウジさんが弾いていた綺麗な音色の楽器ですか?」 「そう、それ。 雨なんて降ったらお釈迦だし、朝露にでも濡れただけでも相当やばいんだ」 頭を少し下げ、考え込むコリン。 しかしすぐに顔を上げ、わかりましたと了承し、先程の道に踵を返す。 「おおっと、その必要はないぜ」 「え!?」 「!?」 突如、羊司でもコリンでもない野太い声が周囲に響き渡り、一本の木の陰から二歩足で立つ、全身毛むくじゃらの狼が姿を見せた。 狼は上半身を黒い鎧を着て、麻の様な素材で出来たズボンに一振りの長い剣を刺している。 「ちょーっとばかし席を外している間におもしれぇ事になってやがるな」 「誰だ、あんた?」 羊司が身構え、警戒心を顕にする。 コリンは極度の人見知りと恐怖で震え、せっかく拾いなおした山菜の籠を取り落としている。 「んー、んー、んーー? 口の利き方がなってないガキだな。 せっかくお前の楽器を拾ってやったのによお?」 よく見ると羊司のギターケースが、巨漢の狼男の肩にかかっている。 羊司は驚き、礼を言おうと一歩前に出る。 「あ、すみませ――」 「まあ、俺が拾った落ち物だから俺のもんだがよぉ。 あと、目的ついでに目の前の落ち物も拾っておくか」 目の前の狼男が何を言っているのか羊司には理解できなかった。 目を瞬かせ、伸ばしかけた腕を止める。 「理解できねぇか? つまり、お前の物は俺の物。 さらに言うならお前は俺の物だって事だ」 羊司の背筋が凍る。 女に告白された事すらないのに、毛むくじゃらの身長がゆうに2メートルを超す狼男に告白されるとは。 どうすれば相手が傷つかず、なおかつ穏便に断れるか、羊司は必死で頭を巡らせる。 羊司の後ろではコリンが頬を染め、はっと何かに気付き、必死で頭を振っている。 「怖いか? 心配すんな、大人しくしていれば危害はくわえねぇ」 獰猛そうな顔に笑みを浮かべ、狼男は羊司に向かってにじり寄る。 「ええと、貴方の気持ちは大変嬉しく思いますが、俺は男でありヘテロなので、貴方の気持ちに応えられないというか近寄んなガチホモがとか思っちゃったりなんかして――」 「はぁ? 何をわけのわからん事を……」 脂汗を流す羊司にコリンはタンクトップを少し摘み、数度引っ張る。 「ヨウジさん、想像してる事はなんとなく理解していますが、多分羊司さんの考えている事とあの人の言っている事は違いますよ」 狼男に聞こえない様にコリンは言った。 「いや、でもさ……お前は俺の物ってどう考えても」 「ヨウジさん、貴方は物です。 つまりあの人は、貴方を手に入れて奴隷商人にでも売るつもりなんですよ。 あとギターも返す気も全然無いです」 羊司にもようやく合点がいった。 そしてゆっくり近づいてくる狼男を睨みつける。 「お前、俺を売り飛ばす気だったのか」 吼えるように羊司が狼男に言う。 狼男はニヤニヤと笑う。 「悪く思うなよ。 最近懐が寂しいもんでね。 あと、さっきも言ったように、おまえはついでだ。」 「ふざけんな! 誰がお前なんかに……」 言い切る前に狼男の膝が、羊司の腹にめり込む。 「ぐ、あ……ぅ……」 「少し黙ってな。 ボウズ」 5メートルの距離から一瞬で距離を詰められ、ろくに受身すら取れず膝をいれられる羊司。膝をつき激しく咳き込む羊司を無視し、狼男はコリンに近づく。 「い、いや……」 コリンは足がすくみ、悲鳴を上げることすら出来ない。 狼男がコリンににじり寄っている姿を羊司は苦悶に満ちた顔で睨む。 背中から突き刺さる弱々しい視線を軽く流し、狼男はコリンの前に立ちはだかる。 「さて、こいつはまあ思わぬ副産物だとして、本題はあんただ」 ヒターケースを放り出し、巨体の狼男の視線が鋭くなる。 「んな外套と人目につかねぇ道通るだけで誤魔化せると思ったか? オオカミの鼻舐めてんじゃねぇぞコラ」 狼男はコリンのフードを掴み、力任せに下ろした。 抵抗する暇もなく、少女の端正な涙に濡れた顔が顕わになる。 「ひっ……」 「自己紹介が遅れたな。 俺はゴズマ・ガンクォ。 誇り高きオオカミの国の戦士だ……とはいえ、城に仕えても乱暴すぎるって理由でたった二月で解雇されたがな」 オオカミの国の人間は基本的に粗暴だとコリンは聞いている。 しかし二月で城勤めを止めさせられるなど、いったいどれ程の事をしたのだろうか。 ブルブルと震えきつく目を閉じるコリンを笑いながら眺め、狼男、ゴズマ・ガンクォは話を続ける。 「傭兵になった俺はある日、妙な手配書を見た。 内容は、前年滅んだ自然公国ルブレーの美姫、コリン・ルーメリー・ユイーフアの身柄についての件だ」 そう言って、ゴズマは腰につけた小型の鞄から、巻物状に曲げられた紙を取り出した。 「ルブレーは滅び、王と后、その娘と息子の殆どが殺された。 だが、臣下に命がけで助けられ、崩壊する城から逃げおおせた姫もいた……わかるよなぁ?」 コリンの顔は既に蒼白になっている。 「コリン・ルーメリー・ユイーフア、生死を問わずワーグイシュー国、大臣、ハンムギーの下へ連れてきた場合……」 スルスルと紙を開く。 「40万セパタだってよぉ!」 そこにはコリンの顔が映っていた。 「全く俺はついてるぜぇ。 たまたま、その手配書を見た日に王女様の姿を見かけて、自分から人気の無い森に入ってくれて、さあ殺ろうと思った矢先、落ち物が現れた。 これも俺の日頃の行いの賜物だな」 下品に笑い声を上げるが、目は笑っていない。 「あ、あぁ……」 「どうした? 姫さん。 さっきからまともに喋ってねぇじゃねぇか」 ゴズマはコリンの肩に手をおき、顔を覗き込む。 「わ、わ、私は……」 「私は? 続きはどうした? 早く言えよ」 「私は……私自身、姫かどうか、覚えていない……」 「はぁ!?」 コリンの言葉にゴズマは素っ頓狂な声を出す。 これはコリンの苦し紛れの嘘だった。 人違いだったらもしかしたら見逃してもらえるかもしれない。 あまり要領が良いとは言えない頭でその場で考えた出まかせ。 しかしあまりにも稚拙な出まかせ。 「お姫さまじゃねぇのか?」 ゴズマはコリンの首袖を掴んで、詰め寄る。 コリンより圧倒的に背の高いゴズマが、少女の身体を軽々と掴み上げる。 「うぐっ……わからないんです……記憶が、無いから」 「何時からだ!!」 「は、半年前……」 「なんで手配書の人相書きと似てやがる!?」 「知ら、ない……」 「っちぃ!」 周囲の木に背中から叩きつけられ、コリンは苦しそうに言った。 喉を鳴らし、威嚇するゴズマの様子に、コリンの瞳から大粒の涙が流れる。 その涙を見て、ゴズマは動きを止める。 そして何を思ったか、しばらくの間涙を流すコリンを眺めていた。 「……はぁ、わかったよ」 急にゴズマが、疲れたようにコリンの首元から手を離す。 ズルズルと木に背中を擦りながら、コリンの身体が大地に触れる。 「けほっけほっ……えっ、あ……?」 突然離された手に、コリンは騙せたのかと思った。 「いや、本物か偽物かどうでもいい事を思い出しただけだ」 ゴズマの言葉にコリンの血の気が引く。 「死体に口無しってな。 姫さんじゃなかっても、そんだけ似てたらばれやしねぇだろ」 「そんな……」 「運が悪かったな、知らねぇ誰かさん……さあ、おしゃべりは終わりだ。 苦しまず殺してやる」 ゴズマは腰の飾り気の無い長剣を抜き、上段に構える。 「た、助け……」 「残念ながらそれは無理だな。 逃げられても困る……諦めて死ね」 コリンは涙を流し命乞いするが、無常にもゴズマの長剣が振り下ろされる。 コリンは死を覚悟して目を閉じた。 森に鈍い音が響き渡る。 「う……ぐ……」 コリンは迫り来る死の顎がなかなか訪れず、おそるおそる目を開く。 「この……ガキィ!」 「コリンに……手を出すな!」 コリンの瞳に羊司が荒い息を吐きながら、太い木の枝を持ってゴズマを睨みつける姿が見えた。 横合いから頭を強烈に殴られ、頭を抑えているゴズマの長剣は、コリンのすぐ隣を通り過ぎ大地に刺さっていた。 「奴隷の分際で舐めた真似しやがって……」 「うるせぇっ!」 羊司はもう一撃入れようと木の枝を振るう。 「舐めんな糞ガキ!」 ゴズマは利き手ではない方の腕で木の枝を防ぎ、長剣を離して空いた手で羊司を殴りつける。 「うがっ!」 ゴズマに派手に吹き飛ばされ、羊司は何度も地面を転がる。 転がるたびに地面に血の跡が残った。 樹木に背中から激突し、羊司は一瞬息が出来なかった。 「ヨウジさんっ!?」 コリンが巨体のゴズマの脇を掻い潜り、羊司の元へと走る。 「ゴホッ、痛ぅ……」 「大丈夫ですか、ヨウジさん!」 仰向けに倒れる羊司。 何とか起き上がろうとする羊司を気遣い、悲鳴に似た声を上げるコリン。 羊司はふらつく足で立ち上がりゴズマを睨み、殴られても放さなかった木の枝を構え直す。 「手癖の悪ぃ奴隷には、躾が必要だな」 痛みの残る首を何度か回し、ゴズマは地面に刺さった長剣を引き抜き、真っ直ぐと羊司とコリンの方へ歩いてくる。 逃げ出したい気持ちを抑え、羊司はコリンを庇うように立つ。 コリンは顔を上げ目を開き、驚いた表情で羊司の顔を見ようとするが、背中からでは羊司の顔を窺う事は出来ない。 「コリン……今から俺の言うことをちゃんと聞いてくれ……」 羊司はゴズマから視線を外さず、背中越しに小さな声で言った。 「考えてみれば意外だな。 なんでお前がそこの姫さんを庇う必要があるんだ? 奴隷になる事には変わりないし、もしかしてヒトごときが惚れたか?」 コリンを庇う羊司に興味が惹かれたのか、ゴズマはからかいを交え羊司に尋ねる。 羊司は枝を強く握り、言った。 「お前に言う、必要はねぇよ……」 「まぁ、それもそうだな。 大方姫さんに優しい優しい言葉を掛けられたってとこか」 羊司は黙ってゴズマの言葉を聞いていた。 「しかし、お前も運が悪ぃな。 あの姫さんに出会っちまったせいでお前も俺に見つかっちまった。 全部あの姫さんのせいだぜ?」 「コリンは悪くない」 羊司が声を押し殺して言う。 「他の誰よりもコリンに会えて良かったと思ってる。俺はコリンのことが――」 途端、コリンは一目散に森の中を走り出した。 羊司をその場に置きざりにして。 その後姿を見て、立ち尽くす羊司。 「はっはっは。 そうか、お姫さんは悪くないか。 お前のお姫さん、奴隷を放っぽって逃げちまったぞぉ?」 足音が遠ざかるが、ゴズマには自慢の鼻がある。 追うのは容易い。 「コ、コリン……」 「哀れだなぁ、おい。 信じた瞬間に裏切られてやがる」 「コリンは裏切ったりしない!」 「俺は間違いなくこうなると思ってたがね」 ゴズマはコリンの行動を半ば予想していたのか、笑いながら長剣を構える。 「さて、いい加減暗くなってきたな。 闇市が始まる頃だ。 お前を売った金で酒も飲みたいし、姫さんを追わんといけねぇから、さっさと終わらせるぜ」 羊司は距離を取りながら身構える。 「抵抗するだけ無駄だと思うがなぁ」 その距離15メートル弱。 先程羊司が不意打ちを食らったときよりも10メートル程長く離れているがゴズマなら一瞬で詰められるだろう。 「うっせぇ、駄犬!」 「あん?」 実力に完全に差が開いている今、抵抗しないことが羊司にとって最も良い選択肢であろうが、羊司は声を張り上げゴズマを挑発する。 「さっきから、マジでやかましいぞ、駄犬……首輪つけられて頭撫でられたく、なかったら、かかってこいよ!」 その言葉にゴズマの顔が引き攣る。 「俺はな、誇り高きオオカミの戦士だと言ったぜ……もう一遍言ってみろ糞ガキ!!」 羊司はしゃがみこみ、左手で足元の腐敗土を握り立ち上がる。 「狂犬病か……末期だな、頭どころか耳までおかしくなってやがる……」 オオカミである自分より力も体も圧倒的に劣っているヒトに馬鹿にされ、ゴズマは激怒した。 「……売っ払うのは止めだ、ぶっ殺す……死んで詫びろガキィィ!!!」 ゴズマは怒りの咆哮をあげ、羊司を袈裟懸けにしようと長剣を構え走り出した。 木の枝をゴズマに投げつけ、羊死は背中を向け逃げ出す。 「おおおぉぉぉ!!」 顔を目掛け飛んできた枝を難なく叩き落とす。 そして返す刃で羊司を切り上げようとする。 即座に左手の土をゴズマにぶつける。 「ぶっ、糞がっ! 目潰しか!!」 まともに顔面から湿った土を受け、普段感じることの無い目の痛みにゴズマの動きが鈍る。 殺してやる、とゴズマが叫びながら目を擦っている間に、羊司は全力で森の奥へと逃げる。 「ちぃっ、この。 待ちやがれ!」 ゴズマも追いかけるが、思うように視覚が安定しない。 また、羊司はあえて狭い道を通り、巨躯のゴズマは樹木に道を遮られ、思うように走る事が出来ない。 自慢の鼻も立ち聳える樹木には無力の様だった。 ゴズマは目に入った砂を取ることに専念し、立ち止まった。 足音が遠くなる。 土を涙で洗い流し、何とか視力は戻った。 「うおおおおおぉぉぉぉぉぉん!!!」 咆哮を上げゴズマは二匹の逃げまわる獲物に死を知らしめる 追う。 強靭で俊敏な脚力を持つゴズマは、瞬く間に羊司との距離を詰めていく。 「っつ、マジで速いぞ、あいつ!」 羊司は背中から感じたことの無い恐怖を受け、冷や汗を掻く。 日本では日常でほとんど馴染みの無い殺人を、この世界の住人は当たり前のように行う。 付き纏う死の影に脅え、羊司の目から涙が溢れる。 「しっ、死にたくねぇ!」 涙で視界が滲み、慌てて腕で拭う。 「痛っ」 擦り傷だらけになった腕が涙で染みる。 なぜこんな事になってしまったのだろう。 羊司は戻れるなら昨日に戻りたいと思った。 「うおおおおおぉぉぉぉぉぉん!!!」 それ程離れていない場所でゴズマの叫喚が震える体を貫く。 「畜生っ、生きてやる! 絶対に!」 羊司は疲労でふらつく足に力をこめた。 ゴズマが羊司の姿を視覚に捕らえる。 「追いかけっこは終わりだぜ、糞ガキ!」 ゴズマの速度が上がる。 森を踏み荒らす音が聞こえ羊司が振り向くと、すぐ傍にゴズマの姿が見えた。 「やばい!」 速度を上げようとするが羊司の身体が悲鳴を上げるだけで、うまく走ることができない。 羊司の体はとっくに限界を超えていた。 意識は急げ、逃げろと伝えるが、身体が全く追いついてこない。 羊司は先程と同じ様に牽制に砂を浴びせようとするが、ゴズマは両腕で顔を守り、大して効果を得られない。 「ヨウジさん、こっちです!」 万事休すかと思ったその時、コリンの声が聞こえた。 「コリン!」 「そこにいたか、小娘!」 コリンは樹陰から顔を出し、羊司に手を振った。 羊司は頷き、コリンに向かって気力を振り絞り駆ける。 「おおおおぉおおぉぉぉ!」 「ガキイイイィイィィィ!」 ゴズマの姿が羊司の背後に迫る。 「コリンッ!」 「ヨウジさんっ!」 羊司は体勢を低くし、コリンの元へ飛び込む様に駆け込んだ。 身体を屈め、動かないでいるコリンの手を取る。 引っ張られるコリンだが、速度の乗っていないそれは致命的な失敗だった。 コリンのもつれた足がバランスを崩す。 姿勢が崩れ、コリンと羊司は前にうつ伏せに倒れこんだ。 その逸機を見逃すゴズマではない。 二人は振り返り、もうゴズマから逃げ切れないことを悟った。 「終わりだ、糞ガキ!」 ゴズマは速度を落とさず抜剣し、羊司を刺し殺そうと腰だめに構えた。 羊司は考えた。 力では歯が立たない。 逃げ切れるとは思わない。 奴隷になれば生き残れるが、コリンの命は奪われてしまう。 なら二人一緒に生き残るにはどうすれば良いか? 必死で知恵を振り絞る。 19年の人生の中で、最も頭をめぐらせた。 そして思いついた決死の策。 一人が罠をはり、もう一人が囮になる無謀な策とは言えない様な愚策。 出会ったのが数時間前で、まともに話を出来たのがたった一時間前だ。 信頼関係と言えるものも碌にできておらず、片方が裏切れば簡単に瓦解する策だ。 しかし、羊司は信じた。 「げこぉっ!?」 それしか方法は無いからと言う理由からではなく、怖がりで泣き虫な少女だが自分を救ってくれた優しさを信じた。 「げぇーーっ、ご、ごふっ、げぇーっ、げほっげほっげほっ……」 突然ゴズマの身体が上半身だけ急停止し、下半身を前方に放り出した。 剣を取り落とし仰向けになって必死で首を抑えもがく。 「ざまあみろ……駄犬」 羊司とコリンはゴズマの苦悶の表情を見ながら、ゆっくりと痛みと疲労と恐怖に震える身体を起こした。 話は少し遡る。 「コリン……今から俺の言うことをちゃんと聞いてくれ……」 コリンを庇い背中に隠した時、羊司は小さく呟いた。 「は、はい……」 「俺の後ろのズボンのポケットの中に、さっき切れた弦と予備の弦が入ってる。 それを取ってくれ」 コリンは羊司のズボンから、丸めて収められていた弦を取り出す。 「ありました」 「それを持ってこの森を真っ直ぐ走れ」 「えっ?」 羊司の言葉に戸惑う。 このヒトを置いて自分だけ逃げてよいのかと思う。 しかし、 「できません……」 結局、ゴズマの足の速さに逃げ切れるはずと諦念し、また羊司を置き去りにするという良心の呵責に耐え切れず、コリンは俯いてしまった。 ゴズマが何か言っているようだが、コリンの耳には届かない。 「コリン、君のする事は逃げる事じゃない」 コリンの心情を察し、羊司は優しく言い聞かせる。 「君は走って、この弦で森に罠を張るんだ。 出来るだけ狭い樹木に精一杯足を伸ばして弦を結ぶんだ。 俺が、怒り狂っているあいつをおびき寄せる。 出来るな?」 コリンは羊司の意図をよく理解した。 「でも……絶対無理です」 それでもコリンは頭を左右に振り、否定する。 ゴズマのあの足の速さにヒトである羊司が逃げ切れるわけが無い。 「コリン、一度でいいから俺を信じて欲しい」 その言葉にコリンは顔を上げる。 表情は窺えないが真剣な表情をしているのはわかった。 「頼む。 絶対に君のところまで、どんな手を使ってでも逃げ切って見せるから」 その力強い言葉に、コリンは決意した。 「わかりました……信じます」 コリンは一分一秒でも早く罠を仕掛けることで羊司を信じる証とする。 羊司の信頼に報いるためにも。 「しかし、お前も運が悪ぃな。 あの姫さんに出会っちまったせいでお前も俺に見つかっちまった。 全部あの姫さんのせいだぜ?」 「コリンは悪くない」 行けっ、と羊司は呟いた。 コリンは頷き、恐れを勇気でねじ伏せ走る。 「他の誰よりもコリンに会えて良かったと思ってる。俺は――」 全部聞けないのが少し残念だった。 「どうだ、ヘヴィゲージの弦の味は?」 「ぎ、ざま……」 苦しみ悶えているゴズマに羊司は嘲りを含め言い放つ。 「お前は激昂しやすい性格だったからな。 簡単に挑発にのってくれた」 「何、を、しやがっ、た……」 「ギターの弦をお前の身長に合わせて張っただけだ。 こんな森の中じゃ視界も悪いし、早々ばれない。 しかも樹木と樹木の間が狭いし、枝があるから首を突き出す格好になる突きしかできねぇだろ。 この辺りはコリンが機転を利かせてくれたおかげだな。 あとはお前が勝手に幹に張った弦に全力で突っ込んで自滅したんだ」 「舐めた、真似……じやがって……」 ゴズマは血走った目で羊司を見、這いながら落ちた剣に手を伸ばす。 しかし、その手が長剣に届くことは無かった。 「俺が引導を下してやる」 長剣を拾い、羊司はゴズマに死刑宣告をする。 後ろでコリンが息を呑む。 手を伸ばし羊司の服を指ではさみ、これから行われるであろう人殺しを止めようとする。 「ぎざま……」 「俺はコリンの為、そして自分の為にお前を殺す。 これから何度も誰かに襲われるだろうけど、その度にそいつらを殺す」 「一生、やってな……」 大きく咳き込み、ゴズマは血を吐いた。 呼吸器系の損傷が相当酷いようだ。 「ヨウジさん……」 「コリン、手を離してくれ」 止められないとわかったのだろう。 コリンは伸ばした手を離した。 そして俯き、ゴズマから顔を背ける。 「コリン、しっかり覚えておいてくれ。 俺はこれからも人を殺すって事を」 それだけ言うと、羊司は重い長剣を振り上げ、ゴズマの首を目掛け振り下ろした。 「……行こう、コリン」 「……はい」 ゴズマの遺体をその場に放置し、二人は歩き出した。 コリンはすぐに立ち止まり振り返ってゴズマを見る。 悲しそうな表情で死んだゴズマを眺め、何かを振り切るように目を背け、先を行く羊司を追いかける。 そして二度と振り返らなかった。 置き去りにしたギターや籠を取り、薄暗い森を二人は歩く。 先ほど初めて人殺しをしたのが心に重くのしかかっているのか、二人に会話は無い。 普段あまり饒舌ではないコリンも、何かを言わなければならないと口を開こうとするが、なぜか言葉が出てこない。 コリンが沈黙を気まずく思いながら羊司の背中を眺めていると、突然羊司がコリンの法を向き、口を開いた。 「コリン」 「は、はい。 なんでしょうか!」 羊司の真剣な表情に、コリンは気押されたかのように身を硬くする。 「コリン、その……さっきも言ったかと思うんだけど」 さっき? さっきとは何の事だろう、と思い始めたところで、心当たりがあったのかコリンの頬が赤く染まる。 「しかし、お前も運が悪ぃな。 あの姫さんに出会っちまったせいでお前も俺に見つかっちまった。 全部あの姫さんのせいだぜ?」 「コリンは悪くない」 「他の誰よりもコリンに会えて良かったと思ってる。俺はコリンのことが――」 コリンは耳まで顔を赤くしながら、羊司の言葉を待つ。 「ええとだな、その、きのこは捨てた方がいいと思うんだ」 「はい?」 コリンは耳を疑った。 「いやさ、なんか見るからに怪しさ全開のきのこ取ってただろ? あれって幾らなんでも食べると身体に悪そうって言うか……」 羊司は如何にも言いにくそうに話し、コリンの籠に手を伸ばす。 突然伸ばされた手にコリンは身をすくめる。 そんなコリンを早く俺に慣れて欲しいと思いながら羊司は、さきほどコリンが拾った赤いいぼ付ききのこを手に取る。 コリンは恐る恐る目を開き、羊司の手を見た。 「えーと、ヨウジさん」 「他の食材ならまあ何とか料理できなくも無いけど、これはちと無理――」 「食べませんよ。 これは」 羊司はぴたりと静止する。 「これは食用じゃなくて薬用です。 疲労回復や滋養強壮など様々な効用がある北のこの地方にしか生えない珍しいきのこなんです」 「あ、そうなの……」 それを聞いて羊司は胸をなでおろす。 「心配、して下さったんですね。 ありがとうございます、ヨウジさん」 コリンは微笑み、頭を下げる。 一瞬期待してしまった事とは違うが、羊司は自分を気遣ってくれたことに素直に感謝を述べる。 「ああ、いや、そんな、頭下げないでくれ。 なんだか照れる」 羊司も先程のコリンと同じように顔を耳まで染め上げる。 顔を上げたコリンの顔を直視できずに必死で手を振り、別の話題を探す。 「あ、なんか変な動物がいるぞ! 見てみろって、コリン」 焦る羊司の指差した方角にコリンが目を向けると、全身が薄い茶色に覆われ顔面だけ白い動物がいた。 「あ、クト」 羊司が何かを言う前に、コリンはクトと呼ばれたラクダの様な動物に駆け寄る。 クトは嬉しそうに首をコリンに擦り付け親愛の情を示す。 「くすぐったいよ、クト」 「随分馴れているんだな」 危険はないと判断したのか羊司はクトに近づく。 コリンは微笑みながら頷く。 「ずっと一緒に旅してたの。 クトはリャマっていう動物の種類で、荷物の運搬とか随分お世話になってるんです」 コリンはクトの頭を撫でながら答える。 「へぇ、これからよろしくな。クト」 羊司が頭を撫でようとすると、その手から逃げる様にすぃっと顔をそらした。 「あ、こら」 「ふふっ、嫌われちゃいましたね」 人好きな性格だからすぐ仲良くなれますよとコリンは笑いながら、クトの首にかかった手綱をとる。 歩き出したコリンに逆らわずクトは歩き出した。 「こっちです。 羊司さん」 「あぁ、わかった」 一人じゃなかったんだなと考えながら羊司は、コリンとクトの良好な関係に笑みを浮かべた。 「ここです。 羊司さん」 案内されたテントは思っていたよりも大きかった。 モンゴルのゲルを一回り小さくした円形状のテントは、骨盤がしっかりしているのか、ちょっとやそっとでは倒れる心配は無さそうだ。 周囲には炊き出しに使った鍋や、簡単な岩を並べたコンロがあった。 「初めてヒトを入れるんですけど、ドキドキしますね」 コリンが照れくさそうに言った。 羊司は異性の部屋に入った事が数回あったが、それほど興奮したりはしなかった。 しかし今は心臓の音がコリンに伝わるのではないかと思うほど緊張していた。 コリンは蚊帳を開き先に入り、羊司を中へと促す。 「汚いところですけど、笑わないで下さいね?」 「あはは……」 羊司が苦笑しながらテントに足を踏み入れようとし、ふとその場で動きを止める。 首をかしげコリンは羊司の動きを観察する 「ヨウジさん?」 「あ、えーと……これから俺が何時までかかるかわからないけど、元の世界に帰るまでお世話になるだろ? その度にお客さんとして扱われるのはどうかなーと思うわけなんだ。 あー、だから、つまり……その――」 コリンの目を見れないのか、しきりに目を泳がせる。 「ええとだな……これからよろしく、ただいま……かな?」 「はい……私こそ、よろしくお願いします。 お帰りなさい、ヨウジさん」 コリンと羊司はお互い微笑みあう。 暗く寒い森の中の小さなテント、異世界から迷い込んだヒトの男は孤独で泣き虫なヒツジの少女と共に暮らし始めた。 男は自分の世界に帰るために、少女は未だ自分が何をすればいいのかわからず旅を続ける。 これは歴史に刻まれるヒトと人間の寄り添いあった生涯を描いた物語である。 「コリン、ギター弾いてやろっか?」 「わぁ、聞きたいです。 ヨウジさん」 「よし、じゃあ外にでよう」 「はいっ!」 二人の未来に幸多からん事を。
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泣かないで、泣かないで、笑って! 第2話 照りつける暖かい日差しと、それに反したひんやりとした冷たい風。 夏季に入り、連日猛暑が続いているのだが妙に涼しい。 時折吹き抜ける風が周囲の気温を下げているのか、あるいは丘の下に広がる透き通った湖が熱を気化しているのか、おそらくはその両方であろう。 小高い丘には草原とゴツゴツした岩と所々に生えた針葉木しかない。 そんな自然の芸術で形成された風景に、につかわしくない人物が紛れ込んでいた。 「ふぐぅ…」 男が仰向けに倒れている。 赤いタンクトップに黒いジーンズ、黒く長い髪は適当にはねており、前髪だけ癖になっているのか目元で分かれている。 筋肉質では無いが、身体は引き締まっていて、顔立ちは悪くは無いが、特別良いと言えるほどでもなくこれといった特徴が無いのが特徴であった。 男の周囲には投げ出されたままの状態のギターケースが転がっている。 いつからそこにいたのか、男自身にもわからない。 男は太陽の眩しさから目をそらすように体を横に転がした。 「……」 冷えた風が吹き抜ける。 無意識に身体を丸め、男は体温を保持しようとする。 しかし二度三度と襲い来る寒波に、男は耐え切れず、薄く目を開いた。 最初に男の目に入ったのは一面の若草の緑。 続いて、ヒノキだかスギだかよくわからないところどころに生えた針葉樹とこぶし大から男の背丈ほどもある岩。 立ち上がってみると、高台になっていたらしくそれほど離れていないところに針葉樹の森と、反対側の丘下に大きな湖があった。 「……ふぁ」 未だに寝ぼけているのか、男は現実感の無い風景をあっさりとうけとめた。 そよそよと頬を撫でてくる風が気持ちいい。 男のまどろんだ脳が冴え始めてくる。 それと同時に生じてくる違和感。 なぜここにいるのか、と男の頭に浮かび、家に帰った事も覚えてない、と男は考え、むしろ帰ってたっけ、と男に疑問が生じ、これは夢だなと男は結論付けた。 思考は一瞬。 そして男は両足を投げ出して地面にへたりこんだ。 「……んなわけねーじゃん」 太陽は変わらず眩しかった。 どーしよっかなーっとふざけた様に呟き、およそ真剣に見えない顔で白痴の様に呆けていた男は、ふと気づく。 「っ、携帯!」 男は慌ててジーンズのポケットに手を突っ込んだ。 心情では相当焦っていたのかその行動は素早い。 労せず触れる硬質の感触。 ジーンズから携帯電話を引っこ抜き、液晶画面を確認する。 暫く携帯を凝視していた男は視線を外し、仰向けになり空を見上げた。 「……お約束だよな」 携帯の電波は圏外を示していた。 携帯を仕舞い、男はふて腐れた。 「どこなんだろ、ここ……」 寝そべりながら呟く。 頬に触れる若草がこそばゆかった。 どれ程の時間が経ったのかわからない。 男は体を起こした。 景色は相変わらず森と山と湖。 携帯電話の画面で時間を確認すると、先ほど確認した時間から二時間ほど経過していた。 こんな見ず知らずの安全っと決まったわけでもない場所で無駄に時間を使ってしまった自分の神経の図太さに、男は頭を抱えた。 ひとしきり己の馬鹿さ加減についての後悔を終えた男は、投げ出されていたギターケースを手に取る。 おもむろにケースを開き、アコースティックギターを取り出す。 「げっ……弦が切れてやがる」 五弦目の弦が千切れ飛んでおり、羊司は相棒の無残な様子に軽く凹んだ。 ギターケースにしまっていた替えの弦やピン抜き、ニッパーなどを取り出し弦交換に移る。 何度も弦を交換してきたのか、その手順は鮮やかである。 程なくしてギターが元通りになる。 「調律は、と……」 何度か弦を弾き、音がずれていないか確かめる。 チューナーが無いのが痛いが、高校時代から愛用していた楽器だ。 完璧とは言えなくてもある程度はわかる。 調整は終わり、何度となく練習した得意のフレーズを引いてみる。 慣らしていないので少し五弦が強いが、仕方が無い。 次第に気分が高揚し、抑え目に弾いていたギターを鳴らす音量も大きくなっていく。 明るい曲、悲しい曲、楽しい曲、寂しい曲。 手馴れた様子でギターを操り次々と曲を変え、男は気付かないうちに声を出し、歌いだした。 歌うことが好きだった男は高校一年の時からプロのミュージシャンを目指している。 親には大学に進学して就職しろと反対され、友人には無謀だやめておけと止められた。 周囲の人間の態度に嫌気が指した男は、卒業して家を飛び出した。 幸い高校時代に無駄遣いせずに貯めた貯金で安いアパートを借りることができ、男はバイトとギターの練習で日々をめまぐるしく過ごしている。 日々研磨し努力した賜物か、男の声は周囲によく響いた。 そして、その歌声に惹かれるものが一人。 灰色の外套姿で、フードを目深に被っている為、男か女か区別がつかない。 周囲の木と岩影に隠れながら少しずつ近づいてくるが、あまりにも隠れ方がお粗末過ぎる。 とはいえ、見ているとなかなか面白いので男は気づかない振りをしながらギターを弾いた。 男はそろそろいいかなと思い、楽器を鳴らす手を止める。 木陰から飛び出そうとしていた矢先、音楽を止められ、間抜けな姿で静止する。 その距離およそ10メートル。 外套を着た者と男の視線が重なる。 「あ、あぁ……」 少女特有の高い声。 男の心の中で前面の外套の中は年若い女の子と結論を下した。 「あの……」 黙っていても仕方ないと思い、声をかけようと一歩踏み出す。 その瞬間少女は脱兎のごとく逃げ出した。 「わっ、待ってくれ!」 ギターを置き、起伏にとんだ丘に足を取られながら、男は慌てて追いかける。 「っ! 来ないでっ!」 少女は振り返り、男が追いかけてくるのを見て涙声で叫んだ。 「来ないでっ、追いかけて来ないでっ!!」 「頼む、何もしないから逃げないでくれ!」 静止する声を無視し、少女は逃げる。 「なあっ、ここは何処なんだ!?日本だろ!?」 「違いますっ、来ないでっ!!」 少女の答えに納得できず、男はさらに声を荒げた。 「そんな訳ないだろっ! あれかっ!? 北朝鮮か!? 拉致かっ!?」 「知らない、知らないっ!」 必死で男も追いかけるが、一向に距離は縮まらない。 凹凸の激しい丘を、少女は全く速度を落とさずに駆け下りる。 自分より華奢で小柄な少女を、声を上げ追いかける自分の姿はどう見ても変質者だと思い、男は泣きたくなった。 少女はマントを大きくはためかせ、もう二度と振り返らずに走っていった。 「待ってくれよ……頼むから」 丘を抜け、鬱蒼と茂った森の中で、男は息も絶え絶えに呟いた。 既に、全力疾走ではない。 落ちていた長い木の枝を杖代わりに歩いていた。 気温は低めだが、先ほどの鬼ごっこのせいでかなりの汗を掻いている。 べたついたシャツを鬱陶しく感じながら、時折つま先で土を削る。 道しるべ、のつもりだ。 「なんで……歌聴くときは寄ってくんのに……話し掛けたときは、逃げんだよ……」 苦しげに男は言う。 それにしても、と男は思う。 全力で走っている自分は、別段運動部に所属していたわけでも、特別に体力に自信があるというわけでもない。 学生時代と違い、確かに運動不足はいなめない。軽い筋トレぐらいはしているが、それも軟弱に見せない為の見せ筋を維持する為だ。 しかし、いくらなんでも15、6の少女に、足の速さで負けるほど身体も鈍っちゃいないだろう。 しかし、追いつけなかった。 少女の姿はとうに見失った。 別段勝利に固執する性格でもないが、やはり年下の少女に走り負けると言うのは悔しく感じる。 それでも少女の姿を追い求めるのは、流石に少女も追いつけなかったとはいえ自分と同じ様に体力も落ちて歩いているだろうから、もしかしたら追いつけるかも、と考えたから。 また、走っていった方向に少女はいなくとも、街か何かがあったら誰か住んでいるだろう、とも思ったからだ 「待ってくれてもいいだろうよ、あそこまで怖がられたら流石に俺も傷ついたぞ…」 沸々と理不尽に逃げた少女に対する怒りが募ってくる。 「逃げるぐらいなら近づくなっての。 声かけただけじゃんよ」 男も自分の言葉が理不尽と言う事はわかっている。 しかし言わずにはいられない。 「自分だって変な外套を着て、おかしいだろ……それな――」 突然男は愚痴を止め、身体を木に隠し息を潜める。 慎重に首だけを伸ばし、目標を確認する。 そして心の中で歓声をあげた。 見つけた、さっきの少女だ。 少女はブナの様な木の傍で、両足の膝を地面につけ何かを熱心に覗き込んでいる。 左手には外套に半分隠れているが、円形のザルの様な物を持っている。 男は声を殺して、回り込みながら静かに少女に忍び寄る。 少女は気付いていないのか、暫く木の根元を観察していると、思い出したかのように右手で土を掻き分け始める。 興味をそそられたのか、男が身体を横にそらし少女の手元を見ると、毒々しいイボ付きの赤いきのこがそびえ立つ様に生えていた。 少女はそれを嬉しそうに籠に入れる。 男の顔が引きつる。 少なくとも、こんな毒々しいきのこは自分なら絶対に食べない。 頭が錯乱するか、腹筋がねじれるほど笑い転げるか、下手をすれば死んでしまう。 声をかけるか、否か。 声をかけなかった場合、殺人補助になるのだろうかと男は悩む。 流石に人道的に問題があるだろうと思い、男は少女の肩に手を伸ばす。 声をかけて、逃げられるのはもうこりごりだった。 しかし、肩に触れる前に少女の顔を見て、息を呑んだ。 男が驚くほど少女の顔は整っていた。 ふっくらとした唇、現役のアイドルも羨む様なすっと長い鼻立ち、見るもの全てを慈しむ様な穏和そうな目。折れてしまいそうな細い指を一生懸命動かし、土を掻き、キノコを引き抜く姿は、非常に微笑ましい。 ボロボロの外套に隠れてはいるが、時折除く髪は白髪と呼ぶにはおこがましいほどに美しく、ふわふわと波打っている。 「うわっ……超かわいい」 先ほどの少女に対しての批難する様な愚痴や危なそうなきのこの存在すら忘れ、男は知らず呟いていた。 「!?」 その瞬間、少女が小さな肩を竦ませ、男の方を向いた。その顔には明らかに恐怖の色に染まっている。 少女の震える指から籠が滑り落ちる。 底の浅い円状の籠から、男が見た事もない野草やまだら模様のきのこが零れ落ちた。 「あ、あぁ……」 迂闊だったとしか言いようが無い。 テントの方へ真っ直ぐ逃げてしまった。 男から完全に逃げ切ったと思い込んだ。 貴重な食料に気を取られ、男の接近を許してしまった。 少女は膝を地面につけた状態で外套を握り、身震いしながら自身の行動を悔やんだ。 少女が肩を震わせ、大きな目に涙を溢れさせる姿に、男は酷く動揺した。 「な、泣かないで! ちょっと道を知りたいだけなんだ! 教えてくれたらすぐに消えるからさ! 大声出して追いかけてごめん! 黙ってこっそり後ろから近づいてごめん! 謝るから泣かないで! あと、そのきのこは食べない方がいいと思うよ、うん!」 男は自分でも何を言ってるのかよくわからないが、ひたすら謝ってみる。 少女は何も答えない。 「本当にごめん! 怖いならもう少し離れるからさ、せめて逃げないで」 そう言って男は伸ばしたままになっていた腕を引っ込め、前を向きながら器用に後ずさった。 宥めて卑屈になって。 男はなぜこんなに必死になっているんだろうと思う。 ただ言えるのは、罪も無い女の子を泣かせるのはどうしてもごめんだった。 「本当に……何もしませんか?」 男の願いが通じたのか少女が顔をあげ、初めて自ら声を出した。 「しないしない、絶対に危害を加えないってば」 少女は男に対する警戒心が抜けていないのか、未だに顔を伏せている。 初めて会話への糸口が見つかった男は、必死で自身の無害さをアピールする。「ええと……さ、変な事を聞くようだけど、ここって日本だよね?」 男が少女の顔色を窺いながら、尋ねる。 脅かさないように、泣かせないように。 少女は幾分か迷いながら、答えた。 「……いえ、ここはフィルノーヴ。 ニホン、という国ではありません」 「いや、でも俺さっきまで日本に……っつーか東京にいたんだけど」 「はぁ……」 少女はよく意味を理解しきれていないのか、首を傾げ曖昧に相槌を打つ。 「こっちに来て目を覚まして、日付見ても一日やそこらしか経ってないから……あれ? 日本からブラジルまで24時間で行けたっけ?」 「よく、わかりません……あなたが何を言ってるのか……」 「まあ、どうみてもブラジルじゃなさそうだし、どうでもいいんだけど。 あー、つまり……ここってどこかな?」 「で、ですからフィルノーヴです」 「そんな国聞いたこと! ……いや、大声出してごめん。 泣き顔で怯えないで……」 「グスッ……本当です。 この土地はネーモアと自然に囲まれた大きな国です。 本当に……知らないんですか?」 男は頬を頭を掻きながら少女の言った単語を思い出そうとする。 フィルノーヴ、ネーモア、全く思い出せない単語に男は恥ずかしそうに質問した。 「あの……無知でごめん。 フィルノーヴ、とかネーモアってさ、本当に、何、かな?」 その言葉に今度は逆に少女が驚いた。 大きな目を見開いて、男の顔や服装、一挙一足を観察する。 少女の慌てた様子に、男は少女に呆れられていると勘違いし、自身の常識の無さを恥じた。 「えっ……まさか」 「ごめん、今度からちゃんと現代社会についても勉強するから……」 少女が被りを振る。 そして初めて申し訳なさそうに言った。 「あ、いえ……すみません。 ヒト……だったんですね」 少女の言葉に男は呆然とする。 そして次第に怒りも沸いてくる。 人だったのか、だと? どこからどう見たら人間ではないと思えるのだ。 人が下手に出ていればいい気になりやがって。 どうしてここまでコケにされないといけないのか。 馬鹿にするのもたいがいにしろ! そろそろ少しぐらい叱るべきなのかもしれない。 男は激憤に駆られた表情を隠そうともせずに少女を睨んだ。 男の憤怒の表情に気付いた少女は、恐怖の満ちた顔を涙で濡らした。 両手で胸元の外套を握り締め、まるで親に叱られる子供のようにきつく涙で溢れた目を閉じ、震えながら頭を垂れる。 その姿を見ると、男も怒る気力を無くしてしまう。 「はぁ……俺が悪かったから、そんなに怯えないでくれ。 あと、俺を人間扱いしてくれると嬉しい」 少女は上目づかいに男の表情を確認すると、首を小さく振った。 縦に、そして横に。 「……それで、フィル……なんたらとネルモアって?」 男にもう反論する気は無かった。 早く話しを済ませてしまおうとばかりに質問する。 「……フィルノーブは北寄りのオオカミやクマ、他にも多数の部族が多く住む土地で、森と山に囲まれた国です。 独自の集落の多いこの国は、その土地特有の果実や珍しいイキモノが数多く生息しています。 ネーモアはこの土地一番の大きな湖で毎年この時期になると珍しい赤い顔の白い鳥が群れを成して集まり、数多くの見物客で賑わ――」 「それで、この辺りで一番近い街は何処だ?」 少女の説明を遮り、男は最も知りたい事を確認する。 「なんでこんな国に居るのか、理由は後で考える。 とりあえず電話さえあったら日本の実家に連絡できるから」 「デンワって何ですか?」 「電話は電話だ。 んで、銀行に振り込んでもらって下ろして、飛行機で日本に帰る。ビサなら使えるだろ」 「ギンコウ? ヒコーキ? ビサ?」 少女は本気でわからないのか、首をかしげている。 男は次第に苛つき始めるが、表情を押し殺しながら尋ねる。 「すまん、遊んでいる暇は無いんだ。 とりあえず街はどこだ?」 「はぁ……ここから700ケート程南に行ったところにオオカミの集落がありますからそこに」 「舐めてる?」 「いえ、そう言われましても」 少女は困ったように頬を人差し指で掻きながら答える。 不機嫌そうな男に言うべきか言わぬべきか迷っていた。 意を決し、少女は口を開いた。 男の目から若干視線を逸らせながら。 「ええと、怒らないでくださいね。 あなたは帰ることが出来ないと思います」 「何だって?」 「ここは、いえ、この世界には貴方の言うニホンという国は何処にもありません」 森に静寂が宿る。 男は怒鳴り散らしたくなるのを堪え、少女に尋ねる。 「……冗談にしては面白くないぞ」 「本当です。私自身、始めて外界から来たヒトを目にしたのですから」 「よくわからない。 君は人間だろ?」 男は当然の疑問を口にする。 「ええ、私はニンゲンです」 ただしと口にし、少女は被っていた外套のフードに手をかける。 そして、フードを脱ぎ、隠れていた後ろ髪に手を入れ、サッと後ろに流す。 男は白というより銀に近いウエーブの髪をなびかせる少女に目を奪われた。 否、正確には少女の顔の横についているものに目を奪われた。 それは横に長く伸びた大きな耳。 「私はコリン・ルーメリー・ユイーフア。 普通の、ヒツジの女の子です」 男は声を失った。 頭が理解に追いつかない。 この世界に日本が無くて、そして自分はヒツジの女の子? 頭を掻きながら男は考える。 少女、コリン・ルーメリー・ユイーフアは佇みながら男の反応を待っている。 「ええっと……その耳、よく聞こえそうだね?」 結局、男には無難な話題を出すしかなかった。 「え、はい。 ヒツジですから」 「そっか。 羊か」 「はい、ヒツジです」 あははーっと声を上げ、お互い笑いあう。 そして男が笑顔でコリンに問う。 「ところでさぁ、どこからどこまでが本当?」 「全部ですよ」 コリンの答えに男はブチギレた。 「あーっ、マジですまんかった。 むしゃくしゃしてやった。 今は反省している」 男が髪を掻きながら、あまり反省してそうに見えない顔で謝る。 ビクビク怯えながらコリンは両手で頭を抱えてしゃがみこんで、本当ですかぁと涙声で言う。 その姿に怒鳴ってしまって悪いことをしたと思いつつも、心の片隅でもっと苛めてみたいと不謹慎にも思ってしまう。 「えーとだな。 とりあえず俺自身、正直半信半疑で君から聞いたことを纏める。 ここは狼の集落の近くで、羊が人で、この世界には日本は無いとかそんな風に聞こえたんだが、もう一度聞くぞ。 本当か?」 「は、はい。 正確に言えばウサギとオオカミの、若干オオカミの国側の大陸です。 ニホンという国は……ごめんなさい、本当に無いんです。」 男の嘘は許さんといった威圧する目にコリンは怯えながらも何とか言葉を紡ぐ。 腕を組む男の沈黙を続けろと受け取ったコリンは話を続ける。 「私はヒツジですが、この世界には様々な種族がいます。 先ほどから何度か言いましたオオカミやウサギ、クマなど多数の種族がいますがみんな人間です」 「ちょっ、ちょっと待ってくれ」 話を遮り、男は慌てた様子でコリンに問う。 「どうみても君、えーっと……コリンさんは人間だろ? 変わった耳飾りみたいな物をつけているだけだろう? 日本語を話しているし、その姿はどうみても人にしか見えない」 「いいえ、私はヒツジです。 この耳は飾りではないですし、私以外にもそれぞれの種族の特徴を持つ人間はいます。 それと私たちが話している言葉はこの世界の共通語で昔から使ってきました。 むしろ、なぜ貴方の言葉が私に通じるのか、それが全然わからないんです」 「……人って人間って事だろ?」 「うまく説明できませんが、ヒトは貴方です。 そして、人間は私たちなんです。」 男は自分の額を手で覆う。 理解しかけているが、理解できない。 そんな態度が現れている。 「今から貴方にとって非常に心苦しいことを言います。 その、怒らないでくださいね?」 コリンが言いづらそうに男に確認を取る。 慌てて男が顔を引き締める。 「落ちる、この世界に強制的にやってくる、という意味なんですが、この世界に貴方は落ちてきました。 外界から落ちてきた人間を私たちはヒトと言います。 ヒトがこの世界にやって来ることは稀で、落ちてきたヒトには一切の人権はありません。 つまり……ヒトと言うのは奴隷や家畜の別称なんです」 「はぁっ!?」 素っ頓狂な声を出し、男は少女を間の抜けた顔で見た。 「ヒトは奴隷という所有物ですから、傷つけ、苦しめ、壊しても罪には問われることはありません。 それと、私自身ヒトを見るのは初めてなのですが、ヒト奴隷はとても高価なものだと聞いた事があります。 人里に入れば確実に、貴方は捕まり売られるでしょう」 男の中で何かが崩れていく音が聞こえた。 何処にも行く当ては無い。 頼れる縁者もいない。 街を歩くことも出来ない。 住む当ても無い。 食べる事すらままならないだろう。 たった一人でこの世界をどう生きていけばいいのか。 「嘘だろ? なぁ……これって嘘だよな?」 男がコリンに詰め寄る。 コリンの両肩が強く揺さぶられる。 「いいえ……すみませんが……」 「帰る方法は……」 「聞いたことが……ありません」 コリンは首を横に振り、男の望みを絶つ。 男はこの世界に絶望し、いたずらな神を呪う。 悲観にくれる男の涙が少女の外套を濡らした。 「私と、一緒に来ますか?」 彼女は言った。 男は涙でくしゃくしゃになった顔を隠そうともせず、少女の顔を窺った。 「私は、一つの町へ定住することはせず、リャマのクトと一緒にいろんな国を旅して回っています。 いろんな国を調べたら、もしかしたら元の世界へ帰る手がかりが見つかるかもしれません。 もし宜しければ、一緒に、行きませんか?」 少女は震える身体を優しさで押し殺し、笑みを浮かべ男に言った。 不安なのだろうと男は思った。 この少女は怖がりだ。 おどおど辺りを窺って、何かに怯えて生きている。 この少女は泣き虫だ。 今日、初めて会ったのに何度泣かせたかわからない。 そしてこの少女は―――とても優しい。 少女の性格からして、ヒト、しかも男と話をするのは怖いだろう。 安全面からも、非力で高価なヒトと旅をするなんて危険極まりないだろう。 金銭面、生活面でも迷惑をかけるだろう。 少女の事を思うなら、一緒に行かないほうが良いに決まっている。 しかし、 しかし、それでも―― 「浅草羊司です。 よろしく、お願いします。 コリン様」 「こちらこそよろしく、おねがいします――ヨウジさん」 一人は、嫌だ。 私の住処へ案内します、とコリンは言った。 落ちた籠に山菜を詰めなおした後、落とさない様にしっかりと両手で持ち、フードを被り直した後、先導する様に歩き出した。 そして少女の数歩後を羊司がついていく。 辺りはかなり日が落ちており、夕焼けが世界を柔らかく包む。 「えーっと……コリン様」 足早に歩くコリンに羊司は、先ほどから懸念していたことを伝えようと声をかける。 「あのっ、ヨウジさん、私に敬語なんて使わなくても……」 表情は伺えないが、声質は困ったという感じが滲み出ている。 「あ、いや。 そう言わないとまずいと思うし」 「一応は主人ですけど、強制はしませんから……ただ、人前で気をつけてくだされば」 コリンが言うには基本的に自分、浅草羊司はコリン・ルーメリー・ユイーフアの所有物になるそうだ。 本人は酷い扱いをしない、敬語は使わなくていいと言っているが、人前だとどうしても建て前というものがあるので、その時だけ、奴隷としての行動を取ってほしいと言う事らしい。 どうも俺は過剰に意識していたらしい。 「あー、わかった。 人前では敬語で様付け。 でも今は敬語も様もいらないんだな?」「はい。 私は普通の、ヒツジですから」 なぜか普通を強調するコリン。 「よく意味がわからんが、わかった。 改めてよろしく。コリン」 「はい。 ヨウジさん」 微かに笑みを浮かべるコリンの姿に、羊司の頬がわずか朱に染まる。 「そ、そうだ、コリン。 ギターを丘に忘れたんだ。 取りにいかないとまずい」 表情の色を悟られたくない羊司は、慌てた様子でコリンに言う。 「ギターって、あのヨウジさんが弾いていた綺麗な音色の楽器ですか?」 「そう、それ。 雨なんて降ったらお釈迦だし、朝露にでも濡れただけでも相当やばいんだ」 頭を少し下げ、考え込むコリン。 しかしすぐに顔を上げ、わかりましたと了承し、先程の道に踵を返す。 「おおっと、その必要はないぜ」 「え!?」 「!?」 突如、羊司でもコリンでもない野太い声が周囲に響き渡り、一本の木の陰から二歩足で立つ、全身毛むくじゃらの狼が姿を見せた。 狼は上半身を黒い鎧を着て、麻の様な素材で出来たズボンに一振りの長い剣を刺している。 「ちょーっとばかし席を外している間におもしれぇ事になってやがるな」 「誰だ、あんた?」 羊司が身構え、警戒心を顕にする。 コリンは極度の人見知りと恐怖で震え、せっかく拾いなおした山菜の籠を取り落としている。 「んー、んー、んーー? 口の利き方がなってないガキだな。 せっかくお前の楽器を拾ってやったのによお?」 よく見ると羊司のギターケースが、巨漢の狼男の肩にかかっている。 羊司は驚き、礼を言おうと一歩前に出る。 「あ、すみませ――」 「まあ、俺が拾った落ち物だから俺のもんだがよぉ。 あと、目的ついでに目の前の落ち物も拾っておくか」 目の前の狼男が何を言っているのか羊司には理解できなかった。 目を瞬かせ、伸ばしかけた腕を止める。 「理解できねぇか? つまり、お前の物は俺の物。 さらに言うならお前は俺の物だって事だ」 羊司の背筋が凍る。 女に告白された事すらないのに、毛むくじゃらの身長がゆうに2メートルを超す狼男に告白されるとは。 どうすれば相手が傷つかず、なおかつ穏便に断れるか、羊司は必死で頭を巡らせる。 羊司の後ろではコリンが頬を染め、はっと何かに気付き、必死で頭を振っている。 「怖いか? 心配すんな、大人しくしていれば危害はくわえねぇ」 獰猛そうな顔に笑みを浮かべ、狼男は羊司に向かってにじり寄る。 「ええと、貴方の気持ちは大変嬉しく思いますが、俺は男でありヘテロなので、貴方の気持ちに応えられないというか近寄んなガチホモがとか思っちゃったりなんかして――」 「はぁ? 何をわけのわからん事を……」 脂汗を流す羊司にコリンはタンクトップを少し摘み、数度引っ張る。 「ヨウジさん、想像してる事はなんとなく理解していますが、多分羊司さんの考えている事とあの人の言っている事は違いますよ」 狼男に聞こえない様にコリンは言った。 「いや、でもさ……お前は俺の物ってどう考えても」 「ヨウジさん、貴方は物です。 つまりあの人は、貴方を手に入れて奴隷商人にでも売るつもりなんですよ。 あとギターも返す気も全然無いです」 羊司にもようやく合点がいった。 そしてゆっくり近づいてくる狼男を睨みつける。 「お前、俺を売り飛ばす気だったのか」 吼えるように羊司が狼男に言う。 狼男はニヤニヤと笑う。 「悪く思うなよ。 最近懐が寂しいもんでね。 あと、さっきも言ったように、おまえはついでだ。」 「ふざけんな! 誰がお前なんかに……」 言い切る前に狼男の膝が、羊司の腹にめり込む。 「ぐ、あ……ぅ……」 「少し黙ってな。 ボウズ」 5メートルの距離から一瞬で距離を詰められ、ろくに受身すら取れず膝をいれられる羊司。膝をつき激しく咳き込む羊司を無視し、狼男はコリンに近づく。 「い、いや……」 コリンは足がすくみ、悲鳴を上げることすら出来ない。 狼男がコリンににじり寄っている姿を羊司は苦悶に満ちた顔で睨む。 背中から突き刺さる弱々しい視線を軽く流し、狼男はコリンの前に立ちはだかる。 「さて、こいつはまあ思わぬ副産物だとして、本題はあんただ」 ヒターケースを放り出し、巨体の狼男の視線が鋭くなる。 「んな外套と人目につかねぇ道通るだけで誤魔化せると思ったか? オオカミの鼻舐めてんじゃねぇぞコラ」 狼男はコリンのフードを掴み、力任せに下ろした。 抵抗する暇もなく、少女の端正な涙に濡れた顔が顕わになる。 「ひっ……」 「自己紹介が遅れたな。 俺はゴズマ・ガンクォ。 誇り高きオオカミの国の戦士だ……とはいえ、城に仕えても乱暴すぎるって理由でたった二月で解雇されたがな」 オオカミの国の人間は基本的に粗暴だとコリンは聞いている。 しかし二月で城勤めを止めさせられるなど、いったいどれ程の事をしたのだろうか。 ブルブルと震えきつく目を閉じるコリンを笑いながら眺め、狼男、ゴズマ・ガンクォは話を続ける。 「傭兵になった俺はある日、妙な手配書を見た。 内容は、前年滅んだ自然公国ルブレーの美姫、コリン・ルーメリー・ユイーフアの身柄についての件だ」 そう言って、ゴズマは腰につけた小型の鞄から、巻物状に曲げられた紙を取り出した。 「ルブレーは滅び、王と后、その娘と息子の殆どが殺された。 だが、臣下に命がけで助けられ、崩壊する城から逃げおおせた姫もいた……わかるよなぁ?」 コリンの顔は既に蒼白になっている。 「コリン・ルーメリー・ユイーフア、生死を問わずワーグイシュー国、大臣、ハンムギーの下へ連れてきた場合……」 スルスルと紙を開く。 「40万セパタだってよぉ!」 そこにはコリンの顔が映っていた。 「全く俺はついてるぜぇ。 たまたま、その手配書を見た日に王女様の姿を見かけて、自分から人気の無い森に入ってくれて、さあ殺ろうと思った矢先、落ち物が現れた。 これも俺の日頃の行いの賜物だな」 下品に笑い声を上げるが、目は笑っていない。 「あ、あぁ……」 「どうした? 姫さん。 さっきからまともに喋ってねぇじゃねぇか」 ゴズマはコリンの肩に手をおき、顔を覗き込む。 「わ、わ、私は……」 「私は? 続きはどうした? 早く言えよ」 「私は……私自身、姫かどうか、覚えていない……」 「はぁ!?」 コリンの言葉にゴズマは素っ頓狂な声を出す。 これはコリンの苦し紛れの嘘だった。 人違いだったらもしかしたら見逃してもらえるかもしれない。 あまり要領が良いとは言えない頭でその場で考えた出まかせ。 しかしあまりにも稚拙な出まかせ。 「お姫さまじゃねぇのか?」 ゴズマはコリンの首袖を掴んで、詰め寄る。 コリンより圧倒的に背の高いゴズマが、少女の身体を軽々と掴み上げる。 「うぐっ……わからないんです……記憶が、無いから」 「何時からだ!!」 「は、半年前……」 「なんで手配書の人相書きと似てやがる!?」 「知ら、ない……」 「っちぃ!」 周囲の木に背中から叩きつけられ、コリンは苦しそうに言った。 喉を鳴らし、威嚇するゴズマの様子に、コリンの瞳から大粒の涙が流れる。 その涙を見て、ゴズマは動きを止める。 そして何を思ったか、しばらくの間涙を流すコリンを眺めていた。 「……はぁ、わかったよ」 急にゴズマが、疲れたようにコリンの首元から手を離す。 ズルズルと木に背中を擦りながら、コリンの身体が大地に触れる。 「けほっけほっ……えっ、あ……?」 突然離された手に、コリンは騙せたのかと思った。 「いや、本物か偽物かどうでもいい事を思い出しただけだ」 ゴズマの言葉にコリンの血の気が引く。 「死体に口無しってな。 姫さんじゃなかっても、そんだけ似てたらばれやしねぇだろ」 「そんな……」 「運が悪かったな、知らねぇ誰かさん……さあ、おしゃべりは終わりだ。 苦しまず殺してやる」 ゴズマは腰の飾り気の無い長剣を抜き、上段に構える。 「た、助け……」 「残念ながらそれは無理だな。 逃げられても困る……諦めて死ね」 コリンは涙を流し命乞いするが、無常にもゴズマの長剣が振り下ろされる。 コリンは死を覚悟して目を閉じた。 森に鈍い音が響き渡る。 「う……ぐ……」 コリンは迫り来る死の顎がなかなか訪れず、おそるおそる目を開く。 「この……ガキィ!」 「コリンに……手を出すな!」 コリンの瞳に羊司が荒い息を吐きながら、太い木の枝を持ってゴズマを睨みつける姿が見えた。 横合いから頭を強烈に殴られ、頭を抑えているゴズマの長剣は、コリンのすぐ隣を通り過ぎ大地に刺さっていた。 「奴隷の分際で舐めた真似しやがって……」 「うるせぇっ!」 羊司はもう一撃入れようと木の枝を振るう。 「舐めんな糞ガキ!」 ゴズマは利き手ではない方の腕で木の枝を防ぎ、長剣を離して空いた手で羊司を殴りつける。 「うがっ!」 ゴズマに派手に吹き飛ばされ、羊司は何度も地面を転がる。 転がるたびに地面に血の跡が残った。 樹木に背中から激突し、羊司は一瞬息が出来なかった。 「ヨウジさんっ!?」 コリンが巨体のゴズマの脇を掻い潜り、羊司の元へと走る。 「ゴホッ、痛ぅ……」 「大丈夫ですか、ヨウジさん!」 仰向けに倒れる羊司。 何とか起き上がろうとする羊司を気遣い、悲鳴に似た声を上げるコリン。 羊司はふらつく足で立ち上がりゴズマを睨み、殴られても放さなかった木の枝を構え直す。 「手癖の悪ぃ奴隷には、躾が必要だな」 痛みの残る首を何度か回し、ゴズマは地面に刺さった長剣を引き抜き、真っ直ぐと羊司とコリンの方へ歩いてくる。 逃げ出したい気持ちを抑え、羊司はコリンを庇うように立つ。 コリンは顔を上げ目を開き、驚いた表情で羊司の顔を見ようとするが、背中からでは羊司の顔を窺う事は出来ない。 「コリン……今から俺の言うことをちゃんと聞いてくれ……」 羊司はゴズマから視線を外さず、背中越しに小さな声で言った。 「考えてみれば意外だな。 なんでお前がそこの姫さんを庇う必要があるんだ? 奴隷になる事には変わりないし、もしかしてヒトごときが惚れたか?」 コリンを庇う羊司に興味が惹かれたのか、ゴズマはからかいを交え羊司に尋ねる。 羊司は枝を強く握り、言った。 「お前に言う、必要はねぇよ……」 「まぁ、それもそうだな。 大方姫さんに優しい優しい言葉を掛けられたってとこか」 羊司は黙ってゴズマの言葉を聞いていた。 「しかし、お前も運が悪ぃな。 あの姫さんに出会っちまったせいでお前も俺に見つかっちまった。 全部あの姫さんのせいだぜ?」 「コリンは悪くない」 羊司が声を押し殺して言う。 「他の誰よりもコリンに会えて良かったと思ってる。俺はコリンのことが――」 途端、コリンは一目散に森の中を走り出した。 羊司をその場に置きざりにして。 その後姿を見て、立ち尽くす羊司。 「はっはっは。 そうか、お姫さんは悪くないか。 お前のお姫さん、奴隷を放っぽって逃げちまったぞぉ?」 足音が遠ざかるが、ゴズマには自慢の鼻がある。 追うのは容易い。 「コ、コリン……」 「哀れだなぁ、おい。 信じた瞬間に裏切られてやがる」 「コリンは裏切ったりしない!」 「俺は間違いなくこうなると思ってたがね」 ゴズマはコリンの行動を半ば予想していたのか、笑いながら長剣を構える。 「さて、いい加減暗くなってきたな。 闇市が始まる頃だ。 お前を売った金で酒も飲みたいし、姫さんを追わんといけねぇから、さっさと終わらせるぜ」 羊司は距離を取りながら身構える。 「抵抗するだけ無駄だと思うがなぁ」 その距離15メートル弱。 先程羊司が不意打ちを食らったときよりも10メートル程長く離れているがゴズマなら一瞬で詰められるだろう。 「うっせぇ、駄犬!」 「あん?」 実力に完全に差が開いている今、抵抗しないことが羊司にとって最も良い選択肢であろうが、羊司は声を張り上げゴズマを挑発する。 「さっきから、マジでやかましいぞ、駄犬……首輪つけられて頭撫でられたく、なかったら、かかってこいよ!」 その言葉にゴズマの顔が引き攣る。 「俺はな、誇り高きオオカミの戦士だと言ったぜ……もう一遍言ってみろ糞ガキ!!」 羊司はしゃがみこみ、左手で足元の腐敗土を握り立ち上がる。 「狂犬病か……末期だな、頭どころか耳までおかしくなってやがる……」 オオカミである自分より力も体も圧倒的に劣っているヒトに馬鹿にされ、ゴズマは激怒した。 「……売っ払うのは止めだ、ぶっ殺す……死んで詫びろガキィィ!!!」 ゴズマは怒りの咆哮をあげ、羊司を袈裟懸けにしようと長剣を構え走り出した。 木の枝をゴズマに投げつけ、羊死は背中を向け逃げ出す。 「おおおぉぉぉ!!」 顔を目掛け飛んできた枝を難なく叩き落とす。 そして返す刃で羊司を切り上げようとする。 即座に左手の土をゴズマにぶつける。 「ぶっ、糞がっ! 目潰しか!!」 まともに顔面から湿った土を受け、普段感じることの無い目の痛みにゴズマの動きが鈍る。 殺してやる、とゴズマが叫びながら目を擦っている間に、羊司は全力で森の奥へと逃げる。 「ちぃっ、この。 待ちやがれ!」 ゴズマも追いかけるが、思うように視覚が安定しない。 また、羊司はあえて狭い道を通り、巨躯のゴズマは樹木に道を遮られ、思うように走る事が出来ない。 自慢の鼻も立ち聳える樹木には無力の様だった。 ゴズマは目に入った砂を取ることに専念し、立ち止まった。 足音が遠くなる。 土を涙で洗い流し、何とか視力は戻った。 「うおおおおおぉぉぉぉぉぉん!!!」 咆哮を上げゴズマは二匹の逃げまわる獲物に死を知らしめる 追う。 強靭で俊敏な脚力を持つゴズマは、瞬く間に羊司との距離を詰めていく。 「っつ、マジで速いぞ、あいつ!」 羊司は背中から感じたことの無い恐怖を受け、冷や汗を掻く。 日本では日常でほとんど馴染みの無い殺人を、この世界の住人は当たり前のように行う。 付き纏う死の影に脅え、羊司の目から涙が溢れる。 「しっ、死にたくねぇ!」 涙で視界が滲み、慌てて腕で拭う。 「痛っ」 擦り傷だらけになった腕が涙で染みる。 なぜこんな事になってしまったのだろう。 羊司は戻れるなら昨日に戻りたいと思った。 「うおおおおおぉぉぉぉぉぉん!!!」 それ程離れていない場所でゴズマの叫喚が震える体を貫く。 「畜生っ、生きてやる! 絶対に!」 羊司は疲労でふらつく足に力をこめた。 ゴズマが羊司の姿を視覚に捕らえる。 「追いかけっこは終わりだぜ、糞ガキ!」 ゴズマの速度が上がる。 森を踏み荒らす音が聞こえ羊司が振り向くと、すぐ傍にゴズマの姿が見えた。 「やばい!」 速度を上げようとするが羊司の身体が悲鳴を上げるだけで、うまく走ることができない。 羊司の体はとっくに限界を超えていた。 意識は急げ、逃げろと伝えるが、身体が全く追いついてこない。 羊司は先程と同じ様に牽制に砂を浴びせようとするが、ゴズマは両腕で顔を守り、大して効果を得られない。 「ヨウジさん、こっちです!」 万事休すかと思ったその時、コリンの声が聞こえた。 「コリン!」 「そこにいたか、小娘!」 コリンは樹陰から顔を出し、羊司に手を振った。 羊司は頷き、コリンに向かって気力を振り絞り駆ける。 「おおおおぉおおぉぉぉ!」 「ガキイイイィイィィィ!」 ゴズマの姿が羊司の背後に迫る。 「コリンッ!」 「ヨウジさんっ!」 羊司は体勢を低くし、コリンの元へ飛び込む様に駆け込んだ。 身体を屈め、動かないでいるコリンの手を取る。 引っ張られるコリンだが、速度の乗っていないそれは致命的な失敗だった。 コリンのもつれた足がバランスを崩す。 姿勢が崩れ、コリンと羊司は前にうつ伏せに倒れこんだ。 その逸機を見逃すゴズマではない。 二人は振り返り、もうゴズマから逃げ切れないことを悟った。 「終わりだ、糞ガキ!」 ゴズマは速度を落とさず抜剣し、羊司を刺し殺そうと腰だめに構えた。 羊司は考えた。 力では歯が立たない。 逃げ切れるとは思わない。 奴隷になれば生き残れるが、コリンの命は奪われてしまう。 なら二人一緒に生き残るにはどうすれば良いか? 必死で知恵を振り絞る。 19年の人生の中で、最も頭をめぐらせた。 そして思いついた決死の策。 一人が罠をはり、もう一人が囮になる無謀な策とは言えない様な愚策。 出会ったのが数時間前で、まともに話を出来たのがたった一時間前だ。 信頼関係と言えるものも碌にできておらず、片方が裏切れば簡単に瓦解する策だ。 しかし、羊司は信じた。 「げこぉっ!?」 それしか方法は無いからと言う理由からではなく、怖がりで泣き虫な少女だが自分を救ってくれた優しさを信じた。 「げぇーーっ、ご、ごふっ、げぇーっ、げほっげほっげほっ……」 突然ゴズマの身体が上半身だけ急停止し、下半身を前方に放り出した。 剣を取り落とし仰向けになって必死で首を抑えもがく。 「ざまあみろ……駄犬」 羊司とコリンはゴズマの苦悶の表情を見ながら、ゆっくりと痛みと疲労と恐怖に震える身体を起こした。 話は少し遡る。 「コリン……今から俺の言うことをちゃんと聞いてくれ……」 コリンを庇い背中に隠した時、羊司は小さく呟いた。 「は、はい……」 「俺の後ろのズボンのポケットの中に、さっき切れた弦と予備の弦が入ってる。 それを取ってくれ」 コリンは羊司のズボンから、丸めて収められていた弦を取り出す。 「ありました」 「それを持ってこの森を真っ直ぐ走れ」 「えっ?」 羊司の言葉に戸惑う。 このヒトを置いて自分だけ逃げてよいのかと思う。 しかし、 「できません……」 結局、ゴズマの足の速さに逃げ切れるはずと諦念し、また羊司を置き去りにするという良心の呵責に耐え切れず、コリンは俯いてしまった。 ゴズマが何か言っているようだが、コリンの耳には届かない。 「コリン、君のする事は逃げる事じゃない」 コリンの心情を察し、羊司は優しく言い聞かせる。 「君は走って、この弦で森に罠を張るんだ。 出来るだけ狭い樹木に精一杯足を伸ばして弦を結ぶんだ。 俺が、怒り狂っているあいつをおびき寄せる。 出来るな?」 コリンは羊司の意図をよく理解した。 「でも……絶対無理です」 それでもコリンは頭を左右に振り、否定する。 ゴズマのあの足の速さにヒトである羊司が逃げ切れるわけが無い。 「コリン、一度でいいから俺を信じて欲しい」 その言葉にコリンは顔を上げる。 表情は窺えないが真剣な表情をしているのはわかった。 「頼む。 絶対に君のところまで、どんな手を使ってでも逃げ切って見せるから」 その力強い言葉に、コリンは決意した。 「わかりました……信じます」 コリンは一分一秒でも早く罠を仕掛けることで羊司を信じる証とする。 羊司の信頼に報いるためにも。 「しかし、お前も運が悪ぃな。 あの姫さんに出会っちまったせいでお前も俺に見つかっちまった。 全部あの姫さんのせいだぜ?」 「コリンは悪くない」 行けっ、と羊司は呟いた。 コリンは頷き、恐れを勇気でねじ伏せ走る。 「他の誰よりもコリンに会えて良かったと思ってる。俺は――」 全部聞けないのが少し残念だった。 「どうだ、ヘヴィゲージの弦の味は?」 「ぎ、ざま……」 苦しみ悶えているゴズマに羊司は嘲りを含め言い放つ。 「お前は激昂しやすい性格だったからな。 簡単に挑発にのってくれた」 「何、を、しやがっ、た……」 「ギターの弦をお前の身長に合わせて張っただけだ。 こんな森の中じゃ視界も悪いし、早々ばれない。 しかも樹木と樹木の間が狭いし、枝があるから首を突き出す格好になる突きしかできねぇだろ。 この辺りはコリンが機転を利かせてくれたおかげだな。 あとはお前が勝手に幹に張った弦に全力で突っ込んで自滅したんだ」 「舐めた、真似……じやがって……」 ゴズマは血走った目で羊司を見、這いながら落ちた剣に手を伸ばす。 しかし、その手が長剣に届くことは無かった。 「俺が引導を下してやる」 長剣を拾い、羊司はゴズマに死刑宣告をする。 後ろでコリンが息を呑む。 手を伸ばし羊司の服を指ではさみ、これから行われるであろう人殺しを止めようとする。 「ぎざま……」 「俺はコリンの為、そして自分の為にお前を殺す。 これから何度も誰かに襲われるだろうけど、その度にそいつらを殺す」 「一生、やってな……」 大きく咳き込み、ゴズマは血を吐いた。 呼吸器系の損傷が相当酷いようだ。 「ヨウジさん……」 「コリン、手を離してくれ」 止められないとわかったのだろう。 コリンは伸ばした手を離した。 そして俯き、ゴズマから顔を背ける。 「コリン、しっかり覚えておいてくれ。 俺はこれからも人を殺すって事を」 それだけ言うと、羊司は重い長剣を振り上げ、ゴズマの首を目掛け振り下ろした。 「……行こう、コリン」 「……はい」 ゴズマの遺体をその場に放置し、二人は歩き出した。 コリンはすぐに立ち止まり振り返ってゴズマを見る。 悲しそうな表情で死んだゴズマを眺め、何かを振り切るように目を背け、先を行く羊司を追いかける。 そして二度と振り返らなかった。 置き去りにしたギターや籠を取り、薄暗い森を二人は歩く。 先ほど初めて人殺しをしたのが心に重くのしかかっているのか、二人に会話は無い。 普段あまり饒舌ではないコリンも、何かを言わなければならないと口を開こうとするが、なぜか言葉が出てこない。 コリンが沈黙を気まずく思いながら羊司の背中を眺めていると、突然羊司がコリンの法を向き、口を開いた。 「コリン」 「は、はい。 なんでしょうか!」 羊司の真剣な表情に、コリンは気押されたかのように身を硬くする。 「コリン、その……さっきも言ったかと思うんだけど」 さっき? さっきとは何の事だろう、と思い始めたところで、心当たりがあったのかコリンの頬が赤く染まる。 「しかし、お前も運が悪ぃな。 あの姫さんに出会っちまったせいでお前も俺に見つかっちまった。 全部あの姫さんのせいだぜ?」 「コリンは悪くない」 「他の誰よりもコリンに会えて良かったと思ってる。俺はコリンのことが――」 コリンは耳まで顔を赤くしながら、羊司の言葉を待つ。 「ええとだな、その、きのこは捨てた方がいいと思うんだ」 「はい?」 コリンは耳を疑った。 「いやさ、なんか見るからに怪しさ全開のきのこ取ってただろ? あれって幾らなんでも食べると身体に悪そうって言うか……」 羊司は如何にも言いにくそうに話し、コリンの籠に手を伸ばす。 突然伸ばされた手にコリンは身をすくめる。 そんなコリンを早く俺に慣れて欲しいと思いながら羊司は、さきほどコリンが拾った赤いいぼ付ききのこを手に取る。 コリンは恐る恐る目を開き、羊司の手を見た。 「えーと、ヨウジさん」 「他の食材ならまあ何とか料理できなくも無いけど、これはちと無理――」 「食べませんよ。 これは」 羊司はぴたりと静止する。 「これは食用じゃなくて薬用です。 疲労回復や滋養強壮など様々な効用がある北のこの地方にしか生えない珍しいきのこなんです」 「あ、そうなの……」 それを聞いて羊司は胸をなでおろす。 「心配、して下さったんですね。 ありがとうございます、ヨウジさん」 コリンは微笑み、頭を下げる。 一瞬期待してしまった事とは違うが、羊司は自分を気遣ってくれたことに素直に感謝を述べる。 「ああ、いや、そんな、頭下げないでくれ。 なんだか照れる」 羊司も先程のコリンと同じように顔を耳まで染め上げる。 顔を上げたコリンの顔を直視できずに必死で手を振り、別の話題を探す。 「あ、なんか変な動物がいるぞ! 見てみろって、コリン」 焦る羊司の指差した方角にコリンが目を向けると、全身が薄い茶色に覆われ顔面だけ白い動物がいた。 「あ、クト」 羊司が何かを言う前に、コリンはクトと呼ばれたラクダの様な動物に駆け寄る。 クトは嬉しそうに首をコリンに擦り付け親愛の情を示す。 「くすぐったいよ、クト」 「随分馴れているんだな」 危険はないと判断したのか羊司はクトに近づく。 コリンは微笑みながら頷く。 「ずっと一緒に旅してたの。 クトはリャマっていう動物の種類で、荷物の運搬とか随分お世話になってるんです」 コリンはクトの頭を撫でながら答える。 「へぇ、これからよろしくな。クト」 羊司が頭を撫でようとすると、その手から逃げる様にすぃっと顔をそらした。 「あ、こら」 「ふふっ、嫌われちゃいましたね」 人好きな性格だからすぐ仲良くなれますよとコリンは笑いながら、クトの首にかかった手綱をとる。 歩き出したコリンに逆らわずクトは歩き出した。 「こっちです。 羊司さん」 「あぁ、わかった」 一人じゃなかったんだなと考えながら羊司は、コリンとクトの良好な関係に笑みを浮かべた。 「ここです。 羊司さん」 案内されたテントは思っていたよりも大きかった。 モンゴルのゲルを一回り小さくした円形状のテントは、骨盤がしっかりしているのか、ちょっとやそっとでは倒れる心配は無さそうだ。 周囲には炊き出しに使った鍋や、簡単な岩を並べたコンロがあった。 「初めてヒトを入れるんですけど、ドキドキしますね」 コリンが照れくさそうに言った。 羊司は異性の部屋に入った事が数回あったが、それほど興奮したりはしなかった。 しかし今は心臓の音がコリンに伝わるのではないかと思うほど緊張していた。 コリンは蚊帳を開き先に入り、羊司を中へと促す。 「汚いところですけど、笑わないで下さいね?」 「あはは……」 羊司が苦笑しながらテントに足を踏み入れようとし、ふとその場で動きを止める。 首をかしげコリンは羊司の動きを観察する 「ヨウジさん?」 「あ、えーと……これから俺が何時までかかるかわからないけど、元の世界に帰るまでお世話になるだろ? その度にお客さんとして扱われるのはどうかなーと思うわけなんだ。 あー、だから、つまり……その――」 コリンの目を見れないのか、しきりに目を泳がせる。 「ええとだな……これからよろしく、ただいま……かな?」 「はい……私こそ、よろしくお願いします。 お帰りなさい、ヨウジさん」 コリンと羊司はお互い微笑みあう。 暗く寒い森の中の小さなテント、異世界から迷い込んだヒトの男は孤独で泣き虫なヒツジの少女と共に暮らし始めた。 男は自分の世界に帰るために、少女は未だ自分が何をすればいいのかわからず旅を続ける。 これは歴史に刻まれるヒトと人間の寄り添いあった生涯を描いた物語である。 「コリン、ギター弾いてやろっか?」 「わぁ、聞きたいです。 ヨウジさん」 「よし、じゃあ外にでよう」 「はいっ!」 二人の未来に幸多からん事を。
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「こちらこそ。久しぶりです」 「珍しく電話が来たと思ったら、お前でがっかりしたぞ」 「・・・結構傷つくんですよ、それ」 「そうか、よかったな」 そう、古泉だ。未だ機関に所属しているらしいが、仕事は変わったのか気になるな。 「ええ。五階級上がって、今は10人程の部下をまとめてます。基本涼宮さんの実家の監視を・・・」 「分かった。それは分かったが、要件はなんだ」 「いや、長門さんから伝言を頼まれましてね」 長門が伝言ね。・・・普通に電話すればいいのに 「携帯を池に落としたやらで、連絡ができなかったみたいなので」 お前にはどうやって連絡したんだ? 「喜緑さんからです。僕と同じ大学ですしね」 ・・・そうだったけか。 「そうですよ。あれ?知りませんでした?大体、あなたが生徒会長になる時に散々手回しをしてもらったんですし、覚えておいてもいいじゃないですか?」 それはそうだが。 「にしても、あなたの生徒会長っぷりはすごかったですね。いや、仕事ぶりがですよ。 校則を変えたりして予算とかの職員がやる仕事まですべて生徒会でやるようにして・・・ しかし、そこまでして内申点を上げたのになんで、そんな大学に行っているんですかね?」 「イヤミか。お前」 「あ、遠まわしに言ったつもりですが。バレてしまいましたか」 ・・・あのニヤケ面が出てくる。ああ、忌々しい。なんか、性格も変わってるし。 「大人になったんですよ」 逆だと思うのは俺だけだろうか。 「まあ、積もる昔話は今度。長門さんは・・・確か、『今週の土曜日、2時頃にSOS団全員、不思議探索の集合場所に来てほしい』 と、言ってたと思います。朝比奈さんもくるみたいですね」 ・・・大人版だろうか。大人版だよな。 「では、今日はここまでで。また土曜日に」 「ああ。またな」 不思議探索か・・・懐かしいな。にしても長門がどうかしたんだろうか。 SOS団全員ってことは少なくとも危ないことじゃないだろう。 ま、土曜日に集合場所ね・・・。あれ、今日何曜日だ? ・・・金曜日か・・・。明日じゃねえか! ま、したくなんていつでもできるし、二時頃なら大丈夫だろう。 次の日 俺は集合場所に来ていた。30分前だが、ハルヒ以外みんな来ていた。 「久しぶりだな」 「実際に顔をあわさせるのは久しぶりですね」 「……」 「お久しぶりです~」 ・・・皆さん凄い成長ぶりで。特に朝比奈さん。 「いえ~そんなことないです~」 俺の口ぐらいの高さで何を言っているんですか。 ・・・あれ? 朝比奈さん。 「なんですか?」 もう、あのハルヒ型新次元に行く前の俺に会いました? 「はい、会いましたよ。昨日に。だから、キョンくんの背が急に伸びた気がして面白いです」 やっぱり伸びてるのか。俺は。 「僕と同じぐらいの背ですね」 だからなんだ。時に古泉。 「なんでしょう?」 お前長門から連絡を受けたのはいつだ。 「一週間前ですけど・・・」 「お前、ズボラになっちまったんだな」 「いえ、変わってませんよ?」 ウソつけ。一日前に電話とはどういう・・・ 「別に、一番家近いんですし、いいでしょう?変わってもないですしね」 お前は、絶対変わった。いやな方に。 「そうでしょうかね?」 もういいや、無視。 して、長門は・・・・・・・・・・・・長門か? いや、もうなんというか、背は・・・俺の肩ぐらいか、体全体がスリムで、特に足がたまらない。 しかも顔もおとなっぽくなって・・・ヤバイ俺の妄想が止まらなくなってくる。谷口のランクでいえばAAA+いやSか?SS+かもしれんぞ。 ・・・朝比奈さんの美貌に敵う奴がいたのは驚きだ。 とにかく、魅力が当社比45%増しだ。 「…なに?」 「いや、魅力的だなって・・・」 「あれ、キョンくん。いつ間にそんなに女好き&素直になったんですか~?」 からかわないでください。 そして、長門。照れているのはうれしいがあんまり強く腕を握らないでくれ。すごい痛い。 お前の魅力が恐怖に変わりそうだ。 そんな、会話をしているとハルヒが駅からやってきた。 「みんなーっ!久し振りーっ!元気だった・・・みくるちゃん?」 「はい。そうですよ?」 疑うなよ。人のことは言えないが。 「・・・・かっわいぃぃっっっ!」 普通の反応だがな・・・俺はお前もじゅぅぅぶんかわいいと思うぞ。いやはや、女は高校を出るとすごく変わるとはよく言った!あれ?違う? 「みくるちゃんすごいわね!胸も特盛りだし、痩せてるし、かわいいし、背は高いし・・・一番高いわよね?私達の中で。成長率何%かしら?」 いや、古泉が一番高いぞ。背がな。 「女の中でよ!あたりまえじゃないもう」 そうか。それはいらんことをしたようだ。 「って、そんな昔話はいいのよ。今日はなんで集まったの?」 いや、昔話をするためじゃないのか?もっと再会を喜べよ。お前らしくもなくもない。あれ?なくもなくもないか?・・・どうでもいいや。 「~4時までは不思議探索。それ以降は全員で遊ぶ。そして、彼の家に泊まる」 「そうなのね。だから、泊まる用意をしろっていったのね。でも、久しぶりよね!ここら辺」 ・・・聞いてねえぞそれ!用意ができてないし!しかも、お前もイヤミか。 「あら、遠まわしに言ったんだけど・・・」 って、それはどうでもいい。いや問題だ。いじめフラグ立っている気が? 「誤解だと思いますよ」 「規定事項です」 「…問題ない」 「行きましょう!」 怒り、悲しみ、苦しみ、無視の四連パンチだ。 言葉の暴力反対!・・・実際暴力反対・・・苦しいっ・・・ 「ぶつぶつ言わないでついてくるっ!」 「頼むから首付近を掴むな。苦しくて仕方がない」 「しょうがないわね」 ・・・・フーッ、フーッ・・・つらいぞ 「微笑ましい光景です」 おまえ殺ってあげようか? 「だめです!それは規定事項では・・・ゴホン・・・犯罪です!」 朝比奈さん。冗談です。俺は宇宙的、神様的証拠隠滅。もしくは、超能力的射殺。あるいは、未来的、アリバイ消し殺人はしません。 「…少なくとも私はしない」 「別にお前に言ったわけじゃないさ。それより、長門」 「なに?」 「お前俺の家今日あいてないぞ!」 「…問題ない。許可は取ってある」 なに?・・・そういえば。 「キョンくん、いってらっしゃ~い!ねえねえ、今日ハルにゃん達来るんでしょ~?」 「何を言ってる、来るわけないだろう。それより、お前は高校生だろ、キョンくんはやめろよ」 「い~や~だ~。ね、シャミセン!」 「にゃ~」 そこで、返事をするな! 「・・・まあ、いい。行ってくる」 「行ってらっしゃ~い」 ・・・そういうことか。いつの間に手回しをしていたんだ・・・ 「とーにーかーく!早く班分けするわよっ!」 結局、考える暇もなかったが 「いらっしゃいませ~」 そういえば、ここに来るのも久しぶりだな。 「面倒くさいわ。コーヒー5個で」 ちょ・・・って店員さん、いかないでくれよ・・・ 「で、細かい雑談はキョンの家で。まずは、散歩じゃなくて不思議探索よ!」 お前言い直したな? 「じゃクジひいて」 無視かよ。相変わらずだな。 「…白」 「赤ですね」 「白ですかぁ」 ・・・赤だ 「うん、女と男ね。いいんじゃない?」 俺は最悪だ。 「では、よろしくお願いしますね」 ・・・なんでこう運が悪いんだ 「それは残念ですね」 顔が近いぞ!気色悪い 「じゃあ、4時にここに集合。じゃ、キョン・・・」 「まて。遅れたのはお前だ」 「何?団長命令に逆らうの?」 「いや、一番最後に来た人が罰金だろ?団長命令でそうしたら、いつも俺になって、 一番最後に来た人の意味がなくなるだろう」 「わかったわよ!払うわよ。懐具合がさびしいんでしょうね、どうせ!」 散々イヤミを言われたが気にしない。そう、何回も払ってたまるか。 「じゃ、4時ここに集合!さ、みくるちゃん、有希!遊びにいきましょ!」 そういって、走り出していった・・・どうやら、普通の女の子・・・女になってくれたらしい。 「そうですね。いいことです。能力があるのが気になりますが」 いいだろう。あれなら変なことも考えないだろう。あったとしても自制がさらにきくだろうし。 「それはそうですね。にしても、背が高くなりましたね。部下の調査によると、あなたは182cm、 涼宮さんは173cm、朝比奈さんは175cm、長門さんが169cm、僕は187cmです」 「お前はストーカーか。部下に命じて何調べてやがる」 「いや、楽しいんですよ。なんか、皆さんの情報を調べると・・・ちなみに、 鶴屋さんは179cm、あなたの妹さんは158cm、喜緑さんは170cm、国木田さんは180cm 谷口さんは181cm、コンピ研の部長さんは184cm、森さんは162cm、新川さんは188cm 多丸裕さんは175cm、圭一さんは176cm、それからカナダの朝倉涼子なんかは168でしたね・・・ ってちょっと待って下さい!」 古泉が変態化しているときに俺はすでに150mぐらい先を歩いていた。 実は、すべて聞こえていたんだがな。 え?どうやって聞いたか?古泉の胸ポケットに仕組んだのさ。盗聴器を。 ちなみに、録音もしてある。これは後で森さんでもよんで報告させてもらうか。 言っておくが、俺はソフト開発会社で、こういった技術も学んでいるんだ。 ま、仕返しだ。 にしても、国木田が俺並みに大きいのは驚きだ。そして、カナダに朝倉がいるのにもだ。 ・・・おそらく人間だな。 「ちょっと、待って下さいよ。何で逃げるんですか」 「それは、生理的に受け付けそうになかったからだ。それと、ちょっと、森さんと新川さんコンビを 呼んでくれないか?話したいことがあるんだ」 「話したいことですか?聞きたいことじゃなくて?・・・まあいいですよ」 プルルルルルル・・・・・・ 「あ、もしもし。古泉ですけど。あ、はい。今ですね、例の彼から森さんと新川さんに話したいことがあるって 言ってるんで、来てほしいんですけど・・・え?ああ、例の駅前の公園に来て下さい。お願いします」 ・・・フフフ。 「どうしたんですか?不思議がってましたよ」 「いや、なんでもないんだ」 そのあとの話はどうでもいい世間話だった。 「来たようですね」 ガチャ 「どうも、お久しぶりです」 「いえいえ」 「して、何の御用でございましょう?」 さーて、この二人の怒った顔も見られるぞ。 「いや、実は聞いてもらいたいものがあって」 「なんでしょう?僕も聞きた「お前は黙ってろ」 「実はこの録音を聞いてもらいたくて」 『それはそうですね~~~~~~~って待って下さい』 「・・・これは古泉の声・・・」 「ですね」 「さて、絞めるわよ」 「そうだな」 でた!怒りバージョン 「あれ、どうしたんです?そんなに殺気を立てて・・・」 「古泉、ちょっときなさい」 「さっさとしろ」 「え?いや、その、なんでしょうか?僕は無実です!」 「問答無用!」 「調子にのるな!バカモノ!」 「いや、なにがでしょ・・・ぎゃぁぁぁっっxtぅtぅあぁうgぁががxがぁっっ!」 ククク、狙い通りだ。ざまあみろだな。 「・・・あなたですね」 「なにがだ?ま、いこうぜ」 「まさか、あなたに出し抜かれるとは思いませんでしたよ・・・ハハハ」 古泉の顔が笑って、目が笑っていない顔は初めて見たな。 「いや・・・ね」 まあな、あの状況は説明してるだけで、体中が痛くなってきそうだもんな。 もう、この手段を使うのは避けよう。 「そうしていただけると・・・ありがたいですね・・・」 ああ、なるべくな。にしても、本当に痛そうだ。 「で、どこに行くんだ?」 「喫茶店で休みましょう・・・」 そうだな。それが一番いい。 「いらっしゃいませ~?」 店員さんが疑問符をあげるのも当たり前だな。 さっきの、客がボロボロで入ってきたんだから。 「えーと、じゃあアップルティーでもお願いします。お前はなんかいるか?俺がおごるが・・・」 「いりません・・・ね・・・」 「分かった。お前は少し休んどけ」 ・・・あと1時間か。ヒマだな。 「おい、古泉。時間だぞ」 「・・・へい。なんでしょうか・・?」 「時間だ」 「あ、はい・・・先に行ってください」 「分かった」 ふう。古泉が寝るとは以外だったな。 まあ、いい。さてと、ハルヒ達もいるし、さっさと行くか。 「ありがとうございました~」 「キョン!早く来なさい!」 「ああ、わかったよ」 古泉はいい加減出てきたかな? 俺は後ろを振り返る「キョン!危ないっ!!!」 バァァァァァァンンンッッッッ!!! 「・・・・・・?」 なんだ、体が浮き上がって・・・? 「キョン!」 「キャアアァァァッッッッ!!!」 「…!!!!!」 「・・・・・・キョンさん!?」 バンッ! 「ぐあっ・・・・」 背中に激痛が走る。 なんか、意識がなくなってきたぞ。 ・・・・はねられたのか? 「キョン!!キョン!!!」 「・・・ああ、駅前だ。急いで病院と救急車を手配して。早く!」 「あ・・・あ・・・きゅぅぅぅん」 バタッ 「みくるちゃん!?有希、みくるちゃんを何とかしてあげて」 「分かった」 「キョン!大丈夫!?」 「涼宮さん落ち着いて。あまり、揺らさないでください」 「・・・わかったわ」 ピーポーピーポー・・・ 「来ました。みなさんどいてください」 ・・・ずいぶん早いお出ましだ。 皆心配してくれてうれしいな・・・はは・・・ そこで、俺の意識は途絶えた。 ・・・・ん? 意識があるぞ。生きているのか? ・・・体もある。 ふと、起き上がると俺は床にいた。 なんだ?どういうことだ。ケガ人は俺だろう。 そして、ベッドが俺の目の前にある。 夢か?そういえば、外も明るいぞ。朝か? 「・・・起きましたか」 古泉もいる。夢じゃないのか。 「ええ、現実です。長門さんは別室で気を失っている、朝比奈さんを見ています」 「どういうことだ?なぜ、俺が床にいる。痛くもない。まるで、俺は看病で泊まっているみたいじゃないか」 「そのとおりです」 「・・・そういえばハルヒは?」 「・・・・・・・・ベッドを見て下さい」 どういう意味だ。わけが分からないぞ、古泉。いや、わからないじゃない。見たくないんだ。 俺だってここまでくれば意味はわかるさ。 「・・・ハルヒ」 そう、なぜか、ベッドで痛そうに寝ていたのはハルヒだった。