約 20,951 件
https://w.atwiki.jp/divine_revelation/pages/256.html
目次 1.宇宙即我の瞑想は、仏陀の瞑想である 2.仏陀の宇宙即我の悟りの内容①――本来の自分は、肉体を越えた大きな存在だ 3.仏陀の宇宙即我の悟りの内容②――霊体が大きくなり、地球を眼下に見下ろす 4.仏陀の宇宙即我の悟りの内容③――仏陀の霊体は、星々、太陽をも眼下に見下ろす 5.仏陀の宇宙即我の悟りの内容④――仏陀の意識は、全宇宙と一体となる 6.仏陀の宇宙即我の悟りの内容⑤――「宇宙即我を悟るため」との神の声を聞く 7.宇宙即我を悟った仏陀には、自らの力で人びとを救いたい執着が残っていた 8.宇宙大にまで広がった仏陀の体が、次第に小さくなって、もとの肉体に戻る 9.肉体に戻った仏陀は、まず五人のクシャトリヤたちを悟らしめようと考える 10.仏陀となるには、人間として生きていく上での執着を取り除くことだ 11.正しき心の探究のための方法①――正しく見る・正しく語る 12.正しき心の探究のための方法②――正しく思う・正しく生活する 13.正しき心の探究のための方法③――正しく仕事をする・正しく道に精進する 14.正しき心の探究のための方法④――正しく念(おも)う・正しく定に入る 15.自分の心の正しいあり方を探究してはじめて、瞑想が生きてくる 1.宇宙即我の瞑想は、仏陀の瞑想である それではこれから、宇宙即我の瞑想について、説明をはじめます。宇宙即我の瞑想というのは、とりもなおさず、これはブッダの瞑想です。したがって、宇宙即我の瞑想ができるためには、ブッダの悟りを得ることがその前提条件となります。 今までにもさまざまな瞑想というものを見てきましたけれども、これらの瞑想を卒業して、最終段階として、ブッダの悟りを得たときの瞑想が、この宇宙非我の瞑想なのです。簡単に宇宙即我について説明を加えながら、その後、ブッダの悟りに入り、そうして、宇宙即我の瞑想とは一体何なのかということをつきつめて、さらに語ってみたいと思います。 まず、宇宙即我という言葉の持っている意味について説明いたします。言葉そのものどおり、宇宙が、すなわち、自分自身となった境地のことを、宇宙即我と言います。 2.仏陀の宇宙即我の悟りの内容①――本来の自分は、肉体を越えた大きな存在だ 具体的な例としては、今から二千五百数十年、あるいは、二千六百年近く前のこと、インドのピパラの大木のもとで、ゴーダマ・ブッダが禅定に入り、一週間目の禅定のときに、この宇宙即我の体験をしたのです。そのとき、ピパラの巨木、大木のもとで禅定していたブッダの体が、小刻みに揺れ、前後左右に小刻みに小さな振動を繰り返し、やがてブッダの意識は、自分の意識が、小さな肉体というとらわれから離れていくのを感じ取りました。 するといつしか、肉体は、眼下のものとなり、殼(から)を脱いだ蝉(せみ)のごとく、肉体からスルスルと抜け出していくもうひとりの自分というものを感じ取ったのであります。そしてやがて、そのもうひとりの自分であるところの霊の自分が、やがてピパラの木の大木の高さにまでなってきます。そのとき、木の根元で、小さく坐している自分の肉体、やせた、頬(ほお)のこけた肋(あばら)の浮いた肉体というものを見たのです。 そして、ブッダはそのとき、自分というものは、あのちっぽけな肉体に宿る自分ではなくて、本来この肉体を越えた大きな存在であるということに気がつきました。 3.仏陀の宇宙即我の悟りの内容②――霊体が大きくなり、地球を眼下に見下ろす こうして、自由自在な自分というものを感じ取っていったとき、そのもうひとりの自分の体というもの、霊的な体というものがさらに大きくなっていくのを感じました。 やがて、ピパラの木さえも、眼下に見えてきます。時刻は今で言うと、明け方のおそらくは四時から五時でありましょうか。明けの明星が遙かに見えますが、その遙かに見えた明けの明星が次第に眼下へと遠ざかっていきます。遠くにガヤダナの町が見えてきます。広がっていきます。その町の家々の姿が、次第に次第に遠ざかり、下のほうへと見えていきます。そうして、山々が見えてきます。山々が見えはじめ、そして、山々が下へと下がっていき、やがて山々が遠ざかっていく姿が見えていきます。 さらにさらに、ブッダの意識というのは、大きくなっていきます。まるで何キロメートル、何十キロメートルの巨体のごとく、大きな巨人となっていく感じを自分は持っています。そうしたときに、やがてネパールの山々が見えてきます。エベレストの山さえ見えてきます。そして、インドの大陸が見えてきます。インドの大陸さえ、眼下に、遙かに見えてきます。インド洋が見えてきます。アジア大陸が見えてきます。日本が眼下に見えてきます。西南アジアが見えます。アフリカが見えます。ヨーロッパが見えます。シベリアが見えます。 やがて、地球の全体の姿というものがくっきりと目に見えてきます。青い地球、その七割は大海原です。大海原のなかにさまざまな陸地が散りばめられ、さまざまな陸地のなかに山脈があり、谷があり、川があり、平地があり、田があり、畑があり、住宅があり、そこにさまざまな人びとの生業(なりわい)というのがあります。ブッダの体は、地球を眼下に見下ろすような大きな体となって、今、目の前に水晶の玉を見るかのごとく、地球が小さくクルクルと回っておるのです。 4.仏陀の宇宙即我の悟りの内容③――仏陀の霊体は、星々、太陽をも眼下に見下ろす 青い地球、そして、さらに体は大きくなっていきます。その水晶の玉にも見えた地球さえも、眼下に遙か遠ざかっていき、やがて、宇宙のなかの一点になっていきます。そして、それは小さな細胞にしかすぎないということがわかってきます。この大きく見えた地球さえも、大宇宙の小さな細胞の一点にしかすぎないのです。 そうして、大きくなったブッダの目のなかには、さらに、他の星々が見えてきます。地球よりさらに小さな点としての月が見えてきます。赤く見えてくるのは、あれは火星でしょう。金色に光っているのは、金星でしょう。土色に見えながらも、冷たい光を放っているのは土星でしょう。そうして、また、遙かかなたに太陽が見えます。太陽がまた、小さな小さな球(きゅう)に見え、赤くメラメラと燃えていきますが、そのメラメラと赤く燃えた球が、また遠ざかっていきます。そして、その太陽さえもが遙かかなたに小さな点になっていきます。 5.仏陀の宇宙即我の悟りの内容④――仏陀の意識は、全宇宙と一体となる ブッダの体は、さらに大きくなっていきます。そして、銀河系宇宙のなかに広がっていきます。自分の体のなかに、銀河系の星雲がすっぽりと収まってくるのを感じます。銀河が、自分の腋(わき)の下に流れていきます。そうして、さらに大きな自分となっていきます。ブッダの意識はついに、自分が銀河系の意識をも越えて、全宇宙と一体となったというところまで感じてきます。 全宇宙は、自分の体であり、自分の体が、すなわち、全宇宙。地球と思っておったのは、我が肉体の一細胞であった。太陽と思っておったのはまた、我が肉体の一細胞であった。銀河系と思っておったのは、これは、我が肉体細胞のなかの心臓器官にしかすぎなかった。心臓そのものが、銀河の大きな宇宙であった。さらに、自分の肉体諸器官に当たるさまざまな惑星系団が、自分の体のなかにすっぽりと入っている。 6.仏陀の宇宙即我の悟りの内容⑤――「宇宙即我を悟るため」との神の声を聞く こうして、宇宙を自分のなかに引き入れながら、ブッダの意識は、ドンドン遠く、遙かに、高度になっていき、やがて、神とは何かということを直観的につかむところまできました。これ以上自己が拡大すると、もはや自分は神と一体となるというギリギリのところまできました。 その宇宙大にまで広がった体のなかで、ブッダは考え続けておりました。これ以上自分か大きくなると、おそらく自分は神と一体となろう、と。そう思ったとき、大宇宙のはてから、荘厳(そうごん)なる声が聞こえてきました。 「ゴーダマ・ブッダよ、お前はまだ、神になることは許されてはおらぬ。お前の今回の悟りは、宇宙即我を悟るまでのこと。宇宙、大宇宙が、自分の体であり、銀河系は神と同一であるような、大きな自分の体の中心であり、心臓であり、また、太陽は、心臓の一部のなかの細胞であり、地球もまた、一細胞にしかすぎぬ。その一細胞のなかにまた、さまざまな生物たちが住んでいるという、そうした世界観を獲得したところで、お前の今回の宇宙即我の体験は十分ではないのか」 そういう声が聞こえてきました。 「ブッダよ、やがてはお前も、私と同じように、大宇宙とひとつとなる前に、お前には、まだやり残しておる仕事があろう。そのやり残している仕事というものをまっとうせずしては、ほんとうの意味での神にはなれないのである。 やり残しておる仕事とは何か。地上では、インドにおいて、お前は、ピパラの大木のもとに、やせさらばえた肉体を置いてきたではないか。その肉体を死体としてそのままにして、お前は、この宇宙に遍満(へんまん)する意識となり得るか。お前は、そのやせさらばえた肉体を支配して、残り四十数年の間、人びとに法を説いてこそのお前ではないのか。その仕事をまっとうせずして、神と一体になることはできぬ」 そういう荘厳な声が宇宙のはてから、限りないはてから響いてきたのです。 7.宇宙即我を悟った仏陀には、自らの力で人びとを救いたい執着が残っていた 神の荘厳な声を聞いたとき、ブッダは、どのように思ったのでしょうか。 自分は宇宙即我に満足してはならぬ。自分はまた、あの小さな小さな体にと入り、世の人びとを救っていかねばならぬ。その修行なくして、私の最後の悟りはあり得ないのだ。すなわち、悟りを得たと思った私にしても、まだ唯一の執着が残っておるのだ。その唯一の執着とは、一体何であるのか。その唯一の執着とは、自らの力でもって人びとを救いたいという願いである。 神そのものの意識というものは、大宇宙を生かしめながら、ジイーッと見ておられる意識である。大きな目で、すべてを育(はぐく)む目でもって、大宇宙の生きとし生けるもの、万生万物をすべて育んでいる意識が、神の意識である。 しかしながら、私の意識はまだ、生きている者たちを現実により良く導いていきたいという願いである。そうした聖なる願いがある。聖なる野望がある。たとえ聖なる野望であるとしても、やはりそれは、人間として生きている以上の、最後の執着のひとつであるには違いない。この執着が終わるまで、私は人間として、やはり修行していこう。 8.宇宙大にまで広がった仏陀の体が、次第に小さくなって、もとの肉体に戻る そう思ったとき、宇宙大にまで広がったこの体が、やがて、引いていく霧のように次第に小さくなっていくのが見えてきました。小さく固まっていた銀河系が、やがて目のまわりに広がってきて、大きな銀河となっていきます。やがて星々が、大きな玉のように見えてきます。やがて地球も大きく見えてきはじめました。地球は水晶玉のように見えてきます。その水晶玉がクルクルと回りながら、ドンドン、ドンドンと眼前に広がってきます。 やがて大海原が見えてきます。大海原の上にかかっている雲が見えまず。ある地域には、雨が降っている。ある地域には、太陽の光が当たって、大地が暖かい、明るい。そして、海のなかにも、深い緑の海もあれば、黒い海もあれば、澄み切った青い海もある。 山が見えてくる。自分の意識が雲を突き破ったときに、懐かしいヒマラヤの山々がまた見えてきた。幼いときに遊んだネパールの山のふもとが見えてきた。多分あのあたりが、カピラ城のあるあたりであろう。自分の生活していたそうした国々が見えてくる。インドというのが、だんだん、眼前に迫ってくる。そうして、やがてピパラの木が、巨木が、三十メートルはあろうかというこの巨木が、眼下に見えてきた。だんだん、そのなかに自分が近づいてくる。 そして、ピパラの大木の下にもたれかかっているやせた肉体のなかに、霊体として出ていった私の両足が入っていく。やがてすっぽりと、肉体のなかに入っていく。その体のなかに収まったときに、私は大きくひと息をついた。そして、朝の空気を扱(す)い込んだ。 夜はもう明けかかっていた。山々に掛かった霧が、朝日を浴びて、かすかに明るく見えてきた。また、木から木の間へ、小鳥たちが、親しげに声を出し、歌をさえすりながら、飛んで行く。朝がきたということを告げながら、小鳥たちは、木から木へと飛んでいく。そうして、私の体は、いつのまにか夜露に濡れている。 9.肉体に戻った仏陀は、まず五人のクシャトリヤたちを悟らしめようと考える やがて、私はまた、立ち上がらねばならんだろう。立って、ひとりの修行者として、食物を得、人びとの助けを得ながら、神理を説いてゆかねばならんだろう。私は今、ただ今体験したこの宇宙即我の瞑想を、おそらくだれにも教えることはできないであろう。私を護衛(ごえい)するために送られた五人の武士たちに対しても、修行者ではあるが、おそらく彼らに、私の今の体験、宇宙即我の体験を伝えることはできないであろう。肉体に宿った私は、そうしたことを考えた。 そうして、おそらく私の悟りの究極には、そうした宇宙即我の体験があるのだということを、それを最後の一番の奥のところに置いておかなければならないのだけれども、それは最後の砦(とりで)として、それ以前の教えを説いてゆかねばならぬ。まず五人のクシャトリヤたち、彼らを悟らしめるところから説いてゆかねばならぬ。彼らを悟らしめるためには、何が必要であるか。 10.仏陀となるには、人間として生きていく上での執着を取り除くことだ まず、私は、どうして宇宙即我の悟りを得たのか。それを考えてみると、やはり、ひとつひとつの執着を去っていったことが、その悟りの根源となったに違いない。悟りたる者、ブッダとなるためには、やはり人間として生きていく上での、そのさまざまな執着を取り除いていく以外に方法はないのだ。この私とても、最後の執着、つまり、救世主として世の人びとを救いたいという執着が、未だに去れずにおるけれども、この執着を去ったときに、私は神となろう。まだ神とはなれぬ自分であるならば、この執着は、まだ課題として残しておこう。 しかしながら、この執着をそのままにしておいたにしても、私が過去六年間の修行の間で、取り去ってきた執着の数々は、何十、何百を数えるかもしれない。私は、もはやこの世の中のものに執われていない。肉体を抜け出し、宇宙即我を経験した自分としては、もはや肉体にさえ執着はない。肉体は仮(かり)のものであり、単なる乗りものであり、魂の乗り舟にしかすぎないということをはっきりと実感した。しかし、他の者たちはまだ、肉体が魂の乗りものであるというところまでは体験をしてはおらんであろう。 したがって、私はまず、肉体は魂の乗り舟であり、その乗り舟に対する執着を持つことによって、人生の多くの苦しみや悲しみ、迷いや、悩みができるのだということを、人びとに説いていこう。苦しみの原因が執着であり、執着を去ることから、ほんとうの意味での解脱(げだつ)がはじまるのだ。ほんとうの意味での自由自在な自分の、まず第一歩がはしまるのだ。 悟りということは、仏になるということであり、仏になるということは、縛っていた自分自身の執着の絆(きずな)が解(ほど)けるということなのだ。すなわち、仏とは、「解(ほど)ける」ことであり、自分自身をがんじがらめにしていた執着の糸を、一刀両断し、快刀乱麻を断つがごとく、バッサリと切ってしまうことだということを悟った。 では、執着を断つための方法として、一体何かあるのだろうか。私は考えに考え、夜を日についで考え、そうして、一番間違いのない方法は、やはり正しさの探究であろうということに気がついた。執着を去り、悟りの世界に入るための根本は、正しい心の探究であり、正しい心を探究していくためには、いくつかの方法論があろう。 その方法論のひとつが、八正道ではなかろうか。人間は、自らの五官に振り回され、五官煩悩のままに振り回されて、本来の自分を見失っていく。本来の自己を見失っている。魂としての自分自身を見失っている。 11.正しき心の探究のための方法①――正しく見る・正しく語る しからば、その五官煩悩を、もうひとつの第三者の目でもって見て、正しく修正していくことが肝要(かんよう)なのではないだろうか。そしてまず、正しく見ることからはじめていこうではないか。煩悩をつのらせ、さまざまな迷いをつくり、さまざまな苦しみをつくっている。さればまず、正しく見るということからはじめるべきである。 正しく見るということができたら、次は、何であろうか。正しく語るということもまた、大事ではないであろうか。自分の過去を振り返っても、人間関係のなかにつくった波紋(はもん)は、そのほとんどが、正しく語るということができないがために起こった不調和ではなかったのか。 ことばを整えていくことが、一番肝腎(かんじん)なことだ。それは、人間の間で、大調和をつくっていくためのひとつの方法でもあるのだ。人を生かしめる力、ほんとうに人を奮(ふる)い立たしめ、勇気を起こさす言葉、こうした言葉こそが、大事なのではないか。さすれば、人は、正しく語るということを探究してゆかねばならん。 12.正しき心の探究のための方法②――正しく思う・正しく生活する 正しく見る、正しく語るということができたならば、正しく思うということが、次に探究されてもいいではないか。一日のうち、正しく見たか、正しく語ったかを考えたならば、では、思いの内容はどうであったか。ロに出さなかった、目では確(しか)とは見なかったけれども、そうしたことを心に思ったことはないか。悪しきことを描いたことはないか。この心のなかの探究もまた、大事であろう。正しき思いというものも、大事なのです。 しかしてまた、正しい生活ということも検討されねばならぬ。すなわち、正命(しょうみょう)です。人間の生命(いのち)は、その日の朝になってみなければ、今日一日の命があるということがわからない。死は、いつ自分を襲うかもしれない。夜寝る前には、人びとは、そのことを考えていないけれども、明日に命があるという保証はない。けれども、人びとは、永遠の生命を生きているかのごとき気持ちでいる。 しかし、生命というものは、いつ失われるかわからんものである。一期一会(いちごいちえ)の生命である。朝に命を得たならば、その日一日をすべてと思って、正しく生活をしていく必要があるのではないだろうか。自分の生活には誤りはなかったか。 13.正しき心の探究のための方法③――正しく仕事をする・正しく道に精進する また、正業です。人は、この世に生きていく上において、お互いに活(い)かし合って生きていかねばならんのです。お互いに活かし合っていくために、それぞれの人間が職業というものを持っておるのです。すべての人間が、すべてのことはできない、それゆえにこそ、お互いに助け合って生きておるのではないか。そのために、生業(なりわい)としての仕事があるのではないか。さすれば、仕事、正しい仕事をなす、正しい職業をなすということもまた、これも大調和のための一歩ではなかろうか。 また、正しく道に精進するというのがある。正しい仕事をし、正しく仕事をしておっても、そのなかで、仏法者として、仏への道を忘れることがあってはならないであろう。つまり、悟ろうとする努力を忘れてはならんであろう。学問が然(しか)り、人生経験が然り、人生経験のなかで思ってきたことが然り。それらはすべて、悟りへの階梯(かいてい)ではないだろうか。正しき精進ということを、決して忘れてはならない。 14.正しき心の探究のための方法④――正しく念(おも)う・正しく定に入る さらに、正念、正しく念(おも)うということがある。人生の目的というものの軌道修正をせねば、人間というものは、いつ転落するかわからないものである。丸木橋の向こうに新たな道があるからこそ、危険な丸木橋を渡っていくのではないか。急流が下に流れているにもかかわらず、丸太の橋を渡っていくのは、その先に、自分が歩むべき道があるからではないのか。 しからば、危険なこの人生を渡っていくためには、その向こうに道が開けていることを実感せねばならんのではないか。心に描かねばならんのではないか。危険のみの丸木橋であってはならん。その先に「念い」があり、「希望」があるからこその危険な橋でなければならない。危険な人生の賭(か)けでなければならん。 また、正定(しょうじょう)です。こうしたことを日々重ねていくうちに、正しく定に入るということができるはずです。そうして、正しく定に入るなかに、次第に深い瞑想となり、日頃の自分というものを探究しながら、やがて、先程自分自身が悟ったように、大調和の世界、宇宙即我の瞑想へと入っていけるのではないか。 この宇宙即我の瞑想も、一回限りのことであってはならぬと思う。執着を去るための日々の努力、訓練が大事であり、日々の人間修行が大事であろう。 こうした八正道をもとにして、人間は、自分の左右の両極端を去り、心の執着を断って、偉大なる中道の道、黄金の道に入るべきではないだろうか。そうしてはじめて、完成という徳が出てくるのではないだろうか。まあ、これがブッダの悟りの、ピパラの大木の下で悟ったことの内容です。その概要ではありますけれども、こうしたことで、八正道とは正しい人間の進路、また、執着を去るための方法であったわけです。 15.自分の心の正しいあり方を探究してはじめて、瞑想が生きてくる 正しさということを追求していくときに、人間ははじめて、この世的なさまざまの束縛、さまざまな執着というものから去ることができるのです。 ですから、瞑想に入るときにまず、正しさの探究をする。すなわち、さまざまな角度から、正しい心、正しい見方、正しい考え方、正しい聞き方、正しい語り方、正しい思い方、正しい努力の仕方、正しい生活の仕方、正しい仕事の仕方、こういう正しいということを中心とした自分の心のあり方の探究ということが、まず大事です。これをすることによってはじめて、ほんとうの意味での瞑想というものが生きてくるのです。 そして、その瞑想の奥には、先程言った、宇宙即我の瞑想があります。この宇宙即我の瞑想ができる人は、まだ歴史はじまって以来、数名しかおりません。なぜならば、宇宙即我の瞑想は、救世主の悟りであるからです。けれども、先程言ったようなこの宇宙即我の瞑想ができないまでも、眼下に地球を見るぐらいまでの瞑想は、八次元如来界の悟りまで達した人にとっては、可能です。地球を小さなボール玉のように、水晶玉のように、クルクルと眼下に回っていく存在として見ることは、如来の存在であればできるはずです。ですから、そこまで努力してみて下さい。それが、今日の私の宇宙即我の瞑想です。以上です。
https://w.atwiki.jp/luckycomestrue/pages/37.html
キャラクター名 バーユ・メイカー 【所属】ヒト攫い 【階級】 【能力】メキャメキャの実 【年齢】 【二つ名】 【覇気】なし 【基本設定】 メキャメキャの実のメイクアップ(メーキャップ)人間。 一見若々しい美女に見えるが、それは自身の悪魔の実の能力で再現した過去の姿。本来の姿は老婆であり、その姿は今の性根を表すかの如く醜く老いさらばえている。 美と若さに執着しており、それ故にウマ娘や若い女性には憎悪を露わにする。 【過去】 かつてはとても美しい女優兼服飾デザイナーとして有名であったが、浪費癖と美しさ故の高慢さも持ち合わせており、その性根は決して褒められたものではなかった。 だが老いによりその美しさに陰りが出てきたこと、さらにはビクトリア・シンドリーという見た目も心も美しい女性が出てきたことで人気は一気に急落。その後は今まで稼いだ財産を使いつぶして生きてきたが、その浪費癖と美しさへの執着から本編より12年前の時点では財産もなくなった上借金も重ねており、物理的に首をくくる寸前であった。だがシンドリーが舞台の事故により美しい姿のまま死亡した事を知り、自身が醜い姿で死ぬことに耐え切れず浮浪者同然の生活を続けていた。 そんな時偶然メキャメキャの実を手に入れて食したことで能力を手に入れ、美への執着からすぐに能力を使いこなした。その後キョーシと出会い、彼がウマ娘を奴隷として売り払っていると知ると彼に協力を申し出る。 美に執着する醜く老いた彼女にとって、美しい姿を長年維持できるウマ娘は嫉妬と憎悪の対象だった。 自身とキョーシの悪魔の実の能力、そして自身の服飾デザイナーの腕で完璧に偽物のウマ娘を作り上げ、これまで多数のウマ娘を毒牙にかけてきたが、最後は麦わらの一味に二人まとめて潰されることとなった。 【能力詳細】 〈メキャメキャの実〉 食べると特殊な粉を体中から出すことが出来るようになり、その粉により様々な造形を作り上げることが出来るようになる。さらにバーユは自身の芸術センスと美への執着から、他者及び自身を変装というより変身と呼べるほどに他人そっくりの姿にすることが出来る。 ここまでだと一見戦闘に向いていない能力に見えるが、煙幕を生み出してのかく乱や粉を寄り合わせて鉄の硬度を持つ剣や盾を即座に造形することが出来る。 弱点として水をかけられると文字通り化けの皮が剝がれ、変装が解けてしまう。(なので基本犯罪を犯すときは雨が降らない時を狙っていたが、本編時はナミがいる時点でお察しである。) またバーユ自身は戦闘経験や戦闘センスは皆無に等しいので、もっぱら自身の能力で剣や盾を作っての遠距離攻撃や仲間のサポートが基本となる。 〈技一覧〉 魔化粧・虚飾(メイクショー・ドッペルゲンガー):他人そっくりに変装。 魔化粧・白粉(メイクショー・スモーク):目くらましの煙幕 戦装束・厚化粧(アームズメイク・ウォーペイント):粉を集めて剣や盾、鎧を作り上げる。 【関連人物】 ○チョウ・キョーシ
https://w.atwiki.jp/vipdetrpg/pages/420.html
2013/10/14の絆の物語 使用システム BBT(ビーストバインドトリニティ) 参加メンバー ユーリィ(アタッカー/イレギュラー【魔剣】/スピリット【召喚獣】) 朝凪 ユウ(サポーター/デーモン【魔王の後継者】/セレスチャル【神格】) 寺倉 誠司(ディフェンダー/レジェンド【都市伝説】/レジェンド【都市伝説】) 今泉 竜(アタッカー/ネイバー【人狼】/ネイバー【人狼】) ジョセフ・ジョースター(ディフェンダー/イレギュラー【守護者使い】/イレギュラー【守護者使い】) 【トレーラー】 自分は人間ではない。 腕や脚も持たねば、思考も記憶も持たない。 ただ物言わずこの世を見つめ、何も感じることなく時を過ごし。 そして、定められた瞬間が来れば死んでいく――― 当たり前なのだ、人ならざるものにとって。 だが、それを拒むもの達がいた。 魔獣としての血が一滴でも流れているのであれば、覆す力を持てる。 彼らは抗い出した。痛みと哀しみ、そして喜びを感じることのできる存在となるために。 ビーストバインド・トリニティ 「月下に咲く一輪」 心焦がすは魔の渇望 エゴ 、心つなぐは人の絆。 【ハンドアウト】 PC1 カヴァー 自由 絆 紅月 凜華(アカツキ リンカ) 推奨関係 庇護 ある日の池袋、凜華という少女に出会うこととなる。 彼女は一切の記憶を持っていないらしく、自分の名も生まれ落ちた場所さえも分からない。 ただ1つの手がかりは、大事そうに手に持っている一輪のカーネーション。 何も分からぬ彼女の恐怖を和らげることが出来るのは、今のところ真紅のその花と君だけのようだ。 PC2 カヴァー 自由 絆 “インカネイト・フロックス” 推奨関係 執着 PC3 カヴァー 自由 絆 “インカネイト・エンプレス” 推奨関係 執着 PC4 カヴァー 自由 絆 “インカネイト・ブラックアイド” 推奨関係 執着 PC5 カヴァー 自由 絆 “インカネイト・シスル” 推奨関係 執着 君達は4人でチームを組んでいる、人々を魔物から守るために戦う半魔だ。 現在池袋では誘拐事件が多発しており、警察署の捜査も難航中。 ドミネーターや魔物の仕業ではと踏んだ君達は独自に調査を開始。 結果人が攫われる瞬間を抑えることに成功した一同の見たものは、君達と同じ…4人組の魔物であった。 ログファイル 10/14HTMLログ
https://w.atwiki.jp/rdstn/pages/86.html
アリアンの魔法戦士たちは、ほとんどが槍と弓を武器として使用するが、昔から刀に執着する者達もいた。 このような兵士たちを‘イレギュラーアリアン’と呼ぶ。 非常に強い魔法戦士たちとして知られている。 イレギュラーアリアン アリアンの魔法戦士たちは、ほとんどが槍と弓を武器として使用するが、昔から刀に執着する者達もいた。このような兵士たちを‘イレギュラーアリアン’と呼ぶ。非常に強い魔法戦士たちとして知られている
https://w.atwiki.jp/mahabharatapotal/pages/1812.html
第12-329章.第12-330章.第12-331章. 第12-330章. ビーシュマは言った、『ヴィヤーサがその場を去った後、ナラダは天空を駆け巡り、経典を研究するためにスカにやって来た。天空のリシは、ヴェーダのある部分の意味をスカに尋ねに来た。天空のリシ・ナーラダが自分の隠れ家に到着したのを見て、スカはヴェーダに定められた儀式に従ってアルギャを捧げて彼を礼拝した。彼に与えられた栄誉に満足したナラダは、スカに向かって言った。「正義の第一人者よ、教えてください: ナーラダは言った、「その昔、高名なサナトクマラが、真理を探究するために彼のもとを訪れた、ある清められた魂のリシたちに対して、この言葉を言った。知識の目のようなものはない。放棄のような苦行はない。罪深い行いを慎むこと、正しい行いを着実に実践すること、善い行いをすること、すべての宗教的義務をきちんと守ること、これらが最高の善を構成する。悲しみに満ちた人間の地位を手に入れた者は、それに執着するようになり、茫然自失となる。この世のものへの)執着は悲しみの表れである。世俗的なものに執着している人の理解は、ますます茫然自失の網に絡まるようになる。茫然自失の網に絡まった人間は、ここでも来世でも悲しみに至る。自分のためになることを成し遂げようとするならば、人はあらゆる手段を使って欲望と怒りの両方を抑えるべきである。この二つ(欲望と怒り)は、自分の善を破壊するためだけに生じる。 懺悔は怒りから、繁栄は慢心から常に守らなければならない。人は常に、名誉や不名誉から自分の知識を守り、誤りから自分の魂を守るべきである。 慈悲は最高の美徳である。赦しは最高の力である。自己の知識は最高の知識である。真理より高いものはない。真実を語ることは常に正しい。真実であることを語るよりも、有益であることを語るほうがまたよい。私は、すべての被造物において最大の利益をもたらすのは真理であると考える。 真に学び、真に智慧を持つ者とは、あらゆる行為を放棄し、決して希望に溺れない者である。 希望にふけることもなく、世俗的な環境から完全に切り離され、世俗に属するすべてのものを放棄している。それに執着することなく、完全に自分の支配下にある感覚の助けを借りて感覚のあらゆる対象を楽しみ、静謐な魂を持ち、喜びや悲しみに心を動かされることなく、ヨーガの瞑想に従事し、自分の感覚を司る神々と交わり、それらからも解離されて生き、肉体を備えてはいるが、自分自身をそれと同一視することはなく、解放され、非常にすぐに最高の善に到達する。他人を見ることもなく、他人に触れることもなく、他人と話すこともない者は、行者よ、すぐに、自分の最高の善のためのものに到達する。人はいかなる生き物をも傷つけてはならない。その一方で、すべてのものに対して完璧な親しみをもって振る舞うべきである。人間としての地位を得た以上、いかなる存在に対しても敵対的に振る舞ってはならない。あらゆる(世俗的な)ものを完全に無視すること、完全な満足、あらゆる種類の希望を捨てること、忍耐、これらは、感覚を征服し、自己の知識を獲得した者の最高の善を構成する。子よ、あらゆる執着を捨て去り、汝の五感を従わせなさい。キューピッドから解放された者は、いかなる悲しみも味わうことはない。それゆえ、人は魂からすべての慈愛を捨て去るべきである。愛すべき祝福された者よ、慈愛を捨て去ることによって、汝は悲しみと苦しみから解放されるであろう。征服できないものを征服したいと願う者は、懺悔、自制、寡黙、魂の服従に専念して生きるべきである。そのような人は、執着に執着することなく、執着の中で生きるべきである。 執着に執着することなく、執着の中で生き、常に隠遁生活を送るブラーフマナは、すぐに最高の幸福に到達する。性的結合の生活を送ることに喜びを感じているように見える生き物のただ中で、自分だけ幸福に暮らすその人は、知識によって渇きを癒されている人であることが知られているはずだ。知識によって渇きが癒された人間は、決して悲しみにふけることがないことはよく知られている。人は善い行いによって神々の地位に到達し、善と悪の行いによって人間の地位に到達する。一方、純粋に邪悪な行いによって、人はなすすべもなく下等な動物の間に転落する。常に悲しみと衰えと死に襲われながら、生きとし生けるものはこの世(時の釜の中)で調理されている。汝はそれを知らないのか?汝はしばしば、有益であるとされるものが本当は有害であり、確実であるとされるものが本当は不確実であり、望ましく善良であるとされるものが望ましくなく善良でないと見なす。嗚呼、なぜ汝はこれらを正しく理解することに目覚めないのか。蚕が自分の繭の中に閉じこもるように、汝は茫然自失と誤謬から生まれた汝自身の無数の行為でできた繭の中に閉じこもり続けているのだ。嗚呼、なぜ汝は自分の状況を正しく理解することに目覚めないのか。 己の状況を正しく理解できないのか。この世のものに執着する必要はない。この世のものへの執着は悪を生む。繭を編む蚕は、最後には自らの行為によって滅ぼされる。野生の象が湖の泥沼に沈むように、息子や配偶者や親族に執着する者は、死によって追い抜かれるまで次第に弱っていく。見よ、愛情という網に引きずられることに苦しむすべての生き物は、陸上の魚が大きな網に引きずられるように、大きな悲しみにさらされる!親族、息子、配偶者、肉体そのもの、そして大切に保管してきた財産は、実体のないものであり、来世では何の役にも立たない。善い行いも悪い行いも、あの世について行くだけである。汝があの世へ、これらすべてのものを残して、なすすべもなく行かなければならないことが確実であるとき、なぜ汝は、汝の真の永続的な富を構成するものに目を向けず、そのような実体のない価値のないものに執着することに苦しむのか。汝が通らねばならない道には、どんな休息所もない。その道には,己を支える支えはない。この道が通る国は未知であり、発見されていない。また厚い闇に包まれている。嘆かわしいことに、汝は必要な費用を備えずに、どうやってその道を進もうか。汝がその道を行くとき、誰も汝の後ろをついてこない。汝が現世から来世へと旅立つとき、汝の行為の善悪だけが、汝の後ろをついて回るだろう。人は、学問、行為、純粋さ(外的にも内的にも)、偉大な知識によって、自分の目的を求める。その最たるものに到達した時、人は(転生から)解放される。人間の住まいの中で生きたいと感じる欲望は、縛り紐のようなものである。善い行いをする者は、その紐を引き裂いて自由になることに成功する。邪悪な行いをした者だけが、それを断ち切ることに成功しない。人生(あるいは世界)の川は恐ろしい。個人の美や形がその川岸を構成している。心はその流れの速さである。触覚はその島を形成する。味覚はその流れを構成する。香りはその泥沼である。音はその水である。天国へと続くその特別な部分には、大きな困難が伴う。身体はその川を渡るための舟である。赦しは、それを推進するためのオールである。真実は、その舟を安定させるためのバラストである。義の実践は、その舟を困難な水に引きずり込むためにマストにつける糸である。贈与の慈愛は、その舟の帆を促す風である。その舟で人生の川を渡らなければならない。美徳も悪徳も、真実も偽りも捨てなさい。真理と虚偽を捨て去ったならば、汝はこれらを捨てるべきものを捨てよ。すべての目的を断ち切ることによって、徳を断ち切りなさい。すべての欲望を断ち切ることによって、罪も断ち切りなさい。理解力の助けを借りて、真理と虚偽を捨て去りなさい。そして最後に、最高の話題(すなわち至高の魂)を知ることによって、理解力そのものを捨て去りなさい。汝は、骨を柱とし、筋を縛る紐と紐とし、肉と血を外壁とし、皮膚を外箱とし、尿と糞便に満ち、それゆえ悪臭を放ち、衰えと悲しみの攻撃にさらされ、病の座を形成し、痛みによって弱り、ラジャの属性を優位に持ち、永続的でも耐久的でもなく、内在する生き物の(一時的な)住処となる、この身体を捨てよ。この物質の宇宙全体と、マハトまたはブッディと呼ばれるものは、(5つの)偉大な要素で構成されている。マハトと呼ばれるものは、至高者の作用によるものです。五感、タマス、サットワ、ラジャスの三つの属性、これらは(前に述べたものと合わせて)17の物語を構成する。これらの17のものは、顕現していないものという名で知られているが、顕現しているもの、すなわち、五感の5つの対象(すなわち、形、味、音、触覚、香り)と、意識と理解によって、よく知られている4と20の物語を形成している。これらの四つと二十の所有物に満たされた時、人はジヴァ(またはプマン)という名で呼ばれるようになる。宗教、富、快楽の3つの総体を知る者は、幸福と悲しみ、生と死を、真に、そのすべての細部において知る者であり、成長と衰えを知る者と言われる。知識の対象が何であれ、徐々に、次々と知るべきである。感覚によって理解される対象はすべて、マニフェストと呼ばれる。感覚を超越し、その兆候のみによって理解される対象はすべて、「顕現しないもの」と言われる。感覚を抑制することで、喉が渇いて干からびた旅人がおいしい雨を浴びるように、人は大きな満足を得る。感覚を抑制することによって、人は自分の魂があらゆるものを包み込むように広がっているのを見る。知識の中にその根を持ち、自分の魂の中に至高者を見いだす人、つまり、常に(自分の魂の中に)あらゆる状態のあらゆる被造物を見いだす人の力は、決して失われることはない。 知識の助けによって、誤りと茫然自失から生まれるあらゆる種類の苦痛を超越する者は、すべての被造物と接触することによって、決して悪を捕らえることはない。 そのような人は、その理解力が十分に発揮され、世間に蔓延する行いの道筋に非を見出すことはない。解脱に通じている者は、至高の魂は始まりも終わりもなく、すべての被造物として誕生し、ジヴァ魂の中に(証人として)存在し、不活発であり、形もないと言う。ただ、自分の悪行の結果、悲しみに会う者だけが、災いを避けるために、多くの生き物を殺す。 多くの生き物を殺す。 そのような犠牲の結果、実行者は生まれ変わることになり、あらゆる面で無数の行為をしなければならない。このような人は、誤りに目がくらみ、本当は悲しみの源であるものを幸福だと思い込んでいるため、不適切な食べ物を食べる病人のように、絶えず不幸になる。そのような人は、攪拌される物質のように、自分の行為によって押し潰され、粉砕される。自分の行為に縛られ、生まれ変わり、その人生の順序は自分の行為の性質によって決まる。さまざまな拷問を受け、絶え間なく回転する車輪のように、生まれ変わりを繰り返す。しかし、汝はすべての束縛を断ち切った。汝、一切の行いを断つ!全知全能の持ち主であり、万物の支配者である汝は、成功を汝のものとし、あらゆる存在物から解放されよう。感覚を従わせ、懺悔の力によって、(昔の)多くの人が行為の束縛を破壊し、高い成功と絶え間ない幸福に到達した。 第12-329章.第12-330章.第12-331章.
https://w.atwiki.jp/menefee/
テレビの執着 上の子はテレビへの執着が本当にすごいんです。 何をしていても見たいテレビの時間になればどんなに遊んでいても中止してテレビを見ます。 そして・・・途中で寝る。 私がテレビを変えて見てるとだいたい起きるのですが、起きた瞬間に大泣きでアレーと言います。 チャンネルを変えるまで絶対に泣き止まないので困りものです。 きっともう少し大きくなったら落ち着くのかもしれませんが・・・おかげで我が家のテレビはいつもNHKがかかっています。 http //www.snoperi.com/
https://w.atwiki.jp/kakis/pages/2588.html
nav /// / 固執する 2 \ sid nav、navade「負けるな」。navはnavadeの略とも頭字語化ともいわれる。アルカは幻字を使っていたので、頭字語は口語上で英語などに慣れているものが勝手に作っただけで、その数は少なく、navadeの略と考えるほうが自然か \ 固執 \ [ yuo ] \ onに固執する、執着する、こだわる、頓着する \ [ ayuan ] \ 固執する、しつこい \ [ iyuan ] \ 固執された、執着された \
https://w.atwiki.jp/sexi/pages/226.html
【HAGEしげ】 令和になっても平和的な考えは一切出来ずいつも誰かの粗探しと崩壊寸前sexiごときで犯罪行為を伴う執着嫌がらせが止められないゴミクズ【HAGEしげ】 口を開けば愚痴や僻みばっかりの時代遅れの崩壊寸前SEXIに執着する【HAGEしげ】って 自分の事も愛せてなさそうだし負の連鎖(不幸の連鎖)だからもはや可哀想、、、 誰かを陥れるマイナス発言する位ならそれ以上に楽しい事見つけて笑顔でいた方がよっぽど幸せじゃんね! それに死ぬまで気が付かねー救いようがねーゴミクズ【HAGEしげ】
https://w.atwiki.jp/vipmomokan/pages/34.html
テンプレっぽいもの ―コテ一覧― 桃缶 ◆MOMOLu6F7A 七三 ◆nWdXlsvnbw ビリー ◆BillytGI96 カフェ ◆CaffeFBrEc 焼飯 ◆MAZOc9GU4Y コシヒカリ ◆.H5/Nl4Ftc バカ兄貴 ◆TRAINYulns 二刀流 ◆j2n22nhpSk リュウセイ ◆SRX01bvNI. カムチャツカ ◆9G12fmecqU 手前味噌 ◆MisoR72Vi. 白髪 ◆6g.YppOqgo アンデルセン ◆UWCVCASJhA ツイン ◆DmPIEQCKe2 ペリドット ◆pLiQZ/mGEg サマー ◆YVVFgcKOeQ 平手 ◆x7wDeV8ZBg マリオ ◆marioPr8KQ マリー ◆MaryEydk2M 唐揚げ ◆FrieduRNnA モカ彼 ◆MokaFitu/6 ―殿堂入り― ぼるつー ココア ◆/dz29R260U ―英霊― カミカゼ ハイム ニコル 野球 まとめ人 ◆2BHufdJ5kw 管理@姉御 ◆aneV9bATw2 管理人代行 ◆mwasHiOfBI 前スレ:http // まとめ:http //www34.atwiki.jp/vipmomokan/ <決まりってわけじゃないが皆見ようぜ> 途中参戦随時受付中、来たれ新勇者 相談者は相談した時のレス番号を入れてくれるorトリップをつけてくれると助かります 相談中、報告中は極力発言控えめに(緊急時例外) 報告は事前にまとめておいてもらうと読みやすくて尚よろし スレ立ては宣言した人に任せる スレタイ案は 950ぐらいから皆で出そう 宣言した人がスレタイ候補の中から決めておk <あらすじ> おちこんだりもしたけれど 私はげんきです アクエリオンは桃缶スレのテーマ曲らしいです \\ 一 万 年 と 二 千 年 前 か ら 愛 し て る // \\ 八 千 年 過 ぎ た 頃 か ら も っ と 恋 し く な っ た // \\ 一 億 と 二 千 年 後 も 愛 し て る // \\ 君 を 知 っ た そ の 日 か ら 僕 の 地 獄 に 音 楽 は 絶 え な い // _ _∩ _ _∩ _ _∩ _ _∩ _ _∩ _ _∩. ( ゚∀゚)彡 ( ゚∀゚)彡 ( ゚∀゚)彡 ( ゚∀゚)彡 ( ゚∀゚)彡 ( ゚∀゚)彡 ( ⊂彡. ( ⊂彡. ( ⊂彡. ( ⊂彡. ( ⊂彡. ( ⊂彡 _ _∩ _ _∩ _ _∩ _ _∩ _ _∩ _ _∩ _ _∩. ( ゚∀゚)彡 ( ゚∀゚)彡 ( ゚∀゚)彡 ( ゚∀゚)彡 ( ゚∀゚)彡 ( ゚∀゚)彡 ( ゚∀゚)彡 ( ⊂彡. ( ⊂彡. ( ⊂彡. ( ⊂彡. ( ⊂彡. ( ⊂彡. ( ⊂彡. | | | | | | | | | | | | | | し ⌒J し ⌒J し ⌒J し ⌒J. し ⌒J し ⌒J し ⌒J 用語解説 「駄目です」 バルス並みの破壊力 使用例 先輩「ラテ君が好きだから宣戦布告させてもらいます」 俺&ラテ「駄目です」 先輩「Σ」 大丈夫 これから起こる修羅場を想像もせずに投げかけられる言葉 ある意味ひとつの修羅場フラグサイン でもホントに大丈夫な事もあるから気にせずドンドン使ってみようね もげろ うらやましいことを報告した相手に使います 使用例 「平手もげろ」 玲奈(レイナ)コンプレックス【通称:レナコン】 「コンプレックス」にはよく使われる「劣等感」という意味の他に 「こだわり、執着」といった意味があります。 つまり「レイナコンプレックス」とは、 「怜奈に対して強い執着心を持つ人」ということで、 怜奈に対して幼馴染としての感情を超えた恋愛感情や独占欲を持った人のことです。 雛(ヒナ)コンプレックス【通称:ヒナコン】 「コンプレックス」にはよく使われる「劣等感」という意味の他に 「こだわり、執着」といった意味があります。 つまり「ヒナコンプレックス」とは、 「雛に対して強い執着心を持つ人」ということで、 雛に対して幼馴染としての感情を超えた恋愛感情や独占欲を持った人のことです。 義姉(美夜)コンプレックス【通称:ミヤコン】 「コンプレックス」にはよく使われる「劣等感」という意味の他に 「こだわり、執着」といった意味があります。 つまり「ミヤコンプレックス」とは、 「義姉(美夜)に対して強い執着心を持つ人」ということで、 美夜に対して義姉としての感情を超えた恋愛感情や独占欲を持った人のことです。
https://w.atwiki.jp/artifact_magicaloss/pages/1036.html
中身一覧 公式紹介ページ>墓守の宝箱 提供割合 キトルルスダガー:8% 執着の指輪:10% 邪鬼の籠手:10% フレイムフェイスマスク:11% 一眼レフカメラ:11% サンシャインペンダント:12% スペクターの墓石:12% ルミナスグレートソード:26% 入手場所 パペットガーディアン カタルシスイベント 黄泉の国 ドロップモンスター コボルトデュラハン(ドリフト) 開錠価格:1,000s キトルルスダガー 武器種 ダガー 特殊 ダガー型 攻撃力 5 魔力 - 属性 自然30% 攻撃速度 17 備考 - 攻撃範囲 20 状態異常 毒30% 称号 西瓜の〜 クリティカル 自然10% 売買 可 執着(しゅうちゃく)の指輪(ゆびわ) 種類 マジックアイテム 魔力 ダイアモンド1ゾイサイト1ルビー1 耐性 石化25%炎上25%めまい25% 称号 ? 備考 - 売買 不可 執着(しゅうちゃく)の双指輪(そうゆびわ) 耐性 石化50%炎上50%めまい50% 魔力 ダイアモンド2ゾイサイト2ルビー2 備考 - 称号 執着の~ 合成材料 執着の指輪×2 執着(しゅうちゃく)''の三連指輪(さんれんゆびわ) 耐性 石化75%炎上75%めまい75% 魔力 ダイアモンド4ゾイサイト4ルビー4 備考 - 称号 ? 合成材料 執着の双指輪×2 邪鬼(じゃき)の籠手(こて) 種類 マジックアイテム 魔力 ゾイサイト1エメラルド1 攻撃力 10 備考 - ガード可能属性 闇攻撃自然攻撃 称号 邪鬼の~ 状態異常 毒5%石化5% 売買 不可 邪鬼(じゃき)の二連籠手(にれんごて) 攻撃力 20 魔力 ゾイサイト2エメラルド2 状態異常 毒10%石化10% 称号 ? 備考 - 合成材料 邪鬼の籠手×2 邪鬼(じゃき)の三連籠手(さんれんごて) 攻撃力 40 魔力 ゾイサイト4エメラルド4 状態異常 毒20%石化20% 称号 ? 備考 - 合成材料 邪鬼の二連籠手×2 ハイ以降変化のない部分は記載なし フレイムフェイスマスク 種類 アクセサリー 称号 フレイムな~ 耐性 光・闇・水・雷・自然 -4%火20% 売買 不可 備考 - 反映部位 顔 エフェクト ? 一眼(いちがん)レフカメラ 種類 マジックアイテム 魔力 ダイアモンド1ゾイサイト1 状態異常 ? 称号 〜写真家 ダメージ状態異常時間 ?(?秒) 売買 不可 備考 - エフェクト 魔力をこめると霊が映る写真が撮られ敵を攻撃する 二眼(にがん)レフカメラ 魔力 ダイアモンド2ゾイサイト2 称号 ? ダメージ状態異常時間 ?(?秒) 備考 - 合成材料 一眼レフカメラ×2 三眼(さんがん)レフカメラ 魔力 ダイアモンド4ゾイサイト4 称号 ? ダメージ状態異常時間 ?(?秒) 備考 - 合成材料 二眼レフカメラ×2 サンシャインペンダント 種類 アクセサリー 称号 じりじり~ 備考 - 売買 不可 反映部位 首周り、頭上 エフェクト ? ハイサンシャインペンダント 備考 - 称号 ? エフェクト ? 合成材料 サンシャインペンダント×2 ゾアサンシャインペンダント 備考 - 称号 ? エフェクト ? 合成材料 ハイサンシャインペンダント×2 スペクターの墓石(ぼせき) 種類 盾(魔法盾) 魔力 ゾイサイト1エメラルド1 攻撃力 5 ガード可能属性 闇攻撃 称号 怪奇な〜 状態異常 ? 売買 不可 ダメージ状態異常時間 ?(?秒) 備考 - エフェクト 魔力をこめると物の怪の手が敵に襲い掛かる ハイスペクターの墓石(ぼせき) 攻撃力 10 魔力 ゾイサイト2エメラルド2 ダメージ状態異常時間 ?(?秒) 称号 ? 備考 - 合成材料 スペクターの墓石×2 ゾアスペクターの墓石(ぼせき) 攻撃力 20 魔力 ゾイサイト4エメラルド4 ダメージ状態異常時間 ?(?秒) 称号 ? 備考 - 合成材料 ハイスペクターの墓石×2 ハイ以降変化のない部分は記載なし ルミナスグレートソード 武器種 グレートソード 特殊 グレートソード型 攻撃力 5 魔力 - 属性 光50% 攻撃速度 6 備考 光源アイテム 攻撃範囲 80 状態異常 めまい10% 称号 輝く~ クリティカル - 売買 可 ハイルミナスグレートソード 攻撃力 6 称号 輝く~ 攻撃範囲 84 状態異常 めまい20% 備考 光源アイテム 合成材料 ルミナスグレートソード×5 ゾアルミナスグレートソード 攻撃力 8 称号 輝く~狂戦士 攻撃範囲 88 状態異常 めまい30% 備考 光源アイテム 合成材料 ハイルミナスグレートソード×5 ギガルミナスグレートソード 攻撃力 10 称号 輝く~狂戦士 攻撃範囲 92 状態異常 めまい40% 備考 光源アイテム 合成材料 ゾアルミナスグレートソード×5 セントルミナスグレートソード 攻撃力 12 称号 輝く~重戦車 攻撃範囲 96 状態異常 めまい55% 備考 光源アイテム 合成材料 ギガルミナスグレートソード×5 アートルミナスグレートソード 攻撃力 14 称号 輝く~軍神 攻撃範囲 100 状態異常 めまい75% 備考 光源アイテム 合成材料 セントルミナスグレートソード×5 攻撃速度、攻撃範囲は強化しても変わらない。全て売買可 ハイ以降変化のない部分は記載なし 家具 墓守(はかもり)の宝箱(大)・(小) 材料 盗賊の鍵×1、墓守の宝箱×1 サイズ(大) W?×D?×H? サイズ(小) W?×D?×H? ルミナスグレートソード 材料 ルミナスグレートソード×1ゴールドリキュール×1 サイズ W?×D?×H? 参照家具カタログ 151