約 439,966 件
https://w.atwiki.jp/src_c_material/pages/486.html
ゼロの使い魔 Stork 管理人 高野 M明素材区分 P 備考 馬上の一本槍 管理人 槍騎ランナイ素材区分 U 備考
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/906.html
学院長室。四人のメイジと一人の使い魔は、オールド・オスマンに事の次第を 報告していた。全てを聞き終えたオスマンは、ステレオタイプな仙人ヒゲを いじりながら口を開く。 「ミス・ロングビルが土くれのフーケじゃったとはな・・・全く騙されたわい」 一体どこで採用されたのですか、という隣に立つ教師の問いで彼が秘書を 適当に採用していたことが分かり、オスマンは全身に彼女達の非難の視線を 浴びるハメになった。 「ま、まぁ問題はそこではない 重要なのは今君達が成し遂げたことじゃ」 老齢の学院長は無理やりに話を戻し、コホンと一つ咳払いをして続ける。 「よくぞ土くれのフーケを捕まえ、我が学院の至宝を取り戻した!」 誇っていいのかよく分からない顔で二人、いつも通りの無表情で一人、そして これ以上なく誇らしげな顔で一人がオールド・オスマンに一礼した。 「フーケは城の衛士に引渡し、『破壊の杖』は無事この宝物庫に収まった これで一件落着と言うわけじゃ・・・そこで!」 オスマンは生徒一人一人の頭を撫でながら続ける。 「君達の『シュヴァリエ』の爵位申請を、宮廷に出しておいた また追って沙汰が あるじゃろう ミス・タバサは既に『シュヴァリエ』の爵位を持っているからの 彼女には精霊勲章の授与を申請しておいた」 「本当ですか!?」 四人の生徒達は一様に喜んでいる。 「勿論じゃよ 君達はそのぐらいのことをしたのじゃから」 しかしルイズは、ハッと気付いてギアッチョを見た。 「・・・あの 彼には・・・ギアッチョには何もないんですか?」 松葉杖をついたルイズの質問に、 「残念ながら・・・彼は貴族ではない」 オスマンは申し訳なさそうな顔で答える。 「そんな・・・オールド・オスマン 彼は一番の手柄を立てましたわ!」 「彼女の言う通りです ギアッチョがいなければ今頃僕らはどうなっていたことか!」 「・・・大戦果」 キュルケ達が一斉にフォローに入るが、 「すまんの・・・そうしたいのはやまやまなのだが、ここはトリステインなのじゃ 平民が貴族になることは――出来ない」 聞き分けてくれ、とオールド・オスマンは言う。ギアッチョはそんな彼女達の 抗弁を意外そうに見ていたが、やがて口を開いた。 「別に褒美が欲しくてやったわけじゃあねー その辺にしとけ」 本人のその言葉にルイズ達は不本意ながらも口を閉ざし、それを機会に 偉大な老師は話題を変える。 「さて、今宵は『フリッグの舞踏会』じゃ 『破壊の杖』も無事戻ってきたので 予定通り執り行うぞ」 四人は釈然としない気持ちだったが、本人がいいと言っているならしょうが ない。キュルケ達は無理やり気持ちを切り替えることにした。 「そう言えばそうでしたわね・・・フーケの騒ぎで忘れておりましたわ」 「今日の主役は君達じゃ 用意をしてきたまえ しっかり着飾るのじゃぞ」 いつもの好々爺に戻ってそう言うオスマンに礼をして、四人はドアに向かった。 ルイズはその場を動かないギアッチョに眼を向けたが、「先に行ってろ」と 言うギアッチョに心配そうに頷くと、慣れない松葉杖に苦戦しながら出て行った。 「何か・・・ワシに聞きたいことがあるようじゃの」 そう言うと、オールド・オスマンはギアッチョに向き直った。ギアッチョは黙して 老翁を見つめている。オスマンはそれを肯定と受け取った。 「言ってごらん できるだけ力になろう 彼女達を助け、フーケを捕らえて くれたせめてもの礼じゃ」 それからオスマンは、隣に控える雑草一本ない頭頂部を持つ教師――コル ベールに退室を促した。一体何が始まるのかと期待していたコルベールは 今正にかぶりつこうとしていたケーキを取り上げられた子供のような顔で 部屋を出て行った。それを見届けてからギアッチョは口を開く。 「『破壊の杖』・・・あれをどこで手に入れた?」 キュルケが抱えていたあれは、間違いなく自分の世界の兵器、ロケット ランチャーだった。何故あれがこっちの世界にある?自分の故郷、 イタリアに戻る方法は存在するのか?・・・ 全てを聞き終えたオスマンは、少し驚いた顔をしながらもこの兵器の由来を 語りだした。曰く、この杖は自分の命の恩人が持っていたもので、その男は 既に死んでこの世にいない。そして彼が何故、どうやってこの世界に来た のかはこのオスマンにもさっぱり分からないということだった。 「・・・・・・そうか」 ギアッチョは黙ってそれを聞いていたが、やがて諦めたようにそう言った。 何せルイズが連日徹夜で調べてくれても見つからなかったのだ。そう簡単に 分かるとは、ギアッチョも思ってはいなかった。オスマンはすまんの、と 一言謝罪を述べてから、 「しかしおぬしのこのルーン・・・これについては分かるぞ」 ギアッチョの左手を取ってそう言った。 アルヴィーズの食堂、その二階のホールが今夜の舞踏会場だった。中は 色とりどりに着飾った貴族達で溢れ、平民なら頼まれても入りたくないような 豪奢な雰囲気が漂っている。が、ギアッチョは勿論そんなことに躊躇など しない。ずかずかと入り込んで好き放題に飯を食い、シエスタについで もらったワインを豪快に飲んでいた。さっきまではキュルケと話をしていたが、 ちょっと踊って来ると言って彼女はホールの中央へと歩いていったので、 ギアッチョは今デルフリンガーと会話をしている。 「いやー、しかしダンナも使い魔として召喚されるぐれーだからなんか能力は 持ってんだろーなとは思ってたが いやはやこんな化け物じみた魔法を 使えるたぁね!おでれーたよ俺は」 うんうんと何か一人で納得しているデルフだった。 「あれは魔法じゃあねー スタンドっつーオレの世界の能力だ」 デルフは基本的には己の使い手に味方するあまり主体性のない剣なので 特に情報をバラされる心配はない。そういうわけでギアッチョはルイズの他に このデルフリンガーにだけは隠し事をやめている。 「ほー そうかい しかしおっそろしい能力だよなぁ・・・無詠唱で一瞬の うちに空気までも氷結させるなんざよー あいつらメイジにしてみりゃあ まさに魔人の所業だね あん時ゃ流石の俺もブチ砕けそうだったぜ」 スタンドとは精神のヴィジョン。つまり彼らメイジの扱う魔法と、本質的には 同等のものだと言える。もしもギアッチョのスタンドがなんらかの形を取る ものであったならば、彼らには恐らくその姿が見えていたはずだ。デルフ リンガーには、本人はまだ気付いていないが強力な魔法吸収能力がある。 デルフがあの極寒の世界でブチ割れずに済んだのは相当に強力な固定化が かかっているということともう一つ、彼が所持しているその力がスタンド・・・ 精神の力に密かに反応して発動していたせいなのだが、彼がそれに気付くのは もう少し後の話だった。 テーブルの上で意外な健啖ぶりを発揮しているタバサや性懲りもなく次々と 女性を口説いてはモンモランシーに殴られているギーシュを見ながら、 ギアッチョはホールの奥へと進む。はたしてルイズはそこにいた。 「よぉ」 上から降ってきたその声に、ルイズは握っていたフォークを置いて顔を上げる。 「何してんだ? こんなとこでよォ~」 自分を見下ろすギアッチョから眼を逸らして、ルイズは答えた。 「・・・わたしは主役なんかじゃないもの」 一人で勝手に突っ走って仲間に迷惑をかけ、そして自分の身まで危うくし挙句 己の使い魔まで亡くしかけたのだ。そんな自分にどうして土くれのフーケを倒した ヒーローになる資格があるだろうか。キュルケ達に説得されて一応は着飾って 来たルイズだったが、入場した途端にホールの門に控える衛士に大声で紹介を され、彼女はもう恥ずかしいやら悲しいやらで一目散に壁際の席まで逃げて きたのだった。 「本当なら謹慎をくらっていてもおかしくないのに・・・場違いにも程があるわ」 ギアッチョは頭を掻いた。そりゃあいくら皆無事で済んでるからと言ってそう 簡単に開き直れるわけもないだろう。 全く手のかかるガキだ、とギアッチョは溜息をついた。 「ま・・・反省するのは結構だがよォォー てめーが主役じゃないなんてこと だけはねーぜ」 「え・・・?」 きょとんとしているルイズを見下ろして、ギアッチョは続ける。 「あの時てめーが討伐隊に志願しなきゃあどうなった?おそらくキュルケは 手を上げないだろう・・・それならタバサも志願する理由はねえ ギーシュの 野郎も立ち聞きもそこそこに逃げていっただろうよ そして教師共が 行かされることになれば・・・フーケを逃していたか、もしくは殺されていた 可能性もあった」 ギアッチョは眼鏡を中指で上げて、こう結論した。 「てめーが杖を掲げたからこそ、今のこの状況があるってわけだ」 ルイズはしばらくギアッチョを見上げて呆然としていたが、やがて我を取り 戻すと、ぷいと横を向いて言う。 「・・・な、何よ 危うく丸め込まれそうだったけど・・・結局は上手いこと言って 励まそうとしてるだけじゃない 余計にみじめになるだけだわ」 ネガティヴまっしぐらである。そんなルイズにギアッチョはもう一つ溜息を つくと、座っている彼女の目線に合うようにしゃがみこみ・・・その綺麗な 鳶色の瞳を覗き込んで、 「嘘じゃあねえ」 ただ一言、こう言った。 ルイズは当惑している。ギアッチョはいつも通りの凶眼で、ルイズをいつも 通りに睨んでいるだけだ。だけど何故だか今、その瞳の奥に優しさが 見えた気がして――有り得ないことだと自分に言い聞かせつつも、一度 そう思ってしまったルイズは彼と眼が合っているのがどんどん恥ずかしく なって、結局すぐに眼を逸らしてしまった。この使い魔は本気で言っている のだろうか?いや、そんなわけはない・・・今日わたしがしたことを知ってて 誰が本気でそんなことを言う?・・・・・・でも、もし本気だったら? やや混乱気味のルイズの頭の中で肯定と否定がぐるぐる回る。 ・・・もし、本気だったら。 「・・・・・・嘘じゃないなら」 ルイズは横を向いたまま、スッと手を差し出す。 「・・・・・・お・・・踊りなさいよ・・・」 ギアッチョは思わず「ああ?」と言いかけたが、更に一つ溜息を吐き出すと、 すっくと立ち上がり・・・ルイズの手を取った。 「・・・・・・一回だけなら付き合ってやる」 意外にも――実に意外にも、ギアッチョはダンスが上手かった。やり方 など一切知らないらしく本当に適当なダンスだったが、ロクに左足が 使えないのですぐにバランスを崩すルイズをリードして、足一つ踏むこと なく踊っている。 「・・・う、うまいじゃない・・・あんた」 それは当然だった。ギアッチョはスケートでアスファルトを時速80キロ以上で 走る男である。バランス感覚には相当なものがあった。 ――ったくよォォーー 寝ても醒めても殺しに塗れてたオレがなんだって こんなところでガキ相手にダンスを踊ってるってんだァァ? ギアッチョはルイズを見た。更にバランスが崩れやすくなるというのに、 赤く染まったその顔はギアッチョから背けられたままだ。「全く不器用な ガキだな・・・」と、ギアッチョは今度は心の中で嘆息する。 ――とっとと帰りてーところだが・・・もう少してめーの面倒を見てやると するぜ しょーがねーからよォォ~ 世にも不機嫌に見える顔で、しかしギアッチョは踊り続けた。 「おでれーた!」 さっきまでルイズが座っていた席に松葉杖と共に立てかけられている 魔剣は、実に機嫌の悪そうな男と彼から眼を背け続ける少女という、 全く不可解な組み合わせのダンスを見ながらそう叫んだ。 「しかも使い魔とご主人様だ!こんなダンスは見たことねえ!」 デルフリンガーはもう一度、心底面白そうに叫ぶ。 「こいつはおでれーた!」 ==To Be Continued...
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/766.html
「ここにフーケがいるの?」 「ええ、わたくしの調査によれば」 中から気取られない程度の距離を保って、一行は茂みの中から廃屋を観察 する。「ここからじゃ分からないわね」とキュルケが口にしたのを合図に、一同は一斉に顔を見合わせた。 「誰かが偵察に行かないとね・・・」 「セオリーとしては捨て駒が見に行くべきかしら」 「ちょっと!なんで僕を見るんだい!?」 あーだこーだと言い合うハデな髪の三人を尻目に、タバサが「ギアッチョ」と呟くのとギアッチョが腰を上げるのはほぼ同時だった。 「ちょ、ちょっとタバサ!?」 ルイズが抗議の声を上げる。青髪の少女はちらりとルイズを見ると、 「無詠唱」 ギアッチョを指してそう呟いた。そしてギアッチョがそれを受ける。 「なかなか実戦慣れしてるじゃあねーか小せぇのよォォー いい判断だ・・・この中で最も不意打ちに対応出来るのはオレってわけだからな」 無詠唱という単語にミス・ロングビルがピクリと反応する。腰に下げた剣を抜こうともせずに廃屋へ向かう男の背中を見ながら、ミス・ロングビルは誰にともなく尋ねた。 「ミスタ・ギアッチョはメイジなのですか?」 その質問に、全員が今度は一斉に彼の主を見る。ルイズはどう言っていいものか少々言いよどんだが、 「ま、まぁ・・・そんなものです 厳密には少し違うらしいですけど」 とりあえず当たり障りの無い程度に答えておくことにした。というか、ルイズもそれ以上のことは知らないのである。 魔法ではないとキッパリ言われたのだが、じゃあどこが違うのかと言うことまでは教えてくれなかった。 緑髪の秘書は無詠唱という部分を詳しく知りたがっているようだったが、今はそんな話をしている場合ではない。ルイズは使い魔が襲われてもすぐ助けられるよう、杖を抜いて彼を見守った。 木々に身を隠しながら小屋へと向かう。ギアッチョは別にいつ襲われてもいい、むしろ手間が省けるからとっとと襲ってこいぐらいの気持ちだったのだが、万一逃げられると後が非常に面倒なことになるので真面目にやることにした。 「ねえ、何かあいつ凄く隠れ慣れてない?」 後方で様子を伺うキュルケがそう口にする。タバサやギーシュ達も、その洗練された動きを興味深げに見守っていた。自分の使い魔が褒められて嬉しくない主人がいるだろうか? 「そりゃ、凄腕の暗殺者だったんだからね」 と胸を張りたかったルイズだが、流石にそんなことをバラしてしまうのはどうかと思って黙っていた。 そうこうしているうちに、ギアッチョは廃屋に辿り着く。入り口の横にスッと身を隠し、 ――ホワイト・アルバム スタンドを発動させる。 「人の気配はしねぇが・・・気配を殺す魔法なんてのがあってもおかしかねー 念を入れておくとするぜ」 ギアッチョの足から、小さくビキビキという音が発生する。その音は入り口へ 向かって進み、そしてそこを見事な氷の床へと変えた。 「逃げようとしてもこいつでスッ転ぶってわけだ」 そうしておいて、一分の無駄も無い動きで小屋の中へと滑り込む。身を低くして一瞬で周囲を見渡し、隠れている者がいないかを探した。 「・・・誰もいねぇな」 わざと声に出して呟き、そして敢えて隙だらけの挙動で小屋の中心に立つ。 五秒、十秒。何かが襲ってくる気配はない。逃げ出す気配もない。 「やれやれ」 どうやら本当に誰もいないようだ。別の意味で面倒なことになるなと思いながら、ギアッチョはルイズ達にOKのサインを送った。 「二番手は僕に任せたまえ!!」 誰もいないと分かって俄然やる気が出たギーシュが猛然と小屋に突進し、 「ワアアアアーーー!!」 見事に氷のトラップに引っかかった。一回転したのち背中から落下したギーシュを確認してから、ギアッチョはホワイト・アルバムを解除する。 わざとだよね?わざと解除しなかったよね?というギーシュの恨みがましい視線を清々しくスルーして、ギアッチョはキュルケ達を迎え入れる。 ルイズは小屋の外で見張りをし、ミス・ロングビルは周囲の偵察をすることになった。 まだ床で呻いているギーシュを「てめーも見張れ」と蹴り出して、キュルケ、タバサと共に家捜しにかかる。 程なくして、タバサが無造作に置かれていた破壊の杖を見つけ出した。 「ちょ、ちょっと待って 何かおかしくない?こんな簡単に・・・」 キュルケの疑問はもっともである。ギアッチョは警戒するように辺りを見渡した。 「普通に考えて罠だろうな これから何かを仕掛けてくるか・・・あるいは既に何かを仕掛けているかよォォ」 タバサはスッと杖を掲げると、探知魔法を唱える。 「周囲に魔力の痕跡は見当たらない」 タバサは簡潔に結果を報告すると、指示を待つようにギアッチョを見た。 「となると 外・・・か」 その言葉に答えるかのように、外から何かを叫ぶルイズとギーシュの声が聞こえ――それと同時にミス・ロングビルが室内に飛び込んで来る。 「皆さんッ!土くれのフーケが現れました!!」 ギアッチョ達は急いで外に飛び出す。そこには自分達に背を向けて魔法を唱えているルイズと、杖を取り出したもののどうしていいか決めかねているのかオロオロするばかりのギーシュがいた。 そして二人の視線の先に見えるのは、今まさに森の中へ逃げ込もうとしている黒いローブの人物だった。 次々と放たれるルイズの爆撃をかわそうともせず一目散に茂みを目指している。 「あのローブ・・・間違いなくフーケだわ!」 すぐさま追いかけようとするキュルケとルイズを手で制止すると、 「てめーらは破壊の杖を守れ マンモーニ!てめーはついてこい!」 言うが早いかギアッチョが走り出す。 「えええっ!?ぼぼ、僕がかい!?」 「何しに来たのよあなたはッ!」 キュルケがうろたえるギーシュの尻を蹴っ飛ばし、ギーシュはその勢いで泣きそうになりながらギアッチョの後を追った。 「どうして待機なの!?私も――」 ルイズが今にも走り出そうとするのを見て、ミス・ロングビルがそれを優しく諭す。 「ミス・ヴァリエール もしフーケが逃げている先に罠があった場合、全員で行けば一網打尽にされてしまう可能性があるのです ミスタ・ギアッチョの判断は的確ですわ」 それを聞いて、彼女はしぶしぶながら納得した。 ――そう、的確な判断の出来るあんたなら・・・必ずこうすると思ったよ ギアッチョとおまけの身を案ずる3人の後ろで、有能極まる秘書は彼女を慕う者が見れば卒倒するような笑みを浮かべていた。 小屋から二十数メイルは離れただろうか。土くれのフーケは依然逃走を続けていた。 チッ、とギアッチョは舌打ちをする。 ――こいつは罠を設置してある地点に向かって逃げている可能性がある・・・ そこに辿り着かれる前に、今動きを止める必要があるってわけだ。 ギアッチョはおもむろにデルフリンガーを掴むと、「え、ちょ、何を」という声も無視してそれを大きく振りかぶり、フーケ目掛けて投げつけた! ゴワァァァーンッ!! 金属同士がぶつかり合う派手な音を響かせて、フーケはどうと地面に倒れた。 デルフリンガーに悲しい親近感を覚えているギーシュを放置して、ギアッチョは己の剣を回収する。 「初めてだ・・・こんな酷い扱いをされるなんて・・・」 デルフがぶつぶつ呟いているのも無視。そんなことよりギアッチョには一つ気になったことがあった。 ――今、何故「金属同士がぶつかる音」がした? 脳裏に去来する最悪の可能性を払拭すべく、倒れているフーケを強引に引き起こす! 「――ッ!!」 ローブを身に纏っていたものは、ギーシュのワルキューレを髣髴とさせる青銅の甲冑であった。 「な・・・!?なんだいそれはッ!!」 ギーシュが異変に気付き声を上げる。 「ハメられたっつーことだッ!!」 ギアッチョはそう言い捨てて甲冑の頭部を蹴り飛ばす。氷を纏ったその蹴りに青銅の兜はあっさりと胴から分断され、鬱蒼とした森の茂みへと消え去った。 「コケにしやがって・・・!後ろを見ろマンモーニッ!!」 ギアッチョはブチ切れていた。悪鬼羅刹をも射殺さんばかりの双眸をギーシュに向けて怒鳴る。 「ヒィッ!」という声と共に、ギーシュは殆ど条件反射で元来た道を振り返った。 「ンなッ・・・!!」 ギーシュは絶句した。八体の青銅の騎士が、蟻の子一匹通さぬ密集隊形でこちらへ向かって来ていたのだ。 「既にオレ達はよォォ~~・・・罠にかかっていたっつーわけだ」 バギャアア!!と土に戻りつつあった黒いローブの青銅人形を踏み潰して、ギアッチョは今や2メイル程にまで距離を詰めた甲冑の一個分隊に向き直る。 「わ、罠だって・・・!?」 ギーシュがオウム返しに口にする。 「オレ達とあいつらを分断し・・・あわよくば始末するってところだろうなァアァ。ナメやがって!クソッ!クソッ!!」 ギーシュはとりあえずギアッチョから1メイルほど距離を取った。 「そ、それでどうするんだい!?」 造花の杖を引き抜いてギアッチョに問う。 「ブッ潰して戻るッ!!」 言うがはやいか、ギアッチョの右手が氷に包まれ始め――、数秒後、それは氷の曲刀を形成していた。 「剣の作法は知らねーが・・・こいつで首を掻っ切るなぁ慣れてるからよォォー!」 ギアッチョは腰を落として氷刀を構え、ギーシュがワルキューレの練成を開始し――そして、戦いが始まった。
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/1724.html
ギーシュ、タバサと別れ、ルイズ達は自室へと女子寮を歩いていた。 「流石に疲れた顔してるわねぇギアッチョ」 苦笑するキュルケに、 ギアッチョは淡々と返事をする。 「そう言うおめーもな ・・・ま、確かに本音を言やぁ今すぐ寝床に ブッ倒れたい気分だが」 散々暴れたばかりか、瓦礫の山に押し潰された上に巨大な竜巻を丸ごと 一つ消し潰したのだ。その疲労たるや推して知るべしといった所である。 王宮へ向かう前、ラ・ロシェールで正式に怪我の治療はしたのだが、 それも心身の疲労を回復させることまでは出来ない。ギアッチョの 体力と精神力は今、殆ど枯渇寸前と言ってよかった。 「・・・あら?」 前方を歩いているキュルケは、ぴたりと足を止めた。 「ルイズ、あなたの部屋の前に誰かいるわよ?」 「え?」 心配げにギアッチョを見ていたルイズは、その声で前に視線を戻す。 どこかで見た男がそこに立っていた。向こうもこちらに気付いた らしく、どたどたとこちらに向かってくる。 「おお、我らの剣!!」 平民の料理長、マルトーだった。ギアッチョを見て、彼は一瞬 救いの神を見たかのように顔を輝かせたが、あちこちに包帯が 巻かれているギアッチョの姿を見て、 「あ・・・」 辛そうに顔を曇らせて俯いた。 「・・・どうした」 「い、いや・・・いい 悪かったな、こんな時間に・・・」 「それ程のよォォーーー、理由があるんだろうが いいから言いな」 「・・・あ、ああ・・・」 促すギアッチョに応えて、マルトーは暗澹たる顔で語り出した。 「・・・シエスタが、行っちまった」 「・・・ああ?」 「買われていったのよ・・・モット伯だとかいう野郎にな 今頃は屋敷に着いてる頃だろうぜ」 ピクリと、ギアッチョは眉を上げる。マルトーは俯いたまま、 吐き捨てるように続けた。 「・・・その筋では有名な男さ 眼に留まった女をまるで花でも 摘むように買って行きやがる」 「・・・・・・」 「勿論止めに入ったぜ そしたら奴は何て言ったと思う? 『平民が許可無く貴族に口を利く法は無い』とさ 野郎は それだけ言うと後は俺達の方なんざ一度も眼を向けやしなかった …全く反吐が出るほどご立派な貴族様じゃねえか!ええ!?」 「――・・・ッ」 隣に貴族が二人いるにも関わらず、声を荒げて言い放つマルトーに、 ルイズ達は苦しげに眉根を寄せる。 「俺達はオールド・オスマンに助けを求めた あの人とコルベール 先生だけは、俺ら平民に理解を示してくれてるからな・・・ ――だが、駄目だった 奴ぁ王宮直属の国吏で、下手なことを すると学院全体に累が及ぶ可能性があるんだとよ 交渉するに しても、まず下準備がいる・・・時間がかかるんだそうだ」 「・・・」 「だがそんな余裕はねえッ!」 ガンと音を立てて、マルトーは壁を叩きつけた。 「人の心なんざ壊れんのはあっという間だ・・・その下準備とやらが 終わるまで、あの純粋な娘が平気でいられる保障はねえんだよ!!」 それは、ギアッチョには殊更よく分かることだった。一度人を 殺してしまえば――それに慣れることに時間はかからない。 「俺達には、もう出来ることはねえ・・・ 俺達平民が何人 何十人、何百人集まろうと、奴ら貴族に指一本触れることは 出来やしねえんだよ 平民にとって貴族なんてのはまさに 天災なんだ 災害に人が抗って、打ち勝つことが出来るか? 出来やしねえッ・・・!!俺らちっぽけな人間如きに出来るのは、 地べたに跪いてガタガタ震えながら祈り続けることだけだ!!」 マルトーは怒りに震える拳を抑えて怒鳴る。 「なあギアッチョよ・・・俺を軽蔑するならいくらでもしてくれ 俺はこんな傷だらけの人間にみっともなく縋るしかねぇ・・・ あの貴族にも劣る最低の屑野郎かも知れん だが、それでも 助てやりてえんだ・・・!!頼むギアッチョ・・・俺の、俺達の 希望は、お前しかいねえんだよ!!」 文字通り縋るような眼差しで懇願するマルトーを、ギアッチョは いっそ酷薄な程に冷静な相貌で見返した。 「・・・一つ聞くが 助けて欲しいと、シエスタ自身がそう 言ったのか?」 「・・・いいや・・・一言も言っちゃいねえよ あいつぁ最後まで 笑ってた 『ギアッチョさんによろしくお願いします』ってな・・・ そう言った時も、あいつは笑ってたよ」 「・・・そうか」 「だが・・・だが俺は見たッ!!厨房の裏で、あいつは声を 押し殺して泣いてたんだよッ!!ええ!?どうしてだ・・・ どうしてあいつが選ばれなきゃならねえんだよ!!貴族の妾に なれるのは平民の幸せだ?フザけんじゃあねえッ!!」 「・・・・・・」 無表情にマルトーを眺めたまま、「氷」の名を持つ男は静かに呟いた。 「・・・それだけ聞きゃあ十分だ」 「ギ、ギアッチョ!ちょっと待ちなさい!」 静かに、だが足早に歩くギアッチョをルイズとキュルケが追いかける。 しかし、その距離は一向に縮まらない。ギアッチョの発する氷の如き 殺気が、何者をも寄せ付けない壁を形成していた。 ついにルイズ達は、追うことを諦める。二人が立ち止まった瞬間、 ギアッチョは校舎の入り口から宵闇へと姿を消した。 「・・・やれやれだわ」 「やれやれね」 二人して溜息をついてから、キュルケは横目にルイズを見る。 「・・・好き放題に言われちゃったわね」 「そうね」 ルイズはギアッチョの消えた先を見つめながら応じた。 「このまま言わせておくつもり?」 「・・・まさか」 答えてから、ルイズはキュルケを見返す。二人して困ったように 笑うと、貴族の証たるマントを翻して引き返した。 不気味に茂る深夜の森に、蹄鉄の音が響く。地を駆ける白い馬の馬身が、 そしてそれを駆る男の姿が、大きな月に照らされて青白く浮かび上がった。 それはまるで――死を従える黙示録の騎士のようだった。 「旦那、そこを左だ」 マルトーから受け取った地図を見ながら、デルフリンガーが指示を 出す。それを頼りに、ギアッチョは右へ左へ馬を進ませていた。 「しかしよ、旦那・・・」 「ああ?」 「あのオッサンは動転してて気付いてなかったみてーだけどよ、 貴族の館で暴れちまうのは流石に不味いと思うぜ 旦那は勿論、 まず間違い無くルイズに――いや、ラ・ヴァリエール家にまで責が及ぶ」 自分達を慮って呟くデルフに、ギアッチョは静かに答えた。 「その時はオレが死ぬだけだ」
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/1807.html
モット伯は杖を振りながら、水の鞭を避け続けるギアッチョに嘲笑を 投げかける。 「クックック・・・貴様は全く平民の象徴のような男よ そうやって何も出来ずに逃げ続けることしか出来ない平民のな」 優越感に酔う彼は気づかない。見下すことに慣れすぎた瞳には、 常人ならざるギアッチョの動きに違和感を見出すことさえ出来なかった。 「貴様ら弱者は実に面白い 強者と対峙した時、貴様らは逃げる ことしか出来ないということをいつも証明してくれる 謝罪、懇願、 逃避・・・それが貴様ら弱者のお定まりのパターンだ その絶望が 実に面白い!ぬははははははははッ!」 「ほー、そいつぁ確かに面白ぇな ところで弱者ってなぁ誰の ことを指してんだ?」 右上から飛来して来た水鞭を受け止めるかのように、ギアッチョは スッと片手を差し出した。 「バカが!!」 ギアッチョが混乱したものと考えたらしいモット伯が暗い笑みを 浮かべると同時に、水の蛇はギアッチョの掌に命中し―― パキン。 頭から尻尾まで、全てが完全に、そして一瞬で凍りついた。 「・・・・・・へぇ・・・?」 状況を理解出来ず、モット伯は間抜けな声を上げる。次の瞬間、 重力に忠実に従った氷の蛇は地面に叩きつけられて粉砕した。 「・・・な、何が起きて・・・」 呆然と呟きながら、モット伯はじりじりと後ずさる。それに 合わせて、ギアッチョはずいと前に進み出た。彼の振り撒く 縮み上がらんばかりの殺気に、モット伯はようやく気がつく。 「おいおい、伯爵様よォォ~~~~~ 徒手空拳の平民如きに 何をそんなに怯えてんだァァ?」 ギアッチョの嘲りに、モット伯のプライドはかろうじて再燃した。 「だ、黙れ黙れ黙れッ!!平民風情が、もういい!今すぐ死ね!!」 再び血が上った頭を振って、短くルーンを唱える。掬い上げるように 振った杖に合わせて、砕けた氷の破片がギアッチョ目掛けて散弾の 如く襲い掛かったが、 「無駄だ その程度の低い脳味噌でしっかり理解しな・・・」 見えない何かに阻まれて――それらは虚しく四散した。そのまま モット伯の目の前に上体を突き出して、ギアッチョはゆっくりと 宣告する。 「てめーは、弱者だ」 恐怖と怒りと屈辱で、モット伯の顔は真っ赤に震えた。ぎりぎりと 握り締めた杖を力一杯振りかぶる。 「ラ、ラグーズ・ウォータルぶっげぁあぁ!!」 ギアッチョの拳を至近距離から顔面に叩き込まれ、モット伯は 壁際まで吹っ飛んだ。 「げほッ・・・き、貴様!!貴族の私を殴ったな!!死刑だ、 しし、死刑にしてやるぞッ!!」 尻餅をついたまま鼻血を片手で抑えて叫ぶモット伯に、ギアッチョは 侮蔑の眼を向ける。 「ああ?てめー・・・貴族だから殴られないと思ってたわけか? 人を殺そうとしておいてよォォォ~~~ てめーは殴られる 『覚悟』すら出来てなかったっつーわけか?」 「黙れ黙れ黙れッ!!家畜がほざくな!私は貴族だ、伯爵だぞ!! 薄汚い平民如きがぐぶぉおッ!!」 言葉の途中で顎を容赦無く蹴り上げられ、モット伯はアーチのように 仰け反った。その前に屈み込んで、ギアッチョは世間話のような調子で言う。 「よぉ、知ってるか?その身を賭して領民を守るのが貴族ってやつ らしいぜ つーことは、だ・・・てめーは貴族なんかじゃあねーって ことになるなァァァ」 「は・・・はガッ・・・ よ、寄るな虫ケラが・・・私は貴族だ・・・ 伯爵なんだ・・・」 「いーや違うね てめーは貴族でも平民でもねぇ・・・ただのゴミ屑だ」 「・・・な、何だと・・・ 平民のぶ、分際でこの私にうごぉォッ!!」 モット伯の顔面を裏拳で横殴りにブッ叩き、そのまま眼鏡の位置を直す。 「さっきから平民平民とうるせーがよォォォーーーー てめーは一体 何をして自分を貴族だと思ってやがるんだ?ええ?おい」 「そ、」 開きかけた口を、ギアッチョは掌底で強引に閉じさせる。 「当ててやろーか?てめーにゃあ誇りも信念も、倫理も道徳もねえ あるのは運良く持って生まれた魔法と財産だけだ 違うか、オイ? 魔法が使えるから貴族で、財産があるから貴族・・・てめーの頭ン中に あるのは、たったそれだけだ」 「そこで」と継いで、ギアッチョは左手を持ち上げる。まるで飲みかけの ペットボトルに手を伸ばすような気安さでモット伯の杖を掴むと、 「・・・な、あ、ああぁああ・・・!!」 硬質的な音を立ててそれはあっと言う間に氷の柱へと姿を変え。 バキンッ!! ギアッチョの手によって、容易くヘシ折られた。 「・・・さて、これでてめーの拠り所は消えちまったわけだ おい、杖が無くなりゃあどうするんだ?お偉い伯爵様よォォォーー」 狩をする獣のような眼光で、ギアッチョはモット伯を見下ろした。 衛兵から隠れながら、迷路のような邸内をシエスタ達はおぼろげな 記憶と勘を頼りに出口へと走る。 「え、ええっと・・・多分こっちです!」 「あれ?確かこっちだったような気がするんだが」 「違う、こっち」 「ってどっちなのよ!」 ひょっとしなくても、彼女達は迷子だった。シエスタを除く三人は 先程の往路しか知らないし、シエスタとて似たようなものなのである。 埒があかなくなったタバサは、こんな時まで読んでいた本を閉じ、 動きを止めて目蓋を落とした。 「タバサ・・・?」 「・・・風はこっちから」 呟くように言って、タバサはまた走り出した。風のメイジの言葉を 信じない理由はない――シエスタとギーシュはすぐに後を追って 駆け出す。その後ろを、ルイズが少し息を荒げながら着いて行く。 その原因は、胸に抱えるデルフリンガー。「素手のほうが都合がいい」 ということで、ギアッチョに預けられたのだった。持ち運ぶだけならば 問題はないが、抱えて走るには彼女の細腕には重すぎる。だがルイズは 文句を言おうとは思わなかった。ギアッチョが自分に何かを頼んで くれたことが、彼女は純粋に嬉しかった。 「わりーなルイズ 姿形は変えられても重さばかりはどうしようもねぇ」 「そんなのあんたが気にすることじゃないわよ 衛兵連中にメイジが 混じってたら働いてもらうんだしね」 「ま、そいつぁ任しとけ 旦那のお陰でこんな時ぐれーしか出番が ねーからよ」 一人と一本は小声で笑い合う。デルフの軽口が、ルイズの緊張を 和らげていた。 「しっかし、さっきは随分と大胆だったじゃねーの お前さんも やるときゃやるもんだね」 楽しそうに言うデルフと対照的に、ルイズはきょとんとした顔をする。 「大胆?」 「大胆も大胆、『あなたがいれば他には何もいらないわ!』なんて 中々言えるセリフじゃねーよ ありゃ一種の告白だね」 わざとらしく声を真似するデルフに、一瞬置いてルイズの顔はぼふんと 茹で上がった。 「だっ、な・・・ちち、違っ・・・!ああああれはそんな意味なんかじゃ ないわよ!ていうかそ、そこまで言ってないでしょ!!」 「いーや言ったね、言ったも同然だね 俺にはひしひしと伝わったぜ 何てーの、ありゃ愛だね愛 溢れんばかりの恋情が、」 「な、なななな何恥ずかしいこと言ってんのよバカっ!!違うって 言ってるでしょ!?あ、あいつのことなんて全然全く一切これっぽっちも 気になってなんかないんだからっ!!」 「解ってる解ってる もう気になるなんて段階じゃないんだよな しかしあのセリフじゃまだまだ弱いな 旦那はああ見えてかなりの 朴念仁だからな、もっとこう好きだの愛してるだのはっきりした言葉を 交えつつ――」 「・・・ち、ちち違うって言ってるでしょこのバカ剣ーーーーっ!!」 滔々と語るデルフリンガーを遮って無理矢理鞘に戻し、ルイズは肩で はぁはぁと息をする。 もしかしたら、いや、認めたくはないが多分きっと、自分は恋をして いる――それはデルフに言われなくとも、自分で理解していることだ。 しかしそんな恥ずかしいことを他人に知られることだけは出来ない。 ていうか無理。絶対無理。これが誰かに知れるぐらいなら、いっそ死んで しまったほうがいくらかマシかもしれない。 そういうわけで、一つ溜息をついて上げた顔の先で三つの視線が自分を 凝視していると気付いた時――彼女は心の底から泣きたくなった。 慌てて姿勢を正して、シエスタはコホンと咳をする。 「え、えーと・・・ミス・ヴァリエール、その・・・ど、どうか なさいましたか?そんな所で立ち止まられて・・・」 ぎこちない笑顔で問い掛けるシエスタに、ルイズは真っ赤に上気した 顔を少し和らげた。 ――・・・あ、あれ もしかして聞こえてない・・・? 「そ、そうよね 結構距離が開いてたものね」と心の中で呟きながら、 恐る恐るタバサを見る。 「・・・・・・急いで」 そう言いながら、タバサはルイズに背を向けた。 ――や、やっぱり・・・聞こえてないかも ルイズはほっと胸を撫で下ろす。どうかそうであって欲しいと願う 彼女の眼には、タバサのほんの少し染まった頬は見えなかった。 「なんとかなった」と、三人は一様に独白する。しかしそんな彼女達の 苦心を見事にブチ壊す男が一人。 「安心したまえルイズ、最初は皆そういうものなのさ ある日突然、 雷に打たれるように、或いはふっと花の香りが届くように己の恋の つぼみの存在に気付く、それが恋心というものなのだよ そう、 僕とあの可憐なモンモランシーも(中略)、だから今は解らなくても いいのさ いつか君もハッと気付く時が来る、そしてその時こそが 二人の恋の――」 造花の薔薇を取り出してデルフリンガーの何倍もアレなことを のたまうギーシュに、場の空気は一瞬で凍りついた。 「・・・あ、あのー・・・ミスタ・グラモン、少し空気を・・・」 「そう!空気のようにいて当たり前だと思っていた人間が、ある日 突然特別に感じられる、それが恋の萌芽なのさ!かく言う僕と モンモランシーも(後略)」 水を得た魚のように得々と語り続けるギーシュにシエスタはこの世の 終わりのような顔をし、タバサはそそくさと読書に逃避した。 「・・・ち・・・ち・・・・・・」 真っ赤な顔で肩を震わせるルイズの様々な感情は、今静かに限界を 突破した。 「父?」 「違うって言ってるでしょうがぁあぁああーーーーーっ!!!」 直下型の地震のように爆発したルイズの叫びは、広大な館中に轟いた。 ――そう、「館中」に。 「こっちから声が聞こえたぞ!」 「いたぞ!あそこだ!」 「「あ。」」 …そんなわけで、彼女達は一瞬にして大ピンチに陥った。何せ 屋敷中の衛兵達に前から後ろから一目散に取り囲まれたのである。 その数は十や二十では利かなかった。一方、ギーシュが自分達の 周囲に配置したワルキューレはたったの三体。タバサの魔法も、 衛兵全てを薙ぎ倒す程の力は出せない。満身創痍な彼らの、それが 今の限界だった。 「・・・ご、ごめんなさい・・・」 ルイズは悪戯が見つかった子供のような顔で謝るが、それは色々な 意味で遅すぎた。 「見つかってしまったものはしょうがないさ それよりも何とか 切り抜ける方法を考えようじゃないか」 この事態を引き起こした一因であるところの少年は、いっそ清々しい 程爽やかに言い放った。しかしこの場の誰にも、それに突っ込む気力は 残ってはいなかった。おまけに、言っていること自体は全く正しい ものである。衛兵達のど真ん中に投げ込んでやりたい気持ちを抑えて、 タバサは簡潔に方策を告げた。 「強行突破」 一見強引に見えるが、なるほどそれは確かに最善の方法かも知れない。 全員をいちいち相手にしていればジリ貧になるだけである。ならば 思い切って後方を放置し、前方を突っ切るのが最も負担の少ない作戦だと 思われた。 ――・・・でも 懸念はある。自身の無骨な杖に、衛兵達はさほどの怯えを示していない。 それはつまり、彼らはメイジに対して何ほどかの場数を踏んでいる―― 或いはそれに抗する策が存在している可能性があるということである。 「・・・彼らの中に、メイジが混じっている可能性がある」 「――まかせて」 デルフリンガーを抱える腕に少し力を込めて、ルイズはしっかりと 答える。それを合図に、彼女達は一斉に走り出した。 ルイズ達の意図を理解して、前方の衛兵達は刃を潰した槍を構える。 その後ろから、不可視の風の弾丸が空を切って飛来した。 「ルイズ!」とタバサが素早く叫ぶ。 「デルフ、お願い!」 「あいよ!」 すらりと魔剣を引き抜いて、ルイズは前方を薙ぎ払うように掲げた。 その瞬間、風は荒々しく逆巻きながらその刀身に飲み込まれた。 「っつ、重っ・・・こんなのよく片手で持てるわねギアッチョは ごめんシエスタ、鞘持ってくれる?」 「は、はい ミス・ヴァリエール」 ふらりとよろけるルイズから、シエスタは慌てて鞘を預かる。ルイズは 両手で柄を握り直すと、再び虚空に突き出した。ギュルギュルと 渦巻きながら、ウィンド・ブレイクは二発三発とデルフリンガーに 飲み込まれる。ダメージ一つないルイズ達に、余裕を保っていた 衛兵達はにわかにざわつき始めた。その隙を突いてタバサが撃ち放った ウィンド・ブレイクが衛兵達を弾き飛ばすが――如何せんその数が多く、 海を割るように道を開くことは出来なかった。 不味い、とタバサは独白する。自分の放てるウィンド・ブレイクは あと数発もない。これでは埒を明けることは相当に難しいだろう。 「・・・タバサ、大丈夫なのかい」 それを悟ったか、ギーシュが不安げな顔で問い掛ける。彼のゴーレムは 後方のガードに手一杯で、とても前面の攻撃に向ける余裕はなかった。 「・・・・・・」 タバサは答えない。その沈黙が、言葉よりも雄弁に現状を語っていた。 「・・・よ、よし!ならばここは、ぼ、ぼぼ僕が囮になろうじゃないか!」 ギーシュの頭はあっさり玉砕一色に染まってしまったらしい。杖を ぶるぶると握りしめて、彼は高らかに叫んだ。 「お、おおお前達!こっちを見ろ、この僕が相手になってやる! 我が名は青銅のはォッ!!」 タバサの杖を脇腹に、ルイズの蹴りを脛に受けて、ギーシュは奇声を 上げてうずくまった。 「素性明かしてどうすんのよ!」 「バカ」 タバサの一撃が予想以上に効いたらしく、ギーシュは二人の罵倒に 返答も出来ず呻いた。 「・・・でもどうするの?このままじゃ・・・」 ルイズはタバサに肩を寄せて呟く。その先を語るかのように、衛兵達は じりじりと間合いを狭めて来た。タバサが僅か黙考して開いた口を 遮って、シエスタは悲痛な声を上げる。 「も、もうやめて下さいっ!」 三色三対の視線を受けて、彼女は絞り出すように続けた。 「もういいんです、私が出て行けばきっとここは収められます・・・ お三方の気持ちは本当に嬉しいです、だけどこれ以上は」 「嫌よ」 「えっ・・・」 「こんな所で逃げ出したら、ギアッチョに・・・リゾット達に 笑われるわ」 きっぱりと言い放って、ルイズは真っ直ぐにシエスタを見つめる。 その眼差しに決闘の時のギアッチョと同じ光を見て、シエスタは それ以上を続けることが出来なくなってしまった。 「・・・どうして、こんな・・・ただの平民の為に、ここまで するんですか」 俯くシエスタに、ルイズは少しためらいがちに答える。 「・・・ギアッチョの友達は、わ・・・わたしの友達だもの そ、そうでしょ、ギーシュ」 照れ隠しに眼を逸らして言うルイズに、ギーシュは屈みこんで 腹を押さえた体勢のまま応じた。 「ぐふっ・・・そ、その通りさ 友の窮地を、誰が見捨てるものか」 「・・・友、達・・・?」 シエスタは呆けたように繰り返す。貴族であるルイズ達の言葉に、 彼女は耳を疑った。 「・・・で、でも 私は平民で・・・」 「関係無い」 小さく首を振るタバサの横で、ギーシュはよろよろと立ち上がる。 「タバサの言う通りだよ ギアッチョと付き合うようになって、 僕はやっと理解した・・・貴族と平民の間に、違いなんて何も ないんだ 魔法が使えるか使えないか、ただそれだけのこと …皆人間なんだ、ただ生きてる人間なんだよ」 「ミスタ・グラモン・・・わ、私は・・・」 「武器を捨てろ!!」 野太い声が、シエスタの言葉を遮った。衛兵達のリーダーと思しき メイジの男が、ルイズ達に杖を突きつけて怒鳴る。 「何者か知らぬがここまでだ 何やら怪しげな術を使うようだが、 まさかこの人数相手に逃げられると思わぬことだな」 ルイズ達は、無論武器を捨てたりはしなかった。背中合わせに 身を寄せて、彼女達は無言で杖を構え続ける。 「抵抗を続けるか ならば少々痛い目に遭ってもらうぞ」 男の言葉と共に、衛兵達は一斉に襲い掛かった。 「ひかえおろう!」 この場にそぐわぬ時代がかった物言いに、衛兵達は思わず動きを 止める。ルイズ達までもが眼を点にして声の主を見つめた。 彼女――タバサは、長大な杖を掲げて口を開く。 「我らを何と心得る 東方の魔人、無窮にして絶対なる者、 偉大なるお方の配下である」 「は、はぁ・・・?」 衛兵達は腑抜けた声を上げる。 「我らが主はあらゆる物を凍てつかせる先住魔法の使い手である その絶大なるお力は、荒海を一瞬にして氷海へと変えるものなり その脚は一息に百メイルを駆け、その腕は鋼をも引き裂かん」 芝居がかった調子で、タバサは嘘八百を並べ立てる。常ならば一笑に 付されて然るべき大法螺だが、黒装束の奇異な出で立ちとデルフに よる魔法吸収が功を奏したか、衛兵達は神妙な表情を浮かべている。 そんな彼らを眺めて、タバサは再び口を開いた。 「我らが主は、不逞かつ悪逆なるジュール・ド・モットを許しはせぬ 彼の者は今、主の手によって然るべき報いを受けているであろう」 衛兵達は僅かにざわつき始める。メイジの男は彼らの間に生まれ始めた 恐怖を切り裂くように杖を振った。 「バカバカしい、下らぬ言い逃れはやめよ!そのような嘘が 通用するとでも――」 「ぬわーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」 絶妙なタイミングで悲鳴が響く。その声は紛れも無くモット伯の ものであった。冗談とは思えない叫びに、衛兵達の間からはついに 「ひぃっ」という声が上がる。 「え、衛兵共!何をしている、はやく助けぶごぁあぁぁ!! がふッ、お、おい貴様らどこへ――ひぃいいぃい!!」 予想だにしなかったモット伯の悲鳴が、衛兵達の心に明確な恐怖を 植えつける。いつしかリーダーらしきメイジまでもが、じりじりと 後退を始めていた。 「我らが主は、頭を垂れる者には寛大である しかし牙を剥く者には 容赦せぬ その者の心臓を凍てつかせ、五臓六腑を割り砕くであろう」 杖を大げさに振り回して、タバサは好き放題に恫喝する。そうかと 思えば、彼女は急に杖の矛先を変えてデルフリンガーを指し示す。 「見よ、あれこそがあのお方の魔剣、エターナルフォースデルフリンガー である ひとたび振れば魔法を喰らい、大地を穿ち、雷雲を呼ぶ悪魔の剣 ならん 相手は死ぬ」 勝手に付加された設定への突っ込みを、デルフは何とか堪える。素早く 目配せするタバサに気付き、ルイズは大げさに彼を構えてみせた。 それを確認して、タバサは周囲を見渡す。わずか三メイル程の近くに 迫っていた衛兵達は、今や十メイルを遠ざかっていた。 「このまま逃げるならばよし しかし我らと剣を交えるならば――」 タバサの声に合わせて、ルイズはずいと足を踏み出した。 「アトミックファイヤーブレードを使わざるを得ない」 言葉の意味はよく分からんがとにかく凄い自信を持って放たれたその 言葉に、衛兵達はもはや隠すことも忘れてガタガタ震え出す。 「精神集中、一刀入魂、仇敵殲滅・・・」 トドメとばかりにぶつぶつ呟かれた呪詛に、 「うわぁああああぁあああああああああああ!!」 衛兵達は蜘蛛の子を散らす如く我先に逃げ出した。 「ちょっ、貴様ら!止まれ!止ま、あわーーーーーーーっ!!」 人の濁流が喚くリーダーを突き飛ばし、踏み倒し、ついには彼諸共 流れ去って、怒号と殺気がひしめいていた廊下はあっと言う間に静寂を 取り戻した。こくりと一つ頷いて、タバサは眼鏡の位置を直す。 「今宵の地獄はここまでとしよう」 「何なの?それどういうキャラなの!?なあ!」 一方、こちらはモット伯の寝室。 「おい~~~~~~~~~~・・・もう終わりか?ええ?杖一本 折られた程度でよォォォ」 ギアッチョはつまらなそうに、ボロ雑巾のように倒れ臥すモット伯を 見下ろしていた。 「・・・た、助けてくれ・・・」 「ああ?」 「い、いくら欲しいんだ・・・好きなだけくれてやる だ、だから 助けてくれ――ガブッ!!」 顔面をモロに踏みつけられて、モット伯はくぐもった悲鳴を吐く。 「言葉遣いがなっちゃあいねーな 助けて下さいだろうが ええ?」 「・・・・・・た・・・助けて・・・下さい」 プライドも捨てて哀願する彼を冷たい双眸で眺めて、ギアッチョは 口の端を歪めた。 「助けるわけねーだろーが」 「そんな・・・!!」 絶望に震える伯爵をもう一度壁に蹴り込んで笑う。 「てめー、さっき弱者は逃げることしか出来ねーと言ったが・・・ ちょっと違うんじゃあねーか」 「・・・う・・・」 「真の弱者はよォォ~~~~・・・逃げることすら出来ねえ」 ギアッチョの言葉通り、モット伯には逃げる気力も残っては いなかった。うわ言のように、ただ命乞いを繰り返している。 「・・・フン」 鼻を鳴らして「下らねえ」と呟くと、ギアッチョはスッと右手を 差し伸べた。 「オイ 掴まりな」 よろよろと出されたモット伯の手を掴んで、彼を立ち上がらせる。 「た・・・助けてくれるのか・・・?あ、ありが・・・ハッ!?」 ギアッチョの握り込まれた左手に気付いて、モット伯は悲鳴に近い 声を上げる。 「ま、待て!やめてくれ!!ここは二階――」 バッギャアアァアアァアアッ!! 「うげあぁあああぁああぁッ!!」 ガラスの砕ける音が派手に響き、モット伯は中庭の噴水へ悲鳴と共に 落ちて行った。壊れた窓の奥から見下ろして、ギアッチョは心底 楽しそうにクククと喉を鳴らす。 「やりすぎよギアッチョ ・・・ま、提案したのは私だけど」 呆れた声を出すキュルケに、肩越しに眼を遣って尚笑う。 「まだ終わりじゃあねーだろ おめーの出番を忘れんなよ」 「そこは大丈夫よ ほら、行きましょう」 キュルケの声に押されて、ギアッチョは中庭へ飛び降りた。彼に レビテーションをかけると、その後を追ってキュルケは同じく魔法を 使って舞い降りる。 「・・・う、あ・・・」 噴水に半身を沈めながら、モット伯はかろうじて意識を保っていた。 しかしその身体は動かない。叩き付けられた衝撃よりも、殺されることの 恐怖が心身を麻痺させていた。 ばしゃりと水が跳ねる音が聞こえ、反射的に閉じていた眼を開く。 あの忌まわしい男が、ゆっくりとこちらに歩いて来る。 「・・・あ・・・・・・!」 声にならない声が漏れる。必死に逃げようとするが、死が眼前に迫る にも係わらず身体は言うことを聞こうとしなかった。逃走の意思を 察してか、ギアッチョは水面にスッと片手をつける。その瞬間、 噴水中の水がビキビキと音を立てて凍りついた。 「ひっ・・・ひ・・・・・・!」 身体をガッチリと氷に捕えられて、モット伯は恐怖にただ震えた。 一体何なんだ、この化け物は。 己に恨みのある人間などいくらでもいるだろう。そんなことなど 誰に言われずとも理解している。だからこそこれだけの警備を雇って いるのだから。 しかし。 一体、この化け物は何なんだ。 こんなことは聞いていない。こんな平民が、こんな化け物が存在する ことなど聞いていない。魔法は絶対なのではなかったのか?我々は 絶対なのではなかったのか?こいつは、こいつは一体―― 「何・・・なんだ・・・!!」 掠れた声が、思わず口をついていた。しかし男は答えない。つま先が 触れ合う程の距離から、氷よりも冷たい瞳で己を見下ろしている。 「そのお方は――」 彼の後ろから声が響いた。今まで事態を傍観していた黒装束の女が、 朗々たる声音で語り始める。 「遥か東方、ロバ・アル・カリイエの魔人 能う者無き無限の魔力を 持ち、深遠なるお心で過去と未来を見通すお方――私達など足元にも 及ばぬ存在よ」 「・・・・・・!」 モット伯は絶句する。そんなバカな、等とは言えようはずもなかった。 呪句も唱えずにただ触れただけで飛び交う水や噴水までも一瞬で 凍結させる、そんな凄まじい力を眼の前で見せられたのだ。一体 どんなメイジならそんなことが出来るというのか――いや、例え 始祖であろうと出来はすまい。 「・・・嫌だ・・・」 氷に絡められた身体で必死にもがこうとするが、その指の一本すら 動かすことは叶わなかった。 「だっ・・・誰か・・・!!」 恥も外聞もなく助けを乞うモット伯を眺めて、黒いローブの女は 形のいい唇を笑みの形に歪めた。 「・・・ねえ あなた助かりたい?」 「は、はい!はいィィッ!!」 モット伯は一も二も無く返事をする。少し考え込むような素振りの 後で、黒衣の女は静かに口を開いた。 「そうねぇ・・・今から言うことに従うなら、助けてあげなくもないわ」 モット伯は首をブンブンと取れそうな勢いで振って肯定の意を示す。 女の口元に浮かぶ笑みが、一段大きくなった。 「いい心がけね・・・それじゃまず一つ」 「ひ、一つ!?」 「ご不満かしら?」 「いっ、いえ滅相もない!」 「よろしい まずはあなたが強引に買い取った女の子達を全員解放して もらおうかしら」 全員、という言葉にモット伯は凍ったように固まった。「ぜ、ぜんいん …?」弱く呟くが、女は許しはしない。 「出来ないのなら――」 「し、しますッ!解放します喜んでぇぇ!!」 「ならいいわ さて、それじゃ次だけど・・・あなたの所持している 禁制品、あれを全て始末なさい」 「そんなッ!?」 青ざめた顔をするが、女はやはり許さなかった。 「そう、一つ残らず 一応言っておくけれど、このお方に隠し事なんて 通じはしないわよ」 「一つ・・・残らず・・・?」 この世の絶望を集約したような顔のモット伯を、それでも女は許さない。 「あら、この期に及んでまだ私達を騙すつもりだったのかしら?」 「と、とんでもございませんッ!!」 「結構 さて、それじゃあ三つ目だけど」 「ひィッ!?」 男の片手が、モット伯の首を無造作に掴んだ。 「オレ達のことをよォォォ~~~~~~・・・誰かに言ってみろ」 「か、あ・・・!!」 ビキビキと音を立ててモット伯の首が凍り出す。獣のような双眸で己の 顔を覗き込む悪魔に、モット伯はこれまでで最高の戦慄を感じた。 「――殺すぜ」 男の手は、言い終えて尚離れない。このまま首を砕かれるのでは ないかという恐怖に、 ――た・・・助けて・・・神様、ブリミル様・・・! モット伯は生まれて初めて本気で神に祈った。 無限に思える数秒を経て、男はようやくその手を離した。瞬間、 モット伯の首はまるで何事もなかったかのように元に戻る。 「・・・あ・・・・・・あ・・・」 肺腑から漏れ出た呼気と共に、彼の全身からへなへなと力が抜けていった。 「さて、それじゃあ最後だけれど」 「は・・・い・・・」 モット伯は力なく答える。もはや怯える余裕すら残ってはいなかった。 「二度と平民の女の子に手を出さないこと 禁制品にも手を出さないこと その他一切の非道を止めること・・・解ったわね」 「・・・わかりました もうにどとなににもてはだしません・・・なにも しません・・・」 魂の抜けた声で繰り返すモット伯を見遣って、黒装束の女は満足げに笑う。 「いいこと?もしこの先同じようなことをした場合――今度はその命を 手放すことになるわよ 永遠にね」 最後にそう言って、女は黒いローブを翻してモット伯に背を向ける。 立ち上がった男がそれに習うと、二人は驚く程あっさりと立ち去った。 男の姿が宵闇に消えると同時に、凍った噴水はばしゃんと音を立てて 一瞬の内に水へと姿を戻した。しかしモット伯はその場を動こうとは しない。情けなく崩れ落ちた格好のまま、冷えた身体を温めることも 忘れて虚脱していた。 「・・・は ははははは・・・」 何分が過ぎただろうか。彫像の如く微動だにしなかったモット伯の 口から、唐突に笑い声が漏れた。 「ははは・・・生きてる・・・生きてるぞ・・・」 身体にかかる水を跳ね除けて、モット伯は勢いよく立ち上がる。 満天の星空に両の拳を突き出して、心の底から笑った。 「生きてる・・・俺は生きてる!うはははは、生きてるぞッ!! ははははははははッ!!」 ――後年、彼は聖人の一人に列されることになる。この日を天啓に 神職の門を叩いた彼は、私財を投げ打ってその生涯を窮する平民達の 為に捧げ、「慈雨のモット」と呼ばれるに至った。他人の非を咎める 時、彼は決まってこう言った。「神は全てを見ておられる 我らが 悪を為した時、神は人を遣ってその罪を罰されます」と。 モット伯に買われた女性達の解放はつつがなく完了した。彼女達を 全員解放させた理由は勿論善意によるものだったが、ギアッチョには もう一つ、目的がシエスタ一人だったと悟らせないことで身元の判明を 防ぐという狙いもあった。従ってギアッチョは彼女達に感謝される 理由など自分にはないと思っていたのだが、それでも何度も頭を下げる 彼女達にどうにも居心地が悪くなり、一番歳若い少女に乗って来た馬を 寄越して早々にシルフィードの背中へ乗り込んだ。当然馬は学院の 備品なのだが、あんな任務をこなした後なのだからオスマンもその くらい大目に見てくれるだろうと彼は適当に考える。 「・・・えっと、本当に私が乗ってもいいんでしょうか」 ギアッチョに続いてシルフィードの元へとやって来たシエスタが、 遠慮がちに問い掛けた。 「オレに聞かれてもな ま、そう大した距離でもねー 多少定員 オーバーでも頑張ってくれるだろうぜ」 言いながら、ギアッチョはシルフィードの背中をばしんと叩く。 「きゅい!」 「ほらな」 「言葉が分かるんですか?」 「そういうことにしとけ」 適当に答えるギアッチョに少し相好を崩して、シエスタはおずおずと 背中へ乗り込んだ。 「じゃあ・・・お、お邪魔します・・・」 応じるように、シルフィードはもう一つ鳴いた。 「・・・あの、本当にありがとうございました」 全員を乗せて夜空へ舞い上がったシルフィードの上で、シエスタは 土下座せんばかりに頭を下げる。 「もう何度も聞いたわよ」 苦笑交じりに返すキュルケに首を振って、彼女は尚も頭を下げた。 「どれだけ言っても言い尽くせません 本当に・・・本当に感謝 してるんです 家名まで賭けて助けに来ていただけたなんて・・・ ギアッチョさんも、そんな満身創痍で・・・私、一体どうやって お返しすればいいのか――」 「この程度は怪我の内に入らねーぜ 一宿一飯の義理っつーやつだ」 何でも無いという風に手を振るギアッチョに続いて、薔薇の杖を 取り出しながら口を開いたギーシュをルイズの言葉が遮る。 「見返りが欲しくてやったんじゃないわよ わたし達はあんたを 助けたかっただけ それが叶ったんだから、他に何かを求める必要 なんてどこにもないわ」 「で、ですが・・・」 シエスタはしかし食い下がる。彼女にとっては、ルイズ達は己の人生を 救ってくれた救世主なのである。何千何万頭を下げても足りるものでは なかった。 「そうねぇ」 思案顔でシエスタを眺めていたキュルケが、思い立ったように口を開いた。 「それじゃ、今度厨房でご馳走でもいただこうかしらね?」 「・・・はしばみ草」 「それはやめろ」 タバサの小さな呟きを、ギアッチョは速攻で否定する。 「あ・・・」 キュルケ達の暖かな気遣いを感じて――シエスタはようやく、いつもの 笑顔を見せた。 「・・・はい」 遥か後方に小さく見えるモット伯の屋敷を眺めて、ルイズは呟くように 口を開いた。 「・・・ねえギアッチョ」 「ああ?」 「わたし、知らなかった」 ギアッチョは静かに隣に眼を向ける。少女は桃色の髪をなびくに任せて、 はにかんだ笑みを浮かべた。 「誰かを助けることって――こんなにも気持ちのいいことなんだって」 人はそれを、偽善であると言うかも知れない。しかし一体それが何だと いうのだろう。ギアッチョは、リゾット達は、そしてルイズ達も―― 彼らはいつだって、信じたことを貫き通しているだけなのだから。 「・・・」 ルイズに答えずに、ギアッチョは彼女の視線の向こうへと眼を移す。 彼方に薄く延びる山々の稜線から、朝を告げる光が射し込み始めた。 全てを赦す曙光を眺めて、眼鏡の奥の双眸を細める。 「――眩しいな」 そう言いながらも、ギアッチョは眼を逸らさずに呟いた。 「だが、ま・・・ 悪くねー気分だ」 程なくして一行は学院へと帰還した。シエスタをルイズ達に送らせて、 ギアッチョは一足早く部屋へと向かっている。彼女達の前で言いは しなかったが、ギアッチョの疲労はもはや限界に近かった。 極力疲弊を隠す足取りで女子寮を歩く。包帯を巻いた身体でガンを 飛ばしながら早朝の女子寮を闊歩する長身の男というのは傍から見れば かなり危ない絵面だが、彼は幸いにして誰の悲鳴も浴びることなく ルイズの部屋まで辿り着けた。倦怠感溢れる動きでドアを開き、 「あでっ!」 デルフリンガーを投げ捨てるように置く。 「・・・あー・・・」 半ばもつれるような足取りで中に入ると、そのまま数歩ふらふらと進む。 「流石に、つれぇ・・・な」 ギアッチョはそのまま、力無く前方に倒れ込んだ。 「あれ?」 遅れること数分、戻ってきたルイズは開きっ放しの扉に首を傾げた。 キュルケと別れて、扉を閉めながら声を掛ける。 「ちょっと、扉ぐらい閉めなさいよ・・・って」 ベッドに倒れ伏すギアッチョに、ルイズは僅か動きを止めた。 「ギ、ギアッチョ!?大丈夫!?」 「あーあー、静かにしてやんな」 駆け寄るルイズを、デルフが静止する。よく見れば別に死んでいる わけではなく、相変わらずの仏頂面で彼はかすかに寝息を立てていた。 「な、なんだ・・・ もう、心配して損したわ」 一つ溜息をつくと、「わたしも寝よう」と呟いてルイズはマントに手を 掛ける。するりと肩から落とした所で、ハッと顔を上げた。そっと 後ろを伺うと、ギアッチョが眼を覚ます様子はどうやらないようだった。 「・・・う~・・・」 ルイズは少し恨めしげにギアッチョを見たが、すぐに背を向けて そそくさと着替えを済ませた。 いざや就寝という段になって、 「・・・あ」 ギアッチョが寝ているのは自分のベッドだと、ルイズはようやく 気がついた。 「ど、どうしよう・・・」 ギアッチョを起こすわけにはいかないが、しかし自分も相当疲れている。 出来ればベッドで横になりたい所だが、ギアッチョの隣に潜り込むと いうのは、 ――・・・その ま、まだはやいっていうかなんていうか・・・ ルイズは真っ赤な顔で考える。 考える、考える、考える。 十分以上堂々巡りを繰り返して、ルイズの頭はそろそろ湯気が出そうに 茹り始めた。熱と眠気でよく分からなくなって来た意識の中で、ルイズは 自棄になって呟く。 「・・・ああ、もう・・・!」 言うが早いか、ギアッチョの隣にぼすんと飛び込んだ。 「わ、わたしのベッドだもん・・・!」 ぼそぼそと呟いて、枕に顔をうずめる。すぐに昼夜を徹した疲労が 襲い掛かり、ルイズはそのまま――まどろみの中に落ちていった。 夢と現の境で、ルイズは今日を思い返す。 …ああ。こんな気持ちになったのは初めてだ。 皆といる明日が――とても楽しみだなんて。 ==To Be Continued...
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/882.html
未だに失神しているフーケを馬車の最後尾に乗せる。勿論彼女の杖はヘシ 折ってあった。彼女の足はギアッチョが未だに凍らせてあるが、そのくるぶし から下は見るも無残に砕けている。この有様では国中のスクウェアメイジが 集っても再生は不可能だろう。その惨状にルイズ達は少しフーケを哀れに 思ったが、彼女の所業を思い出してその感情を打ち消した。フーケは、今 キュルケが抱えているこの破壊の杖の使用法を知る為だけに自分達を おびき寄せ、そして使い方など知らないと解るや否や皆殺しにしようとした のである。おまけにその後も使用方法がわかるまでおびき出して皆殺しを 繰り返そうとしていたのだから、正に悪逆無道もここに極まれりといった ところだろう。その上、本来ならギアッチョは容赦なく彼女を全身凍結し あっさり粉砕していたはずだ。オールド・オスマンから生け捕りを指示されて いたからこそ、フーケは今生きていられるのである。両足の粉砕だけで 済んだのは、むしろ僥倖というべきであろう。――もっとも、どう考えても 彼女に死刑以外の判決が下されることはないだろうが。 そういえば、とタバサとキュルケに続いて馬車に乗り込んだルイズは 思った。先ほどギアッチョが珍しく驚いたような感情を露にして破壊の杖を 見ていた気がする。あの驚きようからすると、ひょっとして破壊の杖は 彼の世界の武器なのだろうか。そう思いながらまだ馬車の外にいる ギアッチョを見ると、彼はギーシュに声をかけているところだった。 「おい、ギーシュ」 後ろからギアッチョに呼ばれてギーシュは振り返った。 「なんだい・・・って 僕の名前・・・?」 感じた違和感の正体を口に出して、彼はギアッチョを見る。 「てめーもよォォ 助かったぜ ・・・そしてよくやった」 「・・・よくやった?僕が?」 面と向かって言われているにも関わらず、あのギアッチョが本当に自分に 言っているのか信じられずにギーシュはオウム返しに尋ねた。馬車の上で それを見ていたルイズ達は、思わず身を乗り出して話を聞いている。 「てめーのおかげでシルフィードに気付き・・・そしてあそこを突破できた」 ギアッチョはそう言ってギーシュを見据える。 「てめーの「覚悟」に敬意を表するぜ ギーシュ・ド・グラモン」 ギーシュはしばし呆然としたような表情でその言葉を噛み締めていたが、 やがてスッと姿勢を正すときびすを返して馬車に乗り込むギアッチョの 背中に向けて言葉を返した。 「ギアッチョ・・・君のおかげで僕は今ここにいる 君の全ての行動、 全ての言葉に僕は心から感謝を捧げよう!」 ギアッチョは何も答えなかったが、それでよかった。ギーシュは心の中で 彼にただ敬礼していた。 今度はちゃんと自分の横に座るギアッチョに気付いて、思わず顔が緩み かけたルイズは慌てて下を向いた。が、ルイズはそれと同時にしなければ ならないことも思い出していた。 ちらりと前に眼を遣る。ルイズの対面に座ったのはギーシュだった。 ルイズは口を開くが、言葉が出てこない。自分の為に命を賭けてくれた 彼らに謝らなければいけない、そして礼を言わなければならないのに。 自分のこんな性格を、彼らは理解しているだろう。だけどそれは逃避の 理由にはならないはずだ。拳を血が出そうなほど握り締めて、ルイズが 口を開こうと―― 「礼ならいらないよ」 その言葉に、ルイズは顔を上げてギーシュを見る。 「この世のあらゆる女性を守ることが僕の使命なのさ 僕はその使命を 果たしただけ 礼も謝罪もいらないのだよ」 その相変わらずキザったらしいセリフを受けて、デルフリンガーが言葉を 継いだ。 「俺もいらねーぜ そこの坊ちゃんじゃねーが俺も同じよ 誓いを果たした だけなのさ」 ギアッチョはギーシュとデルフリンガーを交互に見ると、やれやれと言った 顔で最後を締める。 「使い魔の仕事は主人の剣となり盾となることらしいからな・・・オレは 職務を忠実に遂行しただけってわけだ」 その言葉にギーシュがニヤッと笑い、喋る魔剣は陽気に笑った。ギアッチョは そのままルイズへ首を向けて言う。 「そういうわけだ・・・ おめーは黙ってその情けない顔を何とかしな」 そう言われて、ルイズは自分がまた泣き出しそうな顔をしていたことに気付き、 「・・・・・・うん・・・」 彼らへの無数の感謝を心に仕舞い、ルイズはまた顔を下げた。 キュルケはそんな彼らを少し羨ましげに見つめていたが、ふとあることに 思い当たって声を上げた。 「・・・そういえば、皆乗ってるけど誰が運転するのかしら?」 その声に皆が顔を見合わせる。一般的に、御者というのは平民の仕事である。 馬を駆ることはあっても、馬車の運転となればそれはまた違った技術が 必要になるのだった。馬に乗ったことすら数えるほどしかないギアッチョなどは 更に論外である。馬車を捨ててシルフィードに乗るしかないだろうか、と皆が 思案していた時、 「ならばその役目、僕が引き受けようじゃないか」 ギーシュが御者に名乗りを上げた。 「なぁに、こう見えても僕はグラモン家の男、馬車の御し方ぐらい多少の心得が あるのさ」 出来るんだろうなという皆の視線に余裕の表情で答えると、ギーシュは手綱を 握った。 そういうわけで今、一行を乗せた馬車は一路トリステイン魔法学院へと 向かっている。なるほど、ギーシュは確かに馬の御し方に「多少の」心得が あるようだった。あっちへふらふらこっちへふらふら、そのうち路傍の木に ぶつかるのではないかというぐらいテクニカルな運転をしてくれる。 一度などは横転しそうなほどに車体が傾き、「いい加減にしろマンモーニッ!」 とギアッチョに怒鳴られていた。呼び名が戻ってすこぶる落ち込んでいる 様子のギーシュに哀れむような視線を送ってから、キュルケは聞きたかった ことを尋ねることにした。 「・・・ねぇギアッチョ あなたって一体何者なの?」 「ああ?」 「あなたがただの平民じゃないなんてことは誰が見ても解るわ あなたの魔法は どう見ても私達のそれとは違うし・・・あなたはたまにまるで貴族なんてものが いない場所から来たかのような振る舞いをするもの 一体あなたは何者?そして 一体どこからやって来たの?」 キュルケはギアッチョを見つめる。ギーシュは聞き耳を立て、タバサも本を 閉じて彼を注視していた。 「生徒達の間で あなたがなんて呼ばれてるか知ってる?」 「・・・しらねーな」 ギアッチョの両目を覗き込んだまま、キュルケは続けた。 「『魔人』だそうよ」 「なるほどな」とギアッチョは薄く笑う。 「得体の知れない魔法を使う異端者は、貴族でも平民でもないってわけか」 ルイズは周りを見渡す。キュルケ達の眼は、依然一瞬たりとも外れること なくギアッチョに注がれていた。ルイズは最後に隣のギアッチョに顔を向け、 彼が深く黙考していることに気付いた。 ギーシュと決闘をした時、ギアッチョはキュルケに確かにこう言った。「オレが 何者なのか話してやってもいい」と。しかしそれはあくまでさっさと方法を 見つけてイタリアに帰るつもりだったからである。リゾットがどうなったか・・・ 恐らく既に決着がついている今、そしてギアッチョ自身の心が変化を始め、 彼とその周囲との関係が変わって来た今、簡単に自分の正体をバラしても いいものだろうか、と彼は考えている。ルイズは彼に、不穏分子は粛清される 可能性があると言った。キュルケ、タバサ、そしてギーシュ・・・ギアッチョは 彼らと幾度か行動を重ねて理解していた。こいつらはきっと、いつでもルイズの 味方になってくれるだろうと。しかし情報というものはどこから漏れるか解らない。 万一自分の身に何か起これば、自分に依存してしまっているルイズはきっと打ち のめされるだろう。そこまで考えて、ギアッチョは知らず知らずのうちにルイズの 心配をしていた自分に気付いた。バカかオレは、と彼は心中で毒づいたが―― 「・・・今度 話してやる」 結局どうしていいものか判断のつかないまま、彼は答えを先延ばしにした。 キュルケ達は、しかしそれでも満足していた。「今度」話してくれるというのだ。 「今度」、たった二文字の言葉だが・・・そこには様々な意味が込められて いる。今は話せないが、自分達はそれを話すに足る人物だと。いずれ話せる 時が来るまで待っていろと。彼女達は、それで満足だった。
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/1059.html
峡谷の山道に作られた小さな港町、ラ・ロシェール。その酒場は今、内戦状態のアルビオンから帰って来た傭兵達で溢れ返っていた。 「がっははははは!アルビオンの王さまももうおしまいだな!」 「いやはや・・・『共和制』ってヤツが始まる世界なのかも知れないな」 「そんじゃあ『共和制』に乾杯だ!」 そう言って野卑な声で笑う彼らが組していたのは、アルビオンの王党派だった。 雇い主の敗北が決定的になった瞬間、彼らは王党派に見切りをつけてあっさり逃げ帰ってきた。別段恥じる行為ではない。金の為に傭兵をやっているのだから、敗軍に付き合って全滅するほど馬鹿らしいことはないということである。 ひとしきり乾杯が終わった時、軋んだ音を立ててはね扉が開いた。フードを目深に被った女が車輪のついた椅子に座っており、白い仮面で顔を隠した貴族の男がそれを押しながら入ってくる。 真円に可能な限り近づけようと苦心した跡が見てとれるその車輪はしかし急ごしらえの為に満足な丸さを持てず、回転する度に耳障りな音を立てて車体を揺らした。女はローブに隠れる己の足を見下ろし、忌々しげに舌打ちする。 「不便ったらありゃしないね・・・この車椅子とやらは」 「そう言うな、お前の為に急いで作らせたものなのだからな」 仮面の男はそう言って車椅子を止めると、珍しいものを見て固まっている傭兵達に向き直った。 「貴様ら、傭兵だな」 その言葉と同時に、返事も確認せずに金貨の詰まった袋をドンとテーブルに置く。 「先ほどの会話からすると、貴様らは王党派に組していたようだが?」 あっけに取られていた傭兵達は、その一言で我に返った。 「・・・先月まではね」 「でも、負けるようなやつぁ主人じゃねえや」 そう言って傭兵達はげらげらと笑う。口を半月に歪めて、仮面の男も笑った。 「金は言い値を払う だが俺は甘っちょろい王さまじゃない・・・逃げたら、殺す」 「ワルド・・・ちょっとペースが速くない?」 抱かれるような格好でワルドの前に跨るルイズが言う。ワルドがそうしてくれと言ったせいもあって、雑談を交わすうちにルイズの口調は昔の丁寧な言い方から今の口調に変わっていた。 「ギアッチョは疲れてるわ 馬に乗り慣れていないの」 その言葉にワルドは後方を見遣る。血走った眼で馬を駆るギアッチョの身体からは漆黒の怒気が漂っていた。今にも馬を絞め殺さんばかりの勢いである。 「・・・何やら怒っているようにしか見えないが」 「疲れた結果よ!あいつは怒りやすいんだから」 ふむ、と言ってワルドはその立派な口髭を片手でいじる。 「ラ・ロシェールの港町まで止まらずに行くつもりだったんだが・・・」 「何言ってるの、普通は馬で二日はかかる距離なのよ」 「へばったら置いていけばいいさ」 当然のように言うワルドに、「ダメよ!」とルイズが反論する。 「どうして?」 「使い魔を置いていくなんてメイジのすることじゃないわ それにギアッチョは凄く強いんだから!」 ワルドはそれを聞いてふっと笑う。 「やけに彼の肩を持つね・・・ひょっとして君の恋人なのかい?」 「なっ・・・!」 その言葉にルイズの顔が真っ赤に染まり、 「そそ、そんなわけないじゃない!ああもう、姫さまもあなたもどうしてそんなことを言うのかしら」 なんだか顔を見られるのが恥ずかしくなって、ルイズは綺麗な髪を揺らして俯いた。 「そうか、ならよかった 婚約者に恋人がいるなんて聞いたらショックで死んでしまうからね」 そう言いながらも、ワルドの顔は笑っている。 「こ、婚約なんて親が決めたことじゃない」 「おや?ルイズ、僕の小さなルイズ!君は僕のことが嫌いになったのかい?」 昔と同じおどけた口調でそういうワルドに、「もう小さくないもの」とルイズは頬をふくらませた。 「・・・ところで、彼はそんなに強いのかな?」 「勿論よ 私の自慢の使い魔なんだから! 詳しくは話せないけど・・・」 ワルドの質問に自慢げにそう答えるルイズを見て、ワルドは何かを考える顔をした。 疲労と怒りをこらえながら、ギアッチョは馬を駆る。朝からもう二回も馬を交換していた。 さっきからルイズが何回か心配そうにこちらを見ていたが、ギアッチョは休憩させてくれなどと言うつもりは微塵もない。 そんな情けないことはギアッチョのプライドが受け入れなかった。十四歳――とギアッチョは思っている――の子供にこんなことで心配されたという事実がその意地を更に強固にしている。 ――ナメんじゃねーぞヒゲ野郎・・・ついて行ってやろうじゃあねーか ええ?オイ 口から呼気と共に殺気を吐き出しながら、ギアッチョはそう呟いた。 このまま放っておけば自分に累が及びそうだったので、デルフリンガーは彼の怒りを逸らすべく口を開く。 「あ、あのですねーダンナ・・・」 「ああ!?」 「ヒィィすいません!」 熊も射殺さんばかりのギアッチョの眼光にデルフリンガーは一瞬で押し黙ったが、気持ち悪いから途中で止めるなというギアッチョのもっともな発言を受けて恐る恐る話題を再開した。 「い、いやー・・・ルイズの婚約者らしいッスねぇあのヒゲ男」 「そうだな」 「そ、そうだなって・・・なんかないんスか?結婚ですよ結婚」 ギアッチョの意識をなんとか婚姻の話題に持って行こうとしたデルフだったが、彼の「ああ?」という一言で全てを諦めた。 何度も馬を変えて昼夜を問わず飛ばし、ギアッチョ達はその日のうちに――といっても夜中だが――なんとかラ・ロシェールの入り口まで辿り着いた。 「・・・なんだァァ?ここのどこが港町なんだオイ?」 ギアッチョは周りを見渡して言う。四方八方を岩に囲まれた、まごうこと無き山道であった。 月明かりに照らされて、先のほうに岩を穿って作られた建物が立ち並んでいるのが見える。まだ走らせる気かと、いい加減ギアッチョの怒りが限界に達しつつあった。 「ああ、ダンナはしらねーのか アルビオンってのは」 と喋る魔剣が口を開いた瞬間、崖の上から彼ら目掛けて燃え盛る松明が次々と投げ込まれ、 「うおおッ!」 戦闘の訓練をされていないギアッチョの馬は、驚きの余り暴れ狂ってギアッチョを振り落とした。 よく耐えたと言うべきか。一昼夜を休み無く走らされた挙句に馬上から振り落とされて、ギアッチョの怒りは頂点に達した。 デルフリンガーを引っつかんで鞘から乱暴に抜き出し、崖上に姿を現した男達を猛禽のような眼で睨んで怒鳴る。 「一人残らず凍結して左から順にブチ割ってやるッ!!!ホワイト・アルバ――」 しかし彼の咆哮は予想だにしない咆哮からの攻撃で中断され、彼の口からは代わりにもがッ!!というくぐもった声が響いた。 「どういうつもりだクソガキッ!!」 己の口に押し当てられた手を引き剥がしてギアッチョが怒鳴る。ギアッチョに飛びついて彼の攻撃を中断させたのは、他でもない彼のご主人様であった。 「それはこっちのセリフよ!」 ギアッチョに負けじとルイズが怒鳴る。 「見たとこ夜盗か山賊の類じゃない!こんなところで堂々とスタンドをお披露目してどうするのよッ!」 「ンなこたぁもうどうでもいいんだよッ!!離れてろチビ!!一人残らずブッ殺してやらねーと気が済まねぇッ!!」 ブッ殺したなら使ってもいいッ!とペッシに説教しているプロシュートの姿が浮かんだが、ギアッチョはいっそ爽やかなほど自然にそれをスルーした。 「だっ、誰がチビよこのバカ眼鏡!あと1年もしたらもっともっと大きくなるんだから!」 どこが?と言いたかったデルフリンガーだったが、二人の剣幕に巻き込まれると五体満足では済みそうになかったので黙っておくことにする。 「とにかく!」とルイズは小声になって怒鳴る。 「ワルドはわたしの婚約者だけど、同時に王宮に仕えてるってことを忘れないでよ! そんなことしないとは思うけど・・・万が一王宮にあんたのスタンドのことがバレたらどうなるか分かったもんじゃないんだから!」 「そうなってもよォォォ~~~~ 全員凍らせて逃げりゃあいいだろうが!!キュルケだのタバサの国によォォォォ!とにかく邪魔するんじゃあねえ!!そこをどけッ!!」 「何無茶苦茶言ってるのよ!あんたの責任は私にも及んでくるんだからね!! 勝手な行動は許さないんだから!!」 再び大音量で怒鳴る二人を不思議そうな眼で眺めながら、ワルドは小型の竜巻で飛んでくる矢を弾き逸らす。そうしておいて、ワルドは攻撃の為の詠唱を始めた。 このままではワルドに全部持っていかれてしまうと気付き、ギアッチョはちょっとルイズを眠らせてしまおうかと考えたが―― ばさりというどこか覚えのある羽音が聞こえ、ギアッチョ達は上を見上げた。 直後男達の悲鳴が聞こえ、それと同時に彼らは次々に崖下に転落する。 「あれ・・・シルフィード!?」 ルイズ達の驚きにきゅいきゅいという声で答え、シルフィードとその上に乗った三人――キュルケとタバサ、それにギーシュが降りてきた。
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/1113.html
「お待たせ」 着地したシルフィードからぴょんと飛び降りて、キュルケは開口一番そう言った。 「お待たせじゃないわよ!何であんたがここにいるわけ!?おまけにタバサまで・・・あっ、あとギーシュも」 「『あっ』てなんだい『あっ』て」と呟くギーシュには眼もくれず、ルイズはキュルケに詰め寄る。 「助けに来てあげたんじゃないの 今朝廊下からあなた達が『姫さま』だの『任務』だの話してるのが聞こえてきたのよ 面白そうだからついてきたってわけ」 キュルケは本当に心底面白そうな顔でそう言った。 「あのねキュルケ、これお忍びなの 会話を聞いてたのならそれくらい察しなさいよ」 ルイズは呆れ顔で指弾するが、 「なんだ、そうだったの?言ってくれなきゃ分からないじゃない」 キュルケはそうしれっと言ってのけると、折り重なって倒れている男達に眼を向ける。 「ところでこいつら何なの?そこの素敵なアナタ、魔法衛士隊とやらの隊長なんでしょう?この国ではグリフォンはグリフォン隊の象徴だって言うじゃない いくら大人数とはいえ、そんな人間を物取り目的で襲うものかしら?」 「ふむ しかしこの任務は姫殿下が私とルイズだけに内密で依頼したものだ 情報が漏れるとは考えにくいが・・・」 ワルドが顎髭をいじりながら応答する。それを聞いて、「ハイハイッ!」とギーシュが元気に手を上げた。 「はいギーシュ君」 キュルケがどうでもよさげに相手をする。 「こういうときこそ尋問じゃないか 僕に任せてくれたまえ」 一度やってみたかったんだなどと言いながら、ギーシュはまだ意識のある男の前に腰を落とす。身振り手振りを交えながら二言三言何かを話すと、ふんふんと頷いて立ち上がった。 「皆!彼らはただの物取りだって言ってるフんッ!!」 キュルケの掌底が綺麗に決まった瞬間であった。 「な、なんてことするんだねキュルケ!舌を噛んだらどうするつもりだよ全く・・・」 頭から倒れたギーシュは顎と後頭部をさすりながら立ち上がった。実にタフな男である。そんな彼をキュルケは屠殺場の豚を見るような眼で一瞥して言う。 「今のは尋問じゃなくてただの質問じゃない このバカ王子」 「バッ・・・!?」 「もういいからどきなさい 私がやるから――」 そう言いかけたキュルケを、横合いから突き出た一本の手が遮る。いいストレス解消を見つけたギアッチョだった。 「尋問ならよォォ~~、オレに任せな・・・ もっとも、拷問にならねえ保障はねぇがよォォォォ」 捜し求めていた玩具を見つけた喜びに、ギアッチョの顔がかつてないほど凶悪に歪む。その慈悲の欠片もない形相に、キュルケ達どころか今から尋問を受ける男達までもが震え上がった。 「・・・ああそう・・・・・・じゃあお任せするわ・・・ ・・・ほどほどにね・・・」 心の中で男達に合掌しながらキュルケは後じさった。ギアッチョはゆっくりと男達に近寄り、肩越しに振り返ってギーシュを見る。 「てめーも見るか?後学の為によォォォ~~」 ギーシュは首をブンブンと取れそうな程に振って遠慮の意を表した。 ギアッチョはフンと鼻を鳴らして笑うと、 「それじゃあてめーらは後ろを向いてな 女子供にゃ少々刺激が強いからよォ~」 実に楽しそうにそう言った。 光の速さで後ろを向いたギーシュに続いてルイズとキュルケが身体の向きを反転させる。その直後、彼女達の耳に微かに何か軽快な音楽のような幻聴が響き、数秒の後それを掻き消して、 「ウんがァアアアアーーーー!!」 という絶叫が轟いた。 「終わったぜ」 というギアッチョの声で恐る恐る振り向くと、彼の後ろでは数人の男達がピクピクと痙攣しながらのびていた。 よかった五体満足だ、と敵の安否を気遣ってからルイズ達はギアッチョの狼藉を見ていた二人に眼を向ける。ワルドの顔は微妙に血の気が引いていた。 口の端は妙な形に引き攣っている。タバサに視線を移すと、彼女はいつもの人形のような無表情のまま固まっていた。 デルフリンガーは小刻みに震えながら、もっとも恐ろしい者の片鱗を味わったなどとぶつぶつ呟いている。 そしてギアッチョは、信じられないことにまだ暴れ足りないといったような顔で首の骨をコキコキと鳴らしていた。「白い仮面をつけた貴族の男に雇われたらしいぜ」とあっさり手に入れた情報を話しているが、もう誰も彼の声など聞こえていなかった。 ギアッチョを除いた全員がそれこそホワイト・アルバムを喰らったかのように凍っていたが、やがてワルドがなんとか我を取り戻す。 「・・・さ、さあ皆 はやく宿まで行ってしまおうじゃないか ほら、もうここから見えてるよ」 彼はどうにかそう言葉を絞り出し、そこから彼らの泊まる『女神の杵』亭まで皆殆ど口をきかずに歩き続けた。なんとかルイズと話題を作ろうとして、 「・・・確かに凄い使い魔だね・・・彼は・・・」 と言ってみるが、ルイズは「あはは・・・は・・・」とただ乾いた笑いを返すだけだった。 宿の扉をくぐって、ルイズ達はようやく我を取り戻した。ぷはぁ、と息を吹き出して「なんかどっと疲れたわ・・・」とキュルケが言い、それを引き金にルイズ達の身体からは次々と力が抜けていった。ぽつぽつと会話が始まり、彼女達はようやくいつもの空気を取り戻す。 ギーシュが周りを見渡すと、タバサは懐から本を取り出し、キュルケはあくびをし、ルイズはギアッチョに怒鳴り始めた。「君、凄いね」という視線をルイズに送ってから、同じく緊張が解けたギーシュはへらへらと笑いながら軽口を叩く。 「しかし疲れたね どうにも運動不足らしい・・・これだけ歩いただけで足が棒になったよ」 それが、いけなかった。 「・・・てめー・・・今なんつった・・・?」 「え?」 ルイズの怒鳴り声など全く耳に入っていないかのような動きで、ギアッチョはギーシュに眼を向ける。 ワルドを除く全員の脳裏に一瞬である一つの予感がよぎり、「疲れたってのは分かる・・・・・・スゲーよく分かる てめーらは移動に魔法を使いまくっとるからな・・・」 それは三秒で的中した。 「だが『足が棒になる』ってのはどういうことだァァ~~~ッ!?人の足が棒に変わるかっつーのよォォォッ!!ナメやがってこの言葉ァ超イラつくぜぇ~~~ッ!!棒になったらその場で倒れちまうじゃあねーか!なれるもんならなってみやがれってんだ! チクショーーーッ!!」 事態を把握した三人娘の心は一つだった。ルイズが宿の扉を空け、キュルケがギーシュを押してギアッチョにぶつけ、そしてタバサがウインド・ブレイクで二人纏めて宿屋の外へ吹っ飛ばした。 地面に転がったまま絶望的な表情でこっちを見るギーシュから全力で眼を逸らして、ルイズは「ごめん」と一言呟くが早いかバタンと音を立てて扉を閉めた。 「えええええ!?ちょっ、何やってんの!?冗談だよね!冗談だよね!!」 ギーシュは弾かれたように跳ね起きると、ぶつかるほどの勢いで扉へ駆け寄った。 「ギーシュ!あなたの犠牲、わたし達は敬意を表するッ!!」 「か、『鍵が閉まっているッ』!!いやいや何言ってんのキュルケ!!開けてーー!! お願いだから開けてーーー!!ていうか助け・・・」 必死の形相でそう叫びながらギーシュはドンドンと扉を叩くが、あえなく時間切れとなる。ガシィ!!と後ろから肩を掴まれて、彼は恐怖の叫びを上げた。 「どういうことだ!どういうことだよッ!!クソッ!!棒になるってどういうことだッ!! ナメやがって!クソックソッ!!聞いてんのかてめー!!ええ!?クソッ!クソッ!!」 「ヒィィィイ!!どうして僕ばっかりがァアァアアァァ!!」 扉を通してギーシュの断末魔が宿屋に響き、ルイズ達は瞳を閉じて彼に黙祷を捧げた。 ワルドは普通にドン引きだった。 ボロ切れと化したギーシュを引きずってギアッチョが戻って来たので、一行はまずは一階の酒場で一服することにした。 ギーシュの恨みがましい視線を受けながら彼女達はしばらく歓談していたが、 「さて、僕は『桟橋』へ乗船の交渉に行ってこよう 君達はゆっくり食事でもしていてくれ」 頃合を見てワルドが立ち上がった。マントを翻して彼が扉の向こうへ消えるのを見届けてから、 「イヤッホォォォウ!やっと食事にありつける!」 ギーシュは両手を上げて吼えた。実に現金な男である。とは言え、彼が機嫌を治してくれたことは有り難かった。 ウェイトレスが持ってきたメニューを覗き込んで、ルイズ達はあーだこーだと言い合いながら料理を決めてゆく。一通り注文する ものを決め終えて、ルイズは隣に座るギアッチョを見た。 「ギアッチョ あんたはどれにするの?」 「ああ?前に言ったろーが 言葉は喋れても文字は読めねーんだよ」 「あ・・・そうだったわね あんまり流暢に喋るからすっかり忘れてたわえーと、まずこれが・・・」 ルイズはひょいと身体をギアッチョのほうに傾けると、メニューの文字を指差してギアッチョの顔を見上げながらあれこれ説明をする。 ギーシュはそんな二人をなんとはなしに見ていたが、ふと面白いことを考えて隣のキュルケを見た。 丁度同じことを考えていたらしい彼女と眼が合うと、二人して悪戯っぽくにやりと笑う。ルイズは未だにメニューの説明中で、 「うーん・・・あとはこれとか美味しいわよ 牛肉と卵を・・・」 などと言っている。ギーシュは「君!君!」と会話に強引に割り込むと、 「これこれ、凄くオススメなんだけどどうかな!はしばみ草のサラダなんだけど――」 輝かんばかりににこやかな顔でサラダを勧めた。 「ちょ、ちょっとギーシュ!あんたまだ懲りないの!?」 何かを察したルイズがそれを止めようとするが、いつの間に呼んだのかそばに来ていたウェイトレスに、既にキュルケが最高のコンビネーションで注文を終えていた。 ドン、とテーブルに料理が並ぶ。色とりどりのそれらの中に、はしばみ草のサラダはあった。 所狭しと置かれている料理に手もつけず、ギーシュとキュルケは何かに期待しているような眼でギアッチョを見ている。 同じく彼を見ているタバサの瞳にはうっすらと興味の色が伺える。 そして彼のご主人様は、何かを心配するような顔でギアッチョとギーシュ達を見比べていた。 ――・・・何なんだこいつら・・・ 四色四対の瞳が全て自分を注視しているのである。正直言って気持ち悪い。 理由は分からないが、とにかくこいつらは自分がこのはしばみ草のサラダとやらを食べることに期待しているらしい。 得体の知れない期待に一つ溜息をつくと、ギアッチョはサラダに手を伸ばした。 はしばみ草。それは地球にはない独特の苦味を持つ植物である。その名状しがたい苦味の為に、好んで食べる者は少ない。 以前ルイズの父が誤ってそれを食べ、ブフォッという音を立てて見事に口から吹き出したことがあった。 厳格な父の有り得ない姿とその後の怒りように、ルイズははしばみ草のことを強烈に覚えていた。 はしばみ草がギアッチョの口に合えばいいが、そうでなければギーシュとキュルケはこの食事が最後の晩餐になるかも知れない。 ルイズはそんなわけで彼らの命の心配をしているのだが、当の二人は悪戯心と復讐心で後のことなど一切考えていなかった。 そんな彼女達の心も知らず、ギアッチョはあっさりとはしばみ草をフォークで突き刺す。 彼は無表情のままそれを口に放り込み、そして無表情のまま咀嚼し、ついに無表情のまま嚥下した。 ――な・・・なんて男だ!顔色一つ変えないぞッ!? はしばみ草を胃に送り込んで尚表情を変えないギアッチョに、ギーシュとキュルケは眼を見開く。 タバサは少しだけ嬉しそうな顔を見せ、ルイズは胸をなでおろした。 ギアッチョは無表情のままスッとフォークを置き、静かに席を立つと、4メイルほど離れた場所にある部屋へ静かに入って行く。 トイレだった。 そのままギアッチョは一分経っても戻らず、二分が過ぎても戻らず――そこまできて、ギーシュとキュルケはようやく嫌な予感がし始めた。 「・・・ね、ねえキュルケ・・・ これってひょっとして凄くヤバいんじゃないかな・・・?」 「・・・わたしもそんな気がしてきたわ・・・・・・」 不気味に静まり返るトイレが、芽生え始めた彼らの恐怖を加速する。 「どっ、どどどどどうしよう!!」 キュルケはガタガタと震え始めるギーシュの襟首を掴んで、 「ええい逃げるわよッ!!」 一目散に外へ逃げようとする、が。 「えっ!?」 「なっ!?」 二人の足は、その場から一歩も動かすことが出来なかった。 「ぼッ、僕達の足がァァァ!!」 「こ・・・『氷で固定されている』ッ!!」 二人の足は容赦なく凍結されていた。そして炎の魔法でそれを溶かす間もなく、氷よりも冷たい双眸に灼熱の怒気を纏わせて、ギアッチョが姿を現した。 「・・・や、やあお帰りギアッチョ・・・ はしばみ草のお味は ど、どうだったかな?」 一縷の望みを掛けて、ギーシュは蒼白な顔に無理やり笑みを浮かべて尋ねる。 「ああ・・・実に美味かったぜ 意識が飛ぶほどな・・・」 そう言ってギアッチョはニヤリというよりはニタリと表現するべき笑みを返した。 はしばみ草のあまりの美味さに一瞬のうちに阿頼耶識を潜り普遍的無意識を越え銀の鍵の門を通ってオオス=ナルガイを旅し未知なるカダスに至ったギアッチョの意識が現実世界に戻ってまず思ったことは、「よし、こいつら殺す」ということだった。 その後の展開は語るまでもないだろう。 こうしてラ・ロシェールが誇る高級旅館『女神の杵』亭は、昼は変な男が宿前で暴れ、夜は二人分の悲鳴が轟き、深夜は氷付けになった男がベランダに放置される恐ろしい宿として数ヶ月の間その評判を落とすことになったのである。 「一つ、聞き忘れていたことがあった」 薄汚い酒場で、仮面の男は土くれのフーケと会話をしていた。 「・・・なんだい」 男に一瞥をくれてから、フーケは煩そうに髪をかきあげる。 「貴様を倒したのは、あの得体の知れない平民の使い魔だったな」 「それがどうしたんだい」 その質問に、フーケの顔はいよいよ不機嫌さを増す。 「奴の力を教えろ」 有無を言わさぬ口調で仮面の男が命令する。しかしフーケはどこ吹く風で嘲笑うと、 「嫌だね」 と一言そう言った。フーケは脱獄と引き換えに自分達への協力を約束させられている。 しかしその実、それは「従わなければ殺す」という約束とは名ばかりの脅迫であった。己の目的の為の道具として扱われることに、フーケは強い不快感を抱いている。 「貴様・・・死にたいのか?」 「フン、やれるもんならやってみるがいいさ あたしだって土くれのフーケと呼ばれた女・・・こんな姿でも、あんたを無事で済ませるつもりはないよ さて、それであんたはそうして消耗した状態で任務に挑むつもりかい?」 フーケはニヤリと笑った。仮面の男は決して失敗出来ない任務を負っている。 無駄な消耗など出来るはずがなかった。 「――くだらん知恵が働くようだな」 そう吐き捨てて、男は出口へと歩き出す。 「一つだけ教えてあげるわ」 その背中に、フーケは勝ち誇った笑みを浮かべて言葉を投げつける。 「あいつは『ガンダールヴ』よ」 「・・・何だと」 唐突に登場した「伝説の使い魔」を表す言葉に、仮面の男はフーケに振り返るが、しかし彼女はもはや何も言う気はないといった仕草で手を振る。男はそんなフーケを忌々しげにねめつけると、二度と振り向かずに歩き去った。
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/1010.html
翌朝。 「・・・っうぅん・・・ ・・・・・・ハッ!?」 言い知れぬ不安を感じてガバッと跳ね起きたルイズは、外の明るさを確認して軽く絶望した。 「もっ、もうこんな時間!?ちょっとギアッチョ、起きてるなら起こしなさいよ!」 ベッドから立ち上がったルイズは椅子に座って頬杖をついている使い魔を睨むが、 「・・・ギアッチョ?」 当のギアッチョは、感情の篭らない眼でぼーっと虚空を見つめている。 「・・・ねえ、ギアッチョ・・・大丈夫?」 ルイズの心配そうなその声で、ギアッチョはやっと気付いたらしい。緩慢な動作で、クローゼットを漁るルイズに首を向けた。 「ああ・・・すまねーな」 いつもの気強い態度は全く鳴りを潜めている。原因は明白だった。 ホルマジオ達の死については、ギアッチョにももう整理はついているだろう。 しかしリゾットの死を知ったのは今朝のことなのである。彼の動揺を誰が責められるだろうか。 無神経だったとルイズは思った。そしてそれと同時に今朝の夢が頭の中で反芻されて、ルイズの気分もドン底に沈んでしまった。 ぶんぶんと首を振って、彼女は考える。こんなときこそ主人は毅然としていなくてはならない。 今自分が悄然とした態度を見せれば、ギアッチョの心はますます沈んでしまう。 「ギアッチョ、厨房に行ってきなさいよ シエスタが料理作って待ってるでしょう?」 出来るだけ平静を装って、ルイズはギアッチョに声を投げかけた。 「・・・今日は授業に遅刻してもいいわ ゆっくり食べて来なさい」 ルイズの気遣いに気がついたのか、「・・・そうだな」と短く返事をするとギアッチョは椅子から腰を上げた。 料理を口に運びながら、ギアッチョは軽い自己嫌悪に陥っていた。 リゾット達の死を受け入れるなどと言っておきながら、結局感情を抑えきれていない自分が心底腹立たしかった。 勿論、他人から見れば全く仕方の無いことではある。リゾットの死に加えて、六人全ての死に様を己の眼で見たのだ。 封じたはずの彼の火口から怒りと悲しみが漏れ出してくるのも当然だとルイズもそう思っているのだが、ただギアッチョ自身だけが己を許せない。 リゾットまでがジョルノ達にやられていれば、ギアッチョは怒りを爆発させてしまっていたかもしれなかった。 リゾットがボスと戦い、そして瀕死にまで追い込んだという事実だけが彼の心を慰めていた。 「・・・あの、ギアッチョさん」 いつもの覇気の無いギアッチョを、シエスタは困惑した眼で見つめていた。 「どうかなさいました? なんだかいつもより元気がないように見えるんですが」 「・・・ああ すまねーな・・・ちょっと色々あった」 我に返って言葉を返す。しかしギアッチョのその言葉に、シエスタの表情はますます心配の色を深めた。それに気付いてシエスタは努めて笑顔を作る。 「・・・ギアッチョさん えっと・・・その も、もし辛くなったら いつでも言ってくださいね 私でよければ相談に乗りますから」 いつもと違うギアッチョの様子に気後れしつつも、彼女はそう言って微笑んだ。 同じく心配げにギアッチョを見ていたマルトーも、 「おおよ!俺だって年中無休で乗ってやるぜ!言いたくなったら遠慮するんじゃねーぞ 我らの剣!」 シエスタの言葉を受けてドンと胸を叩く。そんな二人を見て、ギアッチョは自分がどれだけ打ち沈んだ顔をしていたのかをやっと理解した。 ――こんなガキからオヤジにまで心配されてよォォ 何やってんだオレは? ギアッチョは空になった皿にフォークを置いて立ち上がる。 「悪かったな・・・もう問題ねー」 彼の顔からはもう沈んだ様子は伺えない。よく分からないなりに安堵している二人に礼を言ってから、ギアッチョは教室へと歩き出した。 感情が顔に出ていたというのなら、そのせいで心配されていたというのなら。 ギアッチョはすっと顔から表情をなくす。 怒の方面には感情の起伏が激しい男だが、彼も普段は冷静な性格であり、加えて暗殺者時代にそれなりの経験があるものだから無感情に振舞うことはそんなに難しいことではなかった。 ギアッチョは他人に心配されるのは好きではない。いや、正確に言うならば苦手なのである。 別に鬱陶しいとか腹立たしいとかいうわけではなく、要するに慣れていないのだった。目の前の人間に心配そうな顔で何かを言われたり、あまつさえ泣かれたりなどするともう何を言っていいか分からないわけである。 まあ、勿論生前にはそんなシチュエーションなど皆無に近かったのだが。 説教をしたくないというのも似たような話で、つまりは他人に深く干渉したりされたりするのが苦手なのだった。 心配されるのは苦手だ。特にルイズの野郎はしまいにゃまた泣き出すかもしれない、とギアッチョは思う。 ギアッチョが召喚されてからというもの、ルイズはやたら泣いてしまうことが多かったので、ギアッチョの中ではルイズ=泣き虫という式が出来上がっているらしかった。 目の前で頼りにしていた人間が死にかけたり九人分の死に様を見せられたりすれば若干16歳の少女としてはそれは泣かないほうがおかしいぐらいの話ではあるのだが、境遇が境遇である為にギアッチョにそんなことは全く分からなかった。 さて、そういうわけで彼の心の中では小さな爆発が何度も起こっているのだが、とりあえず表面上は感情を出さないことに方針を決めてギアッチョは教室の扉を開ける。 と、その瞬間烈風と共に赤髪の少女が吹っ飛んできた。 「ああ?」 予想外の出来事に少々面食らいつつも、ギアッチョは見事に彼女を抱き止める。 「・・・何やってんだてめーは」 というギアッチョの呆れ混じりの問いに、 「・・・ありがとう 背骨を折らなくて済んだわ」 額に青筋を浮かばせながらも、彼女――キュルケはすました顔で礼を言った。 聞けばそこの長い黒髪に漆黒のマントという何かの映画で見たようないでたちのギトーという教師が、風が最強たる所以というものを披瀝していたらしい。 彼はギアッチョにちらりと一瞥を向けると、何事も無かったかのように授業を再開した。 何だか癇に障ったので嫌味の一つでも言ってやろうかと思ったが、キュルケが黙って席に戻ったのでギアッチョも黙って座ることにした。 勿論貴族の席に堂々と。ギトーはまだまだ風の最強を説明し足りないようで新たに呪文を唱えていたが、突然の闖入者にその詠唱は中断された。 乱暴に扉を開けて現れたのは、鏡のように磨き上げられた頭を持つ男、コルベールである。しかし、今入ってきた彼の姿は乱心したかとしか思えないほど奇妙なものだった。馬鹿デカい金髪ロールのカツラを頭に乗せ、ローブの胸にはひらひらとしたレースの飾りや刺繍が踊っている。ギトーは眉をひそめて彼を見た。 「・・・ミスタ? 失礼ですが・・・そのカツラは?」 「ヅラじゃないコルベールだ」 何かよく分からない拘りがあるらしい。ギトーはとりあえずスルーすることにした。 「・・・・・・今は授業中ですが」 しかしコルベールは、それどころじゃないという風に手を振って言う。 「いいえ、本日の授業は全て中止です」 教室から一斉に歓声が上がった。不満げな顔をするギトーから生徒達に眼を移して、コルベールは言葉を継ぐ。 「えー、皆さんにお知らせですぞ」 威厳を出す為かそう言ってふんぞり返った瞬間に、彼の頭から見事な回転を描いてカツラが落下した。幾人かの生徒がブフッと吹き出し、それを合図にそこかしこから忍び笑いが聞こえる。 一番前に座っているタバサが、旭日の如く輝くコルベールの額を指してぽつりと一言「滑りやすい」と呟き、その途端教室が爆笑に包まれた。キュルケもタバサの背中をバンバンと叩いて笑っている。 「シャーラップ!ええい、黙りなさいこわっぱ共が!」 コルベールは顔を真っ赤にして怒鳴る。 「大口を開けて下品に笑うとは全く貴族にあるまじき行い!貴族はおかしいときは下を向いてこっそり笑うものですぞ!まったく、これでは王室に教育の成果が疑われる!」 王室、という言葉に教室が静まり返る。どうしてそんな言葉が出てくるのだろう。 そんな生徒達の心中の疑問に答えるべく、コルベールが三度口を開く。 「えー・・・おほん 皆さん、本日はトリステイン魔法学院にとって、まことによき日であります 始祖ブリミルの降誕祭に並ぶ、実にめでたき日でありますぞ」 そう言って、コルベールは後ろ手に手を組んで生徒達を見渡した。 「畏れ多くも先の陛下の忘れ形見、我がトリステインがハルケギニアに誇る可憐な宝華、アンリエッタ姫殿下が!なんと本日ゲルマニアご訪問からのお帰りに、この我らがトリステイン魔法学院に行幸なされるのです!」 コルベールの身振り手振りを交えた報告に、教室中がざわめいた。 「決して粗相があってはいけません 急なことですが、今から全力を挙げて、歓迎式典の準備を行います よって本日の授業は中止、生徒諸君は今すぐ正装し、門に整列すること! よろしいですかな?」 その言葉に徒達は一斉に姿勢を正す。そんな生徒達を満足げに見つめて、ミスタ・コルベールは話を締める。 「諸君が立派な貴族に成長したことを、姫殿下にお見せする絶好の機会ですぞ! 御覚えがよろしくなるように、各々しっかりと杖を磨いておきなさい!」
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/2006.html
翌日の天気は快晴だった。明けきったばかりの文字通り雲一つ無い蒼穹から、 暖かな陽光が降り注いでいる。絶好の探検日和、と言えるかもしれない。 まだ授業も始まらない早朝、ギーシュは自室で向こう数日分の大荷物をパンパンに 詰めた鞄を手に唸っていた。 「ぬぬっ・・・どうにも重い・・・今までレビテーションに頼りすぎてたな」 手に持った瞬間から苦しげな顔を見せながら、それでも魔法を使わないことには 無論訳があった。今回の小旅行――と言ってしまってもいいだろう――の目的は、 まず第一に探検であるわけで・・・つまりは人跡未踏の森林や遺跡の奥深くに まで足を踏み入れる可能性がある。となれば、そこを根城にしているであろう オーク鬼やゴブリンといった好戦的な化物に襲われることも覚悟しなければ ならない。よって、ここは出来る限り無駄な魔法の行使は控えるべきである ――ということがその理由であった。 両手で鞄を吊り上げて、ギーシュはよたよたと正門へ向かう。寮を出た所で、 「ギーシュ!」 待っていたようにそこに立つモンモランシーと出会った。 「モンモランシー!どうしたんだね、今朝はやけに早いじゃないか」 「ま、まあね・・・」 問い掛けるギーシュに、モンモランシーは何故か眼を逸らしながら答える。 「・・・ねえ、明日は虚無の曜日でしょ」 「確かそうだね それがどうしたんだい?」 「・・・・・・こ、香水の材料が切れたのよ それで、明日城下に買い物に――」 「おっと、すまない僕のモンモランシー そろそろ待ち合わせの時間だ」 「え?」 「ちょっと数日ほど旅行に行ってくるよ 君と会えないことを思うと胸が 張り裂けそうだが、どうか泣かないでおくれモンモランシー きっとこれは 始祖の与え賜うた試練なのさ」 「な、ちょっと・・・」 「名残惜しいがしばしのお別れだ 僕の無事を祈っていておくれ それではね」 「待っ――・・・!」 相変わらず人の話も聞かず、ギーシュは薔薇をかざしながらそれだけ言うと 荷物を抱き上げてそそくさと走り去ってしまった。一人この場に残されて、 モンモランシーは豊かな金糸を震わせながら呟いた。 「何よ、バカにして・・・!」 大荷物の人間を6人も乗せては、いかに風竜と言えど長時間の飛行は出来ない。 ましてシルフィードはまだ幼生である。必然、近場から順々に潰して行くことに なった。 一行が最初に向かったのは、打ち捨てられた寺院だった。もはや村であったこと すら判らない程に荒廃した廃墟にあって尚形を失わないそれも、しかしかつての 荘厳さはとうに消え失せ、今はただ物悲しい静寂だけが満ちている。 永久に続くかとすら思われたそのしじまを、突如響いた爆裂音が消し去った。 ルイズの爆破に、この村を廃墟に変えた魔物――オーク鬼の群れが寺院の中から 眼を血走らせて飛び出した。 「んだァ?豚の化物かありゃあ」 長らく手入れされず伸び放題に成長した大木の枝に悠然と腰掛けて、ギアッチョは 興味深そうに眼下を眺める。その横で、化物が怖いかはたまた落下が怖いのか、 シエスタがひしと幹に抱きつきながら応じた。 「オ、オーク鬼です 獰猛で人間の子供を好んで食べる・・・私達の天敵みたいな 存在ですね」 プリニウスやプランシーがこの場面に遭遇すればさぞかし眼を輝かせることだろう。 巨大な棍棒を手にし、申し訳程度に毛皮を纏い二本足で立つニメイルを越す豚の 魔物。妖異と非現実の極致。彼らで無くとも、ギアッチョの世界の人間ならば 誰もが眼を釘付けにされるであろう光景だ。 最初に出て来た数匹が、ギョロギョロと辺りを見回す。十数メイルの正面に一人の 人間を確認するや否や、 「ぶぎィいいぃいいィィイいいぃィッ!!」 耳障りな鳴き声を上げて突進した。その背後を、次から次へと現れる仲間達が 土煙を舞い上げながら追い駆ける。だが彼らのターゲットであるところの少女は、 逃げも隠れもせずにただ一人その場に棒立ちしていた。 そう、ルイズは囮であった。寺院の中に恐らく十数匹単位で潜んでいるであろう オーク鬼達をギリギリまで引きつけて、両脇の茂みに隠れるキュルケ達が 一網打尽にする。それが彼女達の作戦であった――のだが。 「ワ、ワルキューレ!突撃だ!!」 実物の食人鬼に恐怖したか、ギーシュがはやった。先頭のオーク鬼目掛けて 七体のワルキューレが一気に攻撃を仕掛ける。七本の長槍がオーク鬼の腹を 突き刺したが、厚い脂肪に阻まれて致命傷には至らなかった。 「ぴぎぃいぃぃいいッ!!」 「あっ!?」 狂乱したオーク鬼が棍棒を滅茶苦茶に振り回し、七体の騎士はあっと言う間に 粉砕されてしまった。そのまま槍を拾いワルキューレが出てきた方向へ突進 しようとするオーク鬼を、空を切って飛来した炎が焼き尽くす。一瞬遅れて 出現した氷の矢が、崩れ落ちた魔物の背後に控える数匹の身体を貫いた。 「・・・で?どーするのよ」 茂みから姿を現して、キュルケが投げやりな口調で言う。先の攻撃に警戒を 強めたオーク鬼達は、再び寺院の中へと隠れてしまっていた。 「と、突撃あるのみだよ!」 「バカ、メイジだけで敵陣のど真ん中に突っ込めばどうなるか解るでしょ!」 「うっ・・・」 本来護衛とするべきワルキューレを使い果たしてしまったギーシュは、ルイズの 指弾に反論出来ずに呻いた。 「寺院ごと燃やすわけにはいかないし・・・このまま篭られちゃあ打つ手が 無いわよ」 小さく溜息をついて、キュルケが意見を求めるようにタバサを見た瞬間、 「・・・来る」 いつもの無表情にほんの僅か警戒を滲ませて、青髪の少女は静かに杖を構えた。 その刹那――鋭い破砕音を上げて、寺院の三方に設えられた窓が同時に破られた。 「なッ!?」 扉を含む四箇所から、潜んでいたオーク鬼達が一斉に外へ飛び出す。集まっていた ルイズ達を、先程の七倍はいようかという魔物の群れが見る間に包囲して しまった。 「し、しまった・・・!」 「・・・形勢逆転」 「飛ぶわよッ!!」 一瞬の機転で、キュルケはルイズを抱き寄せて叫ぶ。同時に唱えたフライで、 必殺の間合いに入る寸前に彼女達は間一髪上空へ脱出した。 そのまま十数メイルの距離を開けて着地するルイズ達目掛けて、オーク鬼の 群れが猛然と走り出す。 「ルイズ、足止めをお願い」 タバサは顔をオーク鬼の集団に向けたままそれだけ言うと、間髪入れずに詠唱を 開始した。 「分かったわ」 自分を信用し切ったその行動に、ルイズは逡巡無く答える。小さな杖を突き 出して、次々と爆発を放った。 「ぶぎぃいいッ!!」 眼前で前触れ無く起こる爆発に、オーク鬼の足が鈍る。致命傷を与える程の 威力は無いが、足止めには十二分に効果を発揮した。 最短のコモン・マジックで、壁を作るようにルイズは休むことなく弾幕を張る。 クラスメイト達心無い者が見ればそれは失笑を誘うような光景だろう。しかし、 ――・・・それが何だって言うのよ 今のルイズに恥ずかしさや後ろめたさは微塵も無かった。たとえ失敗であろうと、 自分の魔法が仲間の役に立っているのだ。化物の大群を前にしても、その事実 だけでルイズの心には無限に勇気が湧いて来る。 やがて、ルイズの横で二つの魔法が完成する。オーク鬼の群れ目掛けて、 タバサのウィンディ・アイシクルが空を裂く音と共に驟雨の如く降り注いだ。 無数の氷柱に貫かれ、数匹のオーク鬼は声も上げずに絶命する。怯んだ魔物達に 畳み掛けるように炎の渦が押し寄せ、更に数匹を焼き払った。 「あっ・・・お三方とも凄いです」 老木の枝からおっかなびっくり身体を乗り出して言うシエスタに、ギアッチョは 仏頂面を変えずに応じる。 「いや」 「えっ?」 「いいセンいっちゃあいるが・・・間に合わねえな」 よく解らないながらも、シエスタはギアッチョに向けた顔を荒れ果てた庭に戻す。 その僅かな時間の内に、そこは様相を変じていた。 「――――っ!!」 ルイズ達は思わず耳を塞ぐ。残る十匹余りのオーク鬼の怒りの咆哮が、彼女達の 鼓膜を破らんばかりに廃墟中に響き渡った。 仲間を倒されたオーク鬼達の怒りは、今やルイズの爆破への怯えを完全に 上回っていた。手にした木塊を振り回しながら、聞くに堪えない叫び声と共に 怒涛の勢いで突進する。もはや一匹たりともルイズの爆破に気を留める者は いなかった。 「くっ・・・」 倍近く速度を増して迫り来る魔物の群れに、キュルケは僅か眉根を寄せる。 見誤っていた。敵が予想外に強靭で想定の七割程度しかダメージを 与えられなかったこともあるが、それにも増して埒外だったのは―― オーク鬼達のこの速度だ。逃走しながら呪文を唱えてはいるが、この距離と 速度では魔法は撃てて後一度――しかしその一度で殲滅出来る可能性は相当に 低い。だが、かと言ってレビテーションで逃げることは出来ない。「風」の フライと違い、コモンであるレビテーションは物を浮かせるというだけの単純な 魔法である。フライのような瞬間的な加速の出来ない性質上、高く浮かぶには 時間がかかる。今から方針を変えていては間に合うものではない。そして フライによる脱出もまた、系統魔法であることとキュルケとタバサしか使用 出来ない現状では難しいと言わざるを得ない――結局の所、望みに賭けて このまま攻撃することが最善の、そして唯一の手段であった。 「・・・イス・イーサ・・・」 タバサも同じ結論のようだった。小さな口から迷わず紡がれる呪句で、彼女の 無骨な杖に再び冷気が集まり始め、 「・・・ウィンデ」 冷たく小さな声が止むと同時に、無数の氷の弾丸が一斉にオーク鬼へと撃ち 出された。それを確認してから、キュルケは小さく杖を振る。氷柱の軌跡を 追いかけて、業火の螺旋が続けざまに忌むべき魔物の群れを襲った。 氷と炎が爆ぜて巻き起こる黒煙と砂埃が、オーク鬼達をその断末魔ごと覆い 隠す。しかし、油断無く後退を続けるルイズ達が僅かな期待の視線を煙幕に 向けるよりも早く――オーク鬼の残党が四匹、憤怒の咆哮を撒き散らしながら 姿を現した。 生き残った四匹の人喰い鬼達は、更に速度を増してルイズ達に襲い掛かる。 「く、くそっ!」 なけなしの魔力で作り出した青銅の槍を構えて、ルイズ達の前にギーシュが 飛び出した。しかし、その力の差は誰が見ても歴然である。血走った眼を ギーシュに向けると、オーク鬼はまるで路傍の石を排除するが如き気安さで 棍棒を振りかぶった。 「ミ、ミスタ・グラモンが・・・ギアッチョさん!!」 シエスタは悲痛な声でギアッチョを振り向く。だが数秒前まで彼が座って いた場所から、ギアッチョの姿はいつの間にか消えていた。 三匹のオーク鬼達は、一体今何が起きたのか理解出来なかった。自分達と先頭の 仲間との間に、「何か」が落ちた――次の瞬間、仲間の首は見事に胴体と泣き 別れていたのだ。必死に情報を整理しようとする自分達を嘲笑うかのように、 仲間の首を刎ねた「何か」はゆっくりとこちらに向き直る。その正体が人間で あると気付いた時には、更に二つの首が宙を舞っていた。 「ぶぎィィイイイイッ!!!」 最後の一匹になった化物が、あらん限りの咆哮で大気を震わせる。男が一瞬 眉をしかめた隙を逃さずその脳天に人の胴体程もある棍棒を振り下ろしたが、 男は身体を半身にずらして難無くそれを回避した。同時に剣を握った左手では 無く何も持たない右手を突き出すと、静かにオーク鬼の胸に押し当てる。理解の 出来ない行動にオーク鬼は思わず動きを止めたが、すぐに棍棒を持つ腕に再び 力を込めた。理解は出来ないが、殺すことに問題は無い。 「・・・・・・?」 オーク鬼は漸く気がついた。拳に力を込め、手首に力を込め、腕に力を込め。 男の頭を粉砕するべく腕を振り上げる――常ならば意識することすらしない、 単純な動作。ただそれだけのことが、どう意識しても「出来ない」。まるで 彫像にでもなったかのように、己の腕はピクリとも動こうとしないのだ。 …いや。腕だけでは無かった。気付けば腰も、足も、そして首も―― 五体全てが、凍ったようにその動きを止めていた。 「・・・・・・!!」 凍ったように? 否。 オーク鬼の身体は文字通りの意味で、いつの間にか完膚無きまでに凍結 されていた。そしてそれに気付いた瞬間。原因や因果を考える暇も無く、 オーク鬼の身体は粉々に砕け散った。 「あ、ありがとう・・・助かったわ」 血糊を拭いた木の葉を投げ捨てて、ギアッチョは少しばつが悪そうにして いるルイズ達に向き直った。 「そんな顔すんな おめーらに落ち度はねぇよ 悪ィのは・・・」 つかつかと歩み寄ると、ギーシュの金髪に容赦無く拳を振り下ろす。 「あだぁあっ!!」 「こいつだ」 「このマンモーニがッ!おめー一人のミスでよォォォ~~~~、全員殺られる とこだったじゃあねーか!ええ?」 「うう・・・すいません・・・」 地面に正座するギーシュの頭上から、ギアッチョの叱責が降り注ぐ。長らく 使われなかったマンモーニという呼称がショックだったのか、ギーシュは肩を がっくりと落とすが、ギアッチョは一切容赦をしない。 「フーケとアルビオンの時ゃあちったぁ見所があるかと思ったが・・・ おめーは追い込まれねーとマトモに戦えねーのか?ああ?」 「い、いや・・・それは」 「それは何だ」 「そ、」 「うるせえ!」 「酷ッ!」 ギアッチョは両手でギーシュの頭をぎりぎりと掴んで立ち上がらせる。 「あだだだだだ!」 「よォーーく解った・・・おめーには度胸と根性が足りねえ!」 「そ、それは追々身に着けていこうかと・・・」 「やかましいッ!帰ったら一から叩き直してやっから覚悟しとけッ!!」 「えええええ!?」 ギーシュが物理的に地獄に落ちることが決定した瞬間だった。 へなへなと地面にくずおれるギーシュに眼を向けて、三人の少女は同時に 溜息をつく。 「ま、これでちょっとは成長するかしらね」 「因果応報」 「・・・あれ?ところで何か忘れてない?」 「ギアッチョさーん・・・」 古木の幹にしがみつきながら、シエスタはか細く悲鳴を上げる。 「み、皆さーん・・・下ろしてくださいぃー・・・」 彼女が救出されたのは、それから十分後のことであった。