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お姫様の密命で向かうは「白の国」アルビオン。 高度3000mに浮かぶ国。 やたらと相性の悪そうなところだ。 加えて何処に行ったか分からんマチルダに、メイジを襲う自称物取り。 色々ときな臭い展開になってきたもんだ――― 宵闇の使い魔 第拾壱話:奥の手 赤い月が白い月の後ろに隠れ、一つになった月が青白く輝く夜。 《女神の杵》亭にほど近い建物の屋根に、二人の人影が現れた。 黒いローブを頭から被った人物と、貴族然とし黒マントに白い仮面をつけた人物。 《土くれ》のフーケと、彼女を脅して協力させている人物である。 「乗り気ではなさそうだな――《土くれ》」 「ふん。首筋が冷たいままで乗り気になれる奴が居るなら、是非お目にかかりたいものだね」 男の言葉に、フーケは皮肉気に答えた。 これから彼らの居る宿を襲撃しなければならないと思えば、口調も荒くなるというものだ。 小娘達は兎も角、彼に本気で敵に付いたと思われれば、下手をすると命が無い。 名前を明かしたくらいで、どの程度の信頼を得られているか―― そして、隣のこの男が何時までこっちに張り付いているか―― 「まぁ、やるしかないのなら、やるさ―――」 彼女はそう呟くと、ゴーレムを作るために意識を集中させた。 その頃"彼"こと虎蔵は、一階の酒場での騒ぎから抜け出して、葉巻を手に二階のテラスへとやってきていた。 今夜は双月が重なり、彼の元居た世界の如く一つに見えている。 もっとも、だからと言って郷愁に駆られるような性質ではない。 むしろ月とは相性が良くないのだから。 葉巻を吹かしながら、やっぱり吸いなれてんのが良いなぁ、などと全くどうでも良いことを考えていた。 「トラゾウ――こんな所に居たのね」 「ん?」 背後から声をかけられ振り返れば、神妙な様子のルイズが其処に居た。 彼女は隣までやってくると、虎蔵と同じように月を見上げる。 「月を見てるの?―――トラゾウの居た世界は、月が一つなんだったわね」 「ん―――あぁ。それがどうかしたか?」 「ホームシックにでもかかったんじゃないかと思ってね」 「真逆。吸いなれてる煙草が欲しい、ってだけだ」 ルイズの言葉に虎蔵は肩をすくめる。 確かに彼の立場でこの月を見上げていれば、そう思われても仕方の無いことだが。 ルイズは答えを聞くと、呆れたように小さく笑って「ほんと、そんなのばっかね――」と言った。 「けど、ほんとそんな事ばっかり言ってる奴が、《閃光》のワルドを倒しちゃうなんて思わなかったわ」 「倒したって、別に向こうも本気じゃなかったからな」 「それでもよ」 虎蔵は肩をすくめる。 正直、ルイズが何を良いに来たのかが分からなかった。 煙をルイズにかからないように吐き出してから、彼女に視線を向ける。 「なんだ、婚約者を倒した文句でも言いに来たのか?」 「違うわよ―――昨日の夜にね、ワルドに結婚を申し込まれたの」 「ほう――そりゃめでたいな」 「淡白な反応ね――」 虎蔵の反応に、ルイズは何故か苛立ちにも似た感情を持った。 淡白ではあるが、祝福をしてくれているのに、だ。 もしかしたら、自分はワルドのことを好きではなくなったのだろうか?とすら考える。 だが、学院で久しぶりに見たときの胸の高鳴りは、今でも確かに覚えている。 「婚約者と聞いてたからな―――んで、なんだ。結婚報告か?」 「―――違うわよ。私が結婚したら、貴方が使い魔でいるのは不味いとか考えないの?」 「まぁ、あいつにしちゃ面白くないかもしれんね」 そう言って肩をすくめる虎蔵に、ルイズも頷いた。 今の状況にしたって、面白くはないとは思うのだが。 まぁ、何も言ってこないのならば、虎蔵が気にすることではないだろう。 もしかしたら、昼間のアレにそんな意図があった可能性はあるのだが。 「そうなったら、貴方どうするのかな、って。ほら、一応御主人様としては、其の辺りも気にしないと――― なんだったら、私からワルドに頼んで一緒に―――」 「なに、適当にどうにでもするさ。こっちの事は気にしなくてかまわんて」 ワルドと結婚しながら、虎蔵とも一緒に居られる。 少女特有のわがままさと独占欲を口にするルイズだが、虎蔵に遮られてしまう。 ――――どうにかって、どうする気よ――― ルイズは自分の使い魔ではなくなった虎蔵を想像してみる。 キュルケが捕まえるだろうか。今までと比べると割と本気っぽい。 タバサと居るかもしれない。最初にフーケのゴーレムが出たときの連携は絶妙だった。 もしかしたらミス・ロングビル?なんだか良く話をしていて、仲が良いみたいだ。 厨房で食事を出してるメイドってこともないとはいえないだろう。 まったく根拠のない想像が幾つも浮かんでしまう。 虎蔵ならば、一人で何処かに行ってしまう可能性が一番高いというのが、頭で分かっているのに、だ。 そんな嫌なイメージばかりが頭に浮かんで、ルイズは思わず顔を伏せる。 だが其の時、足元がさっと陰った。 テラスを照らしていた月明かりが、何かに遮られたようだ。 「なッ―――フーケ?こいつぁ、どういう事だ――」 なんだろう、と視線をあげたルイズが見たのは、重なり合った月を背後に立つ巨大な岩ゴーレムであった。 虎蔵がわずかに緊張した声をあげる。 そう、フーケの30m級だ。 肩には黒いローブと、黒マントの人影が見える。 前者はフーケだろうが、後者は誰か―――― 「随分と珍しい所で会うな―――《土くれ》さんよ」 虎蔵がやたらと皮肉げに告げる。 ゴーレムの身体で月明かりが遮られ、よく見えないが―――フーケから何か悔しそうな雰囲気が感じられた。 気のせいかもしれないが。 「こっちも"命がけ"なもんでね―――すまないね」 「ちッ――訳が分からんな―――合流するぞ」 ゴーレムが腕を振り上げ、テラスの柵を破壊する。 岩だからなのか、前回よりも動きが硬く見えた。 虎蔵は飛び散る破片からルイズをかばうと、強引に担ぎ上げて室内へと飛び込んだ。 ルイズを荷物のように肩に担いだまま一階に降りると、そこでも修羅場が発生していた。 いきなり玄関から現れた傭兵の一隊が、酒場で飲んでいたワルドたちを襲ったらしい。 四人がテーブルを盾にして魔法で応戦しているが、傭兵たちはメイジとの戦いに慣れているのか、ぎりぎり魔法の射程外から矢を射掛けてくる。 「こりゃまた、凄い事になってんな――無事か?」 「あぁ。しかし参ったな。明らかに僕達を狙っている上に、精神力切れを狙っているようだぞ――このままではジリ貧だ」 「場所が場所だから、あまり大規模な魔法も使えないしね――」 虎蔵が彼らの元に滑りこんで安否を確認する。 全員無傷のようで、抱えたままのルイズがほっと安堵の息をついたのが分かる。 とはいえ、ワルドの言うとおりこのままではジリ貧なのは確実だ。 矢を撃つ傭兵とは別に、剣や斧を手にした傭兵達が待機しているのが見える。 時間を掛けて精神力を減らしてから、接近戦を挑むつもりのようだ。 ならば――― 「こっちから仕掛けるか―――こいつ頼むわ」 そう言ってルイズをワルドに預けると、テーブルの影から一息に跳躍。 空間の上下を無視したかのように天井を蹴り、一瞬のうちに傭兵達へ肉薄した。 『ッ――!!』 あまりにも異常な動きに息を呑む傭兵たちだが、すぐさまワルド達に向けていた矢を虎蔵へと向ける。 だが、虎蔵は手近な傭兵を強引に引き寄せ、首をへし折りながら盾代わりにする。 哀れな傭兵は一瞬で絶命し、死して更に矢の雨に晒された。 虎蔵は使い終わった盾を傭兵達の集団へ向けて軽々と投げ捨てる。 「さぁて――明日の朝日を拝む気の、ねぇ奴以外は退いて去れッ!!永の無聊の慰みに、そっ首引いて並べるぞ!!」 ニヤリと笑みを浮かべ、高らかに宣言すると、蹂躙を開始した。 打撃で重い鎧に守られている傭兵を吹き飛ばし、軽装の傭兵は関節技で締め落とす。 降り注ぐ矢は、気絶したり首を折られて絶命していたりする傭兵を盾にして凌いだ。 次々と無力化されていく仲間に、傭兵達の中には血相を変えて逃げ出すものまででてきた。 「糞ッ、なんだあの化け物はッ!」 「引けッ!引けーッ!!あんなの相手に出来るか。ただ餓鬼のメイジを相手にするとしか聞かされていないぞ!」 大混乱である。元々狭い所で戦っている上に虎蔵に撹乱され、放たれる矢が味方にもあたる。 接近戦を挑めば、吹き飛ばされるか盾代わりにされるかだ。 虎蔵は一方的な蹂躙を続けていった。。 そして暫くしてまともに攻撃してくる傭兵の数が減ってくると、 一団の中でも比較的良い装備の傭兵の背後に周って首に手を絡みつかせた。 部下ごと纏めて雇われた傭兵だったのか、一時的に矢の雨が止んだ。 「何もこんな所で命ァ掛けることもあるめぇ。引いてくれんかね」 「ぐっ――ぞれ、は――ぁがッ――」 しかし傭兵も、仮面の貴族に逃げれば殺すと言われているためか、すぐには頷かない。 虎蔵は肩をすくめると、恐らく部下ではない傭兵が放った矢への盾に利用すると、彼の首を玩具の様な音を立てて捩り曲げた。 ――素手だとどうも調子が出んな。この世界そのものに陰気が強いのか?或いは今日が特別か―― 空の重なり合う月を思い出しながら、新たに矢を放とうとしていた傭兵に死体を投げつけた。 ラ・ロシェール自体は山中にあって場としての相性が良いのだが、月の影響が強いらしい。 武器を持てば《ガンダールヴ》の効果で相殺できるか、ともすれば余剰分が出るのだが。 とはいえ――― 「―――がッ!?」 そもそも相手が並の傭兵如きでは然したる問題にはなりはしない。 また一人、哀れにも盾代わりに捕らわれた傭兵の首が圧し折られた。 数分後、宿の酒場は台風でも上陸したのかというような状況になっていた。 椅子やテーブルだけでなく、酒瓶や料理が散乱している。 虎蔵が素手で戦ったため、血が殆ど流れていないのが幸いである。 その中でギーシュがまだ息のある襲撃者を、ワルキューレできつく縛り上げている。 それを指示した虎蔵は、他の客からの恐怖の視線を受けながらも、まったく気にした様子もなく労働の後の一服を味わっていた。 一方、ワルド達は顔をつき合わせて今後の算段を練っている。 こういった事態になった以上、アルビオンの《貴族派》に密命が抜けているのは間違いない。 で、あるならば――― 「不味いな―――ここまで形振り構わないとなると、フネに急ぐべきかもしれない」 「どういうこと?」 ワルドが腕を組んで深刻そうに言うと、ルイズが数名の死体から目をそらして問う。 メイジとはいえ、貴族とはいえ、まだ16の少女だ。 死体などそう見慣れている物でもない。 それでも身体と頭を動かしやるべき事をやってはいるのだから、襲撃者たちをのした虎蔵を見て、 ただおびえているだけの周りの貴族達よりよほど優秀であるといえるだろう。 キュルケやギーシュも同様で、タバサだけは何時も通りの様子だった。 「フネを飛べなくされるかも知れないって事でしょ」 「其処までするの!?」 「可能性は十分にあるんだよ、ルイズ。彼らはあと数日僕らを足止め出来れば良いのだからね」 キュルケの言葉に驚くルイズ。 だが、確かにそうだ。 虎蔵の活躍によって、この場で一行を抑えるのが難しくなった以上、その手を取らないとは限らない。 だが虎蔵は、少し別の考え方をしていた。 この傭兵達が《貴族派》に雇われているとして、彼らが行うべきは自分たちの足止め一択である。 ワルドの言うとおり、足止めで良いのだから、わざわざ襲い掛かってくる理由は無い。フネを狙えばいいのだ。 相手にフーケが居る以上、虎蔵の実力は伝わっている筈なので「足止めで良いのに調子に乗って倒しに来た」という可能性は考えにくい。 そう、この襲撃そのものが不自然なのだ。 足止め以外の目的があるとしか思えない。 ―――だが、それが何だってんだ?――― 虎蔵は舌打をしながら、咥えた煙草に火をつけた。 ふと視線を感じると、タバサが何か言いたげ様子で虎蔵を見ていた。 彼女もこの不自然さに気づいたのかもしれない。 密命の内容を知らなくても、断片的な情報から違和感に気づいたようだ。 だが、彼女も虎蔵も考えが上手くまとまらない。 虎蔵はタバサに、肩をすくめて見せるしかなかった。 「仕方が無いか――諸君、このような任務の場合、半数が目的地につけば、任務は達成とされる」 「貴方達が桟橋へ、私達はフーケ達を引き止める――と」 「そういう事だ。傭兵は使い魔君が殆ど倒してくれたようだから、フーケを引き止めるだけで良い。 頼めるかな、キュルケ君、タバサ君、ギーシュ君」 しかし、虎蔵の思考をよそに状況は進展していく。 ワルドは自分の言わんとした内容を、すぐさまキュルケが読み取った事に満足気に頷いた。 ルイズは心配そうな表情を三人に向けるが、キュルケが優しげに笑ってルイズの肩を叩いた。 「大丈夫よ。時間稼ぐだけなんだから、上手く逃げ回ってることにするわ」 「任せて」 それにタバサとギーシュも――ギーシュは青い顔をしているが――頷く。 ワルドは三人に「武運を」と告げてから立ち上がり、店の奥へと向かった。 「トラゾウ!聞いてた?行くわよ」 「はいよ――ッと」 ルイズも虎蔵に声をかけ、ワルドの後を追った。 しかし虎蔵は、返事こそしたがすぐに彼女を追うことはせず、一度キュルケ達の元で足を止めた。 早く行かないの、といった表情を見せる彼女らに、虎蔵は小さめの声で告げた。 「詳しく説明する時間がねえから手短に行く。フーケは敵じゃない可能性が高い」 「どういうこと?」 「―――舞踏会の夜から、俺が個人的に雇ってるからだ」 虎蔵の言葉に驚きを隠せない三人。 だが、声に出さなかっただけ十分だ。 出ないほど驚いたという可能性もあるが。 「裏切った可能性も否定できんがな―――裏切る理由もそう見当たらん。むしろ、一緒に居た仮面野郎が怪しい」 「無理やり協力させられてるって事?」 「わからん。ただ、この状況で向こうから何もして来ないってのは不可解すぎるだろう」 三人は確かに、といって頷く。 傭兵が全て逃げたにもかかわらず、あのゴーレムで店ごと攻撃してこないのだ。 虎蔵は立ち上がると「まぁ、どっちにしてもやることは時間稼ぎ一択だ。無茶はするなよ」と言って、ルイズ達の後を追った。 その後、店内に残ったキュルケ達は、ゴーレムにどう対処するか相談をしていた。 吹きさらしから覗くゴーレムは、未だに動きが見えない。 虎蔵達が裏口からで言ったことに気づいてないのだろうか。 だが其の時、店の外で派手な破砕音が響いた――― 時は少し巻き戻る。 虎蔵達が宿の裏口に向かう直前。 フーケと仮面の貴族は、ゴーレムの方から次々と逃げ出していく傭兵達を見下ろしていた。 「良いのかい。アイツら、どんどん逃げていくけど」 「かまわん。脅しはしたが、期待などしていなかったからな。もっとも、予想以上に役立たずだったが」 「そりゃね―――」 幾ら腕が立ったところで、所詮ただの傭兵が規格外である彼に勝てるはずが無い。 もちろん、自分自身でも同様の結果になるだろう。 この隣の男ならばどうだろうか。 「で、そろそろ動かないのかね?」 「動けと?」 「それは君が決めることだ」 嘘をつけ、と心中で毒づいた。 生殺与奪権を握っているのは"まだ"仮面の男だ。 この距離では、スピードのある向こうのほうが圧倒的に有利。 だがフーケには虎蔵から借り受けている"奥の手"があった。 奥の手を使うタイミング―――フーケはそれだけを虎視眈々と待っている。 暫くして手を腰に当てながら地面を見下ろすと、傭兵達は既に一人残らず逃げ去っていた。 だが、それ以降は誰一人として宿から出てこない。 こっちのゴーレムを警戒しているのか、あるいは何か別の理由があるのか―― フーケは対応を決めかね、仮面の男に視線を向けた。 しかし彼は、腕を組んで裏路地の方を眺めていて、フーケの事をあまり気にしていない様子だった。 「よし――俺はヴァリエールの娘を追う。後は適当に相手をしておけ」 「あ、ちょっと待ってくれるかい?」 「どうした――」 フーケの声に、ゴーレムから飛び降りようとした仮面の男が振り返る。 彼女はローブを跳ね上げ、腰裏に隠していたソレに手を掛けた。 女が持つには多少重いソレを、ずるりと引き抜いて仮面の男へと向ける。 「アタシはここで降りるよ。無理やり従わされるのは嫌いでね!」 モーゼルM712―――セレクターはフルオート。 フーケはニヤリと、まるで虎蔵がするかのような獰猛な笑みを浮かべて引き金を引いた。 やたらと重厚な、威圧感のある金属塊から、怒涛の勢いで弾丸が吐き出される。 強烈な反動によるブレは、ゴーレムの一部から伸ばした小さな腕で自らの腕を掴む事で強引に対処した。 これは虎蔵に言われたわけではなく、自らのアイデアである。 「―――ッァ――!?」 仮面の男は――表情こそ見えないが――驚愕の様子でフーケへと視線を向け、撃たれた衝撃でゴーレムの上から落ちていく。 この世界の"銃"の概念を超越した銃だ。 驚くのも無理は無い。 「おまけだよ!とっときなッ!」 だがフーケはそこで油断することはなくゴーレムの拳を振り上げると、自由落下する仮面の男目掛けて振り下ろす。 ゴーレムの拳による第一の衝撃、そして大地に叩きつけられる第二の衝撃。 更に―――ゴーレムの拳と地面にサンドイッチにされる。 仮面の男は現時点でフーケが取りうる最高のダメージを叩き込まれ―――消失した。 その音を聞きつけ、キュルケ達は周囲を警戒しながら宿から出てきた。 そこで目にするのは、地面に突き立てられたゴーレムの拳。 キュルケは杖は構えたままで、ゴーレムの肩に立つフーケを見上げた。 そこには虎蔵の言っていた仮面の男、とやらの姿は見えない。 「これは――どういう事かしら?」 「説明は後だよ、お嬢ちゃん。下がって。流石に生きてるとは思えないけどね―――」 キュルケ達はその言葉に、虎蔵の言っていた事が正しかったと確信した。 ゆっくりと拳を引き抜くゴーレム。 仮面の男とやらは、この岩ゴーレムに叩き潰されたのだろう。 だが――― 『居ない!?』 そこには死体どころか、血痕一つ残っていなかった。 アレだけの弾丸を喰らったのにも拘わらず、だ。 フーケはモーゼルを再度腰裏に収めると、油断無く辺りを警戒しながらゴーレムから飛び降り、キュルケ達の下へと着地した。 初めて近距離でフーケと対峙するキュルケ達。 彼女はフーケと、何処かで会っている気がして首をひねるが―― 「ミス・ロングビル―――」 タバサの呟きに、キュルケとギーシュはぎょっとした視線をフーケに向ける。 するとフーケは肩をすくめて、黒のローブを脱ぎ捨てた。 「流石にバレるか―――ま、仕方がないね」 現れたのは確かにミス・ロングビルである。 彼女は秘書をしているときには決して見せない挑発的な笑みを浮かべた。 「さて、追いかけるとしようか。向こうもやられっ放しで済ますとは思えないからね」
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タイトル : 【レク同】3月の催し「SENGAKU PROM ~卒業&年度末記念舞踏会~」 投稿日 : 2010/03/12(Fri) 20 04 投稿者 : レクリエーション同好会 参照先 : http //smile.poosan.net/sengakurec/mar10/ いよいよ三月。卒業式や、進級、クラス替えを控えて 何かと生活の変化、そして別れの近づく季節となりました。 皆さんは遣り残したこと、誰かに伝えそびれた事はありませんか? 今月のレクリエーション同好会の催しは、 新たな生活のスタートに備え、踊りましょう!はしゃぎましょう! 卒業生を送る会兼21年度の締め括り!「SENGAKU PROM ~卒業&年度末記念舞踏会~」です! 御世話になったあの人が、学園を巣立ってゆく前に感謝を伝えたい! 進級で離れ離れになるかもしれない人と親睦を深めよう! この機会に、憧れのあの人に秘めていた想いを! そして勿論、まだ見ぬどなたかと出会い、交流する為に! 皆様思い思いに愉しんで頂ければと想います。 ◆日時◆ 3/20(土) 21時 ~ 3/23(火) 未明迄 開催期間中は24時間参加OK!です。 ◆場所◆ 講堂内特設会場 【自由設定7~10・最大4室】 全体的に装飾が施されています。 床には絨毯、頭上には真鍮と水晶のシャンデリアがぶら下がり 舞踏会に相応しい雰囲気です。楽団による音楽生演奏あり。 特進科だけでなく、普通科(NPC)の人々が多数ひしめいています。 【設定場所内で、参加者様の希望により 舞踏会場or歓談会場の御好きな御部屋を作成ください。詳細別記事。】 ◆概略◆ 皆で普段しないような正装をして、食べたり飲んだり踊ったり 少し大人っぽいパーティーを愉しみましょう! ◆属性◆ 飛入り参加、お誘いお待ち合わせ、共に歓迎。 舞踏会場…ペア相手との対話、ダンス(ダイス) 歓談会場…多人数会話、ダンスへの御誘い、ミニ勝負(ダンス) ◆詳細◆ 長くなりますので、記事を幾つかに分割します。 ◆諸注意◆ ・会場での仕合は厳禁とさせて頂きます。 ・盛装の参加者が多くなります。御煙草の火や煙が周囲に触れぬようご注意下さい。 ・人酔いのしやすい方は、参加→休憩→参加等、出戻りも歓迎ですので無理はなさいませんよう。 ・その他、質問など御座いましたらレク同【recdo】若しくは槇村【touka】まで御気軽にどうぞ! 【御部屋に関しては部屋名と説明をコピペしまして、参加者様が気軽に作成ください。 ただし自由設定7~10のみで、その他の御部屋にイベント関連の御部屋を作成する事はご遠慮下さい。 また、同じ内容の部屋は最大3つまででお願いします。(例:×舞踏会場4つ ○舞踏会場3つ歓談会場1つ)】 ◆其他◆ ・内容、日程等すべて学園側【運営様】の許可会得済みです。 ・総合責任&文章作成…槇村 舞踏考案&文章…安藤 ミニゲーム考案&文章…日下部 ・【【】で括られているものは、PL様向捕捉となります。】 ◆服装◆ +... 投稿日 : 2010/03/12(Fri) 20 05 投稿者 : レクリエーション同好会 参照先 : http //smile.poosan.net/sengakurec/mar10/ 今回はフォーマルなダンスパーティーという事でドレスコードが御座います。 インフォーマル(略礼装)以上必須、セミフォーマル(準礼装)以上推奨です。 以下に大よその基準を示しておきます。ご参照下さい。 昼服、夜服の区別は特に拘らなくて構いません。 男性の靴はエナメル素材のもの(若しくは靴墨を用いぬ素材)を推奨します。 〔フォーマル(正礼装)〕 男性…モーニング、燕尾服 女性…ロングドレス(基本的には袖無しで襟ぐりが深く、足首丈のもの) 〔セミフォーマル(準礼装)〕 男性…ディレクターズスーツ、タキシード、民族衣装 女性…カクテルドレス等(袖有、ボレロ・ショール等付、すね~膝丈のドレス)、民族衣装 〔インフォーマル(略礼装)〕 男性…ダークスーツ、ラウンジ・スーツ(ドレスシャツやチーフ等で華やかに) 女性…フォーマルな雰囲気のワンピースやツーピース、スーツ 御自分で用意頂くか、或いは講堂の控え室を更衣室に改造した上で 貸衣装屋さんがスタンバイしておりますので、御好みの衣装を御召しください。 同時にヘアメイクさんが待機しておりますので、髪やお化粧なども御任せください。 また、正装等になじみが無い方には、貸衣装屋さんが適宜見繕ってくださいます。 普段着で入場しようとすると、屈強な入場係の男性(NPC)に問答無用で更衣室に叩き込まれ 服をひっぺがされた挙句、フォーマルな衣装に着替えさせられます。ご注意を。 【お好みで服装決定ダイス。以下にランダム対応表を記載。部屋入室時にどうぞ。】 1…男性:漆黒の上着、モノトーン系のボトム、タイのモーニング一式 女性:純白のシンプルロングフレアドレス+ダイヤのアクセ一式 2…男性:漆黒の燕尾服一式(シャツ、タイ、チーフは白で統一) 女性 桜色のパフスリーブふんわりドレス+ピンクトパーズのアクセ一式 3…男性:濃いシルバーグレイのストライプ柄タキシード(タイ、チーフは薄い灰銀) 女性:黒地紅牡丹柄、太腿迄スリットの袖無ロングチャイナドレス+紅色透けショール 4…男性:濃紺のモーニング一式(タイ、チーフは光沢のあるブルーグレイ) 女性:紅の薄布を幾重にも重ねたロングフレアドレス+カメリア意匠の豪華コサージュ 5…男性:ほぼ黒に近い深緑の燕尾服一式、ドレスシャツ、光沢モスグリーンのタイ 女性:薄水から藍へグラデする袖無マーメイドロングドレス+サファイアのアクセ一式 6…男性:紫がかった灰黒のタキシード(タイは光沢ラベンダー、チーフは白) 女性:漆黒のベアトップバッスル(腰裏にボリューム)ロングドレス+レースショール ◆舞踏会場◆ +... 投稿日 : 2010/03/12(Fri) 20 06 投稿者 : レクリエーション同好会 参照先 : http //smile.poosan.net/sengakurec/mar10/ 部屋名:講堂内舞踏会場 説明文:講堂内に設けられた舞踏会場。音楽が休まず流れ、踊りの輪が幾つも咲いています。 ― 舞踏ルール ― 「ダンスNo.1はあなた達だ!」 優雅な或いは軽快なリズムに乗せ、 衆目を集めるダンスを披露できるか否か。 リードする“ あ な た ”の技術&体力&時の運が試される! ルールは簡単。学年・性別不問ですぞ。 ダンスをリードする側のステップが、相手方に勝ればOK。 リード=A様、パートナー=B様として解説すれば……。 A様のステップ開始【A様ダイス、B様は即ダイス】 ↓ A様ダイス≧B様ダイス …… 成功。見事なステップ&ターンでしょう。 A様ダイス<B様ダイス …… *おおっと* 躓いたり踏みつけたり押し倒したり? ↓ B様の反応 ステップ【ダイス】2回で一曲終了となります。 …が、3連続成功されたペアはボーナス! ラストにもう1ステップのチャンスとなります。 また、紅薔薇のペア(別記事◆薔薇◆参照)も無条件で3回の挑戦が可能です! 見事、三連続成功されたペアに景品を贈呈させて頂きます。 【1回目と2回目の間など、必ずしも連続的にダイスを振る必要はございません。 適宜会話なども交えダンスをお楽しみ下さい。】 ― 景品 ― ペアでひとつ、御好きな物をお選びください。 ・燻銀の台座にブラックオニキスを嵌めたカフスボタン一組 ・銀の台座に淡水真珠(淡いピンク)を花のようにあしらった髪飾り(バレッタ状) ・某都内外資系ホテル最上階レストランの窓際席&ディナーコースペアチケット ・(貸し衣装を御召しの場合)現在着用している衣装一式のプレゼント(一名様分) ダンス成功後すぐに係員(NPC)により、希望景品のお伺い→即譲渡の形となります。 ― 会話について ― 舞踏会場内では !ペア相手との会話優先! です。 必ずしもその場に居るすべての方【在室者様】と御話いただく必要はありません。 (勿論、ペア外の方との会話を禁止するものでもありません。) (その場合は御返事がかえらない事があると、予めご了承の上でお願いします。) ◆歓談会場◆ +... 投稿日 : 2010/03/12(Fri) 20 06 投稿者 : レクリエーション同好会 参照先 : http //smile.poosan.net/sengakurec/mar10/ 部屋名:講堂内歓談会場 説明文:ぐるりと壁に添って卓が並び、普通科の係員が飲物を配り歩いています。 ― テーブル ― カナッペやサンドイッチ、プチケーキ、生フルーツ、アイスクリーム等が置いてあります。 また、普通科(NPC)の男女生徒が係員として往来しており 声を掛ければジュースや紅茶、珈琲の類から、発泡した発酵白葡萄ジュースまで お好みの飲物を飲むことが出来ます。 ― 会話について ― 基本はその場に居る方々との会話をお楽しみ下さい。 ダンスにお誘いしたい方に出会われましたら、どうぞ積極的に! ペア成立次第、舞踏会場へと移動するようにされて下さい。 周囲の方も、お誘いの遣り取りをしていらっしゃる方々には、お気遣い下さる様宜しくお願いします。 ― ミニゲーム:Can you dance? ― 煌びやかな会場、踊る紳士淑女達。 けれどもちょっとダンスには自信がない、ペアはちょっと恥ずかしいと悩んでませんか? 雑談の合間に気軽にダンスを楽しみませんか? 音楽に合わせて身体を動かすだけでOK、決めポーズも振り付けも思いのまま。 友達や先輩後輩と、賑やかにダンスを楽しみましょう! 合図はシャンパングラス。Let s dance time! <ルール> ルールは簡単。 ダンスを見せたい相手、ダンスを競い合いたい相手、一緒に踊りたい相手にシャンパンを渡します。 渡すと同時にダンス(ダイス判定) (シャンパンは毀れぬよう注意!自信の無いかたはグラスをテーブルに置いてから踊りましょう) 受け取った相手はそれに対するダンスと会話で返しましょう。 数が上のほうがダンスが成功orダンスが上手という判定になります。 惜しくも上手くいかなかった、相手が上手いと思ったらシャンパンを飲みましょう。 部屋に複数参加者がいても大丈夫、会話の中に混ぜ込んで、気軽にダンスを楽しみましょう! 尚、シャンパンはノンアルコールが基本です。(基本ですからね?) ◆薔薇◆ +... 投稿日 : 2010/03/12(Fri) 20 07 投稿者 : レクリエーション同好会 参照先 : http //smile.poosan.net/sengakurec/mar10/ 講堂の中の到るところに、色とりどりの薔薇の生花が用意してあります。 是非、ダンスのお申し込みの際、小道具としてお使いください。 とくに紅い薔薇(花言葉は愛情、あなたを愛します、情熱等)は本命のあの方へ! 紅薔薇にて成立したペアは漏れなく、舞踏の際に無条件にて3回の挑戦【ダイス】が可能です。 その他、ダークピンク(感謝)橙色(信頼)白(尊敬)など 色ごとの花言葉に拘ってみるのも、お勧めです! 言葉にするには難しい想いを伝えるのに、最適!……かもしれません。
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「ねここの大切な物、返してもらうの」 静寂に包まれる空間の中、唯一の生と動。 「私に勝てれば、返して差し上げますよ。……貴方が勝てれば、ですが」 2人の間に張り詰める殺気は、深く激しく 「っ………いくの!」 ……そして、とても悲しくて ねここの飼い方・光と影 ~九章~ 「みさにゃん、ねここの《りーくあんじあ》の予備ある~?」 その夜の晩御飯の後、ねここがそう言ってきて。 「んー……、今調整中の新型ならあるけれど。まだロクにテストもしてないから、実戦ではアテにならないかもしれないわね。 それに数日中には予備を組み上げるから、そんなに焦らなくてもいいのよ~?」 「えっとえっと、それでも良いから付けて欲しいのっ。あの、あんまり動いてないと鈍っちゃいそうで、ねここやーなのー」 と、愛嬌たっぷりの身振り手振りのボディランゲージでおねだりしてくる。 「でもねぇ……最悪オーバーロードで自爆の危険性もあるから、あまりお勧め出来ないよ?」 ほんの一瞬、迷ったような表情を浮かべるけれど、それも一瞬で。 「それでも構わないの」 と、もう迷いのない、スッキリとした表情で答えるねここ。 「はいはい、そこまでおねだりされたら断れないわね。でも出来るだけ調整するから、1時間だけ頂戴ね」 「はぁい、なのっ☆」 にぱー、と相変わらず此方まで嬉しくなる様な笑み。でもほんの少し、違和感を覚えるのは。 「あー……疲れたぁ」 作業服のまま、私はドサリとベッドに倒れこむ。 「みさにゃん、お疲れ様なの~♪」 ねここはそんな私に、よいしょよいしょと毛布を一生懸命引っ張ってかけてくれて。 結局、調整は思った以上に手間を食ってしまい、時刻は既に11時近くになっている。 「ありがと、一応新しいのを使えるようにしたけれど、無茶をするとすぐオーバーロードするから気をつけてね」 「わかってるの。でもねここは、みさにゃんの作ってくれたこの腕、信じてるから」 きゅっと、新しい裂拳甲を、目を瞑りながらとても大事そうに、胸に抱きしめるねここ。 「……ん、ありがと。でも私にとって一番大事なのはねここ自身だから、ね?」 「うん……」 私はまだ少し機械油の汚れがついたままの指先で、ねここのほっぺをすりすりと撫でる。それに対して顔がちょびっと汚れるのも構わずに、ゴロゴロと甘えたように頬をよせてくれる。 「……さて、疲れちゃったし今日は早く寝ましょう。おやすみ、ねここ」 「はぁい、おやすみなの~☆」 そう言うとねここもパジャマに着替え、とてとてと自分の部屋に行ったかと思うと、大きな枕だけを抱えてきて私の隣にちょこんと潜り込んでくる。 「あらら、どうしたの? 今日は甘えん坊さんなんだねぇ」 「えへへー、今日はみさにゃんと一緒に寝たいの☆」 にこにこと嬉しそうに、私と顔を並べて布団に入るねここ。 「そっか、それじゃ……おやすみ」 「おやすみ、みさにゃん」 やがて、静かに寝息が聞こえてきて、わたしもうとうとと…… 「……ごめん、なの……」 ポツリと、ごくごく小さな謝罪の呟き。 次の瞬間、私の唇に感じる、小さいけれど、とても暖かい……温もり。 私を起こさないよう気を使っての、小さな呟きと小さな物音。やがて、パタンとねここ用の小さなドアがゆっくり開き、そして、閉まる。 「……もぅ、意地っぱりなんだから」 思いつく場所は全て探した。それでも私は探すのを諦めない。自分でもよくわからない、何で此処までするんだろう。 普段走ることなんて殆どしない膝は悲鳴を上げているし、足の裏は何か当たってしまっているようで、とても痛い。 食事も取っていない。……いや、喉を通らない。それに、そんな暇があったら一秒でも早くあの娘を探して、文句を言ってやりたい。 携帯には、家からの電話が延々とかかり続けている、らしい。着信拒否にしてしまったので、今はわからないけれど。 「あの馬鹿……本当に何処なの……よ」 独り言の声が、まるで自分の声に聞こえない。それに、感情の抑えが利かなくなっているのかもしれない。 震えている。 怒りなのか、悲しみなのかもよくわからない。親の言うままに過ごして来た私にとって、そこまでの感情を出す事なんて今までなかったから。 「……?」 ポケットの携帯からまた合成音が流れる。でもそれは今までとは違うメロディ。 送られてきたのは一通のメール。差出人は書いてないし、アドレスにも見覚えはない。 ……けれど、件名には 『ネメシス』 とだけ表記されていた。 「……ん……、ぅ」 身に受ける風の冷たさ、暖かみを失った木々に違和感を感じ、私は再び感覚を取り戻す。 私はあのまま、スリープモードに入ってしまったようだ。 「(……っ)」 思い起こすと、それだけで顔がかあっと熱くなる。 しかし、あの涙は私にとって無駄ではなかった。あれは全ての感情を吐き出すための儀式。これで私は全てを賭け……いや、捨てて戦える。 「……行かなくては。全てに決着を、清算をするために」 私は闇夜の中、己の愛機を疾走させる。唯一、私が自身の為に用意した、この機体を。 「……時間通り、ですね」 辺りを静寂が包み込み、耳に入る音と言えば、その広場の広大さに比べ、明らかに数の不足している電灯が奏でる、まるで虫の羽音のような耳障りな音。 その音を侵食するかように、1つの足音が私のセンサーに感知される。 「ねここの大切な物、返してもらうの」 最早挨拶をするのも無駄と思ったのだろう。遠慮のない一言が発せられる。 「私に勝てれば、返して差し上げますよ。……貴方が勝てれば、ですが」 どちらにとっての幸か不幸か、今の彼女は、その代名詞たるシューティングスターを背負っていない。 それ以外の変化といえば、私が仮想空間内で引き千切った左腕が、予備に取り替えたのか若干形状に変化が見られる事くらいだろう。 尤も、ユニットを背負っていないのは私も同じなのだが。 エトワール・ファントムはアキラが作ってくれたモノ。使う訳には、いかない。 彼女の普段の公式戦映像からは想像もつかないような、引き締まった、まるで狩りの最中の猛禽類を髣髴とさせる、鋭い表情とその瞳。 その瞳が私の一言によって、非情なまでに燃え上がる。 「っ………いくの!」 それが、この立会人の存在しない決闘の鐘。 直後、開いていた距離を一気に詰める為、ねここが獣のような躍動感に溢れた動きで鋭く跳躍する。 「!? このっ!」 それに対して腰裏のホルスターから2丁のアルヴォLP4ハンドガンを取り出し、素早く牽制射撃を行う。 だがソレに遭えて突進、紙一重で回避し、殆どコースを変えないまま、無謀と思えるほどのスピードと勢いで突っ込んでくる。此方は銃身がブレて命中精度が落ちるのも構わず更にハンドガンを連射。だがねここは直撃弾を全て紙一重で回避し、浅い弾は器用に装甲で兆弾させる。シューティングスターに惑わされがちになるが、この常人離れした鋭い勘、そして野性味溢れる鋭い格闘戦こそ、ねここの真骨頂。 「そこなのっ!」 鋭く且つ、私を仕留める為的確に繰り出される、研爪の一撃。 だが……! 「ふふ……」 「む、無茶なの!?」 遭えてこちらから踏み込み、研爪ではなく腕の部分を、パイルバンカーのパイルで受け止める。 「無茶は承知です……。それに、この方がっ!」 残された片腕でハンドガンを彼女の顔目掛け、渾身の連射で叩き込む! 「にゃッ!?」 ギィン!と鈍い音が木霊する。 私の一撃はヘッドギアによって弾かれてしまっていた。ねここは私の捨て身の策を本能的に察知したのか、この必中の攻撃をギリギリで回避・防御したのだ。そして流石にバックステップで軽く間合いを取るねここ。 だが今の一撃は決して無駄ではなかったようだ。 ヘッドギアには大きく兆弾の跡が残り、彼女の額からは僅かながら血……いや、オイルが少し滴り落ちている。 「ネメシスちゃん、強いの…・・・でも、絶対に、負けない」 その舌先で、口元にまで垂れてきたオイルをチロリ舐め取る。 その仕草は獲物の思わぬ反撃により手傷を負った肉食獣がいよいよ本気になり、全身全霊を込めて襲い掛かる。まるでその前兆のようで。 「今度は……ねここの番なのっ!」 その咆哮と共にねここが跳躍。いや、私の眼前から魔法のように掻き消える。 私は反射的にターンしながら、制圧射撃を行うかのように銃弾を後方へとバラ撒く。 ターンした私の目に入ったのは、確かにねここ。だがそれも一瞬で幻の如く消え去り、同時に鈍い衝撃が私の腕に伝わる。 「……く、ぅ!」 直後に私の全身に張り巡らされた神経、その腕の部分から痛みのパルスがAIに達する。それで私は遅まきながらも理解する。 引き裂かれる瞬間を自覚する暇もなく、私の左腕に装備されたパイルバンカーが剥ぎ取られていたのだ。 「甘いのっ!」 その戸惑い感覚に一瞬硬直し、再びねここの声が聞こえた瞬間、今度は右腕に強烈な違和感を覚える。 反射的に目をやると、私の腕、肘から下が、完全に消えていた。 余りの一撃の鋭さに今度は痛覚が反応する暇もなかったらしい。危険な一撃は外装や人口筋肉をも一瞬で切断・収縮させ、オイルが溢れ出る事すらなかった。 「……これで、おしまいなのぉ!」 そして、眼下に出現するねここ。そのポーズは力強く大地を踏みしめ、次の最後の一手を確実に決める為の力を凝縮させる、その瞬間。 「まだよ!、コール・ネオボードバイザー!!!」 「え、きゃぁぁ!?」 必殺体制に入りほんの僅か一瞬硬直したねここに対し、側背から超高速で突撃し吹き飛ばす私の愛機。 それは私と同じ漆黒と紅に彩られた、機械仕掛けの長槍。 しかし、弾き飛ばされたねここは見事な受身を取り、軽やかに着地、態勢を立て直す。傍目にも軽微なダメージしか負っていない。 同時に私は、高く跳躍。ピタリと息を合わせ、私は彼女に騎乗し、再びその身に闘う力を宿す。 「先程のお礼だぁ!」 巨大な長槍の左右にセットされた、4基の大型ビームキャノンが火を噴く。それは並の武装神姫ならば、瞬時に粉砕するほどの破壊力。 その強烈な正射に地面が抉れ、噴煙が濛々と巻き上がる。 だが、彼女がこの程度で倒れる訳がない。 噴煙の晴れた先には、爆発による地面の破片によって、その全身に満遍なく傷を負ったねここが佇んでいる。 そして、その傷だらけの概観とは裏腹に、彼女の瞳はこれまでに無い程の鋭気を秘めた、苛烈な炎を燃え上がらせていた。 「………」 最早言葉すらなく、その燃え上がる瞳を私に向けてくる。その瞳だけで、私を焼き尽くすことが可能と思わせる程に。 私は……遭えて覇気を叩きつける。 「私の愛機、"ネオボードバイザー・ガンシンガー”この力で貴方に……貴方に!」 だが続ける言葉は、私には、ない。私が望むのは…… 続く トップへ戻る
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【ループ22回目】 【ループ33回目】 施設内の2階、東角の大部屋で俺は待機していた。 一時間ほど待っていると、ゆっくり扉が開いた。 そして男は部屋の中央まで歩いて、俺の前で止まった。 「春樹さん……」 何度も繰り返し殺し、内臓まで見たことのある相手と対峙する。 お互い、一定の距離を保ったまま立っていた。 「御門先輩、お久しぶりです。確かショッピングモールでお会いした以来でしたよね。家で主流派に襲われた時も助けてくれたかな」 「愛菜が捕えられました。そして僕はこの部屋に行くよう命令され、やってきました」 「姉さんを人質にとったんでしょ? 秋人兄さんにそうするようお願いしたのは、俺だから」 「春樹さん、あなたは変わってしまった。それは能力を手にしたからですか?」 「どうしてそう思うんです?」 「以前の焦りが無い。あなたからは余裕を感じます」 (カンが良いのは相変わらずだな) 「正解だよ。これが俺の能力、八握剣さ」 フロアタイルが赤く光り、床から八握剣がせり出てくる。 そして御門先輩に向かって構えをとった。 「それは、僕との交戦を望むという意思表示でしょうか」 「交戦の意思はある。だけど、あなたに聞きたいことがあって、無傷でここまで来る様に兄さんに頼んだんだ」 「僕に、聞きたい事ですか?」 「そうだよ。帝の生まれ変わりの御門先輩でないと答えられないから」 俺は構えを解いて、八握剣を床に突き立てた。 タイルの一部が割れて、下地が剥き出しになる。 それに倣って、御門先輩も青く光る草薙剣を氷のような鞘に収めた。 「僕が……帝だったと知っているのですね」 「当たり前さ。だって俺は大和の兵を束ねる臣下の守屋なのだから」 「大連の守屋……そうか。だから初めてあなたに会った時、懐かしさを覚えたのか」 「そうだよ。俺は謀反に失敗した哀れな男なんだ」 謀反は成されず、大和王国はより揺るぎないものになっていった。 「そんな事はありません。守屋は公平な判断で義を重んじる優れた重臣でした。僕の罪が許せなかったのも、その強い正義感からだったのでしょう」 (罪、か……) 「帝の罪……冬馬先輩は行いに後悔しているんですか?」 「いいえ。世を平かにするには犠牲無しには成り立たない。無益な小競り合いの続く世を早く終わらせたかった。だから後悔はありません」 「でも.…出雲を皆殺しにする必要は無かった筈だ。女子供も居たのに、残酷すぎる」 気の良い仲間が大勢居た。 みな迷惑もかけず、慎ましく生きていた。 中つ国で暮らすために神宝によって力を封じ、爪を折り牙を抜いて本能を抑え生きていた。 それなのに仲違いさせるように陥れ、踏みにじったのは帝だった。 「後悔が唯一あるとすれば、鬼の事かもしれません。ですが、出雲を滅ぼして見せしめにする事によって、無血で投降した小国も少なく無かった……それも事実なのです」 (だから許せとでも言うつもりか?) 滅ぼすなら、黄泉からやってきた異人種だった鬼が一番遺恨を残さず済む。 過去に人も喰っていた恐ろしい国を滅ぼせば、英雄譚としても成り立つだろう。 ターゲットとしては申し分ない事は分かっていた。 「出雲を攻める際、守屋は東国に遠征中だった。帝は守屋が鬼だと気づいていたのかな?」 「知っていました。壱与の許嫁、もう一つの鬼の国……石見の王子の弓削だった事も。壱与に会いたい一心で武勲を上げ地位を築いていった事も。人ならざる強さが何よりの証明でした」 「そうか。やっぱり、あなたの手のひらで踊らされていただけだったのか」 出雲攻めも、守屋を利用していた事も。 帝の選択は国王としては、これ以上ないほどの最適解だ。 それが分かるからこそ、悔しくて恨めしい。 (でも……) 1500年近く前の事を蒸し返しても、仕方の無い話だ。 俺は大きく息を吐く。 そう。 俺はそんな昔話をする為に呼び出した訳じゃない。 「その滅ぼした国の姫。壱与について聞きたいことがあるんだ」 「壱与ですか。僕で答えられる事ならお話ししますが」 「単刀直入に聞くけど、壱与は帝を愛していたと思いますか?」 どう切り返してくる? 俺は御門先輩の様子を見守る。 「帝は愛されていたと自負しています」 その様子に躊躇はない。 本当に自信が無いと言えない言葉だ。 「でも、自分の故郷を焼いた首謀者を愛せるものなのかな。俺だったら、絶対に無理だな」 「そうですね。きっと……壱与はとても苦しんだ筈です」 そう言うと、御門先輩は遠くを見た。 きっと過去に想いを馳せているのだろう。 「出雲への侵攻は二人が出会う前……前帝の時から密かに計画されていました。その国の姫は雨を降らせたり未来を予知する不思議な力を持っている。若く即位した新帝……僕は駒としてその姫の力が欲しくなりました。出雲との和睦という形で姫を人質にしたのです」 (和睦だって?) 「和睦なんて言い方は相応しくない。権力にものを言わせて拉致したって言わなくちゃ」 「確かに、その言い方が的確です。そして帝はすぐに姫の美しさの虜になりました。巫女として慣れない神事や故郷を離れた心細さからか、姫も歳の近い少年の事を帝とは知らずに好きになっていったのです」 「その少年……若き帝はどうして自分の素性を明かさなかったのかな」 「これから起きる事を考えると言えなかった。すでに計画は止める事ができない所まで進行していた。そして当初の計画通り、出雲は大和によって滅びました」 まだこの時点では壱与は故郷が滅ぼされた事も、少年が帝だとも知らないままだ。 壱与はどうして知ることになったのだろう。 「じゃあ、どうやって故郷が滅びたと知ったのかな。巫女だった壱与は外界との接触を絶たれていたはずだ」 「大和の三種神器、八咫の鏡で起こった出来事を千里眼で見たのです。彼女はとても取り乱し、鏡を二つに叩き割って閉じ籠ってしまいました。食事も摂らず、何日も泣いて過ごしたのです」 一郎先輩と修二先輩。 八咫の鏡が二人で一つの能力なのは、壱与が叩き割ってしまったのが原因みたいだ。 意外な所で初めて知る事実に驚く。 「それで……壱与はどうなったの?」 「何日も籠ったままの壱与を心配した帝は、食事を用意して彼女を見舞いました。空腹から壱与は鬼の本能を曝け出し、帝を喰らおうと襲い掛かってきました。そこで……彼女は黄泉醜女に止めるよう諭されたのです」 俺が一番聞きたい事。 それは黄泉醜女の存在が何なのか、と言う事だ。 「その黄泉醜女って……」 「当初壱与は心に父の呼び掛けを聞いた、と言っていました。亡き父が鬼になった私を諭してくれたから正気に戻る事ができたと。でも、この呼び掛けは本当は亡き出雲王ではなく、黄泉醜女が私の中の鬼を封じたのだと後になって言っていました」 「黄泉醜女。それは何者なんだろう」 「壱与は鬼の始祖と言っていました。そして力の源とも。もしかしたら何らか概念のような物なのかもしれません」 「概念……か」 概念とはその物の共通認識の思考と言っていい。 例えば今の俺を表すなら『高校一年生』や『男』という共通認識がある。 『大堂春樹』を形作る沢山の特徴や分類を抽象し、まとめたものが概念だ。 ただ概念にも問題がある。 姉さんや裕也さんは俺を『優しい人』という。 でも俺は自分自身を『冷たい人間』だと思っている。 主観の入るような事柄は共通認識にはならないから、概念として言語化するのが途端に難しくなるのだ。 「周防の力を借りて色々試してみましたが、僕には黄泉醜女を認識することができませんでした。でも愛菜も会ったことがあると言っていました。もしかしたら、鬼の力を持つ者だけが感じ取ることの出来る稀有な存在なのかもしれません」 (御門先輩のカンが良いのは分析力が高いからだな。嫌いだけど……元は帝なだけあって、やっぱりすごい人だ) 「実は俺も黄泉醜女に会ったとがあるんだ」 「そうなのですか?」 御門先輩が少し驚いたように見えた。 能面のような無表情ばかりだと思っていたのに、いつからこんな表情をするようになったんだろう。 「黄泉醜女は封印を解いて欲しいと言ってきたよ」 「それは愛菜も言っていました。おそらく鬼の中に溶け込んでしまい、閉じ込められいるからでしょう」 「会った黄泉醜女は比礼を身につけていた。不思議なんだけど、実はその比礼は守屋が姉さんに渡した物なんだ」 「姉さん……愛菜ですか? どうして1500年前の守屋と現代の愛菜が会えるのですか?」 「それは姉さんが胡蝶の夢で1500年前まで時間を遡ったからだよ」 別の軸で起こった経緯を順に話していく。 姉さんが時間を遡って、能力の無い世界を望んだ顛末を話し終えた。 「俺が能力の無い世界で会った姉さんはそっくりだったけど……1500年前に遡った姉さんとは違うと感じたんだ」 「おそらく違う愛菜でしょう。愛菜は能力者。しかしその世界には能力が存在していませんから」 「矛盾だね。タイムパラドックスだ」 「春樹さんの言う通り、時間を超えた愛菜では原因と結果に齟齬が生じてしまいます。愛菜の能力で能力の無い世界を作った。当然、自分の望んだ世界では愛菜は存在できません」 「でも原因として姉さん自身は能力を捨てる事も出来ないよね。結果そのものがなくなってしまうから」 「その通りです。時間を遡った愛菜に帰る場所はどこにありません」 「じゃあ、姉さんは……どこに?」 「先程の比礼の話……愛菜が黄泉醜女という可能性もあります」 (姉さんが黄泉醜女かもしれない……か) 真相は今の所分からない。 もう少し調べていかないといけないだろう。 「それより。難解で、とても不可解な事があります」 珍しく御門先輩が首を捻っている。 御門先輩ほど頭の良い人でも、お手上げの問題なのかもしれない。 「何か問題でもあった?」 「愛菜の能力の事です」 「姉さんの能力?」 「夢とはいえ1500年前に時間を遡るなんて、神でもない限り成す事は出来ない。さらに能力の無い世界まで望んで、成就させている。その愛菜はどんな仕掛けを使ったのでしょうか」 (そうだよな。御門先輩の指摘はもっともだ) 今の姉さんは鬼の介助があったから、ループする世界を作れた。 潜在能力は神託の巫女だから当然高いけど、コントロールするのは経験やセンスが問われる。 それらを今の姉さんが持っているかと問われれば、答えはノーだ。 その時、微かに足音が聞こえた。 それらがこちらに近づいてくる。 (秋人兄さん達だな) その足音に御門先輩は気付いていない。 腰裏のベルトに取り付けた、樹脂製のシースホルダー。 ロックを外し、ハンドルを握る。 彼は防護ベストを着ている時があり、高い治癒力も相まって致命傷になりにくい。 狙うなら脳に到達しやすい耳の後ろか、首の頸動脈だろう。 ループ中に裕也さんから学んだ格闘術を思い出しながら、ジャケットの中に隠し持っていたコンバットナイフを御門先輩めがけて突き立てた。 【ループ48回目①】
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「武装神姫のリン」 第5話「腕試し」 もうリンと俺の2回目のバトルから2週間が経っている。 あの日からリンはあの時の敵ヴァッフェバニーの「コニー」にかすかなライバル心を持ったのか、賞品の訓練機で日々練習に励み、俺が仕事で家を空けている時間の半分は訓練機に向かっているらしい。 というのも訓練機はUSBケーブルでPCに接続すると訓練のデータをHDDに保存し、リプレイしたり、ゴーストとの戦闘も行える。つまり自分自身との戦いが行え、そうして自分の弱点も見つけることが出来る。 つくづく俺たちにはもったいないほどのモノを貰ってしまったと思う。 それでも、当の本人はそれがとても楽しいみたいなので俺は何も言わないが・・・・・・ 問題が1つだけある。最近のウチの電力料金が上がっているのだ。 もちろん原因は言うまでもなく、今まで仕事時は動いていることが無かったPCと訓練機の分だ。 これはいつも昼食に食べる食堂の定食のランクを下げれば対応可能だ。 おかずの数が少なくなるとは言え、量は十分なので心配することは無いだろう。 コレもリンのためだと思えば苦にはならない。涙を呑んで受け入れようと思う。 そうしてゲーム感覚で訓練を続けたリンはあの初戦で見せたエアリエル技をほぼ完璧に習得していた。 なんでもあのようなジャンプ技はTYPE DEVILの特徴らしく、こういったアクロバット技はストラーフの十八番だ。 ということで俺とリンはエアリエル技をメインに闘うことに決めた。 と、そこでリンが言ってきた。 「マスター。あの技なんですが、できればマスターの命令で技を出すようにしたいんですけど」 「で、技の名前を決めろと??」 「はい。」 純粋な瞳で見つめてくる。これは拒否するわけにはいかない。 でリンが今日の分の最後の訓練(多くても1日に5回と決めているらしい)をしているうちに ネットを使ってソレっぽい単語を検索する。 しかし一向に決まらない。 なぜならソレっぽい名前は思いつくものすべてが今世紀最初のガンダムの名称風になってしまうのだ。 そしてそういう名前をつける輩はどこにでもいるのでどうにもならない・・・・ 「くそ…あの名称のセンスをどうにかして欲しかった…」 俺が頭を抱えているとリンが言ってきた。 「そんなに悩むことなんですか?」 俺はすぐさま状況を説明。 するとリンは意外な打開策を勧めてきた。 「じゃあ漢字で表すのはどうですか?」 俺は横文字しか頭になかったことを悔やむ。漢字ならソレっぽくならない。 まだましだ。 そうしてリンのエアリエル技の名前が決定する。 あの観客を沸かせた技は「裂空」、と言ったかんじで決めておけば命令する時も時間が掛からない。 こういった感じで1週間で基本技(技のためにゲームを売って体操やら、格闘技の教則本を買った俺エラい)を含め、13の技を覚えたリンであった。 そして燐の腕試しに週末の大会に出ることにしたのだが・・・・ 会場に到着した俺は驚く。 なんとソコには初戦でリンに負けたハウリン「レオナ」とそのマスターがいたのだ。 しかも今回は新人戦じゃないので相手のレベルはさまざまな中で優勝するつもりらしく、上級ランカー達を挑発している。 俺はいそいそとその場を切り抜けようと思ったがすんでのところで見つかってしまった。 「おい、ソコの黒いジャケット」 声がかけられるが俺は無視して足を進める。 がヤツは全力疾走で追いつき。 「今度こそはお前の神姫をぼろぼろにしてやる~~~」と呪うかのように言ってきた。 さすがにこういう人とは深くかかわらない方がいいのは分かっているのだが、相手が手を離してくれない。 ソコに放送が掛かる「IDナンバー188960、登録名、燐のユーザー様は至急本部へお越しください」 とのことだったので俺はソレを理由に逃げた。今度は全速力だ。さすがに体力では俺の方が勝っていたらしい。 人ごみの中に隠れるとそのまま受付を済ませる、とは言え今回の選手ナンバー票を受け取るだけだが。 そうして受付から出たところであの「ヴァッフェバニー」のオーナーを見つける。 すかさず俺は声をかける。 「こんにちは~~」 「あっ、この間の」 リンもコニーに挨拶をする。 「リン、こんにちは」 返事を聞く限り、以前のギスギスとした雰囲気はなりを潜め今はとても清々しい雰囲気をかもし出している。 そんな彼女を見て、俺は少し安心する。 だがマオチャオがからかうとやっぱり怒る。 その辺は変わっていなかった。 「やっぱり来ましたね。」 「いや、近所でリンっていう登録名の神姫ユーザーは貴方だけだったと思ったので放送聞いてこの辺で会えるかな?と探していたところでしたよ。ウチのコニーがリン燐ちゃん会いたいってしきりに言ってたので。」 見るとリンはコニーと話している。耳をすませてみると・・・・ 「この場合は、敵に突進するよりも横に回避して敵に次の攻撃に備えるほうが良い」 「そうなんだ、ありがとう。コニー」 「いや、じゃあ私のも聞いてくれる? 犬orネコがプチマスィーンを使ってきて・・・・」 女の子のする会話じゃありません。本当に(ry とりあえず彼とはブロックが違うので昼飯時にでもまた会うことにした。 そうして指定されたブロック(体育館をテープでブロックごとに仕切って40型程度のモニターと端末。そして係員がいるだけだが)に移動する。別のブロックの前を通りかかった。まだ朝の9時代だというのになにやら人が集まっていると思ったら・・・・視線の中心にはオーナーと思われる女の子とおそろいのセーラー服を纏った神姫がいた。 とても、とても目立っていた。今日は舞装神姫のイベントは一切無い。月に1度行われる地区大会だ。 なにやらこの大会はユーザーの中でも特に入れ込んでる人が集まりやすいらしい。 今日のリンの衣装は白いブラウスにブレザー、タイトなスリット入りスカートと結構目立つ、いまは向こうの方が目立っているのでかまわないが、あんなふうに注目を集めるのはごめんなので今度からは気をつけることとしよう。 そうして指定されたブロック、Fブロックに付いた。ライバル達はすでに戦闘体勢だ。ナカにはモバイルPCとポータブルタイプの訓練機を使って今もトレーニングをしている神姫もいた。 俺もリンを急いで着替えさせ、係員にナンバー票を見せる。 試合は3試合目だそうだ。 ほかの試合中は俺が敵の特徴を分析し、リンはかばんの中で精神統一する。 これはどこかのアニメの影響らしいが良くわからない。 リン曰く敵の動きが感じ取りやすくなるそうだ。 そうして俺たちの番が回ってきた。 今回は大型の端末では無いのでマスターにも専用ゴーグルが渡される、それで神姫との視点を共有するわけだ。 初戦は訓練の成果が遺憾なく発揮され、40秒でKO。 第2戦は少し被弾したがハンドガンの弾なので気にせずフルストゥ・グフロートゥで武装を全て叩き落としてやった。 しかし第3戦。強敵が姿を現した。 相手のオーナーのランクはC、燐はまだ実戦経験が浅いため俺はDランクの下っ端だ。 いままでは同じDランクまでの相手だったがクラスが違うとなると敵のレベルが予想できない。 コレまでに無い苦戦は必至だ。 俺は燐に告げる。 「今回は裂空もガンガン使っていくぞ、それからアレも使ってやれ、もし敵が燐のデータを持っていたとしてもコレばかりは予想が付かないだろうから。」 「わかりました、ではいつもどおり運動量で相手を圧倒します。」 「よし、やるぞ!!」 戦闘が始まる。 敵はアーンヴァルだが自慢の翼はドコにも見当たらない。変わりに燐と同じストラーフのパーツが取り付けられ、セカンドアームの右腕はアングルブレードやフルストゥシリーズを組み合わせた、スプラッター映画に出てきそうな禍々しさだ。 逆に左腕はクローが取り外され、ソコにビーム砲が取り付けられている。 バックパックには巨大なエネルギータンクが備えられていた。 そして本体は両腕にマシンガンを構え、肩のホルスターにはオート、リボルバー両方の拳銃、腰にはライトセイバーがちゃっかり装備荒れている。近遠両方こなせるようにバランス調整されていた。 一方燐はエアリエルを重視して、射撃武器はリボルバー(元から持っているものと例のイベントで手に入れたものだ)のみ。 他にもイロイロと装備は追加しているのだが、ここでは割愛しよう。 敵はまずマシンガンで牽制してくる。 燐は最初とは比べ物にならない、華麗とも見えるステップで回避。しかもそのまま身体を回転させ、空中で逆さまになりながら2丁のリボルバーを引き抜いて乱射。 1発が敵の胸に向かうもソレはセカンドアームで防がれた、がそれはコチラも同じだ。 ただ弾の数が違うためこちらの方がアームに負うダメージは多い。 が幸運にも最後の1発が敵のマシンガンの1丁を弾いた。 すかさず燐はフルストゥ・クレインを投擲するが敵も同じくフルストゥ・グフロートゥとフルストゥ・クレインを連結して投げてきた。質量の差でフルストゥ・クレインは弾かれて連結刃が燐に向かう。 燐はセカンドアームのクロー。唯一連結刃の強度に対抗できる爪の部分。それを頼りに手刀の形を作り。刺すようにして突き出した。 独特の金属の衝突音が響き。連結刃は壁に突き刺さる。 しかし燐のクローの爪も2本ばかりが折れてしまった。 そうしているうちに敵は左アームのビーム砲を放つ。 弾速がマシンガンよりも遅いので燐は身体をひねるだけでそれをやり過ごすが、ソコに又しても連結刃が飛んできた。 そのまま受身を取るように前転して回避するが今度の連結刃は違う。ターンしてまたしても燐に向かっていった。再び飛来する刃が決定打になることは無いが、燐は敵の距離をじりじりと開けられている。 間合いが遠くなるほど燐にとっては不利になる。 俺は燐に決断を促す。 「燐、隼を使え。これ以上距離を開けられると負ける 「分かりました、マスター!」 燐は連結刃に背を向方かと思うとバック転、と共に脚を広げて体を捻る。カポエラの技からヒントを得た隼という技だ。 予測できない角度からの遠心力を思い切りこめた後ろ回し蹴りを放つ。 神姫の運動能力だからこそ実現可能な技だった。 その蹴りが向かうは連結刃。しかし燐は足先の小さなナイフで正確に連結刃の中央、刃が無く、最も弱い部分を切断する。 そして着地と同時にレッグパーツの脚力を100%使ってのジャンプ。一気に相手との距離をつめる。 着地点に敵が砲撃してくるが、アームを格子状に構えて正面の防御を固め突進する。そしてサイドステップを多用して敵をかく乱しつつ距離をじりじりと詰めていく。 敵はエネルギータンクの重量が祟ったか速度が遅い。 燐はステップを踏むごとに、アームユニット背部にマウントされたフルストゥ・クレインのロックを解除していく。 そして距離がほぼアーンヴァルのレーザライフル1本分に相当する瞬間、燐は全力でジャンプすると同時にアームユニットをイジェクト。 さらにロックが外れたフルストゥ・グフロートゥを空中に放り出すとそのまま1回転し、オーバーヘッドキックのように蹴りだす。 フルストゥ・グフロートゥが敵の脚を貫いて敵を止める。 後は残りのフルストゥ・クレインでフィニッシュだ。 だが敵も黙っちゃいない。クローで反撃してくる。 クローはリンのレッグユニットを破壊したがリンの本体には傷ひとつ付けていない。 そうしてリンが敵の胸にフルストゥ・クレインでとどめを刺す。はずだった。 ザン、という音がモニターから出る。 ソレと同時に俺のゴーグルに表示されたのは負けを表す文字列だった。 燐は少しところで勝てなかったのでしょんぼりしながら敗因を分析する。 敗因は敵の本体のライトセイバーだった。 腰裏に装備されていたため、バトルが始まってからは俺もリンも存在を忘れていた。 ソレをギリギリで引き抜かれて蒼い刃が燐の腹を貫いたのだ。 「マスターすみません。負けちゃいました……」 「いや、リンが気にすることは無いぞ、ちゃんと相手の装備を把握仕切れなかった俺にこそ落ち度がある。 でも格上相手にによくやったと思うぞ、このペースならCランクに昇格もそんなに遠くない。」 「じゃあ、明日シミュレーションバトルに付き合って下さいね。」 「お、おう、約束だ。」 今回は3回戦で負けたので賞品は参加賞の図書券だったが、コレでリンに大好きなポ○モンの文庫を買ってやれたのは幸い だったかもしれない。 ~燐の6 「決闘、対ルクレツィア」~
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「HAHAHA、婚約者の顔を見忘れたのかいマイハニー?」 「みさにゃん、誰この人……」 「知らない人」 「照れちゃって可愛いな、スィートハニーよ」 「……撃ちましょうか」 ねここの飼い方、そのじゅうに 『ピンポーン』 ソレは、そのチャイムの音と共にやってきた。 「はいは~い」 と、私は反応しながらドアを開け…… 「やっ 久しぶりだねマイハ…」 バタン! うん、何も見なかったし、何も居なかった。 「HAHAHA、確かに数年ぶりだがね。もうボクの顔を忘れたわけじゃないだろう?」 むしろ永遠に忘れていたいよ…… 「お、キミがねここちゃんか。話には聞いていたけど本当に可愛いねぇ♪ このままお持ち帰りしてしまおうか!」 え!? 慌ててドアをガチャ!っと開けると、そこにはねここは居ないで、満面の笑みを浮かべた男が一人立っていたのでした…… 騙されたぁ……トホホ ……で、もう嫌々家に上げて、居間で御茶を出してるのだけれど。 「みさにゃん、誰この人……?」 私に抱かれたねここが怯えつつ、そう尋ねてくる。こんなハイテンションのヤツといきなり会ったらそりゃ怖いよね。 目の前に居る男は20前後、金髪で、顔立ちはカッコよくて、全体的な風貌は美形、黙ってればいい男なんだけど…… 「知らない人」 「照れちゃって可愛いな、マィスィートハニーよ」 うん、こういうヤツだから知らないことにしておきたいの。 「……撃ちましょうか」 雪乃ちゃんが真剣な表情で尋ねてくる。手には既に357パイソンが……お願いしたいけど、後始末が面倒なのよね。 「HAHAHA、みんな冗談が好きなようだね。さてと、まず自己紹介しておこうか。 ボクは志郎=アーガイル。そこの彼女、美砂ちゃんの婚約者さっ☆」 と、髪を軽やかに掻き揚げながら挨拶してくる志郎。 「あんなの幼稚園の頃の適当な約束でしょ……何本気にしてるんだか」 ため息混じりにつぶやく私。 「フフフ、あの小さき頃の約束をきちんと覚えているなんて、やっぱりキミはボクのことが大好きなんだねっ!」 両手を挙げて、極めて大げさなモーションで喜びを表現してる……そのうち背後に花でも背負いそうね。 「あのねぇ、あれだけ毎日のように言われれば、嫌でも覚えてます……」 「ほらほら、そこの二人がよくわからない顔してるよ。ボクたちの甘~い関係を、キミの口からも説明してあげないと」 人の話聞かない所も昔のままよね……まぁいいわ。 確かにねここたちは状況が飲み込めていないみたいで、置いてきぼり食らってるわけだし。 「コイツ、つまり志郎は私の幼馴染なのよ、中学までのね。 家が隣で両親の仲も良かったから兄弟みたいに育ったようなものなんだけど」 ほへーと関心してるねここ。あんまり関心しないで欲しいな…… 「で、私が高校に入る直前にコイツがアメリカへ戻っちゃって、それ以来連絡を取らない事にしてた訳」 「すっご~い、みさにゃんにそんな秘密がっ☆」 「ねここ、それは関心の方向性が違うと思われますが……」 溜息を付きつつも冷静に突っ込みを入れる雪乃ちゃん。今日はとても頼もしく見えるわ…… 「秘密ならまだあるぞ、何せボクは美砂ちゃんの初めてのオトコだからなっ!」 ビキィ!!! 場が凍りついた……いや、正確には凍ったのは私と雪乃ちゃん。 ねここは?マークが顔に出てるし、言った当人は自慢してるつもりだから。 「はじめてって、なぁに~?」 ねここが素朴な疑問をキョトンとした顔で発する。言いたくない…… 「そのうちねここにもわかるよ……それにアレは事故よ、興味本位と青春の気の迷いからくる、一度だけの過ちよっ!」 ああ、言ってる自分が恥ずかしい。なんでこんなヤツと……orz 「謙遜しないで欲しいな。あの時の痛みに耐えてるキミの表情はとても美しかったよ……それに」 ギロリ! 「それ以上言ったらコロスわよ? 雪乃ちゃん、合図したら目を撃ち抜いちゃいなさい」 「了解。姉さん」 完璧に照準を合わせている雪乃ちゃん、というか武器がいつの間にか蓬莱壱式に変わってるし。 「……で、何の用があって尋ねてきたのよ。唯顔観に来ただけとか言ったら叩き出すからね」 「そうそう、ソレを伝えに来たんだ。誰も用件を聞いてくれないものでね、どうしようかと思ってたトコロなのさ」 アンタが言わないでほかの事ばかり喋ってたからでしょうに……胃が痛くなりそう。 「実はね、ボクもこの近所に引っ越してきたんだよ。」 ……は? 「姉さん!? 姉さんしっかりしてください!?」 「みさにゃん死んじゃダメなのぉ!」 真っ白な彫刻のようになる私、必死にリカバリーさせようとしてくれる二人。 うぅぅ……引っ越そうかしら。 「ねぇね、さっきの初めてって何なの~? みさにゃんが傷つくような事なの?」 アレから少し経過して、少し回復した私。ねここはさっきからの疑問を無邪気に聞いてくる、う~ん…… 「ある意味傷つく。処女膜が喪失される場合、出血するケースが多数存在します」 ……誰よ今の声。透き通ったよく響く声だけど、遠慮という感情が抜けたような声は。 「あぁ、紹介が遅れたね。ボクの相棒の神姫、アリアだ」 ポケットから顔を出すと、その神姫、アリアはひょいとテーブルの上に降り立つ。 「アリアです。始めまして、以後宜しく」 それだけを無感動に言うアリア。アーンヴァル型なのだけれど、目が赤眼になっていて、それが独特な雰囲気を持たせてる。 「……えぇと、今の言ったことって~……」 思考が高速回転してるらしいねここ、表情が大魔神もあれよという間にどんどん変化してって…… 「はい。特に強引に奪われた場合かなりの痛みを伴うと思われます」 アリアのその一言が事態を決定付けた。 ワナワナと震えるねここ……そして 「み…み……みさにゃんを傷つけたなぁああああああ!!!」 普段の癒し系の面影が完全に吹き飛んで、鬼神の如く志郎に襲い掛かるねここ! だけどソレはアリアのディフェンスによって防がれる。 素早く反応し、ねここの手刀をしっかりとガードしたのだ。 「……マスターに危害を加えるのであれば、それ相応の報復手段を取らせて頂きますが?」 防がれても尚にらみ続けてるねここ。嬉しいけど、何時ものねここじゃない…… 「アリア控えろ。……いやちょっとやり過ぎたね、失敬失敬」 一瞬だけ鋭い眼をしたかと思うと、またにへら顔に戻る志郎。 「ま、ねここちゃんもこのままじゃ治まらないだろうし……そうだね、近くのセンターで勝負するってのは? 条件はそうだね……アリアが負けたらボクは金輪際この家の敷地に立ち入らない、どうかな」 「受けてたつのっ!」 燃える瞳で直ぐにOKを出すねここ。その心意気は嬉しいんだけど、負けた場合の条件聞いてないんじゃ…… 「あぁ、ちなみにねここちゃんが負けた場合、美砂は俺の嫁確定だから」 「……えっ!?」 そう切り替えされて慌てふためくねここ。 ……ほら。やっぱり、コイツはそういうヤツなのよ…… 「絶対倒すんだからっ!」 「貴方に倒せますか?」 そして、山岳エリア・バトルフィールドで対峙している二人。 結局その足でエルゴまで出向いて勝負をすることに。いい迷惑よね、全く…… 『アリア、Type-0の調子はどうだ』 「問題ありません、マスター」 アリアの装備はストラーフのサブアーム及びサバーカを装着、それに各部にアーンヴァル用の装甲パーツを付けてる。 素体の色もあって、白黒のコントラストが眩しい。 更に左手には素体の身長くらいはありそうな大型シールドを装備。 武器は……現段階じゃわからないかな、背部に何か装着してそうだけど。 『試合、開始』 「参ります」 言うが早いか、アリアは腰裏から素早くPHCヴズルイフを抜いて牽制射撃をかけてくる。 「そのくらいっ!」 ねここはシューティングスターを速攻で切り離して、横移動で回避。 岩だらけの山岳地帯ではシューティングスターの直線機動が全く生かせないので、付けていてもデッドウェイトになるだけ。 「……フ」 と、ダッシュをかけたアリアが目の前にまで、速いっ。 こういう地形だと脚部に強靭なサバーカを装備してる方が有利かしらね。 アリアはそのまま右手に伸縮式ロッドを展開、ねここ目掛けてフェンシングのような剣捌きで突き出してくる。 ロッド周りにはパチパチという放電現象、スタンロッドみたいね。あれに触れるだけでも結構なダメージになりそう。 ソレをねここは身体の柔軟性を生かして紙一重で回避し続け、反撃の隙を伺う。けど…… 「貴方の実力はそんなものですか」 「くぅっ。このっ!」 ねここが稀に手を出してもその大型シールドで防がれてしまう。 またシールドを突き出されるだけでもねここにとっては回避の選択肢を狭められる結果になるから、左右に一気に回り込むのもしにくくて。 それに…… 『ねここ、少し落ち着いて。ちゃんと相手の動きを見れば平気だからっ』 「わかってるっ!」 かなりぶっきら棒に返答するねここ。 頭に血が上ってるせいだと思う、ねここは何時もより攻撃が大振りになってる。 怒りで相手を速く倒す事ばかり考えているんだ、きっと。 でも大振りの攻撃ばかりだと隙を生み出しやすくなって…… 「きゃっ!?」 ズシャアァァァァ!と土煙を巻き上げながら吹っ飛ぶねここ。 研爪で一気に深手を負わせようと突進した所に、蹴りのカウンターを貰ったのだ。 『アリアはこう見えてもアメリカマイナーリーグ(日本のセカンド相当)のトップランカーだからね。油断してると痛い目に遭うよ。 尤も今日のねここちゃんの動き、妙に硬くて期待外れだったがね』 元凶が尤もらしく言うなっ。……まぁ、ねここの動きが精彩を欠いているのは事実なんだけど。 「みさにゃんを……あんなのに渡せない…のっ…!」 闘志と怒りに満ちた眼でアリアを睨み付けながら、そう呟くねここ。 その気持ちは嬉しいけど、今のままじゃ勝てるものも勝てない。 『……ねここ、私は勝っても負けても平気だから。 私はねここの事が大好きなんだから、何処にも行かないよ。 ずーっと一緒にいてあげるから、何も心配しなくていいの、ね?』 そう優しく語り掛ける。 「……うんっ☆」 急に満面の笑みになるねここ。 私の過去を知ってる人間にあって心配してたんだろう、ましてやあんなセリフ言われたし…… 『さぁて、さっさと片付けて帰って杏仁豆腐一緒に食べよっ』 「了解、なのっ♪」 ファイティングポーズを取り直すねここ。その動きは先程よりも軽やかになっていて。 「……フラレましたね、マスター」 『HAHAHA、アリアが勝てば問題ない。二人ともボクの嫁にしてあげるのさっ』 「……了解」 アリアの方もシールドを除去し、ファイティングポーズを取り直す。 あら、今微妙に溜息ついてたような。そしてやっぱりコイツ変態クールだわ…… 「いっくよぉー!」 「行きますっ!」 二人の掛け声と共にその爪が交錯する。 サブアームは爪が大型化していて、アレで抜き手や手刀攻撃を繰り出してくる。 リーチが長い上に、懐に飛び込んでも素体から攻撃が可能なため、隙がない。 攻撃をサブアーム、迎撃を素体側と分けて行われると腕が2本しかない(普通は2本だよ)ねここでは不利になる。 やがて、ねここがサブアームがギリギリ届かないポイントに着地した瞬間 ドガァン! パラパラと舞う土埃、それはストラーフの抜き手がいきなり伸縮して大地を抉ったのだ。猛烈な加速で。 『HAHAHA、どうかなこの威力。特製アームパンチ!』 いやパンチじゃないしソレ…… 「ふぇー……危なかったの」 大きくバックステップで回避していたねここだったけど、その威力に流石に驚いたみたい。 『ねここ、撹乱して一気に行くよ!』 「うん! いっくよぉーっ♪」 配置済みだったぷちマスィーンズがフル稼働を始め、ねここの姿がブレ出す。 『アリア、来るぞ。迎撃用意』 「了解」 ズシャ、と腕から空薬莢を排莢し、新しいカートリッジをリロードするアリア。 「うっりゃぁー!」 ねここが数体に分身しながら一気に迫る! それに対してアリアも、その強烈な抜き手でカウンターを仕掛けようと…… 『試合終了。Winner,ねここ』 『……え?』 ほぼ全員の声がダブる。 『アリア,レギュレーション違反発覚。反則負』 「レギュレーション違反……?」 ジャッジAIがそう伝える。ジト目で志郎を見つめる私、でも何時もの顔のままだ。 『人間用実弾類の使用による国内法違反、失格、失格』 と、ジャッジAIが違反の理由を伝える……国内法って……つまり 「あぁ、カートリッジに実弾のをそのまま使ってたんだ。すっかり忘れてたよHAHAHA!」 と、軽やかに笑うアイツ。 「さて、今日は楽しかったよ。また明日だな、マイハニー☆」 「ふぅ、もう家には来ないんじゃなかったの?」 私たちはエルゴの店先で先程の会話の続きをしていて。 「うむ、だがご近所さんなのだし、顔を合わせる機会はいくらでもあるからな。ま、君たちの熱々っぷりを拝見させて貰ったよ」 そういわれて真っ赤になるねここ。 「じゃ、今日はこれで。……ま、それでこそ落としがいがあるってものさ」 と、ウィンクなぞしつつ去っていくヤツ。 ……アイツ全部知ってて今回の騒ぎ起こしたんじゃないだろうか。意外と抜け目ないし。 「……ま、何にせよ慌しくなりそうね」 そう呟く私の頬には、ねここが嬉しそうに頬擦りをしてるのでありました。 続く トップへ戻る
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~このお話は、エルゴ大会の中で行われ、語られることの無かった一幕である~ ……なんちゃってっ 「ちなみに今日は、凪さんと十兵衛ちゃんも大会に出場を?」 「ああ、折角なので出てみようと言う事になってね。 それに冬の大会でねここちゃんの試合を見て以来、十兵衛が興味を持っている様だからね」 「冬の試合、見てたんですか」 「ああ、バッチリと見させてもらったよ。良い物見せて貰いました」 そう言われるとねここじゃないけどなんか面映ゆい。デビュー戦の時2秒で倒しているねここを、そこまで高評価するなんて。 ねここもにゃぁ~、って顔して頬をポリポリ指でかいてて。なんか照れてるみたい。 「と言うか俺たちも出てたんだけどなあ。クラス違うからみてなかった?」 「いや~、まぁちょっと色々ありまして。あははは……・・・」 あのピz(ry)相手で結構時間取っちゃってたし、その後はねここが心配ですぐに帰っちゃったからねぇ。 今度はこっちが乾いた笑いでお茶を濁す羽目になってしまいました。 「風見さん、第一マシンの方へどうぞ」 ジェニーさんのアナウンスがフロアに響く。どうやら出番みたいね。 「それじゃ行きましょ、ねここ」 「うん☆」 ねここは今日も元気いっぱいだ。と、十兵衛ちゃんがねここに 「一回戦、頑張ってね。勝ち進めば準決勝で会えるから、お互いに頑張りましょっ」 「ねここ、絶対十兵衛ちゃんと勝負するんだからっ!」 おー、ねここが燃えている。大変珍しい光景。 さてさて、一回戦のお相手はどんな娘なのかな、と。 「フフフ……それは、私です!」 「にゃ?」 明朗快活な声が、反対側のコンソールから届けられてくる。 ねここと2人、そちらに目を向ければ、操作ボードの上に腕を組み、カッコつけているのか、 斜め45度の角度でこちらを見つめている神姫が1人。 頭部の特徴ある飾りからストラーフ型らしいその神姫は、足首まである豪奢な、黒衣のビロートのマントを身に纏い、 またその瞳は前髪に隠れていて、口元だけがニヤリと不敵な笑みを浮かべている。 しかも何故か彼女にはスポットライトが煌々と当たっていて、バックの赤に黒がよく映えるわね……って、えぇ? 「うぉっ、まぶしっ!?」 「何時の時代のネタをやっている、この馬鹿弟子がぁ!」 あ、スポットライトで眩しがってる。おまけに反射的にバタバタ動くものだから後ろにあったバックの壁がパタンと倒れて、 「何をやっているのですかアン。せっかくの私の登場シーンが貴方のミスで台無しではないですか!」 「我輩のせいだと申すのか。大体我輩にこんな重装備させるとは、労働基準法違反ではないのか」 「私のペットの癖に何を言ってますか、貴方はっ」 「あんですとっ、誰が誰のベットだと申すか!?」 ……スポットライトを担いでいたらしい、ぷちマスィーンズと口論を始めちゃった。 どっちも神姫(&神姫サイズ)とは思えないほどの大声を張り上げてるから、 たちまちの内に周囲の注目はその2人に集まってしまっている。 「……いい加減に終わりにしてくれ。このままだとお前等を廃棄処分にしかねん……」 2人の後ろからのっそりと、可哀想に顔を耳まで真っ赤にして恥ずかしそう現れたマスターらしき男性が現れ、2人を掣肘する。 ……見た目は同じ年くらい?の割には、顔に妙に年齢を重ねた中年のような疲労感が漂っているけれど。 というか、最初からいたのかも知れない。出来るだけ関わりたくなかっただけで。 さすがにマスターの言うことは聞くらしく、わざとらしく一息ついてから 「……えぇ、失礼しました。私はエストと申します。 早速ですが、貴方はこの私の名誉ある対戦相手に選ばれたのです。お互い正々堂々、拳を交えると致しましょう!」 高笑いとともに華麗?にマントを翻し、まるで挑戦状を叩き付けるかのように、ねここをビシっと指差すエスト。 「ぁー……うん、ねここだって負けないのっ!」 ぐっ、と両腕を引いて闘志を燃やすねここ。でも何時もより反応が遅かったのはやっぱり……だろうねぇ。 「さて……それでは戦場に赴くと致しましょう。はっ!」 軽やかにアクセスポッドへ向けてジャンプしようとしたエスト……だったのだけれど、 マントの裾にアンが捨てたスポットライトが引っかかっていて 「へぶぁっ!?」 バランスを崩したまま、壮大に顔からアクセスポッドへ突っ込む。 中から悲鳴のような金切り声と派手な金属音が飛び出してくるけど、何時もの事なのかマスターが助ける様子はまったくない。 「……さ、はじめましょうか」 フィールドに降り立った2人の聴覚センサーに、鳥類や獣といった動物の鳴き声が盛大に響いてくる。 辺り一面には2人の身長の数倍は在ろうかという、熱帯雨林特有の樹木が鬱蒼と多い茂り、地面は剥き出しになった木の根や岩、 朽ち果てた倒木、更には苔などでびっしりと覆われており、まともな平地というものが存在しない。 その混沌の中に、ポツンと佇む様にして2人が対峙している。 「先程は醜態を御見せしました。が、私の実力があの程度だと思って頂いては困ります」 身長よりも遥かに大きく、実用性を損なわないように配慮されつつも、全体に華麗な装飾が施された長槍を軽々と縦横無尽に奮い、 自慢の槍裁きを披露するエスト。でも時々ツタが槍に絡んでちょっとかっこ悪いかも…… 長槍を装備した以外は先程の姿と大差はない。黒いマントを身に纏い、時々不敵な笑みをこぼしている。 最後には白銀に輝く槍をねここの方へと突きつけ、改めてその戦意を表す。 「師匠、見ていてください。必ず汚名挽回をして参ります!」 瞬間、私も含めたギャラリーが盛大にズっこける。 『それ違う!どこぞの万年敗北中尉かお前は』 「……そうですね。では師匠の名誉返上を必ずや!」 『だから違うって言ってるだろ!少しは人の話を聞けっ』 「わかりました。ではきっと師匠の仇を執ってご覧にいれます。草葉の陰から見守っていてください!」 『だぁぁー!お前わかって言ってるんだろうな!?』 「私は何時でも本気ですが、それが何か?」 ・・・・・・まぁ、こういう2人なんだろう、ウン。 「じゅ、準備はいいのかナー?」 何時もの猫鎧装備で試合開始の合図を待っているねここ。今回はジャングル戦という事でシューティングスターは装備していない。 こんな鬱蒼とした所じゃデットウェイトもいい所だからね。でも、少し勝手が掴めないみたい。このジャングルにではなく、 相手に……まぁ今までにこんなお相手はいなかったしねぇ…… 『何時でもっ!』 それまで口喧嘩をしていた、エストとエスト曰く師匠の声がピッタリとハモる。似たもの同士ということなのかな。 『両者良いようですね。……それでは、一回戦第3試合。開始っ!』 進行役のジェニーさんの宣言と共に、勢いよくジャングルの中を駆け出す2人。 「先手必勝、私から行かせて貰います!」 エストはある程度の距離を取りつつ、その長大なリーチを持つ長槍で小刻みな打突を仕掛けてくる。 その槍捌きは冷静、大振りな一撃を狙わず、まるでねここの回避能力を測るかのように正確で鋭い一撃を連続して放つ。 特に障害物の多いこのジャングル内でのソレは、非常に高い技術がいるはずなのに。さっきまでの漫才のような様子は微塵もなく、 実戦ではかなり手強いみたいだ。 『ねここ、正面からじゃあの槍に串刺しにされちゃうから、左右から揺さぶってっ』 「わかってるのっ、ねここにおっ任せ~♪」 樹木の太い枝に勢いよく飛び込んだかと思うと、くるりと身を反転させ、そのまま自身の跳躍力と木の反動を利用して一気に加速。 更に飛んだ先の細い木をバネに利用してあっという間に方向転換してエストの横合いに突っ込む。 「ひゃ……わっ!?」 それでもエストは間一髪、身を捻って回避。 「あっまーいの!」 突進したねここはそのスピードのまま突き抜け木の枝に爪を引っ掛けくるりと一回転、そのままの勢いで獣のようにしなやかに跳躍する。 その動きは正に猫、いや獣の本能が溢れる山猫のよう。こんな状況下の局地戦闘は、マオチャオ型の最も得意とする所。 ねここもその力を、実に生き生きと存分に発揮している。 「・・・…フフフ、やりますね」 そのねここの高速攻撃を長槍と体術のみを駆使し器用に凌ぎながら、不意に心底楽しそうな笑みをニヤリと浮かべるエスト。 素早くバックステップで後退すると、槍を高く掲げ、高らかに言い放つ。 「今までの私は20%の力です。今から100%の力をお見せしましょう!」 「なら、ねここはみさにゃんの愛のぱわーで200%なのっ!」 満面の笑みと共に、恥かしげも無く言い返す。嬉しいんだけど、こんな公衆の面前では流石に恥かしいよぉ……。 それに、余りああいう風に、感化されて欲しくはないような。 「ならば私は300%ですっ!」 槍を腰裏で構え大きく翻したマントでその身を包み、子供の喧嘩レベルな事を言い返しつつ突撃してくるエスト。 マントで間合いを槍のわかりづらくするつもりなんだろうけど、 「そんなのもうわかっちゃってるんだからっ!」 ねここはカウンターで逆に突っ込み返す。 懐に入ってしまえば、槍なんか只の棒に過ぎない。一撃を回避することが前提だけど、ねここにはその力があるんだから! 「ハァッ!!!」 擦れ違おうとする直前。マントの隙間から、毒蛇の攻撃の如く鋭く危険な一撃が、ねここの額目掛けて繰り出される。 「あっまぃのー!」 だけどその一撃を、難なく左手の研爪によって、盛大に槍を弾き飛ばすねここ。 甲高い金属音が轟き渡り、ねここの息の根を止めようと繰り出されたその槍は、 ブーメランのように高速で回転しながら天高く舞い上がっていった。 そしてマントに覆われたエストの懐には、大きな隙が生まれている。例えマントが防弾処理してあっても、 鋭く切り裂く研爪は防げない。だから。 『ねここ、やっちゃえっ!』 「ひぃっさぁっつ、ねここぉ・フィンガー!!!」 激し過ぎる稲妻の奔流と共に叩き込まれる、必殺の一撃。 そのはず、だった。 「隙だらけです、貴方は」 先程までのテンションの高い声とは違う、氷のナイフを思わせる音色と共に現れた、 漆黒のマントを突き破って現れるもう1つの毒蛇。 それはねここの右腕へまるで吸い込まれるかのように直進し、軽々と装甲を突き破り、ユニットを切断・断絶し、 大きな腕そのものをやすやすと貫いた。 「に゛ゃぁぅ!?」 痛々しく悲鳴をあげるねここ。 ……でもその前では、 「しびびびびび、しびびっ、しび!?!?」 エスト嬢が派手に感電していた。 そりゃぁ金属製の槍で発電中のユニットを串刺しにしたら、感電の1つくらい、余裕でするよね。 「……ま、まさかそのような奥の手を使ってくるとは。やりますね……ねここ」 ねここに突き刺さったままの槍をやっと手放し、数歩後退して距離を取るエスト。 その手には未だに槍が握られている。但しそれは傍目で見ても、さっきまでの槍の半分くらいの長さしかない。 『そうか……中央から分割して2つの槍に……。ねここ、まだやれる?』 「大丈夫……右腕もまだ、動く…のっ!」 苦悶の表情を浮かべながら、刺さった槍を引き抜くねここ。素体の腕部分を貫通していない位置とはいえ、 制御用に感覚をある程度リンクしているために、多少の痛覚も存在する。しょうがない事なのだけれど ……見ていると、やっぱり少し辛い。 『あー、おぃどーする。何かお前全身ボロボロでダメージ大きいみたいだし、ギブアップするか?』 「騎士であるこの私に……敵前逃亡しろと言うのですか!? 其れこそ一生の恥辱。世間の笑いものにする気なんですね、師匠!」 『お前普段は『貴方は私の敵に相応しくありません。これ以上は時間のムダです』とか言って自分からギブアップしてる癖に、 何を今更。それに十分……』 そこまで言って、急に言葉を濁す師匠さん。そのお気持ちはわかります…… 「私は生き恥を晒す位ならば、死を選びます! さぁ、最後の一撃を受けて貰いましょう」 ショートスピアとなった槍を剣のように構え、膝がよろめきながらも、なんとか戦闘態勢を取るエスト。 「よぉしっ。ねここも全力でお相手するの~☆ ……んに」 大きくて円らでキュートな瞳をパチクリさせて、ピクピクと何かに反応したようなねここ。なんとなく、ヘッドギアの耳が動いたような、気が。 「あ、あーっ。エストちゃん上、上なの…!」 今度は急にあたふたとし出す。……何だろう? 「ふん、この知略に優れた私が、そんな見え透いた子供騙しのような陽動に引っかかるとでも!」 「いいから上、見てってばぁー!」 怒り半分、悲鳴半分のような叫びをあげるねここ。 「何を……?」 流石にその様子に、思わず上を見上げるエスト。だけど、其れが命取り。 其処にはさっきねここが弾いて空中へ飛んでいった槍の片割れが、まるでブーメランのように地上へと舞い戻って…・・・ ずぶり。 と言う貫通音がはっきりと聞こえてきそうな程、エストの額に見事に突き刺さった、自分の槍。 「!?!? おわあ、おでこにぶっすりとぉおおおー!?!?」 断末魔の悲鳴と共に、仰向けに大の字になってバッタリと倒れるエスト。 「……ぇ、えーと……勝ったの、カナ?」 大変気まずそーに、ポリポリと頬をかくねここ。 『試合終了。Winner,ねここ』 みんな思考力0になってしまった中、ジャッジAIだけは冷静に判定をくだしているのでありました。 一応試合終了という事で、ポッドから外へ出てくるねここ。 「勝ったの~、へぷっ!?」 あ、コケた…… この新筐体、アクセスポッドも新型でデザインも多少リニューアルしてて。 つまり以前の感覚で私の胸に飛び込もうとしたねここは、見事に足をひっかけちゃったわけで。 「はぅぅ~。みさにゃぁぁん!」 「よしよし、痛くないからね~」 ふふ、こういうところは変わってなくて嬉しいかも。 「あれ、所で対戦相手の2人は?」 「試合終了直後でしたか、マスターにずるずると引きづられて、そのまま帰ったようですよ」 と雪乃ちゃんが相槌を返してくれる。 確かにあのまま居続けるのには並外れた精神力がいるだろうから……ね。 トップへ戻る
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若干if入ってるので、正史とは限りません。 ≪敵襲、敵襲!迎撃要員は直ちに出撃せよ!≫ 敵機接近の警報鳴り響く簡易格納庫のキャットウォークを駆け上がり、自分の機体背面からコクピットへ乗り込んだ。 シートに座れば、即座にベルトや生体データ採取用のコード・センサー類がパイロットスーツにまとわりついてくる。このコードはガリゾーンタフ製の最新技術らしいが、何の動力源もなさそうなコードがうねうねと自分の体をはい回るのは、見ていて気持ちのいいものではない。 コードが差し込まれ完全に固定されると、ヘルメットのバイザー部分から網膜投影が開始される。表示されるのは無機質な青い空間に表示されては流れるシステムログと、それを背景に佇む無表情な女性管制官。 この女性は応答型戦闘行動支援インターフェース(IF)らしく、外見やボイスは事前に作られたものを使用しているらしい。部下たちは変更キットを購入して好きな性格や外見、ボイスのIFを作っているようだが、私は初期設定をそのまま使っている。給料何か月分もつぎ込んでこだわる連中の気が知れん。 ―――本機へようこそ。当機体はコラ・ヴォイエンニー・アルセナル社所属、第四航空機兵旅団クラスノダール旗機、Sa-235F/C”クラスノダール”。認証を開始しますか? それにこの無機質で無感情な冷たい声も、聞き慣れれば心地いいものだ。 「旅団長より緊急認証を請求。」 ―――声紋分析により第一認証成功。認証を続行。並列して戦闘モードの起動を開始。 ヘルメットによる虹彩認証、グローブによる指紋、静脈認証、採血による遺伝子情報認証の三段階によりマゲイアの起動が可能になる。 本来この三重の手続きが終了しなければ何もできないようになっているが、緊急承認申請と管制による許可があれば主機の起動を含めた出撃準備が並行して行われる。 ―――外部電源を使用し主機を起動。 徐々に回転数を上げ、甲高い音を上げ始める主機。膨大な出力が機体全体を満たしていく。表示される出力上昇は明らかに旧型機よりも早く、出力上限も高い。レスポンスが良く無理ができる良い機体だ。 ―――制御系のクリアランス開始。 にしてもレメゲトンがいれば、一瞬で立ち上げができるんだがな。手間のかかる出撃前の面倒に、思わずぼやいた。この待ち時間が無駄に思えてしまうのは、悪い癖だと自覚はしている。 ―――遺伝子認証に成功。親衛軍旅団司令部よりワンタイムパスの発行。 網膜投影された、認証とシステムの立ち上げを示すバーがじわじわと伸びていくのを見て、気持ちが焦れてくる。 敵がすでに近づいているからだろうか。いや、久方ぶりの空に興奮しているのだろう。旅団長にまでなるとそう簡単に出撃できなくなる。アグレッサーと試験以外で空を飛んだのはいつ以来だ? 逸りをおさえる為に目視で各種データを参照してチェックを行う。IFが勝手にやってくれるとはいえ、元戦闘機乗りとしては自分の目で確かめたくなる。 ―――認証終了。戦闘システムモード操作を開放。 そうこうしているうちにようやく、と言ってもほんの数十秒で戦闘モード操作が可能になった。新型機だけあってジェド・マロースより格段に速い。バカでかい新型電算機を積み込んだだけのことはある。回転数の表示を見る限り主機の立ち上げも後数秒で終了するはずだ。 戦闘モードの機動とともに、全周モニターに周囲の映像が表示された。足元にまだ作業員がいるのが見える。武装の持ち上げに邪魔だな。 「整備員は本機周辺より待避準備!」 慌てて逃げ出す作業員たちが安全エリアに入るのを確認し、すぐわきの兵装ラックから騎兵槍のような外見の100mmレールライフルを取り上げて情報をリンク。弾薬の装填済みを確認して予備弾倉を各部位に格納していくと、投影されている機体情報に弾倉表示が追加され残弾数が跳ね上がる。 表示枠が新たに投影される。この格納庫を仕切る整備長だ。 ≪旅団長!航空ユニットの準備整いました!≫ 「接続してくれ!」 彼に返事を返すと機体背面に大型航空ユニットが接続される。何度かボルトやシリンダーが接続される金属音と衝撃がコクピットを揺らした。一瞬遅れて網膜投影上では接続された飛行ユニットの模式図が赤から青へと変わり、リンクしていくのがわかる。 ―――飛行ユニット接続を確認。RATO装備および兵装のリンク成功。飛行可能。 四基の姿勢制御精密スラスターが様々な方向に瞬時に振り向き、推力偏向フィンの動きを確かめる動作音が止まると、機体全ての表示が青に変わる。いつでも空に上がる準備が整ったというわけだ。 ≪電源ケーブル切断します!≫ ―――電源切断を確認。主機正常動作中。並びに飛行ユニットにエネルギー供給開始。 整備長の声と同時に腰裏の電源ケーブルが切断され、表示から消える。背面に視線をやれば切断された電源ケーブルが急速に巻き取られていくのが見えた。同時に腰裏の電源ソケットに飛行ユニットが変形してはまり込む。主機の出力が飛行ユニットに供給され、様々な電装部品が本格稼働し始める。 周辺作業員が離脱して安全に動ける事を確認し、機体正面に用意されたローラースケート式離陸支援装置に乗り込むと、もう一度集まってきた作業員が爆砕ボルトを操作してリンクする。 ≪離陸支援ユニット接続!牽引車へどうぞ!≫ 「ご苦労!」 ボルト接続に従事していた作業員たちが待避し、機体正面のキャットウォークが開くタイミングで、長いクリップを差し込んだ牽引車が滑り込んできた。機体正面で停止した牽引車は、グリップをこちらに差し出してくる。 ―――牽引車と接続。滑走路への移動を開始。 空いているマニピュレーターでグリップをつかむと、牽引車が自動で滑走路への牽引を開始した。グンと引っ張られる感覚と共に、よく整備された離陸支援ユニット、要はマゲイアサイズのローラースケートが抵抗なく機体を滑らせ始める。 ―――基地戦闘指揮システムとリンク。 格納庫から機体が引き出される頃には、野戦基地の戦闘指揮システムとリンクして現在の戦況が三次元レーダーに簡易表示されていた。山岳地帯で交戦中と聞いていたが、すでに裾野近くまで来ているか。 「押し込まれているようだな。」 敵はすでにこちらの初期迎撃部隊を食い破り向かってきているらしい。迎撃部隊も追いすがっているが敵の足止め担当に翻弄されているようだ。 格納庫から出ると、青空からの鋭い日差しと白の大地からの反射が目を焼く。調光機能が即座に対応したが、視界はまだ白飛びしたままだ。 ≪旅団長!お供します!≫ 「ん?」 突然の友軍通信。横を見れば第三連隊長と副長の機体が両手でグリップを握って引き出されている所だった。連隊長機は魚雷発射管のような4連装ハンドミサイルを肩にホールドしており、副長機は実験兵装のパルスライフル二丁を腰から下げていた。二人とも最終試験向けとはいえ試作品を持ち出すのはどうかしている。それは私にも言える事だが。 ≪スコアの独り占めは許しませんよ!≫ 表示枠に映っている第三連隊長は、孤児上がりの所為か、発育が非常に悪く身長が低いうえに童顔だ。胸にくっついた不釣り合いなほどの山脈がなければミドルスクールの学生でも通るだろう。実年齢は30近いだったはずだがとてもそうは見えない。 時々他の女性隊員に抱きかかえられたまま頬を突かれ、失った若さに怨嗟の声を浴びている。遺伝子強化個体特有の銀髪でもあるし、社長のように老化抑制因子でも発現しているのだろう。 スキンシップに関しては人肌に安心感を得ているのか露骨に拒否していない上に、女性同士の関係であることから男性の私としては助けを求められても放置せざるを得ない。無理に引き剥がそうとしてセクハラ認定されたら物理的に死ぬからな。 ≪という事でお目付け役に付きます。援護は任せて下せぇ。≫ 対する第三連隊副長の見た目は、元生物学者曰くゴリラとかいう幻の生物そっくりらしい。怪力を誇るという類人猿そのままの肉体に軍大学卒の頭脳を搭載した知性派脳筋で、地下道に沸いたミュータントワニをレスリングで絞め殺したり、遭遇した強化装甲歩兵を生身ボクシングで沈めたり、興奮のあまり操縦桿を握りつぶしてIFに緊急脱出させられたりと逸話に事欠かない。 「では僚機を頼む。」 同行の許可を出すと、別の通信枠が開く。今度は神経質そうな管制隊の少佐だ。黙っていればキツめのすとーん系美人なんだが、ひとたび機嫌を損ねれば罵詈雑言の嵐が吹き荒れる。そういう趣味の奴には人気があるらしい。 ≪こちら管制隊。旅団長以下緊急迎撃部隊は以降クラスノダール隊と呼称する。≫ ―――通信コードを設定。本機はクラスノダール-1。 網膜投影にクラスノダール-1のコールサインが追加される。また、僚機としてクラスノダール-2.3がそれぞれ追加された。 ≪管制隊より現在出撃準備中の各機へ。敵侵攻部隊は航空機兵8機。2個小隊編成で、内1小隊が初期迎撃部隊を足止め中。1個小隊がこちらに向かっている≫ 管制隊の情報通り、レーダー表示から二個小隊が分派している事がわかる。すでに3機撃墜され、残りの6機を相手に足止め役の4機が完全に抑え込んでいる。かなりのやり手が動員されているとみていいだろう。 ≪旅団長以下クラスノダール小隊が緊急出撃する。待機中の12機も直ちに出撃せよ。≫ 3機はデルタフォーメーションで、電磁カタパルトが3基設置され鉄板が敷き詰められた野戦滑走路に引きずりだされる。地上設置型の簡易電磁カタパルト正面まで来ると、停止した牽引車とグリップのリンクが解除された。 IFは自動で引き抜いたグリップをカタパルトに接続し、機体を前傾させ発進態勢をとる。その状態のまま牽引車が滑走路から待避するのを見送った。 風はほとんどなく視界も良好。視界の端に、はるかかなたで交戦しているのであろうきらめきが見える。飛ぶにはいい気候だな。 ―――RATO装備点火準備完了並びにカタパルト充電完了。発進準備完了。管制隊に発進許可申請。 「広域通信を」 ―――旅団長権限により基地通信網を掌握。全通信帯広域通信を開始。 わずかな空電雑音と共に、広域回線が開く。 「諸君、手を止めずに聞いてくれ。」 放送を聞いて直立不動の体制をとった誘導員が慌てて作業に戻る。こうでも言わないと作業が進まなくなるからな。 「我々の家に土足で踏み込んだ無粋な連中が、休暇を満喫しているこの基地に向かってきている。」 つい最近まで技研のアホどもに振り回され、特別休暇をも捥ぎ取ってきたというのに迷惑な連中だな全く。 「迫る敵は精鋭といってよい。また、初期迎撃部隊との通信が遮断されていることから敵の支援部隊がすでに潜入している事も明らかだ。」 これだけの部隊が基地の最内円警戒に引っかかるまで発見されなかった以上、専門の電子妨害部隊が周辺まで出張っているのは確実だ。 「だが、我々クラスノダールもまた精鋭である事を、奴らに教育してやらねばならない。」 敵は精鋭。これも間違いない。大演習などでCD基幹企業として十分な錬度を維持している事を証明してきた我々の仲間を、数的劣勢を覆して被害を出さずに足止めできるのだから。 だが、我々の実力はこんなものではない。警戒の為に電子兵装に重点をおいた初期迎撃部隊では真の実力を発揮するのは不可能だ。 「準備の遅い諸君も早く来たまえ。さもなくば我々だけで撃墜スコアを独占させてもらうぞ。」 なぜなら我々クラスノダール旅団は重火力を投入するための航空機兵。もとより長距離射撃戦こそが本領なのだから。 「なに、遅刻してもモグラ叩きは残しておいてやる、スコアは多少伸ばせるかもな?狩り切るまで休暇はお預けになるが。」 さぁ、奮起せよ旅団員諸君。奇襲を許した我らの汚名は我らの手で濯ぐほかない。何よりこれだけの精鋭、撃墜すれば戦功抜群間違いなしだ。 「諸君らの奮闘を期待する、以上だ。」 格納庫周辺は更に慌ただしくなり、牽引車があちらこちらに向かっている。それにどうも出撃順で管制隊と揉めているらしい。煽りすぎたか? ―――広域通信を終了。管制隊より発進許可、カタパルト投射権限を受領。離陸可能。 ≪クラスノダール隊、離陸を許可する。≫ 管制隊からの発進許可を受けて、いよいよ空へ羽ばたく決意を固める。この後の地獄に耐え抜くには気力が必要だ!気合を入れろ! 「クラスノダール-1、出撃する!各機この私に続け!」 ―――全ブースター点火。並びにカタパルト射出。 腹の底から声を出した瞬間に主翼サブ6基メイン2基、計8基のRATO装備が轟音と共に巨大な噴射炎を吐き出す。それと同時に電磁カタパルトが滑らかに、しかしすさまじい勢いで機体を加速させ始めた。 強力な加速度がシートに体を押しつぶさんとする。耐Gスーツがあったとしても歯を食いしばらなくては意識を保つことも難しい。脳みそが変形しているのがわかるほどの重圧に、弱音を吐きそうになる。 「―――ングッ!?」 初期加速域を超え、カタパルトから射出された。喰いしばった歯の隙間から苦悶の声が漏れる。全身の血が背中側に回るような奇妙な感覚がこの身を苛んだ。 ―――規定速度まで加速、機体の浮揚を確認。離陸支援ユニットを投棄。 爆発音と共に機体がガクンと上昇する。ふと目を向けた下部視界に、爆裂ボルトでパージされた二つの離陸支援ユニットが滑走路を転がり、奥の貯水池に飛び込む姿が見えた。 結構高いはずだよなあの支援ユニット。盛大に壊れているが再利用できるのか? ―――二個セットで12,000VAR。また再利用可能なパーツは回収されます。 独り言として口から出ていたのか、IFから返答されてしまった。しかしただの戦闘支援IFのはずだが、なぜそんな情報まで持っているのか。 ≪クラスノダール隊の離陸を確認。高度1500ftまで上昇し、急行せよ。≫ ―――機体上昇中。 管制隊からの指示に従い、ブースターの力を借りつつ急角度で高度を取っていく。1500ftなど、この機体の上昇速度にかかればほんの数秒というところだ。 ―――1500ftに到達。僚機も上昇を完了、編隊を形成。 「方位1-5-7だ!俺に続け!」 ≪≪了解≫≫ 僚機の返答を受け、南南東に進路をとりつつ加速する。視界の端で主翼上部ブースターが燃焼終了警報を発していた。旋回を完了する頃には、サブブースターはすべて沈黙しているだろう。 ―――旋回完了。一次ブースター投棄後、二次加速を開始。ラムジェットタービン空気取り入れ口解放。スピンアップ開始します。 燃焼を完了した主翼上面の6発の小型ブースターとメインブースターの一段目を投棄し、メインの二段目を点火する。一気に軽くなった機体は莫大な推力によりすさまじい勢いで前に吹き飛び、体は再び急激なGに押しつぶされる。 上昇で高度と引き換えに失った速度を取り戻す、いやむしろ増していく機体。ほんの十数秒で時速700km/hを超えた。 ―――ブースター間もなく燃焼終了。ラムジェットタービン定常回転域までスピンアップ完了。 「切り離せ。」 ―――メインブースターパージ。 少し苦しげな声で命ずると、再び大きな揺れと共にメインブースターが投棄される。推力が一瞬失われる独特の浮遊感の後。 ―――ラムジェット起動。通常巡航モードに移行。 甲高い轟音と同時に、優しく、しかし締め上げるようにじわじわとGがかかる。ラムジェットによる加速が始まった。 しばらくすると加速によるGは収まり、全身に感じていた不快感も収まった。 ≪ふぅ、相変わらずこいつのRATOは負担が大きいですね。≫ ≪まったくです。前のやつより重くなってるはずなのに、むしろGがかかるのが怖いですな。≫ 皆の言う通りで、機体重量が増しているのにより鋭く重いGを感じるのだから、どれだけブースターの出力が増しているのかという話だ。第二研のゴミ共曰く突っ込ませればそのまま大質量焼夷弾として使えるらしいが、一体どんな燃料を積んでやがるのか。 「はは、中佐、油断して気を飛ばすなよ?」 ≪それはつい最近試験飛行で失神した旅団長がいうセリフではないでしょう。≫ 「いいか大佐!あれは第二研のクソどもが推力四倍とかふざけた代物に載せ替えてたのが悪い!」 いいか連隊長!あの失神は解決不能な問題を避けるための緊急避難措置に失敗しただけで責められる類の物じゃない!あの瞬間、俺に残された手段はただ乗り込み、死なない事を祈る。それしかなかったんだ! ≪ですが旅団長、どう見たっておかしいのわかったでしょう?太さ2倍のメインが4本ですよ?≫ ああ、そうだとも。一目見ただけで分かったさ。加速中に失神するだろうなってな!だが。 「飛ばないとこいつを改造するって脅されたんだぞ!一准将が技術中将相手にどうしろと!」 ≪あー、こそこそ2人でしゃべってたのってそれでしたか。≫ ≪連隊長、それ無理ですわ。俺でもあいつらに愛機任すくらいならあれで飛びます。≫ そうだろう副長!愛機をあのイカレトンチキどもに触られると思ったら乗るしかないだろ!どうなるかわかったもんじゃない! 「だろう!?墜落して死ぬかもしれないが愛機がめちゃくちゃにされるよりはましだ!ああ!ミハイルの小僧みたいにはなりたくなかったんだ!」 ≪ミハイル君かわいそうでしたね。≫ ≪事故って病院から帰ってきたら機体の腕が増えてるとか、そりゃ絶叫吐血して病院に戻るわ。≫ 第二研のクソどもが無茶な設定にしたRATOで爆発事故起こして短期入院している間に、連中殊勝にも詫びで新しい機体組むとか言っていたと思ったら、いつの間にか腕を一本背中に増やすとかいう暴挙に出たからな。 帰ってきて愛機を見たミハイルがストレス性潰瘍で吐血するのも無理はない。あいつは乗ってきた救急車でそのまま病院に直帰していった。 ≪しかももう一回帰ってきたら今度はショッキングピンクに塗装されてましたからね。≫ 「嬢ちゃんが余計なこと言って、アホ共が塗った時だな?野郎心置きなく旨そうなカツレツにアバター変更しやがって!」 そのあと帰ってきたら機体は元通りいや性能が向上していたが、全面ショッキングピンクの塗装が施されていたわけだ。口元をぬぐっていたが血を吐いたわけではないと信じたい。 ミハイルに頼まれたんでレメゲトンの嬢ちゃんと第二研の連中を滑走路に正座させて取り調べ兼即決裁判(裁判長兼検察官ミハイル、弁護人なし)を行った結果、実行犯の第二研の連中には監視の下で元の色への塗り直しが、首謀者の嬢ちゃんにはアバターをチーズ乗せカツレツに変える刑が執行された。 あれはひどい飯テロだった。またカツレツが旨そうなのがたちが悪い。 ≪生のチーズが乗ったカツレツとか食べたことないですが、それでもおいしそうと感じました。≫ ≪連隊長給料もいい額出てるんですし、もう少し旨いもん食いましょうや。連隊長がレーションしか食わんので連隊皆レーション三昧ですぜ?≫ 何とも言えないあいまいな表情を連隊長が浮かべていると、副長が日常の食生活に苦言を呈する。 確かに、毎日軍用レーションは過酷だろう。あれを毎食食っていると、心と味覚がおかしくなる。連隊長が軍用レーションしか食っていなければ、下士官も兵士もレーション以外に手を付けられんだろう。あれより下の食い物はなかなか無いからな。 ≪なぜだ?軍用レーションも最近食えるようになったではないか。≫ ≪そりゃ昔のミドリムシとオキアミのスープよりはマシですが!≫ 確かに昔のレーションは、酸っぱいうえにダダ甘く口の中の水分を根こそぎにする圧縮黒パンと、発熱材がついていてどこでも温められるのはいいが、猛烈な磯臭さと青臭さが襲ってくるしょっぱいヘドロみたいなミドリムシとオキアミのスープペーストだったからな。 今機兵科兵士が食ってる軍用レーションは、見た目同じなのにロットによって全く違う種類の味や香りが付いた、煮込んだ革靴みたいな硬さの肉モドキや魚モドキだの、味はまともなのに変な食感の茶色の野菜モドキがついてくるので多少マシにはなっている。 いや、人間の食う飯として最低ラインな気もするが。 ≪冷凍とはいえ合成じゃない羊肉だの鶏肉だの良い食いモンあるんですからそれ食べましょう!≫ ≪ヨウニク?トリニク?なんだそれは。ニクと言っているから何かの肉なのか?≫ ≪だめだ、首かしげてる。食材が想像できてねぇ。まさか料理したことないんじゃ、≫ 不思議そうな顔をして首をかしげる連隊長。発音がおかしい当たり、明らかに副長の言った食材を認識できていない。まさかとは思うが食べたことがないのだろうか。いや、兵学校で食べたことがあるはずなのだが。 ≪何を言っている!私だってネズミとか野草で料理したこともあるぞ!≫ ≪そいつは訓練中の話ですよね?そうだと言ってくださいお願いします!≫ ≪何を言っている、つい先週の話だが?味付けは塩だけだったが、あれは懐かしい味で旨かったぞ。≫ 頼むから教練中の話であってくれ。自分や副長はそう祈っていたが残念なことにどうやら違うらしい。 味を思い出してぽわぽわと幸せオーラを出している連隊長には悪いが、仮にも佐官がそんな飯を自炊しているというのはまずい。 「副長、女子力の足りない連隊長の食育を命ずる。私費でいくらか出す、連隊長にスラム並みの食事を続けられても困るからな。 ≪は!了解しました!≫ いい返事だ。いくらか予算は都合つけてやるから、しっかりまともな味を教えこめ。 ≪旅団長!おい副長、貴様図ったな!≫ ≪何のことやらさっぱりですが、旅団長のご命令ですんであきらめましょう。≫ 噛みつく連隊長を、副長は飄々と受け流す。私の肩書が出た時点で苦虫を噛み潰したような表情でトーンダウンした。 ≪くっ、仕方あるまい!旅団長!後でお話があります!≫ 「おう、飯の席で説教ついでに聞いてやるよ。今日は前線将官用特別補給が来てるからな、真空保存されたロマニア産の貴族向け牛肉、天然野禽肉に北洋王鮭、舌平目、生バターをたっぷり使った白パンに秘蔵のワインを付けてやる。楽しみにしておけ。」 なぜか涙目でこちらを睨みつけてきた連隊長を今日の晩餐に強制ご招待する。まず高級食材でショック療法するとしよう。ついでにご不満もヒアリングしてやろうじゃないか。解決するとは言っていないがな! ≪聞いたことない食材ばかりです。それは最後の晩餐でしょうか?≫ ≪旅団長それは死刑宣告か何かですかい?≫ 「ええいお前ら!縁起でもない事を言うな!」 真顔で不吉な事をほざく二人に思わず叫ぶと、警報音が鳴り響く。 ―――警告、接敵警報。レーダー上に敵機を確認。 IFがもたらした情報に二人の顔つきが一気に変わる。自分自身の表情も替わった自覚があった。おふざけは終わりで、ここから先は実戦の時間だ。 網膜投影にシーカーが表示される。誘導されるままに視線を向けると、低空を地形追随飛行する四つの影が見えた。 「管制隊へ、クラスノダール-1エンゲージ!」 管制隊に接敵を報告し、ラムジェットを過給させ一気に加速する。一秒でも早く射程に収め、攻撃を開始するために。 ≪クラスノダール-2エンゲージ!ミサイルロック開始!≫ ≪クラスノダール-3エンゲージ!パルスライフル励起開始!≫ 僚機は後衛支援機と中衛狙撃機。自機の装備は本来後衛狙撃機とでもいうべきポジションでなくてはならないが、この100mmレールライフルは近接もこなせる代物だ。であるならば…… 「俺が前に出てひきつける!貴様らは援護を!」 ≪≪了解!≫≫ こちらの突貫に気づいたのか、あわてて高度を取ろうとする3機。最後尾の1機はこちらの真下を通過しようというのか、全速力で直進しつつじわじわ高度を上げるつもりのようだ。 はん。4番機は機兵式空戦機動を分かっているじゃないか。 さぁ、どう料理してやるか。まずは一番槍を馳走しよう! ―――中距離ミサイル、光学・熱源・レーダー三重ロック。発射準備完了。 「長槍をぶちかませ!クラスノダール-1、Fox-2!Fox-2!」 ≪クラスノダール-2、Fox-2!Fox-2!≫ ≪クラスノダール-3、Fox-2!Fox-2!≫ 主翼下のウエポンポッドに格納していた中距離ミサイル3機分、計12発を斉射した。12体の猟犬が蒼空を切り裂き、白い軌跡を残しながら獲物に向かってひた走る。 ―――敵機、チャフフレア放出並びに電波妨害開始。 狙いは無理に高度を取ろうと運動エネルギーを浪費している3機だ。接近するミサイルに慌ててブレイクする3機はチャフやフレアをばらまき、どうにか逃れようとする。アルセナル謹製のおバカな猟犬はぶちまけられた餌に食いつき、交わされ、遅れた2発を残して無力化される。賢い2匹が一機に襲い掛かるも、別の機体が妨害して直撃を回避した。 戦果はたった一機の片腕をもぎ取るにとどまったものの、敵はばらけ、なおかつ運動エネルギーを全て浪費している。優位は揺らがない。 ―――ミサイル撃墜されました。着弾1、敵3番機右腕喪失。 対するこちらは万全の状態で高空に陣取り、かつ高速飛行している状態だ。長距離射撃武器を持つ我々を止めるには、同速まで加速しつつ、撃ち下されるのを避ける為に高度を上げなくてはならない。こちらはただ上昇しようとする敵を高空から撃ち下し、阻害しているだけでいい。 「予定変更!右往左往してる3機は雑魚だ!お前らで片付けろ!」 ≪旅団長はどうするんで!?≫ 俺がエースと遣り合う。雑魚片づけは任せよう。 「4番機は私が相手どる!」 ≪おいしいとこだけ持ってくのずるいですよ!≫ そう宣言すると明確に不満を顔に出す連隊長。上官命令だぞ従えよ。副長も同じような顔するな。 「やかましい!それが嫌ならとっとと片づけて参加しに来い!」 ≪連隊長、早い者勝ちですぜ!≫ それが嫌なら仕事片付けて参加しに来いと言えば、二人とも現金なもので急にやる気を見せ始める。そんなにやる気出るなら指示した時点でやれよ。俺君らの上官だぞ? ≪2機落とした方が先だな!というわけで小型ミサイル斉射ァ!≫ ≪ズルいぞ連隊長!≫ ≪ははは!装備の選択を誤ったのが悪いぞ副長!≫ 先行しようと加速した副長の後ろから、両手に抱えた小型ミサイルを斉射する連隊長。まぁ、どうやっても機体よりミサイルの方が早いわな。 ドヤ顔の連隊長に慌てた副長も、パルスライフルの射程に急行する。もう少しで射程内だし、うまくミサイルを避けてくれることを祈れ。 ぎゃあぎゃあ騒ぎながら暴れまわる二人を見送り、こちらは事らの仕事に取り掛かる事にする。アホな猟犬どもは囮に嗾けたし、こっちは本命狩りと行こうじゃないか。 「さて、4番機はどうした?」 ―――敵4番機、当機の下方を抜け背面方向で急上昇中。 4番機の位置を問い合わせれば、水平方向の相対位置が入れ替わっていた。相手はまだ高度的にわずかに下だが、速度は同等以上だ。急上昇しても速度は十分に保持した状態で高度を合わせてくるだろう。 ちと前進しすぎたか。まあいい、これでいい勝負ができるってもんだ!制御スラスターで機体をその場で振り回し、機体の向きを入れ替えながら飛行する。 運動ベクトル変換により、最小限の弧を描いて敵に向き直る。100mmレールライフルをしっかりと両手で保持し、射撃体勢を取った。 「躱して見せな!」 ―――敵機ロックオン。 視線の先、シーカーの中で後進飛行しながらこちらにライフルを向ける敵機に、100mmレールライフルをお見舞いする。操縦桿のトリガーを引くと同時に、弾頭裏の薬莢型キャパシターが急速放電し、弾頭を電磁加速させた。 ―――敵機回避行動。 「なんだと!?」 レールと擦れた弾頭表面の一部は青いプラズマ炎として銃口から放出される。マズルフラッシュのような炎から、100mm弾が大気を切り裂き極超音速で飛び出した。 だが、弾丸が飛び出す前に、敵機は回避行動を始めていた。結果として、飛翔した弾頭は首元の装甲を削り飛ばすにとどまる。 「どういうことだ!?」 ―――理論不明。敵機は射撃信号発火以前に回避機動を入力していると予測。 IFの声にもわずかに困惑が見えるのは俺の気のせいだろう。初期設定のIFに感情エミュレート機能はついていないのだから。いつもの抑揚の中に、自分の困惑が紛れ込んで誤認しただけだ。そう言い聞かせないと怖い。 牽制と確認の為に残弾を全て速射する。ほんの一瞬で14発の弾丸が撃ち尽くされ、そのことごとくが掠るだけにとどまった。 「本当にどうなってやがる、俺の腕がなまったとでもいうのか?」 IFにリロードを命じ、右方向にブースト。急激なGが体をシェイクしてくる。左首を掠めるように砲弾が抜ける。衝撃がでかい、相手も狙撃型か! ―――その仮定を否定。先程の射撃精度は通常より1.2倍の集弾率。回避は敵機の特殊機能によるものと推定。敵パイロットは未来視または超演算能力者の可能性。適宜対応を推奨。 「どんなファンタジーだそりゃ。」 意味の分からない推論に疑問を投げかける。深く考えるな、IFが推論なんてしないなんてことは頭から投げ捨てろ。今気にするべきはそこじゃない。 3点バーストで牽制するが、牽制になっていない気がしてならない。相手の進路妨害になっていないからな! ―――アルセナルにおいても数名確認。特筆すべき現社長は認識情報を無意識化で処理し、疑似的な未来予測を行う事で驚異的な命中率の狙撃を実施。 「うちの社長かよ。」 また嫌な名前が出てきた。総戦技演習で手も足も出なかった記憶がよみがえる。え、大丈夫その話題。俺粛清されたりしない? その話題に意識を持っていかれた一瞬で、肩の端を削られた。無意識に回避行動取ってなければ片腕持ってかれてたな。 ―――彼女は人造超能力兵士計画の第六世代狙撃特化モデル遺伝子の発現個体。現代においては非常にまれなレベルで発現している個体。 「知りたくねぇ情報をありがとよ!要は社長並みに厄介ってことだな!」 これ絶対上層部以外知っちゃダメな、レベル5機密じゃないですかヤダー!?なんでお前こんな情報持ってんだよ!ホントにIFなんですかねぇ!? 接近するためにあえて高度を下げつつパワーダイブ。音速超過の世界へレッツゴーだオラぁ! ―――肯定。先程の回避行動から、同格の可能性があります。第六世代超感覚予知、または広域読心能力タイプと予測。 「大言壮語吐いたんだ、やってやろうじゃねぇか!」 もう何でもいい!あとは生き残ってから考える!総戦技演習の恨み、あんたにゃ関係ないが八つ当たりさせてもらうぜ四番機さんよ! 接近のため、ランダム機動で敵の射撃を回避する。手動でアレンジを加えるよりも機械に任せた方が回避率が高い。マジで心を読んでる可能性あるぞこいつ。 そして前後左右に振られてめっちゃ気持ち悪い。このまま続けると上から出ちゃいそう。 ―――機体内での嘔吐は禁止されています。気合い推奨。 それにしてもこのセメントIF。初期設定のはずなのに、だれも見たことないっていうんだよな。どういうことだよおい。
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まだ朝もやが立ち込める山間の集落に地響きがしたかと思うと、破砕音をさせて次々と家屋が倒壊する。 すわ地震かと考えるに、耐震対策の行き届いた日本では余程の震度でないと、そこまでの被害はお目に掛かれない。 しかも倒壊した家屋は上から潰されていたり、あるいは明らかに横合いから押し倒されていた。もはやそれは揺れによる被害ではない。 なにより不思議なことに、地響きは時間と共に遠ざかってゆくのだ。 奇跡的にその集落から死傷者は出なかったようだ。何事かとまぶたをこすりこすり、瓦礫から這い出てきた人々は集落の惨状に息をのんだ。 そして朝もやの向こうに遠ざかってゆく影に、もう一度息をのむ。 ゆらゆらと三本の角を揺らし、巨大な影が山の間を這っている。 被災者の中にパジャマ姿の少年の姿があった。 よほど大事な宝なのだろう、倒壊した家から持ち出せた一枚のカードを握りしめ、山間の影を目をキラキラさせて追っている。 街の量販店のキッズコーナーにあるカードゲームから引き当てたレアカードの図案は、長い三本角がいかにも厳つい南半球産のカブトムシであった。 第五話 伏兵!大自然の驚異 侵略地上げ獣『ギャラクシー・コーカサス・オオカブト』登場 岩手と青森の県境の岩手側、二戸市(にのへし)でおこった異変が国場首相の耳に届いたのは、朝食の納豆に卵を投入する神聖な作業の最中であった。 いささか衝撃的な報告に手元は狂い、卵の中に殻の破片が飛び込んだ。 国場総理は渋面をつくりながら指先を白身の中に突っ込み、秘書官に再度の報告を促す。 「それで、もう一度言って貰えるかな?」 長年の付き合いになる首席秘書官は、振舞われた茶をすすってから、その一大事を口にする。 「本日未明、『岩手県』と『青森』の境を越えて巨大生物が出現。 時速20キロのゆっくりしたペースで南下中。進路上の民家、送電線、その他ライフラインが押し潰されています。 死傷者数は現在調査中。山間部ですので今のところ被害は小さい模様。現在は二戸市金田一温泉に迫りつつあります」 「山間部ねぇ…まさかダムは無いだろうな?」 国場は今日がハードになる事を見越し、卵の殻を摘出した納豆にからしとネギを多めに放り込んだ。わしわしと掻き混ぜ、雑穀まじりのご飯にかける。 「周辺にはありませんが…」秘書官は用意してきた地図を見て眉間に皺を寄せる。「このまま金田一温泉に向かわれると、東北新幹線を跨がれます。 壊さないような気遣いは期待できないでしょう」 総理はすぐには応えなかった。ぞるぞる、とでも言うのだろうか、上品でない音をさせて納豆ご飯を掻っ込んでいる。 それが奥方が念入りに出汁をとった味噌汁を啜る音に変わり、さして間をおかず嚥下し終えた盛大な一息にかわる。 「ぶはぁ…ごちそうさま」 言うが早いか、席を発つ。朝駆けをして来た主席書記官が首相公邸に到着してから15分。臨時で準備した朝飯を平らげ、総理は戦闘体制の全てを整えていた。 公邸を出ると、朝もやが僅かに足元に残っている。空は藍から蒼へと徐々に、しかし気付かぬくらいには早く、色を変えていた。 首相と秘書官は大股で専用車に向かう間も会話を続ける。 「新幹線の線路をやられるのは拙い。追い払えないか?」 「近隣の岩手駐屯地に機甲部隊があります」 「よろしい、災害派遣だ。緊急でな。県知事には要請を追認させろ」 「せっかくですから改正法の国民保護等派遣を出したらどうでしょうか? 武器の使用は国民の保護に必要な措置ですが、災害派遣で機甲部隊を出せば野党に何を言われるか…」 「わかった、そっちの線でやろう」 国場は黒のセダンの後席に体を押し込みながら、ふと思いついた事を、子供のような顔をして言ったものだった。 「…ところで巨大生物とは緑色をして二足歩行する『あれ』だよな」 「いえ、黒くて硬くて足が六本で角は生えたの『あれ』です。 爬虫類じゃありませんからね。放射能火炎やプラズマ火球を食らいたいんですか?」 「そうか」首相はどこか残念そうであった。「しかし出所はどこだ? 青森からとは言え、ツルギスタンではあるまいよ。 まさか我々の経済焦土作戦に対する、彼らの報復という訳でも無かろう?」 「偵察衛星は北海道で大規模な開発の兆候を捉えていません。ツルギスタンが更地を欲している可能性は低いですね」 「的を絞った物言いだな」 「更地を欲している輩がいるんですよ」 「それはつまり、巨大生物は何らかの組織による工作活動だと?」 「デベロッパー、ゼネコン、不動産屋、銀行、それにマフィア。 次の攻勢で切り取られそうな土地に、あらかじめ仕込みをする悪質な星間外資が確認されてます。 今回のケースはおそらく更地にして買収、ツルギスタンの手に渡った暁には、開発を一気に引き受ける魂胆かと」 「随分バイオレンスな計画経済だな。マオやポルポトでも、そこまで無知じゃなかったろう?」 「似た様なものだったと思いますが?衛星国家と植民地は非効率的なことでは同様ですよ」 「だからこそ信じ難いんだよ。 宇宙人ってやつも地球人と同レベルであって、スペースブラザーなんて存在しやしないなんてね」 「…内調、桜田門、市ヶ谷。それぞれが同じような報告を上げてきています。 日本国の脅威は宣戦布告してきた列強だけではないのです。 それと宇宙の隣人ですが…誰も、ロハじゃ助けてくれやしないんですよ」 「是非もない、か」 国場はへの字に曲げた口の端から溜息を漏らすと、背広の内ポケットに入れた携帯電話に手を伸ばすのだった。 頭頂部からサーベルのように反り返った角が伸びていた。 意外に小さい頭部が収まっている肩から背にかけての盛り上がった甲殻からは、更に左右から二本、大きく湾曲した角が伸びている。 三本の角を押し立てて木々を圧し折り歩く様などは、全身を覆う甲殻の磨き上げたような黒色とあいまい、黒金の城という言葉を想起させた。 まさしくコーカサス・オオカブトであった。サイズ以外は。 ギャラクシー・コーカサス・オオカブト等と言うふざけたネーミングも、連中の翻訳コミュニケーターが地球の近しい甲虫のデータを拾って作ったのだろう。 どこかに隠れているのか、はたまた高空から撮っているのか、 鷹介の前の四面ディスプレイの一つから流れているGBCのライブ映像で、しきりにレポーターがそう呼んでいた。 そこで映像は東北の山を舐める様に移動し、少しの行き過ぎと拡大でもって、山間の平地に佇立したダイガストを映し出す。 その後方の街ではパトライトが明滅しており、いまだ住民の避難が続いていることをパイロットに知らせてきた。 防衛ラインを上げたいところだが、そこから先は山になる。 木々を圧し折って阻止戦闘を始めるには、林野庁だか県庁だかが難色を示し、返答待ちにされていた。どうせ担当者は朝の登庁前だろう。 戦闘とは別の次元で絶望的気分を味わっている鷹介の後ろから、なんとも無邪気な声がかけられた。 「すごいな、でかいな。さすがギャラクシー・コーカサス・オオカブト、熱帯の惑星の王者だ」 虎二郎は朝も早よからテンションが高い。件の生物がギャラクシー・コーカサス・オオカブトだと看破したのも彼だった。博識とかそういうレベルでない。 鷹介はふと不思議に思い、問うてみると、 「amaz○nで取り寄せたんだよ、銀河最強甲虫DVD。 息子がたいそう気に入ってね、付き合って見てるうちに覚えてしまったのさ」 伏字じゃないでしょ、それ。 鷹介は商人たちの星を越えた逞しさに何とも微妙な気分になりながら、今一度、ダイガストの情報表示ディスプレイに目を落とした。 30mm Rail Gun : empty AIM-4/C : empty 460mm Cannon : empty 要は来週の限定戦争に向けて整備の真っ最中であり、実弾の一発も積んでいない、洒落にならない状態と言う事だ。 30mmレールガンは砲身の冷却上の問題から多砲身…ガトリング方式を採用したため機構が複雑化し、ブロックごと外されて整備している。 ミサイルは異星人の陸戦兵器用に弾頭の装甲貫徹力を強化したもの ――空対空ミサイルとは爆発して破片をばら撒くものであり、対装甲能力があるとは言い難い――だが、 これは空自に納入前に評価試験として『トリプル・ダイヤ』のロゴの企業から供与を受けている物であるからして、数に限りがあった。 ヤマト砲は砲身の命数が多く見積もって200発であり、一戦闘毎に入念な手入れをして延命処置をする必要があった。 頼りの輝鋼剣も大江戸博士が何やら調整があるとか言って持って来ていない。 背伸びして造ったロボットなんぞの稼働率は、そんなものだった。戦争は数だよ、とは好く言ったものである。 はて、湾岸戦争の戦訓で数は質を凌駕しないと判明したのでは、と思うところだが、ダイガストは質でもまだまだなのだろう。 であるなら、あとは猿と人の違いくらいしか武器はない。 数多の生物を食い尽くし、未だ生存する人類と同じ姿であること。しかも人類より強靭で巨大、頭脳は二人分。素晴らしい、まるで神代の巨人だ。 …馬鹿馬鹿しい。鷹介は小さな溜息をつくと、やくたくもない思考を打ち切った。 「おっ」 虎二郎の期待に満ちた声。 戦後から植林されてきた杉林をめしめしと折り、黒い三本角が山の稜線の向こうに現れた。 「目標をビジュアルID(目視確認)」鷹介はわりと躊躇わずにフットペダルを踏み込む。「これより接触し、目標の進路を変更させる」 ダイガストは立ち入り許可の未だ下りていない森林に足を踏み入れ、大股で山を登ってゆく。 国場首相の要請は自衛隊到着までの時間稼ぎと、巨大生物の戦力の暫減だった。 が、それ以上の注文として、民地への巨大生物の侵入の阻止が言い含められていた。 鷹介はモニター上で接近に伴ってどんどん巨大化するカブトムシに照準レティクルを合わせると、操縦桿の兵装セレクターボタンを親指で押し込む。 操縦桿の先は多数のボタンで膨れ上がり、グロテスクさすら覚えるデザインだが、 大雑把な操縦は銀河列強のビデオゲームから移植した脳波コントロール装置が仲介してくれる。ボタンを押すという行為は最終確認にすぎない。 鷹介の決定に従ってダイガストのコンピューターは選択した武装へと通電させる。 巨人が右腕を引き絞り、 「ダイガスト…エンゲージ(交戦)!」 鷹介の宣言の直後、白煙を曳いて射出された。 今回の唯一のまともな武装であるブラストマグナムは、握った拳の先端を僅かに光のリングで覆い、力場の存在を誇示していた。 衝撃を標的の内部へと集約するエネルギーフィールドは、しかし直撃の瞬間に ギャラクシー・コーカサス・オオカブトが角を振りたてた事により、ブラストマグナムごと上空へと跳ね上げられた。 くるくると回転する腕部が、陽光を反射して鈍く明滅する。 直進する力は90°に直行する別軸の力で容易く曲げられる。 昨日モンタルチーノ商会の若頭との乱闘で鷹介が見せた業の冴えを、知ってか知らずか、目の前の野生はしてのけた。 「開幕ロケットパンチってやつぁ、失敗フラグだな」 虎二郎が爽やかにロクでもない事を口走りつつ、コンソールパネルを数箇所叩く。 ダイガストの腰からアンカーが射出され、木々の上に落ちてスギ花粉を巻き上げている腕部に引っ掛けるや、巻き戻って右肘に再接続させた。 先日、ブレーディアンにブラストマグナムを叩き落された戦訓から、急遽アンカーの能力を拡張させたものだった。 ぶしつけな挨拶にギャラクシー・コーカサス・オオカブトはダイガストを敵と認識したようだ。 三本の角をかざし、残された僅かな距離を一気に詰めてきた。 全高はダイガストの胸ほどだが、全長や質量は明らかに向こうが勝っている。このままでは当たり負けするのは確実。 鷹介はバーニアのスロットルを押し込みながら操縦桿を横に倒す。 ダイガストが腰裏から噴射炎をあげ、横っ飛びに巨大カブトムシの突進をやり過ごした。 着地と同時に追いすがると、ギャラクシー・コーカサス・オオカブトも6本の足を総動員して回頭を始める。 そして、接敵。 ダイガストの拳が捉えたのは、振り返った巨大カブトムシの盛り上がった背中の甲殻だった。名状しがたい重々しい音が山間の大気を震わせた。 異星の巨大兵器にダメージを与える鋼の拳である。ケラチンとキチンで構成された甲殻ごときで止められるものではあるまい。 が、ここでも恐るべき野生が鷹介に牙を剥いた。 ギャラクシー・コーカサス・オオカブトは甲殻に多少の歪みこそ認められたが、怯むことなく至近に迫ったダイガストに角を振り立てたのである。 おそらくは巨大な甲殻を支える発達した筋肉が、衝撃の殆どを吸収してしまったのだろうと虎二郎は推察する。 それを操縦に集中する鷹介に伝える暇は無いが。 鷹介の意志を汲み、ダイガストは回避の代わりに半身になって三本の角の内側に踊りこんだ。 すぐに頭から生えた中央の角を右手で押さえ付け、左の脇に背から伸びる角の一本を抱え込む。 相撲でいうがっぷりと四つに組んだ状態。そのまま力比べが始まるかとGBC視聴者が期待した、まさにその時、 「なにっ!?」 鷹介はダイガストの両腕が火花を散らした事に驚愕した。腕部の表面温度が異常加熱し、モニターにアラート表示が点灯する。 突然のダメージに鷹介の操縦が乱れると、ギャラクシー・コーカサス・オオカブトはその隙に乗じて至近距離から体当たりを見舞った。 鋼の悲鳴が上がり、ダイガストの巨体が杉林に沈む。 さも嬉しそうなGBCのリポーターの声が、ダイガストの苦戦を伝えていた。 「ペンは剣よりも強し、ピーター・マクドナルドです!CMが明けましたが、ダイガスト、相変わらず苦戦しております。 銀河列強の進歩的民主主義の前に立ちはだかった蛮族の希望ですが、それ以上の野生の猛威を前に、なす術も無い模様です。 先程から防戦一方となり、超高周波を発する角が触れるたびに機体から火花があがっております!」 興奮気味のGBCのレポーターの中継に混じった種明かしに、ドン・モンタルチーノは海苔のように太い眉を器用に曲げて見せた。 「なんや、もうバラしちまったんかい」 高級リムジンの後部座席でふんぞり返る肥体の主は、ほんの携帯電話ほどの投影機が宙空に映し出した映像にご満悦の様子だった。 なにしろ裏社会じゃそれと知られたモンタルチーノ商会の巨大生物コレクションが、 銀河列強有数の陸軍国であるツルギスタンを相手に善戦する『夷狄(いてき)の機械人形』を翻弄するのであるから、オーナーとして鼻が高いったらない。 既に彼等のような荒事を生業にする者達には、ダイガストが『本物』であることが知れている。 しきりにGBCがツルギスタンの演出であるとの捏造キャンペーンを展開していたが、 掌を返した時用に、コメンテイターに辛口の批評家の仕込みも始まっている。 そして宇宙ヤクザは芸能界にも口が利く…情報は常に武器であった。 「しっかし、カブトムシは子供受けはエエんやが、更地に変える効率は悪いもんやな」 「宇宙ミミズの時は視聴者から苦情が出たと、マスコミ連中から散々文句を言われましたもので」 助手席から若頭が応える。 巨大宇宙ミミズが荒野の惑星を土壌改良してゆく様は、トレマーズも真っ青のパニック映像となった。 大地がのたうち、何匹ものミミズがそそり立って原生生物を捕食する様たるや、阿鼻叫喚の地獄絵図と呼ばずしてなんとしよう。 もっとも、今では当該惑星の土壌改良は完了し、惑星各地で農地転用が始まっている。『貴重な原生生物の殆どが食い尽くされ』はしたが、 住民達は作物を栽培出る肥沃な土地を手に入れた。その小さな惑星の表土は程無く数種類の商品作物で埋め尽くされることだろう。 それが善行なのか悪行なのか、誰も知らないし気にしない。 「しゃあないやろ」モンタルチーノは脳内で算盤をはじきながら当時を振り返った。「あの星はああでもしなけりゃ価値が出ぇへん、全土が不毛の荒野や。 産業が無きゃあ、精々が列強の演習場や。 列強の施設の周りばっかに住民が集まって、残飯漁って暮らすんやで?」 「自分の郷里も似たようなものでした」 「そやったな…銀河列強に任せとくと上から目線で保護しかせぇへん。住民の自立が無い。保護ばっかじゃあかんのや。 悲惨やで、自分たちは被害者で、保護してもらって当然とか勘違いし出したら、もう立ち直れへんて」 働かなくても最低限の保証はあるし、そもそも産業が無いから勤労意欲も無い。 虚ろな目をしたその日暮らしの人々は、給付金の支給日にばかり目をぎらつかせて施設に群がってくる。 やがてそんな住民を狙って風俗とギャンブルばかりの歓楽街が建ち始めれば、その星の経済は何も産み出さない輪で閉じられる。 銀河列強の辺境は、保護という名の暴力が支配していた。 「そんな星の住民にかぎって、保障だの労働争議だので働きもせん。話し合うのがホワイトカラーの証しとでも思っとんのや。 しかもストと暴力デモの違いも判らんときとる。 何も知らんと部族間で縄張り争いしとった頃の方がナンボかマシや。誰も気にせんし、誰の懐も痛まん」 そういった我ばかりが肥大化した社会的弱者や社会的幼児の群れから、 宇宙ヤクザのしのぎに使えるような人材を探すほど、既知宇宙は狭いわけではない。 ゆえに、モンタルチーノの発想は以下のとおりであった。 「活力や!欲望や!街から灯りを消したらあかん。不安に駆られた住民が信じるのは、結局は金や。 列強が配給を与えて住民から自立心と思考力を奪っとる脇で、ワシらは金と仕事と物をバラ撒く。 …ま、ワシらがようけ儲けるように上前はハネとるがね、それでも無くなる筈の生活を整えてやるんやから、感謝されてあたりまえやで」 中抜き上等の闇物流でも、戦闘の混乱で寸断されたラインを補ってくれるのであるから、現地の商売人に否やは無い。 領事が着任し、本格的な植民地経営が始まるころには、物流の首根っこはモンタルチーノ商会が握っているわけだ。 巨大生物に暴れさせて更地を大量生産し、そこを買い叩いておくのも論旨は同じだ。 銀河列強の開発計画だって大地主がいるなら、そっちに擦り寄ったほうが早い。 先程の惑星開発でも言った事であるが、それが良いか悪いかは誰も知ったこっちゃ無い。そういう時代だった。 然るに、この弱肉強食の宇宙に顕れたダイガストとは何者たりえるのか。 「蛮族の希望、進歩の敵、文明の否定者…ええで、まだまだ引っ掻き回してくんなはれ」 空間ディスプレイの映像を眺めるモンタルチーノの口ぶりは、どうにも巨大カブトムシよりもダイガストを応援しているようであった。 狂ったように振り立てられる角を受け流すたび、腕部装甲から派手な火花があがって装甲表面が歪んでゆく。 なんでもそれは高周波の仕業らしい。先程から通信機ごしに大江戸博士ががなりたてている。 「おそらく角が目に見えない振動をくりかえし、高周波を発生させとるんだ! 触れれば高周波溶接と同じ原理で振動が温度を上昇させる。距離をとれ!」 「距離をとっても武器が無いでしょうが!今は!!」 鷹介はダイガストの操縦で発熱しがちな頭で、思ったままをを口にした。 大江戸博士は口ごたえに口角泡を飛ばさん勢いで罵声を浴びせてきたが、またも鷹介と虎二郎は同時に通信機のボリュームを絞る。 そして突き出された黒光りする角を、腕の装甲を押し付けて火花と共にいなす。 そうしている限りは、両者の位置はあまり変わらない。おかげで山領の一部は超重量に踏み荒らされて禿山となっているが。 林野庁あたりの係りは今頃悲鳴を上げているかもしれない。 厄介なのは三本の角の全てが、触れれば火花をあげる高周波を発していることだった。 加えて、たまに大振りの隙に乗じて踏み込んでも、ダイガストの打撃は分厚すぎる筋肉の鎧に吸収されてしまう。 そして次の瞬間には、怒りに燃えるギャラクシー・コーカサス・オオカブトのぶちかましをくらい、転倒している。 「鷹介、回り込もう。正攻法じゃダメだ」 虎二郎もさすがに無邪気な反応はしなくなっていた。 ダイガストが腰裏のノズルから噴射炎をあげ、立ち上がりざまに甲虫の裏に回り込もうと機動する。 が、こちらを敵とみなす熱帯惑星の王者は、ぴたりと角を向けたまま、戦車の超信地旋回のようにその場で回頭して後ろを取らせない。 「クソッ、なんて化け物だ!」 虎二郎は息子が聞いたら悲しむような台詞で毒づいた。 ギャラクシー・コーカサス・オオカブトは6本の足を突っ張って重心を低く構え、万全の構えでダイガストを威嚇している。 呆れるほどの闘争心と基礎能力の高さ。 現にそれを見せ付けられる鷹介の心は、その選択を口にする時には、諦めとは別種の乾いたもので満たされていた。 「土岐さん、事象転換炉の出力を上げましょう」 「正気か?」 それが虎二郎の反応だった。 彼の前のディスプレイの鷹介のメンタルコンディションは、あくまで平静なパラメータを描いている。つまりその発言は諦めから出たものではない。 なるほど、博士が事象転換炉を預けるだけある。虎二郎は納得し、コンソールパネルから出力調整を呼び出す。 「鷹介、事象転換炉の出力を上げるということは、炉心の『キューブ』の消費が乗算に早まる事を意味している。 『キューブ』が費えた時は…」 「事象転換炉はダイガストを喰い始める…しかし今の出力と装備じゃ化け物カブトムシの甲殻を抜けない」 「あれは甲殻だけじゃなく、筋肉の柔軟性も含まれてると思う。ダメージは蓄積してる筈なんだ」 「一応聞きますけど、根拠は?」 「俺の故郷はひどい田舎でね、昆虫採集はよくやってた」 「サイズが違うでしょうが」 「そうだな、俺の知ってるやつよりもちょいと大きいが… 逆にあんな地球生物と変わらないボディバランスで大型化は出来ないと思うんだ。 たぶん、やつは俺たちが思っているよりも苦しい戦いをしているはず…根拠にならないか?」 「あのT72は砲も燃料も残り少ない筈だ、って言って対戦車兵器を持たない歩兵が納得すると思います?」 「おいおい、若者はもう少し希望的観測に則るもんじゃないのか …出力を『75パーセント』に上げて敵にぶち込む慣性制御力場の浸透力に期待するよりも、まだしも健全なテがあると言ったら?」 「アメリカ人じゃないので抱きついて頬にキスをするような真似はしませんが、まぁ、 『クリスマスまでに終わる戦争』を信じるくらいには希望を持つかと」 「俺も妻子以外は遠慮するなぁ…まぁいいや、鷹介、それじゃあ暫く機体制御も任せるぞ?」 言うや虎二郎は答えも聞かず、自らが呼び出した出力調整プログラムをいじり始める。 鷹介の手元の四枚の液晶ディスプレイは、虎二郎の手を離れた機体制御のパラメータで溢れかえった。 が、彼はそれらの諸元に目もくれず、前方のメインモニターにまとめられた戦闘に必要な最低限な情報のみに注視する。 そのかわりに主機関の出力を通常稼動の『5割』より、更に下げた。 一人で扱える代物でないなら、一人で何とかなる程度で動かしてやればいい。 あとは虎二郎の策を信じる。不思議とそこに疑問は無かった。 土岐虎二郎という男には、どういう訳か、そういう処があった。人を信じさせる、というよりは人を従わせる才能とでも言おうか。 しかし本当に難しいのはそれからだった。出力が減った分、ダイガストは容易く当たり負けをおこした。 もともとギャラクシー・コーカサス・オオカブトのほうが重量が上である。 踏ん張りが効かない分だけ、過剰な衝力はダイガストを重力との狭間で木の葉のように舞わせてくれた。 加減を知らない野生に装甲どころかフレームまでが不気味な軋みを上げ始める。 三度目の空中浮遊と着地を成功させたところで、即座に眼前にまで迫った超高周波振動角の突進に、 鷹介はとっさにフットペダルを踏み込んでダイガストを飛び退らせた。 流れに逆らわず、同方向に勢いを殺し…たら、盛大に宙を跳ねていた。 慣性と推進力とが術理を上回り、機体をカタパルトのように放り出したのだ。 これまでに無い浮遊感の後、あわててバーニアを吹かして山上に『着陸』する。 なお消しきれない慣性がダイガストを踏ん張らせたままの体制で後方へと押し流す。 木々を圧し折り、土煙を上げ、轟音とともに山嶺を滑ってゆく。 見る間に小さくなったギャラクシー・コーカサス・オオカブトが、すぐさま、そのサイズを元の大きさにもどして突っ込んでくる。 その数瞬の間にブラストマグナムを発射したい誘惑が幾度も襲ってきたが、 出力を絞った現状であの分厚い甲殻と筋肉を破れる訳も無く、何もしないという高度な我慢を強要された。 突進するギャラクシー・コーカサス・オオカブトの一挙手一投足に目を配ると、逆巻く風がまるで頬に当たるかのような錯覚を覚える。 まさに錯覚だ。それも性質の悪い。ここが海上で高度1000フィートなわけが無い。 自分が握っているのはダイガストの操縦桿だ、T4練習機じゃあない。割れたキャノピーから絶えず吹き込む寒風も無い。 ただ、なす術がないのは『あの時』と同じ。 諦めたら、それで全てが終わる。諦めれば、それで全てが終われる。 ああ、なんだって俺はこんな所にいるんだ?あいつら、今頃は戦闘機過程だろうな。 場違いな思い出は、じきに理不尽への――理不尽な?――怒りに置き換わる。虎二郎の手を離れ、 鷹介の前に表示されているダイガストのエネルギーゲイン表示が、機械信号の命令無しに徐々に上がってゆく。 が、二人はそこに気付く余裕が無い。 目の前に迫る巨体を鷹介は自らの閃きに任せて横っ飛びにかわす。 そして首尾よく紙一重でやり過ごし、側面に着地、無防備な横っ面にこれでもかと引き絞ったパンチを見舞った。 ギャラクシー・コーカサス・オオカブトの巨体が傾ぎ、六本の足が蹈鞴(たたら)を踏む。 確かな手応えに鷹介は追撃に出る。 その時には誰も知らないところでエネルギーゲインは正常値に戻っている。結果、超高周波振動角と拳がかち合い、 「くっ…」 重量に負けるダイガストの拳が跳ね飛ばされた。 「せめてあの角が無ければ…」 人、それをメスのカブトムシと呼ぶ。 まぁ、そんな軽口を叩いてられる状況ではない。何しろ打つ手が無い鷹介がジリジリと下がると、コクピットに警告のアラートが鳴り響いたのだ。 はっとなった鷹介が情報ディスプレイの戦術マップに目を落とすと、設定した山の裾野、つまり人里への出口が背後に迫っていた。 幾度も吹き飛ばされ、最終防衛ラインまで押し込まれていたのだ。 更に鷹介は目を疑う。山の裾野から続く平地に何両もの車両が停車していた。避難が間に合わなかったに違いない。 「透!」 鷹介は後方の空をゆっくりと旋回しているだろう『大鳳』の幼馴染を呼び出す。 「後ろの広場に車がたむろしてる!警察に避難誘導を頼んでくれ!!」 どういう訳か透はすぐには通信に出なかった。 ただ、開いた回線の向こうではしきりにデータリンクとか座標とかの単語が、彼女の口から別のどこかへと送られていた。 やがて彼女にしては珍しい、強い意志のこもった声が鷹介の耳に響いた。 「大丈夫だよ、鷹くん。間に合ったんだよ!」 山の裾野に集まった車両は、逃げ道を誤った住民ではなかった。 たむろしている様に見えたのは陸上自衛隊の93式近距離地対空誘導弾 ――大型の4WDの後方にミサイルのコンテナ二つとセンサー類を乗っけた車両――が布陣を終えた光景だった。 他にも兵員輸送車からは次々と隊員達が飛び出し、どこから調達したのか01式軽対戦車誘導弾 ――黒くて太いパイプのような外見の対戦車ミサイル発射機――を担いで巨大カブトムシに向けている。 陸自は74式戦車では間に合わないと判断、岩手駐屯地から高速道路を使って運べるだけの火力を送り込んだのだった。 皆、総理からの派遣指示が降りる頃には、異常を察知して準備を始めていた。もちろん、74式戦車も既に大隊の移動を始めている。 じわじわと近づくツルギスタンの脅威を前に、今や岩手駐屯地は最前線の一つとなっていた。 家族の後送命令も出ており、一朝有事という言葉はもはやに死語に過ぎない。 しかし、隊員達の表情には良い意味での緊張が漲っていた。 義務、矜持、使命感、郷土愛。何しろ敵は異星の巨大生物である。どれを振りかざしても文句を言われる筋合いは無い。 そして防人達を待っていたのは、上空を旋回している大型機――大鳳――からのデータリンクだった。 臨時でこの寄り合い所帯の指揮を押付けられた二佐は、ここまでの道程でGBCの番組もチェック済みだった。事、此処に至り、彼は決断する。 「火力を巨大カブトムシの頭部に集中し…ダイガストを援護する!」 4WDの後部コンテナから次々と白煙があがり、ミサイルが空に解き放たれるや、煙はすぐに無色に変わる。 なるべく飛翔をばれない様にするための最近のトレンドだ。 01式軽対戦車誘導弾もしかり。すぐに多数の光点のみが目に見える全てになった。 光点の列はふたつに別れ、ひとつは一直線に山間のギャラクシー・コーカサス・オオカブトに飛び、 今ひとつはより高く、山なりのダイブモードで直上からの命中を狙う。 センサーの赤外線反応から攻撃を察知した鷹介は、ダイガストの絞っていた出力を引き上げ、腰部アンカーの左側を射出させた。 アンカーはギャラクシー・コーカサス・オオカブトの脇をすり抜けると、推力偏向ノズルでもって後方を迂回、ダイガストの手に帰ってくる。 あとは間をつなぐ光帯の出力を調整してやれば、短くなった光帯が巨大カブトムシを締め上げる寸法だ。 もちろんギャラクシー・コーカサス・オオカブトは拘束を振りほどこうともがき回る。 が、鷹介もダイガストの微妙な出力調整をオートリアクションで上昇させるに任せ、黒光りする巨体を押さえ込んだ。 二つの光の列が山間に殺到し、大輪の炎の華と、僅かに遅れて凄まじい轟音が沸き立った。 直後、爆炎の中から黒光りする何かが飛び出すや、それはクルクルと回転しながら、山肌にちょうど空を指して突き立つ。 自衛隊員の中にガッツポーズを作るものが出た。炎がおさまったとき、それに大きな歓声が唱和する。 ギャラクシー・コーカサス・オオカブトの頭部の角が、中程から折れて欠落していた。 それに右後背から伸びる角も、多数のミサイルの直撃で穿孔され、ぐらついている。 振り下ろされるダイガストの拳が二本目の角を完全に叩き折るや、歓声は最高潮に達した。 が、熱帯惑星の王者はそれだけでは終わらなかった。 痛みにか、屈辱にか、それとも単純な怒りにか、これまでを上回る怪力を発揮すると、アンカーの光帯を引きちぎりダイガストに突進したのだ。 ダイガストはそれを真っ向から両手で受け止めた。土煙が上がり僅かに後退したところで、両者の力が均衡して挙動がピタリと止まる。 既に超高周波振動角は二本が脱落し、機体が高熱に苛まれる部分は少ない。 しかしそれは同時に上昇を続ける事象転換炉を放置した睨み合いに他ならない。 メインモニターの端でぐんぐんと上昇を続けるエネルギーゲインのバーが、緑色から警戒領域に入ったことを示す赤色に変わった。 それは嫌がおうにも鷹介の目に飛び込んでくる。 瞬時、鷹介は背後を振り返って虎二郎に問いかけたい誘惑に襲われる。だがそれは自分の役割を放棄する事に他ならない。 虎二郎は今でも全力で自分が受け持った役割をこなしている筈だ。 だから鷹介は神経を研ぎ澄まし操縦に集中する。 僅かでも野生の暴威を手足から大地へと逃がすため、無理に押し込まず、無駄な出力を機体にかけず、この均衡を一秒でも続かせる。 金属と甲殻がきしる音だけが山間に響く。 自衛隊員たちは各々のミサイルの次弾を再装填したが、ダイガストが近すぎて、 そして何より微動だにしない両雄の力比べに息を呑み、発射のタイミングを逸していた。 やがて鷹介の耳に事象転換炉の稼働率が危険域に入ったことを知らせる耳障りなアラートが聞こえてきた。 シートから悲鳴にも聞こえる振動が感じ取れる。いや、ひょっとしたら歓喜なのやも。 有り得ない妄想じみた感想を鷹介が抱いた、その時、 「待たせたな」 アラートの最中でも聞こえる、自信たっぷりの張りのある声。 「ちょうどダイガストも良い感じに温まっているようだし、このままいくぞ、鷹介!」 「応さ」 答える鷹介はしかし、いっかな、振り返りはしない。 担保の無い、されど、絶対的な機能としての信頼。 それが確かに存在する証明に、見る間に過剰な主機出力はバイパスを通って機体の胸部に流れ込む。 エネルギーゲインのバーは正常域に下がり、その代わりに兵装セレクターに新たなインフォメーションが点灯した。 Ready : Gravity splasher それが何かと考えるより早く虎二郎の指示が飛ぶ。 「照準とタイミングはこのまま、撃て、鷹介!グラビティ・スプラッシャー!!」 「発射っ!」 鷹介がトリガーボタンを押し込むと、ダイガストの胸部装甲から影で出来たヴェールのような帯が照射された。 微かに燐光のような輝きをまとった影は、相対するギャラクシー・コーカサス・オオカブトに音も無く吸い込まれた。 次の瞬間、びくん、とギャラクシー・コーカサス・オオカブトの巨体が震えたかと思うと、 その前面の甲殻がまるでハンマーで表と言わず裏と言わず、滅多打ちにしたかのような凹凸に変化していた。 熱帯の王者の目から光が消え、巨体が山間の中に崩れ落ちる。 やったか!? 思わずそう口にした自衛隊員が、周りの仲間から『フラグ立てんな』とヘルメットの上から引っ叩かれている。 ようやく鷹介は後部座席を振り返れた。その顔には意外な呆気無さに、困ったような色が浮かんでいる。 ダイガストのセンサー類は巨大昆虫の二酸化炭素排出量がゼロになったことを察知していた。つまりは、 「勝った…んですか?」 虎二郎は頷くと、親指を立てて見せる。 「グラビティ・スプラッシャー…太刀風の主翼が本来は持つ筈だった重力制御システムを、 未完成のままでは勿体無いので兵器転用したものだ。 ゲージ粒子の一つであるグラビトンにはたらきかけ、極小の重力波を発生させる。 重力波は消滅までの短時間の間に激しい重力変動を繰り返し、巻き込んだ対象を物理的に粉砕する。 理論上、この重力変動に対応しきる物質は存在しない」 虎二郎はぐっと拳を握り締め、力説に満足したようだった。 反対に鷹介はひどい脱力を覚えた。そんなレクチャーされた事も無い。 それも未完成の半端な機構が、自分の操縦する機に積み込まれていると言うのだ。 機能としての信頼?いや、きっと信じるものは救われるというレベルの間違いだろう。 鷹介は疲れた溜息をつきながら、ダイガストにだけは力強く、その右腕を突き上げさせた。 古今東西、それは成功を意味するジェスチャーであった。 自衛隊員達から歓声があがる。同じように右手を突き上げる者に混じり、背筋の通った見事な敬礼をする隊員もいた。 GBCのリポーターだけはさも面白くなさそうに、その光景を遠間にしながら中継の締めの台詞を口にしていた。 「これはいけません、ジエイタイの蛮勇に助けられ、ダイガストが勝利してしまいました。 自らの体を晒しての攻撃など、あってはならない人命の軽視です!このような蛮族の行いが許されてはいけません! 地球人類に早期の文明化を!剣はペンよりも強し、ピーター・マクドナルドでした」 この小さな共闘と勝利は、有志によってインターネットにあげられ、長く人々の目に留まる事になる。 必要なときに、自らの意思で。 GBCの押付けがましい配信者たちがその意味に気付くのは、だいぶ後になってからであった。 ちなみに某ニコ動でのコメントで最も多かったのは、話題の時節柄、「濡れる!」であったという。 ↓ 感想をどうぞ(クリックすると開きます) +... 名前
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焦げ出した空に宝石のごとき街並みが煌めく。ここはアレクトリスの基幹企業の一つ、リュミエール・クロノワール、その郊外。 行く先には切り立った岩場。その向こうには未だ処理できぬ大戦時代の残骸が遠く対照的に向かい合っていた。 車のミラー越しに自らの育った都市を横目にブロンドの一本結びが風に靡く。 「そろそろ目的地です、クロノワール婦人。」 黒衣の軍装に身を包んだ老齢の男がハンドルを握ったまま丁寧に助手席で黄昏る麗人に声を投げる。 「あら、おはやいこと。」 伸びのある落ち着いた声が男の耳を撫でる。黄昏ていた女は男に微笑みかけてそう告げる。 この麗人こそがレイチェル=エリザベート・クロノワール。リュミエール・クロノワール先代当主にして、先の内乱にて鮮血の女帝と呼ばれた民草の英雄である。 思わず護衛兼ドライバーは見蕩れ、レイチェルの横顔を見つめる。 「…きちんと前を向いて運転しなさいな、危なくってよ?」 「これは失敬。」 男は悪戯に笑みを浮かべた。 「いいから、ほら。もう少しなんでしょう?」 他愛もない会話をしつつレイチェルは表情を緩めて男をなだめた。 「しかし、当主の座を降りて近しいのに突然こんな辺境に足を運ぶとは、何があったのですか、クロノワール婦人。」 「娘との約束でしてよ。私の新しい《服》を誂えてくれる、とのことでして。」 「あぁ…アリシア様の新作ですね。なるほど、合点がいきました。」 言葉を交わす内に我が国には似合わぬ飾り気のない施設が視界に入る。ほどなく、深緑の軍装にライフルを脇に抱えた兵と検問が近づいてくる。 「まったく…私一人でも来れましたのに。貴方が付き添ってくださいますとは。」 「仕方ありませんよ。既に代表から退いたとはいえ、貴女はクロノワール家の人間。それに、いつレナードの亡霊がまた姿を現すか分かりません。」 「自分の身は自分で守れるのはあなたもご存じでしょう?閣下…と、着きましたわね。」 男はその声に合わせアクセルを踏んでいた足をどけてブレーキを踏み、車を減速する 勢いを失った車は門前に止まり、衛兵が近寄ってくる。男は窓を開き、兵に敬礼をする。 「任務ご苦労。通達は来ているだろう?」 「ご足労、ご苦労様です将軍閣下。勿論です、近衛小隊の機体受領ですね?どうかお気をつけて。」 薄く光が差し込みながら扉が開く。微かな風と油、熱が肌を撫でる。 扉の先にはつなぎ姿の整備兵たちが忙しく蠢きあっている。 「さて、ここらで降りましょうか将軍閣下。目的のハンガーは地下らしいですし。」 ダッシュボードに置かれた帽子を手にとってはひらりとワインレッドの軍服をはためかせ降りる。 「レイチェル様…まったく、お転婆なのは変わりませんね。」 エレベーターへと足早に行くレイチェルのあとを男がついてゆく。 「そういう貴方も、まったく変わっていないからいいじゃない?」 中へと入ったレイチェルが振り返り男に微笑みを返す。 「はは、確かに。」 男は微笑み返し一歩下がった横に並ぶ。 ごうん、と少し揺れる籠の中で突然揺れが収まりベルが鳴り響く。 二人は両手で帽子を深く被り直しては姿勢を正し、開いた扉へ向け一歩を踏み出す。 「おい、見ろよ。先代様と将軍だぜ。」 「アリシア様が先代様の機体を作ってるって話があったけど本当みたいだな。」 「にしても二人とも綺麗だよなぁ。先代様、あれで40は越えてるんだろう?アリシア様と並んだら姉妹みたいじゃないか。」 「将軍も将軍で渋いよなぁ。ほんとに60過ぎた爺さんかとは思えないほど若々しくて元気じゃねぇか。」 整備兵たちが奥のハンガーへと歩く二人に注目し騒ぎ始める。その刹那、若い声が整備場に響いた。 『お母様達に見蕩れるのはいいけれど、下卑た想像でもしたらあなたたち、子を為せぬ体にしてあげるから覚悟なさいな?』 こつ、こつ、と乾いた床を叩く音と共にマイク片手に歩く金と銀の人影が近づいてくる。 「ハロー。アリシア、リリス。元気にしてたかしら?」 「勿論。誰の娘だと思ってるの?」 胸を張ってアリシアが得意げな顔で返す。それを横目にリリスは嬉しそうに微笑んでいた。 「皆様。歓談を楽しむのもよいですが本題に入りましょう?」 リリスが切り出せば、アリシアははっとしたように踵を返して歩き始めた。 「さて、呼んだ理由なのだけど…実はこれを見て欲しくて。」 アリシアが壁の生体センサに手を翳すと、壁が動きその奥には巨影が安置されていた。 「これがアリシア様の新作…ですか。」 将軍が見慣れぬ機体を嘗め回すように見つめるとアリシアが問いに答えた。 「急襲用テウルギア、ナルキッソス。ミラージュシリーズで培ったノウハウを元に敵陣への単騎突入、及び陽動をコンセプトに開発させていただきましたわ。」 それに続くようにレイチェルが問いを投げかける。 「全長は?」 「12.6m」 「武装は?」 「射撃武器が二丁、サブ兵装の短刀が二振り。」 「…で、肝心の操作性は?」 「そこはあまり問題ないのだけれど…装甲が薄くなったおかげでよりピーキーな操作を要求するようになったわ。スカーレットとどっこい、って所よ。」 「アリシア…貴女ねぇ…。」 レイチェルが溜息と共に額に手を当てて首を曲げる。 「しかし…細いですな。ミラージュナイトより一回りほど、全体的に細い。それに一部はうまく偽装されているものの、脚部は半分ほどフレームが剥き出しと見える。」 「流石に将軍の目は隠せないわね…機動力確保の為に装甲は大幅にカット、ナハトの48%程に。その分、運動性はこれまでのテウルギアとは一線を画すレベルにまで上昇。まさに蝶のように舞い、蜂のように刺すという事を体現できるほどになったわ。相変わらず、サナフィエラの技術には舌を巻くわね。」 これでは兵器ではなく人間そのものだ、と将軍が感嘆の声を漏らす。その直後、だがと前置きして将軍はつづけた。 「乗りこなせるものはいなかったのでしょう?レメゲトンの補助があってなお。」 「戦闘シミュレーターを使って扱えた人物は"幻影騎士の凱旋"でもスカーレットを受領した人間だけ。彼らからはスカーレットよりは素直だが、装甲が脆弱すぎて実戦では話にならないと一蹴されましたわ。」 その会話を遮るようにレイチェルがレメゲトンを端末で呼び出して口を開いた。 「で、ナハトを自壊寸前まで扱った私に白羽の矢が立った、という事でいいのね?アリシア。」 「そういう事よ。本当はお母様にはなるべくテウルギアには乗って欲しくはないのだけれど、今はテストを頼めるのがお母様しかいなくて。…だって、このコンセプトのまま扱える人は私の思い当たるうちじゃお母様とヴェノムくらいよ。パトキュールに頼むわけにもいかないし」 「で、そのヴェノムには?」 はぁ、と強い溜息を吐いて返答する。 「そんなものよりスカーレットの強化プランの一つでもよこせってね…趣味に合わなかったみたいで断られたわ。」 「あの偏屈者は相変わらずのようでむしろ安心したわ…」 雑談をしつつもレイチェルは歩を進め、まるで品定めするかのようにハンガーを上りながら機体を眺める。 「さて、ブリュンヒルト?この子、どれくらい扱えるかしら?」 コクピットに座り込んだレイチェルは自らが持っていた端末をコンソールに接続しレメゲトンのインストールを始める。 『解析…クリア。シミュレータ通りの数値を確認。全システムチェック…オールグリーン。問題ありません、以前の機体よりはマスターに追従できるかと。』 「大丈夫お母様?この機体のコンソールには初めて触るんじゃなくって?」 心配なのかアリシアが開いたハッチから覗き込む。大丈夫、と返答して更にレイチェルは言を紡ぐ。 「実物は、ね。シミュレーターならここに来る前に何度かやったし他のテウルギアとそう差異はないから平気でしてよ?それに…」 娘を信用していますから、と覗き込んでくるアリシアに微笑みを投げかける。 それに軽くアリシアがたじろいだその瞬間、基地全体に巨大な揺れが訪れた。 『敵襲!非戦闘員は速やかにシェルターへと退避、テウルゴスは第四ハンガーに集結!繰り返す、敵襲!』 警鐘が鳴り響きスクランブル用の警告ランプが真っ赤に燃え上がる。 「こんなところで来るとなると…レナードの亡霊ね。じゃなければまたArPの猿。」 「はは、穏やかではない。…して、アリシア様。つかぬ事をお聞しますが、ワールド・イズ・マインは?」 ハンガーの下で整備兵にマニュアル片手に話していた将軍が質問を投げかける。 警報にすら怖気づくことなく、平然と機体の整備記録を見つめていた男は主に命令を乞う如くこちらを見つめていた。 「ここにはないわ。あれは本社地下の格納庫の中よ、早々出せる代物じゃないのは貴方も知っているのではなくって?」 「では安心しました。丁度いいタイミングで…今しがた、整備兵から連絡がありましてな。近衛小隊用のミラージュナイト三機の定期メンテナンスが終わったとのことで。」 「じゃあ近衛小隊はこのまま出撃、その隙に技仙の警備部隊へ援軍要請。将軍?貴方にはこちらに残っている残存戦力の指揮を任せます。お母様は降りて私とここで待機。」 「指示は私が引き継ぎます、レイチェル様も聞こえているなら機体から降りてこのまま避難を…」 「わかっています、将軍。この場は貴方に任せます。」 こなれた様子で淡々とアリシアが通信機を手に取り指示を出し指揮の引継ぎを始める。 その様子を眺めていた母親はどこか寂し気な笑みを浮かべて機体を降りようと立ち上がろうとした瞬間、ハンガーの天井が抜け、巨大な鉄塊が二つ落ちてくる。 一つは警備用に配備されていた技仙製マゲイア、19式小機。それを叩きつけるように上に組み伏せているのはここにあるはずの無い機体…コラ・ヴォイエンニー・アルセナル製軽テウルギア、ジェド・マロース。 咄嗟にリリスと将軍が伏せたアリシアの前に立ちふさがり、その隙間から堕ちた巨影を見つめて伏せたまま驚嘆の声を響かせた。 「 Ju-227 ジェド・マロース !?なぜCDグループの機体がここに…!」 「お下がりくださいアリシア様!ちぃ、このままでは…」 組み伏せられたマゲイアがかくん、と糸が切れた人形のように転がる。敵が息絶えたのを確認した巨人は物色するようにアリシアたちに紅い眼光を晒す。 「チッ…地下にもまだ人が居やがったか…面倒だ、散弾で吹き飛ばすか。 ─── ん?」 男は何か思い立ったか、三つの人影を拡大表示したスクリーンに目を丸めた。 見間違えるはずがない。あの絶世の美貌にブロンドの長い髪。そして、いつも対になる様な銀髪の義体に移ったレメゲトンを連れまわしている女。 「はっ…こりゃあ驚いた。クロノワール家当主アリシアとそのレメゲトンに警備部隊トップの将軍様じゃあねぇか。こいつを討ち取れば…!」 巨人の主が右手に握る黒鉄の杖を三人へ向ける。相手は人間、しかも国の最高責任者だ。確実に殺す為に男はしっかりと狙いを定める。 横で何かが駆動する音がしたが気にしている場合ではない。銃口に気づいた三人の内二人が足早にかけていこうとするがもう遅い。 これで終わりだ…と男がトリガーに指をかけようとしたその瞬間、衝撃によって照準がブレることはおろか、発砲すら許されず機関砲が爆散した。 「攻撃…!?どこからだ!」 横で起きた駆動音を思い出し、男は機体を横に傾ける。 『───命中を確認。お見事です。』 残弾数5とモニターに表示し通達する。 「ハンドガンにしては威力がある分反動が大きい…なるほど、装甲の薄さに加えてこれでは確かに皆一蹴しちゃうわね…」 弾丸の射手は浅葱色の軽量騎士、ナルキッソスのサイドアーマーにマウントされていた短銃「ヘヴン・オア・ヘル」による一矢。 それは正確に敵機関砲の銃身を貫き、薬莢が地に落ちて鐘を鳴らした。 その反動たるやハンドガンのモノではなく、銃口は50度ほど上を向いていた。 脅威を排除し、その爆炎を目くらましにした三人が避難したのを確認し、胸をなでおろす。 「よかった…間に合ったようで。」 『敵機、こちらを視認…大楯の下に近接武器らしきものを感知。注意を。』 「…さて、踊りましょうか。ブリュンヒルト。」 ハンドガンを構えては再び敵機の頭部に狙いを定め、乾いた音と共に弾かれる。 大楯、か。レイチェルは軽く舌打ちをし防がれたことを悪態づく。 機関砲を破壊された敵機は怒り狂ったか携行していたであろうスパークロッド片手に姿勢低く、左肩突き出し左腕の大楯を前に構えたままブーストチャージを仕掛ける。 「邪魔だ、リュミエールの新型ァ!!」 「へぇ、盾を前に突進してその陰で抜刀…でも。」 牽制とばかりに軽くトリガーを引く。一発、二発…と若干の間を置き敵の盾の着弾部位のみを徹底的に打ち抜く。 その隙にも開いていた距離がテウルギア一機分ほどに迫る。 『対象、依然減速せず。インパクト、来ます。』 「くたばれ、浮かれ貴族共が…!」 マロースが右側のスラスターを吹かせ、突き出す腕に加速をかける。 胸部コクピットめがけてスパークロッドの先端が襲い来る。 刹那、胸部を貫かんとした腕は空を突いた。避けられたのだ。 ナルキッソスが身を斜め前に跳躍させてブーストを一瞬だけ吹かす。 細身の騎士はその巨体に似合わぬ俊敏性と柔軟性を以てマロースの左側をまるで回るように背後へと滑り込んでゆく。 「こいつ今なんて動きを!?」 「その大楯でこの機体を吹き飛ばせばよかったものを、欲を出すからこうなる…!」 ナルキッソス腰裏のホルダーから格納されたコメットリッパーを抜刀し刃を発振させる。 速度に置いて行かれた左手に保持した光刃を発する短刀。それは擦れ違いざまにマロースの鳩尾部に吸い込まれた。 吸い込まれた光刃は敵の装甲をバターのように溶かしテウルギアの心臓を抉る。 レイチェルはそれを手首を捻りもう一度切り裂き跳んだ勢いのまま流れるように引き抜く。 一連の動作はさながら暗殺者のごとく、一瞬の攻防。 ずぅん、と敵機が地に崩れ落ちる。 ポン、と軽い音とともにモニターにブリュンヒルトのアバターがポップアップする。 『敵機、完全沈黙。生体反応も確認できません。おそらく、テウルゴスが死亡したのかと。』 「…しかし、この機体にステルス性能なんてないはずなのだけど。一体どこから来たのでしょうね?」 遮るように通信が耳に響く。識別コードは近衛騎士団のモノ。 声の主はミラージュ・ナイト三機編隊の内一機…近衛騎士長のジルだった。 「ご無事ですか、レイチェル様!」 純白の機体に装甲袖や襟に金のエングレービングを施された重騎士が天井の穴から覗き込んでくる。 三機の内二機は残党を掃討しているのか姿が見えない。 はぁ、と一息ついては軽くこらえていた怒りをぶつける。 「ジル、遅くってよ?貴方それでも近衛騎士ですか!こちらは娘と将軍が危うく殺されるところでしたわよ。」 「す、すみません…システムの最適化が遅れまして。それに、敵マゲイアも複数確認されていましたので現在掃討中です。」 「まったく…こんな深くまで侵入されるとは。国境警備の方々は何をしていらしたのでしょうか。」 次の瞬間、重い轟音が遠く鳴り響いた。 「狙撃か…!」 咄嗟にミラージュナイトがシールドを斜めに構え、敵弾を受け流す。 「レイチェル様はそのまま機体を降りて奥のシェルターへ!ここは私が守ります故!!」 「…わかりました。頼みますわよ、ジル。」 「御下命のままに!」 砲撃を見事に防がれた崖上に陣取る砲撃の主が悪態づいた。 「おいおい、なんつー固さだ…まったく嫌になる。」 「黙って攻撃しろシールカ01!突貫したマロース02が音信不通、マゲイアも半分が撃破されちまった!あぁ、クソッ!マゲイア部隊全滅だ隊長!!」 基地を見下ろすように陣取っている為か、随所に上る黒煙とレーダーの点が消えていくことに焦りを覚え、声を荒げる。 完璧な奇襲だっただろ、と心の声を押し殺して。 直後、ミラージュナイトと交戦している機体から通信が入る。 「…撤退する。シールカ01、弾幕を張れ。」 「しかし隊長…!」 「撤退だ、マロース02の事は諦めろ。この先は峡谷だ、回り込まれれば終わる。後方には増援部隊もいる、一度体勢を整えるのが先だ。殿は俺が務める。いいから撃て!!」 「…了解。」 黒く焼け焦げた空に信号弾が打ち上げられる。 それを合図に残り少ない部隊が撤退を始める。 「逃がすものか…!」 騎士が賊を追おうと駆け出す脚を23mmと60mmの暴風が阻む。 騎士の盾が小刻みに震え高い音を奏で続ける。 「くっ…動けん…だが…!」 物陰より突如としてもう一機のミラージュナイトが現れ、殿のマロースめがけ剣を振り下ろす。 「…頃合いか。」 マロースが飛び出してきたミラージュナイト眼前に筒を投げ込む。 刹那、それは爆音と閃光を以て炸裂し、煙と閃光が視界を塗りつぶした。 「スタングレネード…!?」 咄嗟に白騎士が盾で視線を塞ぐ。その隙を見逃さずマロースは80㎜機関砲を後方へと跳躍しながら発砲する。 「く、まだだ…!」 「深追いするな!施設員たちの護衛を優先しろ!!」 了解、と震える声でミラージュナイトのテウルゴスは脚を止める。 「…一体、何が起きているというのだ。」 モニタ越しに移りこむ人だったものを見つめる。 これが、本物の戦争なのか…と心で嘆きながら。 物憂げに佇む若い白騎士の足元には、ただ戦の狼煙と散った命の灯だけがただ帳の降りた空を照らし、揺らめいていた。 機体解説「ナルキッソス」 ミラージュシリーズで採用されていたフレームを元に、激しい機動に耐えうるように駆動部やショックアブソーバーなどを重点的に強化。 フレームをギリギリまで軽量化しつつ素材を変更することで強度を保っている。 従来の機体よりも軽快かつ良好な機動性と運動性を持つ代わりに、設計ミスかと疑うほど装甲が薄く、良好な操作性を持つミラージュナイトをより軽量化し運動性を強化した結果素直すぎる操作性が仇となり、製作された後は乗り手が付かぬまま工房に放置されていた。