約 851 件
https://w.atwiki.jp/legends/pages/2133.html
小ネタその10 殺滅雪まつり どうもこんにちは 僕は今、とても狭くて暗くて寒いところにいます 具体的に言うと埋まってます、雪の中に 人の噂が都市伝説となり、それが具現化してしまうという話を聞いた事がありますが こんな話を作ったのは何処の誰なんでしょうか 『雪まつりは雪像に人柱を埋めた地鎮祭』 んなわけないでしょう、元々は学生がこぢんまりとやってたイベントですよ ていうか今年の雪まつり期間中はとんでもなく冷え込んで粉雪の猛吹雪じゃないですか 地鎮祭ならいい天気になるもんじゃないんですか、埋められ損ですか え? 雪像が溶けて崩れないようにそれを祈願して埋められてる? お隣さん詳しいですね ああ、去年まで実行委員だったんですか それを告発しようとして埋められたと そういえばこうして生きてて意思の疎通もできるって事は、雪まつり期間が終わったら出れるんですかね、僕達 無理ですか、雪像が壊されると雪と一緒に消えてしまうと そりゃ人だの死体だのが埋まってたって話は聞きませんよね ともあれ、埋められてから何日経ったのかもわかりませんが、さっさと終わって楽になりたいもんです おわり 前ページ / 表紙へ戻る / 次ページ
https://w.atwiki.jp/legends/pages/4124.html
小ネタその19 暇だしダメ出し仕方なし 中央高校二年生、黒楽守(こくら・まもる) なにやら色々あって学校でぶっ倒れてしまい、ふと目が覚めるとそこは知らない部屋だった しかも、汚い 右を見ればコンビニ弁当のパックや即席麺のカップが詰まったゴミ袋の山 左を見ればペットボトルが詰まったゴミの袋の山 前の見れば洗濯物が堆く積み上げられており、一言で表せばそこはゴミ屋敷としか言いようが無かった 辛うじて見える窓の外は薄暗く、部屋の中の様子は至極判り難い 「……何処だ、ここ」 寝かされていたところは布団の上らしい 敷きっ放しの煎餅布団ではあるが、床の上よりは柔らかな感触がある 「あ、起きた?」 ゴミ袋の山の向こうから聞こえた声は、その日で一番インパクトのある存在 数学教師、後樹撫莉のものだった 「先生、ここは?」 「んー? あたしんち」 もさもさとゴミ袋を乗り越えて、布団の上へと転がり込んでくる撫莉 小さな布団の上だけという狭い空間なせいで、必然的に寄り添うような体勢になる 「閉門の時間になっても起きないから、家まで送ってけって先輩に言われたんだけど。住所わかんないから、起きるまでとりあえずって事で」 「よく運べましたね。誰か手伝ってくれたんですか?」 「ん、火間虫さん」 ゴミ袋の隙間から、どう見ても隠れようのない体躯をした髭面禿頭の、入道という名がぴったりな『火間虫入道』が現れる その非現実的な挙動から、否が応にも思い出される学校での体験 「その火間虫さんとか、首の取れた女の子とか、踊ってる人体模型とか、歩いてる骨格標本とか、色々あったけど一体何なんですか?」 「話せば長くなるんだけど……めんどくさいなぁ、これは」 うむーと唸り布団にぼすりと倒れ込む撫莉 「ぶっちゃけると、あたしもよくわかんない。先輩の方が詳しいだろうから、興味があるなら今度聞きに行ってみたら?」 「それじゃあもう一つ、別に質問良いですか?」 「なにー?」 「このゴミの山はどういった有様ですか」 「朝ギリギリまで寝てるから、ゴミ出し間に合わなくて。夜のうちに出すと近所迷惑だし、そもそも夜は寝てるし」 「原因が判ってるなら少し早起きしたらどうですか?」 「無理ー」 即答である 「まーそのうちなんとかなるわよー」 「なりませんよ……あとこっちの服の山。洗濯物ですよね? 洗濯機とか無いんですか」 「あるけど干すのと取り込むのがねー」 「そのうち、部屋が埋まりますよ」 「んー、そうなる前になんとかしなきゃねー」 もそもそと布団に潜り込もうとしている撫莉の身体が、布団の上に座り込んでいた守の腕にふにょりと押し付けられる 「ともあれ、学校であったような事でなんかあったら、せんせーか先輩のとこにいらっしゃい。今日は帰れる? 身体の調子悪かったら泊まってく?」 「泊まっていったら逆に調子が悪くなりそうです。俺、散らかってるの苦手なんですよ」 やや赤くなった顔を逸らして夜闇に隠し、逃げるように立ち上がり がさがさと積み上げられたものをかき分けて、ぱちりと蛍光灯のスイッチを入れる 無機質な蒼白い光に照らされて部屋の惨状がはっきりと見て取れると、守は眩暈がしてきた 「……そういえば先生、ここって住所は」 帰り道の事を思い立ち、ふと後ろを振り返ると そこには既に布団を抱いて眠りこけている撫莉の姿があった 「帰り道判らないし、寝てるところを出て行ったら鍵開けっぱなしになるし……マジで泊まりかこれ」 無防備かつ幸せそうな顔で眠る撫莉を見ながら、守は制服の上着を脱いでゴミの分別に取り掛かる 「せめて一つの布団で寝なくて済むよう、スペースぐらいは確保するか」 布団の周りを囲んでいるゴミ袋を、ゴミ出しがしやすいように種類別に分けながら邪魔にならないよう端へと退けていく よく見ればパック類もペットボトルもきっちりと洗ってはあり、生ゴミの類が残っている袋は一つも無い 「生ゴミだけは処理をちゃんとしてるのか……まあ残ってたら臭いとか虫とか凄い事になってるだろうけど」 ゴミの仕分けをしながら部屋の間取りを確認し、洗濯機があるであろう浴室の前へと向かう そこには使っている気配がまるで無い、擦りガラスの扉が開けっ放しになった浴室と、カゴから溢れて浴室の中までなだれ込んだ洗濯物の山 そして、薄っすらと埃を被った、封を切っていない洗濯洗剤や柔軟材、そして洗濯機と乾燥機 「溜めなきゃ問題ないだろ、乾燥機あるなら」 正直、女性の洗濯物に手を出すのはどうかと思った守だが、喉元過ぎればなんとやら 「……やっちゃおう」 そう決心した心は、数分後に下着の山を前にして速攻で折れそうになるのであった ――― 「んー、おなかすいたー」 もそもそと布団の中から這い出した撫莉は、いつもと違う部屋の様子に首を傾げる ゴミはきちんと選別されて部屋の端に追いやられており、洗濯物の山は浴室前へと移動されている 耳慣れない機械音は、洗濯機と乾燥機の稼動音 「誰がやってるの?」 「先生が連れ込んだのは俺だけでしょう」 ひょいと浴室の方を覗き込むと、畳み上げられた洗濯物の向こうで風呂掃除をしている守の姿があった 「何でお掃除してるの?」 「散らかっているのが苦手なんです。勝手にやるのはどうかと思ったんですが、住所とか聞いてないので帰るに帰れなくて時間潰しに」 「どうせまた散らかるのにー」 「一度片付けちゃえば、後は大丈夫ですよ。自炊すればゴミも減りますし」 「あたし、料理できないよ?」 「覚えましょうよ」 「めんどいにゃー」 「ゴミ溜め過ぎると部屋追い出されますよ?」 「ぐぬー」 「そんなにレパートリーは無いですけど、簡単なのなら俺が教えれますから。あとゴミの回収日は早起きして下さい、無理そうならモーニングコールなり直接ゴミ出しなり俺がやります」 「むう……きみはおかーさんみたいだなぁ」 「よく言われます」 洗剤をシャワーで流し、使った様子の無いバスマットの上にぺたりと降りる 「あとジャージやスウェットの類は洗ってますけど下着は自分でやって下さいね」 「えー、そこまでやったならやってくれてもー。かさ的には下着の方が少ないでしょ?」 「先生は年頃の女性という自覚を持って下さい」 「む? なんで?」 「生まれ持った性別に何でも何もないでしょう。勉強教えるだけが先生ってわけじゃないんですから、大人としてしっかりして下さい」 しばらく腕を組んで唸っていた撫莉だが、何か良い事でも思いついたかのように顔を上げてぽんと手を叩く 「きみ、うちにお嫁に来ない?」 「生物学上、社会形成上の性別の概念をまるで無視ですね……世話を焼いてくれるからってだけで好意を持ってたら、そのうち悪い男に騙されますよ?」 「でもさ、きみは悪い子じゃないでしょ?」 「どうしてそう思うんですか」 「なんとなく」 「よく無事で今まで過ごせてましたね」 「よく言われるー」 にへ、とはにかむように微笑み 「大丈夫、人を見る目はあるつもりだよ?」 その微笑に、守の頬が朱に染まる 「……とにかく、今後はちゃんとして下さいね。慣れるまでは手伝いに来ますから」 「ん、やれる範囲で頑張ってみよう」 「そのやれる範囲というのがどれぐらいかが不安ですが、頑張って下さい。さしあたって下着の洗濯からよろしくお願いします」 「ぐぬー」 そんなこんなで洗濯を済ませ 炊飯器が無いので当面は麺料理をという理由から、近所のスーパーで仕入れたパスタで夕食を済ませつつ 「そういえば先生、ここの住所教えて下さい」 「通うのに?」 「当面は家に帰るためです。帰り道が判りませんから」 「道も何も」 撫莉は窓の方をちらりと見て 「暗くて見え難いけど……屋根二つ向こうぐらいに大きい建物見える?」 「ええ」 「あれ、うちの学校」 ぶふ、と守が口に運んだパスタを思い切り吹き出した 「近いですね」 「遠いと途中で寝ちゃうからねー」 つまりは、とりあえず外に出れば帰り道の心配はいらなかったという事で 「……まあいいか」 諦めたようにそう呟いた守の顔は、苦笑混じりながらもどこか少し楽しそうではあったのだった ――― ちなみに夕食後、食器を片付けた守が掃除を再開しようとした途端、部屋の電気がふつりと消えた 撫莉の話によると、22時になると『火間虫入道』が消灯してしまうというのだ 「色々困りませんか、仕事や勉強残ってたりした時とか」 「別にー? 火間虫さんが電気消しちゃう頃にはとっくに寝ちゃってるもん」 暗闇の中で、撫莉が首を傾げているのが辛うじて影で判る 「やんなきゃいけない事は早めに済ませて、夜更かしはしないようにっていう教訓のための妖怪だよ、火間虫さんは」 「夜はそれでいいですが、やる事済ませたからって昼間っから寝るのはどうかと思います」 「ぐぬー」 「何度も言いますが、勉強教えるだけが先生の仕事じゃないんですから。大人としてしっかりして下さいね」 「むー、きみの方が先生とか向いてるんじゃないかな」 「会って一日でそう評価されても困りますが。進路の方向性の一つとして参考にはさせていただきます」 「素直でよろしい。それじゃもうそろそろ寝とこうか」 「ちょっと待って下さい。何で先生は俺の腕を掴んでるんですか」 「布団一組しか無いんだもん。大事な生徒を床でごろ寝とかさせたくないし、あたしも寒いのは嫌」 「そういう問題じゃありません。道も判ったし帰れますから」 「こんな時間に学生が一人歩きとかダメです」 「こんな時だけ先生っぽい言い回ししないで下さい」 「先生だもんー」 撫莉は守を布団の上に引っ張りこむと、子供をあやすように頭を撫でる 「良い子はもう寝る時間ですよー」 「……逃げませんから、とりあえず抱き締めないで下さい」 「すぴー」 抱き枕か何かのような扱いをして早々に寝入った撫莉の手は、既に力は緩んでおり逃げるのは簡単そうだったが なんとなく一人で置いていくのも躊躇われたので、とりあえずは手を解いて身体を離し布団の端っこで横になる 明日の朝はゴミ収集はあるのだろうか とりあえずそんな事を考えて、すぐ隣で無防備に寝ている女教師の存在を誤魔化すのであったとさ 前ページ / 表紙へ戻る / 次ページ
https://w.atwiki.jp/legends/pages/2821.html
小ネタその15 不良(チンチラ) 夜道を歩いていたら誰かに呼び止められ、振り返っても誰もいない そこには猫が一匹いるだけだった 動物が喋る、そんな話は世界各地にあり神話から怪談まで幅広く存在しているのだが 「おう、この辺りは誰のシマだと思ってんだ、アァ? ネズミみてぇにチョロチョロと目障りなんだよ」 「んだぁ? 毛並の良さそうなボンボンが。子猫ちゃんは家帰ってママのオッパイでも吸ってろ」 交錯する視線が火花を散らす それぞれがこの界隈では札付きの悪で、やらかした悪事や喧嘩の数は半端ではない 「最近は骨抜きの犬っコロも姿を見せねぇ……邪魔ぁ入んねぇぞ?」 「そりゃあこっちのセリフだ……煽ってんのか? テメェから手ぇ出す度胸も無ぇか? アァン?」 血の気の多い雄が路上で出会えば、それが喧嘩にならぬはずはない 「英国生まれが紳士だけと思うな、ブッ殺してやらぁ!」 片方はエメラルドグリーンの瞳をした銀色の長い毛並をした猫 ペルシャ猫の一種で、毛色からチンチラと呼ばれる種である 「絶滅危惧種舐めんじゃねぇぞ! 窮鼠猫を噛むどころじゃねぇっての見せてやらぁ!」 片方は南アメリカ原産の齧歯類、やはりこちらもチンチラである 本来はどちらとも気性は大人しい種なのだが、これもまた都市伝説の影響なのだろうか そんな二匹の獣がぶつかり合おうとしたその瞬間、首の後ろを摘み持ち上げられる 「あ、見つけたー。夜は出歩いちゃダメって言ってるでしょー」 「お前、体そんな強くないんだからケージから出るなって何度言えば判るんだ」 「あっ、てめぇ! 男の戦いを邪魔すんじゃねぇ!」 「男の戦いも良いけど、明日予防接種あるから早く寝るようにって言ったでしょ。ごめんねー、そっちの子にも迷惑掛けちゃって」 ペルシャ猫の飼い主の女性が、苦笑を浮かべて頭を下げる 「うちのもどうも喧嘩っ早くてね。今度お詫びに行くよ。ああ、暗いし家まで送っていくよ」 「俺ぁ頭下げるつもりは無ぇぞ! 聞いてんのか!」 チンチラの飼い主の男性が、人懐っこい笑顔を浮かべながら、女性と並んで歩き始める 仲睦まじい二人の飼い主をよそに、それぞれ逃げられないように抱えられた二匹は、別れるまでの間ずっと罵りあいを続けていたのであったとさ 続かない 前ページ / 表紙へ戻る / 次ページ
https://w.atwiki.jp/legends/pages/3849.html
小ネタその17 とある魔女のお話 まるで井戸の底のような、狭く深い闇の奥の奥 その壁面は螺旋階段が据え付けられ、壁面は全て書架で覆われていた 光る何かが閉じ込められたランタンが並べられ、ぼんやりと照らされた底の底 床面積の大半を占めるのは、キャンバスが立て掛けられたイーゼルと小さな椅子 それ以外ものは、一番下から数段分の、書籍の詰められていない書架に並べられていた 紅茶のカップとポット 茶菓子の詰まった箱 様々な画材 用途不明ながらくたの数々 藁で編まれたハムスターの巣穴と、壁に直接据え付けられた回し車 そして枕と毛布と幾許かの着替え 視線より上の整然とした本の羅列とは裏腹に、混沌とした生活空間を織り成す書架 「おや、珍しい」 そう呟いたのは、キャンバスの前に座る一人の女 僅かにウェーブの掛かった短い髪は、人里離れた森の奥の深緑を思わせる 「魔女の住処を除き見る者は数いれど、私のところを見に来るとは随分物好きだ」 パレットと絵筆を置いて、女はくすりと微笑んだ 「……名前? そんな面倒なものは持ち合わせていないの。呼ぶのに困る者達は『泡沫の魔女』と呼ぶけれど」 彼女は価値あるものを生み出す事はない 彼女は永遠の連鎖を作り出す事はない 彼女は無から有を創造する事はない 彼女は誰の願いも叶える事はない 彼女は誰も殺す事はない 彼女は何も観測する事はない 彼女は何者も従える事はない 彼女は何者にも従う事はない ただ、そこにある『まだ見えていないもの』を、水底から浮かび上がる泡のように浮かび上がらせるだけ その泡に触れる事もない その泡を見る事もない ただ浮かび上がらせるだけ、それだけだ 「例えばこの一人の少女」 そう言って彼女は描きかけのキャンバスに視線を向ける そこに描かれていたのは、人懐っこい笑顔を浮かべた小柄な少女の姿 「彼女は『合わせ鏡に自分の死に顔が見える』という都市伝説と契約した少女。学校町という舞台に存在はしていたが、まだ見えていなかったその存在を浮かび上がらせた」 その手がこつんとキャンバスを突付くと 「彼女の名前は、年齢は、容姿は、性格は、口癖は」 キャンバスの中の少女が、まるで動画でも見ているかのように動き出す 「彼女がどこの学校に通っているのか、クラスは、交友関係は、学業の成績は」 絵の具で汚れた指を折り数えながら 「描かれなくとも彼女は『居る』の。そして彼女が『居る』ならばそれに伴う情報も『有る』の。私はそれを浮かび上がらせる、それだけ」 彼女の背後で巣穴から飛び出したハムスターが、主人の声が向けられた相手を探しきょろきょろと辺りを見回す 「私は何もしない。あるものを浮かび上がらせるだけ。浮かび上がったものがどう動くかまでは、私がどうこうする事じゃない」 がたりと椅子から立ち上がり、両手を上に大きく身体を伸ばし んん、とその口から自然と声が漏れる 「久々に喋ったら疲れちゃった。もう寝るから見てても何も無いわよ?」 そう言うと彼女は、書架の一角に詰められた枕と毛布を引っ張り出し、その中にもぞもぞと潜り込んだ 「寝顔を見せる趣味は無いの。それじゃ、またね」 ぱちん、と 魔女の住処そのものが 水面に浮かんだ泡のように弾けて消えた 前ページ / 表紙へ戻る / 次ページ
https://w.atwiki.jp/legends/pages/2130.html
小ネタその7 ふとましいオッサン この季節は憂鬱だ 何処へ行ってもチョコレートチョコレート しかも男が売り場に入ると変な目で見られる 業務用のお店へ出向いても、あっちもこっちも女の子 まったく精神的にきつい事この上ない それがデブのおっさんなら尚更だ 店員は既に顔馴染みで、僕の事はパティシエか何かだと思っているらしいので多少マシだが もっとも、それにしては買う物が偏り過ぎているのだが 夜道を大きな紙袋を提げて歩く僕 自宅とは全く違う方向だ なにせ仕事があるんだから仕方ない 「おじちゃん、あそぼう?」 おおよそ目的の場所に辿り着いた時、見計らっていたように幼い子供の声が掛けられる 見れば小学校に上がったばかりぐらいの女の子が、にこにこと微笑みながらこちらを見ている まったくあの黒服の情報はいつも正確だ 「悪いけど、僕ぐらいの年齢で小さい子と遊んでると、お巡りさんに捕まっちゃうんだよ」 「それは大丈夫だよ、だってね」 無邪気に微笑む少女は、プラスチックの小さな小瓶とストローを取り出し 「お巡りさんに捕まる前に、お空へ逝けるから」 言うが早いか、少女がストローをぷうと吹くと、もの凄い勢いで膨らんだシャボン玉が僕を包み込んだ 一応叩いたり蹴ったりしてみるが、まるで頑丈なゴムのように弾き返されてしまう 「割れないね」 「屋根よりずっと高いところに行かないと割れないんだよ、凄いでしょ」 えへへと自慢げに笑う少女 子供のうちに都市伝説に魅入られると、どうしても引き摺られてしまうんだろうな 僕を殺そうとしているのに、不憫に思い助けたいと思ってしまうからこそ、あの黒服は手伝って欲しいと言ってくるのだろう 普通は抹殺するだろうからね、『組織』の連中なら 「しゃーぼんだーまーとーんだー♪」 少女は楽しそうに歌い出し それと同時に、90キロはある僕の肥満体を包んだシャボン玉がゆっくりと浮かび上がり始める 「高いところまで飛ばせたところでシャボン玉が割れる。高い建物が何一つ無いところでの飛び降り自殺死体の一丁上がりか」 『シャボン玉の歌は死んだ子供の事の歌』ってやつか そのくせ人を殺す事に特化してるという事は、死者の意味合いが含まれる事で歪んでしまったのだろう これは時間を掛けていられない 僕は紙袋の中にあった業務用チョコレートを手に取り、その封を切る 「なぁに? チョコレートをくれても止めてあげないよ?」 「いや、こいつはね」 ぼりん、と 巨大な厚みのあるチョコレートに豪快に齧り付き、ごりごりと咀嚼する 僕が、だ 「知ってるかい? チョコレートを食べ過ぎると鼻血が出るんだよ」 もりもりとチョコレートを食べ続ける僕の姿を、少女は不思議そうに見詰めくすくすと笑う 「あはは、嘘だぁ」 「ああ、そんなのはね……都市伝説さ」 つうっと落ちる赤い筋 それが鼻血だと気付き、少女は手でそれを拭う 「これっ、て」 少女の動揺した声に、僕はチョコレートの包みを丸めながら説明をする 「『チョコレートを食べ過ぎると鼻血が出る』、これが僕の契約した都市伝説能力さ。だが鼻血を出すのは僕じゃない。僕が狙いを定めた相手だよ」 そう言いながら、僕は次のチョコレートの封を切る 「さて、君がこの百貫デブを空まで押し上げるのが速いか、僕がチョコレートを食べる速度が速いか、勝負だ」 言うが早いか、チョコレートに齧り付く 「あ、ああああ、ああああ」 少女はぼたぼたと出る鼻血を止める事ができず、僕を殺そうとシャボン玉を浮かせるために 「しゃーぼんだ、ばっ、げほっ、うぇっ!」 「鼻血がたくさん出てると喋るのも辛いだろう?」 ばりんと開いた大きなプラスチックの袋には、たっぷりと詰まったピーナッツ 「ついでに、『ピーナッツを食べ過ぎると鼻血が出る』って都市伝説とも契約してる。面白いものでね、似たような能力ってのは重ねるとより強力になる場合があるんだ」 鷲掴みにしたピーナッツをどんどん口に放り込み、ぼりぼりと噛み砕きごくんと飲み下す それと同時に少女の鼻血の勢いはどんどん増し 「失血もあるし、何より呼吸が阻害されて酸欠気味にもなる。声を張り上げて歌うのは無理さ」 少女の意識が途絶え、血塗れで倒れたところで僕を包んでいたシャボン玉がぱちんと弾けて消えた 「やれやれ、この程度で済んで良かったよ」 僕は少女を抱き起こすと、首の後ろをとんとんを叩く それだけで鼻血はぴたりと止まる 迷信で出た鼻血は迷信で止まる、まあ僕が止めようとしたからだけど 「貧血と酸欠で気を失ってるだけ。見た目は酷いけどね」 「流石に見た目までは気にしてはいられません。お疲れ様でした」 いつの間にそこにいたのか、僕の背後にいた黒服が少女を大きなタオルに包んで抱き上げる 「その子、どうすんの?」 「都市伝説というものをきちんと学んでもらった上で、これ以上引き摺られないように倫理教育からですかね」 「ふーん……まあ頑張って。子供が減ると僕らが年金貰う頃に大変だし」 後始末までは流石に構ってはいられない 僕は紙袋を提げて大人しく家に帰る事にした それにしても口の中が甘ったるい 帰りに牛丼でも食べて行こう おわり 前ページ / 表紙へ戻る / 次ページ
https://w.atwiki.jp/legends/pages/2498.html
小ネタその12 馬鹿は死ななきゃ治らない 「この見積もりがおかしい。というか単価間違ってる。そもそも計算すら合ってない」 禁煙パイプを咥えた『もげろ』の契約者、最上椿は、同僚の男の持ってきた書類をパンパンと叩きながら語る 低く唸るようなその喋り方は野生動物の威嚇にも似ており、周囲の同僚達は一様に目を合わせないように仕事に没頭しているふりをしていた 「ミスとか云々以前の問題だろ。このまま出したら大事だぞ、やり直し」 書類の束をつき返された男は、ぷるぷると震えながら何かを訴えかけるような目で椿を見詰めている 「どうした、何か言いたい事でもあるのか?」 「ええ、前々から一度言っておきたかった事が」 どうせ昔からよく言われている事だろう 入社一年目の癖に態度がでかいとか、言い方が怖いとか、人を殺しそうな目で睨むなとか だが同僚の男の言葉は、今まで一度も聞いた事の無いものだった 「最上さんのスーツ姿ですら持て余すほどの乳が気になって気になって仕事にも手がつかんのです! いっぺん揉ませて下さい!」 空気が凍った 雪女も裸足で逃げ出す程に そして一瞬遅れて、バックドラフトのように殺気が膨れ上がる 鬼ですら土下座して謝る程に だがただ一人、その神をも恐れぬ発言をした本人だけはそれに気付いた様子は全く無い 「一揉みで今日一日何のミスもなく仕事ができそうな気が! 服の上からでも構いませんので是非!」 「寝言は……」 腕とネクタイをがしりと掴み、身体を捻りながら思い切り腰で相手の身体を跳ね上げる 「……死んでから言えっ!!!」 「のわ――――――っ!?」 軽々と宙を舞った同僚の男は、そのまま窓ガラスに叩きつけられた ばしゃん、と派手な音を立ててガラスが割れ、悲鳴が尾を引いて小さくなっていき、数秒後にカエルが潰れたような音を立てた 僅かな沈黙の後、椿は席を立つとこの部署の責任者である課長の前に立ち、ぺこりと頭を下げる 「すいません課長、ガラス代は弁償しますので」 「いや、ガラス代が先!? 落とした彼は!?」 「……そういえば、普通の人間は5階から落ちたら死にますね。やり過ぎました」 「やり過ぎたで済むの!? この場合は呼ぶのは救急車!? 警察!?」 パニックを起こしてあたふたとしている課長(42歳・妻と二人の子あり、この部署に異動したばかり。最近の悩みは薄毛の進行) 「下に人がいたら大惨事でした。反省しています」 「だから落とした彼は!? 仕事できないからって5階から落とすのはやり過ぎでしょ!?」 「ただいま戻りました!」 どばんとオフィスの扉を開いてずかずかと闊歩してくるのは、つい先程窓から外に消えていったはずの彼だった 一瞬落ちていなかったのかと思ったが、ガラスの破片まみれであちこちから流血している様子から、やはり気のせいではなかったらしい 「申し訳ありません! 服の上からでも構わないなどというのは失礼でした! やはり女性の乳は直に揉んでこそその価値を」 がしりと両襟を掴まれて、ヒールの踵を鳩尾に抉り込まれながら綺麗な放物線を描いて割れた窓から吸い込まれるように外へ放り投げられる同僚の男 「失礼しました。仕事が出来る出来ない以前にストレートにセクハラですので、私が手を下さなくてもアレが反省するよう上へ掛け合っていただければ幸いです」 ぺこりと頭を下げて、何事も無かったかのように席に戻り仕事を再開する椿 周囲の同僚達もまた、状況が落ち着いたと察したのかそれぞれの仕事に戻り始める 「ね、ねえ、なんかこれ日常茶飯事的な事なの? それとも異動してきたばっかりの僕へのドッキリ? 歓迎されてないかな僕?」 うろたえるばかりの課長に、席が近かった一人がこっそりと耳打ちする 「彼、美人さんだった前の課長に対してもあんな調子でして。その時はもっと酷かったんで大丈夫じゃないですかね」 「大丈夫なの? 本当に大丈夫なの? 彼、二回も落ちてるよ? ここ5階だからね?」 「ただいま戻りました!」 不安げな課長をよそに、元気良く戻ってくる血塗れの男 「この際、形の良い尻やすべすべの太股で構いませんので触らせてもらえんでしょうか!」 彼が三度目の放物線を描くまでは、ものの数秒と掛からなかった ――― 「すいません、ちょっと病院に行ってきてもいいでしょうか」 ひびの入ったアスファルトの上で大の字になて寝転がり、奇跡的に無事だった携帯電話でオフィスに電話を掛ける 《そのまま野垂れ死ね》 即座に通話が切られた事、仕事に戻らなくてもいいという意味の言葉から了承と判断し、男はふらふらと立ち上がる 「いやー死ぬかと思った。野上さんてばリアクションが激しいなー、なんつーか親しくなってきた証拠? 脈あり?」 どう見ても瀕死の重傷という有様なのだが、その顔はにやけて緩んでおり、傍から見れば不気味な事この上ない 「一昔前に流行ったツンデレってやつか! という事は俺ラブ! あのないすばでぃが俺のものになる日も近いわけだな!」 そうやって独り言を垂れ流しているうちに、彼の身体の怪我はあっという間に治癒されていく 彼が知らぬ間に有している『馬鹿は死ななきゃ治らない』という都市伝説能力のお陰で、彼は馬鹿でいるうちは死ぬ事は無いのである 「身体はそんなに痛くなくなってきたけど、頭打ったからなー。一応病院ぐらいは行っておかんと……ん?」 掛かりつけの病院へと足を向けたその時、目の前に大きなマスクを付けた赤いコート姿の女性が立ちはだかった どう見ても口裂け女です、本当にありがとうございました 「ねえ……私、綺麗?」 「そらもう綺麗ですとも! 目元を見ただけで判る別嬪さんやー! でもコートなんか着てたらちょーっと判断が鈍ると思いませんか!」 「綺麗なのね? じゃあ……」 「一丁ずばーっとそのコートを脱いでみませんか! 脱がなくてもいい乳してるのは判りますが是非そのボディラインを拝ませていただきたく!」 「これでも……」 「コートの裾から覗く足首も良い感じで! そのおみ足も拝見すればより美しさを判断する事ができますとも! できれば触らせていただければもっと良し!」 「えーと……」 「ああこれは失礼致しました! 一人では脱ぎ辛いですよね! そりゃもう俺で良ければお手伝いしますとも! でも手が滑ってどっか触っちゃったりしても不可抗力ですよね!」 「こ、これでも綺麗か!」 終始ペースを奪われながらも、果敢にマスクを外す口裂け女 「わざわざマスクを外すだなんて! 口付け求められてる!? 一目惚れ!? 大丈夫、俺は口が裂けてるぐらい気にしませんから!」 「ちょ、何こいつ!? や、放せ、はーなーせー!?」 「痛っ!? ちょ、鋏!? 刺さってる抉ってる切ってる!? ツンデレじゃなくヤンデレ! なるほど、いける! というわけで俺と清くセクシャルな交際をごふぅっ!?」 押し倒されながらも果敢に反撃し、都市伝説の身体能力で思い切り振り上げた足が男の股間にめり込んだ 涙と鼻水を噴き出し、股間を押さえ悶絶する男を押し退けて、涙目で逃げ出す口裂け女 「痴漢、変態、レイパー! 悪魔を殺して平気なのー!」 本来は追うための脚力であっという間に逃げ出してしまった口裂け女 「げふ……照れ屋さんにはちょっと押しが強過ぎたみたいだな……」 残された彼の姿は馬鹿そのもので 当分死ぬような目には遭っても死ぬ事は無さそうだったとさ 前ページ / 表紙へ戻る / 次ページ
https://w.atwiki.jp/legends/pages/2128.html
小ネタその5 頑張れ負けるな力の限り生きて……いや死んでるけど はじめまして、幽霊です 名前とかはありません お経とか念仏とか聖書の音読とかそういうのは効きません というか、そういう事をされて「そんなもの効かないよ」と言って脅かすのが仕事です 仕事というのはちょっと違うのですが、他にやる事も無いし役目として与えられているようなものなので仕事でもいいかもしれません もっとも、本当に仕事だとしたら営業成績は芳しくないどころか成果の一つも無いんですが 若いお兄さんを脅かそうとしたら「破ぁっ!」って消し飛ばされそうになりました 寺生まれならせめて先に念仏の一つも唱えてくれると嬉しいです 学校の先生を脅かそうとしたらガン無視されました その後にそっくりな人がコーラを持って追いかけてきて凄く怖かったです 美人のお姉さんに踏まれて喜んでるお兄さんは怖いので姿を見せるのは止めておきました お医者さんの女の人を脅かそうとしたらベッドに連れこまれそうになりました なんで幽霊を触れるんですかあの人 黒い服の人を脅かそうとしたら「大変そうですね」と喫茶店でお茶をご馳走になりました なんか成仏しそうです まだしませんけど この町で私みたいな都市伝説が生きていくのは大変なのかもしれません でももうちょっと頑張ってみようと思います 前ページ / 表紙へ戻る / 次ページ
https://w.atwiki.jp/legends/pages/4037.html
小ネタその18 暇無し火間虫やる気無し 授業の開始を告げるチャイムが鳴り響き、生徒達は決まったばかりの自分の席へと急ぎ戻る 新学期が始まり最初の授業に、やや緊張した面持ちの生徒が多い中で 五分経過 生徒の間にひそひそと不安げな声が上がり始め 十分経過 何かあったのだろうかと心配する者と、とりあえず先生が現れない事で休み時間のノリになり始める者で教室は混沌とし始める そして十五分が経過した頃合で、がらりばたんと教室のドアが勢い良く開かれた 雑談に耽っていた生徒達は慌てて佇まいを正すと、開いた扉の方へと意識をむける 開いた扉から姿を現したのは、白衣姿の男性教師 その顔に見覚えのある生徒達は、思わず首を傾げていた 何故なら、本日一時間目の授業は数学 そして現れた教師は化学の担当だったからだ だがその疑問はすぐに晴れる事となる 教室に踏み込んできたやる気の無さそうな化学教師は、その手にジャージの襟首を握っていた ずるずると教室に引きずり込まれてきたのは、ジャージ姿の若い女性 ぼさぼさの髪を一つに束ね、眼鏡の奥で眠そうを通り越して半分ぐらい寝ていそうな目をしていた 「初日からサボるな。新任がそんな調子でどうする」 「ぐぅ、先輩が赴任したとこだから、サボっても平気だと思ったのに」 「サボるにもサボり方があるんだ。それを覚えるまでは真面目に仕事してろ」 おおよそ教師の会話とは思えないダメな会話に、生徒達はもうどうしたものかといった様子で完全に凍り付いている 「しょーがないにゃー、もー」 のそのそと立ち上がったジャージ姿の女教師は、ぺたんと教壇に手をついて教室を見回す どう見ても拘束解除されている特盛りの胸がどたぷんと揺れ、ゆるいTシャツの上からでもその形をはっきりと伝えていた 「えー、今年からこの学校で数学を受け持つ事になりました、後樹撫莉(おくれぎ・なでり)です」 その胸に男子からは欲情と羞恥、女子からは羨望と嫉妬の視線を全力で受けながら、撫莉はにへらと笑う 「あたしが教えなくても何でも自分達でできる強くて頭の良い子に育ってくれると、先生とても嬉しいです」 「いきなり全力で生徒任せにするな」 真横から蹴りを入れられ、豪快にもんどりうって倒れる撫莉 「先輩、痛いー」 「やかましい。お前の担当する生徒に一人でも赤点を出してみろ、二度とサボれないように監視をつけるよう校長に掛け合ってやる」 「むー、それは嫌だなぁ」 派手に転がった割には平然と立ち上がり、また教壇にぺたんと手をついてにへらと笑う 「ともあれ、クビになんなかったら今年一年とりあえずよろしくね」 こんな教師で大丈夫か 教室の生徒一同の心は今、一つとなったのであった ――― 撫莉の数学の授業は思いのほか、いや、とんでもなく理解し易かった 要点をきちんと押さえ、勉強が得手とは言えない生徒達でも二、三度説明を受ければ容易く理解できてしまう その上で全員が理解したと判断すれば、指導要項などガン無視して次へ次へと進めてしまう 「んふふ、問題解けるって楽しいでしょ? パズルだってクイズだって解いたら楽しいのに、数学は違うって事は無いのよー?」 生徒達の驚きと戸惑いをよそに、撫莉はくてりと教壇に突っ伏す 「んじゃ、あと自習。教科書の問題とか好きに解いてみなさい? 解き方も全部書いてあるんだから、ちゃんと順番に読めば簡単よー? どうしてもわかんないって事があったら起こしてねー」 すぐさますぴーと鼻息を立てて寝入ってしまった撫莉 生徒達はそれぞれ好き勝手に教科書を読み、問題を出し合い、解き方を模索していく 彼女は生徒がそうなるように誘導していったのだ 「色んな意味でとんでもない先生だな、この人」 学年で常に上位の成績を修めている生徒の一人は、この女教師のやり口を理解して尊敬の念を持ちかけたのだが 「せんせー、わかんない事があるんですけどー!」 声を上げて教壇に寄っていったのは、いかにもお調子者といったノリの男子生徒 「うなー? なにがわかんにゃいのかなー?」 口の端から涎を垂らした顔を上げ、寝惚け眼で男子生徒を見詰める 「先生のおっぱいでかいですけどサイズいくつですか?」 教室が、水を打ったようにしんと静まり返った フリーズ三割、好奇心七割といった具合に分かれた生徒達の視線が集中する 「んー? 98のGだったかなー? 最近計ってないやー、ブラ買ってないし」 質問に解答したという事で、そのままぽてんと教壇に突っ伏す撫莉 というか、答えるか普通 ざわ、ざわと解答が伝播し騒がしくなる生徒達を正気に戻すかのように、スピーカーから授業の終了を告げるチャイムが鳴る 「先生、授業の時間は終わりですよ」 教壇の前の席に座っていた優等生風の男子生徒がそう声を掛けると、撫莉はがばりと起き上がっててきぱきと教材を片付ける 「んじゃ、次の授業でまた会おうねー。ばっははーい」 酔っ払いのような頼りない足取りで教室を出て、廊下をふらふら歩いていく撫莉 そのまま階段の陰にある掃除用具入れの脇に座り込んで寝ようとしていたところを、まるで予想していたかのように一直線に向かってきた化学教師に蹴りをくれられてそのまま職員室へと引き摺られていった ――― 「変な先生だったな」 変わり者の教師が多い中央高校の中でも、かなり目立つ変人具合 忘れようのない存在感を叩きつけていったその教師との再会は、とても早かった 掃除当番を終えて廊下へ出たその途端、足元にくてりと座り込んで寝ている撫莉の姿があったからだ 「先生?」 「んー、むにゃむにゃ……もう食べられないよぅ」 もぐもぐと口を動かしながら、だらしなく涎を垂らしてにへらと笑みを浮かべているその姿は、教師どころか人としてもかなりやばい 「こんな所で寝てたら風邪を引きますよ? というか職員会議とか無いんですか」 「食べられないけどおかわりー……むーしゃむーしゃ」 「……ダメだこれ」 体育座りで膝と腕を枕ににやにやした顔で寝ているジャージ姿の新人女教師 こんな厄介な存在に近付こうという生徒はなかなか居ないのか、それともこの生徒が出てくるタイミングでここで寝入ったのか 「とりあえず起こすか運ぶか。職員室の方にでも」 そう思って足を踏み出そうとした瞬間 ぞわりと背中を駆け巡る悪寒と違和感 何も変わらないはずの学校の廊下に立っているはずなのに、まるで深夜の墓地にでも立っているかのような感覚に襲われる 「なん、だ、これ」 男子生徒は身動きもまともにできず、軋むような動きで辺りを見回す 誰も居ない、何も無い、広い空間特有の残響感 どこかでボールが弾むような音が響いている 否、近付いている たむん たむん、と バスケットボールを床につく音が、廊下の奥から近付いてくる 廊下の奥の行き止まりの更に奥から、じんわりと滲み出るように 半袖のシャツとショートパンツという、運動部のユニフォームか何かを着た少女の姿 ただその首から上は何も見当たらず、首の断面は引き千切られたかのようにぐちゃぐちゃになっていた そしてそこにあるべきだった頭は少女の手元にあり、ボールが弾む音を立てながら床にぶつかっては跳ね上がり、にたにたと不気味な笑みを浮かべていた あからさまな怪異の登場に、男子生徒は逆に冷静になる すぐさま足元で座り込み寝ている女教師の腕を取り、肩を貸すような形で引き起こす 「ふみゃ?」 流石に無理矢理引き起こされたせいか、夢の世界からも引き起こされる撫莉 「先生! なんだかよくわからないけどとりあえず走って!」 「んー? ああ、なんだ」 ずり落ちた眼鏡を直しながら、じりじりと近付いてくる『生首バスケ』少女を見て、暢気な声を上げる 「きみ、こういうの初めて? 真面目に相手するとめんどいし疲れるよ?」 「初めてって……先生は何度もこういうのを見てるんですか?」 「まーねー」 まだ眠そうな顔に、にへらと笑みを浮かべ 「それじゃま、よろしく」 その言葉と同時に、丁度廊下の陰の死角になった部分から、頭の禿げ上がった髭の男がにょろりと現れる 完全に死角から不意をついた形で『生首バスケ』少女の背後に迫ったその男は、床を弾んでいた顔を長い舌でべろりと舐め上げた 「ひぃぃぃぃっ!?」 思わず悲鳴を上げて、ドリブルするはずの自分の首を守るように抱えて身を竦ませる『生首バスケ』少女 そこからしばらくは、つい先程まで恐ろしかった異形の少女に同情するばかり 顔といわず身体といわず、べろんべろんと舐め回されて、その目からはすっかり光が消え落ちていた 「あれね、『火間虫入道』っていってさ。行灯の油を舐めたりして明かりを消して、仕事の邪魔をしたりする妖怪みたいなものなの」 「そういう行為をしてれば妖怪ですが、今の所業は変質者のそれです」 「いやね、その由来から転じて、やる気を無くさせる能力があるのよ。舐める事で」 見れば『生首バスケ』少女は、まるで十年来の引き篭もりのような目で廊下の隅っこで丸くなっており、時折「息をするのもめんどくさい」とか「植物みたいな人生を送りたい」などと呟くばかりだった 「何だ、何か湧いたみたいだと校長に言われて来てみたらお前のところか」 呆然としていた男子生徒の背後に現れたのは、白衣姿の化学教師 その背後には人体模型と骨格標本が自立歩行しており 緊張の糸が切れた上に精神的許容量を大きく越えた状況で、男子生徒はぱたりと倒れてしまったのだった 続くか続かないかは不明 前ページ / 表紙へ戻る / 次ページ
https://w.atwiki.jp/legends/pages/2127.html
小ネタその4 白い鎧の戦士 それは暑い夏の夜 ぽつぽつと街灯が並ぶだけの人気の無い道 あちこちに農地が見られる北区の一角で、一人の青年がふと足を止める それまで聞こえていた虫の声がぴたりと止んでおり、辺りにはただならぬ気配が漂っていた 「またか」 青年はふうと溜息を吐くと、神経を研ぎ澄ませ周囲を警戒する ずるり、と 泥まみれの何かを引き摺るような音がする 街灯の下を這うそれは、人型をした泥 人間の骨格に泥を盛り付けたような 人間の肉が泥のように腐り落ちたような そんな中で黄ばみ濁ったとはいえ白に近い色をした目玉と歯だけが浮き上がるようにはっきりと見える 「田をぉぉぉぉぉぉ返せぇぇぇぇぇぇぇぇ」 泥田坊と呼ばれる妖怪が、べちゃりべちゃりと手足を蠢かせにじり寄ってくる 醜怪なその姿に気後れする様子もなく、青年はゆっくりと腕を回し、ぐっと力を込め 「固着!」 叫ぶと同時に青年の膝の辺りから白いものが噴き出すように溢れ出し、あっという間にその全身を覆う 白い装甲となったそれは、石灰質の殻を持つ甲殻類――フジツボ 「こっちから退治をして回るつもりは無いが、害意を持って襲ってくるなら容赦はしない!」 ぐん、と姿勢を低くした体性から勢い良く片足が振り抜かれる 泥田坊との距離はまだ数メートル離れていて、その蹴りは当たるはずも無かったのだが 「蔓脚!」 フジツボから伸ばされた触手状のものが絡み合い束ねられ、鞭のように泥田坊の身体を薙ぎ払い真っ二つに切り裂いた 地面にべちゃりと這いつくばる泥田坊に、青年は白い拳を突きつけ 「無柄!」 拳に張り付いたフジツボが弾丸のような勢いで雨霰と発射され、泥田坊はその身体を削り落とされるように小さくなっていく 「だああぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁああぁぁ」 その首がどちゃりと地面に落ち 「をぉぉぉぉぉおおおぉぉおぉお」 ぎょろりとした目玉が青年を見据えた、次の瞬間 「かぁぁぁぁぁええええぇぇぇぇぇぇえぇええぜぇぇぇぇえええぇぇぇえぇぇ!!!!!」 顎を開く力だけで地面を打ち、凄まじい勢いで頭部が青年に向かって飛び掛る だが青年はそれを見越していたように 「顎脚!」 「ごぁぶっ!」 肘と膝が打ち鳴らされ、牙のように並んだフジツボが泥田坊の頭を食い千切った どろりと崩れ落ちて、道路の染みとなり消える泥田坊 「悪いな。次に生まれてくる時は、無闇に人を襲うんじゃないぞ」 再び襲ってこないのを確認して、青年は身体を覆うフジツボを払い落とす それまで装甲のようにがっしりと身体を覆っていたフジツボは、あっさりと身体から剥がれ落ちて地面に転がり、磯くささを残しながらも崩れ落ちていく 残されたのは泥の染みと、石灰をぶちまけたような白い跡 青年が立ち去った後、それらは生温い夜風に吹き散らされて 何事も無かったかのように消え去っていた 前ページ / 表紙へ戻る / 次ページ
https://w.atwiki.jp/legends/pages/2306.html
小ネタその11 猿夢vs~ ガタゴトと揺れる電車の中 血塗れの肉片があちこちに散らばっている それらはこの終電に乗り合わせていた乗客達 頭の禿げ上がった初老の男は鞄を座席に置くと、周りを取り囲む小人達を見回す 「なるほど、猿夢というやつですな。夢でもないのに現れるのは流石学校町といったところです」 その言葉に、車掌室でマイクを手にした人間ほどの大きさの猿が、楽しそうに飛び跳ねながら笑い出す 《カカカカカ、俺の事をご存知か! それじゃあ活け造り、抉り出しの次に何をされるかも判るなぁ?》 「挽き肉、でしたかな?」 《その通りだぁ! やれ、小人共!》 流暢に人間と同じ声で喋る猿に対して、猿のようにキーキーという声を上げる小人達 その手に刃物がついたローラーのような機械を手ににじり寄ってくる 《お前は何かの契約者か? さっさと小人共を始末しないって事は、大した能力じゃないんだろうなぁ!》 小人達は一斉に男に飛び掛る モーター音を立てて回転する凶器を男目掛けて振り下ろし――そして床に着地した 小人達は首を傾げる 手応えは全く無く、機械には挽き肉にした肉片はおろか、血の一滴も付いていない 「無論、大した能力ではありませんとも」 ゆらりゆらりと男の身体が揺れる 気を取り直した小人が奇声を上げて飛び掛るが、ゆらりと弧を描いて振り上げられた男の手が凶器を避けて小人の身体に触れたかと思うと、そのまま受け流し床へと放り出される そして――何時の間にか男は脱いでいた 小人の攻撃で服が破れたわけではない 脱いだスーツはきちんと座席に掛けられていた 《何故脱ぐ!?》 猿の狼狽をよそに、男は小人の攻撃を受け流しながら一枚一枚と服を脱いでいく 「服を着ていては、動きを良く見せられませんからな」 ラメ入りのビキニパンツ一丁になった男は、ゆらゆらと身体を揺らし手足を大きくくねらせる その動きは実に滑らかで、どこかの民族の舞踊だと言えば信じる人間もいるだろう程だ だがそれがただの踊りでない事はすぐに証明される 飛び掛る小人達を受け流しあしらいながら、その動きはどんどん大きく激しく、そして速くなる 「キ、キキキ、クキケキ」 小人の一匹が突然白目を剥いて床に倒れ、ひっくり返された虫のようにばたばたと手足を振り乱しながら暴れている 《な、なんだお前は!? 小人共、その不気味な動きを止めろ!》 だが出鱈目に凶器を振り回す小人達の攻撃は全く当たらず受け流され、一人、また一人と倒れ伏し狂ったように手足をばたつかせる 男の動きは全く止まる様子も無く、激しく身体をくねらせながら車掌室ににじり寄ってくる 《近付くな気持ち悪ぃ!? なんだその動きは! そのくねくねとした踊り……!?》 「気付かれましたな?」 男の動きは止まらない 激しく力強く柔らかく、大胆かつ繊細に 骨など存在しないかのように激しく身体をくねらせる 「そう、私の契約した都市伝説は『くねくね』、理解してしまった時がフィナーレですぞ」 車掌室の猿はマイクを取り落とし、機材や壁面に手足をぶつけながら狂ったように手足を振り乱し 駅が近付くにつれてその姿を薄れさせ、小人や血肉の跡と共にゆっくりと消えていった 「犠牲者の方々には申し訳ありませんが、実に良い踊りができましたな」 手早く服を着て身支度を整えた男は、目的の駅に到着した事を確認して電車を降りていったのだった 前ページ / 表紙へ戻る / 次ページ