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青年のための読書クラブ 題名:青年のための読書クラブ 作者:桜庭一樹 発行:新潮社 2007.06.30 初版 価格:\1,400 奇妙なタイトルのこの小説は、内容もまた奇妙である。カトリック系女学院の古今にわたるエピソードを、マイナーな部活動である読書クラブ・メンバーの各時代の記録という形で綴った連作短篇小説だ。 少しばかりトリッキーな短篇が次々と語られるが、ジャンルとしては一般娯楽小説とでもいうような、対象読者を絞りにくい曖昧な部類に属するのだろうか。読中の感覚としては、なぜだか浅田次郎を読んでいるような錯覚を覚えた。 つまり、これまでの桜庭作品ではないのである。大仰なレトリックを用いた語りすぎの感すらある文体は、ユーモアを交えながら、余裕あるリズムで優雅を意識して書かれているかに見え、それは彩り彩りの時代背景に影響を受けない、社会から隔離された女学園そのものを表すかのように、大正ロマンを想起させる文体である。そうしたところも、何故か浅田次郎だ。 高校生にしては、まるで社会の縮図であるかのような、ヒエラルキーが歴然と存在する中で、階級闘争やアングラ芝居のような懐かしい時代が、学園にも持ち込まれる。時代時代の背景を映し出す鏡のように、学園内の少女たちの事件が紡ぎ出されてゆく。 とてもふざけていて荒唐無稽でありながら、ある時代には街頭即興芝居を、ある時代にはジュリアナのお立ち台を、そして現代では地球温暖化や少子高齢化社会を、痛切に皮肉交じりな雄弁に委ねて、本書の物語たちは、奇妙な味のざらついた舌触りをそれぞれに残してゆく。 いずれ劣らぬ個性溢れるヒロインの群れを歴史の踪跡として背後に残して、学園も時代も通り過ぎ、夢幻のように消え失せてゆく。 例によって奇抜な女性たちの名前は健在だ。山口十五夜(やまぐち・じゅうごや)、五月雨永遠(さみだれ・とわ)なんて名前は、それだけで印象に残ってしまいそうだ。深く刻印のように、印象的な名を刻んでゆく作家である、桜庭一樹は。 (2008/03/16)
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いちやひめのためのこっけん【登録タグ GUMI い 前略P 曲】 作詞:前略P 作曲:前略P 編曲:前略P 唄:GUMI 曲紹介 白昼夢に描いた詩は消えていきました。 夜は真っ赤に染まっていったし、閉じた目は真っ白に溶け出しました。 あの頃の黄ばんだ記憶にはもう近付けないのかもしれません。 前略P の17作目。「Good Night Twilight E.P.」シリーズ最終章。 webシングル「Unrequited Drug E.P.」収録曲。 さあさあ皆様、絵本のご用意を。たった一夜の夢物語、朝は君を狙い始めております。…そんなお話。(作者コメ転載) 経過報告:………(作者シリーズマイリストコメントより) 清々しい朝だ。身を焦がす苦痛と快楽はリンボですら味わえない。薬はドンドン体を蝕み、神に会い、鳥になり、太陽に焼かれそして力尽きた。大事な人、ねえ聞こえる?もう私は夢を見れない。瞼が開かない。ねえ、夢の続きは…?(Twitterより転載) PVを うさこ氏 が手掛ける。 歌詞 「おはよう、どんな夢を見てたの?」 「神様になって君を殺した。真っ逆さまなんだ、街も人も」 「楽しかったの?」 「とっても怖かったよ」 重なったハコの中で君は壊れてた 身体も心も 「絡まった薬をくれないかな?」 「ダメだよ、私を一人にしないで」 「おはよう、どんな夢を見てたの?」 「鳥になって君を探した。ちっぽけだったんだ、街も人も」 「空は近かったの?」 「太陽に焼かれてた」 行かないで、寂しいよ泣きたいよ 戻らない、身体も心も 絡まった薬は君を笑う 時計の針は夢を歌い出した 「大事な人、ねえ聞こえてる?」 「朝は始まったばかりだよ。」 「ねえ、早く話をしよう… ねえ、夢の続きは…?」 重なったハコの中で君は壊れてた 身体も心も 「絡まった薬をくれないかな?」 「ダメだよ、私を一人にしないで!!」 コメント 追加おつ! -- 名無しさん (2012-05-29 00 52 23) この曲最初の話かと思ってたからかなりびっくりしたwww -- 肉厚 (2012-05-30 21 44 58) 名前 コメント
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登録日:2014/08/24 (日) 21 50 00 更新日:2023/06/20 Tue 09 49 03NEW! 所要時間:約 6 分で読めます ▽タグ一覧 SF あなたのための物語 小説 早川書房 機械知性 死 長谷敏司 サマンサ・ウォーカーは死んだ 概要あらすじ 登場人物 用語 備考 『あなたのための物語』とは、2009年8月に早川書房より刊行されたSF小説である。 現在では文庫版が出版されているため、そちらのほうが手に入りやすい。 著者は『円環少女』シリーズや『BEATLESS』で知られるSF・ライトノベル作家の長谷敏司氏。 後、某聖杯戦争ゲーのスピンオフに同名の宝具が存在するが、そちらとは全く関係ない。 そもそもあっちは「貴方のための物語」だしね。 概要 死病に瀕した天才科学者サマンサ・ウォーカーとITP(後述)と呼ばれる技術により生み出された擬似人格、 通称 wanna be の交流を通して、人の死や人と道具の関係を問いただすSF小説。 本編のほぼ全てが死病に蝕まれ死にゆくサマンサの鬱った思考と、 容赦のない病と死の描写で占められており、読了後はきっと鬱になる事請け合い。 常時フラットかつ起伏の少ないストーリー展開であり、 BEATLESS等に見られる派手なアクションも存在しないためその辺を期待する人は楽しめないであろう。 反面、BEATLESSにおいても見られるような、「ヒト」と「道具(モノ)」との関係というテーマや、 機械知性との対話の描写も内包しておりそういったものを求める人にとっては紛れもない傑作となりうる。 また、同氏の中編小説「地には豊穣」「allo,toi,toi」と同一世界観の物語であり、共通のガジェットであるITPが主軸に据えられている。 というかallo, toi, toiに関しては、本作がベストSF2009において二位入賞を果たした際に書かれたものである。 とはいえ、どちらの作品に関しても同一世界観を書いた話であるという以上の関連性は無いに等しい。 あらすじ 西暦2083年、人工神経制御言語・ITPの開発者サマンサは、 ITPテキストで記述される仮想人格 wanna be に小説を執筆させることによって、使用者が創造性を兼ね備えるという証明を試みていた。 そんな矢先、サマンサの余命が半年であることが判明。彼女は残された日々を、ITP商品化の障壁である”感覚の平板化”の解決に捧げようとする。 いっぽう wanna be は徐々に、彼女のための物語を語り始めるが……。 本作表紙裏、あらすじより 登場人物 ○サマンサ・ウォーカー 「わたしにとって、科学とは抵抗(プロテスト)です。自分自身の無力さと、親世代が欠損を残した不満足な世界を乗り越えてゆくために、科学者を志したのです」 人工神経の分野において、若くして頭角を現した天才科学者。 「脳神経と電動義肢を接続する人工神経の制御プロトコル」であるNIP(Neuron Interface Protocol)の開発者連中の一人。 共同開発者であるデニス・ローデンバーグと共に、ニューロロジカル社という企業を起ち上げ、NIP技術により巨大企業へと押し上げた。 その後、社の経営はデニスと専門の経営者に任せ、本人は社内において研究開発の一翼を担う存在となる。 現在はNIPを応用したITPの開発に心血を注いでおり、その過程で創造性試験体 wanna be を生み出す。 生粋の研究者であり、研究開発以外の事にあまり目を向ける事がない。 それ故プライベートよりも仕事を優先させる……というかそもそもプライベートを殆ど持っていない。 本人はそんな現状に不満はないが、デニスには心配されている。 そんな最中、新種の自己免疫疾患により余命半年を宣告された彼女は、残された時間をITPの開発に使おうとするが……。 ある意味ラスボス。 ○ wanna be なにか、お役に立てる事はありますか ITPの研究開発の途中で生み出された仮想人格。 作中においては「創造性試験体」、 彼 、 wanna be と呼ばれるが、人間のような名前は持たない。 人間の脳を記述するための言語であるITPを用いて記述された存在であり、 肉体は持たず量子コンピュータ内のソースが全てであるものの、拳大の球状端末に接続する事で人間と同じように外部を感知することが出来る。 また作中においては、人間との意思疎通を円滑化させるため人間の男性を模した立体映像を空間中に投影している。 その存在意義は、ITPの記述に人間と同様の「創造性」があるかどうかを調べるためであり、その方法として小説を書く事を課せられている。 そして、 wanna be の書いた小説が、どこかで見たもののツギハギから外れれば外れる程、ITPの創造性が証明されら事 となる。 最終的に小説は創造性の実証のため報道陣向けに発表され、 wanna be 自体はそれが終わればバックアップを残し量子コンピュータ内から削除――簡単に言えば死ぬのである。 起動初期は(言語能力自体は有していたものの)人間で言えば赤ん坊のような存在であったが、 研究員やサマンサとの対話や、多くの小説を読む事により、ITPなりの自我が発芽することになる。 そして wanna be は自我の赴くまま、徐々に「サマンサのための物語」を書くようになり……。 ○ケイト・ブライアン サマンサの後釜としてITP技術の開発を引き継ぐ事となった若き研究者。 子持ちでファッションにも気を遣う。研究一筋のサマンサとは全く違う、ワークライフバランスを大切にする研究者。 研究開発の手法もサマンサとは正反対であり、サマンサがトップダウン式の 、ある種独裁的な部下の使い方をするのに対し、ケイトはチームワーク重視で研究開発を進めている。 ○デニス・ローデンバーグ サマンサと共にNIPの基礎理論を作り上げ、ニューロロジカル社を立ち上げた元研究者。 現在は経営者としてニューロロジカル社に勤めている。 己のプライベートを捨て、研究に没頭するサマンサを心配しながらも、経営者としてサマンサに厳しい言葉を投げかけることも。 用語 ○ITP(Image Transfer Protocol) 神経伝達言語。NIPの発展系として開発されている。 対象の脳内には無い神経の発火を、ナノマシンを使い対象の脳内に記述する事が出来る技術。 例えば、人間は文字で「悲しい」と描いても実際に悲しいと感じることはない。 然しITPを用いれば、ある人の感じた「悲しい」という感情をITPの形で保存しておく事により、 その「悲しい」と記録した神経を、伝えたい相手の脳内でも働く書式で発火させる事によで、「悲しい」の感情を相手に対し完全に伝えることが出来る。 神経の発火を模倣し、意思や意味を脳内で作り出す言語、それがITPである。 この技術を用いれば脳内のあらゆる働きを記述し、保存することが出来る。 つまりこの技術により新たな人格を作り出したり、自分の脳神経の発火を記述する事で人格のコピーを残すことすら出来る技術である。 ニューロロジカル社では、将来的にこの技術を商品として売り出そうとしているものの、 「感覚の平板化」と呼ばれる現象を始め、未だ少なくない問題と課題を抱えており、現在はそれらのバグを無くすべく開発を進めている。 備考 本作が長谷敏司氏のSFレーベルにおける初の長編となる。因みに、初のハヤカワレーベル作品は「地には豊穣」であるが、こちらもITP技術者の話となっている。 前述したが、同氏は本作で同年のベストSF第二位に入賞している。また、(残念ながら逃しはしたものの)日本SF対象候補にも選出された。 世界観が世界観なだけに当たり前であるが、同氏の作品でありながらヒロインが幼女ではない。どころか幼女自体出てこない。 追記・修正よろしくお願いします。 △メニュー 項目変更 この項目が面白かったなら……\ポチッと/ -アニヲタWiki- ▷ コメント欄 [部分編集] てっきり角川の十代向け小説短編集かと。 -- 名無しさん (2014-08-25 02 34 40) タイトル見てFateの某鯖を真っ先に思い浮かんでしまった俺はもう駄目かもしんない -- 名無しさん (2014-08-25 08 08 26) エースコンバット3のシンシアやディジョン、nemoが思い出される。 -- 名無しさん (2016-09-04 00 39 56) これはお前が始めた(ry -- 名無しさん (2023-06-20 09 49 03) 名前 コメント
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初心者のためのプレイチャート 新規登録 名前、パスワード、職業、性別4つとも途中で変更できますが ゲーム内のお金が必要になります 基本的な動作説明 @○○と書かれている文字をクリックして「発言」を押せばいいです また、チャットと同じように打ち込んで「発言」を押しても同じことができます 冒険の準備 武器、防具、アイテムは一つしかもてません また武器、防具は重さがあり 重さの分だけ素早さが下がります 素早さが低いと自分の攻撃がはずれやすくなり 会心の一撃をくらいやすくなります 冒険へ 「@つくる」を入力して自分でパーティーをつくるか 「@さんか ○○」でだれかのパーティーにはいりましょう 途中から参加することはできません 新しいパクモンを手に入れるには 野生のパクモンを倒していたらでる「卵」を とあるところにもっていこう 最後に 続けていればそのうち慣れます がんばってください
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※正直言ってここは何の意味もない! +・・・を貼る 動画を貼る方法 【#video(URL)】 画像を貼る方法 貼りたいページにうpしてから 【#image(うpした画像の名前)】 表を作る方法 表示 データ 表示 データ リンクを貼る方法 表示名 クリックして読み込む表を作る +表示名 こんな感じ +表示文字関連 文字の大きさ・色を変える 文字 具体的に変える 一番おおきな文字 おおきな文字 すこしおおきな文字 文字を強調する 普通のもじ強調したい文字普通の文字 コメント こんな感じにコメントを投稿できます -- アスケス (2011-03-12 19 31 43) 名前 コメント
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亡くなった茶道家の父は、礼儀作法に非常に厳しい人だった。 今でもよく覚えている。 ある日俺は寺子屋から帰ると、茶箪笥の中に見たこともない高級な和菓子があるのを見つけた。 きっと、両親は奮発して高いものを買ってきてくれたのだろう。 俺は勝手にそう判断し、それを一人で無断で平らげた。 仕事から帰ってきた父は烈火の如く怒った。 あの菓子は、俺のために買ったのではない。 里長を招いて茶会をする際に、皆に振る舞うために購入した大事な菓子だったのだ。 泣いて謝る俺の尻を父はばしばし叩き、真っ暗な蔵の中に閉じ込めた。 あの時ほど、父が恐いと思ったことはない。 結局、父は大事な茶の席で大恥をかく羽目になり、俺は怒られても仕方のないことをしたのだ。 そんな父もあっけなく亡くなり、俺は父の跡を継いで茶道を教える仕事に就いた。 今では何とか、妻と一緒に食べていけるだけの稼ぎもある。 夜。ガラス戸を叩く音がしたので俺は立ち上がった。 こんな夜更けに誰だろう。 戸を開けると、そこには丸っこい物体がある。 金髪にカチューシャ。ゆっくりありすと呼ばれる饅頭生物だ。 「こんばんは、とかいはなおじさん」 「ああ、こんばんは。どうしたんだい、こんな夜に」 このありすとは初対面ではない。 今日の午後、縁側で一緒に簡素なティータイムを楽しんだゆっくりだ。 俺が縁側で湯飲みを片手に羊羹を食べていると、このありすが森の方から庭にやって来た。 垣根から顔を覗かせ、ありすは遠慮がちに俺に挨拶した。 「ゆっくりしていってね、おじさん」 「ああ。ゆっくりしていくといい」 「ありがとう。おじさんはしんせつなひとね。ありすも、おじさんのおにわにいてもいいかしら」 「庭を荒らさなければ、別に構わないよ」 「あら。ありすはとかいはよ。にんげんさんのおにわをよごすようなことはしないわ」 ありすの言ったことは嘘ではなかった。 ありすは俺の近くまで出てくると、口にくわえていた野苺を静かに食べ始めた。 よくいるゆっくりのような「むーしゃむーしゃ! しあわせー!」といったような大声を上げることもない。 都会派、と自称するだけあって、ありすの食べ方はゆっくりにしては品がよかった。 俺は少し気をよくして、抹茶に砂糖を入れて冷ましてからありすに差し出した。 「ゆっ! とってもおいしいおちゃね! おじさんはすてきなひとだわ」 ありすとはしばらくの間、なかなか楽しい茶会の時間を過ごすことができた。 時には、作法にこだわらず自然体で茶を楽しむのも素晴らしい。 茶を飲み終わるとありすは野苺の茎を片づけ、森へと帰っていったはずだ。 なのに、いったいどういう風の吹き回しだろう。 「おじさん、ひるまのおれいよ。ありすのつくったいんてりあなの。うけとってほしいわ」 ありすが口にくわえて差し出したのは、きれいに形の整っている押し花だった。 木の葉っぱの上に一輪の花がくっついている。 恐らく、ゆっくりの涙か唾液によって固めたものだろう。 あの不器用なゆっくりが作るものとは信じがたいほど、それは手が込んでいる。 「ありがとう。遠慮なく受け取らせてもらうよ」 たとえそれがゆっくりが作ったものであっても、誠意がこもっていることに代わりはない。 俺はお礼を言ってありすから押し花を受け取った。 「ゆっくり! おじさん、ありすとおともだちになってほしいわ」 俺が受け取ったことで、自分が受け入れられたと思ったのか、ありすはそんなことを言ってきた。 「君と友達にかい?」 「おじさんはとってもいいひとだから、ありすはおともだちになりたいの。また、いっしょにてぃーぱーてぃーをたのしみましょう?」 ありすはニコニコと笑っている。 あまりにも、ありすの笑顔は無防備だった。 だからこそ、俺は首を横に振った。 「残念だけど、それは無理だよ。今日のことはもう忘れて、お家に帰りなさい」 「…………ど、どうして。もしかして、ありすはいなかものだったの? おじさんのめいわくだったの?」 ありすのうろたえ方はかわいそうなくらいだった。 まさか、否定されるとは思っていなかったのだろう。 それもそうだろう。俺とありすとは、本当に仲良くやっていたのだから。 「いいや、そうじゃない。ありすはゆっくりとは思えないくらい都会派だったよ。でも、駄目だ」 「……おじさん。…………どうして?」 「君がゆっくりで、俺が人間だからさ。俺と君とでは、種族として違いすぎるんだ。人間には、近寄らない方がいい」 まだすがるような目をしてくるありすを、俺は優しく突き放す。 「今は仲良くできても、きっといずれどちらも不幸になる。俺たちは、絶対に相容れないんだよ」 俺はかつて、下らない過ちを犯した。 ゆっくりのしたことに本気で怒り、ゆっくりが分からないことを無理に分からせようとした。 人間の常識でも、ゆっくりにとっては常識ではない。 なまじ彼らは喋ることができるから、意思の疎通ができると思ってしまう。 実際はそうではない。人間とゆっくりとは違いすぎる。 あの不毛な体験は、俺の記憶の中に嫌な過去として位置づけられている。 あれは、この家に引っ越してきてすぐのことだった。 俺は今日のように、庭を眺めようと縁側に出ていた。 やや古くはあるが、実に趣のある家と庭だ。 何気なく見ていても、あちこちに風情があって飽きることがない。 しばし休息を取ろうと、俺は茶を点て茶箪笥からおはぎを一つ取り出した。 行きつけの和菓子店が作る、徹底的に痛めつけて味をよくしたゆっくりを材料にした名菓だ。 俺は茶碗と皿をお盆に載せ、縁側に戻ると座り直した。 ほっとする一息だ。 誰のためでもなく、自分のために点てる茶も悪くない。 茶の香りは奥ゆかしく、午後の静かな時間と相まって幻想郷を桃源郷に変えようと誘う。 柔らかなその誘いに、しばし身を委ねていた時のことだった。 「ゆっゆっゆ~♪ ゆっゆっゆ~♪ おさんぽおさんぽ~♪ まりさのおさんぽたのしいな~っ♪」 せっかくの気分が、たちまち台無しになった。 垣根をがさがさとうるさく揺らし、小動物らしからぬ不用心さで飛び出してきたものがいる。 金髪に黒い帽子。小生意気そうな表情。ゆっくりまりさだ。 サイズは大きめのリンゴくらいだろうか。どうやらまだ幼いゆっくりのようだ。 まりさはへたくそな歌を歌いながら、ぴょんぴょんと跳ねて庭を横切ろうとしている。 人間の耳には、ちょっとゆっくりの歌のセンスは理解しがたい。はっきり言って不快だ。 ……それにしても、散歩なのだろうか。 だとしたら、何という無警戒だろう。 俺の住む里では、あまりゆっくりにいい顔はしない。 畑を荒らす害虫として駆除されることもしょっちゅうだ。 付き合いで俺も幾度かかり出されたことがある。 里のあちこちに作られた巣を壊し、泣き叫ぶゆっくりを袋に詰めて加工場に引き取ってもらう。 「にんげんさんやめてよ! やめて! まりさたちはゆっくりくらしてただけだよ! なんでこんなことするの! ゆっくりしてよ!」 「おちびちゃんをもっていかないで! れいむのだいじなおちびちゃんなんだよ! やめて! ひどいことするなられいむにして!」 「ゆあああああん! きょわいよおおおお! おかあしゃああん!おとうしゃああああん! たすけちぇよおおお!」 俺はあまり彼らのお喋りが人間のようで好きになれないが、農家の人が言うにはあれはただの鳴き声だそうだ。 意味などない。ただの饅頭の発する音。人間のような思考はない。 そう思っているからこそ、簡単に駆除できるのだろう。 里は決して、ゆっくりにとって安全な場所ではないのだ。 それなのに、この警戒心皆無の動きは何だろうか。 「ゆっ! にんげんさんがいるよ。おにいさん、ゆっくりしていってね!」 俺の足元にまで近づいて、ようやくまりさは俺の存在に気づいたらしい。 まりさはぐいっと体と頭が一緒の部分をもたげ、俺の方を一心に見つめてそう言った。 きらきらと輝くような瞳だ。 実に無邪気な、人間の子どもでさえもここまであどけない目つきをしてはいない。 俺と仲良くできる、と無条件で信じ込んでいるのがよく分かる。 「……あ、ああ。ゆっくり、しているよ」 「ゆっ! ゆっ! ゆっくり! ゆっくり! おにいさん、ゆっくりしていってね! ゆっくりしていってね!」 俺はまりさの迫ってくる気迫にあっさり負け、返事をしてしまった。 途端にパアァ……とまりさの顔がさらに明るくなる。 ぽよんぽよんとまりさは反復横跳びをして、返事が来た喜びを全身で表現した。 きっと、これで俺とまりさとは仲良くなった、と思い込んでいるのだろう。 ゆっくり、という言葉を連発することから、余程その響きが気に入っているらしい。 「ここはまりさのみつけたゆっくりぷれいすだよ! おにいさんもゆっくりしていいからね!」 「え? いや、ここは俺の家で、君のいるところは俺の庭なんだが」 「ちがうよ! まりさのゆっくりぷれいすだよ! まりさがおさんぽしててみつけたんだよ! まりさのすてきなゆっくりぷれいすだよ!」 「……まあ、そうだよな。君たちに人間の家とか庭とか分かるわけないだろうし」 「ゆっ! ゆっ! おにいさん、へんなこといわないでよね。まりさちょっとこまっちゃったよ。ゆっくりしようね!」 「はいはい。ゆっくりゆっくり」 ああ、これがお家宣言という奴何だな、と俺は一人納得していた。 まりさにとっては、ここは自分が見つけた場所なんだろう。 俺という人間は、ついさっき気づいた。つまり、庭が先で俺が後だ。 だから、まりさにとってここは先に自分が見つけた場所ということになっているのだろう。 どうでもいいことだ。 どうせ、飽きたらすぐにどこかに行ってしまうだろう。 俺はまりさのかん高い声と、妙に人の神経を逆なでする口調に少しいらついたが、怒るほどではなかった。 そもそもここは借家だ。まりさが何と言おうが、あまり執着心はない。 まりさは楽しそうに俺の周りを転がってみたり、あちこちに顔を突っ込んで匂いを嗅いだりしていたが、不意にさっきよりもさらに目を輝かせた。 「ゆゆっ! おいしそうなおかしがあるよ! とってもおいしそうだね! まりさたべたい!」 ゆっくりは感情がすぐ表に出る。 まりさの目は、俺の隣にある皿に置かれたおはぎに釘付けだった。 おはぎに焦点を合わせたまま動かない目と、よだれの垂れている口元、そして舌なめずりをする舌。 露骨に「食べたいよお!」という欲望がむき出しになった顔だ。 「駄目だ。これは俺のお菓子だよ。まりさにあげる食べ物じゃないんだ」 「えぇぇ……。うらやましいなぁ…………おいしそうだなぁ……まりさもたべたいよぉ……」 餌付けして居座られても困る。 俺はちょっと大人げなかったが、皿を持ち上げてまりさから遠ざけた。 まりさはすぐさま縁側に這い上がって、おはぎに噛み付きかねない勢いだったからだ。 まりさの視線は、器用におはぎを追って動いた。 もう、関心はおはぎに固定されたらしい。 仕方のないことだ。 ゆっくりは極度の甘党だが、野生のゆっくりが甘いお菓子を食べることなどできない。 常に甘いものに飢えているゆっくりの目の前に、大好きなお菓子が置かれたのだ。 飛びつこうとするのも無理もない。 「いいなぁ………おにいさんだけいいなぁ………まりさもほしいなぁ……たべたいなぁ……むーしゃむーしゃしたいなぁ………」 さっさとあきらめて出て行けばいいものを。 そうすれば、それ以上おはぎを見続けて焦がれることもないのに。 俺はそう思ったが、まりさの取った行動は正反対だった。 俺のそばにべたべた付きまとって、懸命に自分をアピールし始めたのだ。 俺の機嫌を伺うように顔をのぞき込んでみたり、チラッと流し目を送ってみたり、実にうっとうしい。 口からは、俺が羨ましい、自分も食べたい、と馬鹿の一つ覚えのような言葉が連発される。 俺がそっぽを向くと、そちらに回り込んでぴょんぴょん跳ねたりぷりんぷりんと尻を振ってみせる。 少しでも俺の気を引こうと、まりさは手を尽くしているらしい。 だがそれは、俺にしてみれば不愉快な行為ばかりだ。 人のものを欲しがるという態度が気に入らない。 ましてや、あきらめが悪くしつこいならばなおさらだ。 茶の席でこんなことをしようものなら、即座に追い出されても仕方がない不作法だ。 「いいなあ! まりさもほしいよ! ほしい! おかしほしい! おかしたべたい! たべたい! たべたいよお!」 ついに、まりさは我慢できなくなったらしく、大声で俺に頼み始めた。 いや、もはや図々しく要求している。 それにしても、ゆっくりは体は小さいのに声がやたらとでかい。 小さな子どもが耳元でどなっているようで、耳がおかしくなりそうだ。 「ちょうだい! まりさにもちょうだい! おにいさん! ねえ! ねえねえねえ! きいてるの!? おにいさん! おにいさんってば!!」 「駄目ったら駄目だ。いいか、これは俺のものなんだ。君にあげるものじゃない。いい加減あきらめろ」 「おにいさんのいじわる! けち! まりさおこったよ! ぷんぷん! もういいよ! おにいさんなんかしらない!」 とうとうまりさの堪忍袋の緒が切れた。 俺のことを一方的に非難すると、ぷりぷり怒りながら垣根の中に潜り込んでいった。 まりさにしてみれば、仲良くなった人間が自分だけお菓子を楽しんでいるように思えたのだろう。 俺は少しまりさがかわいそうになったが、すぐに自分の考えを改めた。 「じぃぃぃぃっ…………………………じぃぃぃぃ…………………………」 わざわざ声に出して、自分がいることをアピールしているのはなぜだろうか。 まりさは森に帰ろうとはしなかった。 生け垣の下から、まりさの食欲でらんらんと輝く二つの目が俺を見ていた。 まりさ本人は隠れているつもりだろう。 だがこちらからは、じーっとおはぎを見つめるまりさの姿が丸わかりだ。 ああ言ったものの、菓子への未練はそう簡単に断ち切れないのだろう。 ふと、俺の心に子どものようないたずらが思いついた。 この状態で、俺が席を外したらどうするだろうか。 十中八九、まりさはおはぎを食べてしまうだろう。 その現場を俺が押さえたらどんな顔をするだろう。 さぞかしうろたえるだろう。どんな言い訳をすることだろう。 泣いて謝るだろうか。それともちょっとすねてから謝るだろうか。 「わあ! そうだった。用事を思い出したぞ。すぐ部屋に戻らなくちゃ! 急ぎの用だから、おはぎはここに置いていこう!」 俺がわざとらしく大声を出すと、まりさが生け垣の中で身じろぎしたのが分かった。 「どこにいるか分からないけど、もしまりさがいたら困るからちゃんと言っておかなくちゃな!」 まりさが俺のおはぎだと言うことを忘れては困るので、ここでもう一度繰り返す。 「まりさ! これは俺のおはぎだからな! 絶対に食べちゃ駄目だぞ! まりさのおはぎじゃない。俺のものだぞ! 食べたら怒るからな!」 俺の声はまりさに聞こえただろう。 しかし、まりさの目はもうおはぎの方しか見ていない。 本当に聞こえたのだろうかと怪しく思うが、さっきから食べるなと連呼してあるから、あれが自分のものではないことぐらい分かるだろう。 では、実験の開始だ。 俺は縁側から立ち上がり、家の中に入って柱の陰に隠れた。 俺が身を隠してすぐ、まりさは生け垣の中から飛び出してきた。 駄目だこれは。 ゆっくりには、人間のものとそうでないものとの区別が付かないようだ。 あっさりとまりさがおはぎを平らげて実験終了かと思ったが、そうではなかった。 まりさは縁側に飛び乗ると、おはぎの載っている皿に顔を近づけた。 しかし、ぱくりと噛み付くことはなかったのだ。 「ゆうぅ……おにいさん……たべちゃだめだって……どうして……こんなにおいしそうなのに……」 俺は耳を疑った。 なんだ。ちゃんとまりさは理解していたんだ。 俺がいなくなっても、おはぎが自分のものではなく人間のものだと覚えていたのだ。 ゆっくりの記憶力を俺は侮っていたが、どうやら考えを改めなくてはいけないようだ。 「いいなあ……たべたいなあ……おいしそうだなあ……おにいさんうらやましいなあ……まりさもたべたいなあ……」 まりさはよだれをたらたら、未練もたらたら流しながらおはぎに心を奪われている。 食べられないと分かっているなら見なければいいのに、と思うのだが、まりさはじっとおはぎを見つめてうっとりしている。 それが欲望を加速させるニトロであることに、まりさは気づいていない。 「たべたいよぉ…むーしゃむーしゃしたいよぉ……くんくん……くんくん……ゆぁぁぁ……いいにおいだよぉ……くんくん………」 どこにあるのか分からない鼻をひくつかせ、まりさは餡子の甘い匂いをいっぱいに吸い込んでいる。 もはや舐めるようにまりさはおはぎをあちこちから眺め、ほとんどくっつきそうなくらいに顔を近づけている。 これは駄目だ。 絶対にまりさは我慢できない。 俺の予想は的中した。 「ちょっとくらいならいいよね! おにいさんにわからないくらいなら、たべてもだいじょうぶだよね!」 分かる分からないの問題じゃなくて、そういうことを口にしちゃいけないだろ。 俺は柱の陰でまりさの行動に突っ込む。 「なめるだけだよ! ぺーろぺーろするだけだよ! それくらいならおにいさんもわからないよ!」 まりさはきっと、自分で自分を騙しているのだろう。 いけないことだと分かっている。 でも、どうしても食べたい。 ならば、これくらいなら分からないと自分に嘘をつき、信じ込もうとしているのだ。 「ぺーろぺーろ…………し、し、し、しあわちぇええええええ!!」 ついに、まりさは俺の警告を無視した。 ゆっくりの体の割に大きくて分厚い舌が口から伸びると、ぺろりとおはぎの餡子を舐めてしまった。 次の瞬間、まりさは幸福そのものの顔で叫んだ。 まりさは冗談抜きで輝くような表情で、甘いものを味わう幸せを表現していた。 「しゅごくおいちい! しゅごくおいちぃよおおおお! あみゃいよおおお! もういっかいぺーろぺーろ! ぺーりょぺーりょおおお!!」 まりさは歓喜のあまり涙を流している。 よく見ると、下半身からちょろちょろと何か流れ出している。 失禁しているのか? 不快になる俺を置いてきぼりにして、まりさはもう一度おはぎをべろりと舐める。 前回は罪悪感からか恐る恐るだったが、今回は舌で餡子を削り取るような舐め方だ。 あれでは、おはぎの表面に舐めた跡が残るだろう。 まりさの罪はこれで確定したわけだ。 「ち! ち! ちあわしぇぇええええええ!! おいちぃいいいいいい!!」 再びまりさは嬉しさのあまり大声を出す。 こっそりと盗み食いをするつもりだったが、あまりのおいしさに声が出てしまうのか。 もう、こうなってしまっては一直線だ。 止まるわけがない。止められるわけがない。 「むーしゃむーしゃ! むーしゃむーしゃ! あまいよおおおお! おいちいよおおおお! むーしゃむーしゃ! むーしゃむーしゃぁあああ!」 まりさは、おはぎにかぶりついた。 一口で三分の一をかじり、もぐもぐと噛む。 途端に、まりさは口から餡子をこぼしながら叫んだ。 「すごいおいしいっ! おいしいいいい! あまいよお! まりさむーしゃむーしゃするよ! むーしゃむーしゃ! おいしいよおおおお!」 もう夢中だった。 まりさはおはぎにぱくつき、もぐもぐと噛み、ごくりと飲み込む。 ずっと我慢していた甘さへの渇望を満たせる喜びで、まりさの顔は緩みきっていた。 「まあ、そうだよなあ……」 俺は、茶箪笥に向かいながら苦笑していた。 怒りの感情はわいてこなかった。 きっと、父が里長のために用意した茶菓子を勝手に食べた俺も、あんな感じだったのだろう。 俺は、まりさに子どもの頃の俺を重ねていた。 大事な茶の席で使うはずの茶菓子を、無断で食べてしまった俺。 食べるなと厳命されながら、甘味の誘惑に勝てなかったまりさ。 どちらも、似たようなものだ。 悪いと分かっていても、ついついやってしまう。 それを責めるのは、いささか大人げないと言えるだろう。 ……この時の俺は、まだ正常だった。 俺は代わりの茶菓子のきんつばを取り出し、皿に載せた。 さて、まりさはどんな顔をするだろう。 俺が怒ると、何て弁解するだろう。 俺はいたずらが成功した子どもの顔で、縁側へと向かったのだった。 縁側に置かれた皿には、おはぎの代わりにまりさが載っていた。 半分幸せ、半分物足りない顔で、まりさは皿をぺろぺろと長い舌で舐め回している。 「おや、おはぎがないぞ。しかもそこにいるのはまりさじゃないか。さては盗み食いしたんだな。悪い奴め!」 芝居気たっぷりに、俺は恐い顔をして縁側に姿を現した。 皿の上に乗っかり、しかも皿を舐めていたまりさに逃げ場はなかった。 「ゆううううううっっっ!?」 まりさはびっくりして跳び上がった。 こちらを向くまりさの口の周りは、おはぎの餡子ですっかり汚れている。 「ゆあっ! あっ! ゆああっ! おにいさんっ! ゆっくりしようねっ! ゆっくりっ! ゆっくりっ!」 「まりさ、口の周りが餡子で汚れているぞ! 言い訳しても無駄だ。あれだけ食べるなと言っておきながら、よくも俺のおはぎを食べたな!」 まりさのうろたえた様子は、本当に面白かった。 何度も空になった上に自分の唾液でべとべとになった皿と、怒った顔をした俺とを見比べている。 まりさが混乱しているのがよく分かり、俺は内心笑いを噛み殺していた。 「まりさ! この悪いゆっくりめ! 人のものを勝手に食べちゃったら、何て言うのかな!?」 おろおろとしているまりさに、俺は親のような顔で言ってみた。 もちろん、この状況は俺が作ったものだから、まりさが拗ねたり泣いたりしても怒る気はなかった。 一回でもいいから「ごめんなさい」と言えば、それで俺はすっきりしただろう。 「まりさも食べたかったのか。じゃあ、これも半分あげるよ」 面白いものを見せてもらったお礼に、きんつばを半分食べさせてやるつもりだった。 ……そもそも、ゆっくりに本気で怒るなんて大人げないだろう。 こんなことを考えるほど、かつての俺は甘かった。 ゆっくりという饅頭がどれだけ人間とは異なる存在なのか、理解していなかった。 そして、ゆっくりという饅頭がどれだけ人間を苛立たせる存在なのか、体験していなかった。 まりさはしばらくおたおたしていたが、いきなりにっこりと笑った。 それまでの困惑した様子が嘘のような、あっけらかんとした笑顔をこちらに向けた。 「おかしとってもおいしかったよ! もっとちょうだいね!」 俺は絶句した。 何だって? 今、こいつは何て言ったんだ? おいしかった? もっとちょうだい? 「何を言ってるんだ? あれは俺のお菓子だぞ」 「うん! でもおいしそうだったから、まりさがまんできなくてたべちゃった! すごくおいしかったよ!」 まりさは初対面の時とまったく同じ、無邪気な顔でニコニコと笑っている。 自分が悪いことをしたという自覚がないのか? 野生動物だから、目の前にある餌をただ貪るだけだったのか? そうじゃない。 まりさは一度ためらっている。 おはぎが俺のものであるということは、知っていたはずだ。 「食べちゃ駄目だって言っただろ。聞こえなかったのか。それとも、忘れちゃったのか?」 わすれちゃったよ、とまりさが言ってくれれば。 そうすれば、俺は納得していたはずだ。 単なるおはぎ一つのことだ。 俺が食べられなかったからといって、子どものように怒ることはないはずだった。 しかし、まりさの返答は違った。 「ずるいよおにいさん! おいしいおかしをひとりじめして! おかしはみんなでたべるからおいしいんだよ!」 「まりさ、君が全部おはぎを食べちゃったせいで、俺の食べる分はなくなったよ。全然みんなで食べてないじゃないか」 「おにいさんおかしをもうひとつもってるでしょ! まりさはおなかがすいてたんだよ! そっちもはんぶんちょうだいね!」 たかがゆっくり如きの馬鹿な言い草。 そう片づけてしまうには、俺は若すぎた。 いや、片づけてしまえないほど、俺はこのことについてトラウマがあったのだ。 呆れ果ててものも言えない俺を差し置いて、まりさは俺の手のきんつばに向かってジャンプする。 「まりさおかしだいすき! もっとちょうだい! ねえ! ねえ! ねえ! きいてるの!? まりさはおかしだいすきなんだよ!」 俺はまりさを見た。 まりさは俺を見ていない。 俺の手にあるきんつばしか眼中にない。 俺の存在など、まりさには邪魔なだけなのだろう。 「おにいさん! おにいさんってば! きいてるの! ねえきいてよ! まりさにそれちょうだい! まりさもっとたべたい! おかしたべたいよお!」 俺の心情の変化は、大人げないと批判されても仕方がない。 しかし、俺の心の奥から、自分でも信じられないほどの怒りがこみ上げてきた。 ただの理性のない獣ではなく、こいつはゆっくりだ。 どんな形でも、まりさが一度でもごめんと謝れば当然許すつもりだった。 これは俺の仕組んだいたずらだ。それくらいの余裕はあったはずだ。 それなのに、俺の手にあるきんつばに向かって、羞恥心の欠片もなく飛びつくまりさをみていると、怒りしか感じない。 かつて俺は、何度謝っても父に許されなかった。 心底反省しても、許してもらえなかった。 やがて雷親父の怒りはおさまったのだが、その間俺は家の中で針のむしろにいた。 かばってくれる祖母がいなければ、俺は父を憎みさえしただろう。 あの嫌な経験は、俺の中でしこりとなって残っている。 人のものを勝手にかすめ取ることが、どれだけ悪いことなのか身に染みていた。 それなのに、こいつは。 こいつは人のものを食っておきながら謝りもせず、もっとよこせと催促するのか? 自分が何をしたのか分かっていながら、恥知らずにもこちらに要求するのか? たかが饅頭風情が、人間の食べ物をよこせとうるさく詰め寄るのか? 俺はゆっくりの生態に詳しくなかった。 もし詳しい人がこれを読めば、当然失笑することだろう。 何を馬鹿なことをしているんだ、ゆっくりにいったい何を期待しているんだ、と笑われて当然だ。 俺の間違い。 それは、ゆっくりを人間のように扱ったことだった。 俺はきんつばを地面に落とした。 こんなものが血相を変えるほど欲しいのか。 勝手にしろ、と俺はまりさにきんつばをあげた。 「ゆっゆ~♪ おいしそうなおかしさん、ゆっくりまりさにたべられてね! むーしゃむーしゃ! しあわせーっっっ!」 地面に落ちたきんつばに、まりさは飛びついた。 落とした俺に目もくれず、がつがつと貪っていく。 遠目から見ればまだ耐えられるが、近くで見ると本当にこいつは汚らしい食べ方をする。 足で蹴り飛ばしたくなる誘惑を抑え、俺はまりさが食べ終わるまで待った。 「ゆっくりおいしかったよ! まりさこんなにおいしいおかしはじめてたべたよ! もっとたべさせてね!」 舌で口の周りをべろべろ舐め回しながら、まりさはさらにお菓子を欲しがる。 こいつは、お菓子をくれた俺にお礼さえ言わなかった。 無神経な物言いに、俺の心はもう動かない。 腹立ちはピークに達しているため、火に油を注いでもこれ以上燃えないのだ。 「もうないよ。これで終わりだ」 「ゆぅぅ……そうなんだ。まりさ、もっとむーしゃむーしゃしたかったよ……おかしおいしかったのになあ……」 たちまちまりさの顔は悲しそうになる。 体の大きさからして結構な量を食べたのに、こいつは満足しないのだ。 ますます俺はゆっくりが嫌いになった。 「じゃあもうまりさはかえるね! おにいさん、またおいしいおかしをちょうだい! まりさまたくるからね!」 「ああ、ちょっと待つんだ、まりさ」 「ゆゆ? おにいさん、どうしたの? まりさはおうちにかえるんだよ」 食うだけ食ってさっさと帰ろうとするまりさを、俺は呼び止める。 振り返って首を傾げるまりさ。 俺は両手を伸ばして、その丸っこい顔と体をつかんだ。 「ゆっ! おそらをとんでるみたい! まりさとんでるよ! とりさんみたいにおそらをとんでるよ!」 いちいち実況中継するのがうるさい。 それに、この状態は飛んでるのではなく浮いてるだ。 食べたせいか、まりさの体はそれなりに重量がある。 手に持つとちゃんと重みが伝わってくる。 饅頭皮はもちもちとしていて、手触りがなかなかいい。 まだ若いからだろう。手首を回して横と後ろを見てみたが、傷らしいものもない。 「ゆゆっ? なんなの? そんなにみつめられると、まりさちょっとはずかしいよ~」 俺が見とれているとでも思ったのか、まりさは顔をちょっと赤らめてもじもじし始めた。 恥じらいとかそういった感覚はあるのか。 ならばなおさら、好都合だ。 「まりさの両目はきれいだね」 俺はいきなりまりさを誉めた。 まりさはきょとんとしていたが、すぐにとても嬉しそうな顔になる。 「とってもきれいだよ。きっと、ゆっくりの中では一番きれいな目をしているんだろうね」 「ゆゆ~ぅ。それほどでもないよ~。でも、まりさすごくうれしいよ! うれしい!」 両手で持ち上げられた状態で、まりさは嬉し恥ずかしといった感じで体をぐねぐね左右に振っている。 表面上は恥ずかしそうだが、明らかにまりさはこちらの言葉に期待している。 俺がじっと見つめていると、伏し目がちになりながらも時折チラッとこちらを見てくる。 もっと誉めて、と思っているのが丸わかりだ。 お望み通り、俺はまりさを誉めちぎった。 「まりさの髪の毛もきれいだよ。とてもきれいでまるで黄金の小川みたいだ」 「ゆゆん! まりさのかみのけさんはまりさのじまんだよ! みんないっぱいほめてくれるんだよ!」 「まりさの歯は白くて整ってるね。虫歯もなくていい歯をしているよ」 「はさんはだいじだよ! むーしゃむーしゃするときにはさんがなかったらたいへんだよ!」 「まりさの帽子は素敵だね。よく手入れがされていて、ほかのゆっくりたちも羨ましがるだろうね」 「だって、まりさのたからものだもん! ゆっへん! まりさはおぼうしさんがいちばんだいじなんだよ! まいにちまりさはおぼうしをごーしごーしあらうんだ! きれいきれいにしてからおぼうしをかぶると、とってもゆっくりできるよ!」 すっかりまりさは誉められて有頂天になっている。 見る見るうちに、まりさの顔は幸福を絵に描いた笑顔になっていく。 まだだ。 もっともっと、まりさを舞い上がらせてやろう。 俺はさらにまりさの誉めるべき点を、大事にしているであろう点を探す。 「まりさのお家はどんなところだい? きっと、とても住みやすい場所だろうね」 「ひろくてゆっくりできるすてきなおうちだよ! まりさのたからものがいっぱいあるんだ!」 「まりさの家族はどうかな? まりさはどう思ってる?」 「みんなだいすき! おとうさんだいすき! おかあさんだいすき! いもうとのれいむもまりさも、みんなみんなだ~いすき!」 「まりさには友達がいるだろう? 友達のことはどう思ってる?」 「みんなゆっくりしてるよ! ありすもいるし、れいむもまりさもいるよ。いっしょにあそぶとすごくたのしいよ!」 「じゃあ、最後にまりさのゆん生はどうかな。まりさは今まで生きてきてどうだった?」 「とってもしあわせだよ! まりさゆっくりできてしあわせ! まりさはしあわせなゆっくりだよ!」 「そうだろうね。まりさは幸せなゆっくりだよ。俺にもよく分かる」 「ゆ~ん♪ おにいさん、まりさてれちゃうよ~♪ ゆんゆん♪ ゆっくり♪」 最後にまりさはとびきりの笑顔を見せて締めくくった。 本当に、まりさは幸せそうだった。 まりさの言葉を聞いて、俺もよく分かった。 こいつは生まれてからずっと、ゆっくりにしては恵まれた環境にいたのだ。 さぞかし、幸福なゆん生を送ってきたのだろう。 これからも、それが続くと信じて疑わないのだろう。 「じゃあそれ、全部俺がもらうよ」 手始めに、君の片目をもらうことにしよう。 いきなり両目を奪ったら、これから始まる喜劇が見られなくなるからね。 俺はまりさを片手で持つと、右手の人差し指をまりさの左の眼窩に突っ込んだ。 まりさは指を突っ込まれても、2秒ほどは笑顔のままだった。 きっと、俺の言葉の意味が分からなくて頭の中を素通りしたのだろう。 別に構わない。こちらも、まりさが理解してからこうするつもりなどなかったのだから。 柔らかい感触が指に伝わってきた。 つるんとして湿った眼球を避けて、その裏側の餡子に指先が届いた。 やや温かい。 「ゆっ……ゆぅ……ゆ゙! ゆ゙ぎぃ゙い゙い゙い゙あ゙あ゙あ゙!! あ゙あ゙あ゙ぎ゙い゙い゙い゙い゙い゙!」 まりさはどぎついまでの絶叫を張り上げた。 この声は聞いたことがある。 ゆっくりを里の皆で駆除していた時、えらく気合いの入った男が一人いた。 人の二倍も三倍もゆっくりを狩る彼の回収したゆっくりは、どれもずたずただった。 彼の持ち場からは、今のまりさと同じ悲鳴が止むことがなかった。 ゆっくりの鳴き声ということで誰も気にしなかったが、あの男はゆっくりを生きたまま解体していたのか。 俺は慎重に指先で眼球をつまみ、引っ張る。 視神経やら筋肉やらの抵抗はなく、思った以上にあっさりとまりさの目玉は顔から抉られた。 俺は激痛で歪んだ顔をしているまりさに、それを見せてやった。 「や゙あ゙あ゙っ! や゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙! まりざの! まびぢゃのおびぇびぇえええええええ!!」 自分の目と見つめ合うという状況は、なかなか希有なものじゃないだろうか。 俺の手の中と眼球と目があって、まりさはさらに大声で叫ぶ。 「い゙ぢゃい゙ぃい゙い゙い゙い゙い゙!! がえぢでっ! まりぢゃのおべべがえぢでよおおおおお!!」 隻眼から大量の涙を流しながら、まりさは俺に目玉を返すよう訴える。 ぽっかりと開いた眼窩からは、どろりと餡子混じりの涙が流れる。 果たして、これをまりさの眼窩に突っ込んだらまた機能するのだろうか。 俺は改めて、こいつの眼球をしげしげと眺めてみた。 材質は寒天か白玉だろう。 ゆっくりの顔についている時はあんなにも表情豊かなのに、こうして抉り出すととたんにただの無機物になる。 「おにいざんがえじでえ! おめめがえじでよおお! どうじで! どうじでごんなごどずるのお!? まりざいだいよおおお!」 「君だって、勝手に俺のお菓子を食べたじゃないか。だから俺も、君から勝手に目をもらうよ」 俺は痛みに苦しみもがくまりさにそう言った。 まりさは一瞬、信じられないものを見る目で俺を見た。 不愉快だ。 自分がそうしたというのに、自分が同じようにされるのは嫌なのか。 「がえじでっ! がえじでっ! それはやぐまりざのおかおにもどじでよおおおおおお!!」 「お菓子を返してくれたら戻してあげるよ。ほら、早く返して。そうしたら戻してあげる」 「でぎないよお! できないよおおお! もうおがじざんだべじゃっだがらがえぜないよおおおお!!」 「じゃあ、これも返してあげない」 泣き叫ぶまりさを尻目に、俺は指先に力を込めた。 ブヂュッ、とあまりにもあっけなく、まりさの二つとない左目は潰れて四散した。 目の前で自分の体の一部を潰されたショックで、まりさは泣きわめく。 「や゙ぎゃあ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙!! お゙め゙め゙ぇ! お゙め゙め゙ぇ! まりざのずでぎなおべべぇえええええええ!!」 ねっとりとした液体が、潰れた眼球から流れ出した。 恐らくシロップだろう。 これでもう、まりさの顔から左目は永遠に失われた。 どんなことがあっても、まりさはこれからずっと片目で生きていかなければならないのだ。 俺は眼球の残骸を庭に放り投げた。 「次はまりさの髪の毛だね。それももらうよ」 「だめぇ! だめだめだめえええええ! やだあ! まりさのおさげさんむしっちゃやだあああああ!」 必死に体を捻って、俺の手から逃れようとするまりさ。 だが、その力はあまりにも弱く、抵抗と呼ぶにも値しない。 俺はまりさの帽子から出ているお下げを掴み、ぐいっと力任せに引っ張った。 「い゙ぎゃ゙ぁ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙! あ゙い゙い゙い゙い゙い゙い゙い゙! いだいっ! いだいいだいいいい!」 お下げは根本から千切れて手に残った。 なぜ根本からだと分かるかというと、皮と餡子がわずかながらくっついてきたからだ。 俺はまりさの帽子を取り上げた。 「おぼうしさんっ! それまりさのおぼうしさんっ! かえして! まりさのおぼうしさんかえしてね!」 邪魔になるから、俺は帽子を自分の頭に乗せた。 傍目から見ればかっこわるいが、この際気にはしない。 「これだけじゃ足りないな。もっとまりさの髪の毛をもらうよ」 「やだああ! やめてね! まりさのかみのけむしらないで! いたいのやだああ! むしるのだめえええええ!」 まりさの声は、昨日の俺が聞いたら痛々しくて手を止めたくなるものだったに違いない。 いくら何でも、菓子を勝手に食べられたくらいで目を抉って髪を抜くなんて、と不快感をあらわにしたことだろう。 だが、今の俺はまったく嫌悪感がなかった。 まりさのきらきら光る金髪を指で掴み、お下げと同じようにして引っこ抜く。 雑草を抜くようなブヂッという手応えを残して、一つまみの金髪が手に残った。 「いぢゃあああああいいい! あちゃま! あちゃま! まりぢゃのあぢゃまああああああああ!!」 まりさは涙を流して激痛を訴える。 髪の毛は地肌ごと引き抜かれ、まりさの頭には小さな穴が空いていた。 気にせず、俺は次々とまりさの頭から髪の毛をむしり取る。 「いびゃい! いびゃいよっ! おにいざんやめでっ! まりざのがみのけっ! だいじな! だいじながみのけなのっ! いぢゃいいぃっ! どうじでぇ? どうじでごんないだいごどずるの!? まりざなにもわるいごどじでないのにいいいいいい!」 自称「悪いことをしていないまりさ」は、俺が手を止める時には「まばらに頭に髪の毛が残っている禿まりさ」になっていた。 完全な禿にするよりも、所々に残っている方が無様さに拍車がかかる。 俺と最初に出会った時の若くはつらつとしたまりさは、もうどこにもいない。 ここにいるのは、片目に穴が空き、髪の毛のほとんどをむしられた不細工なゆっくりだ。 「ゆっ……ゆぐっ……ゆぐぅ……いだいよぉ……まりさのかみのけさん……みんなにほめてもらったかみのけさん…… ゆっくりかえってきてね……いだいぃ……まりさのあたまにゆっくりかえってきてねえ! はやくかえってきてねええええ!!」 まりさは俺の足元に散らばる自分の髪の毛を見て、涙をぽたぽた落としている。 その悲しそうな顔は、ゆっくりを駆除していてもなかなかお目にかかったことがない。 どうやら、本当にこいつの髪の毛は仲間の間でちやほやされていたようだ。 それを苦痛と共に失った気分はどんなものだろう。 「もらったけど、やっぱりいらないね。こんな汚い髪の毛」 俺は下駄の足でその金髪を踏みにじり、土の中にねじ込んだ。 「あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙! や゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙!!」 まりさの悲鳴がかん高くなる。 俺は自分の頭にかぶっていた帽子を、まりさに返してあげた。 「おぼうしさん! まりさのだいじなおぼうしさん! ゆっくりおかえり! おかえりいいい!」 大あわてでまりさは帽子をかぶる。 大事なものだということもあるが、同時に禿を隠したいのだろう。 まりさは俺をにらみつけた。 「ひどいよ! おにいさんひどい! やめてっていったのに! まりさがやめてっておねがいしたのに! どうしてこんなことするの! おにいさんはゆっくりできないよ! きらい! だいっきらい!! まりさのおめめもどして! かみのけももどしてよお!」 「ああ、まりさはやめてって言ったね。聞こえたよ」 「だったらどうしてこんなことするの! まりさいたかったよ! すごくいたかったよ! どうしてえええ!」 「だから? まりさが止めてって言ったから何なの?」 まりさは口を閉じた。 涙がいっぱいにたまった右目で、こちらをじっとにらんでくる。 まるで、自分はかわいそうな被害者であるかのような顔だ。 「君だって、俺が食べちゃ駄目だと言ったお菓子を食べたじゃないか。同じことだよ。俺も、君が止めてって言っても髪の毛をもらうよ」 「そ……そんなこと……。そんなの……。そんなのやだよおおおお! やだあ! やだやだやだあああああ!!」 「次はまりさの白い歯だね。それももらうよ」 「やだあ! やだあああ! やじゃびゃびぎぃぃぃ!!」 俺は大声を張り上げるまりさの口に、親指と人差し指を突っ込んだ。 手にまりさの口内の濡れた感触が伝わった。 上顎の奥歯を一本掴み、力任せに引っ張る。 予想よりも遙かに力を必要とせず、まりさの歯は引っこ抜けた。 「あびっ! ばびびっ! あびっ! あびや゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙っ゙っ゙!!」 歯の抜けた歯茎から粘性の低い餡子をびゅっびゅっと拭きつつ、まりさは絶叫した。 俺は指先でつまんだこいつの歯をじっくりと眺めてみた。 色は真っ白だ。形は人間のものとよく似ている。 少し力を入れただけで、あっけなく歯は砕けた。恐らく砂糖でできているのだろう。 「びゃびぇでっ! いびゃいびょ! しゅびょびゅいびゃいっ! いびゃびいいいい!! 」 たった一本歯を抜かれただけで、まりさは顔をぐしゃぐしゃにして激痛を訴える。 ろれつの回らない様子から、これがまりさにとって初めての激痛なのがよく分かる。 だが、俺は一本では満足しなかった。 怯えきったまりさの視線を無視して、俺はさらに口に指を突っ込んだ。 「びゃべびぇえええええええ!!」 上顎の歯を四本ほどつまむと、一気に引っこ抜く。 一度目で力加減が分かったから、二度目の抜歯は簡単だった。 ブチブチッという歯茎の千切れる音と共に、俺の手はまりさの口から抜かれた。 まりさの大事にしていた、きれいな白い歯と一緒に。 「い゙ぎゃびい゙い゙い゙い゙い゙い゙!! ゆ゙びあ゙あ゙あ゙あ゙! あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙! あ゙あ゙あ゙あ゙っ! びぎゃい゙い゙い゙い゙い゙!」 目を抉ってやった時よりも、数段上の悲鳴が聞こえた。 さすがに、これを近距離で聞くとこちらも鼓膜がおかしくなる。 麻酔なしで歯を何本も一度に抜かれたのだ。 こいつがこれだけ叫んでもおかしくない。 「ぼうやだああああああ!! やだああああああ!! まりざいだいのやだああああああああ!!」 まりさは俺の手の中でめちゃくちゃに暴れる。 どうやら、歯を失っても喋れるようだ。 そうでなくては。 こちらも、これでこいつのすべてを奪い尽くしたとは思っていない。 俺はまりさを地面に降ろした。 まりさは、まさか助かると思っていなかったのだろう。 一瞬きょとんとして地面を見ていたが、次の瞬間ものすごい勢いで泣き出した。 「ゆわああああああん! ゆえええええええん! もうやだああ! おうちかえるうううう! まりさおうちかえるううううう!!」 泣きながら、まりさはぴょんぴょんと跳ねて庭を突っ切る。 生け垣に頭から体当たりし、中に無理矢理潜り込んだ。 火事場の馬鹿力という奴だ。 まりさはゆっくりらしからぬ速さで俺の家から逃げ出した。 「おうちかえる! まりさはおうちにかえるよおおおお! おとうさあああん! おかあさああん! まりさもうやだよおおおお!」 泣きじゃくるまりさの声が遠ざかっていくのが分かった。 さて、後を追うことにしよう。 まだまだ、こいつから頂戴しなければならないものはあるのだから。 逃げるまりさの後を追うのはあまりにも簡単だった。 「ゆええええん! ゆええええん! ゆっくり! ゆっくりいいい! ゆっくりしないでにげるよおおおお! いたいよおおお!」 何しろ、まりさは大声で泣きながら逃げているのだ。 あれだけ小さな生き物が、よく全力疾走しながら大声を出せるものだ。 幻想郷の人間である俺は、それなりに妖怪との付き合いもある。 だが、あんな奇怪な存在などゆっくり以外にいない。 「おうちかえる! まりさはおうちかえるよ! かえって! おうちかえって! ゆっくりする! ゆっくりしたいよおおお! おとうさんとすーりすーりする! おかあさんとすーりすーりする! いもうととごはんさんむーしゃむーしゃする! ゆっくりするうう!」 一度も振り返らず、いっさんに巣に向かったまりさは実に愚かだった。 姿を隠しもせずに大声を出して、あれでは後を追ってきて下さいと言わんばかりだ。 森に入ってしばらくしてから、まりさは大きな木の根元で立ち止まると叫んだ。 「おかあさあああああん! おとうさああああん! まりさだよおおおお! かわいいまりさがかえってきたよおおおお!」 わざわざ出迎えを要求するとは、ずいぶんと甘ったれた子どもだ。 だが、こいつの尋常でない声の調子に驚いたのだろう。 「おちびちゃん? どうしたの? ゆっくりしてないね!」 「ゆっくりしていってね! おちびちゃんだよね! どうしたの?」 「おねえしゃんどうちたの? ゆっくちちてないにぇ!」 「ゆっ! おえねしゃんだ! おねえしゃんおかえりなちゃい!」 「どうちたんだじぇ? こわいいぬしゃんかとりしゃんにおいかけられたにょ?」 巣穴にかぶせてあった木の枝が取りのけられ、中からゆっくりの家族が姿を現した。 両親のまりさとれいむ。 それにこいつよりも体の小さな、れいむが二匹とまりさが一匹。 舌足らずな口調と体の大きさで、妹だとすぐ分かる。 「ゆええええええん! ゆえええええん! おかあさああああん! おとうさあああん! まりさっ! まりさあああああ!!」 まりさは家族の顔を見て安心したのか、一目散に両親の所に跳ねていった。 その側にくっつくや否や、まりさは大声でわんわんと泣き出す。 「おちびちゃんそのおかおどうしたのおおおお!? きずだらけだよおおおお!」 「おめめがかたっぽないよおおおお! それに……おちびちゃんのはがおれてるよおおおお!」 「ゆああああ! おねえしゃんいちゃいいちゃいだよおおお!」 「おねえしゃんいちゃいの? れいみゅがぺーろぺーろちてあげりゅにぇ!」 「まりしゃもぺーろぺーろしゅるんだじぇ! ぺーろぺーろ! ゆっくちなおっちぇにぇ!」 俺が隠れていることに、家族一同誰も気づいていない。 泣き沈むまりさを慰めようと、両親はまりさに優しくすりすりしている。 妹たちも同様だ。懸命に舌でぺろぺろとまりさを舐めて、何とかして落ち着けようとしている。 確かに、こいつが自慢するだけのことはある、仲のよい家族だ。 しばらくまりさは泣いてばかりだったが、ようやく安心したのかぐずるだけになってきた。 「ゆっ……ゆぐっ……こわかったよお……まりさすごくこわかったよおおお!」 「よしよし、もうだいじょうぶだよ。なにがあってもおとうさんがまもってあげるからね。こわいことなんてなにもないよ」 「そうだよ。れいむたちがついているから、おちびちゃんはあんしんしてね。ゆっくりあんしんしていいからね!」 「ゆぅ……ゆっくりありがとう、おとうさん、おかあさん……。まりさ、うれしいよお…………」 「さあ、おとうさんにおしえてね。どうしてそんなけがをしたの?」 「……ゆうぅぅ…………こわいにんげんさんが……にんげんさんが……おにいさんがまりさにひどいことしたんだよおおお! やめてっていったのに! やめてっておねがいしたのに! おにいさんがまりさのおめめをとっちゃったんだよおおお!!」 再びトラウマを想起したらしく、まりさは泣き始めた。 意外なことに、親のれいむとまりさはこんな事を言った。 「おちびちゃん! どうしておかあさんのいいつけをまもらなかったの! にんげんさんにちかづいちゃだめだっていったでしょ!」 「そうだよ! おとうさんもおしえたでしょ! にんげんさんはこわいよ! ゆっくりできなくされちゃうよっていったでしょ!」 「だって……だってえええええ! おいしそうなおかしがあったから! すごくおいしそうだったから! まりさだってえええ!!」 「ま……まさか…おちびちゃん? もしかして、それを…………」 「ゆええん! ゆわああああん! たべちゃったよおおお! たべたかったんだもん! おいしそうだったもん! まりさだってたべたかったんだもん! すごくおいしそうなおかしだったんだよ! まりさちょっとたべただけなのにいいい!!」 「どうしてそんなことするの! にんげんさんのたべものはたべちゃだめだってあれほどいったのにどうして! どうしてええ!」 「そんなことしたらにんげんさんおこってあたりまえだよおおおおお! おちびちゃん! なんでそんなことしたのおお!?」 俺は感心さえしていた。 この家族は本当にまともだ。 きちんと、人間にちかづいてはいけないと、人間の食べ物を食べてはいけないと両親は教えているのだ。 これなら、人間に駆除されることもなく、森でひっそりと生きていけるだろう。 それなのに、こいつはわざわざ人間の里まで下りてきて散歩なんてしていた。 長女だから甘やかされたのか。 あるいは、もともとこいつだけ特に馬鹿なのか。 どちらでもいい。 俺のプランは既に決まっていた。 「ゆわああああん! まりさゆっくりできなかった! ゆっくりしたかったのにゆっくりできなかったよおお!」 「よしよし、おちびちゃん。もうだいじょうぶだよ、だいじょうぶだからね。ここまでくれば、にんげんさんもおいかけてこないよ」 「いたかっただろうね。ゆっくりできなかっただろうね。さあ、きょうはもうゆっくりおやすみ。ぐっすりねむればゆっくりできるよ」 「れいみゅおねえしゃんにおくちゅりとってくるにぇ! ぱちゅりーおばしゃんのところまでいってくりゅよ!」 「まりしゃもついていくんだじぇ! まりしゃのおぼうちにおくちゅりをいれればだいじょうぶだじぇ!」 「れいみゅはおねえしゃんといっしょにおやしゅみーしてあげりゅよ! いっしょにおやしゅみしゅるとあっちゃかいよ!」 「ゆぅぅ……ありがとう、おとうさん、おかあさん、まりさ、れいむ。こわかったけどもうゆっくりできたよお…………」 一致団結して、傷ついた長女を慰めようとする家族。 実に、理想的な家族の形じゃないか。 両親に抱きしめられ、妹たちにすり寄られ、あれだけ泣いていたまりさに笑顔がようやく戻った。 「ゆっくり! まりさもうだいじょうぶだよ! いたいのもうへいきになってきたよ!」 片目と口内の痛みをこらえて、まりさが家族に笑いかけた時を見計らい、俺は一歩を踏み出した。 たった一歩で、俺はまりさと家族たちの前に立ちふさがる形になる。 「やあ、まりさ。確かに、素敵な両親と妹だね。君の言った通りだ」 俺の出現に、まりさはあんぐりと口を開けた。 その顔が、見る見るうちに恐怖で引きつる。 「ゆ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙!!」 この声も駆除の時によく聞いた。 隠れ家を壊して中のゆっくりと対面した時、よくゆっくりは目と歯茎をむき出してこういう声を出す。 よほど驚き、しかも怖がっている時の声らしい。 顔といい声といい、はっきり言ってグロテスクだ。 「やだあああ! おにいさんやだああああ! こわいよおお! ゆっくりできないよおおお! ゆんやああ! ゆんやああああああ!!」 まりさは家族のど真ん中で、パニックに陥って泣き出した。 下半身から勢いよくしーしーが噴き出して、地面に水たまりを作る。 恐怖のあまり失禁したらしい。 「おとうさああん! こわいよおおお! おかあさあああん! このひとだよお! このひとがまりさのおめめを! おめめをおおおお!」 まりさは泣き叫びながら両親に助けを求める。 おおかた、恐い人間を両親によって追い払ってもらおうという魂胆だろう。 まりさに水を向けられた親のれいむとまりさは、俺の方を怯えた目で見た。 「にっ! にんげんさん! おこるのやめてね! ゆっくりしようね! ゆっくりしていってね!」 「そっ! そうだよ! いっしょにゆっくりしようね! おねがいだからおこらないで! おこらないでね!」 びくびくしながらも、親れいむと親まりさはまりさをかばう形で俺の足元に近づく。 しかし、俺が聞いたのは二匹の身の程知らずな主張ではなく、卑屈なお願いだった。 俺が二匹をにらむと、たちまち両親は体を縮める。 人間とゆっくりとの実力差がはっきり分かっているようだ。 「ゆえええん! ゆええええん! どうしてええ! このひとはまりさにいたいことしたよ! ひどいこといっぱいしたよお! いっぱいいたいことしたゆっくりできないわるいひとだよおお! わるいおにいさんだよおお! ゆえええええん!」 分かっていないのがここに一匹いる。 当てが外れてがっくりしたのだろう。まりさは泣きながら両親をけしかける。 きっと、この聡明でしっかりしたゆっくりたちは、子どもたちの脅威を何度も退けたに違いない。 さぞかし、まりさは両親の力に信頼を置いていたことだろう。 俺など、両親があっさりやっつけてくれるものと思っていたのか。 だが、現実は両親が俺に頭を下げ、機嫌をうかがう言葉を発するだけだ。 「まってね! ゆっくりまってね! おちびちゃんはびっくりしているだけなの! ほんとだよ! ゆっくりしんじてね!」 「おちびちゃんはほんとはとってもいいこなんだよ! ね!? ね!? にんげんさん! おこってないよね! ね!?」 親れいむと親まりさは、ひたすら俺にゴマをする。 何としてでも人間さんを怒らせてはいけない。 怒ったら、きっと自分たちは皆殺しになる。 その恐怖がありありと伝わってくる。 俺はしばらく、この後どうしようとかと考えていた。 足に何か柔らかいものがぶつかった。 顔を下に向けると、妹のチビまりさと目が合う。 「ゆっくちまつんだじぇ!」 「おぢびぢゃんどうじでえええ!?」 「おぢびぢゃんやべでええええ!?」 俺の足に体当たりしてふんぞり返るチビまりさの目は、まるで勇者様気取りだ。 どうやら、このチビまりさは両親の脇をすり抜けて俺に特攻したようだ。 一方、親れいむと親まりさは鎮静化しつつあるはずだった事態がぶち壊れたことで、顔をこわばらせて悲鳴を上げている。 さらに足に当たる二つの感触。 チビまりさに続いて、チビれいむが二匹俺の足に体当たりした。 「おにいしゃんだにぇ! おねえしゃんにいちゃいことをしたわりゅいにんげんしゃんは!」 「どうちてこんにゃことしゅりゅの!? おねえしゃんいちゃいいちゃいだよ! りかいできりゅ!?」 「にんげんしゃん! じぶんがわりゅいことちたってわかったのじぇ!? だったらはやくおねえしゃんにあやまるんだじぇ!」 横一列に並んだ、哀れなまでに勇ましい妹たちの戦列。 どのゆっくりの目も闘志に満ち、俺を敵として判断したのがよく分かる。 憎き姉の敵。 絶対に許すものか、という気構えさえ伝わってきた。 「どうちてもあやまらにゃいなら、れいみゅもおこりゅよ! ぷくーしゅるよ! ぷくーっっ!」 「れいみゅもぷくーしゅりゅよ! にんげんしゃん! れいみゅのぷくーではんせいしちぇにぇ! ぷくーっっ!」 「はやくあやまるんだじぇ! あやまらないともっときょわいめにあうんだじぇ! ……ゆゆぅ! もうまりしゃもおこったんだじぇ! まりしゃもぷくーするんだじぇ! おねえしゃんのいちゃいいちゃいをにんげんしゃんにもわからせりゅんだじぇ! ぷくーっっ!」 いっせいに三匹は、頬と体を風船のように膨らませる。 これも何度か見たことがある。 「おちびちゃんはおかあさんがまもるからね! ぷくーっ!」 とか言って、駆除しようとする人間に体を大きく見せるのだ。 ゆっくりの威嚇で間違いないだろう。 そう言えば、あのれいむはどうしただろうか。 確か、面倒だから回り込んで、先に子ゆっくりの方を袋に入れた気がする。 親ゆっくりは「やべでぐだざあい! おぢびぢゃんなんでず! まりざがのごじでぐれださいごのおぢびぢゃんなんでず!」と泣いていた。 つまり、まったくの無意味なのだ。 「………あ…………ああ………やめ……て……やめて……おちび……ちゃん…………」 「に……にんげん…さん………おちびちゃんを……おねがいだから……ゆるして……ね…………」 それが分かっているのは両親だけだ。 親れいむと親まりさは、もはや絶望さえ漂いだした目で俺に許しを請う。 後ろでは、ようやく泣き止んだまりさが潤んだ目で妹たちを見つめていた。 「まりさぁ……れいむぅ…………。まりさ……すごくうれしいよお…………」 姉のために健気に立ち向かう妹たちに、まりさは感動しているらしい。 ついさっき、自分が俺に半殺しにされたことなどもう忘れたのか。 「なあ、まりさ」 俺は足元で膨れた三匹を無視して、まりさに話しかける。 「この妹たち、俺がもらうよ」 「はやくあやまっちぇ! れいみゅがぷくーしちぇるのになじぇあやまらにゃいの! がまんちてにゃいではやぶぎゅびゅぶぶぅぅ!!」 俺がしたのは簡単なことだ。 ただ、一歩を踏み出しただけだ。 それだけで、一番端で膨れていたチビれいむが下駄の裏で潰れた。 「れ…れいみゅがあああああああ!!」 「ど…どうぢでええええええええ!!」 「いもうと……まりさの……れいむ……れいむがああああああああ!!」 隣のチビまりさとチビれいむ、そしてまりさは一撃で妹が潰れたショックで大声を上げる。 特にチビたちは、発狂したのかと思うくらい口を開けて泣き叫んでいる。 「あ……あ……おちびちゃん……が……」 「そん……な……おち……び…ちゃん…………」 親れいむと親まりさのショックは、子どもたちに比べて少ないようだ。 こうなることを、ある程度予期していたからだろう。 俺は足を上げた。 そこには、かろうじて無事な顔で呻き、ぐしゃぐしゃに潰れた下半身を動かす不気味な塊があった。 即死は免れたらしい。 チビれいむは生まれて初めて味わう苦痛が、同時にゆん生最後の体験であることが分かり、餡子混じりの涙を流していた。 「いぢゃいよぉ……おにゃかがいぢゃいよぉ………あんよしゃん……どうちでうごがにゃいの………… やじゃあ……れいみゅじにだくにゃいよぉ…………れいみゅ……れ……い…みゅ…………」 口から吐いた大量の餡子に埋もれるような形で、チビれいむは死んだ。 チビれいむは即死できなかったことを恨んだに違いない。 ごく短い間だったが、途方もない苦痛を味わってから死んだのだから。 まずは一匹だ。 俺はすぐに両手を伸ばし、動けないでいるチビまりさとチビれいむをつかんだ。 「やめちぇ! やめちぇにぇ! はなちちぇ! れいみゅをはなちてにぇ!」 「やめりゅんだじぇ! まりしゃをはやくはなしゅんだじぇ! はなちぇえええええ!」 手の中でじたばたともがくチビたち。 先程の勇ましさはどこへ行ったことやら。 俺が顔を近づけると、「「ゆっぴいっ!」」とそろって悲鳴を上げて失禁した。 手の中に生温かい液体の感触が伝う。 「やめちぇえ! おにいしゃん! れいみゅをはなちてくだしゃい! もうぷくーちまちぇん! ちまちぇんかりゃあああ!」 「まりしゃをたしゅけてくだしゃい! まりしゃはばきゃなゆっくちでしゅ! もうちましぇん! たしゅけちぇえええええ!」 俺は、徐々に握力を強めていった。 指に力を入れ、二匹を握り潰していく。 「ゆぶっ! ゆぶぶっ! ゆぶううううううう!」 「ゆぐっ! ゆぐうう! ゆぐううううううう!」 少しずつ、力を加えていく。 だんだんとチビまりさとチビれいむの体の形は、ボールから瓢箪に変わりつつあった。 懸命に力を入れて握力に抗おうとしているが、無駄な努力だ。 閉じた口からわずかながら餡子が垂れ始める頃になると、二匹は露骨に苦しみだした。 顔を左右にぶんぶんと振り回し、苦痛から逃れようと無駄な努力をする。 「ちゅっ! ちゅっ! ちゅぶれりゅうううううううううう!!」 「ちゅぶれりゅ! ちゅぶれりゅよおおおおおおおおおおお!!」 こんなところでも、ゆっくり特有の「自分の行動を声に出して表現する」習性は変わらない。 二匹は白目をむいて絶叫した。 ぱんぱんに膨れ上がった顔は真っ赤になり、ゆっくりとは思えない不気味な形に変形している。 「やべでぐだざい! やべでぐだざい! ぐるじんでまず! おぢびぢゃんぐるじがっでまず! もうやべでぐだざあい!」 「おねがいでず! おぢびぢゃんをごろざないでぐだざい! がわりにれいぶがじにまず! れいぶががわりにじにまずがら!」 「やめて! やめてよお! まりさのいもうとだよ! かわいいいもうとだよおお! はなして! はやくはなしてえええ!」 親れいむと親まりさは、顔を涙でべちゃべちゃに汚しながら、俺の足にすがりついている。 濁りきった声で、俺を止めようと必死だ。 それなのにまりさは、キンキンとかん高い声で離れた場所からわめくだけだ。 俺はさらに力を入れた。 「ぶぼぉっ!」 「ぶびゅっ!」 あっけなく、二匹の口とあにゃるから餡子がほとばしり出た。 グロテスクなお多福のような顔になったチビまりさとチビれいむの顔が、さらなる苦しみで歪む。 ここが限界だったようだ。 たちまち餡子が流れ出て小さくなっていく体を、俺は地面に落とした。 「おちびぢゃん! おちびぢゃあああん! へんじじでっ! へんじじでよおおおお!」 「おかあさんだよ! れいむおかあさんだよおおお! ゆっぐりじでえ! ゆっぐりじでえええ!」 「ゆ゙っ……びゅ……ぼっ………ぶっ……ぶぶっ…………」 「ごっ……びぇ………べっ……ゆ゙っ……ゆ゙ゆ゙っ…………」 すぐさま顔を近づける両親。 瓢箪の形になったまま戻らないチビたちは、もはや命が尽きる寸前だった。 何度も呼びかける親の声も聞こえないらしく、わずかに体を痙攣させて呻くだけだ。 それなのに、ぎょろりと飛び出しかけた目だけは血走って、今も終わらない苦痛を訴えている。 やがて呻き声は止まり、虚空をにらむ目がゆっくりと濁っていく。 チビまりさとチビれいむは、最後まで苦しみながら死んだのだ。 「まりさのかわいいいもうとおおおおお!! どうして! どうしてころしちゃうのお! まりさのいもうとなんだよ! かわいいいもうとなんだよ! ゆっくりしてたよ! どうして! どうしてこんなひどいことするのおおおお!!」 すすり泣く両親に何の遠慮も示さず、まりさは跳びはねながら俺を非難する。 よく見ると、まりさも目から涙を流していた。 これで、まりさのかわいい妹たちは全滅したことになる。 二度と仲良く家族で団らんはできないだろう。 もう、頬をすりつけることも、顔を舐めることもできない。 惨めに潰れたチビれいむと、変形しきったチビまりさとチビれいむの死体が、現実を突きつける。 「何を言ってるんだ、まりさ。あのチビたちは俺のものだよ。だから、俺がどう使おうと勝手じゃないか」 「ちがうよ! まりさのいもうとだよ! おとうさんとおかあさんがうんだまりさのかわいいいもうとなの! おにいさんのじゃないよ!」 「さっきまではね。でも、俺のものだって主張すればそうなるんだよ。生かそうが殺そうが、俺のものに文句を付けないでくれないか」 「やめてよ! やめてええ! まりさにいじわるしないで! おにいさんきらい! だいきらいだよ! どっかにいって! かえって!」 「君がお菓子を返してくれたらね。さあ、早く返して。返してくれたら全部元に戻してあげるから。ほら、早く返すんだ」 挿絵:キモあき
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亡くなった茶道家の父は、礼儀作法に非常に厳しい人だった。 今でもよく覚えている。 ある日俺は寺子屋から帰ると、茶箪笥の中に見たこともない高級な和菓子があるのを見つけた。 きっと、両親は奮発して高いものを買ってきてくれたのだろう。 俺は勝手にそう判断し、それを一人で無断で平らげた。 仕事から帰ってきた父は烈火の如く怒った。 あの菓子は、俺のために買ったのではない。 里長を招いて茶会をする際に、皆に振る舞うために購入した大事な菓子だったのだ。 泣いて謝る俺の尻を父はばしばし叩き、真っ暗な蔵の中に閉じ込めた。 あの時ほど、父が恐いと思ったことはない。 結局、父は大事な茶の席で大恥をかく羽目になり、俺は怒られても仕方のないことをしたのだ。 そんな父もあっけなく亡くなり、俺は父の跡を継いで茶道を教える仕事に就いた。 今では何とか、妻と一緒に食べていけるだけの稼ぎもある。 夜。ガラス戸を叩く音がしたので俺は立ち上がった。 こんな夜更けに誰だろう。 戸を開けると、そこには丸っこい物体がある。 金髪にカチューシャ。ゆっくりありすと呼ばれる饅頭生物だ。 「こんばんは、とかいはなおじさん」 「ああ、こんばんは。どうしたんだい、こんな夜に」 このありすとは初対面ではない。 今日の午後、縁側で一緒に簡素なティータイムを楽しんだゆっくりだ。 俺が縁側で湯飲みを片手に羊羹を食べていると、このありすが森の方から庭にやって来た。 垣根から顔を覗かせ、ありすは遠慮がちに俺に挨拶した。 「ゆっくりしていってね、おじさん」 「ああ。ゆっくりしていくといい」 「ありがとう。おじさんはしんせつなひとね。ありすも、おじさんのおにわにいてもいいかしら」 「庭を荒らさなければ、別に構わないよ」 「あら。ありすはとかいはよ。にんげんさんのおにわをよごすようなことはしないわ」 ありすの言ったことは嘘ではなかった。 ありすは俺の近くまで出てくると、口にくわえていた野苺を静かに食べ始めた。 よくいるゆっくりのような「むーしゃむーしゃ! しあわせー!」といったような大声を上げることもない。 都会派、と自称するだけあって、ありすの食べ方はゆっくりにしては品がよかった。 俺は少し気をよくして、抹茶に砂糖を入れて冷ましてからありすに差し出した。 「ゆっ! とってもおいしいおちゃね! おじさんはすてきなひとだわ」 ありすとはしばらくの間、なかなか楽しい茶会の時間を過ごすことができた。 時には、作法にこだわらず自然体で茶を楽しむのも素晴らしい。 茶を飲み終わるとありすは野苺の茎を片づけ、森へと帰っていったはずだ。 なのに、いったいどういう風の吹き回しだろう。 「おじさん、ひるまのおれいよ。ありすのつくったいんてりあなの。うけとってほしいわ」 ありすが口にくわえて差し出したのは、きれいに形の整っている押し花だった。 木の葉っぱの上に一輪の花がくっついている。 恐らく、ゆっくりの涙か唾液によって固めたものだろう。 あの不器用なゆっくりが作るものとは信じがたいほど、それは手が込んでいる。 「ありがとう。遠慮なく受け取らせてもらうよ」 たとえそれがゆっくりが作ったものであっても、誠意がこもっていることに代わりはない。 俺はお礼を言ってありすから押し花を受け取った。 「ゆっくり! おじさん、ありすとおともだちになってほしいわ」 俺が受け取ったことで、自分が受け入れられたと思ったのか、ありすはそんなことを言ってきた。 「君と友達にかい?」 「おじさんはとってもいいひとだから、ありすはおともだちになりたいの。また、いっしょにてぃーぱーてぃーをたのしみましょう?」 ありすはニコニコと笑っている。 あまりにも、ありすの笑顔は無防備だった。 だからこそ、俺は首を横に振った。 「残念だけど、それは無理だよ。今日のことはもう忘れて、お家に帰りなさい」 「…………ど、どうして。もしかして、ありすはいなかものだったの? おじさんのめいわくだったの?」 ありすのうろたえ方はかわいそうなくらいだった。 まさか、否定されるとは思っていなかったのだろう。 それもそうだろう。俺とありすとは、本当に仲良くやっていたのだから。 「いいや、そうじゃない。ありすはゆっくりとは思えないくらい都会派だったよ。でも、駄目だ」 「……おじさん。…………どうして?」 「君がゆっくりで、俺が人間だからさ。俺と君とでは、種族として違いすぎるんだ。人間には、近寄らない方がいい」 まだすがるような目をしてくるありすを、俺は優しく突き放す。 「今は仲良くできても、きっといずれどちらも不幸になる。俺たちは、絶対に相容れないんだよ」 俺はかつて、下らない過ちを犯した。 ゆっくりのしたことに本気で怒り、ゆっくりが分からないことを無理に分からせようとした。 人間の常識でも、ゆっくりにとっては常識ではない。 なまじ彼らは喋ることができるから、意思の疎通ができると思ってしまう。 実際はそうではない。人間とゆっくりとは違いすぎる。 あの不毛な体験は、俺の記憶の中に嫌な過去として位置づけられている。 あれは、この家に引っ越してきてすぐのことだった。 俺は今日のように、庭を眺めようと縁側に出ていた。 やや古くはあるが、実に趣のある家と庭だ。 何気なく見ていても、あちこちに風情があって飽きることがない。 しばし休息を取ろうと、俺は茶を点て茶箪笥からおはぎを一つ取り出した。 行きつけの和菓子店が作る、徹底的に痛めつけて味をよくしたゆっくりを材料にした名菓だ。 俺は茶碗と皿をお盆に載せ、縁側に戻ると座り直した。 ほっとする一息だ。 誰のためでもなく、自分のために点てる茶も悪くない。 茶の香りは奥ゆかしく、午後の静かな時間と相まって幻想郷を桃源郷に変えようと誘う。 柔らかなその誘いに、しばし身を委ねていた時のことだった。 「ゆっゆっゆ~♪ ゆっゆっゆ~♪ おさんぽおさんぽ~♪ まりさのおさんぽたのしいな~っ♪」 せっかくの気分が、たちまち台無しになった。 垣根をがさがさとうるさく揺らし、小動物らしからぬ不用心さで飛び出してきたものがいる。 金髪に黒い帽子。小生意気そうな表情。ゆっくりまりさだ。 サイズは大きめのリンゴくらいだろうか。どうやらまだ幼いゆっくりのようだ。 まりさはへたくそな歌を歌いながら、ぴょんぴょんと跳ねて庭を横切ろうとしている。 人間の耳には、ちょっとゆっくりの歌のセンスは理解しがたい。はっきり言って不快だ。 ……それにしても、散歩なのだろうか。 だとしたら、何という無警戒だろう。 俺の住む里では、あまりゆっくりにいい顔はしない。 畑を荒らす害虫として駆除されることもしょっちゅうだ。 付き合いで俺も幾度かかり出されたことがある。 里のあちこちに作られた巣を壊し、泣き叫ぶゆっくりを袋に詰めて加工場に引き取ってもらう。 「にんげんさんやめてよ! やめて! まりさたちはゆっくりくらしてただけだよ! なんでこんなことするの! ゆっくりしてよ!」 「おちびちゃんをもっていかないで! れいむのだいじなおちびちゃんなんだよ! やめて! ひどいことするなられいむにして!」 「ゆあああああん! きょわいよおおおお! おかあしゃああん!おとうしゃああああん! たすけちぇよおおお!」 俺はあまり彼らのお喋りが人間のようで好きになれないが、農家の人が言うにはあれはただの鳴き声だそうだ。 意味などない。ただの饅頭の発する音。人間のような思考はない。 そう思っているからこそ、簡単に駆除できるのだろう。 里は決して、ゆっくりにとって安全な場所ではないのだ。 それなのに、この警戒心皆無の動きは何だろうか。 「ゆっ! にんげんさんがいるよ。おにいさん、ゆっくりしていってね!」 俺の足元にまで近づいて、ようやくまりさは俺の存在に気づいたらしい。 まりさはぐいっと体と頭が一緒の部分をもたげ、俺の方を一心に見つめてそう言った。 きらきらと輝くような瞳だ。 実に無邪気な、人間の子どもでさえもここまであどけない目つきをしてはいない。 俺と仲良くできる、と無条件で信じ込んでいるのがよく分かる。 「……あ、ああ。ゆっくり、しているよ」 「ゆっ! ゆっ! ゆっくり! ゆっくり! おにいさん、ゆっくりしていってね! ゆっくりしていってね!」 俺はまりさの迫ってくる気迫にあっさり負け、返事をしてしまった。 途端にパアァ……とまりさの顔がさらに明るくなる。 ぽよんぽよんとまりさは反復横跳びをして、返事が来た喜びを全身で表現した。 きっと、これで俺とまりさとは仲良くなった、と思い込んでいるのだろう。 ゆっくり、という言葉を連発することから、余程その響きが気に入っているらしい。 「ここはまりさのみつけたゆっくりぷれいすだよ! おにいさんもゆっくりしていいからね!」 「え? いや、ここは俺の家で、君のいるところは俺の庭なんだが」 「ちがうよ! まりさのゆっくりぷれいすだよ! まりさがおさんぽしててみつけたんだよ! まりさのすてきなゆっくりぷれいすだよ!」 「……まあ、そうだよな。君たちに人間の家とか庭とか分かるわけないだろうし」 「ゆっ! ゆっ! おにいさん、へんなこといわないでよね。まりさちょっとこまっちゃったよ。ゆっくりしようね!」 「はいはい。ゆっくりゆっくり」 ああ、これがお家宣言という奴何だな、と俺は一人納得していた。 まりさにとっては、ここは自分が見つけた場所なんだろう。 俺という人間は、ついさっき気づいた。つまり、庭が先で俺が後だ。 だから、まりさにとってここは先に自分が見つけた場所ということになっているのだろう。 どうでもいいことだ。 どうせ、飽きたらすぐにどこかに行ってしまうだろう。 俺はまりさのかん高い声と、妙に人の神経を逆なでする口調に少しいらついたが、怒るほどではなかった。 そもそもここは借家だ。まりさが何と言おうが、あまり執着心はない。 まりさは楽しそうに俺の周りを転がってみたり、あちこちに顔を突っ込んで匂いを嗅いだりしていたが、不意にさっきよりもさらに目を輝かせた。 「ゆゆっ! おいしそうなおかしがあるよ! とってもおいしそうだね! まりさたべたい!」 ゆっくりは感情がすぐ表に出る。 まりさの目は、俺の隣にある皿に置かれたおはぎに釘付けだった。 おはぎに焦点を合わせたまま動かない目と、よだれの垂れている口元、そして舌なめずりをする舌。 露骨に「食べたいよお!」という欲望がむき出しになった顔だ。 「駄目だ。これは俺のお菓子だよ。まりさにあげる食べ物じゃないんだ」 「えぇぇ……。うらやましいなぁ…………おいしそうだなぁ……まりさもたべたいよぉ……」 餌付けして居座られても困る。 俺はちょっと大人げなかったが、皿を持ち上げてまりさから遠ざけた。 まりさはすぐさま縁側に這い上がって、おはぎに噛み付きかねない勢いだったからだ。 まりさの視線は、器用におはぎを追って動いた。 もう、関心はおはぎに固定されたらしい。 仕方のないことだ。 ゆっくりは極度の甘党だが、野生のゆっくりが甘いお菓子を食べることなどできない。 常に甘いものに飢えているゆっくりの目の前に、大好きなお菓子が置かれたのだ。 飛びつこうとするのも無理もない。 「いいなぁ………おにいさんだけいいなぁ………まりさもほしいなぁ……たべたいなぁ……むーしゃむーしゃしたいなぁ………」 さっさとあきらめて出て行けばいいものを。 そうすれば、それ以上おはぎを見続けて焦がれることもないのに。 俺はそう思ったが、まりさの取った行動は正反対だった。 俺のそばにべたべた付きまとって、懸命に自分をアピールし始めたのだ。 俺の機嫌を伺うように顔をのぞき込んでみたり、チラッと流し目を送ってみたり、実にうっとうしい。 口からは、俺が羨ましい、自分も食べたい、と馬鹿の一つ覚えのような言葉が連発される。 俺がそっぽを向くと、そちらに回り込んでぴょんぴょん跳ねたりぷりんぷりんと尻を振ってみせる。 少しでも俺の気を引こうと、まりさは手を尽くしているらしい。 だがそれは、俺にしてみれば不愉快な行為ばかりだ。 人のものを欲しがるという態度が気に入らない。 ましてや、あきらめが悪くしつこいならばなおさらだ。 茶の席でこんなことをしようものなら、即座に追い出されても仕方がない不作法だ。 「いいなあ! まりさもほしいよ! ほしい! おかしほしい! おかしたべたい! たべたい! たべたいよお!」 ついに、まりさは我慢できなくなったらしく、大声で俺に頼み始めた。 いや、もはや図々しく要求している。 それにしても、ゆっくりは体は小さいのに声がやたらとでかい。 小さな子どもが耳元でどなっているようで、耳がおかしくなりそうだ。 「ちょうだい! まりさにもちょうだい! おにいさん! ねえ! ねえねえねえ! きいてるの!? おにいさん! おにいさんってば!!」 「駄目ったら駄目だ。いいか、これは俺のものなんだ。君にあげるものじゃない。いい加減あきらめろ」 「おにいさんのいじわる! けち! まりさおこったよ! ぷんぷん! もういいよ! おにいさんなんかしらない!」 とうとうまりさの堪忍袋の緒が切れた。 俺のことを一方的に非難すると、ぷりぷり怒りながら垣根の中に潜り込んでいった。 まりさにしてみれば、仲良くなった人間が自分だけお菓子を楽しんでいるように思えたのだろう。 俺は少しまりさがかわいそうになったが、すぐに自分の考えを改めた。 「じぃぃぃぃっ…………………………じぃぃぃぃ…………………………」 わざわざ声に出して、自分がいることをアピールしているのはなぜだろうか。 まりさは森に帰ろうとはしなかった。 生け垣の下から、まりさの食欲でらんらんと輝く二つの目が俺を見ていた。 まりさ本人は隠れているつもりだろう。 だがこちらからは、じーっとおはぎを見つめるまりさの姿が丸わかりだ。 ああ言ったものの、菓子への未練はそう簡単に断ち切れないのだろう。 ふと、俺の心に子どものようないたずらが思いついた。 この状態で、俺が席を外したらどうするだろうか。 十中八九、まりさはおはぎを食べてしまうだろう。 その現場を俺が押さえたらどんな顔をするだろう。 さぞかしうろたえるだろう。どんな言い訳をすることだろう。 泣いて謝るだろうか。それともちょっとすねてから謝るだろうか。 「わあ! そうだった。用事を思い出したぞ。すぐ部屋に戻らなくちゃ! 急ぎの用だから、おはぎはここに置いていこう!」 俺がわざとらしく大声を出すと、まりさが生け垣の中で身じろぎしたのが分かった。 「どこにいるか分からないけど、もしまりさがいたら困るからちゃんと言っておかなくちゃな!」 まりさが俺のおはぎだと言うことを忘れては困るので、ここでもう一度繰り返す。 「まりさ! これは俺のおはぎだからな! 絶対に食べちゃ駄目だぞ! まりさのおはぎじゃない。俺のものだぞ! 食べたら怒るからな!」 俺の声はまりさに聞こえただろう。 しかし、まりさの目はもうおはぎの方しか見ていない。 本当に聞こえたのだろうかと怪しく思うが、さっきから食べるなと連呼してあるから、あれが自分のものではないことぐらい分かるだろう。 では、実験の開始だ。 俺は縁側から立ち上がり、家の中に入って柱の陰に隠れた。 俺が身を隠してすぐ、まりさは生け垣の中から飛び出してきた。 駄目だこれは。 ゆっくりには、人間のものとそうでないものとの区別が付かないようだ。 あっさりとまりさがおはぎを平らげて実験終了かと思ったが、そうではなかった。 まりさは縁側に飛び乗ると、おはぎの載っている皿に顔を近づけた。 しかし、ぱくりと噛み付くことはなかったのだ。 「ゆうぅ……おにいさん……たべちゃだめだって……どうして……こんなにおいしそうなのに……」 俺は耳を疑った。 なんだ。ちゃんとまりさは理解していたんだ。 俺がいなくなっても、おはぎが自分のものではなく人間のものだと覚えていたのだ。 ゆっくりの記憶力を俺は侮っていたが、どうやら考えを改めなくてはいけないようだ。 「いいなあ……たべたいなあ……おいしそうだなあ……おにいさんうらやましいなあ……まりさもたべたいなあ……」 まりさはよだれをたらたら、未練もたらたら流しながらおはぎに心を奪われている。 食べられないと分かっているなら見なければいいのに、と思うのだが、まりさはじっとおはぎを見つめてうっとりしている。 それが欲望を加速させるニトロであることに、まりさは気づいていない。 「たべたいよぉ…むーしゃむーしゃしたいよぉ……くんくん……くんくん……ゆぁぁぁ……いいにおいだよぉ……くんくん………」 どこにあるのか分からない鼻をひくつかせ、まりさは餡子の甘い匂いをいっぱいに吸い込んでいる。 もはや舐めるようにまりさはおはぎをあちこちから眺め、ほとんどくっつきそうなくらいに顔を近づけている。 これは駄目だ。 絶対にまりさは我慢できない。 俺の予想は的中した。 「ちょっとくらいならいいよね! おにいさんにわからないくらいなら、たべてもだいじょうぶだよね!」 分かる分からないの問題じゃなくて、そういうことを口にしちゃいけないだろ。 俺は柱の陰でまりさの行動に突っ込む。 「なめるだけだよ! ぺーろぺーろするだけだよ! それくらいならおにいさんもわからないよ!」 まりさはきっと、自分で自分を騙しているのだろう。 いけないことだと分かっている。 でも、どうしても食べたい。 ならば、これくらいなら分からないと自分に嘘をつき、信じ込もうとしているのだ。 「ぺーろぺーろ…………し、し、し、しあわちぇええええええ!!」 ついに、まりさは俺の警告を無視した。 ゆっくりの体の割に大きくて分厚い舌が口から伸びると、ぺろりとおはぎの餡子を舐めてしまった。 次の瞬間、まりさは幸福そのものの顔で叫んだ。 まりさは冗談抜きで輝くような表情で、甘いものを味わう幸せを表現していた。 「しゅごくおいちい! しゅごくおいちぃよおおおお! あみゃいよおおお! もういっかいぺーろぺーろ! ぺーりょぺーりょおおお!!」 まりさは歓喜のあまり涙を流している。 よく見ると、下半身からちょろちょろと何か流れ出している。 失禁しているのか? 不快になる俺を置いてきぼりにして、まりさはもう一度おはぎをべろりと舐める。 前回は罪悪感からか恐る恐るだったが、今回は舌で餡子を削り取るような舐め方だ。 あれでは、おはぎの表面に舐めた跡が残るだろう。 まりさの罪はこれで確定したわけだ。 「ち! ち! ちあわしぇぇええええええ!! おいちぃいいいいいい!!」 再びまりさは嬉しさのあまり大声を出す。 こっそりと盗み食いをするつもりだったが、あまりのおいしさに声が出てしまうのか。 もう、こうなってしまっては一直線だ。 止まるわけがない。止められるわけがない。 「むーしゃむーしゃ! むーしゃむーしゃ! あまいよおおおお! おいちいよおおおお! むーしゃむーしゃ! むーしゃむーしゃぁあああ!」 まりさは、おはぎにかぶりついた。 一口で三分の一をかじり、もぐもぐと噛む。 途端に、まりさは口から餡子をこぼしながら叫んだ。 「すごいおいしいっ! おいしいいいい! あまいよお! まりさむーしゃむーしゃするよ! むーしゃむーしゃ! おいしいよおおおお!」 もう夢中だった。 まりさはおはぎにぱくつき、もぐもぐと噛み、ごくりと飲み込む。 ずっと我慢していた甘さへの渇望を満たせる喜びで、まりさの顔は緩みきっていた。 「まあ、そうだよなあ……」 俺は、茶箪笥に向かいながら苦笑していた。 怒りの感情はわいてこなかった。 きっと、父が里長のために用意した茶菓子を勝手に食べた俺も、あんな感じだったのだろう。 俺は、まりさに子どもの頃の俺を重ねていた。 大事な茶の席で使うはずの茶菓子を、無断で食べてしまった俺。 食べるなと厳命されながら、甘味の誘惑に勝てなかったまりさ。 どちらも、似たようなものだ。 悪いと分かっていても、ついついやってしまう。 それを責めるのは、いささか大人げないと言えるだろう。 ……この時の俺は、まだ正常だった。 俺は代わりの茶菓子のきんつばを取り出し、皿に載せた。 さて、まりさはどんな顔をするだろう。 俺が怒ると、何て弁解するだろう。 俺はいたずらが成功した子どもの顔で、縁側へと向かったのだった。 縁側に置かれた皿には、おはぎの代わりにまりさが載っていた。 半分幸せ、半分物足りない顔で、まりさは皿をぺろぺろと長い舌で舐め回している。 「おや、おはぎがないぞ。しかもそこにいるのはまりさじゃないか。さては盗み食いしたんだな。悪い奴め!」 芝居気たっぷりに、俺は恐い顔をして縁側に姿を現した。 皿の上に乗っかり、しかも皿を舐めていたまりさに逃げ場はなかった。 「ゆううううううっっっ!?」 まりさはびっくりして跳び上がった。 こちらを向くまりさの口の周りは、おはぎの餡子ですっかり汚れている。 「ゆあっ! あっ! ゆああっ! おにいさんっ! ゆっくりしようねっ! ゆっくりっ! ゆっくりっ!」 「まりさ、口の周りが餡子で汚れているぞ! 言い訳しても無駄だ。あれだけ食べるなと言っておきながら、よくも俺のおはぎを食べたな!」 まりさのうろたえた様子は、本当に面白かった。 何度も空になった上に自分の唾液でべとべとになった皿と、怒った顔をした俺とを見比べている。 まりさが混乱しているのがよく分かり、俺は内心笑いを噛み殺していた。 「まりさ! この悪いゆっくりめ! 人のものを勝手に食べちゃったら、何て言うのかな!?」 おろおろとしているまりさに、俺は親のような顔で言ってみた。 もちろん、この状況は俺が作ったものだから、まりさが拗ねたり泣いたりしても怒る気はなかった。 一回でもいいから「ごめんなさい」と言えば、それで俺はすっきりしただろう。 「まりさも食べたかったのか。じゃあ、これも半分あげるよ」 面白いものを見せてもらったお礼に、きんつばを半分食べさせてやるつもりだった。 ……そもそも、ゆっくりに本気で怒るなんて大人げないだろう。 こんなことを考えるほど、かつての俺は甘かった。 ゆっくりという饅頭がどれだけ人間とは異なる存在なのか、理解していなかった。 そして、ゆっくりという饅頭がどれだけ人間を苛立たせる存在なのか、体験していなかった。 まりさはしばらくおたおたしていたが、いきなりにっこりと笑った。 それまでの困惑した様子が嘘のような、あっけらかんとした笑顔をこちらに向けた。 「おかしとってもおいしかったよ! もっとちょうだいね!」 俺は絶句した。 何だって? 今、こいつは何て言ったんだ? おいしかった? もっとちょうだい? 「何を言ってるんだ? あれは俺のお菓子だぞ」 「うん! でもおいしそうだったから、まりさがまんできなくてたべちゃった! すごくおいしかったよ!」 まりさは初対面の時とまったく同じ、無邪気な顔でニコニコと笑っている。 自分が悪いことをしたという自覚がないのか? 野生動物だから、目の前にある餌をただ貪るだけだったのか? そうじゃない。 まりさは一度ためらっている。 おはぎが俺のものであるということは、知っていたはずだ。 「食べちゃ駄目だって言っただろ。聞こえなかったのか。それとも、忘れちゃったのか?」 わすれちゃったよ、とまりさが言ってくれれば。 そうすれば、俺は納得していたはずだ。 単なるおはぎ一つのことだ。 俺が食べられなかったからといって、子どものように怒ることはないはずだった。 しかし、まりさの返答は違った。 「ずるいよおにいさん! おいしいおかしをひとりじめして! おかしはみんなでたべるからおいしいんだよ!」 「まりさ、君が全部おはぎを食べちゃったせいで、俺の食べる分はなくなったよ。全然みんなで食べてないじゃないか」 「おにいさんおかしをもうひとつもってるでしょ! まりさはおなかがすいてたんだよ! そっちもはんぶんちょうだいね!」 たかがゆっくり如きの馬鹿な言い草。 そう片づけてしまうには、俺は若すぎた。 いや、片づけてしまえないほど、俺はこのことについてトラウマがあったのだ。 呆れ果ててものも言えない俺を差し置いて、まりさは俺の手のきんつばに向かってジャンプする。 「まりさおかしだいすき! もっとちょうだい! ねえ! ねえ! ねえ! きいてるの!? まりさはおかしだいすきなんだよ!」 俺はまりさを見た。 まりさは俺を見ていない。 俺の手にあるきんつばしか眼中にない。 俺の存在など、まりさには邪魔なだけなのだろう。 「おにいさん! おにいさんってば! きいてるの! ねえきいてよ! まりさにそれちょうだい! まりさもっとたべたい! おかしたべたいよお!」 俺の心情の変化は、大人げないと批判されても仕方がない。 しかし、俺の心の奥から、自分でも信じられないほどの怒りがこみ上げてきた。 ただの理性のない獣ではなく、こいつはゆっくりだ。 どんな形でも、まりさが一度でもごめんと謝れば当然許すつもりだった。 これは俺の仕組んだいたずらだ。それくらいの余裕はあったはずだ。 それなのに、俺の手にあるきんつばに向かって、羞恥心の欠片もなく飛びつくまりさをみていると、怒りしか感じない。 かつて俺は、何度謝っても父に許されなかった。 心底反省しても、許してもらえなかった。 やがて雷親父の怒りはおさまったのだが、その間俺は家の中で針のむしろにいた。 かばってくれる祖母がいなければ、俺は父を憎みさえしただろう。 あの嫌な経験は、俺の中でしこりとなって残っている。 人のものを勝手にかすめ取ることが、どれだけ悪いことなのか身に染みていた。 それなのに、こいつは。 こいつは人のものを食っておきながら謝りもせず、もっとよこせと催促するのか? 自分が何をしたのか分かっていながら、恥知らずにもこちらに要求するのか? たかが饅頭風情が、人間の食べ物をよこせとうるさく詰め寄るのか? 俺はゆっくりの生態に詳しくなかった。 もし詳しい人がこれを読めば、当然失笑することだろう。 何を馬鹿なことをしているんだ、ゆっくりにいったい何を期待しているんだ、と笑われて当然だ。 俺の間違い。 それは、ゆっくりを人間のように扱ったことだった。 俺はきんつばを地面に落とした。 こんなものが血相を変えるほど欲しいのか。 勝手にしろ、と俺はまりさにきんつばをあげた。 「ゆっゆ~♪ おいしそうなおかしさん、ゆっくりまりさにたべられてね! むーしゃむーしゃ! しあわせーっっっ!」 地面に落ちたきんつばに、まりさは飛びついた。 落とした俺に目もくれず、がつがつと貪っていく。 遠目から見ればまだ耐えられるが、近くで見ると本当にこいつは汚らしい食べ方をする。 足で蹴り飛ばしたくなる誘惑を抑え、俺はまりさが食べ終わるまで待った。 「ゆっくりおいしかったよ! まりさこんなにおいしいおかしはじめてたべたよ! もっとたべさせてね!」 舌で口の周りをべろべろ舐め回しながら、まりさはさらにお菓子を欲しがる。 こいつは、お菓子をくれた俺にお礼さえ言わなかった。 無神経な物言いに、俺の心はもう動かない。 腹立ちはピークに達しているため、火に油を注いでもこれ以上燃えないのだ。 「もうないよ。これで終わりだ」 「ゆぅぅ……そうなんだ。まりさ、もっとむーしゃむーしゃしたかったよ……おかしおいしかったのになあ……」 たちまちまりさの顔は悲しそうになる。 体の大きさからして結構な量を食べたのに、こいつは満足しないのだ。 ますます俺はゆっくりが嫌いになった。 「じゃあもうまりさはかえるね! おにいさん、またおいしいおかしをちょうだい! まりさまたくるからね!」 「ああ、ちょっと待つんだ、まりさ」 「ゆゆ? おにいさん、どうしたの? まりさはおうちにかえるんだよ」 食うだけ食ってさっさと帰ろうとするまりさを、俺は呼び止める。 振り返って首を傾げるまりさ。 俺は両手を伸ばして、その丸っこい顔と体をつかんだ。 「ゆっ! おそらをとんでるみたい! まりさとんでるよ! とりさんみたいにおそらをとんでるよ!」 いちいち実況中継するのがうるさい。 それに、この状態は飛んでるのではなく浮いてるだ。 食べたせいか、まりさの体はそれなりに重量がある。 手に持つとちゃんと重みが伝わってくる。 饅頭皮はもちもちとしていて、手触りがなかなかいい。 まだ若いからだろう。手首を回して横と後ろを見てみたが、傷らしいものもない。 「ゆゆっ? なんなの? そんなにみつめられると、まりさちょっとはずかしいよ~」 俺が見とれているとでも思ったのか、まりさは顔をちょっと赤らめてもじもじし始めた。 恥じらいとかそういった感覚はあるのか。 ならばなおさら、好都合だ。 「まりさの両目はきれいだね」 俺はいきなりまりさを誉めた。 まりさはきょとんとしていたが、すぐにとても嬉しそうな顔になる。 「とってもきれいだよ。きっと、ゆっくりの中では一番きれいな目をしているんだろうね」 「ゆゆ~ぅ。それほどでもないよ~。でも、まりさすごくうれしいよ! うれしい!」 両手で持ち上げられた状態で、まりさは嬉し恥ずかしといった感じで体をぐねぐね左右に振っている。 表面上は恥ずかしそうだが、明らかにまりさはこちらの言葉に期待している。 俺がじっと見つめていると、伏し目がちになりながらも時折チラッとこちらを見てくる。 もっと誉めて、と思っているのが丸わかりだ。 お望み通り、俺はまりさを誉めちぎった。 「まりさの髪の毛もきれいだよ。とてもきれいでまるで黄金の小川みたいだ」 「ゆゆん! まりさのかみのけさんはまりさのじまんだよ! みんないっぱいほめてくれるんだよ!」 「まりさの歯は白くて整ってるね。虫歯もなくていい歯をしているよ」 「はさんはだいじだよ! むーしゃむーしゃするときにはさんがなかったらたいへんだよ!」 「まりさの帽子は素敵だね。よく手入れがされていて、ほかのゆっくりたちも羨ましがるだろうね」 「だって、まりさのたからものだもん! ゆっへん! まりさはおぼうしさんがいちばんだいじなんだよ! まいにちまりさはおぼうしをごーしごーしあらうんだ! きれいきれいにしてからおぼうしをかぶると、とってもゆっくりできるよ!」 すっかりまりさは誉められて有頂天になっている。 見る見るうちに、まりさの顔は幸福を絵に描いた笑顔になっていく。 まだだ。 もっともっと、まりさを舞い上がらせてやろう。 俺はさらにまりさの誉めるべき点を、大事にしているであろう点を探す。 「まりさのお家はどんなところだい? きっと、とても住みやすい場所だろうね」 「ひろくてゆっくりできるすてきなおうちだよ! まりさのたからものがいっぱいあるんだ!」 「まりさの家族はどうかな? まりさはどう思ってる?」 「みんなだいすき! おとうさんだいすき! おかあさんだいすき! いもうとのれいむもまりさも、みんなみんなだ~いすき!」 「まりさには友達がいるだろう? 友達のことはどう思ってる?」 「みんなゆっくりしてるよ! ありすもいるし、れいむもまりさもいるよ。いっしょにあそぶとすごくたのしいよ!」 「じゃあ、最後にまりさのゆん生はどうかな。まりさは今まで生きてきてどうだった?」 「とってもしあわせだよ! まりさゆっくりできてしあわせ! まりさはしあわせなゆっくりだよ!」 「そうだろうね。まりさは幸せなゆっくりだよ。俺にもよく分かる」 「ゆ~ん♪ おにいさん、まりさてれちゃうよ~♪ ゆんゆん♪ ゆっくり♪」 最後にまりさはとびきりの笑顔を見せて締めくくった。 本当に、まりさは幸せそうだった。 まりさの言葉を聞いて、俺もよく分かった。 こいつは生まれてからずっと、ゆっくりにしては恵まれた環境にいたのだ。 さぞかし、幸福なゆん生を送ってきたのだろう。 これからも、それが続くと信じて疑わないのだろう。 「じゃあそれ、全部俺がもらうよ」 手始めに、君の片目をもらうことにしよう。 いきなり両目を奪ったら、これから始まる喜劇が見られなくなるからね。 俺はまりさを片手で持つと、右手の人差し指をまりさの左の眼窩に突っ込んだ。 まりさは指を突っ込まれても、2秒ほどは笑顔のままだった。 きっと、俺の言葉の意味が分からなくて頭の中を素通りしたのだろう。 別に構わない。こちらも、まりさが理解してからこうするつもりなどなかったのだから。 柔らかい感触が指に伝わってきた。 つるんとして湿った眼球を避けて、その裏側の餡子に指先が届いた。 やや温かい。 「ゆっ……ゆぅ……ゆ゙! ゆ゙ぎぃ゙い゙い゙い゙あ゙あ゙あ゙!! あ゙あ゙あ゙ぎ゙い゙い゙い゙い゙い゙!」 まりさはどぎついまでの絶叫を張り上げた。 この声は聞いたことがある。 ゆっくりを里の皆で駆除していた時、えらく気合いの入った男が一人いた。 人の二倍も三倍もゆっくりを狩る彼の回収したゆっくりは、どれもずたずただった。 彼の持ち場からは、今のまりさと同じ悲鳴が止むことがなかった。 ゆっくりの鳴き声ということで誰も気にしなかったが、あの男はゆっくりを生きたまま解体していたのか。 俺は慎重に指先で眼球をつまみ、引っ張る。 視神経やら筋肉やらの抵抗はなく、思った以上にあっさりとまりさの目玉は顔から抉られた。 俺は激痛で歪んだ顔をしているまりさに、それを見せてやった。 「や゙あ゙あ゙っ! や゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙! まりざの! まびぢゃのおびぇびぇえええええええ!!」 自分の目と見つめ合うという状況は、なかなか希有なものじゃないだろうか。 俺の手の中と眼球と目があって、まりさはさらに大声で叫ぶ。 「い゙ぢゃい゙ぃい゙い゙い゙い゙い゙!! がえぢでっ! まりぢゃのおべべがえぢでよおおおおお!!」 隻眼から大量の涙を流しながら、まりさは俺に目玉を返すよう訴える。 ぽっかりと開いた眼窩からは、どろりと餡子混じりの涙が流れる。 果たして、これをまりさの眼窩に突っ込んだらまた機能するのだろうか。 俺は改めて、こいつの眼球をしげしげと眺めてみた。 材質は寒天か白玉だろう。 ゆっくりの顔についている時はあんなにも表情豊かなのに、こうして抉り出すととたんにただの無機物になる。 「おにいざんがえじでえ! おめめがえじでよおお! どうじで! どうじでごんなごどずるのお!? まりざいだいよおおお!」 「君だって、勝手に俺のお菓子を食べたじゃないか。だから俺も、君から勝手に目をもらうよ」 俺は痛みに苦しみもがくまりさにそう言った。 まりさは一瞬、信じられないものを見る目で俺を見た。 不愉快だ。 自分がそうしたというのに、自分が同じようにされるのは嫌なのか。 「がえじでっ! がえじでっ! それはやぐまりざのおかおにもどじでよおおおおおお!!」 「お菓子を返してくれたら戻してあげるよ。ほら、早く返して。そうしたら戻してあげる」 「でぎないよお! できないよおおお! もうおがじざんだべじゃっだがらがえぜないよおおおお!!」 「じゃあ、これも返してあげない」 泣き叫ぶまりさを尻目に、俺は指先に力を込めた。 ブヂュッ、とあまりにもあっけなく、まりさの二つとない左目は潰れて四散した。 目の前で自分の体の一部を潰されたショックで、まりさは泣きわめく。 「や゙ぎゃあ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙!! お゙め゙め゙ぇ! お゙め゙め゙ぇ! まりざのずでぎなおべべぇえええええええ!!」 ねっとりとした液体が、潰れた眼球から流れ出した。 恐らくシロップだろう。 これでもう、まりさの顔から左目は永遠に失われた。 どんなことがあっても、まりさはこれからずっと片目で生きていかなければならないのだ。 俺は眼球の残骸を庭に放り投げた。 「次はまりさの髪の毛だね。それももらうよ」 「だめぇ! だめだめだめえええええ! やだあ! まりさのおさげさんむしっちゃやだあああああ!」 必死に体を捻って、俺の手から逃れようとするまりさ。 だが、その力はあまりにも弱く、抵抗と呼ぶにも値しない。 俺はまりさの帽子から出ているお下げを掴み、ぐいっと力任せに引っ張った。 「い゙ぎゃ゙ぁ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙! あ゙い゙い゙い゙い゙い゙い゙い゙! いだいっ! いだいいだいいいい!」 お下げは根本から千切れて手に残った。 なぜ根本からだと分かるかというと、皮と餡子がわずかながらくっついてきたからだ。 俺はまりさの帽子を取り上げた。 「おぼうしさんっ! それまりさのおぼうしさんっ! かえして! まりさのおぼうしさんかえしてね!」 邪魔になるから、俺は帽子を自分の頭に乗せた。 傍目から見ればかっこわるいが、この際気にはしない。 「これだけじゃ足りないな。もっとまりさの髪の毛をもらうよ」 「やだああ! やめてね! まりさのかみのけむしらないで! いたいのやだああ! むしるのだめえええええ!」 まりさの声は、昨日の俺が聞いたら痛々しくて手を止めたくなるものだったに違いない。 いくら何でも、菓子を勝手に食べられたくらいで目を抉って髪を抜くなんて、と不快感をあらわにしたことだろう。 だが、今の俺はまったく嫌悪感がなかった。 まりさのきらきら光る金髪を指で掴み、お下げと同じようにして引っこ抜く。 雑草を抜くようなブヂッという手応えを残して、一つまみの金髪が手に残った。 「いぢゃあああああいいい! あちゃま! あちゃま! まりぢゃのあぢゃまああああああああ!!」 まりさは涙を流して激痛を訴える。 髪の毛は地肌ごと引き抜かれ、まりさの頭には小さな穴が空いていた。 気にせず、俺は次々とまりさの頭から髪の毛をむしり取る。 「いびゃい! いびゃいよっ! おにいざんやめでっ! まりざのがみのけっ! だいじな! だいじながみのけなのっ! いぢゃいいぃっ! どうじでぇ? どうじでごんないだいごどずるの!? まりざなにもわるいごどじでないのにいいいいいい!」 自称「悪いことをしていないまりさ」は、俺が手を止める時には「まばらに頭に髪の毛が残っている禿まりさ」になっていた。 完全な禿にするよりも、所々に残っている方が無様さに拍車がかかる。 俺と最初に出会った時の若くはつらつとしたまりさは、もうどこにもいない。 ここにいるのは、片目に穴が空き、髪の毛のほとんどをむしられた不細工なゆっくりだ。 「ゆっ……ゆぐっ……ゆぐぅ……いだいよぉ……まりさのかみのけさん……みんなにほめてもらったかみのけさん…… ゆっくりかえってきてね……いだいぃ……まりさのあたまにゆっくりかえってきてねえ! はやくかえってきてねええええ!!」 まりさは俺の足元に散らばる自分の髪の毛を見て、涙をぽたぽた落としている。 その悲しそうな顔は、ゆっくりを駆除していてもなかなかお目にかかったことがない。 どうやら、本当にこいつの髪の毛は仲間の間でちやほやされていたようだ。 それを苦痛と共に失った気分はどんなものだろう。 「もらったけど、やっぱりいらないね。こんな汚い髪の毛」 俺は下駄の足でその金髪を踏みにじり、土の中にねじ込んだ。 「あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙! や゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙!!」 まりさの悲鳴がかん高くなる。 俺は自分の頭にかぶっていた帽子を、まりさに返してあげた。 「おぼうしさん! まりさのだいじなおぼうしさん! ゆっくりおかえり! おかえりいいい!」 大あわてでまりさは帽子をかぶる。 大事なものだということもあるが、同時に禿を隠したいのだろう。 まりさは俺をにらみつけた。 「ひどいよ! おにいさんひどい! やめてっていったのに! まりさがやめてっておねがいしたのに! どうしてこんなことするの! おにいさんはゆっくりできないよ! きらい! だいっきらい!! まりさのおめめもどして! かみのけももどしてよお!」 「ああ、まりさはやめてって言ったね。聞こえたよ」 「だったらどうしてこんなことするの! まりさいたかったよ! すごくいたかったよ! どうしてえええ!」 「だから? まりさが止めてって言ったから何なの?」 まりさは口を閉じた。 涙がいっぱいにたまった右目で、こちらをじっとにらんでくる。 まるで、自分はかわいそうな被害者であるかのような顔だ。 「君だって、俺が食べちゃ駄目だと言ったお菓子を食べたじゃないか。同じことだよ。俺も、君が止めてって言っても髪の毛をもらうよ」 「そ……そんなこと……。そんなの……。そんなのやだよおおおお! やだあ! やだやだやだあああああ!!」 「次はまりさの白い歯だね。それももらうよ」 「やだあ! やだあああ! やじゃびゃびぎぃぃぃ!!」 俺は大声を張り上げるまりさの口に、親指と人差し指を突っ込んだ。 手にまりさの口内の濡れた感触が伝わった。 上顎の奥歯を一本掴み、力任せに引っ張る。 予想よりも遙かに力を必要とせず、まりさの歯は引っこ抜けた。 「あびっ! ばびびっ! あびっ! あびや゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙っ゙っ゙!!」 歯の抜けた歯茎から粘性の低い餡子をびゅっびゅっと拭きつつ、まりさは絶叫した。 俺は指先でつまんだこいつの歯をじっくりと眺めてみた。 色は真っ白だ。形は人間のものとよく似ている。 少し力を入れただけで、あっけなく歯は砕けた。恐らく砂糖でできているのだろう。 「びゃびぇでっ! いびゃいびょ! しゅびょびゅいびゃいっ! いびゃびいいいい!! 」 たった一本歯を抜かれただけで、まりさは顔をぐしゃぐしゃにして激痛を訴える。 ろれつの回らない様子から、これがまりさにとって初めての激痛なのがよく分かる。 だが、俺は一本では満足しなかった。 怯えきったまりさの視線を無視して、俺はさらに口に指を突っ込んだ。 「びゃべびぇえええええええ!!」 上顎の歯を四本ほどつまむと、一気に引っこ抜く。 一度目で力加減が分かったから、二度目の抜歯は簡単だった。 ブチブチッという歯茎の千切れる音と共に、俺の手はまりさの口から抜かれた。 まりさの大事にしていた、きれいな白い歯と一緒に。 「い゙ぎゃびい゙い゙い゙い゙い゙い゙!! ゆ゙びあ゙あ゙あ゙あ゙! あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙! あ゙あ゙あ゙あ゙っ! びぎゃい゙い゙い゙い゙い゙!」 目を抉ってやった時よりも、数段上の悲鳴が聞こえた。 さすがに、これを近距離で聞くとこちらも鼓膜がおかしくなる。 麻酔なしで歯を何本も一度に抜かれたのだ。 こいつがこれだけ叫んでもおかしくない。 「ぼうやだああああああ!! やだああああああ!! まりざいだいのやだああああああああ!!」 まりさは俺の手の中でめちゃくちゃに暴れる。 どうやら、歯を失っても喋れるようだ。 そうでなくては。 こちらも、これでこいつのすべてを奪い尽くしたとは思っていない。 俺はまりさを地面に降ろした。 まりさは、まさか助かると思っていなかったのだろう。 一瞬きょとんとして地面を見ていたが、次の瞬間ものすごい勢いで泣き出した。 「ゆわああああああん! ゆえええええええん! もうやだああ! おうちかえるうううう! まりさおうちかえるううううう!!」 泣きながら、まりさはぴょんぴょんと跳ねて庭を突っ切る。 生け垣に頭から体当たりし、中に無理矢理潜り込んだ。 火事場の馬鹿力という奴だ。 まりさはゆっくりらしからぬ速さで俺の家から逃げ出した。 「おうちかえる! まりさはおうちにかえるよおおおお! おとうさあああん! おかあさああん! まりさもうやだよおおおお!」 泣きじゃくるまりさの声が遠ざかっていくのが分かった。 さて、後を追うことにしよう。 まだまだ、こいつから頂戴しなければならないものはあるのだから。 逃げるまりさの後を追うのはあまりにも簡単だった。 「ゆええええん! ゆええええん! ゆっくり! ゆっくりいいい! ゆっくりしないでにげるよおおおお! いたいよおおお!」 何しろ、まりさは大声で泣きながら逃げているのだ。 あれだけ小さな生き物が、よく全力疾走しながら大声を出せるものだ。 幻想郷の人間である俺は、それなりに妖怪との付き合いもある。 だが、あんな奇怪な存在などゆっくり以外にいない。 「おうちかえる! まりさはおうちかえるよ! かえって! おうちかえって! ゆっくりする! ゆっくりしたいよおおお! おとうさんとすーりすーりする! おかあさんとすーりすーりする! いもうととごはんさんむーしゃむーしゃする! ゆっくりするうう!」 一度も振り返らず、いっさんに巣に向かったまりさは実に愚かだった。 姿を隠しもせずに大声を出して、あれでは後を追ってきて下さいと言わんばかりだ。 森に入ってしばらくしてから、まりさは大きな木の根元で立ち止まると叫んだ。 「おかあさあああああん! おとうさああああん! まりさだよおおおお! かわいいまりさがかえってきたよおおおお!」 わざわざ出迎えを要求するとは、ずいぶんと甘ったれた子どもだ。 だが、こいつの尋常でない声の調子に驚いたのだろう。 「おちびちゃん? どうしたの? ゆっくりしてないね!」 「ゆっくりしていってね! おちびちゃんだよね! どうしたの?」 「おねえしゃんどうちたの? ゆっくちちてないにぇ!」 「ゆっ! おえねしゃんだ! おねえしゃんおかえりなちゃい!」 「どうちたんだじぇ? こわいいぬしゃんかとりしゃんにおいかけられたにょ?」 巣穴にかぶせてあった木の枝が取りのけられ、中からゆっくりの家族が姿を現した。 両親のまりさとれいむ。 それにこいつよりも体の小さな、れいむが二匹とまりさが一匹。 舌足らずな口調と体の大きさで、妹だとすぐ分かる。 「ゆええええええん! ゆえええええん! おかあさああああん! おとうさあああん! まりさっ! まりさあああああ!!」 まりさは家族の顔を見て安心したのか、一目散に両親の所に跳ねていった。 その側にくっつくや否や、まりさは大声でわんわんと泣き出す。 「おちびちゃんそのおかおどうしたのおおおお!? きずだらけだよおおおお!」 「おめめがかたっぽないよおおおお! それに……おちびちゃんのはがおれてるよおおおお!」 「ゆああああ! おねえしゃんいちゃいいちゃいだよおおお!」 「おねえしゃんいちゃいの? れいみゅがぺーろぺーろちてあげりゅにぇ!」 「まりしゃもぺーろぺーろしゅるんだじぇ! ぺーろぺーろ! ゆっくちなおっちぇにぇ!」 俺が隠れていることに、家族一同誰も気づいていない。 泣き沈むまりさを慰めようと、両親はまりさに優しくすりすりしている。 妹たちも同様だ。懸命に舌でぺろぺろとまりさを舐めて、何とかして落ち着けようとしている。 確かに、こいつが自慢するだけのことはある、仲のよい家族だ。 しばらくまりさは泣いてばかりだったが、ようやく安心したのかぐずるだけになってきた。 「ゆっ……ゆぐっ……こわかったよお……まりさすごくこわかったよおおお!」 「よしよし、もうだいじょうぶだよ。なにがあってもおとうさんがまもってあげるからね。こわいことなんてなにもないよ」 「そうだよ。れいむたちがついているから、おちびちゃんはあんしんしてね。ゆっくりあんしんしていいからね!」 「ゆぅ……ゆっくりありがとう、おとうさん、おかあさん……。まりさ、うれしいよお…………」 「さあ、おとうさんにおしえてね。どうしてそんなけがをしたの?」 「……ゆうぅぅ…………こわいにんげんさんが……にんげんさんが……おにいさんがまりさにひどいことしたんだよおおお! やめてっていったのに! やめてっておねがいしたのに! おにいさんがまりさのおめめをとっちゃったんだよおおお!!」 再びトラウマを想起したらしく、まりさは泣き始めた。 意外なことに、親のれいむとまりさはこんな事を言った。 「おちびちゃん! どうしておかあさんのいいつけをまもらなかったの! にんげんさんにちかづいちゃだめだっていったでしょ!」 「そうだよ! おとうさんもおしえたでしょ! にんげんさんはこわいよ! ゆっくりできなくされちゃうよっていったでしょ!」 「だって……だってえええええ! おいしそうなおかしがあったから! すごくおいしそうだったから! まりさだってえええ!!」 「ま……まさか…おちびちゃん? もしかして、それを…………」 「ゆええん! ゆわああああん! たべちゃったよおおお! たべたかったんだもん! おいしそうだったもん! まりさだってたべたかったんだもん! すごくおいしそうなおかしだったんだよ! まりさちょっとたべただけなのにいいい!!」 「どうしてそんなことするの! にんげんさんのたべものはたべちゃだめだってあれほどいったのにどうして! どうしてええ!」 「そんなことしたらにんげんさんおこってあたりまえだよおおおおお! おちびちゃん! なんでそんなことしたのおお!?」 俺は感心さえしていた。 この家族は本当にまともだ。 きちんと、人間にちかづいてはいけないと、人間の食べ物を食べてはいけないと両親は教えているのだ。 これなら、人間に駆除されることもなく、森でひっそりと生きていけるだろう。 それなのに、こいつはわざわざ人間の里まで下りてきて散歩なんてしていた。 長女だから甘やかされたのか。 あるいは、もともとこいつだけ特に馬鹿なのか。 どちらでもいい。 俺のプランは既に決まっていた。 「ゆわああああん! まりさゆっくりできなかった! ゆっくりしたかったのにゆっくりできなかったよおお!」 「よしよし、おちびちゃん。もうだいじょうぶだよ、だいじょうぶだからね。ここまでくれば、にんげんさんもおいかけてこないよ」 「いたかっただろうね。ゆっくりできなかっただろうね。さあ、きょうはもうゆっくりおやすみ。ぐっすりねむればゆっくりできるよ」 「れいみゅおねえしゃんにおくちゅりとってくるにぇ! ぱちゅりーおばしゃんのところまでいってくりゅよ!」 「まりしゃもついていくんだじぇ! まりしゃのおぼうちにおくちゅりをいれればだいじょうぶだじぇ!」 「れいみゅはおねえしゃんといっしょにおやしゅみーしてあげりゅよ! いっしょにおやしゅみしゅるとあっちゃかいよ!」 「ゆぅぅ……ありがとう、おとうさん、おかあさん、まりさ、れいむ。こわかったけどもうゆっくりできたよお…………」 一致団結して、傷ついた長女を慰めようとする家族。 実に、理想的な家族の形じゃないか。 両親に抱きしめられ、妹たちにすり寄られ、あれだけ泣いていたまりさに笑顔がようやく戻った。 「ゆっくり! まりさもうだいじょうぶだよ! いたいのもうへいきになってきたよ!」 片目と口内の痛みをこらえて、まりさが家族に笑いかけた時を見計らい、俺は一歩を踏み出した。 たった一歩で、俺はまりさと家族たちの前に立ちふさがる形になる。 「やあ、まりさ。確かに、素敵な両親と妹だね。君の言った通りだ」 俺の出現に、まりさはあんぐりと口を開けた。 その顔が、見る見るうちに恐怖で引きつる。 「ゆ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙!!」 この声も駆除の時によく聞いた。 隠れ家を壊して中のゆっくりと対面した時、よくゆっくりは目と歯茎をむき出してこういう声を出す。 よほど驚き、しかも怖がっている時の声らしい。 顔といい声といい、はっきり言ってグロテスクだ。 「やだあああ! おにいさんやだああああ! こわいよおお! ゆっくりできないよおおお! ゆんやああ! ゆんやああああああ!!」 まりさは家族のど真ん中で、パニックに陥って泣き出した。 下半身から勢いよくしーしーが噴き出して、地面に水たまりを作る。 恐怖のあまり失禁したらしい。 「おとうさああん! こわいよおおお! おかあさあああん! このひとだよお! このひとがまりさのおめめを! おめめをおおおお!」 まりさは泣き叫びながら両親に助けを求める。 おおかた、恐い人間を両親によって追い払ってもらおうという魂胆だろう。 まりさに水を向けられた親のれいむとまりさは、俺の方を怯えた目で見た。 「にっ! にんげんさん! おこるのやめてね! ゆっくりしようね! ゆっくりしていってね!」 「そっ! そうだよ! いっしょにゆっくりしようね! おねがいだからおこらないで! おこらないでね!」 びくびくしながらも、親れいむと親まりさはまりさをかばう形で俺の足元に近づく。 しかし、俺が聞いたのは二匹の身の程知らずな主張ではなく、卑屈なお願いだった。 俺が二匹をにらむと、たちまち両親は体を縮める。 人間とゆっくりとの実力差がはっきり分かっているようだ。 「ゆえええん! ゆええええん! どうしてええ! このひとはまりさにいたいことしたよ! ひどいこといっぱいしたよお! いっぱいいたいことしたゆっくりできないわるいひとだよおお! わるいおにいさんだよおお! ゆえええええん!」 分かっていないのがここに一匹いる。 当てが外れてがっくりしたのだろう。まりさは泣きながら両親をけしかける。 きっと、この聡明でしっかりしたゆっくりたちは、子どもたちの脅威を何度も退けたに違いない。 さぞかし、まりさは両親の力に信頼を置いていたことだろう。 俺など、両親があっさりやっつけてくれるものと思っていたのか。 だが、現実は両親が俺に頭を下げ、機嫌をうかがう言葉を発するだけだ。 「まってね! ゆっくりまってね! おちびちゃんはびっくりしているだけなの! ほんとだよ! ゆっくりしんじてね!」 「おちびちゃんはほんとはとってもいいこなんだよ! ね!? ね!? にんげんさん! おこってないよね! ね!?」 親れいむと親まりさは、ひたすら俺にゴマをする。 何としてでも人間さんを怒らせてはいけない。 怒ったら、きっと自分たちは皆殺しになる。 その恐怖がありありと伝わってくる。 俺はしばらく、この後どうしようとかと考えていた。 足に何か柔らかいものがぶつかった。 顔を下に向けると、妹のチビまりさと目が合う。 「ゆっくちまつんだじぇ!」 「おぢびぢゃんどうじでえええ!?」 「おぢびぢゃんやべでええええ!?」 俺の足に体当たりしてふんぞり返るチビまりさの目は、まるで勇者様気取りだ。 どうやら、このチビまりさは両親の脇をすり抜けて俺に特攻したようだ。 一方、親れいむと親まりさは鎮静化しつつあるはずだった事態がぶち壊れたことで、顔をこわばらせて悲鳴を上げている。 さらに足に当たる二つの感触。 チビまりさに続いて、チビれいむが二匹俺の足に体当たりした。 「おにいしゃんだにぇ! おねえしゃんにいちゃいことをしたわりゅいにんげんしゃんは!」 「どうちてこんにゃことしゅりゅの!? おねえしゃんいちゃいいちゃいだよ! りかいできりゅ!?」 「にんげんしゃん! じぶんがわりゅいことちたってわかったのじぇ!? だったらはやくおねえしゃんにあやまるんだじぇ!」 横一列に並んだ、哀れなまでに勇ましい妹たちの戦列。 どのゆっくりの目も闘志に満ち、俺を敵として判断したのがよく分かる。 憎き姉の敵。 絶対に許すものか、という気構えさえ伝わってきた。 「どうちてもあやまらにゃいなら、れいみゅもおこりゅよ! ぷくーしゅるよ! ぷくーっっ!」 「れいみゅもぷくーしゅりゅよ! にんげんしゃん! れいみゅのぷくーではんせいしちぇにぇ! ぷくーっっ!」 「はやくあやまるんだじぇ! あやまらないともっときょわいめにあうんだじぇ! ……ゆゆぅ! もうまりしゃもおこったんだじぇ! まりしゃもぷくーするんだじぇ! おねえしゃんのいちゃいいちゃいをにんげんしゃんにもわからせりゅんだじぇ! ぷくーっっ!」 いっせいに三匹は、頬と体を風船のように膨らませる。 これも何度か見たことがある。 「おちびちゃんはおかあさんがまもるからね! ぷくーっ!」 とか言って、駆除しようとする人間に体を大きく見せるのだ。 ゆっくりの威嚇で間違いないだろう。 そう言えば、あのれいむはどうしただろうか。 確か、面倒だから回り込んで、先に子ゆっくりの方を袋に入れた気がする。 親ゆっくりは「やべでぐだざあい! おぢびぢゃんなんでず! まりざがのごじでぐれださいごのおぢびぢゃんなんでず!」と泣いていた。 つまり、まったくの無意味なのだ。 「………あ…………ああ………やめ……て……やめて……おちび……ちゃん…………」 「に……にんげん…さん………おちびちゃんを……おねがいだから……ゆるして……ね…………」 それが分かっているのは両親だけだ。 親れいむと親まりさは、もはや絶望さえ漂いだした目で俺に許しを請う。 後ろでは、ようやく泣き止んだまりさが潤んだ目で妹たちを見つめていた。 「まりさぁ……れいむぅ…………。まりさ……すごくうれしいよお…………」 姉のために健気に立ち向かう妹たちに、まりさは感動しているらしい。 ついさっき、自分が俺に半殺しにされたことなどもう忘れたのか。 「なあ、まりさ」 俺は足元で膨れた三匹を無視して、まりさに話しかける。 「この妹たち、俺がもらうよ」 「はやくあやまっちぇ! れいみゅがぷくーしちぇるのになじぇあやまらにゃいの! がまんちてにゃいではやぶぎゅびゅぶぶぅぅ!!」 俺がしたのは簡単なことだ。 ただ、一歩を踏み出しただけだ。 それだけで、一番端で膨れていたチビれいむが下駄の裏で潰れた。 「れ…れいみゅがあああああああ!!」 「ど…どうぢでええええええええ!!」 「いもうと……まりさの……れいむ……れいむがああああああああ!!」 隣のチビまりさとチビれいむ、そしてまりさは一撃で妹が潰れたショックで大声を上げる。 特にチビたちは、発狂したのかと思うくらい口を開けて泣き叫んでいる。 「あ……あ……おちびちゃん……が……」 「そん……な……おち……び…ちゃん…………」 親れいむと親まりさのショックは、子どもたちに比べて少ないようだ。 こうなることを、ある程度予期していたからだろう。 俺は足を上げた。 そこには、かろうじて無事な顔で呻き、ぐしゃぐしゃに潰れた下半身を動かす不気味な塊があった。 即死は免れたらしい。 チビれいむは生まれて初めて味わう苦痛が、同時にゆん生最後の体験であることが分かり、餡子混じりの涙を流していた。 「いぢゃいよぉ……おにゃかがいぢゃいよぉ………あんよしゃん……どうちでうごがにゃいの………… やじゃあ……れいみゅじにだくにゃいよぉ…………れいみゅ……れ……い…みゅ…………」 口から吐いた大量の餡子に埋もれるような形で、チビれいむは死んだ。 チビれいむは即死できなかったことを恨んだに違いない。 ごく短い間だったが、途方もない苦痛を味わってから死んだのだから。 まずは一匹だ。 俺はすぐに両手を伸ばし、動けないでいるチビまりさとチビれいむをつかんだ。 「やめちぇ! やめちぇにぇ! はなちちぇ! れいみゅをはなちてにぇ!」 「やめりゅんだじぇ! まりしゃをはやくはなしゅんだじぇ! はなちぇえええええ!」 手の中でじたばたともがくチビたち。 先程の勇ましさはどこへ行ったことやら。 俺が顔を近づけると、「「ゆっぴいっ!」」とそろって悲鳴を上げて失禁した。 手の中に生温かい液体の感触が伝う。 「やめちぇえ! おにいしゃん! れいみゅをはなちてくだしゃい! もうぷくーちまちぇん! ちまちぇんかりゃあああ!」 「まりしゃをたしゅけてくだしゃい! まりしゃはばきゃなゆっくちでしゅ! もうちましぇん! たしゅけちぇえええええ!」 俺は、徐々に握力を強めていった。 指に力を入れ、二匹を握り潰していく。 「ゆぶっ! ゆぶぶっ! ゆぶううううううう!」 「ゆぐっ! ゆぐうう! ゆぐううううううう!」 少しずつ、力を加えていく。 だんだんとチビまりさとチビれいむの体の形は、ボールから瓢箪に変わりつつあった。 懸命に力を入れて握力に抗おうとしているが、無駄な努力だ。 閉じた口からわずかながら餡子が垂れ始める頃になると、二匹は露骨に苦しみだした。 顔を左右にぶんぶんと振り回し、苦痛から逃れようと無駄な努力をする。 「ちゅっ! ちゅっ! ちゅぶれりゅうううううううううう!!」 「ちゅぶれりゅ! ちゅぶれりゅよおおおおおおおおおおお!!」 こんなところでも、ゆっくり特有の「自分の行動を声に出して表現する」習性は変わらない。 二匹は白目をむいて絶叫した。 ぱんぱんに膨れ上がった顔は真っ赤になり、ゆっくりとは思えない不気味な形に変形している。 「やべでぐだざい! やべでぐだざい! ぐるじんでまず! おぢびぢゃんぐるじがっでまず! もうやべでぐだざあい!」 「おねがいでず! おぢびぢゃんをごろざないでぐだざい! がわりにれいぶがじにまず! れいぶががわりにじにまずがら!」 「やめて! やめてよお! まりさのいもうとだよ! かわいいいもうとだよおお! はなして! はやくはなしてえええ!」 親れいむと親まりさは、顔を涙でべちゃべちゃに汚しながら、俺の足にすがりついている。 濁りきった声で、俺を止めようと必死だ。 それなのにまりさは、キンキンとかん高い声で離れた場所からわめくだけだ。 俺はさらに力を入れた。 「ぶぼぉっ!」 「ぶびゅっ!」 あっけなく、二匹の口とあにゃるから餡子がほとばしり出た。 グロテスクなお多福のような顔になったチビまりさとチビれいむの顔が、さらなる苦しみで歪む。 ここが限界だったようだ。 たちまち餡子が流れ出て小さくなっていく体を、俺は地面に落とした。 「おちびぢゃん! おちびぢゃあああん! へんじじでっ! へんじじでよおおおお!」 「おかあさんだよ! れいむおかあさんだよおおお! ゆっぐりじでえ! ゆっぐりじでえええ!」 「ゆ゙っ……びゅ……ぼっ………ぶっ……ぶぶっ…………」 「ごっ……びぇ………べっ……ゆ゙っ……ゆ゙ゆ゙っ…………」 すぐさま顔を近づける両親。 瓢箪の形になったまま戻らないチビたちは、もはや命が尽きる寸前だった。 何度も呼びかける親の声も聞こえないらしく、わずかに体を痙攣させて呻くだけだ。 それなのに、ぎょろりと飛び出しかけた目だけは血走って、今も終わらない苦痛を訴えている。 やがて呻き声は止まり、虚空をにらむ目がゆっくりと濁っていく。 チビまりさとチビれいむは、最後まで苦しみながら死んだのだ。 「まりさのかわいいいもうとおおおおお!! どうして! どうしてころしちゃうのお! まりさのいもうとなんだよ! かわいいいもうとなんだよ! ゆっくりしてたよ! どうして! どうしてこんなひどいことするのおおおお!!」 すすり泣く両親に何の遠慮も示さず、まりさは跳びはねながら俺を非難する。 よく見ると、まりさも目から涙を流していた。 これで、まりさのかわいい妹たちは全滅したことになる。 二度と仲良く家族で団らんはできないだろう。 もう、頬をすりつけることも、顔を舐めることもできない。 惨めに潰れたチビれいむと、変形しきったチビまりさとチビれいむの死体が、現実を突きつける。 「何を言ってるんだ、まりさ。あのチビたちは俺のものだよ。だから、俺がどう使おうと勝手じゃないか」 「ちがうよ! まりさのいもうとだよ! おとうさんとおかあさんがうんだまりさのかわいいいもうとなの! おにいさんのじゃないよ!」 「さっきまではね。でも、俺のものだって主張すればそうなるんだよ。生かそうが殺そうが、俺のものに文句を付けないでくれないか」 「やめてよ! やめてええ! まりさにいじわるしないで! おにいさんきらい! だいきらいだよ! どっかにいって! かえって!」 「君がお菓子を返してくれたらね。さあ、早く返して。返してくれたら全部元に戻してあげるから。ほら、早く返すんだ」
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第一層でドラゴンを倒した後、ダンジョンの奥に進むための鍵をもらえるので 入り口から右側の壊せる柱のある通路を行きます。 縦長い部屋の一番下の右の扉を調べると第二層に入ります。 第二層 いくつかの部屋にある4つの石碑を調べると先に進むためのヒントがあります。 一番上の左側の部屋を目指します。 仕掛けの答えは緑、赤、黄、青の色に変えると扉が開きボス・ヨルムン・ガント戦になります。 ダメージが与えづらいですがノーダメを目指すなら真ん中の足場でひたすらナイフで倒せます。 倒したら、おくの宝箱からスキル書を取ってギルドに戻ります。
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まりさのものは俺のもの・後 53KB 虐待-普通 自業自得 家族崩壊 透明な箱 幻想郷 「今はまりさがゆっくりできる時代なんだ!」 俺はまりさに無理難題を突きつけた。 しかも、まりさがお菓子を返すならすべてを元に戻すとまで言った。 当然不可能だ。俺は神ではないから、死んだゆっくりを生き返らしたり、まりさの顔を元に戻すこともできない。 あんなのは口約束だ。 そもそも、まりさがおはぎを返すことなど絶対にできない。 だが、まりさは「元に戻す」という言葉に希望を持ったようだ。 「ゆげぇっ! ゆげっ! ゆげぼっ! ゆぼぶぶぶぶぶっ!」 まりさはいきなり奇妙な顔をすると、何と吐き始めた。 「ゆげええええっ! おかしさん! おかしさん! きいておかしさん! はやくでてきて! でてきてよおお! ゆぼおおっ! どうじでででごないのおおお! ででぎでよおお! まりざのおぐぢがらおがじざんででぎでよおおお!」 めちゃくちゃなことをしている。 とっくの昔に消化されたおはぎが、今更奇跡のように口から出てくるわけがない。 しかし、まりさとしてはもうこれしか俺を追い払う方法が思いつかないのだろう。 必死に体をぐにゃぐにゃ動かし、腹部に圧力をかけている。 まりさは世にも気色悪い顔をして、口からなおも餡子を吐く。 「おげええええっ! えおげええええっ! おがしさん! おがじざああああん! いじわるじないでででぎでええええ! はやぐ! はやぐ! はやぐうううううう!! まりざのおくちにはいったでしょ! だからはやくでてぎでよおおお!」 吐く度にものすごい苦しみがまりさを襲うらしく、まりさの顔は見る見るうちにひどいものになる。 それでも、口から吐き戻されるのは汚い餡子だけであり、おはぎではない。 「ないよおお! おかしなんてないよおおお! やだあ! もうやだああ! ゆわああああああん! もうやだよおおお!!」 とうとうまりさはわんわん泣き始めた。 餡子を吐くことで少しは体力を消費したかと思ったが、まだまだ元気いっぱいではないか。 俺がこうまで執拗なのは、こいつが一度も謝らないからだ。 ここまでやったからには、謝るまでやってみたくなる。 ……もう、俺の感覚は正常ではなかった。 「楽しかったよ! もっとやらせてね!」 まりさの口調を意地悪く真似ると、まりさは恨めしそうな目でこちらを見てからまた泣き出す。 俺はまりさの横をすり抜け、用意していたスコップをこいつの家に突っ込んだ。 巣穴はなかなか大きく、スコップが十分入る。 奥行きもそれなりにあり、俺はひざを屈めなければならなかった。 先端が壁に当たり、俺はスコップを使って巣の中にあるものを掻き出した。 「な、なにしてるのおおおおお! にんげんさん! やめてええええええ!」 「やめてください! そこはれいむたちのおうちなんです! だいじなおうちなんですうううう!」 親れいむと親まりさが血相を変えて跳ねてきた。 俺は構わず、もう一度スコップを中に突っ込む。 まだまだ中にはいろいろあるようだ。一度で掻き出すことはできない。 俺は二匹を無視し、その後も数回スコップを巣に入れて中身を地上に引きずり出した。 「あああ……ひどいよお………まりさたちのおふとんが……おさらが……ひどいよお……にんげんさんひどいよお……」 「どうして……どうしてこんなことするのお………れいむたち……にんげんさんにめいわくかけないようにしてきたのに…………」 ようやく巣穴を空っぽにし、俺は一息ついて戦利品を眺めた。 布団、皿、と親まりさが呟いていたが、確かにそれらしきものが巣から出てきた。 鳥の羽毛と藁を丁寧に組み合わせた籠のようなものが、恐らくベッドだろう。 ゆっくりが作ったものにしては、信じがたいほど精巧な品だ。 皿は葉を折って作ってある。これも丁寧に作ってある。 それ以外のものもたくさんある。 平たく磨かれた石は、多分テーブルだ。ここに皿や食事を並べるのだろう。 乾燥した虫やドライフルーツ、野草の類は保存食で間違いない。 それ以外にはセミの抜け殻、ビールの王冠、ビー玉や壊れた懐中時計まで出てきた。 「やめてええ! それまりさの! みんなの! みんなのごはんだよ! みんなでむーしゃむーしゃしたくてあつめたんだよ!」 俺のしたことにようやく気づいて、まりさがまたうるさくわめき始めた。 つくづく、このまりさのスタミナには驚かされる。 「まりさのたからもの! だいじなだいじなたからものなの! さわらないで! いっしょうけんめいあつめたの! まりさのだよ! まりさのだからね! とらないでね! かってにまりさのたからものをおにいさんのものにしないで!!」 騒ぐまりさの声を俺は聞いたが、だからといって譲歩する理由はない。 「何を言ってるんだ。まりさだって、勝手に俺のものを自分のものにしたじゃないか。忘れたわけじゃないだろ。 だから、俺だって勝手に君のものを自分のものにするよ。勝手に、全部燃やしてあげるよ」 俺は懐からマッチ箱を取り出し、マッチを擦るとまりさたちの食事と家財と宝物の山に投げた。 マッチは弧を描いて飛び、丁度あの素晴らしい出来のベッドに落ちた。 乾燥した草と羽毛だ。これ以上はない可燃性の素材である。 「やめてえええええええええええ!! まりさのだいじなたからものおおおおおおおおお!!」 「やめてえええ! やめてくださいいい! おねがいですからあああ!」 「あああああああ! もやさないで! もやさないでええええ!」 一瞬で火に包まれたベッド。 さらに火勢が強まるのを見た三匹は、いっせいに飛びかかった。 点火した俺ではなく、今まさに火によって失われようとしている大事なもの目がけてだ。 「危ないよ。火傷したらどうするんだい」 俺はスコップで両親を軽くはじき飛ばした。 「ぶぶべっ!」 「ゆぎゅお!」 そこそこ重量があるはずの二匹は、あっさりと吹っ飛んで木に頭をぶつける。 親まりさと親れいむは殺す必要はない。 むしろ、ここで死んでもらったら困る。 「ああ……ゆああ………いっしょうけんめいあつめたごはんが……ごはんがあ………もえちゃうよお…………」 「ゆうう……どうして……ありすにつくってもらったおふとんが……すごくゆっくりしてたのに……ひどいよお……」 荒事が苦手なゆっくりだが、この両親は輪をかけて争いが苦手と見える。 人間と自分たちの力の差をはっきり理解できているからか。 両親は一度殴られただけで闘争心がゼロになったらしく、遠巻きに悲しそうに燃える火を見ている。 「ゆーしょ! ゆーしょ! きれいないしさん! きれいないしさん! どこなの! ゆっくりしてないででてきてねえ!」 分からないのはまりさだけだ。 まりさは火の恐怖に半泣きになりながらも、まだ燃えていないところに顔を突っ込んだ。 ご飯やベッドには目をもくれず、自分の宝物だけを持ち出すつもりだ。 「あぢゅいいいい! あぢゅいよお! いしさんはやくでてきて! どこなの! どこなのおおお!」 舌で掻き分けるものだから、火が触れてまりさは火傷した。 熱さで涙を流しながら、まりさはなおも自分の宝物だけを探す。 「あったよ! あったよおおおお! きれいないしさん! ゆっくりでてきてくれてありがとうね!」 まりさは火の中でそれを見つけて、慌てて口の中に放り込んだ。 きれいな石とは、ビー玉のことだ。 落ちていたのを拾って、大事に取っておいたのだろう。 確かに、あの輝きは自然界の中にはない。 きっと、まりさにとって素敵な宝石だったのだろう。 口の中で転がしてつるんとした感触を楽しんだのだろうか。 それとも、光が当たって輝く様子を飽きずに眺めていたのだろうか。 「きれいないしさん! よかったね! まりさのだいじなたからものだよ! ぜったいになくさないからね!」 燃える家財と食事に背を向け、まりさは口からプッッとビー玉を吐き出した。 炎できらきら輝くそれを、まりさはうっとりとした顔で見つめている。 舌でつんつんとつついてみたり、ニコニコ笑って頬をくっつけてみたり、こいつの愛着は並々ならぬものだ。 「ずるいよ、まりさ。半分ちょうだいね」 俺は、スコップを振り上げるとまりさの目の前に全力で振り下ろした。 狙いはビー玉だ。 「ゆ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙っ゙っ゙っ゙!!」 「ごめんごめん。半分にするつもりだったけど、壊しちゃったよ。別にいいよね」 スコップは見事ビー玉に命中し、まりさの目の前でまりさの宝物はこっぱみじんに砕けた。 ガラスの破片が周囲に散弾のように飛び散る。 まりさは最初呆然としていたが、後に残った残骸を見て少しずつ理解したようだ。 大事な宝物は、なくなってしまった。 もう二度と、見ることも触ることもできない。 取り返すこともできない。 ばらばらに砕けてしまったのだから。 「ゆっ!! ゆうっ!! ゆぅえええええええええええん! ばびざのおおおおお! ばびぢゃのだびじなだがらぼのおおおおおお!! ひどいよおおおおおおお! ひどいよおおおおおおお! がえじでええ! ばりざのだがらものがえじでええええええ!!」 顔中を口にして、涙を滝のように流しまりさは号泣した。 その泣き方は、もしかすると自分の片目を失った時よりひどいかもしれない。 あの時は、肉体的な苦痛と恐怖の方が大きかった。 今回は、純粋に精神的な苦痛だ。 大事な宝物を、目の前で粉砕されたのだ。 「こんな家に住んでいてまりさはずるいね。だから、これももらうよ」 俺はそろそろ灰になりつつある、かつての家財と食事と宝物をスコップですくい上げた。 勢いを付けて、それらを家の中に放り込んでいく。 「やめてえええ! そんなことしたら! おうちが! まりさのおうちがなくなっちゃうよおお!」 「やめてください! やめてください! どうしてこんなことするの! どうしてええええ!」 再び両親が騒ぎ出す。 「ゆええええええええん! ゆあああああん! まりさのいしさん! いしさああああん! かえってきてよおおお! もとにもどってよおおおおお! おねがいだよおおお! まりさのいしさん! いしさあああん! だいじないしさあああん!」 対するまりさは、のんきにビー玉の破片を集めては泣いているだけだ。 あれでは、好きこのんでビー玉がなくなった悲しみを深めているだけだが。 破片を集めれば集めるほど、もう宝物が修復不可能であるという現実を突きつけられる。 そんなことも、まりさは分からないらしい。 燃えかすを全部放り込んでも、まだ巣穴は塞がらない。 少し肉体労働になるが、ここまで来たら乗りかかった船だ。 とことんまでやってやろうじゃないか。 俺は悪ノリに近い勢いで、スコップを地面に突き立てた。 土をすくっては、どんどん巣穴にぶち込んでいく。 しばらく、すすり泣く両親と泣きわめくまりさの声を聞きながら黙々と作業を進めた。 結果がこれだ。 「おうちが! まりさのおうち! おうちいいいいい! ないよ! なくなっちゃったよおおお!」 「ないよおお! なにもない! おうちも! ごはんも! れいむたちなにもなくなっちゃったあああ!」 「ゆえええん! ゆええん! まりさのおうちいいい! ゆっくりしてたのに! いっぱいむーしゃむーしゃしたのに! ないよおお! おうちがないよおお! おにいさんひどいよおお! まりさのおうちかえして! かえしてよおお!」 大木の根元には、穴などもはや空いていない。 俺はまりさたちの家を完全に住めないようにしてやった。 かつてのお家には、家財と食事と宝物の燃えかす、それにチビれいむとチビまりさの死体が埋まっている。 もう一度同じ場所に巣を作ろうとするならば、変わり果てたチビたちの死体を掘り起こすことになるだろう。 俺はそのことを丁寧に説明してやると、三匹はそろって涙を流した。 さて、これからが少々厄介だ。 とことんまでやってやる、とは思っているが、面倒なことになるだろう。 俺がまりさに、友達がどこに住んでいるのか聞こうとした。 「な、なんなのこれえええええ! まりさ! どうしたのおおお!?」 「まりさ! なんでないてるんだぜ! それにまりさのおとうさんとおかあさんも!」 「まりさのおうちがなくなってるわ! どういうことなの?」 「み…みんな……みんなああああああ! ゆわあああああん! まりさこわかったよおおおお!!」 俺が振り向くと、そこにはまりさとほぼ同じサイズのゆっくりが三匹そろっていた。 れいむ、まりさ、ありすという顔ぶれだ。明らかに、まりさの言っていた友達だろう。 遊びに誘ってきたのか、それともうるさくて不審に思って出てきたのか。 鴨が葱を背負ってきた。 まりさにとっては不幸だが、俺にとっては棚からぼた餅だ。 「みんなああ! おにいさんが! にんげんさんが! まりさをいじめるんだよおおおおお! ひどいよおおお! いもうとをころしちゃったよおおお! おうちも! ごはんも! まりさのたからものも! ぜんぶおにいさんがああああ! ひどいよおおお! まりさなにもわるいことしてないのに! おにいさんのおかしたべたかっただけなのにいいいい!」 こいつは妹たちが俺に惨殺されたことに、まったく懲りていないらしい。 今度は何と、自分の友達に泣きついた。 状況が分かっているのは、こいつの両親だけだ。 「おちびちゃんたち! ここはあぶないよ! かえりなさい! はやくおうちにかえって!」 「れいむたちはだいじょうぶだからね! ね? はやくかえって! あぶないからあああ!」 「やだよお! かえっちゃやだああ! まりさをひとりにしないで! しないでよおおお!」 真っ青な顔で、しきりに三匹を追い払おうとする親れいむと親まりさ。 しかし、親の必死の説得も分からず、まりさはめそめそ泣きながら友達にすがりつく。 友達を盾にするつもりなのか。 人間とゆっくりの力の差が、妹たちが死んでも分からないのか。 「わかったぜ! あんしんするんだぜ! まりさがまりさをいじめるにんげんさんをこらしめてやるんだぜ!」 「まりさだけじゃないわ! ありすもいっしょよ! いっしょにいなかもののにんげんさんをおいはらいましょう!」 「おいはらうだけじゃだめだよ! まりさをいじめたわるいにんげんさんだよ! ちゃんとあやまってもらうからね!」 「だめだよおおおお! やめて! にんげんさんにかなうわけないよおおおお!」 「かえって! かえってよおおおお! みんなしんじゃうよおおおおおお!」 「みんなあああああ! まりさうれしいよおおおお! たすけてくれてありがとう! ほんとうにありがとうね!」 俺を懲らしめてやると息巻くまりさの友達。 この上さらに死人を増やされてはたまらないと叫ぶ親れいむと親まりさ。 そして、さらなる捨て駒を手に入れて大喜びのまりさ。 たぶん、こいつは次々と襲いかかる不幸に頭が付いていかないのだろう。 どうすれば事態が好転するか考えるのではなく、ただ我が身の不幸を嘆くだけ。 だから、自分が事態をさらに悪化させていることに気づかない。 「ゆっ! ゆっ! にんげんさん! どうだぜ! まりさのたいあたりは! いたいのぜ? くるしいのぜ?」 一番槍はまりさだった。 気合いを入れて、まりさは俺の足に体当たりを始める。 先程のチビたちの体当たりに比べれば、かろうじて威力がある。 「まりさにつづくわ! ゆっ! ゆっ! ゆーっ! どう? にんげんさん! ありすのたいあたりはいたいでしょ!」 「れいむもやるよ! ゆっくりーっ! がんばろうね! にんげんさんはくるしんでるよ! いたがってるよ!」 「そうだぜ! ゆっ! まりさたちの! ゆっ! さいきょうのこうげきに! ゆっ! にんげんさんはいちころだぜ!」 ぽむぽむとコミカルな効果音と共に、三匹は体当たりを繰り返す。 しかし、こいつらはいったい何を言っているんだ? 俺が苦しんでる? 痛がってる? いちころ? どう見ても、俺は棒立ちに突っ立って、ダメージらしいダメージなど受けてないのに。 こいつらは、自分の空想を本当だと思い込んでいるのだろうか。 「がんばって! みんながんばって! おにいさんをやっつけて! まりさおうえんするよ! ゆっゆっゆ~♪ ゆゆゆ~♪ みんながんばって~♪ ゆっくりがんばって~♪ ゆっくりゆっくり~♪ にんげんさんなんかにまけないぞ~♪」 肝心のまりさは、友のために健気に奮闘する三匹の後ろで、即席の応援歌を歌っているだけだ。 自分も攻撃に加わろうともしない。 ぴょんぴょんと跳ねているこいつの顔には、悲壮感など何もなかった。 もうこれで勝負は決まった、と信じて疑わない。 「おにいさん! もうわかったよね! まりさたちはつよいんだよ! わかったらはやくぜんぶもとにもどしてね!」 「まりさ、そんなことどうでもいいからさ。この友達、全員俺がもらうからね」 俺はスコップを振り上げた。 両親の方を横目で見ると、二匹ともぎゅっと目をつぶっていた。 いい選択だ。 「しぶといわね! いなかもののくせに! ありすのほんきがみたぶびびぶっ!!」 振り下ろしたスコップは、ありすの正中線に突き刺さっていた。 ざっくりと刺さったそれは、きれいにありすを真っ二つにしている。 「ゆ?……ゆ?……ゆっ?……ゆ゙! ゆ゙! ゆ゙ゔゔゔゔゔゔゔゔゔゔ!!」 ありすは目を白黒していたが、すぐに自分の体にスコップが突き刺さっていることが分かった。 体を切り裂く激痛に、ありすは跳ね回りたいのを必死で我慢している。 「とって! これとって! おねがい!」と目で訴えている。 俺はすぐに望み通りにしてやった。 スコップを引き抜く。 同時に、ありすの体は左右に分かれ、汚らしくカスタードクリームを垂れ流して地面に転がった。 ありすは初めて見る自分の断面を、見ているこちらもぞっとするような顔で見ていた。 口を何度かぱくぱくと動かし、最後にカスタードが混じった涙を流してから、ありすは息絶えた。 「あ! あでぃずうううううううう!!」 「ありぢゅがあああああああ!!」 「ゆっくり~♪ あ? え? ゆ? あ、ありすううううううう!?」 まずは脇にいたまりさとれいむが、そして最後にへたくそな歌を歌っていたまりさが友の死に絶叫した。 こいつらにとってまさかの出来事に、どいつも動きが停止する。 れいむの立ち直りが一番早かった。 この中で、もしかすると一番賢かったのかもしれない。 「ゆっくりしないでにげるよおおおおお! おうちにかえるううううう!」 まだ恐怖でわめいているまりさ二匹をあっさり見捨て、れいむは背を向けて跳ねようとした。 敵前逃亡か。 しかし、ゆっくりとしては賢明な行動になるだろう。 結果は変わらないのは仕方ないが。 「ばびゅゔぇ゙っ゙っ゙!」 体を折り曲げ、跳ねるための力を溜めている無防備な背中に、俺はスコップの平たい部分を振り下ろした。 上から叩きつける鈍器の一撃に、れいむはドラ焼きと見間違えるほどに平たく潰れる。 「ばぶっ! ぶぶばぅ! ばぎひっ!」 口と尻から餡子を吹き出してのたうつれいむに、俺は二度、三度、四度とスコップを叩きつける。 その度に、れいむは口から餡子を吹き、それは硬直するまりさの顔にかかった。 顔はこちらから見えないが、きっとれいむの顔は苦痛でぐちゃぐちゃだろう。 「ゆばっ……ばゆっ………だず……げ……で……びぶっ……ばり……ざ……だずげ……で…よ……」 もう呻くだけになったれいむに、俺はとどめのスコップを食らわした。 「ばっぼぉいいっ!」 れいむの体から餡子が出尽くし、小さく震えてから動かなくなった。 最後は、勇ましくも俺に一番最初に体当たりしたまりさだ。 まりさはすっかり怯えてしまい、足元にしーしーの水たまりを作って動けないでいる。 俺が微笑んでやると、まりさは露骨にこびへつらった顔をした。 「にんげんさん! まりさはたすけるんだぜ! まりさはわるくないんだぜ! まりさはこんなことほんとはしたくなかったんだぜ!」 何とかして殺さないでもらおうと、まりさはべらべらと喋り始めた。 命乞いは悪くないが、どうせするなら言葉をもっと選んで欲しいものだ。 「まりさをころすなら、あっちのまりさにするんだぜ! あっちのまりさが、ぜんぶわるいんだぜ!」 「まりさ? まりさああ? どうして? どうしてそんなこというの? ひどいよおおお!?」 まりさは俺の方に寝返るつもりだ。 にやにや笑いながら、俺にまりさを殺すよう言ってくる。 当然、友にそんなことを言われるとは思っていなかったまりさは目を剥いて驚いている。 「ともだちでしょ! ともだちだよねえ! なんで? なんでそんなこというの? まりさととおともだちでしょおおお!?」 「うるさいんだぜ! さっさとそのきたないくちをとじるんだぜ! このげす! くずゆっくり!」 「ゆ……ゆええええええん! ひどいよおおお! まりさのこと、おともだちだとおもってたのにいいいい!!」 「まりさはともだちだとおもったことなんかいちどもないんだぜ! おまえなんかはやくころされるといいぜ!」 こうすれば、俺に殺されないと思っているのだろう。 まりさは口汚く向こうのまりさを罵る。 向こうのまりさはまだ状況が分からず、突然の友の裏切りに涙を流してわめくだけだ。 俺はスコップを振り上げた。 「やっ! やだあっ! やめるんだぜ! やめるんだぜ! やだあ! やああああ! やぎゃげっ!」 首をぶんぶんと左右に振るまりさの顔に、スコップの先端を浅く刺す。 片方の目が潰れ、顔が半分陥没する。 「びぎゃ゙え゙え゙え゙え゙え゙え゙え゙! い゙ぢゃい゙! い゙ぢゃい゙い゙い゙い゙! あっ! やべでぇ! ぼうやべでえ! ぎゃげびゅっ!」 もう一度だ。 反対側の目が潰れ、顔が完全に歪む。 俺は黙々と同じことを繰り返した。 饅頭が潰れないように慎重に、少しずつまりさの顔と体を潰していく。 「ぎゅげぇっ! ぐぞおっ! おばえのっ! おばえのぜいだああ! おばえのぜいでばりざがじぬっ! ぐぞおおお! ぎゃぎゅっ! ぎいでるのがあああ! おばえぼじねえ! ありずもれいぶもっ! おばべのぜいでじんだんだあ! ばりざもっ! あぎゅうっ! あんごがっ! ばりざのあんごがでぢゃうっ! いやだあっ! じにだぐないっ! じにだぐないいいい!」 次第にまりさの叫び声は、突っ立って一部始終を見ているだけのまりさに向けられていった。 今では、俺など無視してまりさをひたすら呪っている。 気にせず俺はひたすらまりさを切り刻む。 「おばえのぜいだ……おばえの……ぜいだ……おばえが……わるいんだ……ゆ゙ゆ゙っ!……ゆ゙……ゆ゙……」 餡子と皮のミンチになった状態で、まりさはなおもまりさを恨んでいた。 餡子の中からそこだけぐにゃぐにゃと動く舌が、まりさを呪う言葉を吐く。 俺は最後にその舌を真っ二つに切り、まりさを殺した。 これで、こいつの友達も全部もらったことになる。 こいつの友達の「命」をもらったのだが。 「やめて……やめてよお………もう……とらないで……まりさのだいじなもの……とらないでよお……」 ようやく、まりさは察したのだろう。 俺によって、まりさの大事なものが一切合切奪い取られたことが。 もうかわいい妹たちには会えない。 ゆっくりできたお家は土の下だ。 お気に入りの宝物は、目の前で粉々になった。 友達はみんな死んでしまった。 まりさに至っては、死ぬ前に自分を恨んでいた。 そして自分は、片目と髪の毛、それに歯を失った。 全部、俺のものにされて奪われていく。 「親がいるなんてまりさはずるいね。まりさのお父さんとお母さんも俺がもらうよ」 俺は涙をぽろぽろこぼしているまりさから、こいつの両親に顔を向けた。 「ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい! まりさたちがわるかったです! だからころさないでください!」 「れいむたちがわるいです! あやまります! あやまりますから! ころさないで! ころさないでえええ!」 「………ならば殺さないであげるけど、一つ聞くよ。君たちは誰のもの?」 「おにいざんのでず! ばりざはおにいざんのものでず! ばりざをおにいざんにあげまず!」 「れいぶもおにいざんのものでず! れいむのぜんぶ、おにいざんがもらっでぐだざい!」 「うん。その通りだ。君たちのものは全部、俺のものなんだよ。分かったかい?」 「はい! はいいいいい! ゆっぐりりがいじまじだああああ!」 「わかりまじだ! わがりまじだがら! おねがいだがらごろざないでえええええ!!」 跳びはねながら土下座する両親。 この二匹を殺す必要はない。 なぜなら、こいつらははっきりまりさの前で言ったのだ。 自分たちは、俺のものだと。 自分たちのものはすべて、俺のものだと。 それはつまり、こういうことだ。 「まりさ、お父さんとお母さんは、もうまりさのお父さんとお母さんじゃないんだよ。分かったか?」 「ゆっ? えっ? どうして? ねえどうして?」 まりさは目を丸くした。 嘘、とすぐ断じるつもりだっただろう。 だが、悲しそうに目を逸らす両親を見て、まりさは震え始めた。 最後の支えが、崩れようとしている。 「そんなことないよね? まりさはおとうさんのまりさだよ。おかあさんのまりさだよ。そうだよね! そうだよね! ねえ? なんでそうだっていってくれないの? ねえなんで? なんでなんでなんでええ? そうだっていってよおおおおお!!」 「ごめんね……ごめんね……ごめんねおちびちゃん…………」 「ごめんね……ほんとうにごめんね……もうだめなんだよ……おちびちゃん」 「やだああああ! そんなこといわないで! まりさだよ! かわいいまりさだよ! まりさはここにいるのにいい! まりさこれからどうすればいいの? まりさひとりぼっちだよ! そんなのやだよ! やだおおおおおおおお!!」 俺は、まりさから親まで奪った。 たとえ家がなくても、妹たちが死んでしまっても、親さえいればまだ救いはある。 悲しい時には慰めてもらえる。すりすりしてもらえる。ぺろぺろしてもらえる。 幼いまりさには、親さえいれば助けになるだろう。 だが、もはやまりさにはそれさえない。 「やだよおお! すてないで! すてないでよおおお! まりさいきてるよ! ゆっくりしてるよ! もっとゆっくりしたいよお! ゆっくりさせて! ゆっくりさせてよお! おとうさんとおかあさんといっしょにゆっくりさせてよおおおお!!」 「悲しむことはないよ、まりさ。だって、君は丸ごと両親のものから俺のものになったんだからね」 俺は、現実を受け入れられずに涙をぼろぼろこぼして泣くまりさを片手で持ち上げた。 もう片手で、その辺にあった尖った木の枝をつまむと、まりさの顔に突き刺す。 「いぢゃいいいいいい! いぢゃい! いぢゃいよおおおお! まりさいだいっ! いだいいい!」 「そうだね。痛いだろうね。もう一本刺すよ」 「やめてええええ! いたいよ! すごくいたいよおお! いぢゃいっ! いぢゃいいぢゃいいぢゃいいいい!」 弾力のある皮を貫いて、鋭い枝がまりさの体を貫く。 経験したことのない痛みに、まりさは必死になって体をよじる。 俺はさらに枝を刺す。 「いぢゃよおおお! まりさのおかおがいたいよおお! たすけてよお! おとうさああん! おかあさあああん! まりさいたいよ! すごくいたいよおおおお! たすけて! たすけてえええ! どうしてたすけてくれないの! たすけてよお!」 「見てごらん、まりさ。君がどんなに助けを求めても、お父さんもお母さんも助けに来ないよ。君はもう、両親の子どもじゃないからね」 意地悪く俺が言うと、まりさはもはや泣きすぎてふやけた顔で両親の方を向いた。 最後の救いを、一生懸命探しているのだろう。 まりさは、すすり泣きながら親まりさと親れいむにすがりつく。 「おとう……さん……おかあ……さん……。たすけてよ……まりさを……たすけて…………おねがい……たすけてよお……」 「ごめんね…ごめんねおちびちゃあん…………できないの。……おかあさんにはできないよお…………」 「にんげんさんに……まりさたちはかてないよ………。できないよ……ごめんね…ごめんね……」 親まりさと親れいむは、まりさの呼びかけに目をそらした。 まりさの助けを求める声を、切って捨てたのだ。 まりさの顔はその瞬間、生きる意欲さえ失った死んだゆっくりの顔のようだった。 「うそだ……うそだ……うそだああああああああ!! そんなの! そんなのひどいよ! ひどいよおおお! かえして! おにいさんかえして! まりさにかえして! いもうとも! おともだちも! おうちも! たからものも! ぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶううううううううううう!! かえしてよおおお! まりさにかえして! かえしてえええ!!」 何かも奪われたまりさは絶叫する。 信じたくなくて、しかし現実は変化せず、まりさはもう絶望しかない。 絶望で死にたくないから、まりさは俺にすべてを元通りにするよう迫る。 聞くわけがない。 「返すわけないだろ。まりさのものは全部俺のものなんだから。君と同じように、欲しいって言えばすぐに手に入れられるんだ。 もちろん、君のお帽子もだ。まりさにはもったいないね。こんな帽子をかぶってまりさはずるいよ。俺がもらおう」 俺は絶望で顔を歪めたまりさから、最後の大事なものを取り上げた。 こいつの帽子だ。 手に取ると、屋外で生活しているゆっくりにしては汚れていない。 ほつれや染みもない。まりさがとても大事にしていたのが、人間の俺でも分かる。 さぞかし、これを自慢にしていたことだろう。 ぴんと尖った帽子を頭に乗せ、得意そうに庭を跳ねていたまりさの姿を思い出す。 「まりさのおぼうしいいい! かえして! かえして! すぐかえして!……おとうさん? おかあさん? どうしたの?」 帽子を取られたまりさは案の定わめき始めたが、不意に驚いた顔で向こうを向いた。 まりさと同じ表情をした両親がいる。 「おちび……ちゃん……どうしたの……そのあたま…………」 「ひどいよ……おちびちゃんのかみのけが……ないよ…………」 そこでようやくまりさは気づいたようだ。 自分の頭には、家族や友達に誉めてもらったきれいな金髪がもうないことに。 今やまりさの頭にはまばらに金髪が残っているだけで、帽子がなければただの禿饅頭だ。 中途半端に残っているのが、また無様だ。 「あ……ああ……やだやだやだああああああ! みないで! みないでえええ! まりさをみないで! みないでよおおお! みないでえええ! まりさのかみのけ! まりさのかみのけないの! ないのみちゃやだああああ! やだああああ!」 まりさは最も恥ずかしい自分の姿を見られたことで、声が嗄れるほど泣いた。 今日一日で、まりさはこれまで生きていた中で流した涙を上回る量の涙を流したに違いない。 顔をぐしゃぐしゃにして、まりさは無様な自分を見られたことで恥ずかしがる。 きっと、こいつとしてはもう死にたいくらいだろう。 「そうか、禿になったからまりさには帽子が必要か」 「そうだよ! おにいさんのせいだよ! ひどいよ! はやくかえして! まりさのすてきなゆっくりしたおぼうしさんかえしてよお!」 「いいよ。返してあげる。ほらっ……」 俺は、帽子をまりさの頭に返してやった。 「あ゙あ゙あ゙っ!!」 頭に帽子を乗っけたまりさの目は、限界まで大きく見開かれていた。 信じられない。信じたくない。 これだけは、どんなことがあっても信じたくなかった。 しかし、現実はまりさの願いとは裏腹に残酷なままだ。 「あ……あ……あ……まりさの……おぼうしさん……すてきなおぼうしさん……おぼうしさんが……おぼうしさんがあぁぁぁぁ……」 まりさの体がガタガタと震え始めた。 涙がぴたりと止まり、代わって全身から冷や汗らしきものが流れ出す。 よく分かるだろう。生まれた時から頭の上にあるものだから、ちょっとした違いでも分かるだろう。 ましてや、帽子の重さが半分になってしまったことぐらい、こいつはすぐに理解できるだろう。 そもそも、俺の手には引き裂いた帽子の半分が握られている。 「まりさが独り占めしてずるいから、半分もらったけどね」 「あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙!! ばびぢゃ゙の゙じゅでぎな゙お゙びょゔぢぢゃんがあ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙!!」 無惨にもただの布きれになった帽子を頭に載せ、まりさは今までで一番の絶叫を張り上げた。 その声は極限まで高められた負の感情によって、耳を塞ぎたくなるほど濁っていた。 もう、まりさの精神は限界だった。 「あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙!! ゆ゙ぎゃ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙! あ゙あ゙あ゙あ゙っ゙!! ゆ゙がぎゃ゙ぐぎゃ゙げぎょ゙ぎょ゙げえ゙え゙え゙え゙え゙え゙!!」 俺の手の中で、まりさはでたらめな声を発しながら、よだれをまき散らし体を捻る。 その目には理性もなければ感情もない。 次々と襲いかかるストレスに、まりさの心は潰れてしまったのだろう。 何も分からず、ただひたすら積もりに積もった苦しみから逃れようと、まりさはわめき散らす。 「それじゃあ、もらっていくよ。まりさの素敵なゆん生は、全部俺のものだ」 「びゃびゃあああ! びゃっびゃあああああ! ゆっびぇえええええ!! ゆっゔぁあああああ!!」 何を言っても反応しないまりさを俺は手で持ち、森を後にした。 親れいむと親まりさは悲しそうな顔で俺を見ていたが、その場から一歩も動かなかった。 俺は庭に出て、透明な箱に向かった。 庭の隅っこの、一番日当たりが悪い場所にまりさを入れた透明な箱がある。 あれから、俺はこいつを飼っていた。 いや、飼うと言っても飼い主らしいことは何一つしていない。 単に、まりさを閉じ込めていた。 俺が近づいても、頭に半分になった帽子を乗せたまりさはまだ気づかない。 まりさはうつろな表情で、ずりずりと這っては透明な壁にぽよんとぶつかっている。 ぶつかった衝撃で後ろに転がると、再びずりずりと這って近づいてはぽよんとぶつかる。 いつもの行動だ。最初それを見た時、頭がかゆいのかと思ったがそうではない。 「だして…かべさん……まりさをだして………。おうちにかえりたいよ……まりさのおうち……おうちぃ……… だしてよぉ……かべさんいじわるしないでぇ……まりさをだしてよぉ……。おうちにかえって……いっぱいいっぱいゆっくりしたいよぉ……」 呆れたことに、まりさは壁を壊そうとしていたのだ。 あれは加工場で購入した透明な箱だ。ゆっくりの力で壊れるわけがない。 それでも、まりさはあきらめきれないらしく、一日の大部分を無意味な行動に費やしている。 「どうしてでられないのぉ……。ゆええん……ゆええん……。でたいよお……。おとうさんとおかあさんにあいたいよお……」 やがてスタミナが切れたらしく、まりさは箱の中でめそめそ泣き始めた。 その泣き声には、かつてのようなかん高く耳障りな音量はない。 今にも消え入りそうで、我が身の不幸をただ嘆くだけといった感じだ。 箱の中は俺が定期的に掃除するため、そんなに汚れていない。 隅に小さな皿を置き、トイレとして使わせている。 だが、ほかには何もない。 俺は餌を一日二回入れるだけで、後は何もしていない。 まりさの一日は涙と共に始まり、涙と共に終わる。 朝、目を覚まして楽しい夢が終わってしまったことを知り、まりさは泣く。 野菜の切れ端や生ゴミを食べながら、家族が誰もいないことでまりさは泣く。 暗い日陰から庭の草花や昆虫を見ながら、自分がそこに行けないゆえにまりさは泣く。 何度も壁に体当たりし、自由になれないことと腫れ上がった顔の痛さでまりさは泣く。 友達と遊んだ記憶を思い返しては、自分がひとりぼっちだという事実でまりさは泣く。 陽が傾き、今日も一日全然ゆっくりできなかったことでまりさは泣く。 温かいベッドも一緒に眠るゆっくりもいないで、冷たい床に一人で寝る寂しさに泣く。 眠れば、恐らく妹と友達が死に、親に捨てられる悪夢を見るのかやはりまりさは泣く。 四六時中観察しているわけではないが、つくづくまりさはよく泣いている。 泣く理由に事欠かないのは事実だが、この囚人のような生活にちっとも慣れないようだ。 それも無理はない。 目の前には庭が広がっている。 まりさが散歩した、自然の豊かなゆっくりプレイスがすぐ近くにある。 そこに行きたい。花のいい匂いを嗅いで、イモムシなどをお腹いっぱい食べたい。 それが終わったら、群のゆっくりたちの所に行きたい。 お父さんとお母さんともう一度一緒に暮らしたい。 新しい友達を作って、いつか誰かと祝福されながら結婚したい。 まりさの願いは、ゆっくりでなくても分かる。 だが、まりさの願いは叶わない。 今日もこうして、透明な箱の中で手の届かないユートピアを見ているだけだ。 まりさの顔は、かつてのような無邪気で輝いた表情を見せはしない。 いつも、半分死んでいるような、どんよりと暗い空虚な顔しか作らない。 俺は透明な箱に近づき、蓋を開けた。 生きる意欲のない目をしたまりさが、俺の方を見る。 「おにいさん……。だして。まりさを…ここから……だして。……おねがいだから、だしてよお…………」 語尾は震え、まりさは半分泣いていた。 俺は箱の中に野菜の切れ端を入れ、うんうんが入った皿を新しいものと取り替えて蓋を閉めた。 会話もせず、まるでまりさがいないかのように俺は振る舞う。 俺が背を向けると、まりさの泣き声が聞こえた。 「ぐすっ…ゆぐっ……ゆええん………むーしゃむーしゃ…するよ……ふしあわせぇ……ふしあわせぇぇぇ……」 森にいた時では味わえないおいしい野菜を食べていても、まりさは押し寄せる悲しみに疲れ切っていた。 これを、妹たちと一緒に食べられたら。 両親と一緒にむーしゃむーしゃできたら。 友達と一緒に分け合えたら。 今は、まりさはたった一人で食事をしなくてはならない。 寂しがりなゆっくりにとって、それはゆっくりと死んでいくのに等しい状況だろう。 毎日のように、親れいむと親まりさがこいつの様子を見に来た。 俺に何度も頭を下げて「おちびぢゃんをゆるじでぐだざい!」「おぢびぢゃんをがえじでぐだざい!」と頼んでいた。 俺が応じないでいると、その内あきらめたようだ。 俺が餌をやり終えて家に入ると、まりさのいる透明な箱に近づいては壁越しにすりすりしていた。 壁越しにお互いにぺろぺろしていることもあった。 だが、感触は最悪だろう。饅頭皮の柔らかさはなく、あるのは冷たく固い壁だけだ。 まりさはそれでも、両親との面会を心から楽しみにしていた。 たとえ壁越しでも両親に会える。 会話ができる。一緒にいることができる。 両親とまりさは、午前中から夕方になるまで一緒にいることさえあった。 しかし、徐々に親れいむと親まりさがこいつの元を訪ねることは少なくなっていった。 それに反比例して、二匹の体に傷が増えていった。 俺はその理由が分からなかったが、ついにある日両親は悲愴な顔付きでまりさに言った。 「ごめんね……。おちびちゃん、ほんとうにごめんね……。まりさたちは、ひっこすことにしたよ」 「もう……おちびちゃんにはあえないよ。おにいさんをおこらせないで、ゆっくりしていってね」 突然の引っ越しだった。 二匹は巣を俺によって潰されてもしばらく森で暮らしていたが、ついに別の森を目指して出ていくことにしたらしい。 まりさの騒ぎ方は尋常ではなかった。 「どうじでええええ! まりざごごにいるよ! どうじでばりざをおいでぐのおおおお!!」 「まりさのおともだちが……しんじゃったでしょ。だから、おともだちのおとうさんとおかあさんがすごくおこってるんだよ」 「こどもがしんだのは、おちびちゃんのせいだっていっておかあさんたちをいじめるんだよ。……もう、れいむはたえられないよ」 「そんな……そんなの……そんなのひどいよおおおおお!! まりさも! まりさもつれてって! おいてかないでえええ!」 「むりだよ。おとうさんたちは、おちびちゃんをたすけられないんだよ。ゆっくりりかいしてね」 どうやら、あの時俺が殺したまりさの友達の両親が、まりさを目の仇にしていたようだ。 この所急に増えた二匹の体の傷は、死んだ子どもの両親によるもので間違いないだろう。 まりさは今度こそ両親と会えなくなることが分かり、箱の中でめちゃくちゃに暴れた。 壁に体当たりしながら、まりさは泣き叫ぶ。 「やだああああ! やだああああ! おとうさん! おかあさん! まりさここにいるよ! ここにいるのにいいいいい!! いなくなっちゃやだあああ! まりさといっしょにいてよ! すーりすーりしてよ! ぺーろぺーろしてよおおおおお!!」 ついに、両親に我慢の限界が訪れた。 俺は、温厚そうな親れいむが怒るのを初めて見た。 「うるさいよ! そうやってじぶんでなにもしないでたよってばかり! れいむのおなかにはあかちゃんがいるんだよ!」 「そうだよ! あかちゃんのためにまりさたちはひっこすってきめたんだよ! そこでずっとひとりでゆっくりしていってね!」 「あああああああ! すてないでええ! すてないで! すてないで! まりさをわすれないでえええ! わすれちゃやだあああ! まりさかわいそうだよ! ひとりぼっちだよ! どうして! ねえどうして! どうしてまりさをすてるの! ひどいよおおおおお!」 新しい子どもたちのために、安全な場所に引っ越すのか。 そして、新しく子どもができたことで、今いるまりさを優先することがなくなったのか。 二匹は寄り添いながら、振り向きもせずに庭から出て行った。 後に残されたまりさは、その日一日声が嗄れるまでまで泣き続けていた。 次の日から、俺の庭は急に騒がしくなった。 やって来たのは、六匹のゆっくりだ。 明らかに、まりさの友達の両親だと分かる言動をしている。 それはこんなものだ。 「じねええ! このぐぞまりざああああ! おぢびじゃんがじんだのに、どうじでおまえだげいぎでるんだ! そくざにじねえええ!」 「ゆええええん! ゆえええええん! やめてよおお! こわいよおお! まりさをおこらないでよおおお!」 「おばえだげは! おばえだげはぜっだいゆるざない! ごろじでやる! ごろじでやるうう! このゆっぐりごろじいい!!」 「ちがうよ! ちがうよおおお! みんなをころしたのはおにいさんだよ! まりさじゃないよおおおお!」 「にんげんざんをおごらぜだのはおばえだろうがあああああああ!! おばえのぜいで! おばえのぜいでみんなじんだんだあああ!」 「ごろず! おばえがぞごがらでだらぜっだいごろじでやる! ごろじで! ごろじで! ゆっぐりゆっぐりごろじでやるがらなああああ!!」 六匹のゆっくりは箱を取り囲み、般若の形相で罵声を浴びせ、箱に体当たりを繰り返す。 その怒り方は正気とは思えない。 案外、両親たちは子どもが死んだことで気が触れたのかもしれない。 人間の俺でさえ引くような憎悪を見せつけられ、まりさは箱の中で縮こまる。 「やだよおおお! そんなのやだああああ! ゆああああん! れいむうう! まりさああああ! ありすうううう!」 「おちびぢゃんだぢのなまえをぎやずぐよぶなああああああ! おばえなんがが! おばえなんががあああああ!」 「おばえなんが! うばれでごなげればよがっだ! じねばよがっだ! じねええ! ざっざのじねえええええええ!!」 「じなないならごろじでやる! おぢびぢゃんのがだぎだ! ごろじでやる! ごろじでやるがらででごいいい!」 「いわないでええええ! れいむおばさん! ありすおばさん! まりさおばさん! まりさをいじめないでえええ!!」 この上なく醜い寸劇はしばらくの間続いた。 ほぼ日をおかずに六匹はやって来ては、まりさを罵り箱を壊そうとする。 しかし、どれだけやってもまりさを殺せないと分かったのか、しばらく経つと来なくなった。 けれども、まりさの心に刻まれた傷は相当なものだったようだ。 「ゆっくり………ゆっくり。………ゆっくり? ………ゆっくりって……なんだっけ? ……わからないよ……ゆっくり…ゆっくり………」 まりさはだんだん食欲を失い、毎日白痴のような顔で外を眺めているだけになった。 排泄さえもどうでもよくなったらしく、トイレではなくその辺でしーしーやうんうんを垂れ流している。 「まりさが……まりさがわるいんだ……わるいのはまりさ……わるいまりさ………まりさはわるいこ……どうしてわるいこなんだろ?」 俺は、たとえようもなくうんざりしていた。 俺は駆除でゆっくりは殺すことはしても、痛めつけたところで別段面白くもない人間だ。 一時の怒りにまかせて、ずいぶんと面倒なことをしてしまった。 不思議なことに、まりさの目を潰し、歯を抜き、帽子を破った時、俺は嫌悪感を感じなかった。 まりさの大切なものを壊していくことに、まったく躊躇はなかった。 むしろ、破壊に快感さえ感じていた。 あの時の俺は、異常だったとしか言いようがない。 ゆっくりとは、そういう存在なのかもしれない。 俺は常々、なぜこんな危険でもない饅頭がこれほど人間から憎まれ、虐待されているのか分からなかった。 今なら分かる。 些細なことから難癖を付けて、まりさを虐待した今ならよく分かる。 ゆっくりとは、とにかく人間を苛立たせる饅頭なのだ。 俺のものと分かっていながら、菓子を勝手に食べるだけではない。 謝りもせず、もっとよこせと臆面もなく要求する。 しかも、要求が通るまで口うるさくぎゃあぎゃあと騒ぎ立てる。 これほど人間の感情を逆なでする存在には、まりさ以外に出会ったことがない。 だが、熱はすぐに冷める。 腹立ち紛れにまりさを虐めている時は感じなかったが、俺はゆっくりに関心がないのだ。 そもそも、俺が失ったものはおはぎが一つだけだ。 もしまりさが我が家の家宝を壊したら話は別だが、もう俺の怒りはとっくに収まっている。 こうやってまりさを手元に置いておくだけで、俺はほとほとうんざりしていた。 飼い続ける気などさらさらない。 いっそ潰してしまうかとさえ思ったが、熱が冷めた今殺すのは気が引けた。 まさに惰性で、俺はまりさを飼っていた。 ようやくこの下らない日々が終わったのは、ある休日の午後のことだった。 餌をやろうと箱の蓋を開けた時、久しぶりにまりさが俺の方を見た。 「おにいさん……きいてね…………」 まりさの意味のある言葉を聞いたのはどれほどぶりだろうか。 無視できず、俺はまりさの次の言葉を待った。 頭に半分だけになった帽子を乗せた、まだ禿が残っている無様なまりさは、俺に向かって頭を下げた。 体を折り曲げて、謝罪の意を示したのだ。 「あのね…………。かってに、おにいさんのおかしをたべてごめんなさい。まりさがわるかったよ」 俺は、何も言えなかった。 ようやくだ。 ようやく、俺は待ち望んでいた言葉を聞いたのだ。 だが、遅すぎた。 もはや俺は、まりさの謝罪を聞いても感動はしなかった。 「たべちゃだめだっておにいさんがいったけど、まりさはがまんできなくてたべちゃったよ。まりさはわるいゆっくりだね」 今まで狂ったゆっくりのようだったのが嘘のように、まりさははっきりした言葉を発する。 まりさの片方の目には、今はちゃんと理性の光がある。 「おにいさん、おかしをかえしたいけど、まりさはかえせないよ。ほんとうにごめんなさい」 まりさはもう一度、俺に向かって謝った。 いったいどういう心境の変化だろうか。 最初から、自分が悪いことをしたことが分かっていたのだろうか。 だとしたら、なぜ今まで謝らなかった? 俺が人間だから馬鹿にしていたのか? それとも、言い出すきっかけがなかったのか? いや、やはりまりさにとってあれは悪いことではなかったのか。 ここ数日ずっと考えていて、ようやく分かったのだろうか? そうではないだろう。こいつの両親はこいつが悪いことをしたのだと分かっていた。 まりさの心境の変化は、俺には分からなかった。 だが、もう俺はどうでもよかった。 仮にこいつが俺を騙すつもりで謝っていても、興味はない。 まりさの謝罪は、俺にとってまりさを解放する格好の口実にしかならなかった。 「外に出たいのか」 「……ゆ?」 「外に出たいのかと聞いたんだ」 俺の問いかけに、まりさはぽかんとしていた。 外に出る。 その響きは、まりさにとってもう絶対に聞けないものだと思っていたに違いない。 「……でたいよ。おうちはなくなっちゃったけど、まりさはもりにかえりたいよ」 まりさとの関係にうんざりしていた俺にとっても、その言葉は朗報だった。 俺は箱をひっくり返し、まりさを地面に転がした。 「出て行け。もう二度とここに来るんじゃないぞ」 まりさは、しばらくその場で固まっていた。 現実が信じられず、まりさはぼーっとその場で突っ立っている。 だが、徐々に理解できたらしい。 きっと、足の感触の違いで分かったのだ。 もう、自分が踏んでいるのは固い人工の床ではない。 柔らかい土の感触が、足から伝わってくる。 外だ。 外に出られたのだ。 まりさは待ち焦がれた自由に、隻眼からぽろりと涙をこぼした。 「……ごめんなさい、おにいさん。……ほんとうに、ごめんなさい…………」 「分かったから行くんだ。森で、人間にかかわらず生きていけ」 「わかったよ……。まりさは、もりにかえるんだ……。ゆっくりかえるよ……。まりさは……おうちをみつけて…ゆっくりするんだよ。 ごはんさん……むしさん……おはなさん……まっててね。まりさは……いっぱいみつけて……おうちでいっぱい……むーしゃむーしゃするよ。 それで……ゆっくりおやすみして……いっぱい……いっぱいおともだちみつけて……いっぱいあそんで……いっしょにゆっくりして………」 尽きない望みを次々と口にしながら、まりさは嬉し涙を流していた。 俺の目の前で、まりさはずりずりと這って生け垣に向かう。 以前、俺から逃げようと必死で跳び込んだ元気さは、もう今のまりさにはない。 それでも、まりさは生きている。 生きて、森に帰ることができるのだ。 失ったものは多いが、まだ希望はある。 まりさは生け垣に潜り込み、俺の前から姿を消した。 「……やれやれ。長かった」 俺はまりさの這う音が聞こえなくなってから、大きくため息をついた。 つくづく、我ながら馬鹿らしいことをした。 たかが菓子一つのことで、ずいぶんむきになったと自分でも思う。 それだけ、俺にとっては父に怒られた経験がトラウマになっているのか。 だが、茶番もこれで終わりだ。 まりさとはもう、二度と会うこともあるまい。 これでよく分かった。 ゆっくりと人間は、言葉こそ通じるがまったく別の思考を持つ生物なのだ。 俺の価値観をまりさに押しつけようとして、こんな馬鹿らしい事態を招いた。 ゆっくりを人間扱いした結果がこれだ。 まりさを謝らせようなどと考えなければよかったのだ。 まりさのように菓子をせがむゆっくりがいれば、蹴り飛ばすか菓子を隠してしまえばいい。 どうせ、その程度の存在なのだ。まりさが謝ったのも、せいぜい偶然だ。 そういうふうに思えば、遙かに楽だ。 俺は肩の荷が下りた気分だった。 一週間ほど経った。 透明な箱を片づけたことで、俺は早くもまりさのことを忘れかけていた。 もう、ゆっくりには駆除以外で関わることはないと思っていた。 それは、山芋を見つけに森に入った時のことだった。 「いたい? いたいいいいい!? そうだよねえ! いたいよねえ!」 「おちびちゃんはもっといたかったのよおおおお! もっとくるしかったわああああ!」 「くるしいよねえ! しにたいよねえ! まだころさないよ!」 「もっともっと! もっともっともっともっと! まだたりないぜえええええ!」 「あはははははは!! いたそう! すごくいたそうだよ! いいきみだよおおおお!」 「もっとくるしめようね! おちびちゃんのかたきだよおおお! こいつはああああ!」 聞くに堪えない耳障りな声が聞こえてきた。 あまりに騒がしく異様な雰囲気だったので、俺は声がする方を見た。 少し離れたところに、背の高い木がない小さな空き地がある。 そこで、六匹のゆっくりが何かを取り囲み、やたらと興奮した様子で叫んでいる。 俺が近寄っても、こちらを見るゆっくりは一匹もいない。 顔付きからして不気味だ。 ゆっくりらしいのんびりした顔をしているゆっくりなどいない。 どのゆっくりも、歯をむき出しにして憎悪の表情を浮かべている。 「ぶっ………ぶっ………ぎゅっ………ゆ゙っ………ゆ゙っ………ぢぢっ……」 六匹のゆっくりが取り囲んでいたもの。 俺は最初、ゆっくりが木の枝で作った人形ではないかと思った。 あのベッドのような複雑なものを作るゆっくりだ。自分たちそっくりの人形くらい作るだろう。 まじまじと観察してようやく、何なのか分かった。 それは、生きたゆっくりだった。 おびただしい数の木の枝を全身に突き刺され、なおも生き続けているゆっくりだった。 髪の色からかろうじてまりさだと判別が付くが、地肌がそもそも見えない。 隙間が見あたらないほどびっしりと、まりさの表面に木の枝が刺さっている。 両目と無理矢理開かされた口には、特に大量の枝が突っ込まれている。 両方の目は枝で完全に埋まり、口は枝によって閉じられない。 さらには引きずり出された舌まで、不気味な剣山となっていた。 「ぼぉ………ぼぼぉ………ごっ………びっ…………」 どう見ても生きているはずがないのに、まだまりさは生きている。 かすかに痙攣していることと、口から呻き声が聞こえることが、こいつが生きてることの証だ。 いったいどれだけの苦痛を感じているのか、想像することさえできない。 「……何だ、これは」 あまりに凄惨なまりさの姿を見て、俺は思わずそう言っていた。 ようやく興奮していたゆっくりたちも、すぐ側まで人間が近づいていることに気づいたらしい。 口々に俺にまくし立ててくる。 「にんげんさん! じゃましないでね! れいむたちはおちびちゃんのかたきをとってるだけだよ!」 「にんげんさんにはかんけいないよ! さっさときえてね!」 「そうだぜ! まりさたちはおちびちゃんのかなしみとくるしみをこいつにあじわわせているだけだぜ!」 「これくらいじゃぜんぜんだめだよ! しんじゃったおちびちゃんはこれくらいじゃよろこばないよね!」 「たりないわあああ! こんなんじゃぜんぜんたりない! もっといためつけないと! まだころすなんてできないわああ!!」 「そうよ! もっとさしましょう! まださすところはたくさんあるわ!」 ゆっくりたちは怒りと憎しみに歪みきった顔で、俺に訴えてくる。 俺は、もう一度死んだ方が遙かにましな目に遭っているまりさを見てみた。 気づいた。 帽子をかぶっていないと思ったら、そうではない。 まりさの頭には、よく見ると帽子の残骸らしきものが乗っている。 きれいに、半分に破かれたそれ。 ……合点が行った。 「こいつは、お前たちの子どもを殺したのか」 「そうだぜ! まりさたちのおちびちゃんは、こいつがばかなことをしてにんげんさんをおこらせたせいでころされたんだぜ!」 「ゆるせないよね! ぜったいにゆるせないよね! にんげんさんをおこらせたこいつはしんでとうぜんだよ!」 「そうよ! おちびちゃんは……おちびちゃんはああああ! ころされたの! にんげんに! にんげんにいいいい!」 「こいつがにんげんさんをおこらせなければ! おこらせなければあああああ! おちびちゃんはしななかったのにいいいいい!」 「いきなりこいつがおうちにやってきていったのよ! 「まりさがわるかったよ。ありすがしんじゃってごめんなさい」って!」 「ゆるすわけないでしょおおおお! ゆるせるわけないでしょおおおお! おちびちゃんがしんでどうしてこいつだけいきてるのおおおお!」 唾を飛ばしてゆっくりたちはまりさを責めると、また落ちている枝を口にくわえた。 六匹がいっせいにまりさにそれを突き刺す。 「……びゅっ!!」 まりさの体がびくんと大きく震えた。 痛覚は決して鈍っていない。 まりさは今この瞬間も、発狂しそうな量の激痛に苦しんでいる。 「ぜったいにゆるさないよ! こいつはえいえんにゆっくりするまでいっぱいいっぱいいためつけてやるんだよ!」 「もうこいつにぷすぷすしてからおひさまがいっぱいのぼったね! まだたりないよ! もっともっとぷすぷすしてやるよ!」 「このくそゆっくり! しね! しね! おちびちゃんのいたみをおもいしれ! どう? いたい! いたいでしょ!?」 俺はまりさを眺めた。 かすかに痙攣しながら、まりさは何かを言おうとしている。 「ぶぶっ……ぼっ………ごぉ…………ゆ゙っ……」 だが、口の中いっぱいに詰め込まれた木の枝のせいで、その声はただの呻き声にしかならない。 それでも、まりさはひたすら同じ言葉を繰り返している。 「まだころしてあげないよ! ころすなんてできるわけないでしょおおおおお!!」 「にんげんさん! はやくかえるんだぜ! まりさたちはいまいそがしいんだぜ!」 「はやくあっちにいって! にんげんさんにはかんけいないでしょ!」 「ああ、それは無理だ」 俺は、山芋掘りに使っていたスコップを振り上げた。 奇しくもそれは、こいつらの子どもを殺したスコップと同じものだった。 三分とかからなかった。 俺は餡子とカスタードにまみれたスコップを、地面に突き刺す。 周囲には、体の中身を飛び散らせたゆっくりが六匹転がっている。 あの時俺が殺した、まりさの友達だった三匹の両親たちだ。 「どっ……ど…ぼ…じ……で…………」 「おぢ……び……ぢゃ……がだ……ぎ……」 「じに……だ……ぐ……ない……よ…………」 しばらくの間、即死しなかった数匹が呻いていたが、やがて静かになった。 こいつらは最後まで、俺が自分の子どもを殺した張本人だと気づかなかったらしい。 思えば、こいつらが庭でまりさを罵っている時、俺は側にいなかった。 結果としてまりさを拷問から救うことになったが、俺はまりさを助けたかったわけではない。 ただひたすら、おぞましかったのだ。 憎悪をむき出しにするゆっくりたちが、見るに堪えなかっただけだ。 あれは、あまりにもおぞましすぎた。 我が子が殺された恨みをまりさにぶつける姿は、寒気がする程不気味なものだった。 俺は、あんなものがいることに我慢できなかった。 きっと、俺以外の誰かがあの場面を見ても、俺と同じようにするだろう。 そして同時に、俺はゆっくりたちに自分の姿を重ねていた。 子どもを殺されたことを絶対に許さず、おぞましい拷問を行うゆっくり。 菓子を食べたことを謝らなかったから、まりさからあらゆるものを奪った俺。 自分のしたことがあまりにも低レベルなことに思え、俺はぞっとした。 俺は死んだゆっくりたちを踏み越え、今もまだ弱々しく痙攣しているまりさに近づいた。 生きているのが不思議な状態だ。 俺はしばらく考えてから、舌に突き刺さっている枝と、口を塞いでいる枝を抜いた。 「ゆ゙っっ!!」 傷口を引っかき回される苦痛に、まりさがびくんと痙攣した。 一瞬だけ動いたその体は、次の瞬間ぐったりとして地面に潰れる。 「まりさ。まりさ。聞こえるか」 「だ……れ……? だれ……な……の? おと……さ……ん? おとう……さん……だよ……ね……」 まりさはもはや瀕死なのがよく分かった。 俺が手を下さなくても、今日一日保つか保たないかだっただろう。 まりさは弱々しく頭を動かし、声の主を捜す。 聴覚も鈍り、俺の声と親まりさの声と区別が付かないらしい。 「い…た…い……よ……。くる…しい……よ……。こわ…い……よ……。しにたく……な……いよ……」 まりさは全身の苦痛と、死の恐怖からぶるぶると震えていた。 あまりにも、その姿は哀れだった。 一番最初にまりさを見た時に感じた、あの天真爛漫なはつらつとした様子はない。 ここにいるのは、死にかけた惨めで汚らしいごみのような饅頭だ。 「おと……さ……ん。まり……さ……ここ…に…いる……よ。ゆっく…し……て……ね…………」 「ゆっくりしているよ。まりさももう、ゆっくりするといい」 「うれ……しい……な……。おとう……さん……ありが……と……う………」 ずたずたになった顔で、まりさはかすかに微笑んだ。 最後の最後で、まりさはわずかばかりのゆっくりを手に入れることができた。 それが、ほんの数秒であっても、ゆっくりであることに変わりはない。 まりさの体が、弱々しく痙攣しだした。 最後が近い。 「……いや…だ…よ……。やっと……おと…うさんに……あえた……のに…しにたく………ない……よお……。 まりさ…しにたく…ない……しにたく………ないよぉぉ……どうし…て……まりさ……しんじゃう……の……? ど……う……し……て……? ごめ…な……さい……ごめん……な……さい……ごめ……な……さ…………」 まりさは一度だけ「ゆ゙っ……」と鳴いてから、動かなくなった。 木の枝がいっぱいに刺さった目から、じわりと餡子混じりの涙が滲み出る。 まりさは死んだ。 最後に少しだけ安らぎがあったとしても、あまりにも無惨な最後だった。 むしろ、小さな希望が与えられたことで、かえって絶望しつつまりさは死んだのかもしれない。 俺は、変わり果てたまりさを手で掴んで持ち上げた。 「なぜ、もっと早くに謝らなかったんだ、まりさ」 死んで動かないまりさに俺は問いかける。 こいつは、即座に謝るという選択肢が思いつかなかったわけでもあるまい。 もし、何でもいいから、どんな形でもいいから一度でも「ごめんなさい」と言っておけば。 まりさは何一つ失うことなく、今も家族と友達と仲良く暮らしていただろう。 まりさからすべてを奪った張本人が言うのもおかしいが、俺はそう感じていた。 せめて、「もっとちょうだいね!」などと言わなければ良かったのに。 俺の過去のトラウマを、引きずり出すようなことをしなければ良かったのに。 俺は誰からも悲しまれずに死んだまりさを持ち帰り、庭の片隅に埋葬した。 それが、俺なりの終わらせ方だった。 ……ということがあったのだが、俺はそれを余すことなくありすに伝えることはなかった。 単にかいつまんで、昔人間に関わってゆっくりできなかったゆっくりがいたことを教えただけだ。 名前も場所も伏せて、俺は自分の過去をまるで伝え聞いたかのようにありすに教えた。 「……わかったわ。きっとそうなのね。おじさんとありすたちとは、ぜんぜんちがういきものなのね」 「俺もそう思う。俺たちはたまたま同じ言葉を話せるだけで、考えていることはまったく違うんだよ。 それを忘れると、お互いひどい目に遭う。もし忘れなくても、きっと些細なことから行き違いが生じて、やっぱり不幸になるだろう」 「ありすにはよくわからないけど、おじさんのいうとおりよ。できないことをできるようにいうのは、とかいはじゃないわ」 ありすは明らかに残念そうだったが、それでも泣き言を言うことなく笑って見せた。 俺は前言を撤回したい気持ちに囚われたが、それでも首を左右に振る。 「さよなら。森で人間にかかわらず静かに暮らしなさい。ここは君たちにとって危険な場所だからね」 「わかったわ。おじさんもゆっくりげんきでね。てぃーぱーてぃーはたのしかったわ。さよなら」 くるりと背を向けて、ありすは夜の闇の中に消えていった。 きっと、森のどこかにある巣穴に帰るのだろう。 もしかしたら家族がいるのかもしれない。 両親に、それとも番に、今日会った人間についてどんなことを話すのだろうか。 森の奥にいる限り、余程のことがなければ人間によって駆除されることはない。 ゆっくりが名前の通りゆっくり暮らしていくには、人間と接触するべきではないのだ。 俺は、あのまりさからそれを学ばされた。 ゆっくりと人間とは、言葉こそ通じるがその思考はあまりにも違いすぎる。 俺は人間の思考をまりさに押しつけようとして、結果あまりにも馬鹿げたことをした。 あの時、まりさが何を考えて謝らなかったのか分からないし、何を考えて謝ったのかも分からない。 唯一つ言えるのは、お互いに関わらなければ何もなかったということだけだ。 「人間とゆっくりとは、関わるべきじゃないんだよ」 俺がそう呟いたのを、奥にいた妻が小耳に挟んだらしい。 向こうから妻の返事が返ってきた。 「あなたがそうおっしゃっても、説得力に欠けますけどね。おお矛盾矛盾」 編み物の手を休め、妻は首を左右にシェイクする。 お分かりだろう。俺の妻は、きめぇ丸なのだ。 彼女は、かつては俺の茶道教室に通う生徒の一人だった。 「突然の訪問恐れ入ります。私、実は茶道を勉強したいのですがよろしいでしょうか。おお勉強勉強」 最初はあっけにとられたが、普通のゆっくりとは違い手足があるため、俺も入門を拒まなかった。 教え始めてから俺は驚いた。 彼女は人間や妖怪の先輩たちを見る見る追い抜き、俺の教える茶道をたちまち自分のものにしてしまったのだ。 誰よりも勉強熱心で、誰よりもひたむきに茶道を学ぼうとするきめぇ丸。 俺は、生まれて初めて恋に落ちた。 今では結婚し、子どもこそいないものの夫婦で仕事をがんばっている。 ……これがいわゆる、ダブルスタンダードという奴だろうか? 挿絵 byキモあき トップページに戻る このSSへの感想 ※他人が不快になる発言はゆっくりできないよ!よく考えて投稿してね! 感想 すべてのコメントを見る あのアリスがいなければオチに納得出来た 質の高いゆっくりが気に入るならあのアリスも気に入るんじゃないのかな? -- 2019-03-15 01 49 10 このSSのテーマをなんと読むかなんだろうか、ラストの扱い 人間のトラウマの扉を開けた愚かなゆっくりの描写がメインテーマだと思って読んだら最低の結末だとか最悪とか平気で言えそう でも作者さんは「ゆっくりに期待をかけることもできる一方、ゆっくりを殺しまくることもできる」人間のダブスタ・矛盾を描きたかったんじゃないかいやっぱり そうじゃなきゃそもそもの「悲劇」の発端の必然性もわからなくなる気がするよー -- 2014-04-21 15 14 34 いやぁ、これは最低のオチだろう 素晴らしい作品だと思っていたのが終盤のお兄さんの心境ばりに冷めたぞ -- 2014-03-29 02 16 47 突然のきめぇ丸登場こそ作者さんの力量を示していると思うよ 強引にでも落とさないとあまりに救いがないSSになってしまったはず -- 2014-03-08 03 19 31 どうしてまりさしんじゃうの…理解できてなかったでござる -- 2014-01-02 03 52 16 これがほんとうの「だそく」ってやつなんだねーわかるよー -- 2013-07-17 13 40 10 人間とゆっくりは別の生き物だからいくら仲良くしたってしょせんは分かり合えないっいう主人公の結論は悲しい答えだけどなるほどなぁ~と素直に納得出来る…それなのにどぼじでざいごのざいごに作品テーマをぶち壊すようなごどずるのぉぉぉぉ~!!これがギャグ作品だったら普通に笑えたをだけどシリアルさんだったから笑えないでしょおおお!主人公の分かり合えないは結局分かり合えない(笑)だったってことぉぉぉ~!?ゆがぁ~こんなのゆっくりできないぃぃぃ! -- 2013-06-06 19 14 42 レベル高いなこの作品 ダブスタも、結局は双方が幸せになるためのものだしいいと思うのよ -- 2013-03-23 18 29 58 ラストだけゴミだ 非常に残念 -- 2012-06-07 11 46 36 なんでこのラストにしたんだ・・・。 -- 2011-11-17 23 28 54 ダブスタもよかったよ。 -- 2011-01-21 01 26 20 でも「悪い事をしたとしてもとにかく謝れば許される」という認識をゆっくりにされても困るわけで 口だけの謝罪だけじゃなく損害賠償まで叩き込むべき -- 2011-01-13 23 04 31 質、量ともに兼ね備えた傑作だったのに…ダブスタですべてが瓦解してしまったよ。 コメディでもギャグでもないんだから落とす必要は無かったんじゃないかなー。 -- 2010-12-18 16 39 42 とても面白かったな。 どうして……どうしてこんなことするのお………れいむたち……にんげんさんにめいわくかけないようにしてきたのに……… で、両親すら途中まで子供が人間に迷惑かけた事を全く理解すらしてないし。 親の言い付け破ってきたまりさも悪いが、親の方も大概だなw ラスト吹いたw 茶道の趣が解るとは…希少種となら人間と共存できるのかもしれない -- 2010-12-12 12 57 58 面白かったのに「妻が~~」で萎えた。 あまりにも蛇足。折角まりさも可愛くて最高に面白かったのに。 -- 2010-11-29 00 09 25 まりさを被害者家族が生きながら責め立てる描写がえぐかった…。 最後が良い感じ。 -- 2010-10-07 13 03 28 ゆっくりを想像したのだって人間なのだし、ある意味で人間の一部であって、 今回の場合は、まりさ・被害者面の親達=人間の愚かさ・醜さの象徴と言った印象 人間が切り捨てたい感情の集合体で、 忌避し嫌悪感を際立たせるのがゆっくりに求められていることなのかなあ、と思った ダブルスタンダードでも仕方ないと思う -- 2010-10-07 12 14 57 ゆっくりを人間扱いした結果がこれだ これに尽きるな、人間ならここで謝るだろう、って事で謝ればそこでゲーム終了のはずだったのに ここまで謝らないとはある意味想定外だっただろうな 「人間とゆっくりとは、関わるべきじゃないんだよ」 ↓ 「人間と餡子脳は、関わるべきじゃないんだよ」 にすればOK、知能が人間と共存できるレベルなら良いのです -- 2010-09-16 18 23 38 面白かった!!しかし想像もつかないオチにはまいった!!もっと色々書いてほしい!! -- 2010-09-09 09 31 10 後半もめっちゃおもしれえ!! このまりさは態度こそ悪くないが 自分がゆっくりする事しか考えていないゲスだな 友達のくだりでそれがよく出てた まあ子供だからってのもあるが -- 2010-08-08 07 23 51
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上関原発を止めるために、皆で知恵を結集し、考えるサイト 上関原発問題が気になるあなたへ-何をすればいいのだろう?