約 1,871,754 件
https://w.atwiki.jp/familiar/pages/4184.html
578 名前:Lv.見習[sage] 投稿日:2008/01/02(水) 22 00 03 ID nW+Z0Tw7 −特訓と受難− 剣を握る手の甲を氷の矢が掠め、ぱっと血が吹き出した。 手を離れた銀光は、弧を描き重い音をたてて地に突きたつ。 自身の血が騎士のマントに降りかかり、あちこちを点々と赤黒く染めた。 「……いってーっ!」 「俺を落としてんじゃねぇよ。武器なしのガンダールヴなんてただの木偶の坊だろが」 才人に取り落とされて、固い土に突き立ったデルフリンガーが文句をつける。 痛みにまだ痺れる手をぶんぶんと振って、才人は再び剣を握る。 「……あぁ、まったくだ。くっそ……」 「まだ。これくらいは序の口」 雪のような冷気を纏ったタバサが次の呪文の詠唱に入る。 「……いくぞ!」 叫んで突っ込んだ才人は、同時に完成し解き放たれた氷の矢をデルフで受けた。 そのまま半回転して、すばやく剣をタバサの杖に叩きつける。 しかし刀身はキン、と澄んだ音をたてて障壁に弾かれた。 「……まだまだ。追って。そういう時に止まるのは危険」 タバサはすばやく一足で才人と間合いを開け、いつもどおりの小さな声で指示をする。 氷とされていたその表情は、春風を受けたように僅かに綻んでいた。 「おう!」 才人は言われたとおりに駆け寄り、澄んだ音を不規則なリズムで響かせた。 ……二人の姿は微笑ましい追いかけっこに似て、その実、血生臭い物であった。 「……なによ、あれは」 自室の窓からふと広場を眺めたルイズは、不機嫌な声を出し、作りのいい顔を顰めた。 自分の使い魔が、走る道に血を落としながら必死で青髪の少女を追いかけている。 ……気に食わない。とても気に食わない。 ご主人さまをほったらかしてあの使い魔と来たら、至って真剣な眼差しであのちっさい 女の子を追っかけまわしているのだ。 普通はここでまず魔法とか血とか剣が気になりそうなものであったが、 才人がデルフリンガーを振り回している事など、ルイズの目には入っていない。 とにかく気に食わないのだ。感情がそう言っているのだから、ほかにくっついている事 など、彼女にとってはどうでもよい瑣末事だったのである。 「えっと……戦闘訓練、だそうですよ、ミス・ヴァリエール」 「……おおお水精霊騎士隊じゃ、ないわよね、タバサはっ」 既に顔つきは強張っている。全身は怒りに震えている。 部屋にいたのが、いつの間にかそれに慣れてしまったシエスタでなかったら、今頃部屋 から慌てて逃げ出しているに違いない程の怒りようであった。 「もう他の人では相手にならないんだそうですよ。さすがサイトさんですね」 穏やかな声でシエスタは返した。ほんの少しの優越感を声に乗せて。 「だだだだからって、だからって、あの子じゃなくてもいいじゃない! それにどうして 私はなんにも聞いてないのに、シエスタがそれを知ってんのよ!」 「えぇ……それが、ちょうど先日その場に出くわしたのでお聞きして……」 「大体それならまず私に言ったって……あぁぁもう! 許さないんだから! おしおきよ!」 とうとう我慢ならなくなったルイズは、杖を手に部屋を駆け出て行った。 シエスタは苦笑を浮かべ、ため息をつきながらその背を見送る。 特訓のケガも癒えぬ内にそれ以上のケガを虚無の爆発で食らわされるのであろう。 ……サイトさん、頑張ってるのに、ちょっとかわいそう。 そう思いながらも、シエスタもまた、なんとなく面白くなかったので止めない。 特訓だろうがなんだろうが、思いを寄せる相手が他の女の子と二人きりなんて、普通は 見たくない物なのだ。 シエスタは一時間後の状況を考え、包帯や薬を貰うために医務室に走っていった。 男の意地、って物がある。 守りたい女の子に、その為に特訓しているなどと、知られたくない物なのだ。 ましてやその守りたい女の子を特訓相手にするなど、ありえないのだ。 ルイズでは気兼ねするわ力が足りないわで、どちらにしろ特訓相手は無理だろうが……、 怒り狂うルイズには、才人の意地もキモチも、知ったことではなかったわけで。 終。 微妙に容量残ってるから埋めを兼ねて戦闘と大人数の練習SS。
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/1236.html
「モグ・・・ング・・・ン、ンマーイ!!」 「そ、そんなに急いで食べなくても・・・誰もとったりしませんから・・・」 シエスタはそう言いながら、瞬く間に空になった皿にシチューをよそった。ポルナレフは皿を受け取ると、 再び怒涛の勢いで湯気を立てるシチューを咀嚼していく。これで四度目のおかわりだった。 魔法学院の胃袋を一手に担う厨房は、昼食の配膳が終わった直後だからか嵐の後のような有様である。 そんな中で、ポルナレフはシエスタの温情に甘えて、賄いのシチューを頂いていた。無論欠片も遠慮することなく。 かれこれ一晩ぶりの食事なのだ。旨くない筈が無い。 「そうは言ったって腹ぁ減ってるし、何よりコイツがンマくてよ!止まらんぜぇ~!」 口にスプーンを突っ込みつつ大口でしゃべるポルナレフ。非常に下品である。 『・・・幸せそうに食べる人だなあ』 ひっきりなしに動くスプーンの残像をそれとなく目で追いながら、シエスタは思った。 一口一口がやたら早いが、噛み締めるように食べているのが表情でわかる。物食う人間はかくあるべき、 といった表情だった。格式を重んじる貴族だったら眉をひそめただろう。しかし、シエスタはポルナレフ の幸せそうな表情を見て、心から食事させて良かった、と感じた。 「ガツガツ・・・うん・・・ハフハフ・・・こいつぁぜっぴ・・ッグ!ゲフッゲフッ!!」 あまりに急いでかっ込んだせいで、アツアツのシチューが気管に入りむせる。 遅かれ早かれこうなるのを予期していたのか、シエスタはすかさずテーブルに置いてあった水差しを取り、ポルナレフに渡した。 コップに注ぐ余裕も無かったのか、ポルナレフは水差しをひったくると一気に口内を水で満たし、嚥下する。 「んげふ、ぐっ、んぐっ・・・フ~、死ぬかと思った」 「ですから言いましたのに、まったく・・・」 「わりぃわりぃ。でも、本当に美味しかったぜ。トレビアンだよ、ト・レ・ビ・ア・ン!」 丁度空になったシチュー皿をガチャンと置いて、ニッカリと笑うその頬にはニンジンが張り付いていた。 その間抜け面に、シエスタはまた思わず吹きだしてしまう。 ポルナレフの言動は徹頭徹尾コミカルで、接した人を和ませるようなムードを持っていた。シエスタもまた、知らず知らずの うちにそのムードに包まれてしまっていたのだ。 「腹も落ち着いた所で、改めて自己紹介させてもらうぜ。俺はJ・P・ポルナレフ。よろしくな」 「ポルナレフさん・・・変わったお名前ですのね。どうぞよろしく。ところで・・・この学院の関係者だとか、 使い魔だとか仰ってましたけど・・・本当はどんな身分の方なんです?」 「言ったとおり使い魔ってやつだ。ほれ、この左手のルーン」 「っ!・・・」 ほれ見よと甲を見せて指差されたポルナレフの左手に、シエスタは思わず息を飲んでしまう。 「どうした?どこか変なとこでも・・・あぁ」 そうか、と合点がいった。左指を握ったり開いたりしてみる。何度動かしても、指は三本しか動かない。 三本しか指は無いのだから。 ポルナレフはシエスタに対して、別段不快感を抱いたりはしなかった。人間、あるべきものが無い、という事象には 原始的な恐怖を感じてしまうものだと、知っていたからだ。 「すまん、女の子への配慮が足りなかったな」 「こちらこそ、すみません・・・どうか、気を悪くしないで下さい・・・」 「気にしなくて良いんだぜ?俺も気にしてないからさ」 シエスタは自分の反射的な反応を恨んだ。 食事中は、せわしなく動くスプーンと、口にシチューを突っ込むたびに幸せそうに頷くポルナレフの顔を見ていた (そしておかわりのタイミングを見計らっていた)ので、終ぞ左手を見ていなかった。だから気づかなかったのだ。 ポルナレフがそれを攻めないことが、唯一の救いだった。 「ミス・ヴァリエールが使い魔として平民を召還したって、学内で噂になってましたけど・・・あなただったんですね」 「噂になってんのか・・・珍しいことなのか?人間召還するのって」 「私は貴族様のことは良く存じませんが・・・噂になるくらいですから、多分珍しいのでしょうね」 「ふーん・・・」 ルイズは、結構珍しい存在なのだろうか?ポルナレフの心に一瞬疑問がよぎるが、すぐに消えた。 珍しい、というか実力が無いのだろう。使い魔といったらやっぱりフクロウとか猫とか、オカルティックな生き物が最初に 思い浮かぶ。実力のある奴はドラゴンとか、すごい使い魔を召還することができて、そうでないヌケサクは人間を召還するので はないか。仮説を立て終わると、ルイズについての疑問は頭から吹っ飛んだ。 「・・・そうだ。飯を奢ってもらって、話にも乗ってもらって、このまま帰るわけにはいかねえな」 ポルナレフはそう言って、満腹で突っ張る腹をかばいつつ席を立った。 「何か手伝えることはねえか?なんでもいいぜ」 「・・・そうですね、じゃあ、デザートを運ぶのを手伝ってください」 ポルナレフがデザートのケーキが乗ったトレイを運び、シエスタがケーキを配膳する。無論ポルナレフは二つ返事で了解し、 かくしてちょっとした波乱の待つ食堂へと、ポルナレフは赴いてしまうのであった。 『・・・しかし、このシエスタって娘、カワイイなぁ~~~。 素朴な可憐さっていうかよ、キュルケとかとはまた毛色の違った可愛さだよなぁー・・・』 シエスタと、貴族たちが座るテーブルの間をぬってケーキを配膳している間、ヒマなポルナレフは悶々とそんなことを 考えていた。腹が一杯になったおかげで、脳みそを邪に使う余裕が出てきたのであろうか。 『メイドってのもポイント高いぜぇ・・・ 貴族のボンボンが難癖つけて、困っているメイドを颯爽と助ける俺! ボンボンと決闘して、無論俺は難なくボンボンをボギャァー!する! そしていつしかメイドは俺に・・・って何考えてるんだ俺は・・・』 イメージプレイも大好きなポルポル君は、どうやら腹に血液が集まったおかげでマトモな思考が出来ないようである。 『しかし・・・俺の勘が囁いている・・・ 今想像したこと、近いうちに起きそうな気がするぜ・・・いや、この俺の勘だ、絶対的中するぜ!!』 妄想を続行するポルナレフには、根拠の無い自信が満ち溢れていた。 ギーシュ・ド・グラモンはこの日、滅茶苦茶ご機嫌であった。 ガールフレンドのモンモランシーから、プレゼントを貰ったからだ。キザ男として通っている彼であるから、 女の子からのプレゼントは慣れている・・・という程ではないにしろ結構貰っているのであるが、今回は別格 であった。 ~これより甘い回想~ 「ギ、ギーシュ・・・」 「やあ、どうしたんだいモンモランシー?こんな早くから・・・」 「あの、これを・・・」 唐突にモンモランシーが突き出した手には、一本の小瓶が乗っていた。 それが香水の入った瓶であることは、ギーシュにはすぐに分かった。過去何度か同じデザインの瓶に入った香水を 貰ったことがあるからだ。 過去の香水と違うのは、中の液体が神秘的な紫色でなく、深い群青色であることだった。 「いつもの香水と違うね、どうしたんだい?」 「珍しい材料が手に入ったから、試してみたらそんな色になったの」 「・・・もしかして、僕のために?」 「そ、そんなんじゃないわ!単に実験!実験よ!!」 「それは残念だなあ。君のような可憐なレディに、自分だけのための香水を作ってもらえたら、 どんなにか幸せだろうに」 お得意のキザな台詞を連射する。 モンモランシーも満更でもないらしく、白い頬に赤みがさす。 「・・・単に実験・・・だけど・・・でも、珍しい香水を一番に試してほしいとは・・・思ったわ」 「モ、モンモランシー・・・」 これがデレって奴ですか、安西先生!!!! ギーシュは心の中で絶叫した。モンモランシーの心遣いがたまらなく嬉しく、そして愛おしかった。 「・・・ありがたく使わせてもらうよ、愛しのモンモランシー・・・僕の大切な人・・・」 「・・・ギーシュ・・・」 ~ここまで甘い回想~ 『あぁ、思い出すだけでも鼻血が出そうだよ、愛しのモンモランシー・・・』 おかげで授業も上の空だったし、昼食もあまり食べることが出来なかった。 学友たちの囃し立てる声も、今のギーシュには聞こえない。ポケットをまさぐると、ガラス瓶の冷たい感触がかえってくる。 モンモランシーの愛が詰まった香水瓶を撫でているだけで、ギーシュはもう天にも昇る気持ちだったのだ。 食堂はデザートを食べ終わった生徒が出て行ったからか、少し閑散としはじめていた。 「なあ、ギーシュ、どうしたんだ?今日の君はホントに変だぞ」 「変なクスリでも嗅がされたか?」 ギーシュはため息を返すのみである。 「もうだめだ・・・こいつ完全にイカれちまってるぜ・・・」 そんな声も今のギーシュにとってはマジでどうでもいい虚無の彼方である。 浮気もやめようかなあ・・・そんなことを考えながら再びポケットに手を突っ込んで殴りぬけ・・・ではなく、 香水の瓶をいじろうとしたその時、瓶はスルリと指の間をすり抜け、床にポトリと落ちてしまった。 「アッ!!」 一瞬ギーシュの顔から血の気が引いたが、床に落ちても割れなかった香水瓶を見てホッとする。 落ちた拍子に勢いがついたのか、コロコロと転がっていく香水瓶。 あの瓶が割れたら一大事だ。すぐ拾おうとギーシュは席を立つ。しかし、運命は非情だった。 ドグチアァッ!! ギーシュの視界に突然現れた半長靴が、奇妙な擬音とともに香水瓶を押しつぶした。 「・・・え?」 余りに余りな展開に、ギーシュの脳みそは一瞬にして処理落ちしていた。 一瞬の後、半長靴の下から群青色の液体が流れ出す。あたかも潰された死体から流れ出す血の様に。 「・・・ん?」 妄想に浸っていたポルナレフは、そこでやっと、自分が何かを踏みつけていることに気づいた。 トレイを持っていたことで、足元の視界が制限されていたこともあって、転がってくる香水瓶に気づけなかったのだ。トレイを退けて 足元を見ると、何か青色の液体が靴の下から流れ出していた。 「な、なんだこりゃ!」 何かバッチィ物を踏んでしまったと想像したポルナレフは思わず半歩飛びのいた。 しかし、その仕草は再起動の済んだギーシュにとどめを与えるのに十分だった。 「・・・この瓶、もしかしておめーのか?」 ギーシュは答えない。聞こえてはいる。 しかし、答えるという選択肢は、既にある感情で満たされた彼には存在していないのだ。 「わ、悪かった。ぼーっとしちまってて・・・」 「・・・を・・・」 「へ?」 そして、その感情の高ぶりが頂点に達した瞬間、ギーシュはその感情・・・「怒り」にもっともふさわしい台詞を吐き出した。 「何をするだぁーーーーーッ!!!!!!!!許さん!!!!!!!!!!」 それは、ある愛に生きる貴族の慟哭であった。 to be continued・・・-
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/1403.html
――――――前略お母さん 大分天気も安定してきて過ごしやすくなってきましたね。タルブ村では良い風が吹く頃だと思いますが、穀物の育ちは良いですか?弟妹たちは元気にしてますか? お父さんもお仕事大変だろうけど、疲れたときはヨシェナヴェを食べて元気を出してください。それと、まだひいおじいちゃんのかたみはちゃんとありますか? なんだかんだであれがないとタルブ村は落ち着かない気がします。 こっちはタルブ村よりも暑くてお仕事も大変だけど、楽しい人たちばかりで辛くはないです。貴族様にお出しするような料理もいくつかおぼえました。 ・・・材料がないけど。 料理長のマルトーさんは気のいい人だし、他のみんなも優しいです。この間みなさんにヨシェナヴェを作ってあげたら好評でした。でもやっぱり故郷の味には勝てません。 それと最近気になる人が出来ました。いつか一緒に挨拶に行けたら・・・なーんて。きゃ、わたしったら! ところでシエスタは売られそうです。 第二十三話 『亜熱帯の夜』 朝食に限らず食事時の食堂は騒がしい。貴族のマナーはどこへやら、友達とだべくる声がそこかしこから聞こえてきてちょっとしたお祭りみたいなありさまである。 そしてそんな中を素早く、かつ精密な動きでメイドたちが配膳を行い空いた食器を下げていく。そのうち彼女達は時を止めれそうだ。 「どうしたのよウェザー。さっきからキョロキョロして」 ルイズが今し方飲みきったスープの皿をメイドに下げさせながら尋ねてきた。ウェザーはアルビオン以降ルイズからちゃんとした食事を供給されているので食堂で、しかもルイズの隣で食事をしているのだ。 ちなみに席は優しい優しいマリコルヌ君に貸してもらっている。ただではなんなのでウェザーはマリコルヌの目の前でスプーンを錆びさせる一発芸を見せたらいたく感動してくれたらしく、震えながら席を譲ってくれたのだ。 まったく彼は太っ腹である。いや、リアルな腹じゃなくて比喩的な意味で。 「ん・・・いや、何でもないんだ。それよりルイズ、ほっぺにスープついてるぞ。もっと落ち着いて食え」 ウェザーは自分の頬を指さして教えてやるが案の定反対側のほっぺをルイズは触るので埒があかない。痺れを切らしたウェザーが指で取ってやり、ナメた。 「この味は!・・・・・・コンソメスープの『味』だぜ・・・」 「あ、あああんたも同じの食べたでしょッ!」 ルイズは顔を真っ赤にして叫んだが、それ以上このことを言及すると墓穴を掘りそうなのでやめた。 「ま、まあ何でもないならいいけど。でも間違ってもメイドに色目なんか使うんじゃないわよ。特にご贔屓にしてるご飯を恵んでくれる娘とかは特にねえ」 「・・・おう」 急にすごんだルイズの気迫に押されてついつい答えてしまった。口に詰めたパンの味はよくわからなかった。 食事後、ルイズを授業に送り出してから厨房に向かった。この時間なら片づけも一段落している頃だろうから迷惑にはならないであろうという配慮であった。聞きたいことがあるので落ち着いていた方がいい。 そしてそうこうしないうちに厨房につく。ドアを開ければ案の定全員休みに入っていた。しかし異様に活気がない。その中からマルトーを見つけて声をかける。 「よおマルトー。景気はどうだい」 するとマルトーは鈍い動きでウェザーに顔を向けると、ため息を一つ吐いてから返事を返してきた。 「見ての通りさ・・・」 厨房を見渡してみるが、見ての通りと言うことはどうにも繁盛していないとしか受け取れなかった。 「元気ねえなあ・・・ちょいと聞きたいことがあってな、今朝食堂でシエスタを見なかったんだが・・・風邪でもひいてるのか?」 ウェザーがそう言うとマルトーの眼には涙がたまり、ほどなくしてウェザーにしがみついて泣き出してしまった。 「ヘイ、ヘイ!落ち着けマルトー、どうした?」 「うう・・・シエスタは・・・シエスタはぁ・・・・・・うおぉーんッ!」 埒があかない。ウェザーが困り果てていると、新米の青年コックが話してくれた。 「実はシエスタのやつ・・・モット伯に連れて行かれたんスよ」 聞いたことのない名前だった。伯がつく辺り地位はありそうだが、連れて行かれたとはどういうことだろうか。 「モット泊ってのは王宮でも結構な地位にいる貴族で、何の用かは知らないスけど三日前に学院にやってきて、そんでシエスタを見たみたいなんス」 そのあとをマルトーが嗚咽混じりに継いだ。 「おう、モット伯ってのはよぅ・・・ひっく、平民の娘ェ屋敷に雇ってはグス、グス・・・夜な夜な弄んでは壊してるって噂の貴族でな・・・しかも怪しげな『薬』も捌いてるらしくって・・・・・・うおぉーシエスター!」 最後は雄叫びに変わってしまったので再び青年コックが話してくれる。 「そんでシエスタを自分の邸宅で雇いたいからって・・・マルトーさんも手を尽くしたんスけど、相手は貴族っス。結局押し切られて今朝早くにシエスタはモット伯の邸宅に向かったんスよ・・・」 なるほど、だから厨房に活気がないわけだ。素朴で可憐なシエスタは厨房でも人気者のようだし、家族同然に接してきた人間を生け贄に捧げられるのを指をくわえて見ているしかできないのだから。 「このままじゃ・・・今日の晩にもシエスタはヤツの毒牙にかかっちまうよ。・・・なあウェザー・・・シエスタを助けてやってくれねえか?あの貴族のボンボンをのしたときみてえにさあッ!頼むよ我らが剣!」 マルトーがウェザーにしがみついて必死に頭を下げる。周りのコックたちも請うような視線をウェザーに向けていた。しかしウェザーは頷かなかった。 「シエスタが・・・いやがったのか?」 「いや・・・わかりましたとだけしか・・・で、でもそんなの口からでまかせで絶対助けて欲しかったはずだ!」 「そんなの誰にもわからねえだろ。それに貴族に呼ばれたんだ・・・仮に俺が行ってシエスタを連れ帰ったとしたらモット伯はシエスタの家族をどうする?必ず何かしら圧力をかけてくるだろう。さすがにそこまで面倒みきれないぜ・・・」 「そんな・・・・・・」 マルトーは床に膝をついてしまった。 「シエスタは全部わかって向かったんだ。あいつが助けを求めたワケじゃあるまいし、余計なことをしてもシエスタが困るだけだ・・・」 厨房中からため息や嗚咽が漏れ聞こえるが、ウェザーは背を向けてドアに向かう。と、例の青年コックがウェザーを呼び止めた。 「本当は・・・シエスタに二、三日してから渡すよう頼まれてたんスけど・・・これ」 青年がポケットから紙を取り出してウェザーに渡す。そこには丁寧な字で何かが綴ってあった。生憎とウェザーはまだ字を完璧には読めなかったが、その手紙から伝えたかった想いは読みとれた。 ウェザーは強く手紙を握るとポケットに入れて外に出た。 「バカ野郎が・・・助けて欲しいんならそう言えよ・・・」 ウェザーの絞り出すような声は大気をわずかに震わせた。 ルイズが夕食を終えて自室に帰ってくるとそこには不審者がいた。頭に何か丸いかぶり物をした背の高い男が背を向けて立っている。驚いて荷物を落としてしまい、その音に男が振り向いた。 白いズボンに白い上着。口元に牙、額には角のような装飾がなされて顎には亀裂が走っている。眼の部分は暗くその奥を覗くことは出来そうにない。だが、不審者に違いはない。 「き・・・きゃーむぐ!」 思わず叫びそうになった口を不審者に塞がれてしまった。必死にもがいてみるが力が強くて抜け出せない。恐怖に震えそうになったとき、くぐもった声が聞こえてきた。 「待てルイズ、俺だ」 「あ、生憎とそんな趣味の悪い頭持ってる人は知り合いにはいないわ・・・」 「いや、だから俺だって」 そう言って不審者はかぶり物を上にずらして顔を出した。 「ウェザーなの?なにそれ」 ルイズが目を見開いてウェザーとかぶり物を交互に見つめる。 「なにって・・・前にお前らに帽子買って貰ったじゃねえか。あの時タバサに貰ったやつだよ。服は厨房のやつらに借りたんだ。かぶり物はフルフェイスタイプだから顔が全部隠れて丁度いいし、実際お前が見ても誰かわかんなかっただろ?」 少し興味を示していたルイズがその一言で疑うような眼に変わった。したからじとーっと睨んでくる。 「丁度いい・・・?ウェザー・・・なにする気かしら?ご主人様にお話ししてご覧なさい」 「あー・・・ちょいと仮装パーティーの準備をな」 「はあ?仮装パーティーなんて誰とするのよ」 「人数は不明だが多分そこそこいるんじゃねえかな?豪邸らしいし」 「でもあんたを呼ぶ人間なんてほとんど決まってるじゃない。キュルケタバサギーシュ・・・あとはウェールズ様とかかしら」 正直なんて言い訳しようか困っていたウェザーだったが、その一言で息を吹き返した。ルイズに詰め寄り捲し立てるように言う。 「そう!そうなんだよ、ウェールズのヤツがなんか話がしたいから来てくれーってな!仮装パーティーだから顔は隠してこいよだとさ!」 「ウェールズ様が?じゃあわたしも行くわ」 「は?」 「だってウェールズ様がいるならアンリエッタ様だっているでしょう?」 ルイズは純粋にあの二人のことを心配しているんだろうがこちらとしては口からでまかせなので連れて行くわけには当然行かない。 しょうがない、やるか。 「あのな、ルイズ・・・」 いつになく真剣な声で肩を掴まれてルイズも身を固くした。 「な、なによ・・・」 「こいつは俺とウェールズの『男の約束』なんだ。わかるか?」 「ハァ?なにそれ」 「その約束の間には女人は決してはいることを許されないある意味で『男の世界』・・・もしもこの約束を違えたり女を連れ込もうものならばそいつはその瞬間から男ではなくなるんだ」 「じゃ、じゃあ女になるの・・・?」 ウェザーが奇妙な間を空けると、ルイズも雰囲気に飲まれてつばを飲み込んでしまう。ゴゴゴゴゴゴとか空耳が聞こえてきそうな沈黙だった。 「違うな・・・男と女の中間の生命体になって・・・どちらかわからなくなってしまうのでいずれ考えるのを止めるんだ」 「そ・・・そうなの・・・」 「だから来るな。いいな?」 「わ、わかったわ・・・ウェールズ様もあんたもそれほどの覚悟なのね」 「そうだ・・・覚悟はできている」 ウェザーはそれだけ言うと扉から出ていく。ルイズはその背を見送るしかできなかった。しかしふと机の上に何かが乗っているのを見つけて近寄って手に取ってみる。 「これ・・・ウェザーの帽子だわ。まあ、あれを被るんならこれは脱がないと無理ね・・・」 そしてしばらく帽子とにらめっこしたあと、被ってみた。少し大きくて目の上まで隠れてしまったがなんとか帽子の体裁は保てている。 「へえ、結構温かいじゃない。いいわねこれ・・・ん?」 机の上に載せた手が何か紙らしきものに触れた。どうやらウェザーの帽子の下敷きになっていたようで見えなかったのだ。 「何かしら・・・手紙?」 ルイズは手にとって広げてみる。そこにはこう書かれていた。 『ウェザーさんへ わたしはこの度モット伯の館にお勤めすることになりました。お給金も上がるので家族への仕送りも増えます。 慣れない場所で少しだけ怖いけれど、ウェザーさんが以前わたしに『勇気』を見せてくださいました。平民でも貴族様に並び立つことが出来ると教えてくれました。わたしにはウェザーさんみたいな力はないけれど、心だけは負けません。 最後に、ウェザーさんと話をしたりした時間はとても楽しかったです。多分もう二度と会えないですけど、ウェザーさんのことは忘れません。さようなら』 丁寧な字で書かれているが、最後の方は震えていて、水でもこぼしたのか滲んでしまっていた。 「なにが男の約束よ・・・」 ルイズはしばらく手紙を見ていたが、丁寧にたたんでそっと机の上に戻した。そして窓から外を見る。 「ちゃんと帰ってきなさいよ」 その日はやけに蒸し暑い夜だった。森の中でウェザーは馬を降りた。学院からの借り物なのでちゃんと木に縛って置いておく。それから出来るだけ音を立てないようにして進む。 程なくして屋敷が見えてきた。 しかしその門前には傭兵だろうか、武器を持った者たちが二人いた。当然庭や周りにはもっと大勢いるんだろう。 しかもその屋敷の周りを黒い翼をはやした犬がうろついているのだ。もしかしたらこの辺りの森にすでに潜んでいるのかも知れなかった。 「霧で何とかなるかと思っていたが・・・臭いでばれるな・・・」 しかしこうしている間にもシエスタが危険に近づいているのだ。考えている時間も惜しい。 「しかたない・・・力は食うし大がかりだが、迷ってる時間はないな」 『ウェザー・リポート』が徐々にその形をハッキリとさせて現れた。 「なんか今日は蒸し暑いなあ・・・」 門前の兵隊が隣に話しかける。男たちも常から警戒心全開でいるつもりはないのでこんな世間話はよくあることである。 「ああ。何か南の方みたいだなこりゃ。もう俺鎧の下ベッタベタ」 そういって襟を摘んで風を送る。そうでもしないと気持ち悪さと蒸し暑さで倒れてしまいそうだった。しかしその時男の手に冷たいものが落ちてきた。つい上を向く。 「どうした?」 「いや・・・手に水滴が落ちたから雨かと思ったんだが、全然晴れだな」 「鳥の糞じゃねーのか、おい!」 「ちげーよ!っておい、空が!」 二人が見上げた空にはたしかに二つの月が出ていた――はずなのにものすごい速さで流れてきた雲がそれを隠してしまった。かなり厚い雲のようで辺りが真っ暗になってしまった。屋敷の明かりがなければ完全な闇だっただろう。 その時ビシャンッ、という破裂音のような音がした。音の方を見てみれば兵隊の一人が頭から水を被ったように濡れていた。 「なんだそれ?」 「雨だ・・・それももの凄い・・・」 二人は再び空を見上げた。何かが落下してくるのがわかった。大粒の雨が落下してくるのが。滝のような音とがし始めたときには明かりがあってさえ何メートル先も見えないほどの豪雨になっていた。霧も立ちこめ始めている。 「うおおおおおお!?」 「い、いきなりかよ!」 男たちは痛いと感じるほどの雨からどうやって逃れようかと必死で、二人の間を人間が通った事など気付きもしなかった。 「雨は臭いを消してくれる・・・」 その言葉と同時に兵隊は崩れ落ちた。男はウェザーだった。すでに犬も寝かして森に転がしてある。ウェザーはその雨と霧に乗じて一気に屋敷の扉に迫った。チンタラ時間をかけるつもりはなかった。 屋敷に突入して一気にモット伯のところまで辿り着くつもりだ。そして扉の取っ手を掴んだ。しかし二人の人間が。 ウェザーは慌てて隣に目をやった。ローブを目深に被って素顔はわからなかったが、この屋敷のものだろう。恐らくはメイジで、この豪雨での指示を仰ぎに行く途中だったのだろうか。 お互いの眼があったと感じた瞬間、ウェザーは動いていた。仲間を呼ばれては厄介なのでここで始末しなければならない。風を逆巻いてウェザーの手刀がローブの首めがけて放たれる。しかし相手も手練れらしく反応し、杖を振るって地面から壁を作り出した。 (『土』のメイジ?だが土なら叩き壊せるッ!) ウェザーの手刀が壁に激突し、そのまま押し切る――ハズだったが、ひしゃげさせただけにとどまってしまう。手応えからどうやら即座に鉄に『練金』したらしい。 ウェザーは腕を引こうとしたがそれよりも早く『練金』されてしまい、腕を壁に取り込まれてしまった。急いで酸化させようとするが敵もこのチャンスに黙ってはいなかった。さらに地面から腕を二本作り出して畳みかけるような拳のラッシュをかけてくる。 「うおおッ!」 ウェザーも片手で応戦するが分が悪く防戦一方である。しかも敵は生意気にもフェイントをかけてきて足下をすくわれ倒されてしまった。片腕が鉄にとらわれているので中途半端な体勢となってしまい、そこへトドメとばかりに二本をまとめた巨大拳が上から飛来する。 「チィ!『ウェザー・リポート』!」 しかしギリギリ一杯で酸化が間に合ったウェザーは両の拳で巨大拳を挟み、潰した。そして跳ねるように起きあがるとローブに向けて踏み込んだ。鉄を壊されたショックからかローブは反応が鈍かった。 (射程距離二メートルに入った。風圧の拳が入る!) ローブの顔面めがけて荒れ狂う風を纏った拳が強襲する。回避は出来ないだろう。だがローブは回避の代わりに腕をつきだして叫んだ。 「待ったウェザー!わたしわたしッ!」 ウェザーの拳が顔面ギリギリ、鼻の頭に触れるかどうかで止まった。吹き抜けた風がローブを剥ぎ取る。そこから現れたのは―― 「フーケ!お前なにしてんだ!」 紛れもなくフーケであった。フーケも驚いたような顔をしている。 「あんたこそ。そんなかぶり物して、ウェザー・リポートって言わなきゃ誰かわかんなかったよ。それでこんな所に何の用だい?」 フーケにそう言われてハッとした。シエスタがマズイのだ。慌ててドアを開けて中に入ると、フーケも一緒についてきた。 「何で来るんだよ!」 「そりゃあわたしの目的がこっちにあるからさ」 「目的?・・・俺はモット伯に」 「あら奇遇。わたしもモット伯だよ。でも急いでるみたいだね?」 ウェザーとフーケは走りながら目配せすると拳をつき合わせた。共闘の意味であった。 「こっちだよ!」 フーケがウェザーを牽引するように先行した。盗賊ならばこの屋敷の下調べでモット伯の部屋くらい把握しているのだろう。しかし角を曲がったとき、今度は別のローブが通路の先に現れた。 「メイジだッ!」 フーケが叫んだとおりローブは懐から杖を取り出した。しかしウェザーは臆することなくフーケを追いこすと、明らかに射程外から思いっきり拳を振った。するといきなり後方から猛烈な突風が通路の窓を破壊しながら吹き抜けた。 狭い通路で、メイジは避けることも迎え撃つことも出来ずに壁に叩き付けられる。そこへフーケが取り出した袋の中身をぶちまけた。中身は土だった。そして杖を一振るいして鉄に変えると、メイジの手足を拘束して猿ぐつわもかませた。それから意識を落とす。 そこまでで十秒かかっていないだろう。 「即席にしては良いコンビじゃないか。どう?本気でコンビ組んで盗賊やらない?」 「遠慮・・・するッ!」 走った勢いそのままに勢いよく扉をブチ開けると寝室に出た。男が一人にベッドの上には―― 「シエスタ!」 駆け寄ろうとしたときフーケに突き飛ばされて何かが頬を掠めたが床に転がった。フーケがウェザーの上に倒れている。 「フーケ!」 「大丈夫、かすっただけ・・・」 しかしローブの腕の部分が破れて赤く滲んでいた。出血しているのは明らかである。ウェザーはフーケを背に回して立ち上がり男を見た。いかにも貴族と言った風体の男で、杖の先には身卯が集まっていた。 「モットは水のトライアングルだよ・・・」 「・・・・・・」 ウェザーが迎撃の体勢を取るとモット伯が憤慨しながら水の鞭を放ってきた。その顔のはなぜかもみじがついていた。 「おのれおのれおのれぇぇぇッ!平民の分際でこの私を拒むとはッ!貴様らもだ!この私のお楽しみを邪魔するとは許せんッ!」 モット伯の鞭はまるで生きたヘビのように巧みに、素早く襲いかかってきた。ウェザーもスタンドで防いでいる。 「ウェザー、わたしにかまうな!」 「いや、問題はない!」 そう言ってついに鞭をたたき落とした。しかしモット伯は余裕の顔である。 「くくく・・・この私の魔法をうち破るとは平民にしてはやるほうかもしれん。が、水がある限り私は負けない!」 そう言って再び杖を構える。その先には徐々に水が溜まっている。が、しかしその水球はせいぜいビー玉程度の大きさしかなかった。 「な、なんだこれはッ!?」 「お前が水のメイジだって言うんなら話は早かったんだよ。水分なくしちまえばいいんだからな」 モット伯は何を言っているのかわからないらしく怯えた表情を見せたが、ウェザーのことを多少なりと知っているフーケは違った。 「あんたまさか・・・」 「この部屋の空気を乾燥させた。外の雨も止ませたしな。水蒸気から水を作り出すって授業でやってたから対処は楽だったぜ。・・・さてモット伯、今日は蒸し暑いからなあ、その残り少ない水で俺と遊んで見るかい?」 震えだしたモット伯を蹴り飛ばして杖をへし折った。みっともなく転げたモット伯はフーケに任せてシエスタの様子を見る。 どうやらまだ何かやられたわけではなく、魔法ででも眠らされたのだろう。寝息を立てていた。安心したところでモット伯に向き直る。 「お、お前たち、私にこんなことをしてどうなるかわかっているんだろうな!縛り首ではすまさんぞッ!」 「わめくんじゃねえ。シエスタが起きちまうだろうが」 「そうだ、そもそもあのメイドが私に刃向かうから時間がかかってしまったのだ・・・」 話し途中だったがウェザーはかまわずモット伯のケツを蹴り飛ばした。 「ガタガタわめくんじゃねえと言ったんだぜ、俺は。お前に選択権がないのはこの状況を見ればわかるだろう?」 「ま、待て、わかった金ならいくらでも払うしこのメイドも返すから命まではどうか取らないで!」 もともと命まで取るつもりはなかったし、金はいらないがシエスタを返してくれるというのだから問題はなかった。しかし頷こうとしたらフーケに遮られてしまった。 「フーケ?」 「あんたやっぱり素人だねえ。こんな口約束信じるんじゃないよ」 そして「ちょっとこいつ見張ってな」と言って壁に耳を押し当てて軽く叩き出した。しばらくそうしているウチに音の質が違う場所に当たった。すると杖を向けて『練金』を唱え、壁の一角を土くれに変えてしまった。ウェザーの口から思わず感嘆の声が上がる。 「おおー、すごいな」 「わたしは『土くれ』のフーケ様だよ?これくらい朝飯前もいいところよ」 そして土くれをどけるとその先には隠し部屋があり、袋が山積みになっていた。フーケがその一つから小さな錠剤を一つ取り出して舐めてみる。 「・・・やっぱりね。クソ忌々しいもん思い出しちまったよ」 そう吐き捨ててモット伯の前に袋の中身を全てぶちまけて見せる。見る見るうちにモット伯の顔が蒼白になっていき口をパクパクしだした。 「ねえモット伯、これって禁制の薬よねえ・・・人の心を虚ろにして好き勝手に出来るって言う全国で御法度の薬・・・違うかしら?」 フーケの凍えるような声と射殺すような視線に当てられたモット伯があうあうと口走るがもはや言葉になっていなかった。 「こんなもの大量に隠してナニをしてたのかしら?女を好き勝手に扱えて楽しかった?征服欲は満たされた?ねえ、答えてよ!」 「ぴぎぃっ!」 フーケの足がモット伯の股間を強襲した。いや、爆撃した。音と反応でウェザーにはもうそこが二度とスタンドしないであろうことはわかっていた。 泣きながら股間を押さえるモット伯をさらに容赦なく蹴り上げたりかかとを落としたりしていたがさすがにそろそろヤバイと見てウェザーがフーケを後ろから羽交い締めにして押さえた。 「はなせっ!このゲスチンにお返ししなきゃあ気が済まないわよッ!」 「お前が薬を恨む気持ちもわかるが待て。ここで殺すとお互い厄介だろうが。俺もお前も、お前の家族も」 その言葉でようやく落ち着いたのか、フーケはウェザーの腕を振り払うと汗と雨で濡れた髪を整えた。ウェザーはため息を一つ吐いてから床で痙攣しているモット伯の耳を摘んで話した。 「まだ聞こえてるな?」 荒い呼吸音しか聞こえないが聞こえていると判断して話を進める。 「シエスタは返してもらうしあの薬も俺達が預かる。誰かにこのことを話したら・・・」 みなまで言わないことが逆に恐怖となったのかモット伯は機械仕掛けの人形のようにカクカクと首を縦に振った。 「オーケー、それじゃあお前に用はないからもう寝ていいぞ」 そして当て身をくらわせる。シエスタを背負いフーケと共にドアから外へ出る。最後にぐったりとしたモット伯に向かって別れの挨拶をする。 「Have a good night。良い夢見ろよ」 そして静かにドアを閉めた。後に残されたのは土くれと安らかな寝顔のモット伯だけだった。 雨の匂いの残る森に三人はいた。シエスタは寝ているが、火を囲んで座りその火を覗いている。フーケがそこに袋を投じる。モット伯から奪った薬である。最低量があれば脅しにはなるし持ち運びやすいからと言う理由だそうだが、すでにモット伯は再起不能だろう。 ウェザーはその火に手をかざしながらフーケに聞いた。 「で、結局お前はその薬を目当てにここにきたと」 「そう言うこと。アルビオンであんたとわかれてから街に下りてお土産とか物色してたらさ、最近怪しい薬が出回ってるって小耳に挟んじゃってね。職業柄耳は利くし、クセで噂は集めちゃうんだよ」 「調査の結果モット伯に行き着いたと・・・」 「その通りよ。でもあいつは氷山の一角に過ぎないわ。他にも禁制の薬とかであくどく稼いでる貴族がわんさかいるわよ。わたしだって日向を歩ける職業じゃないけどね、節度ってものをわきまえてるわ。ルールと言っていい。 薬を自分達で楽しむ分にはまったくもって問題ないわ。個人の自由だし他人のことにそこまで首突っ込むつもりもないもの。それで滅びても自業自得。同情の余地はないわ」 そしてさらに二つほど燃やした。火が大きくなる。 「でもね、それを平民、それも子供たちにばらまくのが許せないのよ。わたしに家族がいるからってところもあるけどね。最初は手の届きやすい金額で試させて、いざ依存性が強くなればとても平民の給金じゃ手の届かない値を出す・・・それだけで一家は崩壊よ」 「アルビオンにも・・・いたのか?そういった子たちが」 「おそらくは貴族派ね・・・資金集めと同時に王党派の貴族がそれを捌いていると噂を流せば民衆の心はお城から離れていくわ」 フーケは視線を逸らして答えた。ウェザーは火を見ているとアルビオンでの出来事を思い出す。ウェールズの失ったものを思い、胸が痛んだ。沈痛な沈黙が森を支配したが、それを嫌ってかフーケが少し大きめの声で話しかけてきた。 「アルビオンと言えばさー」 ウェザーが視線をフーケに向けた。 「貴族派なんだけど、最近どうも鉄臭いね」 「・・・戦争でもする気か?」 「そこまで行くのかはわからないけど、戦艦の大幅改修や兵隊の増員を熱心にしてたりであまり穏やかじゃないのは確かだね」 ウェールズに報告しておくべきかとウェザーは神妙な顔つきになったが、ふと疑問に思ったので尋ねてみた。 「何でお前がそんなこと知ってるんだよ。わざわざ調査したのか?」 するとフーケはおたおたしだして、火の加減のせいか顔が赤く見えた。 「へ?え?そ、そりゃああんたはウェールズを助けた人間だし、ウェールズには貸しもあるし、も、もしかしたら知ってたほうがいいかなーってだけで、べ、別にアンタが関わりそうで心配だからとかじゃ全ッ然ないからねッ!」 炎越しに凄んだ顔がおもしろくって笑うと石を投げられた。 「笑うんじゃないよまったく・・・とにかく、伝えたからね」 そしてフーケは立ち上がると残りの袋を持って森の中に消えていった。ウェザーもそれを見送るとシエスタを馬に乗せて落ちないように支えてやり走らせた。 シエスタが体に感じる振動で目を覚ます。 「え?あれ?わたしモット伯の館で・・・」 「おう起きたか」 シエスタが見上げるとそこには謎のかぶり物を着た謎の男がいた。 「き・・・きゃーもご!」 シエスタが叫びそうなのをまたぞろ口を押さえて防いだ。そして手綱を持ったままの手でヘルメットをずらして顔を見せる。 「ウェザーさん!?」 シエスタはびっくりしているらしく眼を白黒させている。 「あの、でもわたしモット伯のところで・・・」 「ああ、モット伯ならもう帰っていいってさ。いやあ、(一方的に)話せばわかる人だな」 シエスタは半覚醒の脳で過去に遡り一つの答えに辿り着いた。 「ああ!そうでした・・・わたしモット伯の寝室に呼ばれて・・・いたされちゃうんだって思ったんですけど、ウェザーさんがミスタ・グラモンに挑んだときのことを思い出して、気づいたらモット伯をはたいちゃってて、 『私に触らないでッ!』ていったら何だか頭がふわふわしてきて・・・そこまでしか・・・」 興奮して倒れてしまったんだろう。しかしこの娘は思ったよりもすごいかも知れない。 「でも、本当に助けに来てくださったんですね!わたし嬉しくて・・・」 ぼろぼろと泣き出してしまったシエスタがウェザーにしがみついてきた。ウェザーもそのままにしておいてやる。その内に落ち着いたのか顔を上げてウェザーを見た。 「あ、あの!本当にありがとうございました!このご恩は絶対返しますから!」 「ご恩だなんてよせよ。俺はお前に飯奢って貰ってるから貸しなら俺の方があるくらいさ。だからきにすんな」 「でもでも!私を救ってくださったんですから今までの貸しなんて吹っ飛んじゃいますよ!」 これは何を言っても無駄だと判断したウェザーは少し考えてから打開策を出した。 「じゃあ、今度とびっきり旨い飯をごちそうしてくれよ。それで貸し借り無しな」 「はい!」 シエスタはとびっきりの笑顔で答えた。月に照らされたその顔で貸し借りにお釣りがきそうな気がしたが、もらえるものは貰っておくことにした。 夜中のうちに学院に着いた二人はとりあえず別れた。シエスタはもともと自分が寝泊まりしていた場所で寝て、明日オスマンに事情を話しに行くことにした。ウェザーもいいかげん寝たかったのでやや急ぎ足で部屋に向かう。 鍵がかかってたらどうするかと思っていたが、幸いにもと言うか不用心にもと言うか鍵はかかっていなかった。ゆっくりと扉を開けて中に入り、ベッドを確認したがルイズはいなかった。 部屋を見渡すと机のあたりから寝息が聞こえるので見てみればルイズは机に突っ伏したまま寝ていたのだ。 しかもウェザーの帽子を被ったまま。 ウェザーはその格好にほくそ笑むと、起こさないように帽子を取り抱き上げてベッドに寝かせる。なんだか娘を寝かしつけてるみたいで不思議な気分だった。自分も寝ようとベッドから離れると、その腕を何かが掴んでいた。 振り返れば寝息を立てたままのルイズがウェザーの手首を握っている。ため息を一つついてウェザーはベッド脇の床に腰を下ろして手を掴ませたまま眠った。 大小の月が寄り添うように、いつしか二人の寝息が静かな夜に奏でられた。 ルイズ――朝眼を覚ましたら超至近距離にウェザーの顔があったことに驚いて思わず一撃かましてしまい、素直に謝れなくて飯抜きを宣告。 ウェザー――ルイズの一撃で眠気を吹っ飛ばされさらに飯抜きを宣告されたが帰ってきたシエスタの心づくしの料理に助けられる。 シエスタ――ウェザーと共にオスマンに事情を話しに行くがすでにモット伯から連絡があったと言われ問題なく戻ってこれた。さっそく厨房に顔を出したウェザーに料理を振る舞う。そしてウェザーを見る眼が尊敬から憧れへ変わった。 フーケ――モット伯を脅迫して得た薬のルートを手に入れた。同時にちゃっかりモット伯の館から盗んできた財宝を売りさばいた。 モット伯――フーケとウェザーにさんざん蹴られたことでMの道に目覚めた。しかし同時に彼の二ツ名が『不勃(たたず)のモット』あるいは『叩いてモット』になってしまった。ただ本人は嬉しそうだが。 モット伯に使えていたメイジ――魔法すら使えずに出番終了したがフーケに縛られてからその道に興味を持ち、今ではモット伯と主従が逆転して縛りまくっているとか。 To Be Continued…
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/1637.html
第二話(17) 恐ろしき王女 その① 「オールド・オスマン、それは本当ですか!?」 FFは驚いて聞き返した。 「うむ、本当じゃ。王宮からわざわざ使いが来てのぅ。大変なことになったもんじゃ。…おい、FF君!何処に行くんじゃ!!」 「友人がいる…。以前、話していた…タルブの村出身だと…。だからッ!彼女のところに行く! 彼女はこれを聞いているのならきっと絶望している!少しでも彼女の力になれるようにッ!」 そういうとFFは学院長室を出て行った。 「ふむ、友人がいたとは知らなかったわい。そういえば、FF君になってから少しパンチラするようになったのう。…でも、お尻を触るのを文句言わないのは、ちと張り合いがないんじゃが…。 いかんいかん、ここはカメラ目線で貫禄を漂わせてっと…… こんなに早く戦争が始まるとは、もうトリステインも安全ではないんじゃのぅ。みんなに最悪が降りかからないよう、祈るばかりじゃ。」 ところかわって食堂。 「一体どうしたのかしらね、あのメイドは。」 「さぁ、急に泣き崩れたみたいだったけど、何かあったのかな?」 「私に聞かれてもわからないわよ!きっと平民は平民で何かがあるのよ。 …そういえば忘れてたけど、私って虚無なのよね。…たぶん。」 ルイズがハッとした顔で思い出して、見知らぬメイドの話は終わり、虚無の話になる。 「きっと虚無に間違いないよ!FFの話はとても説得力があったしね!」 「確かにそうなんだけど…急に自分が虚無だなんていわれても、あまりパッとしないのよ。 でも、本当に虚無なのよね……。ということは、家にも立派な報告ができるわ。 さっそくちい姉様に手紙を出さなくっちゃ!」 ルイズが手紙を書こうと紙とペンを出す。しかしそこでマリコルヌから衝撃の告白をうける。 「僕のルイズ、そのことだったら、アルビオン脱出後のラ・ロシェールにいるときに、ヴァリエール公爵家宛にすでに出しておいたよ。」 ルイズだけ暫し時が止まった。 第二話(17) 恐ろしき王女 その② 「ちょちょちょ、ちょっとーっ!ななな、何勝手なことやってんのよ!」 「きっと君のお父様もお喜びになるだろうと思ってね。」 「ばばば、馬鹿ーーっ!もしかして、『僕のルイズが』なんて書かなかったでしょうねー!」 「ああ、それなら大丈夫だよ、僕のルイズ。公爵家宛に私情丸出しの文書は送らないよ。」 ルイズは安心したのか、ため息を漏らした。 「よかった、それくらいはちゃんとしてるわよね。もしそんなことしてたらきっと打ち首だもの。」 「そ、それは怖いね。」 (よ、よかった、自重してて。打ち首になったら結婚どころじゃないしね。) やっていた場合を想像して、マリコルヌは内心ガタガタブルブルのニャーニャーだった。 それでも個別にカトレアあてに出すために、ルイズはペンを走らせる。 ルイズが書き終えると、タイミングよくFFが現れた。 「あ、FF。何やってるのよ。」 「ん、ルイズか。ちょっとシエスタに用があってな。」 「?シエスタ?誰?知り合い?」 「まぁ、そんなところだ。」 そういうとFFは厨房に向かっていった。 FFが去っていった後、男子たちの間では、FFの『履いているもの』の話題で盛り上がっていた。 「誰かシエスタを知らないか?」 FFは厨房の中に呼びかける。するとシエスタの同僚が先程の出来事を話し、現在は部屋にいるということを告げた。 「知ってしまったのか。しかし、知られてしまうのは避けられないこと、その苦しみをどう軽減させるかが友人の仕事だ。」 FFはシエスタのいる部屋に向かった。 第二話(17) 恐ろしき王女 その③ 「おお、シャルロット、私のシャルロット。」 「…母様。」 プッチの渡した薬によって、母親を狂わせていたエルフの毒が解毒された。 二人はどちらからともなくお互いに抱き合い、涙を流す。 「そんなに強く抱きしめたら痛いわ、シャルロット。」 タバサは元気になった母をみて、力強く抱きしめずにはいられなかったのだ。 (母様、母様…。) タバサは何度も心の中でそれを繰り返した。 これから仇のガリア王ジョゼフを殺しに行くのだ。タバサは勇気が欲しかった。 時が過ぎるのも忘れるくらい、ギュッと、ずっと抱きしめる。 そんな二人をプッチは壁に寄りかかりながら見ていた。 ペルスランも二人から離れて見守っていた。 ペルスランは、タバサが連れてきたこの来訪者をどんな人物なのかと思っていたが、何だか知的な雰囲気だけは感じ取っていた。 そしてタバサは母から離れ、無言で外に出て行こうとする。それについて心配になり、母は娘に問いかけた。 「シャルロット、何処へ行くの?私と一緒に静に暮らしましょう。」 母の切ない願いだった。きっとそれでも行ってしまうのだろうということはわかっていたが、言わずにはいられなかった。 「やらなくちゃならないことがある。」 タバサはそれだけ告げると去っていってしまった。それに続いてプッチも屋敷を出ようとする。 「お願いします、そこの名前も存じ上げない貴方。助けてもらい、その上お願いをするのも失礼だとは思いますが、私の娘、シャルロットを…どうか、宜しく頼みます…。」 プッチは振り向かず、そのまま屋敷を去っていってしまった。 屋敷に残された母と老執事は、ただただ見送ることしかできなかった。 無事、再びその顔を見ることができるようにと…。 第二話(17) 恐ろしき王女 その④ 「ルイズが虚無だと…。信じられん。」 時間は少しばかり前後するが、ヴァリエール公爵家では、ヴァリエール公爵がマリコルヌからの手紙を読んで驚いていた。 ルイズが、自分の娘が虚無であると書いてある。 俄かには信じられないことであるが、その文章に書いてあることが妙に説得力を持っているので、ヴァリエール公爵は信じるべきかどうか相当に悩んでいた。 そして、妻と二人の娘を呼んで、家族会議にまで発展していった。 「ルイズが虚無、家系上ありえない話ではありませんね。」 「ちびルイズが虚無だなんてそんな馬鹿な話あるわけないじゃない。あの子は魔法が使えないのよ。二つ名は『ゼロ』、それだけで十分じゃない。それよりワルド子爵との婚姻のお祝いはどうします、母様。」 「姉様、でもその手紙に書いてあることは最もですわ。普通の失敗なら爆発なんてしませんもの。」 三者三様の返答である。 「確かにそれは盲点だった。この手紙の主は相当の頭脳の持ち主と見えるな。何でもルイズの学友であるとか…。今度、その顔を拝ませてもらおう。」 マリコルヌが気付いたわけではないのだが、手紙を送ったためにそう思われてしまった。役得である。 すると王宮からの使者が訪ねてきた。 「何だね、戦争のことなら帰ってくれ!相当な額だったが、軍役免除税はきっちり払っただろう。」 そういうと、帰るように促す公爵。それくらいしか今の王宮からの用なんて思いつかなかったからだ。 どうせ戦場に出向いてくれとでも言うんだろうと考えていた。しかしそれは違った。使者は面と向かって言う。 「…いいえ、戦争のことで伺ったのではありません。」 「じゃあ、いったい何の用なんだね?」 公爵は疑問に思い尋ねる。他に何かあったであろうか。そう考えていると、使者が切り出した。 「ラ・ヴァリエール公爵、国家反逆の容疑により身柄を拘束します。抵抗せずについてきて下さい。」 「な、何なんだねいったい!?そんなことを言われる覚えはない!!出直して来たまえ!」 公爵は途轍もなく憤慨して使者に詰め寄る。それに対しても使者は落ち着いて言った。 「大人しくついてくる気はないんですね。」 「ああ、そんな気は全くない!当然だ!」 「では仕方がありません。力尽くで拘束させていただきます。」 あの公爵が杖を構える暇もなく、あっというまに拘束されてしまった。 第二話(17) 恐ろしき王女 その⑤ 「あなた…。」 「「お父様…。」」 「大丈夫だ。きっと何かの勘違いに違いない。屈辱ということにかわりはないがな。」 公爵はそのまま使者に連れられて屋敷から出て行った。 残された妻と二人の娘は、その様子を心配して立ち尽くしていた。 「…きっとお父様は大丈夫ですよ。部屋に戻っていなさい。」 自らも不安に関わらず、気丈に振る舞い、娘たちを落ち着かせようとする妻の姿はとても逞しかった。 娘たちが部屋に戻った後、カリーヌは椅子に座り、頭を抱えた。 コンコンッ!シエスタの部屋の扉が叩かれる。 「…ぐす…どうぞ…。」 シエスタは、泣くのを堪えて返事をした。こんなときに誰なんだろうと今まで流していた涙を拭った。 「失礼する。」 入ってきたのがロングビルだったことにシエスタは驚いたが、何事もなかったかのように対応する。 もしかしたら先程のことで首になるかもしれない、内心はこうも考えていたが、養うことが必要な家族がいなくなってしまった今、もうどうにでもなれと自暴自棄に陥っていた。 「何の御用でしょうか、ミス・ロングビル。」 「きっと、落ち込んでいるだろうと思って…。」 「はい?私がですか?ただあの時は取り乱しただけで何ともありません。アハハ…。」 シエスタが乾いた笑いをあげる。自分が育ってきた村の人たちが皆殺しにされたのだ。シエスタは精神的におかしくなりかけていた。 それがFFでなかったとしても、人と出会ったら遅かれ早かれこういう行動をとっていただろう。 「本当に大丈夫なのか?」 そういってFFはシエスタを抱きしめる。シエスタを落ち着かせるために。 「いきなりどうしたんですか?抱きついて。アハハハ。」 「辛いのはわかる。でも自分を保つんだ。見失っちゃあいけない。村の人たちだって、君のそんな姿は見たくはないはずだ。」 「アハハハハハハ!あなたに私の何がわかるって言うんですか?離してください。」 「いいや、離さない。まったく同じ辛さを感じることは、人が人である限り不可能だ。だが、その苦しみを分け合うことはできる。軽減することはできる。それが友人の役目だ。君に元気になってもらいたいから来た。」 以前のジョリーンとエルメェスを見ていてFFが思ったことだ。人はみな異なっている、だからこそ補えるのだと。 第二話(17) 恐ろしき王女 その⑥ 「アハ…アハハ………う、うわぁぁぁぁん…。」 シエスタは泣きじゃくった。FFの胸の中で。家族や村の人たちを思い出し、みんなの分まで生きていこうとシエスタは決心した。 「今はいっぱい涙を流すんだ。泣けば少しは落ち着く。」 FFはシエスタが落ち着いてからも、暫くその場に留まった。 一方のルイズはというと手紙を出し終え、タルブ村略奪事件について耳にする。 「王党派がそんなことをするはずはないわ。きっと貴族派の成りすましよ。 それは姫様自身が一番わかりきってることなのに、どうして貴族派の肩を持つのかしら。」 「きっと内通者が権力を掌握でもしているんじゃあないかい、僕のルイズ。」 「今日はとても冴えているわね、マリコルヌ。学院長に許可を取って早速姫様に会いに行くわよ。」 学院長室に向かうルイズとマリコルヌ。しかし、学院長の口から予想外の内容が紡がれる。 「姫殿下直々の書簡にそう書いてあったもんでのぅ。」 「そ、そんな、どうしてですかっ!」 そういいながらも、先日あった姫様の様子がおかしかった為に、少しばかりルイズは納得してしまう。 なんでも、ルイズが戦争のことで王宮を訪ねると言うのであれば断れと言う内容であった。 しかも王党派がやったという確かな証拠もあるのでそのことであれば尚更許可はしないということだった。 結局二人は黙って学院長室を後にするしかなかった。 学院長室から出た後に、これからどうしようかとヴェストリの広場で話している二人。 そこでFFと出くわす。FFがルイズを捜していたのだから当然だが。 FFが言うには、フーケの記憶からアルビオンの虚無が誰なのか予測できたとのことだ。 そしてワルド戦の時に襲ってきたホワイトスネイクが現れる前に救出しようと言うことであった。 一行はアルビオンのウエストウッドに向けて出発する。 勿論学院長から許可を取って。 その際に、ルイズが虚無であろうということや、虚無が狙われていること、ウェールズの死などを聞いて、オスマンはたいそう驚いていたそうな。 なぜなら四人が四人とも学院長に全く話していなかったためである。 一番オスマンの近くにいるFF曰く。 「別に話す必要はないと思った。」 とのこと。 to be continued…
https://w.atwiki.jp/hetarekyoudai/pages/15.html
兄弟共通 [正式名称] Repubblica Italiana [首都] ローマ [公用語] イタリア語 [誕生日] 1861年3月17日(イタリア統一) [国花] デイジー [国旗の意味] 緑は美しい国土、白は雪、赤は愛国の熱血を表すと同時に、自由、平等、博愛の意味もある。 北イタリア(イタリア=ヴェネチアーノ) 初期フラッシュ紹介 陽気でどこか抜けてる南ヨーロッパの不思議な国。 ちょっと泣き虫。よく勇気出す場面を間違える。 人懐こくいつもニコニコしててスキンシップ大好き。 今日出来ることは明日とかあさってにやって 今日は歌でも歌ってシエスタするかってタイプ。 ピザとパスタとシエスタは人生に不可欠です。 旧紹介(1巻) tp //www.geocities.jp/himaruya/hetaria/ita.htm かつては世界一の大国だったローマ帝国の長い歴史が(以下略)で なぜかヘタレになってしまった陽気なラティラーノ。 作中では「イタリア=ヴェネチアーノ」 どこか抜けていて愛情表現豊かで少々甘えん坊。ちょっと泣き虫。 喋るとき同時に手足が動いたり、鼻歌がうるさかったり、スキンシップ大好きなのは生まれつき。 なんか体にしみこんでいるものらしい。 趣味は料理とシエスタ、絵画にデザイン。 ちょっとちゃらんぽらんだがなぜか他の国には大目に見てもらえてる。 パスタとピッツァとチーズ大好き。 どうでもいい設定集 tp //www.geocities.jp/himaruya/matome_heta.html ・ 女の子と美味しい御飯とおひさまが大好きな南国のヘタレ青年。 ・ 喜怒哀楽が激しく少し泣き虫。趣味は絵を描くこととシエスタ。 ・ なんか近づくとヴぇーって音がする。鳴き声か何か。扇風機に声あてた時のような音。 ・ くるんは「イタリア人の性的な何か」 ・ ドイツもだが一時成長不良起こしてたため周辺国より設定年齢は低め。 ・ 良く言えばかなりおおらか悪く言えばちゃらんぽらんな性格。 ・ 商売上手だが、色々あってやる気をなくした兄がいるため、家計は微妙に苦しい。 ・ 何かあるとドイツにたよるくせがある。そしてなぜか周辺国も甘やかすのが不思議だ。 ・ エチオピアとケンカして世界中からハブにされたときもアメリカやフランス、ドイツ に甘やかされて結局大した打撃はうけなかった。 ・ このまんが描くきっかけになった国。 ・ 身体的にはそんなに弱くないのに、「可愛い女の子が見てない」「敵が怖い」などの理由でヘタレに。 簡易紹介(2巻) tp //www.geocities.jp/himaruya/char.html 作中では、兄貴(イタリア=ロマーノ)と区別してヴェネチアーノとも。 女の子とパスタが大好きな、陽気でちょっと泣き虫なラテン息子。 なにかとドイツを頼ってくるが、ドイツの言うことはあんまり聞かない。 ドイツの車を改造しては怒られている。 「ヴェ」と謎の音が漏れるのは生理現象だ。 美的センスはローマ爺ちゃんに似て絵を描いたり 歌を歌ったり、服デザインしたりするのがすごく好き。 ちびたりあ(2巻) ちびっこだった頃のイタリア。ローマ爺ちゃんの孫。 肥沃な大地、風土や文化などが魅力的だったため、各国に狙われる羽目になった。 一時期オーストリアさんちに居候してた。ちなみに、この頃から食い意地が張っていた。 キャラ見分け表 tp //blog-imgs-24-origin.fc2.com/h/i/m/himaruya/chara_miwak1.jpg 主人公です このあほ毛が生えたのは色々偶然でした。 3巻 お茶目で陽気で泣き虫な女の子とパスタとピッツァと シエスタが大好きなラテン息子だよ! 本気出すとすごいけど女の子の前だけだよ! 4巻 お茶目で陽気で泣き虫な、女の子とパスタとピッツァとシエスタが大好きなラテン息子! 本気は女の子のために温存しているよ! 南イタリア(イタリア=ロマーノ) 旧紹介(1巻) tp //www.geocities.jp/himaruya/hetaria/ita.htm かつては世界一の大国だったローマ帝国の長い歴史が(以下略)で なぜかヘタレになってしまった陽気なラティラーノ。 作中では「イタリア=ロマーノ」 長い間分断されていたせいか統一後も兄弟仲はそんなによくない。 女の子には明るく優しいが、男には厳しく無愛想。ある意味自分には素直。 ドイツやフランスは正直嫌い。 趣味はナンパと農業と料理にシエスタ。手は不器用だがなぜかスリはうまい。 性格や文化、味覚はスペイン譲りなところがある。パスタとトマト大好き。 簡易紹介(2巻) tp //www.geocities.jp/himaruya/char.html パスタと女の子が大好きな、ちょっと尖ってるイタリアの兄ちゃん。 兄弟間の仲は微妙に悪く、ドイツにもよく突っかかってくるけど、 見た目の割には怖がりでヘタレの泣き虫なので大したことはできない。 スペインとの生活が長かったせいか、文化や習慣・宗教観がちょっとスペイン似。 マフィアに蝕まれているせいか世間を斜めに見ているところも。 女の子の前では結構へらへらしているが、男には…。 くるんを引っ張るとちぎぎと鳴くのは生理現象。 キャラ見分け表 tp //blog-imgs-24-origin.fc2.com/h/i/m/himaruya/chara_miwak1.jpg イタリアのお兄ちゃんです 強気なんだか弱気なんだかよくわからない人です 3巻 男にはツンツンしてるけど、女の子には甘い イタリアの南半分でちょっとヘタレなお兄ちゃんだよ! 下手すると弟よりすぐ泣くよ! パスタもピッツァもトマトも女の子も大好きだよ! 兄弟仲は悪いけど、結構弟を頼ってくるよ! 4巻 パスタと女の子が大好きなイタリアの兄ちゃん。 弟(ヴェネチアーノ)とはちょっと微妙なカンジだけど、負けず劣らずヘタレな部分もあったりするよ!
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/618.html
サーヴァントムーディー4回 博愛乙女登場と爆殺魔法使い『0』 朝 それは健康な人間には爽やかに、不健康な人間には強烈に訪れる。今のアバッキオ、ルイズには後者だろう。 アバッキオがもたれている壁のすぐ隣にある戸が開き、 「あらぁ?こんな所に珍しいモノがねてるわぁ」 朝っぱらからムンとした色気を放ちながら少女 いや、その立派な出っ張り具合から言って、レディーが出てきた。ルイズとは対照的にあまりにも主張の強い胸、褐色の肌、情熱を帯びた瞳。 その全てが男の本能に訴えかけんとする容姿から普通の男子生徒からの人気は高そうだ。 「ここで寝てるって事は…ルイズの使い魔よねぇ…ウフフフ…おばかさんねルイズゥ。ホントに平民召喚しちゃうなんてぇ」 その女性に続いてトカゲが廊下に出た。女性と同じ赤い燃えるような…いや、リアルに燃えてるトカゲだ。 「う…あちぃ」 トカゲの放つ熱気でアバッキオは目を醒ます。 毛布が掛けられていて「寝てる間にシエスタが掛けてくれたのか」気遣いに感謝する。シエスタ自身も疲れているだろう。 そんなアバッキオをよそに「ポソポソ」女性は何かつぶやくとカチリ とロックが解かれた ニヤリとする途端 「オラァ!」バギャム!! ドアは蹴破られた 「!!ガサだ!?姉様裏帳簿を隠し!!…ん?」まどろみから引き戻されたルイズはよくわからない事を言って起きたが、キュルケに気づき、硬直した。 「な?!キュルケ!?あにゃた何をあっているの!」「あらぁ寝ぼすけさんねルイズ。寝ぼけた顔も相変わらず不細工ね」「にゃ、にゃんらとー!!」「しかも平民召喚したんでしょう?流石はゼロね。私なんかサラマンダーよ。ねぇフレイムぅ」 ゴゴゴゴゴ 空気が震えている 「おい。何をやってんだ」アバッキオが部屋に入ってきた時 「や…やっかましゃー!でで、出てけー!!」 ドカーン 部屋の中から怒声と共に爆発が起きた。アバッキオは爆風に吹き飛ばされた。「グレートだぜ…」黒焦げである 「全く乱暴なんだからルイズは。場所位考えなさいっての」先ほどの女性-キュルケが出てきた。ヒトカゲに守られたのか特に外傷は無い。 「貴方も難儀ね。使い魔さん?」 「…使い間?」「主人で困った事があればウチにいらっしゃぁい」流し目と共にキュルケはフレイムと去って行った 「あんな生物初めて見た…やはり昨日の月は夢じゃなさそうだな。」「ちょ、あんたアバッキオ!着替えるんだから早く手伝いなさい!ご飯間に合わないでしょ」スス汚れたルイズが出てきた。何故か一番損傷が激しいのはアバッキオだった 使い間=小間使いor間者と考えたアバッキオはとりあえず従う事にし、朝食を取りに行った。だが 「・・・何だこれは」巨大なテーブルの上と下のあまりもの格差に言葉を失った。上は豪華なコース、床には汚水の様なスープと渇れたコチコチのパン。 申し訳無さげに食事を持って来たのはシエスタ。昨日の疲労が顔に出ている。よっぽど疲れて居るのだろう 「もういいわ下がって。」ルイズはシエスタを手で追い払った。 「…使い魔は本来食堂に入れもしないんだからね。入れてあげるだけ感謝してほしいわ」 その傲慢ちきな物言いにアバッキオは ピキ と頭の中で音を聞いた 「テメェルイズ…雇い主なら主らしく、もっとまともに飯を用意するのが筋だぜ…俺を失望させんのかよ」静かな反論が返って威圧感を感じさせる。気圧されたルイズはなるべく丸く収まる様に言葉を選んで答えた 「そ、そんなの言っても、昨日の治療費が高くついたんだから、その分質素なのは仕方ないわよ」実はこれは嘘。本当は使い魔の食べ物はコレで十分と考えていたのだ。 更に治療費に関しても、医務室の担当メイジは最初から匙を投げていた 「外傷も無いし毒でもない。どうにもならない。生命力に頼るしかない」そう言われた時ルイズは落ち込んだ。折角亜人の変種か何かを召喚できたのに…と だから始めから金の掛かる治療は受けてなかった。せいぜい生命力を強化する秘法を受けた位でそれだけならルイズには大した額ではなかったのだ アバッキオは黙してルイズを見ていた ド ├" ┠" ┣¨ ┝" 「…そうか…そいつはすまなかったな」 静かに…納得した様子のアバッキオはそれを手にして、 ドカッ!! ルイズのそばの椅子に座った。 「ちょっあんた何かtt「だがッ!俺が言いたいのはルイズッ!俺に床でッ!飯を食わせるッて扱いの事だぜ!!」 ブ ゴ ゴ コ" ]" ゴ… アバッキオは、自分を救ってくれたルイズに対し恩義を感じてはいたが、それは彼自身が必要とされたからこそ、そこにルイズとの友好な関係があってこそのもの。 恩義があるからこそ、このような扱いを彼は許す訳には行かない。 使い魔の激しい剣幕に食堂はにわかに騒然とした。ざわ…ざわ… 「なッ生意気言うんじゃ無いわよ!!誰があんたを養ってやると思ってるのよ!だいt「まだお前に養ってもらった積もりはねぇ」 「いいかルイズ。人を従える…ましてやこういった関係を築くにはよぉ…信頼ってもんが必要なんだッ! それはッ!目に見えるものだけじゃねぇ!見えない所にも存在する!」 アバッキオは続ける。 「俺がブッ倒れた時にルイズがわざわざ医務室まで連れて行ってくれた事は感謝してるぜ。 だが知ってるか?ルイズがへばった後お前の世話をしてくれたのは!さっきお前が手で追い払ったシエスタだッ!寝て居るお前の汗も拭い、部屋まで送り!寝る為の世話をしたシエスタだ! それをお前はさっき、手で追い払った!顔も見ずにな! 解るかルイズ!お前は見下してんだ!俺を!シエスタを!そこに信頼はねぇッ! 俺が命をかけるなら!お前みてぇな傲慢ちきよりもシエスタを選ぶぜッ!」 「~~~ッッー――」ルイズは使い魔の思わぬ説教にたじろいだ。同時に平民を見下していた自分の恥ずかしさにうちひしがれた。 ルイズは他の生徒メイジからゼロと蔑まれ、酷いと無能呼ばわりされる。家族にだってそうだ。 落ちこぼれなのだ。魔法を使えない貴族とは。使えるメイジから見下される立場 そんな自分が貴族ですらない平民を見下してプライドを保っていた事を指摘され、結局自分がしていた事はそいつらと変わらないと気付かされた。 知らず知らずルイズは…涙を溜めていた。 「知らない!!アンタなんかここから出てって!」しかしネジ曲がったプライドでは簡単には認められない。ルイズはアバッキオを追い払いプライドを保とうとする 「どうすりゃいいか…テメェで考えな」アバッキオは席を離れた。 (流石ゼロだな さっそく使い魔に負かされてらクスクス) 周りにいた生徒達は囁きあう。 アバッキオにはそんな言葉は意味がなかった。今彼にとって大事な事は、ルイズが信頼に足る人物かどうかだけだし、ルイズが間違っている事に毛ほどの疑いもないからだ。 だかその生徒達は翌日ボコボコで発見された。 その後、マルトーは厨房でシエスタに泣きながら感謝と謝罪しているルイズを見かけ、少しだけルイズを見直したのだった 風邪っぴきのマリコルヌ 再起不能 to be contenued
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/167.html
前ページ次ページとある魔術の使い魔と主 「「幻想殺し(イマジンブレイカー)?」」 二人の女性の声――シエスタとルイズの声がシンクロする。 「そういう事です。異能の力なら例えどんな事でも打ち消しちゃう右手なのです」 その持ち主、当麻が補足として加えた。あの後ギーシュは当麻に対して降伏し、決闘は誰しもが予想出来なかった結果にへと終った。 その為、当麻の知名度は『ルイズの使い魔の平民』から『メイジを倒した使い魔の平民』へとランクが上がった。 また、あの広場でのルイズに関する発言もあってか、ルイズに向かって馬鹿にする声がかなり減った。恐らく、ギーシュのようになりたくないという思いからであろう。 そして授業が終った後、部屋へと戻った二人は、先のとある騒動の一因であったシエスタを迎えて、先のギーシュのゴーレムをどのようにして倒したかを当麻は説明したのであった。 二人はあまりの事に驚きを隠せなかったが、本人がそう言うのだから、と思って無理に納得する。と、ルイズはある事に気付く。 「待って、つまり右手で触らなかったら意味がないのよね?」 「そ、その辺がこの能力の欠点もあるんだよね」 「じゃあアンタはそれだけを頼りに決闘を挑んだの!?」 突然のお怒りのルイズに、当麻は面を食らったように目をパチパチさせ、 「え……なんかおかしい?」 と、あくまで素の疑問を浮かべた当麻。ビキィ! とルイズのこめかみから変な音がした。 「あ、当たり前じゃないの! 今回はたまたまよかったけどもしかしたら大怪我を負ったのかもしれないのよ!?」 「いやまぁその辺は上条当麻様の緻密でかつ完璧なる作戦通りの展開を行った結果がこうであり、……気にしなくてもいいんじゃね?」 「気にするわよ! アンタは私の使い魔なんだから!」 うがー、と下手したら襲い掛かってくるルイズを半ば流すようにして、先程から俯いているシエスタに話し掛ける。 「ん? シエスタ大丈夫か?」 「すみません……」 小さく泣きそうな声にルイズと当麻は耳を傾ける。 「私があの時香水を拾わなければよかったのですよね……ミス・ヴァリエール、トウマさんを怒らないで下さい。私のせいです……」 「あ、いや別に……」 どう返事をしたらいいか言葉に詰まったルイズに、当麻はため息を吐いた。 「あー気にするなって、ていうかシエスタは何も悪い事してねぇだろ? それなのに悪者扱いされる方がおかしいっての」 「でも……」 「だー! でももへちまもかかしも何でもないっての! いい事をしたの、学園長さんから表彰されちゃったよ、ラッキー、みたいないい事をしたの!」 「はい……」 「あーもう何ですかそのラストのラストでバッドエンドへいってしまったような落ち込み具合は! こっちまで悲しくなっちゃいますよ」 「トウマ、あんた言ってる意味がわからないよ」 なぬ!? はっ、ここは日本文化(オタク)ではないのかー! と二人には理解出来ない単語を発してる当麻に、シエスタは笑みを取り戻す。 「はい、そうですよね。トウマさん! ありがとうございました!」 「お、おう。というか感謝されちゃったって事はなんか不幸フラグが立てられたようなー!?」 何か起きるのではないかと危惧してる当麻に、ルイズはあ、そうだ。と思いだし、洗濯物を渡した。 ギーシュとの決闘からはや一週間が経ったとある日。 当麻はいつも通り(といっても一週間しか経っていないが)の朝を迎えた。床という最低ランクから、シエスタから貰った藁を敷いてのグレードアップを果たした当麻の寝心地は悪くない。 まぁ、彼にはとある日からの『思い出』の記憶がないのだが、硬い岩場で寝たという『感覚』を持っているので、むしろ全く苦ではなかった。 普段から当麻は学校へ早めに登校していた為、ルイズより先に起きるのはごくごく自然な事である。 軽く欠伸をして、体を覚醒させようとストレッチをした後、ネグリジェ姿でスゥスゥという、小さな吐息を立てて寝ているルイズを起こす。 当麻はここに来る前に同じような経験を毎日体験していたのだが、やはり慣れるものではない。が、これは不幸ではないのでオールOKと自分に言い聞かせる。 起こされたルイズは下着をつけ、制服を当麻に着さしてもらう。これもやはり慣れようがない。が、これもまた不幸ではないのでオールOKと自分に言い聞かせる。 その後、ルイズは朝食を食べに、当麻はルイズの洗濯物を洗う事になっている。もちろん洗濯機がないこのご時世、普通の人間なら手洗いなどしないのだが、 当麻は違った。 どういった『思い出』があったかはわからない(大方不幸の一環だろうと理解はしているが……)。しかし、これまたどのように手洗いをすべきか『知識』は得ているので、これまた苦ではならない。 くどいかもしれないが、これも女性の下着を洗う事に抵抗感はあるが、これまた不幸ではないのでオールOKと自分に言い聞かせてる。 そう、つまるところ普通に使い魔として仕事をしているのだ。この時、当麻は今までの『不幸な体験』が役立ったなーと純粋に思えた。 働かざる者食うべからず、一生懸命朝から働く当麻は、平民用の朝食では圧倒的足りなかった。また、ルイズから朝食を貰おうにも朝は時間の都合上あわない。 その為、どうしよかなーと悩みを抱えていたが、それはすぐに解決された。 どうやら、ギーシュの決闘のおかげで厨房で働いている平民から大人気を得たのだ。やはりと言うべきか、彼らも貴族に対して不満はあったらしく、スカッとしたらしい。なのでよく訪れてはご飯を貰ったりする。 その中にシエスタが作った手料理もあるが、特に気にせず当麻は食べっちゃったりする。 とまぁ厨房で本当の朝食を食べた後、当麻は授業中のルイズと合流し、お供を努める。が、補習万歳の当麻にとっては何を言っているのかさっぱりである。 時々隣にいるルイズに質問する事もあれば、簡単な昼寝をしたり、ペン回しに走ったりもする。 それが当麻の日常であった。 しかしながら、肝心の元の世界に戻る方法は見つからない。手掛かりの「て」の文字すら見つからない当麻は、内心どうやったら戻るんだーと泣いちゃったり。 尤も当麻の不幸はこんな程度では済まされない。 それは当麻の一日を紹介した今日の夜に起きた。 前ページ次ページとある魔術の使い魔と主
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/1553.html
第三話:「わたしピンクのサウスポー」 学院が昼の休みに入ってすぐ。 それなりに騒がしい食堂で、ルイズはひとりで食事をとっていた。彼女にとって一人での食事はあまり苦にはならない。ときおりやってくるキュルケと舌戦を繰り広げるのも悪くないと間違って思いそうになるが。 貴族らしい義務的な上品さで、食事を口へと運ぶ。気が急いていた。これを食べ終わってデザートのクックベリーパイがやってきたら、それを持ってアースガルズのところへ行こうと思っていた。 アースガルズとはお喋りができない。彼に言語によるコミュニケーション能力はない。 それを埋め合わせるように、ルイズはこれまでに様々なことを己の使い魔に語りかけていた。そしてその後で錆だらけのゴーレムに寄り添うように眠り、シエスタに揺り起こされるのが最近の日課であった。 あの陽だまりの中で夢を見る。アースガルズの夢を見る。目覚めるたびに緞帳が下りるようにその記憶は消えていくのだが、胸に残る確かなものが彼女の歓びであった。 それはルイズという少女を少しずつ変えていった。巨人の夢はルイズの虚勢ばかりであった内面を本物の強さに変えていった。 お優しくなりました、というのが彼女と最も親しいメイドの少女の言である。 そのメイドを思い浮かべてルイズはちらりと僅かに笑んだ。彼女に優しく起こされるのは悪くないと思っていた。 うん。世界で一番、悪くないわ――――そんな捻くれた言葉を意識して呟く。本音を言うことに彼女は慣れていないのだった。 いっそのこと学院から身分を買い取ってわたし付きのメイドにしてもいいかも。そんなことをルイズは思ってから、すこし慌てたように首を振った。シエスタが、いいって言えばだけど。 付け足しのように思ったそれは、一般的な貴族の思考ではない。平民の意向など貴族にとって何の強制力も持たないからである。 そのことにルイズは気付くことなく、どうやってその話を彼女に切り出そうかと考えながらスープの最後のひとすくいを飲み干した。通りかかったメイドにデザートを頼む。 ギーシュ・ド・グラモンの怒声が聞こえてきたのはそんな時である。 「どうしてくれるんだ。君のおかげで二人の女性の名誉が傷つけられたじゃあないか!」 また女の子に手を出して浮気がバレたのね。そう思いながら、眼を向ける。ギーシュの女好きはお世辞にも社交性があるとは言えないルイズの耳にも届いていた。 それだけならばよかった。いつものことね、で終わる。 だが。 「あ、あの…………」 彼の目の前で顔を蒼白にさせている少女は、彼女が傍に置こうとしていたメイドだった。 それがよくなかった。とてもよくなかった。看過できようはずがなかった。べきりと掌の中の木製のスプーンが折れた。 ――――あの気障男、わたしの身内(予定)に何してやがってくれてんの? 極力係わり合いになろうとすまいと、すまし顔でパイを持ってきた給仕のメイドに、ルイズはありがとうと声を掛ける。そのメイドは目を白黒とさせた。平民に礼を言う貴族などいない。 そんなメイドの仕草を気にも留めず、ルイズは食べやすく切り分けられたパイの皿を左手に持ち直す。礼を言うのは当然だった。貴重な弾薬を持ってきてくれたからだ。 とはいえ直ぐには行動に移さない。まだシエスタに本当に非がないかどうか解らないからだ。 「わ、私は、ただ小瓶を拾っただけで…………」 「僕は知らないって言ったんだ。平民のくせに僕の言葉に逆らってしつこく食い下がるからあんなことになったんだろう? 君のせいじゃないか!」 ルイズは晴れ晴れとした表情で微笑み、ひとつ頷いた。 うん、よし、殺す。あいつ死なす。ぶち殺す。 「あの…………私、どうしたら」 「ふん、そうだな…………まず君がふぼッ!?」 何かを言いかけたギーシュの顔面に、理想的な放物線を宙空に描いてパイの乗った皿が激突した。静まり返っていた食堂内がさらに重苦しい沈黙に包まれた。 ギーシュの顔から皿が滑り落ち、乾いた音を立てて床に落ちた。パイは張り付いたままだ。 何が起こったのかよくわからない、といった表情で、ギーシュは食堂内の全ての人間が向ける視線の先へと顔を向けた。 「そこまでよギーシュ・ド・グラモン。もう少し厚化粧しないとあんたの性根は隠せないみたいね」 「ゼロのルイズ――――ッ!」 左腕を振り下ろしたままの姿勢でルイズは嘲笑した。憤然としながらギーシュが顔にへばり付いたパイを床に叩き落した。シエスタは眼を見開いて声にならない声をあげた。 つかつかとギーシュはルイズに歩み寄り、頭一つは低い彼女を見下ろすように睨み付けた。シエスタのことなど頭から吹き飛んでいるようだった。 「どういうつもりだいヴァリエール。何の関係もない君が口どころか手を出す話でもないだろう」 「関係おおありよ。そこのメイドは私のメイドだもの」 押し売りまがいの事後承諾だが仕方ない。こうでも言わないと事態に巻き込『まれる』ことができないのだった。 戸惑うように瞬きをするシエスタに、にこりと笑いかけてルイズはギーシュに眼を向け直す。見上げるような態勢であるのに、その眼はまるで絶対的な高みから見下すようであった。 両手を上に向けてやれやれと肩をすくめる。 「それからねギーシュ――――私のクックベリーパイを無駄にした罪は万死に値するわよ」 ギーシュはぱくぱくと酸素の足りない魚類のように口元をわななかせた。公衆の面前でお前の価値はパイ以下だと断言されたことを理解したのだった。 「け――――、」 そこまで言ってギーシュは大きく息を吸い、胸に差した造花のバラを引き抜くとルイズに向かって突きつけた。 ルイズもそれに応えた。すぐさま彼女も杖を取り出す。 「――――決闘だッ!」 「望むところよッ!」 ルイズとギーシュの間で、杖と杖が交差した。 ■□■□■□ ヴェストリの広場。 アースガルズは身を屈めたまま微動だにしない。常ならば周囲に群がっているはずの他の使い魔たちも、彼の前に立つ少女の雰囲気にあてられたのか寄り付くものはいなかった。 「――――――――――――――――」 「――――――――――――――――」 巨人を見上げたまま少女は何も言わない。険しい表情のまま引き結んだ唇から、小さな歯軋りが漏れた。胸に置いた掌が小さく震えていた。 アースガルズの眼が何かを問うように燈り、少女は項垂れて首を振った。投げやりだがどこか清々しげな表情だった。 それだけで何かを察したのか、ゴーレムは再び沈黙に戻った。錆びた装甲の欠片を零しながら、その巨大な拳を少女に伸ばす。 少女はゆっくりと、何かを確かめるようにその鉄塊を細い指先でなぞった。くすりと笑う。少なくとも怖れだけはこれから隠せるだろうと思った。 最後にこつんと小さな拳で巨大な拳に合わせると、少女は鮮やかに外套を翻して前を向く。彼女は思い上がった子供そのものの仕草を己の意思でやってのけた。 腕を組み、せいぜい傲慢に見えるようにつんと顎を逸らす。今の彼女は貴族を嫌う平民の思い描く通りの貴族であった。 どこからか喧騒が響いた。それは確かにこの場に近付いていた。 決闘だ、と。血気に逸る声が一際高く届く。 現れた集団を、彼女は鼻を鳴らして睥睨した。 「――――――――ふん。逃げ出さなかったことだけは褒めてやるわ、ギーシュ・ド・グラモン」 「この期におよんでまだそんな言葉が吐けるのかい、ヴァリエール」 クイックドロウ。 美しさすら思わせる洗練された仕草で腰から杖を取り出すと、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールは笑みを浮かべた。そこに恐怖はない。少なくとも表面上は。 ギーシュと呼ばれた少年もまた、仕方ないとでも言いたげな溜息と共に杖を取り出した。 「解せないな。いくら気に入ってるからといって、あんなどうでもいい平民にそこまで君が肩入れするのはどうしてなんだい?」 「どうでもよさの基準があんたみたいな下衆とは違うのよ」 胸を張ってルイズはそう言った。ギーシュの眼が細まり、彼の不快感を伝える。 ギーシュはがバラを模した杖を振るった。同時にその花弁が散らばり、次の瞬間には戦女神をかたどったゴーレムとなった。錬金と呼ばれる魔法であった。 「やはり君はゼロのルイズだな。魔法が使えない者どうし、仲良しこよしということかい――――君のメイドの不始末は、君自身に支払ってもらおうか」 そう言ってギーシュは莫迦にするように笑った。追従するように周囲からも笑いが起きる。この笑いこそが今の貴族というものを現していた。 「ミス・ヴァリエール!」 醜悪な笑いを浮かべる集団の後方から、人影が飛び出してルイズの前に立つ。学院付きのメイド、シエスタであった。 「およしください、ミス・ヴァリエール。貴族どうしの決闘は禁止されているはずですッ!」 「決闘じゃないわ。ちょっと決闘っぽいような……気のする……よくあるような……ただの子供の喧嘩よ」 口を尖らせてそっぽを向くルイズに取り合わず、シエスタは泣き出しかけた顔付きでルイズの手を取った。どうしてこのような事態になっているのか彼女には理解できなかった。 何かが暴力的なほどの勢いで彼女の表層を突き上げて、シエスタはルイズの掌を己の頬に押し付けた。ルイズはそれを受け入れた。シエスタは思わず微笑みそうになった。よかった、振り払われはしないみたい。 子供に言い聞かせるように、言葉を選びながらゆっくりとルイズへ語りかける。 「そもそもミスタ・グラモンの言うとおり私が彼に――――」 「やめときなさい。あのスケベそうな面構えから見るに何となく想像がつくから」 「しかし私などのために」 「思いあがらないでシエスタ」 なおも言葉を続けようとしたシエスタをぴしゃりと押さえつけ、ルイズは笑った。笑えていればいいと思った。 「わたしはあんたのために戦うんじゃないの。わたしはただムカつく奴をぶっ飛ばしたいだけなの」 「ミス・ヴァリエールッ!!」 「ああもう、うっさいわよ! 当事者はすっこんでなさいッ!!」 「な――――ッ!」 あまりにも無体な言葉に思わず絶句したシエスタを押しのけて、ルイズはギーシュのゴーレムの前に立った。己の杖を強く握り締める。どうか震えていることを見抜かれませんように。 「ミス・ヴァリエール…………」 「――――――――――――――――」 背中に二つの視線を感じた。シエスタとアースガルズのものだろうと彼女は思った。おかしなことにそう思うと震えは消えていた。彼らの目の前で弱さを見せることだけは、どうしても出来そうになかった。 シエスタのちいさな呼びかけに、振り返ることなく声を返す。 「なによ。やめろったって平民の言うことなんか聞かないわよ」 いいえ、と囁いてシエスタは微笑んだ。悲痛な表情では今のルイズを穢すと彼女は思った。だから微笑んだ。 「ありがとうございます、ミス・ヴァリエール。――――――――あなたのその心が、ジャスティーンに愛されますように」 とくりとルイズの心臓が高鳴った。 そう。ルイズは言葉を出さずに頷いた。そう、これが、勇気ってやつなのね。 よろしい、おおいによろしい、よろしいわ。悪くない。これも世界で一番悪くない。 「…………ギーシュ、貴族の決闘が平民なんかを賭けるなんてつまらないわ。負けた方はこの騒ぎの責任を一人で取るってことでどうかしら?」 「あくまでもそのメイドを庇うってことかい。まあいいさ、どうせ勝つのは僕だ――――君がもうすこし賢ければそもそもこんな騒ぎにならなかったんだしね」 「そんなのは小賢しいって言うのよ」 やれやれ、と呟いてギーシュは杖を振った。適当にぽかりとやって終わらせようと思っていた。いくら魔法の使えない名ばかりの貴族とはいえ、レディに、公爵家の令嬢に怪我をさせてはいけないという分別はあった。 「君は魔法が使えないそうだが、殴り合いなんて貴族にあるまじき行為だからね。僕は使わせてもらうよ――――まさか卑怯とは言うまいね?」 「くだらない御託はどうだっていいのよギーシュ。とっとと掛かってきなさい」 「――――やれ、《ワルキューレ》ッ!」 ギーシュの命に応え、ワルキューレが突進する。彼の二つ名である《青銅》で作られたゴーレムは、金属で造られたとは思えぬほどの滑らかさでルイズとの距離を詰めた。 彼女の手の中の杖を落とそうと拳が振るわれる。杖を落とした者が敗北だというのがメイジの決闘のしきたりだった。 周囲からあがる歓声。そして、爆音。 …………爆音? 「――――――――何?」 誰もが眼を疑った。粉々になった青銅の欠片が芝生の上に転がり、空しく土に還っていく。 綺麗に上半身が消し飛んでいる目の前のワルキューレを蹴倒して、ルイズはそれを踏みつけた。おとぎ話の魔女のような凶悪さだった。 静まり返るその場に、彼女の押し殺した笑いはよく響いた。 「狙いは甘いんだけどね――――そっちから近寄ってくれるなら、ねえ?」 魔法の失敗。その爆発。 それがワルキューレを打ち負かしたルイズの手段であった。 唖然とする周囲をよそに、ルイズは首を傾げていた。どうにも使い魔を召喚してから爆発の規模がますます派手になっているような気がしたのだった。彼女としてもここまでうまくいくとは思ってもいなかった。 ギーシュが喘ぐ。 「そんな、無様なやりかたで……ッ」 「ええ、無様ね。でもいいんじゃないかしら、そんな無様な私にこれから負けちゃうあんたの方がもっと無様だし」 「無茶苦茶だッ!」 「無茶や良しッ!」 あまりにもふてぶてしく、ルイズはくるりと杖を掌の中で回転させてからギーシュに突きつけた。 「舐めないで。こと失敗に関しちゃ、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールは誰よりも極めてるわ」 ――――――――後世、ハルケギニア全土に名を轟かせることになるひとりのメイジの、それが最初の名乗りであった。 次へ進む 一つ前に戻る 目次に戻る
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/1434.html
不思議な光景だった。 首都を覆い尽くす五万の兵が、二つに割れる。 この世界に石版を携えた予言者が居たとしたら、その再来だと思われただろう。 「KUAAAAAAAAAAAA!!!」 「BUAAAAAAAAAAAA!!!」 吸血鬼と吸血馬の雄叫びが戦場に響く。 反乱軍五万の先端は、真っ先に手柄を立てようとする傭兵達で構成されていた。 彼らはは眼前に迫る馬を見て、喜んでいた。 しかしその喜びは、馬の接近と共に打ち砕かれる。 ニューカッスルの城壁を飛び越えて反乱軍の眼前に降り立った巨馬は、ハルケギニアで軍馬として使われる馬より、一回り大きい程度の馬。 巨馬と呼ぶにははるかに小さいが、この戦いを生き残った傭兵達は口々に『あれは見たこともない巨大な馬だった』と伝えている。 それは、吸血馬の圧倒的なパワーが印象づけた『伝説』だったのかもしれない。 ニューカッスルへと続く街道を、吸血馬が行く。 五万の大群をものともせず走り抜ける。 吸血馬の前では、人間の身体は血袋と同じようなものだった。 大通りを埋め尽くすような傭兵の群れを踏みつぶすと、反乱軍の兵士達が槍を構えていた。 上空には竜、地上には槍衾。 ひるむことなく突撃してくる吸血馬を見て、隊列の一部が崩れるが、そんなことはお構いなしに馬は空を飛んだ。 地震のような揺れが兵を襲う、馬は翼もないのに空へと舞い上がり、今まさに火のブレスを吐かんとしていた竜を踏みつけた。 「陛下!」 「………!」 「手綱はありません、たてがみをしっかり握って!」 「…!」 ルイズはウェールズの手を取って、吸血馬のたてがみを握らせると、自身も宙へと飛んだ。 竜騎兵は、あまりの出来事にブレスを吐くタイミングを失っていたが、目の前に飛んできたルイズを見て、慌ててその向きを変えようと手綱を引いた。 だが、思ったよりも早くルイズの腕が竜騎兵の胴を貫いた。 右手は竜騎兵の血を吸い、左手は竜の首へと突き刺さる。 食屍鬼のエキスを注入せず、ただ勢いよく竜騎兵の血を吸い尽くす。 左手の指先が竜の脊椎へと到達すると、ルイズは落下しながら竜の神経を浸食した。 きりもみ状態で地上へと落下する竜は、地上すれすれで体制を立て直す。 地上に群がる傭兵達と、つい先ほどまで主人だった竜騎兵に向けて炎のブレスを吐き、竜は空へと舞っていった。 ウェールズは吸血馬の背で、不思議な感覚に包まれていた。 ニューカッスル城で死ぬつもりだと覚悟していたのに、いざ槍衾の中を駆けると、その槍がいつ自分の身体を貫くのかと恐ろしくなる。 だが、この巨馬は槍衾を飛び越え、竜の飛ぶ高さにまで跳躍し、メイジの魔法を避けるように走る。 『死ぬか、助かるか』 ウェールズは、まるで夢を見るように戦場を駆け抜けた。 上空ではルイズが竜を操り、他の竜騎兵を翻弄している。 しっかりとした戦術など無かったが、その非常識な戦い方は誰もが恐ろしいと感じてしまう。 脳のリミッターを破壊された竜は、疲れや痛みを忘れて羽ばたき、他の竜に突撃する。 ルイズはすれ違いざまにデルフリンガーを振り、竜の翼を切り裂いていく。 地面を走る吸血馬は、パワーと体力こそグリフォンや竜に匹敵するが、速度は劇的に速くない。 その強靱な脚力が、人間も、建物も、オーク鬼も、魔法の刃すらもものともせず駆けていくのだ。 メイジが作り出した炎の壁があっても、動物の枠組みを外れた『吸血馬』は、決してひるまない。 ルイズは竜騎兵の一群を混乱状態に陥らせると、吸血馬の前に竜を飛ばした。 血を吸われ、疲弊しきったはずの竜が五匹、他の竜よりも早く力強く飛ぶ。 ルイズはこの先にある、反乱軍の本陣と思わしき場所に向けて竜を突撃させる。 一騎の巨馬で戦列を分断された上、竜が司令部へと飛び込み、反乱軍は未曾有の大混乱なり統率を失う。 ルイズは、私の役目は戦うことではない、逃げることだと自分に言い聞かせ、最短のルートを通って首都ロンディニウムを後にした。 この日『竜を操る鉄仮面』と『巨馬を操る騎士』の噂が、瞬く間にアルビオン中に広まった。 「陛下?」 「………」 「ウェールズ陛下、どこか怪我でも?」 「え? あ、いや…驚いていたんだ」 場面はアルビオンから、ラ・ロシェールからそう離れていない森の中に移る。 ルイズは逃げる途中に奪った竜のうち一体に、港まで来いと命令していたのだ。 竜は風竜ではないため、馬一頭と人二人を運ぶのは難しいが、アルビオンからトリステインに向かうのなら滑空だけで済む。 体力的にも問題はないと思えたが、竜は体力の限界を迎えてしまい、地面に着地してすぐ身体を横たえてしまった。 食屍鬼のエキスは注入していないので、殺すのは躊躇われた。 ルイズは髪の毛から作り出した触手を竜の脳髄に差し込んで、この場所で休ませることにした。 しばらくすれば、また飛べるようになるだろう。 二人は、トリステインの宮殿を目指し、森の中を進むことになったが…。 ルイズはウェールズの乗った吸血馬を先導して、森の中を歩いていた。 途中、ウェールズが口を開く。 「奇妙な事だが…夢を見ていたようだ」 「夢?」 「ああ、戦場を一騎で駆け、突破するなどと、誰が信じようか。トリステインの”烈風カリン”殿でもこうはいくまい」 ルイズはふと気づいた。 自分は『石仮面』と名乗ろうとしていた。 だが考えてみれば、これは一種のコンプレックスかも知れない。 ルイズは甲冑のマスクを外すと、それを宙に投げた。 「仮面は、もう外すのか」 「鉄の仮面を付けていたら、カリーナ・デジレ様に怒られますもの」 「……不思議な人だな、君は。最初は平民かと思ったが、使い魔を従えている上、”烈風カリン”殿の名前まで知っているとは」 「強者の名前は自然と耳に入るのよ」 「ところで、着の身着のままで来てしまったが、このままでは君に報酬を払うこともできないな…願わくば、トリステインの城まで同行して頂けるだろうか、そこで『風のルビー』を君に差し上げたい」 「気遣いは無用よ、ほら」 ルイズがローブをめくり、身体の至る所にくくりつけた革袋を見せた。 報酬代わりに貰った食器類や、他宝物類もそこに入れられている。 「そんな沢山身につけて戦っていたのか?」 「まあね、本当は私とブルリンの分だと思ってたんだけど…」 「ブルリンとは、その馬のことかい?」 「馬?また、へんな冗談を言うのね、私と一緒にいた髭面の男よ」 「いや、パリーからは、傭兵は君しかいないと聞いて……髭面と言われても記憶にないのだが…」 「……えっ…」 ルイズの呟きは木々の間に吸い込まれて、静かに消えていった。 まるで、最初から存在していなかったかのように…… 一方、シエスタはある村の村長宅で、傷ついた身体を休めていた。 隣のベッドには、トリステイン魔法学院の教師、疾風のギトーがこれまたボロボロの姿で眠っている。 つい数時間前までの戦いが嘘のよう。 シエスタは体力を回復させようと、波紋の呼吸を意識しながら、意識を闇に落としていった。 昨日シエスタは、ラ・ロシェールとは別方向、ガリア寄りの村落を目指して馬を歩かせていた。 オールド・オスマンは、シエスタの曾祖父の残した日記と『太陽の書』の内容を照らし合わせ、解読を進めていたが、そこには気になることが書かれていた。 『波紋はそのままでは戦闘に役立たない』 日記には、波紋の利用法についてかなり細かく書かれており、コルベール先生が見れば興奮すること間違いなしだろう。 だが、吸血鬼に対しては驚異的な効果のある波紋も、困ったことに対人戦闘、対メイジ戦闘に於いては有効とは言い切れない。 日記に書かれていた利用法のほとんどは、メイジを敵と仮定している。 仮に『メイジの食屍鬼』が作られたとしたら、今のシエスタでは全く相手にならず殺されてしまうだろう。 リサリサのような『達人』ほどの波紋があれば話は違ってくるのだろうが、とにかく今はシエスタの使える『武器』を探すのが第一だった。 今回、シエスタが目指しているのは、特殊な繊維の産地。 山奥に生える蔓草の樹液は、乾燥しても波紋に反応するらしい。 それを採取して、今後に役立てることが、旅の目的だった。 シエスタに同行するのは『疾風のギトー』。 「まったく何で私がこんな…ブツブツ」 「ミスタ・ギトー先生、道しるべの石が見えました」 「ん?ああ、地図の通りだな、よし、目的地までもうすぐだ」 「はい!」 ギトーは困っていた。 なにせシエスタに同行させられたのは、オールド・オスマンの皮肉たっぷりな言葉が原因だからだ。 『風は最強なんじゃろ?なら途中でオークに囲まれても君なら何とかなるじゃろう』 他の先生の前で、こんな事を言われては拒否も出来ない。 悪くない額の特別手当が支給されると言うが、泊まりがけで辺鄙な村に植物採集しに行くのは辛い。 ただ、シエスタは他の生徒と違い、嫌われ者のギトーを素直に慕ってくれているので、少しだけ救われたような気がしていた。 「…何で私はあんなに嫌われているのだろう…そもそも風は最強だし、強さに憧れる年齢なら私を慕ってくれても…ブツブツ…」 「……先生、先生!」 「ん?」 「村が見えましたよ」 ギトーは、せめて美味しい名物料理でもあればいいのだが…と考えながら、馬を村へと進めた。 二人は、村長宅で事の次第を説明した。 この土地で魔法薬の原料になりそうな物を採取するためトリステイン魔法学院から来たと告げると、村長は顔をほころばせた。 この近くには薬草類が多いため、薬の原料を採取しに来る人も少なくはないのだとか。 トリステインの城下町『ピエモンの秘薬屋』の店主もここに来ていたそうだ。 先代の村長の話だと、オールド・オスマンも何度か訪れているのだとか。 「この近くの森は、魔法薬の原料になるコケ、キノコが採れます。オールド・オスマン様は先代村長が一度お会いしたそうで…」 応接室らしき場所で楽しそうに語る、この村の村長は、顔に深いしわを蓄えた骨太の人で、体格もよく、髪の毛が黒々としている。 壁には魔法薬の原料となる植物類のイラストが沢山描かれており、この村が何を自慢にしているのか一目で分かった。 ギトーは『平民の家などこんなものだろうな』と考え、 シエスタは『応接室に通されるなんて、どうしよう…』と考えていた。 「ところで貴族様、今日はもう暗く、森の中は危険です。明朝にご案内しますが、それでかまいませんでしょうか?」 「ああ、かまわんよ」 「お願いします」 ぺこり、と頭を下げるシエスタを、村長は驚いたような目で見た。 それを見てギトーが一言告げる。 「この子はね、訳あって平民の家で生まれたが、怪我や病を治す魔法が使えるのでね、魔法学院で預かっているのだよ」 「そ、そうでございましたか、いや、貴族様に頭を下げられるなんて、ちょっと驚いてしまいまして」 ふと、部屋の外から誰かの視線を感じた。 扉の方を見ると、タバサと同じかそれより小さいぐらいの少女が、応接間を覗き見していた。 村長はそれに気づき、その少女を見る。 すると少女はぱたぱたと足音を立てて、逃げるように去っていった。 「あの、今の子は?」 シエスタが質問すると、村長は応接室の扉を閉め直してから、二人に話し出した。 「はい、今のはうちの村で預かってる子供でして…どうも商人の子供らしいんですが」 「らしい? …親が分からんのか」 ギトーも興味を牽かれたのか、話を聞く。 「はい、ここから離れた街道で、物取りに襲われたらしいんです。馬車の中で泣いているのを村の者が発見しまして」 「そうだったんですか…」 シエスタが残念そうに呟く。 波紋が生命を癒せても、心まで癒すことは出来ない。 それが少しだけ悔しかった。 「ああやってお客様を見てるんです、きっと親を捜しているんでしょうが…」 「ふむ…可哀想にな、物取りなど風のメイジがいれば一網打尽だろうに」 ギトーもまた、残念そうに呟いた。 心底、風系統に自信を持っているらしい。 自信と、それなりの実力があるはずなのに、自分では戦おうとしないのがギトーの困ったところだが。 村長もシエスタもそんなことは知らない。 「さ、湿っぽい話をしていては料理が不味くなります、特産キノコのたっぷり入ったシチューを出しましょう」 そう言って村長が立ち上がる。 「貴族様のお口には合わないかもしれませんが、このキノコはハゲや胃腸の弱まりに効果がありまして………」 自慢げにキノコの効能を説明する村長。 この土地の人間がハゲないのは、希に採取されるキノコのおかげらしい。 「コルベール先生が聞いたら喜びそう…」 「確かに…」 先ほどの少女が、今度は窓の外から二人を見つめていた。 少女は、長すぎる八重歯を剥き出しにして、にやりと笑った。 To Be Continued …… 21< 目次
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/4390.html
前ページ次ページゼロな提督 そういうわけで午後。一行は村長とシエスタに連れられ、みんなでサヴァリッシュの書 庫へ。 ロングビルは書庫の本に、ついでにヤンの銃へも『固定化』を入念にかけていく。 村長は理解出来ず困っていた語句や理論について、ヤンの分かる範囲で講義を受ける。 ルイズとシエスタは書庫の上、ワイン樽に囲まれながら松明の光の下で帝国語の初歩を 講義。 書庫のテーブル上に置かれているデルフリンガーは、退屈しのぎに尋ねてみた。 「なあ、村長さんよ。ここの本って、ほとんどは表に出せないんだろ?」 「ええ、そうですね」 「実際、どんくらいスゲェ知識なんだ?」 「うーんと…どれくらい、と言われましても…」 村長は、どう答えたものかと頭を捻る。 代わりに答えたのはヤン。 「多分だけど、例えば…戦争の主役が貴族から平民に代わるくらい、かな」 その言葉に、『固定化』をかけ続けていたロングビルも耳がピクリと動く。 「詳しく説明するのは時間がかかるから省くけど、そこの製鉄と化学の2冊を使えばハル ケギニアの銃を別物ってくらい強化出来るね。つまりハルケギニアのフリント・ロック銃 じゃなくて」 「あ、あの、ヤンさん。それ以上を軽々しく口にするのは危険ですので」 「おっと、そうですね。すいません」 「ちぇー、けちんぼ」 村長に止められ、ヤンは口を閉ざした。長剣だけでなく、ロングビルの後ろ姿も残念そ うだ。 ヤンが口にしようとした銃は輪胴式弾倉、簡単に言うとリボルバー。もちろん弾はドン グリ型で、銃身にはライフリング。 魔法の射程より遠くから、ルーンを唱えるより早く、絶対避けられない速度の鉛玉を、 弾倉の全弾連続で撃ちまくる。前線に立たされたメイジは真っ先に穴だらけにされるだろ う。 戦争の主力はメイジの個人的魔力から銃を持った平民の集団に代わる。国の軍事力は貴 族の数ではなく平民含めた工業力で量られる。なにより、平民へ杖を振りかざそうとした メイジは即あの世行き。 ほとんど貴族社会の終了を意味する。 ヤンは内心、ハルケギニアに平民の革命を起こすという誘惑に駆られそうになる。 「たしかに、この書庫の知識は凄いんだけど…影響が大きすぎるんだ。いきなりこれらの 書物を公表したりしたら、ハルケギニアが火の海になるよ。いや、その前にタルブが怒り 狂った没落メイジ達に滅ぼされる。 ホント、もったいないけど、慎重にいかないとね…ルイズも!他の人に言っちゃダメだ から!公爵にもだよ!」 地下室入り口から覗いていたピンクと黒の髪が慌てて引っ込む。少しして「うぅ~、分 かってるわよ」と渋々な声が聞こえた。 そして夕方。 農作業から帰ってきた村人が、それぞれの家路につく。 ワインなどの出荷は全て終わったようで、荷馬車は数台が空のままで村はずれに置かれ ている。 あちこちの家からは夕食の香りが漂ってくる。 村の中心から村長の家へ、長い影を伸ばしたジュリアンが走っていた。 「じーちゃん!お客さんの貴族達、みんな帰ったよー。準備出来たって!」 と言って村長宅へ駆け込んできたが、当のワイズ村長が見あたらない。 あちこち家の中を走り回るが、それでも見つからない。 「まだ戻ってきてないのかな…?」 ジュリアンががサヴァリッシュの書庫へ足へ向けようとした時、村長とルイズ一行が書 庫から帰ってきた。少年が祖父の所へ駆けてくる。 「じーちゃん。宿が空いたよ。お風呂も使えるって」 「おお、そうか。ありがとよ」 お風呂、という言葉に村長の後ろに立つメイジ二人が目を輝かす。 クルリと村長は振り返り、二人にニッコリ微笑んだ。 「実はですな、この村には買い付けに来られた貴族の方々用に、粗末ではありますが宿を 用意してあるのです。ご婦人の貴族も来られますので、お風呂は良い物を備えてあるので す。 もうお客の貴族達は全員帰られましたので、今は自由に使えるのです。どうでしょう、 準備はさせてあるので入られませんか?」 「もちろん入るわ!」 即答したのはルイズ。デルフリンガーを抱えてる。 「あたしも入るわね」 満面の笑みでロングビル。 「やっぱ女って風呂が好きなんだな」 と言うのはルイズに抱えられた長剣。 だがジュリアンはキョロキョロと辺りを見回す。 「じーちゃん。ヤンさんはどうしたの?」 書庫から戻ってきたルイズ達一行の中には、ヤンの姿が無かった。 「あの方は、何か一人で考え事をしたいと言ってな、一人で草原の方へ行かれたよ」 「そか。じゃ、呼んでこようか?」 「いや、シエスタにお願いしようかな。おい、シエスタよ…」 村長は振り返ってシエスタの名を呼んだ。 だが返事は無い。 ルイズもロングビルも周囲を見渡す。 朱く染まる夕暮れの村、ソバカスの少女はどこにも見えなかった。 果てしなく広がる草原。 夕焼けの中、金色に染まる草の海。その畔にヤンの姿はあった。 村から遠く離れた場所に腰をおろし、足をだらしなく投げ出して夕陽を眺めている。 そんな姿を、村から走ってきた黒髪の少女は遠くから見つけた。大きな声で呼ぼうと胸 一杯に息を吸う。 「ちょいとお待ちよ」 「!?ッッゴホッブフッ!」 いきなり後ろから声をかけられ、驚いたシエスタはむせ混んでしまった。 慌てて振り返ると、いつのまにやらロングビルが立っていた。全く音も気配も無かった 所をみると、『フライ』で飛んできたのだろう。 呼吸を整えたシエスタが、ロングビルへ向き直る。 「いきなりなんでしょうか?ミス・ロングビル」 「なぁに、ちょっと聞きたい事があってね…あなたは、何をしようとしてましたか?」 ニコリと笑って尋ねられ、シエスタもニコリと笑って答える。 「もちろん、お風呂に呼ぼうとしていました」 「そうですか、それはご苦労様ですね。でも、それは私がしますから、あなたは家に戻ら れて良いですわ」 上品で、そして丁寧な口調。だが、それはどちらかというと慇懃無礼な類のものに聞こ えた。そして、それに対するシエスタの答えも同じく慇懃無礼に聞こえた。 「いえいえ、そのような雑務は私達メイドの仕事ですわ。貴族のご婦人はお戻り下さい。 お風呂も準備してありますから、ゆっくりと入られるのがよろしいかと思います」 二人は微笑みを絶やしてはいない。なのに、どうみても二人がまとう空気は友愛や穏和 からは遠かった。 まるで凍り付いたかのように、二人の微笑みは顔に張り付いて変化しない。 「ちなみに、聞きたいのですけど…」 凍てつく空気に、先にヒビを入れたのはロングビル。 「ミスタ・ヤンをお風呂に呼んで、その後はどうするのかしら?」 シエスタは満面の笑みで、当たり前のように答えた。 「もちろんメイドとして、お背中を流して差し上げますわ」 ロングビルの微笑みにもヒビが入った。こめかみに浮き出た青筋によって。 「あらあら!殊勝な事ですわね。きっとあなたはメイドの鏡なのでしょうね」 「いえ、まだまだ修行中の身ですわ。だから精一杯、出来うる全てを尽くして主に仕える 事にします」 「そうですか!それは立派な事ですわね。頑張って下さいね!…でも、ミスタ・ヤンの背 中を流す必要はありませんわ」 「あら、どうしてでしょうか?」 ロングビルは満面の笑みで、当たり前のように答えた。 「ヤンは、私と一緒にお風呂に入るからですよ!もちろん、ヤンの背中は私が流しますの で、あなたに流してもらう必要はありませんの!」 シエスタの微笑みにもヒビが入った。こめかみに浮き出た青筋によって。 二人の間に一陣の風が舞う。周囲の空気がドンドン冷えていくのは、だんだんと日が傾 いていくからというだけだとは思えない。 「…言っときますけど、あなたとヤンさんは、身分違いです」 少女から凍てつく微笑みは消えた。代わりに凍てつく無表情が張り付いた。 「違うね。あたしゃ貴族の名を無くした身だよ。だからあたいもヤンも、同じ平民さ」 女の顔にも凍てつく無表情が張り付いた。口調も荒く崩れていく。 「メイジなのは変わりません。不釣り合いです」 「ヤンはメイジかどうかなんて気にしちゃいないよ。あいつはそんな肝の小さなヤツじゃ ないのさ」 二人は視線をぶつけ合う。その鋭い視線に触れた空気が焦げ付くかという程だ。 「じゃあ、こう言いましょう…ヤンさんは、普通の人です。平穏無事な生活が似合ってま すし、あの人もそれを望んでいます。あなたの世界に引きずり込まないで下さい」 「あたしの世界…何の事だい?」 白磁のように白く透き通る美女の肌に、一筋の汗が流れる。 「サヴァリッシュ一族の知恵を見くびらないで欲しいです」 「だから、何の話さ」 ロングビルは、油断無く周囲の状況を観察する。 ヤンは遙か遠くに小さく見える。こちらに背を向け、二人に気付いていない。 他に人影は見えない。 「あの日、『破壊の壷』が盗まれた日、ヤンさんは大慌てであなたを捜していました。そ の後ローラからヤンさんの伝言を告げられたら、あなたも慌てて学院を飛び出していった そうですね?」 「ん…ああ、そうだったかねぇ?随分前だし、良く覚えてないね」 わざとらしく腕組みして首を傾げる。だが、その手は胸元の杖へと向かっている。 シエスタも同じように腕組みをする。 「その後、あなたはヤンさんに連れられて学院に戻ってきました。なぜか落ち込んだ様子 で。そして『破壊の壷』も『ダイヤの斧』も無事に帰ってきました。あまりにも不自然な ほどあっさりと」 「ふーん、そんなこともあったねぇ…で、なにが言いたいんだい?」 「あなたが『土くれのフーケ』だと言いたいんです。 あなたはヤンさんに正体を見破られたんですよ。でも、ヤンさんはあなたに恩があった から、盗品を返すのと引き替えに黙ってくれたんでしょう」 二人の間の空気が決定的に凍り付いた。ぶつかり合う二人の目は、睨みあっているとい うに相応しい。 「で…あたしがフーケだという証拠は?」 「ありません。でも、これまでの犯行現場のほとんどで、あなたとそっくりの人物をみか けたという証言が得られるでしょうね」 「ふぅ…ん、面白い推理だねぇ…」 ロングビルはゆっくりと移動する。金色に輝く草原の方へ、少しずつ。 よく見るとシエスタも、いつの間にか草むらの方へ移動していた。 「もし、その推理が正しいとして…だ。どうして誰にも言わなかったんだい?」 「証拠が無い、という事もあります。けど一番の理由は、タルブの村に火種を持ち込まな いためです」 「なーんだ!それじゃ誰がフーケでも意味が無いじゃないか!」 あざ笑うように口の端を釣り上げるロングビルに、シエスタは変わらず平常を保ち続け ている。そして、ゆっくりと話を続ける。 「でも、いつか他の誰かに見破られます。その時はヤンさんも共犯として捉えられてしま います。ヤンさんのために、身を引くべきです」 「ハッ!脛に傷持つのはお互い様さ。あんたは教会や王家を、いつ敵にするか分からない サヴァリッシュ家の者なんだからね」 二人は既に、草原の中に足を踏み込んでいる。 二人とも腕組みは崩していない。だがスタンスは肩幅に広げ、いつでも不測の事態に対 応出来るよう、油断無く足を構えている。 「私は、ヤンさんが好きです」 シエスタは何のためらいもなく口にした。 ロングビルの歯ぎしりが草むらに響く。 「あんたは、サヴァリッシュの教えとやらでヤンに優しくしていただけだろう?」 「最初はそうでした。でも、ヤンさんは本当に素敵な人でした。 優しくて、穏やかで、知的で…そして勇敢で、心の広い人でした。あんないい人、探し ても見つかりません」 「同感だわ。あいつのためなら泥棒家業なんか足を洗うね」 「大金も手に入りますしね」 シエスタの痛烈な皮肉に、ロングビルは激怒したりはしなかった。 それどころか、少し哀しげに笑った。 「それもあるさ。あたしは故郷の村に家族がいるんだけどね…子供ばかりの、孤児院みた いな村さ。あたしが盗んできた金で、どうにかみんな生き延びてこれたんだ。 ヤンは資金援助をしてくれるって、快く言ってくれたよ。 あの子達のためにも、何よりあたい自身のために、ヤンを離さないよ!」 その言葉に、シエスタも笑顔を返した。 「あたしだってヤンさんが必要です。そして村のためにも、譲れません!」 二人は、睨みあう。 まるで呼吸すら忘れたかのように動かない。 互いに相手の僅かな変化も見逃すまいと、全神経を集中する。 そして、一陣の風が吹いた時、二人は動いた。目にも止まらぬ速さで、胸元から抜きは なった。 ロングビルは、杖を。 シエスタは、ブラスターを。 「やっぱり、持ってたね」 ヤンが持つ銃と同じ銃を向けられても、ロングビルは驚きはしなかった。 「当然ですよ。フーケ相手に丸腰なわけないじゃないですか」 ハルケギニアに名を轟かすフーケの杖を向けられても、シエスタは動じなかった。 「念のため、聞くけどさぁ…」 「…何ですか?」 杖と銃はそのままに、二人は言葉を投げ合う。 「大人しく引き下がる気はないかい?」 「それはこっちのセリフです」 杖はいつのまにやら魔力を帯びている。 銃は真っ直ぐフーケの心臓を狙っている。 「困ったねぇ…そうだ、良い事を教えてあげるから、それで勘弁してくれないかい?」 「良い事?」 「そう、良い事さ」 フーケは、悪魔のように醜く顔を歪めて笑った。 「ヤンが、あたしに幾つキスマークをつけたか」 瞬間、シエスタの顔が紅潮し、身体が強張る。 その一瞬をフーケは逃さない。杖から魔力を放とうと意識を集中する! ヤーンッ!どこいったのー!ヤンってばーっ!! 草原にルイズの声が響いた。 反射的にフーケは草むらの中に伏せた。 我に返ったシエスタも慌てて伏せる。 村の方からルイズが駆けてきていた。二人の姿には気付いていないらしく、横を通り過 ぎていく。 おーい、ここだよー ルイズの声に気付いたヤンが答えた。 二人は草むらの中でルイズとヤンから身を隠す。 ルイズはヤンの傍まで全速力で駆けてきた。 「はぁっはぁっ…まったく、主ほっぽって、こんなところで何してるのよ?」 「ん~…ちょっと、夕陽を見てたんだ」 ヤンの前には、地平線の彼方へ沈もうとする夕陽がある。 ぼんやりと遠くを見つめるヤンの左に、ルイズもちょこんと腰をおろした。 「また、考え事?」 「うん…まあ、ね」 ヤンは曖昧にだけ答えて、夕陽を眺め続ける。 ルイズもそれ以上は尋ねようとしない。 二人並んで沈む夕陽を眺め続ける。 観念したかのように、ヤンは語り始めた。 「・・・きっとオイゲンも、こんな風に夕陽を眺めたんだろうね」 少女は座ったまま、夕陽を眺め続けている。 「あの人は、僕に『この世界で生きるのも悪くない』って言ってたよ。きっと、それは本 当なんだと思う」 彼の主は、何も答えない。 「正直、威張り散らす貴族達にはうんざりだよ。でも、君がいる。マチルダも、シエスタ 君も、デルフリンガーも…。この世界でも、どうにかやっていけるんだと思う」 鳶色の瞳がヤンを見上げた。 「ねぇ…」 「なんだい?」 「あたしを、恨んでる?」 恨んでるかと聞かれ、ヤンはビックリしてルイズを見た。 「恨むって、どうしてだい!?」 「だ、だって…その…」 少女は言いにくそうに身をよじらせる。 少し迷った後、意を決して語り出した。 「だって、あたしのせいでしょ?ハルケギニアに召喚されたのも、突然使い魔にされたの も」 ヤンは目をパチクリさせて、そして笑い出した。 その様に、ルイズは頬を膨らませる。 「な、何よ!何がおかしいのよ!」 「あははは!はは、いや、だって、君がそんな、気にしてただなんて!」 「もう!あたしだって、悪いと思ってるのよ!」 顔を赤く染めたルイズはぷいっとそっぽを向く。 ようやく笑いが収まったヤンは、優しく語りかけた。 「確かに、僕は君に召喚されたよ。使い魔として、奴隷としてね。おかげでガンダールヴ なんて訳の分からない物にされてしまった。 でもね、恨んでなんかいない。むしろ感謝してるんだよ」 ルイズの肩がピクンと跳ねる。でも振り向こうとはしない。 「なにしろ僕は、召喚されたから命が助かったんだ。襲われた時の状況から言って、召喚 されなかったら間違いなく死んでいた。君は僕の命の恩人だよ。その点は間違いない」 ルイズは動かない。黙ってヤンの話を聞いている。 「僕はね、ルイズ。多くの人を殺してきた。僕がなにか言うたびに、腕を振り下ろすたび に、数え切れないほどの敵味方を殺してきたんだ。 その僕が誰に殺されたからって、やり残した事があるからって、文句のつけようはない よ。だから、そんな僕をすら助けてくれた君には、無条件で感謝してる」 ルイズは、チラリと肩越しに視線を向ける。 「…ホント?」 「ああ、本当だよ」 ヤンは心からの笑顔を返す。 「そして、僕は奴隷になんかならなかった。それどころか、君は僕を執事として雇ってく れた。怠け者で無能な僕を、ね!なんとも心の広いアルジサマじゃないか!」 鳶色の瞳が、じーっとヤンを見つめ続ける。 「ねぇ、だからさ…ルイズ。これからも、よろしくお願いして、いいかな?」 ヤンの目を見上げながら、ルイズは何も答えない。 代わりに動いた。 ヒョイッと小さなお尻をヤンの脚に乗せ、細い身体をヤンの胸に預けた。 「当然よ。メイジと使い魔は一心同体…あんたは、ずっと私の傍にいなさい」 薔薇の蕾のような小さく愛らしい口から、甘えるような声が漏れる。 右手がキュッとヤンの胸元を握りしめた。 「うん。正直、故郷の事を忘れるのは無理だ。でも、君と一緒に新しい人生を歩む事は出 来ると思う」 「ん…頑張りなさいよ…」 ルイズは目を閉じ、ヤンの胸に頭を埋める。 ヤンはピンクの髪を優しく撫でる。 夕陽がほとんど大地の彼方に沈んだ頃、冷たい風が草原を渡ってきた。 小さな口から、くちゅん!と可愛いくしゃみが漏れる。 「ご主人様、そろそろ帰りましょうか」 「そうね。そうそう、宿のお風呂が使えるんだって!すぐに入るわよ」 「へぇ、それはいいなぁ。暖まりそうだ」 二人は立ち上がり、身体に着いた草や土をはたき落とす。 そして、ルイズはヤンの手を握って歩き出した。 「んじゃ、急いで帰るわ。そうそう、あんた、あたしの背中を流しなさい」 「え…。前から聞きたかったんだけど、それって執事の仕事なのかい?」 「当然でしょ!今夜は頭もちゃんと念入りに洗うから、クシを忘れちゃダメだからね!」 「はぁ~い。それじゃ、女性の髪を洗うのは初体験ですが、このヤン・ウェンリー、ご主 人様の髪を洗わせて頂きます」 「ええ、優しくしないと許さないんだから!」 夜へと移りゆく草原。 二人は手を繋いで村へと帰っていった。 で、草むらの中に残ったのはソバカスが可愛い美少女と緑の髪が艶やかな美女。 二人とも、あんぐりと口を開けっ放しのまま、微動だにしない。 杖とブラスターは、二人が隠れる草むらの地面に落ちていた。 「や…ヤン、さん…」 シエスタの声は震えている。 「あ、あれほど、甘やかすなって言ってるのに…」 フーケの肩は震えている。 「そんな、まさか、ミス・ヴァリエールとヤンさんが、二人が…そんな不潔な関係だった なんて!」 少女は現実から目を背けるかのように顔を手で覆う。 「いや!まだだ。あの二人は恋だの愛だの、そんな事は意識してないよ。どちらかという と、親子って感じだね」 とは言うものの、フーケの手は色を失うほど強く握りしめられている。 「でも、でもでも、このままじゃ、いつあの二人は異性って意識を持ち出すか…」 「って!あたしらこんなとこでボサッとしてる場合じゃないよ!」 と叫んで立ち上がった女は、強引に少女の腕を取って立たせる。 「あんた!二人を追いかけるんだよ!ルイズの背中を流すのはあたしの仕事ですって、早 く言ってくるんだ!」 「そ、そうですね!今ならまだ間に合います!」 「あたいはヤンを『甘やかすなー!』ってしばき倒す!急ぐよ!」 「はいっ!」 言い声の返事と共に、二人は村へ走り出した。 「ところでフーケさん!」 「ロングビルって呼びな!」 全力疾走しながらも、二人は口が止まらない。まるで胸中の不安と恐怖を会話で誤魔化 すかのように。 「それじゃロングビルさん!ルイズさんは、婚約者!いましたよね!?グリフォン隊の! 隊長さん!」 「その通り!意地でも、ルイズとワルドを!ひっつけてやる!!」 「協力しまーっす!」 二人は固い握手をかわしてから、村へ走っていった。 第十九話 ある村の平和で静かな一日 END 前ページ次ページゼロな提督