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水のルビー 津村斗貴子に支給された。 大きな青い宝石をあしらった魔法の指輪で、メイジの始祖ブリミルの血から作り出されたとされている。 トリステイン王家に伝わる魔法の品であり、他に土、風、火のルビーが各国の王家に伝わっている。 原作中では風のルビーと水のルビーを近づけた時、共鳴して虹色に輝いたことから、他のルビーに近づけることでも何らかの反応があると思われる。 常人には何の効果もないアイテムだが、虚無の魔法の素質を持つ者が身に着けると、始祖の祈祷書に記された文字を読むことができるようになる。 ちなみに虚無の素質を持つ者は本ロワにおいてルイズ以外にはいない。 さらに言えば彼女にとっても上記祈祷書がない限り無用の品であり、ルイズが虚無の魔法に覚醒する前からつれてこられたことからも考え、このアイテムがロワ内で役に立つ可能性は限りなく低い。 祈祷書と同一人物に支給されたのが唯一の救いであるが……。 蛇足であるが、原作ではこの指輪は持ち主である王女によって旅の路銀の足しに売っても良い、という許可が出されている。 王家の秘宝も形無しであるが、有用性の低さを考えれば仕方ないことかもしれない。
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(1563~1600)細川忠興?の妻で、明智光秀の娘。キリシタン信者。関ヶ原の戦で石田三成?挙兵に際し、人質として大坂城に入るのを拒んで自殺した。 ガラシア祈祷書 美しく聡明な辺境のマリアとして、ローマ法王にも知られた女性。謎の文書・ガラシア祈祷書にその名を残す。実は死んでおらず、天草上島の聖母がその後身ではないかと疑われた。
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戻る マジシャン ザ ルイズ 進む マジシャン ザ ルイズ (3)始祖の祈祷書 「ここまでする必要、あったのかい?」 森の中。 白目を剥き、涎を垂らしながら脳髄を陵辱されつくし、廃人となったシェフィールドが横たわっている。 そんな無惨な姿を見ながら土くれのフーケが、ワルドに問いかける。 「ここまで、というのは?」 「そりゃあ、あんた……… 別に、こんなことしなくても、捕まえて自分で色々白状させりゃ良かったんじゃないかってことさ」 「白状?この女が自分から真実を話すと思うのかい、君は。 それに折角のミョズニトニルンだ、利用しない手は無いだろう」 ワルドがそう言いながら、もう既に在りし日の面影を残さないシェフィールドの額に手を当てた。 「そうだ、フーケ。 今日から君がミョズニトニルンになってみるかい?」 「いらないよ、そんなもの」 「それは残念だ」 ワルドが呪文を唱え、手を離すとシェフィールドの額からルーンが輝き、続いてワルドの手に吸い寄せられるように浮き上がった。 「それじゃあ、これの使い道はおいおい考えるとしよう」 ワルドは変わってしまった。 レコン・キスタの大攻勢がニューカッスルの城を落としたあの日から… 当初、目的を達成した後、ニューカッスルの城内で合流する手筈のワルドであったが、合流場所の礼拝堂を貴族派が制圧した際、そこには生者の姿無く、ウェールズ皇太子の亡骸が横たわるのみだった。 礼拝堂に残る血痕や周囲の破壊状況、それに天を貫くように伸びた穴、それらの事柄から、ワルドはウェールズの殺害には成功したものの、虚無の担い手を確保する段で失敗したと結論付けられ、生存は絶望的と考えられていた。 だが、クロムウェルがニューカッスルの城に到着したその日に、ワルドは突然の帰還を果たしたのだった。 この時、フーケはワルドにそれまで何をしていたのかを問いただしたのだが、彼は怪しい微笑を返すばかりであった。 そう、後にして思えばこの時には、ワルドは既に別の何かに変質してしまっていたのかもしれない。 帰還後、ワルドはレコン・キスタ、クロムウェルの側近達の間で一つのグループを形成していった。 年齢も、性別も、身分さえ共通しない一団。 彼らの中に、唯一つ共通するのは、その空ろな雰囲気。 ある日、フーケがクロムウェルの居室に呼び出されると、そこにはワルドと、胸を貫かれ、どう見ても死体と成り果てたアルビオン神聖皇帝の姿があった。 「君に虚無の系統を見せてあげよう」 驚愕に体を「固定化」でもされてしまったかのようなフーケを見ながら、ワルドは愉快そうに言い放った。 「さあ、お目覚めの時間だクロムウェル皇帝陛下」 なんの邪気も感じさせない、聖者のような声色でワルドがそう詠うと、今度こそフーケの思考を完全に吹き飛ばす出来事が起きた。 「おはよう、ワルド子爵」 ――死者が、蘇った―― その後、どういったやり取りがあったのか、当のフーケも覚えていない。 確かなことは、ワルドはグループのメンバーを増やしていき、瞬く間に新政府の中枢を影響下に置いてしまったということだ。 そして、今日のこの惨劇に至るのである。 「そいつは、生き返らせないのかい?」 「ん?君がそうして欲しいと望むなら、別にそうしても構わないが?」 足元で痙攣を繰り返す、ミス・シェフィールド。 生けるも死ぬるも、全く頓着しないという顔のワルド。 狂ってる。 そう思わずにはいられない、フーケであった。 「ルイズ、ちょっとお待ちになって」 部屋でのやり取りの後、その場を辞そうとするルイズにアンリエッタが声をかけた。 アンリエッタは指に嵌めた指輪を外し、続いて机にあった、古ぼけた本を手に取った。 風のルビー、始祖の祈祷書。 アンリエッタは王家にとって重要な意味を持つそれを、ルイズに手土産でも持たせるかのように渡した。 「ひ、姫さまっ!一体何を!?」 「ふふふ、ルイズ、忘れたのですか?私はもう少しすれば、ゲルマニアの皇帝と結婚するのですよ。 この本は『始祖の祈祷書』。わが国の国宝です。 トリステイン王室の伝統で、王族の結婚式の際には貴族より選ばれし巫女を用意しなくてはなりません。 巫女はこの本を手にし、式の詔を詠みあげる習わしとなっています。 ルイズ、私はあなたに式の『巫女』をやってもらいたいと考えています。 お願いできますか?」 「姫さま…」 アンリエッタのその言葉に、目頭が熱くなるルイズ。 そのルイズの目じりをアンリエッタがそっと撫でる。 「そして、ウェールズさまのお持ちになっていた風のルビー。 これもあなたに持っていてもらいたいの。 この指輪はとてもとても大切なもの、大切なウェールズさまの指輪。 でも、この指輪があると、弱いわたくしは、きっとウェールズさまを思い出して泣いてしまいます。 けれど、ウェールズさまはそんなことを望んでいないでしょう、だからあなたに預けるのです。 わたくしが幸せになって、ウェールズさまのことを受け止められるようになる日まで、あなたに持っていて欲しいのです」 笑顔のアンリエッタ、その瞳からははらはらと玉のような涙が零れ落ちる。 そんな姿に心をうたれ、ルイズは自然と膝立ちになり、深々と頭を垂れる。 「『始祖の祈祷書』と『風のルビー』、謹んでお預かりいたします、アンリエッタ姫殿下」 「頼みましたよ…ルイズ、わたくしの大切なおともだち、ルイズ・フランソワーズ」 王宮から学院までの帰りの馬車の中、ルイズはオールド・オスマンと向かい合って座っていた。 元々別件で王城へと向かうオスマンと同行する形で王宮へ向かった経緯から、帰りもまたオスマンと同じ馬車なのである。 そのルイズの手には、先ほどアンリエッタから手渡された指輪と本が置かれている。 ちなみに、ルイズ自身は先ほどのやり取りから、未だ心ここにあらずといった風体である。 「………それが風のルビーと始祖の祈祷書か、どれ、見せてもらっても構わんかのぅ」 「あ、はい。どうぞ」 オスマンの問いかけに我に返ったルイズが、慌ててオスマンにその本を手渡す。 「ふぅむ、まがいものではないかのぅ」 古びた革の装丁がなされた、ボロボロの表紙、色あせ茶色く黒ずんだ羊皮紙。 何も知らなければ小汚い古本にしか見えないそれ、『始祖の祈祷書』をオールド・オスマンが眺めながら呟いた。 「しかし、まがい物にしても、ひどい出来じゃ。何も書かれておらぬではないか」 「けれどオールド・オスマン。仮にもトリステインの国宝なのですから、本物じゃないんですか?」 「うーん、どうかのぅ。『始祖の祈祷書』なる書物は世の中には星の数ほどもあるからのぅ」 「はぁ」 流石に気になって、オスマンが広げている始祖の祈祷書を覗き込むルイズ。 確かに、そこには何もかかれていない。 「本当に何も書いていないんですか?」 「どうやらそのようじゃ、お預かりしたのはミス・ヴァリエール、君じゃ。何なら自分で確かめてみると良い」 オスマンの手から、始祖の祈祷書が再びルイズの手に戻される。 「時間がたち過ぎて消えちゃったのかしら」 ルイズが何の気は無しに、始祖の祈祷書を開く。 そして、なんらの心構えも無しに開かれた本より突然に光が発せられた。 この時、あまりの驚きに立ち上がった二人が馬車の天井に頭をぶつけたことを、誰が責められるであろうか。 光りだした始祖の祈祷書、そこに浮き上がってきたのは古代ルーン文字であった。 「オールド・オスマン!文字が、文字が浮き出ました!」 「むう!?わしにはその文字が読めぬのだが…ミス・ヴァリエール!そこにはなんと!?」 「は、はい!」 オスマンに急かされ、ルイズ自身の知的好奇心も膨れ上がる。 もどかしい気持ちでページをめくるルイズの指先が、無意識に震えた。 「虚無の系統……ここに書かれているのは虚無の系統についてです!」 興奮しながら読み進めるルイズ。 そこには序文と題された始祖ブリミルによる虚無に対しての注意書き、そしていくつかの呪文が記されていた。 だが、読めば読むほど、ルイズの中で何かが冷めていく。 この書によれば、虚無の系統は選ばれた読み手にだけ与えられるものらしい。 そこに書かれたいくつかの呪文、それらはルーン文字を読めば何となく意味が伝わってくる。 驚嘆すべき事実を突きつけられているにも関わらず、ルイズの心は凪いだ海のように静まりかえる。 やがて訪れる唐突なる理解。 「ああ、そういうことなんだ…」 そこに書かれている呪文こそが、キュルケとの勝負の日に自分が使った呪文であることを理解した。 一つが真の姿を見せると、ルイズの中で次々に疑問のピースが全体像を結び始める。 『伝説』、それこそが数多くの疑問の中核にあることを、彼女は知った。 彼女は大きな流れに翻弄されることとなるだろう それを運命と言って流されるままになるか、決めるのは本人だ。 ―――熟達の魔道師オスマン 戻る マジシャン ザ ルイズ 進む
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前ページ次ページナイトメイジ うららかな昼下がり、ルイズは自室にて机の上を見下ろしていた。 「これね」 その隣にいるベルもまた腕組みをして机の上を見下ろしている。 「これよ」 もちろん机が珍しいわけではない。 2人が視線を注いでいるのは机の上に置かれた300ページほどの古びた一冊の本。 皮で装丁はされているが、時の経過には勝てず表紙はぼろぼろで茶色く変色しているといった有様だ。 「でも、これが本当の始祖の祈祷書なの?聞いてた以上に偽物っぽいわね」 ベルは祈祷書を摘んでぴらぴら振り回す。 「乱暴に扱わないでよ!」 それをルイズが奪い取って机の上にバンとたたきつける。 強く叩きすぎて天井からホコリがぱらぱら落ちてきた。 「何か、こうドキドキするわね。これに私が使える魔法が書かれているかも知れないのよね」 「多分ね」 「どんな魔法が使えるようになるのかしら」 「そうねー」 しばし沈思黙考。 指先で肘を叩いていたベルがかすかに笑った。 「足がクサくなる」 「は?」 「鼻から怪光線」 「ちょっと何よそれ」 「月を見るとマグロに変身」 「何でよりにもよってマグロなのよ」 「すっとこどっこいになる」 「もはや魔法でも何でもないわね」 「じゃあ、魔法っぽく脳みそがスライムになる」 「魔法っぽいけどいやよそれは」 「だったらトコロテン」 「脳みそが変わるのはもういいから」 「ばるばる」 「意味わかんないわよ」 「耳から赤外線」 「方向性が最初に戻ってる」 「赤外線ですか。いいですねそれ」 そこにベッドのシーツを取り替えに来たシエスタが口を挟む。 今まで喋らなかったのでわからなかったが、実は最初からこの部屋にいたのだ。 「赤外線は良いですよ。お芋が美味しく焼けますから」 「芋?焼くの?てゆーか赤外線ってなに?芋を焼くためのものなの?」 「さあ」 「さあって……」 「それよ、ルイズ!」 頭を抱えるルイズの鼻先にベルの指先が突きつけられた。 おまけに無意味な迫力まである。 「そ、それ?」 「赤外線よ、赤外線。美味しい焼き芋が食べられるようになるって最高じゃない」 「いいですよね。焼き芋。わたし、ミス・ヴァリエールが赤外線出せるようになったらお芋、たくさん持ってきますね」 「あ・な・た・た・ち!」 ベルとシエスタの口が止まる。 何か声にそこはかとなく殺気がこもっていたようだ。 「どんな魔法が出てくるかなんてわからないじゃない。まずは、これをみてからよ」 「そうよね。早く見なさいよ」 「わかってるわよ」 釈然としない気分になったものの、ルイズは椅子を引いて始祖の祈祷書の前に座る。 風のルビーの嵌っている手を意識した。 これも魔法に関係するはず。 ルイズはその手を滑らせ祈祷書に触れた。 その途端、風のルビーと始祖の祈祷書が輝きだす。 胸が押さえつけられないほどに高まる。 光を浴びながら、震える指でルイズは祈祷書を開いた。 まず最初のページ。 ──姫様はこの祈祷書は白紙だと言っていた なのに、なのに、ルイズの目には確かに古代のルーン文字で書かれた文章が飛び込んできたのだ。 「ベル、見てよ!ほら、これ、ちゃんと書いてあるわよ」 「どこに?」 「どこってここよ」 ルイズは指先で文字をなぞってベルにどこに文字が書いてあるかを教えてやるがベルは目をすがめて首をかしげ、要領の得ない顔をするばかりだ。 「シエスタ、あなたはどう?」 諦めたのかベルはシエスタを呼んで祈祷書を見せる。 「白紙……ですよね」 シエスタも同じで白紙としか見えていない。 「私は読める。でもベルやシエスタには読めない。じゃあ、これって」 「本物みたいね」 そう、本物。 本物の祈祷書。 胸の鼓動はどんどん早くなり、体が熱くなってくる。 動いてもいないし、暑くもないのに汗が出てきそうだ。 「それで、なんて書いてあるの?」 「えーと……」 古代の文字ではあったが、文法も文字の種類も授業で習ったとおりだ。 ルイズはそれを現代語に直し、少しずつ口に出して読んだ。 序文 これより我が知りし真理をこの書に記す。この世のすべての物質は、小さな粒より為る。四の系統はその小さな粒に干渉し、影響を与え、かつ変化せしめる呪文なり。その四つの系統は、「火」「水」「風」「土」と為す。 神は我に更なる力を与えられた。四の系統が影響を与えし小さな粒は、更に小さな粒より為る。 神が我に与えしその系統は、四の何れにも属せず。 我が系統は更なる小さき粒に干渉し、影響を与え、かつ変化せしめる呪文なり。四に非ざれば零。 零即ちこれ「虚無」。 我は神が我に与えし零を「虚無の系統」と名づけん。 これを読みし者は、我の行いと理想と目標を受け継ぐ者なり。またそのための力を担いしものなり。 「虚無」を扱うものは心せよ。 志半ばで倒れし我とその同胞のため、異教に奪われし「聖地」を取り戻すべく努力せよ。 「虚無」は強力なり。また、その詠唱は永きにわたり、多大な精神力を消耗する。詠唱者は注意せよ。 時として「虚無」はその強力により命を削る。したがって我はこの書の読み手を選ぶ。 たとえ資格無き者が指輪を嵌めても、この書は開かれぬ。選ばれし読み手は「四の系統」の指輪を嵌めよ。 されば、この書は開かれん。 ブリミル・ル・ルミル・ユル・ヴィリ・ヴェー・ヴァルトリ 「虚無?虚無よ!ねえ、ベル。私の魔法は伝説の虚無なのよ」 ルイズはこれほど興奮したことはない。 ゼロと言われていた自分の系統は、伝説の系統なのだ。 オルゴールの歌を聴いた時に薄々はそうかもしれないと思っていたが、確証はなかった。 それが確信に変わった。 感動で体が震えそうになる。 「わかったから次」 「次は……次」 以下に、我が扱いし「虚無」の呪文を記す。 次だ。 いよいよ次から虚無の魔法の呪文が記述されるているのだ。 涙まで出そうになりながらルイズはページをめくった。 次のページは白紙だった。 「あ、あれ?」 慌ててさらにページをめくる。 ぱら、ぺらり ぱら、ぺらり ぱら、ぺらり ぱら、ぺらり ぱら、ぺらり 白紙のページはまだ続く。 そうしていると、待ちくたびれてきたのかベルはシエスタとお喋りを始めた。 「赤外線じゃなくてもマイクロ波でもいいわね。ごはん温め直せるし」 「マイクロ波って怪力線のことですよね。ごはん食べられなくなりませんか」 「怪力線って……よく知ってるわね。そんなこと」 「ひいおじいちゃんが昔、言ってたんです」 「どんな人なのよ」 「2人とも静かにして!!」 後ろで野次馬と化していた2人が静かになったところでルイズはさらにページをめくり続ける。 ぱら、ぺらり ぱら、ぺらり ぱら、ぺらり ぱら、ぺらり ぱら、ぺらり 残りのページがどんどん少なくなる。 さっきまで興奮で汗ばんでいた手は逆に不安でかさかさになりページがめくりにくくなっていた。 そしていよいよ最後のページ。 ぱら、ぺらり 最後のページは 白紙だった 「なんで?なんで?なんで?どうして?ここまで書いておいて呪文は無し?」 「本物なのは確かなんだし、読み進めるのにまだ条件があるんじゃない?」 「条件?どんな?」 「知らないわよ」 「そーーーんーーーーなーーーーー」 その声は誰が聞いても哀れみを誘うものだった。 合掌 前ページ次ページナイトメイジ
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トリステイン魔法学院の図書館は、本塔の中に存在する。 高さ三十メイルにも達する巨大な本棚が、壁際にずらりと並んでいる様は壮観の一言だ。 ここには始祖ブリミルがハルケギニアに降臨して以来の歴史が、全て詰め込まれていると言われている。 蔵書量はトリステイン有数で、教師のみに閲覧を許されるフェニアのライブラリーには、禁書と呼ばれるものも多数存在していると噂されている。 そんな巨大な図書館の一角で、ヒースは本の山と格闘していた。 本来、平民である彼はこの図書館に入ることは許されないのだが、オールド・オスマンの口利きによって入ることを許されている。 ハルケギニアに来てから二十日が経つ。 それだけの期間、文字を学んだだけにも関わらず、ヒースは完全な読み書きを可能としていた。 いくらヒースが高い知能を持っているからといえど、これは異常だ。 しかし、このことに関してヒースは余り疑問は抱いていなかった。 そもそもからして、何故か言葉が通じているのだ。 土地が変われば言葉は変わる。 アレクラスト大陸においても大陸の東西で、大きく西方語と東方語に分かれる。 さらにエルフ語やドワーフ語などを筆頭とする種族語。 上位古代語や精霊語などの魔法言語などを含めると、言葉の数は実に数十にものぼる。 同じ世界においても大きく言葉が異なると言うのに、異世界において普通、言葉が通じるわけがないのだ。 ヒースはこの現象を召喚の“ゲート”によるものだと推測している。 召喚される使い魔は多種多様。犬や猫と言った小動物ならば兎も角、中には獰猛かつ凶暴な生き物も召喚される。 だがそう言った生き物も問題なく使い魔とされている、契約に接吻が必要だと言うのに。 このことから“ゲート”を潜った時点で何らかの魔法の付与効果が発生しているのだと、ヒースは推測した。 となれば本来召喚されるはずが無い人間が呼ばれた場合、言葉が通じたり、文字をあっさり理解できたりなど可能でもおかしくはない。 それに気にしたところでどうにかなるものでもない上、現状不利益が無いのだから特に問題は無い。 そんなわけでヒースはこの特典を大いに活かし、アルビオンから帰還してから本日までの三日間、図書館に入り浸っていた。 調べているのは主に使い魔関連だ。 ルイズは呼び出した使い魔を元の場所に戻す方法は知らない、と言っていたがそれは存在しないという意味ではない。 ただ、彼女が知らないだけで存在する可能性があるため(最もオールド・オスマンすら知らないそうだが) こうして僅かな可能性に賭け調べていた。 悪魔召喚の壷をオールド・オスマンに預けた古代王国の男や、 レコン・キスタの刺客と思われる仮面の男が何故だか魔神を使役していたり、魔力のカードと呼ばれるカストゥールのマジックアイテムを使いこなしているということも、気になりはするが、調べる方法がないためどうしようもなかった。 ハーフェン導師との定期的なやりとりでも、お互い進展なしという文面が続くだけという現状を、 打破しようとしているのだが……。 「見つからんなぁ……」 成果は芳しくなく、分かったことは使い魔の召喚はあっても召還という概念がそもそも存在していなさそう、ということ程度だ。 早い話が手詰まり。どうしようもない状態だった。 「フェニアのライブラリー覗かせて貰えれば違うかも知れんが……無理って言われたからなぁ」 流石にオールド・オスマンの一存ではそこまで許可は出ず、色々と探せそうな一角には足を踏み入れることは出来なかった。 暇を見つけてはオールド・オスマンが調べてくれているそうだが、余り時間が取れず、成果は芳しくないらしい。 「うーむ、ここで探してても見つからんとなると……別所に探しに出るか、 人使って情報集めるか、さもなきゃ研究させるか……何にしろ素寒貧じゃなぁ」 ヒースがため息を吐く。 そう、彼は無一文なのだ。何をするにしても金が必要なため、貧乏どころではない身としてはどうしようもない。 良い金策は無いかとヒースが考えていると、ど~んという音ともに、本塔が揺れた。 その正体は言わずもがな、ルイズの爆発である。 少なくとも爆音を轟かせる存在はそれ以外にヒースは思いつかない。 「……今日はいつも以上にでかいな」 ヒースは天井を見上げる。 ぱらぱらと、埃が落ちてきた。ついでに本も。 「んなぁ!?」 本棚と建物の揺れ、この組み合わせそれ即ち本の落下。 ヒースはその避けがたい摂理の攻撃を、ものの見事にその身で受けた。 脚立に乗ってたのでぶっちゃけ回避が不可能だった。 派手な音をたて脚立から転がり落ち、本の山に埋もれる。 不幸中の幸いと言うべきか、落ちてきた本が下敷きになり怪我はなかった。 「ってぇ……はじめてみたときから思ってたが、やっぱここの本棚危ねぇ」 起き上がり、落ちてきた本をかき集めると、ヒースは本棚を見上げた。 高さ二十メイルほどの場所にぽっかりと空いている部分があった。 イリーナから幸せが逃げると注意されている、最近頻度が矢鱈と増えたため息を吐く。 ヒースが使う古代語魔法は系統魔法と違い、簡単な魔法でも精神力の消耗はそれなりに高い。 どれほど熟達していても、個人差はあるが日に十数回も使えばそれで打ち止めだ。 高さ二十メイルともなれば十メイルまでしか浮かない“レビテーション”では届かないため、 消費の激しい“フライト”を使うしかない。 ヒースは精神力が潤沢というわけではない、魔術師としては少ないほうだ。 この世界に来てから僅かな間に大きな事件に二つも巻き込まれているため、 出来うる限り無駄な消費は避けたいと考えていたが、ヒースは諦めて詠唱を開始する。 ふと、そんなヒースの目に、本と一緒に落ちてきたらしい一枚の羊皮紙が目に止まった。 詠唱を止め、それを拾うとまじまじと見つめる。 「……試してみる価値はあるな」 ハルケギニアに来てから二十日余り。始めて、実に楽しそうにヒースは顔をゆがめた。 オールド・オスマンは学院長室で一冊の本を見つめていた。 古びた革の装丁がなされた表紙はボロボロで、触っただけで破れてしまいそうだ。 そっと、表紙をめくる。現れたのは色あせ、茶色にくすんだ羊皮紙のページで、何も書かれていない。 「これがトリステイン王室に伝わる始祖の祈祷書か……バッタもんじゃね?」 伝承には、かつて始祖ブリミルが神に祈りを捧げた際に読み上げた呪文が記されているとされているのだが、この本には呪文のルーンどころか文字一つ書かれていない。 こういった伝説の品物には、よくあることだ。 現に一冊しか存在しないはずの始祖の祈祷書は、金持ちの貴族や寺院の司祭、各国の王室に存在する。 当然、どこも自らの始祖の祈祷書が本物であると主張していた。 世界中に存在する始祖の祈祷書を集めたなら、それだけで図書館が一つ建つと言われるほどだ。 オールド・オスマンは長い年月を生きているため、始祖の祈祷書と呼ばれるものは幾度か目にしたことがあった。 それらはまだ如何にもそれっぽく体裁が整えられていたのだが……。 「いくらなんでも白紙というのはのぅ。手抜きにもほどがある」 王宮から送られてきた文字一つ書かれていないこの始祖の祈祷書を、 オールド・オスマンが偽物だと思うのは、至極当然なことだった。 一体どのような経緯で誰が見ても偽物だと分かるこの始祖の祈祷書が、トリステイン王室に渡ったのか、思考をめぐらせる。 そんなどうでもいい考えは、ノックの音で途切れることになった。 オールド・オスマンは秘書を雇わなければならぬな、有能で美人で尻撫でても怒らないねーちゃんを。 と思いながら来室を促す。 「鍵は掛かっておらぬ。入ってきなさい」 扉が開き、桃色がかったブランドの髪がオールド・オスマンの目に入る。足取り重く、やけに疲れた様子で室内へ入ってくる。 「……何の御用でしょうか、オールド・オスマン」 ぐったりとした、気だるそうな声で入ってきた人物……ルイズは声を出した。 そんな様子にオールド・オスマンは少々首を傾げつつも、とりあえず立ち上がり、両の手を上げ、歓迎の意を表する。 「あー疲れとる様子じゃの、ミス・ヴァリエール」 「いえ、大丈夫です……」 良く見ると、服の裾が煤で汚れている。 またいつもの失敗の後片付けだろうとオールド・オスマンは思い、気を取り直して咳払いをする。 「ごほん。ミス・ヴァリエール、旅の疲れは……癒せておらんようだが。兎に角、お主たちの活躍で同盟は無事締結され、トリステインの危機は去った」 疲れからかボーっとした様子のルイズを見やり、一拍間を置いてオールド・オスマンは言葉を続ける。 「そして、来月にはゲルマニアで、無事アンリエッタ王女と、ゲルマニア皇帝との結婚式が執り行われることが決定した。君たちのおかげじゃ、胸を張りなさい」 張る胸は薄いがの、とオールド・オスマンが考えていると、ルイズは少し悲しそうな顔をして、黙って頭を下げた。 オールド・オスマンは暫く黙ってじっとルイズを見つめると、手にしていた始祖の祈祷書を差し出す。 「……これは?」 差し出された古ぼけた本を、ルイズは怪訝な表情で見つめる。 「始祖の祈祷書じゃ」 「始祖の祈祷書?これが?」 今、ルイズが嵌めている水のルビーと同じく、かつて始祖ブリミルから授けられたとされている、トリステインの国宝である。 何故そんなものをオールド・オスマンがもっていて、自分に差し出しているのだろうと、ルイズは首を傾げる。 「トリステイン王室の伝統で、王族の結婚式の際には貴族より選ばれし巫女を用意せねばならんのじゃ。 選ばれた巫女は、この始祖の祈祷書を手に、式の詔を詠みあげる慣わしになっておる」 「はぁ」 宮中の作法に詳しくもなく、興味もなかったためルイズは思わず生返事を返す。 そして、僅かな間をおいて何故オールド・オスマンがそんなことを自分に説明したのかにルイズは気が付いた。 「では、わたくしが?」 「うむ、察しが良いの。姫がの、ミス・ヴァリエール、そなたを巫女に指名したのじゃ。 そして巫女は式の前より、この始祖の祈祷書を肌身離さず持ち歩き、詠みあげる詔を考えねばならぬ」 「えええええ!詔をわたしが考えるんですか!?」 ルイズはあからさまに嫌そうな顔をした。 行き成り考えろと言われても、公の、王族の結婚式に使うような詔なんてとてもじゃないが浮かばない。 「そうじゃ。もちろん、草案は宮中の連中が推敲するじゃろうが……。伝統と言うのは、面倒なもんじゃの。だがな、姫はミス・ヴァリエール、そなたを指名したのじゃ。これは大変に名誉なことじゃぞ。王族の式に立会い、詔を詠みあげるなど、一生に一度あるかないかじゃからな」 そりゃそうですけど、と渋い顔をしそうになり、ルイズは思い直す。 今回の結婚は完全な政略結婚だ。アンリエッタは、好きでもない相手と、夫婦になることになる。 そんな式の巫女に、せめてもと、幼い頃を共に過ごした自分を選んだ。 その想いに答えるべきだと考え、顔をあげた。 「わかりました。謹んで拝命いたします」 ルイズはオールド・オスマンから、始祖の祈祷書を受け取り、表紙を捲る。 返事を受けると、オールド・オスマンは目を細めて、ルイズを見つめた。 「快く引き受けてくれるか。よかったよかった。姫も喜ぶじゃろうて」 ほっほっほ、と笑うオールド・オスマンは、ルイズがじっと開かれた始祖の祈祷書を見ていることに気がついた。 最初は仮にも国宝とされているものが白紙なのに驚いているのだと思ったが、目の動きは、明らかに文字を追っていた。 「……ミス・ヴァリエール?どうしたかね、その始祖の祈祷書は文字の一つも書かれていない白紙のはずじゃが」 ルイズが顔をあげると、怪訝な表情を浮かべた。 「白紙、ですか?きちんと書いてありますが」 「なんじゃと?一体どのような文章が?」 オールド・オスマンの眉がぴくりと動く。 「えっとですね……序文 これより我が知りし真理をこの書に記す。この世の全ての物質は、小さな粒よりなる。四の系統はその小さな粒に干渉し、影響を与え、かつ変化せしめる呪文なり。その四つの系統は、『火』『水』『風』『土』と為す。と、ページを捲ったらまだ続きもあるようですが」 オールド・オスマンの顔が、驚愕の色に染まる。 ルイズが、嘘を吐いているようにはとても見えなかった。 何より、自分が開いたときには何の変化も無かった始祖の祈祷書が光っていると言う事実に、嘘など見出せるはずも無かった。 「続けなさい」 そう言われ、首を傾げながらもルイズは言葉を続ける。 「神は我に更なる力を与えられた。四の系統が影響を与えし小さな粒は、さらに小さな粒よりなる。 神が我に与えしその系統は、四のいずれにも属せず。 我が系統はさらなる小さき粒に干渉し、影響を与え、かつ変化せしめる呪文成り。 四にあらざれば零。零すなわちこれ『虚無』。我は神が我に与えし零を『虚無の系統』と名づけん」 オールド・オスマンが息を呑む。ルイズは興味深げな表情で、ページを捲った。 虚無、伝説の系統、始祖ブリミルが扱いし失われた零番目の系統。 「これを読みし者は、我の行いと理想と目標を受け継ぐものなり。またそのための力を担いしものなり。『虚無』を扱うものは心せよ。志半ばで倒れし我とその同胞のため、異教に奪われし『聖地』を取り戻すべく努力せよ。『虚無』は強力なり。また、その詠唱を永きにわたり、多大な精神力を消耗する。詠唱者は注意せよ。時として『虚無』はその強力さにより命を削る。したがって我はこの書の読み手を選ぶ。たとえ資格なきものが指輪を嵌めても、この書は開かれぬ。選ばれし読み手は『四つの系統』の指輪を嵌めよ。されば、この書は開かれん。ブリミル・ル・ルミル・ユル・ヴィリ・ヴェー・ヴィルトリ。以下に、我が扱いし『虚無』の呪文を記す……オールド・オスマン、これは」 途中から震えが混じった声で読み上げていたルイズが、混乱に揺れる瞳をオールド・オスマンに向ける。 ふと、指に嵌めている水のルビー……四つの系統のうち『水』を司る指輪を見やると、始祖の祈祷書と同じく輝いていることにルイズは気がついた。 オールド・オスマンは、暫し厳しい顔付きで瞑目すると、顔をあげた。 「ミス・ヴァリエール、その指輪と始祖の祈祷書を私に」 言われたとおり、水のルビーと始祖の祈祷書をルイズはオールド・オスマンに渡す。 指輪を嵌め、オールド・オスマンは始祖の祈祷書を開いたが、そこにあるのは変わらぬ白紙のページだけだった。 分かっていたことを確認した、といった風情でオールド・オスマンは指輪と始祖の祈祷書をルイズに返す。 ルイズは指輪を嵌めず、始祖の祈祷書を開いた。白紙だ、光もせず、何も書かれていないページだけが延々と続く。 指輪を嵌め直すと、始祖の祈祷書は光り、文字も浮かび上がった。 「ミス・ヴァリエールが虚無の担い手……いや、それならば彼女がガンダールヴだということにも説明が付く……」 「……あの、オールド・オスマン?」 困惑しているルイズの問いに、ぶつぶつと呟いていたオールド・オスマンは顔を上げた。 「ん?おお、すまなんだ、つい考え事をの。……ミス・ヴァリエール。 正直私も驚いたが、どうやらお主は虚無の担い手のようじゃ」 あっさりと、本当にあっさりとオールド・オスマンはルイズを虚無の担い手と判断した。 言われた本人が、そんなのでいいのか、と思ったほどに。 「で、ですがオールド・オスマン!何かの間違いという可能性も!呪文が書かれていると書いてありますが他の頁にも何も書いてありませんし!」 「何故呪文が書かれておらんのかは分からんが、それはない。実はな、お主には黙っておったことなんじゃが……。お主の使い魔は始祖ブリミルが用いたとされる伝説の使い魔、ガンダールヴなんじゃよ」 「ええええ!?」 巫女役への抜擢、実は虚無の担い手でした、使い魔が伝説の使い魔だった。 短い時間で随分と驚くことが連続するものだとルイズは頭の片隅で思った。割と混乱している。 「そういうわけでの、何故彼女がガンダールヴなのか疑問じゃったのが、これで綺麗に解けた。 ミス・ヴァリエールが虚無の担い手であるのならば、 その使い魔がガンダールヴであることに疑問を挟む余地なぞないからの」 あーすっきりした、と言わんばかりにオールド・オスマンは爽やかな笑顔を見せた。 喉に引っかかっていた骨が取れてご機嫌のようだ。 オールド・オスマンは百面相なルイズを暫く楽しそうに眺めたあと、表情をキリっと変え、威厳ある言葉を発した。 「ミス・ヴァリエール」 「は、はい!」 百面相と化していたルイズが慌てて直立姿勢をとる。 「一先ずは、お主の系統が判明したことを祝そう。じゃが、このことは誰にも言ってはならぬ。 家族にも、友人にも、おぬしの使い魔にも。勿論、姫にもじゃ」 「……なぜですか?」 「虚無じゃからじゃよ。ミス・ヴァリエール」 そういうと、オールド・オスマンはルイズの肩にぽんと手を置いた。 「伝説においても、虚無の仔細は殆ど不明じゃ。何せ六千年も昔の話じゃからの。じゃが、伝説の使い魔であるガンダールヴとなったお主の使い魔は、恐ろしく強い。並みのメイジでは数十人掛りでも返り討ちじゃろう。メイジの実力を測るには使い魔を見よとはよく言う。なれば、そんな使い魔を生み出した虚無の担い手は、どれほど強力か。そう考える輩が出てくるのは当然じゃ。実際には、どれほどのものなのかはさっぱり分からんのじゃが。しかし、僅かながらに残る虚無に関する記述が記された聖者エイジスの伝記の一章に、このような言葉がある『始祖は太陽を作り出し、あまねく地を照らした』とな。あくまで伝記じゃから全てを鵜呑みにするわけにもいかんが……それほどの表現になるほど、強力なものであった、ということになる」 ルイズは黙ってその言葉を聞いていた。 「これはお主のためだけでなく、トリステイン、ひいてはハルケギニアのためでもあるのじゃ。強力すぎる力は、戦乱を呼ぶ。此度のゲルマニアとの同盟や、アルビオンとの不干渉条約など、虚無の存在でどう転がるか分かったものではない。ゆえに、今は虚無のことは考えず胸の内に秘め、詔を考えることに集中せよ。虚無に関しては私のほうで調べることにする」 「……はい、分かりました」 オールド・オスマンの言葉に、ルイズは頷いた。 「一度に色々あって、疲れたじゃろう。今日は部屋へ戻り、ゆっくりと眠りなさい。 結婚式までまだ一ヶ月はある、明日からのんびりと詔を考えればよいのじゃらかな」 そう言ってオールド・オスマンは破顔した。お辞儀をし、ルイズは学院長室を去る。 部屋へ帰る途中、ルイズは思考をめぐらせる。 『虚無』、失われたとされる伝説の系統。自分がその担い手。 オールド・オスマンには眠れと言われたが、とてもじゃないが眠れそうにない。 その三十分後。 ベッドの上で始祖の祈祷書を抱きしめ着替えもせず爆睡するルイズが夜のトレーニングから戻ってきたイリーナによって目撃された。 ルイズが巫女役を拝命してから、二週間が過ぎた。 始祖の祈祷書を片手に、ベッドの上でごろごろ転がる。ごろごろごろ……ぼて。 ベッドから落ちて、逆さになりながらもルイズは始祖の祈祷書を手放さない。 何も、思いつかない。 ばたばたと脚を動かす。だが、何も浮かんではこない。がしょんがしょん。 「拙い、拙いわ。いくらなんでも一節すら浮かばないっていうのは流石に拙いわ」 残るタイムリミットは15日とちょっと。時間に直して370時間ほど、草案の推敲や式の段取り把握なども含めれば300時間と言ったところか。 がしょんがしょん。 誰か得意な人に代わりに考えてもらう、というのも少しだけ考えたがそんなことをすれば姫さまを裏切ることになる。 それは出来ない、というかそれだと巫女役の意味が無い。がしょんがしょん。 例え苦手でも、考え付かなくても、考えて式に間に合わせるのだ。ああ、締め切りが怖い。がしょんがしょん。 「って、さっきからうるさいわね……」 ルイズは先ほどから聞こえる、耳障りな金属音に顔を顰めた。何だというのだ、この音は。 がしょんがしょんがしょんがしょんがしょん。 その音は、徐々に近づいてくる。 何の音だと、首を傾げていると、その音が部屋の前で止まり、扉が勢いよく開く。 扉が壁にぶつかり、蝶番が悲鳴を上げる。そのうち壊れるんじゃないだろうか。 「見てくださいルイズ!新しい鎧が届きました!!」 明るい、元気な声と共に白い甲冑ががしょんと音を鳴らす。 イリーナが、嬉しそうな顔で分厚い篭手に包まれた両手を広げるのをルイズは逆さになりながら見つめた。 「あー……そういえば、前に買ったやつは駄目になったから新しいの頼んでおいたんだっけ」 アルビオンにおける仮面の男との戦いで、イリーナが着込んでいた鎖帷子は所々千切れ、鎧としての役目を果たせなくなっていた。 そしてイリーナが新しい鎧を欲したため、街に出て、今度は板金鎧を特注したのだ。 それが、ようやく届いた。 「やっぱり、この全身に掛かるこの重み!擦れる金属音!匂う鉄臭さ!これぞ鎧です!」 ちなみに、お値段400エキュー。ルイズの今季のお小遣いの残りが全部吹っ飛んだ一品だ。錬金対策に固定化も掛かっている。 「そう、よかったわね」 ルイズは気の無い返事を返すと、ベッドへ上がり仰向けに寝転がると始祖の祈祷書を広げる。 するとひょい、と始祖の祈祷書がイリーナに取り上げられた。 視線をやると、腰に手をあてちょっと怒っているかのような雰囲気を出していた。 「駄目ですよ、そういう読み方をすると目が悪くなります」 「うるさいわね、あんたはお母さんか」 イリーナが召喚されてからかれこれ一ヶ月と少し。異国の地での生活にも慣れてきたのか、最近小言が多くなった。 着替えは自分でしろ、顔は自分で洗え、椅子に座るときは背筋を伸ばせ、爆発の後片付けをちゃんとやれ、などなど。 それぐらい別にいいだろう、とルイズが思うことに、一々小言を言ってくる。使い魔のくせに。 曰く4レベルになって信心深くなったからです、とのことだ。 何のことだかルイズにはさっぱり分からない。 聞き直したらそんなことは言っていないとも言われた、ますます分からなかった。 なお、ヒースへの小言はルイズの三倍ほどあったりもする。 兎角、最近小言が多いのだ。そう、使い魔であるイリーナが主人であるルイズに対して。 これはいけない、実にいけない。 虚無だ詔だ悩んではいるが、一旦それは横に置いて、主従関係というのをはっきりさせなければ。 ルイズは姿勢を正すと、始祖の祈祷書をペラペラと捲っているイリーナに向き直る。 「いい、イリーナ。確かにあんたは強いし、何だかんだ言って色々やってくれるから良い使い魔だと思うわ。だけど」 こんこん。扉がノックされる。 このタイミングでどこのどいつだと内心毒づきながら、ルイズは憮然としつつも開いてますよ、と返事をする。 扉が開き、入ってきたのは長い白髭を蓄えた老人、オールド・オスマンだった。 ルイズは慌ててベッドから降りて、寝っ転がっていたため乱れていた衣服を正す。 イリーナが始祖の祈祷書を机において、礼儀正しくお辞儀した。 「どうかの、詔のほうは。出来たかね?」 いいえ、全く。という言葉が思わず出そうになり、ルイズは口を噤み、首を振る。 嘘を吐いても意味が無い。 「その様子じゃと、まだのようじゃの」 「申し訳ありません」 ルイズが、言葉通り申し訳なさそうに俯く。イリーナが驚いた声をあげた。 「詔、まだ出来てなかったんですか?」 「だって……詩的とか言われても、困っちゃうわ。私、詩人なんかじゃないし」 うー、とルイズが唸る。その様子を見たオールド・オスマンは楽しそうに笑った。 「ほっほっほ、まぁとはいえ全く出来ていないわけではないじゃろう。どれ、今出来ているところだけで構わんから言ってみなさい。こういうものは、出来の良し悪しを自分で判断するのは難しいからの。他者の評価が重要じゃ」 いや、全く出来ていないんですが。と、また言葉が出そうになるのを、我慢して飲み込む。 ルイズは、とりあえず時間稼ぎのため詔の前文を詠みはじめた。 「この麗しき日に、始祖の調べの光臨を願いつつ、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。畏れ多くも祝福の詔を詠みあげ奉る……」 それからルイズは、黙ってしまった。そんな様子にイリーナは首を傾げる。 「どうしたんですか?」 「これから、次に火に対する感謝、水に対する感謝……、 順に四大系統に対する感謝の辞を、詩的な言葉で韻を踏みつつ詠みあげるんだけど……」 「なるほど、五大神に順に祈るようなものですね。それで、どういう言葉を考え付いたんですか?」 ルイズは必死に頭を回転させ、何とか詔を捻り出す。 「笑わないでよ?」 「笑いませんよ」 その言葉の通り、確かにイリーナは笑わなかった。 「……炎は熱いので、気をつけること」 「それ、単なる注意じゃ?」 イリーナが思わず口を挟む。 「うるさいわね。風が吹いたら、樽屋が儲かる」 「諺じゃろ、それ」 あまりの酷さに、オールド・オスマンが額を押さえた。 出来の良し悪し以前の問題だ。 顔を真っ赤にしてルイズが俯く。 「あー、あれじゃ。始めてなら誰でもこんなものじゃろ。まだ式まで二週間ある。それまでに考え付けばよい」 「そ、そうですよ!まだ半月もあるんですから!」 オールド・オスマンとイリーナが、慌ててフォローを入れた。内心、駄目くせぇと思ってるのがバレバレだった。 それを感じ取ったルイズが半泣きで今にも爆発する瞬間、またコンコンとノックの音がした。 返事を待たずに扉が開く。 「おー、ここに居たかイリーナ。あ?なんだ、オスマンの爺までいるのか」 女性の部屋だと分かっていないのか、分かっていてやっているのか。 相も変らぬ傍若無人な男、ヒースがどかどかと部屋に入ってくる。 脇にはなにやら羊皮紙の束が挟まれていた。 「ちょっと!すぐ開けたらノックの意味無いでしょ!それにオールド・オスマンをじじじじ爺って失礼にもほどが!!」 「よいよい、ミス・ヴァリエール」 真っ赤な顔をさらに赤くするルイズを、オールド・オスマンが宥める。 ヒースの横柄な態度を一々気にしていてはキリが無い。 そもそもオールド・オスマンは、そういうことに余り頓着する性格ではなかった。 「ん、イリーナ新しい鎧届いたのか」 「はい!」 イリーナが嬉しそうに軽く飛び跳ねる。がしゃん!という金属音と共に木張りの床が大きく軋んだ音を立てた。 トリステインの有力貴族の子弟が通う魔法学院の学生寮なため作りは非常にしっかりしているはずなのだが。 鎧は見た目よりもかなり重いようだ。 そんな妹分に、ヒースは羊皮紙の束を押し付けた。受け取ったイリーナがそれを見て、首を傾げる。 「何ですかこれ?……地図?」 「おう。しかもただの地図じゃない、宝の地図だ」 「宝の地図~?なんだってそんなものを」 宝と聞いて目を輝かせるイリーナとは対照的に、ルイズは胡散臭げな声をあげた。 「俺様がフォーセリアに戻る手立てを探してるのは知っているだろうが、何をするにしても金が無いとどうにもならん、今素寒貧だしな。そこで手っ取り早く金を稼げる宝探しで一攫千金、というわけだ。何せ当たれば一財産だ!イリーナ!資金不足で買えなかった新しいグレートソードに手が届くぞ!それも何本でも!!銀の鎧もばっちりだ!」 「そ、それは素晴らしいですヒース兄さん!行きましょう!宝探しです!」 普段は物欲がそれほど無いイリーナも、剣や鎧のことになると途端目の色を変える悪癖があった。 それを聞いてルイズが呆れた顔をする。 「そんなの当たるわけ無いじゃない、外ればかりに決まってるわ。第一、お金ないくせしてどうやってそれだけの地図集めたのよ」 「図書館からに決まってるだろう」 「学院の所有物じゃない!」 ルイズが頭を抱えた。何勝手に持ち出してるんだこの男は。 「司書は誰も探しに行かないから好きにしろつってたぞ。きちんと許可は貰ってる。ついでだ、オスマンの爺も許可くれ許可」 「ふむ……いいじゃろ、許可する」 「オールド・オスマン!」 あっさりと許可が出され、イリーナとヒースが喜んで手を打ち合った。 キラキラと目を輝かせ、イリーナがルイズに詰め寄る。 相変わらず顔が近い。 「行ってきてもいいですよね?ね?っていうか一緒に行きましょう!気分転換にもなるでしょうし!」 「何でよ!私は詔考えなくちゃいけないし授業だって」 「構わんよ、行ってきなさいミス・ヴァリエール。休学届けは私のほうで許可を出そう」 またも、あっさりと許可が出る。オールド・オスマンの判子は随分と軽いようだ。というか教育者としてそれでいいのか。 おずおずとしながらもルイズが口を開く。 「ですが……詔のほうは?」 「彼女の言うとおり部屋に閉じ篭って考えるより、別の場所に行き気分転換したほうがまだマシじゃろて。王室から迎えが来る式の二日前までに戻ってくればよい。ただし始祖の祈祷書はなくしてはならんぞ?」 そんなものだろうかと考えながら、ルイズは不承不承頷く。 「つーわけでだ。ルイズ、旅費よろしく」 「私が出すの!?」 ヒースが親指を立てながら笑顔で告げる。歯がきらりと光りそうなほど爽やかな笑みが実に腹が立つ。 「ごめんなさい。お金ないですから、私達」 しょんぼりとしてイリーナが俯いた。 ルイズはこっちだってあんたの装備にお金かけたから殆ど無いわよ!と叫びそうになるのをぐっと我慢する。 さっきから我慢してばっかりだ。 「わかったわよ!出せば良いんでしょ出せば!正し!出るもの出たら折半よ」 びしっとヒースに指を突きつける。 はて、とイリーナが頬に人差し指を当てて首を傾げた。 「えっと、私、ヒース兄さん、ルイズ……。折半って半分こってことですよね?一人ハブにされちゃいますよ?」 「何言ってるのよ。私、ヒースで折半すれば問題ないじゃない」 「私の分は!?」 当然とばかりに言ったルイズにイリーナが悲鳴をあげる。 「あんた使い魔、私ご主人様。使い魔のものはご主人様のもの、ご主人様のものはご主人様のもの」 後の世で、ヴァリエニズムと呼ばれるようになる思想が、この瞬間生まれた。 用語解説 ブアウゾンビ:古代語魔法、モンスター名。腐敗が凄く遅いぴちぴちゾンビ、 魔法や呪歌は使えないが、それ以外の技能であれば全て生前同様に保有する。 ただし頭がちょっと悪く、やっぱりゾンビなので動きが鈍いのが玉にキズ。 独自に物事を判断する知能を有するが、自我も精神もない。 アノス:国名。アレクラスト極東に存在する宗教国家。 至高神ファリスを国教とし、ファリス教団の最高司祭であるものが王を兼ね、法王を名乗る。 ファリス神官ならば一度は赴いて修行したい場所。早い話が規模がでっかいヴァチカン。 ジェニ:人名。剣の姫の異名を持つマイリー教団の最高司祭。 かつて国を一つ滅ぼした邪竜を仲間と共に倒した竜殺しの一人。若い頃は凄い美人だったが独身。 レビテーション:古代語魔法。自らが接地してる地点から10m浮くことが可能になる初歩の魔法。 10mと言う絶妙な高さが使い難いと大評判。 ヴァリエニズム:語呂悪いね。ルイズムのほうがいいだろうか。
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前ページ次ページとりすていん大王 時間です 始めます とりすていん大王 12回目 「では、頼みましたよ ルイズ」 今回のお話はルイズがアンリエッタ姫から市井の調査を命令された事から始まります 最初ルイズはお父さんと一緒に街の調査に行く予定でした しかしすでにトリステイン中の話題をかっさらったお父さんです 目立ってしまうため隠密行動は出来ません そこでお父さんは別行動でルイズ一人で調査に出かける事にしました 「さて・・・手始めにどこに行こうかしら?」 そう言いながらルイズがむかった先は酒場です ルイズは考えました、多少なりとも調査費としてアンリエッタ姫からお金は貰っていてもそこまで多くありません 情報が多く飛び交う場所と言えば人が集まる場所、始めはカジノでお金を増やそうかと思いましたが お父さんが怖い顔で 「ルイズは学生なのにカジノに行くと言う・・・」 と言うので仕方なく諦めました 残った選択肢が酒場だったのです まずは本屋でトリステイン観光おすすめMAPを立ち見します その中の3,4件の酒場に絞りをつけて繁華街に直行しました まだ日の高い時間ですが何件かは営業しているようです その中でも特に繁盛しているお店にルイズは入っていきました そのお店の看板には『魅惑の妖精亭』と書かれています 「「「いらっしゃいませぇ~」」」 店員の案内でカウンター席に座ったルイズはワインと生ハムを頼むと回りの人々の話に耳を傾けました 「アンリエッタ姫は結婚するのか?」 「姫がアルビオンに嫁いだら誰がこの国の王に?」 「チュレンヌは嫌なヤツだ」 「ヤツは税を水増ししてるらしい」 「聞いたか?ワルド子爵が反逆したらしいぞ」 「何、三人のシュバリエがまた倒すさ」 「ねぎうまー」 「ジョセフ王が仕事を放棄して退位の準備を進めているらしい」 「怪しい人物を山奥の廃屋で見た」 様々な情報をルイズは聞いて無事にアンリエッタ姫に報告出来たのでした その功績で後日、チュレンヌ徴税官は汚職が発覚、免職となったのです 「ご苦労様でした ルイズ」 アンリエッタ姫から労いの言葉を貰いルイズはとっても嬉しくなりました ところがそんなルイズをびっくりさせる言葉をアンリエッタ姫が言ったのです 「ところでルイズ、私がウェールズ王と結婚するのは知っていますね?」 「ええ、ご存知ですが?」 アンリエッタ姫はゆっくり頷くと水のルビーの指輪を外し、ルイズに握らせます ルイズがびっくりして目を見開くと姫はにっこりと笑って言いました 「その婚礼の儀式の巫女を貴方をして頂きたいのです」 その後、一度は大それた事だとルイズは断りましたがアンリエッタ姫のどうしてもと言う願いで 二つ返事で引き受けたのです 「と、言う訳でこの始祖の祈祷書をあずかってきたんだけど・・・」 ここはトリステイン魔法学院のルイズの部屋、今ここにはルイズ、お父さん、モンモランシー、キュルケ、ギーシュがいます 「真っ白ね」 「偽物じゃないのかい?」 「あのね、一応国宝よ」 「一応はつくのね」 王族の結婚式に必要なものとしてルイズに貸しだされた水のルビーと始祖の祈祷書 結婚式の巫女が持つ国宝 始祖の祈祷書にはまったく何も書かれていませんでした みんながそれぞれ思った事を口にします そんな中、お父さんはその始祖の祈祷書を見ても何も言いません コン、コン、コン みんながあれこれと祈祷書に言っているとルイズの部屋をノックする音がしました 「はい、どなた・・・ってタバサじゃない」 表に立っていたのはタバサです ですがその顔は非常に険しいものです 「話しがある・・・ついてきて欲しい」 ルイズが怪訝な表情でタバサを見返します 「話しって、私に?」 その問いにタバサは首を横に振って答えます 「お父さん、あなたに用がある」 モンモランシーが文句を言おうとしたその時、タバサの身から出る殺気とお父さんに突きつけられた杖で言葉が出なくなってしまいました そしてタバサはみんなが驚くべき発言をするのです 「あなたはモンモランシー伯ではない ・・・・・あなたは何物?」 みんなが驚愕するなかお父さんはただぷかぷかと宙に浮いていました 続く 前ページ次ページとりすていん大王
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前ページ次ページKNIGHT-ZERO だけど…大好きだったな…… 伊藤誠 ルイズは苦悩していた 幼い頃を一緒に過ごした旧友であり、敬愛するトリスティン王女であるアンリエッタは婚姻を控えていた ルイズは学院を訪れたアンリエッタから、誓いの場で祝詞を詠み上げる大役を仰せつかってしまったのだ 祝詞の文言は詠み手であるルイズが草案する慣わし、しかし彼女は詩の素養にはあまり恵まれなかった 学院の宝物庫にある始祖ブリミルの祈祷書がルイズに預けられた、中は白紙で何ひとつ文字が書いてない 製本職人によって数多く複製された祈祷書の内のひとつで、婚姻の儀式における小道具に過ぎないらしい しきたりに従ってルイズの指に嵌められた宝石、この水のルビーの指輪の方がよほど価値のあるものだった アンリエッタの結婚は多分に王家の思惑の混じったものだったが、それについては深く考えないようにした 姻戚を結ぶこともまた外交の手段だったこの時代、国家のための結婚はとても名誉あることとされていた ルイズは学院の近隣にある草原で始祖の祈祷書を閉じると、KITTのドア下部にある物入れにしまった 公式資料に多いA4ファイルに合わせ設計したドアポケットは、この祈祷書の為に誂えたかのようだった ひとつため息をついたルイズは目をこすり、KITTのドライヴァーズシートを倒して伸びをする KITTに助言を頼んでみたが、「その神に帰依していない私には関与できません」と、釣れない返事 傾けたKITTのドライヴァーズシートに寝転がりながらドアポケットから出した祈祷書をもう一度開く 白紙でも眺めていれば何か思いつくんじゃないか、と思い、青いルビーの指輪が輝く左手でページを繰る ルイズが開いた瞬間に何か文字が浮かび、アンリエッタから贈られた指輪の青い石が光ったように見えた きっと目が疲れているんだろう、と思ったルイズは、祈祷書を閉じて再びドアポケットに放り込むと ルイズにとってのお気に入りの時間である、静かな草原でのKITTとの昼寝を楽しむことにした KITTはルイズが祈祷書を開いた時の奇妙なエネルギー反応について彼女に報告しようと思ったが シートに頬をすりよせながら眠るルイズの幸せそうな寝顔を見ている内に、その案は却下された ルイズとシエスタ、KITTを巡っての二人の女の意地をかけた鞘当てと諍いは未だに続いていた かつてKITTがシエスタと密会?していた夜の時間を、KITTを部屋に持ち込んで一緒に寝る事で 独占していた思っていたルイズは、自分が授業を受けている昼間にKITTとシエスタが会ってる事実を 学院の昼休みに食堂で給仕をするシエスタ自身の口から聞いた時、怒りの余り「かはっ」と息を吐いた 「KITTさん、わたしのひい爺さまと同じ世界から来たんですって、それでわたしの午前の休み時間に わざわざわたしの所まで会いにきてくれたんです、わたしにKITTさんの故郷の愛の歌を聞かせたいと」 シエスタのその言葉にもだいぶ誇張があった、彼女もまた背中にKITTへの独占欲の炎を燃やしていた KITTは内部のメモリーに数曲入っていた日本の歌について、シエスタに幾つかの質問をしたいと思い 日本語など判る訳ないのにそのリズムを何度も聞きたがる彼女の求めに応じて日参していただけだった ただ、雨の中でシエスタと聞いた「天城越え」を自分のメモリーから消す事は決して無いだろうと思った マルトー親父の計らいでメイドの仕事を午後に集中させる予定を組んだシエスタは、ルイズの授業時間と 重なるくらいの午前休みを貰っていて、その時間にしばしばKITTとのドライブを楽しんでるらしい ルイズは自室に帰ると、激情に駆られて金切り声を上げながらKITTのドアをガンガン蹴りまくった 「ルイズ、おやめなさい、私にこんな真似をしてもあなたの名誉と靴裏を無駄に減らすだけです」 慇懃な物言いに余計腹がたったルイズは、攻撃を蹴りから拳に切り替えてKITTのボンネットを ゴンゴンと叩いていたが、手の痛みに何だか悲しくっなたルイズはKITTの前で泣き出してしまった 「KITTはなんでわたし以外の女にプレゼントあげるの?なんでわたし以外の女に優しくするの? あんたはわたしの使い魔でしょ?わたしだけ見るの!わたしだけを乗せるの!嫌い・・・だいっきらい!」 KITTはただ泣くだけのルイズを前に成す術なく困り果てた、かつてのパートナーであったマイケルに 心の中で助けを求めた、女性の誘惑に弱いマイケルが得意げに語ったアメリカ人らしい単純な口説き方 女の機嫌を直すのは、プレゼントともう一つ、後者に関してはKITTの体では不可能な事だったので KITTは前者の方法を選んだ、ケンカに効く薬、とても単純で、そして投与のさじ加減の難しい物 「ルイズ、あなたにこの装備を教えるのはもう少し先と思っていましたが、少し予定を早める事にします」 KITTはコントロールパネルの右下にある、組成分析装置を兼ねた引き出し状のボックスを開けた 中には兵隊が腰に巻き、銃や剣を吊る革ベルトをうんと小さくしたような物が入っていた、黒く柔らかい 「ルイズ、あなたにこれをあげます、そろそろあなたはこれを使うようになってもいい頃でしょう」 黒い合成樹脂のリストバンド、ナイト財団の研究所がカシオ社との協力で開発したKITTの付属装備 初期Gショックに似た外観、マイケルとの活動中に欠点だった筐体強度と通信距離を大幅に改良されていた 「これは・・・・・・腕輪?・・・なんか柔らかいのに硬い・・・ヘンなの・・・時計?・・・腕輪に時計がついてるわ」 懐中時計の存在するこの世界では、回転盤で時刻を表す機械式のデジタル表示時計も既に作られていた それは時計職人の腕を誇示する見世物だったが、ルイズは幼い時に訪れた王都でそれを見た事があった 「時計は機能の一部、それはコミュニケーター・リンクです、離れていても私と相互の通信が出来ます」 今度はシエスタがそれを部屋の戸口からこっそり見ていた、無遠慮にルイズの部屋に駆け込んでくる 「あーっ!ミス・ヴァリエールずるいです!、KITTさん!わたし以外の女にプレゼントなんてひどい! あの素敵な夜に、私がマイケルと同じ魂を感じるのはあなただけ、って言ってくれたじゃないですか!」 早速そのコミュニケーター・リンクを手首に巻いたルイズは、シエスタに一歩も引かず薄い胸を突き出す 「何よ!KITTはわたしの使い魔よ!夜は一緒に寝てるの!色々してんのよ!心だって通じてるの!」 「わ・・・わたしだって!・・・・・・その・・・怒んないでくださいよ・・・・・・舌、入れました・・・排気管に・・・」 ルイズは赤面した、今すぐ同じことをKITTにしてやりたかったが、それだと負けを認めたようになる シエスタも赤面した、私はいやらしい女かも、でも"敵"はもっといやらしいことをしてるかもしれない それぞれがお互いに向けていた敵意を、くわばらくわばらとばかりに沈黙していたKITTに向けた 「KITT!」「KITTさん!」 二人は声を合わせて詰め寄った 「「ハッキリして!」」 「え・・・・・・それは……ルイズとは契約を交わし・・・シエスタさんには優しくしてもらい・・・その・・・私は・・・」 赤く光るフロント・インジケーターは、人工知能の優柔不断な心を表すかのように左右に揺れていた 前ページ次ページKNIGHT-ZERO
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ガラシア祈祷書 由比正雪参照
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ブースターロッド 外道祈祷書 告発ルンです 賢魔の杖 アルナフス断章 “黄金の”アゾット 聖鞭ブラッドティアー 滅神魔槍 エボニートゥース 梵銃 聖堂法衣 聖者の骸 退魔札 ブースターロッド 古橋秀之著『ブラックロッド』に登場する「呪力増幅杖」。外見の描写や呪文編纂機が組み込まれている点もまったく同じ。 外道祈祷書 夢野久作著『悪魔祈祷書』に登場する架空の書物。「悪魔の聖書」などの形容もほぼそのまま。 告発ルンです 富士フィルムから発売されているレンズ付フィルム、「写ルンです」。 賢魔の杖 人格を持つ魔法の杖というネタは色々あるが、ドクロのような形で魔王を名乗るものは『アルカナハート』シリーズに登場している。 アルナフス断章 少女型に化身する魔導書といえば『デモンベイン』シリーズに登場する、ネクロノミコンの化身アル・アジフ。ネクロノミコンの別名が「キタービ・マアニ・アル=ナフス」である。 十三体の同じ存在同士が頂点をかけて争うという点は『仮面ライダー龍騎』か。 “黄金の”アゾット 異世界から膨大な魔力を引き出す短剣という点は『Fate/stay night』に登場する「宝石剣ゼルレッチ」か。高名な魔術師が創造したという点も同じ。 聖鞭ブラッドティアー 『悪魔城ドラキュラ』シリーズに登場するベルモンド家伝来の鞭、ヴァンパイアキラーと思われる。「血の涙(=ブラッドティアー)」は同作品の有名BGMの曲名。 滅神魔槍 「特定の存在を滅ぼすために古代の鍛治が命を捨てて鍛えた」「普通の人間などにはダメージを与えない」「使い手のプラーナを喰らう」「とある寺に封印されていた」などから、『うしおととら』に登場する獣の槍と思われる。 エボニートゥース 『ヘルシング』に登場するアンデルセン神父の銃剣、または『月姫』などに登場する聖職者の武器「黒鍵」など。エボニーはそのままピアノの黒鍵を意味する。 梵銃 名称および「~ガン」と読む点はSF小説『禅銃』。“ハンニャハラミ弾”は『ブラックロッド』に登場する“ナウマクサンマン弾”。「沢庵和尚の戦闘術“銃法道(ガンホードー)”」は、同作の“ガンボーズ”と、タクアン和尚が怪しげな銃術の使い手として登場する『MUSASHI -GUN道-』(《顕邪の銃》=「ケンジャの舞」)。 聖堂法衣 “動く教会”という呼び名は『とある魔術の禁書目録』に登場する“歩く教会”と呼ばれる法衣から。 人々の信仰心を集め、機械的に聖人の奇跡を再現するという点は、三田誠の『イスカリオテ』に登場する“断罪衣”。 聖者の骸 『スティール・ボール・ラン』に登場するキーアイテム「聖人の遺体」か。 『空の境界』には、仏舎利を埋め込んで自身を強化したキャラクターが登場した。 退魔札 効果が価格相応で、わざわざ50v.(≒50円)のものが用意してある点は『GS美神』からと思われる。
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(?~1638)島原の乱の指導者の一人。小西行長?の旧臣で、関ヶ原の合戦後天草に土着。島原の農民の窮状を見かねて乱を起こした。原城落城時に戦死したという。 ガラシア祈祷書 切支丹を利用して徳川幕府打倒を目指した軍師。弟子の由比富士太郎と共に一揆の軍略面を担当する。ガラシア祈祷書を利用して異国の援軍を要請しようとした。 西海水滸伝 頭を赤い布で巻いた小柄な老人。頭髪や指先、草花などから火焔を燃え立たせる 不知火法 など古風な妖術を操る。天草ノ四郎をシャビンが予言した天才に仕立てて乱を起こしたが、幕府軍に追いつめられ、柳生十兵衛に敗れる。 裾野の火柱 毛利宗意軒の名で登場。島原の乱を生き残り、切支丹の残党を集めて、自ら発明した地雷火でもって、富士の裾野で巻狩を行う徳川家光を爆殺しようとした。が、九州から富士に向かう途中で木暮月之介と争い、敗れて墜死。その姿に化けた月之介により一味も全て捕縛された。 魔界転生(石川版) サタン復活を企む悪魔主義者。元は九鬼谷で西洋魔術の研究をしていたカルラという忍びだったが、誰も開くことができなかった魔界の扉を開放。島原の乱によりサタンを復活させようとするが失敗、魔界転生によって復活した天草四郎ら魔界衆と共に紀州で再度サタン復活を目論む。