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意味不明な決闘から数日経った。 その日の晩にした、念入りなお仕置きが功を奏してか、アヌビス神はうっかり目を離しても誰かを勝手に操るといったことは無かった。 通りすがりの人や使い魔に頼み込んだり、動物を操って(此方は別に禁止はされていない)何処かに出かけることが出てきた。 ルイズは正直気になった。だって剣だ。剣がなんで散歩などする必要がある? 生意気に剣の癖して人脈も広がり、知り合いも増えているようだ。正直ルイズより知り合いが多い様にすら見える。その事に気付いた晩には、指が滑ったふりをしてスープを上に零して続けて踏み付けてぐりぐりとやって念入りにすり込んでおいた。 後で良い笑顔で謝って綺麗に洗っておいたけど。 ルイズ日記 ○△月▽□日 ある日アヌビスが食堂のコック長の親父に『我等の剣』とか生意気な呼び方されてるのを偶然聞いた。 何それ。ちょっと生意気じゃない?アヌビスに問い詰めても『たいした事じゃ無いです、へへへ』とか更に生意気な返事をしてきた。これは調査をする必要がありそうね。 ルイズ日記 ○△月▽○日 アヌビスがフレイムを使って移動を始めた。今から後を追おうと思う。 外に出たところで通りすがりのギーシュとモンモランシーにバトンタッチ。あの二人結構良い雰囲気で話しながら歩いてたのよ?流石に空気読みなさいよと思ったわね。 途中でタバサにバトンタッチした。妙に親しそうだった。あまり接点は無いけどあの子のあんな表情は初めて見た。 そのまま厨房に向う。タバサは何か食べ物を貰っていた、そう言えば結構食べるわあの子。厨房周りに人が多いので今日はここまでにしようと思う。 ルイズ日記 ○△月▽△日 今日は窓からシルフィードを利用して移動開始。どうやら意外と使い魔コミニケーションがしっかり取れている様ね。 厨房での挙動が気になるので先回りして隠れておく事にする。 ちゃんと厨房の窓の下に隠れる為の樽も昨日用意しておいたんだから! 中々来ない。ちなみに今樽の中。 まだ来ない。何してんのよあいつ。 しまった寝てたわ。気がついたらコック長のマルトーが『また頼むぜ我等の剣』とか言ってるのが聞こえた。 隙間から見るとヴェルダンデを使って帰っていった。ホント交友範囲が広いわねアイツ。 樽から出るところをシエスタに見付かった。笑われた。 ルイズ日記 ○△月□□日 シエスタにそれとなく聞いた感じ、来る時間はある程度決まっているらしいわ。ちなみに今日はクヴァーシルが窓から運んでいった。 流石にちょっと重たいんじゃない?と思ってたら、やっぱ重かったみたいね。途中で落とされてたわ。池の側で男に囲まれてたキュルケの側に落ちて地面に突き刺さって混乱を起こしてたわ。これは加点30って所ね。 池で泳いでたロビンに何か頼んでるのが見えた。バカね無理に決まってるじゃない。 ロビンがモートソグニルを呼んで来たわ。流石学院長の使い魔、使い魔界の相談役なのかしら。 モートソグニルが仲間のネズミを呼び出してアヌビス神を運び始める。そろそろ厨房側のアジトに潜むべく動く事にするわ。 今アジトで待機中よ。 中に入り込んだ様ね。話し声がするわ。今から視認による調査を開始するわ。 あまりに馬鹿臭くて疲れたので続きは後日纏めることにするわ……。 ルイズ日記 ○△月□○日 アヌビスが厨房で何をしていたかを簡単纏めるわ。 肉切り包丁をやってたわ……。コック長のマルトーが『どんなぶっとくて骨の太い肉でもお前がいれば簡単に切れちまう。本当に助かるよ』とか言ってた。 アヌビスが『たまにはどんな物でも肉とか骨を斬らないと感覚が鈍っちまうからな、気にしないでくれ』とか言ってたわ。 どうやら斬りたいのは自重して無いようね。捌け口探して工夫はしてる様だけど。そりゃ確かに『我等の剣』だけどホント馬鹿馬鹿しすぎるわ。 ルイズ日記 ○△月□▽日 ばれていたわ!あのアヌビスに!私の行動がばれていたのよ!生意気すぎるわ。 『折れた剣先が部屋に置かれてるけど、あれもおれだから』とか言ってたわ。さっさと直してくっ付けた方が良さそうね……今度の虚無の日に町の武器屋で相談してみようかしら。鞘も用意したいわ。 達観した様な口調でわたしの事を子供扱いしてきたから、フレイムの火の息で炙ってやったわよ。 「これを見る限りルイズは……」 主が居ないルイズの部屋でキュルケとタバサは一冊の日記を見ていた。 「…多分城下町」 「どうする?追いかける?」 タバサはこくりと頷いてかえした。 「間違えた直し方する前に捕まえた方がいい」 その頃ルイズは城下町への道を馬で進んでいた。 腰には破片と一緒に布でぐるぐる巻きにされたアヌビス神がぶら下っている。 「一緒にお出かけって何?」 「あんたの鞘買うのよ。後修理頼める人が居ないか聞くの」 「ご褒美?ご褒美?」 「違うわよ!剥き身の剣を持ち歩くわたしの身になってみなさいよ!」 「常に戦闘準備完了で良い感じ」 「河に捨てに行くわよ?」 「じょ、冗談だよ。ところで修理って学校で先生に相談するんじゃなかったのか?」 「忙しくて忘れてたわ」 「ストーキングに?」 「海って塩分が多くて金属が錆び易いらしいわ。海に行きたいわね」 「ゴメンナサイ」 「ま、そういうことだから鞘買うついでに武器屋で聞こうと思ったのよ」 「だ、大丈夫か?それで(おれタバサに相談したんだけどなー……)」 「わたしより詳しいわよきっと」 ぐたぐた話してる間に町に到着した。 トリステインの城下町をルイズは歩いていた。アヌビスが『前を見たい前を』とか言うからアヌビス神は抱き抱えられている。 ルイズはアヌビス神を抱き抱えた途端『尻肉も良いが、胸も良いね。ご主人さまの胸サイコー』とかまたトンチキな事を言い出したのでゲシゲシしてやろうかとも思ったが、胸をここまで無条件に褒めちぎられたのは初めてだったので何となく許した。 「城下町つってたからどんなものかと思ってたんだが」 「どう?」 「エジプトの裏通りみたいだな。はっきり言って狭い」 「これでも大通りなんだけど……」 「これで?」 道幅は五メートルもない。そこを大勢の人がごった返している。『こりゃ暗殺には最適だね』とアヌビス神は思った。 「ブルドンネ街。トリステインで一番大きな通りよ。この先にトリステインの宮殿があるわ」 「つまりは宮殿に斬り込みかァ?」 「馬鹿な事言ってるとくず鉄として売るわよ」 本当に馬鹿な話しをしながら武器屋へと向う。 「オイ」 「何よ」 「今ご主人スられたぜ、スリだなスリ」 「へ?」 「財布をスられたよご主人さまーと言ってる」 「気付いたならどうにかしなさいよ、どうにか!」 「おれ自分じゃ動けないし」 「……」 「相手覚えてるぜ?」 「ど、どどどどどうしたらっ」 ルイズは慌ててオタオタしている。 「おれに身体を貸すんだ。一発で捕まえて取り返してやるぜ!」 「へ、変な事しちゃダメよ?」 「じゃあ適当な布を顔に巻いて覆面にしとこうぜ」 「隠したからって無茶を許可する訳じゃないわよ?」 しかしその言葉もむなしくルイズは城下町で大乱闘を展開する事になった。 一人のスリを倒す筈が、アヌビス神が調子に乗ってスリグループを一網打尽にする事に! しばらくブルドンネ街では、魔法を使わずに布を巻いた棒を振り回してスリグループをコテンパンに叩きのめす正義の覆面貴族の噂が流れる事になった。 ルイズは新金貨を500手に入れた。 ルイズは新金貨を100取戻した。 ルイズはエキュー金貨を200手に入れた。 ルイズは新金貨を50手に入れた ルイズは銀貨を80手に入れた ルイズはエキュー金貨を703手に入れた。 ルイズは銅貨を267手に入れた。 ルイズは古ぼけた懐剣を手に入れた。 ルイズは傷薬を手に入れた。 ルイズは錆びた短剣を手に入れた。 ルイズは鏃を手に入れた。 ルイズは金のペンダントを手に入れた。 ルイズはミスリルの指輪を手に入れた。 ルイズは御禁制の秘薬を手に入れた。 「ふ、ふふ、増えてるわよっ?」 「増えてるな」 「ど、どどど、どうすんのよ?」 「貰っとけ」 「ば、馬鹿なこと」 「届けたら取調べが長いぞ?」 「……」 「スリどもの心読んだけどよ。心配すんな、足がつきそうな物品はそりゃ随分昔に取ったものでもう大丈夫だ」 「き、貴族たるものは」 「貴族がスリと疑われて良いのか? もしくは今日の覆面貴族とばれて良いのか?」 「財布捨てられた小銭なんざ届けられても役人が使い込んじまうだけだっての」 「小銭ってアンタこのお金合わせたらちょっとした家が買えるわよ家がっ!」 「気にせずおれの修繕費に当ててくれ。おれが稼いだ金!」 ルイズの心が折れた。 「ぶ、武器屋に急ぎましょう!」 錆びた短剣をプラプラさせながら歩くルイズ。その様子を伺いながらアヌビス神が言う。 「決闘の時から気になってたんだけどな。おれを持ってる奴が他にも何か武器持ってると妙な感じなんだ」 「妙って?」 「スタンドのパワーが増える感じ」 「ふぅーん、気の所為じゃないの? っと、確かピエモンの秘薬屋の近くだったから……」 「あれじゃね?」 アヌビス神の言葉に周りをきょろきょろと見ると、一枚の銅の看板を見つけた。 剣の形をした看板、間違い無い。 ルイズはそそくさと石段を上がり、羽扉をあけ、店の中にさささーっと駆け足で入った。 薄暗い店の奥でパイプをくわえていた五十がらみの親父が、入ってきたルイズを胡散臭げに見つめ、そして紐タイ留めに書かれた五芒星に気付く。 パイプをはなし、ドスの利いた声を出す。 「貴族の旦那。うちはまっとうな商売をしてまさあ。お上に目をつけられるようなことなんかこれっぽっちもありませんや」 「客よ」 ルイズは腕を組んで言った。 「こりゃおったまげた。貴族が剣を!おったまげた!」 「どうして?」 「いや、若奥さま。坊主は聖具を振る、兵隊は剣を振る、貴族は杖を振る、そして陛下はバルコニーからお手をおふりになる、と相場は決まっておりますんで」 「……別に剣を買いにきたんじゃないわよ」 「冷やかしで?」 「違うわ」 言うとルイズはアヌビス神をどさっとカウンターの上に放り出す。 「これの修理の相談と、直した時の大きさに合う鞘を探してるのよ」 主人は布を解いてなるほどと思った。確かにこりゃ平民が手に出来る様な品じゃない。これは折れていなければエキュー金貨一万でも足りないねと思った。 「こ、こりゃ何と見事な……。ですがこうもポッキリ折れてちゃ、そこいらの職人じゃ治せませんぜ?先を詰めるしかない」 「そうもいかないのよ。わたしは詰めても良いと思うんだけど、どうしても直せってのがいるのよ」 「長い剣が欲しいってのなら買い直してはどうです?」 主人は商売っ気をだす。修理しても鞘だけ売っても大した金にはならない。お得意様なら兎も角始めての客相手に手間だけの商売をしたくない。 「丁度良いのがあるんで。ちょいとお待ちを」 ルイズが止める間も無く主人は店の奥へと消えた。 「いくら勧められても要らないのだけど……」 主人は奥で適当に在庫を引っくり返しながらぶつぶつと言う。 「どうせ壁に飾るんだろう」 立派な剣を油布で拭きながら、主人は現れた。 「店一番の業物でさ。かの有名なゲルマニアの錬金魔術師シュペー郷が鍛えた逸品でさ。魔法がかかってるから鉄だって一刀両断でさ。 ごらんなさい、ここにその名が刻まれているでしょう? エキュー金貨で二千。新金貨なら三千ですが、その折れた剣とでしたら交換でも良いですぜ」 主人は捲し立てるように一気に言う。 「別に新しい剣は要らないわ」 「そうは言いますけどね旦那」 そこにカウンターの上から声が割って入る。 「騙しは良くねえな親父。そんなの厨房のナマクラ包丁以下だ。そんなのと交換とは片腹痛いな」 「五月蝿いぞデル公……ってあれ?」 親父は謎の名前を口にした所で困惑した表情を浮かべる。 「ま、まさか……」 カウンターの上を見る。そこには一振りの折れた剣があるだけだ。 「なんならそのナマクラ、おれが真っ二つに斬ってやろうか?なんなら親父、お前事な!」 アヌビス神が店の主人に凄んでいると、乱雑に積上げられた剣の中から、低い男の声がした。 「おでれーた!お仲間かよ」 「へ?」 ルイズが声の方を向く。 「あ?」 アヌビス神も声の方を注目する。 なんと錆びの浮いたボロボロの剣から、声は発されている。 「ど、どういうこったデル公?」 「へっ。そいつも俺と同じインテリジェンスソードってこった」 親父はあちゃぁーと手で額を押さえた。正直これ以上喧しい陳列物が増えたら面倒だ。幾ら見た事も無いような業物でも勘弁して欲しかった。 「剣に向って剣で騙そうっても上手く行く訳ねえな!」 デル公と呼ばれた剣がゲラゲラ笑う。 「も、もしかしてあんた結構苦労してない?」 ルイズは主人に耳打ちするように話しかける。 「わ、判りやすか旦那」 「そりゃね……」 「そりゃーどういう意味だ!」 しっかりとそれを聞いたデル公と呼ばれた剣が口を挟む。 「そうだ、そうだ!」 なにやらアヌビス神まで調子に乗って合わせて抗議してくる。 ルイズは無視して続ける。 「兎に角わたしは別に新しい剣は要らないわ。 欲しいのは鞘。でもって修理のアテよ」 「そう言われても困りまさぁ。鞘の方は紹介できても修理は多分ゲルマニアの方へ流さないと無理でさ」 まだなにやら二本の剣がブーブー騒がしい。 「うるさいうるさいうるさーい!」 「いい加減にしねえかデル公!お客様に迷惑じゃねえか!」 ルイズは主人の目を見、大丈夫と判断してアヌビス神をデル公とやらに投げ付けた。 「あんたらはそこで黙ってなさい!」 主人、苦労を知ってくれる初めての客で妙に嬉しそうだ。 「まったくいったい何処の魔術師が始めたんでしょかねえ、剣をしゃべらせるなんて……」 「ほォ、悪くない材質だな、デル公とやら」 カツンとぶつかったアヌビス神が言う。 「ちがうわ!デルフリンガーさまだ!」 「けっ、偉そうなこった。だが憶えたぜ。お前程度じゃおれには勝て無いね」 「何だと!折れてる癖にナマ言いやがって」 「錆びてる奴に言われたくないね」 「何だとこの若造」 「これでも500年生きてんだ。若造呼ばわりされる憶えは無い」 「たったの500年かよ、若造じゃねえか」 「五月蝿いわよアヌビス!」 ルイズは店中に響く声で大喧嘩始めたアヌビスに怒鳴り付ける。 店主は苦笑いだ。 「そうかアヌ公か」 デルフリンガーがぷっと笑うように言う。 「アヌビス神様だ!」 「ん?ちょっと待て……。 なんてこった。おでれーた、こいつはおでれーた。本当におでれーた。 何で剣のてめーが『使い手』なんだ」 「どうやったらあれ黙るのかしら?」 「鞘に完全に納めると黙りまさァ。そちらは?」 「こっちは鞘が無いからその辺は判らないわ。けどちょっと踏んでスープをかければ黙るわよ?」 つかつかと歩いてきたルイズにデルフリンガーは鞘に納められ黙らされ、そのデルフリンガーでアヌビス神はしこたま殴られた。 「あ、忘れてたわ。これ買い取って貰える?」 ルイズはさっさと手放したいので先程の短剣等の妖しい物品をカウンターに並べた。 「……この短剣は銅貨30枚って所です。いや、この紋章は……こりゃーエキュー金貨で4000はいきますぜ。 ん?この懐剣は……こりゃぁ見事だ。流石貴族の旦那。少なく見積もってもエキュー金貨で1500ってとこか」 ルイズは脂汗を流した。『ま、ままま、また、ふ、ふふふ増えたわ』 「そ、そそ、そう、その値段で良いわ」 「良いんで?出すとこ出せば倍は付くかも知れませんぜ。 あとこの指輪とペンダントは後で紹介する鞘の職人の店の方が良いと思いまさ」 「気にしないで。 で、指輪とかは幾ら位か判る?」 「んー……指輪はミスリルですがこの大きさと細工だとエキュー金貨で200ってとこですね。使ってるミスリルが少ねえがデザインは悪くない。 ペンダントはエキュー金貨で15ってとこかな?」 「じゃあそれはさっきの短剣とあわせて仲介料って事で取っといて」 「へ?良いんで?」 「ちょっと他人と思えないし取っといて」 親父は苦笑して答えそれを懐に入れた。 「この鏃は?」 「見た事も無い材料なんでちょっと判別しかねます。 秘薬屋なら面白がって買い取ってくれるやも知れませんね」 「そ……じゃあ帰りに回ろうかしら。 あ、そうそう。あと柄もちょっとボロボロなの直したいんだけど」 主人は地図と紹介状を書きながら答える。 「鞘の時に一緒に直して貰える様に紹介状に書いておきまさ」 「悪いわね」 言ったところでルイズは更に思い出す。店への道中でのアヌビス神との会話を。 「最初に剣は要らないと言ったけれど……」 「お買い上げいただけますんで?」 「ええ、ちょっと頼まれてたの思い出したの。 片手で持てるぐらいのが良いわ」 「物には拘らないけど出来れば頑丈なのが良いわ」 決闘で青銅の両手剣が砕けたのを思い出して言う。 「うーん……」 主人が顎に手を添え考え込む。 「片手っつーとここらにあるのはこんなレイピアなんですがね」 「駄目ね。そんなのじゃ軟過ぎるわ」 最初は騙してやろうと考えていた主人も買取りで随分とはずんで貰った為、上機嫌で親身になって考える。何より妙に親近感が涌いている。 「うちで今ある片手で振り回せる剣で一番丈夫なのと言えば……あれでさ」 申し訳なさげにデルフリンガーを指す。 「ああ見えて、頑丈さだけはピカイチなんで」 「ほ、欲しくないわね物凄く」 「一応インテリジェンスソードなんで魔法も掛ってますしね」 「厄介払いしようとしてない?」 「そんな滅相も無い。あんだけはずんでもらって嘘はつけませんで。 お疑いになるなら、あいつでうちにある目ぼしい剣順番に叩いて貰っても結構です」 ルイズは悩んだ。凄く悩んだ。小一時間悩んだ。 悩んでる間店主が茶と奮発したお菓子を山盛りで出してくれた。それを口にしながら只管悩んだ。 カリカリカリカリカリカリカリ コリコリコリコリコリコリコリ 主人も一緒になってお菓子を齧り始め、齧る音が二重奏になる。 カリカリカリカリカリカリカリ コリコリコリコリコリコリコリ ポリポリポリポリポリポリポリ ふと気付いたら三重奏になっていた。 「え?」 とルイズが音のほうを振り向く。 タバサが居た。 「い、何時の間にっ。こいつは失礼しました。いらっしゃい……ってまた貴族の旦那で?」 「な、なんであんたが」 「お知り合いで?」 驚くルイズに主人が問い、ルイズはそれに答える。 「一応」 「買うべき」 タバサは簡潔にぽそりと言った。 「け、けどこれ以上五月蝿いのは……」 「あれだけの剣は滅多に無い、幸運」 その言葉を聞いて主人もここぞとばかりにアピールする。 「さっきはずんでもらった分もあるんで只でも良いぐらいでさ。 まぁ旦那なら新金貨で10で結構で」 またルイズの心は折れた。妙に熱心なタバサの視線に負けたとも言う。 「じゃ、じゃあ頂くわ」 金貨を10枚ちゃりんとカウンターに置く。 「毎度っ!」 主人はデルフリンガーを手に取るとルイズに手渡した。 店から出る時にタバサがまた話しかけてきた。 「修理出してない?」 「まだだけど」 「良かった。あれは手間とコツがあるから街より学校の方がいい」 「それにしてもアヌビスあんた、何時の間にタバサなんかと」 『良い男はもてるんだよ』とアヌビスが答えたので鞘に入ったままのデルフリンガーで全力殴打しておいた。 店の主人は苦笑いしていた。 「ま、デル公。幸せにやんな。仲間も居るし多分良いご主人だぜ」 主人は小さな声で見送った。答えるようにデルフリンガーが少しカタカタと揺れた。 「また来てくだせえ、勉強しますぜ」 愛想の良い親父の声を背にルイズ達は店を出た。 今年は半分遊んで暮らせるわ。貴族って気前良いなァと主人は早速秘蔵の上物の酒を開けた。 「あ、タバサ、ルイズは見付かった……って」 店から出たところで、キュルケが此方へと丁度歩いてきた。タバサの姿を見つけ、その横にルイズの姿を確認し……。 腹を抱えて笑った。 「ふ、増えてるじゃないのあなた」 2本の剣をぶら下げたルイズの姿に。 「しかも喋る」 タバサがデルフリンガーを鞘から少しずらす。 「景気良く喋ってる時にいきなり閉じ込めるんじゃねえ!」 いきなり喋りはじめるデルフリンガー。 激しく噴出したキュルケは立っていられずにしゃがみ込んで笑った。 「ちっ、ちっ、ちっ」 アヌビス神が何度も舌打ちの様に喋る。 「面白い」 タバサの一言が今の彼女には追い打ちとなりキュルケは転がって大笑いした。 ルイズは頭を抱えてぷるぷるとふるえた。 続けて裏の方の秘薬屋に行き、二人を外に待たせ怪しげな御禁制の秘薬と鏃を売る。 秘薬はエキュー金貨3000、鏃は何故かエキュー金貨70000になった。 『ま、まま、また増えたわ。しかも尋常じゃなく』ルイズは更に脂汗を流した。 店を出る時に店主が鏃で怪我をしたらしく『いてっ』と声が聞こえた。 続けて武器屋の主人の地図にそってかかれている店へと向う。そこはちょっとした細工品等が並んでいる店だった。 「へぇ、中々良い物が揃ってるじゃないの」 キュルケが並んでいるアクセサリーを手にとってうっとりと見つめる。 何故か店の奥にはギーシュが居た。 「げ、げェー、なんでキミ達がここにっ!」 「あんたこそ何してるのよこんな所で」 「こ、ここは僕が贔屓にしてる穴場なんだ」 「ああ、二股相手の女の子釣るための道具揃えるのに――――」 「失敬な!愛しいモンモランシーにプレゼントする為の……あ、モンモランシーにはまだ言わないで」 ギーシュは絶対に秘密だからなーとか言って逃げる様にして出て行った。 休まらない日だわ、何でこう見知った顔に会うかなとかルイズは思いながら店主に紹介状を見せる。 丁度良い具合の材料が揃ってるので小一時間でどうにかなると言われ、装飾をどうするか聞かれる。 妙なお金は嫌なので全部使ってやれと金貨の山を作り、これで出来るだけ可愛くと言ったらアヌビス神が『イヤァー』と絶叫した。 それを見たデルフリンガーはゲラゲラと笑い出した。 じゃあこっちの味気ない鞘と柄も可愛くとデルフリンガーも差し出しておいたら、デルフリンガーも『イヤァー』と絶叫していた。 店主はかなり失笑していた。 「その見るからに可愛らしいの移殖するのはやめてェー」 「こ、コラ、よせッ。そのキラキラしたのはよせッ!」 「そのカラフルなのはらめェー」 「乙女チックなカラーリングを鞘につけんなァー」 「アーッ!」 「アーッ!」 こんなに喧しい仕事は初めてだと店主は語った。 タバサがかなり楽しそうにその光景を彼女なりの表情の変化でニヤニヤしながら見ていた。 「両方とも男の子」 ルイズ日記 ○△月○□日 今日はアヌビス神の鞘の手配と修理の相談に城下町へ。 道中あった事は割愛 何故か現れたタバサに勧められ喋る剣が一本増える派目に。 キュルケにかつて無い程笑われた。忌々しい。 腹が立ったので五月蝿い二本の剣を精神的にいたぶる。 帰り道は二本ともとてもぐったり静かだったわ。 タバサ日記 ○△月○□日 ルイズの使い魔は面白い。 明日からはおそらくもっと面白い。 面白さ二倍。 キュルケ日記 ○△月○□日 思ったよりルイズはあの使い魔と上手くやっている様子。一安心ね。 ギーシュ日記 ○△月○□日 何時もの店でルイズ達に出会ったよ。慌てて逃げる様に店を出てしまったけど、丁度良い物が無かったし問題はなかった。 丁度探していた様なデザインのミスリルの指輪が、逃げてる時に偶々入ってしまった武器屋で何故か売っていたので購入したよ。 きっとモンモランシーに似合う。突然のプレゼントで喜ばせるんだ。 泣かせてしまったケティにもお詫びの品として綺麗なペンダントを一緒に買っておいた。 武器屋の店主が貴族が何度も珍しいと言っていた。何だったんだろうね。 後店主にまさか『ギーシュさん』?と聞かれたけど知らないふりをしておいた。噂は怖いね。 噂と言えば帰り道、警備兵が慌しく駆けて行った、あれはモンモランシーもたまに使う裏の秘薬屋の方だったかな?うーん物騒だね。嫌な事件が起こらなければいいね。 マリコルヌ日記 ○△月○□日 最近朝目覚めると必ず全裸だ。何故? 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6話 「諸君、決闘だ!」 そう言ってギーシュが薔薇の造花の杖を掲げると、周囲から大きな歓声が上がった。 ヴェストリの広場にはすでに多くの生徒が集まり、ギーシュとホワイトスネイクを取り囲んでいる。 ルイズは生徒の輪の最前列で、ホワイトスネイクの背中をじっと見つめていた。 「さて、逃げずに来たことは褒めてあげるよ」 「部屋ノ隅デ震エテイルコトヲ選バナカッタノハ立派ダッタナ」 食堂での応酬と同じように、ホワイトスネイクから挑発が返される。 「ふん、では始めさせてもらうよ」 そう言ってギーシュが杖を振ると、杖から薔薇の花びらが一枚離れた。 だが次の瞬間、薔薇の花びらは甲冑を着た女戦士の人形へと変わった。 人形は金属製らしく、全身が淡い金属光沢を放っている。 「ホーウ……」 ホワイトスネイクが感嘆した声を上げる。 「僕はメイジだ。だから魔法で戦う。文句はないだろう?」 「御託ハイイカラサッサトソノ人形デ仕掛ケテコイ」 「そうかい、では遠慮なく」 ギーシュが言い終わるのと同時に女戦士の人形が走り出す。 が、数歩で立ち止まった。 「おっと、そういえばまだ名乗っていなかったな。 僕の二つ名は『青銅』。青銅のギーシュだ。 したがって僕の青銅のゴーレム、ワルキューレが君の相手をするよ」 そう言ってまたフッとカッコつけた。 ただこれがやりたかったがために女戦士の人形――ワルキューレを止めたようだ。 「では、いくぞ!」 その声とともに、再び走り出すワルキューレ。 ホワイトスネイクとの間合いを一気に詰める。 そして自身の拳の間合いにホワイトスネイクをおさめると、すかさずパンチを放ったッ! ぶおん、と空気を切り裂く青銅の拳はホワイトスネイクのボディへと一直線に向かい―― グワシィッ! 受け止められたッ! 「な、なんだってぇ!?」 (コノ威力……パワーハCッテトコカ。 私ノ方モパワーCガ妥当。ルイズハ近クニイナイシ、コノ距離ナラ当然ダナ) 驚くギーシュと、相手と自分を冷静に評価するホワイトスネイク。 「今度ハコチラノ攻撃ダ」 ホワイトスネイクは素早くワルキューレの懐に潜り込む。 そしてその伸びた腕を掴むと、一気に反動でワルキューレの体を宙に浮かせ―― ドグシャアッ! 頭から地面に叩きつけたッ! 「『ジュードー』トカイウヤツダ。パワーノ弱イ私ニハ、ウッテツケノ技デナ」 「な、な、な……」 予想だにしなかった事態にギーシュは言葉を失う。 彼の目の前で地面に突き立てられたワルキューレはしばらく手足を動かしていたが、すぐに墓標みたいに動かなくなった。 そしておろおろするギーシュとは逆に生徒達は大歓声を上げた。 「すっげぇーぜ、今の! あいつ、何やったんだ!?」 「ワルキューレを頭から地面に叩きつけるなんて……」 「野郎……面白くなってきたじゃねーか」 そしてルイズも、予期しなかったホワイトスネイクの実力に唖然とする。 「な、何なの? 今あいつがやったの……?」 「特別な体術」 「……え?」 「彼は体の反動を使ってゴーレムを投げ飛ばした。 力任せに投げたのとは違う」 いつの間にかルイズの横に立っていたタバサが解説する。 「な、何であんたがここにいるのよ! っていうか今の説明……」 「この子が自分で見たいって言ったのよ、ルイズ」 「あっ、キュルケ!」 「ご機嫌いかが? 今朝は危うく寝坊するところだったそうじゃないの」 「う、うるさいわね! ちゃんと朝食には間に合ったんだからいいじゃないの!」 「はいはい。それでタバサ、あいつはどうなの?」 「分からない。動きに余裕があるから、まだ何か隠してるのは確実」 「ふ~ん……それは楽しみ。っと、そろそろ動きそうね」 一旦止まった戦いが、再び動き始める。 場所は変わってトリステイン魔法学院の学院長室。 ギーシュとホワイトスネイクの決闘が始まる、数分前のことだ。 「暇じゃのう……」 「平和ですからね」 「何かこう、面白いことでも起きんかのう……例えば決闘とか」 「学院長自らが風紀を乱さないでください。それと」 「何じゃ、ミス・ロングビル」 ドグシャァッ! 「ぶげぇッ!」 「私のお尻をなでるのはやめてください」 華麗なハイキックで老人を椅子から蹴倒す女性は、ミス・ロングビル。 反対に椅子から蹴倒された老人がオールド・オスマン。 ロングビルはオスマンの秘書で、そのオスマンはこのトリステイン魔法学院の学院長を務めている。 「あいたたた……」 ミルコ・クロコップのようなハイキックをモロに食らったにもかかわらず、何もなかったかのように立ち上がるオスマン。 「今度やったら王宮に報告しますからね」 「ふん。王宮が怖くて学院長が務まるかい」 オスマンはふてくされたように言うと、床から何かを拾い上げた。 「気を許せる友達はお前だけじゃ、モートソグニル。 ん、ナッツが欲しいのか? ちょっと待っておれ」 オスマンはポケットからナッツを数粒取り出すと、 手の上にちょこんと乗っているハツカネズミのモートソグニルに近づける。 モートソグニルはちゅうちゅうと鳴いて喜ぶと、ナッツをかじり始めた。 「ん、どうじゃ? うまいか? もっと欲しいか? じゃがその前に報告じゃ、モートソグニル。 ……ほうほう、純白かね。だがミス・ロングビルは黒にかぎ」 ボグォッ! 「うげぇっ!」 オスマンの言葉を遮るようにして叩き込まれたのは、胃袋に正確に打ち付けられるヒザ蹴りッ! そして頭から床に倒れこんだオスマンに、さらに追撃の後頭部への踏みつけッ! ゲシッゲシゲシィッドガッドゴオッドゴッドゴッ! 「分かった! 分かったから! ちょ、やめるんじゃミス・ロングビル! 痛い! 痛いからッ!」 そんなふうにしてオスマンがロングビルに蹴り回されていると、不意にドアが大きな音を立てて開いた。 「オールド・オスマン!」 「何じゃね?」 そう答えたオスマンは、すでに床の上でなく椅子の上に座っていた。 まるで何もなかったかのようだ。 ロングビルも同様に、部屋の隅の椅子に腰かけて物書きをしている。 まさに早業である。 学院長室のバイオレンスな日常はこうして保たれているのだ。 「たた、大変です!」 そう言って広すぎる額を汗で光らせているのはコルベール。 使い魔召喚の儀式に立ち会っていた教師だ。 「なーにが大変なもんかね。どうせ大したことのない話じゃろうて」 「そんなこと言わずに! こ、これを見てください!」 そう言ってコルベールがオスマンに突き出した本のタイトルは「始祖ブリミルと使い魔たち」。 「ほーう……それでこの古い本がどうしたのじゃ?」 「その本の……このページです! それと、これを!」 コルベールが本のページと、一枚のルーンのスケッチをオスマンに見せる。 オスマンの目が本とスケッチを素早く行き来した。 その眼は先ほどまでの好々爺の目ではない。 熟練の魔法使い特有の、鷹のように鋭い目だった。 「ミス・ロングビル。少し席をはずしてもらえるかね?」 「かしこまりました」 ロングビルはそれだけ言って、学院長室を出た。 と、入れ替わりに一人の教師が血相を変えて飛び込んできた。 「オールド・オスマン! い、一大事です!」 「今度は何じゃ?」 オスマンが眉間にしわを寄せて言う。 「それが、ヴェストリの広場で決闘をしている生徒がいるようで……」 「決闘? やれやれ……暇を持て余した貴族は、本当にロクなことをせんのう」 今さっき暇を持て余して「決闘でも起きないかな」とか言った揚句にセクハラしていた男とは思えないセリフである。 「それで、決闘しとるのはどいつじゃ?」 「は、はい……一人はギーシュ・ド・グラモン。もう一人は……」 「グラモンのとこのバカ息子か。どーせ女の子の取り合いでもしたんじゃろうて。それでもう一人は誰じゃ?」 「もう一人は……その、私も信じられないのですが……」 「何じゃ、早う言うてみい」 「……亜人です。昨日ミス・ヴァリエールが召喚して、契約したやつです」 思わず顔を見合わせるオスマンとコルベール。 「よろしい。ではその決闘は放っておきなさい」 「ええ!? い、いいんですか? 教師の中には『眠りの鐘』の使用許可を求める者もいますが……」 「……ギーシュ・ド・グラモンと戦う亜人はどんなヤツじゃね?」 「へ? は、はあ……ミス・シュヴルーズの話では、言葉も話せるし授業も聞けるとのことでしたが……」 「つまり頭はいいんじゃろ? だったらやり過ぎるようなことはせんハズじゃ。放っといて構わんよ」 「そ、そうですか……」 そう言って教師が学院長室を出て行くのを見届けると、壁にかかった大きな鏡に杖を振った。 すると、その鏡にある光景が映し出される。 ヴェストリの広場の、今まさに行われている決闘の光景だった。 鏡の中ではギーシュと亜人――ホワイトスネイクが向き合い、 二人の間にギーシュのゴーレムが頭から地面に突き立てられていた。 「……コルベール君。わしの判断は合っておったと思うかね?」 「まだ分かりません。でも、間違っていたと分かった時には全てが手遅れでしょう」 「そうじゃな……そうならんようにせんとなあ」 机の上でナッツをかじっていたモートソグニルが不意にぴょんと窓に飛び移ると、そのまま外に出て行った。 戦いが動いたのは、ちょうどその時だった。 場所はヴェストリの広場に戻る 「ふふ……ま、まさか僕のワルキューレを倒すとはね。な、中々やるじゃあないか。 だが、これで終わったと思うなよ!」 冷や汗をぬぐいながらギーシュが再度薔薇の造花の杖を振るう。 杖から離れた花びらは6枚。 それらが宙に舞い上がって、6体のワルキューレになって地面に降り立ったのはやはり一瞬の出来事だった。 「おいおいおいおいおいおい! ギーシュのやつ、出せるワルキューレの残り全部出したぞ!」 「あれで頭に血が上っちゃったのかなあ?」 「そりゃああんなの見せられたらなあ……」 ギーシュの陣容に生徒も驚きの声を上げる。 だが―― 「サッキノガ6体カ。面白クナッテキタジャアナイカ」 ホワイトスネイクは焦り一つ見せずに、むしろ楽しそうに言った。 「ふふん、そうやってのん気してられるのも今のうちさ。 考えてもみなよ、君? 6対1だぜ? 勝てっこないよ。 もし君が僕に『ごめんなさい』と言えば」 「脳ミソガクソニナッテルラシイナ」 「な、なんだとお!?」 「ソンナ寝言聞イテルヒマガアッタラサッサトソイツラヲ私ニ差シ向ケロ」 「……そうか、そんなに死にたいんだったら!」 ギーシュが杖を振るうと、ワルキューレたちの目の前の地面から武器が突き出てきた。 剣、両手剣、長槍、ランス、斧、スレッジハンマー……。 いずれも大変な重武装だった。 そしてワルキューレたちが、それらを手に取り、ホワイトスネイクに向けて構える。 「今ここで殺してやるッ!」 ギーシュの声とともに、一斉にワルキューレがホワイトスネイクに襲い掛かる。 やられる! 次の瞬間に訪れているであろう凄惨な光景に、思わず目をつむるルイズ。 その直後に大きな歓声が上がった。 やられ、たんだ。 あいつが、あのにくたらしい嫌味な使い魔が、ホワイトスネイクが! ルイズが絶望に近い、うすら寒い感情が自分の心に湧きあがってくるのを感じる中、 その肩をぽんぽん、と叩かれた。 思わずルイスは振り向く。 「なーに目なんかつむっちゃってるのよ、ルイズ」 キュルケだった。 「でも、でもあいつが!」 「自分の使い魔の安否ぐらい、自分で確かめなさいよ」 そう言われて、顔を正面に向けられるルイズ。 その目に飛び込んだ光景は―― (私ノスピードハA。上々ダナ。 ソレニ対シテコイツラハCッテトコカ。 何テ、スットロイヤツラナンダ) ホワイトスネイクはワルキューレたちの有様に呆れながら、大振りの斧の一撃をやすやすとかわす。 その後ろから飛び込むようにして襲ってきたランスの突きも、とっくに見えていた動きだった。これも難なくかわす。 さらに両手剣の横薙ぎ、長槍の連続突き、スレッジハンマーの振り下ろしが立て続けにホワイトスネイクに向かってくる。 だが、全部遅すぎた。 スキを窺うようにして仕掛けてきた、剣を持ったワルキューレの攻撃も見え見えの奇襲にすぎなかった。 軽くかわして、ついでに足を引っ掛けてやった。 ワルキューレが無様にすっ転んで地面を転がる。 そうやってホワイトスネイクがワルキューレをあしらうたびに、周りの生徒たちから歓声が上がった。 あの亜人は何なんだ? 何であれだけ武装した、しかも6体もいるワルキューレ相手にあんなことができるんだ? なんてヤツなんだ、あの亜人は! そんな呆れたような、あるいは感嘆したような感情が彼らの歓声の源だった。 「あいつ……すごい」 「そうね。あんなに大きいのに、あんなに身のこなしが軽いなんて、感心しちゃうわ。 ……でも彼、攻撃はしないのね」 「さっきみたいな投げ技は使えない。かと言って青銅のゴーレムを一撃で破壊できるようなパワーは彼にはない」 「……何で分かるのよ?」 タバサの推測にルイズが異議を唱える。 「一発ぶん殴っただけでワルキューレを壊せるなら、最初の一体をそうやって壊してるじゃない?」 「あ……そ、それもそうね……」 「でもキュルケの言うとおり。このまま避け続けてもそれだけじゃ意味がない」 「じゃあ彼はどうするのかしら?」 キュルケがタバサに尋ねる。 タバサの視線の先には前後をワルキューレに挟まれたホワイトスネイクがいる。 前のワルキューレは斧を、後ろのワルキューレはランスを構えている。 「彼は、避ける」 タバサが呟くように言った。 前門のワルキューレが斧を振りかぶる。 後門のワルキューレが構えたランスをホワイトスネイクの背中に突き出す。 瞬間、ホワイトスネイクは地面を強く蹴り、宙に飛んだ。 斧のワルキューレとランスのワルキューレが、互いに攻撃すべき相手を見失い―― 「避けて同志討ちさせる」 ズゴォッ! 互いの得物が、互いに直撃したッ! 一方のワルキューレは胴体をランスで穿たれ、もう一方のワルキューレは斧で首を跳ね飛ばされていた。 「くそッ、だが!」 ギーシュは毒づきながらもすぐにハンマーを携えたワルキューレをホワイトスネイクの着地点に先回りさせる。 自由落下するホワイトスネイク。 それを待ち受けるワルキューレ。 ホワイトスネイクはそれにちらりと目をやると、小馬鹿にしたように笑った。 そしてワルキューレのハンマーの射程に、ホワイトスネイクが入ったッ! 「今だッ!」 ゴヒャァァッ! ギーシュの声に応じ、ワルキューレは打ち上げるようにハンマーを振るうッ! だが、手ごたえなし。 ハンマーがホワイトスネイクを粉砕する音は、響かなかった。 (あれ? 何だ? 何が起きた?) 混乱するギーシュをあざ笑うかのように、ホワイトスネイクはワルキューレの背後にすとんと着地した。 「言イ忘レタガ……私ハ射程圏内ノ空中ヲ自在ニ移動デキル。 空中デ一旦停止スルクライ、造作モナイコトダ」 そう言ってホワイトスネイクは腰を落としてワルキューレの胴体に腕を回し、ガッチリとロックする。 そしてッ! メシャッ! バックドロップだッ! 後頭部から地面に叩きつけられたワルキューレは、自重と落下の衝撃で簡単に自分の首を手放した。 「くそぉぉぉーーーーーーーッ!!」 やけくそになったギーシュが残る3体のワルキューレでホワイトスネイクを取り囲む。 「やれぇッ!」 ギーシュの号令で、3体が一斉にホワイトスネイクに襲い掛かる。 「『ギーシュ』・・・・・・ダッタカ。ヤハリオ前ハ……」 ホワイトスネイクは3体の攻撃を容易く避ける。 さっきのようなそれなりのコンビネーションもない、 ただ3体が一緒に仕掛けてくるだけの攻撃などホワイトスネイクには何の意味もなさない。 ゆえに今回、ホワイトスネイクは避けるだけではなかった。 攻撃を避ける間際にワルキューレたちの武器の切っ先、矛先をわずかにずらしていた。 そしてホワイトスネイクが3体の包囲から抜けると同時に―― 「タダノ、馬鹿ダッタナ」 ガッシィィーーンッ! 3体のワルキューレは一体化していた。 互いの武器で、互いの胴体を貫きあって。 「そ、そんな、ぼ、ぼぼ、僕の、ワルキューレが……ぜ、全滅……」 ギーシュがかすれた声でそう呟いたのと、ヴェストリの広場が大歓声に包まれたのはほぼ同時だった。 「や、やりやがった! あいつ勝っちまった!」 「ブラボー……おお、ブラボー!」 「グレート! やるじゃあねーかよ」 そして驚いていたのは、ルイズも同じだった。 「あいつ、あんなに強かったんだ……」 「すごぉーい! いいカラダしてるとは思ってたけど、まさかこんなに強いなんて! あたし、彼のこと気に入っちゃったかも……」 「ちょ、キュルケ! あんた本気なの!? っていうかあれはわたしの使い魔よ!?」 「そんなの関係ないわ。恋ってのは突然訪れるものなの。 ツェルプストーの女はそれに何よりも忠実なのよ」 「そういう問題じゃないでしょ!」 「二人とも静かに」 唐突にルイズとキュルケの会話をタバサが遮る。 「どうしたの、タバサ?」 「様子がおかしい」 「え……?」 タバサの言葉に従い、ルイズとキュルケは広場の中心に目を向ける。 そこにあったのは、腰を抜かして地面にへたり込むギーシュと、彼にゆっくりと歩み寄るホワイトスネイクの姿。 「お、お前! ぼぼ、ぼ、僕に、何する気だ!」 「私ガコノ決闘ヲ楽シミニシテイタ理由ハ3ツ」 一歩ホワイトスネイクが近づく。 しかしギーシュは動けない。 「ち、近寄るな! 来るなあ!」 「1ツ目ハハメイジノ戦イノ一端ニ触レラレルコト。 私ハコノ世界ニ来テマダ日ガ浅イ。 ナノデコノ世界ノ一般的ナ戦イニ直ニ触レラレタノハトテモ価値ノアルコトダッタ」 また一歩ホワイトスネイクが近づく。 しかしギーシュは動けない。 「なな、何言ってるんだお前! や、やめろ、近づくな! 来ないでくれ!」 「2ツ目ハ自分ノ戦闘能力ノ現状ヲ測レルコト。 ヤハリ戦闘能力トイウヤツハ実戦デシカ測レンカラナ。 コッチニ来テカラ私自身ガ弱クナッテイルコトモ心配ダッタカラナ」 ホワイトスネイクが、ギーシュに手の届く位置まで来た。 しかし……ギーシュは動けない。 「そ、そうだ! ぼくが悪かった。ぼ、ぼくが悪かったんだ、だから……ひぃっ!」 「ソシテ3ツ目ハ……」 ホワイトスネイクがギーシュの胸元を掴んで無理やり立たせる。 ギーシュは動けない。逃げられない。 そして「それ」が行われる。 「だから許し」 ドシュンッ! 空気を切り裂くような音とともに、ホワイトスネイクの貫手がギーシュの額に突き刺さった。 「3ツ目ハ、オ前ノ記憶ト『魔法ノ才能』ヲ得ラレルコトダ」 「あいつ、やりおったわ!」 「遠見の鏡」で決闘を見ていたオスマンが叫ぶ。 同じく決闘を見ていたコルベールは既にここにはいない。 ヴェストリの広場に行ったのだろう。 「まさかとは思っとったが……ええい、モートソグニル!」 遠い場所で決闘を見張らせていた自分の使い魔の名を呼ぶオスマン。 すぐに返事と思しき鳴き声が返ってくる。 「眠りの鐘じゃ! すぐに鳴らせぃ!」 言うが早いが、オスマンは素早く杖を抜いてルーンを唱える。 「サイレント」の呪文だ。 その鐘の音の響くところにある者をことごとく眠らせる眠りの鐘。 響きは音としては学院長室まで聞こえなくとも、音の波として確実にここにも到達する。 うっかり自分も眠ってしまうわけにはいかないため、音そのものを遮断したのだ。 (たかだか子供の決闘とはいえ、死人を出すわけにはいかぬ) オールド・オスマンは人間としてはダメな男だが、教師としては最上の男だったのだ。 「あ、あいつ、ギーシュを殺しちゃったの!?」 ルイズが震える声で言う。 「どうでしょうね……血は出てないみたいだけど、放っておくのはヤバそうだわ」 「同感」 キュルケとタバサが杖をホワイトスネイクに向けて構える。 「な、何してるの二人とも!?」 「止めるのよ。このまんまじゃ、本当にただ事じゃ済まなくなりそうだもの。 別に彼を殺したりはしないから大丈夫よ」 そう言ってルーンを唱えるキュルケ。 タバサの方はすでにルーンを唱え終わっており、その目の前に7、8本のツララが形成されている最中だった。 そして、タバサがツララをホワイトスネイクに向けて飛ばそうとした瞬間、その鐘の音は響いた。 決して大きな音ではなく、しかし心の奥底にまで浸み渡る音。 その音がタバサの体から力を奪っていった。 (こ、これ、は……) 薄れゆく意識の中で、タバサは音の正体を理解した。 (これは、『眠りの鐘』) その眠りの鐘の影響は、ホワイトスネイクにも及んだ。 「コノ音……何、ダ……コレハ?」 全身から力が抜けていき、激しい睡魔がホワイトスネイクを襲った。 「第、三者ノ……介入カ? アルイハ……ダガ……!」 ホワイトスネイクは、ギーシュの額から貫手を引き抜いた。 引き抜いた指に挟まれていたのは輝く二枚のDISC。 貴重な戦利品だ。 滅多なことでは手放せない。 こんな、わけのわからない攻撃なんかのためには、決して。 「コレハ……回収……スル。カ、確、実、ニ……」 最後のパワーを振り絞って体内にDISCを収納すると、ホワイトスネイクは煙のように姿を消した。 To Be Continued...
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前ページ次ページウルトラ5番目の使い魔 第38話 間幕、タバサの冒険 第二回、タバサと神の鳥 (そのⅠ) 極悪ハンター宇宙人 ムザン星人 登場! ウルトラマンAとヒマラ達との戦いから一夜が明けた、ある空の上でタバサはシルフィードの上でとっていた 仮眠から目覚めた。 「朝……」 今、タバサとシルフィードは北花壇騎士召喚の書簡に応じて、ガリアの首都リュティスに向かって飛んでいた。 「おはようなのね、お姉さま」 二人きりになり、遠慮なく話せるようになったシルフィードがさっそく声をかけてくる。 空は白々と明け、間もなくリュティスに着くだろう。タバサは起きると、さっそく鞄の中から未読の本を取り出して、 一心に読みふけり始めた。 シルフィードは、そんなタバサの態度にはもう慣れっこで、返事を特に期待せずに自分からしゃべり始めた。 「きゅい、お姉さま、昨日は大変だったのね。まさかこの偉大な韻竜の一族であるシルフィが泥棒されるとは 思っても見なかったのね。けど、宇宙人とはいえものの価値が分かってる奴もいるものなのね、いえいえ、 あんな奴に連れて行かれてたら、今頃檻の中でどうなっていたか。それよりも、お姉さまが真剣にシルフィのために 怒ってくれて、シルフィは感激して涙が出ましたのね」 「あなたはわたしの使い魔。取り戻そうとするのは当たり前」 「いーえ、赤い髪の子や金髪のぼうやのフレイムちゃんやヴェルちゃんはともかく、ほかの使い魔達はほとんど みんなほっぽりっぱなしだったのね。お姉さまは本当はすっごく熱くて優しい人、それが確かめられただけで シルフィは幸せです。きゅいっ」 「……」 その後も好きなように話し続けるシルフィードの話を、タバサはじっと本を読み続けながら聞いていた。 イザベラは、プチ・トロワが崩壊して以来、再建がすむまでリュティスの高級ホテルの最上階を借り切って、 仮の住まい兼、北花壇騎士団の本部として利用していた。 プチ・トロワには当然劣るが、一晩の宿泊費だけでも平民が1年は過ごせるような贅を尽くした一室の、 豪奢なソファーに身を沈めてイザベラはタバサを待っていた。 「よく来たわね、人形娘」 会って一番、イザベラの言葉はいつも通りのこれだった。 以前会ったときからしばらく経って、流石に桃色ムードは抜けていたが、だからといってタバサに対する 態度までは早々変わりはしないようだ。こちらも、いつも通りに無表情を顔に貼り付けて、用件だけを 受け取る姿勢で対峙する。 「ふんっ、しばらく会ってないからちっとは変わったかと思えば、相変わらずだね。まあいい、おい今回の 任務は聞いて驚くなよ。なんとあたしの父上、ジョゼフ一世陛下からじきじきにお前を指名してのご用件だ」 「 ! 」 その名を聞いて、さしものタバサの眉がぴくりと動き、それを見逃さなかったイザベラは愉快そうに言った。 「へえー、お前でも驚くこともあるんだ。けどまあ、内容はそこまで難しいもんじゃない、あらかじめ伝えた とおり、エギンハイム村での村人と森に住んでいる翼人、羽根付きの亜人どもだな。こいつらとの間に 起きたいざこざの解決、要は翼人どもを殲滅して来いってことだ。お前の実力なら難しくないだろ、まったく、 なんでこんなのをお前に指名すんのか分からないけど、父上の覚えがめでたくなってきてるってことかもな、 せいぜい頑張ることだね。あはははは」 一気にまくしたてて、何がおかしいのかイザベラはけらけらと笑った。 「……了解」 タバサは、これはそんな単純なものじゃないと内心で思ったが、イザベラに言う必要もないので、それを 飲み込んで、正式な命令書を受け取って退室しようとしたが、それをイザベラが呼びとどめた。 「ああ、ちょっと待ちな。おい、ちょっとそこのメイド、さっき見せたあれ持ってきな。あっと、それからついでに ワインもな、しゃべったら喉渇いちまったよ」 そうして、メイドに持ってこさせた小箱をタバサに渡させ、メイドの手の盆からワインのグラスを受け取った。 「ありがとよ。下がっていいぜ。さて、そいつだが、お前のことだ、もう何なのかは分かってんだろ?」 その小箱の中には、手のひらくらいの何の装飾も施されていない人形が一個収められていた。一見すると 出来損ないのガラクタにしか見えないだろうが、タバサの知識の中にある、とあるマジックアイテムの百科事典の 一枚の絵にそれは酷似していた。 「スキルニル……人間の血を利用して、その本人とまったく同じになることのできる魔法人形」 「当たりだ。前にそいつで同じ力の奴同士で戦わせたらどうなるかと思って手に入れたんだが、こんな狭い ところじゃ使いようもないんでね。プチ・トロワの瓦礫の中から一個だけ無事に取り出せたんだが、もう邪魔だし お前なら役に立つこともあんだろ、くれてやるから適当に使いな」 「……一応、礼は言っておく」 「けっ、勘違いすんじゃないよ。手に余ったゴミをくれてやっただけさ、人形娘に人形なんて傑作だろ。お前に 礼なんてされるとジンマシンが出るよ、さっさと行くがいいさ」 イザベラはそう言い捨てると、持っていたワインを一気に飲み干して、あとは視線をそらして片手をひらひらと させて追い払う仕草を見せた。 だが、いざタバサが出て行こうとすると、まだ何かあるように呼び止めて、もじもじしながら。 「も、もし……行った先でダイゴって男と会ったら、任務はいいからすぐに伝えなさいよ。理由? んなもの あたしの権限でに決まってんだろ!! ああ、もうこれ以上言わすな、早く行け!!」 と、ようやく退室を許された。 やれやれ、どうやらあの熱はまだくすぶっているらしい。タバサは内心で嘆息しながら、階下へ下りる階段 へと向かおうとしたが、そこであのカステルモールと会って呼び止められた。 「申し訳ありませんシャルロット様、イザベラ様はまたあの調子で、我らもお諫めしようととしているのですが、 中々お聞き入れされず、ご不快な思いをさせてしまって弁解の言葉もありません」 どうやら、イザベラのお守りは現在彼らがしているようだ。 「別に気にしていない。あなたこそ、大変なようね」 「いえ、我らの苦労など無いようなものです。しかし、あの日以来、イザベラ様にもまだ王族としての見込みも ありと思い、少しでもよい方向へとしてきたのですが、残念ながら以前に戻ってしまわれたようで……」 カステルモールは自信を無くしたように、がっくりと肩を落としていたが、タバサは軽くため息をつくと、 一言だけ彼に言っていった。 「以前の彼女なら、メイドに『ありがとう』なんて言わなかった」 「えっ?」 彼が顔を上げたときには、タバサはすでに階下に消えてしまっていた。 そして、任務を受け取ったタバサは引っかかるものを抱えながらも、シルフィードに乗り込んでリュティスの 街を飛び立った。 しかし、その飛び去る姿を望遠鏡で眺めながら、怪しくほくそえむ男がグラン・トロワのバルコニーの上に いたことに、さしものタバサも気づくことはできなかった。 「ふふ、行ったか。さて、仕込みはどうなっている?」 彼が振り返った先には、あの黒尽くめの小男、チャリジャがほくそえみながら立っていた。 「むふふ、上々ですよ。あの狩場を、彼はどうやらいたくお気にいってくれたみたいです。あの星の方々は 私どものお得意様の一つですが、それとこれとは別でありますからね」 「フフ、お前の世界のものは中々に面白いな。あやつがお前に呼ばれて異世界からやってきたとき、 警護のトライアングルメイジを瞬殺してしまったときは少し震えたよ」 そう言いながらも、彼の口元は怪しく歪んでおり、いたずらを始める前の子供のように楽しげに笑っていた。 アストロモンスの一件以来、この世界にいついてしまったチャリジャは、この男に協力する代わりに、国中 どこへでも行ける手形を出してもらい、あっちへこっちへとハルケギニアに眠った怪獣を求めて奔走していた。 もっとも、壁抜けやテレポートを駆使できるチャリジャに入れない場所などは本来ないのだが、そういうところで 妙に律儀なのであった。 「では、私はまた怪獣を探しに行ってまいります」 チャリジャは芝居がかったお辞儀をすると、またどこへともなく煙のように消えていった。 後に残されたその男は、もはや空のかなたに見えなくなったタバサの姿を虚空に見て、これから彼女の身に 起こるであろう惨劇に思いをはせた。 「さて、我が姪よ……お前にこの任務、生きて切り抜けられるかな? 負ければそれまで、だが勝てば…… フフフ、しばらくは退屈しないですみそうだ」 その男、ガリア王ジョゼフ一世は歪んだ喜びに胸を躍らせながら、王宮の暗がりの中へと消えていった。 エギンハイム村はリュティスからシルフィードで飛んでおよそ二時間くらいの場所にある、ゲルマニアと 国境を隣接する人口二百人程度の小さな村ということだった。 そこの森を村人達が切り開こうとして、森に住んでいる翼人と衝突してしまったということらしい。 もし、この話を才人が聞けば翼人退治など断じて反対しただろう。ザンボラー、シュガロン、ボルケラー、 エンマーゴ、人間のむやみやたらな開発のために現れた怪獣は数多い。 しかしタバサにとっては現地の事情などは関係なく、与えられた任務をこなさなければならない。いつもの ようにシルフィードの背で本を読みながら、気がついたときにはエギンハイム村の入り口に着いていたが、 そこには予想もしなかった人物が待っていた。 「はーいタバサ、遅かったわね」 「!?」 なんと、村に続く街道のど真ん中でキュルケがにこにこしながら待っていて、これにはタバサも一瞬自分の 目を信じられずに立ち尽くしてしまった。 が、人違いなどでは断じてない。あの見事な赤毛と、開けっぴろげな笑顔はキュルケ以外の誰でもない。 「どうしてここに?」 一応無感情を装って尋ねるが、内心は心臓の鼓動が通常の3倍ほどになっていた。 対して、キュルケはそんなタバサの動揺を知ってか、してやったりとばかりに実に愉快そうに笑って言った。 「うふふ、実はあたしのフレイムがあなたの手紙をちょっとね。それで、あんたはどうせリュティスを経由して 向かうだろうから、先回りさせてもらったというわけよ。まあ、馬でシルフィードに追いつくのは難しかったから ほんとはギリギリ先に着いたんだけどね」 見ると、そばには息を切らせている馬がつながれている。一昼夜かけて先回りしてきたとはたいしたものだが、 任務を抱えているタバサにとっては正直ありがた迷惑である。 だが、仮に帰れといったところで大人しく聞くような相手ではないことは分かっているし、帰るような相手なら 最初からわざわざこんなところに来たりはしない。こんなことなら、ラグドリアン湖のときに無理にでも断って おけばよかったかもしれない。 「……今度だけだからね」 しぶしぶ同行を認めると、キュルケは「勝った」といわんばかりに拳を握ってガッツポーズをとって見せた。 まるで男の子のような仕草であるが、そこからも奇妙な色気を感じるのが彼女のすごいところだ。 「そんじゃ、さっさといきましょーよ。あたしもあんたも成績は問題ないけど、あんまりサボると出席日数が 足りなくなるからね。そりゃ別にいいけど、ヴァリエールの人間を先輩と呼ぶのは不愉快だもんね」 そのとき、魔法学院の教室でピンク色の髪をした少女がくしゃみをしたかどうかはさだかでない。 火系統のキュルケのせいで山火事になったら、結局わたしが後始末することになるんだろうなと、タバサは 重苦しい気分を抱えたまま、のしのしと歩くシルフィードを連れて、『エギンハイム村へようこそ』と消えかかった 文字の記された看板の横を通って、ぽつぽつと小さな家の点在する村の中へと入っていった。 しかし、彼女達が村に入った瞬間、どこからか天に向かって一条の光が放たれ、天からその光が無数の粒子と なって再び舞い降りてきたとき、エギンハイム村とその周辺の森を見えない壁が取り囲んでいたのだった。 村に入った二人と一匹は、まず現地の詳しい事情を聞こうと村長の屋敷に向かった。途中村人にシルフィードの 姿を見られて、竜が来たと騒ぎになりかけたが、ガーゴイルだといって騒ぎは治まった。 「領主様に翼人退治のお願いを出しても、ナシのつぶて。すっかりあきらめておりましたが……なんとお二人も、 しかもあんなご立派なガーゴイルまで率いて!! いやもう感激で言葉もありません」 村長はぺこぺこと頭を下げて、一行をもてなした。 その喜びようは、タバサはまだしもキュルケがひくほどであったが、傍目から見たら年端もいかない子供にしか 見えない二人に、村人達は疑念の目を向けていた。 ちょっと耳を澄ませば、どう見ても子供じゃないか、あんなんで大丈夫なのか? などの声が聞こえてくる。 ここで自制を知らない短気な三流メイジなら杖を振るうところだが、脳ある鷹は爪を隠すものだ。二人とも 聞こえないふりをして、村長から情報を得ようと話を続けさせようとするが、村長は話よりも先に食事の準備を させはじめた。 「ささ、騎士様、少ないながらもおもてなしの用意もいたしました。今日はお体を休めて、明日からでもさっそく 取り掛かっていただきたく存じます」 なにか、どうも村長の様子がおかしい。待ちに待った騎士が来てくれてうれしいのはわかるが、それにしても 大げさな気がする。また、こんなに早くもてなしの用意ができているのも不自然だ。 だがそのとき、家の扉が乱暴に開けられ、息を切らせた村の男が部屋の中に飛び込んできた。 「そ、村長!! 大変です、また雇ってきた傭兵メイジが殺されました!!」 空気が一瞬にして凍りつき、タバサとキュルケの目が鋭く村長とその男に注がれる。 「どういうことか、説明していただきましょうか?」 それはタバサたちが到着する数十分前のことだった。村から離れた森の中では、村人に雇われた傭兵のメイジが 案内役の村人を数人連れて、翼人の住むというライカ欅の森の中に足を踏み入れていた。40をとうに超え、 数々の実戦を積んできたと見えるその男は近寄りがたい雰囲気を撒き散らしながら森の奥へと進んでいたが、 あるところで森の奥からとてつもない殺気を感じて立ち止まり、杖を向けた。 「出て来い、そこに隠れているのは分かっている!!」 だが、返答は森の藪の中から放たれてきた一閃の光の矢だった。彼は優れた動体視力でそれをかわしたが、 その後ろに立っていた木が直撃を浴び、真っ二つにへし折れて森の中に轟音を響かせた。 村人達がパニックを起こして、右往左往し口々に意味のない言葉を叫ぶが、熟練のメイジはそれを聞き流し、 目の前にいるであろう敵に意識を集中した。 これが翼人とやらが使う先住魔法か……その男は、充分に用心しながら攻撃の来た方向を見定めて、自身の 系統である風の魔法、『エア・スピアー』を放った。 うっそうとした木々と草やつたが切り捨てられて宙に舞い上がる。命中したなら人間の胴体くらい簡単に貫く 攻撃が見えない敵に放たれるが、手ごたえはなく逆にまた別の方向から光の矢が襲い掛かってきた。 敵は一人だな。攻撃をかわしながら、その男は経験からそう判断した。もし複数体いたならば、最初の攻撃で 十字砲火を浴びせてくるか、こちらが攻撃してきたときに別方向から撃つはず、こそこそ隠れながら遠巻きから 狙い撃ちにしようとはセコイ奴だと思ったが、そういうことならばと、彼は『エア・スピアー』の詠唱をしながら、 周辺の気配を感覚を研ぎ澄ませて探した。 さあこい、撃ってきたならその瞬間特大の『エア・スピアー』で粉砕してくれる。避ける隙は与えない、彼は 己の勝利を確信した。 けれども、破滅は彼にとって何の前触れもなく訪れた。 周囲360度全てに注意を払っていたというのに、彼の全身は突然炎に包まれた。 「な、何が!?」 急速に闇に閉ざされていく意識の中で、彼の目に最後に映ったのは、悲鳴を上げて逃げていく村人達の姿、 そして己の頭上に悠然と浮かんでいる、見たこともない白色の円盤の姿だった。 「グゲゲゲゲゲ……」 燃え尽きようとしているメイジの死骸に、人間のものとは思えない不気味な笑い声が降りかかったのは、 そのすぐ後のことだった。 その話を村人から聞き終わったとき、タバサとキュルケはふぅと息をついた。 「つまり、いつまで経っても王宮が騎士をよこさないから、自分達で流れメイジを雇ったことを悟られまいと、 時間稼ぎをして引きとめようとしたわけね」 キュルケが言ったことに、村長は冷や汗を浮かべてうなづいた。 彼は、このことが花壇騎士に知られればきっとお叱りを受けるだろうと思い、慌てて隠そうとした、どうか このことは内密に、王宮から睨まれたらこんな小さな村、あっというまにつぶされてしまうと必死に訴えた。 「はぁ、別に心配しなくてもそんな告げ口みたいなことしないわよ。それよりもタバサ、そのやられたってメイジ、 聞くところによるとトライアングル程度はありそうだけど、どう思う?」 トライアングルといえば自分達とほぼ同じ、しかも年を経ていたということは自分達よりも実戦経験は豊富な はず、それが手もなくやられるとは翼人とはそれほどまでに強いというのか。 しかし、タバサはどうもひっかかるものを感じていた。 「……そのときの話、もう一度聞かせて」 念には念という、そのトライアングルメイジの倒されたときの話をもう一度聞きなおし、タバサは不審が確信に なっていった。 「この中で、そのときに翼人の姿を見た者はいるの?」 「い、いえ。あのときはもう恐ろしくて、じっくり観察している余裕はとても」 他の者も一様に首を振った。 「じゃあ、翼人達が使うという先住魔法を見たことがある人は?」 これには数人が手を上げた。 それによると、翼人達の先住魔法とは、人間のメイジ達の四系統魔法とはまったく違い、自然そのものを コントロールする、例えば風が吹くと言えば風が吹き、草木が動いて敵をからめとると言えばそのとおりになると いったふうに、この程度聞いただけでも相当にやっかいなものに聞こえる。なにせほとんど万能に近いのだ。 けれど、話が読めないキュルケはタバサにその意図を尋ねた。 「どういうこと、タバサ」 「先住魔法の実物を見たことはないけど、一応本で読んだことはある。全部がそうとは言えないけど、先住魔法は 自然そのものを操る……けれど、そのメイジを倒した光の矢というのは、むしろわたしたちの魔法に近い。というより……」 タバサはそこまで言って言葉を切った。人間を一瞬で焼き尽くすほどの光の矢、才人の持っていた破壊の光の 光線みたいだなと、そんなことありえないと思ったからだ。 「そういえば、"また"とも言っていたわね。まさか、これが初めてじゃないんじゃないの?」 「うっ、は、はい」 村長からさらに聞き出すと、これまでにも3人、今回も合わせれば4人もの傭兵メイジが森の中で焼き殺されて しまったという。しかも、念のため聞いてみれば、その全てに翼人を見た者は一人もいなかった。 このときタバサは、まさかこれがジョゼフがわざわざわたしをここに派遣させた理由かと勘ぐった。しかし、まだ 判断するには証拠が足りない。 タバサは杖を掲げると、有無を言わさない口調で一言言った。 「案内して」 翼人達の住まうという森は、エギンハイム村から歩いておよそ30分ほどのところにある、樹齢何百年かになろうという ライカ檜は天高くそびえ、まるで自分達が小人になってしまったかのようにさえ錯覚できた。 「もう、まもなくでさあ」 案内役として二人を先導しているのは、村長の息子だという体格のいいサムという男と、その弟だというヨシアという、 兄とは正反対にやせっぽちの少年であった。本当なら、村長はもっと護衛をつけようかと言ってきたのだが、翼人を 相手にして魔法の使えない者では戦力にはならないと断ってきた。それゆえ、彼ら二人も翼人に余計な警戒心を 与えないために武器は携帯していない。 さらに、今タバサとキュルケはメイジの証であるマントを脱いで、借りてきた粗末なポンチョをかぶって身分を隠していた。 これも当然、メイジが近づけば翼人達が警戒するからだ。先住魔法の使い手と、いきなり真正面から激突するのは 二人の実力でもかなり厳しい。 なお、杖はキュルケのは懐に隠せるが、タバサのスタッフと呼ばれるタイプの杖は彼女の身の丈以上あるために、 ぼろきれを巻いてごまかしてある。大抵のメイジは杖のデザインにもこだわるからだ。ギーシュはいきすぎだが。 「ところで騎士様、あの竜のガーゴイルは?」 無言でタバサは杖で空を指した。シルフィードの巨体では森の中では動きづらい。上空からの見張りが今回は精々と いうところだ。 そして、彼女達4人は間もなく翼人達の住処だという場所の近くまでやってきていた。 だが、そこでタバサは立ち止まると、道の真ん中にくすぶっている白い灰の塊に目をやった。 「殺されたメイジね」 今や哀れな燃え滓となってしまった名も知らぬメイジの亡骸を、キュルケは目を細めて見下ろした。 そのときタバサは研ぎ澄ませた戦士の勘で、周りの様子をうかがっていたが、気配が無いことから、どうやら このメイジを倒した相手はすでに立ち去った後であると判断して、自分も死体の検分に加わった。と、いっても ほとんどが燃え尽きて灰となっているために、もはやわずかな服の切れ端さえなければ、これが人間の灰だと 判断することさえ難しいありさまだったが。 「相当な高熱で焼き殺されたみたいね」 炎の専門家であるキュルケは、灰の様子からそう分析した。骨すらろくに残っていない、やったことはないが 自分が人間を焼いたとしても人の形の炭は残るだろう。 それを聞いて、タバサはさらに疑念を深くした。 「やっぱりおかしい。森の住人である翼人は炎を嫌うはず……」 当然、山火事を恐れるからだ。それがこんなスクウェアクラスの炎を森の中で使うか? だが、それを見ていたヨシアが耐え切れなくなったのか、口に手を当ててつぶやいた。 「ひどいですね……」 確かに、もはや見る影もない。元々流れ者の傭兵メイジ、弔う者もいないだろう。けれど、その言葉を聞いたサムは 激昂して怒鳴った。 「ああ、確かにひでぇさ!! あの羽根つきの化け物どもは、俺達の食い扶持をつぶしてくれるだけじゃなくて、人間 なんざ地面を這いずる虫けらみたいに思っちゃいねえ、だからこんな残忍なことができるのさ」 その吐き捨てるような言葉に、タバサは反応を示さなかったが、キュルケはわずかに眉をしかめた。しかし、 二人よりも激しくその言葉に抵抗を示したのは、弟のヨシアのほうだった。 「兄さん、そんな言い方をしなくても!! あの森に最初から住んでいたのは彼らだし、いきなり矢を射掛けて追い払おうと したのはぼく達のほうじゃないか」 「あのなあヨシア。空を飛んでるってことは、あいつらは鳥だ、鳥に矢を射掛けて落として何が悪い!?」 「そんな! 翼人は人の言葉も話すし、翼があること以外ぼくらと変わらないじゃないか、同じ森に住む仲間だよ!」 その言葉がサムの逆鱗に触れたようだった。 「仲間だと、ふざけんな! 仲間ってのは村に住むみんなのことを言うんだ!」 「で、でも……」 「森に住んでりゃ仲間だあ? 甘っちょろいこと言ってんじゃねえ!! てめえは俺の弟だろうが、村長の息子だろうが、 てめえが村のみんなの生活を守らなかったら、いったい誰が守るっていうんだ!!」 激昂したサムはとうとうヨシアを突き飛ばした。体重差が倍以上あるヨシアはとうてい耐えられずに地面に 転がってしまい、サムはそんな弟を見下ろして何かを察したのか。 「おめえ、まさかまだあの翼人と……」 「……」 唇を噛み締めたまま返事をしないヨシアに、さらに掴みかかろうとするサムを見て、ついにキュルケが止めに入った。 「はいはい、あなたたちそこまでよ。兄弟げんかはあとにしてちょうだい」 杖を差し出して見下ろしてくるキュルケに、サムもようやく怒りを収めて手を引いた。貴族の怒りを買うということは、 ハルケギニアではそれだけでも生死に関わることだからだ。 「も、申し訳ありません、お見苦しいところ見せちまいまして。ほらおめえも謝らねえか!!」 けれどヨシアはうなだれたままで、声を出すことはなかった。そんな弟の態度に、サムはもう一度首根っこを 押さえようとしたが、ヨシアの顔を覗き込んだキュルケがそれを止めさせた。 「ふーん、自分は絶対間違ってないって、そんな目をしてるわね。そりゃ謝れるわけもないか」 答えないヨシアに、サムは冷や冷やとしていたが、キュルケは柔らかに微笑んで言った。 「平民でも、腹の座った男は嫌いじゃないよ。貴族でも、口先ばっかの男どもよりはね」 「え?」 「なーんでもないよ、ほらさっさと前歩きな。あんたの仕事は道案内だろ」 背中を押して前に出してやると、キュルケは面白そうに笑った。 前で待っていたタバサも、早くしろとばかりにこっちを見ている。気を取り直して先導しなおしながら、 サムとヨシアは、キュルケの気さくな態度に、これまで村に来たメイジはいばってばかりいて、何かにつけて杖を 向けて脅かしてきたのにと驚いていた。 けれど、進んだ先で待っていたのは、さらに前に殺された3人のメイジの灰の山で、タバサはその度に 立ち止まってそれを検分していたが、やがてひとつの共通点があることに思い至り、確認のためにサムを 呼んで尋ねた。 「貴族様、何かわかったんで?」 「……彼らの杖は、あなたたちが回収したの?」 実は、殺されたメイジの遺留物には必ずあるはずの杖がどれ一つとして残っていなかった。一人や二人なら いっしょに燃え尽きたとも考えられるが、4人全員ともとは思いづらい、第一戦闘を生業とする傭兵メイジの杖は 杖破壊を狙ってこられるのに対処するために、金属製の燃えにくいものを使うことが多いのだ。 そしてサムの答えはタバサの思っていた通りのものだった。 「へっ? いえ、貴族の旦那方でもやられるようなときには、俺達はもう逃げるのに必死で、そんなことをする奴は いねえはずですが」 サムは、杖がないからなんなんだと不思議そうにしていたが、杖はメイジの命、恐らくは犯人が持ち帰った のだろうが、果たして翼人がそんなことをするだろうか? だがそのとき、先を見に行っていたキュルケが声をあげてタバサを呼んできた。 「タバサ、こっちでも一人やられてるわよ!!」 急いで駆けつけてみると、そこには言われたとおりに、また一人分の灰が横たわっていた。しかし、よく見ると それは人間のものではない。周囲には無数の羽が散乱し、傍らには長さ2メイル近い翼が一枚落ちている。 「これは……翼人の死骸だ」 ヨシアが口元を押さえながらそう言った。 「どういうこと? メイジと翼人が同じ方法で殺されてるなんて」 キュルケも、そろそろ事の不自然さに気づき始めたみたいだ。翼人への憎しみによって目にフィルターが かかってしまっているサムはともかく、ヨシアもキュルケに同意してうなづいた。 しかし話はこれだけでは済まなかった。さらに周りを調べてみたところ、同じような翼人の死骸がいくつも 見つかったからで、さらにそれらの死骸にもメイジ達と同じく、一つの共通点があった。 「……みんな、片方だけ翼がない」 その翼人の死骸はほとんどが翼だけは焼け残っていたが、どれも右の翼だけ見つからなかったのだ。 これらのことから導き出される仮説は一つ、しかしタバサがその結論に達したとき、突然頭上からいくつもの 大きな羽音が降りかかってきた。 「出た、翼人どもだ!!」 サムが驚き慌てて後ずさると同時に、彼らの目の前に三人の翼が生えた若い男女が下りてきた。 その姿は翼があること以外はほぼ人間と同様だが、身につけたものは一枚布を巻きつけただけの極めて 簡素なもので、人間とは文化的に違いがあるのは分かる。 「去れ、人間どもよ」 開口一番、先頭に立った翼人の男が言った言葉がこれだった。他の者達もほぼ無表情で、無防備に 両手を下げたまま、こちらを見下している。いつでも、やろうと思えば倒せるという自信の現われであった。 彼らは、こちらが答えずにいると、森の出口のほうを指差してもう一度言った。 「去れ、我らは争いを好まない。それに、精霊の力を貴様らごときに使いたくはない」 どうやら実力行使に訴えてこないところを見ると、こちらがメイジであることには気づいていないらしい。 偶然森に迷い込んだ旅人とでも見えているのだろうか、この小汚い変装も役に立ったというわけだ。 と、なれば今のうちにその優位を最大限に利用すべきだろう。 「どうする? タバサ」 キュルケがほかの者には聞こえないように小声でした問いに、タバサは杖を隠すような仕草で答えた。 つまりは、情報を得ることを優先するということらしい。不安要素を抱えたままでは、後の不測の事態に 対処できないかもしれないからだ。 「精霊の力とは、何?」 「お前達に説明してもわかるかどうか、この世の万物には全て精霊の力が宿っている。それらを借りるものだ」 「ここに来るまでに、多くの焼け死んだ死体を見たけど、あれもその力?」 その瞬間、翼人達の目つきが変わった。 「口に気をつけよ、我らは火を好まぬ。森に生きる我等の生に相反するものだからな。しかし、最近この森に 何者とも知れぬ強い"力"を持った者が入り込み、我等の同胞を無差別に殺戮している。お前達が そのようなものとは思えぬが、我等の地を汚そうというなら容赦はせぬ」 やはり……とタバサとキュルケは合点した。何者かはわからないが、ここには村人でも翼人でもない第三者が 潜んでいる。ジョゼフがわざわざタバサを指名してきたのは、その何者かに始末させる気なのか? いや、 ただ暗殺するなら他に方法はいくらでもある。まだ何か、隠された秘密があるのか? タバサは翼人を刺激しすぎないようにして、さらに話を引き出そうと考えた。 けれど、恐怖といらだちで興奮していたサムが、つい二人をけしかける言葉を口にしてしまった。 「貴族様、さっさとあいつらをやってしまってくださいな!!」 「あっ、馬鹿!!」 キュルケが止めても、もう手遅れだった。翼人たちも貴族と呼ばれる人間達が魔法を使うということは知っている。 それまでの余裕の態度から一転して、身構えて臨戦態勢をとってきた。 こうなれば、もう隠していても仕方ない、タバサとキュルケも変装を脱ぎ捨てて杖を手にする。 先手必勝、タバサとキュルケが同時に最速詠唱で攻撃を仕掛けた。 『エア・ハンマー!!』 『ファイヤー・ボール!!』 どちらも威力は低めだが素早さはある。先住魔法とやらがどれほどかは分からないが、どれだけ強力でも 使う前に倒すことができれば関係ない。 しかし、二人の読みは甘かった。二人の放った魔法は命中するかと思った瞬間、まるで彼らの体を避ける かのように軌道を変えると、後ろの巨木の幹に命中して、大木の表皮を少しはがして焦がして終わってしまった。 「空気は蠢きて、我にあだなす風と炎をずらすなり」 それが翼人が魔法が当たる前にたった一言だけつぶやいた『呪文』であった。 そして彼らは今度は二人が同時に別の呪文を口ずさんだ。 「我らが契約したる枝は、しなりて伸びて、我に仇なす輩の自由を奪わん」 「枯れし葉は契約に基づき、水に変わる力を得て刃と化す」 呪文が唱え終わるのと同時に、周囲の木の枝が鞭のように伸びて迫ってき、さらに周りの枯れ葉が舞い上がった かと思うと、瞬時に手裏剣のように硬く変化して飛んできた。 「これが先住の、森の悪魔たちの魔法……」 サムは次々に起こる信じられない出来事に放心して、逃げることもできずに突っ立っていた。 けれどもタバサやキュルケはそうではない。 『ウィンドカッター!!』 『フレイム・ボール!!』 キュルケの火炎弾がタバサの風で拡散して木の葉を焼き尽くし、風はその勢いのままに近づいてくる枝を 切り払った。 「ぬぅ……」 翼人たちの口からうめきが漏れた。この二人の若いメイジが見た目以上に強敵であることを見抜いたのだ。 どちらも、簡単には仕掛けられずににらみ合いが続いた。両者の間合いは10メイル少々、魔法使いにとっては 一足一刀の間合いに等しい。下手に先に手を出せば返しを喰らう恐れがあるからだ。 緊張と沈黙が続く……だが、その静寂は頭上からの悲鳴のような声で破られた。 「やめて! あなたたち! 森との契約をそんなことに使わないで!」 思わず空を見上げると、長い亜麻色の髪をした若い女性の翼人が、ゆっくりと降りてきていた。白い一枚布の 衣を緩やかにまとい、翼を広げて降りてくる姿は神話の女神のように神々しく見えた。 「アイーシャさま!」 翼人たちは、突然のことにうろたえてタバサ達から気を離してしまった。その隙を見逃さずに、タバサは攻撃を かけようとしたが、いきなり後ろから杖をがっしりと掴まれた。 「お願いです! お願いです! 杖を収めてください」 ヨシアがそのやせた体のどこから湧いてくるのかと思うほどの力で、タバサの杖を押さえつけていた。 また、アイーシャと呼ばれた美しい翼人も、大仰な身振りで仲間達に手招きする。 「引いて、引きなさい! 争ってはいけません!」 その必死の呼びかけに、タバサ達と向かい合っていた翼人達も戦意をそがれ、仕方なく共に顔を見合わせて いたが、やがて力を抜いて、周辺でざわめていた森の音もやんだ。 キュルケのほうは、それらの様子を唖然として眺めていたが、ヨシアとアイーシャの懸命ぶりを見て、やれやれと 杖を収めてタバサに言った。 「やめましょう、これ以上続けたらわたし達が悪者になっちゃうわよ」 「……」 タバサは無言のまま、キュルケがそう言うならばと杖を握っていた力を緩め、それを感じたヨシアもようやく タバサの杖から手を離した。 そして、両者共に戦意がなくなったのを確認すると、やっと森に元の静けさが戻ってきた。 安心したように、ヨシアは翼人の一行を見つめ、アイーシャも切なげにその視線に応え、二人の間に不思議な 空気が流れた。 「なるほど……そういうことだったのね」 タバサは気づかなかったようだが、キュルケはその二人の雰囲気に、自分のよく知った匂いを感じ取っていた。 「さて君……さっきからどうも翼人の肩を持つと思ったらそういうことだったのね。まったく、大人しそうな顔してて 意外と隅におけないわね。そっちのお嬢さん、あんたのアレでしょ?」 そのものずばりの図星をキュルケに当てられて、ヨシアは思わず顔を真っ赤にしてうなだれ、聞こえていた アイーシャもうつむいてしまった。まったく、どこかの主人と使い魔みたく分かりやすいカップルだ。 けれど、ヨシアは一度大きく深呼吸して気を落ち着かせると、勇気を振り絞るように思い切って言った。 「お願いです! 翼人達に危害を加えるのを……やめてください!」 そのヨシアの必死の訴えに、サムは怒鳴りつけようとしたがキュルケが手を振って止めさせ、この任務の 責任者であるタバサの顔を見てみたが、タバサは無言で首を振った。 「そんな、どうして!?」 「任務だから」 短く言い捨てるタバサに、ヨシアはつらそうな顔を向け、翼人達もまた戦闘体勢をとった。 アイーシャはもう一度止めようとしているが、彼らも仕掛けてくるのでは迎え撃たねばと、もう治まる様子はない。 「キュルケ……」 「わかってる……」 タバサとキュルケは軽く目配せをすると、それで全てわかったとばかりに呪文の詠唱を始めた。 ヨシアは二人を止めようとするが、サムが羽交い絞めにして押さえつける。 「やめて! やめてください!」 「おめえはいい加減にしろ! こうなったらもう後戻りできねえんだ!」 風と炎の力が盛り上がり、力となっていく。 翼人達も、これが先ほどよりはるかに強力な攻撃だと悟り、万全で迎え撃とうと風の精霊の力を結集させる。 もはや、この激突を避ける術は何もないかに思われたとき、タバサとキュルケはそれぞれ同時に魔法を放った。 『ウェンディ・アイシクル!!』 『フレイム・ボール』 巨大な氷雪の嵐と、巨大炎弾が同時に放たれる。タバサの18番と、先ほどより魔力を強く込めたキュルケの 得意技が雪山の火砕流のように、怒涛となって驀進する。 「なに!?」 しかし、翼人達は自分の目を疑った。攻撃の威力にではない。これだけの威力ならば、苦しくはあるが風の 力で受け流しきることも不可能ではない。 攻撃は、彼らにではなくその左手の茂みのほうへと撃ち込まれたのだ。 「何のつもりだ!? 人間よ」 驚いた翼人は思わず自らの敵に問いかけた。 だが、タバサとキュルケはそれに答えず、切り裂かれ、炎と煙に包まれる森の一角から目を離さない。 「危ない!!」 そうキュルケが叫び、右と左に飛びのいたとき、彼女達のいた場所を青白い光の矢が走り、その後ろの 木に命中して派手な爆発を起こした。 「ようやく、影でこそこそやってた小心者が出てきたみたいね」 「うん」 地面に転がりながらも体勢を立て直し、いまだ燃え盛る藪に向かってキュルケは叫ぶ。 「出てきなさい!! そこに隠れてるのはわかってるわよ!!」 杖を指し、炎が渦巻くなかへ声が吸い込まれていった。 そして、数呼吸分の間がおかれたとき。 「グゲゲゲゲ……」 突然、炎と煙の中から人間のものとは思えない聞き苦しい声が響いたかと思うと、その中から揺らめくように 人影が歩み出てきた。 「なっ、なんだあいつは!?」 サムとヨシアだけでなく、アイーシャや翼人達も現れたその姿を見て愕然とした。 まるで肉食昆虫のような顔には横に幾本も伸びた牙が生え、青く瞳のない目は鋭くガラス球のように鈍く光り、 頭の先端にはサソリの尾のような触覚がついている。 こいつこそ、血も涙もない悪魔のような星の住人と恐れられる、凶悪な宇宙の狩人、極悪ハンター宇宙人、 ムザン星人であった。 「ゲゲゲゲゲ!」 奴は、自分に向かって身構えているタバサとキュルケを見据えると、その頭部の触覚から殺人光線を放った!! 続く 前ページ次ページウルトラ5番目の使い魔
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一方、ギーシュ達は水路内を一路ニューカッスル城を目指していた。 丘を包囲された彼等はヴェルダンデの開けたトンネルへと潜り込んだ。 本来なら水で満たされたそこは通り抜けなど出来る筈がない。 しかし、湖底で水の精霊とも戦った事のあるタバサには可能だ。 あの時と同じように、空気の玉を作り出して自分達を保護する。 そうやって彼等は水路へと侵入を果たしたのだ。 しかし周囲を壁に囲まれた水路の中では方向感覚も危うい。 城を目指しているつもりが、全然違う方へと向かっているかもしれないのだ。 胸中に沸く疑心を振り払いながら、彼等は自身の感覚を信じ突き進む。 そして彼等の前に巨大な水門が現れた。 異常な厚みを誇る鋼鉄の壁が行く手を遮る。 しかし、同時に彼等は確信した。 この先は必ず城内へと繋がっている。 恐らくは水路を伝って進入してくる敵を警戒しての物だろう。 無言でタバサが壁に触れた。 所々に破壊を試みた痕跡が残されている。 それに水圧で掛かる負荷の後押しもある。 今なら私でも壊せるかもしれない。 そう思い至った直後、彼女が動きを止める。 この水路、今まで歩いただけでも相当の距離があった。 まだ入り口さえも見ていないのだから、まだ続いているのだろう。 どれぐらいの貯水量か想像するだに恐ろしい。 ヴェルダンデの開けた孔から幾分抜けたといっても未だ危険。 ここは新たに小さな孔を開けて水を抜くのが先決だ。 しかし安全を優先するタバサに対し、キュルケはもう限界だった。 元より他人の視線を集めるのが好きな彼女である。 それが敵の包囲を掻い潜ったり、身を潜めたりなど性に合う訳がない。 ましてや出口を前にしてまどろっこしい真似など出来はしない。 二人の制止を振り切り、彼女は溜めに溜めたストレスを炎に乗せて解き放つ。 城門を潜り抜け、中庭を中心に兵士の一団が展開されていた。 それを指揮しているのは貴族派の士官。 率いられている兵士達の手には新式の小銃が握られている。 城内から響く銃声や断末魔、それに彼は呆れたように溜息を漏らす。 ワルド子爵が内より城門を破って後、貴族派の軍勢は電光石火の勢いで城内に踏み入った。 迎撃どころか防衛の準備さえも許さない完全な奇襲作戦。 瞬く間に彼等はニューカッスルを制圧できる筈だった。 しかし、半刻を過ぎても未だに王党派の抵抗が続いている。 頭数ばかりで実の伴わない軍隊に頭を悩ませる。 やはり無駄に兵を損耗させまいと傭兵を使ったのが仇となったか。 いかに戦闘慣れしているとはいえ、奴等は正規の兵ではない。 今頃、私掠に走って城内で金目の物か女子供でも物色しているのだろう。 だからといって、これ以上の兵を送り込んでも混乱を招くだけだ。 だが、ただここで手を拱いているつもりはない。 それに、傭兵達の暴走を差し引いても抵抗が長引き過ぎているのが気になる。 衰えたとはいえ、王党派にはバリーを初めとする数多くの優れたメイジ達がいる。 それは前もって王族と共にワルド子爵が排除しておく計画になっていたが、 もしも彼が討ち漏らしていたならば、魔法も使えぬ傭兵共では相手にさえなるまい。 かといって、真っ向からぶつかり合えば犠牲が大きすぎる。 故に傭兵達がその数を減らし、メイジが精神力を消耗させた所で正規兵を突撃する。 漁夫の利を狙うような形だが、元より使い捨ての駒。 誇りも持たぬ連中に掛ける情けなど無い。 いや、それさえも利用する我々貴族派も同じ事か。 突如、中庭に響き渡る轟音。 それに隊列を整えていた兵達も俄かに騒ぎ始める。 雄叫びに似た異音は水門の方から聞こえてきていた。 包囲するように兵達が辺りを取り巻く。 「これは一体…!?」 完全に封鎖した筈の水路から何故音がするのか。 一部の兵士達からは、水圧に耐え切れなくなったのでは?との声も上がる。 もし、そんな事になったならば全員助かるまい。 押し寄せる濁流に城を包囲した兵達も一瞬にして流される。 下手すればニューカッスル城とて倒壊する恐れがあるのだ。 崩壊の脅威に怯える彼等の前で水門に亀裂が走る。 「た、退避ィィーーー!!」 指揮官に言われるまでも無い。 その光景を見た兵達が蜘蛛の子を散らすように逃げ出す。 我先にと互いを押し退けあいながら走る彼等の背中に水流が迫る。 人の足で鉄砲水から逃れられる筈など無い。 あっという間に彼等は水流の中に飲み込まれていく。 溢れ出した水は中庭一杯に広がり、ようやくそこで留まった。 「むう…全員無事か?」 泥沼化した地面から士官の男が身を起こす。 辺りには自分同様に泥塗れになった兵士達の姿。 予想よりも小さな被害に胸を撫で下ろす。 恐らく何処かより水路の水が漏れていたのだろう。 自分の手元に目をやると、杖が失せている事に気付いた。 「おい。誰か私の杖を知らないか?」 「……あ。ここに落ちてましたよ」 自分の問い掛けに誰かが答える。 目の前には差し出された自分の杖。 若干、汚れているが折れたわけではなさそうだ。 「おっと済まないな」 杖に手を伸ばそうとした瞬間、ふと顔を上げる。 そこにいたのは金髪の好青年。 見覚えの無い顔に首を傾げながら彼の服装に目がいく。 身を包むのは軍服ではなく私服。 つまり、彼は貴族派ではなく……。 「王党派か!?」 その一言にギーシュが凍りつく。 彼等が王党派ならば、そんな事は聞かない筈だ。 既に城内に敵が入り込んでいたのか。 最も安全と思われた城内は最も危険な場所と化していた。 それは自ら怪物の口の中へと飛び込むに等しい愚行だった。 混乱していた周りの兵達も一斉に彼等に銃口を向ける。 それも十や二十程度じゃききやしない。 離れ離れにならずに済んだタバサ達は旋風の守りを張って防ごうとする。 しかし、彼女達から離れてしまった僕までは庇い切れない。 助けを求めるギーシュの瞳にタバサが何事か呟くのが映った。 何かの助言かと僅かに動く彼女の唇を必死で読み取る。 (…ガンバ) 「無理に決まってるだろォォー!? あ、わ…ワルキューレ円陣隊形!」 瞬時に四方を囲むように展開される青銅のゴーレム。 しかし全弾を防ぎ切るのは不可能…というか半分も防げるかどうか。 それだけでも人間一人挽肉にするのには十分すぎる。 横殴りの雨の如き鉛の玉を想像しギーシュの顔が青ざめる。 「っ撃ぇ…!」 号令一下、一斉に下ろされる小銃の撃鉄。 しかし弾丸は飛ばず、着火点から気の抜けた炸裂音がするのみ。 突然の故障に兵士達が困惑する中、ギーシュははたと気付いた。 そういえば父上が言っていた事だが、未だ銃や砲といった物は完成品とは程遠いらしい。 特に、銃口から水が入ったりすると中の火薬が湿気て撃てなくなる為、 大雨の日や渡河などでは大いに悩まされると聞いた。 恐らくは先程の濁流に浸かってしまったのだろう。 「…………」 「…………」 ギーシュと士官の男が互いに顔を見合わせる。 隙を突いて自分の杖を取り返そうと伸ばされる手。 サッとそれを躱し、ギーシュは杖を奪られないように上へと掲げる。 それに合わせて背後から襲い掛かったワルキューレが男を羽交い絞めにした。 「動くな! お前達の指揮官がどうなってもいいのか!?」 襟の階級章を確認したギーシュが叫ぶ。 その恫喝に銃を捨てて剣を抜こうとした連中は牽制された。 狼狽する兵達を前にしても、士官の男は余裕の笑みを浮かべる。 「フッ…無駄な事を。我が軍には敵の脅しに屈する弱卒など…痛たたたッ!! やめんかッ! お年寄りは大事にしろと親から習わなかったのか!?」 ギチギチと締め上げられていく関節の痛みに泣き言が入る。 一瞬にして態度を急変する指揮官に、ギーシュも兵達も困惑を示す。 「え? だって脅迫には応じないんだろ?」 「ばかもんッ!! あんなの建前に決まっているだろうがッ! 兵士達の手前、ああ言わざるを得んのだ! それぐらい判れ! 退役を前にして持病の腰痛が悪化したらどうしてくれる!? 今、辞職したら軍から年金貰えんのだぞ!?」 「…あ、はい。済みません」 男の気勢に思わずギーシュが飲まれそうになるが、 それでも男を離さず盾にしたまま中庭から一目散に逃走した。 後から兵士達が自分に付いてくる様子はなかった。 そして少し距離を取った所で、喚く男を木に縛り付けて猿轡しておく。 連れて歩くには邪魔だし、無事で返すには危険すぎる。 ここに隠しておけばまだ人質に取っていると思って下手には動けまい。 「さて、これからどうするべきか?」 何とか窮地から脱出を果たしたものの、危機に変わりはない。 しかしもう二度と水路は使えないだろう。 中庭には兵士達が大挙してるし、制圧された丘にも戻れない。 シルフィードでの脱出も不可能だとすると……。 “あれ? ひょっとして逃げ場がない?” 新たに判明した真実を前に僕は立ち尽くした。 直後、自分の後頭部に容赦なく響く激痛に振り返る。 「そんな事、後で考えればいいでしょ! 今は行動あるのみよ!」 「だけどルイズ達がどこにいるかも判らないのに…」 背後に鈍器じみた石を持って立つキュルケに非難じみた目で反論する。 場所も判らずに動き回れば、敵に発見される確率が高まる。 戦場の中を無策で行動するのは、あまりにも危険すぎる。 「……多分、あそこ」 突然のタバサの発言に二人が視線を向ける。 彼女の指差す先には、ステンドグラスの割れた礼拝堂らしき建造物。 タバサは彼の性格を熟知している。 彼ならば他に一切目をくれずルイズへと向かう筈だ。 そして丘を駆け下りた方向の先にあったのが、あの建物。 少し根拠に欠けるが他に当てもない。 タバサの進言通りに、礼拝堂を目指す彼等の目に不吉な影が過ぎる。 それは礼拝堂より立ち上る黒煙。 他の建物からは火の手が上がっていないというのに、 戦術的に価値もない礼拝堂が何故燃やされているのか? “あそこで何かが起きている!” 口には出さずとも三人は直感した。 一刻も早く合流しなければと不安に胸を掻き立てられながら、 彼等は一路、礼拝堂へとひた走る! 「御無事ですか?」 猿轡を外されて男が激しく咳き込む。 同時に後ろ手に回されていた手の縄も解かれる。 ギーシュ達が去った後、秘密裏に数人の兵士が追跡していたのだ。 そして解放されたのを確認し、彼は部下に救出された。 「追いかけますか?」 「バカを言うな。たかが三人相手に予備戦力を動かせるか」 目先の事に囚われる部下を一喝して、男はゆっくりと自分の身体を解す。 今更、数人の増援が何になるというのか。 まさか、この包囲から抜け出せると本気で信じてる訳ではあるまい。 どうせ敗れるのならば、仲間と共に死のうと決めたのだろう。 自分の命さえ顧みない無謀ともいえる勇気に、無用となった人質を殺そうともしない誇り。 明日のアルビオンを担うべき若者の命が失われていく事に、悲しみを通り越して憤りさえ覚える。 こんなやり方で本当に新しい時代がやって来るのか? その時、一体誰がアルビオンを導いていくというのか? 「せめて、あのような者達が我が軍に十人といたならば…」 「は? 今、何と仰いましたか?」 「独り言だよ、歳を取るとやたら多くなるものさ」 部下にそう返事しながら背筋を擦る。 それほど窮屈に縛られなかったものの、 冷え込んできた所為か、腰骨にやたら痛みが走る。 「…寒いな」 「深夜ですからね。兵士達に暖を取らせますか?」 「そうだな。ついでに銃の点検も済ませておくように伝えろ」 「はっ!」 指揮官の命を受けて部下が引き下がる。 その背中に、男は聞き取れないような小さな声を掛けた。 「夜だからではない、アルビオンに寒い時期が訪れようとしているのだ」 展望さえ見えないまま、戦線を広げようとする上層部。 自国民を無視し、軍事力だけが肥大化していく軍隊。 それに協力する何処かよりの強力な支援。 陽の光さえ差し込まない、どこか冬の到来に近い感覚を彼は肌で感じていた。
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ゼロと使い魔の書 第三話 夢を見ていた。 いつもの学生服に身を包み、風の吹く草原に立っていた。 誰かの気配がして、振り返ると自分の母親がいた。 目が合う。何を言うべきか思いつかず、とりあえず軽く会釈をした。 さびしくはない。The Bookに記憶が残っている限り、それを読み返すことができる限り、さびしくはなかった。 琢馬は目を覚ました。窓から差し込む光はまだ弱弱しく、日の出からいくばくも経っていない。時間が分からなかったが、 洗濯をしてから自分の主人を起こしても充分だろう。 体を起こすと、見覚えの無い毛布が自分にかかっているのに気づく。自分の主人がかけてくれたのだろうか。 毛布をたたんでいる最中、ふと気になることができて、The Bookを出現させる。 自分の体験した事、そして感情が赤裸々につづられたこの革表紙の本には、読むものの魂に記述の迫真性をもってそれが「実際に起こったできごと」 だと錯覚させる力がある。 ならばもしも自分が死んでいて、幽霊の類になっているのだとしたら、この本は読む者を即死させることができるのではないか。 そして自分の身に、一体何が起こっているのか。 クレイジーダイアモンドに殴られ飛んだはずの記憶まで、何故か落丁することなく揃っている革表紙の本をめくっていく。 目的の描写までたどり着くと、躊躇することなく視線を落とした。 分かりづらい記述は数回読んでやっと理解する、ということも別に少なくはなかったが、今回は何度読み返しても分からなかった。 まるで途中から別の小説のページを差し込んだみたいに、茨の館からこの世界までの記述までは、唐突に終わり、唐突に始まっていた。 復讐を果たして、新しい人生を歩もうと思っていた。ならこの状況は何も困る事ではない。後腐れが無い分、むしろ望ましいとも言える。元の世界ではつらいことがありすぎた。 結局謎は残ったが、あまり興味は無い。誰かを憎み続ける日々は終わったのだ。行きたいところに行く事はできないが、今の自分にはこれで充分だった。後は何か、生きる目的を見つければいい。 琢馬はThe Bookを閉じようとして、思い直す。 「トリスティン魔法学院 洗濯場」で検索。 →視覚情報での検索ヒット数、0件。 →聴覚情報での検索ヒット数、1件。 昨日、あの草原から石造りの校舎まで戻る途中、メイド姿の少女が自分の同僚に洗濯しに行くことを告げているのを耳にしていた。そのときの会話に、洗い場の位置についてが含まれていた。 琢馬は周囲に散らばっている服を集めると、自分の主人を起こさないように静かに部屋を後にした。 その冷たく無気力な顔に、どこか見覚えがあった。 日の出とほぼ同時に目を覚ましたタバサは、ルイズがサモン・サーヴァントで呼びだした平民についてベットの中で考えていた。 もちろん、自分の考えは思い違いのはずである。理性のレベルではあんな青年を見た事はない、と結論付けていたが、どうしてもそれだけで片付けられなかった。 顔を洗えば何か思い出すかもしれない。タバサは制服に着替えると洗面所に向かった。 水を出し、手をつける。春といってもまだまだ冷たい。 濡れた手で顔をこする。眠気の残る頭がゆっくりと冴えてくるのを感じる。 そして顔を上げ、鏡を見た。 「あっ……」 何のことはない。身近すぎて思い出せなかった。見覚えのあると思っていた青年の無表情な顔は、自分の顔だったのだ。 タバサは水が滴る自分の頬をなでる。ひどい。いつの間に自分はこんなひどい顔になってしまったのか。 鏡の前で微笑んでみようとした。無理だった。数年前までは何の造作も無く行っていたことが、何度も死線を潜り抜けた自分には、無理だった。 泣きたくなった。いや、実際泣いていたのかもしれないが、まだ拭っていない水滴のおかげで泣いていないのだと自分を納得させることができた。 洗面台に両手をつく。膝が震え、呼吸が速くなる。 一体いつまで自分はこの状態で生きていかなければならないのだろう。何とかしなければならないと分かっていても、何も解決策が思いつかず焦燥感だけが積み重なっていく人生。 ふと、タバサの中で今まで夢にも思った事の無かった考えが、打ち消せない勢いで膨れ上がる。 「母を殺して自分も死ぬ……?」 タバサは傍らの杖を取り上げると、素早く呪文を唱え大量の水を頭から浴びる。 もう考えてはいけない。時間はあるが、濡れた制服はすぐになんとかしないときっと授業に間に合わないだろう。考えてはいけない。 「きゅいきゅい?お姉さまどうしたのね?」 何の脈絡も無い気がふれたような行動に、シルフィードが気遣わしげな声を上げた。 前ページ次ページゼロと使い魔の書
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前ページ次ページゼロのペルソナ 塔 意味…価値観の崩壊・緊迫 ガリア首都リュティスのヴェルサルテイル宮殿の一室に二人の男がいた。 一人はこの宮殿の主ガリア王ジョゼフ。 もう一人はすらりとした体に長い金髪と耳を持つエルフ、ビダーシャルだった。現在、ジョゼフの部下となっている。 彼は任務の失敗を自分の主である男に報告しに来ていた。 彼がジョゼフの下についたのはガリア—エルフ間の密約のためであり決して彼が望んだわけではない。 だが望んだものでなくても、目的が果たされるまでのほんの一時期の関係であれ、部下となったからには失敗の責は受けなければならない。 だからビダーシャルはジョゼフに任務の失敗を語っている。 彼の姪とその母を守りきれなかったこと。 襲撃者の中にジョゼフの言った水のルビーの保持者がいるかどうか知る前に傷を負ってアーハンブラ城から撤退したこと。 ビダーシャルが苦渋の顔で語っている間、ジョゼフの顔には激しい感情は浮かんでおらずそれは語り終えた後も同じであった。 ジョゼフはビダーシャルが喋り終えたと知ってから口を開いた。 「なら次の作戦に移るとするか」 ビダーシャルは眉をひそめた。そして不思議そうに尋ねる。 「任務に失敗ことについて言うことはないのか?」 ジョゼフはめんどくさそうに答えた。 「余が命令して、お前は失敗した。それだけではないか。お前だって罰して欲しいわけでもあるまい」 ビダーシャルは不審げにジョゼフを見た。全く腹の読めない男であった。 世間では無能王と呼ばれているらしいが、決して無能ではない。 やはり、シャイターンの力を持つ者は普通ではないのであろうか。 「次の作戦とは……」 「そうだ、戦争だ」 言っている内容に反してジョゼフの姿にまったくの気負いはない。むしろその姿は気だるげでさえあった。 陽介たちはアーハンブラ城からタバサを救出した後、数日馬車に揺られトリステインではなくゲルマニアのキュルケの生家、ツェルプストー家の領地を訪れていた。 彼らはツェルプストー領地内にある深く濃い黒い森の中に立つ城の中で休息をとっている。 一行がトリステインではなくゲルマニアに逃げこんだのはアーハンブラ城が地理的にガリアの中でもっともトリステインに遠い位置にあったからという理由もあったが、 それだけでなくタバサの母——オルレアン公夫人の処遇が問題であったからだ。彼女は謀殺された現王の弟の妻であり政治的な価値が大きすぎるのだ。 なので無断でトリステインに連れて行くことをはばかり、現在はゲルマニアで休息している間に手紙をトリステイン王家に送り判断をあおいでいる状況にある。 そしてゲルマニアのツェルプストー家をその休息の場所としたのはキュルケの強い勧めのためだ。 オルレアン公夫人の処遇についての手紙はトリステインでも指折りの名家ヴァリエール家の娘であるルイズが親しいアンリエッタに送った。 もちろん、出来る限りいい返事をもらうためであるが、その手紙の中にでさえ、オルレアン公夫人がどこにいるか書いてはいない。 トリステインに勝手につれて行くのが政治的にまずいのだから、当然ゲルマニアにいるのもまずいのだ。だからアンリエッタにさえ話せない。 話せば住居を貸してくれているキュルケに多大な迷惑がかかってしまう。 そしてオルレアン公を匿っているのはキュルケの独断であるため、ガリアの重要な貴人がゲルマニア国内にいることをゲルマニアの主である皇帝はもちろん、 現在彼らが宿を借りている城の主であるツェルプストー当主さえ知らない。 そのキュルケに多大な恩恵を預かっている二人は屋敷の中を歩き、みなが待っている部屋に向かっていた。 オルレアン公夫人がみなに感謝したいと話の場を設けることを求めたためだ。 「こんな悪趣味な館見たことないわね」 自分たちが世話になっている館に文句をつけているのはルイズだ。 廊下を歩きながら、彼女の目には奇怪に見えるこしらえを睨みつけるように見ている。 「オメエなあ、世話になってんだから、んな文句つけんなよ」 至極常識的な注意をしたのは彼女の横を歩く巽完二だ。 この彼女の使い魔は悪ぶっているわりに時々、常識人であることを示す。 「もちろん、わたしだって恩を感じてないわけじゃないわ。ただ、それとこれとは別よ。 ヴァロン朝かと思ったら、途中でアルビオン式になってるってどういうことよ?意味がわからないわ」 「知るかよ……」 ゲンナリとして完二は言う。この世界の建物の様式など完二が知るはずもない。 ただ、彼女がちゃんと恩を感じているのを理解したので、再度注意することは思いとどまりルイズの不満は適当に聞き流すことにする。 ルイズがツェルプストーの館がどれほどハルケギニアの文化と伝統をないがしろにしたものか並び立て、完二が相槌も打たずに聞き流しているうちに約束の部屋についた。 扉を開けると今やって来た二人を除く全員が、白いクロスがしかれた長い机の席についている。 机は長方形で長い方の二辺に彼らは腰かけている。入り口から見て左の上座近くからオルレアン公夫人、その娘タバサ、そしてその使い魔陽介。 オルレアン公はクマのアムリタにより心を取り戻しており、目にはもはや狂気は浮かんでいない。 未だにやつれが残るものの生気を取り戻した娘、タバサと似た美しい女性であった。 右側は同様の並びでキュルケ、その使い魔クマが座っている。ルイズと完二はクマに続いて座った。 そこは食事の場所であったが机の上には何も置かれておらず部屋には給仕の一人もいない。 口火を切ったのはオルレアン公夫人だった。 「このたびはわたくしと娘を助けていただいてありがとうございます」 そういうと彼女は頭を下げた。感謝された側は思わず居住まいを正してしまう。 彼女が心はすでに取り戻していたのだが、ちゃんと話すのはこれが始めてであった。 無論、心を取り戻してから娘のタバサとは馬車の中でさえ常に一緒にいたが、まだ全てを話しきるには時間が圧倒的に足りないであろう。 彼女は真摯な顔を斜め前の席に座るクマに向ける。いつもは丸みをおびたキグルミを着た、金髪碧眼の少年が治療してくれたことはすでに説明されている。 「その上、心を失ったわたくしを治してくださり、どのような言葉でならこの感謝の言葉を言い表すことができるのかわたくしは知りません」 「そ、そんなにかしこまらんでよいですと!どうしたらいいかわからんでクマっちゃうクマ」 オルレアン公夫人は恩人の愛嬌のある態度を見て微笑む。心を取り戻したその笑みは美しかった。 「ありがとうクマさん」 「いやーそれほどでもないクマよー」 クマは笑顔に魅了されながらくねくねと喜んだ。クマの奇態に全員が笑う。タバサも薄く微笑んだ。 笑いが収まるとオルレアン公夫人は語り始めた。 「かつてガリアが二分され内乱におちいる危機がありました」 その声には憂いの色があった。かつての罪を告白するかのようだ。 「わたくしはガリア王の手にかかることでその争いを回避しようとしました。これは自分たち一族のいさかいであって、それを国の争いにしてはいけないと思っての行動でした」 全員がオルレアン公夫人の話を真剣に聞いていた。タバサはじっとテーブルクロスを見ている。陽介はそっと小さな自分の主の肩に手を置いた。 オルレアン公夫人の告白は続く。 「ですがわたくしが正気を失っている後も貴族の間に不満は残り、シャルロットは苦難の中にいました」 その声に強い憂いの色が含まれる。 「わたくしのやったことは王族としての責務を、母親としての責務を捨てただけなのかもしれません……。 娘の代わりになるなどと綺麗な言葉で飾り立てた覚悟で毒酒を飲み、 それから娘にどんな過酷な処遇がもたらされるか知らず……いいえ、考えもせずに」 そこで彼女の言葉は終わり、重苦しい雰囲気が流れる。 その中、陽介が立ち上がり、タバサの後ろに立ち、彼女の母に力強く語りかけた。 「ならこれからはこいつのそばに居てやってください」 うつむいているタバサの両肩に手を置く。自分が彼女の味方であることを強く示すように 「俺には王族とかわかりません。いや、母親についてもよくわかんないかもしんないス。でもこいつが寂しがってたことは知っています」 陽介に力を貸してもらったかのようにタバサはゆっくりと顔を上げた。その顔は涙でぬれている。いつもの無表情ではない。ただただ母を求める娘の顔だ。見つめられた母は息を飲む。 見つめるだけのタバサを、伝えたいことがあるはずの自分の主の背中を、陽介は押す。 「言いたいことがあるならちゃんと言っとけ」 タバサは悲しみでにごった声を出した。いつもの無感動な声ではない、聞いた者がいやおうにでも感情がわかってしまうほど感情が発露されている。 「母さま……もうどこにも行かないで……」 タバサは声を絞り出したことで感情が抑えられなくなったのか、泣きながら母に抱きついた。感情を抑える理性の防壁が決壊したのは母も同様だ。 二人は涙を流しながら抱きしめあった。お互いの存在を確かめるように。今までの年月を埋めようとするように。 キュルケは瞳を涙で潤ませながら優しげに親友を見、陽介も感慨深そうにご主人さまを見ていた。 ルイズと完二は懸命に涙を堪えている一方で、クマは声を上げて泣いていた。 親子の長い長い抱擁が終わった後にキュルケは手をパンパンと叩いた。 「さあ、食事にしましょう。これから一緒にいるなら楽しい思い出も作らないといけないわよ。ほらクマもいつまでも泣いてないでメイド呼んできて」 ぼろぼろと泣いていたクマは鼻を啜りながら涙を抑えて部屋から出て行って話の間、遠ざけていた使用人たちを呼びに行った。 それからは楽しい食事の時間となった。 完二は出された今まで見たこともない料理を出来る限り食べようとフォークと口を盛んに動かし、クマは人の皿に乗った料理まで食べようとした。 ルイズはゲルマニアには食文化さえも品が感じられないといい、キュルケがそれに反論した。 陽介はオルレアン公夫人に話しかけられ戸惑いながらもタバサと一緒に話をした。 食事がお開きになった後、陽介はオルレアン公夫人とタバサの部屋に呼ばれた。 陽介は親子の間にわけ入るのは、と遠慮しようとしたがオルレアン公夫人の強い勧めで結局、招かれることにした。 タバサ親子と一つの机を囲んでいるが、少し硬い。やはり親子二人の部屋に招かれるのは陽介も緊張した。 「あなたのような人が娘の使い魔で本当によかったわ」 「い、いや恐縮っす」 朗らかに笑うタバサの母に陽介は本当に恐縮しきっていた。 「もしいたら、わたくしの息子くらいの年齢かしら」 「17歳っスからちょっとデカいですよ」 陽介はおどけてみせる。 実際にタバサの母が若く見えるほど美しく、そして場を和ませるための冗談の意味も含めての発言だったが、 そのことから陽介にとって衝撃の事実が判明する。 「あら、それならシャルロットと二つ違いじゃない」 彼はその言葉が理解できなかったが、ゆっくりと理解してから驚きの声を上げた。 「ええええ!!ちょっ、おま、タバサいくつだよ!?」 単純な算数をして答えを出しておきながら陽介は答えを尋ねる。 「15」 陽介より年上で19歳ではなかったのでそれは陽介が計算で出した答えと同じであった。が、それでも驚きは弱まらない。 「おっま、てっきり12、13だと……」 使い魔がそういうと、その主はじっとその顔を見てきた。どこか非難めいたものがあるように感じるのは気のせいではないだろう。 娘の不機嫌とは母は反対にころころと笑った。 「あらあら若く見られてうらやましい限りよ。それに年齢が近いならあなた本当にわたくしの息子にならない?」 「え、それってどういう意味っスか?」 陽介はタバサの母の言いたいことがわからずに不思議そうに尋ねた。 「本当と言っても義理ということよ」 「母さま」 タバサは非難めいた顔を使い魔から母へと向けた。その頬に少しだけ朱がさしていた。 二人のやり取りを見ながら遅まきながらオルレアン公の言いたいことを理解してまたも驚き、それからニヤっと笑って見せる。 「いやあ、タバサはかわいいですけど、できればあと2年は待ちたいですね」 「あらあらシャルロットふられちゃったわね」 オルレアン公夫人は楽しげに笑う。 タバサは不満げに二人の顔を見てから「もう知らない」というように顔を背けてすねてしまった。 母と陽介は顔を見合わせ笑い、それからタバサに謝り始めた。 それはまぎれもなく家族と過ごす何気ない日常であり、タバサが強く望んでいたものであった。 望むことすらできないと諦めてしまいそうになったこともあった。 しかし長い逆境に耐え、自分の隣に立つ者を手に入れた彼女はそこにたどり着いた。 誰もがこの日のような楽しい日々が長くはなくとも続くものだと思っていた。 トリステインへルイズが出した亡命の願いは受け入れられるにしても退けられるにしても時間がかかるものと推測していた。 だが翌日トリステインから早急に手紙が返ってきた。 こちらから送るときも早くに返答がもらえるようにと急いで送ったがそれでもこれは異常なほどに早かった。 そして手紙の内容はそれ以上に驚くべきものだった。 オルレアン公の遺児シャルロットをガリアの新王として迎え入れ、そしてその母オルレアン公夫人も国賓として受けいれるとのことであった。 それは現ガリア政府へ対立姿勢を示すための象徴を欲したからであった。 そうロマリアを滅ぼすという蛮行を行ったガリア王ジョゼフに対抗する王が必要だったのだ。 6000年の歳月をかけて積み上げられた塔は崩壊を始める。 前ページ次ページゼロのペルソナ
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前ページ次ページS-O2 星の使い魔 裏通りを抜け、ブルドンネ大通りを歩く一行。 既に太陽は南に昇り、燦々と力強く昼飯時を知らせている。 「ごめんね~、タバサ。もしかして朝食、食べてなかった?」 「……貴方が急かしたから」 目の前で手を擦り合わせるキュルケに、感情を交えずに答えるタバサ。 人前で腹の虫の披露させられれば、女性なら誰だって不機嫌にもなるだろう。 「ホントにごめんね~、お詫びに今日は私が奢るから、ね?」 「……」 タバサの眼鏡が陽光を受けてキュピーン!と言わんばかりに輝いた。 (……早まった、かしら?) 親友の思わぬ反応に、ちょっぴり嫌な予感を隠せないキュルケであった。 はてさて、やって来たのは一軒の洒落た喫茶店。 何でも、タバサのお勧めらしい。 「えっと……ルイズ、あの看板、何て書いてあるの?」 「『やまとや』ですって。変な名前ね、東方由来かしら?」 首を捻るルイズとクロードを尻目に、タバサとキュルケはずいずいと店に入っていく。 取り残される前に二人も慌てて追いかける。 「いらっしゃいませ~♪」 にこやかに応対するウェイトレス。 掃除の行き届いた清潔な店内。 とりあえず店単位でのハズレという線では無さそうだ。 なかなかどうしてこのタバサ、食に関してはなかなかの目を持っているらしい。 メニューを開けば、ケーキにパイ、クレープ等のお菓子に、各種パスタといった定番メニュー……と呼ぶには怪しいものも幾つか。 『ファイナルチャーハン』『戦慄のグラタン』『落涙のリゾット』といった、嫌に物々しいもの。 『渚の贈り物』『忘れられない思い出』など、何がなにやらさっぱり解らない代物まで。 果ては、何やらちょいと怪しげな銘柄のワイン(時価)まで置いてあるようだ。 「私はクックベリーパイと紅茶!」 「あんたってホントそれしかないわねぇ……じゃ、私はツナサラダで」 「……ハリケーントースト」 「じゃあ、僕はこの胸のときめきってのを一つ」 四者四様に注文を済ませる。当然、伝えるのはクロードである。 注文を受けてカウンターに戻る際、ウェイトレスの唇の端に生暖かい笑みが浮かんでいたように見えたのは気のせいだろうか。 「あんた、結構チャレンジャーなのね……」 「う~ん、理解できないものを理解できないまま放っておくのは性に合わないって言うかね。 昔から知らない場所があったら、飛び込みたくなる性質なんだ」 「……地雷気質」 容赦の無さ過ぎる氷点下のツッコミ。 あのルイズさえもが凍り付いて二の句が告げない。『雪風』ここにあり。 クロード自身も、自分がここに居る原因がそれであったことに思い当たり、言葉も無く苦笑する。 (こりゃ、本格的に機嫌悪いわねえ……お腹のこと以外に何かあったのかしら) 一方のキュルケは、小さき友人の吐き出す毒の強さに頬を引き攣らせる。 普段のタバサならば、何の反応も無く黙殺しているところである。 こんな風にわざわざ他人に突っかかることなんて無い娘なのに。 これはもしかして、もしかすると。いや、まさかね。 「そう言えばさ、タバサ」 きっかけを得たのか、クロードが話を振る。 あら、ダーリンってばこの子にまで? ご主人様がほっぺ膨らしてるわよ。 「シャルロットっていう名前に心当たり、無いかな?」 タバサの肩がピクリと動く。 そのことに、タバサ以上にキュルケが驚いた。 珍しいわね、この子がこんな反応するなんて。 「何故、そんなことを聞くの?」 「これを届けてくれた人がそう名乗ったんだけど、 その人がなんだか君に似ていて……いや、似てるってのは少し違うかな。 何ていうか、通じるものがあるような気がしてさ」 表情を変えぬまま内心で舌打ちをするタバサ。 抜かった。この男、他人の事には想像以上に勘が鋭い。 シルフィ、帰ったらお仕置き。 『そんな~、お姉さま非道いのね~。きゅいきゅい』 「……さあ、知らない」 鼓膜を介せず届く言葉を軽く黙殺しつつ、表情を変えずに切り返す。 「……ああ、そう」 クロードもそれ以上は追求することなく、納得したように言葉を切る。 嘘だな。クロードは直感的にそう判断していた。 彼女のさっきの反応と言葉、普段の彼女とは差異がありすぎる。 だが、彼女がこう言うのならば真実がどうあれ、納得するしかあるまい。 親友であるキュルケならばともかく、クロードが立ち入るべき領域ではない。 果たしてキュルケの方を見れば、片目を瞑って肩を竦めている。 こちらもまた、深く詮索するつもりも必要性も感じていないようだ。 むしろ、ならばこその親友ということか。 「ふうん……ねえ、クロード。この子に似てたって言うけど、どんな人だったの?」 あんたはもう少し言葉の裏を読めるようになった方が良いと思います。 物凄い勢いでタバサが氷の視線飛ばしてるのが見えてないんですか。 クロードとキュルケの心がバロームクロースと言わんばかりに一致した。 今ならばザ・パワー抜きで想定外のシンメトリカルドッキングが可能な気がする。 「お待たせいたしました~♪」 結論から先に言うと、彼らがこれ以上この話題を続けることは出来なかった。 理由を簡潔に述べるとするならば、予想を斜め上に突き抜けた展開がやってきてしまったから、といったところか。 「……」 「……」 「……」 気まずすぎる沈黙が場を支配する。 やまとや名物『胸のときめき』。 トロピカルジュースの上にフルーツやシャーベットが山のように盛り付けられ、 豪奢なまでの装飾を施された贅沢なデザート。 問題だったのは、そこにストローが『2本』刺さっていたことである。 「……」 「……」 クロードが助けを求めるようにタバサに視線を向けるが、 当のタバサは完全無視を決め込んで黙々とトーストとコーンチップスを口へ運ぶばかり。 もしかしてコレの正体、知ってて止めなかったんですか。 僕、何か君を怒らせるようなことしたっけ。 いや、ここは逆にポジティブに考えるんだ。 野郎と二人っきりで注文してしまったら、くそみそな大惨事だったじゃないか。 ……現実逃避しても空しくなるだけなので、この辺でやめとこう。 「ええっと……ど、どうしよう、これ」 「どうしよう、ってもねぇ……」 流石のルイズも頭を抱えている。 この展開は完全に予想外だったらしい。 「んじゃ、私がダーリンと一緒にいただくってことで♪」 「待ちなさいよキュルケ! これはクロードが注文した品でしょうが! か、勘違いするんじゃないわよ! 使い魔のものは主のもの、主のものは主のものよ! つまりコレは、私に属するもの、所有物であって、アンタに分ける分なんてこれっぽっちも無いわ!」 なんですかそのジャイアニズム。 「……なべスパ」 「あら、もしかして妬いてるのかしら、ルイズ?」 「ば、馬鹿言うなっ! 大体何よ、あんただってそんなもん食って、 二の腕や腰周りにた~っぷり肉が付いて、そのうち男から見向きもされなくなるんだから!」 「んぐっ! ……ふ、ふんっ、胸に栄養が行ってないあんたに言われる筋合いは無いわね!」 バーニィ、この状況じゃ呼んでも来ないだろうなあ。 「……はしばみ氷」 「だいたいねえ、泥棒猫のツェルプストーは信用ならないのよっ!!」 「ふん、鼠も獲れないヴァリエールの無能猫に言われる筋合いは無いわねっ!!」 今日はいい天気だなあ、デルフ。 あ、そう言えばスリープモードにしてたんだっけ。 前略オフクロ様、僕は今日も元気にインド人のウリアッ上に飛び込んで大ピチンです。 くれぐれも土星の矢には気をつけてくださいね────── 「……」 「ん、クロード君? 帰ってきていたのか。随分疲れているようだが、どうしたんだい?」 「コルベールさん……女の子って怖いですね……」 「……クロード君。私が言うのも何だが、 そういった悟りを開くには、君はまだ若すぎると思うのだが」 「悟り、ですか……そうですねえ…… 今の僕ならドラゴンでもはぐれでもドンと来いって感じですよ、HAHAHA……」 「……」 前ページ次ページS-O2 星の使い魔
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シャオの朝は早い。 朝日も顔を出し始める頃に、まだルイズが眠っているベットから抜け出る。 「それじゃ離珠、なにか起こったら連絡をお願いね」 『はいでし、シャオしゃま』 シャオは、自身に伝心の能力でメッセージを送ることができる連絡用の星神『離珠』を部屋に残して、ある場所へ向かった。 「おはようございます。シャオさん」 朝食の準備で慌しくなっている厨房で、シャオは顔見知りのメイドにあいさつをされる。 「あ、おはようございます。シエスタさん」 ギーシュとの一悶着を切欠に親しくなれたシエスタに、嬉しそうな表情でシャオは返事を返した。 実はシエスタとは召喚された日の翌朝、厨房を借りに来たときにに会っていたのだが、その時のシエスタはシャオが月の精霊だということを知っていたのでやたらと恐れていた。 もちろん、そのことはこの厨房を取り仕切るマルトーも同じであった。 精霊は、たとえメイジであったとしても恐れと羨望の対象であり、魔法の使えない平民からしてみれば脅威その物だと言っても過言ではない。 それにトリステインでも有数の名門貴族の少女がその主だからという理由もあった。 だが、今ではシャオのほんわかとした雰囲気と性格、そしてなにより子供とは言え威張り腐った貴族をコテンパンに伸したことが効いたのか、かなり友好的になっている。 特にマルトーに関しては、彼女の作る『チュウカ料理』の教授を受ける程だし、友好の証と称して抱きつこうともする。 まぁ後者のほうは「マルトーさん、それはセクハラです!!」の言葉を合言葉に、他の連中が止めている。 そして、シャオはシエスタに手伝って貰いながら"ルイズたち"の朝食の準備を始めた。 「いつも思うんだけど、なんであんた達がわたしの部屋にいるの?」 今日も自分の部屋でシャオの作った料理を箸でつついているキュルケとタバサに、ルイズが訪ねる。 「彼女の料理が食べたいから」 目の前の料理を黙々と箸を進めていたタバサがぼそりと呟き、シャオに視線を向ける。 シャオは照れたように顔を少し赤らめている。 「うん、たしかにシャオの料理は美味しいから食べたくなるのも分かるけど・・・」 タバサの非常に共感できる答えにルイズが少し動揺していると、キュルケが追い討ちをかけるかのように一言だけ言う。 その一言はルイズにはまだ新しい記憶を呼び起こすには十分な威力を持っていた。 「ルイズ。あなた一人でこれ全部を食べきれるの?」 その一言にルイズは完全にノックアウトされる。 初日に食べきるのに少々辛い量をムリヤリ食べきるはめになり、その後しばらくの間は歩くのさえ辛かったことを思い出してしまったからだ。 しかも、全部食べてもらえたことに気を良くしたのか、次に出されたときには料理の量が増えていたのだから堪ったもんではない。 「それにいいじゃない。食事は大勢で賑やかに食べるものよ」 キュルケは実に楽しそうに笑いながらルイズを説得していると、そのセリフにシャオも頷く。 「そうですよ、ご主人様。それに大勢で楽しく食卓を囲むことが美味しく食事をする秘訣なんです」 えっへん。とシャオは胸を張って自信満々に言うのであった。 「ところで皆さん、授業に行かなくてもいいのですか?」 食事も終わり、普段なら授業の始まっている頃になってもくつろいでいるルイズたちにシャオが訪ねる。 そんなシャオに、『なにを言ってるの?この子は』という表情をしているルイズとキュルケの代わりにタバサが答える。 「今日は虚無の曜日」 タバサのその一言に頭の上に『?』を浮かべているシャオに、今度は思い出したかのようにルイズが説明をする。 「そういえばまだシャオには教えていなかったわね。今日は虚無の曜日って言ってお休みの日なのよ」 そう言いつつルイズがカバンを持って立ち上がる。 見るとキュルケのほうも化粧が終わったようで、タバサも窓から自分の使い魔を呼んでいる。 「それじゃ、休日を楽しむためにも街へ行くわよ」
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「チッ― ガリア王都・リュティスの王宮ヴェルサルティル。 惨劇の場と化したプチ・トロワ二階の広場で、王女イザベラが心底気に食わなそうに舌打ちをした。 17年の人生の中、最も誰かの助けを借りたい場面で飛び込んできたのは 自らのコンプレックスの体現者であり、世界中で最も助けられたくない青髪の従兄弟であった。 しかもこちらは、護衛を悉く討たれ、居城を流血で踏み躙られた挙句、自分は無様に転がっている醜態である。 そんな気持ちを知ってか知らずか、タバサはイザベラの方を振り向きもせず、異形との間合いをじりじりと詰めていく。 「フハ フハハハ 二対一ですか! 参りましたな こちらも人手を借りねばなりますまい!」 その言葉にあわせ男の背中がボコボコと蠢く。 衣服を突き破りながらたちどころに6本の腕が生え、その身を蜘蛛の如く持ち上げる。 驚いている暇は無かった。蜘蛛男が6本腕をせかせかと動かしながら、驚くべきスピードで迫ってきたのだ。 魔法を使う余裕は無い。 タバサは直ちに横っ飛びでぶちかましをかわし、男の脇を駆け抜け、 イザベラを抱えながらフライを唱える。そのまま体を丸めて反対側の窓を突き破った。 二人の少女を追いかけ、六本足の異形も又、双月の下へと躍り出た。 窓の先は中庭であった。 夜露に濡れ、月明かりに映し出された色とりどりの花々が、その場には似つかわしくない幻想的な雰囲気を醸し出す。 妖精のように軽やかに降り立った二人の少女に続き、巨大な影が空中に躍りだし、神秘の世界を踏みにじりながら乱暴に着地する。 「グハ これは これは・・・ 外に出たはいいが これでは逃げ場が無い フハ! いやいや 人生最後の地としては持って来いの場所ですな!」 「ええ・・・ これであなたも 満足して逝けるわね」 「・・・ほう?」 「この広さなら 強力な魔法を使っても 私達が巻き添えを食わずに済む」 そう言うと、タバサはイザベラの方をちらりと見た。 「イザベラ」 十年近い時を経て、実に久方ぶりに、タバサがイザベラへと語りかけた。 王女でも、団長でもなく、只、イザベラ・・・と 「魔法は打てる・・・?」 「・・・私を 誰だと思っているんだ」 「そう」 気力を振り絞り、イザベラが立ち上がる。 さらに小声でタバサが続ける。 「イザベラが『雪』 私は『風』」 「・・・!」 イザベラは、暫く従兄弟の横顔をまじまじと覗き込んでいたが、やがていつものふてぶてしい顔へと戻った。 「フン・・・! 私に命令するんじゃないよ!」 その捨て台詞を合図に、二人が同時に詠唱を始める。 異変を感じ、直ちに攻撃へと移ろうとした蜘蛛男だったが、何かに足を取られ転倒する。 見ると、動き出そうとした腕の手首から先が無い。手先は凍りついた地面に文字通り取られ、完全に一体化していた。 驚愕し、動きを止めた一瞬が命取りであった。 自然では作り得ぬであろう極寒の冷風が、異形の躯の自由を奪い、容赦なく削り取っていく。 「これは! こんなバカなッ! 先刻までとは比べ物にも・・・!?」 始祖ブリミルに最も近き直系の子孫・・・王家の血統。 血の共鳴が、互いの内在する力を引き出し、爆発的な魔力を生み出していた。 中庭を覆う烈風の渦がドームを作り、行き場を失った冷気が、ドーム内で嵐の化け物と成る。 異形は身動きすらかなわず。その全身が、微細な氷の粒へと化していく。 「グヒャ! ガハッ! そうでしたなぁッ!! 血塗られし王女はふたり居るんでしたなぁ!!」 「・・・ッ!」 「答えろ! アルビオンは! 彼の地で父上の身に何があったというのだ!?」 「纐纈城へ参りませ! 全ての答えはそこにあります! クハハ ハハハ ハハハハァアアアァァアァ―!!!!」 甲高い異形の笑い声が、烈風の中、徐々に小さくなっていき、やがて完全に聞こえなくなった。 烈風が収まると、後にはキラキラとした氷の粒が、月光を浴び煌めいているのみであった・・・。 ―ヴェルサルティルの一室 応急の手当てを済ませると、イザベラは侍医を下がらせた。 パタン、と扉の閉まる音がして、部屋の中にはイザベラとタバサの二人だけとなった。 それっきり、ふたりは無言である。目を合わせすらしない。 イザベラはベッドの上で、ぼんやりと天井を見上げている。 タバサはタバサで、部屋の隅の椅子に座り、分厚い本を開いていた。 「・・・何故 私を助けに来た?」 どれ程時間が経ったか、やがて、イザベラがポツリと口を開いた。 タバサは答えない。 「私があのまま死んでいた方が 父に近づくには都合が良かったんじゃないか? それとも・・・ 仇の子の命は 自分の手で奪いたい・・・ そういうことか?」 その言葉に、タバサがピクリと眉を動かす。 流石の鉄面皮も看過できない言葉であった。 だが、イザベラの方はなんでもない風に天井を見上げたままだった。 タバサが北花壇騎士団に身を置き、常に過酷な任務を甘んじて受けているのは 叔父にして父の仇、現ガリア国王・ジャゼフ一世に近づき、その仇を討つ機会を窺うためである。 だが・・・ジャゼフを殺して、彼女の人生がそこで終わる訳ではない。 晴れて仇を討ち果たしたその後には、今度は彼女が、叔父の一族から命を狙われる立場となるのだ。 タバサには守るべき家族が居る。 愛する母を守るためには、ジョゼフ打倒と共に国内の権力を掌握し、彼の一族を、然るべき大義の元に粛清する必要があった。 今回の一件は、手を汚さずしてガリア王位の後継者候補にのし上がり、同時に将来の禍根を絶つ絶好の好機であった。 それが出来なかったのは、彼女の内に宿る、過ぎ去りし黄金の日々のためだ。 かつて、タバサとイザベラは、姉妹と言っていい程の深い絆で結ばれていた・・・ 少なくとも、十年ほど前までは。 両一族の関係が修復不能となり、両者が互いを避け、あるいは忌み嫌うようになっても、その思い出の残照まで断ち切る事が出来なかった。 そして、それはイザベラの方も同様であった。 タバサを殺さねば、いずれは自分が殺されることとなる。 そして、自分は北花壇騎士の団長で、タバサはその部下。 いくらでも謀殺する手段はあった。 だが、イザベラが封印した幼いころの思い出が、無意識のうちに、非常な策を押し留めていたのだ。 先の戦いで、イザベラはその事をハッキリと思い出した。 あの時ふたりが唱えた魔法は、子供の頃、戯れに一度だけ試した事があったものだ。 その時は、幸い怪我人は出なかったものの、あの優しい叔父夫婦から、こっぴどく叱られたものだった。 魔法が紡いだ記憶は、二人の少女の心をたちまち輝ける追憶の日々へと飛ばしたが にも拘らず、現実世界の彼女たちは、指一本動かす事が出来なかった。 大いなる始祖は、あくまでも穢れ無き少女達の殺し合いを望むようであった。 「父は・・・」 永遠とも思える沈黙の果て、意を決したようにイザベラが語りだした。 「アルビオンを手に入れてから 何かがおかしくなってしまった 本国へはまったく戻らず あの浮島に篭り切りだ 民間船の出入りも事細かに禁止し 一部の側近以外 彼の地に出入りすることもままならない しかも アルビオンでは人攫いが出るだの 流行り病が蔓延っているだの 碌な噂を聞きやしない・・・」 イザベラはそこで身を起こし、タバサの方に向き直った。 タバサもパタンと本を閉じ、イザベラの目をじっと見つめた。 「ガリア北花壇騎士団長として 団員の七号に命じるよ 今からお前はアルビオンに潜入し 当地の状況をつぶさに調べ上げるんだ」 「・・・・・・」 「状況がお前の手に余るようでなければ 調査の報告はいらない すべてお前の判断で行動しな もしも 父の野心が このガリア・・・いや ハルケギニアの存亡に関わるようなら その時は・・・」 イザベラは、それ以上は言わなかった。 タバサは只ひとつ頷くと、マントを羽織って踵を返した。 「・・・慎重にやりな シャルロット」 部屋を後にする小さな背中に向け、久方ぶりにその名を呼んだ。
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前ページ次ページゼロの花嫁 一週間も経つと、キュルケもまともに授業に出られるようになった。 痩せこけた頬、青ざめた表情からは妖艶さが漂う程の美しき面影など微塵も見られない。 しかしそれをツッコメる猛者は生徒にも教師にもおらず、授業は淡々と進む。 一週間も授業をサボっていたのに誰一人文句をつけようとはしなかったのだ。当然といえば当然の反応であろう。 コルベールを除く教師陣は既に問題児四人に関わる事を放棄していた。 生徒でも彼女達に話しかけられるのはギーシュとモンモランシーぐらいで、後はメイドのシエスタのみ。 触れたら炸裂する弾頭のような扱いである。 ちなみにゴーレムの一件以来、ギーシュからルイズへの挑戦は滞っていた。 恐れをなしたのもあるが、それ以上に切実な理由がギーシュにはある。 前回負けたので決闘含めちょうど99回目。 記念すべき100回目の戦いは何としてでも勝利で終わらせたいと、秘策を練っている最中でもあるのだ。 モンモランシー曰く、平民が槍一本持って王城に攻め込むようなもの、だそうであるが。 ルイズ、キュルケ、タバサの三人は学園始って以来の問題児ではあるが、授業は真剣に聞いている。 他の生徒にはない集中力を発揮する彼女達は、そういった面ではとても模範的な生徒である。 キュルケも遅れた分の内容はきちっと復習してきているようで、スムーズに授業を聞く事が出来ている。 時折行われるテストも、それが筆記であるのなら三人共学年で常に上位を保ち続けている。 実践では常にルイズが失敗しているのだが、その際に馬鹿にする者もキュルケぐらいで、他の皆はじーっと下を向いて気まずい雰囲気をやり過ごしにかかっている。 当のルイズはあっけらかんとしたもので、 「すみません、又出来ませんでした。これ以上は授業の妨げになるので、やり直しは後日という事でよろしいでしょうか」 と言いくるめさっさと席に戻ってしまう。 悔しさは当然あるだろうが、心の余裕の様な物が大きく、以前とは又違った対応も出来るようになっていた。 ルイズは燦に命じ、それとなくキュルケにトレーニングのアドバイスをさせる。 体を壊しては元も子もない。 魔法で治すにしても、より効率的なやり方をルイズと燦の二人は確立していたのだ。 何となくだが、直接ルイズが言ってはキュルケは聞いてくれなそうな気がした。 こうしてキュルケも授業に出てくるようになったが、やはり食事は別、一緒に居る時間も授業中のみ。 時折敵意に似た視線をルイズに投げかけ、何かを問いたそうにするも言葉には出さず、去って行ってしまう。 何か誤解があるのだろうかとルイズは思い悩む。 様々な事を共有してきた悪友、他の誰に解らない事でもお互いの間でなら通じる、そんな間柄だと思っていた。 だからこそ、ルイズは何も言わずに待つ。 友が自ら悩みを口にしてくれる時を。 本当に必要な時は、きっと頼ってくれると信じて。 夢中だった。 どうしようもない程に、他の何も目に入らないぐらい。 追いかければ、同じ道を走り抜ければ、きっと辿り着けると信じて。 それでも、やっぱり恐いのは無くなってくれなくて。 ただ毎日疲れ果て泥の様に眠るだけで。 そうしないと眠れない。体の中を暴れまわる言葉に出来ぬ感情が大人しくしてくれない。 だからやっぱり次の日も、目が覚めたら同じ一日を繰り返す。 半月程そうしていて、不意に気付いた。 必要なのはがむしゃらに走る事ではなく、単純に、時間が必要だっただけなんだと。 あの頃どうしようもないぐらい猛威を振るっていた激情は、最近では鳴りを潜めており、あるのはあの時の恐怖のみ。 結局それも恐くなくなったりする事はなくて、恐いままで、何とかやってくしかないんだって。 生まれながらに勇敢で、死を恐れぬ人間も居るかもしれないが、そんな人間に決して自分はなれないんだと思い知らされた。 「ごめんタバサ。私は誤魔化し誤魔化しやってく事にするわ」 ここには居ない友人に向かってそう呟き、キュルケは無茶を止めた。 衰弱死寸前で、ベッドに横になりながらそんな事を考えると、不思議と晴れやかな気分だった。 「こんのバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカ大バカーーーーーーーーーーッ!!」 ベッドの脇でルイズが絶叫する。 「こんなバカ見た事無いわ! 死ぬ気で頑張るんじゃなくて、死ぬつもりで特訓するバカが何処に居るのよ! アンタ本気で死ぬ所だったのよ! 魔法も効かないとかどんな状態よ一体!?」 一人でトレーニングをしていて倒れ、発見されたのは数刻後の事だ。 基本的に魔法は怪我や病気を治す手段であり、失われた体力を蘇らせる効果は薄い。 である以上、衰弱が原因で死に掛けたキュルケに魔法はほとんど通用しなかったのだ。 そんな事魔法を学んでいる者なら誰でもすぐに解ろうものだ、だからこそルイズは激怒しているのである。 突然病室のドアが音高く開かれる。 汗だくになって血相変えて現れたのはタバサだ。 横たわるキュルケ以外何も見えないといった様で、ベッド脇に駆け寄りキュルケの手を取る。 乾きひび割れた皮膚、かさかさの肌はいつでも肉感的なキュルケのソレとは到底思えない。 「あはは、ごめん。ちょっと無理しちゃった」 覇気もなく、弱々し気にそう語るキュルケ。 二人がこうしてすぐ近くで触れ合ったのは、あの晩、キュルケがタバサを突き飛ばして以来だ。 「……タバサの言う通りだったわ。どうやら私には無理みたい。ごめんねタバサ」 生気に満ち溢れ、煌々と輝いていた瞳は色褪せ、薄く濁った灰色の目をか細く見開いている。 全部私のせいだ。 キュルケはここまでやれないと思ってた。 こんなになる前に、きっと諦めると思っていた。 ルイズを止めてまで好きにやらせたのは、私が目を光らせているから大丈夫、そんな意味でもあった。 だが実際はどうだ。 自分の事で手一杯で、他に目をやる余裕も無くて、大切な友人を見殺しにしてしまった。 あそこまで追い詰められていたキュルケならこんな事になってもおかしくないと、そう考えられたはずなのに。 自分の都合を優先して、キュルケを蔑ろにした結果がコレだ。 余りに申し訳無さ過ぎて、自分が情けなくて、まともに顔が見られない。 キュルケの手を握ったまま、俯いて静かに嗚咽を漏らすタバサ。 ルイズはタバサの様子を見て、キュルケの有様を見て、何かがズレて来ていると感じた。 それは小さいズレだとも思う。 だが無視していいものじゃない、このまま行ったら四人にとって致命的な何かが起こってしまう。 まだ言葉に出来ぬ言い知れぬ不安といった段階だが、解決せねばならない何かであると、二人を見てルイズは思ったのだ。 絶対安静を言い渡されたキュルケに、燦とシエスタの二人は交代で付きっ切りの看病を行う。 キュルケの事だ、余りに退屈すぎると病室から抜け出しかねないとの判断からだが、その判断を下したのが学院における病室からの逃亡回数歴代一位のルイズなのでどうにも説得力に欠ける。 いや、凄く納得は出来るのだが、つまりお前が言うなという事である。 しかし予想外にキュルケは大人しくしており、また燦やシエスタの看護が良かったのか、キュルケは見る見る体調を取り戻して行く。 ある時、見舞いに来たルイズにキュルケが訊ねた。 「ねえ、ルイズは戦いが恐くないの?」 ルイズは即答する。 「何で私がそんなもの恐がらなきゃならないのよ」 馬鹿馬鹿しいとばかりに言い捨てるルイズに、キュルケは尚も問う。 「相手は本気で殺しに来てるのよ? 何処かで自分がミスしたら本当に死んじゃうのよ?」 キュルケの問いたい事が何なのかわかったルイズは、窓の外を見ながら気まずそうに頭を掻く。 「あー、そういう事ね……そりゃ、まあ、恐いといえば恐い、かも…………でもねっ、そんな事よりもよ!」 キュルケに向き直って強く主張する。 「もっと恐い事色々あるじゃない! そう思えば別に大した事なんて無いのよ! ええ、私は全然恐くなんてないわ!」 「もっと恐い事って、例えば?」 「そりゃ……」 即答しかけて言いよどむ。 そして本気で悩み出す。 「……何だろ?」 「いや聞いてるの私だし」 あーでもないこーでもないと頭を捻ってみたが、やはりうまい言葉は見つからなかった模様。 「と、ともかくそういう時があるのよ! あるったらあるの!」 「はいはい」 面倒になったのか、キュルケは追及の手を止める。 『もういいわ。この不可思議生物はもう、そういう生き物だと割り切るしかないわねぇ』 翌日、キュルケは同じく見舞いに来たタバサに同じ質問をぶつけてみた。 「……恐いし嫌い。でも他に選べないからそうしてるだけ」 ルイズと違い、重苦しい雰囲気を漂わせるタバサから、それ以上の事を聞く事は出来なかった。 仕方が無いのでルイズが戦える理由を聞いてみると、タバサなりの考えがあったようだ。 「元々大貴族の娘。そうやって育てられて来たはずなのに、学院では魔法が使えず劣等生扱い。 普通なら一週間と保たない。でもルイズは逃げなかった。その理由はわからないけど…… プライドと体面と自身の能力のバランスが著しく欠けた状態で、一年間踏ん張った。 あれは、とてもじゃないけど真似出来ない。私はその一年こそが今のルイズを形作る大きな要因だと思う」 キュルケは、まださほどルイズとも付き合いが深く無かった去年一年間を振り返る。 今でこそわかるが、確かにあの状況でヤケにもならず、歪みもせずにルイズがルイズのまま頑張り続けられたのは奇跡に近い。 「……何かといえば馬鹿にしてきたけど、良く考えると私もタチ悪い事してたわねえ」 「キュルケが本気で馬鹿にしてたのは最初だけ」 フォローが入るとは思って無かったキュルケは、きょとんとした顔をした。 「キュルケは意識してなかったと思うけど、ルイズを認めてたから事ある毎に構ってた。 ルイズにとっては他の馬鹿にしてくる人達と同じに感じられただろうけど、 キュルケ自身は本気で馬鹿にしてたとは思えない。むしろ色々気にかけてたと思う」 半分呆れ、半分照れたような顔になるキュルケ。 「別にフォローはいらないわよ」 「私はそう思ってただけ。実際どうかはキュルケとルイズにしか解らない」 突き放すような口調は、真面目すぎる話にタバサも照れているからであろうか。 キュルケはぐでーっとベッドに横になる。 「あー、もうわかんない事ばっかりね。自分の馬鹿さ加減が嫌になるわ」 「うん」 ここでトドメを刺すか、と思いタバサの瞳を見つめると、どうやらその「うん」は自身に向けての言葉だったらしい。 少ししんみりとしてしまった空気を変えるべく、キュルケは話題を逸らす。 「でも、今回の件でわかった事もたくさんあるわよ。ありがとねタバサ、何時も私の事見ててくれて」 「私は……」 それが出来なかったからキュルケがこんな目に遭っていると思っているタバサは、その言葉を素直に受け取れない。 しかしキュルケはそんなタバサの事情などお構い無しだ。 「私に出来る事と出来ない事、タバサはわかってたのよね。私あんなヒドイ事言ったのに、それでも心配して病室に飛び込んで来てくれたの嬉しかったわ。本当にありがと」 少し俯き加減のタバサは、ぼそっと呟く。 「……私も一つ解った事がある」 「ん?」 キュルケにしかわからぬ表情の変化、それは、やっぱり照れくさそうだった。 「ゴメン、より、ありがとう、と言われる方が嬉しい」 暖かい何かが胸の中に流れ込んで来て、顔が自然と笑みを形作る。 「それ、私の知る中でも一番の大発見よ」 くすぐったいような感覚は、けど不快では全然無くて。 部屋を出て一人になってもその感じは続いてくれて。 シルフィードに乗ってトリスタニアに辿り着いて。 人混みに紛れて下町を歩く足は自然と軽やかで。 でも、やっぱり私はどうしようもない存在だと、鍛冶屋に着くなり思い出した。 彼に悪意がある訳では無論無い。 これでいいか、そう訊ねながら私が依頼した贋作の杖を突き出して来てるのも、一生懸命さの現われだ。 だから彼は悪く無い。 悪いのは、みんなの信頼を裏切ろうとしている私。 例え誰にも見つからず完遂し得たとしても、多分私はもう、彼女達の仲間にはなれない。 あんなに綺麗な人達の側に、私みたいな薄汚いモノが居るなんて、私が許せない。 でも、例え裏切り者と謗られようとも、彼女達がかけてくれた言葉は決して忘れない。 これが終わったら、私はみんなの為に影に潜もう。 きっと色んな困難を迎えるだろう彼女達の力になれるように。 もう私に笑ってくれなくていい。今までにもらった分できっと一生生きていけるから。 でも、彼女達はそんな私の思惑何てお見通しだったみたい。 盗み出した杖を手にシルフィードの待つ森へと駆ける私の前に、私の大切な友達が立っていたのだから。 どうして、とは口に出来なかった。 始祖ブリミルが私のような卑怯者に相応の罰を下しただけだろう。 正直、この二人に責められるのが、一番堪える。 キュルケはまだ回復しきってない体を引きずるようにして、悲しそうに私を見ている。 ルイズは噴火寸前の活火山のようだ。しかし爆発を堪え、涙目になりながら睨みつけて来る。 サンは口をへの字に結んでじっと見ているだけ。 みんな私が何かを言うのを待っている。 だから私は、極力想いが口調に出ぬよう自制しながら話した。 「……コレ、必要だから持っていく。邪魔……する?」 すぐにルイズが激発した。 近くの壁に力任せの拳槌を叩き込む。 「何でよ!? 何で私がタバサの邪魔するのよ! ねえ教えてよ! 私が! タバサの邪魔をするの!?」 鬱屈していた物全てを吐き出すようにルイズは叫ぶ。 「ねえ! 何でよ!? サンも! キュルケも! そして貴女まで! 何で何も言ってくれないのよ! 困ってるなら声かけてよ! 辛いなら手を貸すよう言ってよ! 私は……私は……」 怒鳴りながら、歩み寄ってくる。 「貴女達の為ならどんな死線だって潜り抜けて見せるわ! 危ない橋だろうと怪我だろうと恐くなんて無い! もしも、どうしても貴女達が死ななきゃならないような事態になったら! 私も一緒に死んであげるわよ!」 目の前まで来たルイズが崩れ落ちる。 「……だからお願い、教えてよ。辛いって、困ってるって…… ……口に出してくれれば、私何だってやってみせるから…… 私馬鹿だから、言ってくれなきゃわかんないの……ごめんタバサ、私気付いてあげれないの……」 私にすがり付きながら泣き崩れ、それ以上言葉に出来ずにいる。 キュルケは、すたすたと歩み寄ってきて、私の両頬をその両手で包み込む。 ルイズもぐずりながらキュルケを見上げている。キュルケは、笑っていた。 うん、顔は笑ってるけど、全然笑ってない。 ごんっっっっ!! ……頭突きは予想外だった。 痛い、凄く痛い。 「ほら、ここで騒いでちゃ見つかっちゃうでしょ。こっちよ」 私もルイズも、キュルケに引きずられるように一室に隠れた。 片手で頭を押さえてる私を見て、キュルケは見た目は怒った顔をしてたけど、実は笑ってたと思う。 何でこの人は、こんなに私の事をわかってくれるのだろう。 私自身にもわかっていなかった私がして欲しい事を、事も無げにやってくれるのだろう。 ごめんなさい、私もう無理。他の誰は騙せても、この人達を裏切る何て事、出来ない。したく、ない。 つい先日一人で暴走してぶっ倒れたキュルケは、バツが悪そうに頭を掻いている。 「……とりあえず、この場で話進める資格あるのってルイズだけっぽいわね」 同じく単身敵地に乗り込んだサンも小さくなってしまっている。 当然タバサも、観念したのか大人しく言いなりである。 涙目のまま、ルイズは三人を睨みつける。 「アンタ達がいっつも勝手な事ばっかするからねえっ!」 すぐさま降参とばかりに両手を上げるキュルケ。 「ああもう、わかってるってば。私達が悪かったからとりあえずそれは置いておいて、タバサの話」 まだまだまだまだまだまだまだまだ全然言い足り無そうにしつつも、今は時間が無いのはルイズも理解している。 「で、どういう話なのよ? 偽物作ってそれ盗み出したのはいいけど、どっかで使いたいからそうしたんでしょ?」 タバサは静かに語り始める。 自分がガリア王家に連なる出自である事、毒により気を狂わされ人質にされている母の事、 王に疎まれ危険な任務をこなしている事、飲まされた特殊な毒を治す方法を探している事…… 全てを語り終えると、ルイズが得心したように頷く。 「……つまり、私達の敵はガリア王って訳ね」 キュルケが即座にツッコむ。 「飛躍しすぎよ! 普通にタバサのお母さん助けて解決にしときなさいって!」 燦は、何故か涙を溢していた。 「……私な、こんな事言うたらイカン思うけど……タバサちゃんがやっぱりええ子じゃったってわかって、ホント嬉しいんよ……タバサちゃんは絶対悪い事嫌いだって……本当良かった……」 それは皆の意見を代弁してもいたのだろう。 ルイズ、キュルケと順に燦の肩を叩いて落ち着かせる。 そしてルイズは肩を鳴らして腹を据える。 「んじゃ、行くとしましょうか。キュルケは留守番、コルベール先生見張って盗んだ事バレるようなら何とか誤魔化しておいて」 不満そうではあったが、まだ完調からは程遠いキュルケは仕方なくその役割を受け入れる。 抜き足差し足忍び足で外に出ると、確認までにとタバサは燦に槍の使い方を問う。 燦は少し自信無さ気であった。 「うーん、確か思いっきり投げればええと思うけど……何か込めるとか言うてた気もするんよ……」 槍の強度は持っただけでわかるので、投げても大丈夫だろうと思い、試しにタバサは槍を両手で掴んで肩に背負う。 タバサが片手で持てるような重さではなかったのでこうしたのだが、少し持ちずらい。 これで母が本当に治るのか。 半信半疑であったのだが、タバサの、母に元気になって欲しいという願いは、数年かけて積み上げた想いは、槍に力を与えた。 「こう?」 そう言いながら走って勢いを付け、槍を放り投げる。 非力なタバサには一瞬槍が宙に浮かぶ程度しか出来なかった。 すぐに重力に引かれ落下する。ほんの1メイルも飛んでいなさそうだ。 その槍が突如閃光を放ち、轟音と共に空へとかっ飛んで行く。 ルイズもキュルケも、そうしろと言った燦までもが、余りの光景に言葉を失う。 ぺたんと座り込んでしまっているタバサは、燦に向き直る。 「……これで、いいの?」 燦は既に光の点と化した槍を見つめながら、それでもタバサを元気付けるよう明るく言い放つ。 「多分大丈夫じゃきに!」 「多分抜いて、お願い」 やはり安堵からは程遠いタバサは、すぐにシルフィードに乗って成果を確認に向かおうとする。 ルイズも燦も余り自信の無い後ろめたさから、焦るタバサを止めようともせずシルフィードの背に飛び乗り、早速ガリアへと向かうのであった。 ガリア国、オルレアン領。 その一角に不名誉な印を押された屋敷があった。 立派な造りであり、広大な屋敷であったが、住人はたったの二人。 ベルスランと言う名の忠実な執事と、その主、オルレアン大公夫人。 毒により狂った主人を、それでもと甲斐甲斐しく面倒を見てきたベルスランは、その日、雷が落ちたような大きな音を聞く。 それが臣下の責務であると信じる彼は、全てをさておき夫人の下へと駆けつける。 結果的にそれは最も効率的な行動となった。 ノックの音にも返事が無い事を訝しみながら扉を開けたベルスランの眼前に、信じられぬ光景が広がっていた。 天井からぱらぱらと土砂が落ちてきており、欠けたレンガは窓際にしつらえてあるベッドの上に降り注ぐ。 そう、部屋に入った人間が、十人中十人注視するだろう、今の常と違うベッドだ。 痩せ細り骨ばった夫人の口が限界を超えて大きく開かれ、瞳は中空にある何かに抗議するかのようにぎょろっと見開かれている。 ベッドに寝ている全身が腹部を中心にくの字に折れ曲がり、その中心には、どうやら天井をぶちぬいてきたと思しき一本の槍が突き刺さっていた。 「奥様ああああああああああああ!!」 ここ数十年出した事もないような大声で絶叫を上げるベルスラン。 まさかこの槍を投げたのが遠くトリステインの地にいるもう一人の主人、シャルロットであるなどと想像だにしないだろう。 血相変えて近くの医師を呼びに向かい治療を行うと、見た目より遙かに怪我が小さかった事がわかり心底安堵する。 そして一つの事に気付いた。 『……ぬいぐるみを手に持っておられぬのに……何故奥様はあのように落ち着いていらっしゃるのか……』 前ページ次ページゼロの花嫁