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第52 観音寺城 RO FUFU ターンパイク ■ 概要 近江佐々木六角氏の本拠地。きぬがさ山に郭を並べた構造は、国人連合政権たる六角氏の政治体制を反映し、日本最大級の山城であるものの防御性は低かったとされる。 ■ 駐車場 ・まずは安土城郭資料館で聞いた道順を元に石寺楽市へ。・なんというか、施設らしい施設は無いので迷わない。・スタンプもここで。 ・外の看板に「冬期閉鎖中」とあるが、行けるみたい。 ・この地域では色分けして看板を出している模様。紫色の看板に従って行く。 ・上っていくと、小屋から老夫婦が出てきて、通行料を払うとゲートを開けてくれる。・全面舗装だが路肩は弱い。・上には5台分くらいの駐車スペース。 ■ 見て回る ・観音正寺への参道の途中まで登ってこれる。・安土城の比ではないガレた石段。 ・ふむ。 ・丸太を止めていたと思われる鉄筋。・こうなるとほぼトラップに近い。・手すりにつかまって進む(が、手すりが低い) ・手すりのしたにはお言葉。 ・300m上って寺が見えてきた。 ・かなり開けた場所。 ・寺の脇に、城址入り口・一旦下りて寺の裏側へ進む。 ・この辺は竹林らしい。寺のノボリも竹製だった。 ・心細い山道。・滑落とクマと遭難に注意だな ・標識どおりに進む ・すごいとこだな... ・駐車場から40分で本丸跡到着。 ・どうやって運んだんだろか ・桑実寺方面は入山料が必要。 ・この日は天気が良い晴れた日だったが、もやがかかって景色は良くない ・往復2時間弱。下りるほうが怖い。・バイク用の靴は歩きづらい。 ・まあそうなんだけど・・・ ■ スタンプ 石寺楽市でもらう。 ■ 情報 石寺楽市開館時間 8 00~17 00。12月上旬~3月下旬休館 きぬがさ山林道通行料 300円。正確にはきぬがさ山林道景観整備協力金 きぬがさ山林道利用時間 9 00~16 00。17 00閉門 城址開園時間 実質的には晴れた昼間 城址入園料 タダ 城址駐車代 タダ 道順 石寺楽市への道で紫色の看板を入る。 日付 2010/4/6 旅程 大津→安土城→観音寺城→彦根 大きな地図で見る
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#73 誰かが捨てたモノ 夕日が空き家のガラス戸から差し込む。 あたしは少し長めになってきた髪の毛を指でクルクルと巻きながら、今日誰かが言ってた「男子は髪が伸びるのが早いほどエロい、女子は髪が伸びるのが遅いほどエロい」とかいう話のことを考えて、クスリと笑った。 そんなんどこに根拠があるってのよ? 「そういえばさ、もうすぐタクスタ発売じゃん?今回は買うんだよな?」 武志は、カットしたデッキを公旗に返しながら、思い出したようにあたしに言った。今日は空き家にはこの3人。 タクスタ発売かぁ。もうそんな時期なのよね…。『武神降臨』が発売されてからあんまり経ってないように感じるけど、忙しかっただけかも。 「当然。去年のと違って白があるからね」 「だよな。青のカードトレードしてくれよ?俺は『破壊と再生の剣』のほうしか買わないから」 武志はそう言ってからからと笑う。 それが狙いかい。まあ青のカードは使わないからいいけど。 松岡もポスターの『黒の新破壊カード』がどうとか言ってたけど、黒赤の構築済みだから詩織と半分にでもすればいいのに。 「はいはい。タクスタ大会に出た後ならね」 あたしは髪を巻いていた指を離し、背伸びをした。 「公旗さんは今年は買わないんですか?タクスタ?」 「あぁ、無論だ。緑の『み』の字もないスターターなど、興味はない」 だろうと思った…。 公旗は緑の基本Gを出してターン終了を宣言した。 あたしの位置からは、さっきからチラチラと公旗の手札が見える。 あのアプサラス3《10》はいったい何に使うんだろ…? あたしは公旗を少し呆れた目で見ながら立ち上がり、トイレに向かった。 空き家のトイレは一番奥にあって、「といれ」と書いてある古い木製の扉の向こうだ。 古い銀色の鍵が「ギチ」と音を立てて動く。 水を流しながらしゃがみこんだあたしは、ゴミ箱をふと見る。 …中には、くの字に折り曲げられたカードの束が捨てられていた。 買った人がレアを抜いて捨てたのかな?ガンダムウォーのカードじゃないけど、すごくイラッと来た。 あたしは水を流し、トイレの扉を開ける。 スゲー嫌なもん見た。 「どうした?間に合わなかったか?」 急に不機嫌になったあたしを武志が冷やかす。 「ばーか。カードが捨ててあったの」 「…お前そういうの嫌いだもんな」 「うん」 あたしはそっけなく答えてから元の位置に座る。 冷やかしじゃなくて和ませようとしただけだってことくらいわかってる。 「あんた”そっち系”の趣味あったの?」 あたしは気を取り直して、武志の冗談に返す。 どう考えても返すタイミング遅いけどね。 武志は笑って「ねーよ」と言った。 「今少年と話していたところなんだが、お嬢さんは今年は地区予選に出るのかな?」 少し間を空けて公旗が口を開いた。 手札にもうアプサラス3はない…と思ったら場に出ていた。 「地区予選…ですか?」 あたしはきょとんと聞き返す。 「ああ。伊達CSだ」 公旗は少し説明を加えた。 年二回、ガンダムウォーの地区予選と本選が行われ、半期ごとに全国1位を決めるらしい。 去年も確かそんな話があったけど、アーチェリーの試合があったから断ったはずだ。 「確かその日は大丈夫です」 あたしは公旗が言った日付あたりの日程を思い出しながら答える。 「では決まりだな。と、アプサラス3のテキストで本国に14ダメージだ、少年」 公旗が2回うなずき、武志のほうを向き直って手札を捨てた。 「あー!なんかやる気出てきたかも!」 あたしは少し大きめの声を出す。 唐突に言ったあたしに、本国のカードを全部捨て山に送り終わった武志が「はァ?」と言った。 「武志負けたんでしょ?ホラ、次はあたしの番よ」 あたしはカバンからデッキケースをだして机に置いた。 伊達の予選大会。いけるところまで行ってやるわ! 「白デッキ。…望むところだ」 公旗はアプサラスをデッキの束に戻しながら不適に微笑んだ。 つづく 前へ / SeasonTOP / 次へ txt Y256 初出:あたしのガンダムウォー 掲載日:09.05.12 更新日:10.04.14
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802 名前: NEPさん 04/11/19 03 17 37 ID fduHSPby コンベでであった二人の困ったマスター オリジナルシステムで参加したGM、卓説明で 「ダイスもカードも使わない最新のTRPGです」と宣伝、でも質問しても どんな判定なのか言わず不成立、別の卓のPLにはいったが 終始不成立について不満を述べ、聞いてほしそうなことを匂わす どんなものかと聞いても真似されるから嫌だ、気になるなら卓に来ればよかった の連発 もう一人はアリアンロッド、希望者が多く卓参加者してから 「続き物なので前回参加者のみ来てください」とGMからのアナウンス 前回参加者は軒並落ちた人と付け加えています 皆さん、これは何ルーチェ? スレ41
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【変態王子と笑わない猫。 第1巻】 変態王子と笑わない猫。 第1巻 [DVD] 変態王子と笑わない猫。 第1巻 特装版 [Blu-ray] 変態王子と笑わない猫。 第1巻 特装版 初回限定 も~そうパック [Blu-ray] 発売日 :2013年6月26日 発売 収録内容 ・第1話:変態さんと笑わない猫 ・第2話:妖精さんは怒らない 【パッケージ仕様】 ・キャラクター原案・カントク氏描き下ろしスリーブケース ※特装版、も~そうパック ・キャラクターデザイン・飯塚晴子描き下ろしジャケット ※DVD、特装版、も~そうパック 【封入特典】 ・キャラクター原案・カントク氏描き下ろしキャラクター添い寝シーツ(筒隠月子) ※も~そうパック ・キャラクター原案・カントク氏描き下ろしイラストシート(筒隠月子) ※DVD、特装版 ・キャラクターソング(筒隠月子 CV 小倉 唯)&サントラ収録CD ※特装版、も~そうパック ・イベント先行予約チケット封入 ※特装版、も~そうパック ・原作者:さがら総先生書き下ろし小説&お米軒先生描き下ろしコミック収録特製ブックレット ※DVD、特装版、も~そうパック 【映像特典】 ※特装版、も~そうパック ・変猫BBS 1・2 ・プロモーション映像集 ・番宣CM集 ・DVD・BD告知CM集 【変態王子と笑わない猫。 第2巻】 変態王子と笑わない猫。 第2巻 [DVD] 変態王子と笑わない猫。 第2巻 特装版 [Blu-ray] 変態王子と笑わない猫。 第2巻 特装版 初回限定 も~そうパック [Blu-ray] 発売日 :2013年7月24日 発売 収録内容 ・第3話:哀しむ前に声を出せ ・第4話:気楽な王の斃し方 【パッケージ仕様】 ・キャラクター原案・カントク氏描き下ろしスリーブケース ※特装版、も~そうパック ・キャラクターデザイン・飯塚晴子描き下ろしジャケット ※DVD、特装版、も~そうパック 【封入特典】 ・キャラクター原案・カントク先生描き下ろしキャラクター添い寝シーツ(小豆梓) ※も~そうパック ・キャラクター原案・カントク先生描き下ろしイラストシート(小豆梓) ※DVD、特装版 ・キャラクターソング(小豆梓:石原夏織)&サウンドトラック収録CD ※特装版、も~そうパック ・原作者:さがら総先生書き下ろし小説&お米軒先生描き下ろしコミック収録特製ブックレット ※DVD、特装版、も~そうパック 【映像特典】 ※特装版、も~そうパック ・変猫BBS 3・4 ・WONDERFUL HOBBY LIFE FOR YOU!! 17「へんねこステージ」 ・番宣CM集 ・DVD・BD告知CM集 【変態王子と笑わない猫。 第3巻】 変態王子と笑わない猫。 第3巻 [DVD] 変態王子と笑わない猫。 第3巻 特装版 [Blu-ray] 変態王子と笑わない猫。 第3巻 特装版 初回限定 も~そうパック [Blu-ray] 発売日 :2013年8月28日 発売 収録内容 ・第5話:さよならマイホーム ・第6話:ようこそマイフレンド 【パッケージ仕様】 ・キャラクター原案・カントク氏描き下ろしスリーブケース ※特装版、も~そうパック ・キャラクターデザイン・飯塚晴子描き下ろしジャケット ※DVD、特装版、も~そうパック 【封入特典】 ・キャラクター原案・カントク先生描き下ろしキャラクター添い寝シーツ(鋼鉄の王) ※も~そうパック ・キャラクター原案・カントク先生描き下ろしイラストシート(鋼鉄の王) ※DVD、特装版 ・キャラクターソング(鋼鉄の王:田村ゆかり)&サウンドトラック収録CD ※特装版、も~そうパック ・原作者:さがら総先生書き下ろし小説&お米軒先生描き下ろしコミック収録特製ブックレット ※DVD、特装版、も~そうパック 【映像特典】 ※特装版、も~そうパック ・変猫BBS 5・6 ・「変態王子と笑わない猫。」BD第1巻発売記念イベント ・ノンテロップED 【変態王子と笑わない猫。 第4巻】 変態王子と笑わない猫。 第4巻 [DVD] 変態王子と笑わない猫。 第4巻 特装版 [Blu-ray] 変態王子と笑わない猫。 第4巻 特装版 初回限定 も~そうパック [Blu-ray] 発売日 :2013年9月25日 発売 収録内容 ・第7話:いつかはマイファミリー ・第8話:100%の女の子 【パッケージ仕様】 ・キャラクター原案・カントク氏描き下ろしスリーブケース ※特装版、も~そうパック ・キャラクターデザイン・飯塚晴子描き下ろしジャケット ※DVD、特装版、も~そうパック 【封入特典】 ・キャラクター原案・カントク先生描き下ろしキャラクター添い寝シーツ(エミ) ※も~そうパック ・キャラクター原案・カントク先生描き下ろしイラストシート(エミ) ※DVD、特装版 ・キャラクターソング(エミ)&サウンドトラック収録CD ※特装版、も~そうパック ・原作者:さがら総先生書き下ろし小説&お米軒先生描き下ろしコミック収録特製ブックレット ※DVD、特装版、も~そうパック 【映像特典】 ※特装版、も~そうパック ・変猫BBS 7・8 ・夏の学園祭 2013 へんねこスペシャルステージ 【変態王子と笑わない猫。 第5巻】 変態王子と笑わない猫。 第5巻 [DVD] 変態王子と笑わない猫。 第5巻 特装版 [Blu-ray] 変態王子と笑わない猫。 第5巻 特装版 初回限定 も~そうパック [Blu-ray] 発売日 :2013年10月30日 発売 収録内容 ・第9話:幸福な王子 ・第10話:一番長いということ 【パッケージ仕様】 ・キャラクター原案・カントク氏描き下ろしスリーブケース ※特装版、も~そうパック ・キャラクターデザイン・飯塚晴子描き下ろしジャケット ※DVD、特装版、も~そうパック 【封入特典】 ・キャラクター原案・カントク先生描き下ろしキャラクター添い寝シーツ(未定) ※も~そうパック ・キャラクター原案・カントク先生描き下ろしイラストシート(未定) ※DVD、特装版 ・キャラクターソング(未定)&サウンドトラック収録CD ※特装版、も~そうパック ・原作者:さがら総先生書き下ろし小説&お米軒先生描き下ろしコミック収録特製ブックレット ※DVD、特装版、も~そうパック 【映像特典】 ※特装版、も~そうパック ・「変猫BBS」(30秒宣伝CMアニメ×2話収録)ほか 【変態王子と笑わない猫。 第6巻】 変態王子と笑わない猫。 第6巻 [DVD] 変態王子と笑わない猫。 第6巻 特装版 [Blu-ray] 変態王子と笑わない猫。 第6巻 特装版 初回限定 も~そうパック [Blu-ray] 発売日 :2013年11月27日 発売 収録内容 ・第11話:筒隠さんの家の中 ・第12話:変態王子と記憶の外 【パッケージ仕様】 ・キャラクター原案・カントク氏描き下ろしスリーブケース ※特装版、も~そうパック ・キャラクターデザイン・飯塚晴子描き下ろしジャケット ※DVD、特装版、も~そうパック 【封入特典】 ・キャラクター原案・カントク先生描き下ろしキャラクター添い寝シーツ(未定) ※も~そうパック ・キャラクター原案・カントク先生描き下ろしイラストシート(未定) ※DVD、特装版 ・キャラクターソング(未定)&サウンドトラック収録CD ※特装版、も~そうパック ・原作者:さがら総先生書き下ろし小説&お米軒先生描き下ろしコミック収録特製ブックレット ※DVD、特装版、も~そうパック 【映像特典】 ※特装版、も~そうパック ・「変猫BBS」(30秒宣伝CMアニメ×2話収録)ほか
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企画書「雨の中の庭」08/08/05 - (第二稿:8/15) 「僕」は目を見ると人の考えていることが分かる。だから、みんなが言葉と違うことを心の中で考えていることを知っている。もちろん「僕」もそうだ。だって、そうでもしないと生きていけない。でも、そうやって生きている「僕」は「僕」のことが好きになれない。みんなのことも嫌いだ。 家族も「僕」のことを気味悪がって近寄らない。中学校から引きこもりの弟には、部屋の扉越しに、「僕」みたいな兄がいたら恥ずかしくて外になんか出られるものか、と言われた。誰も「僕」と目を合わせようとしない。「僕」だって嘘つきはお断りだ。世の中、嘘つきばかりしかいない。 でも、高校時代に知り合ったユウキは違った。怖いくらい言葉と心の中が同じだった。だから言葉に説得力があった。まるで見てきたように断言する、そこに根拠はないはずなのに、みんな彼が言うとそれが正しいような気がした。そして、たいていの場合彼は正しかった。 そんなユウキは「僕」のことを気に入ってくれた。二度と起こらない奇跡だと「僕」は思った。「僕」とユウキ、それにユウキの恋人の真砂。高校生の「僕」は、三人でずっと遊んでいた。初めての、友達と呼べる友達だった。 真砂は、どこか人形を思わせるところのある女の子だった。高校生の女の子らしく浮ついたところもなく、あまり嘘をつかない代わりに心を動かすことも少なかった。どこか透明な存在だった。でも、ユウキといると、たまにくつろいだ表情で笑うことがあった。それはとても素敵な笑顔だった。彼女はまるで歴史が始まったときから一緒にいたみたいな顔をして、いつもユウキの隣にいた。 そんな幸せな時が長くは続かないことは分かっていた。ユウキはできるだけ早く街から出て行くと決めていた。この街にずっといたらダメになる。ユウキはそればかり口にしていた。 「僕」は、どうすればいいんだろう。ユウキと知り合ってから、ひとりのときはそればかり考えた。この街で生まれ育った「僕」にとって、この街にいることは自然なことだった。特にここから出て、行きたい場所もなかった。 高校三年生の秋、「僕」はユウキに一緒に東京へ行かないかと誘われた。「僕」は断った。ユウキがたった一人の友達でも、ついていく訳にはいかない。だってどこへ出て行っても、「僕」は何をしていいのか分からない。そんな「僕」がここから離れても、誰のためにもならないと思った。 「おまえたちみんな引きこもりかよ。どうするんだよ、こんな街にいて」 「時代の病気なんだよ。みんながユウキみたいに健康を指向してる訳じゃないんだ」 「先にあるのが健康かどうかなんて知らないけどさ」 四月になって、ユウキは東京の大学へ進学して、ひとりで暮らし始めた。真砂は地元の大学しか受けていなかった。国公立は落ちて滑り止めの私学だけ受かった。でも、そのことについて特に何も言わなかった。行きたい大学がある訳ではなく、ただ何かを先送りしたいだけだった。したいことがあってそれを目指しているのなんて、ユウキくらいだ。 「僕」たちは、ただ淡々とユウキの引越を手伝った。「僕」も真砂も、ユウキの引越どう受け止めていいのか分かっていなかった。 「遊びに来いよ。いつでも歓迎する」 ユウキの晴れやかな笑顔に、いつも通りの声で、新しい彼女ができたら紹介してね、と真砂は言った。「僕」は何も言えなかった。 ユウキに一緒に東京に行こうと誘われていたのは「僕」だけだった。真砂がユウキから言われていたのは、「好きにしろ、俺は出て行くから」だけだった。「僕」はそのことを、ゴールデンウイークに開催された高校の同窓会で真砂から聞かされた。真砂は怒っていた。正当な怒りだと思う。 「ついて行きたかった?」 「彼が望んでいないなら、ついて行きたくなんてない」 あなたがついて行けば良かったのに、と真砂は言った。心にもないことだと「僕」は目を見て知った。真砂は心にもないことをよく言う。でも、不思議と「僕」は真砂のことを嫌いにならなかった。 ユウキがいないと、高校の同窓会はまるでつまらなかった。彼なしでは居場所なんてどこにもなかった。それは真砂も同じだった。退屈をこらえて一次会の終わりまで残っていたのは、ただ積極的に別れを切り出す気にもなれなかっただけだ。居心地の悪い行き着けない居酒屋で、真砂はカクテル一杯で酔っぱらっていた。泣くでもなく暴れるでもなく、愉快になるでもなく美味しそうでもない。何の意味もない飲酒だった。「僕」は飲まないように逃げ回った。逃げ回るのには慣れている。 別れ際に真砂は「もう会わないでしょうけど」と言って、「僕」の目を見た。「僕」は何か言わないわけにはいかなかった。 「同じ街に住んでいるんだから、どこかで偶然会ったらお茶でもしようよ」 「いくら狭い街だからって、そんな偶然はないと思う」 「僕」は真砂の目を確認して、たぶんね、と答えた。そして「僕」と真砂は別れた。 ゴールデンウイークも過ぎると、大学にあふれていた新入生は、それぞれの居場所をみつけて散っていく。「僕」も居場所を探して、天文部の扉を叩いた。夜、星を見るのが「僕」は好きだった。どれだけ見ていても星は嘘をつかない。 でも、天文部はただのイベントサークルだった。星にかこつけて男女が仲良くなるための、よくある大学生のための夜遊びサークル。「僕」が見たいのは人間ではなかった。 でも「僕」はそこで、ステラという女の子と出会った。日本語は流暢にしゃべったけれど、名前のとおり日本人ではなかった。髪は銀色で瞳は青、白い肌。同じ人間だと思えないような不思議な存在感があってサークルでも浮いていた。元々この街は保守的なのだ。でも本人は何も気にしていなかった。あるいは、自分が浮いていることに気づいていなかったかもしれない。 ステラの目の奥には心が見えた。でも「僕」はそれが解読できなかった。そんなことは今までなかったから、「僕」はとても混乱した。外国人だから読めない、というものではなかった。言葉が通じない相手の目だって「僕」は読める。猫や犬だって読めるのに。 あなたは誰ですか? と聞きたかった。でも、そんなこと絶対に聞けない。そのためには「僕」が誰なのか説明しなきゃいけないだろう。そんなこと僕にはできない。親友のユウキにだって言えなかった。「僕」が他人の心を読むことができるって、説明したことがあるのは弟だけだ。そのせいで弟は引きこもりになった。彼は「僕」の顔が見られない。「僕」のせいで、誰の顔も見られなくなった。 ステラとは同じ授業をいくつも取っていて、教室でもよく顔を見かけた。まず見間違いようがなかったし、たいてい彼女は遠巻きにされて誰も近づかなかったから、「僕」からあいさつに行くのに抵抗はなかった。「僕」が近づくことに、彼女がどう思っていたのかはよく分からない。少なくとも迷惑そうではなかったけれど、あるいは何とも思っていなかったかもしれない。 同級生に、おまえ勇気あるな、と言われたこともある。彼女が日本語をしゃべれることは知れ渡っていたけれど、そんなレベルではなくステラは異物扱いだった。 「なんなんだろうな、あのプレッシャー。遠くから見てればゲームの中のお姫様みたいな顔してるんだけどな、ちょっと一般人じゃ近づけないね」 「僕だって一般人なんだけど?」 「あのエイリアンと普通に話ができる一般人がいてたまるか」 少なくとも彼は本心でしゃべっていたので、「僕」はそれ以上、何も言わないことにした。「僕」が一般人だなんて「僕」も信じてはいないけれど、積極的にそれを認めるつもりはなかった。 「僕」がステラと一緒に食事をする仲になるのに時間はかからなかった。大学生同士なら、一緒に食事に行くくらい普通だ。でも、「僕」の居心地は悪いままだった。彼女相手にはあまり上手くしゃべれなかったし、たまに挙動不審なこともしたと思う。なんとかして彼女の気持ちを知る方法はないかと考えたりもした。でも、たいていは空回りで終わった。 ステラと一緒にいて一番に感じるのは、彼女の健全さだった。まっすぐな目で「僕」を見るし、分からないことがあれば分からない、知りたいことがあれば知りたいと言う。それは「僕」には縁のない健全さだった。ルール違反の健全さ。たぶんそれが人々が彼女を敬遠する理由だろう、と「僕」は思った。 気持ちが塞ぐときや、何かしたいけど何も思いつかないとき。「僕」はたまにユウキに電話をかけて長話をした。ユウキは「僕」にとって、引っ越した後でもいちばん心許せる相手だった。東京暮らしでしゃべり方が変わっていたけれど、「僕」たちの関係は変わらなかった。彼が充実した日々を送っていることは声だけで分かった。ステラの話をすると彼は心底おもしろがった。おまえだって恋愛をしてみればいいんだ、と彼は言った。そんなんじゃない、と言っても聞く耳を持たなかった。 唯一、真砂の話をするときだけ、彼は落ち着かない声になった。遠距離が不安かと僕が聞くと、そんなんじゃないと彼は答えた。でも、どう「そんなんじゃない」のかは教えてくれなかった。 「なあ、真砂は変わらず元気にしてるか?」 ユウキはたまに、そんなことを「僕」に聞いた。どうして「僕」にそんなことが分かるのさ、「僕」はそのたびにそう答えた。 でも「僕」は時々、偶然を装って真砂に会いに行った。最初、彼女はとても驚いた顔をしたけれども、すぐに肩の力を抜いて「僕」の相手をしてくれた。まあ「僕」ならいいか、とその目が言っていた。彼女はあまり他人を信用しない方だけれど、それだけに彼女のさみしがりやな部分は充足されることが少なかった。「僕」は少なくとも、ユウキの次くらいには信頼されていたんじゃないかと思う。担保がユウキだから、多少「僕」の株がひとより高くても驚くには値しない。 でも、真砂と二人でいても話すことはないから、ただ黙ってお茶を飲んだり、一駅余分に歩いたりしただけだった。そしていつも「また偶然会ったら」と言って別れた。もちろん恋愛感情はなかった。ただ、そうしないと消化されない何かがあった。 そんな時間を必要としていたのは真砂も同じだった。偶然、真砂の方から「僕」に会いに来ることもあったし、ときどき内容のないメールが届くこともあった。メールになると真砂は饒舌だった。顔文字も入っていたし、文体もくだけていた。真砂も普通の女の子でもあるんだな、と「僕」は思った。考えてみれば当たり前のことだけれど、いつもユウキとセットで見ていたから、その印象は新鮮だった。 真砂はユウキと遠距離恋愛を続けていた。でも、ユウキとはだんだん疎遠になっていた。もともとユウキは、そんなマメなタイプではないのだ。近くにいた時のような関係を続けるのは無理だった。でも、真砂は新しい距離に上手くなじめなかった。 真砂は過去にしがみつこうとしていた。「僕」とユウキと真砂と、三人でいた過去に。だから同じ時間を共有していた「僕」を必要としていた。ユウキはもうそこにはいないから。真砂は「僕」と会っても、「僕」のことを見ていなかった。ただ「僕」の向こう側にいるユウキの影を要求していた。「僕」にできるのは、できるだけユウキの影を色濃く映すことだけだった。でも、それはユウキから離れていることを、真砂に思い知らせることでもあった。 サークルで夏休みにペルセウス座流星群を見に行くことになった。「僕」は団体旅行は嫌いだったけれど、泊まりがけの旅行なら、少しは「僕」の知らないステラの秘密が分かるかもしれない。なら団体旅行くらい我慢してもいいかと思った。 「僕」とステラは駅で待ち合わせ、電車を乗り継いで高原へ行った。宿だけは決まっていてイベントがいくつか用意されていたけれど、それ以外は自由時間だった。合コンの延長でしかない部員の方々とは別行動で、「僕」は星を見るために現地での行動を計画してあった。必然的に目的が同じステラとは行動が同じになるだろう、と見越して。 予想通り、ふたりだけで行動する時間はたっぷりあった。ふたりで夜空を見上げながら、でも、「僕」はどんな話をしていいのか分からなかった。ステラと一緒にいると、まるで物語の中に迷い込んだような気持ちになることがよくあった。「僕」はどんな登場人物なんだろう? どんな登場人物になりたいんだろう? 「前から聞こうと思ってたんだけど、どうして日本に?」 「家族がこちらにいたんです。異邦人なのはどこでも同じだから、だったら家族でいようと思って」 「そういえば、どこから来たの?」 しばらく沈黙があってから夜空を見上げて、この星のどこかから、とステラは言った。 「そういう気持ちって分かりますか?」 「僕」もどこかの星から流されて来たような気持ちになることがある、と「僕」は答えた。よくある。ステラは小さく笑った。 「正直なところ、よく分からないんです。日本の前はアメリカにいました。その前はドイツです。でも、どこがスタートなのかは分かりません」 「そして、ここがゴールでもない?」 「でも、今はここにいますよ」 普通の大学生の男女ならキスをするタイミングだと思った「僕」は、ステラの横顔を見た。でもステラはただ星空を見上げていた。まったく、そういう色恋沙汰は眼中にないらしかった。「僕」の勇気は一気に挫けた。いいんだ、別にキスしたかった訳じゃないんだ。色恋沙汰がしたい訳じゃないんだ。 「一度、私の家族にも会ってください。私に人間の友達がいると知ったら喜びます」 「人間の?」 「現地の、ですね、すみません。言葉がうまく使えなくて」 手を握ってもいいですか、と「僕」は言ってみた。ステラは手があることに初めて気がついたようにしばらく右手を見てから、どうぞ、と言ってその手を差し出した。そっと手を握ると、ステラは不思議そうな顔で「僕」の顔を見上げて、やっぱり人間ですね、と言った。 「あなたがいて、よかったです」 目を見ても、何を考えているのか全然わからなかった。でも、少なくとも「僕」の知る恋愛要素がないことだけは確かだった。流れ星だけが静かに夜空を横切っていった。 秋が来て、冬が来た。高校生だった去年までとは違う、人肌恋しい季節だった。真砂とは偶然出会っては一緒に時間を過ごした。流れで手をつないだり肩を抱いたりすることもあったけれど、でもそれはユウキの代わりだった。「僕」もわかっていたし、真砂も分かっていた。でも、それが求めていることだった。真砂は明らかに、今より過去の方がいいと思っていた。「僕」はどうなんだろう、よく分からない。ユウキのいた過去をかけがえなく素敵だと思っていたけれど、現在だってそんなに悪くないかもしれない。 「僕」はステラともプライベートな時間を過ごすことが増えた。例のクラスメイトあたりがみたら、つきあっていると思ったかもしれない。でも、実際はどこに遊びにでかけても、食事を一緒にして別れるくらいがせいぜいだった。清い交際にさえならなかった。「僕」には相変わらずステラの心が読めないから、彼女が何を考えているのか分からない。「僕」と彼女の間に、どれだけの距離があるのかも分からなかった。 「人間の心なんて不確かなものだぞ? 特に女の子。 俺だって真砂が何考えてるのか分からないことはよくあったけど、でもつきあってたじゃないか」 「ユウキは特別、あんなに好き合ってたら何をしたって大丈夫だよ。僕はそうじゃない」 「僕」はユウキみたいに、裏表のない生き方はできない。 相変わらず「僕」の家では弟が閉じこもった部屋の中から「僕」を呪っていた。でも「僕」は弟に対して、つながりを強く感じていた。何かを肩代わりしてもらっているような気持ちさえした。あるいは逆に、「僕」が彼の分まで外の世界を見ているような。それは「僕」の不健全さの証明かもしれない。でも、健全な自分を目指すよりは、「僕」は十分に「僕」であることを目指していた。 父も母も、弟のことは諦めていた。いつか、このままではいられなくなる日が来る。たとえばそれは父の定年を機にやってくるかもしれないし、他の家族の身に起きる何かが引き金になるかもしれない。弟のことは、そうなったときに考えることになっていた。それまでは目を背けていることで、暗黙の了解ができていた。 「僕」はこの先、どうやって生きていったらいいのかまるで分からなかった。だからみんなと同じように、ただ何も気づいていないふりをして、毎日を過ごしていた。まるでそうすれば、変化を避けられるとでも思っているように。 ステラと大学を歩いているときに、偶然真砂に会ったことがある。それぞれを友達、と「僕」は紹介した。ステラは小首をかしげ、真砂は人形のような目をしてお互いにあいさつをした。それでも三人でお茶をした。別に悪いことをしている訳ではないのに、「僕」はとても落ち着かなかった。何をしているのか全然わからなかった。 後で真砂には、「僕」に友達がいるなんて思わなかったと言われた。それ以来、彼女はしばしば「僕」の大学に顔を出すようになった。いや、たぶんそれも偶然だろう。 その冬、真砂の両親が仕事の都合でアメリカに引っ越しをした。大学生の真砂は下宿してこの街に残ることを選んだ。引越は「僕」が手伝った。彼女には他に引越を手伝ってくれそうな友達はいなかった。真砂の心の中にはユウキしかいない。友達なんてできない。 家族がいなくなった真砂は、より強く「僕」を求めるようになった。「僕」はしばしば真砂と夕食をともにするようになったし、夜、電話で話すことも増えた。偶然じゃない待ち合わせをして遊びに行くようにさえなった。それでも真砂の心の中にはユウキしかいなかった。一目瞭然だった。 ユウキが真砂に別れを切り出したのは、そんな最悪のタイミングだった。いや、別れなんて切り出せばいつだってその瞬間、最悪になったかもしれない。その予感はあった。「僕」はふたりとそれぞれに話をする立場にあったから、ふたりの状況は理解していた。でも、それは「あってはならないこと」だった。もちろん「あってはならないこと」だって起きる。でも「あってはならないこと」に対しては、備えなんてできない。 正月の帰省、ユウキは別れを言うために戻ってきた。三人で会うのは久しぶりだった。三人三様に変わっていたと思う。ユウキだけが、彼が望んだとおりの変化をしていた。「僕」の成長はアンバランスで居心地が悪かった。真砂は成長を拒否しようとしていた。 もう恋人としてお互いを認識するのはやめよう、過去を共有する仲の良い友達でいよう。束縛したくないし、されたくない。俺は「現在」を生きたくて街を出たんだ。もうここには戻らない。 ユウキは一方的に言った。そんなこと「僕」の前で言うなよ、と「僕」は思った。でもユウキにとっても真砂にとっても、「僕」も当事者だった。 真砂は最初、何を言われたのか分からなかった。普通に世間話を続けようとして、でも、すぐに言葉が失われた。泣かなかったし、取り乱したりもしなかった。ただ、理解しなかった。できなかった。「僕」は怖くて彼女の目が見られなかった。 代わりに「僕」はユウキに考え直すように説得した。でもユウキは聞く耳を持たなかった。 「おまえの身勝手のために彼女を犠牲にするのか?」 「違う、一緒にいることが真砂を犠牲にすることなんだ。遠距離恋愛なんて真砂にも俺にもふさわしくない。おまえにだって、その街を出れば分かる」 分かりたくない、と「僕」は言った。 せめて、おまえがこのまま真砂とくっついてくれると安心なんだけどな、とユウキは嘘のない目で言った。信じがたいことに本気だった。 もういい、さよなら、と小さな声で真砂は言った。「僕」は彼女の目を見た。その目は空っぽだった。僕はそこからどんな感情も読み取れなかった。 「行こう」 真砂は「僕」の手を取って、ユウキの前から立ち去ろうとした。「僕」は振り向いて、ユウキに何か言おうとした。でも、何が言える? ユウキも同じ顔をしていた。その目が語っていた。何が言える? と。 その夜、「僕」は真砂と初めて寝た。ユウキと別れてから行くあてもなく地下鉄に乗って、環状線を何回か回った気がする。会話は何もなかった。でも別れることはできなかった。真砂は命綱のように、「僕」の手をずっと握っていた。そろそろ終電が、と「僕」が言うと、真砂は泣き出した。世界からすべての音が消えたような泣き方だった。そんな泣き方をされたら、もう「僕」には選択肢はなかった。 「僕」たちは真砂の下宿へ移動した。どこへも行きたくない「僕」たちに、それ以外にできることは何もなかった。交互にシャワーを浴びて、部屋の明かりを消した。ずっと無言だった。 「僕」にとっては初めてだった。でも真砂はそうではなかった。ユウキとずっとつきあっていたんだから当然なのに、その事実を「僕」はまったく想像していなかった。真砂はいつまでも人形のような清らかさでいるものだと思っていた。 「毎晩でもしたかったし、何回でもしたかった。実際、できるときはいつでもした。どこでもした」 「僕」の上で腰を振りながら真砂は言った。淋しかった、ぽつりとつぶやく。何度も、何度もつぶやく。でも、哀しいばかりなのに、「僕」は男性としてきちんと機能していた。初めて見る真砂の裸体は綺麗だった。「僕」は興奮していた。今、こんなことをしたら取り返しがつかないことになると思いながら、止めることはできなかった。こんな「僕」は知らない、と「僕」は思った。でも求められるたびに「僕」は応えた。そして「僕」からも、何度も求めた。真砂も、そのたびに応えた。 真砂は「僕」の名前を一度も呼ばなかった。代わりにユウキの名前を呼んだ。何度も、何度も。「僕」はずっと黙っていた。何を言っても嘘になりそうだった。 冬が過ぎ春を迎えて、「僕」は時間の多くを真砂の下宿で過ごすようになった。授業は出た、バイトも行った。数日おきに実家に帰り、服を着替えたり荷物を交換したりした。でもそれ以外の時間はほとんど真砂とずっと一緒にいた。一緒にいて、セックスばかりした。ふたりともユウキのことばかり考えていた。「僕」もセックスにはすぐに慣れた。気持ちがいいとは思うけれど、ずっと我を忘れ続けられるほどじゃない。だから、何回も何回もした。我を忘れる必要があった。するたびに淋しい気持ちになった。でも、やめられなかった。 窓の外に大きな月が見えた。パトカーのサイレンと吠える犬の声が遠くに聞こえた。大きな流れ星に気がついたけれど、何の願い事も言えなかった。何か嫌な気持ちになって、それを忘れるために「僕」はもう一度真砂の身体を求めた。流れ星は僕の意識から、なかなか離れてくれなかった。 ステラに、大学で声をかけられた時、「僕」はユウキのことを考えていた。彼女ができたんですかと聞かれて、「僕」は違うと答えた。真砂は彼女と呼べるような存在だと「僕」に認識されてはいなかった。どちらかといえば家族みたいなものだった。今はセックスが必要だからセックスをしているだけだ、と「僕」は思っていた。真砂との間には恋愛感情はない。 「この頃、私と一緒にいる時間をとってくれなくて、これが彼女ができたということなんだろうな、と思っていたんですが」 そっか、と「僕」は答えた。でも、時間がないのは本当だ。早く帰って真砂とセックスをしなきゃいけない。間違ったことをしているとは思わなかったけれど、取り返しのつかないことをしている自覚はどこかにあった。ステラといるとそれが刺激された。でも、今は考えたくなかった。 ステラの目を見ても相変わらず、何を考えているのか分からなかった。彼女は「僕」の目をまっすぐに見上げていた。いつにない切迫感があって、「僕」は目をそらした。 「私のことをどう思いますか?」 「ええと、どう、って?」 「何でもいいです。思った通りに答えてくれたら、私はそれで納得することにします」 「僕」は何を答えたらいいのか分からなかった。状況がうまく把握できていなかった。自分が袋小路にいることだけは分かった。相手が他の誰かなら、何かうまい逃げ道を考えられたかもしれない。でも、相手はステラだった。 「そうですね、先に私が言うべきですね」 ステラは、一度視線を切ってから、また「僕」をまっすぐに見上げた。そして言った。私はあなたが好きです。 それでも「僕」は何も言えなかった。真砂のことを思った。真砂とするセックスのことを考えた。いや、ただ何も考えていないだけだったかもしれない。ただセックスのフラッシュバックが脳裏に渦巻いている。取り返しならつかない、と「僕」は思った。 「私は、みんなが思うような人間じゃありません。でも、私だって人間になりたかったんです。あなたを好きになって、好きで好きでたまらなくなって、人間を好きになるんだから私も人間なんじゃないかって、そう思って、でも私はきっと人間じゃないから、あなたに好きになって欲しいなんて言えなくて」 まっすぐ「僕」を見上げるステラの目からこぼれる涙を見て、「僕」の中でステラと真砂がつながった。「僕」はステラを抱き寄せた。真砂のことを思う気持ちと、同じ気持ちがステラに向いていた。真砂が「僕」に向ける気持ちと、同じ気持ちが「僕」に向いていると思った。これも恋愛感情じゃない、「僕」なんてどこにもいない。だから、抱き寄せることに抵抗はなかった。 「私はどこか遠い星の変な生き物なんです。私に好かれても、あなたは迷惑なんです。分かっているんです」 「僕」はステラの唇を塞いだ。そんなことはするべきじゃなかったかもしれない。でも、そうするしかなかった。長い夢を見ているような気持ちだった。夢の中で、それが夢だと自覚していて、でも自分では目覚めることができない夢。ステラが目を開けたままだったから、「僕」が目を閉じた。長いキスだった。 「それで、私のことをどう思いますか?」 キスが終わってから、改めてステラは「僕」に聞いた。まっすぐに向けられた目の奥で何を考えているのか、相変わらず「僕」には分からなかった。「僕」には何も答えられなかった。 ごめん、と「僕」は言った。 謝らないでください、わかってますから、とステラは答えた。 それが「僕」にとっては転機だった。もう真砂とはセックスはできないだろうと思った。もう気づかないふりをして溺れるように抱き合う、というのは無理だった。ステラに対してだって恋愛感情はなかった。でも、それは真砂に対しても同じだった。 その夜、「僕」はユウキに電話をして、正直に事情を説明した。おまえは真砂を「僕」とくっつけたかったのかもしれない。でも「僕」は彼女を託されるに値する人間じゃなかった。もうダメだ。 ユウキは受話器の向こう側でため息をついた。 「おまえがもてるのは悪いことじゃない。真砂の男運が悪かっただけだ。 もともと俺は、おまえとステラをくっつけたかったんだからな。このタイミングか、って思うだけで」 「今からでも遅くないから、真砂とよりを戻すつもりはないの?」 無理、とユウキは手短に言った。もう無理、少しでもそんなつもりがあったら別れ話なんてしない。 「で、おまえはさ、その、ステラのことが好きなのか?」 わからない、と「僕」は答えた。本当に分からなかった。恋愛感情じゃない、とは思う。でも何なんだ、といえば言葉にはならなかった。真砂に対する感情も、ステラに対する感情も。「僕」の知っている気持ちではなかった。 じゃあアドバイス、とユウキは言った。 「未来はいつもおまえと共にある。おそれずに進め」 「何その安っぽいRPGみたいな台詞」 「分かる分からないで考えているうちは、何も分からないものさ。 進んで飛び込んで、全部経過して初めて分かった気がするんだ。でも、また次の時は全部分からなくなってる。そういうものだろ、兄弟」 覚えておくよ兄弟、と「僕」は答えた。ユウキの言ったことは正論だった。でも、もちろんアドバイスなんて実際に現実を生きる上では、何の役にも立たなかった。 ステラとの関係は、告白を聞いた後も目に見える変化はなかった。相変わらず同じ授業を取って近くの席に座り、一緒に昼食を食べ、世間話をしたりネコと遊んだりして適当に別れた。ステラはそれでいいと思っているようだった。「僕」はそれでいいとは思えなかったけれど、とりあえず状況に甘えることにした。どうしたらいいのかなんて分からなかった。 真砂はだんだん精神の均衡を欠くようになった。まるで親に見放されるのをおそれる子どものように「僕」を求めるようになった。それはセックスをしなければ収まらなかった。結局、するしかなかった。している最中に突然泣き出したり、暴れたりすることもあった。まるでAVのように「気持ちいい」を連呼したときもあった。一緒にいる時間が長くなるとそれなりに落ち着いたから、「僕」はできるだけ側にいるようにしようとした。 原因は「僕」の対応が変わった、ということではないと思う。元々、セックスで解決するような問題ではないのだ。限界が露呈した、と考えるべきだろう。 ユウキとつきあっていた、高校生の頃の真砂は目でものを言うタイプだった。「僕」でなくても目を見れば、何を考えているのかよく分かっただろう。でも、この頃の真砂は心を読むのがひどく難しくなった。何もない訳じゃないけれど、それが本音かどうか分からない程度にしか見えない。それも、ひどく移ろいやすい。だから「僕」は、彼女が「僕」のことをどう思っているのか、よく分からなかった。ただ、「僕」がいないと何もできなかった。それがユウキとの過去を共有する間柄だからだけなのか、少しは未来への希望も含まれるのか、「僕」はそれが知りたかった。でも、それは目をみても分からなかった。 「僕」がどうしたいのか、それも分からなかった。でも、このままがいつまでも続くはずはなかった。真砂との関係を断ち切るという選択肢がない以上、変化をつけるなら前に進むしかない、「僕」はそう結論した。 「ねえ、正式に一緒に住むことにしないか? この部屋でもいいし、どこか違う場所でもいい。どこかで一度、しっかり仕切り直そうよ」 真砂の二十歳の誕生日を前に、「僕」はそう提案した。真砂は、ユウキがいる頃にたまに見せた透明な笑顔を浮かべて、素敵な夢物語ね、と言った。 真砂が自殺しようとしたことを「僕」はユウキから電話で教えられた。雨の降る、寒い冬の日だった。そのニュースは僕に衝撃をもたらしたけれど、どこか「僕」はそうなることを知っていた気がする。「僕」のせいだ、と僕は言った。 おまえのせいじゃない、おまえはよくやっていた。ユウキは「僕」にそう言った。 「違う、僕はなにもしていない。何もできなかった」 「そう言うな、誰にも何もできなかったんだよ」 真砂は二十歳の誕生日に、はじめて東京までユウキに会いに行った。今まで一度も行っていなかった。別れてから初めてセックスをした、とユウキは言った。ごめん。 「謝らなくていいよ。真砂は僕の彼女じゃない。ずっとおまえのものだろ」 「まだそんなことを言うのかおまえは」 「だってそうじゃないか」 「僕」は涙声だったかもしれない。「僕」はユウキになれなかった。それだけのことだ、と「僕」は思おうとした。でも、そんなのってないじゃないか。 「一命は取り留めた。でも、しばらく療養が必要みたいだ。ひとりでは生活できないっぽいから、あいつの家族を呼んだんだよ。そうしたらいきなり面会謝絶。まあひどいことをいろいろ言われたけどね、ちょっとおまえにも聞かせたかったな」 「僕」はユウキからの電話を適当に切ると、ひとりで街を歩いた。自宅にいても真砂の部屋にいても、何をしていいのか分からなかった。弟の部屋からは、いつも通り雄弁な沈黙が漂ってきていた。みんな言いたいことを抱えて何も言えないでいる、と「僕」は思った。「僕」は「僕」が何を言いたいのか分からない。みんなはどうなんだろう? 真砂と歩いた街だった。どこにでも真砂の記憶がついて回る。「僕」は傘を持っていなかった。雨の中をぬれるままに歩いた。雨が降っていることには気づいていたけれど、傘を持ってくることに思い至らなかった。馬鹿だ。 気がつくと「僕」は繁華街を歩いていた。客引きがいて酔っぱらいがいて、喧噪とネオンが街を包んでいる。さすがにこの時間、真砂とこんな場所を歩いたことはなかった。でも、傘も差さずに雨の中を歩く「僕」を、みんな避けて通った。もちろんここにも「僕」の居場所はなかった。 「何を、しているんですか?」 聞き覚えのある声に顔を上げると、声をかけてきたのはステラだった。何をしてるんだろう、と「僕」は答えた。 「どうしてここに?」 偶然です、とステラ。白昼夢を見てあなたに呼ばれてる気がしてここに来たって、そんなことがあるわけがないじゃないですか。 「死んでしまいますよ、そんなことをしていると」 ステラに導かれるままに、「僕」はどこかのホテルに入った。脱がされて乾かされて、脱いだステラに抱きしめられた。そんな気持ちにはなれない、と「僕」は言った。どんな気持ちですか、と真顔でステラは答えた。このひとは宇宙人だったな、と「僕」は思い出した。きっと本気でそんなつもりはないんだろう。それは「僕」の心を少しだけ慰めてくれた。 ステラの身体は暖かかった。でも、「僕」の心は冷たく固まっていた。冷えているのはもっと身体の奥深くだ。裸で抱きしめられたくらいでは届かない。 「僕が、彼女を追いつめたんだ」 「何をしたんですか?」 「何もできなかった。何かしなきゃいけなかったんだ、僕にしかできなかったのに」 「好きだったんですね」 嫌味もなく底意もない、ただ本当に淡々と事実を述べる口調だった。 「そんなに好きなひとがいるなら、どうしてきちんとつかまえておかなかったんですか?」 結局、「僕」はステラと寝た。そうするしかなかった。だって「僕」はずっと真砂とそうしてきたから。でも、ステラの身体は「僕」の心を温めてはくれなかった。 ひとしきりの行為が終わると、ステラは眠ってしまった。寝顔は初めて見る。何かを思い出しそうになって、「僕」は涙をぬぐった。小さく「さよなら」と言った。そして濡れたままの服を着ると、部屋を抜け出して支払いを済ませた。こういう時、どうするのが正しいことなのかは分からなかった。でも、ステラと一緒にいることはできなかった。 ステラと寝ることは、「僕」の求めていることではなかった。「僕」は心を捨てたかった。真砂のことを忘れたかったし、「僕」のことを忘れたかった。ステラは「僕」に心を捨てさせる相手ではなかった。むしろ「僕」の心そのものだった。 時間をかければなんとかなる、と「僕」は思いこむことにした。ステラは携帯を持っていなかった。大学に行かなければ、そうそう会うことはないだろう。ステラに溺れるわけにはいかなかった。もちろん、溺れそうだから思うんだということは分かっていた。 「僕」らしくない行動をとろう、と「僕」は決めた。夜の街で知らない女の子に声をかけたり、金を払って風俗に通ったりした。すぐに飽きた。最後には女の子を見るだけで吐き気を催すようになった。もう十分だろうと思うと、「僕」は社会復帰を次の目的にした。 「僕」は合宿制の自動車学校に通って免許を取った。単発のバイトを立て続けにした。新しい季節のために服を買い換えたりもした。そこまでして、やっと人心地がついた。ひとりに戻るだけだ、と「僕」は自分に言い聞かせた。ユウキも真砂もいなかった頃だって、「僕」は「僕」だったはずだ。ステラがいなくても、くだらないおしゃべりをする程度の友達ならいるだろう。それで十分じゃないか。 ひさしぶりに大学に行き、授業に出ると、ステラは今まで通り隣の席で「僕」を見上げていた。あのまま、いなくなるのかと思っていました、と変わらない声で言う。「僕」は彼女の目を見られなかった。 「ごめん」 「あなたのしたことは人間的にどうだったんだろう、とは思います」 でも、戻ってきてくれて嬉しいですよ、私は。 ひさしぶりに会うステラは美人だった。ステラを美人だと思ったのは初めてだった。「僕」の意識が変わったのか、ステラが変わったのか、「僕」には分からなかった。でも、まぶしくて直視できなかった。 目を見ても相変わらず、何を考えているのか分からなかった。でも、「僕」がステラなしでもやっていけるだろうと高をくくっていた、それが無理だということはすぐに分かった。 どこまでいけるんだろう、と「僕」は思う。こんな気持ちを抱えたままで、どこまでもいけるはずがない。でも日常は続いていく。みんな変わりながら、でも毎日は続いていく。 ユウキから電話がかかってきたとき、「僕」は大学の緑地で、ひとりでパンを食べていた。濁った池にパンくずを投げるとコイが食べに来る。その辺に投げれば鳩やスズメが来る。孤独を紛らわすにはいい場所だった。 おまえどこにいるんだ、とユウキは言った。「僕」は答えられなかった。隣を見て、上を見て、誰か代わりに答えてくれるひとを探した。でももちろん誰もいない。「僕」はどこにいるんだろう? 立ち上がって濁った池を見ると、「僕」の姿が水面に揺れて映っていた。その目には心が見えなかった。 ケータイからユウキの声が「僕」を呼んでいた。でも、もう「僕」はどこにもいなかった。いや、はじめからどこにもいなかったかもしれない。 東京から帰ってきたユウキは、見たことのない女性を連れていた。まどかさんだ、とユウキは紹介した。 「今回の件でお世話になってる。おまえに紹介したかったんだ」 反射的に「僕」は頭を下げた。真砂の家族だ、というのは顔を見れば分かった。でも、どうして「僕」に紹介する必要があるんだろう? 「このひとを倒すと囚われのお姫様のところに行けるんだってさ」 「倒す?」 「お姫様が助けを求めてるかどうかは知らないけどね」 真砂の自殺未遂にあたって、ユウキが連絡した真砂の家族だった。今、真砂はこのひとの庇護下にある。こんなことしたくないんだけどさ、とまどかさんは言う。こういうことって、家族の誰かがしなきゃいけないからね。 「僕」はまどかさんとユウキを連れて真砂の下宿を案内した。他によく行くところは大学とバイト先くらいしか知らない。真砂の暮らしは、ほとんどが部屋と大学の往復の中で完結していた。偶然会うのは簡単だった。今にして思えば、そんな大学生の生活はありえない。でも、真砂にはそれが普通だった。それに、「僕」だって日々の単調なことにかけては真砂のことはあまり言えない。 「なるほど、ね」 まどかさんは気のない声で言う。 「あなたが良くやってたんだってユウキが言ってるの、冗談じゃないと思ってたんだけどね。女の子が自殺未遂するときって、まあ恋愛関係のもつれだろう、その男が犯人だ、って。 だからユウキとあなたのせいだと思ってたんだけど。 違うね、これは死ぬべくして死のうとしたんだ。真砂、本気で病んでたんだね。ここまで保って、しかも未遂でとどまったんだから、あなたが良くやってたんだ」 まどかさんといったん別れてから、「僕」とユウキは今後のことについて相談した。真砂はこの街に戻らないと元気にならないと思う、と「僕」は言った。ユウキは否定した。 「そこから出なきゃ今度こそ死ぬ。俺はおまえが生きてるのが不思議なくらいだ」 「ユウキが責任持ってすることに文句は言わないけど」 「おまえが責任持つなら俺だって」 でも、現実的にはまどかさんを納得させられるような材料は「僕」たちには何もなかった。真砂自身が自分の生命に責任を持たないのに、「僕」たちには何もできない。 「ユウキは、彼女とよりを戻すつもりは」 「まだ言うか。ないよ、それはもう終わったことだ。 でも、それはそれとして真砂は健康に生きていて欲しい。そのためにできることがあるなら、できることはなんでもするつもりだ」 自殺したいほど何を思い詰めていたんだろう、と「僕」は思う。おまえのことなんじゃないのか、とユウキは言った。 「僕のこと?」 「おまえはどうなんだ、今後も真砂とつきあっていけるのか?」 ユウキの目には罪悪感があった。自殺未遂の直前に真砂と寝たことが原因だった。「僕」は気にしていなかった。だって、真砂はユウキのものだ。「僕」はそう思っている。 できることはなんでもするつもりだよ、と「僕」も答えた。でも、お互いに何ができるのかは分かっていなかった。 「僕」はまどかさん経由で真砂にメールを送った。機会を見ては手紙も出した。電話はまどかさんがとりついでくれなかったし、「僕」も何を話せばいいのか分からなかったと思う。真砂からも、たまに返事が来た。ユウキも同じようなことをしている、と「僕」は真砂からの手紙で教えられた。ふたりともありがとう、でもちょっと複雑です。真砂の筆致は正直だった。どうしたらいいのか、私にはまだ分かりません。 「僕」たちはゆっくりと距離を置いて、関係を確かめ合っていた。今まで無理をしていたことはお互いに分かっていた。そんな関係が続くはずがなかった。でも、この先に待っているのがどんな関係なのか「僕」にはまるで分からなかった。 春になって授業がまた始まった。「僕」は今まで通り大学に通った。この春一番の変化は、ステラの周囲にひとがいるようになったことだった。以前ステラを評して云々していたクラスメイトによると、プレッシャーがなくなった、とのことだった。なんで今まで避けてたんだろうな、と彼は言った。知るか、と「僕」は答えた。 誰かがステラに、「僕」とつきあってるのかと聞いた。ステラは「僕」の目を見てから、そういうことは彼に聞いてください、と笑顔で答えた。今までのステラからは考えられない受け答えだった。 家族に会ってもらえませんか、と頼まれたのは、桜も散ってゴールデンウィークも終わった、気持ちよく晴れた五月だった。星を見に行ったときの約束を「僕」は思い出した。あれから四年か、と「僕」は思った。人間が変わるには十分な時間だろう。 案内されたのは学生用のワンルームマンションが建ち並ぶ一角だった。部屋の鍵を開けると、狭い玄関には男物の靴が一足だけ置いてあった。晶、とステラは部屋の中に声をかけた。 出てきたのは、黒い瞳に黒い髪の、でもどこかステラと似たところのある男の子だった。年齢は「僕」よりも少し幼いくらいだろう。彼はぺこりと頭を下げて、一歩「僕」のために場所を空けてくれた。 弟さんですか、それとも恋人さんですか、と「僕」は聞いた。ホームドラマみたいな家族が出てくる予想とはずいぶん違った。大切な家族です、とステラは答えた。 彼は言葉がしゃべれなかった。でも、ステラは何も気にしていなかった。「僕」は彼の目を見たけれど、やっぱり何を考えているのかは分からなかった。ステラの家族だというだけのことはある。 買ってきた和菓子を床に座って三人で食べた。部屋の中は典型的なワンルームだった。でも、本棚もテレビもなく、スチール組みの二段ベッドだけが部屋の中で存在感を示していた。寝るだけの場所ですから、とステラ。 ステラと晶は、姉弟というには仲がよすぎるように見えた。表情と簡単な動作だけで、「僕」とステラが言葉を交わす以上のことを伝え合っていた。異国で身寄りもないと、家族の絆が深まるのかもしれない。でも、それだけではないかもしれない。 もし二人が恋人同士だったらどうしよう、と「僕」は思った。目を見れば他のひとたちのことなら分かる。でも、この二人に関しては「僕」には分からない。ありえるかもしれないな、と「僕」は思った。いつか「僕」はステラと離れる時が来るかもしれない。それがどんな形で来ても、たぶん「僕」には受け入れることしかできないだろう。 「いつか、あなたの家にも招待してもらえると嬉しいです」 帰り際にステラが言った。晶も頷いた。「僕」は弟のことを考えながら、機会があれば、と言った。「僕」と晶は握手をして別れた。いつかのステラのように、彼も不思議そうな顔をして、「僕」の握った手をしばらく見ていた。 弟か、と「僕」は思った。間違いなく「僕」の解決が必要な課題のひとつだった。和解をしたいとは思っていたけれど、機会はなかった。考えてみれば、もう何年顔を見ていないだろう。 最初はただの恋愛相談だった。「僕」も幼かったから、弟の目を見て、つい正直にやめておけと言ってしまった。おまえが好きなのは自分自身のことだけだ、彼女のことなんて考えてないだろう。 弟は怒って、「僕」に相談するんじゃなかった、と言った。怒るのはそれが本当のことだからだ、と「僕」は言い返した。今思うと頭を抱えたくなる。何しろ若かったから、本当のことは本当のことだと思っていたのだ。世間の誰にも言えなくても、家族くらい「僕」のことを理解してくれると思っていた。 「僕」が相手の目を見れば、弟が告白して望みがあるかどうか分かる。彼女が何を考えているか分かる。そのことは伏せて、「僕」は誰が好きなのか聞いた。近所の同級生だった。近場で充足する、ありがちな恋愛だった。「僕」はこっそり彼女を観察して、脈はないと判断した。そして弟にそう告げた。弟はまた激怒した。 弟はその後、まるで「僕」に当てつけるように、その彼女に告白してふられた。おまえのせいだ、と弟は「僕」に言った。今なら、そんなことは「僕」も絶対に言わない。でも、そのとき「僕」は弟の目を見てしまった。 おまえの劣等感をぶつけられても困るんだよ、と「僕」は言った。彼女ができたら「僕」より優位に立てると思ったのか、と。そんなつもりで告白されても彼女だって迷惑だろう。自分のことしか考えられない男に、他人とつきあう資格はない。 弟は、刺すような目で「僕」を睨んでいた。だから「僕」は、彼の心の奥底まできれいに見て取ることができた。彼のコンプレックスにまみれた、まだ柔らかく傷つきやすい繊細な心。「僕」は正論という形の暴言で、それを土足で踏みにじった。 おまえに何が分かる、と彼が言ったときには、もう彼の心はずたずただった。分かるんだよ、と「僕」は言った。「僕」は目を見れば、誰が何を考えているのか分かるんだ、と。 なんだそれ、と言われたので「僕」は説明を繰り返した。目を見ると心が分かるんだ、と。そして具体的に弟の心で例を示してやった。何か心に思ってみろ、当ててやるから。 いつから、と彼の心が聞いていたので、「僕」はずっとだ、と答えた。本当に分かるのか、と聞いていたので、本当だろ、と答えた。ということは、と彼は心に、「僕」に知られたくないあれこれを思い浮かべて、それもばれてるのか、と思った。 そっか、そんなこと思ってたのか、と「僕」は言った。 出て行け、と声に出して彼は言った。やり過ぎたことにはもう気づいていたけれど、「僕」には止められなかった。もう今更どうすることもできない。出て行くしかなかった。 それ以来、彼は部屋から出てこない。夜中に風呂に入ったり、水を飲みに台所に来たりはしているらしい。でも、「僕」とは見事に顔を合わせなかった。 両親は「僕」を責めた。ふたりの目を見て、それは責任転嫁だと「僕」は思った。でも、今度はもう言わなかった。思ったことを口にしたらどうなるのか、犠牲者はひとりで十分だった。弟ひとり傷つければ、もう十分過ぎる。 「僕」は弟に対して、関係回復を試みることにした。母に聞くと、弟とはメールでやりとりしているという返事だった。大学の計算機センターに行って、「僕」は「僕」のアドレスから、弟にメールを送った。まどろっこしいことをしているものだとも思ったけれど、「僕」にも時間があった。たぶん家からのメールでは無視されるだろう、と思った。 最初、僕は正直に現状を弟に説明した。特に求めることは何もなかった。ただ自分を把握し直したいと思う、そのためにおまえにメールを出すだけだ。負担に思うことはなにもないし、返事も必要ない。そう書いたら、山のように長い返事が来た。「僕」に対する繰り言かと思ったら、ただ弟も弟の近況を書いてきただけだった。 「兄貴に恨みはない、とは言わないけど、そんなことはもういいんだ。兄貴が心が読めるのは本当なんだろう。残念だけど、あのとき言われたのは全部本当だ。そんなことは僕が一番分かってる。 まあね、本気で傷ついたよ? まだ怖くて人前には出たくない。これでも社会復帰は何回も試みたんだよ。僕だっていつまでも、このままだって訳にはいかないからさ」 弟は引きこもりながら、本を読んだり書いたり考えたり、何かにしがみつくように言葉の世界に生きていた。まあ退屈をする暇はなかったよ、と彼は書いてきた。ただ部屋の中で死んでいた訳ではない、それは「僕」を勇気づけてくれた。 何度も何度もやりとりをした。弟は「僕」の返事が遅いと文句を言い、書く内容がひどいと文句を言った。でも、そんなやりとりができることが「僕」は嬉しかった。 ある程度、弟と話ができるようになって、「僕」は真砂とやっていくことが可能かどうか、弟の意見を求めた。彼の回答は懐疑的だった。 「家に引きこもりの僕ひとりいるだけで、これだけ家族がメチャクチャになるんだ。 どんな彼女でも、いるだけのひとと一緒にいたらメチャクチャだよ?」 ならどうしたらいいのか、と「僕」は聞かないことにした。それはそれで弟の意見だ。どうしたらいいのか、どうしたいのか考えるのは「僕」のするべきことだった。 また冬が来ていた。寒い雨の日、「僕」は傘を差して街を歩いていた。ひとりで、行く当てもない散歩。「僕」の手には余る問題ばかりが「僕」の手の中にあった。 でも、不思議と心は穏やかだった。 もうどうなってもいいや、という気持ちが「僕」の中で育っていた。なんとかなる、でもない、なんともならなくてもいい、という穏やかなあきらめ。 雨が弱くなってきたので、「僕」は傘を閉じて、空を見上げた。あるいはこれは空の心なのかもしれないね、と思う。 見覚えのある姿を人混みにみつけた。駆け寄るのも柄じゃないし、「僕」はゆっくりと歩き始めた。そして、彼女の前で立ち止まった。 おかえり、と「僕」は言う。 ただいま、と真砂は言った。 いつかそんな出会いが来るような気がする。そのときまで「僕」はここにい続けるだろう。人々がみんな立ち去っても、みんな「僕」を忘れても。 着信音に「僕」は顔をおろして、携帯を取り出した。ディスプレイを見ずに通話ボタンを押す。この電話の先にも誰かがいて、どこかにつながっている。 「ひさしぶり」と僕は言った。
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このページはこちらに移転しました keep loving 作詞/CASTER 太陽と雲がかけっこするみたいに 君と はしゃぎ合ったあの広場 僕は夢を見ているだけなのかな? 肩を並べた二人 が立ち寄る公園 空に馳せる思い と出来るだけの行動 一緒に笑って 砂場で未来を創る 一緒に暮らす 夢を見ている僕らは 限りない想像の途中で 限りある現実に気づく あの日の二人の約束 いつまで続くのかな
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Q: 449 ヽ(`Д´)ノ ウワァァァン 2007/11/27(火) 19 51 00 ID C0ex6OMQ モノブロスが壁に突き刺さると希にモノブロスハートを落としますが 心臓を落としているのに死んでしまわないモノブロスが理不尽です。 壁に角が刺さる程度で体内にある心臓が地面に落ちてしまう事自体 理不尽きわまりないです。 620 ヽ(`Д´)ノ ウワァァァン 2007/12/08(土) 20 09 27 ID ewmjzm67 モノブロスが壁にぶつかっただけで心臓を落とすのが理不尽です。 A: 450 ヽ(`Д´)ノ ウワァァァン 2007/11/27(火) 19 56 24 ID +Kcv5LOS 某少年忍者漫画ナ○トに出て来た敵忍者カ○ズと同じです。 心臓が複数あるから大丈夫な訳です。 そしてこのネタが理解されなかったらどうしようと思うと夜も理不尽です。 621 ヽ(`Д´)ノ ウワァァァン 2007/12/08(土) 20 12 54 ID xqoIqLtX ピジョンブラッドというルビーがあります モノブロスハートもそういう呼称が付いている宝石もしくは鉱石です 622 ヽ(`Д´)ノ ウワァァァン 2007/12/08(土) 20 14 12 ID xqoIqLtX と、思ったら説明に心臓ってもろかかれてた ち、ちくしょう!! 625 ヽ(`Д´)ノ ウワァァァン 2007/12/09(日) 01 22 45 ID VVBO+/4P 620 621 公式設定?では怒り時に変色する頭部の器官またはその一部を モノブロスハートと呼ぶらしいので理不尽ではないでふ 626 ヽ(`Д´)ノ ウワァァァン 2007/12/09(日) 12 07 40 ID VE/X5Y8I 625 でも説明文では「心臓」と記載されていることが理不尽です 627 ヽ(`Д´)ノ ウワァァァン 2007/12/09(日) 12 33 52 ID tDoMytBC 626 研究者の間でもなお諸説ありますが、 そもそも心臓が複数ある説や、重ねてトカゲの尻尾理論で再生出来る説などが有力です。 いつかギルドの獲物解体技術が進歩して、 その生体構造が明らかになれば解決されるかも知れません。 628 ヽ(`Д´)ノ ウワァァァン 2007/12/09(日) 14 35 42 ID EN3+VsK8 626 そもそも落し物の心臓は、その個体の心臓ではなく、他の個体の心臓である可能性が指摘されている。 生まれてまもなく死んでしまった我が子を食べたのかもしれない。 子を生む為の栄養となるべく、交尾後の雄が雌に食べられたのかもしれない。 説は多々あるが、落し物として入手できるモノブロスハートは胃に残っていた別個体の心臓を 岩盤に突撃してしまった際の衝撃で吐き出してしまったという学説が最近になって発表された。 629 ヽ(`Д´)ノ ウワァァァン 2007/12/09(日) 16 45 25 ID NUvTpj+C 角が突き刺さってまさに「口から心臓が飛び出る」ぐらい驚いたのでしょう。 お約束を大事にするモンスターハンターならでは、モンハン的には実に自然です。 630 ヽ(`Д´)ノ ウワァァァン 2007/12/09(日) 16 46 00 ID an4VFLzR カエルもナマコも内蔵吐きますしね 631 ヽ(`Д´)ノ ウワァァァン 2007/12/09(日) 18 58 38 ID tE0X5C7/ あくまで強引に解釈する先生方に感動しました。 モノブロス 心臓
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ビーフシチュー クリームシチュー ビーフシチュー 超簡単 ビーフシチュー by catwoman 2009/03/28 簡単で安上がりでおいしかった。味もワイン使って作るやつに全く劣らない。でも野菜ジュースによっては味が変わるかも。V8で作ると失敗無くウマイ。 料理人Jr.のビーフシチュー by Amelie Y 2008/11/29 正直材料これだけであの味が出るとは思わなかった。私は牛バラ1kg入れて半日コトコト煮込んだけど、もうルーは買わない!ってくらい美味しく出来たよ。小麦粉炒めるだけの手間で全然違うんだなぁ・・・。 お肉トロットロ!洋食屋のビーフシチュー by 世界一の花 2008/03/04 ▲ クリームシチュー フライパンで作る簡単ホワイトシチュー by kaoringo19 2011/09/04 圧力鍋を使うので、小麦粉を炒めずにできる方法を探してた。ちゃんととろみも付いたし、手軽でおいしかった。小麦粉臭さもそんなに気にならなかった。 シチューの素はもういらない!!これでOK by おりひめママ 2009/03/28 普通にシチューの素で作ったほうが簡単で美味しい でも何十円かは安上がりかも 市販のルーに慣れた人は物足りなく感じるかもしれない。そういう人は、チーズを投入すると良いかもしれない。 バター使ってないし小麦粉も炒めてないからコク不足なんじゃないかと思う。そこを変えるだけでも美味しくなると思うよ。 絶品!コーンクリームシチュー by himari71 2008/03/04 手作りなのに市販のルーみたいなシチューが出来ました。でも市販のより深みとコクがあってウマーでした。 ▲
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#blognavi 5 次の日目が覚めると、昨日の胸の高鳴りがまだ少し残っていた。大きく一つ深呼吸をした。階段を下りて一階に行き台所に行くと、もう皆は食事を始めていた。まだ朦朧としたまま目をこすり、「おはよう」と言って椅子に座った。用意されたトーストにマーガリンを塗っていると、周りの視線が僕に集中していることに気付き手が止まった。姉は「アンタ、熱でもあるんじゃないの」と僕の額に手を伸ばしたが、僕はそれを払いのけた。熱もなければ、頭もおかしくない。 姉は少し怒っていた。いつもは素直に好意を受け入れ、額に手を触れさせる僕が、今日に限ってそれを拒んだからだ。素早く食事を済ますと、姉に絡まれる前に早々に家を出た。両親は、常に唖然として成り行きを見ているしかなかった。何だかおかしな光景で、自転車に乗りながら笑みをこぼしている自分に気がつき、唇をかみ締めたけれどまた笑みがこぼれた。 午前中、校舎の片隅のベンチに座りながら、前を通り過ぎる人々を眺めていた。その人たちの数だけの人生が存在する。眠たそうな人、満面の笑みの人、無表情な人、実に様々な人がいた。僕は想像してみた。彼ら一人ずつの嬉しそうな顔と悲しそうな顔を、光と影を。僕には彼らの何すらわかっていないけれど、誰もが持ち合わせている光と影。それは僕も例外でなく、マコト君も同じだった。みんな同じだった。 僕は一人ずつに聞いてみたかった。君の人生はどんなんだい、と。 マコトくんは、人生と言うものは嬉しいこと半分、つらいこと半分だと言った。そのバランスが偏っているように思えるのは、受け手が偏って受け取るからだと言った。僕の場合、圧倒的につらいことや憂いの部分が多かったように思う。けれども、彼の言うとおりならば、僕の人生にはそれと同じ数だけ嬉しいことも存在してきたことになる。つまり、僕が今偏って感じてしまうのは、何かを見落としているのか、それとも悲観的に感じているからに違いなかった。けれども、どうにも僕のこれまでの人生においてはその偏りは存在していたように思う。それとも、一つの喜びが十の憂いに相当するほどの喜びなのか?これからの人生も含めて半分半分と言うのだろうか。彼は難しいことを言う、と思った。 三限目が始まると、彼の姿が教室にあった。僕と彼はこの三限目は同じ科目を履修していた。講義中、僕は何度か彼の方に目をやった。彼は僕の視線には一度も気付くことなく、講師の話に耳を傾けていた。あまりにも気付かないので、彼は意図的に僕の視線を無視しているのではないかと思った。そんな風に考えてしまう自分が嫌だった。 講義が終わると、彼は少し周りにいた友だちと話をしていた。そして手を振って彼らと別れると教室には僕と彼しか残っていなかった。 「やあ」不自然な言葉しか思いつかなかった。彼は僕の顔を覗き込んで笑った。 「まだ、緊張しているのかい?」 そうだ、僕は緊張しているらしい。よく考えれば、これまでろくに人付き合いもしてこなかった人間に、突然友だちができた。それも昨日の出来事だ。僕は彼のことを何も知らないに等しい。僕らの間にはまだまだ距離があると思った。 「本当に、これまで一人でいることが多かったんだね。でも、これから深めていけばいいさ。僕と君は友だちなんだ」 嬉しい言葉だった。彼の言葉は僕に語りかけるように伝わった。けれどもその反面、彼の言葉は彼自身にも向けられているようにも感じられてしまったのは気のせいなのだろうか。ふと、そんな疑問が脳裏をよぎった。 「このあとは?」と彼が聞く。 「今日はこれで終わりなんだ」と僕が答える。 「僕もだよ」と彼は言った。 やはり、わからなかった。どうして彼が僕みたいな人間と友だちになりたがるのか。 僕らはまた昨日と同じく裏門の左手側へと向かった。途中の自動販売機で僕はコーヒーを買い、彼はレモンティを買った。太陽は傾き、風が少し冷たくなってきていた。頬を掠める風の感触で、冬が近づいてきているのがわかった。秋の夕暮れはとてもきれいで、いろいろなものをオレンジ色に染めていった。 「僕はこの時間がとても好きだよ」と彼は遠くをじっと眺めていた。その姿を見ていると、なぜだか少し悲しくなった。彼の中にある何かがそう感じさせてしまう。そして、僕はそれを見つけてしまう。 「いいね」と僕も頷いた。 「これほどまでに世界を一色に染められるのは、夜と冬の曇りの日を除けば、秋の夕暮れくらいだろうね」 彼が言うと、それが真実のように聞こえた。それが世の理のように聞こえた。何も疑う余地のない言葉のように僕には思えた。 僕らは日が落ちるまで、いろいろな話をした。時間が過ぎるのをとても早く感じた。やはり、どれだけ話しても話し足りなかった。話せば話すほど、僕と彼の距離が縮まって親密になっていくのがわかった。それはとても嬉しいことだった。もう久しくこんなふうに誰かといることにドキドキしたりしたことはなかった。まるで、僕は恋でもしたように興奮しているように思えた。 本当はこのまま話し続けたかったが、互いにアルバイトが入っていたので、そうもいかなかった。もちろん、たまには休んでしまうのも悪くはなかった。けれども、彼は自分で学費も生活費も稼がなければならなかったので、気軽に休むことを勧めることはとてもできなかった。もっとも彼ならば、「他の人に迷惑をかけられない」と言うに決まっているのだけれど。 その夜、僕がアルバイト先に行くと、とんでもないことになっていた。アルバイトの間では、僕に恋人が出来たということになっていた。そして、その相手はゲイだと。なぜ、そうなるんだ…。一体、どこからそういう話がわいてくるのだろう。僕は一言もそんなことを口にしたりしていないのに。そして僕に出来たのは恋人ではなく、友だちである。ただ、友だちのことを“ゲイ”呼ばわりされることは腹立たしかったが、彼らに説明していると余計に腹立たしくなりそうだった。しかし、こんな僕でさえ彼らの噂話のネタにされるとは…。一夜でこんな話が出来上がってしまうなんて、彼は想像力を無駄に使っていると思った。 少し、彼のことについて話をしよう。 彼の名は蔦井真言(ツタイ マコト)といった。高校を出て大学入学と同時にこちらへやってきて、大学の付近で一人暮らしを始めた。家の方針だとかで、高校時代からアルバイトをして自分の小遣いなどは稼いでいた。大学に入ると自分で学費も生活費も稼いでいた。学費は奨学金でやり過ごしていると言う。こんな話を聞いていると、親の脛齧りの僕には肩身の狭い話だ。 「それは違うよ。僕は必要だからしているのさ。少しだけ早く僕は挑んだだけさ」 しかし、その違いは大きいと思った。その意識の違いが、人間を作る上で大きく影響をしてくる。僕は、彼と肩を並べて話す自分を恥ずかしく思った。 「僕はずっと決めていたんだ。高校を出たら、一人でやっていくってね」 彼はすばらしい人間だった。自分の欲求とやるべきことをきちんと分けて考えることが出来たし、自分の欲に目がくらむことはなかった。きちんと自分に他人に誠実であろうとしていた。だからと言って堅苦しさを感じることもなく、他人を無下に責めたり、傷つけたりは決してしなかった。彼はいつだってきちんと言葉に耳を傾けようとしていたし、それは誰もが好感を抱いた。そして、彼の生活は表面からは想像もつかないほど過酷なものであったが、それを表に出すこともなかった。十九歳から一人ですべてをやっていくことが容易でないことは、すぐに想像できた。自分の稼ぎですべてを賄うのはたいへんなことだった。それは時を共にするにしたがって、身にしみるほどわかっていった。 もう一つ彼の特徴的なところは、時々「人生はすべてプログラムされている」と言っていた。彼は「プログラム説」と呼んでいた。それは、人間の人生は多少の不特定な要素を除けば、ある程度のことは誕生と同時に決まってしまっているというものだった。つまり、僕が生まれた頃には、名前も決まっていて、十代を暗く一人で過ごし、シスコンに近い人物であることも、僕とマコトくんが出会うこともすべて決まっていたというのだ。僕はそんなことを知らないから、訪れる未来を自ずと選択して切り開いたように思う。しかし、きちんと幾らかの選択肢が用意されていて、どれを選んでも最終的に行き着く先は、それほど変わらないものなのだと彼は言った。すべては必然たる偶然であるのだと。 円谷さんが「すべては混沌から生まれる」と言っていたのを思い出した。少しそれに似ていた。一体どうしたというのだ。どうして彼らはそうやって宗教めいたことを言ったりするのだろう。 マコト君は、それを「観念」だと言った。 「人は、ルールや好み、思い込みや印象などで、可能性を自分で制限してしまう。もちろん、物事にはタブーなるものが必要であるし、カテゴリー化することは理解することを助けてくれる。けれども、それがなければ、もっと人は自由なのだということを忘れている。時に窮屈で、そこから逃げ出したくなる。けれど、逃げ出せない。人は、自分を自分で縛るのさ。がんじがらめにしてね。それに気付いても、どうすることも出来ないのは、人たるからこそさ。性格や気質、傾向なんてものは、そう簡単に修正できるものではないんだ。だから一人の人間が行うことは、その好みや傾向に合わせて偏ったものになる。それは逃れられないものなのだよ」 すべてがもう既に決まっていることかどうかはともかくとして、確かに彼の言うことに一理あった。僕は彼の言うように、自分から抜け出せずにいた。抜け出そうとしても、いつしか元の位置に還ってきていた。それは僕たる故のことだというなら、それで説明はつく。そんなに人は簡単に変われない、変えられない。 「けれども、これも一つの観念でしかないんだ。生きていく上で必要だから、そういう考え方をするんだ。そういう捉え方で、救われている部分があるからね。それが正しいかどうかはわからない」 彼がこの話をすると、気のせいか瞳に憂いを感じてしまう。秋の夕日を眺めた時のように。彼は「生きていく上で必要だから…」「救われている…」と言っていた。つまり、彼にはその必要があって、こういう考え方を身に付けたということになる。それは彼の弱さを示すものでもあるのだと直感的に感じた。それは弱さと言え、強さとも言えた。僕には彼の中でその両者が揺れ動く様を垣間見ることが出来た。 しかし、彼は二十一歳にして変わった観念の持ち主であるが、ある程度の人間像をきちんと作り上げていた。周りの同世代を見ても、圧倒的に彼は抜け出ていた。彼はこの年にして、ほとんど彼という人間を完成させているように思えた。多少の弱さや憂いはあるにせよ、それは誰にでもあるもので、それを除けば彼は自分という人間を把握し、周囲との共存を上手にこなしていた。不完全なる要素さえも完全であるものの一部であるようにさえ感じた。 それに比べれば、僕という人間はちっぽけで虚しいものだと思った。彼の前で僕は自分の不出来さを痛感してばかりいた。そして、いつまでも彼が僕と友だちになりたいと言ったことが信じられなかったし、その理由が知りたかった。僕という人間と繋がることを彼は望んだのか。 もっと僕が強くあれたなら、そんなことを思わずにも済んだし、素直にこの出会いを喜ぶことが出来たのだろう。そして、今とは違った現在を迎えていたのかもしれない。そうすれば、彼とはもっと早くに出会えていたのかもしれないし、彼とは出会うことはなかったのかもしれない。僕はいつだって逃げてばかりだ。自分の中に逃げ込んでしまえば、それで済むと思っている。そのくせに「寂しい」とか「こんな人生の未来なんて」と不安がってみたり、虫のいいこと言う。すべては僕の弱さから来たものだ。どんなに選択肢を強いられても、自分が選んで迎えた現在だ。自分の人生は、自分でしか責任を取れない。誰のせいでもない。両親のせいでも、姉のせいでも、他の誰のせいでもない。すべては僕自身から始まり、僕自身で終わる。 僕は彼の存在を素直に受け止め過ぎていた。彼はとてもすばらしい人物であるが、時に僕が彼より劣っていることを痛烈に感じさせられることがある。いつかそんな感情が膨らんで、間違った方向に進まないようにと願った。 僕らは顔を合わせれば、時間の許す限りたくさんの話をした。この頃、僕の日常には彼しかいなかった。相変わらず彼は紳士的であったし、誰に対しても優しかった。そして改めて僕は彼のすばらしさを感じていた。僕が自分の不出来さを漏らすと、実に柔らかな言葉で包み、そしてきちんと向き合えるように言葉を与えてくれた。 「誰でもそう思うことはあるさ。けれども誰と何を比べても、勝ち負けなんて本当にあるのかな?君は君で、僕は僕なんだ。それでいいと思わないかい?たとえ劣っていたとしても、それだけ伸びしろが多いといえないかい。それはすばらしいことだよ。 本当に言葉かけ一つで、展開や人の心は大きく違う。彼はきちんと他人の話に耳を傾け受け入れた。相手を察し、どんな言葉が効果的であるかを瞬時に判断できていた。「だから、彼は人から好かれるんだ」と思った。彼は誰からも好かれているように見えたし、彼は同じように人を大切に思っていた。彼も人並みに弱さを持ち、憂いを抱くことはあるのだろうけれど、まるでそんなものが存在しないかのように僕や周囲の人間は思い込んでいる節があった。だから、垣間見た弱さや憂いが印象的で忘れられなかった。 誰だって淋しいと思うし、誰だって強くもあり弱くもあるんだ。 僕であっても、彼であっても。 その年の暮れ、僕は初めて彼の家に泊まった。そもそも自分の家でないところで夜を過ごすことなんて、かなり久しい出来事だった。学校が休暇に入ると、僕らはアルバイトに没頭した。彼は年末年始も親元に帰ることはなく、アルバイトをして働くといっていた。それなら、一緒に食事くらい…と声をかけると、彼は自宅へと招待してくれた。出会って二ヶ月ほどだったが、僕らは随分と親しくなり、互いに思ったことを自由に述べることができた。そういう存在がいることはとても嬉しいことだった。 僕らは酒屋により、お酒を適当に買った。ほとんどがビールだったが、何だか青春しているなと感じた。彼の部屋は八畳間が一つと、出入り口付近にユニットバスと簡単な流し台があった。部屋の中は思って いたよりも物は置かれていなかった。布団とコタツくらいしかなかった。ラジカセもテレビも棚もなかっ た。エアコンやコンロは元々ついていたし、あまり部屋にいないから余分なものはいらないのだと彼は言 った。 他人の家を訪れたり、異なる環境に身を置くと、なぜか緊張してしまう。それでも、これも僕が昔思い描いた絵の一でもある。こんな風に誰かと親しくなって打ち解けて何でもいえる関係。そしてアルコールを飲み交わしながら、時が過ぎるのを楽しむ。誰かと心が通じ合うこと、互いの存在を受け容れ合えることがすばらしいと思える瞬間だった。 次第にアルコールが回り、時計を見れば日付が変わろうとしていた。僕が時計に目をやり腰を上げようとすると、「よかったら、泊まっていったらいいよ」と彼は言った。稀の他人の家の訪問に加え、外泊とは、これは更に久しい出来事だ。きっと姉は驚くに違いなかった。けれども、僕ももうそんなことを気にして億劫になる年でもないと思った。何よりも彼の言葉が嬉しかったし、それが当たり前のように展開されることが嬉しかった。 僕は姉に電話を入れた。姉は眠たげに電話に出た。外泊すると伝えたが、予想したようには驚かなかった。相手も誰かと尋ねたりはしなかった。「あ、そう」とさらりと返事をすると受話器を置いた。僕は姉の態度が腑に落ちなかったが、とりあえず良しとした。 電話が終わると、彼は首を傾げる僕を見ていた。 「お姉さん何て?」 「別に何も」 僕はやっぱり腑に落ちなかった。いつもの姉らしくなかった。眠たげであったからだろうか。そして受話器を置いた後、会話を思い出して驚いたりしているのだろうか。きっとそれはない。どうにも腑に落ちなかった。 そして彼はそんな僕をじっと見ていた。僕はその視線に気付き、我に返って「ごめん」と詫びると、彼は苦笑いをした。 「そんなに不思議なことなのかい?」 「それはもう。だって、普段の姉では考えられないことだよ」 僕は少し興奮していた。彼は首を縦に振り、相変わらずじっと僕を見つめていた。僕は笑ってごまかそうとしたが、何だかいびつな笑みになってしまった。少しバカらしくなって話を変えようかと思っていると、彼は壁にもたれていた体を起こし、「それには訳があるのさ」と言った。 僕は眉間にシワを寄せた。それは訳があるだろう。眠いとか、聞き間違いとか。ただ、彼がそこで当然のようにその言葉を言うことが気にかかり、まるで何かを匂わすようにさえ聞こえてならなかった。少し困惑する僕に、彼は「実は言わなければならないことがあるんだ」と言った。僕は訳のわからないまま頷いた。 「実は、僕が君と友だちになるより先に、君のお姉さんと出会ったんだ」 それでも訳がわからなかった。一体、姉と彼がどこでどのように出会うと言うのだろう。そして、それが先ほどの話にどう繋がるのか、まったくわからなかった。 彼は少し考えた後、何かを覚悟したように一つため息を吐いた。 「簡潔に言おう。それがいい。僕はお姉さんに頼まれたんだ。君の友だちになってくれないかって」 「何だって?」僕は思わず大声を出してしまった。そして言葉を失った。少しその言葉の意味を考えていると、ここまで僕の中で宙に浮いていた疑問が繋がっていった。どうして彼は僕と友だちになったのか。なぜ、彼は僕に近寄ってきたのか。すべては仕組まれたものだったのだ。僕はそれに踊らされていたんだ。僕は素直に喜んだりして、バカみたいじゃないか。何が必然的な偶然だ。運命は決まっているとは、そういう意味だったのか。何だか腹立たしくて、どこにその気持ちをぶつけたらいいのかわからなかった。彼はずっと黙ったまま僕の様子を伺っていた。 「怒っているのかい?」と彼は僕に尋ねた。 僕の中では腹立たしさとともに、失望感がただっよっていた。 「がっくりだよ」と僕は答えた。 なぜ、姉が彼に頼むか。なぜ、姉と彼が知り合いなのか。どうなれば、そんな風に結びついてしまうの か。姉は何を彼に頼んだというのだろうか。次々と浮かび上がる疑問をよそに、姉の余計な配慮と、作られた現状に満足する自分に苛立ちを隠せなかった。彼という存在を得て僕は喜んでいたが、実はそれは面倒見の良い姉によって作り出されたものだったなんて…。 彼は僕をずっと眺めていた。そして、「怒っているのかい?」と静かに僕に問いかけた。僕は鋭い視線を彼に送った。彼も彼だ。このからくりに加担したのだから。 彼は「そうだね」と視線を落とした。しばらく考えてから「今から言うことを聞いてくれるかい?」と問い返した。僕がとりあえず承諾すると、彼は成り行きを語り始めた。 そもそも彼と姉の出会いは、姉の勤務先でのことだった。彼は清掃会社の派遣社員として姉の勤務先に配属されていた。夕方になり皆が帰宅を始める頃が、彼らの仕事の始まりの時間であった。その時期、姉はよく残業で居残ることが多かった。毎日のように顔を合わすうちに、交わす会話も一つ二つと増えていったらしい。ある日、姉が休憩がてらに彼にコーヒーを奢り、彼と話をしていた時のことだった。彼と同じくらいの年の弟がいて、友だちが一人もいないと姉は言った。そして話が進むうちに、彼と僕が同じ学校に通っていることがわかり、姉は彼に僕の友だちになってくれないかと頼んだ。それは今年の夏の出来事だったという。 「君が腹を立てるのはわかる。それに対して、僕は謝らなくてはならないね。ずっと黙っていて悪かった よ」 彼は素直に僕に詫びた。それでも僕は自分の怒りを静められなかった。失望がきえるわけでもなかった。そして彼はこう続けた。 「確かに君のお姉さんに頼まれたさ。けれども、僕は君の話をもっと前から聞いていたよ。それは、君もよく知っている人物からさ」 最初は誰を指しているのかわからなかったが、しばらくしてそれが円谷さんを指していることがわかった。僕が円谷さんから彼の話を聞いていたように、彼もまた円谷さんから僕の話を聞いていた。ただ、彼が勿体つけるように話すのが少し気に入らなかった。 「円谷さんから君の話を聞いたとき、一度会ってみたいと思ったよ。そして何度か部室を訪れたけど、もうそのときには君はあの場所にはいなかったんだ」 それは初耳だった。円谷さんからも聞いてはいない。彼の言うとおりなら、姉に頼まれたことよりも先に、彼自身が僕と出会うことを望んでいたというのか。一体円谷さんは僕のことをどんな風に話したのだろう。どうなれば、僕と出会いたいなんて思ったりするのだろう。 「残念ながらその時は会うことができなかったけれど、君のお姉さんから話を聞いて、円谷さんとお姉さんの指す人物が君だと気付いたよ。正直、羨ましかったな」 下にあった彼の視線が僕の方を向いていた。先ほどまで申し訳なさそうに俯きがちだった顔とは違い、はっきりと意思が伺えた。しかし、一体何が羨ましかったというのだろうか。 「君には、それだけ君を思ってくれる人がいるということさ」 彼の声が僕の中でなぜか悲しく響いた。彼ほどすばらしい人物なら、僕を羨むなんて間違っていると思った。僕よりももっと幸せだと。また、姉が僕を気遣うにしたって、こんなことまでされて僕が友だちを作りたいと思うだろうか。こんなことをされて僕がどんな気分か想像できなかったのだろうか。僕は何もできない人間だと思われていることは知っていた。けれども現実に形にされると、それはひどくつらいものだった。 「もう少し話してもいいかい?」と彼は僕に尋ねた。次は何を言おうというのか。もう僕の失望や苛立ちの解消のための話というには、僕には想像もつかない展開になっていた。 「今日は話してしまいたい気分なんだ」 彼はそう言うと、話を続けた。話は彼の育ちに関するものだった。そもそも彼がどうして一人で生活しているのか。なぜ、「プログラム説」なんてものを語るようになったのか。すべてはそこにあった。 彼の父親は定職につかず、職を転々とし、ギャンブルに明け暮れた。母親は当然のように家庭に収入を入れるために働きに出かけた。それも父親が使い込み、残るのはわずかな額だけだった。給食費さえ滞納したし、服だっていつも同じものを着ていた。洗濯がまともに出来なくて、給食のエプロンのしみが落とせずに文句を言われたりもした。現在の彼から当時の生活はまったく想像することはできなかった。 当然、両親の間では喧嘩の耐えない日々が続いた。父は無責任な振る舞いを続け、よく母親を殴った。母親は自分の苛立ちを彼にぶつけた。 彼が十歳になる頃、両親は離婚をした。彼は母親に引きとられたが、もうすでにこの頃には母親は半分狂いかけていた。そして高校に進む頃には精神を患い、病院へと入院した。それから半年後、病室でシーツで首をくくり自殺しているのを発見された。父親は、この時既に消息不明になっていた。身寄りのなかった彼は一時的に施設で暮らしたが、高校を卒業と同時に施設を出てこの場所へとやってきた。よくあるドラマの中のありきたりな不幸話のようなものだった。けれど、それが彼のみに起こったことなのだ。現実に、そういうものは存在するのだと感じていた。 彼はこれまでさまざまな人間模様をその目で見てきた。不出来で救いようのない人間になりさがった父親、身を粉にして働き、最後には狂って首にシーツを巻いて死んだ母親、彼の目の前にはろくな人間はいなかった。その救いようのない日々の中で、彼は自ずといろいろなことに気付き、理解できるようになっていった。そしてその度に、こんな家に生まれてきたことを悔やんだ。両親への憎悪さえも感じた。何度か「両親とも自分が殺してしまえばこんな日々も終わるのだ」と思ったこともあった。けれども、彼の優しさがいつだってそれを思いとどまらせた。結局、そういったものは心の奥底にぐっと押し込んで、硬くその扉を閉ざした。そして、「自分はああはなるまい」と誓った。 それから彼は早く自立するために、自分のできることは家事でもアルバイトでも何でもやった。彼は良い人間であるように努めた。人の話には耳を傾け、相手の立場を思いやった。腹立たしさやつらさは、すべて心の奥底にしまいこんで忘れることにしていた。そういう時は、心にもない笑みを浮かべるようにしていた。そんな笑みは、どれほど悲しみを映し出すものだろうか。 しかし、彼は気付いていなかった。確かに良い人間になるように努め、紳士的で、思いやりのある人間であった。それは彼の努力のたまのものであったし、二十一歳のわりには随分としっかりした人物が出来上がっていた。ある程度の人格も備わり、周囲の大人たちよりもよっぽどか立派な人格者だった。 彼は、人格者になりたかったのか。そうではなかった。彼はただ、自分の暗い過去に存在した不出来な人間たちになりたくはなかっただけなのだ。彼は逃げ出したかったのだ。 彼は恐れていた。どれだけ自分が頑張っても、自分の中に流れている血は拭えない。自分の中にも彼らの血が流れている。腹立たしさやつらさ、悲しみを隠したところで何の解決にもなりやしない。頑張れば頑張るほど、心の奥底で少しずつ絶望や陰鬱な感情は膨らみを増しているように思えた。どれだけひた隠しにしても、逃れられない影がつきまとう。溜まりに溜まったものが、いつか自分の手に負えなくなることが怖かった。 そして今存在する自分は、真実の姿なのか。作り上げられた偽者なのか。自分という人間がわからず、一人悩んでいた。 彼は話し終えると、ごめんと笑みを作った。僕は突然の彼の生い立ちの話に強烈な衝撃を受け、返す言葉を失った。こんな時、どんな言葉をかければ良いのだろう。僕には見当もつかなかった。 さきほどまで僕の胸の中に渦巻いていた苛立ち、どこにも見当たらなかった。僕は自分が不幸な人間だと思っていたのかもしれない。そして、それは自分自身で不幸にしている節もあった。彼は恵まれない過去を拭い去りたくても、拭いきれなかった。だから、幸せに生きるために努力をした。彼の闇に比べれば、僕のものなど浅かった。彼は感情の起伏を見せることもなく、淡々と語っていた。ずっと窓の外を眺めたまま。 「これは君のお姉さんにも話したことはなかったんだけど」と彼はまた苦笑した。 人の笑みがこれほどまでに悲しく見えたのは、これが初めてのことだった。そして僕が彼に垣間見る憂いがどこからやってくるのかを瞬間的に理解した。 僕らは布団を敷いて横になり、部屋の電気を消した。部屋には静寂が広がっていた。ちょっとした物音がとても大きく聞こえた。 「ナガミネ君、もう寝てしまった?」 「いや、まだ起きてる」 彼は僕の顔を見た。そして、「僕のことを嫌いになったかい?」と尋ねた。 「どうして?」 「僕がこんな人間だからさ」 僕は彼の言葉の意味がわからなかった。どうして、僕が彼を嫌いになるのだろう。彼は自分を「こんな人間」呼ばわりするが、それなら僕の方が適している自信はある。根暗で、寂しがり屋の一人好き。僕はどうしようもない奴だよ、まったく。彼にどんな過去があったにせよ、今は前向きに生きている。彼は幸せになるために生きている。心の中で陰鬱な感情を抱えていることなんて、誰にだってあるだろう。そして彼はその感情に振り回されず、きちんと自分を律しながら行動できている。もし、膨れ上がるのが怖ければ、僕に話せばいい。僕でよければ、いつだって聞こう。確かに僕と彼の始まり方には不本意ではあるが、僕は彼と出会わなければ、ずっと一人ぼっちだっただろう。こんな風に夜を語り明かすこともなかったし、分かり合えることもなかったのかもしれない。彼が言っていたように、僕は彼に出会うべくして出会ったと思いたい。 「それも含めて君だろ?君は君さ。僕は君に出会えなければ、こんな風に誰かと語ることなんてできなかったと思うよ。だからとても感謝しているんだ」 僕は心からありがとうと伝えた。 「ありがとう。君に話してよかったよ。おかげで、僕は随分と救われた気がするよ」 そういうと、彼は天井を見ていた。そこにはきっと何もないだろう。あるのは天井だけだ。彼はそこに何を映し出しているのだろうか。僕にはそれが見えなかった。 静かな夜だった。彼の声も静けさに合わせて、ささやくような大きさだった。僕らの呼吸さえ聞こえた。鼓動が大きく聞こえた。時の感覚をなくした中で、静けさはとても奇妙な感じがした。 やがてアルコールが眠気を連れてきて、彼の声が僕を心地よい眠りの世界へと導いた。 次の日の朝、少し遅めに僕らは起きた。彼は午後からアルバイトに出かけ、それに合わせて僕も帰宅した。そして、夜になると姉が僕の部屋にやってきた。初めて彼から成り行きを聞いた時は腹立たしさを感じていたが、今はそれもない。「友だちくらい自分で作る」と言い切りたいところだが、これまでそれが出来ていなかった僕が言っても言葉に重みがない。姉は「ありがとうは?」と当然のことのように、感謝の言葉を僕に求めた。僕は口の中をもごもごとさせながら「ありがとう」と言った。姉は「よし」と言った後、「彼に感謝なさい」と言った。 確かに…。でも、それを姉に当然のように言われるのが、僕にとって少し納得のいかないことだった。なぜなら、この一連の僕の不本意さは、姉によってもたらされたものでもあるからである。学生とはいえ、僕もいい大人だ。自分のことは自分でする。しかし、姉の余計なお節介によって仕組まれた出会いに、素直に感動し運命さえ感じた。それでも言葉がどもるのは、自分では打開できなかった現実がそこにあるからだ。その結果、自分の力ではどうすることもできなかったという無力感だけが残される。それが余計にいたたまれない。 何も言い返せない僕に、姉はグッと近づいて人差し指を立てて僕に向けた。 「そういう人の存在が貴重だってことは、もうよくわかってるわね?いい?そういうものに、きちんと感謝をなさい。そういう人がいてこそ、成り立つ関係と時間よ。それを疎かにすれば、あなたはきっとまたこの部屋で一人膝を抱えて音楽を聴いていることになるのよ。と、まあ、それは言い過ぎかもしれないけれど、要は、友だちは大切になさいってこと」 お節介はそのくらいにしておいて欲しいのだけれど…僕はのど元まで出かかった言葉を飲み込んだ。これを口に出せば、僕は姉の指摘の意味をまったく理解していないことになる。それ以上に、僕は苛立ちで彼が存在してくれることの喜びを見失いかねない。そういう感情を抱くことは、決してわるいことではない。ただ、そこできちんと判断できなくてはならない。どうすることが正しいかを冷静に判断しなければならない。そうしなければ、僕の中で傲慢さは増長し、あとから後悔しても取り返しはつかない。それが大人というものだと思った。 姉は言いたいことを言うと、部屋を出て行った。ただ、出際に「彼は他に何か言ってなかった?」と尋ねた。その表情が、いつも僕に向ける毅然としたものではなく、控えめなものだったことに違和感を感じた。僕は「何も」と答えた。姉は「そう」と気のない返事をすると、静かにドアを閉めて出て行った。 部屋の明かりを消して、布団の上に寝転がった。そして天井を眺めた。二十年も眺めてきたはずの天井なのに、僕には新鮮だった。彼は昨日の晩、何を考えながら天井を眺めていたのだろう。何を映し出していたのだろう。彼は僕が思っているよりも、ずっと強い人間だった。過去に捕らわれず、前を向いて生きている。そうしなければ、自分もまた同じ道をたどるのではないかと恐れていた。それに比べ、僕はきちんとした家庭に生まれながらも、一人殻に閉じこもってしまった。僕も彼も愛情に飢えていたのは同じだった。ただ、彼はそれを自分で補おうとし、僕はそこにあるにも関わらず目を背けた。誰かに受け入れられたかった、彼はそう言っていた。僕から見れば出来た人間のように見えるが、内面では激しく人のぬくもりを求めていた。それ故に、それを感謝することを忘れなかった。彼は現在の彼になるべくしてなった。その事実は拭いきれない過去によるもので、それを思うと少し悲しく思えた。 部屋の中は、静寂に包まれていた。これほどまでに夜とは静かなものだっただろうか。以前一人でいた頃、部屋で膝を抱えて音楽を聴いて毎日を送っていたことを思い出した。あの時に抱えていたやりきれなさや悲しみや憂いを思い出した。思い出したくないものは、心の奥に沈めてしまえばいい。目を閉じて早く眠ろうと思った。けれどもなかなか眠れなかった。心がざわついていた。僕はそれを収める術をしらない。いつものように黙って耐えるだけだ。それなら僕の十八番だ。どれだけ時が経っただろうか。闇の中で僕の時間への感覚は完全に麻痺していた。ふと時計を見ると、二時を指していた。こんな時はどうしたら眠れるのだろうか。それからしばらくして、思い出したように僕は呟いた。 ありがとう、と。 すると、僕の呼吸はゆっくりとなり、静かに眠りの世界へと入っていた。 後になってわかったことだが、実は、姉の現在の恋人はマコト君だった。これを聞いた時はさすがに驚いたが、ありえない話ではなかったし、僕と彼の出会いの裏話に、彼の生い立ちも聞いていた後だったので、それほど取り乱しはしなかった。ただ、その事実を受け入れた。自分の家族と友だちが恋仲になることは、不思議な感覚だと思った。しかし、それは当人同士の問題で、僕が口を出すことではない。彼という人物に不満はない。逆に、彼は謝りたいくらいだ。こんな姉でごめんと。 彼が姉のどこに惹かれたのか気になった。僕の前では毅然としている姉でも、あれでいて女性らしいところはあるようだ。もちろん、こんなこと口が裂けても言えないのだが。ただ、姉の面倒見の良いところと、誰かに受け入れて欲しいという願望を抱く彼なら、惹かれあうのも当然のことだと思った。以前、姉は僕に世界は広いと言ったが、思ったより狭いような気がするのは気のせいだろうか。 カテゴリ [ヒナタ] - trackback- 2006年03月04日 20 50 27 #blognavi
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自作 特に日本ではコンサート用の鉄琴をこう呼ぶことが多く、 演奏用の鐘を並べた「カリヨン」やマーチングで使う「ベルリラ」などもこれの一種とされる、 金属製の音板をばちで叩いて音を出す、ドイツ語で「鐘一式」という意味を持つ打楽器は何? (2011年7月26日 第1回ペトリ皿杯【pdf】 ) タグ:音楽 Quizwiki 索引 あ~こ