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月曜の朝はいつにも増してうだるい朝だった。俺は基本的に冬より夏のほうが好みの人間だが、こんなじめじめした日本の夏となると、どちらが好きか十秒程度考え直す可能性も否定できないくらいに微妙である。途中で出くわした谷口や国木田とともにハイキングコースを登頂したが、校門に辿り着く頃にはシャツが既に汗ばんでいた。ハルヒの判断は懸命である。長門がいない上にこの暑さでは、映画撮影などやってられん。 二年の教室に入って自分の席に着くと、後ろでスタンバっていたハルヒが肩を叩いてきた。 「ねえキョン、夏休みにやらなきゃいけないことって何だと思う?」 「ああ、そういや、もうそんな季節だな。俺にとってはどーでもいいことだけどよ」 「何よそれ」 「失言だ。忘れてくれ。それで何だって?」 俺は教室内を見回しながら訊いた。今日もとりあえず危険人物はいないが、このままいったら夏休み中の俺はブルー一色に染まること間違いなしだ。 「夏休みにやらなきゃいけないことよ。時間は刻一刻と過ぎていくんだから、常に次のことを考えてないと生きていけないわ」 「次のことまで考える余裕があるなんてうらやましいね。そんなもん、夏休みが来たときに考えればいい」 ハルヒは俺の意見を無視して一人で目を輝かせ、 「とにかく合宿は不可欠よね。てか、決まっちゃったし。そしてプールと花火大会とバイトと……」 「あと宿題な」 「何よそれ、夏だってのにシケてるわねえ」 そんなこともない。永遠に終わらない夏とどっちがいいかって言われたら俺は迷わず宿題を選択するぜ。 「やっぱ夏よ、夏! 高校に入るまでこんなに夏休みを待ち遠しく思ったことなんてないわ」 「へえ。高校の夏休みってのはそんなに面白いもんだったか?」 ハルヒは俺の問いに自然に――本当にごく自然に――答えた。 「SOS団で騒げるんだもん。楽しいに決まってるじゃん!」 俺は一瞬言葉を失って、妙な空白があった後にああそうだよなと相槌を打った。俺の笑顔は引きつっていたことだろう。 古泉の言っていたことはそんなに的外れではないのかもしれなかった。 楽しさの対象が宇宙人でも未来人でも超能力者でもないことを、ハルヒは自ら断言したのだ。悪いことじゃない。俺の目の前でハルヒが屈託なく笑ってやがるのも一年前にはありえなかった光景だと思えば、ハルヒの状態は確実によくなりつつあるということになる。 そこで俺ははたと考え込む。 しかしそれは、いったい誰にとってなんだろうか。ハルヒの精神が落ち着いてきていい状態だというが、それは誰にとっていいんだ? 俺にとってか。それともバイトが減る『機関』にとってなのか。 ハルヒがどこにでもいるフツーの女子高生になっちまうことを俺は本当に望んでいるか? 俺だけではない。朝比奈さんも古泉も、本当にそう望んでいるのだろうか。もし個人個人の持つ雑多な事情から解放されたとしたら、その答えは変わるかもしれん。少なくとも古泉はそう言っていた。 SOS団という謎の団体に俺は何かを感じていたのだった。もちろんそのSOS団は休日に遊ぶ仲間の集まりなんかではない。宇宙人の長門と未来人の朝比奈さんと超能力者の古泉と、ハルヒと、そして俺がいる団体こそがSOS団なのだ。いつの間にヒマな高校生の集まりに成り下がっちまったんだ。 そう思ってから、俺はまた頭をかきむしった。たった今、俺は、成り下がるという言葉を無意識に用いて、休日に遊ぶ仲間の集まりという意味でのSOS団を否定してしまっていたのだった。肩書きはどうあれ朝比奈さんと長門と古泉がいればいいという、そのきれい事のような考えだけでは割り切れないような感情が俺の奥底に、確かにあった。 ハルヒは何の迷いもない顔をしている。ただ、その銀河群が入っていそうな瞳の輝きが少し薄れているだけだ。惜しみなく部室専用スマイルをふりかけるハルヒを、俺はただぼんやり眺めていた。 * ハルヒの一年時のメランコリーをリアルな感じで悟りつつある俺は、結局昼休みまで動く気力が出なかった。 一年前の春、何で宇宙人に固執するんだと訊いた俺に、そっちのほうが面白いじゃないのと当然のように答えたハルヒはどこへ行っちまったのか。窓の外を眺めているとなぜか思考が巡りに巡ってしまうようなので、俺はシャーペンをつかんで黒板に焦点を合わせ、授業を受けるべくしていた。 昼休み、俺が後ろを振り向くとハルヒはすでにおらず、おそらく学食か購買へ行ったものと思われる。 俺もそろそろ部室に行かねばならんだろうと思っていると、谷口と国木田が近づいてきた。 国木田は俺の顔をまじまじ見て、 「キョンさあ、最近疲れてるのかなあ」 唐突な指摘の質問に俺は多少びっくりしながら、 「そうかもしれんな。ハルヒといれば誰だってこうなるぜ」 もっとも昨日今日の疲れはハルヒパワーが全開であるための疲れではないというのは胸の内に収めておく。むしろハルヒが騒ぎ立ててくれていたら俺の疲れも多少は癒されていたというか、俺の心のわだかまりも忘れることができたのかもしれん。 谷口が俺の頭をポンポンと叩いてきた。 「まったく、うらやましい野郎だ。たとえ相手が涼宮だとしても、女と一緒にいて遊び疲れたってのは贅沢の極みをいく悩みだぜ。ああくそ、俺、もういっそのこと涼宮でもいいから狙っちまおうかなあ。おめーら、まだ付き合ってねえんだろ?」 何を血迷ってるんだ。他の女なら俺が紹介できる限りでしてやるから、ハルヒだけはやめておけ。あの狂気にやられて、生活を狂わされちまった実例がお前の目の前にいるんだよ。ハルヒは常人が相手にできるような奴ではない。奴と同じくらい狂ってる人間か、あるいは釈迦並の寛大さを持ち合わせた奴じゃないと無理だ。 「いいや、そんなことはない。あいつだって一応は女だ。ひっくり返せばけっこう常識的な人間だぜ。これはなあキョン、涼宮と五年間も一緒のクラスでいる俺の境地に達したから解ることなんだ。あいつは、けっこうまともな人間だ」 まともな人間ね。谷口の言葉すら煩わしく感じた。そんなことは俺だって知ってるんだよ。 そりゃよかったなと適当に返事をして、俺は弁当箱を持って立ち上がった。 「あれキョン、教室で食べないのかい?」 「部室で食うよ。悪いな」 とにかく今はハルヒのことで頭を悩ませている場合ではない。いや、そういうと何か変わりつつあるハルヒに後ろめたいのだが、俺の頭のデキは誰もが知るとおりである。そんなたくさんのことに気を回していたらパンクしちまう。 チープでありきたりな描写で申し訳ないのだが、俺にはこの時すでに予感があった。 窓の外の世界が、二年五組の風景が、ハルヒが、もっと言うと俺の目に入るすべてのものが妙な嘘っぽさを纏っていた。平べったい風景となって不協和音を奏でていた。嵐の前の静けさというアレである。 そしてまた、その静けさは嵐によって吹き飛ばされるのである。空虚な時間は現実のどんな出来事によってでも、軽く夢世界のものになり得る。 俺は弁当を持って部室に向かった。心臓が知らぬ間に激しく鼓動していた。理由は解らん。 長門のクラスをのぞいてみたが、やはりというか、長門の姿は発見できなかった。 最初は歩いていたのがやがて早足になり、小走りになったところで部室に到着した。部室棟二階コンピ研の横、木製の扉。 そこで、地獄を見た。 * 俺は愕然とした。発する言葉もない。口をあんぐりと開けて首を回し、最後には頭を抱えて床に崩れ落ちた。 予感は当たった。当たってしまった。 ハルヒの精神が変わりつつあるという俺の憂鬱の発生源は瞬く間に消え去って、代わりに暗い未来予知が的中してしまった予言者のような沈黙が俺の心を支配した。 俺に否はないと断言できるが、それでどうしたという話である。現実は淡々と、ただし深く突き刺さる。 部室から、朝比奈さんのコスプレ一式がハンガーラックごと消え失せていた。 誰かが動かしたのだろうか。まとめてクリーニングに出したとしてもハンガーラックまでなくなることはないだろうし、俺はそんなのが楽観論にすぎないことを知っている。もしそのクリーニング説が本当だったのだとしたら、俺はそのクリーニングに出した奴をすぐさま訴えてやろう。精神衛生上よろしくないにも程があるぜ。 何をするともなしにゆらゆらと部屋の中を徘徊する。 ハードカバーがどっさり入っていたはずの本棚はがら空きである。遠い昔の記憶のような錯覚を受ける先週の金曜日、長門がいたときにやった七夕の竹だけはいまだに部室の窓にもたれかかっているが、長門と、そして朝比奈さんの願い事が書かれた短冊だけはなくなっていた。朝比奈さんが長門と同様の現象に見まわれたという証拠だった。 さらに、横の棚には急須がない。ポットだけはあるものの、よく見ると棚に乗っているのは茶葉ではなくてインスタントコーヒーである。普段は誰が淹れているのか知らんが、朝比奈製のお茶よりもおいしいようなことはないだろうね。ハルヒでも俺でも古泉でも、朝比奈さんのスキルはそう簡単に獲得できるものではない……。古泉? ハッとして振り向いた。そこには古泉が持ち込んだ古典的ボードゲームの数々が―― あった。 俺は深く息を吐いた。消えた長門の例からすると、そいつにまつわる物体がなくなっていると本人も消えているらしいから、古泉がこよなく愛するボードゲームがあるということは、古泉はまだ消えていない可能性が高い。 カチャリ。 突如、ドアノブを回す音がして部室の扉が開いた。 「やあどうも」 軽快を気取るような声をして入ってきたそいつには、いつものハンサムスマイルに少し苦笑が混じっている。すべてを知り合った仲間に自らの失態を告げるときのような、自嘲めいた微笑みである。 「よほどあなたに連絡を取ろうかと思っていましたよ。もうその必要もないでしょうが。さて、お気づきですか?」 ああ。嫌なことにたった今気づいてしまったところだ。 「ええ、そうです。とうとう二人だけになってしまいました」 その言葉はどう解釈すればいいんだろうかね。場合によっては殴るぜ。 「冗談です」 古泉は肩をすくめるお決まりのポーズを取り、団長机に置かれているデスクトップパソコンに歩み寄った。 俺は古泉にうさんくさい視線を投げかけながら、 「何が起こってるんだ。朝比奈さんもいなくなっちまったのか?」 「ええ、どうやらね。それに朝比奈さんだけではないようです。僕の組織が監視していた何人かの未来人が、今朝を持って一度にいなくなりました。ついでに橘京子の組織からも連絡を受けました。藤原という未来人もいなくなったらしいですよ。情報統合思念体製のインターフェースが消えたときとまったく同じ状態です」 しかしそこは未来人だから、未来に帰ったとかそういうことはないのかな。 「あなたは朝比奈さんから何を聞いたんでしょうか。時間平面がねじ曲がっていてTPDDの使用は不可能、と朝比奈さんは言っていたように思いますが。未来にも過去にも逃げることはできません。朝比奈さんも、まず間違いなく誰かに消されたんですよ。おそらく、周防九曜にね」 そんくらい俺も解ってる。 「じゃあ仮に犯人を九曜だとしても、あいつはいったい何を企んでるんだ。宇宙人を消し、未来人を消してさ。世界征服か?」 古泉はデスクトップパソコンを操作して立ち上げてから俺に目を戻すと、さあどうでしょうと首を傾げた。 「周防九曜が犯人であるということに異論はありませんが、目的がそんな単純なものだとは信じがたいですね。そうだったら、長門さんが以前やったように世界改変を行えばいいだけの話です。重ねて言いますけど、今回のこれは世界改変ではありませんよ。元の世界から宇宙人や未来人を引き抜いただけです」 じゃあ何のためにやったんだ。目的もなしに行動するような奴は少ないぜ。あいや、九曜ならその少ないの中に入るかもしれんが。 「目的は僕には解りませんね。涼宮さんに近づこうとしているのか、SOS団を崩壊させようとしているのか、あるいは邪魔者を排除してから何かをするつもりなのか。どちらにしろ、どうせ僕たちには対抗策などありません。長門さんや朝比奈さんを活殺自在にできるような存在にはね」 「お前にしては珍しく悲観的な意見だな」 「そうでしょうか。これも一種の作戦だと思いますけど。僕だったら無駄な対抗策を打って時間稼ぎをするよりも、残されたヒントを使って謎を解き明かし、新たな可能性を模索するほうを選択しますよ」 そう言って古泉がワイシャツのポケットから取り出したのは紛れもない喜緑メッセージである。生徒会議事録の最終ページで見つけたその文章には何かのパスワードが書かれているが、それはとうとう答えが解らなかったんじゃないのか? 土曜日に貸してやったのに解らないって言ってきやがったじゃねえか。 「そんなことはありません。この世にはね、深く考えてみれば解ける問題と絶対に解けない問題があるんですよ。たとえば宇宙の真理を一般人に答えろと言ってもまず無理でしょうが、この地球上で証明されている簡単な計算なら一般人でも……」 いいから解答が出たのか出ないのか答えやがれ。お前と話していると無駄な思考能力ばっかりついていって、肝心の答えが見つからないような気がしてならん。 「申し訳ありません。答えというか予測ですが、たぶん正しいというものなら出ましたよ。もちろん、このパスワードの在処がね。」 古泉が黙ってデスクトップパソコンを指さしているので、俺は近づいてのぞき込んでみた。 画面の真ん中にキテレツなマークがあって、ページにはメールアドレスとカウンタだけが取り付けられている。モニタが嫌々表示しているように見えるそれは、SOS団のサイトページだった。 「これか?」 と俺。 「そうです。ここのページは過去にも疑似情報操作のようなものを受けていますからね、もしやと思っていましたが、当たってしまいましたよ。長門さんが消される直前か消された後か、どちらにしろ仕掛けを作りやすかったんでしょう。ほら、カーソルをここに当てると」 古泉はカーソルをハルヒ作のSOS団エンブレムに乗せた。すると矢印のカーソルが手の形のカーソルに変わる。なんと、いつの間にかクリックできるようになっていた。ハルヒが俺にやらせずにこんな芸当ができるとは思いがたいし俺はこんな仕様にはしていないし、第三者の仕業で間違いない。 クリックすると案の定パスワード入力ページが現れた。password? と書かれているだけの、質素なページ。 「とまあ、この画面までは昨日までに『機関』のメンバーで考えて判明していたんですが。ただしこのパスワードというのがどうにも解らなくてね。このコピーには『password・すべての始まりを記せ』と書いてあるもので、ビッグバンやら宇宙やら、そのままこの文を入力してみたりもしたんですが、どれもダメでした。ちょっとこれは僕にはお手上げですね」 よくここまで辿り着いたもんだと感心していたが、それを聞いて呆れ返ったね。 すべての始まり? そんなもんは最初っから解っている。 それはビッグバンなんかじゃない。宇宙意識があったことでも、未来から人間がやってきたことでも、赤玉に変身する超能力者が現れたことでもない。少なくとも、俺にとってはな。 喜緑さんのこのメッセージは他の誰に宛てられたものではないのだ。生徒会長でも長門でも朝比奈さんでも古泉でもなく、そしてハルヒにでもない。俺が見つけたのだから、おそらく、俺が読むことを想定して書かれたものだ。 そうとなったら答えは一つである。すべての始まりは、こいつと出会ってからさ。 俺は古泉をどかしてキーボードに手を伸ばすと、その名前をタイプした。 つまり、『涼宮ハルヒ』と。 エンターキーを押すと、ロックが解除されたというメッセージが流れて別のページにジャンプした。 「ほう、さすがですねえ。なるほどあなたにとっての始まりは涼宮さんですか。なるほど、周防九曜や他の宇宙意識には抽象的で理解できない質問と解答です」 古泉がほざいているが、無視して液晶を食い入るように見つめる。ロードの時間がもどかしい。マウスを指でカチカチ叩く。とっととしろ。 出た。 『橘京子を連れてこの場所へ。わたしはここにいる』 それだけだった。ページのほとんどが白で埋め尽くされており、その真ん中あたりにかのような文字が活字体で羅列されていた。何だこれは。 わたしはここにいる。 ハルヒ(実際には俺)が四年前、東中のグラウンドにラインカーで白線引いて書いたアレだ。どっかの宇宙に宛てた奇妙な絵文字の意味がこれだったらしい。 俺は長く息を吐いた。間違いない。このメッセージは長門が作成したものだ。わたしはここにいる、と書かれていると教えてくれたのは他ならぬ長門だったのだ。 しかし、どういうことだ。 わたしはここにいる。 そして、橘京子。古泉とは異なる力を持つ超能力者。今回は共闘宣言をしてきたが、信用しきれない部分もある。そいつを連れてこの部室に来いと言うのか。意味が解らん。 もう少しヒントが欲しかった。そうでなけりゃ、パスワードなんかいちいちかける必要もなかろうに。スクロールしてみたが隠し文字はなかった。 「これだけですか?」 俺に訊くな。 「しかし、これだけでも取るべき行動の情報は得られましたね。長門さんらしいと言うべきか、最低限でも必要なことだけは明記してくれています。二文目はオマケのようなものですよ」 「橘京子をここに連れてくるってか」 あまり気分のいいことではなかった。当然気乗りもしないし、疑心暗鬼にさえ陥るかもしれない。 なにしろ、橘京子はついこの間まで敵対していたのだ。古泉の組織とは平行線で交わることはないなどと抜かしてやがったが、今になって急に考えを変えてきた。 しかし、さすがにほいほい信用できるものではないね。SOS団の命運がかかっているのだから、ついこの間までの敵を味方としてアジトに連れ込むのはどうかと思うぜ。 「あなたはそう言いますけど」 古泉が反論した。 「昔の立場関係というのは現在になってみればまったくどうでもいいことなんですよ。大切なのは現状です。特にこの場合はね。橘京子が味方になってくれる。客観事実だけを受け止めるのなら歓迎すべきことじゃないですか」 「確かにそうだけどな。けど俺が言いたいのはそこんとこじゃないんだ。土曜日に橘京子と会って話して、SOS団側につくって言われた。そんでもって今日はこのメッセージを見つけたんだ。橘京子を連れてこいってな。まるであいつが味方なのが前提みたいに書かれてるじゃないか」 「なるほど。それで」 言わなくても解るだろう。都合がよすぎるんだ。 古泉は数秒だけ首を捻っていたが、やがて微笑に戻るとどうでしょうねと言った。 「都合がいいのはあなたの仰るとおりですが、それはあくまで都合という観点で見たらの話です。あなたは、その都合というのは低確率が連続する問題だと信じているようですが、そうでなかったらどうでしょう。確率など関係なく、誰かの手によってそうなるように仕組まれていたとしたら」 「何が言いたい」 「これは僕の予想に過ぎませんが、橘京子の一派は何かをつかんでいると思うんですよ。もちろん彼女のつかんでいる情報はこちらには回ってきませんし、それはあくまで敵対組織同士だからです。ただ、彼女はそれをつかんだ上で合理的に行動している。SOS団に味方するというのも何か意味があるからです。おそらく、彼女はこのメッセージがなくとも、真相を知っていたんですよ。この事件を解決するためには自分の存在が必要不可欠だとね。たぶん土曜日、あなたと会って話す前から」 俺は土曜日の橘京子を思い出していた。 そういえば奴は佐々木に謝罪していたな。俺たちと会うために時間とルートを調整させてもらっていた、とか。さらにあの日の目的は俺たちに共闘を宣言することにあったといっても過言ではないだろう。 それもすべてを見越しての行動だったのか。ということは、あいつは長門がどんな目に遭っているかの詳細を知っていたということなのか。土曜日の時点で。 「いえ、これはあくまでも僕の推測に過ぎませんから。あまり深く考えないで下さいよ」 「そりゃいいが、どっちにしろやることは決まったな。橘京子に連絡を取るんだ」 「それが……」 古泉は困ったような顔になった。 「できないんですよ」 「…………何っ?」 できない。橘京子と連絡を取れないってのか。おいおい、どういうこった。 「彼女たちの組織に実体はありません。ですから正確に言えば組織ですらないんですけどね。いつも、ばらばらなんですよ。僕たちの『機関』に情報を提供してくれる場合でも匿名性のある手段しか使いませんからね。もちろん、自慢ではありませんが僕や『機関』は彼女の携帯電話の番号は知りませんし、どこに住んでいるかも知りません」 そんな……。じゃあ、あいつをメッセージ通りここに連れてくることなんか不可能じゃないか。 俺が顔面蒼白なのに比べ、古泉はずいぶんと落ち着き払っていた。おかしいくらいに。 「ですから、彼女たちからやって来るのを待つだけです。彼女は長門さんが作ったと思われるこのメッセージは知らないでしょうが、もっと核心に近いことをつかんでいるはずです。おそらく、土曜日にあなたの前に現れたように、何か必要があったらここにも現れるでしょう。自分が僕たちにとって必要不可欠の存在であるということも見通しているでしょうから。ただし、それがいつかは解りません。ですから、僕たちはひたすら待つわけです」 何をお前、そんなすがすがしい顔してやがる。いつかも解らねえ救助を待ってたら、大抵はのたれ死ぬぜ。そんなのは、白骨死体となって発見されたあまたの冒険者が証明してくれてるだろうが。それでもいいのかよ。俺は嫌だね。 「ふふ。どうしてだろう、不思議と怖くはないんですね。こういうスリルに憧れていたのかもしれません。――あなたは『二年間の休暇』を知っていますよね」 「いきなり何を言い出しやがる」 「本のタイトルですよ。『十五少年漂流記』とも呼ばれますが」 「それがどうかしたか?」 「分析してみると、僕の感情はあれに近いものなのかもしれないと思いましてね。彼らが辿り着いたのは孤島ですから、まっとうな手段では脱出不可能です。最終的には外部の人間に発見されて助けられるわけですが、僕のおかれた状況もちょうどそんな感じだと思ったんですよ。推察を巡らして手を尽くし、自分の力ではどうしようもないと悟ったとき、僕は、以前は、絶望するに違いないと思っていました。しかし意外でしたね。違いました。全然そんなことはない。むしろ気が晴れましたよ」 気でも狂ってるんじゃないかと言いかけてその言葉を呑み込んだ。マジで気が狂ってるんだろう。俺か古泉か、どっちかがな。 古泉はしばらく部室の窓の外を眺めていたが、やがて振り返ると真面目な表情に戻っていた。 「長門さんが突然消えて、その原因がはっきりしないまま朝比奈さんまで同様の現象に見まわれてしまったらしい。いや、宇宙人と未来人が、と言ったほうがいいでしょうね。そこまでいったら次に何がくるか、あなたなら解りますよね」 「超能力者か」 「あるいは、あなたです」 古泉のいつになく刺々しい声が冷酷に響いた。俺が目を逸らすと、古泉は真面目な話ですよと言った。 「土曜日にお話しした僕の最後の仮説――覚えてますね。僕たちは何者かに消されるのを待つ身なのかもしれない。それが、もしかすると真相なのかもしれません。時間の差はあっても、僕もあなたもやがては消されます」 古泉の複雑そうな横顔を、俺はぼーっと眺めていた。 超能力者が消えるなら橘京子も一緒に消されちまうんじゃないかと言おうかと思ったがやめた。そんな仮説に意味はないし、そういう仮定をする必要もない。古泉の言うとおり、橘京子が現れるのをただ待っているしかないのだ。先方が事情を承知しているなら、後は奴の慈悲深さに期待するだけである。しかしきっと、いるかも解らん神様よりはアテにできるだろうよ。いや微妙なところか。 「じゃあ」 俺がしばらくだんまりをやっていると、古泉がドアに向かって歩き出した。ドアノブに手をかける。 俺は咄嗟に口を開いた。 「古泉、てめえ明日もここにいろよ。消え失せたりするなよ」 一瞬古泉の手が静止したが、それでも特に答えることなく扉を開けて出ていった。その背中を見送って、しばらくSOS団サイトを表示しているパソコンを眺めていた。やがてチャイムが鳴ったので帰ろうかと思ったところで、弁当を食っていないのに気づいた。 * 「遅かったじゃないの。あんた昼休み中何やってたのよ」 授業開始直前にスライディングセーフを果たした俺は、特に何もすることなくそのまま五時限目六時限目をやり過ごした。もう少ししたら授業も夏休み前モードに切り替わって楽になるのだが、今のところは追い込み漁的な授業が続いていてちっとも心が安まらん。俺の場合、課外活動とその他の時間が一番疲れるのだから、授業中は睡眠学習を許可するよう教師も取りはからうべきである。 疲れという概念を本気で知らなさそうなのはハルヒくらいであって、俺の苦労も知らないハルヒの問いに、俺はだれた声で部室とだけ答えた。 「お前は何やってたんだ、昼休み中」 何となく訊いてみる。 「学食から帰ってきたら、ずっと窓の外眺めてたわ。気分で」 「何考えてたんだ。明日の天気か?」 「合宿のことよ。何して遊ぼっかなーと思って」 明日の天気と答えられても困るが、合宿のことと答えられても俺はなんだかため息を吐きたい気分だった。UFO召喚の儀式について、と答えられたら反応が違っていたかもしれない俺を一瞬思って、何を血迷っているのだと頭を振った。 「話は変わるけどさ」 俺はそう切り出し、 「去年の文化祭のときの映画撮影を覚えているよな。朝比奈さ……じゃない、どんな映画だったか言ってみてくれないか?」 「映画撮影?」 俺の予想が正しければ、ハルヒは間違ってもみくるちゃん主演の、とは言い出さないはずである。古泉の仮説通りなら、朝比奈さんはもとからこの世界にいなかったことになっているのだ。いないはずの人物が映画の主演をできるわけがない。というか、朝比奈さんがいなかったらハルヒは映画撮影なぞをやる気はなかったかもしれん。 やはり、ハルヒはいぶかしげな顔をした。 「何よそれ。そんなのはやった覚えがないわね。あ、でも面白そうじゃない。映画撮影かあ。なあにキョン、今年の文化祭か何かで映画を発表でもするつもりなの?」 「別に」 適当に受け流す。 どうやら古泉の仮説は正しかったらしい。朝比奈さんは長門と同じように消えちまっているという証明である。 俺は質問を変えた。 「じゃあ、SOS団の団員は最初っから三人だけだったかな。俺とお前と古泉。違うか?」 「何なのよ、キョン。そんな当たり前なことを訊いて。机の角に頭をぶつけて記憶喪失にでもなってるんじゃないの? あるいは頭がおかしくなってるのかしら」 ああ、その可能性は今回はまったく考慮してなかった。しかし古泉たちも記憶が俺と同じなのだから、黙殺でいいと思うね。 「なあハルヒ。俺さあ、金曜日の朝もこんなことを訊いてなかったっけ? あの時は長門有希って女子のことについてだった気がするが」 「どうだったかしらね。そうねえ……言われてみればそういう気がしないでもないけど……ところでキョンあんたいったい何なのよ。言いたいことがあるならはっきり言いなさい。遠回しな訊き方されるとすっごく気持ち悪いんだから」 一瞬、いっそのことすべてを率直にゲロってしまおうかと考えてから放棄し、ため息とともに何でもないと常套句を吐いて前に向き直った。 不意に、恐ろしいまでの虚無感が押し寄せてきた。感覚はそろそろ麻痺しちまっているが、時々、思い出し笑い並の唐突さでやってくるこれは吐き気を伴うまでになっている。 ホームルームが終わったら朝比奈さんと仲のいいはずだった鶴屋さんのところに行ってみようかとも思ったが、面倒になってやめた。 ホームルーム中、俺は机に伏せて微動だにしなかった。 * この日の放課後は特に何もなかった。 もっとも、長門や朝比奈さんがいなくなる以上に何かあってもらっては困るのだが。 この日は本当に、朝比奈さんがいないと部室で腹に入るものがとたんにまずくなることを実感したね。物理的にも、精神的にも。インスタントコーヒーだってたまにはいいだろうが、朝比奈さんのいないこのSOS団では、コーヒーは欲しかったら自分で淹れろという規律が存在しているようであり、自分で淹れたコーヒーを自分で飲んだところで味も素っ気もない。 無論そう感じるのは俺のコーヒースキルが劣っているからということにとどまらず、部室にいる人員にも問題があった。やっぱりこの部屋にいるのがハルヒと男二人だけってのは寂しいものなのだ。長門の読書姿でも、朝比奈さんのお茶汲み姿でも、それがSOS団の象徴になっていたということを改めて思い知らされた。 結局この日は喪失感が大きすぎて何もやる気がしなかった。古泉がヤケ気味に囲碁対戦を申し入れてきやがったが、今日ばかりは断らせてもらうぜ。 そんなこんなで、ハルヒはパソコンに向かっていたり雑誌を読んでいたりで、古泉は完全に持て余して詰め将棋状態、俺はパイプ椅子で半分以上茫然自失としているという、ある種異常とも言える本日の部活動は、うだうだの暑さが引いてきた頃に校内に響きわたったチャイムをもって終了した。 そうとなればもうこの部室にいるわけにもいかず、やがてして俺らは大量の生徒とともに校門から吐き出されることになった。俺はハルヒの後をセンサーで感知して動くロボットみたいに追い続ける。三人で、今の俺にとってはくそどうでもいいようなことを会話しながら、いつもの駅前に着くと、そこでまた明日と言って二人と別れた。 古泉もハルヒも、やがて街の雑踏の一部と化す。 * 家に戻った俺は、それでもまだ茫然としていた。ショックが大きすぎたのだろうか。 そんなのは言うまでもなく当たり前である。ただでさえ長門と朝比奈さんが消えてしまったショックはひどいのに、さらにこれ以上誰かを失う可能性が示唆されているというのだ。古泉はそう言っていたし、それは俺も納得せざるを得ない。明日仮に古泉が消えていたとしても、それはもはや、俺にとって驚愕すべき事態ではなくなっているのだ。 ではそうならないために俺は何ができるか。それはただ、待つことである。橘京子が助けに来るのを待つだけである。今日、それを自覚されられてしまった。 正直言って、俺は参っていた。 だだっ広い暗闇の中に置き去りにされて、それでも俺はそこから一つの希望を見いだした。その糸をたどっていって、ようやくはっきりした光明が差したのだ。SOS団のウェブページに現れた文章がそれである。橘京子を連れてこい。 それが俺たちの力では不可能だと悟ってしまった。橘京子の連絡先も所在も一切不明なのだ。どうしようもない。ただ俺たちは、橘京子が早く現れてくれることに運命を託したのだ。橘京子がライオンで俺たちは狙われたシマウマといったところか。別に橘京子が俺を殺そうと思っているわけではないだろうし立場関係的には間違っているだろうが、それでも活殺自在という根本において大差はない。手を下すのが自分か別の誰かかという違いがあるだけである。 だがシマウマというのは決して気分のいいものではない。俺は人間であるが故に知性というものに持ち合わせがあり、いいんだか悪いんだか知らないが、無抵抗に殺されるような真似はできるだけ回避するようにできちまっている。 そこで俺は思いついた。人智の発想さ。 誰か、橘京子の連絡先を知っていそうな奴はいないか、と。 思いついたね。そんときはおおいに笑みがこぼれた。 俺はそんなことを夕食を食べながら、風呂につかりながらずっと考え倒していた。おかげで、食事中はひたすら黙し続けて体調を心配されたり、風呂から出たときは全身がゆでダコのように真っ赤になっちまった。 風呂上がりですぐさまコードレスフォンを手にして自室にこもった。妹がふとどきにも俺の部屋でシャミセンと戯れてやがったがエサで釣って追い出してやった。たやすいもんだ。 電話は何回かコールした後、繋がった。 『もしもし』 「もしもし。ああ、俺だ」 とか言ってからナントカ詐欺を思い出したが、相手には無事に伝わったようだった。 『ああ、キョンか。こんな時間に、しかも僕に電話してくるとは珍しいね。何か急な用件でもあるのかな』 「まあな」 物わかりがよくて助かる。 俺が電話をかけたのは土曜日に再開を果たした人物の一人――つまり佐々木だった。 当然である。橘京子と俺の共通の知り合いで、しかも俺が絶対的な信用をおける奴など佐々木をおいて他にいないのだ。 「佐々木、お前にも用件の心当たりはあるだろ」 佐々木はしばし考えるふうな沈黙をおいて、 『そうだな、未来人が突如として消え去ってしまったことについて、かい? 橘さんから聞かされたよ。いやあ驚いたね。みんながみんなこういうののジャンルはファンタジーだと言うが、僕にしてみればホラー以外の何者でもない』 「ああそうだ。そのことについてだ。お前に訊きたいことがあってな」 『ほう、何だい。僕はそんな重要情報は持っていないと思うけどね』 それでも佐々木は好態度を示してくれるので俺は話しやすかった。こういうのがコミュニケーションスキルにおいて佐々木と他の連中との違いなんだろうね。 とはいえ、いくら佐々木でもパスワードの内容とか詳しいことまで喋るわけにはいかなかった。そこらへんは適当にごまかして、いろいろ手を尽くした末という表現に変換し、長門のものらしいメッセージを発見したこと、それによると長門を救うには橘京子が必要不可欠であるらしいことを話した。そして肝心の橘京子の連絡先を俺たちの誰もが知らないという、一見コメディである。 「ということでだ佐々木。率直に訊くがお前、橘京子の連絡先を知らないか?」 『それが用件というわけかい』 「その通りだ。知ってたら教えてくれ、頼む」 『いや、知らないんだ。お役に立てなくて申し訳ないが』 ちくしょう。 頼みの綱がまた一本切れた。残ったのはもはや、ただの恐怖でしかない。 「橘京子から教えられてないってのか」 『まあそういうことになるだろう』 「電話番号とかそういうのじゃなくていい。住所とか地名とか、名前でもいい。何か知らないのか?」 『申し訳ないが』 佐々木は同じ言葉を繰り返し、俺が黙り込んでいると電話の向こうで少し笑った。 『驚いたことに、僕から橘さんに連絡したことは一度もないんだ。さすがは橘さんと言うべきかな。味方にも連絡先を教えずに警戒するとは周到だよ』 暗い心のまま佐々木の言葉を聞いていたら何だか呆れてきた。 「お前は、そんな奴を信用してつるんでたのか。自分の連絡先も教えないようなヤツを」 『それはしょうがないことだ。誰にも、これは譲れないというものはあるからね。人はみんな、そういうことを承知した上で他人と付き合っている。承知できないか、承知できる範囲が狭い人間はどうしても他人と距離が開いてしまう。だから僕は橘さんのそういう考え方をできるだけ理解しようと努めているんだ。仲間としてね。キョン、たぶんそれはキミにも言えることなんじゃないかな』 俺は半分頭を素通りする情報を捉えようと電話機を握り直した。 「俺があの超能力者と一緒にされるのはあまり気分がいいもんじゃねえな」 『キョンが橘さんだと言っているわけではない。キミは橘さんの立場にも僕の立場にもなりうるだろうね。SOS団という団体の中で』 だったら俺は間違いなく佐々木よりのスタンスである。三者三様の理屈と考えを噛み砕いた上で俺の考えというものを構築していかねばならんのだから大変極まりない。さらに俺にはハルヒの理屈と考えまでもがのしかかるのだ。もちろんあいつにはあいつなりの理屈があってその上で理論ができているのだから、黙殺するわけにはいかない。 『だからさ、キョン。SOS団の人員と同じように橘さんにも事情がある。もちろん僕や僕の仲間の未来人、周防九曜さんにもね。個人の理屈や考えという観点から考えるのなら、彼女が連絡先を教えてくれないというのに許せないという感情を抱くのは彼女がかわいそうだ』 しかしそうは言ってもな、佐々木。事実は事実だし義務というものもある。俺にとって橘京子は信用をおけない存在で、SOS団のメンツは仲間なのだ。 『言っておくが、キミにとって橘さんは敵だろうが僕にとっては仲間だ。それに僕からすればキミたちの団体のメンバーは信用のおけない存在かもしれない。キョン、常に条件は対等なんだ』 俺がどう反論を試みようかと思っていると、佐々木は急に声を詰まらせた。次に発せられた声が涙声のように聞こえたのは、さすがに俺の耳がおかしいのだと思う。 『橘さんを信じてやって欲しい。これは橘さんの仲間であって、キミが信用してくれている僕からの願いだ。だからキミは今日、僕に電話をかけたんだろう。……頼むよ、彼女はきっとすぐに現れる。だから彼女を責めないでくれ』 「しかし……じゃあ、お前は完全に橘京子を信用してるんだな。すぐに現れると言い切れるんだな?」 『それは少々語弊があるけどもね。ここで人生論を持ち出すほど僕はえらい人間じゃないが、しかし僕には僕の人生があって、僕は仲間についていくことしかできない人間だ。彼女の思っていることを全部見通せる気はしない。だけれど、僕にはそう信じる義務があるのだと思うよ』 俺は嘆息した。これで俺は佐々木を信用する気になった。橘京子を頼る決心ができちまった。 それからしばらく、佐々木と人生論について語り合った後電話を切った。何となく、これから先も佐々木には到底かないそうにない気がしたね。あいつはとんでもない人間だ。 ついでに古泉にも電話してやろうかと思ったが、突如津波が押し寄せるように睡魔がやって来たのでやめた。携帯電話をしまってから部屋の電気を消すと、部屋には静寂がおとずれた。俺はだるい暑さに抱かれて暗い天井を見ながら、さっきの電話のことをしきりに考えていた。 人の事情を承知できる範囲が狭い奴は、どうしても他人と距離が開いちまう。 橘京子と連絡を取るのが不可能だと思い知った後しばらくして熱が冷めたら、その言葉だけがまだ、いやに熱を持ち続けていると気づいた。ハルヒのことが真っ先に頭に浮かぶのはどうしてだろうね。ハルヒにももちろん事情はあるのだ。あいつにはあいつなりの考えがあるし、それは常に変化している。一年前と同じことを考えているわけもない。どこぞのペットの猫よりも気まぐれに、妙な情にほだされることもある。それがいっそう俺をいらだたせるのだ。 考えるべきは消えてしまった長門と朝比奈さんの謎についてであるべきが、なぜかそのことに頭が取られているうちに眠りに落ちた。
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終章 分断された部室の先は、長門のおかげで時が止まってる。 長門も朝比奈さんも古泉も朝倉までもが硬直したように動かない。 俺に危害が加わる事は無いが、介入も出来ない。この膜が俺を阻む。 ドアから外に出ようとしたがドアも開かない。 体当たりや足蹴でドアを破壊しようとするが、鋼鉄のようにビクともしない。 「閉じ込められた。」 直ぐに諦め、近くの椅子に座る。 もう一度長門を見る。無表情な横顔。 いつも俺は何も出来なかった。 いつもそうだ。自分から何かしたことなんか、あの時だけ? あの時も長門や朝比奈さんのヒントのおかげで動く事が出来たっけ。 結局、他人の力無しじゃ動けないのか。 動かない向こう側をに話す。 「ゴメンな。何も出来なくて。」 「あなたは十分頑張った。全て背負うことはない。」 そこには、2人の少女がいた。1人は、礼儀正しそうなお嬢さん。もう1人は寡黙な少女。 「長門。喜緑さん。」 「すみません。手間取りました。色々と邪魔が入ってしまいまして。」 「いえ、感謝しますよ。」 愛想笑いでも付け加えようと思ったが、笑えない。 朝倉が作った偽物の仲間と分かっても、俺自身この状況は流石にこたえたようだ。 長門は、膜で隔てた向こう側を見つめいた。 「ごめんなさい。」 ポツリと漏らす。 それに気付いた喜緑さんは気まずそうに、 「つらい目に会ったようですね。わたしがしっかりしてれば………」と言う。 「自業自得ですよ。」 何故か可笑しさが込み上げる。くくくと笑ってしまう。 目が潤んで何も見えない。泣いているのか俺は。 何故泣く。可笑し過ぎるからか? 『罰』 そう罰だ。何も出来ない罪深い自分への罰なのだ。 くくく あぁ 疲れた。 天井が見える。 ここ、どこだ?学校ではない。 妙にしんみりとしているのは、今が夜だからだろう。 白いベッドの上、服装、花瓶。 直ぐにそこが機関の病院だと気付く。前に来た事もあったしな。 「ハルヒ!!」 横には、黄色のカチューシャを付けた女が椅子に座り、眠っていた。その寝顔は凛として可愛らしい。 寒そうにうずくまっていたハルヒに、俺は毛布を一枚被せた。 さて、また眠くなってきた。 お休み。 「起きろ!!」 あ゛? 俺のスウィートな安眠を妨げる不届き者は誰だ。 「やっぱり。これ掛けたのあんたね。」 目の前には、灼熱の太陽を従える女王が仁王立ちしている。 「ここは何処だ。いや、俺はどうなった。」 「どうって、ここは病院で、あんたは殺されかけたのよ……あたしに。 その後あたしも気を失って、あたし達は病院に運ばれたの。 あたしは直ぐ目覚めたんだけど……あんたは昏睡状態で、医者が…………」 とりあえず、俺は元の世界に帰って来たようでホッとする。 ハルヒの声が震えていたのが分かったが、構わず俺は続きをせかしてしまった。 バカだな、俺は。 「医者が?」 「もう………二度と…………目…が……覚め……ないかもって。 あたしのせいよ………全部あたしの…………」 ハルヒはぶわっと泣き出してしまった。このままだと泣き止まない。 どうしようか悩んでいると、棚の上に置いてある俺の携帯に焦点があった。 携帯を引っ張り出し、キーホルダーを見る。 キーホルダーの中央に縦に亀裂が入ってしまっている。よく見ると、携帯にもキズが…… キーホルダーの切れ目を中心に、力を加える。 ペキッとキーホルダーは半分に割れる。 「ハルヒ。」 「うん………何?」 俺はキーホルダーの半分を差し出す。 「これが俺達の絆の印だ。」 「え……嘘…………夢じゃ……」 「正夢なんて、ザラにあるさ。一生お前を支える。SOS団の団員として、1人の男として。いいか?」 ようやくハルヒの顔に笑みが戻る。涙と鼻水でぐちゃぐちゃだぞ。 「…………もちろん!!一生あんたはあたしの奴隷だからね!!!」 やれやれ、一生奴隷とは、なんとも悲しい人生だろうか。だが、その返事が一番心安らぐ。 ふとドアを見ると回診に来ていた先生が驚いていた。 「奇跡だ。」 いいや先生、これは必然なんですよ。ハルヒの厄介な能力が生んだ必然なんです。 その後、色々と問診を受け、明日検査を受けると聞かされた。 会社から駆けつけて来た親父と母親に何があったと聞かれたが、知らないと答えた。 担任の岡部も菓子織りを持って来て男泣きしていた。気持ち悪い。 ハルヒは岡部にバレて、学校に連行された。今日は平日だったのか。 午後にはハルヒ以外のSOS団の仲間と国木田が揃って来た。 朝比奈さんが泣きついてくれた時、古泉から殺気が漏れたのは気のせいだろう。 「谷口はどうした。まだ学校に来てないのか。」と国木田に問う。 「もう学校には来ているけど、気まずいみたいだよ。結構心配してるみたいだけど。」 「首洗って待ってろとでも言ってくれ。」 「分かったよ。じゃあ僕はこれで。」 国木田は俺にリンゴ1つ手渡し、帰って行った。 さて、 「谷口を使った凶行は機関のせいか。」 「Exactly(そのとおりでございます)」 それはまぁどうでも良い。 「長門。ハルヒが今後暴走する確率はあるのか?」 正直な話、朝倉の話はあまり信用は出来なかった。 約一年前ならば起きてもおかしくはないが、現在のハルヒは有り得ないような気がした。 「分からない。今の所その前兆は見られない。」 「そうか……」 「申し訳御座いません。」 初めて古泉の土下座を見た。続いて朝比奈さんと長門も謝った。 古泉に「謝るならケツを出せ。」と言いたかったが、俺には理性が有るため、なんとか堪えた。 「いいさ。お前らは上に反抗してまで俺達を守ってくれたんだろ。それで充分だ。」 「おかげで始末書どころの問題じゃありませんよ。 これで我々は、一生あなた達についていかなくてはなりません。」 聞いたか?故人よ。あの言葉、言う必要は無いみたいだ。 「では、復活の記念に僕との愛を深めましょう。」 ……どうやら、尻のピンチは続きそうだ。 「やっほー。お待たせ!!」 ハルヒが大きな袋を持って病室に入って来た。 「わぁー。何ですか?それ。」 朝比奈さんが興味深々に袋を見る。 「ふっふーん。これはね……」 やれやれ、病院が騒がしくなりそうだ。まあいい。今日はとことん付き合ってやる。 ふと、窓の外を見る。 空には七色の虹が架かっていた。 \(^o^)/Fin. エピローグへ
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涼宮ハルヒの編曲 すすみやはるひのへんきよく【登録タグ:shorter アニメ メドレー 曲 曲す 曲すす 涼宮ハルヒの憂鬱】 曲情報 作詞:?? 作曲:?? 編曲:shorter? 唄:?? ジャンル・作品:メドレー アニメ 涼宮ハルヒの憂鬱? カラオケ動画情報 オフボーカルワイプあり コメント 名前 コメント
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遅刻ぎりぎりで門をくぐった俺は、玄関で靴を履き替え駆け出した。 しかし、靴箱に例の朝比奈さん(大)からの指示文書が入ってなくてよかったなと思う。 読む時間など、今の俺には皆無だからだ。いや、もしかしたら時間など忘れて読んでしまうかもしれんが。 人影も無く、教室からの談笑が聞こえるのみの物寂しい廊下を駆け抜け、一路教室を目指す。 なんてことはない。すぐに到着してしまった。 戸をガラガラーっと開けると、岡部教諭が来たのかと勘違いした奴の目線がこちらに向かってきたが、すぐに元に戻った。 こういうのって気まずいよなー・・・となんとなく思いつつ、ぽっかり空いている俺の定位置に腰掛けた。 と同時に、後ろから奴の声がする。そいつは頬杖をつきながら外を見つめ、横目でこちらを見ながら、 「遅かったわね。あんたが遅刻なんて珍しいじゃない」 と話かけてきた。まぁ分かるとは思うが、涼宮ハルヒだ。 態度でも分かるが、声のトーンが少し低いからして、あまり機嫌は良くないらしい。 「寝坊しちまったんだよ。高校入学以来初だ」 わざわざ振り向いて言葉を返してやったというのに、ハルヒはちっともこちらを向こうとしない。 「どうした、ハルヒ。窓の外に怪しい人物でも発見したのか?」 「別に。ただ、あのあたりであんたがニヤケ面のまま歩いてきてたな・・・って思っただけ」 ・・・ちょっとまて。俺はそんな顔してたのか?全く自覚が無いが。 「自覚してないわけ?ま、みくるちゃんの新コスプレを考えてたときほどじゃないけどね」 バニー、メイドと来たら・・・っていろいろと考えてたんだよな。 結局その後初めて着たコスプレは何だったかな・・・凄く似合ってたんだが・・・えーと・・・、 「・・・・ニヤケ面」 「お前が朝比奈さんの話を出すからだろうが」 朝比奈さんの姿を思い浮かべて微笑むことのない男子など、この世にはいないと思うぞ。ホモ以外でな。 「まぁいいわ。それより、あんたと一緒にいたのって昨日部室に来てた子じゃないの?」 あぁ。お前の話を(唯一)熱心に聞いてた子だよ。 「やる気があるのは結構なことだけど、なんとなく不思議さが足りない気がするのよね・・・」 「俺は不思議でもなんでもないだろうが」 不思議的存在でないのは俺だけだ。SOS団の構成員の中で唯一の普遍的存在が俺なんだよ。 「あんたは雑用係なんだから関係ないのよ。不思議を見つける手助けをする役目なの。それよりね」 それより? 「・・・あんまり団と関係の無い子とそーゆー誤解されるような行動をするのは慎みなさい」 いきなり何だよ。恋愛感情やらその辺のことにはことさら無関心なのがお前じゃないか。 「別に、あんたが誰と付き合おうとあたしの知ったことじゃないけどね」 「そういう行動ばっかりしてると、SOS団がただのお遊びサークルだっていう風に誤解されるのよ」 実際、そのとおりだと思うんだがな。SOS団もお遊びサークルのようなものだ。 いまだにSOS団の活動で不思議を(ハルヒが)目の当たりにしたことなんて皆無だし、 夏休みに孤島に合宿に出かけたり、夏祭りに行ったり、プール行ったり、 冬休みに雪山で遭難しかけたり(これは事故のようなものだが)、春に花見したりっていうのはそういうサークルのやることだ。 イベント好きという点ではSOS団団長も、お遊びサークルの長も一緒らしいな。 目的がそもそも違うが。 「ま、そういうことだから。あんまりいろんなところでニヤケ面晒すんじゃないわよ」 「ニヤケ面は余計だ。第一、俺にそんな下心はだな・・・」 俺が不機嫌そうな声で言った時にやっとハルヒはこちらを見据え、 「いいから。とりあえずそういうのは無しよ。いいわね?」 反論などできん。したらハルヒの怒号が教室中に響きわたることだろう。このエロキョン!!とかな。 そんなことを言われたら、この教室に居づらくなる。 しかし、ハルヒがこのような反応を見せたのは意外としか言いようがなかった。 いままで、男女関係に対する興味など皆無だったあいつが、団がどうのと言いながらも口を挟んできたことがだ。 俺と渡が特別何かをしたわけでもないのに。 . . . . . 疑念の尽きないまま授業を受け、そうするうちにお昼時となった。 いつもどおり、国木田と谷口と一緒に食べる。 始めはいつもどおりのたわいも無い雑談だったのだが、途中でアホの谷口が余計なことを口走った。 「ところでよー、キョン。朝のあれは何だったんだ?」 箸の先をやや俺側に向けながらそう言いやがった。 「さぁな。(モグモグ)・・・俺にもわからん。いつもは『恋愛感情なんて精神病の一種よ』とかいうやつなんだが」 やけに塩辛い焼き鮭を頬張りながら答える。 「あいつらしいな、その言葉は。んで、キョン」 気持ち悪いくらいにニヤケた面をした谷口は、 「俺にはなんとなく読めるぜぇ、あいつの考えてることがな」 自分でニヤケている時には自覚がないが、他人のニヤケ面というのはここまで不快なものなのであろうか。 「もっとも、あいつの思考回路が一般的な女子高校生と同じものだったらの話だけどな」 ハルヒの精神分析は古泉の得意分野だ。 その古泉曰く、あいつの思考回路は実のところまともらしい。 真実はプロである古泉の口から聞くことにして、冗談半分で谷口の仮説も聞いておくことにするか。 ハルヒが教室内にいないことを確認し(今日は学食だな)、谷口に命令する。 「言ってみろ」 焼き鮭を全て飲み込んだ後で本当に良かった。 そうでなければ噴き出していだろうからな。 ・・・谷口の出した回答は、それだけの意外性と破壊力を持っていた。 「簡単なことだ、涼宮はお前が他の女とイチャついてたら面白くないんだ。要するに・・・キョン。あいつは、」 ―――あいつは? 「お前のことが好きなんだよ」
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あたし涼宮ハルヒ。憂鬱な核融合炉。暴走機関車。 中学に入ったころから、あの野球見に行ったときの喪失感に苛まれつづけて、高校生になった。 そしてあいつに出会った。あの糞忌々しいニヤケ面の頼んねえやつ。 いつもヘラヘラしながら朝私に話しかけてくる。 他の下らない男子同様、一言の元にはねつけてやればいいんだけど、なんでだろ、なんとなく話し相手になっちゃうの。 なんか見覚えあるような気がして、心の中を手探りするんだけど、微妙にスルっと逃げちゃって、ある日私が勝手に決めてた髪型ローテーションについて話しかけてきた日 -こんときゃ私らしくもなくずいぶんいろいろ話しちゃったんだけどさ- 直接聞いてやったのよ。 「あたし、あんたとどっかであったことある? それもずっとまえ」って。 あたしも馬鹿なこと聞いちゃったものよね。「いいや」とサクッといわれて『そりゃそうだ』と自分に突っ込んじゃったけど、「ずっとまえ」って自分のフレーズがどっから出てきたのか自分でもチョイ謎で、なんかモヤモヤして髪切りたくなっちゃたわよ。 翌朝間抜け面さらして、かなーり長いこと、呆然とあたしの髪後ろから見てた。 なんか文句あるの?あたしの髪じゃない。 別の日だけど、あたしの中学時の武勇伝をどっからか仕入れてきて「ホントか?」なんて聞きやがるのよ。どうせあの馬鹿谷口あたりに吹き込まれたんだろうけど、そんなことが気になるのもあんたも馬鹿の仲間だからだわね。 でいってやったわけ。あんたの知ったこっちゃないけど、本当だったらどうだってのよ、って。 奴はなんか肩すくめて手をひらひらさせてたけど、あれあいつの癖かなんかだわ。 なんかあほみたいな奴よね。 席替えがあって、私は後列窓際最後尾っていう、居眠りにもってこいのポジションをゲットしたんだけどさ、前見たらまた居やがるんだわ、あいつが。 まぁ偶然っちゃ、当たり前なんだけど、うるさいのが居なくなってサバサバできると思ったら、また奴が間抜け面して前に座ってたので、しょうがないから、馬鹿話に付き合ってやったわよ。 でもさ、ほかの男子も女子もてんで話す気にもなんないから、完全シカトで来たんだけど、こいつだけになんだか口きいちゃうのってなんでだろ。 あたしはなんか面白いことがないかと休み時間にはくまなく学校中を歩き回るようにしてて、部活とかも、高校になればなんかおもしろいのがひとつぐらいあるだろうって、いろいろ仮入部とかもしてみたんだけど、全滅。 あああせっかくあのまるで無駄な中学の三年間を我慢して、わざわざ公立に入ったのに、やっぱはずしちゃったのかな。 ってのはさ、わたしひとつだけ心の奥にずっと持ち続けてるひとつのイメージがあって。 いまでもよぉく覚えてるわ。中一の七夕にあたしがベガとアルタイルにメッセージを送るって決めて、夜遅くに校庭に潜入したときに会った北高の生徒。 自分のことジョンスミスとか馬鹿みたいな名前を名乗った。 ラインマーカーでメッセージを書くの手伝ってくれてさ、宇宙人は居るから心配すんなって。心配とかしてないけど、何でこの人断言してるんだろ、ってかなんかあたしを励ましてる? なんか寝入ってる女子背負ってたし、あげくに別れ間際に訳わかんないことよろしく、とか叫んでたし。 あたしそいつのことがあとからどうしても気になっちゃって、好きとかそういうんじゃないわよ、たぶん。あたしはそんな浮ついた女じゃないもの。 北高の名簿とかまで調べたりして、ちょっとわれを忘れ加減になっちゃったのは若気の至りってところだわ。 だって荒んでたあたしをなんとなく自然にわかって、受け入れてくれてるって感じがしたのよ。 こうみえてもさ、あたし異常に勘がスルドイっての?だいたいピンときたときは、なんかあるのよね百発百中で。 そんなことが心に引っかかってたからかなぁ、先公の勧めを完全シカトして公立の北高にはいっちゃったのになぁ。 そんときの人がいないのはあたりまえなんだけど、なんか面白いことがあるかもしれないって、おもったのに。 だから五月の連休明けのあたしは、これから三年間のこと考えると、もう憂鬱で憂鬱で、こんな世界は消えてなくなっちゃえばいい、って物騒なっことを本気で考えそうな精神状態だったわけ。 で、毎朝はなしかけてくるそいつが部活ネタ振ってきた後で、長々とつまんねぇ演説始めやがってさ、一部の天才のみが、不満のある現状を打破する方法を考え付くとか何とか。 あんたみたいな凡人は一生そうやってつまんない日常とやらに埋没してればいいのかもしれないけど、あたしはそうはいかないの。 でもね、なんとなくぼんやりしてたら、ピカッとひらめいたのよ。 『そうか!、なければ作ればいいんだ!!』って。 当たり前よね、あたしが既成の部活の枠組みにとらわれてるから、面白いのがひとつもないわけよ。 面子もコンセプトもあたしが決めればそれでOKじゃない? さすがにあたし自分の迂闊さをちょっと呪っちゃったわよ。気づけばほんっと簡単なことなんだもん。 そのことに思い当たったとき、思わずまえのあほ面の襟を思いっきり引いちゃった。 今思えばちょっとやりすぎだったかも、だってそいつ思いっきりあたしの机の角で後頭部いっちゃってたから。 しかもあたしもどうかしてたわよね、おもいっきりあいつにつばかけちゃって授業中に叫んじゃった。 「なければつくればいいのよっ」「だからなにを」「部活よ!」って。 あたしだめなの、時々こうやってガ~っていっちゃうの。制御できなくなるのよ、自分のこと。 わかってるんだ、これ重大な欠点だって。でもだめなんだよね、頭の中がカッと白い光に満ち溢れると、その瞬間全てのブレーカーがとんじゃうの。 それからのあたしはなんかもう俄然エンジンがかかっちゃった。 ニヤケ面の名前っていうかあだ名はこれまた間抜けな響きで「キョン」っていうんだけど、そいつを一丁かませてやろうと思ったわけ。 ううん何でかなんてわからない。今でもわからないそのときの気持ち。 こいつとその部活やったらいいかもって思ったのは、正直認めるわ。でもあたしの勘に外れはないのよ。 外れたかもしれないけど。 それから何もかもがはじまったのよね。 あたしは、SOS団の仲間と居ると、中学までのあの荒んだ心がどんどん、なんていうのかな、そう、浄化されていくことに気づいたわ。 あたしと仲間たち。 このすばらしい集団のおかげで、あたしはどんどんイノセントになっていく。 毎日楽しくてさ、殻に閉じこもって全てをはねつけてた自分が、ちょっとだけ素直じゃなかたってことは認めるわ。 でもね、実を言うと、最近誰にもいえないけど悩んでることがひとつだけあるのよね。 何って・・・あいつよあいつ。あのいまいましいあほキョン。 自分の心にうそついてもしょうがないから、言っちゃうけど、あたしあいつのこと好きみたいなんだ。こんちくしょう。 だいぶ長いこと自分でも気がつかない振りをしようしようって、おもってたんだけどさ。 でもさ、いまさら素直に普通の女の子らしくなんかできないよ。これまでずっとこういう調子でやってきたんだもの。 時々すっごく不安になることもあるよ。あたしがこんなんで愛想つかされたらどうしようって。 あの馬鹿は乙女心ってのを全っ然解せない超鈍感で、いちいちあたしの気に障るようなことばっかり言うんだ。 そ知らぬふりで強がってるけど、ときどきこころがグサッと音を立てるような気がするの。 こうみえてもあたしだって、花も恥らう乙女なんだからね。こころから血が出てるよ、気づかぬ振りしてるけど。 家で一人になってちょっと落ち込んだりすることもあるんだからね。 あたしってどう見えるんだろう。スタイルだって悪くないし、顔だって結構かわいいと思うんだけどなぁ。 正直性格はぶっ飛んでることは認めざるを得ないのが悔しいわ。 あほキョンはどういう女の子が好きなんだろう。 みくるちゃんも有希も、相当偏差値高いからあたし実を言うとちょっと心配。 あ~あ、こりゃあたしもそこらの普通の女の子並みに堕落しちゃったかなぁ。 でも、後の三人がなんかそれぞれこの件に関しては気に障るのよね。 まず有希。この子はぜったいキョンのこと好きだよね。あたしにはわかる。 でさ、あたしこの子のあの儚さっていうか、何も言わずギューって抱きしめてやりたくなるようなあの感じにはどうしてもかなわないって気がするんだ。 女のあたしが見てもこの子っていじらしいの、すごく。 クリスマスに何があったか知らないけどさ、あほキョンもなんかすごく有希のことが気になるみたいで、ときどきじっと見つめてる。 愛ってのかどうかはあたしにはわからないけど、すごく気にかけてるのよね。 ちょっとぐらいあたしにもそういうそぶり見せてくれればいいのに。 あたしだってあの時はわれながらどうしようもないくらいのうろたえぶりだったし。 あんなに心配もしてやったんだぞ。 一番気に入らないのは、有希のアイコンタクトがキョンにだけは通用してるってことよね。 二人は気がつかないつもりらしいけど、バレバレだっっての。あーもうなんか急に腹立ってきた。 有希もさ、あたしの言うことに反応するときとキョンにいわれたときが全然反応違うんだもん。ああいう無表情っ子の癖に妙にわかりやすい子だわ。 でも、あたしは有希がすごく好きなの。 だから困るんだなぁ正直言って。 恋敵なら戦えばいいんだけど、あたし有希と戦うなんていやだ。いっそ共有しちゃえばとかバカなこと思っちゃうくらい、有希も好き。 有希ってすごく変わったと思う。あんなあほキョンを愛することで変わったのかな。 あたしだって思いの深さじゃ負けないと思う、って何を言わせるのよ。 それからみくるね。 この子もキョンのこと憎からず思ってたみたいだけど、なんかあきらめた、というのか、ブレーキ踏んでるよね。 有希の気持ちもわかってるみたいだし、腹立たしいんだけど、あたしのことも「わかってるよ」みたいな目でみるんだよ。萌えキャラの分際で。 そうやっておねえぶることで、精神的優位を密かに保ちたいんだろうけど、本音はどうなのよ。 なんかこの世が仮の世でここじゃやっちゃいけないと自分に課してる枷がいっぱいあるみたいな雰囲気あるよね。 あたしにはわかるんだ。 古泉君。この子も頭くんのよ。 あたしを崇めてる振りしてるけど、内心わかりやすいやつだなってあたしのこと思ってるわよね。 そういうあんたのほうがわかりやすいって知ってる? あたしとキョンの気持ちをわかってて、皮肉ったり冷やかしたりしてる振りで、内心『このバカップルが』ときっと思ってる。 あほキョンはだませても、あたしはごまかされないわよ。 あ~あ、あほキョン、あんたもあたしのこと好きなんでしょ? とびきり勘の鋭いはずなあたしなのに、このことに関してはなんだか自信がないの。 あたし色恋沙汰に関しては、そんなもんは精神病の一種とまで当の本人相手に言い放っちゃってるし、あああ、あんなこと言わなきゃよかった。 あたしが素直にできないのは、これはもう一種の病気とわかってくれないかな。 でもなんか負けた気がするからそれもいやだわ。はやく告ってくれればいいのになぁ。 優柔不断でフラクラしてるばっかりで、ほんっとあほキョンって腹立つわよね。 そりゃそうと、あたしが思いつきで集めたこの面子、一見なんでもないようだけど、あたしもしかしてBull zEyeやっちゃった?って感じするの。 なんといっても怪しいのは有希よね。この子あからさまに変よ。 あの非情動性と万能さ、人間離れしてる。他の人と触れ合わないからあんまり知られてないけどさ、このごろはなんかネジが壊れちゃったのかもしれないけど、体育祭やマラソン大会や百人一首大会であたしとタメ張ってるもん。相当目立ってきたわよ。 そうね、野球のときもなんか変だったわよね。 この子は超能力者か宇宙人かなんかそんなもんよ、きっと。 みくるはさ、わかりやすい。鶴屋っちが口滑らせてたけど、この子この時代の子じゃないと思う。いやあたし基地外じゃないよ? ときどきあたしの前でも口滑らせるしね。普通の人なら当然知ってるはずのこと知らないんだ。 この前なんか船が何で浮いてるんだっていう話で、浮力で浮いてるんだといったらすごく意表を衝かれた顔するんだもん。 あんたそれおかしいでしょう。 古泉君はなんだろうね、彼自身は普通にみえるんだけどね。 なんか背景に特殊な組織みたいなものがちらつくわね。それもあたしに関係あるんじゃないかな。 なんかすごく変な知り合いとかが多いのよ。 ただ、なんかあたしこの子には裏でなんかえれぇ迷惑かけてそうで、あのこの似非スマイルの裏の疲労が見えたときなんか、なぜか申し訳ない気もするの。 あたし誇大妄想狂じゃないつもりだけど、ときどきあたしって、自分では気がつかない力ってあるんじゃないかな、って思う。 それが何かはわからないけど、なんかSOS団とそれが関係してるような気がする。 みくると古泉君とキョンがやってる目配せや内緒話やそんなことがほんとにあたしに気づかれないと思ってるんだから、あたしってほんと馬鹿にされてるみたい。 いかにもあからさまだっちゅうの君ら。 あたしのいないとこでゴソゴソしててもあたしには丸わかりだよ。 特にみくると古泉君。なんかあたしを怒らせないように怒らせないように腫れ物にでも触れるみたいな扱いよね。 でもなんなんだろうね、そんなに恐れるような力って。 キョンは嘘が下手糞だから、あたしがその気になって真剣に問い詰めればしらを切りとおせないだろうって思う。 聞くのが怖いけどさ。 あたしほんのり思うんだけど、あたしって自分の思い描いたようなことを実現する能力があるのかも。 ううん、はっきりは言えない、そうじゃないことも多いしね。 でも、不思議とあたしの思ってたとおりに物事が動いていく感じってのは時々ひしひしと感じるわけ。 こればっかしは、確信は持てないけどさ。そういう万能感って、自己中な子供時代にはよくあることだしね。 まぁ、こんな夢みたいなこといっててもさ、あたしの理性的な部分は、そんなことありえない、ってちゃんと思ってる。 でもあたしのこのかけがえのない仲間たちが、もしそういう風なウンと特別な奴らだったらいいなぁ、ってやっぱりどっかでおもっちゃうのね。 とはいえ、あのあほキョンだけはどう転んでもそんな特別なとこなんて、ありゃしないんだろうけどさ。 それもこれも、まぁいいんだ。 大目に見てやろうじゃない。だってあたし今とっても楽しいんだもん。 中学のときには思いもよらなかったくらい。 私自身こんなにうまく高校生活が送れるなんて、正直予想外だった。 自分を貫くための孤立は厭わないけれど、やっぱり孤独っていうのはけっこう心に来るのよ。 あとひとつ、どうもつらつら思うんだけど、もしそういうことが起こりうるとしたら、ジョンスミスってあほキョンと同一人物なんじゃないかなぁって。 そんなことはありえないことはちゃんとわかってるのよ。でも少なくともなーんか繋がりくらいはあるんじゃないかしら。 どうもそんな気がしてならないのよ。正直意味不明なんだけど、いつか一回ズバッといってやりたくなる。 そんときのあいつの顔が見てみたい。 そりゃそうと、あれって絶対夢じゃないよね。あの灰色の世界、青い巨人。そしてそこで起こったこと。 夢オチってことなってるみたいだけど、あたしはあれは本当にあったことだと感じるの。ううん理屈じゃない。 あんなリアルな夢ってありえない。もしあれが夢なんだとしたら、フロイド先生も真っ青DAZE。 なんかあたしあれ以来、すっかり安定してるしね。翌朝のあほキョンの態度もなんとなくそんな感じだったし。 あーどうしてあんな奴のこと好きになっちゃったんだろうあたし。一生の不覚だわ。 あいつがあたしのことを見てくれると、うなじのあたりがジーンと熱くなるの。 あいつが優しくしてくれたりすると、馬鹿みたいに涙が出そうになるの。 あいつがあたしに怒ったりすると、悲しくて悲しくて、自分のことがほんとに嫌いになるの。 まぁあれだ、夢じゃないとこで、一回ぐらいならキスさせてやってもいいぞあほキョン。ってかむしろしろ。超鈍感。バカ。
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「キョン! 何か出た!」 何もかもが灰色になった妙な部室で呆然としていたら、あいつが眼を輝かせて入ってきた。 確かに出ていた。股間からスカートを突き上げるように。 「なにコレ? やたらでかいけど、怪物? 蜃気楼じゃないわよね」 股間から棒状の突起がそそり立ってスカートが持ち上がりチラリと純白の下着すら見えている。 輪郭がはっきりと見えるからそりゃ蜃気楼じゃないだろうなというか俺よりでかいじゃないか怪物と言って差し支えはないだろうよ畜生。 「宇宙人かも、それか古代人類が開発した超兵器が現代に蘇ったとか!」 宇宙人……長門ならこんなこともできるかもな。んでもって、ある意味では超兵器だ、ソレ。 「これさ、襲ってくると思う? あたしには邪悪なもんだとは思えないんだけど。そんな気がするのね」 「わからん」 襲うかどうかや邪悪か否かは持ち主次第というかお前のそういった欲求の対象はどっちなんだ。ホモかヘテロか。どっちにしても俺は願い下げだ。 「何なんだろ、ホント。この変な世界もこの巨根も」 お前なら作り出せるかも知れんが、いったい何考えてるんだ。 と、そんなとき。 「キョンちゃん起きろー!」 などと言って妹はわたしをふとん越しにぼすぼす叩きベッドに飛び乗ってとび跳ね怪力で引きずり出した。 しばし呆然とした後、頭を抱えた。 なんて夢を見たのだろう。 見知った、いや、見覚えがない女の子と二人だけの世界に紛れ込んだ上に、その女の子の股間に男のアレが生えてるわそれが怪物並みの代物だわソレをわたしは冷静に見つめてるわ、しかも夢の中でわたしの一人称は俺になっていた。 つまりわたしは男になっていたということだ。 フロイト先生が引きつった笑みを浮かべそうな、そんな変態的な夢をわたしは見ていたのか。 頭が痛くなってきた。 わたしの深層意識はいったい何を考えてるのだろう? 妹とともに洗面所で歯を磨くと、鏡に映るは無造作に縛られたポニーテールにクラスの男子谷口くんが言うところのAランクである割と整った顔。 Aランクの女子はフルネームで覚えたとか言ってたが、彼もわたしをキョンとしか呼んでくれないのはなぜだろう? 「朝起きたら女の子になっていました」 などと、なに訳のわからないことを呟いたんだろうねわたしは。なっていたもなにも、わたしは元から女だ。 ちなみにキョンというのはわたしのことだ。 最初に言い出したのは叔母さんの一人だったように記憶している。 何年か前に久しぶりに会った時、「まあキョンちゃん綺麗になって」と勝手にわたしの名をもじって呼び、それを聞いた妹がすっかり面白がって「キョンちゃん」と言うようになり、家に遊びに来た友達がそれを聞きつけ、その日からめでたくわたしのあだ名はキョンになった。 全く、それまでわたしを「お姉ちゃん」と呼んでいてくれてたのに。妹よ。 その後、何食わぬ顔で身支度をし、登校する。 「よっ、キョン。今日はな……」 わたしの真後ろの席に陣取った男子の奇妙奇天烈な思いつきに振り回される非日常的な日々があいも変わらず展開される。 何かおかしい。 なんだろう、この夢の続きみたいな変な感覚は。 SOS団なる団体を結成してわたしを巻き込み、合宿やら推理劇やら映画撮影やらでわたし達を振り回した団長、涼宮ハルキは、今日も今日とて栗拾いがしたいなどと言い出し、都合よく鶴屋先輩が所有する山林に栗林があるとかでそこに向かった。 そしてイガがついたままの栗でキャッチボールをおっぱじめる始末。 「ただトゲトゲ生やすだけじゃ能がない、触れたら周囲にトゲを飛ばすようなアグレッシブな進化をしてもいいだろうホウセンカを見習え」 などと物騒なことを言い出した。栗は対人地雷じゃないしホウセンカが種飛ばすのは獲物を仕留めるためではなく子孫を広範囲に広める戦略だ。 まあ、カニは人間が食べやすいよう進化すればいいのになどと以前にのたまっていた記憶があるから、それよりはマシかもしれない。 喰われやすくなるためではなく、喰われまいとするのが生き物の進化だと、生き物それぞれの都合があるのだと理解しただけマシだと。 ウシ、ブタなどの生き物は神様が人間の食べものにするために作ったなどという傲慢な教義を信奉する某一神教の連中ほどには自己中心的ではなくなったようだ。 朝比奈さんが悲鳴を上げてうずくまり長門さんが淡々と受け止める異様なキャッチボールを遠巻きに眺めながら、古泉くんと共にハルキの困った世界改編能力について話す。 バカハルキはロクな思いつきをしないが、それでも楽しそうに笑っている今は充分に平和だという。この世を揺るがすことはしないとのこと。 だといいんだけど。 古泉くんはわたしがわざとらしく溜息をついたのをどう取ったか、軽く鼻を鳴らすように笑い……。 その時、彼は奇妙な表情をみせた。 見慣れない表情、つまり薄ら笑い以外の顔つきになった。眉を寄せるような仕草。 わたしの「どうしたの」という問いに珍しく言い淀んでいたが、すぐに微笑をとりもどした。 脳の情報伝達に小難しいプロセスの齟齬があったのかも。 そんな涼宮ハルキは今、わたしの愛車に跨り栗林からの帰り道をチェーンも切れそうな脚力で漕いでいる。 「ほらほらキョン、もっと力込めてしがみつけ、振り落とされるぞ」 振り落とさんばかりに激しく動くアンタに言われたくはない。 と言うかさ、健康な男子なんだから背中に伝わるわたしの胸の感触に戸惑ったりしないのかね? 朝比奈さんほどじゃないがわたしにもあるんだぞ、それなりに。 って、なにを腹立ててるんだろうねわたしは。 さてはて、今ハルキに漕がれているわたしの愛車は悲鳴を上げてるのか本来のスペックを出せると歓喜の声を上げているのかどっちだろう。 もっとゆっくり走ってというわたしの要望は、「古泉に抜かれてる。負けてたまるか」とあえなく却下された。 なんとか無事に行きつけの喫茶店へと辿り着き、反省会の後に解散。そしてしばらくしてハルキ抜きで再集合した。 困惑しきりの朝比奈さんは古泉くんに促され、おずおずと話し始める。 「未来に情報送るための『禁則事項』で涼宮さんに初めて部室に連れてこられたときの記憶を映像化していたら、身に覚えのない光景がいくつか出てきて」 ひょっとしてその禁則事項ってのは放送禁止用語か何かなのかしら。 「でも『禁則事項』で検証してみたらまぎれもない現実で、その映像の中では団長である涼宮さんが女性で、あたしの胸を『禁則事項』……はううう言えません~!」 顔を赤くして連発されるとますます放送禁止用語に思えてくる。 前にもTPDDとかいうタイムマシンのようなものがなくなったと言ってたことがある。 今回はそういった器具が不調をきたしたんだろうか。パソコンで例えるなら、インストールされたソフトの設定を間違えて自分の経験を溜め込むフォルダと映画かなんかの情報を溜め込むフォルダを入れ替えてしまったような。 「いえ、どうも涼宮さんは自分の性別を変えてしまってるようです」 今、なんと言いましたか古泉くん? 「かつての涼宮さんは、自分を取り巻く退屈な状況は自分が女であるためだという発想に至ったようです」 だから性別変えたって? いつから? あいつは出会ったときからずっと男だったはずだ。 「前にも言ったでしょう? 涼宮さんは言動こそエキセントリックですが、ああ見えて常識というものをよく理解してると。だから、男になれればなあと考える一方で、簡単かつ完全に性別が変わるなんてありえないと考える常識も持っている。それらがぶつかりあった結果、はじめから自分が男として生まれたものとして世界を作り変えてしまったようです。もちろん、自分自身の体と記憶も含めて」 長門さんが引き継いだ。 「わたしの観測対象である涼宮ハルヒが自らを過去情報に至るまで全て改変し再構築した異性同位体、それが涼宮ハルキ。該当する個体が受精した瞬間にまでさかのぼり、本人だけでなく周辺情報も全て、自分が男性として生まれたという前提で世界を再構成している」 まさかそこまでデタラメだとは。 だが、言われてみれば時折抱く違和感は全て性別に基づくものだった。 その違和感があった情況を掘り下げて考えると、あるはずのない情景が自らの経験という形で浮上する。 わたしの脳をパソコンのハードディスクに例えるなら、『ハルキという男子』と名づけられたフォルダに、なぜかハルヒという女子に関する記憶が大量に格納されていた。 ハルヒという女子が、まだ教室に男子が残ってるうちに無造作に着替えを始め、同性であるはずのわたしが慌てて教室を飛び出す光景。 他にも、長門さんに呼び出され自分やハルキ……いや、ハルヒ? の正体について説明するため呼び出されたとき、女同士のはずなのに色々と戸惑った記憶もある。 そもそも、ハルキの思いつきや発見の中でも最もロクでもないもの、SOS団の結成を授業中に思い付いたとき、真後ろにいたあいつはわたしの襟首を掴んで引っ張り、机の角に後頭部がぶつかって刻の涙を見た記憶がある。 ポニーテールが邪魔になって掴みづらいはずだし、多少はその房がショックを軽減してくれそうなものなのに。第一、男子が女子にあんなことしたら流石にクラスにあいつの居場所などなくなるはずだ。 他にもおぼろげながら色々な記憶が浮上してきた。 その女子は、わたしが知るハルキという男子よりずっと奔放に過ごしていたようだ。 とくに朝比奈さんへの行為はものすごく、自分の手で朝比奈さんの制服を剥いて着替えさせたり胸揉んだり写真撮ったりする光景が蘇った。そりゃ禁則事項にもしたくなるか。 そのハルヒってのは女同士なら許されるじゃれあいと認識してるんだろうか。いや、女同士でもどうかと思うけど。 同じ女として同情を禁じえない。 泣き崩れる朝比奈さんを抱きしめ頭を撫でてやる。この人のほうが先輩なのにな。 古泉くんは肩をすくめる。 「どうやら、今の涼宮さんは男としては許されないとわきまえ、自重しているようですね」 あれでも自重してるの? だったら男としてやりたかった事をさっさとやって満足して、元に戻ればよさそうなものなのに。 「そうもいかないのですよ、そもそも、その願望は女性として生まれ育った故に抱いたもののようです。だから、男として生まれ育ったことになっている今の涼宮さんはその願望を抱きようがない。したがって、仮に実行していても満足することはない。試しに、この前の不思議探索パトロールで彼と二人組になったとき連れション……おっと失礼、とにかく男性でないとできないことをやってみたわけですが、現状はこの通り。もちろん、女性としての涼宮さんがやってみたいと思ったことがアレとは限りませんが」 わたしと朝比奈さんが赤面する一方で、長門さんが口を開いた。 「そういう方向でのアプローチは無意味となる可能性が高い。女性である涼宮ハルヒも、幼少期に野外で遊んでいた際は男子に混じって堂々と排尿を行っていた。彼女にとって女性であることが制限となる要素はあまりない」 この年齢になっても平然と男子の前で着替えていたとしたらソレもあり得る……のかな? わたしと朝比奈さんをよそに、長門さんは淡々と、更にものすごいことを言い放つ。 「女性には生物学的に不可能な方向で考える必要がある。その一つが射精」 ちょっと待てちょっと待て待ちなさい宇宙人に作られたインターフェースだか人造人間だか知らないけど年頃の乙女なんだから少しは恥じらいを持ちなさい。 「しかし既に、睡眠時の淫夢で数回。更に各種情報媒体や自分の記憶を用いたイマジネーションの喚起によって自発的かつ定期的に行われているため、その線の可能性も低い。あるいは、ただの射精ではなくパートナーを伴う……」 とうとう耐え切れず、わたしと朝比奈さんとで口を塞ぐ。様々な意味で、その先の発言は聞きたくないし考えたくなかった。 苦笑した古泉くんが肩をすくめる。 「……まあ、こうして日々を過ごしているうちに、また似たような願望を抱くようになります。今の退屈な状況は男として生まれ育ったためだとね。このようにして性別の変更をかれこれ10回は行っているようです。本人も、周囲も気付かないまま」 いつだったか夏休みの後半を何度もループしてたことがあったが、あの時と同様に何度も記憶を消されるというか書き換えられているうちに耐性のようなものがついて、その結果書き換えられずに残ってしまった記憶を朝比奈さんがほじくり出してしまったらしい。 実害はあまりない。それどころか男として自重してる分、まだハルヒよりはハルキのほうがマシみたい。朝比奈さんの平穏のためにも、今のままのほうがいいか。 「あなたがそれで構わないんでしたら」 わたしが? 古泉くん、どういうこと? 「違和感がある記憶を照らし合わせて気付きませんでしたか?」 そんな返事に困惑するわたしを長門さんが見つめて冷徹に言った。 「過去情報だけではなく肉体も改変された異性同位体はもうひとり存在する。それが、あなた」 いやその、薄々とは感づいてたんだけどさ。 そんな衝撃の事実を告げられた数日後。 「妹汁って、知ってます?」 普段接してる朝比奈さんよりもっと未来から来た、綺麗な大人になった朝比奈さんに会った時、赤面しながらこう聞かれた。 そしてわたしは、知ってしまっていた。 ハルキがコンピ研から強奪したパソコンのハードディスクを何気なく漁っていたとき、様々なアプリが格納されたフォルダの中にやけに容量を喰っているフォルダを見つけた。 女のカンなのか、本来の性別である男としての経験によるものなのか、そこを探っているうちにインストールされていたゲームに辿り着いてしまった。 元々そういう仕様なのか、コンピ研のメンバーがインストールの仕方を工夫していたのかはわからないけどゲームのディスク無しでも起動したソレは、って、なぜ本来はディスクなしでは起動できないって知ってるんだろうね。やっぱりわたしは本来男だったようだ。 とにかくそれは、Hな画像とストーリーで構成されたいわゆるエロゲーであり、その中の一つが「妹汁」だった。 困った状態になったときその言葉を思い出して欲しいとか何とか言ってたけど、困った状態なら今も継続してるんだけど。 大人バージョン朝比奈さんによれば、詳しく言えないがそのとき傍にあいつが傍にいるとの事。これ以上困ることがあるんだろうか。あるんだろうな。 相変わらず違和感を感じる日常が続く。今のわたしは女である。ということは相変わらず改変されたままなのか、それともあいつは一旦は元に戻ってまた女としての生活に飽きたのか。 知覚はできていないがどうにもこういうループってのは気分が悪い。どっちかにしてほしい。 って、わたしは本来の男に戻りたいと思ってるんだよね? でもまあ、朝比奈さんがハルキの無理難題で困り果てたときわたしに抱きついてくるときの柔らかい感じ、特に互いのほっぺや胸が当たるふにふにとした感触が結構気に入ってるわけで。 他にも女としての楽しい思いをしているわけで、こうして女として固定されて生きていくのも悪くはないなとか考ることが多くなった。 他の仲間も変ではあるけど面白い人達で、そこそこ非日常な感じがして楽しい。 こんな時間がずっと続けばいいと思っていた。そう思うでしょ? 普通。 でも、思わなかった人がいた。 決まっている。涼宮ハルキだ。 夕食や入浴、明日に備えた予習を終え、長門さんから借りた本をある程度読み進めて眠りに落ち……。 ブレザーの制服姿のハルキに叩き起こされた。わたしはわたしで寝巻きがわりのスウェットではなく、セーラー服がわたしの身体をまとっていた。 おまけに、ここは学校だった、見覚えのある静寂と薄闇に支配された状態。ああ勘弁して欲しい、閉鎖空間だった。 ハルキは男として女であるわたしを支えなくてはと思ってるのか、勤めて冷静に振舞っている。 でもベースがあのハルヒなせいなのか、この状況ではかなり弱気になっている。そう、改変される前の本来の世界の記憶が蘇りつつあった。 行く当てがないので部室に向かった。そこで一休みしたあと、ハルキは探検してくるとかいって立ち上がる。 「お前はここにいろ。すぐ戻るから」 言い残してさっさと出て行った。そういうところはハルキもといハルヒらしいなと思っていたらやっと彼が現れた。 赤玉モードの古泉……君。むぅ、君をつけるのも呼び捨てにするのも違和感が出てきた。 などという戸惑いをよそに、この状況について話し合う。 ハルキもといハルヒは現実世界に愛想を尽かし新しい世界を創造することにしたらしい。 男として自重する生活が想像以上にストレスだったみたい。 「それでわたしがここにいるのはどういうわけ? そもそもどうしてわたしとあいつだけが性別を改変されてるの?」 「本当にお解りでないんですか? あなたは涼宮さんに選ばれたんですよ。こちらの世界から唯一、涼宮さんが共にいたいと思ったのがあなたです。そして、あなたは涼宮さんにとって異性でなくてはならないのですよ」 わたしはこめかみを押さえるべきかどうか迷ってから、やっぱり押さえることにした。 世の中にはああいった感情を同性に抱いたり男女の区別なしに抱く人もいるようだが、あいつはその点でも普通の思考もとい嗜好だったようだ。 その結果がコレか。 考え込んでいるうちに赤玉の古泉……君の光度は落ちていた。 「こんな灰色の世界で、わたしはハルキと二人で暮らさないとならないの?」 「アダムとイヴですよ。産めや増やせばいいじゃないですか」 「……殴るぞ、お前」 ああ、この言い方、しっくりくるようで違和感が根強く残ってる。 世界と性別、どちらもハルキが元に戻ることを望めば何とかなるとか古泉くんは言うが、さてどうしたものか。 そうこうしているうちに、古泉くんは朝比奈さんの謝罪と長門さんからの『パソコンの電源を入れるように』という伝言を残して消えてしまった。 よくわからないが伝言に従いスイッチを押したが、いつまでたってもOSは起動せずモニタは真っ黒のまま、カーソルだけが点滅していた。 OSが壊れたかと冷や汗掻いたとき、カーソルが動き出し文字を紡ぎ出した。 YUKI.N みえてる。 しばしほうけた後、わたしはキーボードを引き寄せた。指を滑らせる。 『うん』 YUKI.N あなたの下着、水色のストライプ。 噛み合わない返答にしばし困惑し、お尻に伝わる冷気で我に返った。慌てて立ち上がりスカートの裾を直す。 無造作に座った際に椅子のひじ掛けに裾が引っかかり捲れあがっていたようだ。 そして案の上と言うかなんと言うか、定位置のパイプ椅子に長門さんはいなかった。 YUKI.N あなたの女性としての記憶や経験は数度に及ぶ改変で劣化し、本来の男性としてのソレに侵食されつつある。時折抱く違和感や今のような失敗もそのため。 『何とかならないの? 時折どころか、今ではずっとそう。このままってのは色々な意味で辛いよ』 TVなどに出てくる性同一性障害の人みたいな悲壮感はないが、正直言ってしんどい、この状況。 こうしてデタラメなこの世界や現状についてのややこしいチャットが続いたが、最終的に長門さんとしても親玉の情報統合思念体としても戻ってきて欲しいだのわたしに賭けるだのと言い出した。 モニタの文字が薄れてきて、カーソルはやけにゆっくりと文字を生む。 YUKI.N Xchange そこで普通に見慣れたOSのデスクトップが出た。 「どうしろってのよ。長門さん、古泉君」 そこで、何気なく見上げた窓の枠内を青い光が埋め尽くしていた。 呆然としていたらハルキが飛び込んできた。 「キョン! なんか出た!」 興奮した口調であれこれまくし立てる。先ほどの悄然とした様子が嘘のよう。不安など感じていないように目を輝かせている。 古泉君の話では、あの巨大な人型の青い光はハルキもといハルヒのイライラが具現したものであり、周りを破壊することでストレスを発散させているとのこと。 つまり……!! 咄嗟にハルキの手を取り部屋から飛び出す、と同時に轟音。 攻撃の対象となった部室棟から脱出し、その際わたしが負った擦り傷の手当てをすべく保健室へ向かった。 横目でうかがったハルキの顔は嬉しがってるように見える。とんでもない事態だというのに、それを無自覚とはいえ引き起こした張本人なのに。 「何なんだろ、ホント、この変な世界もあの巨人も」 アンタが生み出したものらしいわ、ここも、あいつもね。それよりわたしが聞きたいのは、なぜわたしを巻き込んだかということ。アダムとイブ? バカみたい。そんなベタな展開をわたしは認めない。認めてたまるもんですか。 ハルキに元の世界に戻るよう諭すも、聴く耳をもたない。 つまらん世界にうんざりしてなかったか? もっと面白い事が起きて欲しいと思わなかったかと問うてきた。確かにそう思ってはいた。 だが、実際に世界は面白い方向に向かっていた。アンタが知らないだけで、ね。 そのことを理解させるにはどうしたらいいか? そしてこの、自分の性別に違和感がある厄介な状況に終止符を打つにはどうしたらいいか? 長門さんは言った、「進化の可能性」と。朝比奈さんによると「時間の歪み」で古泉くんに至っては「神」扱い。ではわたしにとってはどうなのか。涼宮ハルヒ、その異性同位体である涼宮ハルキの存在を、わたしはどう認識しているのか? 小難しい理屈でごまかすつもりはない。 わたしにとって、ハルキはただのクラスメイトじゃない。もちろん「進化の可能性」でも「時間の歪み」でもましてや「神様」でもない。あるはずがない。 思い出して。朝比奈さんはなんと言ったか、その予言を。 それから長門さんが最後にわたしに伝えたメッセージ。 妹汁、Xchange。両者に共通することと言えば何? わたし達が今置かれている状況と合わせて考えてみたら答えは簡単だ。 強奪したパソコンにインストールされていたあのゲームは、どちらもいくつかのエンディングや要所要所の直前のセーブデータが保存されており、何となくいじっているうちにいくつかの展開を見てしまった。 複数ある結末の一つとして、または冒頭からという違いこそあるものの、どちらも主人公の男が女になり、Hして悶えて男より女の方が気持ちいいと感じる場面があった。 そしてハルヒもといハルキには願望を現実化するデタラメな能力がある。 なんてベタなの、ベタすぎるわ、朝比奈さん、そして長門さん。それ何てエロゲってな展開をわたしは認めたくはない。絶対にない。 わたしの理性がそう主張する。しかし人間は理性のみによって生きる存在にあらず。 わたしはハルキの手を振り解いて、ブレザーの肩をつかんで振り向かせた。 「なんだよ……」 「わたし、実はポニーテール萌えなんだ」 「なに?」 「いつだったかのアンタのポニーテールはそりゃもう反則なまでに似合ってたわ」 男としてのわたしの本来の記憶が蘇りつつある。 あいつの奇矯な振る舞いの片鱗、その一つだった。アレはどこから見ても非の打ち所がなかった。 「バカじゃねーの? ポニーテールにしてるのは今のお前じゃ……!?」 怪訝な顔をした。こいつもまた、男としての記憶や経験は数度に及ぶ改変で劣化し、本来の女としてのソレに侵食されつつあるのだろう。 その隙にわたしは強引に唇を重ね、さらにベッドへと押し倒した。 こういう時は男にリードさせるのが作法なのでわたしはそれに則った。ゆえに、ハルキもといハルヒだったらどういうやり方を望むかは知らない。 本能に従い身体を開いているのか、今のわたしのように相手に合わせリードさせているのか、今にもぶん殴ろうと手を振りかざしているのか、わたしに知るすべはない。 だがわたしは殴られてもいいような気分だった。賭けてもいい。誰がハルキにこうしたって、今のわたしのような気持ちになる。わたしはハルキの肩にかけた手に力をこめる。しばらく離したくない。 遠くでまた轟音が響き、巨人がまた校舎に殴る蹴るをしているんだろ、とか思った瞬間、わたしは初めてのはずなのに不意に無重力のようなふわふわとした心地になり、身体は反転し、左半身を嫌と言うほどの衝撃が襲って、いくら何でもコトを終えたら後戯どころかベッドから放り出すことはないだろうと思いながら上体を起こして目を開き、見慣れた天井を目にして固まった。 そこは部屋、俺の部屋。床に直接寝転がっており、着衣は当然スウェットの上下、下着は当然ながら男物のトランクス。そして、畜生、中身である男のシンボルはこれでもかと言わんばかりに元気になってやがる。 夢か? 夢なのか? 見知った女と俺、双方の性別が逆転している状態で生活して、二人だけの世界に紛れ込んだあげくにSEXまでしてしまうという、フロイト先生が引きつった笑みを浮かべそうな、そんな変態的な夢を俺は見ていたのか。 ぐあ、今すぐ首吊りてぇ! よりにもよってハルヒとは、おまけに性別が変わってるとは、俺の深層意識はいったい何を考えてるんだ? ぐったりとベッドに着席し頭を抱えた。夢だったとすると、俺はいまだかつてないリアルなもんを見たことになる。 汗ばんだ右手、それに唇と股間に残る温かくて湿った感触。 とどめに、下腹部には自分にはあるはずのない器官の疼きと、ある意味では慣れ親しんだ熱く硬い物体がソコにねじ込まれ出し入れされ熱い何かを注ぎ込まれる快感の余韻まで残ってやがった。 いったいどうなっているのか? ここは既にもとの世界でないとか。ハルヒによって創造された新世界なのか。 だったとして、俺にそんなことを確かめるすべはあるのか。 結局、そんなことを考えて一睡もできなかった。 這うようにして今日も不元気に登校。校舎は何もかもがそのまま正常だった。 教室では窓際、一番後ろの席に、ハルヒはすでに座っていた。 そう、男のハルキじゃない。女のハルヒ。そして俺は……自分を俺と呼称して違和感を抱かない俺はちゃんと男だ。 ハルヒは俺を見て、視線を下に移し、なにやら未練がましい目で俺の股間を見つめ、あわててそっぽを向いた。 後ろでくくった黒髪がちょんまげみたいに突き出していた。ポニーテールには無理がある。 元気かとか話しかけりゃ悪夢を見たとの返答、そりゃ奇遇だ。まさに悪夢、さっさと忘れたい。 表情が解りにくい。顔だけは上機嫌ではなさそうだ。 「ハルヒ」 「なに」 「似合ってるぞ」 エピローグ 古泉とは休み時間に廊下で出会った。 「世界は何も変わらず、涼宮さんは女性として、あなたは男性としてここにいる。いやいや、本当にあなたはよくやってくれましたよ。シモネタじゃありませんよ? まあ、この世界が昨日の晩に出来たばかりという可能性も否定できないわけですが。とにかく、あなたと涼宮さんにまた会えて、光栄です」 長い付き合いになるかもしれませんね、と言いつつ、古泉は俺に手を振った。 古泉を違和感なく呼び捨て出来ることに俺は安堵していた。 昼休みに顔を出した文芸部部室では、長門がいつもの情景で本を読んでいた。 「あなたと涼宮ハルヒもといハルキは三時間、この世界から消えていた」 第一声がそれである。そしてそれだけだった。 色々戸惑って、説得試みて、行為に移って……妥当な時間か。生々しー。 放課後の部室にいた朝比奈さんはセーラー服姿で、俺を目にするや全身でぶつかってきた。 「よかった、また会えて……」 互いのほっぺたが擦れ合うことなく俺の胸に顔が埋まる。 身長が違ってしまっているんだな、もう。 朝比奈さんは涙声で、もう二度とこっちに戻ってこないと思ったとしゃくりあげる。 その後のかけあいの最中に、あいつが来た。 「なにやってんの、あんたら?」 戸口のハルヒが呆れたように言った。 提げていた紙袋を持ち上げ、着替えの時間だと宣告し朝比奈さんを取り押さえ、制服を脱がせにかかった。 ものすごく見物していたかったが、今の俺は正真正銘の男なので失礼して部室を辞し、扉を閉めて合掌した。 朝比奈さんには悪いが、女性ということで遠慮がなくなったハルキもといハルヒの暴挙に振り回される日常の復活が嬉しかった。 ただ、あのおかしくなった世界を元に戻したことに後悔はない。だが、少しは未練も残ってるんだ。 朝比奈さんに抱きつかれたとき、身長が同じくらいになってて、互いに胸やほっぺたを押し付け合いふにゅふにゅしあう感触が、さ。 完
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涼宮ハルヒの憂鬱 著者/谷川流 イラスト/いとうのいぢ 角川スニーカー文庫 75 :涼宮ハルヒの憂鬱:2010/11/17(水) 18 09 25 ID wnyP2CdB ごく一般的な愚痴っぽい男子高校生キョン(仮)は、ふとした事から 変人・涼宮ハルヒと仲良くなり、世界を大いに盛り上げる涼宮ハルヒの団 略してSOS団の雑用係りにされてしまう。 構成員は、無口な文学少女長門有希、萌え&メイド担当の先輩朝比奈ミクル、二枚目転校生古泉一樹。 なんと彼らの正体は、宇宙人謹製のアンドロイド、未来から来たエージェント、世界を守る超能力者。 彼らの目的は、万能の力を持った涼宮ハルヒを監視し、その力を本人に気づかせない事だという。 勿論キョン(仮)はそんな事を信じていなかったが、宇宙人同士のバトルに巻き込まれ 彼らの言う事が真実だと認めざるを得なくなる。 もしハルヒが能力を自覚したり、異能者の存在を知ったりすれば、世界は彼女の想像通りに滅茶苦茶になってしまう。 しかし、彼女の周りで何も不思議な事が起きなければ、彼女は世界に飽きて全てを作り変えてしまう だからって一般人の俺にどーしろと・・・と眠りにつくキョン(仮)だが、目覚めると何故か部室にいた。 古泉曰く、ぶっちゃけハルヒが飽きた、んで巻き込まれたと。 いきなり世界の運命背負わされたキョン(仮)は、世界はお前が思ってるよりずっと面白いんだ、あと俺はポニテ萌えだとハルヒを説得し 長門とみくるのアドバイスに従ってキスをぶちかます。 その瞬間、世界の改変は止まり、不思議現象は夢オチとして処理された。 登校したら、なぜかハルヒは髪型をポニテにしていた 76 :イラストに騙された名無しさん:2010/11/17(水) 18 10 33 ID wnyP2CdB とりあえず一巻だけ。 77 :イラストに騙された名無しさん:2010/11/17(水) 18 22 29 ID V71oF2Oh その(仮)ってなんですか? 78 :イラストに騙された名無しさん:2010/11/17(水) 18 26 07 ID wnyP2CdB キョンとキョンの妹は本名不詳 名乗ろうとしてもいつもタイミングを逃してキョンと呼ばれるから 332 :涼宮ハルヒの憂鬱:2011/02/05(土) 21 05 34 ID 8iUiDkd7 俺はごくごく普通の一般人。 何故かみんなから「キョン」などという珍妙なあだ名で呼ばれているが……それはまぁ、今は気にするな。 ガキの頃は宇宙人やら超能力者やら(以下略)が実在したらいいなー、などと妄想していたものだが、 中学生になる頃にはもうそんな夢を見ることもなくなった。 そんな俺は何の感慨も無く、学区内の県立高校へと無難に進学することとなったのだが――。 入学式を終えて自分のクラスに入り、一人一人自己紹介をする。 俺の後ろの席に座っている女子が、後々語り草となる言葉をのたまった。 「東中学出身、涼宮ハルヒ。ただの人間には興味ありません。 この中に宇宙人、未来人、異世界人、超能力者がいたら、あたしのところに来なさい。以上」 それはギャグでも笑いどころでもなかった。 涼宮ハルヒは常に大マジで心の底から宇宙人や未来人や超能力者といった非日常との邂逅を望んでいたのだ。 のちに身をもってそのことを知った俺が言うんだから間違いはない。 こうして俺たちは出会っちまった。しみじみと思う。偶然だと信じたい、と。 ハルヒはクラスではかなり浮いた存在だった。ポツンと一人で席に座っていつも不満そうな顔をしている。 俺が何度か話しかけて聞き出したところ、ハルヒの不満の原因は毎日が普通で退屈でつまらないから、らしい。 そりゃそうだ。俺も昔夢見ていたような非日常なんて現実にあるわけがない。 ゴールデンウィークを過ぎたある日、ハルヒはいきなり俺の制服のネクタイをひっつかんでこう言った。 「どうしてこんな簡単なことに気付かなかったのかしら!ないんだったら自分で作ればいいのよ!」 333 :涼宮ハルヒの憂鬱:2011/02/05(土) 21 06 42 ID 8iUiDkd7 かくしてハルヒは俺を強引に巻き込んだ挙句、文芸部の部室を乗っ取り、 「涼宮ハルヒの団」略して「SOS団」という同好会のようなものを立ち上げた。 そして長門有希、朝比奈みくる、古泉一樹の三人をSOS団に入団させた。 実はこの三人はそれぞれ宇宙人、未来人、超能力者で、その事実は何故か俺だけに知らされることとなった。 三人が口を揃えて言うには、ハルヒには願ったものを何でも実現させてしまう特殊能力があるらしい。 だが、ハルヒ本人は願いが叶ったことに全くもって気付いていない。 今回は、宇宙人(以下略)に会いたいという願いが、ハルヒに気付かれないうちに叶ってしまった形だ。 全く、やれやれだ。面倒なことこの上ない特殊能力だな。 世界の命運を左右するかも知れないほどのハルヒの特殊能力に目をつけた宇宙人、未来人、超能力者たちは、 三人をハルヒに近づけこっそり監視させている、と、こういうわけだ。 ハルヒがこいつらの正体を知ったらさぞかし喜ぶだろうな、とは思う。 ここで一つの疑問が湧き上がる。なぜ、俺なのだ? なんだって俺はこんなけったいなことに巻き込まれているんだ? 百パーセント純正に普通人だぞ。 普遍的な男子高校生だぞ。これは誰が書いたシナリオなんだ? 俺を踊らせているのはいったい誰だ。お前か? ハルヒ。 なーんてね。知ったこっちゃねえや。 不思議なことなど何も起きない、部室に集まってダラダラすごす、SOS団的活動。 そんな平凡な日常でも俺は充分楽しかった。そうさ、俺はこんな時間がずっと続けばいいと思っていたんだ。 そう思うだろ?普通。だが、思わなかった奴がいた。決まっている。涼宮ハルヒだ。 ある夜のことである。自室のベッドで眠りに就いたと思ったのだが、 何故か学校にてセーラー服のハルヒに起こされた。 俺とハルヒは誰もいない学校に閉じ込められてしまった。 校門から出て行こうとしても不可視の壁に阻まれてしまう。 どうやらこの状況は、ハルヒが望んだことらしい。例の特殊能力が発動したってわけだ。 334 :涼宮ハルヒの憂鬱:2011/02/05(土) 21 08 14 ID 8iUiDkd7 困り果てた俺に、古泉、朝比奈さん、長門から元に戻るためのヒントがもたらされる。 “sleeping beauty”、そして、白雪姫。 両者に共通することと言えば何だ? 俺たちが今置かれている状況と合わせて考えてみたら答えは明快だ。 なんてベタなんだ。ベタすぎるぜ。そんなアホっぽい展開を俺は認めたくはない。絶対にない。 俺の理性がそう主張する。しかし人間は理性のみによって生きる存在にあらず。 俺はハルヒの肩をつかもうとして、まだ手を握りしめたままだったことに気付いた。 ハルヒは、こいつは何か悪いものでも食べたのかと言いたそうな顔をしていた。 俺は必死で考えた。涼宮ハルヒの存在を、俺はどう認識しているのか? ハルヒはハルヒであってハルヒでしかない、なんてトートロジーでごまかすつもりはない。 ないが、決定的な解答を、俺は持ち合わせてなどいない。そうだろ? 教室の後ろにいるクラスメイトを指して「そいつは俺にとって何なのか」と問われてなんと答えりゃいいんだ? ……いや、すまん。これもごまかしだな。俺にとって、ハルヒはただのクラスメイトじゃない。 俺はハルヒのセーラー服の肩をつかんで振り向かせた。 「なによ……」 「俺、実はポニーテール萌えなんだ」 「なに?」 「いつだったかのお前のポニーテールはそりゃもう反則なまでに似合ってたぞ」 「バカじゃないの?」 黒い目が俺を拒否するように見える。抗議の声を上げかけたハルヒに、俺は強引に唇を重ねた。 こういうときは目を閉じるのが作法なので俺はそれに則った。ゆえに、ハルヒがどんな顔をしているのかは知らない。 驚きに目を見開いているのか、俺に合わせて目を閉じているのか、今にもぶん殴ろうと手を振りかざしているのか、 俺に知るすべはない。だが俺は殴られてもいいような気分だった。賭けてもいい。 誰がハルヒにこうしたって、今の俺のような気分になるさ。俺は肩にかけた手に力を込める。しばらく離したくないね。 気がつくとそこは俺の部屋。夢か?夢なのか? 見知った女と二人だけの世界に紛れ込んだあげくにキスまでしてしまうという、 フロイト先生が爆笑しそうな、そんな解りやすい夢を俺は見ていたのか。ぐあ、今すぐ首つりてえ! 335 :涼宮ハルヒの憂鬱:2011/02/05(土) 21 09 06 ID 8iUiDkd7 その後結局一睡も出来なかった俺は、足を引きずり引きずり登校し、教室に入って思わず立ち止まった。 窓際、一番後ろの席に、ハルヒはすでに座っていた。何だろうね、あれ。頬杖をつき、外を見ているハルヒの後頭部がよく見える。 後ろでくくった黒髪がちょんまげみたいに突き出していた。ポニーテールには無理がある。それ、ただくくっただけじゃないか。 「よう、元気か」 「元気じゃないわね。昨日、悪夢を見たから」 ハルヒは平坦な口調で応える。それは奇遇なことがあったもんだ。 「おかげで全然寝れやしなかったのよ。今日ほど休もうと思った日もないわね」 「そうかい」 俺はハルヒの顔をうかがった。まあ、あんまり上機嫌ではなさそうだ。少なくとも、顔の面だけは。 窓の外から視線を外さないハルヒに、俺は言ってやった。 「似合ってるぞ」 それは、初夏の日差し眩しい、ある日曜日のことだった。 SOS団による市内の「不思議探索パトロール」、本日は記念すべき第二回目である。 例によってせっかくの休みを一日潰してあてどもなくそこらをウロウロするという企画なのだが、 どういう偶然だろう、朝比奈さんと長門と古泉が直前になって欠席すると言い出し、 俺は今、駅の改札口で一人、ハルヒを待っている。 今日はハルヒに色々なことを話してやりたいと思う。 数々のネタが頭に浮かんだが、まあ、結局のところ、最初に話すことは決まっているのだ。 そう、まず、宇宙人と未来人と超能力者について話してやろうと俺は思っている。
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午前中。休み時間とは名ばかりの、次の授業への移行時間かつ執行猶予時間の際。 俺は……古泉は登校しているのだろうか、長門はどうしているだろうかなどを自分の席に着いたまま黙考していた。 「どうしたんだい? あまり元気がないみたいだけど。なにか悩みでもあるの?」 国木田はこちらへと近づきつつ俺に問いかけ、俺は背後にハルヒが居ないことを確認すると、 「……悩みが多すぎるのが悩みだな。正直まいってるよ」 「ふうん。てかさ、涼宮さんも何だか元気がないみたいだね。ひょっとしてケンカした?」 普通は聞きにくいようなことを飄々と聞いてきた。国木田よ、俺とハルヒはケンカするほど仲が良いわけじゃ……。 いや、あるのか。いつも俺がボッコボコにされてるが。国木田はなおも飄々と、 「聞きにくいって? もしかして、キョンと涼宮さんのケンカは犬も食わない感じになってるの? それなら、僕がそれを聞いちゃったのは野暮だね。ごめん、謝るよ」 謝られたが、考えてみれば野暮なことはないよな。そして、 「……勝手に俺たちを夫婦にするのはよしてくれ。それより、ハルヒが元気ないって?」 あいつが? ……俺には、息巻いて不思議探索に精を出そうとしていたようにしか見えなかったが。 「キョンは気付かなかったの?」 「……俺には世界を作り変えちまいそうなほど元気に見えたがな。もしハルヒがそうだってんなら、多分、俺がまだポエムを書いてないのが原因だろう」 「おいおい、いい加減早く書いちまえよな? お前なら、いままで恋愛経験がなくても関係ねえ。涼宮とのアレコレでも書いてりゃいいじゃねえか」 谷口がどこからか沸いてきた。谷口、俺はハルヒと、それこそ人に言えないようなもんしかしてないぜ。 「それは大胆だねキョン。ここは学校だし、そういった情事的な告白は自重した方がいいんじゃない?」 俺の言葉に国木田がひどい齟齬を発生させちまった。こいつが耳年増なことを言ってるのは、人畜無害そうなツラしてるのが原因だろうか。谷口は国木田に、 「バカ言え。こいつにそんな甲斐性があったら困るってよ。ムッツリな奴ってのはそんなんじゃねえ」 「誰がムッツリだ。おいお前たち、いや、アホその一とその二。妙な勘違いしてやがると俺の怒号より先に、ジェットエンジンを積んだ地対地ハルヒミサイルがアホを感知して飛んできちまうぞ。俺はそれの巻き添えを喰らいたかないね」 「勘違い、ねえ」と声を揃える二人。もといアホ供。そのなかでも特にアホな方が、 「……しかしもう一年になるんだな。お前と涼宮が、一緒に過ごすようになってから」 ――この谷口の台詞は、まんま俺が自分の部屋のカレンダーを見て思った言葉と一緒だった。 四月。ハルヒと出会った日付に、俺が記した印。 記憶をなくしちまった異世界の俺は……その印を見て、何を思っているのだろうか。 「俺はなキョン。涼宮とお前が出会ったのは良いことだったと思ってんだ。あいつが奇行をするのは変わっちゃおらんが、中学の頃のそれとはダンチだぜ」 右手を肩の位置ほどまで掲げながら、やれやれとばかりに話す谷口。 ――俺は話の内容より、谷口の姿を改めて見たことによって一つ思い浮かんだことがあった。すぐさまそれを聞こうと、 「……そういえば谷口。お前は、ハルヒとずっと一緒のクラスだったよな?」 「ん? ああ、中一の時から現在進行形でそうだろ。なにを今更言ってんだ?」 「聞きたいことがあるんだが」 もしかして、こいつはハルヒが異世界を作っちまったヒントを知ってるんじゃないだろうかと思った俺は、「あいつさ、中学の頃から宇宙人やら諸々を探し回って、不思議なものと会いたがってたんだろ? それでさ、なにか……他に変わったことしちゃいなかったか? もしくは、あいつの悩みでも願いでもなんでもいいんだ。教えてくれ」 そうだ。異世界じゃそういったハルヒの願いは叶ってる。その世界がそんなイレギュラーな事態になってるんなら、他に……何かがあるはずなんだ。若干の期待を込めつつ聞いた俺に谷口は、 「知るか」 という端的な答えを出した。冷たい言い方に俺がすこし傷ついていると、 「中学の涼宮の行動はオールラウンドに変わってたぜ。それこそ全部が変だったもんで、それがあいつの普通になってたくらいだ。……そりゃ今でも変わんねぇが、高校に入ってから変わったもんが一つあるな」 谷口は、話の後半部分になるとニヤニヤした顔を俺へと向けて話していた。やめとけ。マジモンのアホみたいだぞ。 とは言わず、それは何だと聞き返すと、 「高校に入ってから涼宮に告白したヤツがいたんだが……涼宮は断ったらしい。中学の頃じゃ考えられねーよ。でな、東中出身のヤツらの間じゃ眠り姫伝説ってのがあったんだ」 もちろん眠り姫ってのは涼宮だ。と続けて、 「眠り姫ってのはつまるところ、涼宮が寝ぼけたこと言いながら正気の沙汰とは思えん行動ばっかやってたからさ、皮肉で付けられたあだ名だよ。そんで、あいつが目を覚ますのは、あいつにちゃんとした男が出来たときだって言われてた」 また谷口は俺をアホ面で見ながら、 「涼宮が男をとっかえひっかえしてたのは、いつまでたっても現われやしない王子様を探してたんじゃねえかって噂が立っててさ。で、あいつは眠ったまんまで王子様が誰だかわからねーから、とりあえず全員オーケーしてたんだろって話だ」 「馬鹿言え。ハルヒが王子様を探してる? あいつが全員の申し入れを受けてたのは、単に断るのがメンドーだっただけだろ」 「それは違うんじゃないかな? そっちのほうが面倒じゃん。涼宮さんなら、斬り捨て御免でサヨナラすると思うけど」 「だが……」 ……と俺は言いかけて停止した。谷口の話を聞いて、一つ不安な考えが頭をよぎっちまった。こいつらとハルヒの恋愛観について侃々諤々としてる場合じゃない。 眠り姫。 スリーピング・ビューティ。 まさか……あの、閉鎖空間から抜け出たときの行動をやれなんて言わないよな? ……俺がなんとも言えない気持ちになっていると、 「でもさ、涼宮さんはその人の告白を断ったんでしょ? じゃあ、もう涼宮さんは王子様を見つけちゃったの?」 「――なっ!」 思わず驚嘆の声を発した俺に、 「何驚いてんだよキョン? いつになく素直な反応じゃねえか」 「うん。まるで好きな人に彼氏がいたのが発覚したみたいな反応だったね」 アホがアホなことを言ってきた。こいつらにアホ言うなとは無理かもしれないと思いつつ、 「お前等がアホらしいこと言ってるからだ。あいつに男なんかいやしないし、第一、今でもハルヒは天真爛漫な行動してるじゃねえか。谷口の予測も外れてるってことだ」 そう言うと、谷口は何故か盛大に嘆息した後に、 「噂は噂だ。与太話でしかねえよ。けどな、じゃあなんで涼宮はそいつの告白を断ったと思う? 俺が言うのは業腹だが、そいつは中々の良識人だったぜ。見た目だって悪かねえ」 「そりゃSOS団があるから……」 「ああ、わかった気がするよ。谷口の言いたいこと」 俺の言葉を途中で止めた国木田は、 「涼宮さんは、今度は王子様と一緒になってキテレツな行動をやり倒してるんだね」 「そういうこった」 俺の目の前に二つのアホ面が広がった。 つまり、こいつらは俺が王子様だと言いたいらしい。なんとアホな。谷口、国木田よ。俺が王子様に見えるんなら、俺が跨っている馬はハルヒだぞ。むしろ、俺がじゃじゃ馬に乗っかってるから王子様に見えるのか? 何処をどう見たら、無残に振り回されまくりの俺の格好がそう思えるんだろうね。 俺はそんなことを考えながら二人を追っ払い、少々残念な気持ちをそのまま溜息として吐き出していた。 実を言うと俺は、谷口がこの異世界問題の解決の糸口を持ってきてくれるんじゃないかと淡い期待を抱いていたのだ。 そう。長門が世界を改変し、俺以外のみんなの記憶が消えちまった時、あいつは俺とハルヒを引き合わせるキッカケをもたらしてくれた重要人物だったからだ。そして、この谷口は―― 残念以外のなにものでもなかった。 そして昼休みになる。俺はいつものトリオでの昼食会を辞退し、文芸部室へと足を運んでいた。 理由なら沢山ある。長門の様子だって気になるし、ポエムだって書かなきゃならない。教室じゃ恋のポエムなんぞ書けるはずもないため、どうせなら部室で長門と肩を並べながら頑張るのも良いかなと考えたのだ。長門にとっても、戦友がいたほうが退屈しないで済むだろうしさ。古泉は……まあ、気にならないわけではないが来てないとしても俺にはどうしようもないことだし、そもそもあいつが学校にまで来れない理由というのがわからん。よって、俺は数ある懸案事項の中で、ポエム作成と長門についての問題を優先して選択し対応することにしたのだ。 そんな雑多なことを考えながら部室へと到着し、扉を開いた俺は…… 「うお」 室内の長門の様子を目に入れて思わず声を漏らす。 「……今日は、本読んでないのか」 長門はこちらへと振り返ることもせず、顔を窓際へと向けたまま、自分の席に閑寂と着座していた。 「長門?」 俺が呼びかけてみても、一ミリの返答すら返ってこない。 「……機関誌借りていいか?」 「…………」 沈黙を了解の合図とした俺はかつての長門を見習い、ポエムの作成に温故知新的な希望をもって小説誌を開いた。 ……が、何故か俺は自分の小説ではなく、長門の小説を読み返したいと思いながらボンヤリとページを捲っていた。 「………ん?」 長門の小説を探していた俺は、機関紙が検索を終えてパラリと閉じられたことに違和感を感じた。なぜなら、俺はあいつの小説を見つけることが出来なかったのだ。 そして何度か再検索してみるものの、一向に長門の小説は姿を見せない。 というより、ない。 それが俺の勘違いでないというのは、目次として記されている作品掲載順序と実際の順番の不一致が証明してくれている。 そう。本来ならあるべきはずの場所に、あいつの小説がポッカリと消えてしまっているのだ。 「………?」 ――なにかがおかしい。嫌な予感がする。何か……とてつもなく大きなものが俺を待っている気配が、この部室内からですら漂っている。 「長門」 もちろん返事はない。しかし、それがもちろんのことになったのはつい先程のことだ。これも、本来なら変なんだ。 「……機関誌なんだが、お前の小説は何処へ行った?」 「…………」 無言で部室の隅を指差す。俺はまるで札を貼られたキョンシーの如く何も考えず諾々とその指示に従い、長門が指差す先へと歩き出した。 「………?」 壁に突き当たった俺は、またもや沈黙と疑問符を浮かべることとなった。 ここには、円筒状のゴミ箱しか置かれていない。 行動の選択肢が一つしかなかったため、俺は何を思うわけでもなく、ゴミを漁るというあまり宜しくない行動に出た。 ……そして思わぬ収穫物を手に入れた俺は、ここで、やっと意識を取り戻すこととなる。 「――誰が……こんなことしやがった」 俺が手にしているのは……長門の小説だ。見事なまでの手際で切り取られたであろう数枚の紙の姿に、俺はそれを認めることが出来ないでいた。 いや待て。待て待て。わからん。不愉快よりも、不可解さが先に来る。 何が起きてる? いつ始まった? どうしてこうなってる? 真っ白になった頭の中で数々の疑問がひしめく中……俺は思わぬ言葉を、紛れもない長門の声で耳にする。 「わたしがやった」 ……は? なにをだよ。 「それ」 俺は手元を見る。そこにあるのは、もちろん…… 「―――長門っ!?」 質問するには不明なことが多すぎた。俺は長門を一瞥し、そして普段とは違うこいつの雰囲気を認識するやいなやすぐさま駆け寄り、あいつの肩を掴みながらあいつの名前を叫ぶ。 「……なっ……お前、どうして……」 そして長門の双眸と目を合わせた俺は……そこにあるものを感じ、狼狽を隠せずにいた。 「今のわたしには、必要ないものだったから」 そう話す長門の瞳の中には…… 何も、存在していなかった。 今つくづく思う。昨日までのこいつには、いや、初めて出会ったときだってそうだ。無感動ながらも、確かに何かが存在していたのだ。 しかし、俺の目の前にいるこの長門には……何もない。あの黒い瞳はまるで乾いた氷のようにくすみ、光を失ってしまっている。初めて俺は……こいつの姿に虚無というものを見て、例えようのない戦慄を覚えた。 何かが起きてる。それは間違いない。この長門がおかしいってのも間違いない。 じゃあ、何で……長門はおかしくなっているんだ? 《あの日》を思い出したからといって、流石にこうまでなるとは考えにくい。ってことは、なにか他の原因でこうなっちまってるんだ。考えろ。どこかに……ヒントがあったはずなんだ。 昨日は何があった。なにかおかしかったところは?(帰り際にあったな)もしかして、長門は誰かに妙なことでもされたのか?(長門が?)じゃあ誰に?(あいつはどうだ)大体、長門をこんな風にして何の得がある?(ある。あいつには)今日何かおかしなところはあったか?(あいつは来ているか?)機関誌は……(最近あいつがずっと読んでたな)。 「……ふざけるな」 これは俺の馬鹿げた思考に対する言葉だ。くそ。何考えてんだ俺は。わかってるじゃないか。 古泉が……こんなことするわけねえだろうが!(機関はどうだ?) ――いい加減にしろ。そうだ、原因を考えたところでどうなるわけじゃない。今必要なのはトルストイ的思考方法だ。 まず、現在一番優先すべきことはなんだ?(そりゃもちろん長門を元に戻すことだ)それを果たすには?(思いつかないね)じゃあどうする。(何が出来る?)俺に出来るのは……(俺に出来ないなら……) 「喜緑さん……!」 あの人なら何か知っているはずだ。確証はないが、もとよりここで俺が無為に思考を巡らせるよりは彼女に何かしら聞いてみた方が上策というものだろう。 だが、ここの長門はどうする? 下手に校舎内を引っ張って連れて歩こうものなら、ハルヒが追尾してきたりだとか俺が破廉恥な輩だという無用の心配が生徒や教師間に蔓延ってしまうかも知れん。そんなもんに構ってる暇などありゃしない。 俺が行動を決めかねていると部室の扉がガチャリと音を立て、 「……おや」 立ち尽くす俺の姿に少々驚きつつ、見慣れたハンサム顔が進入してきた。 「いえ、長門さんが心配だったのでね。僭越ながらここへやってきたわけです。お邪魔なら引き返しますが」 何も聞いちゃいないのに訪れた理由をいつものスマイルで話す古泉に、 「古泉、これ頼む! あと、長門もだ! 俺は今から喜緑さんの所に行ってくる! 理由はすぐ解るはずだ!」 「……ど、どうしたんですか?」 俺は古泉の胸元に長門の小説を押しやり、されるがままにそれを受け取った古泉は当惑しながら俺に説明を求めた。 「何がどうなってるかは知らんが、事態は風雲急を告げまくりだ! よろしく頼……」 一目散に扉へと駆け出していた俺は途中で足と言葉を止め、唖然としている古泉を見ながら、 「……古泉。俺は、お前を信じてるぜ」 たとえ『機関』が――いや、誰が長門をこうしちまったとしても……古泉は、目の前の長門を守ってくれるはずだ。 俺はそれ以上足を部室に留めることなく、一路喜緑さんの元へと駆け出した。 とは言うものの、俺が目指したのは生徒会室だった。目的地に着いた俺はすぐさまドバン!と無作法にも勢いよく扉を開き、 「……なんだキミは。ここはそちらのイカガワシイ部室と違い、ひどく真面目に学内活動に取り組んでいる場所なのだ。無礼な入室の是非は推して測るべきだと思うがね」 突然の闖入者に呆れ顔の生徒会長。少しも怯んだ様子が見受けられないのは感嘆だ。 「そういえば、機関紙の上稿の件があったな。詩集は完成したのかね? もっとも……キミのその様から鑑みるに、期日の延長でも哀願しに来たと考えるのが妥当な判断だが」 肩で息をしている俺に、会長は訝しげに言い放つ。 「……それも頼んでおきますよ」 ちゃっかりしたことを言う俺に、 「ふん。その程度の用件でわざわざ参られては、こちらが困るというものだ。期日を設定したのはそちら側だろう。そもそも今の私は、奇怪な団体に付き合ってる暇など皆目持ち合わせてはいない。この度の生徒会からの要求も実の所、便宜上の活動内容が欲しかっただけなのだ。詩集とやらはあのお祭り女が勝手に決めたことだ。今回、生徒会側はキミたちに契約不履行の罰則を何も提示してはいない。勝手に四苦八苦でも七難八苦でも起こしていたまえ」 会長があまりにも正当なことを言っているのでちょっと逆らおうと思った俺は、 「……少しばかり要求を急ぎすぎだった感は否めませんがね。せめて二学期から活動を求められれば良かったんですが」 「ふん」 いわれのない非難を受けて呆れ返ったような息を吐き、 「キミは喜緑くんの、折角の厚意を無下にするつもりかね。当初の生徒会側の申し入れを提案したのは彼女だ。……理解したのなら、早く退出したまえ。こちらは昼食をロクに摂れぬ程忙しい身なのだ」 「待ってくれ。俺はそれで来たんじゃないんだ……いや、ないんです。喜緑さんはいないんですか?」 「ほう。キミが我が生徒会秘書と謁見したいというのは何故だ」 答えてるヒマはない。いるかいないかどっちかだけ答えてくれ……という俺の質問は愚問だった。清濁併せ持つというか本来黒い会長がこの喋り方だってのは……。 「会長。どうやら彼はわたしに火急の用があるみたいです。すみません、少し席を外していて頂けないでしょうか?」 「……む。私とてヒマではないのだが。キミも良く知って……」 会長にニッコリと微笑む喜緑さん。これ以上会長が話しを続けていたらどうなるかわかったものじゃない。 「……よかろう。だが、手短に済ませたまえ」 絵に描いたような渋々とした風情で歩き去る生徒会長。生徒会活動に精力的なあの人の邪魔をするのは少々気が引けるな。 「構いません。わたしたちはここで、お弁当を食べていただけでしたから」 一転して会長に越権行為疑惑が浮上した。ちくしょう。権力を傘にきて、喜緑さんにちょっかい出してやいないだろうな。 「いえ。会長は素晴しい殿方ですよ?」 明るく言い放っているが、この人は会長の本性を知っているのだろうか。知らないとは思えないが……。 ――って、そんなどうでもいいことを考えてる場合じゃない。 「喜緑さん! あなたに聞きたいことがあるんだ! 長門の様子なんですが……」 急に笑顔のトーンを落とし、喜緑さんは悲しむ口調で、 「……はい。彼女に異変が発生しているのは知っています……その原因も」 ――よし、ビンゴ。当たりだ。原因が判明すれば、後はなんとでも対策は講じられる。 「……あいつはどうしちまったんですか? 多分、誰かに干渉されて――」 喜緑さんはゆるやかに首を横に振り、 「そうではありません。彼女は……禁を破り、死を願ってしまったんです。そして情報統合思念体からの処分を受け、現在の状態に保持されています」 「な……。あいつらが、長門を――?」 ――待て。思念体にとって長門は……世界人仮説を解明するとかいう、進化の希望だったんじゃないのか? それがあいつらの最重要目標だったはずだ。なのに、禁を破っちまったからといってホイホイとあんな状態に変えちまうのか? いや……もしかして、解明の作業には影響しないのだろうか? だがな、だからといって長門をあんな風にしちまうのは許され――って、 「ちょっと待ってください。長門が……死を願っただって? 死にたいなんぞを思ったってことですか?」 喜緑さんは視線を落としながら軽い困惑の色を顔に貼りつけ、 「……はい。長門さんのパーソナルデータが消去されていることから、それは間違いありません」 「長門のパーソナルデータが消えた? ……何となく意味は掴めるんですが、どういうことなんです?」 俺の質問に、喜緑さんはまるでカマドウマ事件をもたらした際のたじろぎ気味な雰囲気で、 「言うなれば……彼女はもう長門さんではないんです。現在の彼女は、いままでの長門さんの行動形式を思念体から暫定的に付加された、素体が一緒なだけの別人なんです。そして……」 更に沈み込み、唇を噛み締めるような様子で…… 「――もう、わたしたちが知っている長門さんが帰ってくることはありません。……彼女の中に存在する思念体は長門さんのものですが、これからどうしようとも……あの長門さんと同一のパーソナルデータが形成されることはありませんから……」 「………うそだろ」 ……喜緑さん。頼むから、そんな顔をしないでくれ……。それじゃ……。 まるで、打つ手がないみたいじゃないか……。 ――打つ手が……ない? いや……あるのか……? 「…………」 俺は揺らめく意識とおぼろになった現実感の中で、懸命に思考を成り立たせようと煩悶していた。 ……大人の朝比奈さんは言っていた。今日、長門の為に《あの日》へ飛ばなければならない、と。 だが、行ってどうなる? ――そう、そこなんだ。この現在は過去の延長なんだから、過去の空白を埋めても今が変わるわけじゃないはずだろ。 つまり……それは、長門がこうなっちまう現在を変えろってことなのか? だが、それは危険なんだ。俺たちは、歴史がどう変わるかなんて予想出来やしない。大人の朝比奈さんにいいようにされちまう可能性があるんだ。それに……。 長門が復調することは、大人の朝比奈さんにとって不利益なんじゃないか? 思念体は俺に、世界の矛盾を消して元の姿に戻さないかと提案してきた。それは、大人の朝比奈さんが消えちまうってことだ。ああ。そうだよ。そもそもが宇宙人や未来人や超能力者の上の繋がりは、純粋な利害関係で目的が一致してたから互いに敬遠していただけだ。思念体が長門を見限った今、『機関』や朝比奈さんの『未来』があいつを助けようなど考えるわけがない。 ……だが、最も頼りになる奴らは、長門を助けることに微塵の躊躇もありはしないんだ。 ――俺たち、SOS団には。 そして、今は俺の判断が一番重要な意味を持っているんだ。長門や古泉、恐らくは朝比奈さんも背後の黒幕から行動を制限されている。俺の行動如何によって、事態はあらゆる方向に進行してしまうのだ。世界の分岐点とやらがあるのなら、今が一番大事なポイントだ。 よく考えろ。俺に何が出来る? 俺の朝比奈さんに大人バージョンの彼女の存在を打ち明けてみるか……もしくは、博打だがハルヒに俺がジョンスミスだと名乗り出るかだ。危険度を考慮すれば前者だが、効果を考えるなら後者だ。どっちに………。 「………くそ」 どちらを選んだとしても、あまり良い結果が出るとは思えない。 ……それに現在俺の中では、上の奴らに向けているものとは別の怒りが大きくなり、思考することを邪魔している。 ――長門。お前は今大変な状況だが、一つ……言わせてくれ。 なにやってんだ。お前は。 死を願っただって? んなもん、願い事でも何でもねえ。お前は、死ぬほど悩んでたんだろうが。それで死にたくなったんなら、なんでこうなっちまう前に俺に言わねえんだ。いや、俺じゃなくてもよかった。ハルヒでも、朝比奈さんでも……古泉でも。そうさ、お前は一人で抱え込み過ぎるから《あの日》を起こしちまったんだろうが。……いや、それは俺が気付くべきだったよな。お前は何も悪かない。 けどな、長門。俺は誓ったんだ。お前に二度と……あんな思いはさせないと。 それはSOS団のみんなだって一緒だ。だから、俺たちはお前の悩みでも何でも共に背負って行きたいんだよ。 だが、お前がそれを教えてくれなきゃ……俺たちは、寄り添いようがなだろうが……。 長門。お前に一番必要なのはさ、自分が抱えてる悩みを仲間に伝えること――――。 ――ドクン。 ……この瞬間、俺の心臓がまるで今始めて鼓動し、その存在を知らしめるかの如く高く鳴り響いた。 「まさか……」 頭の中では、一人の少女の……笑わない仮面が笑ったような笑顔の映像が勝手にフィールインされていた。 「――喜緑さん! あいつは……朝倉はいないんですか!? いや、とにかく聞きたいことがあるんだ!」 慌てふためく俺を見ることなく、喜緑さんは視線を落としたまま、 「朝倉さんは……現在、思念体内に存在していません。彼女のパーソナルデータのバックアップも、失われています……」 「…………」 ――決まった。 俺は、行かなければならない。二度と行きたくはなかった《あの日》に。 そして俺は……二度と会いたくはなかったヤツに、今一番会いたいと感じている。 そう。朝倉は……長門の願いを、あいつの悩みを聞いているんだ。 ……《あの日》はまだ、終わっちゃいなかった――。 第三楽章・臨
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「ただの人間には興味ありません。この中に宇宙人、未来人、異世界人、超能力者がいたら、あたしのところに来なさい。以上。」 出典 涼宮ハルヒシリーズ CV 平野綾 童実野高校の一年生でありSOS団の団長。 退屈と平凡をとことん嫌い、目新しい出来事や非現実的な事象を好み 自分が面白いと思ったことならば平然と他人を巻き込む性格。はっきり言って厨二病。 自覚はないが自分のいる世界を自分の思ったとおりに作り替える「情報改変」と言う能力を保有しており、 それ故情報統合思念体や「機関」と呼ばれる組織からの監視を受けている。 …が、カオスワールドでの彼女はその能力を失っており、監視の必要性は薄れているのが現状。 しかし、ナナと接触時に既視感を覚えるなど、何かの鍵を握っているのは相変わらずのようである。 チームKCに加わったのも使命感や因縁などは一切関係なく ただ「面白そうだから」と実に短絡的。 だがチーム内にハルヒ以上の変人が多いのと原作に見られる奇行がなりを潜めているためか 相対的に常識人と化している。 戦闘面では特に何かに特化している訳でもなく平均的だが 装備できるイクイップスキルが多いという利点がある。 また第2部再合流時にはその間の修行のおかげで ドルオーラとエビルデインをイクイップスキルなしでも使えるようになり いくつかの呪文・特技を覚える。また職業もSOS団長→超勇者にかわる。 なお彼女が覚える呪文や特技はドラクエのゲームや、 漫画『ダイの大冒険』『ロトの紋章』が元ネタとなっている。 ベホマ、ムーンサルト→ドラクエのゲーム ドルオーラ、無刀陣→ダイの大冒険 エビルデイン、幻魔剣→ロトの紋章 初戦闘時の朝倉戦、加入時のネーナ戦は負けイベント、 おまけにネーナは弱点の飛属性を突きまくるという結構嫌なデビューである。
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今日は12月23日。 …… 時は夕刻。俺は最寄りの店へと寄っていた。いろんな人形やぬいぐるみを手にとり凝視する俺。 「おいおいキョン、まさかお前にそんな少女趣味があったとはなあ…正直失笑もんだぜ!!」 はてはて、特にこいつは影が薄いキャラ設定でもなかったはずだが…俺はこいつの気配に 今の今まで気づかなかった。ここ最近ハルヒの閉鎖空間云々といった騒ぎに巻き込まれず、 温和な日々が続いていたせいだとでもいうのか?すっかり外的要因を感知する能力が衰えていた。 「外的要因??キョン、そりゃあんまりじゃねーか?俺はお前の親友だろ?」 悪友といったほうが正しいような気もするが。とりあえず、少女趣味云々イミフなことを言うヤツは放置に限る。 「あーあー、さっきのは悪かったって!あれだろ?妹ちゃんにやるクリスマスプレゼント探してたんだろ??」 わかってるんじゃねーか…ったく、別に俺がからかわれるのには構わないんだけどな。 そういうことを鶏が朝一番に鳴くようなレベルの大声で言うなと… もし側に俺の知人がいたら、こいつはどう責任をとるつもりだったんだ。 「だから悪かったって言ってるだろ…マジごめんって。」 まあ、わかればいいさ。謝ってる相手に追い打ちをかけるほど俺は畜生ではない。 「ところで谷口、お前はこんなとこで何やってんだ?」 「単にジュース買いにきたってだけだぜ。」 ジュース程度なら外で自販機がいくらでもあるだろうが。なぜ、いちいちこんなデパートに? 「おいおいキョン、外のこんな暑さをみてそんなこと言うのか?冷房のきいた店に涼みに来たってのも兼ねて、 ついでにジュースを買いにきたってだけだ。別におかしくもなんともねーだろ?」 なるほど、筋は通ってる。 「しっかし、冬至だってんのに夏みたいに暑いとか、 いよいよ地球もオシマイだよな。地球温暖化もくるとこまで来たってわけだ。」 …こればかりは同意しておく。実は、今年は12月に入ってずっとこの調子なのだ。何がって? もちろん地球気温のことだ。炭素税、クリーン開発メカニズム、国内排出証取引、排出権取引、直接規制による CO2削減義務、気候変動枠組条約、京都議定書…数えればきりがない。それくらい俺たちは現代社会等で 温暖化対策を強く教わってきたし、各国もそれなりの規模で取り組んできたはずだ。 にもかかわらずこのザマである。 もはや、これでは人間の努力の範疇を超えてしまっているではないか。…そもそもである。 人間ごときが地球規模レベルの変革を推進できるという考え自体が…傲慢だったというのであろうか。 …まあしかし、こればかりは俺たち一個人、ましてや一高校生にどうこうできるレベルではない。 つまり、谷口含む俺たち地球人は…。この苦い現実を受け入れ、生きていくしかないということである。 …… しばらくして、ようやく妹へのプレゼントを買うことができた。 用事を済ませた俺は、谷口と一緒にデパートをあとにしたんだが…その直後だったか。 「?」 違和感が襲う。足に力が入らない。 …… なぜ…俺は宙に浮いているんだ? …?? 空に舞ったあと、物体はどうなる?誰もがわかるように、ただ地球の中心に向かって 落下するだけだ。不変の真理である万有引力の法則に基づき、俺は地面へと強く打ちつけられた。 …どれだけ時間が経過したのだろう。俺は目を覚ました。どうやら気を失っていたようだ…証拠に、 いまだに地面に打ち付けた衝撃で頭がグラグラする。打ちどころが悪ければ…まさか死んでたのか俺は。 …… 一体何が起こった??わけもわからず、俺は必死にさっきの事象を思い出そうとする。 しかし、それは叶わなかった。思い出すとか以前の問題だった。目の前に広がる光景以外…考えられなかったから。 「…なんだってんだ…?これは…?」 周辺道路に亀裂がはしってたり陥没してるのはなぜだ??さっきまで俺たちがいたデパートが… 跡形もなく崩れ去ってるのはなぜだ??…なぜ、ありえない形で看板に人が突き刺さってる?? あそこで転がっているのは何だ…?!体の一部か?遠くから…煙や火の手があがってんのはなぜだ?? 視覚で物事を把握した途端に、今度は聴覚が冴えてくる。 「助け…」 ?! 「ひ、火を消してくれえええええええええええ!!!!」 「だ、誰か!!」 「ああ…あああ…!!!!!」 「私の子供が…っ!!瓦礫の下敷きに!!!」 「うわああああ痛いよおおおお!!!」 何を騒いでるのだこの人たちは? 「ちょ…おい、ま、待ってくれ…何だこの状況は」 聴覚で物事を把握した途端に、今度は嗅覚が冴えてくる。 「う…!」 異臭に鼻をふさぐ。この臭いは…腐臭である。 一体何の…? …… にん…げん…? 視覚、聴覚、嗅覚が正常に機能して 初めて俺はこの場所で何が起こったのか…それを思い出した。 「こんな地震見たことねえぞ…!?」 そう、さきほどこの地域全域で地震が起こったのだ…それも、考えられないくらいの強い地震が…!! これまでの経験上、一度も地震に遭ったことがないのでなんとも言い難いが…震度やマグニチュードで言えば 関東大震災や阪神淡路大震災の比ではないのではないか…!??直感でそう思った。 根拠はあった。でなければ、縦型の地震とはいえ、人間が空に舞うなど絶対ありえないだろう…? …… まさかこんな事態に見舞われようとは、一体誰が予測できる??先程までの俺や谷口はそんなこと微塵も… ?そういえば谷口はどうなったんだ? 俺は辺りを眺める。おかしい、地震があったとき確かに谷口は俺と一緒にいたんだ… それなら、ヤツは気絶してる俺を叩き起こしたり、惨状を見て発狂したり、取り乱したり… とにかく、俺に存在感を示すに決まってるんだ…あいつはそんなヤツだ。しかし、その気配はない。 認めたくなかった。それが意味するところを、それだけは絶対認めたくなかった。 最悪の状況を回避してくれることをひたすら信じ、俺は必死に辺りを見回した。 ふと、数10メートル先に瓦礫に埋もれている人間を確認できた。 ぴくりとも動かないことから、おそらく死んでいるのだろう。そしてその人間の服に、俺は見覚えがある。 考えが途切れた 「ははっ…嘘だよな…おい、嘘だよな?」 側まで近付いてみて疑念が確信に変わった ケガをしてたっていい、瀕死だっていい、 とにかく生きてさえいりゃよかった 死んでさえいなけりゃよかった …… 「谷口よお…お前だけは殺しても死なねー男だと思ってたのによぉ…」 …ッ!! 「あ…ぁあ…あ、うああああああああああああああああああああああああああああああああああ ああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!」 その雄たけびが状況ゆえに発狂した奇声だったのか、友人を亡くしたことに対する怒声だったのか、 今にも崩壊しそうな自我を守るための悲鳴だったのか。今の俺には判断のしようがなかった。 というか、どうでもよかった。何もかもがどうでもよかった。 …… 「はははっ…」 俺は笑っていた。俺がさっきまで一緒にいたであろうヤツに 『外的要因を感知する能力が衰えていた。』と言ったことを思い出していたからだ…っ。 「さすがに…こんな大地震まで感知できるわけねえよ…っ」 皮肉とはこういうことをいうのだろうか。 それからどれだけの時間が経ったのだろうか。相変わらず、目の前には無残な光景が広がっており 悲鳴は絶えない。だが…どういうわけだ?理不尽にも、俺はこの状況に慣れつつあった。 例えば、ずっと暗闇の中で暮らしていれば、微量な光でも辺りを察知できるよう目は慣れてくるものだ。 ずっと大音量でイヤホンから音をたれ流していれば、耳はそれに順応するものだ。 同じことが起こっていた…それも、俺の全感覚を通じて。 落ち着きを取り戻した俺は、ようやく他のことに考えを回せる余裕をもった。次の瞬間、ある人物が脳裏をよぎった。 「…ハルヒ!!」 そうだ、ハルヒは一体どうなったんだ??まさかっ、死んじゃいないよな…?? 先程の谷口を思い浮かべ、俺は背筋に寒気が走った。すぐさまハルヒのもとにかけつけよう…ッ!! そう決心しようとした矢先に、大事なことを思い出した。 「…そういや、あいつは無意識のうちに願望を実現できる能力をもってんだよな…。」 ご察知の通り、涼宮ハルヒは自身の願望を実現させる能力を有している…それも無意識のうちに。 であるからして、ハルヒはとりあえずは無事だという結論に至った。人間危険な状況に臨めば誰しも 反射的に防衛反応をとる。ゆえに ハルヒが死ぬなんてことはまずありえないはずだ。 かく言う俺も、地震で宙に投げ出され地面に激突する際、確かに受け身をとっていた。…無意識のうちに。 わずかだが、今思い起こすとそういう記憶がある。 【ハルヒは無事だ】 そう納得した、いや、違う、納得したかったのは、実は他に理由がある。 それは…家族のことが気がかりだったからだ。ハルヒのほうが助かっているであろう根拠はあっても こっちは、生きている保証などどこにもないからだ…!! 「家に戻ろう…!!」 俺はすくんだ足をたちあがらせ、一目散へと自宅へ走り出した。 …… 自宅に着くまで時間はかからなかった。なぜなら、一々遠回りをせず、ほぼ直進してここまで来れたからである。 なぜ直進してこれたのか?障害物が見当たらなかったからである。いや、本来そこにあったはずのものが 瓦解消滅してしまった、という言い方のほうが適切であろう。その障害物とは何か?民家や塀のことである。 言わずもがな、住宅街はほぼ全壊していた。第二次世界大戦下で東京大空襲を経験した祖父から、 その様子を聞いたことがあったが…まさにそれがこの状況なのではないか?唯一の相違点は、今回は地震なため 空襲とは違い、そこまで火災があったわけではない。ないが、もはやそういう比較は意味を成さない。 双方とも言葉にできないくらいひどかったのは間違いないんだからな…。 民家はまるでダンプカーに押しつぶされたかのごとく、見事なまでに原型を失っている。 瓦礫の下から人間の手や足が覗いている。悲鳴やわけのわからない奇声があちこちからこだましている。 一歩一歩、歩くごと血を流し横たわってる死体…なれば、考えざるをえない。同じ境遇で生き残ってる俺は… 一体どこまで運がよかったのか…? 地獄絵図 しばらくして…俺は見つけた。 荒廃してて庭だったかどうか識別できない…そんな場所で、俺は倒れてる少女を見つけた。 「おい!しっかりしろ!大丈夫か!?」 すぐさま妹のもとにかけよる 「きょ、キョン君…」 凄惨な光景には見慣れていたはずだったが…さすがに、肉親の肢体のあちこちから出血させられてる姿を見て、 平然としていられるはずがない…っ!いや、ある意味平然としていたのかもしれない俺は。あまりのショックに。 「今、止めてやるからな!!」 …血のことだ。 俺はもっていたハンカチやティッシュ、そして次々にちぎった着ていた服を布代わりに、 とにかく俺は妹に応急処置を施した。しかし…あまりに傷が深すぎて…出血が止まらない…ッ 「くそ!!何で止まんねーんだよ!?!?」 自分は無力だと実感する。本当に自分は無力だと実感する。兄のくせに俺は…! 妹のために何もしてやれないのか!?このまま何もしてやれないまま…妹は死んでいくのか!? …そうだ!!ハルヒに!!ハルヒに会えばいい!!ハルヒに会って妹の生存を望ませれば 妹は助かる!!よし、今すぐにハルヒをここに連れてきて 「おにい…ちゃん………」 !! 妹が何かをしゃべろうとしてることに気付いた。 「しゃべるな!!これ以上の出血はシャレになんねーんだぞ!?」 「もう…ながくない…よ。なんかね…さっきから意識が…消えそうだったり…」 「なら、尚更しゃべるんじゃねえ!!死ぬぞ!!」 「だか…ら。最後に…言わ…せて」 妹が最後の力を振り絞って何かを言わんとしていることがわかった。もはやその声はかすれ声そのもので、 読唇術でも使わない限り音声を完璧に把握できない…そう言っても過言ではないほど、事態は深刻なものに なっていた。俺は全身全霊をもってその言葉に耳を傾けた。決して、決して聞き逃さないように…! 「いま…ま…で」 …… 「あり…が…、……………………………」 その後、妹が口を開くことは二度となかった。どうやら、俺のかばんの中に入ってるぬいぐるみは 用無しになっちまったらしい。生きていて、そしていつものように笑顔を見せるお前に渡したかった。 …そういえばお前、最後の最後で俺のこと お兄ちゃんってちゃんと呼んでくれたんだな…はは…なんだかな。 こぼれきれないほどの涙が 目から氾濫する …… しばらくして、俺は放心状態のまま家をうろついた。そこで俺は…親父とおふくろを発見した。 しかし…すでに息はない。 …… 追い打ちとはこういうことを言うのか 俺の自我は 崩 壊 し た ナ ゼ コ ン ナ コ ト ニ ナ ッ タ ? リピート機能がついた壊れたレコーダーのごとく 延々と脳内から再生される片言 いつまでも、延々と ただその機械は 一定の行動を繰り返すだけだった …しばらくして、その輪廻から俺を解放してくれたのはある声だった。ある声といっても、 そこら中で聞こえてる悲鳴や轟音ではない。不思議なことに、その声は俺の脳内だけで鳴っているようだった。 これが幻聴というやつか?ついに俺も気が狂ってしまったか。まあ、こればかりはもうどうしようもないじゃないか。 これで狂わない人間など、もはやそいつは人間ではない。 しかし、その声がどこかで聞き覚えのあるように思えるのは…どういうわけだ? 『…けて……た……て…!』 何回も聞くうちに、しだいに何を言っているのか…聞き取れるようになっていた。 『助けて!キョン!助けて!!』 …確かにこう聞こえた。 …… これは…ハルヒの声…??どういうわけかはわからんが、俺の脳内にこだまするこの声は… ハルヒのものか!?ハルヒが俺に…助けを求めてるのか!? 例の特別な能力のおかげでハルヒの安否については大丈夫だろうと踏んでいた俺だったが… まさか、俺に助けを求めるほど事態が窮してたとでもいうのか!? 「くそお!!」 壁に拳を殴りつける。友人が死に、家族も死んだ…その上、ハルヒも死なせるのか…? 「これ以上誰も死なせてたまるか…!」 気がつけば俺は飛び出していた。どこにいるのかすらわからない涼宮ハルヒの行方を追って… いたるところを探し続けた。ハルヒの家、公園、商店街、広場…正しくはその跡を。 いずれの場所にもハルヒは見当たらなかった。一体ハルヒはどこに…!? っ!! 地面がまだ少し揺れている…余震はまだ収まっちゃいないってのか。とりあえず、この周辺がどうなってるのか 把握する必要がある。かといって、余震があることがわかった今、闇雲に歩き回るのは危険だが…そうだ、 携帯で地震速報を見ればいいわけか…!?あまりのショックの連続で、すっかり携帯電話の存在を 忘却してしまっていた。ついでにこれで…長門にも連絡しておくか…。とりあえず、 あいつなら力になってくれるはずだ!ハルヒにもその後かけよう…! …? どういうわけだ…??電話もメールも…できない? 特に壊れた様子もない。にもかかわらず 主要機能が総じてシャットアウトしてしまっている…?? くそッ!!これじゃ一体どうしろってんだ!? …… いかん…落ちつけ…。状況が状況だ。今ハルヒを放って発狂するわけにはいかない…。 「…それならラジオはどうだ?何とかなるんじゃないか?」 俺は側にあった倒壊しきった民家に立ち入り、ラジオを探した。 …ああ、わかってる。非常識極まりない行動だってことは…おまけに、見つかるかどうかもわからない。 だが、今の俺には何か一つでもいいから自分を安心できる材料が欲しかったんだろうな。 「ぁ…」 今思えばそれは必然ともいえる光景だった。誰かが屋根の下敷きとなっている。 生きてる気配は感じられなかった。 …… 俺は黙祷を捧げた… 一体何人の人が、この震災で命を落としたのであろうか…? これだけの地震だ。死傷者数・行方不明者数は過去最悪になっていてもおかしくない…。 右往左往しているうちにラジオが見つかった。この状態で見つかったのだから、ほとんど奇跡に近い。 もっとも、それが奇跡だと実感できる精神的余裕は、今の俺にはなかった。 …さっそく電源を入れる。 「~~~~~~~~~~~~~~」 しかし ガーガー雑音が鳴るだけで、一切音声は聞き取れなかった。 やりきれない思いが爆発しそうになる。どういうわけかはわからないが、 なぜかラジオまでもが機能しないらしい。…どうして!?どうして機能しない…!!? …… とにかくダメだとわかった今、自力でハルヒを探す他ない。…しかし、ハルヒはどこにいるというんだ?? 落ち着いて考えてみる。 …… 俺は賭けにでた。 「ハルヒ!!」 ようやくハルヒを見つけた…旧校舎近くで。よくよく考えりゃ、ハルヒが一番いそうな場所だからな…。 「キョン…無事だったのね…よかった…。」 「?どうしたハルヒ、大丈夫か??」 異様なくらいハルヒに元気がないのが見てとれる。いや、元気がないとかそういう問題ではない。 体を震わせて何かに脅えている…そんな感じだ。ライオンがシマウマを見て逃げ出すなんてことは 天変地異でも起こりえないことだが、今のハルヒは、まさにそのライオンに置き換えることができる。 …… 見た限り、ハルヒはケガなど身体的外傷を負っている様子はない。どうやら、顔が青いのは そのせいではないらしい。…さすが能力様様と言ったところか。とりあえず、ハルヒは無事だ…! そのことがわかり、俺は安心した。ということは、原因は精神的なものか…?そりゃ、この光景を見れば… いたるところに生徒の屍が転がっている。 …… 幸いなのが、今日が日曜だったということ…、もしこれが平日だったならば… 今俺たちが見ているこの光景は、今よりずっと杜撰だったのであろうか…? …わざわざ日曜だというのに学校に出向き、先程まで懸命に汗を流していたはずの彼ら。 まさかこれほどの規模の地震に遭うとは…ついさっき生きてる時は想像もしてなかったはずだ…ッ。 俺は…、彼らに静かに…黙祷を捧げた。 最悪の事態 ハルヒが精神を病むのも当然だろう。 しかし、ハルヒの様子がおかしいのは…どうもそれだけが原因には俺には思えなかった。 凄惨な光景のみで具合を悪くしているのだとしたら、俺もそうである。いくら見慣れたといえど、 あんな光景は二度と見たくもないし思い出したくもない。いまだに背筋がゾッとする… だが、ハルヒは何か俺のそれとは違う。うまく説明できないが…とにかくそんな気がする。 考えてみれば、ハルヒが無意識のうちに願望を実現できるっていうのは事実だ。仮に、この光景のせいで 気分を害しているのだとしたら、ハルヒは無意識のうちに…これを見たくないと思うはず。…ならば、 極論を言えば、ここにある死体ともども消滅させることだってハルヒには…造作もないはずだ。 「ハルヒ、お前…本当にどうしたんだ…?」 なるべく刺激しないように、かつ精一杯の優しい口調で、俺はハルヒに語りかけてみた。 「あ…あたしは…、自分自身が怖い…っ」 予想外の返答が返ってきた。 …自分自身?? 「ハルヒ、そりゃ一体どういう…」 気付けばハルヒは泣いていた。 「もう…あたし、どうしたらいいか……って、キョン!?」 あまりに不憫すぎるその挙動を見たせいか、気付いたときには俺は、ハルヒを抱きしめていた。 …普段の俺ならこんな言動はまずありえない。それくらいに、事態はやばかった。 …何がハルヒをここまで追い詰めているのかはわからない。だが… とりあえず、今は少しでもこいつを安心させてあげたい…とにかくその一心からでた行動だった。 「キョン…あたし…あたしは……」 ? その瞬間だった。俺の視界が真っ暗になったのだ。目をつむってもないのに真っ暗になるとは 一体どういうわけだ?俺が今立ってハルヒを抱きしめてる感覚はあるから、気絶したとか そういうわけではないらしい。日が暮れて夜になったからか?いや、それもおかしい。 まるで、辺りが黒いカーテンにでも覆われたのではないか?と言っていいくらい…何一つ周りは見えなかった。 確かに、地震で街灯などといった光源体は破損しているかもしれない。しかし、空に星さえ見えないというのは どう説明すればいいんだ??第一、急に真っ暗になったことを考慮すると…とてもではないが、 単に日が沈んだとかそういう問題でもない。…じゃあ、この状況は一体何だ…? 「キョン…どうして真っ暗に…??」 「……」 ただ確実に言えることは、これが異常事態以外の何物でもない、ということである。 …… まあ、あのとてつもない地震からして、すでに異常事態なわけだが…。 ふと冷静に考えてみる。そもそもあんな地震、いくら日本が地震大国と言えどそうそうあるようなものじゃない。 第一震度からして桁違いだし異常すぎる。それに、小さな地震ならともかく大震災レベルともなれば普通は… もっと警告なり何だのあってもよかったはずだろ…!?東海大地震や第二次関東大震災のごとくな…!! もちろん、俺たちの住む地域でこんな地震が起こるなんて噂…聞いたことがない。一回も聞いたことがない…! それすらなく、俺たちは…突発的にこの一連の大惨事に巻き込まれた。 もしかしてこの暗闇と地震は…何か関係あるのだろうか…? !! そんなことを考えてる余裕もなくなった。あたりが冷えだした…それも急激に。 わけがわからない。本当、何がどうなってるんだ??地震に暗闇に、 そしてこの極寒…まともな思考の人間なら、今頃発狂していてもおかしくはない。 そうはならないのが、俺がハルヒたちとともに、これまでいろんな修羅場をくぐってきた慣れというもんなのか…? 「これから一体どうなっちゃうんだろう…??」 身震いするハルヒ…。もっとも、この震えは寒さからくるものであって さっきまでの原因不明の震えとは性質が異なるみたいだが… ッ!? いかん、気温の低下に拍車がかからねえ…!普通に氷点下下回ってんじゃねーかこれ?! いや、もはやそういう次元でもないらしい。なんせ、今にも意識がとびそうなんだからな…ッ! …… いや、ダメだ…!今ここで倒れたら…ハルヒはどうなるんだ…!!? …… 俺は今まで以上に強く、強くハルヒを抱きしめていた。ただ体を密着させるだけで… この極寒に勝てるほどの熱を出せるとは、到底思わない。…だが!!今の俺にはそうする他なかった…っ 「守ってね……あたしを。」 会話はそこで終了した いつのまにか 俺は意識を失っていた 暗闇を彷徨っていた