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375 :yukikaze:2013/04/13(土) 19 43 54 名無し三流氏に敬意を表し。 提督たちの憂鬱支援SS ある将軍の戦い 救国軍事政府代表である洪思翊大将(クーデター時に昇進)は多忙である。 朝四時には起床してそのまま執務室に入り、寝るのは日を過ぎてから。 隣国の某宰相にも比肩すべきハードワークであるが、彼のおかれている状況は 某宰相と比べるとある意味幸せであり、ある意味悲惨であった。 幸せな点は、取りあえずは自国の内政と対日関係だけを考えればいい事。 悲惨な点は、彼が向き合う問題が、韓国の国力では解決できないほど巨大な 代物であったという事である。 「やはり・・・日本は最小限の援助しか渡さないつもりか」 部下の報告を受けて、洪は溜息を吐いた。 予想していたとはいえ、それが現実のものとなると辛いものがある。 「彼らの言い分では『日本が面倒を見なければならない国は他にもある。これでも 精一杯出した額である』とのことですが」 納得はしていないのだろう。そう報告する部下の顔には不満の色が色濃く見える。 そしてその部下の態度も、洪が溜息を吐く要因となっていた。 「やむをえまい。連中にしてみれば我らは裏切り者だ。援助を得ただけでも 幸運と言ってもいいだろうよ」 日本のマスメディアや世論の論調を見るに、日本における韓国の視線は 非常に厳しいものがあった。 元々日本人が韓国人に向ける視線は「近代化の努力をしない国」という 一種の侮蔑感があったが、それに加えて「裏でこそこそ裏切り行為をしでかす 信用できない国」という項目が付け加わったのである。 あるマスメディアは「裏切り者の半島を核で更地にして、日本人が一から 入植した方がアジアにとって利益になる」と主張したが、それが一定の賛意を 得ているという事が、韓国の現状を示していた。 もっとも、こうした日本人の反応は、韓国国内での日本への反発を助長させることになった。 韓国人にしてみたら、日本人という存在はある意味我慢が出来ない存在であった。 数千年レベルでしみついた華夷秩序から考えれば、日本は自分達よりも劣っていなければ ならないのだが、彼らは平気でそれを覆してのけた。 しかも、新たな華夷秩序の中心として日本を据えたにもかかわらず、日本は韓国を 華夷秩序に従ったルールで遇してはいないのである。 彼らからしてみたら、日本に最も近い韓国は、日本の次に文明国家であり、そして 日本は直近の弟である韓国に対して、様々な手厚い援助をするのが当然の心得である 筈なのである。 だが、日本人はそういった韓国内での常識を完全に無視していた。 つい先日発表された『緑の革命談話』において、その研究センターをフィリピンに 置かれたことも彼らの屈辱感を増した。 カリフォルニアは『華夷秩序の外側の世界』と分類することで無理やり納得させることも 可能であったが、フィリピンはアジア世界なのである。 納得できない韓国人は多く、そしてそれは洪の目の前に立っている男も同じであった。 376 :yukikaze:2013/04/13(土) 19 44 34 「しかし閣下。裏切りの代償としても日本人の行動はあまりにも露骨すぎます。そもそも 反日云々についても、その原因は彼らにあるではないですか」 「口を慎め。私は貴官を舌禍で失うつもりはないぞ」 洪の叱責に、男は「申し訳ありません」と謝罪はしたが、その視線はまだ納得していないことを示していた。 (情けない事だ。我が国は未だに前近代的な思考で動いている。民族の特性と言えばそれまでだが、 そのような特性こそが、我が国が近代化に失敗した原因だと何故気づかない) だが、洪がどれだけ嘆いても、民族の特性がそれこそ一朝一夕で治る訳はない。 それこそ世紀単位で取り組まなければならない課題ではあろう。 そしてそれが成功するかどうかはまた別問題であった。 「とにかく援助は得たのだ。これを元にして国土開発計画を進めなければなるまい」 そう言いながらも、洪の気色は晴れなかった。 そう予算分配という難問が全く片付いていないからだ。 洪としてみれば、少ない予算を効率よく利用するためには、外貨獲得に必要な北部鉱業部門に予算を投下し そこで得た外貨によって南部の発展に資金を使うべきであると思っていたし、日本側もおおむねそれを 是と考えていた。 だが、国土開発が後回しにされる南部の住民が納得するはずはない。 また資金が投下される北部の住民も、自分達の労働で得た外貨が北部に投下されるのならばともかく、 南部に投下されることには反発を覚えるであろう。碌に働きをしない極潰しがと。 一歩手綱を誤ればそれは深刻なまでの国内対立になるだろう。 そしてそれは祖国の発展を遅らせかねない。 (前途多難だな・・・) そう思いながらも、彼は投げ出すつもりはなかった。 そのつもりならば最初からクーデターを起こすつもりはない。 自分は軍人なのだ。最後まで勝利を諦めてはいけない。 そこにはまさしく絶望的な戦況でもあきらめることのない不屈の軍人の姿があった。
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132 :yukikaze:2012/01/03(火) 22 16 42 新年という事で、去年書いたSSの続き。 なお、富嶽は本編で出たスペックを利用しています。 1943年7月4日。 アメリカ合衆国にとって独立記念日であるこの日。 ガーナー大統領は、徐々に厭戦気分に陥っている国民の気持ちを奮い立たせようと、 国民の結束を図る演説を行おうと壇上に立っていた。 しかしながら、演説に入ろうとした彼の後ろから、補佐官が青ざめた顔で彼の耳元に 何事か呟くと、ガーナーもまた蒼白な顔となって、立ち尽くすことになる。 怪訝な顔をする議員達のざわめきに、ガーナーはようやく気を取り直すと、 集まっていた議員に対し、茫然とした声でこう返答した。 「デトロイトが日本軍によって空襲を受けました。被害は甚大だという事です。 議員の皆さん。私は今すぐホワイトハウスに戻り、状況の把握に努めます」 そういうと、ガーナーは足早に壇上を降り退出をした。 突然の事態にあっけにとられる議員達であるが、彼らもまた情報を得るべく議会を後にする。 もっとも、ガーナーや議員達は、あまり時間をおかずに、今何が起きているのかという事を 理解することになる。他ならぬ日本軍の手によって。 『合衆国の皆様ごきげんよう。今日は合衆国の独立記念日という事で、 我が軍からも贈り物をお届けに参りました。我が国が開発した超重爆撃機『富嶽』による デトロイト爆撃。そして三式弾道弾による東部攻撃。遠慮せずお受け取りくださいませ。 以上、東京ローズからでした』 ラジオのから聞こえるキングス・イングリッシュ。 その口調は穏やかではあったが、中身は聞く者すべてを凍りつかせるものであった。 彼らはそれが何を意味するのは、否応なく突きつけられたのである。 日本軍の本土爆撃が再開されたのだという事を。 中西二一少佐率いる富嶽の爆撃は、機数で言えば10機。投下した総トン数も100t程度ではあった。 史実の爆撃に比べれば少ない量ではあった。 しかしながら、合衆国が受けた衝撃はとてつもないものであった。 まずは物理的な被害。 デトロイトは合衆国においては有数の工業都市であり、 なまじ高度に発展した社会資本を有していただけに、 多少狙いが逸れてもどこかに大きな損害をもたらしていた。 しかも日本軍が投下した爆弾は、その悉くが焼夷弾であったことと、 独立記念日であることから町に大勢の人があふれていたこと。 更には空襲警報が出るのが遅れたことも重なって、 大勢の市民が焼夷弾による火災に巻き込まれ、命を失うことになったのである。 もう一つの衝撃の理由は『爆撃機が東部沿岸へと侵入した』という事。 これまで合衆国が受けていた被害は、弾道弾による攻撃。 そして弾道弾は、実質防御不能であったものの、炸薬量と命中精度の問題。 更に言えば発射頻度も非常に長いものであったことから、 被害は多分に限定的なものでしかなかった。 (特にポーラスター作戦時において『基地に大爆発が起きた』という通信と、 それ以降発射が滞っていたのも、合衆国首脳部に、『弾道弾の攻撃は長期的に不可』 という判断を示すことになっていた) 133 :yukikaze:2012/01/03(火) 22 19 05 だが、今回の爆撃で、日本は5000kmもの奥深くまで容易に爆撃でき、 且つ広範な被害を与えることができるという事が立証されてしまったのである。 それは、合衆国の戦略である『長期持久戦』を根底から覆すものであった。 何故なら、同戦略の骨子が『戦果があまり及んでいない南部地域を後方地帯として活用する』であったのに対し、 富嶽の登場は、南部地域が安全地帯として安住できなくさせたからであった。 おまけに、追撃に向かった戦闘機部隊が、悠々と引き離された事実を聞かされれば、頭を抱えたくなるのも無理はなかった。 そして、日本の爆撃機が悠々と爆撃に成功した事実は、合衆国の議員並びに州政府において、 連邦政府の戦争指導体制に不信を持たせるのに十分であった。 特に爆撃を受けたミシガン州と、弾道弾攻撃を受けたセントルイス(4発撃ちこまれ市街地に1発着弾している) のあるミズーリ州では、『連邦政府は何をしているんだ』という声が強まり、 日本に対する報復をすぐにでも実施するべきであるというデモをバックに、 州知事や州で選出されている議員達が、連邦政府に対して強い調子で批判を浴びせたのである。 彼らにしてみれば、連邦政府の無能のせいで、自分たちの生命や財産が脅かされることなど、 とてもではないが我慢できることではなかった。 連邦政府もこうした声を無視するわけはなく、すぐさま対策に乗り出そうとしたのだが、 いかんせん『ポーラスター』発動の時と比べてアラスカの防空能力は強くなっており、 更に、巧みな民政と、同作戦以降に送り込まれた第一機動旅団(日本版SASである)による 徹底的なコマンド狩りによって、同地における諜報網は壊滅状態となっており、 同作戦を再び行っても成功率は殆どないと言ってよかった。 陸路からの侵攻についても、アラスカとアメリカ本土を結ぶハイウェイはろくに着工もしておらず、 おまけに進軍中に日本軍やカナダ軍の攻撃があることを考えれば、到着までにどれだけの期間と 被害が生じるか見当もつかなかった。 結局、合衆国が採る方策としては、生き残った最後の正規空母であるワスプに、 ありったけの航空機を乗せ、そのエアカバーのもと、宝石よりも貴重な高速船を利用して、 アンカレッジに突入するという方法しかなかった。 だが、それが認可され、東海岸で輸送作業をしていたワスプに、直ちに西海岸へと移動するよう命じられた7月20日。 合衆国政府に更なる悲報が舞い込むことになる。 『ワスプ雷撃を受け沈没』 凍りつく軍首脳部に対し、今度はキューバに展開していたアメリカ軍部隊から 悲鳴のような電文が伝えられる。 『キューバに敵部隊が上陸。敵はイギリス軍』 英部隊によるキューバ侵攻作戦『ジャッジメント』が発動された瞬間であり、 そして義勇艦隊としてドイツ艦隊が参戦した瞬間でもあった。
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328 :yukikaze:2012/02/19(日) 20 50 30 では投下。 フレーゲルが大日本帝国の使節随行員に選ばれた理由は、 一言で言ってしまえば「都落ち」以外の何物でもなかった。 元々フレーゲルは、大日本帝国との交流に対して強硬的な 意見を吐き続け、いつしか強硬派の旗頭に祭り上げられていた。 当人はそのことに満足していたのだが、如何せんそうした行動は 上層部の怒りを買うことになり、ブラウンシュバイク公ですら 庇うのが難しい情勢に陥っていた。 そうした中、フレーゲルが権勢を失いつつあったペーネミュンデ 侯爵夫人と幾たびか接触をしていたことが、上層部にとって 格好のネタとなった。 上層部にしてみれば、フレーゲルの行動は明らかに宮中の調和を 乱す行為でしかなく、処罰対象とするのに十分であった。 事ここに至って、ブラウンシュバイク公もフレーゲルの浅慮を 叱責すると共に、彼に一つの命令を下した。 曰く――― 大日本帝国の随行員として彼の地に赴き、貴族としての 誇りを今一度学びなおすこと。なお、一つでもトラブルを生じさせた 時は、問答無用で一門から廃嫡する。 まさにフレーゲルにとって最後通告であった。 これにはフレーゲルも驚き慌て、必死になって詫びると共に、先の発言の撤回を 求めたのだが、いつもは彼に甘いブラウンシュバイク公は頑としてそれを認めず 受け入れられないのならば、この場で廃嫡することを突きつけたのであった。 後にフレーゲルは知ることになるのだが、このブラウンシュバイク公の強硬な 態度は、彼が宮中で他の有力者たちから、フレーゲルの不始末のけじめをつける事 を突きつけられたからであった。 自らの浅慮な行動が叔父を追い詰めていたことを知った時、彼は初めて叔父の 情けに涙を流したという。 もっともこれは後の話であり、当時のフレーゲルがそんな事を知る由もなく、 彼の精神は荒れに荒れまくった。 これまで彼の周りにいた取り巻き達が、フレーゲルが失脚寸前であるのを知ると そそくさと逃げ出したという事実も、彼を荒れさせることに拍車をかけた。 彼と終生仲が悪かったラインハルトが、今回の一件でフレーゲルを嘲笑したことが 耳に入っていれば、恐らく彼は暴発していたであろう。 回顧録において『この時ほど、自分が『ブラウンシュバイク公爵の甥』という一点だけで 周りがちやほやしていたという事を理解したことはなかった』と、述べた程であった。 そんなわけで、大日本帝国へ出発する日の間、彼は部屋に籠っては浴びるように 酒を飲んでいた。 そうでもしなければ、やっていられなかったというべきであったろう。 周りの人間は「フレーゲル家もこれで終わりか」と、諦めの境地に達し、ブラウンシュバイク 公爵ですら、異郷で恥を晒す位ならと、処断の覚悟を決めようとしていた。 そんな時、ある1人の人物がフレーゲルを訪ねてきた。 屋敷の者達はその人物の来訪に驚きを見せるが、追い返した場合の不利益も考えて、 彼を屋敷内に通すと、不機嫌極まりないであろう屋敷の主人に、恐る恐る来客を告げる。 フレーゲルは、屋敷の者の声に不快な顔をして、来客を返すように言い放ったのだが、 その声が終わるか終らないかの内に、楽しそうな表情を浮かべながら、彼は部屋へと入ってくる。 「久しいの、フレーゲル男爵。ちと付き合え」 年代物のワイン瓶を持ち、彼―――グリンメルスハウゼン子爵は部屋へと入っていった。
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410. yukikaze 2010/04/10(土) 18 42 34 韓国ネタでの支援SS 皇帝の憂鬱 大韓帝国第三代皇帝である英宗は、報告を聞いて呆れ返っていた。 最初にこれを聞いた時は、報告者に対して「これは酒の上での話か?」と問いただし、 「閣議での話である」と返答されるに及んで、益々呆れ返る事になる。 「満州から少なからざる量の軍需物資が我が領内の反日派に送り込まれているにも拘らず放置するだと?」 「御意。流石に文章にするのはまずいと判断したようですが」 皇帝の呆れに同感だったのだろう。報告者もまた、呆れ返った思いを隠そうともせずに返答する。 「馬鹿なことを。日本憎しに目が眩んだか。閣僚たちからすれば『日本が困るだけ』と思っているだろうが、 反日派に渡った軍需物資が、自分達に向けられる可能性を考えてもおらんのか」 閣僚の顔を浮かべながら、英宗は嘆息する。 日露戦争以降、大韓帝国は日本から様々な「助言」と言う名の干渉を受けていた。 無論、この「助言」に従ったからこそ、まがりなりにも大韓帝国は、国として存在することができ、 大韓帝国成立時よりも、ゆっくりとではあるが確実に国力が上がっていたのだが、だからといって、 干渉を受ける事に対する感情的反発はどうしても生じる事になる。(既得権益を失ったものは尚更である) 英宗からしてみれば、「そりゃあ自業自得だろうよ」と思っていたし、実際、閣僚などにも 「内政面で日本に口出しされたくないのならば、彼らが口出しできぬような政を行えばよい事」とも言ったのだが、 その事で、逆に英宗自身が宮廷人から嫌われているのだから、もはや処置なしともいえた。 「それにしても、日本への留学組は、日本で何を学んだのだ? 彼らが侮れない存在である事は嫌と言うほど理解しているだろうに」 開国して近代化してから僅か70年で世界有数の軍事大国、経済大国に上り詰め、その勢いは衰えることを知らない日本。 英宗にしてみれば、彼らを侮る事など正気の沙汰ではなかった。 「『世界最大の国家であるアメリカには、日本は勝てない』と言うのが彼らの判断です。この点については妥当な判断とはいえますが・・・」 「そして、我が韓国が日本に心中する義理はない。彼らが劣勢になったら、これまでの恨みをすべて返すか」 苦虫を噛み潰したような顔で、英宗は呟いた。 無論、彼も皇帝である。自国の利益こそが最優先事項であり、幾ら皇后が日本人だと言って、 日本と一緒に心中しようと考えるほどお人よしでもない。 しかしながら、閣僚達がやろうとしていることは、英宗からすればあまりにも姑息過ぎた。 「この国の民は、一体何時になったら、自分の両足で立つ気概を持てるのだろうな」 そう呟く英宗の声は、嘆息と言うにはあまりにも重い声であった。 「この国の民は、誰かを恨まなければ生きていけないのか?」 英宗の独白に、洪思翊侍従武官は返答する言葉を見つけることは出来なかった。 それは、彼自身も、常日頃思い続けていた事であったからだ。 「洪思翊侍従武官」 「はっ」 「最悪の事も考えておいた方がよさそうだな。このような姑息な行動、 日本は決して見過ごしはしまい。恐らく痛烈なしっぺ返しが来るぞ」 そう言うと、英宗は、報告を聞いていた庭園の木陰から身を起こすと、ゆっくりとした 足取りで宮殿へと戻っていった。 後に、洪思翊大将は、自分の回顧録でこの時のことをこう記載している。 『皇帝陛下の足取りはとても重たかった。間違いなく陛下は、これから起きるであろう事を理解されていたであろうし、 そして御自身ではもはやこの流れは止められないであろうことも理解されていたと思う。 この後、陛下の懸念は的中することになるのだが、私はその時ほど、自分達の愚かさを悔やんだ事はなかった』
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559 :yukikaze:2012/02/05(日) 20 13 03 では投下。夢幻会のターン。 大日本帝国宰相、嶋田繁太郎の日常は忙しい。 海軍大臣を山本五十六に譲ったことで、少なくとも海軍の軍政面 での激務からは逃れられたものの、それでもやはり激務であるのには 変わりがなかった。 嶋田としては、軍令部総長職を古賀連合艦隊司令長官に譲渡し、新しい GF長官に小沢治三郎辺りを就任させようかとも考えていたのだが、 アクの強い山本を古賀が抑えきれるかどうかの自信がつかなかったのと、 古賀自身が大戦終結までGF長官職を続けたい希望を有していたことから 当分先の事と考えていた。 そうした殺人的なスケジュールに身をボロボロにしながらも、彼は 休むことなく職務に励んでいた。 その姿は多くの国民から称賛の声を挙げられていたが、嶋田にしてみれば 戦争を勃発させねばならなかったことへの償いでしかなかったのだが・・・ 「メキシコで火が付きましたか。まあ燃え盛る要素は今までもたくさん ありましたけどね」 辻の言葉に、会議の出席者は一様にうなずく。 アメリカのメキシコ侵攻は、確かに軍事的には成功を収めていた。 しかしながら、占領統治においてアメリカは失政を重ねることになった。 新たにできた政府に対しては、あまりにも露骨にアメリカの利益を 優先するような条約を結ばせ、更に政府高官たちがその見返りに、 アメリカからの援助をネコババしても見て見ぬふり。 おまけに、新政府軍は匪賊に毛の生えたような者達でしかなく、 乱暴や略奪は日常茶飯事。 駐留米軍ですら、陰では占領軍として横暴を重ねていたのだから、 メキシコ国民における新政府とアメリカに対する怒りは凄まじいものがあった。 故に、占領後まもなく、メキシコにおいて散発的なテロ事件やゲリラ活動が行われ、 駐留メキシコ米軍は、こうした行為に手を焼かされ、当初の予定とは違い、今に至るまで 大軍を駐屯させておかなければならなかったのである。 「しかし米軍もたまるまい。自分達の武器で攻撃されるのだからな」 杉山陸相が皮肉気に呟く。 現在蜂起したゲリラが使っているのは、大別して二つある。 一つは新政府軍から横流しされた武器。もっとも、これはそれほど多い数ではない。 もう一つは、中華戦線で押収した在中米軍と中華民国軍の兵器である。 満州戦線で理想的な包囲戦を行ったことにより、特に中華民国軍のアメリカ製兵器が 大量に手に入っていたのである。その数は、簡易な修理を施せば、1個軍団は賄える レベルであったと言えば、その量の程がわかるであろう。(奉天の兵器造廠を無傷で 獲得できたのも大きかった) 「米国にとっては、銀狐はやはり疫病神ということだね」 近衛の述懐に、夢幻会上層部はしかめっ面をする。 米国だけでなく、日本にとっても銀狐は疫病神なのだ。 何しろ彼の演説以来、日本における反英感情は徐々に低下しており、一部の議員に至っては 「敵の敵は味方であることから、英国と組むという選択肢も考えるべきではないか?」 という意見を国会で出し、それに同意する声も出ているのである。 辻なんぞは「チャーチルの後釜が銀狐でなかったのは、帝国にとってある種幸いだったかも」 と言っていたが、まさしくその通りであったろう。 仮に、銀狐が首相であったなら、帝国とアメリカの間を上手く泳いで、 今頃は双方に巨大な恩を着せつつ英国の利益を甘受していたに違いない。 そう考えると、嶋田ならずとも寒気を覚えていた。 「駐留メキシコ米軍の部分的撤退によって空いた穴を使っての兵器の密輸。そして各地におけるゲリラの組織化 確かに英国の手助けがなければ、こうまで上手くはいかなかったでしょうな」 いささか悔しげに、田中情報局局長は総括する。 南米ルートを利用しての武器の密輸に、ゲリラ戦でのマニュアル本などのノウハウ。そして運営資金。 伊達に彼らが世界帝国ではないことをまざまざと見せつけられていた。 勿論、田中はこうした経験をどん欲に取り込み、組織運用に役立てるつもりではあったが。 「で・・・メキシコの現状はどうなっています?」 「首都並びにメキシコからアメリカへの主要幹線道路沿いは、まだ米軍の力が強いので平穏を保っていますが、 国土の南半分においてはゲリラ活動が活発化しています。アメリカ人やアメリカと組んで利益を受けていたメキシコ人が 多数血祭りにあげられているという情報です」 嶋田の問いに、杉山は陸軍省でまとめたデータを読み上げる。 彼が持参した地図を見ると、確かに国土の南部において、武装勢力の蜂起が顕著であった。 560 :yukikaze:2012/02/05(日) 20 18 05 「サリナ・クルスが落ちれば、こちらとしてもありがたいですな」 「重量兵器の運用は難しくても、軽機関銃の類やバズーカなどは今の連中でも充分に使えますからな。 中華民国から押収した兵器をこれまで以上に輸送することが出来ます」 「何しろただ当然に手に入れましたからね。これで恩を売ることが出来るのならば安いものです」 「まあこれで南部の世論はまた混乱するでしょう。何しろ彼らはメキシコの武装勢力の越境攻撃で 被害を受けた経験がある。そしてその記憶はまだ風化してはいないでしょう」 「場合によっては、南部軍による越境攻撃もあるでしょうな」 「ええ。アリジゴクに引きずり込んで差し上げますよ」 血も涙もない発言であったが、そのことを糾弾する者は誰もいなかった。 何しろこれはメキシコ人の戦争なのだ。日本が思い煩うのは、それをいかに自国の利益にするかという事だけであった。 「かわいそうなメキシコ人」と同情するのが許されるのは、一般民衆レベルまでである。 「メキシコ問題はこの程度にしておきましょう。陸軍と海軍の状況はどうなんです?」 近衛の問いに、嶋田と杉山がそれぞれ返答する。 「海軍は出征準備が整っています。ハワイ沖とアンカレッジ沖の痛手は完全に回復しました。 第二・第三艦隊も新型機への転換作業もほぼ終了しています。ハワイ基地は港湾設備と 飛行場整備が終了。ドック施設はまだまだですが、これも浮きドックと明石級の投入で補完します」 「陸軍は残念ながら1個軍団の派兵が限度という状況です。無理をしても5個師団です」 杉山の問いに、山本が疑問を述べる。 「対中戦線は終結した筈だが、それでも厳しいのか?」 「現状、帝国の師団数は、総計で36個師団。その内3個師団を南満州や中国沿岸に治安維持で貼り付け、 アラスカとハワイにも師団を出しており、ハワイはともかく、アラスカと大陸には交代部隊も 考えねばならないので、フリーで使える師団は20個師団弱。輸送や継戦能力も考えれば、 1個軍団が最良という事になる」 「了解した。説明に感謝する」 山本は軽く杉山に黙礼をし、杉山も頷くことで礼に反す。 「しかし・・・わかりきった事とは言えきついですね」 辻は改めて陸軍省から出されたデータを見る。 アメリカ政府は本土決戦という事で、大規模な動員令を出しており、現在編成途上の数まで含めれば、 70個師団近い数が生まれようとしていた。 そして、日本軍の矢面に立つ西海岸には、ワシントン州方面に(カナダ侵攻軍も含めて)9個師団。 カリフォルニア州には実に16個師団。そして本命のコロラドにいる決戦兵団が12個師団と、 全軍の半数近い数が振り分けられていた。 無論、ワシントンとカリフォルニアの部隊は、碌な機甲戦力もなく、実質的には沿岸防衛師団でしかなく、 コロラドの決戦兵団も、機甲部隊の主力がM3グラントであることを考えれば、その戦力は額面上よりも 低いわけだが、それでも数の暴力というファクターを無視することはできなかった。 「かといって更なる動員令は難しいでしょう。現在の兵力は師団だけでも100万強。 その上各種支援部隊や陸軍航空隊も加算されるので最終的に日本陸軍全体で200万人。 これ以上は国家財政的に厳しいでしょうし」 「ええ。戦時国債やらこれまでの貯金で賄っていますが、何しろ我々は、冬戦争の頃から戦い続けていますので」 嶋田の問いに、辻はそういうと、阿部内務大臣に視線を向ける。 「国内世論は継戦で固まっています。毒ガス事件以来アメリカに対しては憎悪に固まっており、 中華民国から多額の賠償金を得たことも大きいです。 もっとも、日露の時と同様、アメリカに対しても膨大な賠償が取れると考えているのも多いですが」 全員が溜息をつきたくなった。 下手に舵取りを間違えると相当な反動が来ることは明らかであった。 正直、ロングが率いるアメリカを全く笑えなかった。 「アメリカの分断。並びに西海岸に対する影響力増大。これで収まりますかね」 「収めねばならんでしょう。最悪、煽り立てる馬鹿どもは退場してもらいます」 嶋田の低い声に、周囲の者達は彼が本気であることを悟る。 確かに煽り立てるだけの馬鹿は、帝国にとって害悪でしかない。 561 :yukikaze:2012/02/05(日) 20 18 40 「だが総理。正直、アメリカの分断を行うに当たって、陸軍の占領なくして可能なのか? 中国と違って、彼らが国に対する忠誠心は本物だぞ」 「海相。確かにアメリカ国民は星条旗に忠誠を誓っている。だが同時に、我が国よりも地方分権が強い国でもある。 彼らが中央政府に愛想を尽かした場合、分裂する可能性があるのは南北戦争が証明している」 「そこは理解している。だが、俺が心配しているのは分裂した後だ。西海岸のあの膨大な兵力を何とかしなければ、 奴らはその兵力を用いて合衆国の再統一を図るだろう。 最低でも、決戦兵団とワシントンの部隊を片付けていないとまずくはないか?」 山本の心配も杞憂ではない。確かに決戦兵団の戦力は、分裂後の合衆国にとっては 喉から手が出るほど欲しいものであろう。 逆に、この戦力が消滅してしまえば、彼らも有力な手札が消滅することになる。 「その点については心配はいらない。彼らは東海岸に移動せざるを得ないだろう」 近衛の言葉に、全員が注目する。 彼は伏見宮に視線を合わせて確認を取ると、ある情報を提示した。 「尾形君経由の情報だ。東海岸で起きた大規模なデモの黒幕はアメリカの共産党シンパだ。 奴ら・・・革命を狙っている」 戦争がさらなる混沌を示すかのように、遠くから雷鳴が響き渡った。
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299 :yukikaze:2013/11/16(土) 23 29 12 アカン・・・今日は何か調子に乗りすぎているような。 これは何か起きる予兆だ。 1944年。アメリカは偽りの繁栄を謳歌していた。 ロングが政権を握って以来、アメリカ経済は回復軌道に乗り、国内総生産や失業率も大きく改善されていった。 艦隊再建法により、アメリカ海軍の悲願というべき「Break Kii」を成し得るモンタナ級(史実モンタナ18インチver)も完成まじかとなり、彼らのプライドは大いに満たされることになった。誰もが「アメリカの復活」を確信していた。 だが、前述したように、それは偽りの繁栄であった。 積極財政と大規模な公共事業によって短期的には経済回復に成功したものの、合衆国には未だ新たなフロンティアを獲得することはなかった。 彼らが最も期待していたフランス市場は、未だ本土奪回を成し得ていないことから、自由フランス政府の求心力は碌になく、アメリカとの約束を果たすことなど夢のまた夢であったし、ロシアにしても、内戦の傷跡が深いのと、ナチスロシアの経済政策の無能ぶりから、市場としての価値は無きに等しい状態であった。 つまり、アメリカにとっては、戦争が継続している内はいいが、戦争が終わり次第、現在の生産量が、市場規模に比べて飽和しかねないという現実が、依然として横たわっていたのである。 当然、この状況にロングは焦りを覚えていた。 圧倒的な支持により2選を果たしていたロングであったが、それは現在の景気の良さにあるのであって、不景気になれば前任者と同様、不人気の内に蹴落とされることをよく理解していたのだ。 だからこそ彼は、アメリカ市場を満たすことが出来る新たなフロンティア探しに躍起になるのだが、安定した市場は悉く日英の物となっており、アメリカが入る余地はどこにもなかった。 故に彼が出来ることは、海軍再建の更なる促進と、半ば八つ当たりともいうべき、日系企業への嫌がらせであった。 日本政府の猛烈な抗議により、公共事業資金への強制的な取り立てこそやめたものの、「アメリカ企業にも行っている」ことを盾に、アメリカ国債の強制的な購入を強いるのはやめなかったし、更に日系企業に対して、難癖としか言いようがないレベルでの訴訟を支持者に起こさせ、司法にも手を回してそれを勝訴にさせるということまでしている。 このあまりにも露骨な行動に、アメリカの大衆は不景気時に日本企業(並びに合弁会社)が1人勝ちしていた事から溜飲を下げていたのだが、ウォール街のビジネスマン達は、自分達の利益が確保されたことを喜ぶ半面、幾分青い顔でつぶやくことになる。 「ツジとキシが黙っていないだろうな・・・」 彼らの懸念は大当たりする。 度重なる嫌がらせに対し、日本政府は、遂に日系企業に撤退を指示。涙を流して帰る彼らに「JAP Go home」と叫んでいたアメリカ市民たちは、撤退が無事に終了した直後に、日本政府が発表した声明に文字通り止めを刺される。 「日本政府は、サウジアラビア政府とクウェート政府との協定により、日英石油合弁会社中東石油が、ガワール油田、ブルガン油田の採掘権を得たことを発表する」 これまで世界的の産油量を支配していたアメリカ合衆国が、オイルゲームから完全に叩き出された瞬間であった。 この日、ウォール街は、かつての暗黒の木曜日に匹敵する大暴落を記録した。 300 :yukikaze:2013/11/16(土) 23 30 05 本日の投下はこれまで。 さて・・・戦後編の陸軍の規模か、イギリス海軍の新型巡洋艦 ネタでも考えるか。
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775 :yukikaze:2013/11/23(土) 00 51 02 リアルで修羅場になっていてなかなか投下できませんでしたが、アメリカ赤化の続きをば。国家の崩壊が始まります。 1944年12月23日。 この日、イギリス軍の兵士諸君は、過去最高クラスの大損を記録した。 もっとも、口では文句を言いながらも、全ての兵士たちの目は笑っていた。 それも当然だろう。何故ならこの日を以て戦争は終わったからだ。 『ワルキューレ』 ドイツ国防軍の反ヒトラー派によるクーデターによって、ヒトラーを始めとする ナチス要人は軒並み爆殺されたことで、第三帝国は実質的に滅亡を迎えた。 クーデター政府は、連合国に停戦の要求を行い、連合国側もこれを受諾。 これにより、ヨーロッパから砲声は途絶えることになった。 『史上最高のクリスマスプレゼント』 BBCの人気アナウンサーは、高らかに連合国の勝利に喜びの声を上げ、そして連合国の国民は、その声に大いに同意の声を上げていた。 無論、色々な問題は山積みしていたのだが、彼らの喜びを揶揄するのは無粋であろう。 一方、歓喜の声どころか、葬式の読経を読むかのごとき悲惨な状況にあったのがアメリカであった。 第二次大戦後の経済的敗北を突きつけられ、かすかな望みであった軍事的オプションも核爆弾と富嶽のコンボによって封殺された。 もはやアメリカ合衆国は、戦後世界において2流国家としての道を強制的に歩まされる未来しか選択肢はなくなったのである。 国内は極度の不景気に襲われ、銀行は貸し渋りや貸し剥がしを行い、それが更に景気を悪くするという負のスパイラルに突入していた。 財界の人間は、昨日までとは打って変わってロングの無能を罵り、他国との合弁や、資産の国外移動を図ったりしたのだが、ロング政権時代での日系企業への態度が徹底的に響き、合弁計画は門前払いをされ、国外への資産移動も、彼らの行動に激怒したロングによって叩き潰され、国外への意図的な資産流出を罪に問われた後、刑務所へと叩き込まれた。 無論、全財産は没収され、彼らの所有していた企業は、共産主義にかぶれていた元ニューディラー達の手によって、次々と国有企業へと姿を変えていった。 彼らからすれば、財界の人間は国民を食い物にする裏切り者でしかなく、全財産を国家が没収するのは至極当然の罰であった。 ロングも彼らの行動を是認すると共に、今回の問題の原因であるとして、アメリカ国内の全銀行の一時的な取引停止を命じ、更には停止期間終了後は、全銀行の国有化を以て、貸し渋りや貸し剥がしを永遠になくすことを宣言した。 銀行に泣かされていた中小企業の人間は、ロングのこの宣言を歓迎したが、彼らは後に大きく後悔することになる。 国有化された銀行は「適切な指導」の名のもとに、彼らの経営に積極的に口出しするようになったのである。 更に言えば、中小企業の統廃合を進め、ある程度大きくなってから国有化をすることで、経営者たちは最終的には会社の実権を失うことになったのである。 彼らがそのことに気付いた時はもう遅かった。 着々としかし確実に、アメリカは共産主義国家へと脱皮を始めたのである。 776 :yukikaze:2013/11/23(土) 00 52 59 今日はこれまで。不景気ってほんと人を荒ませますねえ。 次回はいよいよアメリカ内乱へと舵をきります。 コーンパイプをくわえた将軍がアップを始めた模様です。
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610 :yukikaze:2013/11/09(土) 23 22 21 では講和条約締結以降のアメリカ。いやぁ・・・経済って怖いですね。 1936年の大統領選挙は、共和党のアルフレッド・ランドンの圧勝で終わった。 民主党はどの州でも勝利することが出来なかったという最悪の結末で、殆ど押し付けられる形で大統領選挙に出馬させられたガーナーは、 「ナッツ」 という下品な言葉を残して政界から完全に引退をすることになる。 (なお、彼の回顧録が残っているが、基本的に自分以外の全てに対する呪いの言葉で書かれており「回顧録ではなく呪詛の祈祷書」呼ばわりされている) さて、大統領になったランドンの初の仕事は、戦争によって有名無実と化したニューディール政策の完全な廃止を決定した。 実の所、ランドンはニューディール政策そのものは共感を覚えていたのだが、財政均衡主義者の立場として、財政赤字の増加と政府の効率の悪さの観点から廃止せざるを得なかった。 国家工業復旧法が違憲判決を受けた事もあいまって、ランドンのこの行動は共和党支持者から諸手を挙げて歓迎されることになるのだが、問題はランドンが掲げ、共和党支持者が賛同した「財政均衡主義」と「企業の自助努力」が、好景気時ならばともかく、不景気時においては、自殺としか言いようがない政策であったという事であった。 よくよく考えてみればいい。 企業の自浄努力に頼るという場合、業績が低迷した企業が採る手段は、徹底的なコスト削減である。 採算の取れない工場は閉鎖され、労働者は路頭に迷う。そうなると購買層は減少し、ますます企業の業績は悪化するという悪循環に陥るのである。 そして財政均衡主義は、収入が減ればその分支出も減るので、政府による公共事業政策が極めて限定的になり、企業がもらえる仕事がますます減るということにも繋がるのである。 もうお分かりであろう。 世界恐慌以前の過剰投資で供給力が完全飽和状態だったアメリカは、戦争による海外市場の大幅喪失と、財政均衡主義並びに政府救済策がなされないというコンボ攻撃によって、完全に止めをさされることになったのである。 町には失業者が溢れ、職を求める抗議デモが起き、銀行は自らの利益を確保する為に、貸し渋りや貸し剥がしを強行し、それなりに体力のあった企業さえ命脈を絶たれることになった。 そうした死屍累々の大地にあって、一人ほくそ笑んでいたのは日本の企業マンだけであった。後に「シャイロックですら奴らに比べれば善人だ」と、アメリカの大企業の重役が吐き捨てたように、彼らはアメリカ経済界の残骸から心行くまで墓荒らしをすることになる。 優秀な人材の引き抜きや、将来有望な特許を持つ企業の買収などまだかわいい方で、酷いケースでは提携を断ったライバル企業を株価操作で潰すわ、新聞社やラジオ会社をペーパー会社に買収させて共和党の政策を賛美するキャンペーンを張り、更に経済を悪化させるという悪魔な所業までしている。まさに好機とあらば徹底的に攻める日本の恐ろしさを示す行動であったと言えよう。 612 :yukikaze:2013/11/09(土) 23 25 08 今日はこれまで。 ちなみに今回の日本側の行動は、辻と商工省の岸がタッグを組み、 日本のビジネスマンが嬉々としてそのシナリオに乗ったという流れです。
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628 :yukikaze:2013/11/17(日) 22 19 02 ひゅうが氏乙です。 極東ロシア軍は完全に消滅ですか。これ・・・第一次大戦で、ロシアは碌に動けずに、ドイツ軍は冗談抜きにシュリーフェンプランそのままでやらかすかも。 では返礼としてアメリカ赤化の続き。日本海軍の動向もちょっと出るよ。 日本によるガワール油田、ブルガン油田の二つの大油田の開発の報はアメリカ石油業界を文字通り崩壊に追い込んだ。 これまで世界の石油産出量は、約半分近くがアメリカ国内で産出されており、そうであるが故に、石油ゲームにおいてアメリカは主導権を握ることが出来た。 報告が駆けめぐるが早いか世界の石油価格は大暴落し、世界中に石油を輸出していたアメリカは大損害を受け、アメリカ・ニューヨークの石油関連株は大暴落し、シカゴの先物市場は大混乱に陥った。 当然のことながら、事態は石油産業だけでなく、石油製油、石油加工品などの関連株も軒並み下落し、まさに大恐慌再びという事態に陥ることになった。 これだけでもアメリカ経済にとっては大損害であったのだが、止めを刺したのがノルマンディー上陸作戦に成功した直後に、日本政府から出された「近衛声明」であった。 この声明で、近衛は、大戦後の欧州復興計画に全面的に協力することを約束し、その為の資金を(精査は必要であるが)惜しむことはないと明言をしている。 この時点で、日本は既に戦争の帰趨ではなく、戦後について考えているという点で興味深い所ではあるが、この声明に対し、亡命オランダ政府やベルギー政府などはもとより、自由フランス政府も全面的に賛同を示したのはアメリカにとって大きな打撃であった。 これまでフランス市場を獲得するために多大な投資をしてきたのに、自由フランス政府はあっさりとそれを反故にしたのである。これは米国経済の壊滅を理解したことや、これまで独自の発言力を得る為にアメリカにすり寄っていたド・ゴールが戦争指導のまずさから日英政府に見限られ、完全に失脚をしてしまったことも大きかった。 ここにアメリカ政府は欧州市場から完膚なきまでに叩き出されることを宣告された。 もう一つの有望市場であったロシアも、このアメリカの体たらくに見切りをつけ、東欧諸国との枢軸体制確立に外交的努力を重ねるようになり、冷酷に捨てられることになった。 アメリカにとってのフロンティアは永遠に失われたのである。 無論、この事態を受け入れるほど、ロングは往生際は良くなかった。 彼は再建中の太平洋艦隊全力を以て日本を叩きのめすことを海軍に指示した。 確かに日本には、紀伊型2隻と長門型4隻の6隻が後詰として控えているものの、恐怖の的である空母機動艦隊はほぼ全艦が欧州海域であり、今ならがら空きと言っていい本土を叩けると主張したのである。 海軍上層部は、錬度不十分のモンタナ級とアイオワ級2隻づつで攻めても、相打ちが精々で、欧州から大挙押し寄せた空母機動艦隊によって東海岸が叩きのめされるだけだと、全力で説得したのだが、狂気に彩られたロングが受け入れるはずもなく、首脳部を更迭してまで強引な対日戦(限定戦)を行おうとしたのだが、彼の対日侵攻計画は幻に終わることになる。 1944年8月6日。日本の領土であるマーシャル諸島において、初の核実験が行われ全世界にその成功が配信されたのであった。 629 :yukikaze:2013/11/17(日) 22 21 08 本日はこれまで。 軍事的にも経済的にもアメリカは完全に詰みました。 ただ・・・現時点において大統領を罷免することはできませんので、大統領を更迭しようとする派は、後4年は待たないといけません。 そしてロングはその4年の時を待たせてやる程お人よしではありません。 アメリカ赤化が始まります。
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498 :yukikaze:2013/11/09(土) 00 15 55 需要あるかどうかわからんが、アメリカ赤化フラグ(ルーズベルト更迭後) 弾劾裁判により更迭という前代未聞の事態を受けて後を継いだのは副大統領ガーナーであった。 既に翌年に控えている大統領選挙で民主党の大敗は誰の目にも明らかであり、ガーナーの仕事は実質的に日本への降伏文書の調印をするだけであった。 無論、ガーナー自身はこのような不名誉な仕事を喜んでいた訳もなく、この時期に彼の口から出たのは、前任者と海軍の無能を罵る言葉だけだったとされているが、そう愚痴りたくなる程、日本側の突きつけた条件は厳しかった。 まず日本側は、アメリカ側の道義的責任を求めた。 問答無用で殴られた日本側としては当然の要求であったが、「ジャスティス」を旗印にしているアメリカ側は、日本側が呆れるほどの抵抗を示すことになる。 次に賠償金についてだが、これは意外と早く決着がついている。 アメリカ側は、第一次大戦で連合国側がドイツに示した法外な賠償金再びと思っていたのだが日本側の要求は、今回の戦争でかかった費用の半分でしかなく、アメリカ側があっけにとられながらも、日本の気が変わらないうちにと即承諾をしている。 もっとも、日本が賠償金を敢えて抑えたのは、あまりにもえげつない理由であった。 日本はこの時点でアメリカの牙を抜くことを国家戦略として策定しており、そしてその過程でドルの価値が大幅に下落することもプロセスに組み込まれていた。 日本からすれば「価値が下落する貨幣なんぞ貰っても仕方がない」であり、そうであるが故に未だ価値が保っている時点で満額払うことが出来るだけの額に抑え込んだのである。 (それでも純金で1,200t近いレベルであったが) そして日本側が仏の顔を見せたのは、この賠償金だけであった。 500 :yukikaze:2013/11/09(土) 00 33 26 まず領土であるが、ハワイ諸島以西の領土は全て割譲された。 何とか取り戻そうとしたハワイすら返還は認められず、しかも日本側があてつけのようにハワイ王国の復活まで決定したことで、傷口に塩を擦り付けられる羽目になってしまった。 また、領土としては認められたものの、アラスカやダッチハーバーは非武装地帯に認定され、北方海域の防衛が脆弱になってしまった。 だが、それよりも深刻だったのは、アメリカがこれまで保有していた海外利権が、今回の一件でほぼ消滅した事であった。 中国大陸では、蒋介石が、アメリカの敗北によって求心力が低下することになった。 真に中国人らしく、彼はアメリカをあっさり見限り、他国へ擦り寄ろうとしたが、北伐での国民党軍の無軌道な行動と、これまでの言説からどの国もまともに相手をせず、結果的に国民党勢力は雲散霧消し、それと同時に米国利権も又消滅した。 これだけでも痛かったのだが、更にフィリピンも、反米親日勢力の台頭により政情が不安定になり焦った政府側が無軌道な弾圧を行うも、治安回復に失敗。アメリカ資本が投資を行う価値が加速度的になくなっていくありさま。 そして止めを刺したのが、パナマ運河の利権が、日本のパナマ占領、そして撤退後の「運河の施政権はパナマにあり、更にパナマは永世中立国としていかなる国の影響も受けない」という、日本側の撤退条件により、完全に米国の手から離れたという事であった。 つまり米国は、中南米以外の全利権が消滅することになり、戦争前よりもはるかに経済的並びに政治的発言力を失うという大失態を犯すことになったのである。 アメリカ側が「ルーズベルトのクレイジーウォー」と呼ぶようになったのは、このサンフランシスコ講和条約以後からであるが、彼らがそう悪態をつくほどアメリカ側をむしばむ毒は徐々にしかし確実に広がっていくことになる。