約 5,085,067 件
https://w.atwiki.jp/indexorichara/pages/1327.html
「・・・ということだ。東雲さんと共に交渉は付けた。明日にもこちらに届く運びだ」 「ねぇ、網枷君。“ソレ”の一番乗りは私でいいわよね?」 「駄目だ。“アレ”は私が最初に使うことになるだろう。その後なら君に貸し出しても構わない」 「網枷!!テメェ、伊利乃さんの言葉を聞き入れねぇってのか!!?東雲さんの副官を気取ってるようだが、俺はテメェの態度を認めたわけじゃあ・・・!!」 「わかった。なら、仕方無いね」 「無い・・・・・・フ、フン!!今回は大目に見てやるよ!!」 「(阿晴・・・。君・・・)」 「(わかりやすいをとっくに超えてるね、これは)」 会議を主導する網枷の報告にある“ソレ”に伊利乃が興味津々になり、網枷が断り、阿晴がキレかける。 しかし、伊利乃があっさり引き下がり、阿晴も引き下がり、永観と蜘蛛井はホトホト呆れる。 「『最初に使う』・・・ね。ズバリ、その予定とは一体何じゃらホイ?まさかとは思うけど、あなたが“アレ”を使ってあの殺人鬼を潰すつもり?」 「いや。それ以外の目的だ。もちろん、それも選択肢の1つとして考えてはいる」 「・・・ハハ~ン。お姉さん、網枷君の考えてることがわかっちゃった」 「マジですか、伊利乃さん!!わ、私にも網枷さんの考えを教えて下さい!!網枷さんって、いっつも気障っぽい言葉を並べるんでイマイチ理解できないんですよね!!」 「・・・・・・」 「ブハハハハハハ!!!こりゃ痛快だ!!智暁はこうでないとな!!」 「む~。阿晴さん・・・どういう意味ですか!?」 「前にも言ったろうが!網枷はお前のことが嫌いなんだよ!!」 「えぇっー!!そんなこと無いですよー!!ですよね、網枷さん!!?」 「・・・・・・」 「ほらっ!嫌ってないじゃ無いですかー!!」 「ブハハハハハハ!!!お前は俺以上に単純かもな!!」 『ブラックウィザード』の策士である網枷の言葉を理解できないとぶっちゃける智暁に、阿晴は大笑いする。 阿晴にとって、仰羽智暁という少女は薬物中毒者や腹に一物抱えたメンバーが多い『ブラックウィザード』の中でも余り嫌っていない、むしろ気に入っている部類に入る。 対照的に、網枷や蜘蛛井は彼女を嫌っている。理由はそれぞれ違うが。 「仕方無いわねぇ~。ンフッ、カワイイ智暁の頼みだもの。無下にはできないわね~」 阿晴と同じく彼女を気に入っている伊利乃は、苦笑いを浮かべながら返答する。 「時が来たってことよ。網枷君が風紀委員に手向けの花を贈る時が」 「・・・・・・」 「・・・わ、わかんない?」 「・・・あっ!つ、つまり、網枷さんが本格的に風紀委員を裏切るつもりってことですか!?」 「そういうこと。でも、いいの?そんなことをしたら、学校にも行けなくなるわよ?“表”での生活を放棄するってことだし」 「君の推論がさも真実のように話を進めてくれるな。私は、まだ何も言っていないぞ?」 「でも、そういうことでしょ?お姉さんの勘って結構当たるんだよねぇ」 伊利乃の断定口調に網枷は仏頂面になるが、彼女の性格はもうわかり切っているためにこれ以上の文句は無意味と判断する。 「君に心配されるようなことでは無い。元より覚悟の上だ。『ブラックウィザード』に入ると決めた時から。『手向けの花』か・・・。的を射ているな。 君の言う通りだ。私は、あの愚か者共に別れの挨拶をするだけさ。その時は・・・もうすぐだ」 「網枷・・・。もしや、君が内通者だということが“『悪鬼』”以外にも知られているのかな?もしそうなら、大問題では?」 網枷の言葉に、永観は懸念―を装った中傷―の言葉を吐く。だが、“辣腕士”はうろたえない。 「別に、それは然程問題じゃ無い。知られていようが、奴等が私に手を出せないのは目に見えているからな。 理由は情報不足。それは当然のことだ。元々、私達は“表立って活動などしていない”し、“風紀委員達を相手にするつもりが無かった”のだから。 それに・・・いざという時の身の振り方は心得ている。心配は無用だ」 「“決行前”・・・という条件付きだけどね」 「そうだ。何せ、私達は“表”の一般人に手を出すつもりが無かったんだからな。収入源であるリピーターは、あくまで“裏”に堕ちた人間だった。 非合法の薬は安易に“表”へばら撒くべきでは無いし、それを厳格に遵守して来たからこそ私達『ブラックウィザード』はここまで成長することができた。 それ故に、風紀委員や警備員が出てくる場面には早々なり得なかった・・・筈だった」 「「!!!」」 今年に入って、新興勢力であった『ブラックウィザード』は一気に勢力拡大の道に舵を切った。 “手駒達”を主力として次々に弱小・中堅スキルアウトを吸収合併し、数ヶ月の間にかの『軍隊蟻』と並ぶ大型スキルアウトに拡大した。 比例的に“手駒達”の供給源も確立・安定し、順風満帆の成長路線を辿っていた・・・その時に現れたのが・・・あの殺人鬼。 「切欠はあの殺人鬼の出現だった。あの男の猛攻が私達を大いに苦しませている。現在進行中で」 「あいつだよ・・・。あいつのせいでボクの“手駒達”が次々に壊された。絶対に許さない。絶対に!!!」 「真昼。確か、あなたの情報でわかったのよね?あの殺し屋を雇ったのが『紫狼』っていう中堅スキルアウトだって」 「そうです、伊利乃さん。と言っても、あたしの掴んだ情報は古かったっていうか・・・。皆には申し訳無いと思っていますけど」 あれは、何時もの光景でしかなかった。5月の下旬頃、弱小スキルアウトの面々を『ブラックウィザード』と繋がっている研究機関へモルモットして送るために、 “手駒達”を主力として研究機関の実験場に追い詰めた。そこに突如として現れた殺人鬼。 あの男は実験場に居る全ての人間を1人残らず皆殺しにした。盛大に暴れたために、実験場の存在を警備員に感付かれる羽目にもなった。 但し、必死の工作(弱小スキルアウトの面々が実験場で暴れた・殺害された“手駒達”はすぐに回収等)により『ブラックウィザード』との繋がりに感付かれることは無かった。 実験場を管理していた部門は子会社を装っていたこともあり、実験場は子会社の単独犯行として処理した。“裏”からも手を回した結果、警備員もそれ以上の捜査を封じられた。 だが、それ以降も殺人鬼の猛攻は止まらない。事前に『ブラックウィザード』の活動範囲や“手駒達”の保管場所を調べ上げられていたのか、次々に惨殺されていく“手駒達”。 その『暴力』は一向に止まる気配が無い。そんな時、中円の調査によりこの殺し屋を雇ったのは『紫狼』という中堅スキルアウトであることが判明した。 4月上旬にリーダーを務めていた男が何者かに襲われ瀕死の重傷を負ったことから、幹部の1人が新たなリーダーに就いた(当時は弱小スキルアウトであったため、新リーダーの素性は不明)。 その男の方針により、『紫狼』は無能力者・能力者関係無くメンバーを募った。その力でもって、勢力を拡大し始めた。そんな時に雇ったのがあの殺人鬼だと言うのだ。 自分達と敵対しているスキルアウトが判明した『ブラックウィザード』は、すぐさま『紫狼』を叩くために行動を起こした。 今までは殺人鬼1人の単独行動であったために、奴の神出鬼没の行動に振り回されていた。だが、今度はこちらが仕掛ける。準備も速攻で整えた。 迅速に連中が拠点としていた廃墟を割り出し、取り囲み、一気に殲滅しようとした。“手駒達”だけでは無く、幹部や構成員の力も持ち出して。だが・・・ 『蜘蛛の巣に掛かった哀れな蛾よ。俺の「暴力」に屈するがいい』 そこに居たのは、殺人鬼に糸で操られた『紫狼』では無いスキルアウト達。彼等は、殺人鬼によって気を失わされていたのだ。 当の殺人鬼は、『ブラックウィザード』の監視範囲外に居た(『ブラックウィザード』としては、本拠地及びその周囲に殺人鬼が不在なのを絶好のチャンスと見ていた)。 具体的には、敵の接近に気付いた直後に土に住む蜘蛛の如く地下深くに潜っていたのだ。 『ブラックウィザード』の接近を感知した術は、もちろん張り巡らせた糸による振動感知。加えて、バルーニングと呼ばれる蜘蛛が糸を気流に乗せて浮遊・飛行する方法を用いて、 目にも映らぬ無数の糸を本拠地内外に散布しておいた(糸自体は気流が無くとも浮遊させることができるが、今回は気流の流れを重視したために浮遊能力を用いなかった)。 “存在者”は糸の居場所を感知することができ、その振動の種類で糸に接したモノを区別することもできた。 故に、『紫狼』を潰すために“統率の取れた大軍”でもって挑んだ『ブラックウィザード』を識別することなど、“存在者”にとっては視力に頼る必要も無い行いであった。 そうとは知らずに本拠地に踏み込んだ“手駒達”を嘲笑うかのように発現し、廃墟全体に響き渡ったのは『死』の宣告を告げる糸の狂音。 前もって仕掛けられていたのか、地面から、廃墟から、空中から噴出した『暴力』の濁流。こんな芸当は、周囲に仲間が居る状況では絶対に使えない代物であった。 これ等を受けて操られていたスキルアウトは一瞬で肉塊となり、廃墟を含めた周囲の建物は瓦礫と化し、“手駒達”や構成員も殺戮されて行った。 この時は、後方待機していた網枷がすぐに撤退の指示を出したために全滅とまでは行かなかったものの、結果として大損害を被った。 これは、『紫狼』が張った罠の可能性大であった。後の調査で判明したことだが、連中は殺人鬼を『ブラックウィザード』に仕向けた辺りから活動を一切行っていなかったのだ。 正確には、今まで拠点としていた廃墟を放棄し、集団として集まるようなことを一切しなくなったのだ。所謂解散である。但し、網枷達は『紫狼』が本当に解散したとは捉えていない。 つまり、『ブラックウィザード』の出方を先読みした上で、スキルアウト活動を行っていない(=“裏”の世界で活動していない)と読んでいる。 『紫狼』は中堅(それ以前は弱小)であった上に穏健派・複数のスキルアウトのコミュニティ形態ということもあってか、今までは明確な指針というものが無かった。 故に、連中の活動内容が全く読めない。拡大路線に突入したのは極最近なので、情報も上辺しかわからない。そして、中円が掴んだ情報はこの上辺だったのだ。 『紫狼』は、現状ではあくまで殺し屋1人の力でもって『ブラックウィザード』を叩くつもりなのだ。自分達の戦力は損なわず、相手の戦力は大いに削る。 それを可能にするのが、彼等の最大戦力であろう最凶の殺人鬼。この男の猛攻に、幹部達は少なからず動揺した。 「入院している『紫狼』の元リーダーの居場所を突き止めたけど、向かった時にはもぬけの殻だったのよね?江刺君?」 「はい・・・。どうやら、あの殺人鬼を俺達に差し向けた段階で無理矢理退院させて別の病院に移したみたいっす・・・。ハァ・・・」 「江刺はああああぁぁぁ!!!あの殺人鬼にビビリまくりだからなあああぁぁぁっっ!!! このクソ暑い中、帽子・サングラスにマスクしてる徹底振りがぁ、見てて可哀想に思えてくるぜええええぇぇぇっっ!!!!」 「そういえば、江刺君は成瀬台の服も着なくなったわよね。まぁ、風紀委員会に参加している支部に成瀬台支部が入っているから仕方無いけどさ。 でも・・・暑そうね。私だったら、とてもじゃ無いけど我慢できないわ。その精神力を、あの殺人鬼にぶつけてみたら?」 「か、勘弁して下さいよぉ・・・」 「中円さん・・・。やっぱり、江刺さんって片鞠さんに次ぐイジられキャラですよね?」 「そうね。2人共殆ど反論とかしないから、格好の標的なんだよね(智暁・・・あなたも人のこと言えないけど)」 『ブラックウィザード』の主力である“手駒達”の大幅な減少に、幹部達は揃って動揺した。多かれ少なかれの範囲ではあるが。 ここで発生したのが、“手駒達”の補充方法についての意見対立である。 『ブラックウィザード』が従来取っていた補充方法は安定的な供給を望める反面、割合的にレベルの高い能力者は少なかった。 それは供給源自体の問題なのだが、網枷は“表”に露出し難いという面を重視していた。 もちろん、それは殺人鬼の猛攻を受けても変わらない。この意見には、網枷の他に伊利乃も賛成の意を述べていた。 逆に、永観・蜘蛛井は“表”に出るリスクを承知で一般人の能力者からの補充を訴えた。殺人鬼の猛攻には、レベルの低い能力者では太刀打ちできない。 ならば、普通の学生生活を送っているレベルの高い一般人を薬物中毒なり拉致するなりして、短期間の内に強力な“手駒達”に仕立て上げるべきだと主張したのだ。 (ちなみに、阿晴は薬物自体が嫌いなためにこの議論に参加していない) 結果として議論が平行線を辿る中、遂に“暴走”が始まった。それは、痺れを切らした永観の仕業。 彼は殺人鬼の攻勢に苛立つ部下の一部を炊き付け、6月初旬に一般人を狙った薬物投与を敢行する 唯、彼の誤算は苛立つ余りに永観の指示(大雑把に言えば『慎重に』)を無視して安易な方法で敢行しようとした部下の不用意さを見過ごしてしまったこと。 議論が平行線の中、幹部である永観自身が陣頭指揮を取れなかったことも一因ではあるが。 「あれは、僕の差し金では無いとあの場で説明しただろう?それに、東雲さんや網枷は納得した。違うかい?」 「・・・その通りだ。だが、君の部下が“暴走”したことによって風紀委員に気取られることになった事実には違いない」 「・・・その点については僕も反省しているよ」 「(『反省』?ププッ、嘘臭い。ボクだけじゃ無く、他の連中にも気付いてる奴は居るだろうけど)」 だが、この先走りが風紀委員―花盛支部―に捕捉される切欠となった。こんなことが東雲にバレれば、すぐにでも殺される。 そう判断した永観は部下の単独行動と断じ、すぐに粛清した。東雲や網枷は事の真相に気付いていたものの、永観のこれまでの戦果から処分を見送った。 従来の補充方法では、あの殺人鬼に対抗する人材を補給することは難しいというのは事実であったために。 「君の心情も理解しているつもりだ、永観。私とて、あの殺し屋に対する有効な手を打てていなかったのは事実だからな。 だから、今回の“決行”作戦を立てた。そして、これは必ず成功させなければならない。 戦力を得るためだけでは無い。風紀委員達の目を、一般人に向けさせるために。従来の補充方法に、奴等の目を向けさせないために」 とりあえず、“手駒達”の補充を従来通りと決めた『ブラックウィザード』の“辣腕士”は、そちらへ風紀委員達の目が行かないように永観の失態を逆に利用する。 すなわち、『ブラックウィザード』が一般人に対して“レベルが上がる”という謳い文句で薬を売り捌いていることを噂としてわざと流したのだ。 本当は、そんな真似は“暴走”以降唯の一度もしていない。だが、“暴走”で実際に売った事実がある以上風紀委員達の目は必ず一般生徒に向かう。 そう睨み、結果としてそうなった。“辣腕士”の面目躍如である。ちなみに、この謳い文句は永観が一般人を狙う際の謳い文句として粛清した部下達に吹聴していたものである。 また、一般人を狙った短期的な囲い込みも敢行する計画―“決行”―を立てた。早急に強力な“手駒達”を仕立て上げる必要性があったために。 具体的な手法としては、まずは片鞠榴が勤めているカラオケ店『ジャッカル』系列を全て買収した。もちろん、非合法なやり方で。乗っ取りという言葉の方が適切か。 『ブラックウィザード』と繋がる研究組織の人脈を生かした結果である。6月中旬から1ヶ月掛けての大掛かりな乗っ取りであった。 同時に、『ジャッカル』及びその近辺に備え付けられている監視カメラを、全て蜘蛛井が管理するカメラに付け替えた。 これも、具体的には架空の警備会社を装って、そこから支給・配備されていることとなっている。 「東雲さんには珍しい大判振る舞いですよね。他人の弱みを握っていたとしても、必要以上に搾り取らないって普段から言ってたのに。方針転換でもしたんですか?」 「・・・これは必要なことだ、智暁。俺にとっても、協力した複数の研究機関にとっても。俺達に関わった以上、あの殺人鬼の魔手が何時か自分達にも向けられる可能性がある。 連中にとって、その可能性自体が弱みとなっている。今回の商談でも言ってやった。『あの殺人鬼を殺してやるから、俺達に材料をよこせ』とな。 奴等(バカ共)も退くに退けないのさ。だから、今回手に入れた“アレ”も破格の安さだったぞ?“決行”に関してもそう。“手駒達”に必要な能力者を手に入れる必要ができた。 俺達『ブラックウィザード』の礎となるために・・・な。馬鹿とハサミと・・・・・・能力者は、使いよう、だな」 次に、風間の『個人解明』にて利用客のDNA情報を調べることで能力の種類や強度を調べる。 そして、対象者(リピーター含む)に持って行く飲み物の中に薬を混入させるのだ。店内や周囲の監視カメラは蜘蛛井の管理下に置かれているため、外に漏れる心配はまず無い。 だが、すぐに拉致してしまえば風紀委員や警備員にバレてしまうので、最初に混ぜる薬は比較的軽めの薬である。 この薬は、被暗示性が強くなる効果があるのでカラオケ店へのリピーターを装うには最適な薬である。そして・・・“決行時”に一斉に拉致するのである。 “決行”は1回限り。理由はアシが着かないようにするためであり、加えて風紀委員達の目を更に一般学生へ向けさせるためである。 「ス~、ス~」 「あれ?風路さんが何時の間にか寝ちゃってる・・・。普段は薬を服用したらハイテンションになるのに」 「 鏡子に与えた薬には鎮静剤を混ぜてある。こういう大事な会議の時に騒がれるのは好ましく無い網枷からの頼みでね 」 「成程。それじゃあその間に・・・味わっちゃうぞ!!こういうシチュエーションは私好みの展開だぜ!」 ムニュ!! 「鏡子に対する智暁のアクションは相変わらずね?」 「へへへ。だって、風路さんって調教のしがいがあるっていうか・・・。もちろん、他の中毒者の娘達の中にも結構居るんですけどね。 今度の“決行”で入って来る娘達の中にも、風路さんに負けないくらいの調教しがいのある人が居ればいいですね~」 静かに眠っている鏡子の胸を揉みまくっている智暁。彼女は百合妄想(鬼畜系)が大好きな娘であり、最近は妄想の域を飛び出して現実に手を出している。 何故かはわからないが、『ブラックウィザード』に多数存在する薬物中毒者から好かれており、その中から気に入った娘にあれやこれやしている。最近のお気に入りは鏡子。 実は、彼女自身は『ブラックウィザード』の危うさ(殺人鬼に狙われたことが直接的な切欠)から他のスキルアウトに鞍替えしようと考えたりしている。 だが、裏切りに対する罪悪感や報復への恐怖、そして自分の妄想を実現化できているこの状況を手放したくないという思いから踏ん切りを付けられないでいる。 「あっ!そういえば、今日176支部の風紀委員と道端でバッタリ会っちゃったんですよね。伊利乃さんと阿晴さんと行動を共にしていた時に」 「マジかよおおおおおぉぉぉっっ!!!!バレてねぇだろうううぅぅなあああああぁぁぁっっ!!?」 「大丈夫よ、風間君。『ブラックウィザード』のトレードマーク―『眼球印の着衣品』―は付けてなかったから。 例え、この情報を“『シンボル』の詐欺師”が取引として一部の風紀委員に伝えていたとしても、これで意味が無いわ」 「阿晴さん・・・。あんなにトレードマークが入っていないウィンドブレイカーは嫌だって言ってたのに・・・」 「フ、フン!!少しは網枷の言葉を聞き入れてやっただけの話だ!!」 「(・・・全然隠せてないですよ、阿晴さん)」 片鞠の心のツッコミは、この場に居る全員の総意でもあった。これで自分では隠せていると思っているのだから、ホトホト呆れてしまう。 「網枷。伊利乃の話にもあったが、『シンボル』についてはどうするつもりだ?連中がもし風紀委員に味方をすれば・・・」 「その可能性は低い。何せ、あの“変人”は私達を狙っている件の殺人鬼対策に忙しいらしいからな」 「あぁ。そういえば、あの殺人鬼に偶然殺されかけたんだってね。しかも、目を付けられた。・・・不運にも程があるわね」 「私達でさえ対応に苦慮している殺し屋を相手取るなら、いかに奴とてこちらに気を回す余裕は無い筈だ。もし回していたとしても、それには必ず穴が生じる。 むしろ、奴と殺し屋双方で潰しあってくれるのならば私達としては非常に好都合だ。 それに・・・本当に風紀委員に協力するつもりなら、あの“3条件”を突き付けるわけが無い。あれのおかげで、風紀委員の多くは『シンボル』に対して良い印象を抱いていない」 網枷は永観の問いや伊利乃の感想に己の推論を述べる。あの緊急会議の折に風紀委員間に走った『シンボル』への対抗心や敵意は、紛れも無く本物だった。 「私が奴の立場なら、“3条件”を突き付ける目的はあくまで自分達に益があるのが大前提だ。 つまり、自分の損得を勘定に入れている。これは、決して善意だけでは動かない表れだ。だから、緊急会議を開いた時も間接的なアクションしか無かった。 “変人”からの情報で内通者の存在に気付いていたとして、それが誰なのかがあの時点ではわからなかった可能性が高い。 このことから、“『シンボル』の詐欺師”から十分な情報が貰えていないか、奴も詳しくは知らないのだろう。 『紫狼』が解散状態なのを隠す必要性は無いわけだしな。奴が持っている情報は古い可能性が高い。私達の最新の情報は漏れていないと見ていいだろう」 「・・・成程。“変人”は、風紀委員の都合に振り回される前例をこれ以上作りたくないということだね?」 「おそらく。だから、風紀委員が呑むに呑めない条件を無理矢理呑ませたことで風紀委員達を意図的に反発させたのだろう。 『“変人”に頼らなくても自分達の力で解決してみせる』・・・そう反発することはわかり切っていた筈だ。風紀委員の矜持を傷付けているしな。 奴としても、私達を敵に回したく無いのだろう。唯でさえ殺人鬼に振り回されているようだし。“3条件”を呑ませた辺りにも、奴の必死さが見て取れる。しかし、手際が良いな。 風紀委員に自分達へ余計な仕事を持ち込ませないように予防線を張った上で、ブン捕れるモノはブン捕る。全く、見事と言う他しか無い。さすがは東雲さんに啖呵を切った男だ」 「お~、恐い恐い。ボクからしたら、ウチの“辣腕士”並の恐怖を感じるよ」 実の所、網枷は緊急会議の一部始終から椎倉等一部の風紀委員が内通者の存在に気付いた可能性を察知していた。これは、もちろん固地以外である。 あくまで可能性ではあるが、それを想定した上で行動するのが内通者として己に課された役割である。 支部単位の単独行動をここに来て認めた理由を、内通者対策と見て思考する。下手をすれば、今では自分の正体もバレてしまっている可能性は否定できない。 だが、網枷にとっては究極的にはどうでもよかった。バレていようがバレていまいが、やることは既にわかり切っているからだ。 「蜘蛛井。そういえば、昨日加賀美雅を尾けていた“手駒達”が警備員に捕えられたのはどういうわけだ?その詳細な報告はまだ受け取っていないが?」 「・・・それは、ボクの方が聞きたいよ。休暇中に動くかもってことで連中を尾行していた途中に急に“手駒達”が倒れたんだ。 痛覚が無いモンだから、傷を負っても“手駒達”自身には何が起きているかすぐにはわからないんだよね」 「それからは?」 「直後にジャミングを掛けられたみたいで、“手駒達”やカメラの方も全部封じられた。距離を開けた後に、確認のために別の“手駒達”を向かわした時にはもう警備員が・・・」 「・・・わかった。その件に関しては、私が明日風紀委員会で確認してこよう。今ここで推論を述べても意味が無い」 蜘蛛井の渋い顔を見た後に、網枷はこの場で殆ど発言していない男に言葉を向ける。 「戸隠。今日の固地の動きはどうだった?」 「『変わらず』。学園のクラスメイトの少女とデートをしていた」 「・・・デート?あの“『悪鬼』”が?それこそ、おかしな話だ。休暇を命じられたからと言って、それを唯々諾々と受け入れるような男では無い筈。 戸隠。忍者である君の観察眼を否定するわけでは無いが、本当に何も無いのか?その少女に何か・・・」 「『さにあらず』。今回固地債鬼と行動を共にしていた少女は、普段から固地を振り回しているのだ。色んな意味で。 最初は固地も面白半分で辛辣な言葉を浴びせていたようだが、今では立場が逆転してしまったかのような状態なのだ。 あの少女の身辺は既に調査済みだ。俺が見る限り、あの少女はシロで間違い無い。今回も固地にとっては想定外の成り行きだった」 網枷の疑問の声にも淡々と返答する戸隠。彼は、『ブラックウィザード』が潰したスキルアウトの一員であった。 その時の彼は気弱且つ優しい性格―もちろん、これは演技―であったため、無理矢理『ブラックウィザード』に加入させられたのである。 そんな彼の正体を知るのは、ここに居るメンバーのみ。ある時、戸隠は江刺の『優先変更』により優先順位を[忍者としての自分>気弱且つ優しい自分]に変更され、 己が正体を露呈してしまったのである。江刺に命令したのは伊利乃。本人曰く『なんとなく』とのこと。その後、彼は疑惑を掛けられたこともあり正直に告白した。 自分が戸隠流の継承者且つ戸隠流忍術34代目継承者の初見良昭の子孫であり、いつの日か忍者が表舞台に出ることを願って“裏”の世界に身を落として技能を高めていたことを。 その思考を『ブラックウィザード』のリーダーである東雲が気に入り、彼の処分は見送られた。 「ンフッ!あの“『悪鬼』”を振り回す女の子か・・・。少し興味があるわね」 「あっ!伊利乃さん!浮気は駄目ですからね~」 「はいはい。わかってるわよ、智暁。網枷君・・・固地が気になるのはわかるけど、何事も想定外は付き物よ?私達にとっての殺人鬼も同じような意味だし。 その想定外を楽しむくらいの度量は、今後“裏”だけで生きて行くつもりなら必要になって来るわよ?」 「・・・・・・心に留めて置こう」 “裏”の先輩として網枷にアドバイスする伊利乃。彼女は、『ブラックウィザード』設立時からのメンバーで、網枷双真よりも古株である。 そんな彼女が『ブラックウィザード』入りした理由は謎に包まれており、それを知るのは東雲唯1人だけである。 「では、“決行”前までは今後も固地の監視を頼む。くれぐれも、尾行には注意を払ってくれ。奴には『書庫』に載っていない方法で尾行を感知する手段があるようだからな」 「(コクッ)」 「それと、今度の“決行”作戦にもう一味スパイスを利かせようと思っている」 「へぇ~。網枷にしてはシャレたことを言うね。そのスパイスってのを、ボクにも詳しく教えてよ」 「無論、君にだけ教えることでは無いがな」 「・・・一々勘に触るね」 「では、諸君。しっかり聞いてくれ」 蜘蛛井の反応をガン無視する“辣腕士”は、“決行”作戦にアレンジを加えた新作戦を発表する。それは・・・ 「・・・以上だ。作戦開始のタイミングや詳細部分等は、明日の風紀委員会での調査で変化するだろう。 連行場所等については、情報漏洩を防ぐ観点から幹部級未満に対しては当日に発表する。『シンボル』の動きについても、それとなく調べておくつもりだ。 今の成瀬台は警備員共が常に警戒しているために、私以外の人間が近付くのは危険だろう。“これ以上成瀬台の警戒網を厳しくされるのは好ましく無い”からな。 故に、諸君には何時でも作戦に移れるように準備だけはしっかり整えておいて貰いたい」 「ンフッ!本当に的を射ていたのね。風紀委員に手向けの花を贈る・・・ンフッ、本当に派手で極悪な別れの挨拶になりそうね、網枷君?」 「その挨拶が、別の観点から見ると“決行”のカモフラージュでしか無いことに気付く頃にはもう手遅れ・・・か。僕以上の非道っぷりだね、網枷?」 「ボクの判断で薬を摂取させている176支部の風紀委員、焔火緋花の姉である焔火朱花をも利用した罠を張る・・・か。相変わらずあくどいね~。 まぁ、これで益々風紀委員達の目が見当違いの方に向くだろうし。何せ、風紀委員は絶対に見過ごせないからね。 阿晴。君がある意味鍵を握っているんだから頑張りなよ?伊利乃にイイトコ見せるチャンスでもあるし」 「おおお、俺がおおお、女に興味があるわけないだろう!!馬鹿なことほざくんじゃねえ!!」 「 いよいよ本番か。俺も楽しみにしているよ?色んな新薬を試したいしね 」 網枷の発表に幹部の伊利乃・永観・蜘蛛井・阿晴と協力者である調合屋は様々な反応を見せるが、概ね同意しているうようだ。それは、発言していない構成員等も同様であった。 「・・・いずれこういう機会が訪れることはわかっていた」 そして、会議を締め括るために“孤皇”が口を開く。 「“変人”の言葉を借りるなら、『人間は世界の一部であり、人間が齎すいわれなき暴力は世界に潰される』。奴からすれば、それが今なんだろう。 ククッ、望む所だ。この現状が世界の差し金ならば、俺は俺の『力』でもって世界さえもねじ伏せてみせる」 東雲は、己が右目を覆っている眼球の刺繍入り眼帯に手を当てる。反対側にある左目は、この場に居る誰もが身を竦める程の殺気を放っていた。 「風紀委員も警備員も殺人鬼も何もかも、俺を害するというのなら排除するまでだ。俺が生み出した『力』でな。お前等・・・わかっているな? 今度の作戦は、世界に俺達の『力』を示す絶好の好機でもある。お前等も世界が齎す流れに淘汰されたく無ければ、決死で自分の『力』を証明しろ。いいな・・・!!?」 そうして、『ジャッカル』で開かれた会議は終了した。様々な思惑が交錯し、入り乱れた新時代の幕開け1日目は幕を閉じた。本番は・・・まだ始まらない。 continue!!
https://w.atwiki.jp/indexorichara/pages/563.html
行間 一 学園都市の小学校に進学した友人から、久々に連絡があった。 どうやら友人は、つい最近まで『研究所』というところに入れられていたらしい。世界中に公にされているような『クリーンなイメージ』からでは予想も出来ない学園都市の暗さに、俺は思わず『面白い』と思ってしまった。 友人は『研究』で実験動物のような扱いを受けていたせいか随分憔悴しているようで、連絡も愚痴を話すような懺悔するような全く要領を得ない内容だったが、それでも学園都市の裏側がどんな場所なのかは分かった。 弱い人間がゴミのように扱われる場所。 子供たちが当然のように使い捨てられる場所。 大人たちだけが良い思いをする場所。 強い人間が弱い人間を虐げるためだけの場所。 友人から聞いた学園都市は『弱い側』から見たものだったが、それでも俺にとっては魅力的なものだった。なぜなら、俺はそのときから既に『強い側』の人間だったから。 俺は、当然のように学園都市に入ることを決めた。 既に周辺のガキを支配するには至っていた俺だが、それでも小学生程度に出来ることなど高が知れている。それこそまさに、文字通り『ガキのお遊び』でしかない。……だが、学園都市はその『ガキ』が世界の全てだ。『外』と違って子供が力を持つその世界の中では、誰であろうと容易に世界の頂点に立てるような『仕組み』が出来上がっている。 何より俺は……、『学園都市』という『強者の世界』で、自分と言う存在がどれほど通用するか純粋に気になった。……というよりはむしろ、そんな、友人が苦しんできたという『強者の世界』を自分の手で屈服させたくて仕方がなくなった、と言うべきか。 ――それがどれほど難しいことだとしても、絶対に。 学園都市に入った俺は、まず俺に連絡してきた友人と合流した。 再会した友人はある程度の悲劇を予想していた俺の予想をはるかに上回るレベルで痩せ細っていた。呆れ半分、感心半分で何故そんな状態なのか聞いてみると、戸籍を失ったからだと言う。嗚咽交じりに聞いた言葉から分析するに、友人が研究所に引き取られたとき、行政に細工が施されて友人は戸籍を失ったのだろう。学園都市では、戸籍によって奨学金配給などの認定がされる。それを失った友人は、食事することすら出来なかったのだと言う。 結局、俺が学園都市にやって来てまず最初にしたことは餓死寸前の友人にたらふく飯を食わせることになった。 まず戦力を得るべく、研究所とパイプを作るために友人の違法研究をネタに件の研究所の親元を強請(ゆす)ってみた。 結果は惨敗だった。 親元から『口封じ』と言わんばかりに攻撃された。友人が『研究』によって得た能力がなければ、あそこで俺は死んでいただろう。一応防護策はいくつか用意していたのだが、そこは俺が学園都市の『闇』を見誤っていたということなのだろう。 結局俺は、自分の視界の右半分を永久に失ったが、代わりに学園都市の『闇』で生きていく以上絶対に見えなくてはならない『ライン』が見えるようになった。 その後は意外と順風満帆だった。 敵対するスキルアウトの親玉の弱みを探ることで傘下にするという方法で少しずつ部下を増やし、増えた部下を使って解体寸前の研究所を抑えてパイプを作り、それらの部下や研究所を使い潰してさらに大きな部下や研究所を得る……。 その過程で、『親友』と呼べる存在も何人か出来た。尤も、『あいつ』と違って替えが効く存在ではあるが。 そうして『この組織』が出来たのが、今年の夏ごろ。 いつもの如く最初は『あいつ』と二人だけしかいなかったのだが、今回の場合は薬物関連の研究所と手を組み、その薬物を横流しすることで勢力を増やしていったから今までよりも早くチームが大きくなった。 我ながら、ほんの三ヶ月程度で此処まで大きくなるとは思っていなかった。学園都市の『レベル』に対するコンプレックスは意外と根の深いものらしい。そもそもの目的が違う俺からしたら、どうでもいいことだが。 『この組織』は俺の野望の完成形へ至る第一歩目だ。 今回の作戦が成功すれば、俺は『この組織』の首領としてこの街の『闇』に……いや、さらに独立し、突出した『領域』に君臨できる。『あいつ』が検体となっていたあの実験も、全く無駄というわけではなかったというわけだ。皮肉にも、それを証明するのは実験とは全く無関係の俺だが。 勿論、危険がないという訳ではない。 この作戦は明らかに『境界』を割っている。学園都市の暗部がどこからか事態を嗅ぎつけて、俺の始末と作戦の妨害に出るというのは間違いない。そうなれば、『この組織』は未曾有の混乱に陥るだろう。かねてからなりを潜めていた『この組織』の反乱分子もまた、動き出すに違いない。 だが、そのくらいは織り込み済みだ。 『反乱分子』『暗部組織』、どちらの動きも粗方予想はついている。誘導する為の策も仕込んだ。 『〇九三〇』、『学園都市とは違う異能』、『戦争の陰』…………。 既に、駒は揃っている。 ――『プロジェクト=ブラックウィザード』。 今宵、俺はこの街の頂点に立つ。 第一章② テキスト×ブラックウィザード 第二章
https://w.atwiki.jp/indexorichara/pages/1818.html
「・・・どう思う、網枷?」 「東雲さんの予想通りではないかと」 風紀委員会や『シンボル』、殺人鬼の攻勢を受けている『ブラックウィザード』。その上層部が居る施設内北部の作戦会議室には、上層部以外の人間も居た。 具体的には構成員の智暁と中円、新“手駒達”の朱花、そして『太陽の園』の回収作戦に同行していた“手駒達”である。 「もし、東雲さん・網枷・伊利乃、そして回収作戦に同行していた“手駒達”に発信機か追尾系の能力が行使されていた場合、向こうは迷わずこの作戦会議室に来る筈だ。 如何に殺人鬼の強襲があったとしても、ここへ向かう進路を取る筈。警備員の駆動鎧部隊も同じように。つまり・・・」 「永観の想像通りだろうね。ボクも同じ想像をしているよ。ようは・・・」 「『六枚羽』に何かが仕掛けられていた・・・可能性が極めて高い」 永観・蜘蛛井・網枷が順に述べた言葉が示すのは、この本拠地を追跡・看破された方法。仮に、東雲達“人間”に発信機なり能力なりが仕掛けられていた場合、 風紀委員会や『シンボル』にここ(=作戦会議室)の位置は割れてしまっている。焔火の救出を優先していた可能性も無きにしも非ずだが、それならばそれでここにも戦力を向けないのは変だ。 つまり、“人間”に何らかの仕掛けが施されている可能性は低い。また、回収作戦に使用した車両はここへ帰還するまでの間に数回乗り換えているため、こちらに仕掛けがあるとは考え難い。 残るは・・・1つしか無い。回収作戦に用いた強大な戦力・・・『六枚羽』。界刺達によって傷付けられたあの時に・・・何かを仕掛けられた可能性が高い。 「真昼。『六枚羽』を調査している構成員からの報告は?」 「そ、それが赤外線含めた電波の検出はやはり皆無だということです。同行した“手駒達”の念動力で調査してもそれらしきモノは無いと」 「・・・ナノデバイスの発信機はこの学園都市だと珍しくは無いけど、それにしたって電波関係が用いられている筈。一体どんな方法を・・・?」 中円と伊利乃が首を捻るが、答えは出ない。『情報送受信用薬品』の実用化は極最近である。異常な速度で進む学園都市のテクノロジーは、時に人間を置き去りにする。 ちなみに、冷却ジェルで防護した『情報送受信用薬品』は本拠地到着直後に破壊されている。『六枚羽』本体の熱と(損傷しているが故に)マッハにも及ぶ摩擦熱に耐え切れなかったのだ。 界刺達がこの辺りに来た時は、“匂い”もかなり薄くなっていた。よって、『光学装飾』によるサーチ活動を行っていたわけである。 「おい、智暁!何時までも塞ぎ込んでんじゃ無ぇよ!!失敗しちまったモンは次の成功で取り返せばいいんだよ!!」 「阿晴さん・・・」 「調合屋はおそらく死亡。焔火緋花は178支部に奪還された。風子も行方不明・・・か。だから、ボクは言ったんだよ。2人共“手駒達”にするべきだって」 この部屋で一番落ち込んでいる智暁に阿晴が喝を入れる。暴走した風子が焔火を監禁していた部屋から出て行った後、彼女を追う智暁達を邪魔したのは例の殺人鬼である。 調合屋を巻き込んだ『蛋白靭帯』の長槍は、通路に出たばかりであった智暁達にも影響を与えた。正確には、長槍で後方すぐの床が破壊され、バランスを崩した後に落下したのだ。 その時は朱花が磁力を操作することで軟着陸を果たした智暁だったが、そのせいで風子を見失った。持たせていた携帯電話は、焔火の調教で下着姿になった時に部屋に置き忘れていた。 施設内の至る所に配置してある監視カメラも何者か―峠と雅艶―にどんどん破壊されているために、現在も風子の位置を特定できていない。 突然の事態に混乱していた智暁を正気にさせたのは、彼女の携帯に掛かって来た阿晴からの連絡である。彼の指示の下、朱花を連れてこの作戦会議室を訪れたのが今の状況である。 「・・・仲違いをするなら後でしろ、お前等」 「「「「「・・・!!!」」」」」 混乱・恐怖・いがみ合い等の空気が作戦会議室を覆い尽くすのを、“弧皇”が一声で振り払う。 彼の言葉に逆らう者はこの場では居ない。逆らえば・・・殺される。問答無用で。 「網枷。現状を整理しろ」 「わかりました」 “弧皇”の意を汲んだ“辣腕士”が、現状整理及び今後の指針を決めるために言葉を連ねて行く。 「現在施設内北東部に178支部、東部に159支部と花盛支部リーダー、南東部に176支部が居ます。中央部付近に“花盛の宙姫”が墜ちましたが、そこに成瀬台支部の援護が入りました。 『シンボル』のメンバーもその付近で活動している模様。北部方面からは、別の成瀬台支部員と『太陽の園』で連中を手助けした『協力者』と見られる者達が侵攻し始めました。 また、南西部では界刺と殺人鬼が戦闘を行っています。施設外では、四方を取り囲むように警備員の駆動鎧部隊が展開中。もう少しすれば施設内に突入してくるかと思われます」 「・・・八方塞ね」 網枷の的確且つ簡潔な説明に、伊利乃がほんの少し震えた声を漏らす。自分達を取り巻く現状のまずさを再認識させられたための、嘘偽りの無い彼女の本音である。 「東雲さん。どうされますか?現在の戦況では、北西部方面がまだ手薄です。連中もわかっているでしょうが、この方面から逃れるしか手は無いかと思われます」 「いよいよ、新“手駒達”の大々的なお披露目だね。人質としても戦力としても使えるし。死んだ調合屋のためにも、あいつ等を思いっ切り活躍させてやろうかな。フフッ」 永観の提案に蜘蛛井が相槌を打つ。彼等とて、ここで捕まるわけにも死ぬわけにもいかない。何としてでもこの場から無事に脱出する。 今後のためにも・・・新たな『ブラックウィザード』のリーダーとして君臨するためにも、新“手駒達”は可能な限り温存する。 新“手駒達”は、北部と中央部の中間地点に保管されている。調整もできる限りのことはした。何時でも行動可能だ。 「・・・この窮地を切り抜けられる妙案が1つある」 しかし、彼等の思惑は外れる。 「本当ですか、東雲さん?その妙案とは?」 誤算。永観と蜘蛛井の誤算。彼等は見誤っていた。否、見ようとしなかった。裏切り前提が故の見落とし。“孤独を往く皇帝”の本質を2人は見誤った。 「永観・・・。ククッ。何、簡単なことだ」 自身に害を及ぼすなら切り捨てる。たとえ、それが『仲間』であっても。切り捨てることで自身に害が及ばないのなら、“幾らでも”切り捨てることができる。 『ブラックウィザード』は“弧皇”の『力』。生殺与奪権は全て東雲にある。彼が生き残ること、それは『ブラックウィザード』が滅ばないことを意味する。すなわち・・・ 「簡単なこと?」 “孤独を往く皇帝” 東雲真慈が下した決断・・・それは―― 「新“手駒達”200名の内、半数の100名を界刺得世と殺人鬼が戦闘している戦場へ送り込む」 「「「「「!!!??」」」」」 誰もが予期していなかった―網枷や伊利乃でさえ―決断を東雲は宣言する。 「・・・ちょ、ちょっと待って下さい!!」 堪らず永観が抗議の意思を露にする。対して、その反応を予期していた“弧皇”は“裏切り予定者と思われる”部下に対し不敵な笑みを浮かべる。 「不満か、永観?そもそも、新“手駒達”はあの殺人鬼を殺すために用意した駒だろ?」 「そ、それはそうですが!!あそこには界刺も居るんですよ!?戦闘が決着して生き残っているどちらか一方を相手取るならともかく、2人共に健在の今・・・」 「そうか・・・不足か。ならば止むを得ない。100名から130名に増員する」 「なっ!!?」 東雲の常軌を逸した決断に永観は絶句する。東雲の決断は、逃走のセオリーから完全に外れている。 自分達を護衛する強大な戦力をむざむざ切り捨て、人質という絶対価値を放り捨てて、却って自分達の身を危うくする判断ではないのか? 更に言うならば、新“手駒達”の半数以上を切り捨てることで『ブラックウィザード』の弱体化が益々加速する。先のことを全く考えていない。そうとしか思えない。 「真慈!!私や網枷君達にもっとわかりやすく説明して!!皆、呆気に取られているわよ!?」 「別に、俺はおかしなことを言っているわけじゃ無い。よく考えろ。俺達を包囲している連中の網を掻い潜るには、どうにかしてその包囲網を“乱して”、“打ち破る”必要がある」 「“乱して”・・・?」 「そうだ。永観や蜘蛛井が言っているのは“打ち破る”手段でしか無い。人質として、戦力として新“手駒達”を連中の包囲網を“打ち破る”駒とする。 だが、これは一点突破だ。一点突破を図るには、その前段階として連中の動きを“乱す”必要がある。できるなら・・・長時間に渡って」 「・・・成程(ボソッ)」 詳しい説明を求める伊利乃に対して自身の考えを述べる東雲。彼が言わんとしていることに、いち早く網枷が気付く。 「・・・それが、界刺と殺人鬼の戦闘に新“手駒達”が割って入ること?」 「あぁ。殺人鬼と単独で戦闘を行っていることを見ても、あの“変人”の実力は凄まじい。殺人鬼の実力については今更指摘するまでも無い。だからこそ“乱れる”。 “『悪鬼』”が戸隠達を尾行していた所から見て、俺達が“決行”作戦時に一般人を拉致していたことは向こうも気付いている可能性があることはお前達も認識していた筈だ。 “手駒達”に仕立て上げることも同様に。まぁ、確証は無・・・」 「あっ!そういえば、界刺得世が『思った以上に早ぇな。“手駒達”化がよ』って言ってました!」 「智暁。それは本当か?」 「はい!」 「となれば、風紀委員会は十中八九気付いていると見て間違い無い。その上でここまでの強硬手段を展開している理由の一端は、間違い無くあの殺人鬼にある。 俺達の標的でもある殺人鬼の存在が。ここまで出張っている奴等が、殺人鬼の毒牙に掛かる新“手駒達”を見捨てられると思うか? 俺達を取り逃がすリスクが大きくなってでも新“手駒達”を守り、救い出すために奔走するとは思わないか?」 「し、しかし130名も費やすのは如何なものでしょうか!?人質としての価値以上に、新“手駒達”は貴重な戦力ですよ!? 『ブラックウィザード』を・・・東雲さんや僕達を守る強力な駒です!!そもそも、この戦闘で構成員や“手駒達”は更に減少の一途を辿っているのに・・・!!」 「俺の身は俺で守れる。人質は多くても少なくても対して変わらない。人数でその価値が色褪せることは無い。少なくとも、連中にとっては・・・な。 残りの70名は、俺としても温存しておきたいラインだ。それに、俺が死なない限り『ブラックウィザード』は滅びない。『ブラックウィザード』は俺の『力』なんだからな・・・!!」 「東雲さん・・・!!」 永観はようやく悟る。目の前の男は、自分が生き残るためなら自分以外の“全て”を迷い無く切り捨てられる人間だ。文字通り“全て”を。 “弧皇”が、仲間でも容赦無く切り捨てる人間であることは理解していた。その場面も何度か目に映した。だが、これ程までの断絶っぷり―損得の無視―とは予想できなかった。 「さっきも言ったが、“乱す”時間は長時間が好ましい。界刺と殺人鬼の2人を相手取る以上、数十名程度では話にならない。だから半数以上をぶつける。 風紀委員会も、その人数の多さに度肝を抜かされるだろう。連中が2日程度の短期間で拉致された人数を正確に把握しているとは思えないしな。 その結果として、連中の包囲網は崩れる。位置的に西と南に展開している駆動鎧部隊はすぐに駆け付けるし、南東部及び東部に位置する風紀委員も向かうだろう。 そうなれば、他の『シンボル』のメンバーとて黙ってはいない。リーダーを守るために新“手駒達”を対峙すれば、風紀委員会と敵対する可能性は高い」 目を白黒させている部下の気持ちを理解しながらも無視する“弧皇”は、親友に求められた詳しい説明及び指示を続行する。 「駆け付けることで発生する穴をカバーするために、連中の展開網は必然的に薄くなる。脱出できる方角の選択肢が増えれば、それだけ敵は迷うし慎重になる。 その隙を見計らって、俺達は機を見計らって永観が示した北西部からの脱出を図る。当初予想されていた脱出路以外の選択肢が浮上すれば、必ず気が逸れる。そこを狙う。 まずは・・・希杏!戸隠・西島・風間に159支部の足止めを命じて、連中を焦らせろ!!確か、159支部に差し向けた構成員中心のメンバーに戸隠達は含まれていたな?」 「え、えぇ。風間君に関しては、最近は裏方ばっかりしていたせいで我慢できずに戸隠君達に無理矢理付いて行ったみたいだけど」 「まぁ、いい。電波を操作可能な湖后腹の足止めができれば最高だが、実力的にそれはそれでまずくもある・・・か。新“手駒達”への電波撹乱に対する策が無いわけでも無い。 警備員の駆動鎧部隊を食い止めるためにも・・・希杏!戸隠達に、破輩と湖后腹を離脱させるように事を運べと念押ししておけ。 能力的に、風を操作する破輩と電気を操作する湖后腹が優先的に離脱するよう連中も動く筈だ。残る冠・一厘・鉄枷の能力詳細も、連中にもう一度伝えておけ!」 「わかった!」 最初の指示が伊利乃に飛ぶ。新“手駒達”が界刺と殺人鬼が戦闘を行っている戦場へ向かった場合、動く可能性の“比較的”高い159支部+冠を“必ず”動かす。 そのための攻勢を新たに仕掛ける。攻勢が『風紀委員を新“手駒達”の下へ向かわせない』ためのモノと解釈させるために。 戦場へ向かうメンバーとしては、移動や離脱としても活用できる風を操る破輩と“手駒達”を操っている電波を撹乱できる湖后腹が最有力だろう。 一厘の『物質操作』では、頭皮にしっかり埋め込まれているチップ型のアンテナは引き剥がせない。界刺からの情報―アンテナがチップ型に変わっている―も伝わっている筈だ。 集団戦に向いている破輩と湖后腹を南西部へ向かわせる意味は言葉以上に大きい。『ブラックウィザード』が持つ旧型駆動鎧部隊とガチで戦り合えるのだから。 後ろに警備員の駆動鎧が控えている以上、このままでは押し潰される。戦況を拮抗させる意味―敵を東部付近で足止めさせる―でも、必ず両者を“離脱させなければならない”。 「中円!!」 「はい!!」 「お前には永観や網枷と共に逃走経路の選定を命じる。警備員達が使用する無線を傍受・チェックし、連中の裏を掻くルートを選定しろ! 方角的に北西方面へ脱出するにしても、その後のルートまで考慮していなければすぐに追っ手が来るぞ!」 「わかりました!」 次に、傍受等の情報収集に長ける中円に逃走ルートの確保を命じる。ある意味命綱でもある重要な役割に中円は“色んな意味”で緊張の色を濃くする。 「永観。お前には網枷や中円・・・そして智暁と共に行動して貰う」 「・・・智暁と?」 「私・・・ですか?」 「そうだ。朱花も一緒に連れて行け」 続けて“弧皇”は永観と智暁、そして参謀足る網枷に命令を下す。 「智暁と朱花は永観達の護衛だ。永観・網枷・中円の任務は、俺達にとって最重要と言っても過言じゃ無い代物だ。その護衛はできるだけ多い方がいい。 最新の情報を入手できる立場でもある。網枷。お前は施設内における情報及び中円の情報に基づいて随時行動指針を立てろ。いいな?」 「わかりました」 “辣腕士”に課せられた任務はとても重たい。『ブラックウィザード』の・・・ひいては東雲真慈の生き残りが懸かっているのだから。 「永観。時と場合によっては、お前も智暁と共に戦え。位置的にもし戦闘が発生するなら、北から攻め込んでいる成瀬台支部か北東部の178支部のどちらかになる可能性が高い。 施設外の北に展開している警備員の駆動鎧部隊は、絶対に南部と西部に増援を送ることになるだろうからな。迂闊には動けなくなる」 「178支部・・・か。フフッ。焔火緋花が居るかもね、智暁?」 「緋花・・・!!」 東雲が指し示した可能性に自分達が罠に掛けた少女の幻影を見た永観は不気味な笑い声を発し、智暁は手元から少女が逃げた現実に歯噛みする。 「蜘蛛井。希杏。阿晴。お前達は俺と行動を共にする。いいな?」 「えぇ。もちろん」 「東雲さんに仇名す野郎は、この俺がブッタ斬ってやる!!伊利乃さん。アナタは俺が命懸けで守りますから、安心して下さい!!」 「阿晴君・・・わかった。私を守ってね!私も阿晴君を守るから!」 「は、はい!!!(よっしゃぁっー!!!)」 「・・・・・・」 最後に東雲と行動を共にする者として、蜘蛛井・伊利乃・阿晴を指名する。戸隠達に命令を下した伊利乃や阿晴が当然の如く受諾するのに対し、蜘蛛井は沈黙を守っている。 憮然とした表情から読み取れるのは、東雲の決断に対する失望。新“手駒達”の大半を半ば失うことが決まった“弧皇”の命令に納得していないのだ。 蜘蛛井とて、オモチャである“手駒達”を幾度も潰して来た殺人鬼は憎い。あの『守護神』と同じくらいに。 しかし、現状の混乱下でむざむざ駒を失うのはどうしても納得できないのだ。それが、“弧皇”に敵対することになっても。 「蜘蛛井」 「・・・何だよ?」 「お前には“手駒達”及び新“手駒達”への指示と、駒を操作するメインコンピュータの守護及びデータ消去の時期を一任する」 「そんなことはわかって・・・」 「もしかすれば、お前が憎く思っている『守護神』並に面倒な相手が仕掛けてくるかもしれないぞ?」 「・・・それは、『阻害情報』っていうハッキング能力を持つ成瀬台支部の初瀬恭治のことを言ってんの?」 “弧皇”は他者の弱みを見極め、握ることに長けている。弱みとは、すなわち“傷”。蜘蛛井で言うならば、かつて『守護神』に敗北したトラウマ。 ガキが抱えるトラウマは未だ色褪せていない。むしろ、時を経るごとによってどんどん大きくなって行く。『もう二度と負けたく無い』という刃にも似た激情が。 「あぁ。俺が敵側なら、“手駒達”を操作するメインコンピュータをどうにかして機能停止に追い込むことを考える。 その手段として、初瀬の『阻害情報』は最適だ。本来であれば成瀬台強襲時に始末しておきたかったんだが、失敗した以上現実を見なければならない」 「・・・まさか、このボクが初瀬に負けるって言いたいの?」 「それはわからない。奴は己に与えられた『力』を示そうとするだろう。その『力』にお前はどう対処する? 初瀬の『阻害情報(ちから)』に屈するのか?かつて、『守護神』に惨敗した時のように」 「ッッッ!!!」 それは禁句。デッドラインを踏み越えるか踏み越えないかの瀬戸際を、少しの躊躇も無く東雲は歩く。 『ブラックウィザード』に入る人間は、どいつもこいつも自分勝手。自分勝手である以上、自分を害する存在を許すことができないことを“弧皇”は知り尽くしていた。 「・・・いいよ。そこまで言うなら、見せて貰おうじゃ無い。その初瀬って奴の『力』をさ!! 『守護神』と戦う前の前哨戦だ!!この蜘蛛井糸寂が完膚無きまでに叩き潰してあげるよ!!」 「そうか・・・。ククッ。ならばお前の『力』、存分に示せ!」 先程までとは打って変わって俄然やる気が出た蜘蛛井に東雲は笑う。『力』を示すのならばこうでなくてはならない。 世界が突き付けて来る巨大な『力』に抗いたければ、全身全霊をもって『力』を示さなければならない。 「細工をされた『六枚羽』は、ここで使い潰す程に扱き使ってやれ。また、70名の新“手駒達”は人質及び戦力として各々に割り振って行く。 駒を操るメインコンピュータのバックアップ用サブコンピュータは車両に搭載済みだ。この部屋に居る“手駒達”部隊の力も合わせて警備員を振り切・・・」 パシャン!!! 「「「「「!!!??」」」」」 東雲が指示を纏めていた最中に停電が発生する。しかし、この施設には自家発電があるためすぐに停電から復帰する。 “手駒達”を操作するメインコンピュータは、停電対策として普段から自家発電の電力も利用していたため特段の支障は出ていない。 今の現象から、東雲達は風紀委員会がこの地域一帯に電気を送る施設―中央ハブ変電施設―を押さえたことを察する。 「一学区に1つしか無い中央ハブ変電施設を押さえられた・・・か。しかし・・・・・・どう思う、網枷?」 「永観。君の予想通りだろう。専門でも無い警備員が、変電施設を管理する大型コンピュータを簡単に扱えるわけが無い。あの施設は、通常は無人だからな。 おそらく、初瀬の『阻害情報』でプログラムを把握・制御し、ここへの送電を中断させたんだろう。・・・電線には通信回線も含まれている」 「・・・そうかそうか。早速お出ましというわけか・・・初瀬。フフフッッ・・・」 永観と網枷の推測から蜘蛛井は叩き潰す敵の速やかな登場を知り、漏れ出る笑い声を抑えることができない。 敵は、“手駒達”を操るメインコンピュータや(状況次第では)自家発電装置を破壊しようとすぐに動き出すだろう。 「いいよ!!この施設に残っているメインコンピュータで遊んであげようじゃないか!! どうせ、“手駒達”は止められないんだし!! “手駒達”の指示の片手間で済ませてあげる!!ボクとお前の力の差を思い知らせてやるよ!!」 「蜘蛛井君・・・すごいやる気ね」 伊利乃が呟いたように、蜘蛛井がここまでやる気を見せるのは『ブラックウィザード』に加入してから初めてである。 それだけ『守護神』が憎いのか、それだけ東雲の挑発が効いたのか。その興奮振りを目に映しながら、網枷は東雲に代わって注意事項を述べる。 「諸君!初瀬の『阻害情報』が施設の機械類に侵入した可能性がある以上、使用は厳禁だ。手持ちあるいは施設内の機械とは繋がっていないモノを使用するんだ!」 「さぁ、これからは刻一刻と状況は変わっていくぞ!前にも言ったが、世界が齎す流れに淘汰されたく無ければ決死で自分の『力』を証明しろ。いいな・・・!!?」 「「「「「了解!!!」」」」」 締め括りは東雲。以前『ジャッカル』の会合にて言い放った檄を受けて、『黒き力』は動き出す。これは、生き残りを懸けた決死の戦いである。 「侵入に成功したヨ!!これから私のアバターがキョウジと一緒にメインコンピュータの破壊に向かうヨ!!」 「わかった。頼む!!」 第17学区全域に流れる電気を制御している中央ハブ変電施設―『ブラックウィザード』の本拠地から方角的に北方向にある―には、風紀委員会後方支援組が居た。 駆動鎧や警備ロボットが守護している中、施設内にある大型コンピュータに初瀬がタブレトデバイス装備の『ハックコード』用いて侵入、 プログラム制御により『ブラックウィザード』の本拠地への送電を絶った(施設を管理する会社には比較的自由に動ける九野が『事件解決』という名目を盾に交渉、許可を得た)。 この送電中止の直前に、初瀬と電脳歌姫(アバター)が地下にある通信回線を伝って『ブラックウィザード』本拠地へ突入した。 もし、現実世界に異変が起きた場合は『ハックコード』に残る電脳歌姫が変電施設のコンピュータにケーブルを繋げた後に通信回線によって初瀬達に情報伝達を行う。 新たな指示を出す時も同様に。指揮する椎倉と橙山は、眼前で各支部を支援する葉原・浮草・鳥羽・一色・佐野を見ながら議論を行う。 「橙山先生。あの施設にある自家発電装置を制御するコンピュータの破壊時期は先生にお任せしてもよろしいですか?」 「もちろんっしょ!!今は風紀委員も施設内に居る。自家発電装置を破壊してしまえば、照明も消える。そうなれば、こちらにとってもリスクが大きい。 第17学区の特徴、そして敵の本拠地の広大さから周囲の建物の灯りを頼ることもできない。初瀬達の能力で『ブラックウィザード』の内部データも可能な限り押収したいし。 いざという時は、私の責任で情報網に再接続して電脳歌姫の追加アバターを派遣する形で初瀬に指示するっしょ!!」 「逆アクセスによるウィルス攻撃を警戒して現段階ではケーブルを繋いでいない以上、初瀬達からの連絡を受けることもできない・・・か。こればかりは、あいつを信じるしかないな」 「ヒネモス!!私も居るヨ!!」 「・・・そうだな。2人を信じるしかないな!!」 椎倉と橙山が、自家発電装置の破壊を巡るタイミング等を確認し合う。“手駒達”の中には光学系能力者が居ることも確認されている。 この状態で施設内の照明を消してしまう自家発電装置の破壊は、現場に居る風紀委員達にもリスクが大きい。例え暗視装置を用いても、それを幻惑するのが(光学系)能力者である。 機械に完全には頼れない。そして、『ブラックウィザード』側も初瀬の『阻害情報』を知っている。万が一の対策を行っていても不思議では無い。 “手駒達”を制御するメインコンピュータを独立させている可能性もある。動力となる電力は電気系“手駒達”が生み出せる。そもそも、メインコンピュータが1つとも限らない。 「本当なら『ハックコード』の傍受機能を応用して“手駒達”を操作する電波経由で直接メインコンピュータへハッキングを仕掛けたかった所ですが・・・」 「どうやら、それを見越しているようね。以前の成瀬台強襲と似た展開ね。連中は、電気系の“手駒達”を介して“手駒達”に指示を出している。 『阻害情報』は電波自体を操作できないし、『ハックコード』にはジャミング機能が無いもんね。湖后腹なら対抗できるけど・・・甘くは無いっしょ!」 『阻害情報』はネット(情報網)を伝う。そこに有線・無線は関係無い。また、湖后腹の実力なら電波の逆探知やジャミングも可能だろう。 それは『ブラックウィザード』も熟知している。故に、電気系“手駒達”を使ってメインコンピュータへ逆アクセスされる可能性を潰し、 ジャミング等にも対抗できるようにしているのだ。現に、『ハックコード』を使って傍受した電波から『阻害情報』を仕掛けようとした所、該当電波への干渉をブロックされてしまっている。 「早急に、電波を制御している電気系能力を持つ“手駒達”を見付け出して叩かなければなりませんね。そうすれば、無線を通じた『阻害情報』を行使できる。 初瀬達も、速攻でサブなりメインのコンピュータにハッキングできる。『ハックコード』の逆探知で怪しい場所はわかっているのですが・・・」 「『ブラックウィザード』の妨害に遭って踏み込めていないわ。特に、湖后腹が足止めを喰らっているのが痛いっしょ。位置的には・・・中央部に近い場所が怪しいわね」 タブレットデバイスから浮かんでいる3D映像―『ブラックウィザード』の本拠地を中心とした地図の中に仲間の位置が点滅している―を見ながら指示を出す2人は思考を加速させる。 「中央部・・・。閨秀と抵部は勇路が無事保護できました。2人を襲った敵も蹴散らしたようですし。まぁ、閨秀の治療で勇路はしばらく動けないでしょうけど」 「『シンボル』のおかげ・・・っしょ?」 「・・・連中としても、『六枚羽』が健在である以上閨秀の離脱はマズイんでしょう。自分達が生存する確率を上げるために。 助けて貰ったことに関しては素直に感謝しますが、“あの”可能性が現実になった場合の躊躇する要因には・・・・・・なり得ません」 勇路と抵部からの報告で、『シンボル』が助けに入っていなければ閨秀と抵部の命は無かったかもしれないことが判明している。それについては本当に感謝している。 だが、それとこれとは違う。これ・・・すなわち施設内南西部で激闘を繰り広げているらしき2人の男の死闘が齎す可能性。それを脳裏に思い浮かべる椎倉と橙山の声が小さくなる。 「膠着状態・・・と表現するべきかな?私達としては界刺の勝利を願うばかりだけど」 「・・・それは、界刺が殺人鬼を『殺した』としても願えるのですか?」 「・・・・・・」 椎倉の容赦無い“確認”に、風紀委員会の顧問を務める橙山は押し黙る。界刺が提示した“3条件”は、あくまで風紀委員会に所属する風紀委員に適用されると解釈できる。 逆に言えば、風紀委員会に所属する警備員には適用されないと解釈できる。実は、椎倉自身界刺の部屋で“3条件”を突き付けられた時に、 彼なりの抵抗として適用範囲を風紀委員に限定させたのだ。警備員までもが反抗できなくなることを何としてでも避けるために。 「あの殺人鬼は、レベル5に近い実力を持っていると予想される“怪物”です。そんな相手に手を抜く余裕は一切無い筈。それこそ明確な殺意を抱く程の気概が必要なんでしょう。 但し、実際に界刺が殺人鬼を殺すかどうかはわかりません。お得意のペテンなのかもしれません。殺人鬼と戦うこと自体が殺し合いと形容されても何らおかしくはありません。 1年以上前に不動と殺し合った時も、周囲の人間含めて結局死者は出ていません。あの男は自分を最優先に考える人間です。殺人が自分に齎す意味を重々理解しているでしょう。 その上でもう一度だけ確認します。もし、あいつが殺人鬼を殺しても俺達は黙認させられます。でも、警備員は黙認する必要はありません。自分達の判断で動くことができます。 目の前で起きた殺人という行為・・・仮に正当防衛として処理することができたとしても、その身柄を警備員は確保しなければなりません」 椎倉は心中で心を痛めに痛めていた。界刺は自身のために殺人鬼と殺し合いを行っている。そこに、風紀委員会のためにという気持ちもあるにはあるのだろう。 しかし、もし界刺が殺人鬼を殺せば警備員として動かないわけにはいかない。正当防衛だとしても、身柄を確保しなければならない。 超能力という一歩間違えれば容易に殺人の手段になってしまう異能の力が蔓延るこの街では、正当防衛の基準も超能力の存在を踏まえた学園都市独自の司法に沿っている。 何分住民の8割が学生(こども)であり、その殆どが大人(おや)の居ない寮生活である。小さければ小学生でも高位能力を有している程だ。当然善悪の判断基準の幼さが顕著になる。 無論、小さいからと言って殺人を犯していい理由にはならない。普通なら。しかし、正当防衛(or過剰防衛)になると話は変わってくる。 異能の力を用いて理不尽にも殺されそうになっている時に、自身持ち得る異能の力でもって抵抗することは無論正当防衛の範疇に入る。 その結果として人を殺してしまっても、正当防衛による無罪or過剰防衛による減免・執行猶予付き判決が下されるケースが多い(今回のケースに当て嵌まるかは現時点では不明)。 銃大国に住む人間が自身や家族、財産を守るために銃を用いて殺人を行ってでも死に物狂いで侵略者から大事なモノを守り抜くのと似たような論理。 異能の力が蔓延る学生主体の街という特殊な環境下では、殺人に限らず盗難や器物損壊等における刑罰の中身も『外』の世界とは一線を画している。 (逆に、『外』の世界の法律よりも厳しい条例が敷かれていることもあり、例えば『電子情報に対する不正行為』における刑罰は『20年以下の懲役or5千万円以下の罰金』である) 「界刺に殺人鬼の相手を任せている事実は確かにある。ある意味では俺達も共犯に近いです。そんなあいつを・・・いざという時は裏切ることになる」 彼が風紀委員会を利用しているように、風紀委員会も彼を利用している。共犯に近い関係。なのに、待ち受けている結果は明らかに界刺に不利となる。 正当な治安組織である自分達は、まだ組織に守られる。だが、界刺は守られない。九野が言っていた通り。自分達のツケを界刺に払わせ、自分達は変わらず風紀活動に勤しむ。 更に、いざという時―新“手駒達”の居る場所へ2人の戦闘範囲が広がる場合―は“3条件”を無視して風紀委員・警備員総力で戦うことになる。 邪魔する者は誰であっても殺そうとする界刺相手に手加減はできない。殺人鬼も居るのなら尚のこと。その結果、風紀委員会は自分達の都合―譲れないモノ―で界刺を切り捨てるのだ。 「・・・椎倉」 「・・・はい」 「その“3条件”の話を聞いた時から疑問に思っていたことなんだけど、何で界刺は“3条件”の適用範囲を風紀委員会に所属する警備員にまで広げなかったと思う?」 「そ、それは俺が・・・」 「あの“詐欺師”なら、押し通すこともできた筈っしょ。固地の件を鑑みるに、椎倉相手でもあの男ならできた筈。 警備員と風紀委員は管轄が違っているとは言え、同じ風紀委員会の一員として交渉材料になる言質を風紀委員である椎倉から取れたと思うっしょ」 「・・・確かに」 橙山の指摘に椎倉は再考する。確かに、橙山の言う通り固地の失態を握っていた界刺なら“3条件”の適用範囲を警備員にまで広げるよう要求してもおかしくは無かった。 押し通すだけの実力もあった。少なくとも、言質を取ろうとしてもおかしくは無かった。それなのに、界刺はそれをしなかった。 「今ならわかるわ。彼は・・・『わかっている』のよ。自分のやっていることが、一般的に見て正しくないことに。だから警備員を『残した』のよ。 自分が殺人という罪を犯した時に、その罪を償う機会を消滅させないように。そして、私達治安組織の意義を消滅させないように。確保されることも覚悟しているのよ、きっと。 じゃなかったら、私達が居る戦場でここまで堂々と殺し合いなんてしないでしょう?きっと、当時からそうなる展開も有り得ることを予測していたんだと思うわ」 「ッッ!!」 橙山の言葉に椎倉が瞠目する。固地の失態や『ブラックウィザード』の件、そして界刺の鬼謀に翻弄されていたために当時は―今まで―気付くことができなかった可能性。 もし、界刺が自分の行っていることを客観的に判断することができるとしたら?あの部屋での問答でも、その観点を発揮していたとしたら? 客観的に判断したとしても、あの碧髪の男はその通りには動かないだろう。自分の行動を後悔しないだろう。それでも、その視点の一部をあの時の言葉に含めていたとしたら? 「・・・なんて言っても、あの“詐欺師”のことだから機会や意義を消滅させないように最低限の“線引き”を行っただけでしょうけど。確保への抵抗は絶対にするだろうし。 もし、殺人鬼を殺すにしても正当防衛を主張するでしょうし。・・・それに私だって彼を殺人罪で起訴したく無い気持ちは・・・正直ある。本音を言えばね。 そもそも、殺人鬼の方が界刺を殺そうとしているんだから。界刺だって、正当防衛云々は考えているでしょうし。でも・・・できれば彼お得意の嘘であって欲しいわね」 「・・・本当は、界刺に殺人という経歴を負わせたく無いんです。正当防衛であっても、その経歴は一生付き纏う。あいつの一生を汚してしまう。 あいつ等が『太陽の園』を出発する前に寒村を通してそのことを言いましたが、『俺の勝手でやるから気にしなくていいよ』と返されました。 俺達の気持ちはあいつにも伝わっているとは思うんです。でも、あいつはあえて無視して殺人鬼との戦闘に臨んでいます。・・・歯痒いです。 それを認めてしまった自分自身も。どんな理由があったとしても、あいつの手を汚していい理由になんかならない筈なのに・・・頼ってしまっている自分が現実に存在します」 「・・・・・・界刺なりの気遣いでしょうね。『俺達に構っている余裕は無いだろ』的な。私達が『ブラックウィザード』に専念できるように配慮してくれている。 悔しいわね、ホント。状況的に逼迫しているとは言え、一般人(かいじ)の人生すら大きく変えてしまう戦闘に彼を『巻き込んで』、あまつさえ任せてしまっているんだから。 先月に起きた『幻想御手』の一件で、学園都市第三位の超能力者である御坂美琴が命懸けで『幻想猛獣』を叩き潰してくれたことを思い出すわ。ほら、彼女も一般人だし」 敢えて『巻き込んで』と漏らした橙山は、橙山なりに『シンボル』や界刺に思う所があった。彼等が風紀委員会に貢献してくれた規模はとても大きい。 はっきり言って、あの殺人鬼相手に駆動鎧部隊でも対等に戦えるかどうかは怪しい。そんな凶悪な敵を任せているのも事実。 任せていないという意見もあるかもしれないが、それなら界刺を押し退けて最初から殺人鬼の相手をして然るべきなのだ。それをしていない時点で任せている。 それは、先月下旬に解決に至った『幻想御手』事件で一般人である御坂美琴が風紀委員や警備員に協力し、最終的に発生した化物『幻想猛獣』を駆逐した事実を思い出させる。 否、思い出させるからこそ風紀委員会に所属する警備員は『幻想猛獣』の如き脅威を誇る殺人鬼への対処を―御坂美琴のように―界刺得世(いっぱんじん)に任せてしまったのだ。 ましてや、今回の場合は下手をすれば協力してくれた界刺を鎮圧しなければならない。椎倉だけでは無い。風紀委員だけでは無い。橙山や緑川とて苦しいのだ。 「・・・そのためにも、一刻も早く新“手駒達”を解放し、『ブラックウィザード』の上層部を叩き潰さなければなりませんね。俺だってあいつ等を裏切りたく無い。 できるならあいつの手を汚させたくは無い。たとえ汚させたとしても、殺人鬼の殺害以上の罪だけは絶対に背負わせたく無い。そうならないように・・・全力を尽くす」 「えぇ。・・・よしっ。東部で戦闘している159支部に、ようやく駆動鎧部隊が合流したみたいね」 決意を新たにする椎倉の声を聞きながら、橙山は3D映像の点滅から敵の本拠地を四方から囲うように進撃していた駆動鎧部隊の東部侵入部隊が159支部と合流したことを知った。 「1人たりとも逃さないよう慎重に展開していたから、結構遅れちゃったっしょ。閨秀の『皆無重量』は障害物関係無く突き進めるし、どうしても時間差ができるわね」 「相手は改造しているとは言え旧型駆動鎧。こちらは最新鋭。そこに159支部が加われば、一気に突き崩せる。鳥羽!破輩と連絡を繋げ。俺が直接話をする!」 「了解です!!」 足止めを突き崩す好機と見た椎倉は、鳥羽に連絡の指示を下す。十数秒後、椎倉の耳に一時的に戦線を離脱した破輩の声が聞こえて来た。 「椎倉!」 「破輩!東部侵入部隊が合流したな!?戦況はどうだ!?」 「大助かりだ!!駆動鎧部隊が敵の旧型を相手してくれるから、私達は構成員に集中できている!! この施設は多くの建物が立ち並んでいるために、駆動鎧本来の機動力は完全に発揮されているとは言い難いが、それでも性能の差だろう・・・こちらが有利だ。 私と湖后腹の能力は集団戦にも向いているから、この力を構成員に集中できるのは大きい。このまま行けば、そう時間は掛からない!一気に中心部へ侵攻できる!!」 破輩の冷静な、それでいて威勢の良い快活な声が状況の好転を照明している。159支部と東部侵入部隊が東部戦線で勝利すれば、『ブラックウィザード』側も慌てるだろう。 また、勝利する前でも『ブラックウィザード』は物理的・精神的圧迫を受けるに違いない。東部戦線を崩さないように戦力を投入すれば、それだけ敵の陣形も崩れる。 何より、“手駒達”を操作する電波を撹乱できる湖后腹が動けることは非常に大きな意味を持つ。 「新“手駒達”はまだ見ていないな!?」 「あぁ!!」 「北部の成瀬台支部はまだ侵攻し始めたばかりだから仕方無いとして、北東部の178支部、南東部の176支部も未だ見ていないという報告だ。つまり・・・」 「中心部から西方方面に居る可能性が高いな。駆動鎧の展開状況はどうなっている!?」 「進行して来た方角的に一番距離が遠い西部方面の展開が遅れている。南部及び北部方面の展開はほぼ完了した。順次侵攻を始めるだろう」 「ということは、連中の逃走経路としては必然的に西部方面に限られるな」 「あぁ。護衛として、そして人質として新“手駒達”を連れ立って一点突破を仕掛けるだろう。幸い、この施設及び周辺には地下通路らしきモノは存在していない。 連中は必ず地上を使う。界刺と殺人鬼の戦闘には巻き込まれないにしても、困難なことには変わりないぞ?」 「百も承知だ。だが、必ず乗り越える!!これは俺達風紀委員会の任務だ。何としてでも罪無き人々を救い出し、『ブラックウィザード』を潰す。そうだろう!?」 「・・・あぁ。そうだとも!!」 椎倉の決意の言の葉を聞き、破輩も闘志を燃え上がらせる。風紀委員として、何としてでもこの事件を解決してみせる。 何度も何度も繰り返して来た決意の確認をもう一度行う。強い意志を持つことが、困難に立ち向かう何よりの要素であることを知っている故に。 「よしっ!それじゃあ頑張ってくれ!!」 「了解した!!さっさとここ・・・・・・」 椎倉の檄を耳に入れ、破輩が再び戦線に戻ろうとした・・・その時!! 風紀委員会の諸君に告ぐ!!私は『ブラックウィザード』の1人・・・網枷双真だ!! 「網枷!?椎倉!!」 「あぁ・・・通信機越しに聞こえている。何のつもりだ・・・!?」 破輩と椎倉が、突如として北部と中央部の中間程に位置する場所から戦場全体に木霊する―音波を操作する“手駒達”の能力を用いた―網枷の言葉を耳に入れる。 椎倉は通信機をスピーカーフォンモードにすることで、橙山他後方支援を担当する風紀委員にも伝わるようにする。 諸君の健闘振りは私達の想像以上だ!!その不屈の闘志、素直に認めよう!! 「網枷・・・先輩・・・!!」 「(・・・何の真似だ?)」 北東部を移動する178支部にも聞こえる網枷の言葉に焔火が苦渋の表情を浮かべ、固地は網枷の意図を図りかねる。 しかしだ!!この戦場には私達と君達の栄誉ある戦いを邪魔する異物が存在する!!これは私自身としても許し難く思っている存在だ!! 「網枷の野郎・・・何が『栄誉ある戦い』だ!!?」 「双真・・・!!」 南東部から南部へ移動していた176支部に所属する神谷は裏切り者の同期の言葉に憤怒の色を露にし、リーダーである加賀美は数日振りに聞く“元”部下の声に顔を顰める。 故に、私達は決断した!!これ以上異物の狼藉は捨て置けない。新たに加わった『力』をもってこれ“等”を排除することにした。すなわち・・・ “辣腕士”は宣言する。“孤独を往く皇帝”の意思を。“辣腕士”足る自身も気に入らない異物の排除を確と明言する。 新たに加わった“手駒達”総勢130名の総力でもって、南西部に居る異物共を排除する!!!以上だ!!! 南西部で死闘を繰り広げている『シンボル』のリーダー界刺得世と、殺人鬼ウェイン・メディスンを新“手駒達”の力で駆逐することを。 「何、だと・・・!!?」 「130名・・・!!?」 破輩と椎倉が愕然とする。ここに来るまでの調査で、成瀬台を襲撃された日から今までに100名以上の行方不明者が出ていることはわかっていた。 無論、これ等の全てが『ブラックウィザード』に拉致されたとは考えていない。まず、無能力者や低位能力者を連中が拉致するとは考え難い。 また、今は夏休みである。誰にも告げずに数日に渡って何処かに出掛けることもよくある。そのために、実際に拉致されたのは100名に遠く及ばないと目されていた。 だが、網枷の口から告げられた数は想像を大幅に超えている。同時に『130名』という数の真意も理解する。 「固地先輩!!確か、新“手駒達”は人質として盾にされる可能性が高いって・・・!!」 「・・・さすがに、新“手駒達”を全部界刺と殺人鬼に差し向けるとは思えない。網枷の言葉を信じるなら、拉致された一般人はこちらの予想を大きく超えている。 しかし、何百名も拉致しているとは考え難い。もしそうなら、最初から前線に出していてもおかしくは無い。 新“手駒達”は、連中にとっても虎の子的な切り札の筈。・・・多くて200名程度か?それでも界刺達に差し向ける数にしては多過ぎる。 確かに、それ程の人数で無ければ太刀打ちできないのかもしれないが・・・。これは勇断じゃ無い。自分達を、『ブラックウィザード』を“確実に”危うくする無謀な決断だぞ!?」 真面の声に、固地は敵の上層部が下した決断を『無謀』と断じる。もし、新“手駒達”を差し向けるなら現状では自分達風紀委員会が先に来る筈だ。 界刺と殺人鬼に限っては、現状『ブラックウィザード』を攻撃していない。『ブラックウィザード』を襲って来る可能性は現時点では低いし、場所も割れている。 幾何学模様が浮かんでは消えるドームが消えていない以上、界刺と殺人鬼は生存している。聞こえて来る轟音は、未だに戦闘を継続している証拠である。 可視光及び赤外線が歪められ、塗り替えられている以上中の様子を知る手段は限定される。人間であることに変わりない新“手駒達”も例外では無い。 加えて、両者の実力が並外れていると判断できる現状下、両者の実力が拮抗していると見れる状況下、そこへ横槍を入れるのは自殺行為の何物でも無い。 不意打ちで殺すことができるような2人では無い。光によるサーチ、蜘蛛糸による感知を両者共に展開している筈だ。 実力差はハッキリしている。両者を同時に敵に回すメリットは無い。そんな化物共に刺客を差し向けるなら、(湖后腹が居るとは言え)崩れる可能性大の東部戦線に新“手駒達”を投入するべきだ。 もしくは、脱出時にその能力を発揮するべきだ。その方が確実性は高い。少なくとも、玉砕がわかっていながら界刺達に130名もの新“手駒達”を差し向けるよりは。 如何に“手駒達”が使い捨ての人形とは言え、既存の“手駒達”が減少の一途を現在進行中で辿っているのだ。折角手に入れた新“手駒達”は、連中にとっても貴重な筈だ。 生き残りを図るのなら、もっと重宝して然るべきだ。身の安全を最優先にするなら、堅牢な盾として近い場所に置くべきだ。今後を考えるのなら、一緒に連れて行くべきだ。 今回の宣言は組織―“手駒達”体制や『ブラックウィザード』の勢力―の存続を危うくさせ、個人―組織を動かす上層部の命―の生き残りを“確実に”危うくさせる代物である。 今回の決断は、『ブラックウィザード』の主力である130名もの新“手駒達”をむざむざ切り捨てることと等しい代物である。 これは、永観や蜘蛛井も同じ意見である。馬鹿げていると言ってもいい。もっとも、永観達の裏切りを牽制するため『も』あって、東雲は今回の決断を下してはいるが。 下手をすれば、不慮の事故―風紀委員会による電波撹乱―を装って護衛として近くに居る大量の新“手駒達”の力でもって東雲を殺そうとするかもしれない。 そう東雲は考え、しかし現状で永観を殺すことは脱出の妨げになる可能性も考慮した結果でもあるのだ。永観とて命は惜しいだろう。 「加賀美先輩!!これは・・・」 「マズイ・・・マズイよ!!このままじゃあ・・・新“手駒達”が殺される!!!」 斑の焦った声に加賀美の顔色は蒼白の様相を呈す。今回の『無謀』は確かにその通りだ。しかし、唯の『無謀』には収まらない。 何故なら、風紀委員会にとって新“手駒達”は必ず救い出さなければならない一般人である。その新“手駒達”の大半が、『ブラックウィザード』の上層部に切り捨てられた。 彼等彼女等は、命令のまま界刺や殺人鬼を襲撃するのだろう。それは自殺行為だ。界刺はまだ殺さないでいてくれる可能性はあるが、あの殺人鬼は違う。 仕事の邪魔になるものは殺す。先程“手駒達”ごと建物の一角を崩落させた所から見ても、あの男が襲い掛かって来る新“手駒達”を殺さない理由は無い。 風紀委員会が懸念していたのは、界刺と殺人鬼の殺し合いに新“手駒達”が巻き込まれることであった。 だが、現実として現れたのは両者の殺し合いに新“手駒達”が自ら巻き込まれに行く―襲撃を掛ける―という事態である。 抵抗では無く襲撃。被害者では無く加害者。新“手駒達”は内部分裂(うらぎり)を牽制するための駒として『も』用いられた。 この緊急事態に、固地と加賀美はすぐに椎倉に連絡を入れる。数十秒後、通信機を境に椎倉・橙山・破輩・固地・加賀美が早急に対策を練る。 「椎倉!!これはマズイっしょ!!」 「・・・これだけ大々的に宣言しました。ということは、操作されているとは言え新“手駒達”は『界刺視点』では紛れも無く加害者になります。 強制的に襲撃行動をさせられる人間達には何の罪もありません。しかし、『界刺視点』では自分達の殺し合いに巻き込まれた被害者では無くなります。つまり・・・」 「界刺は、新“手駒達”に対しても正当防衛を確実に主張できる事態になった。『シンボル』には形製が居る以上誤魔化しはできないだろう」 「債鬼君!!それもあるけど、それ以上にあの殺人鬼がヤバイよ!!」 「あぁ!チィッ・・・破輩!!」 「わかっている!!網枷の声がした付近に新“手駒達”が居たと仮定すれば、南西部に辿り着くまでにそう時間は掛からない! 一厘と鉄枷は冠に任せようと思う!何とか私と湖后腹だけでも南西部に向かわなければ大変なことになる!!」 風紀委員会は、近く訪れる最悪な可能性を予期し体を震わせる。2人の死闘に首を突っ込めば、殺されなかったとしても重傷は免れない。 普通に考えれば、重傷どころか即死すら十分に有り得る。それだけは何としてでも阻止しなければならない。 「破輩先輩!!私達176支部も行きます!!位置的には、風紀委員の中で私達が一番近いです!!」 「加賀美・・・。わかった!!椎倉!!いいな!!?」 「・・・・・・あぁ。『シンボル』の妨害も予想される。気を抜くなよ。・・・(プツッ)・・・橙山先生。西部及び南部の駆動鎧部隊をすぐに向かわせられますか!?」 「問題無いっしょ!!『ブラックウィザード』の逃走を許さないように展開していたけど・・・背に腹は代えられない!! きっと、一番先に現場に到着する筈っしょ!!網枷の宣言が本当か嘘っぱちかもその時判明するっしょ!!」 このままではいられない。そう判断した風紀委員会は、風紀委員(176支部・159支部)と警備員(西部・南部駆動鎧部隊)を南西部に急行させることを決断する。 破輩と加賀美との通信を終えた椎倉は、橙山の言葉に勇気を貰いながら通信を繋いだままの固地にも指示を出す。 「固地!!お前達178支部は、引き続き『ブラックウィザード』の上層部討伐を継続してくれ!!おそらく、これは連中の捨て身の一手だ!!無謀にも程があるがな!!」 「・・・了解した!!」 「橙山先生!!閨秀達の復帰にはまだ時間が掛かります!!東部方面の駆動鎧部隊も破輩と湖后腹、両名の能力者が抜けることと地の利も加味して再び拮抗状態に戻るでしょう!! 北部方面の駆動鎧部隊は、『ブラックウィザード』を逃さないように展開していた西部と南部のカバーに回らなければならない可能性が大です!! なので、北東部の178支部及び北部の成瀬台支部と『協力者』合同チームに『ブラックウィザード』の上層部討伐を任せることになります!!・・・よろしいですね!?」 「・・・・・・」 固地に指示を出した椎倉は、顧問である橙山に確認を取る。敵の捨て身の一手に包囲網が崩れつつある現状で、『協力者』の力を正式に仰ぐことの最終的な決断を迫る。 現状では“勝手に”付いて来ているとも言える『協力者』を頼るということは、風紀委員会が今作戦において正式に『協力者』の力を仰ぐことを意味する。 その意味・・・その重責を橙山は感じ、吟味し、熟慮した後に決断の言葉を吐く。 「いいっしょ!!『太陽の園』で『協力者』の実力はわかったわ!!寒村に伝えて頂戴!!『頼む』って!!それともう一言!!『「協力者」をしっかり守りなさい』ってね!!」 「わかりました!!」 「それと!!その『協力者』の中に界刺を含めた『シンボル』も入れるっしょ!!界刺は『自分は入れなくていい』ってほざいていたらしいけど!!」 「それは、つまり・・・!!」 「風紀委員会が正式に『シンボル』の力を・・・界刺の力を仰ぐことにすれば、界刺が負う責任を共に背負うことができるっしょ!! 具体的には、『風紀委員会が「ブラックウィザード」討伐への協力を仰いだ「シンボル」のリーダー界刺得世が突然殺人鬼の襲撃を受けて死に物狂いで交戦している』という具合よ。 仮に・・・仮に界刺が私達なり殺人鬼なり新“手駒達”なりを殺したとしても、彼の行いが法を犯すモノであったとしても、その責任は彼に協力を仰いだ私達の責任にもなる!! 責任逃れをするわけにはいかない!!彼に責任を押し付けるわけにはいかない!!彼個人的な事情があったとしても、私達はそれごと抱えてみせるっしょ!! 協力という大義名分でフォローでき得る部分は可能な限りフォローしてみせるっしょ!!そうすれば、上層部の意思で協力が非公式扱いになった場合でも融通が利くわ!!」 「橙山先生・・・!!」 「ハァ・・・何時の間にか、私は臆病になっていたのかもしれないわね。同僚達を傷付けられて・・・『ブラックウィザード』の戦力が想像以上で・・・殺人鬼も居て。 それ等を切り抜けるために、強大な能力者である界刺の力を頼り過ぎていたわ。彼の意思表明に甘えていた。・・・子供を守るのは大人の役目っしょ!!!」 橙山の脳裏に思い浮かぶのは、今も生と死の狭間で懸命に戦っている同僚達の姿。成瀬台を強襲され、幾人もの同僚が重体となった。それ以上に重傷者も出た。 それだけ今回の任務が命懸けであることを、橙山はその時心底痛感した。その上、実力が未知数な殺人鬼も同時に相手取る可能性があった。 統率者として悩みに悩んだ。そこに現れるのは界刺の存在。強大な実力者である彼が、同じく強大な実力者である殺人鬼の相手を務めてくれる。 その事実が、対『ブラックウィザード』における重大な失態を犯した風紀委員会にとってどれだけ大きいモノなのかを橙山は理解していた。 あの御坂美琴が、傷付いた警備員の代わりに原子力施設へ侵攻する『幻想猛獣』と戦った事実を思い出させる彼の意思表明。 故に、任せてしまった。殺人鬼の方から風紀委員会へ危害を加えるようなら断固抵抗するが、橙山の命令が無い限り能動的には行動を起こさないように指示を出した。 界刺との戦闘が勃発すれば接近するなとも伝えた。自分達が最優先するのは、『ブラックウィザード』討伐と拉致された人々の救出・・・それを“言い訳”にしていた。 界刺なら“言い訳”とは言わないだろう。だが、橙山はそれを“言い訳”と断じた。何故、最初からこうしなかったのか?何故、一般人に全てを任せてしまったのか? 何故、界刺得世の人生『も』最優先に考えなかったのか?並列しなかったのか?堂々巡りが続くが、今更言った所で過去は変わらない。ならば、未来を変える。今この時から。 「・・・但し、今の私達が最優先に決断しなければならないのは新“手駒達”の確保。“言い訳”でも、これは揺らいだら駄目っしょ。最優先は時と場合次第で変動する! おそらく南部部隊が一番乗りするから、彼等には新“手駒達”の無力化と確保を命じる。 これで、多少以上に新“手駒達”が界刺達の戦っている場所へ接近することを防げるわ。 そして、西部部隊には新“手駒達”の対処と界刺・殺人鬼への対処に分かれて貰う。界刺に新“手駒達”を殺させはしない!界刺と新“手駒達”のために!!絶対に!!!」 「・・・!!」 「双方共に、最終手段として界刺の鎮圧許可及び殺人鬼の殺害許可を出すわ。界刺の手を、殺人鬼如きで汚させはしない!!たとえ、彼への裏切り行為と同義だとしても!!」 「最終手段というよりは、決定事項ですよね?でも・・・俺達の想いを無視しそうですね、あいつは。・・・それでも、あいつの手を殺人鬼や新“手駒達”の血で汚させるくらいなら・・・!!」 「・・・わかっているわ。『本気』の界刺が殺し合いの邪魔をする私達を攻撃する可能性が高い以上、迂闊には手を出せないっしょ。そのために、『最終手段』って言ったのよ。 南部・西部部隊全てを2人に叩き潰されるわけにはいかない。大人数の新“手駒達”を確保するためにも、駆動鎧部隊をできるだけ残しておかなければならないわ。 唯でさえ、あの奇妙なドーム内は光学センサーで見通せないし。電波では分解能がどうしても劣化する。だから、新“手駒達”確保を最優先にする南部部隊は介入させないわ。 実質的には西部部隊に2人の対処に当たって貰う。その時々の判断は部隊長に一任するか、部隊長と共に協議して私が指示を出す。これでいいっしょ、椎倉!?」 「はい!!!」 橙山の冷静且つ的確な決断を受けて、椎倉は部下にすぐ連絡を取る。北部から侵攻している頼りになる同僚を。 「寒村!!!」 その頃の施設内北部では・・・ 「速見先輩!!今です!!」 「“速見スパイラル”!!!」 「「どりゃあああああぁぁぁぁっっっ!!!」」 『思考回廊』で武佐が“手駒達”の思考に自分の思考を叩き込むことで演算を妨害した直後に速見が特攻を仕掛け、 背中に乗っていた荒我と梯のダブルラリアットを“手駒達”の顔面に喰らわせ頭から地面に叩き落す。 無論“速見スパイラルは”止まらないので、ラリアットを喰らわせたと同時に速見にしがみ付いていた腕を解き、地面に転がり、急いで小型アンテナを取り外す。 ちなみに、荒我達は焔火が保護されたことを知っている。今の彼等は、焔火に手を出した『ブラックウィザード』に落とし前を着けるために動いている。 「益荒男共よ!!俺に続け!!!」 「緑川師範に遅れるわけにはゆかぬ!!十二人委員会!!我輩達も負けてはおれぬぞ!!」 「言われずとも!!朱花嬢は必ずやこの俺が救い出してみせる!!ゲコ太!!志道!!気を抜くな!!」 「「おう!!」」 合流した緑川と寒村は持ち前の筋肉と身体能力を武器に構成員達を薙ぎ払う。一方、啄・ゲコ太・仲場は仲間である鉄こころが開発した癖のある武器を使いこなしながら戦闘していた。 啄達の最優先目標は焔火緋花の姉である朱花の救出。これに関しては荒我達も同じ目的を抱いている。 「うわっ!?雅艶さんに麻鬼さんに峠さん!!?何でここに!!?」 「理由なんてどうでもいいわよ、林檎。それより・・・菊。あなた・・・」 「丁度いい所に来たわ、峠。雅艶に麻鬼も。今度打ち上げしない?『ブラックウィザード』討伐祝いと・・・和解の宴をね。どう?」 「ハァ?何でこの状況的にそんな話を・・・」 「いいぞ。乗った。そのためにも、この場は穏健派・過激派関係無く協力して『ブラックウィザード』を叩こうか」 「雅艶!?」 「俺も異論無い」 「麻鬼!?何!?何この展開!?私の感覚的なモノがおかしいの!!?」 「何処のどなたが存じませんが、この手のことに一々揺らいでいては世の中渡ってはいけませんよ?経験的に」 「誰!?というか何、その人生の教訓的な何かは!?私と歳そんなに変わらない娘に諭されちゃった!!?」 「うるせぇ、ガキ共!!!防弾仕様の車両だからってギャーギャー騒いでんじゃ無ぇ!!」 緑川や寒村達が去った跡に灰土操る大型車へ空間移動して来た雅艶・麻鬼・峠の過激派メンバーに面識がある林檎が驚く。 そんな中花多狩が和解の打ち上げを提案し、雅艶と麻鬼が乗り、急な提案に混乱する峠を真珠院が優しく諭し、灰土が喧しいガキ共に怒りの声を上げる。 この車には真珠院の『念動使い』が行使されており、防弾仕様も相俟って敵の襲撃にも対応できるようにしている。 そんな轟音飛び交う戦場を駆け巡っていた寒村の通信機から椎倉の声が聞こえて来た。 「寒村!!!」 「むっ!?椎倉か!!?我輩達なら心配要らぬぞ!!?一般人達も戦線へ参加する以上、現場の我輩達は覚悟を決めた。彼等と共に『ブラックウィザード』を成敗する!! 守り守られ、そして目的を達成する!!界刺は『許可』をしなくていいと言っておったが、我輩達からすればやはりそうはいかん!! 椎倉!!我輩達を灰土先生の下へ再び向かわせたのは、貴殿にもその意図があったからと見た!!故に、事後承諾ではあるが今ここで正式な『許可』を貰いたい!! 何、心配するな!!緑川師範曰く『益荒男』であるあの者達となら、必ずや良き結果を生み出せる!!いくぞ、者共!!!」 「「「「「「「「おおおおおおぉぉぉぉっっっ!!!!!」」」」」」」」 「・・・・・・そ、そうか。何か盛り上がっている所に水を差したみたいだな」 「何の!!我輩達の気勢はうなぎのぼりよ!!!」 「そうだ。さっきの網枷の宣言は聞こえたか?」 「何と!?そんなモノがあったのか!?何分、今まで銃声や爆発が飛び交う戦場に皆身を置いていたものでな!!全然気付かなんだわ!!」 「(・・・気付かなかった?橙山先生・・・どうします?)」 「(難しいわね。・・・一応北部から侵攻している寒村達には『ブラックウィザード』討伐を最優先にして貰いたいし・・・徒に気を散らす真似は避けたいわね)」 「(気勢も上がっている現状、彼等には『ブラックウィザード』討伐に集中できる環境下で活動して貰った方が良い結果に結び付く可能性も大きい。 でも・・・今回は寒村達を信じて伝えます。成瀬台を襲撃された時と同じ轍を踏みたくありません)」 「(・・・わかったしょ!)」 通信機越しに聞こえて来る寒村達のハイテンションに、椎倉と橙山は彼等に新“手駒達”のことを告げるかどうか悩む。 寒村達が網枷の宣言が聞こえなかったのには幾つかの理由があるが、一番大きかったのは侵攻が他戦線に比べて遅かった点だ。 当初、寒村・勇路・速見は灰土の車両を出て風紀委員会後方支援組と合流する予定であった。しかし、花盛支部の閨秀達が殺人鬼に撃墜されたことから目算が狂った。 椎倉からの情報を伝え聞いた勇路は、すぐに閨秀達が墜ちたであろう場所へ向かった。残る寒村と速見は、 疾走する勇路を少々援護した後に椎倉達と合流するために行動を開始したのだが、その後のやり取りで当の椎倉が合流中止を決めたのだ。 この時点で、本拠地に不時着した159支部・176支部・178支部が『ブラックウィザード』と交戦を開始していた。 奇襲に失敗した形となった状態で椎倉達後方支援組―変電施設に向かうために本拠地から離れつつあった―に合流するために、 寒村と速見が『ブラックウィザード』の本拠地から遠ざかる行動は悪手であると椎倉自身が判断し、逆に緑川を寒村達の居る場所へ向かわせた。 その合流地点として“勝手に”『ブラックウィザード』へ喧嘩を売ろうとしていた『協力者』が乗る灰土の大型車が選ばれ、連絡を取った後に緑川・寒村・速見は灰土達と再び合流した。 このすったもんだもあり、戦線突入が遅れてしまった。そのせいで、『ブラックウィザード』の構成員や“手駒達”と激戦を繰り広げている中で網枷の宣言が始まった。 176支部及び178支部は移動中、159支部の破輩は椎倉との通話のために戦線を離脱していたために網枷の言葉をきちんと聞き取ることができた。 (=一厘・鉄枷・湖后腹・冠は轟音響く戦場に身を投じていたために、網枷の宣言を上手く聞き取れていない) しかし、北部で激戦を繰り広げていた寒村達は網枷の言葉を全く聞き取れなかった。これは、車両の中に閉じ篭っていた灰土達(雅艶達含む)も同じである。 雅艶の『多角透視』なら光景を認識した時点で把握も容易だろうが、生憎彼等過激派救済委員は表立って風紀委員を手助けするつもりは無かった。 告げないことで生じるメリット・デメリットを勘案した椎倉は、仲間を信じて詳細を告げることを決断し、橙山も椎倉の決断を尊重する。 「・・・ということだ。手はもう打った。お前達は『協力者』の身を守り、その上で彼等と共にそのまま任務を続行してくれ。 侵攻具合によっては178支部とも合流するかもしれん。頼んだぞ、寒村!!!」 「了解した!!任せておけ!!!・・・(プツッ)」 「・・・ということだ、固地。寒村達と落ち合った時は、上手くやってくれ。他の178支部メンバーにもその旨をしっかり伝えてくれ」 「わかった。・・・(プツッ)」 寒村と固地への通信を切った後に、椎倉は同僚へ通信を入れる。傍に『シンボル』のメンバーが居る成瀬台支部員・・・勇路映護に。 「・・・勇路。そっちはどんな具合だ?」 「・・・とりあえず、治療中だからどうも無いよ。但し、『シンボル』の娘達が恐い目で僕を見張っているけど」 通信を受けた勇路は、治療している閨秀(+彼女の手を握っている抵部)を瞳に映しながら、傍で仁王立ちしている『シンボル』のメンバー月ノ宮向日葵と春咲桜の強烈な視線を肌で感じ取る。 中央部付近に居る彼等にも先程の網枷の宣言はハッキリ聞こえていた。その後からこの状態だ。 「・・・そうか。戦闘はしていないんだな?」 「まぁね。僕は怪我人の治療を最優先にしているから。・・・椎倉。1つ提案なんだが・・・」 「?何だ?」 「閨秀ちゃんの傷は深くてね。僕の『治癒能力』でも、もうしばらくは治療を続けなければならない。命には別状無いけど」 「・・・」 「だから、君達が取るだろう行動に僕は参戦しないよ」 勇路の決断。それは、新“手駒達”を止めるという風紀委員にとって絶対に譲れない行動に彼は参戦しないことを決めたのだ。 「勇路・・・!!」 「その代わり、ここに居る月ノ宮ちゃんと春咲ちゃんも『行動を起こさない』。そういうことになった」 「・・・それで彼女達は納得したのか?」 「不承不承ね。何せ、僕の『治癒能力』はこういう戦場では重宝されるからね。もし、界刺君が重傷を負っても僕が居ればその場で治療が可能だし。 そもそも、彼の治療も約束させられたんだよね。もっとも、彼の身体情報は知らないから重傷レベルだと効率も悪くなるだろうけど」 勇路の『治癒能力』は他者の怪我を治療することも可能だが、より効率を上げる場合は当人の身体情報を必要とする。 実は、風紀委員会が始動する前に風紀委員会に参加する風紀委員や警備員等の身体情報(MRI等)を勇路は全部頭に叩き込んでいる。 風紀委員会への参加者は全員その手の身体検査を受けており、彼等彼女等が重傷を負った時(特に内部損傷)にすぐに治癒を可能にするためである 人間の体は常に変化しているが、そこは勇路の演算能力にてカバーし、事前のデータと共に重傷の治癒を可能にしているのだ。 「これは取引さ。僕達風紀委員会の妨げになる可能性のある存在を少しでも足止めするための・・・ね」 「・・・・・・わかった。お前の意思に任せる」 「ありがとう。もし、その行動や他の行動で重傷者が出た時は僕の所に来なよ。位置はわかっているだろう?僕の所に来るより病院へ行った方がいいならそっちを選ぶべきだけど」 「あぁ・・・皆にも伝えておく」 「うん。それじゃ・・・(プツッ)」 勇路との通信が切れる。これで、少なくとも月ノ宮と春咲の妨害は無くなった。閨秀の復活にはまだ時間が掛かりそうだが、命に別状は無いとわかっただけでも朗報である。 ほんの少しだけ気を緩める椎倉の隣に居る橙山が、通信の終わった椎倉に声を掛ける。 「椎倉。西部と南部の駆動鎧部隊に指示を出したわ。とりあえず、今は西部部隊が対処するまでに界刺が“殺さないこと”と“殺されないこと”を祈るしかないわ」 「・・・わかりました。勇路の方も月ノ宮と春咲の足止めに成功しました。閨秀も命に別状は無いようです。 但し、復帰にはまだ時間が掛かりそうです。それと・・・勇路は新“手駒達”の件には関わりません。その代わり、怪我人が出た時は勇路の居る場所へ・・・という話になりました」 「・・・わかったわ(・・・唯、もし界刺が殺人鬼を殺したとしても法で裁けない気がするのよね。あの殺人鬼の存在が公になることを恐れる“誰か”の圧力によって、 殺人鬼自体が最初から存在していなかったと処理される・・・『紫狼』以外の雇い主の存在が急浮上して来た以上そんな気がしてならないっしょ。 そうなれば、法律的・対外的に界刺の行為は無かったモノになる。その“誰か”が私達にまで影響を及ぼせる力の持ち主ならの話だけど。 でも、それなら界刺が殺人鬼以外の人間・・・私達や新“手駒達”を殺さなければ・・・フッ。こういう治安組織の人間にあるまじき可能性を考えちゃうのは・・・か。 お願いだから・・・殺人鬼相手でも殺しだけは避けて、界刺。それ以外なら、何とでもしてみせるから。 それにしても、今回の件では学園都市に潜む色んな影が見え隠れしているわね。・・・嫌になるわ、ホント。 情報操作に隠蔽工作、薬物氾濫に実験場・・・イカれた人間がこの街には住んでいる。・・・だからこそ、治安組織である私達は強い意志を常に持っていなきゃなんないっしょ!!)」 椎倉の言葉から勇路の取った行動に当てを付けた橙山は、警備員として培って来た経験を基にした思案を経た最後に1つ気に掛かっていたことを椎倉に問う。 「ねぇ、椎倉。この捨て身の一手・・・誰が出したと思う?」 「・・・・・・誰が出したにせよ、トップを通しての筈です。つまり・・・」 「『ブラックウィザード』のリーダー・・・東雲真慈・・・!!!」 東雲真慈。“孤独を往く皇帝”と謳われる『ブラックウィザード』のリーダー。『力』に狂う男。有害と判断すれば、仲間でさえ容赦無く切り捨てると言われる男。 「・・・これ程損得ってヤツを無視する人間だとは思わなかったわ。この捨て身の一手で逃げ延びたとしても、『ブラックウィザード』の存続自体が危うくなるでしょうに・・・」 「現在進行中で護衛にもなる新“手駒達”の大半を切り捨てていますから、自分達の身すら危うく・・・・・・」 「・・・椎倉?」 橙山が怪訝な視線を椎倉に送る。その送られた側である椎倉は、かつて界刺から忠告されたあの言葉を思い出す。思い出し・・・それを橙山にも伝える。 「・・・“3条件”を受け入れたあの部屋で、界刺にこう言われたんですよ。『仮に、薬の氾濫を抑えたとしても、あいつは別の手段で「力」を生み出せることを証明するだろう』と。 『風紀委員が最優先に考えなきゃいけないのは、「薬の氾濫を食い止める」ことでも、「薬物中毒者を救う」ことでも、「『ブラックウィザード』を潰す」ことでも無い。 「元凶である東雲真慈を潰す」ことだ。そこを履き違えたら・・・君達全員が痛い目を見ることになるよ?最悪命に関わるような・・・ね』・・・と」 「最優先じゃ無いこと・・・現状で言うなら『新“手駒達”を救う』ために動けば痛い目を見る・・・か。最悪命に関わること・・・か。今の私達としては最優先だけど。 界刺も当時はこの事態を予期していたわけじゃ無いでしょうけど、まさにその通りになりそうな流れよね。・・・東雲真慈を私達が見誤っていたってことかしら?」 「・・・・・・かもしれません。あいつは、東雲真慈と直に会ったことがありますから。その時から、東雲のネジの外れ具合を肌で感じ取っていたのかもしれません。 俺達も言葉では聞いていました。俺達治安組織に大々的に襲撃を仕掛けた時点で、東雲の異常さについてはわかっていたつもりでした。でも・・・どうやら甘かったみたいです」 「“孤独を往く皇帝”・・・東雲真慈。『ブラックウィザード』は、彼にとって幾らでも替えが利く存在でしか無いのかもしれないわね」 椎倉と橙山は“弧皇”の異常さに心身を震わせる。『ブラックウィザード』は、彼にとってその程度のモノでしか無いのか。であれば、この捨て身の一手も理解できる。 (無論、この解釈は間違っている。東雲にとって、『ブラックウィザード』は己の『力』である。自身と同じ故に、東雲真慈が健在である限り『ブラックウィザード』は滅びない。 自身と同じ故に、“何でもできる”。加えて、今回は永観達への対策という意味もあった。もし、永観達が妙な言動をしていなければこんな捨て身の一手を打つことは無かった可能性が高い) 混迷の色を増して来た戦場に、多大な不安を抱かずにはいられない椎倉と橙山であった。 では、その中心地となる南西部・・・【閃苛絢爛の鏡界】内で死闘を繰り広げている2人はというと・・・ 「よぅ、ウェイン!!“人気者”は辛ぇな!!!」 「フン。俺は“人気者”になった覚えは無いが?」 「なら“嫌われ者”か!?ハハハッッ!!俺もテメェも大層嫌われているみてぇだし!!!」 「ククッ・・・かもしれん」 軽口を叩く“閃光の英雄”界刺得世は、その態度とは裏腹に体の各所から血を流していた。 全て軽症の範囲を超えない程度とは言え、血を流し続けているのは余り良い状態とは言えない。 一方、“世界に選ばれし強大なる存在者”ウェイン・メディスンは、表面上では傷を負っているようには見えない。 しかし、蜘蛛糸の鎧に覆われている体の数箇所に光線による穴が開いていた。もちろん、全て縫合済み+念動力による身体制御で戦闘に差し支えは無い。 「こっからはいよいよ乱戦になりそうだな!!折角1対1(サシ)でやってたってのによぉ!!生死の境を行き来するこのゾクゾクする感覚は1年以上振りだってのによぉ!! 騒ぎやがる血を!踊り出しやがる身体を!!『本気』の“自分自身”を制御しようとメッチャ努力してんのによぉ!!ウゼェなあ!!!本当にウゼェ!!!」 「弱者程群がる習性は強くなる。群がらなければ強く出られない。ククッ、弱者らしい行動だ。だが、それも無意味なこと。 弱者が単純に数を増やした所で強者足る俺に勝てるとでも?駆動鎧のような絡繰仕掛けを幾つも用いれば俺を倒せるとでも? 弱者である限りどれだけ集まろうが所詮は弱者でしか無い。強者が何故『強者』と呼ばれているのか・・・それは実力と共に偶然必然が強者に味方するからだ。 あるいは、味方をしなくとも強者は己が実力で運命を切り開くことができるからだ。“窮鼠猫を噛む”とは言うが、あんなモノは強者の真足る力を知らぬ弱者がほざく言葉だ。 噛んだ時点で、その者は弱者では無い。なのに、弱者はその者を弱者(どうるい)と見たがる。または、その者が己を弱者と見做し続ける。つくづく愚かだな。 強者と弱者の差はまさにそこにある。真に気付く者は偶然必然を味方に付け、ややもすればこの学園都市最強のレベル5にすら勝ち得るかもしれん。 そして、真に気付かぬ者は何時まで経っても弱者のままだ。群れながらわざわざ俺に殺されるがために来る連中はまさしくそれだ。おとなしく餌を追い詰めておけばいいものを。 先日弱者足る風紀委員 ジャッジメント が強者(おれ)を審判(ジャッジ)しようとして無様に返り討ちを喰らったのと同じ愚を犯すか。ククッ・・・滑稽なことだ」 「ハハッ!その言葉、どっかの負け犬お嬢様に聞かせてやりてぇモンだな!!ハハハッッ!!!」 『閃光大剣』を構えながら“不良”は修羅の笑みを浮かべる。何時ものような胡散臭さ満点な表情では無いそれは、まるで殺し合いを愉しんでいるかのような“戦鬼”の貌。 そんな彼が持つ『閃光大剣』とは、『閃光剣』状態の ダークナイト を連結状態にした超高温度の長棒である。 『閃熱銃』発射前の状態にした後に『閃光剣』に転換することで成立する『閃光大剣』は、『閃熱銃』時に発生した超高温度を保つセラミック系非金属物質と、 非金属物質から放射される熱線を『光学装飾』で制御・運用している。『閃熱銃』と同じく長時間の運用はできない。 一見不利な界刺が笑みを浮かべているのは、【雪華紋様】による光線が通じる境目を見極めたからだ。具体的には、5条を1条に集約すればあの【獅骸紘虐】を貫けることを確認した。 「ここに来る“手駒達”は、数日前に『ブラックウィザード』が拉致った一般人が材料だけどよぉ!!テメェはどうすんだ!!?」 界刺は確認する。仕事に無関係な人間を『無闇』に殺さないのがウェインの主義。ならば、今回はその主義に当て嵌まるのか? 「俺の邪魔をするのなら排除する。それだけだ」 答えはNo。ウェインにとって、相手が操作された罪無き一般人であっても自分に危害を加える―そして仕事の邪魔をする―のであれば誰だろうが排除することに変わり無いのだ。 「ハハハハハッッッ!!!」 ウェインの答えを聞いた『本気』の“戦鬼”は・・・嗤う。冷酷な瞳と笑みを浮かべながら。 「奇遇だな!!俺も同じ気分だよ!!!」 敵であるならば容赦しない。今まさに、“戦鬼”と“怪物”の意思は確かに同じを見た。 continue!!
https://w.atwiki.jp/rockyou11/pages/144.html
種類:杖 装備可能クラス:WI 基本攻撃力:1/1 重さ:15 材質:木 特殊:MPR+5、SP+2 TYPE ノーマル アンデッド 悪魔 通常 1.0/ 1.0 1.0/ 1.0 1.0/ 1.0 地下大空洞のブラックウィザードや、ラスタバド城のダークウィザードなどがドロップする。 ボス戦など、攻撃魔法の威力を上げたい時に使用する。 ブラック ウィザードが使用するスタッフ。魔法ボーナス(SP)が2追加され、MP回復率が増加します。
https://w.atwiki.jp/indexorichara/pages/1371.html
“ゲコ太マン”の檄を受けた幼子達にボッコボコにされている“カワズ”は、心中でこう思った。 「(な、何でこんな流れになってんだっけ・・・?)」 そもそもの話、『ゲコ太マンと愉快なカエル達』はボランティアとしてこの第19学区を来訪したのである。 目的は『置き去り』の幼子達を元気付けるため。これは、ゲコ太マスク・免力強也・盛富士泰山が企画したモノであった。 この3人は、学業などの合間をぬって『置き去り』の施設にボランティアに訪れており(免力は盛富士の付き添いとして)、それが3人の出会いでもあった。 しかも、免力と盛富士が仲場の後輩であり、仲場自身も2人を可愛がっていることもあってすぐに意気投合した。だが、そんな彼等にある悲しい情報が知らされる。 『・・・取り壊し・・・ですか?』 それは、何回か訪問していた『置き去り』の施設『太陽の園』の取り壊し。 第4学区に近い森林に覆われている比較的高地に建設された『太陽の園』は個人経営であり、学園都市から下りる補助金と施設主の財力だけで賄って来た。 施設としては中型~大型の間で、学校兼寝泊り施設の性質を持ち合わせていた。ここに居る『置き去り』は幼稚園~小学生の年代ばかりであり、人数も数百名存在した。 初めは、再開発の失敗により地価が割安なのを狙いとして『太陽の園』を建設した。だが、失敗の綻びは年月を経るごとに予想以上の皺寄せを齎した。 食べ盛りの子供達のために大量の食材等を買いに行く時も、一々第19学区を出なければならなかった。彼等の食事所を賄う程の食品会社は、第19学区には存在しなかった。 自分達で食物栽培するのにも、その原材料を他学区にある店に頼らなければならない以上、運送費・燃費等が余計にかさむ。 その上、当初の想定以上に『置き去り』の子供達が施設に入学した。これは、子供達を見捨てられない施設主の個人的感情が大きな理由であったが、結果として財政を圧迫した。 借金もして何とか経営を続けて来たが、それももう限界。だが、子供達を路頭に迷わせるわけにはいかない。苦悶の日々。そこに、救いの手が差し伸べられた。 『ンフッ。あなたの苦労、私も身に染みてわかります。私も『置き去り』だったので。ですから、あなたの意思を私に、私達に引き継がせて頂けませんか?』 それは、土地及び施設を買い取りたいという申し出であった。目的は、『「置き去り」の保護』。 直接対面し交渉した相手は、およそ20歳前後の麗しき女性であった。元『置き去り』らしく、その手の情報にすごく詳しかった。『置き去り』を取り巻く劣悪な環境も。 買い取る金額は、施設主の想定以上のモノであった。これなら、借金さえも完済できる金額。施設主自身が老齢だったこともあり、誰かに引き継いで貰いたいという思いもあった。 何回か交渉する間に麗しき女性に対する信頼度は上がり、遂に施設主は売却の決断をする。 『だったら、拙者達の力で子供達を元気付けてあげようではござらんか!!』 売却に伴う『太陽の園』の改築のために、一時的に施設に居た子供達はちりじりとなる。今までお世話になった『太陽の園』、そして友達との(一時的な)別れ。 子供達の心には、多少以上の動揺が広がった。それは無理も無いこと。親が蒸発し、頼って来た大人や学び舎が無くなるのだ。 だから、ゲコ太達は子供達の心を元気付けようと何らかの催し物を行おうと決めた。その情報が啄に伝わり、結果として『ゲコ太マンと愉快なカエル達』が結成された。 『風紀委員・・・か。それもいいだろう!!お前達を、『ゲコ太マンと愉快なカエル達』の一員として迎えてやろう!!!』 『な、何でここに界刺先輩が!!?』 『それはこっちの台詞だよ』 そんな折に出会ったのが成瀬台支部の単独行動組である。話を聞くと、免力と盛富士は押花と友人関係であり、押花の方からアクションがあったようだ。 時々『置き去り』の施設にボランティアに赴いている免力と盛富士ならば、何か有効性のある情報を持っているかもしれない。 そう押花は考え、結果として有効性のある情報を入手した。『太陽の園』の現状を知り、椎倉の決断の下彼等2人に協力を仰いだ。 本当なら、一般人の関与はなるべく避けなければならない。だが、『置き去り』の施設の周辺を『ブラックウィザード』の人間がうろついている可能性は否定できない。 その中に、普段来訪していない人間がいきなり赴くのは不自然だ。だから、来訪している人間の力が要る。単独行動組に押花の参加が決まった瞬間であった。 が・・・さすがにそれが『ゲコ太マンと愉快なカエル達』であったことは、押花や椎倉にも予想ができなかった。 『あれが、お兄さんが言ってた筋肉ダルマに筋肉の裸王なんだ!!すっごく楽しそうな人達だね!!私も、あの人達のようにおっきくなりたいなぁ』 『寒村・・・』 『勇路・・・』 『『同士発見!!!』』 『シンボル』や救済委員と、風紀委員とでは水と油の関係と見ても不思議では無い。そんな両者を繋ぎ合わせるのは、無論それ以外のメンバーである。 まずは、春咲林檎。彼女は、以前に“カワズ”によって病院送りにされた時に成瀬台に居る筋肉の化物達の話をボコボコにした当人から聞かされていた。 背は低く、胸もペッタンコ。小学高学年レベルの身体である林檎は、筋肉ムッキムキの化物達にある種の憧憬を抱いていた。 故に、自分も彼等のように大きくなりたいと言葉に出した。出してしまった。その言葉を筋肉コンビが聞き逃す筈も無かった。 『・・・押花君。・・・僕達の目的は知ってるよね?』 『「太陽の園」の子供達を元気付けるために~、僕達は集まったんだよ~』 『そ、それは・・・』 『確かに、免力君や盛富士君の言う通りだね。僕達はお願いしている立場なんだし』 “変人”に目に物見せてやる気概を抱いていた押花としては、この場にあの男が居ることに些かの抵抗があった。 だが、免力と盛富士の言っていることはもっともだ。速見も言うように、こっちはお願いしてる身である。 自分達が風紀委員と悟られないように活動する手段も用意してくれた。なのに、それをぶち壊すような真似を自分はするのか?個人的な感情で? それは・・・絶対に許されることでは無かった。自分達に与えられた職責を鑑みて。 『・・・ふぅ。そういうことか。・・・色んなモンが収束し始めてるな。こういう時は・・・逃がしちゃくれねぇか』 『『“カワズ”様?』』 『いや・・・何でもないよ。“ゲロゲロ”。あいつ等成瀬台支部の人間をよく見ておくといい。世界ってヤツは、俺だけじゃなくてお前も逃すつもりは無ぇみたいだぜ?』 『・・・・・・わかった』 成瀬台支部が何故ここに居るのか?何故『置き去り』の調査をしているのかに見当を付けた“カワズ”は、傍らに居る風路に声を掛ける。 対する風路も、成瀬台支部の人間を目に焼き付ける。あの男達が、果たして自分が信じるに値する人間なのか。その答えは、彼自身が見出さなければならない。 これ等紆余曲折を経て、成瀬台支部を加えた『ゲコ太マンと愉快なカエル達』は『太陽の園』へと向かった。 「(・・・たく、本当に面倒臭ぇ)」 指導が一旦終了しボロボロになっている“カワズ”は、心中で愚痴を零す。この流れだと、否応無しに『ブラックウィザード』の件に巻き込まれる公算が大だった。 「(風路の件で準備し始めてるけど、そこまで本格的に関わるつもりは無かったんだがな。折角ハバラッチや加賀美へのアドバイスだって、限定的なモノにしたってのに。 だから、“3条件”も突き付けて“線引き”をキッチリしたんだし、破輩に言った『事実』も真刺達次第っていう縛りを付けたのに。 サーヤに関しては、気が向いたら個人的に助力するつもりだったけど。・・・こうなったら、色んな意味で本気になって考えないといけねぇな)」 “カワズ”が懸念しているのは、“線引き”があやふやになること。風紀委員である意味を、“カワズ”は当人達以上に考えていた。 「(『シンボル』は、あくまでボランティアでしか無い。だから、“3条件”とかを突き付けて正式な治安組織であるあいつ等の反感を買ったってのに。 これじゃ、元の木阿弥になりかねない。風紀委員であるという矜持を、俺は否定するつもりは無い。 時と場合によってはその優先順位は変動するかもしんねぇけど。だが、変動したのならそれはいずれ戻さないといけねぇ。 そこら辺のことを、一部の風紀委員ができなくなってくる可能性がある。俺達が関われば関わる程あいつ等の心中にその辺の危うさが生まれる。 別に、俺はあいつ等と優劣を競い合うために“3条件”を突き付けたわけじゃ無ぇし。風紀委員てのは、もちっと自分ってヤツを保持できていると思ってたんだがな。 俺達が成瀬台支部と同行することは、すぐにでも椎倉先輩達に伝えただろう。・・・俺達の動きに影響され過ぎているきらいがあるな。 現状だと悪い意味の方が上回ってるかな?偶然風路が俺を訪ねて来たのも、それに拍車を掛けてるな。・・・やり過ぎたか?・・・・・・ハァ。 相対評価に気を取られ過ぎたっつーの。そう仕向けたのは俺だけど、もっとガンガン反発して来いっての。 ちったぁ、あの病室で俺に負けないって零した鉄枷の野郎とか俺に屈さないって断言した鈴音とかを見習えってんだ。依存しまくりのヒバンナの二の舞になってんじゃ無ぇよ)」 重徳事変、救済委員事件、そして『ブラックウィザード』の件。いずれにも『シンボル』が大きく関わったために生まれた、それは歪み。 「(・・・この件が片付いたら、しばらく『シンボル』の活動は休止した方がよさそうだ。いい加減、風紀委員が俺達に大きく影響される関係を断ち切らねぇと。 あいつ等がしっかりしてりゃあこんなことをしなくてもよかったんだけど。まぁ、内通者が居る時点で行動を読まれない意味から部外者の俺を頼りたくなる気持ちはわかるけど。 獅子身中の虫・・・か。ちょっぴり同情するぜ。だけど、このままだと『シンボル』が面倒臭い所に目を付けられる・・・いや、もう付けられている可能性もある。 その辺りの確認も込めて、最新の情報を掴むために一度情報販売の所に行く必要があるな。あいつからブン捕れるモンはブン捕っておかないと。 どうせ、もうちょっとしたら清廉さんの所に行かないといけなかったし。その時にあいつに会いに行こうか)」 今後の『シンボル』の活動、そして、現在の状況を総合的に判断して思考を纏めて行く。 「(この分だと、あの殺人鬼とも本当にぶつかる羽目になる可能性が高いな。野郎も『ブラックウィザード』を潰すために追っているからな。 だが、網枷が健在な所を見ると野郎も本拠地を見付けられて無いんだ。俺も風路の件でいずれ本拠地を見付け出して殴り込みを掛ける可能性がある。 その場に殺人鬼が居て・・・風紀委員や警備員も居て・・・『置き去り』や一般人を用いた“手駒達”も居て・・・・・・・・・まてよ)」 故に、気付いた。自分が想定する戦場で、誰がどのような行動に出るか。その中でも“風紀委員や警備員にとって”最悪の可能性を。 「(・・・有り得るな。つーか、それに似たような展開は十分にある。昨日のヒバンナ達の暴走・・・網枷・・・“手駒達”の『中身』・・・そして東雲の思考を考えると。 俺も正直殺人鬼を相手にするので手一杯になるだろうし、何より敵を殺す気満々の『本気』だろうからな。清廉さんに依頼した件だって、完全に効力を発揮する保証は無い。 一般人に表立った実害が出ていない現状が続くと仮定をする。この条件の下、風紀委員達が全く知らねぇ『置き去り』や一般人ならギリギリ止む無しって思考ができるかもしんねぇ。 けど、顔見知りもしくは表立った実害が出たらそれこそ連中は退くに退けなくなる。そこを東雲が容赦無く突いて来るかもしんねぇ!!仲間の反対を押し切ってでも!!)」 仲間であっても自分に害を及ぼすなら切り捨てる“弧皇”は、仲間である『者達』を平然と使い潰すこともできる筈だ。『できる』とは、すなわち取れる手段が増えるということ。 「(考えを纏める。“風紀委員や警備員にとって”最悪の可能性。つまり、『そいつ等が殺人鬼に殺されるよう』に東雲が自身に及ぶ危険性を上げても仕向ける可能性はある・・・!! その場合、風紀委員達は“敵を助けるため”に手を出さざるを得ない。どうせ、役割分担とでも言って連中の一部は最優先の『東雲真慈討伐』をほっぽり出してでも動くだろう。 手を出す相手としては、言うまでも無く殺人鬼と・・・敵を殺しに掛かる『本気』の俺!!俺に殺される可能性を自分達の手で作り出しやがるってことだ!!・・・くそっ!!)」 正直な話、そんな可能性は考えたくない。だが、戦場とは冷酷無慈悲な世界であることを、“変人”は十二分に知り尽くしていた。 「(チッ・・・そうなったら命の危険を齎してでも、あいつと殺り合いながらでも俺の手で“手駒達”や風紀委員達をぶっ潰すしかねぇんだよな。 じゃねぇと、あいつ等が死ぬ。殺人鬼が自分に刃向かう人間相手に手を抜く理由なんて普通は無い。 話を聞く限り、野郎は仕事の邪魔にならなくなった人間に追い討ちを掛けるような快楽殺人者じゃ無ぇ。そこを突けば・・・何とかなるか? “3条件”があるから別の意味で表面上は何とかなるだろうけど・・・う~ん。でも、あいつ相手に『本気』じゃ無いってのは有り得ねぇ。 俺の『本気』・・・『光学装飾』の“戦闘色 バトルモード ”・・・【閃苛絢爛の鏡界 せんかけんらんのきょうかい 】は必ず出す。出し惜しみしてたらこっちが殺される。 “雪”の【雪華紋様 せっかもんよう 】・・・“月”の【月譁紋様 げつがもんよう 】・・・“花”の【千花紋様 せんかもんよう 】・・・総じて【雪月花】。・・・1年以上振りだな)」 “閃光の英雄”足る証でもある【閃苛絢爛の鏡界】と、【鏡界】の真実足る【雪月花】。“猛獣”との死闘以降、1度も実戦で出したことが無い―出すことを恐れた―『光学装飾』の“戦闘色”。 欠陥が目立った当時に比べて、その力はいずれも進化している人を殺める力。“超近赤外線”完全習得の暁―今日中に習得完了予定―には更なる進化を遂げる界刺得世の『本気』。 相性が大きいとは言え、まともに戦り合う+対象が【鏡界】内に居る限りあの176支部最強の実力を誇る“剣神”や風輪学園第2位に座す“風嵐烈女 ふうらんれつじょ ”、 救済委員事件で不動・水楯・仮屋の3名を相手取った“花盛の宙姫”をも仕留めることができる“絶望”の異界。 言い換えれば、彼等彼女等を殺すことができる程の力を持っていなければあの殺人鬼と渡り合うことなどできはしない。訪れる凄惨な戦渦を生き抜くことなどできはしない。 “英雄(ヒーロー)”は強く在らねばならない。例え“英雄”が望まなくても、“英雄”が自身を“ヒーロー”だと捉えていなくても、 “求める者”が存在する限り『押し付けられる』。 風路にしろ葉原にしろ他の者にしろ、“英雄”を辞めている状態にも関わらず彼を頼っている。否、“ヒーロー”として彼を見ている。もし、これが“英雄”健在であったならば・・・。 故に、“閃光の英雄”は“英雄”を辞めた・・・一面もある。“求める者”自身の自己否定に繋がる恐れがあるから。何より・・・人を殺めてしまう力を好き好んで使いたく無い。 この苦悩を“求める者”が理解するのは困難である。理由は言うまでも無い。敢えて言うなら・・・“求めた”時点で理解を放棄しているが故に。苦悩を無視しているが故に。 『頼む!!アンタの力を俺に貸してくれ!!!俺の・・・俺の妹、風路鏡子を「ブラックウィザード」から助け出して欲しいんだ!!!!!』 『だったら・・・あなたしかいない!!私が縋れるのは・・・結果を出し続けている「シンボル」のリーダー、界刺得世しかいない!!』 『でも・・・こんなことをお願いできるのは、お兄さんしかいないんだ・・・。あたしの性根を叩き直して欲しいんだ』 要求は幾らでも突き付ける。“求める者”が抱く譲れないモノを無遠慮に、際限無く。 『俺が何のために大金を払ってまで情報を買ったと思ってんだ!!!』 『あなたは・・・とても恐ろしい人でもありますね』 『見てたんなら少しくらい助けてくれたっていいのに』 文句は幾らでも言う。“求める者”が抱く思い通りにならないのなら、際限無く。この“英雄(ヒーロー)”が背負わされる哀しき宿命を、“一般人”は中々わかろうとしない。 『“英雄(ヒーロー)”の方が“一般人”の想いや苦悩をわかろうとしない』と反論するのかもしれない。だが、物事はおよそ表裏一体である。表があれば裏もある。有り得るのだ。 「(ふぅ・・・その過程で殺し屋の牙が風紀委員達にも向く。幾ら椎倉先輩の命令つっても、あの可能性なら絶対に風紀委員達は立ち塞がる。そしたら、ジ・エンドだ。 あいつ等が野垂れ死にようが無様な死を遂げようが極論を言えばどうでもいいんだけど、俺の真ん前でそれを何度も見せられたら後味が悪いっつーの。できるだけ抑えないと・・・。 もしかしたら、俺って風紀委員達のために働く一番の功労者じゃね?綺麗事しか言わねぇ連中には、絶対に理解して貰えないだろうけど)」 かもしれない。但し、その労力を絶対にわかって貰えない所か、恨みを持たれてしまう可能性が大なのが頭の痛い所。 「(どうせ、口で言ってもわかんねぇだろうし。まぁ、普通の人間の思考ならあいつ等が取るだろう行動の方が正しいんだろうな。でも、戦場で普通は通用しない場合がある。 かといって、あいつ等を・・・なぁ。・・・今から『殺そうとする一瞬手前でずらす』イメージトレーニングでもしとこうかな?それを『本気』の時に反映できるように励むか。 そうならない可能性ももちろんあるけど、そこら辺まで想定しとかないといざって時に動けなくなる。 本当に余計な面倒事を持って来るぜ、風紀委員。・・・こうなりゃ、それさえも利用してクッキリ“線引き”を引き直してやるか!! 俺のためにが前提だけど、あいつ等のためにもキバるか!!反発する気力を力尽くで引っ張り出してやる!!相当な痛み付きでな!!後は・・・あいつ等次第か)」 “カワズ”は来るべき刻に備えて、様々な思考を張り巡らして行く。自分を含めた誰もが痛い目を見ることになるかもしれない戦場に思いを馳せ、只管考える。 今の彼には楽観的な観測など存在しない。あるのは、生き残りを懸けるに値する可能性を見出すこと。自分の信念を貫くために、絶対に後悔しないために、碧髪の男は考え続ける。 「はい、固地君。あ~ん」 「・・・・・・」 ここは、『マリンウォール』にあるレストラン街の一角にあるハンバーガーショップ。近くにあるテーブルに座って昼食を取っているのは固地と立川。 もちろん、固地は無理矢理連れて来られたのである。固地の予定は、彼女のせいで全部狂いっ放しである。 「(くそっ!雅艶達と緊密に連絡を取り合わなければならないのに、俺は何故こんな所に・・・)」 「スキ有り!」 「ハムッ!?」 考え事に集中していた固地にスキを見た立川が、手に持っていたフライドポテトを彼の口に放り込む。 『マリンウォール』に泳ぎに誘ったのは立川である。早朝に『固地君!遊ぼっ!』と言って固地の部屋に訪ねて来たのだ。 「フフフ」 「・・・・・・(ムシャムシャ)」 「・・・怒ってる?」 「・・・別に。お前の能天気な顔を見てると、怒る気も失せる」 「ひっど~い!!」 膨れっ面をする立川に、固地は溜息を吐くだけに留める。彼女が自分のために動いてくれていることがわかっているために。 「固地君って、気が利くのか気が利かないのかよくわかんないよね。さっきも『私の水着・・・似合ってる?』って聞いたら、『どうでもいい』って返事だったし」 「私生活まで気を張ってどうするんだ?オン・オフの切り替えはきちんとしないと、それこそ体が持たないぞ?」 「つまり、固地君は紛れも無いズボラだってことだね」 「・・・・・・」 よくもまぁ、ここまでツッコミを入れてくるものだと固地は感心してしまう。彼女と知り合ってから、自分も少し変わって来たように感じてしまっている程に。 「フフフ。でも、よかったよ」 「何がだ?」 「固地君が元気そうで。だって、図書館で会った時の固地君の顔色って余り良くなかったし」 「・・・!!」 「休暇を取らされたって聞いた時は、そんなにヤバイんだって心配したんだから」 「・・・そうか。心配掛けたな」 「ううん!私にできることがあるなら、少しでも力になりたいなって私自身が思ってやってるだけのことだもん! 友達が殆ど居なさそうな固地君の力になってあげられるのは、国鳥ヶ原だと私くらいだし!」 立川という少女は、国鳥ヶ原では『物凄い度胸のある善人』だと思われている。その理由は、持ち得る特殊な力が起因となっている。 その力に名称は無い。何故なら、彼女は如何なる科学的な検査でもっても何の能力さえも検出できない、『正真正銘の無能力者』であるからだ。 その正体は、『龍脈を流れる世界の力を取り込み生命力にする能力』。世界の力は能力者の体内で生命力に変換される為無尽蔵の生命力を持つ。 つまり、彼女は事実上の不老不死となっている。立川自身は『不可思議』と名付けているが、所謂無自覚の原石である。 そのために、『自分が傷つくことへの恐怖』という感情が著しく欠如しており、一般人なら怯んでしまうような事態でも物怖じせずにどんどん行動できる。 逆に言えば、自分の身を省みないということと直結しており、客観的に見れば結構危ない状態であった。 「固地君がズバズバ突っ込んでくれるから、私も少しずつ考えるようになったし。猪突猛進の弊害っていうか、後先考えない行動が齎すモノとかにも気付けたし」 「俺は、お前の行動が余りにもツッコミ所が多過ぎたから、気に入らなくてモノを申しただけだ。別にお前のためにやったわけじゃあ・・・」 「そのせいで、『善人』として周囲から評価を受けていた私に妬みを持っていた人達の視線が固地君に集まった。 辛辣な言葉を浴びせられる私にスッキリしていた人間達を、あなたは次々に検挙や補導をしていった。 表面的には国鳥ヶ原支部主導で行ったことになってるけど、あなたが中心に居たのは目に見えていた。だから、彼等の視線は何時の間にか私じゃ無くて固地君に行っちゃった」 「連中は不良共だ。奴等が問題を起こせば、対処するのは普通のことだろ?本当は、国鳥ヶ原支部の風紀委員が率先してしなければならない仕事だぞ? 俺は178支部の風紀委員だ。管轄外で行動すると挑発込みで言ってるのも、その管轄の風紀委員を奮い立たせるためだ」 「・・・それでも、私は固地君に感謝してるの。あのままだと、私の身に何か不幸が降り掛かったかもしれない。そんな可能性を排除どころか背負ってくれたのは固地君よ。 “『悪鬼』”なんて言われてても、私にとって固地君は恩人だもん。だから、私は色々考えた上でこうして固地君を遊びに誘ってるんだよ?」 もしかしたら、目の前の男には特段の理由は無かったのかもしれない。単に不良を検挙できる理由として、自分を利用しただけなのかもしれない。 でも、それが己に齎したモノは想像以上に大きかった。彼が、何故自分に辛辣な言葉を吐くのかを考えるようになった。自分の行動に疑問を持つようになった。 そして、理解した。自身の行動に潜んでいた危うさに。そして、気付いた。『善人』に嫉妬の視線を送っていた人間が、“『悪鬼』”にその視線を変更していたことに。 「・・・ふぅ。お前は紛れも無い『善人』だ。俺が認めるくらいにな」 「・・・固地君だってそうじゃないの?」 「違うな。俺は『善人』じゃ無い。どちらかと言えば、『悪人』に近い部類の人間だ」 「・・・何でそんなことを言うの?・・・悪ぶって・・・カッコつけたりしてるの?」 「俺のことは俺が一番良く理解している。その俺がそう判断しているんだ。こんなことでカッコつけてどうする?それで、俺に一体何の得がある?」 「・・・無いね。・・・・・・私は、固地君の味方だから。『悪人』に近付くことをわかっていながら迷い無く進むあなたを、私は絶対に見捨てないから」 この男の心中は、今をもって計り知れない。だからこそ、わかろうとする努力を怠ってはいけない。 こんな面倒臭い人間は、今まで出会ったことが無い。周囲の人間は、何時も自分に好意的な視線や言葉を向けてくれた。心を開いてくれた。 それが原因で敵を作っていたようだが、そんな人間まで彼女は理解しようとする。底無しの『善人』であるが故に。 『後先考えずに唯見過ごせないという理由だけで突っ込むとは・・・とんだ愚か者が居たモンだ。ハーハハハッ!!』 固地債鬼は敵では無い。友人、恩人の類だ。だが、彼は未だにその心の奥底を自分に見せようとしない。自分も、理解するのにかなり手間取っている。 本来なら、彼のことなんか放っておけばいいのかもしれない。普通に接して、普通に話す。それだけでいいのかもしれない。 しかし、立川奈枯はそう判断しなかった。むしろ、絶対に理解してやろうとさえ思ってしまった。自分とは違う危うさを持つ彼を・・・放っておけなかった。 「さっさと見捨てた方がお前のためだぞ?何回も言ってるがな」 「嫌。絶対に見捨てない。あなたを・・・絶対に理解してみせる。その在り方に納得できなかったとしても」 「・・・加賀美並のしつこさだな」 「・・・加賀美さんも?」 「あぁ。あいつも、俺にどれだけキツイ言葉を浴びせられても必死に喰らい付いて来た。どうやら、俺はしつこ過ぎる人間を苦手としているらしいな」 「・・・・・・そうか。加賀美さんもか・・・」 「ん?どうした?」 立川の声が小さくなったのを不審がる固地。対する立川は、何やら決心めいた何かを心中で図ったようで・・・ 「固地君。そういう人間・・・つまり私や加賀美さんは大事にしなきゃいけないよ?」 「・・・何故だ?」 「あなたを理解しようとしてくれる人間を、1人でも多く作らないと!それはきっと、あなたのためにもなると思うから!だから・・・指切り!」 「んっ!?」 立川が、無理矢理固地の小指と自分の小指を絡め合う。 「約束だからね?この指を切ったら、絶対に守らないといけないよ?」 「だったら、切らない」 「何をぉ~?む~!!」 「フン!!」 「・・・つ、強いね、指の力」 「鍛えてるからな」 固地の抵抗を受けて、指を切れない立川。並外れた意地の強さは、さすが固地と言った所か。・・・素直になれないだけとも言えるが。 「・・・ハァ、ハァ。く、くそ~」 「さっさと諦めた方が身のためだぞ?」 「だ、誰が諦めるモンか~!」 「だが、どうする?お前の力では、俺の力には勝てんぞ?」 「・・・・・・だったら・・・・・・おりゃあ!!(ヌオッ)」 「うおっ!?」 どうしても指切りをしたい立川が、身を乗り出した後に固地目掛けて頭突きを敢行した。だが、それは固地の咄嗟の反応にてかわされる。 「うっ!?」 「甘い。お前の頭突きなど・・・」 「・・・・・・」 かわされた側の立川の顔が、固地の右肩に乗る。彼女の吐息が、固地の耳朶を擽る。頬と頬がくっ付く程に接近している。 「・・・・・・何故止まってる?早く俺の肩から・・・」 「・・・・・・固地君を尾行してる人が居るでしょ?」 「!!?」 固地は驚きの視線を立川に向ける。顔色にまで表さなかったものの、体が触れ合っている立川にとっては固地が一瞬震えたのを見逃す筈も無かった。 「・・・人の流れとかがわかるみたいな力が私にあるのは固地君も知ってるよね?」 「あぁ。それが、勘レベルだとも聞いてるがな」 「そうだね。・・・その勘っていうか感覚みたいなのに集中してみたんだ。昨日もだったけど、私と遊んでいても固地君って何処か緊張してたよね?」 「・・・よく見てるな」 「そりゃ、見てるよ。・・・緊張してるってことは何か理由がある。その理由を昨日1晩考えて、もしかしてと思って今日は私の感覚を頼ってみたの。 私にできることは限られているし。・・・どうやらアタリだったみたいだけど」 立川の『不可思議』・・・その力の副産物として、世界の力を取り込んでいる龍脈の状態がわかるため、彼女には人の流れが分かるという副次的な効果が備わっている。 普段では勘レベルでしか無いソレは、彼女が集中する時に限ってそのレベルを向上させる。 「プールの中だと、私が集中する姿も隠しやすいかなって思ったんだ。どうかな?」 「・・・だから、『マリンウォール』に俺を誘ったのか?そこまで考えてのことだったのか?」 「・・・うん」 固地は、自身の思いを打ち明ける少女の成長に目を瞠る。最初に会った時に比べて、彼女は確かに成長した。 そんな彼女が、自分の味方で居続けると言ってくれたことに・・・感謝する。心の底から。 「・・・心配を掛けたな」 「・・・お互い様だよ」 「・・・なら、俺とお前は対等というわけだな」 「えっ?」 「フン!!」 指切り。こうして話している間も絡めていた小指同士を、今度は固地の意思で切る。 「・・・!!!」 「いいだろう!お前との約束は必ず守る!俺なりのやり方でな!」 「固地君・・・!!」 「さて、お前を大事にしないといけないわけだし・・・。昼からは思いっ切り遊ぶとしようか!その調子では、お前も中々楽しめていなかっただろう?」 「で、でも・・・」 「俺が思いっ切り遊ぶと言ってるんだ!何か異論でもあるのか!?」 「・・・ううん!わかった!それじゃあ、思いっ切り遊ぼう!!」 「あぁ!」 そうして、固地と立川は昼食後にプールへ身を投じた。今度は、本気で遊ぶために。 彼女のおかげで本当の意味での休暇を得た固地は、その身に力を蓄える。『ブラックウィザード』へ対抗する力を。 「よぉ、戸隠。調子はどうだ?」 「に、西島さん。ど、どうしてここに・・・?」 「バイトだ、バイト。自販機にジュースを運ぶ仕事してんだよ。カカカ」 ここは、『マリンウォール』の一角にある自動販売機前。そこに居たのは、『ブラックウィザード』の戸隠と西島。 戸隠は固地の尾行で、西島はバイトで偶々『マリンウォール』に来ていた。 「な、成程」 「本当は、助っ人で呼んだ江刺の野郎とも一緒に来てんだけどさ。あいつ、携帯に電話が掛かって来た途端、どっかに行っちまった。おかげで、俺1人で力仕事をしてんだぜ?」 「そ、それは・・・ご愁傷様です」 「こうなったら、あいつに分けてやろうと思ってた金は無しだな。ついでに、ここに置いてくぜ。もし、野郎と会っても知らんぷりしとけよ?カカカ」 「・・・わ、わかった」 カラっとした笑いを零す西島と、気弱な人間を装う戸隠。『ブラックウィザード』として活動していない時は、普通のやり取りだってできる。 つまり、『ブラックウィザード』として活動する時は・・・ 「お前がここに居るってこたぁ、“『悪鬼』”の野郎もここに?」 「う、うん。昨日居たクラスメイトと一緒に、思いっ切り遊んでる。今回もクラスメイトの少女に振り回されてるみたい」 「マジでデートかよ!?カァー、暢気なモンだぜ!・・・バレてねぇよな?」 「“手駒達”との戦闘記録から、“『悪鬼』”との距離はちゃんと取ってるし。ここは広いから、幾つかのポイントさえ抑えておけば頻繁に動き回る必要も無いし。 気取られるような真似はしていないつもりだよ?周囲にも気を払ってるしね」 「カカカ。そうかそうか。別に、お前の力を疑ってるわけじゃ無ぇんだよ。もうすぐ“決行”だからよ?俺も気が立ってるみてぇだ」 今回の“決行”作戦は、今後の『ブラックウィザード』に関わる重要任務である。 故に、その妨げになる可能性は極力排除ないし監視しておかなければならない。だからこそ、固地の監視に戸隠を起用しているのだ。 「そんじゃ、俺は行くわ。気ぃ付けろよ?」 「うん・・・。ありがと」 というやり取りの後、西島はジュースを積んだトラックに戻って行く。一方、戸隠は細心の注意を払って固地の監視を続行する。 「・・・どう思う?」 「『ブラックウィザード』の構成員か、単なる知り合いか・・・。例の『着衣品』は身に着けて無いんだろう?」 「あぁ。武器のようなモノも所持していなかった。やり取りを見る限り、偶然出会ったと見て間違い無い」 「・・・『多角透視』で読唇術は可能・・・では無いんだったな」 「いずれ身に着けてみせるが・・・今の所は無理だ。そもそも、読唇術を身に着けようと思い立ったのが数日前だったからな」 『マリンウォール』の外にある喫茶店でコーヒーを飲んでいるのは、救済委員の雅艶と麻鬼。彼等は、戸隠の尾行に勤しんでいた。 『多角透視』の監視範囲内は自身より半径1kmと広大なため、戸隠に気取られずに尾行・監視をすることができた。 「結局、戸隠は寮に戻らなかった。次に『多角透視』で捉えたのが、固地がクラスメイトに連れられて寮を出た数分後だった」 「『多角透視』の範囲外に居たから、捕捉が遅れた。・・・こちらに気付いている可能性は?」 「偶々か意図的なモノかは完全に判断できないが・・・可能性は低いと思う。だが、警戒しておくに越したことは無いな」 「だな。夜になれば峠も合流する。そうなれば、こちらに有利だ」 「・・・今日は夜の尾行はしないぞ?峠にも伝えたが」 「どうして?」 「眠い。かれこれ24時間以上眠ってないんだ。お前が考えている以上に、『多角透視』を多面的に維持し続けるのは重労働なんだぞ?」 「・・・なら仕方無いな。それに・・・俺も体がダルかった所だ」 「・・・先に俺に言わせたな?」 「何のことやら」 軽い応酬を繰り広げる雅艶と麻鬼の顔には、確かに疲労の色が見て取れた。この暑い時期である。体力の消耗は想像以上に激しい。 「・・・とにかく、奴が固地に張り付いている限りはこちらの目も行き届き易い。 本当なら、奴を峠の能力で空間移動させた後に俺達で『ブラックウィザード』の情報を吐かせてやりたいが・・・」 「固地曰く『替えは利く』だからな・・・。“手駒達”では無い者が固地の監視という危険な任務を負っている以上、そいつも自決する可能性がある・・・」 「そうなっては意味が無い。だから、奴が『ブラックウィザード』の活動場所に戻る時がチャンスだ。それを尾けて、連中の居場所を突き止める」 「わかった。それで行こう」 今後の方針を確認した2人は、見えない“目”で尾行者の監視を続ける。 尾行とは、様々なリスクを抱える。故に、強い覚悟を持つ者でしかこの任務を遂行することはできないのだ。 「江刺ちゃ~ん。久し振り♪」 「お、お久し振りっす・・・外野さん」 『マリンウォール』から少し離れたビルとビルの間にできた影で、江刺はもう1人のリーダーと久し振りの対面を果たす。 男の名は外野道郎。『紫狼』の現リーダー。江刺は、『ブラックウィザード』と『紫狼』という2つのスキルアウトに所属しているのだ。 「ど、どうしたんすか?俺を呼び出して?」 「いやねェ~。最近は作戦もあって全然集まって無いじゃん?『ブラックウィザード』に見付かるわけにはいかねぇしィ」 「!!」 「だからさ、リーダーとしては気になるんだよなァ。皆、ちゃんと元気にやってるかってさァ~。 今回江刺ちゃんを呼んだのも、それが理由さァ~。電話掛けてみたら、偶々近くに居るってことだったからねェ~」 「そ、そうっすか・・・。な、何とか元気にやってますよ」 「そりゃ良かった。ウンウン」 江刺は、人に流されやすい性格である。故に、他人の薦めを断り切れなくて『ブラックウィザード』と『紫狼』の両方に所属してしまった。 当然、このことは双方のスキルアウトの他のメンバーは知らない。江刺自身もばれないように、組織によって服装を別々に変えて活動をしている。 しかし、内心ではそれが良くないことだと自覚しており、どうしようか日々悩んでいる。 最近では、この立場を利用して2つのスキルアウトの抗争を未然に防いでいたのだが、外野がリーダーとなってから彼の努力は全て水泡に帰した。 「・・・も、もういいっすか?」 「そうだねェ~。江刺ちゃんも自分のことで“忙しい”だろうしィ。急に呼び出してゴメンよォ~」 「!!べ、別にいいっすよ。そんじゃ、失礼します!」 「じゃあねェ~」 短い別れの挨拶を交わした後に、江刺は炎天下の中に身を晒して行く。その後姿を見送った外野は、近くの角に潜んでいる陰気な男に声を掛ける。 「でさァ~、どんな感じだったァ?」 「・・・クロだな。糸の振動を感じた限りは。『ブラックウィザード』及び“忙しい”という言葉が出た瞬間に、江刺の身体が震えた」 それは、漆黒のコートに身を包んだ長身の男・・・ウェイン。外野が個人的に雇った傭兵である。 「やっぱかァ~。幹部だった頃から、チョイ怪しいなァって思ってたんだよなァ~。江刺ちゃんは、何でか『ブラックウィザード』の情報に詳しかったからさァ」 「どうする?その気になれば・・・」 「今は、泳がせておいていいんじゃねェ?こっちの情報をバラしてなさそうな所から見ると、案外大したことじゃ無い理由かもしれねェ。 それに、そろそろウェインに対抗する作戦を敢行する頃合いだって早苗ちゃんや誇麓も言ってたしィ。それ関連で、江刺ちゃんを泳がせる意味はあるぜェ」 「大方、俺に対抗するための“手駒達”や装備の補充と言った所だろう。その動きを察知されたのか、風紀委員達も動いているみたいだしな」 「そういやァ・・・“仕掛け”てるんだっけェ?」 「あぁ。仕事を完遂するための確率は、上げておくに越したことは無い。アレは・・・格好の餌だ」 「偶然を利用する手際の良さには、ほとほと感心するぜェ~」 気色悪い笑みを浮かべながら賞賛の言葉を吐く外野に、ウェインは些かも動じない。何故なら、彼が今の雇い主なのだから。 「とにもかくにも、連中の本拠地を突き止めなければな。以前は糸を全て攻撃に回したのと、“手駒達”を玉砕の駒として俺に差し向けたがために尾けることが叶わなかったからな」 「“手駒達”の保管場所を優先的に潰したのも、そこに繋がる可能性が高いと判断したからだしねェ。早苗ちゃんと誇麓の作戦は、中々に的を射ているよねェ」 「あの女達には、その方面の才覚が眠っているようだ。俺からすれば、早苗も誇麓も外野(おまえ)も弱者であることに変わりは無いが」 「んなこたァわかってるって♪だから、俺はお前を雇ったんだし♪」 無表情を保ちながら辛辣な言葉を吐くウェインに、外野は些かも動じない。何故なら、自分が彼を雇っているのだから。 「だからさァ、期待してるぜェ~。ウェイン、お前の力ならあの『ブラックウィザード』だってブッ潰せる。風紀委員や警備員だって目じゃ無ェ。 俺は・・・お前の力を信じてる。お前の力だけを信じてる。強者のお前を・・・心の底から信じてる。だから・・・縛りを解くぜ。 これから『ブラックウィザード』を潰すまでは、お前の好きなようにやりゃあいい。『本気』で潰せ。 何なら、俺も見たことが無ェ『蛋白靭帯』の“真価 アウトレイジ ”・・・【獅骸紘虐 しがいこうぎゃく 】でも使ったらいいぜェ。 どうせ、お前の存在は風紀委員や警備員に知られちまったんだし、戦闘もしちまった。もし、連中がお前の邪魔をするのなら・・・ブッ殺しても構わねェ。 但し、『紫狼』への余波は最小限に抑えろよ?こっちもこっちで、色んな工作してるんだからよ?」 「・・・信頼には結果で応えよう。まぁ、俺にとっては『紫狼』がどうなろうが知ったことでは無いがな。俺の雇い主は『紫狼』では無くお前なのだから」 「冷たいねェ~。まっ、仕事の範囲内でいいからよォ。なァ?」 「・・・善処しよう」 そうして、2人は影濃い道へと姿を消す。“怪物”の戒めは解かれた。今度この男と相見える時は・・・文字通りの死闘となるのは間違い無い。 continue!!
https://w.atwiki.jp/indexorichara/pages/1660.html
第二章 闇に堕ちた人形は The_Arrogant_Puppetear. 1 学園都市の暗部組織といえば、少数の人員の寄せ集めというだけあってかなり秩序のないバラバラ運営というイメージがあるが、『テキスト』に限ってそれはないな、と全崩は思う。 彼の目の前では、陵原と星嶋という彼の天敵二人が並んで襲撃の計画を立てていた。全崩と超城と持蒲はすぐに仕事があるわけではないが、それでも仕事が全くないというわけではないので、いろいろと細かい雑務をこなしている。 「……ったくよぉ、何だってこの俺がこんな雑務を……」 先ほどブラックウィザードの幹部格を撃退したことで、気が大きくなっているのだろう。全崩は普段にもまして強気な調子(しかしやはり天敵二人はおろか超城にさえ聞こえるかどうか怪しいくらいの大きさ)で呟いた。 「バックアップは、必要なの」 そんな全崩の呟きを耳ざとく聞き取っていた超城に、全崩はびくりと体を震わせて反応した。いっそ清々しくなるくらいのビビリっぷりに持蒲は人知れず苦笑するが、全崩はそんなことに気づく様子もない。 「そうだな。一応、雅紀が手駒達(ドールズ)の拠点を叩き潰すっていう算段にはなっているが、キングは生け捕りにしたい。そこで手加減が可能な宮雹を出動させるわけだが、」 持蒲はそんなことを言いながら、作業中のパソコンのモニターを軽く指で示す。そこには、星嶋の武器であり生命線でもあるファイブオーバーのパラメータらしきものが表示されていた。 「雅紀の戦力は機械に依存している。無論雅紀も素人じゃないから単なるブラックウィザードのクソガキごときに遅れをとるとは思えないが、奴らのボスは別だ。東雲(しののめ)真慈(まじ)。調べてみたが、驚いたことにコイツの背後関係は殆ど裏がとれなかった。コイツの頭脳に関しては、暗部(こっち)でも通用するレベルだと考えていい。そのくらいのポテンシャルを持った人間だ」 「……なるほど、それで融通の利かない機械が対応できない『想定外』が発生しないように、俺らがこうやって地均しをしておく必要がある、ってわけッスね」 「そういうことだ」 「全崩、お利口、なの」 にこりともせずに褒められても萎縮するだけだ、と全崩は怯えたように肩を竦めつつ、作業に戻る。 今全崩たちがやっているのは、持蒲が解析した手駒達(ドールズ)の本拠地の詳しい座標特定である。 一応、赤い丸で囲める程度にはその位置を把握しているわけではあるが、それでも丸の中にはビルが二、三個ほど含まれている。暗部にまでその勢力を伸ばしてきたブラックウィザードの用意周到さを考えれば、本命のビル以外はデコイであり罠の巣窟ということも考えられるし、何より本命のビルにも罠がないとはいいきれない。そして、そうした罠こそ機械を主戦力とする星嶋にとっては最も危険なものとなる。 だから、斥候の死人部隊(デッドマンズ)を使うことで向こうの動向を確認しているのだ。全崩と超城が行っているのは、その指示である。 「雅紀と宮雹も、準備はいいか?」 そんな作業をしている二人を尻目に、持蒲は屈伸をしたりといろいろと落ち着きのない陵原と、対照的にソファで雑誌を読んでくつろいでいる星嶋に声をかける。それに反応して、二人は持蒲の方へ振り返ってから頷く。 「こっちは問題なか」 「私のほうも、準備はバッチリだよ~」 「よし」 その様子を見た持蒲は満足げに頷き、近所のお兄さんのような気安さと人殺しの冷たさが同居した不思議な声色で言った。 「それじゃあ、そろそろ始めるぞ。相手はクイーンと違って無能なキングだが、油断してそのへんの雑兵(ポーン)にやられたりするなよ」 2 「……こちら陵原。敵の見張りは全員片づけたよ」 そんなことを言う陵原の周囲には、無残に倒れ伏した 手駒達(ドールズ)の姿があった。 『……向こうにも能力者がいたのに、相変わらず凄い能力やね』 「……そんなことないよ、星嶋さん。……こんなの、全然凄くない」 傷一つなかった。 手駒達(ドールズ)だって薬物による能力の強制強化を行っているはずなのに、にも拘らず陵原には服も含めて一切傷らしきものはついていない。 しかし、陵原の表情は優れない。 『……すまんね』 そんな陵原に、星嶋は小さく呟いた。 陵原は、元々表の世界で過ごしていた人間だ。星嶋と同じように、『テキスト』の暗部での活動を見てしまったが為にそのままだと死ぬ以外に道がなくなり、そこを持蒲に拾われて暗部に所属するようになったという経緯を持つ。 それだけではない。 暗部に堕ちた陵原を待っていたのは、全崩による陰湿なイジメだった。元来自分よりも弱い人間にはとことん強く出る性質である全崩にとって、元々『表』の人間で温厚な性質だった彼女は格好の獲物であり、何かと強く出れない持蒲や超城、星嶋とのコミュニケーションで溜まったストレスを彼女で発散していたのである。 それでも、彼女は『表』の世界に帰ることを望み続けた。 彼女の明るい性格や気さくな口調は、いつか『表』の世界に戻る為に維持され続けているものだし、今だって『表』の世界に戻れた時の為に制服を残しているといった風に、まだ再起を諦めたわけではない。 そんな少女に対し、荒事のことで褒めるなど、あまりにも無神経じゃないか。星嶋は、数秒前の自分を内心で責め立てた。 対する陵原はというと、むしろ星嶋のそういった反応が意外だったのか、むしろ慌てたようだった。 「あ! えっと、いや、そういうつもりじゃ……!」 『宮雹』 と、そこに割って入るような形で、持蒲から通信が入った。 「は、はひっ!」 『こちらの準備は整った。そっちも片付いたようだし、早速潜入するぞ。……雅紀の方は、とりあえずそっちからは離脱し、別口を叩いてもらう』 『分かった』 「私も分かったよ」 答えて、陵原は注意深く周囲を確認しながらビルの内部に入る。もちろん、表口から入って行ったらバレるのは間違いないので、裏口からの侵入だ。 (見張りを倒してから三〇秒……。こっちの潜入がバレるまで、最低であと一分ってところかな? それまでに上手い事動きやすい位置を確保できるといいけど……。……う~、スニーキングミッションっていうの? こういうの。苦手なんだけどなぁ……) 内心で苦い表情を浮かべつつ、陵原はすいすいとビルの内部へと潜り込んでいく。 やはりというか、このビルには薬物中毒者――手駒達(ドールズ)が配備されているだけで、普通の人間は警備には回っていないらしい。そのせいか、見張りはあらかじめプログラミングした動きしかしないため、その法則を見つけてしまえばあとは簡単に奥まで進めた。 「……このあたりは、ウチの死人部隊(デッドマンズ)と似たような欠点を抱えているんだね……。まあ、ウチのは命令を追加すればすぐに対応できるんだけど」 暗部の技術力によって制御されている死人部隊(デッドマンズ)は手駒達(ドールズ)とは文字通りスペックが違う。兵隊達の洗脳の純度はもちろん、洗脳した兵隊を操縦するプログラムの精度も手駒達(ドールズ)とは段違いだ。このあたりの組織力の違いは、流石暗部だなと安心させられると同時、その力が同時に自分の敵にもなりえる状況にあることに背筋が凍るような思いがする。 とはいえ、いつまでも現状が続くとは限らない。周囲に警戒しながら歩いて行くと、入り組んだ廊下を出て、何らかの部屋のような場所に突き当たった。 「……ここは駄目だね」 呟いて、陵原は迅速に通路の脇に身体を隠す。 (あからさまに開けた場所。今までの通路で敵がいなかったことから考えても……、分かりやすすぎるくらい、お誂え向きの地形だね) ここに何かしらの罠も仕掛けていないということは流石に有り得ないだろう。 呼吸を整えた陵原は、静かに自らのスカートの内側に手を伸ばしつつ耳を澄ましてみる。 聞こえてくるのは、複数の息遣いだ。 光学系能力か、あるいは認識干渉系能力か。ともかく、何らかの能力を用いて向こうは姿を隠しているようだった。おそらく、手駒達(ドールズ)の能力の一つだろう。 そして、それだけ分かれば十分だ。 (……よし!) しばらく目を閉じて集中を高めていた陵原だったが、ふと何を思ったのか、それまで身を隠していた通路の脇から身を躍らせた。瞬間、部屋の中の空気が明確に歪むのが分かった。 (やっぱり、能力者が隠れていたみたいだね……!) 薬物によって強度(レベル)を無理矢理高められた能力。そんなものを食らえば、もちろん陵原はひとたまりもないだろう。陵原はその事実を認識しながらも、恐れずに行動する。 バッ!! と。 スカートの内側に伸ばした手が素早く横に動くと同時、その手に持たれていた巨大な布が陵原の前方に広げられた。 ドガガガガザザザギギギギ!! !! !! という何らかの能力の炸裂音が響き渡るが、広げられた布はその時の形状を保ったまま、まるで盾か何かのように陵原を前に鎮座している。 「……ビンゴ。やっぱり姿を隠す類の能力者だったね」 音が止んだのを確認した陵原は、そのまま能力を解除する。巨大な布はひらひらと舞い、そして地面に着く前に何かに引っ掛かった。 布越しに、数人の男達の姿が浮かび上がる。 「ま、相性が悪かったってことだね」 布がかぶっているだけだというのに、男達は身動き一つとれない。 まるで、布がかかった瞬間のままに時間が止まってしまったかのように、ぴくりとも動かない。 「えーと、ひぃ、ふぅ、みぃ……四人ね」 その間にも陵原は男達の数をのんびりと確認し、彼らの前に立つ。 「えいっ!」 そんな気の抜ける掛け声とともに、固まっていた布は一気に平時の挙動を取り戻す。と同時に、陵原は急いで男達の頭を順番に叩いた。 クシャリ、という軽い音が聞こえる。 「…………大丈夫だよね?」 おそるおそる、陵原は男達の様子を窺う。 手駒達(ドールズ)はしばらくその態勢のまま棒立ちしていたが――やがて、ぐらりと一人が揺れると、全員一気に地に伏した。 陵原は布を回収すると、そのままその場を後にする。 手駒達(ドールズ)は、劣化死人部隊(デッドマンズ)のような存在だ。薬物で自我を弱らせ、アンテナから送られる指令通りに動かす。だから、直接無力化せずとも『アンテナの電波をジャミングする』といった搦め手に弱いという弱点が存在する。 しかし、別にそんな方法をとらずとも簡単に手駒達(ドールズ)を無力化する方法はあった。 アンテナを壊せばいいのだ。 何らかの方法で相手の動きを拘束し、その隙にアンテナを壊せば手駒達(ドールズ)は簡単に無力化できる。そして、陵原にはそれが可能な『能力』があった。 (……しかし、キングさんは一体このビルのどこにいるんだろう?) まさか、馬鹿正直に最上階にいるというのも芸がないだろう。陵原がいるのは当たり前な常識が通用する世界ではなく、相手を貶めるのが常識な暗部の世界なのだから。そのヒントを掴む為に相手の誘導と知りつつあえて最上階を目指してみたのだが、その結果がこんなありきたりな罠だとすると、これは本格的にブラフの可能性を考慮すべきかもしれない。 とすると、相手も何か合理的な理由に則って別の潜伏場所を決めているはずだが……。 (……爆破?) ふと、陵原は嫌な可能性に思い至ってしまった。 『表』の安直な思考で考えれば、道なりに進んでいった先に敵が待ち構えていたのだからラスボスはその先、つまり最上階にいると考えるだろう。だが、暗部の領域に片足を突っ込んでいるブラックウィザードの軍師がその通りの場所にいるとは考え難い。むしろ、敵を誘い込んだ上で確実に殺すことができる策を考えるはずだ。 この状況で、確実に侵入者を殺せる策は? ――答え。敵に『自分は最上階にいる』と思わせておいて、順調に進んだところでビルを爆破する。そして、自分自身は地下に隠れ潜むことで爆破の衝撃から逃れる。 身も蓋もない発想だが、可能性はある。 先行した部隊から対象を殺害したという報告が聞けなければ、『とりあえず先行させた戦力では対象は殺せなかった』として先行部隊ごと建物を焼き払うのが、暗部(こ)の世界のやり方である。 「……この手駒達(ドールズ)のアンテナは破壊しているから、向こうは私が『地下』に思い至ったことには気づいていないはず」 動くなら、今だ。 3 結論から言うと、隠し通路はあった。 光学系能力者によって通路の入り口そのものが隠されている可能性も考慮し、それらしい部分をしらみつぶしに探してみたところ、なんと一階の床下に続く道を二回目で発見してしまったのだ。 あまりに簡単すぎて罠の有無を疑い、その確認の方に時間をとられてしまったほどだった。 (けっこうしっかりした作りになっているなぁ……。明かりもちゃんとあるし。……元々ビルに備え付けられていた避難経路を改造したものだったのかな?) そんなことを考えつつ、陵原はゆっくりと歩を進めて行く。 罠か何かがあるかもしれないと思っていた陵原だったが、意外にも罠らしい罠もなく進んで行けた。 そして……、 「クソ、どうなっている。まだあのビルに残してきた手駒達(ドールズ)と連絡が取れるなんて……。……まさか連中、ボクがあのビルにいないと気付いたのか!?」 (!! この声は、まさか手駒達(ドールズ)の司令塔!? ……にしては、ちょっと声が幼いような……) そう考え、陵原は首を振って自分の考えを否定する。暗部の世界では、自分よりも年下の刺客なんてかなり有り触れている。学園都市は、そういう種類の闇を抱えているのだ。 「……だとすると、この隠し通路が既に発見されている可能性を考慮しないといけないな……。まさかバレるはずがないとは思っていたが、相手は学園都市の暗部だし。油断は禁物、注意深すぎるくらいがちょうどいい」 その言葉に、思わず陵原は息を呑んでしまう。 実際のところ陵原は隠し通路の存在を発見し、こうして司令塔のすぐそばにまで接近していたのだから、その判断はまさしく正解だったと言えるだろう。 「おい、人形ども! とりあえず侵入者を探せ! 風路、お前はこっちに来い!」 と、通路の向こうから聞こえてくる少年がそう言うと、足音が離れるものと近づくものの二つに分かれた。 ここに到って、陵原も本格的に戦闘の覚悟を決める。 (……いくら広いとはいえ、この通路に隠れてやり過ごせるようなスペースはない。……引き返している暇もないみたいだし、仕方ないから倒して次へ行く!) 意を決した陵原は、そのままの勢いで直進する。おそらく、曲がり角の向こうには少年達の集団がいるのだろう。集団というのは強力だが、閉所ではその強みは出しきれない。やるならば、電撃戦だ。 「……! 来たか!」 隠す気のない足音に気付いた少年の声を聞いた瞬間、陵原は前方に布を広げた。しっかりと陵原の姿を覆い隠すように広がった布は、やはりそのままの形でぴったりと静止する。 直後、爆裂音が発生した。 ゴガガガガガガ!! !! という派手な音が発生するが、布はそのままの形を維持して陵原を守り続けている。 (……この通路は一方道だからね……) そんなことを考え、陵原は自分の用心深さに感謝した。 この狭い道では、攻撃の余波さえ致命的なダメージを与えることがある。閉所の爆風が凶器になりえるのと同じ理屈だ。そして、一本道の先に敵がいると分かっていれば、具体的に相対する前に攻撃を放つことで、『余波による攻撃』に出る可能性も大いにあり得た。 だが、これは一歩間違えば自分にも余波が来る危険な攻撃でもある。 現に陵原は布によって攻撃の余波を完全に封殺していたので、逃げ道がなくなった余波は攻撃を行った彼ら自身に戻るわけで……、 「……ちょっと、後味が悪いかなこれは」 無事に攻撃をしのぎ切って角を曲がった陵原は、足下で呻く男達を見て呟く。 死んでいるわけではないし、彼女自身の攻撃でこうなったわけではないが、人が傷つくような展開というのはどうにも彼女には受け入れがたいものだった。 「……さすがに暗部、といったところか」 そんな思考を隠し、苦い顔を消したところで、少年の声が聞こえてきた。どうやら、少年はもう動いていないらしい。逃亡戦では自らの兵力を奪われるだけだと判断したのか。あるいは、既に味方が底を突いたのか。 (まあそれはないと思うけど……) そう考えて、陵原は敵のボスとの対面に人知れず固唾を呑む。 「やあ、初めまして上層部の犬。ボクは蜘蛛井(くもい)糸寂(しじゃく)。まあ、覚えなくても良いけどね」 ……そして現れた『キング』は、声を計算に入れて修正した陵原の予想よりもさらに幼い少年だった。 年の頃は十代前半だろうか。小学生、でもなければ、中学生に上がりたてといった程度だろう。スキルアウトには珍しくあまり運動をしていないのか、全体的に丸っこい印象を与える小太り体型がさらにその印象に拍車をかけていた。 茶色い髪は胸のあたりまで伸ばされているが、それはファッション性というよりはむしろ外見を気にかけない無精さの表れと言っても良い。黒いこぎれいなジャケットを着ていることが逆に全体の印象の中で浮いてしまっているほどだった。 「見たところ、念動能力(テレキネシス)の変種と言ったところかな」 突然の言葉にギョッとした陵原を見てにやりと口角を吊り上げ、蜘蛛井は続ける。 「キミの能力、大方『物体の座標をその場で固定する』ってところだろう?」 暗部の人員を前にして、少しも臆した様子のない蜘蛛井は、ゴーグルのような形状のメガネの中にある目つきの悪い眼で陵原の体を舐めるように見る。思わず嫌悪感を覚えた陵原をあざ笑うように、蜘蛛井は首を振る。 「おいおい。まさかこの局面で色事を考えるほどボクが間抜けだと思っているのかい? だとしたらキミの方こそよっぽど間抜けだな。今のは、キミの武装を確認させてもらったまでだよ」 そう言って、蜘蛛井は陵原のスカートを指差す。 「その内側」 「……!」 「反応も図星、か。大方、大きめの布でも潜ませているんだろう? 持ち運びも便利だし、自由に形状を変えられる布は『固定』能力との相性が良いだろうしね。この分だと、物体以外のものは固定できないわけか」 図星も図星だった。 陵原の能力は、座標固定(バインドポイント)という物体の座標を固定する能力だ。 物体は分子レベルで固定されている為、単純な衝撃以外にも炎や電気などの実体のない攻撃にも耐性を持つが、代わりに液体や気体は能力の対象に出来ないという弱点がある。その弱点を解消する為に、形状をある程度自由に変形できる布を携行しているのだった。 「なあ。ボクは軍師だ。そのボクが、何で戦闘員であるキミの前までやって来たと思う?」 演説をするみたいに、蜘蛛井は両手を広げ、 「確実にこの状況を脱することができる! ……という自信を持っているからだ」 瞬間。 ドガアアッ!! と通路の天井が打ち崩され、土煙で蜘蛛井の姿が隠された。 「く……ッ!」 姿が見えなくなった蜘蛛井を警戒し、布を前方に広げて能力を使ったところで、陵原は自分のミスに気がついた。 土煙でこちらの視界を潰された上で奇襲をかけられる可能性を考慮して咄嗟に防御を行ったが、そもそも本当に奇襲をかけたいのなら陵原の頭上の天井を崩せば良かったはずだ。もちろん陵原は避けられるが、下手に警戒させるよりはずっと有用だろう。ということは、向こうは陵原に防御態勢を取らせたいが為に此処まで派手なことをしていたということになる。 「……逃げ、られた……!」 布で土煙を払うと、既にそこに蜘蛛井はいなかった。天井に開けた穴から、念動使い(テレキネシスト)か何かの能力で引き上げてもらったのだろう。 (困ったな……。このまま逃げられると、色々と面倒なんだけ……、ん?) 内心でどうしようか思案しつつ穴の向こうを覗き込んでみた陵原は、そこで思わず驚愕した。 (……此処は、建物の中?) 隠し通路に入ってから、結構歩いていたはずだ。少なくとも、入口があったビルとは別の位置に辿り着いていなければおかしいのだが……と陵原は思い、そして別の可能性に思い至った。 (あ、此処、もしかして別のビル?) だとすると、蜘蛛井の目的も見えてくる。 おそらく、あらかじめダミーだと思わせておいたビルに武力を集中させ、本命と思わせておいたダミーのビルにこちらの注意を逸らしておいて武装を強化し、油断しているこちらの横っ面を叩くのが蜘蛛井の本来の作戦だったのだろう。 結果的にその作戦は陵原の機転によって失敗したわけだが、ここで蜘蛛井が武力を充実させてしまうと、『テキスト』的にもあまり好ましい展開ではない。 (此処で、畳み掛ける!) 此処で逃がす手はないと、陵原は近くに転がっていた小さめの瓦礫片を複数放り投げる。宙に浮いた瓦礫片は座標固定(バインドポイント)によって静止し、陵原はそれに手をかけ梯子のように登っていく。 (……この瞬間が一番無防備なんだけど……) 思いながら警戒するが、どうやら向こうは武装を確保することに専念していたようだ。元はビジネスビルだったと思われる一階ロビーには既に手駒達(ドールズ)含めて誰もいなかった。 廃ビルの割には、小奇麗な内装のロビーだ。まだ使われなくなってから間もないのかもしれない。 「……まあ、この穴のせいで小奇麗とは言いづらくなっているけどね」 適当に呟きつつ、とりあえず銃撃のリスクを減らす為に物陰に隠れながら進んでいく。 (そういえば、超城さんはこういうの上手かったよなぁ……) 頭の中で彼女の同僚(精神的には上司だが)を思い浮かべながら、陵原はどんどんと進んでいく。超城の能力は戦闘に応用できる類のものではないから、必然的にそれ以外の戦闘技術が高くなる。あの細腕にして全崩を丸腰で倒せるというのだから大したものだ。 超城は陵原が暗部に堕ちる原因になった少女なので、正直なところ陵原は超城に対して複雑な気持ちを抱いている。何で自分を巻き込むようなことをしたんだという恨みの気持ちもそうだし、殺されかけた時の恐怖の気持ちも大きい。ただ、超城は根本的なところで純粋だ。善い事は善い、悪い事は悪いと理解している。――その上で、割り切れる。 それは陵原にはない『強さ』だし、持ってはいけない『強さ』だと彼女は考えている。ゆえに、陵原はマイナスな感情とは別に、超城に対して一種の憧れじみた感情も持っていた。 「……足音は、この先の階段から聞こえるけど」 横目でちらりとエレベータを見つつ、陵原は階段へ向かう。 エレベータを動かすのは廃ビルである以上不可能だが、それが無理だとしてもエレベータの整備用通路伝いに上っていくことは可能だ。本来ならばそちらの方が安全度はずっと高いのだが、生憎とそれを行うには固く閉ざされたエレベータの扉を開ける必要があり、そして陵原にそれは不可能。 「ないものねだりをしていても仕方がない! 行こう」 小さく呟いて、陵原は階段をのぼりはじめた。 4 道中、敵の妨害が来ることはなかった。 ワイヤートラップや対人地雷などの設置型の罠も警戒していたものの、これもなし。尤も地雷の方はそもそも埋め込むことができないので実際はほとんどあり得ないのだが。 (どういうことだろう……? 戦力を温存しているのかな? 地下の攻防で五、六人はリタイヤさせていたみたいだし、敵の戦力も残り少ないのかも) だとすると、残りの戦力の使いどころはどこだろうか? まさか最後の最後まで温存という選択肢はあり得ないだろう。最後まで兵力を温存するということは、自分のいるところで戦闘がおこなわれるということだ。ここまでの『徹底して自分を戦場から遠ざける』やり方からして、そういった戦法をとるとは思えない。 かといって、このまま階段を上り切ってしまえば必然的に蜘蛛井のいる部屋で戦闘が繰り広げられることになる。つまり、最も可能性があるのは……、 (今、この場所!) 通路での攻撃は地下で経験しているが、今回はまた勝手が違う。縦横の幅が狭く余波の逃げ道がなかった地下と違い、階段は空間の幅も広い為余波そのものに攻撃力を与えることはできない。しかし代わりに、攻撃の余波が自分に来ることでダメージを負うということもない。 上階から複数の能力で集中砲撃すれば、いかに座標固定(バインドポイント)でも防御できてもそれ以上ができない。攻撃点をズラされてしまえば、それで詰む。 カタタッ! と足音が聞こえる。 ばっと上階を仰ぎ見ると、階段の手すりから身を乗り出して手をこちらに向けている男達が数人。さらにその後ろを駆け下りて行く男が数人。おそらく、手を向けている男達からの攻撃に対応しているうちに別角度から攻撃してくるということだろう。 そのまま布を使った防御に徹すれば、待っているのは別角度からのチェックメイト。 ならば。 「星嶋さんが言っていたっけ。攻撃こそ、最大の防御!!」 ドガガガガッ!! !! という衝撃音が響き渡る。その源には、弧を描くように張られた布の『盾』。 しかし、その下に陵原はいない。 布の下にいるだろう陵原に後続の手駒達(ドールズ)が照準を合わせた時には、陵原は既に階段の踊り場近くにまで辿り着いていた。 「あなた達の弱点は、命令に忠実すぎること。『盾の下にいる私を倒せ』という命令に従いすぎて、私が布の下から出てしまったときに咄嗟の対応ができなくなってしまうこと。そして、そこに隙が出来る!!」 陵原はまだ照準を定めきっていない手駒達(ドールズ)のアンテナを平手打ちで次々に破壊すると、そのまま『命令通り』に布に能力を連射している男達にも平手打ちを喰らわせていく。 しかし、それに対しても手駒達(ドールズ)は対応できない。『命令外の事態への脆弱性』という弱点を突かれた結果、大能力者(レベル4)級の戦力を持っているはずの集団はあっさりすぎるほどあっさりと、本来のスペックを発揮できないまま倒れて行く。 「クソ……、クソ!! どうなっている!? なんでこんなにも、こんなにもあっさりとボクの手駒達(ドールズ)が、確かに最適解は存在していた!! でも、向こうにそこに辿り着くだけのヒントは存在していなかったはず……ッ!?」 最後の階段を駆け上がると、そこには一人の少女を付き従わせているだけの蜘蛛井の姿があった。 あれほどいた配下の駒は、既にいない。 「……運が悪かったね」 そんな少年を見て、陵原は素直にそう思った。学園都市の人間には似つかわしくない考え方だが、しかしこの巡り合わせは偶然にしては悪意がありすぎるだろう。 陵原は薬物で心を壊した人員で作られた組織死人部隊(デッドマンズ)の指令組織である『テキスト』の一員だ。実際にその管理を行っている超城や指揮をとっている星嶋、その上役であり調整役の持蒲ほどではないが、それなりに彼らの弱点を知っている。そして、その下位互換である手駒達(ドールズ)の弱点についても、全崩や死人部隊(デッドマンズ)の齎した情報によって目星がついていた。 もしもブラックウィザードが手駒達(ドールズ)の弱点が暴かれた情報を共有していれば、展開はまた変わっていただろう。しかし、現実にブラックウィザードは突然の襲撃に浮き足立ち、上手く連携がとれないまま陵原の襲撃が成ってしまった。 「……あんまりこういう言い方は好きじゃないんだけど、これが『闇』ってことだよ。単純な力量や知識量のことじゃない。それを運用する為のシステムや各人の連携の時点で、この街の『闇』の色が出ているんだ。いくら力を蓄えたところで、ただのスキルアウトの次元ではその領域に辿り着くことはできないんだよ」 「……ぼ、ボクが、劣っている……」 茫然とした様子で、蜘蛛井が呟く。そのあまりの姿に、陵原は眉を顰めた。敵の戦意を削ぐ『暗部』特有の口上だが、自分自身を『暗部』の一員だと思っていない陵原としてはそれを口にするだけで自己嫌悪がしてくるし、その結果こんな風に少年の心を傷つけるのは、たとえその少年がそれをされるだけの悪人だったとしてもあまり気持ちのいいことではない。 「く、ははは。はははは!! 何を言うかと思えば……『闇』だと、辿り着けないだと……ふざけるのもいい加減にしろ!!」 そう、蜘蛛井が言った瞬間。 ゾザザザザザ!! !! と周囲の空気が不自然に渦巻いた。瞬時に陵原は彼の隣にいた一人の少女に目を向ける。 年の頃は小学生、いや中学生くらいだろうか。手入れのされていないボサボサの髪、生気のない虚ろな眼に少しこけた頬。ノンフレームのメガネは通常なら一応の理知を感じさせるはずだが、今は過去にあった理性らしきものを感じさせる程度でしかない。薄汚れたジャージには『映倫中学』の文字がある。おそらく、『こうなる』前は中学生だったのだろう。 「……その、子は」 自分の中である程度の検討をつけつつ、陵原は小さく呟いた。 自分の中で激情が渦巻くのが分かる。自分の予想が正しければ、彼女は激しい怒りを覚えるだろう。 「これがどうかしたぁ? ボクがこれを何に使おうが、キミの知ったことじゃないでしょ? ……あ! もしかして『表』にいた頃の知り合いだったとかぁ?」 「……、」 「ま、違うよね。コイツは元風紀委員(ジャッジメント)だし。暗部に堕ちるような不良ビッチとは生きる世界が違うよねぇ」 にやりと、蜘蛛井は陵原の神経を逆撫でするような笑みを浮かべるが、陵原はそんなことは問題に感じていなかった。それよりも重要なのは、 「……元、風紀委員(ジャッジメント)……?」 「そ。網枷のヤツ騙してクスリ漬けにして引きずり込んだんだけど……あの野郎、子飼いにしようとしやがって。ボクがコイツを引き込むのにどれだけ労力をかけたか分かっているのか」 後半は殆ど呟くようにして、蜘蛛井はそう言った。 「……もう、黙っていて」 それだけ言うと、陵原はドッ!! と駆け出した。 これ以上、この少年と口を効きたくなかった。こんな世界を見ていると、自分の目まで汚れていく気がした。汚れた目では、綺麗な世界まで汚れて見えてしまう気がした。 ドヒュウ!! という音とともに、少女から強風が放たれる。鋭さのあまり刃の体を成した風は、しかし陵原が広げた布に全て防がれた。同時に布で姿を隠した陵原は、固定された布を踏み台にして飛び上がり、そして少女の頭頂部に平手打ちを叩き込む。 バァン! という音が響き、手首のスナップで頭ごと吹っ飛ばされた少女は、そのまま枯れ木のように吹っ飛んだ。 それを確認することなく、陵原は即座に布を回収する。 布を手に持ったまま、陵原は蜘蛛井に向き直り言う。 「……さて、これであなたの手駒は全員倒れた訳だけど?」 「ふぅん、それはどうかな?」 ゾザァ!! と。 落ち着き払って蜘蛛井が言うと、何かが削り取られるような音が聞こえた。 「な……!?」 陵原が振り向くと、そこには先ほど倒したはずの少女が佇んでいた。 「やれ!!」 蜘蛛井の言葉に従い、少女は両腕を振った。その動きに呼応するように風が渦巻き、そして刃となって陵原を襲う。布を使わずに後ろに下がると、それだけで風の刃が勢いを失い途中で消え失せてしまった。 「チッ……やっぱり射程がネックか。精密動作については別にそこまで問題じゃないんだが……」 ボソボソと呟く蜘蛛井をよそに、陵原は大部分が怒りに覆われている片隅で冷静に戦況を分析する。能力発動から攻撃までのワンクッションの間。これはつまり……、 「……風の中に、不純物を取り込んで高圧射出することで、微小な不純物によって削り斬っている。……ウォーターカッターの原理だね。風力使い(エアロシューター)の変種かな」 「ふうん、流石に頭は良いみたいだね。ボクのコレクションを潰しただけのことはある。正解だよ。一〇〇点だね」 パチパチと、廃ビルの一室に白々しい拍手の音が聞こえる。 「その女……風路鏡子はちょっと特殊でね」 まるでコレクションを紹介するかのように、蜘蛛井は言う。 「ソイツは網枷に騙されてクスリ漬けにされたんだけど……どうにも、網枷はソイツに対して独占欲を働かせていたらしいんだよ。お陰で、今の今までソイツは網枷の傍仕え。……本当はボクの管轄になる契約だったのにね。まあ、それもこの混乱に乗じて奪ってやったから帳消しにしてやるつもりだけどさ」 「つまり……」 「そう。その女は手駒達(ドールズ)じゃない。クスリ欲しさに『自主的に』ボクらの活動に協力してくれているのさ。それ、その証」 蜘蛛井はそう言って風路の首に巻かれた黒いチョーカーを指差す。陵原には、それが首輪のように見えた。 「ハハッ、風紀委員(ジャッジメント)が聞いて呆れるねぇ?」 「違う!! そんなのは『自主的』なんかじゃない!! ただ無理矢理薬物で心を壊して従わせているだけでしょ!?」 「だったら何だよ。クスリだろうがなんだろうが、結局のところコイツの『正義』ってのは『その程度』で壊れちまう程度のモノだったんだろう?」 「この……ッ!!」 そう言って笑う蜘蛛井に、陵原は思い切り歯を食い縛る。 そんなのは詭弁だ。徹底的に薬物漬けにされていて、理性を保つことができる方がおかしい。それを分かっていて、蜘蛛井はこの少女が大切にしていたものを嘲笑っているのだ。 風紀委員(ジャッジメント)に志願するまでに大切に温め続けていた、この少女の善性と呼べるものを。踏み躙り、嘲笑い、そしてこうまでして穢し尽くす。 「何で、ここまで……」 「うん?」 「何で!! 何でここまで酷いことが出来るの!? 確かに私達だって同種の汚さを持っている!! 他人のことなんて言えない!! でも、あなた達は『闇』の人間じゃないでしょう!? なのに、必要に駆られたわけじゃないのに、どうしてここまで酷いことができるの!?」 「何故って……」 蜘蛛井はいっそきょとんとした表情を浮かべ、 「だって、それが一番効率的じゃないか。キミらの言う『闇』だって、そうして合理性を求めた先に生まれたんじゃないのかい?」 「……!!」 「……何だい何だい。もしかしてこの『道具』に同情しているの? だとしたら一つ面白いお話を聞かせてあげようか。コイツの兄貴の話をさ」 「……兄……?」 「くく、傑作だよ。コイツの兄貴は、『こう』なった妹の姿にショックを受けてくだらない復讐をしているんだけどね。まあ実際のところブラックウィザードにも被害は出ているわけだが、そんなものは微少なものさ。全体の動きには全く問題ない。……チンケだよねえ! スケールも小さければ発想も小さい! 無能力者(レベル0)らしい劣等な発想だよ! 未だに風路を元の状態に戻すことを諦め切れていないみたいだけど、そんなものは無駄でしかないねぇ、本当に愉快だよ!」 けらけらと、蜘蛛井は笑う。 「キミさあ、さっきから暗部の人員とは思えないほどに青臭い理想ばっかり語っているけど、もしかして暗部の中でも変わり種だったりするの? 他人は殺せませ~ん、みたいなさぁ」 「……、……だとしたら、何?」 「……いや、別に。ただ、この後どうするんだろうなぁ~って思ってね。頼みの綱の『アンテナ攻撃』は効かないっていうのに、そのボロボロの布でこれからどうするんだい?」 言われて、陵原ははっとした。 ……布に、僅かだが切れ目が入っている。 「物体を固定する能力だったか。分子レベルの固定だからなのか物体の強度も増しているみたいだけど、当然その『物体を固定する力』を上回る力で攻撃すれば、少しずつではあってもダメージは通るよねえ? あと何回耐えられるのかな? そして、どうすれば殺さずにこの場を収められるのかな?」 「……、」 蜘蛛井の問いかけに、陵原は答えない。いや、答えられない。 その事実を認識した蜘蛛井は、ただでさえ浮かべていた笑みをさらに凄惨なものにして言う。 「こ、た、え、は、不可能で~す!! 無理だろ。不可能に決まっているだろ! キミらみたいな闇に堕ちた負け犬はなあ、真っ黒に汚れた方法でしか場を収めることができないんだよ!! ははははは!! クソ、何だこれ。面白すぎだろ!! まさかこんな状況でこんな面白い茶番が見れるなんてね!! ……おい、風路!!」 「ぐ、ううぅ……」 叫ぶように呼び掛けると、風路は虚ろな瞳に辛うじて意思らしきものを浮かび上がらせて呻く。 そして、人形遣いは人形に一つのシンプルな指示を送った。 「やれよ人形。所詮、人形(おまえら)じゃ世界は変えられないってことを教えてやれ!!」 「ぐ、うぅ、あ、ァァああああああああああああッッ!! !! !!」 そして、絶望的な戦いが始まった。 5 「……ったく、調子が狂うぜ……」 そんなことを言って、白髪の青年全崩は窓の外を眺める。 彼の足下には、無傷のまま倒れ伏している男たちの姿が確認できた。 「向こうのキング様も、この俺様に手駒達(ドールズ)が通用しないっていうのは気付いていなかったのかぁ? コッチならそういう情報は早々に共有できそうなもんなんだがな……。まあ、そのへんはスキルアウトの限界ってところか。まあ、使えるうちに使いまくらせてもらうがよぉ」 手の中には、『コントローラ』。 全崩はこの機械によって手駒達(ドールズ)に指令を送っている電波にジャミングすることで、彼らを一方的に無力化できるのだった。 「んで、次の仕事がアレ、と……」 彼の視線の先には、向かいのビル。 いや、正確には、その窓の中で依然苦戦を続けている陵原の姿。 「……アレと戦ってる、ヤク中のお嬢さんを銃で撃ち殺せ、か。……まあ無理な相談じゃあねえけどよぉ。仕方ないとはいえ、こういうのは面倒くせえモノがあるなぁ。……自業自得なのは分かってるけどよぉ」 ブツブツ言いながらも、全崩は長距離用ライフルのスコープに目を当てる。 向こうも向こうで狙撃対策は怠っていないようだが……全崩の能力の前では意味を成さない。 二重衝撃(ダブルウェーブ)。 モノの衝突などで起きた衝撃などを同じ場所で繰り返し起こす能力。 それを利用すれば、銃弾の威力を二倍に引き上げることだって理論上は可能である。相手が『まともな防護策』で対応している限り、全崩の攻撃を破ることはできない。 と、唐突に全崩の懐から女の声が響く。 『……すまんね』 「う、うおぉっ!? ほ、星嶋!? なんだいきなり! まだ俺は何もやらかしてねぇぞ!?」 『……違う。謝りたかったんばい』 「……それこそいきなり何だよ。テメェの『ファイブオーバー』じゃ火力が強すぎて、あの女個人を殺すのは難しいじゃねぇか」 『荷電粒子砲はね。やけど、機体後部に備わっとるガンタンクば使えば話は別ばい。動力に電気ば用いておるから、電力量ば調整すれば対人レベルに威力ば落とすことだって出来よるんばい』 「だとしても、テメェと陵原のヤツは仲が良いだろ。そのテメェが風路を殺したら、今後のチームワークにひびが入る恐れがあるっていう判断なんだろ。その点、既に好感度が最低レベルの俺なら、いまさら何をやったって変わらねぇってわけだよ。納得しているし、何も謝ることなんかねぇよ」 『……それでも、すまん。ありがとう』 無線機との間に、気まずい沈黙が漂う。 「……チッ! あーもう面倒くせえ! そんなに悪(わ)りぃと思っているんなら、一発ヤらせろよ! テメェのその巨乳は一度抱いてみてぇと思っていたんだよ!!」 『……ッ!? だッ……、』 無線機越しの星嶋はそんなゲスとしか思えない発言に思わず言葉を失い、 『………………、……分か、』 「クソったれ!! 悩んでるんじゃねぇよ!! そこは『ちょっと気を許したらコレか本当にゲスだなテメェは』って言うところだろうが!! コレじゃ俺が弱みに付け込んで体を狙うゲスみてぇじゃねぇか!!」 実際のところそれと大して変わらないゲスということはあえて考えず、全崩は頭を掻きむしりながら通信機に吐き捨てるように言う。 「言いてぇことはそれだけか? それなら通信切るぞ。こっちもそろそろ出番が来そうだからなぁ」 プッ、という切断音で、通信は終わった。 改めてスコープに目を当てながら、全崩は小さく呟いた。 「……だから調子が狂うんだ。人を殺して誰かに感謝されるなんてのはよぉ。そんなのは俺の生きてるこのクソッたれな世界とはジャンルが違うんだよなぁ」 6 「がァァァあああああああッッ!! !! あああああああああ!! !! !!」 「くっ……!」 風路の猛攻は、とどまるところを知らなかった。 否、違う。反撃のチャンス自体はいくつか存在していた。しかし、陵原はそのチャンスを生かすことができなかったのだ。 (反撃したら、この子を殺してしまう……!) なまじ相手が強すぎたのがいけなかったのか。 もはや、陵原に手加減をしている余裕などなかった。やるなら、一撃。それも確実に相手の息の根を止めるような方法しか残されていなかった。 そして、陵原宮雹という少女にとって、自らの意思に関係なく無理矢理この暗闇の世界に堕とされた少女の生命を奪うというのは、絶対に許容できる行為などではなかった。 「はは、ははは! どうした女! ボクのコレクションを潰した手腕は評価するけど、そんなんじゃ全ッ然届かないよ!? くそ、まったく期待外れだ! 何だよ何だ、大したことないじゃんこの街の『闇』ってのもさぁ!!」 蜘蛛井の哄笑が響き渡る。しかし、風路を殺すことができない陵原に、現状を打破する方法などなかった。 「ほら、さっさと反撃に出ないと、お得意の『盾』も限界なんじゃないかなぁ!?」 「……!!」 これもまた図星だった。もはや、布切れによる『盾』ではあと一〇発攻撃を防げるかどうか。このままでは、防御する術を失った陵原は文字通り少しずつ自分の体を削られるような戦いを強いられることになり、そして最終的には――殺されるだろう。 (……ッ、どう、すれば……? もう、諦めるしかないの?) 思わず、挫けそうになる。 暗部で活動しているとはいえ、陵原は本質的には表の世界に生きている学生とそう変わらない精神性を持つ。そうなるように、努力してきた。どんなに心の裡に歪みを抱えようとも、それだけは絶対に崩さないで生きてきたのだ。 そんな精神が、ここに来て仇となった。『表の世界に生きている学生』というのは、別に『死んでも人死にを避ける様な強靭な善の心を持つ人間』ではない。当然、何かの拍子に、自分が死にそうになれば人を殺すことだって出来てしまう。 (蜘蛛井の言うように、闇に堕ちた人間は負け犬らしく、クズのような最低の解決法でしか、場を収めることはできないの……?) 脳裏に、ツンツン頭の少年が浮かんだ。 堕ちる。 (い、やだ) 状況がより悪い方向に、ではない。もっと本質的な部分で、陵原宮雹という人間が、その心が、堕ちる。 (たすけて。こんなのいやだよ。だれかたすけて、とうま、とうま、とうまとうまとうま……) どんなことがあろうと、アマちゃんだと言われようと、それでも保ち続けてきた矜持が、今、まさに崩れようとしている。 そんな瞬間だった。 『宮雹』 陵原の耳元につけられている無線機から、声が聞こえた。 「持蒲、さん……?」 陵原は、反射的にそれを救いの声だと確信していた。 持蒲鋭盛という人間は、陵原にとって端的に言うと『救いの手』である。闇の一端を覗き、死ぬしかなかった自分の運命を捻じ曲げてくれた人。それだけじゃなく、自分が光の世界に戻る為に、必要な舞台を作って来てくれた人。 今までだって、この暗部の世界で陵原が自分だけではどうにもならない場面に出くわしたことはあった。だが、そのたびに持蒲という人間は陵原が思いつかないようなとんでもない解決策を引っ提げて来てくれた。まるで物語のヒーロー……いや、それ以上の、登場人物を正しく導いてくれるストーリーテラーのように。 『お前は何を勘違いしているんだ』 「……え?」 だからこそ、陵原は最初、自分が何を言われたのか理解できなかった。 だって、持蒲はいつでも陵原のことをやさしく導いてくれる存在で、その声色はいつも優しいもののはずで、……今の持蒲の声は、死人部隊(デッドマンズ)に指示を出す時のような、冷たくて薄っぺらな響きだったから。 『いいか、宮雹。お前は一つ勘違いしている。……「あれ」はもう、手遅れだ。もう戻れない。死人部隊(デッドマンズ)と同じ。あれはもう、心臓が動いていて、脳が活動しているだけの肉人形。お前が考えているような人間性を備えた存在ではないんだ』 「……、」 つまり、それは。 『宮雹。お前があの人形を殺せない理由は何だ? 風路鏡子という存在への同情か? それとも、あんな風になった彼女をこれ以上傷つけたくないという気持ちか?』 他でもない持蒲からの助けが得られないということは。 『……違うだろう。お前だって理解しているはずだ。――お前は、風路鏡子の境遇を自分と重ね合わせている。自分ではどうしようもない事情によって、世界の闇に落とされた風路鏡子に、自分の境遇と似たようなものを見出している』 それよりも馬鹿で、駄目で、弱くてどうしようもない自分では、彼女を助けられなくても仕(ヽ)方(ヽ)な(ヽ)い(ヽ)ということで。 『だが、それはつまらない感傷だ。アイツはお前とは違う。風路はもはや手遅れだが、お前はそうじゃない。お前はまだやり直せる。今は無理でも、いずれは元の世界に戻ることができるんだ。ここを読み間違えるな。本質を見誤るな。――それは、ただの人形だ』 持蒲の声が、陵原の心に染み渡る。 持蒲は、元は凄腕の研究者だ。能力開発の分野では名の知れた人材だったということもあり、その話術は一種の洗脳とまで言われるレベルに達していると言われている。その技術を併用しているのだろう、陵原は、持蒲の言っていることが全て正しい事のように思えた。 結局、持蒲は業を煮やしただけだったのだ。いつまでたっても任務を遂行しない、甘い陵原の背中を押す為に。一つの悲劇に気を取られて、さらなる悲劇を生み出さない為に、こうして持蒲は、自ら汚れ役を引き受けて、陵原を別の形で救おうとしているのだろう。 あるいは、風路は本当に手遅れで、こうして命を終わらせてあげることが彼女にとっては本当の意味での救いなのかもしれない。 『……それでも決心がつかないというのなら、仕方がない。今向かいのビルから全崩が狙撃を試みている。少しの間だけヤツの気を引けばいい。あとは、全崩がやってくれる』 ……そう、今までと同じ。趣向がちょっと違うだけで、結局陵原は守られる。『人殺し』という最大のタブーを犯さず、光の世界に戻る資格は失わないで済む。 分かりやすい憎まれ役に、汚れ仕事を押し付けて、そして自分だけはちゃっかり手を汚さず、痛い思いもせず、善人面をしていられる。 今までと、同じ。 脳裏に、ツンツン頭の少年が浮かんだ。 「……違うよ」 それで、良いのか? 『……? 宮雹、どうした?』 「違う。持蒲さん。あの子と私は違うって言っていたけど、それこそ違うよ」 確かに、このまま行けば陵原はいつも通り、お膳立てされた環境で、少しの罪悪感と引き換えにその心を守ってもらえるだろう。 「まだ手遅れなんかじゃない」 ……だが、それが本当に『正しい』結末なのか? 蜘蛛井は言った。風路の兄は、未だに行方不明の妹の存命を信じ、死に物狂いで、必死になって彼女を救おうとしていると。 手駒達(ドールズ)は、死人部隊(デッドマンズ)と違い、完全に心を壊されているわけではない。僅かながら自我が残っている。人形なんかじゃない。現に、風路は苦しんでいる。苦しんで苦しんで……それでもまだ苦しみ続けている。 「あの子と私は、同じ」 いきなり訳も分からずに恐ろしい世界に押し込まれて、生きる為に命がけでさらに恐ろしい仕事を続けなくてはならない。 そんな境遇に置かれているのは、風路も陵原も同じことだ。 「違いは一つ。……そんなときに温かい手を差し伸べてくれた人が、いたか、いないか」 全崩に苛められていた日々は地獄のようだった。それこそ、心が折れてしまいそうになるほどに。 でも、そんなときでも、暗部に堕ちたみじめな少女でも、手を差し伸べてくれる人はいた。 ヒーロー。 きっと風路だって、そんなヒーローに出会っていれば、今よりももっとまともな境遇にいられたはずなのだ。 逆にいえば、陵原だってあのときヒーローに出会っていなければ、今頃は彼女のような、今の自分よりも遥かに低い地点にいたのかもしれない。ひょっとしたら、耐えきれずに発狂して、そのまま死人部隊(デッドマンズ)になっていたかもしれない。 ならば。 『ただヒーローに出会えただけの少女』は、『ヒーローに出会えずに今まさに破滅しようとしている少女』を目の前にして、一体何をすべきなのか? 『おい、宮雹……!!』 「ありがとう、持蒲さん」 きっと持蒲は、別に陵原を叱咤激励しようとしたわけではないはずだ。本当に、彼女の負担を少しでも軽くするために、都合のいい『罪悪感の逃げ道』として機能しようとしていただけ。『持蒲さんが駄目だって言っているんだから、諦めたとしても私に落ち度があるわけじゃない』という、分かりやすい免罪符を用意してくれようとしていただけ。 だが、陵原はその安易な逃げ道に流れなかった。 たとえそれがどれだけ険しい道のりであろうとも。それでも、命がけで『アマちゃん』を続けるのだ。 「……覚悟は、決まった」 きっと、彼女を救ってくれたヒーローも、同じような状況に立てば同じ決断をしたはずだから。 「……さっきから、何やら相談しているみたいだけどさぁ……。もしかして、向かいのビルからの銃撃を期待しているのかなぁ? それなら残念でしたぁ! いくらなんでも、狙撃対策を怠っているわけがないだろう? 結局さあ、チェスの勝敗を決めるのは君たちのようなチェスの駒以下の人形じゃなくて、ボクらのようなプレイヤーなんだよねぇ!! 人形がいくら頑張ってみたところで、世界はなんにも変わらないって、いい加減ご理解していただけちゃったかなぁ!?」 「違う!!」 あの日の光景が、陵原の脳裏によぎる。 あの時も、そうだった。世界の闇だとか、どうしようもない仕組みだとかを高らかに歌い上げた全崩を、彼は真っ向から否定した。 「確かに、世界はどうしようもないことで溢れている。私なんかが一人で頑張ったところで、結果は見えている。世界にはご都合主義なんかなくて、そんなことは誰もが分かっていて、私のしていることなんてただの子供の駄々こねにしかならないかもしれない」 確かにこの世界は辛い事ばかりかもしれない。中にはどうしようもない理由から闇の世界で過ごしている人だっている。そんな連中からしてみれば、俺の言っていることは現実を知らない馬鹿の言葉かもしれない。 「でもそれは、戦う権利を取り上げるものなんかじゃない。結果が見えていたって、精一杯世界を見返す努力をしちゃいけないなんて理由にはならない」 ……でも、そこで終わらなかったヤツだっている。俺は、そんなヤツを知っている。どうしようもない状況に置かれても、命をかけて大事な大事な日常を守ろうと、死にそうな目に遭ってまで戦えるヤツを知っている。 「堕ちた人間が、足掻いて足掻いて足掻きまくっちゃいけない理由にはならない。その権利を否定できる理由になんか、絶対にならない!!」 テメェなんかに、最初から諦めて、分かった風にこの世界のことを語るヤツに、そんなヤツらを見下す資格なんか、これっぽっちもねえんだ。 「……もしもあなたが、それを否定するって言うのなら。努力の価値をあざ笑うって言うのなら」 もしもテメェが、それでもそういう人間を馬鹿にして、はなっから見下しているって言うんなら。 「――まずは、」 その幻想を、ぶち殺す。 7 「な、にが」 蜘蛛井は、そんな陵原の宣言を前に、ぼそりと呟いた。 その声は、震えていた。 圧倒的有利であるにも関わらず。 「なぁーにが『その幻想をぶち殺す』だぁ!! キミの抱いているそのくっだらない妄想こそが世間一般じゃあ『幻想』って呼ばれるんだよ!! 分かってないなぁ、全ッ然分かってない!! この状況、誰が王者で! 誰が弱者なのかってのをさぁ!!」 「そんなの、どうでもいい」 口角泡飛ばす勢いで叫ぶ蜘蛛井の言葉を、陵原はその一言で蹴散らした。 もはや、迷いはない。 やるべきことは分かっている。なら、状況がどうだろうと関係ない。 ただ、風路鏡子をこの闇から救い出す。 その一点さえ見えていれば、どんな困難があろうと迷わずに突き進むことができる。 「この子を闇から救うのに、誰が王者だの誰が弱者だのなんて判定は必要ない」 「……っっ!! !! ハッ!! じゃあ、さっさと殺されるんだなぁ!! キミが救うって言った、その風路鏡子自身にさぁ!!」 蜘蛛井のセリフと同時に、風路の周囲から風が生まれる。 粉塵を巻き上げたその気流は、ウォーターカッターのように少量の不純物を混ぜ込みながら高速で陵原を切り刻もうと突き進む。 「……!」 それに対し、陵原は布を広げて盾にする。 今までと同じ光景。 それを見た蜘蛛井は、満足げな笑みを浮かべながら叫んだ。 「それ見たことか!! 結局は口だけじゃないか!! あとその盾は何回使える!? それが終わればタイムリミットのカウントは始まるぞ!! お前の能力は物体の座標を固定する能力だ!! なら、固定するものがなくなればお前の身を守るものはなくなる!!」 事実、蜘蛛井の言う通りだった。 陵原では風路に対し手加減をすることができず、攻撃なんてしようものなら問答無用の即死攻撃くらいしか使えない。 しかし一方で、陵原は風路が生存する結末しか認める気はない。 殺せないのに、殺すことでしか勝負に幕を下ろすことができないのだ。当然、そんな勝負に勝てるはずがない。 「なら、そんな勝負はしなければいいんだよ」 陵原は、そんなことを小さく呟いた。 陵原の覚悟は、既にあのとき決まっていた。 風路鏡子をこの手で救うと決めたその時、陵原宮雹にとっての『戦う相手』は、既に風路ではなくなっていたのだ。 ならば、当然、起こす行動は一つ。 「ほらほらぁ!! どうしたどうした、救うんじゃなかったのかぁ!? ヒーロー気取りの偽善者がぁ!!」 蜘蛛井、風路、陵原は、ほぼ一直線に並んでいる。 風路は蜘蛛井を守るように立っていて、陵原はその風路からの猛攻に成すすべもない。 だが。 最初から、戦う必要なんてなかったのだ。 「……救ってみせるよ」 陵原が、思い切り地面を蹴って走り出す。 直進。 蜘蛛井は一瞬、その行動に虚を突かれた。が、すぐにその軍師としての優れた才能を発揮してその企みを見破る。 「……ハッ!! 短期決戦ってわけかい! そうだよねぇ、キミは放っておいたら自分の武器を失う。それなら、その前に風路に直接攻撃をくらわせてダウンさせるのが一番手っ取り早い!!」 陵原は、何も言わない。 「でも残念だったねぇ! このボクが今までの戦闘を見た判断で言わせてもらうと、至近距離から風路の能力を浴びれば、キミの『盾』では攻撃を完全にカバーしきれなくなる! キミが風路を打ち破ることなんて――」 バッ!! と。 風路を目の前にした陵原は、布を風路にかぶせた。 「風力切断(エアカッター)は、空気中の細かな不純物を気流と一緒に高圧射出する能力。当然、高威力を保つ為には絶妙なバランスが必須になる。……そんな中で突然気流を乱され、自分自身が布で外気と遮断され、しかも私の能力で固定されたら、一体どうなるかな」 「……!!」 当然、こんな手を使っても意味はない。 風路の能力は彼女の体から発露するものではない。確かに視界はゼロとなるが、風路がやたらめったらに攻撃をしてしまえばこの策はあっさりおじゃんになる。その上、咄嗟のことだったので布に能力は使っていない。攻撃されたらその瞬間にズタボロにされて、意味を成さなくなる。 だから、陵原の目的はそこではなかった。 風路が拘束されてから、視界の悪さを気にせず能力を撃ちまくるまでのわずかな時間。 それを用いて、陵原は風路の脇を走り抜けた。 「な……、」 「倒すべきは、最初から風路鏡子ではなかった。……私が倒すべき相手は、最初から分かっていたんだ」 陵原が狙っていたのは、最初からこれだった。 人形から人形遣いへの、反逆。 「これで、あなたを守る存在は何もなくなった」 背後で、風路が布を引き裂く音が聞こえる。しかし、陵原はそれを気にも留めなかった。 風路鏡子の風力切断(エアカッター)は、高威力だが照準および射程能力がきわめて低い。 こんな至近距離で能力を使おうものなら、陵原もろとも蜘蛛井も切り刻まれてしまう。……いや、陵原の方は能力でいくらかダメージを軽減できるから、蜘蛛井だけが具体的なダメージを受けることになる。 つまり、風路は使えない。 だが、蜘蛛井は余裕を失わない。 「……残念だったね。ボク自身が自衛手段を持っている可能性に、どうして思い至らなかったのかなぁ?」 蜘蛛井の手にされたものを見て、陵原は思わずギョッとした。 何のことはない拳銃だ。しかし、その拳銃は当たり前のように陵原を撃ち抜き、殺すことのできる道具でもある。 ここに、陵原の未熟さが露呈した。 彼女は、何だかんだ言っても結局のところは『表』の学生の精神性を保っている。だから、『暗部』特有の『策を多重に仕掛ける』戦法に対して、耐性がない。相手が大々的に喧伝している戦法こそが最大にして唯一の戦略だと、勝手に勘違いしてしまう。 「見たところ、キミの能力は目視で発動している。なら、初速が音速を超える銃弾の着弾地点にちょうど良く能力をかけることなんてできるのかなぁ?」 それが、死刑宣告になった。 蜘蛛井は躊躇なく拳銃の撃鉄を起こし、 「……え?」 スカン、とその銃身が綺麗に切断された。 カラカラと、あっけない音を立てて、切断された銃身が転がっていく。 静寂が、その場を支配した。 「……ない」 それは、小さな呟きだった。 しかし、同時に確かな宣言だった。 「……この人の『幻想』は…………殺させやしない」 闇に堕ちた人形の、反逆の狼煙だった。 「ふ、風路、鏡子……っ!?」 「ば、馬鹿な、馬鹿な馬鹿な馬鹿なっ……!? 何故、何故風路が!? 反逆の意思なんて叩き潰したはずなのに!! いや、そもそも、今の風路に拳銃だけを狙って切り落とすようなスペックは存在しないはずなのにィィいいいいッ!? !? !?」 なんということはない話。 闇に堕ちた人形だって、ヒーローになれたんだというだけの話。 その現実を認識して、陵原は思わず口元に笑みを浮かべてしまった。 (これが……そうなんだ) 目に、力を入る。疲労したはずの肉体に、活力が漲ってくる。 やることは一つだ。 拳を振り上げ、恐慌のあまり身動き一つとれていない蜘蛛井を見据える。 (この景色が、誰かを救うってことなんだ。『あの人』の立っていたステージなんだ……!!) その意味を今一度噛みしめて。 少女は、ちっぽけな幻想を守る為に拳を振りおろした。 8 「……そう、か。蜘蛛井と風路は『表』の人間に保護されたか」 下っ端からの報告を聞いた少年は、そう呟いて報告した下っ端を下がらせた。 目のあたりまで前髪を下げた、どこか近づきがたい、陰気な印象のする少年だ。学生服の胸元をワイルドに開いているが、不思議とそういった姿が似合っていないちぐはぐさを感じさせていた。年の頃は、大体一五歳程度だろうか。大人と子供の境目、といった形容がよく似合っていた。 下っ端を下がらせ、一人になった少年は思う。 まさか、暗部の人間と戦っていながら『表』の人間に確保されるとは。 向こうの策に引っ掛かった結果なのか、少年が想定していた全ての状況と異なる幕引きに、彼は戸惑いを隠せなかったが……しかしながら、とある少女の顛末に関しては一抹の安心感を覚えていた。 そして、それ以上の喪失感も。 風路鏡子。 彼女を『闇』に引きずり込まれることになった原因は、この少年にあった。 (風路が蜘蛛井に身柄を確保されたと聞いた時は、ついにやられたかと思ったものだが……、……まあ、この結末は最善でないにしても『次善』程度ではあるか……) とはいえ、『テキスト』に処理されなかったのは僥倖だ。『表』の警察組織相手ならば、ブラックウィザードの組織力でいくらでも相手にすることは可能なのだから。 (『あれ』は、俺のものだ。蜘蛛井には渡さないし、当然『表』に戻るなんてことも許さんさ……) 心の中で、少年は暗い笑みを浮かべる。 ハッピーエンドを認めない者。 この世界では、そんな人間がたくさんいる。プラスで終わったはずの物語にケチをつけ、その結末に後ろ脚で泥を浴びせかけることを良しとする者。そんな存在のせいで、この世界には多くの悲劇が生まれてきた。 「あのう……」 「…………お前か。何の用だ」 そんなことを考えていた少年の背中に、少女の遠慮がちな声がかけられた。この少女のことを普段から快く思っていない少年は、どこか声色が硬くなる自分を自覚しながらも振り返る。 茶色い髪をボブカットにした、小柄な少女だった。ブラックウィザード構成員の殆ど全員に共通する特徴である『黒い服装』として金色の刺繍が成された黒いジャージを着ている。小動物のような印象の少女だが、それとは対照的に太股の大部分が露出するような形状のダメージジーンズが少女にどことなく扇情的な印象を与えていた。 ブラックウィザードの幹部ではない、一般構成員の一人だ。 幹部でありブラックウィザードの『ボス』の補佐役を自認している少年とはまさに天と地ほども権力に差があるのだが、学園都市の『闇』と対峙している今に限っては、地位に限らず能力のある人間は奔走しているのが現状だった。 尤も、この少女に限っては突然の事態に右往左往しているだけという印象が強いように少年は思っているが。 「蜘蛛井さんが、警備員(アンチスキル)に捕まったって……」 「その話か。それなら聞いている。伝令なら足りているから持ち場に戻れ」 少女の話を最後まで聞かず、少年はいらだたしげに舌打ちをした。 (ここまで情報伝達が拙いとはな。……まあ、基本はスキルアウトだ。訓練された軍隊のような統率がとれた行動がとれるはずもない、が……。……これはどうにかしなければ……。情報伝達は組織の生命線だ。それがこの有様では、これからの作戦行動にも支障をきたすおそれがある) 「い、いやそういうわけじゃなくてですね」 考え込む少年にどこか気後れするように、少女はおそるおそる切り出す。 「……風路さんは、どうなったんですか」 「……、」 少女の言葉に、少年は僅かに黙り込んだ。 目の前の少女は、薬物中毒者である風路とコミュニケーションがとれる数少ない存在だった。風路も彼女には従順な態度をとる節があり、それこそ少年が少女を嫌う最大の理由でもあったわけなのだが……。 「風路なら、警備員(アンチスキル)に保護されたと聞いたな」 忌々しげに、少年は呟く。少年にとって風路鏡子は彼自身の所有物であり、ゆえに自分以外の存在に従順な態度をとるのは気に食わないし、自分の手から離れることなど絶対にあってはならないことだ。 そんな風に考えているからか、少年は少女の目元が安心で若干緩んだことに気付けなかった。 そして、こんなことを言ってしまった。 「……だが、すぐに取り戻すさ。こんな結末は許さない。『アレ』は俺のものだ。他の誰にだって渡さない。それが公権力だろうと、『ブラックウィザード』には関係ない」 「……、」 「何だ? その顔は。お前だって、『薬物中毒になって正常な判断能力を持たない』風路を可愛がっていたじゃないか。その現状を甘受していたじゃないか。それが今更、正義面する気か? ……おめでたいヤツだな」 「そうじゃない!」 少女の表情が優れないことに気付いた少年の詰問を、少女は頭を振って否定する。 「……すみません。出すぎたことを言いました。……自分の持ち場に戻ります」 「そうすると良い。今は非常時だ。上手く立ちまわれば、お前なら『手駒達(ドールズ)のコントローラ』という蜘蛛井のポジションを継承して幹部に昇格できるかもしれないしな」 少女がそんな展開を望んでいないと知りつつ、あえて少年はそう言って少女の精神を削る。 少女が立ち去ったのを確認した少年は、直前までの自分の精神状態を思い返して少しだけ反省した。 「……駄目だな。風路を一時的とはいえ失ったのに加えて、あの女が現れたことで少し気が立っていたか。これでは作戦立案に支障が出かねない……」 ブラックウィザードは、元々一枚岩ではない。 潜在的な反乱分子はいくつも存在していたし、あの蜘蛛井も全体的な分類としてはそういうものだった。他にも構成員のうちの何割かが既に命惜しさに反旗をひるがえしているという。こうした突発的な動きは恐れるに足らないが、問題はそういった勢力を利用して指揮下に置く幹部が出てくることだ。今のところ幹部はきちんと与えられた持ち場を全うしているようだが、このまま戦況が悪くなれば反旗を翻す可能性もある。その可能性は、常に考慮し続けて行かなくてはならない。 だが、こんな状況で反乱に警戒し続けて行くのは精神的にも能力的にも大きな重圧となる。 「……まずは、前々から目星をつけておいた反乱分子か」 ならば、裏切られる前に裏切れば良い。 一時的な戦力としてはマイナスだが、全体的な作戦を円滑に進めることを考えれば、最終的にはプラスになる。 「それが終われば、風路だな」 そう言って、少年は笑みを浮かべた。 偽りのキングが盤から離れても、ゲームはまだまだ続く。 行間一 テキスト×ブラックウィザード 第三章
https://w.atwiki.jp/indexorichara/pages/2001.html
「な、何だありゃあ・・・!!?」 新“手駒達”を含む“手駒達”を傍に置く『ブラックウィザード』の薬物中毒者の1人が、眼前に現れた1体の“巨人”の姿を見て呻く。 「ふ、ふざけんじゃねぇぞ・・・!!?」 ここは施設内中央部に近い場所、そこに北東部方面から轟音と共に現出した2体の“巨狼”が風紀委員会へ応戦する『ブラックウィザード』の構成員達を驚愕させる。 「真面君!!振り落とされないように気を付けて!!」 「わ、わかった!!」 そう、それは178支部所属風紀委員殻衣萎履が能力『土砂人狼』の本気。元来の消極的性格から、能力研磨の際にもついぞ見せることが無かった全開(=『書庫』にも記載されていない)。 彼女の能力は土砂を用いた人形の作成・操作である。通常の人形の大きさは1~2mなのだが、しかしこれはあくまで通常の場合である。 彼女は最大で74体もの人形を作成することができる。そして、それ等を合体させることが可能なのだ。当然、大きさも足し算的に増大する。 “巨人”の大きさは約10m、“巨狼”は各5~6mと巨大であり、周囲には巨大人形を守護するように14体の土狼が陣取っている。 更に、殻衣は20体前後までなら精密な動作を人形に行わせることができる。現出した土人形は合計17体。問題は全く無い。 「『土砂人狼』・・・Standby」 “巨人”の左肩に立つ殻衣は同じく“巨人”の右肩に立ち眼下を見下ろす真面に声を掛けた後に戦闘開始の準備に入る。 精密な動作を行えるとは言っても、操作範囲の関係上+周囲の状況・環境を確認するために殻衣は前面に立つ必要がある。故に、真面が彼女の警護として“巨人”へ同乗している。 己が『発火能力』にて14体の土狼と共に細部を詰め、殻衣が繰る巨大な土人形で圧倒する。『ブラックウィザード』を盛大に叩き潰す。何故な自分達は・・・結局は囮なのだから。 「Catch Crush!!!」 繰り主の命令を受けて、17体の土人形が暴虐を開始する。敵に思考させる暇は与えない。衝撃から立ち直らせる余裕を抱かせない。 その証拠に、“巨人”が手に持つ圧縮形成された土槍を振りかざし・・・凄まじい勢いで“手駒達”ごと『ブラックウィザード』を薙ぎ払う。 「ぎゃああああぁぁぁ!!?」 「ぐあああああぁぁぁ!!?」 構成員の悲鳴が夜の闇に劈く。しかし、彼等は間違っても致命傷を受けたりはしていない。土槍との衝突の瞬間、殻衣の操作で接触部分の圧縮率を低下させたからだ。 しかし、量が量であったためそれなりの手傷は負い、彼等は土砂の中に封じ込められた後に排出、無様に地面を転がる。 「ごめんなさい!!!」 先程排出した中に居る“手駒達”や能力を用いて応戦しようとする新“手駒達”に対して苦渋の表情を浮かべながら、殻衣は“巨狼”の牙を彼等彼女等に突貫させる。 薬で強化された『発火能力』や『電撃使い』や『風力使い』で“巨狼”の外殻が結構な速度で破壊されていくが、 精密動作付与人形の修繕機能によってたちどころに再生する2体の“巨狼”は敵の抵抗お構いなしに突入する。 「「「ガアアアアアアァァァッッッ!!!」」」 “手駒達(にんぎょう)”が“巨狼(にんぎょう)”の牙に掛かり、喰らわれていく。しかも、今度は排出されずに“巨狼”の体内に閉じ込められる。 “手駒達”の小型アンテナは喰らったと同時に破壊したが、新“手駒達”のチップ型アンテナはその小ささ故に『土砂人狼』では頭部を傷付けてしまう恐れがあったために破壊でいていない。 だからこそ、巨体+修繕機能を持つ“巨狼”の体内に封じ込めることで無力化を図る。呼吸障害に細心の注意を払いながら、殻衣は操る演算を正確に計算していく。 「ウゼェ!!この犬っころ!!!」 「空から火の玉だと!!?ちくしょうめ!!ここからじゃ、狙いが定まらねぇ!!」 「連中は新“手駒達”がどうなってもいいって腹積もりか!!?クソッタレ!!!」 平行して14体の土狼が俊敏な動きで構成員に襲い掛かり、しかも上空から真面が援護の火球を立て続けに降り注がせる。 状況的に窮地に追い込まれつつあることを自覚する構成員達は、まるで新“手駒達”の存在を無視するかのような攻勢を仕掛ける風紀委員に毒付く。 だがしかし、彼等は知らない。理解していない。真面と殻衣の覚悟を。『絶対に新“手駒達”の命を1人残らず救う』ことを最優先とする風紀委員会の決意を。 そのために状況を的確に整理し、情報を精査し、決断したのだ。拉致された一般人数百人が新“手駒達”に仕立て上げられた以上、全員無傷での奪還はまず望めない。 無論無傷での奪還ができればそれに越したことは無いが、“それだけに拘らない”。拘るべきはもっと根源的な部分・・・つまり命。命を救う。それこそが絶対に拘るべき部分。 そのための最善手を各々が打つ。これは、真面と殻衣自らが固地や浮草に申し出た手。そして、それを固地・浮草両名が認めた。故に・・・今の2人に迷いは微塵も存在しないのだ。 「この・・・この焔火緋花と固地債鬼が来たからにはこれ以上悪者の好き勝手になんかさせないわ!!覚悟しなさい、『ブラックウィザード』!!!」 凛とした少女の声が戦場に木霊する。『ブラックウィザード』を潰すため、そして人形となった姉をこの手で救うために176支部風紀委員焔火緋花は、 緊張のためか額に浮かぶ汗の粒を無視して眼前に居る姉・・・焔火朱花と『ブラックウィザード』のメンバー永観策夜及び仰羽智暁と相対する。 「フッ・・・フフッ・・・」 「智暁?」 「フフフッッ・・・・・・」 対して、焔火の宣戦布告に何を思ったのか背中に冷たい汗が流れるのを肌で感じていた智暁が突如として笑い出す。 隣に居る永観も幾筋の汗を垂れ流しながら護衛の少女に問い掛けるが、少女は一向に零す笑い声を止めない。 たっぷり数十秒程笑い声を漏らし続けた調教主は、これもまた急に顔を上げて目の前に居る愛玩奴隷に向けて憤怒混じりの視線をぶつける。 「よくもまぁ、平然と私の前に姿を現せたモンですねぇ!!緋花!!もう忘れたの!!?私に何をされたのか!!」 「ッッ!!」 嘲笑すら混在する智暁の笑みと声に焔火は息を詰まらされる。脳裏に思い浮かべるのは、ここ数日の間に調教主の手によって刻まれた“傷”。 少し前まで只管傷付けられていた少女にとって、その元凶である智暁の前に立つだけでも精神的負担は大きい。 その上に“傷”に対する言及を喰らったために、焔火は胸をきつく締め付けられてしまう感覚を抱く。冷静さを無理矢理乱される。 「フッ・・・そうですよねぇ。忘れるわけないよねぇ。あんなにヒィヒィ言ってヨガリ狂っていた自分の破廉恥な姿をさぁ!!」 「くっ・・・!!」 「永観さん。聞いてくれます~?あそこに立っている緋花っていう私の愛玩奴隷は、それはもう淫猥な姿を私に見せ付けていたんですよ~。 薬の影響も大きいんでしょうけど、それにしたってあの乱れっぷりには天性もモノを感じますねぇ」 「へぇ~。それは僕も見てみたかったモンだ。・・・まぁ、映像媒体には録画してあるんだけどね。何時でも脅しとして使えるようにさ。だろ、智暁?」 「なっ!!?」 永観の邪な笑みと共に吐き出された言葉に焔火の顔が青褪める。『映像媒体』・・・つまりは、あの調教が映像として残っていることが齎す致命的な弊害。 このネット社会において、一度拡散した情報を消去することは限り無く不可能に近い。ましてや、それが『性』に関わるモノならば。 焔火としても心の片隅で考えていた―考えないようにしていた―可能性。その可能性に言及する敵に心を掻き乱される。 「・・・え、えぇもちろんです!!風紀委員会には私もひっどい目に遭わされていますしねぇ。愛玩奴隷には裏切られる始末ですし。 こうなったら、道連れ覚悟で他の構成員に今すぐ連絡取って緋花や朱花のあられもない姿をネット上に拡散してあげ・・・」 「ま、待って!!!」 「・・・フフッ。おやぁ、どうしたの緋花?ま・さ・か、私を裏切っておいて何の罰も無いなんて思ってるんじゃないでしょうね!?」 「(ど、どど、どうする!!?今すぐにあの2人をやっつけ・・・む、無理!!お姉ちゃんが居る以上、そんな瞬殺みたいな真似は絶対に無理!!ど、どど、どうしたら・・・)」 「・・・もし、今からでも私の下へ戻って来るというのであれば、考えないでも無いんですけどねぇ。どう思います、永観さん?」 「ふむ。その辺りが妥当な所だろうね。もっとも、彼女にその気があればだけど。彼女が僕達に刃向かった時点で交渉は決裂、すぐにネット上に彼女の淫らな姿を流すとしよう」 「くぅっ・・・!!!」 奴隷の蒼白状態の顔に気分を良くした調教主は、残虐な笑みを浮かべながら上司足る永観と会話を繰り広げる。 もちろん、今の会話は焔火を混乱させる罠である。智暁の意向で焔火を監禁していた部屋には監視カメラ等を全て排除していたために、調教の光景を撮っている筈も無い。 だが、そんなことは焔火が知るわけも無い。永観達の目論見通り、焔火は思考の迷宮に迷い込んだ。自分だけでは無く、姉の姿も映っているとなれば尚更である。 「ハーハハハッッ!!!!!」 「「「!!!??」」」 だがしかし、そんな付け焼刃の小細工で焔火の後方で今の駆け引きを吟味していた“風紀委員の『悪鬼』”足る男を惑わせられるわけも無い。 「全く・・・初っ端からこの体たらくか。焔火。『俺の前で無様を晒すな』という俺の言葉をもう忘れたのか?」 「固地先輩・・・で、でも!!」 禍々しい“『悪鬼』”の瞳に、今にも泣き出しそうな少女の顔が映る。女心に疎いせいか、少女の気持ち全てを理解し切れていないことは百も承知。 それでも、“『悪鬼』”は冷静に判断を下す。部下の気持ちに上司足る自分が大きく左右されるようでは、戦場において正しい判断を下すことなどできはしない。 「心配するな。連中がほざく言葉は・・・全てハッタリだ。態度を見ればわかる」 「えっ!!?」 「俺のような怪しい態度を鵜呑みにしないんじゃ無かったのか、焔火?そんな調子だと、先が思いやられるな。仕方無い部分があるとは言え、もう少し観察眼を養え」 「うううううぅぅぅっっ!!!・・・が、頑張ります」 驚愕に染まり、また厳しい指摘を喰らって項垂れる焔火のアップダウン激しい様子に溜息を吐きながら、固地は少女の代わりに駆け引きの舞台に立つ。 現在の彼女では、この舞台で立ち続けるのは酷というモノだろう。与えられた“傷”の件もある。ならば・・・自分が立つ他無い。 「俺の方がよくもまぁと言いたいモンだ。この場でハッタリをかますくらいなら、何処ぞの“詐欺師”のように事前にきっちり打ち合わせをしておくんだったな」 「・・・フフッ。ハッタリだなんて、よく断言できますねぇ。“風紀委員の『悪鬼』”かなんだか知りませんけど、ちょっと自信過剰過ぎやしませ・・・」 「お前のおかげだよ、サディスト気取り。この俺が、そこの男に投げ掛けられた際のお前の反応を見ていないとでも思っていたのか?」 「ッッ!!」 「あれはお前にとって想定外の言葉だった。だから、反応が遅れた。『何時でも脅しとして使える』というのなら、調教主気取りのお前だって知っていて当然の情報だ。 あの時のお前の表情を端的に表すのならば『戸惑いと恐怖』だ。『戸惑い』・・・すなわち想定外の言葉に対してのモノ。 『恐怖』・・・すなわち調教している自分の姿が映像媒体に録画されていることに対してのモノ。自信過剰なのはお前の方だ。“風紀委員の『悪鬼』”を舐めるなよ・・・仰羽智暁?」 「なっ!!?」 「おいおい。まさか、お前の素性を今の俺達が知らないわけが無いだろう。焔火を救出した時点で、お前の容貌から『書庫』で素性は割り出している。 ハーハハハッッ!!これで、お前は立派なお尋ね者だ。この先に明るい未来が待っているなどと夢にも思うなよ?」 「・・・!!!」 凶悪な瞳に射抜かれた上に正当な指摘を何重にも浴びた挙句、完全に素性が割れていることを知った智暁の顔が今度は蒼白となる。 これこそが駆け引き。あくまで固地の推測でしか無い情報を事実として言葉に出し、更に素性が割れていることをぶち上げることで精神的動揺を与える。 智暁にとって、こういう駆け引きは本来苦手とする分野である。だからこそ、固地に嘘を見抜かれてしまった。 「永観・・・と言ったか。単純バカな部下を持つとこういう時に辛いな」 「(単純バカって!!そ、そりゃ駆け引きで負けた私が言える立場じゃ無いけど・・・もう少し言い方ってモンが・・・固地先輩のイジワル!)」 「・・・僕の言葉が全て嘘だという証拠は無いが?お前の言葉は推測でしかない。智暁には告げずに、彼女達の調教光景を録画している可能性もある」 「「!!?」」 「・・・フン。だったら、最初に言っているだろう?ふむ・・・仰羽智暁を動揺させた状態で戦闘に突入したく無かったと言った所か。 事件解決のためならどんなことでもする“風紀委員の『悪鬼』”なら、『ブラックウィザード』討伐を最優先にするために焔火達の痴態をネット上に晒す行動を無視する可能性がある」 「(痴態って!!そ、そんなはっきり言わなくてもいいんじゃないかなぁ!!?ホント、先輩ってデリカシーのデの字も無い人だわ!!)」 「お前は逆に俺の評判を意識し過ぎているな。さすがの俺も、そんな可能性は・・・考えこそすれ実行することは・・・・・・・・・無いだろう」 「(何で即答じゃないの!!?というか考えんな!!考える必要ナッシング!!感覚のままに絶対NO!!!)」 「それに・・・仮にお前の言葉が正しかった所で俺達にはネットを介して情報を潰す『頼もしい』仲間が居る。 まさかとは思うが・・・焔火含めた大人数の一般人が攫われた時点でお前が言う『映像媒体を使った脅し』を想定していなかったとまさか思っていないよな?」 「!!!」 「(『頼もしい』仲間って・・・もしかしなくても成瀬台の初瀬先輩のこと!?確か、前にあった風紀委員会ではボロクソに言ってたような・・・)」 今度こそ動揺の色を表に出した永観を瞳に映しながら、しかし焔火は固地の言葉に対して違和感を持つ。それは当然のこと。 何せ、春咲桜に対する処分等を議論した風紀委員会にて固地は初瀬のことをボロクソに言っていたからだ。 もっとも、それは固地なりの相手を発奮させる方法―(固地視点で)私情は挟んでいない・・・筈。他から見れば私情アリアリ―の1つでしか無かったが。 数日前に九野や加賀美達にキツく指摘されたことで固地も少しずつ己の在り方を見直している最中であり、今の発言もそれに沿ったモノである。 当人の前で言えるかは怪しいが、初瀬の実力自体は固地も認めている。ネット社会の最先端に居るこの学園都市においてその実力は大きな意味を持つが故に。 「一般人が攫われた時点で、俺達は能力を含めた総力をもってネット上に監視という名の網を張った。『映像媒体を使った脅し』の可能性も考慮してな。 まぁ、空振りに終わったがそれは言い換えれば『ブラックウィザード』が未だにネット上に『映像媒体を使った脅し』を拡散していない証拠であったとも言える。 初瀬の『阻害情報』は脅威だからな。『成瀬台強襲時に初瀬を始末できていれば』・・・と嘆くお前や網枷の顔が容易に想像できるぞ?」 この『監視』の網は、主に第17学区とその周辺を重点的に敷いていた。特に、後方支援を主に担当していた初瀬(+電脳歌姫)・葉原・佐野と、 後方に陣取ることが多い(=それ相応にネットに聡い)リーダーの椎倉・破輩・加賀美・冠・浮草達に電気系能力者の湖后腹や九野達警備員を加えた網は強大であった。 立場上風紀委員は夜遅くには活動できなかったが、それでも戦闘部隊・後方支援部隊関係無く全員が自宅に帰った後に連絡を取り合いながら夜遅くまでネットを徘徊していた。 『映像媒体を使った脅し』関連が主目的だったが、『ブラックウィザード』に関する情報なら噂でも何でも集めた。 真偽等は後から幾らでも調査できる。まずは、あらゆる情報の収集。そこに、コンピュータに聡い聡くないは関係無い。固地や鳥羽も同じようにネットに目を光らせていた。 各々にでき得る最大限のことを皆が全うした。全ては、この事件の解決を邪魔する要素を排除するために。 「お前の言葉が正しいのならば、その映像媒体は十中八九この施設内に存在する。そして、もうその記録は使えない。初瀬が入り込んでいるからな。 とは言え、何もネットではなくともUSBのようなモノを使えば流通に紛れて記録は持ち運びできる。そうだろ、永観?」 「・・・・・・そこまでわかっていながら、何故お前はそんな勝ち誇った顔ができる!?」 「残念だが、この第17学区は警備員によって秘かに監視されていた。物資の流通から何もかもだ。 さすがに、新“手駒達”の確立を最優先したためかこちらも空振りに終わったがそれはそれで朗報でもあった。お前達が協力関係を組んでいる企業の目星も付いている。 また、初瀬の能力なら通信履歴を含めた様々な『履歴』を探知することができる。初瀬の能力の全容が『書庫』に全て記載されているとでも思ったか? 俺が、お前達が放った“手駒達”の尾行を『書庫』には掲載されていない力で看破したのと同じ理屈だが?あの“巨人”もそうだろう?」 「くっ・・・!!!」 「何より・・・お前の狼狽さが全てを物語っている。俺の言葉を推測と断じたくせに、何故うろたえている?悪いが、お前の言葉には何の説得力も感じられない。 そんな輩の妄言を無邪気に信じる程俺は綺麗な人間じゃ無い。断言してやろう。お前達は焔火達の痴態を録画してはいない!! 『今』の仰羽智暁の狼狽振りも俺の言葉に説得力を与えている。もう、お前達の駆け引きは駆け引きとして成立していない!! 永観。お前は、『今』の仰羽智暁の精神状態で俺達と戦うつもりか?『発火能力』と相性抜群の『熱素流動』を持つ仰羽智暁を欠いた状態で俺の『水昇蒸降』とぶつかるつもりか? 『今』の焔火は姉である朱花の高圧電流すら逸らす程だ。俺の指揮もある。まぁ、好きにするといいさ。俺達は俺達の為すべきことをするだけだ。ハーハハハッッ!!」 永観は憎たらしいにも程がある“風紀委員の『悪鬼』”に駆け引きで敗北したことを悟る。確かに、固地の言う通り智暁の精神状態のまずさは許容外に片足を突っ込んでいる。 『自分に内緒で調教している姿が録画されていた』という嘘の情報は、智暁に想像以上の精神的ダメージを与えている。ようは、相互の信頼に関わること。 今から固地と焔火と戦闘に突入する『今』、自分に対して不信感を抱かせてしまうのは全くもって得策では無い。そもそも、捕まってしまえば全て終わりなのだ。 『焔火達の調教光景を録画していた』というハッタリは、あくまで駆け引きの材料でしか無い。ハッタリで自分の首を自分で絞めるのは本末転倒である。 永観としては、アドリブに弱い智暁では無くこんな付け焼刃の下策に走らなければならない状況―“巨人”の攻勢―そのものに腹を立てているのだから。 「・・・智暁」 「は、はい」 「安心して。あの“『悪鬼』”の言う通り、今までの言葉は全部ハッタリだ。僕としたことが、往生際が悪かったよ」 「ほ、本当ですか!!?」 「あぁ、本当だとも。僕の命に誓うよ」 「・・・ハァ~。よかったぁ・・・」 故に、本当のことを智暁に打ち明けることで彼女の精神状態を回復させる。結局“『悪鬼』”の言葉が全て頷ける内容であったかは定かでは無い。中には虚偽が混じっている可能性もある。 しかし、その言葉によって智暁の精神状態を撃ち砕かれた。その舌の回りように瞬間“辣腕士”の面影を垣間見、永観は多少以上に不機嫌となる。 「・・・だそうだ、焔火?」 「・・・・・・ハァ~。・・・ありがとうございます、先輩」 他方、永観の―止むを得ない―告白に目を細める固地の声を受けて焔火は固めに固めていた体を弛緩させる。 一歩間違えれば社会的に抹殺されかねない事柄であったからこそ、それを見事見破った“『悪鬼』”の戦略に唯々感心する。 「礼はいらん。行動と結果で示せ。それが、今のお前に課せられたモノだ」 「・・・はい!」 「・・・フン。さて・・・仰羽智暁!!」 「ッッ!!」 安心し切った+感謝の念が顕著に現れた表情を向けた部下から顔を逸らした固地は、ついでとばかりに更なる責めを行う。 標的はもちろん・・・サディスト気取りの少女。これは、個人的な想いも入った言及である。 「何でも、お前はこの単純バカを痛めに痛め付けていたと聞いたが?」 「そ、それがどうしたのよ!?私の愛玩奴隷に何をしたって私の勝手・・・」 「お前の愛玩奴隷?ハーハハハッッ!!・・・笑わせるな。この女は誰かの鎖に繋がって大人しく飼い馴らされるようなタマじゃ無いぞ? 何せ、俺の鎖を食い千切った程だからな。お前なんぞの愛玩(オモチャ)には到底なりえん。身の程を知れ・・・ガキが」 「ッッッ!!!」 「固地先輩・・・!!!」 固地の宣言に絶句している智暁を尻目に焔火は目に映す。高笑いを放った後の彼の表情が、常のような禍々しいモノでは無く何処までも真剣なモノであったことに。 きっと、それは彼が自分をまがりなりにも認めてくれていることの証。焔火緋花は仰羽智暁の奴隷なんかでは無いことをはっきり表明してくれた彼の『力』を己が胸に確と刻む。 「何だ、焔火?さっきも言ったが礼は・・・」 「はい、今ので『傲岸不遜ポイント』が1つ増えました!!この調子なら、早々に罰ゲーム決定かも!?」 「ガクッ!!ちょ、ちょっと待て!!何故、今のでポイントが加算するんだ!!?」 「さっきからどうしようかなって迷っていたんです。幾ら相手が相手とは言え、傲岸不遜なのには変わりありませんでしたし。 前に先輩も私のことを奴隷扱いしてましたし、駆け引きのためとは言え『痴態』なんていう下品な言葉も使いましたし。 丁度駆け引きも終わった後だったんで『よしっ♪入れちゃおう♪』って。ニシシ♪」 「何が『よしっ♪入れちゃおう♪』だ!!それはそれ、これはこれだ!!笑顔でごまかそうとしても無駄だぞ!!断固抗議する!!」 「望む所です!!そのためにも、一刻も早くこの事件を解決しましょう!!行動と結果で示す!!そうでしょ、固地先輩!?」 「・・・ハァ」 自分の言葉を焔火に逆手に取られたことに対して溜息を吐く固地。おそらく、これは『礼はいらん』と言われた上で彼女なりに考えた『礼』なのだろう。 それがわかったからこそ固地は溜息を吐くだけに留めた。やはり私情を挟むと碌なことにならないことも同時に胸に抱きながら。 「あぁ・・・そうだな。時間も無い。手早く事を済ませるぞ、焔火!!朱花は全面的に任せる!!姉を救いたいのなら・・・全力を賭して戦え!!!」 「はい!!いくよ・・・お姉ちゃん!!!」 「・・・・・・」 「智暁!!『熱素流動』でサポートを!!朱花を使って焔火緋花を押さえ込むんだ!!」 「はい!!蜘蛛井さんの『調整』のおかげで朱花の暗示が解けることは無いでしょうし、思う存分姉妹同士で殺し合ってもらいましょうか!!」 言葉による前哨戦は終わった。ここからは、文字通りのガチンコ勝負。喰うか喰われるか、まさに弱肉強食のルールが支配する領域へ5人は足を踏み入れる。 片や事件解決と肉親を救うために。片や戦場から脱出するために。己が命を賭して・・・己が目的を達成するために少年少女達は戦闘に突入する。 そんな中・・・操り人形と化した姉の虚ろな瞳の奥に小さな光が宿り始めていることに、この時この場に居る者達は気付くことは無かった。 「何度言えば理解する?俺達はそんな条件は呑めない。雅艶も言っただろう?」 「それじゃ、私達穏健派と過激派の和解は無理だわ。・・・プライドが高いというのも考えモノね、麻鬼?」 「・・・・・・」 「こ、こらっ菊!!挑発的なことをしないの!!」 「ハァ・・・やっぱり過激派ってのは碌なモンじゃ無ぇな~」 林檎さん。一応彼等の正体は理解できましたが、何故こんないがみ合いになってしまわれたのでしょう? 元々穏健派と過激派って分かれているくらいだから、やっぱり一枚岩じゃ無いってことかも。まぁ、あたしの予想も当てずっぽうレベルだけど 場面は『協力者』の一角である救済委員達が集っている灰土の大型車両に移る。そこでは、麻鬼と花多狩の激論(=いがみ合い)が繰り広げられていた。 車を操る灰土は溜息を零し、部外者である真珠院が一時的に救済委員と行動を共にしていた林檎に質問し、林檎が当てずっぽう―しかし、真実の一端である―の回答を行う。 挑発を受けた麻鬼が不気味な沈黙に突入し、車内に不穏な空気が流れ始める。そもそも、何故共同で『ブラックウィザード』を討伐しようという話の後にこんな事態に陥ったのか。 それは、麻鬼達が『ブラックウィザード』討伐に対する“アクション”を聞いた花多狩が以下の条件を和解の条件としたからである。 『穏健派と過激派の和解実現の条件は・・・新“手駒達”の救出よ。そのためなら、風紀委員会と形だけでも協力する。いいわね?』 『それは呑めん。新“手駒達”救出は風紀委員会の役目だ。俺達に危害を加えてくる場合はその限りでは無いが、進んで行動を起こすことなど有り得ない』 花多狩の出した条件は積極的な新“手駒達”救出。これは、救済委員である自分達の存在意義にも直結する。 そのためなら風紀委員会とも協力する(無論形式上ではだが)。能力的に峠の『暗室移動』と雅艶の『多角透視』の組み合わせは、和解の条件成立のためにとても有効なモノである。 彼等がその気になれば迅速な新“手駒達”救出も果たせる。そう考えたが故の花多狩の提案。 この提案に峠は不承不承ながらも頷いた―春咲桜に謝罪した『今』の彼女だからこそ―のだが麻鬼と雅艶は拒否の姿勢を見せた。 特に、麻鬼の拒否っぷりは凄まじく花多狩の交渉も全く受け付けない。 『・・・様子見だ。ここには、俺の元仲間が居る。奴等がどれだけの働きを見せるのか・・・見てみたくなった』 理由は言わずもがな。また、本来の役目を考えるならば新“手駒達”救出は風紀委員会の役目であり、致し方無い場合は別にして進んで連中に協力しようと麻鬼は思わない。 固地との取り決めも既に果たし終えている。加えて、数が限られる空間移動系能力者峠上下の能力を使って大々的に救出すれば彼女が“目立ってしまう”。 ある意味では切り札とも言える峠をみすみす晒したく無い。この意見には雅艶も同調しており、結果として激論に収拾が着かなくなっているのだ。 「・・・雅艶」 「俺は麻鬼程意固地になるつもりは無いが、やはり峠の存在が連中にバレるというのは今後の活動を考えると由々しき問題だ。 確かに、彼女の『暗室移動』は有効な手段ではあるが・・・逆に言えばこちらの手札を明かすことになる」 「あら?固地にはバレてるじゃない?」 「・・・あれはギブアンドテイクの関係でしかない。それに、救済委員だからと言って即逮捕というわけじゃ無い。それこそ、現行犯に近い形でもなければ・・・な」 「まっ、オッサン達のような穏健派よりかは過激派のオメェ等の方が捕まりやすいのは確かだろうよ。なんたって、やることが過激だしよ」 雅艶と花多狩の議論に灰土がツッコミを入れる。現役警備員故に説得力のある言葉。世の中の常として、穏健派と過激派のどちらが警戒されるのかと問われれば普通は後者である。 「ゴホン!俺達としても罪の無い人達を救いたいという気持ちは当然ある。しかし、それも時と場合による。 花多狩。お前は峠を危険な目に合わせる可能性を黙認するのか?下手をすれば、今後彼女が救済委員活動を行う上で重大な支障が出かねないぞ?」 「・・・・・・」 「菊・・・」 雅艶の容赦無い指摘が花多狩に突き刺さる。大事な友へ意味ありげな視線を送る峠の顔を横目で見て、それでも穏健派の指揮官足る花多狩は動じない。 この条件に雅艶や麻鬼が反発することはとっくの昔に予測していた。予測していた以上対策は考えてあるし、同時に覚悟もできている。 「・・・ねぇ、峠」 「・・・何?」 「貴方は・・・私を信じられる?友である私の言葉を最後まで信じ抜くことができる?」 故に、己が覚悟を眼前の友へ示す。花多狩菊の大事な大事な親友・・・峠上下へ。 「・・・フッ。当然じゃない!!私はもう二度と友を裏切らない!!私は菊を信じる!!どんな時も・・・あなたを信じ抜く!!」 そんな友の問い掛けに、峠もまた覚悟を決めて返答する。あのコンテナターミナルで花多狩と戦った際に改めて自身を見詰め直した結果を今一度友へ示す。 戦場に身を置く以上、存在が露見するリスクは元より承知。当たり前ではあるが、このリスクを信を置く友が考えていないわけが無い。 その上で友が言葉を連ねるなら、自分が為すべきことは決まっている。すなわち・・・何処までも友を信じ抜く。 「・・・ありがとう、菊。・・・雅艶、麻鬼。貴方達の懸念も理解できるわ。だから・・・私も貴方達の懸念を少しでも払拭できる条件を再掲示する。 但し・・・大元を変えるつもりは無いわ。救済委員として、新“手駒達”を救う一助になる・・・この大元はね」 「花多狩・・・!」 「それに・・・貴方は私に大きな“貸し”があるんじゃないの、雅艶?」 「“貸し”?・・・俺達過激派がお前達穏健派に負けたことを言っているのか?それとも、春咲桜のことを指しているのか?」 「花多狩。残念だが、あれは『シンボル』の助力があってこその結果だ。俺達過激派が敗北した事実に変わりは無いが、それが今の交渉における取引材料にはならない。 春咲桜も同じだ。制裁については色々反省すべき点があったのは確かだが、奴が裏切り者であったという当時の認識を取り下げるつもりは無い。 まぁ、今では穏健派に現役警備員も参加しているし今後春咲桜についてどうこうするつもりは無いが」 花多狩の“貸し”発言に雅艶と麻鬼が噛み付く。結果としては間違い無く過激派は穏健派に敗れた。だが、それは部外者である『シンボル』の力があったからだ。 春咲についても、雅艶や麻鬼は裏切り者という当時の判断を取り下げるつもりは毛頭無い。故に、この場における有効な取引材料にはなり得ない。 そう考える雅艶と麻鬼の言葉に・・・花多狩は不敵な笑みを浮かべる。 「私の言葉をちゃんと聞いているの?私は雅艶個人に対して先の言葉を言ったのよ?」 「俺個人?ますますワケがわからないんだが?」 雅艶はいよいよ花多狩の言わんとしていることが読めなくなる。個人的に彼女へ“貸し”を作ったことは無い筈だ。 一方、雅艶の態度を見て内心では怒り狂っている花多狩は確実な言質を得るため―麻鬼にも事の重大さを認識させるため―に一気に勝負に出る。 「ねぇ、雅艶?唐突な質問なんだけど、貴方にスケッチして貰った6月に比べて私の胸・・・大きくなってない?」 「胸?・・・・いや、殆ど変化していないぞ?あったとしても、啄達にやった俺のヌード絵ともミリ単位レベルでの変化があるか無い・・・グムッ!!?」 「・・・!!!」 花多狩の質問に対し、何処か得意気に回答する雅艶の口を麻鬼が塞ぐ。見れば、麻鬼の額には幾つかの汗が吹き出ていた。 対して、雅艶がヌード絵の存在を『思い出している』ことを可能性として予測していた花多狩は般若の表情を青筋と共に浮かべながら冷徹な指摘を開始する。 「あれぇ?確か雅艶って七刀の『思想断裁』でヌード絵に関する記憶は消されたんじゃなかったっけ?」 「そ、それは・・・」 「あんなモノ、俺の芸術に対する執念の前には無意味も同然・・・フグッ!!?」 「(黙ってろ、この覗き魔!!)」 花多狩の追及に何故か自信満々に答える雅艶の口を再び塞ぐ麻鬼。内心では、相棒の変態趣味に対するツッコミをぶちかましながら。 「菊・・・貴方私を裏切らないのよね?だったら、どうしてこんな大事なことを黙っていたの?私達女性にとっては重大な問題じゃない?」 「そ、それは・・・私も雅艶が記憶を取り戻していることを知ったのは数日前的だし、菊が激怒するのは目に見えていたからどうやって伝えたらいいのかわかんなくて・・・それで・・・」 「・・・フフッ。わかっているわよ、峠。私が貴方の立場でも同じことを考えた筈だしね」 「そ、そう。ふぅ・・・」 未だ般若の形相を崩していない花多狩の質問に冷や汗ダラダラ状態で答える峠。『私はもう二度と友を裏切らない!!』と言った手前、 女性に対する大問題的な行為を行う雅艶の趣味が『回復』していることを救済委員ヌード絵被害者第1号である花多狩に黙っていたのはバツが悪い。 正確には『どうやって伝えたらいいのかわからなかった』ではあるが。その点については花多狩も理解してくれたために、峠はわかりやすいくらいに安堵した。 「麻鬼。これでわかったわよね?雅艶は私に大きな“貸し”があるの。普通なら女性の敵としてボッコボコにしたいくらいだけど、 これから再掲示する私の条件を呑むというのなら帳消しにしてあげる。どう?悪くないでしょ?あぁ、そうだ。 厳密には農条達が事の始まりだけど、アイツ等にはその場でキッチリ制裁を与えたから交渉には使えないわよ?フフッ」 「何故ヌード絵がいけないんだ!!?断固抗議・・・ムゴォ!!!」 「それとこれとは話が別では?第一俺には関係の無い・・・」 「あぁ、そう。だったら、救済委員の皆に『雅艶の相棒を務める麻鬼って男は相棒の覗き趣味を黙認するクール気取りの変態』って言いふらしてやるわ」 「何っ!!?」 相棒の趣味のせいでとばっちりの直撃を受ける麻鬼。普段からクールにキメている人間にとって、『覗き趣味を黙認する変態』という汚名はキツ過ぎる。 しかも、事が事なだけに下手に言い訳ができない。麻鬼とて雅艶に対して何度も注意をして来た。しかし、相棒は頑なに覗きやヌード絵描写を正当化する。 能力も強力で頭も回る過激派指揮官を務める男の欠点―本人は美点と考えている―を穏健派指揮官に物の見事に突かれた。 花多狩とて、心中では色んな意味で葛藤しているだろうに。正しくは、身を削って己がヌード絵の話題を雅艶に振った・・・である。 「・・・勘違いしないで欲しいんだけど、私は救済委員として当然のことを再掲示するのよ?風紀委員や警備員の手が行き渡らない人達に手を差し伸べるのが救済委員。 そして、現状では風紀委員会の手が新“手駒達”全員へ行き渡らないのは事実に近い可能性よ。なら・・・だったら・・・だから、今こそ私達救済委員の出番なのよ!! 罪無き人達を救う!!救済委員になった理由は各々で違うとは言え、私達救済委員の象徴(そんざいいぎ)を貴方達は否定してしまうの!!?そんなの間違ってるでしょ!!? あの救済委員事件を経た『今』の私達なら、形だけでも風紀委員会と協力することはできる筈よ!!? さぁ、どうするの麻鬼!?このままだと、穏健派と過激派の和解が進まないどころか『覗き趣味を黙認する変態』の烙印を押されるわよ!?」 「グッ・・・!!」 「林檎さん。あの麻鬼様という方は本当に『覗き趣味を黙認する変態』なのですか?もし、それが事実ならあの雅艶様という方と同レベルのケダモノのようにお見受けするのですが」 「ウッ!!」 「しっ!声が大きいよ、珊瑚。事実でも言っていいことと悪いことがあるよ!!」 「(お前の方が声がでかい!!というか、何故俺が雅艶と同レベル!?有り得ん!!そんなことがあっていい筈が無い!!!)」 ここに来て、花多狩の怒涛の攻め―麻鬼としても花多狩の言葉は至極もっともであると考えている―に乗っかって来た真珠院と林檎の言葉が麻鬼の心を揺らがす。 特に、初対面である真珠院の言葉がキツい。花多狩の言わんとしているのは、つまりは真珠院のような反応である。 「(それはマズイ!!『覗き趣味を黙認する変態』なんて、この先ずっと言われてたまるか!!)」 これから救済委員として新たに行動を共にするかもしれない者達(特に女子)に、今後『ねぇねぇ、あの麻鬼って「覗き趣味を黙認する変態」なんですって』・『うわーっ、最低!!』・ 『クール気取って頭の中はやましい想像で一杯なんだわ』なんて風に見られるとしたら、それこそいい笑い者である。 七刀や斬山辺りには、生涯に渡る汚点扱いにされかねない。そんな事態は、真っ平御免被る。そう、麻鬼は決意する。 「わ、わかった・・・。と、とりあえず、再掲示とやらを聞かせろ。話はそれからだ」 「ま、待て!!俺にもいわれの無い誹謗中傷に対する反論の機会を・・・」 「黙ってろ、この覗き魔!!」 「グフッ!!!」 とにもかくにも花多狩が再掲示する条件を聞く態勢に入った麻鬼に憤慨する雅艶だったが、雅艶以上に憤慨している麻鬼の実力行使によって黙らされる。 クールな麻鬼をここまで取り乱させるのは雅艶くらいである。だからこそ、雅艶は別の意味で一目置かれていたりもする。 「ゴホン!では、改めて提案するわ。和解の条件は新“手駒達”救出・・・『の一助』よ!!」 花多狩の再掲示案は『新“手駒達”救出の一助』であった。つまり、『多角透視』と『暗室移動』を併用して新“手駒達”の頭部にある小型チップを破壊するということ。 新“手駒達”そのものを空間移動で救出してしまうと、戦場に居る風紀委員や警備員に峠の存在を勘付かれる可能性が大きくなる。 そのために、そこら辺に転がっている小石等を正確にチップへ空間移動させて破壊する。暗闇下という環境、戦場という錯綜を重ねる領域だからこそ、 峠の『痕跡』を見え難くすることができる。タイミングは雅艶の『多角透視』が精緻に誘導し、その後の救出は現場の風紀委員会に一任する。 雅艶達の意向にも配慮した上での妥協案。チップを失えば気絶する特性も踏まえたこの案は、風紀委員会に形だけでも協力する―正確には救出を押し付ける―モノとなった。 議論の末、雅艶達も納得し条件は行動に移された。但し、雅艶の調査によって『ブラックウィザード』のリーダーである東雲付近に居る新“手駒達”については、 『暗室移動』によって新“手駒達”そのものを空間移動させた。理由は至って単純、付近に風紀委員会のメンバーが居なかったからである。 雅艶の調査によって北部に居る70名の新“手駒達”全ての捕捉には成功しており、現にその大半は現在風紀委員会と交戦中である。 他方、東雲の周囲には風紀委員会の手の者が存在していなかった。このままでは、何時何時新“手駒達”がリーダーと共に施設外へ脱してしまうかわかったモノでは無い。 故に、『東雲の対処は風紀委員会に任せる』という条件で雅艶達は新“手駒達”を空間移動させた。 雅艶達は、風紀委員会よりも『ブラックウィザード』の方が露見のリスクは低い―風紀委員会か『協力者』のどちらの仕業か判別できない―と見積もっている。 最悪露見してしまっても、『花多狩の友だから~』という理由で押し通す算段である。風紀委員会には固地も居るという計算もある。 救済委員+αはすったもんだの末に一応纏まった。一応ではあるが。だがしかし・・・この『一応』が風紀委員会に齎した利は途轍も無く大きいモノであったことは確かである。 「(なっ!!?あたしの思考を・・・能力者か!!?しかも・・・こいつ等風紀委員会じゃ無い!!)」 「女の子には手を挙げない主義だけど・・・事情によってはそうもいっていられないよ?」 「荒我君の邪魔をするでやんすなら、オイラも鬼になるでやんす!!」 喉が異様に渇く。背中に冷や汗が吹き出るのを止められない。護身用の拳銃をポケット内で握り締める少女中円真昼は、事態の更なる悪化を悟る。 『ブラックウィザード』を裏切り唯1人逃走に移っていた少女の前に、『協力者』の梯と武佐が立ち塞がった。 中円としては、相手が『風紀委員会』に属する者であれば『ブラックウィザード』を売った末に投降するのも手段の1つであった。 だが、『風紀委員会』でも無い人間相手にこの手段が通じる保障は無い。わざわざ、銃弾異能が飛び交う戦場に好き好んで突入して来た命知らずである。 「(だとすれば・・・あたし達に深い恨みがあるのは想像に難くない!!)」 真っ先に思い浮かぶのは、極悪非道を地で行く『ブラックウィザード』への深い恨み故の突入。いや、そうとしか考えられない。 しかも、己の思考を読む能力者。周囲には風紀委員会の人間は居ない。報復にはうってつけの状況である。 「(ど、どうする!!?この拳銃で・・・応戦するしか・・・!!!)」 「拳銃はズボンの右ポケットにある・・・そうだね?」 「!!!」 報復に対する恐怖から護身用の拳銃を用いた対処を考えた中円の思考は、しかし武佐の『思考回廊』によって筒抜けとなる。 こちらの手札が読まれる。対処方法すら。思考を読む能力者の脅威が低位能力者である中円を襲う。 「(ど、どど、どうする!!?う、撃ちたく無い・・・撃ちたく無い!!!こ、殺しなんかに手を染めたく無い!!!)」 顔が歪む。歯をカタカタと震わせる。事ここに至っても、中円は威嚇行為として拳銃をポケットから取り出すこともできない。 『ブラックウィザード』含め、寄生場所であったどのスキルアウトでも前線に出たことは一度も無かった。戦闘経験など皆無に等しい。 ずっと、ずっと安全地帯でのうのうと過ごして来た弊害。そのおかげか、ある意味では『ブラックウィザード』の中で“まだ”正常に近い感覚を保っているとも言える中円の思考。 すなわち、『一般的』なスキルアウトの域を超えていない少女。だからこそ彼女は誤った。『ブラックウィザード』というスキルアウトを寄生場所に選んでしまった自身の判断を。 「梯君・・・」 おかしいでやんすね。残虐で有名な『ブラックウィザード』のメンバーにしては、全然戦闘慣れしていない態度でやんす 一方、相手が拳銃を所持していることから何かあればすぐに物陰に飛び込める体勢と心構えを持つ梯と武佐は言葉と『思考回廊』による議論を展開する。 議題は中円の態度。梯と武佐はいずれも元スキルアウト。そして、今は喧嘩大好き荒我の舎弟である。 2人共に喧嘩の腕は大したことは無い。無いが、それなりの戦闘経験はあった。故にわかる。眼前に立つ『ブラックウィザード』の少女は・・・ド素人であると。 「(思考を読む以上、嘘もでっち上げも通用しない!!ど、どうすれば・・・)」 後方支援の人間なのかもね。これなら、俺達でも何とかできるかも 「でやんすね」 『思考回廊』は、一度発動すれば次回発動までに7秒のタイムラグが発生する。そのために大事な部分は『思考回廊』を使い、簡素な返事等は言葉でやり取りを行う。 荒我の舎弟としてコンビを組む梯と武佐は、まさに阿吽の呼吸にて問題無く意思疎通を行う。大して、中円は思考の迷宮に陥り次の行動に移ることすらできなくなっていた。 そんな少女の態度を瞳に映す武佐は、自身の胸に湧いて来たある衝動を確と感じる。そして、その衝動を隣に立つ友へ告げる・・・というか告げたくなった。 「それにしても・・・」 「・・・どうしたでやんすか?」 可愛いね、彼女。俺のナンパ師としての血が騒ぐよ 「ガクッ!!?」 梯は、武佐の場違いにも程がある思考に思わずこけそうになる。しかも、一度発動すれば7秒は行使できない『思考回廊』を用いてのモノである。 それ程までに自分に伝えたかったことなのか。女性をナンパする趣味は特に無い梯にとってはよく理解できない思考である。 「胸は平凡そうだけど、ボーイッシュ風の出で立ちがよく似合っているよ。あの黒髪もよく手入れしているんだろうね・・・。 しかも、今のオドオドした態度がボーイッシュ風の出で立ちとのギャップをすごいレベルにしている。・・・いいね」 「よ、よくわかるでやんすね」 「そりゃ、ナンパする前に相手の身だしなみを観察するのは当然じゃない?これは、ナンパ師として当然のことさ」 「(その割には、オイラ武佐君がナンパに成功している所なんて一度も見たことが無いでやんすよ)」 制限のある『思考回廊』では我慢できなくなったのか、遂に口に出してナンパの極意を語り始める武佐に梯が心中でツッコミを入れる。 武佐のナンパが成功した所なんて今の今まで一度も目にしたことは無い。荒我でも同じ台詞を吐くだろう。 「・・・だからかな。気になることがあるんだ。俺は、今からそれを確かめないといけない」 「えっ?」 戦闘のど素人である彼女が、どんな理由で『ブラックウィザード』に・・・“スキルアウトに居るのかを”!! 「・・・!!」 梯は『見る』。武佐の真剣な瞳を。『思考回廊』によって描かれた武佐の真意を。これは、スキルアウトに所属したことがある者にしか100%理解できない代物。 スキルアウトに所属するには、何かしらの理由が存在する筈だ。無理矢理にしろ自分の意思にしろ。それを見極める。元スキルアウトの人間として。 それが、顔を歪める少女を理解する大きな『モノ』となる筈だ。この邂逅を、双方にとって良い方向へ持って行くことができる一助となる筈だ。 『思考回廊』のタイムラグ制限や梯との議論で少女の思考は断片的にしか読んでいない。無論戦闘慣れしていない少女がどうして拳銃を持っているのか、その“本当”の理由すら武佐は理解していない。 「荒我兄貴・・・今度は俺や梯君の力で彼女を救ってみるよ。兄貴の象徴(こぶし)で救われた舎弟として。だから・・・一緒に頑張ろう、梯君!」 「合点承知でやんす!」 舎弟達は決意する。かつて敬愛する兄貴の象徴(こぶし)に救われた者として、今度は目の前で震える―そして、とても極悪人とは思えない―少女を自分達の力で救うことを。 自分達の行為が、本当に彼女にとっての救いになるかどうかはわからない。ならない可能性だって十分ある。でも・・・それでもやる。 唯々真っ直ぐに、がむしゃらに、只管に己を貫き通す。そんな漢・・・荒我拳に自分達は憧れたのだから。 「それじゃあ・・・ねぇ君!!」 「ッッ!!!」 自分達なりの救い方・・・・その先駆けとして武佐は中円に割と気楽に受け取れる声を掛ける。 他方、中円は急に声を掛けられたために反射的にポケットから拳銃を引き抜こうとする。 「そこまで警戒する必要は無いでやんす!!オイラ達は表立って戦うつもりは無いでやんす!!」 「・・・?」 しかし、その行動は途中で止まる。金髪スポーツ刈りの小柄な男が表立った戦闘意思を否定したからだ。 中円は混乱する。この2人は『ブラックウィザード』に大層な恨みがあるものとばかり考えていた。 自分がその立場なら、戦闘意思を否定することはまず無いだろう。それなのに、どうしてそんな言葉が出て来たのか? そんな頭から?マークが見えるかのように混乱している中円を更に混乱させる言葉が、『思考回廊』による打ち合わせを経た梯と武佐から投げ掛けられる。 「俺(オイラ)達は、すっごく可愛い君をナンパしに来ただけなんだ(でやんす)!!!」 「・・・・・・・・・・・・はっ?」 その瞬間、中円真昼の頭脳は思考停止の道を選んだ。どう頑張って解釈しても、この局面で『ナンパ』という言葉が出て来る意味がどうしても理解できなかった。 今の彼女は『ナンパ』の意味すら失念していたと言っても過言では無い。『ナンパ』?何それ、おいしいの?状態である。 「ボーイッシュ風の出で立ちがすっごく似合ってるー!!黒髪もサラサラそうでとても綺麗だー!!!」 「オドオドした態度とボーイッシュ風の出で立ちとのギャップ萌えーでやんす!!!」 「ちょっ!!?な、何こんな所で公然と恥ずかしい台詞を叫んでるのよ!!?」 「「ボーイッシュ萌えええええぇぇぇっっっ(でやんす)!!!」」 「だ、だから止めなさいってば!!!」 緊迫した空気から一変、萌え萌え連呼空間に様変わりしてしまった急展開に着いていけない中円。 タチの悪いことに、登山者が山に向かって『ヤッホー』と叫ぶように梯と武佐が手を口の前で筒状にした上で自分目掛けて大声連呼をしているために余計に恥ずかしい。 ここ最近は『ブラックウィザード』内部も空気が張り詰めていたこともあって、こんな馬鹿らしい雰囲気にすぐに対応できないのだ。 「あぁ!!君への萌え心はとても言葉だけじゃ伝え切れない!!だから、俺の『思考回廊』で君の素晴らしさを伝えるよ!! 普段ボーイッシュな君が女の子らしい格好になれば、そのギャップは更なる成長を遂げる!!それっ!!」 「ッッ!!!」 だがしかし、男達が攻めの手を緩めない。『思考回廊』によって、中円は武佐の思考を直に脳に叩き込まれる。“妄想”という名のいかがわしき男の思考を。 ゴ、ゴスロリ・・・か。初めて着るわね。・・・似合っているかしら? うん。とても似合っているよ ・・・/// 「(い、いやああああああああぁぁぁぁぁっっっ!!!無い無い!!!こ、こんな映像有り得ないいいいいいぃぃぃぃっっ!!!)」 『思考回廊』によって脳裏に入って来たのは、『ゴスロリな自分が武佐に褒められて照れている』という映像である。 さすがに、ここでエロ方面の映像を叩き込まなかったのはひとえに武佐の(自称)ナンパ師故の配慮か。 だが、普段からボーイッシュな格好を好む中円としては脳裏に浮かぶ自分のゴスロリ姿は悶絶モノである。 全く知らない男に褒められて照れている姿などとてもじゃ無いが他人の見せられるモノでは無い。 「そんなに恥ずかしがらなくていいんだよ。俺は、君の素晴らしい可能性の1つを掲示しただけさ。君ならどんな服装だって着こなせる。 それだけのポテンシャルを君は持っているんだ。そうだ、今度時間があったら一緒に遊ばない?」 「だ・か・ら!!何で、こんな所でナンパしてんのよ!!?ア、アンタ達は一体ここへ何しに来たのよ!!?」 「何しにって・・・ねぇ、梯君?」 「そうでやんすねぇ・・・」 「「ナンパ(でやんす)」」 「ふっざけんな!!!んなことあるわけ無いでしょ!!!」 強烈な羞恥のせいで上手く頭が回らない中円は、激昂しかけながら梯と武佐の目的を問い質す。 戦場にナンパしに来る奴なんか聞いたことが無い。絶対に何らかの目的がある筈であり、ナンパは唯の方便であると中円は考え、同時に警戒する。 「・・・いや。ナンパだよ」 「アンタ・・・!!」 「ハァ・・・君はナンパというモノを勘違いしているみたいだね」 「はっ?」 (自称)ナンパ師である武佐は、そんな中円の態度に溜息を吐きながら自身の考えを述べて行く。(失敗してばかりの)己がナンパの極意とは・・・ 「ナンパってさ、一種のコミュニケーションなんだよ?初対面の異性とのね。ほらっ、今の状況にピッタリじゃない。君と俺達は初対面なんだから」 「な、何屁理屈を・・・」 「屁理屈じゃ無いさ。一種のコミュニケーションなんだから、君を観察して素晴らしい部分を指摘するのもコミュニケーションだと思うな」 「一方的なコミュニケーションなんかあって堪るか!!何よ、あの映像は!!?ゴスロリなんて有り得ないわ!!!」 ナンパをコミュニケーションの一種と嘯く武佐に思わず反論する中円。あの恥ずかしいにも程がある格好を考えれば(中円視点では)当然の反論。 そして・・・この反応を武佐紫郎は待っていた。ナンパの極意の1つ・・・それは“緩急”。 「だったら・・・君のことを俺達にも教えてよ。どうして・・・どうして君は『ブラックウィザード』になんか居るの?」 「・・・・・・ハッ!それが本当の目的か!!」 「いや、本当の目的なら“もう終わっちゃってる”。そんな今の俺達の目的は、君とちゃんと話すことなんだと考えてる」 「ハァ!?・・・そもそも、あたしが『ブラックウィザード』に入った理由なんて、スキルアウトでも風紀委員会でも無いアンタ達には関係の無い話・・・」 「俺達は元スキルアウトだよ」 「ッッッ!!!」 スキルアウト。能力開発で無能力者(落ちこぼれ)の烙印を押された者達が作った組織。厳密に言えば無能力者ばかりでも無いようだが、大概のスキルアウトは無能力者の集団である。 社会的なモラルに反する行為も平気で行う者達も多い組織・・・そこに属するには何らかの理由がある筈だ。 「俺も彼も元スキルアウト。事情があって抜けはしたけど、スキルアウトに居た者としてこれだけは断言できる。 スキルアウトに入る人間には、必ず入るだけの確たる理由がある。どんなに小さなことでもいい。『落ちこぼれの烙印を押されたから』でも『能力開発に着いていけなくなった』でもいい。 必ず・・・必ず理由がある筈なんだ。周囲から白い目で見られるスキルアウトに入るだけの理由が!!」 「・・・!!!」 「君は・・・どうして『ブラックウィザード』に入ったの?君みたいな戦闘慣れしていない普通の女の子が、どうしてこんなスキルアウトに入ったの?」 「そ、それは・・・短期間で大所帯になったスキルアウトだから・・・」 核心。武佐が問い質すは、中円が『ブラックウィザード』に入った理由。 「・・・本当に?」 「うっ・・・」 上っ面では無い。本当の・・・本当の理由。良い噂を聞かない『ブラックウィザード』に入ることを決めた中円真昼の真の理由(ほんね)。 『よろしくね、真昼。あなたなら、蜘蛛井君に次ぐ情報のエキスパートになれるわ。この伊利乃希杏が保障してあげる、ンフッ』 刹那、中円が“思い出してしまった”のは『ブラックウィザード』に入りたての頃の光景。中円は、寄生場所であるどのスキルアウトでもそれなりの地位に着いていた。 地位とは、言い換えれば『必要とされる重要度の物差し』である。この『重要度』は、レベル1である中円にとって文字通りとても『重要』なモノであった。 彼女が通う風輪学園では、中等部・高等部関係無く高位能力者による無能力者・低位能力者への暴力や恐喝が目に見えない所で行われていた。 レベル1である中円も、実はこの被害者の1人であった。それが理由なのか、彼女は何時しか風輪へ通わなくなった。所謂不登校である。 現在の風輪には高1になる弟も通っているのだが、連絡は取り合っていない。理由は彼女のみぞ知る。 とにもかくにも、中円真昼は不登校を境にスキルアウトを転々とするようになった。そこに居るのは、いずれも学園都市の能力至上主義から弾き出された者達。 その中で、自分は持ち前の情報収集能力を買われてそれなりの地位を与えられた。必要とされた。嬉しかった。中円真昼は嬉しかった。 『(あーぁ、このスキルアウトももう潰れるな。さっさと見限って新しい寄生場所見つけるとしますかね・・・)皆心配しないでっ、あたしがこのスキルアウトを助けてみせる!』 所属するスキルアウトを抜ける時は、何時も決まってそのスキルアウトが危機に陥った時である。 危機を救おうと積極的に動く素振りを見せ、単独行動を可能とする状況を作り出し、隙を見て逃走する。 理由は巻き込まれたく無いから。それは半分本当。それは半分嘘。もう1つの本当は・・・地位(いばしょ)を得る機会を失いたく無いから。 『ここなら・・・ここなら私をもっと必要としてくれる。今までのスキルアウトの比じゃ無く。ここでなら・・・風輪で居場所が無い私でももっと!!』 『ブラックウィザード』は、今までのスキルアウトの比では無い程中円の能力を買ってくれた。一番は蜘蛛井であったが、それに次ぐ実力者として見做されていた。 もう一度言おう。スキルアウトとは、能力開発で落ちこぼれの烙印を押された者達が作った組織である。 もちろん、『ブラックウィザード』は必ずしもこの定義に当て嵌まるわけでは無い。そう・・・当て嵌まらないからこそ、 その中でレベル1でありながら幹部級の会議に出席できる構成員という立場を獲得した中円の心境は想像に難くない。 彼女にとって、寄生場所とはすなわち“居場所”であった。だからこそ、中円真昼はスキルアウトを転々として来たのだ。 「・・・そうか。君にとって、『ブラックウィザード』は“居場所”だったんだね」 「(しまっ!!?)」 図らずも思い浮かべてしまった思考を武佐に読まれたことに狼狽する中円。今の光景は、『自分の意志で「ブラックウィザード」に入った』ことの何よりの証拠である。 これでは自首した所で罪が軽くなる可能性が低くなってしまう。そんな少女の思考を、能力を使わずとも察することができる元スキルアウト達は優しい口調で自身の想いを語り始める。 「・・・わかるよ、その気持ち」 「えっ・・・?」 「低位能力者の俺もさ、君と同じような理由でスキルアウトに入ったんだ。まぁ、俺の場合は兄・・・・・・」 「・・・兄?」 「ま、まぁ家庭内の問題というか。そのせいで、俺は“居場所”欲しさにスキルアウトへ自業自得を覚悟で飛び込んだ。 どんな結果になろうとその責任は自分にあると考えた上で・・・俺と同じようなコンプレックスを抱いている奴が居る場所へ」 「・・・・・・」 「別に不満は無かったんだ。コンプレックスとは関係無しに気のいい奴も多かったし。今はもう無くなったけど。でも、俺はスキルアウトだった頃の自分を否定する気は無い。 何処かの風紀委員で高位能力者さんから見たら『逃げただけ』って言われるんだろうけどね。でも、あの頃の俺が居たからこそ今の俺が居る。 覚悟をもって『逃げた』から見えたモノがある。出会えた人が居る。それは、梯君だったり尊敬する荒我兄貴だったり・・・そして君だったりね、真昼ちゃん?」 「ッッ!!!」 能力で読んだのか、明かしていなかった自分の名前を呼ばれて反応する中円。だが、それは単なる恐怖から来るモノでは無かった。それが、中円にも確かに理解できた。 「オイラも、武佐君と似たような理由でやんすね」 「梯君・・・」 中円と武佐の会話に梯も参加する。自身の想いも打ち明けることで、今まで歩いて来た轍をもう一度見詰め直すかのように。 「オイラも無能力者のコンプレックスを何とか整理するためにスキルアウトに入った口でやんす。まぁ、入ったスキルアウトのリーダーがイカれた人間だったこともあって、 結構短い期間で抜けたでやんすがね。でも、そこで出会った人とは今でも交流を持ってるでやんす。その人のおかげで、今の自分が居るでやんす」 「・・・!!」 「真昼ちゃん。俺達もスキルアウトだった。当然スキルアウトだから、モラルに反する犯罪行為は何度もあった。俺も万引きとかしたことあるしね。 メンバーの1人としても連帯責任はあるんだろうね。だから・・・本当は君のことをとやかく言う資格は無いんだ」 「オイラも武佐君と同意見でやんす。オイラもパシリばっかりさせられたでやんすが、スキルアウトの1人として色んな責任がやっぱりあったと思ってるでやんす。 実は、オイラも武佐君と同じで万引きをしたことが何回かあるでやんすし。善人とは程遠い人間でやんす」 「真昼ちゃん。それでも・・・どうか、どうか答えて欲しい。俺達は、君が前線で人殺しをするような人間なんかじゃ無いと思ってる。 きっと、“極悪人じゃ無い”君とは暴力を用いたやり取りをする必要なんか無いと思ってる。だから、正直に答えて欲しい。君は・・・後方支援に“留まっていた”人なの?」 「今のオイラ達は真昼ちゃんの言葉を聞きたいでやんす!!スキルアウトに居た人間として、真昼ちゃんのことを少しでも理解したいでやんす!! そうすることで、真昼ちゃんにいわれの無い罪が着せられないようにできるかもしれないでやんす!!だから、オイラも質問するでやんす!! 真昼ちゃんがポケットに持っている拳銃は、本当に真昼ちゃんの意志で持っているモノでやんすか!!?」 「・・・・・・」 武佐と梯の真剣な眼差しが中円を射抜く。元スキルアウトとして、中円の抱く感情と類似したモノを抱える2人の漢の言葉に嘘偽りは感じられなかった。 彼等の言葉は正しかった。今この時も彼等は初対面で、しかも敵である自分のことを理解しようと一生懸命になってくれている。 理解することで、この後に待ち受ける中円への処遇を少しでも良い方向へ持って行けるように。本当なら話す必要も無い元スキルアウトという事実を中円に打ち明けてまで。 「(・・・本当に馬鹿な奴等。こんなんで、あたしの心を動か・・・そう、なん・・・て・・・!!!)」 顔が更に歪む。だが、その理由は恐怖では無い。決して無い。これは・・・歓喜。銃弾異能が飛び交う戦場で、敵である人間に対して理解を及ぼそうと懸命になってくれる漢達への感謝。 緊張が解けて行く。瞳に温かい何かが映る。気付けば、拳銃を握っていた手をポケットから出していた。 「(・・・あたしが『ブラックウィザード』の一員だったことは否定できない。・・・いや、否定しちゃいけない!!だって・・・コイツ等の想いを裏切っちゃうから!! それに、『ブラックウィザード』の一員だったからこそこんな・・・こんな馬鹿でお人好しな漢達と出会えたんだから!!)」 梯や武佐の言う通り、中円は人殺しなどしてはいない。それどころか、他人を直接傷付けた経験もほぼ無い(窃盗等はあるが)。 安全地帯にずっと居るということは、つまりはそういうこと。だから、目を逸らそうとする行為に拍車が掛かっていたとも言えるが。 「あ、あた・・・あたしは・・・」 少女は理解する。自分のさっきまでの行動が意味する愚かしさを。何の責任も負わないまま戦場から逃げ出そうとしていた愚行を。 中円は考える。こちらに近付いて来る―拳銃を所持していることをわかっていながら恐れず自分の方へ歩いて来る―漢達が、この過ちに気付かせてくれたのだと。 中円真昼は思う。自分が求め続けた“居場所”は他者から与えられるモノでは無いのだと。ナンパでも何でもいい。“居場所”とは、自分から掴み取りに行くモノだと。 スキルアウトへ入れば自動的に近い感覚―打算的思考の行き着く先―で地位を与えられていたがために長らく忘れていた感覚。 初めてスキルアウトの集会に足を踏み入れた時に抱いた感覚。打算も何も無い。自分の捻くれた想いを打ち明けるのに精一杯だった頃の感覚を思い出し・・・思いのままに吠えた。 「あたしは人殺しなんかしていない!!あたしは・・・『ブラックウィザード』の後方支援員よ!!この拳銃も、護身用だからって無理矢理持たされたのよ!!!」 梯と武佐の前に立つのは『ブラックウィザード』の一員だった責任を背負い、泣きながら自身の想いのありったけを訴える少女であった。 この瞬間武佐は想った。『敬愛する兄貴のように1人の少女を救うことができたかな?』・・・と。 所詮は“不良”でしかないと自覚している自身が明確に赤の他人を助けることができたことを実感する少年は、自分でもよく理解できない不思議な達成感に身を委ねる。 「(これは、一種の吊り橋効果ってヤツでやんすかね?武佐君がナンパに成功しているのを目の当たりにするなんて信じられないでやんす!!)」 「(・・・・・・)」 『思考回廊』で読み取った同じ舎弟の心の言葉で途轍も無く台無しになっていることに目を瞑りながら。 continue!!
https://w.atwiki.jp/vipdedekaronkayo/pages/82.html
きっとつよい
https://w.atwiki.jp/indexorichara/pages/1646.html
「こりゃあ、また派手にやられたモンだねぇ~。・・・本当に“派手”だ」 もうすぐ正午になろうという時刻に、1人暢気に歩を進めている男が居た。彼の視線の先には、昨日とあるスキルアウトの攻勢を喰らって大きな被害が出た成瀬台高校があった。 周囲には大勢のマスコミや野次馬が陣取り、それを警備員が抑えているといった具合だ。 「『風紀委員・警備員に対する宣戦布告か!!?怪我人多数発生』・・・『救ったのは勇ましき学生とその仲間達』・・・『犯人グループは依然不明』・・・か。 情報規制が敷かれているな。『六枚羽』の名前も無いし、犯行グループも不明となっている。 まぁ、無理もないね~。この街の隠蔽体質は今に始まったことじゃ無いし」 白髪染めの男の手には、朝刊が握られていた。そこの一面に、今回の件が大々的に報じられていた。 文面を見ると、内容に偏りが見受けられた。具体的には、犯人グループの目星・意図よりも、風紀委員達を救ったボランティア―『シンボル』―の活躍が取り上げられていたのだ。 人間は、悲惨な事件が発生した場合その悲惨さから目を背ける余りに少しでも希望と見受けられるモノに視線を向けることが多い。 これも、その1つ。情報規制を敷いた人間の意図は、この事件に関わる真実を少しでも隠蔽したがっていると見て間違い無い。 「よっ!やっぱり騒がしいねぇ、今は」 「あっ!!ご苦労様です!!・・・うん?あ、貴方が何故ここに!?」 ゴーグルを付けた男は、成瀬台を警備している警備員に気軽に声を掛ける。それに釣られて警備員も挨拶を返したが、ふと我に返る。 この『“天才”と呼ばれる警備員』は、今回の事件には直接関わっていない人間の筈だ。その人物が何故姿を現したのか? 「何、俺の可愛くも可愛げの無い弟子の顔を見に来ただけさ。ついでに、あいつへの届け物もあってね」 「弟子・・・ですか?」 「そう。だから、通してくれるかな?」 「わ、わかりました!どうぞ!」 「サンキュ」 そう言って、“天才”は成瀬台へと足を踏み入れる。己が弟子に会うために。 「・・・・・・」 沈痛な面持ちを浮かべる風紀委員が集まっているのは、成瀬台の多目的ホール。以前まで使っていた会議室は、『六枚羽』の攻撃により爆破されていたために。 彼等彼女等は、昨日起きた一連の事件を整理するために痛む体をおして集まっていた。休暇中だった固地も、事態を受けて戦線に正式に復帰している。 ちなみに、警備員である橙山達は上層部への報告へ赴いているためここには居ない。 「・・・入院することになったのは、159支部の厳原、花盛支部の六花・山門・篠崎・渚・幾凪以上6名だ。命に別状は無いが、いずれも重傷だ。彼女達は戦線を離脱する」 「月理ちゃん・・・かおりん・・・・・・うううぅぅ!!!」 「抵部・・・抵部・・・!!」 「・・・!!!」 「破輩先輩・・・」 頭に包帯を巻きながら、決して浅い傷では無いながらも椎倉は入院を拒否しここに居る。 彼の言葉に抵部が涙を流し、閨秀が後輩の頭を撫でる。一方、またしても親友が重傷・入院することになった破輩は悲痛な表情を浮かべ、隣に居る一厘が彼女を見やる。 「・・・また、176支部の焔火が失踪した。彼女の姉である焔火朱花が『ブラックウィザード』に拉致された点から、彼女もまた拉致された・・・もしくは殺害されたものと推測される」 「お、俺のせいだ・・・俺が・・・俺が・・・!!!」 「帝釈・・・!!!」 「・・・!!!」 固地の報告から朱花(達)が拉致されたことが判明し、また焔火と音信不通という現実から焔火緋花は拉致された・・・もしくは殺害されたと判断されている。 結局、昨日の検問態勢―急ごしらえの―は功を奏しなかったというわけだ。手続きを経て衛星監視も用いたが、車両を乗り換えられたのか目星の車両は見付からなかった。 その元凶の1人である鳥羽は自分を責め、そんな部下に加賀美は名前を呼ぶことしかできない。また、葉原も起こった非情な現実に唇を噛み締めていた。 「そして・・・その場に“勝手に”急行した178支部の真面と殻衣は敵の罠に掛かり、危うく死ぬ所だったのを例の殺人鬼に結果として助けられた・・・そうだな?」 「・・・はい」 「・・・その通りです」 椎倉の問いに、真面と殻衣は今尚震える体を抑えながらも返答する。あの時、多層同期爆弾が爆発する約2秒前に倉庫の壁が一部崩れていた箇所から激流の如き糸の大群が流れ込んだ。 それは自分や殻衣、そして『ブラックウィザード』の人間すら取り込み強引に引っ張り上げた。そして、糸に包まれ倉庫から出たと同時に倉庫街一体を巻き込んだ大爆発が起こった。 その爆発で自分達は―糸の操り主も―炎と衝撃を浴びた・・・筈だった。糸に包まれていたが故に、『筈だった』としか2人は言えなかった。 だが、大爆発によって発生した爆炎や爆圧が真面と殻衣を襲うことは無く、最終的には包まれた糸から放り投げ出された瞬間2人共に頭を強く打った負傷のみであった。 しかし、頭を打ったダメージで次第に意識は無くなっていった・・・そんな折に真面は目にし、殻衣は耳にした気がした。 盛大に爆炎を天上へ立ち昇らせる灼熱の息吹を周囲に侍らせながら宙へ浮かぶ夢とも幻ともつかぬ白の異形と、その異形が放った気だるげな声色を。 『弱者が強者の投じた網(きまぐれ)に偶然にも引っ掛かる・・・か。ククッ、まさに世界の理の上で蜘蛛と蝶が織り成す弱肉強食の宴だ』 獅子と骸骨が融合したかのような仮面を身に付けた異形を・・・仮面から鬣を垂らし、鋭利な爪や尖った尻尾を生やした『蜘蛛』を真面は見たような気がした。 大爆発を受けたかもしれない身とは思えない程白一色で綺麗に染められた“怪物”が漏らした陰気な声を殻衣は聞いたような気がした。 「・・・固地。真面達が気絶した後にその殺人鬼と相対したのはお前だ。その時の・・・」 「椎倉!!」 「・・・何だ、浮草?」 椎倉が固地に説明を求めようと言葉を紡ぐ最中に飛び込んで来たのは、178支部のリーダー浮草の怒声。 「何だじゃ無い!!どうして、網枷が『ブラックウィザード』の手先だということを皆に教えなかった!!?」 「・・・それは昨日も言った。皆が知ればどうしても不自然な挙動が発生する。俺達は『ブラックウィザード』の情報を殆ど集められていなかった。 だから、内通者である網枷を泳がせておくのが当時は有効だと考えた。もし、網枷に勘付かれれば・・・」 「その結果がこれか!!?多くの重傷者が出た!!警備員には何人もの重体者が出ている!!生死の境を彷徨っている!!お前達の判断が正しかったと、今でも言えるってのか!!?」 「・・・!!!」 浮草の怒りは収まらない。確かに、椎倉達が下した判断は有効だったのかもしれない。だが、蓋を開けてみればどうだ?結果は御覧の有様だ。 「・・・エリートである私としても、今回椎倉先輩達が下した判断に疑問を抱かざるを得ませんね」 「狐月・・・!!」 「せめて、網枷と同じ支部の176支部の面々全員には知らせておくべきでは無かったのですか?網枷にこちらの挙動を悟られるリスクはあります。 しかし、それ以上に重要視すべきリスクが・・・私達への被害という面でのリスクが大き過ぎます!!」 「現に・・・鳥羽は網枷先輩の片棒を担がされ、焔火ちゃんも・・・敵の手に堕ちました。 これは・・・防げる筈だった!!俺達が知っていれば、鳥羽や焔火ちゃんはこんなことをしなかった!!」 「斑や一色の言う通りだわ。・・・ねぇ、椎倉先輩。加賀美先輩にも、当初は教えていなかったんですよね?・・・私達を囮にでもするつもりだったんですか? 『ブラックウィザード』の情報を掴むために・・・私達が被るリスクに目を瞑っていたんじゃないですか?」 「・・・・・・」 次々に噴出する不満。斑・一色・鏡星が抱くモノは、当人達にとっては当然のように抱いてしまう感情だ。 リスク勘定の基準がおかしい。優先するモノが違うのではないか。一方、椎倉は苦痛の表情を露にする。彼等の指摘は、ある意味では正しかったが故に。 「・・・世迷言が聞こえたな?焔火や鳥羽が網枷のことを知っていれば、この事態は防げた?ハッ、こんなモノ、知らなくても気付く代物だぞ?」 嘲りの声と共に、目の前の机に両足を置いたのは“風紀委員の『悪鬼』”・・・固地債鬼。 「確かに、結果がこうなった以上俺や椎倉達が取った判断で反省しなければならない点はある。言い訳はできない。これは、紛れも無い現実だ。 だからこそ、この結果に至る上での過程を俺達は1つずつ洗い直していかなければならない。俺達の『目的』に沿った上で・・・な」 その禍々しい視線は、元凶の1人である鳥羽に向けられていた。 「全く。昨日の件についてだが、コンピュータ関係に詳しくない人間が煽てられた上に功を焦るからこうなるんだ。こういうのを『無能』と言うんだ。 もし、内通者の存在に椎倉が気付いていたとして、椎倉が内通者の挙動・・・すなわちアクセス状況を監視していないわけが無いだろう?」 「ッッ!!!」 「固地先輩・・・何が言いたいのですか?」 「ほぅ。お前のそんな目を見るのは初めてだな、斑。言った通りだ。『無能』は『無能』。その事実を俺は指摘したまでだ」 「あんたね!!!」 「続いて焔火。あいつは、事もあろうに網枷の口車に乗った。鳥羽の家を訪ねた際の会話から、焔火は自分から機密情報をペラペラと話したと見て間違い無い。 網枷が内通者の存在を知っている者の1人と勝手に判断したために。何故気付かないんだろうな、鏡星?網枷の会話には、何処かに不自然さがあった筈なのにな?」 「ぐっ!!」 固地は見抜いていた。斑達が、鳥羽や焔火を庇っていることに。庇うために、上司の責任に2人の失態を擦り付けようとしていたことに。 「そして、2人に共通することは・・・2つ。1つ目は、確認を怠ったことだ。何故確認を網枷1人に頼った? 何故自分から他者に確認しようとしなかった?リスク管理をするなら、複数の確認は必須だろ? 支部の単独行動は椎倉か橙山先生の許可が必要だ。今回の場合焔火と網枷が前線、鳥羽が後方だ。普通、こういうのは後方に控える者も確認しなければならないんじゃないか? 連携面を考えるなら、後方に居る椎倉か橙山先生に鳥羽は確認するべきだった。唯でさえ、リーダーである加賀美を排除しての行動だ。 普段後方任務に就いている網枷が前線に出る以上、鳥羽に課せられたモノはとても重たい。鳥羽、お前はそれを自覚していなかったな?」 「・・・!!!」 固地の指摘は的を射ていた。だから、鳥羽は反論できない。『主な任務は俺達との連携とUSBを差し込むだけ。後は椎倉先輩が主導する』と網枷に説明されていたために、 心の何処かで気軽に考えていた部分があった。煽てられていたこともあって、為すべき注意が疎かになっていた。 「債鬼君!帝釈は病み上がりの私を思って・・・」 「そんなことは言い訳にもならん。網枷は鳥羽のそういう甘い考えを見通し、そこへ誘導したんだ」 「そ、それは・・・!!」 「・・・もう1つは功を焦ったこと。これは心理面の問題だな。焔火と鳥羽、両者は功を焦っていた。鳥羽は同期の葉原に負けたくない、焔火については今更言うまでも無い。 だから、網枷の口車に乗せられた。冷静な思考ができなかった。きちんと物事を量れていなかった。 あいつと『無能』が組み合わさればこうなるのか・・・。つまりは、なるべくしてなった面もあるというわけだ。ハーハハハッ!!!」 “『悪鬼』”の高笑いがホールに響き渡る。それは、見えない糸を引き千切るのに十分なモノだった。 「固地いいいいいいいぃぃぃっっ!!!!!」 それは、“剣”。今まで沈黙を守っていた神谷が、固地に向けて『閃光真剣』を振り上げる。 振り下ろされようとする“剣”を固地は一切の動きも見せず、視線さえ揺るがさずに迎え撃つ。 ビシャッ!!! 「グアッ!?」 「稜!!落ち着きなさい!!!」 それは、水による目潰し。加賀美が近くにあった花瓶の水を『水使い』で操作し、神谷の目に放出したのだ。 「余計なことをする。神谷の好きにやらせてやったらどうだ、加賀美?フラストレーションが溜まりまくっているんだろう?」 「テメェ!!」 「稜!!駄目!!駄目だって!!」 減らず口が収まらない固地に更に激昂する神谷を、加賀美は後方から必死に抑え込む。 「・・・固地」 「・・・何だ、浮草?」 だが、こんなことで場は収まらない。切れた以上・・・伝染する。浮草が固地の胸倉を掴みながら、抑えていた怒りをブチ撒ける。 「お前は・・・そうやってまた傷付けるのか?“『悪鬼』”という仮面で、性懲りも無く他人を傷付けて・・・あの時のように・・・また!!」 「あれはもう終わったことだ。俺なりに反省していることを・・・“アンタは一番よく知っている”んじゃないか・・・“お飾りリーダー”?」 「お前・・・!!お前のような奴の、一体何処が『本物の風紀委員』なんだ!!?よくそんなんで焔火や真面達を指導できたモンだな!!」 「浮草先輩!!」 「だ、駄目です!!」 神谷に続いてキレる浮草を、真面と殻衣が抑える。 「ぶ、ぶっちゃけマズイんじゃねーか?このままだと・・・」 「収拾が着かなくなりますね。仲間割れをしている場合では無いのですが・・・彼等が抱く不満は私も少なからず抱いていますしね?」 「ううぅ!!」 鉄枷は、佐野の言及に怯む。鉄枷の場合は、まだあの“変人”の部屋に居たことや危害を受けていない諸々からそこまで不満は持っていないのだが、佐野としては神谷達の心情に近い。 覚悟はしていたとは言え、実際に軽くない傷を負った身としては『はいそうですか』と納得し切れるわけが無い。 多目的ホールが騒然となる。このままでは、風紀委員会自体が崩壊しかねない・・・そこへ!! 「うん、うん!こういう応酬も懐かしいねぇ。俺も昔はよくやったモンだ」 「「「「「!!!??」」」」」 一部を除く風紀委員達には聞き慣れない声が発せられた。その男は、悠然と多目的ホールに入って来た。 白髪染めをオールバックにし、ゴーグルの端末を装着したその男の佇まいには得も言われぬ威圧感を感じられた。 「く、九野先生・・・!!!」 加賀美が、何とか声を振り絞る。自身1度しか会ったことの無い“天才”―九野獅郎―の急な登場に、彼女は面食らってしまう。 「おっ!加賀美ちゃん。久し振り!これまた、美人さんになっちゃって!子供の成長は早いねぇ」 「は、はぁ・・・」 「それに比べて・・・債鬼!!!」 「はいっ!!!」 「「「「「えっ・・・?」」」」」 神谷達は、目の前の光景が俄かに信じられなかった。何と、あの傲岸不遜極まる固地が、九野に一喝に直立不動の体勢で固まってしまったからだ。 「・・・(チョイチョイ)」 「・・・(テクテク)」 九野が指で『こっちに来い』という合図をする。そして、それに従う汗ダラダラ状態の固地。何とも言いようが無い光景の後に・・・ 「お前のその人様に迷惑を掛ける悪癖はまだ直らねぇのか、このバカ弟子がー!!!!!」 「グアアアアアァァァッッ!!!!!」 「「「「「・・・・・・」」」」」 九野のヘッドロックに絶叫する固地。学生時代から体を鍛えている九野の筋肉は、緑川程では無いにしろそれ相応のモノを形成している。 「加賀美ちゃんも、何で連絡をくれなかったんだい?以前1度だけ会った時に、携帯の番号を教えていたじゃないか? このバカ弟子がバカをしたら、俺が思いっ切り仕置きするって言ったじゃない?こいつだけは、仕置きに実力行使が欠かせないからねぇ」 「え、えぇ・・・。すみません」 「いやいや、謝ることじゃ無いよ。全ては、このバカ弟子が粗相をしたからだしね。さぁ、債鬼?ここに居る皆に土下座するんだ」 「な、何故俺がそんなことを・・・!!?」 「聞いてただろ?最初に言った通りだ。相変わらず、お前の傲岸不遜な態度は年相応とは言えない代物だな。だから敵を作る。他人から良く思われない。 師匠である俺のメンツも、少しは気に掛けろよ。直せないなら直せないまでに、一言でいいから『ごめんなさい』くらいは言えるようにならねぇか。 それにしても、師匠に口答えするとは相も変わらずの度胸っぷりだな。だが、今回はお前の頭を足蹴にしてでも土下座させるぞ!!さぁ!!」 「ぐあああぁぁっ!!!」 「「「「「・・・・・・」」」」」 ヘッドロックを解いた瞬間に、固地の頭を掴まえて土下座させようとする九野。抵抗する“『悪鬼』”。この光景に、先程まで蔓延していた悲痛っぷりや憤怒っぷりが霧散していた。 唯単に、目の前の状況に思考が着いて行っていないだけとも言えるが。ちなみに、以前加賀美が漏らしていた“アレ”とは“九野獅郎への告げ口”である。 「も、もも、申し・・・申し訳・・・・・・あ、ああ、ありま・・・せ、せん・・・で、ででし・・・た・・・」 「何だ、そのたどたどしい謝り方は?ワンスモア!!」 「何ぃっ!!?」 「やれ」 「ぐぐぐ・・・!!!も、もも、申しわけ・・・」 「声が小さい!ワンスモア!!」 「申し訳ありませんでした!!!」 「何に対して申し訳が無いのかよくわからん。ワンスモア!!」 「そ、それを早く言え!!」 「しろ」 「ぐうううぅぅっ!!!」 「「「「「・・・・・・」」」」」 プライドがズタズタになりながらも何とか土下座を試みようとする弟子に、全く容赦しない師匠の冷徹な声が降り注ぐ。 しかも、固地の背に腰を下ろして足組みをしている始末である。そんな普段とは逆転してしまっている光景に、他の風紀委員達は瞠目するしか無い。 「あ、あのぅ・・・」 「うん?何だい、麗しいお嬢さん?」 「は、葉原です。え、えっと・・・九野先生は・・・固地先輩の師匠・・・と仰っていましたが・・・」 「そうそう。全く、困った弟子だよ。周囲を敵に回すような言い方しかできないからさ、ホント可愛げの無いバカ弟子だ」 「い、何時からお2人は・・・」 「小学生時代の債鬼を助けたことがあるんだよ。当時も口の減らないクソガキだったけど、今じゃあ体全体が減らない天邪鬼になっちゃったねぇ。 まだ、素直だったあの頃の債鬼が懐かしい。こいつは、俺に借りを返すことを切欠に風紀委員を目指したんだ」 「そ、そうなんですか!?」 「(緋花と同じような・・・!!)」 九野から明かされた固地が風紀委員を目指す切欠になった事柄に、葉原と加賀美は目を丸くする。 まるで、焔火が緑川に助けられたことで風紀委員を目指したのと同じように感じられたから。 「バ、バカ師匠!!そ、それ以上は・・・!!」 「この際、お前のことをよく知って貰ういい機会じゃないか、バカ弟子?え~と、さっきの続きだね。 債鬼は、俺に助けられたことが切欠で風紀委員になった。なったらすぐに俺の所に来たよ。『あの時の借りを返す!!』とか何とか。 その反骨精神振りが面白くてね。何時しか、俺と債鬼は師弟みたいな関係になった。こいつの言うことを悉く論破してやってさぁ、いっつも泣きべそかいて帰って行く様が面白かった」 「泣きべそ・・・固地先輩が?」 「そう。今だと血も涙も無い“『悪鬼』”って言われているけどね。本当に、あの頃の債鬼が懐かしい。誰のせいでこんな酷い性格になったんだろう?不思議だねぇ~」 「「「「「(アンタのせいじゃないの!!!??)」」」」」 九野の不思議そうな口振りに、心中でツッコミを入れる風紀委員達。元の固地の性格をより一層パワーアップさせたのは、どう考えてもこの“天才”しかいない。 弟子への仕打ちなんか、固地が普段から行っていることと瓜二つだ。ある意味では、まだ九野の方がマシとも言えるが。 「どう思う、2人共?」 「弟子が弟子なら・・・」 「師匠も師匠ですね・・・」 秋雪の質問に真面と殻衣が漏らした言葉が全てを物語っている。 「九野先生・・・でしたか」 「あぁ。君は・・・このバカ弟子の先輩だったかな?」 「178支部のリーダーをやっている浮草と言います」 「これは、ご丁寧に。バカ弟子がお世話・・・というか迷惑を掛けているようだね。師匠である俺からも謝るよ。済まない」 「いえ。それより・・・会議を再開したいのですが。とりあえず、固地から降りて・・・」 そう・・・全てを物語っている。何故、九野獅郎が固地債鬼の師匠足り得るか。その理由が・・・わかる。 「会議?あぁ、さっきの“会議ごっこ”のことかい?あんなモノ、再開した所で無駄さ。あのままじゃあ、何一つ有益な意見交換はできないね」 「ッッ!!・・・ど、どういう意味・・・!!?」 「平時と有事の区別ができていない人間が何を言っているのかね?この現状において何が優先されるべきなのか、その判断すらもできないのかい? この現状にさえ仲良しごっこを持ち込むのなら、余所でやってくれたまえよ。そんな人間は、今ここに必要無い」 口調が変わる。漂う威圧感が増す。そこに居るのは・・・“天才”九野獅郎。 「し、失礼ですが、あなたこそ今・・・!!」 「俺が債鬼との出会いを話したのは、この場を落ち着かせるためにやったことだ。バカ弟子が、皆が抱いているフラストレーションの捌け口として自分を指定した行為。 バカ弟子がどう思っているかは知らないけど、俺の目から見れば物の見事に『失敗している』。本人だって空中分解を望んではいないだろうに・・・つくづく不器用な奴だ。 なぁ、浮草君。君は、バカ弟子のように風紀委員(じぶん)の手で風紀委員会を空中分解させたいのかい?」 「ッッッ!!!」 浮草の言葉を全く意に介さない師匠は、続いて尻に敷いている弟子へ向けて言葉を放つ。 「債鬼も、途中から俺の目論見には気付いていただろう?」 「俺が土下座をすることは余計だろう!?」 「馬鹿言え。あんだけ口汚きく罵っていたんだ。お前が謝罪するのは当然だ。そもそも、俺の目論見とお前の謝罪は無関係な事柄だしな。 『お前の』目論見も予想は付くが、それにしたってやり方が乱暴だ。空中分解を自ら進めるリスクを負ってまでやることじゃ無い。お前のやり方がどんな時も通じると思うなよ? 指摘するにしても、もっと穏便な方法はある。普通に皆が理解してくれる方法はある。天邪鬼のお前じゃあるまいし。・・・『焦っていた』か?」 「ぐぅっ・・・」 「鳥羽君に対しても随分偉そうに言ってたけど、お前だってコソコソやってるじゃないか。余り人のことは言えないよな? それに、俺の目論見とは関係無しにこれくらいのことをしないとお前の心を知って貰えないという厳しくも温かな師匠心・・・」 「知るか!!」 「ハァ・・・本当に口が減らないな。・・・・・・」 弟子の抗議に耳を傾けながら、そんな弟子の心中を見抜いている九野はあることを思い付く。本当なら、必要最低限の用事を済ませて帰ろうと思っていたのだが。 目の前に広がる光景を見る限り、風紀委員会が負ったダメージはやはり深刻と言っていい。橙山達大人が席を外している以上、 傷付いた子供達への指摘とフォローをキッチリ行えるのは・・・おそらく自分しか居ない。色んな意味で。 「・・・それもいいか。よし!今から、君達に俺が“特別授業”を開いてやろう!!題材は、もちろん今回の件に関することだ!」 「なっ!?」 「さっきまでの“会議ごっこ”に比べたら、絶対有意義なモノになるのは間違い無い!この俺が保証しよう!」 「こ、ここでアンタの“特別授業”をか・・・!?」 「そうだよ、債鬼。言っとくけど、お前は俺が質問しない限りは黙ってろよ?経験者のお前が口を挟んだら意味が無い。これは、彼等のためと同時にお前のためでもあるんだぞ?」 九野が宣言した“特別授業”の開講に固地は青褪める。周囲を見渡せば、九野の突然の宣言に全員が目を白黒させている。 九野自身も皆の反応は予測していただろう。『この人は突然何を言い出すんだ?』・・・という声無き問いを。 しかし、風紀委員は同時にこうも思っていた。『数多の実績を持つ“天才”がこの場で宣言した以上、その“特別授業”は確かなモノを自分達に齎すのではないか?』・・・と。 「椎倉君。いいよね?いいな?よしっ、やろう!」 「・・・・・・わかりました」 「(九野先生は、ある意味債鬼君より厳しい・・・!!それに・・・!!)」 『これは・・・・・・機会があれば、一度浮草君に確認しなければならないね。リーダーとしての覚悟を。この俺自らが彼に会って直接問い掛けるとしよう。フフッ・・・!!!』 「(これは・・・!!)」 加賀美が色んな意味で背筋を震わせている間にも準備は進む。そして・・・“天才”の“特別授業”は開講を迎える。 「では、諸君!今回の件で噴出した問題は様々にある。故に、全ての事柄に対して焦点を合わせるつもりは無い。優先順位を付けて議論していく。よろしいかね?」 「「「「「・・・・・・」」」」」 ダン!!! 「「「「「ビクッ!!!」」」」」 「・・・返事は?最近の学生は、碌に返事もできないのかね?ねぇ、常盤台の一厘ちゃん?」 「ギクッ!!!」 「常盤台生は、皆将来有望な女の子達ばかりだと思っていたのにねぇ。よしっ、後で君の友達の苧環に聞いてみようか。『常盤台生の挨拶はどうなっているんだ?』ってさ」 「い、いえっ!!み、皆さん!!さっきは急展開に付いていけなかっただけですよね!?そうですよね!!?」 「「「「「(コクンコクン)」」」」」 「そうなのかい?確かに、急だったから戸惑っちゃったかな?では、もう一度聞こうか?よろしいかね?」 「「「「「はい!!!」」」」」 「よろしい。一厘ちゃん。さっきのはジョークだからね。本気にしないように」 「は、はい!!(よ、よかった・・・!!)」 漂う威圧感に呑まれている風紀委員達に、“天才”はジョークを交えながらマイペースに“特別授業”を始めて行く。 一厘の友達である―そして尊敬する九野に対するいわれの無い悪口や態度を決して許さない―苧環の名前を出して気を引き締めさせたのもその一環である。 「まずは、内通者である網枷双真の存在を一部の風紀委員達に知らされていなかった点だが・・・俺の意見はこうだ」 [『目的』を鑑みればアリ] 「さて、浮草君。何故こう俺が考えたのかわかるかい?」 「そ、それは・・・」 「君が、椎倉君や債鬼の立場に立ったとして考えてみてごらん」 「・・・それは、やはり『ブラックウィザード』の情報が乏しかったから、当時は網枷を泳がせておくしかなかった・・・。 もし、内通者の存在を誰もが・・・特に網枷が居る176支部の人間の多くが知ればその人間を通じて網枷にこちらの動きが悟られる可能性があった・・・ですか?」 「まぁ、加賀美ちゃんが気付いちゃった時点で皆に知らせる選択肢はあったかもしれないけどね。その辺りは、“他の事柄”との兼ね合いもあったかな? 君の見立てはおおよそ正しいと思うよ、浮草君。では、何故『ブラックウィザード』の情報が乏しいんだい?」 「・・・・・・わかりません。俺達の方が知りたいです」 「・・・他にこの問いに答えられる者は居るかい?」 「「「「「・・・・・・」」」」」 反応は無い。あの椎倉でさえも未だにはっきりとわかっていないこと。どうして、これ程までに『ブラックウィザード』の情報が出てこないのか? 『ブラックウィザード』と繋がっている組織が隠蔽工作に協力している可能性も、確証を持って言えることでは無かった。 「・・・では、債鬼。お前の見立てを言ってみろ。その顔振りだと、ある程度の予測は付いているんだろう? 何せ、椎倉君達とは違って支部活動という縛りの外で自分のやりたいことを制限付きながらもやっていたんだ。 彼等が日々の業務に忙殺されていたが故に気付かなかった、見落としていた部分はきっとある。 お前の真価・・・有事の際に発揮する慧眼を俺や皆に示してみせろ。さっきの『失敗』をここで取り返してみせろ。 偉そうに言うだけの存在じゃ無いことを、唯の天邪鬼で意地っ張りで融通が利かなくて素直になれなくて碌に友達が居ない人間じゃ無いことを今ここでもう一度証明してみせろ」 「(ピキッ)」 「債鬼君が・・・?」 「・・・・・・」 九野の視線が、加賀美の隣に座っている(+青筋を立てまくっている)固地に向けられる。 この“特別授業”では、ホワイトボード前に九野が立って、その周囲に各風紀委員が椅子を持って来て座っているという態勢だ。 「・・・そもそも、『ブラックウィザード』は一般生徒に薬を売り捌いていない。だから、情報が挙がって来ない・・・可能性が考えられる。確証は無いがな」 「「「「「!!!」」」」」 固地の口から告げられる驚愕の予測に、各風紀委員は目を見開かされる。これは、昨日雅艶と共に意見交換しながら妥当性を量っていた可能性である。 「で、でもよ!!あたし達の管轄内で薬物中毒者が出たのはどう説明・・・!!」 「それ自体が、奴等にとって別の意味で不測の出来事だったとすれば?正確には、起きた幾つかの不測の出来事で奴等が深刻に考えているのは・・・ということだ。 ここで言う重要視している不測とは、一般人に手を出したということだ。俺達風紀委員に見付かったことじゃ無い。そして・・・それは言い換えれば逆手にも取ることができる。 例えば・・・一般人に手を出さないことをルール化していたのにも関わらずにそれを破ったことによって組織の腐敗が露になるという結果が生まれ、奴等の『上』は問答無用で粛清した。 また、俺達風紀委員に見付かったことも逆手に取る。苦肉の策だろうがな。具体的には、一般人に手を出す・・・つまりは薬を売り捌くという噂を流し、俺達の目をそちらへ振り向ける。 俺達としては、実際に一般人に薬物中毒者が現れた以上そちら方面に視点が動く。内部の腐敗に関しても、それが進めばこちらに有利だしな。 内部分裂という可能性には若干期待をしていたんだが・・・徒労に終わったかもな。どうだ、“宙姫”?」 「・・・!!!」 それは盲点であったこと。『ブラックウィザード』の内部で『上』を無視した暴走が始まっている可能性があるという情報はあった(一部の風紀委員には、先程知らされた)。 その暴走により、花盛学園の生徒に被害が出た可能性がある。だが、それは可能性の域を超えないモノであった。 件の殺人鬼の実力を鑑みれば、『ブラックウィザード』という組織が主導的に“表”の人間へ手を出す可能性―その過程で暴走と花盛学園の件が起きた―の方が現実味を伴っていた。 仮に、一部の暴走があったとしても花盛の件以降実害の発生情報が出て来なくなった以上暴走の要因は粛清されたと見ていい。 そして、連中の『上』が事の露見に対策を打った上で主導的に“表”へ触手を伸ばし続けており、それが極一部の噂という形で発現している・・・そう捉えていた。 “『シンボル』の詐欺師”でさえ、『ブラックウィザード』が“表”に手を出していることを前提に考えていた。どうやら、想像以上に『上』は我慢強く、狡猾であるようだ。 「改めて振り返ると疑問が湧く。何故俺達の調査で『ブラックウィザード』の情報が“表”に出て来ないのか?何故実害の発生情報が6月初旬にだけ現れたのか? そして、何故それ以降音沙汰無しの状態がずっと続いているのか?組織の腐敗が進んでいる可能性も0では無いのに、何故明確な情報が漏れて来ないのか? 一般人に薬を売り捌いているという噂だけは入手できるのに。そう・・・噂しか出て来ない。鳥羽が聞かされた昨日の薬物売買云々は罠だとわかった以上考慮するに値しない」 「・・・その噂自体が、あたし達の目を惑わせる隠蔽工作ってことだよな?・・・でも、それじゃあ何で・・・」 「債鬼君・・・。何でしゅかんは・・・しゅかん“達”は連れ去られたの!?売り捌く目的は、お金だけじゃ無い。“手駒達”に仕立て上げるっていう目的も付随している筈。 “表”で薬を売っていないんだったら、普通はその対象じゃ無いと考えてもいい。緋花を誘き寄せるためだけなら、しゅかん1人だけでも・・・!!」 「・・・これも可能性でしか無いが、“手駒達”の減少は俺達の予想以上なのかもしれない。界刺が言うには、件の殺人鬼が『ブラックウィザード』に攻勢を仕掛けていた。 奴の見立てでは、“手駒達”対策か。ならば、その数は減少している筈だ。しかも急激に。それこそ、今までの調達方法では追い付かないくらいの減少速度だった。 背に腹は代えられない。早急に、“手駒達”の材料となる能力者を調達する必要性は確かに存在しているんだろう。ようは、秘かに“表”に手を出していたということだ。 これに関連して、昨夜から今日の午前10時半までに俺とバカ師匠で調べた限り、俺が目撃した8名の生徒以外に昨日から行方不明になっていると各警備員支部に通報された案件が複数ある」 「まさか・・・昨日からずっと調べてたの!?一睡もせずに!!?」 「そんなことは、この場に居る殆どがそうだろう。誰も寝ていない筈だ。別に驚くようなことじゃ無い。行方不明の件も、橙山先生が主導になって調査をし始めている」 確かに固地の言う通り、昨日の件でこの場に居る風紀委員の殆どは睡眠を取っていないし、固地の報告を受けた橙山が部下に行方不明者の件を調査するように指示を出している。 そもそも睡眠を取れる状況では無いとも言えるが、それでも固地のように怪我を負った者以外で“手駒達”に関する調査を行っていた風紀委員は他に居ない。 というのも、昨夜は橙山の指示でリーダー格(椎倉除く)以外の怪我を負っていない風紀委員は強制的に自宅待機させたのだ。 その内破輩・加賀美・浮草・冠は病院に搬送された支部員と共に一夜を過ごした。そして、唯1人自由に動ける足で九野の家を訪ねて彼と共に調査をし続けていたのが固地である。 この男は、強襲と拉致という大き過ぎる衝撃を受けても尚、次のことを考えて動いていたのだ。 「・・・!!ということは・・・」 「通報があった時間帯の中には正午前後も存在した。『ブラックウィザード』とは何の関係も無い事案の可能性も十分にあるが、今はその可能性を無視する。 これ等のことから推測するに、少なくとも昨日の午前中から『ブラックウィザード』は拉致活動に動いていた可能性がある。 『ジャッカル』全店で起きた爆発事件との関連性は未だはっきりしないが、全く無関係では無いとも推測可能だ。 何故なら、通報者の説明に『最近「ジャッカル」ってカラオケ店にずっと通っていた』というモノがあったからだ」 「・・・固地。これは、証拠隠滅も兼ねた爆発事件である可能性も・・・」 「ある!椎倉の指摘通り、『ジャッカル』を中心とした何らかの工作が行われていた可能性がある。そういえば、『ジャッカル』を統括する会社との連絡は・・・」 「取れていない・・・というか『ジャッカル』を買収したとされる会社の住居に警備員が赴いたが、もぬけの殻だったそうだ。さっき連絡があった」 「・・・架空会社だった可能性が高いな。それこそが、『ブラックウィザード』の表の顔の1つだったのかもしれない。 成程・・・中々露見しないわけだ。堂々と営業活動していたということ・・・」 「『ジャッカル』・・・?」 「加賀美?」 深まって行く議論の中で、急速に表情を暗くして行く加賀美に固地が不審げな視線と問いを送る。 「私・・・この前『マリンウォール』へしゅかんや緋花と遊びに行った帰りに『ジャッカル』に寄ったんだ。しゅかんの薦めで。 あの時、翌日からの捜査に差し障りが出ないようにって私と緋花が先に帰ったんだよ。しゅかんは、1人残っていたんだよ。まさか・・・その時に・・・!!?」 「・・・・・・『ジャッカル』が深く関わっていると仮定して、何かしらの工作をされた可能性が高いな。例えば・・・精神系能力を仕掛けられたりとか、薬を盛られたとか」 「・・・!!!あ、あの時・・・私が無理にでもしゅかんを引っ張って帰っていたら・・・も、もしかしたら・・・こ、こんなことには・・・!!!」 「それは言っても仕方の無いことだよ、加賀美ちゃん?」 後悔の泥沼に陥りそうになる加賀美に、絶妙なタイミングで九野がツッコミを入れる。議論を正しい方向へ向けられるようアドバイスするのは、教師足る役目である。 「九野先生・・・!!」 「俺達は次に繋がることを見付けるために、過去の出来事を洗い直しているんだよ?君が言っていることは、唯の後悔の吐き出しだ。 そんなモノが、一体何に繋がるんだい?それは、唯不平不満を零しているのと同じだ。そんな人間はここには要らない。さっさと出て行ってくれたまえ」 「ッッ!!!ご、ごめんなさい!!!」 「・・・次は無いよ?いいね?」 「はい・・・」 厳しい。固地のように悪辣な言い方をする人間に対してはまだ対抗する言葉を吐き出せるが、穏やかに言及されては何も言い返すことができない。 それが、揺ぎ無い正論であればある程口を開けなくなる。そんな、重たくなる雰囲気を振り払うように椎倉は固地へ可能性の研磨を持ち掛ける。 「そこに、『ブラックウィザード』と繋がっている組織が隠蔽工作に協力している可能性を加味すれば・・・」 「あぁ。益々面倒だ。そんな連中が、『六枚羽』なんてモノも持ち出して目立つに目立つ成瀬台への強襲という実力行使を仕掛けて来た確かな理由がある筈だ」 「何せ“派手”だモンな~。幾ら情報規制が敷かれるのを見越していたとは言え、真正面から学園都市の治安組織に喧嘩を売ったってことだし。 それに、廃棄が進んでいる旧型駆動鎧はともかく最新鋭の『六枚羽』の出所はそう簡単に隠せるわけが無い。もし隠せるとしたら・・・・・・」 「やはり・・・・・・“あれ”か?」 「・・・だろうね。『ブラックウィザード』と繋がっている組織の何れかに、“あれ”が居るんだろうね。 もしくは、“あれ”と関係している何かが。とは言っても実働部隊そのものは関わっていないだろうがね」 「“あれ”?さ、債鬼君!!“あれ”って何!!?九野先生も!?」 「「・・・・・・」」 加賀美の問いに、固地と九野は揃って口を噤む。この情報は、本来“表”の住人が知っていいモノでは無い。・・・“裏”の住人もだが。 「・・・知らない方がいい。この情報をお前達が知れば・・・死ぬ危険性がある」 「正確に言ってあげなよ。殺される可能性がある・・・だろ?」 「・・・!!!」 「(な、何か今のやり取り・・・界刺さんが常盤台に来た時に言ってたことと似てる・・・!!も、もしかして界刺さんのように固地先輩や九野先生も“裏”ってヤツの情報を!?)」 故に、質問への回答を拒否する2人。その真剣な姿に加賀美は何も言えなくなり、一厘はかつての問答を思い出す。但し、その推測は誤りではあるが。 「まぁ、今回の件の主体はあくまで『ブラックウィザード』だろうね。“あれ”は、一部を除けば性質的に正面から治安組織に喧嘩を売る真似は好まない筈だし、表立った協力は無いと見ていい。 精々隠蔽工作という名の情報操作に手を貸しているくらいだろう。唯・・・今回の情報規制は『ブラックウィザード』の意図が全て反映されているとは思えないな」 「だろうな。今朝の朝刊を見てもわかる通り、情報規制もさることながら『シンボル』のことが必要以上に大きく取り上げられている。 別に、『ブラックウィザード』が『シンボル』を優遇する理由は無い。『シンボル』を利用しなくても情報規制は敷かれる。むしろ、作戦を妨害する不安要素として見ていた筈だ。 もし、『ブラックウィザード』の作戦に『シンボル』の加勢まで含まれていたのなら、それに応じた布陣を昨日の襲撃時に敷いて俺達諸共殲滅に掛かった筈だ。 そして、それが無かったあるいは不十分であった以上『ブラックウィザード』にとっても『シンボル』の大々的な加勢は誤算だったんだろう。“この”情報規制も含めてな。 にしても、この用意周到っぷり・・・『シンボル』の情報を知っていなければできない芸当だ。・・・情報規制に利用されたな。 風紀委員会をボランティアである『シンボル』が善意の下鮮やかに救助したという、事実を殊更強調したこの希望的報道なら少なくとも俺達に対する一般人の反応は緩やかなモノになる。 『頼り無い』等の批判は出るだろうが、『風紀委員会は裏切り者の手引きで為す術も無く大打撃を喰らった』という事実が報道へ載るよりかははるかにマシだ。 絶望が強調されれば、批判はより苛烈なモノとなる。しかし・・・あの“変人”のことだ。本当なら、『大々的に風紀委員を窮地から助ける』という主役的な目立ち方をしたくは無かっただろうな」 「下手したら、風紀委員以上の脅威として一般人の中に潜む悪意を持った連中や一般人とは呼べない連中に目を付けられる可能性があるからね。打倒『正義の味方』としてさ。 お前から聞いた“3条件”も、それに対する予防線でもあったんだろう。『俺達を頼り過ぎるな』っていう。後ろ盾が無いボランティアだしさ。 そういう意味では、内心怒り心頭だろうね。まぁ、今更言った所でどうしようも無い。それをわかった上での、今回の助太刀だったんだろうし。 だからこそ、『ブラックウィザード』への不意打ちが成立したのかもね。網枷も『シンボル』のリーダーの思考や“3条件”について考えを巡らしていなかったわけが無い」 「(界刺・・・!!くそっ、こんな体たらくじゃあ何時まで経っても“借金”が返せないぞ!?)」 「(昨日のあたし達への助太刀は、あの野郎にとっては苦渋の決断だったのか・・・!!それを事も無げに言いやがって!!あの最後通牒は・・・本当に『最後』なんだな・・・!!)」 『シンボル』の助力は、人助け・人命救助という観点から不動としては当然のことをしたまでである。それが、例え風紀委員であってもだ。 母校を傷付けられるのを、黙って見過ごしているわけにもいかない。これ(人助け)は、水楯・形製・春咲も同様の思いである。 一方、界刺としては本音では反対だった。この助太刀が、後々どのような結果を自分達に齎すのかをある程度予想していたために。 だが、風路の件を考えるとこの時点で風紀委員会に大規模な犠牲者が出てしまうのは好ましくなかった。 もし、彼の妹である鏡子を救出に向かう場合風紀委員会を“巻き込んだ”上で、『東雲真慈討伐』の主役にしなければならない。 そのタイミングが数日後に来るという情勢下、風紀委員会が半壊状態になってしまっては自分の目的に支障を来たしてしまう可能性が低くなかった。 その他諸々のメリット・デメリット―情も含めて―を勘案した上で界刺は決断した。不動に決定権を譲るという形での協力を。無論、内心では風紀委員達に怒り心頭ではあったが。 破輩に示した『事実』を取り下げるつもりは毛頭無い。そもそも彼は、不動達が関わるとしても裏方的な協力に終始すると読んでいたのだ。それだけ、不動を信じていたとも言える。 当の不動も、もちろんその辺りに“線引き”を置いていた。界刺の予想通りに。だが、『ブラックウィザード』の攻勢は想定外の代物であった。 しかし、網枷の存在や『六枚羽』という予想外な戦力の登場を差し引いても、『こういう形』での手助けはしたくなかったのが『シンボル』のリーダーの嘘偽らざる心意であった。 「おっと。話が逸れたね。債鬼の言及にもあったが、『ブラックウィザード』の隠蔽工作力は大したモノだ。それ故に、内通者である網枷を泳がせておくという当時の判断はアリだ。 君達は『ブラックウィザード』を潰すことを『目的』としていた筈だ。その『目的』を果たすための1つの手段・・・それが内通者を泳がすことだった。 例え風紀委員や警備員に人的被害が出たとしても、必ずや『目的』を遂行しなければならない。そもそも、風紀委員会は警備員並に危険な職務に就くことは最初からわかってた筈だ」 風紀委員会は、普段危険度の低い任務を優先的に宛がわれる風紀委員が警備員並に危険度の高い任務に就く組織だ。 その意味は言葉以上に重い。危険度の高低は、そのまま命の危険度に直結する。だからこそ、風紀委員とてそれ相応の覚悟―命懸け―を持たなければならない。 「君達も名前くらいは知っているだろう?『殉職』という言葉をさ?『職に殉ずる』。すなわち、治安組織の一員として命を懸けて課せられた『目的』を達することだ。 その過程に・・・犠牲が唯の1つも無いなんて有り得ない。その犠牲になる可能性が今回で言う内通者の存在を知らされていなかった者達であり、 内通者の存在を知って対処に動いていた者達であり、重体を含めた傷を負った者達だ。可能性で言うなら、知っていた者達を優先して始末する可能性だってあった。 これは、想定上発生するかもしれない犠牲であり、この内の何割かが現実として発生した。こうなる危険性を・・・ちゃんと理解した上で橙山ちゃんや椎倉君は決断したんだ。 『目的』の達成のために。一般人を『ブラックウィザード』の脅威から守り抜くために。その覚悟や現実を背負おうとしない人間は、治安組織から去るべきだ。 死亡を含めた犠牲が発生する可能性を認めた上で、それを生み出したくないから粉骨砕身努力して犠牲を回避してみせるとかなら話は別だけど、 起こり得る現実そのものを最初から認めない人間は要らない。現状把握は、治安組織に身を置く者に求められるとても大事な事柄だよ?できない奴は・・・即刻立ち去れ」 「「「「「・・・!!!」」」」」 反論できない。正論故に。現状を把握した上での言葉であるが故に。 「中には『発生していい犠牲なんて存在しない』という人間も居るだろう。というか、そっちの方が圧倒的に多いかもしれない。俺はそれを否定するつもりは無い。その意見は正しい。 でも、俺の意見も正しいと思う。俺のような人間から見れば、『犠牲なんて存在しない』なんて意見は現実として有り得ないとも言うことはできるし、その逆も有り得る。 正しい、正しくない、間違っている、間違ってない・・・。見方とは・・・言葉とは・・・人間とは・・・・・・難しいね」 「・・・複雑ですね」 「加賀美ちゃんの言う通り、複雑怪奇だね。でも、これも人間だからこそできる特権みたいなモノさ。色んな見方や言葉を把握し、その中からどれを選択し、どう貫くのか。 それが大事なんだ。だからこそもう一度言おう。『起こり得る現状を把握する』ことすら怠る人間は必要無い。そんな人間の言葉に説得力は存在しない。 そして、聞こう!斑君、一色君、鏡星ちゃん。後輩を庇う余りに現状把握を怠っていた君達に、俺の言葉を覆すだけの力はあるかい? 君達が本当に起こり得る現実・・・すなわち上司の覚悟や後輩の失態をも全て把握した上で自分の意見を述べるならきっと俺に反論することができる筈だ。 言っておくけど、君達が抱いている感情や理屈は正しいんだ。正論なんだ。だから、俺も俺が考える正論で君達とぶつかろう。さぁ、やってみたまえ!」 「「「・・・・・・」」」 “天才”の問いに斑・一色・鏡星は何かを言おうとして・・・結局は何も言えなかった。正論に本当の意味で対抗できるのは正論だけだ。 そして、正論を口にするのに必要なのが現状把握だ。その必要なことを怠っていた今の3人に、正論を口にするだけの強さは備わっていなかった。 把握し切れなかった理由としては、176支部に配属されて以降は基本的に外回りで活動していた斑達は、後方支援における必要な確認・作業の手順を全て理解していなかったことが挙げられる。 普段から加賀美や葉原、網枷に後方支援業務を頼り切っていた。風紀委員会でも、2日間後方業務を命じられた挙句、勝手がわからずに余計な雑務を増やしていたことがその証明だ。 役割分担と言われればそれまでであるが、それが後方支援に就く鳥羽に求められていた行動を完全に把握できなかった一因となった。 そして、それを斑達自身が心の底から認識したため―本当は固地が鳥羽へ指摘した時点で薄々気付いていた―に九野へ反論することができなかったのだ。 「・・・もういいよ、3人共。その答えは、君達の手で導き出してみたまえ。誰のためでも無い、君達のために。 話を戻す。そんな非情な作戦を指揮する椎倉君達も、リスクに関しては十分考えて対処をして来た筈だ。彼等だって、好き好んで犠牲を生み出したくは無い。決して。 だが、結果としてそれは上手く行かなかった。それは揺ぎ無い事実だ。では、何故上手く行かなかったのか? そこで・・・先程債鬼から口汚く指摘されていた176支部の鳥羽君を例に挙げてみようか。『無能』という言葉を使うのは気が進まないが、ここは敢えて使ってみようか。 その方が債鬼の考えも伝わりやすいかもしれない。もちろん、俺の言葉でちゃんと説明するけどね」 「!!!」 「鳥羽君は、果たして昨日の件において『無能』であったのか『無能』では無かったのか。俺の見立ては・・・こうだ」 “天才”の視線が、176支部の鳥羽に向けられる。彼は、先程固地に『無能』と断じられた人間だ。そのせいで、神谷や浮草がキレた。 果たして、固地の師匠である九野は如何なる見立てを立てるのか。その結果は・・・すぐに出た。 [『無能』] continue!!
https://w.atwiki.jp/indexorichara/pages/1708.html
「東雲様!!カエルの着ぐるみを着た正体不明の人間達がこち・・・ザザッ・・・ザッ・・・・・・」 「真慈!!」 「さっきの別働隊の狙いはこのトラックじゃ無い・・・『六枚羽』を格納していたトラックか!!」 それは、東雲が持つ通信機から聞こえて来た“手駒達”の悲鳴にも似た報告。『六枚羽』を格納していた大型トラックに搭乗していた人形達が、“ヒーロー戦隊”に襲撃された事実。 東雲達と同じく『太陽の園』近辺に待機していたそのトラックは、『六枚羽』を解放した後に離脱に移っていた。 いずれ『六枚羽』を秘密裏に格納するために、この戦場に留まってはいられない。これは、作戦通りの行動。だが、その途中で敵に捕捉された上に襲撃された。 通信も電波妨害によって途絶えた。この迅速な行動ぶりは、最初から『六枚羽』を格納していた大型トラックに狙いを絞っていなければ為し得ない動きである。 「だが、無駄足だ。捕捉される可能性を全く考慮していないわけじゃ無いからな。あのトラックはあくまで『六枚羽』を運搬するだけのモノだ。整備用の機具も然程積んでいない」 「そ、そうね。あっちに残ってる資料で私達の本拠地に繋がるモノは存在しない。トラック自体も、こっちと同じように偽装して来たんだし」 東雲と伊利乃は、許容範囲内の事象に冷静な思考を保つ。本拠地を出発した際に、自分達が乗ってるトラックに随行していた『六枚羽』格納トラック。 当然、光学・電気・精神系“手駒達”の力で偽装していた。故に、あのトラックから『ブラックウィザード』の本拠地を悟られる恐れはまず無い。 「そうだな。『六枚羽』には、マッハ2.5とステルスを存分に活かして貰うとしよう」 「えぇ」 東雲は、『六枚羽』単独の超高速離脱を決断する。もちろん、自分達の安全が確保されてからだが。 ピカァッー!!! 「「!!!」」 そんな彼等の冷静沈着な思考を狂わせるために、“詐欺師ヒーロー”はこの場における“切り札”を切る。 「 “ゴリアテ”様!!行くぜ!! 」 「うん!!」 “ゴリアテ”の『念動飛翔』と自身の『光学装飾』の組み合わせで、『六枚羽』と何とか渡り合って来た“カワズ”。 本来であれば、この組み合わせに ダークナイト の『閃熱銃』を加えれば『六枚羽』を撃墜することは可能であった。だが、“それでは駄目だ”。 この場における最優先するべき事柄は、『「六枚羽」を撃墜すること』では無い。『「六枚羽」をできるだけ引き付けた上で飛行不可能状態にしないこと』が求められていたのだ。 故に、『六枚羽』に負わせた損傷は“ゴリアテ”が放った空気圧弾による軽傷のみである。その理由とは?それは・・・後に明かされる。 ドドドドドドドドド!!! 『六枚羽』の機銃が火を吹きながらも、ドップラー・ライダー等の探知能力と偽装能力をフル活用して危うくかわしていく2人の“ヒーロー”。 直後、今まで温存していた『送受棒』最大出力で数多の電波を放出し、少しでも『六枚羽』の電磁波レーダーにノイズを走らせる。 電気系“手駒達”による干渉を受けながらも、ほんの少しだけ『六枚羽』の挙動が鈍る。その隙を、今度こそ逃さない。砂鉄を含んだボールがまともに当たらない位置取りを確保し・・・ 「(今!!!)」 ドッ!!! ギッ!!! ダークナイト の先端から高速射出されたのは『閃熱銃』・・・では無く『樹脂爪』であった。 『演算銃器』と同じ性質を持つこの機能によって合成された樹脂でできた鉤爪が、『六枚羽』の機体上部―空気圧弾によってできた軽傷部分―にその一部を食い込ませる。 全てを食い込ませなかったのは、さすがは『六枚羽』と言った所。このまま『樹脂爪』を『六枚羽』に食い込ませていては、『六枚羽』の出力で“カワズ”が振り落とされてしまう。 そのため、ワイヤーの先端付近に装備されている微細なカッター群を機動させ、振動も加味させることでワイヤーと鉤爪を切り離す。 「 よしっ!!“成功だ”!!“ゴリアテ”様!!後少しだけ踏ん張ってくれ!! 」 「わかった!!」 そんな傍目から見れば失敗にしか映らない結果を“成功”と断じる“カワズ”は、ワイヤーを巻き取りながらとっておきの“切り札”を切る。 ピカァッー!!! それは目印。操作範囲内ギリギリに居る東雲達の頭上に、特大の光球を浮かべる。 「 お膳立てはしたぜ!!ここらでビシっと風紀委員の意地ってヤツを東雲に見せ付けてやれよ!!! 」 自分達は『六枚羽』を引き付けておくためにも動けない。だから、東雲達に拉致されつつある子供達を救い出す役目を風紀委員達に託す。 一時とは言え、同じ“ヒーロー戦隊”の一員として行動を共にした“ヒーロー”達に。 『例えば、俺が通っている成瀬台高校の風紀委員達は皆バカで、暑っ苦しくて、でもいざって時は一致団結する男ばっかりだぜ?』 かつて風路に言った言葉は嘘では無い。界刺得世は自身が通う成瀬台の風紀委員を信頼していた。そして・・・その信頼に応える漢の声を『赤外子機』越しに耳にした。 「応とも!!!我輩達の勇姿、とくとその眼(まなこ)に焼き付けよ!!!」 それは、喩えるなら筋肉の車。立ち塞がるもの、障害となるものを全て木っ端微塵に蹴散らす肉の戦車。 それは、喩えるなら“剛”の極み。仕掛け・小細工一切関係無しに問答無用で踏破する筋の結晶。 マッスル・オン・ザ・ステージと対を為す剛力演舞を披露する“ダルマヒーロー”―“ゲルマ”―こそ、筋肉の神に愛された漢。 神の祝福を受けた人間に敵う者などこの世に存在しない・・・筈である。 「・・・・・・ォォォォォォォォオオオオオオオオオ!!!!!」 人を抱えながら20mも跳び、100mを3秒台で駆け抜けると謳われている脚力を発揮し、 “ゲコイラル”・“ゲコっち”・“ゲコゲコ”をその背に乗せる“ゲルマ”は廃ビルの屋上を驚異的なスピードで駆け抜け、跳び移って行く。 どうしても届かない場合は“ゲコゲコ”の『念動使い』で届かせる。電気系“手駒達”の電磁波レーダーは、“ゲコっち”の『電撃使い』で可能な限り混乱させる。 “カワズ”が生み出した光球に突き進むこちらの動きは、『ブラックウィザード』にも伝わっているだろう。 “ゲルマ”が弾き出している尋常では無い速度も把握している筈。故に・・・そこを狙う。“切り札”であり“最終手段”でもあるとっておきの必殺技を。 そのためにカエルの着ぐるみを着用し―“ヒーロー戦隊”になり切り―、『ブラックウィザード』にこちらの正体を明かさなかったのだから。 「まだ界刺の操作範囲内か!!!運転手!!速度は緩めるな!!敵の思う壺だ!!光学系“手駒達”の総力で『光学装飾』の干渉を防いでいる!!そのまま突っ切れ!!」 「『六枚羽』はまだ界刺を墜とせないの!?くそっ・・・!!あなた達!!このトラックに猛スピードで接近している別働隊の動きを絶対に見逃しちゃ駄目よ!!!」 「「「はっ!!!」」」 自分達に迫る危機に苛立ちを覚えながらも、東雲と伊利乃は“手駒達”へ的確な指示を出す。 “手駒達”でもあるトラックの運転手にも、東雲達と同じ暗視ゴーグルを身に付けさせている。必要以上の光を遮断できるこの機器なら、この光球でも目が眩むことは無いだろう。 だが、その必要な光さえをも操作できるのが『光学装飾』である。暗視ゴーグルの機能の1つである赤外線による暗視にも干渉できる『光学装飾』を、光学系“手駒達”の総力で防ぐ。 また、電気系及び視覚系“手駒達”の能力でこのトラックの猛烈な速度で近付いている複数の人間を発見した。それは、先程『六枚羽』格納トラックを襲撃したと思われる別働隊。 念動力の補助も活かしたショートカット走法を実現している存在を迎撃するためにも、その位置や叩き出している速度を把握しておかなければならない。 「希杏!!接近している別働隊を迎撃し、連中の反抗の牙をへし折る!!そして、『光学装飾』の操作範囲外に一気に離脱する!!」 「えぇ!!さっき指示した通り、念動力と電撃の波状攻撃で迎え撃つわよ!!隙があれば洗脳して、焔火緋花のように人質にしちゃいなさい!!」 「「「了解!!」」」 東雲は『武器形成』を、伊利乃は暗器を構え、他の“手駒達”も各々の能力を発動する準備を整える。 「もうすぐ姿が見えます!!出て来るのは・・・あのビルの屋上から!!」 視覚系“手駒達”が、別働隊の最接近を喚起する。緊迫した空気が流れる。そして・・・悪者から罪無き子供達を救うべく“ヒーロー”達がその勇姿を見せる。 「「「「オオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォッッッッッッ!!!!!」」」」 屋上から大型トラックへ跳んで来たのは、“ゲルマ”・“ゲコイラル”・“ゲコっち”・“ゲコゲコ”。 彼等は、跳び降りた勢いそのままにこちらへ向かって来る。念動力も作用しているためか、東雲達が乗るトラックへ一直線である。 「やれ!!」 「やりなさい!!」 東雲と伊利乃が“手駒達”に指示を出したのは同時であった。主の指示を受けた“手駒達”は、敵を迎撃せんがために己が能力を発動・・・ 「“ゲコイラルラッシュ”!!!!!」 グン!!!!! 「「「「「!!!??」」」」」 できなかった・・・あるいは発動したが空振った。原因は、“ゲルマ”の真後ろに陣取っていた“ゲコイラル”が発動した必殺技・・・“ゲコイラルラッシュ”による急加速に尽きる。 “ゲコイラル”は、体の一部に噴射点を作り自身の体をロケットのように飛ばす『空力射出』の最大出力―普段は無意識の内に力をセーブしている力を意識的に解放―を発現したのだ。 これは、かの殺人鬼との戦闘の際に176支部の斑がリーダーである加賀美に『空力使い』による噴射点を設置したのと類似した危険な行いである。 しかし、この危険な行いは今回に限り危険では無かった。理由は2つ。1つ目は“ゲオウ”の存在。“ゲコイラル”は、発現させた全力で噴射点に設定した右足の腱が断裂直前状態になった。 だがしかし、“ゲオウ”の『治癒能力』ならばその程度の負傷は速攻で治療可能である。“ゲコっち”と“ゲコゲコ”は、“ゲコイラルラッシュ”発現前に“ゲルマ”から離れているため被害は無い。 もう1つは“ゲルマ”の頑強な筋肉と『筋肉超過』。“ゲオウ”と同じく絶大な自然治癒力と筋肉を誇る“ゲルマ”なら、“ゲコイラルラッシュ”の全力に耐え切れる。 そう予測し、その予測通りになった。“ゲコイラルラッシュ”の勢いそのままに、“ゲルマ”はトラックの荷台に激突する。 ガン!!!!! 「グッ!!?」 「キャッ!!?」 東雲と伊利乃が驚愕する中、激突の衝撃でトラック自体が転倒しそうになる。ここで、東雲達が予期せぬ事象がもう1つ発生する。 ガチャ!!! 東雲と伊利乃の安全を最優先するようにインプットされている“手駒達”―ここでは念動力系“手駒達”―が、反射的に荷台と車部を繋げていた接続機器を解錠した。 先程の衝撃でトラック全体に掛けていた念動力が途切れてしまったのだ。これもまた、薬で無理矢理強化された“手駒達”の限界。 この現状でトラック自体が転倒してしまえば、東雲と伊利乃を運ぶ大事な『足』が使用不可能になってしまう危険性が大である。 “手駒達”の念動力では、猛烈な速度など叩き出せるわけが無い。このトラックは絶対に必要。そのためなら、荷台内の子供達は切り捨ててもいい。全ては東雲と伊利乃のため。 荷台自体は、改めて念動力を掛けることで回収すればいい。そう“安易に”判断した手駒達は車体の安定にまずは集中する。 ガガガッッ!!! 荷台が地面に叩き落される。衝撃による車体の揺れを何とか抑えた“手駒達”が荷台に念動力を及ぼそうとする・・・が!! ビュン!!! その直前に“ゲコゲコ”と“ゲコっち”が飛来、荷台を“ゲコゲコ”の『念動使い』で支配し、“手駒達”の念動力を排除する。 実は、この直前に衝撃からいち早く立ち直った精神系“手駒達”2名が“ゲコゲコ”達4名を洗脳するべく能力を行使したのだが、いずれも洗脳を更なる洗脳で塗り替えられた。 “ゲコゲコ”達4名は、『シンボル』の“参謀”形製流麗の『分身人形』による“保険”―通常状態に戻り、それを維持する―を掛けていたのだ。 「“ゲコイラルラッシュ”!!!!!」 右脚に走る激痛に耐える“ゲコイラル”が、この場から即刻離脱するために筋肉断裂を覚悟しながら左足を噴射点とした全力の“ゲコイラルラッシュ”を発動する。 “ゲルマ”越しに数十名もの子供達が乗っている荷台に発動するために、先程のような急加速はできない。 よって、荷台の片隅に手を掛けている“ゲコっち”と“ゲコゲコ”も今度はその圧力に耐え切られる。 “ゲルマ”への負担は相も変わらず凄まじいが、“ゲルマ”自身は気丈に己に宛がわれた役割を遂行する。 ドン!!!!! 発動した“ゲコイラルラッシュ”で空中に跳び出した荷台と“ヒーロー”達は、念動力によってその場から離脱して行く。 悪党である『ブラックウィザード』の電気系“手駒達”が、慌てて“ゲルマ”達を撃ち落そうとするが・・・ ヒュン!!! 様子を『光学装飾』で観察していた“カワズ”が光学系“手駒達”の総力―先程の衝撃で『光学装飾』への干渉が弱まっていた―を振り切って、 暗視ゴーグル越しに電気系“手駒達”の瞳に映る姿を“ヒーロー”達では無く主である東雲と伊利乃に切り替え、攻撃を躊躇わせる。 “ゲルマ”達の突貫で電磁波レーダー展開を中断してしまった、これも電気系“手駒達”の限界。 この数十秒後、“カワズ”と“ゴリアテ”は『六枚羽』との戦闘を中断し、戦闘空域から離脱する。 それは、“ヒーロー戦隊”『ゲコ太マンと愉快なカエル達』の『置き去り』奪還作戦が成功したこと―『ブラックウィザード』の『置き去り』回収作戦が失敗したこと―を意味していた。 「・・・『六枚羽』を離脱させろ。早急に車両変更ポイントへ向かう。光学偽装展開!!周囲の監視も怠るな!!」 「真慈・・・!!」 「『太陽の園』から戦闘音が聞こえなくなっている。殿として残した“手駒達”は鎮圧されたと見て間違い無い。今から引き返せば袋叩きだ。ここがデッドラインだ・・・希杏」 「・・・・・・くそっ!!」 荷台を積んでいた場所に佇む『ブラックウィザード』のメンバー。リーダーである東雲は作戦の失敗を認め、伊利乃は歯噛みする。 ここから再び『置き去り』を回収するにはリスクが大き過ぎる。『太陽の園』に残っている者達と合流した“詐欺師”達が罠を敷いている可能性が大である。 増援部隊を呼んでいない保証は無い。『六枚羽』という大きな戦力を持っているとは言え、血気に逸って突っ込むのは避けなければならなかった。 「『六枚羽』の損傷具合は!?」 「損傷は軽微です!界刺得世と思われる着ぐるみが放った合成樹脂で形成された鉤爪の一部が機体上部に食い込んでいると『六枚羽』の分析にはありますが、 食い込んだ場所の都合上飛行そのものには全く影響はありません!!」 「・・・・・・その食い込んでいる合成樹脂から電波や赤外線のようなモノは発信されているか?もしくは、『六枚羽』自体に念動力が掛かっていないか?」 「・・・・・・いえ!!『六枚羽』及び私達の能力による調査では、あの合成樹脂から電磁波及び赤外線は放出されていません!! 念動力については、『六枚羽』をこちらに近付けなければ調査はできませんが・・・」 「そうか・・・わかった。離脱前に『六枚羽』をこちらへ接近させてすぐに確認しろ!!」 「はっ!!」 「・・・界刺が私達の本拠地を掴むために工作している可能性を疑っているのね?」 「あぁ。奴が、その辺りのことを考えていないわけが無いからな。だが、先程までの戦闘を見る限り、奴も今回の事態を完全に予測していたわけでは無い。 だから、場当たり的と言っていい程の綱渡りの最中に何かを仕掛けることが精一杯だろう。その精一杯を今ここで全て晒け出させ、排除する!!」 東雲と伊利乃は、自分達の本拠地を悟られる危険性の確認・排除に取り掛かる。 程無くして、『六枚羽』に念動力が掛かっていないことを確認できた。念のために、食い込んでいる鉤爪の一部も念動力で排除した。 「・・・・・・いいだろう。今度こそ『六枚羽』を離脱させろ!!」 「はっ!!」 「・・・一度見たものなら何時何処においても視認することができると言った余程特殊な能力者でも無い限り、『六枚羽』を含めたこちらの動きを追跡することはできない。 そんな可能性まで考慮していたら、作戦の立てようが無い。希杏。俺の考えは間違っているか?」 「いえ。真慈の考えは間違っていないわ。自信を持って。・・・今回の失敗で今後『置き去り』の回収は困難になるわね」 「成功・失敗関係無く、今後の『置き去り』回収は難しくなっていた。網枷も言っていただろう?『もしバレているのならどっちみち一緒だ』と。 成功するに越したことは無いが、失敗した所で結果は同じだ。『置き去り』の回収は今後困難になるという結果はな。希杏。俺の考えは間違っているか?」 「・・・いえ。真慈の考えは間違っていないわ。・・・ありがとう、真慈」 ついさっきのやり取りをわざと反復することで気持ちを切り替える伊利乃・・・そして東雲。リスクがあるのは元より承知の上。その上で示したかった。己が『力』を。 「奴はこれで『力』を示した・・・か」 周囲の監視を徹底しながらトラックが猛スピードで疾走する中、“弧皇”は独り思考に耽る。 碧髪の男が示した『力』を、世界という名の巨大な『力』の片鱗を今一度整理するために。 「皆~、お疲れ様~」 「・・・・・・軽いな」 「・・・・・・軽いですね」 「・・・・・・軽いよね」 「・・・・・・軽過ぎませんか?」 「・・・・・・軽いなぁ」 「・・・・・・何だ、そのリアクションは?こちとら、仮屋様と一緒に『六枚羽』を相手取ってたっつーのに」 「お腹空いた・・・(バリバリ)」 『太陽の園』に“二度目”の帰還を果たした“カワズ”は、不動・水楯・形製・月ノ宮・春咲の妙なリアクションを受けて不平を零す。ちなみに、仮屋は早速お菓子の袋を開けた。 「だって、ここに帰って来てそうそう真珠院を連れ立ってもう一回飛んで行くし。『六枚羽』が再び来る可能性も0じゃ無いのにさ。 真珠院の『念動使い』じゃあ、『六枚羽』の機動性に対抗できないのはわかってるよね?こっちがどれだけ心配したと思ってるのさ、バカ界刺?」 「あぁ~・・・そりゃ悪かったな。まぁ、こっちもその可能性を考慮して慎重に動いてたんだけどな」 形製の的確な指摘に“カワズ”も素直に謝罪(+言い訳)をする。話題に挙がった真珠院は、先んじて他の者達と合流して貰っている。 「全く・・・お前という奴は。・・・とりあえず、状況をもう一度整理するからお前も来い!!増援・・・と呼べるかは知らないが“追加”もお前を待っている!!」 「へいへい。・・・とその前に。林檎ちゃん?桜とは、ちゃんと向き合えたのかい?」 ・・・・・・ 「・・・・・・」 “カワズ”が念話通信と傍に居る仲間に向けて言葉を掛ける。春咲林檎・・・そして春咲桜・・・救済委員事件を契機に顔を合わせなくなった姉妹に。 『林檎ちゃんが得世さんと一緒に!!?ど、どうしてそれを早く教えてくれないんですか!!?』 『林檎ちゃんが“今”は君に会いたく無いってさ。“今”のまんまじゃ、桜に合わせる顔が無いっていう理由で』 春咲が“カワズ”と林檎が共に行動していることを知ったのは、“カワズ”と合流して『太陽の園』に向かっている最中であった。 ずっと妹の帰りを待ち、妹の健康等を心配していた桜にとっては“カワズ”に対して正直な所腹立たしい気持ちを抱いた。 しかし、林檎の真意を聞いてからは何も言えなくなった。妹が自分に対して申し訳無く思っていること、甘ったれた己を変えるために“カワズ”を頼ったこと、 “ヒーロー戦隊”の活動を通じて、本人の努力もあって少しずつ変わり始めていることを知った。 姉にもう一度正面から向かい会うために頑張っている妹の行動を・・・当の姉が否定できるわけが無かった。 仕方無いのはわかってるけど・・・ちょっと早いよ、お兄さん 「・・・今の俺の心情としては、さっさと懸案事項を解決したい気持ちで一杯なんだよねぇ。 今夜中にできる限りのケリを着けるつもりだし。せめて、解決に繋がる道筋だけはキッチリ敷いておかないと」 「・・・得世さん。林檎ちゃんとは、“手駒達”を鎮圧した後に面と向かい合って話しました」 「そう」 「林檎ちゃんはまだ会いたく無かったみたいですけど・・・私が無理矢理に。会いたい気持ちを抑えられなくて・・・」 ・・・桜って、やっぱお兄さんの言う通りだよ。やることが過激というか・・・ 「か、過激なんかじゃ無い!!」 妹の指摘に対して、姉は必死に否定する。自分は決して過激なんかじゃ無い。以前も“カワズ”に何回か言われたが、本人的には絶対に否定したい事柄だ。 ・・・クス。ねぇ、お兄さん。桜には・・・一応謝ったよ。こうなった以上、先延ばししても余り意味無いし 「・・・一応なんかじゃ無いだろ?ちゃんと・・・心から謝ったんだろ?」 ・・・わかんない。でも・・・精一杯謝った・・・とは思う 姉の過激な行動(姉は否定)で面と向かい合う事態になり、林檎も腹を括った。自分が変われたかどうかはわからない。自信など無い。 本当に“今”の自分が会っていいのか?きちんと、心の底から謝罪の念が込められた言葉を述べることができるのか?重ねて言う。自信など無い。 『桜・・・・・・ご、ごご・・・・・・ごめんなさい!!!』 『林檎ちゃん・・・!!!』 その上で、春咲林檎は春咲桜と相対した。謝った。頭を下げた。“今”の自分にできる最大限の謝罪を行った。 この直後に“カワズ”達が“一度目”の帰還をしたために、林檎の謝罪に対する春咲の返事はまだの状態であった。だから、春咲は今この時に返事をする。 「林檎ちゃんは、心の底から謝ってくれました。それは、謝られた私が一番良くわかっています」 桜・・・ 「林檎ちゃんの気持ちは、私なりに理解したつもりだよ?・・・私も林檎ちゃんもまだまだ成長中ってことだよ」 成長中? 「そう。得世さんとも話したんだけど、林檎ちゃんの・・・その・・・甘い性格は完全には直っていない・・・と思う。私も変わるのにかなりの紆余曲折を経たから」 ・・・ 「でも・・・林檎ちゃんの『変わろうとする意志』はすっごく伝わって来たよ?それが林檎ちゃんの納得し得るレベル・・・つまり最善の結果に結び付いているかどうかは怪しい。 きっと、まだ満足できるレベルには達していない・・・とは思う。それは、林檎ちゃんが一番良くわかってると思う」 ・・・うん 「だからさ・・・一緒に頑張らない?」 !!! 妹の努力、すなわち過程を認めた姉は共に歩むことを提案する。最善の結果に辿り着くために。姉妹一緒に『目的』を果たすために。 「林檎ちゃんは、自分を変えるためにボランティアをしているんでしょ?私もそう。『シンボル』に居るのも、元はボランティアとして参加していることだし。 もちろん、『シンボル』の人達は大事な仲間。これは、林檎ちゃんに『シンボル』へ入ることを薦めているんじゃ無い。ボランティアには色んな種類がある。 施設へボランティアとしてお手伝いに行くことも1つの方法。他にも色々ある筈。私は、停職期間中に色んな経験を積みたいの。風紀委員の時に積めなかった色んなモノを」 で、でも・・・ 「・・・林檎ちゃんがやったことを許したわけじゃ無いよ?私は・・・“まだ”林檎ちゃんを完全には許していない・・・と思う。『許したい』って気持ちは確かにある。 でもね・・・心の何処かには『まだ許せない』って気持ちも・・・ほんのちょっぴりはあると思うんだ」 ・・・・・・だろうね 如何に春咲桜が心優しき少女だとしても、如何に春咲林檎が己の妹だとしても、受けた苦痛は完全には消え去らない。少なくとも、この短期間の内には。 人間とは、そう簡単に全てを割り切ることは中々できない生き物である。だから悩み、苦しみ、乗り越え、成長できる可能性を秘めた生き物でもある。 「だからこそ!!私は、林檎ちゃんを許せるくらいでっかい女になりたいの!!それくらいじゃ無いと、得世さんを振り向かせることはできないと思うし!!」 ブッ!!・・・お兄さんから聞いたけど・・・・・・あたしが言うのも何だけど・・・・・・大変だね 「大変なのはわかってる!!大変だから、やりがいがあるってモンだよ!!」 ・・・・・・変わったね、桜は。本当に・・・変わった。・・・・・・羨ましいな 「だったら、一緒に行こ!!あー、もう!!つべこべ言うな!!言い訳も何も無い!!私は林檎ちゃんのお姉ちゃんだよ!!お姉ちゃんがどれだけ林檎ちゃんを心配したと思ってるの!? 私は林檎ちゃんと一緒に歩きたいの!!何時か・・・躯園お姉ちゃんとも一緒に・・・三姉妹揃って歩きたいの!!だから・・・だから・・・私に付いて来なさい!!!」 ッッ!!!・・・・・・強情だね。本当に・・・強情だよ。今頃妹を引っ張るお姉ちゃん顔するなんて・・・・・・卑怯だよ・・・・・・・・・桜姉ちゃん・・・!!! これも数ある過程の一幕でしか無い。だが、姉妹にとってはかけがえの無い一幕。故に、姉妹は深く、より深く結び付く。最善の結果に至るための努力を共に築くことを互いに誓いながら。 「悪ィ、悪ィ。ちょっと遅れた。・・・何つーか、この顔触れは懐かしいモンを感じるな。 何時かのスキルアウトを潰しに行った直前に顔を突き合わせた連中だったっけか。なぁ、荒我?」 「・・・・・・あぁ。てか、テメェだけ何で何時までも着ぐるみを着てんだ?」 「・・・俺だっていい加減脱ぎたいんだよ。くそっ・・・何時になったら脱げるんだ、これ?」 『太陽の園』の中心部、周囲は“手駒達”との戦闘の痕跡がくっきり残っているこの中庭に集まっているのは“ヒーロー戦隊”と『シンボル』の面々。 そして・・・数十分前に大型車に乗って来た面々・・・荒我・梯・武佐の“不良”3人組と花多狩・灰土の穏健派救済委員である。 但し、免力と盛富士はこの場から離れている。彼等には、負傷した『太陽の園』の住人の下に居て貰っているのだ。 トラックに閉じ込めらていた『置き去り』も寒村達の突撃で大小の傷を負っていたが、勇路の『治癒能力』で大方回復していた。 すぐさま救急車を呼ばないのも彼の力が大きい。無論、それ以外の理由―荒我達を含めた今後の方針を決めるための会議―もある。 「灰土先生・・・先程はドタバタしていた関係で有耶無耶になってしまっていたが、管轄外の貴殿が何故ここへ?しかも、成瀬台(ウチ)の生徒を連れて」 「・・・そこのリーゼントたっての頼みだ。焔火緋花・・・つったか。そいつが『ブラックウィザード』に拉致された可能性がすこぶる高い。 だから助けに行きたい。何せ、その焔火に告白されたそうだからな。漢だったら・・・助けに行かねぇわけにもいかねぇだろうよ。こっちも夏季休暇を放って来たんだぜ?」 「ちなみに、その情報は彼の舎弟の能力で風紀委員から読み取った情報らしいわ。私は灰土さんの知り合いで、流されるままここに来たの。 まぁ、乗りかかった船だからできる範囲内でお付き合いするけど。同じ女として、『ブラックウィザード』って言うスキルアウトがしでかしたことは許せないわ」 「花多狩さんは、一度言い出したら止まらない女の子でね。この前なんか、オジサン鉄拳制裁を喰らったくらいだし。まぁ、俺が責任もって守るから。 但し、俺はリーゼント達の救出行動を『許可』したわけじゃ無ぇ。有力な情報を持ってる可能性があったから連れて来ただけって解釈だ」 「何と・・・!!しかし・・・むぅ・・・・・・!!!」 灰土と花多狩の説明に寒村は渋い表情を作る。一応の事情はわかった。漢として、荒我達の気持ちも十二分に理解できる。 しかし、今回は重徳事変よりはるかに危険度の高い『ブラックウィザード』が相手である。できうることなら、一般人の参戦は認めたくは無い。 唯でさえ、今しがたの戦闘は“ヒーロー戦隊”に協力を仰いだのである。命の危険を伴う戦場に、これ以上の参戦は・・・ 「寒村先輩。実はね、荒我から俺の携帯に連絡があってね。彼がどうしてもヒバンナを助け出したいって言うから、ここへ来るように伝えたんだ」 「界刺・・・!!」 「無闇に突っ込まれるよりかはマシだろ?何せ、荒我は昔『ブラックウィザード』と遭遇してるそうだし」 「何と!!それは真か、荒我!?」 「・・・あぁ」 「こいつなら、俺達の知らないルートから『ブラックウィザード』に辿り着く可能性はあったかもしれない。でも、その可能性が俺達の行動の邪魔になる可能性も0じゃ無い。 だったら、俺達の目の届く所に置いた方が面倒臭くなくていい。命の危険については、覚悟の上だろうさ。なぁ、荒我?」 「あぁ・・・!!!緋花は俺が絶対に助け出してみせる!!!この拳でな!!!」 「荒我君!!オイラ達もお供するでやんす!!」 「ここで役に立てなかったら、荒我兄貴の舎弟をやってる意味が無いぜ!!」 “カワズ”の確認に“不良”3人組は呼応する。絶対に焔火を助け出してみせる。命を懸けて。 「だそうだぜ?つまりは見事ヒバンナを救い出してみせるのも、下手打って命を落とすのも、こいつ等の自業自得ってヤツさ。 寒村先輩達は上手く誤魔化せばいいさ。『許可は出していない。だが、勝手に付いて来て勝手に突っ走って行った』ってな具合に」 「界刺先輩・・・ちょっと冷た過ぎじゃないっすか?」 「何でさ?自分の行動くらい、自分で責任持てよ。現に、寒村先輩は今だって『許可』を出していないんだ。嘘は言ってない。押花。君達の行動は正当化される。 止めたって聞かないことに対しては、君達に非は無い。止められなかったことに対する非難はあるだろうけど、『許可した』よりはよっぽどマシだ」 「・・・!!」 「勇路先輩・・・どう思います?」 「速見君・・・。そうだね・・・界刺君の指摘は“冷たい”けど正しくもある。余り好ましいとは思わないけど」 風紀委員達は、各々の解釈で“詐欺師”の指摘を吟味する。おそらく荒我達は止まらない。力尽くで気絶でもさせない限りは。 そして、“カワズ”がここへ呼び寄せたということは彼が荒我達を『ブラックウィザード』と対決する戦場に誘うつもりなのは明白であった。 「そもそも俺達ボランティアに協力を仰いでいる時点でどうよ?って話しだ。数人増えた所で大して変わんねぇよ」 「むぅ・・・」 「そんなことより・・・風紀委員会の方はどうなってんの?準備はできたの?」 「閨秀先輩が皆を成瀬台まで輸送したっす。橙山先生率いる警備員は夜間活動中っすから何時でも動けるっす」 「そうか・・・」 「界刺君。そろそろ教えてくれないかい?『ブラックウィザード』を追跡する方法とやらをさ」 勇路の発した問いは、ここに居る面々(共に作業に当たった仮屋以外)に共通する疑問であった。 『太陽の園』に来る『ブラックウィザード』に対して、“カワズ”は本拠地を掴むための仕掛けを行うことを公言していた。その方法も“カワズ”が用意すると。 その具体的な方法は、一部を除いて未だ明かされていない。これから命を懸ける戦場に赴くのである。その方法を知らない状態は、色んな意味でよろしく無い。 「・・・・・・」 「得世。話せ。お前の秘密主義は今に始まったことでは無いが、今回は皆に伝える必要性が存在するぞ?命が懸かっているんだからな」 「・・・・・・口外禁止。詮索無用。今から話すことは、俺が話さない限りはこの場に居る人間だけしか知らない。他の風紀委員や警備員、一般人に話したら潰すぜ?いいな?」 「「「「「(コクッ)」」」」」 不動の促しもあり、“変人”はその方法を明かす。口外禁止という約束を取り付けて。 「最初に言っておくけど、『六枚羽』を撃墜しようと思えば何時でもできたんだよ」 「なっ!?」 「嘘を言ったつもりは無ぇぜ、寒村先輩?そして、これが何を意味するのか・・・アンタ達はわかってる筈だ」 「「「「・・・!!!」」」」 寒村達風紀委員の脳裏に過ぎるのは・・・『マリンウォール』の外で“手駒達”が脚を焼き貫かれた状態で発見された件・・・そしてあの殺人鬼と碧髪の男が戦闘を行う際の諸注意。 「じゃあ、何でさっさと『六枚羽』を撃墜しなかったか?それは、もちろん『ブラックウィザード』の本拠地を割り出すためだ」 「我輩達に『六枚羽』格納トラックを先に襲撃させたのは、『六枚羽』が監視カメラ等に映らない格納された状態で離脱させないため・・・であったな。だが・・・」 「あぁ。一昨日成瀬台を襲撃した際に『六枚羽』は衛星カメラとかにも映って無かったんだよな。おそらくだけど、『ブラックウィザード』が使ってる『六枚羽』はステルス仕様なんだろさ。 今のステルス機は相当レベルが上がってるって聞くし、夜間の衛星監視は主が光学監視からレーダー監視に切り替わるからな。 上空且つマッハに達する速度を使われたら機械を使った捕捉は難しい。圧力が掛かってるらしいし余計にな。 だから・・・確実にアジトを割り出すために・・・『六枚羽』に発信機を付けたんだ。発信機の名前は・・・『情報送受信用薬品 データフェロモン 』」 「『情報送受信用薬品』?何だ、それは?」 聞き慣れない名称に不動が疑問付を浮かべる。それは、他の面々も同様・・・ 「『情報送受信用薬品』!!?」 「桜姉ちゃん・・・?」 では無かった。1人だけその名称に反応したのは、ネットの深い所まで徘徊する趣味を持つ春咲桜。 「あれってもう実用化していたんですか!!?というか、そんなモノを一体何処で・・・!!?」 「実用化されたのは極最近だよ。学園都市の最新鋭兵器群にも、極最近になって秘かに導入され始めている。それと、桜。詮索無用て言ったろ?右から左は感心しないな」 「あっ・・・す、すみません」 「得世!春咲!私達にもわかるように説明しろ!!」 「す、すみません!!え、え~と・・・『情報送受信用薬品』というのは、情報の送受信に“匂い”を用いた発信機の総称です」 「“匂い”・・・?」 「え~と・・・」 春咲の説明は以下の通り。 『情報送受信用薬品』とは、電波や磁力を操作する能力者が数多く存在する学園都市で開発・研究が進められていた従来の送受信機能とは違う方式を備えた発信機である。 発信機に用いられる送受信方式は主に電波である。無論、その電波に勘付かれ発信機の所在が割れるリスクは存在する。電気系能力者なら尚更に。 故に、送受信方式を電波では無く“匂い”・・・すなわち“フェロモン”によって行えば従来の方式に慣れた人間を騙すことができるという仕組みである。 組織構造上寒さには強く高温には弱いという性質を持つが、この情報は“表”には出ておらず研究中という名目で隠され、未だ実用化には至っていない・・・筈だった。 「学園都市の上層部は、欠点より利点を採ったってことだね。さっきも言ったけど、極最近になって秘かに実用化が始まった。 もう少ししたら、警備員達が使う駆動鎧への導入やそれこそ俺達一般人でも手に入れられるショップなんかにも出回り始めるんじゃないかな?」 「・・・その『情報送受信用薬品』を『六枚羽』に?だが、『六枚羽』とて学園都市が誇る最新鋭兵器だぞ?」 「わかってる。だから、『六枚羽』との戦闘中に“フェロモン”の存在・・・『情報送受信用薬品』が装備されているかいないかを確認していたんだ。 そしたらさ、装備されていなかったんだ。つまりは、お古だったってこと。『情報送受信用薬品』は新規モノから優先的に導入されているからね。 後は、『六枚羽』をかっぱらうためにコソコソしただろうから正規モノに装備される部品が手に入らなかったんじゃない?んふっ!」 桜姉ちゃん。何か、今サラっととんでも無いことを言ったような気が・・・ ・・・とんでも無いよ。仮屋さんの力を借りたとは言え、『六枚羽』と戦闘中、しかも撃墜しないように手加減して戦いながら、その上サニー達の援護までやってのけてるし。 何より、『ブラックウィザード』の『六枚羽』に『情報送受信用薬品』が装備されていないってことを半ば確信してたってことだし 口に出して説明はしないが、“カワズ”が行ったのは以下の通り。 『情報送受信用薬品』は、もちろん清廉止水から“追加武装”として譲渡されたモノ。『六枚羽』の詳細情報や『情報送受信用薬品』の関連事情も彼から得たモノである。 この目にも映らぬ発信機を、 ダークナイト 内の合成樹脂内に混入させていた。『閃光剣』・『閃熱銃』使用時に用いる冷却ジェルに包んだ状態で。 そして『六枚羽』の戦闘時に、『樹脂爪』で発信機が混入した鉤爪を射出、飛行に支障の無い機体部分に鉤爪を食い込ませる。 『光学装飾』による相対速度把握と『樹脂爪』の性質把握の併用で実現させた鉤爪の食い込み。その際、実は鉤爪を形成する合成樹脂の一部は完全に硬質化していなかった。 つまりは、流動性を少し保つ一部分を保持しながら硬質化した爪を用いて『六枚羽』の機体に食い込み―極僅かな『穴』―を作り出し、 流動性を持つ部分から機体内部に冷却ジェルで包んだ『情報送受信薬品』を混入させた1滴の合成樹脂に、 鉤爪と繋がっているワイヤーに ダークナイト の演算機能により計算し尽された専用の振動を与えること―『六枚羽』の挙動も利用した上で―で発生した衝撃を与え、噴出させたのである。 機体内部の熱も、合成樹脂と冷却ジェルに包まれた状態+高速離脱の必要性を鑑みて、『情報送受信用薬品』は耐え得ると予測している。 また、食い込ませた鉤爪を排除される危険性も考慮して機体外部に食い込んでいる鉤爪自体を一種のデコイとし、本命の1滴を機体内部に接着させたのだ。 「珊瑚ちゃんを連れ立ってもう一度飛翔したのも、『情報送受信用薬品』がちゃんと機能しているかどうかの確認だったのさ。幸い、しっかり機能してるみたいだね」 「・・・もし、東雲本隊に『情報送受信用薬品』を仕掛けた場合、車両変更や連中を覆っている念動力による妨害の可能性も存在した・・・だね、アホ界刺?」 「精神系能力でこっちの手札がバレる可能性もあったしな。だったら、危険を冒してでも機械に発信機を取り付けた方がいい。『六枚羽』は連中にとっても貴重な戦力だ。 みすみす潰されたり鹵獲されたく無いだろうさ。今頃は、『ブラックウィザード』の本拠地に向かって超特急で帰還しているだろうよ。あー、疲れた疲れた。仮屋様もお疲れ♪」 「バリボリベリ(界刺クンもお疲れ~)」 「・・・つくづく底が知れねぇ野郎だな、テメェはよ」 事の真相を知らされ、荒我は改めて自分が頼った“変人”の凄まじさを実感する。 救済委員事件の際、穏健派に『シンボル』が加勢したことで過激派に勝利した。そのグループのリーダーが、唯の道化である筈が無い。目の前の男の部屋でも痛感したこと。 「安心しなって。きっと、君達はもうすぐ目にすることになると思うよ?俺の底をさ。・・・いや、“見る”ことはできないか・・・」 「・・・どういう意味だよ?」 「だってさ・・・きっと来るよ?あの殺人鬼がさ」 「「「「「!!!!!」」」」」 殺人鬼。この事件における最大の不確定要素。誰にとっても。そんな人間が・・・来る。まず間違い無く。確信に近い予感を伴って。 「寒村先輩。確か、一昨日178支部の人間達をあの殺し屋は“偶然にも”助けたんだよね? そこには、『ブラックウィザード』やヒバンナが居た。・・・風紀委員を助けたことは偶然だったとしても、その場所を突き止めたのは偶然なんかじゃ無いよね?」 「・・・うむ。そう考えるのが当然であろう」 「これも予想でしか無いけど、あの殺し屋は風紀委員会や『ブラックウィザード』が動いたことを知る術があるんだろうね。 具体的には、両者がぶつかった時かな?違う可能性もあるか。それが、能力によるものなのか他の手段を用いたものなのかはわからないけど。 念動力で作られた糸で感知しているとしても、それだったらリンリンや美魁の念動力で調査できないわけが無い。 可能性としては後者の方が高いかな?断言はできないけど。例えば、『情報送受信用薬品』みたいな発信機を取り付けられていたら位置を把握することは難しく無い」 「・・・その可能性で言うと、今は真面と殻衣に発信機のようなモノが取り付けられている可能性がある・・・と?」 「どうなんだろうね。『情報送受信用薬品』の場合は“匂い”っていうマーカーを辿らないといけないし。ようは、マーカーを感知できる範囲内に居ないと駄目だ。 一昨日の一件で、風紀委員会に参加している風紀委員の周囲を警備員が警備してるよね?わざわざ自分から近付かないといけない方法を採るとは思えないんだよねぇ・・・。 てか、そんなことを言い出したら数日前に邂逅した加賀美達だって“仕掛け”を施されている可能性はある。それこそ、寒村先輩達単独行動組以外は全員に・・・ね。 でも、今回の作戦に風紀委員の中で最大戦力を有する176支部が不参加ってのは有り得ない。他の連中も同じ意味で。 そもそも、普通に発信機以外の方法とかも持っているのかもしれないよ?あの殺し屋に協力者が居ないなんて断言できるわけも無しだしさ。まぁ、どれも可能性でしかないけど」 「「「「「う~む・・・」」」」」 明確な答えは出ない。しかし、予想なら出せる。あの殺人鬼は風紀委員会と『ブラックウィザード』が衝突する戦場に襲来する可能性が高いという予想を。 「まっ、そこら辺は究極的に言えばどうでもいいけどね。今日中に懸念事項をなるたけ片付けたい身としては、『俺の前に現れてくれる』殺人鬼の襲来は願ったり叶ったりの状況さ」 「界刺さん。アンタ・・・」 「何変な顔してんのさ、風路?そもそも、あの殺し屋の目的は『ブラックウィザード』の殲滅さ。あいつが来れば、『ブラックウィザード』にとって大きな脅威となる。 俺が相手するしない関係無く、風紀委員会が動けばあの野郎は戦場に姿を見せるさ。もしかしたら、その前に野郎が本拠地へ襲撃を掛ける可能性もあるな。 風紀委員会としても、ある意味では都合がいいでしょ?味方や拉致された連中の生死・・・後は正義感とかを別にすればさ?」 「「「「・・・・・・」」」」 「野郎は標的外の俺を躊躇無く殺そうとするだろう。俺も対抗するために『本気』を出す。その過程で『ブラックウィザード』のクソ野郎共を蹴散らす可能性も低く無い。 その間にとっとと拉致された学生も助け出して、東雲をとっ捕まえてくれりゃあいい。・・・あっ、そうだ。 鏡子を救出するまでに殺人鬼が現れなかったら、その後は知らないから。俺達の『目的』は鏡子の救出だからね。『目的』を果たしたら即退散するよ? その後に殺人鬼が現れても、そっちで何とかしてね。懸念事項の解消は、また別の機会にするから。まぁ、その可能性の方が望み薄だろうけど。ここ数日はホント多忙だねぇ、俺」 この時点で、ここに居る誰もが一昨日拉致されたと推測される学生達が既に“手駒達”に仕立て上げられていることを知らない。 あくまで可能性の1つとしては捉えてはいるが、たかだか2日程度でできるわけが無いと踏んでいる。 『太陽の園』の『置き去り』の事例を見る限り、連中は拉致の際に薬では無く精神系“手駒達”の力を用いている可能性が高いと見受けられたことも、この予測に拍車を掛けた。 この予測は正解でもあり・・・間違いでもある。少なくとも、一昨日の件は暗示薬を用いたモノであり、精神系“手駒達”はバックアップでしか無かった。 「“カワ・・・・・・いえ、界刺様。1つ・・・確認させて頂けませんか?」 「ん?何だい、サニー?」 “カワズ”が主導を握って繰り広げられていた会話劇に口を挟んだのは、『シンボル』の一員である月ノ宮。 今の彼女は、自分が敬愛する人間の言葉に納得ができていなかった。以前から思っていたこと。丁度いい機会かもしれない。彼の在り方への言及を行うタイミングとしては。 「その・・・殺人鬼と呼ばれる犯罪者を・・・皆を傷付ける可能性のある人間の襲来を・・・どうして平然と受け入れられるのですか? 殺人鬼と呼ばれる人間が、界刺様と戦う前に風紀委員の方々と接触する可能性は・・・戦闘になる可能性は・・・低く無いですよね?」 「そうだね。俺だって、野郎が何時どのタイミングで何処から出現するのかなんてわかんないし。別に、俺が野郎を誘ったわけじゃ無いし。あっちが勝手に現れるかもだし。 んで、現れたら俺を殺そうとするだろうし。俺だって、好き好んで人を殺そうとしたくは無いよ。正当防衛の範囲を明らかに逸脱しない範囲で対処するんだ。 でも・・・きっと来るだろうねぇ。俺の勘だとさ。んふっ、どうせ避けられないんだったら、精々俺の目的のために野郎を利用させて貰うだけさ」 「利用?・・・・・・界刺様が変わり者なのは重々承知しています。ですが・・・私は未だにあなたのそういう所を理解することができません。 私が界刺様の立場なら、『願ったり叶ったり』なんて言葉は口が裂けても言えません。どういう精神を持てば、そんな非情なことを・・・」 一度口に出したら止まらなくなった。それだけ、少女が己の心中に疑問や不満を溜め込んでいた証拠だ。 その意味を『全て』把握した碧髪の男は、語り続けている少女に告げる。それは、2人が最初に出会ったあのグラウンドにて舞った言の葉。 「人間だからに決まってるじゃん、サニー?」 continue!!