約 658,340 件
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/123.html
前へ / トップへ / 次へ 「マッハロッドでブロロロロ ブロロロロ ブロロロロ~ ♪ ぶっとばすんだギュン ギュギュン ♪」 「なんだい、その歌は?」 自分の背中にしがみついて歌うルイズに思わず尋ねる。 「ちいねえちゃんが好きな歌なのよ。意味はよくわからないんだけどね。ちいねえちゃんは身体が弱いせいか、この歌の 自由に飛び回ってる感じが好きなんだって。ちいねえちゃんっていうのは私のすぐ上の姉で……」 楽しそうに、懐かしそうにちい姉ちゃんのことを語るルイズ。 よほど仲がよかったのだろう。言葉のリズムに弾みがある。 今日は皆が大好きな虚無の日、虚無の曜日。つまり元の世界で言う日曜日である。 見事な快晴、それでいて心地よい風が吹く思わず踊ってしまいたくなるような日。 バビル2世はルイズを後ろに乗せて、馬を走らせていた。目標は近くの町。 最初はルイズが馬を操るつもりであったが、ゴタゴタゆれてえらい目にあったので、 「こういうことは使い魔がするべきではないだろうか?」 とバビル2世が手綱を握ることを申し出て、ようやく様になった。 「ジェットボップは ブロロロロ ブロロロロ ブロロロロ~ ♪ 勇将の武器だ ギュン ギュギュン ♪」 相変わらずルイズは歌っている。2番なのだろうか、3番なのだろうか。 事の起こりは今朝、ルイズが突然 「用があるから出かけるわよ!」 と鼻息荒く宣告したことである。 「いったいなにをしにいくんだい?」 と聞く間もなく、馬に乗って一陣の風となっていた。 『いったい何の用なんだろうか?』 よほど心を読もうかと思ったがまたどやされるのではないかと思い、やめた。 いずれにしろ町に行けばわかることだ。 「そんなことより……」 上空を気にするバビル。 肉眼ではわかりにくいが、光の中を雲をかきわけ進むものが一つ。 「そんなことより、なに?」 「いや、なんでもないんだ。」 別にこちらをつける理由もない。おそらく偶然だろう。聞けば大きな町らしいので、そこにあの二人も用があるのだろう。 少し訝しげにしていたルイズであったがすぐに、 「みんなで呼ぼう バロムワン ♪ 必ず来るぞ バロムワン ♪ 超人 超人 僕らの バロムワン ♪」 歌いだす。昨日の今日だ。そっとしておいたほうがいいだろう。 馬が跳ぶ。 丘を越える。 町が見えた。 「思ったより早く着いたわね。」 馬から下りて上機嫌でルイズがいう。それでも2時間は馬に揺られていたことになる。 バビル2世なら全速力で20分ほどの距離だ。 馬丁に馬を預け、大通りに出る。 「ふむ。」 露店や家構えの商店が軒を連ねている。 行商人らしい大荷物の男や、近郊の農夫、荷物を運ぶ馬車、買い物客が忙しげにあちこちを行きかう。 「かなり活気があるみたいだな。」 「そりゃそうよ。トリステインでも結構な都市だもの。」 町の規模はおそらくアメリカはサクラメントぐらいだろうか。101と呼ばれていた時代、バビル2世が訪れた町のひとつだ。 「確か、あの四辻あるピエモンの秘薬屋の近くにあったような。」 キョロキョロしながら目的地を探すルイズ。 秘薬屋が普通に店を構えているのがすごい。 「あ、あった。」 いかにも秘薬屋らしい怪しげな店の横、剣と盾らしいマークを組み合わせた看板のかかっている店へ人ごみを掻き分けて 向かう。途中で秘薬屋にギーシュの二股相手の片方がいるのを見かけたが、ここは何も言わないでおこう。 「武器屋?」 「そうよ。一昨日の決闘を見て考えたんだけど、あれだけ闘えるってことはビッグ・ファイアは護衛が向いてるってことだと思ったの。 だから、強力な武器を買ってあげようって言うのよ。感謝しなさい。」 そして指をつきつけ、 「それだけのことだから!他に他意はないんだから!勘違いしないでね!」 顔を背けて宣告するルイズ。 ぶっちゃけて、他の女にとられそうになったため、人間の持つ独占欲が発露したのである。 そこで贈り物をして自分に気を引きとめておこうとしたのだろう。 わかりやすく言うと、第三者を介することによって恋愛感情の前駆体が発現したというか。うん、余計にわかりづらい。 いずれにしてもバビルもルイズもそれが恋愛に繋がるものだと気づいていない。 石段を登り羽戸を開けて中に入る。 声をかけると出て来たのはいかにも腹に一物ありそうな男。いかにも過ぎて商売がやりづらいんじゃなかろうか。 もっとも値踏みをしているのは向こうも同じようで、下手に出れば組し易しと見たのか、妙に慇懃な態度で接客し始める。 「店一番の業物で、かの高名なゲルマニアの錬金魔術師シュペー卿の傑作で。魔法がかかってるから鉄だって一刀両断でさあ」 かなり大きな剣を店の奥から持ち出してくる。作りは豪奢で刃は分厚く、いかにも切れそうですと主張している。 ふむふむと手にとって鑑定していると、ルイズがわき腹を肘でつついてくる。 「どうなのよ?」 「ん?」 「だから、心が読めるんでしょ。店主の考えを読みなさいよ。」 「ああ。」 別に読まなくてもわかる。明らかに一見の鴨を相手にぼったくる気満々だ。 鞘にしまい、剣を店主に返す。 「もうちょっと別の武器も見たいんだが、奥へ案内してくれないだろうか?」 「へへ、旦那、そりゃあ無理ってもんですよ。」 ずいっと顔を寄せ、ルイズに聞こえないようにしゃべりかける。 「奥にシュベー卿の傑作とやらが並んでいるようだが。おまけに造りかけのものもある。シュベー卿とは店主のことかな?」 目を見開く店主。顔から血の気が一瞬で引き、口をパクパクさせる。 「なに、誰にも言わないよ。ただ黙っている代わりといっちゃ何だが、見せてもらいたいものがあるんだ。」 「はい、はい。」と言って首をガクガク振る店主。 「ちょっと奥で武器を見せてもらってくるよ。ルイズは待っていてくれるかい?」 「使い魔の分際で主人を待たせる気?」不機嫌そうに答えるルイズ。 「でもまあ私は武器のことは良くわからないし、いいわよ、気に入ったのがあれば買ってあげるから。」 予算の範囲内でね!と口には出さなかったが強く念じるルイズであった。 奥へ入ったバビルは置いてあったリベットを何個か掴むバビル2世。 「何かなさる気で?」 「まあ、見ておけ。」 へえ、と訝しげな店主を後ろへ下がらせる。奥に磨きこまれた分厚い鉄製らしい鎧が飾ってあるのが見える。 リベットを指で弾く。 リベットは超高速で吹っ飛び、鉄の鎧にぶち当たって装甲を潰し、貫通する。 ビシッ ビシッ ビシッ リベットをどんどん打ち込んでいく。鉄の鎧はへしゃげ、割れ、潰れて見る間に鉄くずと化す。 「ひぃー!?」 その光景に飛び上がる店主。へなへなと腰が砕けて尻餅をつく。 「鎧を壊して悪かったな。」 「いえ、いえ、いえいえいえ」 がたがたと震えながら祈るような格好で首を振る。こちらを舐めていた気分はどこかへ飛んでいってしまったようだ。 「まあ、禄でもない剣を売りつけようとしたむくいだと思って鎧のことは諦めてくれ。それで話なんだが…」 「な、なんでしょう?」 心から頭を下げてくる店主。その態度が滑稽すぎて噴出しそうになる。 「なに、三つあって、一つはこのリベットをいくつか譲ってくれないか、ということなんだ。」 学園の中に、誰か自分を監視している人間がいる、ことをバビル2世は気づいていた。 今は監視だけだが、可能性としては今後自分に対して攻撃を仕掛けてくる可能性もある。 そのときに超能力をできるだけ使わずに済む武器が必要だ、と考えていた。 奇しくもルイズが自分に武器を買ってやろう、と連れてきた。ならばこの機会を逃す手はない。 「は、はいかしこまりました。こんなものでよければどうぞどうぞ。」 じゃらっと籠一杯のリベットを差し出す店主。鎧の各部をつなぎとめるために使っているのだろう。 つまり鎧の注文があるに違いない。ということは、この店主、見かけと性格はあれだが、腕のいい職人である可能性が高い。 「二つ目は、今後このリベットが必要になったときにそなえて、ある程度の数を用意しておいて欲しいんだ。そのとき…」 リベットを握り、指と掌で粘土のように変形させていく。 その力に再び飛び上がらんばかりに驚く店主。 できたのは椎の実型の、ライフル弾のような形と大きさをした鉄塊。違うのはすでに線状痕が刻まれているということか。 「これと全く同じ大きさで、形にして欲しいんだ。きちんと代金は払う。」 ライフル弾状のものを受け取り、まじまじと見る店主。やはり職人なのだろう、今までの感じが嘘のように消えうせて、 真剣な面持ちで色々な角度からそれを見る。 「………できる、でしょう。これなら、できます。」 頷く店主。やはり思ったとおり腕のいい職人であるらしい。 「最後に。ぼくは一応使い魔だからね。主人の顔を立てなければならない。」 はあ、さようですね、さようでしたね、と忘れていた笑いを思い出したように笑う店主。 「しかし、旦那ほどの方を使い魔にするというのは、あのお嬢様はどのようなお方で?」 「ひょっとしたら、将来歴史に名を残すかもしれないよ。」 「では名前を覚えておかなければなりませんね」と店主が応える。だいぶ調子が戻ってきたようだ。 「それで適当な剣をみつくろってくれないか?リベットの代金はそれに入れておいてくれて構わないから。」 承知しました、と言って在庫の山を掻き分けだす。 やがて奥から古びたボロボロの剣を引き抜いてくる。 ふーっとほこりを吹き飛ばすと、下からそれなりの鞘が姿を現した。 「金貨60程度の代物ですが、旦那ほどの力があれば剣はあまり関係ないでしょう?リベットとあわせて80でいかがですか?」 心を読むが、どうやら値段については嘘をついていないようだ。 「いや、100で構わないよ。ついでに言うと、売るときははじめに多少高く言ってくれるかな?」 ははは、と笑って、かしこまりましたと応える店主。 「旦那は商売のコツってのを多少はわかってらっしゃるようだ。」 ルイズに見せると、ぼろさに最初は拒否感を示していたが、 「200のところをお客様のことですから特別に半額でお譲りいたします」 という店主の一言と、「まあ、ビッグ・ファイアだし、高いものを買ってあげて頭に乗っても困るからね。」という理由により、 予定通り100エキューで売買成立した。知らぬはルイズばかりなり、という落ちがついたが、それはいい。 「………。」 ルイズが気になったのは、店を出てからのバビル2世の様子であった。 馬に乗る段になっても武器屋の方向をじっと見ている。 「ルイズ、まだ時間に余裕はあるかい?」 「時間?そうね……」 自分の腕前なら3時間はかかるが、ビッグ・ファイアなら2時間足らずでついた。 単純に考えて1時間の余裕がある。 「まあ、30分ほどならいいわよ。何か用事?」 「ええ。」 チラッと武器屋から出た2つの人影を見て、 「ちょっとお腹の調子が思わしくないので。」 ルイズがああと納得する。 そういえば自分も。大きいほうはともかく、小さいほうは馬上で漏らしでもすればたまらない。 「わ、わかったわ。じゃあ30分待ってあげるわ。わたしもさっき途中で気になった商品があったし。」 「まったく、レディの前ではしたないわね」と言ってそそくさと消えていくルイズ。途中何度も振り返り、 「あくまで気になった商品があっただけよ!わかってるわね!」 と主張する。 「さて。」 ルイズが消えたのを見計らって、人影のいたほうを見る。 視界に青と赤の色の髪が飛び込んだ。 「あら?」 剣を手にしたキュルケがルイズが離れていくのを見て、 「おかしいわね。何かあったのかしら」 独り言を呟く、のではなくあくまで横にいる無口な少女、つまりタバサに話しかけているのである。 「……ご不浄」 ああ、とキュルケが納得したように手を打つ。 「ふふん、じゃあこの間にダーリンにこの剣をプレゼントしちゃおうかしら。」 先ほどのシュペー卿の傑作という触れ込みの剣だ。まあ、これは店主を攻められない。商売人とはそういうものだからだ。 「あんなヴァリエールが買ったようなボロボロの剣よりもアタシのほうを選ぶに決まってるわよねって、あら?」 気がつくと消えていたバビル2世に気づく。 「ねえ、タバサ。ダーリンはどこに行ったの?」 「………。」 ふるふると首を横に振る。 「知らない。ただ……」 「ただ?」 「私たちは気づかれていた。」 「え?」 意外な返事に目をぱちぱちさせる。これだけ人がいる中から、2人を見つけ出すことなど不可能ではないだろうか。 それをしたというのか。 「あ、でも心が読めるものね。アタシの熱い情熱を感じてもおかしくないわよね。」 「………。」 違うだろう、とタバサは感じていた。 あの感じは心を読んだとかそういうものではない。 この場にいる人間全ての動きが頭に入っており、その中から特異な行動をしている2人を選びぬいた。そんな感じであった。 「心が読めることと、きみたち2人を見つけたことは関係ない。」 声のしたほうに振り返る二人。 バビル2世がいつのまにか背後に立っていたのだ。 「あら、ダーリン。」 両腕を広げて抱きつくキュルケ。淡々とそれを見ているタバサ。 「奇遇ね。やっぱりこれって愛の力だと思わない?二人の間には運命の赤い糸があるのよ。」 「………違う。」 タバサが冷静に突っ込む。そして、 「………いつから…?」 いつから気づいていたのか、と問う。少なくとも自分の尾行は完璧だったはずだ。 この歳で「死ぬことを前提とした」任務に借り出され、酷使され、汚れ仕事を引き受けてきた。 だからこそ自信はあった。いくら優れていてもよもやほぼ同年代には気づかれないだろうという自信が。 だがひょっとすると、彼は、ビッグ・ファイアは、自分の想像以上の存在ではないかという疑念もあった。 そしてその疑念は的中した。 ならばあとはそのキャパシティを知ることだ。 まともに答えない可能性もある。だが、妙なことだがタバサはビッグ・ファイアが嘘をつかないだろうと信用していた。 信用、それはタバサにとっては縁遠いものであった。せいぜい、キュルケにたいして心を許している程度だ。 それをまだほとんど付き合いのない相手に抱いていることに、自分でも不思議だった。 「来る途中、竜に二人が乗っているところだ。」 「そんなところから!?」 キュルケが唖然とする。高度2リーグ以上の高空を飛んでいたのだ。そんなところにいる人間を識別できる人間がいるはずがない。 「……証拠は?」 当然タバサも疑問に思ったのだろう。 「タバサが前で、キュルケが後ろに乗っていた。」 平然とバビル2世が答える。 「それにタバサは一度使い魔に指示するために頭のほうへ移動した。」 「………正解」 「ダーリン……すっご~い!」 バビル2世をぎゅっと抱きしめる。困惑した表情でバビル2世は固まる。 「でも、不十分」 その通りだ。使い魔は竜なのだ。タバサが前に出るのは予想できることだ。同じく指示するために頭を寄せることも予想できる。 だからこそさらに確実な証拠が欲しかった。 「ふむ。」 キュルケを手で制し、離れさせるバビル2世。意外に素直にキュルケが従い、腕を離して離れる。 「なら、これは言うべきか迷ったんだが。」 ポリポリと指で頬をかくバビル2世。 「途中で3回ほど、キュルケの胸が当たって、うらやましげに後ろを見てなかったかい?」 「……正解」 ちょっと悲しい正答であった。 前へ / トップへ / 次へ
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/837.html
ガリアの首都リュティスから500リーグほど南東に下った山間に、サビエラという村がある。 人口三百数十人。特産物も名物もなにもない、どこにでもある田舎の寒村である。 この村に吸血鬼騒ぎが起こったのは、3ヶ月ほど前のことである。12歳になる少女が、森の入り口で死体となって発見された。体中 の血が消えうせ、ミイラか干物のようになっていたのだ。 首筋にあった二つの傷痕から吸血鬼の仕業と判断されたこの事件を解決すべく、ガリア政府は北花壇から1人の騎士を呼んだ。 その名は… 森の中、少女が息を切らして村へと続く道を駆けていた。 「はあ、はあ、はあ」と荒い息が、夕暮れの森に響く 少女は後悔していた。戦力を見誤った。己の中の本能を過小評価しすぎた。 『直感を信じて、逃げていればよかったのだ―――。』 だが今更どうにもならない。 野生において重要なのは、自分と相手の格を理解することだ。多くの生き物がそうやって生きている。 相手が自分よりも強ければ逃げ出す。弱ければ戦う。互角ならば手を引いて、無駄な争いを避ける。 それは大自然の掟だ。破るものがいれば、容赦なく罰が降りかかる。 「だからくれぐれも、我々はその掟を破ってはならない。」 死に別れた両親の言葉を思い出す。両親は自分の目の前でメイジに焼き殺された。思えば、逃げなかったのはメイジに対する憎しみ があったからかもしれない。憎しみが、逃げるべきだという本能を無視させた。戦力を測る目を曇らせた。 その報いが、今、自分に帰ってこようとしていた。 途中までは上手く行っていたのだ。派遣されて来た騎士を、上手い具合に森の中へ誘い出した。ここで隙を見て杖を奪い取り、 無力化したメイジからゆっくり血を吸い取ればいい。 そして作戦は成功した。騎士は杖を手から離し、無防備に自分へと背中を向けていた。ああ、それなのに――― ヒュインッ と、飛んできた何かが少女の足元へ突き刺さる。その途端、少女は両足が硬直し、もんどり打って地面に倒れこんだ。 地面に跳んできた何かが刺さっていた。奇妙な形をしたナイフだ。諸刃で、尻尾のように布切れがついている。 それが影に突き刺さっている。ちょうど硬直した足の部分だ。 それを引き抜こうと、身をよじって匍匐前進をする。足の部分はピクリとも動かない。 そしてもう少しでナイフに手が届こうというとき、伸ばした腕に剣が突き刺さった。 「ぎゃあー!」 外見からは信じられない、獣のような叫び声。開いた口からは牙が2本覗いている。 「どうした。ご大層なことを言っていたわりには、ずいぶん無様な姿ではないか。」 凍りつくような冷たい声。その声に、思わず少女は後ずさる。 「な、なに?なにをしたの?なぜ足が動かないの?」 この騎士は、メイジではないというのだろうか。杖を取り上げても、意に介することなく魔法を使ってくる。 獲物を手に入れ浮かれていた自分へ、騎士は容赦なく攻撃を行ってきた。皮膚を焼かれ、肉を刻まれ、骨を砕かれた。吸血鬼でな ければとうの昔に絶命していてもおかしくない。いや、隙を見て逃げ出したもののこのままでは遅かれ早かれ死ぬことは間違いない。 「魔法?あなたも先住魔法が使えるの?わたしたちの仲間なの?なら助けて。わたしは人間しか襲わない。」 必死に懇願する少女。杖を持たず、さまざまな魔法を使う騎士が歩を止めた。 奇妙な服を着た男だ。全身黒尽くめで、片刃の杖を背負っている。いや、杖ではなく剣だ。見たことのない種類の剣であったため、 少女は最初に杖と勘違いをしたのだ。 その男は、真っ赤な仮面をはめていた。そして赤いマフラーをたなびかせていた。 すずしい目がマスクの間から少女を見ている。そんな様子を見て脈ありと判断したのだろう。少女が甘えた声で哀願を続ける。 「お兄ちゃんお願い。助けて。わたしは悪くない。人間の血を吸わなきゃ、生きていけないだけ。どこも違わないんでしょ?」 騎士が頷く。身をかがめ、座り込んだ少女の背丈に頭の位置を合わせた。 「だったらこのまま放っておいて。わたし、別の村へ行く。おにいちゃんに迷惑はかけないから……。お願い!助けて!」 涙を流し、えずきながら少女は騎士を懐柔しようとする。今までも何度か正体がばれたことがあるが、人間は子供の涙に弱い。 泣いてお願いをすれば、おろかにも止めを躊躇する。これまで、その手で何人を返り討ちにしただろうか。 「ああ、いいだろう。」 目論見どおり!騎士は少女の策に嵌った。ちょろいものだ。少女が内心で舌を出す。 だが、次の瞬間―――少女の口から血が吐き出された。 胸に、深々とナイフが突き刺さっていた。心臓を捕らえられている。 「どうして……悪くないのに………どうして……」 躊躇なくナイフを抉る騎士。心臓が完全に破壊された。 「フッフ、さすがの吸血鬼もこうなってはおしまいだ。生きて恥を晒すのも辛いだろう?助けてやるよ。」 ギィィ、とサディスティックな笑みを浮かべる騎士。その瞳が輝きを増す。 騎士が突き刺さった刃を胸から引き抜き、懐にしまいこんだ。立ち上がり、くるりと背を向け歩き出した。 「ひぃぃ……」 少女が叫びにならぬ声を上げる。プルプルと腕を震わせながら、 「枝よ……伸びし森の枝よ…」 呪文を唱え指を振る。狙いは騎士の背中だ。なんとしてでも、一矢を報いなければ…。 木の枝が呻りをあげて騎士に襲い掛かった。 パチン 騎士が軽く剣を抜くと、枝が逆に少女を襲い、その身体をバラバラに引き裂いた。断末魔を唱える暇もなく、瞬間少女は息絶えた。 歩いていた騎士の姿が、ヒュン、とをかき消える。 そして空を、一筋の流星が駆け抜けた。 青い瞳は 謎の人 どんな人だか 知らないが キラリと光る すずしい目 正義のメイジが 雪風だ 風韻竜 きゅっ きゅっ きゅい きゅきゅいっ 雪風は行く ゼロのしもべ外伝 赤雪のタバサ ガリアの首都を睥睨する人工水山塞、梁山泊。 そこから東に3リーグ。かつての王宮、レッドシャーク。季節の花々が咲き乱れることから、別名″薔薇園″とも呼ばれるこの宮殿に は、無数の花壇が存在する。 ガリアでは、この花壇の名前にちなんで騎士団の名前が命名されている。 梁山泊に現ガリア王ジョゼフが集結させた通称、『水滸』は正式には騎士団でなく王直属の近衛部隊という括りであるため、一般に はガリア騎士団とは花壇の名を持つもののことを言う。南薔薇花壇警護騎士団、東百合花壇警護騎士団……。しかし、北側には花壇 が存在しないため、『北』が名につく騎士団は表向き存在しない。 だが、あらゆるものに表と裏が存在するように、この国には裏の騎士団が存在していた。 すなわち北花壇警護騎士団である。 この騎士団で、最近ある問題が持ち上がっていた……。 「サビエラの村の事件は、無事解決いたしました。」 レッドシャークの中、プチ・トロワと呼ばれる薄桃色の小宮殿の中、1人の少女が退屈そうに報告を聞いている。 年のころは17ぐらいだろうか。細い目に、その瞳と同じ青みがかった珍しい髪の色。その色は、少女はガリア王家の血を引いている ということを意味する。 「つまらないわね。」 少女が大あくびをする。瞳が鈍い光で濁り、どことなく見るものに下品な印象を与えてしまう。 少女の名はイザベラ。現王ジョゼフの娘である。 もっとも、最近娘は父ジョゼフの姿を見かけたことはない。ジョゼフは新しく作り上げた山の上の宮殿に篭り、いつの間にか集まった 正体不明の人間たちとこの国の政治をとっているからだ。まるで捨てられるようにイザベラはこの宮殿に押し込まれ、一つの任務を 与えられていた。 ガリア北花壇騎士団団長。それがイザベラに与えられた役職である。 イザベラは父が自分のことを疎んじていることに気づいていた。その原因が、突如現れたヨミという男にあるということも知っていた。 実際は、イザベラがヨミに気づいたために厄介払いをさせられたのである。ヨミは自分の力が回復しないうちにバビル2世が現れた ときのため、なるべく自分の存在を秘密にさせていた。ジョゼフはその意を汲んでヨミのことが世間に露呈せぬよう、ごく一部のものに だけ存在を明かし、世話をさせていた。 しかし、娘であるイザベラがそんな様子を不審に思い、ヨミのいる部屋を覗いてしまう。父王はいっそ娘イザベラを始末してしまおう とさえ考えた。しかし、 「殺すには及ばぬだろう。よく言い含めて、外に出ずにすむ役職につかせてやればいい。」 というヨミの言葉によって、考えを改め娘を公には存在せぬ騎士団の長にすげたのである。 つまりイザベラは九死に一生を得たことになる。しかしイザベラはそんなことなど露として知らない。 イザベラは「自分に魔法力がないからこんな役職に追いやられた」と考えていた。魔法国家であるガリアでは、魔法の実力が地位 を左右する。それはある意味でトリステインやアルビオン以上に苛烈なものである。 イザベラには残念ながら魔法の才能が欠けている。そのことが彼女の性格を歪めてしまった原因であった。彼女を幼くから知る人間 は、決まって「昔はああではなかった」と答える。そのことが、ある少女に艱難辛苦を与えているのだが…… 「殿下。問題が解決したのはいいのですが……ひとつ問題があがっておりまして」 騎士らしき男が、恐縮して報告を続ける。しかし、イザベラは聞いているのかいないのか、再び大あくびをする。 「今回派遣した騎士、国王直属の部隊『水滸』から派遣されているのですが……」 イザベラが報告にあきて、次女を呼ぶべく鈴を鳴らした。 「派遣されたのにはひとつ問題があるのです。」 侍女が慌てて広間に入ってきた。報告が続いているのを見て、一瞬どうすべきかと固まるが、しょうがなくイザベラの傍に近づく。 「お、お呼びでございますか、殿下。」 「退屈よ。」 今まさに政務中であるというのに平然と言い放つイザベラ。侍女はどう続けるものかと迷っている。 「問題というのは、この男……自分の上司との決闘を申し込んでいるのです。」 「決闘?」 イザベラがようやく報告に興味を示す。顔を向けて騎士に向き直る。 「はい。自分のほうがその上司よりも実力は上である、それを証明したい。として何度も願い出があったようです。しかし決闘は認め られず、上司を闇討ちにする暴挙に出ております。」 「ふーん。それで。」イザベラの目が輝きだす。かなり興味をそそられているようだ。 「偶然、他のものが通りかかりことなきを得ました。ですがこのままでは放置しておくわけにもいかず、しばらくの間北花壇騎士団へと やっかい払いされたのです。そこで先日、サビエラに派遣いたしましたところ…」 報告書を改めてイザベラに渡す。イザベラはぱらぱらとその報告書をめくる。 「結果、吸血鬼をあっという間に退治してしまいました。ところが……再び決闘願を提出してきたのです。」 懐から手紙らしいものを取り出す騎士。表に大きく、「決闘願」と書かれている。 「本人の言いぶんでは、所属が違うのだから決闘をしても差し支えはないだろうとのことです。しかし、有能な部下を2名も失うのは 忍びがたく……できれば団長命令をもって停止させていただきたいと。」 「おもしろいじゃないの。」 イザベラの顔が大きく歪む。 人間は、笑みにその本性が出るという。明るい人間は朗らかに笑い、冷たい人間は酷薄な笑みを浮かべる。 そしてイザベラの笑いは、凶悪、それに尽きた。 「いいわ、認めなさい。ちょうどいい退屈しのぎになるわ。」 「だ、団長……ッ」 泣きそうな顔になる騎士。溺れるものはわらをも掴む。最後の希望で頼ったものの、あっさり拒絶され腰が砕けそうになったのだ。 「でも、一つ条件があるわ。ちょっと、あのガーゴイルはまだこないの?」 年長の侍女が首を振った。 「シャルロット様は、まだお見えになっておりません。」 「ただの人形よ。“ガーゴイル”で充分。」 その言葉を聞き、なきそうだった騎士が青ざめる。 「ま、まさか……殿下……。」 「ええ。そのまさかよ。」 イザベラが立ち上がり、報告書に書かれた名前を確認して言い放つ。 「その赤影とやらに命令しなさい。あのガーゴイルと決闘をして首をもってこい、と。その首が決闘の許可書だとね。」
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/190.html
前へ / トップへ / 次へ 14話 トリステイン魔法学院は大混乱に陥っていた。 フーケが巨大化して分裂して完全武装集団になり略奪したというのはまだいいほうで、カクカク移動して至近距離で話しかけてくる 4人組がさいごのかぎというマジックアイテムで開けて無許可で持ち出しただとか、空に浮かぶ雲まで盗むという元公儀お庭番・伝 説の盗賊『雲盗り暫平』が盗んだであるとか、オーバーマン『ジンバ』が盗んだであるとか、噂が噂を呼んでどれが真実であるか全 く判断できぬというありさまであった。 さらにはそこに「幽霊を見た」「大塩平八郎が挙兵して大阪大炎上」「黒船に乗ってペリーが来た」「沈黙のコックが歩いていた」 「白面のものを見た」「身体が溶ける黒豹を見た」「沙耶かわいいよ沙耶」だのいうわけのわからぬ虚言妄言が飛び交い、現場はど んどん収拾がつかなくなっていっていた。 急遽収集された教師が揃っても混乱は収まらず、乳を揉まれるものや尻を触られるもの太股を舐められるもの襲われるものと、輪を かけて散々であった。というかこれは全部同一人物の仕業である。 しれっとした表情で、曖昧から覚醒し場を仕切るオールド・オスマンその人である。 彼の「とにかく実際に犯行を目撃した人間を呼んで来い!」という鶴の一声で、ルイズはじめキュルケ、タバサの3名が召喚された。 もっともバビル2世もいたのだが、使い魔ということで数には入れられていない。 「ふむ……、君たちか。」 興味深そうに、オスマンはバビル2世を見つめた。とても先ほどまで曖昧だったとは思えない。そんな老人にじろじろ見られ、バビ ル2世は困惑していた。困惑というか、迷惑であった。 『なぜぼくをじろじろ見ているのだろう?』 少年愛の気もあるのか!?偉い人は普通じゃ満足できなくなるって言うしなあ、と自衛のために心を読もうとすると、 「詳しく説明したまえ」 と抜群のタイミングで気を外された。 偶然だろうか?偶然でなければ、この老人は只者ではない。 ルイズが進み出て包み隠さず見たままを述べる。 現れたゴーレム。一撃で砕かれた塔。黒尽くめのメイジ。抱えていた何か。痕跡を残さず逃げたこと。 どよどよと教師がざわめく。それは盗みという行為にではなく、あの強固な魔法をかけた宝物庫の外壁を苦もなく破壊するようなゴーレ ムを操るメイジに対してのざわめきである。メイジであるからこそのざわめき、と言い換えてもよい。 「後を追おうにも、手がかりはナシというわけか…」 それからオスマンは気づいたようにコルベールに尋ねた。 「ときにミス・ロングビルはどうしたね?」 「それがその…、朝から姿が見えませんで」 「この非常時にどこへ行ったのじゃ?」 「どこなんでしょ?」 もっともオスマン以外のその場にいた人間は皆、あんたのセクハラから逃げるためにばっくれてんじゃないの?と思っていた。 正確には結構な人間がすでにいないことに気づいていたが不憫に思ってあえて触れていなかったのだ。 むしろ空気を読めジジイとさえ思っている人間すら居た。 そこに、まるで舞台袖で順番待ちをしていた若手漫才師のように、当のロング・ビルが現れた。 「ミス・ロングビル!どこに行ってたんですか!大変ですぞ!事件ですぞ!」 興奮した調子でまくし立てるコルベール。しかしロングビルは落ち着き払い、オスマンにこう告げた。 「遅れて申し訳ありません。急いで逃亡した土くれのフーケの調査をしていましたもので」 おお、とどよめく一同。 「仕事が早いの、ミス・ロングビル。」 「昼、突然ゴーレムが現れて宝物庫を破壊して悠々と逃げていくじゃありませんか。これはおそらく何者かが宝物庫から 何かを盗んだのと判断しまして、すぐに調査を開始しました。そして帰ってきてどうやら賊は土くれのフーケらしいと知ったのです。」 「で、結果は?」促すコルベール。声が裏返りそうだ。 「はい、フーケの居所が解りました」 「「「な、なんだってー!?」」」 並んで座る3人の教師が素っ頓狂な声を上げて驚く。ちなみに名前は…言う必要はないだろう。イニシャルはN、I、Tである。 「誰に聞いたんじゃね? ミス・ロングビル」 「はい。近在の農民に聞き込んだところ、近くの森の廃屋に入っていった黒ずくめのローブの男を見たそうです。恐らく彼はフーケで 廃屋はフーケの隠れ家ではないかと。」 ルイズが叫んだ。 「黒ずくめのローブ? それはフーケです! 間違いありません。」 オスマンが目を鋭くして、ロングビルに問うた。 「そこは近いのかね?」 「はい。徒歩で半日。馬で四時間といったところでしょうか」 「すぐに王宮に報告しましょう!」 コルベールが叫ぶ。それにオスマンが首を横に振ろうとしたところで…… 「待ってください。」 と、バビル2世が手を挙げた。テレパシーと声を併用した、思わず振り返るような声であった。 「なにかの?」 と首を横に振りかけたオスマンが止まり、尋ねる。教師たちもバビル2世がおまけでついてきているということを忘れているようだ。 「先ほどから皆さんの意見を伺っていると、どうもフーケが単独犯だという前提で話を進められているように思うのですが。 もしも複数犯であったとしたらどうされるのでしょうか?」 あっと息を呑む一同。 「た、たしかに……」 「男か女かもわかっていない上、顔を隠しているのだ。入れ替わっていても見分けはつかない…」 「おまけに今までの犯行は、あるときは白昼堂々押し入ったり、またあるときはひそかに盗み出したりと一環性がないと言えばない。」 「もし、複数人がチームを組んで行っているとすれば、そのチームのカラーが犯行内容に影響を与えているとも考えられる。」 「ゴーレムにしてもそうだ。我々はヴァリエール嬢の証言を鵜呑みにし、上に乗っていた黒ローブこそがフーケだと考えていたが、 それは囮であり、ゴーレムの術者自体は別にいて、盗む人間と破壊する人間というように役割分担をしていたとも考えられる。」 「そして複数ならば、学院に潜入して何食わぬ顔で情報を収集できる。その後実行犯が行動に移ればよいのだからな。」 「となりますと……」ロングビルが続ける。 「わたくしが手に入れた情報も怪しくなりますわね?」 ロングビル、すなわちフーケは内心ほくそ笑んでいた。会議はあの少年のおかげで思わぬ方向に転がっている。 このまま複数犯説が通れば逆に警戒を突破しやすくなる。突破すれば気づいたところで後の祭りだ。 ただ、心残りはあの少年である。バビル2世、とあの白仮面は呼んでいたが、いったい何者なのだろうか? 最後のボーナスは儲けそこなったが元々金はそんなに目的としていない。破壊の杖を手に入れただけでよしとしよう。 ほくそ笑むフーケは気づいていなかった。バビル2世の瞳が、燃えるように光っていたことに。 「その通りじゃな。近在の農民とやらがフーケ一味でないとは言い切れぬ。情報かく乱の可能性が高い。我々がそちらへ捜索隊を送 りでもすれば逆方向から逃げられかねん。」 「もう一つ、憂慮すべきことがあります。」 「なんじゃね?」 素直にバビル2世の言葉に反応するオスマン。他の教師も誰一人として「使い魔のくせに口を出すな」などと言わない。 バビル2世が使い魔であるということなど皆忘れてしまったかのようであった。 「フーケが、本当にただの盗賊なのか――ということです。」 「な、なんじゃと!?」 素っ頓狂な声を上げるオスマン。全く想像していなかった台詞だったのだろう。他の教師も、ルイズやキュルケもざわざわと声をあげ る。 それを制し、今度は落ち着いた声で問うオスマン。 「どういうことじゃな?」 「フーケの行動が、盗賊としてはあまりに腑に落ちない点があるということです。最後に挑戦的なメッセージを残していくのもそうで すが、ゴーレムを使うことといい、まるで世間に自分を誇示しているような…。もっと言えばわざと世間の注目を集めようとしている ような感じがするのです。盗賊にとって、目立つということにメリットなどないでしょう。掴まえてくれと言っているようなもので す。」 ジッとバビル2世を見ているフーケ。こいつ、いったい何が言いたいのだ。 「逆に言えば、そうやって目立つということにメリットがあるということです。」 「うむ、そうとも考えられるの。では、そのメリットとは?」 「それについては、まず僕の質問に答えていただきたいんですが。オスマン院長、小耳に挟んだことですが、アンエリッタ姫殿下が この学院に行幸されるというのは本当でしょうか?」 うっ、と息を呑むオスマン。なぜそのことを知っているのだ!? 「……たしかに、まだ予定も予定だが、ゲルマニアご訪問の岐路、光栄にも我が学院を見学されたい、という姫殿下の意思がある と、内密にだが宮内庁から話があった。まあ、未定も未定、どうなるかまあったく、さあっぱりわかっていない、というやつじゃな。 うわっはっはっはっはっはっ。まあ、もし本決まりになれば、大変名誉なことじゃ。学院の全精力をもってこれに当たらねばならんだ ろう。」 豪快に笑ってごまかしながら、オスマンは激しい衝撃を受けていた。この話は朝早く、顔見知りのメイジからこっそり打診があった ことで知るものはオスマンのほか数名もいない。そんな話をいつのまに得ていたのか。これもガンダールヴの力だというのか。 ざわつきどよめく教師たち。当然だろう、まだ仮の仮段階とはいえ、この国の姫が来訪するかもしれないのだ。浮き足立つなと言う ほうが無理である。ある意味でフーケの件よりもショックは大きい。 そしてその中でひときわ大きなショックを受けている少女がいた。 ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールであった。 姫様が来るんだ。姫様が、姫様が……。浮かんでは消える懐かしい思い出と、姫様の顔。 もはや他のことなど完全に頭から飛んでしまっていた。フーケのことなど消えて片隅にもない。 全員が正気に戻されたのはオスマンの咳払いと、「この件は超極秘事項なので、他言は無用。誰かにしゃべると厳罰処分じゃ。」 という一言であった。 「―――で、それがどうしたというのじゃな?フーケとなんの関係が?」 「わかりませんか?もしぼくがフーケならば、この機会に間違いなく暗殺を企みます。」 思わず立ち上がるオスマン。椅子から転げ落ちそうなショックを受けている教師多数。ルイズに至っては……腰が抜けていた。 「考えてもみてください。フーケはわざと目立つ行動をとっている。警察や軍隊は威信にかけてもフーケを捕まえようとするでしょう。 となればフーケ捜索や逮捕のために人員を割く必要が出てきます。その分、王族への警備は薄くなります。」 真っ青になっている教師が数名。神に祈るような格好をしている教師が数名。キュルケは……いつもに似合わず神妙にしていた。 「仮に複数犯だとすれば、さらに犯行は容易になるでしょう。窃盗で目を引くチームと、暗殺チームに分かれておけばいいのです。 暗殺決行日前後に派手に暴れまわればそちらに嫌でも人間の目が向きます。その隙を突いて暗殺をする……。」 呆然と宙を見つめる教師がいる。タバサは……暗殺、という言葉に思うところがあるのか、いつにない表情をしていた。 「ひょっとすればフーケ一味の窃盗は全て今回の破壊の杖を盗むためにあったのかもしれません。破壊の杖だけを盗めばそれを 使って暗殺や大規模テロを企んでいるのではないかと怪しまれるでしょう。 しかし、マジックアイテム狙いの盗賊という印象を世間に植えつけておけばよもや暗殺こそが真の目的であるとは誰も行き当た らないはず。 そう考えて今までの犯行をしていたとすれば恐るべき知能犯であると同時に、背後に大規模な組織が控えている可能性も指摘で きます。」 「なんというやつらだ…」「カモフラージュのためにそこまでやるか」「お、恐ろしい…」という声が沸きあがる。 顔から血の気が完全に引き、土気色になったオスマンが苦しげに呟く。 「我が学院から盗まれたマジックアイテムで暗殺などされては、教員はおろか生徒すら存在が抹消されるかも知れん…」 場の空気が凍りつく。 「なんとしても破壊の杖を取り戻さねば!」 「いや、フーケ一味の誰か一人でもを捕らえて、拷問にかけ全貌を白状させるべきです!」 「なにはともあれ王宮に連絡を!」 怒号にも似た声が飛び交う中、フーケ本人は……半分死んでいた。 なぜ気づいたらこんなことに。いつのまにかただの盗賊が王族暗殺を画策するテロ組織の一員にされ、国家の大重犯罪人にされて しまっているじゃないか。 自分は暗殺などノミの足の先ほども企んだことがないのに、今にも縛り首が当然な扱い。 なんて理不尽なんだ。いや縛り首ですめばいいほうだ。この勢いだとのこぎり首にされてもおかしくない。それも拷問にかけられ たあげくのことだ。 ああ、今すぐフーケはそんな大物じゃないですあくまでけちな小物の盗人に過ぎませんよ、と言ってやりたい。 しかしそんなことを言えば「……ング…」どうしてそんなことが言えるんだどうしてわ「……ロ…グビ……」かるんだと言われて即 座にフーケとばれ「るだろうそうなったらあっとい「…ス…ロ…グビ……?」うまに捕まって弁解などで「ミス…ング…ル!…」 きずに拷問の末無理矢理白状させられて殺されるんだろう嫌だ死ぬのは嫌だ死ぬのは嫌だ考えなければいけない考えるんだ 目で考える耳で考える鼻で考えるってこれは餓狼伝じゃないかなにをやっているんだ私は落ち着け落ち着くんだ落ち着かない といけ 「ミス・ロングビル!?」 「ああ、はい!丹波文七が脱糞しました!!」「な、何を言ってるんだ!?大丈夫ですか?ずいぶん苦しそうだっでしたが…」 フーケことロングビルが気づくと、全員の視線が集中してきていた。コルベールなど心配そうに下から覗き込んでいる。 「ずいぶん苦しそうでしたが、大丈夫ですか?」 「は、はい……あまりの事態に気が動転して……なんという恐ろしいことでしょう。」 よよよ、と崩れ落ちるロングビル。他人事ではなく恐ろしい。 コルベールがここぞとばかり近寄り、「大丈夫です!暗殺犯はかならず捕らえて見せます!」と息巻く。いや、捕まってしまうほう が恐ろしくてたまらない。 捕まえて欲しくない。つーか暗殺犯って、まだ何もして無いのにすでに実行したことになっているのはどういうことだ。 このハゲが、死ね!死んであの世でわび続けろ!毛を毟ってやろうかハゲ田ハゲ蔵が! 「……それで、ビッグ・ファイアくんと言ったね。きみはどうすべきだと思うかね。」 糞ジジイがこの現状の元凶に問いかけている。もうしゃべるな!というかしゃべらないでください!おねがい、何も言わないで! 「そうですね。フーケが学院内部に潜入していると仮定すれば、生徒や職員、教員の中に潜んでいる可能性が高いでしょう。」 ギョッとお互いの顔を見合わせる。フーケは泣きたくなった。 「ですから、この学園の内部を徹底的に洗いなおすことが先決ではないかと。それに、ぼくはフーケなら破壊の杖を学院内に隠す でしょう。警戒の目がなくなって悠々と運び出せばよいのですから。それにターゲットがやってくるかもしれない。 学院内はせまい通路もありますから、警備の数はさらに限定されます。持ち込む必要がなく事前に隠せる、さらに暗殺しやすい。 ならば逆に持ち出す前に破壊の杖を見つけ出し、その上で王宮にこのことを連絡すべきでしょう。」 「破壊の杖捜索は常に数名が固まって行うべきでしょうな。」 「それなら万一フーケが混ざっていても対処できるだろう。それで行こう。」 「王宮への使いはどうする?」 「定期連絡に伝えればよかろう。」 わいわいと今後の対策が練られていく。フーケは右から左に、上の空である。 「ところで――近くの森の廃屋とやらはどうする?」 誰かが思い出し呟いた。 全員が一斉にバビル2世を見る。促されるように、 「最少人数で偵察に行ってはどうでしょう?かならずしも欺瞞とは限らないですから。」 「誰か立候補は?我と思うものは杖を……と言うても、誰がフーケ一味かわからぬ現時点では、下手に外に出して杖を持ち出され でもすれば一大事…。ここは一つ、諸君に頼まれてくれるかの?」 オスマンが立ち上がり、ルイズたちの元へ寄って肩をたたく。 「で、ですが…その3名は生徒―――」 「じゃが事件発生時に学院外にいて、かつ事件を目撃というアリバイがあるのはこの3名のみ。心配ならば誰かが補佐についてい けばよい。その上、ミス・タバサは若くしてシュヴァリエの称号を持つ騎士だと聞いているが?」 タバサは返事もせずにぼけっと突っ立っている。 教師達は驚いたようにタバサを見つめた。 「本当なの?タバサ」 キュルケも驚いている。爵位としては最下級であるが、タバサの年で与えられたというのはただごとではない。おまけにシュヴァリ エは他の爵位と異なり、純粋な業績に対してのみ与えられる、いわば実力の称号なのだ。 「ミス・ツェルプストーはゲルマニアの優秀な軍人を数多く輩出した家系の出で、彼女自身の炎の魔法も、かなり強力と聞いてい るが?」 キュルケは得意げに髪をかき上げた。 さて次はルイズが自分の番だとばかりにかわいらしく胸を張る。オスマンは必死に褒める場所を探した。 こほん、と咳払いをし、目を合わさず、 「その……、ミス・ヴァリエールは数々の優秀なメイジを輩出したヴァリエール公爵家の息女で、その、うむ、なんだ、将来有望な メイジと聞いておる。 しかもその使い魔は!」 ここではたと気がつき、固まった。この会議を実質振り回し、決定してきたのは他でもないこの使い魔ではないか。 本当にガンダールヴなのだろうか?むしろ孔明の間違いじゃないのか? 「…もはやなにもいうことはなかろう。諸君らも納得だと思うが。」 頷く一同。異論を唱えるものなどいなかった。一名を除いて。 「お待ちください、オールド・オスマン!」 ロングビルが立ち上がって叫んだ。 「ならば私が補佐として行きましょう。最初にこの話を持ってきたのは私です。最後まで責任を果たす必要があります!」 こうなってはあの小屋に隠してある破壊の杖をどうにかしなければ。ただ消滅させては延々捜査は続き気の休まる暇もないだろう。 ここは元に戻すのが最善策。どうせフーケ一味など存在しないのだ。自分は逃げられるに決まっている。 それに……。フーケはバビル2世を睨む。 あの男のせいでちびりそうになってしまったのだ。このお礼は必ずしてやる。そうだ、あの小屋に誘い込んでヴァリエールともども 踏み潰してやれば良い。他の二人はかわいそうだが道連れだ。シュヴァリエだというがビッグ・ゴールドに勝てるはずがない。 私をここまで怖がらせた罰だ。散々苦しんで死ぬが良い。 すっかり悪役な思考を放つようになったロングビルことフーケを、バビル2世は黙って見つめていた。 前へ / トップへ / 次へ
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/922.html
9話 翌日。 お日様も充分高くなって後、全員で湖に向かうと水の精霊はすでに準備万端で待ち構えていた。 というか朝からそこにいたりした。吉田照美が裸足で逃げ出すぐらいやる気満々だ。 「遅かったな。単なるものよ。」 遅くねーよ!、と全員が心の中で同時に突っ込む。約束の時間よりもまだ1時間も早いのだ。水の精霊の機嫌を損ねては一大事 なので誰も口に出さないだけである。 「水の精霊よ。もうあなたを襲うものはいなくなったわ。」 「ご苦労。まだなのか、我が愛しい方は?」 襲撃者が二の次になっている水の精霊。自分の身体の一部なのにいいのだろうか? 「慌てるな。」 バビル2世が一歩前に出た。 「もう、来ている。」 その宣告と同時に、巨大な鉄の巨人が姿を現した。体長およそ30メイル。堂々たる体躯の、巨人であった。それが、膝までしかない 水路から姿を現した。三つのしもべの一つ、海のしもべポセイドンだ。 「おお、愛しき方よ。」 水の精霊の声が弾み、女のものになる。表情に甘えが混じり、しぐさがいちいち色っぽくなる。 「いったいどこへ行かれていたのですか。我がなにか粗相をしでかしたというのでしょうか。」 憂いを帯びた声。上目遣い。精一杯ポセイドンに媚を売る水の精霊。 だがポセイドンは微動だにしない。大地を両足でしっかりと踏みしめたまま、悠然と水の精霊を見下ろしている。 「あいかわらずクールでストイックでございますね、我が愛しき方。」 あばたもえくぼ、という言葉がある。惚れた人間のあらゆる部分を、好意的に見てしまうという意味のことわざだ。別にポセイドンは クールでストイックなわけではない。ロボットなだけである。会話機能なく、意思疎通は目の光を点滅させた、発光サインで行うのが 普通だ。それもバビル2世や他のしもべ、バビルの塔ぐらいしか理解できるものはいない。 そのときも、チカチカと目が明滅をした。モールス信号とは違う独自の発光サインでバビル2世にこう語りかけた。 『ご主人様、無事到着いたしました―周囲に敵影なし―』 信号を読み取りポセイドンに以上がないことを確認したバビル2世の横で、水の精霊が歓喜の声を上げた。 「おお、我が愛しき方。また会えて嬉しいと。そのように言うて下さるとは。嬉しく思います。」 通じていない気がするのは気のせいだろうか。 「ポセイドン。この精霊との関係を教えてくれるか?」 ポセイドンはバビル2世の問いにすぐさま答え、目を明滅させる。 『問いに含まれる情報が不十分―バビル2世の横にいる生物は、この湖に生息する知的生命体の一種―構成成分H2O 99%―その 他元素 0.5%―周囲を遊泳しているところを何度か確認―記録情報は以上―』 「いま、愛しき方からも説明があったが。つまり我と愛しき方は、愛を誓い合った仲じゃ。」 ぜんぜん違う気がするのは気のせいだろうか。 「ポセイドン。なら質問方法を変えよう。この精霊と、ポセイドンとの恋愛における関係状態を知りたい。」 チカチカとさらに点滅が行われる。 『関係状態―無関係―』 「愛しい方…そのようなことをはっきりおっしゃるとは、恥ずかしゅうございます…。たしかに我は永遠の愛を誓いましたが、愛の軌跡 をそこまで赤裸々に語られては……いやん♥」 似合わぬ言葉を吐いて身悶えする水の精霊。そんなことを言っていないような気がするのだが。 「水の精霊の愛しい方って、ビッグ・ファイアのしもべだったの?」 我にかえったルイズがようやく声を上げた。 「なんで使い魔が、こんなすごい使い魔を2匹も持ってるのよっ!あのゼロのルイズの使い魔でしょ!?エルフってそういうものなの?」 まだエルフだという噂は根強いらしい。どこにそれを信用する材料があるのだろうか。 「おお!すごいゴーレムじゃないか、これは!ぜひコルベール先生発明のえれきてるを装着させたいな!」 驚嘆の声をあげるギーシュ。えれきてる、とは先日ギーシュがルイズに説明した発電装置というか、モーターのことである。もっと すごい動力でポセイドンは動いているのだが。 「2人ともお熱いのね。微熱の二つ名を持つアタシが、中てられちゃいそう……」 なまめかしい視線をバビル2世に送るキュルケ。あくまでルイズをからかうことが目的の挑発だ。 タバサはいつものように本を読んでいる。稗田礼二郎なる人物が作者の、「花咲爺論序説」である。小脇には宗像伝奇なる人物の 「白鳥処女説話」という論文が。おまけに室井恭蘭の「妖魅本草録」まである。どこで入手したんだ!? セルバンテスはポセイドンと水の精霊を見比べつつ、己のあごを撫でている。 まるでポセイドンが何を言っているのか理解しているかのように、苦笑いを浮かべている。 「さて。とにかく、あなたのいう愛しい方とは、ポセイドンでいいんですね?ならば約束どおり身体の一部をいただきましょう。」 水の精霊はバビル2世には見向きもせず、身体の一部を水滴にして飛ばしてきた。それを慌てて持ってきていたビンで受け止める。 「これで約束は果たしたことになる。さあ、湖の水位を戻してもらおう。」 「わかった、単なるものよ。水の高さを下げておこう。」 ものすごーくぞんざいに言う水の精霊。今話しかけるな、と言わんがばかりである。 「さて材料も手に入れたし、帰ろうか、みんな。」 ポセイドンに合図をすると、ポセイドンがそれに従い動き出す。湖から飛び出たロプロスが、岸に腹ばいになってうずくまる。そこを 目指してぞろぞろ移動を始めるバビル2世たち。 「すこし!少し待て、単なるものよ!」 慌てて水の精霊がバビル2世を呼び止める。 振り返ると焦りと怒りと悲しみと困惑で顔がごちゃごちゃになった水の精霊が、あたふたとポセイドンとバビル2世立ちの間を往復 していた。 「い、愛しい方が!愛しい方がまたどこかへ行ってしまうではないか!ああ、お待ちください!単なるものよ、愛しい方に何をした! 愛しい方、我はあなたをこうまで思っているのに!単なるもの!」 ポセイドンとバビル2世に同時に話しかけているので話がごちゃごちゃである。 しょうがなく、ポセイドンと自分との関係を簡単に説明してやるバビル2世。ポセイドンが忠実なしもべであること。バビル2世の身を 守るため、常に周囲にいて身を潜めていること。水の精霊に好悪の感情を持っていないこと。うむうむ、と妙に素直に聞いていた水の 精霊は、話を聞き終えるとない膝をポンと叩いて、 「わかった、単なるものよ。我もついていけばよいのだな。」 意味不明なことを言い出した。 「我が愛しき人を、単なるものは有している。我と愛しい方は一心同体の関係であるゆえ、我もついていくべきであろう。違うか?」 絶対に違うと思う。どう考えればそうなったのか。 どうやら水の精霊は、ポセイドンは自分を愛しているが、主従の掟ゆえ泣く泣く離れなければならないのだ、と解釈したようだ。 なんて都合のいい解釈!そんなことをバビル2世は一言もいっていない!都合の悪いことなど聞いちゃいないらしかった。 「よし!そこまで言うならば仕方がない。我を連れて行くがよい。」 「ちょ、ちょっと待って!」 ものすごく簡単について行きそうになっている水の精霊を見て、モンモンが怒ったように口を挟んだ。 「あれだけ苦労してついてきてもらって、でもプライドを傷つけちゃって、そのおかげで貧乏になったうちの立場はどうするのよ!」 聞けば領地の干拓のために、苦労して招いたものの、父の不用意な発言が元で水の精霊を怒らせて事業を大失敗したのだという。 しかし水の精霊は荒木飛呂彦のように「ああそんなこともあったね」と舌を出しただけであった。 「そんなこともあったね、じゃないわよ!」 水の精霊に掴みかからんばかりのモンモンを必死に押さえ、なだめるギーシュ。酷い話だが他人事なので笑い話である。 「こんなにホイホイついてくるなら今までのうちの苦労はなんだったのよー!」 大泣きを始めるモンモン。酷い落ち込みようだ。慰めようもない。 「細かいことを気にするな、単なるものよ」 さらに神経を逆なでする水の精霊。素敵過ぎる。 そんな風にモンモンが水の精霊に噛み合わぬ口撃を受けていたところで、湖に異変が起きた。 はるか対岸に、白い水柱が起こった。 しかもその水柱は猛烈な勢いでこちらに近づいてくるではないか。 「ポセイドン、なんだあれは?」 全身から音波や電波を発して、近づいてくるなにかを分析するポセイドン。やがて答えが出たのか、目が点滅する。 『1名、覆面をかぶった男が、こちらに近づいてきます―』 水柱をあげてやってきたのは変態仮面白昼の残月ことウェールズ王子であった。 「パカランパカランパカラン。一休殿ー!」 新衛門さんの声真似をしながら水面を走りよってくる残月。擬音まで口に出すな。というかどこで見たんだ、あのアニメを。 水面を蹴って飛び上がると、残月は無駄に回転をしながら着地した。 「ポセイドン様をお見かけしたのでもしやと思い駆けつけると、そこにおられるのはやはり我らがビッグ・ファイア様!」 『ポセイドン+泳ぐ』で不吉な目に遭いそうな残月がピシッとポーズを決める。口には長いキセルを咥えている。 「ショウタロウ老人の件、一件落着です。お咎めなしどころか、報奨金が出ることで決着いたしました。ふふ、記念にシエスタ嬢の名前 入りの杖を新調してしまいましたよ。見てください!とても杖とは見抜けないでしょう!」 ぷかーと、煙をふかし、くるくるっと鉛筆のように指でキセルをまわす残月。そのキセルのせいでさらに変態仮面として熟成した気がし てならない。 そんな残月を手招きして呼ぶバビル2世。 「残月。少し聞きたいことがある。」 さっと傍に駆け寄り直立不動する残月。そこまでされると、畏まられたほうが恥ずかしいから不思議だ。というか周囲が退いてしま っているではないか。 「その、残月はいつここに来た?」 むむ?と首を捻る残月。 「たった今ですが。コウメイ様に報告をしたところただちにラグドリアン湖に向かえと命じられましたもので。」 「ふむ。昨日の夕方、その覆面を外してこのあたりを散策したりしなかったか?」 「いえ。ですから、先ほど到着したばかりでして…。」 心を読むバビル2世。嘘をついてはいない。つまりルイズの見たウェールズは、ウェールズではないということだ。 では一体何者なのか。ただの空似なのか。 「いやな予感がするな。」 超能力の一つ、予知能力がバビル2世に事件の発生を告げる。 「嫌な予感、ですか。わたしは嫌な人物に出会ってしまいましたが。」 こそこそと目を伏せる残月。その先には、やはり怪しいおっさんであるセルバンテスがいた。 「わが国はかなりの融資をあそこにおられるかたから受けていまして…。この姿ではばれることはないといっても、やはり……。」 セルバンテスは残月の心中を知ってか知らずか、優雅に自己紹介を行う。ギクシャクと自己紹介を行う残月。 「ところで孔明の命令といったな。なぜここに来た?」 思い出したように残月に問うバビル2世。残月は懐から書類を取り出した。 「わたしはラグドリアン湖についたら、適当なところでこの書類を開けよ、という命令をうけておりますが。」 書類を開く残月。そこには孔明の直筆が書かれていた。 そこに書かれていた文章を読んで、思わず「げぇっ!」と声が上がった。 『バベル2世様へ。アンリエッタ女王に誘拐の危機。ただちにラ・ロシェールまでの街道を急ぐべし。孔明。』 そこにはこう書かれていたのだった。 この誘拐事件こそ、梁山泊が全力を挙げて決行するバビル2世抹殺計画、通称「ドミノ作戦」の最初の一手であった。
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/299.html
【人名】 バビル2世:バビル2世 山野浩一 5000年前事故で不時着した宇宙人、バビルの子孫であると同時に、同じ遺伝子を持つ。 そのためバビルの塔の支配者としての地位を与えられた。3つのしもべと塔の力でヨミの野望を打ち破った。 学生服を常に着用。性格はまっすぐな好青年だが、悪人には容赦しない。 ヨミ:バビル2世 ヨミ 同じくバビルの子孫であり、非常に似た遺伝子を持つがわずかに異なるため後継者には選ばれなかった。 部下思いで義理堅く、その上超能力を持つという悪のカリスマ。3つのしもべをあやつることもできる。 普段はわしと称するが、窮地に追い詰められるとおれと言い出すくせを持つ。 ビッグ・ファイア:鉄人28号 ビッグ・ファイア博士、ジャイアントロボ ビッグファイア団、OVA版GR ビッグファイア 村雨姓と同じく作品の壁を越えて登場する名前の一つ。ゾロアスターとの関係は不明。 それぞれ、ロボット開発者。ギロチン大王がボスの秘密結社。秘密結社BF団の首領。である。 ジャキ:伊賀の影丸 不死身の忍者「阿魔野邪鬼」 異常な再生能力と生命力で致命傷を与えても3時間もすれば復活するという能力を持ち、200年以上を生きる化け物。 その力を使い忍者を殺していたが、影丸に敗れていらいライバル視をするようになる。 元ネタは山田風太郎の「甲賀忍法帖」に登場する薬師寺天膳であると推測されている。 ゲイフ:史記 鯨布、項羽と劉邦 鯨布 漢帝国建国にあたり功のあった三王の一人。三王(韓信、鯨布、彭越)は後に粛清されている。 元は劉邦のライバル項羽の協力者であったが、部下扱いされ汚れ仕事をさせられるうちに嫌気を差し、漢に降った。 自分が劉邦を皇帝にしたと自負していたようで、劉邦に叛乱を起こしたときは罵りながら闘い続けたという。 名前の由来はかつて罪人だったときにつけられた額の刺青(鯨刑)であり、英布ともいう。 【ロボット】 ビッグ・ゴールド:OVA版GR ビッグ・ゴールド、雑誌「ビッグコミック・ゴールド」 OVAGRに登場した巨大岩石生物。仏像のような姿をしていて、十傑衆「マスクザレッド」に操られていた。 元ネタは「仮面の忍者 赤影」に登場した金目像。 雑誌ビッグコミックゴールドは史記等を連載していた小学館発行の雑誌。 【術・技等】 リベット:闇の土鬼等 指弾 指で小石などを弾いて相手を倒す技。威力が出るように金属製のリベットを手に入れただけである。 忍法ナナフシ:伊賀の影丸闇一族の巻 「忍法ナナフシ」 村雨一族の忍者、霧丸の得意とする忍術。技は作中と同じ。 布砦、布分身:伊賀の影丸七つの影法師の巻 布分身、布砦 伊賀の忍者天鬼の技。技は作中と同じ。 忍法蜘蛛乃巣城:伊賀の影丸地獄谷金山の巻 「土蜘蛛の術」、黒沢明 蜘蛛巣城 伊賀の影丸「地獄谷金山の巻」に登場した伊賀の忍者土蜘蛛の使った技。風呂敷包みから無数の糸が噴出し、 敵を絡め取って締め上げ絶命させる技。あるいは敵に付けて尾行に使用することもできる。 術名は黒沢明の名作映画蜘蛛巣城から。 人物、バビル二世側 バビル二世・・・「バビル二世」主人公。別名「101(ワンゼロワン)」。気軽に人の心を読んだり催眠術で洗脳したりするのはデフォルト設定。 ロデム、ロプロス、ポセイドン・・・「バビル二世」より。バビル二世の忠実なしもべ。 ビッグ・ファイア・・・OVA「ジャイアントロボ the Animation(以降ジャイアントロボ)」より。劇中でバビル二世に相当する人物。 金田ショウタロウ・・・劇場版「鉄人28号 白昼の残月」より。少年探偵金田正太郎の異母兄でかつての零戦エースパイロット。 孔明・・・「ジャイアントロボ」より。BF団の軍師。二次創作ではバビルの塔のコンピューターの端末と解釈されることもある。元ネタは「三国志」の同名人物。 白昼の残月・・・ジャイアントロボ、BF団十傑集の一人。無数の針を打ち出す能力者。 カワラザキ/地球監視者一号・・・BF団十傑集の一人、激動たるカワラザキ。強力な超能力者。その元ネタが「マーズ」の地球監視者の一人。 アルベルト/地球監視者三号・・・BF団十傑集の一人、衝撃のアルベルト。衝撃波を打ち出す能力者。その元ネタが「マーズ」の地球監視者の一人。 混世魔王樊瑞・・・BF団十傑集のリーダー。Gロボではなぜかピンクのマントを羽織っている。元ネタは水滸伝の同名人物。 幻惑のセルバンテス・・・BF団十傑集。本作に登場するのは恐らく「地球の燃え尽きる日」版の彼。 コ・エンシャク・・・「ジャイアントロボ」より。その正体はロデム(アキレス)と言う説アリ。 土鬼・・・BF団十傑集の一人。あらゆる裏の武術の達人。土鬼は元ネタ「闇の土鬼」のほうの名前。 十常寺・・・BF団十傑集の一人。 幽鬼・・・BF団十傑集の一人。虫使い。 夢見るアロンソ・キハーナ・・・BF団の幹部の一人らしい。外見は不明だが「コメットさん」であるとの説がある。 人物、ヨミ側 ヨミ・・・バビル二世の仇敵で、バビル二世に匹敵する能力を持つ。 ジャキ(天野邪鬼)・・・「伊賀の影丸」より。不死身の忍者で影丸の最大のライバル。 ゲイフ(鯨布)・・・「項羽と劉邦」より。本名英布。 呂尚・・・「殷周伝説 太公望伝奇」の主人公。軍師にしてアマチュア仙人。 武吉・・・「殷周伝説 太公望伝奇」より。 ハン・ズイ・・・「水滸伝」より。本名樊瑞。 静かなる中条・・・「ジャイアントロボ」国際警察機構九大天王の一人。 呉学人・・・「ジャイアントロボ」より。うっかり。 元帥(糸目)・・・「ジャイアントロボ」より、九大天王の一人韓信元帥。 幻妖斎・・・同上、無明幻妖斎。 托塔天王晁蓋(ジョゼフ)・・・「ジャイアントロボ」より。エキスパート総本山・梁山泊を開基した人物。 ディック牧(赤いジャンパーの男)・・・九大天王の一人。「地球ナンバーV-7」の主人公で超能力者。 ブレランド・・・「地球ナンバーV-7」より。ディックの親友で超能力者。小柄で小太りの丸坊主。「ジャイアントロボ」初期設定では九大天王の一人だった。 張飛・・・「三国志」より。「ジャイアントロボ」の初期設定では九大天王の一人だった。 神行太保、小李公、鎮三山・・・「ジャイアントロボ」及び「水滸伝」より。それぞれ戴宗、花栄、黄信のこと。 敷島・・・「鉄人28号」より。「ジャイアントロボ」では「人間コンピュータの敷島」。 人物、その他 赤毛のジャック(さそりのマークの鎧)・・・「その名は101」より。バビル二世の血で生まれた超能力者の一人。 ハン・カイ・・・「項羽と劉邦」より。劉邦の義弟。 チンギス・・・「チンギスハーン」より。 リョフ・ホ・セン(外伝)・・・「三国志」より。乗っている馬は赤兎馬 美周郎・・・「三国志」より。呉の水軍を率いた周瑜の異名。 メカ 鉄人28号・・・劇場版「白昼の残月」より。よってこのSSに出てくるのは今川版の鉄人である。多分。 モンスター・・・鉄人28号に登場する怪ロボットの一つ。ジャイアントロボにも登場。 V号・・・バビル二世より。 サンダー・・・「サンダー大王」より。アトランティスで作られた巨大ロボット。飛行能力や全身発熱などの超兵器を有し、自爆用兵器として超水爆を内蔵する。原作ではワンオフ物。 パロネタ等 炎大・・・島本和彦の漫画「燃えよペン」等に出てくる熱血漫画家「炎尾燃」のパロ。 「こ、これは孔明の罠だ!」・・・「知っているのか雷電!」なみに多用される「三国志」の迷?セリフ。 ジャーン ジャーン ジャーン ・・・同上。 「げえっ!」・・・同上。横山作品でもっとも多用される驚きの表現。 「長剣よ 帰ろうか」・・・「史記」より。戦国四君の一人、斉の孟嘗君とその食客馮驩のエピソード。 鶏肋・・・「三国志」のエピソードより。 ギロチン大王・・・元祖「ジャイアントロボ(実写版)」のラスボスでBF団首領。 マッハロッドでブロロロロ ブロロロロ ブロロロロ~>「超人バロム1」主題歌。歌詞の半分以上が擬音と言う古今稀に見る強インパクトを誇る。 雲盗り暫平・・・さいとうたかをの同名漫画の主人公。様々な「盗み」の依頼をこなすプロフェッショナル。 丹波文七・・・夢枕獏の小説「餓狼伝」、また板垣恵介の同名漫画の主人公。 「ここがあの盗賊のハウスね…」・・・leaf製作の成人向けゲーム「WhiteAlbum」の台詞の改変。 国際警察機構ユニコーン・・・実写版ジャイアントロボにおける味方側組織。 かわいそうだけどこれって戦争なのよね・・・機動戦士ガンダムのスレッガー・ロウの台詞の改変。 パインサラダ・・・「超時空要塞マクロス」より。脇役戦死フラグ。 血笑烏・・・横山作品「血笑鴉(ちわらいからす)」より。主人公のカラスは秘剣「霞の小太刀」を使う殺し屋。 肥後の守・・・パロ等ではない。昭和40年代以前に一般的だった、エンピツ削り等に使う小刀。 「革命軍はッ!!」「ハルケギニア最強ォォォォォォォォォォォ!!」・・・長谷川哲也「ナポレオン獅子の時代」より。国王のために戦うのは犬畜生だ! 荒勢なみのがぶり寄り・・・そーゆーお相撲さんがいたんです。 「黎明埃及希臘羅馬未来大和宇宙鳳凰復活羽衣望郷乱世生命異形太陽大地編原子現代!」・・・手塚治虫「火の鳥」の各エピソード。 サラマンダーよりはやーい・・・ご存知、「バハムートラグーン」内の台詞。 「岩巖頑贋!若鋳命我真紅燃!月多火花天空高!」 「観鷹!合体月多魯拇駄!合津合津月多合津!」 ・・・「ゲッターロボ」主題歌。 禁則事項・・・涼宮ハルヒシリーズの朝比奈みくるが用いる台詞。都合が悪いときに使われる。 「出師表」・・・三国志演義より。孔明が北伐の際に劉禅に提出した書。 雪風参上!(外伝)・・・赤影参上! 柏木千鶴が優越感を持つぐらい貧にゅ(外伝)・・・「痕」のヒロインの一人、柏木千鶴は貧乳である。これ以上は何も言うまい ズール様が正義だ!(外伝)・・・「スーパーロボット大戦64」でズールに洗脳された張五飛が言い放った台詞
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/291.html
前へ(第1部) / トップへ / 次へ 「これが調査班が撮影してきたSBC基地のありさまだ。」 モニターには熱でへしゃげた鉄骨、粉々になった岩とコンクリート、瓦礫に埋まった人間の死体が次々と映し出されていく。 「まず修理のしようがないほどの破壊のされかただ。」 会議室にいる男たちは血相を変え、食い入るように画面を見つめている。 その最奥に、悠然と座っている男がいた。 ヨミだ。 「しょくん、みられるとおりだ。わずか一日で、わが組織のほこる対トリステイン王国攻略用基地が完璧に破壊された。」 「ヨミ様、いったいどこの国が攻撃をしたのです?トリステインが我々に気づいたのですか?」 「いや」ヨミが首を振った。 「そうではない。この基地を破壊したのはあのバビル2世だ。」 画面に映し出されたのは、まぎれもないバビル2世だ。 「「「バビル2世!!」」」 全員が総毛だって叫んだ。 「ヨミ様。ヨミ様はたびたびバビル2世の名をおっしゃるが、いったい何者なんです。いったいどれほどの力を持っているのです。」 「3つのしもべを従え、バビルの塔に住んでいる。そしてわしに匹敵する超能力と、わしにもないエネルギー吸収能力を有している。」 「むむむ」 「なんと」 「だが、この世界に来た以上、バビルの塔は失っていると見てよい。となればあとは3つのしもべだけだ。」 「それで、3つのしもべとは…」 「3つのしもべとは」ヨミが合図をすると画面が切り替わった。 「一つは何にでも変身でき、普段は黒豹の姿をしているロデム。」 高速で大地を駆けるロデムが映し出された。 「二つめは空を飛ぶ巨大な怪鳥ロプロス」 皮膚のない状態のロプロスが映し出された。 「そして3つ目は海と陸を自由に移動する巨大ロボポセイドン」 海から現れ、艦船を次々沈めていくポセイドンの姿が映された。 「この3つのしもべが陰になり、ひなたになってバビル2世を守っている。」 しーんと重苦しい空気があたりを包み込む。 「だが」とヨミは力強く言い放つ。 「3つのしもべは恐れるにたらん!3つのしもべはわしでも操ることができる!」 おお、と歓声が上がる。 「そしてなにより、我々にはV2計画があります。」 「その通りだ!」 そして、とヨミは基地全体を指すかのように両手を広げた。 「バビル2世はすでにバベルの塔を持たぬが、我々にはこの基地がある。思えば、あの日北極海に沈んだわしは、この基地ごと この世界に召喚をされた。それ以来、共に召喚されたおまえたちと、技術力の差を魔法で補いながらこの世界のバベルの塔 とでもいうべきこの大要塞を作り上げたのだ。今、我々の手にこそバベルの塔は存在する!何も恐れるものはない」 「ヨミ様、ここはいっそのことバビル2世の機先を制し、先制攻撃をしかけられてはどうでしょう?」 「なに?」 「我々の存在はバビル2世に察知されています。ならばいっそのことA作戦をはやめ同時にバビル2世をおびき出し、我々の総力を 挙げてバビル2世を撃ってはどうでしょうか?A作戦は現在の人員で充分可能です。」 「うむ。おもしろいかもしれんな。」 「それについてはわしのほうから報告があります。」 白髪の老人が立ち上がった。「これをご覧ください」と映像を変えさせる。 「基地に現れたバビル2世ですが、まず左手をご覧ください。」 「これは……ルーンか?」 「はい。おそらくガンダールヴのものではないかと。」 「ガンダールヴだと!?」 「あの伝説の使い魔の!?」 「はい。おそらく、バビル2世はもう1人の虚無のメイジによって、この世界に召喚されたものと考えられます。ではそのメイジですが…」 もう一度映像が切り替わる。ルイズと、キュルケと、タバサが映し出される。 「おそらくこの3名のうちの誰かの可能性が高いのではないかと考えました。使い魔は主人を守ることが使命ですからな。」 そして、誰かに出てくるように促した。 現れたのは、白い仮面に黒いマントを羽織った、長身の男であった。男は恭しく会釈をする。 「これがそれについて重要情報を持っています。それによると、これはこの中の桃髪の娘と縁のあるもので、以前からその娘が、 虚無の魔法についての才能を持っていたのではないかと、疑っていたというのです。」 おお、と一同がざわめく。 「おまえはたしかバビル2世発見の情報を持ってきた男だな。」 「はっ、ご無沙汰しております。」 「ふむ。すると、そのおかげでいち早くバビル2世を発見できたというわけか。」 「御意。」 「ヨミ様。わしはこやつを使い、バビル2世と主らしきこの娘、ルイズをおびき寄せようと考えております。」 「ふむ。だが問題があるぞ。バビル2世は思考を読み取ることができる。もし気づかれればおびき寄せるもどうもないぞ。」 「その点は考えています。心を読まれなければよいのです。つまり、この人物は間違いない人物である、という保障をしてやれば バビル2世もわざわざ心を読みますまい。」 「ふーむ。」 「それに、普段はこの通り顔を隠しています。わしの部下に変装術が巧みな武吉という男がいましてな。ちょうど背格好がぴったり ですので、そやつに似たような格好をさせて、仮面をとったこれと同時にバビル2世の目の前に姿を現させれば、よもやこれを 疑いはしますまい。」 「むむっ、おもしろい。やってみる価値はありそうだ。よし!すぐてはずをととのえろ。今回の作戦は全て呂尚に一任する。」 はっ、と礼をする老人、呂尚と白仮面。 「今日の会議はここまでとする。」ヨミが宣告し、全員が立ち上がる。 この恐るべき要塞こそはかつて北極で海の底へ沈んで行ったヨミの最終基地であった。 沈む最中、ヨミは生き残った部下と共に突然この世界へ召喚されたのだ。 そして今、この要塞は砂漠の真ん中にあった。まるで本物のバベルの塔のように。 「泣いているのかい?ルイズ」 子供のころ、叱られるとルイズはいつも中庭の池に浮かぶ船に逃げ込んでいた。ここはルイズにとっての秘密の場所だった。 そう。ここはルイズが唯一安心できる場所なのだ。自分を叱るか、バカにするものしかいない屋敷の中で、ここは唯一心休まる 場所であった。 ルイズは船の中に用意してあった毛布に潜り込み、包まる。 そんな風にしていると、霧の中から16歳ぐらいの、マントを羽織った立派な貴族が現れて、ルイズに語りかける。 「また怒られたんだね?ぼくがとりなしてあげるよ……」 手が差し伸べられる。大きな手。憧れの手……。 その手を握ろうとして気づく。後ろから誰かに羽交い絞めにされたことに。 「バビル2世、さあおとなしくしろ!」 毛布があっという間に人間に変わっていた。そして目の前の人間は… 「勝手にするんだな。ルイズごとこの基地は吹っ飛ばす!」 「げえっ!」 「行くぞ、みんな!」 巨人にキュルケが、巨大な鳥にタバサが乗っている。マントはいつの間にか学生服に変わり、髪と目は燃えるように赤くなっていた。 気づくと自分は鎖で連結された大船団の中の一艘に乗っていて。そこに火をつけた小船が突っ込んでくる。 そして炎の中から現れた男がルイズに向かってこう言った。 「君と余だ。」 妙な唸り声に、バビル2世は目を覚ました。 窓からは二つの月光が差し込み、部屋の中を照らし出している。唸り声のほうを見ると、ルイズがロデムを締め上げながら、 「げえ!関羽!」 「余は信じぬ!信じたくない!」 などと寝言を呟いている。どういう夢を見ているんだろう。 ふと、自分の身体が今回も完全に回復していることに気づいた。あの基地を破壊するだけの超能力を使った疲労感は微塵もない。 やはり、この世界にはなにかあるのだろう。それは何なのか。 夜空を見上げる。双つの月が煌々と輝いている。 「行け!鉄人!」 夢の内容が変わったらしかった。 紛れもない、朝。 「おいおい、フーケを追いかけて破壊の杖を取り戻したらしいじゃねえか」 「すごいです、ファイアさん」 と食堂コンビに食事の間中、質問攻めに会った。特にシエスタは、目がうるうるきらきらしていた。 「あ、あの、わたし、その……」 「む?」 食後、シエスタが改めて話しかけてきた。が、 「あの……なんでも、ないです。それじゃあ!」 が、よくわからないまま駆けて行ってしまった。心を読んでもよかったが、その暇もなかった。 教室に行くと、バビル2世が破壊の杖を取り戻したという噂は広まっているようで、なぜかギーなんとかが 「まあ、僕を倒すだけのことはあるようだね」 と言っていた。誰だったかな? そして授業。 一時限目はギトーなる教師の風の授業であった。 風系統は最強で、偏在だのなんだのと説明をしていた。 もっとも、この授業のことはバビル2世には珍しくあまり覚えていない。なぜなら、次のコルベールの授業こそが、バビル2世の 興味を非常に強くひきつけたからである。 「さて、と。皆さーん?」 なぜかドン・ガバチョのように言うコルベール。たしか昨日まで国王暗殺未遂だので憔悴しきっていたにもかかわらず、今日は これである。精神が細いのか太いのかよくわからない。あの頭では細いんだろうが。 この男の授業は非常に変わっているらしく、始まる前にルイズたちが 「あーあ、次はコルハゲかー。」 「また妙なもの持って来るのかしら?」 とつまらなそうに言っていたことが印象に残っている。 そして、多くの生徒の予想通り、コルベールは机の上に妙なものを置いた。 長い円筒状の金属の筒に、金属のパイプが延びている。そのパイプはふいごのようなものに繋がり、円筒の頂上にはクランクが ついている。そしてそのクランクは円筒の脇に立てられた車輪に繋がっている。そしてさらに、その車輪は扉のついた箱に、 ギアを介してくっついている。 「それはなんですか?ミスター・コルベール」 「これかね、これは……うふ、うふふ、うっふっふっふっふー」 コルベールが突然笑い出し、生徒たちが怪訝な顔をする。みな怯えたようにコルベールを見ている。 「よくぞ聞いてくれました。これは私が発明した装置ですぞ。油と、火の魔法を使い動力を得る装置です。」 コルベールはものすごい勢いで装置についての説明を始めた。いちいち記すと何TBになるかわからないので省略する。ようするに、 「エンジンだ。」 バビル2世がぼそっと呟く。ルイズがえっと顔を向ける。 他の生徒たちは魔法で充分じゃないかなに考えてんだ貴重な授業時間を潰しやがってと心にもない事を言いながら悪態をつく。 おそらく、この重要性に気づいているのはバビル2世だけである。 「先生、それはエンジンですね?」 バビル2世が立ち上がって改めて言う。ギーシュの一件以来注目されているエルフ(と思われている)男の発言に、教室中が黙り 視線を集中させる。 「えんじん?」 コルベールがきょとんとして、バビル2世を見つめた。 「そうです。ぼくがもといた世界では、それを使い工場や流通、先生が説明したことをしているんです。」 「なんと!やはり気づく人は気づいておる!エンジンか。おお、たしか君はミス・ヴァリエールの使い魔の!よし、ヴァリエールは 特別に火の成績を上げておこう!エンジン、エンジン」 コルベールは、ビッグ・ファイアが伝説の使い魔ガンダールヴのルーンを持つことを思い出した。そして、改めて興味を抱いた。 「ああ、君。暇があったら、いつか私の研究室に来てくれないかい?いろいろ、エンジンについても聞きたいことがあるのでね。」 というわけでバビル2世は誘われるままホイホイと研究室について行っちゃったのだ♥ ルイズはともかく、なぜかキュルケとタバサまでついてきている。 まあ、この2人は元の世界にあった、というので興味を持っているのだろう。タバサはひょっとすると、手に「栄光なき天才たち 第8巻」 を持っていたのでエンジンに興味を抱いたのかもしれない。たしかロケット技術者の話が乗っていたはずだ。なにかおかしいが気に してはいけない。 だが、もう1人すっごく気になる人物が着いてきていた。 「エンジンってなんだい?」 「いや、なんであんたまでいるのよ、ギーシュ…。」 ギーシュだった。ああ、そうだ、ギーシュ。ギーシェだと思ってた。 「つれないな、ミス・ヴァリエール。彼は仮にも僕を倒した男、つまり宿命のライバルってわけだ。僕は女の子にしか興味はない けど、女の子を守るためには力を手に入れる必要がある。そのためには自分よりも強い男から、少しでも学ぶべきだろう?」 少し気になることを言ったが、この男、少しは考えているようだ。少し、ほんの少しだけ見直した。 「それに、君たち3人は女性だが、ミスター・コルベールと彼は男性だ。数が合わないじゃないか?」 なんの話だ。 さて、コルベールの研究室だが、本塔と火の塔に挟まれた一画にあった。見るもボロい掘っ立て小屋だ。 はじめは自分の居室で実験をしていたが追い出され、ここに落ち着いたらしい。 中にはバベル2世が昔学校の理科室で見たようなものや、魔女が使うような壷、本の山と2人入るのがやっとであった。 おまけに匂いがきついので、残る4人は外に出て窓ガラス越しに見ている。 「それで、エンジンについて聞きたいんだが…」 「いや、ぼくも基本的な原理だけで全てを知っているわけでは…」 そういうとコルベールはがっくり肩を落とした。 「ぼくのいた世界では、そういうことは専門の技術者が設計や開発をしていたので、一般の人間は詳しいことなどわかりませんよ。 もっとも一般の人間でも学ぼうと思えば学べるんですけどね。」 コルベールが顔を上げた。メガネがギランと輝く。 「なるほど!ならば聞くが、わたしのような他国者が行っても、その技術は学べるのかね!?」 「ええ。充分可能ですよ。」 パアア、とコルベールの顔が明るくなった。 「そうか!それだ!すでにそういう技術を持った国に行き、学べばいいんだ!技術を輸入して導入すればいいんだ!いいことを聞い たぞ!それで、きみ、えっと、ビッグ・ファイアくんだったね?きみの国へはどういけばいいんだ?」 「え…?」 絶句するバビル2世。 「きみの国だよ?行かないと学べないじゃないか。」 誤魔化すこともできた。だが、下手に誤魔化して希望を持たせるのはこの男に対してかえって申し訳ない気がして。 それならいっそのこと完全に希望の芽を摘んだほうがよいのではないかと思い、 「じつは、ぼくはこの世界の人間ではないんです。別の世界からやってきたものなんです。」 コルベールがぴたっと静止する。 「ほう、なるほど。別の世界から。」 「驚かないんですね。」 「そりゃあ、驚いたさ。でもね、その服といい、普段の言動、行動、どれもぶっとんでいる。おもしろい。じつに、おもしろい。異世界 だと?きみがきたということは、こっちから行って戻ってくる方法もあるんだろう?いいねえ、じつにいい!希望は膨らむばかりだ。 だからビッグ・ファイア君。困ったことがあったら、いつでもなんでも相談してくれ。この炎蛇のコルベール、いつでも力になるぞ。」 「ありがとうございます。では、こちらもコルベール先生に言っておきたいことがあります。」 「なんだね?」 「ぼくは本当はビッグ・ファイアではなく、バビル2世というんです。」 「わかったよ。」とコルベールが答える。 「バビル2世。うん、覚えておくよ。」 しかし、たぶん忘れるだろうなぁ。 と、そこにギーシェ?あ、ギトーだ。ギトーが飛び込んできた。 「おや、ギトー先生、どうなされました。」 「いえ、どうやら本決まりになったようです。」 「そうか!実にめでたい。」 「では、あとは予定通りに……」 そのまませくせくと出て行くギトー。 何事だろうか、と4人もあとを見ている。 「ああ、ちょうどいい。そういえばきみたち4人はあのときいたんだね。アンリエッタ王女のご来院が正式決定したのだよ!」 前へ(第1部) / トップへ / 次へ
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/635.html
前へ / トップへ / 次へ 老人が落下していく。 残月と戦っていた中年男が、必死に落下する老人を追う。 信じられぬ高さまで飛び、その身体を受け止めた。 「ぐはぁ!」 受け止めた老人が、口から血を吐く。 「う……効いたわぃ。さすがは、バビル2世……」 「しっかりしろ!傷は浅い!」 草木を撒き散らし、煙を立てて着陸する男。グッとロプロスを見上げる。 「やはりあれはロプロスか!」 「間違いない……。我々の要注意観察対象No.1900701。すなわちバビル2世の忠実なるしもべ…」 地面に降ろされた老人がよろよろと立ち上がる。 「だが、われわれの力ならば、あの攻撃も避けることはできたろう。なのになぜ!?」 まともに食らったのだ、と問いかける男。老人は目を閉じ、顔を伏せた。 「わからぬ。なぜか、身体がまったく動かなかったのだ。そう、この少年を攻撃してはならぬと、本能が告げたような…」 「本能だと?」 バカらしい、と鼻で笑う中年男。 「我々は人造人間だぞ?我々に本能などあるものか。あるとすれば、それは『宇宙にとって危険な文明を排除せよ』というプログラムにすぎん!」 「じゃが、すくなくともわしの身体はバビル2世と戦うことを拒否した…。」 老人が、ロプロスを見上げた。 「マーズが狂ったようにわしの身体にもなにかバグが発生したのかもしれん。」 中年の男は、ロプロスを見上げながら、老人の言葉を黙って聞いていた。 ポセイドンの巨体が、地響きを立てて着地した。 「うわあ!」 「なんだ、このゴーレムは!?」 突如現れたポセイドンにより、アルビオンの兵隊は一時的にパニックに陥った。 「おちつけ!いくら巨大と言ってもしょせんゴーレム!魔法で倒せぬわけがない!」 士官らしいメイジが杖を振り上げ、兵を静める。 「わしが手本を見せてやる!マジック・ミサイル!」 魔法の矢がポセイドンの膝や足首めがけて放たれた。ゴーレムはその巨体ゆえ、下半身を攻撃されると非常にもろい。すこしヒビが入っただけでも 自重で傷を広げ、亀裂となり、ついには自壊する。 何十個もの花火を同時に打ち上げたような爆裂音が炸裂する。 「どうだ!」 土煙が上がり、ポセイドンの姿が視界から掻き消える。次の瞬間―― 「う、うわー!」 どうん、とマジックアローを放ったメイジが踏み潰された。まったく効いていない。 「くそ!同時にかかれ!」 叫び声と同時に、わっとメイジたちが杖を振り下ろした。魔術の塊が、尾を引いてポセイドンへ襲来していく。 ばん、ぼん、ばん。ポセイドンにぶつかり、魔法が炸裂する。しかしまったく効果なく、ポセイドンは平然と進んでいく。 ポセイドンが前にならえをするように、腕を持ち上げた。 タタタタタタタン、という連射音と共に終結していたメイジたちの身体がミンチになった。 顔の上半分が消えたもの、上半身が吹っ飛んだもの、身体がバラバラになったもの。それが吹っ飛んでアルビオン軍に降りかかる。 「うわあ、ミンチよりひでえや!」 血肉の雨が降りかかり、パニックに陥るアルビオン兵。そこにさらに追撃が。 5本の指先から、青白い光の矢が放たれた。 レーザー光線だ。 音もなく、身体を切断されて人間が転がっていく。逃げ惑うアルビオンを踏み潰しながら、着陸している強襲揚陸艦へ進んでいく ポセイドン。ポセイドンが着地してわずか1分足らずの間に、アルビオンは兵の2割を失っていた。 「いいぞ、ポセイドン!」 バビル2世が操縦かんを引いて、機体を上空に持ち上げる。 ロプロスの顔横をかすめ、機体がどんどん昇っていく。 「ロプロス、右だ!」 空中に待機していたアルビオン空軍の戦艦が、突如現れた化け物のような鳥めがけ、狂ったように砲弾を放ちはじめた。 ロプロスがまともにその砲弾を受ける。が、ミサイルでもびくともしないロプロスの装甲には、蚊が刺したほども効き目がない。 「ロプロス、敵の大砲を狙うんだ!」 命令に応えて、ロプロスのくちばしが大きく開かれた。 口からロケット弾が連続発射され、戦艦の大砲に襲い掛かった。 一瞬で戦艦が炎に包まれ、火薬に引火し大爆発を起こす。反応する間もなく、空で藻屑となって消えた。 残る艦船から次々と何かが飛び出してきた。竜騎士だ。 「おのれ!いくら化け物といえどもたかが一匹!全員でかく乱しつつ攻撃すれば……っ」 竜騎士が、隊列を組んで、一斉にロプロスへ襲い掛かった。 三方向に分かれ、上下正面からロプロスの首を狙う作戦だ。 きぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃン。 耳には聞こえぬが、身体を震わす音。 叫び声をあげる間もなく、竜騎士が竜ともども風に飛ばされる砂細工のように消え去った。 超音波攻撃。その威力は分子を直接振動させ、あらゆる物体をバラバラにしてしまうのだ。 まともに浴びなくても、周囲にいるだけで、気が狂いそうになってしまう。次々と竜騎士と竜が気絶し、草原めがけ落ちていく。 「こ、こっちに来たぞ!」 竜騎士が発進した艦の中で、比較的突出していた戦艦めがけ、ロプロスが体当たりを食らわせた。ロプロスの全長は並みの戦艦以上である。 おまけに装甲と速度は圧倒的。木片と鉄くずになって消えた。 ルイズはバビル2世の後ろで『敵に回したくないわね…』と考えていた。 「報告します!バビル2世です!バビル2世が現れました!」 血相を変えて飛び込んできた士官が、そう告げた途端、司令部の空気が張り詰めた。 「敵は北23度から飛来。ポセイドンとロプロスの攻撃で、すでに戦艦2、メイジを含む600以上の兵が死傷!被害はなおも拡大中!」 「映像をモニターに!」 上座に座っていた男、ヨミが指令を下す。 ただちにモニターに暴れまわるポセイドンとロプロスの姿が映される。 「間違いない。3つのしもべだ。」 ギリ……と奥歯を噛み鳴らすヨミ。 「よし、V2計画の最終段階を始動させる。V2ドラゴンを切り離せ。そしてサンダーのコントロールをオンにして、改めて人工知能に命令を行え。」 「はっ。」 戦艦レキシントンに吊り下げられた怪物を縛る結界が、ゆっくりと外された。 「いいぞ、ロプロス!ヨミの野望を食い止めるんだ!ポセイドンも負けるな!」 すでに戦艦6を落とし、アルビオンの降下部隊3000のうち半数以上が何らかの理由で戦闘不能と化していた。 司令官であったサー・ジョンストンからしてわれ先に逃げ出し、軍の統制は明後日に逃げ出していた。 そこへ襲い掛かったのがトリステインの兵2000である。 甲冑をならし、剣で頭を叩き潰し、魔法で吹き飛ばす。怒号を上げながら、敵を蹴散らすポセイドンを追いかける。 「みなのもの!あれは我らに勝利をもたらさんと、始祖が遣わした戦の神に違いない!空飛ぶ鳥は、伝説の鳥、クィーン・フェニックスであろう!この 戦、我らの勝ちぞ!」 マザリーニが兵を叱咤激励しながら、杖をふるって指揮を執る。兵は目を血走らせて、すでに敗残寸前となったアルビオン兵に襲いかかる。マグマの ような奔流にアルビオン兵は飲み込まれ、のたうち、悶え苦しむ。 「枢機卿……始祖の遣わした使者とはまことですか?わたしは聞いたことがありませんが」 そっと尋ねるアンリエッタに、マザリーニがいたずらっぽく笑った。 「真っ赤な嘘ですよ。しかし、今は誰もが判断力を失っておる。こういうときはこんな神話のほうが帰って現実味があるもの。使えるものはなんでも使 う。政治と戦の基本ですぞ。覚えておきなさい、殿下。」 アンリエッタが頷く。枢機卿のいう通りだ。今は、考えるのは後回しである。戦争に勝つことだけを考えればいい。 「ですが、まだ敵には旗艦レキシントンが…」 不安げに呟くアンリエッタ。それを制止するマザリーニ。 「殿下。不安を顔に出してはいけませぬ。今は勝利を確信し、悠然とすべきときです。」 そのとき、ラ・ロシェールの方向から、巨大な戦艦が姿を現した。 快進撃を続けてきたトリステインの兵の足がピッタリと止まり、慌てて退避し始める。なぜならば、戦艦にいくつも光が現れたからだ。 タルブ草原でいくつも爆発が起こる。逃げるのが間に合わずに、何十人も兵が吹っ飛ぶ。 「あれは!」 「ロイヤル・ソヴリンだ!」残月が叫ぶ。 衝撃波でズタズタにされた傷はすでに治り始めているではないか。おそるべきバビル2世の血である。 「アルビオン空軍の切り札…。叛乱の始まりの船…。」 苦々しげに呟く残月。その顔は残月ではなく、亡国の皇太子、ウェールズ以外のなにものでもなかった。 「ロプロス!」 バビル2世の命令で、ロプロスがレキシントン目がけ飛んで行く。 ロプロスはすれ違いざまに口からロケット弾を吐き、レキシントンを炎上させる。 「そうだ、その調子だ、ロプロス!」 無人の野を行くように、縦横無尽に暴れまわるロプロスにガッツポーズをするバビル2世。 「あ……あのねぇ……」 「ぐえっ!」 バビル2世の喉を、後ろから杖が押さえ込んだ。 「さっきから……なんて動きしてるのよ……」 真っ青な顔で、ルイズがバビル2世を締め上げる。それは発射5秒前、というか、貴族でなくても女性にしては致命的な…つまり口からのリバース寸前の 顔だ。 「く、苦しい……。わ、わかった、わかった」 ルイズが杖を外す。ゲホゲホと咳き込むバビル2世。 「あのねぇ、わたしが乗ってるってこと忘れてない!?」 「ああ、忘れてた。」 ガツン、と杖が頭へ振り下ろされた。 「す、すまない。今度から気をつけるよ…」 目から火花を散らして、頭を押さえるバビル2世。 「もっと丁寧に操りなさいよ!」と頬を膨らせるルイズ。 「むちゃを言わないでくれ」と言い掛けたバビル2世の目に、異様な光景が映りこんだ。 レキシントンめがけ突撃したロプロスの周りを、無数の飛行物体が囲んでいるのだ。 「なによ、あれ?」 ルイズも気づく。見るとそれはまるでドラゴンのような、怪鳥のような、真っ黒なロボットであった。 「ふふふ。V2号よ、おまえたちの力を見せてやれ。」 ヨミが不敵に笑う。 十数体のドラゴンが、一斉にロプロスに襲い掛かった。体当たりをまともにうけて、さすがのロプロスも吹っ飛ぶ。 「ああ、ロプロス!」 そのまま大地にしたたかに身体を激突させた。よろよろと、ロプロスが身体を起こそうとしている。 そこへ、超高熱線が襲い掛かった。ロプロスの周囲があっという間に炎に包まれた。 「まさか、これは…」 バビル2世はこれと同じような兵器を覚えていた。そうだ、間違いない。宇宙ビールスによりパワーアップしたヨミが3つのしもべに対抗すべく作り出した 怪鳥ロボットだ。 「ヨミめ。さてはあのロボットを量産化したな。」 ロプロスの装甲は、今は効き目がないように見えるが、このままくらい続ければどうなるかわからない。バビル2世は慌てて、 「逃げろ、ロプロス!」 ロプロスが大空高く飛び上がった。V2号は熱線を放ちつつ、ロプロスを追いかける。 そして近づいては体当たり。離れては熱線を繰り返して、執拗にロプロスを痛めつける。 「ふはははは。バビル2世よ。さすがのきさまもなにもできまい。」 モニターに映し出されたゼロ戦を見ながらヨミが勝ち誇る。 「そこで3つのしもべがなすすべなく敗れるさまを見ているがいい。3つのしもべを破壊した後で、きさまの命は奪ってやろう。」 視線を別のモニターに移すと、そこにはポセイドンの姿が… 「ちょっと、あれ!下、下!」 なにかに気づいたルイズがバビル2世の肩を揺さぶりながら叫ぶ。言われて視線を下げたバビル2世は叫び声を上げた。 「ああ!?」 いつのまにかポセイドンはギリシャ神話の兵士のような姿をしたロボットに取り囲まれていた。 ロボットはポセイドンより少し小さいが、これだけ数がいればその程度の大きさは問題ではないだろう。 「ポセイドン、レーザーだ!」 慌てて命令をするが、敵ロボットはレーザー光線を弾き返すではないか。 「くそ!ヨミのやつ、こんなものまで作っていたのか。」 ロボットはポセイドンに取り付き、組み伏せようとする。両腕を押さえ込み、胴体や頭を殴りつける。 「いくらポセイドンとロプロスが頑丈だといっても、これではいつか破壊されてしまう。」 ポセイドンが攻撃に抗い、ロボットを投げ飛ばす。だがすぐに別のロボットがとりついてくる。 「くそ。これじゃあきりがない。」 地上と空をせわしく見比べながらバビル2世が叫ぶ。 「ロプロス!ポセイドン!一体一体でいいから倒していくんだ!」 ポセイドンが腕を振りほどき、目の前のロボットに手刀を叩き込んだ。 ロプロスが高熱線を浴びながら、カウンターで敵の頭部へ体当たりをした。 破壊した瞬間、V2号は両者とも大爆発を起こした。 「げぇっ!」 ロプロスが切りもみしながら落下していく。ポセイドンが爆発で吹っ飛び、地面にたたきつけられた。 「くっ。ヨミめ、破壊されると爆発するようにしているのか!これじゃあうかつに破壊できない!」 忌々しげにバビル2世が言う。 「おまけにあの動きは人工知能が搭載されているのだな。たとえレキシントンを沈めても、しもべを破壊するまで動きつづけるのだろう。」 空を覆い尽くすようなレキシントンを睨みつける。それはまるで空に浮かぶ島のようであった。アルビオンが大陸ならば、これはその人工島なのだ。不沈 空母なのだ。 「ふむ。やはり3つのしもべはしぶといな。」 いくら攻撃をうけてもまいったそぶりのないしもべに感心したように頷くヨミ。 「どうでしょう、ヨミさま。ここはひとつしもべでバビル2世を攻撃しては……」 ワルドが車椅子の上から提案をした。背後にはあいかわらずフーケが控えている。 「ふふふ。わしも今それを考えていた。よし、ドラゴンの攻撃目標をゼロ戦に変更しろ。ロプロスよ、小僧を倒せ!」 「むむ?」 とつぜんロプロスへの攻撃をやめ、こちらにドラゴンが向かってくる。ロプロスが一瞬空中で固まり、遅れてこちらへ向かってくる。 「あの動きは……まさか」 ロプロスと、V2号の編隊が一斉にバビル2世めがけ攻撃をしてきた。 「やはり、ヨミがそこにいるな!ロプロス!」 ヨミに操られたと判断したバビル2世が、あわててロプロスに支持を下す。 ふたたびロプロスの体が硬直し、方向転換する。 「小僧め、気がついたか。だが、それならばこっちには策がある。ポセイドン!」 ロボットに囲まれながら必死の抵抗をしていたポセイドンの動きが止まる。 「トリステインの連中を攻撃しろ!」 地上でロボットの軍団が組みつくのをやめ、ポセイドンを解放した。 「む。まさか!?」 ポセイドンが指先を森に向けた。 「ポセイドン!」 あわててポセイドンに指示をする。ポセイドンが腕を下ろした。 「ロプロス!」 ヨミが叫ぶ。 ロプロスがバビル2世に襲い掛かる。それを必死の旋回でかわすバビル2世。 「くそっ、ヨミめ。ぼくがあやつるしもべを絞らせない気だな。」 V2号から放たれた高熱線を必殺竜鳥飛びで避ける。 「そして集中力を乱し、その隙を狙ってしとめるつもりか。」 ブルーインパルスのような動きでV2号の体当たりをかわす。 「……そういえばルイズは?」 普通の人間なら気を失うような動きの中で考える。 「もっと丁寧に操りなさいよ!」と怒っていたルイズを。気絶でもしたのだろうか。 だが後ろを振り返ることはできない。振り返っている暇はない。 ゼロ戦がいまのところ落ちずに済んでいるのは奇跡でしかない。普通の人間ならばとっくの昔に消し炭になっているはずだ。 その奇跡を起こしているのは何なのか。バビル2世は、自分の左手で光るルーンに気づいていない。気づく余裕がなかった。 「ちょっと、ごめん!」 突然、後ろで透き通るような声が響いた。ルイズの声だ。 「ルイズ、気絶していなかったのか!?」 「してないわよ。うっさいわね。」 ごそごそと座席の後ろから、隙間をくぐって前に出てくる。 「うわっ。あ、危ないぞ。」 ルイズは器用に前へ移動して、バビル2世の前に座った。その手には水のルビーが嵌められ、しっかりと始祖の祈祷書が握られている。 「ちょっと、これをあの戦艦に近づけられる?」 その言葉を聞き、しばらく黙っていたバビル2世が口を開く。 「エクスプロージョン、か。」 一瞬目を丸くしたルイズが、こくりと頷いた。 「そういやあんた心が読めるんだったわね。わかるでしょ。」 「だがあの戦艦を落として、こいつらが動きを止めるかどうかわからない。それにその魔法の威力も不明じゃないか。」 「大丈夫よ!」 ルイズが叫んだ。 「こういうときは、最後に一発逆転の必殺技が出るものなのよ!」 「そうだろうか?」 「そういうものよ!」 根拠のない自信を主張するルイズ。ルイズの頭の中は伝説で一杯だ。伝説の魔法。伝説の虚無。伝説のブリミル…。 その威力を疑う余地はないのだ。 「たしかに、今はほかに方法はない。それに賭けてみよう。」 覚悟を決めるバビル2世。そして機首をレキシントンに向けた。 「ロプロス!おまえはポセイドンを捕まえて、向こうに行け!」 ゼロ戦を追うそぶりを見せていたロプロスが急ブレーキをかけ、あわててポセイドンへ向かった。 そしてポセイドンを捕まえて、遠くへ逃げるように飛んでいく。 「バビル2世め。とうとうしもべによる攻撃を諦めたな。」 逃げ出したロプロスとポセイドンを見て満足そうに微笑むヨミ。 「よし、ドラゴンとサンダーの攻撃目標をゼロ戦に変更しろ!全精力をかけてバビル2世をやっつけるのだ!」 拳を握り締め、叫んだ。 「バビル2世さえ倒せば恐れるものはない!わしが世界に号令するときがやってくるのだ!」 掴みかかるサンダーの腕を避ける。 風石の力により浮遊したサンダー軍団が加わって、バビル2世を追いかける。 それを必死にかわすゼロ戦。ドラゴンは速度が速すぎたおかげでレシプロのゼロ戦を捕まえるには至らなかった。 だが、サンダーの速度はゼロ戦とほぼ同レベル。むしろやっかいな相手といえた。 ギリギリの操縦をするバビル2世の後ろで、ルイズは詠唱を行っていた。 エオルー・スーヌ・フィル・ヤルンサクサ 普通なら舌をかみそうなものだ。かまなくても振り落とされかねないのだ。たいしたものだと舌を巻く。 オス・スーヌ・ウリュ・ル・ラド レキシントンを盾にして、V2号から逃げるゼロ戦。だが、レキシントンからは散弾砲が雨霰とあびせられる。 「精神動力だ!」 散弾が全て明後日の方向へ飛んでいく。だが散弾は次から次へと襲い掛かってくる。使いすぎればどうなるかわからないのだ。 ベオーズス・ユル・スヴェエル・カノ・オシュラ 精神動力をフルに使った結果、なんとか散弾の嵐の中を抜け切った。だが、その先にはドラゴンが炎を吐き出さんと待ち構えている。 慌てて操縦かんを倒すバビル2世。ゼロ戦が唸りをあげて横滑りしていく。 ジュラ・イサ・ウンジュー・ハガル・ベオークン・イル…… 長い詠唱の後、ついに呪文が完成した。 その瞬間、ルイズは己の呪文を理解していた。 あらゆる人間を、ものを、巻き込む強力な呪文を。 選択は二つ。殺すか、殺されるか。破壊すべきは何か―――。 ルイズは、己の衝動に従い、宙の一点めがけ、杖を振り下ろした。 「なんだ……あの光は……」 樊瑞はよろよろと身体を起こす。背中には血が滲んでいるが、それを服で縛って無理矢理止血している。 「まるで……太陽ではないか。」 現れたそれを見て、樊瑞は呟く。 なにかとてつもなく神聖なものを見た気がして、気がつくと樊瑞は再び、地面に跪いていた。 「むう。これは……!?」 残月が叫んだ。突如現れたそれは、ロイヤル・ソヴリンをつつみ込んでいくのだ。 「核……いや、だが、違う……」 ショウタロウが全てを焼き尽くすという、広島と長崎に落ちた恐怖の名を呟く。 「……きれい」 狂気に満ちた瞳で、シエスタは笑った。怖いよ、君。 アニエスは、それを見ながら思い出していた。 「あなたにはしばらく後、祝いの日を迎えんとするとき、転機が訪れるでしょう。南へと向かうことになるはずです。南の地で、光を見るときに、恐れ退く ことがなければ、あなたの悲願を叶える道は開けるでしょう。」 孔明と名乗った男は、たしかにそう言った。 祝いの日……結婚式。 南……タルブ草原。 その予言はことごとく的中していた。 そして、その最後のキーワードが目の前に現れたのだ。 「ダングルテール……」 ギリッと唇をかみ締め、呟く。その顔には、喜びとも怒りとも取れる表情が浮かんでいた。 アンリエッタは信じられない光景を目の当たりにした。突如現れた竜、巨人、そして戦艦レキシントンが光の玉に包まれていく。 上空に突如現れた光の球。まるで太陽のようなそれは、膨れ上がって敵を飲み込んでいく。 ユニコーンがおびえ、首を振る。 「大丈夫よ、大丈夫…」 ドレスを握り締め、呟く。それはユニコーンを落ち着けるためではなく、自分に言い聞かせたような…そんな声であった。 「ぬぅ!」 「あ、あれは……」 ラ・ロシェールに向かう山中。ここまで逃げてきていた二人が同時に唸る。 「見たか。」 「うむ。」 中年は咥えていたものを地面に落とし、足で踏みにじる。出ていた煙が消える。 「間違いない。あれは全エネルギー停止現象……。」 「アンチ・シズマ・フィールドの光……。」 「なぜあのようなものが……。」 うぬぬ、と老人が光の球を睨みつける。 男たちの表情は、光ではなく闇を見たように――冷たく険しいものであった。 前へ / トップへ / 次へ
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/1867.html
アンリエッタがまだ王女だったころ、ラグドリアン湖の南に「ガイア教」という怪しい宗教が流行っていた。 それを信じないものは恐ろしい祟りに見舞われるという。 その正体は何か? イザベラはガイア教の秘密を探るため、トリステインから秘密のメイジを呼んだ。 その名は……雪風参上! 赤雪のタバサ 第4話 「……ッ!」 横に転がり、巨大ガマガエルののしかかりを避けるタバサ。間一髪、潰されずにすむ。 『思ったより身軽い…』 普通これだけの大きさならばもうちょっとノロマでも仕方がない。身体の大きさに比例して動きが鈍くなるのは当然なのだ。しかし、今のカエルの動きは並みの人間なら潰されていてもおかしくない速度であった。タバサが避けることができたのは、皮肉にもこれまで与えられた過酷な任務をこなすうちに身についた体術のおかげであった。タバサの基本戦術は手数とスピード。相手の動きを読み、敵の攻撃を避け、ひたすらスピードに乗って連撃を繰り返す。今までに積んだ苛烈な経験ゆえの動きであった。 のっそりと、かえるの後方、先ほどまでタバサがいた場所に醜悪な顔をした男が現れた。 「フッフフ、小娘。おまえはもうそのガマから逃れられん。おまえがいくら逃げようと、そのガマは必ずおまえの行くところに現れるのだ」 そんなバカな、とタバサは思う。魔法を使われたなら確実にわかる。目印となるマジックアイテムを使われたとでもいうのだろうか? それではいったいいつつけられたのか?思い当たる節はない。それともハッタリか。あるいは先ほどのカエル集団が見張っている以上、どこに逃げても見つけることができるというのか? ハッタリである様子はない。現に、完全にまいたはずが追いつかれていた。かえるは巨大ガマのほかにはいない。ならば何が…。 「さあ、ガマよ!なにをぐずぐずしている!早く小娘をしまつしろ!」 男の声に、ガマがノソリと動き出す。じりじりと、タバサを追い詰めていく。 タバサの足元の土が崩れて、石が下に転がっていく。いつの間にか崖に追い詰められていた。 「フッフッフ、とうとう追い詰められたな。」 男の顔がさらに醜悪に歪んだ。 「小娘、なかなかかわいらしいではないか。降参すれば、命だけはたすけてやるぞ?」 男の目がぎらつく。この男、よほど好色のようだ。成長したタバサでも想像しているのだろうか?思わず背中が冷たくなる。 「……拒否。」 タバサがぼそりと呟く。何かを決心したように、男を見る。 「ふん。ならば死ね。やれ、ガマ!」 男の命令にガマが口を開け、舌を伸ばそうとした。 その舌が届く寸前、タバサの身体が下に降りて行った。 自ら、崖から身を投げたのだ。 「なにぃ!?」 慌てて崖上へ駆け寄る男。下を覗くと、タバサが脚を下にして、器用に崖を滑り落ちていく姿が見えた。 「ええい、くそ!なんという運動神経だ!さすがにこの崖をガマが飛び降りるのは無理だ」 やがてタバサの姿が闇に溶けて見えなくなった。男はガマへ振り向き、 「しかし、おまえには、仲間が残したにおいがあるはず。さあ、追いかけろ。」 巨大ガマガエルが、匂いをかぐように周囲を見渡し、のそのそと追いかけていく。 「フッフフ、小娘。おまえはこのガマ法師からは逃げられん。これから行く場所も、だいたい見当がつくしな」 タバサは近くに水の流れる音を聞き、月明かり頼りにその場所を探していた。 全身にべったりとついた、かえるの体液を洗い落とすためだ。体中、崖を滑り降りたときについた擦り傷でいっぱいだ。多少しみるだろうが、土を洗い落とすためにも身体を洗う必要があった。 「……変なにおい」 自分の身体にこびりついた体液をかいで、タバサがそう言う。 「……目印は、このにおい?」 先ほどの自分の行動を振り返るが、これ以外に身体に付着したものはない。もしあの男、つまりガマ法師だ、がマジックアイテムを使ったのだとすれば、なぜそのときにタバサを始末しなかったのか、ということになる。目印をこちらが気づかずつけることができるなら、さっさと攻撃すればいいのだ。となると、他に考えられるものはない。 そういうわけで、用心のためにおいを消すべく水につかることにしたのだ。音の先に行くと、小川がさらさらと流れていた。 万一を考え、音を立てぬよう静かに水に入っていくタバサ。服を脱ぎ、それを洗ってにおう。 「とれていない…」 まるですっかり身体に染み付いてしまっているようだ。何度も、自分の身体も含めて洗うタバサ。ようやく匂いが弱くなり、明日になれ ば落ちているかもしれないと小川から上っていく。 生えている草や木の枝を掴み、身体を持ち上げる。そのとき、手に木の枝や葉っぱとは違う別のモノの感触を得た。 『またカエル!?』 さきほど取り囲んでいたカエルがもう追いついたのか?手を恐る恐るのけてみる。 するとそこには、カエルはカエルでも、木の枝に突き刺さって完全に干物と化したカエルがいた。百舌のはやにえ、というやつだ。 これでは通報される恐れはない。胸をなでおろすタバサ。 「……。」 はやにえから手を離し、陸に上ったタバサの脳裏にある考えが思い浮かぶ。大きいとはいえ、あれもカエルだ。倒せないわけはない。 そう考えたタバサの行動は早い。あっという間にどこかへと走り去った。 グエー、と身の毛のよだつような嫌な鳴き声。 のしのしと月明かりの中、岩のようななにかが動いている。 巨大なガマガエルであった。背後には何百何千というカエルを引き連れている。 ガマガエルの眼前に、人影が現れた。 「予想通り。」 タバサだ。ガンバスターかゲッタードラゴンかという感じに、腕を組んで待ち構えている。 「さよなら。」 くるっと後ろへ飛び退き、逃げ出すタバサ。グエーッ!と鳴き声を挙げ、ガマガエルが飛び掛った。 「遅い。」 木を利用し、飛び、転がるように逃げるタバサ。その後ろを追いかけるガマガエル。 しばらく追いかけっこが続いた後、ついにタバサががけ下に追い詰められた。崖下から5メイルほど離れた場所で、じっとガマを待ちかまえている。 「グエー!」 勝利を確信したように、ガマガエルが叫んで飛び掛った。 その行動を待っていたかのように、タバサが身を伏せた。 「グエッ!?」 ガマガエルが、空中に張ってあった、黒く塗った縄に引っかかった。 その縄に引っかかった瞬間、両脇から杭がガマ目掛け飛んできた。 「グエー―ッ!」 空中に立ち上がった形になったガマの両脇に、杭が深々と突き刺さった。 タバサがゴロゴロと地面を転がってその場を離れる。よろよろと、ガマがよろめきながら倒れこむ。 「ぐぇー!」 崩れ落ちた先が、ぽっかりと口を開けた。落とし穴だ。落とし穴と言っても、人工のものでなく、自然に陥没した穴の上に木の枝や草を置いてカモフラージュしたものだ。その中には杭が何本も、上を向けて置かれていた。 当然、ガマはそれをまともに食らった。顔や腹部に何本も杭が突き刺さり、その状態で頭から落とし穴に突っ込んでいた。 自分の体重ゆえ杭は普通でなく突き刺さっている。この状態では這いずり出ることもできない。グググ、とうなり声をあげ、絶命した。 その遺体へタバサが近づく。後ろに付き従っていたカエルは、ボスの死を知って怯えたのか、一匹残らず逃げ出していた。 「……。」 見れば見るほどすごいやつだ、とタバサは思う。牧場などで囲いを作るのに使う杭が、ミニチュアのように小さい。ただ、これだけ大きいカエルなど聞いたことはない。魔物の一種なのだろうか?月明かりの元、マジマジとその異形を観察し、覚えこむタバサ。 しかしあまりここに長居するわけにはいけない。この大ガマを操っていた男が、ガマの断末魔を聞いてすぐにでもやってくるかもしれない。そうなれば杖を持たない自分は不利である。タバサはカエルを警戒しつつ、いずこかへと走り去った。 タバサとすれちがうように、醜い男がガマの元へ現れた。 「ああっ、ガマ!」 使っていたかえるの群れが逃げ帰ってきたのを見て、慌ててやってきたガマ法師だ。 自分のオオガマガエルが絶命しているのを見て、慌てて傍に駆け寄る。 「ガマ!わしがせっかくここまで育てあげたガマが……」 周囲を見回し、仕掛けられた罠を見つけ、わなわなと震えるガマ法師。 「小娘の分際でよくも…。おぬしの命は、このガマ法師がきっといただくぞ。」 その言葉が終わるか終わらぬか。ガマ法師はスーッと陽炎のように消えたのであった。 霧も濃い、深山。 村からさらに南に10リーグも行ったところにあるこの辺りの山は、昔から魔物が出るといわれ地元の人間が近づくことはない。 現に、いくつかの魔物が確認できる。首が2つある狼、美女の姿をした食虫植物、オーク、牙が生え鱗で覆われた馬…。ここに普通の人間が迷い込めば、無事に出ることはほぼ不可能ではなかろうか。 だが、そんな山の中に怪しく輝く灯火があった。それも、5つ。 灯火は合図を送っているかのようにくるくると回転し、谷の中心へふわふわと漂いながら近づいていく。 灯火5つが、五芒星の形に並んだ。火が膨れ上がり、5つの影を谷に映し出した。 「魔界衆五連星、マーグ」 「ガマ法師」 「嵐月」 「ギャロップ」 「ゴトー・マ・ターヴェ」 炎に照らし映されたのは、5人の異形たち。 「ガマ法師、間諜をとりにがしたそうだな。」 緑色の髪をした少年。昼に、村人を集め説法をしていた、マーグが口を開く。 「むねんながら。」 醜い顔をした男、ガマ法師が申し訳なさそうに答えた。 「わしのガマまでやられもうした」 「話によると女の、それも子供らしいじゃないか。よほど頭がきれるのだろうね。」 緑がかった紺色の髪を持つ、出っ歯の男が言う。右目の下に十字の傷痕があり、頬骨が出ている。目つきは鋭く、異様な光を放っている。ギャロップ、と名乗った男だ。 「おぬしほどの男が取り逃がすのだ。舐めてかかれば大やけどをしそうだな。」 額に傷がある男、嵐月がむむむと呻る。どことなく硝煙の匂いがする男だ。 「それで、ゆくえは?」 ヒゲ面の大男、ゴトーが問う。でかい。身長が2メイルもあるだろうか。全身筋肉の塊というのか、破裂しそうなエネルギーが体中に宿っているような男だ。 「いまのところかいもくわからぬ。わしのカエルの体液の匂いも、2日もすればきえてしまう。」 「うむ。」 「外見は茶髪の小娘ということだったな。」 「さよう。しかし、髪の色はあてにはならぬ。薬をつかえばいくらでもかえることができるのでな」 「だが、話によれば送り込まれるのは男という話ではなかったか?女の、それも子供とは聞いていないぞ」 ゴトーが、相手が女子供ではやりづらいとばかりに、困惑した表情をする。 「変装ではないのか?」 「変装するには身長が低い。わしのみたところ、150サントあるなしというぐあいじゃった。」 ふむ、と頷く一同。 「たしかに、150サントという背の低い男が北花壇にいるとは聞いた事がないな。仮にマジックアイテムを使っていれば、それはそれですぐにわかる。」 「なればすぐに誰が送り込まれたか素性は知れよう。女の子供など、北花壇にいるとすればすぐにわかるだろうしな」 嵐月が腕を組んで顔を下げ、なにやら考え事をしている。 「どうした?」 「いや……」 嵐月が顔を上げた。 「北花壇で、女の子供と聞いてな。どこかでその話を聞いた覚えがあったのだ。なんでもオルレアン公の息女が、北花壇にいるという」 「ほう」 「だがな、その話と符合すると思えぬのだ。その話の娘はすでに15、16のはず。しかしガマの話では12歳前後というではないか。つまり、赤の他人だと思うのだ」 「うむ。わしが見た限り、よく見てせいぜい14歳というところであった。」 「だが……万一がある。よく調査してみぬことには。さきほどマーグが言ったが、髪の色はすぐに変えられる。」 「下手に手を出すわけにはいかなくなったな。」 「まずは行方を捜すことにするしかあるまい。」 「だが茶色の髪の子供など、いくらでもいるぞ。」 「なに、手はある。わしの考えでは、おそらく単独ではなく、数人で村に潜入してきたはずじゃ。茶色の髪をした女の子を連れたものはいないか、と聞いて回ればすぐに見つかるワイ。」 ガマが立ち上がる。 「それではわしはリョフ様に報告をしてこよう。」 「うむ」 「では……」 「魔界衆五連星の名誉にかけて……」 灯火が、風もないのに静かに消える。あたりは漆黒の闇に包まれた。 辺りを包む霧が揺れることもなく、気づけば5人の姿は消えうせていた。 馬よりも早く、風となって走る1人の男がいた。 醜い顔をした男、ガマ法師だ。 山を抜け出、街道を一直線にリョフの元へ急いでいる。闇の中だ。フクロウといえどもこの姿を見つけ出すことは不可能ではないか。 『むむむ?』 そんなガマの額に、汗が流れ落ちる。街道の反対側に、人魂のようなものが現れたのだ。 バッと跳ね飛び上がり、くるくると回転し、岩陰に身を隠すガマ法師。 『なにものだ?』 人魂を警戒し、物陰からこっそりとそちらを伺う。人魂はしばらく揺れていたと思うと、パッと2つに分かれた。 分かれた人魂はさらに4つになった。4つは8つ。8つは16と、どんどん数が増えていく。 『まさか……あの小娘か??』 胸元からダガーナイフを取り出し、構える。その間にも人魂は増え、街道の向こう側は真昼のようになってしまった。 その光の下に、なにかが現れた。茶色い髪をした少女だ。 「き、きさま!」 思わず飛び出るガマ法師。そこに現れたのは、さきほどとり逃がした少女。つまりタバサだ。 「くう、まさか、きさまは忍者だったのか!?」 タバサは答えない。代わりに拍手を一回打った。 「げぇっ!?」 ガマ法師の周囲に人魂が現れた。ただの人魂ではない。さきほどまでの人魂が青白かったのに対し、こちらは赤々と燃えている。 人魂が法師の周囲を回転する。たちまちのうちに、ガマ法師の周囲に炎の壁が出来上がった。つまりガマ法師は炎の竜巻の中心 部へ飲み込まれてしまったのだ。 「ぐぉお……わ、わしは水は得意だが、火は苦手なのだ…」 炎の壁がどんどん狭まってくる。ガマ法師の衣服がこげ、皮膚を炙られる。 「こ、こうなれば…一か八か火の中を突っ切って逃げるしかない…っ」 背中に岩が当たった。さきほどこの岩の陰に隠れ、街道を警戒したのだ。そう考えると街道は向こう側だ。 「敵はわしが飛び出すのを待ち構えているだろう。しかし、まさか真正面へ逃げてくるとは思うまい…」 ガマ法師が火の壁に突っ込む。全身が焼け、衣服に火がついた。 「ぐわあ!」 飛び出たガマ法師の身体に、何十本もクナイが突き刺さった。 「や、やつめ…裏をかくことを呼んでいたか…だが!」 ガマ法師は、そのまま全速力で走る。何本もが致命傷となる場所へ刺さっているが、まだ多少の動きは取れるはず。 小娘は、忍術を使うという情報を仲間に伝えるだけでも、どれだけ戦況が代わるかわからない。ただその一心で走る。 「おまえたちよ!」 走りながら、ガマは口笛を吹いた。あちこちからカエルが現れ、ガマの背中を守るように集合する。 その光景を見ながら、タバサは不気味な笑みを浮かべた。 「フッフッフ、どうやら罠にかかってくれたようだな」 タバサが自分の顔に手をかけ、皮を引っ張った。その下から現れたのは、赤い仮面をつけた男の顔。 「遠目で、しかも火に囲まれた状況では多少の身長差まで気が回らぬはず。」 赤影であった。 「これでタバサとやらに警戒が向く。さて、リョフや魔界衆相手にどれだけ戦えるか…。」 赤影が手を振ると、空中から杖が現れた。 「このわたしが殺すに値するかどうか、貴様の魔法の腕前を存分に見せてもらうぞ。」 どうやって手に入れたのか。赤影が手にしていたのは、たしかにタバサが置いてきたはずの魔法の杖であった。
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/2018.html
アンリエッタがまだ王女だったころ、ラグドリアン湖の南に「ガイア教」という怪しい宗教が流行っていた。 それを信じないものは恐ろしい祟りに見舞われるという。 その正体は何か? イザベラはガイア教の秘密を探るため、トリステインから秘密のメイジを呼んだ。 その名は……雪風参上! 第5話 げあげあ、とカエルがけたたましい声をあげている。 『妙な声を出しているな』 と、闇の中から鬼火のように浮かび上がる男の姿。 目の下に十字傷のある、ネズミのような顔をした男。ギャロップだ。 「様子が変だ。見に行ってみよう。」 サーカスの曲芸士のように、樹上を翔るギャロップ。まるで地上を走っているのと関係ない。 いや、むしろ地上を走っている並の馬など問題とならぬぐらいの速度がある。 樹上を飛び、空中でくるくるっと回転し着地をするギャロップ。その目に飛び込んできたのは… 「おお!これは…」 そこには、何百というカエルが幾何学的な模様を描くように地面に横たわっていたのだ。 「こ、これはカエル文字…」 汗をだらだらと流しながら、カエル文字を読むギャロップ。カエル文字、はガマ法師が重傷をおったときに仲間に連絡を行う術である。 最後の力を振り絞り、敵の弱点を伝える捨て身の技だ。 「つまり、ガマ法師は重傷を負ったのか…しかも、この内容は…ッ」 そこには、 『においを つけた しょうじょ は にんじゃ ひのじゅつに やられた』 と、書かれていたのだ。 雨が降る気配もないのに、カエルがげあげあとけたたましい声をあげている。 「なんでえ、やかましいな」 のそりと寝床から身を起こしたのは、リョフの館の門番である。 「ときの声ならともかく、カエルの声とは風流じゃないね。」 寝ぼけ眼で服を着替え、門へ向かう。外へ出ると夜がようやく白み始めたという雰囲気で、空には月が二つ薄ぼんやりとかかっている。上弦の月であった。それにしても妙なのは鶏がうんともすんとも言わぬことである。なぜだろうか。 「げぇっ!?」 門を開けた、男が、ご近所さんをたたき起こすような素っ頓狂な声を出し、飛び上がった。 「こ、こいつぁいったい??」 門の前に、全身の皮膚が火傷でただれたうえ、あちこちに刃物が刺さった男が、血だらけになって倒れていたのだ。それも周囲には山のようにカエルが群れている。鶏が鳴かぬのは、このカエルの群れに怯えてのことらしい。 「って、よく見たらガマ様じゃないですか。こりゃあ大変だ」 あわてて駆け寄る門番。そう、倒れていたのは主人であるリョフの部下であり、よく見知った男、ガマ法師のものだったからだ。脈をとるとまだかろうじて息がある。 「……う、む……」 手に触れたおかげか、意識を取り戻したガマ法師がうっすらと目をあける。 「ガマ様!?お気づきですか?大丈夫ですかい?」 「……こ、ここは…?」 よたよたと上半身をなんとか起こすガマ法師。じっとしていてください、とそれを止める門番。 「リョフ様の屋敷です。いったい、なにがあったんですか?」 「おお…、そうか……。……ちょうどいい、リョフ様を…お呼びしてくれ…伝えねばならぬことがある……」 かしこまりました、と邸内に駆け込む門番。けが人だ、誰か手を貸してくれ、と叫ぶと、何人かが顔を出す。それらにガマ法師の手当 てを任せ、自分は主の寝室へ向かう。 「なにごとだ」 屋敷の騒ぎに目を覚ましたのだろう。寝巻き姿のリョフが、御簾を持ちあげ姿を現した。 「リョフ様、大変です。ガマ様が大怪我をおって門前に…っ」 「なにっ!?」 タッタッタッと、門へと急ぐリョフ。玄関に行くと見えたのは、おそらく皆で中に運び入れたのだろう全身血だらけやけどまみれのガマであった。 「おお、ガマ…っ!?なにがあった!?」 「リョ、リョフ様…」 リョフの声を聞き、焦点の定まらぬ目を開けたガマが、息も絶え絶えに言葉をつむぐ。 「ふ、不覚でした…中央が……送り込んだ工作員に……その工作員は…」 意識が朦朧としているのか、うわごとを呟くようにしゃべるガマ。耳元に口を近づけて、なんとか音を拾える程度の大きさだ。 「……オルレアン……一人娘…シャルロット……可能性が……火の……術を……」 「ガマッ!?」 だが、その呼びかけにガマ法師が答えることはなかった。すでに絶命し、この世ならぬ身となっていた。 眼前のかえるたちが、今までの生前とした動きをやめてんでバラバラに動き出す。 それを見て、ギャロップは全てを悟った。 「どうやらガマ法師は、死んだようだな」 苦渋に満ちた表情をするギャロップの背後に、ぼうっと別の影が現れた。2メイル近い巨漢、ゴトーであった。これほどの巨漢にもか かわらず木の枝はピクリとも揺れず、軽やかに現れた。 「うむ。」と、ギャロップが汗を流す。 「まさかガマほどのてだれがこれほどあっさりと破れようとは…」 額に傷のある男、嵐月が同じくどこからともなく現れた。 「さすがに止めをすぐにさすだけの技量はないのだろうが、それでもおそるべき相手だ。」 「たしかに。さすがは中央が送り込んできたエージェントということか…」 緑の髪をした男、マーグが少し離れた岩の上にいつの間にやら座っていた。 「皆も、カエル文字を確認したようだな。」 ぬーっと気配を感じさせず現れた3つの影、すなわち魔界衆五連星残る4名が勢ぞろいしていた。 4人の背後にゆらっと妖気のようなどす黒いオーラが立ち込める。周囲の空間が揺らぎ、質量を伴って現実を侵食していく。 「計画の都合上、万一があるゆえオルレアンの忘れ形見かもしれぬ小娘とはなるべく戦いたくはなかったが……」 「我らの仲間がやられた以上、そうは言っていられぬ」 「その通りだ。我々の仲間を殺した以上、その償いをしてもらわねばなるまい」 「魔界衆の名にかけて、血の報復をただいまより決行する……」 4人の目が不気味に青白く輝いたのだった。 「クロロホルム!」 リョフが大声で呼びつけると、鷲鼻で茶色い髪の男がサササッと現れた。 「少し話がある。他のものは、ガマの死体を丁寧に弔ってやれ。」 はっ、という使用人の返事を背に、リョフはクロロホルムを連れて自室へ戻る。それにしても背の高い男だ。リョフと並んでも遜色ないではないか。 「いかがなさいました、主殿?」 うむ、と頷くリョフ。 「ガマが最後の力でわしに知らせてきた。今度送り込まれてきた工作員は、どうも我らがオルレアン公の忘れ形見、シャルロット嬢の可能性がるというのだ。」 「ほう。」 クロロホルムが目を丸くして驚く。 「噂では外国にやっかいばらいをされたと聞いていましたが、工作員になっていたとは……意外ですな。」 「うむ。しかし中央が我々に工作員を送ったという情報はまだ届いておらぬ。だが、事実ガマは工作員らしき少女に殺された。」 「つまり………国王直属の秘密部隊である、北花壇騎士団が動き出したということでしょうな」 よほど国王はシャルロット様が憎いのですな、という言葉に、大きく頷くリョフ。クロロホルムは周囲に魔法がかかっていることを確認してから、 「ですがこれはチャンスでしょう。我々の計画では新興宗教の信者を増やし、信仰心から来る命知らずの兵隊を武器に首都に侵攻し、 ジョゼフの首をとるというものです。しかしそれだけでは成功するかしないかは微妙なところ。他の領主の動向は不鮮明でありました。 ここで王位継承権を持っていたオルレアン公の娘を旗頭にし、『オルレアン公の弔い合戦』を掲げれば、同調する領主も出てくるに違いないでしょうしな。」 その通りだ、とリョフ。しかしクロロホルムは同時に首を振って、 「しかしまだその少女が本当にオルレアン公のご息女であるかという確証はないですな。なにしろガマの報告しかありませんしねぇ。」 「そうだ。そしてそれについてクロロホルム、貴様に見せたいものがある。」 そしてついて来いと促し、リョフは扉を開け中の階段を降りていく。 そこは地下室に通じる階段であった。開いただけでじめっとした、かび臭い空気が流れ出てきた。 その階段を抜けると、そこは特別に頑丈に拵えた牢屋であった。魔物はおろか、竜やエルフすら閉じ込めることができるようにと特別に拵えた檻がいくつも並んでいる。中にはうつろな目をしたオークやゴブリン、あるいはボロボロになった人間が詰め込まれている。 「はて?」と首をかしげてクロロホルムがついていくと、リョフは中に青い竜が閉じ込められた檻の前で止まった。 「これは……?」 残念だがクロロホルムは魔物に詳しくはない。元は平民階級であり、卓越した知能を見出され側近に取り上げられたのだ。使い魔と は無縁の人生を送ってきた。 「風竜、に見えますな。」 「昨日、わしをこっそりつけてきたのでな。屋敷に入る直前打ち落としてやったのだ。が、どうもこれは風竜ではないようなのだ…」 話し声で意識を取り戻したのか、風竜が目を開けた。身体を起こし、威嚇するように羽を大きく広げ、がおおんと吼えた。 「きゅいー!この三角チャリ親父!レディをこんなところに閉じ込めるなんてひどいのだわ!せめて美味しいご飯ぐらい出してくれればいいのに、魚とパンだけってひどいノー!」 うおお、と思わず後ずさるクロロホルム。 「しゃ、しゃべった!?竜が、しゃべった??」 「慌てるな。わしの調べた限り、おそらくこれは韻竜に違いない」 その2人の会話を聞いて、慌てて口を閉じる竜。 「りゅ、竜なんかじゃないの。ただのガーゴイルなの!きゅい!」 と、誤魔化そうと試みる。 「ただのガーゴイルが腹が減っただなどというのか?」 「さ、最新型だから、お腹もすくのー」 必死にすっとぼけようとする。しかしどう考えてもバレバレであった。 「では、なぜわしをつけた?ただのガーゴイルであるおまえが」 「ぐ、偶然通り道の先に、三角がいただけなの。別に他意はないの。」 「ならばなぜわしの目を逸らすように、雲に隠れて飛んでいたのだ。」 「うぅ……、昨日から同じ事を何度も聞かれて疲れたのー…」 ぐったりとして転がる竜。どうやら黙秘戦法に出たようだ。あからさまに不機嫌そうに、ぷいっと顔を背けるリョフ。 「貴様に見せたかったのは、これだ。昨日、打ち落としたときにはよく正体がわからなんだのだ。中央の工作員が使うにしては少し尾行がお粗末であったのでな。しかし、そのくせどうも絶滅したと思われていた韻竜のようではないか。韻竜を使い魔にするようなメイジならば、あそこまでお粗末な尾行をするようには調教をしてはいないはず。そういうこともありまったく理解できなかったのだ。だが今朝のガマの報告で全てはつながった。オルレアン公はハルケギニアにその名を知られた魔法の天才だ。娘に素質が伝わっていても不思議ではない。」 と、竜に聞こえぬように小声でリョフがクロロホルムに語りかける。 「なるほど。韻竜を従えるほどの才能を持つ工作員、しかし韻竜は未成熟。となると、工作員がオルレアン公の娘である可能性は非常 に高くなりますな。」 「つまり、現時点で優先すべきは、オルレアン公のご息女の保護であるとわしは考えるのだ。」 「ならば問題なのは魔界衆でしょうな。」 「うむ」とリョフが頷く。 「その通りだ。連中にはおそらくすでにカエル文字でガマの死は伝わったに違いない。となれば、連中は復讐心に燃え、オルレアン公のご息女かも知れぬ少女の命を狙うだろう。」 「そうなれば旗頭を手に入れるチャンスはふいになる……ジョゼフのことです。場合によっては、ズール様がオルレアン公の娘を殺害したため反逆罪と見て兵を挙げる、ということすらしかねませぬ。それを防ぎ、『ズール様が正義だ!』ということを内外に示すには、まずその少女への攻撃を中止させ、保護する必要があるでしょう。」 「そういうことだ。」 「しかし以上はあくまで、その少女がオルレアン公のご息女であるという仮定によるものです。まあ万一本物であったとしても死体を完全に処分すればよいのです。中央も自分たちが送り込んだオルレアン公のご息女について問い合わせをしては来ないでしょうしな。」 「だが、手に入れるにこしたことはあるまい。手に入れさえすれば、ズールを蹴落とし、俺が盟主としてガリアに君臨することもできようからな。」 さらりと、とんでもないことを言うリョフ。どうやらこの男、心からズールに従っているわけではなさそうである。クロロホルムはいつも通りといった雰囲気で、 「ですがリョフ様。おそらく魔界衆は復讐に燃え狂っていることでしょう。名代と称してわたしが出向き、娘への攻撃を中止せよと命じても聞きはしますまい。」 「ふむ。だろうな。」 「ならばここは直接リョフ様がお出向きになりを保護する以外に方法はないでしょう。ですが赤兎ですら急いで半日はかかる距離。どうでしょう、ここはあの竜を使ってみては?」 だがな、とチラッと竜を見るリョフ。 「わしも同じ考えであった。ゆえに、あれほど無礼な態度を示しながらも、我慢をしたのだ。」 胸糞悪い、とばかりに竜を睨みつけるリョフ。クロロホルムはその様子を見て微笑み、 「わかりました。わたしが竜をおだて、リョフ様の命に従うように躾けましょう。向こうについてから、手討ちにでもなんでもすればよろしいではないですか。」 クロロホルムの言葉に賛同するリョフ。そして鍵を取り出し、竜の入っている檻の鍵を開けた。 疲れたふりをして横になっていた竜が首を上げ、頭だけを入り口へ向けた。 「これ、竜よ」 というリョフの呼びかけに、おっくうそうに答える竜。 「きゅいきゅい。お腹がすいたから答える気力はありません。どうぞあちらへ行ってくださいな。」 「まあ、まあ、そういわずに。なに、今から上等の肉を召し上がっていただきます。しかし、このような場所では食欲も消えましょう。どうか外へ出られてはどうでしょう?」 「きゅい?」 穏やかな態度で、笑みを浮かべ話しかけてくる茶色がかったブロンドの男の顔を、興味深そうに見る竜。 「お肉?とつぜん何事なの?マフィアは殺す相手に贈り物をするというあれなのかしら?」 「はっはっはっ。違いますよ。こちらの事情が変わったのです。単刀直入に言いましょう。あなたの主人が、我々が尊敬するオルレアン公のご息女であると判明したのです。」 「きゅ、きゅい?」 おるれあんこう、って誰だったかしら?と疑問符を浮かべる竜。そういえばお姉さまをそんな風に呼ぶ人間が何人かいた気がするわ とにじり寄っていく。その様子を見て、内心ほくそ笑むクロロホルム。 「実を言いますと、我々は今の国王ジョゼフに反旗を翻す一味なのです。その盟主として、オルレアン公の忘れ形見であるお嬢様を探していたのです。今回、我々はてっきりあなたをジョゼフが送り込んだ手先と思い、虜囚の辱めを受けさせてしまいました。しかし、部下の報告により、あなたが我々の盟主たる人物の使い魔だとわかったのです。」 どうかご容赦を、と同時に頭を下げるリョフとクロロホルム。あまりの急展開に目をパチパチさせる竜。 「よ、よくわからないけど、お姉さまの仲間なの?」 「その通りですよ。」 クロロホルムが微笑みかける。 「その件でお話があります。実を言うと、我々の部下があなたの主に命を奪われた仲間の敵を撃つべく、復讐に燃えているのです。このままではお嬢様の命が危ういのです。」 「な、なんですってー!?」 きゅいー、とMMRばりに驚く竜。 「我々としては血気にはやる仲間を押さえたいと考えています。しかし、馬ではどんなに急いでも半日はかかります。しかし竜のあなたならば、ほんの数時間で村まで着くはずでしょう。お願いがあります。ぜひ、リョフ様を乗せて村へ急いで欲しいのです。そうでなければ、あなたの主は場合によっては命が…」 「きゅ~……」 頭の中で、矢継ぎ早に浴びせかけられた言葉がぐるぐると渦を巻く。尾行がばれて、ここに閉じ込められたと思ったら、自分たちは味方だという。おまけにタバサの命が危ない、命を狙っているのは暴走した自分たちの部下。なにがなんだかさっぱりわからない。 韻竜は、非常に賢い生き物である。人間程度には簡単に騙されたりはしない。 『お姉さまはあのいけ好かないおでこに命令されてここに来たの。つまり今の王様の敵だから、お姉さまの味方ということは考えられるわ。それから、罠だとすれば、ここから自分を出そうとする意味がわからないの。でももしかしたらきゅいきゅいを利用するために、うまい具合に言いくるめているのかしれないわ。でも……もし本当なら、杖のないお姉さまはピンチなの。怖いけどここは罠であっても乗ったふりをするのが一番なのかも…。』 身体を起こし、2本の脚で大地を踏む竜。でかい。その動作だけで大地が揺れたような気がする。これで子供というのは信じられな い。 しかし、幼体とはいえその竜を落としたリョフも、並の人間ではない。 「わかったの。お姉さまがピンチと聞いて、シルフィードは黙ってられないの」 罠があるとして、それに気づいていないとみせかけるために単純なもの言いをする竜、すなわちタバサの使い魔シルフィード。すでにバレバレであったが、そこは構成上の都合というものだ。 「では、我が主を乗せ村へ急いでくださいますかな?我が主、リョフでなければ部下の暴走を止めることはできませぬゆえ……」 「うー、あんまり気が進まないけどしょうがないのー。三角もみあげ、乗るがいいのー。きゅいー」 一方そのころ、タバサは―――。 宿に戻るわけにもいかず、山に篭っていた。 これはすでに死んだガマに発見されるのを警戒してのことである。ただ丘に出ただけで自分を発見するような相手だ。用心に越したことはない。 『あんな巨大なカエルを使うような人間が警戒している以上、間違いなく何かが起ころうとしている。』 こうなれば一刻も早く村を立ち去りたいところだが、来たときのようにノコノコ街道を歩いて帰るわけにはいけない。自分を逃がしたことで、警戒はさらに厳重になっているはずだ。だがシルフィードならば、警戒を空から破ることができる。子供とはいえ、仮にも韻竜。並みの風竜からならば、上手く地形を利用すれば充分逃げるだけの実力はあるのだ。 そういうわけでシルフィード待ちで、タバサは山に篭っていた。 野宿は初めてではない。これまでの任務には、野宿など序の口にすら入っていない苛烈なものばかりであった。 ただ、火をおこすことができないのはキツイ。魔法の杖があれば、火を出さずに熱を作ることもできるのだが、今は手元にない。山の空気は底から冷えてくるようで、決して体脂肪が多いとは言えないタバサの身体から、徐々に体力を奪っていきつつあった。 『うん?』 と、タバサが異変に気づいたのは、夜もすっかりふけたころであった。 カエルの群れが、整然と移動している。 先日のこともあり、タバサは緊張した。自分を探してカエルを操っているのだと思った。 だがどうも様子が違う。整列をしているのだが、それはパトロールというよりはまるで自分たちを誰かに見せ付けるような行進だったのだ。 万一を考え、まんじりともできずタバサは息を殺して行進を観察する。まさか、見つかったのだろうか?思わず汗が落ちる。 その行進は、夜明け前に、突如バラバラになり、消えた。カエルを導いていた糸が、突然ぷっつりと切れたようであった。 『おかしい』 とタバサが感じたのは当然といえば当然であった。なにかカエルを操っていた男に、異変が起きたのではないか、と思った。 だがひょっとするとこれは罠で、自分が死んだと見せかけおびき出そうとしているのかもしれない。 『ここは、待機』 警戒し、動くことを想定されていれば、すぐに見つかるはずだ。そう考え、あえて場所を動くことをやめるタバサ。 どのくらい経ったろうか。すでに日は高くなっている。 焦げ臭い匂いが鼻をつき、タバサは顔を上げる。 パチパチと、なにかがはぜる音。それが徐々に近づいてくる。 「山火事」 音の方向に顔を向けると、火が森の木々を舐めながら、こちらに迫ってくるのが見えた。 「退避。」 さっと、山火事から逃げようとするタバサ。しかし、その脚が止まる。 「……ひょっとして、罠?」 そうだ。タバサをあぶりだすために、わざと山に火を放った可能性はある。火に追われ、飛び出たところを捕獲する手段は、一般的な兵法だ。しかし、火の海に飛び込んで助かる保証は、ない。 そういえば、身体を洗った水場があった。しかし、そこにはおそらく敵が待ち構えているだろう。 『これだけのことをしてでも、わたしを逃がしたくない……』 タバサは、自分がガマ法師を殺した犯人と思われていることを知らない。おそらく、謀反がごく近いのだろうと推測した。そのため少しでも情報を漏らしたくない、と考えているのだろう。 覚悟を決めたタバサは、くぼ地を探す。ようやく見つかったくぼ地を、木の枝で掘り返す。掘り返してできた穴に身を横たえ、土を上にかぶせた。さらに皮袋の水を全体にふりかけ、手で口の前にできるだけ空間を作り、顔の上にも土をかけた。 闇の中、木がはぜる音と、膨大な熱量が迫ってきた。 「どうしたことだ。」 額に傷のある男、嵐月が汗を流す。眼前にはすっかり焼け野原となった荒野が広がり、ところどころ逃げ遅れた獣の焼死体が転がっている。 「われわれは周囲を見張っていたが、いのししや鳥こそ見れども、人が逃げ出してくる気配はなかったぞ。」 「信じられんな。月之助の火術を逃れる腕前のやつがいたとは。おまけに女の、子供だ」 「まあ、待て。ひょっとすれば、このあたりにはいなかったのかもしれないじゃないか。ひょっとすれば、村に潜伏しているのかもしれん」 「村に?」 ギャロップが思わず問い直す。 「だが村人からそれらしき報告はないぞ」 「村を出た人間はいない。周囲にギャロップが張り巡らせた結界にも、誰一人かかっていない。このあたりにいることは間違いないはずだ。ならば村に潜んでいると考えてもおかしくはないだろう」 「ならば」 と、緑の髪をした少年が立ち上がった。 「信者を使い、軒下から便所まで、徹底的に捜索させよう。ゴトーたちは、ほかの山を念のため探ってくれ。」 全員が頷く。それとほぼ同時に、水に溶けていく絵の具のように、スーッと4人の姿は消えた。 「しかし、このありさまでどこに逃げたというのだ」 それでも納得できないでいた嵐月が、ひとり呟く。 「わしの火術は完璧だ。それを逃れるなど、鳥になって空に逃げるか、モグラになって地面にもぐるかせねば…」 そこまで言って、はたと足が止まった。 「地面!そうだ、山火事になったとき、穴を掘り、上に土をかぶせて耐えしのぐ技術があったはずだ」 むむむ、と汗をたらす。 「ひょっとすると、その方法で逃げたやも知れぬ。仮にもガマを殺したのだ。用心に越したことはあるまい。」 踵を返すと、嵐月は再び焼け跡へ戻った。 「ふう」 土を持ち上げ、ゆっくりと身体を起こすタバサ。多少の火傷はあるものの、運よく火勢の弱かった場所であったため、タバサは火の海地獄を突破することができた。 起き上がりぽんぽんと身体の上の土や灰を払う。シンデレラもかくや、というぐらい汚れている。はやく湯浴みをしたいような感じだ。 周囲はすっかり黒一色だ。土まで焼けて、黒い。障害物がないので、見つかればひとたまりもない。幸いにも周囲に人影はない。今のうちに、はやくここから移動しなければ。だが、どこへ行くべきか。 「おお!」 だが、起き上がったタバサを見つけた男がいた。戻ってきた嵐月だ。 「あの娘、やはり生きていたか。恐ろしいやつだ。」 心からそう思い、汗をたらす。 「だが、もはやこうなっては逃げも隠れもできまい。周囲に万全の罠をしき、確実に葬ってやろう」 タバサの進行方向、焼けた岩の上ににゅっと突き出る影一つ。 嵐月だ。 「……見つかった。」 タバサの歩行が止まる。さっと身をかがめ、物陰に身を隠す。 「ふっふふ。小娘、よくも火の海を生き延びた。たいしたやつだ。」 だが、と嵐月はにやっと笑う。 「ならば今度こそ確実に、止めをさしてやろう。」 嵐月が手をあげる。その瞬間――― 「!?」 タバサはくるくると回転しながら、飛び退く。なぜならば、周囲に、学園の塔ほどもある火柱が、いくつもあがったからであった。
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/1569.html
アンリエッタがまだ王女だったころ、ラグドリアン湖の南に「ガイア教」という怪しい宗教が流行っていた。 それを信じないものは恐ろしい祟りに見舞われるという。 その正体は何か? イザベラはガイア教の秘密を探るため、トリステインから秘密のメイジを呼んだ。 その名は……雪風参上! 赤雪のタバサ 第3話 「それでお姉さま、今晩はどうするのー?」 「宿に泊まる。」 また野宿をするのだろうか?と思いシルフィードが訊ねたのだが、あっさり宿泊すると宣言されてしまう。 「今のわたしたちは巡礼者。」 タバサとシルフィードは、この村に『ガイア教の神体を拝みに来た巡礼者』として潜入している。おまけに女性二人だ。宿が足の踏み場もないような混雑ぶりならともかく、なんでもないのに野宿などしていれば怪しまれかねない。 「でも、でもなのね。建物の中で不意打ちをかけられたら危ないのね。」 こくりとタバサが頷く。その通り、今はまだ「正体がばれていない」ことを前提に行動をしているのだが、これからさき自分たちでも気づかないうちにへまをやらかしてしまう可能性がある。その原因は主にシルフィードであったりするのだが。それにタバサたちの情報がすでに敵に漏れてしまっているという可能性もある。ガリア中央政府に叛逆を企てるような領主だ、その程度の情報を入手するだけの手段を有していてもなんら不思議ではない。 「そう。だから、宿に泊まって、野宿する。」 「きゅ、きゅい!?」 「こっそり宿を抜け出て離れたところでビバークすれば、怪しまれることはないし、敵襲にも備えられる。」 ええ~、と抗議の声をシルフィードがあげた。 「それじゃあ最初から野宿と言って欲しいのだわ。下手に期待させるなんて、お姉さまのいけず!きゅい!」 「宿に泊まることにはかわりがないから。」 しれっとした表情でいうタバサ。どう考えてもシルフィードをおちょくって遊んでいる。 「ぷー。お姉さま、ひどいのだわ。風韻竜は傷つきました。」 頬を膨らませて、ぷいっと顔を背けた。 「せめて今晩のごはんは、お肉料理じゃないと機嫌がなおりません。」 「お肉が食べたいなら、自分で捕まえる。」 「ええー!?自給自足?」 小さく頷くタバサ。 「正体がばれていたとき、食事に毒が混ぜられる可能性がある。」 がっくりとシルフィードが肩を落とした。 「きゅい~。呪ってやるのだわ。風韻竜の呪いで、お姉さまを生涯幼児体型にしてやるのだわ。」 食い物の恨みは恐ろしい。おそらく冗談だろうが、シルフィードの声の調子には確かに怨念が篭っていた。 「一生つるぺた、一生つるぺた、一生つるぺた、きゅーいきゅい。お姉さまは、一生つるぺた、幼児体型になるのよ~!きゅい~」 ブツブツとのろい?の呪文を唱えながら、タバサの横顔に念を送るシルフィード。一生ツルペタなんて我々にはご褒美である。ナイスだ、シルフィード。 「貧乳貧乳、お姉さまは一生貧乳、柏木千鶴が優越感を持つぐらい貧にゅ…ふがっ!?」 熱心に念を送るシルフィードの口を、タバサが塞いだ。 「静かに。」 我慢できなくなったからって実力行使なんてひどいの、とシルフィードがジト目で睨む。タバサはシルフィードに、視線をあっちに向けろと、正面方向を指差した。シルフィードがそちらの方向に目をやった。 「むむー?村の広場に誰かが集まってるの。」 タバサの指差す方向、村の中心部にある円形の広場に多くの影が蠢いている。なにか集会でもあるのだろうか?広場の西側に台座が置かれており、その上に乗った男がなにやら演説をしている。その演説へ、集まった人々は熱心に耳を傾けていた。 「あれがガイア教の教祖。」 タバサが演説をしている男を、改めて指差した。緑色の髪をした美青年だ。肌が白いため、うす暮れの中でもはっきりそれとわかる。風に乗って、男の演説がここまで届いている。タバサがシルフィードの口を塞いだのはそのためであるらしかった。 「みなの衆、しずまれ!ガイア様からのおつげを伝える!」 教祖が両手を開き、落ち着き払って宣告した。ざわめいていた村人たちが一瞬で静まりかえり、固唾を飲んで次の言葉を待つ。 「先日、この村の不信心ものに、ガイアさまが神罰を加えられたのは知っているだろう。」 静まっていた村人が再びざわめき始める。ジーンの死体と、潰れた家をさきほど片付けたばかりなのだ。 「しずまれ!よいか、ガイア様の力はかくも強大なのだ。あのようなことを魔法ではできぬであろう?そのお力を疑うもの、信じぬものには必ずや神罰が下る。だが、おろかにもまだこの村にはガイア様を信じていない人間がいるとらしいのだ!」 どよめきが起こる。村人は皆頭を垂れ、ガイアをたたえる祈りの言葉を呟いている。 「よいか。まだガイア様を信じられぬというのなら今夜にもふたたび奇跡がおこるであろう。ガイア様が再び奇跡を見せてくれるだろう」 「聞いた、お姉さま?奇跡ですって」 ふんがふんがと鼻息荒くシルフィード。タバサはちょこんと頷いた。 「お昼につぶれている家を見たわ。怖い!」 シルフィードがタバサにぎゅっと抱きついた。光を浴びせただけで家を押しつぶすなど先住魔法にも聞いた事がない。 「あれは奇跡なんかじゃない」 「きゅい?」 「あれには、たぶんトリックがある」 タバサは抱きついていたシルフィードをよけ、服の乱れを直した。シルフィードはほっておくとそのままにしておくような気がするので、ついでになおしてやる。なおしてやりながら、トリックの説明を行う。 たとえば、あらかじめ大黒柱をはじめ数本の柱へのこぎりで切れ込みをいれておき、外から大黒柱を縄で引っ張ってやればいい。大黒柱が抜けると、この規模の家なら簡単につぶれる。 「で、でも、でもなの。紐で引っ張ってたら、誰かが見ているはずなの!誰も見ていないなら、奇跡なの。」 「それもトリックがある。」短くタバサが答えた。 『最初に山のほうから変な音が聞こえてきた』と言っていた。あらかじめ予言があって音がすれば誰でもそちらを見てしまう。おまけにこれはすぐにつぶれた家に行かず、村をぐるぐる回っていた。つまり準備が整うのを待っていたのだ。 つまり、準備というのがジーンの家の柱に切り込みを入れたり、縄を括ったりという作業である。 ジーンをあらかじめ棒で殴打し、殺しておく。そして家が潰れやすいように柱を折ったり、切ったりしてやる。この間の作業は、山から現れた音にまぎれて行えばいい。多少の物音は山から現れた音にまぎれて消えてしまう。そして音を発するなにかが光った瞬間、ジーンの家から脱出するのだ。村人は突然光はじめたなにかに気をとられ、家から飛び出した人影に気づくことはないだろう。あとは紐を合図に合わせて引っ張ってやれば、降り注ぐ光に押しつぶされた家屋のできあがりである。 「きゅいー。でも、柱や屋根が地面にめり込んでいたの。それだけだと説明できないのだわ。」 シルフィードはまだ奇跡ではないかと疑っているらしい。真偽を確かめにきたのに簡単にだまされてどうするというのだ。 家が倒壊しやすいように、地面を掘って家の下に空洞をあけておけばいい。つぶれたときの勢いで、柱や屋根ぐらいなら沈む。 説明を受けて、あうー、とシルフィードが肩を落とした。 「やっぱり奇跡なんてないのね。びっくりして損しちゃったわ。きゅいきゅい!」 あとはじっさいに今夜にでも起こるという奇跡を暴けばおしまい。できればズール卿とガイア教に関係がある証拠も欲しかったけど、 ガイア教がいんちき宗教だということがわかっただけで役目ははたせる。 さすがに杖なしでの調査はメイジにとってきついものがある。タバサはなるべく必要最小限の任務をこなして終わりにしたいらしかっ た。 「きゅい!お姉さま、あれを見て。広場の上側!きゅい!」 シルフィードがこちらから見て、広場の正面向こうを指差す。 「広場の上は空。」 「きゅい!」 からかわれてシルフィードがぷくりと膨れた。 「そうじゃなく、ほら見て。なんだかあやしい人影があるのだわ!」 目を凝らしてみると、なにやら黒い影がいくつも、教祖を見守るように家の影に隠れている。しかし目が悪いタバサに見えるのはそこまでで、うすぼんやりとした黒い影としかわからない。というか、あれを人影だと判断できるのはモンゴル人ぐらいじゃなかろうか。 「お姉さま、あれは身分の高そうな騎士よ。杖を持っているもの。もみあげが三角形なのだわ。」 変な顔、とおかしそうにシルフィードが笑う。しかしタバサの表情は逆に険しくなる。 「変なの、赤い馬に乗ってるわ。怪我でもしてるみたい。」 そう、その男はまるで血で濡れたように赤い、見事な馬に乗っていた。その言葉を聞き、タバサがさらに目を凝らした。 「どうしたの、お姉さま?」 タバサは亡き父に聞かされた話を思い出していた。有能な片腕ズール伯爵。その部下に、いるというガリア、いやハルケギニアでも有数の実力をほこるスクウェアメイジ。名をリョフ・ホ・セン。 タバサはなんとかしてその姿を確認しようとする。しかし目にはぼやけた光景しか映らない。シルフィードの話と、父から聞いたリョフの特徴は一致しているものの、はっきりそうだと断言できない。せめて自分の目で見て確認しなければ、報告としては不十分になる。 「だめ、見えない。」 近くに寄って確認しようにも、見える場所までいくあいだにリョフは立ち去ってしまうだろう。竜に戻ったシルフィードに乗れば間に合うかもしれないが、村人に気づかれる可能性がある。今はあくまでガイア教の正体をあばくことが先決である。仮にリョフを確認しても、 ズールに「部下が勝手に入信していた」と返されればどうしようもない。だが、リョフを確認することは、ガイア教とズール卿にの関係が あるという強力な証拠にもなるのだ。 「戻って。それで、追いかけて」 数瞬思案したタバサが、シルフィードに短く命令を下す。今、自分の身を守るものは何一つない。それを承知で二手に別れ、シルフィードにリョフを追跡させ、タバサは今晩起こるという奇跡を観察しようというのだ。これならばガイア教がインチキだという証拠と、ズール伯爵とのつながり、両方について調べることができる。 シルフィードはあっという間に服を脱ぎ捨て、生まれたままに戻る。呪文を唱え竜に戻り、大空に舞い上がった。気づかれぬようできるだけ高空まで飛翔し、村へと近づく。そして今まさに馬を走らせた呂布を発見すると、そのまま追跡を開始する。 今、タバサは杖もなく、使い魔もいない。ただの無力な15歳の少女でしかなかった。 破壊王、それは橋本真也。そうではなく、深夜―― とった宿からこっそり抜け出したタバサは、村全体を見渡せる丘に隠れていた。ここからならば村全体を見渡すことができる。 タバサは疲弊していた。 魔法が使えるときはレビテーションで木の上にのるなどお茶の子さいさいであったのだが、杖を持たぬ今はそれすら困難。しかし地上で野宿をすれば、野犬などに襲われる可能性もある。ゆえに木の上に昇るしかない。体中に擦り傷や青あざを作り、昇っては落ちを繰り返した。ようやく木に昇ったのは2時間もかかってである。しかし、2時間も経ったので、奇跡がいつ起こってもおかしくない時間になってしまった。ようやく昇った木を、しぶしぶながら降りるはめになったのだ。 雨でも振るのか、さきほどからしきりにかえるが歌っている。普段なら二つの月のおかげで夜でもそうとう明るいものだが、空を覆う雲のおかげで、あたりは闇に包まれている。なるほど、なにか小細工をするならばこの闇にまぎれぬ手はない。今晩にも奇跡が起こると教祖が言っていたのはこのためであるらしかった。 それにしてもかえるが多い村だ。耳鳴りがするほどけたたましく鳴き続けている。蝉時雨ならぬ、蛙時雨だ。 いや、なにかおかしい。かえるが多いにしても、この数は尋常ではい。まるでかえるがどんどんタバサの近くへ集まってきているようではないか。 あわててタバサが周囲を見回す。 「!!」 周囲を、十重二十重に何百何千というかえるが包囲していた。どこからこんなにかえるが集まったというのか。 びょいん、とかえるが何匹か飛び掛ってきた。それを振り払うタバサ。 すると次は倍のかえるが跳びかかってくる。それをよけるとさらに倍、ときりがない。 このままではかえるで窒息死してしまう。飛び掛るかえるを振り払って、逃げるタバサ。しかし、かえるはしつこくも追いかけてくる。 まろび、ころがり、懸命に駆けるタバサ。さすがに人間とかえるでは速度に差がある。執拗な追跡を振り切り、囲みを破ってなんとか脱出をした。いつの間にか踏み潰したのだろう、気づくと体中にかえるの体液がふりかかっている。 タバサも女の子である。そんなものがかかっていては我慢できない。仕方がない、宿に戻って身体を洗おうと踵を返す。 「……!」 その目の前に、大きな岩が現れた。 いや、岩ではない。なぜならばそれは動いているからだ。影はのそり、のそりとタバサへ近づいてくる。 雲の隙間から、月が一つ、顔を見せた。その光に照らし出されたそれは、風竜の成体ほどもある大きなガマがえるであった。 『フッフフフ』 と、かえるが姿を現すと同時に、低い不気味な声があちこちから発せられた。 『ひっかかったな、ジョゼフの犬め。まんまと飛び出してきたか。』 その言葉でタバサは気づいた。今晩奇跡が起こる、と教祖がわざと宣言したのだということを。 先日の奇跡で恐れをなしている村人は、絶対に外へは出てこない。外に出ているのは奇跡など信じていない人間だ。とくに村を見渡すことのできる丘にいれば、ガイア教を探りにきた間諜だと告白しているようなものだ。 『まさか女の子供だとは思わなかったがな。』 いくつも声がしているが、これはおそらく腹話術か何かで数人いるように見せかけているのだろう。おそらくこのかえるの群れを操っている人間が1人いるだけに違いない。この丘全体にかえるを放ち、人間が昇ってくれば鳴き声で知らせるようにしておいたのだろう。 そうと知らないタバサはまんまと罠に引っかかったのであった。 『小娘、やつのえじきになるがいい』 巨大ガマがえるが、タバサに飛び掛った。