約 344,725 件
https://w.atwiki.jp/goldenlowe/pages/72.html
4話その2 「アンレ、なんちゅう汗や。わしは汗なんぞかいてないぞ」 「あらそう、私は3年分ぐらいの運動をしたわよ。」 「そんな事じゃ山賊のカモやぞ」 「大丈夫、もし山賊に襲われたら貴方を呼ぶわ。」 「どんなにやっても間に合わんじゃろ」 「貴方ならできるわ」 F・トーレスはそう笑いながら手でそれは無理だという仕草を見せた後、ケンケーンへと向き直り再び口を開いた。 「アンレよ、よく聞いておけ。・・・おいっ、ケン!オマエもや!」 「心配しなくても、もぅ話を聞く意外に出来ないわよ。」 「そかそか、ええか。この世の中に完璧な甲冑てのは無いねん。どうしても強度を弱くしなければならないところがある、それはどこかわかるか?」 「関節ね」 「そや、関節の部分や。えぇなー誰かとは違って即答やな。」 ちらりとケンケーンに視線を送る。 「俺だって正解したやんかー。」 「あほ!最初に言うた答えが[目]ってなんや!目の鎧なんてあるか?」 「いぁー、それは忘れてくれ」 「ったく・・・まぁ、ええわ」 ようやく肩の動きも静まり、大きな息も落ち着いてきた。熱った体は常温を取り戻し、汗に濡れている衣服を冷たく感じる。 「ええかアンレ、わしやケンが着ている甲冑のように肘や膝の大きな関節周りには装甲を施さないモンが多いんや。」 「船乗りでプレートアーマーを着てる人なんて見たことないわ。」 「その通りや。つまり必然的に現代の戦闘はそこを狙う事が多いんや。特に膝裏を狙うのが主流やな」 そう言うと模擬剣を構えてはこうやってと言いながらケンケーンの膝裏を狙う動きをする。手加減はあるもののその切っ先は見事にケンケーンの膝裏を直撃する。 「痛っ!トーレスさん、寸止めぐらいしてよっ」 「やかましい!我慢せい!」 「ちぇっ」 「しかし、アンレよ。山賊はそんなことはしない。オマエが言うたとおりプレートアーマーを着ているわけでもないんやから、素早く相手を仕留めるのなら突きが手っ取り早い。斬撃よりスピードがあるし、何より人間てのは正面から直線的に進んでくるものに弱い。これは熟練しないと無傷で避けるのは難しいやろな。」 「つまり、私の突きをかわした自分は凄いって自慢してるの?」 「ちゃう、ちゃう」 F・トーレスは笑いながら手を横に振ってそれを否定する。 「ここからが本題や、幸いにもアンレは女や。『商品』を傷つけると価値は二束三文にがた落ちになる。そこで無傷の『商品』を得る為に賊が取る行動は2つや。」 「武器破壊か、気絶させるかだね」 「さすが元賊のケン君!即答で正解や。昔を思い出したか?」 「ちがわい!誰が元賊やねん!俺は物心ついたときからイスパニアの軍人や!誤解招くこと言うな!」 「アンレ、つまりオマエに対して突きという選択肢は選ばれにくいんや。武器破壊にしても気絶させるにしても振りかぶっての攻撃になるわけや。そこに勝機があるんや。」 「(俺の抗議は無視かよ・・・・)」 「で、私に何をしろと言うの?」 「アンレ、オマエは目が良い。捌きだけならケンより上やろな、それを活かした技を教えてやる。これをマスターすればいざという時には切り抜けられるはずや。」 「トーレスさん、アンレには妙に優しくない?」 「あほ!アンレに優しいんやない。オマエに特別厳しいだけや」 「なるほど・・・って、ウチも平等に扱えよ。」 「うるさい、アンレに手本見せるから。撃ち込んでこい!」 汗を落とすシャワーがこれほどまでに爽快と感じるのは彼女にとって初の経験だったろう。F・トーレスの一言で始まった彼女への特訓は日が沈むまで続いた。なぜに彼が言い出したかは全くの謎だったが、これほどまでに時間を掛けるとは想像もしなかった。 「アンレ、ちょっと休め。ケン君、キミも少し特訓してやろう。かかってきなさい。」 と言いながら彼女を気遣って、間に休憩を入れたものの、剣などロクに握ったことも無い者にはとてつもなく長い時間に思えた。 自室といっても連日の泊まりこみや調査に陸の宿を手配していた一室に戻ると。用意されていた夕食に手をつける事無くワインを2、3杯飲んだだけで倒れるようにベッドへ横になり、そのまま静かな寝息を立てていた。 恐らく夜半を過ぎたぐらいに彼女はスクッと目を覚ます。元々、長く寝られる性質では無いため、日中にどれほど疲労していようと適度な時間で目が覚めてしまっている。短い睡眠時間をつなげるようにして夜を過ごす彼女の生活は傍目には不憫に思えるようだが、本人には至って通常だった。ただ、今日ばかりは疲労と打ち込まれた傷などで体が激痛と熱りで眠りをつなげる事ができないでいた。 「・・・こんな時は、何も考えずに寝られる人が羨ましいわ。」 安宿の安いベッドの安い軋み音を立てて身を起こすと、夕食時に出ていたワインとグラスを持ち、部屋のドアを開けた。 「こんな状態じゃロクに寝られないわね、少し夜風にでも・・・」 筋肉痛に痺れる妙に不揃いな足音をゆっくりと忍ばせながら、彼女は深く暗い街へと足を向けた。 正確な時間はわからないものの、深夜の街は昼間とは別に静寂が支配する世界へと変貌している。時折、遠くから酒に酔った人たちの大声が似つかわしく響いてくる、あとは数台の荷車が明日の仕入れだろうか右往左往しながら荷台が空と満載を繰り返している。 どこか休める場所は無いだろうかと思案しながらととぼとぼ歩きながら昼間の野原へと辿り着いてしまった。ここに来るだけで昼間の辛い記憶が少しだけ蘇る。 「何れかは通る道だったのかも知れないしね・・・」 そう言いながら少し大きめの木に寄り掛かると早速ワインボトルの中身をグラスに注ぎ口へと運んだ。適度に吹き抜ける夜風が心地よい、空腹の体に染み込むワインも手伝って熱る体をゆっくりと冷やしている。 さわさわと揺れる草の擦れる音とたまに訪れる静寂を交互に楽しみながら痛みが走る体の所々を確認しながら「これでも嫁入り前なんだけどな」と月明かりに苦笑いのような冷笑を浮かべた。まだ減りきらぬワインで体の痛みを忘れようと再び手にとった時だった、グラスに僅かに何かの光が映り込む。白く写り込む光は不規則にその軌道を変えている、油の切れた滑車のような軋み音が出るのではないかと思う体をゆっくりと立ち上がらせると、閃光を放つ方向へとゆっくりと歩み寄る。 「ふぅ、駄目だなこれじゃ。」 聞き覚えのある声、ケンケーンだ。彼でさえF・トーレスに一笑されるぐらい歯が立たなかった。途中、ハンデを貰ったにも関わらず彼はF・トーレスから1本を取ることが出来なかった。その場は笑って商会長を誉めていたが、内心積もるものもあったのだろう、そうでなければ今こうやって夜陰に隠れるように1人剣を振っているはずが無い。 「そこの格好良いオニーサン、何をやってるのかしら?」 「誰や!」 「ふふふ」 「なんやアンレか」 思わぬ所を見られたような照れくささを汗をぬぐう動作で隠しながら剣を収める。 「随分と熱心ね」 「まぁね」 「風通しの良い向うへ行かない?少しだけど飲み物もあるわよ」 2人は彼女が最初に寄り掛かっていた木へと場所で腰を下ろす、自らの飲み分をグラスへ注ぐと3分の1ほど残っているワイン瓶をケンケーンへと渡す。 「実は相当悔しいのかな?」 「そうやな。彼との差は僅かだと思ってたんやが、全く歯が立たなかったな」 ワインをぐいっと口へ含む。 「いくら俺が交易軍人としても職とを怠慢した事はない、でもあれほどの腕の差を見せ付けられるとは・・・」 「交易ってのが邪魔してるんじゃないの?」 「いや、それは邪魔やないで。やはり支給される装備にも限度はあるからな、足りない分は自分でそろえないとアカンからな。」 「軍人さんも大変ね」 2人に心地良い風がゆっくりと流れている。 昼間に見たF・トーレスの強さは2人からしてみれば別世界の強さだった。ケンケーンも彼女からしてみれば適う相手ではない、その彼が遊ばれるように扱われるほどの腕力に2人は感心というより尊敬の念を抱いていた。 「しかし、アンレもスゴイな。殆ど剣を握った事が無いとか言いながら、見事にトーレスさんの仕掛けを捌いてたやんか、俺にはあんなこと出来ないね。」 「・・・ただの臆病なだけよ」 「いや、俺の目は節穴やないで。あの動きはそれなりに訓練を受けた動きや。」 「何を言い出すかと思えば、面白い想像をしてるわね。」 「そうかな?」 「そうよ。」 彼女の過去には触れられない、またいつものように上手くかわされる受け答えに思わず「やっぱりか」と声を出していた。 「もし、アンレが生粋の軍人だったら。トーレスさんと良い勝負してたんだろうな。俺なんかよりずっと強くなってたと思うよ。」 「・・・さてね、それは分からないわ」 「人それぞれの選択肢に『たら』『れば』を言うのは駄目だろうが、俺はアンレが冒険家になっていることを残念に思うよ。アンレなら軍隊を率いるほどの実力が隠されていると思う、あれほどに理論で生きているやから軍人になっていれば今ごろ軍隊を率いる身分だったろうな。俺はそう思うよ」 「・・・・」 「アンレ?」 力説する彼にをよそに彼女は彼の肩に寄り掛かりながら穏やかな寝息を立てている。無防備なその姿は冒険家としての姿ではなく1人の女性としての姿のそれだった。 「夜でよかったな。こんな姿昼間にされると誤解を招く要らん風評が立つところだったな。 ・・・・それにしても無防備過ぎやへんか?」 そう言うと彼女が目を覚まさないようにゆっくりと優しく抱き上げ「やれやれ」と呟きながら街の中へと戻っていった。 下賎な笑いを浮かべ、彼女を値踏みするように見回しながらじりじりとその間合いを詰めてくる。すでに思考の中では彼女を捕まえた後のことでじっくりと考えているのだろう。 その虫唾が走るような面構えに一層の不快感と吐き気を覚えながら、彼女は詰めてくる間合いを一定距離に保つよう、正確には一方との距離を正確に整えながらできるだけ1対1の間合いに近づけるように動いている。 「へっ、こいつは上玉だぁ。楽しみだぜぇ」 この場に臨んでなんと下品な、しかし、F・トーレスの言葉に間違いはないようだ。 今、山賊が狙っている標的は相手が女という事でその殺意も殆どないように見える。 だからと言って容易く背を向けて逃げ出せる状況ではないが、大切な商品を生け捕りにするために無意味ににらみ合う時間が増える。他の船員達は時折激しく剣がぶつかっているが、互いが接近しないようにじわりじわりと広く距離を開けていっている。彼らなら上手く逃げられるだろう。 乾いた落ち枝を踏むたびにそれを折る感触と音がそこに居る人数分発生している。 彼女は完全に1対2の状況となった、船員達が上手く惹きつけてくれたお陰でどうにかなりそうな状況だ。幾度か山賊からの打ち込みがあったが、単調なそのパターンを上手く捌きながら牽制しあう時間が流れていった。 「アンレ、これから少しだけ本気に打ち込むで。」 「なんでよ!そんな事したらお嫁に行けないキズモノになっちゃうじゃない」 「はっはっは、諦めろ」 「酷いわねー」 「それよりケン君、今からアンレを良く見ておきなさい」 「アンレを見るの?トーレスさんじゃなくて?」 「せや、アンレの捌きを良く見とき」 「へいへい」 「返事は1回や」 「へい」 そう言って、再び彼女へと向きを変えると。「ほな、いくで」と告げて剣を振りかぶった。 十数合互いに打ち込み合う。アンレーデは彼から繰り出される打撃を必死に捌きながら反撃している。しかし、そのどれもF・トーレスは少し笑いながら時に「そうそう、ええ感じや」と一言つける余裕をみせながら剣で受け流す事もせずに避けてゆく。2人の表情の差が実力の差のようだ。そして一頻り打ち合った後、彼は「これはどう捌くか?」と言うと、脳天、袈裟、左袈裟、右薙ぎ、左薙ぎ、逆凪、胴突きと速度を上げて打ち込んでくる。 「うそ、まだ速くなるの・・・」彼女にしてみれば信じられない状況だ、それでもその打ち込みを1パターン捌ききると、彼は嬉しそうに「ほぅ」と言いながら袈裟に構えて剣を振るう。必死に彼女もその打撃を捌こうと切っ先を彼に向ける、が、彼女が直感した軌道に彼の剣は無かった。F・トーレスの剣は彼女が構えた所より僅かに手前で空を切って止まっている。そう、わざと空振りをしているのだ。「あっ」彼女が口にする。彼女の剣は不安定な状況で空中に止まっている。「残念やったな」彼は笑いながら剣を振りかぶりながら彼女の剣を下から軽く叩き上げる、上からの衝撃を待っていた彼女の剣は何ほどの力もいらずに大きな弧を描きながら空へ向かって弾き飛んだ。 「なかなか、良い感じやったな」 「何がよ、素人を苛めて何が楽しいのかしら」 肩で大きく息をしながら、途切れ途切れの言葉で反論する彼女。 「いぁ、よぅ捌いたなー。おぃ、ケン君。分かったかね?」 「そやなアンレの捌きは次がある動きやな」 「その通りや、捌いた後にしっかりと次の動きが取れてるが…ケン、それだけか?」 「まだあるんか?」 「オマエが言うたのは結果やな」 「結果?」 「せやからオマエは一流になれんのや、なんで次の動きが出来る体勢が出来るんや?」 「それは、捌いてるからやろ?」 「…せやからそれは結果やと言うてるやろ。ええか?重要なのは足や!足!」 「足?」 「せや、アンレは足捌きがエエから。崩れないんや」 「トーレスさん、さっきのでそこまで分析したの?」 「当たり前や、ワシを誰やと思っとる。」 「さすがやな~」 F・トーレスを勝手に師匠と思い込んでいるケンケーンにとって、そのなすこと全てが吸収の材料だ、そしてそれは今自分がどんなところに立っているのかを再認識するための手段でもあった。 「それよりアンレ、そんな技どこで覚えたん?」 そうケンケーンから問われたものの、切れ切れの息で「何にも・・・これが精一杯の我慢ね」そう言うだけで次の言葉が出るのも苦しいように激しく息をしている。 「まぁ、アンレの場合は捌きだけやけどな。総合的に見ればケン君の方が断然上やな。」 「いや分からんで、アンレの方が上手いと思うな」 「そうやって、アンレに気遣いする方が返って傷つけるという事を覚えなアカンな。」 「俺は事実を言うてるだけや。」 「互いの剣を受けたワシの言う事が間違っとるんか?」 「いや、それは・・・」 「よしアンレ、これからケンとやるワシの動きを良く見ときな。」 彼女は頭を縦に軽く振り頷く素振りで返事をする。 「さぁ、ケン君!いつでも、どこからでも掛かってきなさい!」 1対2の状況に何の変わりも無い、ただ、彼女の精神的な疲労は徐々に蓄積されている。 危機的状況は予想以上に彼女の精神的余裕と身体の疲労を余分に与え続けている、しかし、涼やかな顔を崩さぬようにと心で叫びつづけた。 「(他の船員達は上手く逃げれただろうか。もし、向うが上手くいくとこの状況が悪化するのは必定。そろそろかな・・・)」 彼女は大きく息をすると「はっ!」と大声を上げて一気に飛び出て山賊の1人へと距離を詰める。 山賊は彼女の声に一瞬動きが遅れたものの、待ってましたと言わんばかりに剣を振りかぶる、そして彼女めがけて勢い良く振り下ろす。互いの剣が打ち合う音が響く。もし、彼女がそれを受け止めようとするなら腕力の差で叩きつけられただろう。しかし、間合いに入る直前に僅かに体半分左へずれるように直進した彼女はその打ち込みを擦り上げるように捌く。山賊の剣はその勢いを損なう事無く彼女の構えた剣の上を滑り空中へと放り出された、この瞬間、体勢の崩れた相手の側面に剣を振り上げたままの有利な状態を作り出すことに成功する。あとは好きなところへ剣を振り下ろすだけ・・・のはずだった。しかし、山賊は体勢を崩しながらもその身を反転しながら剣を振り上げる。そんな予想に無い動きに直感で身をかがめながら相手の膝裏へと切りつける彼女、鈍い感触が彼女の手に伝わる。山賊の剣は彼女の髪を掠めて空を切る。「ぎゃぁ」断末魔とも思える声が響く中、彼女は残る一人の既に距離を詰められ今にも剣が繰り出されようとしているのを後へ下がって避けようとしたとき、蹲る山賊に一瞬足が引っかかり動きが止まる。 「おらぁー!」怒号にも似た掛け声とともに銀色に光るその剣が彼女へ横薙ぎに向かってくる。懸命に後へとステップを踏みながらもその切っ先を避けようと体をねじる。左の腕に激しい痛みが走る。一撃に仕留められなかったことにさらに形相を激しくしながら山賊は執拗に剣を振り続けてくる。左手は痛みで使い物になりそうにない、それにもぅ彼女の体力もさほど残っている訳でもない。 胸の内で少なからず諦めの予感が襲ってきた頃、そう言えば非常用の煙幕(目潰し)が有ったと不意に思い出す。 「(上手くいけば上手くいける・・・)」残る力を振り絞るように声を上げると一転して右手のみの反撃を繰り出す、それはでたらめに剣を振り回すだけだったが意表の反撃に足を止める事ができた。そして、そのタイミングを見計らい彼女はくるりと反転すると今度は逆に背を向けて一気に走り出した。山賊もただの脅しにも似た児戯にも等しい手段を受けて烈火のごとく怒りを表しながら追いかけてくる。彼女は走りながら剣を鞘へと収めると、腰の道具袋から丸いものを2・3個取り出し、再び反転すると同時に追ってくる山賊めがけてそれらを投げつける。女性の非力な腕力で投げられたそれは向かってくる山賊に見事に命中するやいなや白い粉を辺りに撒き散らしながら割れてゆく、「なんだ!これは、グフッ。目が・・・」植物から抽出した刺激性のある粉末と小麦粉を混ぜただけの簡単な目潰しだが、その威力は最たるもの。命中すれば確実に相手の視力を奪うこと(時間が経てば復活してしまう)ができる。1個でも十分なそれを3個も受けてしまった山賊は目と喉の痛みと彼女への怒りで手当たり次第に剣を振り回している。彼女はしっかりとその効果が現われたのを確かめるとその場を離れようとした。「おぃ!こっちに女が居る!誰か来い!」背中に響く大声、獲物を取り逃がした男がそう辺りに知らせている。呼応するように男の背後にある茂みががさがさと揺れ始める・・・「これは、まずい」もし追いつかれようものなら、彼女に残された道は数少ない、もぅこれ以上の戦闘をする力もないとなると・・・。彼女は必死に西へと向かって走った。 山賊の中にも仲間意識はあるのか男たちの詮索は執拗までに細かく続けられる。とは言え、アンレーデもそれを悠長に待つほどの状況にあるわけも無く、逆にその詮索の裏を突くことのほうが先刻の戦闘より全くの得意だった。 「人は焦るほどに一定の行動を繰り返す傾向が多い」彼女自身が我が身をもって体験したことだった。逃げる側は勿論のこと追う側にも「逃げるものを逃がさない」という焦りが少なからず生じることは生物学の調査においても同じ事であり、対象を追いかける(探す)行為において逃げる対象を追いかけ焦った場合、一定パターン(つまりは同じ動作の繰り返しと同じ場所への固執)を生んでいる船員を見たことは人を生物の枠に捉えて考えると生物学者として貴重な発見であったと彼女は思っていた。 普段に対象を追う側から追われる側へと立場が変わっても「互い」に「焦る」という事を先に気付けば追手から逃げられると確信していた。(気付かずに終わる場合や、後手に回るケースもあるだろうが)無論、それは「追う側」にも当てはまる事(先に「焦る」事に気付く)でもあるが、パターン化を逸して逃げる側には「逃げるだけ」という行動のシンプルさが、追手の「発見」「捕獲」の2行動より分があるのは明らかで、その上、逃げる場所が限りなく広い場合はなおさらである。それでも逃走は「追う側」との賭けであり「必ずしも居ない」という確信より「居ない確立が高い」という選択肢を選びつづける賭けだった。ただ、彼女は逃げ切る自身が有った、それは根拠のない自信だったが。「この状況では捕まらない」という不思議な気持ちが彼女を落ち着かせていた。 西の丘へ辿り着ければ皆と合流できる、恐らく先に逃がした船員が船へと合図を送っているだろう。そうすれば彼女に危機を加えた者たちへ対抗する準備ができる。西の丘だ、まずは西の丘へ辿り着くことだ。彼女は最初に襲撃を受けた近辺まで戻り、そこで発見した小さな(細身の人なら入れるぐらい)の洞穴に身を潜めていた。幸い彼女が現場に戻ってきていることに気付かぬ様子で日が暮れるまではここに身を隠すのが上策と洞穴内の奥で壁に凭れ掛かった。左手の出血はハンドカーチーフを真っ赤に染めながらも一応の沈静をみているが、左手はその体温も低く切られたという感覚が小刻みにその手を震わせていた。 極度の緊張と疲労、そして出血によって洞穴内では眠りについてしまっていた。岩肌のごつごつした上でも一時の睡眠が得られたことで幾分思考もはっきりしている。暗闇の中で左手の指を動かしては、まだ機能は死んでいないことを確認できる。痛む左腕を庇いながら腰袋の非常食(干し肉)を取り出し、空腹か否か分からない胃に無理矢理飲み込んだ。 「(船員達は無事だろうか・・・)」 少なからずの犠牲者が出たかもしれない、もしそうなれば彼女の未熟な判断によって尊い命が奪われたことになる「全ては私の責任・・・」悔しさと不安で唇をかむ。「過去の情報だけで何を安心していたのか!領内でありながら十分な調査を行っていなかった私の不手際以外のなにものでもない!私には彼らを守る義務と責がある、彼らを守る手だてをせずして何の調査か・・・なんの冒険か・・・」硬く握り締めた右拳の中で爪が突き刺さり血が滲む「せめて、皆が揃って丘にいることを・・・」月明かりの差し込む先をじっと睨んでそう呟いた。 真円に近い月がその上空に高く地上を照らすほどの時を待ってからアンレーデは小さな洞穴からゆっくりと姿を現した。夜陰に乗じて移動するほうが発見され難いが、視界が遠いという光の恩恵がない分、目指す所までの景色が異なり迷走するという恐れもあった。 幸いにも彼女は星や月を見ながら自分が殿方向へ歩いているのか知るすべを持っている。鬱蒼と生い茂る木々の合間から毀れ見えるそれらを見ながら彼女は西へと歩き出した。まさかこんな時間まで彼女を探している事もないだろうが、大きく迂回するように草を掻き分け、獣道を進んでいった。 「副隊長、提督は大丈夫なんでしょうか?」 若い船員が同じく見張りをしている調査隊の副隊長に不安気に問い掛ける。 襲撃を受けたのは日中、それが翌朝を迎えようとしている今でも提督だけがこの西の丘に辿り着いていないのはそこにいる全ての者を不安にさせた。 彼から見ても提督はさほど強いわけでもない、それは提督自身も「剣を修るのは軍人の仕事、私は学者として修めることに時間を使いたい。」と公言するほど自他ともに認める学者肌である。 若い船員の問いに「待つことだけが我々に許された行為なんだ、しかし、提督ならいかにしてもここへ辿り着くさ。」曖昧な返事を返すに留まった。彼自身、最悪の事態を考えざるを得ないが、今はその選択肢を選ぶことは尚早過ぎるのは明らかだった。「非常食もあるし、この夜陰に乗じて移動しているだろう。あの提督だ、例え国が滅んでも生きているさ。」 ぐるりと大回りをしながら、大きな岩が組み重なった川原へと辿り着いたアンレーデはようやく口にする水分を片手で掬い難そうにしながらも喉の渇きを潤している。左手を庇うように、負担をかけぬようにと進む歩調は思った以上に遅く、時を追うごとに休憩する間隔が短くなっていた。 目指す場所まではこの川を渡り、直線で10kmぐだろうか。良く晴れた夜空を見上げては「順調に進めても日が明けるか・・・」そう呟く。 月はかなり西へと傾いた、濃紺に染め抜かれた空はその色調を東から淡くルビーのように変え始めている。再び干し肉を口へと運び喉に引っかかるような感触に顔を歪めながら飲み込んだ。川のせせらぐ音に混じって川原の石を踏み歩く音が静寂の中から彼女の耳に入る、こんな朝方に川原を歩くとは・・・。彼女の警戒心が強く反応する、岩陰からゆっくりと音を立てぬように川へと入る。川の水は冷たく腰ほどまでもある深さだ、足を取られぬように気取られぬように窪みへとその身を隠す。 「昼間の一行は大した収穫が無かったな。」 「あぁ、逃げ足は速いし。残った荷物にはロクなもんが無かったな」 「それでも1人上玉の女が居たらしいぜ」 「おぅよ、ありゃ上玉だったぜ、他の男に邪魔されたが遠目にもイイ女だったぜ」 「それも逃がしてしまうなんてよ」 「俺なら確実に捕まえてたな、そして、ゆっくりその場でお楽しみをな・・・へへへ」 「好きだなオマエも、しかし逃げ足だけは速いやつ等だ。」 「ここまで探して居ないんだ、もぅ海に出てるだろうな。」 「手負いだからな、近場に居ないと海だろう」 「今度は東に上陸した奴らが居るらしいぜ、明後日にもやるだろうな」 「へへへ、今度の女は俺が捕るぜぇ」 「女が居るとは限らんぞ」 「まぁ、そうだな」 その下品な会話内容と川原の足音が全く聞こえなくなるまで彼女は冷たい川の中に潜んでいた。 「下賎で低俗な奴らめ・・・」 吐き捨てるように思わず言葉が口をつく、彼女はそのまま川を渡る。山賊の言葉を信じるというのも不思議な感覚だが、東へ向かうという言葉を今は信じるしかない。いらぬ時間を過ごしてしまったが、彼女はそのまま川を渡り始める。川底は比較的固く歩き易い、それでも川の中心部は流れが速く、腰ほどの水位なら気を抜くと一気に流されそうだ。一歩一歩に最新の注意を払いながら進む、たまに岩に生えた水苔に足を取られそうになるもどうにか対岸に辿り着けた。 「後はこの森を抜けるだけか・・・」 水を含んだ衣類は思った以上に重量感があり、体に纏わりつく。腰から砂袋を提げて歩くような感覚に帯刀を杖のようにしながら森の中へと入っていく。 道なき道を西へ西へとゆっくりと進む、日は真天まで半分のところまで昇っている。髪は乱れ、頬には若干窶れが見える。それでも丘が見える場所までようやく辿り着く、あの丘に上れば一応の決着を見ることができる。その道のりが果てしなく苦痛に思える、足が恐怖の念で思うように前に出ない「動けっこの足め!」重いとてつもなく重いその一歩を踏み出し、彼女は丘を上り始めた。 「まるまる1日経ちましたね」 「・・・まだ、1日しか経っていない」 「何処まで戻ってきてるんでしょう?」 「もぅ着くさ。」 何度も同じ質問と解答が繰り返されている。言葉を発することで互いが不安を消しているようだ。テント内でしっかりと兵装を整えた船員達が殺気に近い何かを漂わせながらじっと座っている。誰もが苛立っていた、しかしその苛立ちが尚一層沈黙と険悪な雰囲気を引き寄せ、言い表しづらい空気の悪循環を招いている。 「いっそ、討って出ませんか?そうすれば提督の捜索も同時に・・・」 若い組員は痺れを切らせたように発言する。 「もしもの話、我々が出た後。提督がここへ辿り着いたらどうするつもりだ?」 「誰かを残しておけば・・・」 「中には負傷者も居る、その者達を残すのか?それとも負傷者も連れて行くのか?」 「たかが10数人でしょう!」 「あの10数人の中には頭らしき人物がいなかった、本隊は別だよ。」 「それじゃ、どうすれば良いんですか?」 「待つだけだ。」 「もぅ、かなりの時間待ちました。もしかしたら、提督は怪我で動けないだけかもしれない。なら捜しに行くのも手でしょう?」 「そうかも知れない、ただ・・・誰だっ?!」 テントに写る人影に思わず副隊長が大声を上げる。その声にその場にいた全員が腰のものに手をかける。 「議論ご苦労様、ちょっとテントを開けてくれない?両手が使えないの・・・」 「提督っ!!」 男たちが一斉にテントを飛び出てくる。 「ご無事でっ」 「命からがらね、ちょっと肩を貸してもらえるかしら・・・」 無理矢理笑っては細い声を出す。副隊長は膝を着いてそれに応じる。 「左腕は・・・」 「見てのとおりよ」 「おぃ!オマエ等、提督のテントは出来てるだろうな!誰も近づけるんじゃねーぞ!」 「皆、ごめんなさい・・・」 「船員達は全員戻ってきてますぜ。」 「・・・そう・・・」 その一言を言うと彼女はがっくりと彼女の全身から力が抜ける。必死に周りの人間がそれを支えようと近寄る。副隊長はそれを制するように提督の体を軽く抱き上げた。 「おぅ、オマエ等。無闇に騒ぐんじゃねーぞ!」 そう言いながら提督用のテントへ彼女を寝かせに向かった。 『提督無事』の報は分散してテントを張る各隊へ一斉に知らせられる。沈んでいた雰囲気が一気に解放される。不安な夜を迎えた昨日から一転して各隊は幾分気楽な空気が流れている。あとは提督が回復して撤収を待つだけだ・・・ただ今回の調査は失敗に終わったのが残念だと心残りを口にするものも居た。 丸々一昼夜半彼女は目を覚まさなかった。左腕の痛みにようやく気付き重たいその瞼を開けることが出来たのは2日目の夜だった。 「痛ぅ・・・」 左腕の痛みは今の彼女の頭の芯まで届くように全身へ響く。服の左袖だけが切り取られ手当てがされている。「ありがたい事ね・・・」 状態を起こし寝床の傍に置いてある呼び鈴を鳴らすと、飛んでくるように副隊長が入ってくる。 「お気づきになられましたか?」 「うん、いろいろと迷惑をかけたようね・・・ありがとう」 「無事に戻られて何よりです。」 「少々痛い思いをしたけれど・・・それ以上に貴方達には悪いことをしたわね」 「失礼とは思いましたが、手当ての為に袖を切らせてもらいました。まさか服を脱がせる訳にも・・・」 少し言葉を詰まらせながら、副隊長は包帯の巻かれている彼女の左腕を見た。 「心遣い感謝するわ、駄目な提督に就いて要らない苦労をかけてしまってるわね」 「ここではその程度しか手当てが出来ません。恐らく傷が残るかと・・・」 「私の傷なんてどうでも良いわ、他の船員達はどうなの?」 「あの場に残った船員は少なからずの負傷をしておりますが、命に別状はありません。」 「そう、怪我を・・・それは生活にも問題あるぐらいかしら?」 「いいえ、完治すれば私生活はおろか再び船に乗ることもできるでしょう」 「そう・・・」 彼女はその報告を聞いてぐっとシーツを握った。「全員無事」これほどの嬉しいことがあるだろうか、彼女は小さく体を震わせている。 「提督?」 「いぁ、なんでもないわ。後で皆を集めてくれるかしら?」 「わかりやした。」 副隊長は返事をすると背を向けて出口へと向かう。 「副隊長、貴方が看病してくれたみたいね。ありがとう」 「え?」 「その手・・・きっと私は熱にうなされていたのでしょうね。」 彼女がぐったりと倒れそれを寝かせた副隊長は彼女の異変に気付く、異様なまでの汗・・・それから彼は彼女の寝息が納まるまでの1日ずっと就きっきりで看病していたのである。その名残に彼女の近くには手桶とタオル。そして彼の手は水で膨れ、ぼろぼろに荒れてしまっている。しかし彼は「これは慣れない炊事のせいです、私には看病なんてとても」後姿にも手を横に振って否定しながらテントを出て行った。 「他の提督の下へ行けばもっと陽の目を見るでしょうに・・・」 三角巾に左腕を通し、肩からベルベットジュストコールの上着をかけて一同が集まる前に彼女は現われた。上着の左腕部分はまだ彼女の流血跡が残っている。それを見て皆がざわめく。上に置かれた椅子へ座りそのざわめきが自然と収まるまで彼女はじっと口を噤み、しんと静まり返った前で静かに口を開いた。 「今回の事について全ての責は私にある。私の軽率な判断によって諸君達を危険な目にさらしてしまった、幸い今回尊い犠牲を出すまでの惨事に至らなかったのは僥倖の思いだ。しかし、それはあくまでも結果論であり、最悪の場合も十分に考えられる事態だった。」 「私は死して功を成すなど何の価値もないと思っている。自らの証明をするためには生き続けることが何事にもまして肝要だ。だから常に細心の注意を払い、臆病と陰口を叩かれながらも最も安全な手段を取って来たはずだった。しかし、今回このような事態を招いたのは私の誤りだった。」 悔しさで握り締める彼女の拳が膝上で震えている。 「私は諸君達の身の安全を預かる提督として最低だ。本当に申し訳ない・・・」 深々と彼女は頭を垂れた、これで許してくれるはずもないが今彼女ができることはこれだけだった。これまで一度も頭を下げた事を見たことのない彼女がこうも頭を下げる事に一同は再びざわめいた。(そういう事態が過去に起こっていなかった)そのざわめきを他所に彼女は意を決して再び上体を起こすなり一同を見渡し言った。 「明日、ここを撤収し一度ロンドンに向かう。そこで今回の事で皆に特別に手当てを出す。さらに、その場で諸君を全員解雇する。私もそこでギルドからの除名を届ける。ロンドンに着いたらそこで手当てと相応の退職金を受け取って欲しい。」 その場にいる全員が一斉にどよめきの声を上げる。 「必要ならば諸提督への紹介状も書こう。私のような無能な提督の下で諸君のような優秀な船員を犠牲にする訳にはいかない。せめてもの罪滅ぼしに、そして諸君の為にも賛同を得られることを祈る。以上だ。」 そう言うと、彼女は席を立ち自らのテントへと戻った。悔しかった、声にならない嗚咽を必死に噛み殺した。震える手にぽたぽたと大粒の涙が落ちる「これで良いの・・・こうしなければいずれ尊い犠牲が出てしまう・・・それだけは起こってはならないの・・・」 神妙な雰囲気に包まれた一行は素早く撤収を行うとブリテン島南部を離れ一路ロンドンへと船首を向けた。この短い航海が最後の航海になるだろうと、船室で彼女は船員人数分の紹介状を書きつづけている。不自由な左手の変わりにインク瓶を文鎮として使いドーバー海峡を抜けた辺りで書き終えた。ロンドンは変わらず薄く霧に包まれている、そしてロンドンに帰港した朝、全ての船員に小切手と紹介状を手渡す。 「それを然るべき所へ持っていけば良い。皆、今迄ありがとう。」 再び大きく頭を下げる、食堂から1人また1人と船員が出て行く・・・そして副隊長を務めた古参の船員が最後に一礼をして船は彼女を残し空となった。 いつも賑やかな雰囲気、そして料理長の準備する音が絶えなかったこの一室を信じられないほどの静寂が支配する。 「あっ、そうだ今回の調査に関する報告書を書き直さないと・・・」 山賊の襲撃に遭った折、今までの調査結果を記した書類は全て紛失してしまった。幸い全てに目を通していたお陰で、その内容は彼女の頭の中に残っていた。 夕刻までに「ブリテン島南部における鳥類調査に関する報告書」「ブリテン島南部における山賊活動に関する報告書」そして「冒険者ギルド除名願」を一気に書き上げると秘蔵のウィスキーを取り出し、再び食堂へと向かった。 何の物音しないただ遠くから反響する波の音だけが聞こえる食堂で1人グラスに酒を注ぎそれを飲み干す。 「これで全て終わったわね・・・」 寂しく揺れる船体がその静けさを誇張するようにぎぃぎぃと軋み音を上げている。翌朝あの3つの書類を届ければ全てが終わる。頬杖を突いた彼女はそう空ろに考えていた。 「思えば楽しい時間だったわ、素晴らしい仲間と船員に出会えたんですもの。」 誰も居ない室内で誰に憚ることなく声を出して呟く、そして手持ちのウィスキー瓶が半分ほど空になった頃、彼女はそのまま眠りについていた。 翌朝、酒場での代理報告の手続きを完了したアンレーデはその足で残る2つの書類を届ける為にギルドへと向かう。血痕のある上着をかけたままの格好は街で行き交う人の目線に止まったが、それに何の気を止める事無く悠然とメインストリートを進んでゆく。ギルドは変わらずに混雑している、それもコレも受付が1個しかないからだ。 30分ほどの待ち時間の後、ようやく彼女の順番が来た。受付に2つの書類を提出しようとした時、受付の事務員がこう告げる。 「アンレーデさんですね。マスターがお会いになるそうです、奥の部屋にどうぞ」 「マスターが私に?」 「はい、奥の部屋にどうぞ」 その場に居た全ての冒険家がその言葉を聞いて好奇の目を彼女に向ける。 ロンドンの冒険家総元締めである多忙なマスターが何の用だろうかと見当のつかない思考をめぐらせながら緊張しつつドアをノックする。 「入りたまえ」 「失礼致します。アンレーデと申します」 「貴女がアンレーデか…」 「何かの依頼でしたらお断りいたします。私はもう船に乗れない者です。」 「ふむ、その事だがな…貴女の申請を却下する。」 「…申し訳ありません。お話の筋がよく見えませんが?」 「貴女は提督として良い船員を持ったな。」 「何の話でしょう?」 「ふむ、昨日の事だ。とある船の船員が一挙に数十人ここに押しかけて来た。」 「はい」 「明日つまり今日だな。アンレーデという冒険家がここに除名願いを届けに来るのを受理しないでくれと嘆願しに来た。これが嘆願書だ。」 彼女の前にその分厚い書類を置く。その中には解雇したはずの船員全ての署名がなされている。 「まさか」 「お陰で受付は大混乱だ、仕方なく私が事情を聞いた。」 「それは大変ご迷惑を…代わってお詫び申し上げます。」 「嘆願に来るものの大半は諸提督に関する悪評のそれだ、今回のようなケースは珍しい。」 そうギルドマスターは彼女へ歩み寄ると彼女が手にしている書類をその手にする。 「この山賊に関する書類は受け取ろう。残りは要らないだろう」 そう言うなり彼女の「除名願」を暖炉へと投げ入れた。 「悪評の立つ輩も多い、貴女のような提督を失うことはこの英国にとっても損失だ。事情はあろうが、再び船に乗るが良い。海はまだ貴女に未知なる発見を促しているのではないだろうか?彼等の心意を受け止めよ。話はそれだけだ。」 ぐっと目頭が熱くなる…あれほどに流した涙はまだ枯れていないように彼女の頬を伝う。 「今日が貴女にとって新しい冒険の始まりだ。ゆっくりと体を癒し、海にでるが良い。」 「はい、ありがとうございます。」 ギルドから空っぽの船に戻ったアンレーデは自室でマスターの言葉を思い返していた。 「新しい冒険の始まりか…」 今の私に何ができるだろう、もぅ彼等に全ての財産を分けて与えた。 「何ができるものか…」 彼女は失笑した、結局何も出来ないではないかと。その時、ドアをノックする音がする。 「コチラの船で船員を募集しているとお聞きしたのですが?」 彼女には身に覚えのない話だ、もぅ誰も雇うことも出来ない身分だと断るつもりで彼女はドアを開けた。 「あれ?」 見覚え有る男が立っている。 「紹介状もあります、どうか雇ってもらえないでしょうか?」 彼女に見覚え有る紹介状、当然だ彼女が書いたものだ。 「何を思って戻ってきたの?もぅ私には何もないわよ」 「へへへ、そうは行かないんですよ。」 そういうと彼女の右腕を掴むと甲板まで導く。 「ちょっと、何するの!」 「こういう訳でさ」 そこには1人も欠ける事無く見覚えの有る男達が揃っている。 「皆、紹介状を持ってやすぜそれに、これはお返ししておきやす。」 そ言って彼女に手渡されたのは彼等に渡したはずの小切手だった。 「1Dも使ってません。どうです?雇ってくれませんか?」 「…アンタ達…」 「嫌と行っても住み込みますぜ、もぅオレ達は決めてますからね。」 「コレを思いついたのは誰?」 「あのオッサンです」 そう言いながら指差した先には最古参の、あの時食堂を最後に出た船員だった。 「まぁ、そういう事で…どうですかね?提督1人じゃ、この船は動きませんぜ?」 古参の船員は照れくさそうに頭を掻きながら彼女の返事を伺う。 「碇を上げようにも私には重過ぎる、帆を張ろうにも右手だけでは綱が握れない。酒を飲むにもグラスの場所が分からない。掃除するには広過ぎる。どうやら誰かの助けが必要なようね…」 そう言うと彼女は船内に戻っていった。頬に涙が伝う。決して彼等の前では涙は流さない、それは彼等に対するせめてもの感謝の印だった。 古参の船員はうんうんと頷くと「オマエ等、持ち場に戻れ!」と大きく声を上げた。 ロンドンの日差しは真天から船を照らし続けていた。 (4話その2 修復)
https://w.atwiki.jp/goldenlowe/pages/68.html
雨が降る中、待ち合わせ場所となったハートンホテル西梅田へ。大阪に住んでても、こんなところへはこん!w 中央郵便局の裏手あたり、梅三小路?を抜けていくとある。 四国から再びあの御方が来阪であるが、先に合流し震えながら( ̄ー ̄)y-~~~ ww アイメル錠を待つ。逐一メールがアンレーデを襲うww 約30分の激闘の末、合流成功。早速東通商店街へ移動し、超凶悪なマニアックコースとなったww 早速、昼食として寿司!w(廻ってますがね・・・。 軽く接待し、さーどーすると言ってるうちに、次の凶悪スポットへ。 まんだらけ・・・先に二人が突撃してしまうので追従w 往年の流行品ビックリマンシールがショーケースで15,800円とか20,000円とかあってビックリ_| ̄|○ 女性客が多いのにもビックリ_| ̄|○ ムサイのプラモががががが・・・欲しいw フィギアとかって、ショーケースあると飾ってもいいかなーと思うけど、家にそんなスペースはない!w 放置しとくと色落ちしたりするしねー。 階下のマンガコーナー・・・。2周半する(うひw 出口のショーケースでヒッソリとバルバロッサが飾ってあり注視・・・。しかもガンダムの足元隅っこに(==; 閣下の行きつけのゲーセンを通り過ぎwUターン。 東梅田⇒南森町⇒恵美須町へ移動す。毎度おなじみの日本橋放浪ツアー状態突入w 結構人多いな(’’ アイメル先生のご指導の元、有名店含め廻ってみる。オレンジガム(駄菓子屋で売ってたヤツ)のマウスパッド発見・・オイ これまたショーケースに飾ってあった戦艦大和の模型(結構デカイ)90万!? ホシイ 正月セールの関係か、安めな気がしたが、Wiiは完売wPS3はあったねぇ。オタ通りと最近言われだしたらしい通りが一番人多かったような(^^; そして次なる凶悪スポットへ突撃。中は至ってフツーでしたw(詳細はアンレーデ先生のルポを待て!)社会勉強になりましたね。商売としては儲かるかもしれん。 ふと・・・時計をみると ∑( ̄□ ̄;)!! もう15:40ジャマイカ・・・・梅田集合16:00(’’ アンレの「ケン幹事長いるからだいじょっぶしょ」で悠々と地下鉄で北上、天六で乗り換えようと南森町あたりで後ろからPKががががが・・・。 「なぜここにいる?wwけんちゃん」(^^;; 互いに集合時間遅刻で地下鉄内で合流ww wol丼とシッド丼から矢のようなメールが入るww皆で返信しまくり「そこで待て!w」 JR大阪で中央改札口前到着、メールで連絡してたらwol丼合流、しばし後、シッド丼合流。 とりあえずヨドバシカメラへw いきなりもなんなので、喫茶店で自己紹介がてらと思って店を探すがどこもイッパイw ようやく見つけたとこで場所確保、しばし歓談。 アイメル錠のビスタ講座聞きながら、パーツなんかを漁るw(またかw その後、餃子スタジアムってテーマビルがあるのでそこへ入る。宴会前から餃子をパクつく。チューハイをグビグビ~w 背後から敵!? 赤T・・・じゃない・・・サングラスの男登場。「SEIJIですっ」っといつもどおり閣下が不意打ち登場。 時間もホドホド、阪急ビックマン前へ移動。商会長・副商会長は( ̄ー ̄)y-~~~タイムw 戻るとSEIJIクン・レナ嬢・れんれん姐さん集結済みで、いつもの喫茶店前で、やはり円陣www しばし後、ひろっち丼合流し、再び東通り商店街の宴会場へwww 今回はスペイン料理! 最奥の部屋で席順が決まるw そして戦闘開始w 閣下の「乾杯」の一言のみでスタートww 20:00スタートという微妙な時間だったので、どーなるかと思ったが、いつもどおり商会の話を中心に盛り上がる。 酒は・・・熱燗なしwアンレはまたも熱燗飲めずと、嘆いていたみたいだが「スペイン料理だしw」ということで落着?w でも中国酒はあるぞ・・・ぇ ウチもビール⇒ジントニック⇒怪しげなワイン⇒続く状態でデキャンタで2つ空く。 残念ながら、こうひえクンは風邪で欠席になったが、アムス嬢とクラちゃんの参戦に期待しつつ、鶏丸にビックリw 本物の鶏丸食べれるとはwww 途中で幹事長からこれまた怪しげなコースターが配られ、裏に数字ががが。席替えターーーイム(合コンかww グダグダマンセー状態で様々な話題を話しつつ、キタ━(゚∀゚)━!! アムス嬢からTEL参戦! 例の如く・・・「SEIJIデス」か?w 携帯電話が約1時間ぐらい回覧版状態ww ワザワザお電話ありがとねー。(^^ 美しい声に魅了されながら、各人挨拶がてらお話。 アンレと「クラちゃんは?」と隅っこで話をしてたが、忙しそうで入電ならず。 ラストオーダー後も歓談は続くがタイムアップw 店を後にし、「パエリアは??w」と一同の爽やかな疑問ww そうパエリアはコースメニューにないのですw 海老・烏賊嫌いには特に問題ないのだが、皆スペイン料理でパエリアを結構楽しみにしてたみたい(^^; ビルとビルの隙間を移動中に突風に煽られながら阪急の歩く歩道手前まで移動、解散となる。 東京からびゅーーーんと来てくれたシッド丼は0:30の夜行列車、まだ時間があったw 「天一!」の声のもとシッド丼を接待すべく閣下とアンレは東通り商店街の奥にある天一へww wol丼も呑み足りなさげだったが、こっちも電車が微妙になりそうだったので、阪急組みとJR、地下鉄と散会。 楽しいひと時をありがとう! 11名+電話1の合計12名と楽しめマスタ。 次回は更に参加するよーにw ハガルクンも近くらしいので次回参加するようにww 東京へは逆に一度行ってみたい気もするが・・・。 23:55、駅からも歩いて帰宅・・・。 ONしてみると、皆はやっ!wwwww 続々とONしてくる参加者wwww ある意味こーいうとこが当商会のいいとこかもねぇw 閣下は愛機 原付ブリュンヒルトを押して帰ったそうなw (=人=)
https://w.atwiki.jp/goldenlowe/pages/85.html
32
https://w.atwiki.jp/goldenlowe/pages/84.html
31
https://w.atwiki.jp/goldenlowe/pages/78.html
大阪真剣紀行その1 しんと静まり返った部屋の中の静寂を電子音が存在を主張し始めた、窓の外はまだ開け切らぬ夜の名残が空を染めている。 その名の通り人肌に暖められている布団の中でぐずるウチをよそに携帯電話の目覚ましがずっと鳴り続けている。 普段は寝起きの良い方なのだが、さすがに年末から正月そして今日に至るまでの日常のドタバタ劇が響いているのか頭の中では起きなければと思いつつも重い瞼を開くには多少なりの時間を要していた。 しかし、目覚ましに使われる電子音はかいにも不快感を与えてくる。 スヌーズ機能を間に挟んだ2度目の電子音の襲撃に刺激されたのか徐々に体の筋肉が目覚め始める。 瞼が開けば体を動かす事は容易く、ちらりと壁掛け時計を確認すると6時35分。 電子音との戦いは約5分間だったと分かる。 勢いよく体を起こし一気に布団から身を放り出すと居間まで直進しボイラーのスイッチを入れる、壁の向こう側でボウボウともゴウゴウとも言えぬ音が聞こえてくる。 なにはともあれ身支度を整えなければ何も始まらない、もうすぐすれば兄が戻ってくる、それまでにはお風呂を空けておかなければならないと寝癖で跳ね上がった髪の毛をなぞりながらシャワーのバルブを開く、流れてくる最初の冷たい水が素足を刺激してようやく本格的に思考が蠢き始めた。 ちょうど浴室を出た頃に兄が廊下を歩く音が聞こえる。 夜勤明けの兄はウチとは違い考えは働いているが、やはり徹夜の疲れがちらりと見えているようにも感じる。 浴室を入れ替わるようにしてすれ違い、熱いめの湯に当たった体から湯気が立ち上っているが、それも朝の冷気にすぐに見えなくなった。 いつも穿いているソネッティー(SONNETI)に足を通し、約3時間の座りっぱなし移動に備えるよう若干大きめのTシャツの上にシャツを羽織る。 折角の旅行ということなので朝ご飯も家では用意せず、行きの新幹線内でと毎度のお決まりパターンを決め込んで7時を少し過ぎた頃、身支度および出発準備が整った。 JRで移動も毎度のパターンで、1ヶ月前から切符を予約している。その為、一度出発してしまうと忘れ物を取りに戻る事ができないので今一度持ち物を確認する、最低限必要なものは「切符」「財布」「常用薬」「ケータイ」この4つを忘れてなければ最悪でも最低限の生活はできるはずだ。 7時10分、兄弟揃って準備を完了する。 最寄のタクシー会社へ電話をかけ待機する。 電車の時間は7時57分発、駅までは役15分そんな前にタクシーを呼んで移動しようとは少々早いような気がするかもしれない、しかし、前回にぴったりの時間での移動を試みた結果、タクシーの到着に10分以上掛かるという事態が発生し、ぎりぎりだったという経験を踏まえての行動でもある。 そして今回もその予想はぴったりと的中し、タクシーは電話してから10分以上経ってから現れた、ちなみにタクシー会社自体は自宅から車で5分と掛からないところに有るのだが、近隣住民からの仕事はアテにしてないような経営方針に毎度うんざりさせられる。 3連休の真ん中の日曜日、さらには朝の早くだと駅までの道に車通りは多くなく、適所に設けられた信号に毎回引っかかる罠を除けばスムーズに駅に到着した、到着時刻は7時35分。 電車の到着時刻まで十分に余裕ある状況での到着に2人は駅内の売店(キオスクではない)へと入り、これから始まる3時間弱の移動時間を潰すためのアイテムと1日の活力を得る為の朝食を購入する。 購入したのはハムタマゴサンド、野菜ジュース(カゴメ 緑のナントカ)、ガム(新発売のやつ)、ペットボトルのお茶、スポーツ新聞(ニッカンスポーツ)。さすがに6回目の訪阪ともなると余分なものを手に取る事がなくなったと我ながら感心する。 駅のホームは吹きっ晒し、さらに3本しかないホームに田舎の哀愁を感じながら時折吹き抜ける冷たい風に肩を竦める事10分、全くの遅れなく馴染み深い特急列車が右手方向から入ってくる。これに乗ってしまえば座り続ける時間がやってくる。しかし、その苦痛の先にあるお楽しみ時間を思えば腰痛を越えて座る価値もあるのだと開かれた扉の中へ足を踏み出してゆく。 暖房の効いた車内は客も疎らで、指定された席の付近にのみ固まって座っている。こんな状況なら分散させて割り振れば良いものをとJR職員の仕事に小さくケチをつけながら席へと座る。ふぅと一息つくとおもむろにタバコを取り出したくなるが、全車禁煙の為にきつい我慢を強要される。口が寂しいのは売店で購入したガムで紛らわそうと新製品という触れ込みのモノを一粒口へ運ぶ。 「ぬぐっっ…」 予想外の仕様に思わずうめき声のようなものが口から発せられる。 強烈なミント臭が口内を刺激する。 爽やかを通り越して痛い感覚に近い。頭の中に残っていたモヤモヤ感が一掃されたようにも思える。 しかし、ウチには強烈過ぎる刺激に息をする事が辛い…。 こんな美味しい物を独り占めする訳にいかず、隣で睡魔と戦っている兄(ルカ・トニ)にもそっとお裾分けする。気軽に口へ放り込む兄の反応は、大体ウチと同じ感じだった。 予想以上の攻撃には万人とも同じなのだと新たなる発見をする。 因みにそのガムとはクロ●ッツICEという近頃TVCMでよく見る商品、興味ある人はお試しください。 年2回の定期遠征も6回目、初めの頃はなんとも形容し難い興奮に支配されて移動時間に何もしなくても時間が経過していたが、慣れというか緊張とリラックスのバランスが崩れたと言うべきか、ガムの攻撃が激しすぎたのか9時を過ぎた頃、うっかり目を閉じるときっちり1時間寝息を立てていた。岡山駅まで残り20分という絶妙なタイミングで目を開ける、さすがに椅子寝がこたえたのか体のあちらこちらが硬くなっているような気がするものの、後頭部へ手を当てて寝癖がついてないことを確認すると座ったままでゆっくりと体をほぐす、ふと車窓の景色に目をやると麗らかに降り注ぐ太陽の光で満ちている。昨晩の天気予報では曇りだと聞き天気が崩れることを気にかけていたが杞憂に終わったとほっと胸を撫で下ろす。 岡山駅に到着したのが10時過ぎ、乗り継ぎを1便遅らせて切符を買っている為、乗り継ぎ時間は15分ほど、この乗り継ぎ方法がゆっくりと席に座れる事を発見して以来ずっとこの方法を採用している。そしてホームで余裕のタバコを1本存分に味わう、大げさな表現だが煙が臓六腑に染み渡るような感覚を覚える。 岡山駅から新大阪駅までは45分、岡山駅までの道中を考えると微々たるものである。 贅沢な喫煙席にどっかりと腰を下ろし、再び胸ポケットからタバコを取り出す。席に掛けてのタバコはまた別格、そろそろ悲鳴を上げそうなガラスの腰の違和感も少なからず和らいだ錯覚を起こす。見渡せば車両に乗っているお客さんはちらほらと見える程度で、やはり1便遅らすこの方法が実に有意義であるという事を我ながら納得する、そしてその感覚がまた一層にタバコの味を深いものにしていたのかも知れない。 3連中の中日、新阪駅の風景はいつもより人数が少ないように見える。その証拠に新幹線のドア、いつもは降りる人と乗り込む人とで混雑を極めるような絵図が出来上がるのだが、今日はすんなりと下車できる。見ればホームで動く人影も普通に歩いているように感じられる。もっともここまで辿り着いてしまうとウチの歩く速度は周囲の8割程度に激減する、まるで時間に取り残されていくような気分だ。エスカレーターに乗り込み前に習うようにして右側へ体を寄せる、その動きは過去類を見ないほどにスムーズに動いている、人間学習するものだなと1人感傷に浸って在来線乗り換えへと足を進める。 自動改札を使うことも今やなんとも思わない、しっかりとした足取りでいよいよ本拠地へ乗り込む為16番ホームへと降り立つ。待つこと1分、完璧なタイミングで電車がやってくる、電光表示板には「普通」の文字が光っている。以前は急行だと急行券が必要になると勘違いをし、何本もの電車を見送った若くて苦い思い出も今は笑って話せるようになった。それでも普通と書かれている電車を見ると心が休まるのは自らを田舎者と証明する確かな根拠になりえるのだろう、1度に2回笑いのネタが湧いてくるのは恐らく楽しみにしていたこの新年会を思えばこそ心の昂ぶりがあったからだと思える。 たった1駅の移動で街はより一層の賑やかさを増している。行き交う人の数がようやく都会へ来たのだという確信を得るに十分だった。御堂筋口方向へ歩き出す。この駅に到着したのが11時15分、これから先に始まる事全てがウチに取っては祭り、その祭りを存分に楽しむために大きなバッグは無用の長物以外なにものでもない邪魔物である。11時を越えている為、空いているコインロッカーを易々とは見つけられないと思っていたが、地下鉄御堂筋線入り口近くにあるウチ等から見れば一等地ともいえる場所のコインロッカーがまるで神のお導きのようにウチ等が来るのを待っていた。1回300円というのは都会ならではの金額だなとポケットから小銭を取り出し1枚2枚と投じ、ようやく戦闘準備は整った。大きく息を吸って気を落ち着かせると2人は揃って中央口を目指す、前日の予定では11時30分に大阪駅集合との事。前回、先発隊として参加した際に閣下と待ち合わせをしたのがこの中央口、恐らく今回も中央口だろうと2人の足は止まる事無く大阪駅構内を右へ左へと止まる事無く進む。 11時23分 アンレ>閣下 件名 戦開始 「今、大阪駅に到着しました~♪」 11時37分 閣下>アンレ 件名:Re 陸戦開始 「総旗艦はただいま塚口を出港しました10分弱で到着予定!」 11時38分 アンレ>閣下 件名:Re2 陸戦開始 「中央口にて待機しときます。」 11時40分 閣下>アンレ 件名:Re Re2 陸戦開始 「承知!」 普通に流したが、閣下とウチには埋まらない決定的な意見の食い違いが発生していた。それは「塚口」という言葉だった。それは恐らく地名かと思われるが、中央口で待つ2人は当然のようにお上りさん状態が確定している。無論、各方面の地理に明るくないという事実は火を見るより明らかな状態であった。 アンレ:「閣下からメール来た。これ…」 ルカ :「ほう。10分弱か待てない時間じゃないな」 アンレ:「そうなんだけども、そもそも塚口ってどこか?って話だ。」 ルカ :「俺等には分からん地だということだけ分かるな。ははは。」 アンレ:「そういや閣下はヒゲ生やしてるから悪人っぽくなってますって言うてたから。」 ルカ :「なら悪人っぽい人が閣下やな。」 アンレ:「やと思う。」 中央口へ着いたのが11時24分、閣下からのメールを察するに11時50分頃には到着すると周囲を見渡す。押し寄せる人並みが改札口で列を成している中を右左と忙しく「悪人面」を探す。しかし、それらしき姿はまだ見えない。そんな中、以前閣下が話していた言葉をふと思い出す。「それらしき人物が立っていたから後ろから襲撃してやろうかと思った。」その時閣下は両の人差し指だけを立てて組んだ手を上下に振りながら嬉しそうに笑っていた。 アンレ:「もしかしたら背後から奇襲があるかも知れないから…」 疑心暗鬼もここに極まれりと言わんばりの台詞を発する。何度も閣下と会って決してそんな事をする人ではないと分かっているはずなのに、なにかの囁きについつい背後を確認してしまっている。数分と立たない内に打ち寄せては引いていく人の波が何度か通り過ぎた後、再び携帯電話が震える。相手はお待ちかねの閣下から、軽い挨拶のあと2人が居る場所を伝えると1分もしないうちに登場した。どうやら背後からの奇襲は警戒する必要もなかったらしい。 今回は今までになく行動パターンが数回に分かれ、閣下・ルカ・ウチの3名で「負けられない戦い」を行い、後々2名追加後大阪観光へ出る予定と聞いている。ともかく合流できた3名は大阪駅構内を軽い話をしながら移動する。 閣下 :「この0次会が1番楽しみやねん!後の宴会なんかはオマケや、これがメインやで。」 いきなり名言が飛び出した。確かにウチもルカもこの1戦は前回の夏OFFに味わった雪辱を晴らす負けられない戦いでもあったため是非とも挑みたい所だった。しかし、閣下の発した名言を用意できるほど気合が入っていたかと問われると否である。閣下、ごめん。名言を聞いてた横でウチの心はアルプスの少女ハ○ジを思わせる元気溌剌オロ●ミンC状態で平行していたのは今でしか言えない事実である。 3人は構内を歩きつつ緻密な作戦を立てている。何度も繰り返すように3連休の中日というホール側にも打ち手にもお誂え向きの「回収日」、それ故に選ぶホールによって天国と地獄がくっきりと分かれてしまう。事は年が明ける前の2007年12月下旬にまで遡るが、このOFF会の開催が決定してから何度か閣下と水面下の調整がなされていた。慎重に慎重を期すように綿密な計画がなされ、打ち方や機種、立ち回りにまで及ぶ大計画が立てられていた、しかし… 閣下 :「どこへ行く?」 アンレ:「勝てるところへ!」 閣下 :「あんちゃんは?」 ルカ :「勝たしてくれる所へ♪」 閣下 :「…前のところにするか?」 2名 :「雪辱を果たすのも面白い。」 半月前の計画はどこへ行ったのやら、そもそもCR「銀河英雄伝説」が設置されてまだ半年も経っていないと言うのにホール側からの撤去対象になってしまっているのが事の発端だったかもしれない。ウチが住む地域は特に設置数が少なく旧台扱いらしく1Kで16回がアベレージで、これでは期待値が稼げるはずもない。そこで大阪へ行けばと思っていたが、ウチの大阪での拠点梅田付近も時代の流れに乗ってしまったのか、閣下情報によれば設置は1店だけだという。悲しい事実が浮かれ足のウチを地面へ叩きつける。 閣下のナビゲーションで見たことのあるホールが目の前に現れる。忘れもしない白い建物、辛酸を舐めさせられたホールだ。二の轍は踏むまいと意気込みで店内へと入る。客つきはまぁまぁと言ったところか、ただ開店して1時間が経過しているが渋い感触の台が目立っているのが気になる所。アレコレと考えるのも雑念になるということで、再び3人が並んで打つことに、まずはルカから台を選び続いてウチが、最後に閣下が座りいざ実践スタート。対戦機種は機動戦士ガンダム-哀戦士編-、YAMASAから昨年に発売されたガンオタを狙い撃ちするような機種である。昨今はタイアップ機種という分野がパチンコ業界を席巻している、そもそもの発端は某社から発売されたCR「元祖天才バカボン」これの大ヒットと共に、その数年後に現れるCR「エヴァンゲリオン」もユーザーの新規開拓と既存ユーザーの取り込みにも成功し、2匹目3匹目の泥鰌を狙うべく様々な分野のキャラクターがパチンコ・パチスロ台になっている。しかし、その大多数がロングヒットを得る事無く消えていく運命をたどっている。前述した「銀河英雄伝説」もその中の1機種と言っても良いだろう。ともかくこのガンダムという機種はリーチ目の大家YAMASAさんにしては珍しくリーチ目が存在しない特殊機種、1枚レア役との同時成立が…っと小難しい話は別として、この機種の特徴はガンダムの名シーンや名言がかなり採用されているという点ではある種の方々にはお奨めの機種だと思っている。そして、3種あるボーナスの中で青Bの場合は目押しチャレンジに挑戦できるというオマケ付きなのがスロヴァカには嬉しい機能だ。 3人並んで実践を開始する。5号機はどんな付加機能がついていようがボーナスを引かなければ楽しくない。最初は黙々と投資から始まる、ウチの台は2日前にBB25回という不吉な数字が履歴に残っている事が不安材料として上げられる。 今回初HITはルカだった、投資は4~5本ぐらいだったかと思うが残る2人の熱い視線を浴びながらボーナス確定画面が表示される。まずは軽いジャブを当てたという所か、ルカに続けと閣下も良い演出が頻出している、これは期待できる良い台だと考えている隙に閣下もボーナスを引いている。 閣下 :「わしはオールドタイプやからな、ぼちぼちやらさしてもらいます。」 謙虚な閣下の発言だったが、台の挙動は悪くなさそうに見える。 ウチを挟んだ2人が自然な笑顔で楽しんでいる、一方ウチはというと渋い台の挙動にハラハラしながら右手がコインサンドから離れられない状況が続いている。以前にも見たこの状況、半年ぶりに再現されたドラマが今まさに繰り広げられようとしている。 両脇の2人は順調にボーナスを引くかと思われたが、時間が経つと閣下のヒキが炸裂し始める。ルカも追い金体勢へ移行し、ウチはまだノーホーラ状態を全力で走っている状況、特にウチの台は小役確立、レア役確立共に芳しくない。それでも、閣下のヒキと目押し力に感嘆しつつ自らの正面を見るよりも両脇の液晶画面を見ている方が楽しいという複雑な環境で追加投資は進んでいく。 時間はゆっくりと進んでいく、ウチの視線は閣下の台へ。閣下の視線はルカの台へ、どうやら閣下は前回と同じように進むこの状況にひどく心を痛めているようだ。そんな閣下の優しさをよそに田舎モノ2人は笑顔のまま投資を続けている。2人の運気を吸い取るかのような閣下のヒキは時間の経過と共に強くなり、何回目かのBB後のRT中にそれは現れた。そもそも今回の対戦機種として選んだガンダムはBB後に78GのRTへ必ず入り、そしてその78G中は原作の名ストーリーが自らのヒキによって進んでいくという仕組みになっている。ただし、完走型ではなくパンク(強制RT終了)する仕様で、原作のストーリーをコンプしたいという人は78Gを完走することを選び、機械割を上げたい人はパンクさせるという好みが分かれる機種でもある。しかし、スロッターはいわばポリシーの塊のような人が多く意図せずにパンクさせてしまう事は当人にとって最大の屈辱を味わう事となる。今まさに閣下の台はRT中、ただストーリーの進み具合はイマイチな様子だった、このままでは78Gを終える時に迎える名シーンは見られそうにない(RT中にボーナス成立するとRT完走後に名シーンが見られる)と半ば諦めていた時、その瞬間は現れた。低い効果音(通常はハズレor小役orチャンス目が多い演出)が鳴り、閣下の手がゆっくりと左からリールを止めていく、ウチは閣下が止めた左リールの目を見て「あ、目押しミスった?」と少し気を利かせて視線を外す。 閣下 :「あのぉ…。」 右側から聞こえてくる声に視線を閣下の台に戻すと、そこには青7が綺麗に一直線に並んでいる。(パンクさせた、もしくは「生入れ」と言ったりもする) アンレ:「やりやがったなっwwww」(心の声) 閣下の顔が困った様子で笑っている。他の2人は閣下の珍プレーに大ウケしている。腸捻転を起こさんばかりにツボにはまったウチは笑いが止まらない。連れスロの醍醐味を存分に味わうこと1時間少々、ようやくウチの台にも好機が巡ってくる。 左停止「ひとつっ!」→中停止「ふたつっ!」→右停止演出ナシ 演出自体はさほど熱いものではないように見える。これだけだと小役対応しているぐらいだが、リールは妖しい目が現れている。一見してチャンス目のようで、スイカの取りこぼし目にも見えなくもない。心の中では取りこぼしだと決めつけてリールを回す。 エレベーター演出→3リール停止:子供(多)+謎の女性(名前知らない)→ハズレ目 初めて見る演出に一瞬手が止まる。子供演出だけなら全役対応なのだが謎の女性の出現に困惑する。しかも、通常目という事が不可解さに拍車をかける。傾いた首が元に戻せないまま、次Gへ進む。「ドォーン」と低い爆撃音と共にホワイトベースが揺れているブライトさんの顔が険しい、警告灯が辺りを赤く染めて液晶画面の向こう側は大変な事になっているようだ。斜めに見る液晶画面の熱い演出にウチは確信した手つきでリールを止めていく、挟み打ちで止まったのは青青赤のいわゆる「バケ」とか「レギュラー」とか「RB」とか呼ばれるものだ。獲得枚数が80枚少々でRTも付いてこない俗にいう「80枚小役」である。それでもようやくのボーナスにどこかで張り詰めていた緊張の糸が緩んだような気がした。 閣下 :「わしもレギュラーからやったからな。」 ウチを気遣ってくれる閣下の台詞。確かに投資戦は辛い、しかし、大阪に到着したばかりの2人の脳内はすでにトランス状態であり、「旅先で金は使うもの」の心理状態で逆に閣下が気遣いしてくれることに気遣いしてしまうような千年戦争にも似た雰囲気だった。 話は変わってこの機種にはスロヴァカを喜ばす機能がも1つ搭載されている。それが「MSバトルモード」と呼ばれるもので、青BBのみに楽しむ事ができる。直接的に獲得枚数に響くものではないが自身の目押し力によってまるで自分が相手を倒しているかのように遊べる機能だ。ゲームを一通り遊べば自分の目押し力が15段階で評価される、その内容は「押し順当て」+「正確さ」を15段階で評価されるというものだ。「ニュータイプ度」を試せれるという事であるが、押し順を当てるのは何かしら危ない電波を受信しなければ出来ない技かと思うが、連れスロにはこれほどうってつけな機能はない。 ガンダムといえば「親父にもぶたれたこともない!」と普通では恥ずかしくて言えないような言葉を誇らしく大声で叫ぶ青年と、赤色と角に異常なまでの執着心を燃え上げさせる万年仮面男との切磋琢磨ぶりが見所の1つとも言えるが、この機種はもっぱら地球連邦側なので当然相手は赤い仮面男となる。そして「MSバトルモード」では様々な人物が相手になるがこの仮面男相手だと液晶リールが3倍速度にUPする為、難易度が一気に上昇しミスを誘発させる。それがまた「次回こそは」と思えてしまう罠に引っかかってしまう。15段階での評価は下は2等兵から上は大将と公式HPに書いてある、無難にこなせば軍曹までは到達できるようになっているが、軍隊というものに知識の少ないウチにはそれがどの位なのかは未だに謎である。話を戻すと仮面男が現れると3倍速に慣れてない為に目押しは失敗に終わる、故に評価も下がる。 閣下 :「アカン!」 仮面男の洗礼を真っ先に受けたのは閣下だった。 気持ちよく目押しを続けていた青7BB中、そいつは現れた。 ジャブロー(?)での名シーン、赤いズゴックVSガンダムである。 液晶リールが3倍速になっている。 閣下は名シーンに心を奪われたのか本来の力を発揮できずに目押しに失敗している。 そして戦いが終わると。 閣下 :「うわっ!」 ボーナス終了後に下された評価を見て閣下が声を上げる。その声に台を覗き込むと… 『上等兵』 ウチはやり込んだ方ではないが、さすがに見たことない評価だった。 自らが招いたネタに大ウケの閣下。その面白さに写メを撮りそこなうというオマケまで付いていた。ただ閣下曰く。 「この(赤いズゴックの)登場シーンが一番格好ええねん!」 いつに無く熱い閣下の言でした。 そんな賑やかな雰囲気をよそにルカはじっと我慢の勝負を続けている。 熱い演出に裏切ら続ける方が辛いのか、それともウチの台のようにまったく味気なく期待すらさせてもらえない方が辛いかは皆様の想像にお任せしよう。 普段からルカとは一緒に連れスロする事があるのだが、基本は「放置プレイ」。ホール内へ入ってしまえば後は適当な時間に飲み物を差し入れするぐらいで干渉し合わないのが互いの暗黙ルールといえば聞こえが良いが、その実は互いの好みが違うため別々行動になるだけだったりする。なので左で奮戦するルカは暫く放置してたが、いきなり肩を叩いて呼ばれる。 ルカ :「入った」 液晶も出目も普通のものだが、次Gでポンポンポンと赤7を揃えようやく長い冬を越えた。 閣下 :「あんちゃん!ようやった!」 いきなりに立ち上がる閣下、そしてウチの目の前でがっちりとルカと熱い握手をしている。接待スロという名の下に興じていたこの連れスロも2連続で閣下の1人勝ちになるのではと誰もが思っていた所にルカのボーナスは悪夢を覚ます契機になるように閣下は喜んでいた。 閣下 :「あんちゃんは生まれ変わった!」 前回はスタードダッシュだけで終わったルカだったが、このボーナスで同じ轍を踏まずに済んだようだ。時刻にして14時を少し過ぎたぐらい、ぎりぎり間に合うラストスパートだった。 ルカ :「空気読めない(時間ギリにボーナス引く)子でごめんよー。」 それからのルカは機種本来の性能を活かすよう小刻みにボーナスを連ねていく。 ルカの下皿にコインが埋まっていく一方でウチの下皿はかなり危険な状態になっていく。 時間と投資を考えると残り時間で回収するのはかなり厳しい状況ではあるが、一縷の望みを捨てないのが粘る唯一の生命線。しかし、その時はあっけなくやってきた。 14時30分ごろウチの持ちコインが底をつく。どうしたものかと思案しつつも、左は上り坂真っ最中で右はマッタリ現状維持の状況の止める気配がない。ならばとウチは再び追加投資開始。とは言いながらサンドに残ってるのは3k分、これを打ちきれば自主的ヤメだとMyルールを設定しての挑戦。すると2k投資で赤7ボーナスGET、しかし、RT中のボーナスゲットはならず、いよいよ風前の灯火状態になってくる。 14時48分 だーす卿>閣下、けん卿、アンレ 件名:着 「各位 着いたんで中央口出た喫煙所辺りに居ます。」 アンレ:「だーす卿着いたみたいね。」 閣下 :「けんが行くやろ。」 アンレ:「そだねw」 あっさりと戦闘継続決定した。だがウチの戦局に大きな変化は見られず大飯食らいのガンダムは情け容赦なくコインを飲み込み続けとうとう最後の1k(50枚)の勝負になった。今まさに負け確定の序曲が聞こえ始めた事がウチに好転の脱力感を与えたのか、はたまた神の悪戯か残り10数枚というところでBB確定する。ただ、閣下のケータイが忙しくなっている所を見ると0次会のタイムリミットは目の前まで迫ってきている。 アンレ:「空気読めない子でごめんよぉ~…」 まさかこの言葉を兄弟揃って言うとは思いもしなかった。青7BBだったが「MSバトルモード」ではなく名シーンだけをそろえたモードをフルウェイトで高速消化。その後のRTも最低限の目押しのみでフルウェイトの高速消化。かつてスロットをやってここまで忙しく両手を使った事は過去に覚えが無い。しかし、スロ神の悪戯はまだ終わっていなかった。時刻は15時すぐ手前、運命のゴングを叩く木槌に手が掛かろうとしていたその時、RT終了後のお楽しみタイムを満喫。そう、フルウェイトの高速消化中にボーナスを引いていたのだ。左右からの冷ややかな視線を一瞬感じる。 アンレ:「空気読めない子で…(ry)」 さすがにこれ以上は時間的にきつく閣下とルカは先に景品交換へと席を立つ。 閣下・ルカ:「かまへん。連荘させたれw」 無理です。否、それはしたいけど出来ません。そんなネタは提供したくありません。唯でさえこの状況がネタなのに… 15時ちょうどに全ての戦いは終わった。RT連荘もなく1G回して即ヤメする。急いで景品交換する為に箱へとコインを移す。このホールの箱が丸みを帯びている事に加え上げ底の為にかなり使い勝手が悪い。最後の最後に予想外の難敵出現し焦るウチ。コインを流し、足早にカウンターへ向かう。田舎の景品交換は自動なのだが、なぜか大阪は手渡しな所ばかり。 受付嬢:「余り玉の景品をお選びください。」 「景品の説明をさせていただきます。」 罠ばかりが怒涛のように押し寄せてくる。顔の筋肉だけで微笑みながら景品をゆっくり優しく奪い取る。真後ろを向きなおすと閣下の指示通りに交換所へ急ぎ、0次会はここに完結した。3人揃って梅田駅へと向かう。前回とは違い3人とも足取りは軽やかだ。どうにか形になった0次会、各々の結果は以下の通り。 閣下 :余裕で勝ち ルカ :17k投資→9k返し(8k負け) アンレ:20k投資→12.5k返し(7.5k負け)…密かに投資№1 ウチのガンダムの推測設定は「1」 ※所々でスロ用語を使いましたが、分からない方は分かる人に教えてもらってください。
https://w.atwiki.jp/goldenlowe/pages/61.html
「その手に掴むもの」Ⅶ 自宅から40分ほど歩いて1軒の酒場へ到着する。 そこはアムスが言ったことない小さな酒場だった。 スバースは躊躇いなく店内へと入る、アムスがそれに続いていく。 「おぅ、いらっしゃい。今日は一段と別嬪な娘を連れてるじゃないか。」 マスターの威勢良い声が2人を出迎えた。 「よせよ。嫁さんだ。」 「珍しいじゃないか。ま、空いてる所へ適当に座ってくれ。注文取らせるからよ。」 大きいとは言えない店内の客入りは6割ほどで、大繁盛とはお世辞にも言い難い状況だった。 2人が空いているテーブルに座るとすぐに中年の女性が近寄ってくる。 歳は50過ぎ、慣れた手つきで配膳をしながら2人のテーブルまでやってくる。 「嫁さんだって?可愛い娘さんじゃないか。あんたにゃ勿体無いねぇ。」 その女性は慣れた客商売用の笑顔だった。 「女将さん、いきなりの御挨拶で痛み入るよ。夜は娘さん居ないんだね。」 昼間の忙しい時間は夫婦の娘が注文受けをこなしていた、いわば看板娘と言われるものだ。 「さすがに管を巻く客も居るからね。まだまだ出せられないよ。で、何にするんだい。」 豪放な口ぶりがいかにも酒場の女将を思わせる。 「酒と腹の足しになるようなのを適当に。」 「そちらの可愛い娘さんも酒で良いのかい。」 アムスは夫の顔を窺った。 しかし、その視線にスバースは全く気づく素振りもなく注文していた。 「あぁ、酒で良い。」 「そうかい。じゃ、適当に持ってくるよ。」 注文を受けた女将はカウンターへと引き返す。 途中、飲みすぎそうな客を見つけて釘を刺す姿はさすがに慣れた感がある。 そうして2人はようやく落ち着いた。 「こんなお店知ってたんだ。」 夫の意外な知識に対する感想を口にしながら、アムスは店内を見渡す。 年季の入ったテーブルや椅子、飾り棚には使い古されたジョッキが陳列されている。 壁にはいたる所に傷と落書きが見える。おそらく酔っ払った客が悪戯につけたものだろう。 店全体としては寂しすぎず、かと言って混み合うような賑々しさもなく時間がゆっくりと流れていると錯覚させるような店だった。 酔って大声をあげたり、暴れたりできる雰囲気を感じさせないのは店主夫婦の人徳と言える。 街の中を探せば同じような店を探すことは容易だろうが、こじんまりとした店へ入る為には少しの勇気が必要と感じていた。 それゆえに異国の街ではなるだけ大通りに面し賑やかな酒場へ寄る事が多く、むしろ当時はそちらの方が楽しいと感じている部分があった。 「ここは仕事場から近いし、安く食べさせてくれるのさ。」 店に入ってから一連の会話を見て、どれだけの頻度で通っているかが容易に測ってとれた。 そして、平静そうに見えながらも嬉しそうなスバースの顔がこの店の品質を雄弁に語っている。 「お待たせしたね。酒とつまみだよ。」 ジョッキに入ったワインと近くで採れるムール貝の蒸し焼きが運ばれてきた。 食欲を誘う香りが2人を包む。 調理法はとても簡単で、空の鍋にムール貝を入れ火にかけた後、蓋をして数分待つ。 火加減は中火を保ち、貝が開き旨みの詰まったスープが出てきたら、そこへ塩と香草とワインを加えて再び蓋をする。 そうして2分ほど火を通したら皿へ盛り付け出来上がりである。 「これは美味そうだな。さ、食べよう。」 軽くワインで喉を潤した後、湯気立つ料理に手をつける。 「…美味しぃ…」 思わず感嘆の声が出る。 手の込んでいる料理とはお世辞にも言えないが、味付け火の通り具合など何もかもがバランス良く出来上がっている。 これなら家でも出来るのではと思い、アムスはその味を覚えようと入念に味わっている。 先ほどまでとは違う生気ある表情になった妻を見てスバースはほっと肩の力を抜いた。 それから2・3品の料理がテーブルに届けられ、酒の力を借りていつしかアムスもすっかり機嫌を取り戻している。 それから2人は2人だけの楽しい時間を過ごしていた。 毎日顔を合わす者同士であるはずなのに、途切れることのない会話と笑い声がテーブルに響いている。 気づけば店へ入ってから2時間余りが経過しようとしていた。 店内は変わらず落ち着いた雰囲気に包まれている。 気持ちよく酔ってきたアムスの耳が近くのテーブルから聞こえてくる話題を捉える。 「今や東は普通に商売しようとるす船なんて近寄れないほどらしいぞ。」 「あぁ、俺も聞いたよ。船は問答無用で捕らえられるらしいからな。」 「ったく、商売あがったりだぜ。早くケリつけてくれないとな…。」 「平和ボケしたヴァチカンの連中が仕切ってんだ、無理な話だろうぜ。」 「結局、正規の軍隊動かしたからって。動かなきゃ意味ないな。」 「黒鯱の看板が泣くな…。」 夫を目の前にして、気にしないと思っていても意識がそちらへと傾いていく。 伝聞系の噂話だけに尾鰭や脚色がなされていると知りつつも、時折聞こえてくる話し声にいちいち聞き耳を立てている。ただ機嫌よく飲んでいる夫に覚られないように適度な相槌を打ちながらの作業だった。 「わりぃ、ちょっと外す…」 タイミングよく夫が手洗いへと立った。 俄かに静かさの訪れたテーブルと相反するように、東地中海の噂話をする席はすこし熱を帯びてきている。 「小競り合いが何度かあったみたいだぜ。」 「おう。俺も聞いた。」 「小さく勝って喜んでるんだろうけどよ、まったくいつになれば終わるのか。」 「そうだな。いい加減にしてもらわないと商売にならんぜ。」 「神聖同盟って言ったって所詮は各国の寄せ集め軍隊さ、向こうもこちらも烏合の衆には変わりない。埒なんざ開くもんか。」 「結局は数の押し合いだろ。時間ばっか掛けてなんちゃできやしない。」 「人は居なくなる、物価は上がる、近くの海でも賊が出ると聞いた。何の為の戦なんだか…。」 一部始終を聞いていたアムスの目は対面の壁を見つめている。 技術屋として日夜働く夫の支えになると決めた事に後悔はない。 しかし、胸の中に湧いて出てくる焦燥感は何だというのだろうか。 自らに問うた疑問を流すようにジョッキに残っているワインを喉へ押し込んだ。 ふぅ、と息を継いだところで夫が戻ってきた。 「さて、そろそろ遅くなったし出ようか。」 夫は席を立つ前と同じように上機嫌な顔をしている。 カウンターへと移り支払いを申出ると、その額を聞いたアムスは想像以上の安価に目を丸くした。 そこへ配膳を終えた女将が戻ってくる。 「なんだ、もうお帰りかい。もっと注文してくれないと赤字だよ。」 「ここが潰れないぐらいに食べさせてもらったよ。」 「そうかい、まいどあり。また来ておくれよ。」 女将の見送りを受けて2人は店を出た。 外は昼間に降った雨の影響で少し蒸し暑さを感じるが、平日よりかは幾分涼しく感じる。 久々の外食を終えアムスも気を取り直し酒で火照った体に感じる外気の心地よさを愉しんでいる。 そして2人は腕を組んで歩き始めた。 「こんな店知ってるなら早く教えてくれれば良かったのに。」 「教えられない理由があったのさ。」 「ふーん。まさか、あの店で浮気してるとか。」 今まで教えなかった罰のつもりで、わざと意地悪な質問をする。 「お前が待っててくれるからさ。」 あっさりとスバースは答えた。 気の利いた演出もなにもなく、ただ平然と歩きながらの回答だった。 その言葉に、ただ純粋に悪戯のつもりだったアムスの方が言葉をつまらせる。 「えっと…なによ、いきなり。」 耳が焼けそうなぐらい熱くなっている。 酒だけではない火照りが胸から顔へ向けて上ってくる。 アムスは動揺と照れでどうしてよいものか分からず、スバースの腕をただ強く抱きしめていた。 動揺しているアムスをよそにスバースは突如歩く向きを変えて港へと向かう。 「海へ行こう。」 「ちょっと、今度は何なの。」 しかし、アムスの問にスバースは答えなかった。 目抜き通りへと出て、西へ進む。 日中は賑やかで人通りの絶えない場所も夜となれば人影も疎らになっている。 数件の酒場から聞こえる声が昼間のそれに対抗しようとしているが、それを除けば辺りはひっそりと夜の静けさを迎えている。 程なく2人は港の荷降ろし場へと到着した。 ここまで来ると人影もなく、ただ潮騒のみが時を刻むだけの完全な静寂に包まれている。 雲の切れ間から顔を見せ始めた星明りに照らされた2人の影が何本かある埠頭の1本へと歩いてゆく。 連れられるままに黙って夫に従うアムスにはまだここへ来た理由を探し当てられずにいた。 「ねぇ、どうしたの。ここに何があるの。」 「あそこさ。」 そう言ってスバースはまだ遠い1隻の船を指差した。 アムスは夫の指差す先にある船に目を凝らす。 どこか見覚えのある船体が最も港外に近い埠頭に係留されている。 小さく波に揺れる船の薄暗く照らされた船の船首を見たとき思わず息を飲む。 「まさか、そんな…。」 1歩進むたびにアムスの思いは確信へと変わってゆく。 早まる胸の鼓動が耳の奥で低く響き渡る。 そして船の前へ到着したとき、アムスは何も発せられないでいた。 「なぁ、アムス。」 妻の気が動転している事をしりつつもスバースは口を開いた。 震える体を必死に動かして夫の問いかけに答える。 「お前、まだ間に合うんじゃないか。」 その言葉を聞いた瞬間、アムスの目に光るものが溢れ出る。 今にも崩れそうな妻の体をスバースはきつく抱きしめる。 「でも…。でも…。」 アムスは何かを必死に否定しようとする。 スバースはその口に自らの唇を重ねて続く言葉を遮った。 「この動乱の時期、日に日に輝きを失う君の瞳に僕は耐えられなかった。」 夫は耳元で優しい口調のまま続けた。 それは独り言のような囁きだった。 「君の心は知っている。でもそれは僕一人の幸せになってしまう。」 もうアムスには瞳から流れる涙をどうすることもできなかった。 スバースの胸に顔を埋めたままただ震えていた。 「僕は君の夫だ。君がそうしてくれてるように、僕も君の幸せを考えたいんだ。だから…。」 その時、今度はアムスから夫の口を塞いでいた。 隠れていた月が2人を祝福するように姿を見せる。 抱き合った2人の影が埠頭の石畳に細長く伸びている。 「ありがとうスバース。必ず戻ってくるから…。」 出航を迎えた日の港に真新しい提督服に身を包んだアムスの姿があった。 傍らには副官に復帰したザナルディの姿も見える。 物資の積み込みが少し遅れているため、2人は空いた時間を今後の打ち合わせに充てていた。 「提督―。」 そこに誰かが軽快な足音と共に駆け寄ってくる。 「アムス提督、お帰りなさい。」 「ただいまフィリップス、元気だった。」 「えへへ。また提督の船に乗れるんだし元気いっぱい。」 このフィリップという人物、傍目には年端もいかぬ少女のように見える。 ただ、これで一端の船乗りであり、その事を初めて聞く人は皆一様にして驚きの表情をするほど外見と中身の差がある人物だった。 「それにしても貴方達を始め皆よく集まってくれたわね。」 「当時の者全員とまではいきませんでしたが…。」 「それぞれの生き方は自由だけど、また貧乏くじ引かせちゃうわよ。」 「提督と一緒なら皆平気だよ。」 フィリップスの口調が当時から変わっていないのが懐かしくもあり、つい先日まで聞いていたような錯覚も感じる。 「あれれ、旦那さんはお見送りに来てないの?」 周りを見渡してもスバースの顔はどこにも見当たらなかった。 「折角の出航なのにー、冷たい旦那サマ。」 「あの人は朝早くから出かけたわ。私達みたいにやるだけが戦争じゃないのよ。」 その言葉どおり、スバースは朝早くから仕事へ出かけていた。 出航準備に追われ疲れ果てたアムスはその時眠りについていた為、何も話さずの出航となってしまった。 「うー、いつもそうやって私を子ども扱いする…。」 「お前はまだまだ子供だろう。」 「何をこの髭だるまっ。お前なんかタコの餌になっちまえ。」 「ガキに何を言われて悔しがるかよ。」 「なんだとぅ」 これも当時は良く見た光景だった。 2人は何かといがみ合うことが多く、些細な事から始まる為いつも賑やかさという点では不足しなかった。 「はいはい、そこまで。そろそろ積み込み終わったみたいよ。」 これも当時と同じく仲裁はアムスの係だった。 見慣れたはずのありふれた光景であったが、それは逆にアムスの心へ街を離れるゆえの寂寞たる思いを抱かせていた。 そして甲板へと続く踏み板を最後尾から上ってゆく時、アムスは1度だけ後ろを振り向いた。 そこには船員達の家族が見送りに集まっている。 ぐるりとその集団を見渡し確認すると、再び踏み板を上ってゆく。 船首部から改めて自分の船を見渡してみる。 家族との別れを惜しむ者、準備に追われる者それぞれが忙しく動いている。 「提督、復帰おめでとうございます。」 船中の様子を眺めているアムスに副官両名から祝辞が述べられた。 「残念だけど戻ってきちゃったわね。」 冗談混じりに話すアムスの表情は穏やかに笑っている。 「こうやって見ると、この船も大きいわね。当時は狭いと思ってたのに。」 視線は忙しく動き回る船員達に向けられたままだった。 そのまま数分ほど準備する船員達の光景を眺めた後、船中を歩きながら船員一人一人に声をかけてゆく。 知った顔の船員からは復帰を喜ぶ声を掛けられたが、今回から乗船する者はまさか声を掛けられると思っていなかった為か突然に湧いた小さなハプニングに声を詰まらせる者もいたりした。 「あの人はいつも出航前はこうやってるのさ。」 慣れた船員が動揺する新人に嬉しそうに説明している。 船は暫く使っていなかったものの、当時そのままの姿で残っている。 おそらく副官2人のどちらか、それとも両名かが管理してくれていたのだろうとアムスは声に出して確認はしなかったが確信していた。 「さて、私は荷物を片付けてくるわ。」 副官から提督室の鍵を受け取ると船内へと歩いてゆく。 部屋へ入るとすぐに運び入れた荷物が置かれていた。 ここから東地中海へ向かい事を終えるまでの航海と考え、荷物の量としては少ない感じも受ける。 それらの荷を解いている時、開けっ放しにしていたドアの影に置かれている荷が目に入る。 つい最近、自宅の収納部屋で偶然発見した錠前のある箱だった。 それがなぜこの部屋にあるのだろうかと首をかしげる。 見ると、錠前は外されている代わりに1通の手紙が添えられている。 手紙の封筒には宛先も差出人も書いておらず、蝋で簡単な封がされているだけだった。 運び込まれていた荷物からナイフを取り出し、丁寧に封筒を開ける。 『貴女に女神ニケの加護がありますように。 S』 たどたどしい筆跡の手紙だった。 「恋文の1つも書けない人なのにね…」 思いがけない夫からの応援に少し照れくさそうな表情を浮かべる。 「で、こっちは何かしら。」 あの時は夫の帰宅により開ける事が叶わず中を確認できなかったのを思い出しながら箱の蓋に手を掛ける。 箱の中には少し草臥れた提督服と使いこまれた測量用品と航海日誌とが綺麗に整理され納められていた。 しかしアムスにはその手触りや傷、綻びの1つ、どれにも見覚えと思い出がある。 「取り置いてくれてたんだ…。」 夫の優しさが物言わぬ服から伝わってくる。 それから程なくしてザナルディは出港準備が整った報告を携えて提督室へと向かっていた。 「提督、準備が整いました。」 部屋中で自身の準備を終えたアムスが待っていた。 その身を着くたびれた服に包んでいる。 提督の着替えた姿を見てザナルディは何も言わなかったが、どこか嬉しげな表情をみせる。 甲板へ向かうアムスの足取りは迷いを振り払うような大きくしっかりしたものだった。 甲板には全船員が整列し、皆一様に無言で提督の言葉を待っている。 一人一人の顔を確認した後、アムスは口を開く。 「みんな、集まってくれてありがとう。」 用意していた台詞を押しのけ、出てきた言葉だった。 「今回はかなりの覚悟が必要です。しかし、ここに居る誰一人欠けることなく 再びこの港へ戻ってきましょう。」 提督の言葉を聞いて、整列していた船員達の表情が頼もしいものへと変わる。 誰も死して英雄になろうとは考えていない、そう決意した顔だった。 その表情を確認したアムスは大きく息を吸い込み小さく告げた。 「出航します。」 号令と共に船員達が一斉に持ち場へと散ってゆく。 船は一挙に緊張した喧騒に支配される。 甲板の振動を通して船員達の慌しさが伝わってくる。 そして大きな音と共に錨が海中より引き上げられると、船はゆっくりと埠頭を離れていく。 セビリアの空に順追って展開される帆がしっかりと風を捉え船を港の外へと進めてゆく。 「総帆展開完了しました。パルマへと進路を取ります。」 アムスはフィリップスの報告を背中で受けながら航線の先に少しずつ離れていくセビリアの街を見つめている。 「提督、やっぱり寂しい?」 憂いに帯びたアムスの背中にいたたまれないフィリップスが質問した。 「そんな事はないわよ…。」 振り返り様に返答するアムスの目に1つの人影が映る。 そこはセビリアの東の端にある小さな漁業用の港だった。 人影はセビリアを出たこの船の行く先を見守るように立っていた。 遠目にも分かるその姿にアムスは船縁に駆け寄った。 連日、暗いうちから出かけ夜遅くに帰って来るほど極まった忙しさにも関わらず、確かにそれはスバースの姿だった。 遠くなる距離を気にすることも無く互いに見詰め合う。 その姿を見ていたフィリップス。 「良いなぁ…私もああいう旦那さん欲しいな…。」 「それは無理だろうさ。それより仕事してくれ。」 各指示を終えて通りがかったザナルディが返答した。 「なによっ。乙女の独り言を盗み聞きするとは無礼なっ。」 ザナルディは同僚の声を聞き流す。 「提督、艦隊合流後、伝書矢での連絡が必要となりますが、以前と同じでよろしいでしょうか。」 引き波の先をずっと見つめていたアムスが振り返る。 「A・スバースとして頂戴。」 「了解しました。それと、依頼にない火薬と砲弾の積み込みがありますがよろしかったので。」 「おそらく南回りの航路になるでしょうね。そうなれば必要になるでしょう。」 アムスと言葉を交わしながらそのきっぱりとした言葉と、何より瞳の力強さが嘗てを思い出させザナルディは背中に粟立つものを感じていた。 打ち合わせを終えてアムスは自室に戻ったが、ザナルディは甲板に残っていた。 さきほど無視を食らったフィリップスがそこへやってくる。 「ねぇ、提督って寂しそうだった?」 出航直後、あんな情景を見せ付けられてフィリップスも心配の色を隠せない。 「あの人はそんな柔じゃないさ。」 「そっかぁ。何かさ、以前より今の提督の方が雰囲気が良くて好きだな。」 「背負う物が変われば人は変わるもんさ。お前も早くどっか行け。」 「じゃ、アンタが貰ってよ。」 「御免被るね。俺にはちゃんと嫁子が居るんでね。」 「えーっ。そんな話聞いたこと無いわよ。」 「そりゃそうさ、言ったこと無いからな。」 目を丸くするフィリップスを余所目にザナルディは船内の見回りへと歩き出す。 「私だけ除け者みたいじゃないっ。」 「フィル。お前も航海者なら自力で道を切り開くんだな、頼ってばかりじゃつまらんぜ。」 そう言い残してザナルディは船中へと消えていった。 自室のアムスは真新しい航海日誌にペンを走らせていた。 西からの風を受けて速度を増した船はジブラルタル海峡へ向けて静かに航行している。 必要な全てを書き終えたアムスは日誌を机の引き出しへと片付ける。 その中には何より大切な夫から初めて送られた手紙も共に入っていた。 引き出しに鍵をかけ、ただぼんやりと部屋を眺めていると次第に両目の瞼が重くなる。 今日に至るまで準備と家事と少々の仮眠の日を重ねるうちに溜め込んでいた疲労が久々に味わう航行中の揺れに表面化している。 船中の緩慢な時の流れの中で欠伸を奥歯でかみ殺していたアムスだったが、いつしか机に伏せて静かな寝息を立てていた。 静かな提督室を他所に船中は活気が支配していた。 出航時の慌しさほどではないにしろ各持ち場の船員達は自らの仕事を懸命にこなしている。 時折、どこかしらから歌声が聞こえて来る。 それは、出航の喜びとも、これから先に待ち受けるであろう生死の岐路に向けて自らを鼓舞するようなものとも感じられた。 船は現れては消えてゆく大小様々な波を勢い良く切り分けて進み、吹き尽きぬ風が出航を祝福するように船を東へと誘っていた。 (26話)
https://w.atwiki.jp/goldenlowe/pages/86.html
33
https://w.atwiki.jp/goldenlowe/pages/22.html
「折れた剣」(完) 「それでは、定例の会議を始めたいと思います。残念ながら、商会長はインドへ出征中の為今回の参加は叶いませんでしたが私へ委任状を託されております。」 セビリアのとある講堂の一室にライラの声が定例会議の開始を告げた。 各員はそれぞれの活動報告を済ませている。アンレーデもそれに漏れず今までの活動を報告している。 その雰囲気は先にアンレーデが参加した学会発表のそれと比べて全く逆の軽い雰囲気の元に進められているように見えた。しかし、その場に居るエンタとランゼはその雰囲気に対して馴染めていない風にも落ち着きがないとも見える、妙によそよそしく座っていた。 会議参加者すべての報告の後、今後の商会運営方針をライラが再確認する。 「商会長からの委任状にも書かれているのですが、今後の運営方針は前回と同じく当商会への新規参加者を増やすという方向で各員の活動をお願いいたします。」 「最近は未所属で活動している人が激減していますね。」 「うんうん、正直。新規より移籍を待つ状況かと思いますね。」 「ウチん所はかなり緩やかな方だから一度味わってしまうと抜けれないんだが、いかんせん体験入会も無いな」 「こればっかりはね。タイミングが全てだからね。」 「需要と供給のバランスがそれほどまでに成り立つ事でもないし。」 「まぁまぁ、今日、明日中にという事ではないし、皆の継続的活動をお願いしますということで。」 「今まで通りって事ですね。」 「そうですね。」 新規獲得と言えどもかなりその状況が厳しいのはその場に居る全ての参加者が感じていた。 「では、運営方針も決定したので他に動議が無ければ閉会といたしますが。」 ライラがその周囲を見渡して、閉会をしようと口を開きかけたときエンタがその手を上げた。 「最後にひとつだけ、お願いがあるのですが。」 エンタの顔は妙に青白く、この会議には不必要なほどに額に汗をにじませている。 「全くもって、申し上げにくいのですが…」 「エンタ殿、遠慮することは無いよ。」 「私エンタとランゼ両名を退会させてもらえないでしょうか?」 会議後の宴会へと心を移し変えかけていたエンタ、ランゼ両名以外の全ての参加者全て水を打ったような静かさに支配される。 「トーレス商会長はもとより全ての方がそろった場が良かったのですが…」 打ち黙る周囲の雰囲気を感じながらもエンタは続ける。 「無論、突然の申し出として失礼なのは承知しています。しかし、聞き届けていただけないでしょうか?」 沈黙はなおもその部屋を支配している。瞬きすることさえ躊躇するような雰囲気が刹那を千の夏と思わせるようなゆっくりとした時間を体感させていた。 「差し支えなければ、退会する理由を聞かせてもらえないだろうか?」 議長としてライラは口を開いた。 「…」 「言えぬ事情なら仕方ない。」 「…陸に上がります。」 わずかな動揺とどよめきが起こる。 「私たちにはどうしても継がなければならない物があるのです。皆さんを騙すような形になってしまってしまいましたが。遅かれ早かれこのような形を迎える体だったのです。」 唇を噛み締めるように一言一句を選びながらエンタとランゼは発言している。そして、会議は再び永遠の凍土に包まれたように静まり返ってしまった。 時間にして数分が経過した。若い2人の動議が支配する講堂の一室の静寂を破るようにアンレーデが口を開いた。 「エンタ、ランゼ両提督。よく言ってくれた。この件に関して皆の反対はあるだろうか?」 先ほどまでとは意味の異なる沈黙が辺りを占める。 「ならば、ここは両提督を気持ちよく送り出すのが同じ商会員としての責務と思う。両提督、陸に上がるという日は近いのかな?」 「はい、半月後にはリスボンから…」 「ふむ。この件に関してはゴールデン・ルーヴェは了承する決議ね。皆異論はないでしょう。」 「異論なし。」 「エンタ、ランゼ両提督。短い間だったけど楽しかったよ。ありがとう。」 「新しい環境でもがんばれよ。」 「今生の別れではないし。いずれ会える日はまた一緒しましょう。」 「皆さん、ありがとうございます。」 どっと拍手が湧き起こる。 「では、半月後時間がある人はリスボンへ集合の事。これは商会発足メンバーとして皆へのお願いね。」 それぞれが了承の旨を口にする。 「ライラ、これで良いかしら。」 「そうね。私からも一言。エンタ、ランゼ両提督、短い間だったけどすごく楽しかったわ。仲間という絆は共にした時間の長短だけじゃないわ、貴方達はゴールデン・ルーヴェの商会員として立派にその責務を果たしたと思ってる。海を離れても決して切れることの無い何かを私達は共有している事を忘れないでね。貴方達なら新しい環境でもきっと上手くいくでしょうね、酒場で貴方達の噂が聞けることを楽しみに待ってるわ。」 「はい、ありがとうございます。」 「さて、他に動議もなさそうだし。これで定例は閉会します。皆、時間はあるかしら?エンタ、ランゼ両提督の新しい門出を祝して盛大に飲りましょうっか?」 ライラの口調は勤めて明るく部屋中に響き、一行は2人を囲みながらセビリアの大きな空の元を祝福の為に歩き始めた。 アンレーデはセビリアの郊外にある一本杉を目指して一人歩いていた。そうする事となった1通の手紙を懐へと収めて目的地へと近づいてゆく。名だたる軍人を多く輩出した国の首都でもあるがその郊外は軍人くずれが賊まがいの行為を働く治安でもありさほど離れていない目的地にもかかわらず彼女は一応の用心として帯刀していた。 「私もつい先月までバルト海へと足を伸ばしていまして…」 商会内にわずかな動揺をもたらす事となった定例会議より1ヶ月前、バルト海から満身創痍になりながらも戻ってくる理由だったセビリアでの生物学学会の発表は彼女にとって急ぎ足で戻るに十分以上の価値をもたらす内容だった。無論、彼女が嫌う側の人種も数多く居並ぶ会場でもあったが、いまだ彼女にとって未踏の地に関する論文や発見等の報告はまるで危険な薬のように彼女の奥に潜むそれに火をともしたともいえるほどに彼女を高揚させていた。そして、学会の発表からしばらく経過したその日、彼女はその学会での顔見知りそれは言うまでも無くあちら側とは袂を分かつ側の人物と近況を報告しあっていた。 「えぇ、かなりの準備不足な所はありましたが。先達の偉業を辿ることがこれほどまでに我が身にとって心血の糧となることとは思いもよりませんでした。」 あの生命の危機さえ感じた日々を語るにも今は過日の報として笑みさえ浮かべながら語れるのも船員のお陰だとその学者に告げている。もっとも彼女にとってはもう暫くの間、そんなことはご免蒙りたい気持ちでいっぱいであった。 「なるほど、アフリカ方面へ…はぁ、それは興味深いお話ですわね。」 地中海と北海を抜けきれない彼女にとってアルギン以南の土地話はもっとも興味引く話題でもあった。 「先日の学会でも喜望峰以東の発表が数件見られたですね。えぇ、私もいずれはと思っていますが…」 「アンレーデさん?」 学者同士の会話を割って入るようにアンレーデは背後からの声に言葉を中断させた。 「託を預かってますよ。えぇ、依頼は…エンタって方からです。」 彼女はその手紙を受け取るとチップを渡しながらその差出人を確認する。まさしくエンタからの手紙と確認すると、その手紙を懐へと仕舞い込んだ。 「はい、いずれご一緒できればと思います。えぇ、それではまたお会いできます事を…」 形式通りの挨拶を済ませその知己と別れた後、彼女は自らの船へ戻りその中身を確認した。 『親愛なるアンレーデ様 先日は大変お世話になりました。新たなる道を進まざるを得ない私達の心情をお察しいただき感謝しております。つきましては、リスボンへ向かわれる前にもう一度お話したいことがあります。お手数ですが、○日昼過ぎにセビリア郊外にある一本杉までお越し願えないでしょうか?ランゼと共にお待ちしております。』 一本杉までの道程で彼女はその手紙が届いた経緯を思い起こしていた。サクサクと乾いた畦道に足音を鳴らしながら目的地は近づいてくる。街を出て小一時間ほど歩いた小高い丘の上にその一本杉はまっすぐに天を向いて伸びている。 「ランゼっ、アンレさん来てくれたよ。」 その一本杉に寄りかかるように座って目を閉じている彼女にこちらへ向かってくるアンレーデを見つけてエンタは優しく言った。木陰のそよ風に少しうとうととしていた彼女は彼の声にゆっくりと目を開けた。 「あ、ホントだ。」 眠そうな目をこすりながら小さなアンレーデを見て安心した表情を浮かべている。 「アンレさん、怒らないかな?」 「どうだろうね。怒るかも知れないね。なんとも言えないや。」 「あっと言う間の航海者だったね。」 「うん…でも仕方ないさ。ランゼ…名残惜しい気持ちってある?」 「どうかな。上手く表現できないけど、今日までを短く感じたのは充実していたからかな。」 「そうかもな…」 アンレーデの影は順に大きくなっている。そして朧気ながらに見えていた彼女の姿はようやくはっきりとその足音が聞こえそうなぐらいまで近づいてきた。 エンタとランゼは並び立って彼女を迎えた。 「さて、今日はどんな事かしら?お別れするにはまだ猶予があるわよね。」 アンレーデはその日差しにも似た軽い声で彼女を呼び出した2人に微笑んだ。 「どうしても、アンレさんにお願いがありまして…」 「どんなことかしら。もっとも私にできる事なんて多寡が知れてるわよ。」 「仕合って貰いたいのです。」 その言葉に彼女の肩がピクリと反応する。 「ケンさんに聞きました。アンレさんは捌きの天才とか、それで是非にと思いまして。」 「仕合うって言葉の意味をわかってる?」 「はい、そのつもりです。」 「私は商会長やケンのように寸止めできるほどの腕はないし、帯びているコレも刃引きしてない物よ…」 「はい。十分に理解しています。」 そう言うとエンタとランゼはその腰に提げている剣を抜いた。アンレーデにとってそれは見覚えのある2振りだった。 「アンレさんに頂いたものです。今日の今まで私達を守ってきてくれました。」 「私は貴方達と仕合う理由がないわ。組み手ほどなら相手になるでしょうけど」 「アンレさんには無くても、私達にはあるのです。これを最後の我侭としてお聞きください。」 「待ちなさい。そんな事をして何になるのっ!」 「いいえ聞けません。…では行きます。」 そう言うなり2人はアンレーデに向かって走り出した。そしてその間合いに入るなりまだ剣に手もかけていない彼女に向かって剣を振り下ろす。まだ事態を完全に把握しきれないアンレーデはバックステップでそれを回避する。 「納得する説明が欲しいわねっ!」 まだアンレーデは剣を抜いていない。 「理由はこの後にあるのです。お願いです抜いてくださいっ。」 2人は執拗に彼女へ向かって振り続けている。 さすがにエンタは軍職にあるだけに鋭い踏み込みを見せている。ランゼも上手くアンレーデの進路を塞ぎながらバックアップしつつ様子を伺っている。 「どうしてもなの?」 「お願いです!」 これ以上は無理だろうと感じた彼女は一気に距離をとって握りなれた細身の柄に手をかけた。 「どうなっても知らないわよ…」 「覚悟の上です。」 その距離をゆっくりと縮めながら3人の間合いは詰まっていく。先に間合いに入ったのはエンタだった。 「シッ!」 エンタの剣が丘の上に光る。それに続くランゼ。 アンレーデはそれらを悉く受け流し、かわしてゆく。 エンタとランゼが攻め、彼女が受けるという攻防が十数合続き一本杉のある丘にはその場に似合わない金属音が響いている。 「はぁはぁ、さすがアンレさんだ…。」 「ホントだね。」 肩で息をしながら2人は今は距離をとっているアンレーデの様子を伺っている。 彼女も肩で息をしている。 「でも、そろそろだ…。いぁ、コレで決まる。」 「だと良いね。」 ランゼは少なくなってきた握力を感じながら必死に柄を握っている。 「準備良い?」 「うん。これで最後かな」 「よし、行こう!」 エンタは雄たけびを上げながら直線的に走り出す。ランゼはそのすぐ後ろに続く。 再び間合いに入ったエンタは両手に握った剣を振り下ろす。それと同時にランゼはアンレーデの側面へと位置を取って剣を突き出す。 アンレーデはランゼの動きを見ながら、エンタの剣を前に出るように受け流すとそのまま交錯するように体を入れ替える。 「ここだっ!」 並ぶように立ったエンタとランゼは間近に捕らえた彼女めがけて2人同時に剣を振り下ろす。 「(これはっ…)」 さすがに間近での攻撃に対し受け止めるしかない選択肢に危険を感じながらアンレーデその2振りの剣を受け止めた。しかし、振り下ろされた剣は受け止めた彼女の剣の反発に負けたように破壊音を伴ってその切っ先が空中に投げ出された。 「なっ」 まさかの事態にアンレーデの動きが止まる。 エンタとランゼはその折れた刀身を確かめて腰の鞘に納める。 「先日、街の鍛冶屋にお願いして細工しておきました。意外と時間がかかってしまいましたね。」 「うん、疲れたよ。」 「不思議そうな顔をしてますね。無理もありません…この剣は海へ出る時、アンレさんに頂いた剣です、陸に上がって海での役目を終えるこの身となってアンレさんの手で最後を迎えさせたかったのです。」 「最後まで我侭言ってごめんなさい。」 「不器用なけじめのつけ方だと思われるでしょう、でも海へ戻らぬ決意として治めてください。」 そう言って2人は彼女の前にその剣を並べ置いた。 黙って2人の話を聞いていた彼女はその顔を紅潮させている、口元からはその歯軋りする音が聞こえそうなほどに力が入っている。ゆっくりと右手に握る物を鞘へ収めると差し出された2振りを手に取った。 「馬鹿馬鹿しい…」 2人に聞こえるほどの声でそう吐き捨てるなりアンレーデは荒々しく踵を返すと大幅な歩調でセビリアの街へ向けて歩き出した。 「やっぱり、怒っちゃったね…」 「そうだね。リスボンに来てくれないかもしれないな。」 「そうね、ちょっと寂しいかもね」 「うん、寂しいかも」 小さくなってゆくアンレーデの後姿を見つめながら、一本杉に寄りかかるような格好で2人は決して戻れない数ヶ月の生活を思い出していた。 エンタとランゼがリスボンを出立する日の朝、アンレーデはリスボンの港に停泊している船の自室で海を眺めていた。 「提督、おはようございます。今日はエンタ提督とランゼ提督とのお別れの日ですね。」 全く部屋から出てくる気配のない彼女を心配して古参の船員は部屋の外から呼びかける。 「お見送りに行かなくても良いんですかい?」 いくら呼びかけても部屋の中から返事は返ってこない。 「覚えてます?お見送りは正午前って言ってましたよ」 そう言うと古参の船員は自らの担当する場へと戻っていった。 呆けるように海を眺めていた彼女は急に思い立ったように部屋を出た。 「ちょっと書庫へ行ってくる。」 近くに居る船員へそう告げるとそれ以外は無言のまま艀を降りて行った。 「両提督とも元気でね。」 リスボン広場に集合したのは、ライラ、イザナミ、マッテンだった。 「やっぱりアンレさん来てないね…」 「そうだね。」 2人は想像通りの結果になってしまったことを小声で話している。 集まった3人はそれぞれに2人の新しい門出に対し祝福の言葉をかけている。 「ちょっと寂しい見送りになっちゃったけど、ごめんね。」 「いぇ、皆さん忙しいのは承知の上です。私達の為に貴重な時間を割いていただいて光栄です。」 「どんなに離れていようとも、住む世界が異なろうとも互いに共有した時間がある事を忘れちゃだめよ。」 ライラはいつもどおりに優しい笑顔で若い2人と握手している。 「しかし、アンレはどこ行ったのかしら…港に船はあるのに…」 「いぁ、こんなに集まってくださって十分です。」 彼女が来ない理由を知っている2人にとっては彼女をそう庇うことで精一杯だった。 そして、彼らが予定している時間まであと半時ほどになった。 段々と掛ける言葉も少なくなり、時間の進む雰囲気が妙に長く感じるほどに5人はその時を待っていた。 「…あら?アンレが来たようね。」 ライラが何気に見渡した広場の反対側から彼女はゆっくりと向かってくる。 「え?」 エンタとランゼは声をそろえてライラが見ている側へと振り向いた。 確かにアンレーデである。 「エンタ、ランゼ両提督。新たなる旅立ちね。」 アルバに身を包み、学者としての最高の正装で現れた彼女は両名の前へ来ると微笑んでそう告げた。 「来て下さって光栄です。」 「何を畏まる必要があるの。もっと胸を張りなさい、祝福される側は主役なのよ。」 「そんな…」 「新たなる旅立ちに際し、私からささやかな贈り物をさせて頂くわ。」 アンレーデはそう言うと手に持ってきた長い包みを2人に手渡した。 「これは…」 「いくら環境が変わろうとも身に降りかかる火の粉を自らの手で振り払わなければならならない時は必ず来るわ。」 「はい」 「あの2振りは私が貰っておく。そして、貴方達2人の籍は私が責任を持って預かっておくわ。海が恋しくなったときには気楽に『ただいま』って言いながら戻ってきなさい。歓迎するわ。」 「…ありがとうございます。」 「何を下向いてるの、前を向きなさい。そして自らが選んだ道を堂々と進むのよ。」 「はい。ありがとうございます…名残惜しいですが時間が来たようです。皆さん本当にありがとうございました。」 2人は深々と頭を下げた。 「さてさて、何はともあれ。これが無いと話が始まらないわ。」 ライラが用意していたボトルとグラスを取り出した。 「用意が良いわね。」 「当たり前じゃない。」 ライラは人数分に酒を酌みながら笑っている。 「2人の新しい門出を祝し乾杯っ!」 「乾杯!」 それぞれの声がリスボンの石畳に高く遠く響いた。 2人が去った広場に4人は佇んでいた。 「行ってしまったわね。」 寂しくライラが口を開いた。 「寂しいが仕方無いわね。」 アンレーデが同調する。 「会える日もあるわ。」 イザナミもいつもより落ち着いた声で呟く。 「出会いこそ別れの始まりとは良く言うが、やっぱり寂しいもんだ。」 2人が消えた先を見つめてマッテンも口を開く。 「さてと、船に戻ろうかしら…」 その言葉を境に4人はそれぞれに街中へと消えていく。 自室に戻ったアンレーデはアルバから浅黄色のブラウスへと着替える。 そのアルバをしまう先には見覚えのある剣が2振り見えている。 「いつか返す日が来るのかしらね…叶わぬ夢としても希望を持ち続ける事は罪にならないでしょう。」 自室のクローゼット前で寂しさを紛らわせるように言葉を口に出し続ける提督を心をよそにリスボンの港に停泊している船は陽気をその身いっぱいに浴びて緩やかな風に船体をゆっくりと揺らしていた。 (折れた剣 完)
https://w.atwiki.jp/goldenlowe/pages/44.html
「航跡の価値」Ⅱ 少し羊雲が混じる空色の下を白い引き波を立てながら船は進んでいく。いつもより過ごしやすい船内での生活も数十日が過ぎようとしていた。誰の手元に届くのかは知らない宝石を満杯に乗せている証拠に船の喫水線が深く上がっている。 「やれやれ。これだと運び屋だな…」 商人としての生活は大きく分けて2通りに分類される、陸に住む人種と洋上を走る人種である。仲買人としての生活も商人としての手腕を振るうに値する生活でもあるが、板ばさみの生活を送ることは彼の心情的に楽しいと感じるものではなく、仕入れから運搬、そして荷売りまでを自らの手腕を頼りに生活する事の方が性に合っていると、この長い航路を往復している。一時は繊維や織物に関する交易事業を生業としていた彼だったが、これ以上の拡張性がないと思った彼は自らの手腕をより広く強く振るえる場所として、現在の商売へと転向した。ただ、繊維や織物に関する商売はアフリカ大陸の東での近海交易で十分に利益が取れていたものの、こと宝石に関しては最大の利益を生む場所が自らが生まれ育った地中海ということもあり、長く退屈な洋上の日々を余儀なくされていた。 今回の航路は比較的というより珍しくも平和な過程が多く、最も危険だとされていたザンジバル-カリカット航路、そして有名なセイロン島周辺、名所ともいえるケープ沖とどれもが何の障害なく通り越し、船はいよいよカナリア沖へと指しかかろうとしていた。 この頃になると、地中海の匂いを誰とはなしに嗅ぎ付けるのか船中の張り詰めた空気が緩み始める、もっともこの先にあるカーボベルデにはそんな緩んだ船を食い物にする海賊が常駐している為、提督としては船中の雰囲気を保ち続けることに苦心することも屡であった。定時的に行う見回りで、船員達に話しかけ緊張を弛ませないよう巧みに彼らを誘導している。 「よしっ!あと数日で地中海だ。家族が首を長くして待っている。カーボさえ注意すれば後はバラ色の生活が待っている。最後にミスをすれば何もないのと同じだ、愛する家族の為にもう一仕事頼むぞ。」 男達のドスが聞いた返事を確認し、決まった足取りで続く甲板へと出る。 自らの船以外一隻もその視界に写らず360度を大海に囲まれ、薄い雲に覆われた太陽の日差しが平和を象徴するように心地よい。このまま順調に進めば半月後には地中海へ到達するだろう試算を何度も数えなおしながら、変哲の無い青い平野を見つめていた。そして、その足で船上をぐるりと回り船内へと戻ろうとした時、視界へ飛び込んできたの西の水平線に見える黒い模様だった。 「おや…。イベントが起こりそうだな」 意に留めず、拍子抜けする口調で言葉が出たかと思うとなにやら指折り数えて頷く。 「ここで意外な足止めを食らってしまうな。」 そう呟きながら船中に戻ると、シッドは声を大きくして皆に伝える。 「近々、嵐になるぞ!」 大海の大波に揺れる船はただ浮かぶだけの木の葉と同じように上へ下へと翻弄されている。 シッドの言葉通り嵐は彼の船へと襲い掛かった。しかも、いつになく強い嵐だ。 立つことすら儘ならぬ船中はあらゆるものが船の動きと同調し、雷鳴轟く船外と同じように船中は様々な怒号が響いている。中でも船倉が持ち場の者の必死さは他の持ち場と比べまさに戦場と呼ばれるほどの壮絶さだ、もっとも壮絶という事だけでは厨房もそれに匹敵するほどの過酷さを強いられる持ち場でもある。 「荷崩れだけは防げ!これが崩れると俺達のメシはないぞ!」 荷崩れに巻き込まれると自らの命すら危うい、しかし、荷崩れを起こし商品が傷物になると値は下がる。セイロン島を出立した頃には水や食料など必要物資も加えて満載になっているため嵐が到来してもさほど怖い事は無い、しかし、船はカナリア沖まで到達し船中の水や食料が減ると船倉に隙間ができてしまう。積荷の揺れ幅は次第に大きくなりいくら縛り付けていても崩れる可能性は十分にあった。売れば自らが生活するための金になる、しかし、今は命を奪いかねない凶器として彼らの目の前で揺れている。それはまるで獲物を狙う肉食動物のようにゆっくりと力強い揺れだった。 「浸水です!」 船中の誰かが叫ぶ。 「修理班を向かわせろ!」 報告と指示の数がかみ合わないほど様々な情報が交錯する。シッドも自ら修理道具を持って船中を忙しく動いている。床を這うように現地へ行き、修理が終わらない状況に次の報告が飛び込んでいる。びしょ濡れになり、床や壁に叩き付けられながら只管に動き続けていた。 「くそっ!普段の行いが悪いのは誰だ!こんな酷い嵐を呼びやがって!」 外の風は弱まる気配どころか更に強さを増したようにマストに絡み付いて不気味な音を出し、撃ちつける大粒の雨を浴びてその重量を増した帆が一層その身に掛かるモーメントを加算する。ぎいぎいと軋み音を足しながら弾性の限界を試されるような強風をメインマストはじっと耐えていた。 現場で船員を鼓舞する声はやむことなく続いている。 幾多の戦場を切り抜けてきたシッドも声が枯れ始めている。 「やれやれ、これじゃ戦場の方がまだマシだ。」 副官の声は鬱陶しい船の揺れに逆撫でされて語気が荒い。 「なに言ってやがる、これも戦場だ。お前も来い、まだ浸水が止まってない場所がある!」 シッドはそう言いながら抱えていた資材を投げ渡すと、再び揺れる船内を這うようにしながら現場へと戻っていく。 一昼夜、ゆっくりと進んだ嵐の雲は疲労で疲れ果てた船中を知らぬ顔で通り過ぎた。台風一過とは言うものの今はその日差しが目に染みるように痛い。これ以上水分を吸い込まないぐらいに濡れた甲板がその中へと染み入る順番を待つ嵐の名残を乗せて太陽光を反射している。体中が打ち身で痛い。 「一変してこの天気か…こんな日和を見るとアイツなら喜び勇んで釣りをしてるだろうが、今の俺達には似合わんな。」 シッドはかつて同じ商会に居たハガルを思い出す。 「今何やってるんだか知らんがね。」 一通り船体の確認を終えると嵐の後片付けに追われる船中へと戻る。いくら準備していたとは言え船中は嵐の爪痕でごった返し、総員で取り掛かってもゆうに半日を要した。 「さぁ、愛しい家族が待つ地中海へ帰るぞ!碇を上げろっ」 号令が発せられると、快晴の空の下に畳まれていた帆がゆっくりと広げられ、徐々に風を含むとゆっくりと船を地中海向けて運び始める。 思わぬ足止めを食らった船が再び心地よい波きり音を立てるのを確認し、シッドは自らの船室へと戻る。しかし、部屋のドアを開いた瞬間、シッドの足が止まる。 「しまった。まだここが残っていたか…」 潮風がまとわり付くような港で浮きを見つめる隻眼の青年が一人。大きな鍔の帽子を被り、隙間から風にゆれる髪は少し赤味が掛かっている。 「ちぇ、またベラか。」 小さなアタリに合わせた魚は彼の想像以上の小物だった。 「君のお父さんかお爺さんを連れてきてくれ。」 釣ったばかりの魚をリリースする。何食わぬように海の中へ戻った魚へ彼は軽く呟く。今日は思ったほどの釣果が出ていない、日和、風、潮共に申し分ないコンディションにもかかわらず彼の竿には大きなアタリが出ることなく時間だけが過ぎていっていた。 もっとも、彼としては釣りができる事を楽しんでいるようにも見えた。釣り糸を垂れるその顔は楽しげで幼いようにも見えるほど真剣で年齢を間違えるほどに熱中している。次こそはと繰り返し打ち続ける様は好きなことを止められない子供のように時が経つことも厭わない無邪気な少年そのものだった。 「きたっ!これは大きいぞ」 勢い良く海中に消しこまれた浮きに渾身の力を込めてあわせる。今日一番の引きが竿から両手に伝わってくる。その手ごたえに思わず声を上げる。魚はどうにか逃れようと右へ左へと走り、釣り糸を切ろうと沈み根へ潜ろうと試みる。しかし、巧みに竿を操りながら魚の作戦を上手くかわす。 「なかなかやるな。でも、今日一番を逃すわけにはいかないな。」 魚との駆け引きを存分に楽しむようにその声は明るい。キシキシと撓む釣竿の弾性を上手く使いながら魚を追い詰めてゆく、そしてとうとう掛かった獲物が水面に顔を出した。 「オキスズキか。良いサイズだ」 魚からの抵抗がようやく収まり始めた。一度空気を吸わせた魚はゆっくりとその動きを緩め、諦めたようにその銀色に光る魚体を見せ付ける。 「とうとう観念したか。この勝負は僕の勝ちだな。」 糸の緊張を保ちつつ、取り込みやすいように竿を操る。そして、体全体のバネを使いながら海から魚を引き抜いた。 「よしっ!」 思わず拳を握り締めた。陸に上げられたオキスズキは自らを釣り上げた人物を恨めしそうに睨んでいる。しかし、当の本人は釣り上げた充実感で彼を見ていない。いつの間にか隻眼の青年の周りにはギャラリーが増え、そのギャラリーは口々に釣り上げられたオキスズキのサイズが良いことに感嘆の声をあげ、また見事に釣り上げた青年に喝采を投げている。中には俺の漁船に乗らないかと声をかける者も居たりしたが、その声は興奮覚め止まぬ隻眼の青年には届いていなかった。 「よしっ。今日はこれでおしまいだな、これ以上のラッキーを使う必要もないや。」 本日最大の獲物を魚篭へと入れると、手早く帰り支度を整えて港を後にした。 セビリアの市場、軽い足取りの青年は埠頭を後にした足でここに立ちよっていた。朝一番の活気はないものの、夕食の買出しに来た人々でそれなりに賑わっている。青年もその他大勢と同じように同じ目的で足を伸ばしていた。 「今日は気分良いからな。この魚に合うワインでも買っていこうか。」 意気揚々と高ぶる気持ちが思わず声に出る。気持ちの高揚はついつい財布の紐を緩めあれこれと物色する青年の後姿を遠めに見る視線に彼は気づいていなかった。 市場を抜ける頃、青年の両の手は思わず買い込んだ荷物をかろうじて持てるほどの状況になっていた。少し買い込みすぎたかなという疑念が彼の中にあったものの、たまにはこんな贅沢も良いだろうと言い訳しながらその足は自らの船へと向かっている。 しかし、通りを1・2本抜けたところで青年は後ろから付いてくる足音に気が付く、自分に用事があるかどうかは知らないが、後ろから付いてくる人物は確かに自分と同じ道をぴったりと付いている。 「僕に用事なのかな…まさかね。」 少し気味悪い感覚を覚えた青年は遠回りするような道へと足を変えて港へと急いだ。 「ついて来ないね。やっぱり、気のせいだった。同じ道順を歩く人なんて何人でも居るからね。」 自分が気を回しすぎ、余計な事を考えてしまったなと首をひねりながらその道を急いだ。 「おい、ハガルじゃねーか。」 気が緩んだ瞬間、隻眼の青年は目の前に現れた人物に進路をふさがれた。 「うあっ!誰!」 「誰やあれへんやろ。」 いきなりの事に何が起こったか分からないが、自らの進路に立つ人物は確実に自分の名前を呼んだ事だけは確かだった。逆光で見づらいその人物を目を細めるようにして睨みつける。その顔は見覚えのある人物だった。 「ん?あっ、トーレスさん?」 「なんで疑問形やねん。」 「なんとなく…」 「お前、今なにやっとん?」 「市場からの帰り道だよ。」 「いあ、そうじゃなくて」 「そうそうトーレスさん。今日一番の獲物見てよ、オキスズキの大物だよ」 両手の荷物を傍らに置くと魚篭に入っている魚を取り出した。 「ハガル。確かに立派やけどな…」 「でしょ?すっごい引きだったんだよ。」 「まぁ、その話は後で聞くから。とりあえず、今なにやってるん?」 「港帰って、これ食べる準備っ」 釣り上げたオキスズキを誇らしげに手に持ち、自信に満ちた声で言い切った。ハガルのそんな調子にF・トーレスは思わず天を仰ぐとハガルの言葉を否定するように手を左右に振る。 「ハガル、ちゃうねん。仕事の話や、し・ご・と。」 F・トーレスの言葉にキョトンとして、数秒の間をおいてようやく我に返る。 「あぁ、僕はまだ冒険稼業だよ。」 「そかそか。で、まだアノ商会に居るんか?」 かつてハガルはF・トーレスと同じ商会で活動を共にしていた、しかし、隆盛を極めようとする前に活動する人員が減り、その商会でまともな活動を行っていたのは4名になった。そして、F・トーレスはかのアテネ会談を経てゴールデン・ルーヴェの設立にいたったのである。ハガルはそんな4名の内の一人だった。 「びっくりしたよ。トーレスさんが抜け、シッドさんが抜け、気づいたら僕一人だったよ。」 ハガルはF・トーレスが抜けてからの状況を話始めた。告げられずに人が去っていき、商会の維持も儘らない状況が迫っていた。そんな時、商会管理局へ出向くとF・トーレスを始め活動していた4名の名前が消えていた。実質、活動していたのはハガルだけという状況になっていたのである。ハガルは悩みに悩んだ、このままこの商会と運命を共にしようか否かと、もしかしたら活動を休止している人達が戻ってくるかもしれない、そんなときこの荒れた状況を見てなんと思うだろう。しかし、自分一人でできる事は高が知れているし、精一杯やっても戻ってこなかったらそれも水の泡になってしまう。恩義と責任の狭間でハガルは連日眠れない日々が続いた。そんな時期が続いた後、彼の弟であるバベルが彼に習って海にでるという話が持ち上がり、ハガルはそれを期にその商会を辞めた。 「自分で求める事を自分なりに追い続けたかったんだよ。」 隻眼の青年は暗く沈んだ口調で目前の軍人に訴えた。 「そうやな。ワシも相談せずに抜けてしもうたからな、んで今は自由なんか?」 「そうだね、同じ轍を踏むのはご免だからね。こうやって気ままにやってるよ。」 「ならワシの所へ来んか?」 「トーレスさんの所?」 「そや。みんなエエ奴ばかりやで、特にハガルと同じ職業の奴が多いからな。ぴったりやと思うがどうや?」 ハガルは言葉を詰まらせた。再び商会に所属することが果たして自分にとって有意義なことなのだろうかと激しく葛藤する。もし、同じことが起こったら?不安は拭いきれるものではなかった。それほどまでに前の商会での出来事は彼の心に深い影を落としていたのである。 「前の商会よりずっと魅力あると思うで、活動人数は保障付きや。」 「そうなのか。トーレスさんは楽しいかもしれなけど、僕にも合うとは限らないよ。」 「試しに入ってみい。気に入らんかったら抜けたらええんやから。」 「うん…でも…」 「ええい!はっきりせい!入るか?入らないか?どっちだ!」 煮え切らないハガルの言葉にF・トーレスの語気が思わず荒くなる。戦場では優柔不断こそが命取りになりかねない、素早い決断を求められる環境で過ごしてきた彼にとってはハガルの切れ味悪い言葉が苛立ちの原因だった。 「わわっ。はい、入る。入るよー。」 その凄みに押されるようにハガルは返事する。その反面、F・トーレスのこういう態度は以前から変わっていないと思うとくすりと笑ってしまっていた。 「トーレスさん、その強引さ相変わらずだね。」 「当たり前や、変わってたまるかいっ。」 先ほどの一言とは違ってF・トーレスの口調は元通りになっている。むしろその顔は穏やかに笑っている。 「トーレスさん、あんまり強引だと女性からモテないよ?」 「お前に言われたくないわい、そういうお前はどうなんや?モテるんか?」 「う…僕は、まぁ、それなりさっ。」 F・トーレスの笑いが石畳に響き港からの潮風がその笑いを路地の遠くまで響かせようと吹き付けて浚っていく。早速、商会管理局へと足を伸ばした2人はその場で申請と決済を済ませ建物を出た。後は管理局側の仕事を待てばハガルは商会員として正式に認められる。 「ハガル、ようこそゴールデン・ルーヴェへ」 改めてF・トーレスはハガルに握手を求め、ハガルもそれに応じる。 「2回目やけど、これからもよろしくな。」 「お世話になります。」 「まぁ、商会の詳しいことは副代表に聞いてくれ。多分、そこら辺の海をうろうろしてるはずや。」 「どんな人?」 「そうやな、職人肌な奴と意地っ張りな奴や。両名とも女性やが外見に騙されないようにな。」 「なんか怖そうな感じだね。」 「言うたやろ、皆ええ奴ばっかりやって。大丈夫や。年恰好は、そやなそこに歩いてる奴ぐらい…あれ?」 F・トーレスが指差した先には見覚えのある姿が通りを歩いている。シルバーグレイの髪を靡かせながら歩く女性、相変わらず重たそうな書類をずいぶんと抱えているのが遠目にも見て取れる。F・トーレスはその女性が歩く方向を見て、その目的が急ぎではなくとある場所へと向かっているのを瞬時に感じ取る。 「丁度良い、ハガルついて来い。」 そう言うと傍らに突っ立っていたハガルの返事を待たずして歩き始める。その足取りは歩くを通り越して半ば走るに近いものだった。不意を突かれて出足の鈍ったハガルは見る間に遠ざかるF・トーレスの後姿を見失わないようにと懸命に駆け出した。体力の差は歴然として2人の距離を遠ざけるが、目的地を知らないことの必死さがどうにか彼の足を最後まで走らせ続けた。 街の外れにある閑静な住宅地のとある一軒家で彼女は足を止めた。玄関の鍵が掛かっていることを確かめるとポケットを探り鍵を取り出す。家の中は全くと行って良いほどに生活感がなく、しんと静まり返っている。深くカーテンに閉ざされた室内は暗く、篭った湿気が気管へ絡むように充満している。 家の中へ入った女性が持っていた書類を居間のテーブルへ放り投げると、溜まっていた埃が舞い上がり僅かに差し込む太陽光に照らし出されて光の幕を作り出す。 「最近は誰も寄ってないみたいね。」 薄暗い中で躓かないように窓へと進んだ女性は手当たり次第の窓を開け始めた。室内の古い空気が一気に外へ飛び出して行き、変わりに新鮮な空気と光が室内を掃除し始める。部屋の調度品はかつてここに住んでいた人が残していたものだが、当時自慢だったそれらも埃を被ってその誇らしげな雰囲気の面影も薄い。部屋の現状を確かめると、女性は次々と他の部屋の窓を開けに移動する。1階、2階どの部屋も大差なく埃の化粧を施している。 「まずは掃除から始めないとダメか。」 そう言いながら服の袖を捲くり上げながら階段を下りる。 「おぃ、ライラさん。居るか?」 聞き覚えのある声が玄関方向から聞こえてくる。 (まだまだ続きます)
https://w.atwiki.jp/goldenlowe/pages/115.html
第12回オフ会レポ(アンレーデ記) 「盛宴の幕引き」 目覚めたのは朝6時だった。 前日にセットしていた携帯電話の目覚ましが4人部屋に電子音を響かせている。 いやに静かな3つのベッドには人の姿はなく、結局この部屋にずっと1人で朝を迎える事になった。 場所は違えども出立する手順は平日と同じで、身支度を整えるのにざっくり40分を費やし、のんびりとTVの電源を入れると見慣れぬ顔が朝のニュースを読んでいる。 相変わらずニュージーランドの地震についてがトップニュースだ。 改めて新しい情報が得られる事もなくちらりとカーテンの隙間から外を覗くと清々しく晴れた大阪南港の空が目に飛び込んできた。 週末には天候が崩れるという予報を地元で聞いていたが今日はこのままいってほしいと重たいバッグを手に取ったのは7時15分だった。 下船すると無機質な大阪南港の風景が広がっている。 今回はいつものオフ会ではないと、1つの意志を持って歩き始めた。 モノレールに乗るための通路はまさしく一本道と言えるほどで早速切符を購入すると待合ホームで次発が来るのを待った。 土曜日といえども季節の合間にあたる2月下旬となれば特に移動する人もすくないようでその場に居たのはほんの5・6人程度だった。 無人走行のモノレールが来た。 録音されたアナウンスが流れきっちりと所定の場所で止まるとウチを含む客を向かいいれるべくドアが開いた。 中には様々な人が乗っている、しかし何度も経験したこの旅路で知った事だがコスモニュータウンの東西で降りる人が大半で立ち並ぶ大型マンションの住人なんだろうと推測する。 もっともウチがマープルやポアロ、マイクロフト・シャーロック兄弟のような洞察力の持ち主ならさらに穿ったヒューマンウォッチングを楽しめたのだろうが、今はそれよりも半分寝ている脳と足元のヒーターが引き起こす心の隙にどう抗うかを考えるほうが先決だった。 あれこれと考えていると目的の終点に到着しここで1回目の乗り換え、さらに難波で乗り換えて梅田駅へ到着する。この地下鉄というものは乗れるまでに至ってはいるが、どの車両に入れば乗り換えに走らなくて済むという域には届いていない。ホームの端から端まで歩くだけで荷物が肩に食い込むというのにこればかりは日々の経験がまだ浅いということかとタイル張りの地下街を泉の広場へ向けて歩いていく。 今回はいつも取る宿に予約をいれず、あえて違うところを選んだ。予約したのは2週間前だったが、この決断が後々些細な禍をもたらすとはこの時は露知らず。某ネットから印刷した地図を片手にホワイティーうめだを歩きぬける。 居並ぶビル群の影に隠れていながらも日はしっかりと昇っているらしく、地上は相応に明るくまさに快晴ともいえる天候だ。先日の天気予報が杞憂に終わったとおもいながらなれない道、すなわち初めて通る道を歩きながらホテルを探す。事前に口コミ情報で見てはいたがここらも東通までとはいかないが程ほどに飲食店が居並びそれなりに過ごせそうな環境ではあるが、それと同等に歓楽街でもあるようだった。確かにこれでは子連れの旅行は考えさせられるものもあるだろうなと自身には全く縁も縁もない心配をしてみたりもした。一人身の一人旅行なら逆に歓迎なのだろうかもしれないが、ウチは全く興味のない話なので大半は見てなるほどと思うだけだったが、ただ1つだけ気になったのは「セクシーパブ ルパン三世」という看板。さすがにこれだけは理解に苦しんだ。 ホテルは地上へ出て徒歩5分という所にあった。 最近はホテルに荷物を預けてから行動という形をとっているが、朝一にも関わらず部屋へ行くこともできるというホテルマンの提案もあったが、ちょうどホテルに到着してすぐに閣下からの連絡がはいってスグに出て行かなければならなかったので、とりあえず荷物預かりだけという形をとりホテルを出た。 再び梅田駅へ向かう途中でコンビニへ寄り、用意し忘れた携帯灰皿とボールペンを購入し地下街へ降りる階段を進んでいく。目的地は阪神尼崎駅、以前に1度向かった事はあるがそんな記憶はさっぱり忘れているのは当然で天井からぶら下がっている案内表示に従いながら阪神電車入口を探す。「こんな場所だったっけ」と自身の記憶に疑問を持ちながらも1駅移動する分だけの切符を購入して乗り込むと少しの間を置いて電車は発車した。 移動時間はほっと気を抜く間もなく終了し阪神尼崎駅に到着した。 さっそく閣下へ連絡をするとすでに中央改札でお待ちになられているという事なので、再び案内表示を頼りに改札を目指す。しかし中央改札という文字は見当たらず仕方なくそこらに居た駅員を捕まえるとどうやら反対側の改札らしいという。示された通路を進んだ先の改札の向こう側に見慣れた姿があった。乗客が降りてくる階段ばかりをみている閣下の視線の横を通るように改札を抜けて約半年振りの再会を果たした。これからがGLオフ会名物の0次会(俗にこれが1次会という話もあるが)である。「少し歩くんやけどな」と閣下オススメのホールへと歩き始める。駅前にある公園には流石に人の影があった。通勤途中なのかそれとも帰宅途中なのか、ウチと同じように遊びに出ているような人もいればなにかの見回りをしている風の人とそれぞれがそれぞれの目的をもって公園の中を進んでいく。前回、その公園に近接するホールで0次会を開催した事があったが、その時はえらい目に遭わされた。まさに苦々しい記憶だ。今日はその横にある商店街の先にあるホールへ向かうのだという。その道中、DOLではなく今プレイしているネトゲの話題になるのは必定の事。ちょうど合戦イベントが終了した直後だったのだが、その時、ウチは大ヘマをしてしまい、しかも陳謝する事無くその場を離れる事態となってしまったために、あるメンバーの方に多大な迷惑をかけてしまったと閣下から指摘を受けた。この場を借りてお詫びを申し上げたい。 マルムーク卿、当方の無責任な行動で大きな迷惑をお掛けしてしまったこと大変申し訳ありませんでした。深く反省すると共にお詫び申し上げます。 閣下と2人して商店街を歩きぬけた先にあったのはスロット専門店T、その外観には妙な見覚えがある。一昨年の夏の事だったか、これもオフ会の前入りした際の事、夜は兵庫在住のフレと会う約束をしていたのでそれまで遊ぶところとして選んだのがこのホールだ。並び順入場でなかなか評判のある店だったが、藁にも縋ることができないほどの負けを喫したホールだ。つまりは期せずしてリベンジのチャンスが巡ってきたという事だ。 並び番はざっくり見たところで20番代、これならどうにかなるだろうと開店までの45分を閣下との無駄話で食いつなぐ。メンバーの素顔についての与太話や互いの近況報告、そしてやはり重要なのは「この店でどう立ち回るか。」だ。開店が近付くにつれ徐々に人の列は長くなっていく。ざっくり4・50人と見る。こうなると朝一の台選びが生死に関わってくる。最近は無駄投資を抑えなければ勝ちを拾うのが難しいからだ。ざっくりと台構成を聞いて第1候補、第2候補、第3候補と絞っていく。とりあえずは何とかなるだろうと思っているといよいよ開店の10時となった。ぞろぞろと店内に入っていく中、ちょうど閣下が入場した時、つまりはウチの番という所で店員に止められた。入口のドアは閉められ鍵が下ろされた。どうやら先着22名までが優先入場のようだ。しかし22名とは中途半端な数字だ…。勝負する前にこんなネタを拾うとはなんとも先行きに雲が掛かったとも感じられる。これだけは書かないとと思っている所へ閣下がコーヒーの差し入れをもってきた。ウチに気を使ってくれたらしい。久々の缶コーヒーで指先を暖めているといよいよ入場の番が周ってきた。屁理屈を言えば、非優先入場では1番入場なのだからまだ選ぶ余地はあると、最近話題の台であるサクラ大戦の台の前に立つ。しかし、その瞬間なんとなく嫌な気配を感じると、すぐに奥のバラエティゾーンへと移り、お気に入りであるマクロスを抑えた。一方、優先入場の閣下はと言うとしっかりとサクラを抑えていた。並び打ちが理想ではあったがともかく最初は別々にという事で実戦開始となった。 以下、簡単なデータを記すが興味のない人は飛ばして読んでください。 実戦台:マクロス(0G~) 14-青7(中チェ) 111-青7(中チェ)白7揃い×1 63-VT ハズレ0回 256-青7(強スイカ) 301-RB(弱チェ)正解3回 59-青7(弱チャンス目) 164-VT(高確中の中チェ) 178-青7(単独) 35-VT ハズレ2回 71-VT ハズレ0回 52-ヤメ 朝一スグにベルナビが入った為に高確と予想。つまりは設定変更した可能性がある。さらには2回目のVT中にハズレが2回出たのもかなり大きい。よもやの高設定かなと思ったがいかんせん出玉が伸び悩み最後のVTを終えた時点では投資6kで出玉300枚のチャラライン。ここで気分転換に手洗いへ立ち、ついでに閣下の様子を見てみるとあれこれと台移動を繰り返した結果に猪木に座っていてTC中だった。互いの状況を報告した後、閣下は左隣の空き台を指差しウチに座れと催促する。閣下曰く、契機役の出現が良さそうでTC中でなければ移動しようかと思っていたという。そういえば前回のオフ会時に閣下の「ルパンが出るで」と助言を聞き、まさしくその通りになった記憶を思い出すとマクロスの出玉をもって移動を決意する。 以下、実戦結果 実戦台:アントニオ猪木が元気にするパチスロ機(259G~) 24(283)-青7(強スイカ)2本目ムービー有 251-赤RB(弱スイカ)道演出!!! 9-TC×2 (76)-TC+30 (140)-TC×3 (241)-TC×2 292-青7(スベリチャンス目) 36-TC (72)-TC×3+20 213-赤7(単独) 10-TC (47)-TC (84)-TC 256-赤7(弱スイカ) 299-赤7(ベルV字チャンス目) 138-青7(スベリチャンス目) 491-青7(ベルV字チャンス目) 61-青RB(契機?)闘魂注入×1 3-TC (79)-TC+10(スベリチャンス目) (125)-TC×2+20 (209)-TC×2 (270)-TC 275-PB(スベリ特リプ)ダー×2 4-TC (34)-TC×2 (101)-TC (132)-TC×2 (232)-TC×2 250-赤7(単独?) 9-TC 186-ヤメ 展開は悪くないというよりBIG中2本目ムービーが出た時点でかなり心が躍った。ひどく狭い確率を引いてしまったという悪運感も過るが何気に吹いている閣下の台に見とれていた所に発生したのが「道」演出。チャンス目後すぐにボーナスを引くと発生するという非常にレアな演出だ。もちろん出玉も用意されていて(最低TC7連)これがTC11連。これが見られれば出玉で負けても気持ちは悪くないが、「見て、持って帰る。」事ができればこれ以上の幸福はない。本来なら(地元で打つときは)TC連荘が終わった時点で即帰だが、今日は連れスロという事もあり、さらには閣下の連荘が止まらない。道よりも続いている閣下の引き!圧巻としか言いようがない。その後は中ハマリとハマリを喰らい出玉を削られたが、闘魂注入が入ったRBからのTC中に今度はPB!!! TC連荘が約束されるボーナスを引く。平均17連とも言われるがPB中に青7が2回しか揃わず結局合計14連…。1/65536は引けるのに1/1.7は引けないものだ。 一方、閣下は3択の正解率70%↑じゃないかと思うほどの引きを見せている。正直、隣で打っていて凹むほどの豪腕だ。 オフ会1次会の時間が押し迫る中、ウチは17時ぐらいに取り切ってヤメ。閣下も全て取りきって17時15分ぐらいにヤメ。出玉はというとウチが1500枚、閣下が3400枚。 猪木打ちの憧れである「道」と「PB」を引いても1500枚しか出せなかったウチの引き弱なのは仕方ないとしても、閣下の自力上乗せで3400枚とは感服の一言。閣下は前日の調査分もまくりの恵比須顔でウチもマクロスの初期投資6kのみだったので楽々勝利。共に勝つってのはいつ以来だろうか、いや0次会始まって初の事ではなかろうかと凱旋気分で阪神尼崎駅へと2人して向かった。周りは薄暗くなっていて朝見た商店街の風景とは違い夕餉の買出しだろうか軒を連ねる店へ出入りする人と家路を行く人達で溢れている。 230円の切符を購入し梅田行きの電車へ乗る。気分の良い2人はパチンコ界を取り巻く状況を話し合い結局「パチスロはおもろい」の結論に落ち着いた。 本日3度目のホワイティうめだを歩きいつもの集合場所である東急INN前を目指す。地上へ出たところでウチはホテルのチェックインを済ますべく一時別行動をとる。間違えようのない道を足早に進みホテルへ着くとすぐに手続きを済ませ荷物を部屋へと持っていく。 ふと部屋の鏡を見ると少し見れないほどの油が浮いている。今回は初参戦の方も居る、このままでは風が悪い。洗面所へ駆け入り、蛇口を捻る。冷たい水が勝利の余韻に火照る顔を程よく冷やす。ざっくり洗顔を済ませると同時ぐらいに携帯が震える。今回、初参戦のエルペペ嬢からだ。集合場所に着いたらしい、確か道を分かれた閣下と事前に待っていたであろう局長とウォル卿が居るはずだと返信したが、それらしい人はいるけど…という返事だったので迎えに行くことにする。 来た道を戻り東急INNを目指す、距離にして200メートルぐらいか。人をまたせているという焦燥感がたったそれだけの距離を長く感じさせる。たかが1分2分の赤信号でさえ煩わしい。ようやくホテル前についた所でエルペペ嬢へ電話をする。おそらくこの先に見える方がそうなのだろうと様子を伺うと正しくその読みどおりだった。 「ようこそ来なすった。」 定型化された挨拶も程ほどに重役の待つ灰皿付近へ向かう。エルペペ嬢はさすがに初参戦という事も手伝って会話に入りづらそうだ。これからどれだけ集まるのかと互いに確認しあうと結局この場にいる5人だけだと言うのでGLにしては珍しく集合時刻15分遅れという軽傷で行動を開始する。少人数という事もあり事前予約はなし、そうなると何処へ行くかという話になるがこの東通に詳しい人が居る訳も無く、何回かお世話になった焼肉屋「花心」へ入る。これなら好き嫌いなく食べられる。椅子席であるので上下は無視、もっともオフ会に上下なんて無くていいんだろうけど、こういう事をキにしてしまうのは社会人として過ごす時間が長くなった証拠なのかなと自身を笑う。それにしても都会の飲み屋はとかく狭い。最奥に座る人が席を立つ場合は手前の人も席を立たなければならないのは非常に不便すぎる。人を詰め込むよりももっと他に考える事があると思う。正直に感じるところ無理に失礼を強制されるようで心落ち着いて食べられないと考えるのは田舎者の悪い癖なのだろうか。 飲み放題+オーダーバイキング方式ということで気になるメニューを次々注文する。 「乾杯」 たったこれだけの音頭、いつもの閣下らしいスタートの合図だ。 狭いだなんだと文句を言っておきながら肉に罪はないと食す。やはり肉文化は都会の方が断然上だ。運ばれてくる肉はやはり美味い。 偉そうに感想を述べたものの、実際に食したのはいつもの通りの量ではあった。 とかくトマトサラダはよく冷えてて口に合ったというのが一番の印象かもしれない。 それにしても予約なし、飛び込みテーブル席というのは12回のオフ会の中でもっとも気軽な感覚だ。一時期は10名を超えていた、半晒し者のような壇上っぽい所での宴会もあった。しかし今回は5名という人数(日程が急遽決まった事もあるが)これが今のGLの姿なんだなと感慨深く思えた。 閣下と局長は実質DOLからの撤退に近く、ウォル卿とウチは半撤退という半端な位置。それに比べてエルペペ嬢はDOLのみという歪な席ではあったが、一つのくくりで集まった者同士ならば会話が途切れる事はない。勿論の事、会話の内容はゲームの事ばかりだが、IXAの事となるとエルペペ嬢にとっては全くの門外になってしまっていたが、エルペペ嬢は終始笑顔でいてくれた事がなによりの慰みだった。 宴会も中盤を越えた頃、お酒も進んでいい出来具合な所でエルペペ嬢がごそごそと何かを取り出した。 「これつまらないものなんですけど。」 と白い袋に入ったものを閣下始めその場の4人が受け取った。 これは田舎者でも知っている「モロゾフ」のチョコレート菓子。 わざわざお土産を用意してくれているとは何とも嬉しい限りだけど、初参加の方にここまでしてもらうと逆に恐縮してしまう。 そういえば、事前に参加者の数をしきりに気にしていたのはこのためかと得心がいった。 (今、そのモロゾフを口にしながらこの文章を書いている) せめて退屈させないようにお話をするぐらいしかお礼はできないが、心遣いに感銘をうけた。 気がつくと1人の店員がテーブルに近寄ってきてラストオーダーの時間だと告げる。 こうして食事時間が短く感じるのはその場が楽しい証拠でもある。 皆してデザートを注文する。その日のメニューはモンブランとティラミスだった。 冷酒をやりながらデザートを食す姿はエルペペ嬢には不思議に思ったかもしれない。 人はよく甘党・辛党と仕分けしたがるがここに居る全員が甘辛党という雑食派なのは違和感がないようで不思議な感覚だった。 ティラミスは日本語訳すると「私をハイにして」、モンブランは「白い山」(アルプスのモンブランから取った説も)ただ、平べったいモンブランには山の面影がなく栗を使ったケーキに代名詞化されているようだ。この店もその手である。味は悪くなかったが、ティラミスのスポンジが少し粗かったのが残念の一言である。 焼肉のタレに染まった口の中をマルカルポーネチーズの酸味と栗の甘みが中和していく。 さっくりとモンブランを種にしてフランス語の鼻音の話をしたが、これは完全な空振りに終わった。 尼崎で少々の飲み代を頂戴していた事と普段飲まない冷酒の勢いも手伝い、さらにはモロゾフの返礼という事も合わせてエルペペ嬢の勘定はウチが持たせてもらい、まだ時間のある5人は2次会の場所を求めて通りを右左する。 いつもなら酔虎伝へ行くのだが「5分待ちになります。」という中途半端な回答を貰ったのですぐ近くにある「つぼ八」さんという店へ入った。 個室という概念すら取っ払った店内、おそらくは空中庭園を模したのだろうが中二階のような所へ通されてぐるりと首を回すと階下の状況はおろか店内全てが見渡せるのではないかという造りに「個室あります」と謳う居酒屋の真逆を行く斬新さに開放感の錯覚を覚えさせられた。 1ドリンク+1フードというノルマ(酔虎伝は1ドリ+2フド)の低さにとりあえず2度目の乾杯をする。 さすがに1軒目での焼肉の後ということもあり、皆が注文する料理は1本きゅうりだのししゃもだのシーザーサラダだのとあっさりした物がメインの中。ウチは何気にだし巻き卵を注文。焼肉よりあっさりとしても卵料理なのはどうかなと思ったが、食べてみると以外に美味かったので結果オーライという所か。 ここでの話題はほとんどIXAの話に終始した。 なによりIXAの魅力は技術的なものが不必要という所だ。 DOLの魅力は「誰でも頑張れば手に入る」(一部レア除く)だったが、IXAはそういう所もない。まさしくコミュニケーションツールの延長のような感覚だ。かなり操作しづらい所はあるものの、このゲームには瞬発的な何かを求められるわけでもないので十分に誰でも遊べる。ただし、それだけの自由度があるぶんプレイスタイルが分かれる所で非常に難しい所でもある。ただ、DOLより気軽さは大きいのは確実だ。 盛宴は時の経過を忘れさせるが、泊まりのウォル卿やウチとは違って他の3名には電車の時間がある。残念な事に1時間を過ぎた所でエルペペ嬢がシンデレラタイムとなった。お勘定を払おうとする手を局長が何気に引きとめたのがいかにも格好良かった。何度もごちそうさまと言いながらエルペペ嬢は帰途についた。 一方残った4名はさらにIXAの話に盛り上がる。 「弓の猛者は誰」「新章の居城」「役職者はクジ優遇?」「アンレーデの大罪」「抜け駆けは許しません」 さすがについていけなくなってきた感もある。 それだけ他3名の御大とはやりこみ度合いが違いすぎる。 しかし、聞いてるだけでもこの方々の話は面白い。 と感じてる間にいよいよ2次会も時間となった。 ここは局長持ちで店を出させてもらった。 「2時間を一人1kで済んだと思えばえらい得してるで。」 さすがそういう算盤を弾けるところが名幹事たる所以だと納得。 食欲は満たされ、気分もいい具合に周ったところで第12回のオフ会はお開きとなった。 通りの切れ目、横断歩道の信号待ちする所で3人に別れを告げた。 ホテルへ戻る手前のコンビニで水を1.5ℓほど購入する。 部屋は程よくエアコンが効いて寒くなかった。 ウコンドリンクを飲みTVを見ながら今日1日の事を忘れぬように頭の中で反芻すると早速に寝る準備と整えた。 ベッドへ横になり地元では見られないTV番組を見ながら眠気を待っていたが、宴会の興奮が冷め遣らぬのかだらだらと画面を見る時間だけが延びていく。 そんな中で一筋の汗が額を流れた。 それはアルコールのせいかと思ったが、ふと気付くと体感する室内温度が異常に高い。 ざっくり25度以上、27・8度はあったと思う。 しかし、室内エアコンの調節器らしき器具は見当たらず。 おそらく集中管理式エアコンであろう。 一度気付くとさらに暑く感じる室内でどうにかならないかと、冬なのに冷シャワーを浴び、僅かにしか開かない窓を開け、熱源体であるTVを切り掛け布団の上に身を投げ出してなおまだ暑い。 ごろごろとのた打ち回ること1時間、無駄な疲労が蓄積したのかようやく夢見の時間となった。 2時間後、やはり暑さで目が覚めた。 再び冷シャワーを浴び体温を下げる。 最後の最後でこういう仕打ちが待っているとは思いもしなかった。 残るミネラルウォーターを一気飲みし三度掛け布団の上へ体を放り投げた。 翌朝9時、かなり重いイベントのお陰でかなり半端な目覚めになった。 これも味の1つ。 さぁ、2日目だ。 この日以降の出来事は以下な感じ。 福島上等カレーは強敵 2日目も勝ち、3日目4日目でそれ以上負けた ダンテ著「新曲」見つからず。でも本は20冊ぐらい本買った ともかく今回も楽しい訪阪となった。 参加してくれた方おつかれさまでした。 最後に1つ大切な告知をしたい。 宴会の場では楽しい雰囲気に圧されて言えなかったが、おそらく今回が定例アンレーデ企画としては最後のオフ会になると思う。定例的に開催し、そして集まってくれた人には大感謝だ。12回の開催でも予定が合わずお会いできなかった人も沢山居る事が本当に心残りではあるが、今回を1つの区切りとしたい。 そして、来る3月の20日にGLは解散の日を迎える。 2005年7月13日に発足してから5年と数ヶ月、色々あったというより有りすぎた今日までに感謝し、その日をもってしばらくMMOから離れた生活をしようと思う。 環境の変化という訳ではないが、なによりウチ自身がじっくりと休みを取り、純粋にMMOを楽しめる気持ちへ戻すためにそういう生活へ一度戻ろうかと思う。 いつかは復帰する。その時までは培った友誼を大切に思いながら過ごそうと思う。 それでは一度、おつかれさま。 今まで遊んでくれた皆さん有難う。 アンレーデ(寺園樋久邨)