約 6,643 件
https://w.atwiki.jp/atogefan20110504/pages/198.html
クレイルとレオルスがテンペストに乗って飛行し、一時間ほど経った頃、その「林」は眼下に姿を現した。 まばらに配置された木々は、どことなく計算されて配置されているかのようにも見える。 「テンペスト、あそこの木の前に降りてくれるかい?」 クレイルはテンペストの体を軽く叩きながら命令すると、テンペストがそれに従いゆっくりと降下して着地した。 「ありがとう、テンペスト」 クレイルが声をかけると共に、テンペストは魔道書の中へ消えていく。 ここへ来る前と状況は変わらず、テンペストはいつもの魔力量ではない。 魔力が戻らない状態では、万が一自身で身を守らなければならない場面が訪れた場合、最悪の結果に至る可能性もある。 そう考えると、今のテンペストを不用意に晒しておく訳にはいかなかった。 「ここに魔女の一族が?」 「えぇ」 レオルスが辺りを見回してみるが、人はおろか生き物の気配さえしない。 「そう簡単には彼女たちには会えませんよ。結界の中に入らなければ、ね」 クレイルが二本の木のちょうど真ん中に立って右手の人差し指を立てる。 反時計回りに円を描くように人差し指で空中に六回触れると、そこには小さな紋様が六つ現れた。 クレイルが一歩下がり、慣れた口調で呪文を唱える。 「我が望みを聞け。我は汝が守護する一族の末裔。ここに力を証明する。汝はそれに答えよ」 唱えた言葉に反応するように、六つの紋様が輝きを増す。 クレイルが指差す右手の人差し指も、同様に魔力を帯びて輝きを増した。 紋様がクレイルの輝きを確認した次の瞬間、対に配置されていた六つの魔力の塊がクレイルの指先を中心に、勢いよく交差する。 交差した紋様は、二人の目前で空中に裂け目を残した。 裂け目はすぐに大きく広がり、目の前には真っ黒な空洞が現れる。 「なるほど、この林はフェイクか」 そう言いながらレオルスが覗き込むように表面を確認すると、そこには油の様な波紋が広がった液体の壁があった。 「行きましょうか」 クレイルはそう言うとその壁に触れ、吸い込まれるように中へと消えていく。 追いかけるように、レオルスもその壁の中に飛び込んだ。
https://w.atwiki.jp/atogefan20110504/pages/239.html
うつ伏せていたフラメルは、何かの気配でうっすらと瞼(まぶた)を開ける。 「う、ん……?」 パピメルの傍で目を閉じ、昔を思い出しながら少しだけ眠ってしまっていたことに気付いて、今度は瞼をはっきりと開く。 フラメルもクレイル同様、母の最期を目の前で見ている。 幼かったフラメルは母が消えたその後、何日も泣き続けた。 夢の中で鮮明に再生された遠い記憶はあの日の涙まで再現させ、目尻から溢れ出た涙は音も無くフラメルの頬を伝う。 (泣いてたってしょうがないじゃんか……!) その場に立ち上がり、勢いよく袖で顔を何度も擦る。 「パピちゃん、大丈夫だよ。お兄ちゃんとレオ君がきっと何とかしてくれるから」 目を覚まさない妹にそう言いながら、パピメルの額にあるタオルに触れる。 すでに取り替えてから時間が経っていたので、タオルが温くなってしまっていた。 そのままそれを手に取り、再度冷水につけてパピメルの額に乗せる。 そこでフラメルは、起きる直前に気付いた気配の事を思い出し、入り口へ顔を向けた。 部屋の入り口には大きな本棚が置いてあり、中には隙間も無いほど大量の本が詰まっている。 フラメルが取り出した本をどんなに雑に置いても、次の日にはパピメルによって整理され、綺麗な本棚に戻るという、姉妹共用で使用しているものである。 その本棚から、落下したと思われる二冊の本が床にあった。 (誰かが部屋にいた?) 急に不安を感じて部屋を見回してみるが、部屋にはフラメルと眠っているパピメルしかいない。 フラメルが恐る恐る落ちていた二冊の本を手に取ろうとしてしゃがんだ、その時だった。 「わっ!」 唐突に、一冊の本がフラメルの目の前で開いて浮遊する。 目の前で起きた現象に思わず声を上げる。 ぱらぱらと開いたページの中には、魔女が記した謎の文字が羅列されている。 「これ……ママの本……?」 フラメルがその文字を目にして、それが自分の母親の物であると判断したのは直感的なものだった。 ゆっくりと上下する本の下に手を添えて本を受け止める。 もう一冊も動き出すかと思い、触れることに躊躇するが、何も起こらなかったので左手で持ち上げて裏返し、表紙を見てみる。 「これはちっちゃかった頃にパピちゃんがいつも持ってた絵本、かな?」 白い表紙には可愛い動物たちが描かれている。 ページの中には紙で作られた動物が折り畳まれていて、ページを開くとそれが立体になってページ上に飛び出す仕掛けが付いている絵本である。 フラメルが絵本を本棚に戻そうと、本棚へ目を向けると (変だ……) 目にした先にある本棚には、隙間無くびっしりと本が詰まっている。 もちろん、この二冊の本が入っていたはずの隙間が見当たらない。 仕方なく、二冊の本を持ってフラメルが再びパピメルの元へ戻ろうとしたところで、外から羽ばたく翼の音と同時に大きな影が家のすぐ近くへ降下してきた。 それを目にしたフラメルは、持っていた本をベッド脇の椅子に置いて玄関へ走る。 急いでドアを開けると、そこにはラストテンペストから降りる二人の姿があった。
https://w.atwiki.jp/atogefan20110504/pages/227.html
少年は悔しかった。 許せなかった。 父がいない中、家族を守るのは自分しかいないのにと、自らを責めていた。 気絶した妹の側、倒れる母の横で泣き叫ぶフラメルを見て、少年は彼女の兄として漏れそうになる自分の声を押し殺した。 どんなに声を押し殺しても、溢れる涙は容赦なくクレイルの頬を伝う。 気づけばクレイルは無意識にその場で立ち上がり、森に逃げた魔獣を追いかけようとしていた。 静かに溢れる涙は、逆にクレイルに冷徹な感情を与え、憤激を超えた静かな怒りが少年の心を支配する。 怒りの矛先となる標的を追うために、森へ走り出そうとしたクレイルが気配を感じたのはその時だった。 振り返ると、いつの間にか大柄で青い髪の男が母のすぐ側に立っていた。 もう一人、青い髪の少年が男のそばに立ってクレイルを見ている。 初めて見る姿だが、クレイルは不思議にも敵意を感じなかった。 「……俺は今日、お前たち家族に会う予定だったラウロスだ。こっちに来い、結界を張ってある」 気がつくと、青い髪の少年を中心に展開された青い魔力の空間が倒れた母と妹たちを覆っていた。 クレイルがその結界に戻ろうとした時、草原の異変に気付く。 イヴの放出した魔力の影響を受けて、いつの間にか草原の植物たちの花が咲き誇っていた。 風が吹き、花びらが周囲に舞う。 暖かい日の光が差し花びらが舞い散る中、魔女は静かに息を引き取った。
https://w.atwiki.jp/atogefan20110504/pages/232.html
一方、レオルスもようやく山の頂上へと到着した。 セフィラに強化された魔力にはまだまだ余裕がある。 レオルスも素早く辺りを探索し、目的の物が見当たらなければすぐに次の山へ向かうつもりだった。 だが、クレイルと反対方向へと駆け、距離が離れた所で、ふと脳裏に浮かんだ記憶がレオルスの足を止める。 レオルスは、この山に来る前に聞いたクレイルの話を思い出してみる。 兄妹の母親イヴが倒れたその場に、レオルスとその父ラウロスが到着した、とクレイルは言った。 (あいつの話だと……俺が親父と一緒に守ったのはあいつら兄妹全員……ってことだよな) あの時、確かにレオルスは張られた結界を維持させてその場にいた者を守っていた。 (だけど……) レオルスがクレイルの向かった方向を見る。 (違うよな……親父が結界を張って、その中で俺が守っていたのは……) 心の中でそこまで呟いたレオルスの鼻のてっぺんを、不意に一粒の水滴が襲う。 「へ?」 気付けばいつの間にか周囲は何かに日差しを遮られ、恐ろしく暗くなっている。 慌ててレオルスが見上げた空には、黒い雨雲が立ち込めていた。 たった今、レオルスが登ってきた山はティアラレイクを成す五つ山のうち、一番標高が低い。 頂上付近でも雲を越えることはなく、現在彼のいる最頂部付近は空を覆う雨雲の真下にあった。 瞬く間に、大粒の雨がレオルスを襲う。 (下りるか……!?) と、考えたレオルスはそこで改めてクレイルと勝負中であることを思い出す。 (いや、周辺の探索がまだだ。とりあえず木陰に避難して――) レオルスが移動を開始した瞬間、雨雲の内部で激しい光が発せられた。 「って、そりゃそうだよな! クソッ!」 光と共に、雨雲から轟音が山中に響き渡る。
https://w.atwiki.jp/atogefan20110504/pages/237.html
その場に着地したクレイルが雨に濡れたレオルスを見て言う。 「落雷があったので心配してきたのですが……無事でしたか」 「まぁ、なんとか」 「焼け焦げていたらどうしようかと思いましたよ」 レオルスは魔術を使って落雷を避けたことを話そうと思ったが、クレイルならあの瞬間にもっと上手い方法で対処しただろうと思い、反論を止めて目の前のそれに話を移した。 「それより、見つけたぜ。これだろ?」 レオルスは目に前にある真っ赤な果実をクレイルに見せる。 「えぇ、これですね。勝負は僕の負けです」 クレイルがあっさりと敗北を言ってのける。 レオルスも、何かを賭けて勝負していた訳でもないのでそれに対して何も言うことはない。 そんなことよりも、問題なのは今目の前にある果実をどうにかして持ち帰ることであった。
https://w.atwiki.jp/atogefan20110504/pages/244.html
クレイルとレオルスがテンペストで飛行して数分。 最後の目的地である森を眼下に捉えた。 森から横へ視線を移していくと、その先にはセルフィタウンが見える。 セルフィタウンから徒歩圏内にあり、ローズから聞いた通り、アルはただ散歩に出かけただけなのに偶然この森へ着いてしまったのだろう。 「レオルス、魔界の魔力がテンペストに及ぼす影響がまだ不明確な状況です。少し離れた位置に下りますよ」 「あぁ、わかった」 クレイルがテンペストの身体を叩き、森から距離を置いて着地させた。 「……アル君の言っていた空気が赤いと言うのは、間違いではないですね」 「この森、どうなってんだ?」 森に近づけば近づくほど、<魔界の門>が開通しようとしているその空間の異様さがはっきりと確認できた。 森の中で広範囲に発生している霧は赤く、奥深くは日差しも僅かしか通っていないのか、夜とは異なる不気味な暗黒に染まっている。 手前には、魔女たちの結界とは異なる、人の侵入を拒む様な空気の流れがあり、クレイルとレオルスを止めようとする。 だが二人が引き返す訳も無く、レオルスが先に森に入り、クレイルも足を踏み入れようとしたその時 (…………?) 森を目前にしたクレイルが急に足を止める。 次の瞬間、 (何だ――ッ!?) 何の前触れもなく、クレイルの頭部が激しい痛みを起こした。 咄嗟に片手で頭部を抑えるが、頭の中を何かが蠢(うごめ)く不可解な感覚は一瞬でクレイルの思考を支配した。 聞き取れない複数の音声や、同時に発せられる不快な物音は、まるで脳内を直接刺激するかのように、クレイルを襲う。 目の前に広がっていた風景が霞み、森が歪んで形を変えていく。 視界に広がる現象にから思わず目を逸らすと 「おい、クレイル?」 振り返り、急に立ち止まったクレイルを目にしたレオルスが、心配そうに声をかけた。 その刹那、クレイルは取り囲んでいた奇妙な感覚から開放され、発生していた痛みや雑音は嘘の様に消え去った。 (今のは一体……) 顔を上げると、森の中を数メートル進んだレオルスの姿がある。 改めて周囲を警戒したが、立ち並ぶ樹木以外の他には何も見当たらない。 「大丈夫かよ?」 「……いえ、何でもありません。急ぎましょう」 自分でも理解しきれなかった謎の現象の説明を省き、クレイルも森の中へと足を進める。 二人はパピメルを救うための最後の素材を求め、森の奥深くを目指した。 そしてこの後、クレイルは己の過去について真実を知ることになる。 彼が生まれ持った運命は今、自らを変える為の宿命となり、再びその姿を晒すのだった。 2章へ続く
https://w.atwiki.jp/atogefan20110504/pages/236.html
木々が立ち並ぶ隙間、雑草に囲まれたその場所に目的の果実は存在していた。 <レッドホットレモン> 真っ赤で小ぶりの実が、背の低い木にたくさん実っている。 形はレモンそのものだが、見た目は完熟したイチゴの様に赤い。 (赤い見た目のレモン……これか!) レオルスがようやくレッドホットレモンの近くまでたどり着いた時には、周辺に降り注いだ雨水が果実の発熱によって綺麗に乾かされていた。 木の周辺には異様な熱気があり、気づけばレッドホットレモンの木の周辺には草木が一切生えていなかった。 (とにかく、俺の勝ちだな!) 直ぐに実を手にして下山しようと、熱気の中へ腕を伸ばしてレッドホットレモンに手をしたのだが 「あっつ!! えぇぇ!?」 思わず実に触れた手を引き戻し、その温度に驚いて大きな声を上げた。 熟成した<レッドホットレモン>が持つ温度は、時に百度を超えることもある。 その為、実が熟すと同時に木の周りに生えていた雑草含め、生き物が全て焼け消える。 高温の実は、周辺に生息する他の植物たちを熱で破壊してしまう程であった。 レオルスは熱さを誤魔化す様に火傷した手を上下に振る。 クレイルより早く果実を見つけられたところまでは良かったものの、これでは持ち帰ることが出来ない。 何か使えるものがないかと、周辺を見渡してみたがこの高温のレモンに対して使えそうなものは見当たらない。 その時だった。 遠くで草を踏む音が聞こえ、その音がすぐに一直線にレオルスに向かって迫る。 クレイルが魔術を使って地を蹴り木を渡り、一気に山を駆け上がってきたのだった。
https://w.atwiki.jp/atogefan20110504/pages/238.html
「見つけたは見つけたんだけどよ、これどーすれば……あちち!」 今度は実ではなく、枝を素手で掴んで無理矢理引っ張ろうとしたが、レオルスは再び悲鳴を上げて手を離した。 果実の特性を知っているクレイルから見た、レモンに翻弄されるレオルスの姿は何とも滑稽(こっけい)だった。 「それに素手で触れるのは、流石に危険でしょう」 「枝でも無理だし、どーすんだよこれ……持ち運べるか?」 触れた手から熱を飛ばす様に、腕を振りながら言うレオルスの前で、クレイルが徐に水筒を取り出す。 「魔力を帯びるティアラレイクの水は、水温が変わりません。ここにレッドホットレモンを入れてしまいましょう」 クレイルが水筒と一緒に取り出した小さなナイフでレモンを枝ごと切り取り、直接水筒の中に収める。 とぽん、と水の中へ果実が落ちる綺麗な音が響いた。 高温のレモンが落とされた水筒の中、ティアラレイクの水は全く変化を起こさなかった。 水温は湖で採取してから一度たりとも温度を変えていない。 「……それ、先に言っとけよ」 レオルスが明らかに不機嫌な顔で、火傷した手をさすりながらクレイルを睨む。 「フフ……果実の特長を聞かれませんでしたから、知っているのかと」 クレイルが水筒の蓋をしっかりと閉じ、笑いながら言う。 言ってから、自然と笑みを浮かべたことを悟られない様にレオルスに背を向けた。 クレイルは今、自分でも完全に無意識に笑んだのである。 パピメルが倒れ、家を出てから精神を張り詰めっぱなしだったクレイルは、ここまで何かに追い詰められる様に行動していた。 妹を救う為にと切迫してくる焦りは、彼がいつも持つ心の余裕さえも封じて、がむしゃらに行動させていた。 クレイルとは正反対の性格のレオルスが見せる可笑しくて一生懸命な行動は、本人からすれば大真面目であるが、それを見るクレイルの心には少しだけ余裕が生まれてきていたのである。 (ありがとう) 心の中で一言だけ呟く。 レオルスの行動を馬鹿にしたのではない。 焦るだけでは何も解決しない。 そう自分に言い聞かせて、クレイルは静かに水筒をしまう。 「……何だよ? 急に黙り込んで」 「いいえ、何でも」 「まぁ、とにかくこれで残りの素材はあと二つだな」 その通り、とクレイルが頷く。 「一旦家へ戻りましょう。任せてきてしまったガーネットハーブも気になりますから」 「OK、じゃあ入り口で!」 そう言いって、レオルスが魔術を使って山を駆け下りる。 クレイルも同じ魔術を唱え、レオルスを追う形でティアラレイクの山を下りていった。
https://w.atwiki.jp/atogefan20110504/pages/235.html
「はーっ……助かった……」 レオルスが大きなため息と共に、雲が消えた空を眺める。 先ほどまで巨大な雨雲があったとは思えないほど、空は蒼天を取り戻していた。 落雷が直撃した木は発火して燃えたものの、降り続いた豪雨によって火は消し去られて白い煙を上げている。 レオルスがふと視線を落とした先に、不思議な蒸気が発生しているのを発見した。 (何だ……?) どうやら豪雨によって降り注いだ雨がその場で蒸発し、湯気を上げている様子だった。 だがその湯気の量は、地面に生い茂る雑草や雨でできた水溜りがゆっくりと蒸発するだけでは有り得ない量の蒸気。 雲が無くなり、山へ射す日差しはあるが、今まで降っていた雨を短時間で熱せるほど気温は高くない。 レオルスがゆっくりと近づいてその場を確認すると、そこにはとある熱源があったのだった。
https://w.atwiki.jp/atogefan20110504/pages/230.html
「ふぅ……」 レオルスが透き通る冷水を飲み、ゆっくりと深呼吸をする。 美しい木々の中に小鳥のさえずりが響く。 大地が魔力を持つこの空間は、魔力を持つ者たちの癒しの場所でもある。 冷水の入った水筒を傍に置き、クレイルが両手で冷水を一口だけ飲んで言った。 「次は<レッドホットレモン>ですね。門番の魔女の話によればこの山のどこかにも存在しているらしいのですが……」 「たしか、発熱する赤いレモンだよな? 赤い実なら結構目立つんじゃねーか?」 レオルスの言葉に、クレイルが首を振る。 「いいえ、一度だけ実物を見たことがありますが、一般的な黄色いレモンよりも実が小さく、木の身長も低いのです。こんなに立派な樹木が生い茂る山の中で見つけるのはなかなか困難ですよ」 クレイルの言葉に、森を見渡すレオルスが、思いついた様に声を上げた。 「……よし! 勝負しようぜ!」 「はい?」 先を急ぐこの状況で一体何を、と疑問符を浮かべるクレイルに対し、レオルスが催促する。 「勝負だよ、勝負! 先に見つけたほうが勝ちだ。それに、二手に分かれて探した方がはえーだろ?」 それは確かに、とクレイルは手を顎(あご)に当てて考える。 どう考えてみてもこの勝負は勝とうが負けようが失うものもない。 レオルスの言うとおり、二手に分かれたほうが効率的だ。 クレイルが頷いて言う。 「いいでしょう。時間も無いですし手っ取り早く済ませます。何か危険があっても自己責任で」 「言うじゃねーか。いくぞっ!」 レオルスがそう言い返し、ティアラレイクの岸を走り出す。 その背後で 「スピンテール・トレケイン」 静かに一言唱えた詠唱と共に、クレイルは地を蹴り、跳んだ先の木の幹を蹴り、瞬く間に風を切って森の中へ消えていった。 「あ…………ッテメェ! いきなり使いやがったな!」 レオルスの声が虚しく無人の森に響く。 レオルスはクレイルと離れてから、魔術で移動速度を上げるつもりだった。 が、相手はあのクレイルだ。 既にお見通しだったのだろう。 いくらセフィラの強化魔術で魔力を補充されているとは言え、消耗戦になれば魔力量でクレイルに劣る。 すぐにでも速度を上げて、自分が早く見つけるしかない。 「スピンテール・トレケイン!」 クレイルと同様の詠唱を唱える。 レオルスが一歩、足を踏み込んだ瞬間に唱えた魔術の力が発揮される。 足を踏み込む度に弾ける様な反動がレオルスの足を押し返し、術者の跳躍力を強化する。 先ほどのクレイル同様に地を蹴り、跳んだ身体で木の枝に捕まり、さらに連続して木の幹を蹴りながら山の頂上へ向かっていった。