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前ページ次ページゼロの花嫁 瀬戸を離れて夕波小波 人魚呼び出すゼロのルイズ 義理を立てりゃ、道理が引っ込む 笑ってやって下せぇ 苦い不幸の始まりでございます ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールは追い詰められていた。 使い魔を呼び出すサモンサーヴァントの儀式。 これに成功しなければ彼女は進級出来ないのだ。 仮にもヴァリエール家の人間が落第するなどという事があってはならない。 正に祈るような気持ちで呪文を唱えた。 呪文は完璧、失敗による爆発も起きない。 ゲートは召喚された、ここまでは問題無い。 ぼて。びちびちびちびち。 楕円状のゲートから何かが落っこちてきた。 最初に目に入ったのは見事なその尻尾、鱗に覆われたそれは魚の尻尾と思われる。 しかし、その上半身は美しい少女の姿をしていた。 「これ……もしかして……人魚?」 以前読んだ伝承に、確か人魚の記述があった。だが、あれは作り話ではなかったか? 呆気に取られるルイズ、それは隣で見ていたコルベール先生も同様で、二人はその美しい人魚の姿に見入っていた。 人魚は、最初周囲を探るように見渡す。 すぐにルイズとコルベールに気付き、数秒の間の後、物凄い勢いで騒ぎ出した。 それは、遠くからこちらを囲むようにしてみているほかの生徒を見て、更に激しくなった気がする。 話す内容は支離滅裂で何を言っているのか良くわからなかったが、最後に叫んだ声だけはルイズにも聞き取れた。 「人魚エンシェントリリック! 眠りの詩!」 ラァリホエ~~~~~~♪ そしてみんな意識を失った。 最初に意識を取り戻したのはルイズだった。 「む~、頭痛い……」 「大丈夫?」 そう問いかけてきた声に聞き覚えが無かったので、ルイズはちらりとそちらを見る。 腰まで伸ばした後髪、年は十四、五ぐらいであろうか。 清楚な佇まいを持つ、美しい少女であった。 「あなたは?」 「瀬戸燦言います。よろしゅう」 そう言ってにぱっと笑う彼女は、本当に美しいと思えた。 何故か赤面してしまうルイズだったが、首を横に振って意識をはっきりさせる。 「そ、そう、私はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール」 「ルイージマリオズッケェロ? 首だけになって拷問とかされてそな名前やね」 「何処のマフィアよそれ!? ルイズよルイズ!」 勢いでそうルイズがつっこむと、燦はまた笑った。 「そか、ルイズちゃんか。私も燦でええで」 再度赤面するルイズ。 これが、二人の出会いであった。 ようやく起きたコルベールを交えてお互いの状況を確認するルイズと燦。 他の生徒は既に教室へと戻っている。 その際、彼らが空を飛ぶのを見て燦はえらく驚いていた。 「サンは魔法を知らないの?」 「そないに当然な顔して言われても……大体ここ何処なん?」 「トリステイン魔法学園」 「……瀬戸内魔法学園に変えん? それなら少しは親しみのある名前になりそーやし」 「いや歴史有る魔法学園の名前をそんな理由で変えられても」 二人のやりとりに、コルベールがわざとらしく咳をしてルイズを促す。 ルイズは助けを求めるようにコルベールに問う。 「あ、あのーコルベール先生。流石に平民の使い魔は……」 「駄目です、ミスヴァリエール。使い魔召喚の儀式はそうほいほいとやりなおせる類の事ではありません」 がっくりと項垂れるルイズ。 燦は不思議そうにルイズに聞いた。 「なあなあ、それ何なん?」 「使い魔よ使い魔。あなたは私の使い魔として召喚されたの」 「ようわからんけど、私そろそろ家に戻らんとお父ちゃんに怒られるねん」 そこでルイズは初めて気付いた。 そう、平民、人間を使い魔にするという事は、その人間を家族から引き離すという事なのだ。 今度はさっきよりも強い口調でコルベールに言う。 「ミスタコルベール、彼女には家族も居ます。それを無理矢理使い魔にするのはいくらなんでも非道がすぎるのでは?」 ルイズは、もちろん燦の事も心配しているが、これでうまい事再挑戦をさせてもらおうという計算があったのも事実である。 コルベールも少し悩んでいるようだ。 「それはそうだが……いや、前例も無い事だしやり直しは認められない。その場合はミスヴァリエールは留年という事になる」 留年、という言葉にルイズは身を硬くする。 が、それ以上に燦がその言葉に大きく反応した。 「ちょっと待ってや! 留年て何なん? ルイズちゃん留年してしまうん?」 返答に困ってコルベールはルイズを見る。 ルイズは俯いて肩を震わせている。 燦はルイズの肩を掴む。 「なあ、ルイズちゃん。留年て本当なん?」 それが引き金であった。 激昂して燦を怒鳴りつけるルイズ。 「そうよ! あんたみたいな平民が召喚されたせいで私は留年するかもしれないのよ!」 燦は青い顔をしてコルベールに確認する。 「そうなん? なんとかならへんの?」 コルベールも心苦しそうだ。 「ああ、ミスヴァリエールが誰よりも努力している事は私も良く知っている。出来る事ならなんとかしてやりたいが、使い魔との契約が出来ないのであれば留年扱いとなる……」 コルベールの言葉に燦はコルベールの腕の裾を掴む。 「そしたら、私はルイズちゃんに召喚とかいうのされたんやろ? なら私がルイズちゃんの使い魔になれば留年しないで済むん?」 「そ、それはそうだが……」 燦は力強く頷く。 「じゃったら私がルイズちゃんの使い魔なる!」 ルイズは燦とコルベールとのやりとりを黙ってみていたが、そう言う燦の言葉に首を横に振る。 「私の使い魔になるって事は、ご両親とも会えなくなるって事よ?」 燦はわかっているのかいないのか、拳を握って答えた。 「お父ちゃんもお母ちゃんもきっとわかってくれる! それに、困ってる人を見捨てたりするんわ瀬戸内人魚の名折れじゃ!」 何故か燦の背後で津波が岸壁へと叩きつけられ、白い波頭が舞い上がる。 「任侠と書いて人魚と読むきん!」 燦のあまりの迫力に気圧されるルイズとコルベール。 ふと、ルイズは気になった事を口にした。 「そういえば、貴女さっき足が魚じゃ……」 突然燦が慌てだす。 「そ、それは夢じゃ! そんな白昼夢私知らん!」 「そう、人魚よ。自分でも今咆えてたし……」 「それはドリームじゃ! そんなデイドリーム私知らん! そそそ、それよりルイズちゃん! はよその契約せんと!」 大慌ての燦はとても怪しかったが、契約を早く済ませた方がいいのは確かである。 「そ、そうね。でも、本当にいいの?」 「もちろんじゃ! 瀬戸内人魚に二言は無いきに!」 「……人魚?」 「ル、ルイズちゃん! はよー契約や契約!」 「わ、わかったわ」 深呼吸一つ、ルイズは意を決して燦の両肩に手を乗せる。 「ちょっと、かがんで……そう、それで、目をつぶって」 「わかった。どんと来てや」 言われるままに目を閉じる燦に、ルイズは呪文と共に口づけを交わす。 ルイズが口を離し、そっと目を開くと燦は驚いたのか目を大きく見開いてこちらを見ている。 何か言いたいようだが、言葉にならないようだ。 その様子に、ルイズの頬も紅潮する。 「こ、これは契約なの。だから回数には含まれないんだからね。わかった……」 みなまで言わせず、燦はその特技である『ハウリングボイス』を放っていた。 ルイズが目を覚ましたのは医務室のベッドの上であった。 目を覚ますなり、隣で寝ていた燦が飛びついてくる。 「ごめんな~ルイズちゃん、本当にごめんな~。ウチ驚いてしもてつい……」 びーびー泣きながらそう言う燦を宥めつつ、自分の身に降りかかった出来事を思い出す。 「あー、何かこー謎の衝撃波によって全身裂傷、耳血を大量に噴出し、血だるまになってた記憶が……」 「堪忍や~、堪忍してつか~さい~」 どうやらアレはやっぱり燦の仕業らしい。 「何はさておき、事情の説明をしなさい。一体アレは何?」 燦は、頭をかきながらこう答えた。 「いや~、私昔から声大きゅうてな~」 「人一人ぼろ雑巾にするぐらいの大声って何よ!?」 至極真っ当なルイズのつっこみに燦は脂汗を流す。 「そ、それは……」 ルイズから顔を逸らす燦。 「それは?」 「ま、魔法じゃ……こう、杖振ったり箒に乗ったりするはりーぽったー的な……」 「魔法!? でも呪文も唱えてなかったわよ!」 「そ、それは……その……そういう特別な魔法なんよ」 そこまで言って、自分の無茶言い訳さかげんに更に脂汗が流れる。 しかし燦の言葉にルイズは飛び上がって喜んだ。 「凄い! 凄いわサン! それってもしかして先住魔法!?」 『うっわ、めちゃめちゃ信じとる!?』 今更引っ込みはつかない、無理矢理話を合わせる燦。 「そ、それ、その長寿魔法言うやつ。長生き出来るんや、きっと」 ルイズはベッドから飛び降りて燦の手を取る。 「やったわ! これでみんなを見返してやれる! 私だってやれば……やれば出来るんだからっ!」 感極まって涙目になるルイズ。最早修正は不可能と思われる。 物凄く心苦しい燦をさておいて、一人テンションを上げるルイズ。 そこにノックの音と共にコルベールが入ってくる。 「おお、起きたかねミスヴァリエール」 コルベールの顔を見るなり、ルイズは嬉々としてこの事を報告する。 「聞いてくださいミスタコルベール! サンは先住魔法の使い手なんです! この間私を吹っ飛ばしたアレも魔法なんですって!」 その言葉に驚くコルベール。 「なんと!? 確かにアレには呪文の詠唱も無かった。だとすればミスヴァリエール、君の努力が遂に実ったという事か! 素晴らしい! 私も心から祝福させてもらうよ!」 「ありがとうございます、ミスタコルベール……これで、もう誰にもゼロだなんて呼ばせない……うぅっ」 「良く頑張った、君は良く頑張ったよ」 医務室で感涙にむせぶルイズとコルベール。 ちなみに燦は、二人が何か言う度に心に鋭い何かが突き刺さるような衝撃を受け続けていた。 この空気に耐えられそうに無い燦は話題をそらしにかかる。 「それはそれとして……なあルイズちゃん、使い魔って何するもんなん?」 まだ半泣きであったルイズだが、燦の問いかけに少し首をかしげる。 「そうね……とりあえず、燦は炊事洗濯掃除とかは出来る?」 「もちろん、得意分野じゃ」 「んじゃ後は、私を守るんだけど、それもサンの先住魔法なら大丈夫よね! ねえ、他にはどんな事出来るの?」 そう問われた燦の動きが止まる。 『他のて、後は歌とか……イカン、眠りの詩教えたら人魚姿誤魔化したのがバレる。詩系はダメとなると……後は……』 ぽんと手を叩く燦。 「そしたらルイズちゃんヤッパ持ってへん? 出来れば長ドスがええんじゃけど」 二人には全然理解出来ない単語である。 「何それ?」 「えっと、刃物や。それも1メートルぐらいの長い奴がええ」 「剣の事? もしかして剣使えるの?」 「うん、私それ得意なんよ」 少し期待外れの答えであったルイズ。燦の体格では武器を使えたとしても、さほどの強さは期待出来ないであろう。 「魔法は他には無いの?」 「ごめんな、私まだ子供やからハウリングボイスだけなんじゃ」 残念ではあるが、それでもあのハウリングボイスの威力は身をもって知っている。あれだけでも十二分である。 「構わないわよ。それじゃあ、そろそろ部屋に行きましょうか」 そう言って燦の手を取るルイズ。 だが、それをコルベールが止めた。 「ミスヴァリエール、実は君に話さなければならない事がある」 ルイズが振り返ってコルベールを見ると、コルベールは眉間に皺を寄せていた。 あまり良い話ではなさそうだと思ったルイズは少し身構える。 「なんでしょう、ミスタコルベール」 コルベールはルイズから目線を逸らし、僅かな躊躇の後、思い出したように陽気に言った。 「そうだ、君の治療の件があった。今回の件は授業中の事故という扱いにしておいたから、治療にかかった水の秘薬は経費で落ちたよ」 すっかり忘れていたが、治療もタダではないのである。 気を失う最後の瞬間、自分が全身血まみれになっていた記憶がある。 今は何処も痛くない事を考えるに、治療するのにはかなりの量の水の秘薬を必要としたであろう。 「助かります。結構かかりましたか?」 あらぬ方を見ながら指折り数えるコルベール。 「そうだね、全身36箇所の裂傷と耳からの大量出血。特に裂傷はどれも放っておいたら傷が残るようなものばかりだったから、通常の治療の倍の秘薬が必要だった」 改めて聞かされて冷や汗をかくルイズ。 「……結構、危険だったんですね」 「ああ。でも傷を残すなというのは学院長の指示でもあるし、君は気にしなくていいよ。確かにあれは事故だったんだから」 「本当にありがとうございます。サン、今後は気をつけてよね」 「大丈夫! もー二度とせん!」 「よろしい」 ルイズは深く頷いた後、コルベールに向き直る。 「では先生、失礼します」 そう言って二人は医務室を出ていった。 残されたコルベールは笑顔でそれを見送った後、その場にひざまずく。 「先住魔法……アカデミーにバレたらまずいですよね……しかし、ああも嬉しそうにされると……言い出しずらいです、はい」 この事は明日一番に伝えよう、それまでにサンの手に浮き出た紋章も調べておこうと心に決めたコルベールであった。 二人はルイズの部屋に入る。 ぼろぼろに引きちぎれた制服の代わりに医務室備え付けの寝巻きを着ていたルイズはさっそく服を変えようと燦に命ずる。 「サン、着替えるから下着と寝巻き取ってちょうだい」 「ん、わかった」 燦ががさごそと服を漁っている間にルイズはさっさと服を脱ぐ。 すぐに寝巻きと下着を見つけ、それを手に振り返る燦。 「ルイズちゃん、これでええん……っっ!!!!」 ルイズの姿を見た燦はその場に硬直する。 ルイズは下着も脱ぎ、一糸纏わぬ姿であった。 「そうそう、それよそれ。早く着させてちょうだい」 燦はそんなルイズの姿を指差し震えている。 「る、ルイズちゃん……やっぱり女好き好きアマゾネス……」 明らかにおかしい燦の様子に、ルイズは数歩歩み寄る。 「どうしたのよ?」 「イヤーーーーーーー!!」 悲鳴と共に放たれたハウリングボイスは、ルイズを紙くずのように吹き飛ばし、壁面へと叩きつける。 再び刻まれる全身への裂傷、そして壁面に叩きつけられた事による打撲、ほとばしる耳血。 「……二度と、何だって?」 辛うじて残った意識のままそんな事を呟くルイズ。 燦は大慌てでルイズへと駆け寄ってくる。 「ご、ごめんルイズちゃん! 大丈夫か!?」 「……無茶言わないでよ……」 「しっかり! しっかりしてルイズちゃん! 一緒に瀬戸の海を見ようって約束したじゃろ!」 「……してないし……」 「嘘じゃ……こんなん嘘じゃルイズちゃん……嘘じゃーーーーー!!」 「……そりゃ、嘘にしたいでしょうけどね、アンタは……」 「誰か! 誰かおらんの! 衛生兵! 早く来てくれんとルイズちゃんが……ルイズちゃんが死んでしまうっ!!」 「……誰かじゃなくて、アンタが助け呼んで来なさいよ。いや、ワリと本気で……」 「誰か助けて! ルイズちゃんを! ルイズちゃんを助けてーーーー!!」 「……お願い、悲鳴はいいから、早く医務室に……」 結局、たまたまルイズの部屋に来ようとしていたキュルケがこの悲鳴を聞きつけ、医務室へと連絡する。 すぐさま駆けつけた医療スタッフにより、タイヤの付いたベッドに乗せられたルイズ。 「患者は!?」 「ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール、上から76、53、75、系統ロリツンデレ、裂傷多数、大量の耳血に全裸です」 「出血がひどい、水の秘薬をありったけ持って来い!」 何やら騒がしい医療スタッフと、それに突き従うように後を追う燦とキュルケ。 「ルイズちゃん! しっかり! 今お医者さんが助けてくれるき!」 「……全裸で血だるまって、一体何したのルイズは?」 ベッドに横になった事で安心したのか、ルイズは静かに目を閉じる。 同時にルイズの全身がびくんびくんと跳ね出した。 「くそっ! 痙攣だ! 手術室へ急げ!」 「ルイズちゃん! ルイズちゃん!」 いきなりのルイズの変貌に真っ青になってルイズにすがりつこうとする燦。 それを医療スタッフが遮る。 「邪魔をするな! テンブレードと……」 突き飛ばされ、その場に座り込む燦。 移動ベッドと医療スタッフはそのまま正面の扉を開き、手術室へと消えていく。 扉が閉まると同時に輝く手術中のランプ。 燦はその扉にすがるように張り付く。 「お願いじゃ! ルイズちゃんを助けてあげて! ルイズちゃんを……ルイズちゃんを……」 そのまま泣き崩れる燦。 キュルケはそんなルイズの肩に手を置く。 「後は医療スタッフに任せましょう。ほら、そこのイスにかけて」 しばらくの間、泣いている燦を宥めるキュルケ。 そして落ち着いた頃を見計らって事情を尋ねた。 「一体何があったの?」 「ひっく……ルイズちゃんが女好き好きアマゾネスなんにびっくりして、つい……ぐすっ……」 「わかったわ、もう少し落ち着いてからにしましょう」 早々に事情を聞くのは諦めるキュルケ。 そこに話を聞いたコルベールが駆けてきた。 「ミスツェルプストー! ミスヴァリエールが大怪我を負ったと聞きましたが!」 「はい、今手術中です」 「何故そんな事に、怪我はどんな感じです?」 「全身に裂傷、後耳血ですわ」 それだけで状況を察するコルベール。 「……サンさん、どういう事ですか?」 燦はまだしゃくりあげながらだが、すぐに答える。 「やきに、ルイズちゃんが女好き好きアマゾネスやったんよ。私、それに驚いてしもて、つい勢いでハウリングボイスを……」 ため息をつきながらコルベールはキュルケの方を向いて問う。 「ミスツェルプストー、貴女はそんな話を聞いた事がありますか?」 「……今のでわかったんだコルベール先生は。申し訳ありませんけど、この子が何を言ってるのか私にはさっぱりです」 「ですから、ミスヴァリエールに女性を愛好する性癖があったのかと」 「あるわけありませんわ。ルイズの部屋に誰か女の子が出入りしているというのは聞いた事がありませんもの。そもそも、プライドの塊みたいなヴァリエールがそんな真似するとは思えませんわ」 「なるほど、確かにそうかもしれないな。なら詳しい事はミスヴァリエールが意識を取り戻してからだな」 不意に手術室から怒鳴り声が聞こえてくる。 どうやら手術室では何らかの展開があった模様。 「ドクター! あなた一体何処触ろうとしてるんですか!?」 「ええい離せ! 漢には人間失格とわかっていてもやらなければならん事があるのだ!」 「うおっ!? ブレード挿した状態からそんなに動いたら……ぎゃー! 傷口がー! 止血を! 止血剤を!」 「かくなる上は止む終えまい。三年生にも協力を要請する。水魔法が得意な生徒へ伝えてくれ。ロマンが君達を待っている、魂に賭けて誓おう! お触り自由であると!」 ドガン! 「水系統の三年女子に限定します。よろしいですね」 「イエスマム!」 手術室の扉が開き助手の一人が出てくると、中の様子が見える。 一人の男性医師が頭部から間欠泉の様に血を噴出して倒れ、その他の医師達は黙々と治療に専念している。 医療スタッフの配慮か、どうやら女性スタッフのみでの手術になっている模様。 「峠は越したみたいですわね。ルイズ、貴女の純潔と誇りは守られそうよ」 「それは何より」 冷静にそう呟くキュルケと、あの医師はオスマン菌にでも冒されたかなどと考えながらそっぽを向いている律儀なコルベールであった。 前ページ次ページゼロの花嫁
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前ページ次ページゼロの花嫁 ゼロの花嫁7話「アニエスとロングビル」 事の発端はいつもの酒場でのちょっとした会話であった。 ロングビルとアニエスの二人は、何時ものようにお互いの近況などを話しながら楽しい時を過ごす。 そこで、アニエスの仕事の話題が出た。 ここ最近になって街に入る麻薬の量が格段に増えたと。 先だっての暴動、ルイズも巻き込まれたあの騒ぎも、それが原因の一つと考えられている。 当局も必死に摘発に当たっているが、急激な増加である為、検挙の人手が足りていないという話らしい。 おかげで半ば黙認に近い形が成立してしまっている。 新しい犯罪組織が出張ってきた。そう考えるべきなのだろうが、その影も形も捉えられずでは打つ手が無い。 これには強気のアニエスも流石に参っていた。 ロングビルはグラスを傾けながら、何の気無しに呟く。 「何処かで派手な値崩れでも起こしたのかしらね?」 ロングビルの言葉の意味がわからず問い返すアニエスに、意外そうにロングビルは答える。 「麻薬なんて元々貴族連中でもなきゃ手が届かないぐらい値が張るじゃない。 その値段が落ちたから平民達も手に出来るようになったんじゃない?」 違法な植物である麻薬は、当局の摘発を逃れる為、細々と隠れるように栽培されているのが常だ。 生産量も当然少なく、値段も張るというわけで。 「大きな産地でも出来たのかしら」 まるで商人のような事を言うロングビルを、アニエスは目を丸くしながら見ていた。 「そういう発想は無かった……凄いなロングビル。お前は賢い。そうだ、その通りだ。 何処かで大量に作っている場所があるからあれだけの量が入り込んで来る」 宝石類並みの希少価値であった麻薬に対し、そこまで考える人間は今まで居なかったようだ。 周囲の目もあり、大規模な麻薬栽培は現実的ではないと考えられていた。 そもそも麻薬の市場というものが統治側である貴族に限られていた今までとは、明らかに状況が違うのだ。 新しい犯罪のあり方を今アニエスは目にしているのかもしれないと思うと、背筋が薄ら寒くなってくる。 「そうだ、あれだけの量を栽培しているとなれば産地は限られてくるはず。国中に人をやって調査すれば必ず……」 「産地がトリステインとは限らないんじゃない? いえ、むしろトリステインだったら既存の組織が関わってないはずないし、それなら貴方達の耳にも入るんじゃないかしら」 ロングビルの指摘で言葉に詰まるアニエス。 殊更に陽気に言うロングビル。 「私だったら……そうね、国境に網を張って怪しそうな連中片っ端から当たるわ。 運んでる人間押さえれば、幾らなんでも何の情報も得られないって事はないでしょ」 尊敬に満ちた視線でロングビルを見るアニエス。 「こんな身近に賢者が居たとは、もしよければもう少しお前の考えを聞かせてはもらえないか」 快く承諾すると、ロングビルは考えを整理する時間をもらい、一つ一つ確かめるようにしながら発言する。 「どの国が臭いかって話だけど、まずアルビオンは却下。あそこから物運ぶのは目立ちすぎるわ。 それにあの国に居たら今は麻薬で遊んでる暇無いでしょ」 真剣な表情でロングビルの発言に一々頷くアニエス。 「後はゲルマニアかガリアかだけど、これは根拠が薄いけど勘弁してね。私の読みだとガリアよ」 「何故だ? ゲルマニアの方がよほどらしい気がするが」 ロングビルはトリステインと国境を接する領地を治めるゲルマニアの貴族、ツェルプストー家の反応がそれっぽくないと理由を述べる。 先日、学園で騒ぎを起こしたキュルケが実家に家族呼び出しの連絡を送られたのだが、ツェルプストー家からは冷淡と言っても過言でない程おざなりな使者が来ただけであった。 ロングビルもオールドオスマンに従い使者の話す様を見ていたが、目の肥えたロングビルの目から見ても、いかにも重要度の低い使者が頭を下げに来たのみ。 それも早々に引き上げていってしまった。 自国内で大規模な麻薬栽培の気配があったとして、国境を治める領主がそれを知らぬはずがない。 そこに来て理由を付けての呼び出し、もしトリステイン側にゲルマニアが疑われていると考えていれば、もっと気の効いた人物をよこしてこちらの状況を探るはず。 もちろんツェルプストー家当主がボンクラの可能性も否めないが、実力主義のゲルマニアにおいて代々国境を任されるているかの一族を、ロングビルは過小評価してはいなかった。 そんな気配すら感じぬツェルプストー家の対応は、必然的に残るガリアへの疑惑となっていく訳だ。 大きく頷くアニエス。 「ありがとうロングビル、早速私も対応しよう! 皆この件をどうにかしたいと悩んでいた所だ、きっとすぐに動いてくれる! 犯罪者共に目に物見せてくれる!」 「少しでも力になれたんなら嬉しいわ。頑張ってね」 随分長い事犯罪者やってきたが、治安組織にその知識をもって協力したのはこれが始めてだ。 人生何がどう役に立つかわからないものね、と暢気な事を考えながらも、友人からの敬意の眼差しがこんなにも気持ちの良い物とは思いもよらなかったロングビルは、上機嫌でグラスを傾けるのだった。 アニエス率いる調査隊が国境付近に着いたのは、夜も更けた頃だった。 十人程の兵は全員徒歩で移動しており、指揮官であるアニエスと、協力者でありメイジであるロングビルのみが騎乗していた。 「すまないロングビル、貴女にまで手間をかけさせてしまった」 これで六度目であろうか、そんな謝罪の言葉を口にするアニエス。 ロングビルは内心苦笑しながらも、アニエスへの配慮を失わぬ朗らかな笑みで答えた。 「元々これは私が考えた策よ、だから最後まで面倒みさせてちょうだい」 アニエス自身が国境付近に出張って密輸の調査に当たると上司に上申した所、国境警備の者に任せれば良いという上司と意見が対立してしまった。 アニエスは渋る上司を半ば脅すようにして兵を出させたのだが、メイジを手配する事も出来ず、数もたったの十人のみ。 その話を聞いたロングビルはオールドオスマンに話をつけ、こうして協力出来るよう手配を頼んだのだ。 ロングビルはもしアニエスが当たりを引いた場合、間違いなくメイジが護衛に付いていると踏んでいた。 事と次第によってはそれ以上に厳しい護衛に囲まれているという事も在り得る。 そして運んでいる物が物なだけに、密輸犯は強行突破も辞さぬであろう。 そんな場所にアニエスと僅かな手勢のみで乗り込むと聞いて、ロングビルは居ても立ってもいられなかったのだ。 ロングビルが地図から引き出した密輸犯の予測移動ルート。 幾つかあるルートの内、それらが一番多く交差するポイントにテントを張り、通る行商人達を片っ端から調査する。 輸送のタイミングがわかるわけでもなく、確証を得ての行動でもない。 持久戦の覚悟で必要な物を全て揃えていた一行は、途中見かけた行商人にも都度調査を行っていた。 アニエスの叱咤とロングビルの助言を繰り返す事で、兵達は次第に調査のコツを覚え始め、 ポイントに辿り着く頃には、二人が何を言わずとも手際よく確認を済ませられる程になっていた。 「思ったよりしっかりした兵達みたいね」 ロングビルの賞賛に、しかしアニエスは渋い顔である。 「まともに動ける奴を選んだからな。……が、まだまだ甘い。先に出会った商人達が密輸犯であったなら、何と思う間も無く斬り臥せられていただろう。全く、警戒心が無さ過ぎる」 本当、らしいわね。そう思いながらも兵達に疲労を溜めぬためにも一言言っておくべきと感じたロングビルは苦言を呈する。 「貴女の基準が高すぎるのよ。彼等が一生懸命な所は認めてあげなさい。 訓練じゃない実戦だからこそ、疲労を溜めるようなやり方は感心出来ないわよ」 兵達の前では決して見せない、口をへの字に曲げたアニエスの顔。 「……お前がそう言うのなら、少し手加減するとしよう」 「よろしいっ」 鉄面皮の裏側に隠されたこんな表情を知っているのは自分だけ。 密かな優越感と、妙に可愛らしいアニエスの様子に、ロングビルは満足気に頷くのだった。 街道からは見えない場所にテントを張り終え、物陰に隠れるようにして通行する商人達を待ち構える。 まるで野盗のようだが、相手に対応する隙を与えぬ為の処置だ。 こちらの身分は鎧に描かれている紋章で明示出来るし、その上で逆らうようなら強硬するまで。 実際の所そこまで大事にはならず、荷物に被害を与えるような真似さえしなければ、商人達は従ってくれる。 もちろん彼等を信用している訳ではない。 一箇所に留まり続ければ商人達のネットワークにより、すぐに意味の無い検問となってしまう為、数日滞在したらすぐに別の場所へと移動する予定である。 だが、どうやら幸運の女神はアニエスとロングビルに微笑んだようだ。 最有力ルートを押さえていたせいもあろうが、夜中に到着しテントを張って明け方を迎える頃に、奇妙な一行を捕捉した。 積荷の量に比して明らかに護衛の数が多すぎる。荷馬車一台のみにも関わらず護衛の人間が十人以上は居る。 積んでいる物がそれこそ黄金だとでも言わんばかりの護衛体制。 街道側に隠れながらロングビルがアニエスに囁く。 「……アニエス、護衛の人間達見れば多分私なら雰囲気でわかる。後は手はず通りに」 「了解した。頼むぞロングビル」 アニエスの合図と共に街道から兵士達が飛び出す。 「止まれ!トリステイン警備隊による検問だ!」 荷馬車の一行は人影が飛び出してきた事に反応し、緊張した面持ちで荷馬車を守るような位置取りを計る。 一行のリーダーらしき男が2メイル程の杖を片手に前へ進み出る。 「これは……警備隊が一体何事ですかな」 年の頃は三十台半ばだろう、杖を持っている所からメイジであると思われるが、簡素な衣服では到底隠し切れぬ鍛えぬいた体をしている。 ロングビルからの合図は未だ無し。アニエスは通常通りの段取りに乗っ取って男を詰問する。 「禁制品の密輸が行われているとの通報があった。荷物を改めさせてもらう」 男は懐から一枚の紙を取り出し、アニエスに向け広げて見せる。 「こちらはトリステイン国通商認可証です。ガリア側の物もお見せしましょうか?」 通商認可証は通常、商取引に携わる貴族の後ろ盾が無くば入手出来ない。 つまりはこれを持つ者の身分は、認可証を発行した国に保障されているという事だ。 彼等を相手にゴリ押しなどしては後々確実に面倒な事になる。 しかしアニエスは引かない。 「了解した。だが積荷の確認は全ての商人に行っている、すぐに護衛を下がらせろ」 「貴女様のお名前をお伺いしても? 私共も遊びでこれを手に入れた訳ではございませぬ故、行使出来る力は当然利用させていただきますが」 「アニエス・ミラン。トリスタニアで警備隊副長をやっている」 「その地位も我々がトリスタニアに着くまででしょうな」 男は脅すでもなく、強がるでもなく淡々と述べる。 幾多の修羅場を越えた事のあるアニエスをして底冷えのするような寒々しさを覚える程、男の慇懃無礼な態度は薄気味の悪いものであった。 「私めがお与え出来る機会は一度きりです。我が主は見くびられるような真似を何より嫌います故」 丁寧な口調は当人交渉のつもりなのであろう。 しかし、アニエスは表情一つ変えず言った。 「積荷から離れろ。三度は言わんぞ」 男はアニエスをじっと見つめ、そこに冷静さと尊大さが同居していると認める。 覚悟あっての事ならば是非も無しと言う事であろう。すっと一歩引いて見せる。 「……いいでしょう。部下達を下がらせます」 男の合図で荷馬車から護衛達が離れると、アニエスは迷う事無く指示を下す。 「良し、何時もどおりだ。取り掛かれ」 アニエスの号令に従い、配下はただちに荷物の検査に入った。 幾らアニエスとて貴族相手に勝算も無しにケンカを売るような真似はしない。 ロングビルから合図が無ければゴリ押したりはしなかっただろう。 部下達とは予め打ち合わせをしてある。 アニエスが「何時もどおり」という言葉を用いて検査を行うよう指示した場合、「多少積荷を傷つけてでも、全てを確認して決して麻薬が存在せぬと確証が得られるまで調べろ」という意味だ。 アニエスと男のやりとりは部下達にも聞こえていたが、その程度で怯むようなシゴキ方をアニエスは部下に施していなかった。 部下達は二人一組となって、遠慮呵責の無い積荷検査を行う。 積荷の中身は、何と黄金であった。 山と積まれたそれを見れば、これほどの警備も納得出来よう。 検査は部下に任せ、アニエスは男の前に立ったまま報告を待つ。 男の僅かな表情の変化も見落とさぬ、そんなアニエスの視線を男は飄々と受け流す。 ロングビルは内心この男の腹の座りっぷりに舌を巻いてした。 『こいつらはおかしい、それは間違い無いわ。これだけのトラブルにも関わらず、まるで動じる様子の無い護衛達といい、異常に統制の取れた動きといい。そしてこの男。アニエスのプレッシャーを受けてるのに、まるで怯えの影が見られない。信じられない。犯罪者だっていうのなら、兵士の姿を見ただけで何かしらの反応を示してしまうものなのに』 この荷馬車は怪しい。それはロングビルにとって確定事項である。 この道を通る時間帯、規模、そして何より護衛達のレベルの高さだ。 長年犯罪に携わってきたロングビルの勘が、これらの要素から犯罪臭を嗅ぎ取っていたのだ。 だからこそギリギリのタイミングでアニエスに合図も送ったのだ。 しかし解せない部分もある。 この護衛達からは裏街道を生きてきた者特有の腐臭が感じられない。 先のアニエスにすら通じる通商認可証といい、積荷の黄金といい、どこかロングビルの考えと咬み合わない部分がある。 今まであった情報を元に、様々な可能性を考えるロングビルの脳裏に、突如閃光が走る。 『まさかっ!? そうよ! そう考えれば全ての辻褄が合う!』 ある発想に思い至った時、荷馬車の中からアニエスの部下の叫び声が聞こえてきた。 「ありました! 黄金の下に山と隠されています!」 男は微動だにせず。 しかし、代わりに別所に居た痩せぎすの男が号令を出した。 「殺せ!」 その男を見たロングビルが眼を剥く。 何という事か、その男も又杖を翳すメイジであったのだ。 『メイジが二人ですって!? こいつらどれだけ用心深いのよ!?』 痩せ男は号令と共に呪文を唱えだす。 兵の数は五分だ。ならば、このメイジはロングビルが何とかしなければならない。 もう一人のメイジも居るのだ、メイジでないアニエスには荷が重かろう。 その事も考えるに、速攻でこの痩せ男を倒す必要がある。 ロングビルもすぐに魔法を唱え、眼前に土壁を作り上げ盾とする。 思ってた以上の音が土壁から轟く。 土壁は痩せ男の放った魔法の一撃で崩れ去るが、ロングビルは既に次の呪文を唱え終わっている。 十体の人間大土ゴーレムがロングビルの周囲を取り囲むように現れる。 普段作っているものより軽量にする事で、コントロール精度もスピードも格段に上がっているタイプだ。 痩せ男を取り囲むように移動させ、袋叩きを狙う。 剣撃と怒号が支配する空間で、アニエスは男と対峙していた。 どちらも動けない。 アニエスは先制ではなく、後の先を取るべく様々な思考を巡らせていた。 ここで自分が倒れると残された者達が大きく不利になる為、確実に、慎重に、動く必要がある。 しかしそれは相手も同様で、やはりアニエスを凝視したままピクリとも動かない。 二人共、お互いの動きを見逃さぬよう対峙しておきながら、当然自身の周囲にも気を配っている。 『くっ、動けん。これでは部下達次第だが……』 相手がただのメイジならば、間違いなく踏み込んでいただろう。 増長したメイジならば付け入るべき隙は幾らでもある。 しかしこの男は違う。 僅かに前傾した姿勢、杖を両手に持って前へと突き出しているのは、おそらくそれを魔法以外にも利用するつもりだからだろう。 アニエスをして隙の見出せない程のこの男は、魔法だけではなく、体術にも優れていると思われた。 一手打ち間違えば、即、死に繋がる。 アニエスの額を冷汗が伝った。 ロングビルは戦場の全てを観察しながら痩せ男と戦っていた。 どうやらアニエスは身動きが取れぬ模様、ならば自分が指揮を執るしかない。 だがそれもこのような混戦となってしまっては難しい。 既にこちら側の兵士は三人斬り倒されている。 複数のゴーレムはそれをカバーするつもりもあったのだが、痩せ男はロングビルにそんな余裕を与えてくれなかった。 せめても兵士達と連携が取れれば、最大サイズのゴーレムで一気に戦況を変えてやったものを。 詠唱の時間と、ゴーレム使い最大の弱点であるメイジ本人への直接攻撃を防ぐには、この状況では命を賭した兵士が数人必要だ。 直接の上司でもないロングビル相手にそれをしろというのは、兵士達には酷な命令であろう。 四人目の兵士が斬り倒された所で、完全に戦況は商隊側へと傾いた。 兵の練度がまるで違う。これはロングビルの推理を裏付ける証拠となるが、だからといって嬉しくも何ともない。 「アニエス! 一度引きなさい!」 退却の援護をすべく他の護衛達にも数体のゴーレムを差し向ける。 前ページ次ページゼロの花嫁
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ゼロの使い魔~双月の騎士~ レビュー (ジャンル:ファンタジー、ラブコメ) 全12話 監督:紅優 アニメーション制作:J.C.STAFF 評価 ストーリー キャラクター 声優 映像・作画 2点 2点 16点 16点 合計36/100点 感想 ラブコメ作品なのに戦争をテーマにしています(笑) 才人は平和主義者でルイズは名誉の為なら死ねるという事で対立します。 突然の事だったから私も見ていて呆然としましたが、 冷静にならなくてもこの作品で描く内容ではないと思います。 人を殺し殺される戦争は愚かな行為であるのは誰もが認める事だと思います。 名誉の為なら死んでも良い、貴族の誇りだとか、そういうのも違うでしょう。 しかしその程度の説得力もこの作品にはありません。 ストーリーに都合の良いように無理矢理二人を対立させてもねぇ。 もしも真剣にこのテーマを描きたいなら、 アニエスとコルベールをメインキャラにすべきでしょう。 しかしそれでは全くの別作品でしかないわけです。 私だったら無理な事はせず、 前作のようなラブコメを作ればよかったと思います。 何故この作品でこのテーマを描こうとしたのか?さっぱり分かりません。 「ゼロの使い魔~双月の騎士~」アニメ公式サイト
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前ページ次ページゼロの氷竜 ゼロの氷竜 十四話 トリステイン魔法学院の中心にある本塔、その西側に位置するヴェストリの広場は昼間でもあまり日が差さない。 必然的に植物の生育などは遅れがちになり、草地の合間を縫うように土が見えている。 そのヴェストリの広場で、決闘が行われていた。 暇をもてあまし、物見高いはずの魔法学院の生徒たちの姿はほとんどない。 その場にいるのは決闘をしている二人。 立会人たる年かさのいった男が二人と少女が三人。 そして裁定人たる銀髪の女だけ。 そのブラムドの視線の先で、決闘者の一人、ギーシュ・ド・グラモンが呆然と立ちつくしていた。 ギーシュは驚愕していた。 目の前の惨状に。 広場の土に掘り返された跡はない。 学院を構成する本塔も支塔も、何一つ変わりなくそびえ立っている。 さらにギーシュ自身も、決闘の相手も、ブラムドにも立会人にも傷一つない。 今この場で行われているのが決闘だと理解していても、当事者以外はその最中だと思わないだろう。 だがたとえそれがギーシュの主観でしかないとしても、彼の目の前に広がる光景は紛れもなく惨状だった。 その何も起こっておらず、誰一人傷ついていないという惨状を見ながら、ギーシュは心の中で誰へともなく問いかけた。 ……なぜ、こんなことになったのだろう……? と。 人間に限らず、ある程度高等な頭脳を持つ生物は、思考と反射を繰り返している。 だが想像もつかない状況に陥ったとき、思考も反射も瞬間的に止まってしまう。 恐怖によって体を縛り付けられるのではなく、怒りや喜びや悲しみに心の全てを支配されるのでもなく、思考と反射の間に隙間が生じてしまう。 似たような状況に置かれることで学ぶことは出来るが、それが初めての体験であれば経験など存在しない。 自室の扉を開いた瞬間、慣れ親しんだ部屋の中に猛り狂うマンティコアやワイバーンがいたとしたら。 朝目覚めた瞬間、カッタートルネードやファイヤーボールの餌食になりかけていたら。 第三者が安全な場所で見ていたとすれば、喜劇となりえるかもしれない。 当事者に生命の危険がなければ、その可能性はより高まるだろう。 しかし、そんな不条理さに直面した人間にとってはどうか。 ギーシュにとって目の前の状況は、正にそんな理不尽さに満ち溢れていた。 十数年間生きていれば、様々な状況は体験している。 関わり合うのが両親だけであれば、理不尽さは成長する一時期に限られるだろう。 自身の成長に従い、両親の正しさが理解できるようになる。 だが兄弟姉妹がいれば、大きく話は変わってくる。 幼きものが組み上げた独自の規則は、往々にして余人が理解できるものではない。 とはいえ幼き日に受けた苦痛など、今ギーシュが直面している事態とは比較の対象としてすら不足している。 太陽とランプの明かりを比べる人間がいないように。 メイジにとってはその存在の全てともいえる魔法の力が、初めからなかったかのように消えてなくなる。 それを理不尽や不条理以外の何といえばよいだろう。 傍らに立つ数人のメイジも、驚愕の表情を顔に貼り付ける以外にできることはない。 ギーシュを教導する立場のコルベールや、その上に立つオスマンも含めても、対処を思いつくものは存在しなかった。 そんな、あまりにも超越した事態に呆然と立ち尽くすギーシュの前に、決闘の相手である一人の少女が立っていた。 長い棒を持った、髪の短い少女が。 怒声を発したキュルケの前で、シエスタとギーシュを取り囲む人垣の一部が割れる。 必然的に、ルイズを抱きかかえるキュルケへ視線が集中していた。 普段華やかな表情や態度を崩すことがないキュルケが、こうまで怒気をあらわにする理由がなんなのか、気付くものは非常に少ない。 それはつまりギーシュの本質を見抜いているものが、その程度しかいない証でもある。 「やぁ、ミス・ツェルプストー」 ギーシュが声をかけ、挨拶を口にしようとした瞬間、キュルケのゆるんだ手から解放されたルイズが膝をつく。 「ヴァリエール様!?」 ギーシュの口と喉の境目まで、その声が出かかっていた。 口を半開きにしたギーシュは不機嫌さを隠そうともせず、ルイズの元へ駆け寄るシエスタの背中をにらみつける。 ……どうしたというのだろう。 と、キュルケは疑問を浮かべた。 普段のギーシュであれば、そういった表情は極力隠そうとする。 おそらく教育のたまものだろうが、女性に嫌われる要素は廃すように行動していたはずだ。 「大丈夫よ、ちょっと疲れただけだから」 ルイズの言葉に、シエスタは胸をなで下ろす。 会話の隙間を確かめながら、ギーシュはキュルケへの挨拶を続けようとする。 「そんなに不機嫌な顔をするなんて……」 「シエスタ!! その膝はどうしたの!?」 再びギーシュの言葉を遮ったのは、ルイズの言葉だった。 高い声の方がよく通ることは自明だが、ギーシュとしては面白いはずもない。 キュルケと視線を合わせていたため、辛うじて表情に出すのは抑えていたが、口の端が引きつるのは止められなかった。 当然、キュルケがそれを見逃すはずもない。 「少し打っただけで大したことはありません」 遠慮がちなシエスタの言葉に、ルイズは心配そうな表情を浮かべるが、自身ではどうすることもできない。 ふとした沈黙が落ちたことを見やりながら、ギーシュは三たび話し始める。 「ミス・ツェルプストー、君らしくも……」 「タバサ!?」 表情が変化しようとしている最中というものは、基本的に間抜けなものだ。 無表情から笑みを浮かべようとし、しかも話しながらであったために口を半開きにしたギーシュの表情は、お世辞にも麗しいとはいえなかっただろう。 ただし、それだけで笑い声を上げるのは貴族としての気品にかけると言っていい。 我慢できずに口元を抑えた人間が人垣の中に何人かいたとしても、愛嬌というものだ。 だが笑顔を向けられるのではなく笑われかけている状況に、ギーシュの機嫌が良くなる道理はない。 ルイズの顔の横から長い杖を差し出し、タバサがシエスタの膝へ治癒の魔法をかける。 その様子を見ながら、表情を殺したギーシュのこめかみがわずかに痙攣していた。 そんなギーシュの様子に気付かないまま、礼の言葉や紹介の言葉を交わす三人の少女に、キュルケは心の中で呆れる。 ……人がせっかく適当に納めようとしてるっていうのに……。 三人の少女が、その中の一人の無表情さを除いて和気藹々としている。 ギーシュは自分をないがしろにする少女たちを眺め、制裁を加える方法を考えていた。 不意に、天啓がギーシュへと舞い降りる。 事実は悪魔のささやきに過ぎないが、今のギーシュに気付くことはできない。 気付かぬ故に、踏みとどまることもできなかった。 「メイド君」 つぶやくようなギーシュの言葉に、シエスタがはっと振り向く。 「あ、も、申し訳ありません」 「君が僕の言葉を取り下げるチャンスを与えよう」 ギーシュの顔に、歪んだ笑みが浮かんでいた。 「どうすれば、よろしいのでしょう?」 表情の裏側にある悪意を透かし見ていながら、シエスタは友のために問いかける。 かつて友が流した涙を、自らの手で受け止めるために。 「僕と決闘してもらおう」 貴族と平民との決闘。 二者の能力が決定的に違う以上、貴族にとっては一時の暇つぶしに過ぎない。 だが平民にとっては無理や無茶といった度合いではなく、死刑宣告にも等しい。 一瞬の沈黙が場を支配した直後、声を上げたのはルイズだった。 「ば、馬鹿なことをいうのはよしなさい!!」 「何が馬鹿なことなのかな? ミス・ヴァリエール」 慌てるルイズと、それを嘲笑うかのようなギーシュの温度差は対称的だ。 「学院内での決闘は禁止されているはずよ!!」 「確かに、貴族同士の決闘であればね。しかし、彼女は貴族ではない」 貴族同士の決闘は、殺し合いになりかねない。 近隣諸国に名の知れたトリステイン魔法学院は、他国からの留学生も多数抱えている。 メイジとしての能力故に、殺し合いにもなりかねない貴族同士の決闘が禁止されるのは、至極当然だろう。 一方でギーシュのいうように、明確に禁止されているのは貴族同士の決闘でしかない。 ルイズの心情はともかく、貴族と平民の決闘が禁止されていない以上、彼女にはそれが間違っているとはいえなかった。 「そして僕のためにモンモランシーが作ってくれた香水を、その足で踏み砕いてくれた彼女には、それなりの罰が必要じゃないかな?」 香水の調合には、手間と技術が必要となる。 多くの貴族にとっても、決して安いものではない。 さらに個人用に調合されたものとなれば、値段だけの問題ではなくなるだろう。 だが、それでもルイズに友を見捨てることなど出来はしない。 ギーシュを翻意させるためになんといえばいいのか、ルイズは必死で頭を巡らせる。 「平民の失敗を許すのは、貴族の度量を示すことではないかしら?」 ルイズは非常に真面目な人間だ。 だからこそ、それを知っている人間は予想しやすい。 その言葉は、ギーシュの予想の範囲内でしかなかった。 「あの粉々に踏み砕かれた香水瓶と、僕のこの有様を見て、なおも罰は必要ないと?」 言葉通り、頭から大量のケーキをかぶったギーシュの姿は、酷いとしかいいようがない。 見かねたキュルケが声をかける。 「その服を洗うのもメイドの役目じゃない? 今すぐ彼女にやらせればいいでしょう」 この一時、ギーシュの普段のそこはかとない頭の悪さはなりをひそめていた。 神がかっている、もしくは悪魔が乗り移ったかのように。 「ゲルマニアではそうかもしれないが、ここはトリステインなんだよ」 国を盾にされ、キュルケは思考の転換を図るのにわずかな時間を必要とした。 その間隙を、ギーシュが突く。 「それともミス・ヴァリエール。トリステインの名だたる名家であるヴァリエール家の息女が、グラモン家の僕に命じるかな?」 家名でもって言葉を封じる。 仮にその魔力が弱かったとしても、ルイズがまともなメイジであればそうすることが出来たかもしれない。 しかし少なくとも今、ルイズはメイジの名に値する力を持っていなかった。 その自身が、どうして貴族として、メイジとして名高い自身の家名を使うことが出来よう。 ルイズの足には楔が打ち込まれ、踏み出すことなど望めない。 シエスタはルイズの青ざめた表情を見やり、自らの本心を知る。 自分で思っていた以上に、ルイズを大切な友と考えていたことを。 殺されないまでも、手足が不自由になれば仕事を失うことになる。 実家への仕送りが途絶えてしまえば、家族を飢えさせる結果にもなりかねない。 そしてもちろん、シエスタ自身が死ぬ可能性もある。 一歩を踏み出してしまえば、後戻りは出来ない。 「決闘を、お受けします」 若さが、そうさせた。 愚かさが、そうさせた。 その両方が、シエスタの口を動かした。 友への気持ちが、シエスタの心を動かした。 嘲笑うものもいるだろう。 だがその行動に感じ入るものも、少なからず存在した。 「その決闘、我が預かる!!」 声の持ち主を、無数の視線がさがす。 やがて一つの視線が定まり、他の視線もそれに追随する。 次の瞬間、再びコルベールに杖を借りたブラムドの姿が、その視線の先から掻き消える。 『転移』によって目前に現れた使い魔の姿に、ルイズがつぶやく。 「ブラムド?」 その言葉に、幾多の目線が再び移動させられる。 不安げな主の頭をなぜながら、背後のオスマンに声をかける。 「構わぬかな? オスマン」 視線が、オスマンへと突き刺さる。 「よろしいでしょう。ただし、わしも見届けさせてもらいます」 厳格そうなその声と違い、オスマンの瞳には面白がるような光が浮かんでいた。 「当然だな。コルベール、お前はどうする?」 「は? や、む、無論私もいかせていただきます!」 是とも非ともいわず、ブラムドは自らの主へと顔を向ける。 「ルイズ、キュルケ、タバサ、お前たちは?」 「いくわ」 ルイズは、一瞬の躊躇すら見せない。 「こんな面白そうなこと、見逃せるわけがありませんわ」 キュルケが、彼女らしい返事をする。 「いく」 タバサも、彼女らしく短く答えた。 「グラモン、立会人の当てはおるのか?」 ブラムドの言葉に、ギーシュが眉根に筋を刻む。 ギーシュはブラムドがことさらに聞くことで、自分に恥をかかせたいのだと邪推する。 ギーシュに心を寄せていたケティとモンモランシーがこの場から立ち去った今、それを期待できる相手はほとんどいないからだ。 それを裏付けるように、ギーシュが周囲を見渡してみても、顔を背けるか下卑た笑いを浮かべるような輩しか存在しない。 失望が、ギーシュをいらだたせる。 「無用です!」 不機嫌さを隠そうともせず、ギーシュが答えを返した。 無論、ギーシュの邪推は的外れなものに過ぎない。 ブラムドは単に釣り合いを考えただけだ。 シエスタ側だけ立会人がおり、ギーシュ側にいないのでは決闘の公平さが保てなくなる。 「ではオスマンとコルベールはグラモンの立会人としてもらおう」 ブラムドの視線の先で、二人の教師が頷いた。 上位者である二人の様子を見て、ギーシュは拒絶を断念する。 うなだれるように頷いた少年を見やり、ブラムドは周囲に向かって宣言した。 「では双方の立会人は決まった。他のものの立会いは許さぬ」 小さな、さざ波のような不平の声を、ブラムドに耳がとらえる。 よく言えば好奇心、悪くいえば野次馬根性といわれるそれを、完全に抑えられる自制心を持つ貴族は数少ない。 まして精気に溢れた若者たちが集まっていれば、稀少というにふさわしいだろう。 とはいえブラムドの思惑通りに事を運ぶためには、人払いをする必要がある。 ……幼子を脅かすのは性に合わんな。 困ったようなブラムドの様子に、一人だけ気付いたオスマンが助け船を出す。 「諸君、客人の言われたことへの返事をせぬのか?」 声に滲む威圧感を背中に受けた生徒の一人が、慌てて杖を掲げる。 決闘者と立会人、そして裁定者となったブラムド以外の貴族が持つ杖が、天井へ向けて掲げられた。 「杖にかけて!!」 唱和する声が凪いだあと、ブラムドがギーシュに声をかけた。 「その姿で決闘もあるまい。身を清めるが良かろう」 ブラムドの言葉に、ギーシュは改めてその有様を自覚する。 「では、申し訳ありませんがしばし失礼いたします」 そういいながら、ギーシュは食堂に背を向けた。 食堂を出たギーシュは、ひとまず自室へと向かう。 道すがら、その有様に顔をゆるめかける人間もいたが、ギーシュの怒りに歪む表情を見てあわててその顔を引き締めた。 恥をさらされていることに、ギーシュの怒りはさらに増すこととなる。 自室に入ったギーシュはひとまず鏡で確認し、はり付いていたフルーツを落とし、クリームをタオルで拭う。 油で撫でつけられたように潰れた髪を見て、着替えを掴んで大浴場へと足を向ける。 脱衣所に着いたギーシュはマントを外し、服を脱ぎ、それらを腹立ち紛れに籠へと力一杯投げ込む。 怒気を吐き出すようなため息を一つして、浴場の扉を開いた。 昼を少々過ぎた程度のこの時間、当然大浴場の火は落とされている。 昨晩湯を沸かすのに使われた火石の残滓はあるが、暖かいとはとてもいえない。 ギーシュはぬるま湯というにも足りないそれを、頭からかぶる。 拭うだけでは取り切れなかったクリームを、石鹸を使って丁寧に落とす。 泡を流すために、再び冷たくはない水をかぶる。 体から熱が奪われると同時に、茹だっていた頭も冷まされていく。 怒りによって短絡化していた思考が、にわかに覚醒し始める。 再び香水瓶を踏み砕かれたことに怒りを覚え、ケティとモンモランシーの態度に困惑し、決闘のことを思い出したギーシュは、ため息をつくようにつぶやく。 「……僕は何をしてるんだ?」 一度覚めてしまった頭は、先刻ほどの怒りを再現することは出来ない。 元々ギーシュに、平民に対しての差別意識はほとんどなかった。 それがなぜ露骨に見下すようなことをいったのか、本人にとっても疑問になる。 ケティやモンモランシーと親しく、友人たちと楽しく過ごしていたはずの自分に、これほど鬱屈した感情が眠っていたとは。 そのことを、ギーシュ自身が強く驚いていた。 後悔という名の長いため息が、大浴場に響く。 しかし貴族が一度口にしたことを、しかも大勢の前でいったことを覆すのは簡単ではない。 平民を下に見ることはなくとも、貴族としての誇りはギーシュの身に宿っている。 唯一の救いは、決闘を見届ける人間が少ないことだろう。 その考えがブラムドの思惑通りであることに、ギーシュは気付けなかった。 気付く必要のないことでもあったが。 とはいえ、見届け人が少ないことを突破口にするにもどうしたらよいのか。 先刻までルイズやキュルケを翻弄した頭の冴えが、泡沫のように消え去っていた。 無論怒りに身を任せるような人間が、それほど犀利なはずもない。 怒りに赤く染まっていたはずのその顔が、今度は見る間に青ざめていく。 当然、ぬるま湯に体を冷やされたことが原因ではない。 急転直下というに相応しく、ギーシュの頭は混乱を極める。 決闘となれば、魔法を使わないわけにはいかない。 だがギーシュが得意とするゴーレムで、怪我を負わせずにどうやって納めればよいのか。 戦いのために技術を磨いてきたギーシュには、残念ながら数をもって穏便に取り押さえるという発想がない。 頭を抱えながら大浴場を歩き回るギーシュに、光り輝く救世主が現れる。 「ミスタ・グラモン」 決闘の場所を伝えるため、大浴場の扉を開いたコルベールだ。 教師である彼は、大浴場の中で青ざめ、頭を抱えるギーシュの姿を目の当たりにする。 「や、ど、どうしたのですか?」 心配そうなコルベールに、ギーシュは青ざめた顔で助けを求める。 「ぼ、僕はどうやって彼女を傷つけずに決闘を収めれば良いでしょう?」 今にも泣き出しそうなギーシュの言葉に、コルベールは教師としての喜びを噛みしめる。 同僚の教師のみならず、生徒からも研究馬鹿と見られているコルベールは、生徒から質問をされたり助言を求められることがほとんどない。 それがこうまで面と向かって助けを求められれば、その喜びもひとしおだろう。 ゆるみそうになる口元を無理矢理引き締め、対応策を講じ始める。 「そうですね……」 と考えるコルベールは、ギーシュにとっての救世主に相応しい輝きを見せる。 「これで、どうでしょう……」 前ページ次ページゼロの氷竜
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フーケ連行後、ようやくひと心地ついた四人だったが、休む間もなく学院長室へと出頭した。 そこで待っていたオールド・オスマンが、事情を把握したように告げた。 「破壊の杖について、話は聞かせて貰った! 人類は滅亡する!」 『ええっ!?』 「嘘じゃ。破壊の杖に関しては心配いらん。あれは偽者での。 実はただの剣じゃ。本物は、既にこの世には無い。 ……だから、その殺意を持った目はやめてくれんか、年寄りのかわいい冗談じゃ」 コホン、と咳払いし、若者には辛い、老人の長い思い出話が始まった。 要約すると、こうだ。 オスマンが昔、森を散策していた時に、突然見た事がない魔獣の群れに襲われた。 多数に無勢となった時に、『杖』を持った少年が現れ、人ならぬ素早さと力で切り伏せていった。 少年の持っていた杖は、剣の形をしていたが、あるときはガントレット、また槍や斧などに姿を一瞬で変えた。 その武器は、何十メイルもある巨人ですらも一撃で粉砕するほどの破壊力を持っていた。 その少年はオスマンを助けた後、『この世界』に手出しし始めた『神』とか言うものを追い出しに行くと言い、去って行ったという。 オスマンは、いつか『神』なるモノ、もしくはそれに類する脅威が現れたときの為に、いまだかつて見たことのない不思議な剣を覚えておく目的で『破壊の杖』(杖は剣が魔法のように変わったところから名づけた)のレプリカを作り、この学院で生徒育成をする事にしたという。 「それで、その『神』はどうなったんですか?」 「幸いな事に、姿も形も見えん。その未知の魔物も、それっきり報告も聞かん。 まあ、平和であるにこした事はないのう」 話を一区切りして、もう一度咳払いする。 「さて、よくフーケを捕まえてくれた。後日、二人にはシュヴァリエの爵位、ならびにミス・タバサに精霊勲章授与の沙汰が宮廷からあるじゃろう」 「ええと……レンには何も無いんでしょうか」 「残念ながら、彼女は貴族ではないからの」 ルイズは憐の様子を横目で覗いたが、彼女は何も分かっていないのか、特に気にした様子も無さそうだった。 「あ、あの……オスマンおじいさん?」 「何かね? ヴァリエールの使い魔」 孫娘のような可愛らしい声に、オスマンは思わず相貌を崩して答えた。 「後で、お話があるんですけど、いいですか?」 「うむ。だが、今日は舞踏会じゃ。色々トラブルがあったが、予定通り執り行えるじゃろう。 今日の主役は君たちじゃ。楽しんできたまえ。ヴァリエールの使い魔よ、話はその後にしよう」 今回の活躍者たちが部屋を去った後、オールド・オスマンとコルベールは再び怪しい悪の幹部の雰囲気で秘密を話し合った。 「あの白いゴーレムについて、分かった事は本当に『それ』なんじゃな?」 「はい、残骸の皮膚らしき金属に、『BS-OSA』との文字がありました」 勿論、『この文字』はコルベールには読めないので、そのままをスケッチしたメモをオスマンに渡す。 うむぅ、と唸るオスマン。 「まさか……伝説が本当にあったとは」 「伝説とは?」 「かつて我々人間が魔法が使えない頃、そしてエルフや使い魔が存在しなかった頃、人に代わって人を統治する『神のほこら』が五つあったそうじゃ。 そして、その頃の人はトライアングルクラスの大きさのゴーレムを何匹も使役し、ゴーレムもスクエアクラスの攻撃が可能だったそうじゃ。 しかし、人が争い過ぎるようになって、やがて文明や人は滅びたが、神のほこら自体は残っていると言うが……」 「もしや……」 「うむ。かねてより予測されていた、神との戦いが始まってしまうかもしれん。 ミスタ・コルベール、これは未だ推測。無闇な不安を煽る訳にはいかん。他言無用に願うぞ」 *************** 舞踏会はつつがなく終了し、ルイズは少し飲みすぎで火照る身体を、ベッドで寝転がる事で冷やしていた。 服をだらしなく着崩し、うつらうつらと眠りの世界に呼ばれていた。それを引き戻したのは、扉を遠慮がちに叩くノックの音だった。 「お姉ちゃん、いる?」 「う、ん……」 「入るね」 足音も控えめに気配がベッドに忍び寄ってくる。その頃にはルイズも客の存在を正しく認識し、起き上がる。 「ん……レン、何?」 「あのね……お別れを言いに来たの」 言われる事が重要な事だとは、何となく予想されていた事だった。フーケ戦の後辺りから憐の様子が何となくおかしいのは感じていたが、まさかの別れ話に、起き上がらざるを得なかった。 こんなときに、眠りかけでぼおっとしている自分の頭が恨めしい。とぼけた質問しか出来ない。 「お別れって……?」 「思い出したから。私の、やらなきゃいけない事を」 その瞳に映るのは、わたしより幼くて、だけど今までの能天気で天然で無垢な物じゃなくて、何かやるべき事を見つけた真っ直ぐな目。 本当なら主は使い魔を従えるものとして、許すべきではなく、断固引き止める、いや拘束するべきなのだろう。だが、わたしはそんな事をする気にはならなかった。 多分、わたしは実は甘すぎるのだろう。案外、子供なんか生まれたらだだ甘になるのかな? ちいねえさまに似ているのかなと思うと、安心するけど。 そんな長ったらしい言い訳ごとを考えている間に、やっと頭がすっきりしてきた。すっきりしたはずなのに、今度は何を言えばいいのか考えすぎて言葉にうまく出来ない。 だから、短くまとめた。 「……うん、頑張ってきなさい。ちゃんと、決着つけてきなさいよね」 「ありがとう、お姉ちゃん。 あ、おひげのおじいさんに許可貰ったよ」 「オールド・オスマンの事?」 「帰る前に挨拶しに行ったら、進級は認めるから次の使い魔を召喚していい、って伝えてくれって」 確認のために手を取る。確かに、ルーンは跡形も無く消えていた。 「ツェルプストーやタバサにも挨拶したの?」 「うん、ちゃんとしました」 「いいわ。いつ、行くの?」 「この挨拶が終わったら、すぐに行くつもり」 「そう。 ……さよならは、言わないわ。元気でね。また、会いましょ」 「またね……お姉ちゃん」 レンの姿が、窓の外から差し込む月の光に溶けるように、ゆっくりと消えて行った。余りにもあっさりしすぎていて、夢を見ているようだった。 誰も、何もいない。思わず手を差し伸べても、何も触る事ができない。 頬が冷たかった。泣いている? そんな事にも、気づかなかったなんて。 どこか心の一部を持っていかれたように寂しい事に気づいた。心の働きが遅い。未だに現実かどうか、理解できなかった。どうして、泣くならもっと早く、引き止めて泣く事ができなかったのだろう? 自分が甘いだの何だのと理由をつけていた癖に、結局は一緒にいて欲しかったのだ。 『ゼロのルイズ』と呼ばれていた私に、素直に付き合っていてくれたから。 レンがいたから、私は私でいられたのに。 当たり障りの無い事を言って別れたのを後悔したままベッドに潜り込む。 自分の感情が何なのか、どうすればいいかよく解らないまま、心のつかえを流しつくすように泣き、そして眠りについた。 ********************** 数日が経った。 ルイズの二人目の使い魔召喚は一回で成功したが、出てきたのは平民の少年だった。 サイト、と言う少年をルイズが事あるごとに、 「この犬!」 と大声で追い回す様子は、その数日で名物になった。 キュルケと話をする→この犬!→爆破、シエスタを見てデレデレしている→この犬!→爆破、誤ってタバサを押し倒す→この犬!→爆破、と追い回すその様子に、「あれって焼餅じゃね?」と噂する生徒もいるが、表には出さない。 ゼロのルイズ相手といえど、あの結構痛い爆破を食らいたくは無いのであった。 キュルケは堂々と正面から言う剛の者であったが。 中庭で柔らかな風に吹かれながら、ルイズは寝転んでいた。少々追い掛け回しすぎで疲れたのだ。 あの犬、女の子見れば右に左にふらふらふらふらと。次に見つけたらもっと厳しく躾けてやるわ。 決して焼餅じゃないの。ご主人様として、ちゃんと下僕が周りに迷惑をかけないようにしてるだけなんだから。そんな思考こそが焼餅と言われている理由だという事に気づいていない。 「さて……行きましょうか」 服についた草を払い、立ち上がる。 そういえば、いつかあの子とこうして寝転んだ事もあったっけ。ほんの少し前のはずなのに、ずっと過去の想い出のような気がした。 少しだけ強い風が吹いた。誰かに呼ばれたような、声が聞こえる風。 (お姉ちゃん……) 「レン?」 ふと、中庭の向こうに影を見た気がした。 小さくて、スカートが風になびいていて、大きなリボンが揺れていて…… 「あれ……?」 夢か、現か。 どちらでもいい。未だ寂しさを忘れられない私を心配して、幻を見せに来てくれたのかも。 だから、私は何も言わず背を向ける。そして、歩き出した。 *************** 「どうして無視するの!?」 「って、ええええええっ!?」 幻は質量を持って、私の背中に張り付いてきた。幽霊なのに触れる事に慣れてるのは最早どうかと思うが。 「え、ちょっと、戻ってきたの?」 「……ダメ?」 「ダメじゃないけど……それで、決着はつけてきたの?」 うん、と憐は大きく頷いた。 「『向こうで』死んじゃったけど……何故かこっちに来れたから。 ちゃんと死ぬ前にお別れを言って、こっちには今日来ました」 「そう……」 ダメだ、戻ってきたって聞いて、言葉にならない。泣きたいけれど、泣かない。やっぱり、大事な存在なんだと気づく。 もう、嫌だって言っても離さないから! 「これからは、ずっと一緒よ!」 「うん! お姉ちゃん!」
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《ゼロの革命 ドギラゴンΩ》(レアリティ)LEG(文明)無色(コスト)8 クリーチャー:(種族)メガ・コマンド・ドラゴン/サバイバー(パワー)13000 ■革命チェンジ コスト5以上のドラゴンまたはサバイバー ▲スピードアタッカー ▲ブロックされない ■サバイバー(自分の他のサバイバーすべてに上の▲能力を与える) ■ファイナル革命 このクリーチャーが「革命チェンジ」によってバトルゾーンに出た時、そのターン中に他の「ファイナル革命」をまだ使っていなければ、自分の山札の上から5枚を表向きにする。その中からサバイバーを好きな数バトルゾーンに出す。 作者:カキ
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前ページ次ページゼロの騎士団 ゼロの騎士団 PART2 幻魔皇帝 クロムウェル 2 「祈祷書と動き出す歯車」 夜、ルイズの自室 明日の使い魔の品評会の前に、ルイズは溜息をついていた。 「せっかく姫様が来てくれたのに、明日の品評会に出られないなんて」 ルイズは、この品評会でニューの魔法を披露しアンリエッタから言葉を頂きたかったのだが、自身の使い魔の存在が、ルイズの晴れ舞台を阻止したのだ。 「仕方ないだろう、オスマン殿が言った事なのだから」 ニューが、何度も聞いているのか、投げやりな態度で応える。 ルイズ達、三人の使い魔は既に学園内での認知はされていたが、さすがに、王女相手にニュー達を見せる訳にはいかなかった。 特に、ニューの魔法は下手をすれば、アカデミーが手を出すかも知れないので、ルイズは自身の姉を思い浮かべ、渋々それに従った。 もっとも、キュルケとタバサは留学生という事もあり、特に落胆は無かったが、当初、ルイズは優勝間違いなしと思っていただけに、溜息ばかりを付いていた。 その時、ルイズ達の部屋を叩く音が聞こえた。 誰だろう?そう思いながら二人が顔を見合わせる。キュルケなら、勝手に入ってくるであろうし、タバサはそもそも来た事がない。 「どうぞ、あいていますよ」 ニューが取り敢えず、入室の許可を出す。 それを聞いて、部屋の扉を開ける音がして、フードをかぶった人影が入ってくる。 中に入るなり、小声で何かを言いながら、中の様子を確認する。 そして、徐にフードを取った顔を見た時、思わず驚き二人は声を上げた。 「姫様!」 それは朝、周りから見たアンリエッタの顔であった。 その反応に、特に気にせずアンリエッタが部屋のルイズに近づく。 「合いたかったわ!ルイズ」 そう言って、ルイズの手を取る。 「姫様、どうしてこんな所に!?」 「貴女に会いたいからに、決まっているわ!ずっと貴女とお話ししたかったの!ルイズ、今日、私、道にいた貴女の隣に変わったゴーレムを見かけましたの!初めて見ましたわ、ルイズ、貴女も使い魔召喚に成功したのですね、見せて下さらない?」 アンリエッタが早口でまくしたてるが、その中の内容が気になったのか、ルイズは言葉を濁らせる。 「姫様、そのゴーレムって、赤い羽根の様なものを付けていません?」 アンリエッタの背中に居る、ニューを見ながら困惑した顔でルイズが伝える。 「そうですわ、ルイズ、あれは何なのか知っていますの、教えて下さらない?」 アンリエッタが嬉しそうに、自身が見たゴーレムが何なのかを見る。 「姫様、後ろにいるのが、そのゴーレムだと思います。」 ルイズが、後ろにいるニューを指差す。 それを見て、アンリエッタが振り返るとそこには朝、馬車から見たゴーレムが居た。 「そう、これです。ルイズこのゴーレムは何ですか?」 アンリエッタが、彼女は初めて見た玩具の様に興奮気味な状態で更に手を強く握る。 「それは……私の使い魔です。」 本当に、申し訳なさそうにルイズが声を出す。 「初めまして、アンリエッタ様、私はルイズの使い魔をしているニューと申します。」 丁寧に、ルイズが知っている限り、主にもやった事のない動作でニューが自己紹介する。 それを見て、アンリエッタは驚きからか、握った手を弱める。 「話すのですか?あなたは一体……」 話した事がよっぽどショックだったのか、アンリエッタは言葉を失う。 「姫様、ニューはスダ…ドアカワールドと言う異世界からやって来たらしいです。本当は信じたくないのですが、この世界の生物と認識するのが怖いのでその言葉を信じる事にしています。」 「さりげなく、酷い事を言っていないか?」 ルイズの、自分の説明の中に、明らかに悪意のある部分を感じ取り指摘する。 ルイズとニューはお互いに、アンリエッタにニュー達の事を話した。 アンリエッタも、最初は驚いていたが、三人の行動を聞くうちにそれもなくなり、終には、笑いだす程であった。 「そうですか、あなた達三人がフーケを捕らえたのですか、今度何かお礼をしないといけませんね」 「いいですよ、姫様、コイツにお礼なんて」 ルイズが、ニューを指差しながら、謙遜する。 「ルイズ、そう言う事は私が言う事だ、ちなみに、お前は何も私にしてくれなかっただろう」 「調子乗ってんじゃないわよ、この馬鹿ゴーレム!」 ルイズが、いつもどおり拳を見舞いそれを見たアンリエッタが笑いだす。 室内には和やかなムードが漂っていた。 「姫様、ところで、何でこんな時間に?」 ルイズが、ふと気になったのかアンリエッタに理由を尋ねる。 アンリエッタならば、自室にルイズを呼んで人払いをすれば良いだけである。 「気になった事がありますので、それに貴女にある物を渡したかったのです。」 アンリエッタはそう言うと、小さな辞書の様な本を取り出した。 「ルイズ、「始祖の祈祷書」を知っていますか?」 「たしか、始祖ブリミルが記述したという古書と言われる奴ですよね?」 ルイズが自分の知識から、知っている情報で応える。 始祖の祈祷書はその存在よりも、歴史上、数多の偽物とそれにまつわる物語を生み出してきた曰くつきの一品であった。 トリステイン王家が所有しているが、それを偽物だと言う貴族まで居る始末であった。 「これは、その始祖の祈祷書です。」 「えっ!これが祈祷書ですか?けど、この祈祷書がどうしたのです。」 ルイズが疑問を抱きながら、祈祷書を見つめる。 「私は数日前、夢の中で始祖の祈祷書を貴女に渡せと言われました。そして、あなたが虚無の力を持っている、そう告げられました。」 アンリエッタが、目をつむりながら数日前の出来事を話す。 「私が虚無……」 「ルイズ、虚無と言うのは確か4系統では無い系統では無かったか?」 講義で習った事を思い出しながら、ニューが虚無についての知識を披露する。 「そうです、今は失われてしまった系統、それが虚無です。そして、ルイズには虚無の系統であると言っていました。」 今でも、おぼろげながらその光景が忘れられず、アンリエッタが呟く。 「けど、それは夢ですよね、だいたい、誰がそんな事を言っていたんですか?」 「はい、姿は解らないのですが、それは、光の化身と名乗っていました。そして、それはこうも言っていました。この世界に邪悪なる物が現れようとしている。そして、そこからさらに邪悪なる物が現れ、この世界を破滅に導くであろう」 暗い表情で、アンリエッタが話を終える。 (ルイズよ、汝の世界は大きな闇に包まれる。汝は戦わねばならん。) ルイズにはいつかの夢の言葉が思い出された。 (それって、私の夢でも言っていた事なのかな) 「……姫様、実は私も似たような夢を見ていたのです。」 「まぁ、本当なのですか?ルイズ」 アンリエッタがその事に興味を持ち、夢での事を説明する。 「あなたも、そんな夢を見るなんて……偶然とは思えないわ」 アンリエッタが頷くのを見ながら、ルイズは、ニューの方を見やると何か考え事をしていた。 「ニュー、何考えているの?」 「ドライセンの事を考えていたのだ」 ニューは先日での、モット伯での出来事を思い出す。 ドライセンは何者かの命令で動いていた。そして、それはモット伯まで知っていたのだったから。 「ルイズ、アンリエッタ王女にすべてを話そう」 ニューがルイズに伏せていた話の許可を求める。 (モット伯の事は秘密にしていたかったのに) ルイズが、アンリエッタの方に顔を向ける。 ルイズ自身がここ最近の出来事は夢の様な出来事であっただけに、話すのは躊躇われた。 「かまいません、ニューさんお話し下さい。」 アンリエッタは聞く気になっていた。アンリエッタにとってこの間の夢といい、自分は何一つ知らない、だからこそ全部知っておきたかった。 ルイズは二人に見つめられて覚悟を決めて、隠しておいた話を切り出した。 モット伯の家に向かった事、そして、その途中でニュー達の敵であるドライセンと戦った事、学園の宝物庫にある物がニュー達の世界である物であり、宝物庫にある獅子の斧をモット伯が狙っていた事。 ルイズは、本来秘密にしておくべき事をアンリエッタに明かした。 「そうですか、これで納得行きました。夢などでは無く警告であると言う事に……」 (レコン・キスタでは無い邪悪なる物、そして、ニューさん達の世界の魔物がこの世界に現れた事、ハルケギニアに危機が迫っているのは本当の事なのですね。) アンリエッタはすべてを聞いた後、自身の夢が唯の夢ではない事を確信するのであった。 「モット伯は私が喚問します。ルイズ、お告げ通りに私はあなたに始祖の祈祷書をお渡しいたします。」 自身のやるべき事に従い、アンリエッタはルイズに始祖の祈祷書を渡す。 「いいのですか?これはトリステイン王家に伝わる大切な物なのに……」 「始祖の祈祷書は、私の婚姻に立ち会う巫女に貸し出すものです。私はルイズに頼もうと思ったから、時期が早まっただけです。」 ルイズの顔を見ながら、アンリエッタが、嬉しそうに笑う。 「姫様……」 「けど、私はなにも力がありません。あなた達の力を借りる事になります。」 「はいっ!ちょっと、ニュー!アンタも返事しなさいよ!」 「厄介な事になったな……まぁ、分りました。アンリエッタ王女、私達、アルガス騎士団も力をお貸しします。」 (帰るつもりが、厄介な事になった。しかし、ドライセンといい、ルイズや姫様が見た夢と言いこのまま無事に済むわけは無いだろうな) ジオンの残党がいるなら戦わねばならない。という理由はアンリエッタとルイズに力を貸す理由は充分であった。 「あなた達が力を貸してくれるのを、アンリエッタ、心より感謝いたします。」 アンリエッタが畏まって礼をする。 その後、二人はアンリエッタを彼女の部屋の近くまで護衛した。 後日、二人を呼び出す約束をしながら。 「何か凄い事になっちゃったわね、私が虚無だなんて」 長年失われた、伝説の系統と言われても未だに、魔法が使えないルイズには喜べることでは無かった。 「そうだな、よりにも寄ってルイズがいきなり虚無だと言われたら、それは姫様も戯言だと思うよな」 もっともらしく頷き、ニューはルイズを見るがそこには居なかった。 「この馬鹿ゴーレム!何、ご主人様に失礼な口きくのよ!」 ニューにとっては、その日は珍しく、3度目の制裁を受けるのであった。 次の日は品評会の日であったが、出場の必要の無いルイズ達には休みと変わらなかった。 アンリエッタは忙しいのか、その日のうちに城へと戻って行った。 そして、品評会から次の日 朝 ルイズ達が朝食を食べて出席すると空白の席が二つあった。 「あれ、キュルケとタバサはいないの?」 二人が朝食に来ないのは、ルイズは二人が寝坊しただけだと思っていた。 「タバサは知らないけど、キュルケはダブルゼータを連れて、この間のアルビオン旅行に行ったわよ、ギーシュが勝っていれば、私達が行けたのに」 この間のレースを思い出し、モンモランシーは二人の居ない理由を語る。 タバサは時々、このように居なくなる事があったから驚かなかったが 「アルビオンに旅行って、今の状況知らないの?」 アルビオンは現在内戦状態で、旅行に行くなどと言う精神がルイズには理解できなかった。 「あの二人ならやりかねないわよ、私も明日から出かけるんだけどね」 「別に、アンタの用事なんてどうでもいいわよ」 つまらなそうに、ルイズが答える。 「そう言えばここ最近ミス…ロングビル見ないんだけど、あなた達何か知らない?」 モンモランシーの何気ない話題が二人をあせらせる。 「しっ、知らないわよ」 「ああっ!家族に何かあったんじゃないか」 突然自分達にとってのマイナスな話題に、ルイズとニューは慌てて否定する。 自身の趣味で雇った人間が盗賊であったなどと言ったら、敵の多いオスマンはタダでは済まないし、それを見過ごす程老いぼれてはいない。帰ってからすぐに、ルイズ達に緘口令をひいて、自身の失態を洩れないようにしていた。 「まぁいいけど、何であなた達出なかったの?多分優勝できたわよ」 優勝したの、ギーシュだったしと、モンモランシーが付け加える。 昨日の品評会は本命がおらず、結果的に、綺麗な鉱石を見つけ出し、献上したギーシュのヴェルダンデが優勝した。 「仕方ないじゃない、ニューの魔法を見られて、アカデミーに連れていかれる訳にはいかないし」 ルイズ自身も優勝を確信していただけに、欠場は悔しかった。 「まぁ、確かにあなたの使い魔は凄いからね」 「使い魔の部分を強調していない?モンモランシー」 ルイズがこめかみをひくつかせながら、モンモランシーに笑顔で犬歯を剥く 「だって、ニューは凄いじゃない、攻撃だけでは無く、回復まで使えるし、何時だったかゼータを蘇生させたのは先住魔法よ」 自身が、水系統であり、傷を治す事が出来るだけに、ニューの回復魔法は凄まじい者であった。 「リバイブは疲れるからあまり使える事は出来ないがな」 「それもだし、マディアも凄いわよ、普通ルイズが教室爆破した時はけが人の手当てが大変だったのよ」 一年の頃、自身が怪我しているにもかかわらず、更に重傷のギーシュを手当てした時の苦労を思い出し、モンモランシーはその事を振り返る。 「ちょっと、モンモランシー、ニューにあんまり話しかけないでよ、コイツは私の使い魔なのよ!」 二人が近くなった事を気にして、その間にルイズが割って入る。 その後、いつも以上に気合の入った挑戦で、教室は全壊し、ニューの魔法が改めて頼りにされているのをモンモランシーは実感した。 それから3日後、ルイズ達は約束通りアンリエッタに呼び出され、アンリエッタの私室へとやって来た。 (さすがは、王族だな……) アンリエッタの私室は小さいながら、調度品などはやはり王族としての風格を漂わす物であった。 「ルイズ、ニューさん大変な事が起こりました。」 そう言った、アンリエッタの顔は暗く緊張感が現れていた。 「今朝、モット伯が……死にました。」 「うそ!」「なんだって!」 ルイズとニューもモット伯の死に驚きの声を上げる。 「死因は自殺と言う事ですが、不審な点が多すぎます。」 一昨日、アンリエッタは3日後にモット伯の喚問をする為に、使者を送ったばかりである。 しかし、モット伯は今朝、毒物をワインと飲んで、死んでいたと言う。 「いったい誰が……」 「おそらく、レコン・キスタの手の物でしょう」 「レコン・キスタ……」 ルイズもその名前には聞き覚えがなかった。 「アルビオンの反乱軍の組織名です。このトリステインにも、入り込んでいると言われております。おそらく喚問の情報を聞きつけて、さきにモット伯を始末したのでしょう。」 アンリエッタが、沈痛な面持ちでつぶやく。 アンリエッタは今回の喚問を表向きはただの、謁見のみと言う情報であった。 しかし、レコン・キスタはモット伯の名前が危険だと気付き、処分したのであろう。 レコン・キスタの存在は掴んでおり、一部には内通者がいる事は掴んでいたが、特定までは出来なかった。今回の事でも、アンリエッタ自身にしてみれば、後手に回ったと言える。 「ルイズ、レコン・キスタの次の目標はおそらくこのトリステインです。」 「この国だと言うのですか、それにまだ、アルビオン王国軍が居るじゃないですか!」 ルイズが知っている限り、アルビオンは現在内戦中である。アルビオンはアルビオン王立空軍を始めとした、強力な軍事力を保有している。反乱軍に負けるとは思えなかった。 「反乱軍の首謀者はオリヴァー・クロムウェルと言う男で、噂では虚無のメイジ等と呼ばれております。」 当初は、一部の貴族と平民の反乱かと思われていたが、徐々に、貴族を取りこみ平民を増やしながら、卓越した情報戦を展開し、攻守を逆転してしまった。 もはや、アルビオン軍はニューカッスル城にまで追い詰められていた。 「この間言った通り、ルイズ、貴女に頼みごとがあるのです。」 「はい、姫様私でよければ、何でも申して下さい」 礼をしながら、ルイズが片膝をつく。 (安請け合いをするな、ルイズ!) ニューがその様子を見て、ルイズを罵倒する。その状況で、出される頼み事は決して簡単なことでは無い。 (しかし、モット伯はドライセンとつながりがあった、そして今回の自殺といい無関係ではないだろうな……) モット邸の所に現れたドライセン、そして、そのモット伯を自殺に追い込んだレコン・キスタ。それは、何かしらの繋がりを示していた。 「姫様、それは危険な事ですよね?」 「ニュー、アンタは黙ってなさい!」 ニューが意図を含んで、アンリエッタに問いかけるのを見て、ルイズが不快感を表す。 しかし、アンリエッタは不快感を示さず首を無言で縦に振るだけであった。 「いいのです、危険な事に変わりはありません。頼みたい事とはあなた達に、アルビオンに赴きアルビオン皇太子、ウェールズ…テューダー様から、手紙を回収してきて欲しいのです。」 「内戦地区に、ルイズを送り込むのですか!?」 自身が考えていたレベルよりも、過酷な任務にニューも声を荒げる。 ニューは精々、レコン・キスタの内通者が町に居ないかを見つけて、報告するだけだと思っていた。しかし、出された任務は、内戦地区への潜入及び回収である。 ルイズは、素人の上に旅慣れていない。そんなルイズを送り込むなど正気の沙汰とは思えなかった。 「危険な事は解っています。しかし、その手紙をレコン・キスタはおそらく狙っており、それを口実にレコン・キスタはトリステインを攻め入るでしょう。」 「だからと言って、ルイズは素人です。こう言った任務に適した人物はいないのですか?」 おそらく、こう言った事を行うのに適した人物がいるであろう。ニューはそう思いアンリエッタに詰め寄る。 「軍人の中にはレコン・キスタの息のかかっている者もいます。信頼できる人物に頼みたいのです。もちろん、腕の立つ護衛をつけます。」 「ニュー、アンタは黙っていて!姫様、このルイズ、必ず使命を果たして見せます。」 感極まったように、ルイズが承諾する。 「勝手に、承諾するな!今は、ゼータやダブルゼータが居ないんだぞ!」 (私だけでは、負担が大きすぎる。) ニューは二人に劣っているとは思っていない。しかし、自分が全てを行えるとも思っていない。それは、尊敬するアレックスやナイトガンダムも同じであろう。 二人との仲が悪かった頃のニューなら絶対考えないであろう発言であるが、強敵との戦いや、数多くの修羅場を潜り抜けて来ただけに、今回の任務はあの二人の力は必要であると感じていた。 また、戦いに勝つために私利私欲を考えず、時に自分が犠牲になりながらも、自分達を支持するアムロはニューにとって、尊敬する一人であった。 「ニュー……アンタ、ダブルゼータやニューが居ないと戦えないの?」 ルイズが、先ほどの熱くなった表情から、途端に冷笑と軽蔑の籠った眼差しに切り替わる。 「何、ルイズそれはどういう事だ?」 ルイズのその言葉に何かを感じたのか、ニューも切り返す。 「別に、アルガス騎士団の隊長などと言っている癖に、二人が居ないと何もできない何て言うから、少しねぇ……あなたが臆病者だなんて、初めて知って驚いているだけよ」 そう言いながら、ルイズが含みのある視線を送る。 (ニューが居ないと、さすがに私だけでは任務は行えない。ここはニューを挑発して上手く動かさないと) ルイズの事を付き合っているうちに、動かすポイントを見つけたニューだが、それは、ルイズも同じである。 ニューとて、聖人君主では無い、言われて嫌な事はある。そして、ルイズはそれを見つけていた。 「ふざけるな!これは大事な事なんだぞ!」 ニューも珍しく激昂する。 ニューにとってのそのポイントはゼータとダブルゼータである。悪と言う訳ではないが、 だからと言って必要以上に慣れ合う訳でもない。特に今でも、二人より劣ると思われるのはニューにとっては遺憾であった。 3人は戦友であり、ライバルでもある。見下してはいないが、かといって劣っているとも思っていない。その関係がアルガス騎士団の扱いを難しくさせる原因であり、アレックスを悩ませていた所であった。 「そう大事な事、だから二人を待ってはいられない。それに私はあなたの事を信用しているの、あなたが二人に劣る訳ないわよね、法術隊長のニュー?」 ニューの肩書を強調しながら、ルイズがささやく。 その様子を見て、アンリエッタが心配そうに二人の顔を見やる。 「当然だ、あの二人が居れば成功率が上がるだけで、私一人でも問題ない、ただゼロのご主人様が心配だったから保険をかけただけだ。アンリエッタ様、主ルイズと、このニューその任務、遂行させていただきます。」 ニューが片膝をつき、アンリエッタに承諾の意思表示をする。 「やっていただけるのですね!ルイズ、ニューさん、よろしくお願いします。」 そう言いながら、自身の指輪を外し、ルイズに手渡す。 「これは水のルビーです。これを見ればウェールズ様はきっとお分りになってくれます。」 自身にとっては思い出の品であるが、ルイズ達の身分を証明する事になるだろう。 「では、失礼いたします。」 二人が、一礼し、部屋を出ていく。 「頼みましたよ、ルイズ、ニューさん」 誰に聞こえるともなく、アンリエッタは呟き窓から外を見る。 自身の最愛の人が居る大地は暗い雲に包まれていた。 「23 ルイズ、頼みましたよ」 王女 アンリエッタ ルイズに、始祖の祈祷書を託す。 MP 30 (相手のHPを吸い取る。) 「24はぁ、優勝すれば賞金が手に入ったのに」 香水のモンモランシー ギーシュの恋人? MP 300 ゼロの騎士団 PART2 幻魔皇帝 クロムウェル 2 目の前に、異形ともいうべきものが現れる。 彼は自分がもうすぐ死ぬのではないかとその時思っていた。 「いやだ、私は死にたくないのだ」 それは何も言わなかった。 ただ、それは、指輪をかざすのみであった。 「やめてくれ!やめて……」 言葉が途切れ、瞳に正気を失う。 彼はただ、グラスをあおる。 「おやすみ……」 その一言を最後に、朝まで沈黙が訪れた。 前ページ次ページゼロの騎士団
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前ページ次ページゼロのエルクゥ その身の丈は3メイルほどか。オーク鬼より一回り大きく、トロール鬼やオグル鬼よりは二周りほど小さい。 でっぷりと腹の出た鬼どもと違い、鍛え上げられた逆三角形を連想させるスラリとしたフォルム。その姿は狼が二足歩行に立ち上がったようであり、亜人というよりも獣人といった方がふさわしい。 確かに見たことがない種族だったが、大きさからいって、5メイルのトロール鬼兵士が振るう棍棒の一撃に耐えられるはずがない。 耐えられるはずがないのだ。なのに。 ―――ばしゅっ、と血風が舞い、上半身の右半分が丸々吹き飛んだトロール鬼兵士が、地響きを上げて崩れ落ちる。 なのに、なぜ。 ―――別のトロール鬼兵士が振り下ろした棍棒が、軽々とその掌に受け止められる。左手に握られている剣が一閃、トロール鬼の首を綺麗に斬り飛ばした。 なぜ、この『鬼』は事も無げに、それらを屠りながら前進してくるのだ。 そう、オークやトロールなど、『鬼』という言葉を使うにはあまりにも惰弱に過ぎる。そう、思わせられる。 目の前のこれこそ、まさに『鬼』。その表す意味に、最もふさわしい存在だ。 ―――ゴォゥッ、と風を巻き、背後にいた指揮官のメイジから『フレイム・ボール』の魔法が『鬼』に向かって放たれる。 普通の人間がまともに受ければ、炭の塊になる火の玉。 その光景も、何度も見た。 ―――『鬼』が左手の剣を振るう。火の玉と剣とがぶつかり合い……『フレイム・ボール』は、跡形もなく消え失せてしまうのだ。まるで、その刀身が炎を吸い込んでいるかのように。 「ひぎゃあああああああああああああっ!!!」 どんっ。軽い地響きがして、黒き『鬼』の姿が掻き消える。直後、響き渡る断末魔。 ものすごい速度でジャンプし、手前の槍ぶすまを飛び越え、先ほど『フレイム・ボール』を放った指揮官のメイジが叩き潰されたのだ。……文字通りの意味で。 「ば、化け物おおおっ!」 「なんだっ、なんなんだあああーっ!!?」 腕を振るい、脚を振るい、剣を振るい、その度に血飛沫が舞う。平民も、貴族も、亜人も……その前では、全て獲物に過ぎなかった。 自分は、手に持っていた愛銃を構える気も起こらなかった。これまで数多の戦場でメイジを十は撃ち抜いた自慢の相棒だったが……そんなもの、あれに効くはずもない。 「■■■■■■■■■■■■■■■ーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!」 」 意識を黒く塗り潰すような咆哮。 自分はその甘美な誘いに抗う気も起きず……幸運な事に、そのまま気を失う事ができたのだった。 § 勝ち気に逸っていた『レコン・キスタ』軍は、急転直下、死地へと投げ出された。 突如現れた、謎の『鬼』が想像を絶する力で暴れまわり、前線の将兵をことごとく薙ぎ倒している、と。 命からがら後退に成功した兵、高地ややぐらからの物見、また風のメイジによる遠見の魔法、それら全てが伝えてくる出来事は、その荒唐無稽な報告が事実である事を示していた。 最前線を担っていた二個大隊のうち、果敢にも(あるいは所詮一匹だと侮って)それに立ち向かっていった者は、平民貴族亜人正規傭兵を問わず、ことごとく死んだ。 勝ち戦にある者は、死にたくないものだ。 死んではせっかくの勝利の美酒を味わう事が出来ない。略奪する宝、戦功への恩賞、武勇に与えられる名誉……それらが惜しくて、命を惜しむ。 利益を惜しみ、命を惜しむ者が、誰構わず死と恐怖を振りまく正体不明の化け物に立ち向かっていくわけがあろうか。 二個中隊、およそ数百の歩兵や指揮官のメイジがその爪にかかり、腕に押し潰され、脚に踏み潰され、剣に首を飛ばされたところで―――勝利を確信し、その先の略奪に思いを馳せてすらいた正面隊の士気は完全に崩壊した。 兵達は犬死にを恐れて散り散りに逃げ出すか、恐怖に気を失うか、やぶれかぶれにニューカッスル城に突撃し、城壁の守りに散らされていった。 そしてその化け物は、今も目に付く者全てに襲い掛かり、殺戮を繰り広げている―――。 § 殺す。 ―――爪を振るう。槍を構えていた兵士が六枚に下ろされて絶命した。 殺す。 ―――腕を振るう。折れた槍を捨てて脇差を振りかぶった兵士の上半身が、空き缶のようにひしゃげた。 殺す。 ―――跳び上がる。着地点にいた銃兵が、足の裏の下敷きになって落としたトマトのように潰れた。 殺す。 ―――剣を振るう。飛んできた魔法がその刀身に吸収され、ついでに近くにいた兵士数人が、山刀に刈られる背の高い草よろしく、それぞれ適当なところを斬り飛ばされてもんどりうった。 殺す。 殺す。殺す。殺す。 儚く消える間際に、命の炎が一際燃え上がる。だが、そんなものはどうでもよかった。エルクゥの悦びなど欠片も感じない。 あるのは、ただ炎。それは蝋燭の消えゆく炎ではなく、そのまま本人を包み込んでその身を荼毘に伏す業火。 「かははっ、なんてぇ心の震えだ! いいねぇいいねぇ、主人の仇討ちに震えるハート! 燃え尽きてヒート! ガンダールヴ最後の大仕事だぜえ!!」 漆黒の肌の中に、眩しいほど煌々と光を放つ左手のルーン。そこに握られた剣が景気よく声を出し、目前に差し迫った『ジャベリン』の魔法による巨大な氷の矢を、瞬時に蒸発させた。 「■■■■■■■■■■■■■■■■■■ーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!」 呼応するようにエルクゥが咆哮を上げる。 だんっ、と血染めのその場から、『ジャベリン』が放たれた方向へとまっすぐに跳躍し―――その風のトライアングル・メイジは、刹那の後に絶命した。 § 軍隊、というのは、人間社会での集落同士が戦う為の組織である。 それが戦う事を想定しているのは、同じ数、同じ種類の人間だ。どれほどの腕があろうと、それが『人間』という枠に収まる以上、一人の達人では十人の雑兵に勝てない。 数の力。そういう理屈だ。 しかし。人ではない、たった一体の超越者と戦うには、軍隊は向かない。千を集め、万を集めても、その『数』という力を発揮出来ないまま無駄に命を散らすだけだ。 ドラゴンの暴君を討つのは、軍隊ではなく、英雄なのだ。 まだドラゴンなら、巨大なドラゴンならば、千の兵士によって一斉に銃を撃つことにも意味があるかもしれない。その巨体には、千の銃弾を集める事が出来るのだから。(逆に言えば、ドラゴンの炎の息も、百や千の兵を一斉に焼く事だろう) しかし、3メートルしかない少し大きな人型程度には、百人の兵士を殺到させたところで百人が同時に斬りかかれるはずもない。千人でも万人でも、せいぜいそれを相手に発揮される『数』の力は十人分。 その十人分を蹴散らすぐらい、超越者にとっては呼吸をするにも等しい。呼吸の回数が百回だろうと千回だろうと、それは等しく『時間の問題』でしかないのだ。 さらに『数』を増やそうとその外から弓や銃、魔法を撃てば、その近くにいる味方に当たるかもしれない。百人が一斉に囲めるような距離があっても、その人型は跳躍一つで銃の射程など飛び越えてくる。 業を煮やし、使い捨ての傭兵など知った事かと広範囲に及ぶ魔法をぶっ放した貴族などは、化け物の持つ剣に魔法を無効化された挙句、周囲の傭兵達によって逆襲を受け、それを守る兵との同士討ちが始まっている。その隊は、もはや軍としての用を成さないだろう。 前線のそんな混乱ぶりを間近で見ていた後方の隊では、機を見るに敏な傭兵や、戦の経験のない徴募兵が、次々と逃亡を始めていた。 堅城を落とす為に集められた五万の軍。それは、たった一匹のエルクゥに、全くの無力であった。 「……なんという」 ニューカッスル城の天守からは、『レコン・キスタ』軍五万の呆れ返りたくなるように巨大な陣容が一望できた。横っ腹への奇襲など微塵も警戒していない、岬の突端に位置する城の城壁にただひたすら殺到する為だけの、縦に長く伸びた突錐陣。 そして、今まさにその只中で殺戮の神楽を踊り続ける、使い魔の姿。 それを眺めるウェールズには、それを戦いと呼ぶのは憚られた。殺戮か、虐殺か……それとも、狩猟か。見るものを圧倒させる五万の陣は、瞬く間に見るも無残な血の海へと変貌していく。 「今なら、我らごと逃げ延びる事も可能かもしれませんな」 「……かもしれないな」 傍らの侍従の呟きに、ウェールズは重く頷いた。 城壁に張り付いてくるはずだった無数の兵がことごとく血に沈んでいく。もはや前線に展開していた部隊は壊滅状態だった。恐慌状態のままその横を走り抜けて城壁に取り付く兵士も散見されるが、見張りの兵だけで追い散らせる程度だ。 「まあ、逃げ延びる先がない我らには、ここを守るしかないのだがね。我らの名誉ある敗北は、彼に譲ってしまったのだから」 「いや、そうとは限りませんぞ」 「……パリー?」 かつて『鉄壁』の二つ名を欲しいままにした初老の侍従。その衰えぬ鋭い視線が、眼下に広がる五万の軍容の、そのさらに向こうを睨みつけている。そんな気がした。 「殿下、およそ全ての戦いと呼べるものには、一つの鉄則がございましてな」 「ほう。その心は?」 「『攻撃は最大の防御』と言うものです」 § 「もう一度報告を繰り返せッ!」 「は、はっ! 本日一〇一七、ニューカッスル攻略部隊が敵の襲撃を受け、先陣を担っていたハイランダーズ連隊は全滅。連隊長サザーランド侯以下、第一大隊長ランカスター伯、第二大隊長アーガイル伯、全てご殉死なされました」 全滅した隊のは言うに及ばず、後方の隊の傭兵や徴募兵までも逃亡を始めており、被害は今なお増大中、というその報告は、怒鳴り返した幕僚長には全く理解の出来ないものだった。 「敵の戦力は!? あやつら、玉砕覚悟で打って出たか!?」 「は。そ、それが……」 「何だ! わからんのか!?」 「て、敵は、一騎の亜人であるとの事です!」 搾り出すように叫んだ若き伝令の仕官の言葉に、簡素な野陣テントにしつらえられた軍議の場がざわついた。 「貴様、冗談を聞いているのでは―――!」 「詳しく説明しなさい。騎士ノーマン」 「ク、クロムウェル閣下……」 激昂しかかった幕僚長を遮ったのは、中心に座っていた司教服の男であった。いかつい勲章ときらびやかなマントばかりのその中心には、この場にそれ以上ないほど不似合いな、緑色の法衣姿がある。 『レコン・キスタ』総司令官、オリヴァー・クロムウェルが、顔の前で手を組み合わせ、テーブルに肘を付いていた。 その傍らには、真っ黒いローブに身を包み、フードで顔を隠したその秘書が侍っている。わずかに垣間見える口元や体つきから見るに、中肉中背の、青年と少年の境目にある男性、という風情だが、クロムウェル以外の誰も、その顔を見た者はなかった。 「ヘイバーン統幕僚長。怒りは我らの鉄の結束を崩す。冷静に報告に耳を傾けたまえ。疑問があれば、理でもって問いたまえ。彼は年若くして竜に認められた、誠実で誇りある騎士だ。余が保障する。偽報であるかどうかは、彼の責にはない」 「は、はっ」 「さあ、詳細を、我らが同志ノーマン」 にっこり、と笑いかけた司教に、伝令仕官は平伏して答えた。 「手に持った剣で魔法を弾き、風のメイジ以上の俊敏さを持ち、トロール鬼以上の力を振るう見た事もない『鬼』と報告が上がっております。突如としてニューカッスル城門前に現れ、襲い掛かってきたと」 「それが数千の我が軍を殺し尽くしたと? 信じられぬ話だが、間違いはないのだね?」 「はっ。全ての物見が、同じ事実を報告致しました。自分も伝令に飛び立つ際に報告どおりの姿を見ましたが……その勢いは全く衰えず、我が軍を、蹂躙しておりました」 場が静まり返る。その場にいるのは全て軍部の高官だったが、皆、『信じられない』といった表情を浮かべている。 目を閉じて黙り込むクロムウェルの耳元に、傍らの黒いローブの人物が口を寄せた。 丈の長い漆黒のローブが重力に引かれ、二人の顔を隠す。 その裏で、威厳と不気味さを保っていた二人の相好が―――盛大に崩れた。 「どどどどどどーしようサイトくん! そんな化け物の事、知ってたかい!?」 「お、俺だって知りませんよ! ジョゼフの野郎もそんな奴がいるなんて一言も……!」 「さ、サイトくんのマジックアイテムで何とかできないのかい!?」 「一匹でメイジ込みの数千人ブチ殺すような化け物倒せるアイテムなんて貰ってませんて!」 「どーしよ!?」 「どーしろと!?」 「バス降りて歩いてたら」 「後ろからイキナリ!?」 「ところでサイトくん、『ばす』ってなんなのかね?」 「えっと、俺の世界での乗り合い馬車っていうか……って現実逃避してる場合じゃないですってクロさん!」 「だ、だって、どうしろっていうんだい?」 「と、とりあえずあの騎士さんを下がらせて、ここの人達にアイディアを出してもらいましょう。もう間が持ちません」 「う、うん。わかった。―――落ち着きたまえ、同志諸君。指揮官が取り乱しては、兵が不安がりますぞ」 二人が体勢を戻し、ごほん、とクロムウェルが咳払いすると、騒然となっていた軍議の場はさあっと静かになった。 「忠実なる我等が騎士ノーマン、貴重な報告ご苦労であった。貴君のもたらした情報は、必ずや我が同志達を勝利へと導くであろう。下がってゆっくりと休み、次の任務に備えたまえ」 「はっ!」 クロムウェルが何度も頷き、笑顔を浮かべると、伝令の竜騎士は深く頭を下げて退室していった。 「さて、諸君、親愛なる我が『レコン・キスタ』の同志諸君。今の報告を真実だとして、どのような対処をするべきだと思うかね?」 その言葉に、軍議は再び紛糾を始めた。 どのような化け物でも五万の軍勢には勝てまい。いや被害を無闇に広げるだけだ一度全軍を下がらせて正体を見極め選りすぐりの竜騎士で討伐すべきだ。いやいやそれでは王党派に時間を与える事になる宣戦布告破りが他国にばれようものなら我等の正当性が問われ―――。 「……なんとかなりそうっすかね」 「……その化け物って、何者なんだろうね」 「さあ……敵の秘密兵器かなんかでしょうか?」 「報告します!」 「「っ!」」 息を切らせた伝令兵が陣幕に飛び込んできたのは、議論の熱が高まり、ひそひそ話をする総司令官と秘書の顔に落ち着きが戻ってきた時だった。 「何事だ!」 「お、王立空軍の旗を掲げた艦が、この陣に向かい最大戦速にて突撃してまいります!」 その報告に、高官達は先ほどまでの舌の熱も忘れ、文字通り跳び上がって驚いた。 § 「弾薬は全て下に向けて撃ち尽くせよ! 敵の艦など相手にするな! イーグル号、及びその乗員はこれよりその全てを以って『レコン・キスタ』本陣への弾丸となる!」 『鉄壁』の号令に、おぉぉー! と艦中から鬨の声が上がる。 「『鉄壁』の名にふさわしくない荒っぽさだね、パリー!」 「言ったでありましょう、『攻撃は最大の防御』ですとな! それとも殿下には、座して死を待つ趣味がおありでしたかな!」 「まさか!」 機動力を重視した設計の、その最大戦速にて五万の兵を飛び越えていくイーグル号の甲板で、主人と侍従は抑えきれぬ笑みを漏らしていた。 「狙うは総司令官、オリヴァー・クロムウェルの首級のみ! おのおのがた、気張りなされよ!」 どんっ! と腹に響くような重音とともに、敵艦の砲撃が船体を掠めていき、イーグル号が大きく揺れた。 甲板にて杖を構え、楽しくて仕方ないという風に顔を歪めるメイジ達に、取り乱す気配は全くない。 「総員、突撃ぃっ!!!」 怒号と共に、二百余名のメイジ達はマントを翻し、こぞって甲板から飛び降り始める。 その眼下には、開けた地に張られた野陣がある。『レコン・キスタ』軍、ニューカッスル攻略拠点の陣であった。 前ページ次ページゼロのエルクゥ
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前ページ次ページゼロの夢幻竜 ゼロの夢幻竜 第十四話「紅の誘い」 キュルケはタバサの使い魔が懸命に急いでいる事は分かっていた。 タバサはそれに加えて、その理由がルイズの使い魔ことラティアスに対しての、並々ならぬ対抗心からである事も見抜いていた。 それ故に自分達があと少しで街に着きそうだといったその時に、ルイズを乗せたラティアスとすれ違った時は言葉も無かった。 その次の瞬間、タバサの使い魔は背中に人を二人乗せているのも忘れたかのように、急転進して後を追い始める。 「こいつぁおでれーた!娘っ子が変身できるのもおでれーたが、こんな速さで飛べるのもおでれーたぜ!」 ルイズに抱かれているデルフは素直にラティアスの持つ力に驚嘆した。 風竜と競争するなら、例え数百リーグ差をつけていたってあっという間に追い抜いてしまうだろう。 いや、それ以前に比べる事さえもおこがましい。 途中何かとすれ違ったが、相手も相当な速度を出していた為か視認は不可能だった。 萌黄色の草原を一陣の風の如く疾走するラティアス。 その視界には早くも魔法学院の立派な校舎が入ってきた。 翼の角度を変えて徐々にスピードを落としていき、ゆっくりとアウストリの広場に着陸する。 その時ラティアスはふっと時間の事が気になった。 まだそんなに時間は経っていない筈―恐らくはまだ午前中―だから、ご主人様ことルイズに許可を貰い、シエスタを背中に乗せてまた街へ行くのも良いかもしれない。 彼女は自分がどれくらいの速度で飛ぶのか知らないだろうから、かなり加減しなければならないだろうが。 そう思いつつラティアスはルイズに向かって訊ねた。 「ご主人様。あの……シエスタさんと一緒に出かけたいんですけど良いでしょうか?」 「シエスタ?……ああ、あのメイドね。えーと、そうねぇ……良いわよ、行っても。 但し、帰ってきたら使い魔としての仕事をちゃんとするのよ?それとあんまり遅くなっちゃ駄目。街中って結構日も暮れる頃になったら物騒だから。それも忘れちゃ駄目よ。」 「はいっ!有り難う御座います!ご主人様!」 ルイズは忠告しつつ答える。 もし行き先がブルドンネ街なら、大通りにある多種多様な店等については先程口が疲れてしまうほど説明をしたから分からないという事は無いだろう。 ラティアスはかなり物覚えが良い方でもある。 そもそも元々この地に住んでいて、尚且つ何回かそこへ足を運んだ事のあるであろうメイドがいるのならあまり心配する事は無いと思えた。 ラティアスは一礼をすると、喜び勇んでシエスタのいるであろう使用人宿舎へと向かおうとした。 その時である。強烈な風を吹かせながら一匹の竜が殆ど同じ場所に降り立った。 ルイズはその姿を一目見て、自分と同じ学年の子が召喚した竜だと気づいた。 確かその名前は……思い出そうとして失敗する。 何分影の薄い生徒だった事と、使い魔の印象の方が大き過ぎたからかもしれない。 その竜ことシルフィードは相当参ったらしく、地に足を付けると同時にその場に崩折れてしまった。 そしてその背中から召喚した本人ともう一人、ルイズにとっては何時だろうとあまり顔を合わせたくない人物が現れた。 「キュルケ!何であんたがここに?!」 「あなたを追ってたのよ。正直に言うとラティアスをね。でも……信じられないわ。 この子の風竜も目一杯頑張ったんだけど、まさか街まで半分も行かない内に行って帰って来るなんて。」 それを聞いたルイズは少し得意げな声になって胸を張って言う。 「そ、そうよ!凄いでしょ?!やっぱり私に相応しい使い魔なのよ!風竜なんかと比べたらこの子が可哀相だわ!」 「おめでたい人ねえ~。使い魔とその主の魔法的な才能と力は平均される物なのよ。 ラティアスは爆発ばかりで何の魔法も出来ない『ゼロ』なあなたの大きな穴埋めと同じなの。 肝心の実力、ついてきてると本気で思ってるの?素敵なご本を読む事だけが魔法じゃないのよ?」 が、キュルケは呆れた調子できりかえした 傍で聞いていたラティアスは黙ってその様子を見ていたが、僅かに腹を立ててしまう。 そりゃあご主人様であるルイズは、通常の授業において魔法の実技をやろうとすれば爆発ばかりで上手くいった試しは無い。 だが先生からの質問には満足に答えられているし、毎日夜遅くまで勉学に励んでいるのを彼女は知っていた。 握っているデルフそっちのけでルイズの言葉の応酬は続く。 「な、何よ!そう言うあんたの使い魔は只のサラマンダーじゃない!只の!」 「只のって言うのは違うんじゃない?火竜山脈のサラマンダーよ。尻尾の火なんて好事家に見させたら値段の付きようもないわね。 それに使い魔としての条件もちゃんと全部満たしてるし。それに……」 「それに何?色ボケしたあんたにこっちの国でのお相手ホイホイつれて来るって言うの?」 冷ややかな笑みを浮かべて挑発するルイズ。 流石にその台詞にはキュルケもかちんと来たのか震えた声で答えた。 「言ってくれるわね、ヴァリエール……」 「何よ。本当の事でしょう?」 正に一触即発の状況。触れれば直ぐにでも火花が飛びそうだった。 暫く睨み合った後、最初に動いたのはルイズの方だ。 「あたしはねあんたの事が大っ嫌いなのよ。いい加減決着つけない?」 「あら、凄く奇遇ね。私もあなたと同じ意見よ。」 「それじゃ……」 「それなら……」 「「魔法で決闘よ!」」 怒りが剥き出しになった二人は遂に互いに怒鳴る事となった。 しかし、この世界の現行法ではメイジ、ひいては貴族同士が互いに決闘を行う事は出来ない。 それを思い出したキュルケの前に険しい表情をしたラティアスが現れる。 「事情は分かりました。あの、私がご主人様の代わりにお相手しても宜しいですか?」 「ちょっと!ラティアス?!」 突然割って入るラティアスにルイズは驚いた。 その様子を見てちぐはぐな間だと思いつつキュルケは言う。 「あらあら。私はルイズと決闘をするのよ。それも魔法を使ってね。まあ、この国の法律じゃ貴族同士の決闘は禁じられているけど。」 「だったら尚更です。誰も知らないからといって決まり事を破ったらいけません。あと、ご主人様とあなたが戦ったら圧倒的にご主人様には分が悪いです。使い魔の私でなら問題は無いでしょう。」 その言葉を聞いてキュルケは小さく吹き出した。 使い魔にまでそう思われているのでは可哀相どころの話ではないと思ったからだ。 だがラティアスは眉一つ動かさずに続ける。 「それとこの間の私の言葉覚えていますよね?」 「え?ああ、覚えているわよ。この間あなたが見当をつけた通り、私も相当な使い手だから覚悟しておきなさいね。今更謝ったって許さないわよ。」 キュルケは意地悪そうに笑ってみせる。 ラティアスはそれに対して、特に意に介した素振りを見せるわけでも無く続けた。 「許して頂かなくて結構です。時間は……今すぐですか?」 「今から?まさか。今日は虚無の曜日よ。私だって色々とやりたい事があるの。そうねえ、今夜にしましょう。それなら良いでしょ?」 「私もやりたい事があるんで……その条件のみました。」 「結構。場所は中庭。異論は認めないわ。」 「どこがその場所でも構いません。」 「大変結構。それじゃ私一旦部屋に戻るわ。せいぜい良い作戦たてておきなさい。」 そう言ってキュルケは、離れて顛末を見ていたタバサと共に寮塔の方へ向かっていった。 その姿をじっと見ていたラティアスにルイズは少々厳しい口調で話しかける。 「私が決闘の相手なのよ。どうして代わったの?」 「決まりは決まりです。誰も見ていなかったとしても守らなきゃいつか必ず罰が当たりますよ。」 「罰って……あんたねぇ……それと、キュルケはギーシュなんかとは力の差があり過ぎるのよ。幾らあんたが凄い力持っていても勝てるかどうか……」 「ご主人様は私があの時全力全開で戦ったと思ってらっしゃるんですね……」 その言葉にルイズは眉を顰める。 と、同時に心の中では大きな好奇心が沸いていた。 そうでなかったとしたら、彼女はまだ本領を発揮していない事になる。 それも踏まえて彼女は恐る恐るその理由を訊いてみた。 「どういう事なの?」 「私にはまだ隠しているちょっと面白い力があるって事です。」 ラティアスは返事と共にふっと不敵な笑みを浮かべた。 残っている隠し玉は一つや二つではないのだ…… その日の夜、本塔に程近い中庭には4人の人影があった。 元の姿のラティアス、それと対峙するキュルケ。 面白い物見たさで連れて行けと駄々をこねたデルフを抱えるルイズ。 そして相も変わらず本を読み続けているものの、キュルケの事が気になったタバサ。 双月の光は彼女達を包み込む様に照らし続けている。 ラティアスはあの後シエスタを連れて街に出ようかとしたが、大事を前に遊んでいたら負けてしまうと思い取りやめることにした。 というよりもシエスタはラティアスがルイズと出かける前から『一緒に出かけるのはまた今度』という事で納得していた訳なのでどう動いても大きな変更点は無かった訳だが。 かなり冷めた視線で見つめるラティアスにキュルケは杖を構えつつ話す。 「勝敗の決め方は?私は杖を奪われたらそこまでだけど……あなたはどうするの?」 「そうですね。飛べなくなったら……という事にしましょうか。」 「分かったわ。」 ラティアスは臆す事も無い。 その様子にキュルケの胸は鼓動を速くし始める。 ギーシュの時も大立ち回りをやってのけた彼女は、果たして自分に対してどんな責め方をしてくるのか。 「そっちからどうぞ。」 「それじゃ、いくわよ!」 その言葉を合図に遂に両者の衝突が始まった。 キュルケは先ず得意な『ファイヤーボール』で様子見を行ってみる。 素早い呪文の詠唱はメロン程の大きさもある大きな火球を幾つも作り出し、ラティアスに対してそれらを撃ち放つ。 ラティアスはそれらを素早く避けてキュルケに接近しようとする。 しかし、キュルケは炎の壁を自分に近い四方に展開させ、ラティアスの侵入を防いだ。 暑さもかなりのものがあるためラティアスは一旦後退って距離を取った。 それを見計らったかのように炎の壁は一瞬の内に解かれ、 中から現れたキュルケが自分の周りに予め作って滞空させておいた『ファイヤーボール』を、弾道を変えながら再び幾つも間断無く放ってきた。 その瞬間的な速さは目を見張る物で、やっと相手との間を詰められるような距離になっても避けるだけで精一杯である。 次にその距離になって攻撃しようとすれば、あっという間に炎の壁を展開され近づけなくされてしまう。 後はその繰り返しである。 ラティアスもギーシュに対して繰り出した物と同じ技を用いて対抗する。 確かにそれは一時的にせよ効果を齎した。 しかし、キュルケが編み出す炎の勢いの方が些か勝っているのだろうか、防壁とも呼ぶべき炎という名の牙城を崩すに至っていない。 一進一退の攻撃は尚も続く。 悟られぬようにしてキュルケに近づくしかないと考えたラティアスは、精神を集中させて全身の羽毛を震わせた。 これこそがラティアスがルイズに話した隠し玉の一つであった。 そしてそれと同時に炎の壁を消したキュルケ、事の成り行きを見守っていたルイズとタバサは自分の目がおかしくなったのかと思う一瞬を見た。 目の前で一瞬にしてラティアスがその姿を消したからである! 何が起きたのか把握するのに一瞬戸惑ったキュルケは慌てて炎の壁を展開する。 そして自分が暑さを苦痛に思わない範囲にまで壁の幅を狭めた。 その中で彼女は今自分の目の前で起こった出来事について必死で考える。 光の粒子が彼女の周囲に取り巻き、一際強く輝いたかと思ったら消えたのだ。 ラティアスは確かに素早い動きを繰り返していたが、それは見えなくなるほどの物ではなかった。 ならば光を利用したのだろうか? 双月の光と自身が繰り出した『ファイヤーボール』の光を使って? しかしその答えが出る前に勝敗は決した。 キュルケの背中を、いきなり強力な風と猛烈に濃い霧が襲ったからである。 バランスと集中力を崩した彼女は前につんのめる形で地面に転ぶ。 それと同時に彼女の周囲にあった炎の壁も、滞空状態にあった『ファイヤーボール』も一偏に消えた。 キュルケは一体何が起きたのか把握しようとすると大変な事に気づく。 自分の右手に杖が無いのだ。 探そうとして身を起こそうとすると、自分の眼前に探そうとしている杖がその先を向けられた。 それを持っているのは、人間形態に変形したラティアス。 彼女は息一つ荒げる事無く、すっぱりと言い切った。 「あなたの、負けです……!!」 前ページ次ページゼロの夢幻竜
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前ページ次ページゼロの旋風 いきなり呼ばれ 出でたるは 竜も飛び交う 珍世界 魔法学院 使い魔も 住めば都と 洒落込むか(ナレーション:柴田秀勝) どうやら俺は相当認識が甘かったようだ。平穏な日々は束の間の幻想だったらしい。その理由は… 「キッド、明日の『虚無の曜日』は買い物にトリスタニアまで出かけるわよ。あんたの服や武器も 揃えなくっちゃねっ」 とりあえず今の俺の生殺与奪の権を握る「ルイズお嬢様」から、例のギーシュとの決闘騒ぎから数 日としない内に、干してたたんだ彼女の衣類を洋服箪笥にしまっている最中に突然言われた。なん でも、公爵家の娘たるルイズの使い魔としては、その格好はあまりに「みすぼらしい」こと、また 元いた世界で俺に軍人としての経歴があったり、その後の稼業でも戦闘要員として活躍したことを、 一応手短かにではあるが話したことが理由らしい。 まぁ確かに、簡易宇宙服も兼ねる俺の黒いJ9スーツは、ルイズに召喚されて以降、少なくとも俺 自身の手では洗ったことがない。いくら汚れに強く、簡単には着用者の体臭が染み込まない仕様に なっている22世紀の服とはいえ、ルイズから召喚される直前、バーナード星系へのフライバイを試 みていた頃から数えても、かれこれ3週間は洗濯をしていないのは問題だった(なんせ、ヌビアと の最終決戦で、それどころじゃなかったもんなぁ…)。 俺が着てきたJ9スーツは、その稼業の特殊性もあって、ドク・エドモン謹製で簡易耐レーザー・ ブラスター仕様がなされ、かつ下着だけ取り替えれば、数週間は匂わない特殊触媒コーティングが なされていたが、こちらの世界で毎日俺に洗濯をさせているルイズからすれば洗っていない不潔な 服に見えたのだろう。 まぁ、22世紀の太陽系の科学技術を知らない人間としては当然の反応だろうと思う。 また、俺がルイズの名誉を賭けてあのギーシュと決闘し、見事に短時間で圧勝した事実は今や魔法 学院中に知れ渡り、それゆえ主であるルイズの評価もゼロ→急騰ぎみらしく、そのため彼女の俺に 対する機嫌はすこぶる良い。余談だが、貴族に勝った平民ということで、学院の料理長のマルトー も、俺が厨房にまかない食を頂きに行く度に『我らの剣』と俺のことを呼んで歓迎してくれている。 「あんたには、ヴァリエール公爵家御用達の仕立屋でちゃんとした服を特注してあげるからね!大 丈夫!そのくらいのお金なら仕送りされてるから。あと、腰に下げてるその変な銃だけじゃ心細そ うだから、立派な剣も用意しないとね。ご主人様であるこのわたしを守ってもらうためにもねっ!」 まあ、可能な限り突起物が少なく、動きやすく、かつ頑丈で破れにくい繊維で作られた服であれば 俺は文句はない…っていつもの服とあまり変わらないってツッコミは無用だ。それに、ブラスター のエネルギーが限られている以上、他に使用可能な武器の調達は急務だと感じていたところだった し(この前の決闘のようにいつも石にばかり頼るわけにもいくまい)、第一、戦士としての俺の本 能からも、この世界の武器事情全般についての知識・情報が欲しと思っていたところだ。 それにしても、この前の決闘でギーシュに投げるべく石を握ったときに感じたあの『正体不明の感 覚と能力』は一体何だろう?あの後、一人になった時に誰も見ていないことを確認して、久しぶり に愛用のブラスターを点検しようと手に取ったときにも一応似たような感覚と左手のルーンの反応 はあったが、身が軽くなったり五感が鋭くなる度合いは、この前よりずっと小さかった。 ルイズ曰く、使い魔が主と契約をすると、それまでになかった新たな能力を獲得するらしい。とす れば、その能力とは、あの時の石とブラスターとの共通点である『武器』に反応する力ということ だろうか? そう考えた理由は、その後何度もそこらに落ちた石を拾って握ってみても、それだけでは同じ感覚 は再現できなかったこと、従って握る対象を『武器』として使用する目的で認識した時に初めて発 動する力なのではないか、という仮説に行き着く。ただ、単にブラスターを点検・整備する時のよ うに、それを「使用」する目的でない場合はたとえ『武器』を握っていても、あの能力の発動の度 合いは弱くなるということかもしれない。 いずれにせよ、『武器』を使用する戦闘時になればはっきりするだろうが、なるべくそうした状況 は御免こうむる。俺とて無用な争いは避けたい。特にまだ不慣れなこの異世界なら、尚更だ。 翌早朝、ルイズに連れられて馬でこのトリステイン王国の首都トリスタニアに向かった。最初は戸 惑ったが、乗馬は初めてではなかったので、しばらくしてそれなりに勘を取り戻した。 …そういえば、牛馬をたくさん飼育していたオルトラ牧場は今頃どうなっているだろうか?亡き主 人親子の仇討ち後、使用人達の自主管理に任されたが太陽系大混乱の後だけに気がかりだ。 かれこれ3時間ほど揺られた後、城門側の駅亭に馬を預けて、トリスタニア市街に入った。一見、 華やかで活気あふれている様子だが、少し脇の通りに目をやると、みすぼらしい身なりをした人々 が、貴族とそのお供である俺たちを物欲しげに見る視線を感じる。ルイズに聞くと、トリスタニア でも貧民層による犯罪率は高いという どうやら俺は、魔法学院という貴族子女が集う「楽園」の中しか知らなかったようだ。学院を一歩 出て、「平民」と称されるこの世界の圧倒的多数の人々を見れば、ウエストJ区も顔負けの貧富の 格差と治安の悪さが存在する。 …そういえば、俺の相棒だったボウィも、地球の孤児院出身だったっけ。あいつもいつも陽気に振 舞ってはいたが、幼少時は貧困と絶望の底にいたことを後から知らされて、そこから這い上がる苦 労はどれほどだったろう、と想像したもんだ。 この世界には、魔法を使えるメイジという貴族階級と、使えない平民という厳然たる身分差別があ るが、それとは別の意味で、政治・経済・軍事の支配階層と裏の犯罪組織との癒着のような腐敗と いった問題も俺たちの世界のようにあるのだろうか…おそらくあるんだろうな。だとしたら、俺た ちJ9のような「晴らせぬ恨みを晴らす裏の始末屋」もいるのだろうか? などと考えていているうちに、ヴァリエール家御用達の仕立屋に到着した。俺は今着ているJ9ス ーツとほぼ同じデザインの服を3着と、この世界でも通り相場らしい執事その他使用人が着るタキ シード風の黒衣2着を注文した。普段着をあえてよく似たデザインにしてもらったのは、J9の連 中がもし同じこの世界に流されていたなら、遠くからでも一目で俺と認識しやすくなることを期待 したからだ。黒くて地味すぎる、今と同じようなデザインなら折角わざわざ仕立てに来た意味がな い、使い魔にいい服を着せたい主人であるわたしの立場も考えて、と言われたが、ご主人の護衛の ためにも動きやすさを最優先する必要性があるということで納得してもらった。その代わり、学院 内ではなるべく「タキシード」の方を着ることで妥協する。 仕立ての出来上がり予定日を確認し、代金を先払いして次に武器屋へ向かう。 最初、胡散臭げな目で俺たちを迎えた店の主人だったが、ルイズが貴族の上客だと分かると、掌を 返したように機嫌をとり始めた。いろいろ詮索されると面倒なので、一応俺は、貴族のお嬢様の護 衛兼世話係として彼女の父親が新たに雇ったばかりの異国者の元傭兵ゆえに、トリステインの事柄 は武器の流通状況を含めまだ不案内なのだ、とルイズは店主にあらかじめ説明する。 「いや~さようで、お嬢様のところもでげしたか。いやね、昨今は物騒でげして、宮廷貴族の皆様 の間でも用心棒や私兵を新たに雇ったり、下僕に武器を持たせるのが流行っておりやしてね~。と りあえず、これなんかいかがでげしょ?」 …この商売げたっぷりの愛想、パンチョ=ポンチョに似てるな。とりあえず、店主が持ってきた細 身の剣を握る。…どうも俺の心はこいつには動かない。ルーンの反応も、『あの感触』も微弱だ。 他にも幾つもの長剣や槍の類を物色したが、どれもいまいちだ。さすがにレーザーサーベルやレー ザーナイフがあることは期待していなかったが、22世紀地球のレベルの実体ナイフを見慣れた俺か らは、材質・焼入れ・研ぎ方いずれも物足りない。派手な装飾や宝石をあつらえたような外見だけ は豪華なものはいくらもあったが… 「おう、そこの若けぇの!おめぇさん、なかなか剣を見る目がありそうじゃねぇか。この店の主だ った長物を軒並み手に取っても外見に惑わされねぇとはな。どうだい!この俺様にしねぇかい?」 「誰だ…って、剣がしゃべったぁ!?」 「それって、インテリジェンスソード?」 「へい、そうでげすが…あっ、こいつはデルフリンガーっていいましてねぇ、やたら口は悪いわお 客様にケンカは売るわ迷惑ばっかりかける奴でげして、あっしも困ってるんでげさぁ…」 「ほぅ、面白そうだな。どれ、ちょっくら見てみましょっか?」 俺がそのデルフリンガーという剣を手に取った時、これまでの剣や槍とは違ったルーンの反応と 『あの感覚』があった! 「こいつはおでれーた!おめぇさん『使い手』か!?道理でどこか懐かしい雰囲気がしたんだ!」 「ルイズのお嬢、俺はこいつにする。俺が思うに、こいつは相当使えそうな奴ですぜ」 「まぁ、戦慣れたあんたが言うんだからそうさせてもらうわ。ご主人、これおいくら?」 「へいへい、こいつなら百エキューでげす」 「よろしくな相棒!」 「こちらこそ、イェ~イ!」 これでデルフリンガー(以下、略称デルフ)を買うことは決まった。しかし、長剣は広い場所でな ら強力な武器だが、路地や廊下・室内といった狭い空間での使用には不向きだし、隠し持つことも 出来ない。それに第一、日常生活で果物の皮をむいたり、羽根ペンの先を削ったり、様々な家具や 器具を加工したり、髭を剃ったりするために使うには不便すぎる。 というわけで、日常用といざという時には手裏剣としても使えるタイプの細身の短いナイフも少し ばかり購入することにした。こちらも店主にいくつか並べてもらい、俺自身が手にとって選りすぐ ったものを(デルフの論評も聞きながら)4つばかり革バンド付きの鞘と共に購入した。 代金支払いを終え、相変わらず愛想がいい店主と少しばかり雑談することにした。ルイズには、ト リステインの武器事情を含めた情報収集をしたい、ということで少々時間をもらった。 その結果、いくつか気になる話があった。 「いえね、先程申し上げましたように昨今物騒な原因の一つに『土くれのフーケ』って怪盗のこと がありやしてね、なんでも貴族のお宝ばかり狙って盗んでるって噂でげすよ。相当腕の立つ土系メ イジだそうで、30メイルはあるでっかいゴーレムも作れる錬金の達人だそうでげす」 「あと、これはまだ今のところフーケの件ほど大きな話題にはなってないでげすが、アルビオンで 貴族達が王家に反乱を起こして、かなり王党派軍が押されてるって噂でげす。なんでも貴族連合は 『レコン・キスタ』とか名乗って、今エルフに占拠されてる東方の『始祖ブリミル降臨の聖地』を 奪還することを旗印にしてるとか。このまま王党派が負けることになったら、次はレコン・キスタ 軍はこのトリステインを攻め落とそうと狙うのでは、との懸念が広がり始めておりやして、それも あって一部の貴族の方々は用心のために傭兵を徴募したり平民傭兵用の銃を纏め買いする動きが最 近出始めているでげす。まぁ、おかげであっしら武器商人は儲けさせて頂いてるでげすが…」 『土くれのフーケ』に『レコン・キスタ』か。フーケの方は店主の話を聞く限りでは、平民達の物 は一切狙わず、貴族の財産のみを盗むという。そのため、貴族階級を良く思わない平民達の内では 英雄視する者は結構いるらしい。ただし年齢・性別・国籍はおろかその人相も一切不明… …少なくとも今のところは、俺たちJ9の主敵「善人を泣かす奴」というわけではなさそうだ。ま ぁ、俺は今のところ『貴族』の使い魔なのだから、主のためにも用心に越したことはないだろう。 アルビオンといえば、ハルケギニア大陸上空を回遊する浮遊大陸だとルイズから教わった。どうい う原理かはルイズ自身もよく知らないらしいが。 …それにしても宗教的熱狂が大勢力となり、既存の体制を転覆させようとしているとは、まるでカ ーメン=カーメン率いるヌビアの連中のようだ。奴らの場合、最後の方ではコネクションの構成員 という「ヤクザ」というよりは、大アトゥーム神やカーメンに対する崇拝の念から死を恐れずに戦 いを挑んでくる「狂信者」の様相を呈していた。このハルケギニア世界でも始祖ブリミルへの熱心 な信仰がヌビアのような巨大勢力化し、世界の不安定化要因となるのだろうか?つい最近まで死闘 を繰り広げた相手との類似性から、俺は個人的に『レコン・キスタ』のことが気になった。 ルイズも店主が語る噂話に熱心に聞き入っていたが、昼飯時も近いので武器屋を出ることにする。 っと扉を開けたところでいきなり2人の人間と鉢合わせというか、ぶつかった! お互い尻餅をついたまま相手を見れば、キュルケとタバサの2人だ。話を聞くとどうやら、外出し た俺たちの後を、タバサの風竜シルフィードに乗って追ってきて、そのままトリスタニアで尾行し ていたらしい。 ルイズとキュルケはしばらくにらみ合って罵り合っていた。まぁ、出会って日が浅い俺が言うのも なんだが、見たところ2人は表面上はともかく、実際には内心ではお互い憎からず思っている様子 が見てとれる。お互い意地を張って素直になれないだけなのだ。心の中で苦笑しつつ、 「まぁまぁ、お嬢様もキュルケの姐さんも、あここは一つ、このキッドさまの顔を立てて、一緒に 手打ちの昼食会で楽しんでは頂けねぇでしょうか、イェ~イ!」 と俺が大仰な仕草と台詞で『仲裁』したところ、2人とも意外にあっさり同意した。タバサも異議 はない。もっとも昼食へ行く道すがら、キュルケがやたらと 「ねぇダ~リン」 と俺に絡んできたのは少々閉口したが… 貴族も常連という近くのレストランのオープンテラスで俺たちは昼食にした。食事中、俺がいた世 界についてキュルケから質問されたので、一応ご主人であるルイズの許可を得てかいつまんで話す ことにした。もっともルイズ自身も聞きたそうだったし、タバサも前菜の「はしばみ草のサラダ」 を黙々と口にしつつも、その目に強い関心の色を浮かべているのが見て取れた。俺としても、現段 階ではこの世界の住人達にはまだ自分の「手の内」を多く見せたくないとの思いもあったが、J9 の仲間達を、そして元の世界に帰る方法を探すための情報収集という観点からも、「最低限」の情 報開示は信頼できそうな人間に対しては行うべきだ、と判断した。 ルイズに既に話したこととも重複はしたが、一応、俺が太陽系という多くの星々からなる世界から 来たこと、生まれたのはこのハルケギニア世界に似たところのある地球と言う星であること、俺た ちの時代には、星と星の間を飛ぶことが可能になり、人々はあちこちの星に植民していること、俺 はそこで最初は軍人となったが、軍上層部が数多くの『裏組織』に侵食されて腐敗している現実を 数多く見せられて嫌気が差し、たまたまそうした裏組織の連中と戦うことを目的とする秘密チーム の新設に勧誘されたことをきっかけに脱走したこと、そのチームはいずれも凄腕の「その道のプロ」 から成り、その名『J9』は太陽系中の裏組織を震え上がらせる活躍をしたこと、などを手短に、 そしてなるべく彼女らに分かりやすい比喩や表現で説明した。ただし、敵味方の個々の武器の性能 や俺や仲間達の能力については可能な限り言及を避けるか意図的に曖昧にして… 「ふ~ん、元正規軍の特殊部隊の隊長さんねぇ。道理で魔法も使わずにギーシュをあんなにあっさ り片付けちゃたわけよね」 「…相当な手だれ。最小限の動きでワルキューレを避け、相手自身の動きを利用して投擲。動作に 全く無駄がなかった…」 「お褒め頂いて恐縮です。お嬢様がた」 またもや大仰な態度でお辞儀をして返す。俺もすっかりこのメンバーに馴染んだようだ。 「けど、前にも聞いたけど、なんであんた達が故郷の太陽系を『ABAYO』しようとしたその瞬間に あんただけがわたしに召喚されちゃったのかしら?」 好物のクックベリーパイをフォークの先で切り取りながらルイズが尋ねた。いつの間にか食後のお 茶の時間になるまで話し込んでいた。 「…うぅぅん、それについては俺もいろいろ考えたんだけど、今のところは理由は不明だな」 確かに、俺たちは救った太陽系を捨てて、遠い宇宙の彼方の新たな天地を目指そうとした。そのこ とと俺が異世界へ召喚されたこととの間に何か関係があるのか否かは、こちらに来てからずっと考 え続けてはいるが、決定的な答はいまだ見出せていない… 他にも質問が出そうになったが、そろそろ日も傾きだした。学院の夕食までの時間を計算すると、 もうじきトリスタニアを出発しなければ間に合わない。 「俺たちは馬なので、そろそろ学院へ戻らないとまずいっすね。どうですお嬢、お嬢のお許しさえ あれば、この続きは学院へ戻って夕食後に、お嬢の部屋で話すってのは?それもみんなが寝静まる 消灯後に」 ルイズは俺とキュルケの顔を交互に見て、 「仕方ないわね…いいわ。ただし勘違いしないでよ!わっ、わたしだってキッドのお話の続きが聞 きたいだけなんだから!ツェルプトーが一緒、っていうのが気に入らないけど…」 「あ~ら、あたしだったらダーリンの昔話だったら、一昼夜かかっても聞き惚れちゃうわぁ。あん たって見た目も度量も小さいんじゃないの?ヴァリエール」 「なんですってぇ!?」 「まぁまぁ落ち着いて、お二方。じゃあ話は決まり!それでは皆々さま、今宵の団居(まどい)を お楽しみに~、イェ~イ!」 …と、夕食後に俺様の元の世界での面白おかしい体験談でその日は暮れるはずだったが、そうは問 屋が卸さなかった。 シルフィードで先に戻っていたキュルケとタバサに続き、少々馬を飛ばした俺たちが魔法学院に戻 って無事夕食を終え、本来の消灯時間直後、他の生徒達が寝静まった頃にルイズの部屋に一同が集 合したまでは良かった。 俺が昼間の話の続きを始めて間もなく、外からドォンドォンという腹に響く重低音が聞こえ始めた。 何事かと外を見やれば、学院本塔の、俺が教えられた知識が正しければ宝物庫がある辺りを狙って、 高さ30メートル前後もあるバケモノがパンチを繰り出しているではないか! 「あれって、昼間に武器屋から聞いた『土くれのフーケ』じゃないの!?よりによって噂を聞いた 今日の今日に、あんな大きなゴーレムを作って、魔法学院の宝物庫を襲いに来るなんて!!」 「断定は出来ないが、可能性としてはあり得るな。だがここからでは暗くて遠すぎて詳細が分から ん!」 「あたしたちも行きましょ!これを見てみぬ振りをしたら、ツェルプトー家の名が泣くわ」 「…迅速な状況確認を要する…」 「わたしも行くわ!ツェルプトーなんかに負けるもんですか!」 「お嬢!危険すぎる!相手は相当な術者なんだろ?無謀だ」 「バカ言わないで!わたしはこれでも貴族よ!ノブレス・オブリージュ、支配階級にある者として の義務と責任は自覚してるつもりよっ!!キッド、あんたもついてきなさい!」 結局、俺たちは全員が部屋を飛び出した。ただし俺は、急いでデルフを背負ってから。なお、右腰 にはいつものブラスターを、左右の手首と左肩には計3丁の購入したばかりの小型ナイフを既に装 着していた。 中庭に到着した俺たちの視界に入ったものは、双月の下に映えるゴーレムの巨体と、目深にフード を被って肩上に乗るその主の姿だった。平穏無事と思っていた日々の連続が、途切れたことを俺は 実感した… 街に繰り出し 得たものは 巷の噂と 理解者か 楽しき団居 夢みれば そこに悪夢の 大巨人 ゼロの旋風 ブラスターキッド お呼びとあらば 即参上!(ナレーション:柴田秀勝) 前ページ次ページゼロの旋風