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第十二章 決意 家まであと少しというところで、携帯が震えた。 着信:涼宮ハルヒ 「あ、キョン?新しいクラスはどうだった?何か不思議なことはあった?」 いきなりそれかよ。ああ、不思議なことは有ったぞ。 「え!ホント?何?担任がサスカッチとかヒバゴンだったとか?」 お前な、それは一体どこの学校だ?大体、サスカッチやヒバゴンから何を教わるんだ俺は? 「冗談よ。で、不思議って何なの?早く教えなさい!」 ああ、実はな…… 俺は今日のことをハルヒに話してやった。 Sクラスという進学クラスになったこと。そこのクラス委員が、俺たちが1年の時にカナダに転校していった朝倉だったこと。そして……佐々木が同じ学校、同じクラスに転校してきたこと。 最初のウチは「うんうん、それで?」とか聞く気満々で先を促してきたハルヒだったが、朝倉の話あたりから徐々にトーンダウンし始め、佐々木の話あたりからは「……ふぅん」「……そう」と、相づちしか聞こえなくなってしまった。 「……何とか上手くやっていけそうじゃない」 ああ、そうだな。特に勉強が出来る知り合いが2人もいるんだ。受験勉強の方は大丈夫だぜ! 「……」 どうした? 「何でもない」 そうか。ところで、そっちはどうなんだ?あれから何か、特別なことがあったか? 「……あたしもね、特進クラスにしたの。受験もあるしね」 9組か。古泉と同じクラスになったって事か? 「そ。有希も一緒なのよ」 長門もか。なんだ、SOS団全員が同じクラスになったって事かよ。 「そうね。あと、国木田や阪中さんも一緒よ」 へえ、あいつらもか。待てよ、そうすると谷口は…… 「ああ、あのバカならそのまま3年5組に上がったわ。『やっとこれで涼宮との腐れ縁も断ち切れた~~』 とか言ってたから、ちょっとお仕置きしておいたけど」 おいおい、お手柔らかに頼むぜ。あんな奴でも、一応俺の友人ではあるんだからな。 「分かってるわよ……ねえ、キョン」 なんだ?そんな怖い声を出すな。 「あたしの目の届かないところだからって、変な気起こしちゃダメよ?」 何言っているんだコイツ。変な気って何のことだ。意味分からんぞ。 「何でも良いから!約束しなさい!」 へいへい。何だかよく分からんが、約束するよ。 「……よろしい。じゃ、またね」 携帯を切る。と、すぐにまた携帯が鳴り出した。 着信:古泉一樹 「涼宮さんとお話しされていたようですが」 ああ。何故分かる?それより電話を掛けるときは、まず『もしもし』から始めるのがマナーだぞ。 「これは失礼しました。では改めまして『もしもし』」 ……冗談はやめろ。それより何だ。 「先ほど、涼宮さんと話されていた内容を教えていただこうかと思いまして」 別に話してもいいが、一応プライベートな会話だぜ?その理由を教えてくれても良いよな? 「閉鎖空間が発生しました」 何?ずいぶんと久しぶりだな。 「ええ、先回の大量発生時のあれ以来です。規模はそれほど大きくは無いようですが」 そうか。お前は行かなくて良いのか? 「今回は仲間が対処するようですので、大丈夫です。それで、電話の件ですが」 俺はさっきのハルヒとの会話を古泉に伝えた。別に隠すことなど無かったし、それほど重要な内容であるとも思えなかったしな。 「……それは……何てことだ」 ぼそりと呟く古泉に、ただならぬ違和感を感じた俺はどういう事かを問いただした。 「いえ、長門さんからあなた用のTFEIが用意されると聞いてはいたのですが、てっきり喜緑江美里だとばかり思っていましたもので」 それは分かる。俺だってそう思っていたからな。 「僕は朝倉涼子というTFEIには面識がありませんが、どのような……ああ、これはこちらで調べさせていただきます。それよりも、佐々木さんなのですが」 ああ、俺もびっくりしたぜ。偶然とはいえ、こんな事もあるもんだと思ったよ。 「結果的に見ればそうかもしれませんが、こちらとしてはそうも言ってられません。おそらく閉鎖空間の発生頻度が、昨年に比べて上がることは間違いないでしょうね」 そうか、ハルヒは俺が居ないって事で、イライラが溜まりやすくなる可能性があるな。俺も来年にはそっちに戻るつもりだから、それまで悪いがハルヒのご機嫌取りでもしてくれ。 「微妙に本質を外していると言うところがあなたらしいと言えばあなたらしいのですが……分かりました。今年は涼宮さんと同じクラスですし、何とか凌いでみましょう」 頼むぜ。長門も同じクラスなんだろ?二人がかりなら何とかなるんじゃないか? 「そうですね。僕もあなたと同じ立ち位置になれるよう、頑張りますよ」 俺の立ち位置ってのはハルヒの雑用係その1、だぜ。副団長様が何を抜かすかね? 「はは、そうでしたね。では、また」 携帯を仕舞い込み、既に到着していた家に入る。しかし俺は家の前で何を20分も携帯で話しているのかね? 部屋に入った俺は、未だに片付かない荷物を紐解く気力など無く、そのままベッドへと倒れ込んだ。 ふとベッドの脇に目をやると、でかでかと「SOS団」と書かれた段ボールが目に入った。引っ越し直前にハルヒ達がくれたものだ。「新学期が始まるまで開封禁止!」との、団長様の有り難いお言葉に従って、今日まで開封していなかった。律儀だね、俺は。 しかしまあ、もう開けても良いだろう。何せ、今日から新学期なんだからな。 段ボールを開けると名前が書かれた小包4つ、それぞれに添えられた封書が4通出てきた。結構厳重だな。 長門有希、と綺麗な楷書体で書かれた箱を開けると、中からは薄めの新書版が何冊か出てきた。 「SFはどこまで実現するか」 「SF相対性理論入門」 「相対性理論と宇宙旅行」 ……これは何かの解説本か? 同封の手紙を開くと、シンプルな紙の真ん中にきれいな楷書体で「ユニーク。読んで」と一言だけ書かれてあった。 ……長門よ。これだけじゃ全く意味がわからんぞ?一体俺に何をさせたいんだ? 朝比奈みくる、とかわいらしい文字で書かれた箱には、ティーセットが一式入っていた。ああ、朝比奈さんらしいな。ブランドはHERMES??どこのブランドだろ?有名な所なんだろうが、よく分からん。後でお袋にでも聞いてみよう。 しかし、朝比奈さんからの手紙にはそんな俺の心に冷や水を掛けるようなものだった。 「キョンくんへ あなたがこの手紙を読んでいるとき、おそらく私はこの時間平面には居ないでしょう。 既定事項をクリアするために、一時的に元の時空へ帰らなければならないからです。 今はその内容は明らかには出来ませんが、きっと話せるときがやってくると思います。 私は「家庭の事情で、一年間休学」することになっています。これは涼宮さんたちにも伝える予定です。 長門さんや古泉くんはおそらく察してくれるでしょう。鶴屋さんにはもう話してあります。 だから、キョンくんも私の話が出たら、上手く話を合わせて下さいね。 キョンくんはそちらで受験を頑張って下さい。あなたの頑張りが、私たちの未来への道を開くことになるんです。 また、会える日を願って。 朝比奈みくる」 手紙を読み終えた俺は、ああ、それであれから何度朝比奈さんに掛けても電話が繋がらなかったのか、などとどうでも良いことを納得した。既定事項か。そういえば、以前この引っ越しの話を部室でしたときもそんなこと言ってたな。 古泉一樹、と書かれた比較的大きな箱を開けると……そこには最新型のノートパソコンの箱が鎮座していた。 っておい、贈り物にしては高額すぎないかこれ?慌てて、同封の手紙を取り出す。 「このパソコンは『機関』からのほんの気持ちと思ってください」 それしか書いていなかった。全く、長門と言い古泉と言い手紙の書き方がなってないぞ。 少しは朝比奈さんを見習え。 ため息をついた俺は、残った最後の箱に手を掛ける。 マジックででかでかと「団長」と書かれた小さな箱は、他の3人の箱に比べてもかなり小さい。 振るとかさかさ音がする。何が入って居るんだろう?変なものは入っていないだろうな? 箱を開けると、有る意味見慣れたものであるがそれ単体で見ると新鮮なものがあった。 リボン付の黄色のカチューシャ。 それはハルヒのトレードマークであり、この2年間ハルヒと会う度必ず俺の目に入ってきていたものだ。 添えられていた手紙を読んでみた。 「キョンへ キョンが転校するなんて、考えたこともなかった。 これからもずっと、あたしの側にいてくれるものだと思っていた。 でもそれは、あたしの勝手な思いこみだったんだね。 あの日家に帰ってから、私はずっと泣き通しだった。 悲しさ半分、うれしさ半分って所ね。 もちろん、キョンからあたしに告ってくれたのは嬉しかった。 あの時の言葉はウソじゃないわ。 嬉しくて、嬉しくて。本当に、舞い上がってしまいそうだった。 キョンがあたしの志望大学を受けてくれる……あたしの所に戻ってきてくれるって聞いたときも、夢じゃないかと思ったわ。 でもね。 2年間キョンのすぐ側にいたあたしが言わせてもらうけど、今のキョンの成績じゃ、どうやってもアタシの志望大学に現役での合格は無理だと思うわ。あの時は「1年間頑張れば」なんて言ったけど、今のキョンの成績じゃね。奇跡でも起きない限り、無理。 だから、キョンは自分に合った大学に行きなさい。どこの大学でも良いわ。 あんたが行きたいと思ったところにね。 ただし!その際は必ずあたしに相談すること! それを肝に銘じて、受験勉強頑張りなさい!以上! 追伸 同梱のカチューシャは、あたしからのお守りだと思いなさい。 これはあたしが北高受験の時に付けていた、持っている中では最も古いものよ。 必ず御利益があるはずだから、キョンは毎朝毎晩、これに向かって念を送ること。 そうすれば、必ず合格できるから、勉強机の側にでも置いておきなさい」 よく見ると、少し色がくすんでいるような黄色のカチューシャ。なるほど、ハルヒの思いが詰まった最古参のもの、か。古泉曰く「神様」のハルヒのものだ、確かに御利益はあるだろうな。 俺はそれを、勉強机のライトに引っかけた。 SOS団メンバーそれぞれの手紙を纏め、机の引き出しに入れた。 Sクラス。朝倉涼子。受験勉強。佐々木。大学進学……そしてハルヒ。 受験勉強をしなければいけない環境に追い込んだのは自分自身だ。分かっているさ。 楽しかったこの2年間の出来事。殆どがハルヒが原因で、俺がとばっちりを食らって走り回るようなことばかりだったとはいえ、一生忘れられないような出来事ばかりだった。 高校最後の一年は、その楽しかった2年間のツケが一挙に回ってきたような感じの、俺にとってはかなり厳しい受験戦争になりそうだ。 この一年、とりあえずこの一年を頑張れば、またあいつらと……ハルヒと同じ時を過ごせるんだ。その希望に賭けるしかない。 ……ふと、ハルヒの手紙を取り出して、財布に挟み込む。こうやって持っていれば、ハルヒの神様パワーのご利益があるかもしれんからな……財布の中身は減っていくかもしれんが。 神様、仏様、ハルヒ様。来年、志望大学に合格できますように。 第十三章 家庭教師へ
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第二十四章 約束 「お疲れ様でした」 検査室脇の長いすに座って先ほどの事を思い出していると、古泉が缶コーヒーを持ってやってきた。 「どうぞ」 「おう、サンキュ」 今日2本目の缶コーヒーだが、旨かった。この時期は、やっぱり温かい飲み物に限るね。 「流石ですね、あなたという人は」 「……何のこった」 「いえ、我々……いやこれは『機関』だけではありません。長門さんですら為し得なかったことを、あなたはあっさりとやってのけたのですから。地球を代表して、お礼を申し上げます」 「……私は宇宙の代表として、あなたに礼を述べたい」 古泉は俺の前に立って深々と一礼した。俺が驚いたのは、長門もそれに合わせてお辞儀をしたことだ。 古泉の大げさな身振りと芝居がかった台詞回しには慣れていたが、長門がそれに付き合うとはな。 ……待て、宇宙の代表?何のことだ?俺はただ、ハルヒを閉鎖空間から連れ戻しに行っただけだが? 「あなたには説明していませんでしたが、実は今回のことは宇宙的な危機だったんです」 「……そう」 ぶほ ……こら、そんな重要なことをさらっと言うな、さらっと。コーヒー吹いちまったじゃねーか。 驚いて固まっている俺をそっちのけで、古泉が喋りだした。 「涼宮さんの心が閉鎖空間に閉じこもってしまったこのひと月の間、涼宮さんの体の方は次第に衰弱してきていたんです。一応、まだ正常範囲内には収まっていたようですが、徐々に生命力が失われていったのは間違いありません。このままでは涼宮さんの肉体は、一年持たずに生命活動を停止してしまう可能性が高いと、長門さんに指摘されました。この世界は徐々に滅んでしまう、とね」」 「……我々情報統合思念体はもともと『肉体』という器を持たない。そのためこの概念を理解するのに時間が掛かった。有機生命体は『肉体』という器と『心』という精神情報の一対を持って成立する。従ってどちらか一方が消滅すれば、もう一方も消滅する。今回の場合、涼宮ハルヒの『心』が肉体から離れ『閉鎖空間』に閉じこもってしまったことが原因」 長門まで説明合戦に参加してきた。こいつら、実は妙なライバル意識を持ってないか? 「もしあなたが涼宮さんの説得に失敗すれば、完全にお手上げだったんです。それこそ『神の死』とでも言うべきでしょうか」 「……涼宮ハルヒの『肉体』が消滅した場合『心』が消滅するまでそれほどの時間は掛からない。その場合今までとは真逆の『情報爆縮』が起こる可能性が最も高い。その可能性は88.9899%」 あー、分かった分かった。まあ、とりあえず最悪の事態は免れたんだな?それさえ分かればいい。 手を振って、二人の説明合戦を中止させる。こっちは朝から難解な話ばかり聞いてきたんだ。ちょっと頭を休ませたい。てか、今日のところはもう勘弁してくれ。 「そうですか、分かりました。お疲れのようですし、何よりこの世を救ったヒーローにこれ以上負担をおかけするのも忍びないですしね」 「……そう。分かった」 残念そうに、長いすに腰を下ろす古泉と長門。 俺は、それとは入れ替わりに腰を上げ、廊下の窓から病院の中庭を眺めた。 中庭の、満開の桜の木が目を引く。ああ、そう言えばこっちはもう桜が咲いているんだな。桜の木の下に設置されているベンチの周りでは、面会に来た人と入院患者らが楽しげに談笑している。既に日が西の空に傾いてはいるものの、昼前までいた向こうあっちよりも遙かに暖かい。良い季節だな…… 「って、ちょっと待て!」 「どうしました?何か重大なことでも?」 思わず声を上げた俺に驚いた古泉が、何事かと腰を浮かした。 「俺、どうやって帰れば良いんだ?」 「……今日はこちらにお泊まりください。宿も既に用意してありますし」 なんだそんなことですかと言わんばかりの顔で、古泉は答えた。 「今からではチャーター便の手配も間に合いませんし、後日ご自宅までお送りしますよ」 「後日??」 「ええ、涼宮さんの検査の結果が出て状態が安定するまでは、こちらでお過ごし下さい。久しぶりにこちらのご友人と会われるのも宜しいかと」 脳裏に谷口や国木田の顔が浮かんだが、慌ててそれを振り払った。 「いや、待て待て。来週俺は試験があるんだ。その……地元大学の2次募集の」 「ああ、そう言えばそうでしたね。では、明日にでもご自宅へお送りするよう、手配しましょう」 懐から携帯電話を取り出しながら、古泉は何処かへ姿を消した。 しばらくすると、いつものスマイルでこちらに戻ってきた古泉はこう言った。 「お待たせしました。明日の昼には、あなたをあちらへお送りする事になりました」 「……そうか。感謝するぜ」 ほっと胸をなで下ろした俺は、家族に連絡していないのに気付いた。ヤバイ! 急いで検査室の前から携帯電話通話OKの場所まで移動し家に連絡を取ったが、帰ってきた返事は予想通りだった。 お袋からは「来週試験なのに、遊び回っているとは良い度胸ね!」というおしかりの言葉。 親父からは「今回落ちたら、学費は自分で稼げ」という有り難い言葉。 そして妹からは「キョンくんずる~~い、自分だけ~~あたしも連れて行ってくれるって言ったでしょ~」という叱責の言葉。まあ、どれも予想範囲内ではあったがな。 とりあえず、明日には帰るからと答え、携帯を切った。 携帯を仕舞い込みながら、俺は先ほどの検査室まで戻る。ちょうど検査が終わったようで、医者と看護師が部屋から出てくるところだった。何やら古泉と話し込んでいる医者、あらぬ方向を向いて何かを呟いている長門を尻目に、俺は部屋に入った。 「キョン!ちょっと来なさい!」 ベッドの上に上半身を起こしたハルヒが俺を呼ぶ。既に点滴用のチューブも外され、頭の上にはいつものカチューシャが乗っていた。爛々と輝く瞳。面白そうなことを見つけたときの、あの目だ。 へいへい、何ですか団長様? 「あのさ、夢の中の約束、覚えてるわよね?」 ……コイツあの夢の中のこと覚えてやがる。困ったな。さて、どうはぐらかそうか。 「は?何のことだ?夢の中の約束?普通それは約束とは言わんだろう?」 「何言ってるのよ。ごまかしてもダメなんだからね!」 「あー、悪い、お前の言っていることが理解できんのだが?」 「あたしの夢の中に出てきたアンタよ!あのアンタはあたしの夢の中の登場人物じゃないって言ってたわ!こっちに戻ったら、説明してやるとも言ってた。だから、早くアンタが説明しなさい!」 「あのなハルヒ。お前の夢の中の俺が何を言ったのか知らんが、そこまでは俺も責任取れん」 「……ふ~~ん、そう。ところでキョン、今日は何月何日?」 は?いきなり何言い出すんだコイツ?エイプリルフールにはまだ早いぜ? 何が何だか判らず、俺は今日の日付を答えた。 「そっか。じゃあ、あたしが倒れてからひと月以上経ってるのね?」 「もう、そのくらい経つかな」 あれ?頭の中で警報が鳴ってる?しかもデフコン1だ。え、何故? 「あたしと古泉君と有希と……佐々木さんは大学に合格して、アンタは落ちたんだっけ?」 「そうだな」と答えて、おれは悟った。しまった!嵌められた!夢の中でこいつに話したんだっけ。やばい。 愕然とする俺をにやにや笑いで睨め付けながら、ハルヒは止めの言葉を口にした。 「ひと月以上寝ていたのに、何故あたしはみんなの合否を知っているのでしょうか?答えなさい、キョン!」 『それはお前の夢だ。たまたま、現実もそうだったて事さ』……ハルヒを、こんな言い訳で納得させることが出来るわけもないわな。だからと言って『そりゃ、俺が夢の中でお前に教えたからだろ』なんて事は口が裂けても言えない。俺の動揺は最高潮に達した。 「え~~と、そ、それはだな……」 「睡眠学習」 「は?」 「え?」 いきなり俺の隣から声がした。何時の間にそこにいたのか、長門が俺とハルヒを漆黒の瞳で見ていた。 「ちょっと有希!もう少しで謎が解けるところなんだから、変な冗談言わないで!」 「冗談は言っていない。私があなたに施していた睡眠学習の成果と思われる。彼は何も関知していない」 「……どういう事?」 「あなたが眠っている間、治療方法の一環として私はあなたに北高卒業式の模様やSOS団メンバーの大学の合否のことなどを音声によって伝えている。おそらくそれがあなたの記憶に残っているためと考えられる。意識が戻った後に、その記憶を思い出す事例は多い。特に珍しいことではない」 「……そ、そうなの?キョン?」 こら、納得できないからって俺に振るな。俺は知らん。ただ長門がそう言うなら、そうなんじゃないか? 「北高の卒業式の模様?アタシはそんなことは全然覚えてないわよ?」 「人間の記憶は、自分に対して影響があるものを種々選択して記憶する。北高の卒業式は、貴方の心に記憶されるほどの影響がなかった。従って、覚えていないのも無理はないと思われる」 ……あのー、長門さん?無理有ると思いますよ、今の説明は。 「そうなの有希??そっか。そうなんだ……」 ……納得してますねハルヒさん? むう~~、とハルヒはアヒル口のまま窓の外に目を向けた。何かぶつぶつと呟いているようだったが、ここまでは聞こえてこない。俺はほっと胸をなで下ろし、長門に視線で感謝の念を送った。長門は俺の方を見て、数ミリ首をかしげただけだった。俺の気持ちを長門が理解できたかどうか、自信はないが。 「お話の途中、申し訳ありません」 先ほどの医者と看護師を連れて、古泉が入ってきた。 「涼宮さん、ご両親にご連絡したところ、今こちらにいらっしゃるそうです。この後また検査がありますので我々はここで失礼させていただきたいのですが……」 「え……あ、ああ。そ、そうよね。あたし入院してるんだもんね。わかったわ」 何かを考えているところを中断されたためか、ハルヒは少しぎくしゃくしながら答えた。 「それでは、これで失礼します」 「……また、明日」 「じゃあな」 古泉、長門が席を立ち、俺もその後に続く。 「ちょっと待って!」 ハルヒの声で、俺たちは振り向いた。 「キョン、アンタこれからどうするの?……その、大学……」 来週、地元大学の2次募集を受けるつもりだ。願書も出してあるしな。 「……そっか。アンタは向こうで大学生になるつもりって事ね。分かったわ、頑張りなさいよ?今度落ちたらSOS団を除名してあげるから!」 ああ、そうだな。頑張るよ。まあ、明日帰る予定だから、帰る前にもう一度ここに顔出すよ。お前の顔を見てから帰るつもりだからな。 「いらない。アンタは真っ直ぐ帰って、試験に備えなさい!いいわね!団長命令!」 え……そ、そうなのか?一応、顔を見てから帰ろうかと思ったんだが…… 「何度も言わせない!」 へいへい、分かりましたよ団長様。とっとと帰って、試験問題の復習でもやりますよ。 渋々頷く俺のことはもう視界に入っていないようで、ハルヒは残りの二人に声を掛けた。 「古泉君、有希」 「了解しました。既に準備は整っております、閣下」 「……いつでも良い」 「流石ね!それでこそSOS団だわ!」 は?例の件?何のこった?こいつら一体何を…… 「いいの!アンタには関係……無くもないけど……今は関係ないから!いいから、とっとと帰れ!アタシはこれから検査なんだからね!」 ……全く、傍若無人ってのはコイツのためにある言葉だね。済むこと済んだら、とっとと帰れってか。くそ。 ハルヒの言葉に流石にカチンと来た俺は、コイツに一つ謎かけをしてから今夜の宿とやらに行くことにした。 古泉と長門を先に廊下に押し出し、俺は振り返った。 「ああ、そうだ。ハルヒ」 「何よ!何かまだあるの?」 「白いコートにポニーテールのお前、最高だったぞ」 「……な」 「じゃあ、またな」 「……えっ……あっ!ちょっとキョン、なんで……こら、待ちなさい!」 困惑したハルヒの声を後ろに聞きながら、俺は検査室を飛び出した。 第二十五章 未来へ
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第十五章 前日2 一通り試験会場と大学構内を見て回った俺たちは、大学そばのファミレスで少々早めのランチを取っていた。 国木田と阪中の志望は、それぞれ理学部と教養学部とのことだった。ランチを食いながら、大学の感想やそれぞれの志望学部への感想や希望を一通り話し合った後で、国木田が切り出した。 「キョン達はこれからどうするんだい?」 うーん、実は考えてない。予定ではこれからホテルに戻って受験科目の最後の確認って所なんだが、何だかそんな気分じゃないな。 「おいおい、キョン。試験日は明日というのにずいぶん余裕じゃないか。キミは僕なんかよりも確認項目は沢山あると思っていたのだが」 へいへい、分かりましたよ佐々木さん。じゃあホテル帰って……って待てよ?確か午後2時以降じゃないと俺は部屋に入れないんだっけ。佐々木、お前の所はどうだ? 「ああ、そう言えば僕の宿泊予定のホテルもそんなことを言っていた」 そうなのか?参ったな。まだ時間まで1時間半もあるぜ? う~~む、と腕組みした俺たちに、阪中が提案を持ちかけてきた。 「じゃあ、あたし達の泊まっているホテルに来ればいいのね。まだ話したいこといっぱいあるし」 俺と佐々木は、国木田&阪中に先導されて彼らの投宿しているホテルに向かっている。 彼らは1週間ほど前からこのホテルに投宿しており、今日は試験会場の最終確認とやらで大学に来ていたとのことだ。全く。金持ちは違うね。 そんな俺のぼやきが口に出ていたのだろうか、振り返りながら国木田が言った。 「ホテルの手配をしてくれたのは、古泉くんなんだよ」 「そうなのね。お父さんのコネがどうとか言ってたけど、北高からこの大学を受ける全員分の部屋を確保してくれたのね」 「そうそう。ナイショだけど、普通の宿泊料の半分で良いんだってさ」 「凄いのね」 古泉か。 朝のあの光景を思い出す。くそ、さっきまで忘れていたのに。 抱きつくハルヒ。抱きしめる古泉。それはまるで恋人同士のように…… ぶんぶんと頭を振って、その映像を頭から追い出す。アレは多分、何かの間違いだ。そう、絶対何か理由があるはずだ。でなきゃ、古泉はともかくハルヒがあんな行動を取るわけがない。そうだ、俺は何を心配しているんだ? 「キョン、顔色が優れないが大丈夫か?もし調子が悪いようなら、すぐにタクシーを捕まえるが」 佐々木が心配そうに俺の顔を覗き込んでいる。ああ、大丈夫だ。ちょっとな、明日の試験のことを考えたら不安になってきただけだ。 「そ、そうかい……でも、本当に」 気にするな。俺は、大丈夫だ。 「ここなのね」 国木田と阪中が指示すホテルは、俺の投宿予定の安手の観光ホテルとは違い、俺でさえ名前は聞いたことのあるような、格式有る一流ホテルだった。海外のVIPが定宿にしているホテル、と言えばその豪華さは想像が付くだろう。そのあまりの豪華さにあっけにとられた俺と佐々木は、アホみたいに口を開けっぱなしだった。 「驚いたろ?僕も阪中も、最初にここに着いたときは何かの間違いじゃないかって思った位さ」 一流の香りをそこかしこに漂わせるロビー。中庭の庭園を見渡せるように配置された大きなソファー。 そこでは裕福そうな老夫婦が、仲睦まじげにコーヒーを飲んでいた。 そこでまた、朝の光景がフラッシュバックされた。 まるで恋人同士のような二人。SOS団から俺が居なくなって、一体何があったんだろう? そう言えば、去年の11月頃からハルヒの言動が変わったきてたな。電話しても出ないし、メールも素っ気無かったし。今考えてみれば、色々おかしいことが…… 「キョン?やっぱりキミおかしいぞ?」 佐々木の声で我に返った。 「彼らがどうかしたのかい?」 どうも、俺は先ほどの老夫婦のことを凝視していたらしい。彼らは俺の視線に気がつくと、最初はちらちらとこちらを見ていたが、しばらくして気まずそうに席を立ってしまった。 そりゃ見覚えのない人間からずっと凝視されたら、普通は逃げるよな……って、すいません!そんなつもりじゃなかったんです! 足早に去っていく先ほどの見知らぬ老夫婦の後ろ姿に、俺は心の中で土下座していた。 「キョン、ここで少し休もう。お茶でも飲もうか」 そうだな、佐々木。ちょっと疲れた。はは、運動不足かもしれないな。 「なんだいキョン、運動不足なのかい?」 「キョン君、さっきから変なのね?やっぱり具合悪いのね?」 大丈夫だって、気にするな。もう少ししたら落ち着くから。 窓脇のソファーを陣取り、各々飲み物をオーダーした俺たちは、再び取り留めのない馬鹿話に興じた。俺や佐々木や国木田の中学校での暴露話や、阪中のルソーのエピソード。俺が転校した後の北高の話。そのうちにようやく俺の心も落ち着いてきて、朝見たことは何か理由があったことだと決着を付け、心の中から追い出すことが出来た。 ひとしきり歓談した後、佐々木が立ち上がりながら言った。 「じゃあ、そろそろ僕たちは行くよ。楽しい時間は過ぎるのが速いと言うが、もう時間だからね」 え、もうそんな時間か?慌てて時計を見ると、ホテルに帰る予定の時刻を1時間も過ぎていた。今日はこの後予定があるわけではないが、明日試験本番だというのに油売ってちゃまずい。早めに帰って、明日の試験に備えなきゃな。 「そうか、もうそんな時間か。キョン、佐々木さん。お互いがんばろうね」 「私たちもがんばるのね」 「おお、もちろんだ。国木田、阪中、お前らもがんばれよ」 そう言って、ソファーから立ち上がりかけたときだった。 「……ったく、バカ……しが……せっかく迎え……のに!」 「……まあ、涼宮さん……くたちが……ないのですか……」 フロントの方から聞き慣れた声……ハルヒと古泉の声が聞こえた。 「あ、涼宮さん達が来たようだね」 「相変わらずラブラブなのね」 その、阪中の言葉で俺は固まってしまった。立ち上がりかけたソファーに再び落下する。 「あ……阪中!?」 「え……あ、ゴメンキョン君。何でも無いのね」 慌てて言葉を濁す国木田と阪中だったが、俺は阪中の言葉を頭の中で反芻していた。 ラブラブ?ハルヒと古泉が?どういうことだ? 「キョン?」 佐々木が耳元で呼んでいたが、俺は僅かに手を上げてその言葉を制した。フロントから漏れ聞こえるハルヒと古泉の会話を聞き取ることに集中していたからだ。 「古泉と涼宮です。3泊4日で予約していたはずです」 「古泉様と涼宮様ですね。はい、承っております」 妙に鮮明に聞こえるのは、周りが静かだからか? 顔を巡らすと、国木田や阪中、佐々木がじっと俺の方を凝視している。だが俺と目が合った瞬間、国木田と阪中は明後日の方向に目を逸らしてしまった。 「キョン、どうしたんだ一体?そんな怖い顔をして……」 佐々木がやんわりと非難する。どうも俺は知らず知らずのうちにものすごい形相になっていたようだ。 だが俺はそんな佐々木には応えず、ずっと耳を澄ましていた。 「キ、キョン。涼宮さん達に声掛けた方が良いんじゃ……」 「そ、そうなのね。何だったら呼んできて……」 慌てたような国木田と阪中の気遣いも、今は煩わしい。軽く手を挙げて無言で会話を打ち切った俺は、二人の気遣いを無視してハルヒと古泉の会話に集中した。幾つかの会話は聞き逃してしまったものの、最後のこの言葉だけははっきりと俺の耳に届いた。 「すっご~~い、スイートルームじゃない!アタシ一度泊まってみたかったのよー!」 「恐縮です。では、参りましょうか、お姫様」 彼らはホテルの従業員に案内されて、最上階スイートルーム直通のエレベータに消えていった。 俺たちがここにいることなど、気付いてもいなかっただろう。 スイートルーム直通エレベータの階数を示す数値が動き始めたところで、俺は無言で席を立った。 気まずそうな国木田と阪中が、ちらちらと俺を見ていた。 「キョン、これはね、あの、その……」 「キョン君、ごめんなさいなのね。隠すつもりはなかったのね。あのね、実はね……」 立ち上がったまま動かない俺に、国木田と阪中がしどろもどろになりながらも話し始めたことで、今目の前で起こったことが全て本当のことなのだと分かった。 気にするな、国木田、阪中。いくら鈍い俺でも今回のことでよく分かったよ。 俺が惨めな希代の道化師だって事をな。 その俺の言葉を聞いて、彼らは黙り込んでしまった。 「キョン?大丈夫かい?」 自分でも気付かなかったが、どうも俺はまるで酔っぱらいのようにふらふらしていたらしい。 佐々木に支えられていた事に、今気がついた。心が、体が不安定なのが自分でも分かる。 「悪い、俺帰るわ」 俺は一言そう言い、歩き出した。 慌てて国木田も阪中もばつが悪そうな顔で付いてくる。佐々木も何も言わずに付いてきた。 ホテルの入り口で振り返り、俺は国木田と阪中に礼を述べた。 「今日はどうもな。久々にお前らと話せて、楽しかったぜ。ああ、さっきのことは気にするな。別にお前らのせいじゃない」 「キョン……」 「キョン君……」 申し訳なさそうな二人の顔は、あまり見たくはない。さっきから目頭が熱い。おそらく涙でぐしゃぐしゃになってしまっているだろう俺の顔も見られたくはない。だから…… 「……『涼宮』と古泉に伝えてくれ。『おめでとう、良かったな』ってな」 俺はそれだけ言うと、踵を返した。 「キョン!涼宮さんは……」 「キョン君!話を聞いて欲しいのね!」 だが俺には、彼らの言葉は耳に入らなかった。 もういい!もうこれ以上道化になるのは沢山だ! 俺の言葉を否定する国木田の言葉を振り切って、俺は逃げるようにホテルを走り出た。 後ろで佐々木が何か言いながら追いかけてきたようだが、今の俺はそれすらも聞きたくなかった。 ホテルを出たところで、俺は全力で走り始めた。 どのくらい、時が過ぎたのだろう? 気がつくと、昼に阪中と偶然遭遇した大学前のベンチに座っていた。 辺りは暗い。夜の帳が降りてから、かなり経っているようだった。 慌てて時計を確認すると、既に日付を跨いでいた。 はあ。 俺は……どうすりゃいいんだ?いや、どうしたいんだ? そもそも俺は、なんでこの大学を受けようとしたんだっけ? この一年間、佐々木や朝倉の教えを受けてまで、何故? 答えは決まってる。ハルヒのことが好きで、ハルヒと一緒の大学に行きたくて。 ハルヒと同じ時を過ごしたかったからだ。 じゃあ、今日のアレは何だ? いつの間にか、古泉とハルヒがラブラブになっていた。しかも宿泊先はスイートルームかよ。 既に「ご婚約おめでとう」と言うべき状態なんだな、あいつらは。 ああ、そうか。 そういうことか。 俺が帰りたかった場所には。ハルヒの隣には。いつの間にか俺の居場所が無くなってたんだな。 そういえば以前古泉が言ってたっけ。 「あなたと同じ立ち位置になるよう頑張ります」ってな。 なるほど、そういう意味だったのか。 要するにアレは、俺に対する宣戦布告だったんだ。 はは、今頃気付いたぜ。 流石だ、古泉よ。 このゲームは俺の負けだ。 商品は涼宮ハルヒ様、別名現人神様だ。 お前の勝ちだ。さっさと持っていけ。 「キョン」 取り留めのない自虐思考を止めたのは、息を切らせた佐々木の姿だった 「やっと見つけたよ。こんな時間にこんな所で、何をやっているんだい?」 ああ、ちょっとな。明日のことを考えたら、眠れなくてさ。 「そうか。でもこんな時間にこんな所にいたら明日に差し支える。昼に行ったファミレスにでも行かないか? あそこなら24時間営業だ」 こんな時まで気を遣わなくていいぞ、佐々木。お前はホテルに帰ってゆっくり休め。何せお前は、俺よりも遙かに難易度の高い学部を受験するんだからな。俺のことはほっといてくれてかまわん。 「キョン」 佐々木は俺の肩に手を置いて、真剣な目で俺を見ながら言った。 「バカなことを言うんじゃない。確かに昼間のアレは、キョンにとってはショックだったと思う……でも」 俺の肩を掴む佐々木の力が徐々に強くなってくる。 それと同時に俺を見つめる佐々木の瞳にも力が漲ってきた。 「あんな事で、僕の……いいえ。私の夢を壊したくないの!」 「ゆ、夢?」 突然の女言葉に驚いた俺は、オウム返しに聞き返すしかなかった。 佐々木は俺を含む男に対しては男言葉を使うが、他の女性に対しては普通に女言葉で話す、というのが中学の時からの俺の認識だ。それが突然、俺という男性に対して女言葉になったのだ。驚かないわけがない。しかし佐々木は女言葉のまま話を続けた。 「そう、夢。大学で一緒に勉強して、一緒に遊んで、一緒に買い物をして、一緒に……それが私の夢」 さ、佐々木……おまえ、まさか。 そこで一呼吸置いた佐々木は、俺の目を射るような視線で貫きながら言った。 「私は、キョンのことが好き。中学校の時は自分でもよく分からなかったけど、高校でキョンと離れてみて分かったわ。私はキョンのことが好きなんだって」 驚きの告白。 今日は本当に驚くことの連続だ。朝のアレに始まって、ホテルでのあの光景。そして最後は佐々木の告白だ。 「お前……俺のことを親友だって言ったじゃないか。その、一年前に再開したとき」 「そう。でもそうでも言わないと、本心を言ってしまいそうだったから。あの後、私はキョンに対する気持ちで一杯だった。橘さん達の話に乗ったのも、それが原因。少しでも時間を共有したかったからよ」 佐々木は俺の肩に置いていた手を離し、とすん、と隣に座った。 「だから……この一年間は毎日がとても楽しかったわ。朝学校に行けばキョンがいて、朝倉さんがいて。キョンの勉強を見ているときも、塾に行っているときですら、楽しかった。キョンと一緒の大学に行けるんだって思ったら、週末のテストを作るのさえ苦にならなかった。大学の最終志望が予定通りここに決まったとき、私は思った。やっとこれで夢が叶うって」 俯いていた佐々木は、顔を上げると夜空を見上げた。 「だから……キョン、明日からの試験頑張ろうよ。もちろんキョンの心に乱れがあるのは分かるわ。さっきの私の告白もその一因になるかもしれない。でも、私からの頼みを聞いて欲しいの……」 夜空を見上げたままの佐々木の、その顔に一筋の涙がこぼれた。 「私の夢を、叶えて」 第十六章 パーティへ
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第二十五章 未来 病院を出た俺たちは近くのレストランで早めの夕食を取った。古泉と長門は、今回の件についてまだ何か俺に伝えたそうだった。だが俺は、スマイル3割り増しで話し始めようとした古泉を手を挙げて制した。 もう良いじゃないか。ハルヒも無事目を覚ましたことだし、世界滅亡の危機とやらも回避された。ただでさえ俺は、来週の試験のことで頭がいっぱいなんだ、もうこれ以上、俺の頭に常識外の突飛な解説を押し込むのは止めてくれ。 そう言って彼らを黙らせた。 「そうですか、それなら仕方有りません」と残念そうに呟く古泉。 「……」と、何時にも増して残念そうな意志を瞳の奥に宿らせる長門。 ……まあ、後で聞いてやるよ。別に今じゃなくてもいいだろ?これで縁が切れる訳じゃないんだしさ。いつかまた会ったときにでも、ゆっくりと時間を取って聞いてやるから、その時に全ての種明かしを頼むぜ。 「分かりました」 「……分かった」 明日の朝迎えに来ますよと、二人は黒塗りハイヤーに乗ってホテルの前から走り去った。 古泉が用意してくれた宿は、病院からそれほど離れていないビジネスホテルだった。う~ん、せめてもう少し駅に近けりゃ、国木田や谷口を呼び出すことも出来たんだがな。この辺じゃ、暇つぶしすることも叶わんし。 自転車でも有れば話は別だったんだが。 しょうがない、部屋で適当に暇つぶしをしてとっとと寝よう。フロントから鍵を受け取り、割り当てられた部屋に向かう。オートロック式の安っぽいドアを開けると、そこに人影があった。 「お疲れ様でした」 予想はしていたさ。なんとなく、だがな。 「お久しぶりです、朝比奈さん」 朝比奈さん(大)だった。 「朝比奈さんがここにいるって事は、俺は【既定事項】とやらを無事クリアしたんですね?」 「ええ」 俺は今、部屋備え付けの椅子に座り、朝比奈さんはベッドの脇に腰掛けている。いつもの白ブラウスに黒のタイトスカート。初めて会ったときと同じ格好だ。この格好しか俺は知らないがな。 「今回の事件の発端が、佐々木さんにあるというのは長門さんから聞いていると思います」 「はい。アイツが望んだことで、時空の『揺らぎ』とやらが発生したとか何とか。でもそれは、佐々木からハルヒに力を戻したことで一応解決したと聞きましたが」 「そうですね。そのおかげで、わたしが今ここに居るんです。本来の時間軸に戻り始めている証拠です」 「じゃあこっちの朝比奈さんが居ないのもそのせいなんですね?」 「ええ、比較的大きな時空の『揺らぎ』が有るとTPDDが使用できなくなるんです。もちろん未来との定期通信も出来なくなりますから……小さいわたしがパニック状態になる前に、元時間平面に召還しました」 かつての七夕の時、TPDDとやらを無くしてしまった時の朝比奈さんのパニックぶりを思い返すと、その判断は正しい判断だと思った。1万回も夏休みを繰り返したあの時だって、事情を知らない朝比奈さんのうろたえぶりは尋常ではなかったしな。 「涼宮さんに力が戻ったことで、殆どの事象はそれで解決、または解決に向かっています。他の時空平面への影響も、最小限に抑えられました。全部あなたのおかげ。ありがとう、キョン君」 いえ、別に俺は自分の思うとおりに行動しただけですよ。お礼なんか言われる事じゃありません。 朝比奈さんは、ベッドの上から俺を慈しむような視線を俺に投げかけながら微笑んだ。 「ふふっ、そうでしたね。キョン君はそう言う人でした。無意識のうちに世界を守ってくれている、そんな人でしたっけ」 はあ。別に俺はそんなたいしたことやっているつもりはないんですがねぇ。特に自分で意識してやった訳じゃないですし。 「それがあなたの凄いところなんです。誰も知らないところで世界を護る。まるで正義のヒーローみたいですね」 いやあ、そんなこと無いですよ?と言いかけて、俺は別のことに気付いた。 ……朝比奈さん(小)ならともかく、朝比奈さん(大)がここまで俺を持ち上げているのは何か不自然だ。 もしかして、また何かあるんじゃないか? 「冗談はこれくらいにして、本題に入りましょうか」 ……今までのは冗談ですか。はあ。この人には叶わないな。 朝比奈さんは、ブラウスの内側から一通の封筒を取り出した……ブラウスの内側にポケットなんかあるのか? 俺はまだ朝比奈さんの暖かさが残る封筒を受け取る。ほんのりと甘い香りがするのを、あえて自分の嗅覚から追い出した。艶めかしいな、くそ……そんな標準的男子高校生の心情をごまかすように、俺は差出人を見た。 俺は目を疑った。何度見直してもそこには、俺が受験した大学の事務局の名前が書かれていたからだ。 え?なんで朝比奈さんがこんなもの持ってるんだ? 「中を見ても良いですか?」 「はい」 震える手で封書を開ける。そこには何枚かの紙と返信用封筒。そして今の今まで全く予想もしなかったものが入っていた。 「追加合格通知書」 俺が手にした一枚の紙には、確かにそう書かれていた。慌てて、封筒の中に入っていた連絡書を読んでみる。 「……入学希望者が定員を満たさなかったため、貴方が追加合格該当者となりました。以下に記載された期日まで同封の『入学誓約書』を事務局まで提出してください、か……朝比奈さん、これを何故貴方が?」 「……それは本来なら1週間前にキョン君のところへ届いているものなんです。申し訳ないのですが、途中で細工させていただきました」 「えっ……」 1週間前に届いていた?この合格通知がか? それを何故、朝比奈さんが邪魔をするんだ?意味分かんないぞ、それ。 「……理由を教えてくれますか?」 「補欠合格の貴方に追加合格の通知が来ると言うことは、どういう事か分かりますか?」 「入学辞退者が多くて、定員を満たせなかったからでしょう?さっきの連絡書にもそう書いてありましたし」 「そうですね。では、入学を辞退する人は何故、辞退したんでしょうか?」 「それは……そうですね、例えば別のもっと良い私立に受かったとかじゃないですか?」 「それだけですか?」 「う~~ん、あとは家庭の事情とか、病気だとか……そう言えば、合格通知が届いてから指定期間内に『入学誓約書』を提出しなければ、入学辞退と見なされると聞いたことがありますが」 合格通知が届いた翌日、佐々木が近くの郵便局にその『入学誓約書』を出しに行ったのを、俺は覚えている。 「そうですね。誓約書を出さないと入学できません」 良くできました、と言わんばかりの顔で朝比奈さんはこちらを見て微笑んだ。すいません、朝比奈さん。俺は貴方が何を言っているのか、よく分からないんですけど? ん?もしかして佐々木がやったのか?1週間前といえば、まだアイツはトンデモパワーを持っていた。もしかして、アイツの願望とやらで何人かの入学辞退者を出したとか? そう言えば、俺が補欠合格だと聞いて、残念そうな、複雑そうな顔をしてたっけ。 「この件に関しては、佐々木さんは関与していません。関与しているのは、涼宮さんの方です。もっとも涼宮さんご本人の意志とは別ですし、彼女の持つ力とも直接は関係ないのですが……」 ハルヒが?しかも本人の意志とは別?ますます意味分からんぞ?だって1週間前と言えば、まだハルヒは昏睡状態だったはず…… 「あ」 分かった。そう言うことか。 おそらく、ハルヒの両親は『入学誓約書』を提出していない。娘が目が覚める兆候もなく、昏々と眠り続けているんだ。大学入学がどうのという状態ではなかった。提出しなかったのではない。できなかったんだ。 そしてハルヒは入学辞退者扱いとなり、補欠合格だった俺の元へ追加合格通知が届いた、ということか。 「もしも、一週間前にこの封筒があなたの元に届いていたら、あなたはどうしてました?」 もしこの封筒が予定通り1週間前に届いていたら……多分俺はハルヒのことなど何も知らず、嬉々としてこの『入学誓約書』を提出していただろう。佐々木と一緒の大学生活を夢見ながら。 俺の『合格』が、元々はハルヒのものだったとは知らずに。 「キョン君」 思考の海を全速力のバタフライで泳いでいた俺は、朝比奈さんの一声で我に返った。 「追加合格通知書の提出期限は昨日だったんです。だから……申し訳ないけどしばらくこちらで預からせて貰いました。本当に申し訳ないと思ってます。あなたの未来をこちらの都合で決めてしまうのは……」 「朝比奈さん、大丈夫ですよ」 「へ?」 俺の知っている朝比奈さんと全く同じ表情をしたこの朝比奈さんは、まじまじと俺を見た。 「でも……あなたの未来を勝手に決めてしまったんですよ?キョン君はそれで納得できるんですか?」 「ん~~~、他人の都合で勝手に自分の未来を決められてしまうのは、正直面白くありません。でも、他人の人生を踏み台にしてその未来には行きたくないってのが本音です。例えそれが誰であっても……まあ、実際は今回の種明かしが全部終わって、事情が分かっているから言えることかもしれないんですがね」 こんなに照れた台詞を言うのは初めてだぜ。相手が朝比奈さん(大)だから言えたことなのかもしれんがな。 だが、それは俺の正直な気持ちだった。 「ありがとう。本当はキョン君に怒られるんじゃないかって、覚悟して来たんです。でも、そう言ってくれるなら安心しました」 「俺は、ハルヒと妹以外の女性を怒る趣味はないですよ、朝比奈さん」 驚いたような、それでいて残念そうな朝比奈さんの顔。そんなお顔もお美しいですね、あなたは。 「……羨ましいですね、涼宮さんと妹さん。わたしもキョン君に怒られてみたかったな……」 「は?」 「何でもないです。忘れてください」 くすりと微笑んだ朝比奈さんは、腰掛けていたベッドからすっと立ち上がりドアの方に向かった。 「……もう行きます。小さな私には、もうこの時間平面への回帰命令が出ているはずですから、すぐに会えるはずです。安心してください」 がちゃり、とドアを開けて振り向いた朝比奈さんの顔には、いつの日か見た『見たものを、全て恋に落としそうな笑顔』があった。 「さよなら、キョン君」 そう言ってドアが閉まり……朝比奈さんは姿を消した。 朝比奈さんが居なくなったホテルの一室で、俺はさっき朝比奈さんが座っていたベッドに仰向けになり、テレビも付けずに思考の海の中をたゆたっていた。 朝比奈さん(大)が現れてこの一年間のドタバタを締め括ったと言うことは、本当にこれで終わりなんだろう。 長かったこの一年。終わってみれば、北高時代と遜色のない密度だったな。佐々木と朝倉との受験勉強や、GWや夏期休暇中のドタバタ。勉強漬けの灰色の一年だと思っていたが、今思い返すと結構楽しいことも有ったな。俺の高校生活は、波瀾万丈で幕を閉じるって訳だ。 やれや…… いやまて、俺の受験はまだ終わって無いじゃないか?地元に帰ってもう一度受験をしなきゃいけない。 そのことを改めて認識した俺は、天井を見上げたままため息をついた。ああ。 神様仏様ハルヒ様佐々木様。どうかこの俺に『神』のご加護を…… 第二十六章 大団円へ
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第二十五章 未来 病院を出た俺たちは近くのレストランで早めの夕食を取った。古泉と長門は、今回の件についてまだ何か俺に伝えたそうだった。だが俺は、スマイル3割り増しで話し始めようとした古泉を手を挙げて制した。 もう良いじゃないか。ハルヒも無事目を覚ましたことだし、世界滅亡の危機とやらも回避された。ただでさえ俺は、来週の試験のことで頭がいっぱいなんだ、もうこれ以上、俺の頭に常識外の突飛な解説を押し込むのは止めてくれ。 そう言って彼らを黙らせた。 「そうですか、それなら仕方有りません」と残念そうに呟く古泉。 「……」と、何時にも増して残念そうな意志を瞳の奥に宿らせる長門。 ……まあ、後で聞いてやるよ。別に今じゃなくてもいいだろ?これで縁が切れる訳じゃないんだしさ。いつかまた会ったときにでも、ゆっくりと時間を取って聞いてやるから、その時に全ての種明かしを頼むぜ。 「分かりました」 「……分かった」 明日の朝迎えに来ますよと、二人は黒塗りハイヤーに乗ってホテルの前から走り去った。 古泉が用意してくれた宿は、病院からそれほど離れていないビジネスホテルだった。う~ん、せめてもう少し駅に近けりゃ、国木田や谷口を呼び出すことも出来たんだがな。この辺じゃ、暇つぶしすることも叶わんし。 自転車でも有れば話は別だったんだが。 しょうがない、部屋で適当に暇つぶしをしてとっとと寝よう。フロントから鍵を受け取り、割り当てられた部屋に向かう。オートロック式の安っぽいドアを開けると、そこに人影があった。 「お疲れ様でした」 予想はしていたさ。なんとなく、だがな。 「お久しぶりです、朝比奈さん」 朝比奈さん(大)だった。 「朝比奈さんがここにいるって事は、俺は【既定事項】とやらを無事クリアしたんですね?」 「ええ」 俺は今、部屋備え付けの椅子に座り、朝比奈さんはベッドの脇に腰掛けている。いつもの白ブラウスに黒のタイトスカート。初めて会ったときと同じ格好だ。この格好しか俺は知らないがな。 「今回の事件の発端が、佐々木さんにあるというのは長門さんから聞いていると思います」 「はい。アイツが望んだことで、時空の『揺らぎ』とやらが発生したとか何とか。でもそれは、佐々木からハルヒに力を戻したことで一応解決したと聞きましたが」 「そうですね。そのおかげで、わたしが今ここに居るんです。本来の時間軸に戻り始めている証拠です」 「じゃあこっちの朝比奈さんが居ないのもそのせいなんですね?」 「ええ、比較的大きな時空の『揺らぎ』が有るとTPDDが使用できなくなるんです。もちろん未来との定期通信も出来なくなりますから……小さいわたしがパニック状態になる前に、元時間平面に召還しました」 かつての七夕の時、TPDDとやらを無くしてしまった時の朝比奈さんのパニックぶりを思い返すと、その判断は正しい判断だと思った。1万回も夏休みを繰り返したあの時だって、事情を知らない朝比奈さんのうろたえぶりは尋常ではなかったしな。 「涼宮さんに力が戻ったことで、殆どの事象はそれで解決、または解決に向かっています。他の時空平面への影響も、最小限に抑えられました。全部あなたのおかげ。ありがとう、キョン君」 いえ、別に俺は自分の思うとおりに行動しただけですよ。お礼なんか言われる事じゃありません。 朝比奈さんは、ベッドの上から俺を慈しむような視線を俺に投げかけながら微笑んだ。 「ふふっ、そうでしたね。キョン君はそう言う人でした。無意識のうちに世界を守ってくれている、そんな人でしたっけ」 はあ。別に俺はそんなたいしたことやっているつもりはないんですがねぇ。特に自分で意識してやった訳じゃないですし。 「それがあなたの凄いところなんです。誰も知らないところで世界を護る。まるで正義のヒーローみたいですね」 いやあ、そんなこと無いですよ?と言いかけて、俺は別のことに気付いた。 ……朝比奈さん(小)ならともかく、朝比奈さん(大)がここまで俺を持ち上げているのは何か不自然だ。 もしかして、また何かあるんじゃないか? 「冗談はこれくらいにして、本題に入りましょうか」 ……今までのは冗談ですか。はあ。この人には叶わないな。 朝比奈さんは、ブラウスの内側から一通の封筒を取り出した……ブラウスの内側にポケットなんかあるのか? 俺はまだ朝比奈さんの暖かさが残る封筒を受け取る。ほんのりと甘い香りがするのを、あえて自分の嗅覚から追い出した。艶めかしいな、くそ……そんな標準的男子高校生の心情をごまかすように、俺は差出人を見た。 俺は目を疑った。何度見直してもそこには、俺が受験した大学の事務局の名前が書かれていたからだ。 え?なんで朝比奈さんがこんなもの持ってるんだ? 「中を見ても良いですか?」 「はい」 震える手で封書を開ける。そこには何枚かの紙と返信用封筒。そして今の今まで全く予想もしなかったものが入っていた。 「追加合格通知書」 俺が手にした一枚の紙には、確かにそう書かれていた。慌てて、封筒の中に入っていた連絡書を読んでみる。 「……入学希望者が定員を満たさなかったため、貴方が追加合格該当者となりました。以下に記載された期日まで同封の『入学誓約書』を事務局まで提出してください、か……朝比奈さん、これを何故貴方が?」 「……それは本来なら1週間前にキョン君のところへ届いているものなんです。申し訳ないのですが、途中で細工させていただきました」 「えっ……」 1週間前に届いていた?この合格通知がか? それを何故、朝比奈さんが邪魔をするんだ?意味分かんないぞ、それ。 「……理由を教えてくれますか?」 「補欠合格の貴方に追加合格の通知が来ると言うことは、どういう事か分かりますか?」 「入学辞退者が多くて、定員を満たせなかったからでしょう?さっきの連絡書にもそう書いてありましたし」 「そうですね。では、入学を辞退する人は何故、辞退したんでしょうか?」 「それは……そうですね、例えば別のもっと良い私立に受かったとかじゃないですか?」 「それだけですか?」 「う~~ん、あとは家庭の事情とか、病気だとか……そう言えば、合格通知が届いてから指定期間内に『入学誓約書』を提出しなければ、入学辞退と見なされると聞いたことがありますが」 合格通知が届いた翌日、佐々木が近くの郵便局にその『入学誓約書』を出しに行ったのを、俺は覚えている。 「そうですね。誓約書を出さないと入学できません」 良くできました、と言わんばかりの顔で朝比奈さんはこちらを見て微笑んだ。すいません、朝比奈さん。俺は貴方が何を言っているのか、よく分からないんですけど? ん?もしかして佐々木がやったのか?1週間前といえば、まだアイツはトンデモパワーを持っていた。もしかして、アイツの願望とやらで何人かの入学辞退者を出したとか? そう言えば、俺が補欠合格だと聞いて、残念そうな、複雑そうな顔をしてたっけ。 「この件に関しては、佐々木さんは関与していません。関与しているのは、涼宮さんの方です。もっとも涼宮さんご本人の意志とは別ですし、彼女の持つ力とも直接は関係ないのですが……」 ハルヒが?しかも本人の意志とは別?ますます意味分からんぞ?だって1週間前と言えば、まだハルヒは昏睡状態だったはず…… 「あ」 分かった。そう言うことか。 おそらく、ハルヒの両親は『入学誓約書』を提出していない。娘が目が覚める兆候もなく、昏々と眠り続けているんだ。大学入学がどうのという状態ではなかった。提出しなかったのではない。できなかったんだ。 そしてハルヒは入学辞退者扱いとなり、補欠合格だった俺の元へ追加合格通知が届いた、ということか。 「もしも、一週間前にこの封筒があなたの元に届いていたら、あなたはどうしてました?」 もしこの封筒が予定通り1週間前に届いていたら……多分俺はハルヒのことなど何も知らず、嬉々としてこの『入学誓約書』を提出していただろう。佐々木と一緒の大学生活を夢見ながら。 俺の『合格』が、元々はハルヒのものだったとは知らずに。 「キョン君」 思考の海を全速力のバタフライで泳いでいた俺は、朝比奈さんの一声で我に返った。 「追加合格通知書の提出期限は昨日だったんです。だから……申し訳ないけどしばらくこちらで預からせて貰いました。本当に申し訳ないと思ってます。あなたの未来をこちらの都合で決めてしまうのは……」 「朝比奈さん、大丈夫ですよ」 「へ?」 俺の知っている朝比奈さんと全く同じ表情をしたこの朝比奈さんは、まじまじと俺を見た。 「でも……あなたの未来を勝手に決めてしまったんですよ?キョン君はそれで納得できるんですか?」 「ん~~~、他人の都合で勝手に自分の未来を決められてしまうのは、正直面白くありません。でも、他人の人生を踏み台にしてその未来には行きたくないってのが本音です。例えそれが誰であっても……まあ、実際は今回の種明かしが全部終わって、事情が分かっているから言えることかもしれないんですがね」 こんなに照れた台詞を言うのは初めてだぜ。相手が朝比奈さん(大)だから言えたことなのかもしれんがな。 だが、それは俺の正直な気持ちだった。 「ありがとう。本当はキョン君に怒られるんじゃないかって、覚悟して来たんです。でも、そう言ってくれるなら安心しました」 「俺は、ハルヒと妹以外の女性を怒る趣味はないですよ、朝比奈さん」 驚いたような、それでいて残念そうな朝比奈さんの顔。そんなお顔もお美しいですね、あなたは。 「……羨ましいですね、涼宮さんと妹さん。わたしもキョン君に怒られてみたかったな……」 「は?」 「何でもないです。忘れてください」 くすりと微笑んだ朝比奈さんは、腰掛けていたベッドからすっと立ち上がりドアの方に向かった。 「……もう行きます。小さな私には、もうこの時間平面への回帰命令が出ているはずですから、すぐに会えるはずです。安心してください」 がちゃり、とドアを開けて振り向いた朝比奈さんの顔には、いつの日か見た『見たものを、全て恋に落としそうな笑顔』があった。 「さよなら、キョン君」 そう言ってドアが閉まり……朝比奈さんは姿を消した。 朝比奈さんが居なくなったホテルの一室で、俺はさっき朝比奈さんが座っていたベッドに仰向けになり、テレビも付けずに思考の海の中をたゆたっていた。 朝比奈さん(大)が現れてこの一年間のドタバタを締め括ったと言うことは、本当にこれで終わりなんだろう。 長かったこの一年。終わってみれば、北高時代と遜色のない密度だったな。佐々木と朝倉との受験勉強や、GWや夏期休暇中のドタバタ。勉強漬けの灰色の一年だと思っていたが、今思い返すと結構楽しいことも有ったな。俺の高校生活は、波瀾万丈で幕を閉じるって訳だ。 やれや…… いやまて、俺の受験はまだ終わって無いじゃないか?地元に帰ってもう一度受験をしなきゃいけない。 そのことを改めて認識した俺は、天井を見上げたままため息をついた。ああ。 神様仏様ハルヒ様佐々木様。どうかこの俺に『神』のご加護を…… 第二十六章 大団円へ
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第十五章 前日2 一通り試験会場と大学構内を見て回った俺たちは、大学そばのファミレスで少々早めのランチを取っていた。 国木田と阪中の志望は、それぞれ理学部と教養学部とのことだった。ランチを食いながら、大学の感想やそれぞれの志望学部への感想や希望を一通り話し合った後で、国木田が切り出した。 「キョン達はこれからどうするんだい?」 うーん、実は考えてない。予定ではこれからホテルに戻って受験科目の最後の確認って所なんだが、何だかそんな気分じゃないな。 「おいおい、キョン。試験日は明日というのにずいぶん余裕じゃないか。キミは僕なんかよりも確認項目は沢山あると思っていたのだが」 へいへい、分かりましたよ佐々木さん。じゃあホテル帰って……って待てよ?確か午後2時以降じゃないと俺は部屋に入れないんだっけ。佐々木、お前の所はどうだ? 「ああ、そう言えば僕の宿泊予定のホテルもそんなことを言っていた」 そうなのか?参ったな。まだ時間まで1時間半もあるぜ? う~~む、と腕組みした俺たちに、阪中が提案を持ちかけてきた。 「じゃあ、あたし達の泊まっているホテルに来ればいいのね。まだ話したいこといっぱいあるし」 俺と佐々木は、国木田&阪中に先導されて彼らの投宿しているホテルに向かっている。 彼らは1週間ほど前からこのホテルに投宿しており、今日は試験会場の最終確認とやらで大学に来ていたとのことだ。全く。金持ちは違うね。 そんな俺のぼやきが口に出ていたのだろうか、振り返りながら国木田が言った。 「ホテルの手配をしてくれたのは、古泉くんなんだよ」 「そうなのね。お父さんのコネがどうとか言ってたけど、北高からこの大学を受ける全員分の部屋を確保してくれたのね」 「そうそう。ナイショだけど、普通の宿泊料の半分で良いんだってさ」 「凄いのね」 古泉か。 朝のあの光景を思い出す。くそ、さっきまで忘れていたのに。 抱きつくハルヒ。抱きしめる古泉。それはまるで恋人同士のように…… ぶんぶんと頭を振って、その映像を頭から追い出す。アレは多分、何かの間違いだ。そう、絶対何か理由があるはずだ。でなきゃ、古泉はともかくハルヒがあんな行動を取るわけがない。そうだ、俺は何を心配しているんだ? 「キョン、顔色が優れないが大丈夫か?もし調子が悪いようなら、すぐにタクシーを捕まえるが」 佐々木が心配そうに俺の顔を覗き込んでいる。ああ、大丈夫だ。ちょっとな、明日の試験のことを考えたら不安になってきただけだ。 「そ、そうかい……でも、本当に」 気にするな。俺は、大丈夫だ。 「ここなのね」 国木田と阪中が指示すホテルは、俺の投宿予定の安手の観光ホテルとは違い、俺でさえ名前は聞いたことのあるような、格式有る一流ホテルだった。海外のVIPが定宿にしているホテル、と言えばその豪華さは想像が付くだろう。そのあまりの豪華さにあっけにとられた俺と佐々木は、アホみたいに口を開けっぱなしだった。 「驚いたろ?僕も阪中も、最初にここに着いたときは何かの間違いじゃないかって思った位さ」 一流の香りをそこかしこに漂わせるロビー。中庭の庭園を見渡せるように配置された大きなソファー。 そこでは裕福そうな老夫婦が、仲睦まじげにコーヒーを飲んでいた。 そこでまた、朝の光景がフラッシュバックされた。 まるで恋人同士のような二人。SOS団から俺が居なくなって、一体何があったんだろう? そう言えば、去年の11月頃からハルヒの言動が変わったきてたな。電話しても出ないし、メールも素っ気無かったし。今考えてみれば、色々おかしいことが…… 「キョン?やっぱりキミおかしいぞ?」 佐々木の声で我に返った。 「彼らがどうかしたのかい?」 どうも、俺は先ほどの老夫婦のことを凝視していたらしい。彼らは俺の視線に気がつくと、最初はちらちらとこちらを見ていたが、しばらくして気まずそうに席を立ってしまった。 そりゃ見覚えのない人間からずっと凝視されたら、普通は逃げるよな……って、すいません!そんなつもりじゃなかったんです! 足早に去っていく先ほどの見知らぬ老夫婦の後ろ姿に、俺は心の中で土下座していた。 「キョン、ここで少し休もう。お茶でも飲もうか」 そうだな、佐々木。ちょっと疲れた。はは、運動不足かもしれないな。 「なんだいキョン、運動不足なのかい?」 「キョン君、さっきから変なのね?やっぱり具合悪いのね?」 大丈夫だって、気にするな。もう少ししたら落ち着くから。 窓脇のソファーを陣取り、各々飲み物をオーダーした俺たちは、再び取り留めのない馬鹿話に興じた。俺や佐々木や国木田の中学校での暴露話や、阪中のルソーのエピソード。俺が転校した後の北高の話。そのうちにようやく俺の心も落ち着いてきて、朝見たことは何か理由があったことだと決着を付け、心の中から追い出すことが出来た。 ひとしきり歓談した後、佐々木が立ち上がりながら言った。 「じゃあ、そろそろ僕たちは行くよ。楽しい時間は過ぎるのが速いと言うが、もう時間だからね」 え、もうそんな時間か?慌てて時計を見ると、ホテルに帰る予定の時刻を1時間も過ぎていた。今日はこの後予定があるわけではないが、明日試験本番だというのに油売ってちゃまずい。早めに帰って、明日の試験に備えなきゃな。 「そうか、もうそんな時間か。キョン、佐々木さん。お互いがんばろうね」 「私たちもがんばるのね」 「おお、もちろんだ。国木田、阪中、お前らもがんばれよ」 そう言って、ソファーから立ち上がりかけたときだった。 「……ったく、バカ……しが……せっかく迎え……のに!」 「……まあ、涼宮さん……くたちが……ないのですか……」 フロントの方から聞き慣れた声……ハルヒと古泉の声が聞こえた。 「あ、涼宮さん達が来たようだね」 「相変わらずラブラブなのね」 その、阪中の言葉で俺は固まってしまった。立ち上がりかけたソファーに再び落下する。 「あ……阪中!?」 「え……あ、ゴメンキョン君。何でも無いのね」 慌てて言葉を濁す国木田と阪中だったが、俺は阪中の言葉を頭の中で反芻していた。 ラブラブ?ハルヒと古泉が?どういうことだ? 「キョン?」 佐々木が耳元で呼んでいたが、俺は僅かに手を上げてその言葉を制した。フロントから漏れ聞こえるハルヒと古泉の会話を聞き取ることに集中していたからだ。 「古泉と涼宮です。3泊4日で予約していたはずです」 「古泉様と涼宮様ですね。はい、承っております」 妙に鮮明に聞こえるのは、周りが静かだからか? 顔を巡らすと、国木田や阪中、佐々木がじっと俺の方を凝視している。だが俺と目が合った瞬間、国木田と阪中は明後日の方向に目を逸らしてしまった。 「キョン、どうしたんだ一体?そんな怖い顔をして……」 佐々木がやんわりと非難する。どうも俺は知らず知らずのうちにものすごい形相になっていたようだ。 だが俺はそんな佐々木には応えず、ずっと耳を澄ましていた。 「キ、キョン。涼宮さん達に声掛けた方が良いんじゃ……」 「そ、そうなのね。何だったら呼んできて……」 慌てたような国木田と阪中の気遣いも、今は煩わしい。軽く手を挙げて無言で会話を打ち切った俺は、二人の気遣いを無視してハルヒと古泉の会話に集中した。幾つかの会話は聞き逃してしまったものの、最後のこの言葉だけははっきりと俺の耳に届いた。 「すっご~~い、スイートルームじゃない!アタシ一度泊まってみたかったのよー!」 「恐縮です。では、参りましょうか、お姫様」 彼らはホテルの従業員に案内されて、最上階スイートルーム直通のエレベータに消えていった。 俺たちがここにいることなど、気付いてもいなかっただろう。 スイートルーム直通エレベータの階数を示す数値が動き始めたところで、俺は無言で席を立った。 気まずそうな国木田と阪中が、ちらちらと俺を見ていた。 「キョン、これはね、あの、その……」 「キョン君、ごめんなさいなのね。隠すつもりはなかったのね。あのね、実はね……」 立ち上がったまま動かない俺に、国木田と阪中がしどろもどろになりながらも話し始めたことで、今目の前で起こったことが全て本当のことなのだと分かった。 気にするな、国木田、阪中。いくら鈍い俺でも今回のことでよく分かったよ。 俺が惨めな希代の道化師だって事をな。 その俺の言葉を聞いて、彼らは黙り込んでしまった。 「キョン?大丈夫かい?」 自分でも気付かなかったが、どうも俺はまるで酔っぱらいのようにふらふらしていたらしい。 佐々木に支えられていた事に、今気がついた。心が、体が不安定なのが自分でも分かる。 「悪い、俺帰るわ」 俺は一言そう言い、歩き出した。 慌てて国木田も阪中もばつが悪そうな顔で付いてくる。佐々木も何も言わずに付いてきた。 ホテルの入り口で振り返り、俺は国木田と阪中に礼を述べた。 「今日はどうもな。久々にお前らと話せて、楽しかったぜ。ああ、さっきのことは気にするな。別にお前らのせいじゃない」 「キョン……」 「キョン君……」 申し訳なさそうな二人の顔は、あまり見たくはない。さっきから目頭が熱い。おそらく涙でぐしゃぐしゃになってしまっているだろう俺の顔も見られたくはない。だから…… 「……『涼宮』と古泉に伝えてくれ。『おめでとう、良かったな』ってな」 俺はそれだけ言うと、踵を返した。 「キョン!涼宮さんは……」 「キョン君!話を聞いて欲しいのね!」 だが俺には、彼らの言葉は耳に入らなかった。 もういい!もうこれ以上道化になるのは沢山だ! 俺の言葉を否定する国木田の言葉を振り切って、俺は逃げるようにホテルを走り出た。 後ろで佐々木が何か言いながら追いかけてきたようだが、今の俺はそれすらも聞きたくなかった。 ホテルを出たところで、俺は全力で走り始めた。 どのくらい、時が過ぎたのだろう? 気がつくと、昼に阪中と偶然遭遇した大学前のベンチに座っていた。 辺りは暗い。夜の帳が降りてから、かなり経っているようだった。 慌てて時計を確認すると、既に日付を跨いでいた。 はあ。 俺は……どうすりゃいいんだ?いや、どうしたいんだ? そもそも俺は、なんでこの大学を受けようとしたんだっけ? この一年間、佐々木や朝倉の教えを受けてまで、何故? 答えは決まってる。ハルヒのことが好きで、ハルヒと一緒の大学に行きたくて。 ハルヒと同じ時を過ごしたかったからだ。 じゃあ、今日のアレは何だ? いつの間にか、古泉とハルヒがラブラブになっていた。しかも宿泊先はスイートルームかよ。 既に「ご婚約おめでとう」と言うべき状態なんだな、あいつらは。 ああ、そうか。 そういうことか。 俺が帰りたかった場所には。ハルヒの隣には。いつの間にか俺の居場所が無くなってたんだな。 そういえば以前古泉が言ってたっけ。 「あなたと同じ立ち位置になるよう頑張ります」ってな。 なるほど、そういう意味だったのか。 要するにアレは、俺に対する宣戦布告だったんだ。 はは、今頃気付いたぜ。 流石だ、古泉よ。 このゲームは俺の負けだ。 商品は涼宮ハルヒ様、別名現人神様だ。 お前の勝ちだ。さっさと持っていけ。 「キョン」 取り留めのない自虐思考を止めたのは、息を切らせた佐々木の姿だった 「やっと見つけたよ。こんな時間にこんな所で、何をやっているんだい?」 ああ、ちょっとな。明日のことを考えたら、眠れなくてさ。 「そうか。でもこんな時間にこんな所にいたら明日に差し支える。昼に行ったファミレスにでも行かないか? あそこなら24時間営業だ」 こんな時まで気を遣わなくていいぞ、佐々木。お前はホテルに帰ってゆっくり休め。何せお前は、俺よりも遙かに難易度の高い学部を受験するんだからな。俺のことはほっといてくれてかまわん。 「キョン」 佐々木は俺の肩に手を置いて、真剣な目で俺を見ながら言った。 「バカなことを言うんじゃない。確かに昼間のアレは、キョンにとってはショックだったと思う……でも」 俺の肩を掴む佐々木の力が徐々に強くなってくる。 それと同時に俺を見つめる佐々木の瞳にも力が漲ってきた。 「あんな事で、僕の……いいえ。私の夢を壊したくないの!」 「ゆ、夢?」 突然の女言葉に驚いた俺は、オウム返しに聞き返すしかなかった。 佐々木は俺を含む男に対しては男言葉を使うが、他の女性に対しては普通に女言葉で話す、というのが中学の時からの俺の認識だ。それが突然、俺という男性に対して女言葉になったのだ。驚かないわけがない。しかし佐々木は女言葉のまま話を続けた。 「そう、夢。大学で一緒に勉強して、一緒に遊んで、一緒に買い物をして、一緒に……それが私の夢」 さ、佐々木……おまえ、まさか。 そこで一呼吸置いた佐々木は、俺の目を射るような視線で貫きながら言った。 「私は、キョンのことが好き。中学校の時は自分でもよく分からなかったけど、高校でキョンと離れてみて分かったわ。私はキョンのことが好きなんだって」 驚きの告白。 今日は本当に驚くことの連続だ。朝のアレに始まって、ホテルでのあの光景。そして最後は佐々木の告白だ。 「お前……俺のことを親友だって言ったじゃないか。その、一年前に再開したとき」 「そう。でもそうでも言わないと、本心を言ってしまいそうだったから。あの後、私はキョンに対する気持ちで一杯だった。橘さん達の話に乗ったのも、それが原因。少しでも時間を共有したかったからよ」 佐々木は俺の肩に置いていた手を離し、とすん、と隣に座った。 「だから……この一年間は毎日がとても楽しかったわ。朝学校に行けばキョンがいて、朝倉さんがいて。キョンの勉強を見ているときも、塾に行っているときですら、楽しかった。キョンと一緒の大学に行けるんだって思ったら、週末のテストを作るのさえ苦にならなかった。大学の最終志望が予定通りここに決まったとき、私は思った。やっとこれで夢が叶うって」 俯いていた佐々木は、顔を上げると夜空を見上げた。 「だから……キョン、明日からの試験頑張ろうよ。もちろんキョンの心に乱れがあるのは分かるわ。さっきの私の告白もその一因になるかもしれない。でも、私からの頼みを聞いて欲しいの……」 夜空を見上げたままの佐々木の、その顔に一筋の涙がこぼれた。 「私の夢を、叶えて」 第十六章 パーティへ
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第一章 家庭の事情 ことの始まりは一昨日の事だ。 期末試験明け初めての土曜日。 恒例の不思議探索が恙なく終わり(俺の財布のダメージは大きかったが)団長サマの「今日はこれで解散!」 の号令で各自家路についた。もうあと少しで春休みだが、あの団長サマの言によると、SOS団は年中無休で活動予定らしい。ま、少しくらいは俺にもぼーっとシャミセンや妹と戯れるような普通の休みがほしいねえ、などと自転車を漕ぐ俺は、これから起こるだろう真珠湾攻撃を予測できなかったオアフ島守備隊隊長の心境に近かったのかもしれない。 家に着くと珍しく親父がいた。 いつもは日曜日にしか家にいない仕事の虫だから、土曜日のこの時間に家にいるのは、滅多にないことなのでちょっと驚いた。 「ちょっといいか?」 リビングから顔を出した親父は、食卓の椅子に座るように目線で合図する。 その向かいには神妙な顔をしたお袋まで鎮座している。珍しいな、親父から声を掛けてくるなんて。 ……つか、このポジションは……俺の向かいに親父とお袋。妹はいない。 俺何かやったっけ? ああ、もしかして学期末テストのことで、また予備校がどうとか言う話になるのか? 落ち着かない表情の俺を見て、親父がさくっと切り込んできた。 「実は、引っ越すことになった」 「……わりィ、親父。意味が解らないんだが」 「引っ越しというのは、今住んでいるこの家から別の家に……」 「いや、そんなことは聞いていない。なんで引っ越しすることになったのか、その理由を教えてくれ!」 親父とお袋はちらりと目配せしてから、話をし始めた。 色々と言い訳がましい説明もあったのだが、要するに…… 親父が勤めている会社で新しいプロジェクトを始めることになり、その責任者が親父に決まった。そのプロジェクトとやらはかなり大きなものらしく、ある程度の結果を出すまでには最低数年、予定では十数年かかる長大なものなのだそうだ。ただ、問題はそのプロジェクトを行う場所が、俺がずっと暮らしてきたこの街から遠く遠く離れた場所にあると言うことだ。もちろん、日本国内だがな。 親父も当初は単身赴任を考えたらしいが、そのプロジェクトがかなりの長期に渡るのであれば、いっそのこと生活基盤をそちらに移した方がよいだろうと考えた。結局、家族全員で引っ越すことにした、ということだ。 「……と、こういう訳だ」 「おいおい、俺も妹も学校があるんだが?いきなり転校と言われても、色々困る」 「心配ない。別に外国や人外魔境のジャングルに引っ越す訳じゃあない。一応日本国内だ、引っ越し先にも中学校や高校はあるぞ」 「妹ももうすぐ卒業で春からは中学生だぜ。誰も友達がいない中学校に行かせるのはかわいそうだと思うが。それに俺も来年は受験生だし、この大切な時期に引っ越したくはない。俺達はこっちに残るからな」 「……じゃあ聞くけど」 親父と俺の会話を黙って聞いていたお袋は俺の方をじっと見ながら、まるで判決文を読み上げる判事のような表情でこう宣った。 「仮に一年、引っ越しを延ばしてあんたが高校を卒業するまでここに居たとしましょ。あんたはいいわね。 でもあの子は、こっちの中学校に入って、新しい友達ができてから転校することになるのよ?それって今の状況よりも更にかわいそうだと思わない?この多感な時期に」 「……いや、あいつならどこに行っても友達を作れるはずだ。そうだ、いっそのことあいつが中学校を卒業するまで居るって言うのはどうだ?俺もその頃には大学生だろうしさ」 「ふ~~ん、あんたあの子と3年間も二人暮らしが出来るほど、家事やなにやら一通り出来るんだ?勿論、あんたの部活とやらも、出来なくなるわね。掃除や洗濯、毎食事の準備。学校が終わったらすぐに帰宅して取りかからないととうてい出来ないわ。勿論、朝の準備もね。主婦の仕事を嘗めるんじゃないわよ」 「う、そ……それは……つか、二人暮らして。お袋が親父に付いていくのは、既に決定してるのか?」 「当たり前でしょ、夫婦なんだから。あ、あとさっき『俺は受験生』って言ってたけど、どこの大学に行くつもり?」 「まだ決めてはいないが、一応学校には国公立志望で進路提出してる。つか、そうしろといったのはお袋で、俺には一切反論の余地を与えてくれなかったじゃないか」 「まあ、うちは私立の大学にあんたを入れられるほど裕福じゃないから、国公立大学に入ってもらわないといけないんだけどね。あんたが今の学力で入れるような大学って、どこ?」 「……ええと、そうだな。○○大学とか?」 「で、あんたはそこに入りたいわけだ。入って何をするの?その大学で何をしたいの?そうそう、あんたの家庭教師してくれた涼宮さんだっけ?あの子もその大学志望?」 「あいつの志望は、もっともっとランクが上の大学だ。以前ちらっと聞いたことがある。それよりも、なんでアイツの名前が出てくるんだ?」 「あら、あんた涼宮さん達と一緒の大学に行きたいんじゃなかったの?」 「別に俺はあいつらと同じ大学に入りたいとかそんなことは考えてないぞ?大体、何で大学に入ってまであいつの尻ぬぐいをしなきゃならんのだ。しかも涼宮さん達って事は古泉や長門もセットなのかよ!……でもまあ、一緒だったら楽しいだろうがな……」 そこで、お袋の目がキラリと光った。 「でしょ?だったら、別の場所で一年間みっちり勉強して、一緒の大学に行けるようにすれば良いじゃない?それだったらお父さんも母さんも何も言わないわ……ま、本当に入れるならね」 「おいおい、ちょっと待ってくれ。ハルヒの志望大学なんて、俺が逆立ちしても入れないような高レベルな所だぞ。あそこに現役ですんなり入れるようなのは、俺の知っている中では古泉と長門くらいなもんだ。俺のような一般人は、どう考えたって無理だぜ」 そんな俺の脳内突っ込みを察した様に、お袋は先刻から読み上げていた判決文の最後の言葉を読み上げた。 「あんたがSOS団とやらの部活を辞めて、一心不乱に勉強をすれば……もしかしたら何とかなる可能性もあるかもしれないけどね。でも現状でさえ無理なのにこっちで二人暮らしだったら、もうどうやっても無理でしょ。だったら、別の場所で心機一転して、本気で将来のことを考える方がいいんじゃない?」 「いやだから……でも……え~~と……」 「あんたがもし本当にやる気を出してくれるなら、塾でも講習でも家庭教師でも、応援するわ。その結果、その大学に合格したのなら下宿代でも何でも出してあげる。本当に合格できるならね。あと大学は学区制じゃないんだしどこの県の高校だろうと受験するチャンスは一緒だからね。受験まであと一年無いのよ?がんばりなさい」 ぐうの音も出なかった。 黙り込んでしまった俺を見て、親父がこの一方的な通告劇の最後を締めくくった。 「と、言うことだ。三学期の終業式が終わったら、引っ越し準備に掛かるぞ。今のうちから、荷物はある程度整理しておけ。それと、向こうの高校の編入試験もあるから、きっちり勉強しておくことだな」 「期末試験が終わったと思ったらまた試験かよ。勘弁してくれ。えーと、それはいつだ?」 「終業式の次の日だ。おまえには終業式が終わったら、向こうに直行して試験を受けてもらうことになる」 「……俺はその向こうの高校とやらに行ったこともないし、行き方も知らんよ?」 「俺も同行するよ。おまえ一人を向こうにやるわけにはいかんし、引っ越しの下準備もあるからな。気楽にやれとまでは言わんが、公立の普通高校だから、余程のことがなければ受かるさ」 そうですか。全て根回し済みって事ですか。 はぁ。 「……ちょっと待て。妹には引っ越しのことは話したのか?」 「話したわ。ぎゃんぎゃん泣き叫んだけど、最後には『分かった』って言ってた」 「……そうか。あいつが形だけでも納得したのなら、俺がどうこう言っても始まらないんだな」 「そういうことね。さて、いまから夕食にするから、あの子呼んできなさい」 部屋に閉じこもっていた妹を宥め賺し、リビングに戻ってきたのはそれから1時間後のことだった。 第二章 それぞれの思惑へ
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第二十六章 大団円 色々あった翌週、俺は地元国立大学の2次試験を受けた。 「どうせ地方大学の2次募集だから」と高を括っていたのだが、試験直前にその志望倍率を見て驚いた。 20倍の競争率って、何? 理工系の学部で二次募集をするのは、国公立大学ではあまり無いこと。 さまざまな大学に落ちた、全国の理工系受験生が集中すること。 実は100年以上の歴史を持つ学部で、卒業後の就職率がかなり高いこと……などがこの異常な倍率になったらしいが、これは毎年恒例のことなんだそうだ。これも後で聞いた話だがな。 受験勉強などというものに既に粗縄をかけて記憶の奥底に仕舞い込んでいた俺が、試験当日どれほど苦労したかは言わなくても分かるだろうというものだ。ましてや、その直前にあった古泉と長門による俺の強制連行とそれに関連する頭の痛い出来事が、さらに俺の記憶領域を圧迫していたのは言うまでもない。 それでも、月が変わる前には、俺の元には合格通知が届いた。 佐々木の、例のおまじないのおかげかもしれん。その辺までも去年のハルヒと共通なのは、何の因果かね。 まあ、去年一年間の種明かしがあった後では、複雑な思いではあるがな。 入学式も滞りなく終わり、俺は晴れて大学生となった。志望していた大学とは違うが、まあその辺は言っても始まらないので止めておく。 各学部各学科別のセミナーを受け、一般教養や選択した学科に沿った選択科目の時間割の作成など、など……また、空いた時間を利用しての様々な活動。バイトを始めたりするヤツもいれば、サークル活動に入会するヤツなど様々だ。中には自分でサークルを立ち上げるヤツもいる。大学生は時間に余裕があると言われるが、ホントその通りだね。 車の免許も取った。親父が以前「車がないと生活できない」と言っていたことが、去年一年間の経験で身に染みて分かったからだ。エンジン付きの乗り物に憧れていたというのもある……車の免許と一緒に自動二輪の免許も取ったのは、金を出してくれた親には内緒だ。 それでもいきなり車なんか買えないわけで、俺は今、親父の会社の人から譲り受けた中古のスクーターで通学している。とはいうものの、流石に雪が降ったらスクーターでは何ともならんし、今でも雨が降ったら大変なことになる。パンツの中まで水浸し、とかな。 中古の軽自動車でも買うか。バイトでも探さないと、などと考えながらコンビニで中古車雑誌を立ち読みしていた4月中旬。俺は大教室で全学部共通の一般教養の授業が始まるのを待っていた。 「隣、いい?」 え……ああ、良いですよなどと当たり障りのない返事をしながら、結構座席は空いているのになんでわざわざ他人の隣に席を取るのかね?という疑問を抱いて、俺は何気なく声のした方を向いた。 物凄く見慣れたものが目にはいる。黄色い、リボン付きのカチューシャ。ちょっと短めのポニーテール。 「えっ……」 ハルヒだった。 ガタ、と思わず立ち上がりかけたが、ハルヒはいつものように人差し指を突きつけ、静かな声で注意した。 「静かに」 まるで酸素の足りない水の中にいる金魚のように俺が口をぱくぱくさせていると、ハルヒは何事もなかったように俺の隣に着席した。俺は、まじまじとハルヒを見つめながら、頭の中の混乱を何とか押さえ込もうと努力していた。 え~~と、待て待て。ここはどこだ?俺が通っている地元大学の大教室だ。OK。 今は何時だ?各学部各学科合同の一般教養の授業だ。今日が初日で、必修科目だ。これもOK。 では、何故ハルヒがここにいる?WHY? わからん。どう考えても分からん。誰か俺にどうしてこんな状況になったのかを教えてくれ! 「こちらの席、空いてますか?」 のぅあ?!図らずも、情けない声が出た……どこのギャグマンガの主人公だ、俺は? ハルヒの座っている反対側から掛けられたその声に、恐る恐る振り向く。こここ、古泉?? 「ええ。お久しぶりです」 「ななななな、なんでお前らがここにいる?」 あまりにも驚愕したせいか、まともに声が出ない。 「そうですね……どこから説明しましょうか?」 「どうしてハルヒがここにいるのか、イヤ待て。なんでお前までここにいるのかを、かみ砕いて分かり易く短時間で説明しろ!」 「それはそれは、難しいことを貴方はさらりと仰る。わかりました。ではこの授業が終わったらお教えしましょう。1年生は、今日はこのコマで終わりのはずですから。……そうですね、彼女も含めて学食ででもというのは如何ですか?」 古泉が目を向けた先……俺の目の前には、アッシュブロンドの小柄な女性の後ろ姿があった。 長門も居るのかよ。いや、それ以前にそこにはさっきまで別の人間が座っていたような気がするのだが。 「……問題ない」 ギギ、と音がしそうなほどの速度でこちらを振り向いた長門は、そう一言呟くと、また同じようにして前に向き直った。あの、長門さん?せめて挨拶くらいはして欲しいのですが。 そんな長門と古泉を交互に見交わしていた俺の後ろ襟が強烈な力で引き倒された。ベンチの背もたれが俺の後頭部を直撃する……くそ、油断してた。目から火が散ったぜ。 「何しやがる!」 懐かしい感覚を伴った痛みを覚える後頭部を押さえながら、俺を引き倒したヤツに抗議した 「授業始まるわよ。何やってんの!?」 俺の後頭部にたんこぶを作った犯人は俺とは目を合わさず、かわいいアヒル口のまま答えた。 高校の授業とは違い、あちこちざわざわと声がする授業。時折、カラカラと後ろのドアが開く音もする。 出席を取ってさえしまえば、あとは授業を真面目に受けるも受けないも自分次第というわけだ。流石大学だね。まあ、後で地獄を見るのも自分次第なわけだが。 俺の両隣のハルヒと古泉はと見れば、真面目にノートを取っている。北高時代のハルヒの睡眠学習姿を見慣れていた俺にとっては、何だか新鮮な感覚だ。 講師の授業が雑談モードに入ったところで、俺はハルヒに話しかけた。 「なあ、ハルヒ」 「……何よ?」 アヒル口のままこちらを見るハルヒ……お前いつまでその口なんだよ。引きつるぞ。 「なんでお前がここにいるんだ?」 「別にいいじゃない」 「いやでも、なんでわざわざこんな所に」 「……」 「あ、いや。言いたくなければ良いんだが」 「それよりもアンタ、久しぶりだってのに何よその顔は。もっと嬉しそうにしなさいよ」 「嬉しいことは確かだが、今は何でお前がここにいるのかの方が重要だ」 はあ、とため息をついてハルヒは視線を前に戻した。 「待つのはあたしのキャラじゃないってことに気付いただけ」 「何のこった。キャラって何のことだよ」 「去年一年、アンタが居ない生活をして判った。あたしは、アンタが居ないとダメ」 「……は?」 「だから、あたしはここにいる」 「……」 「何?迷惑だった?」 「いや、そんなことはないが……」 「決めたの。あたしの進む道はあたし自身が決めるのは当然だけど、ついでにアンタの道もあたしが決めてあげるわ。アンタはあたしに付いて来なさい。絶対に幸せにしてあげるから」 「ちょ……おまえ、それは」 「シッ!雑談終わったわよ」 強制的に会話を終了させられた俺は、そのまま授業終了のチャイムが鳴るまでハルヒに話しかけることは 出来なかった。 予想だにしなかった状況に授業の内容などまるで頭に入らなかった俺は、授業終了後にハルヒ以下の連中と学食に向かった。ハルヒと長門に両手を引かれ、古泉が俺の背後にぴったりついて来る光景を、入学早々俺は見知らぬ学生達にも披露してしまっていた。入学早々、あんまり派手なことはして欲しくないのだが。 「何このラーメン!具が少ない上に妙にしょっぱいだけじゃない!」 「……このカレーはレトルト、もしくは業務用のもの。これでこの値段というのは納得できない」 「カツ丼のトンカツは薄いし、タマネギも少ないわ!安いだけが取り柄ね!」 「……ハンバーグカレーのハンバーグも業務用。付け合わせのサラダが萎びている。もう少し考えるべき」 「ソバはもっとゆで具合に気を遣わなきゃね。コシが全然無いわ!これじゃ延びてるのと同じよ!」 「……カレーうどんのカレーもカレーライスと同じものを使用している。これではつゆとの相性は最悪」 ……おい、食堂の人が引きつってるぞ。あんまり大声で感想をわめき散らすんじゃありません。それに女の子二人でメニューを片端から制覇していくのは流石にどうかと思うんだが。他の学生が別の意味で引いてるし。 「どうぞ」 コーヒーが入った紙コップを二人分持ってきた古泉は、俺の向かいに腰を下ろした。流石にハルヒと長門の大食い合戦を間近で見物したくなかった俺達は、学食からパーティションで区切られたカフェテリアにいた。 「……で?どういう事なんだこれは?」 「簡潔に言えば、涼宮さんが望んだからですよ」 「答えになってないぞ」 「そうですか?これほど簡潔な答えはないと思いますが」 「殴るぞ、お前」 「冗談です。では、まず……」 結局、古泉の話を要約するとこういう事だ。 ハルヒは受験の前に古泉と長門に相談した。俺が合格したなら良いが、失敗した場合どうするか。結局…… もし、俺が浪人するなら、ハルヒは大学を休学して俺の元で1年間家庭教師をする。 もし、どこか他の大学の2次募集に応募するのなら、ハルヒもそこを受ける。 もし、何らかの事情で俺がどこかに就職するなら、ハルヒもそこに就職する。 もし、上の3つ以外の選択肢が出た場合は、3人で改めて相談する。 ……そして俺は落ちてしまったわけだ。厳密には違うが、今それを言っても始まらないからな。 あの日、病院で俺が大学を落ちてしまったことを知ったハルヒは、計画通りそれを実行したと言うわけだ。 「だが、待てよ。幾つか疑問がある。この大学の2次募集締切時には、まだハルヒは昏睡状態だったはずだ。どうやって応募した?百歩譲っても試験日にはまだ入院してたはずだ。どうやって試験を受けたんだ?」 「ああ、そんなことですか。2次試験応募の件は、長門さんに頼んで情報操作してもらいました」 ……なんて事しやがる。 「受験生が一人増えただけです。別に合否判定を弄ったわけではありませんよ」 そりゃそうかもしれないが、何だかなー。 古泉がコーヒーの入った紙コップを持つのに釣られるように、俺も温くなった紙コップに口をつける。砂糖の入っていないブラックコーヒー。受験勉強の時の、俺の眠気覚ましの定番だ。 「試験については、病室で受けていただきました。本来は、予測不能な天変地異などで試験を受けることが出来なかった場合、別枠で試験を受けることが出来る、という特例です。それの延長上で、何らかの事情で当日現地で受けることが出来ない場合は別に指定された場所で試験を受けることが出来るんです」 なるほどね。で、それにはもちろん『機関』が介在したわけだな? 「ご明察です。そうでなければ涼宮さんはここには居ないわけですしね。もちろん、僕や長門さんもですが」 お前らも受けたのかよ。道理で募集倍率が上がったわけだぜ。 「いえ、我々は受けてませんよ。僕と長門さんは向こうの大学からの推薦特待生という扱いになってます。もっとも、工学部ではなく医学部ですが」 何じゃそりゃ?聞いたこともないが、そんな制度は。 「ええ、今年から発足した制度……厳密に言えば、先月末に急に決まった制度ですから、ご存じないのも無理有りません。ああ、多分今年限りで消えてしまう制度と聞いておりますが」 ……そこまでするか。古泉を始めとする『機関』のハルヒへの忠誠ぶりには、感嘆の念を禁じ得ないね。まったく。 温くなったコーヒーを一気に飲み干し、俺は紙コップをテーブルに置いた。 ところで、ハルヒのご両親はそれで納得したのか?その……この大学で。 「ええ、実はそれが一番の難関でした。結局、卒業後に『機関』関連の優良企業に、優先的に就職させると言うことで御納得頂きました。ああ、もちろん『機関』の話はしてませんが」 ……それまで『機関』頼みかよ。 「何でしたら、あなたの就職先もお世話しましょうか?」 結構だ。俺は俺の行きたいところに行くさ。まあ、いける所が有ればだがな。 「でも、多分心配は要りませんよ。涼宮さんは、あなたが将来どんな仕事を選ぼうとも、おそらくはずっとあなたの側にいると思います」 ……なんでそんなことが断言できる? 古泉は持っていた紙コップを置き、例の3割り増しスマイルでこちらに顔を向けた。 「それが、涼宮さんの望んだことだからですよ」 「ちょっとキョン!財布出しなさい!」 いきなりの暴言が俺の後ろから聞こえた。それが誰かなんてのは、振り向かなくてもわかる。 しかも何だ、俺の財布を出せだと?お前はカツアゲをする不良学生か? 「メニュー全制覇するのにお金が足りないのよ!しょうがないからアンタに出して貰うことにしたわ!」 何言ってるんだお前は?あれだけ食って、まだ足りないのかよ? 「良いからさっさと出しなさい!」 ハルヒはそう言うと俺の尻ポケットに入っていた財布を、まるその技を職人芸とまで練り上げたスリのように 掠め取った。おい、待て!こりゃどう見ても犯罪だぞ?! 「へっへ~~ん、大学生のキョンの財布には幾ら入って……」 俺の財布の中をまさぐっていたハルヒは、そこまで言って固まった。ちらちらと俺の方を見ながら俺の財布の中から何かを取り出す。 「……ちょ、ちょ、ちょっとキョン!なんでアンタこんなもの中に入れてるのよ!」 引っ越しの時に貰った、ハルヒからの手紙だった。 あー、あのな。あんまり深い意味は無いんだ。何となく、お守りになるかと思ってな。 みるみる真っ赤になるハルヒ。短めのポニーテールと相まって、絶品だねこりゃ。 「ばばば、バカなことしてるんじゃないわよ!それに結局アンタ落ちちゃったじゃない!お守りも何もあったもんじゃないわ!」 ああ、今となってはな。でも、去年一年はそれが心の支えになっていたことも否めん。だからそれは、今でも俺のお守りなんだ。 「……今はアタシが居るから……」 は?何だって? 「うっさい!何でもない!有希行くわよ!このマズイ学食のメニューを全制覇して、学内ニュースで糾弾してやるんだから!」 顔が真っ赤なままのハルヒは手紙と俺の財布を持ったまま、長門を引き連れて再び学食の自動券売機の前に戻っていった。 ああ。こりゃあ俺たちの名前と顔が一般生徒と教授連に知れ渡るのも、時間の問題だな。 やれやれ。 第二十七章 エピローグへ
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第二十ニ章 ハルヒ ビジネスジェット「Tsuruya」号は、滑走路に滑り込んだ。 機体が制止すると共に、お馴染みの黒塗りハイヤーが側にやってきた。 「とうちゃ~~く!さあ、客室の皆さんは、とっとと降りるにょろよ!」 通常の旅客機ならば1時間半は優に掛かる行程を、僅か50分でかっとんで来た「Tsuruya」号の搭乗口に立ちながら、客室乗務員姿の鶴屋さんは俺たちを促す。俺たちはぞろぞろと昇降口から滑走路に降り立ち、黒塗りハイヤーに向かった。だが、その前に。 俺は、昇降口に立ちこちらを見送っている鶴屋さんのところに駆け寄った。 「鶴屋さん?」 「何かなっ?」 「今回はご協力ありがとうございました。このご恩は一生忘れませんから」 「……良いってことさ。こんな事しか、あたしは出来ないからねっ!そんな事改めて言われると照れるっさ!キョン君もこれから頑張ってねっ!あ、それから」 鶴屋さんは、とびっきりの悪戯を思いついた子供のような笑顔でウィンクしながら、こう言った。 「ハルにゃんをよろしくねっ!もう離しちゃだめだぞっ!」 黒塗りハイヤーは俺と古泉、長門を乗せたまま高速道路を滑るように走っていく。運転手は新川さんだ。 以前俺が3日間入院していた『機関』御用達の病院が目的地だ。そこに、ハルヒはいる。あの時、駅で倒れ昏睡状態になったハルヒは、一旦ホテルに運び込まれたものの意識が戻らず、現在は件の病院に入院しているのだという。ハルヒの両親も、入院した当初は昼夜通して看病していたとの事だが、全く覚醒の兆しがない事から、最近では日中のみ、母親のみの付き添いになったと、古泉が説明してくれた。 「ということは、今行くとハルヒのお母さんに会う事にならないか?」 「そうですね。ではこうしましょう。緊急検査のためということで、涼宮さんを別の病棟に移し、そこであなたと涼宮さんを引き合わせる様に手配します」 「そっか。だが、俺がハルヒに出来る事なんて限られてるぞ。しかもアイツは意識がないんだろ?」 「大丈夫です。涼宮さんはあなたをずっと待っているのですから、必ず何らかの反応があります」 いつものスマイルで俺にそう断言した後、古泉はぽつりと呟いた。 「……悔しいですがね」 その言葉を忘れようとするように携帯を取りだし、いずこかへ電話する。多分、病院への手配だろうな。 高速から見える風景が、段々と馴染み深いものに変わってきたとき、ハイヤーは高速を降り一般道に入った。窓から見える風景が、懐かしい。あの引っ越しからもう1年経ったのか。ぱっと見は全く変化がないようにも見えるこの町だが、自分の記憶と違う部分もあちこちにある。僅か一年とはいえ、変わっていることを実感した。そんな俺の個人的な感慨を無視したように、ハイヤーは病院の裏口に滑り込んだ。 「こちらです」 先導する古泉の後を歩く俺と長門。既にハルヒは特別病棟の個室から検査室に移動しているとの事だった。 俺たちは一般入院患者や見舞客の目を避けるように、検査室とやらのある病棟に向かった。 「現在、涼宮さんの状態に変化はありません。身体、脳波共に異常ありません。ただ、未だに目を覚まされておりません。『閉鎖空間』も現状維持のままのようです」 「……現在、涼宮ハルヒに特別な異常は認められない。肉体的には全く正常。精神的な乱れも特に無い」 古泉の報告を長門が補強してくれた。分かった。あとは俺が何とかするしかないんだな。 「……そう」 「期待してます……ああ、こちらですね」 古泉が『第3検査室』と書かれたプレートが下がったドアを開けると、そこにはベッドに横たわるハルヒが居た。若干痩せた感じはするが、まるで眠っているかのようなハルヒの顔。しかし、その腕には点滴用のチューブが刺さり、長期間意識が戻らないという古泉の話を裏付けていた。 「……ハルヒ」 思わず俺は、目の前に横たわっている少女の名前を呼んだ。反応は、無い。 「ハルヒ、俺だ」 ベッドの脇の簡易なパイプイスに座り、ハルヒの手を取る。その手は冷たかった。 「戻ってきたぞ」 ハルヒの手が、以前よりも小さく細く感じる。 「そろそろ起きろ」 トレードマークのカチューシャは付けておらず、ベッドの脇に掛けられている。 「遅刻するぞ」 綺麗な寝顔。あの時見たロングヘアは短く切りそろえられ、見慣れたショートカットになっていた。 「今回の罰金はお前だからな」 そんな俺の行動を見ていた古泉と長門だったが、しばらくすると俺とハルヒから視線を外した。 「僕たちは、席を外します。後はあなたにお任せします」 「……頑張って」 そう言って退室する古泉と長門に、俺は目線で感謝の合図を送った。 まるで眠り姫のように微動だにしないベッドの上の少女。一年前にコイツに告白したときも、寝顔を見ながら色々考えていたっけ。少女の寝顔は、その時と同じで綺麗だ。ただ、目を覚まさないことを除けば。 いつの間にか、そんな少女に俺は語りかけていた。 なあ、ハルヒ。お前、いつまで寝てるんだよ?腕からチューブ生やしてさ…… しかも医者が異常なしって言ってるんだぞ?端から見てればギャグだぜ、これ。 そろそろ目を覚ましてくれないか?俺、お前に謝らなければいけない事が一杯あるんだよ。 古泉とお前のことを誤解してたこと。お前と同じ大学行けなかったこと。パーティをすっぽかしたこと。 それから、それから…… 俺の言葉にも全く反応を示さないハルヒの手を握り、いつの間にか俺は泣いていた。 何が『神の鍵』だ。俺は、今こうやって目の前に横たわっているハルヒに、何にも出来ないじゃないか。 ちくしょう、ちくしょう…… どのくらい経ったのか。泣き疲れた俺は、涙を拭きながら改めてハルヒを見た。ハルヒは俺が入ってきた時と全く変わらない。華奢なその身を俺の前に横たえている。 ただ、一つだけ違いがあった。ハルヒが……泣いている?閉じられた両目から、涙が流れていたのだ。 反応してくれた! 俺はハルヒの頬に手をやり、耳元で呟いた。 「ハルヒ。俺はここだ。お前の側にいるから、早く起きろ。起きて、いつもの笑顔を見せてくれよ」 ぴくり、とハルヒの体が反応した。 未だ瞑ったままのハルヒの両目からは止めどなく涙が溢れ、その端正な口から譫言のような言葉が漏れた。 「……キョ……カキョン……んと…に……」 ハルヒ!気付いたのか??ハルヒ??俺は必死になってハルヒの耳元でハルヒを呼び続けた。だがハルヒは譫言を繰り返すだけで、一向に目を開けようとはしない。 「ハルヒ!ハルヒ!」 いくら耳元で叫んでも、目を覚まさない。ハルヒの口からは、意味の成さない譫言が流れるばかり。 「どうかしましたか?」 「……」 おそらく部屋の外で待機していたであろう古泉と長門が慌てた様子で入ってきた。ぶつぶつと譫言を繰り返し涙を流し続けるハルヒを見て、古泉は「担当医を呼んできます!」と廊下に走り出ていった。 「……涼宮ハルヒの体内反応の活性化を確認。体温上昇中」 まるで計測機器のように、正確に現状を報告する長門。 だが俺は、そんな彼らの行動など気にも留めず、ひたすらハルヒの耳元でハルヒを呼び続けていた。 『白雪姫って、知ってます?』 『Sleeping Beauty』 突然、頭の中にこの言葉がひらめいた。もう2年半以上前、初めてコイツの作った『閉鎖空間』に二人きりで閉じこめられたときに、脱出のヒントとなった言葉。朝比奈さん(大)と長門のヒント。 これか。これしかないか。 「……宮さん…反応を……っちです……」 開け放たれたドアから、古泉が医者を伴って近づいてくるのが分かる。俺のすぐ脇には長門がいる。 だが、かまうものか。 俺は、譫言を繰り返すハルヒの口を強引に自分の口で塞いだ。 ハルヒ、戻ってきてくれ……その想いと共に。 第二十三章 スイートルームへ
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第二十ニ章 ハルヒ ビジネスジェット「Tsuruya」号は、滑走路に滑り込んだ。 機体が制止すると共に、お馴染みの黒塗りハイヤーが側にやってきた。 「とうちゃ~~く!さあ、客室の皆さんは、とっとと降りるにょろよ!」 通常の旅客機ならば1時間半は優に掛かる行程を、僅か50分でかっとんで来た「Tsuruya」号の搭乗口に立ちながら、客室乗務員姿の鶴屋さんは俺たちを促す。俺たちはぞろぞろと昇降口から滑走路に降り立ち、黒塗りハイヤーに向かった。だが、その前に。 俺は、昇降口に立ちこちらを見送っている鶴屋さんのところに駆け寄った。 「鶴屋さん?」 「何かなっ?」 「今回はご協力ありがとうございました。このご恩は一生忘れませんから」 「……良いってことさ。こんな事しか、あたしは出来ないからねっ!そんな事改めて言われると照れるっさ!キョン君もこれから頑張ってねっ!あ、それから」 鶴屋さんは、とびっきりの悪戯を思いついた子供のような笑顔でウィンクしながら、こう言った。 「ハルにゃんをよろしくねっ!もう離しちゃだめだぞっ!」 黒塗りハイヤーは俺と古泉、長門を乗せたまま高速道路を滑るように走っていく。運転手は新川さんだ。 以前俺が3日間入院していた『機関』御用達の病院が目的地だ。そこに、ハルヒはいる。あの時、駅で倒れ昏睡状態になったハルヒは、一旦ホテルに運び込まれたものの意識が戻らず、現在は件の病院に入院しているのだという。ハルヒの両親も、入院した当初は昼夜通して看病していたとの事だが、全く覚醒の兆しがない事から、最近では日中のみ、母親のみの付き添いになったと、古泉が説明してくれた。 「ということは、今行くとハルヒのお母さんに会う事にならないか?」 「そうですね。ではこうしましょう。緊急検査のためということで、涼宮さんを別の病棟に移し、そこであなたと涼宮さんを引き合わせる様に手配します」 「そっか。だが、俺がハルヒに出来る事なんて限られてるぞ。しかもアイツは意識がないんだろ?」 「大丈夫です。涼宮さんはあなたをずっと待っているのですから、必ず何らかの反応があります」 いつものスマイルで俺にそう断言した後、古泉はぽつりと呟いた。 「……悔しいですがね」 その言葉を忘れようとするように携帯を取りだし、いずこかへ電話する。多分、病院への手配だろうな。 高速から見える風景が、段々と馴染み深いものに変わってきたとき、ハイヤーは高速を降り一般道に入った。窓から見える風景が、懐かしい。あの引っ越しからもう1年経ったのか。ぱっと見は全く変化がないようにも見えるこの町だが、自分の記憶と違う部分もあちこちにある。僅か一年とはいえ、変わっていることを実感した。そんな俺の個人的な感慨を無視したように、ハイヤーは病院の裏口に滑り込んだ。 「こちらです」 先導する古泉の後を歩く俺と長門。既にハルヒは特別病棟の個室から検査室に移動しているとの事だった。 俺たちは一般入院患者や見舞客の目を避けるように、検査室とやらのある病棟に向かった。 「現在、涼宮さんの状態に変化はありません。身体、脳波共に異常ありません。ただ、未だに目を覚まされておりません。『閉鎖空間』も現状維持のままのようです」 「……現在、涼宮ハルヒに特別な異常は認められない。肉体的には全く正常。精神的な乱れも特に無い」 古泉の報告を長門が補強してくれた。分かった。あとは俺が何とかするしかないんだな。 「……そう」 「期待してます……ああ、こちらですね」 古泉が『第3検査室』と書かれたプレートが下がったドアを開けると、そこにはベッドに横たわるハルヒが居た。若干痩せた感じはするが、まるで眠っているかのようなハルヒの顔。しかし、その腕には点滴用のチューブが刺さり、長期間意識が戻らないという古泉の話を裏付けていた。 「……ハルヒ」 思わず俺は、目の前に横たわっている少女の名前を呼んだ。反応は、無い。 「ハルヒ、俺だ」 ベッドの脇の簡易なパイプイスに座り、ハルヒの手を取る。その手は冷たかった。 「戻ってきたぞ」 ハルヒの手が、以前よりも小さく細く感じる。 「そろそろ起きろ」 トレードマークのカチューシャは付けておらず、ベッドの脇に掛けられている。 「遅刻するぞ」 綺麗な寝顔。あの時見たロングヘアは短く切りそろえられ、見慣れたショートカットになっていた。 「今回の罰金はお前だからな」 そんな俺の行動を見ていた古泉と長門だったが、しばらくすると俺とハルヒから視線を外した。 「僕たちは、席を外します。後はあなたにお任せします」 「……頑張って」 そう言って退室する古泉と長門に、俺は目線で感謝の合図を送った。 まるで眠り姫のように微動だにしないベッドの上の少女。一年前にコイツに告白したときも、寝顔を見ながら色々考えていたっけ。少女の寝顔は、その時と同じで綺麗だ。ただ、目を覚まさないことを除けば。 いつの間にか、そんな少女に俺は語りかけていた。 なあ、ハルヒ。お前、いつまで寝てるんだよ?腕からチューブ生やしてさ…… しかも医者が異常なしって言ってるんだぞ?端から見てればギャグだぜ、これ。 そろそろ目を覚ましてくれないか?俺、お前に謝らなければいけない事が一杯あるんだよ。 古泉とお前のことを誤解してたこと。お前と同じ大学行けなかったこと。パーティをすっぽかしたこと。 それから、それから…… 俺の言葉にも全く反応を示さないハルヒの手を握り、いつの間にか俺は泣いていた。 何が『神の鍵』だ。俺は、今こうやって目の前に横たわっているハルヒに、何にも出来ないじゃないか。 ちくしょう、ちくしょう…… どのくらい経ったのか。泣き疲れた俺は、涙を拭きながら改めてハルヒを見た。ハルヒは俺が入ってきた時と全く変わらない。華奢なその身を俺の前に横たえている。 ただ、一つだけ違いがあった。ハルヒが……泣いている?閉じられた両目から、涙が流れていたのだ。 反応してくれた! 俺はハルヒの頬に手をやり、耳元で呟いた。 「ハルヒ。俺はここだ。お前の側にいるから、早く起きろ。起きて、いつもの笑顔を見せてくれよ」 ぴくり、とハルヒの体が反応した。 未だ瞑ったままのハルヒの両目からは止めどなく涙が溢れ、その端正な口から譫言のような言葉が漏れた。 「……キョ……カキョン……んと…に……」 ハルヒ!気付いたのか??ハルヒ??俺は必死になってハルヒの耳元でハルヒを呼び続けた。だがハルヒは譫言を繰り返すだけで、一向に目を開けようとはしない。 「ハルヒ!ハルヒ!」 いくら耳元で叫んでも、目を覚まさない。ハルヒの口からは、意味の成さない譫言が流れるばかり。 「どうかしましたか?」 「……」 おそらく部屋の外で待機していたであろう古泉と長門が慌てた様子で入ってきた。ぶつぶつと譫言を繰り返し涙を流し続けるハルヒを見て、古泉は「担当医を呼んできます!」と廊下に走り出ていった。 「……涼宮ハルヒの体内反応の活性化を確認。体温上昇中」 まるで計測機器のように、正確に現状を報告する長門。 だが俺は、そんな彼らの行動など気にも留めず、ひたすらハルヒの耳元でハルヒを呼び続けていた。 『白雪姫って、知ってます?』 『Sleeping Beauty』 突然、頭の中にこの言葉がひらめいた。もう2年半以上前、初めてコイツの作った『閉鎖空間』に二人きりで閉じこめられたときに、脱出のヒントとなった言葉。朝比奈さん(大)と長門のヒント。 これか。これしかないか。 「……宮さん…反応を……っちです……」 開け放たれたドアから、古泉が医者を伴って近づいてくるのが分かる。俺のすぐ脇には長門がいる。 だが、かまうものか。 俺は、譫言を繰り返すハルヒの口を強引に自分の口で塞いだ。 ハルヒ、戻ってきてくれ……その想いと共に。 第二十三章 スイートルームへ