約 1,094,614 件
https://w.atwiki.jp/83452/pages/17496.html
純「――とりあえず話は後! 早く荷物まとめて!」 憂「う、うん!」 三人で憂の部屋まで上がりこみ、ボストンバッグに憂の私物を詰め込んでいく。 何故憂がここにいるのか。いつからいたのか。いや、そもそも憂は……死んだはずじゃなかったのか。 じゃあ目の前に居るのは幽霊? 偽者? 幻? そういった疑問を抱かなかったわけじゃなかった。私もだけど、特に純は。 でも、見れば見るほど、触れれば触れるほど、話せば話すほどいつもの憂だった。ずっと一緒にいた私と純だからこそ、彼女が憂であることを否定できなかった。 少なくとも彼女は、憂を演じて私達に近づいてきた悪意ある存在なんかじゃない。彼女は誰よりも憂だ。 とはいえ、最初に抱いた疑問が解けたわけではない。 解けたわけではないんだけど、「電車の時間が迫っているからとりあえず後で考える」と言い切った純に従い、そのまま憂も連れて行くことになった。 ご両親とかも一緒に居ればこんな急で強引なことはしないんだけど、そんな様子もないし、ね…… ちなみに家の鍵は憂が持っていた。正確にはその身に持っていたのか家の外のどこかに隠してあったのかはわからないけど、とにかく憂が鍵を開けた。 憂「…よしっ。とりあえず出来た、かな?」 梓「大丈夫? 服も日用品も全部ある? 携帯電話の充電器とか忘れてない? マンガとかももっと持って行っていいよ?」 憂「大丈夫だよ。ありがと、梓ちゃん」 梓「ん……」 本当に、どこからどう見てもいつもの憂だ。 まるで……あの事故なんて無かったかのように、いつもの憂。 いや、本当に事故なんて無かったのかも……なんて、さすがにそれは甘えかな。 純「ほら! 出来たなら急ぐ!」 梓「そんなに時間ないの?」 純「いや、間に合うとは思うけどさ。早く腰を落ち着けたいワケ」 それはつまり、後顧の憂いを断ってからじっくりと『今の現象』について話し合いたい、ということだろう。 それについては同意見だけど…… 梓「憂、走れる? っていうか元気? 身体はなんともない?」 憂が今までどこにいたのか、それさえも私達は知らない。 そもそも死んだはずの人間が目の前にいる、なんていうワケのわからない状態なんだから今の憂について私達が知っていることなんて皆無だ。 どこからどう見ても私のよく知る憂、私の大好きな憂そのままだけど。それでもそのあたりのよくわからない事情には気を遣ってあげたかった。 でもいつも通りの憂は、いつも通りに答えたんだ。 憂「うん、大丈夫」 梓「…そっか。じゃあ行こっか」 憂「あ、待って梓ちゃん」 そう言いながら立ち上がった憂は、バッグとギターを私と同じように肩にかけ、空いたほうの手で私の手を握ってきた。 久しぶりの憂の手の感触に内心ドキドキしながらも、なるべく平静を装って尋ねる。 梓「……どうしたの?」 憂「えへへ……ダメ?」 梓「ダメじゃないけど……」 憂「じゃあ、一緒に行こうよ」 梓「……うん」 あの唯先輩の妹である憂のスキンシップ自体は珍しいことじゃない。女の子同士だし、そのあたりは私もわかってる。 たまに唯先輩に変装して抱きついてくるのは……憂のことを恋愛的な意味で好きで、唯先輩を人として好きな私としては非常にフクザツだったけど。 それでも憂のスキンシップ自体は疑問に思ったことも拒んだ事もない。それも憂らしさだって私はわかってる。 ただ、純に急かされているこんな状況で、意味もなく憂のほうから手を繋いでくるのは意外だった。 意外だったけど、嬉しかったから別に追求はしない。久しぶりに私に会えて嬉しいのかな、なんて思い上がっておけばそれでいいかな、なんてね。 純「ほら、早くっ!」 純に急かされ、道路に飛び出して手を繋いだまま走る。 走っている間、私も純も憂の存在については口にしようとしなかった。 正直、憂の存在に心がついていってない。私も純も、嬉しさと戸惑いが心の中で混ざり合ってる。 死んだはずの人間がそこにいる。それを気味が悪い、と避けたりなんてできるわけがないくらいには嬉しくて、でも再会に涙を流せないくらいには戸惑ってる。 だからかもしれない。だから私達は考えるのを後回しにして、電車のせいにして走っているのかもしれない。 憂の口から真実が聞ければ、いろいろとわかる事もあるんだろう。 そして、その時はすぐに来るのかもしれない。でも少なくともそれは一緒に走っている今じゃない。 ……今の私にわかることは、憂の手の温かさだけ。 【#3】 純「――何か食べる? それとも飲む? まだ時間あるし買ってくるよ?」 憂「………」 梓「……飲み物、麦茶でよければあるよ、水筒に」 純「んじゃいっか。お菓子くらいなら私が持ってるし」 梓「うん」 隣街までの切符を三枚買い、自由席の列車に乗り込む。 なるべく端のほうに、そして三人向き合って座れるように席を確保した。 私と純が向き合って座ると、おずおずと憂が私の隣に腰を下ろす。顔色があまり良くない。 梓「憂、大丈夫? やっぱり疲れた?」 憂「ううん…そうじゃないけど……」 そうじゃないという憂の言葉をそのまま信じるなら、顔色が悪いのはやっぱり緊張から来ているんだろう。 これから何を聞かれるのか憂はわかっていて、そしてきっとそれに対する答えもちゃんと持っているんだ。下手すれば私達に嫌われかねないほどの大きな答えを。言いづらい答えを。 ……もし仮に何も知らないなら、答えようがないんだから緊張なんてしないはずだし。 梓「…大丈夫だよ、憂。私達は、何があっても憂の味方だよ」 憂「……梓ちゃん……」 緊張をほぐしてあげたい、という以上にそれを伝えておきたかった。憂が何を言おうと、憂が憂であるなら私が嫌うなんてありえないということを。 でも、それはやっぱり自分本位の浅はかな考えだったらしい。 純「……梓。悪いけど、まずそれ以前の話なんだよ」 梓「………」 純「そんな目で見ないでよ。私ももちろん憂の味方だし、梓の味方だよ。だからこそ確かめなくちゃいけない」 わかってる。周知の事実、大前提から目を逸らすわけにはいかない。 私は隣の女の子の姿も声も動きも、全部が憂だと自信を持って言い切れる。でもそれだけじゃ否定できない現実もこの世界に既に存在してしまっている。 私はイヤというほどわかっていたはずの、残酷な現実が。 純が深呼吸し、真剣な瞳で私の隣の女の子を見つめて、静かに問う。 純「……『平沢 憂』は事故で死んだ。あなたは……誰なの?」 タイミングを同じくして、私達を乗せた列車も走り出した。 ――隣で俯いて電車に揺られる憂を見て、今更ながらにその服装がお気に入りの外出着であることに気づく。 結構いろんな私服を持ってる憂だけど、私達と遊ぶ時にはこの服を着ているのを一番多く見たからきっとお気に入りなんだろう、という私の決め付けに過ぎないけど、間違ってないと思う。 そしてこれも決め付けに過ぎないけど、きっとその服をあの日も着ていたんだと思う。そう、あの日も。 憂「……私は…ううん、『平沢 憂』は………あの日に、死んだ、よ」 純「………」 梓「………」 憂「ちゃんと…覚えてる。あの日の、あの瞬間まで、さいごまでちゃんと記憶にある……」 そう言って小さく身体を震わせる隣の子に、触れてあげることは出来なかった。 隣の子はどう見ても憂なのに、本人までもがそれを否定している。そんな中で私だけが彼女を憂だと扱い、慰めるのは許されない。そんな気がした。 憂「だから……私は、純ちゃんと梓ちゃんの知ってる『憂』じゃないの……」 純「……でも、憂にしか見えないよ、外も中も。それこそまるで憂のクローンみたいな…」 純がマンガ的発想で問いかける。 失礼な言い方かもしれないことは本人も自覚していたんだろう、後で「ゴメン」と告げるけど、憂はそれに首を振る。 憂「……ううん、たぶん本当にそんな感じなの」 純「……どういうこと?」 憂「ずっと、ずっと声だけが聞こえてた。真っ暗な中で、私を呼んでくれる声が聞こえてた。それが『誰』の声かわかった時……私は目を開けることが出来たの」 そして目を開けたらそこは桜が丘だった、と。身体も記憶も全てが『平沢 憂』として続いていた、と。 そのまま自然と足はすぐ近くの自分の家に向かい、そこで私達に出逢った、と。 憂はそう言った。私は口を挟めなかった。 純「……誰の、声だったの?」 純のその問いに、憂は答えず、行動で示した。 私の腕に抱きつく憂の身体は、やっぱりちゃんとあたたかい。 純「……未練タラタラな誰かさんのせいで成仏できなかった、みたいな話なのかねぇ?」 憂「…ちょっと違うよ。梓ちゃんが私を呼んでくれたから、求めてくれたから、私はここにいられるんだよ、きっと」 純「ふぅん……?」 憂「……梓ちゃんの声は、とても心地良かった。誰の声かわかってない時でも、心に優しく響いてきた。でもある時突然「会いたい」って聞こえた気がして……」 純「それが誰の声か考えたら梓に行き当たり、戻ってきた、と」 憂「……うん。覚えてる道だったから家に急いだけど……梓ちゃんに引き寄せられたのかもしれないね」 ……皮肉にも、自分の殻に閉じこもることを止め、憂のいない現実に向き合い、その上でもやっぱりどうしようもなく憂を求めている自分を自覚したのが今日。 それが憂を呼び戻す最後の引き金になったってことだろうか。 純「……ま、なんであれ、この世の理《ルール》を捻じ曲げたオカルトなのは間違いないけどね」 梓「……でも」 ようやく口を開いた私に、二人の視線が集中する。 梓「……オカルトだろうと何だろうと、憂とこうしてまた会えた。私はそれだけで充分だよ」 憂「梓ちゃんっ……」 ……そう、この笑顔にもう一度会えた。何も変わらないこの笑顔に。 私にとって、それ以外の真実なんて要らないよ、憂。 純「はぁ……いや、まぁ、私も二人の考えにまで口を出すつもりはないんだけどさ」 梓「……まだ何か問題でもあるの? 憂はちゃんと憂なんだよ? 気にしてたのはそこでしょ?」 純「……ま、そうだね。口を出すつもりも水を差すつもりもないよ。二人で仲良くやりなさいな」 憂「うんっ♪」 梓「ちょ、純、変な言い方……っていうか憂も「うん」って何!?」 純「やれやれ、お熱いことで」 梓「だーかーらー!!」 ……と言いつつも、笑顔で私の腕に抱きついて頬ずりしている憂を引き剥がすことは出来なかった。 【#4】 ◆ ――実の所、今現在この三人の内で最も冷静なのは鈴木純だ。 存在の謎を置き去りにして最愛の人に再会できた喜びだけに浸る中野梓は論外。 自身が偽りのモノであると言っておきながら深く考えようとしない平沢憂も同じく冷静とは言い難い。最も、彼女の場合は恐怖故に目を逸らしているとも言えるのだろうが。 そして鈴木純の場合だが、彼女は元々、失意の底にあった中野梓を見守ろうという意思を持って行動していた。今の状況においても、すなわち平沢憂の言い分を認めた上でも元来の意思は揺らいでいない。 更に言うなら、彼女の思考は平沢憂と中野梓の行く末を見守ろうという考えに移行しつつある。一歩引いた所から二人共に等しい距離で接しようとしている彼女が、この中では一番状況をよく見ている、というわけだ。 純「………」 そんな彼女は向かいに座る二人を眺めながら思考を巡らせていた。 考えることはただ一つ。今の平沢憂という存在が、世間一般で何と呼称される存在なのか、についてだ。 一度命を落とし、そして生き返った存在。それが俗に何と呼ばれているのか。 少なくともそれは『人間』ではない、と彼女は決定付けた。 勿論平沢憂を疑う意味ではないし、差別の目で見る意味でもない。だがそれでも、この世の理を捻じ曲げた彼女は人間とは言い難い。 平沢憂は人間ではない何かである。その前提の下に彼女をちゃんと理解しようという彼女なりの思いやりだ。 理解しないことには何かが起きた時にも助けることが出来ない。親友としてそんなことを許す彼女ではなかった。 純(……んー、蘇った存在……ゾンビ? アンデッド? 未練があって逝けないというなら地縛霊もだけど…) 娯楽としての創作物をある程度嗜んでいれば、知識として『似たようなもの』の名前くらいはいくらか出てくるものだ。 だが、今のところ平沢憂はその中のどれにも該当しない。 まず平沢憂はちゃんとした肉体を持っている。ゆえに霊ではない。 しかし、生前の肉体は火葬されている。鈴木純も中野梓もその目で見届けた。よって屍が蘇る類のゾンビ等にも含まれない。 そして勿論、自身が認めるように一度人間としての死を迎えているのだから不死でもない。 純(とすると……憂自身が言ったように、クローンみたいなものなのかな…?) 蘇りではなく、別の肉体を得た存在。中身は同一で器が別物の存在。 それはそれで彼女の理解の及ばない領域ではあるが、当然ながら先程の創作物のネタのような類よりは現実的だ。 もっとも、それでも人間のクローンは未だ禁忌とされているし、技術的にも可能かはわからない。 その上、そうなると今度は『何故平沢憂のクローンが存在するのか』という疑問までもが姿を現すこととなる。 確かに平沢憂はクローンとして欲しがる人も居るであろうほど優秀な人間ではあるのだが。 ……一応、しっくり来る言い方は一つだけ彼女の中にある。しかし…… 純(んー……ダメだ、情報が少なすぎる。やっぱりもっと話を聞かないと断定できない) 結局、彼女はそう結論を出した。 現状ではその判断は妥当であるし、間違ってもいない。 3
https://w.atwiki.jp/doppelworld/
このサイトはRPGツクールVX Ace製のフリーゲーム『ドッペルたちの世界』の攻略wikiです。 攻略情報などは有志の手によって製作・公開されています。 どなたでも編集が可能ですので空いている情報を見つけた場合は気軽に埋めて下さい。 公式サイト 公式掲示板 したらば掲示板 twitter @hikimoko_bot 作者 @tomoaky ※16/2/13に再度公開されております。 二つ名やスキルなど埋まっていない情報もあります。補完お願いします。 ※アップデート履歴は公式サイトの「はじめに」の「最新のreadme.txtはこちら」から確認出来ます。 wikiの編集協力お願いします アイテムの並び順はゲーム内のアイテム順に準拠して編集してください
https://w.atwiki.jp/magicman/pages/32891.html
邪眼銃士ドッペル・リローダー R 闇 (7) クリーチャー:ダークロード/ナイト 5000 ■このクリーチャーが出た時、またはこのクリーチャーが攻撃する時、自分の墓地にあるカードを1枚選んでもよい。そうしたら、自分の山札を見て、その中から選んだカードと同じ名前を持つカードを好きな数選び、自分の墓地に置く。その後、山札をシャッフルする。 作者:シザー・ガイ 名前にドッペルとありますが、これはドッペルゲンガーの方であってめっちゃソウル持っている奴じゃないんですよね。どうしてもナイトで作りたかったのですが名前が思いつかず... 能力は...見ての通りロマノフサインをイメージしたものであります。 フレーバーテキスト 評価 名前 コメント
https://w.atwiki.jp/nitendo/pages/4349.html
このページでは【伝説のスタフィー】のキャラクター、 ドッペル を解説する。 【スーパーマリオRPG】のキャラクターは【ドッペル(スーパーマリオRPG)】を参照。 プロフィール 作品別 元ネタ推測 関連キャラクター コメント プロフィール ドッペル 初登場 【伝説のスタフィー】 【オーグラ】が生み出した【スタフィー】と瓜二つの緑色の怪物。 作品別 【伝説のスタフィー】 かいていしんでんのボス。鋭い目つきでスタフィーよりもひとまわり大きい。小さいドッペルを飛ばして攻撃してくるがそれほど強くはない。 【伝説のスタフィー4】 キューピットむらに落ちてくる星の代わりに登場することがある。タッチすると大しんじゅを落とすが無茶苦茶速いため見つけたらすぐタッチしよう。ボスとしての再登場はない。 元ネタ推測 ドッペルゲンガー 関連キャラクター 【スタフィー】 【オーグラ】 コメント 名前 全てのコメントを見る?
https://w.atwiki.jp/83452/pages/17502.html
【#13】 ◆ ――翌日。カレンダーの上では土曜日にあたる今日、運良く私はアルバイトは休みだった。 純も授業自体は休みのようだけど、調べ物があるとかで一応大学まで足を運ぶとのこと。大学生は大変らしい。 ……まぁ、特に待ち合わせとかしているわけでもないようで、当人はいまだにイビキかいて寝ているんだけど。 憂「……梓ちゃん、朝ごはんどうする?」 梓「…純が起きてからでいいんじゃない?」 憂「そだね」 梓「………」 ……さて、どうしよう。今日これからの予定もだけど、純が寝ているこの時間に私は憂とイチャイチャしていていいのだろうか、というほうが当面の問題だ。 イチャイチャなんていうけど特別恋人らしいことをするのは純が起きて来た時気まずいし、そもそもそこまでの勇気がある私じゃなかったりするわけだけど。 憂「………」 梓「………」 でも、この中途半端な時間はどうしても互いに意識してしまって、こう、モジモジしてしまう。 っていうかこれはこれで気まずい。どうにかしよう。キスする? いや、いきなりそれは無理かな…… と、悶々としていると。 憂「……梓ちゃん、電話鳴ってない?」 梓「……鳴ってるね。なんか……ごめんね?」 憂「ううん、大丈夫。それより出ないと」 梓「うん―――っ!?」 着信を知らせる携帯電話。そのディスプレイに表示された名前を見て、一瞬息を飲み、動きが止まる。 相手は予想だにしていなかった人物。いや、私が予想しようとしなかっただけ? 可能性は充分にあったはずだ、この人なら。 だとしたら、やっぱり私が避けていた、という事になるのだろうか。実際、電話に出るのに勇気が要る。 かつて尊敬し、その背を追い。なのに失意の底に沈んだ私は、ずっとその人の言葉に耳を貸そうとしなかった。 ……その人の、その人達の電話を、無視し続けた。優しさを拒み続けた。 一度拒んでしまえば、後はなし崩し。もし仮に後から向き合おうとしたところで、『一度は拒んだ』という罪悪感があるために一歩を踏み出せない。人間とはそういうもの。 私だって例外じゃない。自分を取り戻した時に、あの人達の事が頭に浮かばなかったわけじゃない。 でも、いかんせん時間が経ちすぎていた。とっくの昔に電話は鳴らなくなっていたし、今更電話をかけてくれるとも思っていなかった。 私自身、とっくの昔に見捨てられていると思っていた。そうであってほしかった。お互いのためにもそれがいいと思っていた。 ……わかってた。それはただ、私が頭を下げるのを恐れているだけだって。 わかってた。優しいこの人達が、私を見捨てたりなんてするはずがないって。 ごめんなさい、先輩達。ごめんなさい―― 梓「みお、せんぱい……!」 ――意を決し、通話ボタンを押す。これは私の責だ、逃げることは許されない。 状況は掴めていないはずだけど憂も空気を読んで席を立ってくれた。向かい合うしかない。 梓「……もしもし…」 澪『……梓。良かった、出てくれて』 電話口から聞こえる、変わらない澪先輩の声。あの時は聞こうともしなかった、考えすらしなかった声。 身近にいてくれた純のことさえ視界に入らなかった私だから、遠く離れた先輩達のほうに気が回るわけがないとも言えるけど、それでも全ての原因は私の弱さ。罪悪感が無いわけがない。 梓「……ごめんなさい。迷惑かけました、よね」 澪『……いいよ、気持ちはわかる。私達だって…動けなかったんだから』 「動けなかった」、その言葉が意味するものは精神的なものなのか、行動的なものなのか。 それを問い詰める理由も意味も権利も、私にはない。 梓「……すみません。本当に」 澪『………』 沈黙のあと、電話の向こうから溜息がひとつ聞こえた。 私に呆れたような溜息ではなく、話を仕切りなおすかのような、私に聞かせる溜息。 澪『……そういえば、梓は今どこで何してるんだ?』 梓「……N女とはちょうど逆方向の隣町で、フリーターです」 澪『……そうか』 梓「…失望しました? それとも…やっぱり、怒っていますか?」 澪『いいや。ちゃんと生活しているならそれだけで嬉しいよ』 「二度と声が聴けないような事になっていたら怒ったし失望したけど」と付け加える澪先輩。 臆病な一面もある人だけど、いつも真面目で優しく面倒見がいい立派な先輩だ、本当に。 澪『……もう、大丈夫?』 梓「……はい。少なくとも、あの時のようにはなりません」 なるわけがない。憂がいるんだから。 でもそれを伝えるわけにはいかない。勿論この人達なら私を疑いはしないし憂も受け入れてくれるのだろうけど、それでも伝えるべきじゃない。余計な波風を立てるようなことは避けるべきだ。 ……というのはきっと建前。 恐らく私は、憂が羨望の目で見られることを恐れて、危惧しているんだ。 ……だって、先輩方も唯先輩を失っているのだから。 そんなところに憂が生き返った、なんて告げたら「どうして憂ちゃんだけが」となるのは目に見えている。 優しい先輩達はそれを口にはしないだろうけど、それでも憂のことを教えたところで物事が良い方向に転がるとは思えない。 憂のことを妬み、嫉むとまではいかなくても、憂と私のことを羨むだろうから。そして、唯先輩を求めてしまうだろうから。 もちろん私だって唯先輩には戻ってきて欲しいけど……でも、こんな奇跡が再び起こるとも思えないし。 変に期待を抱かせないという意味でも、きっと黙っておくべきだと思う。 澪『……ねぇ梓、話があるんだけど』 梓「…何ですか?」 澪『………』 思わず息を飲む、澪先輩の深刻な声色。そしてそこから続く少しばかりの沈黙。 でもその沈黙はさほど長くは続かず、澪先輩はハッキリと私に告げた。 澪『梓。来年、こっちに進学してこないか?』 ……ハッキリと、私を誘った。 勿論嬉しくないわけがない。それは先輩達からの私への『赦し』であるのだから。 迷惑を、心配をかけておいて連絡も返さなかった私を赦すということなのだから。 私の居場所がまだそこにあるということなのだから、嬉しくないわけがない。 梓「……澪先輩…それは……」 しかし、前述の理由から即答するというわけにはいかなかった。 私はもう憂から離れられないし、離れたくないし離れて欲しくない。でも憂のことを隠し続けたまま澪先輩達とバンド活動を続けるというのはかなり難しいだろう。 それに純にも悪い気がする。いろいろ世話を焼いてくれた純に、私は何一つ返せていない。そのまま澪先輩達の元へ行く気にはなれない。 もっとも、純なら話せば笑顔で送り出してくれるんだろうけど―― 「――誰?」 梓「わっ!?」 電話を耳に当てたまま悩む私に、いきなり反対側の耳元で問いかけたのは純だった。 悩んでいて気づかなかったのと、その悩みの一環の人物だったことがあって二重で驚く。 そして、驚いた後に今度はその真剣な顔色に気圧される。 純「……電話、相手は誰?」 梓「え? み、澪先輩だけど……」 純「代わって」 梓「え、えっ? なんで?」 純「話があるから」 梓「で、でも……」 真剣な顔色と声色に気圧されてるけど、何故だろう、代わってはいけない気がした。 ……いや、気圧されているから、か。こんな『らしくない』空気を放つ純に代わってはいけない。嫌な予感しかしない。 澪『……梓? 誰かいるのか?』 梓「あ、はい、純が一緒に。代わってくれって言ってますけど……」 純「………」 澪『鈴木さん、か…。それは…無理だろうな、許してもらえないだろうから』 梓「え?」 澪『…ごめん、今言った事は忘れてくれ。次は梓のほうから電話してほしいな。いつでもいいから』 梓「え? ちょ、澪先輩? 何が――」 澪『待ってるから。じゃあ、また』 急いだように、それでいて願いを込めるように言葉を紡ぎ、澪先輩は電話を切ってしまう。 どうして、そんな申し訳なさそうに言うんだろう。忘れてくれなんて言うんだろう。そして―― 純「……今更っ…!」 梓「……純?」 一体、何があったのだろう、二人に。 【#14】 純「――別に、そんな深いことがあったわけじゃないよ。あっちにもあっちの事情があったって理解はしてる」 朝食後、片づけを全て憂に任せて席を外してもらい、純の話を聞くことにした。 ちなみに憂に再度席を外してと頼んだのは純だ。どんな意図があるのかはわからないけど、きっと正しいのだろう。 梓「……私には、まるで予想がつかないよ。澪先輩のこと、尊敬してたじゃん」 純「そうだね、尊敬してた。いや……こうして梓に接触してくるあたり、私が尊敬してた澪先輩のままなんだろうと思うよ」 梓「しっかりしてて面倒見がいいからね、澪先輩は」 純「……そうだね。そのはずなんだけど」 梓「……だけど?」 純「……それでも、優先順位はあったんだよ、あの人にも。私はそれが許せなかった」 梓「………」 純「憧れてたからこそ、そんな人であって欲しくなかった。要は私の自分勝手な八つ当たりだよ」 怒った顔ではなく、辛そうな顔で純は告げる。 口だけではなく、頭でもちゃんとわかってるんだ、八つ当たりだと。 勝手に理想を押し付けて、それが違ったからといって失望する。私で言えば唯先輩の時のそれのようなもの。 純「わかってるんだ、唯先輩を失った澪先輩達も梓のように苦しんだことも。そんな中、梓に過剰に構う余裕なんてなかったのも理解してる」 梓「………」 純「でもあの時、電話『だけ』でしかコンタクトを取ろうとしないで、しかもそれが通じなかったのに次のアクションを起こそうとしない。そんな澪先輩が……ちょっとだけ自分勝手に見えたんだ」 そう、電話に出る気にもなれず、電池が切れても充電する気にもなれなかったあの頃の私は確かに音信不通だった。 純に拾われるあの時まで、私は死んでいないだけの抜け殻のようなものだった。 要は、後輩がそんな状態なのに電話以外の行動をしない先輩達に純は憤っているわけだ。 客観的に見れる今の私なら、それは無理強いだと言い切れる。いや、純本人も今は充分わかってるんだ。 前述の通り、唯先輩を失った先輩達にそんな精神的余裕はなかったって。私が音信不通になっていたことに、何らかの深い意味を見出して気後れしててもおかしくないって。 純「……梓のことを私に任せてくれたんだと思えば、そこまで悪い気もしないけど。でも、私なんかより澪先輩達のほうが、きっともっと上手く梓を助けてあげられたのに…!」 梓「……っ」 ……いや、違うかな。 純の感情は、きっと『憤り』なんて一言で表せるものじゃない。表していいものじゃないよね。 こんなにも純に大切に想われている私が、そんな一言だけで表していいはずがない。 梓「……わからないよ、それは」 純「………」 梓「……わからないよ。実際にやってみないとわからないことだよ、それは」 純「…そうかな。澪先輩達のほうが、絶対上手くやれると思うけど」 梓「そうかもしれない。けど、あくまで『かもしれない』の話だよ」 純「でも、絶対にそっちの可能性のほうが高いって」 梓「可能性なんてどうでもいいよ」 そう、どうでもいい。 私にとって大事なことは、もっと他にある。 梓「私は、今の状態に不満なんてないよ。自分の行動に後悔はしてるかもしれないけど、純にしてもらったことに不満なんてないよ」 いろんな人に迷惑をかけた。こうして純に悲しそうな顔をさせた。そのことに対する後悔は無いと言ったら嘘になる。 でもそのおかげで、迷惑を迷惑とも思わない親友の優しさに気づけた。感謝してもしきれない、底なしの優しさに触れることが出来たんだ。 梓「……私の事を思ってしてくれたことに、不満なんてあるわけない。誰が相手でもそれはきっと変わらないから、一番近くにいてくれた純でよかったって、私は思うよ」 純「……そーゆーもんですかね」 梓「そーゆーもんだよ、親友」 そう言って笑いかけると、素早くそっぽを向いてしまう。 頬が赤かったのは見なかったことにしてあげよう。 純「……実はさ、澪先輩にもね、私から一回電話したんだ。梓を助けてやってください、って言おうとして」 梓「……それで?」 純「いや、出なかったんだけどね。でも澪先輩のことだから用件は予想ついてたと思うし」 梓「……そりゃ、気まずくもなるね」 精神的に参っていたのか、忙しかったのか。事情はわからないけれど、澪先輩は結果的に純の電話を無視した。 むしろ責任感の強い澪先輩だからこそ無視したのかもしれない。自分達も唯先輩の死を引きずったまま、私のほうの問題を解決できるなんて思い上がる人じゃない、あの人は。 それでも結果的には私と純を無視したことになる。そして澪先輩もその一回の無視を引きずり、電話を返すことが出来なかったんだろう。 その時の澪先輩は、先輩ではなくただの人間だった。そういう意味で『許してもらえない』と思ったのだろう、澪先輩は。 純「でも、軽音部の要の唯先輩を失ってたんだから私のは無理強いだったよね、本当に」 そう言って純が自嘲気味に笑うから、もう大丈夫だと判断する。きっと次は冷静に澪先輩と接してくれるはず。 そう確信を持っていたから、ここいらで話を変えることにする。 梓「へぇ、唯先輩のことちゃんと評価してるんだね、やっぱり」 純「嬉しそうだね、梓」 梓「……っ、まぁ、いい先輩だったと思うし。本当に……」 見事に反撃を受けたけど、否定なんてしない。 憂のことが一番大事だった私だけど、だからといって唯先輩のことがどうでもよかった、なんてことは絶対にない。唯先輩ともう会えないという事実を思うだけで痛いほどに胸の奥は締め付けられる。 唯先輩と、先輩達みんなと過ごした軽音部の時間は宝物だ。 純「……ギターとボーカルってだけじゃなく、人間関係の意味でも中心にいたよね」 梓「……そうだね」 まるで物語の主人公のように、唯先輩はいつもみんなの中心に位置していて、誰とも仲が良かった。皆と公平に接していた。 でも同時に、唯先輩もみんなに特別大切に想われていたように今では思う。きっと私の入部前から。 不幸にも、私が憂を特別大切に想っていた様な類の意味で。つまり、恋愛的な好意を持って。 ……それに気づかない唯先輩は私を可愛がってくれて、そのおかげで私はあの軽音部に馴染めた。そのことについて感謝はしてるし私もそんな唯先輩に惹かれなかったと言えば嘘になるけど、それはちょっとだけ別の話。 いつか純が言っていた、「軽音部は結束して見えるから入りづらい」という言葉。それはきっと、私の時の新入生歓迎ライブにも同じことが言えたんだと思う。 その証拠に、あれから軽音部の扉を叩いたのは学園祭の録音テープを聴いて憧れを持っていた私だけだった。あの時の演奏は素晴らしく、私もそのテープ以上に聴き惚れて周囲の反応も上々だったにも拘らず、だ。 ……まぁ、一応見学だけなら憂とか純とかも来ているんだけど。ライブ後に扉を叩き、入部届けを出したのは私だけだったから。 つまり、私は最初から入部するという固い決意を持っていたから気づけなかったけど、他の皆には軽音部は『入れる余地のない部』と見えたということ。ライブの時点で既に。 唯先輩を中心とした、異様なほどの結束を持つ部。あるいは奇妙なバランスで成り立っている部。そういう風に。 そこに私が混ざれたのは奇跡としか言いようがないし、そんな自分を誇ってもいた。 そして、誇らしい自分になれた場所である軽音部を潰さないようにと頑張った。憂がいなくなるまでは、だけど。 純「身も蓋もない言い方すれば、朴念仁の唯先輩のハーレムだったよね」 梓「ホントに身も蓋もない……」 純「……でもだからこそ、唯先輩を失った時は、みんな落ち込んだと思うんだ」 梓「そう、だね……」 そこからどう立ち直ったのかはわからないけど、さっきの澪先輩はいつも通りだった。 もしかしたら最近立ち直ったのかもしれない。ようやく元通りになりつつあるから誘ってくれたのかもしれない。 そうだとしたら私よりも時間はかかっているけど、それでも先輩達は唯先輩のことをちゃんと吹っ切れたんだ。それはそれで強いし偉いと思う。 私はそうはあれない。強くも偉くもない。 憂のことを吹っ切れないくらいに弱く、でもだからこそ憂の事を好きだという気持ちだけは誇れる。 なら、私は…… 梓「……澪先輩には、いつかちゃんと断るよ」 憂を放っておけない。憂から離れたくない。憂を守りたい。 そんな私自身のことだけを考えるなら、こうするのが当然だ。 澪先輩達に対する申し訳なさは消えないけど、そちらを優先すると今度は憂と純に申し訳なさを抱いてしまうだろうから。 澪先輩達への償いは別の方法を考えよう。もう二度と、目だけは背けない。 純「……コメントしづらいね」 梓「嬉しいの?」 純「嬉しくないといえば嘘になるけど」 梓「残念、憂のためでしたー」 純「残念、予想通りですよーだ」 梓「…あははっ」 純「ははっ」 梓「……でも、純も一緒にいてくれるよね?」 純「ま、イイ人の一人でも見つかるまではね」 梓「…見つかるといいね」 純「なんだその上から目線はー!?」 梓「きゃー」 ……ありがとう。ごめんね。これからもよろしく。 親友に向けるべき言葉は、いつもいつでも沢山ある。 9
https://w.atwiki.jp/83452/pages/17503.html
【#15】 純「――んじゃお邪魔虫は出かけてくるよ。ヨロシクやっときなさいな」 梓「そーゆーのいいから」 憂「いってらっしゃい」 純「夕食までには帰るよ、どんなに遅くても。んじゃねー」 ……という感じで、二人での話が一段落したところで純はさっさと着替えて出て行ってしまった。 きっと憂を除け者にしてしまったことへの償いか何かだろう、言葉から察するに。 でもまぁ、その気持ちはわかる。 憂は何も悪くなんてない。なのに私達は憂を除け者にしないといけない。 それが憂のためだとわかっていても、その間一人ぼっちの憂の寂しさを思うと……ね。 ……憂が死んで、唯先輩が死んで、私達の周囲は大きく変わってしまった。 誰も悪くなんてないけど、それでも原因の人は責任を感じてしまう。そういう事例だ、これは。 だから隠し通さなければいけない。スケールこそ違うものの、私と純が憂に吐いた最初の嘘と本質は変わらない。 嘘に嘘を重ねる心苦しさは消えないけれど、憂を悲しませないためなら隠し通さないといけないんだ。 ……たとえ、憂が今、悲しそうな顔をしていたとしても。 梓「……どうしたの? 憂」 憂「……ううん、なんでもないよ……」 「なんでもない」だなんてそんな訳はない。そんな思い詰めた顔と声で言われて納得できるわけがない。 でも踏み込んだ質問をしていいのかもわからない。思い詰めている原因がハッキリしないから。 ……もしかしたら私達の会話を聞いていたのかもしれない。そうだとしたら踏み込むのは自分で自分の首を絞めることになる。 普段の憂なら盗み聞きなんてしないだろうけど、私達の隠し事が『憂に背負わせないため』のものだと気づいていたなら話は別。 優しい憂はそういうのを一番嫌うから、むしろ積極的に盗み聞きするだろう。そして今のように悲しい顔をして一人で背負うのだろう。 ……だとしたらやっぱり、ここで一歩踏み込むのは「なんでもない」と言ってくれた憂の優しさを否定することになる。 優しさを否定し、純と一緒に隠し事をして罪悪感を背負ったことまで無意味なものとして、私達が最初に恐れた通りに憂を悲しませることになるんだ。 そういうことなら、私は、 梓「……なんでもないわけないよ。もしかして、話、聞こえてた?」 そういうことなら、もう考えていたこと全部投げ捨てよう。隠し通すのも諦めよう。 悲しませないためにやっていたはずなのに、憂が今悲しい顔をしているのなら、隠し通す意味なんてもう無い。 憂「……聞こえてないよ。聞こうともしなかった。梓ちゃん達に嫌われたくないから、約束はちゃんと守るよ」 ……あらら、墓穴だったみたい。 梓「……じゃあ、どうしたの?」 憂「……聞こえなくてもわかるよ、梓ちゃんと純ちゃんが私に気を遣ってるのは。気を遣って私を遠ざけてるんだから、それは当然、私が知れば悲しむようなことを隠してるんでしょ?」 梓「っ……!」 言われてみればそうだ。 お互いを大切に想い合っている私達が、誰かを遠ざけるということは。それは相手の事を思っての行動なんだから、その人にとって知ることが一切プラスにならなくて、そしてその分を残りの人が背負っているに決まっている。 『行動の全てが相手に対する善意から来ている』と信じ合っている私達だからこそ、その場から遠ざけられるということは、それだけで相手に何かを背負わせていることを示しているんだ。 ……どうしてこれで隠し通せると思っていたんだろう、私達は。 これで隠し通せる可能性なんて『憂が私達に無関心だった場合』しか存在しないじゃないか。 憂「私は…そんな重荷を、二人に背負わせてるんでしょ?」 梓「……重荷なんかじゃないよ。それにこれは私達が背負うべき――ううん、憂が背負う理由だけは絶対に無いモノだから私達が背負ってる。それだけだよ」 憂「……わからないよ…梓ちゃん……」 梓「……憂は何も悪くない。憂は絶対に何も関係ない。そういうことなの」 憂「関係ないなら……聞かせてよ…」 梓「…絶対、抱え込まないって約束できる?」 憂「……わかんない」 梓「……だよね。憂は優しいから」 隠し通すことは諦めた。ここで言わないと憂はきっとずっと悲しい顔のままだろうから。 でも、ただ言うだけじゃダメだ。それだと最初に危惧した通り、優しい憂はそれを抱え込んでしまうから。 どうすればいいんだろう。 どうしていつもいつも、お互いを想い合う気持ちがすれ違うんだろう。 悲しみを、苦しみを抱え込んで欲しくない。好きだから。互いにそう想ってるだけなのに。たったそれだけなのに、どうして。 憂「……ごめんね……」 梓「憂は悪くないって…言ってるでしょ…」 憂「それでも、私に聞かせたくない理由があったんだよね? 梓ちゃんとは恋人で、純ちゃんとは親友なのに、一緒に向き合えない理由があったんだよね?」 梓「………」 憂「……ごめんね、もう聞かないから」 梓「っ……」 だめだ。きっとそれじゃダメだ。 私の行動の全ては憂のため。それなのに、その行動が憂を悲しませ、悩ませている今のままじゃダメなんだ。 ここで私が口をつぐみ、何もしなかったら何も変わらない。恋人の私は、憂に笑顔をあげないとダメなんだ。 恋人の私に出来ることは、何なんだろう。 隠し事をせず、悲しませず、安心させてあげるにはどうすればいいんだろう。 梓「……憂」 憂「…何?」 梓「言うよ。ちゃんと言う。憂に隠し事なんて、本当はしたくないから」 憂「……いいよ、無理しなくて……」 梓「……憂にも、無理させたくないから。だから言うけど、でもその前に――」 その前に、恋人として出来ることをしておきたい。 何もわからない私だから、それに賭けたい。 梓「……デート、しよっか」 ――初めてデートと口にした。ハッキリと形にした。 デートは恋人の特権だと思ったから。私にしか出来ないことだと思ったから。 全てを告げる前に、恋人として笑顔をあげることが出来たなら。 その後に続くいろんな苦しみも悲しみも、恋人として乗り越えていけるんじゃないかと思ったから。 そんな私らしくない精神論に、縋るように全てを賭してみた。 ……私らしくない? いや、そんなの今更だよね。憂のことを考えるだけで、私はすぐに私らしくなくなる。 私らしさって何だったか思い出せないくらい憂のことしか見えなくなる。だって私の全ては憂だから。 今だって、目の前にいる憂しか見えない。『あの時』と同じ服装をした憂しか。 梓「……その服、お気に入りなの?」 憂「…うん。変…かな?」 梓「そんなことない。一番似合ってると思うよ」 憂「…よかった」 梓「……じゃ、行こっか」 ちょっとした謎も解けたところで、憂の手を握って出発する。 なるべく自然に見えるように握ったつもりだけど、そもそも憂の表情が沈み気味だからそのへんは気にするだけ無駄なんだと思う。 デートが嬉しくないわけじゃない、けどその後に待ち構えていることを思うと…といったところだろう。 そんなどっちつかずの憂の心を、私だけに向けることが出来るのか。楽しいこと、嬉しいことだけに向けることが出来るのか。 ……ううん、やらないといけないんだ。それが恋人にしか出来ないことなんだから。 静かな決意を心に秘めて、街へと繰り出す。 ――憂の手を引き、カフェ、アクセサリーショップ、甘味屋にショッピングモールにちょっと有名なブランドの洋服屋などなど。思いつく限りのいろんなデートスポットっぽい処を回ってみたけど、 憂「……梓ちゃん、疲れてない?」 梓「あはは……大丈夫大丈夫」 成果は芳しくないどころか、逆に気を遣われてしまう始末。 うーん、上手くいかないなぁ。私なりにテンション上げて楽しませようとしてるんだけど。 ……というか、それがいけないのかもしれない。 無理をしているように見えてしまうのかもしれない、憂からすれば。 梓「……やっぱり休憩していい?」 憂「うん、もちろん」 どこかで少し頭を冷やそう。空回りなんてみっともない。 でもこれは時間的にちょっと遅めの昼食、になるのかな。軽食屋さんを何軒か経由しているからたくさんは食べれないだろうけど。 梓「どこか入りたいお店ある?」 憂「んー……じゃあ、あそこ」 そう言って憂が指差したのは、何の変哲もないハンバーガー屋さん。高校時代、憂とよく一緒に食べに行ったチェーン店のものだ。 デートらしくはないけど、私達らしい店だと思った。そしてそんな店を希望するという事は、今まではやっぱり私が一人で空回りしていただけのようで。 そう思い知った私は、憂と手を繋ぎながらも横に並んで入店することしか出来なかった。 ――窓際の席に座り、心の中で昔を懐かしみながらハンバーガーを食べ、ジュースを飲んで。 あの頃と変わらないような何気ない会話を続けていると、徐々に憂の雰囲気が緩んでくるのがわかる。 そして、たぶん私の雰囲気も。 結局、お互いに余裕がなかったんだと思う。 恋人として気負いすぎてた私と、私の好意と先の不安に板挟みの憂。お互いにいっぱいいっぱい。 だって、憂を笑顔にするとか言っておきながら、きっと私自身は無理して笑っていた。 憂を楽しませようとして、まず先に私が笑顔である必要があると思い込んで。 ……二人が同時に笑えるのが、一番幸せなはずなのにね。 それでも、私の最初の決意自体は間違ってないはず。 憂を笑わせることができれば、この先の何もかもを乗り越えていける。それは事実のはず。 だから、考える。 梓「……次は、どこ行こうかな」 憂「……ここでいいよ、私は」 梓「あ、あれ、声に出てた?」 憂「…うん」 ……どうも詰めが甘いというか、変なところで迂闊だなぁ、私。 まぁ、それはそれとして。憂がここでいいと言うということは、憂はやっぱりこういう雰囲気を望んでいるということ。 背伸びしない、普段の私達っぽい雰囲気を。 梓「でも、まだ私は今日の目的を達成してないから」 憂「目的?」 梓「うん。まだナイショだけど、もう少し付き合って。ちゃんと考えるから」 憂「う、うん…そういうことなら……」 ……と憂の承認も得たところで、真剣に考えよう。憂を自然に笑顔にする方法。二人で笑い合える方法。それでいて恋人ならではの方法。 背伸びせず、ありのままの私として。それでも恋人としてしてあげられることを。 梓「…うーん」 難しい。けど、そうだ、方向としてはちゃんと思いついた。 私らしく、それでも恋人として出来ること。 無理にデートらしくしようとしないで、ちゃんと憂のことを考えてあげる。 その上で、私が恋人として勇気を出す。そんな思い出を憂に残す。これでどうだろう。 オシャレな店とかも女の子としては心躍るとは思うけど、女の子である前に憂は憂なんだ。 どことなく、唯先輩の言葉を思い出す。友達それぞれの『個』をちゃんと見ていた唯先輩。そして、後輩の私の事もただの私として見てくれていた唯先輩の言葉を。 ……そして今私の目の前に居るのは、そんな唯先輩の妹。 梓「…そうだ……憂、ゲーセン行こう、ゲームセンター」 憂「え? いいけど……急にどうしたの?」 梓「嫌いじゃないでしょ?」 憂「まぁ……そうだけど」 憂が嫌いなわけがない。憂の雰囲気にはちょっと合わないかもしれないけど、嫌いであるはずがない。 だって唯先輩もゲームセンターを嗜む人だったから。いつだったか、UFOキャッチャーで取れたぬいぐるみを自慢していたあの唯先輩の妹が嫌いなわけがない。 というか唯先輩に誘われるまま一緒に行ったんだろう。目に浮かぶような光景だ。 ムギ先輩も律先輩に誘われて行って好きになったらしいし、憂はそもそもあの純と中学時代からの腐れ縁なんだ。何度か経験もあるはず。 そして、ゲームセンターといえば『アレ』があるはず。だいたいのところには。そこで―― 梓「~~~っ///」 憂「……?」 自分がしようとしていることを思うと緊張するけど、勇気を出そう。 『アレ』ほどいろんな意味でピッタリなものは他にないはずだから。 憂「――これ…プリクラ?」 梓「うん」 一通り店内で散財してから目的地へやってきた。プリクラ機がいろいろ密集してる区域へ。 厳密にはプリクラっていうのは初期のころにあった『プリント倶楽部』っていう筐体のことを指すような言葉だった気がするけど、まぁそういうのは今はいいや。 とりあえず、私が目的としたのはコレだ。こうして写真として形にも残せる思い出っていうのはいいものだと思うし、思い返してみればこうして二人で写真を撮ったりしたことは無い…はず。 恋人としてどうなの、と思いつつ、同時にそれを今日脱却するという決意を秘め、憂を誘う。 梓「ほら、入ろう?」 憂「う、うん……」 ちょっと気後れしている感じなのは、やっぱりこんな気分では写真に写れるような顔ができない、という不安からだろう。 そうわかってはいても、その不安を晴らす言葉を私は知らないし、知っていても口には出来ない。 梓「……大丈夫。自然にしてれば大丈夫だから」 笑って、とは言わない。あくまで自然に、だ。それだけ。 そう言われた憂の戸惑いもわかるけど、これ以上説明しちゃ意味がない。不安げな顔を尻目に操作パネルに手を伸ばす。 梓「……よし。これでいい?」 憂「うん」 久しぶりだけど特に戸惑うこともなく設定を終え、二人でカメラに向かう。 画面に映る憂の顔は、かろうじて微笑んでいるものの私からすれば違和感ばかりの顔。 そして私の顔は、内心の緊張を隠すかのように憂と同じように僅かだけ微笑んだ顔。もしかしたら引きつってるかもしれないけどまぁいいや。だって今の表情に意味なんてないんだから。 『じゃあいくよー?』 機械音声が撮影を告げる。姿勢を正し、ジッとカメラを見つめる憂。 それに反し、私は動いた。意を決して動いた。 『はい、チーズ――』 憂の頬に、顔を一気に近づけた。唇を押し付けた。 憂「ふえっ!?」 パシャッ ……そして私の計画通り、思い出の写真が出来上がった。 10
https://w.atwiki.jp/83452/pages/17508.html
憂「……おかえり、梓ちゃん」 梓「……ただいま。ちゃんと帰ってきたよ」 憂「…うん、ちゃんと待ってたよ、私も」 梓「うん。よかった、本当に」ナデナデ 憂「えへへ……」 憂を撫でながら、密着した憂の吐息を肩と首筋で感じながら。少しだけ憂から視線を逸らすと、視界の端で純が手を振りながらマンションへと向かっていった。 それを見届け、憂の肩に手を添えて一旦引き剥がす。抱き合うのはいいんだけど、私から離れると少し罪悪感があるんだよね、いつも。 とはいえ、今回は仕方ないけど。 憂「…帰る?」 梓「ううん、その前に、憂にお土産があるんだ。目を閉じて?」 憂「う、うん…?」 戸惑いながらも目を閉じる憂。私は手ぶらだもんね、そりゃ怪しむよね。 というかその手は今さっき憂を引き剥がした時のまま肩に乗せられている。まぁ計算通りなんだけど。 ……こんな状況ですることっていったら、一つしかないよね。 梓「……んっ、ちゅ…」 憂「っ!?」 梓「……っ。ちゃんと、帰ってきたよ?」 憂「……もうっ。さっき聞いたよ、それ」 梓「そうだっけ」 憂「……えへへ///」 ……憂のこの幸せそうな笑顔を見ると、嬉しさと恥ずかしさがこみ上げてくる。 口づけた瞬間の驚いた顔は、私の目論見が成功したという証だからご馳走だったけど。 でもやっぱ、こう、冷静になってみると、ベタなことやらかしたなぁ、と。バカップルみたいじゃん…… 梓「ほ、ほら、あんまりニヤニヤしてないで、早く戻ろう? 純が話があるって言ってたし」 憂「うんっ! えへへっ……///」 梓「………」 ……そうして、どうにも顔がしまらない憂に今日の私と純の状況を軽く説明しながら部屋まで戻った。 純と合流すれば澪先輩と向こうで何があったか、それの話になるだろうから。 【#24】 ◆ ――悩み、立ち尽くす少女がいた。 鈴木純、平沢憂、そして中野梓。三人の共同生活の場であるマンション前の通り。そこから少し離れた物陰で膝を抱え、涙を流す少女。 ……その場に一足遅れて辿り着き、背後でかける言葉を持たない彼女。秋山澪。 頭の回る彼女でなくとも、事情を知っていれば状況はすぐに理解できるだろう。 だが、慰めの言葉が浮かぶかと言われれば話は別だ。それこそ頭の回る彼女でも容易くはない。 思案の果てに、彼女は少女の隣に腰を下ろし、名前を呼ぶ。 澪「……唯」 唯「…みお、ちゃん……」 澪「……フラれた?」 唯「あはは、直球だね……」 澪「…ごめん」 唯「………好きな人がいるって、言われて」 澪「……うん」 唯「……さっき、そこで、憂とキスしてた」 澪「っ……そっか……」 動揺を極力隠し、相槌を打つ。 ここに来る前、すなわち鈴木純と話している時。重要な真実を語っても、相手があまり動じないのは彼女としても気になっていた。 だが、これで彼女の中でも説明はついた。鈴木純、彼女も奇跡の目撃者であり、そして奇跡の果ての恋心が成就したことを知っていたのだ、と。 そして秋山澪自身、そう即座に推理してしまえるほどには『奇跡』の事情に詳しい。奇跡と恋心の関連にも詳しい。 中野梓は平沢憂に好意を抱いていたのでは? という推測は、斉藤菫から琴吹紬を経由して田井中律、秋山澪へと伝わっている。 もっとも、その斉藤菫が気づいたのが憂の死後だったことから、同時期にこの世に存在しなかった平沢唯には伝わっていなかった。 そして同時に、伝える必要も無いと秋山澪は判断していた。この世に存在しない人に惹かれている、そんな事実を伝えたところで平沢唯の行動が変わるとは思っていなかった。 勿論、蘇った後の平沢唯の抱く好意が『過去の自分は持っていなかったもの』であることも告げていない。余計なことを告げて悩ませる必要など何処にも無いと思っていた。 そして今、それら全てが裏目に出た。 唯「……っ、む、無理かなぁ、やっぱ……」 澪「っ……」 唯「っ、あ、あずにゃんの幸せを願う気持ちに、嘘なんてないよ。後をつけたのも、見守ってあげたいって、思ったからだし…」 澪「……うん」 唯「で、でも、もし、もし将来あずにゃんがフラれたり、別れたりしたら、その時は私が支えてあげようって、そういう考えも、ちょっとだけあった…!」 澪「…うん」 唯「あずにゃんが好きな人でダメだったなら、あずにゃんを好きな私でいいよねって、その資格はあるよねって、思おうとした…!!」 恋愛感情は人を変える。平沢唯らしくない打算に裏打ちされた行動も、間違っているとは言い難い。 日頃、自分を通じて近しい距離にいたであろう妹の憂が他界した今、自分が最も近い所にいる。彼女にはそういう自負があった。 女子高にいながら触れ合いで赤面することも多々あった中野梓が男性と上手くいくなどとは毛頭思っていなかったし、親友である鈴木純とも同じ部活をやったのは一年限りだ。 可能性があるなら純だとは思っていたが、それでも同じ部活で二年間一緒にやってきた自分に利がある。彼女は心からそう思っていた。 軽音楽部という絆を何よりも重視していた平沢唯のその推測は、そこまで的外れなものでもない。実際、中野梓が恋人のいない身であったなら、あるいは恋人のいない身になったなら、悩みこそすれど間違いなく拒みはしないだろう。 恋の駆け引きという面において、平沢唯の行動は前述した通り間違っているとは言い難い。 しかし、恋人がいた。皮肉にも軽音楽部から、平沢唯から目を背けた結果に出来た恋人が。そして彼女にとって誰よりも相手の悪い恋人が。 唯「…でも、憂相手なら無理だよぉ…! 憂とあずにゃんお似合いだし、別れるとは思えないし、憂にも幸せになってほしいって、思っちゃうし…!」 澪「………」 唯「それに、もし別れて私と結ばれても、憂からあずにゃんを取ったような風になっちゃう…! そんなこと出来るわけないよ…!」 澪「…優しいね、唯は」 姉としての優しさ。先輩としての優しさ。そして口にこそしなかったが、彼女は妹を誰よりも評価している。身近でずっと助けてもらっていた存在だから、素晴らしさを誰よりも知っている。故に自分では勝てないと尻込みしている面もある。 秋山澪もそれは察している。故に、償いの言葉を口にする。 澪「……ゴメン。唯に重すぎる物を背負わせてしまった私達の責任だよ」 唯「え…?」 澪「教えてもらったんだ。唯を呼び戻す方法を」 唯「…だれに?」 澪「……ネッシー」 唯「………」 咳払いを一つして、秋山澪は話を再開する。 澪「……強く、強く願えばいい。誰よりも大切に想っているって自負している人間が、乞い願えばいい。帰ってきて欲しい人の姿を思い描けばいい。そう教わった」 唯「私、を…?」 澪「うん」 喪失感に打ちひしがれ、心を壊しかねないほどに想う人間が、命さえも投げ出すほどに恋する人が、願えばいい。 二人の少女が、生きる意思を無くした三人にそう告げたのはごく最近のこと。そして成就したのはその後すぐ。 実際のところは中野梓が平沢憂を呼び戻した時のように現実に向き合うことも条件の一つとしてあるのだが、大学生であり尚且つ軽音楽部の仲間に支えられている彼女達は既にその条件は満たしていた。 現実を見て、その者が戻ってくるべき『場所』を認識すること。それが第二の条件。 戻ってくる人が『この場所』にいないとダメだと、願う人が気づくこと。中野梓があの時になってようやく『隣』に平沢憂のいる日常を求めたように、彼女達は常に『自分達の中心』に平沢唯がいる日常を望んでいた。 それでも平沢唯が蘇らなかった理由はただ一つ、三人がそれぞれ自分勝手な恋心に振り回されるまま願っていたから。 本来ならば平沢憂の時のように一人の恋心を糧としてでも充分呼び戻せるのだが、平沢唯の場合は方向性の違う恋心が互いに打ち消し合っており、それに加えて大学生の彼女達は少しだけ大人だった。心の底から願えずにいたのだ。 しかし、それも二人の少女から聞く前までのこと。一度聞いてしまえば彼女達はそれに素直に愚直に縋った。 皆の祈りは届き、平沢唯は戻ってきた。縋るものを取り戻した彼女達は立ち直り、秋山澪は中野梓に電話をかけられるほどに回復した。 しかし彼女達は、皆で平沢唯の帰還を願いながらも、蘇った唯の事情にはそ知らぬ顔で接していた。 目の当たりにした奇跡に驚いたフリをした。理由は全て知らぬ存ぜぬで通してきた。 もちろんそうしてまで隠したかった事実は、聞かされていた『恋心に関する副作用』だ。 誰か一人に対する恋心を糧として現世に舞い戻り、それに忠実に行動する。伝えられたことはそれだけであり、そこに間違いはない。 平沢憂の場合は、自分を呼び続ける中野梓の声を聞いた。 しかし実は平沢唯は誰の声も聞いていない。それでいて中野梓を好きでいる。それは様々なことを意味している。 特に平沢唯の存在の歪さを如実に示しているのだが、腫れ物を触るように知らぬフリを通してきた秋山澪達がそれに気づくことは無い。そしてそこに触れられることのない平沢唯本人も。 結果、平沢唯は『なんかよくわからないけど自分は奇跡で蘇った』とだけ思い込んでおり、秋山澪達周囲の人間もそう振る舞い、彼女の存在理由に触れることはなかった。 たった今、この時までは。 澪「でもその時、みんなで話し合ってみんなで願ったんだ。勝手に決めてしまったんだ。『梓を大切に想い、連れ戻してくれるような唯』がいい、って……」 唯「それ、じゃあ……」 澪「……そう。唯が梓をそこまで好きなのは、私達のせいなんだ」 唯「………」 澪「私達の自分勝手な願いのせいで、唯はフラれて、傷ついたんだ……ごめん」 唯「…………」 信頼していた人間からそう告げられ、辿り着く思考など幾つかしかない。 自分の恋心が偽りの物だと、作られた物だと告げられて。自分の行動や存在そのものを否定された、その時に。 平沢憂のように意地になって否定するか、あるいは、 唯「そっか……そうだったんだ…」 澪「ごめん……悪いのは私達――」 唯「大好きなあずにゃんにフラれて、生き返らせてくれた澪ちゃん達の期待にも応えられなくて……」 澪「………ゆい……?」 唯「……私、何の為に生きてるんだろうね」 あるいは、全てを受け入れ、自分を見失うか、だ。 澪「――ッ!!」 その言葉を聞いた瞬間、秋山澪は動いた。眼前の、今にも消えてしまいそうな少女を抱き締めた。 勿論、消えてしまいそうなどというのは比喩に過ぎない。しかし彼女は抱き締めて離さない。そこに恋愛感情など無く、純粋に友として、その腕を解くことはしない。 その腕を解けば彼女が消えてしまうと、本気で信じていた。不安に駆られていた。 何を願ったとしても、秋山澪は平沢唯にもう一度会いたいと思った。それは事実なのだから、消えることなど望むはずも無い。原因が自分達にあるなら尚更のこと。 澪「ごめん、唯……ごめん!」 唯「…澪ちゃんが謝ることじゃないよ」 澪「違う! 悪いのは私達だ! 唯が自分を責めることじゃない!」 唯「……憂が生き返ってたなんて、誰にも予想できないよ」 澪「っ……!」 そう、その通りだ。 生き返った日にそのまま街を出て、その上友人との取り決めで主婦業に専念しており家から出ることも滅多にない平沢憂の存在を誰が予測できようか。 中野梓と鈴木純の二人との交流が断絶していたのも一因だ。それが彼女達の結束を強めてしまい、先刻の会話でも鈴木純は決して口を滑らせることはなかった。 結果、何も知らない平沢唯は告白し、「好きな人がいる」と告げられることになった。 秋山澪は、中野梓が平沢憂に恋焦がれているからこそ今も独り身だと勘違いし、唯の告白を止めることはなかった。 平沢唯も、平沢憂の名前を出されなかったからその場は素直に身を引いた。身を引くフリをしながらも遠くから見守ろうと思った。 しかし、それは読み違いだった。誰にも読めない読み違い。役立たずの台本。最初から最後まで全て、平沢憂の存在に狂わされ続けるだけの悲喜劇だった。 平沢憂さえいなければ全て上手くいった。平沢憂の存在を誰も予測できなかった。どちらも事実なのだ。 唯「……誰も悪くなんてないんだよ、みおちゃん。強いて言うなら、私が生き返ったからこんなことになっちゃったんだ…」 澪「っ…! そんなの認めない! 唯が生きてることは何も悪くない! 私達は皆、唯が戻ってきてくれて嬉しかったんだ…!」 たとえその気持ちが、恋愛感情が自分達に向いていなくとも、彼女達は満たされていた。立ち直った。それもまた事実。 それを否定するようなことを言われて認められるわけがなかった。たとえそう口にしたのが本人でも。 しかし、だからといってどうすればいいのか。 中野梓の感情がこちらに向くことはない。絶対に無い。絶対を覆したとしても、平沢唯本人が認めない。 逆に言えば、中野梓の感情をこちらに向け、その状況を平沢唯が認めた上で結ばれる。そうなる方法以外では何も解決しないのだ。 澪「………」 中野梓が平沢憂を諦める。平沢憂も中野梓を諦める。中野梓が平沢唯に惹かれる。平沢唯が平沢憂に気後れしない理由を作る。 これら全てを満たさないといけない、難解な問い。 澪「………!」 それに対するたった一つの答えを、彼女の頭は弾き出した。 ……否、弾き出してしまった。 しかし、それを口には出来なかった。出来るはずがなかった。 中野梓の、命を奪う。 恐ろしすぎる、この答えを…… 15
https://w.atwiki.jp/83452/pages/17518.html
唯「………」 憂「………」 梓´「……」 ……は、はずした……!? 梓「……いや、その、憂と一生一緒に居るっていったわけですし、ね?」 唯「……ぷっ、あ、あはは、あはははっ!」 梓「……あれ?」 唯「ははっ、あははっ! いや、ごめん、そっか、お二人はそこまで進んでましたかー!」 憂「梓ちゃん……お姉ちゃんも、あんまりからかわないでよっ!///」 唯「からかってないよー! 嬉しいんだよ、お姉ちゃんとして、先輩として、二人の幸せは嬉しいに決まってるよ! あははっ」 ……からかってないっていうならマジメなことを言う時くらいは笑いを堪えてくれませんかね。 でも、そうだね。祝福してもらえるのは素直に嬉しい、かな。 梓´「っていうか、私だって唯先輩と結婚したら平沢梓だし……」ボソッ 梓「気が早いよ!?」 梓´「耳聡いなぁ」 唯「いいよいいよ、私達はこれからだもん。ね、“あずにゃん”?」 梓´「は、はい! もちろんです!」 憂「っていうか、私もお姉ちゃんも戸籍上は故人のはずなんじゃ……」 梓´「細かいことは気にしないの、憂!」 唯「あはは。よろしくね、“あずにゃん”!」 梓´「はいっ!!」 ……やっぱりまだ気が急いてる気がするけど、突っ込むのは野暮かな。 それよりも、 梓「ねぇ、“私”。何て言えばいいのかわからないけど……」 梓´「ん?」 梓「……応援、してる、から」 決して上から目線なんかじゃないんだけど、どうやってもそれっぽい言い方になってしまう気もする。 でも、それでも純粋に応援したい、と思った。私と同じように、人を好きな気持ちを抱えるこの子を。 『人』として何よりも尊い気持ちを抱える、私と同じ『人』を応援してあげたかった。 梓´「……余計なお世話だよ」 梓「あはは、素直じゃないなぁ」 ……うん、さすがは『私』だ。 唯「――ありがとね、あずにゃん」 梓「……こちらこそ、です。ところでこれからどうするんですか?」 唯「……とりあえず澪ちゃんのところに戻るよ。それからすぐにでも向こうに戻って、みんなにちゃんと説明する。“あずにゃん”を連れて、ね」 梓「…そうですか」 唯先輩がどこまでをどのように説明するのかはわからないけど、そこは私が口を挟むところではないと思う。 私よりは『中野梓』が口を挟むべき領域だし、それに仮に全部伝えてもあの先輩達なら素直に受け入れるとも思うし。 唯「……憂」 憂「……お姉ちゃん」 唯「……またね。元気にしててね?」 憂「……うん。お姉ちゃんも、しっかりね」 もうしばらく顔を合わせることはないであろう姉妹の会話が交わされる。 離れ離れではあるけど、この二人の絆なら何も問題はないとは思う。でもある意味原因は私達だから、これもまた口は挟めない。 そして私達は私達で、二度と顔を合わせることもないであろう『私』同士の会話をする。 梓´「――なんて思ってるでしょ」 梓「…へ?」 梓´「もういいよ。ちゃんと唯先輩の隣に私の居場所はあるんだし、あなたのことは嫌いじゃないから、何かのキッカケでまた会ったとしても別に」 梓「…いや、それでも同じ顔の人間が二人並ぶのはあまり勧められたものじゃないと思うんだけど」 梓´「顔は…確かにどうしようもないけど。でも印象を変えることくらいはできるよ」 そう言って“私”は一度髪を解き、後頭部に束ねてヘアゴムで縛った。 所謂ポニーテール。憂みたいな髪型だ。長さは全然違うけど。 梓´「…ちょっとスッキリして大人っぽく見えない?」 梓「……大人かどうかはともかく、まぁ、印象はちょっと変わるね」 梓´「これなら並んで立ってても双子の姉妹くらいにしか見えないよ」 梓「でも先輩達には何て言うのよ」 梓´「イメチェン? 大学デビュー?」 梓「はぁ」 でも“私”も『私』なんだから、地味にこの行動に心当たりはある。 やっぱり今の髪型では子供っぽく見られることも稀にある。私自身の小ささと相まって。 だからちょっと背伸びしてみたいとか、大人に見られたいとか、そういうことを考える事があると真っ先に髪型に考えが行っていた。手軽で尚且つ大きく印象が変わるものだから。 最近はそんなに焦ることもなくなったけど、“私”のこの行動はそういう焦りの表れなのかもしれない。唯先輩との時間を取り戻す事に繋がるとも思うから注意はしないけど。 それか、もしかしたら私に名前を譲ってもらったお返しか。外見だけは譲らなくていいよ、みたいな。 まぁ、どっちでも私に言えることは、言うべきことは何もないけど。 唯「……あずにゃん達さぁ、お別れなのにもっとマジメな話しないの?」 ……あれ、唯先輩にマジメさを説かれてしまったよ? 梓「……いや、なんか変な気分なんですよね。お別れなんですけど、唯先輩の隣には私がいるに等しいんですし」 梓´「憂の隣にもちゃんと私がいるから、全然心配はないといいますか」 唯先輩と離れるのは寂しいけど、それでも隣に私と等しい“私”がいるなら寂しがるのもおかしいような気がして。 それに何より、このシチュエーションはお別れというより好き合っている二人の門出のように思えてならない。 梓「むしろ早くそれぞれの道を歩んで相手を幸せにしてくださいというか」 唯「……まぁ、そうだねぇ。あずにゃんと別れても私の隣にはあずにゃんがいる、って考えると確かに私も寂しくはないかも」 憂「ふふっ。お姉ちゃん、何か困ったことがあったら相談してね?」 唯「うん、また電話するよー」 この二人は二人で軽いし…… まぁ唯先輩と憂は大学と高校で離れてもちゃんとお互いが寂しくないくらいには連絡を取ってたんだし、何も変わらないのかな。 お互いを大好きなこの姉妹のこういう信頼関係、すごく羨ましいと思う。 憂「それにしても、これってすごい奇跡だよね」 唯「ん?」 憂「だって、放課後ティータイムとわかばガールズでセッション出来るかもしれないんだよ?」 梓「あっ」 梓´「…そう考えると、確かにすごいね」 梓「いや、まだ菫と直に顔を合わせる勇気はないけど……」 梓´「私だって律先輩とムギ先輩に顔を合わせるのは怖いんだから、お互い様だよ」 梓「そうかなぁ……」 とはいえ、逃げてばかりもいられない。ちゃんと丸く収まったんだから尚更。 ……あと、先生にも謝らないといけないし。 憂「私達だってこれからだよ、梓ちゃん」 梓「……うん、そうだね」 ――陽の沈んだ街で手を振る唯先輩達を見送る。心は実に穏やかなまま。 これは別れだけど別れじゃなくて、私達にはそれぞれ戻る場所がある、それだけの話なんだ。寂しいはずがない。 それに、少なくとも私達の間の問題はちゃんと解決したんだから会いたいと思えばいつでも会える。それだけで充分。 そして、私の手には変わらぬ温もり。私の隣には変わらぬ温かさ。 細かい問題は残ってるけど、憂がいて皆がいてくれるならどうにでもなる気がする。 憂「……帰ろっか」 梓「……そうだね」 帰る。私達は帰る。私達には帰れる場所がある。 そのことの幸せさを、充分に存分に噛み締めながら帰路に着く。 隣に誰かがいて、周りに誰かがいてくれて、帰れる場所がある。 結局、私はたったそれだけのことで満たされてる。それだけのことで幸せを感じてる。 大きなものを手に入れる幸せじゃなくて、小さなものが周りに変わらず在る幸せが私には必要だったんだ。 ……いや、違うかな。 私は大きなものも手に入れてる。憂というかけがえのない存在を。 憂の心を、気持ちを、愛を貰ってる。それだけで充分だと思ったのも確かなんだ。 結局、何だったのかな。 一度は憂を失い、皆を失い、今はそれらが隣にあることに安堵してる。 結局、失ってみないと大切さに気づかない馬鹿な私のお話だったのかな。 それとも、失ったものをもう一度欲しがる欲張りな私のお話? わからないけど、別にいいか、と思う。 だって、私の人生はここで終わるわけじゃない。私と憂の時間はこれから。ここで答えを出す意味なんて全然ない。 全部が終わった時にわかればいい。人生というお話の答えなんてそんなもの。 私は、私達は、まだまだ終わらない。 終わらせないし、終わりたくない。ずっと一緒に続けていくんだ。 みんなで紡ぐ、人生という名の物語を―― ・ ・ ・ 憂「――あ、純ちゃんに報告の電話したらね、スミーレちゃんと直ちゃんも呼んで待っとくって!」 梓「えっ」 /| |/__ ヽ| l l│<オワリ ┷┷┷ 戻る
https://w.atwiki.jp/magicman/pages/2617.html
写実主義なゲンガー VR 水文明 (6) クリーチャー:ドッペルゲンガー 0000+ ■コピー(このクリーチャーをバトルゾーンに出す時、バトルゾーンにあるクリーチャーを1体選ぶ。バトルゾーンにある間、このクリーチャーはその選んだクリーチャーの特性〔パワーや種族〕を得る) 作者:赤烏 裁定的にはゴッドがリンクした時と同じような感じで。 フレーバーテキスト DMW-14 「レジェンス編I レジェンスの邂逅」「出会ってはいけない。自分そのものと遭遇するほど、生きていて震え上がった出来事はない。」 ――アラム・スプールの体験 DMW-22 「トランセンド・レゾン」過去と同じものを振り返るのも悪くはない。過去を識れば、未来が視えるのだ。 収録 DMW-14 「レジェンス編I レジェンスの邂逅」 DMW-22 「トランセンド・レゾン」3/234 評価 名前 コメント
https://w.atwiki.jp/83452/pages/17497.html
【#5】 ◆ 純「――っし、もうすぐ降りるよ、二人とも」 梓「ぅえ? もう?」 思わず変な声を出してしまった私に、正面の純は呆れ顔で溜息。 私に寄り添ったまま携帯電話を取り出し開いた憂の手元を覗いてみると、確かに結構時間は経っていた。 やっぱりこの三人で居ると楽しくて、時間が経つのが凄く早い。特に憂といると。 ……決して純をないがしろにしてるわけじゃないけど、やっぱり憂がいないと私は私で居られないんだ。 純「ま、二人でこのままアテのない旅に出るってんなら止めないけど?」 梓「そんなことしないから……」 そんなことをすれば、純はまた心配するでしょ? ん? でも案外憂と一緒なら心配しないのかな? 憂「……私は、梓ちゃんと一緒ならどこでも……」 梓「ぅえっ!?」 純「こらこら、真に受けるなって」 憂「あははっ」 ……なんだ、冗談か。ビックリした…… ビックリどころかドキドキしてる気もするけど…… 梓「憂は真顔でボケるから反応に困るよ……」 純「せっかく私が住居を提供してあげるってんだから素直に甘えなさい、二人とも」 憂「あ、純ちゃん、その話だけど……ホントにいいの?」 純「いいも何も、一人ぼっちにはしておけないよ。憂も、梓もね」 憂「……梓ちゃんも? 梓ちゃん、何かあったの?」 梓「あ……」 そっか、憂は知らないんだ…… というか、それはそうだ。私が自棄になっていた時期のことなんて憂は知るはずがないんだ。 そして知られたくもない。原因となった憂に聞かれるのは恥ずかしいし、それ以上に憂はそんなこと聞かされたらきっと背負い込む。自分のせいだと責めるはずだから。 となると罪悪感を抱かせない程度に告げるか、隠し通すか、あるいは誤魔化すかしないといけない。何かいい方法は―― 純「あー、梓はね、大学全部落ちてさ。それで親と喧嘩して家出した」 梓「ちょっ」 憂「あ、そうなんだ……」 どう説明しようかと悩んでいると、嘘半分、事実半分、そして多くの真相を伏せて純が誤魔化した。 私の代わりに誤魔化してくれた…と言ったほうがいいのかな? 純「まー勘当されたようなもんだよね。梓みたいな性格じゃ高卒無職なんて経歴がついたらヒキコモリ一直線だろうし」 あっはっは、と高らかに笑う純。 ……こいつ、単に私をここぞとばかりにバカにしたいだけなんじゃなかろうか。 憂「もう、純ちゃん! 梓ちゃんはちゃんと頑張る子だよ!? そんな事言わないの!」 ……憂のそのフォローも地味に胸が痛くなる。憂のいない世界で流されるまま生きるつもりだった私には。 純「んー、まぁ頑張ってくれないと私も困るしね、家に置く以上は。この先梓がどうするかには口出さないけど、約束は守ってもらわないとねぇ?」 憂「約束って?」 純「ん、家に置いてやるから家賃ちょっと出せ、ってね。普通にルームシェアしようってコト」 憂「あ……じゃ、じゃあ私もお金出さないと…」 純「そういえばそうだねぇ。ま、新居に着いてから考えようか。早く降りるよ」 話に夢中で気づかなかったけど、いつの間にか隣街の駅に着いていた。 慌てて荷物を抱える私と憂を、荷物の少ない純はニヤニヤと見下ろしていた。なんか腹立つ。 ……でも、さっきまで何か考え込んでいたようだった純がいつも通りになってるのには安心した。 憂「――そういえば純ちゃんはさ」 たいして広くもない駅の構内を三人で横に並んで歩きながら、憂が問う。 純「んー?」 憂「なんでN女子大に行かなかったの? 澪さんを追っかけて行くと思ってたんだけど」 あっ、って聞こえてきそうな顔で純が固まる。 完全に予想外の質問だったのだろう。さっき私を助けて(?)くれた機転はどこへ行ったのやら。 今度は私が助け舟を出してあげたいところだけど、私もその理由は知らないからどうにも出来ない。そしてそれに加えて私もその理由には興味があった。 純「……単に学力の問題だよ。結果的には梓みたいに無職にならなかっただけ賢い選択だと自分では思ってるけど」 憂「もー、またそうやって……」 あ、私はN女を受けて落ちたって設定なのか。 いや、そんなことより……私には純が本当にそれだけの理由で諦めたのかという方に疑問が残る。 というか…私に遠慮して行かなかったんじゃないか、なんて勘ぐってしまう。 今の純が嘘をついているかはわからない。それはきっと憂も同じ。 でも、あの当時の私はあんなだったから……もしかしたら、って思ってしまう。 私を置き去りにするようなことが出来なくて、純は自分を犠牲にしたんじゃないかって思ってしまう。 いや、ぶっちゃけその通りだと私は思ってる。 でもこんなことを面と向かって尋ねても、純はヘラヘラ笑って否定するだろう。 私が申し訳ないと思えば思うほど、純は明るく否定するのだろう。 ……そういうの、本当にズルいと思う。 憂「……でもごめんね? なんかさっきから聞いちゃいけないことばかり聞いてるね、私……」 純「あー、いや、そんなことはなくて、ね?」 梓「そ、そうだよ。憂にはいつか説明しなきゃと思ってたし……っていうかどうせすぐバレることだし」 憂「梓ちゃんのほうも……喧嘩して家出なんて……」 梓「それは…私が悪いんだから仕方ないよ」 憂「……いつか、仲直りしてね?」 梓「……うん、わかってる。今だってこうやって純と暮らす条件の一つとして、毎日のメール連絡は欠かさないこと、っていう条件があるんだから」 憂「そっか……私に出来ることがあったら何でも言ってね? 何でもするから」 梓「あはは、大袈裟だよ憂。ありがと」 とは言ったものの、私自身は両親の考えなんてよくわからない。だってこの条件を取り決めたのは私じゃなくて純だから。 たった一人の娘を大切に思わないような両親ではない。娘としてそう思っているけど、私には親の気持ちはわからない。 私だってその時は『生きててもしょうがない』と本気で思っていたんだから、親も私に対してそう思っていても不思議じゃない。 ……まぁ、今は親のことよりも自分のことだ。これからのこと。 憂とこうしてまた会えた。それだけで無職になったことを悔やみつつあるのは我ながら変わり身が早いというか、『憂に情けないところを見せたくなかった』思考が見え見えで面白いけど。 でも逆に考えれば憂と同じ立場になれたとも言えるのだから、やっぱり問題は『これから』なんだ。そこは憂とちゃんと話し合おうと思う。 純「……あっ」 梓「ん? どうしたの?」 歩きながら真剣にこれからのことを考えていたら、純が素っ頓狂な声を上げた。 やたら周囲を見渡しているから何事かと思っていたら…… 純「トイレ行きたい」 梓「行ってきなさいよ……」 純「行ってくるよもちろん。新居までどれだけかかるかわかんないしね」 ……なにそれ。まさか…… 梓「……あのさ、その家までの道はわかってるよね?」 純「さすがにそんなボケはしないって。でも私達だよ? どんだけかかるかはわかんないんだし、備えあれば憂い無しだって!」 そう言って手提げを憂に押し付けて純はトイレのあるらしい方向に走っていった。 どれだけかかるかわからなくなるような原因を作るのはいつも純だと思うけど……なんか、そう言われると私もトイレ行っておいた方がいい気になるじゃん。 憂「……トイレの前で待っとこうか。私も行きたいし」 梓「そだね……」 二人もボストンバッグとギターを抱えている以上、一人ずつ行って二人で荷物を見張る、それのほうがいいと視線で伝え合った。 純「――おまたせー」 トイレの前に着いてから少し待っただけで純は出てきた。 もうちょっと空気読んでよ純。憂と二人っきりだったのに。…なんちゃって。 憂「私も行ってくるから、荷物お願いね」 純「はいよー」 自分の手提げを受け取り、床に置いた二人分の荷物を私と挟む形で純が立つ。 今度は純と二人きり。何かいろいろと改めて言っておくべき言葉があるような気がする。 とりあえず口を開こうかと悩んでいると、純のほうから口を開いてきた。 純「そういや梓、アレでよかったんだよね?」 梓「へ?」 純「隠したじゃん。憂が死んだことで、あんたが落ち込んで何もしなくなった、ってコトを」 梓「あ、うん……」 純が咄嗟に誤魔化した形になるけど、私もそれで良かったと思ってる。 あれはあくまで『私の想いの結果』だし、憂に背負わせるのは間違っていると思うから。 梓「……ありがとね」 純「ん、それはいいんだけど……憂のことだから、どっかで嘘だって気づくかもよ?」 梓「…だよね。そもそも憂に隠し事なんて、本当はしたくないんだけど……」 それでも、私のこの恋心は隠し通さないといけない。 『誰かが死んだことで無気力になる』なんて、知ってる人から見れば恋心だと一目瞭然だから、憂本人には特に隠さないといけない。 ……って、あれ? ちょっと待って、それなら私の事情を知って助けてくれた純とかはこの気持ちに気づいてるってことになるんじゃ? 無気力になった私をずっと間近で見ていた両親と、勘当されたあの日に何も聞かず両親と話を付けてくれた純なんて、もはや知ってて当然ってレベルなんじゃ…? 梓「あ、あのさ、純……」 純「ん? どしたの? トイレ我慢できない?」 梓「そ、そうじゃないけど…!」 あ、いや、でも純が直接私にそう聞いてきたことはないし、案外気づいてないのかも? そうだよね、純なら面白がって首を突っ込んできそうなものだし。だとしたら墓穴を掘るような質問なんて出来ないよね…… いや、あるいは気づいてて見ないフリをしてくれてる可能性も…? さっきの機転といい、意外にも私を見守ってくれてるのかな…? ……ま、まぁ、純のほうから尋ねられない限りは隠し通せてるってコトにしといたほうがいいよね? 梓「な、何でもない……」 純「…? 変なの」 もしかしたら気づかれてるのかも、という疑惑が私の頬をどこまでも熱くする。 トイレから戻ってきた憂に顔を見られないように、私もトイレへと駆け込んだ。 【#6】 ◆ ――鈴木純は気づいている。 中野梓が平沢憂に好意を抱いていることに気づいている。一途な愛を胸の内に留めていることを知っている。 一途であるが故に、拒絶されることに怯えているのを知っている。親友でさえいられなくなることを恐れているのを知っている。 言葉にしてみればごく普通な、ありふれた純粋な愛情を抱いていることを知っている。 だが、それはあくまで推測でしかない。確証はあるが事実ではない。限りなく事実に近いが、本人に確かめていない以上は事実に成り得ないのだ。 そして鈴木純本人もそれでいいと思っていた。中野梓に伝えるつもりがないのだということも知っていたから、首を突っ込む必要も世話を焼いてやる理由もないと思っていた。推測は推測にすぎないまま行く末を眺めていればいいと思っていた。 勿論、仮に告白をするという状況になったなら迷わず応援した。相談されれば手を貸した。それを当然だと彼女は思っていた。ただし前提に中野梓本人の行動が伴っていないといけない、そう考えていたのだ。 ……しかし、今になって状況が変わってきた。 鈴木純は気づいている。 『再会してからの』平沢憂は、中野梓に好意を持っていることに気づいている。 それを単に、今まで見せなかった感情なのだと考える事も出来る。 しかし鈴木純にはそういう考えが出来なかった。付き合いの長い彼女には、平沢憂のそれが隠していた感情にも偽りの感情にも見えなかったのだ。 むしろその相違点が、以前の平沢憂と今の平沢憂が本人の言葉通りに『別人』であるということの裏付けのように思えて仕方なかった。 平沢憂がやはり別人であるという推測。 そして『今の』二人は相思相愛であるという推測。 この二つの推測を前に、どう動けばいいのか。 人間ではない平沢憂の存在を定義付ける呼称に悩み、平沢憂と中野梓の関係に気を揉む彼女は、どう動くべきなのか。 純(いっそ、どっちかが間違った憶測だったらいいのにな…) そう思いながらも、苦悩しながらも、やはり友人思いな彼女の口は真実を求めて事実を問う。 純「ねぇ、憂」 憂「ん? なに? 純ちゃん」 純「……梓のこと、好きなの?」 憂「ふえっ!?」 問われた憂の頬が一瞬にして赤く染まる。 問いに対する答え自体はそれを見れば一目瞭然だが、鈴木純の求めた答えはその先にある。 純「あのさ、憂…………いつから?」 憂「え? いつからって……そんなの、ずっと前からだよ…」 純「学生時代から?」 憂「うん」 「ちょっと恥ずかしいけど」と顔を俯かせるが、鈴木純はその答えに納得できなかった。 学生時代の平沢憂が、中野梓の寄せる好意に気づいていたか。そこまでは彼女にも断定は出来ない。 だが少なくとも平沢憂の側から恋愛的な好意を表に出すことはしなかった。あくまで親友として振舞っていた。 故に中野梓は一方的な想いを伝えることを良しとしなかったのだから。俗に言う『脈なし』だと判断したのだから。 結局、今の平沢憂の行動の変化は、やはり真相を求める彼女の推測の裏づけと成り得てしまうのだ。 純「……なんで高校の頃からアピールしなかったの?」 憂「……えっ?」 純「せっかく同じクラスだったのに。せっかく梓と同じギターを始めたのに。誰よりも近くにいたのに何もしなかったのはなんで?」 憂「……純、ちゃん…?」 純「……ゴメン、責めてるわけじゃないんだけど。でも思い出せない? 二人っきりの時とかあったでしょ?」 憂「………そう、だね。あったよ。あったはずなんだけど……」 純「……何もしてなかった?」 憂「………」 その沈黙は、鈴木純の推測を肯定してしまっていた。 またしても推測の裏づけを得てしまった彼女は、悲しげに眉尻を下げながら告げる。 純「……学生時代の憂は、梓のことを好きじゃなかったんだよ」 憂「っ!?」 純「少なくとも、恋愛対象として見てはいなかったんだと思う」 申し訳程度に『思う』と付けたものの、これ以外に可能性などないことは二人ともわかっていた。 『二人きりの時に何もしない』なんて、人目も憚らずに梓に触れ、微笑みかけ、自分の存在を積極的に見せ付ける今の平沢憂からは到底想像できないことだから。 だがそれでも納得できない憂は、純の二の腕を掴み、揺さぶる。 憂「なんでっ!? なんでそんなこと言うの!? そんなわけないよ!!」 純「っ……憂……」 憂「そんなわけない! そんなことがあっちゃいけない! だって……!」 人通りが少なくなってきたせいもあり、憂の悲痛な叫びが静かな駅構内に響き渡る。 憂「だって、梓ちゃんは! ずっと私を呼んでくれた! 好きだって、いないと寂しいって言ってくれた!」 純「憂っ…!」 憂「ずっと私を求めてくれた! そんな梓ちゃんのことを私が嫌いなわけないよ!! 好きじゃないわけがないよ!!!」 純「憂っ、声が大きいって…!」 梓に聞かれることを危惧した純が注意するも、聞き入れる様子はない。 憂「……梓ちゃんを好きじゃない私がいるっていうなら……殺してやるっ! そんなの、私が許さない!!」 純「ちょっ、落ち着きなさいってば――」 ――そして、彼女が危惧していたことが現実となる。 梓「――憂っ!!」 4