約 234,664 件
https://w.atwiki.jp/nanohass/pages/3269.html
レジアスの提案を受け入れ、新設された時空管理局本局古代遺物管理部機動六課に配属されることになった光太郎は、話が決まった数日後には機動六課の宿舎に引越しを終えていた。 光太郎の住んでいたアパートは、完全に破壊されておりとても人が住めるような状態ではなかったので、引越しを余儀なくされたのだった。 最初は、はやてが同じミッドチルダに居を構える八神家が機動六課が本格的に活動を開始する翌年四月まで自分たちの家に住まわせることをニヤリと言う擬音が付きそうな邪悪な笑みを浮かべながら提案したが、 それを聞いたフェイトが慌てて止めに入り、まだ破壊された箇所の修復も終わっていない宿舎へ入居する…そういうことになった。 わざわざ休みを取って引越しを手伝ってくれるフェイトに礼を言いながら、光太郎は思いのほか自分の荷物が使用可能な状態で残っていた事に疑問を感じていた。 フルオーダーで作られたスーツ、彼女からプレゼントされた懐炉やセッテに誕生日にプレゼントされたバイクの手入れ道具まで残っている……光太郎は一つ一つ確認するのを止めて、無事な物を集めて適当に並べてくれるよう頼んだ。 だがそれらが残っていたのが嬉しいような切ないような気持ちにさせられる反面、外に停めてあったベスパまでが無事となると、光太郎だけでなく引越しを手伝うフェイトも首を傾げざるを得ない。 偶然にしては出来すぎている。 だがこれらを残しておいて、スカリエッティにどんなメリットがあるのか皆目見当が付かなかった。 「フェイトちゃん。残りは後でやっておくよ」 「くすっ、遠慮しないでください。あ、抱き枕はここでいいですか?」 「抱き枕?」 光太郎が振り向くと、フェイトがベッドの傍でコスプレをした彼女らの姿がプリントされた長い棒を両手に抱えて立っていた。 「はやてからのプレゼントです」 「……ありがたく受け取っておくよ。普通に枕として使えばいいのか?」 迷った末、好意を無碍にすることも出来ず光太郎は受け取る事にした。 「いえ、こうです」 尋ねる光太郎にフェイトはベッドの上にごろんっと横になり、両手と両足で枕を挟み込んだ。 金色の川がセットしたばかりのシーツの上に流れ、枕に頭を載せたフェイトの無邪気な目が光太郎を見上げていた。 無防備な少女を可愛らしく思う反面、少しはしたないとも感じる自分に年齢を感じた光太郎だった。 (抱き枕は使わないでおこう) 寝転がるフェイトを見ながら光太郎は心に決めた。 (また事件のことでも考えてるのかな? 私に相談してくれたらいいのに) 余りに深刻な顔をする光太郎にその考えはフェイトにばれる事はなかった。 一方、レジアスには六課に入れと言われたが、それはRXとしての活動に変化を及ぼさなかった。 レジアスが声をあげるまでもなく、RXの今後について懸念する声が以前陸に配属されていたことのあるはやて達の元へ届き、 配属は機動六課だが活動は今までと同じくミッドチルダを守ることになったのだった。 人づてに光太郎が聞いた話に拠れば、はやてが「師匠」と呼ぶ研修先の部隊長ゲンヤ・ナカジマからも「市民のヒーローを独り占めったあ穏やかじゃねぇな…」に始まる苦言が届いて涙目になったらしい。 どこまで本当かは当人しかしらないが、所属していることも表向きは秘密となるらしく機動六課には本当に一応いるという程度になるようだった。 そうした事情から、部隊長であるはやてには宿舎の破壊で凹んだ件に続き、事件が発生すると全力で現場に行ってしまう上おおっぴらに所属している事も明かせないRXにどの仕事を振るかという難題が課せられることになった。 話を聞いた直後の、はやての当初の考えでは、部隊に組み込むことを考えていた。 部隊には幾つかのポジションがある。 単身で敵陣に切り込んだり、最前線で防衛ラインを守るフロントアタッカー。 どの位置からでも攻撃やサポートをするガードウイング。 仲間の支援をするフルバック。 チームの中央で誰よりも早く中・長距離戦を制する役目を負うセンターガード。 RXはこの内フロントアタッカーかガードウイングに置き、チャチな魔法を受け付けないRXを盾にセンターガードに入れたなのはの桃色破壊光線で鎮圧ということを考えていたのだが… 任務中にいなくなる事はなくとも、目の前のことに向ける集中力が違ってくるかもしれない。 RXを信用しないわけではない。 ミッドチルダに居を構えているのでニュースを通して戦果は聞いていたし、RXの能力が分からなければ困るのでスキルを書いた履歴書を書かせ、 それに目を通したはやてはRXの能力を最もよく知り、信頼する一人になっている。 だが以前、同じように信頼していたなのはは重傷を負い、友人であるクロノの父親は任務中命を落とした。 ロストロギアを扱う任務はいつ何が起こるかはわからないのだ。 はやては暫く迷った末、本人の希望通りにして結論を先延ばしにする事にした。 光太郎は自らを鍛え直すことを希望しており、機動六課も最初は新人の教導を行う予定となっている。 RXと隊長陣の連携を強化したりということは出来そうにないが、いきなりRXと組ませても彼等ならそれ程作戦行動に支障はないだろう。 はやてがそれを決めたのは夜遅く、六課の正式な活動開始までもう一週間を切り、リミット間近になってからだった。 他の仕事で手一杯で先延ばしになっていたRXの当面の処遇を決めたはやては、自室で休んでいるはずの彼女の家族シグナムを自室に呼び出した。 もう休んでいてもおかしくない時間だったが、シグナムはすぐに駆けつけた。机を挟み、直立するシグナムにはやては笑顔で告げる。 「遅うにごめんな、シグナム。RXはアンタのところに入れることにしたわ。特訓希望らしいから新人4人の横ででも特訓に付き合ったげてな」 「はっ…しかし、主はやて」 「なんや?」 てっきり喜ぶと思っていたはやては首を傾げた。 「新人達の横でそんなことをすれば、彼等が集中できなくなるのではないでしょうか?」 はやては一瞬耳を疑ったが、シグナムの真剣な表情を見る限り本気で言っているらしい。 はやては失望したようにため息を漏らした。 主の反応に困惑するシグナムを見据えながら、はやては唇を左右に持ち上げ、邪悪な笑顔を作った。 悪気など一片もないようだが、邪悪だった。 「シグナム。ここはせめてテスタロッサが集中できなくなりますが…くらいのことは言ってくれんと困るで」 「な、何をおっしゃるんです!! テスタロッサがそのようなことで仕事に手を抜くはずがありません!! ましてや私が…光太郎は今テスタロッサと付き合っているのですよ?」 はやてはまたため息をついた。 が、シグナムの今の言葉から光太郎に気がありそうなのでよしとする事にした。 はやての笑顔は、更に邪悪になっていた。 「うちはな、スカリエッティはまだ同居してた二人を使って何かしてくる…そう思ってる」 「はい。でなければ奴が二人を浚った件に説明がつきません」 「ちゃうちゃう」 はやては手を横に振ってシグナムの考えを否定した。 「争ったにしてはRXの荷物が多すぎるんよ。あんなん口裏合わせて出て行ったに決まってるやん」 「なっ…ですが主はやて。それならばどちらかはRXと共にいた方が都合がいいのではないでしょうか?」 「そうやな。うちもそこまではよう分からん…けどな」 はやてはそこで言葉を切り、ズイィッと体を前に乗り出した。 「シグナムもわかってるはずや。フェイトちゃんに隙がある…断言してもええ!! スカリエッティはまだなんか企んでる!! 隙だらけのフェイトちゃんやと光太郎さんを取られるのがオチや!! それでもえんか!?」 「そ……そうならないように支えてやればよいことではありません」 シグナムが一拍程言葉に詰まったのを見て、はやては机を叩いた。 はやてがそんなことをするのはとても珍しい事で、主の剣幕にシグナムは動きを止めた。 「シグナム。あんた程の女が何を迷う事がある!!奪い取れ!! 恋愛っちゅうもんはな、悪魔が微笑む時代なんよ!!」 そう言い切るはやてに一瞬シグナムは呑まれた。 十年来の親友に対しての容赦ない命令は、正に外道…だが一瞬後には、机の上に書類と一緒に置かれている漫画が目に入って気を取り直す。 「…ジャギ? …また何か新しい漫画ですか?」 「そ、それは今は関係あらへん……!! 冗談は言ってないんよ」 語気を弱める主にシグナムは微笑んだ。 「…分かりました。主はやてのご意向に沿うよう全力を尽くしましょう」 「! ありがとうな、シグナム。うちはあんたみたいな守護騎士がおって幸せやわ~」 椅子に座りなおし、うんうんと頷くはやてにシグナムは一枚の書類を差し出した。 「ではまずこれを…」 「ン? …えーっと、ザフィーラに免許を取らせる?」 「はい。特訓に使います」 それだけでは要領を得ず、はやては書類を読み進め…進めるうちに顔には苦笑いが広がっていった。 「偽ライドロンを使うって…本気なん?」 「はい。破壊は修理可能なレベルに留まっていたようです」 「これをザフィーラに運転させるんか…」 「はい、RXを轢きます」 真顔で言うシグナムにちょっと引きはしたものの、はやてはGOサインを出した。 何が効果的か分からない以上、『まぁやってみれば?』というのがはやての結論だった。 彼女の知る一号ライダーも鉄球に弾かれたような気がするしと、一号の技辞典をついでに渡しておく事も忘れなかった。 「あ、それと…RXが入るって事は一応秘密やから」 シグナムははやてに礼をして部屋を出て行った。 それからは、機動六課が動き出すための準備に追われ、矢のように日々は過ぎ去っていった。 * 『ギン姉へ 機動六課へ配属されて始めての訓練がありました。 何故か隣ではRXが特訓をしていました。 何を言っているか分からないと思いますが、私にも何が起こってるのかわかりませんでした。』 ……ぐしゃッ 「はいあうとー」 「はいですー」 機動六課が活動を開始した初日の夜、はやては新入り隊員が家族に送ったメールをプリントアウトした紙を握りつぶした。 RXが配属された事は、謎のヒーローであったはずのマスクド・ライダーが管理局入りしたというのは悪い意味でショックを与えると上が判断したため、一応秘密ということになっている。 と言っても陸士の隊長なら知ってる公然の秘密となりそうではあるし、このメールの送り主スバルのように親類に教えようとするのが後を絶たない。 それを手伝うリインは気の抜けるような間延びした口調で相槌を打ちながらメールを送った者達へ注意勧告を行う。 リインは掌サイズの小さな体で、実に愉しそうに作業を進めていく。 「だめですよーっと」 「あんまりキツく言わんでもええよ」 リインには他の仕事を手伝ってもらう予定だったのだが、なんだか予定よりドンドン手間ばかり増えているような気がするはやてだった。 そのことで相談に来ていたRXは表情にでないまでもなんとなく申し訳なさそうだった。 RXが六課にとっては扱い辛い存在になるだろうと光太郎も予想していたが、かなり難儀させてしまっているように光太郎の目には見えたのだろう。 「スマン」 「ええんよ。それより特訓の方はどうなん?」 「今日は軽く流しただけだ。まだどうすればいいか検討もついていないからね」 はやては眉をひそめた。 今日は特訓初日と言う事で軽く偽ライドロンに追突され、転がされるだけだった。 そういう話をシグナムとまだ免許を取って間もないのに人間を轢けと言われて早くもうんざりしているザフィーラから聞かされていた。 ザフィーラははやての演説が終わり、なのはが早速新人4人の教導を開始するのに合わせて彼等が訓練しているフィールドの隅っこに呼び出されたという。 そこには去年の事件で回収された偽ライドロンと、打ち合わせをするシグナム。そしてRXがいた。 置かれていた偽ライドロンは本部でも完全に元に戻す事はできなかったらしく、痛々しい姿だった。 装甲の材料が不明だった為質感の違う装甲が溶接され、エンジンは目的を報告するなり送られてきたらしい。タイヤなどのパーツ込みでだ。 はやてはそれにスカリエッティの影を見たような気がしたが、兎も角ザフィーラは人間の姿になり、ライドロンを走らせる事になった。 目の前に立つRXへと一直線にだ。RXは、事件と同じようにライドロンを受け止め…事件の時よりパワーアップしている偽ライドロンにあえなく力負けして、運悪く倒れてしまった。 『ウォォォォオオオッ!!』 路面を走るのとは全く違う、明らかに何か踏みましたよね?という異物感にハンドルを握っていたザフィーラの掌にじっとりとした汗が滲んだ。 無論ザフィーラにも良心はあるし、先日免許を取得する際に受けた教育ではっきりとコレが良くない事だと理解していた。 ザフィーラは…自分の目で確かめず傍で命令を下すだけのシグナムに尋ねた。 『…シ、シグナム。あ、RXは、どうなった? 今思いっきり轢いてしまったが』 『大丈夫だ。彼ならもう立ち上がっている』 微塵も心配していないシグナムの口調に励まされ、バックを確認して見ると確かにRXは立ち上がっていた。 膝が震えているように見えるという点を除けば、五体満足だし問題はない。 『…も、もう止めないか? 足にきてるように見えるんだが?』 『今度は連続で行くぞ。彼が振り向く前にもう一回やるんだ』 『それはちょっと『行け』 ザフィーラは言われるままにRXの背後から追突した。 やはりパワーだけで止めるのは不可能なようで、RXはどのように力を流すか、どうやって反撃を行うかを真剣に考えているところらしい。 新人はおろか、新人のモニターしていたなのはもドン引きだったという特訓風景と報告をしにきた二人の様子を思い出したはやての顔には自然と苦笑いが浮かんでいた。 「……ザフィーラが落ち込むさかい、やりすぎて体を壊さんといてや」 「ああ!」 はっきりとした返事から、RXの気合が伝わってくる。 それは戦いの場にあっては安心させられるのだろうが、今この場においてははやての頭にシュールな未来予想図を描かせるスイッチのようだった。 RXとシグナムの生真面目さが混ざり合い、それをスカリエッティの悪戯心が隠し味となってはやての前に苦いものを作って持ってくるのだ。 背後で苦い顔をしているはやてには気付かず光太郎は部屋を後にした。 RXが光太郎である事は隠すことにしているためRXの姿のまま光太郎は部屋を目指した。 人の足音を聞き分け、人気のない場所を通って光太郎は自分の部屋にたどり着く。 丁度隣の部屋が開き、新人のエリオと言う名の少年がRXを見て目を見開いていた。 「こんばんわ」 「こ、こんばんわ」 素直な目をしているが、少年らしからぬ影も微かに見えた。 フェイトが保護者をしており、人造魔導師ということは光太郎も聞かされていた。 「あの、本当にマスクド・ライダーですか?」 「ああ。これから風呂かい?」 光太郎は少し屈んで言う。エリオの腕には着替えの用意やタオルが抱えられていた。 RXの時は直立したままでも把握できるが、それではぶっきらぼうすぎる。 「は、はい。部屋にはシャワーしかないので…」 はじめてみる怪人の姿に怯えを表情に出さないこと、それに目を逸らさないのは好感が持てた。 遠目に見る分には特徴的な外見を気に入ってくれる者は多いが、近づくとその生々しい生物っぽさに怯える子供も多い。 六課の宿舎は隊長クラスがどうなっているかは光太郎は知らなかったが、隊員の部屋にはシャワーしかない。 「少し待ってくれないか?」 「え?」 「俺も、今行こうと思っていたんだ」 「は、はい…!」 タオルやらを抱えた飛蝗怪人をエリオは好奇心たっぷりの目でちらちら見上げてくる。 複眼の視野はエリオも十分範囲内にいるので多少気にはなったが、目くじらを立てるほどのことではないとRXはエリオのしたいようにさせておくことにした。 今度は通路を選ぶ、というわけにはいかず最短のルートを選んでいく。 そうなると…いつのまにか他の新人三人ティアナ、スバル、キャロの三名も合流して四人で何かしら含みのある視線を向けてくる。 彼等には、RXが光太郎であるということがばれたとしても、光太郎自身には特に害はない。 もしばれてしまった時は、素直に教えようと光太郎は考えていた。逆に言うとそれまではレジアスやはやて達の顔を立ててRXとしてしか彼等の前には姿を出さないつもりだということだったが。 三人とも年端の行かぬ少女でキャロはエリオと同じ年頃、スバルとティアナはそれよりは何歳か年上で地球で言えば高校生位に見える。 この世界では既に働き危険な任務に付くのも当然のことなのだろうが…スカリエッティのところを飛び出す事になる直前、風呂の中でスカリエッティと話したことを思い出す。 『私は彼女らの力を借りなければならない現状や、頻繁にこんな状況に陥る現場を嘆くスポンサーからの依頼を受けて戦闘機人計画に協力しているのさ。 ウーノ達の力は、慢性的な人員不足に陥っている管理局には必要な力というわけだ』 そのスポンサーがレジアスだったというのは意外だったが、今は…どこかで納得もしていた。 そうする必要があったからだが、何よりもそれは光太郎が出会ったクロノ達の人柄のお陰だった。 RX以外が靴音を響かせ、廊下を歩いていくなかスバルが口を開いた。 「あの、マスクド・ライダー!」 「RXでいいさ」 「はい! ありがとうございました!」 「え?」 突然礼を言われて足を止めたRXにスバルは落胆した様子で説明する。 「お、憶えてないですか? 空港で災害があった時に」 「憶えてる…だが、あれは」 説明を遮ったRXの目には一転して顔を輝かせるスバルの隣で、ティアナが非難がましい目を向けてくる。 光太郎にとってあの事件は、ウーノ達の攻撃に周りを巻き込んでしまった最悪の事件であり、ウーノとの暮らしを経てもそれは光太郎の中にしこりとして残り続けていた。 助けられた者達から礼を言われるのは…正直な所心苦しい。 以前、それでも変らないと言って礼を言ってくれたのはスバルの父ゲンヤであり、光太郎にとってはスバル達にこそ礼を言いたい心境にだったが、それは許されないようだった。 「もう君のお父さんから礼を言ってもらっている…君が気にする必要はない」 「そ、そうですけど、こうしてお会いできたんですからちゃんと言っておこうって、ギン姉も今でもとっても感謝してるんですよ!」 「そうか…!」 そこからスバルは家族の話やこれまでどうしてきたか…特に、彼女の姉であるギンガが父親と同じ部隊に配属され、何度かRXが現れた現場にいて共に事件を解決した話を誇らしげに語っていた。 だがもう少しで浴場に着くというところで、RXの耳に一報が入った。 ウーノの協力がなくなり、情報を迅速に得られなくなったRXの為にレジアスが手を打って、人の耳には聞こえない音を何度か送って合図を送ってくれることになっている。 また足を止めたRXに4人が注目している。 「すまない。風呂はまた今度のようだ」 「まさか、どこかで犯罪が起こったんですか?」 「ああ」 逸早く気付いたティアナに返事を返し、光太郎はタオルなどを浴場に置いてくれるようエリオにお願いする。 快く返事を返したエリオの髪をくしゃっと撫ぜてRXは廊下を破壊しない程度の速度で走りだした。 「あ、光太郎さん。今ちょっと…」 「後にしてくれ。犯罪が発生した」 廊下から出てきたフェイトに短く返し、RXはベルトから赤い光を放つ。 光が収束し、バイオライダーに変身した光太郎は壁を通過して外へと飛び出していった。 声をかけた状態からしょんぼりするフェイトと、フェイトの声を聞き眉を顰めるティアナを残して。 光太郎と自然にフェイトが口にしたのを聞いたティアナは、RXの正体をなぜフェイトが知っているかを考えて黙っている事にした。 幸い他の3人は然程気にしていない様子で、相棒であるスバルの恩人が秘密にしている事をわざわざ嗅ぎ回るほどティアナの趣味は悪くない。 外へ飛び出したバイオライダーには今手元に移動手段はない。 アクロバッターはライドロンを盗まれた一件以来、まだ地球でヴィヴィオの玩具になったままだ。 だがバイオライダーはゲル化し、バイクに乗っている時よりも早く、一瞬で現場に移動することができる。 ゲル化したまま人質に取られた人達の中へ突入し、人質全員を同化させて救出する現れてから安全圏に人質を連れ出すまでがその一瞬の内に行われた。 人数が少ないからこそ出来た芸当だが、そんなことを知る由のない犯罪者は開いた口の塞がらない。 バイオライダーは猛る気持ちのままに腕を振るい、ポーズを決めた。 「俺は怒りの王子、仮面ライダーBLACK、RX!! バイオライダッ!!」 時折組まれているTVの特番では、処刑用BGMと呼ばれる曲がかかる合図となる名乗りを挙げ、バイオライダーは人質を取った犯罪者の群れを制圧しにかかった。 前へ 目次へ 次へ
https://w.atwiki.jp/nanohass/pages/3418.html
ホテル・アグスタの警護を滞りなく果たした六課は、主催者側からの賛辞を得てまた通常の任務に戻っていった。 ホテルでの一件は、参加していた六課の人員に強い影響を残していた。 簡単な検査を行った後、六課はゼスト・グランガイツの遺体を引き渡したが、彼と取り逃がしたルーテシアについて詳細な調査を行った。 その結果、幾つか六課にとって驚くべきことが判明していた。 ゼストは、管理局局員で既に死んだはずの男だった。 ルーテシアは、ゼストと共に全滅した部隊にいた局員の娘で、全滅後暫くしてから消息を絶っていた。 命令が行く前にゼスト達が行動を起こした為、ゼストの部隊が全滅する直前に調査任務を解かれていたことは記録に残っておらず六課は知ることは出来無かった。 だが、レジアス中将の親友だった事は判明しており、個人的に顔を合わせる機会のあるRXが詳しい話を聞くことになっている。 ゼストについては、結果的に再び殺してしまったRXのショックが大きかったようだが、他の皆はスカリエッティに対する義憤を燃やすことで、気持ちの整理をつけるのは(簡単にとはいかないが)不可能では無かった。 戦闘機人事件を追って殉死した局員が改造を施されまだ生きていたことは許しがたいが、まだ対処できる問題だった。 だが遺族、それもまだ年端もいかない子供が、行方不明となり全く接点の無かったはずの犯罪者に従っている。 恐らくはなんらかの改造も施されているというのは、自分達の所属する組織に対する信頼を揺るがしていた。 自分に何かあった時…家族が自分を殺した犯罪者に引き渡され、犠牲になるかもしれない組織にこれまでと変らない態度で勤務を続けられる程、六課に集められた人員はタフではなかった。 陸のボス『レジアス・ゲイズ』がスポンサーの一人なのだから何を今更という話だが、実はそのこと自体がまだ六課の殆どの人間には知らされていない。 最終的には上へ報告され、レジアスは職を辞する事になるだろう。 だが、現状その事を利用しているし、何より六課の『本当の設立理由』を果たす為にはレジアスの能力があった方が対処しやすいからだ。 有体に言ってしまえば、レジアスの事を教えられた者達にとって今レジアスがいなくなるのは困るのだ。 話を戻そう。 レジアスのことは教えられたRXからクロノやはやてら数名が教えられ、そう判断したがゼスト達のことは六課の殆どの人間が知っており、皆関心を払っていた。 結果、調査結果は六課の隊員達に瞬く間に伝わったのだった。 将来有望で、才能溢れる若きエリートが集められた六課だからこそ強く作用しているのかも知れない。 世界を救った経験はそこそこに積んでいるからこそ、彼らはまだ理想を持って仕事をこなしていた。 だからこそ彼らはその結末の悪い例を見せられ、強く動揺していた。 だがそんな彼らの中で最も若い人員が集まる前線部隊は、それとは別の「…だから強くなりたいんです!!」 「少し、頭冷やそうか…」 低く抑えた声の直後、なのはの腕に光弾が6発生まれ、その一発がティアナへ撃ち出される。 ティアナが何時も使っていたクロスファイアシュート…それもティアナのベストデータと同じものに調整されたものが直撃する。 爆発の中に消えるティアナの名を、スバルが悲痛な声で呼んだ。 新人達4人のチームリーダーを務めるティアナが、煙の中から現れる… また彼女自身が常日頃使っているのと同じ魔法は、後5発分用意されている。 だがティアナが複数の誘導弾を放つ所をなのはは1つに集めた。 そうして砲撃のようにして撃ちだすことで生み出された、同じ魔法とは思えない威力がティアナを襲った。 「ティアナアァァァァッ!!」 前線部隊は、また別の問題を抱えているようだ。 「エ、エリオ・モンディアルですが、職場のふいんきが最悪です」 なのはのお仕置きを受けて意識を失ったティアナは、医務室へ運ばれていく。 このまま残しておいても身が入りそうにないスバルとお仕置きをしたなのはも、一緒に医務室へと歩いていく。 なのはは、模擬戦の途中でデバイスを解除し、手に傷を負ったのでその治療を行うためでもあった。 容赦のない落とし方に呼吸するのも忘れていたエリオの肩に手が置かれた。 肩を叩かれて、我に返ったエリオは自分の肩に手を置いたRXを見上げる。 腕組をし、厳しい表情のヴィータや、心配そうになのはを見るフェイトを背景に見上げたRXの顔からは、何も読み取る事が出来なかった。 * 通常の勤務に戻った新人達は、また訓練漬けの日々に戻っていた。 その日もまた訓練の成果を見るために行った午前中最後の模擬戦。 新人4人の内、先ずティアナとスバルの2人が模擬戦を行った。 2人はその中で、訓練中には全く使用しなかった(恐らくは二人で特訓して編み出したのだろう)戦法を見せた。 その何がなのはの逆鱗に触れたのかエリオ達にはわからなかったが、なのははデバイスを解除し、その状態で二人を完膚なきまでに叩き潰した。 「次はエリオ達の番だ」 「は、はい…! ティアナさんのことは」 「心配ない。なのはちゃんは教え子を傷つけたりしないさ」 なのはの腕を信頼しているらしく、RXの声は自信に満ちていた。 「そうだよエリオ、キャロ。ちょっと派手に倒されちゃったから心配するのも分かるけど、ティアナのことは大丈夫。今は自分達の事をしっかりやらないとダメだよ」 「わ、わかりました…!」 「フェイトさん…はい!」 二人に言われ、これまでのきつい訓練のことを思い出したエリオ達は素直に返事を返し、模擬戦に挑みに行く。 RX・フェイト・ヴィータの3人が残され、模擬戦の場所へ向かう二人が扉を閉める音が響いた。 「ティアナちゃんも心配だけど、なのはちゃんは大丈夫なのか? 3人は上手くいってると思ってたのに」 ティアナを撃墜するなのはの様子が普段とは違っていたせいかRXが言う。 「はい…なのはの事は、私が後でフォローしておきます」 「頼んだぜ。なのはの奴、訓練が終わった後も夜遅くまであいつ等の為になんかやってたからな」 ヴィータの言葉にフェイトは頷いて、デバイスを起動した。 「じゃあなのはの代わりに私が二人の模擬戦をやりますね」 フェイトが空へと浮かび、直ぐにエリオ達の模擬戦が始まった。 「ティアナも昔ちょっとあってさ。なのはに何も言わずにあんなことやったのは、多分そのせいだな」 「そうか…」 ティアナは天涯孤独の身だ。両親は彼女がごく幼い頃に事故死し、以降は管理局の局員だった兄ティーダに育てられてきた。 だが、ティアナが10歳の頃彼もまた職務中に殉死してしまう。 その際、兄が所属していた部隊の上官から無能扱いされた事をきっかけに、「兄の魔法は役立たずではない」と証明するため、ティアナは管理局入りを志したのだ。 だからティアナは、強くなるため、証明するためには無茶をすることがあり、なのは達はそれを気にかけていた。 本人以外が軽々しく話すような事情ではないのだろうと、RXはその内容について尋ねはしなかった。 「……なぁ、お前はアレ、どう思った?」 「ティアナちゃんのことかい?」 「ああ」 「…俺は専門家じゃないから良くわからない「お前の意見も聞いときたいんだ。いいからはっきり言えよ」……よくわからないんだ」 模擬戦の行方を見ながら、RXは言う。 「何のつもりで特攻したのか、俺にはわからない」 ヴィータがRXの方を向くと、少し口篭りながらRXは付け加えた。 二人が最後に見せた作戦は恐らくこうだ。 スバルが突撃し敵に食らいついて撹乱を行い、足止めされた敵を更にティアナが近接戦に突入し、スバルのブレイクとティアナのダガーの同時攻撃により敵の防御を破壊し制圧する、というものだ。 撹乱するだけでなく、ティアナが幻術を使うことで敵に正確な位置を悟らせないよう工夫されており、接近戦用にティアナは新しくデバイスの先に刃(ダガー)を形成する魔法も習得していた。 「そういえばあの魔法、(俺は初めて見たんだが、)前から使ってたのか?」 考えている内に気付いたのか、RXはヴィータに尋ねた。 「いや、あたしもはじめて見た。ヴァイスから最近訓練の後個人的に特訓してるって報告が上がってたから、多分それで覚えたんだろ」 「そうだったのか…なのはちゃんには基礎をやるようなことを聞いていたから、精度を上げたりする為の特訓をしてると思ってたんだが」 だが、スバルに空中に浮く敵までの足場を用意させてティアナが接近戦に突入する理由はRXにはわからなかった。 彼女等が相手にする相手には、補助魔法もかかっていないティアナが割り込む余地などない。 何より、RXもティアナの気持ちを把握していなかった。 「………現場では絶対に使って欲しくないな」 「そだな…陸で普段扱ってた事件なら使い所もあるのかもしれねーけど。あの馬鹿…焦ったせいで、六課で求められてるのがもっと上のレベルだってこと、忘れてんじゃないか?」 エリオとキャロの動きをチェックしながら、ヴィータが悩ましげに言う。 近接魔法を覚えたのは、将来はフェイトと同じ執務官を目指しているためかも知れない。 それにもし警備の一件があった後からあの魔法を覚えたのなら賞賛に値する。 だが、それは個人的に見せればいいもので、模擬戦に持ち込むとなると当然のことながら評価の基準は大きく変る。 もう素人ではないのだから、恐らくティアナはその上で本気で最低限の水準にはあると判断したのだろう、とヴィータは考えた。 だが六課が想定している相手は、例えばスカリエッティの一味、ガジェットや戦闘機人だ。 スバルやエリオに近いレベルで接近戦を行うスキルがあるのなら話は別だが、今のティアナのスキルでは自殺行為に等しい。 模擬戦ででも、選択肢に入るようなものではない。 まして、高速で空中を自由に飛び回っているなのは相手に、スバルにそこまでの足場をわざわざ作らせてまで行うなど正気の沙汰ではない。 「…まさかティアナの奴、模擬戦を自分の能力をアピールする機会と勘違いしてんのか?」 「え?」 RXに返事を返さず、ヴィータは顔をしかめた。 手塩にかけて育てようとしている教え子に(本人にそのつもりはなかっただろうが)、突然捨て身で接近戦を挑まれたなのはが受けたショックの大きさを考えていた。 捨て身など、なのは達は全く教えた覚えがない。 二人は、模擬戦が終わるまで一言も口を利かなかった。 先の二人があんな形で撃墜された事が尾を引いているのだろう。 最初は動揺が見られたが、悪くない出来だった。 「もう終わりだな…RX、悪いけど」 「気にしないでくれ。二人の様子がわかったら俺にも教えてくれ」 「ああ。サンキュー。ちょっとなのはと話すから、終わってもあいつ等は連れてくんなよ」 RXと別れたヴィータは、医務室へ向かって床を蹴る。 心配から自然と急いでしまうヴィータは、元から然程距離の離れていない医務室までの距離をものの1,2分で移動し、治療を受けたなのはと知らせを聞いて様子を見に来たシグナムの二人と鉢合わせた。 ヴィータの姿に気付いた二人が話しを止める。二人に言われて先に上がらされたのか、スバルの姿はそこには見えなかった。 「ヴィータ、訓練はどうした?」 「あれヴィータちゃんどうしたの?」 「お前らの様子を見に来たんじゃねぇか」 「大げさだなぁヴィータちゃんは。怪我って言ってもこれだけだよ? ティアナは疲れててまだ目が覚めないけど心配する事なんて」 そう言ってなのはは絆創膏の貼られた手を見せる。 「そっちじゃねぇ!! ティアナのことだ」 「ティアナは、ちょっと頑張りすぎちゃっただけだよ。今は疲れで眠っちゃってるから、起きたらお話ししないと」 「頑張ってじゃねーだろ。あの馬鹿、混乱してるだけじゃねーか」 「ヴィータちゃん…そうじゃないよ。ティアナは、短期間で戦力を増やそうとして」 「ふざけんな。お前だってわかってんだろ…お前の足が止まって、しかもお前は幻術で一時的にティアナの位置を見失ってた。もしリスクの高い接近戦なんか挑まないで、普段通りクロスファイアシュートを使ってても確実に当てられたはずだ!!」 なのはのティアナを庇おうとする態度に苛立ったのか、ヴィータが声を荒げた。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 「無茶して味方を撃っちまったから、近接魔法覚えましたって射撃型魔導師が、どんな風に見られると思ってんだ!? あたしが指揮官ならそんな奴怖くて使えねーぞ!!」 ティアナに求められているのは、センターガード。 このポジションは、チームの中央で誰よりも早く中・長距離戦を制する役目であり、同時に他のポジションへの指示を含んだ前線での戦術レベルの指揮能力も求められる。 あらゆる相手に正確な弾丸を選んで命中させる判断速度と命中精度は必須だ。 そのセンターガードが、味方に誤射を繰り返せば…無論必須となる判断速度と命中精度が低く、他のポジションを把握しているかが疑わしくなる。 だが別に、なのは達はホテルでの誤射は問題視していなかった。 しかし、自分の命を無意味に危険に晒すような戦術を選ぶような者… それも事情を知る人間から見れば、生い立ちから射撃に拘っていたティアナが、射撃に自信を失くしたとも取れる選択をしたことは大きな失点だった。 「私も、基本的にはヴィータの意見には賛成だ…これでまだ駄々を捏ねるようなら、一度甘ったれた根性を叩き直してやらねばならん」 シグナムまでヴィータの辛辣な意見に同意する。 なのはの表情が一瞬曇る。そんな彼女等の背に声がかかった。 「そこまでや二人とも」 「はやてちゃん」 二人の事を聞いて様子を見に来たらしいはやては、なのはの元気そうな様子を見て安堵した様子だった。 特に、はやてと共にやってきたシャーリーの様子は大げさな程だった。 「模擬戦中トラブルがあったって聞いて来たけど、なんや。思ったより深刻みたいやな」 「大丈夫だよ…私に任せて!!」 なのはが殊更明るい笑顔で言う。 はやてもにっこりと笑ってそれに応じた。 話しを聞いていたのか、ティアナの様子については尋ねなかった。 「勿論や!! ティアナは六課の期待の新人なんやから。頼むで、なのは教導官」 「はい、はやて大隊長!!」 その様子にヴィータ達も矛先を納めたのか、困ったような顔で笑う。 和らごうとした雰囲気に水を差すように、シャーリーが口を開いた。 「でも、どうしてティアナちゃんは、なのはさんに相談しなかったんでしょう?」 「ん~…それもそうやなぁ。それがわからんと今後同じことが起きる原因になるかもしれんし」 医務室の前で皆暫くティアナの事を考えて見たが、どうしてなのは達に一言の相談もせずにこんな真似をしたのか思い至る者はいなかった。 誤射した事をティアナが大きなミスと考えていることも、他の隊員達と自分を比べて自分には才能がないと劣等感を感じていることもなのは達の誰一人として気付いてはいなかった。 「ま、ここでずっと考えてても仕方ないし、お昼にしよか」 理由がどうであれ、全てはティアナが起きてからと彼女等はそれぞれの仕事に戻る為食堂に向かっていった。 「あ、そうだ。アイツラにも教えてやらないとな」 その途中、ヴィータは模擬戦の評価をしているであろうフェイトらにティアナの容態を連絡をした。 ティアナがまだ目覚めるには時間がかかると教えられた新人達は心配そうな顔をしていた。 昼休憩に食堂の雰囲気を悪くするテーブルが一つ増えるのは確実だろう。 なのは達が連れ立って食堂に到着すると、食堂の中は案の定これまでにない憂鬱な空気を漂わせていた。 一緒に訓練を上がった後、4人はいつも共に食事をしている。 都合がつけば隊長達がその近くのテーブルで食べ始め、皆で談笑しながら食べる事になる。 なのはにお仕置きされ、ティアナもいない三人のテーブルはそんな光景を見慣れた人間には、物寂しく映った。 他にも何組か食堂の雰囲気を悪くしている者達がいたが、はやてはゼストの件については特に心配はしていないし、彼女の方から何かするつもりもなかった。 六課の隊員達は相談する相手も持っていれば、時間さえあれば自分自身で折り合いをつける強さも持っているという自信がはやてにはあった。 それに六課のムードを作り出すのは、結局の所隊長達。そして今雛鳥から脱しようとしている新人達だ。 彼女等はこの問題では全くぶれない。 隊長達は言うまでもないし、新人達もそれぞれ故人やなのはやフェイトといった人物への思慕が強いからだ。 だからはやてとしては、六課は放っておいても徐々に調子を取り戻すだろうと確信していた。 だがそれと手塩にかけて結成した部隊をかき乱されて気分がいいかというのはまた別の問題で、はやてはなんとなく恋人の唇を奪われた紳士のような気分でぼやきながら食堂へと入っていった。 「スカリエッティ…あんたがこうなることを狙ってたんならそれは予想以上の効果を挙げたで」 100倍返しにしてやることを誓いながら、表面的にははやては笑顔を浮かべ続けた。 はやてが六課を良い方向に向かわせると期待している新人達の一人が目覚めたのは、日が完全に落ちてからのことだった。 * 日が落ちた六課のヘリポートで、幾つもライトが点けられる。 前線部隊の輸送用に六課に配備されたヘリが闇に浮かび上がる。 六課の隊長達、目覚めたばかりのティアナも含めた新人4名が駆け足でヘリの傍に集合していく。 「今回は空戦だから、出撃は私とフェイト隊長、ヴィータ副隊長の三人」 先ほど東部海上にガジェット・ドローン2型が多数確認されたことを受けて、彼女等に出動命令が下ったのだ。 確認されたガジェット2型は以前確認されたものよりも格段に性能を増しているという報告が上がっていたが、それでも三名で容易く蹴散らす事が出来ると彼女等は判断していた。 「皆はロビーで、出動待機ね」 「そっちの指揮はシグナムだ。留守を頼むぞ」 集まった彼女等は新人達は緊張していたが、隊長達は笑みさえ浮かべリラックスしており、午前中の騒動などなかったような様子だった。 だがティアナに顔を向けたなのはの顔に気遣うような色が浮かぶ。 「ああ…それからティアナ。ティアナは、出動待機からはずれとこうか」 「その方がいいな、そうしとけ」 皆が色を変える中、逸早くヴィータが同意を示した。 ティアナが俯くのを見て、なのはがまた口を開き理由を付け加える。 「今夜は体調も魔力もベストじゃないだろうし」 「言う事を聞かない奴は、使えないって…事ですか?」 俯いたままティアナが沈んだ声を出す。 その言い草に、なのはが眉を吊り上げて厳しい声で言う。 「自分で言ってて分からない?当たり前の事だよ、それ」 反発するようにティアナの顔が上がり、焦りに満ちた目がなのはに向けられる。 「現場での指示や命令は聞いてます。教導だってちゃんとサボらずやってます。それ以外の場所での努力まで、教えられた通りじゃないと駄目なんですか?」 目に涙を浮かべて言うティアナに、ヴィータがムッとした顔で詰め寄ろうとする。 だが二人の間をなのはの腕が遮り、ヴィータは足を止めた。 物言いたげにヴィータは、なのはの横顔を見る。なのははただ悲しげに、ティアナの目を真正面から見返していた。 他の者達も皆、ティアナの感じていた想いをジッと聞こうとしていた。最も近くにいた新人達さえ、意外そうな顔をしていた。 「私は!なのはさん達みたいなエリートじゃないし、スバルやエリオみたいな才能も、キャロみたいなレアスキルもない。少し位無茶したって、死ぬ気でやらなきゃ強くなれないじゃないですか!?」 横合いからティアナの胸倉が掴まれ、顔に拳が叩き込まれる。 ティアナがそんな風に考えていたとは思いもよらなかったのか、皆反応が一瞬遅れていた。 「「シグナムさん!?」」 「心配するな、加減はした。駄々をこねるだけの馬鹿はなまじ付き合ってやるからつけあがる」 ただ一人、特に変った様子もないシグナムはそう言って、ヘリを横目で見る。 「ヴァイス。もう出られるな?」 「乗り込んでいただければ、すぐにでも」 ヘリのパイロットを務めるヴァイス曹長が窓から顔をだし笑顔で答えた。 緩やかにヘリのプロペラが回り始める。 殴り飛ばされ、倒れたティアナをスバルが駆け寄って抱き起こした。 だがティアナはすぐに立ち上がろうとしない。 そんな様子を心配そうに見遣ったものの、フェイトがヘリに乗り込んでいく。 「ティアナ!! 思いつめてるみたいだけど、戻ってきたらゆっくり話そう!!」 「だから、付き合うなってのに」 なのはの腕を引いて、ヴィータが連れて行く。 ヘリの窓から顔を見せながら、フェイトが念話でエリオ達に言う。 "エリオ、キャロ。ごめん、そっちのフォローお願い" "は、はい""頑張ります" 半ば反射的に、返事を返したものの二人の子供は自分から何か動き出す事は出来なかった。 3人を乗せたヘリが飛び立ち、ヘリポートにはシグナムと新人達が残された。 見送りを終えたシグナムの厳しい視線が、ティアナに向けられる。 「目障りだ。いつまでも甘ったれてないで。さっさと部屋に戻れ」 フェイトに後を頼まれた幼い二人が、慌ててシグナムとティアナの間に入り、この場を収めようとする。 だがティアナを抱き起こしていたスバルが眉間に皺を寄せ立ち上がった。 「シグナム副隊長」 「なんだ?」 威圧感を感じてか、これから言おうとする事に対する答えを恐れてか、スバルは暫し口を噤んだ。 「命令違反は、絶対駄目だし、さっきのティアのものいいとか、それを止められなかった私も駄目だったと思います」 立ち上がろうとしていなかったティアナが顔をあげ、スバルを見た。 声を震えさせながら、スバルはシグナムへ言う。 「だけど、自分なりに強くなろうとか!!きつい状況でも、何とかしようと頑張るのってそんなにいけないことなんでしょうか!? 自分なりの努力とか、そういうこともやっちゃいけないんでしょうか!?」 徐々に体まで震えさせながら答えを欲しがるスバルにシグナムは表情を変えず、直ぐに答えることもなかった。 「自首練習はいいことだし、強くなるための努力も凄くいいことだよ」 代わりに、暗がりから返事が返される。ライトが照らし出すスバル達の所へと出てきたのは、オペレーターをしているはずのシャーリーだった。 「シャーリーさん…」 「持ち場はどうした?」 「メインオペレートはリィン曹長がいてくれますから」 「なんかもう、皆不器用で、見てられなくて…皆、ちょっとロビーに集まって。私が説明するから、なのはさんのこととなのはさんの教導の、意味」 いつになく張り詰めた表情で、シャーリーは言った。 後ろを振り返らずにロビーへと向かうシャーリーの後に、待機を命じられた全員がゆっくりと着いていった。 手の空いている者を皆ロビーに集めたシャーリーは、なのはの過去を語り始めた。 魔法を覚え、フェイトと出会った事件から始まり、なのはが重傷を負い、リハビリに励む映像迄シャーリーは新人達に見せた。 その間にフェイトが執務官試験を二度落ち、今でもそれを言われると凹む程気にしていたが、それには触れなかった。 「もう飛べなくなるかも、とか。立って歩く事さえ出来なくなるかもって聞かされて、どんな思いだったか」 「無茶をしても。命を懸けても譲れぬ戦いの場は確かにある。 だが、お前がミスショットをしたあの場面は、自分の仲間の安全や命を懸けてでも、どうしても撃たねばならぬ状況だったか?」 腕を組んだシグナムは落ち着いた声で、いつの間にか俯いていたティアナに言う。 「訓練中のあの技は一体誰のための、何のための技だ」 「なのはさん。皆にさ。自分と同じ思いさせたくないんだよ。だから、無茶なんかしなくてもいいようにぜったいぜったい、皆が元気に帰ってこれるようにって。本当に丁寧に、一生懸命頑張って教えてくれてるんだよ」 微かに潤んだ声でシャーリーが言い、彼女等は暫く誰も動きを見せなかった。 陸の手伝いを終えて六課に戻ってきたRXが、ロビーに漂う湿った空気に足を止めるまで誰も。 RXが戻ってきた事に気付いたザフィーラの合図で、シグナム達もRXに気付き席を立つ。 俯いて何か考えているらしいティアナへ時折顔を向けながら、RXは合図をして自分を呼ぶシグナムの元へと歩いていった。 二人は彼女等の目に入らない通路まで歩いていく。 適当な所まで移動し、シグナムは後ろからついてくるRXに言う。 「RX。お前は何も言うな」 「ど、どうしてだ?」 戸惑うRXは、早足でシグナムに追いつく。 「余り褒められた手ではないが、シャーリーが上手くやった。後はなのはがなんとかするだろう」 「どういうことだ?」 言いながら、RXが腕を掴んで、シグナムの足を止めさせた。 覗き込むように上半身を屈めてRXは顔を近づける… 「褒められた手ではないって言うだけじゃさっぱりわからない。教えてくれてもいいだろ」 「……あ、あぁ…いや、いいから。今は放っておけ。どうしても知りたければなのはに許可を貰えたら教えてやる」 腕を放させ、さっきより足早に歩き出すシグナムの態度に釈然としないものはあったが、RXは一先ず頷いておいた。 少し離れたシグナムが振り向く。彼女は早口にRXに言い放って、また歩いていく。 「わかったな? わかったら、今は任務中だ。待機していろ。いいな」 「わかった」 自分がシグナムにしたことに何か問題があったのか考えているらしく、RXは離れていくシグナムの背中に顔を向け直ぐには動かなかった。 30cm弱もの身長差があるとはいえ、シグナムはそんなことで怯むような人ではない。 考えても仕方ないと思い至ったのか、RXは一応自分が待機する場所として定められている場所へと向かった。 * 同じ頃、スカリエッティの研究所の一部が爆発を起こし、そこから放たれた矢のように一筋の光が外へと飛び出していた。 尾を引いていた光が収まり、進行方向をそれに備え付けられたライトが照らす。 今はまだ見えない家へ向けて、バイクを走らせていたのはセッテ。 姉に従いスカリエッティの元へ戻った彼女は、成り行きではあったが、目的を果たしたこともあり一足先に戻る事を決めた。 彼女がスカリエッティの元へと戻ったのは己の力不足を感じたゆえのこと。 暮らしていく間に親密になっていたが、それでもセッテは時折壁を感じることがあった。 その壁の一枚をセッテは実力不足のせいだと考えていた。 光太郎が見ていたムービーの中で、特訓を行うことでより強い力を得るという方法も見つけることは出来たが、突然現れた創造主がより手っ取り早い手段を彼女に示した。 自分の記憶や人格にまで手を入れられないか不安もあったが、ウーノを始めとする姉妹達がそれを阻むだろうと予想して、セッテは姉と共に光太郎の下から去り、創造主の実験に手を貸す賭けに出た。 だからこそ、姉妹の一人を死なせることになったクアットロの行いをセッテは到底許す事が出来なかった。 一歩間違えればセッテが対象だったかもしれないし、何よりスカリエッティ以外の、よりにもよって姉妹からこれまでより残虐な実験が成された事が衝撃だった。 にも関わらず、クアットロは相変わらず茶化すような態度で再改造を終えたセッテの前に現れたので……セッテはその顔を思いっきり殴りつけた。 壁にクアットロがめり込むなり、即座にアラームが研究所内に鳴り響き、モニターが開く。 「ウーノ姉さま」 『セッテ!! 貴女何やってるのよ!?』 「思わずカッとなって…」 『こ、光太郎の悪い所ばかり真似して…』 「お兄様は色々とアレなエピソードには事欠きませんが、こんなことはしませんよ」 呆れてものが言えなくなったのか、ウーノは無言でセッテの目の前に脱出経路が描かれた別のモニターを開く。 描かれているものが何かすぐに理解したセッテは、確認しながら走り出す。 変身するまでもなく、蹴り飛ばされた扉が壁にめり込み、彼女はアラームが鳴り響く廊下を駆けていった。 「ありがとうございます。お礼にお兄様とあったらフォローしておきますね」 『それは誤解よ。ドゥーエじゃあるまいし私は』 地図に従い水槽の並ぶ通路を通り抜けたセッテは、足を止めた。 一瞬の間を置いて、セッテは振り返り、水槽の並ぶ通路へと戻る。 そこには紫色の髪を伸ばした少女が水槽を見上げていた。 「おいお前!! このアラームは何なんだよ!?」 その肩に掌サイズの少女(…聞いた話では確か融合型デバイスらしい)もいて、セッテに状況を尋ねてくる。 二人の事は、クアットロから聞かされていた。 ルーテシアはアラームや、セッテの事を気にも留めずに一つの水槽を見上げていた。 水槽の中には彼女の母メガーヌが眠っている。地図を表示したモニターに向かって、セッテは言う。 「ウーノ姉さま。ルーテシアとメガーヌも連れ出します」 『ちょっとセッテ!? 貴方何を言って』 「出来なくはないはずですね。後でメガーヌを目覚めさせる方法を教えてください」 そう言って、セッテは無防備なルーテシアに拳を叩き込む。ルーテシアから引き離そうと融合型デバイスが炎を作り出すが、ブーメランブレードをぶつけてそちらも気絶させる。 モニターの向こう側でウーノがどんな顔をしているか…見ないようにしてセッテは両肩に荷物を背負って脱出ルートへと戻っていった。 片方には少女と融合型デバイスを、逆の肩には鞄を背負うように母親が入ったままの水槽を。 水槽の方は見た目には無茶もいい所だが、肉体を強化されているセッテには余裕で持ち運べる程度の重量でしかない。 荷物を背負いながら通路を駆け抜けたセッテは、通路の先にある扉を蹴破って、置かれていたバイクを見つけて笑みを浮かべた。 戻って以来、久しぶりに見る愛車は以前より少しばかり棘棘しい外観になっていたが、構わずに彼女はバイクに飛び乗る。 セッテの意志によってエンジンにすぐ火がついた。 どれ程注意を払っても片手で持ったままではメガーヌが水槽の中でちょっとばかりシェイクされてしまうかもしれないので、セッテはバインドを使ってブーメランブレードに水槽を括りつけた。 強化を施された彼女の武器は、デバイスあるいはガジェットに使っている技術を搭載しているのか水槽を括りつけられたまま宙に浮かび、セッテの意志に従って動き始めた。 気絶させたルーテシアと彼女の肩に乗っていた融合型デバイスをバイクの腹に乗せ、愛車が走り出す。 愛車の改造は既に終わっているのか、以前よりも更に彼女に馴染んだ。グリップ一つとっても、実に良く馴染む。 スカリエッティの手腕にゾッとしながらも、ウーノの指示した通りの道を使い、セッテは施設から脱出していった。 車体が生み出す熱、肌にぶつかっていく風を感じて気分が落ち着いたせいか、衝動的に動きすぎている自分にセッテは少し違和感を覚えた。恐らく改造を施された影響による一時的なものだろうか? 無計画過ぎて、クアットロが死んだかどうかも確認できなかったし…姉であるクアットロを殴りつけたことを後悔していないが、スカリエッティの考えで動いているのではとは思いたくなかった。 クアットロにも強化がされていない限り、再改造でよりパワフルになったセッテに殴られて生きてはいないだろうが。 …そんなことを考えながら荒野を走り続けて暫く、セッテは後ろを気にするのを止めた。 ルーテシアまで連れ出したのに追っ手が来ない。妙だが、ウーノが上手くやったのだろうか? 彼女は呟いた。 「変身…!!」 甲冑が彼女の肌の上を覆い隠し、RXのデザインをスカリエッティの解釈で再現した姿へと、彼女の愛車もセッテに合わせて姿を変えた。 更に速度を増して、バイクは荒野を駆け抜けていく。音速を超え、音の壁を貫いて進む彼女の下腹部…ベルトのバックルが光り輝き、連動してバイクもその光を放つ。 ミッドチルダでは何度か確認されたレリックの光が、前面に備わったライトよりも明るく闇夜を照らした。 まだ同居していた頃に使っていた通信画面が起動し、RXの姿が映し出される。 年端も行かない子供(新人達やシャーリー)と草むらの影から妙齢の女性二人(なのはとティアナ)をストーキング(見守っていた)するRXにセッテは咎めるような目を向けた。 『セッテ…!? これは、いやそれより何故セッテが』 「…メガーヌ・アルピーノとルーテシア・アルピーノを確保してドクターの所から脱出してきました。メガーヌの回収をお願いできませんか?」 モニターの向こう側で、RXが力強く頷く。 何かを感じたセッテの体が総毛だつのは、その直後の事だった。 前へ 目次へ 次へ
https://w.atwiki.jp/nanohass/pages/3433.html
RXに連絡を取った直後、セッテは地面を蹴っていた。 乗っていたバイクごと浮かび上がった体は、更に突風に煽られ若干遠くへと吹き飛ばされる。 空中で体勢を立て直すセッテが見たのは、手足に光る羽をつけた姉だった。 同時に彼女が運んできたのか、もう一人セッテより頭一つ分ほど背が低く、小柄な女も進路上に降り立つ。 セッテはバイクを止めた。 トーレと、恐らくはディード。光太郎の所に行っていたせいでディードとは顔をあわせていなかったが、恐らく間違いない。 セッテ達スカリエッティの生み出した戦闘機人には、動作データの蓄積・継承の機能があり、姉妹達のデータを共有する事で完全な連携や自身の経験蓄積を補うことができた。 それを参照すれば、余り関わりのない姉妹達でも誰か位は判別する事ができる。 「トーレ姉さまと、ディードですか?」 「そうだ。セッテ、事情を聞くのは後だ。今すぐドクターの下へ戻れ」 二人に視線を走らせるセッテに、年長のトーレが口を開いた。 「ドクターの所に戻るつもりはありません。また改良してもらう必要があれば戻るかもしれませんが」 「腕ずくで戻す事になるぞ」 「トーレ姉さま。それよりも何故クアットロやドクターを自由にさせておいたのですか?」 身構える二人に、セッテは尋ねた。 痛いところを突かれたのか、トーレの動きが止まる。 「姉妹にあんな事をさせるなんて、ドゥーエ姉さまもとても怒っていましたよ」 「あの件については弁解の言葉も無い……チンクがドクターに振り回されているのは気付いていたのだが」 時間を少し稼ぐ程度のつもりだったセッテは、トーレの態度に戸惑って思わずディードの方へと目を向けた。 見れば、ディードも俯いてしまっていて、失われたのが誰であるかセッテはなんとなくわかったような気がした。 ブーメランブレードを操作する精度も下がっていたのか、何かに引っかかって水槽を運ばせていた2つが墜落する。 まだセッテの待つ相手はこの場所に現れない……セッテは時間を稼ぐ為に更に二人に言う。 どういう風に話せば話を長引かせられるかは検討もつかないが、RXらの救援を待ってルーテシアとメガーヌを引き渡すのが優先事項だった。 「ドクターもクアットロも必要なら姉妹達にあんな真似をするのにどうして協力を続けられるんですか!?」 二人の性能について、セッテは知っている。 トーレの身体能力は以前のセッテの1ランク上。 頑強な素体構築と全身の加速機能によって成される飛行を含む超高速機動能力。 そして固有装備である手足に生えた8枚の羽のようなエネルギーの刃で敵を切り裂く。 ディードの身体能力は以前のセッテの2ランク下。 能力は自身のエネルギーを使用して実体化、固定した双剣だ。 以前ならディード相手なら兎も角、トーレには勝てなかっただろう。 だが今の再改造を受けたセッテの性能なら、二人相手でもどうとでもなる。 しかし、セッテが再改造を施されたように、彼女等も同じ改造を受けていないとは言い切れなかった。 判断するには、データの更新時期が若干古い。 「お前こそどういうつもりだ!! 何故、クアットロに暴行を加えて脱走した!? 怒る気持ちは分かるが、やりすぎだ」 「それは……」 怒鳴りつけられたセッテは答えに困った。 ウーノに言ったように「カッとなってやった。反省はしていない」などとトーレにいえば、問答無用で連行される事になるのは目に見えている。 セッテが返答に窮していると、説得をするためディードも口を開いた。 「トーレ姉さま。クアットロの件はどうでもいいですが、このままでは生みの親であるドクターを裏切ることになります。それはどうかと思いますよ」 「ディード、口を慎め。同じ姉妹だぞ」 口を挟んだディードは、感情的に腕を振るいトーレに言う。 「クアットロのやったことは許せません!! オットーをあんなものに…!!」 「口を慎めと言ったぞ。それについてはもうペナルティが加えられたはずだ」 「どこがですか!? ドクターの決めたことでも、あれじゃあ余りに…」 「黙っていろ!! 今はセッテを連れて帰るのが先だ」 渋々ディードが黙りこむと、トーレはセッテに向き直った。だがセッテの方は、むしろ黙らされたディードの方へ意識を傾けて言う。 「姉妹にあんなことが起きるようなところに戻りたくないって言うのは当然でしょう? むしろ二人も一度私と来ませんか?」 「馬鹿な事を言うな。無理の無いローテーションを組むには、人数は減らせん」 「そんなはずありません。ディード、貴方はどう思います?」 「私ですか? 私は……」 「答えなくていい」 答えようとするディードをトーレが睨みつけた。 「二人とも、ドクターがお待ちだ。戻るぞ」 「ディード、ドクターの所にいても良い稼動データを取る機会も少ない。貴方にそのつもりがあるのなら、私のように強化できる」 「……トーレ姉さま!! 私は、セッテ姉さまの言う事も一理あると思います」 現在の状況に不満があったのだろう、ディードはセッテの申し出にあっさりと乗り同調を示した。だがトーレは、セッテの言葉を聴いて殺気だっていた。眉間に皺を寄せたトーレがセッテを睨みつける。 「そのつもりがあるのなら!! セッテ。お前にその気はあるんだろうな。…それなら妹達のことを考えよう」 セッテはディードを一瞥し、一呼吸置いてから答えた。 「私はドクターの下へ戻るつもりはありません。戻るとすれば、ドクターを利用するか捕らえる時になるでしょう」 「ドクターは生みの親だぞ!? 光太郎に何を吹き込まれたのか知らないが、それを裏切るのか!!」 凄むトーレの手足についたエネルギー翼が輝きを増した。 多少疑問くらいは持っているのかもしれないが、ドクターに対して忠誠心を持っているのはディードも同じらしく咎めるような目をして双剣を構えようとしていた。 「兄様は何も。全く関係ないことです!! これは、私の意志です」 「そういうことか……!!」 舌打ちしたトーレがあらぬ方向を見る。ディードの後方、かなり遠くから何かが近づいてくる音が彼女等の耳に届いた。 飛行している音だが魔導師達のものとは若干音が異なっている。トーレとセッテの脳裏に浮かんだのはバッタに似た怪人の姿だった。 「もういい、お前も黙っていろ。お前は毒されている。ウーノといい、どうしてこうも簡単に敵に惑わされる」 苛立ち、ぼやくトーレが四肢に力を込めた。徐々に大きくなっていく音に、話し合う時間はもうほぼ無くなってしまっていた。 何かのきっかけを待つ時間も無く、ディードが加速を開始し瞬時に双剣を振り上げてセッテの背後に回り込む。 背後に回ったディードが剣を振り下ろし、セッテは横に跳んで逃れる。同時に、トーレは手の届く範囲まで踏み込んで妹に拳を叩き込んだ。 セッテは冷静に、空中で光る羽をつけた腕を掴んで止めた。威力で流れていく体を地面に足を着けて固定する。 トーレを援護しようとするディードへは、進行を阻むようにブーメランブレードを飛び回らせた。 ISによって更に加速していくトーレに押されながら、セッテは腕に力を込めていった。 乾いた土を削りながら押し込まれていく四肢が薄っすら光る。腹部に埋め込まれたレリックのエネルギーが体内を巡り、拳を輝かせていた。 打ち込もうとする気配を感じたトーレがセッテの体を蹴って強引に離脱する。 蹴り飛ばされたセッテは、勢いに逆らわず土煙をあげながら地面を滑っていった。 一旦離れたトーレが空中で方向を変えて、再びセッテに襲い掛かる。セッテは素早く握り締めていた手を開き姉に向けた。 拳に留まっていた光が、桃色の光線となって撃ち出される。 かわされてしまうことを予想して、周りへも砲撃を放つが、トーレはそれも全てかわしてセッテに接近してくる。 セッテは後方へと退きながら、砲撃を撃ち続けた。 再改造を施されたセッテの脚力、空戦能力は上がっていたが繰り返される砲撃を紙一重でかわし続けながらでさえトーレのスピードはセッテを上回っていた。 荒れた地面に足を取られないように気を払う余裕もセッテにはない。ちょっとした段差や、小石につまづかないことを祈りながら、背後へと跳んでいく。 バイクに追いつかれた時点で分かっていた事だが、改めて見せられたセッテは驚き……そして足を止めた。 足止めにもなっていない砲撃も撃つのを止めたセッテは、再び拳を握りこむと全身に力を込めていった。 スカリエッティは実に凝っていて、セッテが力を引き出すための動作を幾つか用意していた。 その通りに微かに両足を開き、腕を曲げると埋め込まれたレリックが微かに光り、先程を大きく上回る力がセッテの体を巡り片方の足を中心にボウッと光る…… 感覚を研ぎ澄ませ獲物を待つセッテを見たトーレは、いつの間にかブーメランブレードを振り切り、再びセッテの背後を取ろうとするディードの腕を掴んだ。 そして二人は離脱していく。セッテは力を溜める為の構えを解いた。 すると直ぐに、空から見覚えのある姿が降りてきた。 「セッテ、無事か!!」 「はい。お久しぶりです」 バッタっぽい顔をした怪人は、何故か今日はボロい真っ赤なマントをつけていた。 ビロードっぽいような気もするが、何で出来ているのかセッテには良くわからなかった。 それに、緑色の稲妻がバッタっぽい体から大気へ流れていく。 その後方から聞こえるメガーヌ達を収容する為のものと思われるヘリの音にセッテは少し耳を傾けた。 音の感じでまだ少し時間がかかると判断したセッテは、乾いた地面に放置されている水槽等に遠慮せずRXに言う。 「暫く見ないうちに、その……イメージチェンジですか? 凄く派手ですが」 「そんなんじゃないっ、スカリエッティが……突然送りつけてきたデバイスなんだ。君達の固有武装に近いらしいが」 セッテを見て、安堵したRXは弁解するような口調で言う。 デバイス?が送られてきたのは少し前のことになる。 ゲル化した戦闘機人を倒した礼として、倒してから数日後には送られてきたのだがそのことを口にするのはRXには戸惑われた。 口調に違和感感じたのかセッテが重ねて尋ねる。 「どうしてゲル化して移動されなかったんですか?」 「それは、歩調をあわせる為だ。今俺は管理局の機動六課と協力してる。彼女等と余り離れすぎるのは良くないだろ?」 「わかりました。申し訳ありません、もしかしてゲルもどきになった姉妹のことで私達に気を使ったのかと思ってしまって……」 軽く頭を下げるセッテに、RXは何も言わなかった。二人とも仮面をつけていて、表情は変りようが無い。 「俺も聞いておきたいことがある」 「なんでしょう」 「どうしてまたスカリエッティの所からこちらに付く気になったんだ?」 「ドクターの所へはパワーアップしてもらう為に戻っただけですから。再改造が終わったので出てきました」 「よく無事だったな……」 「姉妹達は身内を洗脳したりするのは反対しますから、頼んでちゃんと見張っていてもらえば大丈夫ですよ。ウーノ姉さまが戻ったのはまた別の理由があるらしいですが」 「別の理由だって?」 「ええ。その放電もドクターのデザインですか?」 少し茶化すようにセッテが言う。 危険な代物かどうか調査する為に今まで手元に無かったが、今日の昼には調査が終わっていたらしい。 ティアナのことに関心が行っていて、デバイスは忘れられていたのだが、今回はヘリ… 他の六課の隊員達と共に出動するお陰で準備をしている間に運良くRXの手に渡された。 「アレは、俺が無駄に力を使いすぎてるせいらしい」 起動したデバイスは、血を連想するような趣味の悪い赤のマントに変り、RXの体に纏わりついた。 歳月で傷んだような風合いや、傷もあり何か意図されているのだろう。 以前ウーノに聞かせたドゥーエが誑かした男から聞き出した逸話に出てくる魔王をイメージして作ったそのデバイスをスカリエッティ自身は気に入っている。 あいにくスカリエッティが何をイメージしていたのか六課には全く伝わらなかったし、はやてだけは断固として『これは大きなマフラーだ』と言って譲らなかったが。 マントはRXの補助をするように設計されており、RXがまだ使うことは愚か意識すらしていない力の使い方を可能にすることが目的とされているようだった。 ここまではその使っていなかったキングストーンの力、それも新たに手に入れた『月の石』の力を主に使って超常現象に近いことを行ってきたのだ。 今は過剰なエネルギーが漏れ出して放電現象を起こす程度の技能しかないが。 恐らく長じれば、かつてのシャドームーンのように天候を変えたり、空間を移動することも可能になるのだろう。 「……セッテ。後で君の知っている情報を話してくれ」 「わかっています。お兄様が協力しているんですから、それくらいはやりましょう」 だが、と大した情報は持っていないというセッテはRXから簡単な話を聞きながら、バイクの所にいるルーテシアと近くに不時着したメガーヌの水槽の元へと案内する。 ヘリが到着し、荒れた砂地に転がるメガーヌ達が収容されたのは十数分後の事だった。 * 収容されたメガーヌは直ぐに医療施設へと搬送された。 ルーテシアも同施設に収容され、ザフィーラとシャマルが付き添う事になった。 無理やり連行したという経緯を聞かされたはやてが、目覚めた際にもし暴れだしたとしても対応できるようにと負荷の低い人員を回すことに決めた。 セッテだけは戦闘機人ということが判明している為、暫くは六課の宿舎に泊まることになっている。 戦闘機人の研究が禁止されている為、特殊な施設で無ければ精密検査をする事も出来ないらしく、予約も取りづらい。 説明されたRXは恐らくスバルを診ている人間なのだろうと気付いたが口には出さなかった。 以前助けた際にスバルとその姉が戦闘機人だと気付いたが、六課のどれくらいの人間がそれを把握しているのかRXは知らない。 「私達の技術に精通した人間はドクター以外殆どいませんから…検査する必要があるとも思えませんが」 「どうしてですか?」 「問題が見つかっても対処できる程の人間がいるとは思えません。いればドクターは他の分野の研究をしているはずです」 思わず尋ねたエリオは、セッテの返事にどう答えたらいいかわからないようだった。 「で、でも何かわかるかもしれませんし」 「サンプルにされるだけでしょう。何かあった場合は、お兄様に手を下して貰えばいいのです」 一緒にいたキャロがフォローしようとするが、セッテは素っ気無く返す。 返された内容に、その場に居合わせた六課の人間は動揺し、RXが強い口調で言う。 「セッテ。皆を余り驚かせないでくれ。もう少し言い方ってものがあるだろう」 「え……は、はい」 「それに俺は、お前を倒すのなんて真っ平だ」 レリックがセッテの中に埋め込まれていると知っていれば直ぐに行ったのだろう。 だが反応を隠す為の処置が施されており誰も気付きはしなかったし、何よりアルビーノ親子のことに皆の注意は引き付けられていた。 セッテがRXに従っているのでセッテに対する興味は、低くなっていた。 検査の時間までに聞く機会があるしその後も可能なことより、メガーヌの容態が気がかりだった。 そして、とりあえずセッテの一時的な拘留先は、RXの部屋ということになった。 「牢に入れられると思っていました」 「はやてちゃん達はそんなことしないって」 部屋に入り、扉が閉まるなりそう言ったセッテにRXは背中越しに答える。 彼女の好きな飲み物を出そうと冷蔵庫に向かうRXについて行きながら、セッテは部屋の中を物色する。 フェイトが持ち込んだサボテンを眺め、ヘッドギアを外して鉢に立てかけるようにして置く。 ベッドに腰掛けたセッテは光太郎が入居時に貰った枕を掴んだ。 「……こんな趣味でしたっけ?」 冷蔵庫を閉めて、二つコップを用意していたRXはメールに気付いてモニターを開いていた。 その内容を確認し、枕を掴んだセッテへ目を向ける。 「え? ああ、それはフェイトちゃんに……」 「私達がいなくなった途端女を連れ込んだわけですか」 「ば、馬鹿なことを言うなよ。やましいことはないって」 「それは良かった。変身を解かないんですか?」 慌てた様子で答えるRXに、特に気にした風も無くセッテは言う。 指摘されたRXはコップの中に粉をいれ、少量のお湯に溶かしていく。 その間変身を解くのをジッと待つセッテの視線に負けて、RXは変身を解いた。 それを見てから機嫌を良くしたのか少し笑ってからセッテは尋ねた。 「……もしやウーノ姉さまから連絡が来たんですか?」 「いや、友人の母親からだ。今度アクロバッターを持ってきてくれるらしい」 * RX達がセッテ達と合流した頃、その報告はようやく首都で休んでいた責任者達の下へと流れついていた。 騒がしいアラーム音に邪魔をされ、大柄な人間2,3人は入りそうな布団が動きを止める。 ノロノロとまた動き、顔を出したのはレジアスだった。魔法能力のない彼は、枕元の端末を叩きモニターを表示させる。 「また問題でも起きた?」 「うむ……まぁな」 レジアスが開いたモニターには急を要する報告が短い文章で書かれている。 寝ぼけ顔などを見られないように寝室に入ってからは声のみか、文章で知らせるよう言ってあった。 セッテがスカリエッティの所から脱走した事が書かれており、これを報告した者にとっては兎も角レジアスには然程急を要する用件ではなかった。 布団から裸の腕を伸ばし、安心したレジアスは枕と頭の間に挟んだ。 すぐに内容を言わないレジアスの横に顔を出したドゥーエは頬杖をついた。 裸の肩が布団から一瞬出て、布団が引き上げられてまた隠れる。 「言えないなら」 「いや、そうではない。スカリエッティの所から戦闘機人が一名、アルビーノ親子を連れて脱出したらしい……」 「フーン……誰かしら?」 「恐らくRXと行動を共にしておったセッテだろう。能力的にウーノとは考えられんし、タイミングから言って他の戦闘機人でもない」 「セッテか……今度、会ってみたいわね」 「会っておらんのか?」 「ご老人の世話に、貴方の秘書。他の時間は何処にいるっけ?」 開いたモニターの光で爪を眺めるドゥーエにレジアスは反論はしなかった。 嵌められた指輪が光りを反射していた。 「助けが必要ならワシの方でも調整しておこう」 「ええ」 モニターを閉じたレジアスは、再び灯りの消えた部屋の中で隣を見つめた。 目が慣れて、カーテンの隙間から入る街の灯りで一見興味なさそうな顔のドゥーエが見えるようになってくる。髪を弄るのをレジアスは少しの間見つめた。 秘書に成りすましているのに気付いたのは偶然だった。改造されたドゥーエの妹達の一件がなければ、不自然な所など全く出さなかっただろう。 実際、ドゥーエはご老人……レジアスの飼い主である管理局の最高評議会メンバーの傍に秘書・メンテナンス担当として潜入しているらしい。 「…………ドゥーエ。聞いておきたいことがあるのだが」 「どうしてドクターを裏切ろうとしているのか? それとも、貴方とこうなった理由?」 「まぁ、……そうだ」 今更平凡過ぎる質問だったからか、ドゥーエが鼻で笑う。 「裏切ってるつもりは無いわ。まぁ妹にあそこまでやるようなドクターには愛想が尽きたけど……スマートだから」 「スマート?」 「仕事が。治安の回復にアインヘリヤル?海のエリート達にもここまで出来るのはそうはいないでしょ。っていうか、教導隊は何百いても貴方のタイプは半分もいないでしょ」 「フン……っ、ここまでやれば、誰にでも出来る」 レジアスは最高評議会に従い、汚い仕事に手を染めた自分を嘲笑った。ドゥーエはそんなレジアスに目を向けようともしなかった。 「ゼストの遺体を引き取る事は出来なかった。評議会が、ワシの首により強固な首輪をつける為に利用するつもりなのかもしれん」 「貴方はレジアス・ゲイズ」 不意に口を開いたドゥーエによってレジアスは、弱気に愚痴を零すのを止めた。 「魔法能力が無い地上の守護者。事実上の地上本部総司令……親友が死後も侮辱されようが貴方は職務を投げたりはしない。ミッドチルダをより安全にする」 「うむ……勿論だ」 早口にまくし立てられたレジアスは、威厳たっぷりに頷いた。 その厚い胸板に、ドゥーエが頭を乗せた。薄明かりが細められた瞳にも入って綺麗に見せていた。 「でもセッテや、私の姉妹は大事にしてもらう。だって義理の妹でしょ」 「う……い、いや!!」 思わず頷きかけたレジアスは首を振ろうとして、顎を掴まれた。 肉体を強化されているドゥーエの力は見た目以上に強く、指先で掴まれているだけの頭を振る事も出来ない。 素直に返事をしなかったレジアスを責めるように、ドゥーエの爪が肉に食い込む。 だが大事にというのがどういう意味か悟っていたレジアスは頷くわけにはいかなかった。 「まさか違うって言うのかしら。だとしたら私が勘違いしてた……」 「そうではない。しかしだな。特別扱いするわけにはいかん。むしろゼスト達がああなった以上私も」 「却下。ゼストは友達!! 彼の部下は他人!! 私達の方が大事にされるべきよ!!」 「だが」 「私のISは説明したわよね。それでも?」 「? ああ、うむ……ごほん、ライアーズ・マスクだったな。自身の体を変化させる変身偽装能力だと聞いたが」 「分かってないわね……」 よからぬ事を考えているとしか思えない含みのある笑みがドゥーエの顔に広がり、彼女の能力が使用される。 何故今更顔を変えるのか、レジアスが不思議に思う間もなく、彼女は美女から幼女に変身した。 レジアスは呆気に取られて何度も瞬きをするが、掴んでいる顎の骨を軋ませてドゥーエは正気に戻してやった。 「は?」 「別に体格を変えられないわけじゃあないわ」 「ありえん……」 レジアスは頬の筋肉を引きつらせながら目を逸らした。 「だって、髪の色が自由に変えられるのよ? 身長だって変えられるわ。だからってライダーの研究に感謝したりしないけど」 「意味が分からん!! 何故そんな姿になったかが全く理解できん!!」 変身魔法を使っていかがわしい真似をする空のエリートがいるという話は聞いたことがある。 だが、汚れ仕事をするよりも遥かに罪悪感が腹の底に溜まりそうなそれを自分で試す気はレジアスにはなかった。 「ロリから熟女、髪型体型お望みのまま、演技力も別人になりきれる程完璧」 そう言ってドゥーエは逃れようとするレジアスに強引に唇を重ねた。 「出勤し易いからオーリスとの同居も受け入れたわよね。一緒にトレーニングしてもいいし、ちょっとした犯罪者なら協力してくれれば姉妹達が片付けるようになるわよね……でもゼスト達はこんなことしてくれないわ。ほら!! 私の方が大事にされるべきでしょう?」 「殆どが公の利益になっておらんだろうが!! それに奴は友で、奴の部下達もミッドの治安を守るために手を」 「大事にするなとは言ってないわ、でも!! 私達の方が大事よね? 例えば六課にいるライダーより」 「だからと言ってあからさまに便宜をぐぐ……」 顎を掴む指の力が徐々に強くなっているのか、ぐうの音も出せないレジアスは自分の顎の骨が軋む音を聞かされた。 彼女の髪の色と同じ指輪を嵌めたことをちょっと早まったかもしれんと思ったが、他の誰が聞いてもレジアスを殴りはしても同意してくれないであろうことは明白だった。 とりあえずレジアスは顎の痛みに耐えながらうまくやれば陸の戦力アップに繋がるのだからとか、言い訳を考えることにした。 前へ 目次へ 次へ
https://w.atwiki.jp/nanohass/pages/3212.html
新暦七十四年某日。 任務を終えて、久しぶりに地球にある家に帰宅することが出来たクロノは、自室に篭り情報収集に努めていた。 身長と美意識にだけは恵まれなかったクロノの書斎は、机と椅子が一つある以外は殺風景なもので家族の写真がなければ使用されていないような印象を与えかねないものだった。 ヴィヴィオの教育方針に影響を与えるほど服などに無頓着なクロノは、一つしかない椅子に座って視線を空中に浮かぶ複数のウインドウの上に走らせていた。 一歩間違えれば世界が滅びる場合もある管理局本局の提督という仕事の性質上、任務中はその任務に集中し他のことは疎かになりがちになる。 それを補うため、クロノは自宅にいられる間も家族サービスと並行して世間のことに目を向けているのだった。 複数の世界の危機を伝える情報と、十年来の友人が各地で上げた成果や数年前に出来た友人がミッドチルダを騒がせているという記事に目を通しながら、机上のコップを持ち上げる。 母が淹れた液体は危うく口をつけてしまいかねない香りを放っていた。 が、常識的に考えて観葉植物の根元に棄てて帰る途中コンビニで買った缶コーヒーを鞄から取り出した。 一口二口コーヒーを舐めて落ち着いたところで開いていたウィンドウの一つにクロノは視線を向けた。 「で、もう一度最初から言ってくれるかな?」 「…フェイトちゃんから告白されて困っている。なのはちゃんにけし掛けられたようだった」 画面の中で整った顔立ちの青年が言う。 クロノが光太郎から視線を外しメールをチェックして見ると、フェレット野郎からなのはとの関係が友人から一歩進んだと喜び一杯のメールが届いているのが見つかる。 自然な動きでユーノからのメールをなのはの兄と父親に転送したクロノは視線を光太郎に戻した。 ミッドチルダで大暴れをして、他の管理世界で暴れていた犯罪者を集めてくれている仮面ライダーの中の人とは思えない、思い悩んだ表情で光太郎が言う事とは思えないが、そんな男だからこそかとクロノは思った。 そんな男だから、自分は会っても間もない頃彼のアクロバッターを預かろうと思ったのだろうなと。 最近は妹分…各誌では『2号』とか青いボディから"Blue"。 先日、新部隊設立の話で本局で顔を合わせたはやては、"尻神様"とか言っていたが…(カメラマンが納めた写真に写っているのが大抵バイクに跨った後姿だかららしい) 相棒も出来て落ち着きと貫禄が出てきたと思ってきたのだが、色恋が苦手なのは相変わらずらしい。 「君はどうしたいんだ? 確か今はフリーだったと思うけど…」 「…ああ」 返事が返されるまでの微かな間は、クロノに踏み入った質問をさせた。 「(一応聞いておくけど)ウーノさんとは本当に付き合ってるんじゃないんだな?」 ウーノ達の素性について既に光太郎から聞かされている。 クロノのことを信用しているということもあるが、光太郎が管理局からスカリエッティの研究所に送られたことと、ウーノが自首してもすぐに釈放されたということ。 その二つの出来事を、クロノにどうしても話す必要があったからだ。 そこからウーノ達のことを教えられたクロノの知る限りでは、光太郎とウーノの仲は良かった。 だからこそフェイトの気持ちを受けるかどうかということに関して、クロノはそこだけははっきりとさせておかなければならなかった。 缶コーヒーを傾けながら尋ねたクロノに、光太郎は眉を寄せた。 「ウーノとそんな関係にはならない。俺は何れスカリエッティを倒すつもりなんだぜ」 言う光太郎の瞳に、クロノはスカリエッティを倒すことに関しては一片の迷いもないことを窺わせる硬い、鋭い光を見たような気がした。 「それは関係がないんじゃないか?」 「ウーノは、他のことは協力してくれている…だが、生みの親であるスカリエッティを倒すことに関しては俺と対立してるんだ。彼女の妹が来てからは特に…」 それを聞いたクロノは思わず呟いた。 「彼女も苦労するな」 聴力も常人より優れている光太郎が聞こえないはずは無いのだが、光太郎は呟きが聞こえなかったかのような顔でクロノを見ている。 らしくない態度に、クロノは呆れたがこれ以上深く尋ねようとはしなかった。 友人のなのはに煽られたとはいえ、行動を起こした義妹に幾らかでもにチャンスが巡って来るのならば…ウーノには悪いがクロノは目を瞑るのが特に悪い事だとは思わなかった。 「………話が逸れたな……フェイトちゃんには悪いが、流石に年が離れているから断ろうと思っている」 「待ってくれ」 冗談ではないとクロノは少しだけ顔を画面に近づけて言う。 「光太郎…君、フェイトと付き合ってやってくれないか」 「何を言ってるんだ。俺は彼女の事はそんな対象としては…」 「わかってるさ……あの子はその辺りの感情は未熟なんだ。だから嫌じゃなければ暫く付き合ってやってくれないか? 勿論君に好きな相手が出来たなら別れてもらっていい」 口を濁す光太郎にクロノは言う。 頼まれた方は、性質の悪い冗談にしか聞こえないことを頼むクロノの真剣さに目を疑った。 「本気で言ってるのか?」 「勿論だ。義兄としては、このまま恵まれない子供達を引き取って満足されても困るんだ」 椅子の背もたれに持たれかかりながら渋い声で言うクロノ。 恋愛や結婚が必ずしも必要なものとは言わない。 だがエイミィと結婚したせいか、今のクロノはした方がいいと思うようになっていた。 それに対する返答はすぐには返らなかった。 「どうしても嫌なら断ってくれ」 「どうしても嫌ってわけじゃない。でも俺にはそんな器用な真似」 「僕は君に今までガールフレンドが何人かいたって聞いたぞ」 「それとこれとは!! …話が違うさ」 それから一時間ほどを、クロノは光太郎を説得する時間に費やした。 途中からヴェロッサにも参加してもらい、二人がかりでどうにか光太郎に承諾させたクロノの手元には空になった缶が4つも転がっていた。 一仕事終えたクロノの背中に、いつの間にか部屋に侵入していたエイミィの声がかけられる。 「どうしちゃったの? 無理やり付き合わせたって長続きしないよ」 「彼に言ったとおりさ。フェイトにいき遅れてもらいたくないし…彼ならフェイトのキャリアを犠牲にすることもないと思うしね」 説得するのに多少熱くなっていたにせよ、いつの間にか部屋に入り込まれていたことに驚きながらクロノは言う。 質量兵器を所有し、今は形だけとはいえ陸に追われているが、仮面ライダーは人気もあるし悪事を働いたわけではない。 人間としてはクロノも気に入っているので相手としてそう悪いものではないと考えていた。 驚いた素振りを見せないようにする夫の様子を微笑ましく感じたエイミィは空いた缶を回収しながら相槌を打つ。 「そんな言い方ってないでしょ。クロノにそんな心配されてるって知ったらフェイトちゃん怒るよ」 クロノは座ったまま肩を竦めた。 「光太郎を説得したんだからいいだろ」 「二人ともフェイトちゃんのことを何だと思ってるのよ……? あーあ、フェイトちゃん、聞いたら泣いちゃうかもね。脈なしなのかなぁ」 「どうかな。僕はうまくやると思ってるが」 「え、どうして?」 「僕だって告白されたのは女性の側からだったぞ」 「あ…もう。今日は早く寝てよね。明日ヴィヴィオのことで話があるから」 少し膨れた顔のエイミィの言葉から嫌な事を思い出したクロノは手を止め、間髪入れずに怒鳴りつけるような返事を返した。 「ヴィヴィオの入学試験の話なら反対だぞ!!」 声を荒げるクロノにエイミィはびっくりして首を竦める。 だが彼女も負けじと声を張り上げた。 「話だけでも聞いてあげて…!!」 「駄目だ!! あんな甘えん坊が士官学校に通えるわけ無いだろ!?」 数年前引き取ったヴィヴィオの知識や技術の習得スピードは目を見張るものがあった。 なのはと初めて出会った時にも驚いたが…ヴィヴィオの速さはそれを凌ぐ異常なものだった。 検査結果では、ヴィヴィオの元になった人物は約三百年前の古代ベルカ時代の人物ということしかわからなかったが、余程偉大な人物だったのだろう。 今のヴィヴィオが士官学校の試験を受けたとしたら、知識や魔法の能力以外の部分では十分に合格を狙えるだろう。 精神年齢は普通の子供と変わらない為、クロノとリンディはそう判断していた。 その上で、リンディは本人の意向を叶えてあげるべきだと決め、クロノは却下することを決めた。 エイミィは落ちるかもしれないんだし、と受けさせるだけ受けさせようと言うのだが、クロノはそれにも反対だった。 将来有望な魔導師を確保することにかけて彼等は必死だ。 なのは達の時のように特殊なコースを用意することも十分考えられるのだ。 「もう…!! 明日だからね!?」 出て行くエイミィにああ、と静かに返したクロノは断固反対し、明日の家族会議で勝利する為にシュミレートしつつ捜査を再開した。 とはいえもういない間の情報には目を通し終えている。 クロノは、管理局の闇を追い始めた。 光太郎がスカリエッティのところに送られていたことといい、ウーノがすぐに釈放された事といい、管理局はクロノが思っていたよりもずっと濃い影を持つ組織だった。 クロノはその事を憂いながら、その道のスペシャリストでもある友人のヴェロッサを含めても数人の口の堅い者とだけ安全な手段で連絡を取り合い、地道な調査を進めていた。 と言っても、調査はヴェロッサや彼と繋がりのある教会の心ある者達頼みでクロノが担当しているのは、事の次第が判明次第改革を行うための仲間作りであるが。 光太郎から聞いた話から考えると、クロノが下手に動けば管理局に巣食う犯罪者共に漏れているかもしれない。 そのせいで、クロノ達は捜査を開始して二年以上経った今現在も何も手が打てないでいる。 光太郎とフェイトの二人にしても、相手に情報が筒抜けである可能性が高いが、囮として何も言わない事にしていた。 それを思うと焦りが心の内側で微かに燃え上がった。 しかしそれは小さな火に過ぎなかった。 幼い頃から日夜世界が滅びる程の危機に立ち向かい続けるクロノには、その程度の焦りは無いも同然だった。 ほんの数分前まで「年齢差もあ「若い彼女が出来るんだから喜んでくれ。だけど傷つけたら君でも許さないぞ」と光太郎に言っていたとは思えない冷静な心境だった。 引き取ってから暫くが経ち、能力的にどうにか試験を突破できる目処が経った二人目の義妹の進学に反対する感情的な姿とは正反対の態度で、クロノは捜査を続ける。 途中経過を報告しあおうとヴェロッサと会う約束を取り付けながら、頭の片隅ではクロノは明日どうやってヴィヴィオ達を説得するかも考えなければならない。 「そうか……これは、使えるかもしれない」 不意にクロノは呟き、捜査の手を止めた。いい考えが頭に浮かんだのだ。 新たに開いたのは光太郎との通信のログが保存されたフォルダ。 クロノは目にも留まらぬ速さでそのログを編集し始める…見る見るうちに出来上がったのは短い映像だった。 少し垂れた巨大な複眼が爛々と、黒いボディが艶っぽく光るRXが親指を立てている。 『良い子の皆!! 士官学校は10歳になってから!! RXとの約束だ!!』 「…よし。これをCMの間に無理やり…」 職場でも家庭でも、彼は実に多忙な男だった。 * 「フェイトちゃんと光太郎さんがッ!? くッ…先こされてもうたッ」 新部隊設立のため奔走する最中にそれを聞かされたはやての第一声に光太郎とフェイトは揃ってついていけずに呆然とした。 久しぶりに休暇を取ったはやてが友達二人と会う約束をしたのは一月以上も前の事だ。 だが当日、待ち合わせ場所に一足先に着てみれば、何故か見覚えのあるベスパが彼女の前に停車した。 それを運転するのは光太郎で…後ろにはフェイトが乗っていた。 朝っぱらからそんなものを見せられては、好奇心を刺激され詳しく事情を聞こうとはやてが考えても仕方がないことだった。 フェイトを下ろして去っていこうとする光太郎の腕を掴み、待ち合わせ場所の傍にあったオープンカフェに連れ込むのに何の躊躇いも無かった。 「えっ…と先って」 そうして、事情を聞き悔しそうに唸るはやてにフェイトが声をかける。 少しだけ椅子を動かし、店員がセットした位置より少しだけ光太郎に寄った位置に座るフェイトにはやては慌ててジェスチャーを交えて、ちゃうちゃう、と否定した。 「いや二人ともそんな慌てんでええんよ。家の乳神様が不甲斐ないだけなんやから」 「ち、乳?」 ははは、と笑う友人の言い草にフェイトが恥かしがる。 おもろいなーと心の中で思いつつはやては説明をする。 「シグナムのことやん。あの胸やったらイチコロやと思ったのになぁ」 自分の守護騎士達の中でも一番の凶悪なボディラインを持つ女性を頭に思い描きながら、はやては両手を空中で動かす。 はやての頭の中ではその感触まで思い返されているのかその動きは妙に真に迫っていた。 「お、俺はそんな目で見たことは一度も無いぞ」 「ほんまに? まぁそれはええんよ。でもこれからも仲良くしたってな」 慌てる光太郎をからかいつつも、そう頼むはやての表情には微かに真剣さが透けて見えた。 気付いた光太郎達が不思議そうにするのではやては誤魔化すように笑う。 「んー……これは皆には黙っててな」 光太郎を引き摺るようにして席に着いた際に注文は済ませてある。 はやては注文した品が持ってこられていないか確認するように、店内にサッと目をやり神妙な顔を作った。 「取り越し苦労かな思うしまだまだ先の話しやけど、私が死んだ時あの子らがどうなるかちょっと心配なんよ。どうなるかまだ全然わからへんけど、光太郎さんやったら寿命も長いやろうしどう転んでもええかなって」 はやてと寿命の話をしたことなどなかったが、漫画等でマスクド・ライダーがある世界出身のはやてのことだ。 光太郎の姿が出会ってから変わっていないことや、何の漫画などを読んで少なくとも人間よりは長命だろうと検討をつけたのだろう。 光太郎自身は、自分の寿命がどのくらいかは知らなかった。 前の創世王の寿命から考えれば、恐らくは五万年はあるのだろうが。 以前キングストーンは、たったの千年もすれば自力で地球へと帰還する事が出来るようになると光太郎に告げた。 後990年以上…今の光太郎には気の遠くなるような時間の間だったが、こちらで出会った皆の力になるのも悪くはないだろう。 そう思いつつ光太郎はフェイトと二人面食らった顔をして、視線ははやての顔に釘付けになっていた。 二十にもならないはやての口から死後のことなどという言葉が出るとは思っても見なかったのだ。 健康になったとはいえ、以前は病弱で闇の書事件では命を失いかけたはやては、そんな二人の反応に務めて明るい表情を作った。 「ご、ごめんな空気悪して。あー早よなのはちゃん来ぇへんかな~」 そう言って、若干変わってしまった場の空気を吹き飛ばすように、はやては軽やかにテーブルの上に身を乗り出した。 「せやから光太郎さんっ」 身を乗り出したはやては光太郎の両手を無理やり取って上目遣いに光太郎を見た。 「シグナムのことは今後もよろしゅうお願いします」 「あ、ああ…! 勿論さ」 「ありがとうございますー」 無邪気な笑顔を見せて礼を言うはやて。 その顔に一瞬邪悪な影が差したように見えたフェイトだったが、我が目を疑った彼女が瞬きをする間にそれはどこかに消えてしまっていた。今は凄くイイ、まるで無垢な幼女のような笑顔だ。 「フェイトちゃんどうしたん? そんな狸に騙された狐みたいな顔して」 「え? う、ううん…気のせいかな…?」 首を傾げるフェイトにフフフと笑いかけつつはやては言う。 「というわけで光太郎さん。あの子ら休みの日は空けといてな。まだ訓練の相手したる位でええから」 さらりと言うはやてにやはり一瞬だけ名状しがたい何かを感じ取ったフェイトは、光太郎の方を見やった。 来年発足する新しい部隊。そこでシグナムとフェイトは同じ部隊の隊長と副隊長に就任する予定だ。 休暇はほぼ絶対に重ならないだろう。 だからこそ心配になってきたフェイトは、目ではっきりと答えるのを避けて欲しいと光太郎に伝えようとした。 お義母さんが持っていた少女漫画では伝わる事もあったはず…!とばかりに力を込めて。 「ああ、俺は構わないよ」 「えーッ!?」 だがフェイトに向けるのと大差ない優しい笑顔で答える光太郎にフェイトは思わず立ち上がっていた。 光太郎はそれに驚き、ビクッと震えた後不思議そうな顔でフェイトを見た。 全くわかっていない光太郎を責めるような目でフェイトは見つめていた。 「じゃあ俺はそろそろ行くよ。そろそろ急がないと遅刻だからな」 「え、仕事やったんですか!? 時間いけます?」 「途中少しだけ変身させてもらえば大丈夫さ。この近くの工事現場だから」 「…えっともしかしてこの先の、管理局の施設ですか?」 「ああ」と、光太郎は頷いて目配せしてまだ責めるような目をしたフェイトを示した。 「(デートとかで)必要になるかもしれないからな。その手伝いを紹介してもらったんだ」 「そうですかー…」 席を立つ光太郎を見送りながら、はやてはぽつりと呟く。 「仮面ライダーが作ったオフィス……ええやん!」 グッと拳を握り締めて、はやては新しい職場への期待を膨らませた。 セキュリティ上問題があるだろうとか、実際は少し手伝う位なのだろうが細かいことはこの際どうでも良かった。 「光太郎さん頑張ってなー!!」 はやての呟きを耳にしながら光太郎はベスパで走り出した。 フェイトを下ろした場所の付近でこの時間、人目につかずに変身できるような場所は限られている。 その内の一つである猫一匹が時々いるだけの馴染みの路地裏へ向かいながら、光太郎はフェイトに対する態度をどうするか考えていた。 光太郎がまだゴルゴムに捕まる前に同じような事がなかったわけではない。 学生時代に同じように告白されて付き合い、その内に相手のことを好きになっていった。 むしろ光太郎の方から好きになり申し込んだ事などなかったりする。 その時は、今回のクロノのように信彦に背中を押されたものだった。 ぼんやりと思い出を振り返りながら路地に入り込んだ光太郎は、素早く変身しベスパを片手に飛び跳ねていく。 ベスパの隠し場所となっているビルの屋上へ一度立ち寄り、光太郎は現場に向かっていった。 これからフェイトやフェイトの友人知人達、それにウーノ達との関係をどういったものにしていくか… 承諾するまでは余り乗り気ではなかったし考えもしなかった事だが、光太郎の頭には今後どうしていくか考えが浮かんでは消えていった。 フェイトと恋人になることには未だ消極的だったが、異世界に来て出来た新しい友人や家族との関係がより一層賑やかになっていくであろうと、光太郎は楽観し、聊か浮かれていた。 自分の超感覚が明確な形を持たずに、微かな嫌な予感として心を波立たせていることにも気付こうとしなかった。 建築途中で、周囲に迷惑をかけないために魔法によって隠された建物は遠目にも目に付く。 仮面ライダーへと変身した光太郎の目を持ってすれば、尚更簡単に見つけることが出来た。 こちらに来て何度か目にした事のある工事現場の姿を視界に入れた光太郎は、日常の中で同居人の様子に気付かなかった彼は適度な距離を取って足を止めた。 ライダーの脚力を活用してショートカットを行ったお陰で、時間には間に合ったようだ。 安堵しながら変身を解こうとした光太郎は、だがしかし…RXの姿のまま工事現場へと向かい、歩き出した。 作業を手伝う約束だったが、現場からは何の物音もしていなかった。 不審に思いながら光太郎は翌年機動六課の隊舎として使用する予定の建物とへと足を踏み入れていった。 扉を開き、中へ入った光太郎を出迎えたのは、もう既に作業が終わっているようにしか見えない、掃除も終わってしまっている床や明かりのついた照明だった。 だが人気は無い…光太郎は神経を研ぎ澄ませて隊舎の中を走り出した。 駆け出して進み行くにつれ徐々に、意識と共に戦闘向けに変わっていく感覚が、隊舎の中に人の気配を捉える。 それが誰かさえ感じとった光太郎は、迷わず彼が待つ部屋へ向け走り出した。 「何故貴様がここにいる…!!」 食堂に当たる場所なのか、日当たりのいい開けた大きな部屋で男は光太郎を待ち構えていた。 探し始めて一年以上が経っても尻尾すら掴む事が出来なかったスカリエッティが、今以前会った時と変わらぬ姿で光太郎の前にいる。 「やぁ光太郎」 既に変身を完了しRXとなった光太郎はゆっくりとスカリエッティに近づいていく。 ブーツを履いているように見える足の裏で、目視では確認できないほど細かな鉤爪を完成して間もない床に足跡を刻んでいく。 微細な傷跡を床に残しながら自分のところへやってくるRXを、スカリエッティは笑顔で待ち続けていた。 「スカリエッティ!! 貴様を捕らえて管理局に突き出す」 「ん……? そんなことより、私と手を組まないか」 昆虫を模した仮面から吹き出る気迫の篭った声にも、スカリエッティは意外そうな顔を見せて聞き流し、自分の用件を伝えた。 ウーノが光太郎の意思を無視して自分の意思を押し通す際に見せる表情と同じ仕草で、光太郎にはスカリエッティが光太郎が問題にしていることなど欠片も気にしていないことがよくわかった。 「俺が貴様と手を組む事などない」 「よく考えてくれ光太郎。私達は相性抜群じゃあないか、私以上に万全なサポート態勢を築く事ができる人間はいない…!!」 取り合う気の無い光太郎は返事を返さなかった。 それを見て取ったスカリエッティはため息をつき、ものわかりの悪い光太郎に言う。 「仕方ない。出直すことにしよう…今度会う時は色よい返事を期待しようじゃないか」 「次などない…貴様はこの場で捕らえる!」 光太郎がそう叫び、床を砕きながら飛び掛った時、二人の距離は既に二歩、あるいは三歩程まで縮んでいた。 RXの脚力を持ってすれば、その距離をゼロにするのは一瞬の事だ。 だがその一瞬に、壁を破壊して食堂へと乱入した二台の車の片方が、RXに衝突した。 その車の形に一瞬気を取られたRXは、なす術もなく弾き飛ばされ、入ってきた扉を破壊して廊下の壁へと叩きつけられる。 追突された足が痺れ、上手く動かす事が出来ずにRXは膝を突いた…衝撃が建物全体を揺らし、壁に亀裂が走る。 粉塵となって舞い上がる磨り潰された建材が艶っぽい黒に輝く皮膚を汚す。 小さな破片が天井から落ちてくるが、光太郎の意識は一点に集中されていた。 赤い、RXの仮面同様の昆虫の頭をモチーフにした車をRXが見間違えるはずは無かった。 「ライ…!?」 起き上がり、車の名を呟く暇さえ与えずに、ライドロンそっくりの形をした車が再びRXに襲い掛かる。 瞬時にロボライダーへと変身し、光太郎はそれを受け止めた。 大きな音を立てて、赤い車はロボライダーのパワーを物ともせずに弾き飛ばし、壁を貫いてロボライダーを外へと弾き飛ばしていく。 弾き飛ばされたロボライダーは道路の上を転がり、追い討ちをかけに来た愛車に酷似した車を受け止めた。 止めきれずに、路面を削りながら後退して行くロボライダーの顔を、人工的な光りが照らす。 重心を低くし、両手を広げて車を受け止めたロボライダーの眼前にある車のセンサー部分が光り、そこからスカリエッティの得意げな声が流れる。 『中々パワフルだろう。君が引いた設計図を参考に作らせて貰ったライドロンさ』 「どうし…!! ウーノかッ!!」 『察しが良くて助かるよ。君がチラシの裏に書いたライドロンの設計図の一部を元にして、私が作った』 得意げな声にロボライダー驚きを隠せなかった。 確かに以前設計図の一部をチラシの裏に書きはしたが、それは全体のほんの一部に過ぎなかった。 『クク。出来はいかがかな? 恐らく君の地球と怪魔界を行き来する為の回路だと思うんだが、それ以外は私が想像で補ったんだが…』 挑発的な物言いへの返答は、微かな破壊音だった。 ライドロンもどきの車体へと食い込んでいく指が、スリップするタイヤが起こす騒音に混じって音をたて始めた。 後退する勢いも徐々に衰えていく…時速1500kで疾走する車を、ロボライダーは全力で押さえ込もうとしていた。 『…代わりにカートリッジシステムを取り付けてね』 ロボライダーの怪力に驚く風もなく、平静な声でスカリエッティが言うとライドロンもどきは内側から金色に光り輝き、更に加速した。 再びロボライダーを弾き飛ばしたライドロンもどきは、そのまま易々とロボライダーに追いつき、車体前部に備わったアゴ『グランチャー』でロボライダーの胴を挟み込む。 スピードは更に上がり、衝撃波で街を破壊しながらライドロンもどきは突き進んでいく。 『普通のカートリッジではパワーが足りなくてね。ジュエルシードというエネルギー結晶体を組み込んだんだ。使うと車体が耐え切れなくなって自爆するまで加速し続けてしまうのが欠点だが… あ、ゲル化して逃げても構わないが、その爆発は前のレリックの暴走なんて程度じゃあないと言っておこう』 「貴様ッそんなものを街の中で爆発させるつもりか!?」 『ハハハ、爆発する前に君がなんとかしてくれると信じなければできない話さ。じゃあ光太郎、次に会う時こそ色よい返事を期待しているよ』 最後に笑い声を響かせてスカリエッティからの通信は途絶えた。 その間にも更に加速して行きながら輝きを増すライドロンを破壊するため、ロボライダーはボルテックシューターを取り出す。 スカリエッティの通信に変わって、遠くから聞き慣れたフェイトの飛行音が聞こえていた。 * ロボライダーの下にフェイトが到着する頃、スカリエッティは乱入した二台のもう一方、本物のライドロンが彼を迎えに着ていた。 「ドクター、お待たせしました」 「やあ、アクロバッターが見当たらないようだがどこにやったのかね?」 「申し訳ありません、ハラオウン家で整備を受けているようです…」 整備と言っても磨くだけですけど。 ドアが開き、助手席に座ったスカリエッティはそれを聞いて肩を竦めた。 「一台ずつかい?」 疑っているような口調で尋ねながら、スカリエッティはライドロンの表面を撫でる。 「やると言い出したのはまだ小学生にもなっていない子供です。二台共なんて出来ませんわ」 「そうか。てっきり大陸横断レースに参加するにはこれだけで十分だから……バイクだけでも彼に残してあげようとしたのかと思ったよ」 申し訳なさそうにするウーノに返事を返しながら、スカリエッティはライドロンもどきからリアルタイムで収集しているデータに目を通していく。 目を通し終えたスカリエッティは、満足げに目を細めた。 「どうして私がそんなことをしなければならないのでしょうか?」 「残念だなぁ。娘を取られる父親の気分を味合わせようという趣向じゃあないのかい?」 ウーノは一瞬険のある表情を見せたが、何も答えなかった。 聞こえていない、という風を装うウーノに厚顔なスカリエッティは気にした様子は無い。 「…よし。実験は成功だ。これでセッテの再改造は確実に成功するだろう。その後はついに聖王復活だ」 「セッテには気をつけてください。あの子が素直にドクターの下に戻る気になるなんて…おかしなことです」 「君もそうだからかな」 「……いい加減にしてくださいます?」 光太郎と共に暮す以前は、ウーノは自身をアジトのCPUと直結してその機能を管制していた。 その能力を転用し制御されたライドロンが、ウーノの心情を表して乱暴に走り出す。 だがライドロンは、シートベルトもせずに寛ごうとするスカリエッティに全く気付かせずに、最高時速1500キロまで到達してしまい… それ以上何も言わなかったスカリエッティは、乱暴な運転に全く気付かずに助手席のシートに身を沈めてご満悦なままだった。 「あ、頼んでおいたポテトチップスはどこかな?」 「臭いがつくから持ち込んでません。食べ零しの掃除も大変ですから」 前へ 目次へ 次へ
https://w.atwiki.jp/nanohass/pages/3444.html
セッテがRXと再会した翌日から、調査は開始された。 六課は捜査対象のスカリエッティの情報を欲しており、スカリエッティの所から脱出してきたセッテは情報を期待されていた。 セッテの扱いをRXの兄妹分とするか、スカリエッティの生み出した戦闘機人とするか……意見が分かれていることについてもどの程度協力的であるかで大きく変わる事になるだろう。 予定されていた時間より少し早く、RXの部屋になのはが入ってくる。 セッテでなければ他の人間が行うのだが、AMFの影響を受けないISと強化された肉体を持つ戦闘機人が相手では、六課の施設ではなのは達しか適任者がいないと判断されたからだった。 と言っても、なのは自身にはセッテを危険視する気持ちは全くないのかバリアジャケットさえ身につけていなかったが。 セッテは、自分の実力にそれ程自信があるのだと取って微かにスカリエッティの面影を感じさせる薄笑いを見せた。 『流石管理局のエースオブエース。そこにシビれる憧れるッ!!』とスバルがいたら拳を握ってくれたことだろう。 ちなみにフェイトも担当候補には上がっていたが、RXとの関係を考慮して止められた。 セッテより余程緊張した様子の光太郎がなのはを迎え入れ、セッテに飲み物を出させて……その後すぐに事件が発生したことを知ってそわそわとする。 なのはとセッテはそれを見て揃って出撃を勧めた。 「慌しい人だよね」 ゲルが完全に室内からなくなったのを見届けてからなのはが笑いかけると、セッテも釣られるように笑みを見せた。 「それで何をお話しすればいいでしょうか?」 「うん、まずはどうして私達に協力してくれる気になったか教えて欲しいの」 その雰囲気のままセッテは尋ねられたことに答え始めた。 「お兄様が協力されているからです。私はこれからも仕事を手伝っていきますから」 「そっか……信じるよ。じゃあセッテ。貴方が知ってることを『お話して欲しいの』」 満面の笑みを浮かべるなのはになんとなく圧迫感を感じたもののセッテは口を開いた。 「ええっと……何から話せばいいんでしょうか……?」 一番最初に浮かんだのは、六課のメンバーは凄いんだよと言っていた話で、『私もまだお目にかかったことはないが、なんでも彼女は1秒間に10回もSLBを連射しつつ『お話して欲しいの』発言が出来るらしい』だったが。 無論セッテも暫く光太郎やウーノと暮らした身。なのはの清らかな笑顔を見て思ったことをそのまま口にするのはグッと堪える位には人生経験を積んでいた。 「知ってることはなんでも教えて欲しいの。セッテにとって当たり前のことが私達にとっては重要なこともあるから……」 なのはの説明に、セッテは困ったような顔をするとなのはは子供を相手にするようにセッテに尋ねた。 「じゃあ、スカリエッティの目的や、計画。現在の居場所とかについて知ってることはある?」 「それなら。ドクターの目的や、計画していることの一部や、再改造された場所についてはお教えできます」 「本当!! ぜひ教えて」 「ウーノ姉さまから聞いた話になりますが、ドクターの目的は自由になることです。どうやってそれを実現するかについては私は教えられていません」 「え……ごめん。ちょっと気になったんだけど、今も自由にやってるよね?」 「スポンサーが煩わしい……だったような」 「そ、そんなことで!? 「え? はい」……それが誰かわかる?」 「いいえ。確か、ご老人方と呼んでいるのを何度か聞きましたがそれが誰かは……」 「ふ~ん……」 考え込むなのはに構わずセッテは言う。 「ドクターの計画の一部と再改造を施された場所ですが」 「あ、うん。じゃあ、先に場所を教えて……ありがとう。ちょっと待ってね」 求められるままセッテは知っていることを書き出し、なのははそれをはやて達に伝える。 同じ戦闘機人の姉妹や、作成者のスカリエッティを売るような行為は躊躇うかと思っていたはやて達は少し拍子抜けしていた。 その場所は直ぐに手のつけようのない発光するゲルに襲われるだろう。何か残って入ればの話だが。 情報を伝え終わったなのははモニターを切って再びセッテに尋ねた。 「お待たせ」 「私が聞いたのは、今後スバル・ナカジマかギンガ・ナカジマを確保するために私を投入するつもりだということです」 「スバルを!? ど、どうして……」 「それは私には……念のためにと言っていたくらいです」 「そう………………」 「お役に立てず申し訳ありません」 「ううん。すっごく助かるよ。あ、そうだ。セッテ。後、スカリエッティはRXさんに拘ってるようなところがあるけど、それはどうしてかわかる? コレまでスカリエッティが関わっていた事件から自己顕示欲が強いのは知ってるけど、最近はRXさんに興味津々だよね」 「私もそれについてはあまり詳しくは……機能に好奇心を持っているのは確かですが、姉さまによると今は本人に親近感を持っているとか」 「どういうことか、詳しく話してくれる?」 「…………お兄様の経歴がドクターの目的と重なっている、と考えているのかも……? とか。すいません、適当な事を言って。忘れてください」 自分でもあまり信じられないようなことなのか、途切れ途切れにセッテは言う。 「ううん……でも、RXさんはスカリエッティの事を敵だと思ってるのに、どうしてそう思ったのかな?」 「? ドクターはお兄様と復縁可能だと思っていますよ」 申し訳なさそうにしていたセッテが、そこだけは不思議そうに言った。 今度はなのはが困惑したように眉を寄せる。 「それは……どうしてなの?」 「私達が曲がりなりにもお兄様に受け入れられているからです。ドクターにとっては、本人がどう仰るかは分かりませんが、私達はドクターの一部ですから」 なのはが意味が理解できていないらしいことを見て取ったセッテが考えながら言う。 「ドクターは、……自分の作品が認められる事が自分が認められることだと思っている節があります。他に手段がないからだろうと姉さまは言ってましたが。 ですからドクターの作品である私達をお兄様が受け入れている限り、ドクターはお兄様が口ではどう言っても『自分のことは幾らか認められている』と考えるらしい、です」 他の情報と同じく、セッテ本人の考えではないようだが、これまでの内容を信じるなら同じくある程度信用出来る話になるのだろう。 なのはは、スカリエッティがそんな風に考えているとは思っても見なかったし、常識的に言えばなんとも嘘くさい理由だとしても。 「勿論そういう意味では、プロジェクトFの残影を使っている管理局に対しても同じような事を考えている節がありますが」 セッテの話を聞いたなのはは、それ以上の質問は止めた。 ちょうどはやてから連絡が入り、他の施設で検査を行う手続きができたことが伝えられる。 なのはは手続きが早すぎると感じたものの、セッテを誘って部屋を出た。 セッテは姉から聞いた話でしかスカリエッティについて知らないようだ…… その姉が最もスカリエッティについて知っているのかもしれないが、本当なのだろうか? 外へ連れ出すと、おかしなことに陸の方から手配された車がわざわざ迎えに来ていた。 ゆったりとした車に乗った快適な状態でセッテは移動し、施設ではいつもギンガとスバルを担当している者達と今回陸の方から追加で派遣された人員と機材が、セッテの到着を待っていた。 昨日依頼したばかりだというのに、人員も機材も揃いすぎていた。 同行していたフェイトが、気味が悪く感じる位に協力的な体勢が用意されていた。 * 同じ頃、機動六課課長の八神はやて二等陸佐は108部隊の部隊長ゲンヤ・ナカジマ三等陸佐と顔をつき合わせていた。 ミッドチルダ北部に所在する、陸士108部隊。その部隊長室で、二人は応接用のソファーに座って向かい合っていた。 「新部隊、中々調子いいみたいじゃねぇか」 自分の部隊を褒められたはやては、嬉しそうに微笑み謙遜してみせた。 以前ゲンヤの元で研修を行った際に親しくしていた二人は師弟関係のような間柄だった。 「RXのヤツもいるって噂だが、そこんとこどうなんだ?」 「ふふっ。師匠のことやから知ってるんとちゃいます?」 「さあな、あの野郎最近俺のとこにあんまり顔ださねぇからな」 「お! 師匠が時々会ってるって噂は本当やったんですか」 「まあな……、娘たちには内緒ってことにしといてくれよ」 思った以上に食いつくはやてに微苦笑を返して、ゲンヤは尋ねた。 「しかし、今日はどうした? 古巣の様子を見にわざわざ来るほど、暇な身でもねぇだろうに」 「愛弟子から師匠への、ちょっとしたお願いです」 そこで来室を知らせるブザーが鳴る。 ゲンヤが砕けた姿勢でソファにもたれかかったまま返事をすると、扉が開きはやてのデバイスでもあるリィン曹長が顔を出した。 次いで、急須と湯飲みを載せたお盆を持って、ロングヘアに大きな紫色のリボンをつけた少女が入ってくる。 部下のスバルと良く似た容貌を持つ彼女とは顔見知りの間柄であるはやてが嬉しそうに名を呼んだ。 「ギンガ!!」 「八神二佐、お久しぶりです」 ゲンヤの娘でスバルの姉、ギンガ・ナカジマ一等陸士。 ギンガは挨拶とお茶汲みを終えると、ゲンヤとはやての話の邪魔にならないよう、すぐに退室していく。 扉が閉められるとはやては直ぐに要件に入った。 「メガーヌ・アルビーノって言う人のこと知ってはります?」 「……うちのカミさんの同僚だったからな、よく知ってるぜ。彼女がどうかしたのか?」 「はい。実は先日、メガーヌさんとその娘さんをうちで保護することができたんです」 「ほぉ、詳しく教えてくれや」 ソファから身を乗り出したゲンヤに、はやてはメガーヌを保護することになった経緯を説明した。 その間に落ち着きを取り戻したゲンヤはまたソファにもたれかかり、神妙な顔つきで口を閉じた。 「そのセッテって子には礼を言わないといけねぇな」 「彼女の身柄は、陸の方へ移送されることになってます。それでなんですけど、師匠にお願いしたいことの一つ目は」 「二人のことか」 「はい」 ゲンヤは陸に身柄を移すことになった経緯は尋ねなかった。 陸で保護しているはずのメガーヌのことを頼まれる理由も含め、なんとなく察しはつく。 「八神の仲間が調べてるって件か……いいだろ。彼女らのことは引き受けた」 「それと………………私としてはこっちが本命というか、とても言いづらいことなんですけど」 「なんでぇ?」 「今朝、機動六課にスカリエッティがスバルとギンガを捕まえようとしているっていう情報が入ったんです」 メガーヌのことを快く引き受けたゲンヤも、それにはすぐに反応を返すことが出来なかった。 シワの刻まれた顔、ソファに食い込んだ指には汗がにじみ出ていた。 「…………あの子たちの元になった技術を生み出した野郎だったな」 「はい」 スバルとギンガの二人が戦闘機人であることをゲンヤははやてに話したことはない。 恐らく捜査の途中で戦闘機人について調べる内に自然と耳に入っていたのだろう。 「で、お願いしたいことって言うのはなんだ?」 「私がお願いしたいんは、密輸物のルート捜査なんです」 「お前んとこで扱ってる、ロストロギアか」 言いながらはやてが表示させたモニターには、ロストロギア・レリックが大きく映し出されていた。 ゲンヤは湯気の立ち上るお茶をちびちび飲みながら、データに目を通してゆく。 「それが通る可能性の高いルートが、いくつかあるんです。詳しくはリインがデータを持ってきてますので、後でお渡ししますが」 「ま、ウチの捜査部を使ってもらうのは構わねえし、密輸調査はウチの本業っちゃあ本業だ。頼まれねぇ事はねえんだが……」 「お願いします」 ゲンヤは言葉を続ける。 「八神よぅ。今になって、他の機動部隊や本局捜査部じゃなくてわざわざウチに来るのは、苦しくねぇか?」 「密輸ルートの捜査自体は彼らにも依頼しているんですが、地上のことは、やっぱり地上部隊が一番よく知ってますから」 滞りなく答えるはやてに、ゲンヤはデータを見つつ一時考え込む。 実のところをいうと、ゲンヤの率いる108部隊の管轄は既に上の指示で調査を行っている。 この10年足らずで二度もレリックの暴走による災害が起きたためだ。だが……要請内容自体に問題はない。 はやてのお願いしたいことというのは、この捜査協力を承諾することだったらしい。 「ま、筋は通ってるな。いいだろ、引き受けた。捜査主任はカルタスで、ギンガがその副官だ」 「はい。うちの方は、フェイトちゃんが捜査主任になりますから、ギンガもやりやすいんじゃないかと」 「はやて……頼んだぜ」 「任せてください。なのはちゃんもやる気でしたし、ギンガ用の新デバイスもスバル用に作ったのと同型機を調整して用意しますから」 複雑な表情で二人は視線を交わした。 お茶を出した後、はやてを待ち続けるリィンから出向の話を聞かされたギンガは歓声を挙げるのを堪えて声を抑えた。 「これは、凄く頑張らないといけませんね……RXさんもいるし!」 嬉しそうに付け加えるギンガに、リィンは彼女を真似して声量を抑える。 「はい!! あ、そうだ!! 捜査協力に当たって、六課からギンガに、デバイスを一機プレゼントするですよ」 「え? デバイスを?」 壁に張ってある数年前の、自分達が助けられた事件に関する記事の切り抜きを見つめていたギンガが、我に返ってリィンを見る。 費用対効果的に言って、陸では殆どの人間が安価なデバイスを支給されている。 そのため、スバルとほぼ同じタイプの魔道士であるギンガは、スバルと同じように母親の形見で、元々は両手用で1対2個だったリボルバーナックルの左手用と自前のデバイスを使っている。 (母の死後、スバルは右手用を使用している) 近代ベルカ式・陸戦Aランクの認定を受けているギンガでもそうなのだから、推して知るべしである。 「スバル用に作ったのと同型機で、ちゃんとギンガ用に調整するです」 「それはあの、凄く嬉しいんですけど……いいんでしょうか」 周囲に対して申し訳なさそうにギンガはリィンに尋ねた。 スバルがローラーブーツが壊れたのを機に、ローラーブーツ型のインテリジェントデバイス「マッハキャリバー」を受領したとメールで聞かされた際に少し羨ましく思っていたが、同僚を見ると素直には喜べなかった。 「だーいじょうぶです!! フェイトさんと一緒に走り回れるように立派な機体にするですよ」 「ありがとうございます。リィン曹長」 * 「戻っていたのか」 事件を解決して宿舎に戻ってきたRXは、通路でシグナムに呼び止められて足を止めた。 部屋に戻ろうとしていた所だったが、RXの方にも彼女に尋ねたいことがあった。 「ああ。シグナムはセッテの処遇がどうなったか聞いてるかい?」 「うむ。主はやての話ではお前と同じような扱いにする予定だ。ただ……外部の動きに不審な点があるらしい」 「?」 「機動六課は突っ込み所がありすぎるからな」 「そうなのか?」 「ああ。陸にこれだけの戦力を貼り付けておくなんてことはないが、何より各部隊で保有できる戦力の合計は決まっている。本来なら主達が同じ部隊にいることさえできん」 「ちょっと待ってくれ。それだと、どうやって六課が出来たんだ?」 一つの部隊で沢山の優秀な魔道師を保有したい場合は、そこに上手く収まるよう魔力の出力リミッターをかけるのだとシグナムは言う。 はやて4ランク、隊長はだいたい2ランク程ダウンさせているとのことで、話を聞いたRXは理解はしたようで頷いた。 だが時折自分もフェイトの仕事を手伝っていたことを考えると、納得しがたいものはあるようだった。 レジアスから陸に戦力が足りないということも聞いている。 そしてミッドチルダは第一世界とされているのだが、レジアスが辣腕を振るう以前は現在よりずっと治安も悪かったという。 そんな状況があったにも関わらず今聞かされた裏技が認められているということは、管理局は既に活動範囲を大きくしすぎて処理能力の限界を超え破綻しかかっているのではないのかと感じられるのだ。 「"こんなことをしてるから陸の戦力が足りないんだ"か?」 考えていることそのままとは行かないが、かなり近いことを言われ返答に窮するRXにシグナムは笑いかけた。 「一応は私も陸の所属だからな。私の口からは言えんが、もちろんこんなことが許されるのにはそれなりの訳がある。それで、だ」 身振りで促しながら、シグナムは歩き出す。 方角が一致していたのでRXは黙って共に歩き出した。 理由について気にならないわけではなかったが、尋ねなかった。 今言ったことだけではなく、他にも突っ込みどころがある部隊にはそれだけの後ろ盾もついている。 そのお陰で面白く思っていない者たちも公然と非難できないようにしてあるのだが、その後見人はRXも知っているクロノ提督とリンディ総務統括官。 フェイトの家族である彼らは、同時に過去に難事件を何度も解決して管理局内でも影響力のある派閥でもある。 それに聖王教会の騎士カリムと、他にも非公式に何名か協力を約束してくれている方がいるらしい。 RXはカリムも他の非公式の人物も全く想像できないでいた。 RXより幾つも年若い彼らは、年数においてはRXの何倍も働いていることを実感させられる。 ちなみにRXは喫茶店を任されたり、叔父の会社でパイロットをした経験しかない。 こちらに来てからはバイトのみだった。 後見人の事についての知識がないものと思ったのか、シグナムは聖王教会について歩きがてらRXに教えてやった。 「だが陸の方はあまり伝手がなかった。何せレジアス中将閣下が主を嫌っているのだからな」 それなのに今回セッテの処遇に寛容的な態度を見せている。 検査などについても協力的で、六課が申請するつもりだった事が優先して処理されているらしい。 「レジアスが気を回してくれたんじゃないか?」 「(お前にはまだ教えてなかったことだが、)近く六課に陸の査察が行われる予定があったが、それも取り消されてな。流石に主達も気味悪がっていた」 そう言われるとRXも返す言葉がなかった。 レジアスがはやてを嫌っており、六課にもいい感情を持っていないのは間違いないのだ。 それがまさか『元々粗捜しだし嫁に脅されたから取り下げることにした』などと言うことになっているとは思いもよらなかった。 返答に困るRXに気づいて、シグナムは苦笑する。 「すまない。お前に言っても仕方ないことだったな」 「……確かにレジアスらしくはないな。わかった。今度会ったら俺からも聞いておくよ」 「頼む」 シグナムはそう言って足を止めた。 話し込んでいる間に二人はRXの部屋の近くへ着いていた。 「ではまたな。ああそうだ……いい忘れていたが、先程アルビーノ親子の件についても連絡が届いた。二人とも意識が戻ったらしい……身柄は陸の方に預けられることになったそうだ」 「そっか……」 短く言葉をかわして、二人は別れた。 部屋に戻ると、セッテはもう戻っていて部屋を片付けているようだった。 RXは変身を解いて自分がいなくなった後の尋問の様子や、検査の結果を尋ねた。 セッテは何を尋ねられたか素直に伝えたが、検査結果については言葉を濁した。 「ご相談したい事があるのですが、お時間いただけますか?」 「勿論さ」 遠慮がちに言うセッテに水臭いと思いつつ、光太郎は頷いて話を聞こうとした。 「実は、今日検査を受ける事が出来たのですが……今後段階的に変身が出来なくなっていくかもしれません」 訝しむRXにセッテは説明する。 光太郎はそれをベッドにもたれかかりながら聞いた。 今日検査を行ったのは陸で戦闘機人についての知識・経験の深い人物で、諸々の事情で管理局の戦闘機人計画が頓挫している今局内ではこの分野については間違いなくトップにいる。 その理由に、スバルとその姉ギンガが関係しているであろうことは過去に二人を救助した際、二人が戦闘機人であることに気付いた光太郎には察しがついたが、口は挟まなかった。 生命活動については何の問題もないことはすぐに分かった。 だが同時にセッテに組み込まれた変身機能・再改造で新たに埋め込まれたレリックと思しき超高エネルギー結晶体は確認はされたものの、現状手の施しようがないことも分かった。 他のエネルギー結晶体ならまだ幾つかの方法を試して対策を練られるのだが、レリックが大規模な災害を起こした第一級捜索指定ロストロギアであるため、対処はより困難になっている。 その為、今確かだと言えることは、セッテが普通に暮らしていくことに何の問題もないということ。 変身についてはよくわからないし、レリックについてはもっとよくわからないので、セッテの同意の下に研究するしかないということ。 レリックのエネルギーを利用する能力については衰えていくだろうということの三つだ。 基本的な性能も向上しているが、再改造されたセッテの最も大きな違いは体内に埋め込まれたレリックのエネルギーを利用することが出来るという点だ。 だがその能力については調整を行わなければ徐々に衰えていくだろうと予想されている。 この調整を行うことが出来る者は現在の管理局にはいない。 戦闘機人について表立って研究を行うことが出来ない管理局は、戦闘機人が持つISについてさえ十分なデータを持っておらず、RXのデータから生まれた変身の機能や体内に超高エネルギー結晶体を埋め込み、そこからエネルギーを供給するという方法も今まで考えられていなかった。 変身する種も戦艦の魔力炉から魔力供給を受ける魔導師も存在しているが、魔力を使わず人体に機能として埋め込むという手法は他に同じような効果を生み出す手段が既に存在している為存在しないのだ。 「話はわかったが、セッテの体は本当に大丈夫なのか?」 「勿論です。この話も殆どの人間には伝えられていません」 セッテ自体を危険に考える人間が出てくる可能性も当然あるが、その最有力であるレジアス中将が動いておらず情報は理解のある関係者の間だけに留まっている。 話を聞いたRXは少し考えて、「解決策にはならないが、『バイタルチャージ』っていうやり方がある」と言った。 「キングストーンの力を引き出すための動きがあるんだ。スイッチがついていれば楽なんだけどね……スカリエッティが俺を元にセッテの機能を考え付いたのなら同じような事ができるかもしれない」 光太郎の話を聞いて、セッテは納得したように頷いた。 脱出してトーレに襲われた時自然と使おうとしていたが、確かに力を引き出すための動きがあった。 スカリエッティは力を引き出すための動きをセッテに覚えさせている。 「あ!! それです。心当たりあります」 セッテがその動きを頭に思い描いているとそこにフェイトから通信が入った。 モニターが空中に開き、フェイトの顔が映る。背後には彼女の部屋と何らかのフィルターが掛かっているのか内容の見えないモニターが一つ開いていた。 「光太郎さんいますか?」 「ああ。どうしたんだい?」 「あ、こんにちわセッテ」 「こんにちわ」 セッテにも挨拶をしたフェイトは、彼女の周囲に開かれているモニターと光太郎の顔を交互に見ながら、躊躇いがちに口を開いた。 「ええっと……私も先程確認したばかりなんですけど、光太郎さんの所にも母から連絡が来てませんか?」 「ああそのことか!! アクロバッターを持ってきてくれるって話だろ?」 「はい。そのことなんですが、当日ヴィヴィオも一緒に来るみたいなんです」 「ヴィヴィオが!?」 それを聞いて、光太郎は困ったような顔を見せた。 予想していたのか、フェイトは驚きもせずに釘を指すように言う。 「……光太郎さん。楽しみにしてるみたいだから、会ってあげてくださいね」 「…………分かった」 暫く返答に迷った末に、光太郎は了承した。 その際に他の局員にも人間の姿を見せることになるのかもしれないが、共に行動するうちに警戒心が弱まったのかもしれなかった。 ヴィヴィオのことをよく知らないセッテが言う。 「ヴィヴィオというのは誰の事ですか?」 「ああそうか。ヴィヴィオは昔俺が助けた子だよ。フェイトの家に引き取られて元気にしてるらしい」 光太郎は助けた時のことを思い返して、つらつらとセッテに話していった。 その時にフェイトとも知りあったのだと言う光太郎がフェイトと一瞬目を合わせるのをセッテはじっと眺めていた。 「フェイトさん」 話が終わる頃に、セッテが口を開いた。 不意に呼ばれたフェイトは瞬きをしながらセッテに苦笑を返す。 「(前から思ってたんだけど、)呼び捨てにしてもらっていいよ」 「フェイトさん。少しお聞きしたい事があるのですが、後でお伺いしても構いませんか?」 「え、ええ。今日はこの後特に用事もないから、いつでもいいですよ」 すぐにフェイトの部屋に行こうとするセッテは、同じく立ち上がろうとしていた光太郎を手で制した。 「あ、私だけで。お兄様がいると話しづらいことですから」 一旦動きを止めていた光太郎は頷くと飲み物を取りに行くためにまた動き出した。 セッテはそれを少し見ていたが、部屋を出てフェイトのところへと向かっていった。 フェイトの部屋と光太郎の部屋はかなり近い場所に配置されていて、スカリエッティの手によって宿舎の詳細なデータも持っているセッテはすぐにそこへたどり着いた。 扉には鍵がかかっておらず、光太郎の部屋と全く同じように開いてセッテを迎え入れた。 フェイトは上着を脱いだだけの姿で二人分の飲み物を用意してセッテを待っていた。 「いらっしゃい。適当に座って」 「ありがとうございます」 促されるままにセッテは床に置かれたクッションの上に座る。 程なくお盆にクッキーと紅茶を載せてやってきたフェイトはその隣に腰掛けた。 「ちょうど良かった。私も聞いておきたいことがあったの」 「なんでしょう?」 「協力してくれたことにお礼がいいたかったし、セッテがどうしたいか聞いておきたくって。私達は出来る限り貴方の意向に沿う形になるように協力したいの」 「……以前と同じように活動したいと思っています」 そう言うと、クッキーを一かじりしてフェイトが言う。 「そうなんだ。じゃあ近くに泊まる所、早めに用意するね」 同じクッキーを一口で食べてしまいながら、セッテはそっけなく答えた。 「お構いなく。お兄様と同じ部屋を使いますから」 「それは、あそこは一人部屋だし、難しいんじゃないかな。ベッドだって一つしかないでしょ」 「はい。今度ソファベッドを探してきます」 「でも、ちょっと問題があるんじゃない? 光太郎さんはいつでも出かけちゃうし……」 「私もそれについていくつもりですから」 子供に言い聞かせるように言うフェイトに少し険のある顔をしてセッテは答えた。 今日も、検査などで拘束されていなければ共に向かうつもりだったのだと。 「そ、そうなんだ」 あまり強く言うつもりがないらしいことを感じたセッテは、自分の要件を言う。 「私の用件ですが、貴方とお兄様の関係について聞かせてもらえますか?」 「え? どうしてわかっちゃったのかな? わ、私と光太郎さんは……そ、そのお、お付き合いすることになったの」 照れながら言うフェイトの様子をセッテは紅茶を飲みながら観察する。 そのせいで少し間を開けたものの、先ほどと同じ調子でセッテは言う。 「そうでしたか。私も妹分として見守らせていただきますね」 「う、うん。よろしく……何か困ったことがあったら私にも相談してくれると嬉しいな」 「はい。フェイトさん」 それから他愛ない話を少ししてから、セッテはフェイトの部屋を後にした。 扉が閉まり、部屋から離れてからセッテは小さな声で呟く。 「ドゥーエ姉様の情報どおりですね」 今日の検査を行った人員のうち、陸から新たに回された人間の一人はISで姿を変えたドゥーエだった。 ドゥーエはうまく二人きりになる時間を作り、セッテにどうするつもりなのかと尋ねた。 セッテが生まれた時には既にドゥーエの任務は始まっていて、直接顔を合わせる機会は殆どなかった。 それにドゥーエは……先日殴り倒してきた誰かとは姉妹の中で一番縁が深い。 『トーレから機械的過ぎるなんて言われてたあのセッテがこんなことするなんて、皆驚いていたわよ』 『申し訳ありません』 『いいことじゃない。今度暇ができたら遊ぶ場所色々教えてあげるわ』 『……それは、ウーノ姉様に止められていますので』 『クアットロは私が教育係をしてたんだけど』 セッテの言葉を遮ったドゥーエの横顔をセッテは見た。 それは姉を見る目ではなく、必要なら排除することも躊躇わない強い意志を宿していた。 向けられたドゥーエはどこかスカリエッティやクアットロと似た笑みを浮かべた。 姉の表情を伺う妹が、突如として戦士の顔つきをしていた。 『そう。今レジーと暮らしてるのよね』 唐突に男女関係を明らかにする姉に、セッテは戸惑いを見せた。 『?』 『彼に頼んで、貴方達にとっても都合が良さそうな場所にセカンドハウスを用意してもらっちゃった。その時にその部屋も教えてあげようと思ったんだけど』 『ウーノ姉様には秘密ですよ』 姉の差し出した餌にあっさり食いつく妹の髪をドゥーエは撫でた。 『もちろんよ』 『そうだ。話は変わるけど今RXとフェイト・T・ハラオウンが付き合ってるらしいわ』 『……そうですか』 『…………? んん……まさか、セッテ………………』 ドゥーエから視線をはずし、少し険のある顔をするセッテをドゥーエは面白そうに眺めた。 『セッテ、ハラオウンは放っておきなさい』 『私には彼女に何かする予定はありませんが』 『彼女って積極的なのか奥手なのかよくわからないけど、どうせ海所属の執務官でしょ。ドクターを捕まえたら半年もせずに別の世界に行ってしまうわ』 『なるほど……ですが』 『RXは基本的にこっちにいるんだから、勝手にいなくなるもの。陸所属の人間の方が後々面倒よ』 部屋へと向かい歩き出していたセッテは、前方に長い赤髪を見つけて回想から立ち戻った。 RXの部屋はもう当の昔に通り過ぎている。 引き返そうと足を止めたセッテは、前方の赤髪の人物が自分を見つめている視線に気づき、見つめ返した。 「セッテか。こんなところでどうした?」 「部屋に戻るつもりだったのですが、考え事をしているうちに通り過ぎてしまったようです」 「そうか。それなら、私と模擬戦をしていかないか?」 何がそれならなのかバトルジャンキーではないセッテにはわからなかったが、もう少し行くと訓練施設があることはセッテもデータで知っていた。 しかもたった今シグナムがそちらからやってきたこともなんとなく察したが、セッテは頷いた。 シグナムは実に嬉しそうに笑いながら元来た道を戻り始める。 「シグナムさんは最近もお兄様と訓練をされているのですか?」 「うむ。奴はああだし、私も仕事で機会が減ってしまっているがな」 残念そうに語るシグナムに、セッテは何度も頷きながら言う。 「そうですか。よろしければ今度から私もご一緒して構いませんか?」 「勿論だ」 「よろしくお願いします」 「ああ」 セッテはそうして、シグナムと手合せをするようになった。 記念すべき一回目から、バトルジャンキーという褒められているとは言えないあだ名をつけられるシグナムと、直情的な所のあるセッテは上手く噛み合いすぎて熱くなり過ぎるほどで、セッテが持っている情報が六課に吸い出され、セッテが自由に六課内で過ごすようになるとその回数は少しずつ増え、内容の濃さも深くなっていくことになる。 つまり、何回目かには『どうしてこうなるまで放っておいたんだ……!!』と強盗や傷害、殺人犯達を精神的肉体的に後遺症が残りかねない程ぶん殴って帰宅したRXが言いだし、反省した六課の隊長達はそんな二人を程々で止める人手が必要とする羽目になり、手の空いていて二人に比する実力を持つという条件を満たす誰かが求められることになるのは早速必然だった。 もう少し率直な言い方をするならRXを轢く簡単なお仕事から解放された座敷犬が一匹監督につけられ体を張る羽目になるのだが、そうなるだろうなと容易に想像がつく第一回戦を見た者達は、教育に悪いから新人達の目には入れないようにしようとしか思わなかった。 手続きを終え、陸士108部隊から合流したギンガが、自分を歓迎する人々の中に一人包帯を巻いているザフィーラを見て、六課も日々危険な任務に身を投じているのだと心で理解して気を引き締めるのもまた誰も気にしなかった。 前へ 目次へ
https://w.atwiki.jp/nanohass/pages/3169.html
「兄は今別件で出かけています。だからこそ私がこうして…」 「それが気に入らんというのだ!!」 怒声をあげたレジアスに、セッテは仮面の下でため息をつく。 怒りたいのは彼女も同じであった。 何故犯罪者を捕らえて連れてきたにも関わらずキレた中年の相手をしなければならないのか、意味がわからない。 何より光太郎が今ここにいない、という事が彼女の神経を尖らせていた。 「BLACKが他の管理世界で海の連中と一緒にいることが確認された。奴も私の誘いを断って、海に着いたということか!?」 「それは違います。兄も事情が…本当は余り関わりたくない様子でした」 「フンッ、本当に違うというのなら、奴の口から直接聞きたいものだな!」 吐き棄てたレジアスは足元に転がる犯罪者を蹴りつける。 八つ当たりで蹴りをいれられた犯罪者は気絶させられたままうめき声をあげたが、セッテは止めなかった。 光太郎なら止めたかも知れないが、セッテは犯罪者に対して寛容ではなかった。 「BLACKは空港で起きた二度のレリックの暴走に巻き込まれている」 前後の説明を抜きにして理由を言われたレジアスは、怪訝そうな顔を見せた。 「ほう、それは本当だろうな? 現場で彼を見たという証言があったが、ただの偶然ではないということか…?」 「はい。二度目は明らかに兄を狙っていました。あれほどの災害を引き起こす代物を兄は放っておけなくなったようです」 レジアスの舌打ちが耳に入り、セッテも居心地悪そうに姿勢を崩した。 二人が怒る原因となっている光太郎は、今ミッドチルダを離れている。 二度目のレリックの爆発に巻き込まれた光太郎は、海からの、正確にはハラオウン家からのレリックとスカリエッティに関する依頼を断れなくなっていた。 月に何度か、今回も先週から光太郎はフェイト・T・ハラオウンの任務に同行中だ。 スーツ姿の光太郎と空港から出て行くフェイトの姿が思い出される上にそんな不愉快なことを説明しなければならないセッテも舌打ちしたい気分だった。 女性誌から得た情報でははしたないことだから我慢していたが。 相棒としてなら自分が。情報収集ならばウーノもいるというのにドクターがずっと以前に関わった計画『プロジェクトF』の遺産であるフェイトという魔導師を頼るかのように行動を共にするのは気に入らない。 口ではうまく説明できないが…考えるほど苛立ちが募った。 「…そういうことであれば、地上で起きるテロ行為を未然に防ぐため、と言っても間違いではないか」 レジアスはそう言うと、考え込むように腕を組み唸り始めたのでセッテは付き合いきれずにその場を後にした。 セッテは家に帰り、その事を姉のウーノに相談したのだがウーノは何故か、「貴方も好きだったの? 悪い事は言わないから止めておきなさい」と言った。 「確かに顔も能力も悪くないけど、仕事しないわよ? そういう意味ではドクター以下ね」 「そこまで酷いとは思いませんが…私達の素性だけ見れば一緒に住んでいるのが不思議なくらいですよ」 「サボテン枯らすような男だし、食事の味付けは濃すぎるわ。それに頑固で融通利かないところはあるし、空気読めないし、ヘタレだし、雰囲気も作れないし」 ……「セッテ、もういい」 レジアスと一人で会った翌日、姉が街に出てくる度に集まっているカフェで、セッテは不満げに唇を尖らせた。 会うなり鬱憤が溜まっていることを見抜いたチンクがセッテにここまで話させたのだった。 なのに何故、とセッテは口を開いた。 「チンク姉さま? 酷いのはココから1時間分くらいなんですが…」 「もう十分だ。ウーノを殴りたくなってきたからな」 「そうですが…」 もっと愚痴を零したかったところだが、このチンクの様子では無理だろうとセッテは思った。 心地よい日差しの差すカフェの空気を一人でどんよりと曇ったものに変えかねない程の何かを、チンクは発していた。 「ドクター以下? なら交換してもらいたいな…」 ぽつりと零したチンクは非常に疲れた顔をしていた。 同席していたドゥーエが苦笑しながら先を促す。 「今度は何をやったの」 「…用途不明金が増えていてな。調べたら車が出てきた。隠れて何をやっているのか問いただしてみたら、大陸横断レースに参加しながら古代ベルカの聖人の遺体を集めてくるとか言い出したよ。どこまで冗談なのか本当にわからない」 心底疲れた様子でコーヒーをかき混ぜるチンクをどこか楽しそうにドゥーエは見ている。 セッテはどんな顔をすればいいのか迷った挙句、苦笑を浮かべた。 「……お疲れさま」 労わるようにドゥーエが言い、甘いものでも勧めようとメニューを取る。 苦笑を浮かべていたセッテは表情を一瞬硬直させると、席から立ち上がった。 「すいませんチンク姉様。犯罪が起こったようです」 言うなり走り出したセッテをドゥーエは手を振って送り出す。 セッテの背中には何か、スカリエッティの所にいた頃には見られなかった凛としたものが見受けられた。 バイクに跨り、あっという間にセッテが去っていった後……コーヒーを未だにかき混ぜるもう一人の妹を見てドゥーエは頬を引きつらせた。 「セッテったら逃げたわけじゃないでしょうね…」 愛車に跨り走り出したセッテの背中に姉の声が聞こえたが、セッテ自身にそのようなつもりはなかった。 エンジンが回転数を上げていく、それに連れ彼女の精神は研ぎ澄まされ、不満はどこかへと追いやられた。 スカリエッティがアクロバッターをモデルに生み出したバイクは、驚くほど静かに加速していく。 製作者の趣味で地球の物が用いられたメーターは直ぐに百をこえ二百を越える。 風を切って進む感覚に薄く笑みを浮かべた。 微かに起こる車体の震えをしなやかな筋肉に覆われた下半身でしっかりと押さえ込み、彼女は僅かな車と車の隙間に見える道や鋭いカーブを強引に曲がっていく。 人気がなく、陽射しと建物が作り出す陰の中で変身が遂げられる。 光の中へと出でて、道路を走る彼女の感覚は彼女が過ぎ去った道にいた市民達が大小様々に見せる声援を逃さなかった。 微かに口の端を持ち上げたり、手を振ったり、声をだしたり…何時の頃からかセッテに影響を与えるようになったそれらの先で、彼女の敵が待ち受けていた。 人間以上の視覚に捉えられた犯人の数は二六名。陸士達の数と配置。人質の数、位置は周囲にいる人々の声から把握していく。 「2箇所同時…!?」 周囲で零れる声を拾い上げたセッテは思わず呟いた。 この場所だけではない。別のもう一箇所を犯人の仲間が押さえ、連絡を取り合っている……セッテは、一瞬逡巡し突入を決意した。 彼女だけのIS、スローターアームズを起動させたセッテは六本のブーメランブレードを空中に投げた。 空中に浮かび上がったブーメランブレードは目にも留まらぬ速さで上空へと消えていく。 ミッドチルダの治安は光太郎が現れてから改善された。 だが、同時に光太郎に対抗する為に犯罪者達もより強い能力や異常性を持つ者が現れていた。 その者達を相手取るには、セッテの能力では完全に対抗するには十分とはいえない。 それどころか光太郎の能力を持ってしてもそれは手に余っていた。 数が多すぎるのだ。 一対一なら何の問題もないのだが、今回のように人数が多い場合は… どうしても同じ場所にいる陸士達の力を借りる必要がある。 現場に駆けつけたセッテは、そのまま勢いを削がずにその集団の中心と思われる一人へとバイクで突っ込んだ。 セッテが現れたことは既に情報として流れていたのだろう、間髪入れずに援護射撃が入る。 セッテは犯人を追いかける。 陸士達はそのセッテ達を形だけ追いかけ、犯人を捕まえる。 それがセッテと光太郎、二人のライダーと陸士達の関係だった。 勿論、レジアス達は時々思い出したようにライダーを非難したり捕らえると公言している。 壁を走り、バイクを持ち上げたセッテはそのまま飛行を開始する。 バイクの勢いに自分の飛行能力をプラスした一瞬の加速は、ようやく気付いた犯人が驚愕から立ち直る暇を与えず、魔導師を紙くずのように弾いた。 くの字に折れた犯人の体が地面と並行に飛んでいくのを、セッテの意識は残りの犯人達へと移っていた。 バイクから飛び降りた彼女の視界に、リーダーと思われる犯人の周囲を固めていた5人の姿が入る。 彼等は早速的でしかない。ここに向かう途中上空へと投げていた五本のブーメランブレードがセッテの意思に従って上空から降り注ぎ、彼等を叩き伏せる。 今回は運悪く、セッテ自身を囮とした不意打ちから逃れたのが一人だけいた。 ブーメランブレードを避けた男のデバイスの形からベルカ式の魔導師だということをセッテは悟り、仮面の下で嘆息した。 光太郎が共に行動しているフェイト・T・ハラオウンは高速戦闘を行うミッドチルダ式の魔導師。 決して他意はないが防御魔法を使い、バリアブレイクの機能を備えたブーメランブレードの餌食となる魔導師よりはマシとはいえ…決して他意はないのだが。 不意打ちから逃れた犯人が、人質に向かって魔法を撃つ。 恐らくはセッテの動揺、あるいは人質を助けに行くのを期待してのことだろう。 光太郎…ライダーは人質を何より優先させる傾向があることは彼等に知られている。 だが、それはセッテも承知している。人質の目の前に残り一つのブーメランブレードが突き刺さり、それを防いだ。 一瞬でも稼げるとでも思ったのか、魔力を一時的に倍増させるカートリッジをデバイス内で炸裂させていた犯人が驚愕の表情を浮かべた瞬間、陸士隊の狙撃が犯人のデバイスを持った手を撃ち抜いた。 デバイスを落とし、魔法の補助を失った犯人に、セッテは一歩踏み込み、正拳突きを打ち込んだ。 人間を遥かに超えた筋力を与えられたセッテの一撃は容易く犯人の背骨までを砕いていく。 「自業自得だな」 柔らかい筋肉と貧弱な骨が砕ける感触がほんの少しだけ手に残った。 周囲を見渡すとセッテの突撃に一瞬遅れて行動を開始した陸士達が犯人達に砲撃を開始している。 犯人数名を叩き倒したブーメランブレードを拾い上げ投げつけ、セッテは残りの犯人へと突撃していく。 目にも留まらぬ速さで距離を詰めるセッテに犯人の誰か何か言おうとしたが、セッテは構わず腕を振り上げた。 「銀行に立てこもった仲間が…」 体にブーメランブレードを食い込ませ、痛みで気絶する魔導師を見下ろしたセッテの表情には心配の色はない。 残りの敵を確認しながら、彼女は姉に連絡を取った。 「ウーノ姉さま。銀行らしいですが、どうなりました?」 『既に光太郎に解決してもらったわ。本当、来るのは遅いくせに解決するのだけは早いんだから…』 「なるほど。流石お兄様ですね」 『しかもハラオウン執務官とご一緒だそうよ』 「なるほど…」 犯人に対する慈悲は元々余りないセッテであるが… その日は普段よりも更に速やかに残りを片付け、その場から去っていった。 * 残りの犯罪者を片付けたセッテはバイクに乗り、遠回りして自宅へと帰っていく。 犯罪者を倒しているとはいえセッテも光太郎も管理局にとっては犯罪者。 彼等を狙う犯罪者は勿論だが、管理局にも彼女は後を付けられる立場にあった。 住居自体廃棄都市区画の傍にあるのだが、セッテはそこを通り過ぎて廃棄都市の中でも荒れた場所を通りぬけ安全を確認してから変身を解き、自宅に戻った。 光太郎はもう戻っていて、セッテが戻ってくるのに気付いていたらしくセッテがいつもバイクを止めている辺りに立ち、彼女を待っていた。 柔らかい笑みを浮かべ、出迎えるその隣には何故か執務官の服を着た女がいたが。 「おかえり、何かあったのか?」 普段と変わらない態度のつもりだったセッテは心配そうに尋ねる光太郎に素っ気無く返す。 停めているうちにタイヤの後がついた場所へとバイクを止めながら、セッテは無遠慮な視線をフェイトに向けた。 「ただいま戻りました。……で、その女がフェイトさんですか?」 「? ああ、今レリック探しを手伝わせてもらってる」 セッテの態度に違和感を感じながらも光太郎は答える。 場を和ませるように愛想笑いを浮かべ、フェイトはお辞儀をした。 「初めまして。貴女がセッテさんですか?」 「私を知って…話したんですか?」 「あ、ああ。別に隠すような事でもないだろ?」 セッテが怒っていると思ったのか戸惑ったように返す光太郎を見かねてフェイトが慌ててフォローに入ってくる。 「ご、ごめんなさい。私が聞いたんです。光太郎さんがどんな暮らしをされてるのか気になったから…」 それが気に入らず、セッテは少し挑発的な口調で恐らくはフェイトに伝えられていない事実を教えてやった。 「…私達がジェイル・スカリエッティの手で生み出された戦闘機人だということも話されたのですか?」 「え…」 やはり教えていなかったらしく、驚いた様子を見せるフェイトにセッテは自分でもわからない内に軽く笑みを浮かべる。 光太郎は慌てて笑みを消して、咎めるような目を一瞬セッテに向けてからフェイトに弁解を始めた。 「……すまん!! 君がスカ「プロジェクトFの遺産である貴女と、まぁ同じようなものです」 「…プロジェクトF?」 「ドクターの研究を基に生み出された貴女にとってもドクターは父親のようなもの」 「違うッ!! あの男はただの犯罪者だッ!!」 一瞬青ざめたフェイトが硬い声で怒鳴った。 噛み締めた歯を剥きだし、怒りを見せるフェイトと挑発的な態度を崩そうとしないセッテの間で、混乱し始めた光太郎は声を張り上げた。 「ちょ、ちょっと待ってくれ!! 俺にもわかるように説明してくれないか?」 「それは…」 「お兄様。ヴィヴィオを預けた方のご家族とはいえ所詮は他人。込み入った話をするような仲ではないのですから、無理強いするのは止めておいたほうが…」 「どうしてそうなるんですか!! …~~っ、わかりました。お話します。隠すような事でもありませんから…!! よければ貴女方の事も聞かせてください。光太郎さんがどんな方達と同居されているのかとっても気になります」 強い語気で言うフェイトにセッテの表情が険しさを増す。 一人事態が飲み込めない光太郎がおろおろしていて、騒がしさに気付いて部屋の外へ出たウーノは影でため息をついていた。 「戦う時以外ももっとスマートになれないのかしら?」 長い話になるからと部屋に移動してフェイトが光太郎にかいつまんで話したのは、彼女の生まれる以前から今まで…彼女の人生の殆どに及んだ。 フェイトが人の手で生み出された存在で、DVを受けながら行った事やハラオウン家に引き取られてからのこと。 語りながら、彼女がヴィヴィオを気にする反面、同じようにDVをしてしまうのではないかと不安になることもあると洩らすのを光太郎は何も言わず静かに聴いていた。 その隣で面白くなさそうにしていたセッテも、話を聞き終えてからフェイトに自分の素性を話した。 自分がスカリエッティに生み出された戦闘機人であり、恐らくは光太郎に自慢するために送られたのではという程度しか情報を持っていないと語るのを、夕飯の用意をしながら耳を傾けていたウーノは否定も肯定もしなかった。 ウーノはセッテが知っている以上のことを知っている。 スカリエッティの秘書を長年勤め、自身をスカリエッティの研究施設のCPUと直結し、その機能を管制していたこともあるウーノならスカリエッティの行動を少しは予測できるだろう。 だが……ウーノは料理に専念し会話に参加しようともしなかった。 フェイトが話し終えて部屋を後にする頃には、日はとっぷりと暮れていた。 セッテ達の素性を聞かされてか、自分の素性に対する反応を伺っているのかベスパで送り届ける間フェイトは口を開こうとしなかった。 光太郎も難しい顔を作って黙っていたが、アパートから走り出してから4度目の停車をし、信号の色が変わるのを待つ間に口を開いた。 エンジン音に紛れそうになる、ヘルメットの中から発せられるちょっとくぐもった声にフェイトは耳を傾けた。 「ごめん。こんなことになって悪かった」 謝る光太郎にフェイトは慌てて口を開いた。 「いいえ。私も、ヴィヴィオのことを預かる時にちゃんとお話しておいた方が良かったかもしれません……お義母さんが見てくれるからって言っても、私が、その…いつか暴力を振るって台無しにしてしまうかもしれないんですから」 「……話を聞いてヴィヴィオをクロノに預けて良かったと思ったよ。フェイトの思いもわかったし親友のなのはちゃんだっけ? その子とも今度会わせてくれないか」 「今度紹介します」 ベスパが走り出す瞬間フェイトはタイミングを合わせて腰に回していた腕に力を込めた。 ミッドチルダのメーカーが出しているバイクに比べて地球製のバイクは密着度が高いせいだろうか? そうしているとメットや服越しに脈打つ鼓動が聞こえてくるような気がした。 そうしていると、自身のそれも心地よい速さで鳴っているように感じる。 なのはにこの事を話してみようと考えながら、フェイトは付け加えた。 「まだ詳しくお話できませんけど…なのはも準備の為に地上に来る機会が増えると思いますから」 ・ ・ ・ ・ その数日後、光太郎はフェイトから突然の連絡を受けて三つボタンのスーツに袖を通していた。 ジャケットだけでなくベストまで一番上のボタンを段帰りにして、遠目には二つボタンのように見えるそのスーツはスカリエッティのところにいる頃に注文し、彼と袂を別ってから光太郎の下へ届いた一着だった。 アパートを借りてすぐの頃だった。 どこから聞きつけたのか、職人から連絡が届き光太郎が顔を出すと注文を放って逃げた事を罵られた後何度か仮縫いをして完成したスーツだ。 他にも何着かこんなスーツがタンスの中には入っている。 光太郎の収入を照らし合わせると不釣合いな値段の品だが、スカリエッティにはいつかこの借りも返さなければならないと光太郎は考えていた。 スカリエッティは、光太郎が実験に付き合った報酬としては安すぎる位だと考えているのでセッテを通して返さなくていいからと伝えてきていたが、少しずつお金も貯めて合計金額をウーノに作ってもらった口座に貯金してある。 ウーノの弛まない調教によってジャケットはおろかズボンの裾の皺まで鏡の前でチェックし、納得のいくまで何度かネクタイを結びなおしてから光太郎はやっと鏡の前から抜ける。 「じゃあ出かけてくるよ」 「いってらっしゃい。多分ドクターの新しい情報はないわよ」 着替え終えた光太郎が、そう言って靴を履いているとウーノの声が背中に掛けられた。 肩越しに一度振り向くと、ソファに腰掛たまま後頭部だけが見えた。 コーヒーの良い香りが微かに漂っているのが常人以上の嗅覚を備えた光太郎にはわかった。 彼女の言うとおり、フェイトと共に行動している理由の大半はスカリエッティを探すためだったが、新しい情報は殆どなく掴んだとしても空振りも多かった。 ウーノに頼めばもっと正確な情報が得られるかもしれないが、この街の犯罪者を捕らえることについては協力できても、スカリエッティを捕まえるために協力してもらえないのだから仕方がない。 「(ウーノが言うならそうなのかもしれないけど、)もしもってこともあるからな。セッテは?」 無理やり吐かせることも光太郎の性格的に向いていない。 それをわかっているのかウーノは光太郎が探し始めてからもずっと堂々としていた。 もし無理やり吐かせようとしても、光太郎の限界が先に来る事を見越しているのかもしれないが。 「パトロールですって。もうちょっと構ってあげないとあの子拗ねてしまうわよ」 「ちょうどいいのさ。セッテには早く一人前になってもらいたいからな」 「稼動年数は短いんだから、グレるわよ」 その言葉に光太郎は眉を寄せた。 セッテは、まだ感情表現が下手だがとても真面目でそんな風には見えない。 だが姉妹であるウーノが言う事を、まさか、と一笑に付すことも出来ず光太郎はもう一度肩越しに振り向いた。 それを予測してか、光太郎に見えるように空中に一つウィンドウが開かれていた。 けばけばしい化粧をした10代後半から20代前半位の年頃の女性の写真が写っている。 その髪は天を突いていた。 下手な生け花? いや、ドリルか何かのようでもあり、Dr,スランプのイガグリ先生のように見えなくも無い。 「昇天ペガサスMIX盛りよ。こうなってからじゃ遅いの」 ……意味がわからない。 「……わかった」 若干精神的に疲れながら靴を履き終えた光太郎が零した言葉に、ウーノがまだ物言いたげな視線を向けて来る。 だが光太郎はあえてそれには触れずに家を出た。 ベスパに乗って、待ち合わせ場所に向かう。 走ったり、あるいはそこからフェイトの車に乗った方が早いのだが光太郎のわがままでベスパに乗って移動をしていた。 アクロバッターではないから不満は多々あるし、皺がよってると同居人に駄目だしされる事になっても、それでも光太郎はバイクが好きだった。 夕日に照らされ、少し肌寒い位の風に吹かれながら走るのはとても心地が良い。 そうして気分良く待ち合わせ先に着くと、まだ待ち合わせの時間には早いがフェイトはもう到着して光太郎を待っていた。 出会った頃よりいくらか成長した彼女は、人目を集めながら光太郎に手を振ってきた。 「おはよう。待たせてごめん」 「いいい、いえ!! と、突然お呼びだてしてすいません!!」 不意に何故か、光太郎は嫌な予感がした。 スカリエッティ絡みの、あるいはレリック絡みの任務の手伝いを頼まれるようにはなった。 その時フェイトは、決まって執務官の制服を着ている。 今日は淡い暖色系のワンピースで、光太郎の同居人達には呆れられている服のセンスから言うとミニのスカートは短すぎる気がしたけれど。 「あの…へ、変でしょうか?」 「えっ!? いや……仕事の時と違ってあんまり可愛い服だから言葉が出なかったんだ。き、綺麗な色だね」 何度も呆れられたり反論して黙らされてきた結果、今の光太郎はそんなことを一言も言わずに口下手なりにフェイトの服装を褒めるようによく訓練された光太郎だったが。 「あ、ありがとうございます。すずかちゃんやアリサちゃんと一緒に買ったお気に入りなんです…」 「今日はどうしたんだい? 突然のことだったからまた仕事の話かと思ったんだが……」 「す、すいません…!! あ、あの…じ、実は」 また頭を下げて謝る挙動不審なフェイトを見て、光太郎の嫌な予感は強まる。 もう少しで何か浮かび上がりそうなのだが…そんな時間は与えられるはずもなく、フェイトが続きを言う。 「あの、…す、ちゅ、好きです!! もも、もしよりゅしければ付き合ってください!!」 「…え?」 告白し、頭を下げたフェイトを前に…衆人観衆の中から光太郎の超感覚は正確に目を輝かせてガッツポーズを取る女性を見つける。 光太郎の中でフェイトとその女性が、稲妻のような鮮烈な一本の線で繋がった。 (なのはの仕業か…ッ!! …なのは?) 思わず心の中で叫んだ名前に光太郎は内心首を傾げた。 ゴルゴム時代から何かの事件に巻き込まれた際、それがゴルゴムやクライシス帝国の仕業だった場合は光太郎の脳裏にははっきりと彼等の名が浮かんだ。 理由は光太郎自身も説明できないのだが、何故かはっきりと断言できるのだ。 それは天才的な数学者が簡単な数学の問題を見た瞬間答えが頭に浮かび説明できないような。 探偵が常人が気付かぬ些細な手がかりから犯人を推測するような。 未だ使いこなす事が出来ない未知の部分。 怪人の能力によって導き出される予知能力染みた洞察力なのだ。 と言ってもこの場合、それも必要なかったのかもしれない。 光太郎がそちらに耳を澄ませてみれば、その女性の声が聞こえてくる。 『フェイトちゃんやったね!!』 『な、なのは…もしかして突然呼び出したのって……』 『うん!!フェイトちゃんから相談を受けたのっ!! 間違いなく恋だと思ったから朝からかかってやっと説得したんだよ!!』 『そ、そうなんだ。えーっと……今日こそ家に溜まった洗濯物を片付けるはずだったんだけどな』 『え、? 何か言った?』 『い、いや!! いいんだ。うん…』 『苦労したんだからっ、フェイトちゃんったら絶対言わなかったら気付かなかったと思うの』 『いや…もしかしたらそれ、なのはの勘違いじゃあないかな?』 疲れたような声を最後に、意識的に耳を傾けるのをやめた光太郎はなのはに呼び出された哀れな青年に同情の念を抱きつつ同意する。 「俺もそう思う…」 フェイトから向けられていた感情は恋愛感情とは少し違うものだったはず… 光太郎とフェイトは光太郎の記憶違いでなければ7~9歳位の年の差はある。 90年代の日本で暮らしていた光太郎の感覚から言うと、そうした関係を結ぶには少し年が離れているように思える。 今目の前に確かにいる、親友に焚きつけられてしまったフェイトにそれを聞いても否定するだろうが。 「だ、駄目ですか? やっぱりう、ウーノさん達と」 「い、いや、!! それは違うんだけど…」 フェイトの美貌だけで人目についていたのが、告白によって更に観客を呼び寄せていることに興奮しているフェイトは気付いていないようだった。 慣れていない光太郎が羞恥心を刺激されて視線を泳がせようとする度に、フェイトは泣きそうな顔をする。 点り始めた街灯の光に照らされ、目尻に光るものを見つけてしまった光太郎は目を逸らす事も出来なかった。 『そんなことないのっ!! 私だって、…そういう気持ち、わかるから』 『なのは………ッ、なのは、その、き、聞いてもらいたい事があるんだ』 『え? う、うん』 ちょ、ちょっと待て貴様ら。 動揺し、汗をかきながら光太郎は頬を引きつらせた。 その間にも衆人観衆からは、本当に厳しい突き刺さるような視線が美女に告白された色男に向けられている。 カップルも多いらしく、雰囲気は光太郎にとって悪化していくばかり…そんな中、光太郎は一言だけ搾り出した。 「す、少し…考えさせてもらえないか?」 コクン、と小さく頷いたフェイトに光太郎の動揺はますます深まっていった。 前へ 目次へ 次へ
https://w.atwiki.jp/nanohass/pages/3491.html
休暇を終えた六課の面々は公開意見陳述会へ向けて動き出した。 休暇明けの朝、リフレッシュした皆に向けて、はやては六課の真の目的を明かした。 ちょっぴり驚いたりする者もいたが、重要な任務に隊員たちは俄然やる気になって当日へ向けての準備へと取り掛かっていったのだった。 宿舎に住まわせてもらっているとはいえ、微妙な立場にいるRXとセッテの二人は少し様子の違う皆を見ながら、当日自分達がどう動くかを決めようとしていた。 陳述会の様子は中継されることになっているが、オークションの時のように共に警備につくことも当然選択肢に入っていた。 だがそのことを相談してみると、はやて達は首を横にふった。 「光太郎さん達には何時も通り何か起こってから援護に来てもらおうと思ってます」 「そうなのか?」 少しずつ情報も漏れており、RX達が六課にいるというのは公然の秘密と言っていい。 だがRX達の性格が会場の警備に組み込むには不向きだった。 もし他の場所で大きな犯罪が起こったり、人目につかない場所で犯罪に遭遇した誰かがいれば二人はそこへ向かうだろうと皆考えていた。 普段は皆それを求めており、人によっては今回の事件が起こるかも曖昧な状況で警備にしておくことには若干の抵抗感さえ感じるほどだった。 それに何より、はやては自信に満ちた顔をRXに向けた。 はやてだけは少し不満気だったが。 「私達に任せといてください。もちろん、警備もいつもよりうんと厳重になってますから。ほんまは、前線丸ごとで警備させてもらえたらええんやけど……建物の中に入れるんも私たち三人だけになりそうやし」 「まぁ、三人揃ってれば、大抵のことは何とかなるよ」 「前線メンバーも大丈夫。しっかり鍛えてきてる。副隊長たちも今までにないくらい万全だし」 「皆のデバイスリミッターも、明日からはサードまで上げていくしね」 「ここを押さえれば、この事件は、一気に好転していくと思う」 「うん」 「だからきっと、大丈夫」 頼もしい返事を返されたRXは納得した様子を見せ、フェイトと視線を交わした。 二人の目配せに気づいたはやては、眉間に皺を寄せた。 「ちょっと場所移そっか」 そう言って歩き出すはやての後を心配そうな顔をしたフェイト達が付いて行く。 廊下を食堂に向かって歩きながら、はやては言う。 「ヴィヴィオのことやったら、心配いらんって。カリムも念のためってシャッハを付けてくれてるから大丈夫や」 「ごめんはやて。でも、やっぱり気になっちゃって……本当に、どうして今更もう一度検査なんて」 少し後ろを歩くRXへチラリと視線を向ける。 フェイトが謝りながらも口にした疑問はもっともだった。 リンディから預かり、六課の宿舎にいるはずのヴィヴィオは今、フェイト達と引き離され教会の施設にいる。 それは休暇をあけてすぐのことだった。 可愛らしい来客を六課の皆は笑顔で迎え、共に過ごそうとしていた所へカリムとリンディの二人から緊急の連絡が入った。 何事かと朝食を取るのも後にしたはやて達に、カリムはヴィヴィオの検査をさせて欲しいと願い出た。 親しくしているし、六課の後ろ盾でもあるカリムの頼みだ。 大抵は快く返事をするはやても最初、カリムに詳しい説明を求めずにはいられなかった。 元になった人物が誰であるかは分からずじまいだったものの、ヴィヴィオの検査については数年前、引き取る前後に済ませている。 それが今になって突然もう一度というのだから。 「私を嫌ってる人たちの嫌がらせよ」 若干疲労の残る顔でカリムは、はやて達に説明した。 (こちらは公開していないのではやて達も知らなかったが)近くに迫った公開意見陳述会に際して、教会も話し合いが開かれる。 カリムがそうであるように、本局や各世界の代表達の一部がそのまま教会でも高い地位をもつ人物であることから、同時に行われてきたらしい。 管理局の内部に派閥があるように、教会の中にも派閥はある。その内のあるグループがカリム等の足を引っ張る為に粗探しをした。 その結果、今更数年前のヴィヴィオの件が浮上した…カリムの見解では、純粋な気持ちからか他に難癖をつける材料が他になかったのだろうと判断している。 純粋な気持ちから、というのは約300年前の古代ベルカ時代の人物を元にした人造生命体がいると知った彼らがそれが誰であるか知りたがったとしてもそう不思議なことではないらしい。 カリムはそう説明してくれたが、はやて達は納得出来なかった。 何か違和感があった。相手側かカリムか。 それはわからないが、カリムはまだ何か話していないことがある…そんな気がした。 しかし、リンディとフェイトは困ったような表情で視線を交わし、お互いが同じような気持ちであることを確認した。 過去の誰かの情報を元に生み出された命であるということは承知して引きとって育ててきたのだ。 今更誰が元になったのか判明したところで変わるほどこれまで築いてきた気持ちは軽くはない。 だから、世話になっている友人のために今回は大きな問題には発展しないだろうと、思うことにした。 リンディ達には対応に辟易しているのか、珍しく怒りを滲ませながら説明したカリムの「お願いします」は効果的だったのだ。 六課設立に際し、影で尽力してくれたことだけではなく、これまでの行動からも彼女は信頼できる。 彼女の顔を立てるためにならばと、二人はヴィヴィオが承諾したのならという条件で承諾したのだった。 ヴィヴィオが彼女らのことを慮って承諾すると言うことは分かりきっていたが。 だがそれを聞いたRXは、何か嫌な予感がすると言って、フェイト達の気持ちを煽り続けていた。 物言いたげに見えるバッタ男の肩に、最近生傷が増えたザフィーラが手を置いた。 「気持ちはわかるが、それくらいにしておいくてれ。お前の嫌な予感はハズレない気がするから主達が不安がってしまう」 「……そうだな。気持ちも考えずにすまない」 はやて達に謝罪して、RXは仕事に戻っていった。 残されたはやて達も悪い方へと考えないように、重い空気の漂うその場から離れて行く。 カリムと同じく、彼女らも近くに行われる公開意見陳述会に向けて、準備を進めなければならなかった。 基本的に仕事の上でははやて達任せのRXが直ぐに引き下がらないことと当たりすぎる嫌な予感は予言阻止に向けて動こうとする六課には幸先が悪かったとしても、カリムの顔も立て、予言も阻止するのが彼女らの仕事だった。 * はやて達が準備に追われている頃、同じようにスカリエッティ達も準備に追われていた。 特に、今が何年も続いていた仕事の最終段階となるドゥーエは、砕け散った水槽の前で徹夜が続く有様だった。 彼女の他には殆ど誰も立ち寄らない部屋だったからいいものの、余人には余り見せられない有様で手を動かし続ける。 「これでレジアスが関与した証拠はすべて改竄済みっと」 最後に勢い良く空中に浮かんだキーを押して、ドゥーエは作業を終了した。 背伸びをして、体をほぐした彼女は隈の浮いた目を壊れた水槽とその周りに浮いた肉片に向けた。 ドゥーエが壊した水槽に入っていたそれらは、人間の脳であり… 旧暦の時代に次元世界を平定し、時空管理局設立後一線を退いた3人の人物が、その後も次元世界を見守るために作った組織・管理局最高評議会の成れの果てだった。 一応は管理局の最高意思決定機関となってはいるが、平時は運営方針に口出しすることはなく、長らくレジアスの大きなバックボーンとなってもいた。 同時に裏では様々なことに暗躍しており、レジアスを信頼し、共にアインヘリアルの運用計画を進行させたり、スカリエッテの創造主かつクライアントでもある―有り体に言って邪魔な存在だった。 (レジアスにも教えていなかったことだが、)その為、何年も前からドゥーエはスカリエッティの命令に従って管理局員になりすまし、最高評議会メンバーの傍に秘書・メンテナンス担当として潜入していた。 最近はプライベートで使うことも増えたが、本来ドゥーエのISはこういう使い方をするためのものでドゥーエ自身の有能さも手伝い、最高評議会メンバーの信頼を勝ち取っていた。 ここ1,2年は直接彼らの姿を見ていたのはドゥーエだけだったということだけを見ても、彼らがドゥーエに向ける信頼がどれほどのものかわかることだろう。 全てはスカリエッティが行動を起こすタイミングで彼らを殺害する為に…そしてそのタイミングが来た今、ドゥーエはその命令を実行し彼らを始末した。 今までの任務と同じく、最後まで最高評議会メンバーはドゥーエのことに気付かなかった。 10年前、初めての任務でたぶらかした聖遺物担当の司祭が失脚した後までドゥーエを信じていたように、容れ物が壊される寸前になっても裏切られたことが信じられないようだった。 盗まれた聖骸布の持ち主と同じ、約300年前の古代ベルカ時代の人物を元にした人造生命体を見つけるなり大慌てする羽目になっているように……これで管理局も大慌てすることになるのだろう。 自分の元を離れたドゥーエが予定通りの行動を起こしたことを聞けば、スカリエッティや姉妹達も驚くだろうかと考えて、ドゥーエは鼻で笑った。 感謝はするだろうがスカリエッティが驚くとは思えない。 なぜなら姉妹達に対する愛情が目減りしたわけではないし、管理局最高評議会を始末することが最終的にドゥーエとレジアスにとって有利に働くことが、スカリエッティにわからないはずがないからだ。 最後に適当な犯罪者に罪を擦り付ける工作をして、ドゥーエは部屋を後にした。 公開意見陳述会までゆっくりと休息を取り、スカリエッティと姉妹達が行動を起こした後にまた動き出さなければならない。 事が終わった後、レジアスの影響力が残って入ればより良い形で姉妹達に救援を送ることが出来るはずだとドゥーエは信じていた。 * そうして迎えた公開意見陳述会当日。 本局や各世界の代表が会場入りし、陸士達が、機動六課の面々が警備についていた。 中継が行われ、アナウンサーが言う。 「本局や各世界の代表によるミッドチルダ地上管理局の運営に関する意見交換が目的のこの公開意見陳述会。 今回は特に、かねてから議論が絶えない、地上防衛用の迎撃兵器、アインヘリアルの運用についての問題が話し合われると思われます」 しかし公開意見陳述会は開始直後、大きな通信画面が開かれ、中断された。 中に入ることを許されていた六課の隊長達だけが、何者がそれを行ったのか直感した。 はやて達はロングアーチに指示を出す為、目に付きにくい手元に通信画面を開く。 一秒でも早く、中継を切らせなければならない。 何かがあるとすれば、襲撃だろうと考えていた彼らの前に開いた画面の中で白衣が翻っていた。 案の定、画面の中央には口元を釣り上げたスカリエッティが映り、会場にいる本局や各世界から集まった代表達を見渡した。 驚き、怒りや中には何が起こるのかと興味深げに集まる視線を一身に受けている…それが十分に良くわかったスカリエッティは笑みを大きくし口を開いた。 「管理局員諸君、ごきげんよう。ジェイル・スカリエッティだ。お招きしていただいたことに感謝するよ。ありがとう」 手元の紙を見ながら挨拶したスカリエッティに、誰かがテーブルを叩いて立ち上がった。 スカリエッティが誰か調べたのか、彼の手元にも小さな画面が開いていた。 「次元犯罪「ボリュームを上げてくれ。うん、これでいい。私がお邪魔したのは他でもない…本局が犯している裏切りについて証言をする為だと認識していたのだが」 大音量で無理やり言葉を遮ったスカリエッティは、一旦言葉を切って出席する代表達の何人かと顔を合わせた。 関係者と思われたくないのか視線を合わそうともしない彼らにスカリエッティは肩を竦めた。 他の出席者が注目を浴びて、眉間を押さえたりする彼らに言う。その時には、音量はまた下げられていた。 「来るのが若干早かったかね?」 「そこまでや。スカリエッティ、ここにはアンタの言葉を鵜呑みにするような人は誰もおらん。はよ逃げた方がええんとちゃうか?」 「いやいやそれには及ばないさ。八神二等陸佐。ゆっくりと逆探知なりなんなりするといい」 はやてに余裕を持った態度を見せたスカリエッティが、手のひらを上にむけて腕を横に払うと出席者の手元に、何らかの記録を思われるデータが表示した新たな画面が開いた。 「今送ったのは、私が管理局本局の手で生み出されたことを証明するデータだ。本局はこれまで私を強力に支援してある裏切りを行おうとしていた…」 「でまかせだ! 管理局がこんなことを行うはずがないッ!!」 それを一瞥するなり、会場がざわついた。空気が凍り付いていく様に愉悦を感じながら、スカリエッティのテンションは上がっていく… 反論を無視したスカリエッティは大げさに胸を押さえ嘆きながら言う。 「だが私もひとりの人間だ。彼らに命を握られている身ではあるが、罪の意識に耐えられなくなってしまってね」 「ドクター・スカリエッティ「黙りたまえ!! 次元犯罪者と手を結んだ者に「貴方がッ!! 貴方が耐えきれなくなった裏切りとは一体……?」 腹を括ったのか、先程スカリエッティと無関係な態度をとろうとしていた者の一人が尋ねようとして、隣に座っていた者から黙れと怒鳴りつけられる。 だが、叱責を受けても彼は怯まない。何かに強い信念に突き動かされているらしかった。 「ああそうだったね。時空管理局本局は、聖王の遺産の中でも最も重要な聖遺物、聖王のゆりかごを我が物とする為にこのミッドチルダに秘匿している…更に、更にだ!! 彼らはなんと事も有ろうに聖遺物から聖王陛下を再生させたんだ!!」 今度こそ、本当に会場の空気は固まってしまった。 『聖王のゆりかご』古代ベルカ当時の呼称では「戦船」と呼ばれる古代ベルカの王「聖王」が所持していた超大型質量兵器で、数キロメートルほどある空中戦艦。 聖王家一族はこの中で生まれ、この中で育ち、死んでいったことから「ゆりかご」の名が付いた。 かつて聖王の元、世界を席巻し破壊した。旧暦462年の大規模次元震の引き金となったとも言われるが、そこまで知っている者は数少ない。 所以から聖王教会の教えをそこそこ囓っていれば、「戦船」あるいは「ゆりかご」の逸話を幾つか耳にする聖王教会にとって重要すぎる聖遺物であることは確かである。 聖王を包んだ布を聖骸布と呼ぶ彼らにとっての重要性は、計り知れない。 「では証拠をお見せしよう………」 スカリエッティは白衣を翻し、彼の背後にあるものを示した。 そこに何があるのか予想がついたはやては唇をかみ締める。 画面からスカリエッティが消え、残ったのは彼が掲げた腕だった。 その延長線上、短い階段を超えた先、壁に埋め込まれたような台座に女の子が座らされていた。 二辺に球体を埋め込んだ三角形の中央… 「ココこそが、本局が秘匿し私に調べさせた聖王のゆりかご。そして彼女こそが、つい先日信仰心厚い方々の必死の活動により保護された聖王陛下だ」 「う、うぇぇん…痛いよぉ、怖いよぉ~!ママー!ママー!! 助けてよぉ、RX!!」 「ヴィヴィオ…!? どうしてあそこに」 フェイトが息を呑み、座席から立ち上がった。 再び画面の中へとスカリエッティが顔をだし、泣き喚く少女を見た会場の反応を伺いながら、嘲笑った。 「聖王陛下がゆりかごに帰還されたにも関わらずこの反応とは……信者諸君、不敬にも程があると思わないかね? 聖王としての教育を施さなかったとは、汚いな流石管理局汚い」 そう言うスカリエッティの背中から聞こえてくる泣き声が、同じ場所から響きだした光と音によってかき消されていく。 スカリエッティが身を退く。玉座の周囲に埋め込まれた球体から流れだす雷が、ヴィヴィオの体に流れ込んでいた。 「見えるかい? 待ち望んだ主を得て、古代の技術と英知の結晶は今その力を発揮する!」 どういうわけかクリアに聞こえるスカリエッティの笑い声の中、苦しむヴィヴィオの体からから虹色の光が溢れ出そうとしていた。 「聖王陛下、私が貴方を有るべき姿へと戻して差し上げよう。さぁ! いよいよ復活の時だ。待ち望んだ主を得て、古代の技術と英知の結晶は今その力を発揮する!」 光に照らされて、暗い影となったスカリエッティが画面の中でくるくると回る。 陸の担当部署から緊急の通信画面が開かれ、爆発や大地震が、戦艦クラスの反応が観測され、混乱に陥っている事が伝えられる。 「これこそが、君たちが忌避しながらも求めていた絶対の力! 旧暦の時代、一度は世界を席捲し、そして破壊した。古代ベルカの悪魔の英知」 虹色に画面が染まり、眩しさに人々は目を瞑った。 ヴィヴィオの悲鳴とスカリエッティの笑い声が、目を閉じた彼らの耳により強く響く。 「ククク…一人の信者として聖王陛下とゆりかごをお助けできて非常に満足しているよ。いや本当に。その証拠に…私は条件次第で聖王教会になら自首する用意があるが、どうするかね?」 画面が一方的に閉じられたことにより眩いばかりの虹色の光が消え、ゆっくりと皆が目を開いていく。 直ぐに飛び出そうとするフェイトの腕を、彼女らの立場上見過ごすことが許されないはやてが掴んだ。 もちろん立場だけで引き止めたのではなく、これほどまでに自信満々に管理局をコケにしたスカリエッティが何の備えもしていないはずがないと思い、こちらも万全の体制で臨まなければならないと部隊長として判断したからだ。 そんなはやての考えなど露知らず、周りではスカリエッティが合図を送った管理局に席を置く聖職者達を取り囲み、各世界の代表者たちが自分勝手に話し合いに興じ始めている。 はやて達のことは全く当てにしていないようだった。 だがそんな彼らの前に再びモニターが開き、今回の協議で話し合われるはずだったアインヘリアルが映し出された。 映し出されたアインヘリアルは、どういう意図でなのかは会場にいる者達には判断できなかったが、動き出そうとしていた。 状況についていけない彼らには、アインヘリアルとアインヘリアルの開発計画を推し進めていたレジアスとを見つめることしか出来なかった。 だがその時、嫌みったらしい笑い声がまた会場に響いた。 「管理局諸君…いやここは司祭様に聞いたほうがいいのかなあぁ? どうも私には聖王陛下を攻撃しようとしているように見えるんだが、管理局はこの醜聞を隠す為に聖王陛下ごとゆりかごを消し去ろうとかそういうつもりなのかな?」 それに対しレジアスは、無言を貫いた。 「まぁ答えは聞いてないんだがね」 アインヘリアルの一部が突如爆発を起こし吹き飛んだ。 破損箇所の近くには眼帯をし、ボディスーツの上からコートを羽織った少女が立っていた。 「……愛らしい」 思わず口から出てしまったらしい一言のせいで、周りからキツイ視線と暖かい視線をを向けられた紳士は咳払いをする。 隣に立っていた紳士が握手を求めたが、彼はやんわりと断った。 「ごほんっ、いや失礼」 「…………ええっと、正当防衛をさせていただいたよ」 そんな彼らを視界に入れないようにしながらスカリエッティは手早く締めくくった。 そして再び画面が閉じられた。 * 通信を閉じ、浮かび上がっていくゆりかごの中で意気揚々と踊っている創造主を淀み冷え切った目で見つめながらも、ウーノの動きは淀みがない。 今の内容を含めた、ウーノのISとスカリエッティが研究の為に予め与えられていた権限を使用して集めた情報を編集して、このミッドチルダや他の管理世界で広めることが彼女に求められた仕事だった。 ウーノのISとスカリエッティが研究の為に予め与えられていた権限を使用すれば大抵の情報は自由に集められるのだ。 とはいえ、現時点でのこちらの戦力は所詮不完全な状態の戦艦一隻に過ぎない。今の状態では管理局の普通の戦艦と大差ないと言う程度の力しかないのだ。 ゆりかごは衛星軌道上に達し、二つの月から魔力を受けて初めて本来の力を…高い防御性能と精密狙撃や魔力爆撃など強力な対地・対艦攻撃が可能になるほか、次元跳躍攻撃をも行える程の能力を取り戻すのだ。 今の状態では管理局の普通の戦艦と大差ないと言う程度の力しかないのだ。 「あれ程挑発する必要があったとは思えませんが?」 「あんまり面白い顔をしてたからつい、ねぇ。まぁこれで彼らが暫く揉めてくれればそれでいい時間稼ぎが出来る。機動六課が戦力を十分に発揮できなければもっといいんだがね」 「?」 「分からないかい? つまり、ヴィヴィオ・ハラオウンは誰かということさ」 そう言ってスカリエッティはヴィヴィオについて彼が調べ上げたデータを空中に表示させる。 「ヴィヴィオ・ハラオウンを生み出したやり方は、ほぼ古代ベルカと同じ方法が使われている。 母体がどうか場所とか、私に言わせればほんの些細な条件を除けばだがね。(技術的にはこのケースに限っては母体を使う方がミスは少ないだろうがね) まぁ、重要なのは『ゆりかご』が起動させられるかどうかさ。『ゆりかご』は起動し、彼女は聖王の能力も使用可能だ。聖王となるには十分な条件だろうね」 虹色の光が収まった台座には、強制的に戦闘用の姿…大人の体にまで成長したヴィヴィオが台座に座っている。 今の姿からは、ヴィヴィオが短い人生の中で誰の影響を受けたのかや生まれがよくわかる。 戦闘機人より若干黒い色のボディスーツ。 ベルカの騎士と似たジャケットとスカート。 それらに胴などには金属のパーツをつけ、甲冑を思い起こさせる形状にした。 姉達そのままではなく、サイドテールにした辺りが少し面白いが…顔を隠す仮面をヴィヴィオは手にしていた。 「だが、その次の聖王となるはずの子供を保護した後、管理局はハラオウン家と言う管理局でここ数年影響力を高くした家に引き取らせた。 少なくとも数百年前のベルカの人間だと言うことについてはわかっていたにも関わらず、何故か調査はそれがわかったところで終了だ……」 ヴィヴィオの元になった情報は、ドゥーエに盗ませた聖骸布から得たモノだ。 スカリエッティしか出来ない仕事の為に、最高評議会は他の研究者に生み出させたのだろう。 そしてRXに救出されてしまったが、依然変わらず管理局の手にあったから放置されていた。 無論リンディ達はあずかり知らぬことであろう。 教会内部でも、カリム等大半の関係者はこの件について知らされていなかった。 貴重な遺産の管理を預かる程の関係者がハニートラップにかかって聖骸布が盗まれたなどと言う醜聞は隠しておきたかったのだ。 そのせいで短慮な者達が簡単にスカリエッティにのせられてヴィヴィオを引渡してくれたのだが。 それは兎も角、RXから頼まれたこと、非合法に研究された施設から助け出したという素性を考慮したリンディ達は徹底した調査は行わなかったし、コネも使って穏便に手続きを済ませた。 ほぼ確実にそれで問題は起こらないと経験上わかっていたし、何よりもリンディらは新しい家族が可愛くて仕方がなかったからだ。 それはウーノにもわかる。スカリエッティにも狙いやすいという意味でよくわかっていた。 「わざと隠していたのではないか……という事ですか?」 「少なくとも『ゆりかご』については隠していた。それだけでもマズイ。更にそこへ聖王だ。 教会にとって重要かつ偉大すぎる貴人とその聖遺物の両方を秘匿していたなんてことがバレても教会と管理局はそのままなのかな?」 胡散臭いスカリエッティのタレこみには、スカリエッティが管理局最高評議会からの依頼で戦闘機人ドゥーエに聖王の遺伝情報が採取可能な聖遺物を盗ませたこと。 別に抱えている研究者にその遺伝情報から新たな聖王を生み出させたことがはっきりと記載されている。 スカリエッティを生み出し、スカリエッティのクライアントでもあった管理局の最高意思決定機関が命じたことが、はっきりと嘘、大げさ紛らわしい書き方でだが。 聖骸布を盗ませてまた別の研究者に作らせた管理局が偶然保護しただけなのか? ハラオウン家と共に六課の後ろ盾となっている聖王教会の騎士カリム・グラシアが、教会の理事ともあろう者がヴィヴィオのことを多少なりとも知っていながら何の調査も行わず気付かなかったのだろうか? 邪推するだけなら幾らでも邪推できるだけの材料をスカリエッティは各世界にばら撒いた。 「ましてやその聖遺物を完全破壊する為に戦艦数隻を向かわせたり、局員を送り込んで全力全壊なんて、やれるのか…? 私にわかるのは、管理局は悪の組織だと思いたい人々が少なからずいるのだということさ。シンプルでいいからね」 「ドクターったら、こんな面白いコト私に黙って始めるなんてヒドいじゃないですかぁ」 「君はセッテに仕返しをしてからじゃないとやる気にならなさそうだったからねぇ」 他人をイライラさせるには十分すぎる笑みが二つ並んだ。 スカリエッティの元を離れたクアットロが、勝手に通信を繋いで一緒に笑っていた。 クアットロが出て行く際にガジェットを根こそぎ持っていったせいで地上本部襲撃等ができなかったというのに、スカリエッティは一緒になって楽しそうにしている。 「クアットロか……君はこの機会にセッテに仕返しをしたいだけだろう?」 「ええ、チャンスさえあれば、そうさせていただきますわ。構いませんわよね?」 「勿論さ。余りセッテに暴れられても困るからねぇ」 似通った笑顔で笑いあう二人の耳にウーノの咳払いが聞こえた。 二人ともウーノの機嫌が悪くなったことに気付いたらしく、笑い声が収まる。 「そ、そういえばドクター? 本当に自首してしまうの?」 「私に公の場で研究を続けさせ、人々にそれを提供することを認めるならだがね」 「そんなの無茶ですわ」 「私ごと聖王陛下と聖遺物を葬り去らせるというなら構わんさ。管理局の法に照らし合わせるなら…改心して管理局に奉仕すれば数年で無罪放免といった所だ。 奉仕するのを管理局にではなく管理世界の人々に、という風に変えさせたりも出来るかもしれないだろう?」 「ドクターの目的はそれですか?」 うんうんと、スカリエッティは大きく頷いた。 一見管理局を煽っていた時と変わらない様子だったが、ナンバーズの中でも長い年数スカリエッティに付き合ってきた二人には、その先を見据えた思考こそが彼の本性だと理解出来た。 もう何年も前からのことだ…… スカリエッティは、研究の為に生み出し、育て上げておいて、最後には成果を倫理的に問題がある等という理由で断念するアホ共に付き合い続けるという茶番に………早速、限界が来ていた。 スカリエッティの底に溜まっていく澱みが時折、公の事件として現れるようになった。 より派手に、より大きく、スカリエッティの起こすトラブルは増えていった。 ナンバーズに世話をされて、これでも少しなりを潜めていたが……スカリエッティは今、アルハザードとはまた別の超高度な文明が生み出した創世王という不思議なものに触れた、今。 「そうだ。私は日のあたる場所に出る。たかが魔道士相手にデバイスを作って満足してるようなカス共や本棚に押し込められて整理してるだけの腑抜け共なんぞが……! 私こそが、太陽に照らされる(人々に賞賛される)価値があるッ!」 胸を叩く音が、ゆりかごの「玉座の間」に響いた。 「新たな創世王に新たなゴルゴムが必要となる必然があるなら……ッ、生み出すのは私だ。私だけが生み出せるだけの才能があるッ!!」 その時、エマージェンシーコールが、スカリエッティ達の体を貫いた。 細胞をざわつかせる嫌な音にさらされる彼らの前に巨大な画面が開いた。 黒い肌、燃えるような赤い複眼が太陽に照らされ、光り輝いていた。 スカリエッティから与えられた血色のマントが風に靡き、火花が散った。 「RX……」 聖王が玉座から立ち上がった。 * 公開陳述会の様子はRXもすぐに目にすることになった。 元々公開されていたが、スカリエッティによってより広範囲に情報が流されたお陰であった。 リアルタイムに近い速さで公開されているにもかかわらず改竄されているのだが、余程注意しなければわからないだろう。 もっとも、改竄されているかどうかなどRXには関係のないことだったが。 管理局最高評議会がスカリエッティを生み出し研究や犯罪を指示していたことは局員や人々を困惑させ、 裏切り行為を行っていた評議会以下の人々に対して真偽は兎も角としても怒りを持たせていた。 RXがウーノらと暮らしていた頃、近くに暮らす信者達を目にする機会はあったが、管理局の手が回らないような状況を起こすような人々ではなかった。 不正に対する自浄作用ならクロノ達が動き出している。 ヴィヴィオが、泣いて助けを求めている。 重要なのはそれだけだ。 他の誰かの助けが届きにくい場所に、泣いている子供がいればどうするか? 「RX、君と争うつもりはないんだがね」 空へと浮かび上がったRXの聴覚にスカリエッティの声が届く。 どうやらスカリエッティから渡されたマントを通して声が聞こえているようだ。 「それなら今すぐにヴィヴィオを帰すんだ!! 幼い子供を攫い、自分が犯した罪を正当化する為に利用するなど、この俺が許さんッ!!」 「フゥ……ある逸話では、この船は君の前の創世王と戦っている。聖王陛下にお願いして調べてもらえば、君は故郷に帰れるはずだ…勿論、それは聖王陛下とゆりかごがセットになって初めて出来る事だと私が保証しよう。それでもかい?」 「それがどうしたッ!!」 「そうか……じゃあ君が拳を下ろさざるを得ない状況を用意するまで眠っていてもらおう」 間髪入れずに返事を突き返されたスカリエッティがため息混じりに返すと、上昇していたRXの動きが停止した。 隣でデータを操作していたウーノもため息をついて、手を止めた。 RXの補助器具であったマントが、スカリエッティの指示でRXの能力を押さえ込む為に蠢いた。 「「攻撃対象特定が困難」で「発動が遅く」「消費魔力が大きい」んだが、そのデバイスを対象にして聖王陛下がやれば関係がないと思わないかね…では聖王陛下、よろしくお願いしますよ」 「………悠久なる凍土、凍てつく棺のうちにて永遠の眠りを与えよ。凍てつけ!! 『エターナルコフィン』」 かつて、闇の書に対処する為にクロノが使用したランクSオーバーの高等魔法が完全な形で発動する。 対象を半永久的に凍てつく眠りへと封じ込める魔法は、ゆりかごの動力源から送られる莫大な魔力を使用して本来の魔法の性能以上の効果を生み出していた。 だがその時、不思議なことが起こった。 キングストーンの光がRXから放たれ、何事もなかったかのようにRXは動き出す。 流石のスカリエッティ達もそれには苦笑いしか浮かばなかったが、スカリエッティは次を指示することは忘れなかった。 「どうするんですかドクター?」 「……嬉しそうだねウーノ?」 「そんなことはありませんわ」 「ククク…………確かにインチキ臭い強さだ。だがまぁ、眠っていた方が幸せだったんだがね。そんなに強くない方がさぁ」 マントに細工があるというのならば……RXは落下しはじめた自分の体をゲル化させる。 ゲル化して移動すれば一瞬後には、聖王のゆりかごの内部へと突入することだって出来る……だがその時、RXの超感覚はゆりかごから魔法が放たれることを察知した。 奇妙なことに、その魔法はRXを標的にしていなかった。 標的とされた箇所にも、生命エネルギーの揺らめきは見えず、何かが動く音もしていない。 魔法により、何の前触れもなく発生する雷、その効果を予測したRXはそれに従ってゲル化移動を行う。 移動を終え、ゲル化を解いたバイオライダーの体を巨大な雷が打った。 周囲への被害を考慮して制御された魔法の威力は、効果範囲にそのエネルギーの殆どが集中する… それにも関わらず、雷の輝きは周囲を際限なく照らし、伝わっていく衝撃は尽くを破壊していく。 一瞬の間に通り過ぎていく雷の中で、バイオライダーはバイオブレードを抜いた。 息をつく暇もなく同じ雷がバイオライダーを襲おうとする。 だが雷に打たれながら、差し出したバイオブレードの刃に二度目の雷は吸収された。 必殺の武器であるバイオブレードには、エネルギー攻撃に対しては吸収・反射する盾としての能力も備わっていた。 バイオライダーは、バイオブレードを払うように振るい、反射された雷は聖王のゆりかごへと返される。 反射された雷がゆりかごの装甲に浅い傷跡を残すのを見る間も与えられずに、またバイオライダーの感覚は同じ雷が他の場所に放たれるのを察知した。 再びゲル化したバイオライダーは、再び何かの代わりとなって雷に打たれた。 すぐにまた別の場所へと雷が放たれる…、バイオライダーはゲル化を余儀なくされる。 雷がバイオライダーを襲う。 目の前にはやはり、子供が立っていた。 子供が庇われたことを認識する前に、新たに放たれることを察知したバイオライダーは突き動かされていく。 「レリックや私の作品を犠牲にしてとったデータは活用するさ……」 ゲル化を繰り返す体にスカリエッティの声が聞こえてくる。 「クク……君の弱点はその『無敵さ』さ。RX、ミッドチルダ全域の人間をランダムに狙い打ち、艦も一撃で落とす威力を持った次元跳躍魔法から人々を守れる人間などいない。君だけだ」 ウーノの調べ上げた場所へ、聖王が連続で範囲攻撃魔法を放つ。 カバーに入れば防げるようにする為に範囲を絞り、結果威力は高まってしまったが、RXを殺すには到底及ばないようでスカリエッティは安心した。 RXがそれ以外できない程度の間隔で撃ち続けるなど魔法のランク、消費される魔力の量から言って聖王のように無尽蔵の魔力を使用できなければ不可能なことだ。 この光景を見て、魔法の特定を行えば管理局にも良い牽制となる。 今のところ予定通り進んでいることを確認したスカリエッティによって、中継のチャンネルがジャックされた。 「『ゆりかご』を見て私の提出した証拠、私の技術が嘘やハッタリではないことは実感していただけたと思う。 さて、皆さん。ここからが重要なところだ。しっかりご静聴していただこう」 RXにはそれをゆっくりと見る暇はなかった。 RXを襲う雷が止むのも待たず、今もまた新たにミッドチルダのどこかへ降り注ごうとする雷の前触れが、はっきりと感じられる。 「『私はマスクド・ライダーを作り出せる。普段皆さんを守っているマスクド・ライダーの内一人は私が生み出したものだ』」 ゲル化を解き、雷を受け止めながらはっきりと耳にその言葉が聞こえた。 周囲に映る複数の画面に現れたスカリエッティが、セッテの、そしてセッテとよく似た姿をした姉妹の姿を提示する。 また雷がゆりかごから放たれるのが感じられた。 叫ぶ暇もなくRXはゲル化した……スカリエッティは大きく広げた手のひらを画面に向ける。 「私を認め、私に研究させてくださったなら、私は1年以内に管理世界全体、各管理世界にマスクド・ライダーを5名ずつ用意することを約束しよう。 私に今後も研究を続けさせてもらえたなら……!! 私は皆さんにこの技術を、提供する」 目も眩む光の中、RXは背後にいる子供の親が息を呑むのがわかった。 「皆さん、身に危険を感じたことは? 各家庭のご両親、お子さんに危険を感じたことはあるでしょう? 自分で身を守りたいと思ったことは? 私の技術を使えば、お子さんを自分の手で守ることが可能になる」 「それは素晴らしい…」 電流と共に、真っ黒な肌の上を人々の感嘆の声が流れた。 「私なら、5年以内に皆さんがマスクド・ライダーになれるようになる技術を提供出来る!!」 出来ることなら汚らわしい本局の連中ではなく、皆さんが私を受け入れることを望むとスカリエッティは締めくくった。 前へ 目次へ 次へ
https://w.atwiki.jp/nanohass/pages/3604.html
なのは達が戦っている頃、ゆりかごの外では相も変わらず巨大な二匹の怪獣が窮屈そうに街中で身じろぎをしていた。 ちょっと肘があたったビルが崩れて瓦礫が落ち、無数にいるガジェット・ドローンが潰されたのか爆発が起こる。 召喚士達に何か言われたのか肩を落とす怪獣の片方―黒い怪獣の皮膚の上をセッテを乗せたバイクが駆け上る。 ガジェット・ドローンがセッテの尻を追いかけていく。 誘蛾灯に蛾が群がるように。 姿を隠しているⅣ型を探し、周囲へ最低限のブーメランブレードを浮遊させながら、セッテは砲撃を繰り返した。 バイクにAIがなければ困難な作業だろうが、スカリエッティ手製のバイクはなのは達のデバイスと同じく、セッテのサポートを行うに足る知性を有していた。 器具で体を固定したセッテは、背後を向き近づいてくる敵を撃ち続けた。 嫌な予感に従って、不自然に空いた空間をブーメランブレードで斬りつけたが、それでも収まらない警鐘に従いセッテはバイクの上に体を寝かせる。 空気が裂かれ、何かが胴のあった場所を通り過ぎたのをセッテは肌で感じた。 勘で拳を叩き込み、そのⅣ型を破壊する。 召喚士の命令か、怪獣たちがセッテを守るように回りこもうとするガジェットへ向けて腕を振り回し始めた。 だが同時に、ゆりかごからトーレとディードが落ちてくるとバイクがセッテに囁いた。 『逃げ回ってていいのーっ? 二人が来たら、あなたに勝ち目はなくなっちゃうわよ!?』 何処かから、クアットロの喧しい声が聞こえる。 焦りを押さえ、セッテは引き続きバイクで怪獣の体を登っていった。 主人の意思に従い、バイクは加速していく。 黒い怪獣の皮膚の上にタイヤの跡を残しながら、背筋を撫でる様に滑っていく。 包囲し、襲い掛かるガジェットを破壊しながらバイクは走り続けた。 セッテは姿が確認できなくなったクアットロの姿を探しながら、四方へ射撃とブーメランブレードによる斬撃を放ち続けるしかない。 攻防は続き直ぐにも肩甲骨の間辺りへ差し掛かる…ガジェットは変わらずセッテを包囲しようと追いかけ、セッテはバイクで逃れながら打ち落としていく。 (相変わらずISのせいでクアットロの姿は見えない……それに、Ⅳ型も) だがこのままでは、いつかステルス機能を持ったⅣ型に今バイクの熱が伝わってくる辺り(背中)からグサリとやられてしまうような予感がした。 何か別の手を打たなければならないような気がする。 (困った。今はまだ……手を止められそうにない) バイクが首の付根へと至り、突如怪獣が体を震わせてセッテ達を振るい落としにかかる。 今まで我慢していたのか、周囲のビルも巻き込んで巨大な腕が振り回された。 堪らずセッテのバイクも空中へ投げ出され、飛行魔法で腕が通り過ぎた場所を抜けていく。 空中に浮かぶ多数のガジェットから放たれる射撃を物ともせずにセッテは地面へ着地した。 今度は道路へ場所を変えて、セッテは移動を続けた。嫌な感じはまだ続いている。 多数のⅣ型が道路の先に姿を現した。 刃で構成されたような体が光を反射させキラキラと光っていた。 バイクを捨てることもセッテの頭に浮びあがった…クアットロは得意げな顔をしているだろう。 高笑いが実際にセッテの耳に聞こえるように発せられたかもしれなかった。 セッテは近づいてくるⅣ型への対処で、意識を割く余裕は無かった。 だが、そんな二人の空気と待ち構えたⅣ型が粉々になって宙を飛んだ。 弾き飛ばしたのは、運悪く真正面にいた一体を顎で挟み、砕いた一台の車だった。 ライドロンもどき…敢えてまた述べるまでも無い理由によって所々傷んだその車は、セッテのバイクに追いつき、路面との摩擦で煙を上げながら彼女の周囲を縦横無尽に走り続けた。 通り道にいたガジェットは残らず弾き飛ばされるかひき潰されて爆発する。 それでも止まらず、周囲を十分に走ったライドロンもどきは、今度は後退しながらセッテのバイクと並走を始めた。 ライドロンもどきのドアが開く。あっけに取られたセッテだったが、誰が乗っているかはわかっていた。 心あれば触れないであげて欲しい理由から稀有なドライビングテクニックを身に着けていたザフィーラがハンドルを握っていた。 「ザフィーラ…さん?」 「主の命で援護に来た」 人型を取ったザフィーラはそう言うとライドロンもどきの上に飛び乗り、拳を握り締めた。 「シャマルと通信をつないでくれ。クアットロの居場所を調べさせている」 「わかりました」 「それと、コイツも使ってやってくれ。バイクと同じようにコントロールできるな?」 「出来ますが、ザフィーラさんが困るのでは…」 ザフィーラが潰した以上の数を補充して数で押しつぶそうとするクアットロの兵器群の動きを警戒しながら、セッテは戸惑っったような声を出す。 「この状況なら大丈夫だ。俊敏さに賭けるなら、俺は…」 セッテはザフィーラの声を最後まで聞くことは出来なかった。 運転が自分以外の手に渡ったのを感じ、座席を飛び出したザフィーラの姿は、ライドロンもどきの装甲を蹴って、当にガジェットの群れの中に消えていた。 足場にされ、蹴り潰されたガジェットが群れから落ちていった。 「私も負けていられませんね」 そう呟いたセッテにバイクとライドロンもどきがライトを点滅させて応える。 二機を180度回転させ、無理やり急停止させた。 追いかけてくるガジェットは多かったが、ザフィーラに負けているわけにはいかない。 未だ遠く雷鳴が鳴り響いていることを思い出してセッテは闘志を燃やした。 突き破り、隠れるクアットロを炙り出さねばならなかった。 そう決意してバイクを、今受け取ったライドロンもどきを走り出させる。 周囲を飛ばしていたブーメランブレードの内二本を握り締めたセッテの脇を射撃魔法が通り抜けた。 辛うじてセッテより早くガジェットに到達したそれの威力は弱く、ガジェットのAMFを波立たせて消えた。 後からセッテのブーメランブレードがAMFを無視して容易くガジェットを切り捨てて爆発四散させる。 同じような弱弱しい射撃が迫ろうとしていたガジェットのAMFに触れた。 気付いたセッテはその一体を無視して先へ行く。 横を通り抜けようとするセッテに、ガジェットは触手のようなケーブルを伸ばそうとした。 貧弱な横槍が加えられ、ケーブルはセッテから僅かに逸れる。 更に二つ、三つとガジェットを射撃魔法が襲った。 それらはAMFを貫く為に別の魔法で包まれており、光弾がガジェットのセンサーを貫いて行動不能へと陥らせていった。 予想外な方向からガジェットが地面に落ちる音を聞いて、セッテが振り向くと遮蔽物の陰から陸士達のデバイスや髪が見えた。 普段犯人へ突入する際に援護を行っていた者達だとあっさり気付いた。 標準装備のデバイスの端っこやよくある色の髪の一房だが、見間違えようがなかった。 ガジェットを仕留めた事だけは二度見してしまったが、六課の隊長にでも訓練を受けたのだろう。 振り向いた間に迫ったガジェットに撃ち込まれる魔法が、セッテのボディスーツやバイクの装甲を照らすのを見てセッテはそう信じた。 彼らが危険を犯してくるほど頼りないだろうかという気には不思議とならなかった。 彼らが持ちこたえられないような数のガジェットが向かわないようにセッテはよりリスクの高い動きを強いられる。 だが怪獣の背を走っていたほんの少し前より面白くなっていた。 彼らと、一人この空間に馴染み過ぎて自由過ぎる感はあるザフィーラ。 そしてセッテの三者へ向かうガジェットの動きからクアットロの居場所を探ることだってセッテには出来る。 「シャマルさん。早く見つけてくださらないと、我々でここは終わらせてしまいます」 『やってます! 陸士の人達には逃げるように言ってください!! Ⅳ型が来たら…』 「大丈夫でしょう。あの場所は、本部の防御をうまく使うつもりですね」 いつの間にか近づいてきたそのⅣ型の刃をギリギリで砕きながら、セッテはバイクを走らせ…辛うじてブーメランブレードを自分の眼前で交差させた。 バイクの上から落ちないよう、体に力をこめ遅れてきた衝撃波がセッテの周囲に散らばっていたⅣ型の破片を吹き飛ばしていった。 ソニックフォームのフェイト並に速い一撃を防げたのは運が良かった。 以前より早くなっていたが、何度も耐えた経験のお陰だとセッテは感謝した。 状況が変わりつつあることをクアットロが告げたのだろう…肩越しに振り向いたセッテの目に、姉の姿が映った。 恐らく姉妹の中で最も早く、強いトーレ。 また姿が消え、セッテは冷静にそれを防いだ。 トーレがいるということは妹のディードもいるだろうとセッテは考え、姿を探した。 またトーレの姿が消えた。 ISで加速したトーレの腕についた刃を切り払う。瞬時に距離を詰め、通り過ぎたトーレが戻ってくる。 『セッテ!?』 「シャマルさん…! 他に妹が居ませんか!?」 『すぐに探してみる… シャマルの声はトーレとセッテの獲物が衝突した音にまぎれて消えた。 Ⅱ型の光線がセッテの太ももに当る Ⅱ型程度なら余り支障はないが、Ⅲ型・Ⅳ型やそれに気を取られ姉妹たちの攻撃を受けると危険だ。 セッテの顔に冷や汗が流れた。妹を探す暇も、ガジェット・ドローンに対処する隙がなかった。 ガジェット・ドローンの群れの中を抜けて囲みを抜けようとするセッテを狙うことは困難な作業のはずだが、トーレに取っては容易いことなのか? 切り返しの速さに舌を巻くセッテを何処からか砲撃が襲った。 セッテはディードの仕業だとすぐにわかったが、着弾で起こされた爆風の中気にすべきなのは、この爆風をかき乱して現れるトーレと姿の見えないⅣ型だった。 最大限に集中し、不意打ちに備えようとするセッテをトーレは空中で見下ろしていた。 手足の羽根が光を強め、彼女の体を加速させる。 トーレは妹の急所目掛けて、空を駆けた。 だがその一撃は、突然壁から生えた岩に衝突して未遂に終わった。 体勢を立て直そうとするトーレをザフィーラの蹴りが襲う。 両腕で防いだトーレに、ガジェットを蹴って加速したザフィーラが再び襲い掛かる。 再びISを使用するより早く、拳が叩き込まれ空中に浮かぶ魔方陣から伸びた石の槍に体を叩き込まれる。 痛みを堪えるトーレより先に石の方が砕けた。 ザフィーラは全く気にせず逃げ道を塞ぐように彼女の四肢を砕いていく。 人の姿に形を変えたザフィーラと比べると、彼女の手足は柔らかく、鍛えあげられ、人工物が入っているとはいえ、脆いように感じた。 加速しようとするトーレのボディを打ち、ビルへと埋めながら、ザフィーラはトーレを助ける為にディードが近づいてくるのを感じ取っていた。 そちらに注意を向けたのを察して、トーレが近づきすぎたザフィーラの横っ面に光刃のついた腕を叩き込もうとする。 ザフィーラはまるで来るのがわかっていたようにそれをかわし、ガードの空いた肋骨を砕いた。 この状況から逃れる方法としては、無意識に対処が出来るほど古典的すぎた。 拳を叩き込んだザフィーラの背後にディードが迫る。 「ライドロンッ」 ザフィーラは叫んでいた。 呼ばれたライドロンが、ビルに傷跡を残しながらザフィーラを跳ね、ついでにトーレを顎に咥えて引きずっていく。 空振りしたディードのツインブレードが赤い装甲に傷をつけていたが、跳ね飛ばされてたった今砕いた骨と同じ骨を砕かれたザフィーラはそんなことまで気にしていられるような状態ではなかった。 若干引きながらも、セッテが動きを止めなかったのは今までライドロンもどきがどういった使われ方をしていたか知っていたからだろう。 『セッテ!! クアットロを見つけたわ!!』 こちらも、まるで気にした様子の無いシャマルの声でセッテは虚空を睨んだ。 ブーメランブレードが指示された空間へ向けて飛ぶ。 シャマルの言う場所は少しずつ範囲を狭めていく。 弧を描きながら襲い来るブーメランブレードに追い込まれ、逃げるクアットロの影が、セッテの目には見えだした。 両手に構えたブーメランブレードで行く手を遮るガジェットを切り裂きながら、セッテはそこへ向かった。 ディードがライドロンもどきを追いかけて行くのが見えた。 十分に距離を狭めて、セッテは構えていたブーメランブレードをクアットロへ向け投げつけた。 だがそれはクアットロが姿を現し、撃ち落される。 バイクによって加速されたセッテは、撃ち落されたブーメランブレードの後に続きクアットロへ迫っていた。 クアットロが魔法を放つ。 構わず突っ込んだセッテは体を捻った。 回転し、繰り出された足がクアットロの胴を真っ二つにする。 「あ」 瞬間的にやり過ぎたなと思ったが、足を振りぬいて着地を決めるとセッテは気にしないことにした。 * 一方で本部付近に残った六課の人間達を狙い、残りのナンバーズ数名が彼女等の前に姿を見せていた。 怪獣達に命令を下し、あるいはお願いする召喚士二人を狙ってのことなのか。 隊長であるはやてか…本部に集まった重要人物の誰かか。 それは不明だったが、はやて達は迎撃に移っていく。 ナンバーズの先頭に立つのは少女の姿をしたチンクだった。 ライディングボード…妹のウェンディがいつも使っている盾でもあり、砲撃装置でもあり、移動手段でもある汎用性の高い大型プレートに彼女は乗っている。 それまでは半ば専用だったが、製作にはガジェットと同系統の技術を使用しており誰でも使うことが出来た。 悪いがウェンディは居残り遠距離攻撃用のイノーメスカノンを扱うディエチが途中で別れ、オットーがその後を付いていく。 赤髪の少女が脚につけたローラーブレードを使ってチンクの後を付いてくる。 「ノーヴェ、適当なところで投降しろ」 「ええ!? やっと出番が来たのに、それはないだろ!?」 「守護騎士二人に六課の隊長だけでも私達より戦力は大きいんだ。文句を言うなら姉がお前達を陸に引き渡すぞ」 チンクがため息を付いていると、そのタイプゼロ二人…ギンガとスバルが行く手に立ち塞がった。 「全く、今投降すればお前達は簡単な更正プログラムだけで終わらせられるのに…」 「わかったよ!! でもコイツら位は倒させてもらうよ。一度も戦わないで投降するなんて、タイプゼロ達にナメられるだけじゃないか!!」 対抗心を剥き出しにするノーヴェに、どこかで教育を間違ったのではないかと、教育を担当したチンクは若干気が滅入った。 立ちふさがる二人の目は完全にチンク一人に注がれており、殺気立っている。 更には虫型の亜人…ガリューの羽音が聞こえてきた。 空から襲いかかってくるのだろう。 彼女等の母親とゼスト・グランガイツの部隊を全滅させた時、ガジェットを率いていたのがチンクだと誰かから聞いたのだ。 そうチンクが察する間に、まずガリューが空から飛来した。 チンクは素早くライディングボードから飛び降りて射撃への盾とした。 衝撃はほぼ無い。チンクは慌てて盾を放棄してその場から逃げていた。 既にしなやかに宙を舞うガリューはライディングボードに手を引っ掛け、後ろへと回りこもうとしていた。 残されていたガジェットドローンⅣ型のステルスを解かせて、ガリューに組み付かせる。 不意を撃たれたはずのガリューは、そのⅣ型の頭部を蹴って追いすがろうとするが、隠れていたⅣ型が二機、三機とガリューに襲いかかった。 それさえガリューは巧みにかわしてしまう。 だが、突然ガリュー周辺の空間が爆発を起こした。 同じ空間にいたⅣ型の残骸と共にガリューは路面へ投げ出される。 そこへ集中的にドローンが攻撃を加えて、戦闘不能へと追い込んでいった。 早速虎の子のⅣ型を数機使い捨ててしまったチンクは、ため息を付く間も与えられずに殺気立つタイプゼロ二名…スバルとギンガに襲われる。 遠くへ配置したディエチの射撃が、意識しない角度から襲い掛かろうとしていた射撃魔法を打ち落とし、舌打ちするティアナへ射撃を加える。 冷や冷やしながら、チンクはコートの中に収めていたナイフを抜き、投げつけた。 チンクの能力はエネルギーを込めて物質を爆破すること。 当然ナイフも爆発したが、二人はそんなことでは止まらなかった。 左右の乱打。空中に作り出した道を通り、上空からもラッシュが見舞われる。 伸ばした髪を歯車のような輪っかがついた拳が突き抜けていく。チンクは髪に手をやって痛まないか心配していた。 もう一人、赤毛の少年エリオが回り込もうとしていたが、それは無視されたノーヴェに任せチンクは目の前の二人に集中した。 足払いを踊るように、ステップを刻みながらかわす。追いかけて来たギンガの突きがコートに絡まって小柄なチンクを後ろへ引きずろうとした。 だがそれを何度繰り返されても、ティアナの精密な射撃による援護を受け、キャロのブーストで一時的に二人の速度が増しても…チンクの体には当たらなかった。 追いかけるスバルが通る路面が、空中に作った道の傍で壁に刺さっていたナイフが爆発して二人の足を鈍らせる。 そして、スバルはまた拳をかわされ、ふとドローンや街のと違う残り香に気付いた瞬間……目の前が弾けた。 動きが止まり、チンクからも離れるとすぐに超長距離から行われるディエチの援護狙撃がスバルを遠くへ弾き飛ばし、更にガジェットの群れが集中砲火を行った。 流石に警戒してギンガが、エリオとスバルを回収して下がっていく。 「この様子だと、余り積極的に攻めずに済みそうだな」 「チンク姉って、そんな強かったのか?」 「姉を舐めるなと言いたいが、ガジェットやノーヴェが適度に邪魔をしてくれるお陰だよ」 感心する妹にちょっと得意げになりながらチンクは答える。 「Sランク魔導師+αでもこの布陣ならやれるぞ?」 「てかナイフ…」 「それはジョ○ョ読んで練習した」 「何それ…」 説明されてもまだもの言いたげな顔をするノーヴェに困り顔で応じたチンクは、適度に攻め込み投降する機会を待つことにした。 ガジェット・ドローンが無数にいるこの状況ならかなりいいところまでやる自信はあったが、追い詰めて形振り構わず大規模魔法を使われても困る。 「何年も前にあの二人より数段上の陸士を捌いた姉だ。お前にもフィードバックされてるんだからこれくらいは出来るさ」 そうチンクとノーヴェが軽口を叩いていたその時、桜色の光が『聖王のゆりかご』から漏れた。 同時に彼女等の体はある者は壁にめり込み、地面を滑り、宙から落下した。 彼女等の認識が追いつかないほどの一時、街に風が吹いた。 * 全てのガジェット・ドローンがいつの間にか空中に押し上げられ爆発した。 Ⅰ型・Ⅱ型・巨大なⅢ型・透明になり空間に溶け込んでいたⅣ型まで全ての機動兵器が、一体残らず空に消えて行く。 地上から空へ向かう雨粒のようなものを見て取った怪獣達がゆりかごを見上げた。 ガジェット・ドローンを連れ去った風の余波が、街にいた者達を皆巻き込んで横たわらせていた。 雲は遠くへ流れたり、爆発に巻き込まれ四散した。 ゆりかごまでが揺れる。 その内部、傾いたゆりかごの床になのはが落ちていく。 また体を壊してしまうかもしれないほどの無理をした彼女の体は、空中に浮かび続けることも出来ずに落下していった。 聖王ヴィヴィオは、ボディスーツの所々から煙が上がっていたものの、五体満足で突如傾いた床に立っていた。 「…ミッドチルダ式の魔導師一人にやられるなんて」 虹色の光に包まれ表情は誰の目にも触れることはなかった……悔しげな声音でヴィヴィオは腕をなのはに向ける。 だが床に叩きつけられようとしているなのはを攻撃する暇は与えられなかった。 「そこまでだ」 何処からか声が響いた。ヴィヴィオの腕に宝石や、空を彩る星々のように輝くゲルがまとわりつき、男性の手が生まれていく。 「やっぱり」 桜色の光線がヴィヴィオを押し潰そうとした時に、一瞬だけ彼女の魔法が途切れてしまったことを聖王ヴィヴィオはわかっていた。 一介のミッドチルダ式の魔導師一人に手痛いダメージを負うかRXをほんの一瞬自由にするか…どちらにするか生まれたばかりの聖王は判断を下せなかったせいだった。 掴まれた手を見つめて、ヴィヴィオが諦めの混じった声で言った。強引に手が引かれて、聖王ヴィヴィオは一瞬痛みに顔をしかめさせながら背後を振り向かされる。 反射的になのはの全力全開を防ぎきった虹色の光…聖王のみが扱う防御能力である『聖王の鎧』を全身から放った。 傾いていた聖王のゆりかごがゆっくりと水平に戻っていく。何事もなかったように、強く手は引かれていた。 なのはの桜色破壊光線でえぐり取られた床に、虚空に生まれた足が下ろされた。 何処かから集まってきた眼に見えないほどの粒が集まっていく。 徐々に、凄まじい速さで全身が形成される。 「RX…もうすぐ私の存在を教会が認める」 「ヴィヴィオを犠牲にし、家族を引き裂いて復活を果たすなどこのRXが許さんッ!!」 バイオライダーが叫ぶと、感情も露に聖王ヴィヴィオが叫ぼうとする。 「私のことは…!」 私もヴィヴィオだと訴えかけながら、聖王ヴィヴィオは全力で抗う。 虹色の光、『聖王の鎧』が攻撃のために集められ、今なのはから盗みとった魔法さえも展開される。 だがそれらを、間違いなく今聖王ヴィヴィオに出来る全力で抗おうととった行動すべて、まるで無いもののように無視して、同時に光りだしたバイオライダーの体を橙と黒、太陽の色をした鎧が覆い尽くす。 間近で見上げたその仮面は頼もしさなど微塵も感じられない。冷たく硬い恐怖を与えるものだった。 魔法が全力を注いで仮面を砕こうとしたが、クリーニング程度の効果しか得ることは出来なかった。 突き出された甲冑の拳が魔法を打ち砕き、『聖王の鎧』を打ち払って聖王ヴィヴィオの体へ突き刺さった。 スカリエッティの手によって聖王ヴィヴィオの体内に埋め込まれたレリックが砕け散り、破片が聖王ヴィヴィオの後方、体外へと散らばっていく。 ゲルに受け止められ、床に寝かされたなのはの上に破片は散らばり、破片は空気に溶けるようにして消えていく。 聖王ヴィヴィオの体がくの字に折れてこちらも虹色の光となって空気に溶け消えていく。 RXのよく知る幼いヴィヴィオが光の中から落ちる。RXの姿に戻りながら、RXは寸前で体を掬い上げた。 時を同じくして、鼻血や他の負傷もそのままのフェイトから通信が開かれる。 『RX、よかった。こちらはスカリエッティの身柄を確保しました。そちらは大丈夫ですか!?』 「あ、ああ。でもすぐに三人を病院に運ばないと…フェイトも大丈夫かい?」 言いながらRXははえぐり取られた室内を見渡し、転がる三人を素早く集める。 特にダメージの深い二人を見てフェイトが顔を青くする。 『ひどい怪我……シグナム達がこんなになるなんて』 「君もひどい怪我だ。すぐに戻ったほうがいい」 『え…は、はい!! ゆりかごは、後から来る部隊(クロノ達)に任せましょう』 慌てて顔を手で隠すフェイトにRXは少し緊張を解す。 新しい画面が空中に開いた。 はやて達だ。こちらは特に怪我もなく、心配したりガジェットへの対処や怪獣が不意に起こす被害を気にして神経をすり減らして疲れた顔だった。 『みんな無事っ…とはいかんけど、大丈夫みたいやね。突然皆吹き飛ばされたりしたんやけどあれってやっぱり』 「すまない」 『ええんやって。ゲル化して皆を連れて戻ってくれます? 後のことは、うちらの手を離れてしもたから…』 はやては安堵した後、言葉を濁した。 『はやて?』 『えっと、先に皆を移動させてください。その後にちゃんと説明しますから』 言い捨てて画面が閉じられた。 RXとフェイトは画面越しに目を合わせて、首をかしげる。 すると、新たな通信画面が空中に開いてよく知った顔が映った。 『お久しぶりね』 「ウーノ!?」 スカリエッティの所へ戻ったはずのウーノが、スカリエッティ譲りの邪悪な笑顔を浮かべてRX達を見ていた。 どこかで事件を見ていたらしく、状況は把握しているようだった。 『RX、ゆりかごは教会と管理局で最低限の話はついたわ。ゆりかごは教会のものよ』 「どこに…!?」 姿を消した時と変わらない態度のウーノに、足元や手の中で呻く皆を見て言う。 『RXッ! 耳を傾けちゃダメです!!』 「…話なら、皆を病院に運ぶのが先だ」 『貴方なら一瞬よね。それくらいなら待つわ』 フェイトが何事か言おうとする。 しかしそれはゲル化によって遮られ、彼女等は皆病院や管理局地上本部へと瞬時に移動を果たした。 フェイトとの通信は開いたままだが、RXは一先ず話を聴くことにした。 『何を言うかなんて知りませんけど、絶対にいいことじゃありません!!』 『何いってるの。RXを助けようとしてるのに…!』 画面ごと迫ってくるフェイトに少し身を引くRXをウーノは面白くなさそうに見てから言う。 『『聖王のゆりかご』からヴィヴィオには辿りつく。ドクターの戦闘機人等の技術もある程度は手に入るわ』 「ヴィヴィオをまた…」 『またヴィヴィオを聖王にしようとするかはわからないけど、聖王陛下となる為の教育は求められてくるでしょうね。ドクターの技術は単に聖王様の力を強制的に引き出しただけだし』 「『ゆりかご』は破壊する…!」 RXが動き出そうとすると、はやてが通せんぼするように目の前に通信画面を開いた。 『ま、待ってーや! カリム…教会にはコネがあるからそんなことにはならんから…!! 教会が管理する事になったんやで!? 聖遺物なんて壊してもうたら重罪に問』 「すまない。皆のことを頼む」 『RX、壊すならハラオウン執務官がいた部屋のクリスタルを破壊すればゆりかごは壊れるわ』 『そそのかすんはやめって!!』 ウーノの指示を聞きながら、RXは首をひねってフェイトに顔を向けた。 「…フェイト。セッテやヴィヴィオを頼んでいいか?」 『は、はい…!』 『フェイトちゃんも何言ってるんよ!? あー…!! もう消えとる!?』 フェイトとスカリエッティが争った部屋に、RXは既に移動し終えていた。 まだ血などが残された部屋の中央で、『聖王のゆりかご』を動かすエネルギー源である巨大なクリスタルが赤い光を放っていた。 『こら! 陰険なアンタのことや!! なんか止めるようなネタないん!?』 『え、私かい? 『早く!!』…そうだな。以前『ゆりかご』はRXの故郷に攻め込んだという伝承があるから調べれば故郷に帰る手が見つかるとかかなぁ?』 玉座近く、先程までRXが立っていた辺りからするはやてやスカリエッティの声を聞きながら、RXは腰の中央で左手を握りしめた。 『どうせ聞いてるんやろ!? 聞いた!? 私達も協力して情報はとり出すから! 早まったことはせん…』 バックルに埋め込まれた宝玉から白い光が伸びた。眩い光は部屋中を埋め尽くしていた赤い光を払いながら線となり、空間を埋めて物質へと変わっていく。 光から生み出された柄を握り締め、残りの部分を生み出しながらRXは杖を引き抜く。 リボルケインを構えた右手で床を叩き、RXは自分の体より巨大なクリスタルへ向かって飛んだ。 空中で突き出されたリボルケインがクリスタルを保護していた障壁を割り、そのまま杖の先端がクリスタルへ突き刺さる。 RXが両手で柄を握り締め、杖は先端を捻りながら深く、クリスタルの中へ深く突き刺さっていった。 突き刺したのと同時に送り始めたエネルギーの一部が、火花となって反対側から吹き出していく。 送り込まれたエネルギーが、クリスタルを、そして『ゆりかご』の内部を駆け巡り、船体を突き破って白い光が船内のあちこちから飛び出した。 ミッドチルダの街や、『ゆりかご』内部、エネルギーを送り込むRXの仮面が照らされる。 RXがリボルケインを抜いた。 床に降りながらRXは血を振り払うようにリボルケインを振るう。 杖に残った破壊エネルギーがほんの僅かな間虚空に残り、RXと署名して消えた。 署名が消え、RXを内部に残したまま『聖王のゆりかご』は爆発した。 突然光を放ちだした『聖王のゆりかご』を見上げていた人々は突然の強い光に目を閉じ、爆発が収まるのを待とうとした。 どうなるか予想していたはやてとそれに習った者達が、サングラスをして見続ける中…RXらしき点が、爆発の中から落ちていく。 はやてのサングラスから光る何かが零れたような気がしたが気にする者は一人としていなかった。 まだ爆音が響く中で誰かがRXを呼んだ。 巨大な怪獣達が手を伸ばし、フェイトがいつかのようにRXを抱えるために飛び出した。 だが―RXの体は突如出現した何かに挟まれて、次元の壁を突き破って姿を消した。 「「「「「「「え…っ」」」」」」」 何が起こったか見えた者達は、すぐに気をとり直して呆れたり怒ったり、様々な反応を見せる。 『はやてごめん! 私、RXを助けに行ってくるから!』 『いや、アカンて。後始末あるんやから』 『そんな…セッテ!! 貴方はわからない!?』 『どうでしょうか…?』 『んもう…!』 ・ ・ ・ 幾つかの次元を突き抜けてから、ライドロンはアゴを緩めてRXを開放した。 咥えられていたRXが、連行されたことなどに悪態をつきながら車内に乗り込む。 「拾ってあげたし、情報も教えてあげたでしょ。感謝の言葉は?」 「こんな真似が必要だったとは思えないぞ。ライドロンもだ! なんでウーノに協力してるんだ!?」 運転席にはウーノがいた。RXがドアを閉めるとウーノはライドロンを更に加速させ、更に追跡を困難にするために別の管理世界へとライドロンを走らせようとする。 南光太郎の姿に戻りながらRX・光太郎はライドロンの車内を叩いた。 「あのままあそこに残っていた方が面倒なことになるんだから、よかったでしょう?」 「それは否定しないけどさっ」 シートにもたれ掛かる光太郎に、ウーノが勝ち誇ったような顔で言う。 「予め『ゆりかご』からデータは取っておいたわ。ギリギリだったし、まだどれがどれだかわからないけど多分貴方の故郷に行くのに必要なデータもあるはずよ」 「どうして、そんな用意がしてあるんだ」 「退職金代わりに色々なデータを貰っただけよ。貴方との取引にも使えそうなデータが他にもあると面白いんだけど…」 ハンドルを握ったまま、ウーノは光太郎に流し目を送った。 光太郎は返事を返さずに座っているシートを後ろへ倒そうとしていた。 車内にため息が漏れる。ライドロンが次元の壁を超える。 次の管理世界は時間が少しずれているのか、辺りは暗く、静かだった。 「……セッテや六課のお友達のことを確認したくても、教会と管理局の反応を待ってからにするのね」 「わかった。わかってるけど、何かあれば俺は皆を助けに行くぞ!」 「チッ………それは諦めてるわ」 舌打ちがやけに大きく車内に響き、そこで会話は途切れた。 空気を読んでライドロンは静かに走り続ける。 故郷の地球へ向かうデータを探しながらの逃亡生活を考えて光太郎は少し憂鬱になった。 無表情でウーノは運転を続け、光太郎は早々と目を閉じていた。 車内は暖かく、微かな振動が二人の体を揺さぶった。少しすると、光太郎の寝息が聞こえ始めた。ため息がまた漏れた。 落胆からではなかった。 こうなるとわかっていてやったとはいえ落胆するかと思っていた自分が、奇妙な気持ちに襲われたことに対して、ウーノはもう一つため息をついた。 元々ライドロンが自走することも出来る為運転を任せてウーノは視線を向け、次に手を向けて助手席の光太郎が眠っているのを確認して唇を開いた。 「ホントに世話がやけるんだから………」 寝具を取ってやろうか迷って体が動いたが、それを決める前にウーノは不思議なことを思った。 普段なら考えもしないことで、後でかなり長い間後悔することは確実だったが、どういうわけかウーノはもう一度光太郎が眠っているかどうかを確認した。 念入りに手で肩に触れて、顔を近づけても寝息が変わらないことや反射的に顔を顰めるだけだということを確かめ…耳元に唇を寄せた。 「…………~~……………っ……………………………………………………あ……………………………………………………………………………愛してるわ」 車内灯は付いておらず、顔色は誰にも見えなかった。 ライドロンがふざけて蛇行し、ウーノが叱った。 光太郎の眠りが薄くなる前に彼女は運転に戻った。 目覚める頃には、窓から入る光に照らされた顔も普段どおりの白さに戻さなければならなかった。 「…? 今揺れなかったか?」 「道が、悪かっただけよ」 ED 前へ 目次へ
https://w.atwiki.jp/nanohass/pages/3466.html
RXの方はゲル化して、地上本部の構造材の中を滑り落ちていった。 ゲル化したRXの速さを持ってすれば今住んでいる六課宿舎の部屋までは、一瞬で移動が可能だった。 数秒とかからずに部屋に戻るとすぐにゲル化をやめ、RXへと姿を変える。 移動中に感じ取っていた気配の方へと彼は変身を解かずに顔を向けた。 どういうわけかキッチンで調理中のフェイトに向けて話しかける。 「ただいま。今日は何をしてるんだ?」 「…あ、光太郎さん。お帰りなさい。お仕事お疲れ様でした」 何か考えごとをしていたらしく、一瞬遅れてフェイトは笑顔を見せた。 暖めていた鍋の中身を小皿に移して渡そうとする彼女の考え事が何か気になりはしたが、RXはそれを尋ねはしなかった。 引越しを手伝ってもらった時に鍵を渡してそのままになっていたのだが、近頃彼女は誰かにそそのかされたのかよく出入りするようになっていた。 始めは仕事のことを話すだけだった。だが今は不意に他愛ない相談を持ちかけられたり、戻ると部屋が片付けられていたりする。 「偶にはご馳走しようかなって思って…お食事まだですよね?」 料理を作っていたことはわかっていたが、RXは戸惑いながら皿を受け取った。 鳥肉をトマトスープで煮ているらしい。味見用に渡された小皿の赤いスープからはおいしそうな香りが漂っていた。 「い、いや、俺は太陽の光を浴びるだけでいいんだ。変身を解くわけにはいかないだろ?」 「そんなことありません。ここは光太郎さんの部屋ですし、誰か来たらすぐに変身すればいいじゃないですか」 さあ、と勧められたRXは変身を解くかどうか迷い体を硬直させたが、感想を聞きたそうにするフェイトにジッと見つめられるとRXは観念して変身を解いた。 人の姿に戻った光太郎は促されるままに席に座り、スープに口をつける。 久しぶりに取る食事を、光太郎はお世辞抜きにおいしく感じた。 風呂に入ったりするのと同じように、食事を取る必要はないのかもしれない。 ただ人間のふりをするのは単純に愉しいのだ。 「美味い…」 「よかった…!! 光太郎さんの好みに合うか心配だったんです」 嬉しそうな顔を見せて、フェイトはテキパキと自分の部屋から持ってきた皿を用意していく。 ウーノと暮らすようになってからの習慣で、光太郎もフェイトに尋ねて用意を手伝おうと後に続いた。 料理を盛った皿を渡された光太郎は、殺風景だった部屋にいつの間にか置かれているテーブルへ並べていく。 「…これも君が持ち込んだのかい?」 その途中で、他にも部屋の物が増えているのに気付いた光太郎はフェイトに尋ねた。 「え? は、はい。部屋が寂しかったから…なのはに相談して。ご、ご迷惑だったら持って帰ります」 「いやっ、実は昔同じようなのを枯らしたことがあってね」 声を窄ませるフェイトに光太郎はばつが悪そうに、だが懐かしそうに言う。 昼夜を問わず出動していくから手間のかからないものを選んだのか、サボテンの入った小さな鉢植えが窓際に置かれていた。 「だったら、私が時々見に来ますから大丈夫ですよ」 「それは助かるけど、フェイトちゃんも忙しいだろう」 「サボテンの世話位大した手間じゃありませんから」 サボテンの世話位で遠慮する光太郎が可笑しくてフェイトが少し笑った。 それを契機に食べだした光太郎へフェイトはお茶を飲みつつ幾つか話を振った。 自分の仕事の近況や、なのはが毎晩遅くまで新人達の訓練のことを考えていて、無理をしないか少し心配だということ。 光太郎は料理の出来を気にしながら話し続けるフェイトの言葉に耳を貸し、時折相槌を打っていた。 話は近日ホテル・アグスタで開かれるオークションのことに及び、フェイトは空中に開いたウィンドウに当日着ていくドレスを表示させる。 「母さんがあれもいい、これもいいって、何着も勧めてきて選ぶのが大変だったんですよ」 「ははっそりゃあ、大変だったね」 会った回数は余り多くないが、リンディがフェイトに色々なドレスを進めている様子は簡単に想像がついた。 その時のことを思い出して、困ったように眉を寄せるフェイトを見ながら光太郎は笑う。 「そうだ。その事で話がある」 箸を止める光太郎に談笑して緩んでいたフェイトの表情が引き締められる。 その場で座りなおして、話を聞く体勢を作る彼女の真面目さを好ましく思いながら光太郎は言おうとして、周囲に目をやる。 魔法による盗聴も今の光太郎は感じ取ることが出来るようになっていたが、RXの姿を取っている時よりも精度は下がってしまう。 勿論部屋に戻る度に確認していたが、これまでのスカリエッティの行動から警戒してしまうようになっていた。 「そんなに気にしなくても、ここは安全です。私達を信じてください」 「すまない。今日レジアスから話を聞いたんだが、警備する日の前後にミッドチルダにロストロギアが持ち込まれるって情報が入ったらしい」 「レジアスって、レジアス・ゲイズ中将ですか!?」 「前に話さなかったかい?」 「だって、光太郎さんを追跡するって公言してた人じゃないですか…」 口にこそしなかったが、フェイトの表情には不信感がありありと浮かんでいた。 海や聖王教会などとは組織運営に対する姿勢に根本的な違いを持ち、レアスキルを嫌うレジアスは黒い噂も絶えない。 それにスカリエッティを追い続けているフェイトには、スカリエッティを援助してもいる男は信用するに値しないのだろう。 レジアスには何度も犯罪者を引き渡し、軽く話をするようになっていなければ光太郎もレジアスを信用することは出来なかっただろう。 光太郎はフェイトを説得する言葉を持っていなかった。 「あれは、俺が管理局に所属してなかったからさ。彼らに犯人を引き渡していたのも知ってるだろう? 俺は彼を信用している」 「私達は信用できないと言っても、ですか?」 「ああ」 フェイトは納得がいっていない様子だったが、光太郎は構わず話を続けた。 両方とも悪い人間ではないが、レジアスの方でもはやての事を犯罪者呼ばわりしていることを考えれば、今話を続けてもこじれるだけだ。 「当日。俺はアグスタに行きたいんだが、フェイトちゃんはどう思う?」 当日開かれるのは骨董美術品オークションには取引許可の出ているロストロギアが幾つも出品されている。 密輸取引の隠れ蓑になっているという話もあり、こんな話が今耳に入ってきたのはホテルの方に何かあるのではないかと光太郎は考えていた。 フェイトの方も、話を続けても拗れてしまうだけだと思ったのか、光太郎を追及せずに手を口元に当て考え込む。 光太郎は残っている料理を食べながら彼女の答えを待った。 「…いいんじゃないでしょうか? このタイミングで、というのが私も気になります。ホテルの方から光太郎さんを引き離す為かもしれません… それに、光太郎さんのスピードなら大抵の場合どちらでも間に合うと思います。本局の方から誰か派遣してもらえないか、明日なのは達と相談してみましょう」 「そうだな…そう言えば、ヴィヴィオは元気にしてる?」 「はい! また光太郎さんに会いたがってますよ」 彼女の意見に頷いて、光太郎は再び彼女との時間を楽しもうと、フェイトの家族のことへ話を戻す。 それから暫く、フェイトはヴィヴィオの学習能力が高いことが分かってからというもの、リンディ達がいかに大喜びで英才教育を施しているかを話して聞かせた。 光太郎も喜んで話しを聞いていたが、時間が過ぎていくに連れて時計を気にし始める。 普段は余り遅くない内に切り上げるようにしているのだが…時間を気にする光太郎に気付き、フェイトもバルディッシュに時刻を尋ねた。 若干機械的な音声で返事が返されると、彼女は不意に俯いた。 「それと…あの、」 「なんだい?」 「実は……ライドロンのことで新しいことがわかったんです」 「え?」 「スカリエッティがどういった手口でライドロンを持ち去ったのか、母から連絡がありました」 「本当かいっ!?」 「は、はい。それが、どうやらスカリエッティと以前教えていただいた戦闘機人が翠屋に客として何度か出入りしていたことがわかりました」 「翠屋?」 驚く光太郎に説明を聞いた際の自分の姿でも見たのか乾いた笑みを少し見せ、フェイトは続ける。 「えっと、なのはのご両親が経営されてる店です」 「確かな話なのか? なんでそんなことを…」 「軽く変装していたようですけど、背格好や言動から見て間違いありません。理由は恐らくライドロンを手に入れる為…当日、その二人がトランクを店に置き忘れて後で取りに来るという連絡があったそうです」 その中身に思い至り、拳を握り締める光太郎の手を取り、フェイトは頷いた。 言葉にはしなかったが、照明に照らされた二人の表情には良く似た色が現れていた。 「取りに来たのはライドロンに乗ったスカリエッティだったそうです」 * 数日後、機動六課が警備を命じられたホテル・アグスタはミッドチルダ近郊の森の中に建設されていた。 ホテルを中心に、はやての守護騎士と新人4名、RXが外を、はやて達隊長3名が会場の中で警備に当たる。 詳しい情報を本部から受け取った後、人質と同化して助け出したことがあるのを知っていたはやての判断で、六課は現場の人員を本部に残さなかった。 一帯にある森は、人の手で育てられたもので、不自然に感じないよう程よくランダムに配置された若いまっすぐに伸びた木々が枝葉を茂らせていた。 舗装された道はないが、人が通りやすいように用意された道や広場が点在していて、事件が起こった際には六課に配備されたヘリが離着陸出来そうな広さを持つものもあった。 ホテルの屋上に到着すると、はやて達隊長3人は会場内の警備を行う準備をする為に一旦別れる。 その間に、他の面々は移動中に説明のあった位置の警備につく為、分かれていった。 RXは、はやての守護騎士の一人シャマルと共に屋上に残っていた。 「シャーリー。こちらは準備完了したわ」 『こちらも完了しました。反応があり次第ご連絡します』 魔法によってホテルを中心にした警戒網を張り巡らせ、後方支援部隊と通信を切ったシャマルは自分に向けられる視線に気付いてRXへ顔を向けた。 六課の皆が配置についていく様子や、シャマルの魔法を物珍しげに見ていたRXは、シャマルに訝しげな視線を向けられてようやく自分の仕事を始める。 RXの体には様々な能力がある。 複眼には、ただ超人的な視力だけでなく、透視の機能も付与されていた。 元々の視力が常人とは比べ物にならないため、これを使いRXはシャマル達のセンサーよりも遠方をよりクリアな状態で把握する事が可能になるのだ。 だがその時、普段より口数が少なくなっていたRXの前にモニターが開いた。 場内の警備に着く準備をすっかり整えたはやて達が、RXや移動中の隊員の前に顔を見せる。 緊急の際も一瞬で着替えることができるバリアジャケットの便利さのお陰で、会場内に入るはやて達は普段見慣れないドレスに着替え、いつもより厚く化粧を施していた。 どや?と軽い調子で着飾った自分達の感想を尋ねられたRXは、当たり障りのないほめ言葉を言う。 オークションに招待されている、考古学者でもあったユーノ・スクライアや、その護衛につくヴェロッサの所に顔を見せに行く為一旦モニターが切られると、RXは息をついた。 「災難でしたね」 「ああ。直ぐに周囲を見ておかないと…こんなことで接近に気付かなかったら後で怒られる」 「センサーにはまだ何もかかってませんから、そんなに気にする事はありませんよ」 シグナムや、エリオとキャロについていったザフィーラを少し恨めしく思いながら、RXは周囲に目を走らせて行く。 六課の現場にいる人間では数少ない男性なのに、ザフィーラは犬の姿を取っている時は、必要なこと以外喋らない。 お陰でエリオ達等は、ザフィーラは犬の姿を取っている時は喋れないと勘違いしていそうな程だ。 RXが透視の機能を使い、邪魔なものを透かして周囲を見渡すのに頼りにするのはやはりというか、動物的な勘だった。 だがそうやって視界を変えると、今までに無かったものが見えるようになっているのにRXは気付いた。 生物から揺らめく生体のオーラが、生命エネルギーの美しい炎が見える。 他の光に混ざって今までは見えづらくなっていたせいで気付かなかった。 だが、気付いてしまえば、RXが透視を止めても、隣に立つシャマルやシグナム、はやての守護騎士達とティアナ、フェイト達の炎が違うことにさえはっきりわかる。 「RXさん。何か見つかりましたか?」 「い、いや…もう少し待ってくれ」 シャマルの声で我に返ったRXは、再度透視して周囲を見つめる。 すると…今度こそ直ぐに森の中を接近してくる複数の機動兵器と怪しい二人組みを発見することが出来た。 ゆっくりと接近してくるスカリエッティのガジェット・ドローンは、まだまだ事前に教えられていた警戒範囲の外だ。 それに比べ、二人組みはもう既に索敵範囲内に入っている。 フードを被って顔を隠していたが、これも透視すれば問題はない。 一人は女の子。もう一人は大柄な男性…探索用の小型の虫が手に止まり、デバイスらしきグローブも見えた。 「RX。何か見つかりましたか?」 「ガジェットが陸戦1、35。陸戦2が4機…それに怪しい二人組みがいる」 「二人組み…スカリエッティの戦闘機人ですか?」 懸念を口にしたシャマルにRXは首を振った。 「そうじゃない。(俺にも細かい所はよくわからないが、)女の子は人間だ。男は、普通の人間じゃあない」 「? はやてちゃんに連絡しておきます。シャーリー!!」 空中にモニターが開く。 スカリエッティの使っているものとほぼ同じタイプの画面に、周辺の図と隅に小さく会場内にいるはやての顔も映されていた。 シャマルがはやてに怪しい二人組みの事を報告する間、RXは彼らの動きを見張り続ける。 説明を聞いたはやては、すぐに視線を森へと向けるRXへと口を開いた。 『RX、その二人に接触して危険やからアグスタの中に避難するように説得してくれる?』 「了解した。拒んだらどうすればいい?」 『そうやなぁ……気絶させて連れてきて。もし敵やったら、RXの判断に任せる。シャーリー、センサーに反応あったら直ぐに教えてな』 頷き、RXは瞬時にバイオライダーへと姿を変えた。 RXの足でもそう時間はかからないが、向かう途中で敵兵器が警戒網の中へ入り込むことは明白だった。 だがバイオライダーとなり、ゲル化して向かえば少しだが時間の余裕が得られる。 ゲル化したRXが、屋上から消えた。 木々をすり抜け瞬く間に二人の前に移動したバイオライダーはゲル化を止めて、目の前に突如現れたゲルから変身した怪人に驚く彼らへとゆっくり近づいていった。 説得するのにもしかしたら良い影響を与えると思ってか、二人に近づいていく間にまたRXへと姿が変る。 彼らまで後2歩という所まで近づいた所で、RXは足を止めた。 それを見計らったように、スカリエッティが軽薄な笑みを浮かべて彼らの前にモニターを開いた。 『ごきげんよう騎士ゼスト、ルーテシア。それにRX』 「スカリエッティ!!」 「ごきげんよう」 「何のようだ」 瞬時に殺気立つRXを気にも留めず、スカリエッティは二人に笑顔を向ける。 『あのホテルにレリックはなさそうなんだが、実験材料として興味深い骨董が一つあるんだ。一つ協力してはくれないだろうか? 君達なら実に造作も無い事のはずなんだが』 「ここは危険だ。悪いが俺と来てくれないか?」 「…断る。レリックが絡まぬ限り互いに不可侵を決めたはずだ」 騎士ゼストと呼ばれた男はスカリエッティに返事を返して、槍型のデバイスを起動させる。 それを見たRXもいつでも襲いかかれるように体勢を変えた。 今にも戦い始めようとする二人にわざとらしいため息をついて、スカリエッティは残る一人の少女にお願いする。 『ルーテシアはどうだい。頼まれてくれないかな』 ルーテシアは、幼い頃に光太郎と同じように管理局の手引きでスカリエッティに引き渡され、改造を施された。 目をつけられた理由は、人造魔導師素体としての適合度が高かったメガーヌ・アルピーノの娘だったから。 その母親は、スカリエッティの基地に侵入し、撃退されて以来ずっと…今もスカリエッティに囚われ、眠り続けており、『母が復活した時、自分の中に「心」が生まれる』とルーテシアは硬く信じていた。 そんなルーテシアに、スカリエッティは自分なら眠り続ける母親を目覚めさせる事が出来ると彼女に囁いて…利用していた。 「いいよ」 まだ幼いルーテシアは、特に不満も抱かずにスカリエッティの言葉を信じている。 それを知るゼストが苦々しい顔を見せる。 「!? こんな奴の言う事を聞いちゃ駄目だ!!」 迷う様子も無く了承したルーテシアに詰め寄ろうとするRXを、ゼストの槍型のデバイスが間に入り込んで阻む。 既に覚悟を決めたのか、穂先と同じ刃のような硬い光が目には宿っていた。 「すまんが、今はまだ捕まるわけにはいかん」 ルーテシアの盾になるようにゼストはRXと対峙する。 ゼストは、かつて時空管理局・首都防衛隊に所属するストライカー級の魔導師だった。 レジアスとは互いに理想について語り合った親友の間柄であり、スバル、ギンガの母クイントと、ルーテシアの母メガーヌを含む精鋭達を率いていた。 8年前、戦闘機人事件を追っていた彼は、親友であるレジアスによって捜査から外されることとなった。 上から指示されていたのだろうが、レジアスが正式に辞令を下す前にゼストにそのことを告げていた事から、同時にゼストを危険から遠ざけるという意志もあったのだろうと思われる… だがレジアス自身に黒い噂が付きまとうようになっていた事もあり、(実際犯人とレジアスの間には癒着があるのだが)ゼストは逆に捜査を急ぎ、部隊を率いて機人プラントと目される『施設』の調査に向かった。 その結果、そこで戦闘機人と、後に『ガジェット』と呼ばれる機械兵器の大群による襲撃を受け、部隊は全滅した。 ゼスト自身もそこで死亡したのだが、人造魔導師素体としての適性が認められたことでスカリエッティの手によって、彼は人造魔導師として『復活』した。 部隊を全滅させ、死亡扱いとなったゼストの目的は、『今一度レジアスに本心を問いただし、もし誤った道に進んでいるなら、可能であればその道を正す』。 そして、捜査を強行したことは記憶にないのか『8年前自分と自分の部下達を殺させたのはレジアスなのか』確かめ、『ルーテシアの目的を果たす手伝いをする』ことを心に決めている。 どれもまだ果たせていない。 特に、ルーテシアの目的を果たすには、まだスカリエッティとは協力関係を続けなければならないのだ。 RXを相手取るのはリスクが高いが、スカリエッティの前であっさりと捕まるわけにはいかない。 『シャマル先生、センサーに感…ガジェット・ドローン陸戦1型3、4、5…陸戦2型も確認できました!!』 RXの耳に、シャーリーの通信が届く。 制限時間が迫っている事を知り、RXは少しずつ彼らとの距離と詰めていった。 二人の神経を逆撫でする朗らかな笑い声がモニターから流れた。 『優しいなあ。ありがとう。今度是非、お茶とお菓子でも奢らせてくれ。君のデバイス『アスクレビオス』に私が欲しいもののデータを送ったよ』 「うん。じゃあごきげんようドクター」 『ごきげんよう。吉報を待ってるよ』 そして一人愉しそうに笑うスカリエッティは、そう言ってモニターを閉じた。 だが、それでスカリエッティがこの場の様子を探るのを止めるはずもない。 迎撃に向かう守護騎士達が光の帯を空へと描くのが、RXの複眼に映り、RXとゼストの間で緊張が高まっていく。 不測の事態を防ぐ為にRXの四肢に力が籠もり、ゼストは、ルーテシアがスカリエッティの欲しいものを手に入れる間バイオライダーを相手取り、その後この場から離脱しなければならないようだ。 「ルーテシア。ここは俺に任せて目的を果たせ」 ルーテシアはバイオライダーをちらりと見てから、グローブ型のデバイスを起動し、最も信頼する『ガリュー』、次いで今回の目的を果たすのに必要な他の虫を召喚する。 黒い楕円形の繭のようなものが、グローブに埋め込まれたデバイスの上に出現するのを見て、RXが警告する。 「奴の悪事に加担するのは止めろ!!」 「マスクド・ライダー。ここは退いてくれ。俺達にも引き下がれない理由がある」 「それは出来んッ、何故奴に協力するんだ!?」 「言葉で語れるものではない…っ」 ゼストはあえて話し合わずに、相手の隙を窺った。 二人のやり取りを無視して、ルーテシアは繭を優しげな手つきで撫でながら、スカリエッティのお願いを説明する。 「ガリュー、インゼクト達にドクターの探し物を探させるから、その間相手をして」 繭がルーテシアの言葉に返事を返すように巨大化しながら、一瞬だけ強く光りを放つ。 そのまま繭は消えて中から現れたガリューは、RXに少し似ていた。 鋭い棘のある甲冑のような外皮を持ち、目は四つ。額にはRXの第三の目らしきものがあり、マフラーを見につけていた。 上腕から、鉤爪が伸びてRXに向けられる。 ガリューのことを余程信頼しているのか、ルーテシアはそのまま恐らく『インゼクト』を召喚する為の魔法を行使し始めた。 「くッ…止め」 耳障りな音がRXの言葉を遮る。 黒い皮膚の上に刃が打ち込まれ、弾かれたデバイスが大きく流される。 説得を続けようと体勢を僅かに動かしたRXに、隙を見出したゼストが一撃を見舞ったのだ。 渾身の一撃を片腕で弾き飛ばされたゼストが、未だに残った威力で震えるデバイスを握り直し宝玉の埋め込まれた刃を突きつける。 デバイスを弾いた腕にはうっすら細い線が引かれているのが、宝玉とゼストの目に映った。 そうすると震えは止み、同時に今度は下から掬い上げるような一撃が叩き込まれる。 今度はかわされたが、ゼストは素早く切り返し息もつかせぬ攻撃を開始した。 RXが反撃に移ろうとすれば、そこへガリューが光弾を、あるいは腕の甲から爪を伸ばして格闘を挑み、RXの動きを阻害する。 その間にルーテシアは新たな召喚を終えていた。 紫色の光が魔方陣を描き、少女を下から照らす。 周囲には半透明の膜に包まれた小さなタマゴが連なり、三本の柱となって現れている。 彼女の命令で、膜は弾け魔方陣と同じ色に光っていたタマゴは消えて、中から丸いプレートにバランスを取る尾と、虫の羽の着いただけの機械虫が飛び立っていく。 それを見てルーテシアの下へと注意を向けるRXにゼストが切りかかる。 RXがそれを受け止め、力を加減して押し合いに持ち込む。 「止めろッ!! 何故奴に協力する…!?」 「言ったはずだ。言葉で語れるものではないっ」 虫がホテルと、守護騎士達が迎撃に向かった方へと向けて飛んでいくのを見て、RXはゼストを押し退けシャマルへ連絡を取る。 「すまない。召喚された虫がそちらに向かった。説得は難航している」 『わかりました。こちらのことは任せてください』 報告する間にも放たれた光弾を無視して、RXはルーテシアへ向かい動き出した。 大した威力もない光弾は、着弾の衝撃にさえ慣れてしまえば脅威ではなかった。 今までより鋭く切り込んできた槍を、RXは足を止めて拳を振るい叩き落す。 RXが光弾を無視するようになったのを即座に察したのか、ガリューは光弾を撃つのを止めて、ゼストと共に間断無くRXへと襲い掛かっていった。 それに対処しながら、RXは少しずつルーテシアへ距離を詰めていく。 進行を阻止する為にRXの前に立ち塞がろうとするガリュー…だがその背中にルーテシアの声がかかる。 「ドクターの探し物、見つけた…ガリュー、お願いしていい? 邪魔な子はインゼクト達が引き受けてくれてる」 お願いをされたガリューは一瞬だけ逡巡する様子を見せたが、RXを退けることが先決であると考えたらしく、伸ばした爪をRXへと向けなおした。 RXも、ある程度他の場所の状況を知っているのか、狙いをルーテシアからガリューへと移す。 「待て!! 奴に実験材料を渡すわけには行かない…!!」 『フルドライブ・スタート』 穂に埋め込まれた宝玉が感情の無い音声で告げた『フルドライブ・スタート』と共に、ゼストの魔力が爆発的に増大する。 それは金色のオーラとなって彼の肉体とデバイスを輝かせ、周囲を照らしだす。 光りが納まり始める前に、尚も説得を試みようとするRXへとゼストは最初から全力で槍を突き出した。 ほんの一歩分の距離をゼストが通り過ぎる余波が、台風のような風を作り出して木々から葉を吹き飛ばし、枝を折って舞い上がらせる。 激突する音に気付いた者達がもし目を向けていれば、雲が吹き飛ばされそこだけ一面青空となった空に土と共に舞っているのが見えただろう。 ガリューに襲い掛かろうとしていたRXは、突き出された穂先は防いだものの衝撃に弾き飛ばされ大きく後退した。 RXの腕にひびが入り、ゆっくりと回復が始まる。 相当に負担がかかるのか、威力を警戒するRXの真っ赤な複眼には一瞬だけ苦痛に耐えるゼストの表情が映って消えた。ゼストが言う。 「ガリュー、ルーテシアの命令に従え。ここは俺が何とかする」 光の帯となって、ガリューがホテルへと向かって飛んでいく。 阻もうとするRXへと先ほどまでとは別人のような強さでゼストが襲い掛かった。 ガリューへ注意を向けたRXとゼストの距離は瞬く間に縮まり、また風が生み出される。 先を取って襲い掛かる槍の穂先とRXの腕が衝突し、その度に吹く風がルーテシアの華奢な体を押し退けようとする。 絶え間なく騒音も生み出され、目を白黒させるルーテシアに気を配る余裕も無く、ゼストは渾身の一撃を振るっては喉を上ってくる血と痛みを飲み込んだ。 皮膚が砕けていくだけに留まっているRXに対して、元々欠陥を抱えるゼストの体は、壊れつつあった。 この調子で戦い続けては死んでしまうかもしれない…だが、スカリエッティの頼みをルーテシアが引き受けた以上は、ある程度まではやってみせる必要があった。 だがRXは無情に、時折不調によって鈍るゼストの一撃をいなして、胴体や頭部へ一撃を入れることはおろか、回復を上回るのも困難になりつつあった。 『RX! こちらは大丈夫です。なのはちゃ』 その時、通信もRXとゼストの衝突が生む音と風も纏めて弾き飛ばす桜色の光線が空を焼いた。 驚いて動きの止まった二人は思わず空を見上げ、空からボロクズにされたガリューが自由落下してくるのが目に入った。 二人はそのまま、なんとなく一歩ずつ下がり…ガリューが地面に突き刺さる。 足が微かに動かなければ、彼らはもう死んでいると勘違いしてしまったことだろう。 「ガリュー!?」 「ガリュ…!?」 ルーテシアが駆け寄り、ゼストは大きな声を出そうとして血を吐いて倒れた。 何が起こったのかは把握したものの、RXは戸惑い動きを止めた。 判断を誤り、ルーテシアを確保するチャンスを逃したRXが後ろへ飛ぶ。 口から流れる血を拭いもせずにゼストが起き上がり、槍を横に振るっていた。 増大していた魔力は萎み、光は消えて気迫だけが、槍には込められていた。 「ル、ルーテシア……転送魔法を使え。早くッ!!」 直ぐに動き出さなかったルーテシアを急かし、ゼストは再び立ち上がった。 『フルドライブ・スタート』 再び、弱まっていたゼストの魔力が増大していく。 それと反比例してゼストの容態が悪化していくのが、RXにはわかった。 ホテルの近くでティアナ達を叱責するヴィータの声も聞き取るほどの聴覚や、センサー等から得ているゼストの身体データは異常な数値へと変っていくこと。 更にはゼストの生命エネルギーの炎が勢いを失くしていくことが、複眼に映っていた。 "ち、違うんです!! 今のは私がいけないんです!!" "うるせー馬鹿共!!もういい!! 後はあたしがやる。二人まとめて、すっこんでろ!!" どうやらティアナが無理をして誤射をしてしまったらしく、六課の誰かが援護に来るのにまだ時間がかかってしまうことは明白だった。 目の前で残り少ない命をすり減らす男をどうするかは、依然RXの手に委ねられているのだ。 彼らから離れ、彼らが直ぐに転送魔法で逃げれば、もしかしたらスカリエッティの手によってゼストの命は助かるのかもしれない。 スカリエッティの手で、先日殺した不完全なゲル化を行った戦闘機人のようにされる可能性も勿論あるが…RXは向かってくる槍を握り締めた。 「…もう止めるんだ!! 今ならまだ…」 掌に食い込んでいく穂先を包む指が鮮やかなオレンジ色に染め上がる。強度を増した皮膚が突き抜けようとする刃を押し返していく。 全力の一撃を受けるRXの体は、ロボットのような姿へと変貌していた。 ロボライダーへの変身を瞬時に遂げた光太郎に、ゼストは驚きながら口から大量の血を吐きながら尚も動き続けようとしていた。 RXは言葉を切った。 受け止めた腕が槍を横へ逸らしながら引き、ゼストの体勢が強引に崩される…そして握り締められた拳が、ゼストの体へと打ち込まれた。 『フルドライブ』は止み、ゼストは更に血を吐く。徐々に鼓動を弱めながらも、まだゼストの体は脈打っていた。 「ゼスト…!?」 それを見て、転送魔法を使おうとしていたルーテシアが声を挙げる。 ルーテシアとやっと地面から這い出したガリューへロボライダーの、RXであった頃よりも硬く冷えた複眼を向けられる。 進入路を読んだなのはにより桜色の破壊光線を叩き込まれ、深いダメージを受けたガリューの動きはぎこちなく、見る影も無い。 だが怯えながらもガリューは立ち上がり、ロボライダーへと向かおうとする。恐怖に駆られたルーテシアが、叫びながら魔法を発動させた。 二人の姿は消える。 ロボライダーが掴んだゼストの体は、まだ残されていた。 ゼストの体を地面に横たわらせ、ロボライダーの右手が銃を握る形で太ももへ添えられる。 転送魔法が完全ではなかったのか、能力の限界なのか…まだ狙撃できる距離にルーテシアは出現していた。 障害物が透かされ、生物から揺らめく生体のオーラが、生命エネルギーの美しい炎が目標の位置をより鮮明にロボライダーに把握させる。 そこはまだ、ボルテック・シューターを使えば容易く打ち落とせる距離だった。 だが引き金を引けばガリューと少女を同時に貫いてしまう事になるだろう。 今ゼストが息を引き取ろうとしている原因はフルドライブによる負担だけではない…魔法と違ってRXの肉体は、とても不便な事に、容易に肉体へ回復不能のダメージを与えてしまうのだ。 ボルテック・シューターを構えた腕が落ちる。 『RXさん大変です!! クラナガンで事件が発生し、貴方に救援要請が来ています!!』 「わかった。直ぐに向かう…」 仮面からは、今の感情を読み取る事はできない。 「すまない。男の方は倒したが、少女の方は逃がしてしまった」 『わかりました。こちらで出来るだけフォローをしておきます。今は事件の方をお願いします』 RXはゲルと化して、首都へと戻っていった。 元々スカリエッティの処置に問題があったのか、多大な負担を体に強いた直後にカウンターを加えられたゼストは収容された後治療の甲斐なく再び命を落とした。 既に死亡したことになっていた彼の遺体は内々に処理された。 前へ 目次へ 次へ
https://w.atwiki.jp/nanohass/pages/3568.html
「私の最近の研究は人造魔導師計画、戦闘機人計画だが…そもそもどうして私がこちらの研究に移ったか考えた事はあるかね」 スカリエッティはそうフェイトに尋ねた。 フェイトが答えないでいると、ククッと笑い声をあげてスカリエッティは言った。 「プレシア・テスタロッサが私の代わりにある程度のレベルまで進めることが出来るだろうと見込める人材だったからだ」 そう言ってスカリエッティはフェイトを生み出した魔導師のことを思い返した。 執念深く、丁寧に作業をこなす姿や希望していた死者蘇生の計画ではなく、 使い魔を超える人造生命の作成に携わることを命じた時の爆弾の隣で火遊びをするかのようなスリルが真っ先に思い出された。 「彼女は、実に優秀な研究者だったよ。予定していた段階まではいかなかったが、彼女のお陰で3日分くらいに短縮できたかな?」 「その為に、事故を仕込んだとでもいうつもり?」 「まぁその程度ではあったが…?」 口を挟んだフェイトに、スカリエッティは首を横に振った。 「いやいや違う。『彼女が体を壊すのも知ってて放置したし、君が生まれるのは分かっていたが止めなかった。ジュエルシードのことを教えてあげたりもした』と言うのさ」 「え……?」 思考を停止させたフェイトの表情が、赤い光りに照らされて実によく見えた。 「私は、失敗して君が生まれてくることや、どうやればアリシア・テスタロッサを生み出せるか知っていたよ。彼女は君が生まれるまで気付こうとしなかったがね」 「嘘…」 「お望みなら彼女の体からもう一度アリシア・テスタロッサを産み落とすやり方もあったし 死者蘇生のプロジェクトに参加させることも出来たんだが…既に結構限界だったからかなぁ? 君はどう思う?」 それにしたってあそこまでショックを受けたのは予想外だったよと肩を竦めるスカリエッティ。 対峙するフェイトの顔は赤い光りに照らされていて青ざめているのが見て取れる程だった。 「う、嘘をつくな!!」 それ以上聞きたくないと、否定の言葉を叫んだフェイトにスカリエッティは嬉しそうな顔を擦る。 古傷を少しずつ抉っていくように、実に楽しげに口を開く。 「そう、そんな感じだ。聞く耳を持たなくてね。君達親子はよく似ているよ。だがわかってるだろう? ゼストの身元を確認し、ヴィヴィオと暮らしてきたはずだ」 どこまで話したかなとスカリエッティは動力になっている巨大なクリスタルを見上げた。 「キャリアは終わり、娘のアリシアは死亡と…苦しんでいた彼女の鼻先に、管理局がぶら下げたニンジンもああいう感じだったかな」 「……そんな。だ、だって…」 「優先度の高い使い魔を超える人造生命の作成に推薦した時の彼女の顔は酷いものだったよ」 煌々と輝くクリスタルの光に染まったフェイトの表情を確かめながら、スカリエッティは光を背にして表情を隠した。 フェイトに見られるアリシアの面影を通して、プレシアの顔をより鮮明に思い出しているに違いなかった。 娘を生き返らせられるかもしれない研究に関わるために非合法な誘いに乗り、別の研究をするよう指示された時の表情を。 「死者蘇生の研究に関わりたいという彼女に、私は成果を挙げればあるいはと気休めを言った。すると彼女は! 体を壊す勢いで研究し始めたんだ」 笑顔で語るスカリエッティに、語る内容を否定することも受け止めることも出来なかったフェイトの頭は真っ白になっていた。 「子供じゃあないんだ。私も戦闘機人計画の構想を練るのが楽しかったし、何より潰れる前に最低限の成果はあがりそうだったんで放置したよ」 感情が押え切れず、フェイトはソニックムーブを使用したが……地上からゆりかごまで一瞬で移動してのけた見事な魔法は、同じ人間が使ったとは思えない酷い形で発動した。 それでもスカリエッティが反応することは出来ない位の速さは実現し、高速で移動するフェイトは赤い光の壁にぶつかって鈍い音を立てた。 衝撃で無様に転がったフェイトは、また壁に後頭部をぶつけて動きを止めた。 フェイトが話を聞く間に張り巡らされた結界が、彼女を捕らえていた。 スカリエッティの手には趣味の悪いグローブが嵌められていた。 そこから伸びた赤い光の糸が、フェイトを取り囲み檻を創りだす魔法陣の役割を果たしていた。 だからこそ余裕を保っているのか、スカリエッティの言葉は止まらない。 「その後、相談にも来ずに君を作りだしたのも予想外だったかなぁ…あんな簡単なことがわからないんだ。限界に近かったんだろうね」 鼻の骨を折ったのか血を垂らしながらフェイトは大剣を振るい、スカリエッティの創りだした結界を切り裂く。 フェイトはまだ切り札を残していたが、それを使用することは考えもしなかった。 ただ持っていた武器で襲いかかったのだが、大剣は障壁を傷つけることは出来なかった。 弾き飛ばされた大剣が結界内を転がった。 スカリエッティはフェイトの傍まで歩いてくるとしゃがみ込んだ。 フェイトは、睨みつけながら手探りでバルディッシュを掴んだ。 「しかもその後ドメスティックバイオレンスに走るほど馬鹿だとはね……心優しい母親だという報告だったのに。見かけによらないものだよねぇ。 私もドン引きさ。話を変えたくて話題にしたのがジュエルシードでね。乗ってきたから情報をリークしてあげたよ。 まさか本気でアルハザードを目指すなんて、キチ…ああ失礼、余りにも斜め上な反応だったから予想できなかったんだ」 大剣型…ザンバーフォームのバルディッシュがスカリエッティの声を遮るようにカートリッジを何度もリロードする。 連続で吐き出された薬莢が、障壁にぶつかって彼女の体に当たった。 だがそんなことは、この状態で魔法を使えばどうなるかや他にこの檻を破壊するのに適したフォームの存在があることは…どうでもよくなっていた。 高速で展開される儀式魔法によって発生した雷が、バルディッシュの刀身に蓄積していく。 「昔話はこれだけかな。研究中にストップをかけてあげるか、君を作ろうとしていた段階で力尽くでも止めてあげれば、まだプレシア生きてそうじゃないかい? (君にとっては)『失敗作が出来る』からって」 「雷光一閃ッ!!」 雷光を伴った強力な砲撃が檻の中を満たし、もっと広い空間へと溢れだそうと暴れ狂った。 スカリエッティが創りだした結界を破壊するには適していないのか、無害な光ばかりが室内を明るくした。 「だからさ、管理局はおろか犯罪組織にさえ所属していない君達だったが、素早く情報を手に入れられただろう。何かわからないことはあるかい?」 光はどんどん強くなっていく。 結界に微かな揺らぎを見つけたスカリエッティは、もう片方のグローブを嵌めた手を翳し、檻を二重にしてそれは収めた。 それでも結構な光量を持った巨大な電灯を見て、いたずら心が働いたのかスカリエッティは目を押さえた。 「ああそうだ。こうするんだっけ? あーコホンっ」 咳払いを一つして、スカリエッティは仰け反った。 「あ~がぁ~!! あ~あ~目がぁ~目がぁ~!! あ~あ~目がぁ~あ~あ~……ククク、ハハハハッなんてね」 『ドクター』 「あ、ウーノかい?」 『お約束通り私はそろそろ手を引かせてもらいますわ』 そう言ってウーノは光が収まっていく二重に作られた結界を見つけ、咎めるような目をした。 『流石の私も、悪趣味さではドクターには遠く及びませんわね』 「ええっ!? まだ結界の周りをぐるぐる回りながら『ねーねー今どんな気持ち、どんな気持ち?』さえやってないんだが」 『……その時は、貴方が創造主なんて恥ずかしくて言えなくなりますわ』 本気か冗談の延長か、長年付き添ってきたウーノにも判断の難しいスカリエッティに、ウーノはかなり本気で引いていた。 「コホン…で、どうかな聖王陛下は」 『順調です。エースオブエースに勝てれば、ですが』 そう言ってウーノは、今回最後の仕事となるかもしれない作業…玉座の間や、地上の様子を確認できる通信画面を開いた。 * その頃玉座の間では、ヴィヴィオがなのは達など気にも止めずに作業を続けていた。その場にいないとでも言うように、目を向けようともしない。 ミッド中に雷の雨を降らせながら、ヴィヴィオは通信画面に映るRXの黒い表皮の上を走る雷を見つめていた。 「ヴィヴィオ止めて! そんなことしちゃだめだよ! 一緒に帰ろう!!」 言われて、ヴィヴィオはなのはに視線を向けた。 無関係な子供と、その周囲を巻き込む雷を放ちながら。 次の雷を用意し、より精密にRXの表皮を焼き体内を狂わせる雷を放つために修正を行ないながら。 「邪魔をしないで。ドクターの仕事が終わるまでそこにいるだけでいいから」 「駄目だよ! ヴィヴィオがしてるのは悪いことだよ! 子供を狙って魔法を使うなんて…何か理由があるなら私に教えて!」 説得しようとするなのはに比べて、シグナムとヴィータには余りそのつもりはないようだった。 なのはは臨戦態勢を取る二人とヴィヴィオの間にレイジングハートを翳し押しとどめる。 「教えてくれれば、私達が助けてあげられるかもしれないし、もっといい方法だって、見つかるはずだよ!」 「静かにして!」 「なのは無駄だ! どうせアイツが洗脳してるに決まってる。先に止めちまわないと」 「そんなことない! ヴィヴィオは、スカリエッティに唆されてるだけなんだから。ちゃんとお話すれば、」 諦めようとしないなのはの肩をシグナムが掴んだ。 「高町。気持ちはわかるが、ヴィータの言うこともあながち間違いじゃないはずだ。ヴィヴィオの中にレリックの反応がある……」 そう言うと、それ以上なのはが説得を始める前にシグナムはヴィヴィオに突っ込んでいった。 「それに、いつまでもRXに我慢させ続けさせられるか」 「だな……っ!」 走りだすシグナムにヴィータが続いた。 「ああもう……レイジングハート!」 『Yes my master』 レイジングハートが、なのはの命令に従い魔法陣を、そして桜色の光を周囲に振りまく。 二人の動きをサポートする為になのはのアクセルシューターが、後を追いかけていった。 まだ迷いがあるのか、精彩を欠く光弾をヴィヴィオは無視した。 続くシグナムの鋭い連撃と、ヴィータの重い一撃も危なげ無く回避する。 顔色一つ変えずに回避しながら雷を放ち続けるヴィヴィオに、二人は徐々に本気になっていった。 床に落ちていく薬莢を、飛び散った火の粉が溶かす。 次の瞬間に繰り出されたフェイントを交えた4回の斬撃、ロケットのように後ろに火を噴射して加速したハンマーはヴィヴィオの急所を狙っていた。 だがそれでも掠りもしない。 途中まで呼びかけていたなのはも、それには驚き、制御下にある光弾を牽制から、より攻撃的な動きに変えていった。 なのはの気持ちの変化を、周囲を取り囲もうとする光弾の動きから感じ取ったのだろう。 ヴィヴィオはなのはを見た。 そして、左右から迫るシグナムとヴィータ、なのはの操る光弾を視界に納めて…ヴィヴィオは攻勢に転じた。 「その動きなら知ってるよ」 襲いかかる赤い塊。振り上げられたハンマーを見ようともせずに、ヴィヴィオは軽い足取りで自然にヴィータの懐へと入っていった。 丁度いい所にきたヴィータの顎が膝で打ち上げられる。彼女のグローブを嵌めた指がグラーフアイゼンを握る手を掴み、迸る虹色の光が圧力を掛けて握り潰した。 顎に加わった衝撃に加え、片手が潰れたヴィータの手からグラーフアイゼンを奪ったヴィヴィオは、ヴィータと連携を取り襲いかかろうとしていたシグナムへ踏み込んだ。 「ヴィータッ!!」 「吠えて、グラーフアイゼン」 ヴィヴィオの命令に従ってグラーフアイゼンからカートリッジが吐き出された。 虹色の光が放たれ、火を吹いたハンマーが、シグナムへと振り下ろされる。 弧を描き、途中軌道上にあったアクセルシューターを幾つか叩き落としたことさえ物ともしない一撃を叩き込む動きは、ヴィータのものと酷似していた。 予想外の動きに一手遅れたシグナムだったが、それでも辛うじて鞘を盾にすることが出来た。 鞘と、衝撃を受け止めるために足を付けた床がひび割れていく。 驚愕するシグナムへ叩き込まれたグラーフアイゼンは、更にカートリッジ・リロードを繰り返していた。 二度、三度と勢いを徐々に増すハンマーの勢いに片膝を付いたシグナムへ、ヴィヴィオは容赦なく砲撃を行おうとする。 ヴィヴィオが何をしようとしているか知ったなのはも、慌ててレイジングハートを構えた。 「「エクセリオン、バスター!!」」 ほぼ同時に照射された桃色の破壊光線は、ヴィヴィオの影を捉えることも出来ずに床を貫いていった。 当たる直前に、フェイトのソニックムーブを使ったのだとなのはは直ぐに理解した。 周囲を警戒するなのはがヴィヴィオを見つけると、その手にはレヴァンティンが握られていた。 カートリッジが吐き出され、レヴァンティンが幾つもの節に分かれた蛇腹剣へと形態を変える。 魔法のデータを収集して、自らのものとするとは聞いていたが、それどころか他人のデバイスまで使用できるらしい。 「王が騎士の物を使えるのは当然でしょ。ミッドチルダではどうか知らないけど」 なのはの考えを否定するようにヴィヴィオが言う。 虹色に燃える刃が生き物のようにうねりだす。 床を削りながら浮かび上がった刃がなのはのアクセルシューターを叩き落としながら、なのはへと迫る。 「ベルカには、騎士に劣る王なんていない」 レヴァンティンの刃は本来の主であるシグナムが振るう時と変わらない軌道と速度でなのはに迫って行った。 回避しきれなかったそれをプロテクションEXで時折弾き返しながら、なのはは空中に逃れていった。 自分達が侵入した穴から断続的に入る音と光は今も絶えずなのはの眼と耳に届いている。 同じ魔導師として信じがたいが、ヴィヴィオはシグナム達の攻撃を受けている間も、今もずっと、RXに雷を落とし続けるだけの余裕があるのだ。 そう考える間にも、見覚えのあるバインドが起き上がろうとする二人を拘束していく…魔法が発動する瞬間にだけヴィヴィオの表情に一瞬、変化があった。 なのははそこに活路を見た気がした。 * 「なんだ。聖王陛下は思ったよりも強いじゃないか」 攻防を眺めていたスカリエッティはそう感想を言って、ヴィヴィオから視線を外した。 ヴィヴィオは、起き上がろうとするシグナム達を再び破壊光線でなぎ払い、なのはのアクセルシューターもレヴァンティンの刃でたたき落としていた。 「あ、そろそろ落ち着いたかい? 落ち着いたなら最初の提案なんだが、フェイト・T・ハラオウン執務官。 私の要望が受け入れられるまで人間の盾になってくれたら私の命を差し上げてもいい」 結界の中に横たわるフェイトにスカリエッティは言う。 「君達とは今後とも仲良くしていくことになるからね」 フェイトが耳を疑っていると、スカリエッティはそれに気づいて勝手に補足を始めた。 「ええっとね…先程言ったアリシアを生み出す技術を使って用意した私のコピーがあってね。 こちらの私はあれば嬉しいがなくても困らない、言わば用済みなのさ。だから遠慮はいらないんだ。それで手打ちにして仲良くしないかい?」 フェイトは、口の中に溜まった血を吐き捨てて体を起こそうとする。 「…誰が、貴様なんかと……!!」 「でも君達は管理局や教会から手を切れないだろう」 意味がわからなかったが、フェイトは睨み続けた。 「どうせ、仲良くするのはうまく行けばの話さ。だがうまく行ったら私は管理局に所属し聖王と君達を利用してRXと組む予定だ。妹を見捨てられるなら違う方法を使う」 スカリエッティの言ううまく行った時ヴィヴィオは聖王教会に行ってしまい、そんなヴィヴィオを一人残してフェイトやリンディ、クロノは関わらないようにすることなど出来ない。 管理局と教会は、スカリエッティを無碍に扱うことはできなくなっているだろう。 だから我慢してスカリエッティに協力しろということらしい。 かわりにスカリエッティは今の自分の命や今後のフェイト達にやろうとしていることに手心を加えると。 だがフェイトはそれを一笑に付した。そうは思わなかった。 スカリエッティの目的はRXなのだろうが、RXなら、そんな状態になれば自分達でも切り捨てることもありうると、思ったのだ。 「だからお互い妥協しようじゃあないかと言ってるんだよ。とても簡単に説明したと思うんだが、もう少し詳しく言わないとわからないかい?」 だが同時に、スカリエッティの言う要請が、言葉通りのものとも思えなかった。 それだけでは済みそうにない。言葉の裏にある不気味なものをフェイトは感じ取っていた。 「私の考えだと、逮捕された私は非常に協力的になって君達が知らない私が関与した犯罪も洗いざらい話す。 自由を手に入れて、君達に要請できる立場になるま10年かからない。もう一人の僕ならもっと早いな」 「………そんなことは、させない! お前を、外になんて出すものか!!」 想像を膨らませ、情熱的に言うスカリエッティ。 得体のしれない彼に嫌悪を感じたフェイトは四肢に力を入れて立ち上がった。 戦っているなのはとヴィヴィオの姿を映す画面が、フェイトにも見えた。 スカリエッティを封じ込めなければ、家族に類が及ぶ。 仲間も、RXも巻き込んでいく。 「例えば君等が一度見逃したギル・グレアムの名前が挙がっても私と一緒に裁判にかけるかい? 協力的な私はちゃんと彼の余罪も吐くが」 ギル・グレアム…昔、今もはやて達に白い目を向ける者がいる原因となっている事件に関係したクロノ達の友人の名前だ。 この場で言うからには、何か用意があるのだろう。 「君達は何件見逃すのかな」 各人の弱みにつけ込み、負い目を増殖させていく… そんなことは絶対に、させられない。 暴走しそうになる感情を、画面に映る家族の姿を見て抑えつけたフェイトは落ちていたバルディッシュを掴んだ。 感情をほんの少しの時間抑えこみさえすれば、スカリエッティの排除は簡単だ。 主人を止めようともしなかったバルディッシュにモードチェンジを命じれば… 機械的な音声で返答が帰り、バルディッシュは二つに分れた。大剣から、光の紐で繋がった双剣に姿を変え、金色の刃が伸びる。 刃が伸びていく途中でスカリエッティの結界は容易く貫かれ、 マントを捨て、バリアジャケットも制服に近い形から、体にフィットしたボディスーツへと変えたフェイトが腕を横に振るった。 金色の軌跡を残しながらバルディッシュの刃は結界を切り裂いていった。 ガラスが割れたような音を立てて、切り裂かれた結界が砕け散っていく。 空気に溶けて消えていく結界を構成していたエネルギーが、巨大な結晶の光りに照らされてキラキラと光りを放っていた。 「貴方が、何をしてもあの人の邪魔は、させません…私達が、私が貴方の好きにはさせない!」 もう二人を遮るものはなかった。 今度こそ、フェイトはスカリエッティが何をしようとしても排除できる。 今バルディッシュを横に振れば、スカリエッティの殺害も出来る。 だが、それにはフェイトが更に非殺傷設定を解除しなければならない。 スカリエッティは余裕の態度を崩さずに自分の胸に手を当てた。 「では逮捕したまえ。後はナンバーズと聖王陛下をどうにかすれば、今回の事件は解決さ。数年後同じ局員として一緒に仕事が出来るのを楽しみにしてるよ」 「絶対に阻止してみせるから」 「?……新しく生まれる予定の僕も、犯罪者じゃなく君達の後輩として、管理局に入局する」 フェイトは憎しみを抑えつけながら、スカリエッティにバインドを施していく。 今聖王の間で、シグナム達を拘束している魔法と全く同じものだ。 スカリエッティは肩を竦めるだけで、抵抗はしなかった。 代わりに頭の中で結果を考え、大体の目的は達成できたようだと考えていた。 巨額の予算を手に入れ思う様研究したいという欲望を満たせないのは残念すぎるが、ナンバーズの優秀さはそこそこ見せられただろう。 それにスカリエッティでさえ手にかけることができない彼女等では新しいスカリエッティを排除することは出来ないことはわかった。 自分とはいえない、ある意味子供のような存在は、容易く彼女等を取り巻く人物と交友関係を作りどんな手を使ってでもRXへと近づいていくだろう。 「まずは君が引き取った孤児のデータから調べることをおすすめするが…」 もっともこれで聖王がなのはとRXに勝ち、全世界にナンバーズを配備することになっても別段スカリエッティは構わないのだが。 「見つけられたとしたって(厳密には違うが)僕のコピーだから、なんて理由では排除できないんだぜ?」 フェイトは非殺傷設定のバルディッシュでスカリエッティの体を打ち上げた。 さながら野球のホームランボールのように、打ち上がった体は背後で輝き続ける水晶へと叩きつけられた。 * ヴィヴィオに捕まり、捕らえられるのが先か。 私の全力が、ヴィヴィオの処理力(ショリヂカラ)を越え、ミスをするのが先か… 「レイジングハート。ブラスターモード!」 叫ぶ間に迫ったレヴァンティンの刃を横合いからの射撃で逸らす。 新機能「ブラスターシステム」は、私とレイジングハートの「最後の切り札」。 私自身の外見的な変化はあまり無いけど…使用者、デバイス、双方の限界を超えた強化がこのモードの主体。 私の周りには、四基のビットが浮かんでいた。 もしかしたらまた飛べなくなるほどのダメージを負う可能性もあるけど、躊躇する気持ちは欠片もない。 私の考えが読めたのか、ヴィヴィオの仕草に恐怖が微かに見えた。 微かな怯えでも私には手に取るように理解できた。 教導隊の先達達の何人かと同じ反応だったから。 出会った頃のレイジングハートだったら止められてたと思う。 でも、長年連れ添った今のレイジングハートは、逆に頑張って死なないギリギリを見極めようと動いてくれていた。 そんなレイジングハートを信頼し、私は何回全開射撃を行うか考えながら、杖を構えた。 視界の隅っこで、必死に拘束を逃れ、反撃を行なおうとしている二人が止めろと叫んでいた… 「大丈夫! だって…」 心配性の友人ばかりなので明かせなかったが…入隊直後から、自分の身を省みずに勝つだけなら、教導隊の誰にも教わる必要はなかった。 「ヴィヴィオ、ちょっとだけ、痛いの我慢できる?」 ヴィヴィオがこれを既に知っていて、コピーしているならそれはそれでいい。 魔力タンクを抱えていても、既に超高度な魔法を連続して行っている状態から更に、私の最も強力で制御の難しい魔法を使うことになる。 一つでもミスすればRXが乗り込んできて二対一になる分私が有利だと思った。 ヴィヴィオが今頃になってレヴァンティンを投げ捨てた。 けれど、もう私の周囲に浮かぶビットが桜色の光で玉座の間に埋めていく。 「まずは追い込むよ。その後は、『防御を抜いて、魔力ダメージでノックダウンですね。マスター』そう、いけるね! レイジングハート!」 『Yes my master』 「エクセリオンバスター」 四基のビットから放たれる破壊光線をヴィヴィオが難なく避けた。 床や壁が撃ちぬかれ、破片が飛散る中でも、私はその姿をはっきりと捕らえていた。 だけど逃れる選択肢は、屋外に比べてとても少ない。 その分こんな近距離で戦うのは私に取ってとても不利に働くけど…… 小学生の頃から砲撃魔道師だった私にとっては、誘導することはとても容易い。 私の魔法は一時的に玉座の間を二つに分けた。 エクセリオンバスターの光に隠して放っておいたアクセルシューターがヴィヴィオを追いかける。 追いかける光球の数は4つ。ヴィヴィオが逃げると思った幾つかの範囲へ分けて放っていたから、まだ4つだけ。 それ位じゃ難なくかわしてしまうヴィヴィオの方へ、ビットの位置を変えて私は間髪入れずに二発目を撃つ。 でも良かった。RXみたいなことをされたら焦ってたかもしれない。 「エクセリオンバスター!」 再び、今度は少し範囲を広げてある。 四基のビット、そして少し時間をずらして私の持つレイジングハートからも桜色の光線が放たれた。 シグナムとヴィータなら避けられるはずだし、二人のことは考えないようにする。 悲鳴が聞こえたような気がしたけど… 射撃と爆発、リロード、それに私自身の声でかき消されたはず! うん、聞こえてないから! やっぱりヴィヴィオはフェイトちゃんと同じか、それ以上に早い。 不慮の事故でちょっと気が散ってしまった間にもヴィヴィオは一度目より狭まった空間の中を上手に逃げてる。 さっきの倍になったアクセルシューターの光球がヴィヴィオを追い込んでいく。 時々フェイトちゃんとそっくりな動きをしてるから、そこを狙い撃つの。 そう思ってたんだけど、運良く光球の一つが、ヴィヴィオの足を掠った。 悪いけど、狙い撃つの! 「エクセリオン、バスター!!」 ゆりかごが破壊されるのを嫌ったのかな? まだ逃げられたはずだけど、アクセルシューターの一つに引っかかっちゃったヴィヴィオはエクセリオンバスターの一つに当りながら遮二無二向かってきた。 でもそのせいで、さっきよりずっと当てやすい。 今回はまだ私のレイジングハートからは、撃っていない… 光線に晒されながら向かってくるヴィヴィオに、私は素早くレイジングハートを向けて、エクセリオンバスターを撃った。 それでもまだ、全然足りなくて二つの桜色の光が交わる場所から、ヴィヴィオが抜けだそうとする。 だから光の中から出ようともがくヴィヴィオの手や足を、32個の光球で頑張って押し戻さないとダメだった。 するとまた虹色の光がヴィヴィオの体から溢れて、アクセルシューターを吹き飛ばしていった。 凄い能力だと思う、でも、足が止まっちゃってる。 私は気にせずビットのエクセリオンバスターを集めていった。 思っていたより少ない手数で、私の射撃魔法はヴィヴィオを捕らえる事が出来たみたい。 後は、底が見えるまで打ち続けるだけだった。 エクセリオンバスターとは別に…レイジングハートのカウントはもう始まっていた。 もうゆりかごの外と内で使用された高度な魔法の残滓が集められていた。 体が軋んで、杖を持つ腕から痛みが走り出した…けど、まだヴィヴィオの防御を抜いてさえいない! 「今日二度目の、全力全開!! スターライトブレイカー!!」 玉座の間から溢れた光が侵入した穴や、これまでの魔法で破壊された場所から外を照らしていく。 バリアジャケットが自動的に、光と音から眼と耳を守ってくれる。 そしてレイジングハートは、スターライトブレイカーに晒されながらヴィヴィオがゆっくりと近づいてくることを教えてくれる。 対抗するために、私の意思を汲み取ってレイジングハートが勝手にリロードを開始した。 前へ 目次へ 次へ