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涼宮ハルヒの大成ーSuper Blu-ray BOXー 初回生産限定版 発売日:12月18日 ・BOXはいとうのいぢ10周年記念描き下ろしイラストとジャケットイラストは京都アニメーション、描き下ろし! ・これまでのコンプリートBOXには収録されなかった映画「涼宮ハルヒの消失」、 ネット配信アニメ「涼宮ハルヒちゃんの憂鬱 にょろーんちゅるやさん」に加え 「涼宮ハルヒの激奏」のイベント映像も収録される完全BOX仕様!! ・第一期シリーズを5.1chバージョンとして音響を再構成! 2010年2月公開。涼宮ハルヒの憂鬱 2009 の続編。 http //www.kyotoanimation.co.jp/haruhi/movie/index.html 総監督 石原立也 監督 武本康弘 原作・脚本協力 谷川流 脚本 志茂文彦 原作イラスト・キャラクター原案 いとうのいぢ キャラクターデザイン・超総作画監督 池田晶子 総作画監督 西屋太志 美術 田村せいき 美術監督補佐 細川直生 色彩設計 石田奈央美 色彩設計補佐 永安真由美 撮影監督 中上竜太 撮影監督補佐 浜田奈津美 設定 高橋博行 特殊効果 三浦理奈、津田幸恵 編集 重村建吾 音響監督 鶴岡陽太 音響効果 森川永子 録音 矢野さとし 録音助手 砂庭舞 音楽 神前暁、高田龍一、帆足圭吾、石濱翔、エリック・サティ オーケストレーション 多田彰文、松尾早人、浜口史郎 アニメーション制作 京都アニメーション 制作協力 アニメーションDo、Studio BLUE レイアウト監修 木上益治 コンテ 石原立也 武本康弘 高雄統子 演出 北之原孝将 米田光良 坂本一也 高雄統子 山田尚子 内海紘子 作画監督 植野千世子 秋竹斉一 池田和美 高橋真梨子 門脇未来 堀口悠紀子 高橋博行 ■関連タイトル 涼宮ハルヒの大成ーSuper Blu-ray BOXー 初回生産限定版 Blu-ray 涼宮ハルヒの消失 限定版 Amazon.co.jp限定スチールブック仕様/完全生産限定版 劇場版 涼宮ハルヒの消失 オリジナルサウンドトラック 公式ガイドブック 涼宮ハルヒの消失 涼宮ハルヒイラストレーションズ 春・夏 ライブDVD 涼宮ハルヒの弦奏 原作・角川スニーカー文庫 涼宮ハルヒの消失
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イライラする。 いつからだろう?あいつの態度が気に入らなくなったのは…… イライラする。あいつとなら退屈な毎日から抜け出せると思ったのに…… 「おはよう」 「いってきます」 「ただいま」 「おやすみ」 何の変哲も面白未もない返事を、これまた何の変哲も面白未もない顔で言うだけの夫‐キョン‐北校を卒業したあと私たちは同じ大学に進学して結婚をした。いわゆる「学生結婚」ってやつ。 他のみんなはどうしたって?知らないわ、みくるちゃんと有希は私たちが結婚したあと音信不通。古泉くんはつい最近死んだばっかり。 死因は事故。遺体の原型を留めないほどの事故だったらしいわ。つまりもうSOS団が勢揃いすることはないってこと。 高校時代の友達なんて薄情なものよね。あぁイライラする! これは古泉くんの通夜に行ってきた帰りのお話し… 「ハルヒ、昼飯作ってくれ」 家に着くなりキョンがふざけたことを言う。 「疲れてるのよ、あんたがやりなさいよ」 「………おう」 何よ今の間は、言いたいことがあるなら言えばいいじゃない!あんたいつもそう!付き合い始めてからずっと私の言うことには絶対に逆らわない。 例え私が浪費をしても子供達と勝手に旅行に行っても文句の一つも言わない。一時期は浮気してんのかなって思ったこともあるけどそれも無い。まるで張り合いの無い夫、それがキョンって男のすべてだ。 私のことが好きだから結婚したはずなのに、なんで私に無関心みたいな態度とるの? それとも子供ができるなんて思わなかった? 「なんとか言いなさいよ!」 炒飯を作っていたキョンが驚いた顔をしている。感情が高ぶってつい叫んでしまった、適当にフォローしなくちゃ……でも、一度火が付いたら止まらないのが私だ。 「なんであんたはいつも私の言いなりなのよ!」 「そんなのお前を愛してるからに決まってるだろ」 「嘘っ!私のことを愛してるならそんな冷たい目で私を見ないわ!あんたどんなときだって目が笑ってないのよ!」 私の言葉にキョンが「しまった」という顔をする。なによ……否定しなさいよバカ… 「あんたは私のことを愛してなんかいない!子供が出来ちゃったから結婚しただけ!」 「ち、違う、俺は…」 「あんた有希のことが好きだったんでしょ? 高校の時からあんたらおかしかったもんね、どこか心が通じてるみたいなとこあ」 パンッ 乾いた音が室内に響く、キョンの平手打ちが私のセリフを遮った。 キョンのくせに…キョンのくせに!! 「あ、あんたなんか死んじゃえ!」 言うだけ言って私は部屋にひきこもった。これ以上あいつと同じ空気を吸っていたくなかったから…… 客観的に見ればどう見ても悪いのは私だ。誰だって長年連れ添ってた伴侶にあんなこと言われれば怒るわ。 でも「死んじゃえ」って言った時キョンの顔、あんな顔初めてみた。氷で固めた能面のような顔。 あんな顔されるくらいなら冷め目で見られるほうが幾分かマシよ… 明日謝ろう……… ~翌日~ 「刃物に旦那さんの指紋が逆手に付いてるし、まず自殺と見て間違いないんでしょうが……刃物が貫通していますからね、一応他殺の線でも調べてみます」 「そうですか…」 警官の事務的な対応に気の抜けた返事しかできなかった。 キョンは自殺した。 朝、私が台所に行くと胸に包丁をふかぶかと刺したキョンがいたの。 キョンの死体を見た時私は、心臓を刺した割には出血量が少ないとか、これならお掃除が楽だなとか、そんなことを考えてたと思う。 「なんで自殺なんかしたのよ……」 私が「死んじゃえ」って言ったから?あんなのその場の勢いで言っちゃっただけよ。それくらいわかりなさいよバカ…… 確かにキョンが定年退職してからキョンが邪魔だったり邪険にしたりしたけど私が本当にそんなこと望むわけないでしょ? いつからだろう。キョンがあの冷たい、脅えた目で私を見るようになったのは。生理がこなくなった時?それとも結婚してから? それとも初デートで「あんたは黙ってあたしの言うことに従ってればいいのよ!」って言った時? いつなのキョン? 教えてよ……… もう一度声を聞かせてよ…… 私がバカなことしたらちゃんと叱ってよ… 帰ってきてよ……キョン… 終わり
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編集する。 2021-12-08 18 57 18 (Wed) - 涼宮ハルヒ2期とは、涼宮ハルヒの憂鬱のアニメ2期。 あらすじ 登場人物 用語 リンク 出典、参考 あらすじ 登場人物 涼宮ハルヒの登場人物 用語 涼宮ハルヒの用語 リンク 編集する。 2021-12-08 18 57 18 (Wed) - 出典、参考
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8,彼女のやりかた、彼のありかた 長門と分かれて部室へと向かう道すがら、一人になってようやく落ち着いてきた俺はしかし、整理してみるとどうにも腑に落ちない話ではないか。 クリスマス以降の未来が無い。いや、これは別にいつものことだし正直「またか」以外に感想は無い。そこは良しとしよう。 でもさ、そんな時空的世界の危機に瀕しているってのにだ、なーんで俺みたいな平々凡々、特記事項に書くことは「特に無し」以外に思い当たらない高校生が必要なんだ? しかも、どうやら俺は女の子と会うらしい。それで長門いわく問題は解決するようだが、ぶっちゃけ意味が分からない。って言うかどうにも線が繋がらない。乗っかってんのは事も有ろうに全世界の未来とやらだ。おい、世界。お前はそんな正直、他所様からしてみればどーでもいいにも程が有る色恋沙汰に左右される体たらくで本当にいいのか? ……まだ色恋沙汰と決まった訳ではないけどさ。 女性――長門からはキーパーソンの性別だけを聞いただけだからな。例えばそれはどう見ても恋愛対象にはならない子供であったりだとか、逆にお婆さんである可能性も十分に残されている。あるいは年齢の概念が通用しない長門の同僚であったり。 ……あー、それは有りそうな話だ。自分で言っててなんだが、核心を突いた感が半端ではない。となると、長門の言う俺が会わなきゃならない人ってのは朝倉か喜緑さん辺りだろう。 納得。確かにあの二人なら世界を左右する事だって出来る。それにしたって喜緑さんはともかく……朝倉か。一筋縄ではいかないだろうなどと考えてしまうのは経験則からなのがうら悲しい。出来れば余り会いたくはないのだが、そんな俺の気持ちを規定事項とやらは一つも汲んではくれないのだからして、俺に出来るのは腹を括る事だけなのだ。いつだってな。 と、そんな事を考えている間に部室前に到着。さて、こっからはもう一つの、地に足の付いた方の問題に頭を切り替えよう。ハルヒの相手ってのは上の空で出来るはずもないし。 ノックしてもしもーし。 「準備は出来てるから入っていいわよ、キョン」 中からハルヒの声が聞こえる。ふむ、確かに国木田の言う通り、注意深く聞いてみれば確かに上機嫌が声にも見え隠れしているか。具体的には文末に音符を配置して表現するのが適当、みたいな。 アイツの機嫌が良いってのは、正直手放しに喜んでいいことではない。俺は古泉とは違うのだ。今度は何をやらかすつもりなのか、悪巧みは良いが巻き込まないでくれ、もう勘弁してくれないか等々、ハルヒの悪行(に困らされた俺の過去)は枚挙に暇が無い。 そう言えば準備って結局何だったのだろうか、と思いながら部室の扉を開ける。そして俺は固まった。 それはまあ、ハルヒの仕業と言えなくもない。が、どちらかというと俺自身に問題の根は有ったように思う。 「おい、ハルヒ」 なんとか我を取り戻した俺は「用意されていた」席へと座り、これまた「用意されていた」お茶で胸の内の苦いものを飲み下すと少女を見据えた。眼に毒って程じゃあない。だが、それにしたって新しい。 いや、自爆を承知で言うならば。俺は一瞬目を奪われてしまったんだ。 「何、キョン?」 眼を細めて笑うソイツの姿に。 「どうしてお前、メイド服なんだ?」 文芸部室で待っていた我らが団長、涼宮ハルヒは事も有ろうに朝比奈さんのメイド服を着て俺を出迎えたのだった。 「分からない?」 挑発的に微笑むハルヒは、いやコイツのルックスが群を抜いて秀でているというのは分かっていた事であって今更驚く事じゃない。メイド服だって見事に着こなし、違和感無く似合ってしまうのだってハルヒなら当然だろうとは思う。思うが、しかしそれはとても新鮮だった。 「……ダメだ、分からん」 あるいはこの格好にも少女なりの理屈が有るのかも知れないが、それが俺に理解出来る内容だとは思えない。過去を振り返ってそうだったのだから、現在進行形も右に倣えで、多分未来もそうだろう。実はも何もハルヒを理解出来る日なんて俺には一生来ないんじゃないか。 メイド服を着た美少女を見て、俺はそう結論付けた。 「はあ……そんな格好で一体何がしたいんだよ、ハルヒ?」 「何って分からない?」 今、ここでこれから何が行われようとしているのか分かるヤツが居たら今すぐここに連れて来い。俺はてっきり進路指導的な話が行われるのだとばかり思っていた。準備ってのは職員室からその手の資料を借りてくる時間だと考えていた。 それがなんだ? 予想外の展開も大概にしろ。型破りイコール面白いとでも思っているのだとしたら今すぐその考えを改めろ。っていうか現実を見て、もう少しで良いから常識に迎合しろ。してくれ。して下さいお願いします。 この件に関しちゃ俺が悪い訳でもないのに平謝りしてしまえそうだ。 胸の前で腕組みをした少女は背筋を伸ばし、俺に向けて高らかに宣言した。 「進路指導をするわよ、キョン!」 「ちょっと待て! その格好で!? なんで!?」 さっぱり意味が分からない。そのメイド服はなんなんだ。カエルでもバニーでもナースでもなく、なぜにメイドなんだ。困惑する俺を涼宮ハルヒは三秒ほどジト目で睨み付けた。その目は「なぜ分からないのか」と雄弁に語っているが、当然俺には分かるはずもない。 「……まあ、いいわ。この格好の事なら気にしないで」 無茶苦茶言ってくれるな、おい。それを気にしない事がどれだけ高いハードルなのか……棒高跳びの世界記録なんか目じゃないぜ。 部室の中はいつもとは少し様子が違っていた。椅子は俺が今座っているこれと、そして机を二つ挟んでその対面に有るもう一つ以外片付けられている。机も同様だ。部屋の中心にセットされていないものはことごとく隅に追いやられている。 進路指導、とハルヒは言ったか。それはまあ予想通りの展開だ。恐らくマンツーマンで潔く向き合う事を俺に強制する目的で不要な机や椅子は団長の手ずから排斥されたのであろう。結構な重労働であったろうに、ご苦労な事だ。 まあ、けれども俺はハルヒの誘導にあっさりと引っ掛かっちまったので、コイツの目的は果たされた事になる。そりゃそうさ、マイ湯呑みでお茶まで用意してあればそこ以外に座る選択肢なんて考え付きもしなかった。 部室に少し遅れてこいと言ってまで時間が欲しかったのは着替えではなくこのセッティングに、なんだろう。 で、だ。今更だがどうしてこんなお膳立てまでされてしっかりとハルヒに向き合う必要が有るのだろうか? 別にいつも通りでいいじゃないかと俺は思うのだが。 大体だ。真摯に向き合う相手はこの場合、ハルヒというよりは俺の未来、俺自身相手って事になるんだろうしさ。 「ちなみにそれはこのアタシみずから淹れたお茶だから、心して飲みなさい」 ハルヒに促され……一口啜って感想、俺は朝比奈産が一番美味いと思う。 「どう? おいしい? ちゃんとパワーも込めておいたの!」 「ぶっ!?」 い、今コイツなに物騒なこと口走りやがった!? パワーを込めた? それってのはアレか? 長門や古泉すら凌駕するエキセントリックハルヒエネルギのことか……って、いやいや。 待て。待つんだ、俺。冷静になれ。ハルヒに自覚は無いんだ。それはつまり異物が混入しているかどうかは神のみぞ……ああ、もうなんでもいいや。どっちにしろどうせ俺には真相など分かりはしないのだから。 魔法の言葉、明日どうにでもなーれ。 「むう、やっぱりみくるちゃんの淹れたお茶には勝てないわね……」 ハルヒは眉間に皺を寄せて自分の湯呑みを見つめた。そりゃそうだろう。あの人はもうその道の探求者になりつつ有るからな。お湯の温度を測るといった細々した作業をまさかハルヒがしてるはずもなし。 過程は必ず結果として現れるものなのさ。 「さって、キョン」 跳び込むように対面の椅子へとに腰掛けた団長メイドは机に肩肘を突くと空いている方の手を俺へと伸ばした。中空でくいっと人差し指が動く。ちょっとツラ貸せよ的なアレだ、アレ。 「とりあえず、さっさと出すモン出しなさい」 ……カツ上げされてる気分だぜ。何を要求されているのかは分かっちゃいるが、しかし金銭だったらどうしようなんて頭の隅で考えてしまう辺り、ハルヒの悪巧み顔は筋金入りのドロンジョ仕様だ。 「へいへい」 「へいは一回」 「へーい」 言って俺は制服のポケットから少しくたびれた四つ折りの紙片を取り出した。勿論、例のSOS団式進路調査票だ。そこには俺の未来が詰まっている。未来は白紙だって名言を吐いたのは誰だったか。もう忘れちまったが、しかし手の中のそれが白紙票という訳でもないのは、こいつはどうにも矛盾だね。 「ちゃんと書いてきたんでしょうね」 「一応、空欄は無いはずだ。ケアレスミスなんかは勘弁して貰えるとありがたい」 「ふーん、そ」 ハルヒに渡そうと伸ばした手が途中で止まる。これを見せてもいいものか、みたいな思いがそこに不可視の抑止力として働いたのだろうってのはすぐ察しが付いた。いや、別に恥ずかしい内容を書いた訳でも、出鱈目並べ立てたんでも無いが。 俺なりにきちんと考えて、しっかりと悩んで、それでもってシャーペンを走らせたのだから胸を張ってもいいとさえ思う。だってのに、なんだろうな……気恥ずかしさ? それともここでもオトコノコとしてのプライドとやらがひょっこり顔を覗いたのか。 未来。それは希望、もしくは夢と言い換えてもいいか。 夢を語るのに恥ずかしいことなんて無いってこれも誰かが言っていたが、いやいや嘘も大概にしろよ。 恥ずかしいぞ、コレ。普通に。 しかしながら、だ。そういう感情の機微なんざちっとも気に掛けちゃくれないのが俺たちの団長様だ。ハルヒは颯爽と机に膝を乗せ、俺へと身を乗り出した。そして勢いそのままに俺の手から進路調査票を奪い……奪い……あれ? いつまで待ってもハルヒは最後の数センチを縮めようと動かない。 奪い取らない? え? え? なんでだ? いつもの涼宮ハルヒならば煮え切らない俺に業を煮やして強奪に走る場面……のはずだろ。なんでそれを実行に移さないのか。容易いはずだ。得意技だ。なんか悪いものでも食べたのか? それとも宇宙人がハルヒの時間を停止させたのか? 訳が分からず戸惑う俺に向けてハルヒはお世辞にも似合ってるとは言い難い優しい声で、 「渡しなさい」 と、言った。 「アンタの意思で渡しなさい」 と、言った。 その目を――天の川を有りっ丈ぶち込んだようなその豪華絢爛な瞳を俺から決して逸らす事無く。視線が交錯する。 アーモンド型に切り取られた宇宙は、それが本物の星空であるみたいに自分のちっぽけさを俺へと伝えていた。アンタの悩みなんてどうってことないと。まばたき一つ。宇宙に冴えない男子高校生の、冴えない表情が映り込む。 あーあ。どうにも、だ。 どうにも俺は情けない。進路も胸張って答えられないような、そんな俺で。 そんな俺で。 そんな俺で――良い訳無いだろ。 「ほら」 最後の数センチは俺の方から埋めた。埋められたことが少しだけ誇らしかったって、本当に俺は小さいな。こんなことくらいで一喜一憂してさ。ま、愚痴ったところで直るとは思えないが。 「どうか笑ってくれるなよ」 「笑わないわよ」 ハルヒは満足そうに微笑んだ。それは何が理由か。分かる気もするが、あえてここでは分からないって事にしておこう。 「まあ、アンタがどうっしようもない程アホな事書いてたら分からないけどね。あ、でもその場合は『笑う』よりも『呆れる』か。ん、まあいいわ。それで、アタシはこれを見る許可を得たって今の会話はそう解釈していいのかしら?」 「はあ?」 おい、ハルヒ。お前、悪いモンでも食ったんじゃないのか、マジで。熱を測ろうと少女の額に伸ばした手のひらは目標に触れるよりも早く少女自身によって打ち落とされた。……ああ、クソ。地味に痛いぞ。手加減くらいしたらどうなんだ。 「何すんのよ!」 「いや、熱でも有るんじゃないかとだな」 「無いわよ、そんなモン!」 どうだか。それにしちゃ顔がやけに赤く見えるけどな。そう言い募るとハルヒは席へと戻った。そして疑惑と共に右手で髪を払って。 「西日の仕業じゃない?」 そう言って横を向いた。俺の夢や希望の詰まった吹けば飛びそうな紙切れはハルヒ側の机の上に四つ折りのままに置いてある。少女はトントンと人差し指で机を叩きながら言った。 「それで? さっきから聞いてるでしょ、読んでいいのかって。返事は?」 「いや、ここで俺が読まないでくれって言ったら、お前はそれでいいのかよ? 良い訳ないだろ?」 分かってないわねとハルヒはどこか……どこか嬉しそうに溜息を吐いた。ちなみにどこがアイツの琴線に触れたのかは俺にはちっとも分からん。解説役の超能力者の同行を許可するべきだったかと後悔してももう遅い。 「良い訳有るのよ」 ……おい、おいおい、おいおいおい。俺の目の前に居るこの少女、このクラスメイト。 それでもコイツは涼宮ハルヒなのか? 俺の知っている涼宮ハルヒはこんなに聞き分けがよくなかったように思う。俺に気を使う事なんてそりゃもう路傍の石ころよろしく有りはしなかった。少しは周りに気を払って欲しい、なんて思った回数だって両手両足の指で足りようはずもない。 天上天下唯我独尊。どっかの暴走族の旗印みたいだが、俺はそんな不良連中よりもハルヒの方にこそよっぽど似合う文言だと思う。それくらいに俺はコイツから人を人とも思わぬような扱いをされ続けてきた。雑用係、などという不名誉な肩書きが俺に冠されているのが何よりの証左だ。 そんなハルヒが。 その身に有り余る好奇心へとブレーキを掛けている。正直、俺はこの現実が――少女の微笑が薄ら寒いものにしか思えない訳で。 「分からないな」 「何が?」 「こんなものを書かせておいて、どうして書かせた張本人がその内容を確認しようとしないのか、俺にはさっぱり理解出来ない」 「アンタ、ひょっとして本当は見て欲しくて仕方なかったりするの?」 「んなこたーない」 ってか、出来れば見て欲しくはない。未成年の作成した自己申告制の未来予想図が一度でも痛々しくなかった例(タメシ)が有るか? どいつもこいつも未熟な自己評価から来る分不相応な内容でもって失笑をまとめ買いするのに必死だぜ。 でもって、今回俺がハルヒに提出したものもその類なんだ。そこに書いてあるのは実現性に全力で目を背けた「夢」としか呼びようのないものだ。「希望」とは間違っても呼べないようなもの。そんなんを喜び勇んで他人に見せたいとは思えない。 「なら、いいじゃない。これはプライバシって事で勘弁してあげようって言ってるんだから人の厚意は素直に受け取っておきなさい」 いいや、よくない。そう俺の中のどこかで喚き散らすのは、これは何だ。決意表明でもしたいのか。それとも退路を断って背水の陣を気取りたいのか。俺自身にすらよく分からない。けれど、ここで俺の進路希望をハルヒに秘匿しておくのは、 「でもさ、それは逃げじゃないのか?」 しまったと思えど時、既に遅く。頭で考えていたことがいつのまにか声に出てしまっていた。スローモーション映像でも見ているようにハルヒの口の端が持ち上がっていく。 どうやら当たりを引いたらしい――それも、大当たりを。 「逃げかも知れないわね。けど、それはそれでキョンらしいって言えば『らしい』気がしない?」 「おい、どうにも馬鹿にされてる気がするぞ。謝罪と訂正を要求する」 「だったら、否定してみなさいよ。ま、どうせキョンには出来るわけないだろうけど!」 罵倒に際して生き生きと。鬼の首を取って都へ凱旋する藤原頼光ですらここまでの得意顔はしていなかったに違いない。 「馬鹿なアンタにいいことを教えてあげるわ。逃げるのが下手だったら、成績が赤点すれすれの低空飛行なんてしてないのよ。だって、学校の勉強からも自分の未来からも逃げたくとも逃げらんないんだから」 はあ、ぐうの音も出ないってのはこんな時使うんで合ってたか? 確かにハルヒの言う通り。これまでの俺は逃げてばっかりだったんだ。 「だから、ここで逃げたってアンタらしいって一言でアタシは済ませるつもりだったの。具体的には進路調査票の白紙提出ね。後は、当たり障りの無い事を並べ立てただけの内容だったり? ま、その様子だと一応アンタなりに考えてはきたみたいね。そこだけは褒めてあげる」 ま、俺なりにな。一応じゃなくって出来る限り。無い頭を雑巾かグレープフルーツかって具合に絞ってはみたつもりなんだ。 ああ、ハルヒにその中身を見せるべきだと喧しい脳内議会の少数派閥が何を求めているか、俺はここにきてようやく思い至った。 「アタシの目的は『だから』もう達成されてるの。アンタの態度見てれば分かったわ」 「目的?」 「鈍いわね、鈍キョン。つまり、具体的で現実味に溢れる進路をアンタ自身に真面目に考えさせて、それを明文化させる事で受験生としての自覚とこれからの益々の努力を促すのがアタシの目的だった、ってワケ! まったく、素晴らしい団長を持ってアンタは幸せよね」 自分で言いやがった。しかも、結構マジで言っていそうなところが手に負えない。冗談にしてはちっとも笑えないし。 「だから、アタシがこの中身を見る見ないはどうでもいいのよ、割と」 ハルヒが進路調査票を俺に突っ返してくる。四つ折りのままに。ん? よく見たらこの紙、プリントとかに使われてる薄いヤツじゃない……気のせいか? 裏から透けて見えないようにってんで紙まで吟味したんだとしたら、いや流石にそこまで気を回し――てくれたんだろうな。 まったく、素晴らしい団長様だよ、お前は。でもさ、 「どうでもよくないだろ」 未来を握り込んだハルヒの拳を手のひらで押し返しながら俺は言った。 「採点がまだだぜ、ハルヒ」 その言葉の意味するところは、これは説明しなくても分かると思う。理由なんてものは説明出来ない。色々と折り重なってカオスっていやがるせいで長門風に言うところの「上手く言語変換できない」感じだった。 だが、それでも。俺はちっぽけでも決意と呼ばれるそれをハルヒに見せて、話し合おうと思った。コイツ相手に相談が成立するとは考えちゃいない。しかし、何かを変える切っ掛けにはなるんじゃないだろうか、などと。ここまで来て未来の決定を他人に依存する、その未熟さに我ながら歯痒い思いは否めないが。 変わろうと思うこの気持ちは本物だ。だから後押しが欲しかった。 「キョン? ……本当に見てもいいのね」 「三度は言わん」 それ以上の意思確認は無かった。空気を読むなんて器用な真似がハルヒに出来るとはどうにも俺には思えないが、しかし心中を酌んでくれたのだろう。紙を開くガサガサ音はやけに耳につく。思わず少女の表情を注視した。 笑われるのか。呆れられるのか。それとも……それとも満面の笑みで「やれば出来るじゃない」くらいは言って貰えるのだろうか。 手元に視線を落としたまま不思議なくらいに表情を変えないハルヒ。そしてそれを神妙な顔で見つめる俺。時計の秒針の刻むリズムを心音が追い越していく。一体何を言われるのか。黙ったまんまで何を考えていやがるのか。予想はするだけ無駄だと知りながら、それでも脳は虎がバターになっちまいそうな速さで回る。 やがて――そうだな、体感にして一分三十秒くらいか。実際はもっと短かったかも知れん――ハルヒは顔を上げた。 「質問が有るわ」 「あ、ああ、なんだ?」 「これ、本気なの? 胡麻すりとかじゃなくて?」 そっか、そういう風に捉える事もハルヒの立場からは出来ちまう。これは盲点だったな。俺からすれば指摘されてようやく気付いたことではあれど、そんな事をハルヒが知るはずもない。だが、誤解はこの場合非常に面白くない。 「勿論、本気だ」 ハルヒは進路希望票を開いたままに机に置いて、 「質問を変えるわ。アンタ、正気?」 失礼なヤツだな、まったく。お前の目には俺の目が狂人のそれに見えるっていうのか。だとしたらそっちの方がよっぽど重症だぜ。今すぐ眼科に行って視力検査を受ける事をオススメする。 「死んだ魚みたいな目をしてるわよね、キョンって」 うるせー、ほっとけ。 言わせて貰えばな。お前が無駄にでかい目をしてるだけだ。俺の持ち物が人並みなんだよ。同様に俺の目が濁ってんじゃなくて、お前のが発光ダイアードでも埋め込んだみたいにって、何ゆっくり近付いてきやが、うおっ、顔が近い! 「……な、なんだよ」 ハルヒは何も言わず俺の目を至近距離で見つめ、訂正、睨み付け続ける。俺はと言うと眼と眼を合わせてはハルヒの顔に吸い込まれそうになってしまうため、部室の中を飛んでいる蜂を追いかけるように視線をあっちこっちに彷徨わせていた。 しかし、ヤマアラシのジレンマこと七十二センチを軽々と飛び越えるハルヒの胆力はどこが出所なのか。少女の瞳に内包された宇宙はやっぱり真空空間で俺の理性を余さず吸い込んでいく。ああ、近くで見ても美少女は崩れない。どころか眼の保養には持って来いだと……妄言だ、忘れろ。 拷問のような時間はハルヒが顔を離すと同時に終わりを告げる。ヤバかった。もう少しで何でも白状するから勘弁してくれと喚き散らすところだった。いや、冗談だが。 「目は口ほどに物を言う、って言うじゃない? だからアンタの目に問い質してみたの」 真顔でそんなことを言うか。呆れる以外のリアクションをお求めならハンバーガショップにでも行ってくれ。 「そんで? なんか分かったか?」 「別に。妹ちゃんと同じ遺伝子から出来てるのか心配になっただけね。自分の戸籍謄本とか見たことある?」 地味に傷付くから親類縁者を巻き込むのだけは止めろ。特に妹と俺との絶望的な差異については本人的にも思うところは多々有るんだ。 「だから、直接アンタに聞くけど」 「ああ」 「短期と中期はとりあえず置いといて、この長期目標。大学でもSOS団を創る、っていうのは一体どういうジョーク?」 ま、疑問を抱くとしたらそこだよな。気持ちは分かる。 俺が珍しくハルヒの気持ちが分かるってんだから、俺より数段洞察力に優れたコイツが俺の気持ちを分からないってのはまさかまさか無いはずなんだ。ってことでその質問は確認作業でしかないのだろう、正しく。 「俺の渾身の未来予想図を冗談扱いしてくれるなよ、っと。書いてある通りだ。大学に進学してSOS団をまた創る。それが俺の目標で野望だ」 これ以外、思い付かなかった。 それくらい、俺の一年半は濃密だった。 人生を決定付けるには十分過ぎる経験をした。 世界は……俺の世界はハルヒ、長門、朝比奈さん、古泉によって大いに盛り上げられた。だから、これを。 もう少し続けたいと願うのはいけないことだろうか。 「何? 大学に入ってSOS団を創って、今度はアンタが団長にでもなるつもり?」 ハルヒがジト目で俺を見る。下克上をどうすれば未然に防げるのか考えている顔だな、それは。まったく、一々面白いヤツだ。 「なんでだよ。団長はお前だろうが、ハルヒ」 「はぁっ?」 突然素っ頓狂な声を挙げられても困る。大体、俺は団長なんて向いてないんだ。そうさ、雑用係なんて下っ端がお似合いだってそれくらいには自分の性格を理解している。まあ、少しばかり人権を尊重して欲しいとはいつも考えているが。 「それともなんだ? お前、もしかして団長に飽きたのか? 雑用を替わってやってもいいが、その場合も繰り上がり昇進で団長は古泉になるな、俺じゃない」 「そうじゃなくって! そういう事を言ってるんじゃないのよ、アタシは!」 あー、うん。ハルヒが何を混乱しているのか、実は分からなかった訳じゃないんだよ、俺も。だから、今のやり取りは少しからかっただけだ。意趣返しってヤツさ。お前の今までに散々やらかしてきた悪行に比べれば可愛いものだと大目に見てくれ。 「アンタ、もしかして」 俺をビシリと人差し指で指し示し、 「一緒の大学に入るつもりなの?」 そうさ、その通り。 「長門も、朝比奈さんも、古泉も、でもってついでにお前も。誰か一人でも欠けたらそれはSOS団と呼べないだろうが。言っても、朝比奈さんは今年で卒業しちまうが。だから、個人的にはSOS団は今年度いっぱいで一度お開きになっちまうだろうと思ってる」 ハルヒが何か言いたげに口を開いたが、しかし何を言うでもなく少し悔しそうに唇を噛んだ。 「……続けなさい」 「ま、だから提案だな。同じ大学に皆で入って、でもってもう一度SOS団をやらないか、っていう俺からの」 ハルヒは恐らくまだ知らないが。きっと長門も古泉も進学先はハルヒに追従するだろう。朝比奈さんはハルヒの進路を見越しての大学に先んじて入るつもりではなかろうか、と俺は考えている。であるならば、だ。 後は俺だけ。足りていないのは俺だけなんだ。誰か一人でも欠けたらそれはSOS団と呼べない。自分で言っておいてなんだが、それが俺自身に当てはまるだろうかと言えば、それは自惚れに過ぎないかも知れず俺には何も答えられない。 考えても詮無い事だな。要は俺が同じ大学に入学するだけで済むのだから。 難しい顔をして少女は珍しく黙り込んでいた。声を掛けると、 「ちょっと待って。今、考えごとをしてるから」 もしかしたらハルヒも実は進路で悩んでいたりしたのだろうか。有り得なくはない話だ。更にその上に俺なんかの進路相談まで請け負っている。いくら涼宮ハルヒであっても考え事の一つや二つ、状況の整理とまとめに時間がかかる事もあろう。 俺は少女を見つめながらもう冷め切って大分経ったお茶を啜った。それは朝比奈さんの淹れてくれるものには流石に敵わないが、それでも俺たちの未来を憂う団長様が手ずから淹れたものだと思うと、まあ、その、なんだ、進路みたいな苦々しくも爽やかさに満ちた味がした。 俺の視線の先でハルヒが顔を挙げた。その顔からは憂いが払拭されている。どうやら、考えが纏まったらしい。それもどうやら面白い方向(ハルヒゴノミ)にだ。やれやれ、話を振ったのは俺の方だがまたぞろ無理難題を言い出す気じゃないだろうな。 悪巧みをしているような、以外の形容が付く笑い方を朝比奈さんから教えて貰ったらどうだ? 「悪くないわね。それどころか面白い発想だわ、キョンのくせに!」 俺のくせに、とか言うな。どこの空き地でリサイタルを催すいじめっ子だ、お前は。キャラが被って見える辺りはもう手遅れだとは思うが、果たしてお前はそれでいいのか? 「ところでみくるちゃんの進路希望は聞いた、キョン?」 いや、聞いていない。こういうのはプライバシだからな。どこか聞きにくい空気が漂っているモンなんだ。まあ、鶴屋さんと同じ大学にしようと考えているってのはどっかで小耳に挟んだ気がするからそこそこ良い大学に行くつもりなんだろうな、ってそんな程度さ。 「アタシ達が全員同じ大学で再会する場合、その大学はみくるちゃんの進学先になるわ。それくらいは分かるわよね」 まあな。でもって、それはきっとハルヒにとって願ったり叶ったりの大学じゃないのかと、まあこれは口には出さないが。 なんせ、朝比奈さんは未来人だ。しかもハルヒの保護観察が目的のな。いや、目的は時空なんとかの調査観測だったか? どっちでもいいが。どうせ、両者に違いなんてものはこれっぽっちも無いのだから。 「今のところ、みくるちゃんが希望している大学は、」 ハルヒが続けざまに口にしたのは俺でも知っている隣県の有名国公立だった。有名、どころではない。俺みたいな自堕落受験生にしてみれば雲の上、天空の城ラピュタに行くぞって言われているのと大して変わりがないくらいの超ハイレベル。 これは……余りに考えが甘かったか。そう思わざるを得ないくらいの。 俺の顔が無様に引きつるのが手に取るように分かった。言葉が出ないとはまさにこの事だ。身の程知らずも意識が足らなかった。自意識過剰にも程が有る。 「この志望校、流石は鶴屋さんよね。でもってそこに付いて行けるだけの学力を保持しているみくるちゃんも立派だわ。団長として鼻が高い……んだけど、正直に言えば状況は最悪。まさかキョンのために進学先のレベルを下げて欲しいなんて言えるはずもないし」 この口振りだとハルヒ自身はそこに進学するのも訳は無いようだ。長門は言うまでも無く、古泉も成績上位に食い込んでいる。 今更だが、なんだ、この場違いな感じは。宇宙人、未来人、超能力者に囲まれている事を知った時よりも更に酷い。多分、問題が地に根差していることに由来するのだろうが、足元がぐらついている気がするぜ。 マグニチュードは体感で七か八。震源地は文芸部室、俺。 「今のままで行けば、この紙は進路希望じゃなくて七夕に吊るす短冊でしかないわ」 子供じみた願い事でしかない、という比喩の意味を理解して更に絶望は深くなる。 「今日は七月七日じゃないのよ、キョン。それとも十六年か二十五年、浪人してみる?」 「そんなのはゴメンだ」 苦虫を噛み潰すように。吐き捨てるように。淡い希望を踏み潰すように。血を吐くように。 ま、心のどこかで分かってはいたんだ。悲観するような事じゃ決して無い。 所詮、現実なんてこんなものさと妥協して和解して生きていくことしか俺たちには出来ないって話さ。 ん? いつだったかこんな内容をハルヒに話した事が有ったな。あれは……そうだ、まだ高校に入学したての頃。席替えで窓際にハルヒと前後に並んで、アイツが非科学的かつ非常識であればあるほど面白いみたいな事を言った返しに俺が。 そうだ。で、それに対してハルヒはこう言うんだ。 「うるさい!」 目の前の俺を叱咤する少女が一年半前と重なった。でも言葉の持つ意味は違う。圧倒的に違う。「黙れ」じゃない。「聞きたくない」じゃない。「どっか行け」じゃない。 「キョン! アンタ、どうにかなる事で早々に諦めてんじゃないわよ!!」 「前を向け」と。これが成長じゃなくってなんだって言うのか。 「何にも努力してないのに、なんで『努力しても無駄だ』みたいに一人で後ろ向きな納得してんのよ! ふっざけんじゃないわ!」 涼宮ハルヒは怒っていた、それも全力で。 至らない俺のために。そうだ、忘れていた。他人のために、コイツは怒れる少女だった。違う、そういう少女に『なっていた』んだ。 「って言うけどよ」 「だってもへったくれも無い! いっちばんアタシが癇に障るのはね、アタシを差し置いて一人で勝手に結論出して納得した風にアンタがなっちゃってる事よ! どういうつもり!? キョンはアタシに進路相談をしてるんじゃないの!?」 詰め寄って俺の胸を指で小突く。俺は堪らず椅子を倒しながら立ち上がった。ったく、この馬鹿力が。指一本だってのになんて圧力だ。 「だったらアタシの意見も聞きなさいよ。困ったんなら頼りなさいよ。悩んでんなら打ち明けなさいよ。それが出来ないなら……出来ないなら最初っから悩みが有るなんて甘えたこと言ってんじゃないわよ!!」 小突く小突く。小突かれて俺は廊下側の壁に押し付けられた。ちょ、ちょっとタンマだハルヒ。俺が悪かった。これ以上は後ろに退がれん。痛い、地味に痛いからその暴力を止めろ! 「アンタの自虐趣味なんてこっちは知ったことじゃないの。ああ、見てるだけでイライラすんのよ。大体、アンタの脳味噌で良案が浮かぶなんて奇跡みたいな確率でしか無いって事くらいいい加減に気付きなさいよ。下手の考え休むに似たりって言うでしょうが。だからね! だから、いいから、」 涼宮ハルヒは俺に向かって唾を飛ばしながら吠えた。 「いいからピンチの時くらいちょっとはアタシを信じてみなさいよ!!」 信じているさ、なんて勿論言えるはずもなく、またその余裕も俺には有りはしなかった。とにかく俺はこの物理的な窮地から早く脱出したい気持ちでいっぱいだったのだ。密着まで十センチも無いお互いを傷付ける距離である。女子特有の理性に余りよろしくない類の香りが鼻腔をくすぐり意味も無く急接近意識してしまう。 ロマンスのロの字くらいどっか道端で拾っておけば良かったと思う。そうしたらハルヒだって異性と、ボクシングのインファイトのごとく接近している事態に顔を赤らめたことだろう。我に返って離れていってくれたかも知れない。 「ピンチってなんだよ。俺にとっちゃ今、ハルヒに追い詰められている事の方がよっぽどのピンチだ」 「そうよ!」 いや、肯定すんなよ。 「アンタが絶望してる内容なんてね、アタシに言わせればピンチでもなんでもないの! 一年以上も準備期間が有れば人間、大概の事は出来るようになるのよ。分かったらアタシを信じなさい!」 言いたい事は思う存分口にしたのだろう、ハルヒはすうと大きく深呼吸した。ちなみに俺はまだ解放して貰えていない。人差し指一本でもって壁に押し付けられ続けている。処刑を待つキリストの気分が少しだけ分かる気がした。 ハルヒに倣って俺も深呼吸をする。目叩きを一つ。目叩きした前と後で世界は変わる、と自分に言い聞かせて。 「分かった」 右手でハルヒの人差し指を握り、それをゆっくりと遠ざける。有ると思っていた抵抗は無かった。 「信じるよ、ハルヒを」 信じるものは救われるって言うしな。なあ、ハルヒ大明神さんよ。お前が学問の神、菅原道真の商売敵になったとはとんと初耳だが、それでもご利益だけは人一倍、いや神一倍だと、こっちは疑う余地も無い。なんせ今までさんざんハルヒパワーに巻き込まれてきたのだから。 他でもない、俺だからこそ。そればっかりは疑えないよな。 だから、言葉だけじゃなく、偽りじゃなく、ましてや脅されたからなんかじゃ決してなく、ただ信じる。ただただ信じられる。コイツならきっと俺の絶望をどうにかしてくれる。根拠は……根拠はそう、経験則ってヤツだ。 「二言は無いわね」 「無いさ、そんなモン」 意志薄弱さはこの際、脇に置いておくとして生物学的には完全な男だからな。有言実行が座右の銘だ、なんて流石に言えやしないが。ちなみに俺は不言実行の方が好きだったりする。 「よろしい」 そこでハルヒはようやくもう一度笑った。どうやら俺の回答はお気に召して貰えたらしい。ほっと胸を撫で下ろす。あのまま至近距離を継続されたら俺の理性を司る回路が焼き切れていたのは時間の問題だったからな。 デリケートなんだよ、思春期だから。嘘だと思うなら想像してみろ。クラスで一番の美少女と夕暮れの教室で二人きりだぞ。しかもメイド服なんて特殊装備をしてだ。情熱を持て余しても仕方がない話なのはどなた様にも理解して頂けると思う。 「そうと決まれば早速具体的な話に移りましょ。って事でさっさと放しなさいよ、キョン」 「おっと、悪い」 指を放してやるとソイツは俺から一歩距離を取った。そして俺に向かって今度は小指を突き出す。なんのつもりだ、なんて聞くまでもなかった。 「子供かよ」 「アタシたちは子供よ、実際。幼稚でガキだってのを否定できる社会的な根拠は無いの」 「そりゃ、まあ確かにな」 「だから、それを欲しがるのは自然と言えなくもないけどね。ピーターパンシンドロームくらいはもう卒業したでしょ、アンタも」 ピーターパンシンドローム、ってのはいわゆる「大人になりたくない」の学名だ。正直、俺には理解出来ない精神病だな。だが、どう足掻いても時間は過ぎるし、身体は育つ。滝上りなんて非生産的かつ非効率な事に心血を注ぐヤツの気が知れんよ。魚類からやり直せと言いたいね。 「最初からんなモンには罹ってない」 「へえ……前向きなのね、キョンのくせに」 あ、コイツまた言いやがったな。 「ま、なんでもいいわ。とにかく、子供っぽいとか大人びたとかそんなのに振り回されても意味は無いの。だから、はい」 白くすらりとしたソイツの小指はやけに細く頼りなく見えた。メイド服には淑やかさのパラメータ補正めいた俺の知らぬ装備効果でも有ったりするのだろうか。ハルヒの日頃の豪腕が嘘みたいに思えてくる。 「約束しろって?」 「そうよ。ただしアンタはガキっぽいのが嫌いらしいから、大人ルールでいくわ」 「大人ルール?」 急速に嫌な予感がしてきたぞ、俺は。 「破ったらハリセンボン鍋よ。勿論、針の処理はしないわ。ところでハリセンボンってフグの仲間よね。毒が有ったりするのかしら? ま、その時は古泉くんの知り合いに免許を持っている人が居たりしないか聞いてみましょう」 やっぱりか! 嬉しそうな顔で何、物騒な事考えてやがる! 「そんなに深刻そうな顔しなくても大丈夫よ。このアタシが付いてるんだから大船に乗ったつもりで……あ、今の無し。死ぬ気で勉強しなさい、キョン」 いかに涼宮ハルヒと言えど、そこまで楽観的にはなれないらしい。いや、ここで大丈夫の言葉に安心してしまえば俺が勉強に手を抜くんじゃないかとでも考えたのだろう。 「言われなくてもそのつもりだ」 「なら、……ほら。そろそろ小指が痺れてきたんだから、さっさと済ませなさい」 これ以上の問答はどうやら無駄らしい。諦めて俺はハルヒの小指に小指を絡めた。少し俺よりも冷たい、気がする。男女で体温は違ったりするのだろうか。それとも気恥ずかしさが俺の体温を底上げしているのかも知れない。 「俺は何を約束すれば良いんだ? 大学合格か?」 「死ぬ気で勉強に励むことをアタシに約束しなさい。その結果として入試に失敗しても、それは怒らないから」 「……そっか。そうだな、分かった」 「アンタばっかり約束しても不公平だから、アタシも約束するわ。アンタを絶対にみくるちゃんの行く大学に合格させてあげる」 ハルヒは真面目腐った顔で、 「絶対よ! 絶対の絶対!」 はいはい、分かった。分かったから顔を赤くしてまで力説せんでもいい。精々頼りにさせて貰うさ、団長さん。 そうして俺とハルヒは右手を上下にシェイクさせて未来を約束した。 「指切り」 「げんまん」 「嘘吐いたら」 「ハリセンボン」 「くーわすっ」 「怖っ! なにそれ、怖っ! 改めて想像したら超怖いんですけどっ!」 頬の内側から突き出た針。口から血を流す俺の口へと無理矢理に凶器を押し込むハルヒ。多分、楽しそうに。 嫌だ……嫌過ぎる。 「なら、死に者狂いで頑張りなさい。アタシがアンタの頑張りを認められるくらいに。二人揃って最後の晩餐なんてアンタもゴメンでしょう?」 解ける指。離れる少女。小指が少し汗ばんでいた。 「ま、学校に居る間はアタシがしっかり勉強を見てあげるから。任せなさい。これでもアタシ、家庭教師のアルバイトならプロだから」 アルバイトのプロってなんだ。まあ、言いたいことはなんとなく分かるが。ニュアンスでな。 「明日から始めましょ。ビシビシしごいてあげるわ。スパルタ式よ。何度だって千尋の谷に突き落とすつもりだから、明日までに覚悟を据えておきなさい!」 ハルヒは喜色満面にそう告げた。女神の神託の皮を被った閻魔大王の判決の瞬間である。ああ、やっちまった、早まったなんて思ってもここまで来ちまえば後の祭り。これだけ良い笑顔を咲かせるハルヒを最早誰一人として止める事は出来ないのだ。なぜならば、それを誰あろうハルヒ自身が望んでいないのだから! どのみち、死ぬ気にはなるつもりだったが、本当に過労死したら俺は一生この競争社会、学力社会を恨むだろう。 ……死んでるのに一生も有ったモンじゃないな。 そういや、ハルヒよ。 「ん?」 「お前、どうしてメイド服なんて着てたんだ?」 一日メイド団長は俺の質問に、ようやくといった様子で背筋を伸ばした。ってオイ、止めろ。その格好で胸部を強調するようなポーズを取られたら色々と、その……だな。 情熱を、持て余す。 「団長としての威厳と威光を少しでも和らげるためよ。別にカエルでも良かったんだけど、アレじゃアンタの顔がよく見えないしね。それにみくるちゃん用に買ってきたけどフリーサイズだからアタシでも着れるのよ、この服。 ま、つまりアタシなりの配慮ってことね。感謝しなさい、キョン。で、どうだった? 実際、話しやすかったでしょ? ……どこ見てんのよ、エロキョン」 俺は両手を挙げた。 「黙秘権を行使する」 9,海はまだ凪いでいた 世界ーー俺を取り巻く周囲はこの時、それなりに良い方向へ向かっていると思っていた。暫定的にでは有るが俺の悩みには一応の決着らしきものがついたし、もしハルヒが朝比奈さんの受験、及びそれに付随する自己を含めたSOS団の行く末に何らかの戸惑いを人知れず抱いていたのであれば、俺との個人面談はそれに対する解答とも成り得たであろう。 何が言いたいかというと、だ。 つまり、俺はなんとなく安心していたのだった。世の非常識めいた不条理は全てハルヒの不機嫌より始まるというのは、これはもうSOS団不思議対策委員会における共通認識と言っても過言ではなく(古泉なんかは特にその傾向が顕著だな)、逆説あの馬鹿が世界に対して特に不満を覚えなければそこそこに穏やかなる日常へと世界はまるでホメオスタシスを働かせたかのように回帰するのである。 正直に言わせていただければ、この時点で俺は毎日に波風を立てるイベントには幾分食傷気味だった。まだ行く手にはクリスマスなどという難敵が待ち構えていたのではあるが、俺の未来におけるターニングポイントとなったであろうハルヒと佐々木による個人面接以上の事柄なんぞきっと起こりはしないさ。と、こんな風に考えていた。 全く、我ながら浅はかだとしか言いようがないな。過去を振り返ってみれば分かるだろうに。世界が一度でも俺の心労を鑑みて展開に手を抜いてくれた事があっただろうか。いや、無い。 何も終わってなどいなかったし、そもそも俺たちを語るのに避けては通れない超常的なあれやこれやはここまで全くと言っていいほどに形(ナリ)を潜めていたのであるからして、これはもう楽観的を通り越して一種破滅的と形容してしまえるくらい俺の脳味噌は蓮咲き乱れるお花畑だったのだと、後から思い返して途方に暮れる。そんなつもりはこれっぽっちもないのだが。 という訳でいつもの通り、俺の知らない場所で事態は悪化の一途を辿っており、それが表層へと噴出する頃には消火器のようなその場凌ぎ程度では手が付けられなくなっているのである。火種の内の初期消火が重要だとはよく聞く話だ。耳が痛い。 一言断っておかねばなるまい。それでも、この十二月の騒動は俺の未来についての話であるという枠内だけは決して逸脱していなかった。 本筋、ってヤツだな。あるいは要旨と言い換えて貰っても結構だ。全ては俺の未来に起因し、また収束していくのである。因果応報なんて言葉をここで持ち出したくはないが、それにしたってこの件ばかりは他の誰かに責を求めるのも酷ってモンだろう。 そう、ここまで言えば勘の良い方ならそろそろお気付きかも知れない。 俺たちを語るのに決して外すことの出来ないあのお方ーー未来人は実はも何もずーっと出待ちを強いられていたという事実に。 家に帰り着いたのは日も暮れ切った頃だった。時間で言うなら午後六時を少し過ぎたくらいで、既に玄関には佐々木のものと思しきスニーカが並んでいる。予想通り待たせてしまっているらしい。 今後の対策ってヤツであの後もハルヒと色々話し込んじまったからな。一応、即席家庭教師様による個人授業は六時から開始って事になっているから遅刻したと言っても実際は十分もない。とは言え昨日は五時前には玄関のチャイムを鳴らした佐々木である。 もしも一時間以上も他人の家に居たとすれば……まあ、心中は察するに余り有るな。 せめて急いで救出してやらねばなるまい。主としてお袋の好奇心という名の魔手から。そう意気込んでいの一番にリビングへと向かったが、しかしそこに佐々木の姿は無かった。 これはどうした事か。 「おい、佐々木はどこだ? もう来てるんだろ?」 リビングのソファに座ってテレビに噛じり付いている妹に訪ねる。奥のキッチンではお袋が夕食の支度に忙しなく動いているのが見て取れた。あの様子ではラストスパートに掛かっているな。夕食はもうすぐらしい。 「あ、キョンくん。おかえりー」 「はいはい、ただいま。で、佐々木は?」 「佐々ちゃんならずっとキョンくんのお部屋に居るよー。キョンくんが帰ってくるまで一人でお勉強したいんだって。偉いよねー」 妹が屈託無くそう言うも、……ちょっと待て。あのプライベート空間に親友とは言え異性が一人きりで一時間、だと。俺の脳味噌を最悪の予想が埋め尽くす。それはマズい、マズ過ぎるだろ。俺の尊厳とか外聞とかが。 ああ、こんな事ならちょいとマニアックが行き過ぎたヤツらは見切りを付けて早めに焚書処分にしておくべきだったか! 谷口のヤツめ、廃品回収に来るなら早くしろってんだ! 佐々木の事は信じているし、アイツも俺のことを親友だと言ってくれている。アイツの性格を考えれば「親しき仲にも礼儀有り」を実践してくれているはずだ。ハルヒとは違い、家捜しを敢行するような無礼さを持っているとは思えない。 けれども、可能性は可能性でしか無い。物理学で有名なアウシュビッツ系可哀想な猫は箱を開けるまでその生死は確認出来ず、この世に絶対なんて絶対に無いのだと俺は知っている。 万が一はハルヒに出会ってからこっち阿呆みたいに頻発しているからな。 リビングを出て階段を急いで上る。背後で妹が何事か非難めいた事を口走った気がするが知ったことか。お前に構っている十秒そこそこですら惜しいんだよ、こっちは。一刻を争うなどと悠長な慣用句も有ったものだと思うぜ、いやマジで。 「……はあっ」 部屋の前で深呼吸。そうだ、冷静に、いつも通りでいいんだ、俺。なにも佐々木が家捜しをしたって決まった訳じゃないんだから。むしろそんな非生産的な事をするアイツじゃないだろ。だから、そうさ。扉を開けたら俺の机にでも座って問題集でも開いているに決まっている。 だから、堂々とだ。そう、堂々と。俺の部屋なんだから普通に、気だるい感じを前面に押し出して……。 そんな事を考えながらドアを開けた。そして俺は見た。 「猫くん、猫くん。君のご主人様は一体いつになったら帰ってく……」 俺の部屋の、俺のベッドに仰向けに寝転がり、我が家の飼い猫を「高い高い」でもしているように持ち上げて満面の笑みで独り言を無為に生産する親友の姿を。 どうやら見てはならない場面に出くわしたようだ。気まずい空気が二人の間に流れる。 「よ、よお。今帰ってきた」 返事の代わりに返ってきたのは凍り付いた笑顔のみーー恨みがましい視線が痛い。 「あー、その……悪い、遅くなったな」 動揺をひた隠すというのは古泉や長門の持ちネタであって、他人の領分を侵す趣味は俺にはない。きっとやっちまった的な焦燥は余すところ無く顔に出ちまっていたんだろうね。少女は一つ溜息を吐いた。 「はあ……おかえり。出来れば、ノックくらい欲しかったかな」 佐々木は子供のいたずらを見咎めるように言った。その頬にほんのうっすらと朱が見て取れるのは、やはりコイツも油断した瞬間を見られるのは余程恥ずかしかったのだろう。 すまん。上手いフォローは出来そうにないが、代わりにさっき見たものは全て忘れるつもりなんで安心してくれ。 「助かるよ。しかし、気に病むことはないからね、キョン。よくよく考えればここは君の家で君に割り当てられた部屋さ。自分の部屋に入るのにノックする人はいない。少なくとも僕はそんな真似をした例が無い。自分が出来ないモノを人に強制するなんて無恥も甚だしいだろう。となると、落ち度が有るのは僕ばかりさ」 言いながら上半身を起こした佐々木の腕の中から世にも珍しいオスの三毛猫がうなぎのようにヌルリと抜け出して、開けっぱなしの扉から廊下へと出ていった。シャミセンは賢いからな、重苦しい部屋の雰囲気から自分が責められているとでも判断してそそくさと退散したのだろう、きっと。 単に腹が減っただけかも知れん。 「猫、好きなのか? そういや、昔一度だけお前の部屋に入ったが、テディベアとか飾ってあったっけな」 朧気な記憶を手繰り寄せる。ぬいぐるみとその横に並んでいた小難しそうな哲学書とのコントラストに少なからず俺は困惑したものだ。 「僕に可愛いものは似合わない、とでも言いたいのかい。笑ってくれても結構だが、僕の不評を買うのは避けられないと思ってくれ」 「いや、そんな事は無いぞ。むしろ、お前に女の子らしい一面が有ることに俺は内心ほっとした」 佐々木とは、ともすれば国木田や谷口辺りを相手にする時となんら変わらないやり取りをしてしまっている事すら有る仲だ。性別を感じさせない……と言うよりも、ある種超越してしまっている印象を俺は抱く事すらまま有る。だからこそ再確認というか、コイツを異性として認識する度に俺は……変な話だが少しばかり安心してしまえるのだった。 普通は逆だろうって? 分かってるが、しかしこれが俺と佐々木の関係だからな。別に理解して貰おうとは思っちゃいないさ。 愉快な誤解は勘弁だが。 「なんならシャミセンを一泊二日でレンタルしてやってもいいぜ」 シャミセンとはウチの三毛猫の名前だと注釈を付け加える。猫好きには魅力的な提案だと思ったのだが、どっこい佐々木は首を横に振った。 「あまり……そういじめないでくれよ」 人聞きの悪い事を言うな。誰がいじめた、誰が? 「君以外に誰か該当人物が居るかな、キョン?」 「何を責められているのかさっぱり分からん。冤罪だ」 「……くっくっ。僕も色々と複雑なんだよ。異性として見られる事に抵抗を感じるし、そしてまた相反するものも胸の内に多少確認出来る」 「恋愛は精神病」が持論の少女ソイツは左耳に掛かった髪を掻き上げた。 「こういったものには出来れば余り気付きたくはなかったけれどね。だから、そういう事ーー性別を加味した発言を君にされるとなかなかどうして表情に困るのさ」 嘘吐け。いつも通りの微笑じゃねえか。その下で何を考えているのかは生憎、俺には分からんよ。 「そうか。なら、君もいつまでも動揺していないで早く席に着いたらどうだい? そう立ち尽くされていると落ち着かないのは、何も君だけじゃないのだよ。ああ、授業開始を十分もオーバしてしまった。これでは君のご母堂に合わせる顔が無い」 佐々木はわざとらしく天井を見上げて、やれやれと呟いた。本家本元の嘆息は、俺みたいな冴えない男子高校生がやるそれに比べてとても映える。美少女ってのは基本何をしていても絵になるものなのは知っていたが、それにしたって神様もちょいと依怙贔屓が過ぎると俺は思った。 「僕の顔に何か付いてるかい?」 「ん……前髪にシャミセンの抜け毛が付いてるな」 机に着いて鞄から今日やった佐々木お手製のプリントを出す。少女は俺の隣、昨日と同じ位置、同じ椅子に座った。手を伸ばせばお互い触れられる距離、ってそんなのは当たり前か。 「ほら、取れたぞ。こんな所に毛がくっつくなんて、一体どんだけアグレッシブな戯れ方をしてたんだよ、お前は」 俺の質問は佐々木の鋭い視線によって無惨にも打ち砕かれた。どうやらシャミセンとの蜜月は本気で触れられたくないらしい。女子が可愛いものを愛でて何が悪いのかと俺は思うのだが……親友はというとどうもそんな風には思えないようで、政府お抱えの凄腕狙撃手よろしく眼を細くしていた。 「キョン、その話は止めだ。これ以上続けるというのならば、この部屋に隠されている有害図書について僕も言及しなければならなくなる」 オイ、それって……いや、なんでもない。俺は信じてるからな、佐々木を。思春期の男子高校生ならば誰もが所持しているという統計に則ってかまを掛けただけなんだ、そうに決まっている。 そう思いこむぞ、俺は。 「存外、奇抜な趣味をし……」 言わせはせん! 「なんだか急に学習意欲が湧いてきた。さ、いつまでもくっちゃべってないで勉強しようぜ」 と、ようやく両者が休戦協定に判を押した、丁度そのタイミングで階下から俺たちに夕食を告げる声が聞こえ、俺と佐々木は顔を見合わせて笑った。 「今日のところは痛み分けにしておこう」 「……だな」 傷付け合う関係よりは傷を舐め合う関係の方が健全かつ賢明な気がするとか、どうでもいい事を俺は階段を下りながら考えていた。 夕食はカレーだった。いつもより具材がアップグレードしていたのは、きっと佐々木が居たからだろう。思わぬところで収穫が待っているものだ。これが続くようなら是非とも、佐々木には長く家庭教師をやって頂かなければなるまい。 「それは君次第だよ、キョン。言っただろう、僕が正式採用されるかどうかは二週間後に迫った二学期末試験の君の点数の伸びをもって判断されるって」 夕食を終えて出来ればのんびりとソファで横になってテレビでも見ていたい俺だったが、佐々木が居る前でそんな事が出来るはずもない。そもそも死ぬ気で勉強すると日中ハルヒに誓ったばかりだというのに、何をいつも通りの自堕落メニュを律儀にこなそうとしているんだろうな、俺は。これが慣習ってヤツか。骨の髄まで染み込んでいる行動パターンは、もしかすると受験戦争における最大の敵であるのかも分からん。 「そうだね、君の場合はまず机に着く事を習慣付ける事から始めるべきだと思う。君だってテスト前くらいは勉強していただろうけれど、それは机でやっていたかい?」 まるでタイムマシンに乗って過去を見てきたかのように話すんだな。いや、確かにベッドに寝ころんで教科書を眺めるってのがもっぱらだったが。 「だと思ったよ。いや、机が余りに綺麗だったからね。使われていた痕跡がほとんど見受けられない。それにほら、隅に埃が貯まっているだろう?」 ホームズ先生に肩を並べる観察眼には恐れ入ったが、しかし埃くらいは普通じゃないのか? 「考えてもみてごらん。集中している時は時計の音ですら障るものなのさ」 部屋の片づけをしていたら、昔の雑誌を発掘してつい読み耽ってしまうあの現象の親戚だな。 「ああ、そうだ。机の隅のちょっとした埃であってすら神経を逆撫でするものなのさ。勉強があまり好きではないらしい君ならば尚のことだろう」 勉強が好きじゃないって……いや、まあ実際その通りなんだけどさ。しかし、そんな風に言われると、なんだかストレートに馬鹿と言われる何倍も傷付くな。佐々木に罵倒するつもりがない、ってのが尚更そこに輪を掛けやがる。 「キョン、前から薄々は思っていたんだが、君にはやはり被害妄想の気が有るよ、うん」 ……やっぱりか。俺ももしかしたらそういう事も有るかも知れんとは薄々気付いてはいたんだ。観察眼で俺と比ぶべくもない佐々木の言うことなら、その見解でおおよそ正しいのだろう。でも、自分の悪癖なんて出来れば一生知りたくなかった。くそっ。 「なあ、その被害妄想とやらは『奥ゆかしい』なんて伝統美溢れる日本語にはどうしても置き換えられないものなのか?」 「物は言いようだね。と、話を戻すけど、」 俺の要求をあっさり流しやがった。 「キョンに足りないのは学習意欲だと僕は考えている。未来、なんて漠然としたものが相手だとどうしたって息は続かないし、努力に見合った対価が確約されていないから僕らの年齢では中々割り切れないだろう。仕方ない事だ。だが、仕方ないと諦めて対抗策を講じないのは、これはまた別の問題だね」 それは昨日までの俺を皮肉ったんだな、そうなんだろ、佐々木。あ、コイツ聞いてねえ。 「例えば僕を引き合いに出すと、モチベーションを維持する為に一定の修学ごとに自己の下らない欲求を一つ満たすことを許可している。僕としては君にもそういったものが有るとベスト――とまでは言わずともベターではないかと考えているんだが」 ……なんだか馬を走らすのに人参を鼻先にぶら下げるみたいな話だな。脳味噌の構造が草食動物代表と余り変わらないのは、まあ、忌々しいが認めるさ。 「みたい、じゃないね。まったく一緒の事さ。我ながら安易が過ぎるとは思うよ。だけど実際これが一番モチベーションを維持させるのに適した方法だと、これは色々な試行錯誤を繰り返した僕なりの結論だ。即物的だと自分でも笑ってしまう」 くつくつと自嘲混じりに笑う少女だったが、その語る内容とは裏腹に俺にはどこかその姿が朗らかに見えていた。その姿にどこか違和感を覚える。 なんだろうか、これは。 「なんか、お前変わったか?」 「ああ、それは……まあ、君になら話してもいいか。恥ずかしい話さ、自身の精神性の幼さを僕はそれなりに受け入れてしまってね。どころか自己分析するとどうやらそんな自分を楽しんでいる節すら見受けられるほどなんだ。中学の頃とはその辺りが確かに変わってしまったかも知れないな」 十分に大人びてるだろ、お前は。うちのお袋よりも、ともすれば精神的に老成していると俺はお前を評価しちまっているくらいなんだぜ。 「それは流石に間違っていると言い切らせて貰うよ、キョン。それとも家族だから君には近過ぎてちゃんと見えていないのかな。君のご母堂は僕なんかでは及びも付かないしっかりした方さ」 いやいや、そんなことはないぞ。メモを持って買い物に行って、メモの存在を忘れて二度手間とかはしょっちゅうだしな。 「そんなのは心の成熟とは何の関わりもないよ、キョン」 心の成熟、ねえ。 「余裕、とでも言い換えるべきかな。知識と経験から来る広い安全域の事さ。僕にはどちらも足らない」 「悪いが俺にはよく分からんな。心臓に毛が生えるとは何が違うんだ……と、終わったぞ。答え合わせと間違ったトコの解説を頼む」 一字一句に至るまでボールペンで書かれた佐々木お手製のプリントは、いつこんなものを作成しているのかと睡眠時間を本気で危ぶむくらいのクオリティだった。文字をパソコンで打ち直すか、長門に清書でもさせれば十分に店で売れるだろう。 「いや、それはキョンに合わせて作ったものだから他の人に転用は利かないさ。君の理解が及んでいる、もしくは口頭での説明で十分だと思った内容に関しては飛ばしてある。飛び石のようなものでね」 ふむ、つまりRPGで言うなら経験値の高いモンスターに的を絞った狩りが出来るようになっているわけだな。 ……やっぱりお前、寝てないんじゃないか。 「目の下に隈でも出来てしまっていたかな?」 「見当たらん。だがな、昨日の家庭教師終了時刻やらを考えればソイツは自明の理だ」 根を詰めるな、と続けると佐々木は微笑んだ。いや、笑うところでは決してないぞ、ココ。 「困ったな、キョンに心配をさせるつもりはなかったのだけれど」 そう言う佐々木が一つも困っている顔に見えないのは、俺の目が知らぬ内にとんぼ玉か何かにすりかえられちまっているせいだろうか? 節穴という可能性も捨てきれない。 「君の期末テストまでは推察の通り、少々睡眠時間を削減する予定だよ。平時より一時間削るだけだからそう重荷に感じないでくれ」 一時間で作れる量のプリントじゃないだろ、これは。未来人か宇宙人の手でも借りないと無理だ。 「そんな事はしないさ。僕ら学生にのみ許された『内職』という特権の方は十分に活用させて貰っているけれども。そういえば」 少女は軽快に走らせていた赤ペンの動きを止めると俺の顔を見た。まるで値踏みするように。そしてまた、楽しそうにも見える表情で。 「涼宮さんとの関係は修復出来たかい?」 と、問うのだった。
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四章 時刻は夜11時。俺は自宅にてハルヒの作ってくれたステキ問題集を相手に格闘中だ。 「やばい、だめだ。全然わからん。」 朝はハルヒに啖呵を切ったものの、今では全くもって自信がない。 今の時期にE判定を取るようじゃ、どう考えても結果は目に見えている。 そもそも俺よりも頭のいいあいつが、それに気付かない訳がないのだ。 ただ遊ばれているだけなのか? …………ハッ!いかんいかん!俺の中の被害妄想を必死でかき消す。 頭を一人でブンブン振っていると、俺の右手に違和感があることに気付いた。 俺の右手はいつのまにか机の引き出しの中に伸びている。 手は引き出しの中の『奴』を掴んでいた。 そのことを俺の頭が理解した途端、俺はバネにはじかれたように机から遠ざかった。 「はぁ、はぁ…」 これ以上ないくらいの恐怖を感じながらも、俺の手はまだ『注射器』を握り締めている。 「何で…何でこんなことになっちまったんだ…」 俺は力なくそれを床に叩き付けた。 あれは、きのう… 「ど、どうしたの?キョンくん?」 下駄箱で春日が俺をその大きな瞳で見ていた。 その時の俺が普通じゃなかったのは言うまでもない。 「クソ!俺はハルヒを!!バカだ!最低だ!なあ、春日! 明日から俺はハルヒにどう接すりゃいい?!」 突然激昂した俺に、春日は動揺したように言った。 「ちょっ、待って!話は聞くから取り敢えず落ち着いて!場所は…公園でいい?」 ここは公園。俺と春日はベンチで並ぶように座っている。 事情を知らない人が見たらカップルに間違われるかもしれない。 ここで俺が春日の肩に手など回せば完璧だな。だが生憎、俺にそんな余裕はない。 「どうしたの?涼宮さんと何があったの?」 春日とは朝の挨拶以外はほとんど話したこともなかったが、話は本気で聞いてくれるようだ。 俺は今までのことを呼吸をするのも忘れてぶちまけた。 ほとんど話したこともない女子に、こんな長々と話すのは俺のキャラじゃないんだがな。 今はとにかく誰かに話を聞いて欲しかった。春日は俺の話を真剣な目で黙って聞き、 俺がたまに同意を求めると目を優しくさせ、「そうだね」と相槌を打ってくれた。 「どう思う?!」 その最後の言葉を俺が吐き終えると俺の興奮は冷めていった。 が、代わりにいいようのない虚無感が襲って来る。 何もやる気が起きない。ふう、と俺が久々に肺に酸素を運んでいると、 春日は俺の質問には答えず、ベンチからすっと立ち上がった。 「ねえ!今からうちに来てみない!?ほら!いーから、いーから♪」 ハルヒにも負けないような笑顔を見せながら俺の手を引っ張る。 「お、おい、どういうことだよ?」 言葉ではこう言ってるが、俺は大した抵抗もせず、フラフラと春日のあとを付いていく。 正直、どういうことかなんてどうでもいい。全てが色褪せて見えていた。 春日の家につくと、すぐにリビングに通された。両親はいないようだ。 「それじゃ、早速あたしの意見をいうね?明日にでも涼宮さんに謝って? あたしは今までのキョンくんの頑張りを教室でいつも見て来た。 だからキョンくんがその反動で、涼宮さんについ当たっちゃった気持ちもわかるよ。 でも男の子から殴られるってことはあたし達女子にとっては、 とても耐えられないことなの。 好きな男の子からなら尚更…きっと今涼宮さんは泣いてるよ? お願い!涼宮さんを元気づけられるのは、あなただけなの!」 いつもなら『好きな』の所で何らかの反応をして見せるんだろうが…当然、どうでもいい。 わかってる、わかってるんだ。俺がこれから何をしなければならないのかくらい。 「だけど…俺は自分が怖いんだ。 あいつに会ったら…またあいつを殴っちまうんじゃないかって…」 今の俺は誰がどうみても、とてつもなくヘタレなんだろうな。 さすがにこれは春日も愛想を付かしてしまうか。と思っていると、 「ちょっと待ってて!」 と言ってリビングから出ていってしまった。 「おまたせ!」 戻ってきた春日の手には小さな怪しく光る注射器が握られていた。 夕日の逆光のせいでシルエットになっている春日と注射器はシュールで、とても気味が悪い。 「おい、それ何だよ。」 「ん?かくせーざい♪」 力なく問い掛ける俺の質問に、特に悪びれる様子もなくそう答える。 その態度と質問に対する答えは、俺を動揺させるには十分だった。今日一番の揺れの観測だ。これはさすがに力なく「そうか」で済ますことは出来ない。 「な…な……何を言ってるんだよ!馬鹿らしい! それをどうするつもりだ?! 俺にヤク中になれっていってるのかよ!」 「何言ってるの?たった一回だけだよ! 今のキョンくんは自暴自棄になっちゃって、自分に全く自信がない状態なの! そんな、どうしたらいいか分からない時のための、一生で一度だけの切り札! これさえあればどんどん自信がついてくるんだよ? まるで自分がスーパーマンにでもなっちゃったみたいに!」 いやいや、まてまて、おい。WHY!?いやマジでWHY!? 「覚せい剤だぞ?!そんなもん一度やったら、 二度と抜け出せなくなっちまうことくらい俺でも知ってる! 悪いな。邪魔した。俺はもう帰る。」 ここにいちゃいけない!そう警告している本能に言われるまま、俺は部屋を出ようとした。 「また涼宮さんを傷つけるの?」 その言葉に俺の足はいとも簡単に止められた。 「自分が何するかわからない、怖いって言ったのはキョンんだよ? このまま会っても今の溝がもっと深まるだけ… 涼宮さんのことを想うなら、これを使うべきじゃない?」 何度もいうがこの日の俺は本当にどうかしていた。 たったそれだけの言葉で気持ちが傾いて来やがるんだからな。 「だ、だけど!それを打っちまったら、俺は…」 「依存症なんて意志の弱い人だけ。あたしは知ってるよ?キョンくんがそんなに弱くないってこと。」 確かに、俺は薬物依存など意志が金箔よりも薄い奴がなるものだと思っている。 「それと、キョンくんが、誰よりも涼宮さんを愛してるっていうこと。」 春日は終止、優しい目で言う。でも…だけど… いや、もしこれを使えばまたハルヒと…楽しい日常を…こんな押しつぶされそうな気持ちも… 「いいの?涼宮さんを泣かせたままで… また仲良くしたいでしょ?何にもなかったように…」 「何もなかったように…俺は…俺はあいつと…また笑いあいたい…」 「うん、そうだよね。これさえあればその全てが叶うんだよ?」 ああ、藁をもすがりたいとは今の俺のためにあるんだな、なんて思っていると、 俺の口は勝手に動きだした。 「本当に…本当に一回だけなら大丈夫なんだな。」 「それはキョンくん次第だよ。でも…あたしはそう信じてる。」 その言葉を聞き、俺は春日から注射器を取り上げた。 おい、いいのか俺。本当にいいのか?顔からは脂汗が吹き出ている。 脳細胞を除いた体中の細胞がその全総力を結集して、奴の進入を拒んでいる。当たり前だ。 腕に針を刺すだけでも抵抗があるんだ。そのうえ、その針の中には悪名高い奴がたっぷり詰まっているんだからな。 だがその警告すら脳が一喝すると、あっさり解けていった。 腕に針先を添え、深呼吸をし、俺は………刺した。 想像以上の痛みを覚えたため慌ててピストン部分を押す。 次の瞬間、何とも言えない感覚が俺を襲った。…いや包みこんだ。 まるでこの世の全てが俺を受け入れた感覚。酸素は溶け、 俺に混ざっていき、俺も溶けて酸素に混ざっていく。 今、この瞬間のために俺の人生があったのではないかと錯覚してしまうほどだ。 今なら日本の裏側にあるブラジルのニーニョさんが何回ドリブルしたかも分かってしまいそうだ。 いや、その気になれば世界の改変でさえも… 「……ん!キョ…ん!キョンくん!」 ハッ!、意識が飛んでいたようだ。 「どう?キョンくん?」 「ああ、とても清々しい気分だ!」 一瞬春日が顔をしかめた気がした。 「これならきっとハルヒにもちゃんと謝れそうだ!」 ほんと、依存症とか、何を心配してたんだ?俺は! 俺がそんなもんになるはずない!なんてったって俺は あれだけハルヒに引っ張り回されたり、耳を疑うようなトンデモ体験をして来たんだ! 今さらそんなんでヒイヒイ言うようじゃ、SOS団万年ヒラ団員の名が廃るぜ! 「そう良かった。あっ、もうこんな時間だね。送って行こうか?」 春日がすっかり調子を取り戻した笑顔で言った。 いつのまにか七時すぎになっていたようだ。 「いや、自転車だし、大丈夫だ。」 「そう、はい!カバン!!」 飛び切りの笑顔で見送りした春日に俺も飛び切りの笑顔で、手を振った。 それから家に帰ってからだ。カバンの中に注射器と粉の入った袋を見つけたのは。 いつ入ったんだ。あいつが…入れやがったのか… 「はあ…はあ…」 床の上の注射器が怪しく光っている。 なんで今日あいつに話に行ったとき返さなかった。クソ!あいつ…俺をどうする気なんだ! いっそ警察に…いや!俺も捕まっちまう!そうしたらハルヒが……… もうハルヒを傷付けたくない!古泉とも約束したんだ! いや、でもこのままじゃいずれ…よそう、こんな考えは… それにしても…何だ、この感じは? 昨日は奴を拒んでいた体中の細胞が、今は奴を渇望している。 もう…逃げられない… 脳細胞があきらめかけたその時、ケータイが鳴りだした。 着信………長門 長門の 名前を見て、俺は心底安心した。今の長門には何の力も無いのにな。 やれやれ…すっかり長門に対して頼り癖がついてしまったらしい。 「もしもし、長門か。」 「そう。」 ………沈黙。いやいや「そう。」じゃなくて!そっちから電話をかけて来たんだから、 会話のキャッチボールは長門から投げるべきだろう。 だけど、それが余りにも長門らしくて、俺はまた安心した。 「あなたに謝らなければならないことがある。」 その言葉を聞いて、俺は考えを改めた。なるほど、さっきの沈黙は、 どう切り出すかを考えていたのか。 「いや、謝らなければならないことなら思い当たるんだけどな。」 「昨日、私はあなたの涼宮ハルヒへの第一撃目を、阻止することが出来なかった。 感情が………邪魔をした。」 そうだ、いくら長門でも今は普通の女子高生なんだ。俺がいきなりキレて暴れだせば そりゃ呆然とするだろう。 「いや、お前は全然悪くない。逆に俺が謝るべきだ。あのままじゃ、 俺はハルヒをリンチしていただろうからな」 「でも、私があの時もっと早く対処していればこんなことにはならなかった。」 一瞬にして顔が冷や汗でいっぱいになった。こんなことだと?もしかして全部気付いているのか? 「お、おい、俺はもうハルヒとはちゃんとケジメつけたんだ。 今日も部室で見てたろ?何だよ。こんなことって。」 「私にはわからない。だからこそ教えてほしい。何があったの? とても胸騒ぎがする。あの注射跡は何?」 全てを気付いてるわけではなさそうだ。だけど勘づいている。こいつから胸騒ぎなんて言葉が 出てくるとはな。 「だから、あれは献血で…長門、お前は知らないだろうが、俺はハルヒと古泉に約束したんだ。 もう二度とハルヒを苦しめたりしないってな。」 どの口がいってやがる。 「………」 無言だ、 「そ、そうだ!長門!手、大丈夫か?かなり力入れてたからな、 ケガ無かったか?」 「肉体の損傷は問題ない。ただ…」 「ただ、何だ?」 今なら長門が電話の向こうで思案している顔が、はっきりと分かる。 「あんな思いは…もうたくさん…」 俺ははっとした。そうだ、傷ついたのはハルヒだけじゃないんだ。こいつは、長門は 俺の暴力を目の当たりにしてしまったんだ。その心の傷は、計り知れない。 「ああ、本当にごめんな、もう二度と傷つけない。」 「そう、あなたを……信じたい。信じていいの?」 すがるように聞いて来る長門。ここは瀬戸際だ、全てを話すか、このことは俺の中に秘め、無かったことにするか。 そうだ、もう二度とやらなけりゃいい!『奴』の誘惑なんかに負けなければ今までどおりの平穏は、 守られるんだ 「ああ!」 「そう…なら…信じる。」 そういうと長門は電話を切った。 ふう、この注射器はもういらないな。ありがとう、長門。お前のおかげでこいつの誘惑に、負けずにすんだよ。 何を考えているかしらんが、お前の思い通りになんかなってたまるか!春日! 俺は!俺の欲望に打ち勝つぞ!! 「もしもし?古泉です。お久し振りですね。 実はですね………おお…察しがよろしいようで。そう、機関の創立6周年パーティについてです。 はい、もうそんな時期になるんですよね。 全く、今はもう存在しない機関だというのに。はい、もちろん主催者は今年も、森さんです。 彼女らしいといえばらしいですね。ええ、そこであなたも招待しようということになりまして………… いえいえ、あなたは今でも、そしてこれからも我々の仲間、いわば同士です。 そろそろ河村のことも、気持ちの整理がついたのではないですか? …はい、そうですか!それは皆さん喜ぶと思います! それでは、今週の土曜に。いつもの場所と時間で。 待っていますよ?春日さん?」 五章へ
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γ-1 「もしもし」 山びこのように返ってきたその声は、ハルヒだった。 ハルヒが殊勝にも、「もしもし」なんていうのは珍しいな。 「あんた、風呂入ってるの?」 「ああ、そうだ。エロい想像なんかすんなよ」 「誰もそんな気色悪いことなんかしないわよ!」 「で、何の用だ?」 「あのさ……」 ハルヒは、ためらうように沈黙した。 いつも一方的に用件を言いつけるハルヒらしからぬ態度だ。 「……明日、暇?」 「ああ、特に何の予定もないが」 「じゃあ、いつものところに、9時に集合! 遅れたら罰金!」 ハルヒは、そう叫ぶと一方的に電話を切った。いつものハルヒだ。 さっきの間はいったいなんだったんだろうな? 俺はそれから2分ほど湯船につかってから、風呂を出た。 γ-2 寝巻きを着て部屋に入り、ベッドの上でシャミセンが枕にしていた携帯電話を取り上げてダイヤルする。 相手が出てくるまで、10秒ほどの時間がたった。 「古泉です。ああ、あなたですか。何の御用です?」 俺の用件ぐらい、察してると思ったんだがな。とぼけてるのか? 「今日のあいつら、ありゃ何者だ?」 「そのことなら、長門さんに訊いた方が早いでしょう。僕が話せるのは、橘京子を名乗る人物についてぐらいです」 「それでかまわん」 「彼女は、『機関』の敵対組織の幹部といったところですよ。まあ、敵対とはいっても血みどろの抗争を繰り広げているというわけでもないですが」 「なら、どんなふうに敵対してるってんだ?」 「彼女たちも僕たちも、そうは変わらないんですよ。似たような思想のもとで動いてますが、解釈が違うといいますかね。まあ、幸い、彼女はまだ話が通じる方です。組織の中では穏健派寄りのようですからね。あの朝比奈さん誘拐事件も、彼女の本意ではなかったと思いますよ」 ほう。お前が弁護に回るとはな。 「それはともかくとして、橘京子の動きは僕たちがおさえます。別口の未来人の方は、朝比奈さんに何とかしてもらいましょう」 まあな。朝比奈さん(大)だって、あのいけ好かない野郎に好き勝手させるつもりはないだろう。 「問題は、情報統合思念体製ではない人型端末です。何を考えてるのか、全く読めません。長門さんの手に余るようなことがあれば、厳しい状況ですね」 「長門だけに負担をかけるようなことはしないさ。俺たちでも何かできることはあるだろ」 「僕もできる限りのことはしますよ。でも、万能に近い宇宙存在に比べると、我々はどうしても不利です。こればかりは、いかんともしがたい」 それを覆す切り札がないわけではないがな。 だが、それは諸刃の刃だ。 「ところで、おまえのところにハルヒから連絡がなかったか?」 「いえ、何もありませんでしたが、何か?」 「いや、明日の朝9時に集合って一方的に通告されたんだが」 古泉のところに連絡がないとすれば、どうやら、明日ハルヒのもとに召喚されるのは、俺だけらしいな。 「ほう。デートのお誘いですか? これはこれは。羨ましい限りですね」 「んなわけないだろ。どうせ、俺をこき使うような企みがあるに違いないぜ」 「涼宮さんも、佐々木さんとの遭遇で、気持ちに変化が生じたのかもしれませんよ。奇妙な閉鎖空間については、先日お話ししたかと思いますが」 「あのハルヒに限って、それはありえんね」 「修羅場にならないことを祈りますよ。僕のアルバイトがさらに忙しくなるようなことは避けてほしいですね」 「勝手に言ってろ」 古泉との電話はそれで打ち切られた。 次は、長門だ。 今度は、ワンコールで出た。 「…………」 「俺だ。今日会ったあの宇宙人なんだが」 「彼女は、広域帯宇宙存在の端末機」 即答だった。 「俺たちを雪山で凍死させようとしやがった奴ってことで合ってるか?」 「そう」 「あの宇宙人とは、何らかの意思疎通はできたのか?」 「思考プロセスにアクセスできなかった。彼女の行動原理は不明」 「広域帯宇宙存在とやらの考えも分からんか」 「情報統合思念体は彼らの解析に全力を尽くしているが、成果は出ていない」 「そうか」 このあと、長門は、淡々とした口調でこう告げてきた。 「私は、情報統合思念体から、最大限の警戒態勢をとるよう命じられた」 長門の抑揚のない声が、異様なまでに重く感じられた。 γ-3 ハルヒにこき使われるに違いない明日に備えて寝ようとしたところを、妹が襲撃してきやがった。 しぶしぶ、妹の宿題につきあうこと1時間。 シャミセンと戯れ始めた妹を、シャミセンごと追い出すと、俺はようやく眠りについた。 γ-4 翌、日曜日。 妹のボディプレスで起こされた俺は、朝飯を食って、家を出た。 「遅い! 罰金!」 もはや規定事項となった団長殿の宣告も、今日ばかりは耳に入らなかった。 なぜなら、ハルヒの隣に意外な人物が立っていたからだ。 「なんで、おまえがここにいるんだ?」 ハルヒの隣には、佐々木の姿があった。 「酷いな、キョン。僕がここにいるのがそんなに不思議かい? まあ、驚くのは無理もないが、そんなに驚くことはないじゃないか。昨日、涼宮さんに電話で提案してみたのだよ。昨日会ったのも何か縁だろうから、いろいろと話し合いたいとね」 「あたしも聞きたいことがいろいろとあるし、快諾したってわけ」 ハルヒ。佐々木がお前の電話番号を知っていることを不思議に思わなかったのか? まあ、橘京子あたりが調べて佐々木に教えたんだろうけどな。 「事情は分かった。だが、なんで俺まで一緒なんだ? 話し合いたいことがあるなら、二人で話し合えばいいことだろ?」 「キョン、君は相変わらずだね。この調子じゃ、涼宮さんもだいぶ苦労してるんじゃないかな」 待て。なんでそんなセリフが出てくるんだ? この唯我独尊団長様に苦労させられてるのは、俺の方だぜ。 「フン。いつものところに行くわよ!」 なぜか不機嫌になったハルヒの号令のもと、俺たちはいつもの喫茶店に向かった。 ハルヒは、俺の財政事情には何の考慮も払わず、ガンガン注文を出しまくった。 話し合いというのは、何のことはない。 俺の中学時代と高校時代のことを互いに話すというものだった。 まずは、ハルヒが、佐々木に、高校時代の俺のことについて話した。 なんというか、話を聞いているうちに、俺は自分で自分をほめたくなってきたね。ハルヒにあれだけさんざん振り回されてきても、自我を保持している自分という存在を。 「キョン。君は、実に充実した学生生活を送っているようだね」 それが佐々木の感想だった。 なんだかんだいっても、充実していたというのは事実だろう。 だが、俺はこう答えた。 「ただ単にこき使われてるだけだ」 「くっくっ。まあ、そういうことにしておこうか」 次は、佐々木が、ハルヒに、中学時代の俺のことについて話した。 話を聞いているうちに、ハルヒの顔がどんどん不機嫌になっていく。 聞き終わったハルヒは、不機嫌な顔のままで、こう質問してきた。 「ふーん。で、二人はどういう関係だったわけ?」 「友人よ」 さらりとそういった佐々木を、ハルヒはじっとにらんでいた。 「あのなぁ、ハルヒ。確かに誤解する奴はごまんといたが、俺たちは友人だったんだ。やましいことなんて何もないぜ」 「友人以上ではなかったってこと?」 「それは違うわよ、涼宮さん。正確には、友人『以外』ではありえなかったというべきね。少なくても、キョンにとってはそうだったはず」 どこが違うんだ? 俺のその疑問には、誰も答えてはくれなかった。 「はぁ……」 ハルヒは、大げさに溜息をつきやがった。 「あんたが嘘をついてるなんて思わないわよ。でも、嘘じゃないなら、なおのこと呆れ果てるしかないわね。あんた、そのうち背中からナイフで刺されるわよ」 おいおい、物騒なこというなよ。 ナイフで刺されるのは、朝倉の件だけで充分だ。 「僕も同感だね」 佐々木まで賛同しやがった。 俺がいったい何をしたってんだ? 茶店代は当然のごとく俺の払いとなった。 総務省に俺を財政再建団体の指定するよう申請したい気分だ。俺の懐具合が再建するまでには、20年はかかるだろうね。 そのあと、三人で不思議探索となった。 傍から見れば、両手に花とでもいうべきなんだろうが、この二人じゃ、そんな風情じゃないわな。 そういえば、ハルヒとペアになるのは、あの日以来か。 結局のところ、俺はハルヒにさんざん振り回され、佐々木の小難しいセリフを聞き流しながら、一日をすごすハメになった。ついでにいうと、昼飯までおごらされた。 そして、駅前での別れ際。 俺がふと振り返ると、ハルヒと佐々木は二人でまだ何か話していた。 何を話しているかは聞こえなかった。 知りたいとも思わなかった。この時には。 γ-5 月曜日、朝。 昨日の疲れがとれず、俺は重い足取りで、あのハイキングコースを這い上がった。 学校に着いたころにはずっしりと疲れてしまい、早くも帰りたくなってきた。そんなことは、俺の後ろの席に陣取る団長様が許してくれるわけもないが。 ハルヒは、微妙にそわそわした感じだった。 また、何か企んでいるのだろうか? 俺が疲れるようなことでなければいいのだが。 疑問には思ったが、疲れた体がそれ以上考えることを拒否し、俺は午前中の授業のほとんどを睡眠という体力回復行為に費やした。 寝ている間に、何か長い夢を見たような気がしたのだが、目が覚めたときにはきれいさっぱり忘れていた。 昼休み。 なぜかハルヒが俺の前の席に陣取り、椅子をこちらに向けてドカッと座った。 俺の机の上に、弁当箱を置く。 「今日は弁当なのか?」 「そうよ。そんな気分だったから」 机の上には、俺の弁当箱とハルヒの弁当箱が並んでいる。 こうして、二人で向かい合って、弁当を食うハメとなった。 なにやら誤解を受けそうな光景だ。実際、クラスのうち何人かがこちらをちらちら見ながら、こそこそと話をしている。 ハルヒは、相変わらず健啖ぶりで、弁当を平らげていた。 「その唐揚げ、おいしそうね」 ハルヒは、そういうや否や、俺の弁当箱から、唐揚げを取り上げ、食いやがった。 「ひとのもん勝手にとるな」 「うっさいわね。しょうがないから、これをやるわよ」 ハルヒは、自分の弁当箱から玉子焼きを箸でつまむと、そのまま俺の口に突っ込んだ。 「むぐ」 クラスの女子から、キャーというささやき声が聞こえる。 とんだ羞恥プレイだな。 こりゃいったい何の罰ゲームだ? 「感想は?」 ハルヒが、挑むような目つきで訊いてきた。 「うまい」 実際、それはうまかった。 「当たり前でしょ! 団長様の手作りなんだからね!」 そういいながら、ハルヒの顔は上機嫌そのものだった。 だがな、ハルヒよ。 いくらお前が鋼の神経をしているとはいえ、こういう誤解を受けかねないような行為は避けるべきだと思うぞ。 まあ、誤解する奴はいくら説明してやったってその誤解を解くようなことはないんだけどな。 俺が中学3年生時代の経験で学んだことといえば、それぐらいのものだ。 その日の放課後、俺とハルヒはホームルームを終えた担任岡部が教卓を降りると同時に席をたち、とっとと教室を後にした。 いつものように部室に行くのかと思いきや、 「キョン、先に行っててくんない? あたしはちょっと寄るところがあるから」 ハルヒは鞄を肩掛けすると、投擲されたカーリングの石よりも滑らかな足取りで走り去った。 はて、何を企んでるんだろうね? そういや、あいつは、朝から妙にそわそわした感じだったな。 まあ、考えても仕方がないので、俺はそのまま部室に向かった。 γ-6 部室に入ると、既に長門と朝比奈さんと古泉がそろっていた。 「涼宮さんは?」 古泉がそう訊いてきたので、答えてやった。 「授業が終わったとたんにどっかにすっ飛んでいきやがったぜ」 「そうですか。何かサプライズな出来事を持ってきてくれるかもしれませんね」 「世界が終わるようなサプライズは勘弁してほしいぜ」 「まあ、それはないでしょう」 そこに、SOS団の聖天使兼妖精兼女神様である朝比奈さんがお茶を出してくれた。 「どうぞ」 「ありがとうございます」 「ところで、昨日はどうだったんですか?」 古泉がにやけ顔で訊いてきやがった。 いつもだったら無視しているところだが、あの佐々木の周りにはSOS団と敵対している超常野郎が集まっている。一応、古泉の見解も聞いてみたかった。 俺は昨日の出来事をはしょりながら説明してやった。 「おやおや。まさに両手に花ではありませんか?」 「あの二人じゃ、とてもじゃないがそんな気分にはなれなかったね」 「まったく、あなたという人は」 「それより、佐々木のやつは、あいつらに操られてるんじゃないだろうな?」 心配なのは、そこのところだ。 「それはないと思いますよ。昨日の一件は、佐々木さんの自由意思でしょう。問題は、その自由意思を利用しようとする輩が現れることです。先日もお話ししましたが、特に警戒すべきは周防九曜を名乗る個体です」 俺は、長門の方を見た。 「長門の意見はどうだ?」 長門は、分厚いハードカバーから視線を離さず、淡々と答えた。 「私も、古泉一樹の意見に同意する」 「そうか」 一応、もう一人のお方にも聞いておくか。 「朝比奈さん」 「はい?」 「二月に会った、あの未来人のことですが」 「ああ、はい。覚えてます」 「あいつらが企んでいることって何ですか? ハルヒの観察ってわけでもないらしいって感じなんですが」 「えーっと……あの人の目的は、そのぅ、あたしには教えられていません。でも、悪いことをするために来たんじゃないと思います」 うーん。自分を誘拐した犯人たちの仲間だというのに、不思議なことに、朝比奈さんはあの野郎には悪い印象は持ってないようだ。 仏様のように広い御心の持ち主なのは結構ですが、もうちょっと警戒心とかを持った方がいいと思いますよ。 それはともかく、とりあえず、警戒すべきは周防九曜を名乗る宇宙人もどきであるというのが、結論になりそうだな。 その話題は、そこで打ち切りになった。 「どうです、一勝負」 古泉が出してきたのは、囲碁かと思ったら、連珠とかいう古典ゲームらしい。 「五目並べのようなものです。覚えたら簡単ですよ」 俺は古泉の言うままに盤上に石を置きながら、実地でだいたいの遊び方を教わった。 朝比奈さんのお茶を片手に二、三試合するうち、たちまち俺は古泉に連戦連勝するようになる。 いつもどおりまったりと時間が過ぎていった。 それにしても、ハルヒは遅いな。 そう思った瞬間に、爆音とともに扉が開いた。 「ごめんごめん。待たせたわね!」 部室にいた団員全員の視線が、ハルヒに集ま……らなかった……。 団員の視線は、ハルヒの後ろに立っている人物に集中していた。 「みんな! 今日から入団した学外団員を紹介するわ! 佐々木さんよ!」 そこにいたのは、紛れもなく佐々木だった。 続き 涼宮ハルヒの驚愕γ(ガンマ)
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「はぁ…はあ…、くっ…!」 俺は走っていた 息を切らしていた …… ああ…やっぱみんな揃ってやがる… …… …疲れた 「キョン…遅い!!罰金ッ!!」 高々に罰金宣告を放つ団長様。 「…俺がいつも最下位っていうロジックは変わらないわけだな…、」 「遅れてくるあんたが悪いんでしょ!?」 「まあまあ涼宮さん。彼も疲れてるようですし、このへんにしておきましょう。」 「そ、そうですよぉ。キョン君息まで切らしてるみたいですし…。」 古泉と朝比奈さんが仲介に入ってくれる。 「ふん、頑張ってきたことを認めたって、あんたがビリなことには変わりないんだからね!」 「…そんなことわかってるぜ。別に事実を否定しようとは思わん。だから、早く中へと入らして休ませろ…。」 そんなこんなで、俺たちは喫茶店へと入る。 椅子へと座る。 …… ふう… やっと一息つけたぜ。 「やはり、昨日の疲れはまだとれませんか?」 口を開く古泉。ハルヒはというと、長門や朝比奈さんと一緒にメニューを眺めている。 「当たり前だろう…そういうお前こそどうなんだ?内心はかなりきつかったりするんじゃないのか?」 「…確かに、きつくないと言ってしまえばウソになります。ですが、その疲労もあなたと比べれば 大したことありませんよ。あそこに残り、最後まで涼宮さんと一緒に戦い続けた…あなたと比べればね。」 「さ、あたしたちのは決まったわよ!男性陣もとっとと決めちゃいなさい!」 そう言ってメニュー表を渡すハルヒ。 「何に決めたんだ?あんま高価なもんは勘弁してくれよ、払うのは俺なんだからな。」 罰金とは即ち、全員分の食事をおごること…SOS団内ではそういうことになっている。 もっとも、それを毎回支払うのは俺なんだが…。 「あのね、あたしだってそこまで鬼じゃないわ。せめてもの慈悲として、一応1000円は 超えないようにしているもの。あたしが頼むのはね、そこに載ってる…これよこれ!」 「…このチョコレートパフェ、値段が800円なんだが…」 「つべこべ言わない!そんくらい払いなさい!そもそも、遅れてくるあんたが悪いんだから!」 何が、あたしは鬼じゃない…だよ…。それどころか、棍棒を装備した鬼といえる。 「…キョン君、財布が苦しいようでしたら、いつでも相談してきてください。 機関でそのへんはいくらでも工面できますから…。」 ハルヒに聞こえないよう小さく耳打ちする古泉…って、マジか!?それは非常に助かる… 「いつもいつも払ってもらってゴメンねキョン君…なるべく私安いのを頼むから…!」 そう言って朝比奈さんが指したのは…この店で最も安い120円のオレンジジュースであった。 「私も…朝比奈みくるに同じ。」 「奇遇ですね。僕もそれを頼もうと思ってたところなんですよ。」 長門、古泉が言う。 …つくづく、俺は良き仲間に恵まれたと思う。なんだかんだで3人とも俺に気を使ってくれている。 まったく、どこぞの天上天下女に… 一回みんなの爪の垢を煎じて飲ませたいくらいだ。 「え、えぇ!?みんなオレンジジュースにするわけ!?」 動揺するハルヒ。 「みたいだな。ちなみに、俺自身もそれを頼もうと思ってる。」 「あんたの注文なんか聞いてないわ!!」 そうですか… 「だってみんなオレンジジュースな中、あたしだけデザートっていうのもバカらしいじゃない!? しかも結構でかいから食べ終わるのに時間かかるし…!!あぁ…もう!!じゃあ、 あたしもオレンジジュースでいいわよ!!良かったわねキョン?みんな安い物選んでくれてさ!」 これは驚いた。なんと、俺たちは意図的ではないにしろ、あの涼宮ハルヒ自らの決断を… 覆してしまった!!歴史的瞬間とはこのことか!こんなの今までなかったことだぜ…? …なるほどなぁ、ようやくハルヒも人の痛みがわかる道徳人間へ進化したってわけだ。 「何ボケっとしてんの!?そうと決まれば、早くみんなの分注文しなさい!」 前言撤回。俺の勘違いだったらしい。 …… 「じゃ、いつものクジ引いてもらうわよ!」 SOS団恒例のクジ引きである。不思議探索にて二手に分かれる際、 その人員采配として、この手法が導入されている。 …… 皆、それぞれハルヒからクジを引く。 「おや、僕のには印はないようです。」 「私にもないです。」 「ん?俺もだな。」 ということは… 「え…!?じゃあ、あたしと有希!?」 「そういうこと。印があったのは私とあなただけ。」 …珍しいこともあるもんだ。まさか、組み合わせが俺・古泉・朝比奈さんとハルヒ・長門に分かれるとは。 「有希と二人っきりなんて、なかなか無い機会よね~今日はよろしくね有希!」 「こちらこそ。」 ジュースを飲み干し、会計を済ませた俺たち。そういうわけで俺たち5人は…不思議探索とやらに励むのであった。 「いつも通り、5時に駅前集合ね!」 そう言って、長門とともに商店街のほうへと歩いていくハルヒ。 「なるほど、涼宮さんたちはあちらに向かわれたようですね。我々はどうしましょうか?」 「そうだな、とりあえず俺は…落ち着いて話ができる場所に行きたいな。 朝比奈さんはどこか行きたいところはありますか?」 「いえ…特にないですよ。お二人の好きなところで結構です♪」 「そうですね…では、図書館にでも行きませんか?あそこでしたら静かに話をするには悪くない上、 暖房も聞いていますし…ちょうどいいのではないかと。さすがに、また喫茶店やファミレス等に入るのも… あなたたちには分が悪いでしょう?」 「いや、俺は別に…それでも構わんが。」 「でも、さっき私たちジュース飲んだばかりですよね。昼食だって家で既にとってますから…、お店に入っても、 特に進んで何かを頼む…というわけではないんですよね?でしたら、私も図書館がいいと思います。 話してばかりで何も頼まないようでしたら、お店の人に迷惑がかかるかもしれませんし…。」 …確かにその通りだ。朝比奈さんの指摘もなかなか鋭い。 「決まりですね。では、図書館へ向かうとしましょう。」 俺たちは歩き出した。 「それにしたってなぁ…ハルヒのヤツも、今日くらいは集合かけんでよかったのにな… いくら今日が日曜で不思議探索の日だからって…。ついさっき、12時間くらい前か? 俺たち…この世界の危機に立ち会ってたんだぜ!?」 「仕方ないですよ。涼宮さんは…神に纏わる一切のことを忘れてしまったのですから。 昨夜の一連の記憶がないんです…二日前から今日にかけての日々は涼宮さんの中で 【いつも通りの日常】として補完されているはず、つまり【無かった】ことにされているんです。 であれば、日曜恒例の不思議探索を、彼女が見逃すはずはありません。」 「…まあ、それもそうだよな…あいつ、覚えてないんだよな…。」 …… 「それにしたって、今朝お前に…家まで車で送ってもらったことに関しては、本当に感謝してるぜ。 脱力しきって動く気すらなかったからな…とても家まで自力じゃ帰れなかった。 それと…朝比奈さんもいろいろとありがとうございました。」 「感謝なんてとんでもない。当然のことをしたまでです。」 「そうですよ…私たちなんか、キョン君と涼宮さんが闘ってる間、何もできなかったんですから… むしろ、今か今かと二人を助ける時を待ってたくらいなんですから!」 「古泉…。朝比奈さん…。」 …古泉・朝比奈さん、そして長門の三人にしてみれば、これほど歯痒い思いもなかったかもしれない。 できることなら、神を消し去るそのときまで…俺やハルヒと一緒に闘い続けたかったはずだ。 「…それにしても、三人ともよく俺とハルヒが倒れてる場所がわかったな。」 「前例がありましたのでね、推測は容易かったです。」 「前例?」 「以前、あなたが涼宮さんと二人で閉鎖空間を彷徨われたことがありましたよね。 あそこから帰ってきたとき…気付けば、あなたはどこにいましたか?」 「どこにって…自分の部屋のベッドだな。お前にも前にそう話したはずだぜ。」 「そうですね。で、そのあなたの部屋とは…即ち、涼宮さんによって 閉鎖空間に呼ばれた際、あなたが現実世界にて最後にいた場所というわけです。」 「まあ…そういうことになるな。ベッドに入りこんで眠った直後、俺は閉鎖空間にいたわけだからな。」 「その理屈を今回の事例にも当てはめた…ただそれだけのことです。」 「…なんとなくわかったぜ。」 「今回涼宮さんが閉鎖空間を形成するに至った契機となったのは…長門さんが隣家を爆破した、 あの瞬間です。とは言っても、あくまでそれはキッカケにすぎません。決定打となったのは… 朝比奈さんが涼宮さんをかばい、敵からの攻撃を被弾した…あのときでしょうね。」 「わ…私ですか…?」 …血まみれになった朝比奈さんを思い出す。 …… 確かに、精神的ストレスとしては十分なものだったかもしれない。 「その時点での涼宮さん、及びあなたの立ち位置はどこでしたか? 涼宮さんの家の前でしたよね。それさえわかれば、後は何も言うことはないでしょう。」 「俺たちが現れる場所も、つまりはハルヒの家の前だと。」 「そういうことです。」 「…なるほど、簡単な理屈だな。それにしても朝比奈さん、昨日は無事帰れましたか?」 「それはもちろん!森さんがちゃんと私たちを送ってくれましたから!それにしても… 彼女の見事なハンドル捌きにはあこがれちゃいます!私もあんなカッコイイ女性になりたいです…。」 …新川さんの運転もやけに上手かったな。その証拠に、 ハルヒ宅から俺の家に着くまでの時間も…随分短かった気がする。…機関はツワモノ揃いだな。 …… ------------------------------------------------------------------------------ 闇だった 意識を失った俺を待っていたのは …闇だった …… 俺はどうなるんだろうか?このまま永遠に目を覚まさないのだろうか? …そんなことがあってたまるか…!俺は…生きてハルヒに会わなきゃいけないんだ…! …… 誰か…助けてくれ…っ! …… …? 何か声がする… 誰かが俺を呼んでいる …… 古泉…? 長門…? 朝比奈さん…? ……みんな…? 「ッ!!」 …… 「こ…ここは…?」 「!?目を覚ましたんですね!!」 「キョン君…!!無事で…何よりです…!」 「…本当に良かった…。」 …… 仲間たちの姿が…そこにはあった。 「俺は一体…」 「本当によくやってくれましたよあなたは…涼宮さんと一緒にね。」 「涼宮…。」 …… 「そうだ…ハルヒは!?」 すぐに立ち上がり、辺りを見渡す。なんと、横にハルヒが倒れているではないか。 …… ハルヒ…また会えたな…っ! 「おいハルヒ…大丈夫か!?ハル」 言いかけて口を閉じる。 …… 『明日にでもなれば…神だの第四世界だのそういうことを一切知らない、 ちょうど三日前の状態のあたしがいる…と思うわ。』 そうだ…。このハルヒは、昨日今日のこのことを覚えていない。神に纏わる全ての記憶を。 『ええ…残念だけど。でも、あたしはそれでいいと思う… 普通の、一人の少女として生きるのであれば、こんな記憶…邪魔以外の何物でもないもの。』 わかってるさ。そのほうが…ハルヒは幸せに生きられるもんな。 …とはいえ、それはそれで悲しいもんだ。もう、【あのハルヒ】には会えない…ってのは。 「涼宮さん、まだ起きないんですよね…。どうしましょう?」 「キョン君も起きたところですしね。呼びかけてみましょうか?」 「!待ってくれ古泉…!ハルヒは…このままにしておいてやれないだろうか?」 俺は…事ある事情を話した。 …… 「なるほど…言うなれば、涼宮さんは三日前の状態に戻った…というわけですね?」 「…ああ、そうだ。だから」 「言いたいことはわかりました。涼宮さんはこのままにしておきましょう… それもそのはず、前後の記憶がないのであれば 今ここで起こすわけにはいきませんからね。 『どうしてあたしはこんな外で寝ていたの?』、このような質問をされてしまっては 不都合なことこの上ないでしょうから。」 …さすが古泉。お前の理解力には脱帽だぜ。 「となれば…。朝比奈さん、長門さん 頼みがあります。」 「な、何でしょう!?」 「これから二人で涼宮さんを背負って…彼女の部屋、できれば寝床まで 連れて行ってもらえないでしょうか?少々きついとは思いますが…。」 「あ、そっか…目を覚ましたときにベッドの上にでもいれば、 涼宮さん自然な状態で起きられますもんね!私…頑張ります!!」 「了解した。涼宮ハルヒはきっと部屋まで連れて行く。」 「お、おい古泉!?ハルヒくらい俺一人で背負って行ってやるぞ!? 何も長門と朝比奈さんに頼まなくても…しかも、長門は未だ能力が使えないだけあって 体は生身の人間なんだ。いくら二人がかりとはいえ…それなりの負担にはなっちまうぞ!」 「だ、大丈夫ですよキョン君!すぐ着く距離ですから!」 …? …… そういえば 俺は…ここがどこかをよく把握してなかった。起きたばかりで、いささか余裕がなかったせいか? 隣には見慣れた家がある。いや、見慣れたとかそういう次元の問題ではない…か。 そりゃそうだ。なぜなら、それはさっきまで俺たちが一緒にいた家なんだからな。 …つまり、俺たち二人はハルヒの家の前で倒れていた…というわけだ。 「いや…、それでもだな…。」 「今は涼宮ハルヒのことは私たちに任せて、あなたは休息をとるべき。あなたは今、心身ともに衰弱している。」 「何言ってやがる長門?俺はこの通り…」 …どうしたというんだ?足に力が入らない…?気のせいか、体もふらふらする。 「キョン君…私からもお願いします、どうか今は休んでください! 自分では気付いてないのかもしれないけど…すっごく疲れきった顔してるんですから!」 何…!?今の俺の顔はそんなに酷いというのか。 「彼女たちもそう言ってくれてるんです。ここは素直に従ってくれませんか?」 「あ、ああ…わかった。じゃあ、ハルヒをよろしく頼みます…朝比奈さん、長門。」 「はいっ!任せてください!」 「では朝比奈さん、長門さん…涼宮さんを運び終えたら、しばらくの間、彼女の家で 待機してていただけませんか?こんな夜遅くに女性が一人外を出歩くのは…危険ですからね。 長門さんも今は普通の人間なわけですし。というわけで、これから森さんに電話を入れます。 彼女の車がここに来たら、それに乗り…家まで送っていってもらってくださいね。」 「古泉君…ありがとうございます。じゃあ、お言葉に甘えます!」 「それと、すでに新川さんには電話を入れてあります。彼にはキョン君を送っていってもらいましょう。」 「古泉…すまんな。」 「いえいえ、こんなときのために機関の面々はいるようなものですから。」 「じゃあ、長門さんはこっちをお願いします!」 「了解した。」 ハルヒの肩を担ぎ、彼女の家へと入ってゆく二人。 「おや、もう来たみたいですね。」 ふと、道の横に黒塗りの車が停まっているのが見える。 「…いつ呼んだんだ?」 「3分前くらいでしょうか。あなたが目を覚ます直前くらいですね。」 …相変わらず仕事が速い新川さんである。 「さて、森さんにも電話を入れました…じきに彼女もココに来るでしょう。では、車に乗るとしましょうか。」 新川さんの車に同乗する俺と古泉。 「今日は本当にお疲れ様でした。帰ってゆっくりとお休みください。」 「…どうもです。新川さんも、夜遅くお勤めご苦労様です。」 「ははは、あなたの偉業と比べれば、私の働きなど足元にも及びませんよ。」 フロント席から俺に話しかける新川さん。 …… 「古泉…大丈夫か?そういうお前も随分疲れてるように見えるが…。」 「おや、そう見えますか?だとしても、弱音を吐くわけにはいきませんね。 これから僕は一連の事後処理に追われるわけですから。」 「これからって…まさか今からか??」 「ええ、そうです。」 「……」 時計を見る。今は午前の2時である…。 「新川さんの車で本部に帰ったら、ただちに仕事のスタートです。神は一体どうなったのか、 涼宮さんの能力の有無は…、調べるべきことは山ほどありますよ。」 …確かに、それは気になる。何よりも、神がどうなったかということが。 「…僕個人の勝手な推測で言わせてもらうと、神は消滅したのではないか?そう考えてます。現に今、 この世界に何も異変が起こっていない…それがその証拠かと。仮に時間を置いて世界を滅ぼすつもりで あったとしたら、地震や寒冷化などといった何らかの前兆が観測されてしかるべきはずですからね。」 「…そう信じたいものだな。」 「場所は、ここでよろしいですかな?」 気付けば俺の家の前まで来ていた。 「新川さん…ありがとうございました。そして古泉…大変とは思うが、どうかほどほどにな。」 「はい、心得ておきます。では、お休みなさい。」 「おう、またな。」 …さて、家に入るとするかな。…合いカギもってて助かった。 …… 部屋へと戻った俺は…ベッドに倒れ込んだ。…もはや何も考える気がしない。 気付くと俺は寝ていた。 …? 携帯が鳴っている。はて、目覚ましをセットした覚えはないのだが…。 …ああ、なるほど。電話か。窓からは日が射している…起きるには十分な時間帯、というわけか。 とはいえ、昨日あんなことがあったばかりだ…正直言うと、まだ寝ときたい。 …電話? …… まさか…ハルヒに何か!? 「もしもし、俺だ!」 「こぉ…んの…!!バカキョンッ!!今どこで何やってんのよッ!!?」 「おわ!?」 …驚くのも無理ないだろう…?まさかの本人ですか。 「は、ハルヒ…?何の用だ??」 「はぁ!?まさか忘れたとは言わせないわよ!?今日は不思議探索の日でしょうが!!」 「…今何と言った?不思議探索だと!?なぜ今日するんだ??」 「あんたがそこまでバカだったとはね…今日は日曜でしょう!?」 …確かに今日は日曜日だ。なるほど、いつもこの曜日、 俺たちSOS団は町へと出かけ、不思議探索なるものをしている。…だが 「昨日あんなことがあったばかりだろう?それでも今日するのか??」 「あんなことって何よ??いい加減夢の世界から覚めたらどう!?」 …しまった。そういや、ハルヒはこの三日間のことは…覚えてないんだっけか?? 「とにかく!!今すぐ駅前に来ること!!いいわね!?」 「…ちょっと待ってくれ。今すぐだと!?いくらなんでも急すぎやしないか??」 「何言ってんのよ!?今日の3時に駅前に集合ってメールしたじゃない!!」 「そ、そうだったのか??」 「まさかあんた、今起きたとかいうんじゃないでしょうね…?失笑通り越して笑えないわよ…。」 「わかったわかった!!今すぐ行くから!!じゃあな!!」 電話を切る俺。 …マジだ。メールが来てやがる。って、今3時かよ!?こんなに寝てたのか俺!? …… 幸いだったのは、俺が着ているこの服が外出着だったってことか。 もちろん、いつもなら寝間着なんだがな…昨日が昨日なだけにそのまま寝ちまった。 とりあえず、これなら財布・カバン・自転車のカギを身につけ、上着を羽織りゃすぐにでも直行できる。 身支度を終え、部屋を飛び出す俺 「あ、キョン君!やっと起きたんだね!」 廊下にて、妹に見つかる。 「私がどれだけ叫んでも、キョン君ぐっすりだったんだよ? でも今日は休日だから!さすがにドシンドシンするのは勘弁してあげたの!」 ドシンドシンとは…寝ている俺めがけ、トランポリンのごとくヒップドロップをかます 妹特有非人道的残虐アクションのことである。もっとも、妹にその気はないらしいが… って、俺は妹の叫び声でも起きなかったのか。どんだけ熟睡してたんだ? 「ちょっと疲れててな…起きるのがすっかり遅くなっちまった。とりあえず、俺は今から出かけてくるぞ。」 「ええー?今からお出かけ?あ、わかった!SOS団の人たちと何かするんだね?」 「…お見通しってわけか。ああ、そうだぜ。」 「行ってらっしゃ~い。あ、でもキョン君今日まだ何も食べてないじゃない?大丈夫~?」 しまった。そういや今日…俺はまだ何も食べていない。あれ?デジャヴが? …あー、昨日もそうだったか。そのせいで俺たちは…あの後マックへと行ったわけだ。 だが、今回はそうもいくまい。なぜなら、不思議探索をやるこの日に限って…しかも昼3時までに 昼食をとっていないなどというのは、ハルヒ的に考えられないからだ…! まあ、別にいいか。食べてる時間などないし…。それに、昼飯なら探索時にどこかで適当なもん買って 食えばいいだけだろう…。外に出た俺は自転車に跨ると、すぐさま駅へと向かった。…全速力でな。 …… 駅前の駐輪場に自転車を置いた俺は、すぐさまハルヒたちのもとへと走るのであった。 ------------------------------------------------------------------------------ …ちょっと回想してみたが。ホント、昨日今日と忙しい日々だった…。 …… おお、ちょうどいいところに店が。 「ちょっとコンビニ寄ってもいいか?」 「いいですよ。何か買うんですか?」 「ちょっと飯を…な。今日まだ何も食べてねえんだよ。」 「え、そうだったの!?それなら私、あんなこと言わなかったのに…。」 あんなこと…?ああ、あれか。 『でも、さっき私たちジュース飲んだばかりですよね。昼食だって家で既にとってますから…、お店に入っても、 特に進んで何かを頼む…というわけではないんですよね?でしたら、私も図書館がいいと思います。』 「いえいえ、いいんですよ朝比奈さん。古泉や朝比奈さんが何も頼まない横で俺一人だけ 何か食べるというのも…なんとも心苦しいですから。何より、二人が手持ち無沙汰でしょうしね。」 「別に私…そんなこと気にしませんよ?」 「ありがとうございます。でも、俺は飲食店に入ってまで大それた食事をとるつもりはないんですよ。 だから、軽い食事でOKなんです。」 「な、ならいいんですけど…。」 「では、我々はキョン君が食事をとり終わるまで暇を潰しておくとしましょう。 朝比奈さんは…何かコンビニで買うものはあったりしますか?」 「いえ…特にないですね。」 「なら、雑誌でも見ていきませんか?女性誌やファッション誌、漫画など… 未来から来た朝比奈さんには、この時代の雑誌はなかなか興味深いものと思われますよ。」 「!それもそうですね!面白そうです…!」 「というわけで…私たちは立ち読みでもしときますので、あなたはどうかごゆるりと。」 「すまんな古泉。」 とはいえ…あまりにマイペースすぎても2人に申し訳ないので、一応それなりのスピードで食させてもらうとする。 …… おにぎりと肉まんを買い、外に出た俺。 さて、食べるか…。 「ん?まさかこんなとこであんたと会うとは。」 「こんにちは。あ、それ肉まんですか?私はアンまんのほうが好きですね!」 …… いかん、うっかり手にしていたおにぎり&肉まんを落としそうになった。 「…どうしてお前らがここにいる…!?」 藤原と橘が、そこにいた。 「どうしてって…単にコンビニに飯を買いに来たってだけだ。」 「私も同じく!」 『単にコンビニに飯を買いに来たってだけだ。』 …こう言われては、俺もどうにも言い返せないではないか… なぜなら、コンビニに飯を買いに来ることはごく自然なことだからだ。当たり前だが。 「そうかよ…ならいいんだがな。それにしたって、俺は忘れたわけじゃねえぞ! よくも…朝比奈さんを血まみれにしてくれたな!?」 「ああ、あれか。あのことで僕たちに文句言われても困るんだがな。やったのは九曜だし。」 「もっとも、その九曜さんは今ここにはいませんけどね。」 「そういう問題じゃねえだろ!?九曜とか何とか関係ねえ、連帯責任だ!」 「うるさいやつだな…第一、九曜にそうさせたのはどこのどいつだ?」 「あれって言わば正当防衛みたいなものですからね。私たちが非難される所以はどこにも ありませんよ?誰かさんが家を爆破したりしなきゃ、こんなことにはならなかったんですから。」 …確かに、もとはと言えば、偽朝比奈さんに唆された俺が藤原一味を敵だと思い込んだことが 全ての発端か…そのせいで、長門や古泉は連中に対して先制攻撃に打って出ちまいやがった…。 「ま、どうせ異世界から来た朝比奈みくるにでも騙されてたってとこなんだろ?」 「……」 言い返せない。 「あらら、図星みたいですね。せっかく藤原君があなたに『朝比奈みくるには気を付けろ。』 って忠告したのにもかかわらずね。人の話はちゃんと聞かないとダメですよ?」 「?何のことだ?」 「え?藤原君が言ったの覚えてないんですか??」 …? 「それなんだがな、橘。実はそんときの記憶、こいつから消した。」 「ええーっ!?どうしてそんなことしちゃったんですか??」 「僕や九曜が暗躍してることを知られたらいろいろと面倒だろ?そう思って 消したんだよ。それにこいつ自身、結局僕の忠告に従わなかったしな。」 「そのときは従わなくても、途中で考えが変わったりしたかもしれないじゃないですか! 藤原君のせいで…キョン君が私たちを敵だと思い込んだようなものですよ…!? 結果として、私たちは朝比奈みくるを討てなかった!どうしてくれるんですか!?」 「おいおい落ちつけよ…いずれにしろ、目の前にいるこいつの働きのおかげで 世界は救われたんだから…結果オーライ。それでいいじゃないか。」 「そういう問題じゃないでしょ!?いつまでもそんなルーズな性格だと またいつか、同じようなミスをしちゃいますよ!?」 「わかったって…わかったから。すまんかった橘…」 「わかればいいんです。」 さっきからこの二人は… 一体何の話をしてるんだ??…俺にはわからない。 ただ、【怒る橘】と【それに頭を下げる藤原】との対比に驚愕したのは言うまでもない。 「そういうわけで、それじゃキョン君も仕方がないですよね。 今回は双方に落ち度があったと…そういうことにしておきます。」 どうやら、俺にも落ち度とやらがあったらしい。まあ…今となってはどうでもいいが。 「何はともあれ、昨日今日は本当にお疲れ様でした!キョン君。ほら、藤原君も言う!」 「…何で僕がこいつなんかに?今お前が言ったんだから、別にいいだろう。」 「よくないです!こんなときに意地張っちゃってどうするんですか!?だから藤原君は…」 「わかったわかった…言えばいいんだろ?…お疲れ様でした。」 「あ、ああ…。」 「さて、じゃあ私たちは買い物に行くとしましょうか。じゃあねキョン君!」 颯爽とコンビニの中へと入って行く橘と藤原。…まったく、嵐のような二人だったな。 何がどうだったのか…結局よくわからなかった。 …って、これはまずいんじゃないのか??もし…中で立ち読みしてる古泉と朝比奈さんが あの二人と鉢合わせでもしてしまえば…!!俺と違って事情を知らないだけに… 非常にややこしいことになるのは間違いない!!最悪の場合…喧嘩沙汰になるぞ!? …… 用事を済ませたのか、中から出てくる二人。 「それにしても、最近の藤原君はコンビニ食ばかりですよね…?気持ちはわかりますよ。作る手間が省ける分、 楽ですもんね。でも、それも程々にしておいたほうがいいかなーと。栄養が偏りますし。」 「何でお前なんかに心配されなきゃならない!?関係ないだろ!?」 「関係なくないです。また何か共同作業があったとき、体調でも崩されたらたまったもんじゃありませんから。」 「そういうお前はいいのか??自分だってコンビニで弁当買ってたじゃないか…。」 「私は た ま に だからいいんです。それに、私がコンビニを利用するときって たいていは雑誌やライブチケットの予約ですからね。今だってほら…予約してきました!」 「…EXILEのライブ…か。この時代の人間じゃない自分にはよくわからん…。」 「今すっごく人気のグループなんですよ!?一回藤原君も未来へ帰る前に聴いておくべきです。」 「はぁ…そうかよ。」 …… 「あれ?キョン君まだそこにいたんですか?」 「…何やってんだあんた?僕たちが中へ入ってから出て来るまでの間、 おにぎりの一つさえも食ってなかったのか?…呆れるな。」 「そうですね…肉まん冷えますよ?じゃあ、私たちはこれで。またねキョン君!」 「ふん、意味不明なやつ。よくあんたのような人間が世界を救えたもんだ。」 「何言ってんですか!?さっさと行きますよ??」 そう言い残し、去って行く藤原と橘。 …… 突っ込みたいことは山ほどあるんだが…今は自重するしかない。とりあえず外から中を眺めていたが… 結局、両者が互いに鉢合わせすることはなかった。運が良かったんだろうな…要因は2つ。 1つは古泉・朝比奈さんが立ち読みに夢中になっていた…ということ。 もう1つは藤原・橘の二人が雑誌コーナーに立ち寄らなかった…ということ。 この2つが掛け合わさり、見事に衝突は回避。めでたしめでたし…というわけだ。 …… いや、全然めでたしじゃない…無駄に時間をロスした分、一刻も早く食事に手をつけねばならない… 「食べ終わったようですね。」 「ああ…おかげ様で、ゆっくりと食べることができたぜ。」 「それはよかったです!私も私で、ゆっくりと雑誌を眺めることができました!」 「何を読んでたんですか?」 「ファッション誌をね。特に、可愛い衣服やアクセサリーなんかは… 見ててほしくなってきちゃいました!この時代の衣料品もなかなか興味深かったです…!」 「気に入ってもらえて嬉しいです。勧めた甲斐があったというものですよ。」 「そういう古泉は何を読んでたんだ?」 「芸能系の雑誌をちょっと。政治の裏金や特定企業・芸能事務所間の癒着及び秘密協定等… 普段なかなかお目にかかれない記事に白熱していた…といったところでしょうか?」 …なるほど。各々の性格を考慮すれば、二人が本に夢中になっていた…というのも頷ける。 「二人とも満足そうで何よりだぜ。」 「そうですね。…では、行くとしましょうか?」 図書館へ向け、再び俺たちは歩き出した。 …… …どうする?朝比奈さんに…あのことを聞いてみるか? 事態が落ち着いた今なら…もしかしたら答えてくれるかもしれん。 「朝比奈さん…ちょっといいですか?」 「?何でしょう?」 「長門から聞いたんですが、昨日朝比奈さんは…時間移動したそうですね?未来へと。」 「!」 「もし差し支えなければそのこと…教えてくれませんか?」 「……」 彼女は答えない。…やはり、何か触れてはいけないことを…俺は聞いてしまったのだろうか? 「あなたが答えないのは禁則事項のせい…というわけではないようですね。」 「…!」 古泉の言葉に…かすかではあるが動揺する朝比奈さん。 「もし禁則事項で話せないのであれば、すぐさまあなたは【禁則事項】という名の言葉を口から 発するはずですよ。未来人からすれば、それは永久不可侵に通じる絶対のルールであるはず。 現代の我々から言わせれば、ちょうど犯罪是非の境界線認識に近いものと言ったところでしょうか。 朝比奈さんのような実直誠実なお方がそれを破るとは考えにくい…だから、尚更言えるんです。 あなたが答えないのは…単に個人的な問題によるもの、とね。」 「……」 …… 操行してる間に、俺たちは図書館へと着いた。…とりあえず、3人で空いてるソファーに座る。 …空気が重い。 あんな質問、するべきじゃなかったのかもしれない…。俺は後悔の念に打ちひしがれていた。 事態が落ち着いた今なら…世界が救われた今なら答えてくれる…!そう安易に妄信していただけに… 「…話します。」 一瞬、空気が浄化されたような気がした。二度と口を利かない、 そんな雰囲気があっただけに…。彼女のこの一言に、俺は救われた。 「確かに、私はあのとき…未来へと帰っていました。それは事実です。」 …… 「…覚えてるかしら?二日前、私たちがファミレスに集まって話したことを。」 「?…はい。」 「私…あのときは本当にびっくりしちゃいました。涼宮さんの誕生が46億年前に遡ること、これまで幾つもの 世界が存在したということ、フォトオンベルトによりこれから世界が滅ぶこと…どれも信じがたい内容ばかりで、 正直長門さんから初めて聞かされたときは耳を疑いました…。そんなときであっても、 あたふたしてる私とは対照的に、古泉君は凄く冷静で…決して取り乱したりはしませんでした。」 「…朝比奈さん、それは違います。とても内心穏やかだったとは…言えませんね。 むしろ、発狂したいくらいでした。世界は近年になって構築された…この近年説が覆された。 僕を含む機関の面々がこれまで妄信してきた価値観が…根底からひっくり返された。 長門さんの話を【事実】として受け止めるには…あまりにハードルが高すぎましたよ。その証拠に、 キョン君は知ってるはずです。僕のあのときの…ファミレスでの説明はお世辞にも良いものとはいえなかった、 ということをね。当然です、僕自身混乱していたのですから。」 「…何を言ってるんだお前は??十分上手く説明してたように…俺には思えるぞ?」 「本当にそう思っていただいているのであれば、嬉しい限りですね。ですが、よく思い出せば わかるはずですよ。僕が…事あるごとに、しょっちゅう長門さんへ助けを求めていたことがね。」 「そりゃ、全体の説明量から言わせれば、長門の方が多かったかもしれんが…。」 「おわかりですか?朝比奈さん。あのときの僕は正常とはほぼかけ離れた状況にあった…ということが。」 「…古泉君の内心がそうだったとしても、それでも古泉君は…外面をちゃんと取り繕ってたじゃないですか! キョン君が今言ってたように私からしても、とても説明に不備があったようには思えませんでした…!」 ?朝比奈さんは…さっきから一体何を言おうとしてるんだ?今話してることが… 未来へと時間移動したこととどういう関係が?…それにしてもこんな会話、俺はどこかで聞いた気が…。 …… ------------------------------------------------------------------------------ 「ねえキョン君…私って本当にみんなの役に立ってるのかな…?」 …今日の朝比奈さんはどうしたんだ?何か気持ちが滅入るようなことでもあったのだろうか。 まさか、未来のほうで何かあったか?? 「そんなことないですよ朝比奈さん。あなたは十分俺たちの役に立ってます… いや、役に立つ立たないの問題じゃない。いて当然なんですよ。」 「……」 「何かあったんですか?俺でよければ話を聞きますが…。」 「…昨日の晩、私は力になれたかしら…?」 昨日の晩とは…俺たちがファミレスにいたときだ。 「世界が危機に瀕してる…そんなとんでもない状況なのに私は昨日あの席で… 長門さんや古泉君に説明を任せっぱなしで、自分自身は何一つ重要なことはできなかった…。」 ・ ・ ・ 「…朝比奈さん。」 「は、はい?」 「あなたには…長門や古泉には無い物があります。俺が二人の難解な説明を聞いて頭を悩ましているとき… 朝比奈さんが投げかけてくれた言葉の数々は、俺の疲れを随分と癒してくれましたよ。もしあなたがいなかったら… 二人の説明を本当に最後まで粘り強く聞けていたかは…、正直自信がありません。ですから、 本当に感謝してます。変に力まずにただ…自然体のままで。それで十分なんですよ。」 「キョン君…。そう言ってくれると嬉しいです…、でも私…」 …… 「いや、なんでもないです!…私を励ましてくれてありがとう。」 ------------------------------------------------------------------------------ …… おそらく彼女は昨日、ハルヒの家で俺に話したことと…全く同じことを言いたいのかもしれない。 「朝比奈さん…まだそんなこと言ってるんですか??昨日も、俺は言ったじゃないですか!? 朝比奈さんがいたからこそ、長門や古泉の説明を最後まで粘って聞くことができたって!」 「そっか…キョン君にはこのこと昨日話したもんね。二度も似たようなこと言っちゃってゴメンね? そんなつもり私もはなかったんだけど…ただ、【未来へと時間移動した】理由を言うには 今の話はとても欠かせないものだったから…。」 「…そうだったんですね。いえ、自分は全然気にしてませんよ。どうか、話を続けてください。」 「…ありがとうキョン君。」 …… 「ここまで遠回しな言い方をしてしまったけど…つまりね、私はみんなの役に立ちたかったの…! 長門さんや古泉君のような…目に見えるような働きを…、私は果たしたかった! いつも私だけ何もしないのは…もう嫌だったから…!」 「……」 「未来へ時間移動…その行動の契機となったのは、ファミレスで…長門さんが言ってましたよね? 涼宮さんが倒れた今回の騒動には…未来人が関与してるんじゃないかってことを…。」 『あの時間帯にて、私は微量ながら通常の自然条件においては発生し得ないほどの異常波数を伴う波動を 観測した。気になるのは、それが赤外線・可視光線・紫外線・X線・γ線等、いずれにも属さない 非地球的電磁波だったこと。これら一連の現象が人為的なものであると仮定するならば、現在の科学技術では 到底成し得ない高度な技術を駆使していることに他ならない。』 『…未来技術を応用しているのだとすれば、犯人が未来人であるという可能性は非常に高いと思われる。』 …確かに長門はそう言っていた。 「だから私は思ったの。もし犯人が…私と同じ未来人であるのなら、私にはその犯人の情報を つかむ義務がある…と。SOS団で唯一時間跳躍ができる人間が私なんです… もしかしたら、みんなが知りえない情報を私なら…未来で手に入れられるかもしれない! そしたら、涼宮さんの役にも立てるかもしれない!そんな強い思いが…私に生まれたの。」 …… 「だから、朝比奈さんはその情報を得るため、未来へと時間移動したんですね…?」 「…はい、その通りです。」 …… 「でも…現実は非情だった。私は…いろんな人に話を聞いた。幾多の幹部の方にも話を伺った。 それでも…私が求める情報を、誰も教えてはくれなかった。まるで…みんな私に何かを 隠してるかのように…ふふっ、こんなふうに考えちゃいけないのにね。私って…ダメだね。」 …いや、朝比奈さんの今の考えは、おそらく当たってる。 なぜなら、犯人の名前そのものが…【朝比奈みくる】その人だったからだ…。 いくら別世界の住人とはいえ、彼女が【朝比奈みくる】なる人物と全くの同じ姿・形・名前をもつ 人間であることは事実…上層部の連中からすれば、これほど躊躇してしまう存在もなかったかもしれない。 ましてや、世界の存亡にかかわる…現代で言う国家最高機密に指定されていてもおかしくない情報を 彼女に話すことなど言語道断 このような認識が幹部たちの間で成立していたとしても、何らおかしくはない。 「でも、私はあきらめなかった。何度も何度も上層部の方とコンタクトを取ろうともしたし、 電話をかけたりもした…そして、ようやく上司からある情報を聞けたの…。」 上司…大人朝比奈さんのことだ。 「その情報っていうのがね…藤原君たちに任せておけば大丈夫、というものだったの…。」 「……」 言葉に詰まる俺。 …… 結果的に、ヤツらが【朝比奈みくる】の暗殺に向けて暗躍していたのは…事実だったからだ。 「最初聞いたときは、私には何のことだか訳がわからなかった…それもそうよね?キョン君たちからすれば、 彼らは敵なんだもの…そんな彼らがいくら世界を救うとはいえ、その過程でキョン君や涼宮さんたちを助ける だなんて…私にはにわかには思えなかった。…結局、私が未来でつかめた情報はこれだけ。だから、 私にはなんとしてもこの情報の真偽を確かめる必要があった…。藤原君がこの世界に来てるということを知って、 ただちにこの時間へと遡行したわ。そして、彼に連絡をとった…」 ……ッ ようやく話が繋がった。 『…朝比奈みくるがここの時間軸に戻ってきた午後1時24分以降、 これまでに6回…ある未来人との電話での接触を確認している。』 『パーソナルネームで言うところの、藤原。』 …この長門の言葉はそういうことだったのか。 「でも…彼は私の質問に対して、まともな返答はしてくれなかった… 一応何度か連絡はとってみたんだけど…結局、私は何も情報を聞きださず仕舞いに終わった…。」 …… もしかしたら、藤原のヤツは朝比奈さんの【声】を警戒したのかもしれない。 標的である【朝比奈みくる】と全くの同一の声…彼女を相手にしなかったのはこのせいか…? 「…私がね、昨日涼宮さんの家で元気がなかったのも…さっきキョン君から時間移動のことについて 聞かれた際に沈んでいたのも…そのせいなんです!だって…そうでしょう…っ? 犯人が未来と関係あるっていうのなら…きっと未来で何かしらの情報がつかめると、そう思ってたのに! 今度こそ…みんなの役に立てると思ってたのに…。結局、時間跳躍した意味もなかった。 藤原君からも何も聞き出せなかった。私には…みんなと会わせる顔がなかったの…。」 彼女が涙声になっているのは言うまでもない。もしかしたら、泣いているのかもしれない。 …… まさか、彼女にこんな事情があったなんて…思いもしなかった。 ハルヒや自分のことで精一杯だった俺には…彼女の苦しみなんて気付きようもなかった。 ------------------------------------------------------------------------------ 「キョ…キョン…!!みくるちゃんが…!!みくるちゃんがあ!!!!」 「しゃべるな!!お前だってケガしてんだろ!!?」 「違う…!!あたしはケガなんてしてない!!…みくるちゃんが…あたしを…あたしをかばって…!!!!」 …… え? じゃあ、ハルヒの服にべったり付いているこの血は何だ? …… 全部…朝比奈さんの血…… …!? 「う…ぅ、ぅぅ……!」 悲痛な様で喘ぐ…彼女の姿がそこにあった 「朝比奈さん!!!!しっかりしてください!!!!…朝比奈さん!!!!」 「ょ…ょかった…すず…涼宮さんがぁぶ、無事で…!」 「朝比奈さん!!?」 「わた…し…やくにた…てたかな…ぁ…ぁ…!」 理解した 彼女は秒単位という時間の中で自らハルヒの盾となった あのとき奴の一番そばにいた…彼女は ------------------------------------------------------------------------------ 尚更、あのときの彼女の心情がわかる。幾度と奔走した挙句、成果を上げられなかった彼女は… あのとき死す覚悟だった。そこまで彼女は追い詰められていた。 そうでもしないと、自分でも納得のいかない段階まで来てたってのか…!!? …っ!! 「朝比奈さん!すみませんでした…!!」 急に立ち上がり、何事かと思えば…彼女に向け、土下座をする古泉。 もちろん、ここは図書館。館内のあらゆる一般人の視線を…ヤツは浴びることになった。 「ど、どうしたんですか古泉君!?何で…何で私に土下座なんか…!?」 「僕は…正直に、あなたに包み隠さず話さなければならないことがあります…!」 「…??」 「僕は…あなたを、一時的ながらも…疑っていたんですよ…。あなたを、犯人だと!」 「っ!」 「この局面においての未来への時間移動、我々の敵であるはずの藤原氏への電話連絡、未来技術応用による 涼宮さんの卒倒等…いくつもの状況証拠により、あなたを… 一時的にでも犯人だと、僕は疑ってしまった! 朝比奈さんに…そんな重い事情があるとも知らずに僕は…ひどいことを考えてしまった!! 最低ですよ本当に…。深く、深くお詫び申し上げます…。」 「……」 …… 「古泉君…顔を…、顔を上げてください…。」 「朝比奈さん…?」 「…確かに、それを聞いたときはショックでした。でも!それを言うなら私にも非があります…! だって…考えてもみれば、世界がどうなるかもわからないこの局面で…みんなに何の相談もせず、 勝手に時間移動をしてしまった。状況的に疑われても仕方ないことを…私はしてしまいました。 だから、責められるべきは迂闊で軽率な行動をしてしまった…私にあります。古泉君は…涼宮さんのことを、 みんなのことを一生懸命考えてた…!だから、一つでもあらゆる不安要素は潰しておきたかった! 仲間想いの優しい副団長さんだと…私はそう思いますよ…?」 「…許して…くれるんですか?」 「許すも何も…当たり前じゃないですか!私のほうこそ…ゴメンね。」 「朝比奈さん…!ありがとうございます…っ! …そうだ、朝比奈さん。」 「な、何でしょう??」 「僕はですね…その点においては、彼を…キョン君のことを尊敬しているのですよ。」 「お…俺…??」 急に自分の名前を出され、驚く俺。 「彼はですね…僕と長門さんが朝比奈さんの…、一連の状況証拠を並べている時に際してまでも 朝比奈さんの無実を訴えて止まなかった。朝比奈さんが無実だと…信じて止まなかった。それどころか、 そんな問題提起をする僕や長門さんに対して逆上しそうになったくらいでした。…それだけ彼は仲間のことを 心底信じていたというわけですね。ここまで純粋で素朴な人間は…なかなかいないでしょう。」 「キョン君が…私のためにそこまで…?!ありがとう…キョン君…。」 「ま、待ってください朝比奈さん!そんなこと言われる所以、自分にはありません… むしろ、謝りたいくらいなんですから…。もっと早く、もっと早く朝比奈さんのそういう事情に気付いていれば… 朝比奈さんがここまで精神的に追い詰められることもなかったかもしれない…。だから 謝ります、朝比奈さん。」 「……」 …… 「どうしてキョン君にしても古泉君にしても…みんなここまで謙虚なんですかね…? もうちょっと自分を持ち上げたっていいのに…。ふふっ、なんかおかしくなってきちゃいました♪」 「確かに…ちょっとおかしな状況かもしれませんね。僕も自然と笑いが…。」 「古泉よ、どうおかしいのか?お前の得意分野、解説でぜひ説明してくれ。」 「いやぁ…さすがに、こればかりは僕にも解説不能です。」 俺たちは笑いに包まれた。…さっきまでの重い雰囲気は、一体どこにいったんだろうか。 …… 良い仲間に恵まれて、本当に自分は幸せだな…。出過ぎたマネかもしれんが、 おそらく他の2人も似たようなことを考えてるのではないかと…。俺は強くそう感じていた。 いつまでも、こんな時間が続けばいいなと思った。 いや…どうも、そういう問題ではないらしい。さっきから周りの視線が…痛い。 どういうことなんだろうな?俺たちは、すっかり忘却してしまっていた…っ! 【ここは図書館だ。】 何でかい声で笑ってんだ…迷惑にも程があるだろう…? そういうわけで、俺たちは図書館を後にしたのさ。
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ハルヒ「レジェンズを探しに行くわよ!キョン!」 キョン「一体なんだ、そのレジェンズとか言うやつは」 ハルヒ「まあ、レジェンズについて知りたかったらウィキペディアを見るといいわ!」 俺が確信を持って言えるのは夏休みの時、レジェンズ 甦る竜王伝説 というアニメが再放送されていたということだ。 妹はきゃあきゃあ言いながら見ていたが、ハルヒときたらわざわざいるはずもないウインドラゴンやらを探そうというのだ。 あのアニメがこの地区で再放送されなきゃ良かったと思った、わざわざ特番組むなよテレビ局。 ハルヒ「何ブツブツいってるの?言っとくけど、本物を見つけるまで探すのよ!」 キョン「やれやれ」 みくる「キョン君、れじぇんずってなんですかぁ?」 キョン「ああ、それはですね・・・」 俺は朝比奈さんにレジェンズをウィキペディアで教えてあげた、シロンやランシーンといった、レジェンズの画像も見せてあげた。 朝比奈さんはシロンとランシーンをみるなり、 みくる「ふぇぇぇ、過去にはこんなモンスターがいたんですかぁ?」 キョン「大丈夫ですよ、これは単なるおもちゃやアニメの中での話です」 みくる「ふぅ、よかったです」 ハルヒ「ちょっと!みくるちゃんにいないなんて言わないでよ!本物がいるかもしれないじゃない!」 いたらそれでいて永久にソウルドールの中で眠っていてもらいたいね。 古泉「でも、いないという可能性は否定できませんよ」 さらっとそういうことを言うな。 古泉「涼宮さんは願望を実現する能力があります、もし彼女がレジェンズがいて欲しいと願ったら・・・」 キョン「バカな、俺も子供のころ一時期レジェンズにハマったが、今じゃあんな物によく興味が沸いたな、と思ってるさ」 俺が古泉とこそこそ話しているのに気付かなかったのか、ハルヒはカバンから何やらゴソゴソと取りだしたのはなんとあのレジェンズを召喚する為の道具、タリスポッドだった、どこで見つけてきた、そんなもの。 ハルヒ「リサイクルショップで500円で買ってきたのよ、大丈夫よ、ちゃんと人数分あるから!」 どこが大丈夫なんだ。 ハルヒ「いい?レジェンズはソウルドールという結晶に封印されているのよ、たぶんそれは何処かに封印されていると思うから、次の土曜日に駅前に集合ね!」 俺は貰ったというより、押しつけられたと言ったほうがいいタリスポッドをカバンの一番奥に入れて、そのまま部室を後にしようとした、が、俺の制服の裾を、長門が引っ張っていた。 キョン「どうした?長門?」 長門「レジェンズは実在する」 キョン「ま、まさか、長門、お前最近ゲームにハマってきたからって、それはないだろう」 長門「いる」 俺は長門の、「いる」という言葉にビビった、確かに、長門は幾度もなく俺のピンチを救ってきた、こいつがいると言ったら、ホントにいるような気がしてならない。 キョン「まあ、探してみていないか調べるぞ」 長門「・・・・・・」 気のせいだろうか、長門の顔が少し寂しそうに見えた。 そして、土曜日がやってきた!・・・・・・来なくてもいいのに。 俺は約束通り駅前に集合した、案の定。 ハルヒ「遅い、罰金」 一番遅いのは俺だった、どうやったらこの三人より先に来れるのだろうか、それが知りたい。 そして、じゃんけんで班を決めた、俺はハルヒと一緒の班で、後の三人はその三人で班になった。 俺はハルヒに連れられ神社にやってきた、何故神社なんだ。 ハルヒ「ソウルドールって、案外簡単に落ちてる物じゃないのよ、こういう所に封印されている事が多いのよ」 この神社は何時からレジェンズ封印されているソウルドールの在りかになったのだ、ここはただの神社のはずだぞ。 そして、30分も探したが、神社にソウルドールは無かったようだ、当たり前だが、そんなもんが封印されてたら今頃誰かが取っていってるはずだ。 ハルヒ「おっかしいな」 石の上で跳ねながらそう言った。 キョン「諦めて帰ろうぜ」 ハルヒ「はぁ!?やる気あんの!?」 キョン「やる気とか、そういう問題じゃないだろう」 ハルヒ「せっかくタリスポッドを買ってきたのに」 キョン「俺・・・帰っていいか?」 ハルヒ「もう一か所だけ、探してないところを探してみる」 しょうがない、もう少し付き合ってやるか。 ハルヒに連れられて来たのは、神社の裏にあった小さな祠だった。まさかその祠の中を探すんじゃないだろうな。 ハルヒ「ここに無かったら来週もやってやるわ」 来週もやるのかよ。 ギィーと古臭そうな音がして、祠の扉はたやすく開いた。 ハルヒは嬉しそうに飛び上がり、 ハルヒ「見つけたわ!ソウルドールよ!」 俺はこんな所におもちゃを置いた奴を憎むね、誰かが隠して忘れただけだろ。 ハルヒ「はい、これはあんたにあげるわ、あたしは他のを探すわ」 こんなもんを押し付けられても俺は嬉しくもないぞ。 ハルヒと言おうと思った時、ハルヒが俺を殴った。 キョン「何をす」 ると言おうとした時、ナイフが後ろの木に刺さった、誰だ、こんな物騒な物を投げたのは。ともかく、ハルヒには今回だけは感謝しよう。 そこにいたのは、思いもよらない人物だった。 朝倉「おしいわね、もう少しでそのソウルドールはあたしの物だったのに」 死んだはずの朝倉涼子がそこにいた、いや待て、この状況は何だ? ハルヒ「キョン!絶対にそのソウルドールは渡さないでね!」 こんな物を欲しがるのに何故俺を殺そうとした、朝倉は甦った時に気が狂ったのか? 朝倉「そのレジェンズは貴女達にはもったいないわ、あたしが使う」 キョン(ダメだこいつ・・・早くなんとかしないと・・・) ハルヒ「キョン!あんたのタリスポッドでレジェンズを召喚しなさい!きっと勝てるわ!それと、召喚する時はリボーンと言って、戻す時はカムバックと言うのよ!」 召喚など出来るはずも無いと思ったが、一応やることにした、ハルヒのご機嫌を損ねたら閉鎖空間が出来てしまうからな。 キョン「リボーォォォン!」 俺は何も出てこないというオチを期待していたのだが、そうもいかなかったようだ。 キョン「!?」 ハルヒ「!?」 朝倉「な、なんですって・・・」 俺のタリスポッドから召喚されたのは、飛行帽を被り、宝石がついた手袋をはめた、純白の羽を持つドラゴン・・・。 ウインドラゴンのシロンだった。 続く
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第七章 俺たちは30分ほどで学校に着いた。 そしてやっぱり神人が暴れていて校舎もめちゃくちゃだったし、校庭には神人に投げ飛ばされたと見られる校舎の残骸が投げ捨てられていてこの世の風景とは思えないようだった。 ハルヒはもうどうしていいのかわからないようにこう言った。 「ねえ、キョン。いったい学校に来てどうするつもりなの?」 「わからん。とりあえず校庭のど真ん中に行こうと思う。」 ど真ん中とはお察しの通り俺とハルヒが昔キスをした場所だ。 そこに着けば恐らく何らかのアクションが起きるはずなのだ、そうでなければあの未来人や朝比奈さんが止めるはずである。 俺はハルヒを半分無理やりど真ん中に連れて行った。 そのとき、ポケットに入っていた金属棒が金色に柱のように光りだし、ハルヒと俺を光の中に入れた。何がどうなってるんだ。 俺は慌ててポケットから金属棒を取り出した。 これでハルヒが普通の人間に戻ったのか? もちろんそんなわけは無く、その金属棒にひびが入った。 ピキピキ…割れていく。 中から茶色い棒が出てきた。 俺の嫌な予感は的中し、金属棒の中からポッ○ーが… やはりそうか。 ポッ○ーゲームか、それでキスしろってのか。 ハルヒは察したのか俺からポッ○ーを奪い取り口に加えて目を閉じた。 俺も目をつむりポッ○ーをくわえたそのとき、前のときのような光が世界を包み俺たちを元の世界に返した。 たまたまグラウンドはどの部活も使用してはいなかった。 あれ?朝比奈さんやら古泉やら長門やらはどこに行ったんだ? 閉鎖空間に閉じ込められたのか?だとしたら神人が全部消滅するまで空間は消滅しないはずである。 だとしたら朝比奈さんたちはどうなる。 いやハルヒの能力が消えたのだから閉鎖空間も消滅したのか?古泉は何も言ってはいなかった。 その時、後ろで俺を呼ぶ声がした。 「キョン君!」 朝比奈さんである。あの未来人と(小)方もいる、気絶したまま(大)にかつがれてるが…。 「朝比奈さんたち、どうしてここに?」 「古泉君に言われたんです。学校に向かってくださいと。これも規定事項ですし。」 「そうですか。」 この時ハルヒがあることに気付いた。 「有希は?」 そうだ長門は?朝倉と交戦中のはずのやつはどこに言ったんだ。 その問いには朝比奈さんが答えた。 「長門さんはあと1分ほどでここに現れるはずです。朝倉さんって人を倒して。」 よかった。 じゃあ古泉はどうなったんだ。 まさかあのとんでも空間に閉じ込められたままなのか? 長門がやってきた、古泉の事を聞いてみる。 「古泉一樹は閉鎖空間に残り、自爆して全て倒すつもり。」 自爆?自爆ってあれか?ボーンってなって死んじまうあれか? 「そう。」 古泉はどうなるんだ。 「死ぬ。」 どうにかならないのか。 「ならない。そうしなければ世界が滅ぶ。古泉一樹は世界を守るために死を選んだ。」 くそっ、俺の許可なしで死にやがって。 ハルヒは悲しい顔で「私のせいよ、私が転校生が来て欲しいなんて思ったから。だから古泉君は…」 落ち着けハルヒ。お前は何も悪くないし古泉のことは悲しいが今はこの状況を何とかすることが先決だ。俺たちを助けてくれた古泉のためにもな。 長門。朝倉はどうなった。 長門はいつぞやのカマドウマのとき同様、校門を指を刺した。 「すぐそこ。すぐ倒す。もう余裕は無いはず。」 その直後、校門から高速で何かが走ってきた。勿論。朝倉である。 朝倉は長門めがけて突っ込んできた。 不謹慎かもしれんがターゲットが長門でよかった。 ターゲットが俺なら一瞬でことは終わっていたからな。 長門は校庭のど真ん中で戦闘をおっぱじめた。 轟音が鳴り響く。 轟音で朝比奈さんが目を覚ました。 「ふえ?ここどこですか?あれ?この人私にそっくり。誰なんですか?そっちの男の人も。古泉君はどこいったんですか?」 なんというか、どっから説明していいのか。 とりあえずここで目を覚ますのは朝比奈さん(大)にとって来てい事項なんだろうか。朝比奈さん(大)に目配せしてみる。 朝比奈さん(大)が頷いた。 俺はいまいち状況を理解できていない朝比奈さんに説明した。 「この人は今の朝比奈さんよりも未来から来た朝比奈さんです。恐らく今まで朝比奈さんに命令を出してたのもこの人です。」 「え?そんな、まさか。」やっぱりと言うかなんと言うか、やはり混乱した。一応孤島のときのこともあるので古泉のことは伏せておいた。 朝比奈さん(大)が口を開く「そうです、私は未来のあなたです、いろいろな指令をいつも出していたのも私です。それからキョン君、この騒動が終わったらこの子にこの子がするべきことを全て教えてあげてください。」 「え?わかりました。」どういう意味だろう。七夕のときや一週間後の朝比奈さんが来たときの手紙のことを教えてあげればいいのだろうか。 長門が交戦中にも関わらずこっちを向いて叫んだ。「ダメッ!!」 すると「確かに頼みましたよ。」といって朝比奈さんの後ろで盾になるように大の字になった。 その瞬間である。鉄砲か何か、もしかしたら光線銃のようなものかも知れない。 一線。 俺の盾となってくれた朝比奈さんは倒れた。飛んできたであろう方向からは何も見えない。 血まみれになって倒れた朝比奈さん(大)を支えてあげる。「これも規定事項ですから…」 そう言って朝比奈さんは目を閉じた。 俺はハルヒに叫んだ。「朝比奈さんに見せるな!!!」 ハルヒは急いで朝比奈さんに抱きつき視界をふさぐ。 だが何もかも遅い。朝比奈さんは泣きじゃくり倒れこんでしまった。 ここで突っ立って傍観していた未来の俺が地団駄を踏み口を開いた。 「まさか!クソっ!それで未来を守ったのか。クソっ!」 そうか。朝比奈さんが朝比奈さん(大)を認識することで現在と未来がつながったのか。 それなら俺と未来人の時でも同じことが言えるのだが恐らくハルヒが生み出した不安定な未来なので朝比奈さんが朝比奈さん(大)を認識することで上書きされたのか。 恐らくこの未来人の規定ではここで朝比奈さんが死に、朝比奈さん(大)の存在に矛盾を出すためだったのであろう。 と言うことは未来人戦はこちらの勝利である。大きな犠牲を払ったが。 とち狂ったように未来人が言った。「もうお前ら全員殺してやる。」 おいおい未来の俺よ。なに言ってやがんだ。 その時、突然空が無数の点により暗くなった。 なんだありゃ。いろいろありすぎてわけがわからん。 第八章
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火曜日、朝。 ただの夢なのかそれとも悪夢なのか、そもそもこれは夜に見ているものなのだろうか、もしかしたら白昼夢のただ中にいるのではという感じの夢を見たあげく、妹の容赦ない目覚まし攻撃で俺はどうやらあれは夢であり、こっちが現実らしいという自覚を得た。内容は気持ちのよろしくない夢を見たという輪郭程度しか残っていないが、こちらで目覚めても俺はまだ夢の中にいるような気分だった。 朝食を喰って鞄をひっさげ家を出て、北高に続く地獄坂を登る俺の足取りは、ここ一年で最悪級の重さだった。どうせなら今日一日くらい仮病を使いたかったのだが、考えてみれば仮病は先週の金曜日に強行したばかりであるのでそうも言っていられず、俺はせめて不快感と疲労感を顔の全面に押し出して山登り集団に混ざった。 さて、学校に到着して最初に向かったところと言えば部室棟に他ならない。どうせ受け入れなければならん事実は早々に知っちまったほうがいいのだ。たぶんこう考えていられるうちは、俺は大丈夫だろうよ。 古泉のボードゲームがなくなっていたりした場合、俺はどういう反応を取るだろうかという何の役にも立たない想像をしながら、順当に部室に辿り着いた。こういうときばかり谷口や国木田とも会わない。仕方がないので俺はしばし呼吸をととのえ、注射器を目の前にした子供のように目を閉じて扉を開いた。 「あれっ?」 とまあ、のっけにそんな言葉が出たのも無理はないと思って欲しい。あとは絶句である。 いや、そう言うと語弊があるかもしれない。ただ言葉がでなかったのだ。隅々まで目をやっても、俺は三点リーダ状態から抜け出すことができなかった。 何が起こったのか。俺の頭はようやく稼働し始めた。 まず、俺は時間遡行でもしちまったんじゃないかと疑った。しかしそれはホワイトボードに書かれている文字によって否定できる。「明日合宿用品買い出し、費用各自持参」とハルヒの字で書いてある。昨日、俺とハルヒと古泉の三人の部室でハルヒが宣言した通りだ。つまり今日は昨日の明日であって、時間遡行ではないらしい。 次に俺は世界が変わっちまった可能性を考えた。しかしそれもどうかと思う。世界改変をやってのけるようなヤツは今、周防九曜ぐらいしか存在しないのだ。ただしあいつがそんな芸当をできるという保証はないし、それも今日のこのタイミングで今さら、とも思う。 最後の可能性として、俺はすべてが終焉を迎えてしまったということを考えた。俺の代わりに誰かが事件を解決してくれたとか、あるいは犯人――周防九曜が侵攻を中止したとか。 だってなあ。そうじゃなけりゃ、説明がつかんだろ。 部室には、長門の本、朝比奈さんのハンガーラック及びコスプレ、古泉のボードゲーム各種がすべてあったのだ。 何だそりゃ、と思ったね。気抜けしたと言えばその通りである。古泉のボードゲームが消えていたらどうしようなどと悲観的なことばかり考えていたから、さすがに元通りになっているというのは考えも及ばなかった。いまだに俺の頭の中と外にはハテナマークが飛び回っているが、力の篭もっていた肩からは力がどんどん抜けていった。 改めて部室を見回す。インスタントコーヒーのパックは茶葉の缶に戻っているし、立方体のようなハードカバーは十年も前からそこにあったかのように整然と本棚に並んでいる。古泉の持ち込んだボードゲームは昨日と同じ場所にあるし、中央の机には団長の三角錐がある。鶴屋山原産の七夕の笹には叶うかどうかも解らない五つの願いがぶら下がっている。まるで元通りである。俺は何か悪い夢でも見ていたのだろうかと疑いたくもなってくるね。もしかすると、先週の金曜日から催眠術か暗示にかけられて幻覚を見ていただけだったのかもしれん。思い出せばそんなもんだ。俺の中学校三年間並にあっけなく、そのあっけなさを疑いそうである。 「しかし、ほんとに元通りだよな……」 だが、疑うべきところは一つもないのだ。デスクトップパソコンはしっかり鎮座していて何代も前のものではないし、ここに人員が集まればそれで間違いないと思えるくらいに不自然な点はない。しかし俺の内部に魚の小骨が喉にひっかかって取れないようなわだかまりみたいなのが残っているのは、これがあまりにも唐突すぎたからなのだろうか。 なぜか元に戻った部室。俺が相応のことをしていれば納得もするだろうが、俺は本当に特に何もしていないのだ。それなのに、何故? 昨日の夜から今朝にかけて「何か」があったことは確かなのだが……。 まあいい。どうせ長門や古泉はいるんだろうから、昼休みか放課後にでもゆっくり話を聞かせてもらおう。 俺はどうも釈然としない気持ちのまま、気分を浮つかせることもできずに部室を後にした。 * いかんな。 冷静に考えなければならないだろう。長門の本があったり急須があったりボードゲームがあるだけでは本人が戻っているという確たる証拠にはならない。ここで全員元通りだと思いこんではアウトである。都合がよすぎることの裏には高確率で怪しいことがあるし、視覚情報による思いこみは最初っから疑ってかからなければならん。探偵が推理を行うときの基本事項である。 部室のあらゆるアイテムが元に戻ったように見えた。少なくとも俺の記憶、俺の目を信じるとするならば。 しかし俺は探偵などではない。古泉ほど思慮深い頭を持っているわけでもないから、せいぜい俺は探偵のパシリ止まりさ。考えすぎるのは性に合わん。行動に移すほうが案外、何倍も楽なのだ。 そしてその行動の予定なら立っている。別段難しいことではない。長門や古泉のクラスに行ってみればいいのだ。そこに奴らがいたら何が起こったんだと問いつめればいいし、いなかったらいなかったで対抗策を打つ必要がある。 俺はそんなことを一限二限を聞き流しながら考えていた。次の休み時間になったら行けるかと思っていたが、その計画はあえなく破錠した。 後ろのハルヒが俺を離さなかったからである。 「キョン、夏合宿に必要なものって、何だと思う?」 こいつの目の輝きは夏が近づくにつれて増していくようだった。考えていることはどっかの田舎の小学生とたいして変わらん。 「さあな。合宿を楽しむ心の余裕なんじゃないかな」 俺の適当な解答にハルヒはしかめっ面をして、 「そんな抽象的なことを言ってるんじゃないの。もっと現実的で具体的なことよ。バーベキュー用の木炭とか紙コップとか紙皿とかね。いいキョン? 心意気なんてのは後からついてくるものなのよ。合宿を楽しもうとしても肝心の合宿地がなければ合宿は楽しめないでしょ?」 そうかい。俺なら部室で合宿でもいっこうに構わんぜ。それに木炭ならガスコンロで代用可能だし、紙コップや紙皿だって向こうにはもっと豪華なグラスや食器類がいくらでもあるだろ。 「そんなんじゃ雰囲気が出ないでしょ。考えてみなさいよ、屋外のバーベキューで陶器の皿使って食事するヤツがどこにいるのよ。こういうのは雰囲気と心持ちが大切なんだから」 「さっきはそういうのは後からついてくるものなんだとか言ってなかったか?」 「いいのっ。とにかく今日はどっか大型のホームセンターとかに行かないとダメよ。木炭を買わないといけないし、紙コップも部室にあるやつだけじゃ足りないしね。行ってみたら他に欲しいものも見つかるわよ」 そういうのを無駄遣いと言うのだ。 「キョン、あんた他に夏合宿でやるのに必要なものとか思いつかない?」 「あー、UFO召喚の儀式」 と言ってから我に返った。ついワケの解らんことが口をついて出た。何を言ってるんだ、俺は。 「うーん。それもやってもいいけどさ。キョンに団員としての自覚が芽生えてきたのはいいことだけど、あいにくスケジュールが埋まっちゃってるのよ」 「構わねえよ」 投げやりに言って俺は前を向いてほおづえをついた。窓ガラスに映る俺は不機嫌なツラをしていた。 何を俺は今さら団員の自覚なんぞを獲得しているのだ。まったくもってどうでもいい。 ハルヒが俺の提案を却下したことが、俺の胸の奥に魚の小骨のようにチクチクと突き刺さっていた。なぜハルヒはそんなにもあっさりと非日常を捨てやがるんだ。 俺にはできない。 古泉に諭されて、ハルヒと話して、佐々木と語って、俺もようやく認める気になった。どうしようもない、自然の摂理みたいな不条理さによる葛藤の渦が俺の中にできあがっちまっていたのだ。俺の心理は今や非日常の基盤の上に成っている。中学生の頃とは違う。そして、それの崩壊は論理基盤の崩壊、ゲシュタルト崩壊と同意なのだ。しかもマジで壊れようとしている……。 俺は、憂鬱だった。 * 昼休みになった。 昼休みになったので俺はようやく動く気力を得た。というか、動かねばならなくなった。堂々巡りの俺の思考を断ち切るために俺は勢いよく立ち上がった。 「あ、おいキョン。俺昼飯は学食にしようと思ってるんだけどよ」 「そりゃいい。国木田も連れていってやれ。俺は部室で喰う」 谷口を一秒で処理すると鞄の中から弁当を取り出して教室を飛び出した。 長門がいるのだとしたら昼休みは部室にいるに違いない。もし教室にいたとしても俺が望めばそうしてくれるのが長門流なのだ。さんざん世話になった。 階段は一段とばしである。鬱屈して暗くなった頭を振り回して、廊下も駆け抜けた。 文芸部というプラカードがぶら下がっている部室の前で俺は立ち止まり、一応のことノックして、中から「どうぞ」と男の声がしたのを確認してから俺はドアを開いた。足を踏み入れるとともに、妙にどろっとした空気に包まれた気がした。 「どうしました」 そこには――、 「どうしたの、キョンくん」 古泉が、そして朝比奈さんがいた。 まるで俺が来るのを待っていたかのように。 * 「朝比奈さん……」 俺の口から声が洩れた。 パイプ椅子に座ってこちらを見ているそのお方は朝比奈さんで間違いなかった。栗色の髪の毛に可愛らしい顔、他の何者に真似できるものではない。視線をずらせばハンガーラックやコスプレ一式も朝に見たままの状態でちゃんとある。本当に戻ってきたのか。 「長門は」 窓辺にある長門の特等席に目をやる。しかし、そこに長門の姿を発見することはできなかった。本棚には長門本があり、七夕の短冊も長門の分が復活しているというのに。肝心の長門はどこにいったんだ。 俺が次に発する言葉をどうするか迷っていると、 「長門さんならいましたよ。廊下を歩いているのを見ましたから。珍しく部室には来てませんけど」 古泉が平淡な口調で言った。 「本当か!」 「本当です。どうしたんですか、そんなに驚くべきことでもないでしょう」 バカな。これが驚かずにいられるか。お前も金曜日から長門がいなくなってるらしいのは知ってるだろ。土曜日曜月曜とさんざん考え倒したあげくに、今日になったら突然長門が復活してるんだ。これは驚かないほうがおかしい。とすると、お前の頭はおかしいんじゃないのか、古泉。 「何を言ってるんでしょうかね。長門さんなら金曜日から今日までずっといますよ。おかしいのはあなたの頭のほうじゃないんですか?」 「なっ」 古泉にバカにされるのは稀以上に珍しいことだが、そんなことはどうでもいい。仕返しなら後日いくらでもしてやる。 「まさか、朝比奈さんもそうなんですか? 朝比奈さん、昨日も部室にいましたか?」 「いたけど、それがなあに?」 「古泉」 俺は嫌な予感を押し殺して再度古泉に問う。 「お前は昨日、この部室で何をやってた。パソコンをいじったりしてないか?」 「さて。昨日はあなたとオセロをしていましたけどね。ついでに、僕が全勝しましたよ」 最後の情報はどうでもいい。 「部室でオセロしてたってのは本当か?」 古泉は薄気味悪い笑いを浮かべて、 「はい」 俺は後ずさりして、今さっき入ってきたばかりの扉にもたれかかった。 何てこった。 刃物を手にした殺人犯に追いつめられた、悲劇の主人公のような心境である。全身の力が抜けて、そのまま床に尻餅をついた。古泉と朝比奈さんは俺の存在を無視するかのようにこちらには目もくれない。 違ったのだ。決定的な食い違いがあった。そうそう都合のいいことなんてありゃしない。皮肉にも、すべてが元に戻ったみたいな錯覚を受ける物品だけを設置しやがったのだ。そしてそれはやはり錯覚に過ぎず、砂上の楼閣のようにあっさりと崩れ落ちた。絶対に必要なものは、この部室には一つもない。戻ったかと思ったら古泉も朝比奈さんも、昨日や一昨日の記憶を持ってやがらない。 「まだだ」 しかし、古泉や朝比奈さんの記憶が正しくなかったとしても俺にはまだできることがある。後悔している暇などない。俺は床に手をついて立ち上がると、団長机にあるデスクトップパソコンに向かった。SOS団サイトに誰かのメッセージが残っていてくれればそれだけで心強い。古泉や朝比奈さんに証拠としてそれを示すこともできる。 パソコンが起動するまでのわずかな時間に、俺は二人に訊いた。 「古泉、お前は何者だ。ただの人間じゃないだろ。『機関』という言葉に聞き覚えはないか?」 俺の質問に古泉はまったく動じず、将棋の駒を二、三手動かしてから振り返った。 「さあ、何を言ってるんでしょうかね。僕はただの人間です。機関という言葉なら知っていますが、それがどんな意味を持つのかは知りません」 そう言った。俺は舌打ちして制服姿でパイプ椅子に腰掛けている上級生に向き直り、 「朝比奈さん、あなたは何者ですか。未来人ですか?」 朝比奈さんも全然動揺する様子を見せなかった。編み物の手を止めないまま、 「未来? 何のことでしょう。あたしはあたしですよ?」 「TPDDは? 時間平面とか禁則事項とか知らないんですか?」 「知りませんけど」 「STC理論はどうだ。全部あなたが教えてくれたことなんですよ」 「……キョンくん、どうしたの?」 朝比奈さんにまで頭を疑われた。ハルヒが消えたときに味わった恐怖が、全身を撫でるように走り抜けていく。 これは何だ。世界改変か? 俺を残して世界が変わったなんてのは金輪際ごめんだぜ。ハルヒも長門も朝比奈さんも古泉も、味方がいなくなって一人になったときどんなに大変かを、俺は知っている。 「おい古泉、長門は何者だ。あいつは宇宙人じゃないのか? 俺を朝倉から守ってくれたり、幽霊モドキを退治したりしてくれただろ。違うか?」 しかし古泉は面倒くさそうに首を横に振った。 「何を言っているのか解りませんね」 「じゃあ説明してやる。お前や長門がどんな人間だったのかを、すべてだ。古泉、お前はこういう話が好きなんだろ? ファンタジックで興味深い話だと思うぜ。どうだ、聞く気はないか?」 いくら記憶がないと言っても古泉のことだ、てっきり乗ってくるものと思ったが、 「けっこうです。そういうことなら勝手に一人語りでもしててください。僕は将棋をしていますので」 何ということだ。俺は驚いた。性格まで変わってるのか。古泉は微笑オフの状態で、ほおづえをついてつまらなさそうに将棋盤と対峙している。 やっぱりこいつは古泉ではない。昨日、ここで俺と一緒にいた正常な古泉は、消えちまったのだ。 おそらく、周防九曜によって。 消されちまったのか? いや、じゃあ目の前のこいつらは……。 パソコンが立ち上がった。 目的のページはすぐに見つかった。マウスをロゴマークに重ねると、やはりどこかのページにリンクされていた。クリックしてパスワードに『涼宮ハルヒ』と入力し、そこに昨日のままの文章があることを確認する。ひょっとしたらメッセージが変わってやしないか、と思ったがダメだったか。 俺は古泉と朝比奈さんをパソコンの前に呼んで、 「古泉、それに朝比奈さん、この文章に見覚えはありませんか? あるいは、長門がこんなページを作っていたのを見たとか」 「さあ、僕は知りませんね」 「あたしもです」 それだけを業務連絡でもしているかのような淡々とした口調で答えて、俺が他に何か聞くことはないかと考えているうちに二人ともパソコンの前から去ってしまった。 おかしい。二人ともまるで性格が変わっちまってる。感情が薄くなってるというか冷たいというか。確かにこいつらは本当の朝比奈さんや古泉ではない。性格が違うのは当然だ。こいつらは朝比奈さんや古泉ではないのだから……。 そこまで考えて、俺は何か引っかかりを感じた。 待てよ。じゃあこいつらはいったい何なんだ。 世界改変か。別の世界の古泉や朝比奈さんか。 ありえん。こいつらは性格まで変わっちまってるのだ。世界改変で長門の性格が変わったのを一度だけ見たことがあるが、それはその必要があったからで、こいつらの性格を変えたところで何の利益も生まれん。性格を変える必要などない。 じゃあ、こいつらは何者なんだ。俺の目の前で一人将棋を、編み物をしているこの二人はいったい誰なんだ。 朝比奈さんではない朝比奈さん。古泉ではない古泉。 俺の記憶の奥底で何かが騒ぎ立てている。以前、俺はこんな経験をしたことがある。 そうだ。朝比奈さんではない朝比奈さんと、俺は会った。 年末の雪山の夢幻の館で、算式の解読のために長門が俺たちに見せた幻影。 あの朝比奈さんには、左胸のホクロがなかった――。 「朝比奈さん、左胸を見せてくれませんか?」 俺がとっさに言うのと同時に、背後で部室の扉が開く気配がした。長門かハルヒか、まあどちらでもいい。 朝比奈さんはふふんと妖しく笑うと、ためらいもなしにセーラー服を脱ぎだした。その横では、古泉が何事もないかのように将棋を指している。やはりこれは朝比奈さんではないし古泉でもないのだ。こんなことはありえん。 朝比奈さんがセーラー服を脱ぎ終わり、ブラジャーの状態で豊かな胸を俺に見せつけてくる。失神モノではあるが、今は失神している場合ではない。抱きつきたい欲望を抑えて、胸を凝視する。 その左胸にはホクロが――。 なかった。 俺は言葉を失い、顔を引きつらせて後ずさりした。朝比奈さんが、そして古泉がこちらを見て不気味に笑っている。 こんなところにいてはいかん。 本能だ。朝比奈さんの胸を間近でもう少し眺めていたいなどという願望はカケラもなかった。早く逃げ出したほうがいい。この二人にどんな魔法が使えるのか知らんが、一般人の俺が太刀打ちできるようには思えない。 振り返って扉に手をかけようとしたところで、何かにぶつかった。部室に入ってきたハルヒか長門にぶつかったのだろうと思ったが、違った。俺はそいつの顔を見て驚愕し、戦慄が体を駆け抜けたのを感じた。気持ち悪い汗が滲んだ。 「お前――」 絶対零度の雰囲気をまとっているそいつは、衝突した俺に目もくれずに無言でたたずんでいた。 光陽園学院であるはずの制服が、北高のセーラー服に変わっている。 「やあ、長門さん」 古泉がそいつに声をかけた。長門だと? こいつが? 俺の思考は混乱しながらも、ようやく一つの答えをはじき出した。 犯人がようやくはっきりしたのだ。 「そうか……。やっぱりてめえが……」 「――わたしは――――観測する。力を――――わたしが」 観測する、じゃねえ。しらばっくれんな。長門を、朝比奈さんを、古泉をどこにやったんだ。代わりとばかりにこんなバケモノみたいな朝比奈さんと古泉を作りやがって。そして自分は長門になったつもりか。いい加減にしろ。 俺が罵詈雑言を並べ立てるのも無視して、そいつはひたすら突っ立っている。モップみたいな髪の毛で、大理石のような双眸で。 周防九曜が、ここにいた。 俺は弾かれたように部室を飛び出した。後ろを振り返らずに走り出す。 俺のたいしてアテにならない直感が、あいつと一緒にいるのは危険だとしきりに叫んでいたからである。あの幽霊以下の存在感を誇る九曜の後ろで、偽朝比奈さんと偽古泉が俺を見て嘲笑うような表情をしていたのも正直怖かった。相手は地球上の礼儀と一般常識が一切通用しない連中だ。あの朝比奈さんと古泉が何者なのかはっきりとは解らないが、九曜の手下的存在であることは間違いない。だとしたら、雪山で長門が見せた幻の朝比奈さんよりも遥かにタチが悪いだろう。 部室はひたすら遠ざかる。俺が人並みの速度で逃走したところで九曜が相手では逃げようもなさそうだが、俺の目がとらえる限りでは部室の扉が開いて中から誰かが出てくるようなことはなかった。 一安心か。 「おわっ」 後ろを振り返りつつ走っていたら、前方不注意でまた人にぶつかった。悪いな、と手を合わせて立ち去ろうとしたが、俺はその顔を見て立ち止まらざるを得なかった。 九曜が先回りしていたのでも、ハルヒが俺の腕をつかんでいたのでもない。まったく予想外な人物だった。北高のセーラー服をまとった女子。俺は牽制すべきかと一瞬思って距離を取ろうとしたが、今さら牽制してどうにかなるものではないと思い直して足を引っ込めた。 なぜお前が北高のセーラー服を着てるんだなど訊くべきことは山ほどあったが、意外なことに俺の口をついて出たのは疑問ではなかった。 「遅え」 絞り出すような声が出た。憎悪が破裂した水道管のごとく、止めどなく溢れ出した。 「遅えんだよっ!」 ドラマなんかでよくある、襟首を掴む力なんてのは俺には残っていなかった。そいつの肩に手を置いて俺は俯いた。その肩を突き放せば、そいつは窓ガラスに体当たりすることになったのだが、俺はしなかった。 ヤツは何も言わなかった。まるで俺に怒れと命令でもしているかのように、である。皮肉なもんで、俺は相手に言い訳する気がないのを知ると憎悪や怒りの類が醒めちまったのを感じた。 しばらくして俺は顔を上げた。 「橘京子。お前は何か知ってるんだろ。だからここに来たんだ」 その女――北高セーラー服仕様の橘京子はうっすらと微笑んだ。古泉のような超能力者と一緒にこいつまで消えてなかったのはなぜか。まあそんなもんはさしたる問題ではないが。 橘京子は廊下の壁にもたれかかったまま、 「ええ。空間座標と侵入コードをようやく解析できました。コードが複雑になっていたのでずいぶんと時間がかかってしまいましたけど。今日はあなたにそれを伝えるために来たんです」 だから、それってのは何のことだ。てめえは人をじらすのが趣味なのか。 「まさか」 橘京子は苦笑し、 「けど行けば解ると思うわ。そこにはあたしよりもずっと説明上手な人たちがいますからね。詳しい説明ならその人たちから聞いてください。あたしはそこまでの案内役です」 「馬鹿。遅えんだ。早く来やがれ」 橘京子は黙って頭を下げた。その頭頂をかかと落としで叩き割ってやりたかったが俺はやらなかった。とっとと案内して欲しかった。 橘京子が俺をどこかに案内するらしい。こいつが案内役になるというと、あそこしか思い浮かばないのは俺の頭が変なのか。そんなことはないだろう。超能力者、とりわけ橘京子の専門はあそこしかないのだから。 俺は充分に息を吸って、 「佐々木の閉鎖空間にでも連れていくつもりか?」 春の喫茶店で連れて行かれたクリーム色の空間を思い出す。ハルヒの閉鎖空間に比べれば平和的だったが、行こうと誘われて行きたい場所ではないね。 橘京子は胸のうちを読まれてしまったような表情をして、 「ええ。そんな感じの場所です。勘が鋭いんですね。ただし制作者は佐々木さんではなくて、別の人ですよ。だけど、なぜかあたしの持つ能力で入れるように作られていたの」 まさかハルヒと佐々木以外で意図的にあんな空間を作りたがる奴がいるとは思ってもみなかったが、今の焦点はそこではない。わざわざ橘京子が入れるようにしたのもとりあえず無視だ。 「それはどこにあるんだ。俺を連れてく気なんだろ? 前置きはいいから、とっとと案内してくれ」 「案内するまでもないんですけどね」 橘京子は俺が走ってきた廊下の向こうを指さし、 「その空間が発生しているのは部室です。もちろん、あなたがたSOS団の部室ね」 俺はハッとして息をのんだ。 『橘京子を連れてこの場所へ。わたしはここにいる……』 そういうことだったのか――。 部室に発生した異空間。橘京子が侵入できるのに佐々木が作った閉鎖空間ではなくて、創造主は別の人間らしい。そしてこの長門のメッセージ。わたしはここにいる。ここというのはピンポイントで部室のことなのだ。 間違いない。その空間には長門がいる。 「じゃあ行きましょうか。あなたもあちらの人も、早く会いたいでしょうからね」 「待てや」 橘京子が何でしょうと振り返る前に、俺はヤツの頭をはたいた。ヤツが驚きの色を隠せずにこちらを見ると、俺は言ってやった。 「お前が遅いせいで消されちまった二人と、それから俺の心配料をまとめて一発でいいにしてやる。ありがたく思うといいぜ」 とか言いながらも、俺は本当は顔を三発ぐらいぶん殴ってやりたかった。これでも、レディーに気を遣ってやったんだよ。 橘京子はまた黙って頭を下げると、俺が走ってきた廊下を引き返し始めた。