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8,彼女のやりかた、彼のありかた 長門と分かれて部室へと向かう道すがら、一人になってようやく落ち着いてきた俺はしかし、整理してみるとどうにも腑に落ちない話ではないか。 クリスマス以降の未来が無い。いや、これは別にいつものことだし正直「またか」以外に感想は無い。そこは良しとしよう。 でもさ、そんな時空的世界の危機に瀕しているってのにだ、なーんで俺みたいな平々凡々、特記事項に書くことは「特に無し」以外に思い当たらない高校生が必要なんだ? しかも、どうやら俺は女の子と会うらしい。それで長門いわく問題は解決するようだが、ぶっちゃけ意味が分からない。って言うかどうにも線が繋がらない。乗っかってんのは事も有ろうに全世界の未来とやらだ。おい、世界。お前はそんな正直、他所様からしてみればどーでもいいにも程が有る色恋沙汰に左右される体たらくで本当にいいのか? ……まだ色恋沙汰と決まった訳ではないけどさ。 女性――長門からはキーパーソンの性別だけを聞いただけだからな。例えばそれはどう見ても恋愛対象にはならない子供であったりだとか、逆にお婆さんである可能性も十分に残されている。あるいは年齢の概念が通用しない長門の同僚であったり。 ……あー、それは有りそうな話だ。自分で言っててなんだが、核心を突いた感が半端ではない。となると、長門の言う俺が会わなきゃならない人ってのは朝倉か喜緑さん辺りだろう。 納得。確かにあの二人なら世界を左右する事だって出来る。それにしたって喜緑さんはともかく……朝倉か。一筋縄ではいかないだろうなどと考えてしまうのは経験則からなのがうら悲しい。出来れば余り会いたくはないのだが、そんな俺の気持ちを規定事項とやらは一つも汲んではくれないのだからして、俺に出来るのは腹を括る事だけなのだ。いつだってな。 と、そんな事を考えている間に部室前に到着。さて、こっからはもう一つの、地に足の付いた方の問題に頭を切り替えよう。ハルヒの相手ってのは上の空で出来るはずもないし。 ノックしてもしもーし。 「準備は出来てるから入っていいわよ、キョン」 中からハルヒの声が聞こえる。ふむ、確かに国木田の言う通り、注意深く聞いてみれば確かに上機嫌が声にも見え隠れしているか。具体的には文末に音符を配置して表現するのが適当、みたいな。 アイツの機嫌が良いってのは、正直手放しに喜んでいいことではない。俺は古泉とは違うのだ。今度は何をやらかすつもりなのか、悪巧みは良いが巻き込まないでくれ、もう勘弁してくれないか等々、ハルヒの悪行(に困らされた俺の過去)は枚挙に暇が無い。 そう言えば準備って結局何だったのだろうか、と思いながら部室の扉を開ける。そして俺は固まった。 それはまあ、ハルヒの仕業と言えなくもない。が、どちらかというと俺自身に問題の根は有ったように思う。 「おい、ハルヒ」 なんとか我を取り戻した俺は「用意されていた」席へと座り、これまた「用意されていた」お茶で胸の内の苦いものを飲み下すと少女を見据えた。眼に毒って程じゃあない。だが、それにしたって新しい。 いや、自爆を承知で言うならば。俺は一瞬目を奪われてしまったんだ。 「何、キョン?」 眼を細めて笑うソイツの姿に。 「どうしてお前、メイド服なんだ?」 文芸部室で待っていた我らが団長、涼宮ハルヒは事も有ろうに朝比奈さんのメイド服を着て俺を出迎えたのだった。 「分からない?」 挑発的に微笑むハルヒは、いやコイツのルックスが群を抜いて秀でているというのは分かっていた事であって今更驚く事じゃない。メイド服だって見事に着こなし、違和感無く似合ってしまうのだってハルヒなら当然だろうとは思う。思うが、しかしそれはとても新鮮だった。 「……ダメだ、分からん」 あるいはこの格好にも少女なりの理屈が有るのかも知れないが、それが俺に理解出来る内容だとは思えない。過去を振り返ってそうだったのだから、現在進行形も右に倣えで、多分未来もそうだろう。実はも何もハルヒを理解出来る日なんて俺には一生来ないんじゃないか。 メイド服を着た美少女を見て、俺はそう結論付けた。 「はあ……そんな格好で一体何がしたいんだよ、ハルヒ?」 「何って分からない?」 今、ここでこれから何が行われようとしているのか分かるヤツが居たら今すぐここに連れて来い。俺はてっきり進路指導的な話が行われるのだとばかり思っていた。準備ってのは職員室からその手の資料を借りてくる時間だと考えていた。 それがなんだ? 予想外の展開も大概にしろ。型破りイコール面白いとでも思っているのだとしたら今すぐその考えを改めろ。っていうか現実を見て、もう少しで良いから常識に迎合しろ。してくれ。して下さいお願いします。 この件に関しちゃ俺が悪い訳でもないのに平謝りしてしまえそうだ。 胸の前で腕組みをした少女は背筋を伸ばし、俺に向けて高らかに宣言した。 「進路指導をするわよ、キョン!」 「ちょっと待て! その格好で!? なんで!?」 さっぱり意味が分からない。そのメイド服はなんなんだ。カエルでもバニーでもナースでもなく、なぜにメイドなんだ。困惑する俺を涼宮ハルヒは三秒ほどジト目で睨み付けた。その目は「なぜ分からないのか」と雄弁に語っているが、当然俺には分かるはずもない。 「……まあ、いいわ。この格好の事なら気にしないで」 無茶苦茶言ってくれるな、おい。それを気にしない事がどれだけ高いハードルなのか……棒高跳びの世界記録なんか目じゃないぜ。 部室の中はいつもとは少し様子が違っていた。椅子は俺が今座っているこれと、そして机を二つ挟んでその対面に有るもう一つ以外片付けられている。机も同様だ。部屋の中心にセットされていないものはことごとく隅に追いやられている。 進路指導、とハルヒは言ったか。それはまあ予想通りの展開だ。恐らくマンツーマンで潔く向き合う事を俺に強制する目的で不要な机や椅子は団長の手ずから排斥されたのであろう。結構な重労働であったろうに、ご苦労な事だ。 まあ、けれども俺はハルヒの誘導にあっさりと引っ掛かっちまったので、コイツの目的は果たされた事になる。そりゃそうさ、マイ湯呑みでお茶まで用意してあればそこ以外に座る選択肢なんて考え付きもしなかった。 部室に少し遅れてこいと言ってまで時間が欲しかったのは着替えではなくこのセッティングに、なんだろう。 で、だ。今更だがどうしてこんなお膳立てまでされてしっかりとハルヒに向き合う必要が有るのだろうか? 別にいつも通りでいいじゃないかと俺は思うのだが。 大体だ。真摯に向き合う相手はこの場合、ハルヒというよりは俺の未来、俺自身相手って事になるんだろうしさ。 「ちなみにそれはこのアタシみずから淹れたお茶だから、心して飲みなさい」 ハルヒに促され……一口啜って感想、俺は朝比奈産が一番美味いと思う。 「どう? おいしい? ちゃんとパワーも込めておいたの!」 「ぶっ!?」 い、今コイツなに物騒なこと口走りやがった!? パワーを込めた? それってのはアレか? 長門や古泉すら凌駕するエキセントリックハルヒエネルギのことか……って、いやいや。 待て。待つんだ、俺。冷静になれ。ハルヒに自覚は無いんだ。それはつまり異物が混入しているかどうかは神のみぞ……ああ、もうなんでもいいや。どっちにしろどうせ俺には真相など分かりはしないのだから。 魔法の言葉、明日どうにでもなーれ。 「むう、やっぱりみくるちゃんの淹れたお茶には勝てないわね……」 ハルヒは眉間に皺を寄せて自分の湯呑みを見つめた。そりゃそうだろう。あの人はもうその道の探求者になりつつ有るからな。お湯の温度を測るといった細々した作業をまさかハルヒがしてるはずもなし。 過程は必ず結果として現れるものなのさ。 「さって、キョン」 跳び込むように対面の椅子へとに腰掛けた団長メイドは机に肩肘を突くと空いている方の手を俺へと伸ばした。中空でくいっと人差し指が動く。ちょっとツラ貸せよ的なアレだ、アレ。 「とりあえず、さっさと出すモン出しなさい」 ……カツ上げされてる気分だぜ。何を要求されているのかは分かっちゃいるが、しかし金銭だったらどうしようなんて頭の隅で考えてしまう辺り、ハルヒの悪巧み顔は筋金入りのドロンジョ仕様だ。 「へいへい」 「へいは一回」 「へーい」 言って俺は制服のポケットから少しくたびれた四つ折りの紙片を取り出した。勿論、例のSOS団式進路調査票だ。そこには俺の未来が詰まっている。未来は白紙だって名言を吐いたのは誰だったか。もう忘れちまったが、しかし手の中のそれが白紙票という訳でもないのは、こいつはどうにも矛盾だね。 「ちゃんと書いてきたんでしょうね」 「一応、空欄は無いはずだ。ケアレスミスなんかは勘弁して貰えるとありがたい」 「ふーん、そ」 ハルヒに渡そうと伸ばした手が途中で止まる。これを見せてもいいものか、みたいな思いがそこに不可視の抑止力として働いたのだろうってのはすぐ察しが付いた。いや、別に恥ずかしい内容を書いた訳でも、出鱈目並べ立てたんでも無いが。 俺なりにきちんと考えて、しっかりと悩んで、それでもってシャーペンを走らせたのだから胸を張ってもいいとさえ思う。だってのに、なんだろうな……気恥ずかしさ? それともここでもオトコノコとしてのプライドとやらがひょっこり顔を覗いたのか。 未来。それは希望、もしくは夢と言い換えてもいいか。 夢を語るのに恥ずかしいことなんて無いってこれも誰かが言っていたが、いやいや嘘も大概にしろよ。 恥ずかしいぞ、コレ。普通に。 しかしながら、だ。そういう感情の機微なんざちっとも気に掛けちゃくれないのが俺たちの団長様だ。ハルヒは颯爽と机に膝を乗せ、俺へと身を乗り出した。そして勢いそのままに俺の手から進路調査票を奪い……奪い……あれ? いつまで待ってもハルヒは最後の数センチを縮めようと動かない。 奪い取らない? え? え? なんでだ? いつもの涼宮ハルヒならば煮え切らない俺に業を煮やして強奪に走る場面……のはずだろ。なんでそれを実行に移さないのか。容易いはずだ。得意技だ。なんか悪いものでも食べたのか? それとも宇宙人がハルヒの時間を停止させたのか? 訳が分からず戸惑う俺に向けてハルヒはお世辞にも似合ってるとは言い難い優しい声で、 「渡しなさい」 と、言った。 「アンタの意思で渡しなさい」 と、言った。 その目を――天の川を有りっ丈ぶち込んだようなその豪華絢爛な瞳を俺から決して逸らす事無く。視線が交錯する。 アーモンド型に切り取られた宇宙は、それが本物の星空であるみたいに自分のちっぽけさを俺へと伝えていた。アンタの悩みなんてどうってことないと。まばたき一つ。宇宙に冴えない男子高校生の、冴えない表情が映り込む。 あーあ。どうにも、だ。 どうにも俺は情けない。進路も胸張って答えられないような、そんな俺で。 そんな俺で。 そんな俺で――良い訳無いだろ。 「ほら」 最後の数センチは俺の方から埋めた。埋められたことが少しだけ誇らしかったって、本当に俺は小さいな。こんなことくらいで一喜一憂してさ。ま、愚痴ったところで直るとは思えないが。 「どうか笑ってくれるなよ」 「笑わないわよ」 ハルヒは満足そうに微笑んだ。それは何が理由か。分かる気もするが、あえてここでは分からないって事にしておこう。 「まあ、アンタがどうっしようもない程アホな事書いてたら分からないけどね。あ、でもその場合は『笑う』よりも『呆れる』か。ん、まあいいわ。それで、アタシはこれを見る許可を得たって今の会話はそう解釈していいのかしら?」 「はあ?」 おい、ハルヒ。お前、悪いモンでも食ったんじゃないのか、マジで。熱を測ろうと少女の額に伸ばした手のひらは目標に触れるよりも早く少女自身によって打ち落とされた。……ああ、クソ。地味に痛いぞ。手加減くらいしたらどうなんだ。 「何すんのよ!」 「いや、熱でも有るんじゃないかとだな」 「無いわよ、そんなモン!」 どうだか。それにしちゃ顔がやけに赤く見えるけどな。そう言い募るとハルヒは席へと戻った。そして疑惑と共に右手で髪を払って。 「西日の仕業じゃない?」 そう言って横を向いた。俺の夢や希望の詰まった吹けば飛びそうな紙切れはハルヒ側の机の上に四つ折りのままに置いてある。少女はトントンと人差し指で机を叩きながら言った。 「それで? さっきから聞いてるでしょ、読んでいいのかって。返事は?」 「いや、ここで俺が読まないでくれって言ったら、お前はそれでいいのかよ? 良い訳ないだろ?」 分かってないわねとハルヒはどこか……どこか嬉しそうに溜息を吐いた。ちなみにどこがアイツの琴線に触れたのかは俺にはちっとも分からん。解説役の超能力者の同行を許可するべきだったかと後悔してももう遅い。 「良い訳有るのよ」 ……おい、おいおい、おいおいおい。俺の目の前に居るこの少女、このクラスメイト。 それでもコイツは涼宮ハルヒなのか? 俺の知っている涼宮ハルヒはこんなに聞き分けがよくなかったように思う。俺に気を使う事なんてそりゃもう路傍の石ころよろしく有りはしなかった。少しは周りに気を払って欲しい、なんて思った回数だって両手両足の指で足りようはずもない。 天上天下唯我独尊。どっかの暴走族の旗印みたいだが、俺はそんな不良連中よりもハルヒの方にこそよっぽど似合う文言だと思う。それくらいに俺はコイツから人を人とも思わぬような扱いをされ続けてきた。雑用係、などという不名誉な肩書きが俺に冠されているのが何よりの証左だ。 そんなハルヒが。 その身に有り余る好奇心へとブレーキを掛けている。正直、俺はこの現実が――少女の微笑が薄ら寒いものにしか思えない訳で。 「分からないな」 「何が?」 「こんなものを書かせておいて、どうして書かせた張本人がその内容を確認しようとしないのか、俺にはさっぱり理解出来ない」 「アンタ、ひょっとして本当は見て欲しくて仕方なかったりするの?」 「んなこたーない」 ってか、出来れば見て欲しくはない。未成年の作成した自己申告制の未来予想図が一度でも痛々しくなかった例(タメシ)が有るか? どいつもこいつも未熟な自己評価から来る分不相応な内容でもって失笑をまとめ買いするのに必死だぜ。 でもって、今回俺がハルヒに提出したものもその類なんだ。そこに書いてあるのは実現性に全力で目を背けた「夢」としか呼びようのないものだ。「希望」とは間違っても呼べないようなもの。そんなんを喜び勇んで他人に見せたいとは思えない。 「なら、いいじゃない。これはプライバシって事で勘弁してあげようって言ってるんだから人の厚意は素直に受け取っておきなさい」 いいや、よくない。そう俺の中のどこかで喚き散らすのは、これは何だ。決意表明でもしたいのか。それとも退路を断って背水の陣を気取りたいのか。俺自身にすらよく分からない。けれど、ここで俺の進路希望をハルヒに秘匿しておくのは、 「でもさ、それは逃げじゃないのか?」 しまったと思えど時、既に遅く。頭で考えていたことがいつのまにか声に出てしまっていた。スローモーション映像でも見ているようにハルヒの口の端が持ち上がっていく。 どうやら当たりを引いたらしい――それも、大当たりを。 「逃げかも知れないわね。けど、それはそれでキョンらしいって言えば『らしい』気がしない?」 「おい、どうにも馬鹿にされてる気がするぞ。謝罪と訂正を要求する」 「だったら、否定してみなさいよ。ま、どうせキョンには出来るわけないだろうけど!」 罵倒に際して生き生きと。鬼の首を取って都へ凱旋する藤原頼光ですらここまでの得意顔はしていなかったに違いない。 「馬鹿なアンタにいいことを教えてあげるわ。逃げるのが下手だったら、成績が赤点すれすれの低空飛行なんてしてないのよ。だって、学校の勉強からも自分の未来からも逃げたくとも逃げらんないんだから」 はあ、ぐうの音も出ないってのはこんな時使うんで合ってたか? 確かにハルヒの言う通り。これまでの俺は逃げてばっかりだったんだ。 「だから、ここで逃げたってアンタらしいって一言でアタシは済ませるつもりだったの。具体的には進路調査票の白紙提出ね。後は、当たり障りの無い事を並べ立てただけの内容だったり? ま、その様子だと一応アンタなりに考えてはきたみたいね。そこだけは褒めてあげる」 ま、俺なりにな。一応じゃなくって出来る限り。無い頭を雑巾かグレープフルーツかって具合に絞ってはみたつもりなんだ。 ああ、ハルヒにその中身を見せるべきだと喧しい脳内議会の少数派閥が何を求めているか、俺はここにきてようやく思い至った。 「アタシの目的は『だから』もう達成されてるの。アンタの態度見てれば分かったわ」 「目的?」 「鈍いわね、鈍キョン。つまり、具体的で現実味に溢れる進路をアンタ自身に真面目に考えさせて、それを明文化させる事で受験生としての自覚とこれからの益々の努力を促すのがアタシの目的だった、ってワケ! まったく、素晴らしい団長を持ってアンタは幸せよね」 自分で言いやがった。しかも、結構マジで言っていそうなところが手に負えない。冗談にしてはちっとも笑えないし。 「だから、アタシがこの中身を見る見ないはどうでもいいのよ、割と」 ハルヒが進路調査票を俺に突っ返してくる。四つ折りのままに。ん? よく見たらこの紙、プリントとかに使われてる薄いヤツじゃない……気のせいか? 裏から透けて見えないようにってんで紙まで吟味したんだとしたら、いや流石にそこまで気を回し――てくれたんだろうな。 まったく、素晴らしい団長様だよ、お前は。でもさ、 「どうでもよくないだろ」 未来を握り込んだハルヒの拳を手のひらで押し返しながら俺は言った。 「採点がまだだぜ、ハルヒ」 その言葉の意味するところは、これは説明しなくても分かると思う。理由なんてものは説明出来ない。色々と折り重なってカオスっていやがるせいで長門風に言うところの「上手く言語変換できない」感じだった。 だが、それでも。俺はちっぽけでも決意と呼ばれるそれをハルヒに見せて、話し合おうと思った。コイツ相手に相談が成立するとは考えちゃいない。しかし、何かを変える切っ掛けにはなるんじゃないだろうか、などと。ここまで来て未来の決定を他人に依存する、その未熟さに我ながら歯痒い思いは否めないが。 変わろうと思うこの気持ちは本物だ。だから後押しが欲しかった。 「キョン? ……本当に見てもいいのね」 「三度は言わん」 それ以上の意思確認は無かった。空気を読むなんて器用な真似がハルヒに出来るとはどうにも俺には思えないが、しかし心中を酌んでくれたのだろう。紙を開くガサガサ音はやけに耳につく。思わず少女の表情を注視した。 笑われるのか。呆れられるのか。それとも……それとも満面の笑みで「やれば出来るじゃない」くらいは言って貰えるのだろうか。 手元に視線を落としたまま不思議なくらいに表情を変えないハルヒ。そしてそれを神妙な顔で見つめる俺。時計の秒針の刻むリズムを心音が追い越していく。一体何を言われるのか。黙ったまんまで何を考えていやがるのか。予想はするだけ無駄だと知りながら、それでも脳は虎がバターになっちまいそうな速さで回る。 やがて――そうだな、体感にして一分三十秒くらいか。実際はもっと短かったかも知れん――ハルヒは顔を上げた。 「質問が有るわ」 「あ、ああ、なんだ?」 「これ、本気なの? 胡麻すりとかじゃなくて?」 そっか、そういう風に捉える事もハルヒの立場からは出来ちまう。これは盲点だったな。俺からすれば指摘されてようやく気付いたことではあれど、そんな事をハルヒが知るはずもない。だが、誤解はこの場合非常に面白くない。 「勿論、本気だ」 ハルヒは進路希望票を開いたままに机に置いて、 「質問を変えるわ。アンタ、正気?」 失礼なヤツだな、まったく。お前の目には俺の目が狂人のそれに見えるっていうのか。だとしたらそっちの方がよっぽど重症だぜ。今すぐ眼科に行って視力検査を受ける事をオススメする。 「死んだ魚みたいな目をしてるわよね、キョンって」 うるせー、ほっとけ。 言わせて貰えばな。お前が無駄にでかい目をしてるだけだ。俺の持ち物が人並みなんだよ。同様に俺の目が濁ってんじゃなくて、お前のが発光ダイアードでも埋め込んだみたいにって、何ゆっくり近付いてきやが、うおっ、顔が近い! 「……な、なんだよ」 ハルヒは何も言わず俺の目を至近距離で見つめ、訂正、睨み付け続ける。俺はと言うと眼と眼を合わせてはハルヒの顔に吸い込まれそうになってしまうため、部室の中を飛んでいる蜂を追いかけるように視線をあっちこっちに彷徨わせていた。 しかし、ヤマアラシのジレンマこと七十二センチを軽々と飛び越えるハルヒの胆力はどこが出所なのか。少女の瞳に内包された宇宙はやっぱり真空空間で俺の理性を余さず吸い込んでいく。ああ、近くで見ても美少女は崩れない。どころか眼の保養には持って来いだと……妄言だ、忘れろ。 拷問のような時間はハルヒが顔を離すと同時に終わりを告げる。ヤバかった。もう少しで何でも白状するから勘弁してくれと喚き散らすところだった。いや、冗談だが。 「目は口ほどに物を言う、って言うじゃない? だからアンタの目に問い質してみたの」 真顔でそんなことを言うか。呆れる以外のリアクションをお求めならハンバーガショップにでも行ってくれ。 「そんで? なんか分かったか?」 「別に。妹ちゃんと同じ遺伝子から出来てるのか心配になっただけね。自分の戸籍謄本とか見たことある?」 地味に傷付くから親類縁者を巻き込むのだけは止めろ。特に妹と俺との絶望的な差異については本人的にも思うところは多々有るんだ。 「だから、直接アンタに聞くけど」 「ああ」 「短期と中期はとりあえず置いといて、この長期目標。大学でもSOS団を創る、っていうのは一体どういうジョーク?」 ま、疑問を抱くとしたらそこだよな。気持ちは分かる。 俺が珍しくハルヒの気持ちが分かるってんだから、俺より数段洞察力に優れたコイツが俺の気持ちを分からないってのはまさかまさか無いはずなんだ。ってことでその質問は確認作業でしかないのだろう、正しく。 「俺の渾身の未来予想図を冗談扱いしてくれるなよ、っと。書いてある通りだ。大学に進学してSOS団をまた創る。それが俺の目標で野望だ」 これ以外、思い付かなかった。 それくらい、俺の一年半は濃密だった。 人生を決定付けるには十分過ぎる経験をした。 世界は……俺の世界はハルヒ、長門、朝比奈さん、古泉によって大いに盛り上げられた。だから、これを。 もう少し続けたいと願うのはいけないことだろうか。 「何? 大学に入ってSOS団を創って、今度はアンタが団長にでもなるつもり?」 ハルヒがジト目で俺を見る。下克上をどうすれば未然に防げるのか考えている顔だな、それは。まったく、一々面白いヤツだ。 「なんでだよ。団長はお前だろうが、ハルヒ」 「はぁっ?」 突然素っ頓狂な声を挙げられても困る。大体、俺は団長なんて向いてないんだ。そうさ、雑用係なんて下っ端がお似合いだってそれくらいには自分の性格を理解している。まあ、少しばかり人権を尊重して欲しいとはいつも考えているが。 「それともなんだ? お前、もしかして団長に飽きたのか? 雑用を替わってやってもいいが、その場合も繰り上がり昇進で団長は古泉になるな、俺じゃない」 「そうじゃなくって! そういう事を言ってるんじゃないのよ、アタシは!」 あー、うん。ハルヒが何を混乱しているのか、実は分からなかった訳じゃないんだよ、俺も。だから、今のやり取りは少しからかっただけだ。意趣返しってヤツさ。お前の今までに散々やらかしてきた悪行に比べれば可愛いものだと大目に見てくれ。 「アンタ、もしかして」 俺をビシリと人差し指で指し示し、 「一緒の大学に入るつもりなの?」 そうさ、その通り。 「長門も、朝比奈さんも、古泉も、でもってついでにお前も。誰か一人でも欠けたらそれはSOS団と呼べないだろうが。言っても、朝比奈さんは今年で卒業しちまうが。だから、個人的にはSOS団は今年度いっぱいで一度お開きになっちまうだろうと思ってる」 ハルヒが何か言いたげに口を開いたが、しかし何を言うでもなく少し悔しそうに唇を噛んだ。 「……続けなさい」 「ま、だから提案だな。同じ大学に皆で入って、でもってもう一度SOS団をやらないか、っていう俺からの」 ハルヒは恐らくまだ知らないが。きっと長門も古泉も進学先はハルヒに追従するだろう。朝比奈さんはハルヒの進路を見越しての大学に先んじて入るつもりではなかろうか、と俺は考えている。であるならば、だ。 後は俺だけ。足りていないのは俺だけなんだ。誰か一人でも欠けたらそれはSOS団と呼べない。自分で言っておいてなんだが、それが俺自身に当てはまるだろうかと言えば、それは自惚れに過ぎないかも知れず俺には何も答えられない。 考えても詮無い事だな。要は俺が同じ大学に入学するだけで済むのだから。 難しい顔をして少女は珍しく黙り込んでいた。声を掛けると、 「ちょっと待って。今、考えごとをしてるから」 もしかしたらハルヒも実は進路で悩んでいたりしたのだろうか。有り得なくはない話だ。更にその上に俺なんかの進路相談まで請け負っている。いくら涼宮ハルヒであっても考え事の一つや二つ、状況の整理とまとめに時間がかかる事もあろう。 俺は少女を見つめながらもう冷め切って大分経ったお茶を啜った。それは朝比奈さんの淹れてくれるものには流石に敵わないが、それでも俺たちの未来を憂う団長様が手ずから淹れたものだと思うと、まあ、その、なんだ、進路みたいな苦々しくも爽やかさに満ちた味がした。 俺の視線の先でハルヒが顔を挙げた。その顔からは憂いが払拭されている。どうやら、考えが纏まったらしい。それもどうやら面白い方向(ハルヒゴノミ)にだ。やれやれ、話を振ったのは俺の方だがまたぞろ無理難題を言い出す気じゃないだろうな。 悪巧みをしているような、以外の形容が付く笑い方を朝比奈さんから教えて貰ったらどうだ? 「悪くないわね。それどころか面白い発想だわ、キョンのくせに!」 俺のくせに、とか言うな。どこの空き地でリサイタルを催すいじめっ子だ、お前は。キャラが被って見える辺りはもう手遅れだとは思うが、果たしてお前はそれでいいのか? 「ところでみくるちゃんの進路希望は聞いた、キョン?」 いや、聞いていない。こういうのはプライバシだからな。どこか聞きにくい空気が漂っているモンなんだ。まあ、鶴屋さんと同じ大学にしようと考えているってのはどっかで小耳に挟んだ気がするからそこそこ良い大学に行くつもりなんだろうな、ってそんな程度さ。 「アタシ達が全員同じ大学で再会する場合、その大学はみくるちゃんの進学先になるわ。それくらいは分かるわよね」 まあな。でもって、それはきっとハルヒにとって願ったり叶ったりの大学じゃないのかと、まあこれは口には出さないが。 なんせ、朝比奈さんは未来人だ。しかもハルヒの保護観察が目的のな。いや、目的は時空なんとかの調査観測だったか? どっちでもいいが。どうせ、両者に違いなんてものはこれっぽっちも無いのだから。 「今のところ、みくるちゃんが希望している大学は、」 ハルヒが続けざまに口にしたのは俺でも知っている隣県の有名国公立だった。有名、どころではない。俺みたいな自堕落受験生にしてみれば雲の上、天空の城ラピュタに行くぞって言われているのと大して変わりがないくらいの超ハイレベル。 これは……余りに考えが甘かったか。そう思わざるを得ないくらいの。 俺の顔が無様に引きつるのが手に取るように分かった。言葉が出ないとはまさにこの事だ。身の程知らずも意識が足らなかった。自意識過剰にも程が有る。 「この志望校、流石は鶴屋さんよね。でもってそこに付いて行けるだけの学力を保持しているみくるちゃんも立派だわ。団長として鼻が高い……んだけど、正直に言えば状況は最悪。まさかキョンのために進学先のレベルを下げて欲しいなんて言えるはずもないし」 この口振りだとハルヒ自身はそこに進学するのも訳は無いようだ。長門は言うまでも無く、古泉も成績上位に食い込んでいる。 今更だが、なんだ、この場違いな感じは。宇宙人、未来人、超能力者に囲まれている事を知った時よりも更に酷い。多分、問題が地に根差していることに由来するのだろうが、足元がぐらついている気がするぜ。 マグニチュードは体感で七か八。震源地は文芸部室、俺。 「今のままで行けば、この紙は進路希望じゃなくて七夕に吊るす短冊でしかないわ」 子供じみた願い事でしかない、という比喩の意味を理解して更に絶望は深くなる。 「今日は七月七日じゃないのよ、キョン。それとも十六年か二十五年、浪人してみる?」 「そんなのはゴメンだ」 苦虫を噛み潰すように。吐き捨てるように。淡い希望を踏み潰すように。血を吐くように。 ま、心のどこかで分かってはいたんだ。悲観するような事じゃ決して無い。 所詮、現実なんてこんなものさと妥協して和解して生きていくことしか俺たちには出来ないって話さ。 ん? いつだったかこんな内容をハルヒに話した事が有ったな。あれは……そうだ、まだ高校に入学したての頃。席替えで窓際にハルヒと前後に並んで、アイツが非科学的かつ非常識であればあるほど面白いみたいな事を言った返しに俺が。 そうだ。で、それに対してハルヒはこう言うんだ。 「うるさい!」 目の前の俺を叱咤する少女が一年半前と重なった。でも言葉の持つ意味は違う。圧倒的に違う。「黙れ」じゃない。「聞きたくない」じゃない。「どっか行け」じゃない。 「キョン! アンタ、どうにかなる事で早々に諦めてんじゃないわよ!!」 「前を向け」と。これが成長じゃなくってなんだって言うのか。 「何にも努力してないのに、なんで『努力しても無駄だ』みたいに一人で後ろ向きな納得してんのよ! ふっざけんじゃないわ!」 涼宮ハルヒは怒っていた、それも全力で。 至らない俺のために。そうだ、忘れていた。他人のために、コイツは怒れる少女だった。違う、そういう少女に『なっていた』んだ。 「って言うけどよ」 「だってもへったくれも無い! いっちばんアタシが癇に障るのはね、アタシを差し置いて一人で勝手に結論出して納得した風にアンタがなっちゃってる事よ! どういうつもり!? キョンはアタシに進路相談をしてるんじゃないの!?」 詰め寄って俺の胸を指で小突く。俺は堪らず椅子を倒しながら立ち上がった。ったく、この馬鹿力が。指一本だってのになんて圧力だ。 「だったらアタシの意見も聞きなさいよ。困ったんなら頼りなさいよ。悩んでんなら打ち明けなさいよ。それが出来ないなら……出来ないなら最初っから悩みが有るなんて甘えたこと言ってんじゃないわよ!!」 小突く小突く。小突かれて俺は廊下側の壁に押し付けられた。ちょ、ちょっとタンマだハルヒ。俺が悪かった。これ以上は後ろに退がれん。痛い、地味に痛いからその暴力を止めろ! 「アンタの自虐趣味なんてこっちは知ったことじゃないの。ああ、見てるだけでイライラすんのよ。大体、アンタの脳味噌で良案が浮かぶなんて奇跡みたいな確率でしか無いって事くらいいい加減に気付きなさいよ。下手の考え休むに似たりって言うでしょうが。だからね! だから、いいから、」 涼宮ハルヒは俺に向かって唾を飛ばしながら吠えた。 「いいからピンチの時くらいちょっとはアタシを信じてみなさいよ!!」 信じているさ、なんて勿論言えるはずもなく、またその余裕も俺には有りはしなかった。とにかく俺はこの物理的な窮地から早く脱出したい気持ちでいっぱいだったのだ。密着まで十センチも無いお互いを傷付ける距離である。女子特有の理性に余りよろしくない類の香りが鼻腔をくすぐり意味も無く急接近意識してしまう。 ロマンスのロの字くらいどっか道端で拾っておけば良かったと思う。そうしたらハルヒだって異性と、ボクシングのインファイトのごとく接近している事態に顔を赤らめたことだろう。我に返って離れていってくれたかも知れない。 「ピンチってなんだよ。俺にとっちゃ今、ハルヒに追い詰められている事の方がよっぽどのピンチだ」 「そうよ!」 いや、肯定すんなよ。 「アンタが絶望してる内容なんてね、アタシに言わせればピンチでもなんでもないの! 一年以上も準備期間が有れば人間、大概の事は出来るようになるのよ。分かったらアタシを信じなさい!」 言いたい事は思う存分口にしたのだろう、ハルヒはすうと大きく深呼吸した。ちなみに俺はまだ解放して貰えていない。人差し指一本でもって壁に押し付けられ続けている。処刑を待つキリストの気分が少しだけ分かる気がした。 ハルヒに倣って俺も深呼吸をする。目叩きを一つ。目叩きした前と後で世界は変わる、と自分に言い聞かせて。 「分かった」 右手でハルヒの人差し指を握り、それをゆっくりと遠ざける。有ると思っていた抵抗は無かった。 「信じるよ、ハルヒを」 信じるものは救われるって言うしな。なあ、ハルヒ大明神さんよ。お前が学問の神、菅原道真の商売敵になったとはとんと初耳だが、それでもご利益だけは人一倍、いや神一倍だと、こっちは疑う余地も無い。なんせ今までさんざんハルヒパワーに巻き込まれてきたのだから。 他でもない、俺だからこそ。そればっかりは疑えないよな。 だから、言葉だけじゃなく、偽りじゃなく、ましてや脅されたからなんかじゃ決してなく、ただ信じる。ただただ信じられる。コイツならきっと俺の絶望をどうにかしてくれる。根拠は……根拠はそう、経験則ってヤツだ。 「二言は無いわね」 「無いさ、そんなモン」 意志薄弱さはこの際、脇に置いておくとして生物学的には完全な男だからな。有言実行が座右の銘だ、なんて流石に言えやしないが。ちなみに俺は不言実行の方が好きだったりする。 「よろしい」 そこでハルヒはようやくもう一度笑った。どうやら俺の回答はお気に召して貰えたらしい。ほっと胸を撫で下ろす。あのまま至近距離を継続されたら俺の理性を司る回路が焼き切れていたのは時間の問題だったからな。 デリケートなんだよ、思春期だから。嘘だと思うなら想像してみろ。クラスで一番の美少女と夕暮れの教室で二人きりだぞ。しかもメイド服なんて特殊装備をしてだ。情熱を持て余しても仕方がない話なのはどなた様にも理解して頂けると思う。 「そうと決まれば早速具体的な話に移りましょ。って事でさっさと放しなさいよ、キョン」 「おっと、悪い」 指を放してやるとソイツは俺から一歩距離を取った。そして俺に向かって今度は小指を突き出す。なんのつもりだ、なんて聞くまでもなかった。 「子供かよ」 「アタシたちは子供よ、実際。幼稚でガキだってのを否定できる社会的な根拠は無いの」 「そりゃ、まあ確かにな」 「だから、それを欲しがるのは自然と言えなくもないけどね。ピーターパンシンドロームくらいはもう卒業したでしょ、アンタも」 ピーターパンシンドローム、ってのはいわゆる「大人になりたくない」の学名だ。正直、俺には理解出来ない精神病だな。だが、どう足掻いても時間は過ぎるし、身体は育つ。滝上りなんて非生産的かつ非効率な事に心血を注ぐヤツの気が知れんよ。魚類からやり直せと言いたいね。 「最初からんなモンには罹ってない」 「へえ……前向きなのね、キョンのくせに」 あ、コイツまた言いやがったな。 「ま、なんでもいいわ。とにかく、子供っぽいとか大人びたとかそんなのに振り回されても意味は無いの。だから、はい」 白くすらりとしたソイツの小指はやけに細く頼りなく見えた。メイド服には淑やかさのパラメータ補正めいた俺の知らぬ装備効果でも有ったりするのだろうか。ハルヒの日頃の豪腕が嘘みたいに思えてくる。 「約束しろって?」 「そうよ。ただしアンタはガキっぽいのが嫌いらしいから、大人ルールでいくわ」 「大人ルール?」 急速に嫌な予感がしてきたぞ、俺は。 「破ったらハリセンボン鍋よ。勿論、針の処理はしないわ。ところでハリセンボンってフグの仲間よね。毒が有ったりするのかしら? ま、その時は古泉くんの知り合いに免許を持っている人が居たりしないか聞いてみましょう」 やっぱりか! 嬉しそうな顔で何、物騒な事考えてやがる! 「そんなに深刻そうな顔しなくても大丈夫よ。このアタシが付いてるんだから大船に乗ったつもりで……あ、今の無し。死ぬ気で勉強しなさい、キョン」 いかに涼宮ハルヒと言えど、そこまで楽観的にはなれないらしい。いや、ここで大丈夫の言葉に安心してしまえば俺が勉強に手を抜くんじゃないかとでも考えたのだろう。 「言われなくてもそのつもりだ」 「なら、……ほら。そろそろ小指が痺れてきたんだから、さっさと済ませなさい」 これ以上の問答はどうやら無駄らしい。諦めて俺はハルヒの小指に小指を絡めた。少し俺よりも冷たい、気がする。男女で体温は違ったりするのだろうか。それとも気恥ずかしさが俺の体温を底上げしているのかも知れない。 「俺は何を約束すれば良いんだ? 大学合格か?」 「死ぬ気で勉強に励むことをアタシに約束しなさい。その結果として入試に失敗しても、それは怒らないから」 「……そっか。そうだな、分かった」 「アンタばっかり約束しても不公平だから、アタシも約束するわ。アンタを絶対にみくるちゃんの行く大学に合格させてあげる」 ハルヒは真面目腐った顔で、 「絶対よ! 絶対の絶対!」 はいはい、分かった。分かったから顔を赤くしてまで力説せんでもいい。精々頼りにさせて貰うさ、団長さん。 そうして俺とハルヒは右手を上下にシェイクさせて未来を約束した。 「指切り」 「げんまん」 「嘘吐いたら」 「ハリセンボン」 「くーわすっ」 「怖っ! なにそれ、怖っ! 改めて想像したら超怖いんですけどっ!」 頬の内側から突き出た針。口から血を流す俺の口へと無理矢理に凶器を押し込むハルヒ。多分、楽しそうに。 嫌だ……嫌過ぎる。 「なら、死に者狂いで頑張りなさい。アタシがアンタの頑張りを認められるくらいに。二人揃って最後の晩餐なんてアンタもゴメンでしょう?」 解ける指。離れる少女。小指が少し汗ばんでいた。 「ま、学校に居る間はアタシがしっかり勉強を見てあげるから。任せなさい。これでもアタシ、家庭教師のアルバイトならプロだから」 アルバイトのプロってなんだ。まあ、言いたいことはなんとなく分かるが。ニュアンスでな。 「明日から始めましょ。ビシビシしごいてあげるわ。スパルタ式よ。何度だって千尋の谷に突き落とすつもりだから、明日までに覚悟を据えておきなさい!」 ハルヒは喜色満面にそう告げた。女神の神託の皮を被った閻魔大王の判決の瞬間である。ああ、やっちまった、早まったなんて思ってもここまで来ちまえば後の祭り。これだけ良い笑顔を咲かせるハルヒを最早誰一人として止める事は出来ないのだ。なぜならば、それを誰あろうハルヒ自身が望んでいないのだから! どのみち、死ぬ気にはなるつもりだったが、本当に過労死したら俺は一生この競争社会、学力社会を恨むだろう。 ……死んでるのに一生も有ったモンじゃないな。 そういや、ハルヒよ。 「ん?」 「お前、どうしてメイド服なんて着てたんだ?」 一日メイド団長は俺の質問に、ようやくといった様子で背筋を伸ばした。ってオイ、止めろ。その格好で胸部を強調するようなポーズを取られたら色々と、その……だな。 情熱を、持て余す。 「団長としての威厳と威光を少しでも和らげるためよ。別にカエルでも良かったんだけど、アレじゃアンタの顔がよく見えないしね。それにみくるちゃん用に買ってきたけどフリーサイズだからアタシでも着れるのよ、この服。 ま、つまりアタシなりの配慮ってことね。感謝しなさい、キョン。で、どうだった? 実際、話しやすかったでしょ? ……どこ見てんのよ、エロキョン」 俺は両手を挙げた。 「黙秘権を行使する」 9,海はまだ凪いでいた 世界ーー俺を取り巻く周囲はこの時、それなりに良い方向へ向かっていると思っていた。暫定的にでは有るが俺の悩みには一応の決着らしきものがついたし、もしハルヒが朝比奈さんの受験、及びそれに付随する自己を含めたSOS団の行く末に何らかの戸惑いを人知れず抱いていたのであれば、俺との個人面談はそれに対する解答とも成り得たであろう。 何が言いたいかというと、だ。 つまり、俺はなんとなく安心していたのだった。世の非常識めいた不条理は全てハルヒの不機嫌より始まるというのは、これはもうSOS団不思議対策委員会における共通認識と言っても過言ではなく(古泉なんかは特にその傾向が顕著だな)、逆説あの馬鹿が世界に対して特に不満を覚えなければそこそこに穏やかなる日常へと世界はまるでホメオスタシスを働かせたかのように回帰するのである。 正直に言わせていただければ、この時点で俺は毎日に波風を立てるイベントには幾分食傷気味だった。まだ行く手にはクリスマスなどという難敵が待ち構えていたのではあるが、俺の未来におけるターニングポイントとなったであろうハルヒと佐々木による個人面接以上の事柄なんぞきっと起こりはしないさ。と、こんな風に考えていた。 全く、我ながら浅はかだとしか言いようがないな。過去を振り返ってみれば分かるだろうに。世界が一度でも俺の心労を鑑みて展開に手を抜いてくれた事があっただろうか。いや、無い。 何も終わってなどいなかったし、そもそも俺たちを語るのに避けては通れない超常的なあれやこれやはここまで全くと言っていいほどに形(ナリ)を潜めていたのであるからして、これはもう楽観的を通り越して一種破滅的と形容してしまえるくらい俺の脳味噌は蓮咲き乱れるお花畑だったのだと、後から思い返して途方に暮れる。そんなつもりはこれっぽっちもないのだが。 という訳でいつもの通り、俺の知らない場所で事態は悪化の一途を辿っており、それが表層へと噴出する頃には消火器のようなその場凌ぎ程度では手が付けられなくなっているのである。火種の内の初期消火が重要だとはよく聞く話だ。耳が痛い。 一言断っておかねばなるまい。それでも、この十二月の騒動は俺の未来についての話であるという枠内だけは決して逸脱していなかった。 本筋、ってヤツだな。あるいは要旨と言い換えて貰っても結構だ。全ては俺の未来に起因し、また収束していくのである。因果応報なんて言葉をここで持ち出したくはないが、それにしたってこの件ばかりは他の誰かに責を求めるのも酷ってモンだろう。 そう、ここまで言えば勘の良い方ならそろそろお気付きかも知れない。 俺たちを語るのに決して外すことの出来ないあのお方ーー未来人は実はも何もずーっと出待ちを強いられていたという事実に。 家に帰り着いたのは日も暮れ切った頃だった。時間で言うなら午後六時を少し過ぎたくらいで、既に玄関には佐々木のものと思しきスニーカが並んでいる。予想通り待たせてしまっているらしい。 今後の対策ってヤツであの後もハルヒと色々話し込んじまったからな。一応、即席家庭教師様による個人授業は六時から開始って事になっているから遅刻したと言っても実際は十分もない。とは言え昨日は五時前には玄関のチャイムを鳴らした佐々木である。 もしも一時間以上も他人の家に居たとすれば……まあ、心中は察するに余り有るな。 せめて急いで救出してやらねばなるまい。主としてお袋の好奇心という名の魔手から。そう意気込んでいの一番にリビングへと向かったが、しかしそこに佐々木の姿は無かった。 これはどうした事か。 「おい、佐々木はどこだ? もう来てるんだろ?」 リビングのソファに座ってテレビに噛じり付いている妹に訪ねる。奥のキッチンではお袋が夕食の支度に忙しなく動いているのが見て取れた。あの様子ではラストスパートに掛かっているな。夕食はもうすぐらしい。 「あ、キョンくん。おかえりー」 「はいはい、ただいま。で、佐々木は?」 「佐々ちゃんならずっとキョンくんのお部屋に居るよー。キョンくんが帰ってくるまで一人でお勉強したいんだって。偉いよねー」 妹が屈託無くそう言うも、……ちょっと待て。あのプライベート空間に親友とは言え異性が一人きりで一時間、だと。俺の脳味噌を最悪の予想が埋め尽くす。それはマズい、マズ過ぎるだろ。俺の尊厳とか外聞とかが。 ああ、こんな事ならちょいとマニアックが行き過ぎたヤツらは見切りを付けて早めに焚書処分にしておくべきだったか! 谷口のヤツめ、廃品回収に来るなら早くしろってんだ! 佐々木の事は信じているし、アイツも俺のことを親友だと言ってくれている。アイツの性格を考えれば「親しき仲にも礼儀有り」を実践してくれているはずだ。ハルヒとは違い、家捜しを敢行するような無礼さを持っているとは思えない。 けれども、可能性は可能性でしか無い。物理学で有名なアウシュビッツ系可哀想な猫は箱を開けるまでその生死は確認出来ず、この世に絶対なんて絶対に無いのだと俺は知っている。 万が一はハルヒに出会ってからこっち阿呆みたいに頻発しているからな。 リビングを出て階段を急いで上る。背後で妹が何事か非難めいた事を口走った気がするが知ったことか。お前に構っている十秒そこそこですら惜しいんだよ、こっちは。一刻を争うなどと悠長な慣用句も有ったものだと思うぜ、いやマジで。 「……はあっ」 部屋の前で深呼吸。そうだ、冷静に、いつも通りでいいんだ、俺。なにも佐々木が家捜しをしたって決まった訳じゃないんだから。むしろそんな非生産的な事をするアイツじゃないだろ。だから、そうさ。扉を開けたら俺の机にでも座って問題集でも開いているに決まっている。 だから、堂々とだ。そう、堂々と。俺の部屋なんだから普通に、気だるい感じを前面に押し出して……。 そんな事を考えながらドアを開けた。そして俺は見た。 「猫くん、猫くん。君のご主人様は一体いつになったら帰ってく……」 俺の部屋の、俺のベッドに仰向けに寝転がり、我が家の飼い猫を「高い高い」でもしているように持ち上げて満面の笑みで独り言を無為に生産する親友の姿を。 どうやら見てはならない場面に出くわしたようだ。気まずい空気が二人の間に流れる。 「よ、よお。今帰ってきた」 返事の代わりに返ってきたのは凍り付いた笑顔のみーー恨みがましい視線が痛い。 「あー、その……悪い、遅くなったな」 動揺をひた隠すというのは古泉や長門の持ちネタであって、他人の領分を侵す趣味は俺にはない。きっとやっちまった的な焦燥は余すところ無く顔に出ちまっていたんだろうね。少女は一つ溜息を吐いた。 「はあ……おかえり。出来れば、ノックくらい欲しかったかな」 佐々木は子供のいたずらを見咎めるように言った。その頬にほんのうっすらと朱が見て取れるのは、やはりコイツも油断した瞬間を見られるのは余程恥ずかしかったのだろう。 すまん。上手いフォローは出来そうにないが、代わりにさっき見たものは全て忘れるつもりなんで安心してくれ。 「助かるよ。しかし、気に病むことはないからね、キョン。よくよく考えればここは君の家で君に割り当てられた部屋さ。自分の部屋に入るのにノックする人はいない。少なくとも僕はそんな真似をした例が無い。自分が出来ないモノを人に強制するなんて無恥も甚だしいだろう。となると、落ち度が有るのは僕ばかりさ」 言いながら上半身を起こした佐々木の腕の中から世にも珍しいオスの三毛猫がうなぎのようにヌルリと抜け出して、開けっぱなしの扉から廊下へと出ていった。シャミセンは賢いからな、重苦しい部屋の雰囲気から自分が責められているとでも判断してそそくさと退散したのだろう、きっと。 単に腹が減っただけかも知れん。 「猫、好きなのか? そういや、昔一度だけお前の部屋に入ったが、テディベアとか飾ってあったっけな」 朧気な記憶を手繰り寄せる。ぬいぐるみとその横に並んでいた小難しそうな哲学書とのコントラストに少なからず俺は困惑したものだ。 「僕に可愛いものは似合わない、とでも言いたいのかい。笑ってくれても結構だが、僕の不評を買うのは避けられないと思ってくれ」 「いや、そんな事は無いぞ。むしろ、お前に女の子らしい一面が有ることに俺は内心ほっとした」 佐々木とは、ともすれば国木田や谷口辺りを相手にする時となんら変わらないやり取りをしてしまっている事すら有る仲だ。性別を感じさせない……と言うよりも、ある種超越してしまっている印象を俺は抱く事すらまま有る。だからこそ再確認というか、コイツを異性として認識する度に俺は……変な話だが少しばかり安心してしまえるのだった。 普通は逆だろうって? 分かってるが、しかしこれが俺と佐々木の関係だからな。別に理解して貰おうとは思っちゃいないさ。 愉快な誤解は勘弁だが。 「なんならシャミセンを一泊二日でレンタルしてやってもいいぜ」 シャミセンとはウチの三毛猫の名前だと注釈を付け加える。猫好きには魅力的な提案だと思ったのだが、どっこい佐々木は首を横に振った。 「あまり……そういじめないでくれよ」 人聞きの悪い事を言うな。誰がいじめた、誰が? 「君以外に誰か該当人物が居るかな、キョン?」 「何を責められているのかさっぱり分からん。冤罪だ」 「……くっくっ。僕も色々と複雑なんだよ。異性として見られる事に抵抗を感じるし、そしてまた相反するものも胸の内に多少確認出来る」 「恋愛は精神病」が持論の少女ソイツは左耳に掛かった髪を掻き上げた。 「こういったものには出来れば余り気付きたくはなかったけれどね。だから、そういう事ーー性別を加味した発言を君にされるとなかなかどうして表情に困るのさ」 嘘吐け。いつも通りの微笑じゃねえか。その下で何を考えているのかは生憎、俺には分からんよ。 「そうか。なら、君もいつまでも動揺していないで早く席に着いたらどうだい? そう立ち尽くされていると落ち着かないのは、何も君だけじゃないのだよ。ああ、授業開始を十分もオーバしてしまった。これでは君のご母堂に合わせる顔が無い」 佐々木はわざとらしく天井を見上げて、やれやれと呟いた。本家本元の嘆息は、俺みたいな冴えない男子高校生がやるそれに比べてとても映える。美少女ってのは基本何をしていても絵になるものなのは知っていたが、それにしたって神様もちょいと依怙贔屓が過ぎると俺は思った。 「僕の顔に何か付いてるかい?」 「ん……前髪にシャミセンの抜け毛が付いてるな」 机に着いて鞄から今日やった佐々木お手製のプリントを出す。少女は俺の隣、昨日と同じ位置、同じ椅子に座った。手を伸ばせばお互い触れられる距離、ってそんなのは当たり前か。 「ほら、取れたぞ。こんな所に毛がくっつくなんて、一体どんだけアグレッシブな戯れ方をしてたんだよ、お前は」 俺の質問は佐々木の鋭い視線によって無惨にも打ち砕かれた。どうやらシャミセンとの蜜月は本気で触れられたくないらしい。女子が可愛いものを愛でて何が悪いのかと俺は思うのだが……親友はというとどうもそんな風には思えないようで、政府お抱えの凄腕狙撃手よろしく眼を細くしていた。 「キョン、その話は止めだ。これ以上続けるというのならば、この部屋に隠されている有害図書について僕も言及しなければならなくなる」 オイ、それって……いや、なんでもない。俺は信じてるからな、佐々木を。思春期の男子高校生ならば誰もが所持しているという統計に則ってかまを掛けただけなんだ、そうに決まっている。 そう思いこむぞ、俺は。 「存外、奇抜な趣味をし……」 言わせはせん! 「なんだか急に学習意欲が湧いてきた。さ、いつまでもくっちゃべってないで勉強しようぜ」 と、ようやく両者が休戦協定に判を押した、丁度そのタイミングで階下から俺たちに夕食を告げる声が聞こえ、俺と佐々木は顔を見合わせて笑った。 「今日のところは痛み分けにしておこう」 「……だな」 傷付け合う関係よりは傷を舐め合う関係の方が健全かつ賢明な気がするとか、どうでもいい事を俺は階段を下りながら考えていた。 夕食はカレーだった。いつもより具材がアップグレードしていたのは、きっと佐々木が居たからだろう。思わぬところで収穫が待っているものだ。これが続くようなら是非とも、佐々木には長く家庭教師をやって頂かなければなるまい。 「それは君次第だよ、キョン。言っただろう、僕が正式採用されるかどうかは二週間後に迫った二学期末試験の君の点数の伸びをもって判断されるって」 夕食を終えて出来ればのんびりとソファで横になってテレビでも見ていたい俺だったが、佐々木が居る前でそんな事が出来るはずもない。そもそも死ぬ気で勉強すると日中ハルヒに誓ったばかりだというのに、何をいつも通りの自堕落メニュを律儀にこなそうとしているんだろうな、俺は。これが慣習ってヤツか。骨の髄まで染み込んでいる行動パターンは、もしかすると受験戦争における最大の敵であるのかも分からん。 「そうだね、君の場合はまず机に着く事を習慣付ける事から始めるべきだと思う。君だってテスト前くらいは勉強していただろうけれど、それは机でやっていたかい?」 まるでタイムマシンに乗って過去を見てきたかのように話すんだな。いや、確かにベッドに寝ころんで教科書を眺めるってのがもっぱらだったが。 「だと思ったよ。いや、机が余りに綺麗だったからね。使われていた痕跡がほとんど見受けられない。それにほら、隅に埃が貯まっているだろう?」 ホームズ先生に肩を並べる観察眼には恐れ入ったが、しかし埃くらいは普通じゃないのか? 「考えてもみてごらん。集中している時は時計の音ですら障るものなのさ」 部屋の片づけをしていたら、昔の雑誌を発掘してつい読み耽ってしまうあの現象の親戚だな。 「ああ、そうだ。机の隅のちょっとした埃であってすら神経を逆撫でするものなのさ。勉強があまり好きではないらしい君ならば尚のことだろう」 勉強が好きじゃないって……いや、まあ実際その通りなんだけどさ。しかし、そんな風に言われると、なんだかストレートに馬鹿と言われる何倍も傷付くな。佐々木に罵倒するつもりがない、ってのが尚更そこに輪を掛けやがる。 「キョン、前から薄々は思っていたんだが、君にはやはり被害妄想の気が有るよ、うん」 ……やっぱりか。俺ももしかしたらそういう事も有るかも知れんとは薄々気付いてはいたんだ。観察眼で俺と比ぶべくもない佐々木の言うことなら、その見解でおおよそ正しいのだろう。でも、自分の悪癖なんて出来れば一生知りたくなかった。くそっ。 「なあ、その被害妄想とやらは『奥ゆかしい』なんて伝統美溢れる日本語にはどうしても置き換えられないものなのか?」 「物は言いようだね。と、話を戻すけど、」 俺の要求をあっさり流しやがった。 「キョンに足りないのは学習意欲だと僕は考えている。未来、なんて漠然としたものが相手だとどうしたって息は続かないし、努力に見合った対価が確約されていないから僕らの年齢では中々割り切れないだろう。仕方ない事だ。だが、仕方ないと諦めて対抗策を講じないのは、これはまた別の問題だね」 それは昨日までの俺を皮肉ったんだな、そうなんだろ、佐々木。あ、コイツ聞いてねえ。 「例えば僕を引き合いに出すと、モチベーションを維持する為に一定の修学ごとに自己の下らない欲求を一つ満たすことを許可している。僕としては君にもそういったものが有るとベスト――とまでは言わずともベターではないかと考えているんだが」 ……なんだか馬を走らすのに人参を鼻先にぶら下げるみたいな話だな。脳味噌の構造が草食動物代表と余り変わらないのは、まあ、忌々しいが認めるさ。 「みたい、じゃないね。まったく一緒の事さ。我ながら安易が過ぎるとは思うよ。だけど実際これが一番モチベーションを維持させるのに適した方法だと、これは色々な試行錯誤を繰り返した僕なりの結論だ。即物的だと自分でも笑ってしまう」 くつくつと自嘲混じりに笑う少女だったが、その語る内容とは裏腹に俺にはどこかその姿が朗らかに見えていた。その姿にどこか違和感を覚える。 なんだろうか、これは。 「なんか、お前変わったか?」 「ああ、それは……まあ、君になら話してもいいか。恥ずかしい話さ、自身の精神性の幼さを僕はそれなりに受け入れてしまってね。どころか自己分析するとどうやらそんな自分を楽しんでいる節すら見受けられるほどなんだ。中学の頃とはその辺りが確かに変わってしまったかも知れないな」 十分に大人びてるだろ、お前は。うちのお袋よりも、ともすれば精神的に老成していると俺はお前を評価しちまっているくらいなんだぜ。 「それは流石に間違っていると言い切らせて貰うよ、キョン。それとも家族だから君には近過ぎてちゃんと見えていないのかな。君のご母堂は僕なんかでは及びも付かないしっかりした方さ」 いやいや、そんなことはないぞ。メモを持って買い物に行って、メモの存在を忘れて二度手間とかはしょっちゅうだしな。 「そんなのは心の成熟とは何の関わりもないよ、キョン」 心の成熟、ねえ。 「余裕、とでも言い換えるべきかな。知識と経験から来る広い安全域の事さ。僕にはどちらも足らない」 「悪いが俺にはよく分からんな。心臓に毛が生えるとは何が違うんだ……と、終わったぞ。答え合わせと間違ったトコの解説を頼む」 一字一句に至るまでボールペンで書かれた佐々木お手製のプリントは、いつこんなものを作成しているのかと睡眠時間を本気で危ぶむくらいのクオリティだった。文字をパソコンで打ち直すか、長門に清書でもさせれば十分に店で売れるだろう。 「いや、それはキョンに合わせて作ったものだから他の人に転用は利かないさ。君の理解が及んでいる、もしくは口頭での説明で十分だと思った内容に関しては飛ばしてある。飛び石のようなものでね」 ふむ、つまりRPGで言うなら経験値の高いモンスターに的を絞った狩りが出来るようになっているわけだな。 ……やっぱりお前、寝てないんじゃないか。 「目の下に隈でも出来てしまっていたかな?」 「見当たらん。だがな、昨日の家庭教師終了時刻やらを考えればソイツは自明の理だ」 根を詰めるな、と続けると佐々木は微笑んだ。いや、笑うところでは決してないぞ、ココ。 「困ったな、キョンに心配をさせるつもりはなかったのだけれど」 そう言う佐々木が一つも困っている顔に見えないのは、俺の目が知らぬ内にとんぼ玉か何かにすりかえられちまっているせいだろうか? 節穴という可能性も捨てきれない。 「君の期末テストまでは推察の通り、少々睡眠時間を削減する予定だよ。平時より一時間削るだけだからそう重荷に感じないでくれ」 一時間で作れる量のプリントじゃないだろ、これは。未来人か宇宙人の手でも借りないと無理だ。 「そんな事はしないさ。僕ら学生にのみ許された『内職』という特権の方は十分に活用させて貰っているけれども。そういえば」 少女は軽快に走らせていた赤ペンの動きを止めると俺の顔を見た。まるで値踏みするように。そしてまた、楽しそうにも見える表情で。 「涼宮さんとの関係は修復出来たかい?」 と、問うのだった。
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涼宮ハルヒのゆううつ 妖魔夜行ver. の後書きです。(ネタばれしてますので注意) この物語は涼宮ハルヒの憂鬱がガープス妖魔夜行の世界観で成り立っていたなら、どんな世界が紡がれるのか、といいますか、ガープス妖魔夜行の世界と涼宮ハルヒの憂鬱は相性がいいのではないかと思い、書き始めたものです。 どこが違うの?と指摘があったように実際すごく相性はよかったということになります。普通のSSとは楽しみ方が違っちゃってますが、その辺は作者の趣味とご理解ください。 とりあえず、舞台となるガープス妖魔夜行について、少し説明が必要ですね。 妖魔夜行シリーズは、ハルヒと同じ角川スニーカー文庫を中心に展開されたライトノベルで、妖魔夜行(1991~2000年)と続編の百鬼夜翔(2000~2005年)が出版されています。 ストーリーの特徴は、SS内でも紹介した実在する『妖怪』をストーリーのメインに据えています。 重要なのは、この『妖怪』とは、 ・猫又、河童など一般的に妖怪と分類されるもの ・オーディン(北欧神話)、アテネ(ギリシア神話)など信仰される神々 ・人面犬、トイレの花子さんなど都市伝説 ・暴行された女性の怒りが実態化したヒューリー、理想の社会の歯車 妖怪サラリーマン など、人がその存在を信じる、もしくは、愛情・憎しみ・信仰など人の想いを反映して、『妖怪』が存在するという設定です。 そして、妖怪の強さは、主にそのことへの人の想いとその妖怪が生きてきた時間に影響されます。 したがって、最強の存在が本作の『あれ』となるわけです。 まあ、これ以下は超ネタばれですので、本編を読んだ後にどうぞ。 こんな作品ですが、ここまで読んでくれる人がいたなら、作者として感謝に絶えません。 敬具 では、超ネタばれキャラ設定をお話しますと・・・反転してますw 涼宮ハルヒ(人間) 3年前に滅びた最強の妖怪から力と呪いを受けた不幸な少女。キョンとの出会いは彼女にとって救いとなるのかな。 キョン(人間) 涼宮ハルヒと出会って『妖怪』の存在を知ることになり、いろいろと巻き込まれる本作の主人公。いいひと?「いい人って、神様みたいだね。感謝してよし、不満を言ってよし、いなくてもいい。」とはわたしは思わないんですけどね。 長門有希(文車妖妃) 妖怪団員そのいち。文章の妖怪である文車妖妃は妖魔夜行の東京での戦いで消滅しましたが、あまりにぴったりだったので、現代風にアレンジして復活。でも、3歳だからちょっと弱く、世間知らずなところあり。 百鬼夜行に登場する巨大ネットワーク『バロウズ』所属。バロウズの位置づけは、広域組織。(広域暴○団?) 朝比奈みくる(『禁則事項』) 妖怪団員そのに。でも、『禁則事項』で正体は『禁則事項』なのです。未来からきたのも本当。 妖怪タイムマシンもいずれ生まれることでしょうしねえ・・・ 古泉一樹(人間:微妙超能力者) 笑顔はくせですよ?超能力者ですが、ほとんどの場所で使えないという欠点あり。 原因は、SS読んでねw ちなみに、彼の『相棒』も妖魔夜行本編からの登場となりました。 ネットワーク『機関』所属。『機関』の位置づけは、日本政府直属の妖怪組織。 鶴屋さん(ちゅるや人形) 『鶴屋家』のリーダーだけど、鶴屋さんとちゅるやさんを同時に出したかったんですよ。 ちなみに、『鶴屋家』の位置づけは、妖怪的には地元集団。(地元○くざ?) 朝倉涼子(ミセリコルデ) ナイフの名前が決まった時点で、運命が変わっちゃったのは秘密。猟奇殺人犯が使っていたナイフに対する恐怖から暗殺を生業とする妖怪として誕生、生活している。 悪のネットワーク『ザ・ビースト』に力を貸してるけど、所属しているわけじゃない。 オリジナルな妖怪さんです。 サンダルフォン(天使) エヴァのあれが元ネタじゃなくて、ユダヤ教の天使の中で、妖魔夜行に登場せず、モーゼを導いたというメタトロンの兄弟で胎児の性別を決める天使。 つまり、誕生を司る天使という位置づけが気に入って採用。人間を見下しているのは、天使の特徴ですね。 『機関』メンバーズ 新川さん(幻の日本兵) フィリピンで日本兵発見というガセ情報があったのを思い出して、作ったオリジナル妖怪。 スネークはコードネームですよ?『機関』所属。 筒井さん(戦艦 大和) 名前だけ登場。戦艦の名前は地方名なので、その名前に由来する人物から。強さが三戦艦中二番目なのは秘密です。 坂本さん(戦艦 土佐) 名前も出てません。戦艦3人の中で一番強い人。これは、戦争中に日本の子供たちがあの土佐があったら・・・と思ったという話を聞いて決定。 廃墟で有名な軍艦島の名前の由来でもありますよ? 天城さん(戦艦 天城) 地震が大嫌いな戦艦3人衆で一番弱い人。関東大震災で壊れて処分されたのが原因なのでした。 UFO、ゼロ戦、カマイタチなどは正規の所属ではなく、お手伝い組です。 忘れてました。本SSの栄えある最初の妖怪さんに気づいた人は相当妖魔夜行に詳しい方のはずです。 キョンにお小遣いをあげた渡橋のおばさん・・・実はこの方は妖魔夜行本編にも登場する渡橋 八重さんという縁結び神社の大注連縄(おおしめなわ)という妖怪さんなのです ♪ 長くなっちゃうのでこのくらいにしますね ♪ 、
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「はぁ…はあ…、くっ…!」 俺は走っていた 息を切らしていた …… ああ…やっぱみんな揃ってやがる… …… …疲れた 「キョン…遅い!!罰金ッ!!」 高々に罰金宣告を放つ団長様。 「…俺がいつも最下位っていうロジックは変わらないわけだな…、」 「遅れてくるあんたが悪いんでしょ!?」 「まあまあ涼宮さん。彼も疲れてるようですし、このへんにしておきましょう。」 「そ、そうですよぉ。キョン君息まで切らしてるみたいですし…。」 古泉と朝比奈さんが仲介に入ってくれる。 「ふん、頑張ってきたことを認めたって、あんたがビリなことには変わりないんだからね!」 「…そんなことわかってるぜ。別に事実を否定しようとは思わん。だから、早く中へと入らして休ませろ…。」 そんなこんなで、俺たちは喫茶店へと入る。 椅子へと座る。 …… ふう… やっと一息つけたぜ。 「やはり、昨日の疲れはまだとれませんか?」 口を開く古泉。ハルヒはというと、長門や朝比奈さんと一緒にメニューを眺めている。 「当たり前だろう…そういうお前こそどうなんだ?内心はかなりきつかったりするんじゃないのか?」 「…確かに、きつくないと言ってしまえばウソになります。ですが、その疲労もあなたと比べれば 大したことありませんよ。あそこに残り、最後まで涼宮さんと一緒に戦い続けた…あなたと比べればね。」 「さ、あたしたちのは決まったわよ!男性陣もとっとと決めちゃいなさい!」 そう言ってメニュー表を渡すハルヒ。 「何に決めたんだ?あんま高価なもんは勘弁してくれよ、払うのは俺なんだからな。」 罰金とは即ち、全員分の食事をおごること…SOS団内ではそういうことになっている。 もっとも、それを毎回支払うのは俺なんだが…。 「あのね、あたしだってそこまで鬼じゃないわ。せめてもの慈悲として、一応1000円は 超えないようにしているもの。あたしが頼むのはね、そこに載ってる…これよこれ!」 「…このチョコレートパフェ、値段が800円なんだが…」 「つべこべ言わない!そんくらい払いなさい!そもそも、遅れてくるあんたが悪いんだから!」 何が、あたしは鬼じゃない…だよ…。それどころか、棍棒を装備した鬼といえる。 「…キョン君、財布が苦しいようでしたら、いつでも相談してきてください。 機関でそのへんはいくらでも工面できますから…。」 ハルヒに聞こえないよう小さく耳打ちする古泉…って、マジか!?それは非常に助かる… 「いつもいつも払ってもらってゴメンねキョン君…なるべく私安いのを頼むから…!」 そう言って朝比奈さんが指したのは…この店で最も安い120円のオレンジジュースであった。 「私も…朝比奈みくるに同じ。」 「奇遇ですね。僕もそれを頼もうと思ってたところなんですよ。」 長門、古泉が言う。 …つくづく、俺は良き仲間に恵まれたと思う。なんだかんだで3人とも俺に気を使ってくれている。 まったく、どこぞの天上天下女に… 一回みんなの爪の垢を煎じて飲ませたいくらいだ。 「え、えぇ!?みんなオレンジジュースにするわけ!?」 動揺するハルヒ。 「みたいだな。ちなみに、俺自身もそれを頼もうと思ってる。」 「あんたの注文なんか聞いてないわ!!」 そうですか… 「だってみんなオレンジジュースな中、あたしだけデザートっていうのもバカらしいじゃない!? しかも結構でかいから食べ終わるのに時間かかるし…!!あぁ…もう!!じゃあ、 あたしもオレンジジュースでいいわよ!!良かったわねキョン?みんな安い物選んでくれてさ!」 これは驚いた。なんと、俺たちは意図的ではないにしろ、あの涼宮ハルヒ自らの決断を… 覆してしまった!!歴史的瞬間とはこのことか!こんなの今までなかったことだぜ…? …なるほどなぁ、ようやくハルヒも人の痛みがわかる道徳人間へ進化したってわけだ。 「何ボケっとしてんの!?そうと決まれば、早くみんなの分注文しなさい!」 前言撤回。俺の勘違いだったらしい。 …… 「じゃ、いつものクジ引いてもらうわよ!」 SOS団恒例のクジ引きである。不思議探索にて二手に分かれる際、 その人員采配として、この手法が導入されている。 …… 皆、それぞれハルヒからクジを引く。 「おや、僕のには印はないようです。」 「私にもないです。」 「ん?俺もだな。」 ということは… 「え…!?じゃあ、あたしと有希!?」 「そういうこと。印があったのは私とあなただけ。」 …珍しいこともあるもんだ。まさか、組み合わせが俺・古泉・朝比奈さんとハルヒ・長門に分かれるとは。 「有希と二人っきりなんて、なかなか無い機会よね~今日はよろしくね有希!」 「こちらこそ。」 ジュースを飲み干し、会計を済ませた俺たち。そういうわけで俺たち5人は…不思議探索とやらに励むのであった。 「いつも通り、5時に駅前集合ね!」 そう言って、長門とともに商店街のほうへと歩いていくハルヒ。 「なるほど、涼宮さんたちはあちらに向かわれたようですね。我々はどうしましょうか?」 「そうだな、とりあえず俺は…落ち着いて話ができる場所に行きたいな。 朝比奈さんはどこか行きたいところはありますか?」 「いえ…特にないですよ。お二人の好きなところで結構です♪」 「そうですね…では、図書館にでも行きませんか?あそこでしたら静かに話をするには悪くない上、 暖房も聞いていますし…ちょうどいいのではないかと。さすがに、また喫茶店やファミレス等に入るのも… あなたたちには分が悪いでしょう?」 「いや、俺は別に…それでも構わんが。」 「でも、さっき私たちジュース飲んだばかりですよね。昼食だって家で既にとってますから…、お店に入っても、 特に進んで何かを頼む…というわけではないんですよね?でしたら、私も図書館がいいと思います。 話してばかりで何も頼まないようでしたら、お店の人に迷惑がかかるかもしれませんし…。」 …確かにその通りだ。朝比奈さんの指摘もなかなか鋭い。 「決まりですね。では、図書館へ向かうとしましょう。」 俺たちは歩き出した。 「それにしたってなぁ…ハルヒのヤツも、今日くらいは集合かけんでよかったのにな… いくら今日が日曜で不思議探索の日だからって…。ついさっき、12時間くらい前か? 俺たち…この世界の危機に立ち会ってたんだぜ!?」 「仕方ないですよ。涼宮さんは…神に纏わる一切のことを忘れてしまったのですから。 昨夜の一連の記憶がないんです…二日前から今日にかけての日々は涼宮さんの中で 【いつも通りの日常】として補完されているはず、つまり【無かった】ことにされているんです。 であれば、日曜恒例の不思議探索を、彼女が見逃すはずはありません。」 「…まあ、それもそうだよな…あいつ、覚えてないんだよな…。」 …… 「それにしたって、今朝お前に…家まで車で送ってもらったことに関しては、本当に感謝してるぜ。 脱力しきって動く気すらなかったからな…とても家まで自力じゃ帰れなかった。 それと…朝比奈さんもいろいろとありがとうございました。」 「感謝なんてとんでもない。当然のことをしたまでです。」 「そうですよ…私たちなんか、キョン君と涼宮さんが闘ってる間、何もできなかったんですから… むしろ、今か今かと二人を助ける時を待ってたくらいなんですから!」 「古泉…。朝比奈さん…。」 …古泉・朝比奈さん、そして長門の三人にしてみれば、これほど歯痒い思いもなかったかもしれない。 できることなら、神を消し去るそのときまで…俺やハルヒと一緒に闘い続けたかったはずだ。 「…それにしても、三人ともよく俺とハルヒが倒れてる場所がわかったな。」 「前例がありましたのでね、推測は容易かったです。」 「前例?」 「以前、あなたが涼宮さんと二人で閉鎖空間を彷徨われたことがありましたよね。 あそこから帰ってきたとき…気付けば、あなたはどこにいましたか?」 「どこにって…自分の部屋のベッドだな。お前にも前にそう話したはずだぜ。」 「そうですね。で、そのあなたの部屋とは…即ち、涼宮さんによって 閉鎖空間に呼ばれた際、あなたが現実世界にて最後にいた場所というわけです。」 「まあ…そういうことになるな。ベッドに入りこんで眠った直後、俺は閉鎖空間にいたわけだからな。」 「その理屈を今回の事例にも当てはめた…ただそれだけのことです。」 「…なんとなくわかったぜ。」 「今回涼宮さんが閉鎖空間を形成するに至った契機となったのは…長門さんが隣家を爆破した、 あの瞬間です。とは言っても、あくまでそれはキッカケにすぎません。決定打となったのは… 朝比奈さんが涼宮さんをかばい、敵からの攻撃を被弾した…あのときでしょうね。」 「わ…私ですか…?」 …血まみれになった朝比奈さんを思い出す。 …… 確かに、精神的ストレスとしては十分なものだったかもしれない。 「その時点での涼宮さん、及びあなたの立ち位置はどこでしたか? 涼宮さんの家の前でしたよね。それさえわかれば、後は何も言うことはないでしょう。」 「俺たちが現れる場所も、つまりはハルヒの家の前だと。」 「そういうことです。」 「…なるほど、簡単な理屈だな。それにしても朝比奈さん、昨日は無事帰れましたか?」 「それはもちろん!森さんがちゃんと私たちを送ってくれましたから!それにしても… 彼女の見事なハンドル捌きにはあこがれちゃいます!私もあんなカッコイイ女性になりたいです…。」 …新川さんの運転もやけに上手かったな。その証拠に、 ハルヒ宅から俺の家に着くまでの時間も…随分短かった気がする。…機関はツワモノ揃いだな。 …… ------------------------------------------------------------------------------ 闇だった 意識を失った俺を待っていたのは …闇だった …… 俺はどうなるんだろうか?このまま永遠に目を覚まさないのだろうか? …そんなことがあってたまるか…!俺は…生きてハルヒに会わなきゃいけないんだ…! …… 誰か…助けてくれ…っ! …… …? 何か声がする… 誰かが俺を呼んでいる …… 古泉…? 長門…? 朝比奈さん…? ……みんな…? 「ッ!!」 …… 「こ…ここは…?」 「!?目を覚ましたんですね!!」 「キョン君…!!無事で…何よりです…!」 「…本当に良かった…。」 …… 仲間たちの姿が…そこにはあった。 「俺は一体…」 「本当によくやってくれましたよあなたは…涼宮さんと一緒にね。」 「涼宮…。」 …… 「そうだ…ハルヒは!?」 すぐに立ち上がり、辺りを見渡す。なんと、横にハルヒが倒れているではないか。 …… ハルヒ…また会えたな…っ! 「おいハルヒ…大丈夫か!?ハル」 言いかけて口を閉じる。 …… 『明日にでもなれば…神だの第四世界だのそういうことを一切知らない、 ちょうど三日前の状態のあたしがいる…と思うわ。』 そうだ…。このハルヒは、昨日今日のこのことを覚えていない。神に纏わる全ての記憶を。 『ええ…残念だけど。でも、あたしはそれでいいと思う… 普通の、一人の少女として生きるのであれば、こんな記憶…邪魔以外の何物でもないもの。』 わかってるさ。そのほうが…ハルヒは幸せに生きられるもんな。 …とはいえ、それはそれで悲しいもんだ。もう、【あのハルヒ】には会えない…ってのは。 「涼宮さん、まだ起きないんですよね…。どうしましょう?」 「キョン君も起きたところですしね。呼びかけてみましょうか?」 「!待ってくれ古泉…!ハルヒは…このままにしておいてやれないだろうか?」 俺は…事ある事情を話した。 …… 「なるほど…言うなれば、涼宮さんは三日前の状態に戻った…というわけですね?」 「…ああ、そうだ。だから」 「言いたいことはわかりました。涼宮さんはこのままにしておきましょう… それもそのはず、前後の記憶がないのであれば 今ここで起こすわけにはいきませんからね。 『どうしてあたしはこんな外で寝ていたの?』、このような質問をされてしまっては 不都合なことこの上ないでしょうから。」 …さすが古泉。お前の理解力には脱帽だぜ。 「となれば…。朝比奈さん、長門さん 頼みがあります。」 「な、何でしょう!?」 「これから二人で涼宮さんを背負って…彼女の部屋、できれば寝床まで 連れて行ってもらえないでしょうか?少々きついとは思いますが…。」 「あ、そっか…目を覚ましたときにベッドの上にでもいれば、 涼宮さん自然な状態で起きられますもんね!私…頑張ります!!」 「了解した。涼宮ハルヒはきっと部屋まで連れて行く。」 「お、おい古泉!?ハルヒくらい俺一人で背負って行ってやるぞ!? 何も長門と朝比奈さんに頼まなくても…しかも、長門は未だ能力が使えないだけあって 体は生身の人間なんだ。いくら二人がかりとはいえ…それなりの負担にはなっちまうぞ!」 「だ、大丈夫ですよキョン君!すぐ着く距離ですから!」 …? …… そういえば 俺は…ここがどこかをよく把握してなかった。起きたばかりで、いささか余裕がなかったせいか? 隣には見慣れた家がある。いや、見慣れたとかそういう次元の問題ではない…か。 そりゃそうだ。なぜなら、それはさっきまで俺たちが一緒にいた家なんだからな。 …つまり、俺たち二人はハルヒの家の前で倒れていた…というわけだ。 「いや…、それでもだな…。」 「今は涼宮ハルヒのことは私たちに任せて、あなたは休息をとるべき。あなたは今、心身ともに衰弱している。」 「何言ってやがる長門?俺はこの通り…」 …どうしたというんだ?足に力が入らない…?気のせいか、体もふらふらする。 「キョン君…私からもお願いします、どうか今は休んでください! 自分では気付いてないのかもしれないけど…すっごく疲れきった顔してるんですから!」 何…!?今の俺の顔はそんなに酷いというのか。 「彼女たちもそう言ってくれてるんです。ここは素直に従ってくれませんか?」 「あ、ああ…わかった。じゃあ、ハルヒをよろしく頼みます…朝比奈さん、長門。」 「はいっ!任せてください!」 「では朝比奈さん、長門さん…涼宮さんを運び終えたら、しばらくの間、彼女の家で 待機してていただけませんか?こんな夜遅くに女性が一人外を出歩くのは…危険ですからね。 長門さんも今は普通の人間なわけですし。というわけで、これから森さんに電話を入れます。 彼女の車がここに来たら、それに乗り…家まで送っていってもらってくださいね。」 「古泉君…ありがとうございます。じゃあ、お言葉に甘えます!」 「それと、すでに新川さんには電話を入れてあります。彼にはキョン君を送っていってもらいましょう。」 「古泉…すまんな。」 「いえいえ、こんなときのために機関の面々はいるようなものですから。」 「じゃあ、長門さんはこっちをお願いします!」 「了解した。」 ハルヒの肩を担ぎ、彼女の家へと入ってゆく二人。 「おや、もう来たみたいですね。」 ふと、道の横に黒塗りの車が停まっているのが見える。 「…いつ呼んだんだ?」 「3分前くらいでしょうか。あなたが目を覚ます直前くらいですね。」 …相変わらず仕事が速い新川さんである。 「さて、森さんにも電話を入れました…じきに彼女もココに来るでしょう。では、車に乗るとしましょうか。」 新川さんの車に同乗する俺と古泉。 「今日は本当にお疲れ様でした。帰ってゆっくりとお休みください。」 「…どうもです。新川さんも、夜遅くお勤めご苦労様です。」 「ははは、あなたの偉業と比べれば、私の働きなど足元にも及びませんよ。」 フロント席から俺に話しかける新川さん。 …… 「古泉…大丈夫か?そういうお前も随分疲れてるように見えるが…。」 「おや、そう見えますか?だとしても、弱音を吐くわけにはいきませんね。 これから僕は一連の事後処理に追われるわけですから。」 「これからって…まさか今からか??」 「ええ、そうです。」 「……」 時計を見る。今は午前の2時である…。 「新川さんの車で本部に帰ったら、ただちに仕事のスタートです。神は一体どうなったのか、 涼宮さんの能力の有無は…、調べるべきことは山ほどありますよ。」 …確かに、それは気になる。何よりも、神がどうなったかということが。 「…僕個人の勝手な推測で言わせてもらうと、神は消滅したのではないか?そう考えてます。現に今、 この世界に何も異変が起こっていない…それがその証拠かと。仮に時間を置いて世界を滅ぼすつもりで あったとしたら、地震や寒冷化などといった何らかの前兆が観測されてしかるべきはずですからね。」 「…そう信じたいものだな。」 「場所は、ここでよろしいですかな?」 気付けば俺の家の前まで来ていた。 「新川さん…ありがとうございました。そして古泉…大変とは思うが、どうかほどほどにな。」 「はい、心得ておきます。では、お休みなさい。」 「おう、またな。」 …さて、家に入るとするかな。…合いカギもってて助かった。 …… 部屋へと戻った俺は…ベッドに倒れ込んだ。…もはや何も考える気がしない。 気付くと俺は寝ていた。 …? 携帯が鳴っている。はて、目覚ましをセットした覚えはないのだが…。 …ああ、なるほど。電話か。窓からは日が射している…起きるには十分な時間帯、というわけか。 とはいえ、昨日あんなことがあったばかりだ…正直言うと、まだ寝ときたい。 …電話? …… まさか…ハルヒに何か!? 「もしもし、俺だ!」 「こぉ…んの…!!バカキョンッ!!今どこで何やってんのよッ!!?」 「おわ!?」 …驚くのも無理ないだろう…?まさかの本人ですか。 「は、ハルヒ…?何の用だ??」 「はぁ!?まさか忘れたとは言わせないわよ!?今日は不思議探索の日でしょうが!!」 「…今何と言った?不思議探索だと!?なぜ今日するんだ??」 「あんたがそこまでバカだったとはね…今日は日曜でしょう!?」 …確かに今日は日曜日だ。なるほど、いつもこの曜日、 俺たちSOS団は町へと出かけ、不思議探索なるものをしている。…だが 「昨日あんなことがあったばかりだろう?それでも今日するのか??」 「あんなことって何よ??いい加減夢の世界から覚めたらどう!?」 …しまった。そういや、ハルヒはこの三日間のことは…覚えてないんだっけか?? 「とにかく!!今すぐ駅前に来ること!!いいわね!?」 「…ちょっと待ってくれ。今すぐだと!?いくらなんでも急すぎやしないか??」 「何言ってんのよ!?今日の3時に駅前に集合ってメールしたじゃない!!」 「そ、そうだったのか??」 「まさかあんた、今起きたとかいうんじゃないでしょうね…?失笑通り越して笑えないわよ…。」 「わかったわかった!!今すぐ行くから!!じゃあな!!」 電話を切る俺。 …マジだ。メールが来てやがる。って、今3時かよ!?こんなに寝てたのか俺!? …… 幸いだったのは、俺が着ているこの服が外出着だったってことか。 もちろん、いつもなら寝間着なんだがな…昨日が昨日なだけにそのまま寝ちまった。 とりあえず、これなら財布・カバン・自転車のカギを身につけ、上着を羽織りゃすぐにでも直行できる。 身支度を終え、部屋を飛び出す俺 「あ、キョン君!やっと起きたんだね!」 廊下にて、妹に見つかる。 「私がどれだけ叫んでも、キョン君ぐっすりだったんだよ? でも今日は休日だから!さすがにドシンドシンするのは勘弁してあげたの!」 ドシンドシンとは…寝ている俺めがけ、トランポリンのごとくヒップドロップをかます 妹特有非人道的残虐アクションのことである。もっとも、妹にその気はないらしいが… って、俺は妹の叫び声でも起きなかったのか。どんだけ熟睡してたんだ? 「ちょっと疲れててな…起きるのがすっかり遅くなっちまった。とりあえず、俺は今から出かけてくるぞ。」 「ええー?今からお出かけ?あ、わかった!SOS団の人たちと何かするんだね?」 「…お見通しってわけか。ああ、そうだぜ。」 「行ってらっしゃ~い。あ、でもキョン君今日まだ何も食べてないじゃない?大丈夫~?」 しまった。そういや今日…俺はまだ何も食べていない。あれ?デジャヴが? …あー、昨日もそうだったか。そのせいで俺たちは…あの後マックへと行ったわけだ。 だが、今回はそうもいくまい。なぜなら、不思議探索をやるこの日に限って…しかも昼3時までに 昼食をとっていないなどというのは、ハルヒ的に考えられないからだ…! まあ、別にいいか。食べてる時間などないし…。それに、昼飯なら探索時にどこかで適当なもん買って 食えばいいだけだろう…。外に出た俺は自転車に跨ると、すぐさま駅へと向かった。…全速力でな。 …… 駅前の駐輪場に自転車を置いた俺は、すぐさまハルヒたちのもとへと走るのであった。 ------------------------------------------------------------------------------ …ちょっと回想してみたが。ホント、昨日今日と忙しい日々だった…。 …… おお、ちょうどいいところに店が。 「ちょっとコンビニ寄ってもいいか?」 「いいですよ。何か買うんですか?」 「ちょっと飯を…な。今日まだ何も食べてねえんだよ。」 「え、そうだったの!?それなら私、あんなこと言わなかったのに…。」 あんなこと…?ああ、あれか。 『でも、さっき私たちジュース飲んだばかりですよね。昼食だって家で既にとってますから…、お店に入っても、 特に進んで何かを頼む…というわけではないんですよね?でしたら、私も図書館がいいと思います。』 「いえいえ、いいんですよ朝比奈さん。古泉や朝比奈さんが何も頼まない横で俺一人だけ 何か食べるというのも…なんとも心苦しいですから。何より、二人が手持ち無沙汰でしょうしね。」 「別に私…そんなこと気にしませんよ?」 「ありがとうございます。でも、俺は飲食店に入ってまで大それた食事をとるつもりはないんですよ。 だから、軽い食事でOKなんです。」 「な、ならいいんですけど…。」 「では、我々はキョン君が食事をとり終わるまで暇を潰しておくとしましょう。 朝比奈さんは…何かコンビニで買うものはあったりしますか?」 「いえ…特にないですね。」 「なら、雑誌でも見ていきませんか?女性誌やファッション誌、漫画など… 未来から来た朝比奈さんには、この時代の雑誌はなかなか興味深いものと思われますよ。」 「!それもそうですね!面白そうです…!」 「というわけで…私たちは立ち読みでもしときますので、あなたはどうかごゆるりと。」 「すまんな古泉。」 とはいえ…あまりにマイペースすぎても2人に申し訳ないので、一応それなりのスピードで食させてもらうとする。 …… おにぎりと肉まんを買い、外に出た俺。 さて、食べるか…。 「ん?まさかこんなとこであんたと会うとは。」 「こんにちは。あ、それ肉まんですか?私はアンまんのほうが好きですね!」 …… いかん、うっかり手にしていたおにぎり&肉まんを落としそうになった。 「…どうしてお前らがここにいる…!?」 藤原と橘が、そこにいた。 「どうしてって…単にコンビニに飯を買いに来たってだけだ。」 「私も同じく!」 『単にコンビニに飯を買いに来たってだけだ。』 …こう言われては、俺もどうにも言い返せないではないか… なぜなら、コンビニに飯を買いに来ることはごく自然なことだからだ。当たり前だが。 「そうかよ…ならいいんだがな。それにしたって、俺は忘れたわけじゃねえぞ! よくも…朝比奈さんを血まみれにしてくれたな!?」 「ああ、あれか。あのことで僕たちに文句言われても困るんだがな。やったのは九曜だし。」 「もっとも、その九曜さんは今ここにはいませんけどね。」 「そういう問題じゃねえだろ!?九曜とか何とか関係ねえ、連帯責任だ!」 「うるさいやつだな…第一、九曜にそうさせたのはどこのどいつだ?」 「あれって言わば正当防衛みたいなものですからね。私たちが非難される所以はどこにも ありませんよ?誰かさんが家を爆破したりしなきゃ、こんなことにはならなかったんですから。」 …確かに、もとはと言えば、偽朝比奈さんに唆された俺が藤原一味を敵だと思い込んだことが 全ての発端か…そのせいで、長門や古泉は連中に対して先制攻撃に打って出ちまいやがった…。 「ま、どうせ異世界から来た朝比奈みくるにでも騙されてたってとこなんだろ?」 「……」 言い返せない。 「あらら、図星みたいですね。せっかく藤原君があなたに『朝比奈みくるには気を付けろ。』 って忠告したのにもかかわらずね。人の話はちゃんと聞かないとダメですよ?」 「?何のことだ?」 「え?藤原君が言ったの覚えてないんですか??」 …? 「それなんだがな、橘。実はそんときの記憶、こいつから消した。」 「ええーっ!?どうしてそんなことしちゃったんですか??」 「僕や九曜が暗躍してることを知られたらいろいろと面倒だろ?そう思って 消したんだよ。それにこいつ自身、結局僕の忠告に従わなかったしな。」 「そのときは従わなくても、途中で考えが変わったりしたかもしれないじゃないですか! 藤原君のせいで…キョン君が私たちを敵だと思い込んだようなものですよ…!? 結果として、私たちは朝比奈みくるを討てなかった!どうしてくれるんですか!?」 「おいおい落ちつけよ…いずれにしろ、目の前にいるこいつの働きのおかげで 世界は救われたんだから…結果オーライ。それでいいじゃないか。」 「そういう問題じゃないでしょ!?いつまでもそんなルーズな性格だと またいつか、同じようなミスをしちゃいますよ!?」 「わかったって…わかったから。すまんかった橘…」 「わかればいいんです。」 さっきからこの二人は… 一体何の話をしてるんだ??…俺にはわからない。 ただ、【怒る橘】と【それに頭を下げる藤原】との対比に驚愕したのは言うまでもない。 「そういうわけで、それじゃキョン君も仕方がないですよね。 今回は双方に落ち度があったと…そういうことにしておきます。」 どうやら、俺にも落ち度とやらがあったらしい。まあ…今となってはどうでもいいが。 「何はともあれ、昨日今日は本当にお疲れ様でした!キョン君。ほら、藤原君も言う!」 「…何で僕がこいつなんかに?今お前が言ったんだから、別にいいだろう。」 「よくないです!こんなときに意地張っちゃってどうするんですか!?だから藤原君は…」 「わかったわかった…言えばいいんだろ?…お疲れ様でした。」 「あ、ああ…。」 「さて、じゃあ私たちは買い物に行くとしましょうか。じゃあねキョン君!」 颯爽とコンビニの中へと入って行く橘と藤原。…まったく、嵐のような二人だったな。 何がどうだったのか…結局よくわからなかった。 …って、これはまずいんじゃないのか??もし…中で立ち読みしてる古泉と朝比奈さんが あの二人と鉢合わせでもしてしまえば…!!俺と違って事情を知らないだけに… 非常にややこしいことになるのは間違いない!!最悪の場合…喧嘩沙汰になるぞ!? …… 用事を済ませたのか、中から出てくる二人。 「それにしても、最近の藤原君はコンビニ食ばかりですよね…?気持ちはわかりますよ。作る手間が省ける分、 楽ですもんね。でも、それも程々にしておいたほうがいいかなーと。栄養が偏りますし。」 「何でお前なんかに心配されなきゃならない!?関係ないだろ!?」 「関係なくないです。また何か共同作業があったとき、体調でも崩されたらたまったもんじゃありませんから。」 「そういうお前はいいのか??自分だってコンビニで弁当買ってたじゃないか…。」 「私は た ま に だからいいんです。それに、私がコンビニを利用するときって たいていは雑誌やライブチケットの予約ですからね。今だってほら…予約してきました!」 「…EXILEのライブ…か。この時代の人間じゃない自分にはよくわからん…。」 「今すっごく人気のグループなんですよ!?一回藤原君も未来へ帰る前に聴いておくべきです。」 「はぁ…そうかよ。」 …… 「あれ?キョン君まだそこにいたんですか?」 「…何やってんだあんた?僕たちが中へ入ってから出て来るまでの間、 おにぎりの一つさえも食ってなかったのか?…呆れるな。」 「そうですね…肉まん冷えますよ?じゃあ、私たちはこれで。またねキョン君!」 「ふん、意味不明なやつ。よくあんたのような人間が世界を救えたもんだ。」 「何言ってんですか!?さっさと行きますよ??」 そう言い残し、去って行く藤原と橘。 …… 突っ込みたいことは山ほどあるんだが…今は自重するしかない。とりあえず外から中を眺めていたが… 結局、両者が互いに鉢合わせすることはなかった。運が良かったんだろうな…要因は2つ。 1つは古泉・朝比奈さんが立ち読みに夢中になっていた…ということ。 もう1つは藤原・橘の二人が雑誌コーナーに立ち寄らなかった…ということ。 この2つが掛け合わさり、見事に衝突は回避。めでたしめでたし…というわけだ。 …… いや、全然めでたしじゃない…無駄に時間をロスした分、一刻も早く食事に手をつけねばならない… 「食べ終わったようですね。」 「ああ…おかげ様で、ゆっくりと食べることができたぜ。」 「それはよかったです!私も私で、ゆっくりと雑誌を眺めることができました!」 「何を読んでたんですか?」 「ファッション誌をね。特に、可愛い衣服やアクセサリーなんかは… 見ててほしくなってきちゃいました!この時代の衣料品もなかなか興味深かったです…!」 「気に入ってもらえて嬉しいです。勧めた甲斐があったというものですよ。」 「そういう古泉は何を読んでたんだ?」 「芸能系の雑誌をちょっと。政治の裏金や特定企業・芸能事務所間の癒着及び秘密協定等… 普段なかなかお目にかかれない記事に白熱していた…といったところでしょうか?」 …なるほど。各々の性格を考慮すれば、二人が本に夢中になっていた…というのも頷ける。 「二人とも満足そうで何よりだぜ。」 「そうですね。…では、行くとしましょうか?」 図書館へ向け、再び俺たちは歩き出した。 …… …どうする?朝比奈さんに…あのことを聞いてみるか? 事態が落ち着いた今なら…もしかしたら答えてくれるかもしれん。 「朝比奈さん…ちょっといいですか?」 「?何でしょう?」 「長門から聞いたんですが、昨日朝比奈さんは…時間移動したそうですね?未来へと。」 「!」 「もし差し支えなければそのこと…教えてくれませんか?」 「……」 彼女は答えない。…やはり、何か触れてはいけないことを…俺は聞いてしまったのだろうか? 「あなたが答えないのは禁則事項のせい…というわけではないようですね。」 「…!」 古泉の言葉に…かすかではあるが動揺する朝比奈さん。 「もし禁則事項で話せないのであれば、すぐさまあなたは【禁則事項】という名の言葉を口から 発するはずですよ。未来人からすれば、それは永久不可侵に通じる絶対のルールであるはず。 現代の我々から言わせれば、ちょうど犯罪是非の境界線認識に近いものと言ったところでしょうか。 朝比奈さんのような実直誠実なお方がそれを破るとは考えにくい…だから、尚更言えるんです。 あなたが答えないのは…単に個人的な問題によるもの、とね。」 「……」 …… 操行してる間に、俺たちは図書館へと着いた。…とりあえず、3人で空いてるソファーに座る。 …空気が重い。 あんな質問、するべきじゃなかったのかもしれない…。俺は後悔の念に打ちひしがれていた。 事態が落ち着いた今なら…世界が救われた今なら答えてくれる…!そう安易に妄信していただけに… 「…話します。」 一瞬、空気が浄化されたような気がした。二度と口を利かない、 そんな雰囲気があっただけに…。彼女のこの一言に、俺は救われた。 「確かに、私はあのとき…未来へと帰っていました。それは事実です。」 …… 「…覚えてるかしら?二日前、私たちがファミレスに集まって話したことを。」 「?…はい。」 「私…あのときは本当にびっくりしちゃいました。涼宮さんの誕生が46億年前に遡ること、これまで幾つもの 世界が存在したということ、フォトオンベルトによりこれから世界が滅ぶこと…どれも信じがたい内容ばかりで、 正直長門さんから初めて聞かされたときは耳を疑いました…。そんなときであっても、 あたふたしてる私とは対照的に、古泉君は凄く冷静で…決して取り乱したりはしませんでした。」 「…朝比奈さん、それは違います。とても内心穏やかだったとは…言えませんね。 むしろ、発狂したいくらいでした。世界は近年になって構築された…この近年説が覆された。 僕を含む機関の面々がこれまで妄信してきた価値観が…根底からひっくり返された。 長門さんの話を【事実】として受け止めるには…あまりにハードルが高すぎましたよ。その証拠に、 キョン君は知ってるはずです。僕のあのときの…ファミレスでの説明はお世辞にも良いものとはいえなかった、 ということをね。当然です、僕自身混乱していたのですから。」 「…何を言ってるんだお前は??十分上手く説明してたように…俺には思えるぞ?」 「本当にそう思っていただいているのであれば、嬉しい限りですね。ですが、よく思い出せば わかるはずですよ。僕が…事あるごとに、しょっちゅう長門さんへ助けを求めていたことがね。」 「そりゃ、全体の説明量から言わせれば、長門の方が多かったかもしれんが…。」 「おわかりですか?朝比奈さん。あのときの僕は正常とはほぼかけ離れた状況にあった…ということが。」 「…古泉君の内心がそうだったとしても、それでも古泉君は…外面をちゃんと取り繕ってたじゃないですか! キョン君が今言ってたように私からしても、とても説明に不備があったようには思えませんでした…!」 ?朝比奈さんは…さっきから一体何を言おうとしてるんだ?今話してることが… 未来へと時間移動したこととどういう関係が?…それにしてもこんな会話、俺はどこかで聞いた気が…。 …… ------------------------------------------------------------------------------ 「ねえキョン君…私って本当にみんなの役に立ってるのかな…?」 …今日の朝比奈さんはどうしたんだ?何か気持ちが滅入るようなことでもあったのだろうか。 まさか、未来のほうで何かあったか?? 「そんなことないですよ朝比奈さん。あなたは十分俺たちの役に立ってます… いや、役に立つ立たないの問題じゃない。いて当然なんですよ。」 「……」 「何かあったんですか?俺でよければ話を聞きますが…。」 「…昨日の晩、私は力になれたかしら…?」 昨日の晩とは…俺たちがファミレスにいたときだ。 「世界が危機に瀕してる…そんなとんでもない状況なのに私は昨日あの席で… 長門さんや古泉君に説明を任せっぱなしで、自分自身は何一つ重要なことはできなかった…。」 ・ ・ ・ 「…朝比奈さん。」 「は、はい?」 「あなたには…長門や古泉には無い物があります。俺が二人の難解な説明を聞いて頭を悩ましているとき… 朝比奈さんが投げかけてくれた言葉の数々は、俺の疲れを随分と癒してくれましたよ。もしあなたがいなかったら… 二人の説明を本当に最後まで粘り強く聞けていたかは…、正直自信がありません。ですから、 本当に感謝してます。変に力まずにただ…自然体のままで。それで十分なんですよ。」 「キョン君…。そう言ってくれると嬉しいです…、でも私…」 …… 「いや、なんでもないです!…私を励ましてくれてありがとう。」 ------------------------------------------------------------------------------ …… おそらく彼女は昨日、ハルヒの家で俺に話したことと…全く同じことを言いたいのかもしれない。 「朝比奈さん…まだそんなこと言ってるんですか??昨日も、俺は言ったじゃないですか!? 朝比奈さんがいたからこそ、長門や古泉の説明を最後まで粘って聞くことができたって!」 「そっか…キョン君にはこのこと昨日話したもんね。二度も似たようなこと言っちゃってゴメンね? そんなつもり私もはなかったんだけど…ただ、【未来へと時間移動した】理由を言うには 今の話はとても欠かせないものだったから…。」 「…そうだったんですね。いえ、自分は全然気にしてませんよ。どうか、話を続けてください。」 「…ありがとうキョン君。」 …… 「ここまで遠回しな言い方をしてしまったけど…つまりね、私はみんなの役に立ちたかったの…! 長門さんや古泉君のような…目に見えるような働きを…、私は果たしたかった! いつも私だけ何もしないのは…もう嫌だったから…!」 「……」 「未来へ時間移動…その行動の契機となったのは、ファミレスで…長門さんが言ってましたよね? 涼宮さんが倒れた今回の騒動には…未来人が関与してるんじゃないかってことを…。」 『あの時間帯にて、私は微量ながら通常の自然条件においては発生し得ないほどの異常波数を伴う波動を 観測した。気になるのは、それが赤外線・可視光線・紫外線・X線・γ線等、いずれにも属さない 非地球的電磁波だったこと。これら一連の現象が人為的なものであると仮定するならば、現在の科学技術では 到底成し得ない高度な技術を駆使していることに他ならない。』 『…未来技術を応用しているのだとすれば、犯人が未来人であるという可能性は非常に高いと思われる。』 …確かに長門はそう言っていた。 「だから私は思ったの。もし犯人が…私と同じ未来人であるのなら、私にはその犯人の情報を つかむ義務がある…と。SOS団で唯一時間跳躍ができる人間が私なんです… もしかしたら、みんなが知りえない情報を私なら…未来で手に入れられるかもしれない! そしたら、涼宮さんの役にも立てるかもしれない!そんな強い思いが…私に生まれたの。」 …… 「だから、朝比奈さんはその情報を得るため、未来へと時間移動したんですね…?」 「…はい、その通りです。」 …… 「でも…現実は非情だった。私は…いろんな人に話を聞いた。幾多の幹部の方にも話を伺った。 それでも…私が求める情報を、誰も教えてはくれなかった。まるで…みんな私に何かを 隠してるかのように…ふふっ、こんなふうに考えちゃいけないのにね。私って…ダメだね。」 …いや、朝比奈さんの今の考えは、おそらく当たってる。 なぜなら、犯人の名前そのものが…【朝比奈みくる】その人だったからだ…。 いくら別世界の住人とはいえ、彼女が【朝比奈みくる】なる人物と全くの同じ姿・形・名前をもつ 人間であることは事実…上層部の連中からすれば、これほど躊躇してしまう存在もなかったかもしれない。 ましてや、世界の存亡にかかわる…現代で言う国家最高機密に指定されていてもおかしくない情報を 彼女に話すことなど言語道断 このような認識が幹部たちの間で成立していたとしても、何らおかしくはない。 「でも、私はあきらめなかった。何度も何度も上層部の方とコンタクトを取ろうともしたし、 電話をかけたりもした…そして、ようやく上司からある情報を聞けたの…。」 上司…大人朝比奈さんのことだ。 「その情報っていうのがね…藤原君たちに任せておけば大丈夫、というものだったの…。」 「……」 言葉に詰まる俺。 …… 結果的に、ヤツらが【朝比奈みくる】の暗殺に向けて暗躍していたのは…事実だったからだ。 「最初聞いたときは、私には何のことだか訳がわからなかった…それもそうよね?キョン君たちからすれば、 彼らは敵なんだもの…そんな彼らがいくら世界を救うとはいえ、その過程でキョン君や涼宮さんたちを助ける だなんて…私にはにわかには思えなかった。…結局、私が未来でつかめた情報はこれだけ。だから、 私にはなんとしてもこの情報の真偽を確かめる必要があった…。藤原君がこの世界に来てるということを知って、 ただちにこの時間へと遡行したわ。そして、彼に連絡をとった…」 ……ッ ようやく話が繋がった。 『…朝比奈みくるがここの時間軸に戻ってきた午後1時24分以降、 これまでに6回…ある未来人との電話での接触を確認している。』 『パーソナルネームで言うところの、藤原。』 …この長門の言葉はそういうことだったのか。 「でも…彼は私の質問に対して、まともな返答はしてくれなかった… 一応何度か連絡はとってみたんだけど…結局、私は何も情報を聞きださず仕舞いに終わった…。」 …… もしかしたら、藤原のヤツは朝比奈さんの【声】を警戒したのかもしれない。 標的である【朝比奈みくる】と全くの同一の声…彼女を相手にしなかったのはこのせいか…? 「…私がね、昨日涼宮さんの家で元気がなかったのも…さっきキョン君から時間移動のことについて 聞かれた際に沈んでいたのも…そのせいなんです!だって…そうでしょう…っ? 犯人が未来と関係あるっていうのなら…きっと未来で何かしらの情報がつかめると、そう思ってたのに! 今度こそ…みんなの役に立てると思ってたのに…。結局、時間跳躍した意味もなかった。 藤原君からも何も聞き出せなかった。私には…みんなと会わせる顔がなかったの…。」 彼女が涙声になっているのは言うまでもない。もしかしたら、泣いているのかもしれない。 …… まさか、彼女にこんな事情があったなんて…思いもしなかった。 ハルヒや自分のことで精一杯だった俺には…彼女の苦しみなんて気付きようもなかった。 ------------------------------------------------------------------------------ 「キョ…キョン…!!みくるちゃんが…!!みくるちゃんがあ!!!!」 「しゃべるな!!お前だってケガしてんだろ!!?」 「違う…!!あたしはケガなんてしてない!!…みくるちゃんが…あたしを…あたしをかばって…!!!!」 …… え? じゃあ、ハルヒの服にべったり付いているこの血は何だ? …… 全部…朝比奈さんの血…… …!? 「う…ぅ、ぅぅ……!」 悲痛な様で喘ぐ…彼女の姿がそこにあった 「朝比奈さん!!!!しっかりしてください!!!!…朝比奈さん!!!!」 「ょ…ょかった…すず…涼宮さんがぁぶ、無事で…!」 「朝比奈さん!!?」 「わた…し…やくにた…てたかな…ぁ…ぁ…!」 理解した 彼女は秒単位という時間の中で自らハルヒの盾となった あのとき奴の一番そばにいた…彼女は ------------------------------------------------------------------------------ 尚更、あのときの彼女の心情がわかる。幾度と奔走した挙句、成果を上げられなかった彼女は… あのとき死す覚悟だった。そこまで彼女は追い詰められていた。 そうでもしないと、自分でも納得のいかない段階まで来てたってのか…!!? …っ!! 「朝比奈さん!すみませんでした…!!」 急に立ち上がり、何事かと思えば…彼女に向け、土下座をする古泉。 もちろん、ここは図書館。館内のあらゆる一般人の視線を…ヤツは浴びることになった。 「ど、どうしたんですか古泉君!?何で…何で私に土下座なんか…!?」 「僕は…正直に、あなたに包み隠さず話さなければならないことがあります…!」 「…??」 「僕は…あなたを、一時的ながらも…疑っていたんですよ…。あなたを、犯人だと!」 「っ!」 「この局面においての未来への時間移動、我々の敵であるはずの藤原氏への電話連絡、未来技術応用による 涼宮さんの卒倒等…いくつもの状況証拠により、あなたを… 一時的にでも犯人だと、僕は疑ってしまった! 朝比奈さんに…そんな重い事情があるとも知らずに僕は…ひどいことを考えてしまった!! 最低ですよ本当に…。深く、深くお詫び申し上げます…。」 「……」 …… 「古泉君…顔を…、顔を上げてください…。」 「朝比奈さん…?」 「…確かに、それを聞いたときはショックでした。でも!それを言うなら私にも非があります…! だって…考えてもみれば、世界がどうなるかもわからないこの局面で…みんなに何の相談もせず、 勝手に時間移動をしてしまった。状況的に疑われても仕方ないことを…私はしてしまいました。 だから、責められるべきは迂闊で軽率な行動をしてしまった…私にあります。古泉君は…涼宮さんのことを、 みんなのことを一生懸命考えてた…!だから、一つでもあらゆる不安要素は潰しておきたかった! 仲間想いの優しい副団長さんだと…私はそう思いますよ…?」 「…許して…くれるんですか?」 「許すも何も…当たり前じゃないですか!私のほうこそ…ゴメンね。」 「朝比奈さん…!ありがとうございます…っ! …そうだ、朝比奈さん。」 「な、何でしょう??」 「僕はですね…その点においては、彼を…キョン君のことを尊敬しているのですよ。」 「お…俺…??」 急に自分の名前を出され、驚く俺。 「彼はですね…僕と長門さんが朝比奈さんの…、一連の状況証拠を並べている時に際してまでも 朝比奈さんの無実を訴えて止まなかった。朝比奈さんが無実だと…信じて止まなかった。それどころか、 そんな問題提起をする僕や長門さんに対して逆上しそうになったくらいでした。…それだけ彼は仲間のことを 心底信じていたというわけですね。ここまで純粋で素朴な人間は…なかなかいないでしょう。」 「キョン君が…私のためにそこまで…?!ありがとう…キョン君…。」 「ま、待ってください朝比奈さん!そんなこと言われる所以、自分にはありません… むしろ、謝りたいくらいなんですから…。もっと早く、もっと早く朝比奈さんのそういう事情に気付いていれば… 朝比奈さんがここまで精神的に追い詰められることもなかったかもしれない…。だから 謝ります、朝比奈さん。」 「……」 …… 「どうしてキョン君にしても古泉君にしても…みんなここまで謙虚なんですかね…? もうちょっと自分を持ち上げたっていいのに…。ふふっ、なんかおかしくなってきちゃいました♪」 「確かに…ちょっとおかしな状況かもしれませんね。僕も自然と笑いが…。」 「古泉よ、どうおかしいのか?お前の得意分野、解説でぜひ説明してくれ。」 「いやぁ…さすがに、こればかりは僕にも解説不能です。」 俺たちは笑いに包まれた。…さっきまでの重い雰囲気は、一体どこにいったんだろうか。 …… 良い仲間に恵まれて、本当に自分は幸せだな…。出過ぎたマネかもしれんが、 おそらく他の2人も似たようなことを考えてるのではないかと…。俺は強くそう感じていた。 いつまでも、こんな時間が続けばいいなと思った。 いや…どうも、そういう問題ではないらしい。さっきから周りの視線が…痛い。 どういうことなんだろうな?俺たちは、すっかり忘却してしまっていた…っ! 【ここは図書館だ。】 何でかい声で笑ってんだ…迷惑にも程があるだろう…? そういうわけで、俺たちは図書館を後にしたのさ。
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朝倉との夢見たいな出来事があった後のことである。 長門はその小さな手で自分の顔をぺたぺたと触り 「眼鏡の再構成を忘れた」 眼鏡はないほうがいいぞ。俺に眼鏡属性はないしな。 「眼鏡属性って何?」 なんでもない。ただの妄言だ。 俺はここでむらむら~っとしてしまったんだろう。 若気のいたりって奴かな。 自分で気づいた瞬間長門に唇を重ねていた。 「wa、wa、wa 忘れ物~。」 俺が唇を重ねたまま上を見ると谷口が目をひん剥いて立っていた。 俺が谷口に対して誤解をとこうと思ったのだが、誤解も何も、やってしまっているものは仕方ないと思って諦めた。 泣きながら谷口が去って言ったのは言うまでもない。 どうすっかなぁ・・・。 「大丈夫。情報操作は得意。朝倉涼子は転校したことにする。」 そっちかよ・・・。俺は落胆の表情になったと同時に自分のした重大な事に気づいた。 「いまの・・・なに・・・。」 キスだよ・・・。 「・・・なぜ?求愛するもの同士がするもののはず。」 なんつーかさ・・・。そのお前のその顔見てたらちょっとムラムラっとしちゃったんだ。すまん。 「・・・そう。・・・別に・・・いい。」 長門・・・俺はお前が好きだ・・・。 「・・・だめ、貴方は・・・涼宮ハルヒにとってのかg・・・んむぅ・・・」 俺は長門にまた唇を重ねていた。 つくづく最低だな俺って。 「・・・ん・・・むぅう・・・むうう・・・」 長門・・・スマン・・・。 「・・・ふはっ・・・別に・・・いい。///私という個体も貴方を求めている。 生殖行為はできないが、擬似行為ならできる、私もそれを望んでいる。」 長門・・・。 俺は長門のカーディガンを脱がしセーラーのファスナーを開け、 その素肌に指を這わせた。 長門・・・いいのか 「・・・いい。」 俺は長門のブラジャーに手をかけ、ホックを外し、ブラジャーを脱がせた。 綺麗だよ長門。 「・・・・。///」 長門の綺麗な整った小ぶりな乳房があらわになり、長門は顔を赤くして俺の制服の袖を引っ張った。 俺は長門の白く柔らかい乳房に触れ、 ゆっくりと揉み、乳首に口あてがい吸い込んだ。 「・・・・あっ。・・・何、感覚がおかしい・・・。」 ……。 俺は無言のまま長門の胸を愛撫し続けた。 長門は自分の感覚がわからないのか、 ずっと弛緩したかのように身体を動かさず、 全てを俺に預け小さく声を漏らしていた。 長門、長門っ・・・!! 「・・・ぅ・・・あっ・・・ダメ。」 長門は起き上がり、俺を制止するように腕をかけた。 「・・・異常な情報の混乱を確認した。これ以上はダメ。」 長門・・・。 「でも・・・こっちなら・・・いい」 長門はスカートを脱ぎ、純白のショーツだけの姿になった。 長門はそのままお尻を机の上に乗せ、ショーツ一枚の姿で座り込んだ。 長門のショーツにうっすらとしみが出来ているのを発見した。 長門もそれに気づいたのか、 「情報の混乱でバルトリン線液を分泌してしまったが支障は無い。」 と、ムードも減ったくれもない事を言った。 …長門、脱がしていいか? 「・・・どうぞ。」 俺は長門の脚を片方ずつあげショーツをゆっくり脱がした。 愛液がショーツに付き、糸を引いていた。 長門の性器があらわになり俺も興奮してしまい、 股間はマックス状態だ。 長門、綺麗だよ。 「・・・なにが?」 俺は長門の大陰唇を広げつつ、ここだよ。と答えた。 「・・・そう///」 長門・・・舐めていいか? 俺は興奮気味に長門に聴いた 「・・・いい。」 長門が答える隙もなく、俺は、長門の秘所に口をつけた。 「・・・ん・・・脳内神経が麻h・・・あっ・・・・ダメ・・・やめて・・・。」 俺は長門の制止を無視し、そのまま舐め続けた 「・・・あ、や・・・や・・・変・・・イヤッ・・・ッ---。」 長門、長門、、、好きだよ・・・。愛してる。 息を切らしながら長門は初めて経験した絶頂を目の前に混乱し涙を流していた。 「・・・・・・スンッ・・・スンッ・・・今の・・・何・・・。」 今のはアレだ。えーと、オーガズムだっけ。それだ。 何を考えたのか俺は、空気を読まずに冷静に答えた。 「・・・そう・・・いまのが・・・そう・・・///」 長門、もういいか? 「・・・なに?」 そのだなぁ、もう入れても・・・いいか? 「・・・・・どうぞ。」 長門はあっさり答えると、机の上に横になり、 仰向けのまま首を上げてこっちを見た。 俺は、いきり立ったモノを長門の秘所にあて、 挿入した。 ……う・・・きつい・・・長門・・・動いていいか? 俺が息を荒げながらそう呟くと 「・・・大丈・・・夫・・・ぅ・・来て。」 俺は長門に言われるままピストン作業を繰り返した。 「・・・ぅ・・・貴方に・あっ・・ほっ・ぅんっ・・ありが・・・と・・・う」 長門・・・。 俺は長門を抱きしめたまま果てた。 もう夕日が沈み空は薄暗くなリ始めていた。 長門・・・服着たか? 俺は律儀にも教室の外に出ていた。 あれだけ裸を見たというのに。 おかしいよな(笑) 「・・・・どうぞ。」 長門の声が聞こえ、俺は教室にはいった。 そこには生まれたままの姿の長門がいた。 長門?服はどうした? 「・・・・・・・貴方に話しておかなければならない事が有る。聞いて。」 はは・・・話かみ合わないのがはやっているらしい。 俺は心の中で呟いた。 「・・・・情報統合思念体は私に失望した。」 それはどういうことだ? 「情報統合思念体は、私を涼宮ハルヒの監視として適正でないと判断した。 よって私は、間もなくデリートされることになる。」 まて、なんでお前が・・・。 理由が見えないぞ・・・。長門。 「朝倉涼子の件で私が不覚を取った事により。 情報統合思念体の意思により決定された。 何があっても覆らない。・・・だから・・・さよなら・・・。」 「・・・好きだよ。キョン君、私消えたく無いよ・・・やだよ・・・。また、貴方と図書k・・・・・・・」 長門の脚が砂塵になり消えていく・・・ 俺は長門が消えてしまう事を恐れずっと抱きしめていた。 しかし無情にも長門は、砂塵になり消えた。 俺の腕には長門の感触だけがずっと残り俺の心を突き刺していた。 うぁぁ・・ぅ・・・長門・・・長門ぉ・・・。 嫌だ、長門、長門、長門・・・。 それから俺は、やれるだけのことはやろうと。 ハルヒに事の真相を全て打ち明けた。 まあ信じるほうがおかしいだろうけれど、 なんとかハルヒに信じてもらおうと思った。 しかし、ハルヒは俺の言うことなんざ屁にも思ってなかったみたいで、 「そのうちひょっこり帰ってくるわよ~。 きっと、本が読みたくて家でひきこもってるんじゃない?」 と抜かす始末だった。 俺は絶望した・・・。 長門に逢えないのか・・・ 長門・・・・。 翌朝、俺は学校を休み、長門がいそうな所をくまなく探した・・・。 しかし長門はいなかった。 俺は絶望し、それ以来学校へは行かなくなった。 そんなある日のこと、俺の部屋が有る2階の窓ガラスに石を投げてくる馬鹿がいた。 涼宮ハルヒだ。 何か叫んでるようだけれど窓ガラス越しなので全然聞こえない。 なんだ。ハルヒか・・・。 「何だは無いでしょーが! アンタがいないから、SOS団が潰れちゃうじゃないの! 部員五人いないとダメなのよ!」 ほかを探せよ。俺はそんな気分じゃないんだ。それに長門は・・・ と自棄気味に答えた。 「有希がどうかしたの?」 長門はもう・・・。二度と・・・。 「はぁ?アンタ何ばかな事言ってるの?有希は前からずっといるわよ! 学校に着てないのはあんただけ。」 は?長門がいるのか?学校に。 ハルヒは不思議そうな顔つきで答えた。 「そうねぇ。最近積極的に話掛けてくれるようになったわね。 それにアンタのこと心配してずっと私にアンタの事を聴いてくるのよ。 だから今日あたしがあんたの家に来たわけ! だからまだ部活に間に合うわ!さっさといくわよキョン!」 それから俺は、ハルヒに強引に連れられ旧館に有る部室に来た。 「みんなー引きこもり君つれてきたわよー!」 ハルヒが俺を引きこもり呼ばわりしつつドアを思い切り開けた。 目の前には長門が開けられたドアの前に立っていた。 「・・・・・キョン君・・・・あいたかったよぉ・・・・!!!」 長門!!!長門!!無事だったんだな? 感極まって泣いてる。 俺。最後にうれし泣きしたのは何時だろう。何時だろう。 長門も涙を流し俺に抱きついてる。 「こらー馬鹿キョン!いちゃいちゃするなー!!!」 おーおー怖い怖い団長様だこと。 END 後日談 長門によると情報統合思念体によるデリートは、 長門自体をデリートするわけではなく、 長門の情報操作能力全てをデリートするだけだった事が判った。 長門は普通の人間になったらしい。 長門自身がいってたのだから間違いないだろう。 長門の変わりに情報統合思念体によって送り込まれたヒューマノイドがまたくるらしいのだけど、 その話はまた後日になりそうにょろ。
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19.涼宮ハルヒ 「全軍突撃ー!!」 ①ドロップキック 威力1800 ③ギター演奏 威力2100 効果:防御力を完全に無視する ④ハレ晴れユカイ 威力3000 相手を萌え状態にする ⑤SOSストーム 威力:3800 攻撃力・防御力を2倍にする
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梅雨も終わり、いよいよ夏本番の暑さが到来し始めた。太陽の本領が発揮する季節だが、こと文芸部室には年中燦々と光を浴びせ続けられる人間がいる。 もちろん我らがSOS団団長こと、涼宮ハルヒその人である。ハルヒは引きこもりよろしくネットサーフィンに興じている。全く、文芸部室は天の岩戸じゃないんだ。だが、俺としてはこのまま引きこもっててもらいたい理由があった。あまり他の人に見つかって欲しくないからな。ただ、ハルヒだけじゃなく俺も出歩きたくは無い。何故かって?では今日起きた悪夢だと思いたい出来事を話さなければいけない。話したくは無いが、話さないと話が進まないからな… ……………… 朝から照り付ける太陽のせいで、学校について最早帰ろうか等と考えたが、タイミング悪く玄関でそれを許してくれるとは思えない奴に遭遇した。ハルヒである。挨拶もそこそこに、ハルヒが内履きを取り出そうと下駄箱を開けた瞬間、数枚の手紙がハルヒの足下に落下した。ハルヒは唇をカモノハシの形に歪め、手紙をまとめてそのままゴミ箱へ移動した。おいおい、読まなくて言いのかよ? 「その必要はないわ。どうせ下らない事しか書いてないわ」聞けばここ最近、ラブレターををもらったり、愛の告白をうけるようになって来たという。中学の頃と違うのは、その全てを断っているとハルヒの談だ。ハルヒは何故かムキになってその旨を説明してくれた。今までハルヒを避けてきたも東中出身の奴らからも告白されるようになったとか。ハルヒは最初の頃こそ電波をゆんゆんさせていたが、徐々にクラスにも溶け込み始め、ハルヒ本来の素地が現れ始めた結果だろう。他人からの評判もよくなってきている証拠だ。いいことじゃないか、誰かと付き合って青春を謳歌しろよ、と声を掛けたら口を更に歪め、一言「うるさい」と吐き捨てた。 午前中は不機嫌オーラ全開だったので何も話さないようにし、昼休みを迎えた。俺が昼飯を食べようとした瞬間、国木田に来客を告げられ、谷口のニヤけ姿を後にして、来客とやらの話を聞くことになった。客は俺の全く知らない男子生徒であった。何の用なのか尋ねて見たところ、「僕は涼宮さんのことを真剣にお慕い申し上げています。あなたに勝つ自信は正直ないですが、負けるつもりはありません!最後まで諦める気はありません!」といい残し、去っていった。…おーい、何か勘違いして無いか? その後も二分置きくらいに似たような告知状とも挑戦状ともとれる告白を受け、俺は飯をろくに食べられなかった。なんだあの告白は?谷口、国木田を始めとするクラスの奴は皆ニヤニヤしていた。…どう言う意味だそれは? その事を谷口や国木田に話すと、溜め息を付きながら話してくれた。つまり、 『ハルヒに告白→SOS団の活動の方が重要だから無理と断られる→なぜ無理なのか?SOS団の活動とは何か? →俺を引き摺回す姿を不特定多数が目的→つまり俺がいるから間に合ってます→ごめんなさい。』 という流れが俺の知らないところで出来上がっているらしく、ハルヒにフられたのは俺がいたから、と言う事になるらしい。俺は突っ込む気にもなれず、残り少ない昼休みを気にしながら飯をかっこんでいた。 …その後の授業間の休みにも同じような告白を受けつつ、放課後になるや否や、俺は部室に駆け込んだ。ハルヒが何やら言いながら追いかけてきたが、放課後まで教室まで残るとかなりやばそうだったので、部室に逃げる事を選択した。 …………… …大体こんな感じだ。話は変わるが俺は話と言う言葉を何回使ったかな?さて、このまま下校の時間になって誰も出くわさず帰るのを夢見てたんだが、どうやら神はそれを許してくれなかった。ドアのノックに朝比奈さんが応対し、呼ばれたのは俺だった。来客に応じた俺は、本日二回目の邂逅を果たす事になった男子生徒と話をする事になった。内容は昼と同じだが、ここにハルヒがいる事が最大の相違点だ。あまり大きい声で話さないでくれ。そうしないと… 「勝負ですって!?」 …遅かった。閻魔大王よりも地獄耳で、聖徳太子よりも多くの人の声を聞き分けられるハルヒが首を突っ込んできた。 …そう、彼はハルヒを賭けて勝負を挑んできた。それをハルヒが目敏く聞分けてきたのだ。「ふっふーん、最近色々声を掛けられてうっとおしかったのよね。丁度いいわ。この状態を一掃するチャンスだわ!」そんなチャンスはない、と思いつつも口には出さなかった。こいつの目は真夏どころか、赤道直下の日差しすら打ち破るほど輝いていたからだ。こうなったこいつを止めることができないのは俺が一番よく分かっている。 「トーナメント開催よ!『SOS団プレゼンツ 第一回涼宮ハルヒ争奪戦』開催よ!!」ああそうか頑張ってくれ。俺はそう言い残し、部室に戻ろうとした瞬間、つんのめった。「何言ってるのよ。あんたが試験官、あたしの彼氏候補のふるいわけをするのよ。それで最後まで残った奴があたしと付き合う権利を獲得するのよ。いい、手抜きなんかして見なさい。死刑じゃ済まさないわ。三代先まで耳元で『ナントカ還元水のおかげで人生が開けました』って言ってあげるわ。」それは勘弁してくれ。でもなんで俺がハルヒの彼氏候補を選定しなければいかんのだ?「あら、あたしに彼氏がいたら不満?」やけに嬉しそうにハルヒが問い掛けてきた。全く持って不満は無い。いつも振り回されている俺の肩の荷が降りる。だがお前の彼氏候補を俺が決める必要はないだろう?そういった途端、ハルヒは本日最高級の曲率で口を曲げ、「いいからやんなさい」と言い放った。 やれやれ。面倒ごとはごめんだぜ。 ※二年目の七夕に続く
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…なんだ、何が起こった?どうして俺は閉鎖空間にいるんだ?古泉お前のドッキリ企画か頼むから止めてくれ… ―古泉!?どこにいる古泉!?隠れても無駄だ出てこい! 『―彼ならここに招待しなかった。お前にしか用はないからな』 瞬間、空が震えた。今気付いたが、ハルヒが作り出した閉鎖空間よりも暗い。 そして、『彼』の声によるものだと気づくまで少々の時間を要した。 …どこにいるんだお前は!?古泉は?長門は?朝比奈さんは?どこだ!! 『彼らは元の世界で何も変わらず過ごしているよ。お前が居なくなって驚いているかも知れないがな』 …何で俺だけこの世界に呼び出した! 『お前は知っているのではないか?この世界がどのような世界なのか?』 この世界・・・この空間は、ハルヒが無意識下のストレスを発散させるために用意され、そして赤い玉をした超能力者に破壊されるかりそめの空間。ハルヒの不満が大きくなればなるほど拡大し、ついには元の世界と入れ替わってしまう可能性のある、言わば人間の細胞を蝕む癌細胞のようなもの。 俺はかつてこの空間に二度来たことがある。一度は癌細胞を消滅させるエスパーと、そしてもう一回、全て癌細胞に作り替えようとした他称神様と。 …癌細胞というのは聞こえが悪いか。 神様はノアの箱船に俺だけを乗せ、新天地を求めていたんだ。そして、俺の必死の説得により、神様は洪水を止め、元の世界に返してくれた。 『この世界は、自分が望む様に森羅万象を決定づけることができる。涼宮ハルヒの情報改変能力の一端を担っている。4年前、俺はこの能力を手に入れるため、涼宮ハルヒに接近した。だが、涼宮ハルヒは俺に感づいたのか、無意識のレベルで俺と接点が出来ないよう遠ざけていた。去年、この高校に入学するのに併せて俺はこの高校へ入学させた。入学当初は特に変化は見られなかったが、それから約二ヶ月後のある夜、突然情報噴出が止まってしまった。涼宮ハルヒの存在が消失していた。俺は涼宮ハルヒの能力を手に入れることが出来なくなったと思い、絶望した。幸運なことに数時間の時を経てその異常状態は元に戻っていた。俺は安心していた。そのときは。しかし、涼宮ハルヒから噴出される情報は月日が経つにつれて減少していた。またしても同じ目に遭ってしまう可能性があった。だがもう一度チャンスが訪れた。二ヶ月前より、涼宮ハルヒの情報噴出が復活の兆しを見せていた。この機会を逃せば、二度と手に入らないかも知れない。だから俺は涼宮ハルヒに接近した』 …こいつは4年も前からハルヒの存在を追いかけていたのか。ハルヒは無意識に気づいていたんだな。こいつがストーカーだと。 そして、情報云々の話が出てくるというとは、こいつは長門のパトロンの親類と言ったところだろうか? 『この世界の存在を教えてくれたのは、俺が拠所にしているこいつの有機生命体だ。その情報の痕跡が存在していた。有機生命体がもつ情報など、俺にとって些細な物であると考えていた。だが依代となった有機生命体がもっているそれは、涼宮ハルヒに影響を受けたと思われる情報の痕跡を宿していた。その情報より、涼宮ハルヒが進化の可能性を秘める情報を持つだけでなく、情報自身を有為無為に改変させることが分かった。これは俺にとっても有意義な情報であった。これであいつらに復習できると悟ったからだ』 …あいつら?誰だ?また新しいキャラクターが登場するのか?今度は異世界人か?いい加減勘弁してくれ。 『あいつらは俺の存在に嫉妬し、執拗なまでに追いかけ、俺の存在を、情報を構成する連結要素を崩壊させようとしていた。俺はこの星が存在する恒星集団にある、比較的大きな白色巨星に身を隠し、ひたすら耐えていた。どのくらいの時間が経ったのかは分からない。時間超平面を移動したところであいつらにはそれほど意味のない事だったしな。…俺は、無限とも思われる時間が過ぎたある瞬間、俺は情報爆発による情報噴出を確認した。俺はその目で情報噴流を確認したかったが、あいつらからの邪魔が入り、それが不可能になった。しかしその後、俺を招集するための情報が情報噴出源の極近くから確認された。その情報は、俺に対するあいつらからの追跡を完全に遮断していた。まるで俺のみを導くかのように。俺はその情報を元に、この惑星へと降り立ち、情報噴出源を捜索することにした。こいつの体に身を宿してな』 …なんとなく分かった。こいつはやはり長門と同じような存在。ただし敵対していた。 恐らく長門の親玉や、それに類推されるやつらに滅ぼされそうになったのだろう。 そして地球に逃げて、彼の体に憑依していた。長門の親玉達をやっつけるために、こいつの体に憑依したという訳か。 …ハルヒの能力を奪ってな。 『この世界ではあいつらも干渉することが出来ない。だから俺の存在を崩壊させる事が出来ない。だが、涼宮ハルヒの能力を完全に得ることは出来ないようだ。涼宮ハルヒからの抵抗が激しい。完全な物にするためには、『鍵』であるお前の力が必要だ』 …俺をどうするつもりだ!! 『俺はお前を崩壊させる気はない。お前という有機生命体を構成する情報を融合し、俺の一部にする。そうすることで、涼宮ハルヒの能力は完全に解放され、思うように力が行使できる。ただ、有機体は必要がないから排除するがな』 なるほど、つまり、俺は情報だけお前に取り込まれ、死んでしまうと言うことだろ? 『融合だ。お前の情報は残る』 だから、俺の意志やら決定、つまり、脳みその働きはなくなるんだろ? 『その通りだ。だが悲観することはない』 嫌だ。悲観だらけだ。俺の情報だけ取り出しても、俺という人間は存在は消えるし、人間の行動が出来なくなるのであれば、それは死と同じ事だ。 『…しかたあるまい。ならば無理にでもお前の情報を融合し、涼宮ハルヒの能力を解放させる』 そう言って、『彼』は具現化した。 ―あれは、神人!? 『彼』が具現化したと思われる神人は、しかし俺の知っている物とは微妙に異なっていた。 まず、色は鮮やかな海碧色ではなく、黒い、虚無の色をしていた。まるで、全てを否定するかのように。 『涼宮ハルヒの力を存分に発揮できないため、色々と制約がある。だが、お前を取り込むのには訳はない』 そういって、『神人』は右手を俺に向かって差し出してきた。とっさに俺は逃げ出していた。こいつとシェイクハンドをする気はさらさら無い。 ―あまり動きは早くないため、普通に走っていれば捕まらない。だが、俺には体力という限界値が設定されている。 このままだと、俺はいつか奴に取り込まれてしまう。 ―くそ!長門!古泉!どっちでもいいから早く助けに来てくれ!! 「………只今到着した」 あくまで淡々と、冷たく喋る声が、今回は心強く聞こえた。 ―無口少女と、清涼少年のカップルのご登場だ。 『貴様ら…どうしてここに!!』 「この空間での活動は、僕の専売特許でしてね。勝手に商売を始められて寡占するのはルール違反ですよ」 古泉は、俺と下らない世間話をするように『神人』に語りかけていた。 だが、いつもと様子が少し違う。元々この空間では古泉は赤い玉になって空を飛んだりしている。 しかし今回の古泉は、いつもの体に赤いオーラの様な物を薄く纏っているのみであり、さらに言うと若干ノイジーに霞んでいた。 長門は赤く発光はしていないが、ノイズがかかっているのは古泉と同様だ。 …長門。一体どうゆうことだ?これは? 「…古泉一樹の力と情報統合思念体の力を使って、この空間にアクセスした。涼宮ハルヒの不十分な力で確立しただけならば、古泉一樹の能力だけで容易に進入可能であった。しかし、彼は涼宮ハルヒの能力の他に、自分の能力、そして拠代となった人間の情報を行使してこの空間を具現化している。だから我々も、能力のスカラー合成、最適化を行ってこの空間にアクセスできるようにした。だが完全ではないため、ノイズがかかるなどの瑕疵が見られた。私も、古泉一樹の能力も、通常より著しく低下していると思われる」 長門の演説を久しぶりに聞いた気がする。こいつにも、蘊蓄を語りたい事と時間と場所があるのだろう。 「…この世界は、『彼』が作り出した閉鎖空間のため、涼宮さんが作り出したそれとは勝手が少々異なるようです。どちらにしろ、この世界を具現化している『彼』を倒さないと、この世界から戻ることは出来ないでしょう」 …できるのか? 「できなくはない。ただし保証はしかねる。この空間の不安定要素や彼の未確認不確定要素、私と古泉一樹の未知未到達な力場合成が原因にあげられる」 どのくらいの確率だ? 「悉皆不安定要素を排除し、優位な計算をした場合52%、不利な計算をした場合18%。ただし悉皆不安定要素の誤差が確定できないため、この数字に有効性を見出だすことができない」 要は俺たちの頑張り次第ってことか。 「そう。そして、この数字を無意味なものにしている一番の理由は、あなた」 俺が!? 「あなたは涼宮ハルヒにとっての鍵。彼の力を無効化するのも、最大限に引き出すのもあなた次第。この世界並びに元の世界の生殺与奪はあなたにあるといっても過言ではない。あなたが元の世界に帰ろうとする意思が強ければ強いほど、涼宮ハルヒにその想いは伝わる。その結果、不完全に力の融合を果たしている彼との亀裂が生じ、彼は涼宮ハルヒの力を保てなくなる」 …なるほど。長門が饒舌なことに驚きを隠せないが、いまはちゃんと話を聞く事に集中していた。 「…さて、お話はこの程度にしておきましょう。あまり長く話していると、『彼』は涼宮さんの能力と完全に融合を果たすかも知れません」 古泉の話に、ふと『彼』の姿を見ると、『彼』は『神人』の姿で暴れていた。 といっても、八つ当たり気味に何かにあたっているのではない。神人の力を抑え込もうとしているようだ。 その証拠だろうか、『彼』が生み出した神人の色が、やや青く、濃い藍色のような色になっていった。 「融合を完全なものにはさせません!」 古泉は赤いオーラをさらに発揮させ、『神人』に近付いていった。ノイジーな長門の高速詠唱が傍らで聞こえる。 「…今の古泉一樹の能力は、私の能力との連携に依って成り立っている。逆も然り。どちらかが倒れてしまえば、どちらの能力も機能しなくなる」 …この空間が、それ程イレギュラーと言うことか。 古泉は、いつか見たように『神人』の周りを回り、攻撃の様なものを加えていた。 だが『神人』のほうも黙ってはない。古泉に向かって攻撃をしていた。 ただ、いつぞやみた神人とは違い、あの『神人』は手を伸ばし、さらにその手の平に当たる部分から数十本の触手を伸ばし、古泉に襲いかかっていた。 古泉はそんな攻撃も楽々と回避、あるいは撃墜し、本体の方に攻撃をかけていた。 そして、右腕の半分以上を切り落としていた。切口からはどす黒い液体が流れ、地面に滴っていった。 …これは、特に俺の出番はないようだ。巻き添えを食らわないように離れた方が良いな。 古泉は立て続けに攻撃していた。そして、左手首も同様に切り落とし、頭の攻撃に向かっていた。 ―刹那、古泉は叩かれた。まるで人間が自分の周りを纏りつく虫をおいはらうように。 「古泉!」 「…大丈夫。生命活動に影響を与える様な怪我はしていない」 『神人』は右手で古泉を振り払っていた。先ほど古泉が切り落としたはずの右手で。 …長門!どう言うことだ!?右手が復活しているぞ!あいつは再生能力があるのか!? 「彼には涼宮ハルヒの能力を再生するような治癒能力は具わっていない。彼は特異的局地的に時間平面を移動させ、自分の情報構成要素を過去のものにし、あたかも右腕を復活させたかのようにした。…迂闊。忘れていた。彼は自身の極近辺の時間平面を局地的に任意変換することができる」 なんだそりゃ!いくら切り落としても、『彼』が元の姿に戻すことができるってわけじゃないか!そんなのを相手にどうするんだ! 「…彼のコアを破壊する必要がある」 その、コアってのはどこだ? 「あそこ」 長門が指差したのは、『神人』の胸のあたり、人間でいう心臓の辺りである。 よく見ると、『彼』の姿をした人間が埋め込まれている様に見える。あれを狙えば、『神人』を倒せるというわけか。 「…ただし問題がある。彼自身は基本的に二足歩行性有機生命体、所謂人間である。彼は巻き込まれただけ。構成要素はあなたや古泉一樹と同じ。そのため、コアを攻撃することにより、彼の有機体に損傷を与えることになる。有機生命体への肉体的損傷は、有機生命体の生命活動を脅かすこととなる」 あいつ自身は宇宙人が作ったインターフェイスではなく、普通の人間と言うことか。確かに、普通の人間を倒すのは忍びない。 …他に良い方法はないのか? 「時間移動をされる前に彼を巨人の中から抜き出し、情報結合を解除すればよい」 できるのか? 「――わからない…。でも、やる」 …長門が久しぶりに自分の意志を見せた気がする。…よし、長門、やっちまえ! 「……そう」 そう言って、長門は高速詠唱を開始した。古泉の周りに赤いオーラが復活する。赤い玉はまたしても『神人』に向かって攻撃していた。 「パターン0FC85-12D、回避、時間移動を確認。続いて12Eに移る」 長門の指令に対し、古泉は恐らく長門の指示とおりに動いていた。 …もう数えるのすら億劫なパターンの攻撃を繰り返していた。 裏から回り込み、コアを取り出す方法、手足をもぎ取り、動けなくする方法、触手を腕や足に絡ませる方法… 様々な攻撃を繰り返していたが、こちらの意図に気付いた時点で時間移動を開始し、自身を初期化していた。 そして、それは非常にまずい展開になっていた。『神人』は時間移動により体力も元に戻るらしく、攻撃の手は休まることを知らなかった。 だが、こちらの二人はあからさまに最初より動きが落ちている。人間の古泉はもちろん、長門ですら動きに陰りが見られ始めていた。 この空間では、長門すらプレッシャーをかけられているのか? ―ドンッ― 嫌な音が耳に響いた。 …古泉が、『神人』の触手に貫かれていた。 「古泉ぃぃ!!」 古泉は、力無く落下していった。俺は無我夢中に、あいつの元に走っていった。 「……うっ……これ……は……お恥ず………かし…………い…ところ………を…見ら……れ…まし…ゴフッ!………」 古泉!喋るな!じっとしていろ!!今手当てしてやる!!! 「危ない!逃げて!!」 長門の、今まで聞いたことのない悲鳴が聞こえた。後ろを向くと、触手が迫って来ていた! やばい!! ―俺は反射的に目を閉じていた。半ば諦めていた― ―ドンッ― 先程、古泉を貫いた時と同じ音がした。…死ぬ時って、痛みを感じないんだな… ん…痛くない?…というか、どこも怪我をしていない?じゃあ、今の音は… ―俺の網膜には、触手に貫かれた長門が映っていた― 「長門ぉー!!」 俺は長門の元へ駆けていった。触手は貫いていた長門を外し、『神人』の元に帰って行った。 「―長門!しっかりしろ!長門!!」 「……大丈夫。肉体…の…損傷は…対した事はない……。古泉一樹……程…大きな怪我を負っている……わけではない…でも…私達二人…が…相互に使用する……力の…大半……を…失った……コアを引き出す……のは…不可能…に近いレベル…にまで…減少した…」 …もういい!喋るな!おとなしくしろ! 「…問題ない…私の残った力で…古泉一樹と…私の…肉体再生…を…行う……ただ…力の大半…を失った…ため……時間が…掛かる……私は…あなたに…賭ける…先…にも…言ったが…あな…た……の…『元の世界に戻る』…という…願望が………涼宮…ハルヒ…の…元に…届けば…この……空間……は…崩壊…せざ……るを……得な…く…なる……彼女………の……力を……依り…代…に……して…いる……以上……彼…の……力……だけ……では……この……空間…は……存在……で…き…な…い……か…ら……」 …もう喋るな!!お前らは傷を治せ!『神人』に気付かれぬ様、死んだ振りをしてろ!あとは俺が何とかする!! 「……わかっ……た……」 そう言って、長門は目を閉じた。…全く息をしていないようにみえる。古泉もだ。 死んだのではなく、死んだ様に見せかけている仮死の状態なんだろう。あいつらが死ぬわけがない、そんなわけがないんだ。 ―さて、俺の番だ。俺は『神人』に向かって、歩き始めた― 「長門と古泉を倒してしまうとは、さすがだな。だが、俺が倒せるかな!?」 …俺は精一杯の虚勢をはり、悪の大魔王の様な台詞をはいた。……怖いなんてもんじゃない。 さっさと逃げ出したい。だが、古泉と長門をほっぽるわけにはいかない。 『お前の頼みの綱だった限定空間の破壊者、対有機生命体用端末はあんな状態だ。お前に何ができる?』 …できるさ。この空間を脱出した実績はあるもんでね。ここにはハルヒはいないが、あいつに俺の意志を伝える事ならできるだろう。 「おいハルヒ!聞いているか!俺だ!頼みがあるんだ!みんなをここから出してくれ!変な奴に付きまとわれているんだ!お前しか頼る奴がいないんだ!頼む!助けてくれ!」 俺は閉鎖空間の空に向かって叫んだ。 『…神頼みか。所詮は有機生命体。情報の不確定さが如実に現れているな』 何度とでも言え。 「ハルヒ、長門や古泉も怪我をしている。お願いだ。この世界を壊してくれ」 『無駄だ。お前が鍵であることは知っている。そして、そのような手を使う可能性もな。だからこの世界に外部からの繋りを遮断する遮蔽場を存在させた。お前の神頼みは神に聞こえはしない!』 「ハルヒ!頼む、俺たちがこの世界に取り残されてもいいのか!?聞いてくれ!ハルヒ!!」 『無駄だ。諦めろ』 『神人』から触手が伸びて来た。逃げるのは間に合わない! ―バシッ― ―瞬間、触手が千切れていた。 「…間に合いました。大丈夫ですか!?キョン君?」 ―そこに立っていたのは部室専用のお茶汲みメイド、俺の癒し的存在、朝比奈さんだった― 「朝…比奈…さん?なぜここに…!?」 「キョン君に言われて来たんです」 先ほどまでのスーツ姿ではなく、いつもの制服姿で朝比奈さんはそう答えた。 「…俺に?いつ?」 「…今のあなたから四日後のキョン君です」 『神人』は、触手を切られたことにだろうか、激しく悶絶していた。 「…なるほど、またあの時の様に、未来からの介在があったというわけですか」 「いえ、違います。キョン君の命令です」 「え…?でも、未来からの命令がないと動けないんじゃ?」 「そのとおりなんです。キョンくんに言われて、未来からの通信を見たら、『何があってもキョン君の命令に従え』という最優先強制コードが発令されていたんです。驚いてキョン君に相談したら、『今から言う時間―四日前の午後七時、鶴屋邸で行われた争奪戦の特設ステージに時間移動してください』と言われたんです。でも、TPDDの許可がないから無理って言ったんですけど、『大丈夫だから』って言われて。そしたら、本当に移動できたんです。本来は許可を得ないと、使用不可能なのに…。キョン君、どうしてですか?」 「俺にも分かりません。そして、どうしてこの空間に入ってきたんですか?そして、その力は何ですか?」 「それもわからないんです。キョン君が、『その時間の俺を助けてくれ。願えば力が出るはずです』って言われて。…時間移動して、この空間侵入した瞬間、キョン君が襲われてたの。助けなきゃ、って思ったら、いきなり触手が切れて……ごめんなさい」 「いえ、あなたのおかげで助かりました。ありがとうございます」 「こちらこそ…。キョン君を助けることができて嬉しいです」 とんでもない能力を身に着け、小未来から来た朝比奈さんは、こんな状況にも関わらず、笑顔で返してくれた。 『貴様!どうやってこの空間に侵入した!』 『彼』が叫んでいた。ご自慢の遮蔽空間を、あっさり三人に突破され、気が立っている様だ。 『貴様もあいつらの様に貫いてやる!』 『神人』は、朝比奈さん(みちる改)に触手を向けていた。その数、およそ百に近い。 だが、朝比奈さん(みちる改)が手を向けた瞬間、激しい音を立てて全てを撃墜していた。まるで長門の高速詠唱を利用しているかの如く。 「朝比奈さん、いつのまにこんな能力が…」 「私にも分かりませ~ん!」 泣きそうな顔で触手を迎撃していた。何故自分にこんなことができるのか、本当に困惑している様だ。 「キョン君、元の世界に戻る方法を実行してください!」 「朝比奈さん、あなたも知ってるんですか?元の世界に戻る方法を?」 「私には、あの巨人を倒すほどの力は無いみたいです!」 朝比奈さん(みちる改)は触手を撃墜しながら喋っていた。 「だから、キョン君、元の世界に戻れるよう涼宮さんにお願いしてください!」 「朝比奈さんもその方法が一番だと思うんですか?でも、先ほどやりましたが反応が無いんです」 「それは、キョン君の本心を見せてないからです!本気で願ってください!本来の世界でやり忘れていた事があるんじゃないんですか!!」 ―やり忘れていた事― …朝比奈さん(みちる改)の言葉で目が覚めた。俺はうわべばかりの願いをハルヒにしてたのか。だからハルヒは願いを叶えてくれなかった。 …わかった。本当に帰りたい、その理由をハルヒに伝える! 「ハルヒ!!」 俺は声を張り上げ、空に向かってハルヒに問い掛けた。 「俺はお前に言わなければいけない事があったんだ。だが、俺はそのことに気付くまでにかなり時間が掛かってしまったんだ」 『神人』の攻撃は朝比奈さんが抑えている。だが、休まる気配が無い。 「この争奪戦中、特に最終試練で、俺は言い様のない焦燥感と苛立ちが襲ってきたんだ。谷口に『俺が涼宮と付き合ってもいいんだな』と言われ、国木田に『涼宮さんには、僕よりお似合いの人がいる』と言われ、焦ったんだ。その時は何で焦ったか分からなかったんだ。どうしようも無いほど馬鹿だな、俺は。そして、古泉に悟られ、ようやくその気持ちに気付いたんだ」 『神人』と朝比奈さんは攻防を続けているが、俺はその音が聞こえてなかった。ハルヒに想いを伝えるのに必死だった。 「だから、最後の一人には、絶対負けたくなかったんだ。…しかし、負けてしまった。この時ほど、負けて悔しいと思った事は無かったよ。お前を他人に取られるのがこんなに気分が悪かったとは、自分が一番びっくりだ」 気のせいかもしれないが、『神人』の攻撃が少し収まった気がする。 「ハルヒ、俺は…お前が…」 そこで、俺は一端言葉を切ってしまった。 「キョン君、躊わないで!想いを伝えて!私何も聞こえてませんから!」 朝比奈さん(みちる改)の、聞こえているのに聞こえて無いと言う、フォローになってないフォローが飛んできた。 「―お願い…あなたの…意思が…総てを…握っている―」 「…僕に…教えてくれた事は…嘘だったんですか…?…お願いします…あなたの…想いを…涼宮さんに…」 ―みんなのためにも、俺のためにも― 『神人』からの攻撃が、一層激しくなる。 ―ハルヒが、俺たちを元の世界に戻してくれる様に― 「ううっ!」 朝比奈さん(みちる改)の顔が厳しくなる。 ―ハルヒに、伝える。俺の想いを― ―そして、俺は言った。 「―ハルヒ、この続きは、元の世界に戻ってからだ」 『………!!!』 三人が、声にならない声を上げていた。 「…キョン君…」 「………」 「…あな…たは…」 「…おいおい、勘違いするな。俺は言わないとは言ってない。この世界の中、ハルヒの夢の中で言っても仕方のないことなんだ。俺がハルヒに、面と向かって言わなければいけないんだ。現実世界の、本物のハルヒにな」 『………』 全員が、沈黙した。『神人』さえも。 「だから、俺たちを帰してくれ、ハルヒ。無事帰ってきたらお前に伝えたいんだ。俺の想いを」 ―刹那とも永遠とも思える時間が流れた。そして、閉鎖空間に亀裂が生じた― 『なにっ!この世界が崩壊し始めている!…そうはさせん!』 『神人』は、その崩壊を持ち堪えようと、自信の力を使用し、崩壊を修正し始めた。 「あなたの思い通りにはさせません!」 その時、復活した古泉が空を飛び、『神人』周囲を周り、攻撃していた。右腕、右脚、左肩…ことごとく切断していた。 『…!………!!』 「…時間移動はさせない。情報結合解除を申請する」 『!!うおああああ!!』 『神人』は煌めく砂のごとく、崩れ落ちていた。 『グァァァァ……ルァァァァ………ュァァ………………』 『神人』は、完全に砂となって消滅した。『彼』を残して。 ―瞬間、空が割れ、光が差し込んだ― ――俺が気を失っていたのはそんなに長くはなかったかもしれない。 横を見ると、長門、古泉、朝比奈さん(みちる改)も、同時に目を覚ましていた。 …やれやれ、助かったようだな。それに二人とも傷は大丈夫のようだな。 「ありがとうございます。あなたのおかげで、又もや世界は救われた様です」 …そんな大層なことはしてないつもりだったのだがな。そういえば長門、あいつの正体は、お前の親類か? 「…違う。あれは発展的異時間偏向改変種型情報集積体。その最後の生き残り」 …またわけの分からない名前が出てきやがった。 奴の特徴と、お前の親玉との関係を分かり易く教えてくれ。 「情報統合思念体と彼らは起源からして異なる。彼らは純粋な情報ではなく、時間軸の波動的振舞いから発生した情報の痕跡。彼らは時間平面を量子的に捉えるだけでなく、連続性のある波動的にも捕らえることができる。また、時間を平面だけでなく、積分してより高次の時間軸を容易に操作できる。それは、情報統合思念体でさえ困難な能力。情報統合思念体はその能力を危険なものとして調査していた。彼らが時間を操ることによって、宇宙の法則・情報を無に帰す可能性があったから。実際、彼らの中にそれを実行しようとするものが現れた。そのため、情報統合思念体は彼らの存在を危険なものと判断し、存在を消去しようと試みた。幾多の攻防の上、情報統合思念体は彼らを残り一体まで追い込んだ。この銀河の白色巨星―この惑星でデネブと呼ばれる恒星の辺りまで追い込んだのは分かっていたが、ずっと消息不明だった」 …追い込んだと思ったら、地球にまで逃げてきてたのか。 「…そう。彼の情報の痕跡を解析したところ、彼は四年前の7月7日、この惑星に降り立った。あなたが示した、あの模様によって」 げっ!俺が四年前のハルヒに命じられて書いたあの幾何学模様によって、本当に宇宙人を呼び込みやがったのか!あいつは! しかも織り姫と彦星を通り越して、百倍くらい遠いデネブに願いをかけるとは! 「あの日、あのメッセージに惹かれるまま、彼は周辺の民家に降り立ち、涼宮ハルヒに影響を受けたと思われる一人の少年に乗り移ってた。そして意識下位下までその存在を身を隠し、我々に気付かれない様にすると同時に、涼宮ハルヒの動向を観察していた。高校に入学してから涼宮ハルヒの情報噴出の増減が激しかったため、ついにコンタクトすることを選んだ。折しも人間の彼もまた同じ思いとなっていた」 …なるほど、それが彼なのか。その微妙な存在感をキャッチして、ハルヒはストーカーだと思ったわけか。 「人間の彼は、僕たち超能力者の候補の一人だったのでしょう。だから、涼宮さんに惹かれるものがあったのかも知れませんね。丁度、あなたの中学の時のご学友が、長門さんに惹かれたように」 …なるほどな。こいつもハルヒや宇宙人にひっかき回された、気の毒な奴だったんだ。 ところで、朝比奈さんのとんでもないパワーはどこから? 「朝比奈みくるから、彼らの情報の一部が集積されていることがわかった。恐らく、先程解除した情報結合の一部情報を朝比奈みくるに移設した模様」 「ひぇぇっ…!私そんなことされてたんですか…一体誰が…」 朝比奈さん(みちる改)が可愛い悲鳴を上げる。 「この情報は比較的共有性・類似性のある、時間平面理論を理解しているものに適用することができる。だが、器が有機生命体である以上、移設しても情報はやがて揮発してしまう。持って一週間。でもこの情報を今の時間の朝比奈みくるに移設する。恐らく、それが既定事項。…許可を」 長門は朝比奈さん(みちる改)を指差し、指示を仰いでいた。 「…わっ、わわわかわかわかりましたぁ!き、既定事項なら仕方ありましぇぇん!おね、お願いしますぅ」 半ば脅されているように了承する朝比奈さん(みちる改)。でも、なんで未来から時間移動の指示がなかったんだ? 「彼らは朝比奈みくる達が使う時間平面理論より、高次な理論を使用する。時間移動にジャミングをかけるのは容易い。人間が彼らと同じ理論を使用するためには、有機生命体であることを止めなければいけない」 なるほど、だから普通の未来人はTPDDを利用した時間移動ができず、俺の指示に従え、という命令を出したわけだ。恐らく、朝比奈さん(大)がな。 「…あなたの使命は終わったはず。…朝比奈みくるに帰還命令を」 そう言って、長門は俺に朝比奈さん(みちる改)の帰宅申請をした。…何で俺が? 「朝比奈みくるは、今、あなたの命令に絶対服従をしている。だからそれを解き、未来の時間に帰してやるべき」 そうだな。だが、絶対服従か…いい響きだ。別れる前にあんなことやこんなこ… …スマン、長門。冗談だ。だからそんな冷たい目で見ないでくれ。 「…そう」 コホン、では、朝比奈さん、あなたは元の世界に戻ってください。戻り次第命令を解除します。 「…わかりました。でも、何時がいいですか?」 前回は一分しか無くて大変だったから、今回は五分くらい見ましょう。あなたがあちらの世界から消えた、五分後でお願いします。 「…サー、イエッ、サー!」 朝比奈さん(みちる改)は、キュートな号令をあげた。もしかして、未来での上官の指示に対する返答は、あんな感じなのかもな。 …………。 …朝比奈さん(みちる改)は、人気のない、ステージの奥まったところで時間移動を行い、帰っていったようだ。 さて、ではこちらの朝比奈さん(みくる)に情報を埋め込むとしましょう。 俺がハルヒを寝かせた場所で、ハルヒと朝比奈さんは静かに寝息を立てていた。 ハルヒはともかく、朝比奈さんは起きていたはずだが…いや、何となく分かった。朝比奈さん(大)が気絶させたのだろう。 …既定事項とは言え、自分に変な能力が付随するってのに、大変だな、未来人は。 長門が高速詠唱を唱え、何やら手をあげ、円を描き、それを朝比奈さんに注入するような仕種を見せ、最後に、やっぱりというか、噛み付いていた。 ―そして一言、「終わった」 …それが合図だったかのように眠り姫二人が起き出した。 「…あれ!?みんな?え?争奪戦は??」 「…私、なんで寝てるんですか?涼宮さんを看病してたのはおぼえているんですが…」 俺は二人に説明をした。ハルヒの宣言に逆ギレした彼に、ハルヒと朝比奈さんが気絶させられ、俺と古泉が止めに入り、彼を説得した。 改心した彼は泣いて謝り、もう手出しをしないことを約束し、帰って行った。 ―どうだ?完璧だろう? しかしハルヒはジト目で、 「じゃあ鶴屋さんはどこ行ったのよ?」 しまったぁぁ!考えてなかった!! 俺の内心の焦りに、古泉が助け船を出してくれた。 「鶴屋さんは使用人、侍従その他の人と一緒に、避難してもらいました。長門さんは二人の看病をしてもらいました」 ……おい古泉、そんな出任せ言って大丈夫なのか? (大丈夫です。鶴屋さんは実際にそのとおりしてもらいましたから。あなたがこの世界から消えているうちにね) …なるほど、用意のいい奴だ。 「…古泉君が言うなら本当よね。わかったわ。キョン、信用してあげるから感謝しなさい!」 …なんで古泉は信頼して、俺は信用されないんだ。忌々しい。 ―その後、後片付けをして鶴屋さんにお礼を言って、帰ることになった。 俺はハルヒと帰る方向が同じで、途中迄暗い道ということもあり、一緒に帰ることになった。 『………………』 そして二人とも沈黙していた。…かなり気まずい空気である。 俺は閉鎖空間で言ったあの台詞と、続きの台詞を思いだしていた。 正直、恥ずかしい。その思いが、ハルヒへの会話を遮断していた。 「―ねぇ、キョン」 ハルヒが突然、声を掛けてきた、あぁ、な、なんだ? 「―何でもない」 ハルヒはそう答え、また黙ってしまった。―また沈黙。 やれやれ、どうするかな。いっそここで、あの続きを喋っちまうか?そう考え、俺は空を見上げた― 「おいハルヒ!」 「―っ!な、何!」 ハルヒは驚いた表情で俺を見ていた。 「上を見ろ」 「…え?…あ……すごい…綺麗…」 空の上には天の川が燦々と輝いていた。照明が少ない道を歩いているのが幸いした。 「あれがベガにアルタイル、そしてあっちがデネブだ」 「…あんた、以外と詳しいのね」 「まあな、この時期、親戚の子供たちに教えてやってるからな」 「ふーん…。…ねえキョン、あたしの願い、叶わなかったわね」 「願い?」 「あの七夕の願いよ」 「ああ…そうなるのか」 「でも、やっぱりいいわ。あたしはまだ彼氏なんていらないわ。今回みたいに、変な奴に付け回されることになると困るしね」 「…大丈夫だ。そうゆう時は俺が助けてやる」 「…え…うん…」 「…なあハルヒ。第二回争奪戦は何時開催だ?」 俺は唐突に話を変えた。 「…そうねえ…。やっぱり秋かしらね?スポーツの秋、読書の秋、食欲の秋…何をするにしてもいい時期よ!いろんな試練を考えられるわ!あんたは今度は試験官兼警備員に昇格させてあげるわ!挙動不審なのがいたらあんたの権限で失格にしていいわ!」 「それは面白そうだが、丁重にお断りさせて頂く」 「何よ!あんたに否決権なん…」 「俺は、参加者として参戦する」 「え…?」 「参加者として参戦して、必ず優勝する。そして、お前に言うべきことあるんだ」 「…何…を……!?」 「…それはな………」 「…それは………?」 「それはな、優勝してからのお楽しみだ!」 「…!何よ!またからかったわね!」 「ははははっ、スマンスマン」 「……………さっき夢の中と同じじゃない………期待して損しちゃった………」 「何か言ったか?」 「え?何でもないわ。…わかったわ。参加者として参戦しなさい。…それからキョン、あんたにこれあげるわ」 ハルヒはそう言って、自分の袋から花束を取り出した。 「…これは…向日葵?」 「そう、向日葵よ。今日あんた頑張ってくれたから、そのお礼よ」 「どうしたんだ?この花?」 「あいつにもらった花よ。誕生花ばかり集めたんだって。でも誕生花って、色んな定義あるから一種類だけとは言い難いのよね。…正直、気持ち悪いから捨てたかったんだけど、花に罪はないしね。それに、あたしが花を受けとらなかったら、あんな野郎に育てられるのよ?それか捨てられるか。花が可哀相だわ。だから預かることにしたの」 「なるほどね。でも、何で向日葵だけなんだ?他にも色々あるじゃないか?」 「そっ…それは…その…あんたにでも育てられそうなのはこれくらいだからよ!それに今日の記念として家に飾っておけば、第二回争奪戦のやる気も湧いてくるでしょ?」 「…そうだな。…8月7日で思い出したよ。お前、もう一度七夕のお願いしてみろ。仙台の七夕祭りを始め、他の地方では今日やるんだ」 「そうなの?何で?」 「節句を月遅れでやる風習もあるんだよ。それに実は今日、旧暦の7月7日なんだ。七夕は本来旧暦で祝うものだ。もしかしたら今日の方が願いがかなうかもしれんぞ」 「……そうなんだ……」 ハルヒは暫く沈黙した後、 「…そうね。お願いしてみる!」 ハルヒは手を合わせ、星に願いごとをしていた。俺も同様に願いごとをした。 「…あんたは何を願ってたのよ?」 「…同じ内容さ」 「…また進学とか就職の願いなの?やっぱりあんたは俗物ね。もっと大きな願いを成就させてこそ、願いは意味があるものなのよ!」 ハルヒ得意の理論に、黙って頷く俺。 ―悪かったな。お前と同じ内容の願いでな― 心の中で、そう叫びつつ。 「…あんた、わかってるわね?」 願いごとを終えたハルヒが、俺に話しかけて来た。 「あんた今回のペナルティもあるし、自分で優勝予告を宣言したのよ。 団員としてあたしを盛り上げるためにも、あんた自信のためにも絶対優勝しなさい!そうでないと…」 ハルヒは、とびっきりの、そして、俺の一番お気に入りの表情である、あの100Wの笑みで俺に言った。 ―許さないわよ!― ※エピローグに続く
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第七章 俺たちは30分ほどで学校に着いた。 そしてやっぱり神人が暴れていて校舎もめちゃくちゃだったし、校庭には神人に投げ飛ばされたと見られる校舎の残骸が投げ捨てられていてこの世の風景とは思えないようだった。 ハルヒはもうどうしていいのかわからないようにこう言った。 「ねえ、キョン。いったい学校に来てどうするつもりなの?」 「わからん。とりあえず校庭のど真ん中に行こうと思う。」 ど真ん中とはお察しの通り俺とハルヒが昔キスをした場所だ。 そこに着けば恐らく何らかのアクションが起きるはずなのだ、そうでなければあの未来人や朝比奈さんが止めるはずである。 俺はハルヒを半分無理やりど真ん中に連れて行った。 そのとき、ポケットに入っていた金属棒が金色に柱のように光りだし、ハルヒと俺を光の中に入れた。何がどうなってるんだ。 俺は慌ててポケットから金属棒を取り出した。 これでハルヒが普通の人間に戻ったのか? もちろんそんなわけは無く、その金属棒にひびが入った。 ピキピキ…割れていく。 中から茶色い棒が出てきた。 俺の嫌な予感は的中し、金属棒の中からポッ○ーが… やはりそうか。 ポッ○ーゲームか、それでキスしろってのか。 ハルヒは察したのか俺からポッ○ーを奪い取り口に加えて目を閉じた。 俺も目をつむりポッ○ーをくわえたそのとき、前のときのような光が世界を包み俺たちを元の世界に返した。 たまたまグラウンドはどの部活も使用してはいなかった。 あれ?朝比奈さんやら古泉やら長門やらはどこに行ったんだ? 閉鎖空間に閉じ込められたのか?だとしたら神人が全部消滅するまで空間は消滅しないはずである。 だとしたら朝比奈さんたちはどうなる。 いやハルヒの能力が消えたのだから閉鎖空間も消滅したのか?古泉は何も言ってはいなかった。 その時、後ろで俺を呼ぶ声がした。 「キョン君!」 朝比奈さんである。あの未来人と(小)方もいる、気絶したまま(大)にかつがれてるが…。 「朝比奈さんたち、どうしてここに?」 「古泉君に言われたんです。学校に向かってくださいと。これも規定事項ですし。」 「そうですか。」 この時ハルヒがあることに気付いた。 「有希は?」 そうだ長門は?朝倉と交戦中のはずのやつはどこに言ったんだ。 その問いには朝比奈さんが答えた。 「長門さんはあと1分ほどでここに現れるはずです。朝倉さんって人を倒して。」 よかった。 じゃあ古泉はどうなったんだ。 まさかあのとんでも空間に閉じ込められたままなのか? 長門がやってきた、古泉の事を聞いてみる。 「古泉一樹は閉鎖空間に残り、自爆して全て倒すつもり。」 自爆?自爆ってあれか?ボーンってなって死んじまうあれか? 「そう。」 古泉はどうなるんだ。 「死ぬ。」 どうにかならないのか。 「ならない。そうしなければ世界が滅ぶ。古泉一樹は世界を守るために死を選んだ。」 くそっ、俺の許可なしで死にやがって。 ハルヒは悲しい顔で「私のせいよ、私が転校生が来て欲しいなんて思ったから。だから古泉君は…」 落ち着けハルヒ。お前は何も悪くないし古泉のことは悲しいが今はこの状況を何とかすることが先決だ。俺たちを助けてくれた古泉のためにもな。 長門。朝倉はどうなった。 長門はいつぞやのカマドウマのとき同様、校門を指を刺した。 「すぐそこ。すぐ倒す。もう余裕は無いはず。」 その直後、校門から高速で何かが走ってきた。勿論。朝倉である。 朝倉は長門めがけて突っ込んできた。 不謹慎かもしれんがターゲットが長門でよかった。 ターゲットが俺なら一瞬でことは終わっていたからな。 長門は校庭のど真ん中で戦闘をおっぱじめた。 轟音が鳴り響く。 轟音で朝比奈さんが目を覚ました。 「ふえ?ここどこですか?あれ?この人私にそっくり。誰なんですか?そっちの男の人も。古泉君はどこいったんですか?」 なんというか、どっから説明していいのか。 とりあえずここで目を覚ますのは朝比奈さん(大)にとって来てい事項なんだろうか。朝比奈さん(大)に目配せしてみる。 朝比奈さん(大)が頷いた。 俺はいまいち状況を理解できていない朝比奈さんに説明した。 「この人は今の朝比奈さんよりも未来から来た朝比奈さんです。恐らく今まで朝比奈さんに命令を出してたのもこの人です。」 「え?そんな、まさか。」やっぱりと言うかなんと言うか、やはり混乱した。一応孤島のときのこともあるので古泉のことは伏せておいた。 朝比奈さん(大)が口を開く「そうです、私は未来のあなたです、いろいろな指令をいつも出していたのも私です。それからキョン君、この騒動が終わったらこの子にこの子がするべきことを全て教えてあげてください。」 「え?わかりました。」どういう意味だろう。七夕のときや一週間後の朝比奈さんが来たときの手紙のことを教えてあげればいいのだろうか。 長門が交戦中にも関わらずこっちを向いて叫んだ。「ダメッ!!」 すると「確かに頼みましたよ。」といって朝比奈さんの後ろで盾になるように大の字になった。 その瞬間である。鉄砲か何か、もしかしたら光線銃のようなものかも知れない。 一線。 俺の盾となってくれた朝比奈さんは倒れた。飛んできたであろう方向からは何も見えない。 血まみれになって倒れた朝比奈さん(大)を支えてあげる。「これも規定事項ですから…」 そう言って朝比奈さんは目を閉じた。 俺はハルヒに叫んだ。「朝比奈さんに見せるな!!!」 ハルヒは急いで朝比奈さんに抱きつき視界をふさぐ。 だが何もかも遅い。朝比奈さんは泣きじゃくり倒れこんでしまった。 ここで突っ立って傍観していた未来の俺が地団駄を踏み口を開いた。 「まさか!クソっ!それで未来を守ったのか。クソっ!」 そうか。朝比奈さんが朝比奈さん(大)を認識することで現在と未来がつながったのか。 それなら俺と未来人の時でも同じことが言えるのだが恐らくハルヒが生み出した不安定な未来なので朝比奈さんが朝比奈さん(大)を認識することで上書きされたのか。 恐らくこの未来人の規定ではここで朝比奈さんが死に、朝比奈さん(大)の存在に矛盾を出すためだったのであろう。 と言うことは未来人戦はこちらの勝利である。大きな犠牲を払ったが。 とち狂ったように未来人が言った。「もうお前ら全員殺してやる。」 おいおい未来の俺よ。なに言ってやがんだ。 その時、突然空が無数の点により暗くなった。 なんだありゃ。いろいろありすぎてわけがわからん。 第八章
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第 一 章 あれから四年。 俺は無事に大学を卒業し、既に就職していた。いわゆる社会人というやつだ。 ハルヒによる補習授業のおかげで、俺はなんとか大学に進学する学力を身につけ、苦労の末に無事卒業することが出来たのだ。 ハルヒは俺とは別の大学に入学し、首席に近い成績で卒業。さらに世界を盛り上げるための活動をするとやらで、大学院に進んでいる。 世界を盛り上げるなんていう発言は以前と変わらないハルヒらしさだ。ハルヒは自分が不幸を感じているときは周りの人間を否応なく道連れにし、自分が幸福を感じているときはそれを無条件で周囲に拡散させていく、そういう奴だ。 そして、俺はそういうハルヒにますます惹かれていたのだった。 長門と朝比奈さんとは、高校卒業以来会っていない。 卒業式の後、部室で盛大かつ壮絶たるSOS団解散式兼お別れパーティーが開かれ、朝比奈さん、鶴屋さんを含む六人でバカ騒ぎをした。 その後いつものルートで最後となる集団下校をし、長門とは駅前で別れた。 肌寒さの残る、うす曇りの夕暮れ。 「あなたがいてよかった」 別れ際、長門が俺にだけ聞こえる声で言った。 いつもの無表情には違いなかったが、長門が感情を押し殺している風に感じられた。 長門も密かにSOS団との別れを惜しんでいるのだろう。 長門、情報統合思念体に戻っても幸せに暮らしてくれよ。お前は情報統合思念体の中でも先駆者だ。なにしろお前はハルヒに散々振り回されたおかげで、元々の機能にはない感情ってものを獲得したんだからな。仲間に自慢出来るぞ。絶対にな。 「さようなら」 「じゃあな、長門。元気でな」 別れは辛いが、これは仕方がない。結局のところ長門を含む情報統合思念体は切望していた自律進化のきっかけを手に入れ、朝比奈さんたち未来人は約束された未来を手に入れ、古泉の機関は神人に悩まされることのない安息な日々を手にいれたのだ。 そして長門は情報統合思念体に戻り、朝比奈さんは未来に戻り、古泉は本来の生活に戻る。 つまりは全てハッピーエンドだ。これで別れを惜しんでいてはバチが当たる。 長門の後姿を見送りながら俺はそんなことを考えていた。 卒業式からしばらく経った後、朝比奈さんから手紙が来た。 『会ってお別れするのは辛いので、お手紙を書くことにしました。 キョン君には本当にお世話になりました。今までありがとうございました。 もっと色々書きたいことがありましたが、書くともっと辛くなりそうなので。 これからもお元気で。涼宮さんとお幸せに。 朝比奈みくる』 いつものファンシーなものではなく、やけに体裁の整った封筒と便箋が、本当の別れを実感させた。 お世話になりましたなんてとんでもない。俺こそ朝比奈さんには本当にお世話になりました。 高校生活の日々、朝比奈さんは俺にどれだけ心の安らぎを与えてくださったことか。 でもいずれまた再会する日が来ますよ。未来の朝比奈さんはこの後何度か過去の俺に会うことになるんです。既定事項ですから。 俺がこれから先、朝比奈さんに会うことが出来るのかどうかは解らないが。 以前から覚悟していたものの、かぐや姫の物語がいざ現実になると、やはり寂しいものだった。 朝比奈さんに直接お別れの言葉が言えなかったのを口惜しく思う。 朝比奈さん、どうか未来の世界でお幸せに。未来人組織での立場向上だけでなく、この世界では出来なかった恋愛もがんばってください。 あなたなら自らがんばらずとも、男共が黙っていないでしょうけどね。未来でもきっと。 ちなみに、古泉とは高校卒業後も友人づきあいがある。 俺たち二人は、常人のそれをはるかに上回る過酷な高校生活を共に乗り切った、いわば戦友のようなものだ。 以前古泉が言った、対等な友人同士として昔話を笑って話せる日は今ここに実現している。 古泉の言動がそれまでと変わったことについて、ハルヒも俺も最初は驚いたが、正直なところすぐに慣れた。 二人とも、何の含みもなく屈託なく笑う古泉に以前よりはるかに好感を抱いていた。 機関は古泉の卒業と同時に解散されていた。もはや機関がすべきことは何も残されていなかったからな。 俺が就職して三ヶ月と少しが経った頃、七夕の日に俺とハルヒは結婚した。 「どうせこのままずっと一緒にいるんだから、もう結婚しちゃっていいじゃない。こういうこ とは早いほうがいいのよ」 ハルヒがそう提案し、俺もそれに同意したからだ。プロポーズくらい俺にやらせて欲しかったな。まあ似たようなセリフはあの閉鎖空間の中で既に言ってあったんだが。 就職して間もなかった俺は、そのため貯金などほとんどなく、ハルヒも学費を出してもらっている身分で大層な披露宴など気が引けるという理由で――そういう控え目な考え方をするハルヒは高校生の頃からは到底考えられないのだが――、披露宴はお互いの親戚だけを集めた食事会ということにした。 無論、古泉と鶴屋さんを交えた四人のパーティーは盛大にやったけどな。 長門と朝比奈さんには当然ながらこちらから連絡をつけることは出来なかった。二人とも俺たちが結婚することを知らなかったのか、あるいは知っていたとしても参加出来ない事情があったのだろう。 この頃にもなると、ハルヒはすっかり一般的な性格と生活を獲得していた。 エキセントリックな振る舞いは多少残っていたが、それはあくまで一般的という範疇に収まるものだった。 古泉が言ったとおり、ハルヒは二度目の情報爆発の際に、以前の能力を完全に失ったようだった。 情報爆発以降も時々不機嫌になることはあったが、古泉が断言したとおり閉鎖空間を生み出すことはなくなったようだ。古泉の能力が消えても世界が破滅していないのがなによりの証拠だ。 こうして平凡でありながらも、幸せな日々は続いた。 俺の社会人生活は、慣れない仕事に苦戦しながらも、まずまずの滑り出しだったと言える。 ハルヒの学生生活は言うまでもなく極めて順調だった。 このまま平穏無事に暮らせたなら、俺はどれだけ心安らかだっただろう。 だが、何者かがそれを許してはくれなかった。 ハルヒは結婚の二ヶ月後、突然学校で倒れたのだ。 仕事場に連絡を貰った俺はすぐさま病院に直行した。入院先は、例の機関御用達の総合病院。 古泉が昔のよしみで手配してくれた。 「昼ご飯食べてるときになんだか急に意識が遠のいちゃって。全くみっともない話だわ」 ハルヒがそう言うのを聞いて、俺は安心した。 「全くだ。お前らしくもないな。元気だけが取り柄、ってわけでもないが、お前が病気で倒れるなんて見たことねーからな」 ベッドの上のハルヒは、見るからにいつものハルヒそのままだった。軽い貧血か何かで倒れたんだろう、という程度にしか考えなかった。 症状は大したことはないが検査のため今日は様子を見て入院させる、と言う医師の言葉にも、不自然さは感じるにせよ、俺はちっとも心配などしていなかった。 だからハルヒが翌日再び病室で意識を失ったと聞いたとき、ようやく俺はこれがただ事ではないということに気づかされた。 「昨日から今朝にかけて一通りの検査をしてみましたが、結論から申し上げますと全く原因が解りません。あらゆる検査の結果は全て、奥様は完全な健康体であることを示しています」 何しろ元機関お抱えの病院だ。最高の医師たちが揃っているに違いない。そして彼らが原因不明と言うならば、それは誰が見ても間違いなく原因不明なのだ。 身体上の数字は至って正常であり、ハルヒは普段と何一つ変わらない様子だった。一旦意識を失うとしばらく目を覚まさなくなる、ということを除けば。 俺は会社に事情を説明し、長期休暇の許可を得てずっとハルヒに付き添った。 以前俺が階段から転げ落ち、意識を失ったときと同じ個室。あのときハルヒは今の俺と同じような気持ちで俺のそばにいてくれたんだろうな。 医師達がサジを投げるまでにはそう長い時間は必要とされなかった。 ハルヒは意識を回復させては、眠りにつくということを数日間繰り返した。 そして起きている時間と寝ている時間の割合は次第に逆転し、ついにはほとんどの時間ハルヒは意識を失い続け、起きている間ですら意識が朦朧とした状態になった。 焦燥しきった俺は藁にもすがる思いで、ハルヒの意識があるわずかな時間に、自分がジョン・スミスであることを告白した。 こうすればハルヒの中で何かが起こり、突然元気になってくれやしないか、と思ったのだ。 俺はジョン・スミスのことをあの閉鎖空間の中でもそれ以降も、一度も口にしたことはなかった。 もちろん、ハルヒにSOS団メンバーの正体を明かすことを避けたかったからであるが、理由はそれだけではない。 俺を愛してくれるハルヒには、ジョン・スミスの存在は必要ないと思っていた。それが俺とハルヒの関係に何らかの好ましくない変化を与えるかもしれないとも考えていた。 だが俺は意を決し、その事実をハルヒに打ち明けた。 そしてその決意もむなしく、結論から言えばそれは何の効果もなかった。 「そう……あんたがあのジョンだったなんてね。高校一年のとき、あなたと以前どこかで会ったことがあると感じたのは間違いじゃなかったのね。……だとしたら、あのとき背負ってたのはみくるちゃんなの?」 あいかわらず勘がいいな、お前は。 「そうなんだ。そう思えばあたしの人生って結構不思議なものだったのね……」 お前は知らないだろうけどな、お前の人生は普通とは比べ物にならないくらい不思議なことで満ち溢れていたんだぞ。 「色々あったわね……今まで幸せだったわ。あんたのおかげよ」 頼むから、そんな今生の別れのようなことを言ってくれるな、ハルヒ。 ハルヒはそう言ってしばらく後、また眠りについた。俺も数日前からの徹夜の付き添いの疲れからか、いつの間にか眠りについていた。 ハルヒはその一時間後、そのまま目を覚ますこともなく、俺に気づかれることもなく、唐突に、ひっそりとこの世を去ってしまった。 自分自身がわけの解らん奴なら、死ぬときもわけの解らん死に方をするのか、ハルヒよ。 俺はハルヒが死んだという事実にわき目もふらずに、目から涙を溢れさせていた。 お前は高校一年のときの七夕を忘れちまったのか? あのときお前は世界が自分を中心に回るように、地球が逆回転するようにって短冊に書いただろうが。ベガとアルタイルに願いが届くまであと何年かかると思ってんだ。 俺はこの先、お前を取り巻く状況がどう変わるのかを楽しみにしてたんだぞ。お前がどれだけ世界を盛り上げ、そしてそれに俺がどう巻き込まれるかを。 そしてお前はこう言うんだ。 「ほらねキョン、あたしの言ったとおりでしょ!」 俺がいつも見ていた、そしてこれから先もずっと見られると思っていた、あの赤道直下の笑顔で。 ――一体、どこからこんなに涙が溢れてくるんだ。 あの閉鎖空間でのキスのときとは違った意味で、世界は変わってしまった。いや世界は終わってしまったのだ。 …なあハルヒ、俺はもうお前に会えないのか? …お前はもう戻ってこないのか? それから俺は数日間を泣き通した。 ハルヒの葬儀には、俺とハルヒの親族、俺の仕事の同僚たち、ハルヒの学校の関係者、学生時代の友人、そして古泉と鶴屋さんが参列してくれた。長門と朝比奈さんは、やはり姿を見せなかった。 参列してくれた皆が、心底俺に同情してくれた。 だが、俺はこの頃には既に涙も枯れ果てていて、ただ呆然とまるで他人事のような心境で葬儀を進めていた。これが現実だとは、俺には到底信じられなかったのだ。 ほんの数日前まで、そこに確かにあった俺とハルヒの日常。 やけに目覚めのいいハルヒがいつも先に起き、朝食を作ってくれた。 あいかわらず目覚めの悪い俺を楽しそうに叩き起こしてくれた。 朝食を食べながら一日の予定を確認しあった。 一緒に住まいを出て、駅で別れ、駅で待ち合わせた。 一緒に食材を買い、一緒に夕食を作った。 それらを囲みつつ一日の出来事と昔話とこれからの話をした。 そこにはいつも、俺のハルヒの最高の笑顔があった。 そしてそれは突然俺の前から消え失せてしまった。 そんなことを一体誰が信じられるものか。 ハルヒの葬儀からしばらくの間、結婚とともに越してきた住まいで、俺は抜け殻のような状態で日々を過ごした。 何もする気が起こらなかった。食事すらほとんどとらず、ただ起きて、ただ寝るだけのような生活。一体何日間そうしていただろうか。 そしてある日、俺は突然それを認識した。 ハルヒが死んだ瞬間に感じた、世界が変わってしまったという感覚が、またしても俺の感情の変化によるものだけではなかったことに。 ハルヒが死んでからというもの、俺の頭の中に奇妙な違和感が存在していることには気づいていた。 そして、それはハルヒの突然の死による悲しみがそうさせているのだろうと、俺は当然のように思っていた。 しかしそれは違っていた。それだけではなかった。 俺の頭の中に、突如としてSTC理論とTPDDが備わっていたのだ。 STC理論。朝比奈さん(大)が以前俺にその存在を教えてくれた時間平面移動の理論。 TPDD。時間移動をするための、頭の中に無形で存在する装置。 理屈じゃない。それが俺の頭の中にあることを、俺は実際に感じることが出来た。 なぜ俺に突然そんなことが起こったのか。理由はすぐに解った。 ハルヒがそれを望んだからだ。 ハルヒは、わずかに残された最後の力で、俺にこれらの能力を与えてくれていたのだ。 長門によって世界が改変されたとき、朝比奈さんは言った。STC理論を指して「あなたにもそのうち解ります」と。 朝比奈さん……つまりはこういうことだったんですか? ハルヒが俺に託してくれたこの能力。すぐに使い道は決まった。 だってそうだろ? 他の選択肢なんてあるもんか。 今まで散々俺を振り回しておいて、それで満足したらさようならか? それを他の誰が許したとしても、俺は絶対に許さない。 俺は確信を持って言える。お前のような、あまりにも規格外な人間を愛してしまった俺にとって、お前を忘れることなんて絶対に無理だ。出来るはずがない。 お前だって、俺がそう考えると思ったから俺にこの能力を託したんじゃないのか? 俺は静かに、そして強く誓った。 ハルヒが死ぬという事実を何としてでも変えてやる。この俺の手で! 俺はすぐに計画を練りはじめた。 これから俺はTPDDを利用し過去に時間遡行して、ハルヒの死の原因を究明し、それを防ぐために歴史を改変することになる。 時間は一刻も無駄にはしたくない。俺は早速試しにとばかりに、時間を一分ほど遡行しようと考えた。そのときそれは起こった。 目の前に突然もう一人の俺が現れたのだ。 つまり一分後の時間平面から時間を一分間逆行した俺だ。実際に試すまでもなく、TPDDの機能は実証されたのだ。 一分後の俺は、俺に軽く挨拶し、一分後の世界に戻ると言って目の前から消えた。 そして俺は一分前の世界への逆行を試みた。体全体がグラっと揺れる感覚の後、それは実にあっけなく成功した。俺は一分前の俺に軽く手を上げ、元の時間平面に戻った。 以前感じためまいや吐き気は全くなかった。これは時間移動距離の差によるものなのか。あるいはあのときの不快感は、時間移動の方法を隠すために俺に施された処置によるもので、つまり目隠しのような状態で車に乗せられれば誰だって酔いやすい、ということなのだろうか。 単純に、車を運転する人より助手席に座る人のほうが酔いやすい、ということなのかもしれない。 今この時間平面上で、STC理論を知りTPDDを得た人類は間違いなく俺だけだ。俺の知る限りでは、今の時代にはSTC理論の基礎すら出来ていない。それを作るであろうあの眼鏡の少年はまだ高校生くらいだろうからな。 つまり、おそらくは人類史上で最初となる時間遡行が今まさにおこなわれたのである。 やれやれ、まさか俺が輝ける人類初のタイムトラベラーになるとはな。 同時に、既定事項を満たすことの重要性に思い至った。朝比奈さんが必要以上に既定事項にこだわっていた理由を、身を持って理解した。俺がたかだか一分間の時間遡行を怠ってしまうだけで、その瞬間に歴史は変わってしまうのだ。 俺は家を出て人気のない路地に移動し、今度は過去一年間の時間遡行を試みた。 実に簡単だ。そう念じるだけでそれはおそらく可能だろう。 体が揺れる感覚がきた。移動は完了した。腕時計を見る。そしてそれが何の意味もないことに気づいた。時間移動をしたからといって時計の針が正しい時間に合わせて勝手に動いてくれるはずもない。それ以前の問題として、俺の腕時計は三本の針のみで構成されたシンプルなアナログ時計であり年月は表示されない。 俺は近くのコンビニエンスストアに足を運び、新聞の日付を見ることにした。過去の七夕でも使った手だ。 そして、俺は意外な結果を知ることになった。新聞の上部に記されていた日付は俺の予想とは違っていた。およそ一ヶ月までしか時間を遡ることが出来ていなかったのだ。 コンビニエンスストア近くの路地に入り何度か試してみた。過去一年間を三回、半年を二回、三ヶ月間を一回、未来については少し気が引けたが、一回だけ一年間の移動を試みた。 結果は全て同じだった。過去であろうが未来であろうが、俺が移動可能なのは前後一ヶ月間だけだった。 ならば、一ヶ月前の過去からさらに一ヶ月前に遡ればどうだ? それなら二ヶ月前に行けるはずだ。 だが結果は同じだった。やはり元の時間から一ヶ月以上移動することは出来なかった。 これはどういうことだ? 俺は住まいに戻り、その理由を考えてみた。 朝比奈さんは、少なくとも一ヶ月先から来た未来人ではなかった。実際に俺と朝比奈さんは、三年間の時間遡行をしたことがある。 では俺が一ヶ月以上の時間移動が出来ないのはなぜだ? それが俺の能力の限界なのか? たかが一ヶ月間の時間遡行で、ハルヒを助けることが出来るのか? あるいはそれは可能かもしれないが、その確証は一体どこにあるというのだ。 いくら考えても、有力な解答が導き出されるはずもなかった。 そうやってしばらく頭を抱えていた俺の眼前に、突如として信じられない光景が映し出された。 何の予兆もなく、光や音を発することもなく、その人物は突然俺の目の前に姿を現した。 朝比奈さん(大)だった。 「随分お久しぶりになりますね、キョン君」 俺は呆然として、しばらくそのアンバランスにしてかつ完璧なプロポーションを眺めていた。 我に返った俺はとりあえず疑問を投げかけた。 「っていうか、いきなり俺の目の前に現れたりなんかして、大丈夫なんですか?」 朝比奈さんは静かに微笑み、 「問題ありません。もうあなたの頭の中にはSTC理論もTPDDもあるんだもの」 なるほど、まさしくその通りだった。いずれ朝比奈さんにそれらのテクニカルタームについて解説して欲しいと思っていたが、まさかそれが突然俺の頭の中にひょっこり現れるなんて思ってもみなかったからな。 最初に俺が聞かなければならないのは、次の一点だった。 「朝比奈さんにこんなことを訊く失礼だというのは承知の上ですが。朝比奈さん、あなたは俺の敵ですか? 味方ですか?」 俺がこれからやろうとしていることは、明らかに歴史の改変だ。それがもし既定事項でないのだとすれば、未来人にとって俺は、きっと好ましくない存在になるだろう。 だが、そんなことは構いやしない。今の俺にはTPDDがある。未来を知らないということ 以外は、未来人とは対等の条件だ。 だが、朝比奈さんは俺に、変わらない笑顔でこう言った。 「私はキョン君を助けるためにやってきました」 もともと俺は朝比奈さん(大)に対しては少しばかり懐疑的な立場だ。だが今の言葉に嘘は全く感じられなかった。そもそも何かを隠すことはあっても平気で嘘を言えるような人ではないんだ、この人は。 「解りました。朝比奈さん、俺はあなたを信じます」 となれば、次の質問はこれだ。 「教えてください。ハルヒが死ぬことは既定事項なんですか?」 「それは…説明が難しいんですが」 と、前置きをして朝比奈さんは続けた。 「涼宮さんが死ぬことは既定事項ではありません。ですが今こうやって私たちが話していることもまた既定事項であると言えます」 正直なところ、何を言っているのか全然解りません、朝比奈さん。 「少し込み入った話になるんですが。未来からの通常の方法による観測では、涼宮さんが死ぬという歴史は存在しません。私たちの知る既定事項は、あなたと涼宮さんは生涯を共に暮らし、二人とも天寿をまっとうします」 その話は、今の俺にとって何よりも心強いです。でも未来のことを話すのは禁則事項ではないのですか? 「あなたはその気になればいつでも自分で未来を見に行くことが出来ます。あなたにはもはや禁則事項と呼べるものはほとんど残されていません。既定事項を満たすためにお話出来ないことはありますが」 なるほど、確かにそうだ。 「ですが、今のあなたはその未来に辿り着くことは出来ません。時間移動距離の問題ではありません。この時空から未来に行ったとしても、そこには涼宮さんがいない未来が存在するだけです。そして涼宮さんが死ぬという過去を観測出来ない未来人は、本来なら今のあなたに会うことは絶対に不可能なことなんです」 「つまり、それは一体どういうことですか?」 「簡単に言えば、今この時空は未来から閉ざされています。例えば歴史が上書きされた場合、未来からはその結果しか観測出来ません。そして涼宮さんが死ぬことは既定事項ではない。つまりこの時空は上書きされる予定であり、本来であれば私はこの時空には決してたどり着けないんです」 俺の頭上で回転するクエスチョンマークが朝比奈さんには見えたようで、 「思い出して、キョン君。長門さんが世界を改変したときのことを。あのとき、改変された世界に私が赴いて三年前の七夕……いいえ、長門さんさえいればどこでもよかったのだけれど、そこまであなたを連れて時間遡行すれば、あなたは苦労せずに歴史を再改変させることが出来たはずです。長門さんの脱出プログラムを必要とせずに。でもそれはされなかった。されなかったのではなく出来なかったの。長門さんに改変された世界は、最終的には長門さんの再改変によって上書きされました。つまり未来からでは、上書きされる以前の改変世界には辿り着くことが出来ないの」 「なんとなくですがそれは解りました。では朝比奈さんはどうやってここに来ることが出来たんですか」 「今私がこうしてこの時空に存在しているのは、預言者、言葉を預かる者と書くほうね、その人の力によるものなんです」 預言者……ですか? 「彼は未来人組織の中でも謎中の謎とされる人なの。いつの時代のどこの人であるかということも解りません。彼は私たち一般的な未来人が知る、歴史の上書きされた結果だけではなく、歴史が変わる過程をも知り得る、特異な能力を持つ存在だとされています」 俺は終わらない夏休みと長門のことを思い出した。 「預言者の話をする前に、あなたについて話す必要があります。少し長い話になりますが。今までのあなたの行動。これは全て既定事項だったんです。例えば、あなたが三年前の七夕に涼宮さんを手伝ったこと、あるいはSOS団結成のきっかけを与えたこと」 それはどちらかと言えば、俺が選んだ行動ではなく、朝比奈さんに与えられた行動だと思うんですが。 「既定事項というものは、そう簡単に覆るものではありません。未来人が過去に介入することは実はそんなに稀なことではないんです。だとしたら、あなたは歴史や未来をすごくあやふやなものだと感じるかもしれません。でも実際はそうではないんです。なぜなら未来人の介入も 含めて全てあらかじめ定められたこと、つまり既定事項なんです。例えば、幼かった頃、私と キョン君が少年を交通事故から守ったときのことを思い出してください。あなたはあれをあたかも他の未来人の干渉から歴史を守るために取った行動だと思ったかもしれません。でもそれは違うんです。他の未来人組織が彼を襲ったのも含めて既定事項なんです」 にわかには信じがたい話だが、それならいつぞやの敵対未来人組織が既定事項をなぞるだけの行動にクサっていたのには納得がいく。 「私たち未来人は、涼宮さんが作った時間断層を発見して以来、その時代周辺の歴史を丹念に調査しました。そして驚くべき事実を発見したの。それは未来に対して重大な意味を持つ事件がこの時代のこの地域に集中していたこと、それらの事件には私たちの時代の未来人が数多く介入していたということ、そして……それらの事件の全ての中心には、キョン君、あなたがいたということ」 「よく解らないんですが……、それは朝比奈さんたちがそう仕向けたんじゃないんですか?」 「いいえ。私たちは過去の事実に従って行動するだけです。私たちはなぜあなたが未来に関する全ての重要な分岐点に関わっていたのかを徹底的に調べました。その生い立ちから、生涯までを。これは大変な作業だったわ。だって、あなたの生涯とその周辺を調べるためには、あな たが生きたあらゆる時間平面に対して、常に誰かが監視する必要があったから。そのひとりがまだ幼かった頃の私。当時の私は涼宮さんの監視係であったと同時に、あなたの調査係でもあったの。これは後から知ったことだけどね」 なるほど、それは大変そうだ。仮に俺の寿命が七十年だとすれば、それを詳細に知るには七十年分とまではいかなくとも、相当の労力を費やさなくてはならないだろう。 「でも、結局はその調査は実を結ばなかった。未来人のあらゆる観測・調査によっても、あなたがなぜそのような立場になったのかずっと原因不明のままだったんです。観測上では、あなたは一方的に涼宮さんの起こす騒動に巻き込まれ、紆余曲折の末に涼宮さんと結婚し、そしてその生涯を平穏に送った、普通の人間です」 じゃあ、今ハルヒが死んで、こうやって朝比奈さんと話している俺は何なんだ? 「私が今こうしてキョン君と話していることは、他の未来人の誰も知らないことです。私と預 言者だけが知る事実。私が預言者から直接、ここに来てキョン君に助言を与えるようにと指令を受け、そしてこの時空間の座標を与えられたの。だから私は今ここに来ることが出来ているんです」 この朝比奈さんも、正体の解らない何者かの指示で操られているのか。俺は今まで朝比奈さん(小)に対する朝比奈さん(大)の態度に釈然としないものを感じていたが、結局は朝比奈さん(大)のほうも同じような立場だったんだな。今度から怒りの矛先はその預言者とやらに 向けることにしよう。 「預言者の話は、私には信じられないことばかりでした。だってそうでしょう? キョン君が 涼宮さんの死と引き換えに、人類初のタイムトラベラーになるなんてこと」 その意見には俺も全面的に同意します。 「そして、さらに預言者は驚くべきことを言っていました。あなたは誰の制約も受けずに歴史を改変する権利を得た唯一の人物なの。言い換えればあなたは物語の主人公のようなもの。物語の世界が主人公の望まないものになることはあまりないでしょう? 例えば、涼宮さんはあなたの知るとおり何度か世界を作り変えようとしました。でもあなたはそれを望まなかった。 だからこそ、世界は改変されることなく存続し続けていると言えます。つまり、あなたはあなたが望む歴史を自ら切り拓くことが出来る存在なんです」 俺はそんな大それた存在のつもりは全くないんですが。俺が何を望むかといえば、今までと変わりない無難な生活くらいです。 もっとも、多少の刺激は欲しいとは思っていたし、実際にそういうスパイスは高校生活中に無闇やたらに散りばめられていたんだが。 「最後に、預言者からあなたに対する伝言です。私たち未来人は今まであなたに様々なヒントを与えました。そのことをよく思い出して。これから涼宮さんを復活させるまでの過程において、キョン君は長らく私たちの援助を受けられない状態が続くことになります。なぜそうなのかは、私には詳しくは解りません。預言者が教えてくれなかったから」 つくづく、その預言者とやらはもったいぶった奴なんだな。おそらくはそれを教えないこと も含めて既定事項なんだろうが。 「だからキョン君、あなたはあなたが思うとおりに、あなたが信じる行動をとってください。 その結果、最終的には私たち未来人が知る歴史に至ると私は信じています。でももしかしたら、そうならないかもしれません。これは私たち未来人にはどうすることも出来ません。あなたが望む未来を、あなた自身がこれから決めなければなりません」 ひと通り話し終えた朝比奈さんが、身につけていた腕時計を取り外した。以前朝比奈さん(小)が使っていたのを見たことがある、あの電波時計だった。 「これは私からのプレゼント。これからのあなたにはきっと役に立つと思うから」 朝比奈さんは笑顔を取り戻し、それを俺に手渡した。 「それでは私は戻ります。全てが終わったら、是非私のいる未来に遊びに来てください」 それは俺にとっても興味のある提案です。楽しみにしてますよ朝比奈さん。それに全ての黒幕である預言者とやらに、俺も少なからず言ってやりたいことがありますし。 ああ、待てよ。 「朝比奈さん、最後に教えてください。俺は時間移動を一ヶ月間しか出来ないんですが、これはなぜですか?」 「ごめんなさい。禁則事項です」 朝比奈さんは以前と変わらない、イタズラっぽい笑顔を俺に見せた。 「でも答えはすぐに見つかると思います。それがあなたにとっての既定事項だから」 ううむ、そういうものなのか。 「がんばってねキョン君。あなたが私たち人類初のタイムトラベラーなんだから!」 ありがとうございます。がんばるしかないですからね俺は。人類初とかはさて置いておいても。 そして朝比奈さんは俺の目の前から姿を消した。 昔だったら俺は意識を失わされているところだろうな。 第二章
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プロローグ ある日の午前十一時半、倦怠生活に身をやつしている身分の俺には一日のうちでもっとも夢膨らむ楽しい時間。このところ妙に開放感を感じているのは、きっと束縛感の塊のようなやつが俺から少なくとも十メートル半径にいないからだろう。精神衛生的にも胃腸の機能的にも正常らしい俺は、さて今日はなにを食おうかとあれこれ思案していた。その矢先に机の上の内線が鳴った。無視して昼飯に出かけるにはまだ二十分ほど早いので仕方なく受話器を取ると総務部からの転送だった。お客様からお電話よ、と先輩のお姉さまがおっしゃった。俺を名指しで外線?先物取引のセールスとかじゃないだろうな。 「キョン、今日お昼ご飯おごりなさい」 あいつ俺に電話するのに代表にかけやがったのか。 「職場に直接かけてくんな。携帯にメールでもすりゃいいだろ」 「いいじゃないの。あんたがどんな人たちと働いてるか知りたかったのよ」 俺の周辺に涼宮教を広めないでくれ。 「俺とお前の職場じゃ昼飯を食うには離れすぎてるだろ」 「じゃあ、北口駅前でね」 そう言っていきなり切りやがった。相変わらずこっちの都合なんてないんだよなぁこいつは。 「すいません、外で昼飯食って打ち合わせに直行します。三時ごろ戻ります」 俺は戻りが遅れることを予想して上司に言った。いちおう取引先に会うカモフラージュのためにカバンを抱えて出た。中身は新聞しか入ってないんだが。 「キョン!こっちよこっち」 北口駅を出るとハルヒが大声で叫びながらハンドバッグを振り回していた。俺は横を向いて他人のフリ、他人のフリ。 「恥ずかしいなまったく」 「この近くにイタリア人がやってるフランス風ニカラグア料理の店が開いたのよ」 どんな料理だそれは。 ハルヒにつれて行かれた開店したばかりという瀟洒な料理店は意外に混んでいた。ニカラグアがどんな国かは知らないが、まあ昼時だからそれなりに客も入っているようだ。そのへんのOLが着る地味なフォーマルスーツに身を包んだハルヒはズカズカと店の中に入り込み、ウェイターが案内しようとするのも構わずいちばん見晴らしのよさそうな窓際の丸テーブルにどんと腰をおろした。 「あーあ。ほんと、退屈」 ハルヒがこれを言い出すのは危険信号だ。俺はパブロフの条件反射的に身構えた。何も言わない、何も言うまいぞ。 「あんたさぁ、」 腕を組んでテーブルに伏したままハルヒが呟いた。 「なんだ」 「仕事、楽しい?」 キター!!これはまずい展開だぞ。話の行方を考えて返事をしなくては。ハルヒがこういう話の振り方をするとき、不用意な俺の発言でとんでもない事件に巻き込まれることが歴史を通じて証明されている。 「半年だし、まあやっとペースに乗ったところって感じかな」 「あたしは退屈。こんな生活が退職するまで続くかと思うと憂鬱になるわ」 「定年までいることはないさ。結婚するとか、転職するとか、資格を取ってキャリアを重ねるとか、いろいろあるだろ」 「あんた、有希と結婚したとして、こんな生活が延々続くことに耐えられるの?」 「生活は安定するさ」 いや、今なんか問題発言がなかったかハルヒ。 「あたしは耐えられないわ。人に使われて歯車を演じるだけの人生なんて」 人、それを“歯車にさえなれない”と表現するんだが。そんなことをハルヒに向かって言ったら牙をむいて頭ごと食われそうなのでやめとこう。 「貯金して海外旅行でも行ったらどうだ」 「毎年それでリフレッシュするわけ?帰ってきて自分が飼われてるのを実感するだけよ」 「うーん……。お前を満足させられる会社ってのが、そもそもあるのかどうか分からん」 それ以上会話が続かず、俺たちはしばらく黙っていた。ハルヒは眠そうにニカラグア産コーヒーをすすった。もしかしたら俺たちはこのまま、一生社会のしがらみの流れに身を任せて生きていくしかないんじゃないか。そう思わせるような雰囲気が、俺とハルヒの半径二メートルくらいを充たした。だがまあ、それも悪くはないと思う。今までハルヒに付き合っていろいろやってきたが、もうお遊びは終わりだ。 俺は倦怠感に身をゆだね、持ってきた新聞を広げて壁を作った。ゆっくりしよう、どうせ戻りは三時だし。 「気がついた!」 ハルヒの声が店内に響き渡わたり、俺は新聞を落とした。突然俺のネクタイを締め上げた。ずいぶん前に似たようなシーンに遭遇した覚えがあるぞ。 「く、苦しい離せ」 「どうしてこんな簡単なことに気づかなかったのかしら」 「何に気づいたんだ」 「自分で作ればいいのよ!」 「なにをだ」 「会社よ会社」 うわ、まじ、やめて。ハルヒは携帯電話に向かって怒鳴った。 「全員集合!」 1章へ