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名称:〈アンカー・ハウル〉 読み方:あんかーはうる 種別:タウンティング 習得レベル:不明 使用可能職業:〈守護戦士〉《ガーディアン》 再使用規制時間:不明 詠唱時間:不明(0?) 発動時間:不明(0?) 持続時間:不明 消費MP:不明 射程距離:不明 効果:範囲内の敵対存在全てを自分に引きつける。 ひとたび〈守護戦士〉の裂帛の気合いを耳にした敵は、〈守護戦士〉を無視することが出来ない。 〈守護戦士〉を無視しようとした瞬間に、〈守護戦士〉の強烈な反撃を無防備な体勢にたたき込まれることになる。 (書籍版第1巻p181;Web版005終盤) アイテム モンスター 用語 冒険者 システム サブ職業 召喚術師 地名 口伝 組織 クエスト 典災 職業 大地人 ゾーン 種族 妖術師 武士 守護戦士 神祇官 施療神官 暗殺者 古来種 盗剣士 武闘家 事件 吟遊詩人 特技 付与術師 森呪遣い 航界種 ダンジョン
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★=ルールブック1 ◎=拡張ルールブック スキル: スキル名 タイミング 効果 解説 ルールブック アンカーハウル P. キャッスルオブウォール P.
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サンダーハウル 種類 アクティブ キャスト距離(m) 範囲 スキルLv/ 習得可能Lv 消費MP 追加物理攻撃力 キャストタイム クールタイム 1 ~ 秒 秒 2 ~ 秒 3 ~ 秒 4 ~ 秒 5 ~ 秒 リストへ戻る
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目次 目次Part11その1(≫42~45) その2(≫131) その3(≫146~191、≫183~184、≫186) Part12その1(≫62~63) その2(≫191) Part13その1(≫46~49) その2(≫95~97) その3(≫161~163、≫165~167) Part14その1(≫23~25) その2(≫47~49、解説:≫53) その3(≫176~178) Part15その1(≫176~178) その2(≫156~161) その3(≫171~173) Part11 その1(≫42~45) 了船長22/04/30(土) 23 27 56 「イチ、ちょっといいだろうか。」 「うぅーん、どうしたの、オグリ。」 「今日の夕飯は、ぶり大根がいいんだ。」 「ぶり大根、ね。分かった。買い物行ってくるね。」 「本当か!分かった。楽しみにしている。」 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 「ただいま、オグリ。」 「おかえり、イチ!」 「お腹減らして待ってたんでしょ。」 「うん。夕飯が待ちきれないよ。」 「ん、ちょっと待っててね。すぐできるから。」 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 「……ダメだ、なんか、めんどくさい……」 「今日、そんなにハードなワケじゃなかったんだけどな……」 「味付け、めんどくさいな……」 「あー、いいや。めんつゆ入れちゃえ。」 「ごめん、オグリ。手抜きしちゃって、許して……」 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 「はい、お待たせ。テーブル整えてくれて、ありがと。」 「私の方こそ、朝にリクエストしてしまって。ありがとう。」 「ううん、大丈夫。」 「……おお、出来立てだ。」 「うん。熱いよ。気を付けて。」 「それじゃあ、いただきます。」 「召し上がれ。」 「おお、おいしい!」 「えっ。」 「うん、やっぱりイチの料理はおいしいな。」 「そ、そっか。」 「いつもの料理もとてもおいしいが、今までで一番おいしいかもしれない。」 「……ありがとう。ごめんね、オグリ。」 「ど、どうしたんだイチ、昼間、何かあったのか。」 「ううん、そういうわけじゃなくて。これでよかったんだな、って。」 「い、イチ?……ほら、イチ。」 「ちょっ、まだ、食べてるでしょ。」 「いいんだ。……大丈夫、大丈夫だ。今日もお疲れ様、イチ。」 「……お行儀、悪いよ。」 「今だけは、許してくれ。」 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 『たのしみは まれに魚烹て 児等みなが うましうましと いいて食ふ時』 橘曙覧 了 ページトップ その2(≫131) 了船長22/05/13(金) 01 13 00 「ほな、集計や…… クリーク一着、ウチ二着、オグリとモニちゃんが同率で、イチちゃんはまたドベやんな」 「ふふ、また勝っちゃいました〜」 「もしかしたら、あの時木材を確保しておくべきだったのかもな……」 「イチ、貿易するの苦手すぎっしょ。交換レート相当酷かったじゃんかー」 「だってみんな、必要だって言うし。いつのまにか負けちゃってるんだもん」 「ありがとう、イチ。とても助かった」 「せやな、ホンマええお客さんになってくれたで、おおきにな」 「あー、いったん降参です! みんな小腹でも減ってない? 何か作るよ」 「ありゃ、そしたら休憩にしよか」 「イチ、私はサンドイッチが食べたい」 「あ、いいねそれ。伯爵じゃん」 「えぇー、パンあったかな。ありましたっけ」 「確か食パンしかありませんから、耳が残っちゃいますね〜」 「それでも大丈夫だ、よろしく頼む」 「わーい、イチのごはんにありつけるぞ〜」 「モニー、アンタの分、残らないと思うな」 ページトップ その3(≫146~191、≫183~184、≫186) 了船長22/05/15(日) 01 26 45 これは、私の話じゃない。 私がそばでずっと見てきた、ファンの人たちみんなのアイドル、ジンクスを叩き割った葦毛のスーパー・ヒーロー、そして私たち一緒に走るウマ娘にとって、あまりに強い怪物の話。 だから、あんまり長くは思い返さない。 その日、東京レース場は、人々が作り出した局地的な地鳴りで、揺れに揺れていた。 多くの人が口をそろえて、同じ音を叫ぶ。 期待を込めて、信じる気持ちを込めて。 中には、裏切られたと思ったがゆえに、非難するようにも聞こえる声色もあった。 夢、期待、願い。様々な思いが幾重にも重なって、彼女に向けられていた。 オグリ、オグリ、と。 澄み切った師走の空気を切り裂いて、約36万の直接的な視線と、間違いなくもっと多くの間接的な視線の先にいるウマ娘は、もうこれで終わってもいいと言わんばかりの、最後の力比べに飛び込んでいた。 よく、私たちウマ娘の走りは、まるで空を飛ぶようだ、としばしば形容される。 でも、彼女の最後の走りは、間違いなく地を踏みしめ、大地を割って昇っていく、豪快で力強いものだった。 それはきっと、私の言葉と経験では言い表せない、誰の目にも見えない、とてもとても重く大きい何かをその背に乗せたまま、走っていたからかもしれない。 その重みを一つこぼさず全部背負って、さあ頑張るぞ、と決意を固めて走っていた。 いつも近くで――認めたくないけど――アイツが本当に苦しそうな顔をしていたのを、私は見てきた。 一時は誰の言葉も耳に入らないくらい追い詰められて、あんなにきれいな髪と尻尾が、何か真っ黒なものに呑まれてくすんでしまうんじゃないかと思ったこともあった。 私のご飯を食べた時のとろけるような笑顔は、私が思わず惚れこんでしまったあの表情は、二度と見れなくなってしまうんじゃないかって、本気で思ったこともあった。 もう、『おかわり』って、言ってくれなくなってしまうんじゃないかって。 それでも最後には、彼女は、アイツは、オグリキャップは、それらすべての期待に、真正面から答えてきた。 第4コーナーは涙でオグリの姿は見えなくなり、直線では世界から取り残されたように音も聞こえなくなって、祈ることしかできなかった。 それでも、ぼやけてはっきりしない世界の中でも、オグリキャップがゴール板を最初に駆け抜け、腕を挙げたところだけは、はっきりと見ることができた。 ああ、帰ってきた。オグリキャップは、やっぱりオグリキャップなんだ。 場内の人たち全員が一丸となって呼びかける波に、私は乗れなかった。内からこみ上げてくる気持ちで、立っているだけが精いっぱいだった。 この世の中に神様はいるのかもしれない。そう思った。 こんなこと、オグリには口が裂けても言えないけれど。 これは、私の話じゃない。 私が憧れた、オグリキャップの話。 傾きが低くなった太陽が、眩しい光を直接注ぎ込む夕方の教室。 オレンジ色の光が、焼けた教室の壁と、私の目を一緒に照らす。 私はよせばいいのに、寒さを感じさせずギラギラと輝くそれをぼんやりと、目を細めて見つめていた。 別館の最上階の、そのまた隅にある空き教室で、私はトレーナーさんを待っていた。 廊下の向こう側からは、階段をパタパタと素早く駆けのぼる足音がいくつか聞こえる。きっと、近くの神社が埋まってしまった子たちのものだろう。 いつ使われなくなってしまったのかも分からないけど、綺麗な街並みを見下ろせるこの秘密基地をとても気に入っている。 その日のトレーニングメニューが終わって、じん、と熱を持つ身体を感じながら、私は水筒に余った水を口に含んだ。 しばらくすると、ペタペタというスリッパの足音が近づいてきて、引き戸ががらりと開けられた。 「お待たせしてすみません、印刷機が並んでまして」 ここまで階段を上ってくるのがしんどかったのだろう、すこし肩を上下させているトレーナーさんが、紙を手に教室に入る。 「お疲れ様です」 「いいえ、とんでもない。今日もお疲れ様でした。次の出走表です」 トレーナーさんが、印刷されたばかりなのだろう、まだぼんやりと熱を帯びているホチキス留めのコピー紙を差し出している。 もうすっかり読み慣れた、決まりきったフォーマット。 紙に印字された文章を読み飛ばしながら、最も重要なところだけを探しに行く。 2枚ほど紙をめくって、表の何行目に自分の名前が書かれているのか、上から順番に眺めていく。 『レスアンカーワン』 という文字列は、3番目に見つけられた。 「内ですね」 「はい。正直なところ、有利かどうかは微妙です」 私はトレーナーさんの返事がよく理解できず、聞き返す。 「あれ、そうなんですか」 「はい。条件がイマイチで」 裏面に送ってしまった紙を元に戻して、条件の項目を探す。 『福島レース場 第8R 距離:2000m』 と記載があった。 「あ、内のバ場、もしかして荒れますか」 「それもありますが、福島はそもそも、内とか外の有利不利がデータとして表れにくいんです」 トレーナーさんが同じ出走表を眺めながら説明する。 「直線も短いコースです。四コーナーのあたりで三番手、最悪、五番手くらいにはいないと。枠の有利も薄いところですから、離されたら内にいても間に合わ ないかもしれないレースです」 そういうと顔を上げて、それもありますが、という言葉と一緒に私の目を見つめてきた。 「大外の子の名前、見ましたか」 紙面に目を落とす。 大外枠の9番には、ずいぶん――もう2年くらいにわたって――見慣れた名前が書かれていた。 「……マジですか」 「大マジです。なんなら、お相手のトレーナーも同じタイミングで印刷したみたいで」 「向こうの人も驚いてましたか」 「ええ、本当に? って表情でした」 その反応を聞いて、少し安心する。少なくとも、私個人を先に対策されているというわけではなさそうだったからだ。 9番のところに書かれている名前を睨みつけるように見つめながら、その生徒のことを考える。 毎日顔を合わせること。寝る前にしゃべること。 私のすぐ後にトレーナーを見つけて、真面目にやり始めたこと。 消灯した後、スマホの光が割と眩しいこと。 二人ともレースに集中していなかったこと。お互いに一度ケンカしたこと。 私にもアイツにも、トレーナーがついたこと。 最近、二人とも同じようなペースでレースに出走してること。ひと月に2回は、相手が部屋にいないこと。 長いけれど意外と薄い内容が詰まった印象の過去が、私の脳裏をゆったりと流れていった。 あいつも同じことを考えてるんだろうか、と独りごちる。 レスアンカーワンさん、というトレーナーさんの声で、現実に引き戻される。 「その子の作戦とかは、良く知っていますか」 「いや、それがあんまり。レースについては話したことも無かったです」 「そうでしたか。そしたら、ちゃんと研究するしかありませんね」 トレーナーさんはそう言うと、残念、という素振りで、ちょっと苦笑してみせた。 「でも私、絶対負けないと思います」 私の言葉に、トレーナーさんが目を丸くした。 「それはまた、どうして」 「私のほうが、ずっと頑張ってきたので」 息を深く吸ってから発したその決意は、教室の壁に反響して、自分を奮い立たせる応援のようになって返ってきた。 「それでは、こういう流れで。最後に1ミリでも先にいれば勝ちですので」 パタン、と大きくて分厚い手帳を閉じる音が教室に響く。私たちの作戦会議が終わるいつもの合図だ。 私もペンを走らせる手を止めて、コースの概略図が書かれた紙をファイルにしまう。 「マークの子はスタミナを武器に逃げ切る作戦を立てているようです。吞まれないようなトレーニングを積んでいきましょう」 「分かりました。今までやったことない相手だから正直、不安です。」 「最近では逃げの作戦を取る子は少なくなりましたからね。私も経験が多くあるわけではないですが、任せて」 そう言うトレーナーさんは、自分の言葉を茶化したりすることなく、真っすぐな目をしていた。 「そうしたら、今日はひとまず、ゆっくり休んでください」 「お風呂も普通に入って大丈夫ですか」 「はい。今の体重なら食事規制もサウナの減量もいらないと思います」 すごいことですよ、と笑顔を向けてくれた。 「レスアンカーワンさんは無事是名ウマ娘の体現です。トレーナーとしても、ありがたいことです」 そんなことを言って、私に向かって深々と頭を下げた。 「でも、そんなに勝てていませんから」 「コンスタントに月に約2回、それを1年半以上続けているんです。中々できることではありません。地方トレセンの子と同じようなペースで走ってるわけですよ」 今まで褒められたことないところだったから、ありがとうございます、と言うところが思わず小声になってしまう。 「やっぱり、オグリさんの影響ですか」 「えっ」 オグリの名前が出て、ドキッとした。 実際のところ、私の気持ちをレースに向けさせたのは、どんなに口で否定したってオグリのおかげだ。 でも、それを素直に受け入れたり、ましてや本人に直接伝えることができるほど、私はまだ成長していない。 「別に、そりゃ、たまに話したりはしますけど」 「わかりますよ。でも、あなたの走りはオグリさんのいいところを、きちんと自分流に落とし込んだようなものだ。ただマネをしてるだけじゃない」 そう話すトレーナーさんは、スカウトしてくれた時と同じような、熱くて優しい表情をしていた。 「レスアンカーワンさんが個人的にオグリさんと仲がいいですから、併走トレーニングもしてもらえますし」 「その度に、ものすごい人の壁ができちゃいますけど」 引退した『スーパー・スター』が、どこぞの誰とも知れない生徒と併走トレをするものだから、前告知なしに始まったとしても生徒会や風紀委員が出張ってくるくらいの騒ぎになる。 遅めの時間にこっそり始めても、誰か一人が見かけたが最後、どんどん人が集まるのだ。 私としては、実際に私が走るレースよりも目線が集まる気がしてるから、ちょっと腹立たしくもある。 「GⅠウマ娘の併走というだけでもすごいのに、あんな引退レースを飾ったんですから仕方ないと言えば仕方ないでしょう。そんな生徒を引っ張ってこれるあなたがすごい、ということです」 彼女の名前も、レース名も示されていないのに、耳のどこか奥で、地鳴りのような歓声が聞こえてくる気がした。 思い出そうと思わなくても、どちらかを聞くだけで思い出してしまう”あの”レース。 きっとこれからも語られて、記憶と記録に残り、何度も見返されて、新しい人たちをも取り込めるだけの力を持った、物語のクライマックス。 その主語を飾る彼女が走るのだから、人が集まらないわけがない。それが分かっていても、ウマ娘の性なのか、少しだけ悔しい気持ちが湧きだしていた。 私の子供じみた、とても小さな嫉妬心から偶然生みおちたこの関係に感謝できるほど、私はまだ大人ではなかった。 ちらりとトレーナーさんの顔を見ると、私と同じようなことを思い出しているのか、少し遠い目をしていた。 「友達って言うか、たまたま、知り合いになっただけですから」 私とオグリの関係をどこまで知っているのか分からない表情をしながら、「そうですか」とトレーナーさんは言った。 「オグリキャップのトレーナーさんは、『オグリは教えるのがヘタだろう』って言ってましたよ」 トレーナーさんの大げさなモノマネと、真実を言い当てている言葉に、思わず少し息が漏れ出す。 「ふふ、そうですね。ホントにヘタです」 「『引退してもマスコミ対応とか進路相談もあるんだから、あんまり引っ張り出すなよ』とも言われちゃいました」 そういうトレーナーさんは、別段困っているような様子もなく、むしろ嬉しそうに頭の後ろをおさえている。 意識したわけでもないのにオグリの話を続けようとした私たちに横やりを入れるように、スピーカーから予鈴の音が鳴り出した。 私たちは慌てて、帰り支度を整える。いつもならこんなに話し込むことは無かったから、トレーナーさんも動きがぎこちなくなっている。 「ああ、いけない、もうこんな時間でしたか」 「すみません、つい」 「いや、私こそ。そしたらレースの日はこの時間に出発できるようお願いします」 はい、と返事しながら手早くレースの紙を受け取って、鞄を肩にかけた。 「お疲れ様でした」 施錠のために教室に残るトレーナーさんに挨拶して、私は教室を出た。 オグリのことを話そうと思ったわけじゃないのに、不思議と話題に上がってきて、私たちの時間を奪っていくみんなのアイドル。 地平線の向こうに隠れた太陽から漏れた光で少し薄暗くなった廊下を歩きながら、私は改めて、『オグリキャップ』の偉大さを実感した。 寮の部屋に戻ると、同室の子はまだ帰ってきていなかった。 あいつに限って居残り自主トレなんて珍しい、と思いながら、いつものルーチンをこなす。 サッと座学の復習をして、栄養過多にならないように食事を済ませ、今日のミーティング内容を思い返す。 メモで余白が埋まり、見にくくなったはずのレース表の中で、私はある一行――大外の枠に書かれた名前――のところだけを、じっと見つめていた。 何かを考えているようで、何も考えていない時間がしばらく経ったとき、ガチャリ、とやや乱暴にドアが開けられた。 別に悪いことはしていないけれど、その音でなんだかばつが悪くなってしまった私は、慌ててレース表を隠すように机の引き出しに放り込んだ。 引き出しの前に立ちはだかって後ろを振り返ると、ジャージ姿のルームメイトが前のめりにフラフラと部屋に入ってきた。 「あ、お帰り」 私の言葉が聞こえているのかいないのか、返事をしないまま床に膝をついて、顔をベッドに埋め込んでいる。 どさり、と鞄を下ろして5秒くらいした後、右手だけ挙げて何か言ったようだった。 「珍しいじゃん、自主トレ」 顔を埋めたまま返事をしたみたいだけど、音がマットレスに吸収されて何も聞こえない。 「汚れてるんだから、パッとお風呂入っちゃいなよ。私も今行くところだったし」 思わず、口からでまかせを言ってしまう。お風呂は先延ばしにするつもりだった。 おそらく意味のある言葉で返事はしていないのだろうけど、分かった、というように挙げた右手をヒラヒラさせている。 見られていないうちに準備しなくちゃ、と思った私はお風呂セットを引っ張り出した。 「先、行ってるよ。食堂もしまっちゃうから、早めに行きなね」 まだベッドに顔を埋めたまま姿勢を変えていないルームメイトに話しかけて、私は逃げるように浴場へ向かった。 シャワーで汗と汚れを落とした後、私はお風呂に浸かりながら、天井を見上げる。 モクモクと湯気が立ち込めて、伸ばした腕より先すら曇って見えにくい浴場の景色は、私だけを切り取って一人だけで居られるような心地がした。 オグリが二度目の毎日王冠を勝ったくらいの時期、私も自分のレースにより集中するようになった。 私が走るレースの日、都合の合う限り、オグリも見に来てくれる。 私はそれがイヤで、オグリの出るレース――大体はGⅠレースばかりで、私のと比べるとクラクラするくらい眩しいけど――の日程に被せて、自分の予定を組んでいた。 私のレース日程が近くなった時には、オグリも『私ばかりじゃなくて、イチにも頑張ってほしい』と言うので、朝の自主トレに混ぜてもらう。その時には、お弁当はナシ。 トレーナーさんにバレて、ほどほどにするよう注意を受けてからも、毎朝オグリに会う流れは崩せなくて、こっそり疲れの出ないくらいに二人でジョギングをする。 一緒に学園まで帰ってくると、いつも決まってオグリがパタパタと先にベンチまで走って行って、こちらを向いて座る。 その後、満足げな顔で手を振ってくる。 「何してんの」と聞くと、「イチの真似だ」と答える。 最初に聞いたときは『一度やってみたかったんだ』とも言っていた。 そんな日を繰り返して、彼女が昨年末に引退してからは、レースにもほぼ毎回見に来てくれている。 トレーナーさんの側で、良く似合うキャップと伊達メガネをして――いつか一緒に出掛けた時、私が選んだものだ――トレーナーさんの横で見ている。 入着したときには、ステージ上の光が反射してよく見えないけれど、この観客席のどこかで見てくれているんだろう、と思うと、気持ちがとても前向きになる。 オグリほど勝てているわけではないけれど、私の走りを見てくれる人がいる、という実感は、選手としての私を確実に支えてくれていた。 最初のミーティングから何回か回数を重ねたある日、トレーナーさんから、どのくらいレースに出走したいですか、と聞かれた。 どのレースを目指したいですか、とはトレーナーさんから聞かれなかった。デビューが遅れこんだのもあったし、G1路線はおろか、重賞なんかに手が届くような実力は持ち合わせていなかったからだと思う。 出遅れしていた私も、堅実に実績を積み上げられる道取りで走っていくことにしようと決めて、出られるだけ出たいです、と答えたのを覚えている。 トレーナーさんもまだ新人だったから、及び腰というか、自信がなかったのも理由の一つだろう。 『まるで、オグリキャップみたいだった』と言われて、我を忘れて食って掛かったことを思い出す。 思わず顔が熱くなる。これはきっと、お風呂に長く浸かっているからだ。 火照った頭で、その後の『オグリキャップに追いつける』という言葉も続けて思い出す。 言われた当時は、その言葉が無邪気に自信のもとになった。 けれど今思えば、「実力は足りないけれど、どこかでオグリキャップに並び立つことができるかもしれない」という意味の、事実ではあるが真実ではない、実に大人らしい言い回しだったのだろうな、と自覚した。 そんなトレーナーさんは、今では私以外にも新入生の子を何人か複数人担当するようになって、以前より忙しそうだけど嬉しそうな顔をしている。 自分が役に立ったのかな、なんて思ってちょっと誇らしい気持ちになる。 途端に、そんなことを考えている自分がなんだか急に恥ずかしくなって、口元まで身体をお湯の中に沈める。 一、二、三……と百まで数えてから上がろう、と子供に戻ったつもりで遊ぼうとしたら、あんまり熱くて五十を数えたところが限界だった。 大事なレース前に湯あたりして体調を崩しました、なんてとても言えたものじゃない。 大人らしくきっぱり諦めることにした私は、湯気で仕切られた個室のような空間を少し名残惜しく思いながら、浴場を出た。 尻尾までゆっくり乾かせて戻ってくると、すっかり部屋着に着替え終わったルームメイトが、ベッドの上で体育座りをしながらスマホを眺めていた。 「あれ、お風呂にいた?」 「いたよー」 「晩御飯はどうしたの」 「もう食べた」 せわしなく画面を触りながら、淡白な返事が返ってくる。 一体いつの間に、と思った私は、二つに折り畳まれ、ホチキスで留められた二つ折の紙が彼女のすぐ側にあるのを見逃さなかった。 どきり、と胸の奥が締まったような感覚がした。 やっぱり、見間違いでもなんでもなかったんだ、と現実逃避するように当たり前のことを思い直す。 そう考えると、スマホの上を滑る彼女の指も、本当に画面を操作しているのかどうか、怪しく思えてきた。 彼女を横目にお風呂セットを片付けて、向かい合うようにベッドに腰かける。 少し気まずい、緊張した空気が私たちの間に流れる。トレセン学園に入学して、初めて顔を合わせた時のような沈黙が、部屋の中を支配していた。 「ねえ」 モニーがスマホに目線を合わせたまま、声をあげる。 「イチ、今月の次のレースっていつなの」 いつもの砕けた感じとは違う、すこし芯の残るような硬い声だった。 「今週末だよ」 「ふーん」 相槌を最後に、モニーが口を閉じる。外で風に吹かれて窓に当たった小石が、カチン、と音を響かせた。 「イチの前走っていつだっけ」 モニーが先ほどよりは短い沈黙の後、普段なら絶対に部屋で話さない、レースの質問をしてくる。 「二週間前だけど」 思わず緊張してしまった私の声も、幾分か上ずってしまった。 「1600mのマイル戦だったよ」 返事をした後にモニーの指が素早く動いているのが見える。それから、目線が上から下へ、何回か行き来しているようだった。 「4着だったん?」 「いや、3着だよ」 私の答えに、モニーが「えっ?」と素っ頓狂な声を上げた。こちらに一度顔を向けて、すぐスマホを触り直す。 「ウソウソ、4着」 「は、なに、ウソついたってわけ?」 モニーが耳を少し後ろに絞った。どうやら、私の考えは当たっていたみたいだ。 「ゴメンって、えっ、怒ったの?」 私の名前でレース結果を検索していたのだろう。イタズラ心も手伝って、ひっかけクイズみたいなことをしてしまった。 そんなこと聞かなくても調べられそうなものだが、どうやらモニーもずいぶん緊張しているようだった。 「珍しいじゃん、レースの話するなんて」 「別にいいっしょ、たまには」 話を逸らすついで、私もモニーから情報を掘り出そうと、トレーニングの話を振ってみることにした。 「今日のトレーニングはキツかったの?」 「んー、いや、まあ。併走トレ」 「え、誰と?」 「誰でもいいでしょ」 「もしかして、タマモ先輩?」 モニーがタマモ先輩と仲がいいことは、オグリから教えてもらって知ったことだ。 私は幾ばくかの確証をもって、モニーに質問していた。 「なんだ、知ってんじゃん」 「タマモ先輩と併走なんて羨ましいよ」 「イチだって、オグリと走ってんでしょ」 そう切り返されて、私も黙り込む。 それからは、消灯を告げる放送が流れるまで、お互いにけん制を避けるように黙り込んでいた。 「じゃあ、おやすみ」 モニーはそう言うと、珍しくスマホを充電器に差してから、ベッドに入り込もうとしている。 「あれ、珍しいね」 「まあ、今日は疲れたし」 「タマモ先輩の併走って、やっぱキツイ?」 「うん、最後にはどうやっても差し切られるから」 そういった後、あっ、と声を上げる。自分が普段から逃げの作戦で走っていることをうっかりバラしてしまったかもしれない、と思っているのだろう。 その感じがなんだかおかしくなってしまい、少しだけ笑いが漏れてしまった。 「別に、モニーが逃げで走ってるのなんて知ってるって」 「イチはオグリみたいな控え方するよね」 「うん、まあね」 「やっぱり、元祖オグリギャルだし、直々に教えてもらってるってこと?」 「別に、そんなんじゃないし。モニーこそ、タマモ先輩は逃げるタイプじゃないから大変なんじゃないの」 「そうでもない。逆に、イチみたいな走りをする子のタイミング、知ってるから」 それに、と寝返りを打ったようなシーツの擦れる音を立てた後、はっきりした声で話してきた。 「イチは多分、タマモ先輩より速くないっしょ」 私は、モニーのストレートな挑発に、血液が全身に回ったのを感じた。 このタイミングでそんなことを言うのか。さっき私がひっかけたから、その仕返しのつもりだろうか。 自分でも信じられないくらい、激しい闘争心が身体の中を駆け巡っている。 そこそこに重たいシーツを少し持ち上げるほど、尻尾が動く。 今すぐ起きて運動着に着替えろ、勝負してやる――という言葉を飲み込んで、何とかモニーと正反対の方向に寝返りを打った。 乱暴に寝返りを打ってしまったのだろう、ベッドの軋む大きな音が、部屋の中に響いた。 「そうかもね」 どうしても震える声で、何とか言葉を音にする。 けれど、それ以上に何か返事を思いつくことができなかった。 何も言えなくなったのだろうと思ったのか、モニーが「おやすみ」ともう一度だけ言って、横になったようだった。 一度掘り起こされた熱はそう簡単に鎮まることなく一晩中続いて、私の眠気をすっかり吹き飛ばしてしまった。 目の冴えた私は、どんなに目を閉じても、その日は全く眠れなかった。 なんとか眠ろうと思えば思うほど、むしろ瞼の裏側は赤くなったように見えるし、聴覚は敏感になっていく。 私の背後から、ゴソゴソ、としきりに動く音が聞こえて、思わず身体を起こす。 窓から漏れてくる街頭の光と、暗闇に慣れた目が、どうやら眠れていないモニーの姿を映していた。 声をかけようかとも思ったが、そんな気分にはなれず、頭までシーツを被って横になる。 明日の朝、オグリに逃げる子の捕まえ方を教えてもらおう、そう思いながら一時間以上をかけて、なんとか眠ることができた。 レース当日の朝、いつもと同じ時間に目が覚めた。 やっと木や鳥が起き出したくらいで、まだ人も町も動き出していない時間。 身体を起こしてぐっ、と伸びを一つして、隣のベッドに顔を向ける。いつもどおり、モニーはぐっすり眠っていた。 あの日以来、私たちは普段通りを装いながら、水面下で鬼も逃げ出すほどの戦いを繰り広げていた……と思う。 モニーのほうはどう思っているかさっぱりわからないけれど、少なくとも私は「気合が入りすぎている」と注意を受けるくらいに燃えていた。 昨晩済ませておいたレース支度の鞄を持って、部屋を出る。 ラウンジを通り過ぎて、そこから玄関に通じる扉まで真っすぐ歩こうとしたとき、「イチちゃん」と声をかけられた。 びっくりして後ろを振り向くと、手ぬぐいに包んだお弁当箱だろうか、それを大事そうに両手で持つクリークさんが立っていた。 「おはようございます、イチちゃん」 「ああ、クリークさん。おはようございます」 「今日はイチちゃんの大事なレースだと聞いたんです」 大事なレース、という単語に、気持ちが引き締まる思いがした。 決して一つ一つのレースをないがしろにしてきたわけではないが、数をこなすことを第一にしてきた私にとって、『大事な』という言葉はとても新鮮に感じられた。 「そうですけど、クリークさんみたいにGⅠレースに出るわけじゃありませんから」 よせばいいのに、こんな時でも卑屈さが顔を出す自分の気質に嫌気がさす。 それがクリークさんにも伝わったのか、優しさの溢れる笑顔が、きゅっ、と真面目な表情を帯びる。 「イチちゃん、今日はモニーちゃんと走るんですよね」 「はい、そうですけど」 「私がオグリさんやタマモクロスさんと走るときは、レースの格なんて関係ありません」 そう言うと、クリークさんはキッチンで見たことが無いような、真剣な顔つきに変わった。 「ライバルのあの子に勝ちたい、一緒に走りたい、そのチャンスがやってきた。そうなったら、レース場でもトレーニングコースでも、私は勝つつもりで走ります」 私の空いている方の手を取って、その上に綺麗に結ばれたお弁当箱を置く。 「イチちゃん。私はモニーちゃんも一緒に応援しています。ですから、同じようにお弁当を渡します」 頑張ってきてくださいね、と言って、クリークさんは両手をお腹の前できれいに組みなおした。 クリークさんの言葉の意味をかみ砕いていた私は、しばらくその場に棒立ちになっていた。 しっかり飲み込んで、私の目を真っすぐ見据えるクリークさんに視線を合わせる。 「わかりました。ありがとうございます」 「行ってらっしゃい、イチちゃん。無事に帰ってきてくださいね」 「行ってきます」 お弁当を大事に抱えて、私はラウンジの扉を開けた。 下駄箱の上に鞄とお弁当を置いて、靴を履き替える。外に出て深呼吸を一つ。 3回繰り返したころ、またしても突然、後ろから声をかけられた。 「イチちゃん、頑張ってね」 ぎょっとして後ろを振り返ると、ナイトキャップを被った、幾分リラックスした服装のフジ寮長が立っていた。 「わ、はい、おはようございます」 「私の分も、しっかり走ってきてね」 「ありがとうございます」 「もう、あの時みたいに迷っていたポニーちゃんはいないみたいだね」 ニコニコした笑顔を崩さないまま、思い返したくない――主に子供じみた過去の自分が恥ずかしい、という意味で――記憶を突いてくる。 「はい。もう、誰にも八つ当たりはしません。自分の結果は自分で背負えます」 私は苦笑しながら答えた。 「うん、そうみたいだね。オグリからも、レスアンカーワンからも、大事なものを学んだみたいだ」 貼りつけたようなフジ寮長の笑顔が一瞬だけ変わるのを、私は見逃さなかった。 母親と言うより父親のような、厳しく叱ってしまった子供が真っすぐ成長してくれたのを安心するような、そんな表情だった。 「フジ寮長、どうかしましたか」 「いいや、大丈夫。ありがとう」 そう言うやいなや、手を素早く一度振った。顔の高さで止まった手にはトランプのカードが1枚挟まれている。 はい、と言われて差し出されたカードを受け取る。 「スペードの6、ですけど」 「そうだね」 「いつも思うんですけど、そういうの、どこで覚えるんですか」 「そうだな…… イチちゃんが勝ったら教えてあげるよ」 相変わらず、どうやっても敵わない人だな、と思わされた。 「それじゃあ、応援しているよ、イチちゃん」 ありがとうございます、と答えながらお辞儀をする。 顔を上げるころには、もうフジ寮長の姿は消えてしまっていた。 正門前でトレーナーさんと合流して、レース場に向かう電車に乗る。 2回乗り換えを挟んで、最後の駅からはバス。 住宅街の真ん中に突如現れる、巨大な建物にたどり着いた。 すでにお客さんで賑わっている入り口を横目に、関係者用の入り口に向かう。 そこで学生証やレース登録済みの用紙を確認してもらい、時間が来るまで控室で待機する。 控室は枠番が1~5番の子たちと、6~9番の子で部屋が分かれていた。 私はその前者に入り、先に着いていた競争相手に挨拶する。 他の子たちも聞いているけど、まずはトレーナーさんと最後の打ち合わせをする。 もう何度も経験して、すっかり慣れたと思ったレース前のこの時間が、今日は違った。まるでデビュー直後の一戦目の時みたいにドキドキしていた。 私の少し震える手を見たのか、トレーナーさんが「大丈夫ですか」 と声をかけてくれる。 「はい、なんとか」 「お気持ちは少しだけですが、分かります。緊張し過ぎずに」 緊張、という言葉に違和感を抱いた。 身体の外に動きが出てしまうくらいにドキドキしてはいるが、これは緊張ではない、と心の中で否定する。 初めて控室で体操服に腕を通し、ゼッケンをつけた自分を鏡で見た時、それはそれは恐ろしい気持ちが心の中で湧いていたことを思い出す。 自分は本当に勝てるのか、デビュー戦で勝てたのは実力ではなく、これから出走するすべてのレースに負けてしまうのではないか。それによって、学園を去ることになってしまうのではないか。 そんなことを考えていたこともあったが、案外自分は図太いほうなのか、五回も走れば落ち着くようになり、それ以降は神経が安定した状態になっていった。 それに比べて、自分が感じている今の震えは、明らかに何か性質の違うものだった。 ああ、分かった、と口の中でつぶやく。 「私、ワクワクしてるんだと思います」 トレーナーさんが目を丸くしてこちらを見る。 「ワクワク、ですか」 「はい。ドキドキしてるんですけど、なんだか今日はやれるって、そう思うんです。走るのがすごく、楽しみで」 私の言葉にトレーナーさんがゆっくり目を閉じ、しばらく何かを考えた後、書類をそろえて鞄の中にしまい始めた。 「あれ、作戦会議、終わりですか」 「はい。レスアンカーワンさんは作戦を忘れたことはありませんし」 それに、と言葉を続ける。 「今の様子なら、絶対に悪い結果にはならないと思いますから。どうかご無事に、頑張ってきてください」 そう言って、椅子から立ち上がった。 私も立って、お辞儀をする。 「ありがとうございます。そしたら、また後で」 顔を上げてトレーナーさんと目を合わせる。 「はい。次はウィナーズ・サークルで。」 他の子がいるのにも関わらず、ずいぶん大層な約束をトレーナーさんは取り付けてきた。 普段ならこんなことはしない人なのに、私の熱がきっと移ってしまったのかな、と思う。 扉の方に振り返り控室から出ていくまで、トレーナーさんがもう一度こちらを見ることは無かった。 パドックでのお披露目の時間になり、控室を出る。 長い地下バ道を通ってそこに着くまで、モニーとは一度も顔を合わせなかった。 順番に名前を呼ばれ、それぞれ全員が思い思いのポーズを取ったり、お辞儀をするだけだったり、個性のあるアピールをしている。 『2枠3番は、レスアンカーワン!』 アナウンサーの人が、場内に私の名前を高々と響かせる。何か派手にポーズを決めたりするのは恥ずかしいから、お辞儀だけ。 顔を上げると、何人かの人たちが私に向かって手を振ってくれたり、応援うちわを振ってくれる人、中には私そっくりの人形をこちらに掲げてくれる人を見つけた。 GⅠを走る子たちほどではないけど、とてもありがたい、応援してくれる人が私にもいる。そう実感すると、ますます自信が湧いて出てくる。 何人か挟んだ後、今日までずっとマークしている、あの名前が聞こえてきた。 『5枠9番、エイジセレモニー!』 そこで初めて、私はモニーの姿を見た。 今朝見た姿から一転して、軽く飛び跳ねた後に仰々しいお辞儀をしている。 睨みつけるというほどではないけど、私は彼女からしばらく、目が離せなかった。 モニーはレースを逃げることから、やはり一定のファンがいるみたいで、悔しいけれど私よりも少しファンの人が多く見えた。 向こうも私の姿は見ているはずだけれど、一度も言葉はおろか、目も合わせなかった。 きっと、私が挨拶しているときには、今の私と同じような目をしていたのだろう。 お披露目の時間が終わった後、やっぱりというべきか、私たちは言葉を交わさずにそれぞれの控室に戻っていった。 「それでは選手の皆さん、間もなく本バ場入場ですのでご準備ください」 係のウマ娘が扉を開け、合図が入る。 その声を聞き、部屋にいる全員が立ち上がった。 私の右の席に座っていた子は、トレーナーさんと最後まで入念にコースのチェック。 私の左の席に座っていた子は、トレーナーさんと何やら、願掛けのようなものをしている。 両隣の二人が立つまで、私は目を閉じてゆっくりと深呼吸を繰り返しながら、初めて感じる高揚感の良いところだけを、ゆっくりと抽出しようと試みていた。 皆が部屋から出たのを確認して、最後にもう一回深呼吸をする。 大丈夫、必ず勝てる。 ドアのすぐそばにある姿見でもう一度服装をチェックしてから、私は地下バ道に続く廊下を歩いて行った。 道の両側に取り付けられた蛍光管で照らされる地下バ道を歩く。 しばらく歩いて、とても長い登り坂に差し掛かる。外の光が差し込んで目がくらむその道の途中で、私は、思いもよらない人影を見つけた。 私よりも少し背の高い、綺麗な葦毛をなびかせて、ひし形の髪飾りをつけている女性。 その人の脚の間からは、ウマ娘であることが一目でわかる、やはり綺麗な葦毛をした尻尾の毛がのぞいていた。 相手もこちらに気付いたようで、こちらにゆっくりと歩み寄ってくる。 「オグリ!」 私が思わず名前を呼ぶと、そのウマ娘――オグリキャップは、手を胸の高さで振った。 「やあ、イチ」 「オグリ、どうしてここに」 「君のトレーナーが知らせてくれたんだ。今日はイチのとても大切なレースだって」 「帽子とか、変装は?」 「イチにはちゃんと姿を見せて会いたくてな。ちゃんと持ってきているぞ」 ふふん、という様子でオグリはそれらを鞄の中から取り出して見せた。 「忙しくないの」 「今日はちゃんと、予定を開けてきたんだ。どうしても応援したかったから」 そう言うと、オグリは私の手を取って力強く握り、胸元に寄せた。 「イチは絶対に大丈夫だ。私が一緒に走って練習したウマ娘なんだ。だから、必ず勝つ」 聞いたことないような、低くて、艶があって、力強い声。 私と雑談しているときのような柔らかさとは異なるけれど、この時初めて聞いたオグリの声は、私の中に自然と入って、じんわりと沁みた。 「うん、ありがとう」 「最後まで必ず見ている。だから、行ってらっしゃい」 「おお、オグリやないか」 私の後ろから、こちらも聞きなれた、快活な声が響いた。 驚いて後ろを振り返ると、目線の高さにいたのは――モニーだった。 「モニー」 名前を呼ぶ自分の声が、思わず硬くなっているのに気付く。 するとまた、ちょちょちょい!と声が響いた。 「もうちょい下や!ヒドいなぁ、もう」 声に従って下を向くと、そこにいたのはオグリと同じ、綺麗な葦毛をまとめ、赤と青の髪飾りをしたウマ娘だった。 「タマじゃないか」 オグリも驚いたように声を上げている。 「オグリもかい!なんや酷いなぁ。そこまで小さくはないやろ」 「すまない、わざとじゃないんだ」 「それがいっちゃん傷つくっちゅーねん!」 タマモ先輩とオグリが、まるで学園のラウンジや教室で話すくらい、リラックスした雰囲気を作り出している。 そんなやり取りを聞きながら、私は――多分モニーも――その雰囲気に入れていなかった。 私たちは目線を逸らすことなく、獲物の動きを絶対に見逃さない猟師のようにじっ、とお互いの顔を捉えていた。 オグリの声も、タマモ先輩の声も聞こえなくなって、私たちだけが地下バ道にいるような、そんな錯覚に陥った。 それは、そのうちに地下バ道から、煽り合ったあの日の夜の寮室にタイムスリップしたようなものに変わった。 手の内は明かしていない。それでもお互いにわかるところは調べつくして、色んな人の助けを得て、アンタに勝つために必死に今日まで努力した。 絶対に勝つのは私だ――実際のところはわからないけど、モニーも私と同じことを思っているに違いない、と確信した。 先に沈黙を破り、私たちを元の地下バ道に引き戻したのはモニーだった。 「何しに来てるの、『シンデレラの小間使い』さん」 モニーの言葉に、先に反応をしたのはオグリだった。 「なっ、モニー」 オグリは少し慌てたように、私とモニーを交互に見ながら間に立った。それに対して、タマモ先輩はケラケラと笑っている。 私はそれを聞いて、特に何を思うこともなかった、というのは嘘になるけれど、怒ったりとか、そういうような感情は何も湧いてこなかった。 ただ、これを言われっぱなしにするのは、私よりもオグリの方を貶めているように思えて、それが一番許せなかった。 うろたえるオグリの前に一歩出て、モニーの目をひるまずに見据えて、言葉を返す。 「こっちのセリフよ、『積乱雲のちぎれ雲』さん」 私の言葉を聞いて、モニーが表情を変えないまま、眉を片方だけピクッ、と動かした。 アンタにだけは絶対に負けない、たとえ試合に負けても、アンタとの勝負ははっきりつける。 相手の目の中に映る自分を見つめる。 そこには、自分でも恐ろしくなるような表情をした自分がいた。 モニーのことを見ているのか、それとも自分のことを見ているのか分からなくなってきたころ、良く響く笑い声が、私たちをまた現実に引き戻した。 「あっはっは! こりゃ敵わんなぁ」 距離が近い私たちの間に、タマモ先輩が笑いながら割って入る。 「なんやお二人さん、バッチバチやないか。知らんかったで。」 そう言いながら、タマモ先輩は音が立つくらいの強さでモニーの背中を叩いて、オグリを見上げた。 「ウチのモニちゃんは強いで、オグリ。怪物の娘さんなんか一撃や」 それを聞いたオグリは、私の手を強く取り、タマモ先輩を見返す。 「私のイチのほうがもっと速いぞ、タマ。それこそ、光よりもずっと」 うん、と二人は大きく一回頷いて、私たちの背中をレース場に向かって強く押した。 私もモニーも、いきなり押されたものだからよろけてしまって、びっくりした顔でそれぞれのパートナーを見つめた。 「ほな、あっちで決着、きっちりつけるんやで! モニちゃん、負けたら承知せんぞ!」 「君はレスアンカーワンなんだ、イチ。頑張ってきてくれ!」 二人の声に押されて、私たちは光が差す地下バ道の出口に向かって、脚を揃えて歩き出した。 「ねえモニー」 私は歩きながら、どうしても確認したいことがあって、モニーに話しかける。 「何、どうしたの」 「さっき言ってたの、本気?」 「割とね」 「そう。じゃあ、私も割と本気だから」 あともう一歩で外に出るということろで、私たちは示し合わせたように立ち止まって、お互いを見合わせた。 「私、絶対にモニーより前で踊るから」 「そ。そしたら、イチはレース中もライブ中も、私より前にいることは無いから」 そう言って、人の声が響くレース場に二人で足を踏み入れる。 その会話を最後に、私たちはゲート入場まで、一言も話さなかった。 「ねえモニー」 私は歩きながら、どうしても確認したいことがあって、モニーに話しかける。 「何、どうしたの」 「さっき言ってたの、本気?」 「割とね」 「そう。じゃあ、私も割と本気だから」 あともう一歩で外に出るということろで、私たちは示し合わせたように立ち止まって、お互いを見合わせた。 「私、絶対にモニーより前で踊るから」 「そ。そしたら、イチはレース中もライブ中も、私より前にいることは無いから」 そう言って、人の声が響くレース場に二人で足を踏み入れる。 その会話を最後に、私たちはゲート入場まで、一言も話さなかった。 遠くで小刻みにトランペットが鳴らされる。 その音を合図に私たちは準備ができた子から、順番にゲートに入る。 レース直前になって怯えてしまう子がいることもあるが、今回のメンバーは全員スムーズにゲートインした。 背中の方で、扉が閉まる音がする。 これまで数十回走ってきて、すっかり慣れたゲートの景色。 私はスタートの姿勢を取る前に、肩の力を抜いて真っすぐ立つ。それから、目を閉じて深呼吸を一回。 広いコースの真ん中でする深呼吸より、狭い空間でするそれのほうが、なんだか深く息が吸える気がする。 腰を落として、目を開く。脚は肩幅の広さに開き、手を前に出す。 後は、ゲートが開いて、この視界が明るくなるのを待つ。 私は金網上になっているところの隙間から、遠くの第二コーナーを見据えた。 さあ、早く。いつでも準備は大丈夫。 早く! 視界が明るくなって、ゲートが揺れる。 ガコン、という音が鳴ると同時に、私は芝を蹴り出した。 遠くを見つめていた視点を左右に振り、周りの状況を見る。 1、2番は私と同じスタートを切ったようだ。けど、2番の子が加速を失敗して後ろに下がっている。 サッと確認した後、より人数の多い左側に素早く視界を移す。 すると、9番ゼッケン――今回のマーク相手――が、最も先に出ているのを見つけた。 スタートが上手いのは情報通りだったけど、想像以上の集中力だったようだ。 そのまま右に重心を移して、内ラチ沿いに向かっていく。 それを見た6番が焦ったのか、9番に追いつこうと姿勢を低くしている。 9番に走らされているように見えた。これは追わなくてよい。 4番の子は6番に着いていくようなペース、5番の子は私の少し前。 7、8番の子はマイペースで進めることにしているのか、無理に内側に入ろうとせず、私のすぐ隣くらいで位置を決めたようだ。 長い直線を走る中、9番が一度だけ、ちらりと後ろを確認した。 6番が競り合おうとしているのを確かに見ると、スッ、と速度が上がる。 先頭だけは絶対に譲らない――そんなプライドが垣間見える走りだった。 第一コーナーに入って、9番が「14」のハロン棒を通り過ぎてから、自分がそこに到達するまでの時間を数える。 1、2、3。ともう少し。 大体、3.5バ身。 まだ、言うほど抜けているわけじゃない。大丈夫。 第一コーナーの中間点、一番膨らむところ。 オグリの走りを後ろで見て、その走りを無意識に真似してきたけれど、オグリのコーナーリングだけは今でも真似できない。 だから、トレーナーさんに言われてきた通り、コーナーでは失速しないことを意識して走る。 丁寧に、ラチのカーブの先端を見ながら、それに身体を沿わせていく。 この一瞬だけは、位置取りや周囲のことを一旦脇に避けて、身体の傾きと重心に神経を注ぐ。 吹っ飛んでしまいそうな遠心力を半身で感じながら、反対の脚でかろうじて踏ん張る。 芝から片方の足が離れるたびに、私はレース場の外からワイヤーで思い切り巻き取られるような感覚を覚えていた。 それに抗うために、もう片方の脚に、頼むからこらえてね、とお願いをする。 速くも、上手でもないけど、何とか周りきることに成功した。 向こう正面。多分、このレースの肝になるところ。 自分の周囲をすぐ確認する。コーナーに入る前と、そこまで全体的な位置取りは変わっていない。 もしかしたら、今回コーナーが特別に得意という子はいないのかもしれない、と分析した。 それなら、この直線で前に出る準備をしなければいけない。 バ郡の中で、少し位置をズラして9番を探る。 「10」のハロン棒を通過して、登り坂に入るところだった。 短いが確実に存在する坂を、9番は脚を細かく動かすことで素早く上りきっていった。 それを見て、良く知ってるじゃない、と思わず恨み言が漏れる。ピッチ走法を身に着けていることが分かってしまった。 このコースは最後の直線200mくらいから、また同じような坂がある。 短い直線の上り坂で速度を落としてくれないとなると、最後にはスタミナを中心に据えたスパート合戦になってしまう。 9番に逃げられるのは癪にさわるけど、やや長めになるスパートに備えて、一度息を入れなければいけない、と判断した。 私たちも遅れて、同じ坂に差し掛かる。 頑張れ、がんばれ、私。 自分を鼓舞しながら上り坂で無理やり加速して、バ群にもう一度再合流する。 後ろから足音がいくつか、私の左側から聞こえてくる。遅れていた2、7、8番が追い上げてきたようだ。 この3人に私は目をつけて、ここで息を入れよう、と潜伏することに決めた。 申し訳ないけど、この三人よりは後からでも絶対前に出られる。そんな自信があった。 隠れながら、二番手にいる6番をちらりと見る。 やっぱり9番に走らされていたようで、ずいぶん消耗しているようだった。 そう思っていた矢先、第三コーナーに差し掛かる手前で、9番がわずかに位置を上げたように見えた。 もう、コーナーに入るところで急ぎ足しなくてもいいじゃない。 「6」のハロン棒の脇を、9番が通過した。 私も慌てて加速する。「6」の数字が迫ってくる。 1、2、3、4秒。 まずい。差が開きすぎている。 素早く外に出る準備をしながら、私も第三コーナーに入った。 第一、第二コーナーとは違って比較的平坦とはいえ、苦手なのは変わらない。 けれど、そんな言い訳で間に合うような差じゃなかった。 早めにスパートをかけて、最後にハナ差で9番を差し切る。 差しのコツは、終盤となる前に好位につけることが大原則だ。今行かなければ、間に合わない。 ここまでの走りか、焦りを感じたからか、足先から鈍い痛みがこみ上がってくる。 歯を食いしばってそれに目をそむけて、コーナーで加速を試みる。 お願い、少しだけでもいい、アイツに届かせないといけない。 私の作戦を周りが感じ取ったのか、全員が私よりも前に行こうと速度を上げる。 9番に走らされていた6番の子に追いついてきて、距離が縮まってきた。 こんなところで垂れるわけには行かないの、お願い、ちょっとどいて! 6番と、私の後ろからやってきた7番の速度、自分の速さの加減を考慮して、早めに横移動を決めて外に抜け出す。 第四コーナーに差し掛かって、9番の通過した「4」のハロン棒の脇を、私は3秒弱の差で通り過ぎることができた。 先頭からマークの9番、速度の落ちた6番、私がいて、すぐ後ろ内目に7番。それ以外の子とはもう、勝負しなくていい。 6番の子は200mまでに追い抜けるだろう。 7番の子は息を入れていないから、私のほうがスパートの速度も距離も勝っている。抜かれない。 だから、後は9番、アンタだけ。 だからモニー、待て。 待って! 『さあ第四コーナーを回って一番手は9番エイジセレモニー、二番手には6番リボンオペレッタ、三番手には3番レスアンカーワン、四番手には7番アウトスタンドギグが上がってきました』 『差が詰まってきた、コーナーから直線コース、さあ先頭は9番エイジセレモニー、やや苦しいか、リードはまだ三バ身ほど、残り200mを切っています』 『6番リボンオペレッタも苦しいか、外、3番レスアンカーワン上がってくる、上がってくる、7番も負けていません』 『さあレスアンカーワン差し切れるか、差が詰まっています、後100mほど、三番手争いは6番と7番』 『しかし9番だ、9番のエイジセレモニー逃げ切りを計る、3番レスアンカーワン届くか』 『粘るか、届くか、9番速度を落としません、今ゴールイン!』 『勝ったのは9番エイジセレモニー、二着に3番レスアンカーワン、三着争いは接戦、7番アウトスタンドギグがやや優勢か!』 『好スタートから勝負強さを見せました、9番エイジセレモニー。迷いのない、見事な逃げ切り勝ちでした!』 第四コーナーまでは把握できていた周囲の風景が、たった400m弱の直線を走るだけで、何もわからなくなる。 真っ黒な視界に、歓声も拍手も聞こえない。酸素を求めて荒い呼吸を繰り返して、脚は立っているだけで精一杯だ。 そんな状態でも、ゴール板の前を横切るまでに、モニーが私よりも前にいたことだけは覚えていた。 あともう少しなのに、スピードは足りていたはずなのに、なぜか届かなかった、あと数cm。 その最後の瞬間だけが、繰り返し頭の中でチラついて止まらなかった。 レース係のウマ娘たちに支えられながら、ターフの上から移動する。 おおざっぱに汗と汚れを落としてもらって、ゼッケンを取る。 ここでゼッケンを取らないのは、勝った選手だけだ。 ゼッケンの数字が良く見えるように汚れを落とすモニーを横目で見る。モニーもこちらを見ていたようで、目が合った。 それまで疲れと痛みで何も思わなかった感情が、相手の顔を見た途端にこみあげてくる。 堰だけは切らないように、頭を振って地面に視線を落とす。 「歩けますか」と係の子が聞いてくれた。何とか帰れます、と答えて、うつむいたまま歩き出す。 モニーはそのままウィナーズ・サークルに戻って、私は地下バ道に続く道へ足を向けた。 壁に手をつきながら歩いていると、何もないはずの地下バ道で、何かに優しく受け止められるようにぶつかった。 「トレーナーさん、ですか」 「お疲れ様、イチ」 顔は上げなかったが、それは間違いなくオグリの声だった。 「よく頑張ったな」 そう言うと、背中と頭の後ろに温かい熱を感じた。 「ごめん、ごめん、オグリ」 「ううん、本当に接戦だった。格好良かったぞ」 レースで自分が感じたことのないとめどない悔しさを、オグリにぶつける。 負けても見えていないフリをしてきたこれまでの悔しさや至らなさが、モニーとのぶつかり合いですべて吐き出すような勢いで、オグリに泣きついた。 泣いても泣いても止まらない気持ちを、オグリはただ黙って、受け止めてくれた。 「とてもいいレースだった。レースの中身も、それまでも。二人が一生懸命積み上げてきたものが全部表れていた」 それに、と言葉を付け足す。 「私はイチが勝っても負けても、レースが終わってすぐのイチの側にいられて、とても嬉しい」 「バ鹿、それは違うでしょ」 「違わない。私はまだ走れないが、一緒にレースに参加できているようで嬉しいんだ」 オグリが手を離れて、屈みこんだ。 「ちょっと、今は見ないで」 「イチだって、私が負け込んでしまっているときに、いっぱい支えてくれた。今は、私の番と言うだけだ」 オグリがトレーナーさんを呼ぶ。 「本当に、とってもいいレースでした」 「トレーナーさん、あの」 ごめんなさい、と言いかける前に首を横に振っている。 「謝るのはナシです。レースに勝てるのは一人だけ、そういうものですから」 「さぁ、きちんと身体の汚れを落としたら、ウイニングライブですよ。2番手ですからよく見てもらえることでしょう」 トレーナーさんが私を勇気づけようとして、明るい声を出す。 「私もすごく楽しみにしているんだ。イチのレースに割り当てられた曲は、私のお気に入りでもあるから」 「でも、いわゆるお下がり曲だよ」 「そんなものは関係ない。私は、コースの上と、ライブの上で輝くイチが大好きだ」 ストレートな好意が、疲れてしまった身体に強烈に響いた。 「オグリ、そんな、何を言って」 「あっ、もちろん、料理を作る後ろ姿も、私を待ってくれる朝のイチも大好きだぞ」 「今、トレーナーさんもいるから」 思わずトレーナーさんの方を向くと、ちょっと困ったように、ただただニコニコした笑顔を浮かべていた。 「ふふふ、早く舞台監督さんと振付師さんとの打ち合わせに向けて、身体を休めましょう」 「笑わないでくださいよ」 「風のうわさには聞いていましたが、なるほどこれは、オグリギャルと呼ばれても仕方がないですね」 「トレーナー、その呼び方は少し、恥ずかしいぞ」 「えっ、なんでオグリが恥ずかしがるのよ」 私は、二人と話していて、自然と足が前に進んでいることに気が付いた。 また、もう一度モニーと走りたい。 それで今度こそ、私が勝つ。最後に前に出て、センターで踊る。 悔しさで苦くなっていた心境は、いつの間にかすっかり抜かれて、晴れやかで、甘くて刺激のあるような、前向きな気持ちに変化していた。 『友情激突』 『根性の逃げ切り勝ち エイジセレモニー』 『先日福島レース場で行われた第6R、芝・2000mでは、ルームメイト同士のエイジセレモニーとレスアンカーワンが激突。』 『いずれの選手もデビュー時期こそ遅かったものの、今期では珍しい逃げ戦法とオグリキャップに似た走りでファンを魅了する二人。』 『1800mまでが得意なレスアンカーワンはスタミナが不安視されたが、レース中盤の潜伏作戦で最後までエイジセレモニーを追い詰めた。』 『結果こそスタミナに定評のあったエイジセレモニーに軍配が上がったが、一般戦らしからぬデッドヒート。割り当て曲だった「Never Looking Back」にふさわしいレース展開となった。』 『「二番手のレスアンカーワン選手に勝つために、何か特別なことはされましたか?」』 『「そうですね、やっぱり、煽りに煽ったことでしょうか」』 『「今のお気持ちを一言」』 『「今回私が勝ったのでもうやりたくないです、って言うのは嘘ですけど、もう一度やりたいです。応援、ありがとうございました』 了 ページトップ Part12 その1(≫62~63) 了船長22/05/24(火) 01 57 57 「……はッ!」 「はあ、はあ」 「……ふーっ。夢か」 「んん……」 「わっ、……ああ」 「ん…… どうしたんだ、イチ……」 「ごめん、うるさくして」 「いや、大丈夫だぞ…… もしかして、痛むのか」 「ううん、それは大丈夫」 「本当か? 強くしてしまっただろうか」 「平気だって。ありがとう、オグリ」 「痛んでしまっていたら、すまない」 「大丈夫だから、ちょっと、イヤな夢見ただけ」 「それはよくない。……ほら、イチ」 「わ、ちょっと」 「私といるのに、怖いものを見せてしまってすまない」 「何言ってんの」 「私はイチといると、とても幸せな気持ちになれる。だから、イチにもそうあって欲しいんだ」 「寝ぼけてるでしょ」 「そうかもしれない。でも、それもいいかもしれないと思うんだ」 「わっ」 「ふふ、イチのほっぺは、あったかくてきめ細やかだな」 「……ずるい」 「横になってくれ、イチ。手が届かないから」 「……なんか、ヤだ」 「それなら、イチが落ち着くまでこうしている」 「……許す」 「ありがとう」 「ほっぺさするの、飽きないの」 「イチは、ご飯を食べるのに飽きないだろう?」 「オグリほど食べたら飽きるわよ、たぶん」 「それと同じだ」 「どういう意味よ」 「……ね、ちょっと」 「うん」 「すこし、壁によって」 「ああ、わかった」 「えいっ」 「わッ、イチ?」 「押し付けてやるから」 「びっくりしたぞ。よいしょ」 「……オグリ、やっぱりおっきいね。右腕、痺れない?」 「大丈夫だ。……イチは、いい匂いだな」 「おんなじ匂いじゃん」 「それが違うんだ。私にしかわからないのかもしれないな」 「……えいっ」 「ふふっ。イチ、手を」 「……ありがと」 「ううん。おやすみ、イチ」 「おやすみ」 了 ページトップ その2(≫191) 了船長22/06/15(水) 23 54 52 えっ、何よオグリ。タマモ先輩も、ちょっと、もう少しゆっくり。 ここに座るんですか。 大丈夫って、何が大丈夫なのよ。いつも通りしゃべったらええって、何をしゃべるんですか。 声が綺麗だから大丈夫って、何言ってんの。 タマモ先輩も、バカなこと言わないでくださいよ。二人がメッセージを撮影した方がイイですって。私のことなんか、お二人より知ってる人、絶対少ないのに…… これを期にバーッとブレイクするって、重賞も出てないのに。 え、もうカメラ回してるんですか。 え~っと…… 「皆さん、毎日お仕事やお勉強、お疲れ様です」 えっ、もう一言ですか? うーんと…… 「あと、いつも私たちを応援してくれて、ありがとうございます」 「私たちは、もしかしたら皆さんに名前を知られることなく、ある意味、生まれることもなかったかもしれません」 「二人みたいに特別な成績を残しているわけでもなく、それでも気にかけてもらえて」 「本当にありがとうございます」 「もしも今日がお誕生日だったり、良いことがあった人たち。おめでとうございます。何か、美味しいものを食べてくださいね」 これでいいですか。 オグリ、なんで涙ぐんでるの。タマモ先輩も、わざとらしく感心して…… もう、キッチン戻ってもいいですか! できたら二人にも分けてあげますから。 お、オグリ!すぐにお腹を鳴らさないの! 了 ページトップ Part13 その1(≫46~49) 了船長22/06/23(木) 01 33 22 「戻ったでー、お、なんかいい香りがするやんけ」 「お帰りー。そうでしょ」 「今日はモニちゃんの手料理かいな。珍しいやんなあ」 「そうそう。でもイチから自分で作るのは大変なんで、ケンタッキー買ってきちゃった」 「せやなあ、自分でそろえるんは大変……って、なんやとお! ケンタッキーを買ってきたァ!?」 「いいじゃないっすかタマさん。美味いっすよ」 「そら美味いにきまっとんねん! このバケツ一つでいくらしたんや、言うてみい!」 「えー、3000円くらい?」 「ちゃう! 10個なら2450円で、12個なら2940円や!」 「ちゃんと覚えてんの、すーご」 「こんなんクリスマスでもないと買われへん高級品やって言うのに……!」 「自分たちで稼いで生活してるんですから、もう誰も文句言いませんよ」 「せやけど、将来のために切り詰められるところは切り詰めんとあかん」 「たまーに贅沢したって、ウチらの稼ぎならヘーキですよ」 「こんな食事、家が2軒も3軒も建ってしまうで。せめて、クーポンとかは使ったんやろ」 「いや、帰り道でフラっと立ち寄ったんで、特に」 「な、なんてことや…… 家計の破滅や……」 「なんでそんなにショック受けてるんですかー」 「受けるやろこんなん! たった二人で、ケンタッキーのバケツ一つ分やぞ! 贅沢がすぎるっちゅーねん」 「バケツじゃなくてバレルっす、たまには贅沢もいいじゃないですか」 「こんな、鶏肉とちょっとのビスケットだけでお腹をいっぱいにしようなんて、おとん、おかん、チビ達、モニちゃんをどうか許してやってくれ。堪忍やで……」 「買っていってあげたらいいじゃないですか」 「そういうんとはちゃうねんモニちゃん」 「なにがですかー」 「ウチらはな、こういう立派なもの食べるときにはな、気後れしてしまうんや」 「そうですかー」 「分からんって感じやな」 「いや、分かんないすね。美味しく食べたらいいのに」 「こればっかりはな、そうもいかんのや」 「そうっすか……そしたら、これはどうですか」 「これ、って、刻み野菜やんけ」 「あ、それは付け合わせというか、これから一緒に食べる用。そうじゃなくて炊飯器のほう」 「なんや、ケンタッキーとごはんを一緒に食べようっちゅうんか」 「そういうことです、ほら」 「うわ! なんやこれ!」 「ふふふ、驚いたでしょう」 「な、なんでケンタッキーが、ごはんと一緒に炊かれとるねん」 「ケンタッキーの炊き込みご飯、です」 「な、なんて?」 「ケンタッキーの、炊き込みご飯」 「な、なんやってー! 炊き込みご飯やと?!」 「うーん、いいリアクション」 「な、なんで、炊いてしもうたんや」 「え、なんでって、そりゃ炊飯器ですけど」 「理由や!何を使ったかってことちゃうねん!」 「ああ、そういう。ご飯を普通に研いで、炊飯器にセットしてお水を張る。塩と胡椒を振って、上からまるっとチキンを載せちゃう」 「え、そのまんまでええんか」 「そーです。米研いで、水張って、チキンのせる。で、炊く」 「えええ、その結果がこれか」 「衣がイイ感じにふやけて、お肉と骨から出てきたエキスがご飯に染みわたり、味付けのスパイスがご飯とよく合うらしいんですよ」 「よく合うらしい……って、作ったことないんか」 「ええ。確か、身をほぐすようにチャッと混ぜて…… はい、お先に味見どうぞ」 「む、どれ…… うわ!」 「うまい?」 「うまい! むっちゃうまいでコレ!」 「おおー、どれどれ…… うわ、さすがアイツ、良く知ってんなー」 「なんて、なんて贅沢な炊き込みご飯なんや。一杯100万円は下らんで」 「ンなワケないじゃないですか。これだけだとさすがに身体に悪そうなんで、刻み野菜を混ぜてレタスと一緒に食べましょ」 「ウチのチビたちに作ってやったら、絶対に喜ぶやろなあ」 「あんまりチビって言うと、またキレられますよ? お家までアイサツに行きましたけど、チビって感じじゃあもうないっすよ」 「ウチにとっては、いつまでもチビなまんまや」 「そしたら、我が家のおチビさんも早く、手洗ってきてください」 「なんやとおー。しゃーない、洗ってきたる」 「柔軟剤のセット、忘れないでくださいよ」 「分かった。じゃあ、ウチも洗剤混ぜて……って、それは洗濯機やろ!」 了 ページトップ その2(≫95~97) 了船長22/07/04(月) 02 16 22 「待って、オグリ」 夕暮れの日差しが差す教室、二人きりのおしゃべりが終わって、教室を去ろうとするオグリの手を、私は引きとめた。 普段なら、私が自分からオグリの手を握ることなんてなかった。なにか、オグリに負けてしまったような、惚れてしまったような気がしてしまって嫌だからだ。 でも、燃えるような眩しい橙色の光に照らされた葦毛の後ろ姿を見たとき、今日だけは、なぜだかわからないけれど、オグリに触れていないと彼女がどこかに消えてなくなってしまうような、そんな恐怖にも似た感情が私を突き動かした。 オグリをこの手に引き留めて居なければ、あの教室の引き戸を一歩でも先に踏み出せば、途端に泉下の人になって、もう私のごはんも食べてくれなくなってしまって、煙を食べるだけになってしまうのではないか、と思わされた。 認めたくないとか、こっぱずかしいからとか、そんな普段の思いをすべて跳ねのけてしまうほど、強い気持ちが私の全身に宿っていた。 「どうしたんだ、イチ」 オグリが驚いたように目を丸くして、こちらに振り返る。透き通る葦毛と、同じように透き通った宝石のような目に私が映っている。 私はいつもの自分じゃ考えられないほど、今自分の目の前にいるオグリキャップを失いたくないと思った。 「オグリ」 「うん」 「今日は、一緒に帰ろ」 一秒だけでも長く、オグリの存在を確かめたいと思った。誰かに見られたら、またオグリギャルとかなんとかからかわれるだろうけど、それでも構わない。 私の提案に、オグリが顔をほころばせる。 「うん。一緒に帰ろう」 その返事に、私はひどく安心したような気持ちになった。 オグリが私の手を引いて、先に教室を出ようとしたところを、私はまた引き留めた。オグリが後ろにつんのめる。 「待って、私が先に教室出るから」 アンタが先に出て行っちゃダメだ。私がオグリの帰り道を先導して、寮まで連れて帰るんだ。そうじゃないと、どこかにふらっと消えてしまって、離れ離れになってしまうかもしれない。 混乱しているような表情のオグリの横を少しだけ足早に通り過ぎて、半分ほど開かれた引き戸の前に立つ。 私は緊張しながら、斜陽でどこか不気味に光る引き戸に手をかけて、すべて開け放った。 本来、誰もいないはずの教室に二人だけで残っていたから、廊下の照明は消されていて、教室の壁と夕日が作る影が底冷えするような暗闇を生み出していた。 暗闇の中に目をこらすと、もちろんそこには学園の壁があるだけなのだが、何かが見返してきて、こちらにおいで、と声をかけてきている気がした。 初夏には無いような――イマドキ、初夏なんてものもないくらい暑いけれど――不気味な寒さが、体の中から湧き上がってきた。 つないでいるオグリの手は、きっとまやかしだろうけれど、どういうわけか冷たく感じられた。その冷たさが末恐ろしくて、私の熱を、命を少しでも彼女に移すつもりで、強く握り直す。 「イチ、どうしたんだ」 引き戸を開けただけでしばらく歩きださない私を怪訝に思ったのか、オグリが後ろから声をかける。 「ううん、なんでもない」 「そんなに強く握らなくても、私は迷子にはならないぞ」 「ダメ、今のオグリは絶対にどこかに消えちゃうと思う」 普段なら、クラスメイトやタマモ先輩たちにからかわれているだけの言葉も、今の私には冗談に聞こえなかった。 「……そんなに言わなくてもいいじゃないか、イチ。なんだか様子が変だぞ」 オグリがむくれるように言って、握っている手を少し動かす。 後から思うと、私はあの時確かに、ちょっとおかしかったと思う。きっと誰に言っても分かってもらえないだろうけど、私は何かを思い込んで仕方なかった。 私は振り返って、オグリに向き直った。 「オグリ」 「うん」 「明日の朝も、オグリに会えるよね」 そう尋ねる私の口元は、きっと初めてのレースに出走する時くらい震えていたと思う。 「ああ、イチ。必ず会える」 オグリは何を疑うこともなく、そう答えてくれた。そのなんでもない答え方が、私を落ち着かせてくれた。 「イチのお弁当が楽しみだ。それで朝のトレーニングも頑張れる」 「また、お野菜ばかりでも食べてくれるよね」 「もちろんだ。カフェテリアでは食べれないようなものも入っているから、嬉しいぞ」 きっと私も、また朝早く起きて、クリークさんに挨拶しながらお弁当箱に料理を詰めるのだろう。 すっかりオグリの調子を上げるようなことになってしまって、当初の目論見からは完全に外れてしまっているけれど、それをどこかで楽しんでいる自分にもうすうす、気づいていた。 いつか差し入れの本当の目的を話さなければいけない時が来るだろうけど、それでもオグリはきっと、「気づかなかった」と言ってくれるのだろうとも思う。 「もうすぐ日も暮れてしまうぞ。……もしかして、帰り道が分からなくなってしまったのか?」 「そんなわけないでしょ。忘れ物がないか、ちょっと思い出してたの」 いくらなんでも明け透けなウソをついて誤魔化す。 私は手をつなぎ直して、前を向いた。ふう、と一つ呼吸をして、脚を暗闇にとられないように、床を踏みしめて教室を出る。一度出てしまえば、そこはなんてことのない、いつも通りの学園の廊下だった。 二人で昇降口に向かって歩く。私たちの足音が、誰もいない空間に響いて壁に吸われながら消えていく。 昇降口で靴を履き替えなければいけなくなって、手を離そうとオグリが力を抜いたとき、私はもう一度だけオグリを引き留めた。 「寮に帰るまで、側にいて」 「うん。分かった」 下駄箱の向こう側にオグリを見送った後、私も自分のローファーを取り出して上履きをしまう。この短い時間でも、オグリが消えてしまわないかという心配が頭をもたげていた。 急いで履き替えながら慌てて外に出ると、オグリは確かにそこにいた。 「良かった」 「約束したからな。今日はイチの側にいる」 オグリがこちらに手を伸ばして、私の手を取る。 「帰ろう、イチ。おなかがすいてしまった」 「うん。帰ろう」 寮までの短くない道のりを、地平線の向こうから照らす明かりを頼りにして、私たちはお互いに確かめ合うように、手をつないで帰った。 了 ページトップ その3(≫161~163、≫165~167) 了船長22/07/16(土) 21 15 15 「ヒマ」 「そうねえ」 「せっかくの中休みだって言うのに、どうして何もやることが無いのか」 「休みなんだからそれでもいいじゃない。お茶飲む?」 「飲む。いれて」 「ヤだ。お茶ぐらい自分でつぎなさいよ」 「んえ~、じゃあメンドい」 「なんなのよ、もう」 「トレーナーの指示を守って、じっと身体を休めなさい~~」 「その姿勢、首、痛くならないの」 「痛い。スマホも持ちにくい」 「せめてベッドに寝転ぶくらいにしときなさいよ」 「は~い」 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 「……あ」 「……ちょっと、欲しいな」 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 「ねえイチ、ゲーセン行かない?」 「何、藪から棒に」 「え、中学んときゲーセンとか行かなかった感じ?」 「行ったことあるけど、ずいぶん急だなって」 「じゃあいいじゃん、今から行こ。どうせ二人とも休みなんだし」 「このあたりにゲームセンターなんてあるの?」 「あるよ。本町のほう」 「そうなんだ。いつも府中駅の方に言ってたから知らなかった」 「『デュエルウノ』ってゲーセン知らない?」 「あー、CMで見たことあるかも」 「よし決まり。着替えよーっと」 「なんで急に行こうと思ったのよ」 「別に休みだし、あんまりヒマだから」 「そう」 ⏱ 「こっちのほう、来たことなかったな」 「マジ?」 「うん、行きなれてる所しか、なんだかあまり行きたくなくて」 「そんなんじゃ、イチの学生生活はキッチンとレース場でオシマイになっちゃうぞ?」 「……スーパーも行ってるし」 「本町駅から直通の通路とか、行ったことない感じ?」 「うん」 「へー。もったいない」 「何かあるの?」 「いや別に。フツーの通路」 「なんなの……」 「ほらほら、あれ」 「あ、ほんとだ。ボウリングのピン…… なんか、思ったよりデカくない?」 「ゲームだけじゃなくて他のも遊べるからね。よくトレーナーとデートしてる子もいるらしいよ」 「『お出かけ』でしょ」 「あんなの、誰がどう考えたってデートよ」 「まあ、それはそうだけど」 「この辺のアパートに、先生とか教官とか住んでるのかなー」 「さあ、どうだろうね」 ⏱ 「そんな学生と大人のカップルはよく、この辺のクレーンゲームを遊ぶんだとか……」 「だから、そういうのじゃないでしょって」 「だいたい、自分の担当だったり、憧れのウマ娘のぱかプチを取って喜ぶんだってさ」 「いいよね、自分のぱかプチ」 「え、イチは羨ましい感じ?」 「いや、ちょっと恥ずかしいけどさ、応援してもらえてる形があらわれてるみたいでいいじゃない」 「私はヤだなあ」 「そうなの?」 「なんか、特にそういうののために走ってるワケじゃないし」 「そう」 「勝ちたい相手がいて、そいつに勝つために頑張ってるから」 「何よその目。……次は、負けないから」 「こっちまでおいでよ、イチ」 「言われなくても、絶対に差し切ってやるわ」 「今日はそーゆーの、ナシにしよ。ふっかけたのは私だけどさ」 「分かった。ところで、遊ばないの?」 「いや、それが…… あ、あった」 「あ、タマモ先輩の。え、モニー、マジ?」 「いいでしょ別に」 「いや、なんかすごい意外。こういうの欲しがるタイプじゃないと思ってた」 「タマセンパイのは欲しくなったの。たまたま、スマホいじってたら見かけたし」 「ふーん。ま、秘密にしておいてあげますよ」 「マジでタマセンパイに言ったら引っ叩くから」 「言わない言わない」 「ぜったいウソ。絶対」 「言わないって。信用ないなあ」 「アンタはいいけど、うっかりオグリに話されたら絶対漏れる」 「わかったわかった、気を付ける」 「……今日、どのくらいお金ある」 「んー、出せて1000…… 1500円くらいまでかな」 「うし、私のと合わせて約3000円ね」 「頼むから自分の分だけで取ってよ」 「じゃ、タマセンパイの下にあるオグリのやつも取ってあげるよ」 「え、私のお金で?」 「いや、私の分で両方取れたらイチの出費はナシ。どう?」 「分かった。お願いだから、手抜かないでよ」 「任せときなさい、200円で取ってやるわ」 ⏱ 「モニー、頼むからこれで終わらせてよ」 「まあ、まあ」 「もうだいぶずらしたから、これで落とせるはず」 「信用できないわ」 「見てなって…… あっ、ああ」 「ちょっと、ホントに」 「お願い!」 「あっ!やった!」 「よっしゃー! 取れた」 「私の分まで使って、やっとタマモ先輩か」 「まーまー、もう300円くらいはあるでしょ。取ったげる」 「オグリのはいいよ、私は欲しかったわけじゃないし」 「いーや、こうなったらヤケ」 「他人のお金でヤケになるのはやめて。まあいいけど。はい」 「ありがっとう。それでは…… お、なんかいい感じじゃない?」 「確かに、取れちゃいそう」 「お、おお、行け、行け! やった!」 「ホントに100円で取れちゃった」 「ね、言ったでしょ。取れるんだって。はい、これ」 「ありがと」 「うーん、取れた取れた。楽しかったー。そんじゃ帰ろっか」 「え、このまま持って帰るの」 「そんなワケないでしょ。店員の人に言えば袋くれるよ」 「そうなんだ」 「そそ。すいませーん」 ⏱ 「サンキュー。楽しかった」 「出世払いで今日の分、返してよね」 「あー、もう忘れちゃった」 「これに関しては絶対逃がさないからね?」 「おお、こっわ」 「ふう。なんかお腹減っちゃった。帰ろっか」 「門限まではまだ時間あるし、プリでも取らない? 『@アオハルⅡ』ってのが楽しいのよ」 「うん、いいよ。私、あんまり絵描くのとか得意じゃないけど」 「ふふふ、イチ、ホントにゲーセン行ったことある?」 「あるってば。どうせこっちでしょ」 「あーお客さーん、プリクラは大体地下にあるんですよー」 「もう、先に行ってよ……」 了 ページトップ Part14 その1(≫23~25) 了船長22/07/23(土) 22 03 01 〇早朝。美浦寮キッチン。すでにキッチンの電気はつけられており、薄暗い廊下からそれが漏れ出している。 「ふぁ…… おはようございま、す?」(従来イチちゃん) 「あ、クリークさん、おはようございま……えっ」(高身長) トしばらく双方沈黙。そのうち、鍋が噴きこぼれる。 「あの、お鍋」 「え、わ、わあぁ」 ト入り口から駆け寄って、素早くコンロの火を切る。 「すみません、ありがとうございます」 「いえ、なんだか驚かせてしまったみたいで」 「てっきり、クリークさんが先にいたのかと。背丈もよく似ていたし」 「私も、クリークさんが遅れて来たのかなって」 ト双方顔を見合わせる。沈黙。 「あの、初めまして、ですよね」 「あっ、そうですね。初めまして」 「初めまして」 トやや沈黙。切り出すように話す。 「あの、何か手伝いましょうか」 「あっ、ありがとうございます」 「もしかして、何か煮てましたか」 「ひじきです。昨日買ってきていたので」 「あ、本当ですか。私の分使ってもらって大丈夫ですよ」 「あれ、冷蔵庫には1袋しか…… すみません、使っちゃいました」 「あれっ、そしたら勘違いかも、大丈夫ですよ」 「今日、買ってきておきましょうか」 「いえ、他のメニューで用意するので」 ト双方自分の作業をする。ややひと段落したところで、口を開く。 「朝ごはんですか?」 「いえ、お弁当です」 「お弁当、自分で作ってるんですか」 「はい。といっても、私のではないんですけど」 「えー。そうなんですね」 「はい。お昼はカフェテリアで食べてます」 「余った分は朝ごはんですよね」 「そうですそうです、意外と、そういう余ったところがおいしいんですよね」 「ふふ、わかります。私もよくお弁当作るので」 「本当ですか! キッチンにはクリークさんと同じくらい通ってると思っていたので、今まで会わなかったのが不思議です」 「確かに。でも、私は1週間ずっと通うこともありましたけど……」 「私も、1週間通い続けるときがありました」 ト沈黙。しばらく視線を合わせながら、間をおいて口を開く。 「……まあ、偶然ですかね」 「そうですね…… 良かったら、朝ごはん、一緒にどうですか」 「え、いいんですか?」 「はい。と言っても、ひじきの煮物はほとんど使っちゃったし、他の料理も詰めちゃうので……」 「そしたら私、野菜の切れ端でお味噌汁作ろうと思うんですけど、どうでしょう」 「いいですね、私はお漬物切っちゃいます」 「ありがとうございます、嬉しいです」 「昨日、美浦寮の寮長さんからぬか漬けを貰ったんです」 「えっ、私も貰いました」 トお互い見つめ合いながら沈黙。やや間をおいて、口を開く。 「……冷蔵庫」 ト二人で手を止め、冷蔵庫に寄る。 「……やっぱり、一本しかないですね」 「うーん、貰ったと思ったんですけど……」 「いや、私も絶対に貰ったんですよね」 「……まあ、いいか。お腹減りましたし」 「そうですね。はやく食べちゃいましょう」 ト二人で朝食をとる。レースの成績やお互いのルームメイトが似ていることの話で盛り上がる。 「ごちそうさまでした」 「ごちそうさまでした」 「いけない、もうこんな時間」 ト時計を見ながら素早く立ち上がる。 「そしたら、私は少し時間あるので、洗っておきますよ」 「ホントですか。助かります」 「ひじきの煮物、とても美味しかったので、そのお礼です」 「ありがとうございます。嬉しいです」 「私も同じような味付けにするので、同じような人がいて安心しました」 「私こそ、お味噌汁、ありがとうございました」 「いや、あんなめちゃくちゃなお味噌汁で、すみません」 「ああいうお味噌汁、料理をするようになってから好きになったんです」 「えっ、私もなんですよ。作ってみると、意外と美味しいじゃん、って思って」 「そうそう。キュウリとかぼちゃを一緒に入れちゃったりして」 「分かります! そこにとき卵とか流しますよね」 「すごい! なんだか私たち、気が合いますね」 「また明日会いましょ、さっきの煮物のレシピ、もしかしたら同じかも」 「ふふ、そうですね」 「ありがとうございました、そしたらまた明日」 「はい、また明日」 ト食器を水につけながら物思いにふけるイチと、お弁当を抱えながら走るイチ。 「「あの人、一体誰だったんだろう?」」 了 ページトップ その2(≫47~49、解説:≫53) 了船長22/07/27(水) 21 22 50 「オグリ、イチに食べ物クーイズ!」 「何よモニー、藪から棒に」 「おういあんあ」 「オグリは飲み込んでから喋りなさいよ!」 「うああい」 「はあ……」 「お食事中ですが問題です。これは何」 「えい」 「だから飲み込んでからにしなさいって」 「ルールは簡単、お二人で食材や料理の名前を答えてもらいます」 「簡単そうじゃない」 「答えていただきますが、同じ答え方は禁止とします」 「お味噌汁だったら、どっちかがおみおつけ、って言わなきゃいけないのね」 「そう!それじゃあ早速行きましょう」 「うん。よろしく頼む」 「飲み込むの早っ!」 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 「一問目。これは何」 「ネギだ」 「答えるのも早っ」 「オグリ正解! さあイチ選手、違う答えを出せるのか」 「えーと…… ひともじ」 「正解! では二問目。これは何」 「サツマイモだ」 「サッ……ちょっとオグリ、早いって」 「な、す、すまない……」 「オグリ正解! 対するイチ選手は?」 「え、えーと…… おさつ」 「おおー。では3問目。これは何」 「大根だ」 「だっ、は、早い……」 「イチ選手、出遅れ癖でしょうか。オグリ選手に遅れております」 「ぐっ…… えーと、なんだっけあれ」 「さあ、答えることはできるのか」 「えー、からもの!」 「んっふふ、正解です」 「どうしたんだ、モニー」 「何がおかしいのよっ」 「いや、なんでもない。なんでもない。さあ4問目、これは何」 「これはなんだ?」 「お味噌!」 「イチ、ブー。はずれです」 「えっ、どう見てもお味噌じゃない」 「ということは…… にんにく味噌だ!」 「オグリ、大正解! やるねえ」 「ちょっと、にんにく味噌なんて知らないわよ!」 「イチ、にんにく味噌を知らないのか?」 「それは知ってるけどっ」 「んっ、アッハッハッハ、耐えらんない」 「にんにく味噌はその言葉には無いじゃない」 「えー、じゃあ今作ってもらってもいいですよイチ選手」 「くっ…… にもじむし、でいいのね」 「あーダメだ、面白い」 「もう許さないからね!」 「わっ、怒った、逃げろっ」 「ちょっと待ちなさい、モニー!」 「あっ、イチ、モニー……」 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 「なぜイチはあんなに、顔を真っ赤にしていたんだろうか……」 「そうやなあ。クイズをやっとっただけっちゅーことやしなあ」 「モニーは多分、私に問題を寄せてくれていたとは思うんだが」 「寄せるというんは?」 「食材を使ったクイズだったんだ」 「ほう。何が答えやったん」 「確か、ネギ、サツマイモ、大根、にんにく味噌……」 「にんにく……? あー!」 「何かわかったのか、タマ!」 「……いや、なんもわからん!」 「な、タマ?」 「オグリが自分でわからんとあかんこっちゃな~」 「た、タマ! 教えてくれてもいいじゃないか」 「それはそれとして、モニちゃんはちょいととっちめんとあかんなあ」 「叱るのか?」 「ちょいと、おちょくりかたがやんちゃ過ぎな感じがするからな」 「ううん、また一人だけ、置いてけぼりになってしまっているような…… どういうことだったんだろうか?」 了 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 解説 ほのぼの日常SSのつもりで書いたら、なぜか謎解きみたいになってしまっていて申し訳ないです。そんな考えていただくほどのものではないのです( ひともじ、おさつ、からもの…… これらはすべて、「女房言葉」と言われているものです。有名なところではおかか(鰹節)、おもちゃ(遊具。もともとは「もてあそび」から、「持ち遊び」となり、「もちゃそび」と訛って、今の形に)、浴衣(もともとは「湯帷子」(ゆかたびら))などです。 ひともじ(ネギ)と、にもじ(にんにく)は早押しクイズでも頻出問題なので有名かも。 にんにく味噌の女房言葉はないので、「にもじ」(大蒜、にんにく)と「むし」(お味噌)をくっつけて造語にしました。本当は無い言葉なので、イチちゃんが怒ってます。博識イチちゃんカワイイ! 自分の中では、「イチちゃん=左耳に飾り=牝馬」という図式がすっかり定着してしまっており、だからこそ元が牡馬のオグリとのカップリングに華を添えているなと思っているんですが、その要素を前面に押し出したらどうなるんだろうと考えた結果生まれたSSでした。 女房言葉をどこかで知ったイチちゃんと、全く知らずに素直に答える(牡馬)オグリキャップ、そしてそれを面白がるルームメイトのモニちゃん…… 最高。という場面だけあったので。 ちなみにタマモ先輩は年長の博識な方なので、モニちゃんはしっかり怒られます。南無。 ページトップ その3(≫176~178) 了船長22/08/18(木) 15 53 04 そのウマ娘はあの日、主役ではなかった。 何かに勝っている訳ではなかった。もっと正確に言えば、彼女は競技に参加すらしていなかった。 「フレーッ、フレーッ、トーレーセーン!」 左耳に髪飾りをつけているのに、学ラン姿。でもなぜか前ボタン全開でサラシを巻いて、ただ羽織っただけみたいな着こなしをしていて、同じような服を詰襟 まできちんと留めて着こんでいる風紀委員の人たちとはまるで見た目が違っていた。彼女の姿は、なぜか僕の目を捕まえて離さなかった。 彼女の姿が美しいと思った。格好いいと思った。主役の選手ウマ娘たちを差し置いて、広げた腕も、すっくと伸びた脚も、言葉は悪いけど、一昔前の不良ドラ マに出てくるようなスタイルの学ラン姿も、とてもとても魅力的だった。 普段は朝夕に生徒たちを迎え入れ送り出している大きな校門は、きっと普段ではありえない熱気と人で満ち溢れていた。 その熱気に負けることなく、むしろ盛り立てるような勢いを持って、彼女は自分の声を空気とスピーカーに響かせていた。その声を受けてか知らずか、選手た ちの勝ち気もお客さんたちのエールも盛り上がっていくようだった。 たくさんの主役たちがいる中で、やっぱり彼女は、僕の目をくぎ付けにして離さなかった。そして、僕の三つめの目になっていたカメラのレンズもまた、自然 と彼女に向けられて、シャッターを切っていた。 競技が終わった後、会場いっぱいのお客さんやウマ娘たちを何とかかき分けて、僕の脚は一人のウマ娘の所へ向いていた。 「あのっ、すみません」 僕は彼女に声をかける。快晴の太陽が校舎や屋台に反射して、彼女をひと際輝かせるためのスポットライトのようになっていた。ドキドキしたけれど勇気を出 して、彼女の顔を真っすぐ見上げる。 ウマ娘は皆、端正な顔立ちをしている。けれど彼女は、他の誰にも負けないくらいに美しく見えた。 どういうわけか、胸が高鳴る。これはきっと人の波を泳ぎ切って走ったからに違いない。ぜいぜいと息を切らす自分を見て、彼女が少し心配そうに返事をして くれる。 「大丈夫ですか、ええと、あなた」 少しためらうように僕のことを呼ぶ。確かに、いきなり苦しそうにしてるお客さんから話しかけられたら、どうやって返事をすればいいか分からないだろうな 、と思った。 「はい、大丈夫です。ありがとうございます」 「汗凄いですけど、もしよければ、救護所まで案内しましょうか」 心配そうな表情で僕の顔を覗き込む。正直、案内されたいなと思った。けど、それでは案内されただけで終わってしまう。なんとか会話を続けないとダメだと 思い、質問を投げかける。 「あの、どうして学ラン姿なんですか」 「えっ?」 「いや、左耳飾りの子で学ラン姿なのはあなただけなので」 ああ、と納得したような顔をしている。コロコロと変わる表情が愛くるしく思えた。 「実はこの服を着るはずだった子が体調を崩してしまって。」 「えっ、そうだったんですか」 「本当はチアの団服だったんですけど、皆が『やれ、やれ』って」 「元々の方は大丈夫ですか」 「軽い熱中症みたいで。今日は一応休もうって」 事情が分かって、自分の中の謎も解けた。 「貴女は走らないんですか?」 「いいえ、私は今回は応援団ですから」 「あっ、そうではなくて、レースのことで」 彼女はそういうことか、というようにポンと手を打つ。その仕草がかわいらしく見えて、僕はまたドキリとした。その時の自分は、きっと彼女がどんなことをしてもいちいちドキドキしていたと思う。 「3週間後の福島レース場で走る予定です」 3週間後の福島レース場。茹だりきった僕の頭は、その言葉だけは必ず忘れないように深く深く記憶した。 「今度は僕が応援しに行きます。必ず行きます」 僕の声と顔が相当必死に見えたのだろう、彼女はふふ、と口元に手を当てて笑ったあと、僕の手を取った。 白手袋のすべすべとした触り心地と、布の上からでもわかる、彼女の手の柔らかさと熱、そして手を握ってくれたという事実が、僕のことを急激に襲う。 その瞬間、理由は分からないけれど、僕の意識はこの世ではないどこかに飛んで行ってしまった。 今でこそその理由ははっきりしている。なぜなら、今でも毎日彼女と顔を合わせて言葉を交わすたびに、この時ほどではないけれど、同じ気持ちになるからだ。 でも、当時の僕は――彼女も若かったから、その感情に言葉を当てはめることができなかった。ただ、果てしなく大きな熱だけが僕にはあった。 「ありがとうございます。応援団に入って、まさかそんなことを言ってくれる人がいるなんて」 「いや、えっと、その」 「必ず来てくださいね。待ってます」 そう言って、くしゃりと笑う。 その言葉のあと、僕は彼女と何を離したのかは何一つ覚えていない。 なぜなら、次に覚えのあるあの日の記憶は、クーラーで冷えた救護室の天井の景色だからだ。 枕の上で首を左右に傾けたときに見えた、サイドテーブルに置いてあった一枚の手書きのメモ。「体調は大丈夫ですか。福島レース場で待っています、私も頑張ります!」と書かれ、綺麗に折り込まれたノートの切れ端。 そのメモは、このヒミツの写真集の最初のページの左上に、彼女の学ラン姿の写真と一緒にしまってある。 これだけは、彼女はともかく、愛娘にもずっとナイショだ。 了 ページトップ Part15 その1(≫176~178) 了船長22/08/18(木) 15 53 04 「ねー、これなんかイチに良く似合わね?」 「まーじで? やりすぎっしょ。そこまで行かない行かない。ウチ的にはこっち」 「見して見して…… あー、たしかにイイね」 「目の付け所が違うんでね」 「アンタら、本人抜きで何の悪だくみよ」 「おお、ウワサをしたら」 「本人様的にはこの二つのうちならどっちが好き?」 「何が? えーと……」 『比べ越し 振分け髪も 肩過ぎぬ 君ならずして 誰かあぐべき』 『いかばかり 嬉からまし もろともに 恋らるる身も 苦しかりせば』 「一体何見てんのアンタたち」 「和歌」 「そのうちの短歌ね」 「二人ともスマホめちゃくちゃデコるようなヤツなのに、勉強とか知識が多いのなんかムカつくわ」 「かっちーん。傷ついた」 「ウケる、怒るのか傷つくのかどっちかにしとけって」 「で、イチはどっちが好き」 「うーん…… 二つ目かなあ」 「っし!」 「うわー、マジかー」 「恋って入ってるし、なんだか良さげ」 「イチがそんな女だったとはー」 「確かに、ヤな女ー」 「何、何、何なのよ。分かんないんだからしょうがないじゃない。ちょっと、ワザとらしくくっつかないでって!」 了 ページトップ その2(≫156~161) 了船長22/09/12(月) 01 18 04 半月切りにしたにんじん、輪切りのれんこん、ささがきにしたごぼうと、斜切りにしたねぎ。 柔らかくこねたつみれに、旨味を取るために少しだけ入れた豚バラ肉。食事調整をしてる子もいるだろうから、ほんとに少しだけ。 お出しはお醤油ベースで、濃い目に味付をする。小皿にとって、ちょっと味見。 うん、おいしい。しょっぱくて、あったまる。 お鍋の様子を見ながら、グリルの中を覗く。普段は自分用の焼き魚なんかを調理しているけど、今日は違う。銀に光って脂を照らす白身魚の切り身はそこにはいなくて、白身魚よりももっともっと真っ白な――でも同じ焼色で焦げ目をつけている、まんまるなお 餅たちと目があった。 お餅を焼く方法はたくさんあるけど、グリルで焼くときは注意が必要だ。ちょっと目を離したスキに、文字通り「燃える」。焼き餅を焼くなんてもんじゃなくて、本当に火がつく。特にスーパーで売ってる切り餅はあっという間に火がついて、その後すぐ炭にな る。私も、夜食で食べようとして2回くらい燃やしてしまった。 グリルを引いて、お餅をひっくり返しながら、柔らかさを確かめる。うん、もうお鍋の中に入れてもいいかな。 そう思っていたら、お鍋の煮える音や換気扇の音、クリークさんがパタパタと盛り付けの準備をしてくれる音に混じって、ひときわ目立つきらきら星のメロディが聞こえてきた。 その音に反応して、私のお腹も少しだけぐぅ、となった気がする。ご飯が炊けたことを知らせる、しあわせな音だ。調理を始めてからもう1時間が経って、下ごしらえをいれたら2時間以上キッチンに立っていたことに気付かされた。 食器を用意していたクリークさんが、炊飯器に小走りで駆け寄って開閉ボタンに指を置く。こころなしか、クリークさんもワクワクしているような、浮足立っている様子だった。 パカッ、と蓋を開けると、素敵な白い蒸気が上って、それと一緒にクリークさんも「わぁ」と嬉しそうな声を上げる。キラキラした笑顔をこちらに向けて、私を呼ぶ。 「イチちゃん見てください、とっても美味しそうですよ」 お鍋とグリルの火を弱くして、クリークさんのもとまで近寄る。ふわり、としあわせなご飯の香りに混じって甘く香ばしい匂いをまとった蒸気が、私の鼻孔を駆け抜ける。 炊飯器を覗き込むと、そこには1時間以上前に私が思い描いていた通りの、小さい頃にたくさん食べた思い出そのままの栗ご飯が、たっぷりと、燦々と輝いていた。 「そしたら、もうよそっちゃってください。私もお吸い物盛り付けるので」 私は、思い通りに炊けていた喜びをクリークさんに悟られないように、あえて淡々と指示を出す。だって、なんだか恥ずかしいから。ニヤけているであろう表情も見られたくないから、コンロの火加減を直すふりをして顔も隠す。 キッチンの向こう側にいるお腹をすかせた寮生達にも栗ご飯の匂いが届いたのか、みんながドヤドヤと受け取りの列に押し寄せる音が聞こえてきた。 「えっ何クリークさん、今日の夜食マジ豪華じゃん!」 「そうなんです、イチちゃんが一生懸命作ってくれたんですよ」 豪華なんて言っても、そんな大したものじゃないですよ――とも返事はできなかった。恥ずかしい。ああもう、尻尾が動く。 火を扱っているから、と気を落ち着ける。一つ深呼吸して、気持ちをリセットさせる。キッチンで気を抜いて仕上げと盛り付けを間違えちゃ、お母さんに怒られちゃう。 きれいに焼き上げることができたお餅をグリルから取り出してお玉の上に載せ、静かにおつゆの中にくぐらせた。何人食べるかわからないけど、これだけ焼けば足りないことはないはず。 お玉にお餅がくっつかなくなったら、そのままお椀に静かに注ぐ。もう一回だけおつゆだけを注ぎ、それから具材をバランスよく盛り付ける。 ちらっと後ろを見ると、クリークさんがお茶碗に栗ご飯をよそってお盆の上にのせて、小皿を準備しているところだった。今日の小皿は、クリークさんお手製のポテトサラダ。小さい子でも食べられるようによく選んだ刺激の少ない具を、優しい味のマヨネーズで味付けした、いつまでも食べられる美味しいやつ。 私は出来立てで湯気を立ち上らせる大きなお椀を手に、夜食を待つみんなの方へ振り向いた。みんなの視線が私の手元に注がれて、待ち切れないという顔でじっと見つめている。不思議な緊張感が漂ったけど、その様子がなんだかおかしくて、少しだけ吹き出しそうになった。 私はわざと芝居めいて、ゆっくりとお椀を運ぶ。私の手の動きに合わせて、みんなの顔と視線が動く。お盆の前までたどり着いたら、今日の主菜をどん、と気合を入れて配膳した。その後、私はまるでウイニングライブの歌い出しのように深く息を吸って、今日の献立を発表した。 「栗ご飯とお月見汁、つけあわせにはクリークさんのポテトサラダです。お待たせしました」 レースで選手たちがゲートが開く瞬間を待ちわびるような、一瞬で永遠のような沈黙の後、一番前で待っていた子がお盆を手に取る。それはまるで本当にゲートを飛び出した最初の選手だったのだろう、彼女に追いつかねば、というような勢いで、後ろに並ぶ子 たちが一斉に、列を崩してキッチンに詰め寄る。 「お腹減った!」「待てない!」「おかわり!」「まだ食べてもないじゃん!」 それからは、一刻も早くみんなに食べてもらうために、私は一生懸命お月見汁を注いで、クリークさんは一生懸命ご飯とポテトサラダを盛り付けた。あれだけ焼いて煮込んだお餅とお月見汁も、たくさん炊いたはずの栗ご飯も、山盛りできていたポテトサラダも 、気が付けばもうあと一人分もないくらいの量になっていた。 みんなの反応と料理の反響を聞く間もなかったけれど、一番最初に食べ終わって食器を洗いに来てくれた子のキラキラな笑顔と「ごちそうさまでした」の言葉で、評判はきっと良かったんだろうな、と信じることができた。 いつもの夜食と様子が違ったのを察したイナリさんがやってきて、「私もいっぱいくれ!」と言って一口すすったあと、「こりゃたまんない味だねい!」って嬉しそうにしていたのも印象に残ってる。お醤油味だからかな。 私が小さい頃、毎年、中秋の名月の時期に家族みんなで食べたお月見汁と、栗ご飯。お母さんが作って、お父さんがキャンプで使うような折りたたみの机と椅子を組み立てて、私がみんなの分を家の外まで運んで机に置いた、思い出の料理。 どうして思い出したかというと、クリークさんに「明後日、イチちゃんにお夜食を作って欲しいんです」と一昨日の夜にお願いされたからだ。美浦寮では、夕飯を食べそこねた子達向けに、寮長さんが夜食を用意していることは聞いていた。栗東寮では、クリー クさんがカレーをよく用意している。 今日、クリークさんは練習とメディア対応でどうしても遅くなってしまうから、いつも通り用意ができない。だから代わりに、と頼まれた。最初は大人数用のレシピなんて分からなかったけど、クリークさんの役に立ちたかったのと、挑戦してみたい気持ちもあ って、頑張ってみようと引き受けた。 しょっぱくてあったかい、でも甘くてお腹いっぱい食べたくなる、特別な夕ご飯。覚えてる限りは思い出して、味付けはお母さんに教えてもらった。お鍋の要領で作れるから大人数向けだし、ご飯もお餅も食べるからお腹もいっぱいになるし、ちょうど良かった 。 少しだけ残ったお月見汁と栗ご飯を、クリークさんと二人で分ける。ひとくち食べて、クリークさんが目を丸くする。 「とってもおいしいです!」 「ありがと、お母さんの直伝レシピなの」 「お月見汁もご飯がすすむ味付けです」 「お父さんもその味付け好きなんだ」 「私も好きです。美味しいです〜」 漫画だったらお花の絵が描かれるんじゃないかと思うような素振りで、クリークさんがお箸をすすめている。お月見汁を食べながら、ふいに残念そうに口を開いた。 「お月様がいないのが残念ですね〜」 「きれいに売り切れてよかったけど、これじゃただのけんちん汁ね」 そう私が言うと、何かを思い出したような動きをしたクリークさんが、珍しく食事中なのに席を立ち、キッチンの保存棚を探り始めた。私があっけに取られていると、手に2つ切り餅を持ったクリークさんがこちらを向いた。 「実は、お餅があるんです」 「え、じゃあ焼いちゃいましょ」 「丸くはないですけど、お月見汁ですね」 ふふふ、と二人で笑いながら、コンロにお餅を入れ、火を点ける。浮かべるほどのおつゆはもうお椀に残っていなかったけれど、子供のときに食べたお母さんのお月見汁とおなじものが食べられそうで、胸の一番深いところから、静かな喜びがもちあがってくる ような気がした。 二人でお餅が焼けるのを待っていると、聞き慣れた声がラウンジから聞こえてきた。 「イチ、クリーク、ご飯を食べているのか?」 オグリちゃん、とクリークさんが返事をする。 「今日のお夜食はイチちゃんが作ってくれたんですよ」 「そうなのか! それでクリークのカレーとはちがう、美味しい匂いが漂っていたんだな」 そう言うと、オグリのおなかからぐぅ、と声が鳴る。 「私も貰えるだろうか」 「残念だけど、もう売り切れちゃいました」 嬉しそうにしているオグリをくじくのが愉快で、わざといたずらっぽく答えてやる。すると、なっ、という声を上げて、オグリが肩を落とす。 「そうか……残念だ……」 「今日のメニューはお月見汁に栗ご飯、ポテトサラダでした」 追い打ちをかけるように、想像させてしまうように献立名まで教えてやる。 「お月見汁か、私も食べたかったな……」 「とーっても、おいしかったですよ」 「もうお餅しかないから、それなら焼いてあげられるよ」 頼む、とオグリが小さい声で言うので、クリークさんと同じところを探してまるごと一袋分の切り餅を運んできてやる。 「みんなやクリークはイチのお月見汁を食べられたのか……イチの夕飯を、私も食べたかった……」 個包装されたお餅を取り出しながら、みんなを羨ましがるオグリを見て、これがホントのヤキモチか、なんてことを考える。 オグリをやりこめた愉快な気持ちを胸に、私はグリルにのせたお餅用のトレイの上に、いっぱいに切り餅を並べて、グリルの火を着けた。 了 ページトップ その3(≫171~173) 了船長22/09/12(月) 23 22 23 ☆イチちゃんママのおいしい栗ご飯レシピ☆ お母さん ワンちゃんこんばんは、どうしたの? いつもお月見のときに作ってくれた、栗ご飯の作り方教えて あら! いいよ。どうしたの? 明日、寮の皆に作らなきゃいけなくて そうなの。それは大問題ね。 ちょっと待ってて? うん、ありがと まず、買ってきた栗をさっと洗って、暖めたお湯に20分から25分付け込んでおく。 お湯につけるの? 皮を剥きやすくするためよ。待っている間に、お米をお水に浸しておきましょう。 ごはんを浸水させておくのは炊きやすくするため? そう! さすがワンちゃんね。 お湯につけ終わったら栗を引き上げて、皮をむくの。 やったことないんだけど、剥き方のコツってある? 栗のお尻を切り落として、一番かたい皮を手で剥いた後、その下にある薄い皮を包丁で浮かせるとラクチン 栗って皮が2枚あるの知らなかった 鬼皮と渋皮って言うのよ。賢くなっちゃったわねえ 剝き身にした栗はすぐお水につけておいてね アク抜き? ワンちゃん、トレセン学園で超能力でも習った? そんなわけないって ごぼうとかでもやるから知ってるだけ ワンちゃんすごいわ、なんでも知ってるのね 栗を浸している間にお米に塩を小さじ半分から1くらい振っておいて 炊き込みご飯みたいな感じ? そう。おばあちゃんは小さじ1と半分くらい入れるんだけど、我が家ではお月見汁を一緒にいただくでしょ? あれの味を濃いめにつけるから、少し減らしているの。パパもそろそろ健康に気をつけなきゃだし あ、後でお月見汁も教えて! 分かった! お塩を全体になじませたら、栗をかさばらないようにのせて、後は普通にご飯を炊くだけよ 炊飯コースって普通で大丈夫? うん! ちゃんと浸水させてるから、1時間でもふっくら炊けるわ そういえばさ、栗って切らなくていいの? 我が家には食いしんぼうさんが二人いるから、栗は切らずに炊いてたの。 もし食べやすいようにしたかったら、2回くらい包丁で切っておくとちょうどいいわ 分かった。ありがと ワンちゃんちゃんとご飯食べてる? 必要なものがあったら言ってね 大丈夫。元気だしちゃんと朝昼晩食べてるから レースを勉強しに行ったと思ったら、お料理スキルまで身に着けてるからお母さんびっくりしてるわ それはたまたま、色々あっただけ 前に帰省してくれた時に言ってた意中の人とは最近どうなの? ワンちゃん? 教えてくれてありがと! おやすみ! おやすみ、連絡くれて嬉しかったわ 了 ページトップ
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アンカー 【組織内容】 全員がボスに絶大な信頼を持つ軍団 【目的】 世界征服。いずれ征服する地球の環境を守ること。そのためならなんでもする。 【活動内容】 この地球上で悪いことをする奴は許さない。説教or再起不能にする。 公園に空き缶を捨てる奴から殺人を繰り返す奴まで発見次第説教しに行く みんな結構いい人。 ボス No.2210 【スタンド名】 ウォー・ペイント 【本体】 アンカーのボス 【能力】 スタンドが描いた絵となんらかの共通点を持つ人間を絵と同じ状態にする アンカー幹部 No.2156 【スタンド名】 シグナル 【本体】 如何にも真面目そうな頭脳優秀な幹部の男 【能力】 能力射程内での「歩く」「走る」「止まる」いずれかの行動のうち一つを禁止する No.2159 【スタンド名】 NO3 【本体】 芯はしっかり者、なんでも笑い飛ばせばいいと思っている幹部 【能力】 無条件で全てのモノを拒絶する No.2265 【スタンド名】 ルビコン 【本体】 オシャレにとても気を使う幹部の女 【能力】 触れたものにタグを付ける No.2452 【スタンド名】 ラヴ・アフェア・イズ・ビリオンダラー(出逢いは億千万) 【本体】 アイドル歌手のようなオーラを纏うイケメンの幹部 【能力】 射程距離内10mのあらゆる『電気』を掴んで操る No.3988 【スタンド名】 スレイヴス・トゥ・グラヴィティ 【本体】 争い事を好まない優しい幹部の青年 【能力】 本体或いは本体が殴った対象に非常に強力な斥力場もしくは引力場を発生させる No.4785 【スタンド名】 オペレーション・サンダーボルト 【本体】 長身に眉なしと言う超コワモテだが人見知りが激しい幹部の男 【能力】 殴ったものを「トランポリン」にする No.7316 【スタンド名】 エターナル・フレイムス・オブ・メタル 【本体】 赤い鎧を装着した筋肉質、大男の幹部 【能力】 破壊のエネルギーと炎を融合させ、大剣や大斧などの大型の武器を生み出す No.7730 【スタンド名】 ユニオン 【本体】 少々過激的な考えを持つ聖職者の幹部 【能力】 物体を貫通するレーザービームを指から発射する No.7988 【スタンド名】 ラインゴルド 【本体】 ボスの女性に惚れ込んでいる若き大富豪の男幹部 【能力】 一日に五回、「等価交換」を無視する + アンカー幹部に追加 アンカー構成員 No.2135 【スタンド名】 マーダーズ・ロウ(殺し屋の鉄則) 【本体】 普段は町内会の美化清掃係を担当しトイレ掃除を担当、基本的に温厚だが規律には異様に厳しい組員。 【能力】 第三者が定めた『ルール』を遵守させる No.2136 【スタンド名】 ヴァルハラ 【本体】 非常に弱気で生まれつき体も弱く先も長くはないが、組織のボスに惹かれて入団した女子高生 【能力】 オートガード能力 No.2147 【スタンド名】 グレイト・ダイジェスト 【本体】 赤い革ジャンに派手なサングラス、アフロの鬘が戦闘服な大学生の男 【能力】 怪音波を聞かせた生物の「リズム」を操る No.2150 【スタンド名】 ア・ホワイター・シェイド・オブ・ペイル 【本体】 きれい好きが高じて『公園清掃(スクエア・クリーナー)』の異名を持つ女 【能力】 スタンドが起こした空気の波を音波に変える No.2152 【スタンド名】 ザ・グレープ・オブ・ラース(怒りの葡萄) 【本体】 元『ヴァルチャー』所属、現『アンカー』所属、争いごとは嫌いだが異様に短気な男 【能力】 怒りを糧に形状を変化させる No.2154 【スタンド名】 スター・フォール 【本体】 ボスの座を虎視眈々と狙うドジッ娘 【能力】 触れた縫いぐるみに生命を与える No.2158 【スタンド名】 ハイエスト・ホープス 【本体】 無精髭を生やしたヒットマン 【能力】 スタンドの弾丸が命中した物体を「的」にする No.2168 【スタンド名】 スローターハウス・ナンバー5 【本体】 気さくで猫っぽいが戦闘方法は相当に残虐な女 【能力】 殴ったものをガムにする No.2170 【スタンド名】 イズント・シー・ラヴリィ(可愛いアイシャ) 【本体】 既婚、最近娘が生まれた水も滴るいいオッサン 【能力】 スタンド能力の影響下に入り込んだ相手の“歩み”を遅くする No.2185 【スタンド名】 コカ・コーラ 【本体】 ヘッドフォンとコーラを手放さない18歳の青年 【能力】 殴った物を溶かす No.2187 【スタンド名】 サンキュー・アンド・グッドナイト 【本体】 いつも笑顔を絶やさない専属医者 【能力】 このスタンドがとりついたベッドで寝たものは「9時間」の安眠を得る No.2192 【スタンド名】 セクシー・キャッツ 【本体】 ヒーロー大好き、ええかっこしいの若い男 【能力】 動物と無機物を混ぜ、取り込む事でそれぞれの能力を得る事が出来る No.2196 【スタンド名】 ティンクル・ティンクル・ポップ 【本体】 超がつくほど天然ボケな女子高生 【能力】 本体の正面に3回までならどんな攻撃でも防御する壁を出現させる No.2200 【スタンド名】 フォーエヴァー・アンバー(永遠の琥珀) 【本体】 美人でクールだが正直ドジっ娘な吸血鬼女 【能力】 殴ったものを軋ませる No.2201 【スタンド名】 ミッドナイト・カウガール 【本体】 おっとりした感じの女子小学生の幽霊 【能力】 本体が居る建物内で不審な動きを見せた生物の下へ瞬間移動し、本体が居る部屋に連れ込む No.2202 【スタンド名】 レディ・ラスト・リリス 【本体】 性犯罪を憎んでいるロリ顔の女性 【能力】 三大欲求をグラフとして認識し、操作する No.2203 【スタンド名】 フライング・ハイ・アゲイン 【本体】 ステッキをいつも持ち歩き、鳴らす癖がある、盲目の殺し屋 【能力】 強力な音波を出す No.2205 【スタンド名】 イン・ジ・ヒート・オブ・ザ・ナイト(夜の熱気に抱かれて) 【本体】 もともとは治安の悪い都市で活躍していた婦警の黒人女性 【能力】 スタンドが触れた全ての黒色の物に『熱』を宿す No.2207 【スタンド名】 ア・カペラ 【本体】 元陸上自衛隊幕僚長の祖父を持つ、女子高校生 【能力】 物を任意のタイミングで爆発させる No.2223 【スタンド名】 ハイドラ 【本体】 30代前半 【能力】 時を「コマ送り」にする No.2279 【スタンド名】 ガレージ・インク 【本体】 あまり儲かってないペンキ屋さん 【能力】 対象が見る色に暗示をかける No.2342 【スタンド名】 ミス・サイゴン 【本体】 アオザイが私服のベトナム人少女 【能力】 狙った人物を自動追跡し、体にとまって生命パワーを吸い取る No.2396 【スタンド名】 ブラック・コンテンポラリー 【本体】 普段は組織の幹部に連れ添っている、18歳の通訳係の女 【能力】 人間や動物と魂で会話をする No.2397 【スタンド名】 プレイリスト 【本体】 『ヴァルチャー』にてスパイ活動を行っている、モノクルをかけた男 【能力】 本体の脳と対象の脳内に「スタンド糸」を繋ぎ思考を共有する No.2406 【スタンド名】 エッセンシャル・スマイルズ 【本体】 全ての記憶を失っている、ゴスロリ衣装の幼い少女。 【能力】 スタンドの半径3メートル以内に入ったスタンドや生命体に追尾する光線を放つ No.2726 【スタンド名】 ミルドレッド・ピアース 【本体】 普通の格好をすればイケメンのオカマ 【能力】 単純に高速で駆け、槍の刺突で攻撃する No.3792 【スタンド名】 アウト・オブ・アフリカ 【本体】 『降星学園』にてスパイ活動を行っている赤髪女子 【能力】 右手で触れた炎を細く伸ばして鞭に変える No.4186 【スタンド名】 ディフィカルト・アート(難しい技) 【本体】 合計13の組織に多重所属している諜報員の男 【能力】 提灯をもぎ取って投げることで、閃光弾のような強烈な光を周囲に展開する No.4280 【スタンド名】 イーザー・トゥ・ラン 【本体】 ただならぬ『凄み』を漂わせる男 【能力】 あらゆる『固定』や『抵抗』を無視することのできる No.4549 【スタンド名】 トゥ・マッチ・ペイン 【本体】 自営で便利屋をやっている青年 【能力】 衝撃(力)を保留、拡散、集中が出来る No.4897 【スタンド名】 check it out! check it out! check it out! check it out! 【本体】 ボスに忠誠を誓っている、派手なパーカーを着た一匹狼の男 【能力】 目を逸らされる度、スタンドが強くなる No.6590 【スタンド名】 リベリオン・セル 【本体】 看護師の女 【能力】 触れた箇所の細胞が反乱を起こす No.6593 【スタンド名】 シャングリ・ラ 【本体】 この世界に絶望している青年 【能力】 生物、無生物問わずブレイク・ポイントを探り出す No.7021 【スタンド名】 ビーフ・チキン・ポーク 【本体】 赤い瞳の美少女 【能力】 ありとあらゆる生物を本体と合体させ、巨大な肉のゴーレムにする No.7025 【スタンド名】 レギオン 【本体】 見た目は悪くないが、不潔症の少女 【能力】 活動範囲内にいるハエ科の昆虫を操る No.7137 【スタンド名】 ウォーキング・オン・ザ・ムーン 【本体】 正義感と支配欲を併せ持ち、自身の支配欲を恥じている若い婦警 【能力】 スタンドを装着させられた者の意識を失い、肉体はスタンドを通して本体が操作できる No.7139 【スタンド名】 ボディ・ブレイクダウン 【本体】 ウズベキスタン出身、兵器が好きな26歳の男 【能力】 キャタピラを回転させて物体を粉々に砕く No.7160 【スタンド名】 エリミネーター 【本体】 緑色の長髪の少女 【能力】 爬虫類の生物に変身する No.7271 【スタンド名】 ディスポーザブル・ヒーローズ 【本体】 両腕を失っている元軍人 【能力】 スタンドが捉えたモノを腕へと作り替える No.7276 【スタンド名】 ドント・ビリーヴ・ア・シング・アイ・セイ 【本体】 モンゴル出身、猪突猛進な青年 【能力】 6本の腕がロケットのように飛び、相手に大ダメージを与える No.7322 【スタンド名】 ウォーリーヒーロー 【本体】 組織の掲げる活動内容に共感を覚える少女 【能力】 空中に浮かんでいるスタンドのコマをヒモに巻き付け、そのコマを相手に向かって投げつける No.7324 【スタンド名】 ユー・メイク・ミー・フィール・ブラインド・ニュー 【本体】 変装を得意とする女子高生 【能力】 相手の背中にチャックを付け、相手の身体をラバースーツに変える No.7372 【スタンド名】 シザー・シスターズ 【本体】 普段は散髪屋で働いている女性 【能力】 対象者の髪をハサミで切って、対象者の性格を変える No.7537 【スタンド名】 ララクライ 【本体】 19歳の女性落語家 【能力】 指先からトリモチの銃弾を発射する No.7547 【スタンド名】 ドグマティック・オーソリティー 【本体】 紺色のニット帽を被っている、暗い性格の少年 【能力】 触れた相手の深層心理にある心の傷をえぐり出す No.7566 【スタンド名】 吹雪(ふぶき) 【本体】 元『ディザスター』所属、現『アンカー』所属の日本出身の少女 【能力】 口から吹雪を吐いて、広範囲に雪を積もらせる No.7619 【スタンド名】 クロスアイド・アンド・ペインレス 【本体】 自己犠牲の精神の女 【能力】 本体の血液を縫合糸に変え、その糸で対象者の傷を縫合する No.7657 【スタンド名】 レッドラム 【本体】 凶悪犯を標的とする始末屋の男 【能力】 1回で2回したことにする No.7811 【スタンド名】 ティール 【本体】 おとなしい性格のセミロング幼女 【能力】 薄絹の白衣を解き、ありとあらゆる物理攻撃を防ぐ盾にする No.7870 【スタンド名】 サヨナラ・ヘヴン 【本体】 若い神父 【能力】 このスタンドが殺した生物の魂を「完全に消滅」させる No.7941 【スタンド名】 ブレイブ・フェニックス 【本体】 所属するアイドルを『アンカー』に引き込もうとしている『Z1プロダクション』所属のアイドル 【能力】 炎の翼を羽ばたかせ、炎の羽根を撒き散らす No.7997 【スタンド名】 アンチ・グラビティ 【本体】 構成員の女 【能力】 半径1m以内に存在する運動エネルギーを奪う No.8219 【スタンド名】 オール・ヒズ・マイト 【本体】 構成員の青年 【能力】 周囲にある音響機器や人間の喉などの音を出す物をジャックし、そこから出る音を操る No.8434 【スタンド名】 バーニング・マイ・ソウル 【本体】 非常に暑苦しい性格の熱血漢 【能力】 破壊のエネルギーを膨大な熱エネルギーに変え、圧縮して対象物に投げつける No.8555 【スタンド名】 リトル・グリーン・バッグ 【本体】 スパイ・裏切り者の調査を行うくたびれた風体の男 【能力】 本体がインプットさせた「思想」や「意見」に反対的な意見・意思を持つ者を「匂い」で嗅ぎ分ける No.8619 【スタンド名】 サーティーンス・ジレンマ 【本体】 処刑するのが仕事で、執行する際のみ外出が許される少女 【能力】 周囲の空間をねじ曲げる能力 No.8680 【スタンド名】 エンジェル・ベル 【本体】 テラ・フォーミングに憧れている、冴えない見た目の少年 【能力】 環境に作用されることなく植物を急激に成長させる水を出す + アンカー構成員に追加 アンカー関連 No.4228 【スタンド名】 ブラック・エンペラー 【本体】 元『アンカー』所属、現『ディザスター』所属の風格漂う暗殺者 【能力】 触れると発火する花びらを、花吹雪のように大量に放つことができる No.7809 【スタンド名】 ザ・プリテンダー 【本体】 『アンカー』の紋章が施された衣服を着た人物に家族を殺され愛する人を奪われた青年 【能力】 どんなモノでも掴み、握ることができる No.8752 【スタンド名】 ディープ・シー・スゥイング 【本体】 『アンカー』客分。常に潜水服を着ている、元潜水艦の乗員 【能力】 触れた生物が急速に現在の場所から高いor低い場所に移動した時に「減圧症」の症状を引き起こさせる + アンカー関連に追加 当wiki内に掲載されているすべての文章、画像等の無断転載、転用を禁止します。 [ トップページ ] [ ルールブック ] [ 削除ガイドライン ] [ よくある質問 ] [ 管理人へ連絡 ]
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目次 目次Part42つ目(≫97~101:夏合宿~昼の部~) 3つ目(≫112≫114≫121≫123:夏合宿~夜の部~) Part4その1(≫63~65) その2(≫81) その3(≫180)≫171、≫174より派生 Part6その1(≫104)≫100、≫101、≫104より派生 その2(≫144) Part7(≫45) Part8(≫111) Part9(≫144~148) Part10その1(≫36~37) その2(≫101~103) その3(≫105~108)(***その2(≫101~103)の修正版) Part11その1(≫96~98) その2(≫140~141) Part14その1(≫119) その2(≫152) Part15その1(≫56~61)≫18より派生 その2(≫147、149~152) Part16その1 グランドライブ編1 (≫58~65) その2 グランドライブ編2 (≫77~82) その3(≫101) その4 男装オグリとイチのデート (≫121~125) その5 (≫149) その6 グランドライブ編3 (≫169~175) Part17その1(≫75) その2 (≫103~108) その3 (≫123) その4(≫143)≫137より派生 Part18その1(≫75)≫124から派生 その2(≫165) Part19その1(≫41) その2(≫55~56)≫45、47より派生→≫58から60、72へと派生 その3(≫77) その4(≫103)≫106へと派生 その5(≫165) Part20その1( 35~60) その2( 142、148) その3( 155( 152より派生)) その4( 157) Part4 2つ目(≫97~101:夏合宿~昼の部~) 「なんでこんなことになったんだろう……」 にっくき芦毛のライバルに抱きしめられた布団の中、己は小さく呟いた。 正面からこちらの胸元に顔をうずめるように抱きついてきているコイツはがっちりと腕を回し、そのまま静かな寝息をたてている。 かろうじて逃した右腕が自由になるだけの状態で抜け出すこともできず、ため息をつく。 「なんなのよ……」 鼻から吸った空気に嗅ぎたくもないコイツの匂いが混ざる。 どうしてこうなったのだろうと、自分は肩までかけた布団の中、これまでのことを振り返り始めた。 トレセン名物夏合宿。デビューを終えた子は自分の実力を高め、秋から再開するレースを戦い抜くために。そうでない子は早くトレーナーやチームからスカウトされるだけの地力をつけるように。皆が目の色を変えてトレーニングに励む、二ヶ月近い強化合宿だ。 自分も例にもれず今まで以上の成果を出すべく教官の指導を受けていたのだが、今年は少し様子が違っていた。 「……また、砂浜ボッコボコにしてる」 スタミナとスピードを高めるための砂浜ランニング中、もう見慣れてしまった足跡を前にひとりごちる。 裸足で走っているからだろう、五指の形まできれいに深く掘り下げられたいくつもの足跡。自分が目の敵にし、日々嫌がらせをしている転入生、オグリキャップのものだ。 アイツの走り方は少し変わっている。 常人離れした関節と身体の柔らかさ、そしてカサマツ時代に鍛えたという足首の強靭さからくる走り方は、このように砂浜やダートコースに深く蹄跡が刻み込まれてしまう。「アイドル」さまは足跡まで派手なことで、などと心中で嫌味をこぼしてみるも、それ以上にどこまで常識外の走り方をすればこのような足跡がつくのかと末恐ろしく感じてしまう。 ……あたしがアイツに感心したなんて、殺されても言えないし、ムカつくから明日の弁当の献立に嫌いそうな野菜と酢の物を増やしてやるけど。 そんなオグリ本人はといえば、この半マイルビーチの一番向こうまで早くも走っていってしまっているようで。折返しの灯台の下、わずかになびく芦毛が夏の陽光に光ってみえた。 「――ああ、もう!」 足元の砂を強く蹴り、身体を前に押し出す。 息を吐いて、吐いて、吸う。腕を振り、つま先で砂を搔き掘るように回転させる。 ぐんと加速した身体を前傾に、己はもういち段階走りのギアを上げた。 「アイ、ツに! 負けるっ、わけには! いかないの、よッ!」 本当なら自分はあと半周だけのこのランニングを終え、走っているオグリに「怪物さんも海では力がでませんかー? 砂に足を取られて、本来の走りが全然できてないじゃない!」などと皮肉の一つでも飛ばしてやるつもりだったのだ。 それをアイツときたら、早々に筋トレを終えてランニングに合流してきて。 ……ムカつく……! ポッと出が注目されるだけじゃなく、レースの勝ちも掻っ攫っていって。負けたくないという対抗心と、アイツへの怒りを足に込め、自分は長いラストスパートを掛け始めた。 ● 「……ん、イチ! イチもランニングだったのか」 「……ぜ、は……はっ、はぁ…………」 結局。 半マイル先からアイツがゴールの海の家に帰ってくるのと、こちらがラストまで走り切るのは、ほぼ同時だった。 二往復していたはずだからゆうに3,200mは走っているはずのオグリは頬に汗をかく程度なのに、こちらはがむしゃらなラストスパートで息も絶え絶えになっている。 ……ムカつく……! 膝に手をつき息を整えているこちらを見下されているようで腹が立つ。平然とした顔で見下ろしてくるオグリにも、この程度で死にそうになっている自分にも。 「……はーっ、は、ふぅ……。…………で、何、オグリ」 ようやく息を整え体を起こし返事をすれば、ヤツは嬉しそうな顔で「ああ」と頷いた。 「今日、イチの部屋に行ってもいいだろうか。カサマツの皆から、『お友達で食べる用に』とお菓子が届いたんだ」 「はあ? それならあたしじゃなく――」 いや。 ここでこちらの部屋に引き込んで消灯時間ギリギリまで引き止めておけば、眠気でぼうっとしたオグリから嫌いな食べ物や苦手なものを聞き出せるかもしれない。 そうすれば、なぜか夏合宿の間も続いている嫌がらせ弁当にもこれまで以上の効果が見込める。 「――いや、そうね。わかった。ありがたくいただくわ」 「っ! そうか、ありがとう。では夜にお邪魔させてもらう。同室の子たちには……」 「同室の子たちにも配れば許してくれるわよ。どうせアンタ基準で大量に送られてきてるんでしょ」 「そうだな、うん、そうしよう。ありがとうイチ」 「べ、別にッ!? くれるって言うからもらっておくだけよ! 勘違いしないで」 「いや。私にとっては、故郷の味をもらってくれるだけで嬉しいんだ」 「ぐ……」 まただ。 たまにコイツは、こうやって良心100%でクサくて返しにくいことを言ってくる。そのたびによくわからないけど心臓が跳ねて止まらなくなるから、いい加減にしてほしい。 「ま、まあいいわ、わかった。じゃあ9時以降ならいつでもいいわ」 「わかった。9時過ぎに行こう」 じゃあそういうことで、と約束をしてその場は別れた。シャワーを浴びるため宿舎へと戻る途中振り向いてみれば、もうオグリは二本めのダッシュで奥の灯台の下までたどり着くところだった。 「……スタミナまで怪物ね……」 つぶやく。 自分はもう今日の分のメニューは終わった。あとは宿舎に戻って夕食までの時間で足のケアなどをするつもりだったが、 「……もう一本、だけ」 アイツにあてられたわけでは決してない。断じて違う。違う、が。 ……アイツより先に終わるのもシャクだから……! もうひと走りしようと、踵を返してビーチへと戻ることにした。 ページトップ 3つ目(≫112≫114≫121≫123:夏合宿~夜の部~) 「――お邪魔します。すまない、イチ。遅い時間に」 「べつに。いいわよ」 果たして、オグリは約束通り21時を少し過ぎた頃にこちらの部屋の戸を叩いた。 ドアを開けると入ってきたのは、一抱えはあろうかという大きなビニール袋。キャベツなら8つは入る大きさのそれを両手で抱え、オグリは畳の上に置いた。 「うっわオグリ先輩、すんごい量ですね……。あたしらの顔より大きいじゃないですか」 「ああ、色々送ってきてくれたみたいで、気づいたらここまで大きな包みになっていたそうなんだ」 事前にオグリが来ることは同室の友人たちにも伝えてあったので、皆興味深そうに真ん中に置かれた座卓に集まってくる。 「わ、すごい! お土産用の箱がこんなにたくさん!」 「そっちのそれはしこらんといって、カサマツの銘菓なんだ。水飴とニッキの味で美味しいぞ」 「オグリさんオグリさん、こっちは? お魚みたいな形してますけど」 「そっちのは鮎鮨街道、これもカサマツの名物の鮎菓子だ」 「へえ……」 次々と説明されるお菓子を皆で美味しい美味しいといただく。 流石にここまで来て食べないのも失礼だと思い、鮎を模した焼き菓子の包を開いた。 「ん、チーズ……?」 噛み締めた生地の奥からはチーズのような餡が出てきて、驚いて口元を抑える。 「そうなんだ」 嬉しそうにこちらに振り向いたオグリはなぜかあたしの隣に座り、「これはもともと鮎のなれ寿司を運んでいたときのいわれから同じ発酵食品のチーズを……」などと説明してきた。それを聞きながら一匹を食べ終えると、途端に口をつぐみ、おずおずとこちらを伺ってくる。 「……なに、どうしたの」 「いや、その。美味しいか?」 「……美味しかった」 「そうか! ありがとう、これは私も大好きな和菓子なんだ!」 喜色満面といった表情で自分も鮎の包装を開けるオグリの横顔を見つめる。 まずい、と嘘を言うこともできたし、それで彼女に何らかの精神的なダメージを与えられるかもしれないとも思ったが。 ……お菓子に罪はないから。 うまいものをうまいといっただけ。あたしは絆されてない。 小さく頷き、決心を固め直した。 ● 「でも良かったねイチちゃん、オグリ先輩が部屋に来てくれて!」 「は?」 一通り菓子を食べ終えた頃。同室の友人の一人が変なことを言いだした。 「オグリ先輩、聞いてくださいよ。イチちゃんったら部屋で私達にオグリ先輩の話ばっかりするんですよ~」 「そう、なのか?」 「そうそう! 今日はちょっと元気がなさそうだったーとか、足が痛いみたいだからーとか、ピーマンは嫌いじゃないらしいとか、口を開けば先輩のことばっかり!」 「ちょ、違……」 「どんだけ好きなんだよ―、って話ですけどね! 最近じゃあうちらは皆、応援ムードなんです」 「そうなのか……。それはその、少し、照れるな」 「ばっ、違うから!」 立ち上がり、抗議の声を上げる。 オグリの話ばっかりしているのは、どれだけコイツが調子に乗っているかということを広めるためで、つまりはいつもの嫌がらせの延長だ。 ミーハーなファンもどきと一緒にされるのは心外極まりない。 「……違うのか?」 「~~~~~ッ!」 立ち上がったこちらを下からオグリが見つめてくる。 その捨てられた子犬のような目に、続けようとした言葉が喉で詰まった。 「……知らない。勝手に想像すれば」 言い返すことも馬鹿らしく座り直し、横にいるオグリにきっぱりと告げる。 「勘違いしないでよね! 四六時中アンタのこと考えてなんてないんだから!」 「ああ、わかってる」 涼しげに頷かれるのは、それはそれで腹が立つものだと気づいた。 そのまま他愛もない話を続けて、気付けば予定していた通り消灯時間も目前に迫っていた。 とりあえず机の上を片付けて、寮長の見回り対策に布団を敷いていく。 「……やばっ、見回り来たよ!」 「うそ!? まだオグリ先輩いるのに!?」 「~~っああもう! こっち入って隠れて!」 「あ、ああ」 焦る皆と一緒にそれぞれの布団に入り、電気を消す。おろおろしているオグリの手を引いて、布団に頭が隠れるように引っ張り込んだ。 「……すまないイチ、私まで君の布団に……」 「ああもう、いいから! そのままだとはみ出る、あたしに抱きついてなさい!」 「わかった」 こちらの胴に両腕を回し、胸元に顔をうずめるようにしてオグリは布団の中で抱きついてきた。 ……意外と柔らかい身体してるのね……。 暗闇の中、抱きつく感触だけが伝わる。呼吸で上下するオグリの頭を胸元に右手で押し付けながら、2つ隣の部屋を寮長が見回りしている音を伺う。 物音が隣の部屋に来、こちらの部屋の扉が開き、スリッパ履きのヒシアマゾンさんとフジキセキさんが「……寝てるな」「寝てるね」と小声で確認する。やがて扉が閉まり去っていき、己はやっと行ったかと息を吐いた。 気付けば電気を消して布団に潜り込んでから20分近くが経っており、皆もじっとしているうちに眠ってしまったらしい。 今ならオグリも自室に帰れるだろうと布団をめくり、その手が固まった。 「……ちょっと、うそでしょ」 「すぅ……すぅ……」 布団に押し込まれ隠れていたオグリは、このライバルは。 よりにもよってあたしの布団で、あたしに抱きついて胸を枕にしながら。 すっかり夢の世界へと旅立ってしまっていた。 「なんなのよ……」 静かに寝息を立てている顔を覗き込む。 風呂上がりらしいシャンプーの匂いが布団の中で濃くなり、体温の熱気とともにのぼってきた。その匂いに、変に頭がくらくらとしてしまう。 同性同士なのにどきっとするほど整った顔と、それに似つかわないあどけない寝顔。 しっかりと抱きつかれてしまっているから、抜け出すこともできない。 「……ああ、もう……」 息を吐く。 唯一動く右手でしっとりとした前髪を撫でると、うすく微笑んだ寝顔に変わった。 ……あたしも眠くなってきたから。起こしてから部屋に返してーとかやってると寝るのが遅くなるから。 だから、断じてこれはコイツのためなんかじゃないのだ。 右手でオグリの頭を抱えながら目を閉じる。 「……おやすみ、オグリ。……あたしの胸を枕にするんだから、いい夢見ないと承知しないから……」 自分の心臓だけがやけにうるさくて、眠気なんて微塵も来る気配がなかった。 Part4 その1(≫63~65) ≫63 二次元好きの匿名さん22/01/18(火) 15 34 30 レスアンカーワン。あいつは変わっちまった。 オグリキャップに憎しみを抱いて、数々の嫌がらせをしていた彼女は、もういない。 彼女が最近、新人ながら専属トレーナーも決まり、めきめきとその実力を上げてきているらしい…という噂を聞き、彼女のトレーニングを見に行ってみることにした。 私と同じく、オグリキャップを面白く思っていないウマ娘は少なくない。そして、レスアンカーワンは、その筆頭だ。以前に話した時は、嫌がらせの弁当のメニューを考えるのに苦労しているようなことを言っていた。 ぽっと出のオグリキャップなんかに、でかい顔はさせない。いつか走りでねじ伏せてやる。私はそう思っているが、それはそれとしてレスアンカーワンの気持ちもわかるつもりでいたから、彼女を止めるような真似はしなかった。気が済むまでやればいい。そう思っていた。 だが、しかし。 …なんだあれは。まるでオグリキャップじゃないか、あの走法は。 そして何より驚いたのは、それを指摘したトレーナーに、彼女が満更でもないような反応を示したことだった。 自分が嫌っているオグリキャップに似ていると言われて、なぜ嬉しそうな顔をする? 私には理解できなかった。あれほどオグリキャップを憎んでいたレスアンカーワンとは思えなかった。 何が彼女を変えた? ……という妄想が浮かんだので投下 ≫64 二次元好きの匿名さん22/01/18(火) 17 11 36 「腑抜けたな、レスアンカーワン」 「…なによ」 「お前は変わっちまった。オグリキャップ憎しのお前はどこにいっちまったんだ?」 「わたしは何も変わってない」 「今日の朝練の弁当のおかずはなんだ?おいしく食べてもらって嬉しいか?」 「〜〜!そんなこと言わないで!」 「嫌がらせ弁当は効果ないみたいだな。やっぱり靴を隠すか、ああ隠すより画鋲かな。さすがに鈍感なオグリキャップも気づくだろうからな嫌がらせに」 「…やめて」 「ん?ならお前がやるか?お前がやらないなら、代わりに私が」「やめてよっ!!!」 ……やっぱりだ。 レスアンカーワン。こいつは変わっちまった。 オグリキャップを憎んでいた彼女は、もういない。 目をみればわかる。こいつは、オグリキャップに絆されちまった。 「…冗談だよ。私のやり方じゃないからな。お前みたいな嫌がらせは」 「……!」 何かを言いかけて、口をつぐむレスアンカーワン。 そうだ、彼女に私の嫌味を責める権利はない。彼女がオグリキャップに嫌がらせをしてきたことは事実なのだから。 「私は私のやり方でオグリキャップを潰す。レスアンカーワン、お前は指を咥えて見てるがいい」 「…汚ないやり方をするの?」 「さあな。私はお前みたいな嫌がらせは得意じゃない」 「……」 「だが…レースでは何があるかわからないからな。思わぬ事故とかがあるかも」 そう言って薄く笑って見せる。本気ではない、安い挑発だ。だがオグリキャップに脳を焼かれたレスアンカーワンを食いつかせるには、それで十分だった。 「……やらせない」 「ん?何を」「あんたなんかに、オグリはやらせない!」 被せるように叫ぶレスアンカーワン。 「オグリは…あの子は…!」 “あの子は” か。思わずため息が出てしまう。 「もういい、オグリキャップは私一人で潰す。だが忘れるなよ、レスアンカーワン」 その時、私の目には何が浮かんでいただろうか。彼女に対する幻滅か、憎しみか、或いは哀れみか。 「お前が今までやってきたことは」 動きを止めるレスアンカーワン。 「決して消えないんだからな」 彼女が何かを言う前に、私は踵を返してその場を去った。 角を曲がる前、微かに彼女の声が聞こえた。 「そんなこと…そんなこと、わかってるよ…」 その2(≫81) ≫81 二次元好きの匿名さん22/01/19(水) 20 58 01 タマモ「さぁ始まりました第一回『オグリキャップ対レスアンカーワン夫婦喧嘩記念』。実況は私タマモクロス、解説は足は速いが鮮度は落ちぬ事でお馴染みスーパークリークでお送りします。よろしゅうな」 クリーク「よろしくおねがいします」 タマモ「早速ですが怒りっぽいイチを差し置いてオグリが先制を仕掛ける波乱の展開になっておりますが、このレースをどう読みますか」 クリーク「今回はオグリちゃんの言い分が正しいと思うのでこのまま押し切るでしょうね」 タマモ「う〜む取り付く島もないママの切り捨て。スーパーコンピュータ富嶽もオグリキャップの勝利を導き出してる模様」 イナリ「イチはオグリに押されると弱いからな〜残当」 イチ「あんたら好き勝手言いすぎよ!何さ、あたしだってレースじゃなきゃオグリにだってね」 オグリ「イチ…お願いだから安静にしてくれ…もし万が一があったら私は…」クゥーン イチ「……あーもう!わかったからそんな情けない顔しない!耳も垂らすな!犬か!」 タマモ「はいレース終了です。イチに賭けた人はご愁傷さまです」 その3(≫180)≫171、≫174より派生 ≫171 二次元好きの匿名さん22/01/25(火) 19 37 57 このオグリには有馬やらファイナルズで勝った時に観客席最前列にいたイチに向かって「君のおかげで勝てた!」とか言い放ってイチをイチ躍有名人にしてほしいんだ 前々から噂されていたオグリを支える親友ということで知名度爆上がりして取材されたり何故かぱかプチも作られたりして本人はまんざらでもなくなってほしいんだ でも途中から彼女本人じゃなくて「オグリの親友」という肩書きしか見られてないと感じ始めて曇ってほしいんだ 嘘なんだ 曇ってほしくはないんだ それはそれとしてイチのぱかプチをモデルになった本人にゲーセンで取ってもらって喜ぶオグリは見たいし枕元に置いててほしいんだ ≫174 二次元好きの匿名さん22/01/26(水) 12 47 19 親友の引退レースが発端で名が売れたら曇る余裕はあんまりなさそうなんだ。どちらかというと「私もG1で勝ってみたかったなあ」くらいの爽やか曇り(?)がちょうどよさそう イチちゃんがイチちゃんのぱかプチを取ると喜ぶのに、イチちゃんがオグリのぱかプチを取って笑うと「イチ、私のほうが……」ってムッとするオグリですか!???!?!!?!?!??!?!エッ!???!???! ヤバ 死 ≫180 二次元好きの匿名さん22/01/26(水) 20 35 24 イナリ「さぁ始まりました『第2回オグリキャップ対レスアンカーワン夫婦喧嘩記念』、実況は火事と喧嘩は江戸の華で御馴染みイナリワン、解説は喧嘩の時はまず目と鼻と歯を狙う事で御馴染みタマモクロスでお送りします」 タマモ「そこまでやらんわ、脛は蹴るかもしらんが」 イナリ「早速ですが今回のレースはどう見ますか」 タマモ「ぬいぐるみに嫉妬するなんて子供じゃあるまいし、今回はイチに分があるとちゃうか」 イチ「大体あんた自分の分身に嫉妬するなんておかしいわよ!これがあんたの子供だったら子供に嫉妬するダメ親じゃない!」 イナリ「おっと斬新な切り口で攻めてきたぞ」 オグリ「確かにそれは駄目だな…私が悪かった」 イナリ「おおっとイチ念願のオグリ打倒なるか!」 オグリ「……よく見るとイチと親子のようだな。きっとイチは良い親になる」 イチ「ファ!!!??!!。?ー。?ー?」 イナリ「あちゃーここでまさかの差し返し、イチ墓穴を掘ったか」 タマモ「イチに賭けたと思われるナカヤマが笑い転げてるのを見届けた所でお別れやで。また次回」 Part6 その1(≫104)≫100、≫101、≫104より派生 ≫100 二次元好きの匿名さん22/02/06(日) 22 07 45 あの、オグリが間違えてイチちゃんのことお母さんって呼んじゃう展開ありませんか? ≫101 二次元好きの匿名さん22/02/07(月) 04 41 17 そ、それ聞いたクリークが「私がいながらオグリちゃん!」とむくれる展開もありませんか? ≫104 二次元好きの匿名さん22/02/07(月) 12 36 07 「お母さん…あっ」 「はぁ?なに寝ぼけたk(いや、待てよ私。オグリは人前で他人をお母さん呼びなんて赤っ恥を晒したのよ?これは全力で追い打ちをかけるべきよ!相手の弱みにつけこむ、それが勝負の鉄則よ!)」 「イチ…?」 「あらあら〜オグリちゃんどうしたのでちゅか〜?ママが恋しくなっちゃったのかな〜?」 「えっ?えっ?」 「ほ〜らイイコイイコしてあげまちゅよオグリちゃん♪(ホーッホッホッ!見たか私の渾身の赤ちゃん言葉!正直恥ずかしいけどあんたを道連れに出来るなら耐えられるわ!さぁ恥ずかしさで涙目になってる所を見せなさい!!)」 「イチ…まさかクリークと同じ趣味を持っていたのか?前々から仲が良いと思っていたがそういう事なのか…?」 「えっ」 「そんな…イチちゃんがでちゅねされる側ではなくする側だったなんて…オグリちゃんがイチちゃんの物に…」 「ちょっと待って下さい、不可思議な言葉を立て続けにぶつけないで下さい」 「アホやな〜!クリークの母性に日夜晒されてるオグリがそんな事で赤面するわけないやろ!勝負を仕掛けるタイミング間違えとるで!」 「それより大変だタマモ!クリークがイチにあてられて様子がおかしくなってる!」 「みんな下がれ早く!クリークの母性が爆発する!」 「ほわあぁあああああ!(byイチ)」 その2(≫144) ≫144 二次元好きの匿名さん22/02/10(木) 23 04 04 「イチ、緊張しているのか?」 「あ、当たり前でしょ!初めての挨拶なんだから失礼のないようにしないとだし…」 「大丈夫、お母さんはすごく優しいんだ。きっとイチのことも気に入ってくれるよ。」 「うぅ…だといいんだけど…。ねぇ、アタシの服変じゃないかな…?」 「家を出る前も言ったけど今日のイチはいつもよりキレイだぞ。あっ、もちろんイチはいつもキレイだが…。」 「そういう事じゃないわよバカ!でもありがと、おかげで少し落ち着いた。」 「イチ、着いたぞ。ここが私の家だ。」 「ここがオグリの実家…。」 「じゃあ入るぞ。お母さん、ただいま。」 「わっ、待って!まだ心の準備が…!」 「おかえりなさい、早かったわね。あら?その子は…」 「は、はじめまして!レスアンカーワンと申しますっ!あの、オグリキャップさんとは学園を卒業してからお付き合いさせていただいてる仲でして…。」 「あなたがイチちゃんね!話しは聞いてるわ、さぁ入って入って!」 「お、お邪魔します…。あの、これつまらないものですが…。」 「ふふっ、いいのよ、そんなに畏まらなくても。まったく、アンタには勿体ないくらい良い子じゃない。」 「そうなんだ。イチはすごく優しくて料理も上手で私のサポートもしてくれてすごく助かってる。本当に私には勿体ないくらい素敵なお嫁さんだ。この間なんかも…」 「ちょっ!?ちょっとオグリ!わかったから、それ以上は恥ずかしいから…!」 「あらあら、惚気てくれちゃってまぁ…。さて、ふたりとも長旅で疲れたしお腹も空いたでしょ。何か作って来るから少し休んでなさいな。」 「本当か!?久しぶりのお母さんの料理楽しみだ…!」 「あっ、お義母様!私も手伝います!」 「ふふっありがとう。それじゃあ…。」 Part7 (≫45) ≫45 二次元好きの匿名さん22/02/17(木) 00 24 21 「アンタってホントよく食べるよね。」 「?ああ!イチが作ってくれる料理はどれも美味しいからな!いくらでも食べられるぞ!」 「はいはい。それにしても作り甲斐のある食べっぷりだこと…。」 (うーん、オグリの食べてる様子ってなんか既視感があるんだよねー。なんだろう…。 ああ、うちで飼ってるわんこに似てるんだ…。 うんうん、あればあるだけ食べちゃうところとかそっくり…。 そういえば、しばらく帰ってないからそろそろ会いたいなぁ…。 頭撫でてる時なんかは耳を倒して撫でられやすいようにしてたっけ…。 そうそう、こんな風に…って) 「あれ?」 「ん?もういいのか、イチ。」 (え、なんでアタシオグリの頭に手を置いてるの?もしかして物思いにふけてる時に無意識で撫でちゃってた!? ど、どうしよう…。なんて誤魔化せば…。) 「イチは撫でるのが上手なんだな…。最初はびっくりしたけど、すごく気持ちよかった。」 「え、えーっと…。」 「クリークもたまにこうして頭を撫でてくる時があるんだが、もしかして寝癖でもついていたか?」 「そ、そう!寝癖!寝癖がついてたの!まったく!身だしなみには気をつけなさいよね!」 「そうだったのか…。一応朝練の前に鏡で確認はしたんだが…。とにかくありがとう、イチ。助かったよ。」 「ど、どういたしまして…。」 「イチ、ひとつお願いがあるのだが聞いてくれないか?」 「な、なによ。改まっちゃって…。」 「その…、寝癖がついていない時でもさっきみたいに頭を撫でてほしいんだ…。」 「えっ!?」 「クリークに撫でられる時とはまた違って、イチに撫でられるとすごく安心してなんだか心がポカポカした気持ちになるんだ。だから、また撫でてほしい。ダメだろうか…?」 (くっ!その耳をペタンと倒して上目遣いで見つめてくるのは反則でしょ…!なんでこういうところもそっくりなのよ!あーもう!) 「わ、わかったわよ!やってやるわよ!でも、人前では絶っ対にやらないから!」 「本当か!ありがとう、イチ!じゃあさっそく…」 「…オグリ、アタシの話聞いてた?」 「?この時間なら登校する子も少ないし、今は私とイチのふたりきりで人前ではないと思うのだが…?」 「やんないわよバカ!」 Part8 (≫111) ≫111 二次元好きの匿名さん22/03/20(日) 23 18 53 タマ「イチのお母さんか…どんな人なんやろ、緊張するな…」 モニー「タマ先輩も緊張とかするんですね」 タマ「レースとはまたタイプがちゃうからな、どんな人か知っとるかモニー?」 モニー「ノリが軽くてちょっと変なことする人だってよく言ってます、それ言ってるときのイチの顔満更でもなかったのでいい人だとは思いますよ」 タマ「まぁイチのお母さんやし悪い人ではないやろうけど」 モニー「そういえば、イチを産んだときから見た目全然変わってないらしいですよ」 タマ「ホンマかそれ、凄いな…イチのお母さんやしスラッとした綺麗な人なんやろなぁ」 モニー「そうでしょうねぇ」 イチママ「どうも〜イチちゃんのお友達さん!」 タマモニ「あ、どう」 タマモニ「!!!!???」 Part9 (≫144~148) ≫144 二次元好きの匿名さん22/03/23(水) 23 25 18 【中央生専用掲示板】 レスアンカーワンとか言うオグリギャルwwwww 1:一般ウマ娘 デキてるよね? 2:一般ウマ娘 距離感クッッソ近いよな 3:一般ウマ娘 一緒にお弁当食べてるの何回見たことか 4:一般ウマ娘 距離感近い友達ってだけじゃないの? 5:一般ウマ娘 ベンチで二人肩寄せ合って寝てたのも見たぞ 6:一般ウマ娘 →4 でもあのお弁当毎日イチちゃん先輩が作ってるみたいだよ 7:一般ウマ娘 →6 中身見たことあるけど凄かったよ冷凍食品ポイッと入れてとかそんなんじゃなくてそこそこ時間かかりそうなやつだった 8:一般ウマ娘 マジ…? 9:一般ウマ娘 →7 愛妻弁当…? 10:一般ウマ娘 俗に言う通い妻 11:一般ウマ娘 バレンタインのとき本命よって言ってオグパイにチョコ渡してるの見たぞ 12:一般ウマ娘 それ結構話題になってたけどどんな感じだったん? 13:一般ウマ娘 オグパイに生徒達が群がってたら颯爽とイチちゃん先輩が現れてチョコを渡したオグパイが義理チョコというやつかありがとうと言ったら本命よと言い放った黄色い歓声があがった保健室に一人担ぎ込まれた 14:一般ウマ娘 マジかよ…ホントにデキてそうだな… 15:一般ウマ娘 ずいぶん差したなイチちゃん… ───────── 87:一般ウマ娘 今すぐテレビ点けて!凄いことになってる!? 88:一般ウマ娘 今外にいるから貼って 89:一般ウマ娘 90:一般ウマ娘 エッッッ!!!??(困惑) 91:一般ウマ娘 ファァァーーーーwwwwWWW!!!?? 92:一般ウマ娘 デキてる(確信) 93:一般ウマ娘 デキてる(確定申告) 94:一般ウマ娘 これでデキてなかったら逆に怖いわ ───────── 192:一般ウマ娘 ねぇ…オグリが「今日は気持ちよくしてくれ」って言いながらイチちゃんと同じ部屋に入っていったんだけど… 193:一般ウマ娘 !!!?? 194:一般ウマ娘 こいつらうまぴょいしたんだ! 195:一般ウマ娘 …え?マジで…そういう…? 196:一般ウマ娘 オグリが「痛い!イチやめて!」って叫んでるんだけど… 197:一般ウマ娘 オグリ先輩が…猫ちゃん…? 198:一般ウマ娘 オグリ「吾輩は猫である」 199:一般ウマ娘 イメ損 200:一般ウマ娘 夏目漱石の方がイメ損されてないか…? ✎このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています Part10 その1(≫36~37) ≫36 二次元好きの匿名さん22/04/02(土) 22 10 37 【中央生専用掲示板】 イチちゃんのママさんさぁ… 1:一般ウマ娘 デカすぎなんだわ 2:一般ウマ娘 ボン・キュッ・ボンなんだわ 3:一般ウマ娘 なんだったら゛追加してもいいんだわ 4:一般ウマ娘 ゆっさ♡ゆっさ♡ 5:一般ウマ娘 おちちたわわなんだわ 6:一般ウマ娘 レースしてるときもライブしてるときもばるんばるんしてるんだわ 7:一般ウマ娘 君の愛馬が!ユサユサ 8:一般ウマ娘 男゛の゛人゛が゛可゛哀゛想゛だ゛よ゛ぉ゛立゛て゛な゛い゛よ゛ぉ゛!゛!゛!゛!゛ 9:一般ウマ娘 勃ってるのにな 10:一般ウマ娘 あれで旦那と高校生の子供もいるんだぜ 11:一般ウマ娘 旦那さんはOKしてるの?あんな露出ヤバい勝負服着てるの 12:一般ウマ娘 最初は断固反対だったけど必死の説得で許可貰ったらしいよイチちゃん先輩も許可だしたらしい 13:一般ウマ娘 ほぇ~なんでアンカーワンさんはOKしたの…? 14:レスアンカーワン 二人に押されてOKしちゃったのよ「露出度だったら他の子達の方が凄くない?」って言われて… 15:一般ウマ娘 あ、先輩…トレーニングお疲れさまです 16:一般ウマ娘 言われてみれば私の勝負服も露出度で言えばイチママと同じぐらいでお父さんにめちゃくちゃ心配されてたわ 17:レスアンカーワン 悔しかった…だって乳かっぴらいてる人たちに比べたらしっかり隠れてるだけマシなのホントだもの…… 18:一般ウマ娘 ママと同じ学校通ってるだけでもキツいのに、あんな格好で走って踊って私にだけチュウされたらアタシだったら死んでまうわ 19:レスアンカーワン それだけじゃないのよ…お母さん休み時間のたび私のクラス来るのよ…食堂で一人飯してたら確実に相席してくるのよ…しかもお母さんと比べられたりもするのよ「お母さんに比べれると物足りない」って…… 20:一般ウマ娘 その人、顔から下見て言ってそう(偏見) 21:レスアンカーワン よく分かったわね 22:一般ウマ娘 お悔やみ申し上げます 23:レスアンカーワン 死んでへんわ その2(≫101~103) ≫101 二次元好きの匿名さん22/04/13(水) 01 06 48 「ごちそうさまでした」 ご飯大盛り・コロッケ3つ・味噌汁一杯・漬け物少量、至って普通である…しかし普段は文字通り山盛りの量で食べないと満足しない彼女ことオグリキャップ関して言えば、この量で満腹というのは異常事態である 「あの…無理な減量は体に良くないですよ…?」 「クリーク…無理なんてしていない、本当にこれで満腹なんだ」 「何かあったんですか?」 心配そうな顔をし見つめてくる 「調子が悪いなら無理せず休まれた方が…悩みがあるなら聞きますよ…」 皆に迷惑をかけたくなかったから自分だけで何とかしようと思っていたのに心配をかけてしまっては意味がない私は意を決し話すことにした 「胸がドキドキするんだ…」 「あら…。」 「顔が熱くなって…」 「あらあらあら…。」 「夜も眠れなくなって…」 「あらあらあらあら…。」 「イチのことばかり考えてしまうんだ…」 「あらあらあらあらあらあら、あらあらあらあらあらあら!!」 「どうしたんだ!?大丈夫か!?落ち着くんだ!!!」 「すいません、いきなりきたので」 普段はこうじゃないんですよ…と申し訳無さそうに小声で付け加え汗を拭いながらクリークは何か思いついた顔をした 「それをイチちゃんに相談してみてはどうでしょうか?本人に聞いてみるのが一番だと思いますよ!」 そう言うクリークは手を左頬に添えながら顔を傾け何故か嬉しそうな顔していた 「わかった聞いてみる」 クリークの様子に困惑しながら答えた 「応援してます!!!」 応援? ─────────── 「ねぇ、どうしたの」 たまには食堂で二人で食べないかと呼び出したはいいものの、中々切り出せず、不審がられてしまった 「え!?な、なにがだ!?」 「様子が変なんだけど」 「な、なんでもないぞ!!?」 声が裏返った、我ながらわかり易すぎる 「絶対ウソじゃん…わざわざ私を呼び出して…悩みでもあるの?話してみなさいよ」 いつ切り出そうかと機会を伺っていたら、あちらから聞いてくれた、彼女にまで心配をかけてしまったことに罪悪感をおぼえる 「実は…あるヒトのこと考えたら胸がドキドキするんだ…」 食事中の生徒達が皆が一瞬手を止めこちらを見た、すぐに食事を再開したが先ほどとは違い、話し声はせず食器の音だけが鳴っていた、皆こちらを意識し耳をたて、私が次に発する言葉を今か今かと待っていた、よく見ればクリークもいた「頑張って!」言わんばかりの顔でこっちを見てくる もう言ってしまったからには引き返せない 「だ、だからイチに…あ、あど、あどばいすぅ…というか…なんというか…相談したくて…」 「…へぇ」 イチは悲しそうな嬉しそうな不機嫌とも言えそうな表情をしていた 「その相手は誰なの」 「え!?えっと…すまない…言えないんだ…」 何故か言いたくなかった恥ずかしかった 「わたし?」 先ほどまでカチャカチャと鳴っていた音の一切が消え静まりかえる、そんな時間が数秒…体感にして数十秒…今だ状況を把握できていない周囲をよそに彼女は畳みかける 「私が好きなの?」 復旧しかけた脳に追撃をくらい脳がショートした、ここが90年代の漫画なら頭が爆発してチリチリになっていただろう 「騒がしくなってきたから、そろそろ帰るわ、また明日ね」 そう言い放ち足早に食堂を出た 残されたのは今だ放心状態の芦毛ウマ娘とすっかり食べることを忘れ黄色い声をあげている生徒達だけだった イチと私で分散していた視線が全て私にそそがれる 背中にチクチクと刺さる視線を感じながら顔を伏せ逃げるように食堂を後にした ─────────── 自室に戻りベットに倒れ込む 手を顔に添える、あまりの熱さに驚いて顔から手を離した、私がタコならすでに茹で上がってることだろう、正直レース終わりでもこんなに顔が熱くなったことはない 『わたし?』 『私が好きなの?』 あの言葉を思いだすたび顔が熱くなる 「明日からどんな顔して会えばいいんだぁ…いちのばかぁ…」 おわり その3(≫105~108)(***その2(≫101~103)の修正版) ≫105 二次元好きの匿名さん22/04/13(水) 01 43 51 「ごちそうさまでした」 ご飯並と・味噌汁一杯・漬け物少量、かなり少ない量のご飯…しかもアスリートである彼女が、この量で満腹というのは異常事態である 「あの…無理な減量は体に良くないですよ…?」 「クリークさん…無理はしていないんです…本当にこれで十分なんです…」 「何かあったんですか?」 心配そうな顔をし見つめてくる 「調子が悪いなら無理せず休まれた方が…悩みがあるなら聞きますよ…」 皆に迷惑をかけたくなかったから自分だけで何とかしようと思っていたのに心配をかけてしまっては意味がない私は意を決し話すことにした 「オグリのこと考えたら胸がドキドキするんです…」 「あら…。それって…」 コクリと頷き相槌をうつ 「あらあらあらあらあらあら、あらあらあらあらあらあら!!」 「お、落ち着いて下さい…恥ずかしいです…」 「すいません、いきなりきたので」 普段はこうじゃないんですよ…と申し訳無さそうに小声で付け加え汗を拭いながらクリークさんは何か思いついた顔をした 「それは言った方が言った方がいいですよ、アスリートとしてご飯を食べれないのは大問題ですし…それに…大事なことですから…言って解決するなら、それが一番ですよ…」 そう言うクリークさんは手を左頬に添えながら顔を傾け微笑んでいた 「わかりました言ってみます」 少し悩んだが私は決めた 「応援してます!!!」 「………はい!」 ─────────── 「イチ、どうかしたのか?」 たまには食堂で二人で食べないかと呼び出したはいいものの、中々切り出せず、不審がられてしまった 「え!?な、なにがあ!?」 「様子が変なんだぞ」 「な、なんでもないよお!!?」 声が裏返った、我ながらわかり易すぎる 「ウソだ…わざわざ私を呼び出して…悩みでもあるのか?話してみてくれ」 いつ切り出そうかと機会を伺っていたら、あちらから聞かれた、頬が熱くなる、聴こえてしまうのではないかと言うほど高鳴った鼓動を抑え、意を決す 「アンタのこと考えたら…胸が…ドキドキするのよぉ…」 食事中の生徒達が皆が一瞬手を止めこちらを見た、すぐに食事を再開したが先ほどとは違い、話し声はせず食器の音だけが鳴っていた、皆こちらを意識し耳をたて、私が次に発する言葉を今か今かと待っていた、よく見ればクリークさんもいた「頑張って!」言わんばかりの顔でこっちを見てくる もう言ってしまったからには引き返せない 「だ、だからアンタに…あ、あど、あどばいすぅ…というか…なんというか…相談したくて…」 「そうか…」 オグリは考え込みながら悲しそうな表情をしていた 「私が好きなのか?」 先ほどまでカチャカチャと鳴っていた音の一切が消え静まりかえる、そんな時間が数秒…体感にして数十秒…今だ状況を把握できていない周囲をよそに彼女は畳みかける 「私のことが好きなのか?」 復旧しかけた脳に追撃をくらい脳がショートした、ここが90年代の漫画なら頭が爆発してチリチリになっていただろう 「冗談だ、お弁当の内容を考えすぎていたんだろう…すまない私のせいで…イチとは、こうやって学食を食べるだけでも楽しい、だからしばらくはそうしよう、そろそろ帰る、また明日会おう」 そう言い放ち食堂を出た 残されたのは今だ放心状態の栗毛ウマ娘とすっかり食べることを忘れ黄色い声をあげている生徒達だけだった オグリと私で分散していた視線が全て私にそそがれる 背中にチクチクと刺さる視線を感じながら顔を伏せ逃げるように食堂を後にした ─────────── 自室に戻りベットに倒れ込む 手を顔に添える、あまりの熱さに驚いて顔から手を離した、私がタコならすでに茹で上がってることだろう、正直レース終わりでもこんなに顔が熱くなったことはない 『私が好きなのか?』 『私のことが好きなのか?』 あの言葉を思いだすたび顔が熱くなる 「明日からどんな顔して会えばいいのよぁ…おぐりのばかぁ…」 おわり Part11 その1(≫96~98) ≫96 二次元好きの匿名さん22/05/09(月) 16 25 05 ある食事会の日の風景 「ふう···ただいまタマ」 「おーお帰りー、オグリ。お邪魔してます」 「イチ、もう来てたのか」 「こらこら、そうじゃないでしょ」 「むっ···ただいまイチ、いらっしゃいませ」 「うん、よろしい」 「イチは厳しいな。お母さんみたいだ」 「誰が誰のお母さんよ」 「イチが私のお母さんみたいだ」 「···説明しろって意味じゃない」 「違うのか?」 「ハァ···もういいわ」 「タマ達はどこに行ったんだ?」 「タマモ先輩とクリークさんは何故か足りなくなってた料理の材料を買いに出掛けました」 「」ピタッ 「タマモ先輩曰く『おっかしいなぁー、昨日まで確かにあった筈なんやけどなぁー、昨日寝る前に確かに確認したのに授業が終わって一旦帰ってきたら足りなくなってるわー、しゃーない買いに行ってくるわー。···それはそれとしてオグリは何か知らへん?』ですってよオグリさん?」 「」メソラシ 「オグリ」 「ナ、ナニモシラナイゾ」ギギッ 「ふーん」ジーッ 「」ダラダラ 「へぇー」ジジーッ 「」ダラダラダラ ─────────── 「ま、知らないんなら仕方ないか」 「ううっ···す、済まないイチ。夜中にお腹が空いてしまって、つい」ショボン 「はぁ···そういう時は私かクリークさんにLINEでも送ればいいでしょ。大体アレは材料であって料理じゃないでしょうに」 「だが、その、夜中に私のお腹ためにイチ達を起こして迷惑をかけるのはやっぱりダメだ」 「···気を使うポイントがずれてるのよ、アンタは」 「?イチ?」 「えいっ!」パチン 「あいたっ!?」 「うりうり」ムニムニ 「な、何をするんだ、酷いぞイチ」 「餅みたいね、アンタのほっぺ」ムニムニ 「私のほっぺは食べても美味しくないぞ」 「···いい、オグリ。私は誰?アンタの何?」 「それは···レスアンカーワン、私の親友だ」 「っ!」 「イチ?」 「あーなんでもない···コホン。そう、アンタの友達よ。ならつまらないこと気にしてないで困った時は頼んなさい」 「そうか···そうだな、わかった。ありがとうイチ、私はいつもイチに助けられてばかりだ」 「心配しなくてもこの貸しはいつかまとめて返してもらうから」 「ああ、任せてくれ。その時はどんなことでも全力でイチを助けてみせる」 「(···ばーか、こっちはとっくに返しきれない程のものアンタから貰ってるわよ)」 ─────────── 「それはともかくイチ」 「ん、なあに?」 「そろそろほっぺを放してくれ。本当にお餅になってしまう」 「えっ、あ、ゴメ···」「ただ今帰りまし···あらぁ?」 「」「ああ、お帰りクリーク、タマ」 「タマちゃん」 「なんや、どしたんクリーク?早く入ってくれんとウチが入れんやろ」 「ちょっと学食でお茶してきましょうか、一時間位」 「へ、なんでや?今戻ってきたばかり···ちょっ、そんな引っ張んなや!?」 「もう、ダメですよタマちゃん。お二人の邪魔しちゃ、めっです」 「クリークさん?!ちょっと待って!誤解だから行かないで!話を!話を聞いてください!」 「なあ、イチ。もう私は(お腹が)我慢出来そうにない」グウーッ 「このタイミングで誤解を招きそうなこと言うなー!」 その2(≫140~141) ≫140 二次元好きの匿名さん22/05/14(土) 17 01 31 『お花見』 「ひゃー、流石に混んどるなぁ」 「満開ですもんね、桜」 「まぁみんな考えることは一緒っちゅーわけやな。お、犬もおるやん」 「場所はこの辺でいいかな……」 「なぁ、イチは犬と猫どっちが好きなん?」 「なんですタマ先輩藪から棒に」 「ん、いやー?さっき犬おったやん?せやからなんとなくなー」 「……それなら断然、犬です」 「断然ときたか。なんでや?」 「そうですね、すぐに鼻を近づけてきたりして懐っこいところ、尻尾を振って駆け寄ってくるところ、お手とかも嫌がらずにしちゃうところとかですかね」 「おお結構言うやないか。しかしまぁ、犬が好き言うたらそんなもんやろな」 「ならなんで聞いたんですか……」 「なんとなく言うたやろ……あ!おーい!オグリぃー!」 ─────────── 「!」 タッタッタッ 「イチ、タマ、遅くなってすまない」 「かまへんかまへん。ウチらも今着いたとこやし。道ぃ迷わんかったか?」 「そう言えば方向音痴なんだっけ、オグリ」 「大丈夫だ。この公園は朝のランニングで通るからな」 「あ、そうなんだ。ねぇオグリ」 「む、イチ、なんだかいい匂いがするな」 「えっちょっ、顔近っ」 「ハンバーグの匂いがする。うん、今日のお弁当が楽しみだ」 「そっちか……」 「相変わらず食いもんにはめざといやっちゃなー。犬みたいな嗅覚や」 「さっきも尻尾振って走ってきてたし。本当に犬みた……い…………」 「どうしたイチ。お腹が空いたのか?」 「まだ来たばっかりやろがい!……ちゅーのは置いといて……なるほどなぁ?」 「いや、これはその、オグリはウマ娘だし!その、あの」 「イチ、慌てなくていいぞ」 ギュッ 「……お手までしよったわ」 「わ、わ、わ」 「大丈夫か?イチ!?」 おわり Part14 その1(≫119) ≫119 二次元好きの匿名さん22/08/08(月) 20 40 44 モニー「ねぇ横で色々やられてるとアタシ寝れないんだけど…アンタ明日も練習あるでしょ…もう寝なよ」 イチ「ごめんもうちょっと…もうちょっとだから…」 モニー「…はぁアンタと変わりたいよ…目的を忘れて色恋に現を抜かせれて羨ましい〜…あぁ〜でも今より遅くなるのはイヤかなぁ〜」 イチ「好きなんかじゃないわよ!!」 モニー「そこなの?後半に関する言及はないの?結構酷いこと言ったよ?なんだったら前半も中々なこと言ってんよ?それはいいの?」 向かい部屋「うるさいよ!」 イチモニー「ごめんなさーい」 その2(≫152) ≫152 二次元好きの匿名さん22/08/14(日) 08 23 52 ねぇモニーちょっといい? なによ 前言ってたチア服届いたんだけどさいきなり皆の前で披露するの恥ずかしいし心配だからさ先にモニー見てくれない?感想聞きたいの まぁ…別にいいけど ありがとーじゃ着替えてくるから チア服…かなり露出あるけど大丈夫なの…? アイツのことだしそんな露出あるやつ選ばないか… おまたせしましたー! Part15 その1(≫56~61)≫18より派生 ≫18 二次元好きの匿名さん22/08/22(月) 02 25 11 イチちゃんを慕う娘がいてちょっとむむってなるオグリを見てみたい イチはすごいウマ娘だからな……!なんて思いながらも 日常の端々でモヤモヤした気持ちが残ってて 流石に練習の時までは引き摺ってなかったけど タマとかに 今日なんか変やで? なんて言われて かくかくしかじかしたら なんやホの字か〜? なんて揶揄われて ??? ってなって でも練習の時はそないでもなかったな! って言われて イチは…ちゃんと走らない私なんて見たくないと思うから 的なことを言って タマは こりゃ相当やなぁ なんて言って 後日イチに 大変やろけど応援してんで! って激励?しに来る ≫56 18 22/08/27(土) 02 15 19 『あ、あの!』 「……………」 「…………?」 「……アンタのお客さんじゃない?」 「! そうなのか?」 『あ、や、えーっと、その……違うんです…』 「………てことは、アタシ?」 『はい!』 「……ふ、ふふふ………」 『えっと、その! 昨日、その……走ってるところ見ちゃって、それで……すごく速くて、その…綺麗で!きょ、今日、併走!していただけませんか!』 「ふふ、ふふ………勿論、構わないわよ」 『!ありがとうございます!! じゃあ、放課後、絶対来てくださいね! 絶対ですよ!』 「ふ、ふ、ふふふっ……どーよ! これがアタシのカリスマよ! ………あ、でも…そっちとの折り合いがつかなくなっちゃうわね……折角アンタが空けてくれたのに」 「ううん。…構わない。イチは、凄いウマ娘だから……私だけが独り占めしてはいけないと思う」 「う、ぎ、ぎぎ…っ……ま、まぁ、とにかく! ありがとね! 絶対埋め合わせはするから!」 ───────── ………何なんだろう。 「…………………」 「オグリ………野菜ばっかそんな山盛りで足りんのかいな」 ───────────────── ………どうして、こんなにモヤモヤしているんだろう。 「…………………」 「オグリ? …オグリ〜? ちょ、ちょいマニキュア塗りすぎてへんか??」 ───────────────── ……喜ぶべきことなのに。 「オ〜グ〜リぃーーっ!!!」 ! 「す、すまない…タマ。じゃあ、始めようか」 ……とにかく、今私がすべき事は…走る事だ。 ───────── 「あっかん……もー無理……もーいッ歩も動かれへん…! 併走、誘ってもらっておーきにな、オグリ」 「こちらこそ。むしろ、急に誘ってしまって……迷惑じゃなかっただろうか……?」 「えーてえーて! ウチもここんとこ他のと併せしとらんかったしな、そろそろしときたいと思うてたんや! ……それよりウチはむしろ……今日のアンタのが気になったけどな。どないしてん」 「…………」 「タマは、魔法使いみたいだな…」 「いや、自分が分かりやす過ぎんねん。ウチの地元やったらツッコミのオンパレードやで」 「……そうなのか」 「例えやで? ほら、包み隠さず言うてみんかい! アンタとウチの仲やんか、な!」 タマは、やっぱり魔法使いみたいだ。私の気持ちを分かってるみたいに言葉を入り込ませてくる。 「…うん、ありがとう…タマ。じゃあ、聞いてくれるか?」 「よし来た! 十中八九は…あのイチとかいう娘のことなんやろけど………て、ハハハ。ホンマアンタ分かりやすいなぁ」 ───────── 「ふーん………要するに、その後輩いうのにイチが慕われとって……取られたって思ったんや。…く、ふふ……それであんななるって……アンタ、イチにホの字なんちゃうか?」 「ホの………?」 「………んー、まぁ、ええわ。忘れて」 取られたと、思ったからなのだろうか。あの時、イチに言ったことも…私は多分、本当にそうだと思ったから言ったんだ。 なのに、どうして……こんなに、胸が気持ち悪いんだろう。 「………分からないんだ」 「………ん〜、まぁ、そんなこともあるわな。ウチだって分からんことなんかごっつぅあるし。でも、アレやな! 走っとる時はそないな感じせんかったけど、それはどうなん?」 「! それは…………」 それは、分かっている。 何故、靴裏から飛んだ柴と一緒にモヤモヤを置いていくことが出来たのか。 それは……… 「……きっと、イチは、見たくないと思うから。ちゃんと、きちんと、走ることが出来ない私のことを」 「………ほぁ〜…………」 「……こりゃあ、相当やなぁ」 「? 何か、変だっただろうか」 「…ううん、何もあらへん。……いやぁ、それにしても……今日の風はホンマ気持ちいいなぁ」 ───────── 「…これで、いいかな……や、ちょっと焼き過ぎ…? …!……はーい! …って、タマモ先輩? モニーなら今出てますけど……待ちます?」 「や、お構いなく! ちょっとした野暮用やしな。……にしても、美味そうな匂いやなぁ……これ、明日の弁当?」 「? そうですけ「誰のん?」 ………誰だって、いいじゃないですか」 「……ほ〜ん。……結構、似たり寄ったりなんかもな」 「え?」 「んーん、なんでも! 色々骨折るやろけど、ウチは応援してるさかい…頑張りや!イチ!」 「? へ?え……ぁ、はい……ありがとうございます……?」 その2(≫147、149~152) ≫147 二次元好きの匿名さん22/09/11(日) 13 51 16 ――ロクでもないヤツ、なんてものはホントどこにでもいるらしい。 私を人気のない校舎の裏に連れてきたふたりのウマ娘を見て、そう思わずにはいられなかった。 「悪いなァ、いきなりこんなところまで連れてきて」 「ウチらね、ちょーっとアンタにお願いしたいことがあんのよ」 口の端をつり上げて歯をむき出しにする、下品な笑い方。 生理的な嫌悪感でしっぽがムズムズした。 そういやこんな不良ウマ娘も、トレセン学園にはいたんだっけか。 「……で、私に何の用ですか」 「聞いたぜ。お前あのオグリキャップと仲いいんだろう?」 「そんなのあなたたちには関係ないでしょう」 「オイオイオイ、ちっとは口のきき方に気を付けた方がいいんじゃねぇのか!?」 ふたり組の片割れが私の襟首を締め上げる。 喉に感じる鋭い痛み。 どうせレースでもロクに活躍できない不良ウマ娘、と高をくくっていたけれどかなりの腕力だ。 「なぁに、カンタンなお願いだ。あのオグリキャップ様に頼め。ちょっとカネを貸してくれ、ってな」 ふざけるな、と言おうと思ったけれど。 締め上げられた喉からヒュウヒュウと空気が漏れるだけだった。 「それになぁ、お前ムカつくんだよ。オグリキャップに金魚の糞みたくベタベタしやがって。 どうせ有名ウマ娘とコネを作っとこう、とかそんな理由なんだろ?」 「アタシらに目をつけられた時点でなぁ、もう終わりなんだよ。同じトレセンにいるんだから逃げられるわけがねぇ」 ふたりの不良が獲物をいたぶるように私をにらみ付ける。 私の抵抗する気力はとっくに折れてしまっていた。 ────────────────────────────────────────────────────── 「まずはお前の持ってる分だけでいいから、出せや。あとはオグリキャップから金借りてこい」 「どうせオグリキャップはたっぷり稼いでるんだし、少しくらい分けてくれたっていいじゃん」 怖い。どうしようもなく怖かった。 もちろん、オグリから金をたかるなんて絶対にイヤだ。 でも理不尽な暴力を受けた私のメンタルはもう限界で。 ――オグリなら、きっとお願いすればお金を貸してくれるんじゃないか。 そんな考えが、頭の中をよぎってしまう。 「オラ、返事はどうなんだよっ」 締め上げたまま体をゆすられる。 喉が痛くて呼吸すらままならない。 とりあえず今だけでも苦しみから解放されたくて、私は不良の申し出を受け入れるしかなかった。 心の中で、何度もオグリに「ごめんなさい」と謝りながら。 私はこくこくとうなずく。 了承の合図と受け取ったのか、不良は私を締め上げる手を離した。 「ようやくわかってもらえたか。助かるわぁ。今月結構ピンチだったから」 「そんじゃ今持ってる分だけでも出してもらえる? ああ、それと」 不良の片方がにやにやと笑いながらスマホを取り出した。 「脱いで裸になれ。写真に撮ってやるからよ。もし誰かにバラしたら拡散してやるからな」 「恥ずかしくて脱げないってか? 何なら手伝ってやってもいいぜ」 下品な笑いを浮かべながら、ふたり組は私ににじり寄ってくる。 本気だ。このふたりは、本気で私から全てをむしり取ろうとしてるんだ。 私のお金も、プライドも、大切なものも、何もかも。 「たすけ――」 「おっと、今さら騒ぐんじゃねぇ」 不良の手のひらが私の口をふさいだ。 もう片方が私の制服のホックに手をかける。 スカートを外され、中に履いているスパッツまで下ろされて。 もういっそ死にたい、と心の中で叫んだ、その時だった。 ────────────────────────────────────────────────────── 「な に を し て い る ?」 銀髪のような芦毛をなびかせて。 私が今まで見たこともない、殺気すら感じるほどの怒りを浮かべながら。 オグリキャップが、そこにいた。 「何をしている?」 いつの間にか不良ふたりは直立不動になっていた。 それくらい怖いのだ、今のオグリが。 「黙っていてもわからないぞ」 たとえ野生のヒグマと直面したとしても、今のオグリと比べればたぶん大したことない。 そう思えるくらい今のオグリは怖かった。 あの食いしん坊で、天然で、優しいオグリとは別の存在に思えてしまう。 にらまれるだけで心臓が止まりそうだ。 「イチに何かしたのか」 オグリは服を脱がされけている私の方をちらりと見る。 まあこの状況を見れば、何かよからぬ事があったのは明らかだ。 ずいっ、とオグリが不良たちと距離を詰める。 不良たちは恐怖で固まってしまっているのか、逃げようとすらしなかった。 「何をしたんだ……どうした、話せないのか」 なおもオグリは近づくと、両手でそれぞれの不良たちの肩をつかんだ。 肩をつかまれた瞬間、不良たちは「ひいっ」と情けない声を上げていた。 「私が大食いなのは知っているだろう。もちろん肉だって食べる。いや、むしろ大好物だ」 不良たちがカチカチと歯を鳴らし始めた。 震えているのだ。 このオグリという「怪物」からにじみ出るオーラに圧倒されて 「活きのいいウマ娘の肉は――さぞ美味いんだろうな」 「たっ……たすけっ……」 「い、命だけは……」 不良たちふたりはカタカタ震えながら、その場に水たまりを作っていた。 ────────────────────────────────────────────────────── 不良たちが戦闘不能になったのを見届けると、私はそそくさと服を着直した。 それからオグリに手を引かれ、寮の私の部屋へと向かう。 幸いモニーはいなかった。そういえば今日はタマモ先輩と併走するって言っていたっけ。 「あの不良たちに何をされた? 話してくれ」 怒っているようにも見えるけれど、さっきのように怖くはなかった。 むしろ心配の色の方が濃いように見えたから。 隠しても仕方ない。私は不良たちにされたことを全て話すことにした。 「――とまあ、こんなところ。ああ、先生やたづなさんには内緒ね。あんまり大事にしたくないし」 「ダメだ! また同じことがあったらどうするっ」 オグリの大声に少し驚いてしまう。 でも本気で心配してくれてると思うと、少し嬉しい。 「こういう時は大人を頼らないとダメだ。でないと手に負えないと思った時には、すでに手遅れになってしまう」 「そっか……そうだよね」 「あと、頼るなら私を頼れ。イチに悪いことをするヤツは、全部食べてしまうからな」 「ははっ、いくらオグリでもさすがに無茶でしょ。えっ、冗談……だよね?」 まさか不良ウマ娘たちも、あの時は本気で「食べられる」と思ったのだろうか。 いや、さすがにそれはないだろう。無いと思う……たぶん。 「ところでイチ、あの不良たちに傷つけられなかったか」 「少し喉は痛いけど、あとは何ともないよ」 「す、スカート、脱がされていただろう。まさか変な事をされて――」 「何もないって!」 「よかった。私はてっきりイチが傷物にされたかと思って」 「いや傷物って表現!」 「とにかく無事でよかった。けれど、イチがまた今回のように悪いヤツに絡まれたりしないか不安なんだ」 「まあ気を付けるよ。でもあれだけオグリがしっかり脅してくれたから、大丈夫だと思うけど」 「いいや、それでも心配なんだ。できることならイチから一秒たりとも目を離したくない。私はそれくらいイチが大切なんだ」 オグリが私の手を包むように掴んだ。時に怪物と呼ばれる彼女の手は温かくて、柔らかかった。 「さ、さすがに心配しすぎでしょ……」 ぷいっ、と私はオグリから顔をそらした。 今の赤くなった顔は、できれば見られたくなかったから。 ────────────────────────────────────────────────────── あれから数日後。 私はモニーと買い物のため外出していた。 そういえば、あれからあの不良たちとは会っていない。 風の噂では学園から姿を消した、なんて話もあるようだけれど。 ぶるる、と私のスマホがメッセージの着信を震えて知らせた。 「イチってば、今日スマホいじってばっかりじゃない?」 メッセージを確認する私を見て、モニーは面白くなさそうに文句を言ってくる。 「……ごめん」 「いや、そんな深刻な顔で謝らなくても。どうしたのさ、何かあったの」 モニーと出かけている間だけで、メッセージの着信はとっくに10件を超えていた。 さすがにいちいち返信はできない。 というか、なんて返信したらいいのか。 『イチ、今日は出かけているのか。部屋にいないから心配したぞ』 『買い物に行っているのか。どうして私に声をかけなかった?』 『またアイツらに絡まれたら大変だ』 『今どこにいるんだ?』 『電話してもいいか』 『ああ、やっぱりイチが心配だ』 『お互いの居場所がわかるアプリを入れておけばよかった』 オグリから送られてくる大量のメッセージ。 ちらりとスマホをのぞき見たモニーはひきつった苦笑いを浮かべていた。 「これは……愛されてるなぁ」 「愛されてるっていうか、過保護なのよ。私だって自分の身くらい自分で守れるってば」 「そういって危険な目にあったから、こうして心配されてるんでしょ」 「ぐぬぬ。まあ、これからは気をつけるわ」 「それに……私だって、心配なんだからねっ」 ぼそり、とモニーが何やらつぶやいていたけれどあえて返事はしなかった。ひとりごとのようにも聞こえたから。 とりあえずオグリには「大丈夫だから。ごめんね」とだけ返信しておく。 それから私は、少しだけ顔の赤いモニーと買い物を続けた。 Part16 その1 グランドライブ編1 (≫58~65) ≫58 二次元好きの匿名さん22/09/20(火) 18 25 58 『イチ..?あー、あのオグリキャップの親友の』 『オグリちゃんとよく一緒にいる娘ですよね!かわいくて結構好きです!』 『一緒にいるオグリキャップが幸せそうな顔してるのが印象的でしたね』 『レースは、どうなんだろう?よく知らないですね』 よせばいいのに、ついつい気になってしまう。私はネットで時々、自分の名前、"レスアンカーワン"を検索してしまう。 検索して一番に出てくるのは、"イチ"の評判、オグリと一緒にいる写真。 レースの成績なんかはそれなりにスクロールしなければ見つからない。 私はレースの成績の割にはファンが多い。 でもそれは、例えばウララちゃんのような、頑張り屋なところが評価されてとかそういうわけじゃない。 ただオグリとよく一緒にいるから、オグリの親友というイメージが付き、所謂箱推しのような形でファンが増えた。 だから、私のレース成績のこととか余り知らない人が多い。 彼らが好きなのは、オグリと一緒にいる"イチ"であり、レスアンカーワンではないから。 "レスアンカーワン"を応援してくれている人は、いない訳ではないが、殆どいない。 全く不満がないと言えば嘘になる。 でも、特に嫌なわけではない。 それに、これは、私への罰のようなものだから。 オグリに嫌がらせをしようと絡みにいって、その結果が生んだ状況だから、これは私が甘んじて受け入れるべきことなのだろうと思っている。 でも、こうしてネットで検索して改めて突きつけられると、モヤモヤとした気分が強く感じられる。 この気持ちを放っておくのも良くないと思い、気分転換に少し散歩をすることにした。 門限も近かったから、学園内をうろうろと散策することにした。 ────────────────────────────────────────────────────── 暫く学園内を歩き回り、模擬ライブ会場の近くを通りかかる。 何人かの娘達が集まって踊っていた。 ライブの練習だろうか。 そんなことを考えながら前を横切ろうとすると、突然後ろから声をかけられた。 「あ!レスアンカーワンちゃんだよね!少し時間いい?聞いて欲しいお話があるの!」 突然自分の名を呼ばれ驚いて振り向くと、そこにはスマートファルコンがにっこりとした笑顔で立っていた。 「突然ごめんね。少しだけでいいの。今、急いでたりする?」 何の話かは分からなかったが、一線で活躍する娘に名前を知ってもらえていたという嬉しさがあり、話を聞くぐらいならいいかなと思った。 「ええ、まあ、特に予定はないので、大丈夫ですよ」 「本当!よかったぁー。えっとね、実は私達、グランドライブっていう大きなライブを計画しているんだけどね」 そう、嬉しそうにファルコンさんはグランドライブ計画の説明を始めた。「どう?グランドライブ参加してくれない?」 説明を終えたファルコンさんが期待のこもった眼差しを向けてくる。 「うーん..確かにウィニングライブ以外の形っていうのは目新しさがあっていいと思います。 でも、私なんかより適任の人はいっぱいいますよ。グランドライブ実現の為には観客も多く集めなきゃいけないですよね?私なんかよりも、もっとファンが多い人に声をかけた方がいいと思います」 先程まで、ファンのことでモヤモヤを抱えていたせいか、つい僻んだことを言ってしまった。 でも実際、オグリみたいなスターを呼び込んだ方が計画成功 私みたいなのが参加しても.. ────────────────────────────────────────────────────── 「ファンの数は関係ないよ!」 ファルコンさんは語気を少し強めてそう言い切った。 「私が言うのもおかしな話かもしれないけれど、ファンの数が多い娘ばかりを集めても、それは形を変えたウィニングライブにしかならないと思うの」 だから、と彼女はしっかりと私の目を見据えて言った。 「ファンの数は関係ない、関係なくしなきゃいけない」 「でも、観客が集まらなかったらどうしようもないですよね」 「う..そこはなんとかする。なんとかしてみせる!」 だから、お願い。とファルコンさんは顔の前で手を合わせてお願いしてきた。 その時は、ファルコンさんの理想に共感しないわけじゃなかったし、参加したくないわけではなかった。 ただ、勉強とトレーニングの両立でも大変なのにそこにグランドライブも加わるとなるとやはり迷わずにはいられなかった。 だから、少し考えていた。 すると、ファルコンさんが言った。 「それに、さっきはああ言ってたけど、イチちゃんもファンの数は多いよ!」 ファンの数を引き合いに出して断ろうとしたこと、その後で迷っている素振りを見せたから、多分、励ますつもりで言ってくれたのだろう。 私の本名も、愛称も知ってくれていて、いつもなら喜んでいたのだと思う。 ────────────────────────────────────────────────────── いつもなら、「そんなことないですよ」とか笑いながら当たり障りなく流せる。 でも、今は、そうできなかった。 「多くなんてないです。皆さん実質的にはオグリのファンみたいなものですし」 まただ。ファルコンさんは何も悪くないのに、つい刺のある言い方をしてしまった。 やっぱり、断ろう。こんな私が参加しても、きっと迷惑にしかならない。 あの、と口を開いた瞬間、横から誰かが割ってはいってきた。 「やあやあ。ファルコンくん。この娘を勧誘しているのかい?」 「あ、タキオンちゃん」 割って入ってきたのはアグネスタキオンさんだった。 この前、皐月賞を獲った、これまた一線級よウマ娘だ。「ふーむ。その顔から察するに、余り良い反応を貰えていないようだねぇ」 「うっ。さすがタキオンちゃん。鋭い..」 タキオンさんの乱入に邪魔されちゃったけど、ちゃんと断らなきゃ、とタキオンさんに向けていた目線をファルコンさんに戻した。 その時、タキオンさんが興味深げな顔で、おや?と私の方へ近付いてきた。 「君、確かどこかで..ああ、そうだ。オグリ君の親友、イチ君、だったかな..?」 今日は厄日だ。 いつもなら、ここまでモヤモヤすることもないのに。 ────────────────────────────────────────────────────── むしろG1を獲るようなウマ娘に自分のことを知って貰えているなんて嬉しくなってもおなしくないのに。 今日に限って。 エゴサなんて、やっぱり録なことにはならない。 私は少し伏し目がちになりながら、小さく「はい」とだけ答えるので精一杯だった。 その様子を見ていたタキオンさんは、少し顎に手をあて、何かを思案する素振りを見せたかと思えば、直ぐに私の耳に顔を近付けて囁いた。 「君という存在を皆に刻み付けるチャンスだよ。レスアンカーワンくん」 驚きと困惑が私を襲った。 私の名前を知っていたことに驚いたのは勿論。 私の抱えているモヤモヤを知っているかのような発言も さっき、私のことはなんとなく知っている程度というような言動をしていたことも私を混乱させた。 「なんで..」 私は驚きと混乱で、思わずそう口に出していた。 「なんで、とは、何に対してのことかな?」 タキオンさんはそう、意地の悪い目をしながら、ニヤリと笑った。 少し冷静になり、一つの考えに思い至った。 もしかして最初の、私のことをオグリの親友と言ったあの言葉は、私の反応を見るためだったんじゃないか、と いや、でもなんのために? というか、何で私の悩みを知って..? ────────────────────────────────────────────────────── もしかして、ファルコンさんとの会話、聞いてたんじゃ..? 「恐らく君の想像通りだと思うよ」 クックックッと彼女が笑う。 「そして私の予想通りでもあった、という訳さ!」 両手をばっと左右に広げ、人差し指と薬指をピンと立たせた謎のポーズを取りながら、彼女は言った。 この人は心が読めるんだろうか。 それともそう思わせているだけ..? もし会話を聞いていたならいつから聞いていたんだろう? わからない。 それに、ずっとニヤケた笑みを浮かべていてなんだか少し腹立たしくも感じるけれど。 でも、私は彼女の言葉で気持ちが揺らいでもいた。 「君にとっても悪い話ではないはずだ。どうだい?私達と共にグランドライブを成功させてみないかい?」 タキオンさんは、またさっきの変なポーズをして、勧誘してきた。 なんだか、掌の上で踊らされているようにも思ったが、私の気持ちは傾いていた。 心のモヤモヤも少し晴れていた。 答えが分かったから。 私が、何にモヤモヤとした感情を抱いていたのかの。 ううん。本当はずっと分かってたんだと思う。 それに自分への罰だなんだと蓋をしてきた。 でも、彼女の言葉でその蓋が開けられてしまった。 でも-- ────────────────────────────────────────────────────── 「でも、私はファルコンさんみたいな、凄い目的とか、理想とかないですから。足を引っ張るだけだと思います」 この言い方では参加自体が嫌とは言っていないということに言い終えてから気が付いたが、時既に遅し。 先程まで、私が不機嫌な態度をとってしまっていたせいで、困ったような顔をしていたファルコンさんの表情が明るくなった。 一応断りの文言を言ったはずなのに、まるで気にしていないかのように。 対照的に、タキオンさんは先程までのニヤケているような笑みが消え、真剣そのものな表情になっていた。 そして、私の目を見据えて、口を開いた。 「何かを成し遂げたいと思う気持ちに、大層な理由なんて、必要ない。私はそう考えているよ」 彼女は、直ぐに元のニヤケた笑みを顔に浮かべ、またまた謎のポーズをして声を張り上げた。 「グランドライブは皆のエゴをぶつける場所さ!」 エゴ、マイナスの意味で使われているその言葉に、何故だか私は惹かれた。 「それに、参加者皆がファルコン君と同じ目的を共有しているわけではない。私とて、そうさ。ただ、私の目的の為に利用出来ると考えたから、こうして参加している」 ファルコンさんがエッというような顔をしているのが視界の端に見えたが、タキオンさんは構わず続ける。 「君も存分に利用したまえ。グランドライブとは皆のエゴの、夢のためにある」 ────────────────────────────────────────────────────── 私は、オグリと一緒にいる"イチ"として好かれていることが、特段嫌な訳ではない。 でも、全く不満がないと言えば、嘘になる。 私を"レスアンカーワン"として応援してくれる人は殆どいない。 でも、いない訳じゃない。 メイクデビュー以降、レースの度に観客席から私の名前を叫ぶように呼んで、応援してくれている人達がいる。 数百人、もしかたら数十人にも満たないかもしれないけれど、確かにいる。 私は、私なんかをそんな風に応援し続けてくれている人達に、"レスアンカーワン"のファンに「勝てたよ」でも、「応援ありがとう」でもなくって、「私のことを好きになってくれてありがとう」って伝えたい。 そして、私は、"イチ"のファンに"レスアンカーワン"の存在を、叩き付けたい。 こんなの、完全に私のエゴ、我が儘だ。 でも、もし、それが許される場だと言うのなら、その為に使ってもいいと言うならば.. 気付けば、口を開いていた。 「私、参加したいです。いえ、参加させてください。グランドライブに!」 その2 グランドライブ編2 (≫77~82) ≫77 二次元好きの匿名さん22/09/22(木) 18 53 36 グランドライブ計画に参加してから数週間経った。 毎日、トレーニングの後にライブの練習や勧誘で忙しく、自由な時間なんて殆ど無くなった。 でも、不思議と後悔を感じたことはない。 参加したいと言ったときに「私は全て分かっていたよ」とでも言いたげな表情をしていたタキオンさんの顔を見た瞬間を除いて、だけど。 そんなある日、いつも通り、朝のお弁当を渡してオグリに渡して、食べ終わるのを待っていた時のことだった。 オグリが珍しくお弁当の中身や味のこと以外で私に話しかけてきた。 「イチ..その、最近寮に戻る時間も遅くて、とても忙しそうだが、何かあったのか..?」 オグリにはすっかり伝えたつもりだったが、どうやら伝えていないという事実を失念していたらしい。 トレーナーさん、モニー、そしてクリークさんには話していた。 だから自然とオグリにも話していたと思い込んでいた。 「ごめん。そういえば言ってなかったね。実は私、今グランドライブ計画に協力してて、それでレッスンとかで帰るのが遅くなってるの」 「グランドライブ..ああ、噂になっているやつだな。イチも参加していたのか」 その会話の後はいつも通り、オグリがお弁当を食べ終えるまで会話はなかった。 「ご馳走さまでした」 「はい、お粗末様でした」 「今日も美味しかったぞ。ありがとう」 そう言ってオグリは私にお弁当箱を差し出した。 ────────────────────────────────────────────────────── 「ありがと」 いつも通り、そのまま朝練に向かおうと立ち上がりかけた時、オグリが少し不安気にも見える顔で私に言った。 「もし、イチが大変なら、朝の弁当は無理しないで大丈夫だぞ。私は、イチの邪魔はしたくない」 オグリが私を引き留めるなんて珍しかったから何を言われるのか少し不安だったけど、彼女の言葉を聞いて、安心した。 「無理なんてしてないよ」 そう笑いかけた。でも、オグリはまだすっきりしてないようで、「本当に無理してないか?」と尋ねてきた。 「本当だよ。もう一年ぐらい続けてるから、むしろ作らなかったら調子が狂っちゃう」 オグリはようやく安心したように、「そうか。良かった」と呟くように言った。 しかし、オグリはまだ何か考えているのか、まだ少し難しい顔をしていた。 「オグリ、どうしたの?」 「いや、うん。イチと一緒にライブが出来たら楽しいだろうなと思ったんだ。私も、グランドライブに参加しようかな」 「ダメ!」 ────────────────────────────────────────────────────── 口に出した私が驚く程の声でそう口に出していた。 「イチ..?」 「あ、いや、違くて、オグリと一緒にやるのが嫌とかじゃないの。ただ..」 「ただ..?」 オグリはさっきよりも不安そうな顔をしていた。 当然だ。後から思い返しても、私がなんであそこまで強く言ってしまったのか分からないほどなのだから。 ただ、困惑と同時に、ある強い思いを抱いてもいた。 私は、オグリにも.. 「ただ..オグリには、観客として私を観てて欲しいの。"私"を、観て欲しい」 そこで漸く私は我に返った。 「あ、いや、ごめん。何言ってるんだろうね。オグリがやりたいって言うのに、私がダメって言う権利もないのにね。アハハ。ごめん。ホント」 早口でまくし立てる私のことをじっと見つめた後、オグリは、頷いた。 「分かった」 「え..?」 「イチがそう言うなら、私は観客として観ようと思う」 オグリは真っ直ぐに私の目を見据えながらそう言った。 その声音からは私への信頼を感じた。 ────────────────────────────────────────────────────── 「~~っ!もう、本当..そういうとこが..」 私はそう小さく口にしながら、恐らく赤くなっているであろう顔を見られないように、オグリから目をそらした。 「何か言ったか?イチ」 「..別に..ずるいなって..」 私は何を言っているのだろう。 「ずるい..どういうことだ?」 「何でもない!じゃあ、私行くから!」 私はそう言ってお弁当箱を抱いて、そのまま駆け出した。 「いや、何で追いかけて来てんの!?」 私が駆け出した直後、オグリがそのまま後ろから追いかけてきた。 ────────────────────────────────────────────────────── 「イチ、すまない。何か怒らせるようなことを言ってしまったのだろうか」 その言葉を聞いた私はスピードを緩めながら、否定した。 「怒ってるわけじゃない」 オグリもスピードを緩め、私の近くで止まる。 「じゃあ、どうしたんだ?」 「何でもない」 私がそのまま再び歩きだそうとすると、オグリに腕を掴まれた。 「何か、嫌な気持ちにさせてしまったなら正直に言って欲しい。私はイチに嫌われたくはないんだ」 本当にずるい、これで振り切って行けるわけないじゃないか。 「オグリにドキドキさせられたなんて!本人に向かって言えるわけないでしょ!」 そうヤケっぱちで言い捨て、オグリの腕を振りほどき、走り出す。 オグリは私の言葉に、声の大きさか内容にかは分からないけど驚いたみたいで、今度は追いかけて来ることはなかった。 オグリに変な不安を抱かせたり、最後に無理矢理腕を振りほどいたりしたことに罪悪感を覚えつつ、私はそのまま駆けていった。 イチの言葉に驚き、その場に取り残され暫く呆然としていたオグリキャップは、誰に向かって言うでもなく、一人、ポツリと呟いた。 「確かに、私はずるいな。イチと過ごす時間が減るのが寂しくて、私も参加すると言ったなんて、絶対に言えないから」 その3(≫101) ≫101 二次元好きの匿名さん22/09/25(日) 14 14 23 モニー「はいこれ、お祝いのケーキ」 イチ「お祝い? えっ、なんもお祝いされるようなことなんかないけど」 モニー「だって、ほら。できたんでしょ・・・彼氏」 イチ「彼氏!? いないってば、そんなの」 モニー「見たんだよ、商店街でイチと帽子をかぶった男が歩いてるの。男の顔はちらっとしか見えなかったけど」 イチ「男となんて出かけるわけないでしょ?きっと見間違いだってば」 モニー(見間違いなわけない。あれは間違いなくイチだった) モニー(どうして隠すんだろう。私には話してくれないんだろうか) モニー(ルームメイトで、ライバルで、親友だって思ってたのに) モニー(もしかして・・・そう思ってたのは、私だけ?) イチ「ねえモニー」 モニー「な、なに?」 イチ「それ、たぶん・・・変装してたオグリだと思う。GⅠレースの後だから、あんまりファンから声をかけられると落ち着かないからって。それで帽子で髪と耳を隠してたの」 モニー「うそでしょ、それじゃあ私の勘違い?」 イチ「うん、まあ、そうなるかな。でもさ」 モニー(は、恥ずかしい・・・) イチ「ケーキは、半分こしようか」 モニー(そう言って、困ったように笑いながらイチはケーキを切り分けてくれた) イチ「うん、おいしい。モニーは私があそこのケーキ屋さん好きだって知ってたんだね」 モニー「もちろんでしょ。だって――」 ――私はイチの、友達だもの。 その4 男装オグリとイチのデート (≫121~125) ≫121 男装オグリとイチのデート がやがやと騒がしい休日のショッピングモール。 私はオグリとふたり、連れ立って出かけていた。 「今日のイチはずいぶんと可愛い服を着ているな」 オグリが真顔で言い放つ。 さらっと事もなげに言ってくるのが、ちょっぴり腹が立つ。 こっちは顔が赤くなるのを抑えるのに必死だというのに。 ちなみに、いつもより張り切ってオシャレをしたのは内緒だ。 「べ、別に可愛くなんかないわよ。それよりオグリはなんでそんな・・・男の子みたいな格好なの」 今日のオグリはロングヘアを後頭部にまとめ、帽子をかぶって目立たなくしている。 耳も隠れているから、よほどじっくり見ない限りオグリキャップだとはわからないだろう。 「今日はなるべく、目立たないようにしたんだ。ファンに声をかけられないように」 「あら、オグリってファンサービスとか苦手なタイプだっけ?」 そんなことはない、とオグリは首を振る。 「せっかくイチとのお出かけだからな。イチとの時間を大事にしたいんだ」 どくん、と心臓が飛び跳ねた。 本当に何なんだ、この芦毛の怪物は。 「あっ、あそこ、キッチン雑貨のお店! ちょっと見てくるっ」 耐えきれずにオグリと距離をとる。 動揺したせいで変な汗まで出てきた。 大丈夫かな、クサくないだろうか。 別にオグリはそんなこと気にしないとは思うけど、そんなことまで気にしてしまう。 すぐにオグリは追い付いてくる。 そう思っていたのだけれど、オグリがやってくる気配はない。 ────────────────────────────────────────────────────── 「――あ、あの! いっしょに写真撮ってもらえませんかっ」 さっきまでオグリがいた方向から、黄色い声が聞こえてくる。 振り向けばオグリが知らない二人組の女から声をかけられていた。 「オニイサン、すっごくカッコいい! 銀髪が似合う男なんて生で初めて見た」 「もしかして外国のヒト?ねぇお願い、ちょっとだけでいいから」 頭の悪そうな若い女に囲まれても、オグリは落ち着いていた。 さすがはGⅠで何勝もしているウマ娘。 戸惑ってはいるようだけど、取り乱すことなく対応していた。 その光景を見て思い知らされた。 私なんかとは格が違うのだ、オグリキャップというウマ娘は。 気が付いたら私は駆け出していた。 もちろん全速力ではないけれど。 それでもショッピングモールを走るには、ヒトにとっては十分に危ないスピードだった。 「――おい、気をつけろ! どこ見てんだ!?」 「ウマ娘じゃないか、危ねえな」 どすん、と重い衝撃。 見上げればいかにもガラの悪そうな若い男がふたり立っていた。 片方の男は、私がぶつかったところを痛そうに押さえている。 その光景を見て、私は背筋がすうっと冷たくなった。 「おいおいおい、ウマ娘が店の中を走り回ったらダメだろ」 「トレセンに通報されたくなかったら……わかってるよな?」 ウマ娘がヒトにケガをさせるのは、正当な行為でない限り許されない。 トレセンに入学してから何十回も言い聞かされてきたことだ。 「ご、ごめんなさい。私の不注意で」 こんな混み合ったお店で、走ってぶつかってケガをさせたなんて知られたら、トレセンを退学になってもおかしくない。 それだけはなんとか避けたかった。 ────────────────────────────────────────────────────── 「まあ、こんな可愛いウマ娘ちゃんとお知り合いになるチャンスなんてそうそうないからな」 「悪いようにはしねぇ、ちょっとお兄さん達と遊ぼうぜ?」 ニヤニヤと笑う男どもの、ねっとりとした視線。 私の耳、胸、お尻、太ももから、つま先まで。 気持ち悪い。本当に気持ち悪い。 でも、ここで抵抗したら、私の立場が悪くなってしまう。 覚悟を決めた――その時だった。 「イチ!!」 帽子をかぶったオグリが駆け寄ってくる。 その姿をみた男どもは、挑発的な表情をオグリに向けた。 「なんだテメェ、この子の彼氏か?」 「彼氏ならよぉ、お前にも責任取ってもらおうか。さっき思いっきりぶつかられてな、まだ痛てぇんだ」 殴りかかりそうな勢いで男どもはオグリに詰め寄った。 このままじゃオグリもただではすまない。 私のせいだ。私のせいでオグリに迷惑をかけてしまう。 私のせいで、もしオグリがレースに出られなくなったりしたら―― ――イチ、大丈夫だ。問題ない。 ウマ娘だけに聞こえるくらいの、小さなささやき。 そんなかすかな声が、私にとっては何よりも頼もしかった。 「申し訳ない。ここは私が誠心誠意をもって、対応させてもらおう」 そう言ってオグリは帽子を脱いで、まとめていた髪をほどいた。 芦毛のロングヘアがさらりとなびく。 まるで風になびくカーテンのように舞う髪からは、ふんわりと花の香りがした。 もし三女神がもし目の前に現れたとしたら、きっとこんな感じなんだろう。 気付けば、私もガラの悪い男たちもぽかんと口を開けていた。 オグリの姿に見とれてしまっていたのだ。 ────────────────────────────────────────────────────── 「た、助かった……」 がくり、と力が抜ける。 よろけた私をオグリが支えてくれた。 「大丈夫か。立てるか?」 大丈夫、と言おうと思ったけれど思ったように脚に力が入らない。 情けないことに、男どもに絡まれたせいで思ったより私はビビッてしまっていたらしい。 私が歩けなくなっていることに気づいた店員さんが、バックヤードにある休憩スペースを使っていいと声をかけてくれた。 「すまない。少しの間、休ませてもらえるだろうか」 ひょい、とオグリは私を抱え上げた。 いわゆるお姫様抱っこ、というやつで。 トマトみたいに赤くなった私は、あっという間にバックヤードに連れ込まれてしまった。 ちょこん、と休憩スペースの椅子に座らされる。 オグリは膝をついて私と視線の高さを合わせた。 「……すまない、すぐに駆け付けられなくて」 「別に怒ってないし」 「もう心配ないぞ、私がいるからな」 「わかってるわよ、そんなの。だってオグリが来てくれたんだもの」 とはいえオグリはまだウマ耳がふにゃりと垂れてしまったままだ。 まだ私を危ない目に合わせてしまったことを気に病んでいるらしい。 「ああ、もう、私は大丈夫だからっ。せっかくだし美味しい物でも食べて帰りましょう」 しょんぼりしたオグリに少しでも元気を出してほしかった。 私はぴしゃりと自分のひざを叩いて、立ち上がろうとして。 焦っていたせいか、椅子に足をぶつけてよろけてしまう。 「イチ、危ない!」 がっしりと私を支えてくれたオグリに、そのままもたれかかる。 やわらかい感触、花のような香り、そして――オグリの匂いがした。 ────────────────────────────────────────────────────── 「私はそこまでお腹は空いていない……本当だぞ。だから今日はもう帰ろう」 「やだ」 オグリが私を心配してくれているのは、痛いほどわかる。 わかるけれど、それでも。 「なあ、そろそろ離れた方がよくないか」 「やだ」 それでも、私はオグリに抱きついたまま離れない。 「……やれやれ、今日のイチはずいぶんわがままだな」 諦めたように、ふっと笑ったオグリの手が私をそっとなでる。 今日はオグリを困らせて、甘えてばかりだ。 でも、せめて今日くらいはいいだろう。 そう開き直って、私はオグリにぐりぐりと鼻先をすり寄せた。 その5 (≫149) ≫149 二次元好きの匿名さん22/10/02(日) 20 36 28 部屋にはオグリと私、ふたりきりだ。モニーはどこかへ出かけたのか、戻ってくる気配はない。 「なあイチ、これを受け取ってくれ」 ムカつくくらいキリっとした顔をしたオグリが、小さな小箱を取り出した。 たぶん5センチ四方くらいだろうか。 オグリがその箱を開ける。閉じ込められていた煌めきがきらきらと輝いた。 私にだってわかる。これがダイヤモンドだってことくらいは。 「え、なにこれ、指輪・・・?」 「ああそうだ。受け取ってくれ。これは婚約者の証しだ」 「で、でも・・・ウソでしょ、私ウマ娘よ?」 「気にするな、カサマツじゃ全然ありだ」 私の精一杯の抗議を、オグリはまったく意に介することなんかなくて。 くいっ、と私のあごを持ち上げる。 私はもう身動きなんてできなかった。 オグリの顔が、唇が近づいてくる。 怖いわけではないけれど、無意識のうちに目をつぶっていた。 視界はなくても気配はわかる。 アイツの唇が、もう少しで、触れそうに―― ― ―― ――― 「……だめっ!」 目を覚ませば、見慣れた部屋。そしてモニーの穏やかな寝息。 「なんなの……意味わかんない」 ずいぶんと妙にリアルな夢だった。本当にムカつく。 どうして起き抜けにこんなモヤモヤした気持ちにならないといけないの。 それもこれも、あのやたら顔の良い芦毛のウマ娘のせいだ。 起きるには少し早い時間だけれど、二度寝はできそうにない。 仕方なく私は、ちょっとだけ手の込んだお弁当をアイツに作ってあげることにした。 その6 グランドライブ編3 (≫169~175) ≫169 二次元好きの匿名さん22/10/05(水) 19 14 33 思えば、不思議だ。 あの日、私はエゴサをしていなければ、グランドライブには参加していなかったかもしれない。 ファルコンさんが私に声をかけなければ、 タキオンさんの言葉が私のエゴの蓋を開けていなければ、今、私はここにはいないだろう。 この計画に参加しなければ卒業まで関わることもなかったであろう娘達と肩を並べ合っている。 二人には感謝している。 私の思いを皆にぶつけるチャンスを貰えた。 私の思いに気付かせてくれた。 だから、私の「夢」のためにも、彼女達の「夢」のためにも、今日は、絶対に成功させる。 今日はグランドライブ当日。 それぞれの「夢」を胸に抱いて、私達は躍り、歌う。 「やあ、イチくん。調子はどうかな?」 「さすがに緊張しますね。タキオンさんは..いつも通りですね」 「はっはっは!そう見えるかい?」 少なくとも緊張しているようには見えなかった。 「緊張してるんですか?」 「多少はね。これだけの時間を費やして来たんだ。緊張しない方がおかしいさ」 少し意外だった。全校生徒の前であれだけの演説をぶっていた彼女でも緊張するのだなと思った。 いや、あれだけのことを言ったからこそなのだろうか。 ────────────────────────────────────────────────────── 「二人ともー。十分後には始まるよー」 そうファルコンさんが私達を呼びに来た。 「ああ、すぐ行くよ」 「すぐ行きます!」 返事をして立ち上がった私は、ふと思い立って、二人を呼び止めた。 「あの、ファルコンさん。タキオンさん」 「どうしたの?」 「どうかしたかい?」 「その、ありがとうございました。私が、今日、ここにいるのは、お二人のおかげです」 私は深々と頭を下げた。 「お礼を言われるようなことはした覚えはないよ」 「そうだよー。私の方こそ皆にお礼を言わなきゃいけないのに」 「それに、終わった気になるのはまだ早いよ。グランドライブは、これからだよ」 確かに、その通りだ。 私は気を引き締め直し、二人と共に、待機場所へと向かった。 ────────────────────────────────────────────────────── ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 「よーさん人おるなー。大盛況やな」 「ああ、だが、正面の位置を取れなかったのは残念だ」 「ステージの通路?かしら、がぐるっと一周してるように見えますし、此方にも来るんじゃないですかね~」 「変わった形のステージですね」 今日、私はタマとクリーク、モニーと共に、グランドライブを観に来ていた。 タマの言った通り、観客はとても多く、移動するのが難しい程だ。 あの日、イチに観客として観て欲しいと言われてから今日まで、ずっと楽しみにしていた。 何故、イチは私に観て欲しいと言ったのか、その理由はまだ分からない。 だからーー 「観ているぞ。イチ」 ────────────────────────────────────────────────────── ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 「うぅー。緊張してきたー」 トップバッターである私達は、既に360度一周しているステージの真ん中にある、砦のようなオブジェクトの中で待機をしていた。 緊張した空気がここには立ち込めていた。 そんな中、誰かがポツリと漏らした緊張の言葉を、ファルコンさんは聞き逃さなかったようだ。 「よし!皆で円陣をくまない?少しはリラックスできるかも!」 ファルコンさんの提案があり、皆、めいめいに円形になるように並んだ。 20人近くが一つの円になり、手を重ねたから、かなりぎゅうぎゅう詰めになってしまった。 「せま!」 「きついー!」 そんな声も聞こえてきたり、それで笑った娘もいて、皆自然と張り詰めていたものが溶けていった。 「よーし!じゃあいくよー!」 ファルコンさんの掛け声で皆がざわつきを沈める。 「トレセーン!ファイッ!」 オー!と声を合わせ、重ね合わせた手を掲げる。 皆、緊張が解れたようで、笑みを交わしながら、再びそれぞれの待機位置へともどって行った。 そして、その直後、スタッフさんからもう始まるという旨の声がかかる。 私は最後に、ふう、と一息付き、前を見据えた。 ────────────────────────────────────────────────────── ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 観客席の照明が落ちて行き、辺りに光を与え続けているのはステージを照らすライトと皆の持つペンライトの光だけになっていく。 既に観客席は静まり返っている。 ウィニングライブとは違う、不思議な高揚感が会場を包んでいた。 そして、曲が、始まった。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 目の前の跳ね橋が降りていき、少しずつ会場の景色が目に入り始めた。 ステージに向かって行進をする。 やっと皆合えたね。 そうだ。やっとだ。やっと、私のエゴを"私"のファンにぶつける時が来たんだ。 絶対に、成功させる。 最初は私は後ろで、ウィニングライブならバックダンサーの位置で踊る。 グランドライブは皆が輝く、皆が夢をぶつける場。 今は、センターにいる娘達を輝かせる。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ ────────────────────────────────────────────────────── 「よく見えないですね~」 「ああ、向こうの画面もステージに隠れて余り見えないな..」 観客の山とステージの形に邪魔をされ、イチ達が踊っているステージの正面は小さくちらちらとしか見えなかった。 カメラが写した映像が投影される大きなモニターも観客席の上についているのだが、ここからだとそれも余り見えない。 イチからはこの辺りの席を取っておいて欲しいと言われていたのだが、聞き間違えたりしてしまっていたのかと、不安になってきていた。 だが、どうやらそれは杞憂だったようだ。 正面で踊っていたイチ達は左右半分程に分かれ、イチは私達のいる方へとステージを走ってきた。 彼女達は、ステージの階段を上り、少し高い位置にある、広場のようになっている位置に並んだ。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ ステージを移動し、階段を上った先にある、開けた場所に出る。 多分、この辺りの人達は、さっきまで私達の姿はよく見えてなかったはずだ。 だから、今度はここにいる人達に最高の私達を観てもらう。 そして、もうすぐだ。 私が、このライブで一番輝ける瞬間。 観ていてね。皆。オグリ。 次々と前に立つダンサーが入れ替わっていき、私も徐々に前に出ていく。 そして、最後に一気に、一番前に 「君と勝ちたい!!」 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ ────────────────────────────────────────────────────── 一瞬。 一瞬だった。 イチのその姿を見た瞬間、周囲から音が消えた。 ステージにいる彼女の姿は、キラキラと輝いて見えて..とても、綺麗だった。 イチが、真ん中にいたのは、時間にすれば10秒もなかっただろう。 けれど、その一瞬の彼女の姿が瞼に焼き付いて、離れなかったんだ。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ Part17 その1(≫75) ≫75 二次元好きの匿名さん22/10/16(日) 21 16 45 ~~レース前~~ イチ「……ねえ。あなたの髪飾り、ちょっと貸して」 オグリ「どうするんだ?」 イチ「いいから! すぐに返すから、早く!」 オグリ「わ、わかった」(髪飾りを外す) イチ「ん」 オグリ(イチは私の髪飾りを手に取ったまま、じっと見つめていた) オグリ(どうするつもりなんだろう、と不思議に思っていたら) オグリ(そっと、イチは私の髪飾りに口づけた) イチ「ねぇ……頭、出して。髪飾りつけるから」 オグリ「ん」 イチ「絶対勝って。おまじない、ちゃんとしておいたから」 オグリ「ああ、イチは私の勝利の女神だからな。絶対に勝利をプレゼントするから、帰ったら美味しいご飯を頼む」 イチ「寮の冷蔵庫に、もう仕込みはしてあるわよ。だから、その……頑張ってね」 ほんのりと赤く頬を染めたレスアンカーワンに送り出され、オグリキャップはパドックへ向かった。 レースの結果は――もちろん、言うまでもないだろう。 その2 (≫103~108) ≫103 二次元好きの匿名さん22/10/20(木) 17 49 21 「あ、あの!」 ある日、オグリと街を歩いていると、同い年ぐらいの女の子に、声をかけられた。 「すみません。その、フ、ファンです!」 緊張しているのだろう。少し上ずったような声でその女の子は言った。 「だってさ、オグリ。私は向こうで待ってるね」 いつものようにオグリのファンだろうと思った私は、オグリに目を向け、そう言った。 しかし、その娘が次に発した言葉は、私にとって想定外のものだった。 「あ、あの、いえ、えと、私、イチさんの、ファンで..」 「え、私?」 驚いて、つい聞き返してしまった。 オグリとセットで写真を求められたりすることはあるけど、オグリじゃなく私のファンだと言う人に声をかけられたことはなかったから。 「はい!私、デビュー戦の時に貴方の走りを見てから、ずっと、イチさんの、レスアンカーワンさんのファンで..」 そんな前から、と驚くと同時に、嬉しさと、なんだか気恥ずかしさが込み上げてきてむず痒くなった。 オグリの顔をチラリと見ると、何故か自慢気にも見えるニコニコな顔をしていた。 あんたは私の保護者か。 ────────────────────────────────────────────────────── 「えーと、ありがとう。すごく嬉しい」 私は素直に嬉しさを伝えた。 後は、何すればいいんだっけ。 オグリと一緒によくファンサをしていて慣れていた筈なのに、今は、緊張で上手く頭が回っていなかった。 「あ、こういう時はやっぱり握手かな」 私が手を差し出すと、ファンの娘はすごく嬉しそうに、私の手を握り返した。 「ありがとうございます!あと、サインもお願いしていいですか?」 「もちろん!」 彼女はバッグの中からメモ帳とペンを取り出し、お願いしますと私に差し出した。 私は、残念ながら自分のサインなんて考えたこともなかったから、少し味気のない、シンプルなサインを描いてメモ帳を返した。 飾り気のない地味なものだったが、それでも彼女はすごく喜んでくれた。 こんなに喜んでくれるとなんだか地味なものになってしまったのが少し申し訳なく感じられた。 サイン、考えとこうかな.. そんな私の気持ちを余所にファンの娘は本当に嬉しそうだった。 若干の後悔を感じつつも彼女の喜びが私にまで伝わってきて、私もすごく、嬉しくなってきた。 「あ、あの、ありがとうございました。宝物にします!」 彼女はそう頭を下げて、お礼を言ってくれた。 ────────────────────────────────────────────────────── 「こちらこそ、ありがとう。本当に嬉しいよ」 こんなにも私を推してくれている彼女に何か返せることはないだろうか。 そうだ。 「ねえ。良かったら一緒に写真取りませんか?」 「へ?え。ぜ、是非、お願いします!」 あわあわとスマホを取り出し、スマホを構えた彼女に肩を寄せて並び、ツーショットを撮った。 私も自分のスマホで記念に一枚、撮影した。 この時、私は嬉しさと興奮で、側で待ってくれているオグリのことをほっぽってしまっていた。 後から考えると待っててとか一言ぐらいかけておくべきだったのだろう。 でも、この時の私はその事に気付きもしていなかった。 「ありがとうございます!私、今日のこと絶対忘れません!」 その後も少しファンの娘と会話していると、突然、しっぽに何か触れた気がした。 気のせいかな?と思って特に振り向きもせず、会話を続けていると、今度は間違いなく、何かが私の尻尾を撫でた。 ────────────────────────────────────────────────────── 「ひゃ!?」 ビックリして少し小さく悲鳴をあげてしまつまたので、ファンの娘が「どうしました?」と心配してくれた。 「ううん、なんでもないよ。大丈夫」 そう笑顔で答えたが、内心は全然大丈夫じゃなかった。 私の尻尾に触れている何かは、フワッとした心地の多分、私の尻尾と同じようなものだ。 そして、それは徐々に私の尻尾に巻き付くような動きをしている。 まさか、と思い、後ろ目でチラリと尻尾の方を確認すると、綺麗な芦毛の尻尾が私のそれに巻き付いているのが見えた。 オグリ!?なんで急に..てかこれって.."尻尾ハグ".. 思わずオグリの方を向くと、なんだか少し怒っているような、拗ねているようなそんな目で私の顔を見ながら、頬を赤らめているオグリの顔があった。 やば、もしかして怒らせちゃった..? いや、でもそしたらこの尻尾はなんで.. そんな私の様子からファンの娘もオグリの様子に気がついたようだ。 オグリの表情を見た彼女は、あっ。というような顔をした。 そして、どうやら私の足の間から尻尾も見えたのだろう。視線を下に向けた彼女は、数秒、フリーズしたように動かなくなったが、突然、顔が真っ赤に変わった。 「あ、あのすみません。長々と、そろそろ失礼いたします。本当にありがとうございました!」 顔を真っ赤にさせた彼女は早口でそう言うと、オグリに向かってこう言った。 「あの、オグリさん。私、応援してます!」 そして、ファンの娘は早足で去っていく。 私は彼女の背中に向かって「ありがとう。またね」と別れを告げる。 ────────────────────────────────────────────────────── 「あの、オグリさん。そろそろ尻尾を..」 ファンの娘がいなくなり、近くを歩く人達の視線が気になり始める。 「嫌だ」 「や、その皆に見られてるからさ..」 やっぱり怒らせてしまったのだろうか? なんだか拗ねたような声に心配が増していく。 「オグリ、怒ってる?ごめんね。ほっぽっちゃってて」 「怒ってるわけじゃない」 え?どういうことだ。じゃあどうして、いや確かに怒ってるのに尻尾を絡ませるとは思えない。じゃあこれって..? 「オグリ、妬いてるの..?」 まさかと思いながらも、そう尋ねてみると、オグリは赤らめた顔を小さく縦に動かした。 ドキッと心臓が高鳴る。 オグリ、嫉妬なんてするんだ..しかも、私のことで.. 多分、私も今、顔真っ赤だな。 「ねぇ、オグリ。じゃあさ、手、繋ご。このままだと歩きにくいしさ」 私の言葉に漸く尻尾をほどいてくれた。だが、ファンとの交流と、オグリの意外な感情で、私はすっかりテンションがおかしくなってしまったのだろう。 どうやら歩いている内に、無意識に尻尾を絡ませていたようだ。 寮の近くでタマモ先輩と出会ったときに、指摘されて気が付いた。気がついた時の私の顔は人生で一番赤くなってたと思う。 それどころか、別の生徒にも見られていたようで、後日、学園中の噂になってしまったのはまた別のお話。 その3 (≫123) ≫123 二次元好きの匿名さん22/10/22(土) 21 28 58 寮の自室でスマホをいじっているモニーはふと顔を上げる。 目に入るのは、ルームメイトの空のベッド。 イチは朝から出かけている。 どうせ、お相手はあのオグリキャップだろう。 イチは気付いているんだろうか。 私と遊ぶ時間も、おしゃべりする時間も、めっきり減ってしまったことを。 きっとしばらくは帰らないだろう。 私は自分のベッドから、おもむろにイチのベッドへともぐり込んだ。 イチの使っているシーツ。 イチの使っている枕。 イチの使っているコンディショナーのにおい。 こんなにもイチを感じることができるのに――イチはここにはいない。 それが寂しくてしょうがなかった。 イチをオグリキャップに奪い取られたような気分だ。 「ムカつく……ぽっと出のくせに、調子に乗って……」 気が付いたら、私はそんな言葉を口に出していた。 その4(≫143)≫137より派生 ≫137 二次元好きの匿名さん22/10/24(月) 22 14 32 イチちゃんが素直に「どうしたら許してくれるのか」を聞いたら モニーちゃんにちっちゃい声で「……しっぽはぐ」って言って欲しい ≫143 二次元好きの匿名さん22/10/25(火) 23 55 06 ハンバーグを作った。 にんじんのグラッセを添えた、渾身のひと皿だったのだけれど。 それでも、モニーは私と口をきこうとしてくれなかった。 カレーを作った。 じゃがいもの代わりににんじんを多めに入れたから、ウマ娘なら誰でも美味しいと言うはず。 それでも、モニーは私と口をきこうとしてくれなかった。 パンケーキを作った。 肉料理でもカレーでもだめなら、スイーツしかない。 すり下ろしたにんじんも混ぜ込んだ、優しい甘さのパンケーキ。 もしこれでモニーが許してくれなかったら、私はどうすれば―― 黙々とパンケーキを食べるモニーを、私はじっと見守ることしかできなかった。 モニーはパンケーキを食べ終えても黙ったまま。 その沈黙がやけに長く感じられて、怖かった。 私は、おずおずとモニーを上目づかいでちらりと見る。 モニーはぷいっ、と顔をそらした。 ああ、いよいよ「愛想を尽かされたんだなぁ」なんて思っていると。 「し……しっぽハグしてくれたら、許してあげる……」 ごにょごにょとモニーがつぶやく。 トマトみたいに真っ赤な顔、ぱたぱたと落ち着きなく動くモニーのしっぽ。 私は嬉しさのあまり、ちょっとだけ乱暴に自分のしっぽをモニーに絡ませた。 Part18 その1(≫75)≫124から派生 ≫124 二次元好きの匿名さん22/11/14(月) 21 08 42 スペ「あの、デジタルさん。『イチモニ』って知ってますか?」 デジ(ええぇ!?なんでスペシャルウィークさんがイチモニなんて単語を知ってるんですかぁ! レスアンカーワンさんとエイジセレモニーさんのカップリングを知ってるなんてウマ娘好きでも通だけですよ。 もしかしてスペシャルウィークさんもかなりディープなウマ娘ちゃんオタク!? 純粋そうなフリして実は夜通しウマ娘ちゃんの愛を語れるタイプなんですかね。 まさか同士がこんなところにいるなんて思いもしませんでしたよっ) スペ「デジタルさん、どうしたんだろう……鼻血出しながら固まっちゃった……。テレビの話をしただけなのに」 ※北海道では『イチモニ!』という朝の情報番組が放送されています ≫142 二次元好きの匿名さん22/11/18(金) 22 02 28 スペ「あの、スズカさん。『イチ』って呼ばれてる娘、聞いたことありますか?」 スズカ「イチ・・・?ああ、もしかしたら」 スペ「知ってるんですか?」 スズカ「たぶん、あの子だと思うの。朝に走りこんだ後、よく見かけたことがあるから。いつも朝早くから誰かを待っていたわ。お弁当を持って」 スペ「お弁当を持って、朝早くから、ですか・・・?」 スズカ「そうみたいね。あんな早い時間にお弁当を作っていたなら、きっと早起きして用意したんでしょうね」 スペ「うわぁ・・・私にはムリかもです」 スズカ「ふふ、スペちゃんは朝が苦手だものね」 スペ「ぐぬぬ・・・。言い返せないのが悔しいです。でも、きっと――」 スズカ「きっと?」 スペ「その『イチ』さんが丹精こめてお弁当を作っているのはよくわかりました。きっと、大切な娘のために作ってるんでしょうね」 スズカ「私もそう思うわ。だって――」 ――その『イチ』という娘はいつも、お弁当を持って誰かを待っている時、幸せそうな顔をしていたもの。 その2(≫165) ≫165 二次元好きの匿名さん22/11/21(月) 23 16 40 ~カフェテリアでの一幕~ タキオン「・・・はぁ」 シャカ「わざわざ隣の席に来てまで、辛気くせぇツラすんじゃねぇ」 タキオン「そうは言ってもねぇ、これは私にとって重大な問題なんだよ。命にかかわると言っても大げさじゃないんだ」 シャカ「どうせ聞くまで動かないんだろ。しょうがねえ、何があったか聞いてやろうじゃねえか」 タキオン「ああ、君はやっぱり優しいんだね」 シャカ「・・・テメーのPC、ハッキングして使い物にならなくしてやろうか?」 タキオン「やめたまえ、その脅しは怖すぎる」 シャカ「ならさっさと懸案事項を話したらどうだ」 タキオン「実はね、私の朝ごはんのことなんだが」 シャカ「あぁ?」 タキオン「そんなに怖い顔をしないでくれたまえ!モルモット君は昼ご飯しか作ってくれないんだ。朝ごはんまで作らせるにはさすがに忍びなくてねぇ」 シャカ「まあ、わざわざ早起きしてメシを作るのはそう簡単なことじゃねぇだろうな」 タキオン「ああ、そうだろう。でも聞いたことがあるんだ。あの芦毛の怪物に、ほぼ毎朝お弁当を作っているウマ娘がいるとね」 シャカ「ああ、レスアンカーワン・・・だっけな。物好きなヤツだな。オグリキャップに飯を作ってやるなんて、狂気の沙汰だぜ。炊飯器がいくつあっても足りやしねえ」 タキオン「まったくだ。論理的な行動とはいえない」 シャカ「確かに、ロジカルじゃねぇな」 ――めずらしく意見が一致した天才たちは苦笑いする。 誰かに朝ごはんを作ってあげるなんて行為は、決して論理的ではないかもしれない。 でもそこに込められた想いが、決して軽くないことも、理解しているから。 Part19 その1(≫41) ≫41 二次元好きの匿名さん22/11/28(月) 20 27 44 『オグリキャップのカワイイ写真が撮れちゃった😆💕皆にもお裾分けするね✨✨✨🤭#オグリキャップ#芦毛の怪物#オグリン』 これでよし、オグリキャップの情けない姿をネットに流す事に成功したわ…運営からの削除対策に嫌がらせとバレないように文面も整えたし完璧以外の言葉が見当たらないわ…流石私ね! ピロン♪ピロン♪ ククク早速RTやリプが飛んできたわね、どれどれ… 『保存した』『供給助かる』『#拡散希望』『失望しました…タマモクロスのファンやめます』『なんでやねん』『一生大事にする』『ウッ…ふぅ…やれやれこんな情けない顔をするとはな』『もしもしウマシコ警察?』『祭りの会場と聞いてきたけどおめぇイチだな?』『あらあら〜カワイイですね♪でも明日も 早いのですから夜更ししちゃ駄目ですよ?』『今年のスクープ大賞が決まったようだな…』『あーいけませんこれは危険ですあたしの魂が抜けてしまいます』 ホーッホッホッ!上々の反応ね!なんか見たことある人も居る気がするけど… その2(≫55~56)≫45、47より派生→≫58から60、72へと派生 ≫45 二次元好きの匿名さん22/11/29(火) 21 20 59 タマ「あんな、最近寒くなってきたやんか。そしたらオグリが『湯たんぽ』を抱えてきたんや」 クリーク「あら、意外とオグリちゃんってば寒がりなんですね~」 タマ「でな、どんな『湯たんぽ』やったと思う?」 クリーク「うーんと、抱えるってくらいだから、かなり大きな湯たんぽだったんでしょうか?」 タマ「いやな・・・オグリが抱えてたのな、イチちゃんだったんや」 クリーク「あら~~」 ≫47 二次元好きの匿名さん22/11/29(火) 21 34 01 寒さのあまり大ボケをかましてイチを抱えて走り去るオグリ 急に抱えられて状況に顔が真っ赤にしてオーバフローするイチ 必死の形相で追いかけるタマとフジとモニー それを眺めながら温かいお茶を手に、呆れた表情で「平和だねぇ」とつぶやくイナリと同調するクリーク ここまで幻視したわ。 ──誰かSSを頼みます(血涙) ≫55 二次元好きの匿名さん22/11/30(水) 17 48 58 ある日の午後、寮のリビング、幾人かのウマ娘達がが談笑していた。 「こんな寒い日に限って暖房の不調とはなあ、めっちゃ寒いわ」 タマモクロスはそう言いながら、手を擦り合わせる。 「そうですねぇ~風邪を引いたりしないように気を付けましょう」 スーパークリークも同調し、「暖かいお茶でもいれますねぇ」とキッチンの方へ消える。 「おおきにぃ」 「本当に寒いな」 オグリキャップもタマの横で寒そうに縮こまっている。 「あ~、湯タンポとか欲しいなあ~」 タマのその言葉に、オグリはピクリと反応する。 「湯タンポ..そうだ!」 目を輝かせた彼女は、そのまま寮生の個室の方へと消えていった。 「なんや..?オグリん湯タンポなんかもってたか..?」 彼女と同室のタマは、そういぶかしんだ。 「カイロでも取りにいったんじゃねぇのかい?」 タマの隣に座っているイナリワンがそう推測する。 「カイロかあ。カイロでもなんでも助かるなぁ」 同じくリビングに来ていたエイジーセレモニーが寒さに縮こまりながら言った。 「ーー!?ー?ーー...ー...」 暫くすると、廊下の向こうから何やら声が聞こえてきた。何か慌てているようにも感じられる声色だったが、リビングからは何を話しているかまでは届かなかった。 「何かあったんか?」 タマが様子を見に行こうと立ち上がったその時、何かを抱えたオグリがリビングへ戻ってきた。 そのオグリに抱えられた"何か"は今にも火を吹き出しそうな程真っ赤に顔を染めた、レスアンカーワン、イチだった。 イチを抱き抱えながら満足気な顔をしているオグリはまるで自分が何をしているのか分かっていない様子だ。 モニーは困惑した表情を浮かべ、イナリも苦笑いをするしかなく、一瞬の沈黙が流れる。 「オグリん、オグリん。それ湯タンポとちゃう。イチちゃんや」 あまりのことにいつもの激しい突っ込みも鳴りを潜めてしまったタマが静かに突っ込む。 オグリは何度か自身が抱き抱えているイチと周囲の様子を見比べる。 ────────────────────────────────────────────────────── 「...あ...」 漸く自分がしていることに気が付いたようで、みるみる内に顔を赤く染めた。 バッと踵を返しイチを抱き抱えたままリビングから逃げるようにして去ろうとするオグリをモニーとタマが追いかける。 「まてぇ!イチちゃんを解放せえ!」 「イチを湯タンポ扱いってどういうことですか!いつもどんな過ごし方してるんですか!?説明してください!」 「ち、違うんだこれは..!」 オグリに抱き抱えられたままのイチは混乱が収まっておらず、なすがままとなっていた。 「お茶入りましたよ~。ってイナリちゃんしか残ってませんね」 クリークがキッチンからお茶を入れて戻り、お茶をイナリの座る机に置く。 「ありがとよ。皆、オグリを追い掛けていっちまったからな」 「オグリちゃんを?」 「ああ。説明すると少し長く、お、丁度戻ってきたみてえだな」 再び廊下を書ける音と共にオグリがリビングへとかけ戻ってくる。 まだ、イチは抱えられたままで、相変わらず顔を赤くしていた。 そして、それを追ってタマとモニーも戻ってくる。 「ええ加減止まらんかぁ!」 その騒ぎを横目にイナリは苦笑し、お茶に手をのばす。 「まあ、こんなところでい」 「なるほど~平和ですね~」 「平和だねえ」 喧騒の横で二人は静かにお茶を啜る。 この後、騒ぎを聞き付けた寮長に四人は注意されることになるのだった。 ≫58 二次元好きの匿名さん22/11/30(水) 19 56 38 イチ「いいかげんにしなさい! 私はオグリの湯たんぽじゃないのよ!!」ウガー オグリ「す、すまない。そんなつもりじゃ・・・」シュン タマ(あいや。さすがにイチちゃんも我慢の限界やったかな) イナリ(湯たんぽ扱いされて怒っちまったねぇ) クリーク(あらあら、どうしましょう) イチ「湯たんぽじゃなくて。だ、抱き枕でしょ・・・」カオマッカ オグリ「そ、そうだったな。イチは抱き心地がいいからな!」フンス タマ(うわぁ口の中が甘すぎて砂糖吐きそうや) イナリ(濃~いお茶でも飲まなきゃやってらんねぇよ) クリーク(あら~~~どうしましょう。赤飯炊かないとですね) ≫60 了船長22/11/30(水) 21 25 36 ≫58 「部屋交換してる時さ、オグリ、私のベッド使ったことある?」 「それは……いや、無いな」 「あー……まあ、いいか。それはそれで」 「モニーは、私のベッドで寝ているのか?」 「あー……ノーコメントで」 「……やっぱり、そうなる……よな」 「背低いほうがあったかい、の、法則?」 「二人とも、部屋の交換というのはどういうことかな? 消灯後の不要な外出はいけないことになっているけど…… 」 「オグリって長距離イケる?」 「ああ。2500までなら」 「コツ教えて。あと、スタートは私のほうが速いから。お先!」 「あッ、モニー、ひといぞ!」 「2000までに捕まえてみせるよ、二人共!」 その後をねつ造しました とても尊いSSでした🙏 ≫72 二次元好きの匿名さん22/12/02(金) 12 21 24 ≫58 「さぁ始まりました『オグリキャップ対レスアンカーワン夫婦喧嘩記念』、開幕からイチの凄まじいポコポコパンチのラッシュが展開されてます」 「当たり前や、あんな人前で雑に扱ったら乙女心はズタボロやぞ」 「鈍感オグリキャップ、ひたすら謝るが逆効果。イチのラッシュは加速する一方」 「もうちょい雰囲気とか気にせぇって話や。二人っきり、日も傾いて薄暗い道を行く中で後ろからそっと抱き寄せつつ、耳元で『愛してるぞ、イチ(イケボ)』とかやらんとイチちゃんプンプンやで」 「でもよタマ、イチの奴抱き枕宣言してるぜ」 「天下の往来で何言ってんねや!!!!!こんな所でノンストップガール発動すんなや!!!」 「垂れウマならぬデレウマ回避が欲しいところですが、オグリキャップしっかり受け止めた」 「ポカポカ殴った後に身を寄せ合ってポカポカしてるというオチがついた所でレース終了、やかましいわ!おどれら惚気けてんのう賞に出走させたるぞ!」 その3(≫77) ≫77 二次元好きの匿名さん22/12/03(土) 13 03 03 ――栗東寮、寮長フジキセキの部屋。 寮長の特権である広々とした1人部屋に置かれたソファには、オグリキャップとレスアンカーワンがちょこんと座っていた。 ふたりともしゅんとした表情で、ウマ耳もへにょりと元気なく倒れてしまっている。 「今日は君たちに話があるんだ」 腕を組んで立ったまま、フジキセキはゆっくりと話し始めた。 「ああいや、別に君たちが悪いことをしたとか、お説教をするとかじゃないんだ」 フジキセキは微笑みを絶やさない。 けれどもその顔には少し疲れが見えた。 「……でもね、今日は言わせてもらうよ」 めったに怒ったところを見せないフジキセキが、もしかしたら怒っているかもしれない。 オグリとイチは内心びくびくと怯えていた。 「――栗東寮の他の娘達からね、苦情が来るんだよ。『オグリとイチが夫婦喧嘩してるから止めてください』ってね。そう、君たちがケンカするたびに連絡がくるんだ。確かに寮生どうしのケンカを止めるのは私の役目かもしれないけど、君たちの場合は違うよね!? 一見すればケンカに見えるけど、よく見たらいちゃついてるだけだよね!? 頼むから今後は人目を気にしてほしいな。ああ、もちろん……一線を超えるのは、学園を卒業してからじゃなきゃタメだよ」 かあっと顔が赤くなる。 横にいるオグリを見れば、オグリもトマトみたいに真っ赤だった。 「……申し訳ない」 「すみません、寮長にはご迷惑をおかけしました」 とりあえずフジ先輩に謝って、そそくさと部屋を後にする。 廊下のひんやりとした空気が、火照った顔を冷ましてくれた。 とりあえず、今後オグリと一緒にいる時は人目を気にした方がいいだろう――そう思って廊下を歩いていたら、左手に熱を感じた。 オグリが私の手をつかんでいる。 きっと無意識なんだろう。 私はふっ、と口元を緩めた。 まあ、人目を気にするのは、明日からでもいいだろう。 その4(≫103)≫106へと派生 ≫103 二次元好きの匿名さん22/12/06(火) 06 01 02 「イチさんよ、オグリンに脂っこい夜食食べさせて効率よく太らせる作戦はどうなったん?」 「駄目だった」 「でしょうね」 「しかも二次災害が起きた」 〜〜〜 『イチ、今夜もまた頼めないか』 『はぁ?流石に毎日は体が持たないわ』 『そんな…ちょっとだけ、ちょっとだけでいいから』 『ちょっと、そんなに迫らないで…』 〜〜〜 「なんか誤解されてこのあと怒られた」 「コントかよ」 ≫106 二次元好きの匿名さん22/12/06(火) 22 26 25 ≫103 ――栗東寮寮長、フジキセキは語る 夜食ってことは、もちろん夜遅い時間なわけだよ。そんな夜更けに―― 『イチ、今夜もまた頼めないか』 『はぁ?流石に毎日は体が持たないわ』 『そんな…ちょっとだけ、ちょっとだけでいいから』 『ちょっと、そんなに迫らないで…』 ――なんてやり取りを薄暗い寮のキッチンでしてたら、そりゃあ他のウマ娘に見られたら勘違いされるだろ? イチちゃんはオグリを胸やけさせようとしたんだろうけど、見てるこっちの方が胸やけしちゃうよ。困ったものだね。 その5(≫165) ≫165 二次元好きの匿名さん22/12/14(水) 20 30 34 モニー「あのー、タマ先輩。すいませんけど併走につき合ってもらえませんかね。一本だけでいいですからっ」 タマ「それくらいかまへん。一本と言わず何本でもいくで!」 モニー「タマ先輩、新しいシューズ選びで悩んでるんです。今度の休み、もし都合がよかったらつき合ってもらえないですか。無理ならぜんぜん大丈夫、ですけど」 タマ「なんや、それくらい全然OKや。かわいい後輩の頼みやからな」 モニー「あ、あの、実は福引で温泉旅行券が当たったんですよ。それで先輩がよければなんですけどっ。調べてみたけどけっこういい温泉みたいなんです。もし先輩がイヤじゃなければ一緒にどうかな、って」 タマ「ウチと一緒でええんか?誘ってくれて嬉しいわ、ありがとな!」 モニー「先輩、好きなのでつき合ってくれませんか」 タマ「もちろんええで!」 タマ「……んんっ?」 ◇◇◇◇◇ イチ「あれね、『フットインザドア』っていう交渉のテクニックよ。小さなイエスをくり返させることで、本当の目的にイエスと言わせるの」 オグリ「そうなのか。イチもモニーも頭がいいんだな」 イチ「別にそんな交渉術なんて使わなくても、直接気持ちをぶつければいいのよ。その方が相手に気持ちが伝わるでしょうに」 オグリ「そうだな、私もそう思う」 オグリ(……好きだ、なんて直接言えればいいのだけれど。そう簡単にはいかないんだ) Part20 その1( 35~60) 35 二次元好きの匿名さん22/12/21(水) 20 21 27 消灯時間からしばらく――そうやな、2時間くらいはたったやろか。 ルームメイトのオグリは遠征に行っとるから、今夜はウチひとり。 ちいっとばかり寂しい気もするが、まあ慣れたもんや。 まぶたを閉じる。 とろんと意識が溶けていく。 このままいけば眠れるもの時間の問題、そう思っていたんやけどな。 ――こつんこつんこつん。 控えめなノック。 消灯時間を過ぎて他のウマ娘の部屋に来るのはご法度やけど。 ノックの音で、誰なのかは見当がついとる。 毛布をはねのけて急いでドアへと駆け寄って、なるべく音を立てないようにカギを開けた。 「……すいませんタマ先輩。こんな遅い時間に」 開いたドアのすき間から見えたのは、やっぱりモニーちゃんやった。 ふにゃりと元気なく倒れたウマ耳を見たところ、何かあったに違いないやろな。 「まあええわ、ホントは消灯時間過ぎとるからよくないけどな。ほら、中に入れ」 後でフジから小言をもらうかもしれへんけど、まあしゃーない。 へこんでる後輩を寒い廊下に放っておけるほど、ウチは情け知らずやないからな。 「あの、先輩。寒いからベッド入っていいですかね」 オグリのベッドは空いてるってのに、モニーちゃんはウチのベッドにするりともぐり込んだ。 まあしゃーない。 誰だって温もりが欲しい時はあるもんや。 とりあえず今夜はモニーちゃんの抱き枕になる覚悟を決めて、ウチはちと狭くなったベッドにもぐり込んだ。 37 35の続き22/12/21(水) 20 36 29 「そんで、聞かせてもらってええかな。何があったんや」 事前の連絡もなく、消灯時間を過ぎてからウチの部屋に来るなんて。 ましてや、あんなしゅんとした様子でくるなんて、何かあったに違いない。 同じベッドの上、向い合せに寝っ転がりながらウチはモニーちゃんに問いかける。 照明は消してるけど、ウマ娘は暗いトコロでも夜目がきく。 モニーちゃんの思いつめた顔はしっかり見えていた。 「イチと……ケンカしちゃって。わたし、どうしたらいいかわからなくて」 苦しそうにモニーちゃんは声をしぼり出す。 ウチを抱きしめるモニーちゃんの腕にぎゅっと力がこもる。 ただのケンカやない、とすぐに直感でわかった。 「ケンカしただけなら謝ればええ。でもそんな簡単な話やないんやな?」 返事の代わりに、ぐすっ、と鼻をすする音が返ってくる。 ああこれ、やっかいなヤツや。 まあしゃーない。ここは先輩として一肌脱がなアカンところやからな。 「で、どないしたんや。イチちゃんを怒らせるようなこと、何か言ってもうたんか」 モニーちゃんはしばらくの間うんうんうなっとった。 どちらかといえばクールでマイペースなこの子にしてはめずらしい。 よっぽど言いづらいことなんだろう。 そうしてようやく決心したのか、しぼり出すように事情を話し始めた。 「イチはいいよね、レースに勝てなくてもオグリさんに面倒見てもらえるんだから……って。そんなことを言っちゃったんです、わたし」 アカン。さすがにそれはアカン。 ついため息がもれてまう。 そんなウチの様子を見てか、モニーちゃんは慌てたように理由を付け加えた。 「違うんです、その時は悪気なんてなくてっ。実は最近、調子があまりよくなくて。模擬レースでも全然勝てないし。このまま調子が上がらなかったらどうなっちゃうのか、ストレスたまってたんだと思います」 「なかなか調子が出なくて、タイムが上がらん時はある。わからんでもない」 「イライラしてた時にイチに話しかけられて、ついそんな事を言っちゃったんです。そしたら……」 「そしたら?」 「今まで見たことないくらい、怒ってました」 40 37の続き22/12/22(木) 07 57 42 『ふざけないで! オグリに養ってもらうためにアイツに近づいたわけじゃない。――ああそう、モニーにはそう見えるんだ。私がオグリの賞金目当てにアイツにお弁当作ってるって、そう思ってるんだ』 イチちゃんはそうモニーちゃんにそう言い放ったらしい。 それからイチちゃんは布団にもぐりこみ、口をきいてくれなかったそうや。 「なあモニーちゃん……そらまずいで」 イチちゃんはいわゆるツンデレやから、ぱっと見にはわかりづらいかもしれへんけどオグリが大好きや。 考えてもみい。ほぼ毎朝早起きしてお弁当をこしらえる相手のことを、好きじゃないわけないやろ。 それを賞金目当てで養ってもらうために近づいた、なんて言われたら。 そりゃあ怒るに決まっとる。 「ど、どうしたらいいですかっ。あれからイチは口をきいてくれないし、試しにスマホでメッセージを送っても既読すらつかないんですよ」 泣きそうな声で焦るモニーちゃんに、ウチはなんと言えばいいか悩んだ。 「謝るしか、ないやろなぁ」 「……許してくれますかね?」 すがるようなモニーちゃんの声。 けれどもウチは、可愛い後輩のために心を鬼にした。 「謝れば許してもらえる、なんて甘ったれた考えは捨てろや。ゴメンで済むなら警察はいらん。謝っても許してもらえんかもしれへん」 「そんな、わたし、どうしたらいいんですか」 「それでもなぁ、謝るしかないんや。許してもらえなくてもな」 モニーちゃんの返事はない。 泣き声こそしないけれど、鼻をすする音が聞こえてきた。 無理もないやろな。許してもらえないかもしれない相手に謝罪するなんて、あまりに荷が重すぎる。 まあしゃーない。ここは先輩として一肌脱いだるわ。 「絶対に謝ったほうがええ。謝るべきチャンスを逃してしまうとな、絶対に後悔する結果になるで。謝って、謝って、それでもイチちゃんが許してくれなかったら。……そんときは、ウチが骨くらいは拾うたるわ」 ぐすぐすと鼻をすするモニーちゃんの頭と背中をそっとなでる。 押し殺したような泣き声が時おり聞こえてきたけれど、とりあえず聞こえないフリをすることにした。 ああ、そういえばまだチビ達が小さい頃は、よくこうして寝かしつけてたな。 そんなことを懐かしく思い出しているうちに、いつの間にかウチまで眠ってしまっていた。 43 40の続き22/12/22(木) 22 59 48 ◇◇◇◇◇ レスアンカーワンは自室のベッドで眠りについていた。 同室のエイジセレモニーが、夜遅く部屋を出ていったのは知っている。 どうせ居心地が悪くなってタマ先輩の部屋にでも逃げたんだろう。 たしかタマ先輩と同室のオグリも、レースの遠征でいなかったはずだ。 ふと、気配を感じて目が覚める。 カーテンのすき間がほんのりと明るいところを見ると、朝の5時くらいだろうか。 まだ寝ぼけた目を開ければ、薄暗い自室の光景が少しづつ視界に入ってくる。 寝起きの視界に飛び込んできたものを見て、私は思わず叫びそうになった。 ――部屋の真ん中に、モニーが正座している。 「な、な、モニー、あんた、なにしてっ」 混乱して頭が回らない。 朝起きたらルームメイトが正座していた、なんて寝起きの頭で理解ができるわけない。 慌てて体を起こすと、モニーは私にしっかりと顔を向けた。 「……ごめんなさい」 しぼり出すような声は、なんだか怯えたように震えていた。 「本当にごめんなさい。わたし、イチに無神経なことを言っちゃった。許してもらえる、なんて思ってない」 モニーは正座をしたまま、両手を床についた。 その表情はひどく思いつめていて、見ているこちらが苦しくなってくるくらいだ。 「やめてっ。そこまでされたら、もう何も言えないわ」 モニーの顔は青白い。 何だか嫌な予感がして、モニーの脚に手を添える。 ああ、もちろん変な意味なんてない。 自分だけじゃなくて他人の脚の調子を気にするのは、ウマ娘にとっては当たり前のことなんだから。 「冷たっ! モニー、あなたいつから床に座ってたの!?」 「あー、たぶん、1時間くらいからかな。……イチが目を覚ましたらすぐに謝ろうと思ってたから」 「バカじゃないの!?正座だって脚によくないのに、ましてや冷やしたらなおさらダメでしょう!」 脚はウマ娘の命。 それでもなお、私に謝るために寒い部屋でずっと正座をしてたんなんて。 48 43の続き22/12/23(金) 23 11 01 「ほら、私のベッドに入って!」 無理やりモニーの手をつかんで、私のベッドに引きずりこむ。 今は少しでもモニーの脚を温めないと。 モニーは驚いて口をぱくぱくさせていたけれど、かまうもんか。 「あんたはそこで少し体を温めてなさい。私は着替えたらキッチンに行くから」 すっかり目が覚めてしまったし、二度寝は無理だ。 せっかくだから、誰もいないキッチンで何か手の込んだものでも作ろうと思ったのだけれど。 パジャマの袖を引っ張られる感触。 振り返れば、モニーが私をうるんだ瞳でじっと見上げていた。 「あの……ごめん、寒くてしょうがないんだよね」 弱々しい声。 思わず肩の力が抜けてしまう。 ここまで弱ってしまったルームメイトを放っておけるほど、私は薄情じゃない。 せめて湯たんぽ代わりにはなってやろう。 私はベッドにもぐり込む。 モニーの体はひどく冷たい。 だから私はモニーの胸元にもぐり込んで、軽く頭突きをくらわせてやった。 「え、ちょ、イチったら何してんの……」 私は人差し指をモニーの口元にあてる。 モニーにはそれ以上何も言わせない。 あんたは私に黙って温められていればいいんだ。 「何となくね、わかっちゃうの。私たちはオグリやタマ先輩と違って、勝てるのが当たり前じゃない。 負ける方がずっと多いもの。だから不安になって、ついルームメイトに八つ当たりをすることもある……そうでしょ?」 もごもご、と私に口をふさがれたモニーがうなずく。 さすがに何だか申し訳なくなってきたので、私はモニーの口をふさいでいた指を離した。 64 二次元好きの匿名さん22/12/24(土) 23 38 48 「ぷはっ」 私が指を離すと、モニーはまるで水中から顔を出したように口を開けた。 その仕草が小動物みたいでちょっと可愛いなと思ってしまい、にやけそうになるのをガマンする。 気が付けば、あれほど冷え切っていたモニーの体はすっかり温かくなっていた。 その体温が心地よくて、私はモニーの腕の中にすっぽり収まった。 「えー、イチってば以外と甘えっ子?」 「うるさいわね、湯たんぽになってあげてるんだから文句言わないのっ」 今思えばこの状況はちょっと恥ずかしい。 モニーの体からもドキドキと心臓の鼓動が響いてくる。 もしかして、モニーも緊張してるのかな。 「……あのさ。ちょっと変なこと言うかも」 「なに?」 「そういえばイチのベッドに入るなんて初めてなんだよね。ヤバい、今思うとドキドキする」 「ちょっと、ホントに変なこと言わないでくれる!? こっちまで意識しちゃうんだけど!」 顔が熱い。 それになんだか体も熱くなってきたし、ひとまずベッドから出よう。 そう思って体を動かそうとすると、モニーの両腕がしゅるりと私の体に巻きついた。 「あーでもごめん。もう少しこのままでいさせて……お願い、もう少しだけ」 祈るようなモニーの声に、私は折れるしかなかった。 どのみち、あまりこうしてばかりもいられないだろう。 カーテン越しの外はすっかり明るくなってしまっているから。 65 二次元好きの匿名さん22/12/24(土) 23 41 05 「まったく、甘えっ子なのはモニーのほうじゃないの」 しょうがないわね、なんて私は心の中で微笑ましくため息をついた。 今のモニーはまるでぬいぐるみを抱いて眠る女の子みたい。 ああ、そういえば今日は12月25日――クリスマスだっけ。 学園は有馬記念の話題であふれているから、すっかり忘れかけてしまっていた。 カーテンを開ければ外は真っ白になっているかもしれない。 たとえウマ娘だって、さすがにこの時期の寒さはこたえるのだけれど。 私たちのベッドが寒いどころか、ふたり分の熱で暑いくらいだった。 その2( 142、148) 142 二次元好きの匿名さん23/01/05(木) 19 49 27 【22:30 イチとモニーの自室にて】 こーして眺めてると、イチってけっこう整った顔してるよねぇ。 くやしいけど、あのオグリさんと並んでても、あんまり見劣りしないもの。 お肌だってキレイだし。 あんまり高い化粧品は使ってないって言ったけど、やっぱり生活習慣もあるのかなぁ。 食べ物だって気を使ってるんだろうし。 少しくらい――さわっても起きないよね? 148 二次元好きの匿名さん23/01/06(金) 22 50 20 すぅー、すぅー、とイチのかわいい寝息が聞こえてくる。 ホントぐっすり眠ってる。 これならきっと、ちょっとやそっとイタズラしたくらいじゃ起きないよね。 まずはほっぺた。 さわるとプニプニしてて、マシュマロみたいにやわらかい。 もしかしたらオグリさんなら食べてしまうかも。 まあ、今こうしてさわり心地を堪能できるのはわたしだけなんだけどね。 次は髪をさわってみる。 ムカつくくらいサラサラで、よく手入れされてるのがわかる。 そういや寝不足は髪にも悪いんだっけ。 わたしもイチを見習って、少しは規則正しい生活を送ったほうがいいんだろうか。 でも早寝早起きは苦手だ。 くるくると、イチの髪の毛を指に巻きつける。 小難しいことはどうでもいい。 とりあえず大切なことは、ぐっすり眠っているイチをひとり占めできるのはこの私――エイジセレモニーただひとり、ということだ。 オグリさんにはレースで勝てっこないけれど、ルームメイトの特権だけはわたしだけのアドバンテージだから。 ああ、なんだか眠くなってきた。自分のベッドに戻るのすら面倒くさい。 だって仕方ないじゃないか。 1月の夜はこんなにも寒いんだから。 イチの文句は明日の朝に聞こう。 とりあえずもう一度目が覚めるまでは、この温もりを抱きしめていよう。 わたしはそんな言い訳を心の中でしつつ、ルームメイトのベッドにもぐり込んだ。 その3( 155( 152より派生)) 152 二次元好きの匿名さん23/01/07(土) 20 29 20 このアングルの困り顔オグリも可愛い ふにゃりと倒れたウマ耳がまるで子犬みたい 155 二次元好きの匿名さん23/01/08(日) 16 33 29 152より派生 タマ「なあイチちゃん、七草粥は作ったんか?」 イチ「いいえ、お粥は消化がいいですけど腹持ちしないですし。私はともかく・・・あの食いしん坊にお粥は向かないんですよね」 タマ「ハハ、確かにオグリが満腹になるほどお粥を作るのは大変そうやな」 イチ「それに七草粥って縁起物でもあるけれど、お正月料理で疲れた胃腸を休めるものでしょう」 タマ「オグリに胃もたれなんて無縁やしな」 イチ「そうなんですよね。だからアイツに七草粥を作っても――げっ」 タマ「ん?どないした?」 イチ「いや、オグリが 152みたいな顔でこっちをじぃーっと見つめてるんですよ・・・」 タマ「あー・・・たぶん食べてみたかったんやろなぁ、イチちゃんの七草粥・・・」 その4( 157) 157 二次元好きの匿名さん23/01/08(日) 19 35 48 イチ「せりなずな ごぎょうはこべら ほとけのざ、すずなすずしろ これぞ七草……ってね」 オグリ「すごいなイチ! 本当に七草が入ったお粥は初めてだ!」 イチ「たまたまスーパーの半額セールで売ってたから、なんとか作れたわ」 タマ「せやかてイチちゃん、土鍋ひとつぶんで足りるのか? あのオグリやぞ?」 イチ「大丈夫、問題ないわ。お粥だけど食べ応えは保障するから」 オグリ「いただきます!」 イチ「タマ先輩も、よかったらどうぞ」 タマ「ええんか? ウチが食べたらオグリの分が・・・」 イチ「大丈夫ですよ。お正月の後ならではの、お粥を食べ応え満点にするとっておきの秘策があるんです」 タマ「秘策・・・?」 オグリ「ふぁふぁっふぁぼ!」(わかったぞ!) タマ「モノを口に入れたまましゃべるなや。あ、でもウチも食べたらわかったわ。これって――」 イチ「はい、小さく切ったお餅を入れました。学園に飾ってあった鏡餅を少しわけてもらったんです」 タマ「これなら腹もたまるし、鏡餅もムダにならんしええな」 オグリ「イチはすごいな。味とかだけじゃなくて、いろいろと考えてご飯を作ってるんだな」 タマ「……まあ作る時に一番考えてるのはオグリのことやろうけどな」 イチ「ちょ、何言ってるんですか!?」
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このページは「ムカつく...ぽっと出のくせに調子に乗って…そうだ……!」に投稿されたssをまとめるページです 作者一覧了船長その1(Part1~Part5) その2(Part6~Part10) その3(Part11~Part15) その4(Part16~Part20) その5(Part21~) 裏スレ 元スレ主その1(Part4~Part9) その2(Part20~) 裏スレ 温泉の人その1(Part7~) ゲロの人・社会人の人 ※一部、嘔吐描写アリその1(Part10~) エスコンの人エスコンzeroネタ 非エスコンネタ 非エスコンネタ2 非エスコンネタ3 非エスコンネタ4 その他の皆さまその1(Part4~) 作者一覧 了船長 その1(Part1~Part5) その2(Part6~Part10) その3(Part11~Part15) その4(Part16~Part20) その5(Part21~) 裏スレ 元スレ主 その1(Part4~Part9) その2(Part20~) 裏スレ 温泉の人 その1(Part7~) ゲロの人・社会人の人 ※一部、嘔吐描写アリ その1(Part10~) エスコンの人 エスコンzeroネタ 非エスコンネタ 非エスコンネタ2 非エスコンネタ3 非エスコンネタ4 その他の皆さま その1(Part4~)
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目次 目次Part61つ目(≫45~57) 2つ目(≫118~123) 3つ目(≫157~159) 4つ目(≫178~193) Part71つ目(≫38) 2つ目(≫101~105) 3つ目(≫128~129) 4つ目(≫151~152、≫154) 5つ目(≫170~173) Part81つ目(≫39) 2つ目(≫45~47) 3つ目(≫116~124) Part91つ目(≫22~34) 2つ目(≫47~53) 3つ目(≫117~132) 4つ目(≫164~173) Part10その1(≫154~159、161) その2(≫189~192) Part6 1つ目(≫45~57) SS筆者22/02/04(金) 22 25 33 コイツに弁当を差し入れるようになって、2か月くらい。 毎朝必死に献立を考えるけど、毎回綺麗に食べられてる。 嫌いな食べ物なんて意外と思いつかないもので、こうもきれいに食べられると考えるほうが難しい。 いっそのこと冷凍食品だけ詰め込んだやつとか……?でも、鳥のつくねとかお肉巻いたフライドポテトなんて私だって好きだ。 今日も今日とて、葦毛のヒーロー様はパクパクおいしそうにお弁当にお箸をのばしてる。 「今日のサラダ、ドレッシングが食べたことない風味だ。これはなんて……いうものなんだろうか」 そう言いながらこちらをちらっと見る。直接聞かれない感じが、まだ警戒されてるみたい。 「私のお手製です。ありがとうございます」 「そうだったのか!手作りでもおいしいドレッシングができるものなんだな……」 感心しながらパクついてる。気に入らないやつからでも、褒められるのはやぶさかじゃない。耳が動く。 どの食材で嫌な反応するかな、とかじっと観察するけど、まるでいい反応がない。 「あ、その、どうしたんだ?顔に何かついているだろうか」 「あ、すみません。何でもないんです」 ウンともスンとも、黙っておいしそうに口に料理を運んでいく。いくら旬の時期とはいえ、白アスパラなんてそんなパクパク食べれるもんなの? ちょっとやるには早いけど、直接聞いてみるか。 「オグリさんって、小さいころ苦手だった料理とかってありましたか」 「むん?」 口いっぱいに詰め込んだ料理を一生懸命噛んで、ごくんと音を鳴らしながら飲み込む。 「苦手な料理か……うーん……」 決して短くない時間をかけて考え込んでいる。 「……特にないかもしれない。子供の時お母さんに作ってもらって、大事にとっておいたおにぎりを食べた時はお腹を壊してしまったから、嫌いというか苦手だが……」 ウソでしょ。そんなエピソード普通ある? 「……うん、やっぱり食べられないものは無いかもしれない。食べたことないものもたくさんあるから、その中にあるかもしれないが」 そういいながら、オグリがまたお弁当に視線を戻す。 思わず頭の後ろをかく。困った。 アンタが食べたことないもの、多分この学園の誰も食べたことないって。そんなもの作れないし…… 私が考え込むうちにオグリはもう手を合わせて、ごちそうさまを済ませている。 「ありがとう。今日も美味しいお弁当だった。これでお昼まで頑張れる」 「あ、いえ。頑張ってください」 自分でもイマイチ噛み合ってない返事だと思う。 しまった。ボロを出しちゃいけない。 お弁当を受け取って、風呂敷に包みなおす。 バッグに入れてその場を去ろうと身支度をしているときに、オグリからおずおずとした様子で声をかけられた。 「君は、今日の放課後は空いているだろうか」 「あ、ええ、はい。集団指導はありますけど」 「ああ、まだトレーナーがついていないんだな」 何、イヤミ?カチンと来たけど、その余波が顔まで来ないよう頑張ってこらえる。 「そうしたら、今日は私と一緒にトレーニングをしないか」 全く想像していない方向のお誘いが来た。一瞬、考えが追いつかなくなる。 「え、オグリさんはトレーナーさんとじゃないんですか」 皮肉のつもりでイヤミを返す。 「実は、私のトレーナーに君のことを話したことがあるんだ。それで、一緒にトレーニングに誘ってみたらと言われて」 「え、別にそんな、大丈夫ですよ」 「今日のお昼までに私のトレーナーに連絡して、君の担当教官には伝えてもらう。よかったら、どうだ?」 今日はプールでスタミナトレーニングなんだが、と付け加えられた。 誘いを受けるかどうか、よく考える。 コイツの走りが凄まじいことは、もうトレセン学園中に知れ渡ってる。 G1レースこそまだ出ていないけど、無茶気味なスケジュールで重賞を4連勝中。 こっちが心配になるレベルで実績を積み重ねてる。距離も馬場もブレがあるけれど、構わず勝つ。 『オグリキャップは強い』というのが一律の評価だ。 考えれば考えるほど、天然なのも合わせて頭に来る。 でも、この誘い、受けちゃおうか。 もしも練習中にうっかり、ちょっとでも先行することができたら自慢できる。 「わかりました、そしたら今日の夕方、お願いします。水着、用意してきますね。」 胸を張って答える。 いくら重賞ウィナーだからって、そんなに恐れることは無い。 オープン戦も怪しい私だけど、トレーニングの条件ならどこかで追い抜けるかもしれない。 それに何か盗めるものがあったら、こっそりと頂いてしまおう。 みんなのヒーロー様がそこはかとなく嬉しそうな顔をする。 今のうちに、せいぜい笑ってなさい。 ふふふ、その鼻っ面、へし折ってやるわ! そう思っていたのは、大間違いだった。 まあ、ウォームアップの時点から違うだろうなあ、とぼんやり思っていた。 実際のところ、違った。 集団指導の2倍以上の時間を使って、じっくりアップ。 こんなのんびり柔軟してていいの?っていうくらい、じっくり時間をかけて身体を温める。 知らなかったけど、ヒーロー様は身体が信じられないくらい柔らかかった。 『君は身体が堅いんだな』とか、またしれっと言われた。ムカつく。 そのあと、背泳ぎの指示。 集団指導では泳ぎの苦手な子も少なくないから、いわゆる四泳法は避けることが多い。 私もトレセン学園に来て以来、すっかりやっていなかった。 まだ始まったばっかだし、4,5周くらいかな、と思った矢先。 「ペースは問わねえ。二人とも、ひとまず10周行ってこい。」 思わず、えっ、と口から驚きの声が出てしまう。ここ50mですけど。 隣のヤツは『ああ』とかサッと返事してるし。 私がモタモタしてるうちに、隣の葦毛は飛び込んで――いなかった。 回れ右をして、ビート板を取りに行っていた。思わずずっこける。 葦毛様が何故かビート板を2つ抱えてきて、聞かれる。 「君も使うか?」 「いや、大丈夫です……」 そうか、泳ぎが得意なんだな、とか言って、プールに脚からゆっくり入っていく。 コイツ、マジ?泳ぎ苦手なんだ。カワイイとこあるじゃん。 ふふふ、私の背泳ぎ、見てなさいよ! 久々にきちんと量をこなすような泳ぎをすると、しっかり疲れる。 もっと若かった時、なんて言ってもまだ若いけど、あの時よりはスピードもペースも落ちてる。 それでも、1周目の段階で隣のアイツをさっくり追い抜くことができた。 フェアじゃないけど、私のほうが泳ぎは絶対に上手い。 500m分泳いで、プールの壁に手が届く。 ふう。と息をついてアイツの姿を探すと、まだ私と反対方向に向かって泳いでいた。あのペースじゃ周回遅れだろう。 どんなもんじゃい、と得意な気持ちでプールを上がろうと上を向いたとき、不自然な視界の暗さに驚く。 アイツのトレーナーさんの顔が私の目の前に突然現れた。というより、上がろうとする私の前にあらかじめいたようなタイミングだ。 「わああ!」 あんまりに驚いて、プールの中に転ぶように沈む。 なになになに、突然!? なんとか頭を出して、トレーナーさんに噛みつく。 「ちょっと、なんですか!」 「おう友達さん、ずいぶんはやいお帰りだったな。」 速い、という言葉にちょっと気分が良くなる。 「ありがとうございます、泳ぎはちょっとだけやってましたので。」 「そうなのか。オグリはビート板がいるのになあ。やるじゃねえか。」 ふふん、そうでしょう、そうでしょう。 口角が自然に上がる。 そのまま上がろうと顔を見つめるけど、動かない。 「あの、上がれないんですけど。」 「何言ってんだ、まだ終わってないだろう。」 えっ。 「あれ、10周ですよね。」 「そうだ。まだ5周しか終わってないぞ。」 えっ? 「もう500m終わりましたよ?」 「ああ、言い方が悪かったな。行って戻ってきて1周だ。1回じゃない。」 えっ。 「そういうわけで、もう『10周』行ってきな。それ終わったらインターバルだ。」 ええっ! 「う、ウソでしょ!?」 「残念ながら大マジだ。泳ぎは上手いが、あんまり飛ばすと潰れるぞ。」 それだけ言って、ニッと笑う。 急いでスタートの姿勢を取って、出発し直す。 や、やっちゃった。体力配分ミスった…… ていうか、アイツ、いつもそんなにやってるの!? 足元から上ってくる疲労を感じながら、仰向けにプールの壁を蹴った。 「おうそこまで、一度息入れな。」 アイツのトレーナーが合図をかけて、プールから上がる。 プールサイドで、立ち上がることもままならず、へたりこむ。 プールに入っていたのに、上がったとたんに今まで体験したことない熱と汗が、私を支配していた。 しょっぱい水がおでこから口まで流れてくる。明らかに水じゃない。 いつものトレーニングだったら、先にメニューをこなしたイツメンたちとすぐに駄弁るくらいの体力は残る。 けれど、今は全身の筋肉が酸素を求めて、声に回す分は残っていなかった。 走りこみの後の呼吸ほど荒くはならないけど、重く、深く、身体に疲れがのしかかってくる。 すると、肩を誰かに叩かれる。 「ふう、イチ、お疲れ様。」 いつの間にか、後ろから葦毛サマに声をかけられる。どれくらいの時間座っていたのかもわからなかった。 「イチは泳ぎが得意なんだな。半周目でもうあっという間に抜かされてしまって、びっくりした。」 コイツ、どうして喋れるんだ?ていうか、なんで立ててるんだ? 私より遅いから、ビート板を抱いてたから、って脳の表面が理由をつけるけど、心の奥底は言い訳をするな、基礎体力の差だと反論している。 やっぱり、重賞ウィナーは強い。 重賞ウィナーじゃなくても、中央じゃなくても、地方で勝ち続けられるウマ娘は、私とレベルが違う。 始まる前と同じとはいかないけど、普通の足取りで水分補給しに行く背中を見送る。 私も立とうと思ったけど、ダメだ、太ももが上がらない。 ふう、と長く息を吐く。すると、葦毛サマが戻ってきた。 「お疲れ様。君も飲むか?」 私の分の水筒を持ってこちらに手渡す葦毛サマの顔を見上げる。 水も滴るいいウマ娘、とでも言うんだろうか。顎先がシュッと細くて、はた目から見ても格好いい。 このルックスでバリバリ勝ちまくって、でも地方出身で、勝利者インタビューで抜けてる発言をしたら、そりゃファンもできる。 悔しいけどこの『怪物』相手に、多少水泳ができる程度じゃ、まるで勝ったことにならないだろう。 素直に受け取るのもムカつくけど、今の私に抵抗するだけの余力は残ってなかった。 「ありがとうございます。すみません。」 「そんな、大丈夫だ。やっぱり、このトレーニングはやらないんだな。」 「自主練でもないと、プールまで来る子はいないですね。」 「そうか……私は泳ぎが苦手だから、このトレーニングはちょっと不安なんだが、今日は君がいてくれて楽しかったぞ。」 トレーニングが楽しいって、どういうこと。イマイチ、ピンとこなかった。 水を飲みながら休んでいると、突然後ろからトレーナーさんの声がした。 「おう、プールに戻んな。」 またしても驚いて、水筒を思わずプールに落としそうになる。 「インターバルは終わりだ。もう1セット行ってきな。」 「ええっ、まだ5分も経ってませんよ。」 「そうだ。だからいいんだよ。ほら、もう一口飲んだら行ってきな。」 はい、とオグリが水筒をぐいっとあおってから、すぐ立ち上がる。 それを見て、私ももう一口だけ水を含む。 疲れで宙に浮いたように感じる脚を何とか持ち上げて、プールに滑り落ちるように入る。 「次は時間制限をつける。一周20秒、きっちり見てるから戻って来い。」 マジで、こんなにしんどいのに。 ふっ、ふっ、と細かく息を吐きながら、ビート板を抱えたオグリがスタートした。 私もいかなきゃ。オグリに少しでも食らいつくんだ。 手を合わせて、私も仰向けにスタートした。 それからは、もう無我夢中で脚と手を動かしてた。 どんどん姿勢が曲がっていくのを感じる。すると、スピードも落ちる。 1周目で追い抜いたと思った隣の葦毛サマは、いつの間にやら私をどこかで追い抜いて、周回遅れになったのは私のほうだった。 水が跳ねて、流れる音が耳と頭いっぱいに広がる。 「ゲストだからって手は抜かねえぞ、へばんな!」 私に向けた声だろうか。私だろうな。 「もう少しだ!頑張れ!」 もう一つの声が聞こえる。 アンタに言われなくても、やってる! これで、これで最後の半周なんだ。あと、もう少し! 緊張しきったように伸ばした手が触れたのは、間違いなく、20秒をゆうに超えたあとのことだった。 「おお、よくやったな。お疲れ様。」 「キツかったろう、集団と違って。」 アイツに支えられながらプールサイドに座る。 腕も脚も、胸も背中も、全身が宙に浮いたように感じる。まるで脳の指示を受け付けなかった。 「とてもよく頑張っていたと思うぞ。凄かった。」 「いい根性してるぜ、良くついてきた。ほれ、水分補給しろ。」 水筒を受け取るけど、腕を上げるのも重労働に感じる。 仰向けに倒れこんで、重力で水が入ってくるように横着する。 「ばっかお前、寝転んで水飲んだらあぶねえだろ。オグリ、背中支えてやれ。」 トレーナーから注意が入って、葦毛サマに持ち上げられる。 また助けられちゃった。悔しい。 そんなことを伝えられるような体力は残っておらず、支えられるがまま、水を飲んだ。 その背泳ぎトレーニングの後にまだ続くのかと思いきや、そのままクールダウンの指示が出た。 『長くいろんなトレーニングをダラダラ続けても身体をいじめるだけだ、ガツンとやってさっくり休む』だそうで。 結局、そのあと自分一人で何かできるわけもなく、いろんなところで葦毛サマの手を借りる羽目になった。 何とかシャワーと着替えだけは自分で乗り切って、ロッカールームで靴下をはくために座ったら、立てなくなってしまった。 ヤバい、これ、本当に立てないやつかも。 指先がプルプル震える。脚も上がらない。 とはいえ上半身を傾けると、多分そのまま前のめりに落ちる。 結論として、靴下片手に裸足で座るっていう、銅像みたいな姿勢になってしまった。 横を通る子たちが「どうしたの」「あの子、大丈夫かな」という風に話しているのが聞こえる。 大丈夫じゃないです。誰か助けて…… どれだけ休めば動けるかな、と目だけ動かして時計を見ていたとき、葦毛サマが入ってきた。 「大丈夫か!」 パタパタと駆け寄ってくる。 待て、駆け寄るってなんだ……? 「外で待っていたんだが、出てくる人たちが皆ヒソヒソ話をしていたんだ。立てるか?」 立てないです、と小声で答える。オグリが私の靴下を手に取って、はかせてくれる。 「ハードだったな。分かるぞ。私もスタミナが課題だから、最初は本当に動けなかった。」 靴下を履かせ終わってくれたあと、私の前にしゃがみ込む。 「私が寮までおぶるから、そのまま倒れこんでくれていいぞ。」 え、ちょっと、マジで? 困る。 何がってわけじゃないけど、困る。 葦毛サマは『さあ!』と言って動きそうにない。 私自身、いつ歩けるようになるか全くわからない。 仕方ない、今回だけだ。今日だけ。 いや、今この瞬間だけ。 言われた通り、前に倒れこんだ。 背中におぶられる形で、帰路につく。 一度力を抜いてしまうと、空気が抜けた風船みたいに、元に戻らなくなってしまった。 話題の葦毛サマに背負われているせいか、周りの目がちょっと突き刺さる気がする。 私だって望んでこうなったワケじゃないんです。違うんです。 夕日というにはちょっと早い時間の太陽に照らされる。 「気分は悪くないか?」 「うん、大丈夫です……」 「敬語じゃなくて大丈夫だぞ。疲れてしまうだろう。」 あー、敬語使いたいんですよ。仲良くなりたいわけじゃないので。 もし私にもっと体力があったら、そう返していただろう。 仲良くなりたいわけじゃない、って言うのは言わないけど。 そんなことを言える度胸も気力も、体力も何も残っておらず、その時の私は、その誘いを受け入れてしまった。 「あ、じゃあ……」 「良かった。今まで、ちょっとだけ距離を感じていたんだ。」 それが私の目的なんで。 「いつも朝に話すから、今日は一緒にトレーニングできてよかった。」 「ううん、私も、気合入ったから……」 「そうか。それなら、私も嬉しい。」 「オグリさん、スゴイね。あんなの毎日やってるの?」 「いいや、今日はなんだか、トレーナーも少し気合が入っていたように見えるぞ。きっとトレーナーも嬉しかったんだろう。」 本当かどうかも分からないけど、もしそうじゃなかったとしても、十分ハードな内容だ。 そんなことを考えていた矢先、ああ、そうだ、と葦毛サマが何かを思い出す。 「オグリと呼んでくれ。せっかく敬語でなくなったから、オグリでいい。」 えっ、困る。 まあ、でも、いいか。疲れたし。 「わかったよ、オグリ。」 「それで、私は君を何と呼べばいいかな。」 げ、ヤバい。 この流れで『オグリさんが知ってるようなウマ娘じゃない』なんて言えない。体力的にも。 どうしよう。 誤魔化すのも面倒だから、いつも呼ばれてるやつでいっか。 「イチ、です。」 「イチ、か?」 「はい。皆、いつメンはイチって呼ぶんで。」 イチ、か。イチ、イチ……と独り言のようにオグリがつぶやく。 「うん、分かった。イチだな。ありがとう、イチ。」 あーあ、やっちゃった。ライン越えちゃったかも。 名前を教えてしまったことに、身体だけでなく心もぐったりする。 「これからもよろしく、イチ。」 「うん。よろしくね、オグリ。」 その返事をしたのを最後に、視界がまどろむ。 ああ、眠い。 子供のころ、いっぱい遊んで、お母さんにおぶられて帰ったあの感じに似てるからかな。 もういいや、眠っちゃえ。何も答えなくて済むし。 私はその優しい眠気に屈服して、オグリの背中で眠りに落ちた。 あの時寝てしまったのは間違いだった、とその後の数日は思っていた。 でも、今は寝てしまってよかったのかも、って思う。 私とオグリが、「初めて」出会った日の、思い出。 了 ページトップ 2つ目(≫118~123) SS筆者22/02/08(火) 22 22 03 「ただいま。」 「お帰り、オグリ。カバンちょうだい。」 「ああ。あっ、花を替えたのか?」 「うん、貰ったんだ。」 「そうか。」 「ご飯できてるから、パッとお風呂入っといで。」 「うん。分かった。」 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆ 「はい、いただきます。」 「いただきます。」 「ご馳走様。」 「お粗末様でした。相変わらず、口いっぱいに食べるよねえ。」 「今日も美味しかったぞ、イチ。」 「そりゃあ私が作ってるんですから、マズいなんて言わせませんよ。」 「ふふ、それもそうだな。」 「今日はどう、何か変わったこととか、なかった?」 「うん、そうだな……なんだろう。」 「なんにも思いつかない?」 「すまない……あっ、でもイチのお弁当はとても美味しかったぞ。」 「はい、キレーに食べてくださって、ありがとうございます。」 「どうしたんだ、そんな仰々しく……」 「別に、なんでも?」 「本当に美味しかったぞ?」 「ありがとって。お弁当箱、軽かったもん。」 「いつも同じ言葉になってしまっているが、本当なんだ。」 「分かってるって。ほい、お茶。」 「う、うん……」 「お代わりいるなら呼んでねえ。」 「イチも、一緒に。」 「ん?」 「一緒に、お茶を飲まないか。」 「んー、このお皿、放っておけないでしょって。」 「そ、そうか。」 「綺麗な机で飲むお茶のほうが美味しいよ。ちょっと待ってて。」 「そうだな……」 「イチ、ちょっといいか。」 「あ、お茶?ごめん……え、なんで床に座ってるの。」 「いや、違うんだ。」 「なになに、なに。」 「イチは、ご飯を食べた後にすぐに立ち上がるのは、辛くないか?」 「いや、別に。」 「私はちょっとだけ辛いぞ。」 「えっそうだったの、もう……2年くらい?だけど知らなかったわ。」 「……すまない、ウソだ。」 「だよね。びっくりした。」 「イチはご飯の後にお茶を飲まなくていいのか?」 「え?いつも飲んでるじゃん。」 「でも、いつも夕飯の後には飲んでいないじゃないか。」 「そりゃ、洗い物済ませたいし……」 「それも、そうか……」 「そうだよ。」 「イチ、その。」 「うん、どうしたの立ち上がって。……なんか背伸びた?」 「今日の洗い物は私に任せてほしいんだ。」 「なに、いったいどういう風の吹き回し?」 「イチは向こうで座っていてくれ。ほら。」 「えっちょっと、ちょっと。」 「私のお茶、飲んでいていいからな。」 「いや、そんなワケにはいかないって。」 「私がイイというまで、こちらに来てはいけないからな。」 「ちょっと、オグリ!」 「覗き見るのもダメだぞ、イチ。」 「ツル娘かって!」 「ねえ、オグリ~?」 「オグリ?」 「大丈夫?」 「私の湯飲み、取りたいんだけど……」 「オグリ、開けるよ?」 「……オグリ?水道は止めながらにしてよ?」 「あ~……開けるからね?」 「わっ、何これ!」 「イ、イチ……泡が……」 「マンガじゃないんだから、どうしたの!」 「最近の洗剤は、とても泡立つんだな……」 「最近のじゃなくても出しすぎ!もー。」 「すまない……」 「あーあー、なんつー……ゲッ、どうしてお茶碗が床にあるの。」 「水切りカゴがいっぱいになってしまって……」 「小さいのから洗えば上に被せていけるのに。」 「そ、そうなのか。」 「あー、お鍋の裏擦ってないでしょこれー。」 「あっ、洗うものなのか?」 「まあ洗わない人もいると思うけど、私はたわしで擦ってるの。」 「そうだったのか……」 「ハイ、交代。ここからは私がやるから。」 「うう、すまない……」 「分かってるから。耳倒さないの。サンキューね。」 「さー、この泡どうしましょうかね。」 「わざとではないんだ、イチ。」 「知ってる。アンタが一番頑張ってるんだから、夜くらい休みなって。」 「でも、イチは一日中台所やキッチンに立っているじゃないか。」 「そうねえ。」 「今日くらいは座っていてほしかったんだ、が……」 「私が立ちたくて立ってるんだから、ヘーキ。そんなこと言ったら、アンタも一日走りっぱなしでしょ。」 「私は……うん、すまない。」 「レースとか、最近はタレント業もこなれてきたのに、本音を言うのは相変わらずヘタだよね、オグリ。」 「なっ……!うん……」 「カワイイよ、オグリ。な~んて……ちょっ!」 「ちょっとアンタ、ジャマだって。」 「イチは洗い物を進めててくれっ。」 「アンタがこんなにしたんでしょ!」 「イチが終わるあいだ、こうする。」 「ねーちょっと、尻尾!尻尾まで絡めるな!」 「イチも絡めていいんだぞ。ほら。」 「も~……お茶、冷めちゃうよ。」 「いいんだ。イチが淹れ直してくれるから。」 「『とびつき』には淹れてあげません。」 「むっ、イチ、よく知っているな。」 「え、とびつきはとびつきでしょ。」 「そういえば聞いたことなかったな。イチの出身はどこなんだ?」 「話したことなかったっけ。私の地元はね……」 了 ページトップ 3つ目(≫157~159) SS筆者22/02/11(金) 22 58 13 台所に近づくと、カレー粉のいい香りが漂う。 「あ、カレーの準備されてたんですか。」 「分かっちゃった?でも、カレーじゃないのよ。」 あてが外れて、台所の様子をさっと観察する。 ネットを替えたばかりの三角コーナーには、山盛りのにんじんの皮しかまとめられていない。 そのとなりには、ボウルに貼られた水に入っているごぼう。 コンロの上にはそこの深いフライパンが置いてある。きっと、これまでオグリのお腹を満たしてきたベテラン戦士さんなのだろう。 台所の中央には細く切り揃えられたにんじんが、白いまな板の上で輝いている。 その奥に用意されている、カレー粉、白ごま、ごま油に、鷹の爪…… 全部見て、ピンときた。 「あ、もしかして。」 「もしかして?」 「きんぴらごぼうですか。カレー味の。」 お義母様の顔がぱあっと明るくなる。 「すごい!さすが、聞いていた通り、いいカンしてるのね。」 当たったみたいだ。思わず私も笑ってしまう。 「あ、ありがとうございます。」 「もう後は合わせて炒めるだけなんだけど、やってもらえる?」 「はい、任せてください。」 お義母様に促されて、コンロの前に立つ。 あ、忘れ物。 「あの、エプロンとかって。」 「あら、ありがとう。でも、いいのよ。誰も気にしないんだから。」 そういうものか。 ちょっと気後れしつつも、わかりました、と返事をしてコンロに火をつける。 パチッ、と心地よい音を立てて、火が灯る。 さ、覚悟してなさいよアンタたち。 今からまとめて調理してやるんだから。 熱を加えているフライパンに、ごま油を垂らす。 すぐ暖まっちゃうから、キッチンばさみを借りて素早く鷹の爪を切る。 種を取り除いて、一本の鷹の爪が、輪の形をした飾りになる。 それをあったまったごま油に加えて、香りを移す。 ふわっと、ごま油のいい香りが立ち上ってくる。 うん、おいしそう。 「ごま油って美味しいわよねえ。」 「わっ、すみません。」 「ふふふ、分かるわよ。ごま油、美味しいものねえ。」 思わず口からしゃべってしまっていたらしい。 顔が思わず赤くなる。 私の顔に負けないくらい赤いだろう、お義母様の切ってくださったにんじんをまな板から滑り落す。 きんぴら用とは思えぬ量だ。やっぱり、いつものお弁当ももっと増やしてあげたらよかったかな。 木べらで油と絡めてやりながら、時たまフライパンを振って炒める。 軽く熱が加わったら、借りたザルでごぼうの水気を切る。 こっちも、オグリの家だけあってすごい量。 ザルをフライパンの上に持ってきてひっくり返して、ごぼうをにんじんの上に移す。 ザルに残ったのももったいないので、手で拾ってやる。 「あとからごぼうを炒めるのね。」 「あ、すみません。」 「いやいや、別に責めてるとかじゃないのよ。ただ、変わってるな~って。」 「こうするとごぼうの食感と香りが残りやすいんです。全部クタクタになるきんぴらも美味しいんですけど、カレー味にするから触感が楽しいほうが いいかな、って。」 「う~んなるほど、勉強になるわねえ。」 う~、やっちゃったかな。 でもやってしまったからしょうがない。流れに乗って、お義母様に聞く。 「めんつゆとかって、ありますか。」 「ああ、あるわよ。はい。」 麺つゆを受け取って、薄めずにそのまま、少しだけ垂らす。 もう少しだけ食感が柔らかくなってからのほうが、カレー粉は美味しくなるかな…… 気持ちしんなりしたところに、カレー粉をかける。 それも全体に行きわたるように絡めて、出来上がり。 「どうでしょうか。」 お義母様に声をかける。 菜箸でつまんで、お義母様が味見をする。 シャキ、といい音が一つ。 頬に手を当てて、目を閉じて咀嚼している。 なんか、ヘタな試験とか、テキトーな模擬レースとか、オグリと夜通し喋った時より緊張するな、コレ。 マズい、ってことは無いはず。とドキドキしながらお義母様の反応を見る。 「ん~、おいしい!にんじんを先に入れるとこうなるのね。」 やった! 「ありがとうございます、嬉しいです。」 「さっそくあの子に出しておきましょ、これならすぐに無くなるなんてことは無いはずだから。」 まずこれまでのきんぴらごぼうが盛られたことがないであろう大皿に、盛り付ける。 オグリも、おいしいって言ってくれるかな。 私とお義母様の料理なんだもの、そういうに決まってる。 すぐ後ろにいるオグリの顔を想像しながら、仕上げの白ごまを軽く振った。 了 ページトップ 4つ目(≫178~193) SS筆者22/02/14(月) 00 05 20 2月14日。 いつもと同じように、小鳥のさえずりと一緒に目が覚める。 ぐーっと伸びをしながら、バレンタインデーだなあとぼんやり考える。 世では、チョコレートを贈り合う日ということになっている。 まあ、女子のほうが多いこの学園でも、この日が近づくにつれて色めきだつ子が増える。 やれトレーナーに贈るだの、やれ憧れの先輩やら先生に贈るだの、やれ学園の外に好きな人がいるだの、なんだの。 うちのトレーナーとはそういう感じでもないから、私は別にそういうのは無いんだけど、他の子たちは本当にガヤガヤしている。 トレーナーじゃなくても、別にそういうのは無い。はず。 イツメンには友チョコ渡すし、トレーナーにはお世話になってるからチョコ贈るけど。 試しに部屋を出て寮長室の前を見かけてみると、もうチョコの丘。 一体いつ置いていったのかと疑問に思う量だ。誰かとすれ違ってはいないから、まさか深夜に? 熱心なことだなあ、と上から目線で感心する。 あの丘が山になって、それから火山になって噴火して、大陸になるまでそんな時間はかからない。 今日は寮に帰ってくる時間、遅らせよう。どうせすぐ入れるようにはならないし…… 寮長室から自分の部屋に戻る途中、オグリの部屋がちらっと目に入る。 ドアの前には、青や赤や白、黄色のラッピングをされた箱が、丁寧にドアの横によけてあった。 朝起き出したオグリが部屋を出た後に揃えたんだろう。 フジ寮長ほどじゃないけど、でもよく目立つくらいには量がある。 よしておけばいいのに、脚が勝手ドアの前まで身体を運ぶ。 屈んで箱を見てみると、『オグリ先輩へ』とか『タマモ先輩へ』とかのカードに加えて、便箋まで挟んであるものもあった。 ちょっとだけ、ほんのちょっとだけだけど、ムッとする。 ま、葦毛の子はモテるし……私には、何の関係もないことだし。 アイツは群を抜いて顔もスタイルもいいし、レースは強くて格好いいし。 そのくせダンスはちょっとだけ不慣れで、まあ最近は良くなってキマってきてるけど、スキのある感じがかわいいし。 喋らせてみたらイマイチ噛み合わないのが面白いし、健啖家で食べ物渡したらなんでも受け取るし。食べるし。 愛想もいいし、頑張る姿はひたむきだし…… 頭がもやもやしてきて、かぶりを振って立ち上がる。 別に、私には、アイツがチョコを貰おうと、何の関係も、ないし。 私は特別な日に1回だけ差し入れてるわけじゃないし。 今日だって、そのつもりで早起きしたんだから。 でもアイツのことだから、きっとちゃんと全部読んで、全部美味しく食べるんだろう。 そう思うと、なんでもいいはずなのに、どんどんムキになってきた。 寒いはずの廊下が、だんだんと気にならなくなってくる。 アイツ、朝トレ行く前にこれ見た時、笑顔になったのかな。 急ぐ必要のある時間でもないのに、ちょっと早足で、キッチンに向かった。 「クリークさん!おはようございます!」 「あ、あら、おはようござい……ます?」 勢いよくキッチンのドアを開けて、いつも通り先にお弁当を作っていたクリークさんに挨拶する。 クリークさんが私を頭から足先まで見て、首をかしげる。 「イチちゃん、エプロン忘れてますよ?」 「えっ。」 あ、しまった。 ここに来る前に部屋に寄るはずだったのに、なぜか頭から抜け落ちてた。 部屋に一度戻ろうとする振り返ると、後ろからクリークさんが呼びかけた。 「確かもう一着ありますから、使っていいですよ。」 クリークさんがキッチンの収納から予備のエプロンを取り出しながら、声をかけてくれた。 「すみません。忘れてました。」 「いえいえ。あっ。」 何かに気付いたように声を上げると、エプロンを持ったまま、クリークさんが鞄に向かって屈んだ。 こちらに向き直って、エプロンをこちらに差し出す。 綺麗にたたまれたエプロンは、ちょっと中央が盛り上がっているように見える。 口元が、いたずらっぽく笑っている。こういうところが本当にかわいらしい人だ。 「どうぞ、イチちゃん。」 「あ、クリークさん、さては。」 エプロンを受け取って、折り畳まれた端をちょっと持ち上げる。 綺麗にラッピングされた、手のひらサイズの小さい箱がそこには入っていた。 「ハッピーバレンタイン、です。」 「わ、ありがとうございます。カワイイ。」 一体いつの間にこんなきれいなのを仕込んでいたんだろう。 「あっ。」 「どうしましたか?」 「すみません、私、チョコ、部屋に忘れてきちゃって……」 「あら、用意してくれたんですか?」 「もちろんですよ!準備が間に合わなくて、既製品なんですけど……」 あ~~~もう。なんでこんな時に限って大ポカしちゃうかな。 「ルームメイトのタイシンさんの分まで用意したんです。」 「わ、本当ですか。放課後でも大丈夫ですよ。私も放課後に渡す子、いっぱいいますから。」 すみません、と頭を下げて、受け取ったエプロンを着る。 青い線が斜めに入った白地のエプロン。汚れが目立っちゃう珍しい色合いだけど、水の流れのようで素敵だ。 クリークさんのチョコも嬉しいけど、それだけで喜んでいられない。 お腹を空かせて戻ってくるアイツに、食べさせてやらないといけないんだから。 袖をまくって、短く息を吐く。 ふーっ、と気合を入れていると、クリークさんが不思議そうに首をかしげている。 「イチちゃん、今日はなんだかすごい気迫ですね。」 指摘されてギクッとする。ごまかすために、両方の肘を手で擦る。 「あ、いや、その。腕捲ったけどちょっと寒いな~って。」 我ながら、なんてわざとらしい。 少しの間、勘ぐるように私の顔を見ていたクリークさんが、何かひらめいたように表情を変えた。 クリークさんが、捲った私の袖と肘を両手で掴んで、真っすぐ目を見てくる。 「イチちゃん、私に何かお手伝いできること、ありますか?」 「え、どうしたんですかクリークさん。気合すごいですよ。」 「いいえ。でも何だか、お手伝いしたくなってしまって。」 どうして、逆にお願いされてるような感じになっているんだろう? 面倒見スイッチが入ったクリークさんは、こうなるとタダではひいてくれない。 こうなったら、ヤケだ。 「クリークさん。」 「はい。何をすればいいですか?」 「お肉の、美味しいおかず。教えてください。」 私のお願いを聞いたクリークさんが、きょとんとした顔をする。 「お肉のおかず、ですか?」 「はい。お弁当用じゃなくても、美味しい、白いご飯に合うような、お肉のおかずです。」 クリークさんはしばらく目をぱちくりさせながら、私の顔を見ている。 また少しの間をおいて、脳内で何かを検索し終わったようなクリークさんが、目をキラキラさせて私の手を取る。 「分かりましたイチちゃん、任せてください。」 「ありがとうございます。よろしくお願いします。」 こういう時のクリークさんは、本当に、頼りになる。 「そしたらイチちゃん、料理酒とおしょう油、みりんに、小麦粉を用意してもらえますか。」 はい、と返事して言われた調味料類を取り出す。 ここは私たち二人の領地だ。どこに何があるのかは、把握している。 用意し終わってクリークさんのほうを振り返る。 冷蔵庫を覗き込んでいたクリークさんが、トレイの上に食材を並べて戻ってきた。 玉ねぎ、チューブのしょうがに、豚肉。 「これは……ロースですか?」 「そうです。本当はちょっと豪華なカレーの時のために用意しておいたんですが、今使っちゃいましょう。」 心なしか、クリークさんの声がうきうきしているような気がする。 これって、もしかして。 「豚の生姜焼きです。そしたら、まずは玉ねぎを刻んでもらえますか。」 やっぱり。 でも、今から? 疑問に思ったけど、言われた通り、玉ねぎに手をかける。 皮を剥いて、軽く洗って、包丁で切っていく。 トントントン、と小気味よい――切ってるのは私だから手前味噌なんだけど――包丁の音がキッチンに響く。 切りながら、クリークさんに質問する。 「豚の生姜焼きなんて、今から作って間に合うんですか?」 「間に合う、というと?」 「普通、生姜焼きってお肉を前日から付け込まないと味が滲みなくて美味しくないって言うじゃないですか。」 「実は、そうじゃないんです。」 「えっ。」 隣で調味料を混ぜて、味をみているクリークさんが答えてくれる。 「お店で売られているロース肉って、薄いことが多いんです。」 「はい。」 「お肉は塩分を吸わせると、水分が抜けて硬くなってしまうんです。」 「あ、あれですよね。『コショウは早めに、塩は焼く直前に』っていうステーキの。」 「そうです。だから、タレにあらかじめ付け込んでしまうと硬くなってしまうんですよ。」 なるほど、言う通りだ。 「でも、薄いお肉で味をつけずに焼いたら、味も薄くなっちゃいませんか。」 「そこで、これです。」 待ってましたと言わんばかりに、クリークさんが小麦粉を手に取る。 「これでうまみを閉じ込めて焼くんです。美味しいですよ。」 そう言ってパットに小麦粉をあけて、慣れた手つきでお肉にまぶしていく。 家庭料理の知識だったら、クリークさんに勝てる人なんて誰もいないんじゃないだろうか。 さながら、お料理界の「若き天才」だ。 うーん、本当に、頼りになる。 玉ねぎも切り終わって、コンロの前に立つ。 油を出し忘れた、と思って屈むと、クリークさんに肩を触れられる。 「イチちゃん。大丈夫。」 「えっ?」 「ノンオイルです。」 えっ!? 「えっ!?」 「この方法では、油は使いません。」 「でも、炒めるんですよね?」 「はい。でも、ノンオイルです。」 硬い表情で諭される。ウソでしょ…… でも、クリークさんに限って間違うなんてことはない。半信半疑だけど、諦めて立ち上がる。 コンロに火をつけて、お肉を並べた。うわー、不安。 「お肉焼き色がつくまで、炒めてくださいね。」 「ちゃんと炒めきらないんですか?」 「はい。そこで玉ねぎと合わせタレを入れます。」 す、すごい。私の知ってる生姜焼きと全然違う。 それでも、言われた通り。頼んでるのはこっちだし。 じゅう、とお肉の焼けるいい音がする。おいしそう。 かなり心配していたけど、意外とお肉がフライパンにくっつかない。 少し経って焼き色がついたら、指示通りに玉ねぎとタレを加える。 ちょっとゆすりながら菜箸で全体をからめるように炒めていくと、だんだん、とろみがついてきた。 「わ、何これ。」 「とろみが出てきましたね。もうちょっと炒めたら、もう大丈夫ですよ。」 すごい。朝ごはんとかお弁当にピッタリな短時間の調理だ。 小麦粉こそ必要だけど、とてもコンパクトに生姜焼きができる。 出来上がり。とってもいい香りだ。 「味見してもいいですか。」 「どうぞ、召し上がれ。」 ニコニコの笑顔でクリークさんが答える。 菜箸のまま、玉ねぎとお肉をつまんで、一口。 わっ! 「わっ!」 私の反応に、クリークさんが嬉しそうにしている。 「すごい、すごいですよこれ!」 「おいしいですよね~。」 「甘い!柔らかい!小麦粉のとろみと豚ロースの脂が、すごい!」 小麦粉に閉じ込められた豚肉の脂の甘味が、玉ねぎの甘味に負けず残っている。 玉ねぎもクタクタになった脇役状態じゃなくて、シャキシャキ感が残っている。準主役級だ。 本当においしい。 あんまりおいしくて、びっくりしてしまった。 今まで『焼肉はお肉じゃなくて、タレとかソースが一番おいしいんじゃない』とか、ひねくれていた自分の常識を大差で追い抜いて行った。 お肉に美味しさがあるんだ、って常識を再発見した気分。ウイニングライブ踊ってもらわなきゃ。 「すごい!うわ、ご飯食べたい。」 「ふふ、そう思ってちょっと分量多めにしてたんですよ?私も今日はこれにします。」 スキップでもしそうな足取りで、二人分の食器をクリークさんが取りに行く。 お弁当に付け合わせのお野菜と一緒に詰めて、自分たちの分を取り分ける。 ご飯をよそって、お味噌汁に乾燥野菜をふやかして、クリークさんと朝ごはん。 「いただきます。」 「いただきます。イチちゃんが美味しく作れて、良かったです。」 「クリークさん、すごいですね。どこでこういうの覚えるんですか?」 「教えてもらったり、テレビで見たり、雑誌で読んだりです。自分で見つけたわけじゃないんですよ。」 それでも、すごいものはすごい。 生姜焼きにおいしい、おいしいと舌鼓を打っていると、ところで、とクリークさんが聞いてきた。 「どうして今日突然、お肉料理を?」 「へ?」 「いつもはお野菜中心で、今までお肉料理ってなかったと思うんです……」 うーん、とクリークさんが考え込む仕草をする。 「うん、やっぱり朝にイチちゃんのお肉料理、見たことなかった気がします。」 「えー、なんででしょうね?」 適当に誤魔化してみる。お願い、見過ごして。 「オグリちゃんへのお弁当ですよね?」 ぐっ、と生姜焼きが喉につまりかける。とろみのおかげで流れていった。 「や、まあ。そうなんですけど。」 「何かあったんですか?あ、まさか、喧嘩してしまったとか?」 クリークさんが口に手を当てて、悲しそうな顔をする。 「いや、そういうわけではないんです。」 「ダメですよ、ちゃんと仲直りしないと。」 なんと答えたものか。 苦し紛れに、返事する。 「……今日はバレンタインデーだから、とか?」 私の言葉がどうもうまく結びつかない様子のクリークさんが、目をぱちくりさせる。 「ほら、チョコレートの甘さってもう飽きるほど食べると思いますから、お肉と玉ねぎの甘味もいいのかな~、なんて。」 「あ、そういうことだったんですね。安心しました~。」 二人して、ほっ、と息をつく。いや、なんで私が息をついているんだ。 「なんだか、イチちゃんらしいですね。」 「えっ。」 「ふふふ、ごちそうさまです。」 「えっ!?」 ニコニコ笑顔のまま、クリークさんが答える。 違うんです、多分、クリークさんが今思ってるのは、何かがとても違うんです! それからは、私がお弁当を持って出かけるまで何を言っても、クリークさんは笑顔を崩さずにずっと、私の話を聞いているだけだった。 やっぱり、本当に、頼りになる。 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇ 「……ほっ、ほっ。」 「よ。」 「ああ!おはよう、イチ。」 「ん。おはよう。今日はちょっと遅かったね。」 「ああ。実は、トレーニング中にいろんな人からお菓子を貰ってしまってな。」 「そうなの。」 「ああ。飴とか小さいチョコレートとかだが……今日はお菓子を配る日なのか?」 「え、ウソでしょ。」 「私たちの部屋のドアの前にも、私やタマの名前あてでたくさんプレゼントがあったんだ。」 「そりゃあ、ねえ。」 「イチの部屋の前には置かれていなかったか?」 「……オグリ、マジで言ってる?」 「う、うん。『まじ』だぞ。」 「あー、まあ、オグリは今日一日、そのほうがウケるかもね。」 「う、ううん……」 「どうしたの、悩んじゃって。」 「これは、意地悪な時のイチだ。」 「ちょっと、何が何が。」 「そういう含みのある言い方をするときは、イチが意地悪をしているときなんだ。」 「何オグリ、急に。」 「イチ。ちゃんと教えてくれないと、嫌だぞ。」 「分かった分かった、ごめんって。お弁当あげるから、食べながら話そ。ね。」 「今日もあるのか!ありがとう。」 「うん。はい、これ。朝からお疲れさん。」 「それじゃあ、いただきます。」 「ん。召し上がれ。」 「それで、今日は何の日なんだ?」 「今日は2月14日でしょ。」 「うん。そうだな。」 「バレンタインデーじゃん。」 「……ああ!そうか!」 「そうです。」 「それで、皆お菓子をくれていたんだな。」 「オグリ、きっと今日は一日中貰いっぱなしだよ。」 「そうなのか?」 「そうです。」 「ううん、そういうものなのか……」 「覚悟しといたほうがいいよ。皆寄ってくるから。」 「そうか……おおっ!」 「わっ、何。」 「イチ!これは、生姜焼きだ!」 「そ。良かったじゃん。」 「いつもは野菜中心だから、珍しいな。」 「そうだね。」 「とてもおいしそうだな。いい香りだ。」 「うん、私もそう思う。」 「おお、これは!」 「わっ、……これは?」 「おいしい、おいしいぞ、イチ!」 「ふふ、そうでしょ。」 「お肉も玉ねぎも甘くて、とてもおいしい。」 「ありがと。」 「しかし、困ったな。」 「え、何か、まずかった?」 「いや、その。」 「どれが良くなかった?」 「いや、そんなに、問題というわけではないんだ。」 「教えて、それ、聞きたい。」 「……ご飯が、足りないんだ。」 「……へ?」 「こんなおいしい生姜焼き、お弁当のご飯だけでは、とても足りなくて……」 「……ふふ、何それ。」 「ほ、本当だぞ、イチ。イチも食べてみるといい!」 「食べてるから、ヘーキ。知ってる。」 「ううむ……でも、おいしいな。」 「分かる。おいしいよね、それ。」 「ご馳走様でした。」 「はい、お粗末様でした。」 「とてもおいしかった。イチは、肉料理も得意なんだな。」 「私だけの料理じゃないけどね。」 「そうなのか?」 「そう。」 「それでも、作ってくれたイチの料理だ。ありがとう。」 「ん、うん。ありがと。」 「イチ。もし、良かったら、なんだが。」 「え、うん。」 「また、この生姜焼きを作ってくれないか。」 「う、うん。」 「いつでもいいんだ。朝でも、お昼でも、夕飯でも。いつでも大丈夫だ。」 「そんな時間、無いでしょって。」 「定食みたいに食べてみたいな。」 「定食?カフェテリアのお昼ご飯みたいな?」 「うん。キャベツの千切りと、お漬物と、お味噌汁。合わせて食べてみたい。」 「言われてみたら、生姜焼き定食みたいな普通のお昼ご飯、うちのカフェテリアに無いのかな。」 「いや、あるぞ。」 「いや、あるんかい!」 「おお、タマみたいなツッコみだな。」 「コラ、そんなこと言ってると、作ってあげないよ。」 「そ、そんな!イチ!」 「ダメ、もう明日からはいつものお野菜お弁当です。」 「そんな……」 「へちゃくれてもダメ。」 「私はただ、イチのお味噌汁も飲んでみたいな、と思っただけなのに……」 「えっ。」 「お弁当だと、お味噌汁は飲めないからな……」 「オグリ、アンタ、本当に……」 「な、なんでイチが耳を垂れさせるんだ。」 「別に、なんでもない。」 「顔を上げてくれ、イチ。イチのお味噌汁は美味しいと思っているぞ!」 「え、な、オグリ。」 「いつかまた、作ってくれたら嬉しい。」 「……別にいいけど、そんな時来るのかな。」 「そうだな。来たら、いいな。」 「そうだね。」 「イチは、誰かにチョコを贈るのか?」 「うん、まあ、イツメンとか。」 「そうか。私も、イチに用意してあるぞ。」 「え、そうなの?」 「うん。放課後、夕飯が終わった後に、また連絡する。」 「分かった。でも、オグリ、今日は一日抜け出せないかもよ。」 「私は抜け出すのは得意だぞ。任せてくれ。」 「はい。分かった。待ってるね。」 「うん。ああ、それで、今日川沿いでな……」 了 ページトップ Part7 1つ目(≫38) 二次元好きの匿名さん22/02/16(水) 20 31 44 「ねえ~、キャップさん、まだあ?」 「もうすぐじゃない?今日は早く帰るって、さっきも言ったじゃないの。」 「うーーん。」 「はいはい、もうちょっとだと思うから。」 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇ 「ただいま。」 「あっ!」 「ほら、帰ってきた。」 「おかえりなさい!」 「ただいま、ワン。」 「おかえり、キャップさん。」 「ただいま、イチ。」 「今日ね、町内徒競走で4番だったんだ!」 「おお、そうなのか。頑張ったな。行ってあげられなくてすまない。」 「ワン、ずっとキャップに見ててほしいって言って、聞かなかったんだから。」 「そうか、よし、ワン。次のお休みには私と一緒に走ろうな。」 「キャップは速いよ、ワンに勝てるかな?」 「頑張るもん!」 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆ 「はい、お茶。」 「ありがとう、イチ。」 「たまには一緒に走るとき、手、抜いてあげたら?」 「それはできない。彼女のためにも、全力で走る。」 「そっか。キャップらしいね。」 「イチもたまには、一緒に走らないか?」 「もうお腹も脚もダルダルだから、パス。」 「そうか……イチと一緒に走ってみたいとずっと思っているんだけどな。」 「いつもありがとうね。でも、走るのはまた今度だよ、キャップ?」 了 ページトップ 2つ目(≫101~105) SS筆者22/02/19(土) 01 27 31 「はあーお腹減ったお腹減った。」 「いやー本当にそれー。あ、この靴カワイー。」 「ちょっと、ご飯の時くらいスマホしまいなさいって。」 「なあによオグリギャルさん。いいじゃないのー。」 「誰がオグリギャルよ。アンタ、授業中ですらスマホ隠れて触ってるじゃん。」 「えっ、バレてたの。」 「あったり前でしょ。」 「まあまあ、そうカッカなさらず……」 「カッカしてないっ。」 「いーや、ホントーにイチはわかりやすいね。」 「なんですって?」 「やめときなって、いくらバレンタインデーだからってさ。」 「え、バレンタイン……ああ~~!」 「『ああ~~!』じゃないわよ。何に納得いってるの。」 「イチあれでしょ、チョコ渡せてないんでしょ!」 「は、はぁ~~!?」 「はぁ~~?」 「はぁ~……アッハッハ!ウケる!」 「ちょっと、マネしないでよ!サイテー!」 「いーや、ほんっとに、イチは。」 「わかりやすいよねえ~~。」 「マジであり得ない、なんなの、もう。」 「ほれ、後ろ後ろ。噂をすれば。」 「怪物の影がさす、かあ。」 「イチ、見なくていいの?」 「別に、アイツが囲まれてんの見たって、どうもしないでしょ。」 「どうもするって。あれ凄いよ。」 「いや人数ヤーバ。囲まれてんじゃん。」 「なんだっけ、あの、文化がどこかを中心にして周りに広がってくやつ。歴史の。」 「文化伝播論ね。」 「おっ、それそれ。アンタ次のテスト100点じゃん。」 「アレじゃあ、『オグリ伝播論』ですな。」 「うまいっ!座布団もあげちゃう。」 「古くね?」 「……オグリ、困ってるし。」 「うわ、見た。」 「アンタが見ろって言ったんじゃん。」 「さすが、一目見ただけでわかりますか。奥様は。」 「トレイを持って席を探してる間に群がられたら、誰だって困るでしょ。」 「旦那サマのピンチですぜ、助けに行かなくていいんですかい、親分。」 「誰が親分だ、コラ。」 「ビシッと間を割って、助けに行ってやりなさいよ。」 「今日、鞄ずっと持ち歩いてんの、チョコが入ってるからなんでしょ。」 「そうそう。」 「えっ、アンタたち、いつの間に。」 「……ぷっ。」 「いやはや、イチは、ホントーに。」 「わっかりやすいですなあ~~。」 「ア、アンタら~、さては!」 「アッハッハ、ほんっと、そういうとこ大好きだよ、イチ。」 「ほれ、応援してるから行っといでって。」 「……ヤだ。絶対行かない。」 「え~~?そんなんある?」 「んもー、しゃーないですなあ。」 「えっ、何、ちょっと。」 「ほら、鞄持って立った立った!」 「はいちょっと皆、ゴメンなさいね~。通して~。」 「ちょっと、やめてって、コラっ。」 「とっとと渡してくる!ほら!」 オグリの周りに城壁かと思うような生徒たちの間を一人が割って、もう一人が私の肘に腕をひっかけて引っ張っていく。 『この子は抜け出すのが上手い』って評価を教官がしてたのを聞いたことあるけど、こういうところで役に立つものなのか。 最後の城壁までスルスルと私を先導して、二人が私の背中を押す。 「今しかないよ、イチ。」 「グッドラック。」 目の前には、見慣れたオグリの困惑した顔があった。 なんなんだ、アンタらは。 恨み言も言い終わらないうちに、オグリが私を見上げる。 「や、やあ。イチ。」 「ど、どうも……」 こんなぎこちない挨拶、初対面の時でもしてない。 周りの子たちもなんだか困惑している。私だって困惑してる。 「がんばれよー!」 「戦果を期待してるよー!」 城壁の向こうから、望まぬ心強い味方の声援。ホントーにうっさい。 ええい、こうなったら、ヤケだ。 「はい、チョコあげる。もう学園中から貰ってるだろうけど、食後のデザート代わりに食べて。」 周りから、わぁ、というどよめきの声。オグリが驚いたようにチョコと私の顔を見比べて、まばたきする。 顔が突然熱くなってくる。もう、早く受け取ってって。 「……友チョコと言うやつか!ありがとうイチ!」 ちょっと困ったような顔で、返事をしてくる。 は、何それ。 熱くなってきた顔が、もっと熱くなるのを感じる。 そんなんじゃ、ない。 周りの子のことを思って言葉を選んでくれたのかもしれない。 でも。 でも、違う。 他の子たちのことを下に見るワケじゃないけど、私のチョコは想いが、違う。 ああ、もう。 「……本命。」 「……イチ?」 「本命よ。」 周りのどよめきが、驚きの声になって、黄色い歓声にすぐ変わる。 「やっぱり、食後のデザートなんかに食べたら、許さないから。」 「い、イチ!?」 チョコを押し付けて、踵を返す。 入ってくるのに分厚かった城壁がウソのように、私の前に道ができる。 道の終わりにいた二人が、口をあんぐりと開けているような表情をしていた。 「……マージで。」 「……ウケる。撮っとこ。」 その日のカフェテリアで、ピンク色の髪をした後輩ちゃんが一人、保健室に運び込まれたのは、別の話。 別の話で、あってほしい。 了 ページトップ 3つ目(≫128~129) SS筆者22/02/20(日) 08 12 38 【二人だけの特別個人指導】 オグリキャップとレスアンカーワンのダンス練習を監督すると約束して以来、早朝にダンス室に行くようになった。 「ほら、そこで腕のばす!」 「こ、こうか?」 レッスン室からは、もう二人が振り付けの練習をしていた。 「ここはキメるところなんだから、左右に遠慮して縮こまらない!」 「あ、ああ!」 「指先までピンとする!ダンスは身体の先端が一番大事なの!」 「よ、よし!」 すごい気迫で、レスアンカーワンの指導が飛ぶ。 もうどのくらい踊っているのか、すごい熱気だ。一度止めたほうがいいかもしれない。 『おはよう!』 自分の声に気付いたレスアンカーワンが、音楽を止める。 「ほら、オグリ……あ、おはようございます!」 「ふう、ふう……ああ、おはよう。」 『二人ともすごい真剣だな』 「そりゃ、葦毛の怪物サマが新聞の一面に棒立ちで載るところ、見たくないですから。」 「いつもより早いのに、ありがとう、イチ。」 『いつもって?』 「ああ、イチはいつも、私に朝のお弁当を作ってくれるんだ。」 『お弁当?』 「ちょっと、オグリ!」 「それを作るために早起きしてくれているのに、ダンスの練習まで付き合ってくれてるんだ。本当にありがとう。」 『イチちゃんは頑張り屋なんだな。』 オグリの言葉に、レスアンカーワンの顔が赤くなる。 「~~っ!もう、余計な事言わないの!」 「な、なんで怒っているんだ、イチ?」 「ほらっ、続きやるよ!」 レスアンカーワンがコンポのスイッチを入れて、音楽が流れ始める。 「いきなり再開したからって、テンポズレない!」 「う、うん!こうか?」 「ほら、表情も意識して!音楽の背景を考えて、顔も作る!」 ……先ほどより、指導に力が入っているように見えるのは、気のせいではないだろう。 その時、ふと閃いた!このアイディアはアダルトデイズとのトレーニングに行かせるかもしれない! アダルトデイズの成長につながった! 体力が10減った パワーが10増えた 根性が10増えた 「軽やかステップ」のヒントLvが2上がった レスアンカーワンの絆ゲージが5上がった ページトップ 4つ目(≫151~152、≫154) SS筆者22/02/21(月) 01 02 42 【内緒の抜き打ちチェック!】 オグリキャップのレース当日。トレーナー室のテレビでレスアンカーワンと一緒に、走るオグリを応援する。 『頑張れ!』 「大丈夫、勝てる、勝てるはず……!」 第4コーナーを越えて、テレビの中のオグリキャップがグングン加速していく。 彼女は無事、1着でゴール板を横切った。 「やった!やった!オグリだ!」 レスアンカーワンが、立ち上がって喜んでいる。 『やっぱりオグリキャップは強いね』 「あったり前でしょ、なんてったってオグリキャップなんだから。」 自分が勝ったかのように、レスアンカーワンが胸を張る。 『センターで踊るウイニングライブが楽しみだ』 「そうね、ちゃんと踊れてるか見てやらないと。」 そう言いながら、レスアンカーワンが思い出したように鞄の中を漁る。 こちらに振り向いたかと思うと、青と白のサイリウムを手渡される。 『これは?』 「これは、ってサイリウムでしょ。」 『レスアンカーワンもライブが楽しみ?』 「別に、楽しみじゃないわ。私たちで面倒見てあげたんだから、ちゃんと踊れるか見てやんないと。抜き打ちチェックよ!」 ~⏱~ 日が暮れて、ウイニングライブの時間になる。オグリキャップの番が回ってきた。 レスアンカーワンと二人で、食い入るようにテレビの中で踊るオグリキャップを見る。 「いい、いいわよオグリ。……そう!ステップ綺麗!」 黄色と白のサイリウムを握りしめて、細かいところまでレスアンカーワンがチェックしている。 「どうか全力で……♪ ……ひと~みで私を♪」 サビに入って、レスアンカーワンも思わず、歌を口ずさんでしまっている。 「最後まで気を抜かずに……お、かっこいいじゃない……」 『すごいな……』 オグリキャップの華麗に歌って踊る姿に、二人で釘付けにされてしまった。 ⏱ ライブが終わっても二人でしばらく呆けてしまって、お互いに静かな時間が過ぎた。 サイリウムを持ったままテレビを見つめるレスアンカーワンに声をかける。 『カッコよかったね』 「あったり前でしょ、なんてったってオグリキャップなんだから。」 嬉しそうに微笑みながら、レスアンカーワンがまた胸を張る。 そう言った後、ハッとしたように口を手で覆う。 「アンタ、このことは秘密だから。オグリに言ったりしないでよね。」 キッと鋭い目つきで言われてしまい、首を縦に振らざるを得なかった。 その時、ふと閃いた!このアイディアはエイジセレモニーとのトレーニングに行かせるかもしれない! エイジセレモニーの成長につながった! スキルptが30増えた 「集中力」のヒントLvが2上がった レスアンカーワンの絆ゲージが5上がった 引用元 https //bbs.animanch.com/storage/img/368777/154 ページトップ 5つ目(≫170~173) SS筆者22/02/21(月) 19 56 06 【お弁当には思惑込めて】 オグリキャップとレスアンカーワンの早朝ダンスレッスンにも慣れてきたある日、二人のレッスン時間よりも早く目が覚めた。 せっかく起きたし普段はしない散歩で気晴らしでも、と学園の外を歩いていると、見慣れた葦毛のウマ娘とすれ違う。 『オグリキャップ、おはよう!』 「ああ、おはよう、トレーナー。」 『もう自主トレしていたの?』 「そうだな。この時間なら人も少なくて走りやすいんだ。」 他の生徒はもとより、熱心なトレーナー陣でもこんな時間から動き出す人は中々いない。 『熱心なんだね』 そういわれたオグリキャップが、照れたように頭の後ろに手をやる。 「ありがとう。でも、今はトレーナーもそんな熱心者じゃないか。」 『そうだね』 そんなオグリキャップを前に、ふと、疑問が湧いた。 『こんな早くからトレーニングして、お腹は空かないの?』 「実は……とても空いているんだ。ただ、今我慢すれば、あとで美味しい朝ごはんを食べられるんだ。」 はにかみながらそう答えるオグリキャップの言葉に、思い当たるものがあった。 『もしかして、この間言っていたお弁当?』 「そうなんだ!イチのお弁当は、トレーニングをした朝ごはんにぴったりな献立でな……!」 オグリキャップが嬉しそうに耳を振る。 「これを食べるために、朝早起きしているところもちょっとだけあるんだ。」 思い出したのか、お腹がぐう、とひとりでに鳴っている。 「それに、イチと朝におしゃべりできるのは、とても楽しい時間なんだ。良かったら、トレーナーもどうだ?」 その言葉を聞いて、レスアンカーワンの反応を想像する。きっと、いい顔はしないだろう―― そう思って、オグリキャップに返事する。 『いや、大丈夫だよ。』 「そうか……イチに頼んで、トレーナーの分も作ってもらおうか。」 『それは大変だろうから。あと、ここで出会ったのは内緒ね。』 「言わない方がいいのか?……なんだか不思議なことを言うんだな。」 顎に手を当てて、オグリキャップが考え込んでいる。 もう少しだけ、学園に戻る時間は遅らせよう。 そう思いながら、走るオグリキャップを見送った。 二人のダンスレッスンが始まるくらいの時間に戻ってくると、遠目に、ベンチに横並びで座る二人のウマ娘が見えた。 会話の内容はわからないが、ずいぶん楽しそうに会話をしている。 ……オグリキャップは前のライブで完璧に踊れていたし、今日くらいは遅れてもいいだろう。 もう一周り、学園の中を散歩することにした。 その時、ふと閃いた!このアイディアはエイジセレモニーとのトレーニングに行かせるかもしれない! エイジセレモニーの成長につながった! 体力が30回復した 「栄養補給」のヒントLvが2上がった レスアンカーワンの絆ゲージは最大だ ページトップ Part8 1つ目(≫39) SS筆者22/02/24(木) 22 57 23 自分用に書いてるSSからちょっとだけおすそ分け ※閲覧注意かもしれないんだ オグリが、私の肩に頭をのせる。 かすかに感じる、冷たい空気の流れ。 「……イチから、いいにおいがする。」 「……何よ、オグリ。」 オグリは顔をぐりぐりと押し付けながら、後ろから私に手を回している。 私も眺めていたスマホを置いて、オグリの頭に後ろ向きのまま手を伸ばしてやる。 おとなしく撫でられていたオグリが、口を開いた。 「……イチは。」 「なあに。」 「同じウマ娘の私と、その、こうやって、一緒に暮らしていて。」 「うん。」 「……嫌じゃないのか。」 何を言われているのかわからず、しばらく呆然とする。 思わずぷっ、と吹き出す。 イヤじゃないから、困ってるの。ホントに。 「好きにすればいいじゃん。」 「えっ。」 「変なとこでマジメすぎ、キャップ。」 オグリが顔を上げたのか、手が弾かれる。 「私は、イチに無理をさせてしまってないか。」 「あのね、キャップ。」 ぐいっ、と身体をオグリのほうに回す。 私の好きな、私だけが見れるとても綺麗な目とまつ毛。 頬に手を当ててやりながら、言ってやる。 「アンタじゃなきゃ、イヤなんだって。」 了? ページトップ 2つ目(≫45~47) SS筆者22/02/25(金) 00 40 38 僕は彼女の前にひざまずく。 街の明かりが空に反射して、うっすらと彼女の、美しくも力強い脚が眩く目に映る。 勇気を振り絞って、顔を上げる。彼女の顔を、真っすぐ見つめる。 ウマ娘は皆、端正な顔立ちをしている。 それでも、今、僕の目の前で口に手を当てて驚いた顔をする彼女は、他の誰にも負けないくらい、とっても美しい。 その姿勢のまま、彼女に手を伸ばす。 誰も見ていない場所なのに、えらい緊張する。 彼女もレースに出る前は、こんな気持ちだったんだろうか。 胸の奥から何か熱いものがこみあげてきて、喉が締まってしまい、声が上手く出せない。 口だけをパクパクと開閉させながら、何とか言葉を作り出そうとする。 「っあ、あのっ。僕とッ。」 声が裏返る。何をしているんだ。格好悪いじゃないか。 それから僕の喉は、声を出せという脳の命令を一切シャットアウトしてしまった。 お願いだ、一世一代のお願いなんだ、動いてくれ。 冷や汗と焦りで頭がいっぱいになる。 ほら、僕がモタモタしているから、彼女も涙目になってしまったじゃないか。 「頑張って。」 彼女が、口元からこちらに手を伸ばして、僕の手を取る。 「頑張って、貴方。」 彼女が涙声で、微笑みながら僕に語りかける。 ああ、なんて弱い男なんだ、僕は。応援されるなんて。 二軒隣のホソノさん、「求婚なんておめえ、バッと言うだけだ!」なんて、嘘じゃないか。 彼女の手の感触にすがるように、力を振り絞る。 「ぼ、僕と。」 「はい。」 「僕と、けっ、こんを。」 「はい。」 彼女の目元から、涙がこぼれる。 なんて、美しいんだろう。 言葉にするんだ、動け! 「僕と、結婚、してくれませんか。」 その言葉の後、身体が前にいきなり引っ張られて浮く感触がする。 冷たい風を一瞬感じた後、身体の前方と背中に、熱い感触。 気が付けば、彼女が僕のことを抱きしめていた。 「ありがとう、待ってました。」 「あ、あのっ!まだあるんだ!」 泣きながら僕のことを抱きしめる彼女の肩を軽く叩く。 「もう、これだけでも私は嬉しいの。」 「そうじゃなくて、もう一つだけ、お願いッ!」 彼女が不思議そうな顔で、僕の顔を覗き込む。 「貴女に、もう一つだけ、贈りたいものがあるんです。」 「もう何もいらないわ。貴方の言葉とこれまでの時間で、もういっぱい。」 「これからの僕の時間も貴女にあげます、でも、一瞬だけ離してくれますか。」 また驚いて涙目になる彼女を何とかなだめる。 名残惜しそうにする彼女のハグから外れて、もう一度ひざまずく。 僕も勇気を出して、もう一つ、練習したセリフを言う。 「貴女の効き脚を、前に出してもらえますか。」 彼女がまた、口に手を当てて目を丸くする。 何かを察したように、ゆっくりと右脚を前に出してくれる。 これまで彼女を支えてきた、彼女の命。 その右足のふくらはぎに手を当てて、軽く浮かせる。 僕はそのまま、脛に顔を寄せて、軽く口づけをした。 了 ページトップ 3つ目(≫116~124) SS筆者22/03/02(水) 18 21 43 前がほとんど見えないほど景色が曇ったお風呂場で、身体を擦る。 目を細めて鏡をにらみつける。今後ろを通った金髪っぽい子、やたらスタイル良かったな。モデルみたい。 石鹸を鏡に塗ろうかと思って、めんどくさくなってやめた。 ここまでやる必要ある?って思うくらい熱くて、暑いお風呂が、学園寮の特徴の一つだ。 脱衣所までしっかり湿気が満ちて、ドアを閉めておかないとあちこちに水滴がついてしまう。 以前、生徒会が広報のためにいろいろな場所の撮影をしようとしたとき、お風呂はカメラのレンズが曇りすぎて映像にならない、って理由で映像が使わ れなかった。 熱いのが苦手な子は、辛そうな顔をしながらシャワーだけで済ませていく。 でも、1か月も経つと、お風呂につからないと取れないくらい身体に疲れが溜まってくる。 私も熱いお風呂がダメなほうだった。 子供のころは、お母さんに『100数えるまで出てきちゃダメ』って言われて、ぶーたれた顔で数えてた。 今じゃ、100でも1000でも数えてやれると思う。 何なら、もっと熱いほうがイイって言って、追い炊きし始めるかも。 浴場が閉まる時間に来たことが無いから知らないけど、噂によれば最近入学した後輩ちゃんが、お風呂場にバラを浮かべて入っているらしい。 こんな暑いのに、よくやるなあ。 まだ見ぬ後輩ちゃんに思いを馳せていると、お風呂場の上記よりもっと熱い風が、身体の横から流れてくる。 それと同時に、あーっ!って悲鳴に似た甲高い声。 サウナから水風呂に移動した子たちのものだろう。 レース前の体重調整をする生徒たちのために、浴場にはこれまた信じられないくらい熱いサウナも併設されている。 使う人なんているのか、と入寮した当初は思っていた。 しかし、レースを控えた先輩たちや、たとえ模擬レースでもまじめにやりたい、なんて意識の高い子たちが続々とサウナに入っていく光景は、もはや日 常の一つだ。 『マジでダルい』って言いながらコギャルな先輩たちが入っていくのはなんだか笑えるし、真面目な子たちが真面目な顔しながら入っていく威圧感はと んでもなく力強い。 出てきた子たちが、シャワーで汗を流した後に水風呂に入って、一斉に叫んだり身体を派手に震わせるのはもうコントなんじゃないかと思える風景だ。 誰も使っていなかったら、逆に「お、明日は皆オフの日なのね」とか思うくらい。 あのサウナ自体は、いくら長風呂できるようになったからと言っても、今の私にはまだつらい。 いつか、私もあそこに入ることがあるんだろうか。 強いウマ娘たちの秘密の一つが、あそこに隠されてるんだろうか。 熱に取り囲まれながら、そんなことを思う。 お風呂に浸かって、一日を反省する。 午前の座学に、お昼の「スペシャルランチ争奪特別」に、トレーニング。 小テストは一発合格点、スムーズに抜け出せた特別レースには無事勝てて美味しいお昼を食べれてとってもハッピー。 坂路をとにかく駆け上がるトレーニングでは、教官の言う細かく脚を動かす走法で少し楽に走れることを知った。 そのあと、ふざけてアイツみたいに走ったらびっくりするくらい疲れた。 教官からも目をつけられて『やめておきなさい』ってちょっとだけ注意を貰う始末。 まだ、私には真似できない。ムカつくけど。 でも、いつかは必ずアイツにほえ面書かせてやるんだから。 明日はキャベツの芯を使った浅漬けでもお弁当に入れてやろう。きっと嫌がるに違いない。 明日の話は明日の朝考えればいいか、と思い直して、白く曇った天井を見上げる。 換気扇が一生懸命回っているけど、どこまで効果があるのやら。 天井に向かって、ぐーっと一つ伸びをする。 身体から疲れが抜けていくのを感じる。 うん、今日もまあまあ、一日よく頑張った。 「なんか最近イチ、必死だよね。」 お風呂から戻って、部屋で尻尾の手入れをしているとき、ルームメイトのモニーが話しかけてきた。 ちょっとカチンとくる言い方に、思わず冷たい返しをしてしまう。 「ん、何が?」 「私たち負け組がさー、必死にいろいろやっても、良くてにぎやかしなワケよ。」 突然かけられた、イマイチ反応に困る言葉にどう答えるか、ちょっと考えてしまう。 うーん、そうかな、とひとまず誤魔化すように返事する。 「だって、早いヤツらはもうトレーナーがついたり、チームに入ったりしてるんだよ?」 「まあ、私たちはまだってだけでしょ。」 冷たくなりすぎないような感じで返事する。 モニー、本名はエイジセレモニーって子だけど、ちょっと気難しい。 私のノリにも趣味も合ういい子なんだけど、こういう感じにネガティブな方からものを言う子だから話すのが難しい。 毒を吐く、っていう感じじゃないんだけど、思わず耳に入るとちょっと気持ちが陰るようなことを自然に話しちゃうタイプ。 発言に無責任……なのかな。意地悪なヤツって印象は持ちたくないからこれ以上は考えないけど。 とにかく、悪い意味でクラスに一人はいるようなタイプの子だ。 「いやいやいや、ちょっと考えてみなって。」 そういいながら、クッションを抱えてベッドに座り直している。 「集団指導で10,能力が伸びるとするじゃん。」 「うん。」 「それに比べたらさ、少数でじっくり指導したり、個人に合った指導をしてくれるチーム所属組はさ、15とか20とか伸びるわけじゃん。」 そうなのかな? 「まあ、そうかもね。」 「そう考えるとさ、集団で燻ってる時間が長けりゃ長いほど、先に上手くいってる子たちとはどんどん差がつくワケ。」 わかる?とか言ってわざとらしく天を見上げるように天井を見る。 「今、トレセンのウマ娘に求められてるのは早熟なエースたちってワケなんだよね~。」 私に話しかけてるのか、一人で勝手に落ち込んで納得してるのか。 こういうの、本当に反応しづらいからちょっとやめてほしい。 話の前後で微妙につながってないのが、どこかで良くない記事か何かを読んだだけなんだろうなって感じがする。 「でもさあ、3年以上頑張ってる先輩たちもいるじゃん。」 「その人たちはもう収まるところに長い時間収まってるからできるわけよ。」 「どういうこと?」 「つまり、遅くてもトレーナーにもファンの人に長く応援されてるってこと。」 うーん、分かんない。どういうことだろう。 ちゃんと話を聞くのがじれったくなってきてしまったので、直球ストレートに質問することにした。 「モニー、今日なんかあったん?」 「なんかって?」 「何か嫌なことでもあった?」 「いや、別に?ただ、ちょっと思うところがあってさ~。」 これか。何か物申したいワケね。聞いてあげようじゃないの。 「思うところって?」 「だから、イチのことだって。」 「私?」 「そ。えー、ここまでの話でわからん?」 分かんないから聞いてるの、とも言わない。 どうやってもう一つ深堀しようかな、と尻尾をいじる手を止めて考えていると、モニーが言葉を続けた。 「イチが最近必死になってるって話よ。」 「あー、さっき言ってたやつ。」 「そうそう。あの『ぽっと出』との話!」 キャー、とか言いながらこれまたわざとらしくクッションに顔を埋める。 「アイツがどうしたっていうのよ。」 「イチさあ、最近朝起きるのめっちゃ早いじゃん。」 「まあ、別に?」 「あれさ、弁当作るためって話、マジ?」 「マジだけど。」 私の返事に、こらえられなくなったようにあっはっは、と笑い出した。 「いやー、マジなん?!」 「弁当って言っても、嫌がらせのためだし。」 「いやいや、有り得んって。」 そう言って、また吹き出している。 「普通、嫌がらせしようってなったときにはそういう発想に行かないって。」 「でもアイツ、すごい食べるからいいかなと思っただけ。」 「弱点でも探ろうって?いやー、無理っしょ。」 思わぬ正論に面食らっていると、思いもよらぬことをモニーが言う。 「イチ、ほんとはあれでしょ?レースに勝てないからってぽっと出に媚び売ってるんでしょ?」 「は?何言ってんの?」 聞き捨てならない言葉に、すかさず噛みつく。 「アレはアイツの調子を落としてやろうってイタズラなの。」 「ムリムリムリ、そんなのムリだって。」 ニヤニヤした表情で、モニーがこちらを見ている。 「あれでしょ、本当は卒業した後の人生設計なんでしょ?」 「どういうこと?」 「だから、レースに勝てない私たちが卒業した後の進路ってコト。」 「進路?」 イチ、あれでしょ、と悪い楽しみを覚えたように話し続ける。 「もう引退後の寄生先探してるってことでしょ?」 「ハァ?何言ってんの。」 「レースと違って素早いじゃん?」 モニーの言葉に、胸が穴が開いたように、ヒュッと冷たくなる。 「マジでモニー、言葉選びなよ。」 「いやいや、事実を指摘してるだけだって。」 モニーは一切悪びれない顔をしている。 「私はちょっと尊敬してるワケ。真面目に今を頑張るんじゃなくて、先のことを考えて動くってのは頭イイよ。」 相手の言葉に答えるように、耳の付け根が痛いほど引き絞られる。 「何、ケンカ売ってんの?」 「ちょっと何、耳後ろに回して。売ってるわけないじゃん。」 こわ~、とか言いながら目を丸くしている。 どこまで本当だか分かったものじゃない。 モニーはこういうこと言うってわかっていても、実際に言われるのとは話が別だ。 「アイツにはひたすら嫌がらせをしているだけだし、私はそれを何かに役立てようとか全く思ってない。」 「いや、それはさ。」 「この話、終わりたいんだけど。」 ピシャリと言い放つ。 本気で怒ってるのが伝わったのか、モニーは何か言いたそうにしながらも口を閉じた。 しばらくお互い無言の気まずい時間が流れた後、消灯を知らせる放送が流れる。 真面目に従わない子も多いし、なんなら私たちもそっち側の生徒だけど、今日だけは二人ともおとなしくベッドに入る。 5分経った後、電気が消える。 チリチリとまだ燻ってる頭と胸が、おとなしく眠らせてくれない。 どうせ向こうもそうなんだろう。そう思って、背中越しに呼びかける。 「あのねモニー、もう一つ言っとくけど。」 「……何、ゴメンって。」 「私は真面目にレースに勝とうと思ってるから。トレーナーもつけるし、重賞レースで必ず勝つから。」 食い気味に、モニーの返事に自分の言葉を重ねる。 「確かに早熟なエースが求められてるかもしんないけど、私は走れるだけずっと走ってたい。」 「いや、でも勝てなかったら意味ないじゃん。」 「だから勝つつもりで走るの。私は勝ちたい。」 さっきまで言われてきた酷い言葉に復讐するように、挑発する。 「文句言うだけ言って結局勝てないようなウマ娘に、私はなりたくないから。」 すると、後ろのベッドが大きく軋む音がした。 「は?アンタそれ、私のこと言ってる?」 「言ってる。」 エイジセレモニー、と本名で呼びつけてやりながら、言葉を突き付ける。 「私は、アンタにだけは負けたくないって、今思ったから。」 「は、何それ。ライバル宣言かなんか?」 「それでもいいよ。アンタには絶対負けない。」 「……カッコつけてんじゃないわよ、オグリギャルのくせに。」 「でも上がり3Fは私のほうが速いから。アンタのこと、捕まえたし。」 「たまたまでしょ、バ場が良かったのよ。」 「最初にゴール板を駆け抜けたやつが勝つってルール、知らないの?」 大人げないな、と思いながらも、モニーを挑発する言葉が止まらない。 返す言葉もなくなったのか、さっきまでの私みたいにうんざりしたのか、もう一度ベッドを軋ませる音を立てて、モニーは何も言わなくなった。 モニーをすっかりやっつけてしまった私は、小さくない罪悪感を抱えていた。 でも、あんなこと言われて、怒らないウマ娘なんていないはず。 勝ちたいという本能に逆らえるウマ娘なんて、絶対にいない。 だから勝てばとびきり嬉しくなるし、負ければとびきり悔しくなる。 幸い、モニーと私は走る距離も馬場も同じで、いつか同じレースで走ることになるかもしれない、いいライバルだ。 明日もまた一つ、アイツよりも、モニーよりも、誰よりも強くなるんだ。 そう思いながら、チリつく胸をぐっとこらえて、毛布を頭までかぶって目を閉じた。 了 ページトップ Part9 1つ目(≫22~34) SS筆者22/03/12(土) 19 52 53 イチに、トレーナーがついた。 模擬レースで1着になったある日、トレーナーのほうからスカウトがかかったらしい。 封筒を抱えながら、やたら機嫌のよさそうな日があったのを覚えてる。私が何を言ってもニコニコな上の空で、心配になったくらいだ。 まあ、そのこと自体には驚かなかった。 私と同じような趣味とかノリしてるけど、トレーニングやベンキョーは真面目にやる。 だからと言ってガリ勉とか、図書館にこもるような感じとか、そういうのでもない。 学年に数少ない超優等生――ヤエノとかチヨちゃんみたいな――ってワケじゃない。 気軽に絡めるツレで、側にいるのが嬉しいルームメイト。 真面目な分、この間よくわかんない流れでケンカ、というか言い合いにしちゃったこともあったけど。 その真面目さが、トレーナーの目を引いたんだろう。 ああ、これで優等生サマと私で、さらに差が開いて行ってしまうんだな~なんて、自分にウソをつく。 私が持っていないものを、イチが先に手に入れていく。 相手の努力をバカにして、結果だけ見て文句を言うのは簡単だよね、ってきっとイチは言う。 それでも、毎日夕方にいい笑顔を浮かべてトレーニングするイチを見ると、イジけずにはいられなかった。 ある日、ちらりとイチの姿をトレーニング場で見かけた。 去年のダート王者で最近引退した、クロガネトキノコエセンパイを相手に併走トレの最中だった。 イチもイチのトレーナーもペコペコお辞儀していて、相手の二人のほうが困っていた。 軽い打ち合わせをしたのだろう、時間を置いて始まったトレーニングは、正直言って、クロガネセンパイとの力の差が大きすぎるように見えた。 イチは必死に、どうにかして食いついてやろうともがくように走っていたけど、クロガネセンパイがちょっとでも姿勢を下げると、抜けるように距離が空く 。 長いストライドを武器として、芝もダートも長い間走り続けてきたセンパイの走りのセンスは、暴力的なまでにイチ突き放していく。 センパイもやたら気合が入っていて、合図が出ているにもかかわらず、イチをギリギリまで抜かせようとしてなかった。 トレーニングなのに勝つつもりでやっていて、なんで引退したんだって笑える感じの走りをしていた。 あれがG1レースを勝つウマ娘の持つ、勝ち気の強さってヤツ? 去年のダートを支配した『鉄人』に必死に食らいつこうとするイチは、メチャクチャ苦しそうな顔をしていた。 ゴールの目印を横切ったイチが、風に吹かれる木の棒みたいに、パタンと倒れる。 最後の一本が終わったのだろうか。 ウッドチップのコースに仰向けに倒れこむイチは、疲れと悔しさと、これから自分が走ることになるかもしれない対戦相手達の壁の高さに、うんざりするよ うな感情を混ぜた顔になっていた。 そんなイチの顔を見るのは、自分が負け続けることのようにツラかった。 それから私は、ガラにも無く図書室に脚を向けていた。 私のルームメイトを徹底的に叩きのめしたあのセンパイについて、もっと知りたくなったからだ。 図書室の扉を開けると、眼鏡をかけて髪を三つ編みにした、いかにもって言う姿でカウンターに座る図書委員が目に入る。 その子は読みかけていた本から顔を上げて、こちらに軽く会釈している。 『怒るとメチャクチャ怖い』と言われているけど、ホントーなんだろうか? 図書室なんて普段来たことないので、こちらも首だけで会釈しながら、その子に話しかける。 「スンマセン、ちょっと調べたいんですけど。」 「はい。どんな本ですか?」 「えー、センパイについて調べたいんです。」 メガネの子は首を横にひねっている。 「ウマ娘についての資料……ということでよいでしょうか?」 「あっ、そう、それで。」 「わかりました。ええと、お名前を聞いても良いでしょうか?」 クロガネトキノコエです、と伝えると、見た目とはかけ離れたスピードで机のキーボードを叩いて、何かを印刷してくれた。 「はい、こちらがトキノコエさんについて書かれている資料の一覧です。」 2枚に分けて印刷された紙を受け取ると、文字と暗号の山。 目が文字を全く追ってくれなくて、すぐ質問してしまう。 「エート、これをどうすればイイ?」 「あ、もしかして、図書室のご利用は初めてでしたか?」 そういうと、膝掛けを脇に置いて、カウンターから出てきてくれる。 私よりも背の小さい図書委員さんは、キラキラした目でこちらを見上げる。 「資料探し、お手伝いします。ぜひついてきてください!」 それから渡してもらった資料集を、横にドンと積み上げる。 つい最近引退したばかりなのにすごい量だ。 紙の文字を読むのは慣れてないし眠くなるけど、頭を振りながらガンバって読み進める。 読んだ矢先に忘れてしまうから、気になったことはスマホにメモ。 メモの量が増えていくうちに、色んなことが分かった。 センパイは、『身体が弱い』『腰回りが緩い』ってずっと言われ続けてきた。 それは生まれ持った体質だったみたいで、それを無理に克服しようとした結果、身体を壊しかけてしまったことがあるらしい。 「弱いところを補強する」トレーニングをしていくのはフツーだけど、クロガネセンパイはダメだった。 それでも、センパイは勝つことをあきらめなかった。 とにかくたくさんレースに出て、経験を積むようにしていたみたい。 どんなに負けても、鉄は叩けば叩くほど強くなるんだと言わんばかりに、とにかく走っていた。 3戦目のレースでデビューをした後、毎年走っていない季節が無いくらい、芝ダート問わずいろんなレースに名前が載っている。 センパイのトレーナーへのインタビューでも、『焦ってトレーニングを積むようなことはしません』『ゆっくりと、大器晩成してもらえれば』っていろんな 記事で言ってる。 詳しいレース経歴は読み飛ばしたけど、戦ってきたメンツがはっきり言ってヤバかった。 ジャパンカップでルドルフ会長の2着にまで食い込んだロブストティーガーセンパイに、逃げウマ娘としてメチャクチャ勝ったデュークダウンセンパイ。 これだけのウマ娘たちを相手に、大きなケガをすることもなく、泥臭い勝負根性で戦い続けたセンパイは、まさに『鉄人』だ。 ひたすら揉まれていって、その姿がファンを虜にしていって、センパイは走り続けていた。 弱いところを叩くのではなく、得意なところを伸ばしながら能力を上げる方向に舵を切ったのが、センパイのスゴイところだ、と思った。 最後の資料から気づいたことをメモに書き込んで、資料を脇に置く。 積み上げられた山が私の右側から左側に移っていることに気付く。 ぐっ、と伸びをすると、図書室がもうすぐ閉まる時間。周りにはまばらにしか人が残っていなかった。 山を崩して本棚と委員の人に返しながら、考える。 できないことを無理に直さなくてもいいんだ。 得意なところで頑張るのは、私にはチョー嬉しい。 上手くできたらチョーシに乗って、もっと伸びればいいってことだから。 私の武器は何だろう。 欠点はたくさん見つかるけど、そういえば、得意なところを見つけようとしてこなかった。 何かが得意って言って、それができなかったときに打ちのめされたくなかったから、わざと無視していたのかもしれない。 でも、今日トレーニングコースで見たイチの姿が、私の頭にこびりついて離れなかった。 ケンカした夜に言われた『アンタには負けないから』の言葉も、頭の中に響いて止まらない。 いい加減、イイワケするのはよそう。 私の得意なことって、なんだろう。 私の、得意なことは。 正直言って、私は脚が速くない。 イチと真面目に競走したら、多分、トップスピードの差で差し切られてしまう。 実際、トレーナーがつく前にイチと走った練習レースでは、きっちり差されていた。 イチがオグリキャップの真似をして走るようになってから、最初のころは『オグリギャル』って言ってからかっていた。 ところが、チリも積もればというものなのか、マネ続けていれば最後は本物になれるのか、最近のイチはメキメキと強く走るようになっていた。 それを見て、普段イチとつるんでいた私たちもちょっと燃えたし、ムカついたし、少し自信を無くした。 真似をするだけで強くなれるんだったら、いくらでも真似する。 けど、そう普通は上手くいかない。 オグリキャップの真似をするイチの真似をしたところで、それは私の力には少しもならない。 ウンウンとうなって考えてみるけど、いいアイデアなんて一つも振ってこなかった。 私の武器は何だろう。 ベンキョーやレース戦術書、教官の指導でいろんな戦い方を学んだけど、それを現実に落とし込んでみると驚くほど結果がついてこなかった。 分からないし言われた通りにやってもわかんないなら、とりあえず走ってみっか。 図書室を出て、すっかり暗くなった廊下を昇降口に向かって歩く。 練習届出してないけど、別に走っても怒られないっしょ。 へとへとになるまで走ってやる、と決めた。 あれから1週間たった、模擬レース本番の日。 胸にトレーナーであることを示すバッヂを付けた人や、観戦ので見に来たウマ娘たちで、座席兼階段のあたりは埋まっていた。 あれは近くの小学校からの校外学習だろうか、ジャージに紅白帽をかぶったちっちゃい子たちがこちらに手を振っている。 前日に、イチに『見に来てよ』とからかい交じりに誘ったけど、普通に予定があるからパスって言われてしまった。 なんともったいない。この私が勝つところをみすみす見逃すなんて。 仲いい人に見られる方が変に緊張して良くないのかなと思う。 今日の私は、普段よりもキアイが入りまくってる。 そんな心持ちで出走メンバーを見やると、他の子たちもメラメラとキアイが入ってるように見えた。 今まで『いくら天下のトレセン学園でも、皆そんなマジになってない』って思っていたのは、間違いだったのかもしれない。 私がマジになって走ってなかったから、マジになってる子たちが見てる風景に追いついていなかっただけなんだ。 正直、今でもマジになってる自分がケッコー恥ずかしい。 そんな気持ちを振り払うために、軽く飛びあがって熱をほぐす。 1着になるのが、どこかカッコ悪いと思ってた。 本当はそんなことなくて、負けてヘラヘラしてるほうが、実はカッコ悪いんじゃないかって。 誘導係に連れられて、ゲートに入る。 ゲートは苦手だ。 狭くて、暗くて、そのくせ走らなきゃいけないコースだけ見せつけてくる。 隣からは、息まいた熱が、私の肩と頬を舐めるように撫でる。 ここを失敗したらお前は負けるんだ、って思わせてくる。 深呼吸して、目の前の扉を睨みつける。 テメー、あんまりチョーシ乗んなよ。 今日は私の番だ。 私が、アンタたちをブッツぶしてやる。 芝、2000mの中距離、2枠3番の内枠。 メイクデビュー戦でもあんまり開かれない距離に、ワザワザ登録した。 私の武器は何だろうか、ってずっと考えてきた。 図書室でめっちゃベンキョーしたあの日の夜、イチの走っていたトレーニングコースを全力で、何度も何度も走った。 私のほかにも何人か自主トレしてる子たちがいて、一緒に走った。 1周目。頭の悩みは、ちっとも晴れなかった。私より先に走っていた子に、何度かかわされた。 3周目。身体は熱を持ち始めたけど、やっぱり悩みは晴れなかった。私より先に走っていた子に、1回だけかわされた。 5周目。やっとまともに走れるくらいに息が整ってきた。私より先に走っていた子は、だいぶ息が上がっていた。 7周目。悩みについて考えるのが、やっと面倒くさくなってきた。私より先に走っていた子の音が、聞こえなくなった。 9周目、だと思う。まだまだ、まだ走れる。私より先に走っていた子は、スタート位置で座り込んでいた。 もういいだろう、と思って脚を止める。私より先に走っていた子たちを、私は立ったまま見下ろしていた。 脚は、確かに遅い。 では、その脚の長さはどうだ。 私はこれまで、負けたくなくていろんなものから逃げてきた。 逃げるのは得意だ。簡単だし。 駆け引きできる頭も、最後に全部ブチ抜く豪脚も持ってない。 誰かと真っ向から勝負するのも、ビビッちゃって苦手だ。 なら、最初からハナを取る。 長めの距離を、いの一番にブッ飛ばして、他の連中を置いていく。 誰かと勝負しないで、私一人で勝負を終わらせればいい。 得意なものをひたすら伸ばして、生かして、一番最初にゴール板を横切る。 『逃げは勝ちの定石ではない』 『最初は良くても、レース勘がつかなくなるから後々苦労することになる』 そんなお説教、知ったことじゃない。 スタミナバカのガン逃げ、絶対ついてこさせないから。 早く、早く開いて! 一秒でも1ミリでも、先に飛び出さなきゃいけないんだから! 早く! 『ゲート収まって……今、スタートです!』 自分でゲートを押し開けるつもりで、すぐさま飛び出せ。 0.1秒でも遅れたら、もうおしまいだ。 後ろを振り向くな。 前を見続けろ。 折り合いをつけるな。 多少掛かったって、どうせみんな私と同レベルだ。 捕まるな。 スタミナしかない私は、逃げ続けるしかないんだ。 上手に曲がろうと思うな。 余計なことを考えず、一番内側を取ろうとこらえ続けろ。 前へ押して、押して、押しまくれ。 2000mの長い距離、坂も全部まとめて、押し尽くせ。 「6」の数字を通り過ぎたら、準備。 立ち続ける余力も残らないくらいに、ブチ撒ける用意をする。 「4」の数字を通り過ぎて目の前に開ける、誰もいない最後の直線。 なんてサイコーの景色なんだろう。 見たことない景色に、少し面食らう。 前へ、前へ、進むんだ。 「2」の数字を通り過ぎて、脚の動きは変わっていない。 誰がどこにいるかなんて、知ったこっちゃない。 あの目印の前に、一歩でも、一秒でも速く、早く! ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇ 『エイジセレモニー、エイジセレモニーです!2000mの長丁場を見事、逃げ切ってしまいました!』 ゴール板を横切って、一番最初に聞こえてきた、会場に響き渡る実況の声。 見ていた皆の視線が、私に向いている。 レース場のものほどじゃないけど、拍手と歓声と、ザワザワとどよめく声。 聞き耳を立ててみると、『まさか逃げの子が出てくるとは』みたいな内容が聞こえる。 胸の奥から、喜びと快感が湧いてくる。 初めて勝ち取った、一着。 もう立ち上がれないつもりで全力を尽くしたけど、まだまだ真っすぐ立てるくらいに、体力が残っていた。 イチが言っていた『絶対に勝つ』って、こういう気持ちだったのか。 勝利の余韻に浸っていると、誘導員さんから声をかけられる。次のレースがあるから動いてほしい、と。 こんなところで文句言っても仕方ないから、言われた通りロッカールームに戻って、シャワーを浴びて、着替える。 今日の夕飯はどうしようか。せっかく勝った日なんだから、ちょっと豪華なものを食べてもいいかも。 あ、イチにねだってみるとか? そんなことを考えながら学園を歩いていた時、声をかけられた。 「そこの子、模擬レース見てました。……あの?」 大人の人の声。ウマ娘の声じゃ絶対ない。 頭の中に雷が落ちたみたいな衝撃が来て、背筋が伸びる。 顔がひとりでににやけてしまっている。 「はい、何ですか?」 「単刀直入に聞くけど、今、専属のトレーナーさんってついてるかな。」 来た! いません、いませんとも! 「いや、今はフリーですね。」 そう返事をすると、そっか!と言って、肩から下げていた鞄を漁っている。 しばらく探した後、取り出してきたのは一つの封筒だった。 「今日の模擬レース、見てました。もしよかったら、これ。受け取ってほしい。」 「マジですか!ホントに?」 「ええ、とてもいい逃げっぷりでした。ぜひ。」 褒めてもらえる言葉がむず痒い。 この瞬間、サイコーだわ。一日上の空になる気持ちが分かった。 差し出された封筒を勢いよく受け取って、わきに抱える。 「トレーナーさん、正しいスカウトしてますよ。マジで。」 「そう?他の人が声をかける前に、と思ってさ。」 私は空いてる方の手を差し出して、言ってやる。 「一緒に、頑張っていきましょ。私、勝ちたいヤツがいるんです。」 それを聞いたトレーナーは、うん、と一つ確かに頷いて、私の手を取った。 「わかった。じゃあ、その子に勝てるよう、一緒に頑張ろう。」 待ってなさいよ、イチ。 アンタばかりに先へ先へとは逃がしはしない。 出遅れたけど、私ももうすぐ追いついてやるから。 ケンカを吹っ掛けたのは私だけど、勝っちゃえばこっちのモン。 今日はイチと一緒に夕飯を食べよう。そこで、報告してやるんだ。 ようやく走り出せた実感を得た私は、来週からのトレーニングが楽しみで仕方なかった。 了 ページトップ 2つ目(≫47~53) SS筆者22/03/14(月) 20 27 02 「……あ~……」 「……う~ん……」 「はぁ……」 「……もう。」 「オグリ!そんなコソコソしてなくてもいいじゃない!」 「……」 「オグリ!バレてるんだからね!」 「な、なんで分かったんだ、イチ。」 「葦毛って自分が思ってるより眩しいもんなの。」 「そ、そうだったのか。すまない……」 「いや、なんで謝ってるの。意味わかんないって。」 「……なんで出てこないのよ。」 「い、いや。側に行ってもいいのか、ちょっと分からなくてな。」 「……そりゃいいでしょ。となり、空いてるし。」 「そうか、そうしたら、そちらに行くぞ。」 「うん、うん?」 「なんで立ちっぱなしなのよ。」 「それは、隣に座ってもいいのかどうか、分からなくてな。」 「なんか今日ヘンだよ、オグリ。」 「そ、そうだろうか?」 「そうです。どうしたの。」 「うん、その、今日は何の日か分かるか、イチ。」 「3月14日、だけど。」 「そうだ!だから、何の日か、分かるか?」 「あぁ~……円周率の日ね。」 「え、円周率?」 「うん。3.1415926535……あとなんだったかな。」 「おお、すごいな。暗記したのか?」 「小学校の時の友達で100桁言える子がいてさ、面白がって言ってもらってるうちにちょっと覚えちゃった。」 「イチはすごいんだな……いや、そうじゃないんだ。」 「あ、ごめんごめん。」 「それで、今日は何の日か分かるか?」 「え~、パイの日だね。」 「ぱ、パイ?」 「そう。パイ。」 「どうしてパイ……なんだ?」 「さっきの円周率とおんなじ。πって言うじゃん。」 「そうなのか?」 「えっ、数学の時間に……」 「私はてっきり、アップルパイとか、ミートパイとかの……」 「あー、ああ。そういうことでもあるよ。私はデザートっぽいのより、ごはんな感じのパイのほうが好き。」 「そうなのか。私は……うん、どちらも好きだな。」 「そういえばまだ作ったことなかったなあ。今度、クリークさんとかタマモ先輩とかみんな誘って、パイでパーティしよっか。」 「おおっ、それはとてもいいな!もう、今からおいしそうだ。」 「こら、まだ日付も人も決めてないのに。」 「……はっ。そうじゃないんだ!」 「わっ、何、オグリ。」 「イチのパイ料理はすごく楽しみだが、違うんだ。」 「何が違うってのよ、あ、私が洋風な料理作るのはおかしいって?」 「ちがうんだイチ、そういう話じゃないんだ。」 「あ、今日が何の日か、って話だったね。」 「そう!それだ。」 「え~~~っとね、う~~ん……」 「……分からないだろうか。」 「……アハハ、降参。もう思いつかないや。」 「私はてっきり、イチが本当に分からないのかと……」 「ごめんごめん、なんか様子がおかしかったから、ちょっとイタズラしちゃった。」 「むぅ……イチは意地悪だな。」 「そんなしょげないでよ、オグリ。ちゃんと謝る。」 「うん。」 「ごめんなさい。」 「うん。ありがとう。」 「それで、つまりホワイトデーね。何、お返ししてくれるの?」 「もちろん。」 「別に、私はオグリにチョコ、あげてなかったじゃん。」 「でも、イチはとても美味しい生姜焼きを食べさせてくれたじゃないか。」 「……あ!そうだった、そうだった。」 「だから、私もお返しをしたくなったんだ。」 「えー、ありがとう。何くれるの?」 「……それなんだが、その。」 「どうしたのオグリ、なんか今日、歯切れ悪くない?」 「最初は、ホワイトデーらしく、マドレーヌとかマカロンとか、そういうものでお返ししようかな、と思ったんだ。」 「うん。」 「ただ、さっきイチが言ってくれた通り、イチが贈ってくれたものはチョコではないから、普通のお返しはふさわしくない、とも思ったんだ。」 「お返しでもらえるものなら、なんでも嬉しいのに。」 「いや、それは違う、と思って……それで、これを。」 「ん、なんだろう、これ。」 「待ってくれ、イチ。」 「な、何。中、見ちゃダメ?」 「いや、ぜひ見てほしいんだ。ただ、プレゼントについて、悪く思わないでほしい、とだけ……」 「あー、分かった、けど……」 「うん。よろしく頼む。」 「じゃあ、開けるよ?」 「わっ、カッコイイ包丁!」 「ペティナイフ、というらしい。」 「すごいきれいだね、これ。」 「私は詳しくないが、野菜にも魚を捌くにもこれ一本、衛生面も安心なものだそうだ。」 「どこで見繕ったの。」 「実は、私の地元がある隣の市が、刃物で昔から有名なところなんだ。」 「えー、そうだったんだ。」 「うん。なんでも、包丁やナイフは世界一らしい。地元の誇りだ。」 「ちょっと中から出して、握ってみてもいい?」 「もちろん!」 「うん。……わ、軽い。」 「これでもっと、イチが料理を楽しんでくれたら、私も嬉しい。」 「ありがとう、オグリ。嬉しいよ。」 「私のほうこそ、ありがとう。美味しいお肉のお礼だ。」 「教えてくれた通り、今度、お魚捌いてみるね。ありがと。」 「あの、イチ。……あっ。」 「わ、危ないって。どうしたの、しまうからちょっと待って。」 「すまない。……それで、イチ。」 「うん。」 「私は、イチとの縁を終わらせたいとは、全く思っていないからな。」 「はっ?……あ、さっき言ってた、悪く思わないでほしいって、そういう?」 「ああ。贈り物で刃物を贈るのは、良くないという記事もたくさん見てしまって……」 「なんだっけ、なんかあれだよね、マナーがどうのみたいな。」 「イチならきっと大丈夫だと信じてはいるんだが、どうしても疑いの気持ちが晴れなくて。」 「大丈夫だよオグリ、分かってる。嬉しい。」 「良かった。イチを疑ってしまって、すまない。」 「わ、そんな謝んなくてもいいじゃん……あ、そうだ。……はい。」 「そ、そんな、イチ、お金なんていらないぞ!」 「いや、受け取ってほしいんだって!」 「イチ、これは私からのお返しなんだ。どんなに安くても、お金はいらない。」 「違う違う、そうじゃなくて!」 「イチ、大丈夫だ。そんなにお小遣いに困っているわけではないから、その5円玉をしまってくれ。」 「ごえんのお返し!」 「5円でも、お返しのお返しは……!」 「だから、ご縁!」 「ご、ご縁?」 「オグリが心配してくれて、切れかけちゃったご縁の、お返し。」 「ご、ご縁、か。」 「そう!だから、はい!ちゃんと握って。」 「わっ、イチ……なるほど。」 「うん。ゲン担ぎとか、なんかそんな感じ。」 「……そうか。そうだな。ありがとう。」 「こういうダジャレっぽいの、日本語っぽくてありそうじゃん?」 「うん。その感じは、なんだか分かるぞ。」 「ふふ。ナイフ、ありがとう。大切にする。」 「大切にする……使って、もらえるよな?」 「いや、もちろん使う使う。早速明日から活躍してもらいますよ。」 「本当か!もしできるなら、その包丁を使った一番最初の料理は、私が食べたいな。」 「分かった。お魚は無いけど、何か美味しいもの作ってくるよ。」 「ありがとう。明日の朝が楽しみだ。」 「私も。」 了 ページトップ 3つ目(≫117~132) SS筆者22/03/21(月) 23 05 44 「ねえモニー、明日、タマモ先輩来るから。」 イチが部屋でくつろいでいた私に声をかける。 「タマモ先輩が、ナニ?」 「いや、その、明日さ、私、いないんだ。」 やけに照れたような顔をしながら、返事をしている。 「え、なんで?」 「オグリの奴がさ、明日、二人で話さないかって誘ってきたの。」 「……えー、マジ?」 「うん、それで、すぐそばにいたタマモ先輩がさ、『二人きりのほうがええやろ』って言ってくれて。」 「……ああ。」 「それで、一晩だけ部屋を交換しようって言って、さ。」 マジか。寮長にチクってやろうかな。 「悪いんだけど、ゴメン。」 「ちょっと、ルームメイトほっといてそれは、ヒドくない?」 「フジ寮長には内緒でお願い!」 うわ、見透かされてた。 「まー、いーけどさ。」 「ありがと、助かる。」 ○●〇●○●〇●○●〇●○●〇● 「おー、ジャマするで。」 「あー、こんちは。」 昨日言っていた通り、タマセンパイが来た。 「せっかくジャマするから、菓子持って来たで。」 「え、マジですか?あざっす!」 レジ袋からにんじんチップスを取り出して、見せてくれる。 私も小型冷蔵庫からスポドリを出して、紙コップに注ぐ。 「おっ、おおきに。」 「いや、ウチのイチが、すみません。」 軽く、平謝りする。 「いや、ほんまにあの二人仲ええよなあ。」 「ね、なんか妬けちゃいますよねえ。」 タマセンパイがお菓子の袋を開けて、つまんでいる。 「ほうか?別にまあ、そんな珍しい話でもないしなあ。」 「まあそうですけど、いざ自分のルームメイトがって思うと、なんかイヤじゃないですか。」 「ウチはそういうのあんまり気にせえへんからなあ。」 ポリポリ、と小気味よい音を鳴らせている。 「なんや、モニちゃんは実は、オグリの恋敵だったりするんか?」 タマセンパイがニヤニヤしながら、わざとらしく悪い顔をして聞いてくる。 センパイからその話題を振ってくれるの、待ってました。 「そうなんです、実は、ずっとイチのことが好きで。」 すると、大げさに顔を手で覆って、ワー!と叫び出す。 「えー、そんな昼ドラみたいな話、あるんやなあ。」 「はい。まあ、気づいたのは最近なんですけど。」 センパイが身体を前に乗り出してくる。 「どんなとこが好きになったん。」 「えっ、まあ、近くでずっと見てましたし。」 「せやなあ。普段、ご飯とかも一緒に行ってたんか?」 「あ、いや、お互い仲いい子のグループあるんで、そういうわけでもないですね。」 「そうなんか。休みの日とかはどうするんや。」 「休みの日も、あんまり一緒に出掛けたりとかは無かったかも……」 タマセンパイが、だんだん怪訝な顔になっていく。 「モニちゃん、奥手なんか?」 「いや、友達からはそういうタイプじゃないって言われます。」 私の言葉に、腕を組んで首をかしげている。 「私のほうが先に好きだったのに、オグリに取られて、納得いかないんです。」 「納得いかん、か。」 「はい。だって、私、ずっと前からイチのこと見てましたし。」 私の言葉に、嬉しそうな顔をしていたタマセンパイが、お菓子をつまんでいた手を止めた。 「うーん、いや、モニちゃん、それは多分好きとは違う気持ちやで。」 私はすかさず、タマセンパイの言葉に噛みついた。 「なんですか、私が、イチのことが本当は好きじゃないって言うんですか。」 「そや。本当は、イチちゃんのことなんて好きやないねん。」 私の言葉に素早く、ピシャリと言葉を返してくる。 「イチちゃんのことが好きなんやのうて、ただ羨ましいだけや。」 「意味わかんないです。どういうことですか。」 「イチちゃんはオグリにべったりで、オグリもイチちゃんにべったり。それはわかっとるやろ。」 「はい。」 せやけど、と言ってセンパイがベッドの上であぐらをかく。 「別に、イチちゃんからモニちゃんには、なんもしとらんやんか。」 「そうですけど、それがイヤなんですっ。」 うーん、とタマセンパイが腕を組みなおす。 「モニちゃんはオグリより先に、好きや!とは言っとらんのやろ?」 「あたりまえじゃないですか。ルームメイトなのに、そんなこと言ったら普通ドン引きですよ。」 せやなあ、と身の詰まってなさそうな返事が返ってくる。 「ほな、そんな怒られても、イチちゃんはなんも分からんやろ。」 「そりゃ、そうですけど……でも、ムカつくじゃないですか。」 「それ言うとったら、モニちゃんは出遅れた上に後出しジャンケンしとるやん。そんなん、ズルすぎるやろ。」 正論を突き付けられて、グゥの音も出ない。 こらあかんな、とセンパイは天井を見上げている。 「モニちゃんが一方的にカッカしてるだけやんな?」 「そうですよ。イチばっかり幸せになってるみたいで、羨ましいんです。」 私の言葉に、タマセンパイがパチン、と一つ、手を鳴らす。 勢いよくセンパイが右手の人差し指で、こちらを指さした。 「それや!」 「はっ?」 「いや、モニちゃんそれやで。よう気づいたな。」 指さしてきたかと思うと、また腕を組んで、一人でウンウンと頷いている。 「イミ、分かんないんですけど。」 「いや、せやからそういうことやって。」 一人で納得してるような素振りをして、何も言わないセンパイにイライラがつのる。 「センパイもなんか、ムカつきますね。」 「ちょちょちょい、それは酷いわ。」 こちらにツッコミを入れるように、平手で空気を叩くふりをしている。 「ほんとは、自分もわかっとるんとちゃうんか?」 「なんですか、バカにしてるんですか。」 言葉のとげを隠そうとも思えなくなる。もう、年上とか、そういうのは関係なくなった。 『私はすべてを分かってます』みたいな態度、ムカつく。 何を見たいかもわからないのに、助けを求めるようにスマホを取って、真っ暗な画面にカラフルな何かを映す。 親指だけが滑らかに動くけど、私の脳みそは何にも見つめていないみたいに、どの情報も頭の中を滑って落ちていった。 「あー、こらあかんな。すまん。」 自分の世界に閉じこもった私を見かねたのか、センパイが頭を下げている、ように見える。 センパイの謝罪に、反応もしたくない。 そのまま、重苦しい静けさが部屋を包む。 エプロンをあしらった、イチの目覚まし時計が鳴らす、カチ、カチ、という音だけが響いている。 私がこうして世の中の理不尽に燃えている間に、イチはオグリに何を話しているんだろうか。 どっちかが膝枕して、二人は仲よく夢の中にいるのか。 心の中の澱みを吐き出すかのように、少しだけ勢いよく、ため息をついた。 今、センパイの部屋では、きっとこの私の部屋とは違う風景が流れているんだろうな、とスマホの光を目に取り込みながら考える。 タマセンパイも呆れたのか怒ったのか、何も言わなくなった。 ガタガタ、と窓が音を立てて鳴り始める。その後、ポツ、ポツと水滴がガラスに当たって弾ける音。 別に雨まで降らなくていいじゃん、と、全く無関係なところにも心が反応して苛立ってくる。 こんな気持ちで、こんな音を聞かされて、どうやって夜を過ごせというのか。 叫び出したいけど、センパイがいる以上、声を出すのも憚られる。 苛立つ熱が私の中で暴走しそうになった手前くらいで、パン、と快活な音が一つ、部屋の中に轟いた。 驚いて、スマホから顔を上げる。 「おし!モニちゃん、着替えぇ。」 タマセンパイがベッドから軽く飛び降りて、四股を踏むような姿勢を取っている。 「は?」 「いや、せやから、着替えぇ。走りに行くで。」 全くつながらない唐突な言葉に、理解が追いつくまで時間がかかった。 「走りに?」 「せや。ジャージあるやろ、はよ着替えって。」 肩を入れて、ストレッチを始めている。 「バカなんですかセンパイ、外、雨ですよ。」 「モニちゃん、なかなか手厳しいなあ。言葉がほんまに痛いで。」 ふざけるように、センパイが胸を両手で押さえて、悲しそうな顔をする。 「いや、そういうの、マジでいらないんで。」 「いらなくてもやってしまうんがウチなんや、堪忍やで。」 「そういうのもいらないです。」 何をバカなことを言っているんだろう。 真面目に取り合ったら損すると思って、ベッドに横になる。 すると、よっ、という掛け声をかけながら、タマセンパイが無理やり私を持ち上げた。 思わず、スマホを取り落す。 そんな小さい身体のどこに、こんなパワーがあるんだ。 「ちょっ、やめて、何してんの?」 「そんな気持ちで寝っ転がったって眠れやせえへんやろ。ほれ、立った立った。」 それに、と私を持ち上げたまま私の目を見て、言葉を続ける。 「GⅠ3勝、3冠バたちができなかった天皇賞を春秋初連覇した、『白い稲妻』が一緒に走ろうって言うてるんやぞ。」 「……だから、何だって言うの。」 「引退してる身やけど、ウチのトレーナーの元には併走トレーニングの依頼がぎょうさん来とるんや。こんなチャンス、中々無いで?」 そりゃ当たり前でしょ、って思う反面、後から走りたくなっても走らせてもらえないウマ娘なのは間違いない。 「ウチのでっかい胸を借りた上で、モニちゃんの気持ちを誤魔化せるんや。ちょっと雨にぬれても、得しとるやろ。」 そういうセンパイの目は、ギラギラと光っていて、『いいえ』とは言わせない迫力がこもっていた。 これがGⅠを勝ったウマ娘のもつ、胆力というか、迫力というものなんだろうか。 まるでガラの悪いヤンキーじゃないか。 「……胸はともかく、分かったんで、降ろしてください。」 ちょちょちょい!とお決まりのような反応をしながら軽くドツかれたが、タマセンパイは私を地面に降ろした。 観念した私は、ジャージに着替えるために、寝間着のボタンに手をかけた。 「おおー、ええやん!ちょっと肌寒いくらいがちょうどええで!」 イチのジャージを勝手に借りて、ぶかぶかに余らせた袖を捲っているタマセンパイが叫ぶ。 夜も少し深まって、小雨も降ってきたトレーニングコースには、当たり前だけど、誰もいなかった。 「センパイ、そんなデカい服で走れるんすか。」 「おー、今、身長小さいってバカにしよったなぁ?」 うりうり、と言うように肘で小突いてくる。 こうしていると、ただのかわいらしい葦毛のウマ娘にしか見えない。 上下に揺れる青赤のリボンをつけた、身長の小さい、愉快な子だ。 この身体のどこから、すべてをブッちぎる走りが湧き出てくるのか。 私の前をセンパイが小走りでかけていく。 「ほな、ここスタートな。」 タマセンパイが、慣れた様子でダートコースに線を引く。 「それで、距離はどうする?」 こちらに顔を上げて、タマセンパイが私に聞く。 「いや、別に、何mでもいいけど。」 「ほうか。そしたら突然やけど、一つ問題や。」 タマセンパイが指を立てる。 「このダート、一周は何mでしょーか。」 「え、そんなの、別に知らないっすけど。」 そう答えると、またわざとらしく目を手で覆って、あちゃ~、と声を上げている。 「アカン、アカンで、モニちゃん。」 「何なんすか。」 「自分が走るコースやレースの条件くらい、ちゃんと覚えとらんと。」 何を教官みたいなことを言っているんだ。 「ちなみに、正解はセンロクや。」 「は?」 「1600mってことや。」 「良く知ってますね。」 「せやろ?ま、ウチはここのコース、使ったことないんやけどな。」 飄々と言葉を話すタマセンパイに、メラメラと気持ちが湧き立つ。 「さすが、重賞ばっかり出てたセンパイは違いますね。」 「ほうかなあ。ダートも随分前に、走ったっきりやしなあ。」 ワザとやっているのか、それとも天然なのか。めちゃくちゃに煽られていることだけは分かった。 もう、センパイに喋らせたくない。 ここで走って、勝ってやる。 勝って、黙らせる。 「ほな、行くで。よーーーい……」 ドン、という言葉を合図に、思いっきり土を蹴り出す。 そのまま、後先考えないで、全力のハイペースで飛び出した。 スタミナには自信がある。1600m――センロクなら、テキトーにブッ飛ばせば大きなリードが取れる。 勝てないだろう、なんてもちろん思わない。 絶対に勝てる。 ダートのトレーニングコースは、私たちのほうが多く走るからだ。 芝のコースは、タマセンパイ含めて強い子たちに使われてしまうことばっかりだ。 その分、私たちはダートを走る。 経験と慣れでは、絶対に私のほうが勝ってる。 文字通り、土をつけてやる。 借りたジャージをドロドロにして、怒られてしまえばいいんだ! 私の野望は、かくも簡単に打ち破られた。 本当のレースなら怒られるかもしれないような展開だった。 3コーナーに差し掛かったころで、聞こえなかったはずの雷鳴は、もう後ろまで差し迫っていた。 ヤバい、と思ってギアを上げようと思った時には、相手の加速は終わっていた。 追い抜いた後も、そのままスピードを上げていた。 私に格の違いを見せつけるかのように、グングンと伸びていって、私に5バ身以上差をつけてゴールした。 遅れてゴールした私に、余裕綽々とした表情で声をかける。 「おう、最初の勢いは良かったやんけ。」 「まだ、別に、1周目ですから。」 私の返事に、やれやれ、とタマセンパイが肩をすくめる。 「そんなんやからオグリにも出遅れるんや。レースは一回しかないんやで?」 真っ当な正論に、私は黙るしかなかった。 「なんや、なんも言うことないんかい。もう一回とか言うんかと思ったけど。」 どこまで本気で言ってるんだ。 ムリな勝負をふっかけて、確定的な実力差を見せつけて、その上でもっと煽りをかけてくる。 今までトレセン学園で感じたことないほどの熱と怒りが、胸の奥から湧いてくる。 それでも、目の前の勝負に勝ちたい、と思ってしまうのは、ウマ娘だからなんだろうか。 「……もう一度。」 私は、ひねり出すように声を上げる。 「おっ。なんやて?」 「もう一度っす。私はまだ走れるんで。」 タマセンパイはにやり、と笑う。 「ええやん、その意気や。グズるだけあって、諦めるようなヤツではないってことやな。」 「GⅠ取ってるからって、バカにしないでくださいよ。」 「おう、分かっとる。モニちゃんの合図で良いで。」 そう言って、スタートの準備を取っている。 絶対に勝ってやる。 なんなら、相手が潰れるまで再戦して、『勘弁してや』って言っても走らせてやる。 ケンカを売ってきたのはアンタなんだから。 私は、スタミナだけは、あるんだ! 「おうモニちゃん、もう終わりかいや。」 ぜえ、ぜえ、と軽く肩を上下させながら、タマセンパイが私を見下ろす。 あれから何度『もう一度』と言ったのか、このコースを何周したのか、もう覚えてない。 全力で逃げているから、相手が追い込んできているから、そんなレベルの話ではなかった。 ダートだから、芝だから、そんな話でもない。 ただただ、圧倒的に、私の力が足りていなかった。 ショックと疲れで地面にへたり込んで立ち上がれない私に、雨が容赦なく打ち付ける。 「モニちゃん、ウチが何のレースで勝ったか、知っとるやろ。」 思いついても、口から漏れてくるのは荒い呼吸ばかり。 日本で最長の平地G1レースを勝っているその実力は、多少環境が変わったところで揺らぐものではなかった。 悔しい。 それでも、悔しかった。 雨雲が光を反射して、薄明るくなっている空を見つめながら、言葉が漏れる。 「……意味、無いじゃんか。」 「なんや?」 一人でにこぼれた言葉は、もう一度自分に戻ってくるようで、酷く惨めに聞こえた。 「もう、私に、意味なんて無いじゃんか。」 「意味やと?」 「イチも取られて、有利なのにアンタに勝てなくて、もう何にも残ってないじゃん。私。」 タマセンパイはしばらく黙って、こちらに向き直った。 「意味なんかハナっからあるもんかい。最初から、全部諦めがちに取り組んどったんやろって。」 けどな、とタマセンパイは一つ呼吸を置く。 「ええ逃げやった。スタートの反応もいい。ただ、他の能力が足りとらん。」 「いいですよね、センパイは能力が足りていて。」 私が不貞腐れるように答えると、タマセンパイがズン、ズンとこちらに歩み寄ってきた。 へたり込む私の腕を強引に握って、思いっきり引き上げられる。 「うわッ。」 「ウチに能力が足りてる、やと?」 そう言い放つ先輩は、明らかに怒っていた。 「ウチはな、精一杯努力したんや。他の連中を見返してやる、環境なんか関係ない、そう思って、ナンボでも努力してきた。」 据わった目で見つめられて、喉が詰まる。 怖い、と思った。 「他のウマ娘が羨ましくなることもぎょうさんあった。せやけど、やればできると思うて、腐らずにのし上がってきたんや。」 そういい終わると、握っていた手を放す。握られていた場所が、雨に当たっているのに、じん、と熱くなる。 ドスの効いた声で、タマセンパイのこれまでが込められた言葉は、鈍器のように私の心を強く打った。 「……でも、私は、どうしたらいいんすか。」 タマセンパイは、私のすがるような疑問に、すぐ答えた。 「勝つんや。」 「えっ。」 「トレーニングして、勝って、勝って、勝ちまくるんや。」 タマセンパイの顔を見上げる。 「イチちゃん――いや、イチに、レースで勝て。戦績で勝て。タイムで勝て。なんでもええ。勝つんや。」 真っすぐな目で、タマセンパイが私を見る。 「モニちゃんが羨んだらアカン。羨ましがられるようになるんや。」 タマセンパイが、雨に肩を濡らしながら、言葉をつなぐ。 「自分、分かったやろ。モニちゃんは別に、イチのことが好きなんやのうて、羨ましいんや。」 羨ましい。 「自分にはオグリほど自分のことを好いてくれる人がおらん、自分よりも早くトレーナーがついた、自分よりもタイムがいい……他になんか、あるか?」 「……イチは、私より料理ができる。」 「せやな、せやけど、それは全部イチが自分で動き出して、勝ち取ったもんや。」 そうだ。 私は、必死になって何かやっているイチを、高みから動かないで見ていただけだった。 誰かに見てほしくて、その高みにいるのがまるで、大人ぶってるようで、ずっとしがみついていた。 その気持ちを、たまたまルームメイトになったイチにぶつけていただけだった。 「それを羨ましいって言うと自分が弱く見えるから、好きだってことにしてただけや。」 ま、王様気取りでベソかいとっただけってことやな、と言って、上に伸びをする。 「タマセンパイ。」 「おう、なんや。もう一本行くか?」 「私に、レースを教えて。」 「高くつくで。」 「……何したらいいの。」 せやな~、と少し考え込むフリをして、こちらを見る。 「まずは、未勝利戦突破やな。」 「タマセンパイが教えてくれたら、それ、払える。」 「おっ、言うやんけ。」 タマセンパイが、口の片側だけ上げて、こちらに手を伸ばす。 「なぁ、モニちゃん。」 「はい。」 「今、勝ちたいか?」 「うん、めちゃくちゃ勝ちたい。」 センパイの手を取る。 そのまま、グッ、と引き上げられて立ち上がる。 「戦って勝ちたいと思えるヤツ、おるか?」 「いる。顔も身長も、得意なことも知ってる。」 ウンウン、とセンパイが頷く。 握っていた手を一度ほどいて、握手し直す。 「お願いします、センパイ。」 「おう、大船に乗ったつもりで、任しとき。」 その言葉を聞いて、わざと誰もいない空をつま先立ちで見上げる。 「ん、こりゃまた、立派なモーター漁船だなあ。」 「そうそう、後ろにはちゃんと壊れた時用のオールも一緒に……ってコラ!それじゃ小舟やんけ!」 胸を手の甲で叩かれる。 私、このセンパイとならやれるかも。 センパイの雷は、私を高みから引きずり落しただけじゃなくて、どこに行けばいいかも照らしてくれた。 やっと、ここまで落ちてこれた。 今度は何をされても壊れないような、立派な塔を、自分で建ててやる。 二人で特別感に浸っているとき、突然、背後から声が聞こえた。 「ポニーちゃん?タマモ先輩?こんな時間に、雨の中、何をしているのかな?」 振り返ると、懐中電灯と傘を持って、不気味な笑顔を浮かべる寮長が経っていた。 音もなく近づいていた寮長に、二人で声にならない悲鳴を上げて、跳びあがる。 スタートダッシュの速度の差でタマセンパイだけ捕まっちゃったのは、多分、別の話。 私のタイムが次の日のトレーニングで少しだけ良くなったのも、多分、タマセンパイと一緒に走ったから……だと思う。 了 ページトップ 4つ目(≫164~173) SS筆者22/03/27(日) 00 01 37 「おうオグリ、おはようさん。」 とてもよく親しんだ、しかし、朝には聞きなれない声で目が覚めた。 声のした方向に首を向けると、タマ――ルームメイトで、友人で、最高のライバル――が、ジャージ姿でこちらを見ていた。 「どうしたんや、タヌキに化かされたような顔して。」 その場で軽くトン、トンと飛び上がりながら、不思議そうな顔をしている。 「お、おはよう。タマ。」 「おう、おはようさん。」 そのまま肩を入れて、肩甲骨と脚の関節を伸ばし始めた。 いつも私が起きるときにはタマが寝ているから、つい面食らってしまった。 タマがストレッチをしながら、口を開く。 「ちょいとオグリ、朝練付き合ってや。」 「……タマ?」 タマの口から出てきた思ってもいない提案は、寝ぼけている頭をすっかり通り過ぎて、何を言っていたのか分からなくなってしまった。 「ちょいオグリ、珍しく寝ぼけとんな。」 「いや、タマが朝のトレーニングを提案するのは、珍しいな、と……」 「せやろ、今日は気が向いたんや。そら、着替えた、着替えた。」 そう言うやいなや、タマは私のシーツを持ち上げる。 「今日は休みだし、タマはもう引退したじゃないか。」 「せやけど、たまには走らんと身体がなまるねん。ほれ。」 そう言って、私のジャージを取り出して私のベッドに置く。 ずっと競い合ってきたタマとゆっくり走る機会は、中々無かったことに気付いた。 私は、タマの申し出を、喜んで受けることにした。 それから、いつもの朝と同じくらいの時間、いつもよりも少し軽いメニューを、タマと一緒に走った。 いつものような、一人で静かな街を感じながら走るのとは違って、私のものではないもう一つの足音を聞きながら走るのは、心なしか、とても賑やかだった。 誰かと他愛のない話をしながら、ゆっくり、流すように走って、心地よい風を感じる。 タマも、川沿いの知らない風景や、いつもすれ違う犬の散歩をしている旦那さんとの会話や、川に映る朝日を楽しんでいるようだった。 私の前を走っていたタマが、だんだんと歩くくらいまでペースダウンして、こちらに振り返る。 「おお、オグリ、こんなことしとったんやなあ。」 「うん。もう少しペースは上げているが、気分がいいぞ。」 「ほんま良かったなあ。もっと早く聞いとくべきやった。」 ま、そん時はオグリとバチバチやっとったんやけどな、と笑っている。 朝日を背に、朝日よりもギラギラ輝く明るい笑顔で笑うタマは、本当に眩しかった。 「そうしたら、そろそろ戻ろうか。」 私の言葉に、タマは何か都合が悪いのか、きょろきょろと周りを見回す。 「どうしたんだ、タマ?」 「いや、なんでもないんやけどな。」 そう言ったかと思うと、河川敷の土手に、すとん、と腰を下ろした。 「もう少ししゃべってこうや、せっかく休日なんやし、ゆっくり戻ってもええやろ?」 「あ、ああ。いいぞ。」 自分の隣の草むらを、ぽんぽん、と叩くタマの隣に腰を下ろす。 「今日のタマは、なんだかいつもと違うな。」 「せ、せやろか?たまったま早く起きただけやで?」 タマモクロスだけにな!と、いつものタマからは聞かないような言葉が飛び出してくる。 「……タマ、やっぱり、調子でも悪いのか?」 「何言うとんねん!スベったって言外に言うなや!傷つくわ!」 ぎこちない笑顔になったタマの横で、朝日を浴びながら、いろいろなことを話した。 それからしばらく話した後、「おし、もうそろそろええやろ」と、タマが立ち上がる。 「引き留めてすまんかったなあ、オグリ。」 「いや、タマとゆっくり話せて、私も楽しかった。」 そう言うと、タマは、へへ、と鼻の下を人差し指で、恥ずかしそうに擦っている。 「腹も減ったし、帰ろか。」 「そうだな。もう、お腹がぺこぺこだ。」 いつもよりもゆっくりなペースで、学園まで戻った。 ●◇●◇●◇●◇●◇●◇●◇●◇●◇●◇●◇●◇●◇ 「お、朝トレお疲れっす、タマセンパイ。」 「おうモニちゃん、ご苦労さんやったな。」 朝のトレーニングから帰ってきた私たちを、モニー――イチのルームメイトのウマ娘だ――が出迎えてくれた。 気さくそうに挨拶を交わす二人が珍しくて、思わず質問する。 「二人は、仲が良かったのか?」 私の質問に、二人は目を合わせて、にやり、と笑った。 「ちょっとね、いろいろあって」 「せやせや、いろいろあったんや。」 そう話すモニーの目の奥には、一緒に走ったときのタマと、同じような色で燃える炎のような、強い思いが見えた。 思わずタマの方を見やると、一緒にG1レースを走ったときとは異なるが、しかし、モニーが宿しているものと同じような熱を、目の奥に蓄えていた。 思わぬプレッシャーを感じて、背筋に緊張が走る。 「ほんなら、オグリも腹減っとるやろうし、行こか。」 こちらを向いたタマの目は、朝、川沿いで見せてくれた目に戻っていた。 「行くって、どこへ?カフェテリアはこっちじゃないはずだが……」 混乱している私に、モニーが反応する。 「カフェテリアはまだ開いてないっしょ。」 彼女の言葉に、タマがうんうん、と頷く。 二人が阿吽の呼吸とでもいうようなテンポで会話を進めている。 どうにも、話において行かれているような気がしてならない。 「ま、とりあえずついてきて。」 寮の共用ラウンジに近づくと、いつもと違うことに気付く。 遠くからでもわかる、誰だってお腹が空くような、香ばしいいい香りがラウンジから漂っている。 扉を開けてラウンジに入ると、一番大きいテーブルの上に、カフェテリアでしか見られない、『あの』料理が用意されていた。 5重にも積まれた特大ハンバーグ、その下に敷かれたたくさんのナポリタン、添えられたブロッコリーに、ポテトフライ。 その手前には、蓋がされた赤い汁物の器と、大きめのお茶碗に山のように盛られた、白く輝くご飯が用意されていた。 目に飛び込んできた風景に、思わず、お腹が鳴る。 「あっはは、オグリ、反応が早いって。」 モニーがお腹を押さえて笑っている。 「す、すまない。いつもなら、ご飯を食べている時間を過ぎているから……」 「分かっとる、分かっとる。イチちゃんのお弁当やろ。」 タマの言葉に、イチのお弁当を思い出してしまって、またお腹が鳴ってしまう。 ひとしきり笑い終わったのか、涙目になっているモニーが、私を案内してくれる。 「さ、座った座った。」 「こ、これは、どういうことだ、モニー?」 「ええから、手ぇ合わせて、いただきますって言うんや。」 モニーが椅子を引いて、タマが私の肩を掴んで座らせる。 「二人は食べないのか?これは、誰が作ってくれたんだ?」 私の質問に答えず、二人は手を合わせて、ニコニコしている。 「まずは、いただきます、や!」 「そ、いただきます、でしょ。」 「い、いただきます。」 色々な疑問が私の中をめぐっていたが、手を合わせてみると、その疑問よりも空腹が優に勝って、どこかへと消えていく。 二人に聞くのは、これを食べてからでもいいだろう。 それから食べ始めたハンバーグ定食は、それはもう、とてもとても美味しかった。 お肉の味がしっかりと引き立つ、肉汁たっぷりのハンバーグ。 ホロホロと崩れるように柔らかい、どんな風に煮込んだのかもわからない、にんじん。 もちもちと、水分とケチャップのおいしさをたっぷり吸いこんだ食感の、おかずになりそうなナポリタン。 汁物は、味の濃いハンバーグのお皿から寄り道すると、口の中がさっぱりして心地の良い香りが広がる、優しい、透明なお吸い物。 見事に山の形に盛られた白いご飯は、私の好みを知り尽くしているような、完璧な炊き具合だった。 朝から、こんな素敵なものが食べられるなんて。 私はどれだけ幸せなのだろう、と思っているうちに、お箸は止まるどころか、加速していった。 「それじゃ、本日のシェフのご紹介です~。」 モニーの声に顔を上げると、キッチンのほうを指さしている。 その指先の向くところから出てきたのは、髪の毛を三角巾の中にきちんとしまったエプロン姿の親友だった。 「イチ!」 初めて見るイチの料理姿が何故か嬉しくて、思わず立ち上がってしまう。 「ちょっと、オグリあんた、まだ食べてる途中じゃん。」 「す、すまない。エプロン姿のイチがかわいくて、つい……」 私の言葉に、タマとモニーがなぜか後ろに首を勢いよく向けたかと思うと、肩を細かく震わせている。 「……お粗末様でした。」 イチは居心地が悪いのか、手を後ろに視線を横に向け、手を後ろで組んでいる。 キッチンが暑かったのか、顔が真っ赤になってしまっていた。 「……ケーキは、午後ね。まだ、お昼にもなってないから。」 「ケーキもあるのか!」 「うん、そっちは、私だけじゃなくて、クリークさんのお手伝いもあるから、美味しいはず。」 イチの言葉に、私は首を振る。 「このハンバーグもとても美味しいぞ、イチ。」 「うん、まあ、ありがと。」 皆が、笑顔のままイチを見ている。 しばらく誰も何も言わなかったが、モニーがイチに合図を出している。 「ねえ、イチ、言うこととっとと言いなって。」 イチはそれでも横を向いたまま、肩だけ、もぞもぞ、と動かしている。 それからしばらく、沈黙が流れた後、イチが口を開く。 「お誕生日、おめでとう。」 イチの言葉に、横の二人が手を、パン!と一つ、大きく鳴らす。 そうしたかと思うと、二人で『ハッピーバースデー、オ~グリ~』と、バースデーソングを歌ってくれた。 イチも、真っ赤な顔のまま、少し遅れて、歌ってくれている。 タマの突然の誘いですっかり忘れてしまっていたが、自分の誕生日であることを思い出した。 3人の心遣いに、心が強く打たれる。 私は、とても良い友人を持った、と思った。 「ありがとう、みんな。とても嬉しいよ。」 「……別に、その。」 そういって、イチが下を向く。 モニーがやれやれ、と言った様子で、イチにツッコミを入れている。 「イチ、あんたね、別にってのは無いでしょ。」 「……誕生日なのに、別に、は無かったね、ゴメン。」 「素直に、オグリのために心を込めて作りました、って言えばいいじゃないの。」 モニーの提案に、イチが噛みつく。 「ね、ねえ!ちょっと、モニー、あんた、バカ!」 「ば、バカは無いでしょ、バカは!」 今にも言い合いが始まりそうになった矢先、タマがするりと間に入って、二人の距離を腕で開けている。 「オグリの誕生日なんだから、素直になんなさいよ、イチ。」 「す、素直って、簡単に……!」 「なんなら、ずっとアナタのことが好きです、って言っちゃえばいいのに。」 茶化すようなモニーの言葉に、イチの顔がさらに赤くなる。 タマは何も言わずに、ただ二人の距離を、楽しそうな笑顔を浮かべながら開け続けていた。 「好きですって、ちょっと、アンタっ。」 「ホントのことじゃん、こないだなんかタマセンパイ追い出してさ。」 「それは、そのっ。」 二人の言葉に、私も以前、タマにお願いしたことを思い出して、恥ずかしくなる。 「ハイハイ、お二人さん、そこまでや。」 タマが二人の会話に割って入る。 「そういうわけで、誕生日おめでとさん、オグリ。」 「ありがとう。もしかして、タマが私を朝のトレーニングに誘ったのは……」 「そういうこっちゃ。イチちゃんの手際がいいお陰で、無理に引き延ばさんでもよくなったんや。」 タマの言葉に、言い合いをしていた二人が静かになる。 「ちゃんと前々日くらいから準備してたのよ?」 「せやで。イチちゃんなんかなあ、ハンバーグのタネを仕込むのに、えらい丁寧に時間かけてたんやから。」 「そうそう。ハンバーグだけじゃなくて、にんじんの丸ごと煮も、スパゲッティも、茹でブロッコリーも、やたらこだわっちゃって……」 「せやせや。ベジブロス、やったか?ちゃんと作りたい言うて、カフェテリアの人に頼み込んで圧力鍋やら赤ワインまで、無理言って借りてきたんやで。」 「そんなにこだわってくれたのか、イチ。とっても美味しかった。」 何故か、イチが顔を赤くしたままうずくまる。 「あの……もう、洗い物したい……」 「ホントすごいこだわりだったよ、イチ。」 「ほんまになあ。そうや、ナポリタンは……」 タマが何か言いかけようとしたとき、うずくまっていたイチが、勢いよく立ち上がって、テーブルを指さした。 「いくら誕生日で、いくらオグリが良く食べると言っても、朝からこんな量は迷惑だったでしょ!」 目尻に何故か涙を浮かべて、大きな声を上げている。 迷惑だなんて、そんなことは全くない。 イチの料理は、いつも、どんな料理でも、本当に美味しくて、ずっと食べていたいと思うくらいだ。 素直な私の気持ちを、イチに伝える。 「いや、イチの料理なら、私はまだまだ食べれるぞ。」 私の言葉に、イチは、うぐっ、と苦しそうな声を上げる。 「大丈夫か、イチ?」 「あんまり食べ過ぎて、体調でも崩しちゃえばいいのよ!」 これ以上は無いんじゃないか、と思うくらい赤い顔で、イチが私を指さす。 私の言葉が聞こえているのかいないのか、目を白黒させているイチに、タマとモニーが首を傾げた。 「いや、そないなことは起きへんやろ。」 「そうっすよね、オグリが体調を食べ物で崩すことはないっしょ。」 二人が似たような手つきで、イチにツッコミを入れている。 困っている様子のイチを助けるべく、なんとか、フォローの言葉を入れる。 「……あっ、いや、でもお母さんからもらって、ずっと大事にとっておいたおにぎりを食べた時は、さすがにお腹を痛くしたぞ。」 そういうと、二人は黙ったままこちらを向いて、やれやれ、と言った様子で、私にも同じように手の甲を当ててきた。 「ど、どうしたんだ、二人とも?」 「いや、なんちゅーか。」 「似たもの同士だよね、二人。」 イチは、口を開けたまま固まってしまった。 何とかイチをほぐしてあげなければ、と思った私は、お箸でハンバーグを一口分取り分ける。 そのままイチの手を取ってこちらに寄せる。 「ちょっ、オグリ、何して。」 「イチ、あーん。」 言われるがまま、というより、元々開いていた口にハンバーグを入れる。 タマとモニーが、わっ、と口に手を当てて驚いている。 固まっていたイチも、もぐ、もぐとハンバーグを食べ始めた。 「どうだ、おいしいだろう。」 しばらく食べていたイチが、飲み込んでから口を開く。 「……確かに、おいしい。」 「私の親友が、誕生日の私のために作ってくれたんだ。」 「いや、その……そう、だね。」 「うん。ありがとう、イチ。最高の誕生日プレゼントだ。」 私の言葉に、少しイチの口元が緩む。 やっぱり、イチには笑顔が良く似合う。 「イチ、一つ、言いたかったことがあるんだ。」 「何、オグリ。」 私はしっかり息を吸って、はっきりと、イチに伝えた。 「イチ、ごはんのおかわりは、あるだろうか?」 少し笑顔が戻っていたイチの目が、私の言葉に、また白黒に戻る。 しかし、少し間をおいて、ふふ、と笑った。 「……しょうがないな、あるよ。どのくらい?」 「最初と同じくらいで、頼む。」 うん。 イチは、「しょうがないな」と言いながら、私の大きなお茶碗を受け取って、キッチンの方へ向かってくれた。 了 ページトップ Part10 その1(≫154~159、161) SS筆者22/04/21(木) 21 49 11 「……あれ。」 「わっ。……ああ、モニーじゃないか。」 「こんな時間に何やってんの、オグリ。」 「いや、それは……」 「もしかして、私と同じ?」 「そうだと思う。なんだか、眠れなくなってしまって。」 「珍しくね?オグリってメッチャ寝つきいいって、タマセンパイ言ってた。」 「うん、私もそう思うんだが……今日は、目がさえてしまった。」 「さては、ハラペコ?」 「モニーはすごいな。タマみたいにお見通しだ。」 「いやいや、お腹鳴ってるし。それで、なんでラウンジなんかにいるの。」 「……最初は、外に出れば何か買いに行けるんじゃないか、と思ったんだ。」 「それで玄関に行ったけど、まあドアが開いてなくて、戻ってきた、みたいな?」 「敵わないな。本当にタマみたいだ。」 「そうだとしても、電気くらいつけたらいいじゃん。」 「どこにスイッチがあるのか、実は分からなかったんだ。」 「なにそれ。」 「モニーはどうしてここに?」 「……別に。何か寝れなかっただけ。」 「そうだろうか。それにしては、ずいぶん怖い顔をしているぞ。」 「……あんたも、十分タマセンパイみたいじゃん。」 「そ、そうか?なんだか、照れるな。」 「褒めてな……いや、褒めてることにしとくわ。」 「それで、どうして。」 「……はぁ。あのさ。」 「うん。」 「オグリって、レースの前日、緊張する?」 「レースの前日に?」 「そ。……いやー、なんか恥ずいわ。」 「恥ずかしがることはないだろう。……そうだな、緊張するというより、わくわくする気持ちのほうが大きいかもしれない。」 「……そ。スゲーね、やっぱ。」 「タマがどう思っているかは分からないが……私と、きっと同じじゃないだろうか。」 「いや、タマセンパイはああ見えて結構、緊張しいだよ。」 「そうなのか?意外だな。」 「うん、自分で言ってた。」 「最近、モニーとタマは一緒にトレーニングをしていると思うんだが。」 「げっ、なんで知ってんの。」 「この間、偶然見かけたんだ。」 「……まあ、ちょっとね。アンタも、イチと良く真面目な話、してんでしょ。」 「うん。最近のイチは、どんどん強くなっているんだぞ。」 「……知ってる。いつか、一緒に走ることになるんかな。」 「そうかもな。私は二人が一緒に走るところを見てみたい。」 「……いや、御免こうむるわ。」 「なんか、私もちょっと、お腹減った気がするな。」 「おお、本当か。しかし、どこに食べ物があるのか、分からなくって……」 「……お、食べ物、あるかもよ。」 「どこにあるんだ?」 「キッチン。普段イチとクリークちゃんくらいしか使う人いないけど、ちょっと入ってみようよ。」 「そうだな。何かあるかもしれない。」 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 「どれ、お邪魔しますよっと。」 「電気は……これか。」 「わっ、眩し……うわ、キレー。」 「本当か?……おお、本当だな。」 「イチ、あんなナリしておいて、結構几帳面なんだなー。」 「ああ、そうだぞ。筆入れの中身や、教科書の揃え方が綺麗なんだ。」 「いや、聞いて無い、聞いて無い。」 「そ、そうか。すまない。」 「ルームメイトと仲良くしてくだすって、ありがとうございます。」 「それを言うなら、私も、モニーがタマと仲がいいのは、とても嬉しいぞ。」 「ばっ、あれは仲いいとかじゃなくて、シテーカンケー?なの。」 「シテーカンケー?」 「いいでしょ、もう。ほら、冷蔵庫開けてみよ。」 「あ、ああ。そうだな。」 「どれどれ……うーわ、すーごい量のタッパー。」 「作り置きでいっぱいだな……カレー、ひじきの煮物に、これは肉じゃがだろうか。」 「なんで、どれもちょっと小さめなんだろう。」 「そうだな、たくさん作っておいた方が楽そうだが。」 「ね。どうしてだろ。」 「……見ていると、ますますお腹が空いてくるな。」 「……食べちゃおっか。」 「……いいんだろうか。」 「ちゃんと洗えば、まあ、いいんじゃない?」 「ううむ、クリーク、イチ、すまない。」 「私は……あ、これなんかがいいな。」 「モニーはこういうのが好きなのか。」 「ちょっと、オヤジ臭いとか言わないでよ。」 「私も好きだぞ、ちくわとキュウリ。」 「アンタはなんでも食べちゃうでしょって。」 「イチとクリークが作ってくれたものは、より美味しいしな。」 「分かる。とりあえず、肉じゃが、チンするわ。」 「お箸は……これか。」 「とりあえず、いただきます。」 「いただきます。」 「……ねえ。」 「どうした、モニー?」 「ちょっと、その、話せてよかった。オグリがイチと仲いい理由、ちょっと分かった気がする。」 「私も話せてよかった。またお互いに寝れないときがあったら、今度はタマの話を聞かせてくれ。」 「……タマセンパイとは、オグリとイチみたいなんじゃないから、面白くないっしょ。」 「そうじゃなかったのか?」 「だから、シテーカンケーだって。」 「ううむ、難しいな。」 「……はい、これでオッケー。それじゃ部屋、戻るか。」 「うん。おやすみ、モニー。」 「ん。おやすみ、オグリ。」 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 「きょ、今日はお弁当が無いのか!?どうしたんだ、イチ。」 「……昨日の夜、キッチンにネズミが湧いたのか、キレイにおかずがなくなってたんです。」 「そ、そうなのか。」 「ごていねいにちゃんと全部洗ってくださって。」 「う、うん。」 「個人的にはそのネズミ、毛色が灰色じゃないかな、って思ってるんだけど。」 「は、灰色だけじゃないぞ。」 「……だけ、ねえ。」 「……あっ。」 「……。」 「い、イチ。その。」 「今日は朝ごはん、抜き。それと、夜ちゃんと食べること。」 「すまない、イチ……」 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 「なんやモニちゃん、青い顔して。」 「すみません、ちょっと胸やけが。」 「胸やけ、て、寝る前に何か食べたんか。」 「あ、いや、そういうわけじゃ? ないんですけど。」 「そうやなあ。モニちゃんがそんな、オグリみたいなこと、するとは思えへんしなあ。」 「そ、そうですよ!」 「昨晩は最後、何食べたんや?」 「えー、ちくわにキュウリさしたやつですね。」 「なんや、エラいおじさんっぽいもの食べたんやな。」 「いや、たまたま見つけちゃって。」 「カフェテリアでそんなもん出しとったんか?」 「んー、あー、まあ、そんな感じです?」 「ほーん。ま、ええわ。ほんなら今日も走り込みからやってこか。」 「えっ。」 「レース近いんやろ。ほれ、いくで!」 「ちょ、ちょっと待ってください、わき腹がーー!」 了 ページトップ その2(≫189~192) SS筆者22/04/26(火) 00 27 15 「……おはようさん。」 「わっ。……なんだ、タマモ先輩じゃないですか。」 「ジャマするで、イチちゃん。」 「こんな深夜にどうしたんですか。」 「それを言うたら、イチちゃんこそキッチンで何しとるん?」 「なんか、寝れなくなっちゃって。スマホいじってたら、なおさら寝れなくなって。」 「そうやったんか、実はな、ウチもやねん。」 「タマモ先輩もですか?」 「せやせや。脳みその裏の方が、なーんかチラチラ光ってしゃあないねん。」 「そういうとき、ちょっとありますよね。」 「それで、イチちゃんは明日の仕込みかなんかか?」 「はい。どうせ3時間後には起きてるので、今やっちゃおうと思って。」 「ホンマ感心するわ。」 「……そんなに感心されるようなことじゃ、ないです。」 「誰かのためにメシ作るんは、結構大変なことやで?」 「それはそうですけど、私のはちょっと、事情が。」 「事情なあ。」 「……そうです。」 「タマモ先輩、やっぱ寝たほうがイイですって。」 「なんや、ウチのボケは眠気でキレが落ちるって言うんか。」 「さっきもよくわかんないこと言ってましたし、ほんとに。」 「んあー、やっぱ眠気には勝てないのねー、なんてな。」 「あくびしちゃってるし。良かったら、ちょっと味見程度に食べていきますか?」 「いや、ウチはもともと食べられへんからなあ……なんなら、ちょっと作らせてほしいわ。」 「え、タマモ先輩、料理するんですか。」 「せやでー。家ではチビたちによう食べさせたもんや。」 「えー、そうだったんですね。」 「どれ、冷蔵庫を拝見……あれま、モヤシあるやん。これ借りてもええ?」 「いいですよ、どれ使ってもらっても大丈夫です。」 「ほな、それじゃこれと……お、春雨。ネギに、おお、はんぺんもあるやんか!」 「……味は醤油としょうが、お砂糖でいいですか?」 「おおー、イチちゃん、分かっとるやん。」 「あれっ、お肉はいらないんですか?」 「お肉なんて高くて買えたもんちゃうわ。一軒家が建ってしまうで。」 「別に、使ってもらって大丈夫ですよ。」 「ええねんええねん、あんがとさん。」 ●○●○●○●○●○●○●○●○ 「どれ、タマモクロス特製、もやしと春雨のうま煮や!」 「……わ、お肉無いからもっとしょっぱくなっちゃうかな、と思ってました。」 「どや、うまいやろ。」 「もやしとはんぺんは庶民の味方や。」 「……なんか、やっぱり、私の料理よりあったかいですよ。タマモ先輩の。」 「ほんまか?どれ、ウチももらうで。」 「あっ、ちょっと、それは私の。」 「う~ん!なんや!めっちゃ美味しいやんけ!」 「それは、クリークさんから教えてもらったからで。」 「いやいや、こんなんを毎日食べれるオグリは幸せもんやな~。」 「……そうでしょうか。」 「せやで。オグリに『もっと感謝せえ』くらい言うたれ。」 「……ありがとうございます、タマモ先輩。」 「な、なんや。真面目な顔して…… 恥ずかしいやんけ。」 「いや、なんか、その。一緒に料理出来て良かったな、って。」 「そか。イチちゃんも、モニちゃんに負けんように頑張ってな。」 「はい。ありがとうございます。」 「……どれ、そろそろ片づけて部屋戻ろか!おっかない寮長にカミナリ落とされたらたまらんからな。」 「後片付け、やりますよ。」 「そうはいかへん、そしたらどっちが早く戻れるか競争や!」 「え、わ、タマモ先輩、洗剤そこじゃないです!」 了 ページトップ