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名前 間瀬里美 あだ名 ませちゃん、ませ 性別 女 出身地 海と山の蒲郡 生年月日 1995年11月30日 学部・学科 文学部・歴史学科 人物 ゆとり世代 めんどくさがり 趣味 ゲーム あだ名をつける 口癖 マジで?(パターン豊富) 特技 峰ちんをいじり倒す 座右の銘 大丈夫、なんとかなるさ 好きな食べ物 オムライス(ケチャップ)、甘味 好きな本(漫画) 麒麟の翼 カラフル 苦手なもの 虫 顔と名前を覚える 人ごみ 夏 冬 居合道について 入部理由 フラグが折れなかったから 好きな技 月影 使用している刀 Eternal☆三日月丸 居合の特徴 ブレない 覚えは早い 目下の課題 筋肉を鍛える 自由記入欄 休みが欲しい
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ここでは 恭君〔恭ちゃん〕の部屋 の歴史を発表します 200x/xx/xx 部屋作成 2009/xx/xx ヒクくらいキモイ口説きで有名になる 2009/xx/xx 喧嘩部屋掲示板で叩かれる 2009/xx/xx それでも懲りずに口説きを続ける 2009/03/02 部屋主の歌がニコニコ動画デビュー http //www.nicovideo.jp/watch/nm6313853
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登録日:2011/01/27 Thu 19 50 55 更新日:2023/02/17 Fri 14 00 57NEW! 所要時間:約 3 分で読めます ▽タグ一覧 Tarte カタハネ シロハネ セロ・サーデ モスグルン Tarteのゲーム、カタハネの「シロハネ」編に登場するキャラクター。 【人物】 南方の町・モスグルンの郊外に住む、亡き父を尊敬し、彼と同じ歴史学者を志す青年。 本を読み出すとつい没頭し、自宅ではベッドに戻らずそのままソファーで眠ることもしばしば。 歴史に関する知識は豊富であるが、計算はちょっと苦手。 両親は既に他界し、生活費・学費は父の知り合いであった人形調律師、レイン・ヘルマーのお世話になっている。 幼い頃から一緒の人形、ココと二人暮らし。自身の成長に伴い、いつの間にかセロの方が「お兄さん」になっていた。 付き合いの長さもあって、話し方に癖のあるココの言いたい事を容易に理解できるが、ココの由来に関する事は知らず、ココ自身もよく覚えていない。 モスグルン近郊では、小説家を目指すワカバ、その弟ライトと親交があり、二人の喧嘩を仲裁しつつ日々を過ごしている。 基本的にワカバの頼みは断らない(断れない、ではなく)。 またワカバ以外に特別親しい女性が居ないことや、彼女の失敗もたいてい微笑んで許す態度により、ライトに二人の仲を勘繰られては誤魔化し、後に旅の仲間となるアンジェリナには後者の理由で「大人」と評価される。 人形調律師が減り続けるなかでココの行く末を心配しており、史学の道を捨てて調律師となるべきか悩んでいる。 旅の途中で会う調律師、レインやシルヴィアにこのことを相談する場面も。 歴史を語る際は客観性が第一。 ワカバが演劇祭の題材とした史劇「天使の導き」の新解釈に対しては、現状では根拠に欠けると難色を示し、『フィクションとしてなら面白いかも』と答えた。 その際、歴史がワカバの解釈とは真逆の事実を伝える現実を語り、「過去の出来事は変えられない」と述べた。 物語冒頭、季節は夏季休暇を迎えた頃。 レインから、数年に一度は必要である、ココの調律(メンテナンス)に来ないかと打診される。 この道連れにワカバ、ライトを誘ったことから、ただの小旅行は各地を巡る役者探しの旅へと発展することとなる。 穏やかで物静か。あまり人を疑わないお人よしではあるが、言うべき事は案外さらりと言ってのける人物。 道中では新解釈の「天使の導き」に関する手がかりを探したり、衣装などの時代考証をしつつ、一行のまとめ役を担っていく。 以下、EDに関するネタバレ カバルート(1・2周目で分岐) 以前より互いを想い合っていたセロとワカバは、旅の途中でついに結ばれる。 新解釈「天使の導き」に関する確かな手がかりは得られなかったが、それでも当初予定したとおりに舞台を上演させた。 その後も、セロは歴史学者、ワカバは小説家を目指し続け、EDを迎える。 EPでは、過去に深夜のテンション的な勢いで書き上げ、そのまま渡せずに放置していたラブレターをワカバに発見されてしまった。 ココルート(3周目から分岐可能) 道中、ワカバのミス(とココのちょっとした親切)が原因で、二人だけ手ぶらで鉄道に乗り遅れる。 が、二人だけで迎えた野宿の夜、星空の下で互いの想いを伝え合うこととなった。ココグッジョブ。 またこのルートでは、アンジェリナとベルも結ばれる。さらに、セロはココの助けも借りて「天使の導き」にまつわる歴史の真実に辿り着く。 ちなみにどのルートでも、赤の国の使節役としてちょっとのシーンだけ、「天使の導き」に出演している。 この時つけた口ひげは、周囲にどう反応していいか迷わせるほど、全くもって似合っていなかった。 追記・修正お願いします。 △メニュー 項目変更 この項目が面白かったなら……\ポチッと/ -アニヲタWiki- ▷ コメント欄 [部分編集] 名前 コメント
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概要 自由傭兵とは、サヌアの通り名である。 傭兵とは本来契約に基づいて動き、一国に根付く事が少ない為、その意味では全ての傭兵が自由傭兵といえる。 だが、その傭兵の中でも、難易度の高い任務を平然とやり遂げ、颯爽と次の国へと渡り歩くサヌア達の行動は、風の様な清清しささえ感じさせるものであった為、吟遊詩人や民草、王族や後世の歴史学者までもが彼らをそう呼んだ。 その為、サヌアを中心とした傭兵チームは、サヌア傭兵団の他に、自由傭兵団とも呼ばれた。 サヌア 関連項目 称号 サヌア傭兵団
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前半は、義和団の乱参照 義和団の乱の影響と評価 影響 1―中国国内の影響― 改めて強調するまでも無く、義和団の乱は国内外に様々な影響を残した。まず国内的な影響について触れる。 1. 総理衙門の廃止と外務部の創設 これらは北京議定書に盛り込まれているように、列強各国の強い意向によって実現したものである。アロー戦争以後清朝の外交を担ってきた総理衙門が清朝官庁内で次第に地位低下したことに不満を覚えた諸外国が、清朝が外交を重視するよう求めた結果、総理衙門を廃止し外務部をつくらせるに至った。なお外務部は他の官庁より上位の組織であるとされた。 2. 光緒新政の開始 北京に帰った西太后は排外姿勢を改め、70歳近い年齢でありながら英語を習い始めるなど、西欧文明に寛容な態度を取り始めた。その最も典型的な方針転換はいわゆる光緒新政を開始したことである。これは立憲君主制への移行・軍の近代化・経済振興・科挙廃止を視野に入れた教育改革を目指すもので、方向性は数年前西太后が取り潰した康有為らの戊戌変法と同じものであった。これには剛毅など西欧化に対し強く反対していた保守勢力が、北京議定書によって一掃されたことも大きく影響している。 3. 聶士成の武衛前軍等の北洋軍壊滅による袁世凱台頭 義和団の乱において直隷総督配下の近代化軍隊は連合軍に敗れて大きな打撃を受けたが、袁世凱の軍だけは義和団をたたくのみで、直接列強との戦争に参加しなかったためほとんど無傷であった。そのため清朝内で隠然たる影響力を持つに至る。同時期、李鴻章や劉坤一、栄禄といった清朝の実力者が次々と死去するという「幸運」もあって、清朝一の精鋭部隊を率いる袁世凱は、それを政治資本として有効に活用していった。それはやがて袁世凱を李鴻章の後任として直隷総督へと出世させ、さらに辛亥革命後の中華民国大総統、中華帝国皇帝(洪憲帝)へと押し上げる原動力となった。付言すれば、漢民族である袁世凱が衰退した清朝にあって最強兵力を保持し続けること自体が、やがて満漢対立という民族間の軋轢を増す不安定要因となっていった。 4. 中国の半植民地化 北京議定書によって、北京や天津に外国の駐兵権を認め、また巨額の賠償金によって外国による財政支配(海関税・常関税・塩税が支払われるまでの担保として押さえられた)を受容せざるを得なくなった清朝、そして中華民国は、もはや独立国としての体裁をなさず、「半植民地」ともいうべき状態に陥った。北京における駐兵権容認はやがて盧溝橋事件の引き金ともなるのである。 5. 清朝への不信増大 最も大きな影響は、民衆の不平不満の矛先が列強よりもむしろ清朝自体に向けられるようになったことであろう。それは清朝滅亡のカウントダウンが開始されたことと同義であった。列強への「宣戦布告」の際には「現在我が中国は積弱極まった。頼るところは最早人心のみ」と述べながら、北京陥落後あっさり義和団を切り捨てた清朝・西太后の姿勢は大きな失望を一般民衆に与えた。さらに北京議定書によって定められた巨額の賠償金を支払うために、過大な負担を民衆に強いたことは、人々が清朝を見限るのに決定的な理由となりえた。孫文は中国で何度も革命を行おうとして失敗し、その度に無謀だと周囲から冷笑されていた。しかし義和団の乱以後民衆の中に傍観者的な雰囲気が減り、孫文たちを積極的に応援する風向きが俄かに増加したと述べている。すなわち義和団の乱は辛亥革命に至る重要な伏線となったといえる。 影響 2―世界・東アジアへの影響― 中国国外への、そして国外からの影響としては以下のようなものがある。 1. 日露の対立激化と日英同盟の締結 義和団の乱鎮圧のために各国それぞれが出兵したが、その中で日本とロシアの対立が顕在化していった。特にロシア軍の満洲占領とモラルを欠いた軍事行動は、各国に多大な懸念を与えるとともに、日本に朝鮮における自国の権益が脅かされるのではという危機感を与えるのに十分であった。イギリスも中国における自国の利権を守るために日本に期待を示すようになり、1902年に日英同盟を締結するに至った。これには日本軍を賞賛したモリソンの後押しもあった。 2. 領土割譲要求の沈静化 日清戦争以降、清朝は「瓜分」(中国分割)の最大危機にさらされていたが、義和団の乱によって勢いに歯止めがかけられた。戦闘において圧倒的な強さを示した連合軍であったが、その後の占領地支配には手を焼き、中国の領土支配の困難さに嫌でも気づかざるを得なかった。列強のその時の思いは連合軍司令官ワルテルゼーの「列強の力を合わせたとしても、中国人の4分の1でも治めるのは困難であろう」ということばに言い尽くされている。ただ例外的に領土支配を目指した国があった。ロシアと日本である。ロシアの満州占領は日露戦争を導き、さらに辛うじてその勝者となった日本は一層の領土的野心を滾らせ、日中戦争へと邁進していくようになる。 一方キリスト教会側も義和団以降、反感を買いやすかった倣岸な姿勢を改めるようになった。これまでむしろ積極的に関与していた裁判についても自粛するようになり、次第に教案は減少していった。 3.大逆事件の伏線 一見すると無関係のようであるが、幸徳事件(1910年)の遠因を義和団の乱の際に起きた馬蹄銀事件に求める研究がある。馬蹄銀事件とは、清国の馬蹄銀という銀塊を、派遣部隊が横領したとの嫌疑である。すなわち日本軍は自軍が綱紀正しかったことを内外に喧伝したが、実際はそうでもなかったことを『万朝報』の記者幸徳秋水らが厳しく追及した。それが馬蹄銀事件である。この一連の記事によって、幸徳秋水らは山縣有朋の恨みを買い、それが幸徳自身に処刑という厳しい処置が課される原因となったという。 評価 歴史学における評価の前に、当時如何に義和団の乱が捉えられたかについて触れる。 1. 義和団の乱当時の評価 義和団の乱当時の世界は、社会進化論が有力なイデオロギーとして機能し、文明/野蛮という二項対立でもって物事が語られることが多かった。さきの二項対立には、西欧/非西欧という本来別カテゴリーの二項対立が無理やり重ねられ、さらにこの二項には暗黙の了解として上下のランク付けがなされていた。下位から上位へと移行すること、すなわち非西欧(野蛮)から西欧(文明)へ移行することこそが「進化」・「進歩」として受け止められていた。そのような中で起きた義和団のアンチ・キリスト的、あるいは非西欧的「悪行」は、「文明」に悖る野蛮な行為としてすぐさま世界に広まり、激しい非難が中国に寄せられることになる。 しかし一方中国の実情を知る人々の中には義和団の乱に対し同情的な声や、義和団の乱の意義を正しく見抜く人もあった。たとえば北京籠城を余儀なくされた外交官は「わたしが中国人だったら、わたしも義和団になっただろう」(オーストリー・ハンガリー帝国人A.E.ロストホーン)とのべているし、R.ハートは義和団の発生を国家的意識が目覚める前触れだといっている。日本でも青柳猛(有美)は「義和団賛論」(『有美臭』文明堂、1904)という文章を書いて、義和団に共感を示している。 2. 歴史学の中の義和団の乱 中国史に、そして世界史に大きな影響を与えた点では一致するものの、義和団の乱についての評価は未だ定まっていないと言って良く、それが語られる地域-中国・日本・欧米-によって、無論中国人研究者であっても欧米的論調に近いものもあるが、論調が異なっている。大きく異なるのは義和団の性格についての評価である。中国や日本では、欧米及び日本の帝国主義に反対する愛国運動という捉え方をするのに対し、アメリカなどでは闇雲に外国人を攻撃した排外運動という捉え方をしている(エシェリックやコーエン等)。 帝国主義に関する点で、義和団はキリスト教集団(宣教師や中国人クリスチャン)との対立の中で彼等の持つ様々な特権(行政上あるいは司法上)に直面して、それらが帝国主義に由来することに自覚的となり反対運動を行ったと前者は論じる。しかし欧米の研究者たちは、義和団は帝国主義に自覚的でなく単に外国人嫌いからくる排外運動だと主張している。他方義和団が愛国主義的か否かという点でも対立する。義和団が近代的な国家概念を有していたかどうか、「扶清滅洋」や「掃清滅洋」といったスローガンにおける「清」とは具体的に何を指すのかという点で一致を見ない。すなわちそのスタンスの違いから愛国主義だったといえるのか、あるいはナショナリズムの覚醒と言えるのかという点で論者の意見が分かれている。 義和団の乱余聞 粛親王善耆と川島浪速 北京籠城において、日本軍が防衛を担当した区画にあった粛親王府は粛親王善耆の邸宅である。彼は非常に日本との関係が深く、特に川島浪速とは自分の娘(日本名川島芳子)を後に川島の養女にするなど縁があった。その川島はこの義和団の乱の際、説得によって紫禁城を無血開城させた人物である。粛親王と川島浪速は後に協力して満州独立運動に荷担していくが、二人の運命は義和団の乱以降交叉し始めたといえる。 賠償金の返却 あまりにも過酷な賠償金請求に対し、やがて国際的な批判と反省が起こり、賠償金を受け取った各国は様々な形で中国に還元することとなった。たとえばアメリカは、賠償金によって北京に清華大学(1911年~)を創設した。この大学は北京大学と並んで中国を代表する名門大学として成長し、現在でも理系分野ではトップと言われている。 日本も1922年に賠償金の一部を中国に対する文化事業に使用することを決定し、中国側に通告した。日本の外務省には、文化事業部が新設された日本外務省編『外務省の百年』原書房、1969、ISBN B000J9KFCA、日本外務省記録「各国ノ団匪賠償金処分関係雑件」。。また、東亜同文会・同仁会・日華学会・在華居留民団など日本国内で日中関係進展にかかわる団体への補助を行ったり、中国人留日学生への援助を行った。また現代まで続く成果として学術研究機関設置がある。これは北京人文科学研究所・上海自然科学研究所・東方文化学院の設立を指す。東方文化学院は、後に東京大学東洋文化研究所と 京都大学人文科学研究所東方部に改編された。東山銀閣寺の近くに建つ京都大学人文科学研究所東方部は、キリスト教会のような塔を持った美しい西洋風の建物で、塔の窓にはステンドガラスが使われている。但し塔の内部には許可なくしては立ち入れない。 国宝級文物の破損・流失と日本古美術商 八ヶ国連合軍の一年にわたる北京占領は、掠奪と詐取によって中国の国宝級文物の国外流出を促した。宮城そのものの掠奪は免れたものの、その周囲にあった天壇や王府に所蔵されていた文物はほとんどが被害に遭っている。盗難され、また欧米系占領軍から見て価値の分からない秘籍などはぞんざいに扱われ破損したものも多かった。たとえば『実録』(王朝の公的記録)や「聖訓」(皇帝勅書)等を収めた 皇史宬 も襲われたため、多大な被害を出している。他にも『歴聖図像』4軸や『今上起居注』45冊、方賓『皇宋会編』(宋版)、呉応箕『十七朝聖藻集』(明版)など貴重な秘蔵文書が消失した。また『四庫全書』や『古今図書集成』や『大蔵経』も破損・一部散逸などの憂き目にあっている。東洋史研究者市村瓉次郎は北京に赴き調査した際に「大蔵の経典、図書集成、歴代の聖訓、其他種々の書籍の綸子緞子にて表装せられたるもの、悉く欠本となりて閣中に縦横にとり乱され、狼藉を極めたる様、目もあてられず。覚えずみるものをして愴然たらしむ」と慨嘆している。 多くの国宝級美術品が中国国外に流出したが、それは皮肉にも中国美術品の価値を世界に広めることになった。ジャポニズムによって切り開かれた東洋美術への関心は、次第に中国伝統美術にも注がれはじめ、争奪の的となり、さらには多くの模造品(贋物)が作られるようになった。こうした中国美術の価値を世界に知らしめるのに大きく関係したのは、日本の古美術商たちである。その代表は山中定次郎の山中商会・繭山松太郎の龍泉堂・大倉喜八郎の大倉集古館であり、彼等は書画骨董・青銅器・磁器・書籍といったものを中国から購入し欧米に販売していった。 日本に留まり現存するものも多い。泉屋博古館にある「虎食人卣」(こしょくじんゆう)や東洋文庫が多く所蔵する『永楽大典』はその代表例である。この他王羲之「遊目帖」(唐代模本)は乾隆帝の秘蔵品であったが、やがて恭親王奕訢に下賜された後、義和団の乱の際に日本に流出した。ただ広島に落ちた原爆によって焼失している。 義和団の乱、簡易年表 1894年 大刀会、活動を開始 1897年 11月1日 山東省において大刀会がドイツ人宣教師殺害。数日後、ドイツが膠州湾占拠。 1898年 5月 義和拳、「順清滅洋」を旗印に教会・信者を積極的に襲撃。 1900年 1月27日 列強の公使団、清国に義和団鎮圧を強硬に求める。 3月14日 毓賢を更迭し、袁世凱を山東巡撫とする。 4月 袁世凱に弾圧された義和団、直隷省になだれ込む。 5月 義和団、北京へ到達。 6月9日 各国公使、自国軍の北京への援軍を要請。 6月19日 西太后、義和団を支持し西欧列強に宣戦布告することを決定。 6月20日 義和団、紫禁城の一郭にあった北京各国公使館を包囲(~8月14日) 6月21日 清国、欧米及び日本の八ヶ国に宣戦布告。 7月14日 天津、八ヶ国連合軍に占領される。 8月14日 八ヶ国連合軍、北京に到達し総攻撃を開始する。 8月15日 西太后と光緒帝、北京から逃亡。珍妃、紫禁城内の井戸にて死亡。 9月25日 義和団事件における事件の首謀者(清朝内)を発表。 10月8日 義和団事件に関する北京列国公使会議開催。 1901年 5月29日 清国、北京列国公使団の賠償金(4億5000万両)要求を受諾 7月31日 八ヶ国連合軍、北京からの撤退を開始する。 義和団の乱を扱った映画・小説 老舎「神拳」(戯曲)「神拳」とは義和拳の源流の一つ。老舎は義和団との因縁が深い。彼は下級の満洲旗人の子として北京に生を享けたが、幼くして八ヶ国連合軍に父を殺されている。そのため幼少期は非常に苦労した。この戯曲には老舎の義和団への思いが反映している。 「北京の55日 55 Days at Peking」(1963年、監督:ニコラス・レイ、主演:チャールトン・ヘストン)撮影はスペインで行われたが、数千名の中国人を出演させるため、映画会社はスペイン全土から中国人を集めたという。またチャイニーズレストランで働く中国人が多かったため、撮影期間中の数ヶ月は、スペインのチャイニーズレストランがほとんど閉店したという話が残っている。この映画は、そのテーマ性から香港では1980年代後半まで上映は禁止されていた。上で触れた柴五郎も登場し、若き日の伊丹十三が演じている。ただこの作品は欧米での受けが良くなるよう、歴史的事実がかなりデフォルメされている点は留意されねばならない。籠城戦において英米人の役割が誇張され、食料をもってくる中国人を露骨に金銭が目的としているように描写しているように、オリエンタリズム的な色合いが濃いものとなっている。 「八ヶ国連合軍 Pa kuo lien chun」(1975年)、製作:Shaw Brothers Studio(香港)、監督:張徹、主演:傅声 「神鞭」(1986年)、制作:西安電影制片廠(中国)、監督:張子恩、主演:陳宝国 「ダイヤモンド・エイジ」(1995年)、著者:ニール・スティーヴンスン(米) 「一輝まんだら」手塚治虫 浅田次郎『珍妃の井戸』 脚注 主要参考文献 この記事加筆に際し、参考にした文献は多数に上るので、以下には日本語のものを中心に挙げている。 史料 参謀本部編『明治三十三年清国事変戦史』川流堂、1904 中国史学会編『義和団-中国近代史資料叢刊』上海書店、2000(初版上海人民出版社, 1957) 蒋楷『平原匪拳紀事』などを収む。 菅原佐賀衛『北清事変史要』偕行社、1926 柴五郎述・服部宇之吉著『北京籠城他』平凡社東洋文庫53、1965、ISBN 458280053X 守田利遠『北京籠城日記』石風社、2003、ISBN 4883441016 牧田英二ほか編訳『義和団民話集』平凡社東洋文庫244、1973、ISBN 4582802443 ピエール・ロチ著・船岡末利訳『北京最後の日』東海大学出版会、1989、ISBN 4486010396 ウィール(本名バートラム・レノックス・シンプソン)著・清見陸郎訳『北京籠城』生活社、1943、ISBN B000JAOZDY 研究著作 佐藤公彦『義和団の起源とその運動』研文出版、1999、ISBN 487636172X エシェリック著・張俊義等訳『義和団運動的起源』江蘇人民出版、1994(英文原書;Joseph W.Esherick,The Originsof the Boxer Uprising,University of California Press,1987)。 ウッドハウス暎子『北京燃ゆ-義和団事変とモリソン』東洋経済新報社、1989、ISBN 4492060502 G.N.スタイガー著・藤岡喜久男訳『義和団―中国とヨーロッパ』光風社出版、1990、ISBN 4875190190 斎藤聖二『北清事変と日本軍』芙蓉書房出版、2006、ISBN 4829503785 小林一美『義和団戦争と明治国家』汲古書院、1986、ISBN 4762923346 三石善吉『中国、1900年―義和団運動の光芒』中公新書、1996、ISBN 4121012992 佐藤清彦『奇人小川定明の生涯』朝日文庫、1992、ISBN 4022607424 富田昇『流転清朝秘宝』日本放送出版会、2002、ISBN 4140807008 関連項目 {{Commons|Category Boxer Rebellion|Template PAGENAME?}} 川島芳子 小村寿太郎 田口卯吉 田岡嶺雲 月亭文都 アーネスト・サトウ 江東六十四屯 東方文化学院 拓殖大学国際教育会館 京都大学人文科学研究所附属漢字情報研究センター 平原匪拳紀事 朱紅灯 北京の55日 外部リンク 桂太郎自伝の北清事変部分-史料に見る日本近代:国立国会図書館 北清事変概説(個人サイト) The Boxer Rebellion(英文) ピエール・ロチ(英文) 連合軍の北京進攻(簡体字) 王致中「封建蒙昧主義与義和団運動」(簡体字) 出典 フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』_2008年11月27日 (木) 12 32。
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トップページ>歴史>女性と歴史 『女性と歴史』20、2014.6 特集論文 정해은「朝鮮後期貧困層女性の自売の実態」 천성림「近代中国の貧困女性:「猪花」を中心に」 기계형「帝政ロシア末期サンクトペテルブルクの貧民層女性と性売買」 一般論文 장경희「朝鮮後期女性匠人の匠色と職役研究:儀軌の分析を中心に」 윤선자「韓末パク・エスダのアメリカ留学と医療活動」 안태윤「北韓女性が経験した韓国戦争:戦争動員活動と体制下の生存戦略」 정현백「国家と女性平和運動:金大中・盧武鉉政府の平和政治を中心に」 설혜심「女性と消費の歴史」 書評 한희숙「韓国女性史理解の底辺拡大のために:朱鎮五・김선주 外『한국여성사 깊이 읽기』푸른역사、2013年」 소현숙「トランスナショナルの観点から見た東アジア女性の歴史:山崎朋子、김경원 訳『경계에 선 여인들』다사헌、2013年」 정용숙「20世紀家族の地球史:Göran Therborn『Between Sex and Power Family in the World 1900-2000』 London Routledge, 2004」 『女性と歴史』19、2013.12 特集論文:韓国女性史研究の現況と展望 김선주「女性と女性性研究の模索:三国時代から高麗時代までを背景にして」 정해은「朝鮮時代女性史研究動向と展望、2007-2013」 홍양희「韓国近代女性史研究の現況と展望、2007-2013」 김은경「「憂鬱な熱情」を超え論争の白熱化へ:韓国現代女性史研究の争点と展望」 一般論文 박효근「フランス宗教改革とユグノー女性の「逆説」」 西沢直子「日本近代轉換期女性たちのネットワーク形成と階層化:福沢家を事例に」(日) 권순형「『牧隠詩藁』を通じてみた高麗末貞慎宅主の家庭生活」 박경「『自己録(자긔록)』を通じてみた朝鮮後期烈婦観と女性の対応」 김경애「羅蕙錫の女性解放論の実現と葛藤」 김영선「南北韓女性交流の多層的軌跡と学術課題」 書評 기계형「西欧女性史の偉大な開拓者、ガーダ・ラーナー(Gerda Lerner)を追慕して:Gerda Lerner『Living with History/Making Social Change』 North Carolina University of North Carolina Press, 2009」 박정애「日本軍「慰安婦」制度を語るもうひとつの歴史パズル:安秉直 翻訳・解題『일본군 위안소 관리인의 일기』、2013年」 学会消息 기계형、이현주「第二回「韓中日女性史国際シンポジウム」参観記」 宋連玉「日中韓女性史国際シンポ開催にあたって」(日) 『女性と歴史』18、2013.6 特集論文:境界を超えて:我が国女性運動の連帯と交流 김경애「我が国女性運動に対する海外支援:1970年代後半から2000年までを中心に」 이혜숙「地球化・地方化時代地域女性運動と女性連帯の展望:慶南女性団体連合の連帯活動を中心に」 안진「光州全南地域女性運動の連帯のための模索」 一般論文 이진옥「結婚、女性の義務なのか?:18世紀イギリス知識人女性の選択」 최용찬「戦争、女性、映画:「西部戦線異状なし」(1930)に現れた女性の苦痛と反戦の美学」 書評 장미현「輝く空間「光州」、輝く女性達:彼女達がくれた5・18の物語:光州全南女性団体連合 企画、이정우 編集『光州、女性』후마니타스、2012年」 『女性と歴史』17、2012.12 特集論文:民主主義と女性 홍찬숙「韓国社会の圧縮的個人化とジェンダー範疇の民主主義的合意:1990年代を中心に」 김혜경「イタリア女性連合(UDI)の活動と民主主義の発展」 一般論文 정현백「女性史研究の現況と課題:「位置付け」と「開拓」の間で」 배혜정「アンナ・マリア・ファン・シュルマン(1607-1678)と17世紀イギリスの女性教育談論に残した彼女の遺産」 나혜심「福祉国家と移住労働力、その肯定的な関係について:1950-70年代ドイツと女性移住労働者を中心に」 김경애「作家金明淳の生涯とキリスト教信仰」 書評 기계형「新しい時代を抱えた女性の話:실라 로보섬 著、최재인 訳『아름다운 외출』三千里、2012」 『女性と歴史』16、2012.6 論文 이은정「16-17世紀オスマン皇室女性の社会的位相と公的役割:オスマン皇太后の役割を中心に」 강영경「檀君神話に現れた熊女の役割」 박경「開化知識人達の早婚に対する認識:『独立新聞』の論説を中心に」 尹善子「蟾津江流域の日本軍性奴隷記念物「平和の塔」建立背景と主体:忘却から記憶へ」 書評 문숙자「社会学者が見た16世紀朝鮮の家族:박미해『유교 가부장제와 가족, 가산』아카넷、2010年」 『女性と歴史』15、2011.12 特集論文:歴史の中の女性リーダーシップ 정현백「グローバル視角から見た女性指導力:歴史的接近を中心に」 朴珠「朝鮮後期貞純王后金氏の政治的リーダーシップに対する再照明」 덩시아오난「乾興から明道まで:北宋劉太后のリーダーシップ」(中) 菅野則子「江戸幕府末期:女性の訴訟行動」(日) 이송희「韓国近代史の中の女性リーダーシップ」 陣雁「変化する中国女性のリーダーシップ:「ファーストレディー」宋美齡を中心に」」(中) 宋連玉「山川菊栄と黄信徳:帝国日本と植民地朝鮮の女性リーダーの出会いと交錯」(日) 一般論文 김성은「日帝時期朴仁徳の世界認識:『世界一周記』(1941)を中心に」 노서경「アルジェリア・フェミニズムの知的性格:1990年代の試練を中心に」 日本、中国女性史学会動向 菅野則子「日本女性史学会動向」 陣雁「上海地域女性史研究紹介」 『女性と歴史』14、2011.6 論文 이진옥「「ミレニアム・ホール」」 김경애「性暴力被害者/生存者としての近代最初の女性作家金明淳」 김성은「1920年代同盟休学の実態と性格:宣教会女学校を中心に」 신영숙「アジア太平洋戦争期朝鮮人従軍看護婦の動員実態とアイデンティティ」 박정신「我々の歴史に現れた女性とキリスト教の繋ぎ目:そのかみ合わせとズレの社会史」 書評 이선이「윤혜영『루쉰의 사랑 중국의 사랑 쉬광핑』서해문집、2008年」 『女性と歴史』13、2010.12 論文 이옥순「東南アジアのシータ、インドのシータ:女性主義観点の比較研究」 이성숙「老年とジェンダー:老年女性に対する談論とビクトリア期フェミニストの老年」 현재열「ある女性の生涯を通じて見た女性と革命:ロシア人「女性モミュナール(Communarde)」エリザベート・ドミトリエフ(Elisabeth Dmitrieff)」 広瀬玲子「大韓帝国期日本愛国婦人会の誕生」 김영선「結婚・家族談論を通じて見た韓国植民地近代性の構成要素と特徴」 윤정란「ジェンダー観点から見た歴史文化地図データベース構築過程」 천성림「実践性から多元化へ:韓国の中国女性史研究の背景と流れ」 書評 菅原百合「宋連玉『脱帝国のフェミニズムを求めて:朝鮮女性と植民地主義』東京:有志舎、2009年」 『女性と歴史』12、2010.6 特集論文:女性と革命 이성숙「女性と西洋近代革命:革命に対する追憶と未来革命」 기계형「1917年ロシア革命と女性:日常生活の連続性と変化」 윤정란「4月革命と女性達の参与様相」 一般論文 김경애「近代男性知識人小春金起田の女性解放論」 菅原百合「日本人女性安田靖子の対朝鮮認識」 서지영「負傷する主体達:近代媒体とジェンダー政治」 신영숙「日本の「アジア平和国民基金(国民基金)」に対する勧告社会の対応」 書評 박진숙「오영옥『영원한 국모 마리아 테레지아』나남、2009年」 『女性と歴史』11、2009.12 特集論文:トランス・ナショナリズム観点から見た女性史 김미선「植民地時期朝鮮女性の帝国内移住経験に関する研究:양충자(中国天津)と이종수(満州国安東)の口述を中心に」 나혜심「韓人女性看護労働者のドイツ移住と韓人家族内女性の役割」 신지영「旅行と空間の性の政治学を通じて見た羅蕙錫の風景画」 一般論文 趙景徹「百済王妃八須夫人の出自とその生涯」 문숙자「朝鮮後期奴婢家系と婢:筆巌書院「奴婢譜」の分析を通じて」 윤정란「旧韓末キリスト教女性の暮らしと女性教育運動:余袂礼を中心に」 김은경「1950年代新生活運動研究:家庭改良論と消費統制を中心に」 書評 朴珠「강명관『열녀의 탄생:가부장제와 조선 여성의 잔혹한 역사』돌베개、2009年」 『女性と歴史』10、2009.6 鄭海恩「朝鮮時代胎教談論から見た李師朱堂の胎教論」 박경「殺獄判決を通じて見た朝鮮後期支配層の夫妻関係像:『秋官志』分析を中心に」 윤정란「江原地域キリスト教女性教育事業と3・1運動」 윤지현「1920-30年代サービス的女性の労働実態と社会的位相」 김미선「近代的「職業女性」の女性アイデンティティと職業意識の形成過程に関する研究:1世代美容師임형선の口述生涯史を中心に」 김수자「韓国戦争とベトナム女性の戦争経験と認識:地域差別認識と結婚観を中心に」 이성숙「グローバル女性史観点から見た19世紀末20世紀初インド・ゼナナ(Zenana)女性とイギリス独身女性医療専門職進出」 신남주「女性文化遺産の概念と研究動向」 書評 이선이「김택중 訳『明史列女伝』제이엔씨、2008年」 『女性と歴史』9、2008.12 研究論文 韓嬉淑「朝鮮後期両班女性の生活と女性リーダーシップ:17世紀行状っを中心に」 남미혜「18世紀蚕桑で治産した全州李氏」 정지영「近代一夫一婦制の法制化と「妾」の問題:1920-1930年代『東亜日報』事件記事分析を中心に」 장성진「女性口述史を通じて見た韓国改新教文化形成過程研究:改新教女性전봉선を中心に」 기계형「女性農民達、法廷へ行く:ロシアの家父長的文化と妻殴打に対する態度の変化」 유정희「世界化時代ヨーロッパの移住女性」 書評 김성은「장성진『한국교회의 잊혀진 이야기:초기 한국 개신교 선교와 교회 성장에서의 전부부인에 관한 연구、892~1945』韓国学術情報、2008年」 『女性と歴史』8、2008.6 研究論文 朴珠「朝鮮後期純祖代の王室女性と天主教」(英) 김성은「『渓西野談』を通じて見た19世紀朝鮮知識人の女性認識」 윤정란「国家・女性・宗教:1960-1970年代家族計画事業とキリスト教女性」 최혜영「古代ギリシャ社会の宗教:女神と女性:デーメーテール(Demeter)のテスモポリア(Thesmophoria)を中心に」 기계형「日常生活とジェンダー政治:ソビエト時代初期の女性部(Женотдел)、1919-1923」 이성숙「女性史講義とフェミニスト教授法:「ポストフェミニズム」時代女性史講義戦略」 書評 신영숙「共著、共訳『확장하는 모더니티:1920~30년대 근대 일본의 문화사』소명출판사、2007年」 『女性と歴史』7、2007.12 研究論文 김영선「霊南良洞邑の両班家屋、香壇と女性の時/空間の統制」 안태윤「娘達の韓国戦争:結婚とセクシュアリティを中心に見た未婚女性達の韓国戦争経験」 윤정란「韓国戦争と商売に出た女性達の暮らし:ソウルに定着した他地域出身達を中心に」 이성숙「韓国戦争に対するジェンダー別記憶と忘却」 이선이「戦後韓国と中国の人口政策と女性」 書評 기계형「정현백『여성사 다시 쓰기:여성사의 새로운 재구성을 위하여』당대、2007年」 『女性と歴史』6、2007.6 研究論文 강영경「韓国女性史研究の現況と課題:高麗時代までを中心に」 張炳仁「朝鮮時代女性史研究の現況と課題」 이송희「韓国近代女性史研究の成果と課題」 이선이「韓国の中国女性史研究の現況と課題」 이성숙「今日、女性史とは何か」 書評 하지연「권순형『고려의 혼인제와 여성의 삶』혜안、2006年」 『女性と歴史』5、2006.12 研究論文 이성숙「西欧女性口述史現況と争点」 김수자「清渓川辺女性達の話:口述を通じて見た清渓川と女性の暮らし」 정현주「清渓川辺被服工場女性労働者の暮らし」 広瀬玲子「日本の「新しい女」と西洋女性解放思想:エレン・ケイ思想の受容をめぐって」(日) 広瀬玲子「日本の「新しい女」と西洋女性解放思想」 書評 강영경「조범환『우리 역사의 여왕들』책세상、2000年」 『女性と歴史』4、2006.6 研究論文 정현백「韓国の女性運動60年:分断と近代性の間で」 강이수「解放後韓国経済の変化と女性の労働経験:差別と周辺化の持続」 함인희「光復60年、家族制度と女性の暮らしの変化:受動的適応と能動的抵抗の躍動性」 김엘림「光復60年、女性立法運動の展開と成果」 朴珠「朝鮮時代慶南地域の烈女事例分析:『慶尚道邑誌』を中心に」 書評 이성숙「ヨーロッパジェンダー論争:女性は人間か?:Gisela Bock『Women in European History, Allison Brown, trans. The making of Europe Series』Oxford Blackwell、2002年」 『女性と歴史』3、2005.12 신남주「1920年代知識人女性の登場と海外留学」 이송희「釜山地域新知識層女性達の登場と団体活動:1920年代女子青年会活動を中心に」 이성숙「光復60年、女性セクシュアリティと性談論の変化」 강영경「光復60年、韓国女性宗教生活とその意識の変化」 김석향「『朝鮮女性』に現れる男女平等と性差別及び女性の権利意識研究」 書評 김성은「윤정란『한국 기독교 여성운동의 역사』国学資料院、2003年」 『女性と歴史』2、2005.6 강영경「新羅上代時期の女司祭:女巫と比丘尼の役割を中心に」 남미혜「朝鮮時代特殊職女性、蚕母」 西沢直子、김진숙 訳「福沢諭吉の近代化構想と女性論:「女大学」批判の構図を中心に」 안형주「初期アメリカ韓人女性とその娘達」 유정희「大衆媒体とドイツ女性:ワイマールとナチドイツを中心に」 정지영「朝鮮時代婦女の露出と外出:規制と隙間」 書評 정혜중「千聖林『산업화가 유교체제하 중국여성의 지위에 미친 영향』집문당、2005年」 『女性と歴史』1、2004.12 정현백「自叙伝を通じて見た女性労働者の暮らしと心性世界:20世紀転換期ドイツと1970~80年代韓国の比較を中心に」 박경「朝鮮初期王室家族秩序整備の特徴」 안태윤「戦時体制と家庭性:家庭生活と主婦役割に関する議論を中心に(1937-45)」 신영숙「延辺朝鮮族女性機関及び団体研究:女性の社会的役割とアイデンティティを中心に」 이선이「近代中国の民族主義と女性主義:丁玲の延安時期作品を中心に」 이성숙「イギリスのフェミニズムと帝国主義:南アフリカ戦争談論を中心に」 염운옥「イギリスの優生学運動とセクシュアリティ:性病の管理から結婚前健康診断計画まで」 書評 최혜영「S. Brundell『Women in Ancient Greece』Harvard Univ.Press, Cambridge、1995年」 1-20 21-40
https://w.atwiki.jp/railwaygroup/pages/15.html
歴史 会社設立から鉄道設立まで 日本の鉄道設立を遡ると有名な神社・仏閣の存在が設立動機となったケースが多い。 しかし、新関東電鉄のみはこうではなかった。1870年に関東保安電気株式会社が誕生。 そして、試験用に1890年に関東保安電気鉄道が申請開業。(綾瀬~浦和美園) 1950年代に入ると、東京オリンピックへ向けての準備が始まった。 関東保安電気鉄道を新関東電鉄へ改名。 試験線ホームを使いさらに延伸。関鉄本線が完成した。(綾瀬~つくば) という感じだ。
https://w.atwiki.jp/nyu-sokureji/pages/17.html
11月7日 ニュー速レジスタンス結成 11月12日 名前をニュー速レジスタンスから新・汎用部隊に変更 部隊発足から数時間後に解散し再びニュー速レジスタンスに 歴史的大敗を受け団員達も多大な精神的ダメージを受ける
https://w.atwiki.jp/japanunderground/pages/25.html
(1)torの歴史 (2)onionちゃんねるの勃興と衰退 (3)Tor板(ネット)の麻薬取締動向(防犯目的・注意喚起) (1)torの歴史 日本語Tor界 Torのにおける日本語のコミュニティ全体の総称である歴史 1990年代 onion routingの構想が誕生する 2004/08 海軍研究所が自由なライセンスでTorのソースコードを公開、2chのTorスレの最初のスレが立つ 2004/10 Onionちゃんねる開設、日本語Tor界の歴史はここから始まる 2006/- The Tor Project設立 2007/08 スウェーデンの研究者が出口ノード運用による通信傍受の実証に成功 2008/01 Tor Browserの開発が始まる 2010/10 警視庁内部資料流出事件にTorが利用される 2012/06 パソコン遠隔操作事件、日本においてTorの名前が広く知られるきっかけとなった 2013/06 エドワード・スノーデンがアメリカ国家安全保障局(NSA)の大量監視を内部告発し、世界中でTorの利用者が増え、日本でも増えた 2013/08 2ちゃんねる個人情報流出事件 2015/- Endchan開設 2015/09 警察がまじかる☆おにおんの利用者7名を摘発 2016/11 Firefoxのゼロデイ脆弱性が発見され攻撃される 2018/02 コインチェックNEM流出事件 2018/06 ダークウェブ内でサイトのlolitter2の運営者が逮捕され、初めてのダークサイト運営者の逮捕となる。 2018/11 第一次DanielHostingハッキング事件 2019/06 gcpip開設 2019/10 暗黒ちゃんねる開設 2019/11 アニオタのメモ帳開設、OZ-OZ BBS開設 2019/12 玉葱板開設、OnionBlog開設 2020/03 第二次DanielHosting事件発生・一行掲示板とサルモネラが接続不可に、BLACK板開設 2020/04 情報共有コミュニティ開設、玉葱板が活性化 2020/05 特殊通信技術研究部隊がTorpressに開設 2020/06 ダークちゃんねる開設、玉葱板が荒れ始める、BLACK板が完全に過疎化、Onionちゃんねるが接続不可に、FreeBBS開設、たいやきくん開設、gcpip新鯖発見 2020/07 特殊通信技術研究部隊開設がTorpressのエラーによって閉鎖、玉葱板閉鎖、俺のメモ帳管理人が失踪、それに伴い鯖移転したダークちゃんねるが賑わう、BLACK板が連投スクリプトによって荒らされる 2020/08/06 大きな荒らしが現れる。 スレを乱立する荒らしが発生した。ダークちゃんねるメイン板の全書き込みが消失した。 onionrecord設立、ダークちゃんねるにTinyIBが設置される。 掲示板 onionちゃんねる 言わずと知れた老舗。今はアクセス不能。その直前までは様々な違法薬物の宣伝だけがなされる廃墟となっていた。 玉葱板 こだっく。★師が運営していた掲示板。2020年7月26日、俺メモと同時に閉鎖。 Black板 恒心教徒が運営するサイバー犯罪系の掲示板。2020年7月ごろから様々なとばっちりで荒らされていたが、 ダークちゃんねる このWikiと同じドメインに存在する掲示板。管理人が恒心教徒であること*1や玉葱板末期の荒らしが玉葱板閉鎖により大量輸入されたことから、開設から現在まで争いが絶えない。 玉葱農場 8月になってから開設された新しい掲示板。ダークちゃんねるに人が集中しているため過疎気味ではあるが、管理人の対応が比較的迅速であることから荒らしが非常に少ない。 たいやきくんテスト板 たいやきくん氏が掲示板スプリクトを開発、公開するためのテストとして運営している掲示板。ボット確認(キャプチャ)が標準搭載されており、投稿システムが特殊なため連投がしにくく、それでいてゼロちゃんねるに近いUIである。 Endchan /librejp/ 板のUIやコメント投稿者の名前がふたばちゃんねるに似ている。クリアネットのSportschanとは親戚。 種族 なんJ民 彡(゚)(゚) 5chのなんでも実況J板からの移民。「ワイ」や「ンゴ」など猛虎弁を使う。関西弁をみかけたら大抵これ。 ケンモメン(ヽ´ん`) 5chのニュース速報(嫌儲)板からの移民。口癖は「ジャップさぁwww」「中世ジャップランド」。ジャァァァァァァッッッッッップゥゥゥゥゥゥwwwwも。 ツイカス ()や画像リプなどツイッターに見られるような語調を使うインターネットNOOB。 中二病初心者クラッカー クラッキングしたいと言いどんな言語を学べばいいか、どうすればサーバーをクラックできるかを質問するが、サーバー操作に使うbashを知らないなど、基本的なコンピューターの操作ができない。 恒心教徒 とある弁護士の評判を広めることを活動内容とする架空の宗教団体の教徒。「ですを」や「ナリ」といった口調で話すというのは昔の話であり、一人称が「当 職」に変わった猛虎弁で話すのが特徴。逆に「ナリ」「ですを」を多用するのは恒心教徒に成りすました包皮民(後述)であることがある。 ハセカラアンチ/包皮民 恒心教徒と敵対しており、恒心教徒をsageる書き込みや常識のない恒心教徒(「臭芋」とも)に成りすますなどの活動をしている。 恒心教徒の運営する掲示板やその利用者に敵愾心を持っていることがある。 アニ豚 アニメスレに書き込む。趣向は様々な模様。彼らの集まるスレッドは治安が悪い。 ペドフィリアン ロリコン及びショタコン。専スレにこもっている。 右翼 表の掲示板と比べて投稿が少ない。 自由至上主義者 完全自由主義者、自由意志主義者、リバタリアンともいう。私有財産制と小さな政府を支持し、権力を信用せず、雇用主のために働くことを否定する。右派リバタリアンとは違う。 無政府主義者 アナーキスト、アナキストともいう。共産主義者ではない。共産主義との主な共通点は、私有の生産手段と財産や、階級と搾取、神への信仰を廃絶するべきと考えるところ。主な相違点は、国家をすぐに廃絶するべきと考えるところ。 共産主義者 コミュニストともいう。俺メモスパモン板にスレがたくさん建てられた。マルクスは資本主義による格差の開がりにより、革命が必然的に起こり、全世界が共産主義化すると考えた。 環境主義者 地球環境を心配している。ダークちゃんねるでは、資本主義が環境破壊を促進させている、動物を追い詰めている、プラスチックゴミ問題を重要視するのはよくないことだ、という投稿をした。 GNU/Linux民 GNU/LinuxはWindowsやmacOS、Android、iOSよりプライバシーとセキュリティに優れ、また反権威主義なため、Torユーザーに人気がある。 警察 サイバー課と名乗る者達がTorの掲示板にアクセスし、取り締まっていると考えられる。たまにTorの掲示板の違法児童ポルノ共有者を逮捕する。機械音痴かつネット捜査で大量の冤罪を生み出す無能。 私怨厨 嫌いな一般人の個人情報を晒す。なおいくらTor使っていても現実で面識ある人物を晒せば、交友関係から誰が晒したか容易に特定されるので注意。 とちゃき 01/23/2045 (Sun) 12 34 56 [Preview] No.123456 del Endchanという英語掲示板にある、ふたばちゃんねる似の日本語板の住民。 123456 "とちゃき"という名前はどこから? ふたば☆ちゃんねるの"としあき"から生まれたと考えられる ミーム 共同幻想 国名や人種、法律を含むレスに対し「国家なんて共同幻想 存在しない」「人種なんて共同幻想 存在しない」といった内容のリプライ。元ネタは吉本隆明の共同幻想論。 玉葱(@ ) 「玉葱掲示板封鎖されてて玉葱@ @ 」のようにに草(www)を玉葱(@ )と書く 〇〇程度で騒ぐな 芸能人が自殺して「芸能人一人自殺した程度で騒ぐな」、コロナウイルススレで「1日200人感染した程度で騒ぐな」、生き物苦手・gatoスレで「猫13匹虐待した程度で騒ぐな」。 神聖六文字 恒心教徒による某弁護士への予告。 ddrks DuckDuckGoで検索しろカス。ggrks/ググレカスが元になっているが、Google検索はプライバシー的に悪く、Torからの接続にJavaScriptが必要なキャプチャを要求するので、Torユーザーから嫌われ、ddrksと言い換えられるようになった。 その他 日本語Tor界公認アニメ 『Serial Experiments Lain』 日本語Tor界公認図書 吉本隆明『共同幻想論』 カール・マルクス、フリードリヒ・エンゲルス『資本論』 鶴見済『完全自殺マニュアル』 日本語Tor界公認曲 フランス軍歌『玉葱の歌(La chanson de l'oignon)』 (2)onionちゃんねるの勃興と衰退 ①2013年2ちゃんねる個人情報流出事件発生。世間を賑わせる。 ②2015年onionちゃんねるコテハンの0chiaki氏が離席した瞬間に国セコが窓から侵入するというアクロバティック家宅捜索を受け逮捕される。0chiaki氏は出所後、cheenaに改名しダークウェブの教科書を出版。自サイトでtorの出口ノードを運営している。 ③onionちゃんねる上記の事件もあり一般人にも知られてゆくことになるのだが、反ってサーバー攻撃を受けることになり非常に重くなってしまう。 繋がらないことも多くなり、2019年12月からはほとんど繋がらず、一時回復するものの、2020年7月辺りからまたオフラインになってしまったことから、一時避難として暗黒ちゃんねる (2020.9上旬よりオフライン)、BLACK板(2020年10月閉鎖)、アニオタのメモ帳(2020年10月閉鎖)などに移行していく。 おにおんちゃんねる以外のtorのかつて存在したサイトは下記。 ONEL2019.11.13倉田いち朗さんタイーホ NJCHAT 同上 ONION Channel(別物) 2019.10.11不通 2019.9.1 NEW! 偽物?サイトの作りは本家と同じ。こちらは普通に入れる。 小烏丸 2019.3.31不通 Fresh Onions 2019.3.23不通 ゼロシキサイバーフォーラム 不通 2018.12.15 2018.12.10 2018.11.17 生存2018.11.4 俺のメモ帳 2018.12.10不通 俺のメモ帳 ?2018.12.10不通 神姫プロジェクト非公式サポーター非公式掲示板 2018.10.30閉鎖 匿名ブログ クレカ情報取引所 http //syamuvmqggrdriya.onion/ http //redroomcamstiqx3.onion/ 恒心教自殺部2018.11.17 × 恒心教サイバー部2.0@一般ITエンジニアチーム 恒心教サイバー部2.0、こちらの方が掲示板は活発。最近は情報系の話題が多い 恒心教サイバー部 - 特定の弁護士の評判を広める非営利法人 恒心教という架空の宗教団体の、クラッキングを担当する部門が管理する匿名掲示板。技術ネタに関して言えば、Hidden Serviceの中でも随一の情報量である。 サルモネラヘブン 掲示板とチャット。外人の嵐が多く、日本語は活発ではない 恒心教@一行掲示板 架空の宗教団体の一行掲示板。 747wq 2020.3.27頃404へ。セキュリティ関係。更新は停滞している ダークちゃんねる 2020.7辺りにオープン。掲示板が主体だがそれほど書き込み数は多くはない。2020/9オフライン 暗黒ちゃんねる 2019.6.23 2020.9上旬よりオフライン 2ちゃんねる風の掲示板。話題は様々だが、tor板よりは人の数は少ない。スレが多すぎて把握しづらい。 俺のメモ帳2 2019.11アドレス変更。画像掲示板がなくなりonionちゃんねると同じ2ちゃんねる方式となった。torのリンク集が使いやすい。2020.7下旬よりオフライン。 玉葱について語る掲示板です 2020.7俺のメモ帳2の付属している掲示板。onionちゃんねるがオフラインになってから掲示板が活発化している。2020.7下旬よりオフライン。 アニオタのメモ帳 2020年10月上旬に閉鎖。運営時間が11 00 - 24 00で火曜と水曜が休み。俺のメモ帳で使っていた一行掲示板が引き継がれている。2020年3月アアドレス変更 Kakomon 大学授業の過去問を販売しているが、函館みらい大学しかない。2020/7オフライン ④現在のtorサイトはtorリンク集2021年を参照。 (3)Tor板(ネット)の麻薬取締動向(防犯目的・注意喚起) (あくまで動向調査であり、詐欺に対する注意喚起と防犯目的です。クスリの使用を推奨しているわけではありません) 業者関係 ①ネットの販売が盛んであるが、ほとんど詐欺と考えられ騙されたと喚く投稿も多数ある。騙されたとしても警察に行くわけにも行かず、自業自得である。 ②時折本当に販売をする業者もいるが、いずれ逮捕されるのか最初から金を騙すつもりなのか消えてしまい結局お金を持ち逃げされることも多いと思われる。 ③海外での危険ドラッグを試薬と称して個人輸入をすることが、危険ドラッグの法規制が厳格化される以前(2013年前後?)は流行しており、個人輸入代行業者として輸入代行を十数件行った上で、他の客が集まってきたところで②の様に結局お金を持ち逃げするスレッドも確認出来た。 結論〜ネットの麻薬業者は詐欺であると認識を広めるべき。 消費者 ④ネットの中でもアングラ系は知識欲が深い人間も多く、Tor板の中でもケミカルキッチンと称して個人でドラッグ製造を試みたりするケースもあるが、過去のニュースからも実際個人レベルで作ることはほとんど難しいと考えていいだろう。 ただ、唯一製造が可能なものは、きのこ類を含む植物系である。 うち、きのこ類は法で規制されており、植物は大麻といわゆるアヤワスカと呼ばれるものであり、該当スレッドを確認した。植物の中でも合法なものもあり、この様な自作植物を規制することはなかなか難しいと考えられる。近年は青井硝子氏がこのアヤワスカの分野で活動している。 ⑤silkroadを使って、個人輸入を装いドラッグを密輸するスレッドは見られない。諸外国と違い言葉の壁と通関の壁が大きいと思われる。 3.大麻の流通経路 ①大麻も上記の傾向と同様であるが、大麻は唯一種さえあれば国内栽培が容易のため国内の大麻生産者からの販売が相当量あると思われる。種の入手経路は国際郵便や空路による持ち込みがほとんどと思われる。 (種自体の所持も大麻栽培目的であると違法であり当然行うべきない。) 余った種の販売と称して、時折販売していることもあるが詐欺の可能性も否定できない。 余った種といっても商品種であるF1ではなく、F1の子種のF2の可能性もある。 (F2だから劣っているわけではなく、品質にばらつきが生じると言ったほうが生物学的には正確) かつて日本麻軍(連合麻軍構想)が「種からしか解放は生まれない」とし、スカンク+道産子=ドサンクといったF2品種を国内でバラまくという構想(妄想?)やPB(プラントボム)、SB(しーどぼむ)、山岳ゲリラ、廃村コルホーズ構想があったが、その様な(自称)大麻解放戦士が今後生まれる可能性がないのか動向を注視していく。 ②大麻の情報はかなり広まっており、大麻が安全であるとか大麻栽培法と称してTorで情報拡散がされている。大麻は世界的に合法化が進んでいるが、ここは日本であり法があるから悪く、悪いから法があり、法があるから取り締まるのである。大麻は絶滅させねばならず、絶滅させるため焼却はときおり田舎で行われているようである。大麻には所持が違法であり、使用は違法ではない。これは国内の大麻栽培農家が逮捕されないために使用の罪を作らなかったとの法律制定の経緯があるらしい。 ③Tor板の動向 大麻栽培のスレッドや吸引のスレッドを確認した。「愚弄Howto」といったファイルや第三書籍から発行された「マ●ファナX」本や栽培中と思われる写真を上げるものも多い。稀にF2種のやり取りが見受けられる。 ④近況はアングラサイトの歴史を参照してほしい 参考〜YouTube https //youtu.be/YyEEiJkPTUA 大麻物語 K堂 (骨折堂?)https //420jp.net/my-marijuna-story-b8/ ④torとは直接関係はないが、2020/8に発売された実話ナックルズ2020/8月号に大麻で逮捕された漢akaGami氏のインタビューは反省どころか大麻礼賛合法化記事であり逆に潔い記事である。ラッパー関係に大麻が蔓延しているというのは公知の事実だが、生の声を知る上では一見の価値あるインタビューであった。 アニマル連邦 ようこそ! アニマル連邦 (日本語) 単行本 2019年10月ごろtwitter開始した新鋭のdrug漫画家。(ア連)を見るとき、個人的には98年に作者が自殺したねこぢる(kindle unlimitedなら無料を想い出してしまうのだが、ねこぢるの根暗さとは違ってアニマル連邦にはどこか底抜けの明るさと狂気が入り混じっており、純粋たるサイコパスと言える作品に仕上がっているのが特徴。ねこぢる作品にも草や紙なども出てくるが、この作品にも洩れなく出てきており、これまた経験者にしかわからないテイストになっている。ドラッグに興味がなくても、アンダーグラウンドの雰囲気を味わうという意味では入門書として画期的ではなかろうか。 ※参考 麻薬・違法ドラッグの流行とその対策 麻薬をどうすれば撲滅出来るのか、逆説的に経済学的な利益はどうなっているのかを研究することにヒントがあるのではないかと考え、本論を起案しようと考えた。 1.近年の麻薬の流通経路 麻薬は大麻を除き、ほぼ国内の生産が出来ないため海外からの密輸による持ち込みしかできない。従来型の麻薬の密輸は、GPS信号による海上投棄や海上取引により大規模(ときには100kg以上?)取引が多いとされた。この大規模取引により国内以降はヤクザが取り仕切っている形だったと推測されるが、近年(2015年以降?)はGPS検知能力が高まったことにより海上投棄や海上取引がほぼ取り締まられ全滅したと考えられる。最近の傾向は、旅客を装う空路による密輸がほとんどと考えられ、10人中9人以上捕まると思われるがうち1人でも残れば莫大な利益が得られるため危険を犯してまで行うものが後を絶たないと考えられる。小口分散化の傾向となり、この空路による密輸以降は日本に滞在する外国人による流通となりヤクザが介在する部分は減少していっている。 持込以前の生産者を考察すると、合法ドラッグはかつて1kg10万(1g100円)で輸入されてたが、覚せい剤の生産価格もおそらくそれ以下。末端の小売価格になると1gで10万、原価の1000倍とすごい利潤になる。原料のベンズアルデヒドはg7円だから、大量生産すればもっと安いのかもしれない。 生産価格から小売価格の差を、海外のマフィアと国内の暴力団で分け合っているのだろうけども、密輸価格が不明なのでどんな按分なのかは分からない。外国人が運ぶ割合が高いので国内の暴力団の割合はもはやほとんどないのかもしれない。 結論〜①空路を撲滅することができれば、麻薬の流入はかなり減少されるということかもしれない。 ②単純に麻薬を取り締まれば麻薬撲滅し解決するという問題ではない。経済学的に、供給量が少なくなれば価格上昇を招きやがて「神の見えざる手」により結局供給量も増えてしまう。基本的に麻薬の原価はほとんどないも等しい。
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歴史 2007年 11月28日 - yutoriサーバ(鯖)上に新設。 2010年 1月1日 - 標準名無しが「自治スレにて名無し変更議論中@VIP+」に変更される 3月16日 - 標準名無しが「名も無き被検体774号+」に変更される 7月30日 - tokiサーバ(鯖)に移転