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「ぼくはきみのようなはしたない女性は好みじゃないんだよ! モンモランシーを見習うんだね!」 「あーら、恋の熱さもしらないボーヤが何を言ってるのかしら? それに私があなたなんかを相手にするわけないじゃない。おととい来なさい、貧弱ボーヤ」 と、かれこれ小一時間もタバサの傍で言い合いを続けているのは、ギーシュとキュルケだった。 元々ギーシュとキュルケは決して仲が悪いわけではない。当然良い訳でもないが、だからと言って両者とも相手を罵倒するほど論議するほど仲は深くない。どちらも精々クラスメイト程度の認識だったはずだ。 タバサは恨めしげに二人を見ながら、そっとそんな事を思い出した。 原因、といえるものがあっただろうか。今日は虚無の日であり、タバサはいつもの様に部屋で静かに読書をしていた。そしていつものように意味もなくキュルケがおしかけ、カフェテラスでお茶を飲むことになったのだ。 遠出をしろというのならば兎も角、ほんの5分ほど歩いて本を読む場所をかえるのならば、拒否するほどの事でもない。 幸い、カフェテラスは学園で最も静かな場所の一つだ。タバサにはよく理解できなかったが、ティーを楽しむ場所で大きな声を上げるのは貴族に有るまじき行為らしく、どれもこれも自然の囁きと間違うほど声が小さい。 タバサがこのカフェテラスに引きずって来られるのは、大体虚無の日3日に1日ほどである。 キュルケはたまに声をかけて来るが答えを期待するでもないらしく、タバサが聞いているのを理解していると文句の一つも言わないので、気にするほどの事でもない。 また、ここでは頼めばそれなりに美味い茶も出てくるので、タバサは中々にここが気に入っていた。今日までは、だが。 とにかく、タバサにとって一番の問題は二人が五月蝿い事であり、一番困っているのは帰ろうとするとキュルケだけでなく、何故かギーシュも襟首を掴みタバサが帰るのを阻止する事である。鬱陶しい事この上ない。 仕方なく、タバサは完膚無きまでに二人を無視しながら本を読み続けた。 周囲ではだんだんヒートアップし出す二人を遠めに見つつ、何かを言い合っていた。やがて周囲の人間から蹴り出されるように、学年で最も巨体な男、マリコルヌが額の汗を拭きながらとぼとぼと歩いてきた。 マリコルヌは白熱する二人を見て、明らかに及び腰になっていた。汗の出も大分早い。 タバサは9割方諦めながらも、残りの一割でマリコルヌを応援した。彼が終わらせてくれれば部屋に帰ってゆっくりと読書の続きができるのだから。 「あ、あのさ、ほら、ここってカフェテラスだし、そろそろ止めたほうがいいんじゃないかなって思うんだけど……」 「「うるさい!!」」 ひいぃ、と情けない悲鳴を上げながら、マリコルヌは思い切り後ずさる。ああ、だめだな、とタバサは再確認し、一割を問答無用で投げ捨てた。周囲も大方同じ反応らしく、明らかにため息をついていた。 だが、当然マリコルヌに周囲の反応など分かるはずもなく、二度目の交渉を始めた。しかし、それがいけなかったのだ。彼は白熱した人間に『最も言ってはいけないこと』を言ってしまった。 「二人ともさ、そんな下らない言い合いは止めようよ」 瞬間、周囲の空間に殺気が膨れ上がる。ずだん、と音を立てたのはテーブルだ。 ギーシュが振り下ろした青銅製のナイフが突き刺さり、キュルケが叩いた部分は明らかに焦げ付き炭化している。予想以上の反応にタバサすら目を上げたほどだ。 「あんた今なんて言ったッ! 私の耳がおかしくなってなければ『下らない』って言ったわよねぇ~」 「それを決めるのはぼくとキュルケだ! いいかい? 重要なのは『君がどう思ってるか』じゃあない。他ならぬ『ぼくとキュルケがどう思ってるか』なんだ! それを! 貴様は! 何と言ったッ!」 タバサは恨めしそうにマリコルヌを見た。白熱した論議をする人間に対し、下らないとは最も言ってはいけない言葉だ。 こういう場合は二人に共感しているような印象を与える言葉で冷静さを取り戻させ、それとなく周囲の人間の迷惑を無視してはいけないという事を分からせるのがベストなのだ。 根本的な解決にはならないかも知れないが、それでもとりあえずこの場は収まるのだから。 「調子にのるなよ、このデブがッ!」 「お呼びじゃないのよデブ! 帰ってママのおっぱいでも吸ってなさい!」 その言葉で、半泣きになりながらも必死に愛想笑いを続けていたマリコルヌの顔が凍りついた。辺りに変な空気が流れ始めたのに一番早く気づいたのはタバサで、眉を潜めながら原因と思わしき方向――マリコルヌを見る。 そこには、いつのまにか気の弱いお坊ちゃんは居なくなっていた。まぶたは半ばまで落ちて印象の悪い三白眼になり、口は皮肉げなものに変わっている。 左手はあご元に、右手は方の高さ辺りで遊ばせて、明らかに二人を侮り挑発していた。 「デブ、ねぇ。うん、『デブ』かぁ。たしかにデブだよねぇ。そう言えばそうだったかなぁ。確かにぼくはデブだねぇ……」 くっくっくっ、と笑いながらマリコルヌは自信たっぷりに言った。タバサはそれを見て、不快感よりも不信感が先走った。 ドットのギーシュならばともかく、キュルケはトライアングルである。もしキュルケが感情に任せて魔法を放ったとしたら、マリコルヌに防ぐ術はない。 「ふざけるのもいい加減にしたまえ!」 「あんたね、馬鹿にしてるとふっとばすだけじゃ済まないわよ!」 このキュルケの言葉に嘘がないのは、学園中の生徒が知っている事だった。何かと同姓の恨みを買うことが多いキュルケは、当然先輩の恨みも買った事がある。しかしその全てを実力でねじ伏せていた。 それも、教師にばれない様に上手くだ。しかし、その様子を見てもなおマリコルヌは侮り続けた。 タバサは自分の警戒心が上げる悲鳴を必死に押さえ、ごく自然な動作で立ち上がり即座に対応できる状態を作ろうとした。そして、やっと警戒心の原因に気がついた。 『体が恐ろしく重い』。『手全体がむくんでいる』。 理解不能な突然の事態に思わず絶叫しそうになるが、思い切り体を強張らせてなんとか耐える。『この攻撃に気づいたことに気づかれる訳にはいかない』。 「ああっ! 確かにぼくはデブだね! しかしぼくがデブなら今のお前たちはどうなんだァァァッ!!」 「なっ、なにぃぃぃいぃ! こっ! これは、まさか、ぼくの指なのかぁぁぁぁ!!」 「手のひらがむくんでいる! 水死体がぶよぶよになるように! いえ、違うわ! これは水分じゃあないッ! これは脂肪だわ、今私は『太っている』んだわ!」 タバサの耳にキュルケの絶叫が聞こえ、それに反応しようとしたのがいけなかった。急いで立ち上がろうとして、そのまま地面に崩れ落ちてしまう。 地面に頬をつけて驚愕に目を見開くタバサを見ながら、キュルケは絶叫した。 「タバサ!? 大丈夫なのッ!?」 「別に命に別状はないさ。彼女を殺すつもりもないしね」 にたにたと笑いながらマリコルヌがタバサを見下ろした。 「ふざけないで! タバサは関係ないでしょ! さっさと戻しなさい!」 「うるさい! しゃべるのはぼくであってきみじゃあないッ! わかるか? 『きみ』じゃなくて『ぼく』だ!」 興奮したマリコルヌがキュルケの顔を掴むと、彼女の顔は倍ほどまで『太った』。 口の中まで脂肪が満たししゃべれなくなったのを確認すると、マリコルヌは満足そうに頷く。 「安心していいよ。彼女は一番小さいからね。えぇと、タバサだったっけ? 彼女は自分の足で体重を支えられなくなったのさ。簡単に言うと、だ。太るって言うのはとても気の長い行為なのさ。 少しずつ体重が増えていくと、それと同時に体重を支えられるだけの『筋肉』が発展する。だから同じ身長で倍くらい体重が違っても人は歩いたり立ったりできるのさ。 けど君たちは違う。筋肉が発展する『間も無く』体重が増えたんだ。2割増えれば普通に動くのも困難になってくるし、筋力が低ければ3割も増えれば身動き一つとれない。 ところで、ぼくはデブを二つに分類する。『いいデブ』と『わるいデブ』だ。体重に見合った筋肉を持ってるぼくは『いいデブ』。そして体重に負ける筋力しか持たないきみたちは『わるいデブ』だ」 もはや体を上げることすら困難なギーシュとキュルケに、マリコルヌは宣言する。そこには先ほどまでの侮った表情は完全に消えていて、百戦錬磨を思わせる冷静で冷たい瞳があった。 「いまのきみたちのような『わるいデブ』の一番まずい点は、内臓が脂肪に負けているという点だ。ゆっくり太れば内臓もそれなりに適合する。けど急に太ったんじゃあ内臓は脂肪に簡単に押し負けるのさ。 今のペースでいけば君たちはあと数分だ。タバサは……そうだな、3分持つかな? あぁ、当然殺しはしない。殺しはしないけど『言ってみただけ』さ」 そう語ったマリコルヌの背中から、突如何かが現れた。全身紫色の下半身の変わりに触手が存在する巨人。半透明で腕だけが存在する巨人だった。 タバサはやっと理解した。これは『スタンド攻撃』だと。今まで何度かスタンドと戦ったことはあったが、こんなに特殊な能力を持つスタンドは初めてだった。 スタンド。精神が進化した姿。己の生命力そのもの。タバサにはスタンドとはその程度の物だとの認識しかなかった。 タバサが初めてスタンドを出したのは数年前だ。 最初は幽霊だと勘違いして半ば失禁してしまったが、それが自分の思い通りに動くとしるとその考えは一変した。これは耐え難い自分の過去に抵抗するための『立ち向かう(Stand up to)』力だと。 そこまで分かった瞬間、タバサには覚悟が決まった。これはスタンド同士の戦い。ならば最後に物を言うのは『精神力の強さ』だ。 脂肪のせいで殆ど動かない口を必死に動かし、タバサは宣言した。 「あなたの、負け」 その奇妙な宣言に、愉悦の笑みを浮かべた少年は眉を跳ね上げた。 「……なんだか面白い事を聞いたね。ぼくの負けだって? ギーシュも、キュルケも、そしてきみも動けないのに?」 「そう、あなたの、負け」 「ふざけるなッ! ぼくの『ザ・グレイトフル・デブ(偉大なる肥満)』に死角はないッ!」 マリコルヌはタバサに駆け寄り、思い切り体を蹴り飛ばした。タバサの体は少しだけ跳ね、苦しみに息を漏らした。ギーシュとキュルケが何かを言おうとしていたが、もう口が上手く動かず言葉になっていなかった。 「さあ言ってみろ! この状況で! 絶望的な状況で! ぼくの負けだと!? ならこうしよう。ぼくは最初きみを殺すつもりはなかったけど、それはやめだ。さぁ、ぼくを『負け』させられないときみの命はない!」 そう宣言するとマリコルヌは狂ったようにタバサの体を蹴り始めた。体の左半分は青あざだらけになっているだろう。顔はひどい出血で殆ど何も見えていない。 ギーシュとキュルケが泣きそうな顔でタバサを見ていた。タバサは顔を苦悶に変えながらも、大丈夫、と呟く。 「そう、大丈夫。これでいい。これがいい」 「これがいい、だって? 蹴られるのがかい? ずいぶんと楽しい趣味じゃないか!」 「ちがう。あなたが『近くにいる』のがいい。『半径2メイル以内』にいるのがいい」 そう言うと、タバサは右腕を動かした。全く太っていない、今の体に不釣合いな右腕を、だ。 「まさかッ! お前気づいていたのか!」 絶対にありえない事に愕然とし、マリコルヌは絶叫した。 最初に気づいたのは、マリコルヌが時間稼ぎと思われる長い話を始めてからだった。本を見ていたタバサは、少し、ほんの少しだけではあるが右手より左手の方が太いことに気がついた。 その時はまだ原因は分からなかったが、とにかく自分が太りゆく現実だけは理解した。そして右手と左手の違い、それは『右手は本をめくる為に動かしていた』と言う事だけだ。 何も分からなくても、重要な所だけは理解した。『動かなければ太る』『動けば太らない』。そして右手が自分の体で死角になるように倒れ、ひたすら右手だけを動かし続ける。 あとはある程度太ったところで、そう、相手が勝利を確信するほど太ったところで挑発し、自分のスタンドの射程距離、半径2メイルまでおびき寄せればいい。 冷静に、そして慎重にタバサは賭けをして、そして――勝利を収めた。 「う、うおぉぉぉぉ!! 全身を太らせろ『ザ・グレイトフル……』」 「遅い。『ストーム・プラチナ(白銀の吹雪)』 『オラァッ!』 振り下ろされる『ザ・グレイトフル・デブ』の腕を『ストーム・プラチナ』が弾き飛ばし、圧倒的な破壊の像が『ザ・グレイトフル・デブ』を殴り飛ばした。 顔半分の形状を思い切り変え、後方に吹き飛ぶマリコルヌ。そして壁に激突し、朦朧とする意識の中、自分のスタンド攻撃の効力が切れて、体格の戻ったタバサが立ち上がるのが見えた。 そこに存在するタバサは、控えめに言っても満身創痍だ。破れた衣服からは痛々しい青あざが覗き、顔は左半分を血で赤く染めている。恐らく立っているのも辛いであろうタバサに、マリコルヌは恐怖した。 血と髪から覗くその瞳はいつもの無感動なものではなく、確固たる強靭な意志の元に成り立っていた。 その瞳を見てしまったら、覚悟するしかない。自分も引かない覚悟をするしかない。笑い言うことを聞かない膝を無理やり叱咤し、崩れかけた壁に寄りかかりながらマリコルヌは立ち上がった。 「彼らは。『デブ』を馬鹿にした。彼らが馬鹿にした『それ』はぼくの誇りだ。許せは、しない」 「同じ」 マリコルヌの宣言に、タバサも同調した。殆ど動かない左足を引きずりながら、マリコルヌを睨む。 「友達に、手を出した。許せない」 何のことはない。互いに、とてもシンプルだった。彼らにはどうやっても許せず退けないものがあり、そして互いに直接ではなかったとしても触れてしまった。理解できる。そして、共感もできる。しかし、敵だった。 「行けぇ!」 先手を取ったのは、マリコルヌだった。胴半ばから生える触手で体を支えながら、ストーム・プラチナよりも太い腕を叩きつけにくる。 マリコルヌは再び勝利を確信した。パワーで負けていることは先ほど証明済みだ。恐らくスピードでも負けているだろう。だからこそ先手を取り、先に一発でも当てる。 別にガードされてもいいのだ。拳を当てればそこから急激に太らせることができるし、何よりスタンドのダメージは本体にも行くのだから左半身に一撃でもあてればそれで戦闘不能にできるだろうと考えた。 また、パワーとスピードで負けていると言っても、常人のそれより遥かに早い。人間には残像程度にしか見えなく、拳を放ってからの対処は不可能だと考えた。 『ザ・グレイトフル・デブ』が拳を放ってもまだ『ストーム・プラチナ』は拳を上げてすらいない。対処は不可能だと、そう考えたのだ。 ――何が悪かったのか、と考えれば悪い所など無かったと言えるだろう。そもそも予測してしかるべし事ではなかったのだ。あえて敗因を挙げるのならば、マリコルヌは『スタンド』を侮っていた。 タバサと『ストーム・プラチナ』を侮っていたのだ。 タバサのスタンド『ストーム・プラチナ』に特殊な能力などは無い。 タバサが戦ってきたスタンドの中には炎を自在に操るものや破壊の像を固めて飛ばしてくるものもいたが、『ストーム・プラチナ』にそういった固有の能力などは存在しなかった。だからこそ、強かった。 ただ強くて早くて正確なだけのスタンドは、ただの一敗もしなかった。 『オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ!!』 暴風が、解き放たれた。最初の2発で『ザ・グレイトフル・デブ』の両拳を破壊し、残る拳が全身に隙間無く突き刺さる。その衝撃だけで風が吹き荒れ、大地が割れ、空間が悲鳴を上げた。 それは、正に『白銀の吹雪』だった。 スタンドを完全に破壊されたマリコルヌは壁を突き破り、血を撒き散らしながら数メイルも吹き飛んだ。タバサはそれを確認もせず、何も起こっていなかったかのように自然に落ちている本を拾い、それを広げた。 やはり左足を引きずりながら数歩進んだところで、ふと肩と本越しに振り返る。そこには血と瓦礫で出来た道と、マリコルヌがあった。 マリコルヌは恐ろしく悲惨な姿ではあったが、わずかに痙攣している。死んではいない事を確認し、タバサはそのままの体勢のまま静かに目を瞑り、相手を賞賛した。 行った行為は褒められたものではないし、認められるものでもない。しかし、あの意志の強さだけは掛け値無しに本物だった。 称え終えると、今までの疲れがどっと押し寄せてきた。頭もふらふらする。 怪我の治療よりもなによりも先に、ベッドに潜り込みゆっくりと寝たかった。 しかし、まだ終えていない。最後に一つ残っている。これだけは言わなければいけない気がした。 「――やれやれ、だぜ」 今度こそタバサは振り返ることなく、部屋に向かっていった。 この後、ギーシュとキュルケが急いでタバサを担いだり、急に太ったり痩せたりの繰り返しで学園中が混乱したりしたが、それはもうどうでもいいことだろう。少なくとも、タバサの少し奇妙でタフな物語とは関係ない。 ただ一つ、この事件でキュルケとの友情がより厚いものになった事だけを記しておく。 吹雪のタバサ。これより数年後に『黄金の意思』と呼ばれる彼女の、ほんの序章以前の話である。 恐ろしくどうでもいい余談ではあるが、この日よりギーシュはロリコンになったと言う。
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第一部ゼロの外道な初代様 逃亡した使い魔(スピードワゴン) 閃光の紳士 第二部ゼロのテキーラ酒売り シュトロハイムの野望・将星録 教師な使い魔 第三部アブドゥルさん放浪記 ゼロのタバサ(DIO) ゼロの剣 いただきマサクゥル 割れた世界 第四部ゼロの料理人 吉良 老兵は死なず(ジョセフ) シアー・ハート・アタック 望みの使い魔(トニオ) 少女よ、拳を振れ 紙・・・? うしろの使い魔 収穫する使い魔 茨の冠は誰が為に捧げられしや 茨の冠は誰が為に捧げられしや 『魅惑の妖精亭』編 猟犬は止まらない 第五部ペッシ ブラックサバス アバッキオVSギーシュ ギーシュの『お茶』な使い魔 鏡の中の使い魔 本当に良くやった使い魔(殉職警官) ゼロの鎮魂歌――黄金体験(GER) ゼロのチョコラータ 絶望の使い魔(チョコラータ) しぇっこさん 永遠の使い魔 死にゆく使い魔(カルネ) 王の中の王 -そいつの名はアンリエッタ- ボス憑きサイト 王女の手は空に届かない 罰を負った使い魔(ジェラート) 第六部サバイバー この宇宙の果てのどこかから(プラネット・ウェイブス) 使い魔ックス ゼロの使い魔像 第七部ロードアゲインの決闘 ブラックモアの追跡 Wake up people※ネタバレ注意 ~百合の使い魔~(ルーシー) その他バオー ゼロの吸血鬼(荒木) DIO 吉良 ボス同時召喚 二刀シエスタ フリッグの舞踏会にて 禁断の呪文 タバサの少し奇妙でタフな物語 ジョジョの虚無との冒険 才人の女性遍歴日記 エレオノールの来訪者 タバサと使い魔と吸血鬼
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タバサの大冒険 プロローグ タバサの大冒険 第1話 タバサの大冒険 第2話 タバサの大冒険 第3話 タバサの大冒険 第4話 タバサの大冒険 第5話 タバサの大冒険 第6話 前編 タバサの大冒険 第6話 後編 タバサの大冒険 第7話 前編 タバサの大冒険 第7話 中篇 タバサの大冒険 第7話 後編 タバサの大冒険 第8話 その1 タバサの大冒険 第8話 その2 タバサの大冒険 第8話 その3 タバサの大冒険 第8話 その4
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~水の都 1F~ 「う………」 一体何が起きたのか。意識を取り戻したタバサは、起き上がって現在の状況を確認する。 取り立てて、体に異常は無い。手足もちゃんと動くし、目も耳も聞こえる。 どうやら死んではいないらしい。ここが天国だとか死後の世界だと言うなら話は別だが。 しかし、それ以上に大きな問題があった。 「ここは……」 一体何処なんだろう?見たことも無い場所だった。 先程までタバサがいた石造りの遺跡とは全く違う。 少々薄暗い物の、それでも建物が整然と立ち並び、縦横無尽に水路が走っている様は、どうやら人間の暮らす街のようだ。 しかし最も違和感を覚えたのは、肝心な人間の気配が全く感じられないという事だった。 あの遺跡の扉の先が、今のこの場所に繋がっていたのは間違い無い。 だが、辺りを見回してもあの扉はまるで見つからない。 まるで最初から存在していないかのようだった。 ――となれば、考えられることは一つしか無い。 ここは、異世界なのだ。 あのゼロのルイズの使い魔が、ハルケギニアとは違う「チキュウ」とか言う世界からやって来たらしいと言うのは、既にトリステイン魔法学院の誰もが知っていることだ。 そして誰もがそのことを半信半疑に思っていたのだが、既に何度か―― あの「竜の羽衣」を始めとして、本当に才人が異世界の人間であることを示すような出来事も起こっており、タバサも異世界の実在を認めても良いだろうと考えていた。 だが、実際に自分が異世界を訪れる羽目になるとは思わなかった。 ここから元のハルケギニアに帰る方法が、果たして本当にあるのだろうか。 今のタバサには皆目検討も付かない。 「…………また」 また、一人ぼっちになってしまった。 そして孤独な自分が唯一頼るべき魔法の杖も、あの遺跡に置き去りにしたまま無くしてしまった。 今まで生きて行く為に振るって来た魔法も、杖が無くては唱えることすら出来ない。 「―――……っ」 不安と孤独、そして絶望が、タバサの胸に去来する。 見ず知らずの世界に、戦う力も奪われて、たった一人取り残されてしまった。 こんな気持ちになったのは、自分や両親の存在を疎んだ伯父の手によって、家族を失った時以来だろうか。あの時以来、タバサは伯父の一族に対して復讐を誓った。 伯父が自分を抹殺する為に、苛酷な任務を度々与え続けた時も、タバサはそれを乗り越える為に、戦って、戦って、戦い抜いた。 いつか復讐を遂げるその日まで、誰にも負けないように魔法の力を高め続けて来た。 それが今までタバサがハルケギニアで過ごして来た15年間の全てだった。 だがタバサは今、全てを失ってしまった。 一体今の自分に、何が出来ると言うのだろう。魔法一つ満足に使えない、無力なこの自分に? 平賀才人がルイズに召喚された時も、こんな気持ちになったのだろうかと、タバサは改めて思う。 自分にはもう、何も残されていない。そう、この世界にやって来た時から―― 「あ」 思い出した。タバサの他にも、一緒にこの世界へと飛ばされて来たであろう相手が一人いたでは無いか。いや、一人では無くて一本と呼ぶべきだろうか。 知恵を持つ剣、デルフリンガー。彼がここにいるなら、自分は一人じゃない。 一人じゃないなら、きっと大丈夫。 今までも一人で生きて来られたのだから、一人と一本ならもっと凄いことだって出来るかもしれない。 そうだ、こんな所でくじけている場合じゃない。 自分には、ハルケギニアに帰ってやらなくてはならない事があるのだから。 先程までの不安げな様子など微塵も感じさせぬ態度で、タバサは改めて周囲の様子を探り始める。 そうこうして行く内に、お目当てのデルフリンガーこそ見つからなかった物の、幾つか新しい発見があった。 一つは、地面に落ちていた黄色い円盤だった。 今までタバサの見た事の無い物であり、一体何に使うのかも皆目検討が付かない。 だが、その円盤に書かれている文字だけは、タバサにも理解出来た。 「エコーズAct.3のDISC」。それが何を意味している言葉なのかはわからないが、ここから考えられるのは、この円盤は“DISC”という名前であること。 そしてこの“エコーズAct.3”以外にも、色々な種類のDISCがあるのでは無いかということ。 この二つだけだ。 もう一つは、何故か自分が持っていた大盛りのはしばみ草のサラダ。 勿論こんな物を持って来た覚えは無い。 これを発見した時は流石にしばらく悩んでしまったが、気味が悪いからと言って自分の好物を捨てるのも気が引ける。後で、お腹が空いたら食べることにしよう。 そして最後に、地面のど真ん中に設えてある下層方向への階段。 他の道は全て行き止まりであり、これ以上何かを探すとしたら、この先へ進むしか無い。 よし。タバサは覚悟を決めて、階段に向けて一歩を踏み出す。 「……待ちやがれェェェェ~~~!!」 突然、呼び止められて振り向いてみれば、そこには怪しい風体の中年の男性。 片手にナイフを、もう片方の手に古ぼけたコートを握り締めている。 せわしなく動く瞳の色を見れば、麻薬か何かで明らかに冷静な判断力を失っているのがわかる。 「オレっちのコートをギろうなんていい覚悟だなァァァァ~~テメェェェェ~~~!!」 タバサの羽織っているマントをコートと勘違いしているのだろうか。 片手のナイフを振り回しながら、ヤク中のゴロツキが喚き散らしてにじり寄ってくる。 まずい。魔法の杖を持っていればどうと言う事の無い相手だが、今の自分は魔法が使えない。 小柄なタバサと、刃物を持った男では、どちらが有利か考えるまでも無かった。 「…………っ!!」 ――だったら、イチかバチか階段の先まで逃げるしか無い。 咄嗟に判断して、タバサは階段に向けて一直線へと駆け出して行く。 だが。足元に何かを踏みつけたような違和感を感じた刹那、タバサの足が動かなくなる。 「!?」 良く見れば、足元に仕掛けられていたトラップを、思い切り踏みつけている自分の足。 そして、それが踏み付けた者をその場に固定する「クラフトワークの罠」である事が、 理屈を抜きにしてタバサには瞬時に理解出来た。 「ひ、ひ、ひェ~ッヘッヘッヘェ!もォ逃がさねぇぞォ、テメ~~~!!」 何とか後ろを振り向くことは出来た。 だが、そこではもうヤク中のゴロツキがナイフを振り下ろそうとする姿が目の前に見えるだけだった。 「あ……っ!!」 もう駄目だ。自分はあのナイフに貫かれて、誰にも知られぬままにこの世界で命を落とすのだ。 タバサの脳裏に、この後訪れるであろう自分の最期の姿が浮かび上がる。 だが、苛酷な任務の日々の中で生存の為のセンスが刻み込まれたタバサの体は、反射的にヤク中のゴロツキに向けて最後の抵抗を試みる。 先程拾ったDISCを手に、ヤク中のゴロツキに叩きつけようとする。 「ぐェッ!?」 タバサの決死の反撃が見事に功を奏し、DISCがヤク中のゴロツキの腕にブチ当たる。 それによって、ヤク中のゴロツキのナイフは辛うじてタバサの顔を掠めるに留まり、 そしてタバサが手にしていたDISCは反動によってタバサの方に投げ飛ばされ、そして―― 「え……?」 ズブズブと音を立てているかのように、タバサの頭の中にDISCが沈み込んでいく。 何が起こったのか、タバサには一瞬理解出来なかった。 だが、それを理解するよりも早く、タバサのすぐ側からもう一つの声が響いて来る。 『Act.3、FREEEEZE!!』 「ウゲッ!?」 そしてヤク中のゴロツキに向けて人間の拳の形をした何かが振るわれ、ヤク中のゴロツキの姿を撃つ。 「よ、よくもヤリやがっ……ンガァ!?」 突然、ヤク中のゴロツキの体がズシリと地面に埋もれ、まるでその場だけ重力が倍になったかのようにヤク中のゴロツキの動きがスローになる。 『射程範囲5メートルニ到達シテマス。コレデモウテメーハ飛行機ノシートヨリモスローニシカ動ケネェ」 「ウグググ……」 『ソシテ!スローニナッタ隙ニ殴リ抜ケル!S・H・I・T!!』 「ウッゲアァァ~~~~!!」 ヤク中のゴロツキが満足に動けない所に、更に一方的に拳が振るわれる。 そして何発も拳を打ち込まれ、最後には悲鳴と共にヤク中のゴロツキの姿が掻き消えていった。 『危ナイ所デシタネ。モット早ク私ヲ装備シテイレバ、コンナ事ニハナラナカッタデショウニ』 ようやくクラフトワークの罠から解放されたは良いが、未だに状況を掴めずに眉を顰めているタバサを無視して、拳を振るった“主”は宙に浮いたまま一人で延々と喋り続ける。 『マ、コンナ連中モ数ガ集マリャ割ト厄介ダッタリスルンデスケドネ。Bi―――tch!!』 「……あなたは」 『ン?』 「あなたは誰?」 タバサの質問に、人間と同じ二本の手足を持つ―― しかし、その容貌は明らかに人間とは異なる“それ”は、宙に浮かんだままタバサの方を見やる。 『フム。「スタンド」ノ「DISC」ヲ知ラナイッテコトハ…ドウヤラ、ココニ来ルノハ始メテナノデスネ?』 “それ”の言葉に、こくりとタバサは頷いた。 『私ノ名ハ「エコーズAct.3」、「スタンド」デス。アナタガ今装備シテイル「DISC」ハ「スタンド」ヲ形ニシテ装備出来ル様ニシタ物デス』 スタンドにDISC。これまた聞いたことの無い言葉だったが、魔法を実際に形として見ているような物だと思って間違い無さそうだとタバサは思った。 さしずめDISCは、スタンドを使う為の魔法の杖と言う所だろうか。 「……ここはどこ?」 『ココハ「レクイエムノ大迷宮」ヘ至ル為ノ通過点デス。 コノダンジョンノ最深部ニ行カナイト「レクイエムノ大迷宮」ニハ辿リ着ケマセン。 ソシテ「レクイエムノ大迷宮」ヲ突破シナイ限リ、コノ世界カラハ出ラレマセン』 「!」 レクイエムの大迷宮とやらに辿り着けなければ、この世界からは出られない。 それはつまり、その場所に行く事が出来ればハルキゲニアに帰ることが出来るという事だ。 「……本当に?」 『本当ト書イテマジデス。Ass Fuckin!』 元の世界に帰る方法がある。エコーズAct.3の言う事が何処まで本当かどうかはわからないが、それは実際に行ってみればわかること。 何一つ手掛かりの無かった先程までよりは、遥かに状況は好転している。 目標がはっきりと定まっているなら、迷うことは無い。 後はそこへ向けて、全力で歩き続けるだけでいいのだから。 「………レクイエムに、行く」 そう呟いて、タバサは次の階層を目指して階段を降りて行った。 ゼロの奇妙な使い魔「タバサの大冒険」 To be continued… プロローグ 戻る
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~レクイエムの大迷宮 地下一階~ 『おでれーた。ホントにこいつぁ大迷宮って感じだぜ……』 腰のベルトに挿したデルフリンガーの感嘆の声に、タバサも無言で頷いて同意する。 この世界が生み出した“記録”によって再現されたトリステイン魔法学院の学生寮の床から、階段を下りたタバサとデルフリンガーを待ち受けていたのは、まさしくダンジョンであった。 薄暗く、見たことも無い構造物で作られた内壁。 今こうして立っているだけで、タバサの精神を押し潰してしまいそうな、息苦しい圧迫感すら感じる。 タバサが学生寮の部屋に辿り着く前に潜って来た行程など、ここに比べれば児戯に等しい。 そう思わせるだけの凄味が、この大迷宮の中から伝わって来るかのようだ。 『こいつぁマジで骨が折れそうだな……なあタバサ、これからどーするんだい』 「DISCを探す」 タバサは即答する。 各階層毎に様々なDISCやアイテムが落ちているのは、エンヤホテルまでの道程と変わらない。 そしてこのレクイエムの大迷宮には、今まで以上に数々のDISCや敵が待ち受けていると言う。 先程、タバサ達は学生寮の部屋でシエスタ達の“記録”からそう説明を受けたばかりだった。 ならば出来る限り、使えるDISCは回収しておかねばならない。 あのエンヤ婆との対決で、ほぼ全てのDISCを消耗してしまった自分は手数が足りない。 そんな焦りと不安も、今のタバサの中にはあった。 『あいよ。誰でも使える一回こっきりの魔法のDISC、ってワケだ。 もし元の世界に持って帰ったら、革命どころの騒ぎじゃねーな』 デルフリンガーが冗談めかして言った言葉には何も答えないまま、タバサは足を進める。 タバサ達がやって来た世界ハルケギニアは、「貴族」と呼ばれる人々が用いる魔法の力によって繁栄している世界だ。だからこそ魔法の力を扱うことの出来る貴族と平民では、「人間」としての扱いに天と地ほどの差がある。 無論、そうした貴族至上主義による社会制度に不満を抱いている者は決して少なくない。 だが平民による統治を掲げた革命が成功した試しは、ハルケギニアの歴史上 殆どと言って良いほど存在しない。何故ならば彼らは魔法という力を使うことが出来ないから。 魔法を持たぬ者の力など、それを持つ者達にとっては全く恐るるに足りぬ存在なのだ。 「平民」とは貴族に使役される者という意味では無い。 魔法の力を扱うことの出来ない「か弱い存在」を指して言う言葉なのだ。 そして魔法を扱える貴族は誰よりも優れた存在であり、だからこそ魔法の技術を研鑽し、より高い知性を以って力の弱い平民を守っていく必要がある。 そして、平民は自分達よりも優れた能力を持った貴族を敬わなければならない。 そういう考えで以って、ハルケギニアの人々は自分達の歴史を積み重ねて来た。 力を持つ者は、弱い者を守る為にその力を使わねばならない。 その理屈は、確かに正しいとタバサは思う。 だが、今のハルケギニアの人々は、あまりにもその考えに囚われ過ぎている。 そうした考え方は、魔法の力を行使出来る貴族特有の高邁な考え方ではあるまいか。 それだけで「貴族」が「平民」を支配する理由にはならない筈だと――今のタバサはそう考えていた。 貴族とは、魔法の力を扱えるという「能力」を持っているだけの、ただの人間に過ぎない。 魔法の使えない平民よりも、必ずしも貴族が高潔な人間であるという訳では無いのだ。 もし、貴族の誰もがその力の意味を自覚し、何よりもまず それを操る自らの精神を高めねばならないと言う考え方を得ているなら、 全ての貴族が誰よりも気高く、高潔であらんとする為の鍛錬を自らに課しているというなら―― 何故、自分の父は権力闘争の中で殺されたのだ? 娘である自分を守る為に、母が心に一生残らぬ傷を残すことになってしまったのは何故なのだ? 今そこにいる人間が持つ物、持たざる物は、全て「運命」が引き合わせた結果に過ぎない。 だが、それだけなのだ。 生きている人間の価値は、決して生まれ持った素質や能力だけで決定されるものではない。 人間は自分に与えられた「運命」を乗り越えなければならない。 例え歩むべき道がどれ程苛酷であろうとも、その先にある「正義の道」を目指して歩むことが、人間の「運命」なのだ。 魔法が使えないばかりに「平民」として蔑まされるべき平賀才人が、どれだけ気高い「誇り」を胸に抱いて自らの主人の側で戦い続けて来たのは何の為だ。 貴族として生まれながらも、満足に魔法を扱うことの出来ないゼロのルイズが、それでも決して挫けずに、遥かなる高みを目指して前へ進むことを止めなかったのは何故だ。 そんなルイズを口先ではからかいながらも、心の奥で常に彼女を心配し続け、 そしてまた伯父一族の手で両親を永遠に奪われたが為に、誰にも心を開くことを しなくなってしまったタバサにまで深い愛情を注ぎ続けてくれた親友キュルケの想いは何だと言うのだ。 この世界によって形作られただけの“記録”に過ぎないシエスタのが、 その優しさを自分に向けてくれたのは一体何だったのだ――。 彼らがその胸の内に抱いている、光り輝く「正義の心」に比べれば、ハルケギニアの人々が未だに己自身の存在意義として信じている「貴族」や「平民」と言った区別は、なんとちっぽけな物に過ぎないのだろう。 貴族の象徴とも言うべき魔法の力を行使する為の杖を失い、たった一人で この世界に放り出されたタバサには、それが良くわかる。 かつてタバサが抱いていた、一人で鍛え続けた魔法の力さえあれば、たとえ自分以外の全ての人間が敵であったとしても、それでも構わないという考えは――間違いだったのだ。 タバサがハルケギニアで出会った大切な人達だけでは無い、この世界で初めて出会って間も無かったと言うのに、自らの存在を犠牲にしてまでタバサの為に道を切り開いてくれたあのエコーズAct.3も、自分にそのことを教えてくれた。 そして一緒にこの世界まで飛ばされて来て、学生寮の部屋で自分の身を案じる 言葉を掛けてくれただけでなく、共に戦う為に今こうしてタバサの傍らにいてくれるデルフリンガー―― 自分の為に、これだけの想いを伝えてくれる人達がいる。 彼らから受け取った「心」こそが、自分の本当の「力」になるのだと言うことを、今のタバサははっきりと理解していた。 だから、一枚でも多く迷宮内に落ちているスタンドのDISCを探さねばならない。 今のタバサには一人で戦えるだけの力は無いのだから。 タバサが今、彼らの力を必要としているから。 ~レクイエムの大迷宮 地下二階~ 「……おかしい」 『うん?一体どうしたってんでい、タバサ』 「能力が……わからない」 デルフリンガーと共に大迷宮を探索して行く内に、既にタバサは何枚かのDISCを発見していた。 黄金色に輝く装備用DISC、紅に染まった射撃用DISC―― その中で、一つだけ発見した銀色の能力発動用DISCに対して、タバサは強い違和感を感じていた。 今までは、手に入れたDISCの正体やその発動効果は、漠然とであるが わかるようになっていた。だが、この銀色のDISCに限ってのみ、能力発動用の物ということ以外のことは、その能力が全く掴めなかったのだ。 そしてもう一つ、今まで見たことの無い、しかし“とてつもなくヤバイもの”であると感じさせるアイテムがあった。そのアイテムは辛うじて「発動用DISC」であると識別出来る銀色のDISCとは異なり、使い方や効果はおろか、どういうわけだかその姿形すら、手にしているはずのタバサにもハッキリとは理解出来ないのだ。 こんなことは初めてだ。 これらのアイテムを迂闊に使ってしまったら、それこそどんなことが起きるか予想も付かない。 拾ったタバサ自身も、発動用DISCや“ヤバイもの”を使うべきかどうか考えあぐねていた。 『わかんねえ、だと?』 「うん。……多分、この場所のせい」 曖昧な表現を用いてはいる物の、タバサは強い確信を以ってその言葉を口にしていた。 レクイエムの大迷宮には、今まで以上に大きな制約が掛かっている―― 先程、学生寮の部屋でシエスタから聞かされた話の中にそんな話があった。 恐らくこの銀色のDISCの能力が識別出来ないのも、そうした“制約”の一つなのだろう。 だが、一見些細とも思えるようなこの制約に、タバサはそれを仕込んだ“何者か”の強い悪意を感じ取っていた。まるで、そうとは知らずに遅効性の毒を飲まされて、長い時間を掛けてその身をジワジワと蝕まれ、自らの窮地を自覚した時には既に手遅れになっているかのような、そんな空恐ろしさすら感じるのだ。 この毒に飲み込まれぬように、注意を払い続けねばならない。 そんなタバサの内心を知って知らずか、デルフリンガーはフム、と頷いてから言葉を続ける。 『ちょっといいかい、タバサ』 「………何?」 『ちょっとオレにそのDISCを貸してくれねーかな。 いや、オレの体ん中に直接ソイツを差し込んでくれるだけでいーんだが』 「わかった」 タバサはデルフリンガーに言われた通りに、刃と一体の構造になっているデルフリンガーの鍔の部分に、正体のわからない銀色のDISCを差し込む。 『おー、こいつは……フムフム…なるほど、な』 そんなデルフリンガーの独り言を何度か聞く内に、もういいぞ、と言われて タバサはDISCをデルフリンガーの鍔からDISCを取り出した。 『わかったぜ、タバサ。 いやコイツの能力がってワケじゃねえが、そいつを識別するコトもやろうと思えば出来るな』 「……どういうこと?」 『前にも言ったかもしれねーが、オレっちの能力の中に「持ち主が触れてる武器の性能がわかる」って力があんだけどよ。その力がココに落ちてるDISCにも使えそうなんだな、コレが。 多分、そこにあるワケのわかんねーモンも、正体がわかるんじゃねーかと思うぜ』 タバサが手にしている“ヤバいもの”を指して、デルフリンガーが言う。 『まァお前さんが手に持ってるだけじゃわかんねーままだし、オレにDISCを差し込まれても同じだ。 ハッキリと意識して識別すっぜ!って思わねーと、まあ無理だね。それともう一つ』 そこで一旦区切ってから、今度は言葉の中に不敵な物を含めて、デルフリンガーが続ける。 『オレのもう一つの能力……受けた魔法を吸収するってヤツを応用すれば、DISCを 発動する時にそのパワーをギリギリまでアップさせられそうなんだわ。 ま、実際使う時はオマエさんの精神力も借りることになっちまうだろうが…… DISC一枚につき、一回こっきりの魔法の杖みてーな感じだな、こりゃ』 以前拾ったことのある「プロシュート兄貴のDISC」のような物か、とタバサは思った。 もっとも、あちらの場合はDISCを発動させた階層ならば永続的に効果があったものだが。 『オレっちの能力をいつ、どこで使うかってゆーその辺の判断は、タバサ、アンタに全部任せるぜ。 実際、制限云々を抜きにしても、マジでやるとしたら結構ホネが折れそうだしな』 タバサはこくりと頷いてから、デルフリンガーの言葉を胸の奥でもう一度反芻する。 識別と能力発動の強化、この二つの能力をタバサの任意に―― 使用制限が掛けられているとは言え、複数回に渡って行使出来るというのは、確かに心強い話だ。 だがそれには、デルフリンガー側の力の限界で回数制限がある。 ならば、彼自身が言う通りに、その力を借りるタイミングは慎重に決めなくてはならない。 そして今、タバサの目の前にあるのは全く正体のわからない“ヤバイもの”と、 それでも何とか発動用と言うことだけはわかっている銀色のDISC。 少しの間逡巡してから、タバサは決断する。 「これを識別して」 手に持った“ヤバイもの”を近付けるようにして、タバサはデルフリンガーに告げる。 『あいよ。んで、そっちのDISCは結局どうするよ?』 「使ってみる」 迷わずにタバサは言った。幸い、現在タバサ達がいる部屋には特に敵の姿は見受けられない。 ならばDISCの能力を発動させることで、その正体がわかるかもしれない。 その結果として大きなデメリットが生じるかもしれないが、敵のいないこの部屋の中ならば、少しはその危険も抑え込めるだろう。 この大迷宮の中では、いつ、どこで、何が必要になるかわからない。 出来る限り消耗は最小限に抑えなくてはならない。 その為に、今ここであまりデルフリンガーを消耗させる訳にはいかないのだ。 タバサは冷静にそう判断して、決断を下した。少なくともタバサ自身はそのつもりだった。 その中に「自分の一方的な意志でデルフリンガーに無茶をさせたくない」という気持ちが含まれていることに、彼女自身は気付くことすら無かったが。 『そんじゃ、いっちょやってみるとすっか。 ……ムムムム、迷宮に封じられし秘宝よ、今こそ自らを覆う神秘の影を拭い、その姿を現し給え…』 これから識別する“ヤバいもの”に向けて、わけのわからない呪文を唱えるデルフリンガー。 勿論、こんな言葉には何の意味も無い。ただのジョークか、もしくは精神統一の為の暗示に過ぎない。 デルフリンガーの性格を考えれば、間違いなく前者であろう。 そのことがわかっているので、タバサは何も言わずにその言葉を聞き流す。 『――タバサ』 「何?」 重苦しい口調でタバサの名を呼ぶデルフリンガーに、タバサはいつものように小さな声で問い返す。 『ちっとはツッコミを入れてくれよ……それがボケに対する礼儀ってヤツだぜ?』 「早くして」 『………へい』 タバサの冷たい一言に突き刺されて、デルフリンガーはがくりと気を落としたように答える。 そして、そうこうする内に“ヤバいもの”がほんの僅かに光ったと思った瞬間、タバサは次第にそのアイテムの姿形を正確に把握出来るようになって行く。 デルフリンガーの識別が、成功したのだ。 『フゥッ――終わったぜ、タバサ』 疲れた、とでも言うように、先程よりは少し気だるげな口調のデルフリンガーの言葉を受けてタバサが視線を片手の中の“ヤバいもの”に落とすと、既にはっきりと本当の形を彼女に見せていた。 「………紙?」 『おう。そいつは「エニグマの紙」っつってな。 これまた多少の制限はあるみてーだが、中に持ってる道具をしまい込めるらしいぜ』 「わかった」 折角だから試してみようと、タバサは拾った装備DISCの何枚かをエニグマの紙に近付ける。 すると―― 「!」 『な?オレの言った通りだろ』 不敵に笑うデルフリンガーの前で、タバサの手の中のDISCがエニグマの紙に吸い込まれて行く。 確かに、彼の言った通りの効果があった。 これは便利だ、とタバサはエニグマの紙の能力に心の底から感動を覚える。 だが、それは同時に、直接このエニグマの紙に何かがあれば、一度に大量のアイテムを失うことにもなりかねない危険性も含まれていると言うことである。 油断は出来ない。油断とは心の隙であり、その弱さを見せたら必ずそこを突かれてしまうものだから。 DISCを収めたエニグマの紙を懐に収めながら、タバサはこの大迷宮の中には決して「安心」などと言う言葉が無いことを、再び自らに言い聞かせることにした。 「……それじゃあ」 エニグマの紙と入れ替えにするような形で、タバサは銀色の発動用DISCを構える。 「使う」 『おう。気をつけろよ、タバサ』 「わかってる」 そう答えて、手に握り締めたDISCの正体を探るべく、タバサはそれを自分の頭の中に放り込んだ。 この銀色に輝くDISCは、何処か遠い世界で生きて来た人達の記憶を形にしたもの。 スタンドのDISCを装備する時に感じる、個々のスタンドが持つ「力の色」とはまた違う感覚。 発動までの一瞬に、元の持ち主がそれまで刻んで来た“記憶”がタバサの頭に流れ込んで来る。 彼らスタンド使いの扱うスタンドとは、使い手の精神をそのまま形に表わした鏡であり、タバサ達ハルケギニアのメイジにとっては密接不可分な、主人と使い魔の主従関係とはまた異なる存在である。 例えて言うならば、そう―― あの快活で可愛らしかったシャルロットと、今の自分の関係が近いのかもしれない。 ガリア王国の王家一族に生まれ、両親からたっぷりと愛情を受けて育った王女シャルロットは、母の精神が壊れてしまったあの時に、母と共に死んだのだ。少なくとも、今までタバサはそう思っていた。 だがそれでも、かつて自分が贈った“タバサと言う名の人形”を自分の娘だと信じ込んで、一人で守り続けているあの女性を、自分は母として守っていかねばならないとも感じている。 いつかシャルロットから全てを奪い去った者達に復讐を遂げ、母の心を取り戻せるその日まで、自分の感情など何もかもかなぐり捨ててでも生きていこうとした果てに、今のタバサがここにいる。 しかし、憎むべき者達に復讐を誓う為にタバサとして過ごして来た時間の中で、彼女は沢山の大切な人達に出会ってしまった。彼らと過ごした楽しい時間がタバサにはあった。 それは、どれだけ幸せな記憶であろうとも、あのシャルロットが決して持っていないものであり、今のタバサにとっては何よりも換え難い「誇り」なのだ。 母に愛されるべきシャルロットの名前を、自分が母に贈った人形と交換することで、母を守る人形としての役割を選んだタバサという少女が積み重ねて来た記憶は、もう悲しいだけのものでは無い。 彼女がタバサとして生きることを決めた時の、辛くて悲しい記憶しか目の前に待ち受けていなくても、母を守る為ならそれでも構わないと言う「覚悟」は、あの愛すべき人達の優しさによって覆されてしまったのだから。 シャルロットとしての過去。タバサとしての現在。 まるで二つの異なる人格が、ひとつの体の中に同時に存在しているようにも思える。 だが、それは違うのだ。 シャルロットが人を愛するということを、そしてその為の「覚悟」を、他ならぬ母からその身を賭して教えられたからこそ、今のタバサはどんなに苦しくても戦い続けることが出来るのだ。 シャルロットとタバサは今でも繋がっていて、決して切り離せるものでは無い。 「彼女」は違う誰かになってしまったのでは無いのだ。 過去は、殺せない。 そして今、ここで誰かの記憶が「DISC」として残されていること、それ自体には何も意味は無いのだ。 記憶は次々に積み重ねられて、いつだってその姿を変えて行くものだから。 例え去って行ってしまった者達がいたとしても、彼らが目指そうとした「意志」は、生きている者達の手によって受け継がれ、先へと進めていく為の確かな「力」となるのだから。 人間の記憶とは、このDISCのように「形」として残されたままのものでは無いのだから―― DISCから記憶を引き出し、自分の力とするというのは、即ちそういうことでは無いかとタバサは思う。 過ぎ去っていった者達の記憶に触れることで、生きている自分が現在を歩んでいく為に必要とする力。 何処かの世界の誰かから力を分けて貰う為に、今、DISCの記憶をタバサは全身を通して感じていた。 見覚えのある風景。タバサも良く知っている場所。トリステイン魔法学院だ。 ああ、この記憶の持ち主は、私の知っている人。 タバサはより深く意識をDISCに刻まれた記憶に同調させる。 ――私は「ゼロ」なんかじゃない! 悲痛な叫びが聞こえる。誰よりも誇り高くあらんとしながらも、その誇りを奪われた者の叫び。 当たり前のことを、当たり前に出来る者達に対する嫉妬と羨望。自分にはそれが出来ないという焦り。 厳格で、それ故に常に自省と研鑽忘れぬ父と母、そして一番上の姉に対する畏怖と尊敬。 自らもまた弱さを抱く故に、常に自分を優しく抱き締めてくれるもう一人の姉への思慕。 生まれながらに重い使命を背負った最愛の友人に対して、その身を深く案じる深い友情。 かつて憧れていたはずの人が、己自身の野心の為に邪悪へと染まってしまった時の悲しさ。 そして、自身が召喚した使い魔を初めて目にした時の失望と―― その使い魔へと自分が惹かれて行くことへの、心地良さと戸惑いの同居。 彼自身に対する侮蔑の気持ちが、尊敬と信頼に満ちたものへと変わって行くのがわかる。 彼が他の女性に惹かれる姿を見た時の、狂おしいまでの渇きと怒り、不安、虚無感。 その人の記憶に、タバサは確かに覚えがあった。 誰にも認められることなく、しかしそれでも、決して諦めずに己の道を精一杯に歩き続ける人。 厳しさの裏に、人に対する深い優しさを胸に秘めている彼女のことを、タバサは知っている。 同じ魔法学院に通う同級生として、お互いに少しずつ打ち解け始めているクラスメイト。 ハルケギニアで離れ離れになってしまって以来の、タバサの友人の一人である、彼女の名は―― 『サイトの……ばかぁぁぁぁーーーーーーーーっ!!!!』 ――ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。 どんな魔法を唱えても爆発しか起こせない彼女の、またの名を「ゼロのルイズ」。 彼女の記憶を形にしたDISCの発動による大爆発に呑み込まれながら、 タバサはクラスメイトの一人である彼女の名前を懐かしく思い返していた。 「………けほっ」 タバサの吐く息から、黒い煙のような物さえ立ち上っているように見える。 折角シエスタが身繕いを手伝ってくれたと言うのに、これでまた自分の服はボロボロだ。 今度会ったら謝らなくてはいけないな、とタバサはまるで人事のようにそんなことを考えていた。 『ンゲハッ!ゲホゲホッ!い、いっきなし爆発するなんて、まったくオレ様ホンキでおでれーたぞ!?』 「……両方、やっておけば良かった」 タバサはいつも通りに感情の感じ取れない声で、そう呟いた。 発動と同時に爆発を起こすDISC、それが「ルイズのDISC」の能力だったのだ。 『ウーム。しょっぱなからこんなんじゃあ、こりゃもう拾ったDISCを 片っ端から調べてった方がいいかもしんねーなぁ』 冗談めかしているが、デルフリンガーが心の中では本気でそう考えているのは明白だった。 出来るならばタバサだってそうしたい。だが、その為に必要なデルフリンガーの力にも限度はある。 学生寮の部屋でシエスタから貰った「ゼロの使い魔」と銘打たれた本で、デルフリンガーの力を回復出来るというが、この先の探索でそれが見つかると言う保証は無い。 このレクイエムの大迷宮の攻略において、デルフリンガーの持つ能力は貴重だ。 出し惜しみをしたまま力尽きてしまっては本末転倒だが、かと言って無駄な浪費もまた愚の骨頂である。 だからタバサは、考えていたことを素直にデルフリンガーに言うことにした。 「そうかもしれない……でも、それは無理」 『だよなぁ……あーあ、どっかにオレの力を使わなくても識別が出来るDISCとか無いもんかねぇ』 「……あると思う。多分」 『お、自信がありそうだな。何か根拠でもあるのかよ?』 「ただの、勘」 『ありゃま。勘ねぇ…期待して損した、って言いたいトコだが、マジでありそうなのが微妙にムカつくぜ』 「どうして?」 『そりゃ当然!オレ様のアイデンティティーの一つが失われちまうからだよ。 DISCだのアイテムだのを識別すんのはオレ様だけの特権!こんなカンジじゃねーとな』 「……でも、あなたが疲れる」 『そこなんだよなぁ。ま、どっちにしろこの世界から抜け出せりゃあ、何だろうと構いやしねーか』 「うん」 『それじゃ、とっとと次へと行くとしようかい』 デルフリンガーの言葉に頷いて、タバサは前に向かって一歩を踏み出した。 だが、その瞬間、カチリという音と共に、階層全体に届くかのような大きな声が響き渡る。 「あ」 『タバサはここよッ!ここにいるわよォーーーーーッ!!』 今いる階層にいる全ての敵に、タバサの現在位置を知らせてしまう「エンプレスの罠」が発動する。 この罠のせいで、間も無くこの階層の全ての敵がタバサに向けて殺到することになるだろう。 『……おい、タバサ。ひょっとして、これってスゲーピンチなんじゃねーのか?』 「うん。……これから、ピンチになる」 言葉の内容とは裏腹に、冷静な顔でタバサは答える。こうなってしまった以上は焦っても仕方が無い。 タバサはこれから姿を現すであろう敵を、一つ一つ叩いて先に進んで行かねばならないのだから。 『――お!』 「ううう…何故か知らねェが、妙にノドが渇くぜェ……なあぁ~…?」 『ちぃッ、早速お出ましかよ!?――タバサ!』 デルフリンガーの声に振り返って見れば、通路の奥から 小汚い浮浪者と言う風体の男が近付いて来る。だが、目の前の男は“ある力”によって、人ならざる吸血鬼に――ハルケギニアのそれよりも、遥かに凶暴な怪物としてその身を変えている。 タバサは一気に距離を詰めるべく、小汚い浮浪者に向けて一気に駆け出して行く。 「あったかい血ィィィ~……ベロベロ飲みたいィィィ~~~!!」 そういえば、と走る中でタバサはふとハルケギニアからこの世界に来る直前のことを思い出していた。 未知の古代遺跡の探索の途中で、ルイズやキュルケ達と共に遺跡を守護するガーディアン達と戦い、それっきりデルフリンガー以外の面々とは離れ離れになったままだ。 皆は今、一体何をやっているのだろう。 ひょっとしたら今でもあの遺跡で戦い続けているのかもしれない。 相棒のデルフリンガーをこちらに持って来てしまったが、彼の相棒の平賀才人は大丈夫だろうか? 魔法を唱えれば全て大爆発を起こしてしまうルイズは、ちゃんと無事でいるだろうか。 今までまともに魔法が使えなかったルイズが、今までどんな想いをして戦って来たのか―― タバサには今、彼女の気持ちが少しだけわかったような気がしていた。 「あなたも、頑張って――ルイズ」 タバサは口の中で、今は離れ離れになってしまった友人に向けてそう呟く。 「――ザ・ハンドっ!!」 そしてタバサは装備用DISCのスタンドを開放し、目の前の敵に向けてその力を目一杯に叩き込んだ。 ゼロの奇妙な使い魔「タバサの大冒険」 To be continued… 第4話 戻る
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~学生寮の部屋~ 「………!」 『こいつぁ……おでれーた』 エンヤホテル跡の階段を上って来たタバサとデルブリンガーは、目の前に広がる光景を見て目を丸くする。そこは何処をどう見てもこの二人、いや一人と一本が日々の生活を営んでいた、トリステイン魔法学院の学生寮の部屋そのものであった。 『……オレ達、帰って来たのか?』 「違う……」 半信半疑で呟くデルブリンガーの言葉を、タバサは即座に否定する。 エンヤ婆を倒しただけでハルケギニアに帰って来られるなど、絶対に考えられない。 タバサが始めて出会ったDISCのスタンド、エコーズAct.3も言っていたでは無いか。 「この道はレクイエムの大迷宮に至る為の通過点」であると……。 それに先程聞こえてきたあの「声」。 あの声が語る内容は、タバサを次なる試練へと誘う言葉では無かったか。 つまり、先程戦ったエンヤ婆は門番だったのだ。 タバサが次の試練に辿り着けるかどうかを見張り、彼女にその資格があるのかを見極める為のガーディアン。それならば、エンヤ婆を倒したことでタバサは次の試練に挑む為の資格は得たはずだ。そしてこの部屋の何処かに、次の試練―― 恐らくレクイエムの大迷宮へと至る道があるはずだ。まずは、それを探さねばならない。 「まだ途中。だから行かなくちゃ……」 『まだどっかに行くアテがあるってーのか?』 「うん。そうしないと、帰れない」 『……確かに、オレっちだって元の世界に帰りてえけどよ』 ふう、と嘆息してから、デルブリンガーはいつもとは違う落ち着いた口調で言葉を続ける。 『タバサ。あんた、オレに会うまで、今までずっと一人で戦って来たんだろう? そんなボロボロになっちまうまでよぉ。無理すんな……とまでは言わねえけど、もうちっと、その、なんだ。タマにはもうちょい能天気になっちまってもいいんじゃないか?』 タバサはすぐに何かを言い返したりはしなかった。 デルブリンガーが自分の身を案じて言ってくれていることは、はっきりと伝わってくる。 でもそれは難しい、ともタバサは思う。 自分の暗殺に失敗した為に、今度は合法的に惨死させるべく―― 憎むべき伯父一族から命を落としかねない危険な任務を次々と押し付けられ、傷だらけの戦いの日々を余儀なくされた自分に、果たしてそんなことが出来るのだろうか。 ましてや、この世界に来てからと言うもの、次から次へと襲い掛かる敵との戦いの連続だった。 少しでも気を緩めてしまったら、その瞬間に死ぬ。 それこそタバサは今までの15年間の生涯で、そのことを嫌と言うほど思い知らされていた。 きっと、デルブリンガーにもそのことはわかっているのだろう。 真実かどうかは知らないが、彼もまた、伝説に語られるような遠い昔の時代から、激しい戦争の中で生きてきたのだと言う。そうで無くても、彼という存在が武器として作られた以上、 戦いの中こそが彼の生きるべき世界であり、その為に自分と同じ世界で生き続けて来たタバサの痛みが、心の内がデルブリンガーにはわかるのだ。 そして、だからこそ。 今ここでタバサが決して立ち止まったりはしないだろうということも、わかってしまうのだ。 でも、それでいいとタバサは思う。 戦いの中で傷つくことは辛いことだけど、自分のことを理解して、心配してくれる相手がいる。 自分の側に立って、本当に守ろうとしてくれる人がいる。 それで充分なのだ。 自分のことを想ってくれている人達がいることを、確かなものとして実感出来るのだから。 今握り締めているデルブリンガーや、自分のことを「友達なんだ」と言ってくれた キュルケ達トリステイン魔法学院の皆、使い魔のシルフィード、この世界で出会ったエコーズAct.3らDISCのスタンド達だってそうだ。 そして自らの命を賭けて、自分のことを守ってくれた母―― 彼らは皆、今のタバサにとって掛け替えの無い大切な存在だった。 だから、無理はする。だけど絶対に負けたりなんかしない。 ハルケギニアに帰って、もう一度会いたい人達が、今のタバサには沢山いるのだから。 「……ありがとう」 『へ?』 「心配してくれて、ありがとう」 出来る限りの精一杯に感謝の気持ちを込めて、タバサはデルブリンガーに答えた。 『お、おう。なんかお前さんにそんなコトをハッキリ言われると照れちまうな…… ま、ともかくだ!これからはオレっちも一緒だ。 オレの力が必要な時は、遠慮なくガンガン使ってくれよな!』 「うん」 「――残念ですけど……」 突然のことだった。部屋の隅から、タバサ達に向けて若い女の声が聞こえて来る 「………っ!?」 タバサは周囲にも注意を払いつつ、その意識を声の主の方向へと向ける。 装備DISC、そしてエネルギーが不足気味ではある物の、射撃DISC共に問題は無い。 体力的にも、後一度戦うだけの余裕はあるだろう。 問題は――そしてこれこそが致命的なことのだが、手持ちの発動用DISCがゼロであることだった。 装備DISCの性能に頼った力任せのゴリ押しは、下策だ。 その時置かれた状況に応じて、手持ちのカードを最大限に駆使しつつも、その消費は最小限に抑えて危機を切り抜けなければならない。 それはこの世界の探検に限ったことでは無い、戦いの常道の一つだった。 しかしエンヤホテルでの戦いは、全てのカードを切らねば勝利を掴めぬ程の苦しいものだった。 だからタバサは、今持っているDISCだけで出来ることを考えて、それを実行に移さなくてはならない。 「誰?」 顔を見せると同時に、残りのエンペラーとフー・ファイターズの銃撃を叩き込んでやる。 タバサは声の聞こえて来た方向に両手を向けながら、静かに聞き返す。 「ここではデルフさんの力も、完全には発揮出来ないんですよ」 敵意を向けるタバサの態度にさして動じた様子も無く、声の主は堂々とタバサ達の前に姿を見せた。 「…………!」 『なぬぅ!?』 タバサとデルブリンガーが、再び驚愕に目を見開いて―― 剣であるデルブリンガーはあくまで気分だけの話であったが、 ともあれ一人と一本は、その見覚えのある声の主の姿から目が離せないでいた。 「シエスタ……」 「ごきげんよう。ミス・タバサ、デルフさん。お元気そう……には、ちょっと見えないかも?」 赤黒い血の跡を残してボロ雑巾同然の服を着込んだタバサの姿を見て、彼女は苦笑いを浮かべる。 少なくともタバサ達には、その声も姿も、そこに立っているのがトリステイン魔法学院でメイドとして働いている平民の少女、あの平賀才人に一途な思いを寄せているシエスタ本人にしか思えなかった。 『ちょっとちょっとちょーっと待てよお嬢ちゃん!なんでアンタがこんな所にいるんだよ!? いや別にいてもいいのか?いやもう、とにかくオレ様スッゲーおでれーたぜ!』 「……ううん。多分、違う」 タバサは射撃DISCを撃ち込もうとしていた手を降ろしながら、デルブリンガーの言葉を否定した。 トリステイン魔法学院の学生寮に、そこで働くメイドの姿があるのは確かに不思議なことでは無い。 だがそれでも、それは現在目の前に広がっている光景に対する正確な回答とは呼べない無いだろう。 事情の飲み込めないデルブリンガーより先に、冷静に真実へと思い至ったタバサは静かに尋ねる。 「あなたも……やっぱり?」 「ええ、その通りです」 タバサの問い掛けの中身を察知して、シエスタはゆっくりと頭を縦に振った。 「ミス・タバサの仰る通り、私もまた、皆様が存じ上げているシエスタの“記録”に過ぎません」 この世界に存在する者は全て、何処か別の世界にある実在の人々の“記録”が形になっただけであると、タバサは以前エコーズAct.3から聞いたことがあった。 本当の意味でこの世界で「生きて」いる者は、タバサやデルブリンガーのような別の世界から迷い込んだ者だけであると言う。この世界が全て誰かの“記録”で出来ていると言うなら、トリステイン魔法学院やシエスタのようなハルケギニアの“記録”がここに存在していたとしても不思議では無いのだろう。 ――だが、それでも。 タバサはほんの僅かにではあるが、希望を持っていたのも確かだった。 これが本当の魔法学院なら、元の世界に帰って来られていたら、どれほど良かっただろうか、と。 『記録……って、どういうこった?お前さん、シエスタじゃねぇのか?』 「うーん。全く違う、と言う訳でも無いんですけど……」 事情の飲み込めないデルブリンガーの問いに、シエスタは困ったように首を傾げる。 「……そっくりさん?」 「双子でもいいかも」 「ドッペルゲンガー」 「近いかもしれませんね」 「リビングゴーレム……」 「あ、それはちょっとひどいですわ、ミス・タバサ」 『――わかった!わかったわかった!いや、本当はわかんねーけど、わかったコトにする!』 デルブリンガーが二人よりも寧ろ自分に言い聞かせるようにして、放っておけば延々と掛け合いを続けそうなタバサとシエスタ?の会話を遮った。 『あんたはシエスタ、それで決まり!いいんだよな、それで!?』 「いいと思う」 「そう思って頂ければ何よりですわ、デルフさん」 女性二人の了承を取り付けて、デルブリンガーはふう、と自分を納得させるように溜息をついた。 どうやらこちらの世界の住人らしいこのシエスタ2号は兎も角、同じ世界からやって来たタバサと同じ知識を共有していないのは辛い。自分も早く、この世界について詳しく知っておかねばならない。知らなかったから、この先結果としてタバサの足を引っ張ってしまった、では済まされないのだ。現在の自分の持ち主であるタバサが、如何なる状況においても全力以上の力を振るえるように、彼女の側でその身を支える。 それこそが、武器としてこの世に生を受けた自分の役目では無かったか。 心の中で新たに決意を固めたデルブリンガーは――そこでふと、あることに気付く。 『なあシエスタ?』 「はい?」 『さっきお前さん、気になるコト言ってたよな?』 「気になること……ですか?」 『ああ。ここじゃあ、オレの力を完全に発揮出来ないとか何とか……ありゃあ一体、どういう意味だ?』 「……………」 『おい、シエスタ?』 「――その話は後にしましょう」 これ以上話すつもりは無いとでも言いたげに、シエスタはゆっくりと首を振る。 『何だって。おい、オメエ、一体どういう……』 「まずは先にやらなくちゃいけないことがありますから」 『やらなくちゃならないコトぉ?』 「はい。ミス・タバサに、今のような御格好をさせておく訳にはいきません」 大真面目な表情で、シエスタはデルブリンガーの問いに答えた。 「お体を洗って、お召し物を変えなくては。そうしないと落ち着いてお話も出来ないでしょう?」 『ウーム……』 確かにシエスタの言うことも一理ある。 タバサがトリステイン魔法学院の生徒であることを示す制服とマントはボロボロに引き裂かれ、ドス黒く変色した血痕があちこちに染み付いている。 トレードマークの眼鏡はどう見ても使い物になりそうにない程にひび割れて歪んでおり、まだ幼いが綺麗に整った顔には、未だに乾き切らない自身の血で滑っている。 そんな彼女の姿はあまりに痛々しく、見るに耐えなかった。 無論、自分の能力云々の話も気にはなるが、今のタバサをどうにかしてやりたいとデルブリンガーが思っていたのも確かだ。 「もしミス・タバサさえ宜しければ、私が手伝わせて頂きますが……」 その部分のみ、シエスタは遠慮がちに口を開いた。 ハルケギニアでは貴族と平民の差は絶対だ。 平民が貴族の命令で多種多様な労働に励むのは当然のことであったが、貴族の身繕いまで平民の使用人が手伝う、という話はあまり聞かない。 それは家臣である平民の前で、貴族が肌を晒すなどもっての他だ、という貞淑な物の考え方である。 例外があるとすれば、かつて権力に物を言わせて無理矢理シエスタを引き取って慰み物にしようとしたジュール・ド・モット伯や、普段は未だに平賀才人を使い魔扱いしているゼロのルイズぐらいな物だろう。 ハルケギニアの平民として、貴族に対して畏敬の念を抱くべしと教えられて育って来たシエスタには、貴族であるタバサの意志を最優先に尊重しなければならないのだ。 そして、そんなシエスタと寸分違わぬ考え方を、タバサ達の目の前にいるシエスタの“記録”は出来るということだった。 『どうするよ、タバサ?』 「………お願い」 さして逡巡した様子もなく、タバサはシエスタの言葉を受け入れた。 『……いいのかよ?』 それはデルブリンガーが、未だに目の前のシエスタを疑っている為の問い掛けだった。 「いい」 『――わかった。アンタがそう言うなら、オレはもうなーんも言わねぇ』 「うん」 それっきり、デルブリンガーはタバサを信じて何も口を開かなかった。 タバサもまた目の前にいるシエスタの“記録”を信じてみることにしたのだ。 もし万が一、シエスタの言葉が自分を罠に掛ける為の物だったとしても、構わないとさえ思った。 トリステイン魔法学院に来てからの暮らしは、タバサにとって掛け替えの無いものだ。 そこでタバサは、愛すべき大勢の人達に出会った。 例えただの“記録”であっても、その中の一人であるシエスタのことを、タバサは疑いたくは無かった。 もう二度と、魔法学院の皆と敵味方に分かれて戦いたくなんて無かったのだ。 「それじゃあ、まずは……ポルナレフさん?ポルナレフさーん?」 『呼んだかい、シエスタ』 シエスタに呼ばれて返事をしたのは、ベッドの下から這い出して来た一匹の亀。 よく見れば、背中の窪みに豪奢な造りの鍵が埋め込まれている。 『おや、君達は……』 『こりゃおでれーた…亀が喋ってやがる……』 のそのそと歩いて来る亀の姿を見て、デルブリンガーが本気で感嘆した声を上げる。 『何を言うんだ、君だって剣なのに喋っているだろう。一瞬、アヌビス神かと思ったぞ』 『オレの世界じゃ喋る剣なんて珍しかねーんだよ。 アンタみたいに喋る亀の方がよっぽどレアもんだぜ?』 『いや、私は亀じゃない。私は――』 そこで声が途切れたと思ったら、亀の背中の鍵から半透明の影がせり出して来る。 影はやがて人間の男性の形を取って、タバサ達の前にはっきりとした姿を見せる。 歳の頃なら三十代半ばぐらいの、逞しい体躯をした男性だった。 深く刻まれた傷を隠すように、右の頬を半透明の面で覆っている。 「御紹介しますわ、ミス・タバサ。 こちらはポルナレフさん、この亀さんの中で暮らしている、ええと――」 『ジャン・ピエール・ポルナレフだ。まあ、この亀に憑く幽霊だと思ってくれて構わん』 説明に窮するシエスタに、ポルナレフと呼ばれた男はそんなフォローを入れる。 『始めまして。ミス・タバサ……と言ったかな、それにそこの喋る剣君』 『オレ様の名前はデルフリンガーだ。よーく覚えといてくれよな!』 『そうしよう。君達とは長い付き合いになるかもしれないからな。 それでシエスタ、私を呼んだのはこの二人を紹介する為かい?』 「いえ、ちょっと亀さんの中に用がありまして。入ってもいいですか?」 『なるほどな。わかった、好きにしてくれ』 「では、失礼します」 そう言いながら、シエスタはポルナレフと亀の方に近付いて行き、そして―― 「!」 『おおっ!?』 驚愕する一人と一本を余所に、シエスタは亀の背中の鍵に吸い込まれるように消えて行く。 『なっ、なんだぁ!?これで何度目かは忘れちまったが、オレ様またしてもおでれーたぞ!』 「………スタンド」 驚きの声を上げるデルブリンガーとは対照的に、驚きから醒めたタバサは冷静に指摘する。 『その通りだ、タバサ。この亀のスタンドは、自分の体内に生活空間を作り出すことが出来る能力だ。背中の鍵をこいつの甲羅にハメ込んでやると、 スタンドを発動するように訓練されているらしい……私がかつて“死んだ”時も、こいつのスタンドにしがみ付くことで、今もこうして生き続けているんだ。 と言っても、私もそうしたポルナレフという男の“記録”に過ぎないがな』 「……だから、幽霊?」 精神だけが亀の中で生き残っているということと、何処かの世界で実際に起きたことの“記録”。 ポルナレフは二重の意味で、自分のことを「幽霊」と言ったのだとタバサは今、気付いた。 『そうだ……私自身もスタンド使いだったが、ある戦いの中でそれはもう失われてしまった。 この世界の何処かには、DISCとして残ってるかもしれんが。そして、その時に生まれたのが――』 「――お待たせ致しました」 ポルナレフを押し退けるような形で、亀のスタンドの中からシエスタが戻って来る。 両手一杯に抱えているのは、大小二つの桶、その中には何枚かのタオルに、今タバサが着込んでいるのと全く同じデザインをしたトリステイン魔法学院の制服、そして正方形の箱らしき物体が乗せられている。 『お、シエスタ。……一体全体何なんだい、そりゃ?』 「本当でしたら、貴族の方々が使われている浴場の方まで御一緒するべきなのでしょうが、ここにはそのようなものはございませんので……仕方がありませんので、こちらでミス・タバサのお体を拭かせて頂くことに」 『って、ちょっと待ってくれよ。風呂が無いって、そりゃまたどーいうこった?』 この部屋を出て、学生用の浴場まで行けば良いだけの話では無いか。 そう言いたげなデルブリンガーの言葉を遮るように、シエスタは説明の為に言葉を続ける。 「この世界にあるトリステイン魔法学院の“記録”は、この部屋しかありません。 この部屋を一歩でも出てしまうと、すぐにでも別のダンジョンへと繋がって行ってしまうのです。 ここだけがミス・タバサ、あなたにとって安全な拠点として、この世界に用意された空間なのです」 よいしょ、と荷物を床に降ろしてから、シエスタは厳かな口調で言った。 『なるほどな……だから風呂にも入れねーってのか?』 「はい。そして私とポルナレフさんは、この部屋でミス・タバサの御力になるように命じられました。 それがこの世界での、私達の役目なんです」 それが自分達の「運命」なのだ、とでも言いたげにシエスタは答えた。 今、目の前にいる彼女は、姿も、口調も、何から何までシエスタそのものだった。 だが、今言ったその言葉だけで、目の前の彼女が“ハルケギニアのシエスタ”とは違う存在だと言うことを、はっきりと証明していた。 平民の身分でありながら――貴族であるあのゼロのルイズに立ち向かってまで、自分が恋した平賀才人に強い思いをぶつけ続けている、あのシエスタとは。 そして、目の前のシエスタ達にそうした役割を与えている存在。それこそが、恐らく―― 「レクイエム……」 『そうだ。だが、それが全てでは無い』 タバサの呟きにに答えたのは、亀のスタンドから顔を出しているポルナレフの方だった。 『レクイエムは確かに、この世界を形作っている存在の一つだ。だが、その先には――』 「さあ、お話はこれぐらいにしましょう」 再びポルナレフの言葉を遮って、シエスタはぱん、と手を合わせて軽い音を立てる。 「と、その前に。デルフさんはポルナレフさんと一緒に、亀さんの中に入って頂きます」 『なぬぅ?』 あまりにも予想外だったシエスタの言葉に、デルブリンガーは素っ頓狂な声を上げる。 『おいシエスタ、そりゃー一体どういう意味だ?』 「いいですか、デルフさん」 ずいっ、とシエスタはタバサの持つデルブリンガーの方に顔を近付けて、言葉を続ける。 「貴族の方の――いいえ、レディの方の湯浴みを覗き見るなんて、許されないことです。 ミス・タバサが身支度を終えられるまで、デルフさんには亀さんの中で待って頂きます」 『しかし、んなコト言われてもなぁ……オレ、剣だし』 「ダメですよ。レディが身繕いを終えられるまで待つのは、殿方のマナーではありませんか」 『ムムムム……』 シエスタにめっ、と叱られて、デルブリンガーは言葉に詰まった。 見上げれば、タバサも困ったような表情で二人のやりとりを見つめている。 『……わーった、わーったよ。待っててやるから、なるたけ早めに済ませてくれや』 「ありがとうございます、デルフさん」 観念した様子で、デルブリンガーはシエスタの言う通りにすることにした。 「では大変失礼ですがミス・タバサ、デルフさんを少しお借りいたします」 「うん」 タバサは手に持っていたデルブリンガーをシエスタに渡し、それを受け取ったシエスタは再び亀の中へと姿を消して行く。 待つことしばし。 デルブリンガーを中に置いて来たシエスタが、部屋に帰って来る。 「大変お待たせ致しました、ミス・タバサ。 僭越ながらこの私が、ミス・タバサの御召し換えを手伝わせて頂きますね」 「………水」 「はい?」 「水は、どうするの?」 シエスタは先程からしきりに「湯浴み」という言葉を使っていた。 だが部屋の中を見返してみても、この部屋に水を供給出来そうな手段は思い当たらない。 魔法の杖さえあったなら、自分が魔法を使って水を「練成」することも出来ただろう。 だが、それはこの世界に来る前に、ハルケギニアに置き忘れてしまっていた。 平民のシエスタでは無論「水」系統の魔法など使うことなど出来はしない。 ハルケギニアにおいては、魔法を自在に扱える能力こそが、「貴族」と呼ばれる為に必要な唯一絶対の条件であり、あの「ゼロのルイズ」がそんな二つ名で呼ばれて蔑まれて来たのも、今まで満足に魔法を使いこなせた時が無かった為なのだ。 しかしシエスタはそんなタバサの疑問に、大丈夫です、と答えて、桶の中に入れて来た荷物を選り分ける。そして最後に、桶の中から正方形の箱を取り出して、タバサにもはっきり見えるように脇へ抱える。 「私も――そして今のミス・タバサも、魔法を使うことは出来ません。ですが」 シエスタは無造作に箱を開ける。その中には、色とりどりのDISCが何枚も挟まっている。 「この「形兆のDISCケース」の中にあるDISCを使えば問題ありません。 ここに水を生み出すことも、それをお湯に変えることだって出来ますから」 そう言ってシエスタは、ケースから黄金色に輝く装備DISCを一枚取り出して、頭に差し込む。 「ウェザー・リポートのDISC!」 そのままシエスタが発動させたDISCの能力によって、大きな桶の中に収まる範囲にだけ水滴が落ち始め、やがて水滴は雨のように勢いを強めながら降り注いで行き、桶を満杯にした所で止まる。 「水」――いや、「天候」を自由に操るスタンドか。 タバサはシエスタが発動させたDISCの正体に思い当たっている間に、シエスタは二枚目の、今度は能力発動用のDISCを取り出して、桶一杯に敷き詰められた水の中へと放り込む。桶の中の水はジュッ、と燃えるような音を立てながら、 一瞬にしてその温度を高めてお湯へと変わっていた。 水が熱湯になるDISCが力を使い果たしてボロボロと崩れ落ちて行くのを全く気にせず、シエスタは小さい桶にお湯を移して温度を確かめ、これでよしと言う風にタバサの方を向きやる。 「さあ、準備が出来ましたわ、ミス・タバサ。こんな簡単なお風呂で申し訳ございませんが、お湯が冷めてしまう前にお召し物をお脱ぎくださいませ」 戦闘に使う以外にも、DISCにはこうした使い方がある。 タバサは「こちらの世界の」シエスタの生活の知恵に感心しながらも、彼女に促されるままに、まずは顔に掛かっている眼鏡を外した。 自分ではあまり気にしていなかった物の、確かに酷い壊れようだった。レンズに走るヒビのせいで視界が悪いな、ぐらいにしか思っていなかったが、これでは二度と使い物にならないだろう。 元の世界に帰るまで外すことになるかもしれないと思いつつも、タバサは手に持った壊れた眼鏡を部屋の隅のベッドの上に置く。 そして同じように外したマントを眼鏡の側に放り出し、上着のボタンに手を掛ける。 一つ、二つ、三つ……タバサはゆっくりとボタンを外していく。 その度に、タバサの白く滑らかな肌が露わになっていく。 折れそうなくらいに細く、まだ幼さを残している物の、その身体は胸元から下まで女性としての柔らかい曲線をくっきりと宿している。スカートを外せば、繊細で脆さすら感じる程なのに、 どこか肉感的にすら見える、メリハリの利いたラインを引く純白の肌に覆われた脚が伸びている。 それまで自分の身に纏っていた衣服を次々に外して行ったタバサは、最後に下半身を包み込んでいる下着に手を掛ける。 迷いの無い所作で、ゆっくりと素肌を晒して行く姿を目の前で見せられると、湯浴みを手伝うなどと言い出したシエスタの方が、逆に気恥ずかしくなる程だった。 「……これでいい?」 「あ――は、はい。ではミス・タバサ。少しの間、失礼致します」 一糸纏わぬ姿のタバサに声を掛けられ、その姿に思わず見惚れてしまっていた自分の意識を取り戻して、シエスタはまず小さな桶に掬ったお湯に浸しておいた一枚のタオルを取り出し、自分の血で濡れたままのタバサの顔を拭い上げる。 タオルに赤い染みを移すような形で、タバサの顔から汚れが落ちて行く。 しばらくする内に、汚れに塗れたタバサの顔はいつも通りの美しさを取り戻していた。 「……ふう、お待たせ致しました。ミス・タバサ、次はこちらへ」 そのまま続いてシエスタに誘導される形で、 タバサは大きな桶の中に張られている湯の中にゆっくりと身体を沈める。 「はあ……っ」 適度な温度に調節されたお湯の感触が心地良い。 まるで、母の胸に抱かれるような安心感すら覚える。 本来なら自分に与えられる筈だった毒薬を飲み干して、心を傷付けられる以前―― その頃のタバサの母は、いつでも自分を優しく抱き締めてくれた。 そんな懐かしい思い出を、お湯の中でタバサは夢を見るような心持ちで思い返していた。 「ミス・タバサの髪、お綺麗ですわ」 湯の中で思う存分温まったタバサの身体を拭い、彼女の身体が冷えないようにと部屋の隅に置いていたマント以外の新しい制服を着て貰ってから、シエスタはお湯を含めたタオルを タバサの髪に絡めて、じんわりと滲んでいた髪の油を丁寧な動作でゆっくりと抜き出そうとする。 「ザ・サンのDISC」 タバサの髪にたっぷり水分を含ませた後で、シエスタはDISCケースから新しいDISCを取り出し、部屋の中に熱を帯びた発光体を生み出す。 そして先程と同じようにして、今度は別の乾いたままのタオルをタバサの頭へと滑らせる。 熱量を抑えて発動させたザ・サンの光と合わせて、程なくしてタバサの髪から水分が離れていく。 先程から自分の頭を刺激するシエスタの柔らかい手の感触が、タバサには心地良い。 タバサがこの世界にやって来てから、これほどまでに安らぐことが出来たのはこれが初めてであり、それは他ならぬこのシエスタがいてくれるからだ。 人の優しさは、どんな時であろうと心に染み入る程の強さを持っている。 それが人間を「黄金の精神」に目覚めさせるきっかけになって行くのでは無いだろうか。 どんなに気高い精神を胸に秘めていようとも、人は一人ではそれを見失ってしまうのだ……。 忘れてはならないとタバサは思った。 このシエスタの優しさを。共に戦うDISCのスタンド達の力を。ハルケギニアの大切な人々の思い出を。 例えこの先、どれほど苛酷な試練が待ち受けていようとも、 それを忘れない限り、自分の精神は決して砕け散ったりはしないであろう。 「――これでよし、っと」 その言葉と共に、シエスタの手が既に乾ききったタバサの髪から離れる。 勿体無いな、とタバサは心の中で思ったが、いつまでもシエスタに迷惑を掛けるのも気が引けたので、そのことは口に出さないで代わりにシエスタがここまでやってくれたことに感謝の気持ちを声に出して、言う。 「……ありがとう、シエスタ」 「いいえ、とんでもございません。こちらこそ、きちんと御力になれたかもわかりませんのに」 「ううん、平気」 タバサは換えのマントを身に纏いながら、もう一度シエスタにありがとう、と言った。 「うふふ。ありがとうございます、ミス・タバサ。それじゃあ、後は――」 まずこれだ、とシエスタは宙に浮かんだままのザ・サンの発動効果を解消する。 発光体がフッと消え去り、次にシエスタは先程タバサが外した眼鏡に視線を送る。 「やはりこの眼鏡ですね……う~ん」 「……無いの?」 「これと全く同じ物は、生憎と……こういう眼鏡ならあるのですが」 困ったような表情でシエスタが取り出したのは、確かに眼鏡には間違いなかった。 だが、やけにゴテゴテと派手な装飾の施されたそれは、レンズによる視力の矯正以前の問題で、到底タバサに似合うとは思えない代物だった。 「これは?」 「ミス・ヴァリエールが御実家から送って頂いたという眼鏡なんですが… 何でも、これを掛けて特定の方以外の女性をいやらしい目で見るとその気持ちに反応してそれを知らせるという効果があるとか……」 「………いらない」 「ですよね……」 タバサに即答されて、シエスタは申し訳無さそうにその眼鏡を懐へと収めた。 「ではやはり修理をするしかありませんね……少し勿体無いんですが、この際仕方がありません」 シエスタは失礼致します、と断わりを入れてからタバサの壊れた眼鏡を手に取り、もう片方の手で更に新しいDISCを自分の頭に放り入れる。 「――クレイジー・ダイヤモンドのDISC!」 ドラァッ!! シエスタが発現させたDISCのスタンドが、タバサの眼鏡に向けて全速力で拳を叩き付ける。 その瞬間、タバサの眼鏡が動き出したと思いきや、物凄い勢いで壊れる前の形を取り戻して行く。 やがてタバサの眼鏡は、傷一つ無い新品同様の状態まで回復していた。 「………すごい」 「本来の使い方とは少し異なるのですが、このDISCにはこういう使い方もありまして。 ――さあミス・タバサ、どうぞこちらをお掛け下さいまし」 シエスタから渡された眼鏡を受け取って、タバサはそれを顔に掛ける。 いつも通りの眼鏡の硬質な感触が、タバサの顔に伝わって来る。 眼鏡の修理は完璧だった。 そして今、新しい制服を着込んだタバサは、すっかり普段と変わらぬ姿を取り戻していた。 「――次にミス・タバサが行かれる場所は、レクイエムの大迷宮と言う場所です」 亀の中で待っていたデルブリンガーを引っ張り上げ、タバサはシエスタとポルナレフから次に挑まなければならない試練について説明を受けていた。 『レクイエムの大迷宮は、先程まで君達が潜っていたダンジョンよりも更に深い。 ……エンヤ婆を更に上回るような危険な敵も次々と姿を現すだろう』 何か嫌なことを思い出した、とでも言いたげにポルナレフが渋い表情で口を開く。 「また、今まで以上に数多くの制限や、逆により沢山のDISCやアイテムが発見出来るでしょう。 今更私が仰るまでも無いことですが、これらの全てを知り尽くし、使いこなさなければ、レクイエムの大迷宮の最深部まで辿り着くことは出来ないと思われます」 「……………」 テーブルの上に出されたシエスタの手作りケーキを頬張りながら、タバサは二人の説明を聞く。 真面目な話を聞いてる時に不謹慎だとは思ったが、実に甘くて美味しいケーキだった。 以前、タバサも元の世界の彼女からケーキの作り方を習ったことがあったが、今でもここまで上手にケーキを焼くことは出来なかった。 ただそれでも、夜中にこっそり練習していたのがバレた後、食べてくれた色々な人が「美味しい」と言ってくれたことは、嬉しかった。それが噂で広まって、一時期の間、学院中でケーキ作りが流行り出すことになったのは、タバサにも予想外だったが。 『今度はオレもタバサに付いて行くぜ!アンタ達がダメだって言っても、オレは行くからな!』 「はい、それは問題ありません。デルフさんも、どうかミス・タバサのお力になってあげて下さい」 力を込めて語るデルブリンガーに、シエスタはそう言ってこくりと頷いた。 『――っと、そこで思い出したんだけどよ』 「何でしょうか?』 『さっき言ってたよな?オレの力が全部は発揮出来ねえって……今度こそキッチリ説明してもらうぜ』 大真面目なデルブリンガーとは対照的に、ああ、そんな話もあったね、とケーキを味わう方に神経を向けていたタバサは、今になってようやくその話を思い出したのであった。 「わかりました。 ……単刀直入に申し上げますと、デルフさんが御力を使う為に制限がかかる、と思って下さい」 『制限?』 「回数制限……と言えばいいんでしょうか。幾らデルフさんでも、何時でも何処でも好きに御力を使っていたら、すぐにクタクタになってしまうでしょう? その為にデルフさんの御力を回復させられるアイテムも、ちゃんと用意されてますから」 『は?そんなモンがあるのか?』 「はい。本当は特別なんですが、御説明の為に一つだけお渡ししておきますね」 シエスタが今度取り出したのは、一冊の本。 表紙の絵を良く見れば、あのゼロのルイズにそっくりな絵が描かれている。 タイトルは、「ゼロの使い魔 4巻」。 それは時折、彼女の使い魔である平賀才人を指して呼ばれる呼称でもあった。 『フム……何かと思ったら、そんなコトかい。 よっしゃ、それならオレっちを使う時の判断はタバサに任せるとすっか。よろしく頼むぜ、タバサ』 「わかった。でも、あなたを剣として使うのはきっと無理」 一度頷いてから、タバサはゼロの使い魔の本を懐にしまいながら言った。 体術の心得も多少はある物の、本来の自分の戦闘スタイルは やはり魔法の力を操るメイジの物。剣を用いての戦いは、そもそも想定したこと自体が稀である。 まして、伝承に語られる「ガンダールヴ」の再来と称される、 デルブリンガーの本来の持ち主の平賀才人のように彼を扱うなど、タバサには到底不可能だ。 それはもうタバサに与えられた「役割」の埒外の話とすら言える。 手にした人間の能力や、触れた武器の性能を瞬時に理解する能力を持ったデルブリンガーも、そのことは良くわかっていた。だからこそ、彼もさして気にした様子も無く、鷹揚な口調で告げる。 『わかってるって。だけどよ、いざと言う時にはオレも何とかやってみるぜ。 この世界に転がっているDISCってヤツ……もしかしたら、面白い使い方が出来るかもしれねえ』 「うん」 自身有り気に言うデルブリンガーの言葉を信じて、タバサはこくりと頷いた。 「――じゃあ、そろそろ」 頬に付いたケーキのクリームを拭いながら、タバサは立ち上がってシエスタ達に会釈する。 そろそろ、自分達は行かなくてはならない。ここで平穏な時間を過ごすのはもう終わりだ。 レクイエムの大迷宮。ここを通り抜けて、自分は元の世界に帰らなければならない。 「はい。……レクイエムの大迷宮へは、こちらから行くことが出来ます」 シエスタがそれまでタバサが食べていたケーキの皿を置いたテーブルを動かすと、その下には既に見慣れた下り階段があった。この先がレクイエムの大迷宮に至る道。 シエスタから貰ったベルトでデルブリンガーを脇へと指しながら、タバサは自分の中から久方ぶりに鋭角的な緊張感が芽生えて来るのを自覚していた。 「行ってきます」 『じゃーな!世話になったな、二人とも』 「お気をつけて、ミス・タバサ、デルフさん」 シエスタとポルナレフをその場に置いて、階段を下るタバサ達の姿が見えなくなっていく。 『……行ってしまったな』 「はい」 『止めなくても良かったのか?この部屋の中で永久に暮らすことも、不可能では無かったろう』 「それは――無理ですよ。 あの方だって、それが出来たのに、この世界から出る為に何度も頑張り続けていたのでしょう?」 『……奴の精神の行き着く所は邪悪に過ぎん。本当なら、ここに永遠に封じられるべきだったのだ』 「だけど、自分が望んだ未来を手に入れる為に、決して諦めずに「運命」に逆らい続けた……。 目指す方向こそ違うけれど、タバサさんにも、そうした強い「意志」の光がある」 『そうだな……人は決められた「運命」を乗り越える為に生きている。 その結果がどうなろうと、最後まで「運命」に立ち向かっていく「黄金の精神」を彼女も持っているのだな……かつて私が出会った、若者達のように。 「運命」とは「眠れる奴隷」だ。彼女は今、それを解き放ちに向かったと言うことか……』 シエスタとポルナレフ。この世界が生み出した“記録”達は、 再び覚悟の道を歩み出したタバサが去って行った方向を、いつまでも見続けていた。 「ごきげんよう、ミス・タバサ。そしてようこそ、光り輝く「黄金の風」へ――」 シエスタの呟きを聞く者は、この部屋の中にはもう誰もいなかった。 ゼロの奇妙な使い魔「タバサの大冒険」 To be continued… 第3話 戻る
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~郊外の森林 地下5階~ 『奴ガ近付イテ来ルゾッ!』 「フー・ファイターズ!」 縦横無尽に飛び回って接近して来るタワーオブグレーに対し、タバサはフー・ファイターズの弾丸射撃を叩き込む。 命中を確認すると共に、ダメージを受けて飛行がおぼつかなくなったタワーオブグレーに接近して攻撃用DISCのエコーズAct.3を展開、トドメの一撃を放つ。 『Act.3、FREEEEEZE!』 「ゲェェェ~~ッ!!」 エコーズAct.3の拳を受けて、目の前のタワーオブグレーは完全に消滅する。 何処かで本体と思しき中年男性の悲鳴が聞こえて来た気がするが、タバサは気にしない。 「………はぁっ」 周囲にもう敵がいなくなった事を確認してから、タバサは軽く嘆息を付く。 ――彼女がこの異世界に迷い込んでから、それ程時間が経っている訳では無いが、自分がこの世界に少しずつ順応して来ていることは、皮膚感覚としてはっきりと実感出来る。 それもこのエコーズAct.3のおかげだ。もしエコーズAct.3から、この世界のルールや仕組みについて色々と聞いていなかったら、自分は今頃生きてはいなかっただろう。 『コノ世界ニイル「スタンド」ヤ「スタンド使イ」ハ「DISC」ニナッテナイ奴ハホボ全部アナタノ敵デス。 逆ニ言ウト「DISC」ニサエナッテイレバ、全テアナタノ好キニ出来ルッテ事デスネ。Son of a bitch!』 この世界について一言で説明するなら、先程エコーズAct.3から聞いたこの言葉に尽きるだろう。 また、今に至るまでに、タバサはスタンド使い以外の存在にも何度か襲われている。 そして彼らを倒した時は決まって、その姿はまるで魔法で練成したゴーレムのように掻き消えて行ってしまう。 エコーズAct.3は、この世界にいる全ての存在はただの幻、記録に過ぎないのだと語った。 ハルケギニアでもこの世界でも無い、何処かの世界で実在した人々の記録が、この世界を構成している“何者か”によって形を為しているだけであり、本当の意味でこの世界に存在しているのは、今のタバサのように別の世界から迷い込んで来た旅人達だけだと言う。 ここはもしかしたら、死者の世界なのかもしれないとタバサは思う。 記録とは成功も失敗も含めて、人間が生きて成し遂げて来たことの証明である。 だが、積み重ねられた記録は遠い過去でしか無い。 確かに過去は現在と繋がっている。どれだけバラバラにして埋葬しようとしても、必ず何処かで蘇り、現在に対して影響を与えて来る。 しかしそれでも、人間は未来に向かって、現在を生きているのだ。 未熟だった過去に打ち勝ち、思い描いた未来を現実まで手繰り寄せなくてはならない。 負けるわけにはいかない。 自分の過去をただ哀しいだけの物にした伯父一族に復讐を遂げ、新しく出来た友人達と共に幸せに生きるのだ。 その為に、まずは目の前の障害を一つずつ乗り越えて行く必要がある。 自分を元の世界に帰してくれると言うレクイエムの大迷宮は、きっとその先で見つかるはずだ。 『オ、ヤル気ガ充実シテマスネ。コノ先ハ今マデヨリ更ニヘヴィニナリマスヨ。HOLY SHIT!』 返事は返さず、しかしタバサはエコーズAct.3の言葉自体は無視してはいなかった。 確かに、厳しい。既にここまでの探索で、装備DISCの他にもフー・ファイターズを始めとする射撃用の赤色のDISC、特殊効果の発動に必要な銀色のDISCも幾つか入手している。 そして、何に使うのかはわからないが、所々に落ちていたお金もとりあえず回収していた。 しかし深い階層を下る度に、敵も少しずつ強力になって来ている。 防御用として使っているイエローテンパランスのDISCでも、どこまで持ち堪えられるかはわからない。 この先、もっと強い敵が現れるだろう。 その時、落ちているDISCを拾い集めるだけで大丈夫なのか? せめてDISCの他にも魔法が使えれば―― いや、そうでなくても、手持ちのDISCを強化する方法さえあれば、何とかなるかもしれないのに。 そんなタバサの心の内を見透かしたように、エコーズAct.3はいつも通りの口調で言う。 『マ、敵ガヘヴィナラ、コチラモ更ニヘヴィナパワーをゲットスリャイインデスケドネ。 発動用ノ「DISC」デドウニカスルノモ、限度ッテモンガアリマスシネ。Over Limit』 「……どうやって?」 『ソレハ階段ヲ降リテカラノオ楽シミ。運ガ悪ケリャアウトデスガネ』 「……………」 本当に大丈夫なんだろうか。不安な気持ちを隠しきれぬまま、タバサは次の階層へと向かった。 ~紅海の浜辺 地下6階~ 「………DISC」 階段を下りた直後、早速タバサは発動用のDISCを一枚発見する。 階層内に落ちているアイテムの位置を把握し、効率的にダンジョンを探索出来る「重ちーのDISC」だ。 早速、タバサはDISCを頭に差し込んで能力を発動させる。 『オラにはわかる理由があるんだど!あんたにはわからない理由だけど!』 能力を発動させた代償として、重ちーのDISCが力を失って消滅していく。 そしてタバサの脳裏に、階層内のアイテムの位置が青い光点のイメージとなって浮かんでくる。 その中に、一箇所だけ幾つもの光点が集まっている場所があった。 「…………?」 こんなことは初めてだった。大概、ダンジョンにアイテムが落ちてる時は小部屋の中に1つか2つ、何も落ちていない時だって珍しくは無い筈なのに。 これは一体どういうことなんだろう? 『オヤ、早速ラッキーガヤッテ来マシタネ。ディ・モールト、ベネ(トテモ良シ)』 「これは?」 『行ッテミレバワカリマスヨ。上手ク行ケバ「DISC」モ強化デキルカモ』 「わかった」 今までエコーズAct.3が嘘を言ったことは無かった。 それを信じて、タバサは罠や敵の存在に注意しながらもアイテムの光点が集まっている場所へ向かう。 狭い通路をくぐり抜けて、ようやくタバサは目的の小部屋へと足を踏み入れる。 そしてその刹那、タバサに向かって放たれた何者かの声が、小部屋の中に響き渡る。 「レストラン・トラサルディーへようこそ!」 小部屋では、白く清潔そうな調理服を着込んだ、優しげな風貌の男性がタバサを出迎えてくれた。 だが客に料理を出すレストランと言う割には、テーブルも無ければ椅子も無い。 その代わりに、部屋の真ん中には先程からタバサが感知していた沢山のアイテムが置かれている。 「……レストラン?」 「ああ、これはハジメマシテ。ワタシはこのレストランのオーナー、トニオ・トラサルディーデス」 「………タバサ」 丁寧に自己紹介をしてくれたトニオと言う店主に釣られて、思わずタバサも名前を名乗ってしまう。 トニオは穏やかな微笑を絶やさぬまま、タバサに向かって言葉を続ける。 「本来ならワタシ自慢のイタリア料理をお出しする所なのデスが、ココでは大迷宮に挑まれるお客様方ニ対シテ色々なアイテムをお売りするのがワタシの役目なのデス。 勿論、料理の方を取り揃える場合モございますのデ、この先マタお会いするコトがございマシタラ、是非トモ当店ニお立ち寄リ下サイ」 なるほど。何故こんな所でレストランなのかと思ったが、“実在の”トニオという人がレストランのシェフなのだと考えれば納得は行く。 しかしイタリア料理とは聞いたことが無いが、一体どんな料理なのだろう? 何だか美味しそうな響きなのはわかる。そう言えば、あの平賀才人が「たまにはイタリアンも食いてぇ~」とか言っていたような気もする。 もしかしたら、この人やスタンド使いは、才人と同じ世界の人間なのかもしれないとタバサは思った。 ぐう。 そういえば、あちこち歩き回ったせいでお腹が空いて来た。 このままでは目を回した挙句に飢えて倒れてしまうかもしれない。 この世界にやって来た時に何故か手元にあった大盛りのはしばみ草も、痛んではいけないと思って少し前にお腹が空いた時に食べてしまった。 空腹を意識した瞬間、タバサは急に我慢できなくなって来た。 顔色そのものは微動だにしていないが、心の中では食べ物を求めてレストラン内のアイテムに対して意識を向ける。 今のタバサならば、例え道端のカエルを食べても元気一杯になれることだろう。 ――そして、その中でようやく、食べられそうな物を見つけた。 白い皿の上にに乗っかっているのは、何やら麺類のようだった。 太過ぎず、細すぎずに、噛み千切るのに最適そうな太さの麺の上には、湯気と共に香ばしい香りを漂わせたアツアツのソースが絡められている。 その脇に、値札と共に「娼婦風スパゲッティ」と言うこの料理の名前が書かれているのが見える。 名前の由来は少し気になった物の、実に美味しそうだ。 今まで拾い集めてきたお金も、今この時の為にあったのだとタバサはようやく理解した。 もう我慢出来ない。お行儀は悪いかもしれないが、レストランの中には敵もいないことだし、安全なこの場を借りてすぐに食べてしまおう。 「……ここで、食べてもいい?」 「ハイ、勿論デス。後デお会計ヲ頂くコトになりますガ」 「それなら、大丈夫」 タバサは財布の中に溜めていたお金を確認して、もう一度「大丈夫」と呟いた。 少なくとも、このスパゲッティの代金分を支払うくらいは造作も無いことだった。 「それハ良かっタ。ではドウゾ、オ召し上がりクダサイ」 いただきます、と言う言葉も惜しんで、タバサはスパゲッティ一掬いして口に入れる。 「――美味しい!!」 普段は無表情なタバサが、大きく目を見開いて感動の声を漏らした。 これが他の人間だったら力一杯に「うンまぁァ~~~~い!!」と雄叫びを上げている所だろう。 それ程までにこのスパゲッティは美味であり、「雪風」の二つ名で呼ばれる程のタバサの冷えた鉄面皮を突き崩してしまう程の美味さを持っていたのだ。 強い辛味はタバサの舌の隅から隅まで余す所無く絡まり付いて、彼女の味覚を刺激する。 そしてその辛さは新しい刺激を求めて、次の一口を誘導する。 やがて辛味の中に溶け込んでいた旨味が口の中に染み渡り、 脳髄から全身にまで達する程の快感へと変わっていくかのよう。 その口の中に生じる辛味状態の圧倒的破壊空間はまさに歯車的旨味の小宇宙! タバサは人生15年目にして味に目醒めると共に、自分がいかに狭い世界しか知らないちっぽけな存在であったのかを、痛烈に思い知らされたのだった。 「ごちそうさま」 勿体無いと思いながらも、娼婦風スパゲッティを食べ終えて心地良い満腹感に浸るタバサ。 だがその時、口の中に妙な違和感を覚えた。 歯の一本がまるで別の生き物であるかのようにモゴモゴと動き出し、力づくで無理矢理タバサの体から抜け出すかのように抵抗を試みている。 何が起きたのかと疑問に思うより早く、タバサの口からその歯が真正面に勢い良く飛び出していく。 そのまま、たった今抜け飛んで行ったばかりの――少し虫歯気味だった歯の奥が、先程と同じように疼き始めたと思った瞬間、他と変わらぬ白く輝く汚れ一つ無い歯が生まれて来た。 そして飛んで行った歯は、真正面にいたトニオに向けて一直線に向かって行き、そのまま―― 「ウグッ!?」 景気の良い音を立てながら、トニオの顔面に直撃した。 「……………」 重苦しい沈黙がレストラン内に流れる。 つい数刻前に美味しい料理を食べて絶頂に押し上げられていたタバサの気分は、一瞬にして下水の底で溺れ死ぬ哀れな水死体のようにどん底まで落ちて行く羽目になった。 本来なら今すぐ謝らなければならない所だろうが、顔面を抑えて全身を振るわせるトニオの姿は、迂闊に声を出すのも憚れるような迫力があった。 だが、何時までもこのままで良い筈が無い。 なけなしの勇気を振り絞って、タバサは何とか口を開こうとする。 「……ご、ごめんなさい」 タバサ乾坤の一擲に、トニオはゆっくりと―― 引き攣りが止まらない表情に無理矢理笑顔を貼り付けて、地獄の底から響き渡るような声で言う。 「フ、フフフ…オ気になさらないデ下サイ…… ソノ料理にツイテ先ニ説明しなかッタワタシにモ責任ハございますカラ……」 目が全く笑っていない。これ以上迂闊なことを言えば、片手に握り締めた石鹸で今すぐにでもタバサの頭を殴り飛ばしかねない、極めて危険な空気を纏っている。 はっきり言って、とても怖い。騎士「シュヴァリエ」の称号を抱く百戦錬磨のタバサですら、今のトニオを前にして胸の内から込み上げて来る恐怖を押さえ込めそうになかった。 「あ…こ、これ……買って…帰るから……」 床に散らばるアイテムの種類を見もしないで、タバサは部屋の中の商品を適当に掻き集める。 そして足りるかどうかも計算していなかったが、トニオに押し付けるような形で手持ちのお金を全て渡して全速力でレストランから遠ざかろうと駆け出して行く。 「――タダじゃあおきませんッ!!」 後ろから殺意に塗れたトニオの声が聞こえて来た気がするが、タバサは一生懸命素数を数えたりして聞こえないフリをしながら、見つけた階段を必死になって駆け下りて行った ~紅海の浜辺 地下7階~ 「……怖かった」 『マア逃ゲ出シテテ正解デシタネ。アノママアソコニイタラ、絶対ニアノ固ソーナ石鹸でブン殴ラレテ再起不能(リタイア)デスヨ』 「うん」 目に浮かんだ涙の珠を拭いながら、タバサはトニオの店から持ち出してきたアイテムを確認する。 装備用DISCと発動用DISCが一個ずつ。傷を癒す為の「モンモランシー特製ポーション」。 そして最後に―― 「…………本」 嬉しそうに口元を綻ばせて、タバサは表紙に極彩色の絵が書かれたその本を手に取った。 トリステイン魔法学院を出発してから、もう何年も本を読んでいないような錯覚すら覚える。 タイトルに書かれているのは、「ジョジョの奇妙な冒険 24巻」。 表紙に書かれている絵からすると、画家が勉強に使う美術書なのだろうか、とタバサは思った。 『オ、コレコレ。コノ「コミックス」ヲ読ンデ「DISC」ヲ強化スルンデスヨ』 「え?」 口を挟んできたエコーズAct.3の言葉は、タバサにとっては予想外の物だった。 「これで……?」 『マ、読ンデミリャワカリマス。Are you ready?』 首を傾げながらも、タバサはエコーズAct.3に促されてその「コミックス」とか言う本のページを開く。 『コイツハ第三部ノ「コミックス」デスカラ…「イエローテンパランスノDISC」ヲ強化デキマスネ』 「どうすればいいの?」 『「DISC」ニ向カッテ「サッサト強クナリヤガレェェェ」トカ思イナガラ読メバドートデモナリマス』 疑わしい気もしたが、それでも言われた通りに防御用に装備したイエローテンパランスのDISCを意識しながら、コミックスを読んでみる。 まるで石の彫刻のような力強い体の男性達の絵や、犬がスタンドを出して邪悪な笑みを浮かべた鳥と戦っている絵などが並んでいる。 どうやら最初に思ったような美術書では無く、子供向けの絵本らしかったが、書かれている文字が全然読めなくてストーリーが理解出来ないのがタバサには不満だった。 「!」 コミックスの最後まで目を通した瞬間、イエローテンパランスのDISCが光り輝き、その力が高まった事がタバサにははっきりと実感出来た。 しかしその代わりに、まるでDISCを発動したかのようにコミックスもその形を失って消滅してしまう。 「本当に強くなった……」 『コレデチットハマシニナルデショウ。アア、ソレト「コミックス」ハ強化出来ル「DISC」ニ制限ガアルノデ気ヲツケナキャナリマセンヨ』 「わかった」 なるほど、こうしてコミックスを集めてDISCを強化していけば、探索も楽になるかもしれない。 それに文字こそ読めなくても、この世界にも本があると言うのは悪い気はしない。 出来れば書かれている文字を覚えて、物語も楽しみたかったが、そこまでは贅沢と言う物だろう。 『ソレジャ、コノ階デアイテム集メテトット先ヘ進ミマショウ』 「うん」 エコーズAct.3の言葉に頷いて、タバサは通路を通って次の小部屋に出る。その瞬間だった。 「うっ!?」 何者かの手が伸びたと思った刹那、一瞬にしてタバサの小柄な体を羽交い絞めにする。 「……へへへ。おい!観念しな悪党!」 「く………!」 幾らもがいてみた所で、その男にガッチリ捕まえられたタバサの体は身動き一つ出来ない。 「テメエみてぇな小娘が、このブルート様から逃れられると思ってんのかァ?あ~ん?」 「クククッ!見事ねブルりん、そのままそいつを押さえつけておくね!」 ブルりんと呼ばれた巨体の男の側から、もう一人の敵の姿が現れる。 既に老齢とも呼べる姿でありながら、鮮やかな身のこなしで こちらに近付いてくるのは、両手に長い爪を装備した吸血鬼、ワンチェンである。 「こいつで首筋を引き裂いて、お前の暖かい血をペロペロ啜ってやるね!ヒヒヒヒ」 ペロリと舌なめずりをしながら、ワンチェンはタバサに近付いてくる。 エコーズAct.3で戦うにせよ、このままではどちらか一方しか攻撃出来ない上に、絶対的なパワーに欠けるエコーズAct.3では一撃でトドメを刺し切れるとも思えない。 そして攻撃を免れなかった片方が、確実にタバサに致命的な一撃を与えるだろう。 万事休す。タバサの心に、再び暗い絶望の影が忍び寄ろうとしていた。 『……一発ダケ』 「え?」 『奴ラノ攻撃ヲ一発ダケ受ケル覚悟ガアルナラ、コノ状況ヲ何トカシマショウ』 「! 本当に……!?」 エコーズAct.3の言葉に、タバサは目を大きく見開いて聞き返す。 『後ハアナタ次第デス。コノ「絶望」ヲ乗リ越エ、「運命」ヲ掴ミ取レルカドウカハ、 全テアナタ自身ノ「意志」ニ掛カッテイマス』 「え………?」 いつもと違うエコーズAct.3の様子に、タバサはただ戸惑うばかりであった。 「あなたは、一体何を……」 「何をごちゃごちゃ言ってるね!この爪を食らって血ヘドブチ撒けるねー!!」 『Act.3、FREEEEE――――ZE!!』 ワンチェンの爪がタバサの首筋を捉えるよりも早く、エコーズAct.3の拳がタバサを拘束していたブルりんに直撃する。 「ぬぅおォ!?」 エコーズAct.3の拳によって、ブルりんの体に圧倒的な“重さ”が圧し掛かる。 突然の衝撃に、ブルりんは思わずタバサを拘束していた腕の力を緩めてしまう。 「………!!」 「チィッ…!」 その隙を突いて、全力を込めて体を横に投げ出すことでブルりんの拘束から逃れたタバサは、正面から振るわれたワンチェンの爪を紙一重の所で回避することに成功する。 「………Act.3!」 何ということだろう。 エコーズAct.3の体が、タバサの目の前で力を失い、ボロボロと崩れ去って行く。 ――これは、DISCの発動。 装備DISCには持ち主の攻撃や防御の底上げの他に、銀色のDISCと同様にその能力を発動する事が出来る。その引き換えとして、スタンドはDISCに宿っていたパワーを消費してしまう。DISCのスタンドパワーを使い果たした時、スタンドはDISCと共に朽ち果て、消え行く運命にあった。 エコーズAct.3は確実にタバサを逃す為に、使えば100%成功するDISCの能力を発動させたのだ。 「Act.3……っ!」 『コレデイイノデス。私ハ「DISC」ニ宿ルスタンド。アナタガ「生キル」為ニ、ソノ力ヲ解キ放ツノハ当然ノコトデス』 幻なのかもしれない。だが、それでも今のタバサにははっきりと見えていた。 力を使い果たしたエコーズAct.3の「精神」が、天国に向けてゆっくりと昇っていく姿を。 『「正義ノ道」ヲ歩ム「黄金ノ精神」コソガ、「絶望」ヲ打チ破リ「運命」ヲ導クノダトイウコトを、忘レナイデ下サイ。――タバサ。アナタノ「運命」ガ「希望」ニ満チタテイルコトヲ、私ハ信ジテイマス』 そして、タバサの目の前で、エコーズAct.3は消滅した。 それと共に、彼女が装備していたエコーズAct.3のDISCがら頭から零れ落ち、その形を失って行く。 「くッ、くそォ!一体どうなってやがるんだよォ!?」 「スタンドのDISCを発動させられたね。奴にDISCを使わせる暇も与えずに速攻で殺すつもりでオマエと組んだんだが…アテが外れたね」 「お、おいワンチェン!早くこの重てぇのを何とかしてくれ……はッ!?」 得も言われぬ冷たい殺意を感じ、ブルりんとワンチェンは先程タバサが転がっていった方向を見やる。 今まさに、タバサの頭にもう一つ別の、新しい装備DISCが攻撃用に収められた所だった。 「……Act.3は、逝ってしまった…」 タバサの背後に、装備DISCに宿る新たなスタンドが形となって二人の前に現われる。 「あなた達の邪悪を……許す訳にはいかない――!!」 タバサの怒りと共に、この世に存在する全て“もの”を削り取り、無へと還す―― 「ザ・ハンド」の右手が、ブルりん達に向けて一直線に振るわれる。 ガォン!! 「ゲ…――ッ!!」 その真正面で足掻いていたブルりんが、ザ・ハンドの右腕の直撃を受けて悲鳴も残さず消滅する。 続いてタバサは厳しい瞳で、呆然と立ち尽くしていたワンチェンの姿を視界に捉える。 「ウッ……チ、チ、チクショオォォッ!キィエェェェーーーッ!!」 なりふり構わぬという勢いで、ワンチェンがタバサに向かって突っ込んで来る。 タバサはその動きを冷静に見つめながら、発動用DISCを手に取り、自分の頭の中へと差し込む。 『ふるえるぞハート!燃え尽きる程ヒート!!』 「ヒッ!そ、そいつは……!!」 タバサが使ったDISCの正体を知り、ワンチェンは顔色を更なる恐怖へと歪めた。 そして、タバサは裂帛の気合と共に、地面を強く踏み出して逆にワンチェンへと接近する。 「山吹色の……波紋疾走ッ(サンライトイエロー・オーバードライブ)!!」 一定期間のみ、吸血鬼が弱点とする「波紋」を操る「ジョナサンのDISC」。 その力を発動させたタバサは、波紋を流し込んだその拳を力一杯ワンチェンへと叩き込む! 「ウ……ウギャアアアァァァアァッ!!」 たっぷりと波紋を帯びた拳の直撃を受けて、体機能を完全に狂わされた吸血鬼ワンチェンは、ブスブスと煙を立てながら地面へと溶けて行き、やがて完全に消え去って行く。 今、この場に立っているのは、タバサ一人。彼女以外に動くものは、何一つとして存在しない。 「……Act.3……」 タバサは、つい先程消えてしまったばかりのエコーズAct.3に対して想いを馳せる。 この世界にやって来て、右も左もわからなかった自分に沢山のことを教えてくれたエコーズAct.3。 ほんの僅かな時間だったけれど、いつも自分の側に立って、 未熟な自分を最後まで守り続けてくれた、かけがえのない親友。 天へと還って行ったエコーズAct.3の魂に向けて、タバサはありがとう、と呟いたのだった。 ゼロの奇妙な使い魔「タバサの大冒険」 To be continued… 第1話 戻る
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タバサの杖 キュルケに支給された。 タバサの使用している杖。 作中の挿絵を見る限りタバサの身長より高く、才人の頭近くまであるので百六十センチ~百七十センチの間と考えられる。 外見は節くれだった古い木の棒で上のほうが丸く渦を巻いており、丸みを帯びる直前に青い二本のラインが走っている。 原作に登場している杖の中では最も長い。 原作ではメイジの杖は所有者専用である、との設定が外伝にあたる作品で書かれている。 しかし、本ロワ内では特に制限なく使用できるようである。
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~レクイエムの大迷宮 地下6階~ 「エコーズAct.1のDISC……」 文字を書き込むことで、書き込まれた文字そのままの「音」を発すると言うスタンドの能力を発動させ、タバサは床に擬音を表わす言葉を次々と刻み込む。 この世界でタバサが始めて出会ったDISCのスタンド、エコーズAct.3が進化する前の姿。 それが、たった今彼女が発動させているエコーズAct.1だと言う。 今ここにいる世界が“時間”と言う感覚その物が存在しないような場所であるせいか、この世界に来たばかりの頃に出会ったエコーズAct.3の記憶も、もう随分と懐かしい物のように感じる。 だが、自分はあのエコーズAct.3のことを決して忘れないだろうとタバサは思う。 今ここで自分が戦っていられるのは、エコーズAct.3が己を犠牲にしてまで、自分の為に道を開いてくれたからだ。そして今、エコーズAct.3と深く繋がった存在であるエコーズAct.1までもが、今こうして自分の為に力を貸してくれていることに、タバサは言葉に表わせない深い感慨を覚えていた。 「…………Act.3」 『タバサ急げ!すぐにヤツが追い掛けてくっぞ!』 「! …わかってる」 腰のベルトに指したデルフリンガーの言葉に現実に引き戻され、床にエコーズAct.1の文字を仕掛け終わったタバサは大急ぎで、先程逃げて来た場所とは逆の方向―― 即ち現在のタバサから見て真正面の方向に向かって疾走する。 『――何処へ行こうと逃すものか!我がハイウェイスターのスピードは時速60km! お前がこのフロアー内にいる限り、その追跡からは決して逃れられないのだーッ!』 ちらりと後ろを振り返って確認すると、もの凄いスピードで床を疾走する足跡がタバサ達に向かって接近して来る。だが、ハイウェイスターと名乗ったスタンドが一直線にタバサに向かって接近して来ると言うことは、敵はそう簡単に立ち止まることが出来ないということでもある筈だ。 それを見越したからこそ、タバサは先程自分の進行方向上に罠を仕掛けたのだった。 「ピ!」「ポ!」「ガチャン!」「ドゴォ!」「レロレロレロレロ」「ズキュゥゥゥン!」 やがて見込み通りに、背後から物凄い騒音が響き始めたのをタバサは確かに耳にした。 『うぬうぅおぉぉーッ!?クソッ、この音は康一のエコーズの仕業かァ!?うぐおおォォォォ!!』 そうした一連の「音」が聞こえると共に、タバサは一旦その場で足首をぐるりと半回転。 エコーズAct.1による「音」によって悶絶しているであろうハイウェイスターに向けて、タバサは先程とは全く逆の立場となって接近して行く。もう一つの人型の姿を晒してのたうち回るハイウェイスターを確認すると共に、タバサは両手を構えてDISCのスタンドを発動する。 「……エンペラー!」 幾らハイウェイスターが直接的なパワーに劣るとは言え、超高速で動き回るそのスピードは脅威だ。 敵が混乱している今の内に、距離を置いて確実に仕留めたい。 そうしたタバサの意志を正確に受け取って、彼女の意志のままに操作される銃弾型のスタンドエネルギーが、ハイウェイスター目掛けて一直線に突き進んでいく。 そして、そのまま彼女の狙い通りにエンペラーの弾丸がハイウェイスターの頭部を撃ち抜く! 転げ回っていたハイウェイスターの体が一瞬ビクリと震えて、力を失って地面へと倒れ伏す。 『クハッ……!や、やってくれたな……だがお前の「臭い」はもう覚えたッ! お前の養分を一滴も残さず吸い尽くすまで、ハイウェイスターの追跡は終わらないィィィッ!!』 頭を撃ち抜かれながらもなお勝利を確信した咆哮を上げながら、ハイウェイスターは消滅して行った。 『……フーッ。これでまた一段落、ってヤツかぁ?』 もううんざりだ、とでも言いたげにデルフリンガーが憂鬱な溜息をついた。 そして相変わらずの無表情ではあったが、今のタバサの気分もそんな彼と全く同じ物だった。 生まれ故郷であるハルケギニアに帰還するべく、レクイエムの大迷宮の最深部を目指す途中で、タバサとデルフリンガーがこの階層に足を踏み入れてまず最初に発見したのは、石造りの部屋だった。 タバサ達がこの世界に迷い込む直前までいたハルケギニアの古代遺跡によく似たその部屋の中には、今は離れ離れになってしまっている親友のキュルケや、 クラスメイトであるゼロのルイズ、青銅のギーシュ、そしてルイズの使い魔である平賀才人―― トリステイン魔法学院に通う今のタバサにとって、大切な友人達の姿があった。 「…………罠」 『ワナだよなぁ』 それを見た二人は即断した。 様々な世界の“記録”が形を成しているこの世界ならば、確かにハルケギニアで離れ離れになってしまった彼らの“記録”も何処かに存在しているかもしれない。 実際にレクイエムの大迷宮を訪れる前に、あのトリステイン魔法学院で働くメイドの少女シエスタや、魔法学院の建物それ自体の“記録”に、タバサ達は出会っている。 しかし彼女らの前に広がっているその光景は、あまりにもあからさま過ぎた。 誰かが自分達に幻覚を見せて、罠に誘い込もうという魂胆は明白だった。 最初はタバサ達も、多少名残惜しい気はした物の、無視して先へと進むつもりでいた。 ――だが、出来なかった。 例え幻であろうとも、それが罠だとわかっていたとしても。 タバサの掛け替えの無い人達が何者かに襲われ、傷付けられようとしている姿を見てしまったら。 万が一にでも、それが罠では無いという可能性があるのだとしたら。 タバサは“彼ら”を助けに行かない訳にはいかなかったのだ。 結果として、タバサとデルフリンガーはその幻覚の罠を仕込んだスタンド「ハイウェイスター」と、その部屋で共に待ち受けていた鋼鉄製の車型のスタンド「運命の車輪(ホイール・オブ・フォーチュン)」 に部屋の中へと誘い込まれて窮地に陥る羽目になった。辛うじて、一枚だけ保持していた瞬間移動の発動効果を持つペットショップのDISCによって、階層内の別の部屋へと逃れることは出来たが。 しかしハイウェイスターが持つ「相手の臭いを覚えて、高速で自動追跡出来る」と言うもう一つの能力によって、タバサが何処に逃げようとしても、ハイウェイスターは執念深く階層内を逃げ回る彼女を追い掛け続けて来た。 そしてハイウェイスターは、本体から距離が離れていても力を発揮出来る「自動追尾型」のスタンド。 例外こそあれど、そうした自動追尾型のスタンドは精密動作性を犠牲にする代わりに、どれだけダメージを受けたとしても、本体であるスタンド使いとは受けたダメージを共有しない場合も多々ある。 ハイウェイスターもそうした本体とダメージを共有しないタイプのスタンドだった。 先程からタバサも隙を突いては攻撃を加えているのだが、何度撃退してもその度にまた“新しい”ハイウェイスターが、一度覚えたタバサの「臭い」を嗅ぎ付けて、彼女の体から全ての養分を吸い尽くそうとして襲い掛かって来る。 この階層に辿り着いてからと言うもの、そんなイタチごっこの繰り返しだ。 こんなジリ貧の状態が続けば、いつかタバサは養分を吸われてカラカラのミイラになってしまうだろう。 ハイウェイスターだらけの部屋、まさに「ハイウェイスター・ハウス」とでも言った所だろうか。 不幸中の幸いと言うべきか、ハイウェイスターと共にタバサを罠に掛けた運命の車輪の方はハイウェイスターと違ってタバサの位置を直接は感知できないらしく、まだ再会してはいなかったが。 『さーて。マジでこれからどーするよ、タバサ』 「……本体を、叩かないと」 『ま、そうなるわな、やっぱ』 ハイウェイスターの本体であるスタンド使いは必ずこの階層の何処かにいる筈だ。 それを叩かない限り、ハイウェイスターは何処までもタバサを追跡して来るだろう。 デルフリンガーの問いも、それを改めて確認する為の形式的な物だ。 では、具体的にどうすれば良いか?タバサ達はその為のアイデアに、まだ至っていなかった。 『だとしてもなァ。何とかして本体のヤローを見つけねーと話にならねーんだよな』 「それは多分…平気」 そこで少し曖昧な口調になってから、タバサはぽつりと口を開いた。 「心当たりは、ある」 『なんだってぇ!?アンタ、アイツの本体が何処にいんのかわかるのか!?』 「多分。でも確証は無い」 『それでも予想だけなら付いてんだろ?まったく、スゲーおでれーたぜ、オレはよ』 感心するデルフリンガーを余所に、タバサはいつもの無表情で思案を巡らせる。 確証が無いとは言った物の、スタンド使いの居場所はまず自分の推測に間違いは無いはず。 ならば、後は如何にしてハイウェイスターと接触せずに本体まで近付けるかどうか、だ。 『それでタバサ、ヤツの本体は何処にいるんだ?生憎とオレにゃあ全然思いつかねーぜ……』 「……すぐにわかると思う。だから」 タバサは銀色に輝く一枚の発動用DISCを取り出しつつ、もう片方の手で腰に挿したデルフリンガーの刀身を引き抜く。そして一旦デルフリンガーの柄を逆手に持ち替えて、一見しただけでは、まるで朽ち果てる寸前のボロボロの状態に見える彼の刀身を地面に滑らせる。 『ン……?おい、タバサ?』 「あなたに、目になって欲しい」 そのままタバサは、銀色のDISCを頭に差し込んで、そこに刻み込まれている能力を発動させた。 『悪には悪の救世主が必要なんだよ、フフフフ…』 「う……っ……!」 その刹那、タバサの視界が深い闇へと覆われる。何一つ見えない完全な黒の世界。 だが、逆に鋭敏に研ぎ澄まされた聴力が、階層内のあらゆる“もの”の動きを彼女に知らせる。 再び行動し始めたハイウェイスターも、そして未だに出くわしていない運命の車輪の存在も、今のタバサには文字通り手に取るように感知出来ている。 『タバサ…!お前さん――ひょっとして“目を潰した”のかよ!?』 「うん。これで、本体の場所がわかる」 視力と引き換えに敵の動きを感知する「ンドゥールのDISC」の為に、一時的にではあるが瞳から完全に光を奪われたタバサは、片手に握り締めたデルフリンガーを杖代わりに地面に突き立てて、目的の場所に向かって歩き出す。 『なあ、タバサ』 前が見えていない為に、危なげな足取りで歩くタバサに向けて、デルフリンガーは言う。 『オレ、最初にお前さんと会ってから結構経つけどよお。なんつうか、この世界に来るまで お前さんがここまでガッツのある奴だったなんて、マジで思いもしなかったぜ……』 「……生きる為」 『あん?』 「生きる為なら、当たり前」 手に握り締めたデルフリンガーを頼りに歩くタバサは、いつも通りの無感情な声で呟く。 「だから、あなたの力を貸して欲しい」 それは、本心からのタバサの言葉だった。メイジとして魔法を使う為の杖を失ってしまった以上、元の世界にいた頃のように、自分一人の力では戦えない。スタンドのDISCだけでは無い、今もこうして自分の側にいてくれるデルフリンガーの存在が、今のタバサには必要なのだ。 『……わーったよ。そこまで言われちゃ、オレも男だ!ここで断ったらオレの男がすたるってもんだ。 ああタバサ、出口はもうちょい右だぜ。大体2メイルちょい……よし、そこだ』 「……ありがとう」 『いいってコトよ。その代わり、ヤツらをぶっ倒す作戦はお前さんに任せるからな』 「うん。最初から、そのつもり」 デルフリンガーと共にハルケギニアに帰って、皆と再会する為にも、ここで死ぬ訳にはいかない。 タバサは手の中のデルフリンガーをより強く握り締めながら、目の前に広がる闇の中を歩いて行く。 「ム…!?ほっほ~う、ハイウェイスターの野郎より先に俺を潰しに来たのかァ? だがスタンドのパワーは奴よりも、俺のスタンド「運命の車輪」の方が上なんだぜェ~…?」 部屋の中で運命の車輪、その運転席でスタンドを操作しているスタンド使いが高笑いを上げる。 タバサはンドゥールのDISCによる盲目の中、高速で移動して来るハイウェイスターの動きを 「音」で感知しながら、その接触をデルフリンガーのアシストによって出来る限り回避することで、ようやくハイウェイスターに出会うことなくこの場所まで辿り着いていた。 『…なあタバサ。先にコイツを倒そうってのはわかるけどよぉ、あの足跡野郎の方はいいのかよ?』 どこか不安げな口調で、デルフリンガーがタバサに向けて聞いて来る。 『コイツだってそう弱い相手じゃねーだろうし、急いで倒さねーと後ろから足跡野郎に挟まれちまうぜ?』 「……何とかする」 いつも通りの口調で、タバサは言う。 『何とか、ねえ……まあ構わねえけどよ。ヤバくなったら遠慮なくオレを使ってくれよ?』 「そうする」 既にンドゥールDISCの発動効果が切れて、元の視力を取り戻しているタバサは運命の車輪の姿を見据えながらも、デルフリンガーの言葉にこくりと頷いた。 「ククク…作戦会議は終わったらしいな?それじゃあ、逆にテメエの体をヒキガエルみてーにペシャンコに潰しちまうぜェ!ウヒッホァ!」 言うが早いか、運命の車輪がアクセルを吹かしてその車体をタバサに叩き付けるべく突っ込んで来る。 本体の意志がそのまま具現化したような運命の車輪の姿は、攻撃的かつ獰猛だ。 まともに激突すれば、小柄なタバサの体など間違いなくグシャグシャに潰れてしまうだろう。 そんな訳にはいかない。タバサは真横に跳躍し、運命の車輪の走行軌道を回避。 そのまま、新たに手に入れた装備DISCのスタンドを攻撃の為に展開する。 「クレイジー・ダイヤモンド…!」 ドラララララララァッ!! スタンドの拳による超高速のラッシュが、運命の車輪の側面に叩き込まれる。 あわよくば運転席を剥き出しにして、中のスタンド使いに直接攻撃出来れば―― だが、そんなタバサの淡い期待が通じる程、運命の車輪も甘い相手では無い。 クレイジー・Dからのダメージを車体表面に拡散させ、“少し車の表面が薄くなった”程度に抑え込む。 「ヒャホアハァ!力押しでもしようってのか?パワーなら負けねェってさっき言ったばかりだろォが!」 狭い室内で強引に方向を変えながら、再びタバサに向けて運命の車輪が爆走を始める。 もう一度タバサは横に避けようとして、両脚に力を込める。だが、その瞬間。 「…………ぅッ!?」 突然、右足に鋭い痛みが走る。 運命の車輪の突進自体は辛うじて避けられた物の、今のダメージによって跳躍の為の脚への負荷が中途半端になってしまった為に、タバサは体勢を崩して床に転がり込んでしまう。 『タバサ!?』 「うぅっ……フー・ファイターズ……!」 大急ぎで射撃DISCの発動効果によって傷口にプランクトンを詰め込み、応急処置。 何とか立ち上がれるようになったタバサの前には、既に運命の車輪が三度目の突進を仕掛けるべく、圧倒的な鋼鉄の質量から生じるその凶悪で車体をタバサの方向へと向けている。 「ククク…一体何をされたのかわからない、ってツラをしてるなァ?」 「…………っ」 「ウヒャホァ!俺の攻撃の謎はすぐ見えるさ!貴様がくたばる寸前にだけどなァ!」 運命の車輪の表面が輝いたと思った瞬間、タバサの体に再び何かに貫かれるような衝撃が走った。 「あう…っ!」 『クソッ!ヤツの攻撃が見えねェ!一体何を撃って来やがったんだ!?』 「…………油」 『何ィ!?』 「油を…ぶつけて来た……」 タバサが受けた傷跡から、鼻を突き刺すような独特の刺激臭が漂って来る。 更に良く見れば、傷口を中心として、彼女の服にキラキラと輝く粘り気のある液体が染み付いていた。 「冷静に気付くとはおたくシブいねぇ~。そぉうッ!貴様の言う通り、そいつは確かにガソリンさ!」 タバサも聞いたことのある言葉だった。 トリステイン魔法学院の教師コルベールが名付けた「竜の血」という物質。 異世界より現れたと伝えられる空駆ける鉄の乗り物、竜の羽衣を動かす為の燃料のことを、同じく別の世界からやって来た青年、平賀才人が“ガソリン”と呼んでいたのを、タバサは覚えていた。 ――やはりスタンド使い達は平賀才人と同じ世界の住人なのだ! 今までの疑惑が改めて確信へと変わったことを、タバサは今はっきり自覚していた。 そして同時に思い出す。 竜の血、いやガソリンは乗り物を動かす為にそれ自体を燃やして使うのだと言う。 先程の攻撃の正体は、運命の車輪の燃料として積み込まれたガソリンを超圧縮して、弾丸として高速で撃ち出して来た物だった。 そして今、弾丸として撃ち込まれたガソリンは再び液体に戻って、タバサの身体にくまなく染み付いている。 「そして!この運命の車輪のガソリン弾を食らった貴様はッ!」 運命の車輪の言葉が終わる前に、突然タバサは背後から何者かに体を掴まれ、身動きが取れなくなる。 「…………っ!?」 『もう絶対に助からないって訳だぜ……!』 後ろを振り向けば、先程からタバサを追跡し続けて来たハイウェイスターが、 背後からのしかかるようにして彼女の身体をガッチリと捕らえていた。 『このままテメェの養分をカラカラになるまで吸い取ってもいいんだがよォ~…… のんびりしてるとまたどんな反撃食らうかわかんねぇからなぁ~? 吸える分だけ吸ってから、後は確実に決めさせてもらうぜェ?なあ、ズィー・ズィーの旦那ァ?』 「う……あぅ……っ!」 そう言ってタバサの体内の養分を吸いながら、ハイウェイスターはタバサの体を固定したまま離さない。 「クククッ……離すなよハイウェイスター!例えテメーが燃え尽きちまったとしてもよォ!」 『ああ、いいぜ?俺は自動追尾型のスタンドだからなァ、どんだけダメージを食らっちまったとしても本体にはなーんにも影響が無いからな…また新しいハイウェイスターを出せばいいだけだもんなァ!』 そして運命の車輪の中から、バチバチと火花を散らした電線がタバサに向けて近付いて来る。 『マジでヤバいぞッ!タバサ、何か手はねぇのかよ!?』 「…………っ!」 「逃れる手段などあるものかァ!この運命の車輪とハイウェイスターのコンビは無敵だ! 電気系統でスパークして俺の気分がハイ!ってヤツになるまでコゲちまいなァァァァッ!!」 そしてハイウェイスターに組み敷かれたタバサに電線が絡み付き、服に染み付いたガソリンと化学反応を起こして盛大な炎を上げて燃え上がる。 その中心にいたタバサは、彼女の体を拘束し続けるハイウェイスター諸共に炎へと包まれて行く。 「ううあぁぁぁぁ……っ!ああぁっ……!!」 「ヒャホハァハハハハハハーッ!!勝った!第六話、完ッ!!」 運命の車輪の本体、ズィー・ズィーは運転席から異様に筋肉で盛り上がった腕を突き出し、そして目の前で炎の柱に包まれるタバサに向けて勝利を宣言する。その瞬間―― 「うぬッ!?」 運命の車輪の車体を貫通して、小さな何かが運転席の中のズィー・ズィーの頬を掠めて飛んで来る。 良く見ると、カブト虫のような物体がそのまま運転席の中をフラフラと飛んで行き、やがて消滅した。 「タワーオブグレイだとォ?チッ、つまらねェ抵抗をしやがって」 かつての仲間の一人が操っていたスタンドの姿を確認して、ズィー・ズィーは舌打ちする。 確かに「灰の塔(タワーオブグレイ)」も、小さいながらに中々の破壊力とスピード、そして精密動作性を持っており、奇襲などの戦法で運用すれば恐ろしい効果を発揮することは間違いない。 だが、真正面から撃って来て運転席のズィー・ズィーを倒せる程、都合の良い威力を持つ訳でも無い。 「クククッ……しかしあの小娘、後何秒で黒コゲになるかねぇ~?ちょっと賭けてみるか?ウヒャホハハ」 陰湿な笑みを浮かべながら、ズィー・ズィーはハイウェイスターごと燃えるタバサの姿を見やる。 「ン?」 と、そこでズィー・ズィーは自分の膝の上に何か異物が転がっているのを発見した。 「なんだ…サイコロ…?なんでこんなモンがこんな所に……」 ズィー・ズィーは膝の上にあった正六面体の物体を拾い上げて、まじまじと見やる。 そして、サイコロからチロチロと赤いモノが見えたと同時に、それは運命の車輪の中に一気に広がってズィー・ズィーに向かって覆い被さって来た。 肌が削り取られ、灰の中の空気までが一瞬にしてカラカラになっていくような、そんな恐ろしく鈍い刺激が、紅く燃え上がる炎と共に運命の車輪の運転席に充満して行く。 「何ィィィィーッ!?」 ズィー・ズィーが手にしたサイコロは、既に元の形を取り戻して運転席の中に炎を撒き散らしていた。 それは、先程までタバサの着込んでいた黒いマントだった。 運命の車輪の火花によって全身を燃やされる直前、タバサはハイウェイスターに組み敷かれたままで自分の姿を自在に変えられる「ミキタカのDISC」を発動させ、運命の車輪のガソリンをたっぷり吸って火の付き始めたマントだけをサイコロに変えた。そしてサイコロに変えたマントを撃ち出したタワーオブグレイに持たせて、運命の車輪の中に送り込んで来た。 タワーオブグレイは攻撃の為に撃ち込まれたのではない、ただの運搬役に過ぎなかったのだ。 「うぉわぁぁァァァ!?クソッ、あの小娘ェェェ!! だッ、だがッ!奴とて炎に包まれてるのは同じこと!火ダルマになる運命は変わらな――」 それでも自身の勝利を疑わずにタバサの方を見たズィー・ズィーは、そこでついに言葉を失う。 『――ふぃ~!まったく、今度ばかりは死んだかと思ったぜェ~……』 こりゃ参った、とばかりにデルフリンガーが心から安心したように声を上げる。 そして地面に崩れ落ちて燃え落ちる寸前のハイウェイスターを後ろに、全身に炎の残り香を巻き付けながらも、デルフリンガーを腰に挿したタバサが今、確かにその場へと立っていた。 そのままタバサははっきりとした足取りで、運命の車輪を目指して力強く一歩一歩を踏み出して来る。 「バ、バカなァ!?俺は確かにヤツにブチ込んだガソリン弾に引火させたはず! それなのにどうしてアイツは黒コゲにならないんだァーッ!?」 激しく動揺するズィー・ズィーには何も答えず、タバサはまた一歩運命の車輪へと近付いて行く。 そしてタバサの体から、小さくなった炎と共に何かの塊がボトリと落ちて来た。 「イ……イエロー……テンパランスだとォォォッ!?」 タバサから落ちたモノの正体を確認して、ズィー・ズィーは全てを了解していた。 あらゆる攻撃を遮断すると共に、同時に全てを食らい尽くす強力な攻撃手段も兼ねた肉の塊を操るスタンド、「黄の節制(イエローテンパランス)」 これもまた、かつてのズィー・ズィーの仲間であったラバーソウルという男が操るスタンドだった。 タバサは全身を炎によって焼き尽くされる前に、防御用の装備DISCとして仕込んでいたその能力を発動させ、肉の塊をその身に纏うことによって炎のダメージを押さえ込むことに成功する。 そしてイエローテンパランスを纏った自分よりも先に、タバサを拘束するハイウェイスターが燃え落ちた為に、彼女はようやくその拘束から逃れることが出来たのだ。 しかし、タバサとて決して無傷と言う訳では無かった。 彼女がガリア王家一族の血統であることを証明する、その透明な泉のように美しい蒼穹の髪は炎に焼かれてその形を崩し、身に纏ったトリステイン魔法学院の制服も、ガソリンを吸い込んだが為にあちこちが焼け爛れ、袖口などには真っ黒な焦げ目がまるで傷口のように深く刻み込まれている。 彼女自身の透き通るように真っ白な肌も、炎に炙られたせいであちこちに歪んだ模様を生んでいた。 だがそんなことはお構いなしに、タバサは未だに運転席の炎が広がっている運命の車輪を目指して、無言で、しかし着実にその間合いを詰めて行く。 「うおおォォォォ!こッ、これでは運命の車輪が操縦出来ないィィィッ! なあオイッ!?今すぐハイウェイスターで何とか出来ねぇのかよォォォォ!?」 「無理だ!今のハイウェイスターはまだ完全に燃え尽きちゃいねぇ! ダメージが回復するか……もしくは一度完全に消滅させられたりしねーと、次の奴は出せねぇ! ……うおおお!炎が……もうダメだッ!俺は先に出させて貰うぜッ!!」 炎に包まれる運命の車輪――その助手席を大きく開いて、一人の男が慌てて転がり落ちてくる。 筋骨逞しい腕をしたズィー・ズィーでは無い、もっと取り分けた特徴を持たない平凡な姿の青年だった。 『おォ!?誰だこいつぁ……さっきクルマん中で見た奴とは違うぞ!?』 「本体」 『なんだと?』 「もう片方の…本体」 タバサは横目で運命の車輪から出て来た青年を見ながら、確信に満ちた声で呟いた。 そしてこの階層でハイウェイスターの生んだ幻覚の部屋に入った後の出来事を、頭の中で思い返す。 手当たり次第に階層内の小部屋に逃げ込んでは、彼女を追跡して来たハイウェイスターを迎撃する。 そんなことを繰り返して行く内に、この階層内に本体のスタンド使いが隠れられそうな場所など何処にも無いとタバサは感じていた。ましてや本体が直接スタンドを操作で追跡しているならまだしも、 ハイウェイスターは本体のスタンド使いの意志とは関係無しに動き回れる自動追跡型。 スタンドを通じて、タバサの移動を確認しながら逃げ回っているという訳でも無さそうだった。 しかし、それでもこの階層内の何処かに本体のスタンド使いがいる筈。 それらの状況を踏まえた時、タバサはある一つの結論に辿り着いた。 この階層で一番安全で、かつ見つかり難い場所――それは車型のスタンド「運命の車輪」の中だ! だからこそ、タバサは視力を失うという危険まで冒してンドゥールのDISCを使い、この階層内の敵の存在やその位置を感知しようとしたのだ。そしてンドゥールのDISCによって鋭敏に研ぎ澄まされた 聴力が、運命の車輪の中でいつ自分が倒れるのか?と言う話題で談笑する“二人の男”の会話を 捉えた時、ようやくタバサは自分の考えに対する確証を掴むことが出来た。 そして今、ついにこのハイウェイスターの本体を、目の前に引き摺り出すことに成功したのである。 『そーかそーか、こいつがあの足跡野郎の……や~っと見つけたよなァ。 散々っぱらオレ達のことを追い掛け回してくれやがって!お前さん、覚悟しやがれよ…!』 「く……!!」 頼りの綱のハイウェイスターも出せず、噴上裕也と言う名の青年は恐怖に脅えたような声を漏らす。 「……その前に」 運命の車輪まで目と鼻の位置にまで近付いたタバサは、いつも通りの無表情な声で呟く。 「こっちが先」 「ヒッ――ヒィィィィッ…!!」 炎の中で助けを求めるようなズィー・ズィーの悲鳴など耳に入らぬように、タバサは頭の中の装備DISCに宿るスタンドの力を解放し、その拳を運命の車輪へと向ける。 「クレイジー……ダイヤモンド……!!」 ドラララララララララララララァーーーーッ!!! 目にも留まらぬ速度で叩き込まれる拳のラッシュが、運命の車輪の車体にメリ込んで行く。 今や車全体にまで広がろうとしていた炎と、再生の隙を与えまいとするクレイジー・Dの猛打と言う二重の要因を受けて、それまで獰猛なパワーを発散していた運命の車輪の姿が 次々に捩れ、拉げて、まるで粉雪のようにその破片がボロボロと落ちて行く。 今、運命の車輪がその戦闘力をどんどん失われているのは、誰の目から見ても明らかだった。 「ウゲエェェェッ!つ、つぶれ……息が、出来ない……!」 炎に捲かれながらも、先程開かれた助手席のドアから必死に逃れようとするズィー・ズィー。 鍛え上げられた筋肉によって、まるで丸太のように太く盛り上がった腕とは対照的に、それ以外の部分は見るからに細身で貧弱そうな体付きをしている、非常にアンバランスな体型の男だった。 運転席から逞しい腕だけ出している姿も、今から思えばただのコケ脅しにしか見えない。 「…………!」 既に運命の車輪も、スタンドパワーによる変形も解かれて、元の小さなボロ車の姿を晒し出していたが、タバサはそんなことなど意にも介さずに、クレイジー・Dによるトドメの一撃を叩き込む! 「ブッギャアァァァァァ~~~~~~ッ!!!」 その一撃で吹っ飛ばされたズィー・ズィーはボロ車ごと壁に叩き付けられ、盛大な悲鳴を上げる。 そして、この世界が生んだ“記録”に過ぎない彼は、そのまま車ごとその姿をスッと掻き消して行く。 ズィー・ズィーと「運命の車輪(ホイール・オブ・フォーチュン)」、再起不能(リタイア)。 ゼロの奇妙な使い魔「タバサの大冒険」 To be continued… 第5話 戻る
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~レクイエムの大迷宮 地下6階~ 『それじゃあ何か?オレ達にお前さんの探し物とやらを手伝え、と言う訳かい?』 「マ、結果的にはそうなるね」 ツェペリ男爵と名乗った男から詳しい事情を聞き終えた時、開口一番に口を開いたのは不満げな態度を隠そうともしないデルフリンガーだった。先程ツェペリにしてやられたばかりの噴上裕也は未だに仏頂面を浮かべたまま、タバサはいつも通りのぼんやりした無表情でツェペリの話を聞いていた。 お互いに敵意が無いことを確認した一同は、まずタバサ以外の満場一致で彼女を休ませることにした。 誰もが先程のハイウェイスターや運命の車輪との戦いによる消耗が激しいタバサを無理させたくはなかったと考えていたし、特に今まで散々ハイウェスターをけし掛けて来た張本人である噴上裕也は自責の念もあった為か、この場にいる誰よりも強くタバサの休養を主張していた。 その為に、今の所は新しい敵の気配が感じられないこの階層を動かぬまま、皆でツェペリの話を聞くことになったのだった。 「エイジャの赤石……か。聞いたことだけはあるな。 確か仗助のオヤジが昔、そいつを巡ってスゲェ化け物と戦ったとか何とか……」 昔プレイしたテレビゲームのストーリーを思い出すような気分で、噴上裕也が言った。 彼らの世界における吸血鬼を生み出す為の秘宝、古代の時代に作られた石仮面―― それを作った男達が、より遥かなる高みを目指して求めた物がエイジャの赤石だった。 赤石と石仮面が合わさった時、「柱の男」と呼ばれた彼らは天敵である太陽の光をも克服した究極の生命体となれる。噴上裕也はとある友人の父親から、そんな話を冗談半分に聞かされたのを思い出していた。 「そう、エイジャの赤石……私が“死んだ”時にはそんな物まであるとは思いも寄らなかったがね。 だが偶然にも、私はこの世界でその存在を知り、それがこの大迷宮の最深部にあることを知ってしまった。知ってしまった以上、私は赤石を探しに行かねばならない。 そして私は、それを永遠に封印せねばならんのだ……」 グラスに注いだワインを口に含めながら、ツェペリは半分独り言のような口調でそう言った。 『フム……目的の場所が同じだから協力して先に進もうって話……それ自体はまァ、いいだろう。 だがツェペリの旦那。アンタはまだ、オレ達に言ってないことがあるぜ?』 「何かな、デルフ君」 『何だって、お前さんがその赤石とやらを欲しがるか……その理由をオレ達はまだ聞いちゃいねぇ。 その辺についてハッキリと聞かねー限りは、まだアンタを信用する訳にゃあいかねーな』 「――フム」 口こそ開かなかった物の、今のデルフリンガー言葉と同意見とでも言いたげな態度で、噴上裕也もツェペリの顔を厳しい表情で睨みつける。対してツェペリは、大して動じた様子も見せずに、再びワイングラスを傾けて中に注がれた液体を少しずつ飲み干して行く。 「…………吸血鬼」 三者の生み出す微妙な緊張感を打ち破ったのは、タバサのその一言だった。 ツェペリから分けて貰ったサンドイッチを頬張りながら、タバサはツェペリの弟子、ジョナサン・ジョースターの記憶を封印したDISCの内容を一つ一つ思い出すように言葉を続ける。 「吸血鬼を増やさない為……石仮面に…力を与えない為……?」 「――そうだ。タバサ、君の言う通りだ」 ワイングラスを脇に置いて、何時になく神妙な顔でツェペリは頷いた。 「私は若い頃、世界中を旅する船乗りだった。私はとある探検隊の一員として、世界のありとあらゆる場所を旅して来た。遺跡発掘隊の隊長である父と一緒にな。そして幾度目かの探検の中で 発見したのが、吸血鬼を生み出す石仮面だった。 あの頃はまだ、そのルーツまではわからなかったがね。 そして……石仮面を船に積み込んで本国へと持ち帰る最中に、その事件は起こってしまった」 『――石仮面を被って、吸血鬼になっちまった奴がいた。そうだな?』 「そう。君の言う通りだ、デルフ君」 デルフリンガーの言葉に答えて、ツェペリはその唇を強く噛み締めながら続ける。 「その吸血鬼によって、私を除いて船の乗組員達は全滅した。 ある者は血肉を食い尽くされ、またある者は血を吸われてその身を屍生人(グール)に変えられてな…… 私は辛うじて、今まさに沈もうとしていた船から脱出出来た。そして、私は見てしまったのだ…… 私を追って、天敵である太陽の光をその身を浴びて、崩れ落ちて行く吸血鬼の姿を……」 ツェペリの噛み締めた唇から、一筋の赤い血が流れ出す。 「その吸血鬼の顔は発掘隊の隊長……私の父だったのだ……」 そして彼は、これ以上は無いと言う程の無念と絶望を口に乗せて、言った。 「その後、あるきっかけで仙道の存在を知った私は、長年の修行の末についに波紋法を体得した…… 失われた石仮面を破壊し、人間の世界に二度と吸血鬼が現れぬようにな。 そして私は、同じように石仮面と関わったジョナサン・ジョースターという青年に波紋法を教えた。再び姿を現した石仮面を破壊すべく、彼と共に新たに生まれた吸血鬼を倒そうとしたのだが…… 私は結局、それを果たせぬままに死んでしまったのだ。私の遺志をジョナサンに託して、な」 そこでツェペリは言葉を区切って、先程から黙って話を聞いているタバサに顔を向ける。 「タバサ。君はこの世界が生み出したDISCによって、ジョナサンの記憶を読んだらしいね。 だが私は、その話を聞かないでおくことにしよう。 我が最愛の弟子であり親友であるジョジョは、私だけでない大勢の人々の意思を受け継いであの邪悪な吸血鬼ディオを倒したのだと――そう信じているからね」 誇らしげに、そしてどこか悲しげな表情を浮かべながら、ツェペリは言う。 その様子を見て、もしかしたらツェペリはジョナサンの未来を知っているのかもしれないとタバサは 思った。ジョナサン・ジョースターは確かに、目の前のツェペリの遺志を受け継いで、吸血鬼と化した親友ディオ・ブランドーを倒した。だがジョナサンは新婚旅行へ向かう航海の最中、首だけの姿となって生き延びたディオに襲われ、最期には妻エリナを逃してディオと共に爆発する船の中へと消えたのだ…… 「……話が逸れてしまったな。ともあれ、私の目的は石仮面に纏わる全ての存在を闇へと葬り去ることだ。 例え私を含めたこの世界の全てが、過ぎ去ってしまった遠い過去の“記録”であろうともな…… そして石仮面の力に更なる“先”を与える赤石の存在を知った以上、それを見過ごす訳にはいかん。 何としてでも私自身の手で破壊したい――これが、私がエイジャの赤石を求める理由の全てだ」 まるで祈りを捧げるように語るツェペリの話を、タバサ達は黙って聞いていた。 彼と共に戦ったジョナサン・ジョースター、そしてその血統を受け継いだ戦士達が、ジョナサンと同様に邪悪な存在と戦い続けて来たことを、タバサはこの世界に来て断片的ではあるが知るようになっていた。 ジョースターの誇り高き血統。それは紛れも無く尊敬に値する物だとタバサは思う。 しかし彼らは決して、一人でその戦いに勝利して来た訳では無いのだ。 ジョースターの一族には常に仲間達がいた。その中には激しい戦いによって命を落とした者もいたが、彼らは皆、最後の時まで戦い抜き、そして残された者達に自らの意志を託して去って行った。 それこそが人を遥かなる高みへと導く「誇り」であり、更に未来へと受け継がねばならない「遺産」だ。 彼らが胸に抱いた光り輝く「黄金の精神」は、一人では決して掴めない物なのだ。 「誇り」とは血統のみを拠り所として与えられる物では無い。 タバサは父と母から受け継いだ血を誇りに思っているが、自分から全てを奪い去って行った憎むべき伯父一族の血族は、決して許すことは出来ない。 彼らの持つちっぽけな「誇り」など、絶対に認めてやる訳にはいかないのだ。 かつて、ハルケギニアでたった一人で戦い抜いて来た日々が間違っていたとは、タバサは思わない。 だが、今までずっと長い間、自分は孤独な戦いを続けて来たと言うタバサの考えは、間違いだった。 傷ついた母を守る為の戦いは、他でもないその母から受け継いだ命と心があればこそだ。 そしてトリステイン魔法学院で新たに生まれた友人達も、一度は彼らを裏切ってしまった自分を助ける為に、それこそ命を懸けて戦ってくれた。 もう自分は――いいや、最初からタバサは孤独などでは無かったのだ。 この異世界にやって来てからと言う物、タバサはそのことを深く実感するようになっていた。 孤独に耐えることは出来る。しかし全てを奪われて後に何も遺されないと言うのは、耐え難い苦痛だ。 自分には帰る場所があり、待っててくれる人達がいる。それは何よりも至福なのだとタバサは思う。 何よりも、今だってタバサには大勢の仲間がいる。ハルケギニアから一緒にやって来たデルフリンガーが共に元の世界に戻る為に力を貸してくれているし、この世界で出会ったエコーズAct.3等DISCのスタンド達や、あのトリステイン魔法学院の“記録”としてこの世界に存在するシエスタ、敵として出会ったにも関わらず、今ここで隣に座っている噴上裕也たってそうだ。 タバサの知る限り、ツェペリがジョースターの血統に与えた「誇り」は真に尊きものだった。 そんな彼が語ってくれた言葉を、タバサは今、信じてもいいと考えていた。 「…………わかった」 長らくの沈黙の後に、タバサは小さな、しかしはっきりとした声で呟いた。 「あなたと、一緒に行く」 「――そうか。信じてくれてありがとう、タバサ」 タバサの言葉に、ツェペリは心の底から頭を下げるように、そう感謝の言葉を述べた。 彼女のその一言を切欠として、先程までツェペリに対して疑惑の感情を投げ掛けていたデルフリンガーと噴上裕也も、観念したかのようにふぅ、と大きな息を付いて後に続く。 『……しゃーねーな。タバサがそう言うなら……ってのもあるけどよ。 そんな話を聞かされちゃあ、見て見ぬフリをすんのも寝覚めが悪くてしゃーねーや』 「だな。これでまだアンタを信用しなかったら、幾ら何でもカッコ悪いどころの話じゃねーぜ」 そして噴上裕也は、何処かすっきりしたようなその表情をタバサの方に向けて、言葉を続ける。 「タバサ。何処まで力になれるかわかんねーが、俺もアンタに付き合うよ。 そこの剣野郎の台詞じゃねーが、あんたらをここで放ったかしにすんのはマジで寝覚めが悪いしな」 『ほー、こりゃおでれーた。敵のクセにそんなコトを言って来た奴はお前さんが始めてだぜ』 「うるせーな、俺は誰だろうと一度受けた恩は絶対に返す主義なんだよ」 驚き半分、呆れ半分の口調で口を挟んで来るデルフリンガーに、噴上裕也が憮然とした表情で言い返す。 「それに、女にゃ出来るだけ優しくしとけっつーのも、俺のポリシーの一つでな。 第一、こんなチビを出会ったばかりの胡散臭ぇオッサンと二人っきりになんざしておけるか」 「ははは。いや、なんか、酷い言われようだねえ」 まるで気にした素振りも見せずに笑うツェペリを無視して、お互いに睨み合うデルフリンガーと噴上裕也は次第に語気を強めて行く。 『まあ別に付いて来んのは構わねぇが……その前に一つだけ言っとくぜ。 これから先、タバサにちょっかい出そうとか下手なコト考えんじゃねーぞ。 もしそんな真似しやがったら、このオレがテメエを真っ二つに叩き斬ってやるぜ! こんな話がキュルケの奴にバレでもしたら、オラぁ消し炭にされても文句は言えねーしな』 「何言ってやがる!誰がこんなチビなんぞに手なんぞ出すかよ! そもそも、ちゃーんと元の世界に俺のことをいつも元気付けてくれる女共がいるからなァ。 皆バカだけどよォー、あいつらのコトを放ったままじゃあ流石の俺でもそんな気分になりゃしねーよ!」 『そーかいそーかい。それだったら安心……とはまだ言えねェな! 女に優しくする奴は大概女を泣かすって相場が決まってるからな!相棒を見てりゃよーくわかるぜ』 「アホか!剣のクセに一体何処からそんな話を聞いて来やがったんだ、このなまくら刀ッ!」 『なまくらじゃねー!このボロい見た目は単なるカムフラージュだ! 六千年間生きて来た俺様の能力を舐めるんじゃねえぞ!』 「そんな大昔に作られたんなら充分ボロだろうが!吸血鬼なんてレベルじゃねーぞ、オイ!」 「……フフフ、賑やかな連中だ。これは想像以上に楽しい旅になるかもしれんな」 騒ぎ立てる一人と一本の声を楽しそうに聞きながら、ツェペリは再びワイングラスの中身を一口呷る。 タバサはそんなツェペリに近付いて、彼の耳に届くぐらいの大きさで言う。 「……ツェペリさん」 「うん?何かな、タバサ」 「どうして…知ってたの?」 「ム?」 「私のことを…どうして知ってたの?」 それは今までの会話で、ついに明らかにならなかった疑問だった。 先程ツェペリと初めて出会った時、最初から彼はタバサのことを知っているような素振りを見せていた。 確かに自分はジョナサンのDISCを通じて、断片的ではあるがツェペリのことを知っていた。 だが逆に、ツェペリが自分のことを知る機会など殆ど無い筈だとタバサは考えていた。 あのゼロのルイズのDISCがこの大迷宮の中に落ちていたように、もしかしたら自分の記憶を封じたDISCも存在しており、その内容をツェペリが見たと言う可能性もゼロでは無いだろう。だがそう考えるにせよ、やはりツェペリが最初からタバサに敵意を見せずに、逆に「自分の安全を保証する」と言い切ったことに対しての違和感を払拭するには、説明不足としか言いようが無かった。 「そうか…そう言えばまだ説明してなかったかな――要るかね?」 言いながら、ツェペリは懐から新しいサンドイッチの包み紙を取り出して、それをタバサに差し出す。 タバサは小さく頷いて、肉や野菜がたっぷり挟み込まれたそのサンドイッチを受け取った。 「私がこの大迷宮に来る少し前に、ある少女と会ったのだよ。 その娘から君とデルフ君の話を聞いてね、もし君達と会うことがあったら力を貸してくれと言われたのさ」 「…………」 「だからこそ私はこうして彼女から言われた通りに、君達へ同行を申し込んだと言う訳さ。 正直に言って、私も一人でこの大迷宮を潜るのは、少々骨が折れそうだと考えていたからね」 軽く肩を竦めて、ツェペリは既に空になっていたワイングラスを掌で弄ぶ。 「………シエスタ」 殆ど考えることなく、タバサはその少女の名前を口に出していた。 レクイエムの大迷宮に挑む前に訪れたトリステイン魔法学院の学生寮の部屋、その“記録”が形として実体化した場所で再会したメイドの少女。それはタバサも良く知っている彼女本人では無かったが、戦いで傷付いたタバサを暖かく迎え入れてくれたシエスタの優しさは、この世界に迷い込んだタバサの胸を強く打ったものだ。 今、ツェペリが言う条件に該当する少女は、その彼女一人しか考えられなかった。 「そう、確かそんな名前だったかな。あの黒い髪と瞳は東洋人の血が混じっているのかもしれんな…… ともあれ私がここに来る前にも、随分と君のことを心配していたよ。 実を言うと、私が持ってるサンドイッチも彼女に作って貰った物なんだよ。 いやあ、実に美味かった。あんなに美味いサンドイッチを食った経験は、私もそうそう無いね」 「…………」 タバサはそれ以上は返さずに、ツェペリから手渡されたサンドイッチを一口噛み千切る。 パンと具材の豊かな味、そしてその調和を取る為に適度な量を含んだソースがタバサの口内へと広がって行く。やはりシエスタは料理上手だ。その事実に感心し、またそれを羨ましく思うと共に、タバサは学生寮の部屋で別れて久しい彼女のことを思い出す。 自分の身を案じ、こうまで気遣ってくれる彼女のその優しさが、なんと心地良いことだろう。 例えそれが“この世界の”シエスタが自分の与えられた役割を忠実にこなしているだけだとしても、 それでもタバサは彼女に深い感謝の気持ちを抱かずにはいられなかった。 それと共に、ハルケギニアで別れたきりの“本当の”彼女は今、何をしているのだろうと思い出す。 やはりトリステイン魔法学院で日々の労働に一生懸命勤しみながら、主人であるゼロのルイズに与えられた任務に付き合わされた平賀才人のことを心配しているのだろう。直接面と向かって話す機会はそれ程多くは無かったが、ある時タバサがケーキ作りを始めた時なども、嫌な顔ひとつせずに作り方を丁寧に教えてくれた物だ。もし元の世界に帰れたら、シエスタに会ってもう少し色々なことを話してみよう。 彼女が作ってくれたと言うサンドイッチの味を噛み締めながら、タバサは改めてその決意を固める。 『――妙手搦め手も結構だが、最後に物を言うのはやっぱパワーだぜ! 圧倒的なパワーと汎用性のある能力!これこそが個人戦闘のキモって奴だろーが』 「剣野郎にキモもクソもあるか!大体、一人一人の能力全部がバラバラなスタンド使い相手に 毎度毎度真っ向勝負なんぞ挑んでられるかよ! 相手のスタンドを使わせる前に潰せりゃベストだが、それが無理ならせめて相手をハメて こっちに有利な状況を作っとかねーと、命が幾つあっても足りゃーしねえんだよ!」 お互いに熱い口調で続いているデルフリンガーと噴上裕也の応酬は未だに終わりそうに無い。 タバサはそれを見てクラスメイトであるルイズとキュルケと言う友人二人の喧嘩を懐かしく思いながら、もう暫くの間はシエスタの作ってくれたサンドイッチの味を深く噛み締めることにした。 ~レクイエムの大迷宮 地下8階~ 同行を約束してくれたツェペリと噴上裕也は、タバサにとって心強い味方となっていた。 ツェペリが長年研鑽を重ねた波紋法は生半可な敵を寄せ付けなかったし、噴上裕也の発達した嗅覚とハイウェイスターのスピードは、敵に先手を打たせることなく終始こちらのペースに引き込むことが出来た。 またタバサ自身も、彼らとの探索によって新しいDISCやアイテムを次々に確保して行った。 そして今また、タバサ達は目の前に立ち塞がる新たな敵に対し、三人で力を合わせて立ち向かっていた。 「聞こえなかったかァ~?俺の「黄の節制(イエローテンパランス)」に弱点はねぇんだよォォォ! テメーらの肉を!ブヂュブブヂュル潰して引き摺り込み!ジャムにしてくれるぜェーーーッ!!」 肉の塊を操るイエローテンパランスのスタンドを操るラバーソウルが、勝ち誇った笑いを上げながら 全身に着込んだ肉の塊の一部をタバサと噴上裕也に向けて撃ち込んで来る。 「……クレイジー・ダイヤモンド!」 「避けろッ!ハイウェイスター!」 タバサは装備DISCによって発現させたクレイジー・ダイヤモンドの拳で肉塊を自分の体に付着しないように叩き落し、ラバーソウルから距離を置いていた噴上裕也は時速60kmの超スピードで以ってハイウェイスターを回避させる。 イエローテンパランスによって操られるその肉塊はラバーソウルを守る鎧としての役割だけで無く、取り付いた人間の肉を食らい尽くし、自分の一部として吸収することも出来る。 それはまさに「力を吸い取る鎧」であると共に「攻撃する防御壁」。 勝ち誇るラバーソウルの言葉はコケ脅しでも何でも無い。 彼の言う通りに、イエローテンパランスは攻防を兼ねた万能のスタンドに思えた。 だが、既にタバサ達は理解している。 例えどれだけ無敵に見えるスタンドであろうと、それを扱うスタンド使いが存在する以上、必ず何処かに付け入る隙がある。敵と、そして己自身のスタンドの特性やその限界を見極めれば自ずと突破口は開ける。それがスタンド使い同士の戦闘の基本だ。 タバサは噴上裕也と目配せをしてから、肉の鎧を着込んだラバーソウルに向けて両手を突き付ける。 「フー・ファイターズ!」 射撃用DISCに刻み込まれた能力によって、タバサの指からプランクトンの弾丸が撃ち出される。 「弱点はねーといっとるだろーが、人の話きいてんのかァァァァこの田ゴ作がァーーー!!」 距離を置いて撃ち込まれたプランクトンの弾丸が、ラバーソウルが纏う肉の塊に吸収されて行く。 そしてお返しとばかりに、先程と同様にラバーソウルは全身から肉の塊をタバサに向けて発射する。 タバサは再びクレイジー・Dを展開し、飛来して来た肉塊を弾き飛ばそうとする。 「…………っ!」 飛んで来る肉塊の動きは直線的ではあるが、早い。 その内の一つを跳ね飛ばしきれずに、タバサは右肩に肉塊を一つ食い付かせてしまう。 彼女に食らい付いた肉塊は、そのまま彼女の着ていた服を溶かし、タバサの白く柔らかい肩の肉を取り込んで少しずつ膨れ上がって行く。灼かれるような痛みが、彼女の右肩を通じて全身に走る。 「う……!うぅっ…!」 「テメェみてーなチビの肉なんぞ食った所で、大した量にはならねーだろうがなァ! だがッ!そんなチンケなスタンドで散々この俺様をコケにしてくれた礼はたァーップリしてやるぜェ~。 死ぬ前にようやくこのイエローテンパランスの恐ろしさが理解出来たかァ? ドゥー!?ユゥー!?アンダスタァァァァンンンンドゥ!?」 「ああ…よォく理解出来たぜ?テメーの無敵のスタンドがブッ倒される瞬間ってヤツをよォ~」 「何ィ!?」 タバサの攻撃に気を取られている内に、ラバーソウルの背後に回り込んでいたハイウェイスターが、勝ち誇った高笑いを上げるラバーソウルの頭部に向けてその拳を叩き込む。 だが、その拳も肉の鎧に塞がれて、本体のラバーソウルにまではダメージが通らない。 「バカが……そんな下らねぇ攻撃でよぉ? まだ俺のイエローテンパランスをどうにか出来ると思ってんのかァ?このタマナシヘナチンがァー!!」 「思っているさ。その肉襦袢がよォー、ブチュブチュ動いてるってことはよォ~…… そいつの中には動く為の「養分」がたっぷり詰まってるってコトだよなぁぁぁぁッ!!」 噴上裕也の咆哮と共に、ハイウェイスターはイエローテンパランスによって操られる肉塊の養分を我が物とするべく、肉の鎧に埋め込んだ拳を通してその養分を全身に吸収して行く。 「何ィィィィッ!?」 ハイウェイスターに養分を吸われた部分から、次々に肉塊が「壊死」してボロボロと崩れて落ちて行く。 「ま……まさかテメエのスタンドにこんな能力があったとはな……! だがッ!依然テメエが甘ちゃんなのは変わらねえなァ!肉のエネルギーが全部吸われちまう前にッ! 逆にテメエをイエローテンパランスで食い尽くしちまえば全て終わりだからなぁぁぁッ!!」 「ああ……そうだろうな。だがそれも、そこまでテメエが無事だったらの話だよなァ?」 「何だとォ……ハッ!?」 再びラバーソウルを覆う肉の塊がゴソリと崩れ落ちて、彼の体の一部分が外に露出する。 その場所は彼にとって自慢のハンサム顔。人間とって思考と肉体の中心である頭部そのもの。 今、ラバーソウルは最も優先して守らねばならない場所の一つを、敵の前に堂々と晒していたのだ。 「何イイイィィィィィーーーーーッ!!?」 肩の肉を食われているせいで動かなくなった右腕をだらりと垂らしたタバサが、そんなダメージなど お構いなしと言う態度で顔面を露出させたラバーソウルに駆け出して来る。 そして彼女の背後には、既にDISCの力によってクレイジー・Dのスタンドが再びその姿を現している。 「ハハッ……!じょ……冗談!冗談だってばさあハハハハハ!! きゅいきゅい!お肉食べたいの~!だなんて……ちょ…ちょっとしたチャメッ気だよォ~~ん!」 無表情で走って来るタバサに向けて、ラバーソウルは今まで生きて来た中で最高の笑顔を浮かべようとする。だがあまりの緊張によって顔の筋肉は激しく痙攣し、底抜けに明るく出そうと思った声も完全に裏返っており、さながら粘土をメチャクチャに引っ繰り返したように歪みきった表情になっている。 「た、他愛のないジョークさぁ!やだなあ!もう~!本気にした? ま……まさか……これから思いっ切りブン殴ったりなんてしないよね…………? 重症患者だよ鼻も折れちゃうしアゴ骨も針金でつながなくちゃあ!ハハハハハ、ハハハハハ……!!」 「クレイジー……ダイヤモンド!!」 ドラララララララララララァーーーッ!! 哀れ過ぎて何も言えない。そうとでも言うかのように、タバサはラバーソウルの言葉に一切耳を傾けず、 彼の自慢のハンサム顔に向けてクレイジー・Dの拳を叩き込み、そのまま終わりの無いラッシュへと繋げて行く。 「ブギャアアアァァァァア~~~~~~!!!!」 ラバーソウルの悲鳴と共に、やがて彼が身に纏っていた肉の鎧が力を失ってその場へと崩れ落ちて 行く。同時に、タバサの右肩に張り付いていた肉塊もその動きを止めて、ボトリと地面に落ちる。 それはラバーソウルがスタンドを操作する為に必要な戦意や精神力を失ったと言う証明だった。 ドラァッ!! 「ブゲェッ!」 最後にタバサは、トドメとばかりにラバーソウルの顔面へクレイジー・Dの右の拳を打ち込んでやる。 潰された蛙のような声を上げて彼の体が吹っ飛んで行き、やがてその姿がスッと消え去って行く。 それは単なる“記録”に過ぎないこの世界の住人が、“死んだ”時に迎える運命だった。 ラバーソウル&「黄の節制(イエローテンパランス)」、再起不能(リタイア)。 「……ううっ…!」 「タバサ…!」 緊張が途切れた為か、そこでようやく肩を抑えて痛みを堪えるタバサの体を噴上裕也が優しく支える。 イエローテンパランスの肉塊に食い破られた跡からは右肩の筋肉が剥き出しとなって見えており、そこから溢れ出る紅の血が、彼女の身体を覆う白い制服の肩から右腕に掛けて染み広がっている。 傷自体は致命傷では無さそうだったが、噴上裕也は寧ろ、彼女のそんな痛々しい姿を見せられる方が耐えられなかった。 女を痛め付ける奴は最低のクズ野郎だ。 噴上裕也の胸の内に、自分の住む町に潜伏していた、女の手首に異常な執着を見せる殺人鬼の話を聞いた時の憤りが蘇って来るようだった。 「大丈夫か、タバサ」 「………平気」 痛む右肩を出来る限り動かさないようにしつつ、タバサは姿勢を整えて懐からアイテムを一つ取り出す。 それは糸で作られたゾンビの馬だった。原理は不明だが、この糸で傷口を縫合すると傷が早く癒えると言う効用があるらしい。 「クレイジー…ダイヤモン――」 「待て、タバサ。俺がやってやるよ」 右肩に広がる傷口を縫い付けるべく、スタンドを出そうとするタバサを噴上裕也が制止する。 「大丈夫……」 「そんなワケあるか。お前、さっきから右腕が全然動いてねーじゃねえか。 本当は動かすのも辛いんだろ? ホレ、早くその糸渡しな。あまり綺麗にゃ出来ねーかもしれねえけどよ」 「……わかった」 根負けしたように頷いて、タバサは左手に持った噴上裕也にゾンビ馬を手渡す。 ゾンビ馬を受け取った噴上裕也は、糸の腹を咥えながら慎重な動作でタバサの体に糸を通して行く。 「うっ…!」 「痛むか?すまねえな、だがもうちょっとばかり我慢してくれよ、タバサ」 「うん……ぁうっ!くぅ…うっ…」 『おいおいフンガミよぉ、もうちっと優しく出来ねえのかよ?タバサの奴、随分と痛がってるじゃねーか』 唇を噛み締めて肩口に走る激痛に耐えるタバサを見かねて、デルフリンガーが遠慮がちに言って来る。 「無茶言うなよデル助。傷口が開いてる以上、どっちみち痛むのは変わんねーんだ」 噴上裕也は応急処置の手を止めないまま、デルフリンガーに向かって答える。 「俺も交通事故で入院したことがあるけどよ、そん時は包帯一つ巻き直すのだってスゲー痛かったからな。 ま、あん時は逆に俺の方が女共に面倒を見て貰う側だったんだがな」 そんな自分が、今こうしてタバサの手当てをしているのも妙な気分だった。 だが、決して悪い気分では無かった。自分に妹でもいたらこんな感じなのだろうか、と噴上裕也は思う。 『クソッ……こんな時に水魔法の一つも使えりゃあ、苦労はねぇんだがな』 「魔法ねえ。俺にとっちゃ、そっちの方が余程ファンタジーやメルヘンな話なんだがな」 『何言ってんだい。こっちから見りゃあ、お前らのスタンドも大した違いは感じられねーぜ?』 「違えねぇ」 入院中に初めてスタンド能力に目覚めた時、確かに初めて魔法を発見したような気分になったものだ。 あの時の驚きと興奮、そして未知の力を得たことへの恐怖を思い出しながら、噴上裕也は素直に頷いた。 ゼロの奇妙な使い魔「タバサの大冒険」 To be continued…… 第6話 戻る