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さて、これから俺が語るのは突拍子の無い事である。だからして、ちょっとでも違和感を感じたらすぐにプラウザバックで前ページに戻って頂きたい。 なんで、こんな書き出しで始まるのか? 決まっている。万人受けする話では、コイツは絶対に無いからだ。 そして、これまた唐突だが……皆様はメイドとか、奴隷とかは好きだろうか? ……俺だってこんな質問はしたくないし、する趣味は無い。だがしかし、こいつはこれから始まるお話にとって、非常に大事な設問であることをどうか理解して読み進めて頂きたく思う。 そんなこんなで質問に立ち返る。 皆様はメイドとか、奴隷とかは好きだろうか? イエスとか、大好物だとか言った、そこのアンタはこのまま読み進めて頂いて構わない。お友達にはなれんだろうが、今回の話に限っちゃアンタみたいな人が一番の読み手であろう。 ……谷口辺りが光速で食い付きそうな話題だな。俺、なんでアイツと友達やってんだろ。 まぁ、いい。 一応言っておくぞ。俺にはその趣味は無い。繰り返そうか? 俺には女子をメイドやら奴隷やらに貶めてニヤニヤする類の趣味は無い。 だから、この阿呆みたいな話は断じて俺の妄想では無い。そこの所をしっかりと理解して頂けたら、さぁ、始めようか。 ……こら、そこ。後ろ指を差すな。 「おいっす、少年」 放課後。文芸部室に向かう途中。ばったりと出会ったのは麗しき、かつ、ざっくばらんとした対応に定評の有る先輩である。今日もおでこが愛らしい。 「ああ、鶴屋さん。こんにちは」 俺が会釈をすると、鶴屋さんは……あれ? いつもなら笑いながら肩をばしばしと叩いてくるはずなのにどれだけ待ってもそれが無い。 体調でも悪いのか? 顔を上げるとそこにはいつになくしおらしい……顔を赤らめた鶴屋さんが居た。って何で!? 慌てて社会の窓を確かめる。オーケー、谷口にはなってない。 (谷口:社会の窓が全開な様。同義語にWAWAWAなどが存在する) 他に思い当たる事は特に無い。教室での国木田の態度も自然だった事から、外見で失礼をしているという事は有るまい。 ならばなぜ、目の前の先輩は頬を染めている? 「えっと……鶴屋さん、何か有りましたか?」 十中八九ハルヒ辺りが俺の有りもしない恥ずかしいエピソードを捏造したに違いない。そう思って聞いてみる。しかし、少女の口から出た言葉は俺の予想だにしなかった物だった、ってんだから兎角この世は不思議で満ち満ちている。 そりゃぁ、世界不○議発見も長寿番組になる訳で。 おい、ハルヒ。もっと目を良く凝らしてみると良いぞ。お前の求めるモンは実はその辺に平気で転がってる。 あ、俺が特殊なだけだって? 断じてそんな事はは無いぞ。そんな話は一般人代表として決して認める訳にはいかん。 現実逃避? 何とでも言ってくれ。正直、俺だっていっぱいいっぱいなんだ。 「キョン君……実は、その……アタシをキョン君に隷属させて欲しいっさ……」 なんて台詞が美少女と言って何の差し障りも無い先輩の口から出されてみろ。潤んだ目で上目遣いに言われてみろ。取り敢えずドッキリカメラを探した俺を誰が責められる!? ……ってか、何の冗談ですか、鶴屋さん? 「お嫁に貰ってくれますか」なら百歩譲って未だ理解出来る。言われた事も有るしな。 だが……だが。 目が合ってドキドキとか、言葉を交わしてフワフワとか、そんなんさらっと吹っ飛ばしていきなり「隷属」って、これなんてエロゲ? 俺はこの時、未だ気付いてなかったんだ。鶴屋さんが本気だったって事にも。これから俺の身に降りかかる幾多の災難の方が余程エロゲだって事にも。 「え……えっと」 俺が言葉に詰まっていると、鶴屋さんは俺の腕を取った。されるがままに腕を差し出す。 流され体質? ほっといてくれよ。 鶴屋さんは左手一本で器用にスカートのポケットから何かを取り出した。朱肉と……折り畳まれた紙? 「何を……?」 「キョン君は動かないで!」 余り聞いた事の無い少女による鋭い叱咤が飛ぶ。 「はいっ!」 直立してしまうのは遺伝子にまで雑用根性が染み付いているからか。ああ、いつか作るであろう息子ないし娘に、この遺伝子が受け継がれない事を祈るばかりである。 俺の子供なんだから、そんな事は絶対に無いって思ったそこのお前。ちょぃと前出て歯を食い縛れ。 血涙流しながらぶん殴ってやる。 俺の右手親指が、されるがままに鶴屋さんが懐から出した紙に押印する。ちなみにコレがハルヒか古泉によるものだったら全力で拒否していたので、この辺りは鶴屋さんの人徳だろう。 「で、俺は一体何に承諾したんでしょうか?」 「あはは、気にする事は無いっさー。キョン君から何かを貰う、って類の話じゃ無いからねっ」 いえ、そこは信頼してるんですけどね。ですが、その空笑いが気になるんです。 「むしろ……受け取る側?」 「え? 今、何て言いましたか、鶴屋さん?」 「聞こえていなかったんなら、それで良いっさ。どうせ、明日になれば嫌でも理解出来るだろうしねっ」 ふむ。また、ハルヒ辺りが俺に隠れてサプライズパーティー的なものの準備でもしているのだろうか。 最近はそういうのにも幾らか耐性が付いてきたんだ。可愛らしくて結構じゃないか、なんて笑い飛ばせる程度には。 だから、まぁ良いさ。精々明日に期待させて頂きますよ。 「うん。それでこそ、キョン君だ。ちょっとやそっとじゃ動じない胆力、惚れるね、このこのっ!」 お世辞なんて言っても何も出ませんよ、鶴屋さん。後、肘で脇を突付くのはくすぐったいので勘弁して下さい。 「それじゃ、今日は色々準備が有るから、明日からにしよっか!」 はい。何をかは知りませんが、「準備」って台詞から俺の考えている内容でそんなに間違いではないのでしょう。何度も言いますが楽しみにさせて貰いますよ。 「楽しみにしてるんだよっ、ご主人様っ!」 ……何をどう聞き間違えても「キョン君」が「ご主人様」に聞こえる訳が無いのは謹んでスルーさせて頂く事にする。 ほら、きっとアレだ。えっと……そうそう、幻聴。そういう事に、しておこう。 ああ、鶴屋さんの顔が赤かったのも夕日に照らされていたからなんだよ。うん。 こうして、俺の穏やかなる日常最終日は本人も知らない間に暮れ行くのであった。って、マジですか!? そして、翌日の昼休み。俺は鶴屋さんの真意を知る事になるっ! 「一、二、三……えっと、流石に八段重ねは食い切れませんよね……?」 「ご主人様にはいっぱい食べて健康になって貰わないと困るっさ!」 あう、周りの視線が痛い。特に背後からの視線がまるでナイフの様に突き刺さる。限りなく実感に近い幻痛が胃をダイレクトに襲う。誰かキャ○ジンをここへ持ってきてくれ。 取り敢えず、騒いでる谷口と国木田。俺の事を少しでも友人だと思っているんなら、周りのクラスに触れ回るのを止めろ。 古泉が廊下からこちらを窺いつつ青い顔をして必死に誰かと電話をしている。例の閉鎖空間とやらが発生したのか? スマン。俺にも一体全体何がどうしてこんな事になっているのか訳が分からない。 俺の机の上にこれでもかと搭を成す弁当箱。中身はどれもこれも美味しそうなんだが、しかし量が量だった。 そして、ここは俺の教室だったんだ。 弁当を振舞って頂けるのは構わない。むしろ喜ばしいんだ。でもせめて、屋上とかに呼んでからにして頂きたかった……。 ああ、ハルヒが今にも世界を作り変えようとしている可能性を考えると、何食べても砂みたいな味しかしねぇ。 ……この唐揚げ、美味しいですね。 「……その、谷口や国木田なんかも呼んで構いませんか? どう考えても食べ切れませんし、残すのも勿体無いじゃないですか」 はっとこちらを振り向く耳ダンボ谷口。おい、あからさまに目を輝かせるな。品位が知れるぞ。 ……なんか、急速にアイツを誘う気が失せてきたな。って、いやいや。谷口なんかはついでだ。本命は別に有る。 「ご主人様の好きにすると良いっさ。そのお弁当の所有権も既に君に有るからねっ。アタシがどうこう言える問題じゃないよん!」 「も」って何だろうか、「も」って。いやいや、ここでツッコミを入れてはいけない。そんな事をすれば今度こそ確実に世界崩壊すると、俺の第六感が声高に告げてくる。 「そうですか……って訳だ。ハルヒも良かったら呼ばれないか?」 不機嫌な神様を輪に巻き込んでお茶を濁すくらいしか手が考え付かない。俺はトコトン頭の出来がよろしくないらしい。ほっとけ。 ハルヒ達が壊れた掃除機の様な勢いで重箱を空にしていく間、鶴屋さんは聖母の様ににこにこと微笑んでいらっしゃった。 いつもなら「そんなに慌てると喉に詰まるっさー!」とか言ってけらけら笑っていらっしゃる鶴屋さんが、だ。まるで朝比奈さんの様に笑っていたのが印象深かった。 「皆で食べるとお弁当もめがっさ美味しいねっ、ご主人様っ!」 こう連呼されれば嫌でも認めざるを得ない。 鶴屋さんは俺の事を「ご主人様」と呼んでいる。 そして、それに一々反応して膨れっ面のハルヒ。つまり、この一連の騒動はコイツの指示じゃないって事だ。 けたたましく鳴り響くケータイは古泉からのSOSで先ず間違いは無く。 さて、この事態に俺はどんな対応をすれば良いのだろうか。分かる奴が居たら土下座でも何でもするから俺に教えてくれ。 羨ましいとか言うな。俺の一挙手一投足に世界の運命が圧し掛かってるんだぞ。どんなに見目麗しい少女から「ご主人様」と呼ばれようと一寸先は断崖絶壁。 正直な所、気が気ではない。 にも関わらず、鶴屋さんは俺のそんな思いを知ってか知らずか休み時間ごとに俺の教室にいらっしゃるもんだから。全く、邪まな思いなんて抱いていない純度百%の笑顔で俺に懐いてくるもんだから。 始末に終えないとは、まさにこの事だ。 「ご主人様っ、授業は終わったかい?」 「ここなら、アタシが教えてあげれるよんっ!」 「授業中寝てたんじゃないかい、ご主人様っ! ダメだよ。サボっちゃあ。ほら、よだれ拭いてあげるから顔あげてくれないかいっ?」 ああ、ようやく気付いた。 これ、なんてエロゲ? 本日のSOS団の活動は、ほぼ全ての時間が俺への糾弾に宛がわれた。 とは言え身に覚えが無い。ハルヒから「今すぐ鶴屋さんの猥褻画像とネガを吐き出しなさい!」と襟首を掴まれて頭をぐらんぐらん揺らされようが無い袖は振りようが無い。 つか「俺が鶴屋さんを脅している」事はお前の中で確定なんだな、ハルヒよ。 こういう時にフォローする役目の超能力者はニキビ治療薬としての肉体労働に駆り出され……まぁ、仕方が無いと言っちゃあそうなんだが。 しかしだな、ハルヒ。 「何よ!?」 「何で俺と鶴屋さんが仲良くするのにお前の許可が必要なんだ? って言うか何でお前怒ってんだよ」 止水に一石を投じるとは正にこの事で。俺の当然とも言うべき疑問に対して、パクパクを酸素を求める金魚みたいに口を開閉させたハルヒが次に言ったのは「解散!」の一言だった。 「キョン君、あんまりです……」 俺が何したって言うんですか、朝比奈さん!? 「……乙女の敵」 長門、その目は軽蔑だな!? 軽蔑の視線だなっ!? ……全く、踏んだり蹴ったりである。 三十六計逃げるに如かず。俺の座右の銘である。今、そう決めた。 そんなこんなで逃げるように学校を去ろうとした、その時だ。 「だ~れだぁっ!?」 両目がふよんとした柔らかくも芳しい物で覆われる。コートを着ているので細かな感触までは分からないが、確実に何かが背中に当たっている。 服越しでも分かる。目隠しをする手の平よりも柔らかい二つの膨らみ。 って、え!? 「つ、鶴屋サンッ!!」 振り解く様に、あるいはバネ仕掛けの人形の様に、有り得ない機敏さで俺は振り返った。俺の目の前に立っているのは勿論。 「にょろ~? 何で分かったのかなっ? 良ければ今後の課題にするから教えて貰えないっかな?」 少女が小首を傾げる。腰の辺りで切り揃えられた美しい髪がさらりと揺れる。それはまるで木漏れ日に透けるレースのカーテンのようで。俺は毒気も反論も抜かれてしまった。 「……声、ですかね」 「そっか! しまったなぁっ! 次からはボイスチェンジャーを用意してくるよ!」 いや、それ言っちゃったら次も見抜けますって。校内にボイスチェンジャー持ち込むような人間が先ず俺の周りには見当たりません。 ……つーか、声が違っても分かるんですけどね。 鶴屋さんの体からは柑橘系の良い匂いがするから。 傍に寄られたらすぐに分かるんですよ、なんてこっぱずかしー台詞は流石に言えない。 さて、下校道である。分かってはいると思うが、俺の隣では鶴屋さんが鞄を揺らして歩いている。朝比奈さん風に言うならば既定事項と、そうなるだろうか。ならないだろうな。 「♪~♪~」 鼻歌を鳴らして上機嫌なこの人を横目で見ていると、なんだか今日一日の色々もちょっとした悪戯で済ませてしまいそうな自分に驚く。 「女は海だ。抱かれ、一度飲まれてしまえば後は沈んでいくだけだ」と、言ったのは誰だっただろうか。全くその通りなのかも知れない。 しかし、綺麗な先輩だ。ああ、谷口が俺を羨望の視線で見つめていた事に今更ながら得心が行く。 「どうしたんだい? じっと見つめたりされると、さっすがの鶴にゃんでも照れちゃうよ?」 俺の視線を感じ取った鶴屋さんが顔を向ける。まるで日本人形の様な、それでいて猫科の動物を思わせる艶かしさを滲ませる微笑。少しだけその頬を赤く染めて。 ヤバい。見蕩れていたなんて、どの口が吐けるだろうか。俺の口か。ああ、そうだな。それしかないが断固拒否する。 必死に話題を探す……っと、そうだ。 「そう言えば鶴屋さん。昨日俺が押印した紙なんですけど」 「ああ、これかいっ!」 鶴屋さんが矢張りスカートから四つ折の紙を取り出す。 「それには何が書いてあったんですか? 今日になったら嫌でも分かるって言ってましたけど、どうも俺にはよく分からなかったんですよ」 「ふぅん。ご主人様は聞きしに勝る鈍感さんだねぇ」 口に手を当てて、きしし、と鶴屋さんが笑う。 「ほっといて下さい。それと、その『ご主人様』って呼び方も何なんですか? 今日一日、何かの罰ゲームでもやらされていた、とか?」 鶴屋さんが全力で首を横に振る。 「うーん、言葉で説明するよりも、この紙を見て貰った方が理解が早いかなっ?」 少女は俺に今回のキーアイテムであろう紙を差し出した。 「……さっぱり意味が分からないんですが」 甲とか乙とか丙とか、無理に分かり難くしてるとしか思えない文章がそこには並んでいて。もう、ほとんどアラビア語なんかと、解読不能って意味じゃ変わりはしない。 「あ、そう言うと思ってね。裏にめがっさ読み易くした奴が書いてあるよっ」 それを先に言って下さい。 紙を裏返す。そこにはたった一文だけ、デカデカと書いてあった。 「鶴にゃんを奴隷として一生囲いますbyキョン君」 目が点になった。 ……かぽーん。 右腕を引き摺られるままに、いつの間にやら俺の家の前である。いや、正確に言えば俺の家だった場所の前である。 ……かぽーん。 ……表札が一枚増えているとか、俺以外の家族の名前がそこから消えているとか、二枚の表札で一つのハートマークを形成しているとか、ツッコミ所は玄関から満載だが、それよりなにより、だ。 ……かぽーん。 俺の家はどこへ消えた。 ……かぽーん。 なんで俺の家が在った所に純和風邸宅が建ってるんだ。 ……かぽーん。 「そして何故に、猪威しなんだよ!」 ……かぽーん。 「まぁまぁ、細かい事は気にしないで取り敢えず、入るっさ、キョン君。ここは君の家なんだからさ! ま、アタシの家でも有るけどねぃっ」 学校に行ってる間に家が建て替わってるって果たして細かい事でしょうか? 俺の人間としての器が小さい? いやいや。そんな事は無いだろう。普通は引くから。ああ。うん。俺は間違っていない。 鶴屋さんの持っている経済力と言う名の力の片鱗を垣間見た気がしたね。 ……本気でこの一件に宇宙人が介入している可能性を考えて、再度目眩に襲われた。そして気付く。 いっその事一般人じゃなくて、俺にも特殊な属性が付いていれば良かったな、と自嘲気味に呟いている自分に。 「……ただいま」 「ただいまっさー!」 帰宅の挨拶に対して返事は無い。ああ、表札から家族の名前がごっそり削られてたから、可能性だけは頭にチラついてたが。 既に俺の隣が指定席な少女が俺にたずねる。 「さって、ご主人様? お風呂にするかい? ご飯にするかい? それとも……まったまた、気が早いね、全く!」 何も言ってません。なんで顔を真っ赤にしてらっしゃるんですか、鶴屋さん? 貴女は俺の理性の限界を測る為にどこぞに雇われた刺客ですか? 「良いっさ良いっさ。高校二年生、十七歳。健全に育ってる証拠っさ! さぁ、お姉さんなら準備万端だよっ。今すぐこの胸にめがっさ飛び込んでおいでっ!」 鞄置いて着替えてきます。これ以上、この人の隣に居たら、恐らく嗅覚から理性が崩壊する。少女の甘い匂いとはかくも男の天敵となり得るのかと知った次第で。 「あ、キョン君の部屋は真っ直ぐ行って突き当たりを左に曲がってすぐの障子戸を開けた所に有る階段を……ああもう! 面倒臭いからアタシも一緒に行くっさ!」 そして、逃れられないのは最早規定事項なんですね。つか、俺の家の敷地ってこんなに広かったっけ? 「辺りも買い取ったからねぇ。親子八人は楽に住めるよっ」 ……俺は何も聞いてない。俺は何も知らない。そんなに産む気なんですか、なんて絶対にツッコんではいけない。 取り敢えず、近隣住民の皆さん、申し訳ございません。 「ここがご主人様の部屋っさ! さ、ぼけっとしてないで入った入った!」 通されたのは純和室である。俺の部屋の面影はそこに欠片も見当たらない。 つーかさ。 なんで、中央に布団が敷いて有るんだ? しかも明らかにデケぇ。一人用の布団では絶対に無い。 ……枕二つ有るしな。 「おっと、良い所に目を付けたね、ご主人様っ! そうっ! この部屋は何を隠そうアタシの部屋でも有るのっさーっ!!」 ででーん、とでも効果音が付きそうに胸を張る少女。 ……勘弁してくれー。 母上様。お元気ですか? 俺は今にも大人の階段を一段飛ばしで登って「本当は怖いシンデレラ」も真っ青な体験をしてしまいそうです。 俺の目の前で和箪笥を開けて俺の着替えと自分の分の着替えを取り出す麗しき先輩。何やろうとしているんですか? ああ、着替えですよね。そうですよね。 一言だけ、言わせてくれるか。 「情熱を、持て余す」 せめて、間仕切り位は用意しておいて貰えないものだろうか。 「契約書に書いて有ったっしょ? アタシはもうご主人様のものなんだから、恥ずかしがらずにこっち向いて見ててくれても……良いんだよ?」 そう言う貴女が恥ずかしがっているのは……ああ、もう! そんなお顔も麗しいなぁ、チクショウ! 俺は鶴屋さんから着替えをひったくるように受け取ると、それを持ってそのまま部屋を出て襖を閉めた。 「真っ赤になっちゃって、ご主人様ったら可愛いなぁっ!」 そう言う鶴屋さんの声と共に背後で衣擦れの音が聞こえて……落ち着くんだ、俺! ぐびりと喉が鳴った。浅ましい? 分かってるさ。 「ところで、これ、どうやって着れば良いんだろうな?」 兎にも角にも着替えようとした俺は廊下で上半身裸のまま、手に持った浴衣を眺めて呟いた。純和風邸宅は風が良く通る。そして、季節は冬である。 心も体も、とても寒い。ああ、神様よ。俺が一体何をしたって言うんだ。 襖が開いて、俺は振り返った。そこには天女が居た。なんて言ったら鶴屋さんに失礼だな。見た事は無いが天女よりもきっと、この人の方が綺麗だろう。 真っ白な浴衣に身を包み、少女は清楚な美女へと変貌を遂げていた。女性は着る物一つでがらりと変わると言うけれど、正直ここまで色っぽくなるとは想像だにしていなかった訳で。 「うわっ、キョン君。こんな寒い廊下で上脱いで突っ立って……何やってるんだい!!」 鶴屋さんが俺の体をそっと抱きしめる。暖かく、柔らかい。 「ほらっ、とっとと部屋に入る! もうっ、キョン君が風邪引いたらアタシが泣いちゃうじゃないか!」 部屋の中に引き込まれる。いかん、俺今絶対鼻の下伸びてるっ! しかし、抗えないレベルで鶴屋さんはふよふよだ……。 「もう……どうしたんだい、あんな格好で?」 「いや、浴衣ってあんまし着慣れてなくって……正直どう着れば良いのか分からなくて困ってたんですよ」 出来る限り真面目な顔を作って鶴屋さんに話す。って、顔が近いです! 「なぁんだ……言ってくれたらアタシが着せてあげたのに。ほらっ、とっとと下脱ぐっさ」 えええええええええええええええええええええええええええ。 「つかぬ事を聞くけど、キョン君はブリーフ派かい? トランクス派かい?」 トランクスですね。日によってボクサーを履いたりもしますけど。って、其れがどうしたんですか? 嫌な予感がしますよ、鶴屋さん? 俺に寄り添う天女の姿をした小悪魔が、にししと笑った。 「ぬおりゃーっ! 良いではないか! 良いではないかぁっ!!」 その後、全力でズボンを脱がそうとする鶴屋さんと、小一時間ほど格闘する羽目になった俺である。 「……鶴屋さん、さっき俺の事『キョン君』って呼んでくれましたよね」 「え? あっちゃあ~、そっか。ご主人様に風邪を引かせては一大事と思って慌ててたからだなぁ。ダメだね。いつでもご主人様を敬う気持ちを持たないと。奴隷失格だねっ」 「いえ、そうじゃなくて……出来ればその、『ご主人様』って呼び方を止めて貰えませんか?」 「むぅ……何がいけないのかなっ?」 「いえ、他に人が居る所でその呼び方は結構困りますんで……」 「なら、二人っきりの時は問題無いって事だねっ、ご主人様っ!」 うおっ、墓穴った! しかし、満面の笑みが前言撤回を許してくれねー。 誰に迷惑掛ける訳でも無いし、まぁいいかと、そう思う俺は最近流され体質に拍車が掛かってきたと自分でも思う。 「ご主人様っ、汗かいてるっさ」 誰が運動させたと思ってるんですか、貴女は……。 まぁ? 最終的には対格差を技術が上回ってトランクス姿を披露しましたよ。特に何をされた訳でも無いのに汚された気分で一杯なのはこの際脇に置いておく。 頼むから。これ以上、心のトラウマを増やさないでくれ。ほじくり返すのも無しだ。 「そうとなったら、ご飯の前にお風呂だねっ! それともご主人様は既にお腹ぺっこぺこだったり、するかっな~ん?」 「汗べたべたで気持ち悪いっす」 こうなると知っていたら着替える前に風呂に行きたかったね。 「なら、お風呂だ、おっふろ~♪ さっ、ご主人様、我が家自慢の浴場に案内するっさ~!」 意気揚々と行進する鶴屋さんに続いて歩く。しっかし、浴衣って足元冷えるなー。 「そう言えば鶴屋さん? 誰がお風呂沸かしてくれてるんですか? 俺達、ここに来てから着替えただけですよね?」 「ああ、ウチの優秀な黒子部隊だよっ。絶対に姿を見せないし、音も立てないから、居るのか居ないのかたまに分かんなくなるけどね」 ……衆人監視じゃねぇか! 今更ながら、この状況がどれだけ非常識なのか理解出来た気がする……こいつは下手な事をすると首が飛ぶ。比喩でなく、な。 背中の毛が一瞬逆立ったのは足元から入り込む冷気のせいだけじゃないね。 「うああぁ~~っ」 風呂に浸かる時に声を出す人種って居るよな。俺もその部類の、いわゆる「おっさんくさい」と呼ばれるカテゴリで括ってくれ。 いつもならばそんな不名誉な称号は熨斗付けて着払いで返送させて頂くが、しかしここは風呂場である。この思わず上がる呻き声は「今日も良い湯だぜ、大将!」と言っているのと同義語だと思ってくれて良い。 つまり、風呂に対する最大の賛辞なのだ。と俺は勝手に思っている。 「……しっかし、一日でよくこんなもんが造れるな……」 内風呂、って言うんだったか? アレだ、アレ。脳内情報を検索しても「File not found」しか出て来ないが。そんな奴を想像してみてくれ。 高級旅館なんざ数えるほども行った事が無い俺だが、しかし雰囲気だけで言わせて頂ければ、こいつは一泊云万円はする高級旅館の部屋付き露天風呂で有っても何もおかしくない。 むしろ、こんなもんが一介の高校生の自宅に有るのが可笑しいって話で。 「完全に非日常だ……」 溜息混じりにそんな言葉が出てしまうのも致し方無い事なのだろう。 ま、溜息なんざ湯気に混じって見えやしないけどな。 ぱしゃりと湯で顔を洗う。ん? このお湯、水道水じゃないな。 「気付いたかいっ! こいつは地下五百mから汲み上げた天然温泉なのさっ!!」 「少しは隠して下さいっ!!」 って言うかいつの間に浴室に忍び込んだんですか、貴女は!? 無音でしたよ!! 完っ全に無音でしたよ!! でもって、自慢げに仁王立ちで胸を張らないで下さい! ああ、湯気が邪魔で肝心な所がうっすらとしか見えないって違ぇっ!! 落ち着け、俺。落ち着け。速やかに旋回して鶴屋さんに背中を向けて……こういう時は素数を数えるんだ。確か。 二、三、五、七、十一……。 「へぇ、ご主人様は面白い趣味を持ってるんだねぇっ」 鶴屋さんが背中にぴっとりとくっついて来る。 あああああああああああああああああああああああああああああああ。 色々! 色々当たっております、背中に!! 色々!! ふくらみとか、その頂点に有るであろう何がしかの突起物とか!! 多分、ピンク色!! 湯気の向こうにうっすらと見えた、アレ!! なだらかなお腹とかその下の諸々とか! 背後から腕が絡みついてきてる!? んなもん知ったこっちゃねぇぇっっ!! 「つつつ、鶴屋さんっ!? 今すぐ出て下さい!! 浴室から!! 素早く、回れ右っ!!」 「え~っ! このお風呂は屋内型露天だからしっかり暖まらないと、この冬空じゃ風邪引いちゃうっさ。それとも、キョン君は風邪を引いて弱ったアタシとかがお好みかい?」 全力で否定させて頂きますっ!! 「こいつはとんだ鬼畜ご主人様だっ♪」 俺の話なんかいつだって誰も聞いてくんねぇもんな、チックショウ!! ここで手を出したら鶴屋家黒子部隊に存在を抹消される。まことに残念な……いやいや……今日に限って言えば心底ありがたい。その命の危機だけが今や俺の理性を押し留めていた、ってんだから我ながら情けない話で。 まぁ、健全な一般高校生男子が類稀なる美女にここまで迫られて理性を保っていられるかと問われれば、全力で否と答えさせて頂く所存なのだが。 「えっと……鶴屋さん。取り敢えず、速やかに俺から離れませんか? で、俺はずっと湯船で後ろを向いていますから、出来る限り速やかに入浴を終えて下さい」 もう、土下座すら厭わない勢いで頼み込む俺だ。なに? 俺がさっさと上がれば良い? んな事は出来たらとっくにやってるんだよ! ……授業中に椅子に座ったまま不自然に立てなくなっちまう男子生徒と、今の俺は同じ状態に有るんだ。頼むから、この比喩で悟ってくれ。 詳しく描写とか……要らないよな? な? 「ええ~っ。アタシにはご主人様の背中を流すという使命が有るんだけどなぁ~?」 なんですと!? 初耳ですよ、そんなプレイが付属してたなんて!! 別料金とか取られたりしませんよね!? ってああ、もう! 今日の俺の脳味噌はどうなっちまってんだよ!! 漏れなくピンク色か、バカヤロウ!! 浴室は、いつにもまして、三途の川 by俺 字余り 色々有った末に折衷案として、鶴屋さんには水着を着て頂いた。全体に濃紺だとか胸の所に名札ワッペンが付いてるとか「つるや」ってひらがなだったりとか……もう一々ツッコんでたらキリが無い。 だが、無羞恥心艦長ゼンラーに比べたら月とスッポンだ。なんか犯罪臭いにおいがプンプンするが、それも無視させて頂く。 そんな訳で十分に湯船に浸かって暖まった俺は、今現在腰に手ぬぐいを巻いて鶴屋さんに背中を流して頂いている。 鶴屋さんに水着を着て貰う代わりに、俺は背中を流して頂くのを承知した訳で。 俺の目の前に有る鏡に映り込む、懸命に俺の背中をスポンジで擦る水着姿の鶴屋さんは……ここは天国で、俺は既に始末されているのではないだろうかと思わせるに十分な愛らしさと危うさをそのお姿に孕んでいた。 「さって、そしたら次は前だねっ!」 「結構ですっ!!」 「なら、アタシの背中を流してくれるっかな~?」 「だから、脱がないで下さいってば!!」 もう、なんて言うか……この人絶対確信犯だ。 浴室で起こったコレから先については描写は避けさせて頂く。なぜならこの話は対象年齢が全年齢だからだ。今更、とか言うな。 一つだけ俺の名誉の為に言っておく。何も無かった。以上だ。 ・後編へ
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キョン『あ、鶴屋s…』 鶴屋さん『やーあキョンくんッ☆ 全ッ然変わってないねー!!』 …相変わらずなハイテンションだな。 高校を卒業して3年後、俺は同窓会に出席し、 とある居酒屋で旧友と杯を交わしている訳だが… 久しぶりに会った鶴屋さんの方こそ全く変わっていない。 キョン『卒業式の打ち上げ以来だから2年半ぶりってとこですかね。』 鶴屋さん『えーッ、もうそんなになるのかー!! その後どうにょろ??』 まだにょろにょろ言ってたんだ、この人。 まぁ高校時代、俺は密かにこの にょろ に萌えてた訳だが。 キョン『今は普通に大学に行ってますよ。、ハルヒと同じ大学にね…(苦笑』 鶴屋さん『あー、谷口くんから聞いたよソレー☆ まさに運命ッて感じだねーッ☆』 キョン『ははは……』 ハルヒ『ちょっとーキョンっ!? 今私の話しなかったー!?』 その時後ろでハルヒの声がしたが──えーい、聞こえないフリだ。 その後色々と旧友達と昔話に花を咲かせて俺もそれなりに 同窓会を楽しんでいたのだが、3時間ほどすると 流石に酔いが回って来、談笑から距離を置き、 水を貰って一服することにした。 …23時半か…電車がなくなるな…。 などと考えているとコツンと何かが肩に当たってきた。 キョン『ん?』 鶴屋さんの頭だ…。彼女が俺に寄り添うようにして寝息を立てている。 酒のせいであろうか、顔を薄い桃色に染めて。 …動けん。流石にあのハイテンションもエネルギー切れか。 起こすのも悪いし…動けん。 どうしようか考えていると、ある事に俺は気づいてしまった。 鶴屋さん…良い匂いだ…。 彼女の長い髪から発せられているのか、 はたまた彼女自身から発せられているのかははっきりしないが… …とにかく良い匂いだ。 キョン『…よっ…と。』 俺は彼女を起こさないよう、細心の注意を払って体をずらし、 彼女の顔を覗き込んだ。 鶴屋さん『…すー…すー…うぅ~ん…』 一瞬起きるかと思い、慌てて体制を整えたが、 幸い起きる気配はなく、また規則的に寝息を立てはじめる。 …か…可愛い… 天使のような寝顔とはこのことを言うのだな。 まいったな…どうしよう。 15分ほどこの状態が続いている…。 あー…、この寝顔と魅惑の香りで… …ヤバイ、下の方が元気になってきやがった… その時だった。 鶴屋さん『ぅう~ん…キョン…くん…??』 鶴屋さんが目を覚ました!! …ホッとしたというか…残念というか…人間の心理は面白い。 俺は慌てて2センチほど離れる。 キョン『あ…起こしてしまいましたか…すみません。』 鶴屋さん『ぇえ??…あー…全然いいよー。寧ろこっちのが迷惑かけたみたいでサッ。』 目をこすりながら鶴屋さんが喋る。 …か…可愛い。 鶴屋さん『そろそろお開きかなー…どうやって帰るっかなー…』 見ると、さっきまでは15人ほど居たのが、 俺が彼女に夢中になってる内に、4、5人までに減っている。 …静かになった訳だ。 ハルヒもさっさと帰ったようだ。挨拶もせずに…無愛想なヤツだ。 ま、どーせキャンパスで会うし、そのとk 鶴屋さん『ちょっとー?? 聞いてるーッ!? キョンくん!??』 キョン『えっ、あ、はい。』 鶴屋さん『皆もう帰るってサッ。あたしらも帰るにょろ☆』 すっかりお目覚めのようだ、喋り方が元にもどってる。 鶴屋さん『皆は家が近いらしいから良いケド…あたし電車で来たんだよねーッ…』 キョン『俺もですよ…』 鶴屋さん『そっかー、悪いね…あたしのせいでサッ…』 鶴屋さんが落ち込み気味でそう言う。 キョン『そんな事ないですって。寝顔可愛かったし、許しますよ。』 冗談気味に笑いながらそう言ってみた。 鶴屋さん『…あ…ありがと…///』 呆気に取られた。彼女のことだから、 『またまたー!! キョンくん上手いねッ☆』 とか言われ、背中を叩かれるのかと思っていたが… 顔を赤らめて言うそのセリフは反則だ…反則パーティだ…。 鶴屋さん『あー何か恥ずかしいねッ☆ あたし実は高校ン時キョンくん好きだったからサー///』 え!? まさかの告白に、俺はさらに呆気に取られる。 いまだかつてないドキドキ感だ…。 教室で朝倉に襲われた時よりも、閉鎖空間でハルヒの神人を見た時よりも… …あ、ハルヒにキスした後のドキドキに似てるな… 思い切って言ってみる。 キョン『…今はどうなんですか…??』 鶴屋さん『…ええ!? 何なのサ、それ…///』 キョン『俺は昔も今も、鶴屋さんが好きですよ。』 あー、言ってしまった…。もういいや、行け、俺。 息子も相当怒ってます。 鶴屋さん『えー…っと…あの…』 キョン『もしよければ、休めるとこ、行きませんか??』 鶴屋さん『…それって、えーと、その、アレだよね…??///』 キョン『…その、アレです。』 鶴屋さんが恥かしいとこんなになるなんて、 誰が想像できようか、いや、誰も想像できない。 鶴屋さん『…あたし、そーゆートコ行ったこと無いからサッ、確りリードしてよねッ///』 キョン『…もちろんですよ。』 これがまさに キター といった感じなんだろう。 さっさと会計を済ませた俺たちは、まだ微妙に盛り上がっている 少数の旧友達に囃し立てられながら、店を後にした。 ホテル街に向かう途中の彼女は、 もはや今までの彼女とは全く別人のように下を向き、黙って歩いている。 鶴屋さん『あの…、手、繋いでもいいっかなー??///』 か…可愛い。俺、今日何回この人にトキメいただろう。 俺は黙って彼女の手をそっと握る。 彼女のドキドキが伝わってくるようだ。 目的の場所まではただ黙って歩くだけで、 会話は無かったが、俺も緊張していた。 言うまでもないが、俺ジュニアも。 週末ということもあって、やっとの思いで一つだけ 空き部屋を見つけ、フロントで鍵を受け取る。 鶴屋さんは相変わらず下を向いて黙りこくっている。 エレベータに乗り込み、五階へ。 この微妙な間隔が俺をさらに興奮させる。 部屋の前に着いた。 鍵を開け、部屋に入ると同時に俺は彼女を抱きしめた。 鶴屋さん『…!? キョンくん…待って、あたし汚いからサ…///』 キョン『いや、結構ですよ、シャワー。それより…鶴屋さん良い匂いです。』 彼女のうなじに鼻をつけ、息を吸い込む。 俺ジュニア(MAXver.)は彼女の下腹部に押し付けられている。 鶴屋さん『ぁぁあッ…。』 キョン『可愛いですよ…。はは。』 鶴屋さんをベッドまで運び、上から覆い被さる様にして 寝転ぶと、彼女は小さく声をあげる。 彼女のキャミソールをゆっくりと下ろすと、 豊満な胸を覆っている薄い緑色のブラが顔を出す。 それも剥ぎ取ると、綺麗な乳首がお目見え。 鶴屋さん『ぁぅう…はずかしいょ…///』 そういえば、大事なこと聞き忘れてた。 『可愛いですよ、鶴屋さん…。で、結局今は俺のことどう思ってるんですか??』 『…/// キョンくんのばかぁぁ…ぁぅぅ…す…好きに決まってるにょろッ…///』 あ~今夜は暑いな。 Fine.
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さて、これから俺が語るのは突拍子の無い事である。だからして、ちょっとでも違和感を感じたらすぐにプラウザバックで前ページに戻って頂きたい。 なんで、こんな書き出しで始まるのか? 決まっている。万人受けする話では、コイツは絶対に無いからだ。 そして、これまた唐突だが……皆様はメイドとか、奴隷とかは好きだろうか? ……俺だってこんな質問はしたくないし、する趣味は無い。だがしかし、こいつはこれから始まるお話にとって、非常に大事な設問であることをどうか理解して読み進めて頂きたく思う。 そんなこんなで質問に立ち返る。 皆様はメイドとか、奴隷とかは好きだろうか? イエスとか、大好物だとか言った、そこのアンタはこのまま読み進めて頂いて構わない。お友達にはなれんだろうが、今回の話に限っちゃアンタみたいな人が一番の読み手であろう。 ……谷口辺りが光速で食い付きそうな話題だな。俺、なんでアイツと友達やってんだろ。 まぁ、いい。 一応言っておくぞ。俺にはその趣味は無い。繰り返そうか? 俺には女子をメイドやら奴隷やらに貶めてニヤニヤする類の趣味は無い。 だから、この阿呆みたいな話は断じて俺の妄想では無い。そこの所をしっかりと理解して頂けたら、さぁ、始めようか。 ……こら、そこ。後ろ指を差すな。 「おいっす、少年」 放課後。文芸部室に向かう途中。ばったりと出会ったのは麗しき、かつ、ざっくばらんとした対応に定評の有る先輩である。今日もおでこが愛らしい。 「ああ、鶴屋さん。こんにちは」 俺が会釈をすると、鶴屋さんは……あれ? いつもなら笑いながら肩をばしばしと叩いてくるはずなのにどれだけ待ってもそれが無い。 体調でも悪いのか? 顔を上げるとそこにはいつになくしおらしい……顔を赤らめた鶴屋さんが居た。って何で!? 慌てて社会の窓を確かめる。オーケー、谷口にはなってない。 (谷口:社会の窓が全開な様。同義語にWAWAWAなどが存在する) 他に思い当たる事は特に無い。教室での国木田の態度も自然だった事から、外見で失礼をしているという事は有るまい。 ならばなぜ、目の前の先輩は頬を染めている? 「えっと……鶴屋さん、何か有りましたか?」 十中八九ハルヒ辺りが俺の有りもしない恥ずかしいエピソードを捏造したに違いない。そう思って聞いてみる。しかし、少女の口から出た言葉は俺の予想だにしなかった物だった、ってんだから兎角この世は不思議で満ち満ちている。 そりゃぁ、世界不○議発見も長寿番組になる訳で。 おい、ハルヒ。もっと目を良く凝らしてみると良いぞ。お前の求めるモンは実はその辺に平気で転がってる。 あ、俺が特殊なだけだって? 断じてそんな事はは無いぞ。そんな話は一般人代表として決して認める訳にはいかん。 現実逃避? 何とでも言ってくれ。正直、俺だっていっぱいいっぱいなんだ。 「キョン君……実は、その……アタシをキョン君に隷属させて欲しいっさ……」 なんて台詞が美少女と言って何の差し障りも無い先輩の口から出されてみろ。潤んだ目で上目遣いに言われてみろ。取り敢えずドッキリカメラを探した俺を誰が責められる!? ……ってか、何の冗談ですか、鶴屋さん? 「お嫁に貰ってくれますか」なら百歩譲って未だ理解出来る。言われた事も有るしな。 だが……だが。 目が合ってドキドキとか、言葉を交わしてフワフワとか、そんなんさらっと吹っ飛ばしていきなり「隷属」って、これなんてエロゲ? 俺はこの時、未だ気付いてなかったんだ。鶴屋さんが本気だったって事にも。これから俺の身に降りかかる幾多の災難の方が余程エロゲだって事にも。 「え……えっと」 俺が言葉に詰まっていると、鶴屋さんは俺の腕を取った。されるがままに腕を差し出す。 流され体質? ほっといてくれよ。 鶴屋さんは左手一本で器用にスカートのポケットから何かを取り出した。朱肉と……折り畳まれた紙? 「何を……?」 「キョン君は動かないで!」 余り聞いた事の無い少女による鋭い叱咤が飛ぶ。 「はいっ!」 直立してしまうのは遺伝子にまで雑用根性が染み付いているからか。ああ、いつか作るであろう息子ないし娘に、この遺伝子が受け継がれない事を祈るばかりである。 俺の子供なんだから、そんな事は絶対に無いって思ったそこのお前。ちょぃと前出て歯を食い縛れ。 血涙流しながらぶん殴ってやる。 俺の右手親指が、されるがままに鶴屋さんが懐から出した紙に押印する。ちなみにコレがハルヒか古泉によるものだったら全力で拒否していたので、この辺りは鶴屋さんの人徳だろう。 「で、俺は一体何に承諾したんでしょうか?」 「あはは、気にする事は無いっさー。キョン君から何かを貰う、って類の話じゃ無いからねっ」 いえ、そこは信頼してるんですけどね。ですが、その空笑いが気になるんです。 「むしろ……受け取る側?」 「え? 今、何て言いましたか、鶴屋さん?」 「聞こえていなかったんなら、それで良いっさ。どうせ、明日になれば嫌でも理解出来るだろうしねっ」 ふむ。また、ハルヒ辺りが俺に隠れてサプライズパーティー的なものの準備でもしているのだろうか。 最近はそういうのにも幾らか耐性が付いてきたんだ。可愛らしくて結構じゃないか、なんて笑い飛ばせる程度には。 だから、まぁ良いさ。精々明日に期待させて頂きますよ。 「うん。それでこそ、キョン君だ。ちょっとやそっとじゃ動じない胆力、惚れるね、このこのっ!」 お世辞なんて言っても何も出ませんよ、鶴屋さん。後、肘で脇を突付くのはくすぐったいので勘弁して下さい。 「それじゃ、今日は色々準備が有るから、明日からにしよっか!」 はい。何をかは知りませんが、「準備」って台詞から俺の考えている内容でそんなに間違いではないのでしょう。何度も言いますが楽しみにさせて貰いますよ。 「楽しみにしてるんだよっ、ご主人様っ!」 ……何をどう聞き間違えても「キョン君」が「ご主人様」に聞こえる訳が無いのは謹んでスルーさせて頂く事にする。 ほら、きっとアレだ。えっと……そうそう、幻聴。そういう事に、しておこう。 ああ、鶴屋さんの顔が赤かったのも夕日に照らされていたからなんだよ。うん。 こうして、俺の穏やかなる日常最終日は本人も知らない間に暮れ行くのであった。って、マジですか!? そして、翌日の昼休み。俺は鶴屋さんの真意を知る事になるっ! 「一、二、三……えっと、流石に八段重ねは食い切れませんよね……?」 「ご主人様にはいっぱい食べて健康になって貰わないと困るっさ!」 あう、周りの視線が痛い。特に背後からの視線がまるでナイフの様に突き刺さる。限りなく実感に近い幻痛が胃をダイレクトに襲う。誰かキャ○ジンをここへ持ってきてくれ。 取り敢えず、騒いでる谷口と国木田。俺の事を少しでも友人だと思っているんなら、周りのクラスに触れ回るのを止めろ。 古泉が廊下からこちらを窺いつつ青い顔をして必死に誰かと電話をしている。例の閉鎖空間とやらが発生したのか? スマン。俺にも一体全体何がどうしてこんな事になっているのか訳が分からない。 俺の机の上にこれでもかと搭を成す弁当箱。中身はどれもこれも美味しそうなんだが、しかし量が量だった。 そして、ここは俺の教室だったんだ。 弁当を振舞って頂けるのは構わない。むしろ喜ばしいんだ。でもせめて、屋上とかに呼んでからにして頂きたかった……。 ああ、ハルヒが今にも世界を作り変えようとしている可能性を考えると、何食べても砂みたいな味しかしねぇ。 ……この唐揚げ、美味しいですね。 「……その、谷口や国木田なんかも呼んで構いませんか? どう考えても食べ切れませんし、残すのも勿体無いじゃないですか」 はっとこちらを振り向く耳ダンボ谷口。おい、あからさまに目を輝かせるな。品位が知れるぞ。 ……なんか、急速にアイツを誘う気が失せてきたな。って、いやいや。谷口なんかはついでだ。本命は別に有る。 「ご主人様の好きにすると良いっさ。そのお弁当の所有権も既に君に有るからねっ。アタシがどうこう言える問題じゃないよん!」 「も」って何だろうか、「も」って。いやいや、ここでツッコミを入れてはいけない。そんな事をすれば今度こそ確実に世界崩壊すると、俺の第六感が声高に告げてくる。 「そうですか……って訳だ。ハルヒも良かったら呼ばれないか?」 不機嫌な神様を輪に巻き込んでお茶を濁すくらいしか手が考え付かない。俺はトコトン頭の出来がよろしくないらしい。ほっとけ。 ハルヒ達が壊れた掃除機の様な勢いで重箱を空にしていく間、鶴屋さんは聖母の様ににこにこと微笑んでいらっしゃった。 いつもなら「そんなに慌てると喉に詰まるっさー!」とか言ってけらけら笑っていらっしゃる鶴屋さんが、だ。まるで朝比奈さんの様に笑っていたのが印象深かった。 「皆で食べるとお弁当もめがっさ美味しいねっ、ご主人様っ!」 こう連呼されれば嫌でも認めざるを得ない。 鶴屋さんは俺の事を「ご主人様」と呼んでいる。 そして、それに一々反応して膨れっ面のハルヒ。つまり、この一連の騒動はコイツの指示じゃないって事だ。 けたたましく鳴り響くケータイは古泉からのSOSで先ず間違いは無く。 さて、この事態に俺はどんな対応をすれば良いのだろうか。分かる奴が居たら土下座でも何でもするから俺に教えてくれ。 羨ましいとか言うな。俺の一挙手一投足に世界の運命が圧し掛かってるんだぞ。どんなに見目麗しい少女から「ご主人様」と呼ばれようと一寸先は断崖絶壁。 正直な所、気が気ではない。 にも関わらず、鶴屋さんは俺のそんな思いを知ってか知らずか休み時間ごとに俺の教室にいらっしゃるもんだから。全く、邪まな思いなんて抱いていない純度百%の笑顔で俺に懐いてくるもんだから。 始末に終えないとは、まさにこの事だ。 「ご主人様っ、授業は終わったかい?」 「ここなら、アタシが教えてあげれるよんっ!」 「授業中寝てたんじゃないかい、ご主人様っ! ダメだよ。サボっちゃあ。ほら、よだれ拭いてあげるから顔あげてくれないかいっ?」 ああ、ようやく気付いた。 これ、なんてエロゲ? 本日のSOS団の活動は、ほぼ全ての時間が俺への糾弾に宛がわれた。 とは言え身に覚えが無い。ハルヒから「今すぐ鶴屋さんの猥褻画像とネガを吐き出しなさい!」と襟首を掴まれて頭をぐらんぐらん揺らされようが無い袖は振りようが無い。 つか「俺が鶴屋さんを脅している」事はお前の中で確定なんだな、ハルヒよ。 こういう時にフォローする役目の超能力者はニキビ治療薬としての肉体労働に駆り出され……まぁ、仕方が無いと言っちゃあそうなんだが。 しかしだな、ハルヒ。 「何よ!?」 「何で俺と鶴屋さんが仲良くするのにお前の許可が必要なんだ? って言うか何でお前怒ってんだよ」 止水に一石を投じるとは正にこの事で。俺の当然とも言うべき疑問に対して、パクパクを酸素を求める金魚みたいに口を開閉させたハルヒが次に言ったのは「解散!」の一言だった。 「キョン君、あんまりです……」 俺が何したって言うんですか、朝比奈さん!? 「……乙女の敵」 長門、その目は軽蔑だな!? 軽蔑の視線だなっ!? ……全く、踏んだり蹴ったりである。 三十六計逃げるに如かず。俺の座右の銘である。今、そう決めた。 そんなこんなで逃げるように学校を去ろうとした、その時だ。 「だ~れだぁっ!?」 両目がふよんとした柔らかくも芳しい物で覆われる。コートを着ているので細かな感触までは分からないが、確実に何かが背中に当たっている。 服越しでも分かる。目隠しをする手の平よりも柔らかい二つの膨らみ。 って、え!? 「つ、鶴屋サンッ!!」 振り解く様に、あるいはバネ仕掛けの人形の様に、有り得ない機敏さで俺は振り返った。俺の目の前に立っているのは勿論。 「にょろ~? 何で分かったのかなっ? 良ければ今後の課題にするから教えて貰えないっかな?」 少女が小首を傾げる。腰の辺りで切り揃えられた美しい髪がさらりと揺れる。それはまるで木漏れ日に透けるレースのカーテンのようで。俺は毒気も反論も抜かれてしまった。 「……声、ですかね」 「そっか! しまったなぁっ! 次からはボイスチェンジャーを用意してくるよ!」 いや、それ言っちゃったら次も見抜けますって。校内にボイスチェンジャー持ち込むような人間が先ず俺の周りには見当たりません。 ……つーか、声が違っても分かるんですけどね。 鶴屋さんの体からは柑橘系の良い匂いがするから。 傍に寄られたらすぐに分かるんですよ、なんてこっぱずかしー台詞は流石に言えない。 さて、下校道である。分かってはいると思うが、俺の隣では鶴屋さんが鞄を揺らして歩いている。朝比奈さん風に言うならば既定事項と、そうなるだろうか。ならないだろうな。 「♪~♪~」 鼻歌を鳴らして上機嫌なこの人を横目で見ていると、なんだか今日一日の色々もちょっとした悪戯で済ませてしまいそうな自分に驚く。 「女は海だ。抱かれ、一度飲まれてしまえば後は沈んでいくだけだ」と、言ったのは誰だっただろうか。全くその通りなのかも知れない。 しかし、綺麗な先輩だ。ああ、谷口が俺を羨望の視線で見つめていた事に今更ながら得心が行く。 「どうしたんだい? じっと見つめたりされると、さっすがの鶴にゃんでも照れちゃうよ?」 俺の視線を感じ取った鶴屋さんが顔を向ける。まるで日本人形の様な、それでいて猫科の動物を思わせる艶かしさを滲ませる微笑。少しだけその頬を赤く染めて。 ヤバい。見蕩れていたなんて、どの口が吐けるだろうか。俺の口か。ああ、そうだな。それしかないが断固拒否する。 必死に話題を探す……っと、そうだ。 「そう言えば鶴屋さん。昨日俺が押印した紙なんですけど」 「ああ、これかいっ!」 鶴屋さんが矢張りスカートから四つ折の紙を取り出す。 「それには何が書いてあったんですか? 今日になったら嫌でも分かるって言ってましたけど、どうも俺にはよく分からなかったんですよ」 「ふぅん。ご主人様は聞きしに勝る鈍感さんだねぇ」 口に手を当てて、きしし、と鶴屋さんが笑う。 「ほっといて下さい。それと、その『ご主人様』って呼び方も何なんですか? 今日一日、何かの罰ゲームでもやらされていた、とか?」 鶴屋さんが全力で首を横に振る。 「うーん、言葉で説明するよりも、この紙を見て貰った方が理解が早いかなっ?」 少女は俺に今回のキーアイテムであろう紙を差し出した。 「……さっぱり意味が分からないんですが」 甲とか乙とか丙とか、無理に分かり難くしてるとしか思えない文章がそこには並んでいて。もう、ほとんどアラビア語なんかと、解読不能って意味じゃ変わりはしない。 「あ、そう言うと思ってね。裏にめがっさ読み易くした奴が書いてあるよっ」 それを先に言って下さい。 紙を裏返す。そこにはたった一文だけ、デカデカと書いてあった。 「鶴にゃんを奴隷として一生囲いますbyキョン君」 目が点になった。 ……かぽーん。 右腕を引き摺られるままに、いつの間にやら俺の家の前である。いや、正確に言えば俺の家だった場所の前である。 ……かぽーん。 ……表札が一枚増えているとか、俺以外の家族の名前がそこから消えているとか、二枚の表札で一つのハートマークを形成しているとか、ツッコミ所は玄関から満載だが、それよりなにより、だ。 ……かぽーん。 俺の家はどこへ消えた。 ……かぽーん。 なんで俺の家が在った所に純和風邸宅が建ってるんだ。 ……かぽーん。 「そして何故に、猪威しなんだよ!」 ……かぽーん。 「まぁまぁ、細かい事は気にしないで取り敢えず、入るっさ、キョン君。ここは君の家なんだからさ! ま、アタシの家でも有るけどねぃっ」 学校に行ってる間に家が建て替わってるって果たして細かい事でしょうか? 俺の人間としての器が小さい? いやいや。そんな事は無いだろう。普通は引くから。ああ。うん。俺は間違っていない。 鶴屋さんの持っている経済力と言う名の力の片鱗を垣間見た気がしたね。 ……本気でこの一件に宇宙人が介入している可能性を考えて、再度目眩に襲われた。そして気付く。 いっその事一般人じゃなくて、俺にも特殊な属性が付いていれば良かったな、と自嘲気味に呟いている自分に。 「……ただいま」 「ただいまっさー!」 帰宅の挨拶に対して返事は無い。ああ、表札から家族の名前がごっそり削られてたから、可能性だけは頭にチラついてたが。 既に俺の隣が指定席な少女が俺にたずねる。 「さって、ご主人様? お風呂にするかい? ご飯にするかい? それとも……まったまた、気が早いね、全く!」 何も言ってません。なんで顔を真っ赤にしてらっしゃるんですか、鶴屋さん? 貴女は俺の理性の限界を測る為にどこぞに雇われた刺客ですか? 「良いっさ良いっさ。高校二年生、十七歳。健全に育ってる証拠っさ! さぁ、お姉さんなら準備万端だよっ。今すぐこの胸にめがっさ飛び込んでおいでっ!」 鞄置いて着替えてきます。これ以上、この人の隣に居たら、恐らく嗅覚から理性が崩壊する。少女の甘い匂いとはかくも男の天敵となり得るのかと知った次第で。 「あ、キョン君の部屋は真っ直ぐ行って突き当たりを左に曲がってすぐの障子戸を開けた所に有る階段を……ああもう! 面倒臭いからアタシも一緒に行くっさ!」 そして、逃れられないのは最早規定事項なんですね。つか、俺の家の敷地ってこんなに広かったっけ? 「辺りも買い取ったからねぇ。親子八人は楽に住めるよっ」 ……俺は何も聞いてない。俺は何も知らない。そんなに産む気なんですか、なんて絶対にツッコんではいけない。 取り敢えず、近隣住民の皆さん、申し訳ございません。 「ここがご主人様の部屋っさ! さ、ぼけっとしてないで入った入った!」 通されたのは純和室である。俺の部屋の面影はそこに欠片も見当たらない。 つーかさ。 なんで、中央に布団が敷いて有るんだ? しかも明らかにデケぇ。一人用の布団では絶対に無い。 ……枕二つ有るしな。 「おっと、良い所に目を付けたね、ご主人様っ! そうっ! この部屋は何を隠そうアタシの部屋でも有るのっさーっ!!」 ででーん、とでも効果音が付きそうに胸を張る少女。 ……勘弁してくれー。 母上様。お元気ですか? 俺は今にも大人の階段を一段飛ばしで登って「本当は怖いシンデレラ」も真っ青な体験をしてしまいそうです。 俺の目の前で和箪笥を開けて俺の着替えと自分の分の着替えを取り出す麗しき先輩。何やろうとしているんですか? ああ、着替えですよね。そうですよね。 一言だけ、言わせてくれるか。 「情熱を、持て余す」 せめて、間仕切り位は用意しておいて貰えないものだろうか。 「契約書に書いて有ったっしょ? アタシはもうご主人様のものなんだから、恥ずかしがらずにこっち向いて見ててくれても……良いんだよ?」 そう言う貴女が恥ずかしがっているのは……ああ、もう! そんなお顔も麗しいなぁ、チクショウ! 俺は鶴屋さんから着替えをひったくるように受け取ると、それを持ってそのまま部屋を出て襖を閉めた。 「真っ赤になっちゃって、ご主人様ったら可愛いなぁっ!」 そう言う鶴屋さんの声と共に背後で衣擦れの音が聞こえて……落ち着くんだ、俺! ぐびりと喉が鳴った。浅ましい? 分かってるさ。 「ところで、これ、どうやって着れば良いんだろうな?」 兎にも角にも着替えようとした俺は廊下で上半身裸のまま、手に持った浴衣を眺めて呟いた。純和風邸宅は風が良く通る。そして、季節は冬である。 心も体も、とても寒い。ああ、神様よ。俺が一体何をしたって言うんだ。 襖が開いて、俺は振り返った。そこには天女が居た。なんて言ったら鶴屋さんに失礼だな。見た事は無いが天女よりもきっと、この人の方が綺麗だろう。 真っ白な浴衣に身を包み、少女は清楚な美女へと変貌を遂げていた。女性は着る物一つでがらりと変わると言うけれど、正直ここまで色っぽくなるとは想像だにしていなかった訳で。 「うわっ、キョン君。こんな寒い廊下で上脱いで突っ立って……何やってるんだい!!」 鶴屋さんが俺の体をそっと抱きしめる。暖かく、柔らかい。 「ほらっ、とっとと部屋に入る! もうっ、キョン君が風邪引いたらアタシが泣いちゃうじゃないか!」 部屋の中に引き込まれる。いかん、俺今絶対鼻の下伸びてるっ! しかし、抗えないレベルで鶴屋さんはふよふよだ……。 「もう……どうしたんだい、あんな格好で?」 「いや、浴衣ってあんまし着慣れてなくって……正直どう着れば良いのか分からなくて困ってたんですよ」 出来る限り真面目な顔を作って鶴屋さんに話す。って、顔が近いです! 「なぁんだ……言ってくれたらアタシが着せてあげたのに。ほらっ、とっとと下脱ぐっさ」 えええええええええええええええええええええええええええ。 「つかぬ事を聞くけど、キョン君はブリーフ派かい? トランクス派かい?」 トランクスですね。日によってボクサーを履いたりもしますけど。って、其れがどうしたんですか? 嫌な予感がしますよ、鶴屋さん? 俺に寄り添う天女の姿をした小悪魔が、にししと笑った。 「ぬおりゃーっ! 良いではないか! 良いではないかぁっ!!」 その後、全力でズボンを脱がそうとする鶴屋さんと、小一時間ほど格闘する羽目になった俺である。 「……鶴屋さん、さっき俺の事『キョン君』って呼んでくれましたよね」 「え? あっちゃあ~、そっか。ご主人様に風邪を引かせては一大事と思って慌ててたからだなぁ。ダメだね。いつでもご主人様を敬う気持ちを持たないと。奴隷失格だねっ」 「いえ、そうじゃなくて……出来ればその、『ご主人様』って呼び方を止めて貰えませんか?」 「むぅ……何がいけないのかなっ?」 「いえ、他に人が居る所でその呼び方は結構困りますんで……」 「なら、二人っきりの時は問題無いって事だねっ、ご主人様っ!」 うおっ、墓穴った! しかし、満面の笑みが前言撤回を許してくれねー。 誰に迷惑掛ける訳でも無いし、まぁいいかと、そう思う俺は最近流され体質に拍車が掛かってきたと自分でも思う。 「ご主人様っ、汗かいてるっさ」 誰が運動させたと思ってるんですか、貴女は……。 まぁ? 最終的には対格差を技術が上回ってトランクス姿を披露しましたよ。特に何をされた訳でも無いのに汚された気分で一杯なのはこの際脇に置いておく。 頼むから。これ以上、心のトラウマを増やさないでくれ。ほじくり返すのも無しだ。 「そうとなったら、ご飯の前にお風呂だねっ! それともご主人様は既にお腹ぺっこぺこだったり、するかっな~ん?」 「汗べたべたで気持ち悪いっす」 こうなると知っていたら着替える前に風呂に行きたかったね。 「なら、お風呂だ、おっふろ~♪ さっ、ご主人様、我が家自慢の浴場に案内するっさ~!」 意気揚々と行進する鶴屋さんに続いて歩く。しっかし、浴衣って足元冷えるなー。 「そう言えば鶴屋さん? 誰がお風呂沸かしてくれてるんですか? 俺達、ここに来てから着替えただけですよね?」 「ああ、ウチの優秀な黒子部隊だよっ。絶対に姿を見せないし、音も立てないから、居るのか居ないのかたまに分かんなくなるけどね」 ……衆人監視じゃねぇか! 今更ながら、この状況がどれだけ非常識なのか理解出来た気がする……こいつは下手な事をすると首が飛ぶ。比喩でなく、な。 背中の毛が一瞬逆立ったのは足元から入り込む冷気のせいだけじゃないね。 「うああぁ~~っ」 風呂に浸かる時に声を出す人種って居るよな。俺もその部類の、いわゆる「おっさんくさい」と呼ばれるカテゴリで括ってくれ。 いつもならばそんな不名誉な称号は熨斗付けて着払いで返送させて頂くが、しかしここは風呂場である。この思わず上がる呻き声は「今日も良い湯だぜ、大将!」と言っているのと同義語だと思ってくれて良い。 つまり、風呂に対する最大の賛辞なのだ。と俺は勝手に思っている。 「……しっかし、一日でよくこんなもんが造れるな……」 内風呂、って言うんだったか? アレだ、アレ。脳内情報を検索しても「File not found」しか出て来ないが。そんな奴を想像してみてくれ。 高級旅館なんざ数えるほども行った事が無い俺だが、しかし雰囲気だけで言わせて頂ければ、こいつは一泊云万円はする高級旅館の部屋付き露天風呂で有っても何もおかしくない。 むしろ、こんなもんが一介の高校生の自宅に有るのが可笑しいって話で。 「完全に非日常だ……」 溜息混じりにそんな言葉が出てしまうのも致し方無い事なのだろう。 ま、溜息なんざ湯気に混じって見えやしないけどな。 ぱしゃりと湯で顔を洗う。ん? このお湯、水道水じゃないな。 「気付いたかいっ! こいつは地下五百mから汲み上げた天然温泉なのさっ!!」 「少しは隠して下さいっ!!」 って言うかいつの間に浴室に忍び込んだんですか、貴女は!? 無音でしたよ!! 完っ全に無音でしたよ!! でもって、自慢げに仁王立ちで胸を張らないで下さい! ああ、湯気が邪魔で肝心な所がうっすらとしか見えないって違ぇっ!! 落ち着け、俺。落ち着け。速やかに旋回して鶴屋さんに背中を向けて……こういう時は素数を数えるんだ。確か。 二、三、五、七、十一……。 「へぇ、ご主人様は面白い趣味を持ってるんだねぇっ」 鶴屋さんが背中にぴっとりとくっついて来る。 あああああああああああああああああああああああああああああああ。 色々! 色々当たっております、背中に!! 色々!! ふくらみとか、その頂点に有るであろう何がしかの突起物とか!! 多分、ピンク色!! 湯気の向こうにうっすらと見えた、アレ!! なだらかなお腹とかその下の諸々とか! 背後から腕が絡みついてきてる!? んなもん知ったこっちゃねぇぇっっ!! 「つつつ、鶴屋さんっ!? 今すぐ出て下さい!! 浴室から!! 素早く、回れ右っ!!」 「え~っ! このお風呂は屋内型露天だからしっかり暖まらないと、この冬空じゃ風邪引いちゃうっさ。それとも、キョン君は風邪を引いて弱ったアタシとかがお好みかい?」 全力で否定させて頂きますっ!! 「こいつはとんだ鬼畜ご主人様だっ♪」 俺の話なんかいつだって誰も聞いてくんねぇもんな、チックショウ!! ここで手を出したら鶴屋家黒子部隊に存在を抹消される。まことに残念な……いやいや……今日に限って言えば心底ありがたい。その命の危機だけが今や俺の理性を押し留めていた、ってんだから我ながら情けない話で。 まぁ、健全な一般高校生男子が類稀なる美女にここまで迫られて理性を保っていられるかと問われれば、全力で否と答えさせて頂く所存なのだが。 「えっと……鶴屋さん。取り敢えず、速やかに俺から離れませんか? で、俺はずっと湯船で後ろを向いていますから、出来る限り速やかに入浴を終えて下さい」 もう、土下座すら厭わない勢いで頼み込む俺だ。なに? 俺がさっさと上がれば良い? んな事は出来たらとっくにやってるんだよ! ……授業中に椅子に座ったまま不自然に立てなくなっちまう男子生徒と、今の俺は同じ状態に有るんだ。頼むから、この比喩で悟ってくれ。 詳しく描写とか……要らないよな? な? 「ええ~っ。アタシにはご主人様の背中を流すという使命が有るんだけどなぁ~?」 なんですと!? 初耳ですよ、そんなプレイが付属してたなんて!! 別料金とか取られたりしませんよね!? ってああ、もう! 今日の俺の脳味噌はどうなっちまってんだよ!! 漏れなくピンク色か、バカヤロウ!! 浴室は、いつにもまして、三途の川 by俺 字余り 色々有った末に折衷案として、鶴屋さんには水着を着て頂いた。全体に濃紺だとか胸の所に名札ワッペンが付いてるとか「つるや」ってひらがなだったりとか……もう一々ツッコんでたらキリが無い。 だが、無羞恥心艦長ゼンラーに比べたら月とスッポンだ。なんか犯罪臭いにおいがプンプンするが、それも無視させて頂く。 そんな訳で十分に湯船に浸かって暖まった俺は、今現在腰に手ぬぐいを巻いて鶴屋さんに背中を流して頂いている。 鶴屋さんに水着を着て貰う代わりに、俺は背中を流して頂くのを承知した訳で。 俺の目の前に有る鏡に映り込む、懸命に俺の背中をスポンジで擦る水着姿の鶴屋さんは……ここは天国で、俺は既に始末されているのではないだろうかと思わせるに十分な愛らしさと危うさをそのお姿に孕んでいた。 「さって、そしたら次は前だねっ!」 「結構ですっ!!」 「なら、アタシの背中を流してくれるっかな~?」 「だから、脱がないで下さいってば!!」 もう、なんて言うか……この人絶対確信犯だ。 浴室で起こったコレから先については描写は避けさせて頂く。なぜならこの話は対象年齢が全年齢だからだ。今更、とか言うな。 一つだけ俺の名誉の為に言っておく。何も無かった。以上だ。 ・後編へ
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ガシッ 突然に肩をつかまえられた。後ろをむくと……知らない人。私の名前を呼び、意味不明なことを言っている。 怖い……… 私が怯えていると親友の鶴屋さんが助けてくれた。 「きみぃ、みくるファンクラブの子ぉ?こういうことは早過ぎるんじゃないかなぁ?」 鶴屋さんは頼りになるし、とても楽しい人でいつも笑っているのに、この時はとても怒っているようだった。 「朝比奈さん。胸のここんとこに星型のほくろがあるでしょ?見せて下さい!」 男の人が変なことを聞いてくる。 私は恥ずかしくて走って逃げてしまった。鶴屋さんをおいて… なんでほくろのこと知ってるんだろぅ? もしかしてストーカー? そんなことを考えていると、鶴屋さんが追い掛けてきた。 「待ってよ!みっくる~」 「いやぁ、散々だったねっ。気にしちゃだめだよっ!みくるは笑ってるのが1番可愛いにょろよ」 やっぱり鶴屋さんはやさしい………あれ、なんだろ?この気持ち…………… 「そいじゃあねっ!ばいば~い」 「待って下さい」 「どしたのみくる?」 「今日は鶴屋さんの家に泊まりたいな~なんて思ってるですん」 「いいよっ!みくるなら大歓迎さっ!」 私は鶴屋さんについて行く 鶴屋さん宅 「ささっあがってあがって。どうする?ご飯?お風呂?それともこの鶴屋さまにするかい?」 「あっ、じゃあ鶴屋さんにします…」 「アッハッハ!みくるも冗談言うんだね~じゃあお風呂でも入ろうかっ!背中流してあげるよ~」 冗談じゃなかったのに… でもお風呂でも鶴屋さんと…これはこれで… 「ふふふ」 自然と笑みがこぼれてしまう。いけない注意しなくちゃ。 今日はぜったいに・・・ 「さあお風呂に行こう!」 私達はお風呂に向かう… 「さぁみくる。背中を洗ってあげる」 「私が先に鶴屋さんの背中を流しますから、どうぞ座って下さい」 「おっ!そうかい?じゃあお願いするよっ」 ゴシゴシ 「あ~そこそこ。みくるぅ~そこがいいよ~」 とても興奮する。少し危険… 「鶴屋さんの裸興奮するなぁ~(どうですかぁ?)」 「みくるっ!逆!逆!」 しまった…不覚だ…もうこれでお風呂でのチャンスは… こうして何ごともなくお風呂は終わった… 「ご飯ができてるから行こうか!」 今度はご飯か。夜に備えておこう。 ご飯へ私達は向かう… 豪勢な食事だ。おいしそう。お刺身いっぱいある。 「みくるは刺身が大好きだったよねっ!ささ、お食べなさい」 「わぁ~ありがとうござ」 突然私の目についたもの…あわび…… なぜ絶対領域を象徴する食べ物が…まずい、想像してしまう。 バタリ 「み、みくるっ!!?」 目を覚ますと私は布団に寝かされていた。 「あっ起きたかい?みくるったら突然鼻血だして倒れんだからさ~のぼせたのかな?」 少し心配そうに鶴屋さんが聞いてくる。 この人は本当にいい人なんだと改めて理解する… 私は鶴屋さんが好きだ 中途半端な気持ちじゃない。きっとそうだ。鶴屋さんに伝えよう。 「鶴屋さん…あの…その…私……」 「わかってるよっ!でもみくる、そのあとは言わいでおこうね」 いつになく真剣な表情をする鶴屋さん… 「みくるにはさっ、もっと時間が必要だと思うよ。あんたはさ、男の子に対して怯えてばっかだったよねっ!」 だって男の子は怖い人ばかりだ。顔と胸しか見ていないし、乱暴な時もある。 今日だって変な男の人が突然… 「そりゃあ今までの男はさっ、ナンパしてくるような奴でホントにくだらなかったさっ。でもねみくる、世の中にはホントにいいひとってのはいるもんなんだよっ!その気持ちを言うのはそういう人さがしてみてからでもいいんじゃないかなっ!」 「・・・」 「とりあえず今日は寝よっか!もうくたくただよ~」 「……はい」 鶴屋さんのいいたい事は解った。私にはもう少し時間が必要だということ… 他のいい男と付き合えということなのかな?でもなぁ… 今日は寝よう・・・ もう疲れちゃった… 朝 どうやら寝坊したみたいで、鶴屋さんはもういなかった。 置き手紙… 『みくるへ、私はみくるが大好きさっ。これからもずっと仲良くしていきたいよ!あんたがいいひと探す時には是非手伝うからねっ!』 『それでも気持ちが変わらい時は相談にのるよ。それじゃあねっ起きたら学校にくるんだよ~』 「鶴屋さん・・・」 私は泣いた。泣いたら気分がよくなった。きっと鶴屋さんのおかげ… この気持ちが変わるのかは解らないけど前に進んでいける気がする。 鶴屋さんのおかげ……… fin- 後日 みくる「あー!いいよぉみくるぅ~!気持ちいぃ!!」 みくる「鶴屋さぁん!ずっとずっと好きでしたぁ~」 みくる「私もだよっみくる~!あぁ!!」 みくる「鶴屋さぁん、私、私、あぁぁあ!!!!」 ガチャ 6分後 古泉「うッ・・・!!」 みくる「ああんっ」
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さて、入浴も済んだ俺達が居間に向かうと、そこには出来立てで湯気を立てているご飯が当然と並んでいたりする。 しかし、人の気配は俺達以外には全くしない訳で。取りようによってはちょっとしたホラーだな、これ。 で、夕食を食べながらの会話である。 「ところで、鶴屋さん?」 「んっ? なんだい、ご主人様っ」 「その……俺の家族は一体どこに行ったんですか?」 ここぞとばかりにずっと気になっていた話題を切り出す。俺だって、けっして鶴屋さんの痴態に目を奪われていたばかりではないんだよ。 朝倉に襲われた時ですら冷静だったと一部で大評判だしな。情に厚いってのも、自覚は無いが評判らしい。 ま、俺でなくとも誰だって家族の事くらい、心配するだろうさ。 ……無いだろうけれど、もし万が一鶴屋家黒子部隊によって軟禁されてたりしたら困るしなぁ。 「ご主人様のご両親と妹ちゃんは同じ町内にプチお引越しして貰ったにょろよ」 「え、近所なんですか?」 鶴屋さんの言葉にほっと胸を撫で下ろす。 「突然、アタシの都合で転校して貰う訳にも、転勤して貰う訳にもいかないからねっ」 「なるほど」 ダイナミック極まりない一夜城ならぬ一夜邸宅を築いた人の口から出たとは思えない、なんとも常識に溢れたお言葉だね。 それにしても……うーん、何と言ってウチの親を説得したのかは非常に気になるところではある。 地上げなら何となくイメージは湧くんだよ。お金さえ積めば土地建物なんか幾らでも手放すだろうからな。 ましてやウチは新興住宅地の一角にある。先祖代々の土地を云々言うような人も居なかったと思う。 しかしだ。 今回、鶴屋さんが買い取ったのは土地と建物だけではない。 お忘れだろうか、今回一番の高額物件を。 昔の人はこう言った。命は地球よりも重い。 俺の身柄は一体幾らで落札されたのか。全く他人事では無いが、しかし興味深い。 そして、そこに俺の認可を必要としないのは……なにか? これは最早俺の運命か何かなのだろうか。 「で、幾らでハンマープライスだったんでしょうか?」 俺の発言に鶴屋さんが箸を手から取り落として笑い出す。なんだ、俺? なんか面白い事言ったか? 「あははっ! いくらアタシでも人身売買に手を出したりしないさっ! ご主人様を買うなんてそんな恐れ多い真似は出来る訳無いだろうにっ! あはははっ!」 うーん、笑っていらっしゃる所申し訳ないんだが、俺は半ば本気でその可能性を考えていたりした訳で。 「ご主人様のお母様とね、色々お話をしたんだよ。主にアタシからの想いとかそんな事をねっ。そしたら、すんなりとご主人様を譲ってくれたんだよっ。 いやぁ、あのお母様は凄いねっ。決断力と包容力。そして何より胆力が半端無いっさ! アタシもあんな人になりたいもんだよっ!」 お袋、空前絶後の高評価である。良かったな。やってる事は常識の螺子が二、三本程外れてると思うんだが。 うーん、なんだろうね。この釈然としない感情。 「これが、可愛い子には旅をさせろ、ってヤツなんだろうねぇ。いやー、アタシとしては確かに少しばかり包むつもりは有ったんだけど、付き返されちゃったよ」 ああ、やっぱり人身売買的な考えはしてたんだ? 「『ウチの子をよろしくお願いします』って、逆に頭下げられちゃったよ。いやいや、焦ったねっ」 何を考えているのだろうか。我が母親ながら良く読めない人だと思う。 「恋する女の子の味方だって、そう言ってたよんっ。格好良いねっ」 ……絶対、何も考えてない。うん、前言撤回させて貰う。 なんだ、その阿呆発言は。やはり、お袋も同類か! 晩飯を食い終わって、居間でテレビを見ながらぼんやりとしてみる。すると、とたんに今日一日の事が穏やかに思えてくるから不思議で。 喉元過ぎれば暑さを忘れる。人間ってのは結構忘れっぽく出来ているものだと知る次第だ。 眺めているテレビが電気屋でもちょっとお目に掛かれないくらいのデカさだとしても十分もすれば慣れてしまえる。 お茶を啜りながら溜息を吐く余裕も生まれるってもんで。 「はぁ……一体どうなってるんだろうね、俺の未来って」 朝比奈さんを脅してでも、そこんところを聞いてみたい欲求に駆られちまう俺を誰が責められようか。 そして、この「今」が本当に現実なのか。そいつに首を捻っちまうのも仕方の無い事なのだろう。 鶴屋さんは俺の膝の上にちょこんと座って、お笑い番組を見て爆笑している。 この今を夢だと、思わない奴が居たらちょっとそのお顔を拝見させてくれ。 鶴屋さんが笑うたびに俺の膝の上に乗っている……あの形容し難い張りと弾力を持ったものが動く訳で。 髪の毛が間近に有るもんだから、甘い香りが否応無しに俺の鼻腔を直撃する訳で。 そして、鶴屋さんも俺も薄い浴衣一枚しか羽織っていないから、互いの体の動きがダイレクトに伝わってくる訳で。 ぶっちゃけ、心臓の鼓動とかまで分かってしまう訳で。 これ程恐ろしい拷問がこの世に有る事を初めて知ったね。 美少女が手近に居て明らかに誘って来ているのに、手を出した瞬間に死に至る。うん、コレはきっと何かに使えるな。 悲しいのは、ソイツが今まさに実行されている対象が俺だ、って事なんだ。 日頃お疲れな俺に対して、神様も粋なプレゼントしてくれやがる。 え? ちっとも笑えねぇよ? 自室とは名ばかりの今日初めて足を踏み入れた部屋で、俺は今鶴屋さんに見て貰いながら大絶賛勉強中だったりする。 まぁ、俺としては煩悩退散結構な事なので、近年稀に見る集中振りとなった。もしもこの状況が続いたとするならば、俺の成績が滝を登って竜となる鯉の如く天井知らずで上向くのは想像に難くない。 そして、その裏には恐ろしいほど懇切丁寧に、かつ要領良く教鞭を振るって下さる眉目秀麗な先輩が居たりする。 「いえ、勉強を教えてくれるのは本っ当にありがたいんですけどね」 「ん? 何か言ったかい、ご主人様?」 純白の浴衣姿に真っ赤な教育ママ御用達の眼鏡を掛けている(伊達眼鏡だろう、きっと)少女がノートから俺へと視線を移す。吐息も感じる距離なのは言うまでも無いだろう。 「ああっと……そうだ。鶴屋さん自身の勉強はいいんですか? なんか、俺の勉強ばっかり見て貰っちまって……」 「あはは、気にする事無いっさ! それに、こうしてご主人様の勉強を見てるのだって、良い復習になるんだよ?」 ああ、それは良く聞く話だね。そう言えばウチの学校も類に漏れず、二年までで高校三年間でやるべき内容は全部やっちまって、後の一年はひたすら受験用に復習だったっけか? なんとも、気が滅入る話だ。 「それに……アタシは受験しないかもしれないしね」 え? 朝比奈さんと同じ大学に行くとか言ってませんでしたか? もしかして、推薦で進学したりするのだろうか。ああ、この人なら内申なんかも申し分無いだろうし、あり得るな。羨ましい話だ。 「ううん、そういうんじゃなくって……さ」 「お嫁さん、とかね」 そう言って顔を赤らめる鶴屋さんは破壊力抜群で、良く俺の両腕はこの人を抱き締めるのを思い止まったと、自分で自分を何度も褒めてやった。 そして、ついにこの時間がやってきちまった訳だ。 いやな。人間として生まれついちまった以上、行動継続可能時間には限りが有る訳で。大体、十六時間程度連続して行動しちまった暁には目蓋が重くなるのは必定なんだ。 つまり、何が言いたいか、ってーとだな。 「さ、ご主人様、お布団は暖めておいたよっ。さっさと入った入った!」 良い子は就寝の時間だったりすんだわ、コレが。 そして、浴衣姿の良い子はさっきからばっちり布団の中に入って俺が入ってくるのを今や遅しと待ち構えていたりするんだなー。 (BGM「九龍妖魔學園紀」オープニングテーマ もしくは ライフカードのCMソング) どうするよ、俺!? どのカード切るのよ!? 「えーっと、鶴屋さん『男女七歳にして席を同じゅうせず』という言葉をご存知でしょうか?」 「知ってるよ! 『礼記』の一説だねっ!」 何の言葉かまで俺は知りませんでしたが。れいき、って何ですか? 名刀? つか、博学だな、この人! 「それがどうしたんだい?」 「いえ、知っているなら俺の言いたい事も分かって頂けますよね?」 「むぅ……」 頬を膨らませて布団の中からこちらを窺う鶴屋さん。ああ、命の危険さえ無ければ今頃絶対にその美貌の虜ですよ、俺だって。 「しかしだね、ご主人様? もしもその言葉を一生実行するとしたら、だよ? 子供なんて作らないって事だよね?」 うぐ……痛い所を。 「それとも、ご主人様の子供はコウノトリが運んできたり、キャベツ畑で生まれてきたりするのかな?」 鶴屋さんが蟲惑的に唇の端をにぃ、と持ち上げる。紅でも塗った様なピンクが愉悦に笑う。やり込まれてる。そんな事は分かってるんだ。 「しかしですよ、鶴屋さん。俺は男で、貴女は女性なんです。体格差は歴然としてる! 俺は正直、こんな状況で理性を保つ自信は有りません……」 内情を素直に吐露する。俺に出来る唯一の反撃がこれって。ああ、情けねぇ……。情けなさ過ぎて涙が出るね。 「さっきは見事にズボンを取ったけどねぃっ!」 「それは……! ですが、布団の中ですよ!? 俺にだってきっと力任せに押し倒す事が出来ちまうでしょう!?」 「かもしれないね」 「……だったら!!」 思わず語気を荒げる。そんな俺に対して鶴屋さんは静かに、けれどしっかりと言葉を紡いだ。 「ご主人様。……アタシは言ったよね。アタシの全てはもうご主人様のモノなんだって。あの契約書に押印して貰った時に、アタシは覚悟を決めてたんだよ」 「何度も言わせないで欲しいな。それとも、何度も言って欲しいのかい?」 鶴屋さんはにっこりと、笑った。季節外れの満開の桜みたいな、そんな笑顔で。 「アタシの全ては、君のものだよ。キョン君。だから、君の好きにして良いんだよ?」 果たしてここまで言われてちっとも感情を動かさない奴が居るだろうか。 彼女のその微笑には、きっと宇宙人だって少なからず心動かされてしまうに決まってる。 「あの……ですね……」 ダメだ。続けて言葉が出て来ない。少女の、その体いっぱいに詰め込んだ過去から放たれた覚悟を聞かされて、一体俺に何が言えるというのか。 「それとも、アタシじゃダメかい?」 「そ……そんな事は!」 無いに決まってる。むしろ俺には勿体無いって話なんだ。勿体無さ過ぎて、俺なんかには手を出す事すら出来ないんだ。 だからさ。 「俺、空き部屋で寝ますよ。だから……鶴屋さんは安心してここで寝て下さい」 鶴屋さんのお誘いは狂おしいほど抗いがたいさ。だけど……だけど、さ。 ヘタレだって、指差して笑ってくれて構わない。けどきっと、こういう事は一時の気の迷いでしちゃいけない事の気がするんだよ。 「んーと……ご主人様がそう言うんなら、アタシには何も言えないんだけどさ」 えっと……なんでしょう、その歯切れの悪い「間」は? 「この部屋とトイレとお風呂以外は、もう全部入れなくなってるんだよね……」 最初から俺の意思なんか聞いちゃいなかった、って、はいコレお約束!! 「なら、トイレで一夜を明かしますよ」 「黒子の皆が困るっさ!」 「廊下で……」 「この真冬に……凍死するつもりかいっ、ご主人様っ!?」 「……唐突に喉が渇いたんですが」 「ポットを用意してあるっさー。お茶で良いよねっ?」 「なら、もう浴室で……」 「最初はお布団でが良いんだけど……ご主人様がそういう嗜好の持ち主なら仕方無いねっ! 鶴にゃん精一杯頑張るっさ!」 俺の意思の介在する余地無し! 結論! さて、という訳で俺と鶴屋さんは今二人で一つの布団に横になっている。……不可抗力だ。 「にしししっ」 何が可笑しいんですか、鶴屋さん? 「こうして誰かと一緒の布団で寝るなんていつ以来かな、って考えたら楽しくなってきちゃったのさぁ」 言われて俺も気付く。そう言えば、こんなんは何年振りになるのだろう、と。 母親と父親と一緒に寝なくなったのは、遠く記憶の彼方の話で。妹と一緒に寝たのだってここ数年は一度も無かった。 ……こんな風に誰かと一つの布団を共有するのは、一体どれくらい振りになるのだろう。 少しだけ、ほんの少しだけ、悪くは無いかもしれないと、そう思った。 「アタシはね。物心付いた時にはもう、一人で寝るようになってたのさ。だから、誰かとこうやって一緒に寝た事なんて、学校の行事で、ぐらいしかなくってさ。 一枚の布団をこうやって分け合って、なんてのはもう、ほーんと初めてかもしれないのさ。寝る時はいっつも一人で。じぃーっと天井の木目とかを数えてたりするんだよっ」 「なんですか、それ。鶴屋さんらしいような、らしくないような話ですね」 中空をじっと見つめる猫のような目で天井を睨む小さな鶴屋さんを想像して、少しだけ笑った。なんともまぁ、微笑ましい話じゃないか。 「見る物がそれくらいしか無かったのさ。でね……じぃーっと木目を見てるとさ。そこに人の顔とかが見えてきたりするのっさ」 「ああ、有りますね」 「キョンく……じゃなかった、ご主人様も、かい?」 「ええ。そんで怖くなっちまって、でも親の布団に逃げ込むのも格好悪いから布団の中に頭まで、こう、すっぽりと」 「そうそう! 子供って皆考える事はおんなじなんだねっ! でもさ……」 少女の声のトーンが急に落ちる。 「でも、なんです?」 「アタシの場合は逃げなかった理由が、格好悪くて、じゃないんだ。逃げられなかったんだよ。……おやっさんは昔すっごく仕事が忙しい人でさ。アタシが寝るような時間に家に居る事はほとんど無かったんだよね」 お母さんはどうなんですか? そう聞こうとして咄嗟に口をつぐむ。 そう言えば、一度だって俺は鶴屋さんから母親の話を聞いた事が無かった。もしかしたら、そういう事なのかも知れない。 「家に居るのはお手伝いさんばっかりでさ。仲の良い人も居たけど、やっぱりそういう人は他人なんだよ。逃げ場には、アタシには出来なかったんだ……」 そう言う鶴屋さんが俺の浴衣の背をぎゅっと掴む。 ああ、ちなみに俺は鶴屋さんに背を向けて横になってる。さすがに顔を見たまんまじゃ眠れそうに無かったからな。 「だから……だから、すっごく自分勝手な話だけど、今、こうしてるのがちょっと嬉しいんだよ」 あの快活な鶴屋さんが、酷く小さな子供に見えて、なんだろう。俺は、安堵しちまってたんだ。 だからかな。こんな事を口走っちまったのは。 「今日だけ……今日だけですけど、俺が貴女のお父さんの代わりとして、一緒に寝ますよ。なんて、俺じゃ役不足かもしれないですけど」 「そんな事無いよっ!!」 背中で鶴屋さんが叫んだ。その声に少しだけ、涙が滲んでいた気がするのはきっと俺の気のせいだ。 「めがっさ……めがっさ嬉しいんだよぅっ!!」 俺の後ろで小さな女の子は、父親に抱かれて眠る娘に少しだけ戻れただろうか? 俺には知る由も無かったけれど。もし……もしもそうなら、ちょっとは今日一日の色々を許してやっても良い気がしたんだ。 月の光が少しだけ障子戸を通して室内に入り込む。沈黙の時間がどれだけか過ぎて。そして、次に口を開いたのは俺じゃなかった。 「キョン君。抱いてくれないかい?」 出来ません。何て言った所で、もしここで振り向いちまったら自制が利かなくなる事は目に見えている訳で。 「ねぇ? それともアタシじゃやっぱりダメなのかい?」 「滅相も無い!」 「なら、なんで? キョン君はさっき『自分は男でアタシは女だ』って言ったよね。ねぇ、なんでなのかなぁ?」 鶴屋さんの腕が俺の首に巻き付く。耳たぶに吐息をかけられる。 「俺は今晩だけ、貴女のお父さんですから。お父さんはそんな事しません」 俺の言葉に少女が耳元でくすくすと笑う。 「お父さんなら、ぎゅぅってアタシを抱き締めてくれるはずだよ。正面から。そうじゃないかい?」 言うが早いか、暖かく柔らかいものが俺に密着してくる。 甘い香りが、脳を焼く。 俺は、背後から鶴屋さんに抱き締められていた。 「これでも出来ない? するのが怖い? ブレーキ掛けられなくなりそうでダメ?」 まるで肉食獣に捕食される小鹿のように、ただ身をじっと縮めて耐えるしかない俺。完全に、男女の役割が逆転してないか!? 蛇の様に、俺の脚に柔らかい肌が絡み付く。 「ねぇ、こっちを向いて、アタシを抱き締めてよ」 耳たぶを襲った粘着質な甘い痺れに、俺の中の何かが、切れた。 「ほんっとうに、どうなってもしりませんからねっ!!」 振り向いて少女の両腕を押さえ込み、その上に圧し掛かろうとする。その時。 俺は見た。闇の中で、小刻みに震えている、少女の姿を。 急速に自分の中の何かが冷えていくのが分かる。 少しだけでも、障子から月の明かりが入り込んでいて良かった。何も見えなかったら、少女の強がりを見抜けなかったら、俺はとんでもない過ちを犯す所だった。 「なんで、そこで止まっちゃうんだい!? そのまま……そのまま、アタシを……」 残念ですけど、本当に心の底から残念ですけど。鶴屋さん、俺にはもう出来そうにありません。 「なんでなのさっ!?」 鶴屋さんが俺のヘタレ度合いをなじる。でも、無理です。何を言われても……。 「だって、鶴屋さん……震えてるじゃないですか」 肉食獣に捕食される小鹿のように、ただ身をじっと縮めていたのは、俺なんかじゃ無かった。 考えてみりゃ当然の話で。 俺は鶴屋さんの腕を放すと、なるべく痛くないように、なるべく傷付かないように、なるべく怯えないように。 そっと、壊れ物を扱うように、胸の中に小さな頭を抱き込んだ。 まるで、父親のようだな、となんとなくそう思った。 「キョン君。このままで……少しだけ、話を聞いてもらって良いかい?」 勿論、俺にNOなんて言える訳は無く。少女は話し始めた。 「えっとね。正直、今日はなんかゴメンね。突然で戸惑ったよねっ?」 「そりゃぁ、もう。唐突に『ご主人様』扱いですからね。戸惑うな、って方が無理ですよ」 「だよね。ゴメン……ね」 腕の中でで少女が落ち込んでいるのが分かる。大輪咲きの紫陽花の様な、あの笑顔がきっと今や見る影も無くしおれてるんだろう。 「いえ、きっと鶴屋さんにも何か事情が有ったんでしょう?」 そうじゃなきゃ、この人が唐突にこんな事をする筈が無い訳で。何が有ったんですか? なんて聞くよりも先に鶴屋さんが口を開いた。 「実は、さ。おやっさんの具合がここんところ、あんまり良くないのっさ。お医者さんが言うには若い頃の無理が今になって祟ったんじゃないか、って」 うん? 申し訳無いが全然話が見えないぞ? それと俺がこうして鶴屋さんと同じ布団に寝ている事の間に何の関連が有るんだ? 「あ、何も今すぐどうこう、って話じゃないんだよ? だけどね、だけどあんまり時間が残されていないのは確かなんだ……少なくとも、働いたりはその内に出来なくなるらしくて」 絶句する。いや、絶句しか出来ない。小さな体に、この人はなんてものを抱えて生きているのか、改めて知った思いで。 「もしも、さ。もしも今、おやっさんが倒れたら、たくさんの人が路頭に迷う事になるんだ。合理化、ってヤツ? 多分、たくさんの人がリストラされちゃうと思う……。 おやっさんはね、武田信玄が大好きでさ。良く『人は城。人は石垣』って言葉を口にしてて、部屋にも掛け軸が飾ってあるような人なんだ。 だから、リストラとかは絶対反対、って人でさ。鶴屋グループがここまで大きくなるまでに色々ピンチも有ったらしいんだけど、それでも絶対に人だけは切ったりしなかったんだ。 だけどさ。最近はそんな事も言ってられなくなってきてね。色んな事が機械に任せられるようになって……知ってる? 人件費って、人一人雇うって凄いコストなんだって。機械の方が全然安く済むんだって。 ウチも、結構そんな煽りを受けててさ。上の人達はリストラを叫んでるんだ。勿論、おやっさんがいる限り、そんな事は絶対にしないよ。だけどさ。 ……だけど、おやっさんがもしも倒れたら、きっとウチも今まで一生懸命会社を支えてきてくれた人達を切るようになっちゃうんだと思う。 ……だから。おやっさんが倒れる前に、アタシはどうしてもお婿さんを取って、おやっさんの跡取りを決めなきゃいけないんだよっ」 鶴屋さんが、俺の身体に顔を埋めて、今度こそ間違い無く、泣いていた。 浴衣が、濡れる。 「それで、俺が?」 鶴屋さんのおでこが俺の心臓の辺りにこつこつと当たる。きっと、肯いているのだろう。 「でも、なんで俺なんです? 言っちゃなんですが、俺は会社の社長とか、そんな器じゃ全然無い。俺は精々で万年係長とかその辺ですよ?」 「器なら持ってるじゃないか! キョン君はとっても優しいっさ!!」 「俺は……優柔不断なだけですよ」 言ってて自分で悲しくなるが、しかし実際そうなのだから仕方が無くって。 「違う!絶対違うっさ!」 「キョン君はとっても優しい! 今だってアタシの事を思って堪えてくれたじゃないか! 君以上に人を思いやれる人を、アタシは他に知らないよっ!!」 腕の中から俺を見上げた少女の、その顔は涙でぐしゃぐしゃで。だけど、そんな顔を見て俺は、初めてこの少女をいとおしい、って思ったんだ。 「でも……でも、ちょっと待って下さいよ! 今までの話は分かりましたよ。貴女がこんな風に迫ってきたのも、ちょっと釈然とはしませんが理解は出来たつもりです」 「キョン君の周りには可愛い女の子がいっぱい居るからさ。アタシが選んで貰う為には多少でも強引に行くしかなかったんだ……」 鶴屋さんがしょんぼりと話す。しかし……。 「そんな事はどうでも良いんですよ! そんな事よりも全然、大事な事が有るじゃないですか!」 「なに?」 「貴女の気持ちですよ! 決まってるでしょう!!」 俺が口走った、その言葉に少女が涙目で笑った。 「ねぇ、キョン君。アタシのおやっさんはどんなにピンチに立たされても、絶対に人を犠牲にしたりはしない、そんな人なんだ。アタシはそんなおやっさんを世界で一番尊敬してる。 おやっさんは、とっても優しい人なんだ。今もこうやって身勝手な、アタシなんかじゃ全然勝てないくらい、人が好きな人なんだ。 アタシがキョン君を選んだ理由。優しい、ってそれだけじゃないんだよ。 おやっさんは優しいからさ。もしもアタシが会社の為に、おやっさんを安心させる為だけに。望まない結婚なんかしようとしたもんなら、先ず大反対するのはおやっさんさ。だから、あたしは望まない結婚なんて出来ないんだよ。 ねぇ、ここまで言えば分かってくれる?」 「えっと……その……」 「もう、しっかりして欲しいっさ、キョン君。女の子に皆まで言わせるなんて、男らしくないぞっ!」 すいません。 ……でも、ですね。 俺としては一回くらいそういう事を、ちゃんとした言葉で聞いておきたいな、って思っちゃったりしてまして。 「もう! 仕方の無いご主人様だなぁっ!」 「何度でも言ってあげるよ。アタシは、君の事が、好きなんだ」 そう言って、少女は俺の腰に腕を回して、力いっぱい抱きついてきた。 その顔にはもう、涙は見えなかった。 「やっぱり、キョン君はアタシが見込んだ通りの人だったね」 「そうですか?」 「うん。何よりもアタシの思いを優先してくれる。おやっさんそっくりっさ」 「……そうですか」 「そうさ!」 少女が世界で一番尊敬していると断言するその男性と、この俺なんかが同列に扱って頂けるなんて。 「そいつは身に余る光栄」 俺達は笑った。まるで仲の良い兄妹みたいに、一つの布団に入って顔を見合わせて、抱き合って、笑った。 月の光を受けて障子がほの白く光る。俺と愛らしい小さな先輩は抱き合って眠る。 「ねぇ、鶴屋さん、もう寝ましたか?」 「寝たねっ!」 思いっきり起きてるじゃないですか。って、まぁいい。 「その、入り婿云々って話はいつまでに、とか決めてるんですか?」 「卒業がタイムリミットかな……うん、アタシが一人で勝手に決めたんだけどさ」 後三ヶ月ちょい、ですか。 「なら、鶴屋さん」 「なんだい?」 「後三ヶ月で、俺の事を貴女に惚れさせて下さい。俺も、後三ヶ月。貴女を好きになれるように、精一杯努力しますから」 「今はダメなのかい?」 鶴屋さんが不安そうに聞く。 「ダメですね。鶴屋さんの気持ちは分かりました。でも、生憎と俺は鶴屋さんが思ってるほど優しい人じゃないんです。俺にだって恋愛をする権利ぐらいは有るはずでしょう?」 こくこくと俺の言葉に一々肯く少女。 「結婚ってのは恋愛のその先に有るものですよね。で、恋愛ってのは出来れば俺は両思いで有りたいんですよ。わがままですから」 「そんなこと無いよ! キョン君の言う通りさ!」 恋愛は一人じゃ出来ない。二人で育んでいくものらしいからな。 「だから、どうかこれから、よろしくお願いします」 俺は腕の中の少女の額に唇を寄せた。こんなキスしか、俺には出来ない。けれど、この程度が俺にはお似合いだ。 「って、こんな感じじゃダメですかね?」 鶴屋さんはブンブンと首を振ると、俺を見た。大きく開いた目の中に、月の光がキラキラと照り返ってとても綺麗だと、そう思う。 「こちらこそっ、めがっさお願いするっさ!」 少女は今一度、大輪の紫陽花の様に笑った。俺の腕の中で。 「大好きだよ、ご主人様っ!!」 (こっから先は蛇足です) そんなこんなで翌日。 まぁ、当然と言えば当然なんだが一睡も出来んかった訳で。 目の下に隈を作っての登校が鶴屋さんを連れてなのは、もう言わなくても分かるだろう。 「いやー、昨日はぐっすりだったよ! なんか溜めてたもん全部吐き出してすっきりさんっさ! ご主人様、ありがとうっ!」 いえいえ。どういたしまして。ですが、ここは登下校に皆が使う道の途中です。右腕に貴女の両腕が絡んでくるのはもう諦めましたから、せめて「ご主人様」は止めましょうか。 誰だよ、鶴屋さんの隣に居るあの地味な奴、って視線が本気で痛いんですよ。 「そう言えば、二人っきり以外の時はキョン君だったね。あはは、失念しちゃってたよ!」 頼みますよ、ホントに。 「でも、本当に今日は快調だなぁ! やっぱり抱き枕は人肌に限るって事なのかねっ!」 鶴屋さんが大声でそんな事を口走るもんだから。 俺が少女を小脇に抱えてダッシュで北高名物の坂で心臓破りをしなきゃいけなくなるのは、これもまたきっと規定事項。 「ちわっす」 ノックをしてSOS団部室……違った文芸部室に入る。すると其処にはメイドさんが三人もいらっしゃった。 「何着てんだよ、揃って」 「話は聞かせて貰ったわ、キョン!」 ハルヒがフリフリのヘッドドレスを振り乱して叫ぶ。コイツはなんっつーか、いつも通りなのかそうでないのかの区別が付きづらいな。 「何の話だ?」 ちらりと部屋の隅でこちらを楽しそうに覗き込んでいる古泉を見やる。アイツ……昨日神人と散々格闘したにしちゃ、そんなに憔悴してないな……。 何が有ったんだ? 「アンタ、鶴屋さんをメイドにしたそうじゃない?」 メイドというか何というか。本人曰く「愛の奴隷」だそうだが、まさかここでそんな事を口走る訳にもいかん。 「そんな面白い事をアタシ達に黙ってるなんて、言語道断よ。だからっ!」 おいおい、嫌な予感がするぞ、チクショウ! 何吹き込んでくれやがったんだ、古泉この馬鹿野郎! こんな時の俺の悪い予感は絶対に外れないんだ。ああ。 こいつもやっぱり規定事項で。 「アタシ達をアンタに隷属させなさいっ!!」 ああ、真性の阿呆だ……コイツ。って「達」!? 「なるべく粗相はしないように心掛けますので、どうかよろしくお願いしまぁすっ」 未来人少女が微笑み。 「……頑張る」 宇宙人少女はいつも通りの無表情で。 「やぁ、これでハーレムルート開通ですね。羨ましい事です」 超能力少年は俺に襟首を掴まれて頭をぐらんぐらん揺さぶられながらも、ちっともにやけ面を崩そうとしやがらねぇ。 そうしている内に、鶴屋さんが満面の笑みと共に部室のドアを開けて。 俺の世界は今日も厄介な非日常が展開されるんだ。 楽しいか楽しくないか、なんて事はまた別の問題としてな? 「ハルにゃん達には渡さないよっ!ご主人様はアタシのもので売約済だからねぃっ!」 まぁ、少女が今日も満面の笑顔で笑えるなら 俺に降りかかる数多の災難なんてのも、きっと問題でも何でも無いんだろうよ。 Reserve is closed.
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キョン『あ、鶴屋s…』 鶴屋さん『やーあキョンくんッ☆ 全ッ然変わってないねー!!』 …相変わらずなハイテンションだな。 高校を卒業して3年後、俺は同窓会に出席し、 とある居酒屋で旧友と杯を交わしている訳だが… 久しぶりに会った鶴屋さんの方こそ全く変わっていない。 キョン『卒業式の打ち上げ以来だから2年半ぶりってとこですかね。』 鶴屋さん『えーッ、もうそんなになるのかー!! その後どうにょろ??』 まだにょろにょろ言ってたんだ、この人。 まぁ高校時代、俺は密かにこの にょろ に萌えてた訳だが。 キョン『今は普通に大学に行ってますよ。、ハルヒと同じ大学にね…(苦笑』 鶴屋さん『あー、谷口くんから聞いたよソレー☆ まさに運命ッて感じだねーッ☆』 キョン『ははは……』 ハルヒ『ちょっとーキョンっ!? 今私の話しなかったー!?』 その時後ろでハルヒの声がしたが──えーい、聞こえないフリだ。 その後色々と旧友達と昔話に花を咲かせて俺もそれなりに 同窓会を楽しんでいたのだが、3時間ほどすると 流石に酔いが回って来、談笑から距離を置き、 水を貰って一服することにした。 …23時半か…電車がなくなるな…。 などと考えているとコツンと何かが肩に当たってきた。 キョン『ん?』 鶴屋さんの頭だ…。彼女が俺に寄り添うようにして寝息を立てている。 酒のせいであろうか、顔を薄い桃色に染めて。 …動けん。流石にあのハイテンションもエネルギー切れか。 起こすのも悪いし…動けん。 どうしようか考えていると、ある事に俺は気づいてしまった。 鶴屋さん…良い匂いだ…。 彼女の長い髪から発せられているのか、 はたまた彼女自身から発せられているのかははっきりしないが… …とにかく良い匂いだ。 キョン『…よっ…と。』 俺は彼女を起こさないよう、細心の注意を払って体をずらし、 彼女の顔を覗き込んだ。 鶴屋さん『…すー…すー…うぅ~ん…』 一瞬起きるかと思い、慌てて体制を整えたが、 幸い起きる気配はなく、また規則的に寝息を立てはじめる。 …か…可愛い… 天使のような寝顔とはこのことを言うのだな。 まいったな…どうしよう。 15分ほどこの状態が続いている…。 あー…、この寝顔と魅惑の香りで… …ヤバイ、下の方が元気になってきやがった… その時だった。 鶴屋さん『ぅう~ん…キョン…くん…??』 鶴屋さんが目を覚ました!! …ホッとしたというか…残念というか…人間の心理は面白い。 俺は慌てて2センチほど離れる。 キョン『あ…起こしてしまいましたか…すみません。』 鶴屋さん『ぇえ??…あー…全然いいよー。寧ろこっちのが迷惑かけたみたいでサッ。』 目をこすりながら鶴屋さんが喋る。 …か…可愛い。 鶴屋さん『そろそろお開きかなー…どうやって帰るっかなー…』 見ると、さっきまでは15人ほど居たのが、 俺が彼女に夢中になってる内に、4、5人までに減っている。 …静かになった訳だ。 ハルヒもさっさと帰ったようだ。挨拶もせずに…無愛想なヤツだ。 ま、どーせキャンパスで会うし、そのとk 鶴屋さん『ちょっとー?? 聞いてるーッ!? キョンくん!??』 キョン『えっ、あ、はい。』 鶴屋さん『皆もう帰るってサッ。あたしらも帰るにょろ☆』 すっかりお目覚めのようだ、喋り方が元にもどってる。 鶴屋さん『皆は家が近いらしいから良いケド…あたし電車で来たんだよねーッ…』 キョン『俺もですよ…』 鶴屋さん『そっかー、悪いね…あたしのせいでサッ…』 鶴屋さんが落ち込み気味でそう言う。 キョン『そんな事ないですって。寝顔可愛かったし、許しますよ。』 冗談気味に笑いながらそう言ってみた。 鶴屋さん『…あ…ありがと…///』 呆気に取られた。彼女のことだから、 『またまたー!! キョンくん上手いねッ☆』 とか言われ、背中を叩かれるのかと思っていたが… 顔を赤らめて言うそのセリフは反則だ…反則パーティだ…。 鶴屋さん『あー何か恥ずかしいねッ☆ あたし実は高校ン時キョンくん好きだったからサー///』 え!? まさかの告白に、俺はさらに呆気に取られる。 いまだかつてないドキドキ感だ…。 教室で朝倉に襲われた時よりも、閉鎖空間でハルヒの神人を見た時よりも… …あ、ハルヒにキスした後のドキドキに似てるな… 思い切って言ってみる。 キョン『…今はどうなんですか…??』 鶴屋さん『…ええ!? 何なのサ、それ…///』 キョン『俺は昔も今も、鶴屋さんが好きですよ。』 あー、言ってしまった…。もういいや、行け、俺。 息子も相当怒ってます。 鶴屋さん『えー…っと…あの…』 キョン『もしよければ、休めるとこ、行きませんか??』 鶴屋さん『…それって、えーと、その、アレだよね…??///』 キョン『…その、アレです。』 鶴屋さんが恥かしいとこんなになるなんて、 誰が想像できようか、いや、誰も想像できない。 鶴屋さん『…あたし、そーゆートコ行ったこと無いからサッ、確りリードしてよねッ///』 キョン『…もちろんですよ。』 これがまさに キター といった感じなんだろう。 さっさと会計を済ませた俺たちは、まだ微妙に盛り上がっている 少数の旧友達に囃し立てられながら、店を後にした。 ホテル街に向かう途中の彼女は、 もはや今までの彼女とは全く別人のように下を向き、黙って歩いている。 鶴屋さん『あの…、手、繋いでもいいっかなー??///』 か…可愛い。俺、今日何回この人にトキメいただろう。 俺は黙って彼女の手をそっと握る。 彼女のドキドキが伝わってくるようだ。 目的の場所まではただ黙って歩くだけで、 会話は無かったが、俺も緊張していた。 言うまでもないが、俺ジュニアも。 週末ということもあって、やっとの思いで一つだけ 空き部屋を見つけ、フロントで鍵を受け取る。 鶴屋さんは相変わらず下を向いて黙りこくっている。 エレベータに乗り込み、五階へ。 この微妙な間隔が俺をさらに興奮させる。 部屋の前に着いた。 鍵を開け、部屋に入ると同時に俺は彼女を抱きしめた。 鶴屋さん『…!? キョンくん…待って、あたし汚いからサ…///』 キョン『いや、結構ですよ、シャワー。それより…鶴屋さん良い匂いです。』 彼女のうなじに鼻をつけ、息を吸い込む。 俺ジュニア(MAXver.)は彼女の下腹部に押し付けられている。 鶴屋さん『ぁぁあッ…。』 キョン『可愛いですよ…。はは。』 鶴屋さんをベッドまで運び、上から覆い被さる様にして 寝転ぶと、彼女は小さく声をあげる。 彼女のキャミソールをゆっくりと下ろすと、 豊満な胸を覆っている薄い緑色のブラが顔を出す。 それも剥ぎ取ると、綺麗な乳首がお目見え。 鶴屋さん『ぁぅう…はずかしいょ…///』 そういえば、大事なこと聞き忘れてた。 『可愛いですよ、鶴屋さん…。で、結局今は俺のことどう思ってるんですか??』 『…/// キョンくんのばかぁぁ…ぁぅぅ…す…好きに決まってるにょろッ…///』 あ~今夜は暑いな。 Fine.
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さて、入浴も済んだ俺達が居間に向かうと、そこには出来立てで湯気を立てているご飯が当然と並んでいたりする。 しかし、人の気配は俺達以外には全くしない訳で。取りようによってはちょっとしたホラーだな、これ。 で、夕食を食べながらの会話である。 「ところで、鶴屋さん?」 「んっ? なんだい、ご主人様っ」 「その……俺の家族は一体どこに行ったんですか?」 ここぞとばかりにずっと気になっていた話題を切り出す。俺だって、けっして鶴屋さんの痴態に目を奪われていたばかりではないんだよ。 朝倉に襲われた時ですら冷静だったと一部で大評判だしな。情に厚いってのも、自覚は無いが評判らしい。 ま、俺でなくとも誰だって家族の事くらい、心配するだろうさ。 ……無いだろうけれど、もし万が一鶴屋家黒子部隊によって軟禁されてたりしたら困るしなぁ。 「ご主人様のご両親と妹ちゃんは同じ町内にプチお引越しして貰ったにょろよ」 「え、近所なんですか?」 鶴屋さんの言葉にほっと胸を撫で下ろす。 「突然、アタシの都合で転校して貰う訳にも、転勤して貰う訳にもいかないからねっ」 「なるほど」 ダイナミック極まりない一夜城ならぬ一夜邸宅を築いた人の口から出たとは思えない、なんとも常識に溢れたお言葉だね。 それにしても……うーん、何と言ってウチの親を説得したのかは非常に気になるところではある。 地上げなら何となくイメージは湧くんだよ。お金さえ積めば土地建物なんか幾らでも手放すだろうからな。 ましてやウチは新興住宅地の一角にある。先祖代々の土地を云々言うような人も居なかったと思う。 しかしだ。 今回、鶴屋さんが買い取ったのは土地と建物だけではない。 お忘れだろうか、今回一番の高額物件を。 昔の人はこう言った。命は地球よりも重い。 俺の身柄は一体幾らで落札されたのか。全く他人事では無いが、しかし興味深い。 そして、そこに俺の認可を必要としないのは……なにか? これは最早俺の運命か何かなのだろうか。 「で、幾らでハンマープライスだったんでしょうか?」 俺の発言に鶴屋さんが箸を手から取り落として笑い出す。なんだ、俺? なんか面白い事言ったか? 「あははっ! いくらアタシでも人身売買に手を出したりしないさっ! ご主人様を買うなんてそんな恐れ多い真似は出来る訳無いだろうにっ! あはははっ!」 うーん、笑っていらっしゃる所申し訳ないんだが、俺は半ば本気でその可能性を考えていたりした訳で。 「ご主人様のお母様とね、色々お話をしたんだよ。主にアタシからの想いとかそんな事をねっ。そしたら、すんなりとご主人様を譲ってくれたんだよっ。 いやぁ、あのお母様は凄いねっ。決断力と包容力。そして何より胆力が半端無いっさ! アタシもあんな人になりたいもんだよっ!」 お袋、空前絶後の高評価である。良かったな。やってる事は常識の螺子が二、三本程外れてると思うんだが。 うーん、なんだろうね。この釈然としない感情。 「これが、可愛い子には旅をさせろ、ってヤツなんだろうねぇ。いやー、アタシとしては確かに少しばかり包むつもりは有ったんだけど、付き返されちゃったよ」 ああ、やっぱり人身売買的な考えはしてたんだ? 「『ウチの子をよろしくお願いします』って、逆に頭下げられちゃったよ。いやいや、焦ったねっ」 何を考えているのだろうか。我が母親ながら良く読めない人だと思う。 「恋する女の子の味方だって、そう言ってたよんっ。格好良いねっ」 ……絶対、何も考えてない。うん、前言撤回させて貰う。 なんだ、その阿呆発言は。やはり、お袋も同類か! 晩飯を食い終わって、居間でテレビを見ながらぼんやりとしてみる。すると、とたんに今日一日の事が穏やかに思えてくるから不思議で。 喉元過ぎれば暑さを忘れる。人間ってのは結構忘れっぽく出来ているものだと知る次第だ。 眺めているテレビが電気屋でもちょっとお目に掛かれないくらいのデカさだとしても十分もすれば慣れてしまえる。 お茶を啜りながら溜息を吐く余裕も生まれるってもんで。 「はぁ……一体どうなってるんだろうね、俺の未来って」 朝比奈さんを脅してでも、そこんところを聞いてみたい欲求に駆られちまう俺を誰が責められようか。 そして、この「今」が本当に現実なのか。そいつに首を捻っちまうのも仕方の無い事なのだろう。 鶴屋さんは俺の膝の上にちょこんと座って、お笑い番組を見て爆笑している。 この今を夢だと、思わない奴が居たらちょっとそのお顔を拝見させてくれ。 鶴屋さんが笑うたびに俺の膝の上に乗っている……あの形容し難い張りと弾力を持ったものが動く訳で。 髪の毛が間近に有るもんだから、甘い香りが否応無しに俺の鼻腔を直撃する訳で。 そして、鶴屋さんも俺も薄い浴衣一枚しか羽織っていないから、互いの体の動きがダイレクトに伝わってくる訳で。 ぶっちゃけ、心臓の鼓動とかまで分かってしまう訳で。 これ程恐ろしい拷問がこの世に有る事を初めて知ったね。 美少女が手近に居て明らかに誘って来ているのに、手を出した瞬間に死に至る。うん、コレはきっと何かに使えるな。 悲しいのは、ソイツが今まさに実行されている対象が俺だ、って事なんだ。 日頃お疲れな俺に対して、神様も粋なプレゼントしてくれやがる。 え? ちっとも笑えねぇよ? 自室とは名ばかりの今日初めて足を踏み入れた部屋で、俺は今鶴屋さんに見て貰いながら大絶賛勉強中だったりする。 まぁ、俺としては煩悩退散結構な事なので、近年稀に見る集中振りとなった。もしもこの状況が続いたとするならば、俺の成績が滝を登って竜となる鯉の如く天井知らずで上向くのは想像に難くない。 そして、その裏には恐ろしいほど懇切丁寧に、かつ要領良く教鞭を振るって下さる眉目秀麗な先輩が居たりする。 「いえ、勉強を教えてくれるのは本っ当にありがたいんですけどね」 「ん? 何か言ったかい、ご主人様?」 純白の浴衣姿に真っ赤な教育ママ御用達の眼鏡を掛けている(伊達眼鏡だろう、きっと)少女がノートから俺へと視線を移す。吐息も感じる距離なのは言うまでも無いだろう。 「ああっと……そうだ。鶴屋さん自身の勉強はいいんですか? なんか、俺の勉強ばっかり見て貰っちまって……」 「あはは、気にする事無いっさ! それに、こうしてご主人様の勉強を見てるのだって、良い復習になるんだよ?」 ああ、それは良く聞く話だね。そう言えばウチの学校も類に漏れず、二年までで高校三年間でやるべき内容は全部やっちまって、後の一年はひたすら受験用に復習だったっけか? なんとも、気が滅入る話だ。 「それに……アタシは受験しないかもしれないしね」 え? 朝比奈さんと同じ大学に行くとか言ってませんでしたか? もしかして、推薦で進学したりするのだろうか。ああ、この人なら内申なんかも申し分無いだろうし、あり得るな。羨ましい話だ。 「ううん、そういうんじゃなくって……さ」 「お嫁さん、とかね」 そう言って顔を赤らめる鶴屋さんは破壊力抜群で、良く俺の両腕はこの人を抱き締めるのを思い止まったと、自分で自分を何度も褒めてやった。 そして、ついにこの時間がやってきちまった訳だ。 いやな。人間として生まれついちまった以上、行動継続可能時間には限りが有る訳で。大体、十六時間程度連続して行動しちまった暁には目蓋が重くなるのは必定なんだ。 つまり、何が言いたいか、ってーとだな。 「さ、ご主人様、お布団は暖めておいたよっ。さっさと入った入った!」 良い子は就寝の時間だったりすんだわ、コレが。 そして、浴衣姿の良い子はさっきからばっちり布団の中に入って俺が入ってくるのを今や遅しと待ち構えていたりするんだなー。 (BGM「九龍妖魔學園紀」オープニングテーマ もしくは ライフカードのCMソング) どうするよ、俺!? どのカード切るのよ!? 「えーっと、鶴屋さん『男女七歳にして席を同じゅうせず』という言葉をご存知でしょうか?」 「知ってるよ! 『礼記』の一説だねっ!」 何の言葉かまで俺は知りませんでしたが。れいき、って何ですか? 名刀? つか、博学だな、この人! 「それがどうしたんだい?」 「いえ、知っているなら俺の言いたい事も分かって頂けますよね?」 「むぅ……」 頬を膨らませて布団の中からこちらを窺う鶴屋さん。ああ、命の危険さえ無ければ今頃絶対にその美貌の虜ですよ、俺だって。 「しかしだね、ご主人様? もしもその言葉を一生実行するとしたら、だよ? 子供なんて作らないって事だよね?」 うぐ……痛い所を。 「それとも、ご主人様の子供はコウノトリが運んできたり、キャベツ畑で生まれてきたりするのかな?」 鶴屋さんが蟲惑的に唇の端をにぃ、と持ち上げる。紅でも塗った様なピンクが愉悦に笑う。やり込まれてる。そんな事は分かってるんだ。 「しかしですよ、鶴屋さん。俺は男で、貴女は女性なんです。体格差は歴然としてる! 俺は正直、こんな状況で理性を保つ自信は有りません……」 内情を素直に吐露する。俺に出来る唯一の反撃がこれって。ああ、情けねぇ……。情けなさ過ぎて涙が出るね。 「さっきは見事にズボンを取ったけどねぃっ!」 「それは……! ですが、布団の中ですよ!? 俺にだってきっと力任せに押し倒す事が出来ちまうでしょう!?」 「かもしれないね」 「……だったら!!」 思わず語気を荒げる。そんな俺に対して鶴屋さんは静かに、けれどしっかりと言葉を紡いだ。 「ご主人様。……アタシは言ったよね。アタシの全てはもうご主人様のモノなんだって。あの契約書に押印して貰った時に、アタシは覚悟を決めてたんだよ」 「何度も言わせないで欲しいな。それとも、何度も言って欲しいのかい?」 鶴屋さんはにっこりと、笑った。季節外れの満開の桜みたいな、そんな笑顔で。 「アタシの全ては、君のものだよ。キョン君。だから、君の好きにして良いんだよ?」 果たしてここまで言われてちっとも感情を動かさない奴が居るだろうか。 彼女のその微笑には、きっと宇宙人だって少なからず心動かされてしまうに決まってる。 「あの……ですね……」 ダメだ。続けて言葉が出て来ない。少女の、その体いっぱいに詰め込んだ過去から放たれた覚悟を聞かされて、一体俺に何が言えるというのか。 「それとも、アタシじゃダメかい?」 「そ……そんな事は!」 無いに決まってる。むしろ俺には勿体無いって話なんだ。勿体無さ過ぎて、俺なんかには手を出す事すら出来ないんだ。 だからさ。 「俺、空き部屋で寝ますよ。だから……鶴屋さんは安心してここで寝て下さい」 鶴屋さんのお誘いは狂おしいほど抗いがたいさ。だけど……だけど、さ。 ヘタレだって、指差して笑ってくれて構わない。けどきっと、こういう事は一時の気の迷いでしちゃいけない事の気がするんだよ。 「んーと……ご主人様がそう言うんなら、アタシには何も言えないんだけどさ」 えっと……なんでしょう、その歯切れの悪い「間」は? 「この部屋とトイレとお風呂以外は、もう全部入れなくなってるんだよね……」 最初から俺の意思なんか聞いちゃいなかった、って、はいコレお約束!! 「なら、トイレで一夜を明かしますよ」 「黒子の皆が困るっさ!」 「廊下で……」 「この真冬に……凍死するつもりかいっ、ご主人様っ!?」 「……唐突に喉が渇いたんですが」 「ポットを用意してあるっさー。お茶で良いよねっ?」 「なら、もう浴室で……」 「最初はお布団でが良いんだけど……ご主人様がそういう嗜好の持ち主なら仕方無いねっ! 鶴にゃん精一杯頑張るっさ!」 俺の意思の介在する余地無し! 結論! さて、という訳で俺と鶴屋さんは今二人で一つの布団に横になっている。……不可抗力だ。 「にしししっ」 何が可笑しいんですか、鶴屋さん? 「こうして誰かと一緒の布団で寝るなんていつ以来かな、って考えたら楽しくなってきちゃったのさぁ」 言われて俺も気付く。そう言えば、こんなんは何年振りになるのだろう、と。 母親と父親と一緒に寝なくなったのは、遠く記憶の彼方の話で。妹と一緒に寝たのだってここ数年は一度も無かった。 ……こんな風に誰かと一つの布団を共有するのは、一体どれくらい振りになるのだろう。 少しだけ、ほんの少しだけ、悪くは無いかもしれないと、そう思った。 「アタシはね。物心付いた時にはもう、一人で寝るようになってたのさ。だから、誰かとこうやって一緒に寝た事なんて、学校の行事で、ぐらいしかなくってさ。 一枚の布団をこうやって分け合って、なんてのはもう、ほーんと初めてかもしれないのさ。寝る時はいっつも一人で。じぃーっと天井の木目とかを数えてたりするんだよっ」 「なんですか、それ。鶴屋さんらしいような、らしくないような話ですね」 中空をじっと見つめる猫のような目で天井を睨む小さな鶴屋さんを想像して、少しだけ笑った。なんともまぁ、微笑ましい話じゃないか。 「見る物がそれくらいしか無かったのさ。でね……じぃーっと木目を見てるとさ。そこに人の顔とかが見えてきたりするのっさ」 「ああ、有りますね」 「キョンく……じゃなかった、ご主人様も、かい?」 「ええ。そんで怖くなっちまって、でも親の布団に逃げ込むのも格好悪いから布団の中に頭まで、こう、すっぽりと」 「そうそう! 子供って皆考える事はおんなじなんだねっ! でもさ……」 少女の声のトーンが急に落ちる。 「でも、なんです?」 「アタシの場合は逃げなかった理由が、格好悪くて、じゃないんだ。逃げられなかったんだよ。……おやっさんは昔すっごく仕事が忙しい人でさ。アタシが寝るような時間に家に居る事はほとんど無かったんだよね」 お母さんはどうなんですか? そう聞こうとして咄嗟に口をつぐむ。 そう言えば、一度だって俺は鶴屋さんから母親の話を聞いた事が無かった。もしかしたら、そういう事なのかも知れない。 「家に居るのはお手伝いさんばっかりでさ。仲の良い人も居たけど、やっぱりそういう人は他人なんだよ。逃げ場には、アタシには出来なかったんだ……」 そう言う鶴屋さんが俺の浴衣の背をぎゅっと掴む。 ああ、ちなみに俺は鶴屋さんに背を向けて横になってる。さすがに顔を見たまんまじゃ眠れそうに無かったからな。 「だから……だから、すっごく自分勝手な話だけど、今、こうしてるのがちょっと嬉しいんだよ」 あの快活な鶴屋さんが、酷く小さな子供に見えて、なんだろう。俺は、安堵しちまってたんだ。 だからかな。こんな事を口走っちまったのは。 「今日だけ……今日だけですけど、俺が貴女のお父さんの代わりとして、一緒に寝ますよ。なんて、俺じゃ役不足かもしれないですけど」 「そんな事無いよっ!!」 背中で鶴屋さんが叫んだ。その声に少しだけ、涙が滲んでいた気がするのはきっと俺の気のせいだ。 「めがっさ……めがっさ嬉しいんだよぅっ!!」 俺の後ろで小さな女の子は、父親に抱かれて眠る娘に少しだけ戻れただろうか? 俺には知る由も無かったけれど。もし……もしもそうなら、ちょっとは今日一日の色々を許してやっても良い気がしたんだ。 月の光が少しだけ障子戸を通して室内に入り込む。沈黙の時間がどれだけか過ぎて。そして、次に口を開いたのは俺じゃなかった。 「キョン君。抱いてくれないかい?」 出来ません。何て言った所で、もしここで振り向いちまったら自制が利かなくなる事は目に見えている訳で。 「ねぇ? それともアタシじゃやっぱりダメなのかい?」 「滅相も無い!」 「なら、なんで? キョン君はさっき『自分は男でアタシは女だ』って言ったよね。ねぇ、なんでなのかなぁ?」 鶴屋さんの腕が俺の首に巻き付く。耳たぶに吐息をかけられる。 「俺は今晩だけ、貴女のお父さんですから。お父さんはそんな事しません」 俺の言葉に少女が耳元でくすくすと笑う。 「お父さんなら、ぎゅぅってアタシを抱き締めてくれるはずだよ。正面から。そうじゃないかい?」 言うが早いか、暖かく柔らかいものが俺に密着してくる。 甘い香りが、脳を焼く。 俺は、背後から鶴屋さんに抱き締められていた。 「これでも出来ない? するのが怖い? ブレーキ掛けられなくなりそうでダメ?」 まるで肉食獣に捕食される小鹿のように、ただ身をじっと縮めて耐えるしかない俺。完全に、男女の役割が逆転してないか!? 蛇の様に、俺の脚に柔らかい肌が絡み付く。 「ねぇ、こっちを向いて、アタシを抱き締めてよ」 耳たぶを襲った粘着質な甘い痺れに、俺の中の何かが、切れた。 「ほんっとうに、どうなってもしりませんからねっ!!」 振り向いて少女の両腕を押さえ込み、その上に圧し掛かろうとする。その時。 俺は見た。闇の中で、小刻みに震えている、少女の姿を。 急速に自分の中の何かが冷えていくのが分かる。 少しだけでも、障子から月の明かりが入り込んでいて良かった。何も見えなかったら、少女の強がりを見抜けなかったら、俺はとんでもない過ちを犯す所だった。 「なんで、そこで止まっちゃうんだい!? そのまま……そのまま、アタシを……」 残念ですけど、本当に心の底から残念ですけど。鶴屋さん、俺にはもう出来そうにありません。 「なんでなのさっ!?」 鶴屋さんが俺のヘタレ度合いをなじる。でも、無理です。何を言われても……。 「だって、鶴屋さん……震えてるじゃないですか」 肉食獣に捕食される小鹿のように、ただ身をじっと縮めていたのは、俺なんかじゃ無かった。 考えてみりゃ当然の話で。 俺は鶴屋さんの腕を放すと、なるべく痛くないように、なるべく傷付かないように、なるべく怯えないように。 そっと、壊れ物を扱うように、胸の中に小さな頭を抱き込んだ。 まるで、父親のようだな、となんとなくそう思った。 「キョン君。このままで……少しだけ、話を聞いてもらって良いかい?」 勿論、俺にNOなんて言える訳は無く。少女は話し始めた。 「えっとね。正直、今日はなんかゴメンね。突然で戸惑ったよねっ?」 「そりゃぁ、もう。唐突に『ご主人様』扱いですからね。戸惑うな、って方が無理ですよ」 「だよね。ゴメン……ね」 腕の中でで少女が落ち込んでいるのが分かる。大輪咲きの紫陽花の様な、あの笑顔がきっと今や見る影も無くしおれてるんだろう。 「いえ、きっと鶴屋さんにも何か事情が有ったんでしょう?」 そうじゃなきゃ、この人が唐突にこんな事をする筈が無い訳で。何が有ったんですか? なんて聞くよりも先に鶴屋さんが口を開いた。 「実は、さ。おやっさんの具合がここんところ、あんまり良くないのっさ。お医者さんが言うには若い頃の無理が今になって祟ったんじゃないか、って」 うん? 申し訳無いが全然話が見えないぞ? それと俺がこうして鶴屋さんと同じ布団に寝ている事の間に何の関連が有るんだ? 「あ、何も今すぐどうこう、って話じゃないんだよ? だけどね、だけどあんまり時間が残されていないのは確かなんだ……少なくとも、働いたりはその内に出来なくなるらしくて」 絶句する。いや、絶句しか出来ない。小さな体に、この人はなんてものを抱えて生きているのか、改めて知った思いで。 「もしも、さ。もしも今、おやっさんが倒れたら、たくさんの人が路頭に迷う事になるんだ。合理化、ってヤツ? 多分、たくさんの人がリストラされちゃうと思う……。 おやっさんはね、武田信玄が大好きでさ。良く『人は城。人は石垣』って言葉を口にしてて、部屋にも掛け軸が飾ってあるような人なんだ。 だから、リストラとかは絶対反対、って人でさ。鶴屋グループがここまで大きくなるまでに色々ピンチも有ったらしいんだけど、それでも絶対に人だけは切ったりしなかったんだ。 だけどさ。最近はそんな事も言ってられなくなってきてね。色んな事が機械に任せられるようになって……知ってる? 人件費って、人一人雇うって凄いコストなんだって。機械の方が全然安く済むんだって。 ウチも、結構そんな煽りを受けててさ。上の人達はリストラを叫んでるんだ。勿論、おやっさんがいる限り、そんな事は絶対にしないよ。だけどさ。 ……だけど、おやっさんがもしも倒れたら、きっとウチも今まで一生懸命会社を支えてきてくれた人達を切るようになっちゃうんだと思う。 ……だから。おやっさんが倒れる前に、アタシはどうしてもお婿さんを取って、おやっさんの跡取りを決めなきゃいけないんだよっ」 鶴屋さんが、俺の身体に顔を埋めて、今度こそ間違い無く、泣いていた。 浴衣が、濡れる。 「それで、俺が?」 鶴屋さんのおでこが俺の心臓の辺りにこつこつと当たる。きっと、肯いているのだろう。 「でも、なんで俺なんです? 言っちゃなんですが、俺は会社の社長とか、そんな器じゃ全然無い。俺は精々で万年係長とかその辺ですよ?」 「器なら持ってるじゃないか! キョン君はとっても優しいっさ!!」 「俺は……優柔不断なだけですよ」 言ってて自分で悲しくなるが、しかし実際そうなのだから仕方が無くって。 「違う!絶対違うっさ!」 「キョン君はとっても優しい! 今だってアタシの事を思って堪えてくれたじゃないか! 君以上に人を思いやれる人を、アタシは他に知らないよっ!!」 腕の中から俺を見上げた少女の、その顔は涙でぐしゃぐしゃで。だけど、そんな顔を見て俺は、初めてこの少女をいとおしい、って思ったんだ。 「でも……でも、ちょっと待って下さいよ! 今までの話は分かりましたよ。貴女がこんな風に迫ってきたのも、ちょっと釈然とはしませんが理解は出来たつもりです」 「キョン君の周りには可愛い女の子がいっぱい居るからさ。アタシが選んで貰う為には多少でも強引に行くしかなかったんだ……」 鶴屋さんがしょんぼりと話す。しかし……。 「そんな事はどうでも良いんですよ! そんな事よりも全然、大事な事が有るじゃないですか!」 「なに?」 「貴女の気持ちですよ! 決まってるでしょう!!」 俺が口走った、その言葉に少女が涙目で笑った。 「ねぇ、キョン君。アタシのおやっさんはどんなにピンチに立たされても、絶対に人を犠牲にしたりはしない、そんな人なんだ。アタシはそんなおやっさんを世界で一番尊敬してる。 おやっさんは、とっても優しい人なんだ。今もこうやって身勝手な、アタシなんかじゃ全然勝てないくらい、人が好きな人なんだ。 アタシがキョン君を選んだ理由。優しい、ってそれだけじゃないんだよ。 おやっさんは優しいからさ。もしもアタシが会社の為に、おやっさんを安心させる為だけに。望まない結婚なんかしようとしたもんなら、先ず大反対するのはおやっさんさ。だから、あたしは望まない結婚なんて出来ないんだよ。 ねぇ、ここまで言えば分かってくれる?」 「えっと……その……」 「もう、しっかりして欲しいっさ、キョン君。女の子に皆まで言わせるなんて、男らしくないぞっ!」 すいません。 ……でも、ですね。 俺としては一回くらいそういう事を、ちゃんとした言葉で聞いておきたいな、って思っちゃったりしてまして。 「もう! 仕方の無いご主人様だなぁっ!」 「何度でも言ってあげるよ。アタシは、君の事が、好きなんだ」 そう言って、少女は俺の腰に腕を回して、力いっぱい抱きついてきた。 その顔にはもう、涙は見えなかった。 「やっぱり、キョン君はアタシが見込んだ通りの人だったね」 「そうですか?」 「うん。何よりもアタシの思いを優先してくれる。おやっさんそっくりっさ」 「……そうですか」 「そうさ!」 少女が世界で一番尊敬していると断言するその男性と、この俺なんかが同列に扱って頂けるなんて。 「そいつは身に余る光栄」 俺達は笑った。まるで仲の良い兄妹みたいに、一つの布団に入って顔を見合わせて、抱き合って、笑った。 月の光を受けて障子がほの白く光る。俺と愛らしい小さな先輩は抱き合って眠る。 「ねぇ、鶴屋さん、もう寝ましたか?」 「寝たねっ!」 思いっきり起きてるじゃないですか。って、まぁいい。 「その、入り婿云々って話はいつまでに、とか決めてるんですか?」 「卒業がタイムリミットかな……うん、アタシが一人で勝手に決めたんだけどさ」 後三ヶ月ちょい、ですか。 「なら、鶴屋さん」 「なんだい?」 「後三ヶ月で、俺の事を貴女に惚れさせて下さい。俺も、後三ヶ月。貴女を好きになれるように、精一杯努力しますから」 「今はダメなのかい?」 鶴屋さんが不安そうに聞く。 「ダメですね。鶴屋さんの気持ちは分かりました。でも、生憎と俺は鶴屋さんが思ってるほど優しい人じゃないんです。俺にだって恋愛をする権利ぐらいは有るはずでしょう?」 こくこくと俺の言葉に一々肯く少女。 「結婚ってのは恋愛のその先に有るものですよね。で、恋愛ってのは出来れば俺は両思いで有りたいんですよ。わがままですから」 「そんなこと無いよ! キョン君の言う通りさ!」 恋愛は一人じゃ出来ない。二人で育んでいくものらしいからな。 「だから、どうかこれから、よろしくお願いします」 俺は腕の中の少女の額に唇を寄せた。こんなキスしか、俺には出来ない。けれど、この程度が俺にはお似合いだ。 「って、こんな感じじゃダメですかね?」 鶴屋さんはブンブンと首を振ると、俺を見た。大きく開いた目の中に、月の光がキラキラと照り返ってとても綺麗だと、そう思う。 「こちらこそっ、めがっさお願いするっさ!」 少女は今一度、大輪の紫陽花の様に笑った。俺の腕の中で。 「大好きだよ、ご主人様っ!!」 (こっから先は蛇足です) そんなこんなで翌日。 まぁ、当然と言えば当然なんだが一睡も出来んかった訳で。 目の下に隈を作っての登校が鶴屋さんを連れてなのは、もう言わなくても分かるだろう。 「いやー、昨日はぐっすりだったよ! なんか溜めてたもん全部吐き出してすっきりさんっさ! ご主人様、ありがとうっ!」 いえいえ。どういたしまして。ですが、ここは登下校に皆が使う道の途中です。右腕に貴女の両腕が絡んでくるのはもう諦めましたから、せめて「ご主人様」は止めましょうか。 誰だよ、鶴屋さんの隣に居るあの地味な奴、って視線が本気で痛いんですよ。 「そう言えば、二人っきり以外の時はキョン君だったね。あはは、失念しちゃってたよ!」 頼みますよ、ホントに。 「でも、本当に今日は快調だなぁ! やっぱり抱き枕は人肌に限るって事なのかねっ!」 鶴屋さんが大声でそんな事を口走るもんだから。 俺が少女を小脇に抱えてダッシュで北高名物の坂で心臓破りをしなきゃいけなくなるのは、これもまたきっと規定事項。 「ちわっす」 ノックをしてSOS団部室……違った文芸部室に入る。すると其処にはメイドさんが三人もいらっしゃった。 「何着てんだよ、揃って」 「話は聞かせて貰ったわ、キョン!」 ハルヒがフリフリのヘッドドレスを振り乱して叫ぶ。コイツはなんっつーか、いつも通りなのかそうでないのかの区別が付きづらいな。 「何の話だ?」 ちらりと部屋の隅でこちらを楽しそうに覗き込んでいる古泉を見やる。アイツ……昨日神人と散々格闘したにしちゃ、そんなに憔悴してないな……。 何が有ったんだ? 「アンタ、鶴屋さんをメイドにしたそうじゃない?」 メイドというか何というか。本人曰く「愛の奴隷」だそうだが、まさかここでそんな事を口走る訳にもいかん。 「そんな面白い事をアタシ達に黙ってるなんて、言語道断よ。だからっ!」 おいおい、嫌な予感がするぞ、チクショウ! 何吹き込んでくれやがったんだ、古泉この馬鹿野郎! こんな時の俺の悪い予感は絶対に外れないんだ。ああ。 こいつもやっぱり規定事項で。 「アタシ達をアンタに隷属させなさいっ!!」 ああ、真性の阿呆だ……コイツ。って「達」!? 「なるべく粗相はしないように心掛けますので、どうかよろしくお願いしまぁすっ」 未来人少女が微笑み。 「……頑張る」 宇宙人少女はいつも通りの無表情で。 「やぁ、これでハーレムルート開通ですね。羨ましい事です」 超能力少年は俺に襟首を掴まれて頭をぐらんぐらん揺さぶられながらも、ちっともにやけ面を崩そうとしやがらねぇ。 そうしている内に、鶴屋さんが満面の笑みと共に部室のドアを開けて。 俺の世界は今日も厄介な非日常が展開されるんだ。 楽しいか楽しくないか、なんて事はまた別の問題としてな? 「ハルにゃん達には渡さないよっ!ご主人様はアタシのもので売約済だからねぃっ!」 まぁ、少女が今日も満面の笑顔で笑えるなら 俺に降りかかる数多の災難なんてのも、きっと問題でも何でも無いんだろうよ。 Reserve is closed.
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「ねぇねぇ。キョン君はハルにゃんの事どう思っているんだい?」 「へ?」 初めて昼食を誘われて何を言われるかと思っていたら予想外の質問。 「どうって・・・・・まぁ、厄介なことを飽きもせず持ち込んでくるトラブルメーカーですかね」 興味津々に俺の顔をジッと見つめてくるから弁当に手が付けられない。しかも珍しく真剣な顔だから余計に困ってしまう。 「なるほどなるほど。じゃあみくるとかは?」 とか?とかってことは長門も入っているのだろうか。 「朝比奈さんは素晴らしい先輩ですよ。長門は・・・・・・どうなんですかね。よくわかりません」 「ほほう。と言うことはみくるが有力候補にょろね」 なににですか。 「キョン君の彼女にさっ」 ごふっと緊張を抑えようと飲んだ烏龍茶を危うく噴出しかけた。 「な、なんてこと言うんですか!」 いつもの笑顔になっているってことは冗談だったのか?悪気は無いともとれるな。とりあえず笑顔に戻ったからすこし落ち着いて飯が食える。 「そっかぁ。みくるみたいなのがタイプなんだ」 ボソボソと小さく何かを呟いた気がした。何か言いましたか? 「へ?いや、なんでもないさっ!」 ならいいですけど・・・ 「キョン君。あたしは君の彼女候補に入っているかい?」 な、何をいきなり!口には出さないけど正直気にはなりますけどっていやそういう問題じゃなくて!今日は鶴屋さんどうかしたのか? 「どうしたんですか?今日は何かおかしいですよ?」 「そ、そうかい?いやだなぁキョン君!」 バチンと叩かれ、心臓は一瞬止まり、肩にはジワリと痛みを広げた。なんでこの表現だけシリアスなのかは深く考えないでおこう。 やはり今日の鶴屋さんは何処かおかしい。何も喋らなくなるし何か挙動不審だし何か言い出そうとして詰まっている。 「どうしたんですか?何かあるなら言ってくれていいですけど」 「そ、そうかい?じゃあ言うけど覚悟は出来たかい?」 なんですか覚悟って。覚悟の必要なことなんですか。 「あのだね・・・・・・今度遊ばないかいっ!」 ・・・・・・・・はい?いや、いいですけど、誰とですか? 「二人でだよっ!」 それは・・・・・・・・デート、とか? 「そうとも言うね!」 それを言い出すのに時間がかかっていたとは思えないが、あまり深く考えないで頷いておくことにしよう。 「じゃあいつがいい!」 話が早いな。いつでも問題ないですよ。どうせ暇だろうし。 「じゃあ近いうちに連絡するよ!」 そう言って唐突に席を立ってしまう鶴屋さん。一体全体何が起きてるんだ?今日の鶴屋さんの中で。 「あ、それとだね」 最後に俺の前から姿を消す直前で鶴屋さんは振り返り、いつものテンションで言ってのけた。いつもの笑顔で頬を少し紅くしたその姿は、すごく女の子らしく、とても可愛い姿だった。 「あたしも君の彼女候補に入れるんなら頑張るからさっ!」 End
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「ねぇねぇ。キョン君はハルにゃんの事どう思っているんだい?」 「へ?」 初めて昼食を誘われて何を言われるかと思っていたら予想外の質問。 「どうって・・・・・まぁ、厄介なことを飽きもせず持ち込んでくるトラブルメーカーですかね」 興味津々に俺の顔をジッと見つめてくるから弁当に手が付けられない。しかも珍しく真剣な顔だから余計に困ってしまう。 「なるほどなるほど。じゃあみくるとかは?」 とか?とかってことは長門も入っているのだろうか。 「朝比奈さんは素晴らしい先輩ですよ。長門は・・・・・・どうなんですかね。よくわかりません」 「ほほう。と言うことはみくるが有力候補にょろね」 なににですか。 「キョン君の彼女にさっ」 ごふっと緊張を抑えようと飲んだ烏龍茶を危うく噴出しかけた。 「な、なんてこと言うんですか!」 いつもの笑顔になっているってことは冗談だったのか?悪気は無いともとれるな。とりあえず笑顔に戻ったからすこし落ち着いて飯が食える。 「そっかぁ。みくるみたいなのがタイプなんだ」 ボソボソと小さく何かを呟いた気がした。何か言いましたか? 「へ?いや、なんでもないさっ!」 ならいいですけど・・・ 「キョン君。あたしは君の彼女候補に入っているかい?」 な、何をいきなり!口には出さないけど正直気にはなりますけどっていやそういう問題じゃなくて!今日は鶴屋さんどうかしたのか? 「どうしたんですか?今日は何かおかしいですよ?」 「そ、そうかい?いやだなぁキョン君!」 バチンと叩かれ、心臓は一瞬止まり、肩にはジワリと痛みを広げた。なんでこの表現だけシリアスなのかは深く考えないでおこう。 やはり今日の鶴屋さんは何処かおかしい。何も喋らなくなるし何か挙動不審だし何か言い出そうとして詰まっている。 「どうしたんですか?何かあるなら言ってくれていいですけど」 「そ、そうかい?じゃあ言うけど覚悟は出来たかい?」 なんですか覚悟って。覚悟の必要なことなんですか。 「あのだね・・・・・・今度遊ばないかいっ!」 ・・・・・・・・はい?いや、いいですけど、誰とですか? 「二人でだよっ!」 それは・・・・・・・・デート、とか? 「そうとも言うね!」 それを言い出すのに時間がかかっていたとは思えないが、あまり深く考えないで頷いておくことにしよう。 「じゃあいつがいい!」 話が早いな。いつでも問題ないですよ。どうせ暇だろうし。 「じゃあ近いうちに連絡するよ!」 そう言って唐突に席を立ってしまう鶴屋さん。一体全体何が起きてるんだ?今日の鶴屋さんの中で。 「あ、それとだね」 最後に俺の前から姿を消す直前で鶴屋さんは振り返り、いつものテンションで言ってのけた。いつもの笑顔で頬を少し紅くしたその姿は、すごく女の子らしく、とても可愛い姿だった。 「あたしも君の彼女候補に入れるんなら頑張るからさっ!」 End
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・鶴屋さんルートに入る方法 古泉ルート、ハルヒルートで涼宮ハルヒの約束Vの朝に古泉を信じないを選ぶか、涼宮ハルヒの約束IVで渚のビーチバレーで負ける。 長門ル-トの、涼宮ハルヒの約束VでTHE DAY OF SAGITTARIUSで負けるか、やらないか、涼宮ハルヒの約束VIIで部室に残る。 みくるルートの約束VIで「ラブラブポーカー」に負ける。 途中で、ルートがまた変わることはないから、自分の好きなように選んでいく。 ただし、鶴屋さんのすべてSOS会話でエンブレムを取ると、CGが手に入る。 好感度も関係ありそう。 そして、エンディング。