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登録日:2021/03/19 Fri 00 33 07 更新日:2024/03/17 Sun 13 28 11NEW! 所要時間:約 11 分で読めます ▽タグ一覧 101系 JNR JR JR東日本 JR西日本 すべてはここから始まった 中央線 伝説の始まり 国鉄 国電のアタリマエを見直す 大阪環状線 日本国有鉄道 熱暴走 鉄道車両 電車 鶴見線 101系直流通勤型電車とは、国鉄が開発した通勤型電車である。 ▽目次 概要 導入の経緯 仕様 実戦投入、そして 去就改造車 譲渡 総評 概要 1950年代に開発された、旧国鉄初の新性能電車。 それまでのいわゆる旧型国電からのフルモデルチェンジというだけでなく、現代のJRの車両にまで影響を与えているある種のターニングポイントといえる電車である。 車体は鋼製20m4ドア、前面は切妻構造。 座席は7人がけのロングシートと、この時点で既に日本のステレオタイプな通勤型電車の姿が確立されているという点で、この車両の影響力が垣間見えるだろう。 驚くべきは、この仕様はよほど特殊な条件でない限り、E235系や321系などのJR時代の車両にすら引き継がれていることである。 導入の経緯 戦争が終わり、国内の復興が進むと鉄道各社は急激に増大する輸送量に悩まされることとなる。 1953年以降、大手私鉄各社は旧来の吊り掛け駆動をやめカルダン駆動を採用した高性能通勤電車を開発・投入し、輸送力の改善に成果を上げていた。 当然、国鉄もいつかは私鉄のように「高性能な新型車両による輸送改善」をしなければならない。 だが、一部地域のみのネットワークで済むが故に身軽に動ける私鉄と違い、国鉄は離島以外は全国ネットワークである。電化されている路線だけでなく、そもそも架線がないから蒸気機関車が主役張ってた路線もある。 電化された路線だって、直流と交流の2種類がある。しかも交流なら東は50Hz、西は60Hzだ。周波数が変われば交流回路、例えば変圧器の仕様も変えなくてはならなくなる。 仕様の違う車両を設計するというのはそれだけ手間と金がかかるのである。 それに保有する蒸気機関車もいつかは気動車に交代させなければいけないだろう。 動力車だけではない。電車じゃ採算が厳しい路線なら、機関車で客車を牽引した方が安上がりになる。でも旧態依然の重い車両ではなくこいつらも新世代の軽量客車に置き換えなければいけないだろう。古い車両はメンテが大変だし、お客さんからのイメージも悪い。 つまり国鉄は気動車やディーゼル機関車も客車も作らなくてはいけない。 長々書いてしまったが、とにかく国鉄という組織の場合、古い車両をどうにかしろ→はい、カルダン駆動の最新モデル!というわけにはいかないのだ。あっちもこっちも面倒見なくてはいけないのだから。 東京や大阪は最新型電車なのに、俺達の地元はボロい汽車ポッポかよ!なんて言われるわけには行かない。何しろ国民から頂いた税金で運営しているという側面もあるのだから。 そんなわけで、私鉄ではカルダン駆動車絶賛増殖中の時代でも、国鉄は72系筆頭の旧型国電で頑張っていた。昭和で30年代でも戦時設計の63系ベース(*1)の72系を新しく作ってたりもした。 だが繰り返すが、72系は元はと言えば戦時設計の63系を再設計したに過ぎない電車だ。もう戦争は終わって平和な時代だ。 単純に古くてイメージも悪いし、何より性能的には起動加速度は1.6、最高速度は95km/h。起動加速度1.6なんて、最高速全振りの特急型や新幹線と同じくらいの加速力だ。しかも応荷重装置、つまり乗客の量に合わせて性能を調整する機能なんてないから、すし詰め状態で重くなれば加速度は更に落ちる。 加速が鈍ければ運転間隔を詰められない。旧型国電では性能面でも限界に達している。 いや、もう既にその時は訪れているのだ。遅延もラッシュも酷すぎる。 そして、遂に国鉄は動いた。 1955年末、遂に今までの国鉄型の常識を覆す、いや、国電のアタリマエを見直す新世代の通勤電車の開発に着手した。 そして、どうせ新世代の電車を開発するならもう一つやってやろう。 こいつのシステムを新しい「国鉄標準」として、中距離も特急も全部電車化してやる。そうすれば、今蒸気機関車に使っている優良な石炭をその他の産業にも回すことができて、産業の改善にも役立つだろう。 そして、国鉄は各メーカーに以下の仕様で試作車の構想を要求した。 全電動車編成、2両1セットのユニット方式 主電動機は出力100kW、高速回転で軽量小型なもの。電圧375V(*2)。中空軸平行カルダン駆動。 起動加速度3.2、減速度4.0。乗客の増減に関わらず一定の加減速度を保つ応荷重制御(積空制御)搭載。 ブレーキは電制・空気ブレーキ併用。 車体、台車、装備品の全てにおいて軽量化を行う。 自動空気ブレーキ以外では、旧型車との併結は考えない。 旧型車との後方互換は考えない、徹底的な軽量化、軽量高速回転のモーター、それにより在来車の倍の性能。まさに国鉄型のアタリマエを見直した、新世代の電車である。 もちろん国鉄の意地とか、プライドとか、見栄でこんなに刷新をしたのではない。 ちゃんと理由がある。 まず、加速度を高く取れば運転間隔を詰められる。ガンガン増発して有り余る乗客を捌ける。単純にスピードアップにもなる。 車体を軽くすれば省エネになるし、レールに与えるダメージが少なくなるので軌道保守も楽になる。 車体設計も抜本的に見直して、メンテナンスを簡単にする設計にできるし、定期検査の間隔を長くもできる。 定期検査の間隔を長く取れれば、検査中に代走する予備車の数も減らせる。 そして、将来的に特急を電車化することを考えれば、そのための「習作」としてこのような新世代の車両を設計することは必要になるだろう。古事記、もとい国鉄の101系(当時は90系)のマニュアルにもそう書いてある。 仕様 電気方式 直流1500V 制御方式 抵抗制御 主電動機 MT46直流直巻電動機 出力100kW 駆動方式 中空軸平行カルダン 歯車比 15:84=1:5.6 起動加速度 3.2km/h/s(全電動車編成)~2.0km/h/s(8M2T以下) 国鉄型のアタリマエを見直すと言ってもいい101系だが、実は「20m4ドア」の仕様は72系の全金属試作車の構造を引き継いたものである。 72系の前面を見れば、101系、そしてその弟の103系にあの仕様が引き継がれているのは、薄々でもわかるだろう。 車体はセミモノコック構造、前面が切妻で窓3枚、おでこにヘッドライトという構成も、まさに72系である。 しかし、ドアは両開き型で幅1.3m、窓は二段窓になるなど、72系からだいぶ刷新された面も多い。 通風器は試作機が80系と同じ押し込み型通風器、量産機は丸いグローブ型ベンチレーター。西武線ユーザーにもグロベンはおなじみの通風器だろう。 見えない部分で見直された「アタリマエ」で特筆すべきは、車体の剛性だろう。 何しろ軽量化のために、車体剛性は72系のおよそ3/4にまで割り切ってある。 頑丈な車体はそれだけ重いのだ、なら剛性も限界まで割り切ろう。 ちなみにこれでもまだまだ「頑丈」な部類である。E231系の車体の倍以上なのだから。いや、設計技術が進歩して、101系の半分以下の剛性でも問題なく使える車体を作れるようになったとも言える。101系ですら十分すぎる程の画期的な車両だったのだ。 内装も72系の延長線にあり、7人がけロングシートや薄緑色の化粧板などで簡素にまとめたもの。 当時としては大きな窓と蛍光灯の採用により、車内は明るいものとなった。 台車は電動車が新開発のDT21、付随車がその無動力版のTR46。 鋼板プレスで作った部品を溶接することにより作られた、軽量な台車である。 当時はすでに空気バネの技術が確立されていた上に、乗客=荷重の変動の大きな通勤型電車に対しては、圧力調整だけでラッシュにも閑散時にも対応できる空気バネはむしろ有利とすら言えたのだが、コスト低減のために敢えてコイルバネ台車を採用。 軸箱支持は軸バネ式の延長線であるウイングバネ式。シュリーレン方式みたいに海外企業にライセンス料を払う必要はないからどのメーカーでも作れるし、構造が単純で信頼性も抜群。 主電動機は東洋電機製造が設計したMT46。電圧375V・出力100kWの直流直巻電動機。 重さは72系のMT40のわずか1/3、それでいて回転数は遥かに高い。まさに次世代のモーターだ。 主制御器は新型のCS12A。平成前期まで製造が続けられた名機だ。 ブレーキは電磁直通ブレーキのSELD。小田急電鉄を筆頭に私鉄で使われていた、HSC-Dとほぼ同じ構造。 またブレーキレバーの角度によってブレーキ力を制御できる「セルフラップ方式」も採用。 ブレーキまでATみたいなものになったと思えばいい。 72系に影響されている部分も多いとは言え、それまでの常識の各所が見直された「新世代の国鉄型第一号」。 それが101系である。 101系という数字そのものも、まさにその期待を背負わされていたと見ることもできそうだ。 実戦投入、そして 10両編成の試作機1本が1957年に登場し、営業運転を開始したが、すぐに消費電力の多さが問題視された。 何しろ100kWが一両4個で400kW、全部合わせれば4000kWである。 超高出力で下手すれば210km/hくらい出るらしいと有名な、東武のスペーシアだって3600kWである。 国鉄電機きってのハイパワーマシン・EF66の3900kWをも上回る。 しかもこれは「出力」の話、消費電力に至っては明らかにそれ以上なのだ。 検証したら、応荷重装置ONで加速度3.2を実現した場合、10両ではピーク時に5600Aもの電流を要することが判明。 5600Aなんて無茶苦茶な電流が流れれば、当然架線だって熱くなる。熱くなったら最悪溶けたり焼き切れたりする。しかもこの電流を要求する電車が数分間隔で走り回った日には…。 そういうわけで、泣く泣くモーターなしの付随車を組み込み、加速度も2.0に制限して使うことになった。 2.0でも旧型国電よりは加速が良い、多少の時間短縮はできる。 ただ、そうすると今度は別の問題も出てきた。 もう一つの問題は、MT46というモーターの熱容量が小さいことである。 たぶんレイヴン諸兄ならうすうすでもどういうことか理解できてるであろう、要するに熱暴走である。 …但しACではなく電車の場合、最悪火災になりかねないという致命的な要素でもあるのだが。 上述の通り、使用電力を抑えるなどの面で付随車、つまりモーターのない車両を組み込めば、当然その「無動力車」の分の負荷がモーターに掛かることとなる。そこで負荷がかかれば温度上昇で最悪、火災である。そうでなくてもモーターが焼ききれて動けなくなるかもしれない。 実際、本項目の作成者は某ホームセンターのプライベートブランド品である安いディスクグラインダーを使っていた際に、モーターが過負荷で焼き切れて使用不能になるという事故を2、3回起こしたことがある。モーターに対して熱というのはそれだけ厄介な要素だ。 計算したら、MT1:1ではモーターへの負荷が大きすぎてそもそも運転すらできないかもしれないなんて結果まで出ていた。 ただ、元々全電動車で使うのが前提の設計だったのを、電気を食いすぎるという点で動力車の比率を下げる=モーター一つへの負担を大きくするという変更があった以上、こうなるのは避けられなかったともいえそうだが。 では、MT46が本当にどうしようもない失敗作だったのかと言えば、そうとは言えない。 通勤電車という、電車の中でも最も過酷な使い方をされる用途に使い、さらに当初の予定から大幅に変更して負担を大きくしてしまったのが問題だっただけである。 同じMT46を搭載した特急型の151系は、東京と大阪を6時間半で結び、さらに163km/hの大記録も打ち立てているし、これもMT46を使用した111系も、各線区で客車列車の置き換えを行っていた。ただ、熱容量の問題は残っていたが、一部の動力車をカット、つまり使用停止にするという荒業で乗り切っていたとも言われる。そもそも中長距離の電車なら、そこまで加速度=負荷は必要ないからね。 …とは言え、電力消費とモーターの熱容量という2つの爆弾を抱えていたのには変わりなく、「設備増強をせずに使え、またコストも安い改善版」として、かの名車103系が設計されることとなった。 去就 そんな多くの問題を抱えながらも、作ったからには使う必要がある。 まず6両編成で環状線、7両編成で山手線に投入することとなった。 このうち電動車は4両しかなく、特に山手線の4:3の比率は運転性能を確保するだけでギリギリであった。 これらはあくまでつなぎではあったが、山手線のようなストップ&ゴーの多い路線では旧型国電より加速性能が良いにもかかわらず、電磁直通ブレーキを使えないため所要時間で劣るという、より散々な結果となってしまった。 だがそれでも、互換性のない旧型車の淘汰や問題点を解消した後継103系の量産までこちらを増備し使い続けざるを得なかった。 その結果大量に作りすぎてしまった上に、電力の関係から多くが101系に適さない環境で使われ続けることとなった。 中央線や総武線では10両編成が組まれたが、これも電動車が6両しかなくまたもギリギリであった。余剰電力がないため冷房を載せることもできなかった。 ようやく103系が量産されるとまず山手線に投入され、こちらはとっとと転出することとなった。 その後は103系と混結されたり埼京線や京浜東北線など地方へと転出されていったが、103系がガンガン増備される中で中央快速を担当する201系が登場すると一気に淘汰されていくことになる。 しかし101系はただ廃車されるだけには終わらなかった。 改造車 国鉄の経営状態が悪化したため、まだ使えるものを廃車に捨てるのはもったいないということになってきた。 そこで101系の一部は、改造を受けて生まれ変わることになったのである。 101系1000番台 武蔵野線用に改造された101系。武蔵野線は線内に全長が1kmを超えるトンネルを複数抱えており、万が一トンネル内を走行中に火災が発生すると大惨事を招きかねない。 そのため中央・総武線で活躍していた101系のうち、初期車を対象に難燃化改造や列車無線の搭載などを行って1000番台となった。 製造の古い車両が殆どだったために早くに姿を消したが、2両が秩父鉄道へ譲渡されて2009年まで活躍していた。 103系 混結も可能で車体もよく似てるので、先頭車や中間車が103系に編入された。 103系そのものも淘汰されてしまい、改造車は全車引退済み。 牽引車・救援車(クモヤ145) 旧型なのは旅客車両だけではない、事業用車両もである。そこで101系を新型事業用車に改造して置き換えることとなった。 MT46は編成が長いから問題なのであって、1両や2両なら問題ない。回送であればストップ&ゴーをすることなく快走できる。 そんなわけで自走できない車両の牽引や、救援用の機器、資機材を載せられる車両に改造。 車体は当時首都圏のATC線区に新造配備されていたクモヤ143に準じたものとなり、廉価版143系として各地の電車区に配備された。 MT46は据え置かれているが、のちにMT54Aへ交換されている。 一部は廃車されたものの、JR西日本ではいまだ現役。 配給車(クモル145) 編成が長いから(ry そんなわけで機材などを配給するため電動機や台車を流用し、1両電動1両付随の2両編成として17mの車体を新造。車体の大部分は屋根が取り払われたような軽トラみたいな構造になり、電動機などの重い荷物を運べるように生まれ変わった。 前面は101系と103系の高運転台を混ぜたような、101系の顔なんだけどビミョーに違う独特の顔つきとなった。 言葉では伝わりにくいが写真を見れば筆者の言いたいことが100%伝わると思うので是非画像検索をお願いしたい。 肝心の配給輸送がトラック輸送に置き換わってしまい平成以降は廃車が進行。 JR西日本では一部の車両でMT46を別の電動機に載せ替え、なんとか現役を続けていたが、2021年に引退となった。 郵便・荷物車(クモユニ147) 編成が(ry そんなわけで郵便・小荷物を運ぶため電動機や台車を流用し、両運転台の1両編成の車体を新造した。 今では乗降に加え更に時間がかかるためTGVですらやらなくなってしまったが、昔は日本でも鉄道に郵便などの宅配物を運ぶ車両もあったのである。 だが「昔は」というように、効率が悪いので廃止が進み、国鉄分割民営化直前に全廃(*3)。 でも両運転台で1両編成なら、電化されたローカル線にピッタリだよなあ… 123系40番台 ということで、旅客車両へ再改造。 123系は全て使わなくなって余った事業用車を再利用しており、ベース車両によって形式も違う。 身延線で運用されていたが、寄る年波には勝てず引退。ただ、123系の別形式は未だJR西日本で現役。物持ち良すぎない? 大井工場(現:東京総合車両センター)構内入れ換え車両 旧型なのは車両工場の入れ換え用車両もである。 従来の入換車と長さを合わせるために車体を3m切り詰めて17m級の2両編成になった。 「たんぽぽ」の愛称があったが、こちらも引退済み。 シーサイドライナーヨコスカ とか思いついて逗子~久里浜間専用の2両編成にしようと塗装とかしたんだけどさあ、結局車両工場の入れ換え用にしか使わなかったんだよね。 今?もちろん引退してる。 譲渡 もったいないと思うのは私鉄もである。 国鉄末期から民営化直後にかけて、秩父鉄道に3両編成×12本が譲渡され1000系として運用された。同社独自のカラーリングをまとっていたが、大宮の鉄道博物館オープンを記念して オレンジバーミリオン(林家たい平中央快速線) スカイブルー(京浜東北線) カナリアイエロー(山手線→総武緩行線) ウグイス(関西線) のリバイバルカラーが登場し、鉄オタ大歓喜であった。 更には 秩父鉄道旧標準色(黄色に黒帯) 秩父鉄道100形塗装(ベージュに茶色) という自社のリバイバル色まで登場し、在籍車両の半数がリバイバルカラーとなった。 さすがに老朽化が進み、今では元東急8500・8090系によって置き換えられ引退済み。 車両丸ごとの譲渡は秩父鉄道のみに留まったが、部品単位であれば豊橋鉄道と福井鉄道への売却事例がある他、愛知環状鉄道が開業時に用意した電車も製造コスト削減のために101系の廃車部品を利用している。 なお豊橋鉄道で使われていた部品は豊橋で不要になった後、福井鉄道と京福電気鉄道福井支社(現在のえちぜん鉄道)に再譲渡されている。 総評 …とまあ、まるで101系が失敗作だったかのように書いてしまったが、101系がそれまでの国鉄型の常識を覆した存在であるのも事実である。 それまでの「重くて、低速回転」なモーターから「軽くて、高速回転」なモーターに移行したのを筆頭に、国鉄型のそれまでの常識を徹底的に刷新した。 電力消費も、考えてみれば10両編成という私鉄では殆ど見ない長編成の電車の全部にモーターをつけるという、考えようによっては無茶苦茶なことをやれば、「まあ、そうなるな…」とも言えるし、 熱容量だって元々は全部モーター付きでやるのが前提だったのを、急遽モーターなしの車両を組み込んだのが発端、つまり想定外の使い方をされて無理がたたった結果とも言える。 問題を抱えていると言われたものの、何だかんだで1500両以上が作られた、国鉄のトップ5入りを果たした車両でもある。本当にどうしようもない電車であれば、国鉄もいい加減見切りを付けて次の車両を作っているだろう。 性能的にも、高速試験で135km/hを叩き出しており、しかもその時の評価は「130km/h以上でも揺れない、快適な車両」というものだったそうだ。 何より、101系の打ち立てた理念は、その後の103系や、MT46の後継であるMT54を採用した車両、ひいては0系新幹線にまで続くことなっている。 全面刷新の第一号は、それなりの問題点も出るのが常なのである。その問題点を改善という形で未来につなげた101系は、国鉄の礎であることに間違いはないはずだ。 電車のアタリマエを見直しながら追記修正をお願いします。 △メニュー 項目変更 この項目が面白かったなら……\ポチッと/ -アニヲタWiki- ▷ コメント欄 [部分編集] 通勤車両で全電動車とかそっちのが特急並だわ -- 名無しさん (2021-03-19 00 48 42) 戦車に例えるなら、101系→3号戦車 103系→4号戦車 201系→パンター 205系→M4A3E8 といったところか。 -- 名無しさん (2021-03-19 08 14 44) 名前 コメント
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登録日:2020/04/09 Thu 22 01 04 更新日:2024/04/08 Mon 10 56 20NEW! 所要時間:約 7 分で読めます ▽タグ一覧 E991系 JR東日本 TRY-Z ギャラクシーフォース←ではない ヒカリアン 中央東線 中央線 宇宙特急TRY-Z 常磐線 日産 東日本旅客鉄道 異形 試作機 試作車 謎 鉄道 鉄道車両 電車 西暦2000年という年、そして21世紀という時代が、漫画やアニメや映画に小説の舞台の未来世界ではなく、現実のものとして近づきつつある1994年、 常磐線に、よくわからないけどなんかスゲエ奴がやってきた。 よくわからないけど、とにかくそいつが「ヤバい」こと、ただそれだけは、 当時ガキだった本項目の作成者でも見ただけでひしひしと感じられた。 電車の車体と言ったら四角い断面が普通のはず、だがヤツのボディは後の500系新幹線宜しく円筒形。 その側面に小さな窓が並ぶ姿は、在来線というより新幹線や飛行機のそれを思わせる。 パンタグラフは菱形が当たり前の当時、異彩を放っていた「く」の字型のシングルアームパンタグラフ。 何より前後で形状の違う「顔」。 片方の先頭車は、鳥の嘴を思わせる形と塗り分けの、三次元曲面で構成された流線型。 運転台の下には、スーパーあずさやスーパービュー踊り子のような「三つ目」のヘッドライト。 そして反対側の先頭車は… 犬の鼻のように突き出た「鼻先」の上に、左右非対称の位置に設けられた運転台。 その形状は電車の運転席というより、戦闘機のコクピットを思わせる。 今ある電車の常識がことごとく通用しない、斬新というよりむしろ「異形」と表現するのが相応しいであろうその外見。 実際、後年に動画サイトなどに投稿された映像には、「カッコいい」だけでなく「怖い」とか「不気味」というコメントも少なからず付いている。 何より筆者も、最初にヤツの姿を見たときは、恐怖を感じた。 メタリックで無機質、メカニックなカッコよさなら、ステンレスむき出しの東急や南海の電車があるかもしれない。 単純に速そうでカッコいいなら、500系新幹線。 無骨な鉄の塊の国鉄型も、赤やマルーンで統一されたシックな京急や阪急の電車も、それぞれ違ったカッコよさがある。 12連や15連を組んで、120キロや130キロで爆走してくる新快速やE231系の迫力に圧倒されるというのもあるかもしれない。 常識を蹴飛ばしたデザインというなら、鉄人28号呼ばわりされる南海ラピートとか、くちびるのある変なやつ、リゾートサルーン・フェスタというのもある。 だが、アイツは… カッコいいとか、斬新とか、そんな感想を、速度種別S5であっさりと置き去りにしていった。 そうなれば、人間はむしろ本能的に恐怖を感じるのかもしれない。 ヤツの名は、「TRY-Z」。 正式名称「E991系交直流試験電車」。 仕様 編成 2M1T 3両 車体 アルミニウム合金製(各車両で異なる構造を採用) 制御方式 VVVFインバータ(新設計のインバータを使用) 主電動機 MT927(クモヤE991)/MT928(クモヤE990) どちらも定格120kW 歯車比 1:4.82(クモヤE991)/1:4.84(クモヤE990) 駆動方式 軽量カルダン駆動 最高運転速度 200km/h 速度種別 S5 備考 3両でそれぞれ違う車体傾斜装置を搭載 ヤツに関する情報で、公開されているものは鉄道車両としてはあまり多くない。 故に、詳細はかなり不明瞭な点も多い。上記のスペックもあちこち漁ってやっとまとめたようなものだ。 でも、これだけでも鉄ちゃんなら「こいつ、なんかおかしい」とか「ヤバいやつ」と、薄々でも感じ取れるはずである。 特に速度種別、この「S5」という数値は明らかに在来線電車のそれではない。 どういうものかといえば、「10パーミルの上り勾配で205km/hまで加速できる」という性能ということだ。 在来線最強候補と言われる789系の青函トンネル時代すら、A75(上り10パーミルで175km/h)。 0系新幹線のA96すら上回っているのだ。 定加速領域、つまり起動加速度を維持できる上限の速度は、120km/h前後とされている。 京成スカイライナーや、東武のモンスターマシン・スペーシアが100km/h程度ということを考えれば、これもおかしい数字だ。 最高運転速度に関しても、ヤツのヤバさは現れている。 在来線で実際に160km/h運転を行っている(いた)681・683系や、京成スカイライナーですら設計最高速度は170km/h。 ヤツらが設計上保証された速度を30km/hも上回っている。 この高速性能を支える台車も異常なまでの安定性を有しており、 機材を使ってのテストでは360km/hでも安定した走行が可能なことが確認されていたという。 FASTECHや、ALFA-Xに匹敵する速度でも安定性が確認されたというのだ。 一応、蛇足としては、当時は…というか、国鉄時代から在来線の高速化のための速度向上試験は活発に行われており、TRY-Zだけが特殊というわけではない。 TRY-Z以外でも、JR東日本は初代成田エクスプレスの253系を使い、埼京線で160km/h走行テストを行っていたと言われる。ちなみにこの試験は、スピードアップではなく試作したレールブレーキのテストが目的であり、253系を使った理由は「160km/hまで加速できる性能を十分有しているから」という、割とトチ狂った理由だったらしい。 JR東日本以外でも、JR北海道は津軽海峡線(青函トンネル)において485系で、 JR西日本は湖西線において221系で、 JR四国も同じく湖西線において8000系で、160km/h走行試験を行っている。 さらに遡れば、新幹線のためのデータ採取用とはいえ、旧型国電を改造したクモヤ93という奴が175km/hの速度記録を達成したこともある。 試運転だけでなく、幾つかの営業用車両でも130km/h以上での営業運転を念頭に置いた設計がなされている。 著名な例ではJR西日本の681系・683系が挙げられるだろう。 その他にも、JR東日本の651系やE351系、JR西日本のキハ187系、JR四国の8000系、智頭急行のHOT7000系なども160km/h運転を視野に入れた設計がなされており、 JR北海道のキハ281系・283系は145km/h運転も可能な設計、JR東日本のE653系・E751系・E257系は140km/h運転にも耐えられる設計とされている。 E991系には、カーブで車体を傾けて高速で通過できるようにする、車体傾斜装置が搭載されている。 バイク好きの方なら、カーブで車体を傾けて曲がるようなものだと思えばいいだろう。 しかし、ヤツが使用している車体傾斜装置は、日本国内では一般的な「振り子式」ではない。 油圧や、空気バネの圧力を変えて、強制的に車体を傾斜させるものである。 振り子式は飽くまで「カーブでかかる遠心力で車体を傾ける」に過ぎず、どうしても振り遅れが生じる。 しかし、動力で傾けるなら、車体を予め傾けることが可能となり、さらなる高速化も可能となる。 実際、目標としては曲線通過速度を本則+45km/h、つまり本来の制限速度を45km/h上回ることを掲げていた。 例えば、60km/h制限のカーブなら、105km/hでクリアするということだ。 ブレーキに至っては、新幹線で使うような車輪ディスクブレーキに加え、 渦電流レールブレーキも装備。 車輪にブレーキを掛けるのではなく、レール自体にブレーキを掛けるため、従来のブレーキよりも遥かに強力な制動力を発揮できる。 …つまり、「160km/h、或いはそれ以上の速度から600m以内で急停止可能」を実現し、踏切区間での160km/h運転すら考慮していたことを意味しているのだ。 221系や381系などの高速試験用編成が強化人間、 クモヤ93が高速化のために魔改造を受けたサイボーグだとすれば、 TRY-Zは高速化のためだけに生を受けた、いわば生体兵器とでもいうべき存在である。 余談であるが、交直流機器は中間車に集中搭載されていたが、その大部分は室内に床置きされていたそうだ。 また、車両のデザインは日産自動車の関係者が手掛けたものらしい。鉄道界の悪魔のZというところだろうか。 経歴 1994年にロールアウトした後、基本性能の確認を行う傍ら、わざと歪ませた線路を高速で通過するなどの試験も行われていた。 同年12月、常磐線交流区間で160km/h、翌1995年1月と2月に直流区間で170km/hの高速試験を実施。なお、この時点では実は車体傾斜装置は未搭載だったが、それにも関わらずカーブを本則+45km/hで通過していたと言われている。 その後信頼性の確認のために走り込みを行った後、1998年に中央東線で曲線通過速度の向上試験を実施。 中央東線での試験を終えた後、常磐線に戻りいくつかの試験を行った後、1999年3月に除籍され、解体された。 除籍後の動向に付いては「衝突試験を行って廃車となった」と噂されていたようだが、実際のところは衝突試験ではなく通常通りの解体作業が行われたとも言われており、不明瞭である。 …結局、高速試験では170km/h止まりだったか。そう思っていた。 1998年までは。 1998年にJR東日本がリリースした公式資料に、さり気なく書いてあった「速度向上の流れ」には、 「E991系(180km/h)」 という衝撃的なデータが記載されていた。 こいつ、日本の在来線での公式記録である、湖西線での381系の179.5km/hをもこっそりと超えていたのだ。 ただ、その381系も、一部の情報筋によれば試験で180km/hを超えたこともあったとか。 TRY-Zが残したもの この異形の怪物・TRY-Zであるが、一見すると後世に残したものは殆どないように見える。 中央東線の特急「あずさ」に、E351系に続いて投入されたのは、E653系の直流専用版とも言える「普通の特急」のE257系であるし、 在来線での160km/h運転も、実現できたのははくたかや京成スカイライナーという、半ば新幹線のような特殊な路線を走る列車だけである。 だが、ヤツの足跡は何も残らなかったわけではない。 E501系以降で採用された、交直流の自動切り替えはTRY-Zで試験していたものである。 また、E653系の座席も、TRY-Zで試験されたものの発展型といわれている。 さらに、E5系新幹線や、中央東線のE351系・E257系の後継機であるE353系には、空気バネを用いた車体傾斜装置が採用されている。これは紛れもなく、TRY-Zで試験していた空気バネ式の車体傾斜装置の血脈に当たるもののはずだ。 アニオタ的には アニオタ的には、ヒカリアンでTRY-Zをモチーフとしたキャラクター、「宇宙特急トライZ」が登場したことが特筆すべき点かもしれない。 また本形式とは一切関係ないが、セガのシューティングゲーム「ギャラクシーフォース」の自機は「TRY-Z」という名称である。 ダライアスバーストCSにも参戦している。 余談 本形式の廃車後、JR東日本で教習用の機材として、209系に類似した「E991系研修用機械」というものが誕生している。 ただ、こいつは車両ではなく機材扱いなのだが。 また、燃料電池試験用の試作機として、「FV-E991系」という車両も登場している。 そして「キヤE991系」というハイブリッド気動車の試験車両もいた。 現在は「クモハE995系」という車両に改造され2020年に解体された 上り10パーミルを205km/hで駆け上がれる方は追記修正をお願いします。 △メニュー 項目変更 この項目が面白かったなら……\ポチッと/ -アニヲタWiki- ▷ コメント欄 [部分編集] 顔見て一発で思い出したわ。鉄道図鑑の特急でも通勤でも貨物でもない所に載ってるよくわかんない奴って思ってたけど、こんなモンスターマシンだったのね。 -- 名無しさん (2020-04-09 22 56 06) 北海道が頑張ってたベアリングガイド式の振り子は部品の製造ができなくなって廃れ、こちらの空気バネ式が今や主流だもんなあ。2010年代になって振り子を新造したのは四国だけだし。 -- 名無しさん (2020-04-09 23 56 34) 逆に言えばこのモンスターマシン・TRY-Zに匹敵する最高速度記録を国鉄時代に叩き出した381系も相当凄いよね… -- 名無しさん (2020-04-10 16 36 02) ギャラクシーフォースじゃなかった!w -- 名無しさん (2022-12-22 04 12 18) 名前 コメント
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登録日:2021/09/03 Fri 20 31 49 更新日:2024/01/21 Sun 07 34 32NEW! 所要時間:約 10 分で読めます ▽タグ一覧 205系 JR JR東日本 JR西日本 アーバンネットワーク インドネシア ジャボタベック ステンレス バランス型 京浜東北線 京葉線 仙石線 南武支線 南武線 名車 埼京線 宇都宮線 安価 富士急行 山手線 山陽本線 川越線 日光線 東海道線 横浜線 武蔵野線 海を越えた忘れ物 界磁添加励磁制御 量産機 鉄道 鉄道車両 阪和線 電車 鶴見線 205系直流通勤型電車とは、日本国有鉄道(国鉄)が開発した電車である。 国鉄分割民営化後もJR東日本・JR西日本が導入を進めた。 概要 103系の後継車となる省エネ仕様の通勤型電車として開発・製造された車両。 国鉄末期の1985年に登場。 103系の後継車というだけでなく、103系及びその原型といえる101系からのフルモデルチェンジとも言える形式である。 導入の経緯 国鉄の都市部での主力車両として製造・運用が行われていた101系及び103系。 シンプルで信頼性の高い車両ではあるものの、抵抗制御方式や(当時としては軽量な設計ではあったが)重量のある鋼製車体でエネルギー消費量が大きい車両であり、とりわけオイルショック以降の省エネルギーの流れにあっては少なからず問題視されていた。 何より車両の設計そのものも陳腐化している。 このため、国鉄は省エネルギーな通勤型電車として、制御方式にサイリスタチョッパ(電機子チョッパ)制御を採用した201系を開発。 回生ブレーキと併せることにより、103系よりも25%ほど電力消費を抑える車両となった。 かくして完成した201系は81年から中央線快速や中央・総武緩行線、京阪神緩行線に合わせて1000両ほど投入される。 …だが、電機子チョッパには厄介な問題があった。 とにかくコストが高いのだ。 要因は制御装置の中枢部である大容量の半導体素子。 大電力を扱える半導体は、それに比例して価格も上がる。 それも150kWのモーターを複数制御するとなれば、それ相応の大容量で高価な半導体が必要になってくる。 このことは財政難の当時の国鉄にとっては、決して無視できない問題となっていた。 そして言うまでもなく、大都市圏の通勤車両を置き換え、また増備するにはまだまだ車両が必要なのだ。 「設計を改めコストを抑えた201系も配備はしてはみたものの所詮は小手先、高価な制御方式もどうにかしなければコスト問題の解決とはならない」 そんな感じで「省エネでなおかつコストも安い次世代車」として、当時開発が進んでいた次世代近郊型車両である211系をベースとした205系が急ピッチで開発されることになった。 折しも1985年3月14日のダイヤ改正で横浜線・武蔵野線の増発が決まり、その増発用の103系をねん出するために山手線へと導入されることが決定。84年6月に導入が決まり落成は翌85年の1月という、国鉄車両では驚異的な早さでのデビューとなった。 仕様 車体は101系、およびその源流である旧型国電の63系から続く20m4ドアだが、材質は軽量設計のステンレス製となり重量が低減されている。 技術の進歩により、補強用のビード(凹凸)も減ってスッキリした外観となった。 側面窓は山手線用の初期車は201系と同じ二段窓であったが、後期車以降は下降窓となっている。理由?隣で作っていた横浜市営地下鉄の2000形が一段下降窓でかっこよかったから。 下降窓は見た目はスッキリしているが、「下におろして窓を開ける」という機構の都合上、下部に雨水が溜まることで車体の腐食(錆)の原因ともなる諸刃の剣。 実際、国鉄でも1960年代に157系や10系客車、急行形グリーン車で採用されたが、前者は廃車が早まる一因となり、後者は腐食対策で2段窓に改造された車両も存在した。 …だが205系の車体はよほどのことがない限り錆が発生しないステンレスなので心配無用なのだ。 初期に製造された車両は、ドア窓が201系と同様の小さいものが採用されている。 1988年以降に製造された車両から、103系以前と同じ一般的なサイズに戻されている。 ラインカラーは全面塗装ではなく、窓の下にラインカラーの帯を貼るという方式に変更。 この帯は塗装ではなくシールである。まあステンレスという材質は塗装不要(*1)なのだが。 前面は201系に続き、東急車輛の意匠が強めに反映されており、ブラックフェイスの切妻となっている。 灯火具配置も203系と同じく腰部に移動したことで、東急8000系列をどこか思わせるような見た目ともなっている。 制御装置は211系向けに開発されていた、界磁添加励磁制御を採用。 界磁添加励磁制御は界磁(*2)に別電源からの電流を流し込むことにより、界磁の強さを変えて速度制御を行う方法。 もう少し詳しく書くと、直流モーターは界磁を弱くすると回転数が上がるという性質がある。つまり、界磁の強さを変えることにより車両の速度を制御する事ができる。 これはいわゆる「弱め界磁制御」というもので、205系以前からも多用されてきた方法である。 その弱め界磁制御を低速域から積極的に使うのが界磁添加励磁制御である(このため、"弱め界磁制御を連続して行っている"と表されることもある)。 逆に止まるときは、界磁の電流を強くすることで速度を下げられる上に、電気ブレーキ、とりわけ回生ブレーキとしても機能させることができる。 回生ブレーキの発動条件は思いっきり要約すると、架線の電圧<車両がブレーキで発生させる電圧とする必要があるが、界磁を強めることで架線の電圧を上回る起電力を持たせれば回生ブレーキが成立する。 で、どうやって変えるのかというと、ものすごく簡単に書くと界磁に主電流とは逆方向の電流を流して、主電流を邪魔することで電流=界磁の強さを変えている。 基本的には抵抗制御の延長線上であり、今までの直流モーターも使える。 つまり今までのパーツやノウハウが使える上に、さらに回生ブレーキも使用可能である。 制御装置一式の価格も電機子チョッパ制御より安上がりになる。 保守の観点から複巻電動機を採用していなかった(*3)当時の国鉄の事情にマッチしたシステムである。 この方式は私鉄他社にも採用され、一部の私鉄でも新造車で採用例が現れた。直流モーターが使えることから抵抗制御から改造された車両もあり、一例では東武特急の「りょうもう」で使われている200系は、旧型の1720系DRCの部品を使いまわしながらも界磁添加励磁制御にアップグレードされている。 主電動機はMT61。 定格出力は長らく使われてきたMT54と同じ120kWだが、CADの導入などにより効率的な設計をなされたことで、回転数などの性能は大幅に向上している。 同じくMT61を搭載する予定だった特急電車の187系(*4)は、MT61による全電動車編成で、補機無しで碓氷峠を登り降りする予定だったとか、 成田エクスプレスの253系や、JR北海道の721系は、113系などと同じギア比ながら130km/hを余裕を持って出せる性能であるなどで、MT61の性能が垣間見れるはずだ。 ちなみにMT61が最初に実戦投入されたのは、JR九州の宮崎地区で走っている713系という車両である。 台車は国鉄が新規に開発したボルスタレス台車・DT50系列。 車体を空気バネで直接支える方式であり、部品点数が少なく軽量となる。 車内は201系をベースとしたもので、送風機(扇風機)はラインデリアとなっている。 車端部にあった妻面窓が廃止され、その部分が広告枠になっているのも特徴。 バリエーション 0番台 1985年に落成し、同年3月から山手線に投入される。 山手線を皮切りに、京浜東北線、中央・総武緩行線、埼京線、南武線、横浜線、武蔵野線、京葉線、東海道・山陽本線(京阪神地区)に投入。 0番台(武蔵野線・京葉線用) 武蔵野線・京葉線用に新造された車両。 前面はミッキーマウスをイメージしたとされる丸っこいものとなっており、「メルヘン顔」の通称を持つ。 1000番台(阪和線用) 分割民営化後にJR西日本が阪和線用に製造した車両。 前面窓が0番台と逆の配置となっていて、見た目の印象が従来車と異なる。 主電動機はさらに回転数の高まったWMT61Aに変更し、110km/h運転に対応した。 また台車にはヨーダンパ取り付け準備が行われ、ブレーキも高速対応型になった。 通常型の205系との互換性すら廃しており、「205系のような何か」「221系のパイロット版」と呼んだほうが差し支えない。 内装は通常の205系と同じだが、造花が生けられているという小粋な演出もあった。 現在は0番台と共に全車奈良線に転属しており、体質改善工事を受けて207系と同様の内装となっている。ただし、帯色は阪和線時代のスカイブルーから変更されていない(*5)。 サハ204 山手線用の目玉として、分割民営化後にラッシュ対策で投入された6ドア車。 「ダァの数は多いほうがラッシュに強いんだよ」(by 京急)の思想の行き着く先とも言える車両だ。 ラッシュ時は座席を折りたたむ、究極の通勤輸送仕様。座席の固さは通勤型有数。 また、ドア上にニュースやCMを流す(列車案内はない)液晶モニタも本格的に設置された。 6ドア車は後継のE231系500番台にも引き継がれ、山手線にホームドアが設置されるまで続いた。 横浜線に増備された100番台は本形式の最終ロットで、液晶モニタが省略されたほか、ドアや台車が増備の始まっていた209系に準じた仕様となっている。 なお、山手線のサハ204はE231系導入後、横浜線・埼京線に転属して使用された。 また、廃車となった1両は三菱重工の三原事業所に台車試験車両として使用されている。 500番台 相撲線の電化に際し投入された、相撲線スペシャルの車両。 前面は全く別の形式のように見えるが、横から見れば205系なのはすぐわかるはずだ。 ドアは押しボタン式の半自動となっている。 2021年11月からE131系500番台による置き換えが開始され、2022年3月改正で引退。 1200番台 南武線向けに、元山手線用の車両を改造した編成。 中間車から改造したため、前面は小田急3000形のようなデザインとなっている。 このうち1編成は3100番台へと改造され、仙石線に転用された。 現在は退役済み。 1000番台(南武支線用) 阪和線用のものと番台区分がかぶる(*6)が、JR東日本の方は南武支線用の短編成版。 前面は1200番台と同じものだが、モハ2両なので凄まじい加速を繰り出す。 半自動ボタンは採用されていないが、ドアを1ヶ所だけ開ける3/4閉スイッチを装備している。 E127系の転入で2編成が運用離脱し、現在は1編成のみ運用。 1100番台 JR東日本の中間車改造軍団その3。 鶴見線用に改造された3両編成。 改造元の関係上、全編成でドア窓の大きさが揃っていない。 1000番台同様、半自動ボタンは採用されていない代わりに3/4閉スイッチを装備している。 E131系の導入に伴い、2024年3月改正で引退予定。 3000番台 八高線・川越線用の改造車。 500番台同様、半自動ボタンが搭載されている。 後述の仙石線用の3100番台に似ているが、座席はロングシート。 現在は退役済み。2編成が富士急行へ譲渡されている。 3100番台 仙石線の103系の後継車として投入された改造車。 東北地方を走るため耐寒構造となり半自動ボタンが搭載されている他、トイレが設置されている。 目玉はロング-クロスの切り替えが可能な「2WAYシート」の採用、そしてアニヲタ的には石ノ森章太郎先生の作品のラッピングを施された「マンガッタンライナー」だろう。 ただし、2WAYは現在使用停止となりロング状態で固定されたまま運用。 ラインカラーと相まって外観は1000番台にもまして小田急3000形っぽく(ry なお、東日本大震災で被災した2編成が廃車となっている(*7)。 5000番台 武蔵野線用のVVVF改造車。 武蔵野線は直通する京葉線の地下区間の急勾配に対応すべく、0番台の時点で6M2Tのハイパワー仕様である。 一方で山手線から転属した車両を各線区に投入するにあたっては、上記の事情で武蔵野線にモハを集中させていたらいつかはモハ不足になる。 そのようなわけで、モハ4両でも6両分の性能を確保するためにVVVF化改造をされたのが5000番台である。 制御装置は東洋電機製のVVVFインバータ、主電動機は交流モーターのMT74に変更。MT74はE231系で使われていたMT73の強化版と言われており、速度センサーを廃止することでその分大型化して出力を95kW→120kWに強化したもののようだ。 ちなみに主回路の構成は、一説には同時期に製造されていた京成3000形のそれに近いとも言われている。音もそっくりだしね。 現在は0番台と共に退役済み。ちなみに、最終日には方向幕に(譲渡先の)「ジャカルタ行き」を表示させるという、小粋な演出が行われた。 600番台 日光線・宇都宮線用の改造車。 107系や211系の後継車として投入された。 2M2Tの4両編成で、宇都宮線用は湘南カラーの帯、日光線用は茶色ベースの落ち着いた配色の帯。 京葉線からの転属車はメルヘン顔、埼京線からの転属車は一般顔と二種類がある。 日光線の急勾配や雪に対抗するために、(発電ブレーキにも使う)主抵抗器の強化や、耐雪ブレーキの追加、空転防止のセラミック噴射装置が追加されている。それでもよく空転を起こしてたけど。また、3100番台同様トイレが設置されている。 加速度は1.7km/h/sとだいぶ控えめ。 日光線用の車両の一部は中間2ドアを潰して、座席をセミクロスシートにした観光仕様の「いろは」もある。別料金無しで利用可能。 E131系600番台の導入に伴い、2022年3月改正で「いろは」を含めた全車が引退。これにより首都圏から一般顔、そしてメルヘン顔の205系が消滅した。 今後 最盛期には1400両以上の在籍数を誇った205系であるが、それでも抵抗制御の延長線上といえる界磁添加励磁制御では省エネ化には限度があったことや、製造から30年以上経過し陳腐化も進んでおり廃車が進められている。 ただそれでも枯れた設計の安定した使い勝手のいい車両であり、さらに信頼性を重視する国鉄の設計ともあって、西日本や富士急行ではまだしばらく活躍が続きそうである。 何より、インドネシアではバリバリの「新車」として人気である。 総評 205系という車両は、様々な意味で新性能国電の「第二世代」として現在までも強い影響を与えている車両だろう。 205系(と、その元となった211系)のシステムを発展させ採用した車両としては、JR北海道の721系(0番台)、JR東日本の651系・251系・253系・719系、JR東海の311系、JR西日本の221系、JR九州の811系・783系と、多数の車両がある。 電気機器だけでなく「6ドア」という空前絶後の車両も、209系やE231系、東急5000系などにも引き継がれた。 ステンレス製やボルスタレス台車という、今となっては当たり前のものも、国鉄では205系が初めて本格的に採用した。 財政難の国鉄が生み出した傑作、それが205系である。 富士急行への譲渡 インドネシアへの譲渡が目立つが、山梨県の遊園地運営会社富士急行(現 富士山麓電気鉄道)が老朽化著しい元京王5000系の1000形の一部と自社発注の5000形を置き換えるため、譲渡を受けている。 京葉線で活躍していた10両編成を3両編成へ短縮。片側の先頭車は中間電動車に運転台を取り付けて先頭車に改造し、前面は従来のクハと揃えられた。この他冬場寒い山梨県を走るということで半自動開閉スイッチの設置や暖房能力の強化を行っている。 2013年1月までに4編成が導入されて一旦打ち止めとなるも、2018年には元埼京線から1編成、2019年には元八高・川越線編成2編成がそれぞれ3両編成へ短縮されて導入されている。なお元八高・川越線編成は元が先頭車化改造車なのでそれまでの5編成と顔つきが異なっており、富士急で改造した方の車両も当然揃えられている。 ちなみに第2・第3編成は山手線へ導入された初期編成を改造したため、窓が二段窓となっている。 小ネタ 205系をインドネシアに譲渡した際のこと。 現地ジャボタベックの技師… 「あれ?これスマホと学生証じゃないか?」 そう、譲渡された205系の座席に、とある大学生のスマホと学生証が挟まっていたのだ。 落とし主は南武線205系運行の最終日に乗り合わせていた大学生。 翌年にスマホと学生証は持ち主に届けられた。 「落とし物」を発見した技師は一躍大スターとなり、ジャボタベックでも知名度を広めた功績で表彰された。 彼の結婚式には、件の学生も出席したそうな。 バランスタイプの人に追記修正をお願いします。 △メニュー 項目変更 この項目が面白かったなら……\ポチッと/ -アニヲタWiki- ▷ コメント欄 [部分編集] 仙石線の205系はここ数年不具合も多いし機器の方はもう寿命を迎えそうかな? -- 名無しさん (2021-09-04 12 09 06) 名前 コメント
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登録日:2021/03/19 Fri 00 41 19 更新日:2023/04/27 Thu 11 09 48NEW! 所要時間:約 8 分で読めます ▽タグ一覧 103系 JNR JR JR九州 JR東日本 JR東海 JR西日本 サザエさん 京浜東北線 国鉄 埼京線 大阪環状線 山手線 山陽本線 常磐線 日本国有鉄道 筑肥線 量産機 鉄道 鉄道車両 阪和線 電車 103系直流通勤型電車とは、1963年に国鉄が開発・導入した通勤型電車である。 前身の101系を元に、経済性を重視して設計された。 ▽目次 概要 仕様 実戦投入 増備仕様クハ103形500番台 1次改良車 103系高運転台車 103系910番台 103系1000番台・1200番台 103系1500番台 103系2000番台 103系3000番台 JR西日本体質改善工事車 103系3500番台 103系3550番台 訓練車 DDM試験車 入換車 派生形式105系 301系 去就 総評 概要 初の新性能電車である101系は、消費電力の大きさやモーターの熱容量(詳細は101系の項目で)など幾つか問題を抱えていたが、それらを改善し101系の低コスト・高信頼性版としたのがこの103系である。 101系を基本に、駅間距離の短い路線(例えば山手線や大阪環状線など)に最適化した性能とし、なおかつMT1 1(動力車と無動力車が同じ比率)でも使えるようにした。 合計3400両以上が製造され、首都圏・中京圏・関西圏・福岡圏と4大都市圏に導入され、高度経済成長期以降の日本の通勤輸送を支えた国鉄の顔といえる車両である。 仕様 電気方式 直流1500V 制御方式 抵抗制御(1000番台はバーニア抵抗制御) 主電動機 MT55直流直巻電動機(110kW) 歯車比 91:15=1:6.07 ※車輪径が910mmのため、860mm径閑散で1:5.73相当 起動加速度 2.0km/h/s~3.3km/h/s 車体のデザインなど基本構成は101系を元にしているが、主電動機はMT55(110kW)に変更し、ギア比も15:91=1:6.07と大きく取り加速性能に振ってある(*1)。 その一方で、ある程度駅間距離の長い路線でも使えるように、弱め界磁領域の調整などで中距離電車の111系並の高速性能も持たせている。 最初に投入されたのが山手線だったことや、明確に「駅間距離の短い路線向け」と言われていることから、時折「山手線専用機として設計された」なんて言われることがあるが、そんなことはない。 本当に山手線専用だったら初期のものとは言え中電並みの高速性能なんて要らないはずだ。 飽くまで「101系の問題点を洗い出し是正した車両」なのである。 主電動機は新型のMT55を採用。出力は110kWとほんの少しパワーアップしている。 歯車比は先述の通り、1:6.07と大きめに取り、スタートダッシュに振った設定。 103系の最高速度は100km/hとされているが、性能面での実用上は95km/h程度が限度とされており、なおかつ高速走行時の激しい騒音からMT55は「煩いだけの低性能なモーター」と言われることもあるが、 実際のところは許容回転数はMT46どころかその後継機のMT54をも上回っており、なおかつ一番の足かせだった熱容量も改善されている。 回転数辺りのパワーでもMT46辺りとならタメ張れる。 ただ単に、103系という電車が加速性能全振りのギア比で、高速になるとすぐにパワーが落ちてしまうだけだったのである。 実戦投入 1963年に試作車が登場し、9ヶ月間の試運転を行った後12月末から営業運転に入る。 翌年の1964年から量産が開始され、各通勤路線の輸送改善及び新性能化が図られることとなった。 またこの過程で京阪神緩行線や、京浜東北線、常磐線のような比較的駅間距離の長い路線にも103系を投入することが決定したが、そもそもが加速性能に振った車両であり、このような路線に使えるかどうか疑問な面もあった。 それに加えて大阪鉄道管理局、つまり大阪支社にとって見れば快速などから逃げ切る必要もある。 東京・大阪共に「…これで大丈夫か?」と疑問に思っていたのだろう。 このような長距離路線に対応した「特注品」の103系を導入する話も上がった。 例えば、ギア比を101系と同じ5.6にした、高速型にするとか。 例えば、モーターをMT54に交換し、中速域以降の性能を高めるとか。 …しかし実際に計算したところ、どちらも電力消費が大きくなることが判明し、ボツ案となった模様。 そもそも103系自体、設計の時点で111系並の高速性能は持たせてあるんだ。 なお、このボツ案の一つの「MT54搭載型103系」は、「105系」という仮称であったことを追記しておく。 これらの状況も踏まえ、1965年から関西圏では初となる阪和線へ103系が導入され、本形式では初となる快速列車での使用も開始された。 1968年、山手線に103系による10両編成が出現。 今は11両だが、10両でも当時としては破格の長編成だったのだ。 そして、これだけやらないと増え続ける乗客に対応できない。 国鉄がJRになった後、常磐快速線で遂に103系による15両編成が出現した。エメラルドグリーンの高運転台車をKATOがフライングしていたのは内緒だ 増備仕様 クハ103形500番台 京浜東北線では検修スペースの都合から7両+3両という編成を組まざるを得ず、新たに制御電動車のクモハ103という形式が起こされた。 相方となる偶数向き固定の先頭車は500番台と区別され、外観上は正面右下のジャンパ連結器納めが省略されているのが差異となっている。 1次改良車 1971年から導入された0番台の増備車。 前照灯のシールドビーム化、側面窓のユニットサッシ化が実施されているのが特徴。 途中からは車両冷房も搭載されるようになった。 大半の車両が京阪神地区に新造または転属(*2)で導入されたため、2010年代以降も残存した103系はこのグループが多かった。 103系はこれ以降も随所に改良が実施されているが、改良車と公式に呼ばれているのはこのグループのみ。 103系高運転台車 1974年から登場。 運転台が高く窓が小さくなり、窓下にステンレスの飾り帯が追加された。 山手線・京浜東北線を中心に首都圏に大量導入されたため、 「関東の103系=高運転台」というイメージを持つ人も多いことだろう。 よく間違われるが「高運転台=ATC車」ではない。 ATC車と従来車との違いは乗務員室後方。ATC装置搭載のため乗務員室が拡張され、後方の戸袋窓が潰されているのが特徴。 末期にはATCを搭載しない高運転台車も登場し、こちらは関西地区にも導入された。 103系910番台 加減速時の空転防止を目的に制御装置のステップ数を通常型の力行(加速)29段から力行55段・ブレーキ51段と刻みを細かくした超多段バーニア式制御装置を搭載した試作型。電動車ユニット3ユニットのみが製造され、得られたデータを元に1000・1200番台が製造された。 103系1000番台・1200番台 地下鉄乗り入れ用の103系。 1000番台は千代田線-常磐緩行線用、1200番台は東西線-中央・総武緩行線用。 地下鉄乗り入れ車両に求められる「A-A基準」に適合させるために、正面に非常脱出用のドアが付けられているのが最大の特徴。 また制御装置はバーニア抵抗制御となり、急加速の際の空転を抑えている。 動力車の比率も地上用と比べて高くなっており、高加速に対応している。 1200番台は301系と編成を合わせるため、新造車では唯一クモハ102形が製造された。 千代田線に導入された1000番台は1984年から203系による置き換えが開始。 登場からわずか13年での置き換えに至ったのは、千代田線のトンネル内で排熱による温度上昇が頻発し、特に夏季は車両冷房もないことから車内が蒸し風呂状態になるという事態に(*3)。このことから「鉄板焼き電車」という汚名が付いたことでも知られる。 また、温度上昇に伴い床下機器の故障も問題視されたほか、制御方式の違いから国鉄が営団に支払う電力使用料の是正も迫られていた。 離脱した103系は順次常磐快速線に転用されたほか、一部は後述する105系に改造、東西線に転用された編成も存在する。 東西線用の1000番台・1200番台は共にE231系に置き換えられ引退した。 103系1500番台 筑肥線と福岡市地下鉄の直通用に開発された103系。 形式と足回りは103系だが、車体は同時期に増備されていた201系をベースとしたもの。 なんでこんな妙なものが生まれたかと言えば、201系の時代に作られた103系だからである。 加えて乗り入れ先である福岡市地下鉄の車両(1000系)は国鉄の車両設計事務所が設計・開発を担当したため(*4)、国鉄の面子的にも大都市圏に新車を導入→そこからねん出した中古車を転属させるという地方線区の定型パターンが適用できなかったという事情もある。 筑肥線の田園地帯も走るんじゃチョッパ車にするメリットは薄いし、安く済む103系でいいんじゃね(*5)、て感じでこうなった。 地味にJR九州へ受け継がれた唯一の103系兼直流車だったりする。 JR九州発足後、塗装が玄界灘を思わせるスカイブルーから、側面は白、前面とドアはコーポレートカラーの赤色に変更した上で前面には103の数字が掲げられる同社らしい派手な車体となった。 また筑前前原-西唐津の短編成化に伴って一部編成のモハ102とモハ103を先頭車へ改造。クハ103-モハ103-クモハ102とクモハ103-モハ102-クハ103の3両編成2本へ分割した。 103系2000番台 新造車と101系改造車の2種類が存在する。 前者は新造車・・と書いたが、実はただの0番台増備車。 モハ102は大量に製造されたため増備途中で番号が足りなくなり、 899の次の番号は試作車の900番台・地下鉄直通用に使用されていた1000番台を飛ばし2000番台となった。 後者は国鉄末期に関西線・阪和線の増発用に101系の先頭車を改造して編入したもの。 見た目は101系そのままなのでマニアにはすぐに見分けがついた。 ちなみに、101系からの改造車は首都圏にもサハを改造した車両が存在したが、 こちらは700・750番台を名乗っていた。この複雑さが103系の103系たる所以でもある。 103系3000番台 103系史上最大の異端児。 元々は旧型国電の72系の車体を103系と同じものに載せ替えた、当時の大手私鉄で見られた吊りかけ更新車の国鉄版と言えるもの。 登場から仙石線で運用されていたが1985年に運用終了。離脱後廃車解体を待つだけ・・と思われていたその矢先、埼京線開業に伴い電化が決まった川越線に転用されることが決まり、同時に余剰部品を使った新性能化も実施されることに。 旧型国電の新性能化という国鉄有数の魔改造車となった。 見た目は103系の高運転台車に準じているが、ドアエンジンの形状から側扉上部の形状が異なるなど異端児の面影を残していた。 ちなみに72系の更新車には113系と同様の車体に載せ替えた62系という車両も存在したが、こちらは転用されることなく10年ほどで廃車となった。 JR西日本体質改善工事車 1996年に登場。 103系を引き継いだJR各社では内装や機器類の更新工事を実施していたが、例によって新車を入れるお金のないJR西日本ではさらに一歩踏み込んだリニューアルを実施した。 具体的には内外装の仕上げを新車と同等に合わせるもので、荷棚や蛍光灯類の交換、外観ではベンチレーターの撤去や側面雨樋の張り上げ屋根化、前面窓の1枚ガラス化で大きく印象を変えている。 この工事はのちのJR西日本車両更新の基礎となったもので、以降113系・キハ40系・201系・205系・221系・207系で同様の工事を実施することとなる。 但し103系では後述の播但線・加古川線向けを除いて1両単位で工事が実施されたため、編成内で体質改善車と未更新車が混じる旧型国電のような編成も頻繁に見られた。 103系3500番台 JR東日本・JR西日本に導入された。同じ番台区分ながら改造内容・外観・形式などが異なる。 JR東日本向けは八高線高麗川電化開業時に用意された編成で、0番台4両編成を種車にドアの半自動回路追設を行ったが、それ以外外見の変化はない。 JR西日本向けは播但線寺前電化開業時に用意されたもので、クモハ103-2500+モハ102-0のユニットを改造したもの。改造内容はモハ102への運転台設置、前述の体質改善工事の施工、クモハ103の一部のWパンタ化、ワンマン運転対応機器の整備など。 車体塗装はかつて同線で使用されていた50系客車をイメージしたワインレッドに変更された。 103系3550番台 加古川線電化開業時に用意されたもので、体質改善工事を施工したモハ103+モハ102のユニットを改造したもの。改造内容は貫通式の運転台新設、ワンマン化改造、車いす対応大型トイレ設置など。 貫通式運転台としたのは粟生駅で加古川線から神戸電鉄・北条鉄道へ、厄神駅で三木鉄道へ乗り継ぐ利用者が編成先頭の運賃箱でJR線の運賃を精算する必要があり、2編成を併結した時に車内から移動できなくなるのを防ぐため。 訓練車 JR東日本が乗務員の異常時対応訓練や応急処置訓練の実習教材用として、営業から外れていた非冷房の103系3両編成を整備して豊田・浦和・松戸の3箇所の基地へ配置した。 一般車との識別用に白い帯と「訓練車」の表記が入れられ、豊田と浦和に配置された編成は中間のモハ102がドアの締め切りや荷棚の撤去、機材置き場の設置などを行って新形式モヤ102となった。 その後保安装置の関係で本線運転ができないことや夏場の訓練環境改善のため、冷房付の4両編成へと交代。浦和編成は2000年に、豊田編成は2001年に、松戸編成は2006年まで使用された。 なおこれとは別に大宮訓練センターの構内専用教材としてクモハ103-モハ102のユニットから改造された訓練機械があった。モハ102へ廃車となったクハの部品を流用して運転台を取り付け、教官用指令室、運転台へのテレビカメラ設置、模擬ATC搭載などが行われたが、構内専用のため本線走行はしなかった。 DDM試験車 DDMとは継ぎ手・歯車を介さずにモーターと車軸を直結させて駆動するダイレクトドライブモーターの略。 モハ103-502をVVVF制御化&DDM化し、京葉線で活躍していたケヨ304編成の4号車に連結。半年ほど営業運転を行いながらデータ収集を行った。 入換車 工場内での入換作業用に廃車になったクモハ103とクモハ102を入換牽引車へ転用。クモハ103は初期の低運転台車、クモハ102は地下鉄直通用の1200番台で、クモハ103はパンタグラフを運転台側へ移設、クモハ102は正面貫通扉に点検用の小窓を設置。更に両車共に前照灯を増設しており、クモハ102は301系そっくりな顔つきに。 派生形式 105系 地方都市圏・電化ローカル線向けの1M式電車である。 本来は新形式の3ドア車なのだが、金欠にあえいでいた国鉄は新車をホイホイ作ることもできず、余剰となった103系を改造し105系に編入した。 輸送力を適切にするため2両編成で使えるようにして、103系の「電動車は2両一組」を「電動車は1両で完結」するように改造している。 改造元の関係から顔のバリエーションが豊富だった。具体的には 0番台の先頭そのまま 1000番台の先頭そのまま 中間車を先頭車に改造し、新製された105系と同じ顔 である。 仙台地区・奈良・和歌山地区・広島地区に投入されたが、2021年3月までに全車引退した。常磐線で種車を置き換えた203系より長生きした編成も存在した。 乗客からはトイレ無しや騒音などで、あまり評判はいいとは言えなかった面もあるが… 301系 有り体に言ってしまえば「アルミ車体版の103系」。 というより、本形式をダウングレードしたのが103系1000・1200番台と言えよう。 足回りは103系だが、車体はアルミニウム製の軽量なもの。台車も空気ばねが採用された。 国鉄初のアルミカーということで「3」の形式で始まった。 前面は東急の車両のような灯火具配置となっており、初見では103系の亜種とは気づきにくいかもしれない。 落成から東西線直通電車一筋で運用され、103系1200番台と同じくE231系に置き換えられ引退。 去就 新製なら3400両、101系からの改造も含めれば3500両を超える数の大所帯になった103系だが、 時代が進むにつれ電力消費の多さや騒音、高速性能の弱さなどが問題となり、次々に新型へと置き換わっていった。 まず最初に見切りを付けたと言えるのはJR東海である。 座席モケットの張替え、冷房化などサービス面での改善は行っていたものの、性能的にダイヤ上のネックとなるため当時からほぼ中央線の朝夕ラッシュ専用のような状態だったが、313系に置き換えられ2001年に全車引退となった。 JR東日本でも、209系やE231系、或いはそれらにより転出した205系などに置き換えられて数を減らし、仙石線を最後に全車引退となった。 尚、武蔵野線で運用されていたオレンジ色・8両のE38編成が引退後にJR西日本に譲渡された他、仙石線の103系は2004年に一旦運転終了をした後、2007年に高架化工事の関係で一時的に復帰したことが特筆される。 JR西日本においては、前述した体質改善工事車も含めて大阪環状線や阪和線といった近畿圏の各線で主力として活躍していたが、2015年から323系・225系の導入に伴う本格的な置き換えが開始された。 環状線では2014年に玉造駅を103系を模した駅舎にしてしまったのに、それからわずか3年でオレンジバーミリオンは全滅した。惨い。 ただし、支線区などでは短編成の103系がまだ現役を務めている。 JR九州においては、老朽化で故障が頻発するようになったため地下鉄直通運用は305系に置き換え。現在は3両編成のみだが相変わらず筑肥線の筑前前原-西唐津の単線区間で使用されている。 総評 101系の改良型として開発され、国鉄最大の所帯を誇った103系。 あまりに数が多すぎる点や、本来の用途に向かない中長距離路線への投入とそれによる高速性能の弱さの露呈、何よりどこでも出てくる電車であったり生産も運用も長期に渡ったなどで「同じ電車ばかりで飽きた」などと鉄道ファンから辛辣な評価すらくだされることもある本形式であるが、 日本の高度経済成長を支えた電車であるのも確かである。 国鉄の状況からすれば、103系のような「安くて、ある程度どこでも使えて、頑丈で直しやすい電車」は最適解どころかなくてはならない電車だったはずである。 戦闘機のP-51マスタングと同じく、「必要な時に必要な数を揃えられた」電車とも言える。 技術的な系譜からすれば、MT46→MT54→MT61の「主流」からは外れた、主要ではない枝かもしれない。 むしろ101系とはまた違った、尖りすぎた設計の車両とも言えるのかも。 だが補機類からすれば、高出力のC-2000型コンプレッサーを初めて採用した車両でもあるし、 101系でもなし得なかったであろう「国電の本格的な冷房化」を実現した電車でもある。 技術面では主流になれなかったとしても、モーターの熱容量など101系の問題を改善した、101系からすれば"兄より優れた弟"でもある。 それに、長らく日本の漫画やアニメで電車といえば103系だったはずだ。 サザエさんで出てくる急ブレーキで定評のある電車とか、昭和時代のゲゲゲの鬼太郎のオープニングとかで、103系は走り回っていた。 駅を示す道路標識でも、ピクトグラムとして使われているのはよく見れば103系だ。 ある一定の世代まで、電車といえば103系と言っても過言ではないのだろう。 兄より優れた弟に追記修正をお願いします。 △メニュー 項目変更 この項目が面白かったなら……\ポチッと/ -アニヲタWiki- ▷ コメント欄 [部分編集] 筆者語りを削除 -- 名無しさん (2021-03-19 00 52 34) なんでSCP…(笑) -- 名無しさん (2021-03-19 01 33 25) 電動プラ電車 -- 名無しさん (2021-03-19 08 17 19) 105系のところに加筆させていただきました -- 名無しさん (2021-03-19 12 19 53) Tc103-240「大東京から来た男・・・スパイダーマッ!」(製造後半年は池袋配置、以後関西圏へ転属、スパイダーマンラッピングを纏ったこともある) -- 名無しさん (2022-05-23 01 46 22) 側面の「KAKOGAWA 103」の字をみるまで103系だとは気付けない3550番台 -- 名無しさん (2022-07-26 14 17 43) 名前 コメント
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登録日:2011/03/06(日) 16 41 15 更新日:2024/02/28 Wed 20 38 11NEW! 所要時間:約 5 分で読めます ▽タグ一覧 419系 419系近郊形交直流電車 583系 JR西日本 しょくパンマン リサイクル 元寝台特急 元祖魔改造 国鉄 後のサンパチ 消費期限・2011年3月11日 祝引退 車両 転落人生 鉄道 鉄道車両 電車 食パン 魔改造 国鉄が1985年のダイヤ改正に合わせて製造した近郊形電車。国鉄の分割民営化後はJR西日本に引き継がれ、北陸地方で普通電車として活躍していた。 しかし、最高速度が他の車両に比べて低く(413・457・475系は110km/h、521系は120km/hだが419系は100km/h)、老朽化も激しいことから2011年3月12日のダイヤ改正を以って521系に置き換えられ、現役を引退した。 追記・修正よろしくお願いします。 △メニュー 項目変更 どけっ!そいつは新型車ではない! 他の奴は騙せてもこの俺は騙せんぞ! 521系「ばあさん反対側の顔見せてみろ」 419系「へっ…い、いえあたしは今から敦賀へ向かうところでして…」 521系「どうした 何故見せられん」 419系「けぇ~い!」 419系「くくっ、俺の改造を見破っていたのか~!!」 521系「お前のような新型車がいるか」 こいつの正体は改造車、それも鉄道ファンの間では超有名な改造車である。 その理由は以下の三点である。 1.改造前の車両が昼間は特急、夜間は寝台列車という斬新なコンセプトで登場した、現在でも人気の特急形電車である。 2.その特急形電車を近郊形電車に格下げ改造している。 →余剰となった特急形車両のグリーン車を近郊形車両のそれに転用した事例はあったが、まるごと近郊形車両に改造されたのは初めてである。特急電車の格下げは私鉄では時折見られたが、国鉄でこうした改造をするのは極めて異例のことである。 3.格下げ改造の際、魔改造が行われた。 →本形式が有名となり、ある意味人気を博している最大の要因。詳しくは後述。 登場の経緯 改造内容 715系 その後 余談 登場の経緯 国鉄は1984年2月ダイヤ改正から地方都市圏の電化路線において、長編成で低頻度運転という客車列車向けのダイヤから、短編成で高頻度運転という電車列車向けのダイヤに変更する輸送改善、いわゆる「シティ電車」の施策を開始した。 北陸地区では1985年からシティ電車化を開始したが、変更に当たって問題があった。それは、電車が足りないことだ。 普通ならば新型車両の投入となり実際、条件に適した車両(417系)があったのだが、その車両は製造費用が高いため、多額の赤字が問題となっていた国鉄が簡単に投入できるような車両ではなかった。そこで、夜行列車の減少や設備面の問題から昼行特急としても使いにくくなり、余剰となっていた581・583系の近郊形化という策が提案され、実際に実行されることになった。その結果、誕生したのがこの419系である(*1)。 ちなみに、581・583系はダイヤ改正での運用離脱後、転用先がままならず各駅に留置されており、通常なら廃車しても問題ない(*2)のだが、当時の国鉄は会計検査院から睨まれていたこともあり(*3)、転用策としてこの斜め上の改造が行われることとなった。 改造内容 乗降扉を1両当たり片側2箇所とした。 →種車の583系は性質上、乗降扉を1両当たり片側1箇所しか備えておらず、そのままでは乗り降りに不便なため。ただし、扉の構造は既存のものを踏襲したため、扉幅は近郊形車両にあるまじき狭さである(通常の近郊形車両の扉幅は1,300mmだが、419系は700mm) 窓の開閉を可能とした。 →混雑時の換気を考慮したため。なお、種車は固定式である。 座席を扉付近はロングシート、その他の区画はボックスシートとした。 →ボックスシートは元々使用していたものを小改良してそのまま使用。ロングシートは他の車両に使われていたものを流用して使用。 そして、本形式が有名となった最大の改造点、それは…… 中間車の先頭車化改造 である。 単にそれだけならよくある話なのだが、この車両の場合、改造された先頭車と元から先頭車の車両の顔が全然違うこと、種車の特徴を受け継いだことで、改造された側の先頭車が側面から見るとまっ平らなので、何処からどう見ても食パンにしか見えないスタイルとなった。それにより話題となり、いつしか「食パン電車」というある意味名誉なあだ名が与えられた。 これが食パン顔である。 (出典 日本の旅・鉄道見聞録) 耳を付けると、より食パンと化する。 (画像跡) ちなみに、性質の悪いことに本形式には両先頭車とも食パン顔の編成も存在した。つか、そっちの方が数が多かった。これは次述の715系に元からの先頭車を多数供出したのが理由。 715系 本項は419系について記述しているが、最初に登場したのは交流区間専用の715系である。 登場経緯についてはほぼ同じため省略するが、交流専用のため九州・仙台地区に導入された。 九州地区に配備された0番台は長崎本線・佐世保線を中心に運用され、シートピッチが広いからという理由で臨時急行に起用されるなど無駄に数奇な運命をたどった。塗装は当初クリーム色に緑帯というものだったが、1987年以降白地に紺帯の九州一般色に変更された。 仙台地区に導入された1000番台は0番台と前面塗装が微妙に異なっており、後に仙台地区の455・417系もこの塗装に変更された。なお、クリーム色部分は後年、九州地区よりも白いものとなっている。ちなみに番台区分は「せんだい」の語呂合わせである。 この改造は元々、将来新型車両が投入できるようになるまでのショートリリーフの扱いで(種車の特徴がそのまま残されたのもそのせい)、当初の目的通りJR化後10年程で新型車両に置き換えられている。 なお九州配置のクハ715-1は廃車後も解体されること無く工場で保管され、2003年より塗装を583系時代に戻した状態で九州鉄道記念館で一般公開されている。 その後 話を419系に戻そう。 419系についても先の715系と同じく置き換えが検討され、JR化後の1995年に681系のシステムを使った近郊形車両が設計されていたが、阪神・淡路大震災によってそれどころでなくなったため話は流れ、置き換え開始は2006年の521系登場まで待たされ、それからもしばらくブランクがあったものの、2011年3月にようやく全車置き換えとなった。 晩年には、日本海の潮風の影響で、車体裾が茶色くなり、さながら「トースト」みたいな状態になっていた車両もあった。 長かった……。 ちなみに、419系の中には製造時期の違いから583系として走った期間よりも、419系として走った期間の方が長い車両も存在した。 トップナンバーの編成(両方とも食パン顔)は引退後1年半ほど放置された末に外部のスクラップ工場に運び込まれ、クモハとモハは搬入後すぐに解体されたものの、クハだけ何故か10年近く解体されることなく工場の引き込み線に留め置かれていた…が、2021年10月、ついに解体された。 なお廃車後に台車やモーターなどの部品は富山地方鉄道が買い取り、同社10030形電車(元京阪初代3000系)の部品として活用された。2013年に入線した2階建て車の8831号車(←3805)の履いている台車も419系由来の部品である。 余談 鉄道模型ではマイクロエースと東京堂の「TEXT」ブランド、トミーテックの鉄道コレクションで発売済み。 東京堂の419系は延期し続けた末に出たが、塗装や動力機構が酷い最悪の完成品と評判は良くない。中古でも滅多に出ないが。 なお増結セットには初回特典として前述のクハ715-1が同梱されていた。 マイクロエース製は塗装も国鉄、JR仕様、両食パンタイプ、特急型先頭車両の貫通扉埋めタイプと再販ごとに増えるバリエーションが多く、こちらの方が仕上がりも良く比較的入手しやすい。 ちなみに715系も発売済み。 鉄コレは最後発という事もあってバリエーションは少なく、先頭車は食パンのみ。その上別売の動力ユニットを組み込まないと自走不能なうえヘッド・テールランプは不点灯。だが東京堂よりはまだマシではなかろうか。 715系0番台も発売済み。東北用の1000番台は特急型先頭車の金型を起こすのが面倒だからかニューデイズ限定で先頭車が発売されたのみ。 また715系は一部の人にはトラウマメーカーでもある。 その理由は電車でGO!プロフェッショナル仕様の鹿児島本線の普通列車高難易度ダイヤにこれが使われていたから。 これか相当に理不尽なダイヤで、 博多から小倉まで全駅各駅停車の長時間運転 お世辞にも良いとは言えない車両性能 ↑なのにどういう訳かJR化後の新型車両前提でのダイヤで運転させられる カツカツな持ち時間 これらの要素が合わさった結果、電車でGOシリーズの中でも屈指の鬼畜ダイヤとなってしまった。 悪天候での運転だと余裕時分がマイナス(=前の駅を定刻に発車すると遅延確定)という事態になる駅が「複数、それも一部は連続して存在する(*4)」ダイヤは後にも先にもこれだけであろう。 人によっては食パンと言うだけで列車ではなくダイヤが先に出てくるとな。 追記・修正よろしくお願いします。 △メニュー 項目変更 この項目が面白かったなら……\ポチッと/ -アニヲタWiki- ▷ コメント欄 [部分編集] 引退していたのか…。確かに予備の部品とか無くなっているだろうしな…。 -- 名無しさん (2014-02-05 20 01 39) なんだかんだで元が特急列車だったから乗り心地が割と良くて、昼の空いた時間に来ると嬉しかった -- 名無しさん (2014-02-05 23 38 43) 一度乗ったが、「なんだこれは!」と心の中で叫んだ -- 名無しさん (2014-03-13 12 05 23) ちなみに廃車部品は富山地鉄へ渡ったとか -- 名無しさん (2018-02-13 13 10 08) 名前 コメント
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登録日:2010/07/16(金) 19 48 50 更新日:2024/01/18 Thu 18 40 34NEW! 所要時間:約 11 分で読めます ▽タグ一覧 223系 JR四国 JR西日本 U@tech アーバンネットワーク オールラウンド マリンライナー 名車! 名車? 最大勢力 無敵電車 股尾の嫁 西の決戦兵器 試験車両 車両 鉄道 鉄道車両 223系とは、JR西日本が保有する近郊型電車で、現在のアーバンネットワークを代表する車両である。 概要 関空快速用の車両として1994年に登場。1995年からは新快速用車両が登場し、221系に代わってJR西日本の近郊形電車の標準となり、マイナーチェンジを繰り返しながら近畿エリアと岡山地区に投入された。 総生産数は926両。 しかし、安全性の向上に限界があった事、下枠交差式パンタグラフを始めとする機器類の調達が困難になった事などから、 2010年に登場した後継の225系に託し、2008年度製造分を以って製造を終了した。 以下に223系の特徴をまとめる。 車体 先代の221系を引き継いだ20m級・片側3扉の標準的な近郊形車両の車体だが、素材は1991年に登場した207系に引き続き軽量ステンレス製とされた。 関空連絡橋の横風対策で車高は221系比で60mm低い3,640mmとされ、後に新快速用として造られた車両等でも高速走行時の安定性を高める為、この値を採用している。 先頭形状は221系のイメージを踏襲した半流線型ながら、全体的に角ばった形状とされた。 灯具類は0番台では丸型前照灯と尾灯を1灯ずつ配していたが、1000番台では角型前照灯とフォグランプを2灯ずつ、尾灯を1灯ずつ配する形に変更された。 更に2000番台では0・1000番台では前面ステップ端に取り付けられていた尾灯を前照灯・フォグランプの真下に移した。 この配置は以降の223系増備車全てに採用されたほか、北陸地方向けの521系や姫新線用のキハ122・127系でも採用されている。 窓は221系と同じく連窓とされたが、縦方向の寸法は221系の1mから95cmと5cm縮小された。 これはステンレスで1mの大型窓とした場合、車体剛性が確保できず、側面からの衝突に弱くなるほか、耐用年数が短くなるなどJR西日本にとっては死活問題ともいうべき事態になる為である。 配置は0番台では221系と同じとされたが、1000番台では座席配置の変更に伴って窓配置も変更され、車端部以外の戸袋窓が廃止された。 更に2000番台以降は車端部も含めて戸袋窓が完全に廃止されている。 2000番台以降では先頭車の先頭部構体(*1)と妻面部分がボルト留めとなっており、先頭車から中間車への改造やその逆が容易となるように配慮されている。 なお、中間車を先頭車に改造する場合には125系のような先頭部構体を取り付けることになっている。あまり見たくないのだが 先頭部構体は普通鋼製で、車体色のシルバーは塗装されている。 これらの構体構造は以降登場したJR西日本の通勤・近郊形電車全形式に採用されている。 この他、最終グループである2008年度製造車は車体強度の向上の為、外板材質の変更、各部への補強の追加が行われている。 また、5500番台はワンマン運転時の運転士の見通しを確保するため、妻面に窓が設けられている。 接客設備 座席は基本的に転換クロスシートだが、5500番台は車端部の座席がロングシートとなっている。 扉間の列数は0番台では221系と同じ6列とされたが、1000番台以降では混雑時のスペース確保と閑散時の座席定員両立を図る為、扉間5列として扉脇の座席に補助席を設けている。 ただし、2500番台は元々の用途や0番台が非対応であることから補助席を持たない。 また、横の配列が用途に応じて大きく変化している。 阪和線用車両は空港連絡列車としての使用が念頭に置かれたため1列-2列の配置とされ、大型の荷物を持った空港利用者や大阪環状線内でのスペース増大に対応している。 この為、座席定員は少なくなっている。 このうち2500番台は前述したように扉間5列であるにも関わらず補助席を持たない為、座席定員数は223系シリーズ最小となっている。トイレ付きのクハに至っては椅子の数がかつて首都圏に存在した6ドア車と同じといえばその少なさがお分かりいただけるだろう? JR神戸線・JR京都線・琵琶湖線用1000・2000番台と5000番台は着席需要に対応するため、221系と同じ2列-2列の配置とされた。 前述した様に扉間の座席配置は5列と221系の6列から1列減少したが、補助席を設けて閑散時は221系を上回る座席定員を確保している。 なお、1000番台の補助席は背もたれが付けられたが、2000番台以降ではコストダウンのために省略された。 が、そのせいで座面を収納している部分とそうでない部分に段差ができ、座る姿勢がおかしくなるため利用者からは不評である。 また、1000番台ではランプによって補助席が使用可能かどうかを知らせていたが、 これまたコストダウンのために2000番台以降は使用できない場合がある、と書かれたプレートが貼り付けられているだけである。 福知山近郊のローカル輸送に徹する5500番台では、扉間の座席配置は縦方向・横方向智に1000・2000番台と同等とされたが、 前述の通り車端部のみワンマン運転時の運転士の見通しを確保するためにロングシートとなっている。 また、整理券の発券機が取り付けられている関係で、補助席は中央ドア部の8席のみとなっている。 また、2000番台以降では交通弱者対応として、床面高さを0・1000番代の1,150mmから1,130mmと低床化し、ホームとの段差縮小に努めている。 2000番台の一部車両は落成当初、側窓を熱線吸収ガラスとしてカーテンを廃止したが、乗客から苦情が来たためすぐにカーテンの取り付けが行われた。尤もカーテンの取付部分を塞いでいただけだったので、状況に応じて取り付けできるようにしていただけなのだが(*2)。 ◆走行機器 システムはその後のJR西日本のインバータ車の標準となるMT比1:2とされた。 ただし機器類をM車に集約している為2両でユニットを組む事も可能で、5000・5500番代はこれを生かして2両編成となっている。 また1000・2000番台の8両編成にも2両ユニットが存在する。 制御装置は0番台がGTO-VVVFインバータ、1000番台以降がIGBT-VVVFインバータとなっているが、いずれも1個のインバータで1個のモーターを駆動させる、所謂1C1M方式となっている。 モーターは小型・軽量で大出力を誇る三相誘導電動機を採用、出力は1000・2000・2500・5000番台が220kW、0・5500番台が230kWとなっている。 0番代は2008年頃に換装されており、それまでの出力は180kWだった。 パンタグラフは下枠交差式で、JR西日本の新製車両としては最後の下枠交差式パンタグラフ採用車となった。 基本的に電動車に1基搭載しているが、2000・5500番台の一部が前者はJR東西線乗り入れのため、後者は架線の霜取り用として2基搭載している。 全車が221系と併結可能である。この点を生かし、2000番台の一部と5500番台が221系性能に固定されている。 これらの車両は前面貫通扉と乗務員室扉にオレンジ色のテープが2本貼られたほか、2000番代の221系性能固定車は番台が6000に変更されている。 また、運転台の至る所に221系性能であることを示すステッカーと速度計の120km/hの位置にリミットを示す三角形のステッカーが貼られている。 そこまでする必要あるのか。 各番台解説 0番台 1994年に空港連絡列車である関空快速用として68両が製造された。 2・6両編成、3・5両編成時代を経て現在は4両編成に統一されている。223系では唯一丸型の前照灯が採用されている。 吹田総合車両所日根野支所所属。 (*3) 1000番台 元々は1996年度に投入を開始する予定だった。 しかし1995年1月17日に発生した阪神・淡路大震災により阪神間の鉄道路線が壊滅の憂き目に遭ってしまった。 その為、最初に復旧したJR神戸線に阪神間の鉄道路線の利用者が集中した事で輸送力増強が必要となり、急遽前倒しで登場した。 130km/h運転対応で登場し、1999年5月10日のダイヤ改正から2000番台と共に新快速で130km/h運転を、2003年からは快速でも130km/h運転を開始した。 8両編成9本と4両編成5本の92両が在籍する。網干総合車両所所属。 (*4) 2000・6000番台 新快速の223系統一や快速からの113系追い出しなど、様々な理由で一番多く製造された車両。 2000番代は1000番台同様、最高速度130km/hに対応。6000番台は221系に性能を合わせている為、最高速度は120km/h。 8両編成30本、6両編成14本、4両編成82本の計648両が存在し、このうち4両編成26本前後が6000番台化されている。 網干総合車両所本所・網干総合車両所宮原支所所属。なお、宮原支所の車両は全て6000番台である。 (*5) (*6) 2500番台 編成組み替えの際に先頭車が足りなかった0番台の補充用や予備車確保、阪和線~大阪環状線の直通列車増発用に製造された。 2000番台をベースに0番台に合わせた接客設備・機器類・外観の変更を行っている。 72両が製造され、一部のモハは0番台に組み込まれたり、逆に0番台のサハを組み込んだりしている。 下の画像がまさに0番台のサハを組み込んでいる編成で、前から3両目の側面の帯が太い車両が0番台である。 吹田総合車両所日根野支所所属。 (*7) 5000番台 塩害によって老朽化した快速マリンライナーの213系置き換え用として登場した。 1000・2000番台同様、最高速度130km/hで運転される。 一時期2000番台のサハを組み込み3両編成となっていたが、乗客の減少により2両編成に戻った。 2両編成7本の計14両が存在する。岡山電車区所属。 (*8) 5500番台 福知山線・山陰本線の輸送改善の為に製造された。 実は御布施による製造ではなく、自社都合による製造である。 521系の後に出た為「521系の直流版」などと言われたりするが、実際には上記の5000番台をワンマン運転対応に変更した車両である。 構体は521系の321系ベースの構体(*9)ではなく223系用構体となっている(*10)ほか、台車が521系では2500番代と同様の120km/h運転対応の物(*11)なのに対し、5500番代は5000番代と同様に130km/h運転対応の台車(*12)を装備している。 登場時は130km/h運転に対応した性能にされていたが、 運用区間の都合上130km/h運転を必要としない 嵯峨野線で221系と併結する運用が存在する といった理由から221系性能に固定されている。 2両編成16本の計32両が存在する。福知山電車区所属。 因みに台車検査、重要部検査、全般検査は吹田総合車両所が担当しており、現状唯一の130km/h運転対応の装備を持った223系でありながら網干総合車両所が整備に関わっていない223系である。 (*13) (*14) JR四国5000系 JR四国版223系。5000番台と同じく、快速マリンライナー用の213系を置き換えるために製造された。 高松寄りの先頭車はE217系のグリーン車をベースとしているが、それ以外は完全に5000番代と同一である。 (唯一違う点はJRマークの色とスカートの厚さぐらい) 3両編成6本の計18両が存在する。 JR四国との分割保有になった理由は、213系時代はJR四国が一方的に車両使用料を支払う形になっていた為である。 (*15) 9000番台 1998年に川崎重工業が2000番台導入に先立ち製造した試作車で、1両のみ製造された。 しばらくは工場内に留置されていたが、2004年9月にJR西日本が購入して吹田工場で改造され、在来線用技術試験車「U@tech(ユーテック)」となった。 その後、マリンライナー置き換えで余剰となった213系2両と共に3両編成を組み、様々な試験に使用された。 なお、213系との編成になっているが最高速度は130㎞/hとなっており、加減速の性能も223系2000番代と同等である。 (*16) 鉄道総研R291形 2005年に鉄道総研向けに近畿車輛で製造された。 2000番代と同様の構体を持ち、足回りはJR東日本のE231系同等品となっている。 塗装は窓周りが223系標準の茶、窓下が紫の帯となっている。 クモヤR290-1とクヤR291-1の2両が存在する。 クヤR291-1は燃料電池試験車となっており、単独走行も可能である。 制御車ってなんだったっけ……。 (*17) ちなみに車籍がないので鉄道総研内部の試験走行線の自走は出来るがそこから中央本線に出て本線走行したりというのは不可能。 兄弟車に2000番台の構体とシステムを流用したローカル線向け単行車125系がいる。 ちなみに5000・5500番台と外観のそっくりな521系はどちらかと言うと321系に683系の機器を載せて3ドア近郊形電車化したと呼んだほうがいい。 追記・修正は223系の新快速に乗ってからお願いします。 △メニュー 項目変更 この項目が面白かったなら……\ポチッと/ -アニヲタWiki- ▷ コメント欄 [部分編集] そういや2500番台2本が京都移籍らしいけど、使いにくくないのだろうか -- 名無しさん (2022-05-07 23 39 14) 名前 コメント
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登録日:2010/07/18(日) 05 20 11 更新日:2023/05/17 Wed 18 25 30NEW! 所要時間:約 6 分で読めます ▽タグ一覧 225系 Aシート JR西日本 アーバンネットワーク グッドデザイン賞 ポロリもあるよ 何かに似ている 南海涙目 新快速 次期エース 真・決戦兵器 車両 鉄道 鉄道車両 225系近郊形電車とは、JR西日本が保有する鉄道車両。2010年から投入が開始された。 1993年から2008年の足掛け15年もの間に926両が製造された223系の後継車であり、この間に登場した新技術が多数投入されている。 本形式の設計を流用した兄弟車として広島・和歌山地区用近郊形電車の227系、大阪環状線用通勤形電車の323系が存在する。また、北陸地区に導入された521系も途中増備分から225系に準じたマイナーチェンジが実施された。 車体 225系のコンセプトの1つである「安全性の向上」を実現するため、車体には様々な改良が加えられた。 先頭部は運転台周りを強化したことで相対的に屋根部分が弱くなり、衝突時にその部分が先に潰れて衝突の威力を減衰する衝撃吸収構造をJR西日本の車両として初めて採用した。この方式は「巴投げ方式」と呼ばれる。 窓は車体強度確保の為、大きな開口部を必要とする連窓をやめ、2枚の小型窓と1枚の大型窓によって構成する方式とした。なお、大型窓はカーテンレール用の柱を取り付けて連窓風としている。また、縦方向の寸法は223系と同じ950mmとしている。 その他では外板厚を2mmと223系よりも厚くした他、接合部分の各所に補強が追加されている。これらにより、225系は223系を上回る車体強度を有する。また、車体妻部には車両同士が衝突した際に相手方車両を外側に逃がすためにガイドが新たに設置されている。 なお、2010年12月17日にJR神戸線舞子駅で発生した先頭車同士の連結部分からの転落事故対策として、1次車の途中から先頭車排障器に新たに放送装置を搭載し、当該先頭車が中間に入っている場合に注意喚起用の音声が流れるようになった。この装置は既に落成していた車両にも搭載する改造が行われている。 2次車では前面デザインの変更が行われ、先行して登場した521系3次車や227系と似通ったデザインに変更された。これにより、0番代の前面帯は1次車の直線的で唐突感のあるデザインから、曲線的で全体的な統一感が増したデザインとなった。ただし、前面窓ガラスに関しては本形式は0番代が最高速度130km/hと在来線トップクラスの高速運転を行うことを考慮し、乗務員保護の観点から縦幅を1次車と同じ高さに縮小している。また、前述の2形式と同様に新たに先頭部にも転落防止幌を設置し、連結面間の隙間を縮小している。 以降前面転落防止幌は221系・223系や本形式1次車、521系1・2次車、207系への取り付けが行われている。 2023年には新快速用のAシート車が登場。先に登場した223系の改造車と同様側窓回りが黒、窓下帯が青という独自のカラーリングとなっており(前面帯は従来車と同じ)、近郊形では異例となる片開き2ドア構造となった。この形式は700番台に区分されている。 接客設備 225系のコンセプトの1つである「交通弱者への対応」を実現するため、また「安全性の向上」のために、従来の車両とは大きく変化した。 221系や223系では吊り革が白、手摺りが緑または銀で塗装されていたが、これを咄嗟の時に目につきやすくするために全てオレンジ色で塗装し、吊り革については数が大幅に増やされた。また、直径やサイズも大型化されたほか、手摺りは端部を曲線的にして力が一箇所に集中しないように配慮された。 座席配置は0・6000番台は223系1000・2000番台を踏襲し、横2列+2列、扉間5列でドア脇の座席背面に補助席を設けた配置となった。シートモケットの色も223系1000・2000番台同様ブラウンだが、色調等が変更された。 対する5000番台は223系2500番台を踏襲し、横2列+1列、扉間5列で補助席なしという配置となった。シートモケットの色は223系0・2500番台のライトブルー系から濃紺に変更。運転席のシートモケットはブラウンで統一されている。 内装の色は先に登場した321系を踏襲しつつ、端部の壁面の色は223系を踏襲して暖かみと明るさを共存させた色調としている。 なお、新快速用座席指定車両「Aシート」はリクライニングシートを装備しており、内装も茶色系と大きく異なる。 情報案内装置は321系と同様のLCDを全16面通路上に配置し、映像による旅客案内を可能とした。字幕は日英二ヵ国語表示となっている。 内装ではドア化粧板の端部を黄色で塗装し、挟まれ、巻き込まれに対する注意喚起を実施しているほか、乗降口床部に黄色の塗装を施して転落防止や段差に対する注意喚起の実施、ドア開閉表示灯を設置してドアの開閉動作に対する注意喚起を実施している。また、更なるホームと車両間の段差低減のため、床面高さを223系2000番台の1,130mmから1,120mmと10mm低くしている。 2次車では本車両よりも先行して登場した227系に準じ、これまでは幕式だった種別表示器、3色LED式だった行先表示器を一体化し、フルカラーLED化している。ただし、前面の種別・行先表示器はサイズの問題からフルカラーLED化は行われたものの、一体化はされていない。また、室内灯を従来の蛍光灯からLEDに変更し、消費電力の削減と照度の向上を図った。 これに伴い、これまでJR西日本の通勤・近郊形電車では標準装備であった蛍光灯カバーが廃止されている。 ◆走行機器 これまでJR西日本の車両はM車とT車で構成されていたが、225系では125系で構築され、2両以上で運用する321系を製造するに当たって更に進化した0.5Mシステムを踏襲、全ての車両を電動車として車種構成を統一し、コストの削減や保守管理が容易となるように配慮されたばかりではなく、故障時の冗長性も高められている。 制御装置は223系と同じIGBT-VVVFインバータだが、制御群は1C1Mから1C2Mに変更されている。これは0.5Mとなったことや、全電動車となったことで冗長性が高まった為である。 モーターは運転性能の向上や寿命の延長を図るために出力が強化され、223系の220kWから270kWとなっている。このモーターは今後の標準と位置付けられており、他形式には制御ソフトやギア比の変更で対応するようになっている。 台車は321系のものを改良した軽量ボルスタレス台車で、軸箱支持方式はJR西日本の電車では標準の軸梁式となっている。先頭車用と一部の中間車の付随台車(*1)には駐車ブレーキが取り付けられている。 パンタグラフは従来の下枠交差式からシングルアーム式となった。クモハ225形・モハ225形に各1基ずつ搭載されているが、2次車では走行機器二重系統化の一環として、モハ225形100/400代・モハ225形5100代のパンタグラフを1基増設して2基とし、1基が故障しても運転を継続できるように配慮されている。 223系との併結運用が主体となるため、223系との併結が可能となっている。伝送システムが223系と225系とでは全く違うため、225系側が読替装置搭載で対応する。伝送装置の伝送速度は1次車では10Mbpsだったが、2次車以降では種別・行先表示器のフルカラーLED化や一部機器の二重系統化に対応するため100Mbpsに強化され、一部の引き通し線が廃止された。この関係で2次車では1次車に比べて1.3~1.5t程度の軽量化が行われている。 2次車ではこの他に、福知山線脱線事故において乗務員がTE装置(*2)を作動させることが出来ず、対向から来た特急が事故列車とあわや衝突という事態を引き起こしたことから、このTE装置を自動的に作動させる車両異常挙動検知装置が搭載された。 これはシステムによって決められた以上の車体上下加速度(脱線)、車体左右加速度(転覆)、車体前後加速度(衝突)を検知した場合には、TE装置を自動的に作動させる装置で、521系3次車および227系、207系体質改善車に搭載されているものを225系用にシステムを書き換えて搭載している。 最高速度は0番台は223系1000・2000番台に合わせ130km/h、6000番台は「221系性能」の223系6000番台に性能を合わせているため120km/h、5000番台は223系0・2500番台に合わせ120km/hとなっている。 編成表 左側が米原・篠山口・天王寺方、右側が姫路・大阪・関西空港方 凡例 ●●:動力台車 ○○:付随台車 < >、>:パンタグラフ 網干総合車両所所属車 1次車 I編成 > > > クモハ225-0Mc モハ224-0M' モハ224-0M' モハ225-500M5 モハ224-0M' モハ224-0M' モハ225-300M3 クモハ224-0M'c ○○ ●● ●● ○○ ●● ○○ ○○ ●● ●● ○○ ●● ○○ ○○ ●● ●● ○○ U編成 > > クモハ225-0Mc モハ224-0M' モハ225-0M クモハ224-0M'c ○○ ●● ●● ○○ ○○ ●● ●● ○○ 2次車 I編成 > > < > クモハ225-100Mc モハ224-100M' モハ224-100M' モハ225-600M5 モハ224-100M' モハ224-100M' モハ225-400M3 クモハ224-100M'c ○○ ●● ●● ○○ ●● ○○ ○○ ●● ●● ○○ ●● ○○ ○○ ●● ●● ○○ U編成 > < > クモハ225-100Mc モハ224-100M' モハ225-100M クモハ224-100M'c ○○ ●● ●● ○○ ○○ ●● ●● ○○ 3次車 I編成 > > < > クモハ225-100Mc モハ224-100M' モハ224-100M' モハ225-600M5 モハ224-100M' モハ224-100M' モハ225-400M3 クモハ224-100M'c ○○ ●● ●● ○○ ●● ○○ ○○ ●● ●● ○○ ●● ○○ ○○ ●● ●● ○○ L編成 > < > クモハ225-100Mc モハ224-100M' モハ224-100M' モハ225-100M モハ224-100M' クモハ224-100M'c ○○ ●● ●● ○○ ●● ○○ ○○ ●● ●● ○○ ●● ○○ U編成 > < > クモハ225-100Mc モハ224-100M' モハ225-100M クモハ224-100M'c ○○ ●● ●● ○○ ○○ ●● ●● ○○ 4次車 K編成 > < > クモハ225-100Mc モハ224-100M' モハ225-100M クモハ224-700M'c7 ○○ ●● ●● ○○ ○○ ●● ●● ○○ 網干総合車両所宮原支所所属車 ML編成 > > クモハ225-6000Mc モハ224-6000M' モハ224-6000M' モハ225-6000M モハ224-6000M' クモハ224-6000M'c ○○ ●● ●● ○○ ●● ○○ ○○ ●● ●● ○○ ●● ○○ MY編成 > > クモハ225-6000Mc モハ224-6000M' モハ225-6000M クモハ224-6000M'c ○○ ●● ●● ○○ ○○ ●● ●● ○○ 吹田総合車両所日根野支所所属車 1次車 HF400編成 > > クモハ225-5000Mc モハ224-5000M' モハ225-5000M クモハ224-5000M'c ○○ ●● ●● ○○ ○○ ●● ●● ○○ 2次車 HF600編成 > < > クモハ225-5100Mc モハ224-5100M' モハ224-5100M' モハ225-5100M モハ224-5100M' クモハ224-5100M'c ○○ ●● ●● ○○ ●● ○○ ○○ ●● ●● ○○ ●● ○○ HF400編成 > < > クモハ225-5100Mc モハ224-5100M' モハ225-5100M クモハ224-5100M'c ○○ ●● ●● ○○ ○○ ●● ●● ○○ 現況 ●運用路線 0番台:JR神戸・京都線・琵琶湖線・湖西線・草津線・赤穂線主に新快速・快速として使用される。一部に区間運転の普通運用もある。 6000番台:JR宝塚線・福知山線主に丹波路快速・快速として使用される。朝晩には大阪発着の普通運用もある。 5000番台:阪和線・大阪環状線・関西空港線・きのくに線4両編成は主に関空快速・紀州路快速として使用される。6両編成は103・205系に代わって普通運用に就いている。 運用上の区別などはないため、223系との併結運転が実施されている。このため、 「225系が来たと思ったら自分の乗車位置に停まったのは223系だった」 という事態も起こりうるので、225系に乗りたい場合は要注意。 また、6000番台は近年網干総合車両所の221系に代わって神戸ルミナリエなど、多客期のJR神戸線臨時新快速運用にも就いている。6000番台は全て元々網干総合車両所配置の0番台であったため、ある意味里帰りしてきたとも言える。 追記・修正よろしくお願いします。 △メニュー 項目変更 この項目が面白かったなら……\ポチッと/ -アニヲタWiki- ▷ コメント欄 [部分編集] 名前 コメント