約 658,341 件
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/1206.html
アンリエッタがまだ王女だったころ、ラグドリアン湖の南に「ガイア教」という怪しい宗教が流行っていた。 それを信じないものは恐ろしい祟りに見舞われるという。 その正体は何か? イザベラはガイア教の秘密を探るため、トリステインから秘密のメイジを呼んだ。 その名は……雪風参上! 赤雪のタバサ 第2話 ラグドリアン湖。 ガリアとトリステインの国境沿いの内陸部に位置するこの湖は、風光明媚な保養地として知られている。 ハルケギニア随一の名勝だ。広さおよそ600平方キロメイル。 特に、美の代名詞とさえなっている『水の精霊』の住まう場所として知られている。その湖から南に行くと、 そこにズール伯爵の治めるギシンという地方がある。 この町に、最近妙な宗教が流行りつつあった。 巨大な像をご神体とあがめる新興宗教「ガイア教」である。 その像を一言で表せば、実に立派。 全身金色に輝き、テカテカと輝いている。大きく張り出した頭部。太く逞しい胴体部。見るものを圧倒する その姿は、まさにご神体にふさわしい。 だが、このハルケギニアではブリミル以外を信仰することはご法度。ブリミル以外はおろか、今の教義で はない教えを信仰することすら厳禁である。なにしろ、100年前に『実践教義』が唱えられたときも、ロマリア 宗教庁は激しい弾圧を行ったほどだ。 同じブリミルを信仰する別宗派に対しても、それほどの厳しい態度で臨むのである。まして他の神を信仰 する集団に対しては鬼や悪魔が裸足で逃げ出すほどの態度で臨むのが、ロマリア宗教庁という組織なの だ。 それだけにガイア教の存在はガリアにとっては頭の痛いものであった。 なぜならば一々こんな小さな出来事でロマリアの介入を許したという先例を作りたくない。さらにはどうも ガイア教の背後にギシン領領主ズール・ムケ・デ・ギシン伯爵の姿が見え隠れしていたのである。 ズール伯爵は先王に信頼されていた人物で、現王ジョゼフに政権が移行し政治の世界から身を引いたも のの、いまだにガリア中央政府に強い影響力を持つ人物として知られている。 そんな人間を、疑惑があるというだけで逮捕・尋問することはできない。もっと言えば、煙たい存在である ズール伯爵を葬り去るには確実な証拠を手に入れた上でなくてはならない。 そういうこともあり、タバサに「ガイア教のほんとうの姿を探って来い」という秘密指令が下されたのは当然 といえば当然であった。 もしガイア教を利用して叛乱を企んでいるのなら、調査中ということがばれれば命はない。 仮に叛乱を企んでいなくとも、弾圧のための調査をしていると信者に思われて、殺されかねない。 どっちにしろ身分がばれれば死ぬ危険性が高い。これはそういう任務であった。 そんな事情もあってか、タバサは慎重に行くつもりのようであった。 ギシン領に入るかなり手前、実家で竜から降り、シルフィードを人間に変身させた。 親子連れの旅人に化け、領地に潜入しようというのだ。 多少親子連れというには無理があったため、旅の美人姉妹、ということに落ち着いたが、 「う~。2本足嫌い!動きにくい!服嫌い!ごわごわするの~!」 と、シルフィードは大変機嫌が悪かった。 ただ、これには問題があった。 旅人である以上、メイジの証である杖を持つことがあまりにも不自然だったのである。 調査しているとばれれば命はない。メイジが領地に侵入し、情報を嗅ぎまわっていれば嫌でも目立つ。す ぐにスパイと判断されるだろう。そうなれば、待っているのは死だ。 「杖は置いていくしかない。」 「きゅ、きゅい!?」 思わず耳を疑うシルフィード。無理もない。「木から落ちた猿はただの猿だが、杖をなくしたメイジは平民 以下だ」と揶揄されるほど、メイジと杖は切っても離せないのだ。杖がなければメイジは何もできない。まし てやこれから乗り込むのは敵地である。杖を持たずして、どうやって身を守るというのだ。 だが、 「メイジとばれるほうが、危険。」 と、タバサは判断したらしい。たしかにいくら魔法が強力でも、使用にはメイジの精神力が必要となる。精神 力が切れれば杖はただの棒切れでしかない。メイジとばれれば、おそらく敵は精神力をなんとか消耗させ ようとしてくるはずだ。そうなったときの生存率は0%に等しいだろう。 ならば、逆に元々杖を持たなくても同じだろう。いや、むしろメイジとわからぬ分こちらのほうが生存率は 高いはず。なにしろメイジと杖は切っても離せぬ関係。わざわざ杖を置いてやってくるメイジがいるなどと、 誰が思うものか。 大胆にして細心。タバサがこの年齢で、死を前提とした任務につきながら生き残っていた理由が窺い知れ ると言うものだ。 それに、杖がなくともいざというときはシルフィードがいる。人語を解し、高い知能を持ち、先住魔法を操る。大空を飛び交い、ブレスを吐く。いまや伝説の存在である風韻竜のシルフィードがいるのだから、わざわざ杖を持ち込んで「ここにスパイが潜入していますよ」などと宣伝して回る必要はない。 「だから杖は置いていく」 そんなわけでメイジであることを証明する一切合財、杖からマントに至るまでを実家に置き、髪を魔法の 薬で茶色に染め、村娘が着るような粗末な服に身を包んだ1人と1匹は、目的地であるギシンへと徒歩で向 かうのだった。 ギシン領までここから歩いて2日。そこから目的の村へは1日。ガイア教の本尊である立派なご神体が飾 ってあるという山までは、さらに半日かかる計算だ。 「飛んでいけば速いのにー!」 ものすごーく、恨めしそうなシルフィードであった。 出発して3日目の昼。ようやくギシン領最初の村へたどり着いた1人と1匹を出迎えたのは、 「きゅいきゅい。おねえさま…じゃなくてタバサ、あれをご覧なの。家が倒れてしまっているの、きゅい。」 上から押しつぶされたようになって潰れている、農家であった。 男衆が総出で、倒壊した家屋を撤去している。撤去しながら、皆口々に神に祈りの言葉をささげている。 「なにがあったのかしらー?」 興味津々といった感じで作業を覗き込むシルフィード。それに気付いた農夫の一人が汗を拭いながら、 「ガイア様の罰があたったんですだ」 と親切に教えてくれた。 「罰なのー?」 「へぇ。信心してれば、こんなことにもならなかったんですがねぇ。」 農夫の話によると、この家に住んでいたジーンという男は、この村で唯一ガイア様を信仰していなかった のだという。そのため毎日のようにガイア様に祈祷をあげる女房を怒鳴りたて、ついには追い出してしまっ たらしい。 そして昨日、ガイア様から信者へお告げが下った。 「この村にいまだわれを信じぬ者あり。今夜、風とともに現れそのものに神罰をくわえるであろう」 そして昨晩、悲劇が起こった。 風が止み、奇妙な音が山の中から現れた。 なにごとだ、ガイア様が現れたのかと外を覗く村人。だが、奇妙な音が聞こえるばかりで何も見えない。 音は村の上を飛び、やがてジーンの眠る家の上空で止まった。止まると同時に、眩い光がジーンの家め がけ降りそそいだ。 その光をあびると、柱がへし折れ、壁がくずれ、ついには屋根が落ちて家が煎餅のようになってしまった のだという。 やがて光が消え、音は元来た方向へ去っていく。祈りをささげながら村人が外へ出て、潰れた家の様子を 窺うと、中にいたジーンは即死しており、おまけに家がいくらか地面に沈みこんでいたという。 「ほれ、ごらんなせぇ。柱や屋根が、地面にめり込んでいるでしょう?」 農夫が指差す先を見ると、そこは言葉どおり地面に沈み込んでいる。 「メイジさまの魔法じゃ、こんな真似はできゃしません。間違いなく、ガイア様の奇跡ですだ。お動きになった り、昨夜のように神罰をくわえなすったり。あれはほんとうの神様じゃ。信じぬと、罰が当たります。」 心底怯えきった様子で農夫が答える。タバサが潰れた家屋を観察する。なるほどたしかに上から押さえ つけられたように家屋が潰れて地面にめり込んでいる。こんな魔法は先住魔法も含めて聞いたことがない。 「ところでおめぇさんがたは?」 瓦礫を片付けながら、別の農夫が訊いてきた。 「よく訊いてくれましたなの。わたしたちは旅人なの。」 そんなもの見りゃわかりますだよ、と農夫が呆れる。 「ガイア様を一目見たくて、ここまで来たのです。」 タバサがいつもよりは愛想よく答える。杖がないだけに、できるかぎり警戒心を解こうと考えてである。問 題はそれでも一般的には無愛想なことなのだが。 「ほう、そうかね。あんたらも信心にきなすったかね。」 仲間だと知ると、とたんに農夫の顔がほころんだ。よくわからなかったが、今までかなり警戒されていたら しい。それをあまり表情に出さないのは身分さが激しいハルケギニアの平民の持つ知恵と言うものだろうか。 無愛想なのも、旅の疲れでそうなっているのだろうとか、人見知りする性質なのだろうと好意的に解釈した らしい。 「どこからきなすったんだね?」 「オルレアン、からです。」 「そりゃあ、また遠い。」 がっはっはっと笑う農夫。 「あんなとこにまでガイアさまの功徳はつたわっとるかね。」 感心したように頷く農夫。 「それで、2人はえっと……」 「姉妹。」 「そうかそうか。姉妹で巡礼か。よくきなすったのぉ」 「まあ、よく来たよく来た」 まるで親類が来たように親愛の情を示す農夫。 「それでなのー、えっと、ガイアさまというのは、どこにいるのー?きゅいきゅい。」 「ほほう。さっそく、ガイアさまを拝みにいかれるか。熱心じゃのぉ。」 遠いところからわざわざ来なさっただけのことはある、と村人達。 「あの山の中ほどですだ。この道を真っ直ぐに行けば、そのうち着きますで」 見るからに険しい山を指差す農夫。なるほど、村から半日というのは嘘ではないようだ。 「ありがとうございます。」 ぺこりと頭を下げるタバサ。 「ありがとうなのー。さっそく行ってくるのー」 ぶんぶんと手を振るシルフィード。 実に好対照な2人であった。 2人の姿が消えると、村人達ははぁとため息をつき、 「なんやけったいな姉妹じゃったのぉ」 と言い、頷きあった。 「けったいといえば、このまえ赤い仮面をつけた妙な男が空をとんどったぞ」 「またその話か」 多少辟易したように村人たち。 「見間違いじゃよ、見間違い。」 「んだ。他に見た人間もいねーんじゃ、どうもしようなかんべ」 「もうその話はいいがな」 無駄話を続ける村人たちを手招きして呼ぶ。 「早くつぶれた家を片付けねば、ガイア様のお怒りは収まらぬかも知れぬぞ」 そうじゃそうじゃ、と慌てて作業に戻る村人たちであった。 「すごいのー!大きいのー!金ぴかー!」 きゅいー!と両腕を広げて走り回るのはシルフィード。タバサは小さな背を目いっぱい反らして、目の前の 神体を見上げていた。 でかい。フーケのゴーレムが子供のようである。これほどでかい建築物はガリアにも数えるほどしかない だろう。 なんという金属でできているのだろうか。表面は鏡のように磨きこまれ、タバサたちを映しだしている。 大きな頭。大理石の円柱のような手足。巨大な樽を重ねたような胴体。 ブリミルの像は門を開くことを意味する腕を横に大きく開いた形をしているが、この像は逆に腕を胸の前 で交差させ、直立した形をしている。例えるならば敬虔な信徒が祈りをささげているような姿である。 その威圧感はすさまじく、実際の大きさよりもはるかに巨大に感じる。 「旅の方かね?」 神体に驚き戸惑う1人と1匹に、背後から誰かが声をかけてきた。振り返ると、そこにいたのは上品そうな 老人であった。あごひげと口ひげを蓄え、ゆったりとした服を着ている。 「そうなの。ガイア様を見に来たのー」 ふぉっふぉふぉと嬉しそうに笑う老人。 「それで、どうじゃな、感想は。」 「おおきい!ピカピカ!きゅいー!」 「そのままじゃな。ふぉっふぉふぉふぉ。それで、そちらの妹さんはどうじゃね?」 老人のほうへ視線だけを移し、言葉を選んでしゃべりだすタバサ。 「……この世界の、ものでは、ないようです。」 ほお、と感心したような声を上げる老人。 「無理も無い無理も無い。神様じゃからな、この世のものと思えなくても当然じゃよ。」 うんうん、と頷く老人。 「まあ、ゆっくりしていきなさい。どこから来たのかは知らぬが、長旅でお疲れじゃろう。」 言うだけ言ってから、村のほうへひょこひょこ戻っていく老人。その姿を見て、タバサが怪訝そうな顔をす る。 「どうしたの、お姉さま?お腹でも空いたの?」 どう考えても空腹なのはシルフィードだろう、と突っ込みを入れたくなるがそれは差し置いても、タバサの 怪訝そうな表情は気になるところである。シルフィードでなくても、思わず聞きたくなるような表情だ。といっ ても、怪訝そうな表情をしているとわかるのは、ハルケギニアに数名ほどしかいないだろうが。 「足音。」 短く、タバサが答える。 「きゅい?」 さっぱり意味が分からず、きょとんとしたままのシルフィード。 「何を言いたいのかよくわからないの。お姉さま、きっとお腹が空いているせいで敏感になりすぎてるんだと 思うの。さっそくご飯を食べるべきなの。」 どうあっても食事とつなげるシルフィード。だが、本当に気のせいだったのだろうか。タバサの視線は、老 人の後をずっと追っているようだった。 「ふむ。」 と、そんな様子を見て感心したような声をあげたものが、ご神体の後ろにいる。 先ほどの老人だ。 だが老人はまるっきり別方向へ行ったはず。その後老人が引き返してきた様子も無い。いつの間に、ここ に現れたというのか。 「私の足音に気づくとは。さすがはその名を北花壇に知られた雪風。下らぬ任務かと思ったが、これはこれ でなかなか楽しめそうではないか。」 声が若い。そして張りがある。色気のある声、と表現しても良い。 「だが…」 自分の目の前に鎮座する、神体をまじまじと見る老人。 「これを別の世界のものと感じるとは。あの小娘、なかなか勘が鋭いようだな。」 にやっと嬉しそうに笑ったかと思うと、その姿がまるで霞のように消えたのであった。
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/535.html
前へ / トップへ / 次へ アルビオンの首都、ロンディニウム。 その郊外にロサイムという町がある。王立空軍の工廠として有名な町である。巨大な煙突立ち並ぶ製鉄所、広大な木材置き場、 兵器工廠……ハルケギニア最強を唄われるアルビオン空軍の要である、ということはすなわちアルビオンの生命線であるというこ とでもある。 そこにひときわ目立つ大きな建物がある。空軍の発令所だ。かつて王立空軍の頭脳であったこの建物も、戦争終結によりレコン・ キスタに占有されてしまい、今は三色旗が翻っている。さらにひときわ異彩を放つのが、テントに覆われた巨大戦艦だ。レコン・キスタ は鹵獲した戦艦「レキシントン」を改装中なのである。 現在、ロサイムの町は完全封鎖体制、戒厳令の真っ只中にあった。 通りを歩くのは巡回する警備兵のみである。 その警備兵を見ていると妙なことに気づく。表情に生気がないというか、顔が妙に青白いのである。しかも、このハルケギニアでは ありえないことに、機関銃らしきものを首からぶら下げているではないか。 警備兵の動きをさらによく見ていると、ある建物を中心にして警戒していることがわかるだろう。それは見た目何の変哲もない建物 である。もともと空軍の戦艦の整備を担当していた、この街ではごくありふれた工房の一つに過ぎない。 中に入っても、兵士がただならぬ様子で詰めていることを除けば、ただの工房にしか見えないだろう。だが、その工房の地下が問題 であった。工房の地下室にエレベーターが隠されている。そのエレベーターは地下50mにあって、水爆の直撃にも耐え切れるだけの 防御力をほこる秘密基地へと繋がっていた。 すなわち、この工房はヨミの秘密基地への入り口の一つであった。 現在その秘密基地はフル稼働中である。何かの胴体を思わせるものが次々と運ばれてくる。装甲にスクウェア級のメイジが数人 がかりで固定化の魔法をかけている。見たこともない複雑な回路が運ばれてきては、竜の頭部を思わせるもの、人間の頭を模した ようなものにつけられている。 「なんとも大きく、頼もしいものですな。これが完成した暁には、さすがの3つのしもべも敵ではないでしょう。」 アルビオンの新たなる指導者の地位に着いた、オリヴァー・クロムウェル皇帝は、供の者を引きつれその工事を遠方からはるばる やって来た1人の男に誇らしげに解説していた。 黒い、緩やかな衣に身を纏った男。顔の真ん中にX印の傷痕が残っている。黒く長いあごひげを蓄え、眼光は稲光のようである。 ヨミだ。 「とうとうV2計画も大詰めだ。このぶんだと、あとひとつきもあれば、計画は完了するだろう。」 満足げに工房を見学するヨミ。その顔には自信と余裕がみなぎっている。 「V2計画の進捗状況については、満足できるものであった。あとはトリステイン攻略についてだが…」 「それは、このあとの会議にて報告させていただきます。」 まるで中国人のように礼をとるクロムウェルに「うむ。」と返すヨミ。アルビオンでは、普通このように拳と掌を合わせるような礼をとる ことはない。いったい、なぜ。 「それではV2作戦の状況、およびA計画についての報告、血笑烏作戦についての会議を行う」 ヨミがおごそかに宣告し、着席する。クロムウェルが威厳に満ちたようすで続く。他の人間も次々に着席する。 クロムウェルの背後にはフーケと、ペド、そして幾人かの姿がある。中にはフードを目深にかぶった人間も。 クロムウェルが、「まずはV2計画の進捗状況について説明いたします。」と起立し、挨拶をする。技術主任、と呼ばれた男が前に 出て、モニターを示しながら説明を始める。 「V2作戦はご存知の通り、ロプロス計画を発展させた計画であります。」 映像が移り変わる。そこにかつてロプロス計画によって生産され、バビル2世と3つのしもべを苦しめたV号が映し出された。 「V号はみなさまご存知の通り、ロプロスと互角の力を持っています。ごらんのようにロプロスの体当たりにびくともせず、ポセイドンの レーザー光線をも受けつけません。」 さらに切り替わり、しもべの攻撃をものともせぬ姿があらわれる。 「さらに頭部から超高熱線を放ち、ポセイドンを尻尾で子ども扱いします。腹部からは爆弾を投下でき、サルダン国はじめ周辺国に 多大な成果を与えました。ですが……」 さらに場面は切りかえって、苦しむ搭乗員の姿が映し出された。 「ロプロスの超音波振動攻撃により、搭乗員はヨミ様を除き全員気絶。最終的には…」 画面には爆発炎上を起こすV号。 「爆弾投下口をレーザーで狙われ、墜落しバベルの塔に激突しました。また、同じようにここからロデムに進入され、内部のコンピュー ターを狂わされてしまい、最終的には自爆を余儀なくされました。」 おっほん、とセキをする技術主任。 「以上から、我々はV号の弱点であった、『搭乗員』『爆弾投下口』を排除し、簡略化。さらに効果の高かった『超高熱線』『体当たり』 を強化すべく研究に励みました。結果、超高熱線は特殊なマジックアイテムの使用により威力が1.7倍に、体当たりは『固定化』に よって2.8倍にまで上昇しました。このデーターを用い、量産型V号、すなわちV2号ドラゴンの開発に取り組みました…。」 映像は黒色をした、まさにドラゴンというべき機体に移り変わった。頭にはユニコーンのような角があり、顔は猛々しい。 「これは艦船護衛型のFタイプですが、都市攻撃型のBタイプは爆撃も可能です。また、V号の攻撃に加え、魔法の使用により火炎 放射を口から行うこともできます。操縦方法は原則頭部の人工頭脳によって自動操縦によりおこないます。」 以上です、と礼をすると全員が一斉に拍手をする。 「見事だ。」と満足げなヨミ。 「それで、現在までの生産状況は?」 「現在13体が完成済みです。ひとつき後までには、あと5台は可能でしょう。」 「親善訪問へは何体が間に合いそうかね?」とクロムウェル。 「15体はまちがいなく出動可能です。」 ヨミがにやりと嗤う。 「ふっふふ。この世界で恐れるものはバビル2世とそのしもべのみ。だが、これで空のしもべ、ロプロスは問題ではなくなった。よし、 ではサンダーはどうなっている。」 はっ、と会釈しさらに画像を変えさせる技術主任。映し出されたのは、ポセイドンだ。 「これはご存知のように海のしもべポセイドンです。アルビオンはごぞんじのように空に浮かぶ国。他国に侵略しようとすれば、地上に 兵が降りて、その上で都市を制圧する必要があります。空の航路はドラゴンが確保するとして、問題は地上に降りた兵です。いくら 強力な兵隊やメイジであっても、ポセイドンにはおそらく歯が立たないでしょう。」 そこで…とポセイドンの横に巨大ロボットを表示させる。 「ポセイドンに対抗しうるものとして、我々は巨大ロボットの開発を行いました。ただ、現在の我々の技術ではポセイドンを超えるロボット の開発は不可能である、と判断しました。そこで、我々は量産により、多人数でポセイドンに対抗することを考えました。」 ポセイドンの横に映し出されたのは、まるで古代ギリシャの兵隊のような姿をしたロボット。 「さらに空を飛べないポセイドンに対抗すべく、V2号サンダーは風石を装備し、ある程度の飛行能力を持ちます。これはアルビオンの 地形上の理由からも必要な装備でした。風石は30分で交換可能となっており、作戦に備えて現在量産中であります。また、風石は V2号ドラゴンにも装備されており、移動をジェット噴射、浮遊を風石が行うことで、搭乗者のいない人工頭脳兵器ならではの、アクロ バティックな動きが可能となっています。攻撃手段は、魔法を利用した全身からの発熱、格闘となっています。」 満足げにヨミが頷いた。 「これでポセイドンも問題外となった。あとはロデムだが、ロデムもサンダーで充分に対抗できるだろう。そのために発熱機能を持た せたようなものだからな。」 「次はA計画についてクロムウェルから発表します。」 立ち上がり、技術主任と入れ替わってモニターの傍に立つクロムウェル。 「おほん。さて、A計画、すなわちアルビオン奪取計画ですが、王党派の駆逐に完全に成功したものの、いくつかの問題が出てい ます。」 「最後の攻防戦で我々に多大な被害が出ているというあれか」 「はい。200ばかりの兵が篭るニューカッスルの城を、念を入れて5万の兵で攻め立てました。しかし、連中は火薬を用いて城を爆破、 そのどさくさにまぎれて脱出し、亡命政権を作りました。公式には我々は王党派が最後まで抵抗したため、こちらにも甚大な被害が 出たとしています。そのため連中を無視していますが、こちらに工作活動を行っているという情報もあり、多少手を焼いています。 が、内部の不穏分子の粛清も進んでおりますので問題はないかと。」 「問題はない?」 ピクリ、とヨミの額が動く。 「問題がなくはないだろう。2万以上の兵がニュー・カッスルでは犠牲になったというではないか。おまけに呂尚も行方不明と聞く。 その上で部下をうしなうような行動はあまり感心できんな。」 クロムウェルの顔が青ざめた。 「で、ですが、ニューカッスル攻略の指揮を執っていた呂尚様はヨミ様から…」 「それはそのとおりだ。ゆえに犠牲に関してはおぬしを責めはしない。だが、犠牲者についてなんの感慨も抱かず、おまけに部下を 殺していることを自慢するような態度は感心できない、ということだ。」 恐縮し縮こまったクロムウェルが応える。 「も、もうしわけありません。今後、改めます…」 だが、クロムウェルの命令は、自分たちの目の上のたんこぶを処分しようとする部下たちに無視される形となってしまう。新政権ゆえ の猟官意識が起こした悲劇であった。 「だが、それ以外は完璧と言ってよいできだ。みごとだ。」 ヨミの賞賛に、あっというまに豹変し喜色を浮かべるクロムウェル。 「ありがとうございます。血笑烏作戦にも全力をあげさせていただきます。」 「ではその血笑烏作戦について聞こうか。」 「はい。では続けて説明させていただきます。まずは皆様、この地図をご覧ください。」 モニターにハルケギニアの地図が映し出された。その上に赤線が引いてある。 「これはアルビオン大陸の移動経路を示しています。ご覧の通り、アルビオンは地上に接点がありません。ほぼ唯一の経路というの は、ラ・ロシェールという港町です。ですが、ここは山中にあり、守るに易く攻めるに難しい町です。重要拠点ということもあり、常に 兵が警戒していますし、万一バビル2世がここを守れば我々の被害は甚大となるでしょう。そこで……」 地図が拡大された。ラ・ロシェールのとなり、タルブと描かれた村が映し出された。 「ここ、タルブに部隊を降下させようと考えています。ここは広大な草原が広がっており、身を隠す場所はなく、攻めるにたやすいと いえるでしょう。また目的地のラ・ロシェールにほど近く、この村を占拠し、地上と空からラ・ロシェールを攻め落とすのが、作戦の おおまかな概要です。」 「本来ならばSBC基地からラ・ロシェールに打って出、空との2面作戦をする予定であったな。」 「はっ。ですが、ご存知のようにSBC基地はバビル2世によって完全に破壊されました。そのための作戦変更です。トリステインは 始祖の祈祷書もあり、ハルケギニア進行においても重要な場所にあります。GR計画のためにも、ぜひとも落とさなくてはいけません。」 「またしてもバビル2世か。どこまでもわしの前に立ちふさがる男よ。」 だが、と力強くヨミは立ち上がった。 「だが、今回はわしがバビル2世の相手をする。そこで決着をつけてやろう。」 そして指をつきたて、部下に指示をする。 「よいか。バビル2世はおそらくまだこの世界の秘密に気づいていないはずだ。新月の2日前から超能力をなるべく使わせろ。その ために被害がでてもかまわぬ!よいな!」 全員が起立し、ヨミの命令に応えた。 オスマンは王宮から届けられた一冊の本を、ルイズに渡しながら 『どう見ても、まがい物じゃなあ』 と思っていた。なにしろ文字さえ書かれていないのだ。噂には聞いていたが、まさか本当に真っ白と思っていなかったのである。 「これは?」 怪訝そうに本を見つめるルイズ。なんとも言いにくいな、と思うオスマン。 「始祖の祈祷書じゃ。」 「始祖の祈祷書?これが?」 王室に伝わる伝説の書物。国宝のはずだ。わざわざ召喚して、そんなものを渡されルイズは戸惑っていた。 そんなルイズに噛んで含めるように王族の結婚式の作法を説明してやるオスマン。 「というわけで、姫は巫女に、ミス・ヴァリエール、そなたを指名したのじゃ。」 「姫様が?」 「その通りじゃ。巫女は式に備えて、この祈祷書を肌身離さず持ち歩き、詠みあげる詔を考えねばならん。」 そのあと名誉なことだぞ、とルイズは説得されていたが、ちっとも聞いてはいなかった。なにしろ幼いころ共に過ごした姫様が、自分を 式の巫女に選んでくれたのだ断る理由などない。 こうして、ルイズはゲルマニア皇帝とアンリエッタ王女との結婚式の巫女役に選ばれ、始祖の祈祷書を手に入れたのであった。 「始祖の祈祷書だって?」 自分の頬をつねるバビル2世。夢ではないかと思った。なにしろ、デルフリンガーを脅して得た情報によると、虚無の魔法を目覚め させるのに始祖の祈祷書とやらが必要だと知っていたからだ。その本が、よりによって虚無の魔法使いかもしれない少女の手に 握られているのだから。 「そうよ。王女様の結婚式で、わたしは巫女役になって詔を読み上げるの。それに必要ってわけよ、この本が。」 えっへんと胸を張るルイズ。よほど光栄に感じているのだろう。 「で、その本を読んでみたのかい?」 高鳴る胸を押さえながら聞くバビル2世。さすがにヨミがいる以上、いますぐ帰るわけには行かないが、いずれ帰らなくてはならない。 その鍵が、目の前にあるのだ。 「読んだかいって……言われてもね。」 本をめくってバビル2世に示すルイズ。 「……真っ白?」 「そうよ。前にも説明したでしょ。王室に伝わる祈祷書は真っ白だって。」 やれやれと肩をすくめるルイズ。たしかに、聴いた記憶がある。 「……で、特殊なメガネや道具はなかったのかな」 「この本しか渡されてないわ。」 あっさりバビル2世の希望を打ち砕くルイズ。ガクッとバビル2世は肩を落とした。 まあ、そんなにあっさり都合よくなにもかもうまく行くわけはないか。そう考えて、気をとりなおすことにした。あとでデルフを脅して、 どうやって読むのか聞けばいい。それで読めなければ、贋作ということだろう。 「で、詔を考えなきゃいけないんだけど……」 「ぼくはわからないよ。」 「でしょうね。異世界の人間だし。」 「残月なんかどうだい?」 仮にも王族、仮にももと愛し合った人間。あるいみロマンティックだ。きっといいものを考えてくれるはずだ。 「却下。」 吐き捨てるように却下された。 「あんな色情狂を頼るなんてお断りよ!」 おっぱいフェチはゲラウトヒア。そう、ルイズの目が語っていた。 「なら孔明はどうだい?仮にもブリミルの使い魔だったらしいじゃないか。」 「それなのよね。ブリミル様がどんな人か聞こうと思って聞いていないし、いい機会と思って探したんだけど……」 首を振って応えるルイズ。 「どこにもいないのかい?」 「そうなのよ。あのヒゲ親父、また街をほっつき歩いてるのかしら…」 ブツブツ文句をたれるルイズ。おそらく情報収集をしているのだろう、と思いバビル2世もとやかく言わなかった。 「……コウメイ様。ウェールズさまがよこしてくれた、平民のあなただからこそ言います。」 ここはトリスタニアの王城。アンリエッタの私室である。アンリエッタは、ここ最近何度も孔明を極秘裏に召喚していた。 「わたしはもう、魔法を使う人間が信用できなくなってきています…」 悲しそうに、アンリエッタは言う。自分が使者として選んだ人間がよりによって裏切り者で、しかも愛するウェールズを殺したと思って いるのだ。かなり、ショックだったのだろう。 「しかし、この国は始祖ブリミルから伝わるメイジの国。わたしの周りの信頼できる人間は、みなメイジ。そんなかたがたにメイジは 信用できない、などと誰がいえましょうか。」 その言葉を黙って聞いている孔明。これまでは、孔明に話す内容は全て雑談か、ルイズたちの様子ぐらいであった。何度目かの招き で、ようやく信頼できると確信したのだろう。アンリエッタは本音を話し出している。 「私は今、平民を貴族に上げようとすら考えています。それならば一気に悩みが解決いたします。しかし、理由もなく貴族の列に加え ては、メイジたちの反発は必至……。なにか、良い方法はないでしょうか……。」 にっこりと嗤い、孔明は頷いた。 「私のような人間に、そこまで打ち明けていただけるとは、恐悦至極。この孔明でよければ、ぜひお力添えにならせていただきます ぞ。」 優雅に一礼する孔明。 「ですが、まずは貴族に上げるに足る人材を見つけることが先決ではないですかな?すでに、心当たりはあおりかな?」 「……いえ、それは……」 ふむ、と首を斜めにしてアンリエッタをジッと見る孔明。やがて、口を開いて 「よろしい。この孔明、全力を挙げて貴族にするに足る人材を在野から見出してきましょう。その上で、アンリエッタ様自身が、自らの 目で、己が信用できるか否か、お試しくだされ。」 「そうして、いただけますか?」 はい、と答える孔明。 「また、貴族に素直にあげるに足る機会の件もなんとかいたしましょう。」 アンリエッタは、素直に頼もしさを感じていた。やはりウェールズ様がよこしてくださったお方だわ。と感激さえしていた。 簡単に騙されやすい王女様であった。 前へ / トップへ / 次へ
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/693.html
トリステインの城下町。ブルドンネ街では派手に戦勝記念のパレードが行われていた。 女王戴冠が決定しているアンリエッタの乗る馬車を、狭い街路いっぱいに詰め掛けた観衆が歓声で迎える。いまやアンリエッタは、 強国アルビオンを打ち破った聖女としてあがめられ、人気はとどまるところを知らない。 隣国ゲルマニアの皇帝との婚約も解消された。ゲルマニアでさえその勢いに恐れるアルビオンを打ち破ったトリステインに、意義を 唱えることなどできようはずもなく、婚約なしで対等の同盟締結と相成った。 そんな賑々しい凱旋の一行を、宿の2階から眺める2人の男がいた。 名はない。 誰に問われようとも、今まで「名はない」という一言で済ませてきたこの2人を、いつしか皆「名無し」と呼ぶようになっていた。 「戦勝パレードか。人間というものはなぜ命をいたずらに奪うことを、これほど賞賛するのか。」 窓の外に背を向けた老人。ロマンスグレーという言葉がこれほどしっくり来る男は滅多にいないだろう。どっしりとした貫禄のある 声だ。 「おまけに『聖女』と来たか。戦争の命令を下した生き物を、聖女呼ばわりとは。なんともおろかなことではないか。」 ハートマークに似た髪形をした、モノクルの中年が馬車に冷めた視線を送る。 不思議なことにこの2人からは生きている気配がしない。 普通、どんな部屋でも人間が1日いるだけで独特の空気を持つようになるものだ。この2人が宿を借りてすでに3日経つ。にもかかわ らず、部屋からは生き物の匂いが一切しない。例えるならばロボットやなにかがそこにいるだけのようであった。 モノクルを嵌めた男が視線を観衆に移す。何人も見知った顔がそこにはいる。アルビオンの貴族だ。彼らは移動の自由こそ保障 されているようであったが、メイジの象徴たる杖を取り上げられ、主を失った老犬のようにパレードを見守っている。 「まったく。おろかな連中だ。」 理解し難いといった感じの声。 「自分たちの部下を殺した人間を、勝者だと言うだけでたたえているぞ、連中は。たかだか殺戮闘争に勝利しただけでこの有様か。 戦争に勝つことを美しいと感じるような遺伝子でも、人間には備えられているのだろうか。」 「少ししゃべりすぎだぞ。」 老人が男を戒める。あの戦争以来、男はなにかに焦るように口数が増えた。それは自分で自分に何かを言い聞かせているようで あった。 「貴様は逆にしゃべりなさすぎだ。」 モノクル男が逆に老人に言う。老人は老人で、戦争以来何かを耐えているように口数が減った。まるで湧き上がる衝動を押さえ込 んでいるようであった。 2人は黙ってお互いの顔を見つめる。しばらくの沈黙の後、 「――お互い、同じことを感じているようじゃな。」 と老人が呟く。中年が小さく頷く。 「その通りだ、No.1よ。わしは、今、あのパレードに軽い嫉妬を覚えているのだ。自分が戦争に参加をしたということ。それに敗北した ということに対して、理解不能の感情を抱いているのだ。」 「No.3よ。それ以上言うでない。」 唇をかみ締め、No.1と呼ばれた男が、中年をしかりつける。 「それ以上言えば、わしはおぬしを処分せざるをえなくなる。」 「わかっている。だが、No.1も感じているのだろう。いったいこの感情は何なのだ!?」 脂汗を流し、うめき声をあげるNo.1. 「我らにあってはならない感情だ。」 「だが、その感情を生み出したかも知れぬアンリエッタを見ても、その感情が何であるか説明がつかぬではないか。」 「いや。わしらはすでにその感情の正体を知っている。違うか、No.3よ。」 ギリッと奥歯をNo.3が噛みしめる。拳を握り締め、不機嫌そうに床を靴で叩き鳴らす。 「知っているからこそ、我々は怯えているのだ。これではまるで忌むべき人間のようではないか、と…。」 「ったく。わたしの使い魔はどこへ行ったのよ?」 火の塔、風の塔、水の塔、そして土の塔と一回り見て回った挙句、再び火の塔を覗いてルイズが呟く。 「あの変態仮面がメイドのところにいたのを見ただけで、どこを探してもわたしの使い魔軍団が見つからないってのはどういうわけ?」 いつのまにか個人所有の使い魔軍団にされているバビル一行。ロプロスとポセイドンを含んでいるのだとしたら、おそるべき戦力 を一メイジが抱え込んでいることになる。超能力少年、3つのしもべ、コンピューター、亡国の王子…。 世界征服をしてもお釣りが来そうだ。 「わたしは伝説の『虚無』の系統使いかもしれなくって、人知れず悩んでいて、しかたないから誰でもいいから相談に乗って欲しい のに、どこを探しても影一つ見えないってどういうことよ。このさい豹でも鳥でもゴーレムでも構わないって言うのに!」 残月はそれ以下というのが悲しい。まあ、おっぱいマニアは敵扱いなのだろう、ルイズにとっては。 「おれっちがいるじゃねーか?/」 「黙れ、オルファ製。」 「オ……オルファ……/」 引きずる剣が返答に絶句する。デルフリンガーだ。ルイズの背丈では、背中に背負っても剣が地面を擦ってしまう。ならばということ で鞘に紐を通して引きずっているのだ。 「オルファはないんじゃねーのか、オルファは/オレはカッターナイフかっつーの!/こう見えても伝説の剣だっての!/」 「カッターナイフなんて、そんないいものか!」 伝説の剣の意識を挫く強烈無比な一撃。刀身がハンマーで殴られたような衝撃をデルフは感じた。 「あんたせっかく買ったのになにも役立ってないじゃないの。伝説の剣って言うぐらいだから、人探しにぐらいは使えるんじゃないか って持ってきたのに、重いばっかりで役立たず。」 「オレをダウジングに使う時点で間違ってるっての!/」 「つまり曲げた針金以下ね。」 「ゲフウ!」 煮えた鉛に漬けられたような感覚を受け、剣のくせに血を吐くデルフリンガー。やめて!デルフのLPはもう0よ! 「ん?あれって……孔明?」 真っ白に燃え尽きたデルフの柄先、校門からフラリと学園へ入ってくる優男の姿があった。 策士・孔明であった。あいかわらず今日も怪しい。でももう誰も騒がないのはなんというか…。 「そうだ……孔明なら、ブリミル様の使い魔だし、相談にはもってこいね。」 ナイスアイディアとばかりに指を鳴らすルイズ。それにせっかくならブリミル様のことも聞いてみたい。どんな魔法使いだったのか、 数々の伝説は本当か……。 「げぇっ!なあ、貴族の娘っ子よ、あれに相談するのか?」 剣のくせに怯えて言うデルフ。 「そうよ?最高の相談相手じゃないの。まさに適材適所って感じだわ。」 廊下を駆け出すルイズ。フライが使えないものだから階段を駆け下りていくしかない。だが、今はそんなことなど気にならない。なぜ ならば、自分は伝説の虚無の系統に属する人間かもしれないからだ。 「おや、ルイズ様。これはご機嫌麗しゅう…。」 ルイズの姿を認めると、優雅に一礼する孔明。あわてて礼を返すルイズ。さすがに始祖に仕えていたともなれば、礼儀を払わざるを えない。 「なにか、御用ですかな?」 涼しげな笑みを浮かべる孔明。この格好さえしていなければ一流会社の重役と言っても通りそうだ。 「ちょっとお聞きしたことがあります。お時間はよろしいでしょうか。」 孔明が頷くと、ルイズは一気に不安と疑問を並べ立てる。安心させるように孔明が目を細めた。 「ご心配はもっともです。まさか虚無の魔法が失われていたとは、この孔明、迂闊でした。ですが、ご安心ください。すでにあなたは 虚無の系統を身につける術を手に入れているのですから。そう!」 扇を天にかざし、宣言する。 「すなわち始祖の祈祷書こそが、虚無を支配する鍵なり。」 扇から炎があがった。 「や、やっぱりあの本が重要なのね。」 ド迫力に思わず後ずさるルイズ。怖い。なにより恥ずかしい。なんでこんなにオーバーアクションなのだ。 「でも、あれは結婚式のための借り物で、姫…王女陛下が婚約を破棄された以上、王室に返還すべきでは…?」 いえいえ、と首を振る孔明。 「斧は木を切るために。竿は魚を釣るために。本は読むためにあるもの。それを一番役立てる人間が持つべきであり、書庫の隅に 埃をかぶせておくべきではありませぬ。願い出れば、必ずお譲りいただけるでしょう。」 「ゆ、譲ってもらうなどとんでもありません!」 ルイズが慌てて首を振る。 「いえ、むしろ譲っていただくべきなのです。始祖の祈祷書は虚無を導くためのもの。王家にとってはそれこそが、まさに望むべき ことなのですから。少なくとも……」 チラッとデルフリンガーへ視線を向ける。 「その剣を持つよりは、始祖の祈祷書のほうがよほど貢献できるはず。違いますかな?」 そしてデルフリンガーをひょいと持ち上げた。 「この剣は私が預かっておきましょう。バビル2世さまへお渡ししておきます。」 ひぃ、とデルフが小さく叫び声をあげた。 「そうそう。そのビッグ・ファイアのことなんだけど。どこ探しても見つからないのよね…。」 「バビル2世様なら、コルベール様の研究室にいらっしゃるはずです。」 あ、と口を掌で押さえるルイズ。 「……あそこを覗くのを忘れていたわ。臭いのよね、なんだか…」 眉をひそめるルイズ。研究室に篭る異様な空気を思い出し、辟易しているのだろう。 「ま、いいわ。ちょっと覗いてくるわ。」と駆け出していくルイズ。その後姿へ孔明は手を振る。 姿が消えると、デルフがこわごわ声を上げた。 「……おい、コウメイ/何考えてるんだ、オメー/あの娘を虚無使いにしてどうするつもりなんだ?/」 「言わずともわかるのではないですか?」 にぃ、と孔明が先ほどとは打って変わって、冷酷な笑みを浮かべる。聞くんじゃなかったというように、デルフが縮こまる。 「ったく/なんでこんなやつが4人目の使い魔なんだ/ブリミルのヤローももうちょっと考えて召喚しろっての/」 「おや、どういう意味ですかな?」 「どういう意味って、そのままの意味じゃねーか/おまえは4人目だろ、4人目!/」 バカにするのかと顔を真っ赤にして怒るデルフ。いや、顔なんてないけど。 「おやおや。何か勘違いをなさってはいませんかな。」 ずいっとデルフに顔を寄せる孔明。人間で言うなら息が当たる距離だろう。 「わたしは、4人目の使い魔などではございませぬぞ。」 「……はぁ?/」 「これまでに、私が一度でも『4人目の使い魔だ』と申し上げたことがございましたかな?」 「な……/そ、それはだな……/」 デルフはバビル2世の手元に渡って以来の全ての記憶の糸を手繰り寄せる。過去の記憶はおぼろげになっているが、最近の記憶は 鮮明に残っている。徹底的に洗いなおす。検索する。捜し求める。だが……。 「……言って、ねぇ/」 「左様。私は使い魔だった、とは言いましたが4人目とは言っておりませぬ。そもそも、バビル2世のためにだけ働くコンピューターが、 なぜ赤の他人に協力するなどと思うのですかな?」 デルフはうなり声一つ上げずにそれを聞いている。人の背丈ほどもある刀身が、縮こまって小さく見る。 「お忘れですかな。虚無の魔法には…」 「……記憶を自由にできる魔法がある/」 「その通り。デルフ様、あなたには考えがあって、4人目の記憶を曖昧にさせていただいています。あなたに植え付けられた恐怖も、 記憶を操作してのもの……。かもしれませんし、そうでないかもしれません。」 鞘に収まっているくせにずっこけるデルフ。というか、お前は剣だろうが。 「じゃ、じゃあよ/オメーは何者なんだ?/胸にルーンがあったじゃねーか!」 「あのようなもの、いくらでも偽造できるではありませぬか。あれが4人目のルーンの印だなどという証拠はないのですから。」 「じゃあ、オメーは誰なんだ!?話が急展開過ぎてわけわかんねーぞ!/」 「私ですかな?わたしは孔明。機体識別コードK0 Me1。バビルの塔の端末に過ぎませぬ。」 剣相手に古式正しい作法にのっとったお辞儀をする孔明。その姿にデルフリンガーは言いようのない不安を感じる。 「……オレに、それを今言うのは、何を企んでるんだ、孔明……/」 剣であるために逃げ出すこともできず、絶望に打ち震えるデルフリンガー。 「企むだなど、とんでもない。私はただ、デルフ様に頼みごとが一つあるだけなのです。そう、」 デルフリンガーの鯉口を切り、鞘から引き抜いた。 「あなたの最初の主を見つけ出し、世界の姿を戻すために協力して欲しいだけなのです!これ全て、バビル2世のためなり!」 孔明の唇の端が、大きく吊りあがった。
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/420.html
前へ / トップへ / 次へ ゼロの策士 「う、動いた…」 「終わりだ…動いた…/」 まるで正反対の反応を見せる1人と一本。1人は歓喜、1本は絶望。 そして名を呼ばれたバビル2世は… 「いったいおまえはだれだ。何者なんだ!?」 むむむと唸っていた。透視しても見えるのは精密な機械類のみで、生物の痕跡すらない。 「おわかりにならずとも、いたしかたありますまい。」 顔を上げ、微笑むコウメイ。 「なにしろ、この姿でお会いするのは今日が初めてなのですから。」 声もはじめて聞く声だ。「旦那様の名前はダーリン」と今にもナレーションしそうな声であった。 初めて、と聞いてバビル2世の機嫌が悪くなる。 「初めてならぼくがわかるわけがないじゃないか。」 バカにしているのかこいつはと憮然とする。だがコウメイなる男は意に介していない様子で、 「いえいえ、本来の姿では、よく、お会いしているのです。」 そこまで言われてバビル2世ははたと気がついた。 「ひょっとしておまえはバビルの塔のコンピューターか!?」 「左様。正確にはその端末にしかすぎません。」 「驚いたな。どうやってこの世界にやってきた?」 「バビル2世様としもべが消滅して以来、塔は徹底的に世界中を捜索いたしました。ですが、なにかの攻撃を受け消滅したにしては 痕跡一つなく、またヨミと相打ちにならなかったことはすでに確認済み。となれば!」 バッ、と扇を突き出すコウメイ。それにしてもこの男、ノリノリである。 「これはおそらくは別世界へ飛ばされた、または他の惑星へ移動したと考えられるものなり」 訂正しよう。ノリノリというか、絶好調である。バビル2世やルイズが思わず後ずさる。さっきまで喜んでいたウェールズまで退いている。 「こ、コウメイ様……すこし落ち着いてください……」 「だまらっしゃい!ここからがよいところなのですぞ、ここからが!」 以下、コウメイの独演会を簡潔にまとめる。 時空の歪みから、移動した世界を察知。コンピューターは人型端末であるK0 Me1を送り込んだ。空間を飛び越えることに成功したが 現時点から6000年も前に到着してしまったこと。そこでブリミルと出会い、協力をし冒険をして、最後に子供の1人に頼んで自分を 保管してもらい、未来にやってくるであろうバビル2世を待っていたこと…。 全て語り終えたときには4時間も経っていた。もう後半部分は誰もほとんど聞いてはいなかった。 「……始祖ブリミルの使い魔って、こんな変な奴らばっかりなのかしら…」 疲労困憊此処に極まれりといった感じでぐったりしているルイズが呟く。「奴らってどういう意味だ」と言ってやりたかったが、バビル2世 にもそんな気力は残っていないのであった。ウェールズ王子は起きる前に壊せばよかった、などとすら考え始めていた。 「……な、だから起こしちゃダメだって言ったろ…/」 デルフの言葉に、全員が思わず頷いた。 「ところで一つ聞きたいんだが?」バビル2世が気力を振り絞り口を開いた。 「なんなりと。」 「ぼくがコウメイを発見できない、もしくは自分が廃棄されるということは考えなかったのか?」 「ふふふ、元の世界に戻る方法を求めてバビル2世様がここへやって来ることは予測済み。まして強力な超能力を持つバビル2世様の こと、かならずや王家のものの目に止まり、私のスーツと学生服との共通点に気づいた人間の手によって、ここまで案内されるだろう と予想しておりました。そして破棄の危険性。これについては始祖から伝わるものを軽々しく扱わぬことは確実。以上からここで待てば バビル2世様に会うことは必至。これ全て、人の心を操る策士の技なり。」 扇子の先から炎が吹き上がった。何の意味があるのだろう、この演出に。 「なんだかわからないけど、とにかく6000年間ずっとここでビッグ・ファイアを待ってたってこと?」 ルイズにものすごく簡単にまとめられた。 1行でまとまることを4時間聞かされたのだと気づいた一同は、腰から砕け落ちそうになった。 「……実は秘宝の処分を終えて、パーティに招待しようと考えていたんだが……。」 水がはられた盆のがこんなところに置いてある。上に針が乗っている。どうやら時計らしい。 「そろそろ、終わる時間だ。だが、きみたちは我が王国が迎える最後の客だ。ぜひとも出席して欲しい。」 ふふん、とコウメイが口元を扇で隠し、鼻で笑った。 「おやおや、国が滅ぶかも知れぬ直前にパーティとは……気が知れませぬな。」 疲労しきったウェールズが怒る気にもなれず、力なく笑った。 「せめてもの矜持さ。最後まで我々は、我々であったことを反逆者に見せつけ、消えていきたいのだよ。始祖ブリミルの末裔の名に 恥じぬようにね。」 「ほほう。ですが、どうせなら、勝利の晩餐会を開かれてはどうですかな?」 「無茶を言わないでくれ。我々には兵が200しかいない。敵はその50倍、100倍、いやそれ以上で攻めてくるだろう。まな板の上の 鯉も同然さ。」 「200で充分ではありませんか。」 え?と目をぱちぱちさせながら、ウェールズがコウメイを見た。 「私の手にかかれば、200の軍勢で、敵に勝利してみせようではありませんか。」 うはは、ははは、うはははは、と高らかに声を上げてコウメイは笑った。 バビル2世はそのとき、なぜかウェールズの指が門に描いた字を思い出していた。「孔明」と書かれたことを。 城のホールへ3…いや4人?が行くと、パーティは今まさに盛りという雰囲気であった。 「おかしい、これはどういうことだ?」 「おや、王子。どこへ行かれていたのですかな?」 様子を訝しむウェールズに気づいた、メイジらしい男が声をかけてきた。 傍に行って話を聞き、慌てて戻ってきたウェールズは首を振った。 「どうやら、明日、叛徒どもの総攻撃があるらしい。軍勢は5万。全員、最後の晩餐を楽しんでいるということだろう。」 そして力なく笑い、姿勢を正し孔明に身体を向けた。 「孔明様。長らくの眠りから目覚めたばかりにもかかわらず、助勢を名乗り出ていただきかたじけのうございました。しかし、200対5万 ではすでに勝負は見えております。どうかその任には及びませぬ。どうかお逃げください。」 そして深々と頭を下げた。 皇太子が頭を下げているのを見て周囲の人間が何事かと遠巻きにし始める。立派な身なりをした老人が、従者を連れてよろよろと 近寄ってきた。その老人が動くに従い、人ごみがモーゼのように割れていく。 「ジェ、ジェームズ陛下!」 ルイズが慌てて膝をつく。ウェールズも家臣の礼をとり、膝をついた。 「ウェールズ空軍大将、そのお方は…?」 バビル2世と孔明を交互に見るアルビオン国王陛下。面倒なのでア国王とあらわすが、やがてなにかに気づき目を見開いた。 「もしや……ウェールズよ、このお方は…?」 こくりと頷くウェールズ。返事を受け、見ている人間が心配になるようなガタガタした動きで、まるで家臣のように膝をつき礼をとる、 ア国国王ジェームズ。その姿に、周囲の王の側近たちがあっけに取られている。 「よもや、目覚めた途端、この国がこのような事態になっていようとは、夢にも思いませんでしたよ?」 ふぁさ…と羽扇を揺らす孔明。涼しげな笑いが、かえって威圧的である。 「も、申し訳ございませぬ……。」 恥じ入り、頭をさらに下げるジェームズア国王。老人の小さな身体が、さらに縮こまって見える。 「ですが、いたしかたないのかもしれませぬな。これほど無能な人間ばかりが国を司っていたのでは……遠からぬうちに、たとえ叛乱 なくともこの国は滅びていたことは確実。やれやれ、はじめはどうにかするつもりでしたが……その気力も失せましたな。」 バカにしたようにホールに集まった人間を見まわす孔明。殺気に満ちた視線が孔明に襲い掛かる。 「貴様!どういう意味だ!」 「無礼ではないか!」 「返答しだいでは、ただでは済まさぬぞ!」 しかし、その罵声を涼しげに流す孔明。バビル2世も、ルイズも、ウェールズもいったい何を言い出したのかと口を開けている。 人ごみにまぎれてキュルケたちもいる。同様にあんぐりと口が開いている。タバサはページをめくる手が止まっている。 「そうではありませぬか。どうも、先ほどから伺っていると、皆様はまるで玉砕をするような意気込み。わざわざ叛乱軍を喜ばせるなど、 正気の沙汰ではありますまい。」 「ど、どう言う意味だ、貴様!」 「我々を侮辱しに来たのか!?」 「ならばただではゆるさんぞ!」 「だまらっしゃい!」 一喝する孔明。あたりの空気がビリビリと振動する。 王も「静まれ!」と部下を制した。 「コウメイ様、いったいどういう意味でしょうか…?」 名前に敬称をつけてまで呼ぶ王の態度に、周囲の様子が変わっていく。 「では逆にお聞きしましょう。叛乱軍が最も好ましいこと、は何でしょうか?」 「それは……我々を全滅させることでしょう。」 「なぜ?」 「……我々は、やつらにとっては妥当すべき旧体制だからです。この国をのっとるのに不要だからです。」 「左様。しかし、それでは答えの半分も満たしてはおりませぬ。叛乱軍にとって恐ろしいのは、自分たち内部の裏切りではありませ ぬか?なぜならば、王家は古くこの国を支配してきた家柄。かならずや、どこかに慕うものがいるはず。となれば、仮にこの国を 支配してもいつ寝首をかかれるかわからぬ、ということであります。」 孔明は扇をふわりと大きく振った。 「つまり、連中にとってはこの国を完全に支配するためには王家の完全なる殲滅が必要。残しておれば王家を旗頭に、立場が逆転 し、元王家派がいつ牙をむいてくるかわからぬではありませぬか。すなわち、叛乱軍は自分たち内部の抵抗勢力一掃のために、 王家の全滅を画策しているに過ぎませぬ。」 腕を伸ばし、扇を掲げた。 「逆に言えば、連中にとって一番好ましくないことは、王家が例え外国ででも生き残り、自分たち内部の抵抗勢力に働きかけること。 なれば、確実に全滅してくれる玉砕は叛乱軍にとっては渡りに船。逆に、もし逃げられたら、と敵陣はピリピリしていたことでしょう。 ここに来て一気に5万もの大軍を送り込んで来たのは、逃げぬうちに一気にかたをつけるという意思の表れと見て間違いあります まい。すなわち、王家にとっては逃げるが勝利。叛乱軍は全滅させねば敗北なり!」 扇の上に炎があがった。 「し、しかし……内憂も払えぬ王家を受け入れる国などありますまい。厄介ごとを抱えたくないと、我々を送り返すかもしれませぬ。」 「ならば、全員死んだことにすればよいのです。玉砕をしたことにして地下に潜伏すればよいではありませぬか。おそらく叛乱軍は 死体をでっち上げてでも、王家が全滅したことにして喧伝して回るでしょう。いつ内部で叛乱が起こるかと怯えながら。」 シーンと孔明の演説に耳を傾ける一同。さっきの勢いはどこへ失せたのやら。 「おそらくそのために内部で粛清が始まるでしょう。裏切り、密告、粛清。工作を仕掛けることにより、シロアリが食らった家のごとく、 どんどん叛乱軍は脆くなっていくはず。私が予想するに……」 孔明はウェールズ皇太子をちらりと見た。 「ウェールズ殿下、叛乱軍はおそらく純粋にその信義に共感したものはほとんどおらぬでしょう。勝ち馬の尻に捕まっている連中が ほとんどでしょう。違いますかな?」 ウェールズがかぶりを縦に振る。 「その通りです。おそらく、上官がレコン・キスタであったため、という私も元部下も数多くいるでしょう。あるいは金の臭いを嗅ぎつけて やってきた傭兵……。」 「なれば、充分。200の兵で勝てるではないですか?」 おお、とホール全体がびりびりと揺れた。 「つまり明日、この城を攻めて来るのは烏合の衆。せっかくの勝ち戦、金も使わぬうちに死ぬのはバカらしいと思っている傭兵と、 一枚岩ではない軍隊、そしてなんとなくついている連中がほとんどを占めている。200の兵は脱出までの時間を稼げばそれで充分。 おまけにここは岬の先端で、大軍は一気に攻め寄せることのできぬ土地。機先を得て、敵軍の鼻面を思いっきり叩けば、しばらく 叛乱軍は機能不全に陥るでしょう。その隙に逃げ出せばよいのは簡単明瞭。」 「で、ですが……イーグル号にも、今回拿捕した船には女子供を乗せるだけで手一杯…」 「それに敵には軍艦があります。大砲を打ち込まれればひとたまりもない…」 「フフフ。その程度のこと、この孔明が見逃すはずがないではありませんか。」 そしてウェールズに耳打ちをした。耳打ちされたウェールズは、首を捻っている。 「さて、皆様。それではこのようなところで油を売っている場合ではございますまい。老人女子供は先に逃げる準備をして乗船。 後のものは私の命令に従うこと。さあ、王よ。」 いつの間にか、孔明が場を完全に仕切っていた。王に兵の指揮権を渡すように催促すると、ジェームズ王は当然のように渡した。 「……ぼくの出番がまったくと言っていいほどなかったな。」ぼやくバビル2世 これも孔明の策略なのだろうか?そういえば、ロリコンの姿が見当たらないが、これも孔明の罠か!? 前へ / トップへ / 次へ
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/1632.html
アルビオン侵攻戦争、通称白伐が正式発表されたのはそれから3日後、年末はウィンの月の第一週、マンの曜日のことであった。 文武百官が見守るなか、マザリーニの手により「出師の表」が読み上げられた。事実上の宣戦布告である。 トリステイン・ゲルマニア連合軍6万を乗せ、500隻を超える大艦隊がラ・ロシェールから出航した。 総指揮はマザリーニ卿であるが、本人は後方で輸送任務および糧秣調達を専門に行う。実際にアルビオンで指揮を執るのはシュゥユ・ド・ポワチエ提督である。 美周郎という異名をとる彼は、トリステイン武官の名門の出であり、艦隊戦の名手であった。 このド・ポワチエ提督をはじめ数名の将軍に、アンリエッタはルイズが虚無の使い手であるということを伝えてあった。 さらには孔明がなにやら秘策と授けたらしいのだが、真贋は不明である。というか、作戦が成功したら自分の手柄にしてそうだ。 ことここに及んでは総力戦である。コルベールからゼロ戦を、ショウタロウ翁からは鉄人を借り、バビル2世は自分たちの母艦となる、ヴュンセンタール号へ向かった。 ヴュンセンタール号はこの戦争のために急遽建造された、いわば航空母艦である。ゼロ戦用のフネであった。敵にはヨミがいる可能性が高い。 ロプロスを操られれば、小回りの効かない艦船は虫でも追い払うように落とされるだろう。 そのためゼロ戦を扱うしかなかった。といってもいざというときは、3つのしもべに頼らざるを得ないのだが。 「エレオノール姉さま…?ちぃ姉ちゃん…?」 ルイズはヴュンセンタール号で、自分を出迎えた2人を見て目を丸くした、というか混乱した。なぜならば、 「ちがいます。わたしたちは魔法少女アロンソ・キ・ハーナです!」 ブイっ、とピースサインを出すプリティ・コメット。いや、正体バレバレですがな。 「……エレオノール姉さまも、その格好…」 なるべく視界の端に逃げようと、逃げようとしていたメテオが声をかけられ、固まった。 「え、えれおのーるってどなたかしら?あかのたにんのことよ。いいわね、このことはわすれなさい?」 ギギギ、と首だけが回り、固まった笑顔でルイズを脅すピクシー・メテオ。ものすごく棒読みだが、怨念というか呪いがこもっている。 「わ、わかったわ。私のお姉さまたちじゃないのね?」 その言葉に必死に首を縦に振るエレオノールと、正体がばれてないわ、と喜ぶカトレア。 「それはともかく……2人はなぜここにいるの?」 3日前、従軍を認めない父の元からロプロスを使い脱出した。そのとき、アルベルトに後方をかく乱して簡単に追いかけて来れないように頼んだのであった。 そのときに姉は置いてきたはずなのだが… 「あらあら。せっかく、アルベルトさんに協力してルイズの脱出を手伝ってあげたのに…。ね、お姉さま。」 「……乗りかかった船だし仕方ないでしょ?アルベルト様がしんがりを勤めるって言うのに、なにもしないわけにいかないでしょ?」 「アルベルト様?」 なんだかおかしい敬称がまざり、おもわずルイズが聞き返す。 「あら、なにかおかしい?愛する殿方を呼び捨てにするなんて無作法を、ヴァリエール家の人間がするわけにいかないでしょう?」 もんなすごーくハッピーです、という感じで逆に聞き返すエレオノール。質問を質問で返すなと(ry 「イエ、ナニモオカシクナイデス…」 「うふふ、変な子ね♪」 なんだかものすごーく、優しい表情のエレオノール。あのS気たっぷりの姿を知っているルイズにとっては、逆におぞましい。 「ちぃ姉ちゃん…じゃなくてコメットさん。あの、メテオさんの様子、変じゃない…?」 幸せたっぷりのエレオノールに気づかれぬよう、こっそり耳打ちをするルイズ。 「小雪、ねぇちゃんはさあ。」とわざわざ声真似をしてコメットさんが返してくる。 「うふふ、エレオノールお姉さまは、Sの皮をかぶっていただけなのよ。」 「は、はあ?」 「つまり、自分よりも強い男性や、自分を支配下に置くような強力な男性が好みのタイプだったのよ。お父様みたいに、威圧感のある男性がストライクゾーンだったのよ。で、アルベルトさんに叱られちゃったおかげで乙女心がきゅきゅーんってしたみたいよ?」 でもアルベルトさんには載宗さんがいるのにねぇ、とちょっぴり腐るカトレア。 「でもずっと睨んでたような……」 「お姉さま、恋愛表現が下手だから、熱い視線を送っていたみたいよ?それに本人の前に出ると素直になれないらしいし……。ルイズにいじわるしてたみたいに、好きな人にはつい冷たくしちゃう性格なのよね、お姉さまは。」 ここにきてクロスカップリングかよ!と毒づくルイズ。だが安心して欲しい。アルベルトは目的遂行のためにのみ作られた人造人間、無性生殖人間なのだ。 生殖機能があるかどうか不明だし、そもそも恋愛という人間のような感情を抱くことはないのだった。 そんなわけで、船には残月をはじめ、アルベルト、カワラザキ、十常寺、さらには樊瑞まで乗っていた。孔明の手配によるものであった。 もっとも傭兵として名の知られているアルベルトとカワラザキは、むしろ大歓迎であったらしい。十常寺と残月も、怪しすぎるがまだ許せるレベルである。 問題は樊瑞だ。なぜかいつの間に10年も仲間だったかのように溶け込んでいた。 話を聞くとルイズの実家に帰っている間に、茶が気になって店を訪れたカワラザキと知り合ったらしい。 そこでバビル2世のことが話題になり、ならば我らは仲間も同然ついてくるが良い、とカワラザキが引っ張り込んでいたのだ。 この爺さん、茶飲み友達に餓えていたのだろうか? つまり船にはルイズ、バビル2世、カワラザキ、樊瑞、アルベルト、十常寺、残月、コメットさん、メテオさんとものすっごく濃いメンバーが集結していたのだ。 これだけ揃うと壮観である。この間違った濃さだけでアルビオンを落とせそうであった。 一緒の船に乗り込んでいる竜騎士が近寄りにくそうに、まばらに囲んでこちらを見ている。 さて、将軍たちに虚無としてルイズは紹介されることとなった。王女が正体を伝えた、数人の将軍たちだ。 互いの紹介と挨拶のあと、ルイズに下された命は、「虚無の魔法を用い、敵をひきつけてくれ」というものであった。 責任重大である。しかし、どんなものを求められているのかいまいちピンと来ない。迷っていると、 「強襲で兵を消耗すれば、ロンディニウムを落とすことは不可能。我らにはもうひとつ、孔明どのから託された策があるものの、それを実行するには艦隊線は不向きなのだ。上陸戦に持ち込むことさえできれば、我々は無傷で橋頭堡を築くことができる!それは間違いない。つまりきみには、敵艦隊を葬り去る手段のみを考えて欲しいのだ。」 ポワチエ将軍が補足した。しかし、ルイズは首を捻る。自分に求められたことはわかった。だが、もう一つの策とはいったい…。それによっては使うべき魔法も変わってくるではないか。 「それはまさに極秘情報であり、できれば戦後のことを考え最後まで温存しておきたい策なのです。ですから説明はできませぬ。ですから、虚無殿には敵を陽動することのみを考えていただきたいのです。」 少し考えるルイズ。そういえば、以前デルフが「必要なときに、祈祷書は読むことができる」と言っていた。ならばなんとかなるのではないか?そう思い、明日までに適合する呪文を探す、と答える。 おお頼もしい、とポワチエ将軍が微笑んだ。そえで、ルイズは用済みになったらしい。退室を促された。 「ダータルネスの港だ。」 ほぼ全速力を出し飛ぶこと1時間あまり。眼下に港が見えた。切り開かれただだっぴろい丘の上、空に浮かぶ船を係留するための送電線のような鉄塔。 与えられた特徴ピッタリの、ダータルネスの姿だ。 「上昇して」 ルイズの指令に従い、ゼロ戦が上昇していく。ある程度上昇すると、バビル2世はエンジンを切り、完全に動きをストップさせた。 ルイズが風防をあけ立ち上がることができるよう、精神動力でゼロ戦を浮遊させているのだ。 ルイズが呪文を詠唱する。昨晩、祈祷書とにらめっこをして発見した呪文だ。 初歩の初歩。 イリュージョン。 思い描くものを、宙に映し出す幻影の魔法であった。 空を飲み込み、幻の風景が膨れ上がっていく。そこには何百リーグも離れた場所にいるはずの、白伐艦隊の姿であった。 銃士隊が、学院へ現れたのは出師の表が読み上げられ、白伐艦隊が出航した翌日の昼であった。 アニエスはいなかった。王命による用事を済ませ、2日遅れでやってくるとのことであった。 銃士隊の用件は単純であった。残る女生徒も、軍士官として戦に借り出すため、軍事教練を行うというのである。 どうやら王政府は貴族という貴族を戦に借り出すつもりのようであった。オスマンやコルベールは反発したが、国家命令であればどうすることもない。 わずかに残っていた授業はたちまち軍事教練に書き換えられてしまった。 「遅くなってしまったな」 アニエスは学院へ馬を飛ばしていた。予定では3日遅れて昼には学院に着く予定であったのだが、遅れに遅れこのような時間になってしまったのである。 『それにしても、最近の私はどうかしている』 そう。ここしばらく、アニエスの記憶は非常に曖昧であった。自分の記憶と、周囲の証言がいまいち噛みあわないのである。自分は毎日銃士隊の本部へ顔を出していたような記憶があるのに、隊の出席表には「特別命令で出張」したときがあったり「王命で護衛中」など身に覚えのないことが記録されていたりしたのだ。 医師に聞くと、 「疲労で、記憶の混乱が起こっているだけでしょう」 とのことであった。それを知った王女が、王命による用事という名目で休暇を与えたのである。 アルビオン侵攻という重要な局面であるが、上陸に成功すれば休む暇などなくなる。それを考えての措置であった。 しかしアニエスは本来ならば5日というところを、無理矢理2日に縮めたのである。 そのうえいったんトリスタニアへ戻り2日間に溜まっていた決済などを片付け、予定の学院へ向かったのである。 それも翌朝に行けばよいという制止を振り切ってであった。だから遅くなってなどいないのだった。むしろ数時間も早かったりした。はっきり言って働きすぎだ。 馬が森を抜け、平原に出る。この平原の向こうに、学院があるはずだ。 「ん?」 丘を駆け上がったアニエスは、異様なものを目撃した。 魔法学院の上空に浮かぶ、一隻の小さなフリゲート艦。真っ黒に塗られたそれは、所属国を示す紋章もない。 「まさかっ!?」 アニエスは嫌な予感を抱き、馬を急がせた。 「なんだあの船は!?まるで、まるで、特殊工作船ではないか!」 アニエスが腰から剣を抜き、学院へそのまま突入しようとする。 だがそのとき、学院の複数で爆発音が立て続けに起こった。火の塔と風の塔が火を吹き、崩れ落ちていく。ただの炎ではない。あきらかに魔法による炎だ。 アニエスがギリッと奥歯を噛む。 火の魔法、それはアニエスにとってこの世でもっとも忌むべきものであったからだ。 「どけぇー!」 まさか外から誰かがやってくると思いもしていなかったのだろう。門周辺にいた傭兵が隙を突かれてあっというまに切り伏せられた。 またたく間に数人の首が宙に舞う。 その光景をみて、敵が浮き足立った。チャンスだ。敵は突然現れたアニエスを見て、まさかただ1人と思わず、大軍が救援に来たと思い込んだのだ。 「聞け!賊ども!我らは陛下の銃士隊だ!我らは一個中隊で貴様らを包囲している!」 チャンスを逃さず、アニエスがはったりをかます。あきらかに敵に動揺が見られた。 アニエスがギロッとあたりを見回す。賊の数は小隊程度。いずれも傭兵らしい、粗野な格好をしている。 どうやら首謀者は食堂の中にいるらしく、そこを中心に賊が集まっている。建物の影には、なんとか難を免れた学院で働く平民や、学生もいるらしかった。 「出て来い。おとなしく投降すれば、命までとはいわぬ!」 だが、食堂から発せられたのはげらげらと笑う声であった。投降する気などかけらもないらしい。 食堂から、男がのそりと姿をあらわした。白髪と顔の皺で歳は40あたりに見える。杖を下げているところを見ると、メイジなのだろうがそれを感じさせない鍛え上げた肉体を有している。まるで杖を持った剣闘士のようであった。 「一個中隊?そうは思えないな。人の気配がしない。」 男がにやっと笑う。爬虫類を思わせる、冷酷で不気味な笑みだ。まるで血が通っていないかのようであった。 「貴様は…まさか、白炎のメンヌヴィルか?」 その不気味な笑みを見て、アニエスは傭兵時代の噂を思い出す。人の焼ける匂いで欲情する、最低最悪の傭兵メイジ。白髪の炎使い。卑怯な決闘を行い、貴族の名を取り上げられた男。まるで爬虫類のように、熱で周囲を見分けるという男。 「ほう、よくご存知で。」 メンヌヴィルが、場に似つかわしくない優雅な会釈をする。 「ならばわかるだろう?私にはったりは通用しない。外に敵がいるかどうかなど、すぐにわかる。それに、だ。」 メンヌヴィルが、左腕を大きくかざした。 シュピン 何かが、通り抜けたような感覚。 「たとえ一個師団が」 水の塔が、真ん中からすっぱりと切断され、崩れ落ちていく。 「いたとしても、問題ではない。」 ふたたび、何かが通り抜けた。 見張りに立っていた傭兵の一部が、冗談のように真っ二つになって落下してくる。 「今日はわたしだけではないのだ。」 学院を守る塀の一部が、熱したナイフをバターに入れたように切り刻まれた。 「見よ!」 何かが、踊り出てきた。 炎の中、それは踊りながら、指を弾く。 食堂の屋根が消え去った。 踊り出た男が、優雅に舞う。 指を弾くと、銃士隊の一部が切り刻まれて肉塊となった。 炎に照らされ男が踊る。 踊り、指を弾く。指を鳴らし、舞う。なんという素晴らしい動きだろうか。敵ながら、思わず見とれてしまう動きだ。 「な、なにやつだ!名を、名乗れッ!」 普段は宝物庫の警備をしていた衛兵が、剣を構えて物陰から飛び掛った。 「よかろう。」 しゅん、と腕が衛兵の顔の前に突き出された。そして、指が弾かれた。 「私の名は、ヒィッツカラルド」 パチン、という心地よい音。衛兵の身体が、真っ二つになって崩れ落ちる。少し遅れて血しぶきが吹き出て、大地を真っ赤に染め上 げた。男は一呼吸置き、なにごともなかったかのように、 「素晴らしき、ヒィッツカラルド」 わずかに唇の端を持ち上げ、血しぶきを浴びたヒィッツカラルドが嗤った。
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/570.html
前へ / トップへ / 次へ 「話は変わるけど」 とルイズが一向に進まぬ草案作成に見切りをつけ、気分転換にバビル2世に話を振る。 「やっぱり、元の世界に戻りたい?」 唐突だな、おい、と苦笑するバビル2世。 「今は、まだヨミがいるからね。」 帰るわけにはいけない、というバビル2世に、寂寥を感じた。 いずれ自分の目の前にいる使い魔は、自分の前から姿を消すのかもしれないという不安と、あくまで自分の使い魔としてこの世界 にいるのではなくヨミという男と戦うためにこの世界にいるのだといういわば嫉妬から来たものであった。この少年の目に自分ははた して映っているのだろうか。わたしは刺身のつまなのではないか。自分はなぜこの少年を呼び出したのか。 だが、それも無理はない。 よく考えれば自分はゼロの二つ名を持つ、メイジとはいえない人間に過ぎない。この少年は3つのしもべを持ち、不思議な力を使って 圧倒的な力を持つ敵と戦っているのだ。妙な話だが、自分とこの少年の間に壁というか隙間を感じる。 同じ空気を吸い、同じ空間を共有しながら、違和感がある。それは他の人間に対しては抱かない感情であった。 「でも、そのルーンがあるかぎり、無理かも…」 「む?」 「だって、一度契約した使い魔は、契約した主人かどっちかが死なないと解除されないもの…」 「そういうことはもう少し早く教えて欲しいな。」 すこし呆れてバビル2世が抗議する。だがまあ、よく考えれば聞いたことがないのだから仕方があるまい。 「ところで、もうあと3日後に式は迫ったみたいだけど、ちょっとはまとまったかい?」 時計を指差すバビル2世。水がはられた盆をガラスで覆ったものが机の上に置かれている。なるほど、時刻は24時を回ってしまって いるではないか 「あー!もー!今日はダメ!寝る!また明日考える!」 テスト前日に逃避する学生のように、ルイズは布団に潜り込んだ。 「無理しても出ないときは出ないからね。なにか、気分転換できれば別なんだろうけど…」 今、気分転換しようとしていた人間は布団に包まっている。 「そうだ。明日、ガソリンがそろそろできるころだろうから、飛行機に乗ってみないかい?」 布団に包まっていたルイズが、くるっと顔をこちらに向けた。 「ひこーきに?」 「ああ。空を飛んでみたら、すくなくとも風に対する感謝の詩は思い浮かぶんじゃないかな?」 適当に言うバビル2世。だが、ルイズは確かにそうだと頷き返す。 「そうね。本当にあんなものが飛ぶかどうか怪しいけど……飛ぶなら乗ってみるのも面白いかも。」 じゃあ、ということで、明日のフライトがなし崩し的に決定したのだった。 時間が遡る。結婚式も間近に迫ったというのに未だ詔が決定せず、ルイズの胃がキリキリしていたお昼ごろ。トリステイン空軍艦隊 旗艦『メルカトール』号は、新生アルビオン政府の客を迎えるために、艦隊を率いてラ・ロシェール上空に停泊していた 約束の時刻をかなりすぎて、待ち人はやってきた。雲と見間違うばかりの巨体をほこる、レコン・キスタの最強戦艦『レキシントン』だ。 「かなりでかいな。」 「それにしても、あの船が船底にぶら下げているものはなんでしょう?」 驚嘆の声を上げる艦隊司令長官ラ・ラメー伯爵が驚嘆の声を上げる。横で、艦長のフェビスが冷静に言い放つ。 なるほど、艦長の言うとおり、船の底になにか黒い鳥の模型のようなものをぶらさげている。レキシントンが巨大なため小さく見える が、普通の船ぐらいの大きさはあるだろう。 「うーむ。見当もつかんな。まあ、不可侵条約を結んでいる以上、滅多なことはせぬだろうが……おおかた新兵器を我々に誇示し、 怯えさせてやろうと運んで来たのだろう。」 「デモンストレーションですむでしょうか?」 「わからぬ。が、さすがに連中も蛮族ではあるまい。それに仮にも王女の結婚式の来賓だ。警戒行動をとれば失礼にあたり、それこそ 開戦の口実を与えかねん。ここは予定通りの行動をとる。」 やがて、レキシントンから艦長名義で旗流信号が発信される。そして、それに続けて大気を震わせる礼砲。 それに応えて、トリステイン艦隊も答砲を準備させる。 「さて、艦長。敵はこちらの策に嵌ったようだな。」 青い顔をして、サー・ジョンストンが傍らのボーウッド艦長に話しかける。 「サー、そのようでありますな。」 苦虫を潰したような顔で答えるボーウッド。 無理もない。なにしろ不可侵条約を一方的に破り、こちらの歓待をしている艦隊を(わー、いいシャレ)だまし討ちで攻撃するのだ。 そこまでせずともよいのではないか。 「ボーウッド君。きみの気持ちはよくわかるよ。」 うんうんと頷くジョンストン。 「だが、獅子はウサギを狩るにも全力を尽くすというではないか。堪えて、指揮を執ってくれ。それに、全ての責任はクロムウェル閣下 がとると、此度の御前会議で明言されたではないか。きみはあくまで手足となり、命令を実行するだけでよい。引き金を引いたのは、 あくまで我々軍上層部だ。」 その言葉に頷くボーウッド。その瞬間、トリステイン艦隊の大砲が輝き、少し遅れて轟音がとどろいてきた。 トリステイン艦隊が、答砲を発射したのだ。 その瞬間、ボーウッドは軍人に変化した。一切の雑念が消え、ただ敵を全滅させるためだけに存在する武器へと変身した。 ボーウッドが伝声管を取り上げ、口元に近づけた。 「総員に告ぐ。唯今より本艦隊は予定通り血笑烏作戦を決行する!最初の目標は、目の前でブルブル震えているブロンドの子馬だ。 我々のドでかい一物を見て気が萎え、脚を閉じて震えていやがる。が、こいつは根は絶好の淫乱娘だ。ぶち込んでやればすぐに 自分から腰を振ってよがりだす。ぶち込めなきゃオレたちゃ強姦魔でおしまいだ。いいな、この緒戦で、連中の処女膜をぶち破って やれ!」 そして一呼吸置いて、大きく肺に空気を送り込んだ。 「革命軍はッ!!」 「ハルケギニア最強ォォォォォォォォォォォ!!」 全艦が揺れるような勢いで、総員一斉にボーウッドの檄に応えた。 結論を言えば、レコンキスタ艦隊の作戦は成功を収めた。 アルビオン艦隊の中の一隻が、突然爆発炎上を始めたのだ。 それを契機として、レキシントンはじめアルビオン艦隊が一斉に砲弾を雨霰とトリステイン艦隊に浴びせる。 トリステイン艦隊は一矢も報いることなく壊滅し、散り散りに逃げ出すので精一杯であった。 撃沈4。大破9。拿捕5。無事な艦船はほとんど存在せず。その他死傷者は甚大。艦隊司令ラメーは「らめー!しんりゃうぅぅぅぅぅ!」 とミサクラ語で叫ぶ間もなく戦死。艦長ボーウッドは生死不明。つまりトリステインは事実上空の守りを失うこととなった。また、敵軍は 降下部隊をタルブに送り込み、占領せんとしているという。 報告はすぐに王宮に届けられた。ほぼ同時に、アルビオンからの宣戦布告書も届けられた。 王宮は大混乱に陥った。 すぐに政府首脳、大臣、将軍が集められ会議が開かれる。しかし、紛糾するばかりで一向に何も決まらないでいた。入ってくる情報 は艦隊の負傷者数や、攻撃がどこで行われているという話ばかり。唯一異彩を放っていたのは、なぜか敵が降下を始めたタルブの 村に兵が駐屯しており、その一団が懸命に抵抗をしているということだけであった。 この会議で、ただ1人冷静であると同時に、恐怖を感じていた男がいた。 誰あろう、枢機卿マザリーニである。 遡ること1週間前。マザリーニはある覚悟をもって、アンリエッタの元を訪れた。 出向いてみると、予想通りあの男が来ていた。 「失礼いたします。」 鳥の骨の異名をほこる枢機卿が、アンリエッタの部屋に乗り込む。いくら権力を有するといっても、臣下のわきまえを知るマザリーニ は、いままでこのような暴挙を行ったことはない。しかし、今はそれをやるだけの理由があった。 「枢機卿!断りもなく私室へ足を踏み入れるなど……」 「今日は無礼を承知で、参りました。」 マザリーニの目は血走っている。様子は尋常ではない。アンリエッタは思わず言葉に詰まる。 「最近、殿下のご機嫌は富によろしゅうございます。それは結構ですが、いささか問題があるのではないですかな?」 マザリーニは、椅子に座り悠然と己を扇ぐ男を睨みつける。 「一国の王女が!輿入れ前の身でありながら!毎日のようにどこの馬の骨とも知れぬ男を部屋に引き込み、同じ時を過ごすとは、 一体どういう了見か!?これでは反対派が粗探しをするまでもなく、婚約など解消になってしまいますぞ!」 全身から酸素を搾り出すように一気にしゃべるマザリーニ。顔は真っ赤で、今にも倒れそうだ。 「このお方はやましいお方ではありませぬ!コウメイ様と言って、ウェールズ皇太子が私のためによこしてくださったお方です!」 「コウメイだかなんだか知りませぬが!いったいどのような証拠があって!」詰め寄るマザリーニ。 「わたしとウェールズ皇太子しか知らぬことを知っていました!」 「そんなこと証拠にはなりますまい!だいたい、この男は私の調査した限りは、城下で商人どもの間に勢力を張り、熱心に情報を 集めているといいます!そのような真似をするなど、スパイ以外の何者でもありますまい!」 ビシッと孔明を指差すマザリーニ。孔明はマザリーニを無視するように、一顧だにせず悠然としている。 「それは、私がお頼みしたのです。城下の情勢を探って欲しい、と。」 「それならばなぜ商人を集める必要があります!いいですか、商人はあらゆる家に出入りするため、あらゆる情報を入手できる立場に あるのですぞ!?貴族の中には金を借りているものもいる!そのような連中からいったい何を仕入れているというのですか!?」 「さすがですな、マザリーニ卿。たった一人で、この国を支えてらっしゃるだけのことはある。」 それまで涼しげに2人の話を聞いていた孔明が、拍手をしながら立ち上がった。 「そこまでおわかりでしたら、話は早い。ぜひとも王女殿下と、卿睨下に聞いていただきたい話があります。」 「貴様と話す必要などない!この薄汚い間諜め!」 今にも掴みかかりそうな勢いで、孔明へ食って掛かるマザリーニ。 「枢機卿!おやめなさい!コウメイ様への無礼は承知いたしませんよ!」 「姫殿下!」 二人の間の空気を入れ替えるように、孔明が扇を振った。 「いやはや。卿の、王女殿下への忠誠心、この孔明感服いたしました。しかし、わたしを切り捨てるのはいつでもできましょう。まずは わたしの話を聞いてから判断なさってはいかがですかな?」 「コウメイ様のおっしゃるとおりです。話も聞かず、意固地になっていては何も始まらぬではありませぬか。」 しぶしぶ、マザリーニは姫の言葉に従う。そして孔明の前に立ち、殺気をこめた視線を送る。 「よかろう。話ぐらいなら聞いてやろう。だが、貴様を信用したわけではないぞ。」 「では、お聞きしましょう。卿は現在のこの国の状況をどう思います?」 「貴様に話すことではなかろう。」 「枢機卿!」 アンリエッタに促され、マザリーニはしぶしぶ語りだす。 「今のわが国の立場は非常に危うい。南を強国ガリア、東を新興ゲルマニアに囲まれた窮乏国だ。綱の上を渡るような政治的努力で かろうじて生き延びているが、それはこの2国に命綱を握られているも同然。なにかあれば国の命運危ういといえる。ましてや、アルビ オンでは革命が起こり、皇太子は死亡。国王以下数名が亡命をしてきた。これはすなわち、ハルケギニアへの通路がわが国しか 存在しないアルビオンが、事実上敵対関係に回ったということだ。今は不可侵条約を結んでいるが、ひとたび外交を誤れば、すぐにも わが国とアルビオンは交戦状態におかれるだろう。そうならぬためにも、」 マザリーニはアンリエッタを見る。 「ゲルマニアとの関係を深め、アルビオンやガリアが迂闊な行動に出れぬようにしておかねばならぬのだ。」 すなわち、アンリエッタとゲルマニア皇帝との婚約のことを言っているのである。アンリエッタの顔が暗くなる。 「で、ある以上、婚姻を妨げる可能性のある不安材料は全て取り除いておかねばならぬのだ。にもかかわらず、おぬしのような男が 日々アンリエッタ様と密会していては、わざわざ不安材料を作るようなものだ。」 ふはっ!と鼻息も荒く、言い放つ。 「左様。卿の言われること、もっともなことばかり。ですが、」 ヒラヒラと羽扇が舞った。 「一つ、大きな見落としがございますぞ。」 「なにっ!?」 マザリーニ枢機卿が立ち上がる。いったいなにを見落としているというのだ?一歩前に出て、孔明を睨みつける。 「ゲルマニアとの関係を強化し、アルビオンが攻めて来ぬようにする、ということですが。それまでにアルビオンに攻め込まれれば いかにします?」 「なんじゃと!?」 「どういうことです、コウメイ様!?」 マザリーニとアンリエッタがほぼ同時に声を上げた。 「単純なことです。アルビオンに、不穏な動きがあるということでございます。」 フフフ、と笑い懐から紙を取り出し、机に広げた。 「ご覧ください。これは城下で商いをされている方々の協力を得て作ったグラフです。食料品はじめ、鉄等の金属類、武器類、衣服、 あるいは火薬に硫黄の値段が上昇し続けています。アルビオンは革命戦争を終えたばかり。おまけに各国に親善政策を行ってい る最中。たしかに、軍の再編は急務とはいえ、他国の物価に影響を与えるほどの備蓄はいささか異様ではございませぬかな?」 示されたグラフを見るマザリーニ。手がブルブルと震えている。 「おまけに、ここ数日の食料、および衣類の値段の上昇は異常。これ即ち、消費物である食料の準備を急ぎ進めているということ也。 衣類に関しても同様。人間、死ぬ前に身奇麗にしたいと考えるのは道理也。これで、私がなぜ商人の間にネットワークを築いていた かご理解いただけましたかな?」 「その……通りじゃ。」 がっくりと肩を落とすマザリーニ。彼は今までの必死の綱渡りが無駄になろうとしていることを痛感していた。 「まさかゲルマニアとトリステインを同時に敵に回そうとはしますまい。ですが、結婚前ならば、政治工作しだいではゲルマニアが兵を 出さぬ可能性は大いにあります。そして結婚式というものは急に日程を早めたりはできぬもの。」 「では、コウメイ様!いったいいつアルビオンは攻撃を仕掛けてくると?わが国とは不可侵条約を結んでいるというのに…」 青ざめてアンリエッタが叫ぶ。わなわなと震え、椅子に座り込む。 ウェールズ皇太子をだまし討ったうえ、今度はトリステインまでだまし討ちをしてこようというのか。王女の中で、復讐の炎がくすぶり はじめた。 「その不可侵条約が曲者。おそらく、結婚式に国賓として参加する人物を送り届ける際の示威行動と見せかけ、そのまま宣戦布告を おこなうに違いありませぬ。条約破棄のための口実はなんとでもなるものと考えていることでしょう。礼砲に実弾を使ってきた、であると か、国賓を自ら攻撃し、暗殺をしかけてきた、などいくらでも思い浮かぶではありませんか。」 マザリーニへ涼しげに笑いかける孔明。続いて、地図を取り出し、グラフ上に広げる。 「おそらく、連中が狙うはアルビオンからハルケギニアへの唯一の道と言っても良い、ラ・ロシェールに違いませぬ。ですが、ここは山中 にあり、兵を潜ませやすく、また備えもできております。それに、道を確保したい連中は、桟橋が燃えることを嫌がるはず。と、なれば 狙いは船が着陸できる草原を有し、ラ・ロシェールに近い。身を隠す場所はなく、伏兵を置けぬ。攻めるに易く、守るに難き、このタルブ の村に相違ありませぬ。」 地図上の、タルブと書かれた小さな村を指差す孔明。なるほど、言われてみれば今まで見過ごして来たのが悔やまれるほどの村 だ。近くにラ・ロシェールがあり、ここを拠点に町を封鎖されれば、いかに名将といえどもなすすべないだろう。 「だ、だが……杞憂ということもある。まだアルビオンが卑劣な手段を行使すると決まってはいまい。」 「いいえ!連中はかならず卑劣な手段をおこなってくるにきまっています!ウェールズ皇太子を殺したように!」 ワッとアンリエッタは泣き出した。卑劣な手段で殺されようとする祖国と、愛する皇太子を重ね合わせたのだろう。 もっとも、ウェールズは浮気して生きているのだが。ひでえや。 「まあまあ。たしかに、決まったわけではありませぬ。ですが、こういった兆候があることは事実。なれば」 スッと扇を突き出した。 「ここはひとつ、タルブに守備部隊を送ってはいかがですかな。今回何事もなくても、いずれ激戦区となるは必死。さすれば、今のうち に先手を打っておくべきかと。これ即ち兵法の基礎にして極意なり。」 「わかりました。」 アンリエッタが大きく頷いた。 「枢機卿も、文句はありませんね?」 「……ありませぬ。ですが、もしこなかった場合、コウメイとやら、おぬしはいかがする?おぬしのスパイ疑惑が晴れたわけではない のだぞ。」 「そのときは」 孔明は自分の首を手刀のようにした手でトントンと叩いた。 「この孔明、いつでも喜んで首を差し出しましょう。」 そして、孔明の予測は的中した。 親善訪問を装い、結婚式に参加すると見せかけ攻撃をすること。不可侵条約を破るのに、こちらの礼砲に難癖をつけること。タルブに 降下部隊を送り込むこと。タルブに送り込んだ部隊のおかげで、なんとか時間稼ぎができていること。すべて孔明の言うとおりの展開 になっていた。 マザリーニは震えていた。 アルビオンの攻撃にではない。すべて見通していた孔明にである。 『一体何者なのか。』 突然現れ、王女の信頼を得てしまった男。城下にあっという間に勢力を張り、一大ネットワークを築いてしまった男。調べてみれば、 王女を先日訪れたという、ラ・ヴァリエール候の3女、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールと繋がりがあるという。 というよりも、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールの周りには、使い魔を頂点として怪しい連中が集まっているでは ないか。いったい何が起ころうとしているのか。 だが、とも思う。 ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールの関係者ならば、国に仇なすものではない可能性は高い。むしろ、上手く いけばあの恐るべき智謀をこのトリスタニアのために使うことができるかもしれない。 まあ、そんな話は後回しである。いまはなにより、アルビオンの攻撃を退けなければ使うも糞もへったくれもないではないか。 だが、今の状況を変えるだけの策があるだろうか。なにしろ国力の差が圧倒的なのだ。やはりここは外交を駆使して、一時的にでも 兵を退かせるしかないのではないか。 「あなたがたは恥ずかしくないのですか!?」 ドアが強く開かれ、眩いばかりのウェディングドレス姿の王女が入ってきた。これから馬車に乗り込み、ゲルマニアへ向かう予定 だったのだ。それを急遽、孔明の予想通りになったと聞き、駆けつけて来たのだ。 「姫殿下?」 「話はすべて聞かせていただきました。人類は滅亡する!国土が敵に侵されているのですよ。同盟が何だ、特使が何だ、と騒ぐ前に することがあるでしょう。」 アンリエッタが大見得を切って、会議場の貴族に言い放つ。あたふたする貴族たち。それを横目に、マザリーニは覚悟を決めて、 アンリエッタの前に立った。 「姫殿下!お輿入れ前の大事なお体ですぞ!」 たしなめるように、言う。そう、トリステインの未来をかけて。 「ええい!走りにくい!」 アンリエッタは、ウェディングドレスの裾を、膝上まで引きちぎった。引きちぎったそれをマザリーニに投げつけた。 「あなたが結婚すればよろしいわ!」 そして中庭に駆け出し、馬車のユニコーンを外して、手綱を握った。 「これより全軍の指揮をわたくしがとります。各連隊を集めなさい!」 アンリエッタの乗ったユニコーンが駆け出すと、我にかえった貴族たちが、姫1人を行かせてなるものかと出撃していく。 1人の男が、マザリーニに近づいてきた。 「どうやら、卿は賭けにお勝ちになられたようですな。」 孔明であった。マザリーニは球帽を頭から外し、それを孔明に手渡してニヤッと笑った。 「この戦、アルビオンに負けようとわが国は誇るべき王を手に入れることになる。」 「ですが」 「そう、当然勝つ。」 マザリーニはアンリエッタが引き裂いたドレスの裾をやぶり、頭に巻いた。 「おのおのがた!討ち入りでござる。」 毎年12月14日に放送される仇討ちドラマのような台詞を高らかに唄い、アンリエッタの後を追った。 前へ / トップへ / 次へ
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/315.html
前へ / トップへ / 次へ 宿に戻り、割り当てられた部屋に着く。 道中から、妙にギーシュが思いつめた顔をしていた。 そんなに貞操の危機がショックだったのだろうか。 「なあ、ビッグ・ファイア……キミはすごいな」 散々迷った挙句、そう切り出した。 「あの魔法衛士隊の隊長と模擬とはいえ引き分けたんだぞ。すごいじゃないか。」 褒めているんだが、微妙に何かを迷っているそぶり。簡単に言うなら、なにかのタイミングを計っているようだ。 あの、えっと、その、と切り出したいが覚悟を決められない様子。 というのも、ギーシュはバビル2世に、 「戦い方を教えてもらいたい」 と言い出そうとしているからだ。 仮にもギーシュは元帥の息子である。その命は国のため、ひいては王女アンリエッタのためにあると言っても過言ではない。 それだけに今回の任務に対する意気込みは相当大きい。ましてや「命を惜しむな、名を惜しめ」という父の言葉を真正面に受け 止めている、なんだかんだで真面目な男である。今回の極秘任務は、まさしくその言葉を体現する任務である。 だが、とギーシュは意外と冷静に自分を分析していた。自分はまだまだひよっこであると自覚していた。 たとえば、ビッグ・ファイアはフーケを追い、破壊の杖を取り戻した立役者であるという。ルイズたちもその事件の解決に功績が あったらしい。今回任務に助っ人で来てくれたロリコンは言わずもがな魔法衛士団の一角を占めるグリフォン隊の隊長だ。 つまり、どう考えても自分ひとりだけがずば抜けて劣っている。 そこでギーシュはなんとかして、すこしでも強くなりたいと思っていた。考えていた。全身の細胞で考えていた。 問題は、実戦経験に乏しい自分がいくら考えても仕方がないということであった。 ここは一つ、強い人間にアドバイスを貰うべきだろう。 そこで最初はワルド子爵に教えを請うつもりでいたのだ。なにしろグリフォン隊の隊長。腕も家柄も申し分ない。 しかし雲行きは怪しくなった。ギーシュは命を惜しむ気はなかったが、貞操を惜しむ気は充分すぎるほどあった。 ならば、ルイズの使い魔、すなわちビッグ・ファイアはどうだろうか? よく考えれば同年代だ。多少なりとも馴染みがあって話しやすい。 それに、破壊の杖事件にルイズに功績があったというが、よく考えれば魔法の使えないゼロのルイズに功績があったはずがない。 おそらく使い魔であるビッグ・ファイアが活躍し、使い魔の功績は主人の功績ということになったのだろう。 そう考えたギーシュは、同部屋になったことも幸いに「戦い方を教えてくれ」と頼もうとしていた。 問題は、ギーシュがいっちょ前以上にプライドが高いことだった。 仮にも使い魔、エルフといえどあのルイズの使い魔である。プライドの高い彼に他者に教えを請う言葉を口にさせることは非常な 努力を必要とした。しかもその相手が使い魔であればなおさらである。 バビル2世はとうの昔に心を読んでそれを知っていたが、逆にこちらが切り出せばギーシュはプライドの高さゆえ 「ぼくが使い魔のきみに教えを請うと思うかい?冗談も休み休み言いたまえ」 と答えるのは目に見えてわかっていたので、あえて放置しておいた。 まあ、わざわざ教えてやる義理はないとも考えていたのだが。 いずれにしろ、ギーシュはプライドを捨てなければしかたがないことは明白であった。 だが、そろそろウザクなってきたので、最後のチャンスをやることにした。これで言い出さなければもう後は知らない。 荷物を簡単に片付けて、デルフリンガーを握って外に出ようとしたのだ。 たちまち、 「ど、どうしたんだい?」 とギーシュが食いついてきた。 「なあに。ちょっと身体を動かしてこようと思ってね。さっきの模擬戦でつかんだことを忘れないようにしようと思ってね。」 瞬間、ギーシュの顔が明るくなった。チャンス到来と思ったのだろう。 「ぼ、僕も行っていいかな?いや、ちょっと聞きたいこともあってさ」 まあ、ギーシュならこれが限度だろう。勘弁してやるか。(注:これは作者の声でありバビル2世のものではありません。) 「ああ。いいだろう。ならすぐに動きやすい格好に着替えるんだな。」 「これでいいさ。軍人は常在戦場、今の着ているものが、例えパジャマであれ一番動きやすいってことさ。」 なかなかかっこいいことを言うが、おそらく親父さんの受け入りだろう。 「なら、あの昼にショウタロウさんから貰った包みを持ってきてくれるかい?」 そういうとギーシュは素直に持って来た。「意外と重いじゃないか、これ」と言っている。 そして、その荷物がおそらくはギーシュの運命を変えるはずである。 たぶん。 「ぎゃあ!」 ごろろんと転がって、ギーシュはまた大地にはいつくばった。 これで8連敗である。教えを請う前にストレスの発散材料にされている気がしないまでもない。 だが、それでも 「……まだまだ」 と言って立ち上がるのはギーシュもさすがである。というか見直した。 だが、とうとう12回目にそのまま立ち上がらずばててしまった。 「どうした、もうおわりかい?」 すずしげな顔で聞いてくるのはバビル2世である。そりゃあ超能力者のきみはいいかもしれないが、ギーシュはメイジとは言えただの 人間である。体力的にけたがちがうに決まっている。 「ひぃ、ひぃ、はぁ、はぁ」 ギーシュは全身で息をしながら起き上がろうとする。落ちていた棒を掴み杖にして起き上がる。 「フフ。」 目を瞑って、笑うバビル2世。さすがにカチンと来たのだろう、ギーシュが顔色を変えて叫んだ。 「な、なにが……はぁ、はぁ、お、おかしいんだ……はぁはぁ……」 だが、バビル2世はその言葉を待っていましたといわんばかりに、 「いや、ようやくギーシュの器がととのったか、と思ってね。」 「?」 いったい何を言ってるんだ、と首を捻るギーシュ。 「なに、その杖さ。」 「杖?」 杖、といわれて杖にした棒を見る。どこもかわったことはない。 「わからないかい?きみはいま、杖を魔法ではなく、別のことのために使っているじゃないか。」 え?と杖をまじまじと見るギーシュ。だいぶ息も落ち着いてきたようだ。 「それはそうだが……これがどうかしたっていうのか?」 まだ腑に落ちないという感じで聞き返す。 「ふむ。なら聞くが、普段使っている薔薇の造花型の杖で、きみは自分の身体を支えられるかい?」 「いや、無理だろうね。」 「なら、逆に今きみを支えている杖で、魔法を使えるかい?」 「そ、それは…たぶん、無理だ。」 「となると、同じ杖なのにその杖は身体を支えるのに向いている。薔薇の造花は魔法を使うのに向いている。ということになる。 つまりあらゆるものに使い勝手があり、使い方によっては本来見向きもされないものでも、はるかに役に立つということだ。」 「ぼくが見るに、おそらくだが…」バビル2世はさきほど運ばせてきた包みを開けた。 「ギーシュ、きみはやり方によってはあのワルド子爵にも勝てるはずだ。」 飛び上がるほど仰天するギーシュ。目が点になって杖を落としてしまった。 「ぼ、僕があのワルド子爵を?」 信じられないという顔をするギーシュ。無理もない。ギーシュはまだただのドットメイジ。おそらくスクウェア並みの実力のあるロリコン に比べれば、実力はアリと象かそれ以上のはずだ。それを「勝てる」と断言するのである。 「は、はは、ははは。じょ、冗談を言うのも休み休み言いたまえ。ぼくをからかっているのかい?」 「冗談でもからかっているわけでもない。」 包みを開ける。中から、金属製のわけのわからないものがでてきた。 どことなくミスター・コルベールがつくったエンジンに似ている。 「これがどうかしたのかい?」 「これは、ショウタロウさんが作った、あえていうならふいごだ。」 「ふいご?」 「ああ、ここの機械で火をつけて…」 バビル2世は部品を掴み取る。ずいぶん古い、ジッポーだ。おそらく進駐軍からか、南方かで手に入れたのだろう。手入れは行き届 いており、おそらくわざわざ錬金してもらったのだろうオイルがたっぷり入っている。中にはどこから入手したのかコークスが詰まって いる。ライターで火がつけばコークスが燃え盛り、あっという間に高熱となるだろう。その熱を利用して金属を溶かし、整備に使用 してきたのだろう。蓋がいくつかついており、空ける場所により空気の流れ込みが変わるようになっていて、それで温度を調節 するようにしているらしい。 簡単な使い方の説明をすると、ようやくギーシュはそれがどんなものであるか納得いったのか、マジマジと器械を手にとって見ている。 「これをどうしろっていうんだい?」 「それは自分で考えないと意味がない。」 さらっと突き放すバビル2世。まあ、いわれてみればその通りなのでギーシュも文句は言わなかった。 「むむ?」 ふと視界に入った月を見て、バビル2世が血相を変えた。 「ん?何だ?」 バビル2世の様子がただごとでないことに気づいたのだろう、ギーシュも月の方を振り返る。 月の中に何か影がある。 その影が見る間に膨れ上がってくる。何かが飛んでいるのだ。 それはバビル2世たちの上空を通過し、そのまま街に突っ込んだ。 町のほうで激しく警戒用の鐘が鳴り響く。物体は建物をなぎ倒し、人を押しつぶし、町並みを破壊して、地面に突き刺さっていた。 「な、なんだい、あれは!?」 ギーシュは思い出す。上空を一瞬掠めたそれは、金属でできた樽のようであった。その樽の尻の部分が炎を吐き出していた。 町の警備部隊が、墜落した物体へとガチャガチャ鎧を鳴らしながらあわただしく駆けて行く。 おそるおそる中の1人が、墜落した物体を槍でつつく。 何も起こらない。 「なんだ、これは?」 「隕石でしょうか?」 「バカ言え、どうみても人工物じゃないか。」 いつの間にか周囲を野次馬が囲っている。 ぶるる、 と墜落した物体が震えた。 どやっと一斉に下がる警備隊。 ブワッと突き刺さっていた地面から、物体が抜けた。本物の樽のように物体は鎮座している。 警備隊の中の隊長らしき男が慌てて杖を振るった。だが当たったものの正面で弾け飛んだ。 次の瞬間―――物体から手が生えた。 足が生えた。 起き上がった。 思わず後ずさる野次馬と自警団。 そして、頭頂部から円錐型の頭が生えた。 頭には笑っている人間の口のようなオブジェ。 そして胸には見たことのない文字。 「MONSTER…?」 バビル2世がその文字を読む。ギーシュが振り向き、「あの文字が読めるのかい!?」と聞いてきた。 モンスターが腕を振った。建物が吹っ飛び、野次馬の何人かが瓦礫の下敷きになった。 口のようなオブジェクトが発光し、サーチライトのようにバビル2世を照らした。 ガチャン、ガチャン、とユーモラスともいえる動きをしながらバビル2世めがけて走り出すモンスター。 「ええい!うて、うて!」 警備隊長の指揮の元、あらゆる弓矢が放たれるが一切効き目がない。平然と歩く。 その動きに呼応するように、町のあちこちで叛乱の火の手が上がった。 慌てて宿屋に逃げ込もうとするが、そこもすでに地獄だった。 いきなり1階から現れた傭兵集団が、一階の酒場にいたロリコンたちを襲ったらしい。 炎のかたまりになって飛び込むバビル2世。 突如背後から現れた炎の固まりに、一瞬にして傭兵たちはパニックに陥る。 念動力でふっとばし、お互いをぶつける。地面に転がったところを建物を念動力で破壊して、生き埋めにしてやる。 「こっちだ!」 奥のほうにいたロリコンたちを呼ぶ。うまい具合にむこうは倒壊していない。 一瞬で火の塊になりさらには建物を破壊したらしいバビル2世をポカンと見ていたギーシュが、慌てて後方で叫んだ。 「あのゴーレムが来たぞ!」 裏口、窓、入り口、構わず全員が逃げ出す。 全員が宿から脱出したのとほぼ同時に、宿屋が踏み潰された。顔を回して、モンスターがバビル2世を追う。 「こうなったら、ぼくが囮になって、他の全員を逃がすしかない。」 すでにほぼ半壊した町の中を失踪するバビル2世。 おそらくその動きを見てロリコンが察知したのだろう、一斉に桟橋があるという方向へと走り出した。 「さすがにこれだけサイズが違うと戦いづらいな。」 追いかけるモンスター。できるだけ桟橋から離さなければ、皆が危険だ。 だが、人気のあるほうへいけば被害は拡大する。ここにしもべを呼んでも余計に被害が拡大しかねない。 意外とスピードのあるモンスター。ときおり逃げ惑う傭兵を踏み潰している。バビル2世も気を抜くとあっという間にぺしゃんこだ。 「こうなったらあれしかないな。」 バビル2世の目に、切り崩された岩が飛び込んできた。 崖の目の前で急ブレーキをかけ、くるっと回り、モンスターに向かう。 「おい、ぼくはここだぞ!」 モンスターに向かって叫ぶバビル2世。モンスターはますます勢いを挙げて突っ込んでくる。 突っ立ってそれを待つバビル2世。 そして捕まる瞬間、大きくジャンプして避けた。モンスターはお約束どおり崖に頭から突っ込んだ。 「いまだ。」 くるくると回転しながら着地し、即座に精神動力で皹の入った崖を砕く。 上の建物群ごと崖は崩れ、あっという間にモンスターを飲み込んだ。 「これは間違いない、ヨミの怪ロボットだ。」 少なくともこの世界の技術で作られたものではないだろう。 「よし、ぼくも桟橋へ向かおう。」 野次馬が集まり始めた中をかきわけて、バビル2世は桟橋へと駆け出した。 「なんだ、あいつは?」 怪訝そうな顔で何人かがバビル2世を見る。だが、あっというまにそんな余裕はなくなる。 地面が鳴動して、下からモンスターが現れたからだ。 モンスターはしばらく周囲を見渡していたが、やがて元来たように手足頭を引っ込めて、どこかへ飛び去った。 一方そのころ、事件の起こっている方向とは逆の街中。 その光景をつまみに酒をやりながら、釣り糸を垂らしている老人がいた。 奇妙なのことが2つかあった。 まず1つ目は、釣り糸を垂らしているのが魚などいない貯水池であること。 2つ目が、釣り糸に取り付けられた釣り針が、返しがなくまっすぐであるということ。 「いやあ、えらいことですなぁ」 と、老人の近くに来た男が呟く。この男、老人をさきほどから通るたびにからかっていた男である。 「老人、釣れもせぬ池で釣れないような釣りをしている場合ではないでしょう。早く逃げましょう」 困ったように言う。実はこの男、わざわざこの老人を助けようと、探しに来たのであった。 「いやいや。じつはさきほど、釣れたのですよ。」老人が答える 「釣れた?」怪訝な顔の男。そんなことより早く逃げましょう、と腕を伸ばす。 「ええ、釣れましたとも、わし自身が。」 そういうと、老人は竿を振った。竿は天高く伸び、老人を吊り下げてするすると上に登っていく。 男は腰を抜かした。 「ふふふ、どうやらバビル2世は計略にかかったようじゃ。信頼を得るには、あらゆる犠牲を払ってでもすべきなのじゃよ。」 前へ / トップへ / 次へ
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/846.html
扉のきしむ音に、ルイズが夢の世界から引き戻されると、荷物をまとめて出て行こうとするバビル2世と目が合った。 「……なにごと!?」 一瞬で目が冴えて、飛び起きる。 そりゃそうだ。起床したとたんかを出て行こうとする人間と目が合えば、どんな低血圧であろうと覚醒する。帰ってきたら置手紙だけ、 よりもよっぽど心臓に悪い。 「やあ、おはよう。起こしてしまったか。ゴメン、ゴメン。」 爽やかに挨拶をするバビル2世。とてもじゃないが家出をしようとしている人間とは思えないほど明るい。 「やあおはよう。じゃないわよ!なに荷物まとめてるのよ!家出?家出なの!?使い魔のくせに家出?主人を見捨てて出て行こう ってわけ??あったま来たわ!」 ベッドの脇に立てかけてある杖を取り上げて、さっと掲げる。 「逃げるというなら今すぐ消し飛ばしてあげるわ!覚悟しなさい。」 呪文を詠唱しはじめるルイズ。慌ててバビル2世が止める。 「違う。誤解だ。家を出るわけじゃない。」 「どこが違うのよ。あんたの荷物、あらかた持っていこうとしてるじゃないの。どう考えても家出です。本当にありがとうございました。」 「おーい、遅いじゃないか。いったいどうしたんだ!?」 ドアを開けて、同じように旅支度をしたギーシュが入ってくる。 「あれ?ギーシュ?」 ギーシュが入ってきてあわてて詠唱を中断するルイズ。虚無の魔法は極秘事項。たとえ級友といえどもばれてはならない。 だが、ルイズは忘れていた。普通の魔法ならば呪文を中止すれば魔法はそこで終結。マッチ一本程度の火すら出ない。しかし虚無 の魔法に呪文の中断は意味がない。途中止めであろうと、かまわずある程度の威力で発動する。 すなわち、不幸にも部屋に入ってきたギーシュは、あわれ学園の藻屑と消えた。 「ま、まだ死んでない……」 爆発を受けてふっとんだギーシュがよろよろと立ち上がる。丹念にセットしているのであろう髪型はドリフのコントのようにチリチリに なって、まるで鳥の巣のようだ。呪文が途中止めになったおかげで、この程度で済んだのだろう。まさに不幸中の幸いだ。 「ギーシュ!?ちょっと、なにこれ??」 これまた旅支度をしたモンモランシーが廊下を走り寄って来る。 「どーいうこと?なにがあったの??」 3人が3人とも荷物をまとめている様子を見て、ようやくルイズがなにごとかあったのだと気づく。それを聞いて思わず顔を見合わせる 3人。そして窓の外を指差し、 「あれに気づかないとは、よほど昨日は疲れていたんだな。」 なんとも微妙な表情をする3人。ルイズが言われるがままに外を覗くと… 「……なにあれ?」 そこには学園に生えた木に抱きついて、ひたすら愛の言葉を唱え続けるマリコルヌの姿が。 「……説明すると長くなるんだが。」 「短く。」 「無茶言うな!」 できるだけ簡潔に説明するとこうだ。 モンモランシーが興味本位で惚れ薬を作った。それをギーシュに使おうとした。しかし、事故からマリコルヌが惚れ薬を飲んでしまい、 そのとき最初に見てしまった木に求愛をしている。 「短く済んだじゃないの。」 「じゃっし!」 声を荒げるギーシュとモンモランシ。 「せっかくぼくたちがメインで書かれるかもしれないエピソードを!」 「省略して話さないといけないのよ!」 「「どんなに苦痛で悲しいことかわかるというのか!?」」 2人にドアップで追求され、さすがのルイズもたじろぐ。荒勢なみのがぶり寄りだ。 「ご、ごめんなさい。」 その威力のほどは、ルイズが素直に謝罪したことからもうかがい知れるだろう。 「それで、解除薬を作ろうと思ったんだけど…」 「材料の水の秘薬が、何らかのトラブルで入手できないらしくて……」 「それで皆で、材料があるというラグドリアン湖に行くことになったんだ。」 ようやく合点の行ったルイズがなるほどと頷いた。そのための旅姿だったのか。その水の秘薬を手に入れるのに何日かかるかわか らないし、元々バビル2世の私物は少ない。そのため荷物を全部まとめて、出て行くようなことになったのだ。 ルイズはくるっとバビル2世のほうを向いた。 「早く言いなさいよ!」 「説明をしようにも聞く耳がなかったじゃないか。それに、机の上にシエスタに書いてもらった置手紙を置いてある。」 見ると、たしかに机の上に手紙らしきものが置いてある。拡げて見ると、 『表のマリコルヌを元に戻すためにラグドリアン湖に行ってきます。いつ帰ってこれるかわからないけど、心配しないでください』 と書かれている。 「あのメイド、字が書けたのね。」 時が読み書きできない平民は多い。読めても、書けない人間も多い。それができるシエスタに感心するルイズ。 「ああ。ひいおじいさんの方針で、一族のもの全員に強制的に読み書きそろばんを習わせているらしい。戦前の日本人らしいなぁ。」 バビル2世も感心していたが、ベクトルの方向が違っていた。 「ぼくもこっちの字を勉強する必要がありそうだな。」 「そうね。いちいちわたしが読んだり、書いたりしてたら手間がかかってしょうがないものね。」 ここで髪の毛を櫛で整えたギーシュが二人の間に割って入った。 「――そういうことで、僕たちはこれからラグドリアン湖に行くんだ。あとはよろしく、ルイズ。」 仮面ライダーV3ァのようなポーズをとるギーシュ。なんだその構えは。 「ええ、じゃあ、行きましょうか。」 だがルイズは聞いちゃいなかった。 「ついてくるのかい?」 「ついてくるの?」 「ついてくる気みたいだね。」 ふん、と鼻を鳴らすルイズ。 「当たり前でしょ。使い魔と主人は一心同体。それに、ラグドリアン湖へは何度か行ったことがあるし、道案内ぐらいはできるわよ。」 えっへんと小さな胸を張るルイズ。背伸びする幼女みたいでかわいらしい。 「あら。そんなことを言ったら、わたしはラグドリアン湖に住む精霊とトリステイン王家との旧い盟約を、代々取り仕切ってきたモンモラ ンシ家の人間よ。道案内はいらないんじゃないかしら?」 ルイズたちと一緒にいたおかげでギーシュがかっこよくなったと思い込んでいるモンモンが対抗する。つまり道案内は必要ないから、 おまえはここにいろと言っているのだ。 「じゃあ、ミス・モンモランシは水の精霊に何度会ったの?その口ぶりだと毎年訪れてるんでしょうね?」 ぐっ、と言葉に詰まるモンモランシー。小さな声で、 「小さいときに、一度だけ…」 と呟く。 「……二人とも行けばいいんじゃないかな。」 バビル2世の正論は、罵詈雑言の渦へ飲み込まれ、消えて行った。 結局ルイズを加えた4人が出発したのは2時間後であった。大幅な遅れである。 そのため、急遽ロプロスを呼び寄せて、それに乗り出発することとなった。 「な、なによこれ!?なにこの化け物!?」 ロプロスを見て仰天するモンモランシー。ギーシュは、 「ああ、そういえばすごいねぇ。前見たときも思ったけど、なんだろうねこれ。でもまあ、ビッグ・ファイアくんの命令に従ってるし、彼の 使い魔じゃないかな?」 なんでそこまで無関心なんだ、こいつは。ヴェルダンデにはご執心なくせに、他人の、それも男の使い魔にはとことん無関心な男 なのだろうか。ある意味大物なのかもしれない。 「使い魔って……でも彼、メイジじゃなくてエルフなんじゃないの?エルフも使い魔を持ってるのかしら?」 「そうなんじゃないかな。持っている種族かもしれないしね。」 間違いなく大物だよ、ギーシュくん。 さて、人数が人数である。背中に乗ろうにも、さすがにバビル2世が全員を支えることはできない。 というわけで道案内にルイズを残し、二人は口の中に入ることになった。 「だ、大丈夫なの?」 不安そうなモンモン。大丈夫だと太鼓判を押すバビル2世。 「でもこの前、ロプロスって口から何かはいてなかった?」 純粋に疑問を口にするルイズ。このタイミングで言うとはなんという外道だ。 「大丈夫、大丈夫です。」 怯える二人をなだめて中に乗せるバビル2世。 「あのタイミングで言わないで欲しいんだが…。」 「でも、危ないと思ったから…」 たしかに気持ちはわかる。軍船を一撃で沈めるようなミサイルや、人間を粉々にする超音波を口から放つのだ。おまけに見た目は 鳥である。食べられるような気がしても致し方ない。 「大丈夫だ。ロプロスはロボット、つまりゴーレムみたいなものだから、飲み込むことはない。」 わかった、と頷くルイズを抱えるようにして、ロプロスの背中に飛び乗ったバビル2世が南を指差す。 ロプロスが土煙を上げ、はるかガリア国境を目指して飛び去っていく。 問題は、まだ朝早いとはいえ何人もの生徒や教師がその光景を目撃していたということである。そのため、学院で多少の混乱が おきたことは言うまでもないだろう。 ラグドリアン湖を見下ろしたルイズが驚きの声を上げた。 「おかしいわね。昔はこんなに大きくなかったわよ…」 だがさまよう湖ロブ・ノールの例もある。なんらかの気象や地形の変化で、湖が大きくなったり小さくなってもおかしくはないだろう。 地上に着陸して改めてラグドリアン湖を眺望する。陽光を受けて、湖面がキラキラと瞬いている。 対岸を数名の騎士らしき集団が歩いている。空の雲や、森が湖面に映りこみ、まるで一枚の絵画のようであった。 興奮したギーシュが湖に飛び込み溺れるイベントがあったが一同当然のようにスルーする。というのも、 「なにかしら、これ……」 見るとま新しい石碑が建っていた。なんと書いてあるのかよくわからないが、絵からさっするとこの湖の中には巨大な主がいて、 どこかへ消え去ったらしい。描かれている絵は、まるで海坊主のようである。 「ラグドリアンの水の精霊は有名だけど……こんなの聞いたことないわね。」 モンモランシーも訝しげに石碑を眺める。どうやらごく最近に作った観光資源であるらしかった。 「水の精霊というと、今回の目的だね。」 バビル2世の言葉にルイズとモンモンが頷く。水の秘薬を手に入れるためには、水の精霊と交渉をする必要があるのだという。つまり 水の精霊に会うことが、今回の旅の第一の関門である。会わなければ秘薬を手に入れるも糞もない。 「ところで水の精というのはどういう姿をしているんだい?わからないと探しようがないんだが。」 「すっごく綺麗よ。」 バビル2世の問いに即答をするモンモン。 「美の代名詞になるぐらい。ラグドリアン湖は、水の精霊の美しさがこぼれてできた、なんていうぐらいに。」 子供時代に見た記憶を辿り、水の精霊の姿を思い浮かべるモンモン。それを読み取ったバビル2世も感心する。なるほど、褒め言葉 になるのも納得の美しさである。生きた宝石の塊、と評するのがピッタリだ。決して踊る宝石ではない。 その後偶然通りかかった農夫によると、どうも今の湖の惨状はその水の精霊が行っているものだという。ここ数週間あまり前から、 湖が急な勢いで増水をはじめたのだという。それはこの湖の巨大な主の足跡が見つかった時期と一致しており、そこで精霊の心を なぐさめるようと石碑を建立したのだという。 「儀式をすれば一番確実なんですが、溺れるものは藁をも掴むというやつです。なにしろこの辺りの領主は前の領主様と違い……」 愚痴を言いかけた老父は自分の失言に気づいたのだろう。慌てて口をつぐみ、そそくさとどこかへ行ってしまった。 どうやら秘薬の入手が困難になっているのはこのためらしい。 「なにが原因で怒っているのか、湖の精霊に直接聞かないといけないみたいね。」 モンモンが鼻息も荒く立ち上がる。そして使い魔のカエル『ロビン』に水の精霊を呼んでくるように命じた。これであとは水の精霊を 連れてくるのを待つだけだ。 「ずいぶんあっさり話が進んでいくな。」 「……でも連れてこれるかどうかは、水の精霊が私のことを覚えているかどうかにかかってるし……。五分五分ってところね。」 モンモンの話によると、代々交渉役を務めてきたものの、自分が子供のころ父が精霊の機嫌を損ねてしまったのだという。そのせい で進めていた事業が失敗し、モンモランシ家の財政は火の車に転落。今はかつかつでなんとかやっている状況とのこと。 「私の血をおぼえてくれてさえいれば来てくれるはずなんだけど……」 不安そうに湖面をジッと見つめるモンモン。ギーシュが安心おし、とでも言うようにそっと手を握った。モンモンはそれを握り返す。な んだかんだで、ギーシュはそういうやつなのだ。 その不安を吹き飛ばすように、離れた水面が光りだした。 水が意思を持っているかのようにうごめく。膨れ上がり、盛り上がって、人の姿へと変化していく。まるでロデムの変身を見ているよう だ。 湖から戻ってきたロビンを迎えたモンモンが、水の精霊に向けて両手を広げ、口を開いた。 「私はモンモランシー・マルガリタ・ラ・フェール・ド・モンモランシ。水の使い手で、旧き盟約の一員の家系よ。カエルにつけた血に覚え はおありかしら? 覚えていたら、私達に解るやり方と言葉で返事をしてちょうだい」 美しい女の姿へと変化した水の精霊が、無表情となって答える。 「覚えている。単なるものよ。貴様の体を流れる液体を、我は覚えている。貴様に最後に会ってから、月が52回交差した。」 この精霊は遺伝子を識別できるのだろうか。いったいどの程度まで遺伝子が残っていれば、血を判断できるのだろう。自身も血によ ってバベルの塔に選ばれたものであるバビル2世は考える。 『あるいは血に流れる魔法を感じているのだろうか。』 そんなことを考えている間にも交渉は進んでいく。水の秘薬、つまり水の精霊の体の一部を分けてくれとねだるモンモン。水の精霊 が、にこっと微笑み返す。脈ありなのか!? 「だが、断る。単なるものよ。」あっさり拒絶された。よほど機嫌が悪いらしい。 「なにか条件付でもらうとかできないのかい?水の精霊が好きなものをプレゼントするとか…」 ギーシュが提案をする。そういえば湖を広げているのは、精霊がなにか気に食わないことがあるからではないかと言っていたことを 思い出す。 そこで改めて頼むと、しばしの思案の後、水の精霊が「よかろう」と了承した。 「世の理を知らぬものよ。貴様はなんでもするか?」 マリコルヌにそこまでの義理はないが、あのまま放置しておいても朝晩やかましいだけである。それにかわいそうだ。頼みごとの内 容にもよるが、とりあえずなんでもする気はある。 「二つある。一つは我に仇なす貴様らの同胞を、退治すること。もう一つは我が守りし秘宝をお前たちの同胞が盗んだのだ。これを取 り返してきて欲しい。」 「ちょっと、待ってくれないか。」 仇なす同胞、というのはわかる。おそらく水の秘薬を求めて精霊を襲う、プロのハンターのことだろう。水の秘薬は精霊の体の一部 だという。かなりの高額であるらしいから、金に困ったメイジが命がけで精霊を襲うのはおかしくはない。 が、秘宝とはいったいなんだろうか。 「我が共に、時を過ごした鐘。我が友、命の鐘。」 「命の鐘?」 ゆらゆらと水の精霊が揺れる。おそらく頷いているのだろう。 水の精霊によると、それは『生命』を操る力を持つ不思議なベルであるという。遥か昔にこの湖にやって来て、それ以来共に過ごして いたらしい。 「口ぶりからすると、それは意識を持っているのかい?」 バビル2世が訊くと、水の精霊はゆらゆらと揺れる。頷いたようであった。 「天才悪魔と我は呼んでいた。いずこから来たのかは我も知らぬ。我が友であり、我が愛を見届けしもの。」 「あいをみとどけしもの?」 水の精霊としては意外すぎる言葉が出て、一斉に聞き返す。水の精霊はゆらゆらと揺れる。 「我は愛を、いとしい方と誓った。命の鐘はそれを見届けしもの。命の鐘が盗まれし夜から月が一度も交差せぬ日、愛しい方は我が元 を去った。すなわち愛を見届けしものが戻れば、我がいとしきものも必ずや戻る。」 ボーっとした表情で、わずかに目を潤ませて語る水の精霊。その表情は恋する乙女そのものであった。 「なんだそれは……たまげたなぁ。」 伝説の美しさを持つという水の精霊の意外な事実に、少なからずショックを受けるギーシュ。 「そうね、意外ね。でも、水の精霊も恋をするんだって思うと、親近感沸いちゃった……。」 チラリと横目でギーシュを見るモンモン。一途に愛するものを待つその姿を少しでもギーシュが見習ってくれれば、と心の中でため息 をつく。 「それで、その愛しい方ってのはどんなやつなのかしら?まさか石碑が建ってたあれかしら?」 ルイズが考え込む。ロマンティックな気分になっているのだが、生来の気の強さがそれを認めたがっておらず、無理矢理考えないよ うにしているのだ。 「可能性は高いな。もう少し詳しく聞いてみようか。」 水の精霊に、愛しい方がどんな精霊なのか尋ねる。水の精霊はもじもじしながら、恥ずかしそうにぼそぼそと語り始めた。 「……大きな体に、逞しい胸板、そして太い腕。りりしい口元に、輝く目。無口な方だが、共にいて飽きることなく、心安らぐ。三日月の ような頭。鉄の身体。水面を思わせる滑らかな肌。樽のような身体をした、愛しい方……」 「なんだか聞いてると水の精霊がどこに惚れたのかさっぱりわからないんだけど…」 「同感だね。」 「恋は盲目って、こういうことなのね……」 3者が3者とも説明を聞いて首を捻っていた。水の精霊とはあまりに不釣合いに思えたからだ。 「……おや、きみ。どうしたんだい?」 あきらかに困惑の表情を浮かべているバビル2世に気づき、ギーシュが尋ねる。 「なに、ひとつ思い当たることがあってね。」 バビル2世が一歩前に出た。 「水の精霊。一つ提案があるんだが。」 「何か用か。単なるものよ。」 ぼーっとしていた精霊が我にかえり、威厳を正して問う。 「その愛しい方を連れてきたら、身体を分けてもらえるかい?」 「今何と言った、単なるものよ!?」 今までにない勢いで水の精霊が問い直す。ぐるぐると身体がうねりだし、渦を巻く。 「あなたの愛しい方に心当たりがある。だから連れてくることができるんだ。だからその代わり、身体を少し分けて欲しい。」 「それは本当か、単なるものよ。」 今にも身体を差し出しそうな勢いで水の精霊が迫り寄る。 「連れてくれば、すぐにでもこの身体を分けよう。我に異論はない。」 「それにあと襲撃者も撃退する。それで水を元に戻して欲しい。どうだろうか?」 「……いいだろう。いとしい方が戻れば、襲撃者などものの数ではない。それに目的も達するのだ。」 「つまりその愛しい方を探すために、湖を広げていたってこと?復讐とかじゃなくって?」 精霊が体を震わせた。 「復讐などという考えを、我は持たない。ただ愛しい方に会いたいだけ。ゆっくり水が浸食すれば、いずれ秘宝に届くだろう。水が全て を覆い尽くすその暁には、我は愛しい方と出会うだろう。」 命の鐘はどうでもいいんだろうか。 「命の鐘は我が友。長きときを過ごしたゆえ、共に居たいと願っている。しかし鐘が別れを望むなら、それは致し方ない。いずれまた 会うこともあるだろう。」 けっこう不憫である。 「いつ連れてくればいいんだい?」 バビル2世が問うと、水の精霊はフッと嗤った。 「お前たちの寿命が尽きるまででかまわぬ。我にとっては明日も未来もあまり変わらぬ。」 バビル2世は、それの水中移動速度を思い浮かべ、距離から時間を算出する。 「おそらく明日の昼ごろにはつくはずなんだが」 「昼に頼む。」 明日も未来も変わらぬ、と言ったことを忘れたように、水の精霊は即答をした。
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/615.html
前へ / トップへ / 次へ 18話 ここで幾人かの行動を点景として記していく。 樊瑞と呂尚の永久の別れは突然やってきた。 樊瑞が火傷に効く薬を作るため、薬草を集めていると、山の向こうで轟音が響いた。 すぐさま樹に駆け上り、音のした方向を見る。 「おお!」 目に飛び込んできたのは巨大な戦艦。それが百合の紋章をつけた戦艦に、一斉射撃を行っているところだった。 樊瑞の目の前で、戦艦は爆破炎上をし、艦隊は見る間に散り散りになっていくではないか。 「いかん!お師匠様が!」 樹を駆け下りた樊瑞は、矢のような速度で師匠の眠る山小屋へと向かった。呂尚の身体は癒えきっていない。そのようなところで あのような爆発音を聞けば、ショックでどうなるかわからない。あるいは何事かと思わず外に飛び出してしまうかもしれない。 果たして、駆けつけた樊瑞の目に映ったものは……悪い予感が的中し、何事かと外へ出て、そのために心臓に負担が来たのか、 横死した呂尚の姿であった。 「師匠!師匠!」 無残な姿となった呂尚を抱える樊瑞。 実際には呂尚はアルビオンによる攻撃が始まったのを確かめようと外に出て、そのさいに心臓麻痺で死んだのであるが、アルビオン に恨みを持つ樊瑞の見解は違った。あのにっくきアルビオンが、父や兄のみならず、師である呂尚の命までもを奪ったと思い込んだ。 場合によれば、師匠はアルビオンの陰謀に巻き込まれて大怪我を負ったのかもしれない、とさえ考えた。 「師匠。師匠の敵はこのわしがとります。今からわしは混世魔王樊瑞と名乗り、師匠と父、そして兄の仇をとりに向かいます。」 呂尚を埋葬し、墓にそう誓った樊瑞は、混世魔王と化し、空を行く異形の大艦隊を睨みつけた。 「このわしが20年余をかけ身につけた仙術。貴様らにたっぷり味合わせてくれよう。」 艦隊はタルブ草原へ向かい進路を変えたようであった。復讐の魔王と化した樊瑞は、疾風の如くその後を追った。 「来たぞ!来たぞ!来たぞー!!」 見張りが甲高い声を上げて、木の上から転がり落ちてきた。ガバッと立ち上がり、将校らしきメイジに 「ラ・ロシェール方面から敵艦多数接近。数不明。大きさから見て旗艦は『ロイヤル・ソヴリン』!」 村人を森に避難させろ!という怒声のような声が響き渡る。兵士が追いやるようにして、村人を森へ移動させる。敵の目的は 艦隊の着陸点としてこの草原を奪取することにある。すなわち、村を占拠して、そこを拠点に周囲を制圧。ラ・ロシェールに進行する というものに違いない。 逆に言えば村の攻防こそが戦いの肝になる。小さいといえ、村は村である。バリケードをはり、多少なりとも要塞化して立て篭もれ ばある程度は持つ。敵にとってはこの村を占拠できなければ戦艦を着陸させることはできない。そうなれば、いずれ尽きる風石の魔力 に従い、本国へと帰還せざるをえないだろう。 特命を受けこの村へ移動してきた部隊はただの300。それに村の領主の手兵が200あまりである。 指揮官は、極秘にマザリーニ卿から「必要とあれば村の者を動員し、村に堀を作るなり、バリケードを建てるなりして構わない」と 言われていた。それは事実上の命令であった。彼は仕方なくその命令に従っていた。 が、いまいち腑に落ちてはいなかった。それはこの村を支配下に置く領主も同様らしかったが、「命令でございますから」と本人も 納得していないことを盾に、村人や兵士を動員させざるをえない状況に嫌悪感を覚えていた。そのため、堀もバリケードも中途半端 にしか完成していない。ことここに至り、全てを理解した彼は、自分の怠慢を悔やんだが、全ては後の祭りであった。 「わずか500の兵力で戦うしかありませぬ」 彼は泣きそうになりながら、この地方を治める領主に宣告した。領主は、真っ青な顔で頷いた。 アニエスは、移動してきた300の中にいた。異例なことに、女だらけの部隊を率いている。皆、剣こそ挿しているものの、使えばそれ に振り回されそうであり、おそらく腰の拳銃やマスケット銃が主力武器なのだろう。 この時代の銃は命中精度が悪い。また、当たっても破壊力が小さく、場合によっては致命傷を与えることもできない。それよりは 弓矢のほうが威力も命中精度も高い場合が多い。だが、足止めにならば使えると、その場にいる人間は見ていた。もはや戦場では あいつらは女だとかそんなことを言っていられない雰囲気が出来上がっていた。 「来たぞ!」 艦隊を目を皿のようにして見張っていた人間が叫んだ。露払いの竜騎士が、戦艦から飛び出して村へ飛んでくるのが見えた。 「……なんだ、ありゃ?」 その後ろを、ゆっくりと、巨人が小さな船をかついで降りて来るのが見えた。 「……ゴーレム、か?」 アニエスは、唾を飲み込んで、言った。 「……なんだ、これは。」 中年の男が不機嫌そうに、船に乗り込みながら言う。 「ゴーレムならば何度も見たが、これはゴーレムというよりはロボットではないか。いったいどういうことだ?」 一緒にいた老人が答える。 「ふむ。ひょっとすれば、この世界は我々の思った以上に危険な世界なのかもしれぬな。ロボットまで作る技術があろうとはな。」 そして、外を顎でしゃくる。 「それに見たか、船底を。吊るされているのもロボットのようじゃったぞ。」 ふん、と中年が煙の出る妙なものを加えた。自然に火がつき、煙が出る。それを吸い込んで、吐き出した。 「まったくこの世界は意味がわからぬな。あまりにも歪すぎる。そうは思わぬか……おっと!」 乗り込んできた別の男に肩が当たる。文句の一つも言おうかと思った中年の鼻が、異臭をかぎつける。 当たった男は、こじきというか。我々で言えばヒッピーのような姿をしていた。 たしかにこの2人、名無しと言われる傭兵も奇妙な格好であったが、その男はさらに奇妙な男であった。どう考えても戦いに出る 部隊に紛れ込むよりは、街角で物乞いをしているほうが似合いそうだ。 おまけに、その男は士官室へと入って行くではないか。どうやらこの部隊の司令官はあの男らしい。 「あんなやつが司令官だと?」眉をひそめる中年。 「よほど指揮官不足なのか。あるいは……。」 「ふん。まあいい。我々はいつもの通り暴れるだけだ。指揮官は関係ない。」 船の扉が閉まる。船体が浮く感覚があり、やがてゆっくりと落下して行った。 トリステイン魔法学院に、アルビオン宣戦布告のほうが入ったのは翌朝であった。王宮が混乱を極めたため、後回しにされたのだ。 出発は翌日では?と訝しむルイズたちの前で、王宮からの使者は半死半生の状態で開戦を告げ、再び連絡に馬に跨り駆け出した。 「タルブといえば、シエスタの村だ。」 ゼロ戦を試し乗りしようとしていたバビル2世とルイズは、思わず顔を見合わせた。 何も言わず、バビル2世はゼロ戦に乗り込んだ。ロプロスはポセイドンを運ぶ役目がある。それにタルブまではこれで充分だろうと 考えたのである。 「さあ、行くわよ!」 「……ちょっと待ってくれるか。」 当然のように乗り込んだルイズのほうへ顔を向ける。 「降りたほうがいい。」 「ノゥ!」 ふたたび反逆するルイズ。腕にはしっかりと始祖の祈祷書を抱えている。 「ビッグ・ファイアがいればアルビオンの連中なんておちゃのこさいさいでしょ?危ないことなんてないわ。」 むふー、と鼻息も荒く言うルイズ。たしかに、3つのしもべがあればなんとかなるかもしれない。だが、相手にはヨミがいるのだ。どう なるかわかったものではない。 「おーい、どうしたのかね?早く飛ばさないか?」 コルベールがのんびりした声をあげる。まだ戦争が起こったと知らない彼は、テストフライトをするのだと思っている。ゆえに、乗せる 乗せないで揉めている二人が、じゃれているだけにしか見えないのだった。 「これ以上、コルベール先生を待たせてもいけないか。」 適当なところで降りて、ロプロスに移ろう。ルイズがフライを使えない以上、飛び移るまではできないはずだ。 「わかった。じゃあ、行こうか。」 ジッとエンジンを透視するバビル2世。そして念動力で、エンジンを始動させる。 プロペラが回り始める。速度がどんどん上がっていく。 「いまだ!」 機体全体に、念動力をかけた。ふわっと、空中に浮かんだ。念動力を停止しても、飛行機は落ちることなく空を滑っていく。 「やった!やったぞ!飛んだ!すごいぞ!」 地上でコルベールが、叫びながら踊っている。 バビル2世は旋回し、方向を変えて速度を上げた。目指すはタルブの村。アルビオン艦隊。 「やはり弓矢では無理か!」 高速で襲い掛かる竜騎士へ、懸命に矢を射掛けていた兵士が叫ぶ。 次の瞬間その男の身体はマジック・アローで貫かれ、絶命した。 敵はできるだけ村を無傷で手に入れたいのだろう。炎で焼き払うわけにもいかず、魔法で立て篭もる傭兵を攻撃してくるので 手一杯という雰囲気である。それは理由があり、 「撃てッ!」 炸裂音と共に、竜騎士の身体が紅に染まって血に落ちた。つまり、銃だ。高速で飛び交うがために、普段はなんともないはずの弾丸 が、竜騎士の身体に深く食い込むのだ。傷ついた竜騎士は意識を失い、落竜して地面に身体を打ち付けるはめになる。 おまけに、号令の元一斉に射撃をしてくる。そのため傷はますます深くなり、気を失わなくても戦闘不能となり帰還せざるをえない。 「アニエス隊長!さらに1機の撃墜しました!」 兵士の一人が叫ぶ。澄んだソプラノだ。つまり、この兵士は女であった。 そう、世界でも有数の実力を誇るアルビオンの竜騎士部隊を追っ払っているのは、いまのところのこの女兵士たちであった。彼女 たちが襲い掛かってきた竜騎士を、次々撃墜していくため敵との感覚が開き、今のところ防衛に成功している。 よほど訓練された部隊なのだろう。一つ一つ個性が違う銃が、全て同じ規格であるかのように、見事に命中していく。 成果を見て真似するほかの部隊もあったが、この部隊ほど命中率はよくない。それでも戦果は上がっており、竜騎士は攻めあぐ ねているようであった。 「くそっ!あいつらめ!」 「こちらが村を攻撃できぬのをいいことに……」 空中を旋回しながら罵る竜騎士隊。先鋒を任せられながら、一向に成果が上がらないことに全員焦りを感じているのだ。 「しかたがない。村を焼くぞ。」 隊長らしい騎士が命令を出す。 「しかし、軍の方針は!」 村を残すことでは?と部下の一人が叫ぶ。隊長は頷いて 「その通りだ。しかし、落とせぬようでは村などいくら残っても意味はない。」 そしてアニエスたちがいるところを指差した。 「あそこだ!被害の大きい、あの建物。あの建物を焼き払う!そうすれば連中も士気を失うに違いない。いいか、一部だけ焼き払い、 敵の戦意をくじくのだ。」 隊長が、勢いをつけて突っ込んだ。そして、 「ブレスだ!」 と愛竜に命じる。竜が口を開き、業火を吐き出した。 業火を浴びた建物が、一瞬で炎で包まれた。 「きゃあああ!」 「隊長!」 悲鳴が起こる。 いくら訓練された兵士とは言え、まだうら若き女性である。炎に包まれ、一瞬でパニックに陥った。 「みんな!落ち着け!口元を布で覆って、身を低くして脱出するぞ!」 全員に檄を飛ばすが、誰一人として指示に従わない。炎に囲まれ、全員アニエスの声など聞こえていないようだった。 「くそっ!また火か!また火なのか!忌々しい!」 真っ青な顔で、剣を振るアニエス。強がっているものの顔は歪み、怯えたような表情を見せている。なにか、トラウマでもあるという のか。 炎が梁に燃え移り、崩れ落ちてくる。 「いかん!脱出するんだ!」 正気を取り戻し、アニエスが叫んだ。だが、無情にも梁は隊員めがけ…… 「きゃああああああああ!」 叫び声。 目を閉じ、顔を伏せる隊員たち。だが、いつまで経っても梁は落ちてこないではないか。 「は、早く逃げな……」 目を開ける。アニエスも、声の方向を見た。 どこかで見た顔がそこにはあった。 「へ、久しぶりだな、姉ちゃん。」 にやっと笑う。2mを超える、赤毛で長髪の男。胸にはさそりのマーク。 「貴様!」 「へ、どうした?オレの金玉を切り取るつもりか?もっとも、切り取る前に早く逃げてほしいんだがな。」 男は梁を支えている。燃え盛る炎が、男の身体にまで移り、肉を焦がしている。 「き、貴様…」 「いいから逃げろ。はっ、金玉切り取るとまで言われて、逃げてられるか。ここで男らしいところを見せなきゃ、かっこ悪いままだろ。」 歯を見せて笑う。兵士たちが逃げ出し、男が外を顎でしゃくった。 「なーに。お前らが今のところあいつらを食い止めてるんだ。活躍してもらわないと、困るだろ。気にすることはない。お前たちも、すぐ にこっちへ、くる、さ……」 支えきれなくなり、男が炎に包まれた梁に潰された。 「う、う、うわあああああああああああああ!!」 アニエスの脳裏にフラッシュバックが起こる。火で包まれた村。家。焼け焦げ、炭となって死んでいく村人。 ガッと自分の腕に歯を立て、噛み千切った。痛みが、自分を現実に引き起こす。 今、ここで死ぬわけには行かない。自分意は死んではいけない理由があるのだ。 「全員、あの建物に移動して、再度攻撃に移る。いいな!生き残りたければ相手を殺せ!サーチ デストロイ!見敵必殺だ!」 その瞬間、足元に揺れを感じた。 まだ攻撃を受けていない、納屋が揺れている。 何事か、と注視していると、納屋の屋根を突き破って、腕が飛び出してきた。 屋根に手を突っ込んで、納屋を引き裂いた。 中から現れたそれは、周囲に電撃をほとばしらせながら、両腕を大きく広げて、吼えた。 「がおおおおおおおん!」 現れたそれは、例えるならば鉄の巨人であった。 流れはトリステイン側に傾いていた。 突如現れた鉄のゴーレムが、竜騎士隊に襲い掛かったのだ。 炎をものともせず、魔法を弾いて、空を飛んで襲い掛かった鉄の巨人は、竜の身体を引き裂いて竜騎士を握りつぶし、暴れまわった。 たちまち竜騎士部隊を蹴散らした鉄の巨人は、唸りを上げて降下部隊に襲い掛かった。 ドスン! と、降下部隊の乗った船に突撃し、空中で船体を引き裂いた。中から人間が弾け飛び、バラバラと地面に落ちていく。 「見ろ、まるで人間がゴミのようだ!」 兵士の誰かが叫んだ。たしかに、まるで空中でゴミをばら撒いたように、人間が飛び散っていく。 2隻、3隻と次々船を沈めていく。だが、それはごく一部に過ぎず、落としても落としても船はどんどん降りてくる。 「しぶといわね、あのゴキブリども!」 誰かが背後で叫んだ。 振り返ると、そこにはあきらかにメイドがいた。 ただ、メイドじゃないかもしれないのは、目が完全に逝っちゃっていることである。ぐるぐる渦巻き目玉になっているのだ。 「1匹見たら、30匹。こうなったら全滅させてくれるわ!」 どっちが悪役なのかわからない、物騒な台詞を叫ぶ少女。どうやら、この少女があの鉄の巨人を操っているようだ。 「行け、鉄人28号!今に見ていろアルビオン幻人!全滅だッッ!」 少女が雄たけびを上げた。 船体が大きく揺れる。 船底を突き破って、巨大な腕が現れた。 それは、割り箸でも割るかのように船を真っ二つにした。 「ぬう!」 船を粉砕された衝撃で、中年の男が1人空に投げ出された。 と、思った瞬間。男は瓦礫を一つ掴み、それを基点に体勢を入れ替えた。掌が一瞬輝き、身体が浮き上がる。 そして落下するゴーレムの肩に飛び乗り、悠々と地面を目指し始めたではないか。 「どうやら、あれは鉄人らしいな。」 もう1人。すでに別のゴーレムの肩に飛び乗っていた老人が、別の船めがけ飛び去った鉄のゴーレムを見やって呟く。老人の乗った ゴーレムは、空中を滑空するようにして移動し、中年の元へ寄る。 「鉄人か。なぜあれがこの世界に。」 中年が忌々しげに鉄のゴーレムを睨み付けた。 「おそらくあの廃墟弾事件で我々同様この世界へ飛ばされたのじゃろう。さもなければこの世界への通路を偶然見つけたか、じゃな。」 「ならば!」 うむ、と2人とも頷き合わせた。 「巨大ロボットの相手はわしに任せるが良い。おぬしは、操縦者を見つけよ。そやつが何か知っておるかもしれぬ。」 中年の男が、老人の言葉を聞くや高度数百mから飛び降りた。 老人は、バラバラになり落下していく船体に今一度飛び乗った。 「ふふ。金剋木というが、なーに別に勝つのが目的ではない。しばらくの足止めが目的じゃ。こいつで充分だろう。」 老人が、空中の鉄人を見上げて笑った。 前へ / トップへ / 次へ
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/298.html
前へ / トップへ / 次へ アサー!と谷岡ヤスジみたいに夜が明けた。 というか正確にはまだ明けてはいない。 まだ夜は完全に明けきっておらず、朝もやが立ち込めていた。3人は馬に鞍をつけ、旅の準備をしていた。うち一頭はロデムが変身した 馬である。ロプロスとポセイドンは万一のことを考えすでに出発させている。 ヨミは自分の居場所をフーケの件から突き止めている可能性がある。そのときヨミ自身がくれば、しもべはあやつられ周囲に大惨事を 巻き起こしてしまうだろう。そのためにもいったん移動させておくべきと考えたのだ。 ポセイドンは目的地近くにあるという池に、ロプロスは岩山の陰に隠れているはずだ。 ルイズはいつもの姿に加えて乗馬用のブーツを履いている。ギーシュは履いていない。 と、出発前にギーシュが妙なことを言い出した。 自分の使い魔である巨大モグラを連れて行きたいというのだ。 モグラである。とてもじゃないが地面を掘っていては間に合わないだろうし、かといって地上に出せば弱りそうだ。 おまけにルイズにまとわりついて、「こんなの置いていきなさい!」派と「そんなかわいそうなことできないよ!」派に出発前から分裂 してしまった。すごく前途多難な予感だ。 「だけど、宝石を集めるというし、路銀集めに役立つ可能性もある。連れて行ってもいいだろう?」 というバビル2世の一言で、馬に車を引かせてその上に乗せ毛布をかぶせてやることにした。 さて、どの馬に乗せるかと思案していると、一陣の風が舞い上がった。 現れたのは確か昨日見た魔法衛士隊にいた男、ルイズの病の対象だ。 「姫殿下から、同行を頼まれてね。女王陛下の魔法衛士隊、グリフォン隊隊長、ワルド子爵だ。」 帽子をとり一礼する長身の男、ワルド。 魔法衛士隊と知りギーシュが姿勢を正す。魔法衛士隊は全貴族の憧れ。ギーシュも例外ではない。 「ワルド様…」 なんだか悪役っぽい名前だなあ、と思っているバビル2世の横を、ふらふらとルイズが名前を呼んで歩いていく。 「久しぶりだな!ルイズ!僕のルイズ!」 ワルドは人懐っこい笑みを浮かべ、ルイズに駆け寄り、抱えあげる。 どうやら知り合いのようだ。 心を読まなくてよかった、とバビル2世は思った。下手に読めばまたルイズが気づいて激怒しかねない。 バビル2世たちも紹介される。 「あ、あの……、ギーシュ・ド・グラモンと、使い魔のビッグ・ファイアです。」 「ルイズの許婚のワルドだ。ぼくの婚約者がお世話になっているよ」 婚約者!思わずワルドに同情しそうになる。なるほど、ルイズの病は久しぶりに婚約者に会ったことで発病したのかと感心してしまう。 「はは、まさかルイズの使い魔が人とは思わなかったな。」 ワルドとルイズは楽しそうにおしゃべりをしている。この分だと病は酷くなるか治るかわからない。 ワルドの使い魔なのだろう。グリフォンがやってくる。このグリフォンに乗っていくらしい。よほど馬よりも頑丈そうだ。 というわけで、ギーシュの使い魔ヴェルダンデはワルドのグリフォンに運んでもらうことになった。 「まさかモグラを運ぶことになるとは思わなかったな…。」 ものすごく面白い光景だった。グリフォンに乗るかっこいいあんちゃんの背中に、毛布をかぶってしがみつく大モグラ。目だってこの上 ない。 「やっぱり置いていこう。」 衆議は一致した。代わりに、というわけではないがルイズがワルドの前に乗ることになった。 しばらく待っていると来たシエスタを後ろにバビル2世を乗せて、ロデムは疾走する。もっとも正確には馬に化けたロデムだが。 「シエスタの村によったついでにアルビオン作戦」はなんとか受け入れられた。 アルビオンの反王室組織の目を誤魔化すという点で、「急ぎ旅だが、察知されるよりはマシだろう」とワルドが納得してくれたのだ。 ただ、シエスタは4人も集まっていることになぜか肩を落としていた。どうやらバビル2世1人、多くてもルイズがついてくる、ぐらい にしか想定していなかったようだ。 もっともバビル2世の後ろに乗るという条件にあっという間に機嫌を直した。 出発して一日―――。 風景はどんどん山が増えてきている。渓谷に差し掛かったのか、星空が狭まり、月が欠ける。 グリフォンは前にもルイズを乗せているというのに、いっこうに堪えず走りっぱなしであった。 バビル2世もロデムもその意味ではまったく堪えていないのだが、シエスタとギーシュの2名はかなりばてている。もっともシエスタは、 ロデムがかなり乗り心地を考えているようで、ギーシュほどは疲労していないようであるが。 「ファイアさん……こんなに、急がなくても……わたしの故郷は逃げませんよ~」 必死に訴えるシエスタ。気持ちはよくわかる。 「ふむ、ならそろそろ休憩するか。」 ワルドがグリフォンの速度を緩めようとしたそのとき、バビル2世は異常な気配に気づいた。 周辺を賊らしい連中が固めているのだ。 「ワルドさん、緩めず、走ってください!」 だが、一瞬早く疾駆するグリフォンの足元に突き刺さる矢。つんのめり、空中に投げ出されるワルド。 しかし、瞬時にフライをとなえ、ルイズを抱えてふわりと着地する。 「何者だ!?」 あわてて全員馬を止め、円陣を組む。シエスタは背中で震えている。 ズラッと現れる黒い人影。ヨミの手先か、山賊か? 「き、奇襲だ。」 馬に乗り続けて青い顔をしたギーシュが喚く。 あっという間に、矢ぶすまが5人めがけて殺到した。 「このままではぼくたちははりねずみだ。」そう思い、念動力を使う覚悟を決めるバビル2世。だが、次の瞬間―― 突如起こった竜巻が、飛来する矢を飲み込み、あさっての方向に弾き飛ばした。 ワルドだ。ワルドが杖を掲げている。 「退け―――」 暗闇の中でする声。バビル2世の目に飛び込んだのは… 『あれは、ジャキと一緒に走っていた白仮面の?』 やはりヨミの!と飛び降り追いかけようとするバビル2世。しかしそこに飛び込んできたのは、大きな羽音であった。どこかで聞いた事 のある羽音だ。羽音の方向から詠唱が聞こえる。小型の竜巻が発生し、崖上の男たちが転がり落ちてくる。 見慣れた幻獣が姿を現した。タバサの幻獣、シルフィードだ。 「お待たせー」 キュルケが着地したシルフィードから飛び降りる。ルイズが怒鳴った。 「お待たせ~、じゃないわよッ!何しに来たのよ!」 「助けてあげにきたんじゃないの。朝方、窓から見てたらあんたちが馬に乗って出かけようとしてるじゃない。話を聞くとそこのメイドの 故郷に遊びに行くって言うから、急いでタバサを起こして後をつけたのよ。」 しまった。そういう落ちがあったのか。ここで引き返せ、と言っても遊びに行くのだから説得力がない。 とうのタバサは……本当に寝起きらしく、パジャマ姿だ。しかし本は携帯している。服よりも本か。すごいな。 襲ってきた連中を見る。 「む?」 妙だ。ヨミの手下にしてはどうもこう……現地人そのままだ。拳銃ぐらい携帯していてもよさそうなものであるというのに。 『さては、ヨミは現地の盗賊やそういった連中をやとって、ぼくに超能力を使わせて、疲労させるつもりだったのか?』 そう考えるなら納得がいく。超能力を直接対決前に使わせて疲労させる戦術は、お互いよくとってきた戦法だ。 ワルドと話していたキュルケが戻ってくる。 「どうしたんだい?」 「ちょっとね。」 聞くと、小声で「あの男、ルイズの許婚らしいけどずいぶん冷たい目をしてるのね。」と言ってきた。 冷たい目か。まあ、警護部隊の隊長らしいし、職業柄の目つきなのだろう。 やがて尋問していたギーシュが戻ってきた。 「子爵、あいつらはただの物取りで、逃げた男に雇われただけだ、と言っています。」 心を読むが、どうやらギーシュのいう通りらしい。仮面の男も、あのときの男で間違いないようだ。 「ふむ、なら捨て置こう。」 ひらりとグリフォンに跨る。バビル2世も、雇われただけでは何も知らないだろうとロデムの傍による。 「諸君、明後日はスヴェルの月夜だ。その翌日、アルビオン行きの船が出る。その風竜に乗って、そこのお嬢さんの故郷で ゆっくりと英気をやしなってきたまえ。私はこのような自体もあった以上、先行し偵察をしてこよう。」 落ち合うのはこの宿屋だ、とルイズにさらさらっとメモ書きを渡し、ワルドは闇の奥に消えて行った。 ルイズは必死に引き止めるか自分も連れて行けと言いたかったらしいが、あっという間の出来事であった。 一向は、風竜に無理矢理乗り込み、シエスタの誘導にしたがって故郷に向かった。 シルフィードが苦しそうだったが、かわいそうだがこれって戦争なのよね、と見ないふりをした。 ロデムは…あ、忘れてた。 まあ、あとで呼べばいいだろう。そう考え、闇の空の上をバビル2世は風を受けて空を見ていた。 月が、二つ明後日に重なるのだという空を見ていた。 「ところであなた、シエスタとか言ったわね。」キュルケが問う。「あなたの村、何か名物とかあるの?温泉とか」 「え、えっと…景色とか………あ、ヨシェナベって名物料理があります!あとは……」 うーんうーんと頭を捻ってうなるシエスタ。やがて、何かに思い当たったようだが、 「すいません、名物はこれ以上は…」 とそそくさと引っ込めたようであった。 「なんだ、気になるな。」 「別に隠さなくてもいいんじゃないかしら?」 「うむ。」 「わ、わかりました…」 全員に責められて、シエスタは逃げ場をなくしたらしい。 「その……『竜の羽衣』とか、一応村の寺院に飾ってあるんですけど…」 「竜の羽衣?」 シエスタの説明はあまり要領を得なかった。とにかく、村の近くに寺院があり、そこに竜の羽衣や鉄の巨人と呼ばれるものを安置 してあるらしい。 「どうしてそんな変わったものが置いてあるの?」 「というか名前の由来も気になるね。」 「フンガー」 待て、一人フランケンが混ざっているぞ。 「それはですね、竜の羽衣は纏ったものは空を飛べるからだそうです。」 シエスタは言いにくそうに話す。 「空を?『風』系のマジックアイテムかしら?」 「そんな……たいしたものじゃありません。だってそれ、インチキなんです。どこにでもある、名ばかりの秘宝。ただ地元の皆はそれ でもありがたがって……。寺院に飾ってありますし、拝んでるおばあちゃんとかいますけど。」 それから、ものすごく恥ずかしそうにシエスタは続けた。 「実は……それの持ち主、わたしのひいおじいちゃんなんです。ある日ふらりとわたしの村にひいおじいちゃんはあらわれたそうです。 そしてその竜の羽衣で、東の地からわたしの村にやってきたって、皆に言ったそうです。」 「すごいじゃないの」 「でも、誰も信じてません。ひいおじいちゃんは頭がおかしかったんだって、皆言ってます。」 「どうして?」 「誰かが言ったんです。じゃあその竜の羽衣で飛んでみろって。でも、ひいおじいちゃんは「もう飛べない」って。理由は色々言うん ですけど、皆は信じるわけもなく。それで私の村に住み着いて、一生懸命働いてお金を作って、そのお金で仲良くなってた貴族様 にお願いして、竜の羽衣や鉄の巨人に固定化をかけてもらって、大事に大事に保管を。」 「変わり者だったのね。さぞかし家族は苦労したんでしょうね。」 「いえ、それ以外は働き者のいい人だったんで。皆に好かれたそうです。」 「でも村おこしには使えそうだと思うな。」 「でも、我が家の私物みたいなものだし……使い方なんか孫ひ孫は無理矢理教えられたんですけど、皆嫌がって誰も覚えずにいま すし……」 「操縦?」 「ええ。でも、わたし女の子だからあんまり興味がなくて。」 「特殊な使い方をするマジックアイテムかしら。」 「そうですね。だから誰も欲しがらないと思います。ただ家の近くだから、着陸の目印になると思いますけど」 一行を乗せて、夜空の中、風竜は一路タルブの村へと急いだ。 バビル2世は目を丸くしてそれらを見ていた。 ここはシエスタの故郷、タルブの村である。寺院はまるで宝物を保護するように建てられていた。シエスタの曽祖父が建てたという 寺院は、どことなく東大寺だとかの日本のお寺に似ていて、懐かしさを覚える外見であった。 そして、たしかにそこにそれらは安置されていたのだ。 皆その迫力に度肝を抜かれているようであった。固定化のおかげか、よほど大事にしていたのか、どこにも錆は浮いていない。 タバサが珍しく、興味深そうに見つめている、といえばわかりやすいだろうか。 バビル2世のただならぬ様子に気づき、シエスタが声をかけてきた。 「ファイアさん、どうしたんですか?わたし、みなれてるからあんまり思いませんけど、皆さんびっくりしてますし、観光名所になるんで しょうか?桂小枝さんが「ここが楽園ですな~」って着ちゃうんでしょうか?」 探偵ナイトスクープはこんなところまで取材にこないと思うのだが。 「いや、これは…間違いない。教科書に載っていた。」 「教科書?」 その言葉にルイズたちが反応する。 「なによこれ。ひょっとしてあんたの世界の…?」 「ああ、間違いない。テレビや本で見たことがある。」 「そういえば、なんとなく言われて見れば似てるわね。」 だが、ギーシュは符に落ちないと行った感じでそれらを鑑定している。 ふと見ると、タバサがそれの前に、まるで宝を守るように建てられた石碑の前に立っていた。 「あ、それ。わたしのひいおじいちゃんのお墓です。死ぬ前に自分で作ったお墓で、異国の文字で書いてあるので誰も銘が読めなくて。 なんて書いてあるんでしょうね?」 シエスタが呟いた。思わずバビル2世はその文字を読み上げる。 「え?ファイアさん、これが読めるんですか?」 こくりと頷くバビル2世。鉄の巨人をおそるおそる見ていた4人がその声にこちらに振り向く。 「ああ、間違いない。これは――」 「こら!」 突然、入り口側から烈とした声。 「物音がするから来てみれば…盗賊か!?それに触るな!」 「ひいおじいちゃん!」 「え?」 皆、きょとんとする。死んだんじゃないのか? 「え?あ、言ってませんでしたっけ?まだ生きてますよ、ひいおじいちゃん。」 たしかに、今まで死んだとは一切言ってない。よく見ると墓の銘が朱字で書かれていた。生前に建てる縁起のいいとされている墓、 寿陵であった。 「シエスタか。どうしたんだ、帰ってきていたのか?じゃあ後ろの方たちは……?」 杖を持っているのを見て、メイジらしいと気づいたのだろう。言葉に慇懃なものを感じる。 坊主頭の老人であった。年齢はいくつぐらいだろうか、矍鑠としていて想像もつかない。 「すいません。」バビル2世が声をかける。 「失礼ですが、人違いなら申し訳ありません。あなたはひょっとして、あの有名な少年探偵の…?」 その言葉に目を丸くする老人。すぐにバビル2世の傍に駆け寄ってくる。 「お、おお……まさか、まさか。とうとうボク以外にこの世界に呼ばれた人間に会えた…。」 バビル2世の手をとり、力強く握り締めて感動に打ち震える老人。その手に刻まれた年輪のような皺が、苦労を物語っていた。 「……いや、少年探偵ではない。ボクは、いや、わしはその兄だ。」 「兄?」 ああ、といい老人は寺院に安置された巨人の前へと歩を進めた。 「そうだ。ボクは、少年探偵金田正太郎の兄、ショウタロウ。」 そして鉄の巨人を誇らしげに腕を広げて指し示した。 「そしてこれが鉄人―――鉄人28号だ。」 月光を受け、威圧感のある鉄の巨体がにび色に輝いてた。 前へ / トップへ / 次へ