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「PK/PD 理論の新展開」 講演: 谷川原 祐介先生(慶應義塾大学医学部臨床薬剤学) 座長: 樋口 駿先生 (九州大学大学院薬学研究院臨床薬学部門) 谷川原祐介先生のお話は、抗菌薬のPK/PDから変更。 医薬品業界では、数学的にモデリングし、シミュレーションする手法(M&S)が特に遅れているらしい。 医薬品開発の新しい手法として、数学的なモデルで臨床データのPK/PDを予測する「ファーマコメトリクス」が注目を浴びている。 製薬企業の研究開発費が年々高騰する一方、米国FDAが承認する新薬数は減少の一途を辿っている。 臨床試験デザインによって開発の失敗リスクを解消するため、2004年にFDAは「クリニカル・パス・ホワイトペーパー」で、数学的モデルに基づいた医薬品開発(MBDD)を提案。 早期第II相試験終了時に治験相談を行う方針を打ち出し、新薬開発の成功確率を上げる取り組みを強化し始めている。 MBDDは、PK/PDと薬効を計算式によって数学的にモデリングし、シミュレーションする手法(M&S)で、既にFDAはファーマコメトリクスを活用したデータ提出によって、2本の検証試験を1本で認める方針を打ち出している。FDAの方針は、莫大な開発費用を削減できることを意味し、欧米製薬企業は、こぞってファーマコメトリクスへの資金投入を一気に加速させている。 この第30回日本臨床薬理学会年会の別のシンポジウムで、ファーマコメトリクスのあり方が議論され、日本でも積極的に数学的モデリングとシミュレーションの手法を取り入れるべきとの意見が相次いだそうです。 医薬品開発でファーマコメトリクスが加速‐数学的手法で薬物動態を予測 PK/PD解析とモデリング&シュミレーションの技術が、今後の医薬品開発の中心になっていくのでしょうね~@@ どんどん、薬物動態学が難しくなってきています~@@ ヾ(* - *)
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理想郷──アルカディアという名のこの都市で、海の惑星ノアにおける人々の歴史は刻まれている。 小さくまとまった陸地での文明の発達は自然と、アルカディアの現状を作り上げた。すなわち、政府による高度な管理体制。 それはいくつかの不安要素を抱えつつも、民衆に対して必要最低限の自由と可能な限りの幸福感を与えることに成功していた。 そんな中。警察関係者の間で、ある噂がまことしやかに流れることとなる。 『この街では“怪盗”が出没する』 時代錯誤だ、ナンセンスだと笑い飛ばす声は少なくなかったが、相次ぐ騒動によって消えていった。 その古風な肩書きとは裏腹に、“彼”による被害は盗みに限らない。ある夜には全アルカディアの電力供給を強制的に停止させ、またついこの間には超高層ビルの数十フロアを外壁ごとすっぱりと四角く切りぬいた。 全ての犯行について共通して言えることはただ一つ、どうやら“彼”は犯行を楽しんでいる──愉快犯であるらしい、ということである。 先に上げた事例で説明すると、前者の際には満天の星空を観賞する容疑者の姿が多くの 警察職員に目撃され、後者の現場には『空に架かるの額よりの景観』なる書き置き──作品カードが残されていた。 “彼”は己の持てる多様で並外れた能力に加え、政府の機関をもしのぐ優れた技術力を以って、大迷惑ぶりを発揮する。そして恐ろしくキザな捨て台詞を残し、現場からかき消えるのだ。 以上の事柄を除いて、“彼”について判明していることはない。素顔はおろか、本当の性別、年齢、共犯者、犯行を繰り返す目的──その有無さえ──に至るまで、何一つ。 そして神出鬼没の大怪盗である“彼”は、体制側に向けて多く、こう名乗る。 素敵な不審者。 これは、警察機構の上層部が“彼”の存在を民間人へ隠蔽するのにも限界を感じ、逮捕を確実とするためにもこの度の緊急増員を行うに至った───そんな時勢の物語。 午前九時ジャスト。政府の建造物の片隅、何の札もかけられていない扉をスティーマは開けた。今日は彼女たちの隊は休日だというのに、しっかりと制服を着用している。もっとも普段の『外回り』は、私服で行なう訳だが。 特殊警戒活動係──アルカディアとその地下に存在する“立入禁止区域”の巡回を通常任務とする部署だ。 詰所の中に入るとそれなりのスペースがあって、十三個のデスクが並ぶ。この係は三人単位、四隊で成っている。残りの一つは、係長の席だ。 「モルガン、おはよう」 既に出勤して、何やら編み物をしてたアスタリウス・シャルトローネと挨拶を交わす。 「もがごー、ふひぃーは」 『おはよう、スティーマ』だ。彼はアゴ周りを戦闘用に変えられている珍しいサイボーグで、そのため子音の発音が少々(どころじゃない、という声もあるにはあるが、大抵の係官は慣れてしまった)不自由になっている。モルガンとは、そんな彼でも名乗れるようにと考えられた愛称だ。 色黒の巨躯に、スキンヘッド。たくましい外見とは裏腹に、モルガンは温厚かつ繊細な性格で知られている。大方こちらに回されたきっかけは、アゴと歯の機械化だろう。 先頃増員された三人の内の一人(ウィドも同じく)で、前はどうやら普通警察に所属していたらしい。 「セーター?」 デスクの上の毛糸玉を見ながら、スティーマは問いかけた。モルガンは首を縦に振る。どうやら編み物が好きで係官の皆にセーターを編んでいるらしく、スティーマも前に一着もらったことがある。 (そういえば、着てない) ここの所、暖かい日が続いているせいだ。別に中心に大きく入っているイニシャルに抵抗がある訳じゃない。断じて。 「……ウィドに?」 モルガンがもう一回、今度は少し口の端を上げて頷いた。二十以上も歳が離れているウィドに、彼は憧れを抱いているようなのだ。わからないでもない。 「がんばれ」 「もが」 今朝は勘が良いらしいとぼんやり思いながら、自分のデスクにつくなりパソコンの電源を入れた。今日は『書類の日』だ。 九時五分。歯切れ良く響くかすれ声の「おはよーう」と共に扉が開けられた。この部屋における責任者、彼女らの直属の上司、ハリエット・ヒース係長。 ウェーブのかかった褐色の髪を肩まで伸ばし、後ろは結ってある。スティーマもそうなのだが、この手の職場としては珍しい、女性である。四十代、家庭持ち。 「ふぅ。夜はご苦労さんね」 他の十二個を見渡せる位置にあるデスクにつきながら、昨晩の件についてスティーマをねぎらう。するとスティーマは言いにくそうに、 「あの、チーフ。ごめん、なさい」 「ん?何よ、あなたたちが残業してたからあたしが夜中に呼び出し食らったって話?」 スティーマはこくりとうなずいた。ウィドたちの第四隊が帰還する頃はもう、『草木も眠る』時間帯だったのだ。 「そりゃまぁ確かに、話が来た時に断っとくって手もなかった訳じゃないけど……うん、全部セーブルが悪いのよ。そう考えて忘れとくと良いわ。あいつなら別に気に病むこともないでしょ」 無責任にそう言って、ハリエットはけらけら笑った。スティーマとしては彼についてむしろ具体的になんとかして欲しいのだが、そこは抑えた。ウィドがしょっちゅう上申しているためだ。 そこからハリエットの興味はモルガンの編んでいるセーターへと急速に移っていき、スティーマは再度コンピューターに集中することにした。 元々たまっていた書類がまだ残っている上、昨夜の報告書、更には廃倉庫の破壊や漁船の無断接収に関する始末書も仕上げなくてはならないのだ。 それでもまあ、ウィドとこなしていけば午前中には終わるだろうと楽観し、自室の掃除など予定していた所に係長のデスクで電話が鳴る。虫の知らせを感じた。 「はい特警係……あらおはよう……うん、来てるわよ……いる訳ないじゃない……う ん、うん……大丈夫? ……ああ、そう。それじゃ言っておくわ。……はい、お大事に ー。と、スティーマ!」 そして、彼女の二十四年の半生から統計すると、その的中率は極めて高い。 「ウィド熱出して、寝込んでるんだと」 お気の毒様、という笑顔で伝えられた。 (……仕事、しよう) ウィドとスティーマ、二人して大通りを歩いている。石畳には長い影。 「やっぱり来なかったな。セーブル」 鼻をすすりながらウィドが言った。熱は下がったと午後から出てきたのだが、半日コンピューターに向かっていたせいか、また辛そうな表情だ。塩分で荒れてバサバサの長い黒髪も、しんどさの演出に一役買っている。 「仕方、ない、かな」 部品交換に一日中かかるのかはわからないが、とりあえずスティーマはそう相槌を打っておいた。 「それより、ウィド、平気?」 「見ての通りだけど……ああ、問題ないよ」 どこかくたびれた笑いを浮かべながら、ウィドは返す。午前中は一人で仕事をさせたこと、海に銃を沈めたことについての詫び代わりにと軽い食事に誘ったのは、彼なのだ。 どうやらよっぽど申し訳ないと思っているか、それ以上に何やら自分が情けないらしい。 職場から徒歩九分でたどり着ける、いつもの店の名前は“Le Voyou”。メニューの価格と守備範囲で──もちろん味も──定評がある。 「いらっしゃいませ」 カウンターでコップを磨いていた店主が、にこやかな口髭顔で迎えてくれた。夕食時には早いせいなのか、客の姿はまだ少ない。 「おう、来たか」 よく知った顔が、入り口から最も遠い角のテーブルについていた。大入りであっても見落とすことはないだろう。セーブルだ。執行時に装着している面鎧を外してあるため、幾分かは柔らかい印象の顔立ちである。 「お前なぁ。オフィスに顔くらい出せよ」 あからさまな不満顔で、ウィドは向かいに腰を落ち着けた。スティーマは彼らの側面。 「具合悪そうだな。はかどったか?」 「他人事みたいに言……!」 どなりかけ、咳き込む。 「セーブル。ウィド、風邪」見ての通り。 「あーあーあーあ。養生しろよ」 手袋をはめた手でちぎった堅焼きパンを一切れ、セーブルは口に放り込んだ。 「で、一日かけたら脚くらい直ったろうな?」 「まあな。拳銃級のレーザーガンで抜かれたと文句垂れたら技術屋連中、『装甲を鏡面処理してやる』だとよ」 スティーマの頭の中で一瞬、ミラーボール男がきらめいた。これはちょっとシュールだ。 「実際、朝から今まで修理してた訳でもないんだがね。捜査の連中の所に行ってたんでな」 「遊び?」 当たり前の如くたずねられて、 「近い。俺たちの仕事には関係ないからな」 笑った声でセーブルは答えた。 襲撃団の首謀者・ホワイトフィールド本人は、倉庫にあった空コンテナの一つの中で縛り上げられていたこと。 襲撃団の装備は、相当整えられていたこと。 襲撃団はそれらを、逃走犯の身であるホワイトフィールドに接触してきた売人から入手したらしいこと。 “素敵な不審者”の名を使うという案も、その人物から出たということ。 そして当然、その人物の消息は不明だということ。 たびたび脇道に逸れながら一時間続いた土産話の内容は、こんなものだった。 「本当にあいつは、襲撃団の方には関わりがなかったのか?」 ウィドが“素敵な不審者”のことを思い出して、誰にともなく訊いた。この少年は、たびたび遭遇するたびに絡んでくるあの自称・怪盗が気に食わなくて仕方ないのだ。 「どうやらな。密告の話は嘘じゃないだろう」 “素敵な不審者”がどんな情報網を持ってるのかは知らないが、どうせなら売人についても教えてくれれば良かったのに。とセーブルは続けた。 「“素敵な不審者”、信用、できない」 ハーブが添えられたソーセージを肴にウィスキーを飲んでいるスティーマが、いさめるように言った。かなり酒のペースが早いが、顔色に変化は見られない。 「あー……、そうだよ。世界で一等の大悪党に訊いてちゃあ世話ねえな」 「昨日の通報だって、名乗ってたら絶対にいたずら電話扱いじゃないか」 苦笑しているウィドは未だに、始めに届けられた冷めたラザニアと向き合っていた。 「ま、昨夜のに関してはせいぜい感謝しておくべきだろう。次に会ったら丼物をおごってやってもいいくらいだ」 軽口を叩くセーブル。 「脚撃たれておいてよく言うよ。俺は死ぬかと思ったんだぞ?銃は突きつけられるし、海には落とされるし」 「相手が真面目にやってないとわかるからなお癪だ、と」 「そういうこと」 卓上で一つだけ異彩を放っている焼鮭を箸でほぐして口に運び、ウィドは何やら首をかしげた。 「骨董品みたいな潜水艦を間近に見れたってのは貴重な体験だと思うがね……少し行ってくる」 不意にセーブルが席を立った。 「どこに」 「目が合ったんだ」 そう説明して彼は、カウンター席に座っている一人の姿を親指で示した。淡い藤色のワンピースドレスを着、愁いの表情でワイングラスを見つめている淑女だ。 「やめろよ、みっともない」 眉をしかめるウィド。 「ウイド、身も蓋もないこと言わないでおいてくれよ。あの娘は俺がここに座る前から待ちぼうけ食っているんだぞ? 見てただけでも柱時計を六回、懐中時計は十七回も確かめてる」 数えるなよ。ウィドは呆れ顔になる。 「店のオブジェに声かけられたって、なんの慰めにもならないって」 「おいそりゃあお前、メルヒェンっていうじゃあないか」 「ナンパじゃなければな」 小声で言い合う二人を、スティーマが止めた。 「ね、あれ」 「?」 件の女性に、若い男性が話しかけている所だった。灰白のスーツを着ているが、会社員 という印象は受けない。女性の方も、まんざらではないという雰囲気だ。 「運が良かったな、代わりに行ってくれる人がいて」 「はんっ」 意地悪げなウィドにからかわれて、セーブルは椅子に座りなおした。そうなるともうカウンターへの興味を失ったようで、『深追いのリスク』に関する講釈を垂れようとした。 その矢先。 店の扉を勢い良く開け放った紳士が一人。息も切れ切れ、汗だくになって、手は膝頭に置かれている。店中の視線が入り口に集まり、そして、 「……ハインリヒ?」 カウンター席から、彼の名前を呼ぶ声がした。紳士が顔を上げると、そこには件の女性。 「メアリジェーン……」 淑女が、弾かれたように椅子を蹴った。 「ハインリッヒ!」 紳士は一歩、前に出た。 「メアリージェーン!」 淑女の目の端に、涙の粒が生まれた。 「ハインリッヒ!!」 紳士が逞しい腕を、大きく広げた。 「メアリージェーン!!」 互いの名前を呼び合い、抱き合う二人。まず、店主がにこやかなまま、ゆっくりと静かに、手を打ち鳴らし始めた。拍手の渦は幸せな二人を温かく取り巻いて、自然と店中に広がった。 大四隊の三人は、というと。 スティーマも『そういう物なのか』と拍手に加わっていたが、ウィドは展開を飲み込めないまま呆然としていた。狐につままれた顔でいるカウンター席の青年を見て、セーブルだけが笑いを堪えている。 やがて拍手は消え、想い人たちに店主がテーブルを勧める頃、店中には何事もなかったかのようなざわつきが戻っていた。 「お前の言う通りだな。俺は運が良かった」 セーブルが再び動き出す。今度は静止する暇もなく、ストローが添えられたマグカップを手に、行ってしまった。 「楽しそう。セーブル」 「楽しければ良いって物じゃない……」 ウィドは口を尖らせた。 先程の青年の斜め後ろに立つ。気付いたのか彼は、振り返ってセーブルを見上げた。 「よお、色男。隣良いかい?」 心からの親しみを込めて挨拶をすると、相手は酷く驚いているらしい。それは全く以って珍しいことではないのだが、若者の驚き方はまるで、思いがけない友人に会ったような。 ──そう、一瞬、とても嬉しげな目と口をしていた。 「初めまして、男前さん。どうぞ」 何かと思いながら、セーブルは青年の隣の丸椅子に腰掛けた。軋む。 年は二十かそこら辺りか。改めて青年を見ると、面長で鼻筋が通っていて、なかなか凛々しい顔付きをしている。 (こんな雰囲気の猟犬、いやしなかったかね) カール気味の黒い短髪が、そう感じさせるのだろうか。 「……警察の方かな?」 若者は唐突に、そう振った。人好きしそうな活き活きとした双眸がセーブルを見据えていた。 「追われる心当たりでも?」 内心驚きながら、冗談めかした口調で彼は応じる。どこぞで仕事を目撃されていたんだったら訓告モノだなぁ、と特に困った風でもなく考えていた。 「窃盗未遂。相手は先ほどの美女だ」 キザな言い回しをする奴。 「残念ながら、捕まえてはやれない。俺はしがない書類書きだよ」 「あれ、ハズレかぁ。失敬」 事務処理はもっぱらあいつらの仕事だが……。と苦労人の二人を振り返ると、ウィドが『先に帰るぞ』とでも言いたげにこちらを見ていて、その後ろでスティーマが、彼のスカッシュに自分のショットグラスの中身を混入している所だった。 (何やってんだか) 小さく溜め息をついて、コーヒーをストローで飲み干した。年少者の面倒も見なくてはならないのだ。ったく。 「済まないな、連れが急ぐみたいだ」 カップをカウンターに置く。青年が微笑んで頷いた。 「もっとも、野郎相手じゃあ不足なんだろうがね」 「そんなことないさ。また機会があったら同席したいな」 青年はあくまでもにこやかに言って、ロックグラスを額の高さに掲げる。 「事務屋さんの良い夢に」 同じ仕種の真似でセーブルは、 「負け犬たちの独りの夜に」 一本。そういう苦笑いで青年は、グラスを傾けた。 「なあセーブル?」 既に顔が真っ赤になっているウィドが、戻ってきた全身サイボーグを迎えた。 「水飲め、水」 「今の人、どっかで会ったかなぁ」 年長者のアドバイスは聞こえていないようだ。 「知るか。……おい」 テーブルに突っ伏して、もう眠ってしまう。こういうタチなのだと、隊の二人も最近知った。 「ステイマ、こいつにアルコール入れるなって。百薬の長って言う気もねえだろう?」 「一人、酔っても、楽しくない」 セーブルの動きが一瞬止まった。目を丸くして驚いた、という所だろうか。 「……ははっ。そりゃひょっとしてすねてるのか?」 「う」 予想外の発言が思いのほか愉快にで、彼は笑いながらスティーマの後ろ頭を大きな拳で小突いた。 紙カップのコーヒーをすする。美味くはない。いかにも自販機という味だ。 役所の休憩所で贅沢を言っても仕方がないと納得するよう、シュウ・キサラギは心得けていた。 合成皮革張りの椅子から見えるのは、背の高い観葉植物と水槽を泳ぐ熱帯魚。清潔に磨かれたリノリウムの床が、白く光っている。 まだ未処理の仕事が残っているというのに、瞼と肩が重い。 カップに四分の一程の残りのコーヒーを流し込もうとした時、視界の外から声をかけられた。 「ご苦労さんね。こんな時間まで」 久し振りに見る顔だった。歳は変わらないのだが何の加減か、自分はずっと先に出世してしまった。 「やあ。君も残業か、ハリエット」 「普警の少し偉い人に、色々と物申しとかなきゃいけないことがあるのよ。『走狗の縄張り争い、これ如何に』ってね。手柄が欲しいなら、御自分で常駐していてくれればいいのに」 聞かなかったことにする。きっとまた特警係が『よろず屋』的な仕事をしたのだろう。 友人の手にあるカップからは、温かいココアの香りが漂っていた。コーヒーよりかは評判の良い品だ。 「娘さんは元気? エリちゃんて言ったっけ」 語りかけながらハリエットが壁に背を預けた。隣にある窓の外には、闇ばかりが見える。 「元気ではあるがね、どうにも機嫌がよくない。男連中が家で食事をしないから、だそうだ」 「それ三割方、あたしのせいなのかしらね」 真顔で応じる。 「多分な」 「フォローしなさいよ」 半ば本気の不平が妙におかしく、くつくつとシュウが笑った。 ふて腐れたような顔でハリエットは窓に目をやったが、外の風景はやはり見えない。小さく、肩を震わせる男が見えた。 しばらく、二人とも黙っていた。ふと思い出したのか、 「悪いわね、ウィド君借りちゃって」 「構わないさ。若い内は色々やっておいた方が良い。それより、隊長なんて務まっているのか?」 ノープロブレム。とでも言いたげに微笑んで腕を組むハリエット。 「大丈夫、あたしの見立てた通り。ちゃんとこなせてるわよ。まだ少し肩に力が入ってるかな」 「あまり甘やかさないでくれよ」 冗談か否か、判断しにくい口調でシュウが頼む。 「思い上がってる暇なんてないみたいよ、本人」 だろうな。シュウは口の中で呟いて、家に帰っては疲れたと言ってすぐに眠ってしまうウィドの顔を思い出した。任されると一所懸命になるのは、変えがたい性分なのだろう。 「そうそう、あの子の体術ってどこ仕込みなの? 訓練にも一発で通ったみたいだし」 「ん?ああ……」 さて、どう言っておこうか。 壁掛け時計の長針が、カチリと鳴った。 体全体、上下に心地よく揺れている。ここはどこか。辺りはもう暗いらしい。 「ぅむ……うぇ?」 揺れに合わせて、何か紐のような物が頬に当たっていた。 「おう、起きたか?ウィド」 「あ、ラグナ」 そうか。ラグナが俺を背負って歩いてるんだ。この黒いのは三つ編みで。 ウィドの状況判断は、やっとそこまで働いた。あと一歩。 「お前ね、自分でもわかってると思うけど、アルコール飲むなよなー」 ああそうか。店で飯食べてて……あれ? 酒なんていつ飲んだっけ。 今一つ釈然としないけど、どうせ記憶が飛んでいるんだろう。我ながら懲りないもんだ。 「で、どうしてラグナが?」 「ちょうど帰ろうとしてたら、本部に連絡があってさ。セーブルのおっさんから」 ウィドの同居人であり兄弟代わりでもあるアンドロイド、ラグナ・ウォレストは政府直属の捜査官、通称“ハンター”の一員だ。ハンターも特警係も民間に公表されていない警察の部署という点では同じだが、誤解を恐れずに言うと、公務員としての『格』が違う。 どうやら目立つ風貌のせいもあってか、セーブルの顔はウィドが思う以上に広いらしい。 「二人は?」 ふと財布の重さが気になったが、だるさのおかげで確かめる気力も湧かない。 「赤毛の小さい子はおっさんが寮まで送っていくって。あのコンビはちょっと奇妙だな」 ラグナが思い出し笑いを浮かべて、その凸凹具合を見慣れている筈のウィドも、少し釣られた。 「べくしっ!!」 「ひゃ」 隣を歩くセーブルのくしゃみに驚いて、スティーマの体が一寸ばかり、びくと跳ねた。 「……うつされたかね」 「ええと。お大事、に」 「どうもな」 「まだ距離はあるから、寝ててもいいけど?」 熱からかうつらうつらし始めたウィドへ、肩越しの声を掛けるラグナ。 「ん、平気だから……」 言葉と行動が伴っていない。語尾は半分消えていた。 ラグナは一人、困った風な笑いを浮かべた。 (ふぅ。エリに何言われるやら) 休日だというのに帰りが遅くなったこと、風邪なのに無理をしていること、超極度の酒酔い体質なのに酒を飲んだこと。問い詰められても満足には応えられないであろうウィドに代わって、キサラギ家の娘にどう弁明してやればいいか。 苦笑しながらふと空を仰ぐと、昨夜とはうって変わって晴れ渡っていた。星が幾つか、瞬いている。明日もきっとこうなのだろう。 どこかよそで遊び疲れた弟を連れて帰る。その心境は、こんなだろうか。 照明の切られた室内では、微かに換気扇の音がしている。 壁一面に張られたガラス越しには、ビル街が見下ろせる。この時間帯になっても、光が見える窓はいくつもあった。 青年はマホガニーの重々しい執務机の上に腰掛けて、煙草をくゆらしている。時間は、限りなく遅く進む。 巨大複合企業ゴロワーズ、本社ビル。その最上フロアにある社長室で一服しているのは、先刻“Le Voyou”にてセーブルの相手をしていた青年。 不意にノックが聞こえて、彼は煙草の火を灰皿に押しつけた。 入ってきたのは、スーツを着こなしたブロンドの美しい女性だった。 「社長、一つお話が」 電灯が部屋全体を照らした。女性は、常に振りまいている業務用の笑顔ではなく、怒ったような固い表情をしている。 「ああ、君も残業か。見てごらん。街中、君の仲間ばかりだ」 「社長」 語調が厳しくなった。心中の苛立ちが察せられる。 「その肩書きも嫌いじゃないけど、気さくにギィニって呼んでくれても、嬉しいかもしれない」 青年はそれを察知したのか、話題を逸らそうとささやかな抵抗を試みた。ギィニとは彼の愛称だ。 「…………」 視線の交錯と、沈黙。 「……何」 状況を進展させるための、漠然とした問い。ばつの悪い表情。 「副業の、それも遊びに潜水艦まで運用するのは、いかがな物かと」 やっぱりそれか。溜め息を吐きながら、“素敵な不審者”その人は視線を街の灯りへ戻した。 (本業の、それも必須事項なつもりなんだけどな) 「技研会の連中が実地試験をしたいと言ってたからさ。乗り心地は、見た目より遥かによかったな。贅沢言うなら、窓さえあれば……」 「ギィ・ノワール社長」 悪化した。こうなると彼女は強情だから、説得に回らなくてはならない。 「大丈夫、別にいつか捕まるつもりで派手にやってる訳じゃない。安心してくれたまえ」 (当たり前でしょう……)という意味の、いつになく冷たい視線を横顔に受けながらギィニは返答を待った。 「そうなのでしたら、私から言うことは何も御座いません。歯は磨いてからお休みになられますよう」 分厚い絨毯をゆっくりと重い木が撫でる音。扉が閉じ切って、ギィニはまた暗がりの中に戻された。 「別件逮捕なんてなったら、つまらないからな」 独りごちながらふと、寂しい感慨に捕らわれた。 (煙草の香りを知ってる奴も、そういないだろうけど……) ケースからもう一本、煙草を抜く。とうの昔から生産されていない、燻し銀のオイルライターで火を点ける。 様になった手付きで一連の動作を済ませ、紫煙をのぼらせる紙巻を口に咥えた。 アルカディアでは現在、かつて人の営みの中に存在していた多くの物が禁制品として扱われている。煙草飲みは『肩身が狭い』などというレベルではなく、存在しない筈の人種なのだ。 そして、彼のような“怪盗”も。 (酒の規制が軽いのは天佑だよなぁ) それらに対する扱いさえも明日にはどうなっているかわからないのが、この都市なのだが。 そんな仕組みは、政府は、体制は気に入らない。面白く、ない。 ギィニが愉快犯であろうとする動機である。ある種の使命感とも取れるが、彼に言わせれば子供じみた一言でケリが付く。 『もっと楽しくしようじゃないか!』 (それにしても、あの連中……) 縁があるのか最近頻繁に接触する、三人組の警察職員に思いを走らせた。 アルカディアの警察機構は有能な分真面目で、からかっても今一つ面白みに欠けると思っていたのだが、あの一隊は格別なのだ。小回りは利くし、何より必死でこちらの演目に乗って、その上で捕まえにくる。 他じゃあちょっと見つからない、格好の遊び相手だ。 先程怒らせてしまった秘書に頼んで、所属を調べてもらおうか。いや、とりあえず今は賽に全てを託しながら、次の遭遇を心待ちにしよう。 自分以外のトリックスターの匂いも感じる。不確定要素ばかりの新しい玩具だ、この街は。まだまだ楽しめるだろう。 状況をいかにかき回して愉悦を得るか。 彼が生きる限りの永遠の命題について、思案する。 さて、今度は何をしよう!! また一つ、ビル街から灯が消えた。
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「電磁波爆弾。そうか、そんな物があったか」 ラボラトリの硬いベッドの上で、セーブルは感心したように呟いた。隣には、ウィドとスティーマがいる。 「また他人事みたいに言って。黙って寝てたお前と違って、周りは大変だったんだ」 両義足の機能が停止してしまっているウィドが車椅子を使っているため、スティーマの目は、ウィドの頭よりも高い位置にあった。 「二人、回収、リューゲル、たち」 言われるとセーブルは、心底忌々しげにする。 「よりにもよって、第二隊の連中に借りだな」 彼を担当している、年輩の技師──このラボの主が、二人分の紅茶を淹れながら、静かに笑った。 「いいじゃないですか。効果範囲内に、大きな病院もなかった訳だし」 電磁波爆弾とは、その名称からも察せられる通り、爆発のエネルギーを利用して強力な電磁波を発生させる爆弾である。回路を焼き切り、電子機器を妨害する。 その機能の多くを機械に依存しているアルカディアにおいては、重大な脅威となり得る兵器である。実際、“素敵な不審者”が使用したことによる被害は大きく、その範囲が決して広域ではないにせよ、復旧にはかなりの手間を要しそうだった。 「だからってこんなやり方、癪に障るじゃないか。それに俺はてっきり、セーブルが死にでもしたんじゃないかと思って」 異論ありそうにウィドが技師に言うと、横でスティーマも頷き、同意を示した。技師が、顎に手をやる。 「そうでしたか。確かに初めて見ると、驚くかもしれませんね」 セーブルの体内で、五臓六腑と脳、それに生命維持系統の装置を収めてある内部装甲は内殻と呼ばれ、外部からの振動や電磁波をほぼ完全に遮断する構造になっている。 そのため電磁波爆弾が近距離で炸裂しても、今回のように外側の駆動、感覚機関が停止するだけで済んだのだ。 「こっちだって驚いたぞ? 何せ急に、五感も手足も利かなくなるんだからな。普通のグレネードだった方が、いくらかマシだ」 笑いながら、セーブルは首だけを動かし、ウィドを見上げた。苛ついたように、ウィドが返す。 「だからどうしてそれで、呑気にしてられるかな……」 セーブルだけではない。ウィドの両脚、スティーマの端末、それぞれの装備。特警係第四隊だけを見ても、ダメージは深刻だった。 加えて、体のどこかしらを機械化している係のメンバーは、他にも何人かいる。 『モルガンの(機械化された)顎が開きっぱなしになった』と、第三隊の隊員が大騒ぎしていたのを、スティーマは思い出す。 可哀相に。喉が渇いてしまうだろう。 「幸いなことに、人死にも大怪我もないようだからな」 技師がウィドとスティーマに、ソーサーに乗せたティーカップを差し出して、二人はそれを受け取った。香りの良い湯気が立っている。 「無事な隊の奴らは?」 「検問、外側、巡回してる」 足跡の一つでも見つけられるかね。口の中で言ってから、セーブルは能天気な声を出した。 「まあ怪盗のことは、新手の天災とでも思っておいた方がいい。ウイド? お前もそう、深刻そうな面をするな。不景気顔が癖になるぞ」 「だから、何言ってるんだ。セーブルだろ? 一番やられてるのは」 言われるとセーブルは、何か考えるような間を作って、 「いやぁ。一等はやはり、ミュージアムじゃあないかと思うんだが」 ウィドを脱力させた。 「してないよ……そんな話」 そこはビル街の中に日陰として存在する、細く入り組んだ路地だった。この都市にあっても、誰もが気に止めない、人々の認識の隙間とでも言うべき空間は、そこかしこに残っていた。 路地の突き当たりの壁に背を支えられながら、“彼”はゆっくりと立ち上がる。息を整えようとする。 一メートル先に、男が立つ。高からず低からずの身長で、髪には白いものが混じる。 男の後ろに横たわる体は、“彼”の相棒だった。目立った外傷はないようだが、気を失っている。 『目標の人物を捕捉し、同行させよ。同意を得られない場合は、実力行使もやむを得ない』 それが今回の任務で、目の前の男が『目標の人物』だった。『連行せよ』ではなく『同行させよ』だという点には気にかかるものがあったが、そのような情報の出し惜しみは日常茶飯事であり、今更自分が考えることでもなかった。 “彼ら”の仕事は、与えられた任務をこなすことに他ならない。 “彼ら”は、忠実な狩人であった。 「答えろ」 男が口を開く。低く、抑揚はなく、声量も抑えられていたが、よく耳に伝わる声だった。 「私の体内に仕掛けられた発信機は未だに活動を続けているか、否か」 全く心当たりがなかった。何の話だ、と返す。声が掠れる。 黙って、男は“彼”を見据えていた。 「伝えろ」 男は、変わらない口調で言う。言葉には温度が存在せず、それが命令口調だということさえ、忘れさせる。 「これ以後接触を試みようとは、考えるな」 言葉の意味を飲み込む暇も与えられず、“彼”のみぞおちに、革靴の爪先が突き刺さった。 意識が、暗がりに落ちる。 “サクノツキ”盗難事件の二日後、特警係の朝。 デスクには十三人全員が着き、長であるハリエットが、気怠そうな顔で話していた。 「一昨日はお疲れ様。私物の電化義肢に被害が出てた場合は保証が利くみたいなので、該当者は早めに申請しておくこと」 いくつか返事が上がるが、どれも威勢がよくない。当然、ウィドも同じくだった。 昨日は事件の事後処理に加えて通常の巡回業務もあり、皆多忙だったためだ。 続いて、 「それと作戦行動中、大いに勝手をした二人がいた訳だけど。埋め合わせとして、来たる今年度忘年会の費用を、彼らが出してくれる運びとなりました」 ハリエットが、にやりと笑いながら告げる。おぉ、と地味な歓声、それにまばらな拍手が湧いた。 (後悔するなってのは、これのことか……) 威勢良く言い切ってしまった手前何も言い返せず、この罰を事前に聞かされていたウィドは肩を落とした。 「異議がある」 「……何よ」 セーブルが挙手をすると、ハリエットは面倒くさそうに聞いた。 「俺もウィドも、既にしばしの減俸処分を言い渡されている。ありもしない所から金を搾り取ろうというのは、姉御の手際としてあまりにも切れが悪いとは思わないか?」 自分に有益な意見なのに、どうしてこんなに擁護する気も起きないのだろうか。ウィドはつい感心してしまった。 詭弁を弄すな、金返せ阿呆などと野次を飛ばすメンバーを手で制して、ハリエットは斬り捨てた。 「却下ね。それとこれとじゃ、理由が違う」 机に片手を突き、真っ直ぐにセーブルの双眸――無機質なレンズを見据え、続ける。 「あたしが咎めているのは、あんた達が事前に何も言わずにアクションを起こしたってことだけよ。お上みたいに、『怪盗の追跡を試みたのが、そもそも軽率だった』なんて、考えちゃいない」 装甲サイボーグは、似合わない三つ揃いを着た体を椅子に深く座り直させ、両手の平を見せた。引き下がるポーズらしい。 「了解。粛正に従う」 小さく頷いてから、ハリエットが視線をウィドに移した。 「わかってるとは思うけど、あなたにも言ってるからね」 ウィドは二、三度まばたいた後、不服そうに、 「俺は反省してますから……。以後、気をつけます」 口をとがらせた。その様子を見、ハリエットは愉快げに歯を見せる。 その後彼女は、事件に関する二、三の事柄を告げた。 「反省会はこれまで。あと、業務連絡として……、手配犯リストに追加があるから、見ておくこと。解散ッ」 各々が行動を始め、ウィドもデスクの端末に電源を入れた。 「私も、聞いて、なかった」 隣からスティーマが抗議の声を掛けてきた。相変わらずの無表情なので、本気とも冗談とも識別ができず、参る。 「別にあんなのに一枚噛んだって、何も得なことないじゃないか。……人数が多いと、責任は分散なんかしないで、かえって倍に」 そこまで言って、ウィドは止まった。ディスプレイには、新しく重犯罪者として認定され、特警係の管区に逃げ込む可能性もあると判断された、一人の男のデータが表示されている。 「ウィド?」 スティーマがウィドの顔をうかがうが、彼はディスプレイに映った顔写真を注視している。 (この人確か、一昨日の夜の) 現場近くで見かけた、“奇妙な感覚”の男。髪型は違い、サングラスも掛けていなかったが、同じ人物だと確信できた。 手配犯の名前は、ゲオルク・ラスヴェルとあった。 ギィニの執務机の上に、一枚の書類が置かれた。 「社長、これを」 目の前には、厳しい顔をした秘書が立っていた。表向きの稼業では、アナクロな紙の書類など、滅多に用いない。 書類には、壮年の男の写真と、プロフィールが載っている。経歴の末尾には、強盗事件の容疑者という記述があった。その事件の存在を、ギィニは始めて知った。 「どちら?」 「この情報は今朝、警察のデータベース──ブラックリスト上に出現した物です。同時に、幾つかの実動部署へ向けて、逮捕要請が出されています」 怪盗“素敵な不審者”がサクノツキと呼ばれる高価な黒ダイヤを奪取したのが、一昨日の深夜のことである。 「殺人犯か。悪党だな」 表情のかけらも見つからない写真の顔を眺めながら、ギィニはとぼけたことを言った。 「画像以外の情報は全て、偽装かと。まだ調査段階ですが」 秘書が言い淀んだ。ギィニが眼の動きで促す。 「まだ調査中ではありますが現時点では、以前までこのアルカディアで、殺害請負人として活動していた人物であるという情報が有力です」 「うん……」 頷きかけてギィニは、ふと動きを止めた。殺害請負人? 「俗に言う所の、殺し屋です」 彼の反応を想定していたのだろう、秘書が補足を加える。無意識の内に懐の紙巻き煙草に手を伸ばしかけたギィニだったが、やめて聞き返した。 「殺し屋だって?」 「はい。どうやらプロフェッショナルの、それです」 そうか、プロの殺し屋なのか。 「そんなものが、この街にいたとはな。……冗談みたいな奴」 「あなたと同じですね? 社長」 否定はしない。怪盗も殺し屋も、存在自体が不自然で、アルカディアの在り方とは違和感があった。 「俺を撃ち落としたのが、この男なんだな?」 今現在、裏の本業に関わってギィニまで上ってくる報告として、他の人物情報は考え難かった。 淡々と、秘書は答える。 「恐らくは。使用された弾丸が、記録上のそれと同一のものです」 「まるで名刺だな、それは。『あんたを殺す』って裏書きまで入ってる」 全く律儀な男だと、ギィニは楽しくなってきた。 事件当日、ビル街を逃走中の“素敵な不審者”に向かって放たれた、一つの弾丸があった。 彼が変装していた警備官の装備である、背広の下のボディアーマーがそれを受け止めたが、着弾した衝撃までは殺しきれなかった。 跳躍しようと踏み切る瞬間に直撃をくらったギィニは、ビルの谷間を越えられずに、落下した。 転落死を免れるすべは幾つもあり、実際今も彼は健在だが、“素敵な不審者”の仕事に際して驚くべき事態だということには、変わりがなかった。 「ゲオルク・ラスヴェルの犯行だと思われる事件は、十年ほど前から発生しており、手口は事故や病死の擬装を主として、毒殺・射殺など、多岐に渡っています」 秘書は報告を続ける。 「そしてそれらは、六年前のある時期から、全く確認されなくなっていました」 「一週間前までは、か?」 「はい。一週間前までは」 両肘を机に突き、指を顔の前で組むギィニ。 「なぜ」 「ブランクの理由は不明です。警察当局に捕縛された、もしくは別の状況的変化等、原因となりそうな事柄は把握できていません」 しばらくの沈黙がある。ギィニは机の上の書類を見つめながら、呟く。 「なんにせよ、一度はお目にかからなくちゃならないな。この男には」 意識せず、唇の端が歪んだ。 少なからず愉快そうな様を見て、彼の秘書は眉をひそめる。 「社長が直々になさらずとも、対処は致します。まさか、交渉の余地があるなどとお考えなのでしょうか?」 プロ同士だからな、という言葉を飲み込んで、ギィニが笑いかける。 「俺は、部下を危ない目には会わせない主義の男だ」 「私としては、主義よりも義務で、社長の身を危険に晒したくはないと考えているのですが」 数秒間、二人は身じろぎもせずに視線を交差させた。 「……義務よりも、好意の方がいいな」 「そうですか」 政府の建物内にある休憩所で、シュウ・キサラギが喋っている。手にはコーヒーの紙カップ。 「ゲオルク・ラスヴェル。彼は政府内のある官僚に雇われた、掃除屋だったよ。組織内の粛清や、派閥争いの手っ取り早い解決を担っていたらしい。詳しい資料がそれだ」 それをハリエットは、窓際に寄りかかって聞いている。サイズの大きい茶封筒を持っていた。 「“素敵な不審者”については、知っているね? 君の所は不思議と、奴とは縁があるのだと聞いてる」 「ウィド君も執心みたいよ」 ハリエットが笑って言うと、シュウも苦笑した。 「係長がさ、手配犯のことは自分が調べるから、俺は考えなくていいってさ」 いつもの店“Le Voyou”で、ウィドが不満そうに頬杖をついている。頬がほのかに赤いのは、傍らのノンアルコールビール(1%未満)のおかげだ。 「確かロズウェルとかいったか……」 「セーブル、違う。ゲオルク・ラスヴェル。ウィド、何、気がかり?」 「…………」 説明しようとするが、上手にまとめられない。 「……見れば、二人にも分かるよ。多分」 スティーマとセーブルは、思わず目を見合せる。 瞼の重たいウィド・アーネクトは、それ以上多くを語らなかった。喋ってはいたが言語になっていなかった、とも言える。 「あの怪盗を街から排除するために警察が打ち出した、苦肉の策がある」 「秘密裏に?」 「そう。一連の偽怪盗事件だよ。“素敵な不審者”を騙って、本物をおびき寄せようとした」 ハリエットは、“素敵な不審者”本人のタレコミによって事前に潰された、宝石店襲撃計画のことを思い出した。主犯のホワイトフィールドは強盗未遂の手配犯だったが、共犯のメンバーにも何らかの、小さい犯歴があるということが、後から判っていた。 不自然だとは思ったが、そこを追求する暇も理由も、手段もなかった。 「犯罪者を使って……」 既に裏付けを取っているシュウは、頷いて肯定する。警察と犯罪者たちとの間に何かの取引があったことは確実である。そこに“取引”と呼べるほどの公平性があったとは考え難いが。 「その計画に、ラスヴェルも組み込まれていた」 秘密兵器とでも呼ぶべき、政府の暗部にいる掃除屋である。“素敵な不審者”の殺害などという目立つ任務を与えたくはなかった筈であり、そのことからも、現在の警察の切羽詰った状況が推察される。 「それがどうして、今手配されてるのかしら」 ここからが問題だ、とシュウが呟いた。今までの話も到底見過ごしていい事柄ではないのだが、この先の話は、警察の末端である特警係にも、直接的に関係してくる。 「サクノツキ強奪の一件では――この事件もそもそも、警察が仕組んでいたんだが――怪盗が小型の電磁波爆弾を使っただろう? ラスヴェルもあの現場にいたんだ。銃を携えて」 一旦、途切れる。 「電磁波爆弾によって、彼に注入されていた行動監視及び通信用のマイクロマシンが機能を停止した」 ハリエットが、事態を理解したのか顔を強張らせる。殺し屋の枷が外れ、野に放たれたのだ。 「そして事件の翌日のことだ。一組のハンターが『ラスヴェルを連れ戻せ』と、彼の雇い主だった官僚から直々の指示を受けて動いた。結果、捕捉はしたが返り討ちに合い、目標をロスト。警察はここでやっとラスヴェルの反抗の意思を確実なものと判断し、今に至る」 「ハンター二人を相手に……?」 「そう、彼は危険だ。ブラックリストには射殺も許可すると記してあったろう? ハンターの二人は銃を抜く間もなく意識を奪われたようだが、こちらが本気で止めようとかかった場合、何の保証もないと考えられる」 シュウは立ち上がって、紙コップを回収箱に放り入れた。 「ところでどうしてこんな調査依頼をよこしたのか知らないけれど、ウィドは関わってないだろうね?」 ハリエットが、口ごもりながら答える。 「ん? ああ、うん。関わってないというか、誰もあんまり関わらせたくないというか……」 「そうだな。生きているラスヴェルと接触すれば、上層部のいさかいに巻き込まれる可能性もある」 何やら脅されているような気もしたが、シュウの正直な危惧なのだと受け取ることにした。彼自身、ウィドを特警に置いておくのには、不安な点も少なからずあるのだろう。 「そろそろ私は、残業に戻るよ。ラスヴェルに関する動きは、可能な限り把握しておこう」 「うん。……危ない橋渡らせて、悪いね。何かで借りは返すわ」 三、四歩歩いて、シュウは振りかえった。 「ハリエット」 もう少しさぼっていようと椅子に座りかけていたハリエットは、腰を浮かせた姿勢のまま止まった。 「何?」 「君が正しいと思うように、あの子は使ってやってくれ。そうでないと、わざわざ君の所まで出向かせた意味がない」 その言葉は、彼が振り絞る、子のための勇気なのかもしれない。特警係の女係長はふと笑い、深く座り込む。 「まあ、見ときなさい。そういうのは得意なの」 信じるよと、小さく言い、シュウがまた苦笑いを浮かべた。 ラスヴェルは、見上げた。 灰色の建築の隙間に、ちぎれ雲が浮く、藍色の空がある。 彼が生まれた場所に、このような色はなかった。知識は持っていたが、何年か前に地上に上がってきた時、空とはこれかと、感動した覚えがある。 彼に仕事を斡旋していた情報屋が検挙され、安定した食いぶちを失いかけた頃に、政府がコンタクトを試みてきた。それからこっち、先よりも遥かに少ない仕事量で生命の継続が保障される、悪くはない生活だった。 それもここまでと決め、地下の世界へ戻ろうとしているのは、何故だろうか。あの暗く厳しい故郷へ帰りたいと、心で思った訳でも、頭が考えた訳でもない。 ただ、体は、全く自然に、そう望んでいるように、判断し、動いていた。この街へ上がってきた時とも、似た感覚だった。 何か、必然性があるのかも知れない。ないのかも知れないが、まあ、構わない。 自分が飽きを感じ始めているのではないかと、漠然と考える。世界は狭いな、と、頭の中で呟く。実感はない。 他に何か──。 死期だろうか。 足音を伴わない死の神を察知し、命、もしくは魂、それか本能のような物が、追いつかれる前に、発生した場所へ帰りたいと願う。 考えられない話ではなく、それを否と言う理由も、特になかった。 しかし未だ。 あの標的が生きていると、左の腕が、左の眼が、両の耳が、全身の神経が、認めていた。怪盗を、殺さなくてはならない。 契約の履行。妥協の余地はなく、それが自身。 空が見える街での、最後の仕事をこなして、生きる為に死ぬまで働く土地として、もう一度、地の底の街を選ぼう。 死を迎えるまでにまた気が変わっていないという保証は、何もないが。 殺しの犬は、歩き出した。
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課金でたらLV5もたいしてかわらんだろう。ぜひ来月おねがいします。 - 名無しさん 2014-10-31 15 13 46 LV4 威力3125 星2 10% 少佐lv9からドロップ - 名無しさん 2014-10-30 17 13 14 Lv4越えたら3000いくのかな? - 名無しさん 2014-09-06 14 33 51 これが本当の課金砲。LV4で3000超える - 名無しさん 2014-10-30 17 11 40 大尉の9でLV3ドロップしました。 - 名無しさん 2014-08-30 03 07 28 追加しました。 - malk2 2014-09-03 20 48 01 レベル4威力については普通の上がり幅で上げて欲しいね。射撃型のペズンにとっては大きなダメージソースになるから、下手に補正かけて低くされると辛くなる。 - 名無しさん 2014-06-09 03 34 37 あれ?本体だけLv4来たの? - 名無しさん 2014-05-15 18 21 50 えーマジで - 名無しさん 2014-05-15 19 48 34 射程+50してほしいな - 名無しさん 2014-05-04 22 03 00 アプデ来てからそこそこ戦えるようになった、だが火力が物足りない。 - 名無しさん 2014-05-04 22 00 03 レベル4来ても威力5%しか上がらないんだろうな・・・ - 名無しさん 2014-05-01 20 14 30 LV1のヒート率とOHするまでの弾数に食い違いが… - 名無しさん 2014-04-25 19 50 56 減らなすぎだろ、格闘もショボいのに - 名無しさん 2014-02-13 11 35 26 マドロックのBRと変わらないなwwこっちのいいところは、よろけがあるところでむこう(マドロック)のいいところは、3発撃てるところだね! - 名無しさん 2014-02-10 01 51 39 地面に撃つとでっかい着弾後が残るけど爆風はあるんですか? - 名無しさん 2014-01-28 16 35 15 無さそうです 壁にくっついた状態で撃ってみたけど、よろけや怯みもしなかったので・・・てか爆発するんだから爆風でよろけ取れれば良いのに - 名無しさん 2014-02-14 19 40 25 レベル3は星3だったね40% - 名無しさん 2014-01-20 15 08 25 なるほどどおりで出ないわけだぜ! - 名無しさん 2014-01-21 18 42 54 他の子にも装備させたいな - 名無しさん 2014-01-16 09 14 40 PD用て書いてるから無理です - 名無しさん 2014-01-18 07 47 30 伏流さんありがとうございます、ご苦労様です - 名無しさん 2014-01-02 21 21 58 追加 - 伏流 2014-01-02 14 02 35
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No.252 ドゴン プロキオン デネブ 図鑑 タイプ かくとう ひこう 特性 すてみ いしあたま 種族値 HP 82 攻撃 110 防御 75 特攻 50 特防 75 素早さ 103 合計 495 進化 進化前 なし 進化1 進化なし 進化2 進化なし 進化3 進化なし 進化4 進化なし 進化5 進化なし 入手方法 生息地 - 入手方法 - 努力値 HP 0 攻撃 2 防御 0 特攻 0 特防 0 素早さ 0 タマゴデータ タマゴグループ 飛行 孵化歩数 7680歩 隠しデータ 性別比率 ♂75.0% / ♀25.0% 被捕獲率 45 初期懐き度 70 基礎経験値 169 経験値タイプ 125万 野生で持っている道具 ときどき(50%) なし たまに(5%) するどいくちばし 習得技 レベルアップ とくだいキノコ 技マシン タマゴ技 レベルアップ Lv 技 1 ギガインパクト 1 つつく 1 にらみつける 1 でんこうせっか 1 すなかけ 4 すなかけ 8 にどげり 12 つばめがえし 17 ふきとばし 20 けたぐり 24 ドリルライナー 28 たたきつける 33 こうそくいどう 36 ドリルくちばし 40 とうきのおたけび 44 かげぶんしん 49 ジェットシュート 52 インファイト 56 みきり 60 ブレイブバード ▲ とくだいキノコ Lv 技 1 いかり 1 きあいだめ 10 ハートスタンプ 10 ほえる 20 からげんき 20 みやぶる 30 かわらわり 30 いちゃもん 40 しねんのずつき 50 すてみタックル 60 ばかぢから ▲ 技マシン No. プロキオン 08 げんしのちから 27 やつあたり 38 ニトロチャージ 40 つばめがえし 49 めぐみのつばさ H1 いあいぎり H2 そらをとぶ No. デネブ 06 どくどく 08 あやしいかぜ 09 エアスラッシュ 21 ちょうはつ 27 おんがえし 43 はねやすめ 49 ジェットシュート H1 いあいぎり H2 そらをとぶ ▲ タマゴ技 技 アクロバット インパクトサイト エアカッター おいうち オウムがえし がむしゃら げんしのちから じたばた ダブルアタック だましうち どろかけ なしくずし みだれづき ▲
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雨とも風ともつかない異様な物音を鋭敏な聴覚が捉え、セーブルと名乗る全身装甲サイボーグは目を覚ました。 「ふうむ」 室内よりも仄かに明るい、窓の向こう側。上から下へと見慣れない微細な粒が、無数に流れていく。 窓を開けると、風に乗ったそれらが飛び込んできた。 身を乗り出すと、上半身の触覚が冷たさを伝えてくる。 「どうした、これは」 口の中で呟く。これが、何時間か前のこと。 未明から、アルカディアには雪が降った。 柔く脆い氷の欠片は地面に建物にと降り注ぎ、白く染めた。 空には雲が隙間なく広がり、日の光は淡くしか街まで届かない。 一年を通して季節の変化がなく、温暖な筈のアルカディアにおいては、観測史上初めての積雪である。 雪を降らせているのは、大きく奇妙な機械。深夜の内に各所の高層ビル上に設置された百基あまりのそれは、依然として静粛に作動し、氷の結晶を上空へ吐き出し続けている。 一時は豪雪と言ってもいいほどだった降雪の勢いは、粉雪程度には落ち着いただろうか。 居住区の道路に市民の姿はない。過去に例のない事態に、政府が外出禁止を命じたためである。 老若男女問わず多くの者が、物珍しさから窓の外を眺めていた。 都心部のビル街にも、人の姿はなかった。こちらでは、居住区のように市民が建物に閉じこもっていることさえ、ほとんどない。 外出禁止令のため、通勤をしてくる市民もいない。 この周辺にいるのは、泊まり込みで働く夜勤の警備員、若しくはその他の働き者ばかり、少数の市民だけだった。 ギィ・ノワールは、働き者の秘書に言う。 「それじゃあそろそろ、始めよう」 秘書は、無表情に返す。 「既に始まっています。都市の機能は麻痺し、警察も対応を決めかねている模様です。降雪装置投入の効果は予想以上です」 満足そうに頷く怪盗。 「君たちのように優秀な共犯者を得られて、俺は恵まれているな。感謝するよ」 無表情は、不機嫌。 「感謝は良いのですが、たまには反省も示して下さい。今回のプランも黒字の要素が皆無です」 困ったような笑いで誤魔化し、歩き出す。 「社長代理にも、よろしく伝えておいてくれ」 後ろ姿に一礼。 「どうかお気をつけて」 “素敵な不審者”は一度立ち止まり、肩越しに顎を引いてみせた。 あそこまで行こう。と、ウィド・アーネクトは思いついた。またくもりかける窓の水滴を手で払い、もう一度外を見る。 向こうのビルの屋上では、雪を降らせる謎めいた機械の一つが稼働している。粉のような氷片を高く噴き上げ、曇り空の下に散らしている。 あれを見に行きたいのだ。 欲を言えば触ってみたいし、ばらしても面白そうだ。 警察が既に、停止や解体のために手を付けているだろうか。まだならばそれを自分が行えるし、既に始まっているならば、それが困難なまでの機械だということになる。 とにかく、近くまで行かなくては始まらない。 外出禁止令に関しては、巡回の警官に見つかっても、公務にかこつけて言い訳をする自信があった。そう、公務だ。 どうせこんなおおそれた事態は、例の怪盗“素敵な不審者”が起こしているのだろう。奴の企みを阻止するための捜査だ、と巡査を納得させる、もしくは煙に巻く理屈を頭の中で構築する。こちらは秘密警察、正当な公務と職権乱用との間を、限界のラインまでシミュレートする。 ウィドのこのような知恵──正確には、それを行使するノウハウ──は、その多くが、今所属している特警係を学び舎としていた。要領よく立ち振る舞う必要が時にはあるという経験も。 かといって戦略的に策を張り巡らせて大手柄や利を狙うような部署ではなく、社会と組織の中で守るべきものを守るための強靭なしたたかさばかりを、特警係は備えていた。少なくとも今までウィドは、時折その一端を覗くことが出来た。 そうでもなくては長居など、していたくなかった。 タンスを開けて薄手のセーターを引っ張り出す。同僚のモルガンから最近もらったものだ。こんなに早く防寒着として役立つ場面が来るとは、タイミングがいい。 胸に入ったイニシャルに一瞬だけ首を傾げるが、背に腹は代えられない。外は寒く、雪の日の備えなどなきに等しい。 セーターの上から、シュウのお下がり──ではなく、あえて安く売ってもらったロングコートを着込む。肩を回し肘を曲げ、厚着をした関節の具合を確かめる。 「よし」 良好。自前で直した電化義足の調子も、悪くない。 油と鉄屑の匂いが微かにする工具鞄を小脇に抱え、玄関に続く階段へ、小走りで踏み出した。 スティーマ・ケイオスが目を覚ますと、背骨に奇妙な重さを感じた。ベッドで眠った筈なのに、今は床でうつ伏せの姿勢にある。 ワックスの真新しいフローリングを視界から外し、圧迫感の正体を、首を巡らせて確かめる。 「……チーフ」 上司のハリエット・ヒースが、スティーマの腰に頭を乗せていた。熟睡している模様だった。身長差も手伝い、バランスの良いT字が出来上がっている。 じりじりと体を抜きながら、自分が胸に抱えていた枕を代わりに差しておく。起きない。 立ち上がって、独身寮の自室を見回す。一部が雑然としていた。具体的には、ウィスキーの瓶とビールの缶とワインのパックが、座卓の周りに転がっていた。 卓の上には、それらに応じたグラスや半切れ残ったピザや駄菓子の袋。こちらは、混沌と呼ぶ方が相応しい。我ながら上手いことを考えたと、頭の中の起き抜け領域が自賛する。 比較的理性的なスペースを使い、記憶を反芻する。 昨晩、夜が明けても互いに非番だからと、酒類と夜食を持ってハリエットが遊びに来た。そして二時間ほど話し込んだところで彼女がソファで居眠りを始めてしまったので、その後すぐにスティーマ自身も就寝した。 何を経て先ほどの睡眠姿勢に至ったのかは不可解だが、ハリエットが起きてもその過程の記憶は失われているのだろう。経験上、知りたがるだけ無駄だった。 「ふう」 缶、瓶、紙パック、ピザの箱を片付け、カーテンを開けたところで、スティーマは気付いた。窓が結露し、濡れている。ぼんやりと見える向こう側の景色には、違和感を覚えた。 そう思えば、暖房の作動音も微かに聞こえている。常温の室内から窓の水滴を手で拭う。過去にない冷たさだった。 それと白さ。 「雪」 呆然として、それでも普段と変わらない表情で呟くと、部屋の電話が鳴った。外線の表示。発信先は、特殊警戒活動係。 「もしもし」 「お早う、スティーマ。そっちに係長は行ってるかな?」 受話器を取ると、係の先任で係長補佐に就いているN・リューゲルの、いつも通りに締まった声が聞こえた。スティーマはハリエットを二秒間、観察してから答える。ちょうど、頭までシーツをかぶり直すところだった。 「……多分、起きない。用件、どうぞ?」 人工の雪には、ゲオルク・ラスヴェルは特別感動を覚えなかった。 ビルの隙間の薄暗がりを出来るだけ選び、渡り続ける。目を隠すための黒眼鏡は、雪から照り返す白い光を防ぐ役にも立っていた。 手足の先まで血が行き渡るよう、絶えず身体を動かし続ける。 あらゆる環境における生存の継続に優れた肉体ではあったが、この低温環境に対しての最適化には、今しばらくの時間が必要なようだった。 年月を重ねてなお、右眼右腕を欠損してもなお、ラスヴェルの心身は機能的要求を満たし続けていた。パフォーマンスは落ちない。 しかしながら、地下世界とも異質なこの寒さの中で活動を行う経験は、蓄積がなかった。 街を現状へと導いたのがあの怪盗だということは、恐らく間違いないだろう。このように大掛かりな機械を大量に仕込むことができ、実際にそれを実行に移する輩が他にいるとは、考えにくい。 政府や大企業など、資金的、技術的に不可能ではないと思われる組織は存在したが、混乱を引き起こす理由はないと、情勢に疎いラスヴェルにも断言できた。 怪盗だと考えれば、このような現象を起こさせる動機も、想像は容易だ。何が悪事を働くための目眩ましか。 度が過ぎているという印象も受けるが、それとて前例がある。正しくは毎度のこと、なのだが。 ラスヴェルは、怪盗が事件を次の段階に進め、本人が舞台に立つその瞬間を狙うため、半無人の街を不規則なルートで歩き回っていた。 他に機はない。 このアルカディアには彼を支援する情報源も今やなく、もしあったとしてもそれが、警察機構すら全く把握できていなかった“素敵な不審者”の行動様式を掴んでいる可能性は、皆無だとわかっていた。 彼という殺し屋は独りだった。 どこか、さほど遠くない後方で、銃声にも似た破裂音が鳴った。ラスヴェルは体ごと振り向いた。雪上でも、俊敏さは失われていない。 音は細い路地裏を巡り、今も幾重の残響が聴こえる。弱くなりながら周期的に、聴覚を圧迫する響き。 「Freeze」 後頭部に、男の声がかかった。左手で上着の内側、右肩に吊ったナイフを抜き、身を翻しながら振るう。 左耳が裂けた。 ギィニの銃が発振したレーザーは、殺し屋の外耳を僅かに焼いただけだった。銃を握った指に斬り掛かろうと刃が弧を描き、それをギィニは手を引いて避ける。 金属音。レーザーガンの銃身に重い衝撃が走り、手から弾かれる。壁に跳ね、雪の上に転がった。 自分が相手にしている隻腕の殺し屋の大層速いこと、力が強いことが分かった。一歩跳び退き、右手が痺れているのを意識する。 そこを追って、突きが繰り出される。半身になり、辛うじて回避。返す刃先が上着の肩を掠めるが、対刃繊維の生地は、斬撃には滅法強い。 殺し屋が、ナイフを引く。停滞のない所作で、踏み込む。 ギィニは身構える。狭い路地裏、先の牽制によって壁の際へ誘導されることなく、中央へ重心を戻す。 刺突。見極め、躱す。首の皮が斬られる感触。眼を逸らさず、突き出された左腕を、両の手で取る。 踏み出す。 流転。 殺し屋の体幹を背に負い、宙に浮かせ。雪面に叩き付けた。積雪は薄く、思いの外、固い音がした。 手首を捻ってナイフを奪おうとした瞬間、それは反転して逆手に握り直された。ギィニは咄嗟に跳び、間合いを離す。 コートの飾りボタンが、袖から離れる。 プラスチック製のボタンは、ちょうど両者の中間地点に落ちた。 長身の男は、微笑んでいた。三十代に見えるが、動きは若い。変装だろう。自分を差し置いて、ラスヴェルはそう判断しながら起き上がった。黒眼鏡を外し、懐にしまった。 男は身構えもせず、片膝突く自分を見下ろす。首の傷から滲んだ血を、手袋で拭っている。 雪に合わせたような白い上着にも、どちらか、もしくは両者の血痕が微かに散っていた。耳の痛みを思い出す。 「やあ、殺し屋。この天気だ、冷えるな」 ラスヴェルは何も答えない。各所の関節を小さく動かす。異状はないようだった。 「寒いのは嫌いか? 俺は雪が降るのは楽しいと思うんだが」 相手の意図が読めない。常人とは比べられない些細なスケールではあるが、ラスヴェルは困惑していた。男がより一層唇を薄くし、金色の髪をかき上げた。 「俺が、分かるな?」 彼は認識していた。肩書きは怪盗、呼称“素敵な不審者”。その人物。 標的は喋り続ける。 「今日はお前に会いに来た。選んでもらうためだ。俺から手を引くか、痛い目」 その途中で、ラスヴェルは動いた。ナイフを持った左手で雪を一かき、“素敵な不審者”に向かって投げつける。目潰しを避けて怪盗は身を引き、短剣を抜いた。 ギィニは斜め下からの一閃に対して、銀色の――例の警察官の短剣を構える。 「信用が、ないな!」 鋭い響き。斬撃の重みは、短剣に緩やかな弧を描かせながら、逃がす。 分かってはいたが、無口な男だったか。殺し屋を評する。まずは、和解の道はないらしい。 続く突きも逸らして反撃を仕掛けようとするが、機が掴めない。単純な格闘動作の速さでは、敵が幾分か上手だった。 二本の刃物が、火花の軌跡を描きながら接触を繰り返す。 防戦に回りながら、不規則なリズムに眼を慣らしていく。一撃毎の威力は決して大きくないが、受けずに避けることや、先のように捕まえることが出来ない。間合いと速度の妙だった。 打開をしなくては、近い内に押し負ける。 殺し屋の動きを観察するだけの精神的な余裕が生まれた瞬間を頃合いと、ギィニは僅かにガードを下げた。そうして意図的な隙を作りながら、瞬発に備える。 次は真正面。一段と速く、深く、ナイフが振るわれた。 「ふッ!」 ギィニは、相手の刃が胸に届く寸前で、それを下から跳ね上げた。黒いナイフが、殺し屋の手を離れる。ギィニが予測したより、手に握る短剣に伝わった衝撃が、遥かに小さい。 まずい、と感じた時には既に右腕は振りきってしまっていて、即座には構え直せない。その間を得た殺し屋は、左手の指、第一、第二関節を曲げて薄い拳を作り、引き絞った。殴る。 喉の中央に衝撃。こもった音が口からもれる。痛みと衝撃で、ギィニは半歩よろめいた。 続けて爪先が脇腹を目掛けて繰り出されるが、反射的に下がって威力を殺す。肩が、横の壁にぶつかった。 (とりあえずは、こんなものか……) 思考しながら、目には、新しいナイフを抜いて構える敵が映っていた。少々、退くに手間な状況だが、まあ、なんとかは、なる。薄笑いで、己を鼓舞する。 風を切る音が、聴こえた。 ギィニには見えない方向から飛来した何かの棒を、殺し屋がナイフで叩き落とした。 弾かれたようにギィニは身を沈め、背後の者の射線に入らないよう、壁に沿いながら殺し屋を跳び越えた。一瞬だけ遅く、その足元の雪が銃弾に抉られる。 「全員動くな!」 警告するのは、撃ってから。単独行動時の鉄則だった。 セーブルは、ビルの上から路地裏に向けて降下する。左前腕にはクロスボウ、右前腕にはライアットガンを展開。 明らかに素人喧嘩ではない格闘をする二人の内、一方は手配犯、もう一方は知らない顔。遭遇した直後には両名を一瞬で確保するつもりだったが、後者は既に背中も見えなくなっていた。 ライアットガンのゴム散弾が命中した様子は全くなく、セーブルは舌を巻く。後方の死角から撃ち込んだというのに。 着地。より優先度の高い目標であるゲオルク?ラスヴェルへ向け、連続的にクロスボウを射続ける。 今の所ラスヴェルはその全てを、躱すか、ナイフで弾くか、金属製の右腕に当てて防ぐかしていた。怪盗“素敵な不審者”を思い出させる離れ業だった。 セーブルは、発射薬代わりに圧搾空気を使用するガンを、ラスヴェルへ向ける。マテリアルブレット、非選択。至近距離用高出力『空砲』モード。撃つ、とイメージすると、神経信号を機械製の補助脳が介し、トリガー動作を行う。 左腕のクロスボウを標的の胸に放つのと合わせて、射撃を行った。空気の歪みとして目視できる衝撃波は、ナイフによるガードの下をくぐり抜け、命中。 腹部中央を叩かれ、ラスヴェルの身体が後ろに転がった。もんどり打って三メートルは滑るが、苦悶の声一つ、上がらない。 セーブルは飛ぶように駆け寄り、襟首を掴んで引き起こしながら、ラスヴェルの身体を壁に押し付けた。巨体の装甲サイボーグに持ち上げられ、半ば足が浮いている。 「ゲオルク?ラスヴェルだな?」 眼が合う。動揺一つない、生体と硝子、左右の眼球が、セーブルを認めた。排除すべき、障害と。 表情や何かが変わって見えた訳でもないのに、セーブルはそれを理解した。柄にもなく、背筋が凍る感触がした。ラスヴェルを『見れば分かる』と表したウィドの言葉を、思い起こす。 「ぉ、お……!」 自分が今、動けなくなっていたことを知る。『恐ろしい男』だと、動かさせてはいけないと、本能が騒ぐ。 第一に、非殺傷とはいえ、ライアットガンの直撃で意識を全く刈られない男だ。対衝撃の装備を着込んだ様子もない。 「ッ……!」 セーブルは左腕のクロスボウを、ラスヴェルの肩に向けようとした。 目の前にはレーザーガンがあった。 見たことのある、銃だった。 先ほどまでは、雪の上に転がっていた。 今は手配犯の手の中にあり、引き金には指が掛かっている。 レンズが、こちらを向いている。 カメラに射す膨大な光量を認識する前に、感覚は途切れた。
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「早く帰るつもりなんじゃあなかったのか? 今日は」 同僚で先輩で装甲サイボーグのセーブルが突然そう切り出して、黙々とキーボードを叩いていたウィド・アーネクトは顔を上げた。 「キリのいい所まで終わったら……。なんだよ、珍しいじゃないか、お前こそ」 セーブルの方はと言えば、グリップテープを巻いたボールペンを握って、始末書をこなしていた。この男が残業をしてまで隊の書類を消化するなど、ごく稀である。 「まあ、たまにはな」 はぐらかすセーブルに、ウィドはふぅんと相槌を打った。互いに同じ事柄が気になっているのは、どうやら確かなようだ。 かの、アルカディアの都心部に悠然とたたずむミュージアム。その館長へ宛てた犯行声明が『素敵な不審者』を名乗る賊から届いたのは、一昨日のことだった。 同ミュージアムは以前にもその“怪盗”による被害――展示場が、あるいくつかの絵画と彫刻を模した無数の贋作によって溢れかえっていた――を受けており、秘密裏の通報を受けた警察機構当局の対応は、迅速であった。 まず第一に、予告当日の警備の手配と、防犯の強化。これは少数精鋭の人員を本来の警備員に換えて宿直に潜り込ませるという方向で行われた。 第二に、万が一賊の標的である宝石“サクノツキ”が強奪された状況での対処。つまりは賊の逮捕と、宝石の奪還のための備えである。 まず通例通り、数十名の私服警官に加え、対凶悪犯罪専門の訓練を受けた狙撃班までもが配置されていた。ミュージアムを中心とした周囲数キロに渡って包囲網が仕掛けられていることは、想像に難くない。 そして第三に、宝石のダミーの用意。標的となった“サクノツキ”と寸分違わぬ模造品が製作され、十八時間前から展示場に配置されていた。現在は保管庫に移されている筈である。 先の二つの対策はこの保険を前提として練られており、未然の抑止よりも『現行犯を押さえる』ことを優先したやり方となっている。 たび重なる“素敵な不審者”事件の被害に業を煮やした警察上層部は、かなり強引な手を打つのもやむなし、と考えているようだった。 しかしそれも『あくまでも市民の目からは離れた所で』という但し書きが必要になるのが、“治安的無菌状態”を目指したアルカディア警察の抱えているジレンマではあったのだが。 「さて、普警の連中はうまくやれるのかね」 他人事のように呟きながら、ペンを置いてセーブルは立ち上がった。『普警』とは、警察組織内における一般的に公表されている部署――つまりはハンターや特警係といった特殊な部署以外の、大部分――を指した俗称である。 「おい、帰るのか? 一昨日の分の書類、まだ終わってないだろ」 咎める口調でウィドが言った。大きな問題児は、似合わない伸びをしながら返す。 「別に、デスクワークの為に警官やってる訳でもなし……。そろそろあちらの方の仕事に行くとする」 「?」 セーブルの言動に、少年は怪訝そうな顔で応じる。不穏な雰囲気を感じた。 「したくないのか? 意趣返し」 にやりとする、気配があった。 「朔之月、サクノツキ。この街では数少ない天然物の宝石で、カットの技術も現代と遜色ないと言われている……黒ダイヤか。はー、あんまり大きい訳でもないんだ」 ミュージアムのパンフレットに目を通しながら、机の向こう側で上司のハリエットが呟いていた。独り言だと思っていたら突然「欲しいと思う? あなた」と振られたので、スティーマは携帯用端末のキーボードを叩く手を休めた。 そして、正直に首をかしげた。分かりかねる。 「チーフ、欲しい?」 訊きかえすと、 「綺麗なのは良いなぁ、とは思うんだけど。持ってても仕方ないかも」 椅子の背もたれに身を預けながら、ハリエットは目をつむった。 「目の保養とか……。あ、心が豊かになったら儲け物よね」 『心の豊かさ』と『儲け物』を結びつけるのはやや矛盾してはいないだろうか。なんとなしにそんなことも考えながら、スティーマは肩越しの窓を見上げた。ブラインドの向こう側、空が藍色に染まり始めていた。 ここは、今回の事件における警察の即席対策本部である。政府が常時より秘密裏に確保している幾つかの空きビル、その内の一フロアに設置された。 室内には指揮に就く高官やその部下、現場との通信を行なうオペレーター、予備人員の私服警官などが待機、もしくは打ち合わせを行なっている。その一角には屈強な警備官が四人固まっており、ミュージアムから避難された本物のサクノツキが保管された金庫を警護していた。 そしてスティーマとハリエットが窓際にいて、事務机一つにパイプ椅子二つ、それとコンセント一つが割り当てられていた。 この警備任務において彼ら特殊警戒活動係――通称“特警係”は、ミュージアムを中心とした包囲網の最外環に配置される。ダミーのサクノツキを強奪された場合の最終的な守り、と呼べば聞こえは悪くないが、実際問題、そこまで網を突破された場合はもはや既に『作戦失敗』の状態である。 要するに、あまり期待されていないポジションなのだ。万が一の場合に保険として機能すれば運が良い、とでも思われているのだろう。 ちなみに、“素敵な不審者”との接触が幾度かあるウィドら第四隊は、警察の対応を気取られる危険性があるため今夜の出動からは外されていたが、情報処理に長けたスティーマは例外で、オペレーターとして本部に配置されている。 端末の画面に、ミュージアム周辺地区の立体地図がワイヤーフレームで描かれた。今いるビルも端の方に見てとれる。更にキーボードを操作すると地図上に、特警係の各隊員の位置を表す、幾つかの光点が現れた。 ビル街の随所に設置されたソナー、レーダーより送られる情報を総合した、三次元測位システムである。 「測位システム、接続、完了」 伝えると、ハリエットはスティーマの後ろに立って、ヘッドセットに語りかけた。 「こちら本部。各隊長、どうぞ。……夜食は各自仕込んだかしら。今夜は長いよ?」 そこまで言うと彼女はマイクを手で覆い、見下ろしながらスティーマに呟く。 「さて、今夜のは本物が出てくるかなぁ」 判断材料が不足している。スティーマは再度、首を横に傾けた。 「失礼します」 ノックの後に扉を開け、一礼をして社長室に入ってきた女性に、代わり映えのしない街を眺めていた彼は、微笑みながら手招きをした。 「ここからもかろうじて見える。……ほら、例の博物館だ」 「社長?」 楽しげに視線を遠くまで投げなげかけている彼の背中に、女性が歩み寄った。社長と呼ばれた青年は肩書き通りに、この会社――複合企業ゴロワーズの最高責任者であり、彼女はその秘書だ。 「今宵はあそこへ、怪盗が押し入るらしいね。目的は宝石だという話さ……文化財的な」 振り返り、壁全面にはめられた窓ガラスに寄りかかって、ギィ・ノワールは呟く。 「またイミテーションだよ。俺たちの名前をかたっている」 イミテーションとは、宝石に掛けてあるのだろうか。ギィ自身が正真正銘の“素敵な不審者”であり、ミュージアムへ予告状を送りつけた賊は偽者だという話である。 ここ数週間、そのような事件が多発していた。最初にこの手の企みを掴んだ時には、彼も警察への垂れ込みを行ったものだが、もはやそれも面倒なことになってしまった。 大抵は犯行直後に捕らえられる程度の連中であり、別に迷惑を被った訳でもないが、本家“素敵な不審者”としては、いい気分はしない筈だった。 それでも青年の表情に苦々しげな影は見えず、むしろ愉快でたまらないとでも言いたそうな風であった。 「それで」 秘書が、静かに笑みを浮かべた口元で言った。 「それで、本物の社長は今どこまで遊びに行っているのかしら」 口調は上司へ向ける丁寧なそれではなくて、応じる青年は意外そうに頭をかいた。 「あれ。分かりますか、やはり」 「分かるわよ。社長代理」 青年は、ギィニ(ギィ・ノワールの愛称)の影武者である。変装術及び声帯模写をたしなみ、社長が怪盗稼業に出向いている間の代役とアリバイ捏造が、この会社における彼の業務内容なのだ。 「まったく、社長の偽者は私の専売特許かと思っていたのですけど。最近の風潮はどうかしてますね」 ギィニと同じ、長身の影武者氏の目を見上げ、まるで叱るように秘書は言い放つ。 「質問に答えなさい」 「それなのですが……」 言いよどむ代理に、彼女は一瞬で事情を察した。そこへ、社長の声を正確に模した伝言が降る。 「『かの名高い黒ダイヤ“サクノツキ”はきっと手土産にするから、どうか俺なんかのために胸を痛めないでおくれ』……だそうです。あ、バックアップ・スタッフの手配は既に」 「そういう問題? 違うでしょう!」 怒鳴りつけられ、影武者は困り顔で肩をすくめた。そっくりである。 (模倣犯なんかに対抗意識燃やして、挙げ句に何も言わないで出ていって……!) 頭が痛くなりそうな気分になりつつ、秘書はギィニのプレジデントチェアに身を沈めた。 高い所に浮かんでいる月は、白くて丸い。 ウィドはそれを、広場の端に点々とあるベンチの一つに腰を下ろして、見上げていた。足元には黒いボストンバッグが置かれている。 『そもそも今夜の“素敵な不審者”が馬鹿正直に普警の愚策に引っ掛かってミュージアムの方に現れるというような奴なら、そりゃあ偽物。わざわざ俺らが出張る幕なんかじゃあねえよ』 セーブルの言葉を思い出す。この場合の自分達とは、特警係全体の事を指しているらしい。 『だからして俺は、網の外側、警察の対策本部を張る。怪盗の標的はあっちにあるからな。無駄足の可能性は高いが……来たいならお前も来るか?』 彼は意地悪く笑っていたと思う。正直癇に障ったが、結局ウィドはここにいた。月の下には、即席本部の置かれているビルが建っている。 (帰った方が良かったかも……) 冗談混じりに後悔して、少し弱気になった。何時間もずっと、この辺り――本部の階が確認できるポイントをうろついているのだ。装備を入れたバッグも結構な重さがあるし、歩き疲れた。この上補導でもされかけたら、情けなさに押しつぶされてしまいそうだ。どうしよう。 ふと、セーブルはどこにいるのか、気になった。ビルの上にでも、潜んでいるのかもしれない。 広場の反対側にある正面のベンチにも、誰かが座っていた。遠目に顔がわかる距離である。 その誰かは腿に肘を乗せてうつむき加減になり、石畳を眺めていた。いや、別に何を見ているつもりでもなかったのかも知れないし、寝ている様にも見えた。 妙に気になる男だった。 五十がらみだろうか。雑に撫で上げた髪には白髪が混じる。こんな時間だというのに、四角レンズの黒眼鏡を掛けていた。 帰宅途中の会社員、という風貌とも違った。背広ではなく、黒褐色のジャケットを羽織っていた。 気がつくと、男が小さく顔を上げていた。黒眼鏡の上を通した視線が、ウィドのそれと確かに交差する。 心臓の音が、やけに大きく聞こえた。 目を逸らすことができない。 男も動く様子はない。無機質な人相は崩れない。 ウィドには彼が、このアルカディアという背景に対して、異様なまでの違和感を持っているように感じられた。 理屈ではないが、確信できる感覚だった。自分の中の『訳あり』な部分が囁いている。 挙動不審という風ではなく、あからさまな怪しさが滲んでいる訳でもないのに、まるで場違いとしか考えられない雰囲気があった。 それが何なのか。ウィドの頭の中で言葉になりかけた時、懐でチチチチチ、と通信機が高い呼び出し音を鳴らした。 慌てて耳に当てると、嬉しそうなセーブルの声が聞こえた。 『おい、動いたぞ。あいつは多分本物だ』 なるほど、ミュージアムの方が、やけに騒がしい気がする。ウィドは立ち上がった。 強く握った覚えもない手が、汗で湿っていた。向こう側の男の姿は、何処かへ消えていた。 気を取りなおすように、頭を強く左右に振る。 「……よし」 装備が入ったボストンバッグを持ち上げ、肩に掛けた。 犯行予告時間の三分前、日付が変わる直前に“素敵な不審者”は姿を現した。 『やあ、諸君!』 ミュージアム上空に。 全高約180メーターで。 「立体映像だと!?」 対策本部の中を、混乱と焦燥が満たした。 純白のタキシードに同色のシルクハット、紅の仮面まで着けた超高層級の怪人物が、突如街の夜空に出現したとあっては当然である。あんな物を、市民の目に触れさせる訳にはいかない。 『時間が時間だけにギャラリーが少ないのは、まあ残念だね。警察の皆さんも、隠れずに出てくるといい』 晴れやかな声で、“いかにも”な怪盗は続けた。懐中時計を確かめるそぶりを見せる。 『……とは言っても、あまり時間はないんだけどな。これは余興だから』 「周囲の建造物に、映写機が設置されている模様です!」 「いつの間に仕掛けたんだ……?」 ゴロワーズの社長秘書はその様子を、社長代理と共に本社ビルから見守っていた。 「ああ、あれは凄いですね! ……大丈夫ですか?」 「…………」 頭痛どころか、眩暈までしてきた。 『俺が今宵こうして皆に会いにきた理由、わかってるよな?』 「狙撃班、何をしている!! 映写機を早急に発見、ただちに破壊しろ!」 深夜とはいえ、周辺地区に一般市民が全くいないことはない。第一、巨大な映像にこの大音量、完全な隠蔽は不可能である。 『そう、この博物館からあの美しく気品に溢れたブラックダイヤ、“サクノツキ”を頂きに参ったのさ』 新月をさらう箒星、なかなか詩的じゃないか? 彼はそう付け足した。 そして次の瞬間、怪盗の体に大きな揺れが起きて、立体映像は立ち消えた。 「狙撃班より報告、三基の映写機の破壊を確認」 コンピュータの前に座ったオペレーターが伝えて、陣頭指揮である高官はひとまず額の汗を拭った。ダミーの宝石の警戒強化を、と言い終わる前に、“素敵な不審者”の声が再び、今度はやや低いトーンで響く。 『俺はイミテーションには興味ない』 再び本部内がざわついた。スピーカーを早く潰せと、誰かが叫んでいる。 『だから、そうだ。博物館に今あるダイヤは、誰に頼まれたか知らないが俺の名を騙っている諸賢、君達に譲ろう』 『でも本物のサクノツキは、そうはいかない。俺が、今、盗る』 『さあ、もう時間だ。メインイベントに移ろう』 「つまり今夜のこれは、こういう事件なんだ」 警備官の一人が他の三人を一挙動でのしたのは唐突過ぎて、その場にいた全員は一瞬の判断ができなかった。 「お楽しみはこれからだ、ってね」 立っている一人が金庫ごとを手早く圧縮カプセルに収めた段、スティーマは銃を向けようとした。しかしハリエットがそれを制して机上の端末に目をやると、その意を察してキーボードの操作を始めた。 ハリエットはさり気なく“素敵な不審者”とスティーマの間に立ちながら部屋を見回したが、たっぷり三秒待っても他の誰かが銃を抜く気配がなく、仕方もないので、ショルダーホルスターから抜いたレーザーガンを怪盗に突きつけた。 「手を挙げるか、壁に手をつくか、手は後ろに回して床に伏せて欲しいんだけど」 警告をするのだが、怪盗は一瞬目を丸くしてから、こちらを向いて微笑を浮かべているだけだった。逃げる気なのはどうやら確かなようだが、どうにも撃ち難い。あくまでも拳銃は最後の武器である。 「……一つ訊いてもいいかしらね」 「何なりと。気丈なお姉さん」 あ、誉められた。などと余計なことは考えずに、銃は両手で構えたままにする。 「それ、どうするの? 質にも入れられないでしょうに」 「周りに、欲しいって女性が誰もいなかったら……海に沈めるよ」 「勿体ない」 ハリエットが言うと、彼は余裕のある微笑みで応じる。 「それが気に入らなかったら、あなたに贈ってもいい。それで貴女が笑うのだったらね」 やたらうさんくさい奴、という感想を、ハリエットは眉をしかめて返した。すると、 「……目的や実益なんか、余計なんだ」 物思いにでもふけるように怪盗が天井を見上げるので、更にやりにくくなる。 「もう一つ質問、いい?」 怪盗は、すまし顔になって促した。 「どうぞ」 「あなたが変装している警官は……」 見知った警備官だった。二三、言葉を交わした覚えもある。少々気になったので、引き延ばす為に訊いてみた。 ああ、と頷いて、怪盗が動いた。次の瞬間にはハリエットの目前で片膝を立て、見上げていた。驚きで彼女は上体を反らす。 「どうか怯えないでくれると嬉しい。彼には少し窮屈かもしれないが、別な場所で心地よく眠っているから」 怪盗が手を添えているハリエットの両手には既に銃は握られておらず、ただ一輪の紅い花が持たされていた。レーザーガンは怪盗の、もう片方の手の中にあった。 今日一番の早技だった。 「チャオ♪」と“素敵な不審者”が呟いたのは、増援の警官隊が本部へ突入してくるのと同時だった。 途端に彼はハリエットの手を放して駆け出し、彼女の銃を窓に投げつけた。ガラス全体にひびが走る。次に怪盗は、ブラインドごとガラスを突き破る。地上数十階。誰も制止をかけられない。 宙へ飛び出しながら、彼の手中にはワイヤーガンがあった。まるで魔法のように。結構な大きさの特殊拳銃である。 銃から、ワイヤーで繋がれた鉤が射出される。細いが強いワイヤーが、怪盗と、通りを挟んだ反対側のビルの屋上にある手すりとの間に架かった。 警官隊の内、動きの早い幾人かが窓際まで駆け寄り、向かいのビルの壁面に取り付いた怪盗に銃を向ける。 だが、そこまでだった。 ワイヤーガンに装着されたリールが高速でワイヤーを巻き取り、怪盗の姿は壁を滑ってビルの上へと去っていく。 「スティーマ!」 呆気に取られている様子の警官隊の横で、振り向きざまにハリエットは声を張り上げた。それに応えて、ディスプレイを確認しながらこくりと頷くスティーマ。 「“素敵な不審者”、マーク、確認。現在、移動中。トレース、続行。“サクノツキ”、状態、確認、不可」 測位システムに組み込まれた、追跡機能である。本来は専用の発信機をもって目標を特定するが、座標の指定からでも反応を追跡することが可能となっている。 先ほどからスティーマが進めていた作業は、このためのものである。 「カプセルに圧縮された状態じゃ、宝石箱からの信号は受け取れないか……OK、いい仕事」 続けてハリエットはヘッドセットのマイクに、よく通る声で呼び掛ける。 「あなた達、聞いたね? 各自の携帯端末に位置データは随時送る。最短ルートでこれを追うこと!」 目標がビル街を抜けたら追跡が切れるから、追いつけるつもりだったらなるべく急ぐように、とも付け足した。三次元測位システムはまだ試験的な設置であり、サポート範囲が狭いのである。 「ラジャッ」「もがー!」「了解しました」「え……走るの?」 それぞれから返事が返ってくる。たまに、警察組織の規範から外れていたりもする。 彼女に向かって現場指揮官が何か言おうとした時、回線に割り込みが入った。 『オーライ、オーライ。目標視認。指示を乞う』 ふざけた調子の、落ち着いた声。 「ああ、セーブル。あんた来てたの」 『おう。で、どうする?』 「気付かれてないようだったら、拠点まで張り付けるといいんだけど」 セーブルは一瞬考えた様子で、 『ホネだな。あれを泳がせても、独力じゃあ到底追い切れねえよ』 だったら、はじめから判断なんか仰がなくてもいいのに。 「接触を許可する。警視、サポートに狙撃班を回して頂けますか?」 言いたいことが積もって苛ついていた指揮官は、いきなり話を振られて言葉に詰まった。 『無理だな。連中の銃は重いし、何より鈍足だ。ウィドに俺の銃を貸したから、誘導してやってくれ。ステイマ! いるな?』 「何、あの子もいるんだ。まぁた口車に乗っけて」 『自分の判断で来ました!』 もう一人、割り込みが入った。当然ウィドである。 (そう言わせるための口車なんだよねぇ) 内心思いつつも、わざわざ口に出して若い者のやる気を削ぐ手はない。 「ウィド。するなよぉ? 後悔」 『別に……! ……わかってます、それくらい』 ハリエットが満足げに顎を引く。よろしい。いい覚悟だ。 『アドレス、Dのマルフタゴ辺りの屋上で目標にアプローチをかける。しばらく黙るぞ』 「了解。セーブル、落下、注意」 落ちねえよ、という声を残して、セーブルからの交信は途切れた。 『第二隊、阿呆のセーブルと新米のウィドのフォローに回ります』 「うん、頼むわよリューゲル? 急げば多分……」 「ヒース君!」 何か言いかけては間が取れなくて引っ込む、を繰り返していた指揮官が、控え目な悲鳴をあげた。 「はい何でしょうか、警視?」 「追跡……ましてや追撃命令など、出していない!」 何が楽しいのかハリエットは、口元を歪めた。 「そうでしょうが、誰も追わない。という訳には行きませんので」 「だが」 なんのためらいもなく、この場の最上官は二の句を次いだ。 「だからって、何も君の部下でなくともいいじゃないか!」 ちなみに、『人騒がせな』『喧嘩早い』といった形容詞は省略されている。 「まあ、いざとなったら皆で責任取りましょう」 苦笑いしながらなだめると、彼は諦めに似た溜め息と心底恨めしそうな目で応えた。そして、手近な部下に指示を下す。 「……検問を手配しろ」 同情されるべき若い官僚である。彼が背中を丸めながら向こうへ行くと、ハリエットは自分の頭をがしがしとやりながら、スティーマに笑いかけた。 「やあ、思ってたよりも格好よかったなぁ。怪盗」 「チーフ」 物凄い勢いでキーを叩いている。係の各員のルート計算を、並行して行なっているようだった。 「…………」 あんまり無表情に見返されているものだから、ハリエットはスティーマの赤茶色の髪に、先ほど貰った花を挿しておいた。 素敵な不審者――ギィニは、良い気分で街を散歩していた。月の照らす下、時には道具を利用して高層ビル間を跳びまわり、現場からの逃亡を果たす。それは勿論一般的な意味での『散歩』とはかけ離れてはいたが、彼という怪盗にとっては、これこそが自然な『散歩』の在り方とさえ思えた。 冷たく乾いた空気を全身に受けながらギィニは、眼下のホテルへと片膝ついて降り立った。 『こちらステージハンド。アクター、聞こえますか?』 舞台裏方より、通信が入った。彼は足を止める。通信機器は、微小な物が体内に収まっている。 「こちらアクター。目標の奪取に成功、帰還する」 『警察に捕捉されています。合流地点を変更しなければなりません』 サポート役と合流する予定の地点は、ビル街の端辺りであり、測位システムの有効範囲内に入っている。 なんの処置もなく合流する訳にはいかなくなってしまった。 「システムに介入して改竄(かいざん)を加えられないか?」 通信の相手は、あくまでも淡々と状況を述べる。 『難しいですね。無理ではありませんが、足のつくリスクが大きいです』 ギィニは、いくつかの選択肢を頭に浮かべ、その中の一つを実行してみようと思った。 「……こっちでなんとかしよう。動かなくてもいい。手はある」 『了解しました。ご無事で』 通信切断。 「はは、出し抜かれかけたな……」 前触れなしに、風切りの音が聞こえ、反射的にギィニはホテルの屋上を横に転がった。コンクリートを欠く気配を背中に感じて、勢いを殺さないまま続けて低く跳ねる。 貯水タンクの陰まで辿り着く。気配はタイプライターのようなリズムで追ってきたが、ギィニが身を隠すと、止んだ。振り返る。 先の着地地点からこちらへ、コンクリートの破片と共に点々と、黒い塗装の矢が散らばっていた。 (あぁ、見覚えがある。確かボウガンの) そのような圧倒的少数派の得物を持っていて更に恐らく警察関係者となると、かなり絞り込めるはずだった。くすんだ水色の装甲をした、あの大男。 「達者そうで何よりだ、サイボーグの旦那!!」 タンクの向こう側へ向けて大声で呼びかけたが、返事はない。残念だと思う反面、わくわくしてきている自分もいた。 「話をしよう! こんな良い夜にこんな所で会うのも、何かの縁だろ!?」 あの『楽しいこと好き』そうな機械化人がお喋りもしないというのは、策があるからなのだろう。恐らくは時間稼ぎの役者だ。 早い時点でこちらから打って出ないと、ニッチもサッチも行かなくなる。ギィニはタンクに寄りかかって作業を始めた。 (今背中から狙い撃ちにされないってことは、前か左右のビルにいると考えて……) 先程のワイヤーガンから鉤爪を抜いてリールを外すと、本来のシンプルな形――単発の信号拳銃に戻った。専用の大きな弾薬をこめる。 「例の若い奴は元気かい!? 風邪なんかこじらしてなきゃ、いいんだけど!」 リールを真上に高く投げた。途端に射抜かれたそれが、二、三本の矢が刺さったままギィニの目の前に落下した。牽制(けんせい)だと思われる。 (よし、しっかり見ているな?) 確認して彼は、懐から取り出したサングラスをかける。線も崩れていないスーツの中には、まるで何でも収まっているかのようだった。 ギィニは俊敏な動きで身を反転させタンクの横から片腕だけ出して、斜め上方に照明弾を発射した。信号拳銃がクロスボウに貫かれて、銃身をタンクに縫いつけた。 向かって右側から飛来した照明弾は、セーブルが見上げる正面で炸裂し、辺りを真昼にした。暗視モードにあった視覚センサーに焼き付きが出たため、熱感知に切り替える。 (埠頭の時と同じ手食うかよ) 怪盗の方を見ると、タンクの後ろから走り出た所だった。セーブルの前を横切るつもりらしい。隣のビル上にあるエレベーターハウスの陰に立つこちらを見つけて、レーザーガンを連射してくる。半身に構えて、左腕内蔵のクロスボウで応戦した。 相手は人並み外れて足が速い。瞬く間にホテルの屋上を半分程度走り抜けていた。矢も、見切られているように当たらない。レーザーの一発がセーブルの頬をかすめ、面鎧の表面を焼いた。 「こいつは、なかなか……!」 照明弾の発光が止み、“素敵な不審者”がサングラスをかなぐり捨てる動作に合わせて、彼は短い助走を始めた。暴力的な力で踏み切ると同時に、足首に装着されたリープ・アシスタンス(跳躍補助装置)が圧搾空気をコンクリートに叩きつけ、セーブルの体躯が宙に躍った。 夜間都市迷彩――黒と鈍色の斑に染められたポンチョに身を包んだサイボーグが、周囲の静けさを意外な程保ったまま、鼻先に着地した。その脇を抜けるにも跳び越えるにも、近すぎる。ギィニは急ブレーキをかけ、バックステップを踏んだ。 はためくポンチョの隙間から伸びた腕と矢先が自分に向けられており、彼の目は厳しく細められた。 セーブルがクロスボウを八射すると、同じ数だけ鋭い金属音が響き、やはり同じ数だけ白い火花が咲いた。 知らずに止めていた息を吐き出すギィニ。その手にはいつの間にか、細身の短剣が握られている。刃の腹で無理やり軌道を逸らして防いだ八本の矢の、始めの一つが背後に落ちる音が聞こえた。 まだ火花の舞っている内に、敵の右拳が突き出された。反射的に、体が加速する。 確実にみぞおちを捕らえた筈のブロウが空を切る。怪盗の体は、セーブルの懐と左腕の下を滑る様に駆けて、後ろへと抜けていった。 二人が、背中を向け合い立っている。セーブルの腕のクロスボウにつがえてあった矢が、コンクリートの上に落下した。弓に張った弦が切られている。 警備官の姿を借りているギィニが得意げに口の端を上げ、セーブルは舌打ちをした。 (ウィドのナイフか……。あいつも良い物使っているな) しくじったという悔しさはあったが、差しで負けた気分は、そう悪くはなかった。 「なかなか楽しかったぜ?」 「そうかよ。さっさと逃げ仰せやがれ」 もう少し公務員らしいことでも言えばいいじゃないか。そうギィニは苦笑する。 言われる通り即座に逃げるべきなのかもしれないが、風も気持ち良いことだし、少しくらい話をしてみるのも悪くはない。そう思った。 息を切らせながらウィドは、スティーマに指示されたビルの非常階段を駆けあがった。 途中でボストンバッグは捨て、中身だけを抱えて走る。突撃銃級のレーザーガン。セーブルの銃だった。全長はさほどなく、やや寸胴気味である。 『セーブル、“素敵な不審者”、接触中。狙撃位置、二十階、適正』 スティーマの指示が、インカムから飛ぶ。銃の右側面についているレバースイッチを操作した。これで、バッテリー・カートリッジからレーザーガン本体へとエネルギーが供給される。 (まだあと六階分……) 重くなる脚に鞭打って、彼は速度を増した。 「そういえばいつもの少年はどうしたんだ? 相棒だろ」 「留守番だ。本当なら俺もその筈なんだが……。趣味で遊びに来ちまった」 「坑命か。どうしてまた。英雄的行為は厳禁だって聞くぜ?」 「あんたのファンなもんでね」 「そうか。それは光栄だよ」 ゴール地点の踊り場に辿り着くと、ウィドは息を整えながらレーザーガンの収納式ストックを引き出す。なるべく平静に。 「ポイントに、到着」 トリガーセーフティを解除する。 『ウィド。撃ち方、用意。方位、西北西。距離、240。仰角、5』 おおよその位置関係をスティーマが伝える。勿論、ウィドから見たセーブル達とのである。 (了解……!) 言われた方向、建造物の隙間に、それらしき影を見つけた。遠い上に暗く、ビル上の細い出っ張りだとしか分からない。 銃の上面に、薄い方形のモニタを起こした。ここには、銃口の斜め上にあるサイティングカメラからの映像が入る。 モニタ中心の赤い点を人影に合わせて、倍率変化のダイアルを回した。 「お前の相棒を見つけた」 「そうかよ。そっくりさんていうのは、意外といるんだな」 自分の不意の一言、セーブルの呼吸が微かに乱れたのを、ギィニは察知し、確信した。 一歩だけ、前に踏み出す。 「冗談さ」 「…………」 「だが、どこかから狙っているのは確かだと、俺は踏む」 ギィニの手に、今まではなかった何かが握られていた。スプレーにも似た、円筒形の缶。 「悪く思うな? 上手いことやってのけるのも、こう見えてなかなか大変なんだ」 彼は缶の頭に刺さっているピンを抜いた。聞き覚えのある軽い音が、セーブルの耳に届く。 「グレネードか!?」 手榴弾を持った腕を前へ真っ直ぐに伸ばし、ギィニは宣言する。 「三つ数えて、俺はこれから手を離そう」 ギィニの前髪を、ビルの谷間から吹き上げる風が揺らした。 「一つ」 足下のホテルには、明かりの漏れる窓がいくつもあった。 「二つ」 「畜生」 三つ、と言い終わる前にセーブルは身を翻し、ギィニを押し退けるようにして中空の手榴弾へと跳びついた。 「あ……セーブル!?」 脚に狙いを定めて息を止め、今まさに引き金を絞ろうとした瞬間に、セーブルが“素敵な不審者”の前に割り込んできた。 (何やってるんだ!) セーブルは上体をひねって、ダイビングキャッチしたグレネードを真上に高く投げた。 視界の端で、怪盗が薄く笑っている。 (何が悲しくてこんな危ない橋を……) 少々虚しくなりながら、予め目測を付けておいた向かいのビルの窓に突っ込んだ。 ウィドの照準の外で、小さな爆発が起きた。それについて考える間もなく銃の動力が絶え、義足の感覚も消えて、ウィドは立っていられなくなった。柵に掴まって、転倒は免れる。 周囲が急に暗くなって、気がつくと、月と、沢山の星だけが光っていた。一定距離以上の遠方にならば、明かりがあるようだった。 インカムに呼びかけようとするが、何の反応もなく、ノイズさえ入らない。電源が切れている。 (この間みたいに、電力が絶えてるだけじゃない……。“素敵な不審者”の仕業か?) ふと、セーブルのことが思い浮かんだ。落ちてはいなかったようだが、大丈夫なのだろうか。 彼のほぼ全身が機械であることを考えて、血の気が引いた。 アルカディアを上空から見ている者があったならば、光が溢れている街に、丸い穴が開く瞬間を見ることが出来ただろう。 この瞬間、文明の利器に頼る警察機構の、この夜の敗北は決定付けられた。 男は、ゲオルク・ラスヴェルといった。彼は今、とても高い建物の中にいた。そこから、街を見下ろしていた。暗い街。月に照らされている。 一つの小さな影が、目に入った。街の上を走りながら、跳ねながら、少しずつ遠ざかっている。 見つけた。標的だ。怪盗といったか。 ラスヴェルは黒眼鏡を取り、上着とシャツの右袖を捲くり上げた。 彼の右目はガラス玉で、とても精巧ではあるが、何の光学的機能も果たしてはいなかった。 彼の右腕は金属製で、簡単な動きをするだけの、ほとんど張りぼてだった。 彼が左手で右手首を掴んで引くと、肘から先が外れた。中には緩衝材を内張りしてあり、二本の鉄筒が納まっていた。連結式の銃身。 胴体に繋がったままの二の腕からは、銃の本体とグリップが引き出された。 隻腕とは思えない速さで、ラスヴェルはそれらを組み上げた。トリガーガードの前方から銃身が伸びる、一本の棒のような、長い拳銃の形になった。 上着の内ポケットから取り出した弾を込める。窓の外へ向け、標的へ向け、左腕を一直線に伸ばして、構えた。 空間把握、弾道計算、変動予測、肉体制御、異常集中、経験則。 彼の射撃は、精密機器による作業に近かった。 コープス・メイカー。屍体作りの工業機械。 ラスヴェルの指が引き金を絞り、弾が撃ち出される。反動に対して、全く体が揺らがない。 ヒット。標的の体が、屋上から跳び移り損ねて、ビルの谷間に落ちていった。 ラスヴェルに関して、それはまるで必然だった。
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霧雨の降る深夜、漁港にて。 この地帯でも大きい部類に入る廃倉庫の前で、その少年は憂鬱そうに暗く凪いだ海を眺めていた。 動きやすいようにと後ろでまとめたチャコールグレーの長髪が、それでも湿って重さを増してしまっている。その上真夜中に一仕事とあっては、帰って寝たいと思ってしまうのも無理はない。 少年の名前は、ウィド・アーネクト。歳は十七と、見かけ通りに若い。 足元には男が二人転がっていた。どちらも夜陰に乗じた一撃によって気持ち良く眠らされている。上着のポケットからは、大振りのナイフがのぞいていた。 (どうやら通報は本物か……) 不快感を振り払うためにか大きくため息をついた後、耳にはめたクリップ型のインカムに呟く。 「見張りの二人を制圧。スティーマ、こっちへ」 了解の返事が聞こえて、倉庫の角からレインコートを着た一人の女性がひょいと顔を出した。フードから覗くショートカットの前髪は、赤煉瓦の色。 スティーマ・ケイオス。ウィドの優秀な同僚だ。実年齢は二十代も半ばなのだが、十歳ばかりサバを読み、更に性別まで偽っても通じそうな身長と顔立ちをしている。 こちらもやや中性的な顔立ちをしているウィドと並ばせると、どこか不思議な組み合わせとなる。 「裏口、板、打ってある」 頭一つ分は小柄な彼女から淡々とした口調で報告を受けて、ウィドはうなずく。その視線の先は、正面シャッターの壊された鍵。 (つまりは、連中に使われている出入り口はここだけなのか) 一考していると、通信が入った。訛りに近い独特の緩急が付いた、低い声。 「セーブルか、どこにいる?」 「連中の頭上だ。屋根の傾斜が低くて助かる」 倉庫裏に据え付けてある梯子から上ったらしい。セーブルと呼ばれた男の姿は言葉通り屋根の上にあり、明かり取りの天窓から中を覗いていた。 身長は二メートル弱。脳と臓器を除いたほぼ全身を機械化し、艶消しスモークブルーの装甲で鎧っている為、大抵の者からは始め“一体のロボット”という印象を抱かれる。 もっとも普通の衣類を身に付けているため、“武骨な趣味のフルヘル男”と紹介してもさして問題はない。ただ一つ、本人の不満を別にするならば。 「それにしてもこの夜間特別営業、どうにも面倒な話だ」 愚痴をこぼして、 「まさか、書類溜めて残業してた俺たちに非がないとは言わないよな?」 内蔵無線から、呆れた声のウィドにたしなめられた。皮肉そうに『俺たち』が強調されている。 築かれた未記入書類の山は、デスクワーク嫌いの全身サイボーグによる日頃の行いの成果なのである。 当局へ『今夜、宝石店襲撃を企んでいる集団がある』という内容で匿名の垂れ込みがあったのは、一刻ばかり前。その時勤務状態にあった唯一の実動隊職員が、彼らだった。 「それはそれ、これはこ「公務執行中、私語、良くない」 割り込んだ真面目なスティーマの言葉からわかるように彼らは公僕であり、それも警察機構の一員だ。 二人は決まり悪そうに言い合いを止めた。セーブルが天窓から覗いた状況を述べる。 「ここから見えるのは五人。会議中だな。武器その他は不明、だ」 彼の頭部には通常のカメラの他に、感熱や暗視といった機能を持つ複合光学センサーが搭載されている。 この装備の使用には上による許可と鍵の解除が必要なのだが、出動までに直属の上司と連絡が付けられなかった為、それらは得られなかったのだ。 似た理由で、ウィドの正式な得物であるレーザーガンは持ち出せなかった。ただし、スティーマが所持している単発型の二丁はあくまでも“私物”なので、その限りではない。 「仕方ないさ。侵入経路は?」 しばらく間があってから返事が来る。別の天窓近くへと移動した様子だ。 「正面から邪魔させてもらえば良い。コンテナで死角になっている」 ああ、とウィドは応じて、ペンライトのような形状をした作業用レーザーナイフを取り出した。軽合金製のシャッターは、人一人が楽に通れる大きさの長方形をたやすく切り抜かれた。 その後ろでスティーマは、肩掛けのホルダーからモバイル端末を取り出してキーボードを叩いている。セーブルから送られた襲撃団メンバーの画像を照会しているらしい。 三十秒と待たずに結果は出た。 「該当、一人。容疑、一件、ある。強盗未遂」 ディスプレイに、中年と思われる男の顔が現れた。頬がこけていて目付きは悪い。ジョージ・W・ホワイトフィールドと名前が振ってある。 「かーっ、ブラックリストかよ。御門違いじゃねえか」 本来彼らの仕事は、指名手配犯を追うような物ではない。 「なんにしたって、今から応援を呼んでられないからな」 恐らく、残り時間は少ない。ウィドはシャッターの穴をくぐり抜けて侵入した。 「ウィド。銃、貸そうか?」 心配そうにスティーマに問い掛けられたが丁重に断り、 「それじゃあ、行ってくるよ」 そう言って彼女に、見張りの二人の拘束と監視を任せた。倉庫の闇に消える間際つい、 「冷えるから、風邪を引かないように」と、ついまるで子供に注意を促すが如く付け足して、少しばかりのひんしゅくを買ってしまった。 暗闇を物伝いに進む。目が慣れてくると、倉庫の中には大量のコンテナや木箱が残されていて、行動範囲は細く入り組んでいるのだとわかる。 暗い所も狭い所も、どうしようもなく恐ろしく感じていた頃があったと思い出すが、足は止めない。もう大丈夫なのだからと、自分に言い聞かせて。 不意に、左手から洩れている光を見つけた。木箱の山の陰から様子をうかがう。 男が五人、長机代わりなのか二段に積んで並べた木箱を囲んでいた。木箱の上には書類とランプがいくつか。他に光源はない。 「……よし、見取り図は頭に叩き込んだな? 仕事は五分で済ませるぞ!」 唯一こちらに背を向けている、ダウンジャケットを着た男が、他の全員に怒鳴っていた。彼がこの襲撃団の首謀者──ジョージなのだろう。 「セーブル、急いでくれ。連中が動き出しそうだ」 レスポンスは早い。 「わかっている。俺が引き付けるから、挟撃の形で突っ込め」 三人のチームでは荒事の際、ウィドとセーブルがそれぞれ前衛後衛、そしてスティーマが各種支援を担当している。そして彼らは、任務をこなす歯車として、割合忠実に機能する。 「突入仕事は二回目だったな。あんまり怖い顔してるなよ?」 余計なお世話だ。ウィドは今一つ感覚がずれる先輩の言葉に、眉をしかめた。 「始める」 セーブルはコートの左袖を肘まで捲り上げ、下腕内側に内蔵されたオート式のクロスボウを展開させた。リリーサー(弦を引いた位置で固定する部品)が前後して、矢をつがえる。 「三、二、一、」 天窓に二本の矢を撃ち込んでから、 「行くぞ」 窓枠もろとも倉庫へ突入した。陽動は派手な方が良い。面白い。 「全員動くな!!」 一応警告はしたが、この人数差で相手が大人しくするとは、元より考えていない。 驚いた男たちが全員、闖入者の方に体を向ける。足元に見えるコンテナへの着地前にリーダーぐらい倒しておけるかと、セーブルが左腕をジョージへと向けた。直線距離十五メートル。位置的には余裕だ。 だが。 (少しばかり速過ぎだ!) 男の手には鋭角的なフォルムのレーザーガンが握られ、セーブルからは銃口部分、集束レンズの輝きが良く見えた。 セーブルが撃たれた。その模様をウィドは暗がりから目にした。 照射二発、命中一発。膝を貫かれたらしいセーブルはバランスを崩し、その巨体をコンテナの上へ落下させた。 倉庫内に反響する轟音の中、「政府のイヌか!?」と叫ぶ声が聞こえる。 (その通り……!) ウィドが駆け出す。判断は冷静に、行動は迅速かつ最善でなくてはならない。このチームの隊長として。 手始めに、自分の同僚への第三射を放とうとしている男の脇腹へと肝臓打ちを突き入れた。ジャケットの上からでも行動不能を奪えるだけの手ごたえ。ジョージの体は前のめりに崩れた。一人目。 まだ誰にも気付かれていない。残った四人を確認する。向かって木箱の左右に、二人ずつ。 再び音もなく動く。棒立ちになっている右側手前の男の延髄に、手刀が叩き込まれた。 「うっ」「?」 打撃自体は成功だったが、頭の後ろで呻かれたもう一人が振り返ろうとする。仕方がない。 気を失った二人目を突き飛ばし、相手が親切にそれを支えている内に回り込んで、先ほどの要領で手刀を入れた。三人目。 「てめえ!」 流石にもう気付かれる。木箱越しに、二人がレーザーガンを向けてきた。 引き金が絞り切られるよりも一瞬早く、ウィドの体が宙を跳んだ。二条の光線は素通りしていく。 助走もなしに自分の頭上を跳び越えて、背後へ着地する青年。それに素早く反応した方の男が、振り返りざまに銃を構えようとすると、 ――――ゴッ 回し蹴りによって、ひどく重い踵が彼のこめかみを直撃した。昏倒。四人目。 最後に一人残った男が、反射的にウィドに照準を合わせた。一瞬とも思える時間で自分を残した仲間がやられてしまったというパニックで、頭はもう回っていない。 「この……っ」 不意に甲高い音がして、グリップの感触と銃の重さが消えた。続いて、右二の腕に、左脛に、強い衝撃と鋭い痛みが訪れる。そして、三十センチメートル程のシンプルな矢。 軽くひしゃげたコンテナの上に伏せた体勢で、セーブルはクロスボウを構えていた。 矢の行方を確かめてから、笑えない冗談のような言葉を吐く。 「痛いのは我慢しろよ。大人だろ?」 ウィドが踏み込んで、男の鳩尾に拳を叩き込むのが見えた。五人目。制圧完了。 「……うん。見張りは俺が運びに行くから、もう少し待ってて」 ウィドがスティーマとの通信をしている間に、セーブルは負傷者に対する応急処置を済ませていた。襲撃団は皆気を失って、後ろ手に縛られている。首謀者も同様だった。 「全員一撃でノックアウト。学者崩れとは思えない腕じゃないか」 「辞めたつもりはない!」 茶化すセーブルに今にも咬み付きそうな勢いで言い返してから、ウィドは相手が脚を引きずっていることに気付いた。融解した装甲の隙間から、編まれたワイヤーが熔けているのが見える。 「脚、大丈夫か?」 「問題ねえよ、これと同じ消耗品だ」 襲撃団の仕事道具が詰まったトランクを漁りながら、セーブルは返す。 「高周波カッターに……指向性爆弾!? ったく、何に使うつもりなのかね」 せめて忍べ。とでも言いたいらしい。 「くすねるなよ」 ウィドが苦笑する。機械だからと体を粗末に扱うのを、彼はあまり好まない。彼自身、両脚は機械化されているということもある。 「こんな密造だか盗品だかわからん物、誰が」 そんなことよりも見張りの二人を、と言いかけたセーブルが何かを見て固まり、ウィドもその視線を追って振り向いた。警戒の目付きに戻る。 「久しいね。まさかお前さんたちに会えるとは思ってもみなかったよ」 不敵な笑みを浮かべたジョージが立っていた。手首の拘束は既に解かれている。 先程までとは別人のようだった。顔付きも背格好も服装も、何一つとして変わってはいないのに、まとっている空気が全く違う。口調も心なしか、若々しさが増している。 「今回の手際はなかなかだったな。そっちの機械仕掛けの旦那には気の毒だったけど……。スリルあったろ?」 いたずら小僧のような愛嬌を見せてニッと白い歯を光らせた男の前で、二人は混乱していた。 ジョージ・W・ホワイトフィールドなんて容疑者を扱った仕事はしたことがない。こいつは誰だ? 「あれ、覚えてないとか? 海の底以来の仲じゃないか」 大仰な身振りで『やれやれ』を表現するジョージ。くるくると表情を変えて、話は続く。 「そもそも、俺の名を騙る酔狂な連中がいるって知ったから混じってみたんだけどな。あんまり野暮過ぎる計画だった物で、密告させてもらったんだ」 (名を騙る……?) 木箱の上に散らかった書類の中、名刺サイズの紙片が一枚、ふとウィドの目に留まった。声明だろうか。白いそれに印刷された文字列の中から末尾の一文を選んで、彼は呟く。 「……素敵な、不審者」 「ご名答!」 飛びかかろうと、ウィドが低く身構えた。 「行けずだなぁ。せっかくだから、消える前に声かけてやったっていうのに」 おもむろにジョージが、片手を胸の前まで上げる。 再度展開したクロスボウに肩を狙われた瞬間。 「ごきげんよう」 親しみさえ込めて彼は言い、パチンッ、と小気味の良い音で指を鳴らした。 それを合図として机上のランプに仕掛けられたカラクリが作動し、限界出力をはるかに超えている筈の発光がウィドの眼を、セーブルのセンサーを刺した。 “素敵な不審者”の軽快な足音が、二人から遠ざかっていく。 通信機に酷いノイズが入った。スティーマはハッとしてシャッターを振り返る。 その穴から物凄い勢いで姿を現した人影が一つ。目が合った。 (そうか、この子もいたのか) (ホワイトフィールド……) 手配犯の顔を認めて臨戦体勢を取る。一歩跳び退き、懐からレーザーガンを抜いた。 「ぉおっと!」 手の平大の銃が自分に向けられる前に、ジョージは間合いを詰める。そしてスティーマの右手首と左肩を捕まえ、銃口を真上に逸らした。 「君とはいつもゆっくり向き合えないけれど、残念ながら今日もそうみたいだ」 失礼、と片目をつぶってみせる。 (…………?) 相手の言葉が理解できずとも、体は動く。スティーマが左手首をひねると、 ──シャコンッ── もう一丁の短銃が袖口から滑り出した。手元を見ずに、無警告でトリガーを引く。 「!!」 読まれていたのか、はたまた尋常ではない反射速度の賜物か、光条が脚を貫く前にジョージは駆けていた。海の方向へと。 まだ撃てる方の銃で狙おうとした時、彼の後ろ姿が消えた。 (海、飛び込んだ?) しかし水音はしなかった。代わりに、甲高いモーター音が辺りに響く。岸壁上と水面の間には二メートル程度の高低差があり、そこにエレキボートを隠していたのだろう。 追わなくてはと考えた瞬間、ウィドが倉庫から転がり出てきた。 「ウィド!」 スティーマは海を指差した。頷くウィド。 「やっぱり借りる!」 銃を受け取ると、彼は全力で走り出す。ボートはもう滑水を始めているようだった。 辺りは薄暗いが、電灯のおかげで足元ははっきりと見える。踏み切りは誤らないし、着地目標に至っては論外だ。 (曲がるなよっ?) 加速を続ける船までは七、八メートル。機械製の足が、岸壁の縁を強く、重く蹴った。 シャッターを全身で破って、セーブルが顔を出した。 「畜生、焼き付きが消えねえ。あ、無線も妨害されてるのか」 「……大丈夫?」 「半分な。ウイドは?」 またスティーマが海を指す。小さくなっていくボートが見えた。 セーブルが小さく舌打ちをした。“素敵な不審者”となると、こうだ。 「まあた深追いしやがる。……よしステイマ。この見張り共を中に入れて姐御に連絡、待機しておいてくれ」 そう指示して、どこかに歩き出す。 「セーブル?」 「その辺りで短艇一隻ばかり拝借してくる。あいつを回収しなくちゃあな」 振り向かずに、ひらひらと手を振った。 見かけによらず彼は、繊細な作業にも対応する。具体的に例を挙げれば、キーなしでボートを動かすこと、など。 海面を滑るエレキボートの上。 ウィドが着地後の低い姿勢で、短剣をジョージの首筋に。 ジョージは振り向き様に、拳銃をウィドの胸へと。 腕を交差させ、突き付け合っている。 「こんな所まで追いかけてもらえるとは光栄だなぁ。仕事熱心、大いに結構」 ジョージが無邪気に、楽しげに、笑う。 「そうじゃないさ。お前みたいなのを捕まえておかないとな、仕事が減らないんだ」 敵意を眼光に込め、ウィドが睨みつける。 なるほど、道理だ。ジョージはまた笑う。 「停船しろ。機関部を撃ち抜いた」 言葉通り、跳躍中にウィドはレーザーを放った。弾切れの銃は、着地前に既に手放している。 その射撃による影響で、ボートの推力は落ちてきていた。岸からは順調に遠ざかっているが、モーター音がわずかに低い。 「少しすれば、この船は停まる」 「それだったら尚更、短い旅を楽しもうじゃないか。お互い相手に不満は少なくないだろうけどね」 あくまでもジョージの声には、諦めや悔しさといった感情は含まれていない。計器の光が、ウィドから見た彼を逆光にしていた。 「揺れで手元が狂っても悪く思うなよ。って言ってるんだ」 「この銃の引き金は軽いぜ? 正義の味方相手には特にな」 威嚇と牽制。その状態を維持したままの十数秒間。ホバーのモーター音が、小雨とさざ波の音を聞こえなくしている。 不意に波の一つに乗り上げて、船体が跳ねた。立姿勢でいるジョージの銃身が微かにぶれて、ウィドはそれを見逃さない。 ウィドの爪先が、突き付けられた銃を蹴り上げた。 ジョージの手を離れて、後方の闇に消えてゆく拳銃。 切っ先が離れると同時に、ジョージが船首の側、風防の向こうへと跳んだ。 そこへウィドは、最小のモーションで短剣を投げ付ける。 右肩を貫く筈の軌道。 回転しながら飛来したその刃を、ジョージの手は親指と平で挟んで受け止めた。 「…………♪」 ジョージが口笛を吹く。やるじゃないか、流石だ。 対峙する相手の身体能力に機械化の可能性も覚えながら、ウィドが次の短剣を、脛の鞘から抜きかけた時。 急速に船首が持ち上がり、彼を閉じ込める形でボートは転覆した。 海面に出ようとウィドは暗い船底で体を動かす。両脚が重い。 ボートからの漏電の恐れが一瞬頭をよぎったが、どうやら安全装置が働いて電源は停止しているらしい。 泳ぐというより船体を伝うようにして、海面に顔を出した。ジョージの姿が見当たらない。 沈んでしまったとはとても思えず、辺りを見回す。そして、ボートを転覆させた原因が何なのかを知った。 「これは……」 巨大な金属の塊が、鯨か中州という感じで浮かんでいた。表面は濃紺に塗装され、闇夜に溶け込んでいる。 塊には同じ色の短い煙突が一本立ち、ジョージはその縁に座ってウィドを見下ろしていた。にこにこと、相変わらず勘に障る笑顔で声をかけてくる。 「そういえば、まだ名前を聞いてなかったな!教えちゃくれないか?」 海水で冷えたウィドの頭に、熱が戻る。一瞬だけ歯噛みをして、 「お前が捕まるまで、そのつもりはない!」 吠えた。 それは残念。警察官の元気を確認して、犯罪者は肩をすくめる。 「また踊ろうぜ。あぁ、これはその時にでも!」 ひらひらと短剣を振ってみせてからその姿は煙突の中へと飛び込み、その蓋を閉じた。 そしてゴボゴボと泡を湧かせて、鋼鉄の鯨は潜行していく。 ウィドには、ボートの端にしがみついて見送る他無かった。やがて周囲はほぼ完全に黒く染まり、何種類かの水音以外には何もなくなる。 “素敵な不審者”による今宵の逃走劇の顛末が、これである。
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No.168 セトハチ プロキオン デネブ 図鑑 タイプ ノーマル 特性 とうそうしん はりきり 種族値 HP 58 攻撃 79 防御 67 特攻 62 特防 52 素早さ 87 合計 405 進化 進化前 セトシバ 進化1 レベル38以上でセトグオーに進化 進化2 進化なし 進化3 進化なし 進化4 進化なし 進化5 進化なし 入手方法 生息地 - 入手方法 - 努力値 HP 0 攻撃 0 防御 0 特攻 0 特防 0 素早さ 2 タマゴデータ タマゴグループ 陸上 孵化歩数 3840歩 隠しデータ 性別比率 ♂50.0% / ♀50.0% 被捕獲率 90 初期懐き度 70 基礎経験値 122 経験値タイプ 100万 野生で持っている道具 ときどき(50%) なし たまに(5%) ホズのみ 習得技 レベルアップ とくだいキノコ 技マシン タマゴ技 レベルアップ Lv 技 1 たいあたり 1 にらみつける 1 かみつく 4 かみつく 8 でんこうせっか 13 とおぼえ 16 にどげり 20 かぎわける 20 ひっさつまえば 26 とっしん 30 ほえる 35 かみくだく 41 ふるいたてる 45 いかりのまえば 50 すてみタックル ▲ とくだいキノコ Lv 技 1 ずつき 1 すなかけ 10 けたぐり 20 のしかかり 20 ないしょばなし 30 ほのおのキバ 30 こおりのキバ 30 かみなりのキバ 40 ワイルドボルト 40 いちゃもん 50 からげんき ▲ 技マシン No. プロキオン 06 でんじは 27 やつあたり 28 あなをほる 40 つばめがえし H4 かいりき No. デネブ 06 どくどく 21 ちょうはつ 27 おんがえし 28 あなをほる 42 じならし H4 かいりき ▲ タマゴ技 技 あばれる いかり がまん がむしゃら きしかいせい げきとつ こらえる こわいかお つめとぎ どろあそび ふみつけ ほしがる メガトンキック ロッククライム ▲
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No.187 タダヌキ プロキオン デネブ 図鑑 タイプ ノーマル 特性 ものひろい きもったま 種族値 HP 35 攻撃 60 防御 38 特攻 30 特防 32 素早さ 40 合計 235 進化 進化前 なし 進化1 レベル20以上でオオムジナに進化 進化2 進化なし 進化3 進化なし 進化4 進化なし 進化5 進化なし 入手方法 生息地 - 入手方法 - 努力値 HP 0 攻撃 1 防御 0 特攻 0 特防 0 素早さ 0 タマゴデータ タマゴグループ 陸上 孵化歩数 3840歩 隠しデータ 性別比率 ♂50.0% / ♀50.0% 被捕獲率 255 初期懐き度 70 基礎経験値 60 経験値タイプ 100万 野生で持っている道具 ときどき(50%) なし たまに(5%) オレンのみ 習得技 レベルアップ とくだいキノコ 技マシン タマゴ技 レベルアップ Lv 技 1 たいあたり 1 なきごえ 5 でんこうせっか 8 すなかけ 12 まるくなる 17 ころがる 21 のしかかり 24 スピンテール 28 かぎわける 33 がむしゃら 37 はらだいこ 40 メガトンパンチ 44 ドわすれ ▲ とくだいキノコ Lv 技 1 ひっかく 1 なかよくする 10 ロックスリング 10 かぎわける 20 メタルクロー 20 ゆびをふる 30 ブレイククロー 30 ほしがる 40 かわらわり 40 このはがくれ 50 ふいうち ▲ 技マシン No. プロキオン 02 みずのはどう 06 でんじは 09 もぐる 19 ドレインパンチ 27 やつあたり 28 あなをほる H1 いあいぎり No. デネブ 02 みずのはどう 06 どくどく 27 おんがえし 28 あなをほる H1 いあいぎり ▲ タマゴ技 技 アームハンマー アンコール かみつく がむしゃら このゆびとまれ スイープビンタ すてみタックル だきつく とおぼえ トリック どろかけ ないしょばなし なしくずし ほえる めざましビンタ めまわし ▲