約 1,954,209 件
https://w.atwiki.jp/anirowakojinn/pages/146.html
作者・Mr.後困る◆L5hImrrPlM氏 スイーツバトルロワイアル本編 スイーツバトルロワイアル本編SS目次・時系列順 スイーツバトルロワイアル本編SS目次・投下順 スイーツバトルロワイアルキャラ別追跡表 スイーツバトルロワイアルの死亡者リスト スイーツバトルロワイアルの支給品一覧 スイーツバトルロワイアルの参加者名簿 スイーツバトルロワイアルのルール&マップ
https://w.atwiki.jp/shinkiss_matome/pages/2760.html
『対戦相手求む!』の表示がされたスクリーンの真下にある扉を開き、僕たちはバトルスペースへと入り込んだ。 どうやらここの神姫センターはバトルする神姫のマスターは個室に入る仕組みらしい。個室の中にはおそらくバトルする神姫の様子を見ながら指示を出すためにつかわれるのであろう壁いっぱいの大きなモニターとヘッドセットとキーボード。そして神姫を戦場へと送り込むパネルがあった。 まるで公衆トイレのような狭く薄暗い空間に妙な落ち着きを感じてしまい、僕は立ち尽くす。 「ダイチ、なにぼーっとしてんのさ速く速く!」 ランにそう急かされわれに返った僕は、カバンを床に置きパーツの入ったケースを取り出した。 少し迷ったのちに白いパーツを取り出しランに次々と装着していく。 武装完了となったランをモニターの下に取り付けてあるパネルに近づける。するとモニターから光とも煙ともしれない白い靄が現れ、ランはパネルの中へと吸い込まれていった。 バトルステージへと転送されたのだ。 僕の手元から転送されていったランが草木のほとんど生えていない岩場に現れたのを僕はモニターで確認した。 今回のバトルステージは荒野だ。大きな岩や地面のくぼみ以外あまり隠れる場所も大したギミックもないオーソドックスなステージである。 「ラン、油断するなよ」 僕はヘッドセットを使いマイクテストも兼ねてランに声をかける。 「わかってるって。久々のバトルだ。全力でいくよ!」 ランはそう言いつつ地面を蹴り、低空を勢いよく移動し始めた。 ちなみに今回のランの装備はなんの変哲もないストラーフの標準装備である。 もちろんランは『白黒子』であるので黒ではなく白い装甲だがそれ以外は普通に神姫ショップで売られているストラーフと見た目はまったく同じ、いわばどノーマルの状態である。 一見なんの捻りもなく弱そうに思えるかもしれないが、特に目立った癖もなく、ランも生まれた時から使っている装備なのでミスもしにくいため、この装備を僕とランはけっこう気に入っている。 今回のように僕たちが初めて来た土地や、長くバトルから離れている時はこの標準装備にすることも少なくなかった。 作者が装備を考えるのが面倒くさかったとかそういうことでは決してない。 「うわっと!?」 ヘッドセットからランの驚いた声が聞こえてきた。 どうやら攻撃を受けたらしい。 「ラン、大丈夫か!」 「うん、なんとか避けた。今のは……!?」 僕もはっきりとは確認できなかったがランの斜め後方から光線が何本か飛んできたのはわかった。 ランは投刃武器であるフルストゥ・クレインを2本取り出し構えると、先ほどよりも速い速度で光線の飛んできた方向へと移動する。 通常のストラーフとは比べ物にならないほどの加速と最高速度。この機動力こそ『白黒子』の最大の特徴のうちの1つであるといえる。 僕はモニターを穴があくほどにらみつける。先ほど光線が発射されたとされる付近を観察した。 すると大きな岩と岩の間、ちょうど影になって見難い場所に薄緑の尻尾が揺れるのを発見した。 「ラン! 岩の狭間だ!」 僕が指示を出すと同時にランが素早くフルストゥ・クレインを投擲した。 するどい2本の刃が回転しながら飛んでいき、片方の刃はわずかに左にそれ岩に深々と突き刺さり、もう片方は素早く引っ込められた尻尾をわずかに掠めて地面に刺さった。 次の瞬間、岩の狭間から神姫の影が飛び出してきた。と同時に先ほどの光線がまた飛んでくる。 ランはそれを身を捻りつつなんとか避けながら素早く距離をとり砂地の上に着地する。 「へえ~、てっきりアーンヴァルかと思ったら白いストラーフじゃんか。リペイントバージョンなんて今時珍しいねえ」 ランの遥か上空から声が聞こえてきた。どうやら相手神姫はいつの間にか空へと飛び上がっていたらしい。 「お前ここらじゃ見かけない顔だなあ。オレのプチマスィーンズたちの奇襲を1発も被弾しなかったヤツなんて久しぶりだぜ」 そう言って偉そうに腕組みをしながらフワフワと浮かんでいるのはハウリンであった。まるで男のような雄雄しいしゃべり方だ。 基本的なハウリンの標準装備に黒き翼とアーンヴァルのエクステンドブースターを装備している。本体の周りにはプチマスィーンズが飛び回っていた。 ランは相手のハウリンの姿を確認すると、相手と同じ高さまで飛び上がった。 「ボクたち今日ここに引っ越してきたんだ。アンタけっこう強そうだけど、あの程度の射撃ボクにとっては屁でもないね」 ランはそう言って相手と同じように偉そうに腕を組んだ。ちなみに屁でもないなどと強がってはいるが、先ほどの攻撃は言うほど楽に避けたわけではないはずだ。少なくとも僕にはそう見えた。 しかし相手のハウリンにはそれが強がりとわからなかったのか、フンと鼻を鳴らすとこめかみのあたりをヒクヒクさせた。 「ふふん、調子に乗るなよ。洗礼としてオレがボコボコにへこませてやんよお!」 威勢よくほえるハウリン。てっきりそのまま突っ込んでくると思い、僕とランは身構えたがハウリンは素早く踵を返すとブースターを噴射させながら飛んでいった。 「あれれ? 逃げちゃったよ?」 「油断するなよラン、なにかの罠かもしれない」 僕は釘をさしたが、ランは「へーき、へーき」などといいながら全速力でハウリンの後を追い始めてしまった。止めようかとも思ったがいずれにせよランは遠距離戦は得意ではない。近づかなければ正気はないため僕はそのまま行かせることにした。 その後も相手は一向にこちらと積極的に戦おうとはせずに、逃げ回ってばかりいた。 近接距離での真っ向勝負が大好きなランにとってはまったく面白くないらしく、モニターに移る横顔は明らかにイラついていた。 「あー! もうっ! 逃げ回ってばかりじゃなくてちゃんと戦いなよ!」 とうとう癇癪をおこし、ランはそう叫ぶ。 しかし相手はまったく答えることはなく、そのかわりに遠隔操作されていると思われるプチマスィーンズによる射撃がランの死角の位置から飛んできた。 「うわあ!」 被弾。 普段のランならばなんなく避けることができる程度の攻撃だったが、イラついているせいか、動きが大雑把になってしまっている。 相手が機動力を生かして逃げ回り、それを追いかけるランが焦れたところをプチマスィーンズによる他方向からの攻撃。先ほどからこのパターンの繰り返しだ。 1つ1つはたいして痛くもないがダメージは確実に蓄積している。 僕はモニターの右上に表示されているランと相手の残りエネルギー残量を確認する。 相手はいまだに9割以上のエネルギーを残しているのにくらべ、ランの方は残り5割に近づこうとしていた。このままではジリ貧だ。 「しっかし、あの好戦的なハウリンにここまでクレバーな戦法をとらせることができるなんて……相手のマスター、かなりのやり手だな」 僕は素直に感心してしまった。 普通ハウリンと戦う場合はナックルや打撃武器といった近接武器でガシガシ打ち合う戦いになることが多いのだが、このように距離を取りまくるハウリンというのもなかなか珍しい。 神姫の性格に合っていない戦法をとるのは難しいはずだ。神姫と話し合い、心を通わせて、なれない距離の戦いの修練の積み重ねが必要になってくる。 僕も時々ランに遠距離戦の指示を出してみることもある。が、うまくいったためしはほとんどない。根っからのインファイターにアウトサイドな戦いをさせる難しさはよく知っているつもりだ。 それなのにあそこまで見事なヒットアンドアウェイを見せられるとは。ただただ、相手のマスターの技量を尊敬するしかなかった。 「感心してないでなんとかしてよお! このままじゃ負けちゃうよ!」 ランが顔を真っ赤にしながらそう叫んでくる。 僕は残り時間を確認する。あと1分。時間切れになれば判定で相手の勝ちだ。 どうする? 僕が悩んでいると、向こうのハウリンが喋りかけてきた。 「へへーん、たいしたことないな新入りのストラーフ! そんなザマじゃあこの街では通用しないぜ!」 「なんだとお!?」 ランの顔がさらに赤くなる。やかんでものせればお湯が沸かせそうだ。 「くやしかったらついてきな。ここで相手してやるよ!」 そう言ってハウリンは小高い岩山に掘られた、原始人でも住んでいそうな洞窟に入っていった。あからさまな挑発とあからさまな罠だ。 ランはその入り口で急停止する。ランも罠に誘われていることに気づいたのだろう。 しかし僕は停止したランに向かって叫んだ。 「止まるな、突っ込むんだ! ラン!」 僕の一声にランは一瞬戸惑ったが、すぐに加速して洞窟のなかに突っ込んでいく。 「こうなったら賭けにでるしかない……」 僕の意図を察したのか、ランも覚悟を決めた表情でうなずいた。 第四話 決着とそれから
https://w.atwiki.jp/shinkiss_matome/pages/355.html
前へ 先頭ページへ 例えるなら、それは羊水の中を漂うようで。 それは春の木漏れ日の中で日光浴をするようで。 それは絶景を肴に露天風呂に漬かる様で。 ひどく心が休まり、心地が良く、そのまま永遠に過ごしたくなる様な。 それはまるで麻薬の用に五臓六腑に染み渡り、無意識の海にそのまま沈んでいたくなる。 この世で最も過酷な事は、睡眠をとらない事だろうと俺こと倉内 恵太郎は混濁した意識の中でぼんやりと考えていた。 「……ス…………だ…が…………お………」 誰かが俺に話しかけてくる気がしないでもないが、人間の根本に存在する三大欲求の一つに抗って応えられるほど俺は人間が出来ちゃいない。 そんなこんなで狭いシングルベッドの上で毛布に包まり、再び惰眠を貪ろうと身体を捩らせた。 その瞬間、俺の毎日のささやかな幸福の時間は非情にもすっ飛んでった。 頭部に奔る鈍い激痛、頭蓋骨の中で轟音が響き渡るような錯覚。 そのお陰で、俺の意識は一気に覚醒してしまった。 「おはようございます、マスター。今日も清々しい朝ですね」 俺の相棒であるストラーフ型神姫のナルが専用装備である対神姫用実体剣「刃鋼」を小脇に携えて朝の挨拶をしてきた。 「ああ……おはよう」 俺は痛む頭を抑えながら、手厳しい目覚ましで起こしてくれた相棒に挨拶で反す。 朝が弱い俺をナルが刃鋼の腹で俺の頭をブッ叩く。 いつもと同じ清々しい朝だ。 「マスター、お目覚め早々ですが、一限目の講義まで後20分しかありません」 全く、鬱陶しくなるくらいにいつもと同じ清々しい朝だった。 俺は県内の大学に通っている。 工業系、主にロボット工学がメインの大学で、そこそこ名が知られているらしく時折テレビの取材がくるらしい。 もっとも、三十余年前までは余り人気が無くて経営はやばかったらしいが、今は何処吹く風と言うほどの盛況ぶりだ。 情報技術が発達し終えたと言われた202X年、世界は低迷していた。 医学・物理学・天文学・情報工学、人類の主要な技術の殆どが発展を終え、進化の袋小路に追い込まれていた。 世間では世紀末だのノストラダムスの予言だの騒いだらしく、暗黒時代とも呼ばれたらしい。 そこに救世主の如く現れたのが、ロボット工学と情報工学そして人間心理学それら全てを終結させた全長15cm、心と感情を持つMMSと呼ばれる機械仕掛けのお姫様である。 大手玩具メーカーから発売されたMMSは瞬く間に普及し、ありとあらゆる分野に応用され始めた。 大抵のMMSは有効利用されたが、中にはあくどい事に利用する輩も多くいた様で、一介の玩具のために多くの法律が制定されたらしい。 他にも色々と問題があったらしいが、今や過去の話。 MMSは、我々人類の新たな友人として必要不可欠の存在となっている。 そんなこんなで我が大学のロボット工学部の主な内容は殆どがMMSについてである。 我が大学にある学科は四つあり、俺はその内の一つである「MMS環境心理学科」に所属している。 何だかご大層な学科名だが、やっていることは単純明快。神姫バトル、である。 一応は「MMSと人間との心理作用による行動ロジックの云々」とかいう大層な理念が掲げられているが、要は将来有望なランカーを育成し、大学を宣伝しようという口である。 もっとも、設備においては国内随一を誇るので競争率は非常に激しいので大学としてはウハウハだろうが。 まあ、この大学はそういった専門的な設備だけでなく、その他のレジャー的設備も整っているのも人気の一つだと思う。 現に今、俺が食っている食堂のネギトロ丼も毎朝築地から活きの良いのを仕入れてくるらしく、そんじょそこらの寿司屋よりよっぽど上手い。 その上、値段も3桁と採算がとれるのかどうか心配になるほどのコストパフォーマンスを発揮している。 学生の身分故、常時金欠な事を考えるとこの食堂は正に天国だった。 「よう、恵太郎!」 俺が数少ない幸福を噛み締めていると頭部に鈍い痛みが奔り、むさ苦しい声も聞こえてきた。 思わずネギトロを吹き出しそうになるが歯を食いしばって堪える。 「……裕也先輩、人が飯喰ってる時に頭小突くのやめてもらえませんか?」 「おう? 男が細かい事気にすんなっての!!」 この図体がでかい筋肉ダルマは一応俺の先輩に当たる人で、名前は佐伯 裕也。 毎度毎度人の頭を小突くかなり傍迷惑な筋肉ダルマだ。 「こんにちは、佐伯さん」 しかし、俺の相棒は筋肉ダルマにも嫌な顔せずに挨拶を交わす。 いやはや、良い娘に育ったものだ。 「こんにちはなのだ~!」 筋肉ダルマの代わりにナルの挨拶に応えたのは筋肉ダルマの武装神姫、マオチャオ型の蒼蓮華だ。 今まで何処に居たのか知らないが、今はテーブルの上でナルに向かって骨法の構えを取っている。 「いざ、尋常に勝負なのだ~!」 「おう、そうだ! 今日こそ俺らが祝杯を挙げる日だ!!」 そう言うなり筋肉ダルマはテーブルに拳を叩きつけた。 「っと、冗談は筋肉だけにしてくださいよ」 まだ食べかけのネギトロ丼が激しく揺れたので、両手に抱えて空中に避難させる。 「裕子先輩ならまだしも、何度も何度も同じ相手と戦っても意味無いでしょう。」 「ふっふっふっふっふ……」 筋肉ダルマと蒼蓮華が揃って腕組をしながら怪しく笑った。 「何ですか、不気味ですね」 「コイツが何だか、解るか?」 そして懐から一枚の紙切れを取り出した。 どうせまたプロレスやら何やらのチケットだろう。 以前にも同じパターンは何度もあったし、二年も同じ事をやっていれば嫌でも学習する。 とりあえずはネギトロ丼を腹に注ぎ込んで、適当にあしらって午後の講義に備えよう。 確か午後は一般科目だった筈だ。 「マスターの姉上、裕子様の夏祭りでの浴衣ブロマイドなのだ~!」 「どうだ、恵太郎。これを賭けると言ってもまだ首を縦に振らないか?」 「放課後、第四バーチャルマシーンセンターの前で待ってます」 ナルの視線が痛かった。 時刻は午後5時過ぎ。 確か筋肉ダルマも今日の講義は全て終わっている筈なのだが……。 「遅い」 思わず声に出してしまった。 ナルはとっくの昔からトレーニングマシーンで模擬戦闘を繰り返している。 それを横目に俺は三本目の缶コーヒーを飲み干し、ゴミ箱に投げ入れた。 思えば、あの人に『放課後』と言って講義終了後直ぐに来るとは思えないのも確かだが。 ほんのり嫌気が刺してきて、ぼちぼち帰ろうかと思い出したその瞬間に聞きなれてしまった大声が聞こえてきた。 「よぉ、待たせたな!」 余りの能天気振りに怒る気力も消え失せた。 「……先輩、とっととやりましょう」 溜息の一つもついてやりたかったが、一応堪えておいた。 「尋常に勝負なのだ~!」 蒼蓮華は今まで何処に居たのか、何時の間にかバーチャル・バトルマシーンのクレイドルの上で仁王立ちしていた。 「ナル、準備は良いかい?」 「何時でも」 トレーニングンマシーンから出てきたナルに一応確認を取り、蓮と筋肉ダルマが待つバーチャル・バトルマシーンへと向かう。 「先輩、例のブツはちゃんと持ってきていますよね?」 「おう、男に二言は無ぇ!」 バーチャル・バトルマシーンのディスプレイを挟んで筋肉ダルマに今回の最優先事項を確認する。 「なら結構。では、始めましょうか」 「応ッ!」 バーチャル・バトルマシーンに備え付けられたクレイドル。 私はその上に横たわり、無線通信回路を開く。 頭部コアユニットからバーチャル・バトルマシーンへと、自身のあらゆるデータが転送されているのを感じる。 まるで頭の内側を何かが這い回るような奇妙な感覚。 それに伴い、私の身体の感覚が少しずつ消えていく。 最初に触覚。 背中に当たっていたクレイドルの感覚が感じられなくなる、というより重さを感じられなくなる。 次に嗅覚。 少し油臭いバーチャルマシーンセンターに充満する空気が感じられなくなる。 そして聴覚。 ごぅ、という空気の流れる音や、モーターの駆動音が一切聞こえなくなる。 最後に、視覚。 視界に映る高い天井がまるで夜の闇に溶け込む様に黒く塗り潰されていく。 身体の感覚が全て消えたその瞬間、意識が飛んだ。 今のこの身体には何も感じない。 モノに触る事も、モノの匂いを嗅ぐ事も、モノの音を聞く事も、モノを視る事も叶わない。 ただ一つ感じる事。 私の精神を司る電子の魂が、本来の機械の身体を離れて異なる場所に向かっていると言う事。 ソレを感じている時間は、実際には数秒程度だろうか。 その奇妙な感覚が薄れるのと逆に、身体の感覚が甦ってくる。 最初に触覚。 足の裏側から地面の反力。頬を撫ぜる湿っぽい風。いつもと違う重さを感じる。 次に嗅覚。 噎せ返るような木の匂い。生ぬるい風の匂い。現実は異なる匂いを感じる。 そして聴覚。 野鳥などの羽音や鳴き声。草と草が擦れ合う音。そして聞きなれた駆動音を感じる。 最後に、視覚。 まるで夜が明ける様に視界がクリアになっていく。 全身の感覚が元に戻る。 一つ違う事、それはこの身体が0と1との信号によって作られた仮想現実の身体であること。 そして普段の非武装形態ではない事。 今の私は戦闘形態。 右腕は高出力粒子砲と化し、左腕は巨大な腕と剣を持つ。 そして腰には追加アーマー。 我が主が自ら作って下さった、私の一番の宝物たち。 クリアな視界に映るのは、青々と生い茂る木々が立ち並ぶ熱帯雨林。 視界は生い茂る木々と立ち込める靄によって10sm先も確認できない程に悪い。 蒼蓮華も同じタイミングでログインしてきているのだろう。 ドップラーセンサを最大限稼動させ、動体を探るが……。 「ナル、このフィールドじゃセンサ類は恐らく役に立たない」 マスターの言うとおりだった。 動体を検出するドップラーセンサは検出する対象を制限できない。 よって、再現された野鳥や虫などの動体すらも検出してしまうので、センサには異常な検出結果がはじき出されている。 超音波センサはどうかと思ったがこちらも役に立ちそうに無い。 超音波センサは、超音波を照射して跳ね返ってくるまでの時間などの結果から対象の大きさや距離を検出するものだ。 だが、検出されるのは直ぐ近くの木々ばかり、肉視確認の方が余程視野が広い。 「この状況で最も有利なセンサ、それは……」 マスターの声にはっとする。 五感の中で視覚の次に重要視される感覚、それは聴覚。音、である。 密室かよほど入り組んだ地形で無い限り、音は関係なしに進んでいく。 それはこの仮想現実でも同様だ。 そして、聴覚センサがデフォルトで強化されているのは、ヴォッフェバニー、ハウリン、マオチャオ。 蒼蓮華はマオチャオ型。 ヴォッフェバニーより数段劣るとしても、私とは比べ物にならない。 それこそ、小さな駆動音からこの場所を探り当ててくるだろう。 この状況で最も有利な戦法、それは奇襲。 蒼蓮華は脚部に追加武装「紅蓮脚」を搭載している。 大出力のスラスターとショックアブソーバー、そして至射炸裂型榴弾。 簡単に言えば一撃必殺型装備。 当たれば大ダメージを受ける事は間違いない。 当たればだが。 「にゃんだぁぁ~~~きぃぃぃぃぃぃぃぃっくぅぅぅぅぅぅ!!」 大声を上げ、右方向から水平に蹴り込んで来た蒼蓮華を軽いバックステップで避ける。 「にゃ!? にゃにゃにゃにゃにゃ~~~~~~」 勢いを殺しきれず、進路にある木々を蹴り倒しながら突き進んでいく蒼蓮華を見送る。 「またか……」 マスターの溜息混じりの声が聞こえてきた。 私も溜息をつきたくなった。 大人しく黙って奇襲すれば良いものを、何でわざわざ大声なんか出して自分の居場所を知らせるのか。 以前聞いたときは「そこにロマンがあるからなのだ~」としか言わなかった。 私には理解できないが、当人にとっては大事な事なのだろう。 もうやる気が八割くらい無くなって気が緩んだ、その瞬間。 「隙ありなのだ~!」 何時の間に近づいていたのか、顔面目掛けて回し蹴りをかまそうとする蒼蓮華の姿があった。 マオチャオの消音機能はMMSの中でも随一であり、蒼蓮華も健在のようだ。 「……っ」 刃鋼で何とかガードしたものの、足の踏ん張りが効かずに吹き飛ばされた。 すぐさま体勢を立て直そうとするが。 「まだまだなのだ!」 宙を舞う私目掛けて、蒼蓮華が一気に飛び込んできた。 一瞬。ほんの一瞬で蒼蓮華の顔が間近に迫っていた。 瞬発力だけで言えば、神姫の中でも随一だろう。 何時もは「なのだ~」とか言いながら能天気な顔をしているが、今の顔つき、そして目つきは真剣そのものだ。 その真剣な眼は確かに私の頭部を見つめている。 まるで野生のライオンが得物に飛び掛る瞬間、そんな眼だ。 蒼蓮華の右足が頭部目掛けて迫ってくるのを視界の隅で捕らえた。 萎んだやる気が膨らんできた。 頭を切り替える。 戦う事だけを考える。 勝つ事だけを考える。 それが武装神姫たる私の存在意義であり、マスターもそれを望んでいる……今回は微妙だが。 全身に備え付けられた推進装置の全てをフル稼働させる。 ただし、右側だけ。 均衡を崩した私の身体は独楽の様に回転した。 回転のエネルギーを乗せる様に、右腕の銃鋼をバックハンドブローの要領で錬の右足に叩き込む。 蒼蓮華の至射炸裂型榴弾のエネルギーと私の遠心力と質量を合わせたエネルギーがぶつかり合う。 そのエネルギーは衝撃となって蒼蓮華と私に等しく分布され、お互いに弾かれあった。 私は地面に刃鋼を突きたてて着地、衝撃を無理やりに殺す。 そして右腕を確認。 残っていたのは腕と銃鋼を繋ぐコネクタ部分のみ。 ぞっとする。 三又の粒子加速装置と一本の砲身は跡形も無く吹き飛んでいた。 対する蒼蓮華はおよそ10sm先で至射炸裂型榴弾を撃った際に生じたガスの中、仁王立ちしていた。 等しく分布された筈のエネルギーは、蒼蓮華の右足に傷一つ付けてはいなかった。 本当に、ぞっとする。 最初に声を潜めて奇襲していたら。 後ろ回し蹴りの時黙っていたら。 私は、多分負けていた。 銃鋼の接続設定を変更し、銃鋼をパージする。 地面を覆う腐葉土の中にドスっという音と共に沈んでいく。 そして左手の刃鋼を逆手に持ち替える。 インファイター相手には、この剣は長すぎる。 この間、数秒の隙があったが蓮は先程と同じく仁王立ちしたままだった。 私の準備が整うのを待っているつもりか……。 内心首を捻りながら、私は左手を前に半身の構えを取る。 「いくのだ~!」 それを見た蒼蓮華は掛け声と共に駆ける。 やっぱり、速い。 10smの距離をぐんぐん縮めてくる。 私と蒼蓮華との距離が3smを切った時、跳んだ。 私目掛けて両足を揃えて飛んでくる。 私の顔目掛けてその紅蓮脚を叩き込もうと飛んでくる。 しかし、蒼蓮華の紅蓮脚には欠点がある。 車は急に止まれないように。 弾丸が途中で曲がれないように。 その速度は時に欠点となりえる。 だから私は、身体を右に逸らして蒼蓮華の紅蓮脚をやり過ごす。 背中の補助スラスターやらセンサ類が蹴り飛ばされたが気にしない。 蒼蓮華と目が合った。 その眼に映るのは私だけ。 その眼に灯るのは戦意だけ。 その表情は、まさに戦士。 その顔に、私は振り上げた左手を叩き込んだ。 この左腕は殴る為のものでは無いが、元の神姫の腕より一回りも二回りも太いく大きい。 その上、刃鋼を持ったままなので更に質量が上乗せされる。 その一撃をもろに顔面に貰った蒼蓮華は、その衝撃で地面に叩きつけられた。 蒼蓮華は目をぐるぐる回し、頭上にはヒヨコがピヨピヨ飛んでいる……様に見えた。 「ぬぁぁぁぁ~!!」 「さぁて……先輩、出すモン出して貰いましょうか」 バーチャル・バトルマシーンのクレイドルから起き上がったら佐伯さんが頭を抱えて吠えていた。 それにしても、マスターの裕子さんフリークはどうしたものか。 現に目付きとか言葉遣いとか随分違う。 「……男の約束だ」 そういうと佐伯さんはマスターに一枚の写真を手渡した。 それを受け取ったマスターは一瞬、誰にも、私にも見せたことのない優しい表情になった。 「……確かに。ナル、帰ろう」 マスターはそう言うと私を抱えて胸ポケットの中に入れてくれた。 その前に蒼蓮華に挨拶しておこうと思ったが、それは出来なかった。 「あらあら、裕也。神姫バトルも良いけれど、モノを賭けるのは禁止してた筈でしょう?」 人影まばらなセンターに女性の声が響く。 その声を聞いた瞬間、マスターと佐伯さんは石像のように硬直した。 「約束を破る子には、オシオキが必要よね?」 その刹那、身体に急激な衝撃が加わった。 マスターが全速力で走り出したのだ。 その顔を見ると、まるで警察から逃れる銀行強盗のような切羽詰った表情をしている。 「恵太郎くんも……ダメじゃない」 「ゆ、裕子先輩……」 もう慣れたが、佐伯さんの姉上である裕子さんが何時の間にか目の前に立っていた。 私はとばっちりを受けないようにマスターの胸ポケットから飛び降りた。 「これは違うんです…」 「何も、違わないわ」 裕子さんはとても綺麗な方で、神姫の私から見てもとても魅力的な女性だと思う。 誰にでも、神姫にでも優しい裕子さんを嫌う人を私は見たことが無い。 ……もっとも、裕子さんを恐れる人なら幾らでもいるのだが。 「神姫は賭け事の道具じゃないとあれほど言ったのに……」 裕子さんは哀しそうな表情で一歩一歩マスターへと近づいてくる。 私は佐伯さんの事を思い出し、遥か後方を振り返った。 しかして、そこにいたのは佐伯さんだったモノだった。 その物体は真っ白くなり口から煙を吐いている……ように見えた。 余程恐ろしい目にあったのだろう。 ……そして、マスターも。 「も、もうしませんから許してくださいぃぃぃぃ~~~~」 「ダメ、絶対」 先頭ページへ 次へ
https://w.atwiki.jp/shinkiss_matome/pages/1978.html
メニュー トップページ 作品ページ サイト内検索 検索 作品別直リンク (最終更新年度順) 完結作品 武装神姫のリン 戦う神姫は好きですか 妄想神姫 ツガル戦術論 2036の風 剣は紅い花の誇り クラブハンド・フォートブラッグ ホワイトファング・ハウリングソウル ハウリングソウル ウサギのナミダ アスカ・シンカロン 引きこもりと神姫 キズナのキセキ 魔女っ子神姫☆ドキドキハウリン 浸食機械 ゆりりね! 2015年 えむえむえす ~My marriage story~ 2014年 ぶそしき! これから!? デュアル・マインド 15cm程度の死闘 悪魔に憑かれた微駄男 Nagi the combat princess えむえむえす ~My marriage story~ 2013年 ねここの飼い方 白の女神と黒の英雄 深み填りと這上姫 キズナのキセキ 武装食堂 二アー・トゥ・ユー 2012年 美咲さんと先生 二人のマスター 類は神姫を呼ぶ 浸食機械 引きこもりと神姫 ライドオン204X フツノミタマ 白濁!? 阪高神姫部 白い英雄を喰う黒い女神 マイナスから始める初めての武装神姫 2011年 流れ流れて神姫無頼 アスカ・シンカロン MMS戦記 天海市神姫黙示録 UGV(仮) Forbidden Fruit すとれい・しーぷ 車輪の姫君 樫坂家の事情! Slaughter Queen Esmeralda. 2010年 おまかせ♪ホーリーベル 戦うことを忘れた武装神姫 Gene Less The Armed Princess―武装神姫― ウサギのナミダ PRINCESS BRAVE 神姫☆こみゅにけ~しょん アルトアイネス奮闘姫 ロンド・ロンド 2009年 せつなの武装神姫 双子神姫 鋼の心 ~Eisen Herz~ 犬子さんの土下座ライフ。 狛犬はうりん劇場 Memories of Not Forgetting Knuckle princess 2008年 武装神姫のリン 『不良品』 師匠と弟子 マリナニタSOS!(仮) 橘明人とかしまし神姫たちの日常日記 戦う神姫は好きですか スロウ・ライフ 徒然続く、そんな話。 妄想神姫 幻の物語 神姫ちゃんは何歳ですか? 剣は紅い花の誇り EXECUTION 武装神姫~ストライカーズ・ソウル~ 神姫長屋の住人達。 三毛猫観察日記 クラブハンド・フォートブラッグ 武装神姫と暮らす日常 ネコのマスターの奮闘日記 ホワイトファング・ハウリングソウル ハウリングソウル Heart Locate トバナイトリ>トベナイトリ 3Sが斬る! 天使のたまご Raven and Cat~紅き瞳と猫の爪~ 神姫大作戦 蒼空~アオゾラ~ 2007年 Mighty Magic 神姫狩人 凪さん家シリーズ HOBBY LIFE,HOBBY SHOP いつか光り輝く 幸せな神姫を戦場に立たせる会 春夏秋冬 アールとエルと Twin Sword s 俺とティアナの場合 ツガル戦術論 2036の風 きしぶし! 流れ星シィル-銀河流星伝説- 神姫ガーダーシリーズ sister G princess Les lunes Second Place -Howling- Elysion Report vanish archetype 鳳凰杯・まとめページ 単発作品用トップページ 武装神姫SS総合掲示板 2036年 武装神姫の世界 (公式設定) 50音順キャラクター図鑑 標準武装一覧 標準装備一覧 企業一覧 アマチュア・個人製作パーツ一覧 wiki相関図 キャラ相関図(2chまとめ版) 小道具関連設定 〈2つ名〉辞典
https://w.atwiki.jp/anirowakojinn/pages/2900.html
愛好作品バトルロワイアル 本編 愛好作品バトルロワイアル 本編SS目次・投下順 愛好作品バトルロワイアル の死亡者リスト 愛好作品バトルロワイアル の参加者名簿 愛好作品バトルロワイアル のネタバレ参加者名簿 愛好作品バトルロワイアル のルール・マップ
https://w.atwiki.jp/shinkiss_matome/pages/2417.html
キズナのキセキ ACT1-7「聖女のルーツ その1」 □ 火曜日。 『ポーラスター』で花村さんと話した翌々日、俺は早起きをして電車に乗り込んでいた。 今日は遠出である。 目的地は、I県のM市。 電車で二県もまたいで行かなくてはならない。俺もはじめて行く土地だ。 ほとんど小旅行であるが、大学はすでに入試期間中ということで休み。気楽な学生だからこそ出来る、平日の小旅行だった。 だが、俺の気持ちはそう気楽ではない。 M市は大学のキャンパスが集まっており、学生の街になっている。 桐島あおいが通っている女子大学もM市にある。 今日の目的地は、その女子大学の周辺……M市の駅周辺にあるゲームセンターである。 一昨日の花村さんの話で、俺にはどうしても引っかかっていることがあった。 桐島あおいが、なぜ心変わりしたのか。 バトルの面白さを追求していた彼女が、勝利のみを追求するようになった。 自らの神姫・ルミナスを失ったことが最大の原因であるだろう。 しかし、それだけだろうか。 菜々子さんをはじめ、他のプレイヤーにも、勝敗だけでないバトルの面白さ、奥深さを指導していた人だ。自らの矜持を簡単に変えられるものなのか。 頼子さんや花村さんの話を聞いても、安易な復讐に走る人物とも思えない。 桐島あおいが豹変とも言える心変わりをした理由。 それは、引っ越しをした先の状況にも原因があるのではないか。 また、そこに行けば、桐島あおいの当時の状況を知る人物に会えるかも知れない。 そう考えた俺は、平日の小旅行を決行したのだった。 ティアはアパートで留守番だ。 今日は日帰りの予定である。神姫を連れていて、バトルをふっかけられてはたまらない。 俺は一人、電車に揺られている。 □ M市に着いた。 都合三時間……俺は電車に乗り疲れていた。 M駅前は、地方都市の拠点駅として、それなりに栄えているようだった。 駅のロータリーを中心に、道路が放射状に伸びている。 桐島あおいが通う女子大学は、ここからバスを使う。しかし、キャンパス周辺は何もない。バトルロンドをするために来るとしたら、この駅周辺のはずだ。 事前に周辺のバトルロンド事情を調べたが、めぼしい情報は得られなかった。 なぜなのか。 普通、ネットで調べれば、バトルロンドが盛んなゲームセンターの名前が一つや二つは出てくるものである。対戦が盛んであることをサイトで大きく宣伝している店もある。M駅ほどの大きな駅前で、学生が多く集まる場所なら、なおさらだ。 ところが、M駅周辺のバトルロンド情報はほとんどなかった。 それが少し気になっている。 だが、商店街のアーケードに出れば、ゲームセンターの一つも見つかるだろう。 駅の規模からすれば、二つ三つあってもおかしくはないのだ。 俺は前向きに考えることにして、駅の周囲の散策をはじめた。 ゲームセンターはアーケードの途中ですぐに見つかった。 三フロア構成の、それなりに大きな店だ。 フロア案内を見ると、三階にビデオゲームとバトルロンドのコーナーがあると書いてある。 俺は迷わず、三階へと向かう。 大学が近いせいか、俺と同年代の客が多い。 だが、彼らは皆、他のゲームに興じていて、神姫も連れていなかった。 さらに奥へと進むと、ようやくバトルロンドの筐体が見えてきた。 置かれているのは二台。この規模のゲームセンターからすれば、とても少ない。 バトルロンドは今や日本中を席巻する人気ゲームだから、一フロアがすべてバトルロンドコーナーというゲーセンも珍しくはない。 しかも、ここではあまり対戦が盛り上がっている様子ではなかった。常連とおぼしき人たちが、細々と対戦をしている印象である。 なぜこうも盛り上がっていないんだろう? 俺は首を傾げながら、辺りを見回す。 車座になって話をしている、俺と同年代くらいの三人組を見つけた。 神姫も連れているし、ここの常連みたいだ。 彼らに話を聞いてみよう。 「ちょっとすみません」 俺はつとめて丁寧に話しかけた。 すると、三人は、じろりと俺を睨んだ。いぶかしげな視線。明らかに警戒している。 男たちの一人が口を開いた。 「なんだ? 何か用か」 「すみません……ちょっと教えてもらいたいことがありまして」 「なんだよ」 あまり機嫌は良くなさそうだが、話は聞いてもらえそうだ。 俺は今日の用件を切り出した。 「あの……桐島あおい、という神姫マスターをご存じですか?」 瞬間、男たちの顔がこわばった。 どこか気怠げでめんどくさそうな雰囲気も吹き飛ばし、表情がみるみる険悪なものに変わってゆく。 空気に危うい緊張が満ちた。 なんだ。俺は今、何か気に障るようなことを言ったか? 「てめぇ……あの女の知り合いか」 「いや、会ったこともない……」 「ざっけんな! 知り合いでもねぇ奴が、かぎまわったりしねぇだろが!」 連中の神姫も、俺の方を睨んでいる。 桐島あおいという名前は、ここでは鬼門だったらしい。 俺は三人の男に囲まれ、逃げ場を失った。 「おい、桐島はどこだよ」 「……俺が知りたい」 「しらばっくれてんじゃねぇぞ!? あの女のせいで、ここいらのバトルロンドは廃れちまったんだ!」 ……いったい何をしたんだよ、桐島あおいは。 いよいよ俺が追いつめられ、男の一人が胸ぐらを掴んでこようとしたその時、 「そこまでにしときな、あんたたち」 えらく男前な女性の声が割って入ってくれた。 三人は声の方を振り向いて、 「あ、姐さん……」 「でもよ、こいつ、あの女のこと知ってやがって……」 「だったら、その人はあたしの客だね」 姐さんは、細身で背が高く、目つきの鋭い、若い女性だった。ロゴ入りのエプロンをしている。店員だろうか。 彼女のきつい視線に、三人組も及び腰になっている。 「あんたたちみたいのが先走ってヤバいから、彼女がらみの話はあたしに通すってことになってるだろ? 知らないとは言わせないよ。それが守れないんなら、店から出てっとくれ」 凛として譲らない姐さんの態度に、三人の男たちは渋々俺を解放した。 俺は首を傾げながら、姐さんと呼ばれた人の前に立った。 俺と同じくらいの背がある。女性の中ではかなり高いはずだ。 「助けてもらってすみません」 「いいよ。こっちこそ、うちの常連が世話をかけてすまなかったね」 俺が頭を下げると、さばさばした様子でそう言う。 「うちの、というと、あなたはここのお店の方ですか?」 「そう。ただのバイトだけど」 「ええと……俺はとおの……」 「ああ、名乗んなくていい。あたしも名乗る気はない。必要な話だけしたら、とっととお帰り」 と、姐さんはとりつく島もない。めんどくさそうな顔をして、ひらひらと手を振った。 俺は少し面食らいながらも、姐さんに尋ねた。 「それじゃ……桐島あおいという神姫マスターを知っていますか?」 「知っている。このあたりじゃ有名だね、悪い意味で。あんまり大きな声でその名を口にしない方がいい」 「なぜです?」 「彼女に復讐したいと思ってる奴はごまんといる。名前が出ただけで、無用なトラブルになる。だから、それを避けるために、あたしが窓口になってるのさ」 店員だからね、と姐さんは付け加えた。 なるほど、店にしてみれば、そんなことでいちいちトラブルを起こされていてはたまらない、というわけだ。 それにしても、そこまで言われる桐島あおいは、いったい何をしたというのだろう。 「なら、桐島あおいがどうして自分の神姫を失い、その後どうしてマグダレーナのマスターになったのか、知ってますか」 姐さんは大きく目を見開いて、俺を見た。 「変な男だね……そんなことを尋ねたのは、あんたが初めてだよ」 「ご存じなんですか? だったら教えてもらえませんか」 「なんだって、そんなことが知りたいんだい?」 「彼女についての情報が足りない。もしかすると、彼女の過去がマグダレーナ攻略の糸口になるかも知れないからです」 姐さんは俺をじっと見つめた。俺は視線を逸らさずに、姐さんと対峙する。 時間にしてほんの数秒だったろう。 姐さんは視線を逸らすと、ため息をつくように言った。 「まったく……そんな眼であたしを見るんじゃないよ」 「はあ……すみません」 「出会った頃のあの子にそっくりさ……あの子もそんなまっすぐな眼をしていた」 「桐島あおいが……」 「……いいだろう、話してやるよ。すべてを知ってるわけじゃないけどね……あの女がここで何をしたのか……」 姐さん横を向き、店の奥に視線を投げた。 どこか懐かしむような表情で、姐さんは話し始めた。 「……二年前の春だったね……あの子とは、この店で会ったのさ」 ◆ このゲームセンターも、二年前はバトルロンド全盛だった。 今遠野がいる三階すべてがバトルロンド筐体で埋まっていた。M市ではもっとも対戦が盛んなゲームセンターとして評判だった。 桐島あおいは、近くの女子大生。今年の新入生だという。もちろん、バトルロンド目当てでこの店にやってきた。 姐さんは、会ったときから、桐島あおいを好ましく思っていた。 明るく、性格もよく、優しい。 ただ、姐さんが気がかりだったのは、その優しさがバトルロンドでは弱みになるのではないか、ということだった。 M市でもバトルロンドは盛んだが、バトルスタイルは『ポーラスター』と大きく違っていた。 ここでのバトルは勝敗が最優先。バトルの内容など二の次だった。 あおいの主張は、嘲笑をもって聞き流された。 ここでは、勝者の言葉のみが力を持つ。バトルの面白さや華麗さなど、負け犬の戯言と思われていた。 ルミナスは弱いわけではなかった。しかし、重装備の神姫たちばかりの中にあっては、自らの長所を活かしきれず、なかなか勝つことは出来なかった。 自らの主張を通すためには、勝たなくてはならない。 厳しい現実に直面したあおいは、強くなろうと必死に努力した。 しかし、通い始めて一ヶ月の成績は、下位に甘んじていた。 □ 「見ていて痛々しいくらいだったよ。自分のスタイルを崩さず、装備や戦い方を模索しながら、強くなろうとする姿はさ……」 姐さんは寂しそうにそう言う。 「どうしても強くなりたいって、彼女はそう言ってた。そうじゃなきゃ、地元にいる仲間たちに顔向け出来ないって。笑いながら必死で頑張るあの子を、痛々しいと思いながらも、あたしは尊敬していたんだ」 ◆ しかし、六月になっても、あおいとルミナスは勝てなかった。 ゲームセンターの常連たちは、あおいを見下すようになった。彼女をからかいながら、彼女のバトルスタイルを否定しながら、面白半分でバトルするようになった。 「華麗だの、面白さだの、そんなのは負け犬の戯言なんだよ! 強い奴がエラいんだよ。わかるか? 悔しかったら勝ってみな! そしたら、お前の言うことに耳を貸してやるよ」 このゲームセンターで一番の実力者だった男は、そう言って嗤いながら、あおいをなじった。そして、あおいとルミナスを、対戦でいびり続けた。 あおいはだんだん笑わなくなった。 七月になる頃、あおいが裏バトルに参戦すると言いだした。 M市の裏バトルは規模が大きく、近隣の神姫センターやゲームセンターの常連もよく顔を出している。 神姫マスターの間では、神姫センターでの大会に勝つよりも、裏バトルでランクを上げる方が実力を認められる、とまことしやかに囁かれている。 この街では、裏バトルの存在は公然の秘密だった。 姐さんは止めた。あおいはそんなところに縁のないマスターであるはずだ。 姐さんは、ここの常連どもにはない、彼女の純粋さや優しさを気に入っていた。 しかし、あおいは首を振った。 「わたしの実家の方にね、コンビを組んでいた子がいるの。わたしをお姉さんのように慕ってくれている……その彼女がすごく実力を付けてきているのよ。わたしはもっと強くならないといけない。あの子の姉でいるために」 あおいの決意は固いようだった。 確かに、裏バトルで勝てばファイトマネーは入ってくるし、一般では流通していない強力な武装も手に入る。 だが、姐さんは不安を拭えなかった。だから、あおいに付き添って、裏バトル会場へと向かった。 事件が起きたのは、三度目の裏バトル参戦の時だった。 あおいは二度の戦いで、いずれも辛勝していた。 改造パーツを売る露店で、めぼしい装備を見つけたりもしていた。 このまま実力を付けていくのでは、と姐さんも思っていた。 しかし、その日の対戦相手は、あのゲームセンターで一番の神姫マスターだった。 彼の神姫は、原形を留めないほどにカスタマイズされたストラーフ型。マスター同様、残忍な性格で知られていた。 今思えば、先の二度の勝利も、バトルを盛り上げるために仕組まれていたのかも知れない。 三度目の裏バトルはリアルバトルだった。 神姫破壊も辞さないリアルバトルは、あおいも初めての経験だったという。 断ることは許されない裏バトルのマッチメイク。あおいは否応無くバトルに挑むことになった。 結果は一方的だった。 もともと実力に差がある上に、リアルバトルの経験があおいには全くない。 ルミナスが傷つくたびに、あおいは動揺した。 そして、相手のストラーフは、ルミナスをなぶるように料理していった。 武装を一つ一つ破壊し、四肢に銃弾を撃ち込み、苦しみに転げ回るルミナスを足蹴にする。 「お願い、もうやめて! もう勝負はついているでしょう!?」 あおいは泣き叫びながら許しを乞う。 しかし、相手の男はゲラゲラと嗤いながら、あおいの言葉を無視した。 相手だけではない。 あおいとルミナスの様子を、すべての観客が笑い物にしていた。 おもちゃの神姫に本気で泣き叫んでいるバカな女、と嘲笑っていた。 相手のストラーフが、ルミナスを足で押さえつけたまま、手にしたバズーカ砲の先端をルミナスの背に押しつけた。 もはやルミナスは動く気配もない。 「やめてーーーーーーっ!!」 あおいの叫びが会場内を響きわたった瞬間。 ルミナスは四散した。 裏バトル会場は、残虐ショーのクライマックスに、熱狂のるつぼと化していた。 その中心にいながら、あおいの心は絶望に塗りつぶされ、誰の声も届かなかった。 □ 姐さんは、そこで少し言葉を切った。口元が少し震えている。俺が想像するよりも凄惨な内容だったのかも知れない。 それにしてもやりきれない話だ。 桐島あおいが強くなりたかった理由……それは菜々子さんを導く存在であり続けたいためだったとは。 そして焦った結果、愛する神姫を失ってしまったのだ。 裏バトルの様子は俺も初めて聞くが……反吐が出る。参加するマスターも観客も最低だ。 「で……あの子はもう呆然としたまま動けなくなっちまって……あたしがアパートまで送り届けたんだ。 ルミナスの修理は無理だって思ったけど、それでも残骸を集めて、あの子に渡した。 もしかしたら、もう神姫マスターとして復活できないかも……もう会うこともないかも知れない、そう思った」 姐さんは険しい表情のまま、続きを話してくれた。 その時のことは、彼女にとってもつらい思い出なのだろう。 「だけど、三日後……あの子はマグダレーナって名前の新しい神姫と一緒に、店に来た」 「え!?」 俺は驚きのあまり、姐さんの話を遮った。 「待ってください。たった三日で、新しい神姫を連れてきたって言うんですか?」 「そうさ。あたしもおかしいとは思ったけど……そのあとの彼女は、どこか……いや、何もかもがおかしかった。別人みたいになっちまってたんだ」 姐さんはため息を一つつく。 そんなばかな。 あれほどに神姫を愛した桐島あおいが、たった三日で新しい神姫を迎えられるものなのか? しかも、負け続けたゲームセンターに、平気な顔で現れるというのは……普通に考えればあり得ない。 気がつくと、姐さんは俺を見ていた。どうやら俺は少し考えに沈んでいたようだ。 続きを促すように、俺は頷いた。 次へ> Topに戻る>
https://w.atwiki.jp/anirowakojinn/pages/4015.html
作者・◆AgKjRGgzZw氏 本編 超多人数バトルロワイアル本編SS目次・投下順 超多人数バトルロワイアルキャラ追跡表 超多人数バトルロワイアル参加者名簿 超多人数バトルロワイアルネタバレ参加者名簿 超多人数バトルロワイアル死亡者リスト 超多人数バトルロワイアルルール・マップ 超多人数バトルロワイアル支給品一覧 おまけ
https://w.atwiki.jp/shinkiss_matome/pages/2241.html
第十五話:生贄姫 俺と蒼貴、そして日暮に注目される彼女が近づいてくる。胸ポケットには大した傷もないヒルダが入っており、この様子だと あの後のバーグラーを彼女は難なく倒したくれたらしい。 「緑か。すまん。さっきは助かった」 「気にするな。私達の仲だろう?」 「か、勘違いされそうな事を言うんじゃねぇよ!」 「おや、真那の方がいいのか? 根暗は明るい子の方が好みという事か……」 「あのなぁ……」 再会して早々の問題発言に俺は頭を抱えた。真那といい、縁といいどうしてこうも女というのはからかうのが好きなのだろうか。付き合わされるこちらの身にもなっていただきたい。 「ふふふ……。まぁ、お前をからかうのは後で楽しむとして本題だ。あのバーグラー共から情報を吐かせたぞ」 「マジか?」 「ああ。それも面倒くさそうなのをな」 笑った後の本題に俺はすぐに先ほどの悩みを隅に追いやって、尋ねる。 「端的に言えば小遣い稼ぎさ。資金に困った研究者によるものだ」 「研究者って義肢のだな?」 「そうだ。お前も情報を集めていたという事か。となれば情報交換といかないか?」 「ああ。それが一番早い」 「その話、僕にも聞かせてくれないかい?」 「尊、彼は?」 「正義の味方らしい」 「は?」 話に割り込んでくる日暮を端的に紹介すると、あまりにも直球過ぎたのか冷静沈着な縁も唖然とした。『正義の味方』という言葉は彼女の中では化石並みに古い言葉の様だ。 その反応を見た日暮は俺と変わらぬ反応でやはり笑う。そういった反応にはなれているのだろうか。 「言葉の通りさ。力になれると思うんだけどいいかい?」 「僕は構いませんよ。個人ではきつい話ですしね」 「尊がいいなら、信用しましょう」 「OK。じゃ、ちょっと店裏まで付いてきてくれ。僕も同時進行で調査するからさ」 日暮に促された俺と縁は互いの情報を交換し、その情報から情報収集をしてくれた彼と共に話を整理を始めた。 事の起こりは義肢研究の行き詰まりと国からの資金援助の期限が迫り、ついには切れてしまった事にあった。 義肢研究に関しては何もそこだけが行っているわけではない。その研究には多くの研究者達が参加しており、こぞって成果を出し、援助を求めようとしている。 あの義肢研究者もまた、その一人だ。成果を上げて資金援助を得ていたのだという。しかし、俺の聞いた話の通り、研究は行き詰まってしまい、資金援助が打ち切られてしまったのだ。 当然、障害者施設の収入程度では義肢という規模の大きい分野の研究費など賄えるはずがない。 このままでは義肢研究者は資金不足によって、研究を進められなくなってしまう。 そこで彼が思いついたのはその研究の課程で得られたリミッター解放技術であった。 神姫の出力で人間の四肢という大きなものを動かす事は出来ないため、必然的により大きな出力を引き出さなくてはならない。故に初めは違法パーツ……神姫の規格から外れているパーツで組んでいたらしい。出力の方も神姫に直接操作する関係上、リミッターの外し方などを独自に研究、使用していた。 その研究を応用し、俺達が遭遇した神姫達が付けていたイリーガルマインドに似せたリミッター解放装置を開発して、さらに障害者用の盲導神姫もイリーガルとして改造し、裏でバーグラー達にそれらを横流ししていたらしい。 紅麗というリミッター解除装置を付けた神姫の所属しているバーグラー達から聞いた情報では裏サイトで仲介者から買い取ったと言っており、その裏サイトのアドレスを日暮が普通はしてはいけない様な方法で調べるとそこにはかなりの高額で取引されている事を証明するページがあった。 イリーガルマインドに似せたあの違法パーツが様々なバリエーションで用意されており、強力であればあるほど高額になっているラインナップだった。 そのレートは数千円である場合もあれば、数万円の場合もある。強弱や能力のばらつきがあれど、その力は使った神姫を死に至らしめる程強力なのは共通している。 さらにあろう事かバトルロンドのシステムに引っかからない様に調整された違法改造用のキットやイリーガル神姫までもを直接斡旋していた。 「己のために神姫を喰い潰すか……」 「人の性ってやつかもしれんな……」 緑の言う通り、人を助けるはずの義肢研究も少し道を外すだけで力に溺れさせる死の商人と成り果てるとは皮肉である。 自分の研究を続けるためというシンプルな考えであるはずなのに課程を間違えるだけでこれだけ堕ちてしまうとは人とは恐ろしいものである。 「何にしてもこいつはまずいな。このままだと、ここ周辺でイリーガルが大量発生しかねない」 日暮も危険を唱える。 イリーガルに成りきるだけではなく、それを作り出せるとあってはそれを知った人間はこぞってそれを買っていくだろう。密売を始めてまだ間もない感があるが、このままではバトルロンドがそうした違法神姫達が横行する事に成りかねない。 「自分らで何とかできる話ですかね?」 「その辺は心配ない。情報収集や操作でどうにでもなるからね。ただ……」 「ただ?」 「証拠がない。君たちの言う研究者に突きつけるための動かぬ証拠がね」 「このページやバーグラーの発言では足りないって事ですか」 「ああ。ページは誰か別の奴が作っているだろうし、バーグラー達は直接あの研究者から買い取ったってわけでもないだろうからね。せめてそれを見ている施設内部の神姫がいればいいんだけど……」 「でもそれは巻き添えでその施設が閉鎖される可能性があるのでは? そのために黙るとかあり得ると思うのですが……」 「確かにそう考えられるかもね。まぁ、その辺は可能な限り頑張ってみるよ。それより証拠のアテは何か知らないかな?」 それを聞いて俺は考える。あの施設の中で最も都合のいい立場にいる人間を頭の中から取捨選択して、残るのは……。 「輝と石火だな。だが……」 彼らならば顔が通っており、なおかつ石火の索敵によるカメラ映像情報を持っている可能性がある。 彼女の目はどんな些細なものも見逃さない千里眼にも等しき目だ。何かしらの情報を掴んでいるかもしれない。 とはいえ、そうであるかどうかには不安が残る。そもそも石火がそれを見ていないというのもあるが、彼らがグルである、或いは見てしまって口止めされているなど、障害になりえるシチュエーションはかなりある。 「それでもそいつに聞くしか手段は思いつかないのだろう?」 「……まぁな」 緑の言う通り、現状で有効な手はそれぐらいしかない。 石火が見ていた場合の情報の信頼性としては、石火の整備は施設では全く行われてはおらず、専属技師である親友がやっている可能性が非常に高いという事だ。これは施設による石火のデータ改竄されている可能性が極めて低い事を意味している。仮に不都合な情報があったとしてもそれが消えることはない。 また、施設の研究者も輝という名前が全国に知れ渡っている故に石火に、そのマスターの輝にも迂闊な事はできない。仮にそんな事をした場合、真っ先に疑われるのは彼らなのだから。 「なら、決まりのようだね。輝の事なら僕も耳にしているよ。彼は全国大会の最初のチャンピオンでその専属技師の友人も技術面では結構、有名だ。交渉は慎重にやった方がいい」 「わかってますよ。必要なら僕が憎まれ役を買いますし」 「随分と大胆な事を考えるね。だからこそやれるとも思えるけど」 「それが彼なんですよ」 「なんだそりゃ?」 「それは自分で考えろ。その方が面白い」 緑の突然の言葉に頭の中に疑問符が浮かんでくる。彼女に聞いてもあしらわれ、その謎を自分で考えてもあまりピンとはこない。 「考えてもわからん……」 そういう事に行き着いてしまう。 「まぁ、気長にな。で、そいつはどこにいるんだ?」 「神姫センターだ。行けばまた会えるだろう」 話題変わって輝の場所だが、俺はただ会っただけだ。輝から携帯電話番号を教えてもらったわけではなく、単に会って話し合っていたに過ぎない。 そこで連絡先でも聞いておけばと後悔もできたが、今更そうしても仕方の無い話だ。 「なら、そこで探すしかないな。とは言っても盲目自体珍しい。難しくはないだろう」 「ああ。後は引き込める上手い言葉を探しておくさ。根性論なんか押し付けたくねぇしな」 「それもそうだな。だが、彼らは正しいと思うから間違うかもしれんぞ?」 その通りだった。いくらそれが正しい事であったとしてもそれが納得できる事と同義であるわけではない。 自分のルールにそぐわないものは自分が変わらない限り、それは障害以外の何者でもないのである。 この事実を輝が受け入れるか、拒否するか、逃げるか、俺達にはわからない。確かなのは…… 「その時は……その時だ」 それだけだ。 「……そうか」 「ワリィ。それほど器用じゃないんでな」 「わかっているさ。その時になっても後悔はするなよ?」 「ああ」 「話は決まったかい?」 「ええ。僕が何とかします」 話が一区切り付いてきた所で声をかけてくる日暮にやる事を伝える。 可能な限り早い日に輝には俺が情報を持ちかけて説得をかけ、彼に協力を取り付け、石火の視覚データから違法神姫に関する証拠映像を手に入れて、それを証拠とするという事だ。 解決策に関してはイリーガルマインドを解析しているであろう杉原に話を聞き、それがわかり次第、その方面の行動も展開していく。 日暮との連携も考えて、杉原には彼の事を伝え、協力して事に当たってもらうものとする。上手くいけばあの義肢研究者を足がかりに彼に連なる違法ブローカーも芋づる式で捕まえられるだろう。 「わかった。僕は君が話をつける前に段取りを整えておくよ」 「それでは僕はこれで。紫貴もそろそろ直っている頃でしょうしね」 「あ。また、パーツに困ったら買い物にでも来てくれ」 「ええ。そうします」 自動ドアを出て、修理が終わったであろう紫貴を迎えに歩きだした後で、俺はため息をつく。 確かに計画としてはいい。だが、輝と石火がこの話をどう思うか、借りに信じたとして自分の世話になった場所を潰す事になるかもしれない事をどう思うか、全く予想が出来ない。 当然、心苦しい事になる。これからどうするかもわからなくなるだろう。だからといって俺が責任をとるために導いてやれるなんて馬鹿げた話は無理だ。そこまで自惚れる脳みそをしちゃいない。相手にこれからを委ねるが精一杯だ。 「カッコつけておいて、やる事は他人任せか……」 自嘲的にそれらをまとめる。交渉事なぞ所詮はそういうもののはずだがやはり煮え切らないものがある。 「オーナー……」 「わかってる。やるだけやってみせるさ。あっちが恨もうがな」 「自分だけで背負わないで下さい……。私や紫貴だって背負います。それに私達が悪い訳ではないはずです。いつまでもあのままならもっと傷つきますから……」 「そのはずだよな……」 引き金を引くのは俺だが、と続けようとしたがこれ以上は泥沼になるため、止めた。 蒼貴が元気付けようとしているのにそれを無碍にするのは悪い。 そんな陰欝な雰囲気で歩いているとコンビニを通り掛かった。そういえばあの戦いの前から何も飲んでいない。色々と起こりすぎて喉がカラカラなのを忘れていた。 そんな訳で俺はコンビニに飲み物を買いに入る。コンビニの中には店員と少数の客しかおらず、並ぶ事なく会計を済ませられそうだ。 詮無い事を考えながら、雑誌の並ぶ雑誌コーナーを進む。そこで週刊バトルロンドの最新刊が目に入った。どうやら丁度今日が発売日だったらしい。 俺は何気なくそれを手に取り、それを開く。 「こいつは……」 バトルロンド・ダイジェスト最新号の表紙には『特集:~ 絆 ~ 武装神姫はなんのために戦うのか?』というあまりにも規模の大きいタイトルと見た事のないタイプの神姫と『アーンヴァル・クイーン』の異名を持つランカー 雪華が写った写真で大きく飾られていた。 自他共に厳しく接し、高尚なる戦いを求める彼女の事は神姫センターで別のランカーを薙払っているのを俺も見て、知っている。そんな雪華が誰かに優しく、ましてや抱くなどという事をさせた泣いている神姫は一体何者なのだろうか。 俺は興味を持ち、雑誌を開く。表紙の内容は巻中のカラーページに特集として大々的に描かれていた。 最初はバトルの詳細な解説が主な内容だ。雪華はいつもの飛行装備、泣いている神姫……ティアというらしい神姫はランドスピナーというモーター駆動のローラーブレードと拳銃やナイフで戦っていたらしい。 ティアといえば元風俗神姫だったらしい事を噂で耳にしたことがあった。しょうもない奴が経歴を言いふらしてけなすだけのどうでもいい話だと思っていたが、まさかこうなるとはこれを見るまでは予想もしていなかった。 さらにそれを読み進めると信じられない事が書かれてあった。なんとティアは雪華最大の必殺技を回避し、その挙げ句彼女の武器を奪って戦ったらしい。 大した度胸と執念だ。ティアのオーナーとは会えればいい話ができそうな気がする。 戦いの末、ティアは倒れ、試合の形式的には敗北したらしいが、雪華は敗北を認めたという。 そんな試合があったとはそれを直に見られなかったのが非常に残念だ。面白い戦いはどうにも俺の外で行われているらしい。いつかセンターを飛んで回ってみたいものだ。 その戦いの記録の後は「武装神姫はなんのために戦うのか」というタイトル通りの問題提起になっていた。 雪華を初めとするランカー神姫が思い思いのコメントをその記事に刻んであり、 「人は武装神姫を戦わせる。それは名声のため、お金のため、バトルの楽しさであるかも知れない。 戦わせる理由はマスターによって様々だ。しかし、神姫にとって、戦う理由は皆同じだ。マスターの望みを叶えるために戦っている。 もう一度振り返ってみて欲しい。神姫は何を思い、なぜ戦うのか。 自分はなぜ、自分のパートナーを戦わせているのか、を」 それらがそう結ばれていた。その主となる言葉は「マスターのために」だ。その言葉を恥ずかしげもなく、彼女たちは言えている。 呆れるほど単純なその言葉には計り知れない想いが詰まっていることだろう。 その後の特集は、絆を思い起こさせる、過去の名勝負のダイジェストが紹介されていたが、必要なことを知った俺は雑誌を閉じ、それを持ってコーラと一緒に会計を済ませて、外を出た。 「人も神姫もそこまで弱くはない、か……」 ティアの話は、絆は自分達が思うよりずっと堅く、支えになる事を教えてくれた。 俺と蒼貴と紫貴だって、そういう絆があってここまで来たのはよくわかっているつもりだ。輝と石火の絆だってそうであるはずだ。……いや、時間が長い分、俺達よりも堅いはずだ。 「こういうのを潰しちまいたかぁねぇな……」 戦いの場をイリーガルから守るというご大層な名目を掲げる気は無い。ただ、こういう絆を感じさせる戦いが無くなるのは気に入らない。 武装神姫が何のために戦うのか。それは言うまでも無く、マスターのためである。これは雑誌の通りだし、大抵のマスターも理解しているだろう。 が、そのマスターが狂えば従っている神姫はどうなる。少なくともそれまでの関係には戻れなくなってしまう。それもまたつまらない話だ。 「あいつらの絆に賭けてみるか……。どんな結果になろうが……な」 別に主役を張る気は無い。が、見て見ぬ振りをするつもりもない。 俺はティアやそのオーナーの様に戦えないかもしれないが、自分の筋は通す。それぐらいはできてもいいはずだ。 「なぁ。蒼貴」 「はい」 「俺、イチオーナーとして頑張ってみるわ。付き合ってくれるか?」 「その言葉は紫貴と一緒にお聞かせください」 「……そうだったな。あいつを迎えに行こう」 「はい」 そう胸に決めると俺は蒼貴と共にカルロスの喫茶店に預けた紫貴を引き取りにコーラを飲みながら歩いていく。 やるだけ、やってみるか…… 戻る -進む
https://w.atwiki.jp/anirowakojinn/pages/36.html
作者・◆RJNpFExwIg氏 シンプルバトルロワイアルの本編 シンプルバトルロワイアル・本編SS目次・時系列順 シンプルバトルロワイアル・本編SS目次・投下順 シンプルバトルロワイアル・キャラ追跡表 シンプルバトルロワイアルの死亡者リスト シンプルバトルロワイアルの支給品一覧 シンプルバトルロワイアルの参加者名簿 シンプルバトルロワイアルのルール&マップ
https://w.atwiki.jp/shinkiss_matome/pages/2153.html
ウサギのナミダ ACT 1-27 □ ゲームセンターは大歓声に包まれた。 東東京地区チャンピオンが繰り広げた死闘に誰もが興奮していた。 純白の女王が、醜聞にまみれた神姫をうち負かした。 ギャラリーの多くは、そんな英雄譚を目の当たりにしたと思っているのだろう。 観客達の興奮をよそに、俺も高村も呆然としていた。 あまりに劇的な結末に、思考がおいつかない。 フィールドの映像が消える。 死闘の舞台となった廃墟は消え去り、無機質な筐体の姿に戻る。 アクセスポッドが軽い音を立てて開いた。 「……ティア」 俺は自らの神姫に声をかける。 ティアは立派に戦った。 全国大会でも優勝候補と名高い、あの『アーンヴァル・クイーン』をあそこまで追いつめたのだ。 せめてねぎらいの言葉をかけようと、アクセスポッドをのぞき込む。 ティアは膝を抱えて、うずくまっていた。小さな肩が震えている。 「ティア……どうした」 うるさいぐらいの歓声がいまだやまない。 ティアは何か言っているようだが、俺の耳には届かない。 「お前はよく戦った。そんなに落ち込むこと……」 「……った」 「え?」 「勝ち……たかった……勝ちたかった、勝ちたかった! 勝たなくちゃダメだったんですっ!!」 「ティア……?」 突然振り向いて叫びだしたティア。 驚いた。 こんなに感情をむき出しにしたティアを見たことがない。 俺は気後れしながら呟くように言った。 「なんでだよ、こんなただの草バトル一つが……」 ティアは大きく頭を振った。 ティアの顔は泣き顔に歪んでいた。大きな涙が瞳から流れては落ちていく。 いつもの可愛らしさは微塵もなかったが、感情を顕わにした表情が生々しくて、かえって美しかったかもしれない。 「だって……あのひとに勝てれば、証明できるから……マスターが正しいって、みんな認めてくれるはずだからっ……!!」 「……っ!」 俺は言葉を失った。 俺のため、だと? 「……マスターが作ったこのレッグパーツも、マスターが考えたこの戦い方も……クイーンに引けを取らないって。 わたしがマスターに教えてもらったものは、なんの罪もなく、正しく、つよいんだって!」 激しい口調で言い募っていたティアは、不意に顔を伏せた。 静かな口調になりながら、なおも言葉を紡ぐ。 俺は驚いた表情のまま、聞いていることしかできないでいる。 「……そうしたら、みんな認めてくれます、マスターのこと……。きっと、マスターのこと悪く言う人はいなくなる……わたしだけが汚いって、そう言われればいい……。 嫌だったんです……マスターはわたしに優しくしてくれて、とっても優しくしてくれて……後ろ暗いことなんて何もしてないのに……だけど、だけど……わたしのせいで、みんながマスターを傷つける……そんなこと、耐えられなかったんです……」 いつしか、歓声はなりを潜めていた。水を打ったように静まり、ゲーム機のデモ音だけが遠くから聞こえてくる。 気がつけば、その場にいる観客達すべてが、ティアの言葉に耳を傾けているようだった。 「だけど、わたしにはできることもなくて……マスターに返せるものも、なにもなくて……。 だから、雪華さんとのバトルは、わたしにとっては最初で最後のチャンスだったんです。 彼女ほどの強くて有名な神姫にわたしが勝てれば、みんながマスターを認めてくれるはず……だから、どうしても、マスターを勝たせてあげたかった……でも!」 透き通った滴は、次から次へと、ティアの瞳から生まれては落ちていく。 ティアの心から溢れ出した、悔しさや悲しみや情けない気持ちが、まるで形になっているかのように。 「負けてしまった……わたし、マスターの言いつけを破ってまで、雪華さんと戦ったけど、負けてしまいました……。 ……ごめんなさい、マスター。ごめんなさい……ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさ……」 もう、そこから後は声にならなかった。 ティアは泣きじゃくって、何度も何度も瞳を手でこするが、そのたび涙がこぼれてきて止まらなかった。 ◆ ティアのすすり泣く声だけが、店に響いていた。 誰もが押し黙り、居心地を悪くしながらも、泣きじゃくる神姫から目が離せずにいる。 そんな静寂を甲高く小さな足音が破った。 カツン、カツンと、規則正しく鳴り響く。 雪華だった。 彼女はアクセスポッドから出ると、筐体を横切ってティアに近づいていく。 その顔は平常と変わらず、誇りと決意に満ちていた。 誰もが、マスター達すら身動きが取れずにいる空気の中、彼女だけが決然とした歩みを進めていく。 ティアのアクセスポッドの前にやってくると、歩みを止めた。 ティアもその気配を察し、涙をボロボロとこぼしながら、雪華の方を振り向いた。 雪華と目が合う。 すると、雪華は真剣かつ厳しい表情で、ティアを見つめた。 何をするのか、その場にいる全員が緊張して見つめている中で。 なんと雪華は、その場で膝を地について、右手を胸に当てて、ティアに礼の姿勢を取ったではないか。 『クイーン』の二つ名を持つ誇り高き神姫が、自ら膝を折り、最上級の敬意を払っているのだ。 そしてさらに。 「ティア……わたしの負けです」 その場にいた人々、そして神姫達の間に動揺が走った。 いや、誰よりも驚いていたのは、雪華のマスター・高村かも知れない。 大きく目を見開いて、雪華の背をみつめている。 あの誇り高い神姫が、ジャッジAIの判定を自ら覆し、敗北を認めたのだ。 そんな周りの様子など目にも入らないかのように、真剣な顔つきで、それでいてとても優しい声で、雪華は続けた。 「わたしも、今の戦いの中で疑問に思っていました。たかが草バトル。どうしてあなたはそうまでして戦うのか、と。 でも、そんなことは考えるまでもない、当たり前のことでした。 マスターのために戦う。 それは、わたしたち武装神姫にとって、もっとも根元的で、もっとも尊い思いです。 わたしは、強くなることにこだわるあまり、そんな当たり前のことさえ気がつかなかったのです。 その思いこそが、一番大切な支えであることすら忘れて……」 雪華はティアから視線を逸らし、うつむいた。 美しい顔に苦渋が滲んでいる。 「ティア……わたしは恥ずかしい。 あなたの大切な戦いを、たかが草バトル、とあなどっていました。 ……思い上がっていました。 わたしこそ、武装神姫としてあるまじき存在です。 どうか……お許し下さい」 雪華はさらに頭を深く下げる。 ティアはしゃくりあげながら、あわてた様子で声をかける。 「そんな……ひっく、せつかさ……かお、あげて……ひっく、えぐ」 一拍の間をおいて、雪華がゆっくりと顔を上げた。 そして、再びティアをまっすぐに見つめて言う。 「武装は神姫のアイデンティティ、技はマスターとの絆」 雪華の赤い瞳に、泣きはらしたティアが映っている。 「あなたは武装ではなく、技を持ってわたしと渡り合った。そして、わたしをギリギリまで追いつめた。公式戦でも、あそこまで追いつめられたことはありません。 あなたとマスターの絆こそがあなたの強さ。 ならば、あなたのマスターは、正しくそして強い。少なくとも、このわたしを負かすほどに」 雪華の声は真剣そのものだった。 雪華は心からティアを賞賛し、自らの敗北を当たり前の事実として受け止めているようだった。 「そして、ティア。武装神姫として、誰よりもあなたを尊敬します。 そんなあなたと、わたしはライバルであり、友達でありたいと思っています。 もし、許されるのであれば……わたしなどでよければ……認めてくださいますか?」 ■ 雪華さんの言葉に、わたしは驚いて目を見開いた。 とんでもないことだった。畏れ多いことだった。 泣くことすら忘れて、首を横に振った。 「だ、だめですっ……そんな、わたし、みんなからなんて言われているか……雪華さんに迷惑がかかります……っ」 「いいえ」 彼女はゆっくりと立ち上がると、アクセスポッドに身を乗り出した。 そして、優しく、強く、わたしをを抱きしめてくれた。 「迷惑なんてかかりません。誰がなんと言おうと関係ない。あなたと戦った神姫ならみんな分かっているはずです。あなたは素晴らしい神姫であると」 雪華さんは断言する。 「そんなあなたを育てたマスターは間違ってなどいない。正しく、理想のマスターであると思います」 ……わたしは雪華さんの胸にすがりついた。 もう止まらなかった。 大きな声で、子供のように泣きじゃくった。 伝わった。 わたしの大切な思い、このひとには伝わった。 マスターのこと、わたしのこと、信じてくれた。 ありがとう、と。 口に出そうとしたけれど、うまくいかなかった。 □ バトルロンドのコーナーは喧噪に包まれている。 俺たちがバトルしていた筐体の周りに人が集まり、いまだ誰もバトルを始めようとはしない。 誰もが今のバトルの話に夢中だった。 筐体の上では、ギャラリーしていた神姫たちが集まり、ティアと雪華をもみくちゃにしていた。 そんな中、俺は考え事をしながら、のろのろと片づけを行っていた。 すると、筐体の向こうから、にこやかな笑顔がやってきた。 「ナイスファイトでした」 高村が俺に左手を差し出す。 俺は椅子から立ち上がると、彼の左手を取って握手した。 俺の右手は、いまだ包帯が巻かれている。 「……こちらこそ。……変な幕引きになってしまって、すまない」 俺が頭を下げると、高村はゆるゆると首を振った。 「いいえ……僕たちには実りの多い幕引きでした。価値ある敗北だったと思います」 「敗北? 君たちの勝ちだろう?」 「いえいえ。雪華が負けを認めたのです。彼女の意志は、マスターの僕であっても覆せない」 高村の笑顔からはそれ以外の意志は読みとれなかった。 雪華は自分の意志を曲げないし、頑として譲らないらしい。相手がマスターであっても。 誇り高いというか、融通が利かないというか……。 「でも、雪華も少しは考え方を変えるでしょう。 いままでの雪華は、試合に勝つことを一番に考え、それこそが強くなることだと思ってきました。 でも、今日、それでは計り得ない強さがあることを知った。 あなたたちのおかげです。ありがとう」 高村は素直に頭を下げた。 俺の方こそ恐縮してしまう。 「……試合前は、失礼なことを言って、すまなかった。 俺たちとバトルすれば、君たちが中傷されるかも知れないと思った。 だから、バトルを断るつもりで……あんなことを言ったんだ。 本当にすまない……三枝さんも、すみませんでした」 俺が謝罪して頭を下げると、三枝さんは驚いていた。 まあ、あれだけ嫌味を含めて断っていたのだから、信じられないのも無理はないと思う。 高村は、やはり笑って、 「わかってますよ」 と頷いた。 そんな彼に、俺は思っていたことを口にする。 「高村……今度、もう一度バトルしてもらえないか? それから、もっとゆっくり話がしたい。今日はずっと変な流れで、俺自身、納得がいっていないから……」 「喜んで」 高村はポケットから名刺を取り出すと、俺に差し出した。 「僕の連絡先です。気が向いた時にでも連絡してください」 「ありがとう」 俺は素直にそれを受け取った。 必ず連絡しよう。高村とも雪華とも、話したいことがたくさんある。 そして、今度は何のしがらみもなくバトルがしたい。 その時のティアも雪華も、きっと今とは違っているだろう。同じバトルにはきっとならない。 「……だけど、再戦したら、秒殺されそうだ」 「それはないでしょう。だって、あなたは雪華用の戦略をすでに考えているでしょう?」 「ちがいない」 俺と高村は笑った。彼に笑いかけたのは、これが初めてのような気がする。 俺はつくづく失礼な奴だ。 だが、許して欲しいと思う。俺たちを取り巻く問題が一応の解決を見たのは、今朝の話だったのだから。 そして、気がついていた。 俺にはまだやらなければならないことがあった。 ◆ 虎実は、筐体での喧噪には混じらず、大城の肩の上で一人物思いに耽っていた。 ティアは、一戦交えたときから、虎実の憧れであり、目標だった。 いつもオドオドした態度にいらつくこともあったが、バトルでの彼女を純粋に尊敬していた。 虎実はいつもティアを無視していた。 自分が決めた最大のライバルとなれ合うのはごめんだと思っていた。 だけどそれは、彼女の素直でない性格からくる考えだった。 今日のバトルを見て、虎実は思った。 やはり、自分の目に狂いはない。ティアはすごい神姫だった。 クイーンの最大攻撃をかわせる神姫なんて、他にいるはずがない。 そして、雪華がティアに「友達になってほしい」と言ったとき。 虎実は自分の気持ちに気がついた。 そう、友達になりたかったのだ。 ティアに自分を認めてもらいたかったのだ。 自分がティアにとって、胸を張って友でありライバルであると言える神姫だと、そう思って欲しかったのだ。 だから、納得のいく自分になったときに、バトルしてもらいたいのだ。 自分のすべてを見てもらうために。 虎実は雪華がうらやましかった。妬ましくて仕方がない。 でも、虎実は自覚する。自分はあの二人の足下にも及んでいない、と。 「なあ、アニキ……」 「ん?」 「アタシ……トオノにあんなえらそうなこと言ったけど……ティアと戦う資格、あんのかな……」 ミスティにはその資格があると思う。このゲーセンで実力を示し、三強をもひとにらみで黙らせる。 その実力を持って、今日、遠野とティアをここに招いたのだ。 悔しいが、認めざるを得ない。 それに比べて虎実は、やっとランバトの上位に食い込んだところだ。 だが。 「……ばっかじゃねぇの?」 彼女のマスターである大城は、呆れた声で言った。 虎実は大城に振り向く。 「資格とか、そんなもの、必要なモンかよ。 バトルロンドは、お前が考えてるほど堅苦しくないぜ? バトルやりたきゃ、遠野にそう言えばいい。 そんなこと考えてるのはよ、虎実、お前だけだ。 意地っ張りはやめて、ティアとバトルしたいって、言えばいいんだよ」 虎実は大城の言葉にむっとした。 でも、反論できなかった。アニキの言うことは正しい。 結局、虎実の意地っ張りな性格が、素直な気持ちに邪魔をしているだけなのだ。 それでも、と虎実は思う。 それでも、納得のいく自分になって、ティアに挑みたい。 その気持ちは本当だった。 もしかすると、納得のいく自分になるために、ティアを目標にしているのかも知れない。 「それでも……やっぱり、自分に納得がいってから、ティアと戦いたい。 そうじゃなきゃ、またはじめの時みたいに、悔しい思いをすると思う」 それは約束だ。 あの日、遠野に必死でお願いをした、約束。 遠野は約束を守って、ティアをバトルロンドに連れ戻してくれた。 その約束を守るためにも、半端な自分ではだめだ。 虎実は決意を新たにする。 納得いくまで、自分のスタイルをつきつめよう、と。そして強くなろう、と。 大城はため息をついたようだったが、気にもならなかった。 □ バトルロンドコーナーでの喧噪が、ようやく収まってきた頃。 「ティア、帰るぞ」 頃合いを見計らい、俺はティアに手の甲を差し出す。 ティアはまだしゃくりあげながら泣いていた。 そばにミスティがついていて、まわりを四人のライトアーマーの神姫たちが囲んでいる。 神姫たちはティアに道をあけてくれた。 ティアはまだ震えながら、俺の手に乗る。 ミスティたちは気遣わしげな表情で、俺を見た。 俺の心に、彼女たちの優しさが染みた。 ティアをこんなに思ってくれている仲間がいる。認めてくれている友がいる。 そしてもう、それを捨てようなどと、俺たちは考えなくてもいいのだと。 そんな小さな幸せを噛みしめる。 俺が少しだけ笑顔を見せて頷くと、五人の神姫たちは華やぐように笑ってくれた。 ティアを定位置の胸ポケットに収めて、俺は振り向く。 そこには久住さんと仲間たちがいた。 今回のことでは、久住さんには世話をかけっぱなしだった。 本当に、感謝してもしきれない。 今朝の事件の顛末も、話をしておきたいところだった。 だけどその前に、今すぐに、俺はどうしてもやらなくてはならないことがあった。 「ほんとうは、ゆっくりお礼をしたいんだけど……」 「分かってる。また今度でいいから」 「ありがとう」 「……でも、連絡くれなかったら、承知しないわよ?」 「……肝に銘じておくよ」 いたずらっぽくウィンクなんかした久住さんに、俺はドギマギしてしまった。 同時に、「承知しない」の一言に肝を冷やし、後で絶対に連絡を入れようと固く誓った。 俺はつくづく、久住さんに頭が上がらない。 俺はまだにぎわっているゲームセンターから、みんなに隠れるようにして帰宅の途についた。 高村と雪華との話もそこそこに、久住さんへの報告もそのままに、俺が急いで帰るのには理由がある。 俺がティアのマスターとして、やらねばならないこと。 さっきのティアの言葉で気づかされた。 ティアを本当に俺の神姫にするために、それはきっと必要なことだった。 だから俺は家路を急ぐ。 あたりはもう夕暮れに赤く染まっていた。 次へ> トップページに戻る