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涼宮ハルヒの情熱 プロローグ 涼宮ハルヒの情熱 第1章 涼宮ハルヒの情熱 第2章 涼宮ハルヒの情熱 第3章 涼宮ハルヒの情熱 第4章 涼宮ハルヒの情熱 エピローグ
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商品情報 キャッチコピー 要点 公式HP 商品情報 通常版 タイトル 涼宮ハルヒの追想 発売日 2011年3月24日 価格 PS3・7,329円(税込)/PSP・6,279円(税込) ジャンル ワンデルングアドベンチャー 対応機種 PS3・PSP メディア PS3・Blu-ray Disc/PSP・UMD 開発元 ガイズウェア 発売元 バンダイナムコゲームス 監修 アニメ制作委員会 プレイ人数 1人 対象年齢 審査予定 限定版 タイトル 涼宮ハルヒの追想 発売日 2009年5月28日 価格 PS3・11,529円(税込)/PSP・10,479円(税込) ジャンル ワンデルングアドベンチャー 対応機種 PlayStation3/PSP メディア PS3・Blu-ray Disc/PSP・UMD 開発元 ガイズウェア 発売元 バンダイナムコゲームス 監修 アニメ制作委員会 プレイ人数 1人 対象年齢 審査予定 キャッチコピー たとえもう、二度と会えなくても、俺がお前を憶えている――― 要点 フルボイスで描かれるオリジナルストーリー PSP版とPS3版のセーブデータが連動 2Dキャラクターは作画段階からフルデジタルで作成 音声リソースの品質アップ 次元ブックマーカー 公式HP 涼宮ハルヒの追想 公式サイト
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「キョンくーん、ハルにゃんが来てるよー」 日曜日の朝っぱらから妹に叩き起こされる。いい天気みたいだな。 いてっ、痛い痛い、わかった。起きるから。いてっ、起きるって。 慌てて準備をして下に降りると、ハルヒはリビングでくつろいでいた。 「あんた、何で寝てんのよ」 「用事がなかったら日曜日なんだから、そりゃ普通寝てるだろ」 「普通は起きてるわ。こんないい天気なのに。あんたが変なのよ」 たとえ俺が変だったとしても、こいつだけには絶対変とか言われたくねぇ。 「で、今日はどうしたんだ。お前が来るなんて聞いてないぞ」 「んー、今日はなんかキョンが用事あるらしくって、暇だから遊びに来たのよ」 今のを聞いて何をわけのわからないことを、と思った人間は間違いなく正常だ。なら俺は何だ?変人か? そうだな、わかりやすく説明すると、この涼宮ハルヒは異世界からやってきた涼宮ハルヒなのだ。 『涼宮ハルヒの交流』 ―エピローグ― もうあれから数ヶ月が過ぎ、俺たちは基本的には落ち着いた日々を過ごしていた。 あの日、異世界から『俺』とこの涼宮ハルヒが、初めてやってきた日、病室はとんでもない混沌状態だった。 俺たちの方のハルヒが病室に帰ってきて、この二人の存在がばれそうになった瞬間、俺は諦めて目を瞑った。 その後、ハルヒの声に目を開けると、二人の姿は消えていて、ハルヒは何も見ていないようだった。 一瞬、今までのことは全部夢なんじゃないかとも思ったが、周りの連中の顔色からそうでないことは明らかだった。 後で古泉に確認したところ、二人はドアが開いた瞬間にふっ、と消えていったそうだ。 そういうわけで、なんとかその日は乗り切ったのだが、なぜかこいつは度々こっちに遊びに来るようになった。 ハルヒにだけは絶対にばれないようにと頼みこんだのだが、こいつはわかっているのかいないのか。 ちなみにこっちのハルヒとこのハルヒの違いは、顔を見ればなんとなくわかるようになった。 俺の部屋にハルヒを連れて行き、尋ねる。 「で、どうしてお前はちょこちょここっちの世界に来るんだ?向こうで遊べよ」 「せっかく来れるんだからその方がおもしろいでしょ、なんとなく」 別にどっちもたいして変わりゃしないだろ。 「それとな、お前らわざわざこっちの世界にデートするために来るのはやめてくれ。 こないだ鶴屋さんに見られてたらしく、やたらとにょろにょろ言われて大変だったんだぜ」 ハルヒはしたり顔になる。 「こっちの世界ならなにやってもあんたたちのせいにできるし、人目を気にしなくてすむのよ。 あ、犯罪行為とかは今のところするつもりないから安心していいわよ」 くそっ、お前らが町でめちゃくちゃするせいで俺らが学校でバカップル扱いされてるっていうのに。 何度かその様子が谷口と国木田にまで目撃されて、かなり冷やかされちまったんだぜ? いや、まぁこっちの俺たちの学校の様子に原因がないとも言えないが。 「で、あんた今日は暇なのよね?ホントに?」 だからさっき用事はないって、……あ! 「やべっ、忘れてた。もう少ししたらハルヒが来る」 「あんた何やってんのよ。あたしが来てなかったらまだあんた寝てるわよ。せいぜいあたしに感謝しなさい」 言ってることが当たっているだけに何も反論できん。 「それにしてもどうしようかな。有希のところにでも行こうかしら。それともみくるちゃんで遊ぼうかな」 みくるちゃんで、ってなんだよ、で、って。 「帰ればいいだろ。向こうのSOS団で遊べよ」 「そんなこと言ったって、こっちの有希とじゃないとできない話とかもあるのよ。 あたしのところの有希とは、お互いまだ秘密が守られてるっていう暗黙の了解があるし。 それをわざわざ自分から崩すなんて無粋なことしたくないし」 いや、お前から粋なんて感じたことはないから安心しろ。 「どっちにしろ早く行かないとまずいんじゃないのか?お前は長門の家までワープで行くのか?」 「そんなことできるわけないでしょ。もちろん徒歩よ」 「だったら早くしないと、もうハルヒが来るぞ」 「そうね、じゃあ有希のところに行くわ。またね」 「ああ、それじゃ……ってやっぱ待て。時間がまずい。行くな。最悪玄関でハルヒと鉢合わせになる」 「じゃあどうすんのよ。……あ!三人で遊ぶってのはどう?楽しそうじゃない?」 「却下だ却下。考える間でもない」 全然楽しそうじゃない。間違いなく俺の負担が数倍になってしまう。 「……とりあえず帰ってくれないか」 「嫌よ。それ結構疲れるのよ。って言ったでしょ」 だから疲れるんならいちいちこっちに来るなよ。 「……わかった。なんとかしてみる」 仕方なく携帯電話に手を伸ばす。 なかなかでないな……。コール音が8回程度のところでやっと声が聞こえる。 『……もしもし、どうかしましたか?』 「都合悪いのか?ならやめとくが」 『結構ですよ。それよりご用件は?』 「ああ、すまんな。今ハルヒがどのあたりにいるかわかるか?」 『先ほど家を出たようですから、……あなたの家まであと3分といったところでしょうか?』 3分?ってもうすぐそこじゃねぇか。 「今向こうのハルヒが俺のところに来ていて困ってるんだ。なんとか長門の家まで運べないか? なんか帰りたくないってわがまま言ってて困ってんだ」 『……それは困りましたね。5分もあればそちらにタクシーを寄越せますけど』「くそっ、無理だ。他に何か――」 ピンポーン。 ああ、間に合わなかった。何が3分だよ。1分もなかったじゃねぇかよ。 「……どうやらもうハルヒが来ちまったようだ。お前3分って言わなかったか?まぁいい。これからどうす――」 『ご武運を』 プツッ。 ってまじかよ。あいつ切りやがった。信じられねぇ。 下で妹が何か言ってるのが微かに聞こえる。 「とりあえずどこかに隠れるか、帰るかどちらかにしてくれ」 「そうね。おもしろそうだからちょっと隠れてみるわ」 おもしろそうとかで行動するのはまじで勘弁してくれ。 「キョンくーん。なんかまたハルにゃん来たみたいだよー。なんでー?」 いや、妹よ。お前は知らなくていいんだ。 「とりあえず待っててもらうように言っててくれ。準備ができたら行くから」 くそっ、どうすりゃいいんだ? 長門に頼むか?しかし、長門はハルヒには力が使えないって言ってたな。 ピンポーン。 「はーい」 誰か来たのか?また妹が相手をしているようだが。 しばらくすると再び妹が部屋に来た。 「みくるちゃんが来たよー。それでね、『10分間涼宮さんを連れだします』って伝えてって言ってたよー」 どういうことだ?でも朝比奈さんナイスだ。助かりました。 このチャンスに、再び携帯電話を手にとる。……今回も長いな。何かやってんのか? 『……もしもし、どうにかなりそうですか?』 なりそうですか?じゃねぇよこのヤロー。 「説明は面倒だ。時間がない。とりあえず家にタクシーを頼む。5分あればなんとかなるんだろ?頼む」 『わかりました。すぐに新川さんを向かわせます』 「サンキュー、よろしくな」 電話を置いてハルヒに話しかける。 「とりあえずなんとかなったぞ。5分で古泉からタクシーが来る」 「あたしもう来たんじゃないの?どうして助かったの?」 「事情はよくわからんが朝比奈さんに助けられたようだ。どうしてわかったんだろうな」 「みくるちゃん?……なるほどね。たぶんあんた後でみくるちゃんに連絡することになるわ」 なんだって?どういう意味だ? 「そのうちわかるわ」 そう言ってニンマリ笑う。 「まぁわかるんならいいさ。それより長門の家に行くんだよな?なら連絡するが?」 「あ、そうね。やっぱいきなり押し掛けるのは人としてどうかと思うしね」 お前は何を言ってるんだ?お前は今何をやってるかわかってないのか?それとも俺ならいいってのか? 「……じゃあ連絡するぞ」 長門の携帯に電話をかける。 『何?』 って早っ!コール音なしかよ。 「あ、いや、今俺のところに異世界のハルヒがいきなり遊びに来たんだが、俺はハルヒと約束があるんだ。 で、この異世界ハルヒがお前と遊びたいみたいなこと言ってるんだが、どうだ?」 『いい』 「迷惑ならそう言えばいいんだぞ。お前もせっかくの休日だろ?いいのか?」 『問題ない』 「……わかった。ありがとよ。じゃあもう少ししたらここを出ると思う。よろしくな」 『だいじょうぶ。……私も楽しみ』 「そっか、ならいい。じゃあまたな」 『また』 ふうっ、と、電話を置いて一息つく。 「だいじょうぶみたいだ。長門も楽しみだってさ」 「そう、それは良かったわ」 「それにしても、お前長門に変なこととか教えるなよ」 「変なことって何よ。あたしは人間として当然のことを有希に教えてあげてるだけよ」 俺はお前に人間として当然のことを教えたい。 ピンポーン。 三たびチャイムが鳴らされる。 今度は妹がすぐにやってくる。 「キョンくんタクシー来たよー。ってあれー、どうしてハルにゃんがいるのー?」 頼むから気にしないでくれ、妹よ。 タクシーで長門の家に向かうハルヒを見送った後玄関先で待っていると、すぐにハルヒと朝比奈さんが現れた。 「あんた、こんなとこで何やってんの?」 「何って、お前を待ってたに決まってるだろ?」 「そ、そう。わざわざ出てこなくても中にいればいいのに」 ちょっと照れてるみたいだ。 「それじゃあ、私は帰りますねぇ」 「あ、朝比奈さん。わざわざありがとうございます」 すると、朝比奈さんは近づいてきて、俺の耳元でささやく。 「私は実は少し未来から来ました。後で私に伝えておいてください」 あっ!なるほど。さっきハルヒが言ってたのはそういうことか。 「今日の午前10時にキョンくんの家に行って、涼宮さんを10分ほど連れだすように伝えてくださいね」 「わかりました。後でやっておきます。今日はありがとうございます。助かりました」 「お願いね」 そういって極上の笑顔を浮かべると、少し手を振り、朝比奈さんは去って行こうとして再び戻ってきた。 「あの……今日はちょっと都合が悪いの。できたら連絡は明日以降にしてもらってもいいですかぁ?」 「はあ、構いませんけど。用事でもあるんですか?」 「えぇっと、この時間の私は今は古いず……あっ!な、なんでもないですぅっ。禁則事項ですっ。それじゃあ」 そう言うと、朝比奈さんは大慌てで走って行った。 何だって?古いず……?古いず、古いず。まさかその後には『み』が来るんじゃないでしょうね? そんなばかな。いくらみくるだからってそこに『み』は来ませんよね? 「あんた、何やってんの?みくるちゃんなんだって?」 「あ、ああ。いや、ちょっと頼まれごとをしただけだ。気にするな」 「……まぁいいわ。中に入りましょ。お茶でも煎れてあげるわ」 「ああ、そうだな。サンキュ」 こんな感じで、ドタバタしながらも異世界との交流はまだ続いている。 『涼宮ハルヒの交流』 ―完― エピローグおまけへ
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学年末試験、ハルヒの叱咤に少しは奮起した甲斐があってか、 進級には問題のないくらいの手ごたえはあった。 ハルヒのやつは 「この私が直々に教えてあげたんだから、学年三十番以内に入ってなかったら死刑よ」 とか言っていたが、今まで百番以内にもはいったことがない俺にそんな成績が急に取れたら詐欺ってやつだ。 それよりも試験という苦行からようやく解放されて、 目の前に春休みが迫っていることに期待を募らせるほうが高校生らしくていい。 なんだかんだでここに来てから一年たっちまう。 二度とごめんな体験含めて普通の高校生にはちと味わえそうにない一年だったが、 学年が上がればハルヒの奴ともクラスが変わるだろうし、 ようやく少しはまともな高校生活が送れるかもしれない。 席替えの時のジンクスもあるが、さすがにそれはクラス替えではないと信じたい。 いや……お願いしたい。 とまあ、俺はすでに学年が上がった後のことばかり考えていたが、当然そうでない奴もいた。 当然、涼宮ハルヒである。 終業式の三日前、朝のHR終了間際に担任の岡部が発した言葉から事が始まった。 「あー、一つ忘れてたことがある」 と、岡部はこちらの方を見た。 まさか、成績か? 試験できてなかったのか? 自信がそこそこあっただけに内心冷や冷やだったが、岡部が発した名前は意外にも俺の後ろに座る奴の名前だった。 「涼宮、連絡があるから昼休みに職員室に来るように。以上だ」 大抵この時間も机に突っ伏して寝ていることが多いハルヒは、 急に電源の入ったロボットのように顔を上げるとハルヒらしくもない意外な顔をしていた。 「あたし?」 「そうだ。昼休み都合悪いのか?」 ハルヒの若干の視線を感じたが、俺はあえて後ろを向くことはなかった。 「別にいいわよ」 「……それじゃ授業の準備しとけよー」 ハルヒにタメ口で話されることにも岡部は慣れたようで、若干煮え切らないような複雑な表情で教室を出て行った。 そして案の定、ハルヒは俺の襟を掴むと自分の方に強引に振り向かせる。 「なんだ?」 「ねえ、何で私が呼び出しくらってるのよ」 「知るか」 「問題になるようなことした覚えもないわよ」 それはお前の常識内での問題であって、学校側にしてみれば大問題な行動を取っていることを理解してくれ。 屋上から豆を撒いたり、どう考えても問題行動だからな。 それにしてもだ。 今まで生徒会がいちゃもんをつけてくることがあっても、教師側から特別ああしろこうしろと 言ってきたことはほとんどない。 逆に言えば、ハルヒが教師のところに突撃していくことは何度かあったはずだが。。 「ま、行けばわかることよね」 ハルヒはそう言うとあくびをして再び机に突っ伏した。 昼休みになるなり、ハルヒは教室を飛び出していった。 少しして弁当を持って谷口がやってきた。国木田も一緒だ。 「そういえば、涼宮さん呼び出されてたよね。岡部に」 「あいつが教師に呼び出されるなんて中学時代じゃそんな珍しいことじゃなかったけどな」 谷口がハルヒの席について弁当を広げ始める。 「高校生になってちったぁましになったかと思えば、結局呼び出しか」 「でも、最近そんな大騒ぎしてたっけ? キョンは心当たりないの?」 心当たりなんて数え始めたらきりがない。 「キョンもすっかり涼宮色に染まっちまったからなあ。感覚が麻痺してるんだろ」 それは否定し難い事実だが、お前に言われるとやはり腹が立つ。 「でも、そろそろクラス替えだから涼宮さんとも別々になるのかな。キョンは一緒になりそうだけど」 「俺も早くあの迷惑女との同じクラスから解放されたいぜ」 「誰が迷惑女よ」 いつのまにかハルヒが横に立っていた。 突然の登場に谷口は口の中に入れていたものを軽く噴出した。 「もう終わったのか?」 「何が?」 「岡部に呼び出されて行ったんだろ? 何の話だったんだ」 ハルヒがキョトンとした顔で俺を見る。 数秒の間、妙な沈黙が流れたが、 「別に大したことじゃなかったわ。……そこあたしの席なんだけど」 谷口は慌てて席を立ち上がるとハルヒは澄ました顔で席につき、購買で買ってきたパンをかじり始めた。 「お咎めはなかったみたいだね」 国木田が小声で言う。 良いのやら悪いのやら。 最もこいつに説教したところで聞く耳を持つはずがないのは周知の事実だろうし、 ハルヒの言うとおり大したことじゃないんだろう。 正直なところ戻ってきてまた大騒ぎするんじゃないかと思っていたぐらいだから俺は安心していた。 昼食を終えて談笑していると、ハルヒが突然席を立った。 「用事を思い出したわ」 そう言い残して教室を出て行く。 しかし戻ってきてからのハルヒは機嫌が良いというか、妙に大人しかったな。 谷口もそれを感じたのか、ハルヒの席に再び座りまた三人での会話が始まった。 そして、昼休み終了間際にハルヒは戻ってきた。 教室の入り口まで来て、自分の席に谷口が座っているのを見て明らかに表情が変わった。 谷口は国木田と話をしていて、ハルヒが席の横にきて谷口の目の前をハルヒの脚が通過するまでは笑っていた。 「谷口、あんた誰に断ってあたしの席に座ってるわけ?」 「す、涼宮」 「さっさとどきなさいよ!」 飛び上がるように谷口が席を立つと、ハルヒはドスンと腰掛けた。 同時にチャイムが鳴り、谷口と国木田は各々の席に戻っていった。 「あーもー、岡部の奴むかつくわ」 「大したことじゃなかったんだろ?」 全く毎度毎度、その感情の起伏の激しさには平伏するね。 「何であんたが大したことじゃなかったなんて知ってるのよ」 まさかこいつはさっきここで話していたことすら忘れているんじゃないだろうか。 便利な頭だな。ぜひ俺にも分けて欲しいぞ。 「まあ、大したことじゃなかったけど。こんなことでいらいらするのも馬鹿らしいわね」 そう言ってハルヒは頬杖をつき、物憂げに窓の外を見たままその日の放課後まで口を利くことはなかった。 放課後のSOS団の活動も、これといってやることがなく。 インターネットでサイト巡りをしていたハルヒもしばらくして飽きたのか、さっさと帰ってしまった。 せめて学年が上がるまではこういう時間が続けばいいと思っていた。 しかし、俺のハルヒに対する期待が一度も叶えられたことはなく、そういうときに決まって妙なことに巻き込まれるのだ。 もう慣れたけどな。 翌日、早起きした俺は妹の目覚まし攻撃を受ける前に着替えを済ませていた。 「あー、キョン君早起き!」 と騒ぐ妹を尻目に朝食をとり、さっさと学校へと向かった。 昨日、部室にやりかけの宿題のノートを置いてきてしまったのだ。 せっかく試験は上手くいったのに、宿題を忘れましたなんて格好がつかないからな。 そういうことで律儀にも早起きしたわけだ。 さすがに早かったのか、学校への道で登校している生徒をほとんど見かけなかった。 部室のカギを取り、誰もいない校舎を部室まで歩いていると部屋の前に誰かが立っていることに気づいた。 それは意外にも、 「お前、何してるんだ?」 「キョン……」 ハルヒだった。 こんな朝早くから、部室の前で一体何をしているんだろうか。 まさかよからぬことを考えて朝一で登校してきたんじゃないだろうな。 「…………」 しかし、ハルヒは無言だった。 軽く俯いていて目の焦点も微妙に合っていない。 「部室、入るのか?」 「……うん」 こんなしおらしいハルヒを見るのは初めてである。 雰囲気がいつもと違うというか、そういえば昨日も昼休みに同じようなことがあった。 突然戻ってきたかと思えば、自分の席に座っていた谷口に対しても優しかったしな。 部室に入り、ノートを広げて宿題の続きをしようとしたのだが、 俺は中々集中できなかった。 いつもなら誰に遠慮するまでもなく入ってきて固定席である団長椅子に座るハルヒが なぜか机を挟んで俺の目の前、いつもなら古泉が腰掛けるであろう席に座っているのである。 今更宿題なんかやってるの? とまた言われると思っていたのだがそれもなく、 ただ単に座っているだけなのである。 これを奇妙といわず、何を奇妙と呼ぶのだろうか。 俺は寒気すらした。 そんな妙な空気の中、俺から声をかけることもできず、どうにか宿題に集中しようとした矢先、 ハルヒの口が開いた。 「ねえ」 なんだ? 「その……」 ハルヒがはにかむように唇を噛む。 「SOS団、よね」 何が言いたいんだこいつは。 「あたし、団長なのよね?」 なんだその?マークは。 お前が勝手に主張して名乗ったんだろうが。 「そう……あのさ、あたしこれからどうすればいいんだろう」 開いた口が塞がらないというのはこのことである。 頭でも打ったのか、はたまたあまりに都合のいい物忘れをするハルヒの脳が反乱でも起こしたのか。 まるで自分が何でここにいるの? と言わんばかりのハルヒの表情である。 「どうするって言われてもな。すまないがお前が何を言いたいのかさっぱりわからん」 「あたしにもわからないの。どうしてここにあたしがいるのか」 「お前、頭でも打ったのか?」 ハルヒは首を横に振ると俯いてしまった。 なんというか、こういうハルヒも悪くないと俺は一瞬思ってしまった。 黙っていれば朝比奈さんにも負けないくらいの美少女だし、 いつものハルヒを見ている分、そのギャップに魅力を感じてしまったのだ。 いつもおかしいとはいえ、これは本格的におかしい。 そんなハルヒに掛ける言葉も見つからず、時間だけが経過していった。 俺はそのうち長門が来るだろうと踏んでいた。 長門ならきっとハルヒの身に何が起こったのかわかるはずだ。 そんなことを思案していると、今まで俯いていたハルヒがはっと顔を上げた。 そして廊下のほうを見るといそいそと立ち上がり、部屋を出て行ったしまった。 制止の言葉を掛ける暇もないくらい素早かったので出て行ったドアを呆然と見るしかなかった。 そして、十秒後くらいにドアが再び開いた。 長門だ。 「よう」 相変わらずの無機質な顔でちらっと俺のほうを見て、長門は席について本を取り出した。 「ハルヒに廊下で会ったか?」 本に目を落としたまま長門は小さく言う。 「会った」 「変わったところはなかったか?」 「……ない」 長門がないというならないのだろう。 といつもなら納得するところだが、今回ばかりはそれをすんなりと受け入れるわけにはいかなかった。 「涼宮ハルヒに対して異常は確認できない」 それは情報統合思念体が言ってるのか? 「情報統合思念体と私の見解」 それじゃ、おかしいと思ったのは気のせいってことか。 「気のせい」 絶対と言い切れるか? その言葉に長門は目を落としていた本から顔を上げ、 「絶対」 と一言だけ言い再び目を本に落とした。 こいつが絶対と言い切るぐらいだ。間違いないんだろう。 しかし……俺は涼宮ハルヒという人間に対して果たして絶対という言葉が当てはまるのかとも思っていた。 長門を疑うわけではない。 むしろ信頼している。 しているが、それ以上に……まあいいだろう。 もし異常な事態になったらどうにかしてくれるだろうし、俺がハルヒのことでこんなに気に病む必要はないのだ。 今大事なのは宿題であり、授業までほとんど時間もないということに気がついた俺は、 長門に頭を下げて宿題の答えを教えてもらうことにした。 教室に戻ると、ハルヒは席についていた。 そして、俺の姿を確認するやいなや近寄ってきてネクタイを締め上げると、 「キョン、いいこと思いついたわ。今日の昼休み、一緒に来なさい!」 部室で見たようなしおらしさの欠片もないハルヒがそこにいた。 本当にわけのわからない奴だ。 そしていいことってなんだ。またよからぬことを始めようってんじゃないだろうな。 「春休みに合宿やるのよ! 今度は山よ! 山!」 なぜ山なんだ。 「海は夏に行ったからに決まってるじゃない! 海の次は山でしょうが」 頼むからその安易な考えで俺の寿命を縮めるようなことをするのはやめてくれ。 山はスキーで行ったじゃないか。 「どこが安易よ。それにスキーと登山は違うわ。昼休みに古泉君のところに行って 山を所有してる親戚がいないか聞いてみましょ!」 あいつに頼んだら世界中に親戚が現れるぞ。 「何言ってんのよ。きっと吊り橋でしかいけないような洋館があるはずよ」 やれやれ。こいつの頭の中はそれしかないのか。 うずうずしていたハルヒは昼休みになるなり俺のネクタイを掴んで走り始めた。 俺の言葉なんて聞こえちゃいない。 古泉のいるクラスまで来ると、古泉は教室の中で友人達と食事を取っている最中だった。 しかし、ハルヒと俺の存在に気がつくと席を立ち、廊下まで出てきた。 「どうしたんですか? お二人で」 ハルヒは満面の笑みで 「古泉君、山を持っている親戚はいないの?」 古泉は初めは的を得ない顔をしていたが、そのうちいつものニヤケ面になる。 「確かいたような気がします。山を所有していて、別荘を持っている人が」 「さっすが古泉君。副団長の名前は伊達じゃないわ!」 おいおい、ハルヒよ。 さすがに怪しいと思えよ。 そんなにほいほいと山だの島だの別荘だのを持っている親戚がいる人間がいると思うか? 「それに比べてあんたは本当役に立たないわね」 ハルヒが横目で俺を睨む。 だったら初めから一人でここにくればいいだろ。 「あんたは私の下僕なんだから、団長様のお付をするのは当然でしょうが」 そもそも俺はお前の下僕になった覚えは一度もない。 「細かい男ね……そうだ、みくるちゃんと有希にも知らせてくるわ!」 ハルヒはそう言うと足早に去っていった。 「涼宮さんらしいですね」 全くだ。 「さて今回はどんな趣向を用意すればいいでしょうか」 余計なことはしなくていい。 普通に行って普通に帰ってくればいいんだ。 そろそろあいつにもわからせてやらないとな。 面白いことや不思議なことはそうそう簡単に起こらないってことを。 「涼宮さんのことが心配なんですね」 どうしてそうなる。いつ俺がそんなことを言った。 「素直じゃないですね。あなたも、涼宮さんも」 勝手に言ってろ。 「それより、お前昨日ハルヒと会話したか?」 「昨日……ですか?」 古泉は思い出すように顎に手を当てた。 「廊下で一度お会いしましたね。それと放課後部室で。会話という会話はちょっと……」 「どこか変だとは思わなかったか?」 「別段変わらず、いつもの涼宮さんだと思いましたけど」 そうか、ならいいんだ。 「どうかしましたか?」 どうかしてるのは俺の方かもしれないな。 「最近は閉鎖空間も安定しているので僕としてもうれしい限りです。 それほどあなたと涼宮さんの関係も安定しているということですから」 そういうセリフを吐くときのお前の笑顔は忍ぶに耐え難いものがある。 「喜ぶべきことじゃないですか。みんなが救われるんですから」 喜べないていないのは俺だけな気がしてきたぞ。 「しかし、山に行くことが決まった今、また一仕事できましたね。どうです? あなたも企画に参加してみませんか?」 断る。 怪しげな組織の手伝いなんてごめんだからな。 俺は普通の人間として普通に生活したいんだ。 「それは残念です。それでは、また放課後に」 古泉が教室の中に戻っていったので俺も教室に戻ることにした。 その前に、とトイレに寄ろうとしたところ階段付近にハルヒが立っていた。 「もう行ってきたのか?」 「キョン……」 まただ。しおらしいハルヒ。 一体何だ? 本格的に頭がおかしくなっちまったんじゃないだろうな。 「なあお前……」 と言いかけたところで何者かに手を掴まれた。 その手が目の前にいるハルヒ本人だということを理解するのに俺は数秒の時間を要したわけだが。 ハルヒが俺の手を、ましてや学校の中で繋いでくるなんてありえないことである。 「お、おい」 「お願い、助けて……」 朝比奈さんならともかく、ハルヒから一生聞くことはできないだろうと思っていた言葉が聞こえてくる。 俯いていてわからなかったが、ハルヒの目には間違いなく涙が浮かんでいるように見えた。 とりあえず、だ。 ハルヒを部室に連れてきたのだが、同時に昼休みも終わってしまった。 こいつが助けてなんて言い出すのは後にも先にもなさそうだからな。 一時間くらいさぼっても損はないだろう。 とりあえず間が持たないのでお茶を煎れてみたものの、相変わらず美味しくない。 朝比奈さんの入れてくれるお茶に慣れてしまったせいもあるのだろうけど。 ハルヒといえばお茶に手をつけるでもなく、口を開くでもなく、俯いたままである。 「とりあえず、何があったのか話してくれないか? すまんが俺にはお前が助けを求めるなんて考えられないんだ」 ハルヒは少し顔を上げるとゆっくりと口を開いた。 「私は、涼宮ハルヒで、ここの生徒で、SOS団の団長」 一つずつ確認するようにハルヒは言葉を繋げる。 「キョン、みくるちゃん、有希、古泉君、この4人がSOS団メンバー」 俺はハルヒの言葉を黙って聞いていた。 「それに谷口や朝倉、担任の岡部……学校の人間はわかるわ。でも……」 ハルヒはまた目を伏せ、スカートの裾を握りこんでいる。 「涼宮ハルヒのことはほとんど知らない」 「お前がその涼宮ハルヒだろうが」 「私も涼宮ハルヒだけど、涼宮ハルヒはあたしだけじゃない」 まるで要領を掴めん。 涼宮ハルヒだけどハルヒじゃない。 どんな冗談だ。笑いどころが全くわからん。 「あたしだけじゃないの。もう一人の涼宮ハルヒは今教室で授業を受けてるわ」 「ちょっと待て!」 俺の制止の言葉にハルヒは体をびくっと震わせた。 「どういうことだ?」 「……あたしにもわからないの。どうしてここにいるのか。どうしてもう一人涼宮ハルヒがいるのか」 少なくともハルヒはこんな冗談を言う奴ではない。 こんな回りくどいことをしたりもしない。 「ちょっとここにいてくれ」 俺はハルヒを置いたまま部室を出た。 廊下で教師に会わないかびくびくしながら教室に向かい、ドアの小窓からそっと教室の中を覗いてみると、 確かに涼宮ハルヒがそこにいた。 シャーペンを鼻の頭に乗っけて退屈そうにしている姿は間違いなくハルヒである。 そして、部室に戻るとそこにもハルヒはいた。 俺は落ち着こうと椅子に座りお茶をすすろうとして、手が震えていることに気づいた。 そりゃそうだろう。 同じ人間が二人いるのである。しかもハルヒ。 まともな人間なら失神ものだ。 状況を整理しようと大きく息をついてみる。 もう一人のハルヒ。 理由はともかく、こんなことができるのはSOS団のメンバー関連しか思いつかない。 長門、あいつはハルヒに異常がないということをはっきりと言いきっていた。 別の情報統合思念体が動いたとも考えられるが……。 古泉、これは除外だ。 場所限定の超能力者にこんな芸当ができるとは思えん。 それにあいつの組織だってまさかクローンなんかを作り出す技術があるとは考えにくい。 朝比奈さんはどうだ? 未来人ならクローンなんて作れそうなものだが。 考えれば考えるほど怪しくなってくる。 「キョン……あたし、どうしたら……」 ハルヒが懇願するように言う。 頼むからそんな迷子の子犬みたいな目で見ないでくれ、調子が狂う。 「とりあえず、どうしてここにいるのかもわからないんだろ?」 小さくハルヒは頷く。 「SOS団のメンバーに聞いてみるしかなさそうだ。すまんが俺には何がどうなってるのかさっぱりわからん」 するとハルヒは慌てて首を横に振った。 「だ、だめ! あたし、SOS団の団員には知られたくないの……」 俺も一応団員なんだけどな。 「あの三人は駄目……怖いの」 俺は先日の出来事を思い出していた。 ハルヒが岡部のところから戻ってくる前、長門が部室にやってくる前、 まるで二人がやってくることがわかっていたように出て行った。 「キョンだけは……いいんだけど……」 そんな言葉をハルヒから聞けるとは思ってもみなかったぞ。 なぜ俺だけはいいのか。 今はそんなことはどうでもいいか。 あの三人に相談もできないとなるとどうにも打開する方法がないわけだが。 「ここにいる理由もわからないんだろ? 俺だけじゃどうにもできないぞ」 「そうだけど、会いたくないんだもん」 なんだこのわがままっ子は。 「大丈夫だ。あいつらのことは俺が保障する。危険はない。もしあったとしたら俺がなんとかするさ」 「……本当に?」 ハルヒが上目遣いで見上げてくる。俺は思わず目を逸らしてしまった。 「とにかくだ。その姿はどうにかならんのか? しかも学校の中にいるなんて目立ちすぎる」 「一応変えられるけど、このほうが目立つ気がする」 そう言ってハルヒが目を閉じると、体が赤い光で包まれた。 どこかで見た光だった。これは……閉鎖空間で見た古泉が変えていた姿と似ている。 ハルヒはちょうどピンポン玉くらいの大きさになって声を挙げた。 「こんな感じ。これはここに来たときからできるってわかったわ」 さすが俺だ。 もうこんなことぐらいでは驚かなくなった。 放課後までこのハルヒにはその姿のまま鞄の中に入ってもらうことにした。 SOS団の活動は春の山登りについて話し合った。 話し合ったといっても、ハルヒが一人で喋って一人で決めただけで、 俺や朝比奈さんはいつものようにそれに従うだけなのだが。 活動が終わり、俺はハルヒ以外の三人に少し残って欲しいとこっそり伝え、 ハルヒが帰ってから再び部室に再集合した。 「あなたが我々を集めるなんて珍しいですね」 古泉が肩を竦める。 「それで、お話とは?」 「とりあえずこれを見てくれ」 俺が鞄を開けると、中から赤い球体が現れて目の前で静止した。 そして、その球体はみるみる内にハルヒの姿に変わっていく。 「ふう、狭かった」 さすがの古泉もこれには驚いたようで珍しく眼を見開いている。 朝比奈さんは状況を理解できないのか、オロオロしているだけだ。 長門はいつものように微動だにしないが。 「これは……一体何が?」 古泉の視線に耐え切れなくなったのか、ハルヒが俺の後ろに回りこんで隠れてしまった。 俺は初めから順を追って説明した。 朝比奈さんも話の流れからようやく事態を理解したのか、深刻な顔つきになる。 「……ということなんだがな。心当たりがないか?」 三人とも心当たりがないのかしばらく黙っていた。 一番初めに口を開いたのは長門だ。 「涼宮ハルヒの存在は一つだけ。情報統合思念体はそこにいる涼宮ハルヒを認識していない」 つまり、ハルヒが二人いるということはありえないということか。 「そう。認識できないから、どういう存在なのかもわからない。こんなことは通常ありえない。 情報統合思念体も戸惑っている」 長門の表情がどこか不安げに見えるのは気のせいだろうか。 朝比奈さんと目が合うが、首を横に振る。 「ごめんなさい。私にも心当たりがないんです」 その間もハルヒは俺の背中を掴んで隠れているだけだった。 沈黙が続いたが、古泉がようやく口を開いた。 「長門さんにも朝比奈さんにもわからない。そして、僕にも正直わかりません。 しかし、先程の光は……我々が良く知っている光です。 ヒントはどうやらそこにあるようですね」 そうだ。今のところ、俺もそれぐらいしか心当たりがない。 「これは、涼宮さんが作り出したものかもしれません」 ハルヒが? 自分自身を? 「ええ、理由はわかりませんが、こんなことができる人間が涼宮さん以外にいると考えられますか? 彼女は無意識に世界の改変を行うことができるんです。だとしたら、そう考えるのが妥当でしょう」 確かに、古泉の言う通りかもしれない。 この三人に心当たりがないのであれば、後はハルヒしかいないのだ。 しかし、なんだって自分と同じ姿の人間を作り出す必要があるんだ? 「最近の涼宮さんは昼にも話しましたが非常に安定していました。 閉鎖空間も今はほとんど活動していません。 つまり、涼宮さん自身が不快な気分になったわけではないということです。 私たちより、あなたのほうが心当たりがあるんじゃないですか?」 俺に心当たりがあればとっくに思い出してるだろう。 最近あったことと言えば、あいつが珍しく岡部に呼び出されたということぐらいだ。 不快に感じることではないというならそれだって除外されるだろうしな。 全くわからん。 「えーと、涼宮さんでいいんでしょうか。他に何かわかることはありませんか?」 古泉が背中に隠れているハルヒに話しかけると、ハルヒの手に力が入る。 「わ、わからない。気づいたらこの世界にいて、廊下に立っていたから」 「ふむ。とにかく、涼宮さんとの接触は避けたほうがよさそうですね」 当たり前だ。 日常的に不思議なことを探しているあいつがもう一人の自分がいるなんて知ってみろ。 この世界がどうにかなっちまいそうだ。 「とりあえず様子を見ましょう。今は情報が少なすぎます。 長門さんも時間が経てば何かわかるかもしれませんし」 「あ、私もちょっと調べてみますね」 朝比奈さんがちょこんと手を挙げる。 とりあえずその日は解散することにしたが、ここで大きな問題に気がついた。 このハルヒをどこに置いておくかということである。 姿を変えること以外は人間と何ら変わらないのだ。 とりあえず朝比奈さんか長門の家に置いてもらおうとしたのだが、 このハルヒ、それをどうしても嫌がるのである。 さすがに俺もハルヒが潤んだ目で拒否をするとそれを強要することができなかった。 「あなたの家に連れていくのが一番だと思いますよ」 古泉がさらりと言いやがった。 うちは普通の家で家族だっているんだぞ。 「姿を変えることができるなら、そこまで難しいことではないと思いますが」 じゃあお前が連れて帰れ。 「残念ながら、僕では役不足ですよ。涼宮さんもあなたの側にいたいようですし」 昨日はどうしていたのか聞くと、学校で過ごしたんだそうだ。 風呂もない食事もないでひもじい思いをした、とハルヒが言う。 これで俺が断ったら悪人みたいじゃねえか。 「仕方ないからいいけどな。家では俺の言うことを聞いてくれよ? 女子を家に連れ込んで泊めてるなんてばれたら学校に行けなくなるからな」 ハルヒは静かに頷いた。 帰り道、長門と朝比奈さんは用があるとかでさっさと帰ってしまったので 古泉とハルヒの三人で帰ることになった。 と言ってもハルヒは俺の鞄の中に納まっている。 本物もこれぐらい大人しければいいんだけどな。 「僕は元気のいい涼宮さんもいいですけどね」 その相手をするのは俺なんだぞ。もうちょっと俺に気をつかってくれ。 「もちろん、使ってますよ。でなければ、その涼宮ハルヒを調査のために連れていってるかもしれません」 鞄の中が動くような感覚がする。 「お前……」 「冗談ですよ」 古泉は肩を竦めて微笑む。 お前の冗談ほど悪趣味なものはない。 「でも、放っておけないのも事実でしょう? 涼宮さんがそうであるように、あなたも涼宮さんに対してただならぬ感情を持っている」 いつかハルヒに土下座させたいとは思っているけどな。 「はは。あなた方のそういうところも僕は好きですよ」 なんだ、気持ち悪い。男に好きだといわれても全然うれしくないぞ。 お前だとなおさらだ。 「我々はあなた方の味方ですよ。そして仲間でもあります。 仲間のことを思うのは悪いことじゃないと思いますが」 古泉は微笑みながら手を振って帰っていった。 家に帰りつくと、妹が玄関までやってきた。 「あ、キョン君、さっきハルにゃんから電話があったよ!」 ハルヒが? 何で携帯に電話しないんだ。 「携帯電話の電源が入ってないって言ってた。帰ってきたら電話しなさいだってー」 そういえば電話の電池が切れてたんだった。 俺は部屋に戻るとハルヒに電話をかけた。 『遅い! どこほっつき歩いてたのよ!』 悪かったな。誰のおかげでこんな時間になったと思ってるんだ。 『まあいいわ。それよりあんた、明日ちょっと付き合いなさい』 どこにだよ。また宝探しでもやるつもりか。 『違うわよ。合宿で必要なものを買いに行くわ。どうせ祭日だし、暇なんでしょ』 ハルヒに暇じゃないと言って納得された試しがない。 『十二時に駅前、いいわね?』 そう言って電話は切れた。 やれやれ。 そして、まだ安心できない不安要素が俺にはあった。 鞄の中にいるハルヒである。 部屋には妹も平気で入ってくるから安心はできない。 ハルヒの姿になったところで俺も気まずいことこの上ないのだ。 しかし、風呂にもいれなきゃいけないし、問題は山積みだ。 この借りはいつか返してもらうぞ、ハルヒ。 とりあえずこの日は近くの銭湯に行くことにした。 ほとんど利用することはなかったが、この辺なら知り合いと出くわすこともないだろうし 家の風呂を使うよりはよっぽど安全である。 家を出るとき妹が自分も連れて行けとごねたが友達と行くから我慢しろと抑えて出てきたのだ。 銭湯の近くでハルヒの姿に戻し、終わったらここで待つように伝えて俺も銭湯に入っていった。 平日ということもあり客の姿もまばらで、これなら平気だろうと安堵した。 俺も疲れていたがゆっくりとお湯につかることもなく、少し早めに外で待つことにした。 待つこと十五分、ハルヒが出てきた。 「お待たせ」 ハルヒには俺の服を貸したので、かなりだぶだぶだった。 それにしても……風呂上りでリボンをつけていないハルヒを見るのは久しぶり、いや初めてだった。 まだ艶のある髪に、少し赤くなった頬。さすがというか、その美少女っぷりに俺は一瞬目を奪われてしまった。 「キョン?」 「あ、ああ。帰ろう。とりあえず……ここで姿変えるか」 「もう少し、このままでいたい。お願い」 「家の近くまでだぞ」 そう言うと、ハルヒは満面の笑みで頷いた。なんだろうか、この気持ちは。 いつものハルヒに慣れているせいか、こういうハルヒの態度が一瞬でも可愛いと思ってしまった。 いかんいかん。これの本物は馬鹿!とかドジ!とか俺に連呼するような女だぞ。 そんなことを考えていると、ハルヒが横から顔を覗き込んできた。 「ねえキョン。キョンと涼宮ハルヒはどういう関係なの?」 どういうって、ハルヒ曰く俺は下僕だそうだけどな。お前のほうが詳しいだろ。 ハルヒの感情とかある程度わかったりとかしないのか? 「わからない……でも……」 ハルヒは少し俯いて、意を決したように俺の顔を見上げた。 「あたしは、キョンのこと好きだよ?」 「遅い! 罰金!」 集合時間に遅れてしまった俺にハルヒは言った。 昨晩のもう一人のハルヒの発言を思い出す。まさに今目の前にいるこいつと瓜二つの奴に言われたんだよな。 ぼーっとハルヒの顔を見ていると、胸倉を掴まれた。 「キョン、あんたたるんでるわ。団長として情けないわよ」 本物にもあのぐらいのしおらしさがあってもいいと思うんだがどうだ? このハルヒもらしいっちゃらしいが、どう考えても損をしていると思うのだが。 こういうふくれっ面も悪くはないが、俺としてはおしとやかな子のほうがいいぞ。朝比奈さんみたいな。 どうだ? ハルヒ、考えなおしてみないか? 「さっきから何ぶつくさ言ってんのよ」 ハルヒは俺の胸倉を揺さぶりながらがなり立てていたが、そのうちその手を離すとそっぽを向いてしまった。 「まあいいわ。さっさと行くわよ」 こいつにしてはやけにあっさりと引いたな。 とはいえ、こいつの顔を見る度に昨夜のことを思い出してしまってどうにも落ち着かない。 余談ではあるが寝る時は姿を例のものに変えてもらって布団の中に入ってもらった。 しかしどういうはずみなのか、俺が夜中に目を覚ましたら人間の姿になっていた。 しかも俺の目の前で眠っていた。 ハルヒの無防備な寝顔を目の前で見て俺は動揺した。 俺も健全な高校生である。性格を除けば美少女という取りえのある涼宮ハルヒの寝顔を目の前にして 何も感じないわけではない。 普通なら目が覚めたら美少女が隣で寝ているなんておいしいシチュエーションではあるが、 それはあくまで時と場所が大事であり、寝ぼけ頭の俺でもこんな姿を家族に見られたらどうなるかぐらいわかるわけで、 急いでハルヒを起こすと姿を変えてくれと懇願した。 ハルヒは中途半端に起こされたことでもう眠れないと言い出した。 そんな中で俺も眠れるはずがなくたわいもない会話をしていたのだが、朝方になって俺は耐え切れず寝てしまい、 起きた時にはすでに集合時間が迫っていたというわけだ。 家にいてもハルヒに振り回され、外に出てもハルヒに振り回される。 これでいいのか? 俺よ。 「ところで、あの三人は?」 ずんずんと進むハルヒの後ろから半分寝ながら歩いていた俺は、 他のSOS団員がいないことに今更ながら気づいた。 「今日は呼んでないわよ」 意外である。SOS団としての活動するときは必ず全員に声をかけていたと思ったが。 まあ古泉は俺と同じ荷物持ちだとしても朝比奈さんというマスコットがいないというのは結構でかい。 無償で働くのだからそれぐらいの恩恵が必要なのだ。ハルヒはマスコットと呼ぶには程遠いからな。 確かに目立つという意味ではある意味マスコットなのかもしれないが。 「そんなにたくさん買い物するわけじゃないから、あんただけで十分なのよ」 それじゃ一人で行けばいいだろうに。 「なんで団長のあたしが荷物を持たなきゃいけないのよ。あんたは平の団員なんだから荷物持ちって決まってるでしょ。 休みの日だからっていって職務怠慢は許されないわ」 ハルヒは後ろを振り向くこともなくずんずんと商店街を進んでいく。 途中、映画のときにお世話になった電気屋に入っていくのでついていくと、 電気屋の店主と何やら会話を始めた。 俺は会釈だけしてハルヒの後ろに突っ立っていたが、 「おっちゃん、ここは火炎放射器ないの?」 お前は山で一体何をするつもりなんだ? 山火事でも起こす気か。 大体こんな町の一電気店に火炎放射器が置いてあるわけないだろ。 おっちゃんもこんな女子高生の言うことなんて適当に流しておけばいいのに、 「火炎放射器はないなあ。チャッカマンじゃ駄目なのかい?」 と真面目に相談に乗ろうとしている。 「チャッカマンじゃ駄目なのよ。もっとこう火がガンガン出る奴がいいわ」 ハルヒの無理難題に本気で悩んでいるおっちゃんが段々気の毒に見えてきたのは俺だけではあるまい。 俺がハルヒに 「あんまり無理なことを言うなよ」 と言うとハルヒは頬を膨らませた。 「あんたは黙ってなさい」 へいへい。やっぱりこいつ可愛くねえ。 俺がそんなことを考えていると、ハルヒは手を振って 「おっちゃん、また来るわ」 と言って軽く手を振ると外に出ていってしまった。 俺も会釈して外に出ると、ハルヒは腰に手を当てて突っ立っている。 今日のハルヒはやけに引き際がいい。そう、気持ち悪いくらいに。 「次はこっちよ」 ハルヒは俺の袖を掴むとずんずんと歩き始めた。 その後はおおよそ山とは関係ないような店を夕方まで散々付き合わされたあげく、 夕飯を少し高めのレストランで奢らされることになった。 買い物という割には何を買うわけでもなく、当然俺は荷物を持つこともなかった。 ハルヒの奴は一体何がしたいんだ。財布の中を見て溜息をつきながら俺は家にいるもう一人のハルヒを思い出していた。 まさかハルヒの姿になって家族と出くわしていないかとか、夕食が遅くなって腹を空かせていないかとかそんなことだ。 どちらにしろ今の俺はハルヒのことを考えざるを得ない状況になっているわけだ。 古泉が言うような特別な感情だとかは放っておくとして、こいつの強烈なインパクトのせいで 俺はどうやらそのペースに乗せられちまったようだからなんとなく放っておけないような部分はあるのかもしれない。 こうしてこいつが笑顔で美味そうに食事をしているのを見ているのも悪くはない。 谷口が聞いたら 「キョン、お前はついにそこまで落ちちまったか」 とか言われるだろうな。 しかしまあ、こういうのも悪くないと俺は思っちまったからな。 あながち谷口が言うことも否定できない。 「ちょっとキョン? あんた人の話聞いてるの?」 聞いてるともさ。 「さっきからぼけっとして……さっきからじゃないわ。今日の遅刻といい、やっぱりたるんでる!」 まあそう言うなよ。俺もこう見えて色々気をつかってるんだからな。 「なによそれ。気を使うならこの団長様に使いなさい。他の奴に使う必要なんてないわ」 まさにその団長様に気を使ってるとは言えないしなあ。 全くこいつってやつは……まあ今回はもう一人のハルヒに免じて許してやるさ。 「ところでさ……キョン」 食事を終えて落ち着いたところでハルヒが妙に深刻な表情になった。 「あんた、みくるちゃんのこと……好きなの?」 唐突に何を言いだすんだ、お前は。 「それとも有希? 前のラブレターも実はキョンが渡したものだったとか?」 「あのなあ、それは本人にも確認してるじゃねえか。大体それがお前に関係あるのか?」 ハルヒは気まずそうな苦笑いを浮かべる。 「べ、別に関係はないわよ。まああの二人があんたの相手をするわけないだろうけど、 SOS団の秩序を乱すようなことされても困るし? 大体あんたがそういう誤解をされるような態度だから 団長として注意を促しておかなきゃいけないんでしょうが」 まるで口を挟ませないといったようなハルヒの喋りっぷりを俺は静観していたが、 ハルヒのその必死さになんだか和んでしまったのは秘密である。 「ふっ」 「あっー! あんた人が真面目な話してるときに何笑ってんのよ!」 「別に」 ハルヒは顔を真っ赤にしている。 いや、違うな。頬を赤く……ってまさかな。 腕を組んでそっぽを向いたハルヒは 「ふんっ、とにかくもっとあんたは団長を崇拝しなさい。 ぼやぼやしてると新しく入ってくる新入生よりも低い地位になるわよ!」 と言い切り席を立った。 ハルヒがさっさと店の外に出て行ったので当たり前のように俺が伝票を会計にもっていく。 店に入る前に貯金を下ろしておいてよかったぜ。 店の外に出ると外は真っ暗だった。商店街のネオンの光だけが輝いている。 ハルヒのところにいくと、黙って手を俺のほうに突き出してきた。 手には袋がぶら下がっている。 なんだこれは。 「受け取りなさい」 「え?」 「奢らせたし今日は付き合わせたからほんのお礼よお礼。 いい? 団長のこの私が特別に労をねぎらおうって言ってるんだからありがたく思いなさい」 ハルヒはその袋を投げるように俺に渡すとさっさと走り去ってしまった。 小さな袋の中には小さなケースが入っていた。そのケースを開けると中から出てきたのは腕時計だった。 俺の腕時計は一週間ほど前にハルヒに引っ張りまわされたとき、壁にぶつけて壊れてしまったのだ。 俺はそのときハルヒに抗議したが、あいつは 「そんな簡単に壊れるような時計を持ち歩いてるあんたが悪いのよ!」 といつものように理不尽なことを言いだした。 そのとき若干ハルヒの言動にいらだちを感じた俺は、相手にせず黙ってその場を後にしたのだが……。 「あいつ……」 その時計は俺が持っていた安物の時計よりも高そうな時計だった。 全く、これを渡すためにわざわざ一日中連れまわして飯まで奢らせたのか。 素直じゃないというかなんというか、ハルヒらしいっちゃハルヒらしいんだが。 今日のハルヒは随分と大人しいほうだったし、あのもう一人のハルヒが来てから変化が見られるということは やはり本物のハルヒと何かしらの関係があることは間違いないのだろう。 俺が家までの道のりを自転車に乗らず、押して帰っていると、後ろから来た車が横で止まり、 窓から古泉が顔を出した。 「やあ。今、お帰りですか?」 なにしにきたんだ。 「涼宮さんについてちょっとお話したいことがあります。お時間よろしいですか?」 「それで、何かわかったのか?」 公園のベンチに腰掛けた俺の正面に古泉は立った。 「あくまでも仮説として聞いてください。我々の組織の考えです」 古泉は俺の表情を確認するかのように少し間を空けて続けた。 「例の涼宮さんのクローン、ここではあえてクローンと呼ばせていただきます。 あれはほぼ間違いなく涼宮さんが作り出したと考えて間違いないと思います。 最近の彼女が非常に安定しているという話はあなたにもしましたよね?」 俺は黙って頷く。 「元々彼女は普遍的なものを嫌う方です。常に不思議なことを求めています。 だから僕や朝比奈みくる、長門有希の三人が同じ場所に集まった、これはもう理解していると思います。 そして、彼女には葛藤もあった。不思議なことは必ずあるという涼宮さんと、 そんなものはないと思っている涼宮さんが彼女の中にはいるんです。 以前までは前者、不思議なことをとにかく追い求める涼宮さんが前面に出ていました。 ですから閉鎖空間が不安定な状態にあった。そして今は非常に安定している。 これがどういうことか、あなたにはわかりませんか?」 わからんな。 古泉はふっと笑みを浮かべて続ける。 「常識人としての涼宮さんが前面に出てきているということです。 不思議なことは起こらなくてもいい。SOS団という枠の中で楽しいことができればいいと、 彼女は感じ始めているんですよ。もちろん、無意識の上での話です。 実際には彼女はそんなことを口に出したりしませんし、表面上は以前の涼宮さん自身の考え方と 何も変わっていないはずです。以前の涼宮さんはあなたに選択肢を与えました。 少なくとも僕はそう考えています。 元の世界に戻るのか、それとも新しい世界を作り出すのか、それをあなたに託したのは あなたもよく知っているSOS団団長としての涼宮さんでした。 しかし、今回はちょっと違います。 彼女は今の生活に不満があるわけではない。むしろ満足していると言ってもいいでしょう。 それはひとえにあなたのおかげでもあるわけですが。 さてその涼宮さんが再びあなたに選択肢を与えるとしたら、どのような選択肢だと思いますか?」 俺は口を開くことはなかった。 「もうお分かりかと思いますが、涼宮さんはあなたに選んでもらいたいんですよ。 常識人としての涼宮ハルヒなのか、それとも、今までの涼宮ハルヒなのか。 その結果として出てきたのがあのクローンというわけです。 昨日の様子だと、涼宮さんに近いところを持ちながらもその性格は丸で異なるようですし、 あながちこの仮定も否定しがたいと思いますが、どうでしょうか」 古泉は小さく肩を竦ませてみせた。 「お前の言っていることが本当だとして、俺にどうしろっていうんだ」 「簡単なことです。あなたがどちらかの涼宮さんを選ぶ……ですよ」 簡単なこと? よく言うぜ。 「恐らく、世界改変にはいたらないと思いますよ。どちらを選んだとしてもね。 ただ、涼宮さんはあなたの選択に従い、選ばれなかった涼宮さんの人格は消え去ることになるでしょう」 二人の間に沈黙が流れる。 古泉は前髪をかきあげると俺の横に座った。 「あくまでも我々の仮定です。長門さんや朝比奈さんは別の答えを出すかもしれません。 でも、信憑性もありそうな話だと思いませんか?」 「お前らはどうしたいんだ?」 「我々はあなたの決断を見守るだけです。先程も言ったようにそこまで深く考えることではないんですよ。 どちらの人格を選んだところで涼宮さんの力が失われるわけではないでしょうし、 我々としてみれば大人しい涼宮さんのほうが扱いやすいかもしれませんが」 結局お前らにとってハルヒは観察の対象でしかないんだろうからな。 「それだけではありませんよ。少なくとも僕個人は涼宮さんのこともあなたのことも大切に思ってます」 その言葉、どこまで信用すればいいんだか。 しかし、なんでまた俺なんだ。 「あなたも強情ですね。いや、失礼、あなたと涼宮さんの信頼関係に口出しするのは野暮だ」 二人のハルヒを比べて俺に選べってか。 どんな罰ゲームだそれは。なんで選択肢がハルヒしかないんだ? そこで朝比奈さんが出てきてくれれば俺は間違いなくそっちを選ぶぞ。 「もちろんそれもありでしょう。だけど、その場合はどうなるか、あなたが一番良くご存知だと思いますよ?」 閉鎖空間か。 「今回はそれだけじゃ収まらないでしょうね。少なくとも、あなたに再び選択肢が与えられることもないでしょう。 今回ことにしても涼宮さんにしてみればかなりの譲歩でしょうからね」 むう。 俺は黙りこくった。その間も古泉はハルヒがどうとか言っていたが、半分も頭に入ってこなかった。 これは俺の葛藤でもあるわけだ。 古泉の話を馬鹿馬鹿しいと思う反面でハルヒのことを意識しているのもまあ間違いないだろう。 認めたくはないけどな。 しかし古泉よ。今日会ったハルヒはいつもと違ったぞ? 少なくとも今までああいうハルヒは見たことはない。 「恐らく涼宮さんなりに対抗しているってところじゃないでしょうか? もちろん無意識的にですが。 あなた好みの女性に近づこうとするためにね」 なんだそれは、気持ち悪い。 ここでまた古泉は決めポーズのように肩を竦める。 「女心ってやつですよ」 結局古泉からは聞きたくないようなことも聞かされて帰宅したときには午後九時を回っていた。 夕飯を何も用意してこなかったので、恐らくあのハルヒは腹を空かしているに違いない。 今日の風呂はどうしようかとか考えながら部屋に入ると、暗闇の中赤い光がポツンとベッドの上で瞬いていた。 電気をつけてドアを閉めると、その光は膨張してハルヒへと変化した。 「おかえり、キョン」 「遅くなってすまなかったな。夕飯食うだろ?」 「うん。何度か妹さんが部屋に入ってきたからどきどきだったよ」 ハルヒは微笑んで応える。俺は不覚にもドキッとしてしまった。 昨日の言葉もそうだったが、こっちのハルヒの言葉にはどうも弱い。 ある意味ハルヒの顔に朝比奈さんとまではいかないがしおらしさのある性格が合わさったのだから、 より俺の理想に近づいたと言えるのである。 夕飯を用意するとか言ったが、下で食べさせるわけにもいかないし風呂の問題もある。 「ハルヒ、外で飯食うか? ついでに銭湯寄ってくればいいだろうし」 「でも、大丈夫なの? だいぶ時間も遅いけど……」 こうやって遠慮がちに言われると、何とかしてやろうという気になってしまう。 こっちのハルヒはどうやらわびさびというものをわかっているらしい。 なるべく親にばれないようにと外に出ると、俺たちは近くのファミレスへと向かった。 俺はすでに腹一杯だったので、ハルヒに食べたいものを食べさせてから銭湯に向かうことにした。 今日はすでにハルヒに夕飯を二回奢ったことになるのだが、こちらのハルヒはご丁寧にも 何度も頭を下げて礼を言ってきた。 まるで対照的である。こうなってくると、古泉の言ってることも信憑性が出てくる。 待て待て。もしかしたら長門の知り合いの宇宙人の陰謀かもしれないし、 朝比奈さんのお仲間の未来人の仕業かもしれない。 ここで古泉の言うことを信じてしまうのは早計というものである。 もし違ったら目も当てられない事態になることは容易に想像がつく。 何事も慎重に、だ。とはいえ、こんな生活をいつまでも続けるわけにもいかないのであって、 長門あたりに早急に事態の収拾をしてもらいたいものだ。 ファミレスを出てしばらく歩いていると、ハルヒが俺の手を掴んできた。 微妙に頬を赤らめながら。 さすがにこれを振り払うことは出来ず、流されるままにハルヒの手を握り返してしまった。 朝から晩までハルヒ漬けの生活。これを羨ましいと思う奴はすぐにでも名乗り出てくれ。いつでも変わってやるぞ。 結局二人目のハルヒが現れた原因もはっきりわからないまま、終業式の日を迎えてしまった。 長門や朝比奈さんからアプローチがないことを考えると、古泉の線が強くなってしまうわけだが……。 とりあえず今日学校で長門に聞いてみようと思っている。 ハルヒのクローンは今日に限って学校に行きたいと言いだした。理由を尋ねると、 「今日はあたしも行かなきゃいけない気がするの」 という返答だった。 学校内で見られてしまうリスクももちろんあるが、それがこの現象の突破口のきっかけになるかもしれないし、 俺は絶対に学校ではハルヒの姿にならないということを固く約束させて連れていくことにした。 このハルヒ曰く、なぜかSOS団の団員の居場所がわかるのだということなので、 姿を変えても問題ないということだったが、万が一のこともあるし他の生徒がハルヒを二人見たら それはそれで大問題なので念を押した。 今日は終業式だけなので授業もなく、午後には自由の身になる。 SOS団の活動はもちろん行われるだろうが、長門や朝比奈さんと話す機会もできるだろうし、 丁度いいだろうと考えていた。 教室に入ると、珍しくハルヒはまだ来ていなかった。 チャイムが鳴る直前になってようやくやってきたのだが、どうもいつもの覇気が感じられない。 「八時間は寝たはずなのに体がだるいのよ、何でかしら?」 と愚痴り始めたと思ったら机に突っ伏してしまった。 俺と何かあるとその次の日のハルヒは大体こんな感じなのでいつものことかと放っておいた。 体育館で終業式が始まり、十分ほど経った頃だったろうか、校長の話が続く中 「ドスン」 といった重い物が倒れるような音が体育館の中に響き渡った。 誰かが貧血で倒れたのだろう。音のした方からざわざわと生徒の声が聞こえてくる。 そんなに遠くないな。同じ学年か? と思い、そちらの方を見るとなんと倒れていたのはハルヒだった。 近くの男子生徒に支えられ、教師が数人近寄っていく。酷い顔色をしている。 校長の話が一時中断され体育館内がざわついたが、すぐに一人の教師が静かにするようにと大声を出すと 再び体育館内は静寂に包まれた。 ハルヒは教師に抱きかかえられるように体育館を出て行った。保健室の先生もそれに同行して出て行く。 健康優良児を絵に描いたようなあのハルヒが貧血で倒れるほどデリケートとは思えない。少なからず、 嫌な予感を抱いたのは俺だけじゃなかったはずだ。 一抹の不安を抱えながら終業式を終えて、教室に帰ろうとしたところで古泉が隣にやってきた。 「先程のは涼宮さんで間違いありませんよね?」 間違いないだろう。ハルヒほど目立つ奴もそうそういないからな。 さすがに古泉もこの事態には笑顔を繕う余裕もないようで、ハルヒの心配をしているようだった。 ま、どういう形で心配しているのかはこの際触れないでおこう。 「あちらの涼宮さんは今どこに?」 「今日はついてきてる。教室の俺の鞄の中さ」 ふむ、といった感じで古泉は考えるような仕草をした。 「少し気になりますね。関連がないとは言いきれませんから」 考えすぎじゃないのか? ハルヒだって一応は人間だ。体調が悪くなることもあれば貧血を起こすこともあるだろうよ。 「そうであればいいんですけどね。いずれにせよ、あなたにお任せすることにしましょう。 それではまた後ほど」 そう言って古泉は去っていった。 教室の近くまで戻ってきて、俺は長門の後姿を見つけた。 「長門」 長門はゆっくりとこちらを振り向く。 「聞きたいことがあるんだ」 「……というのが古泉の説なんだが、お前のほうでは何かわかったのか?」 先日古泉から聞いたハルヒが俺に選択肢を与えたという話を簡潔に長門に伝えると、 長門は少しの間をおいてゆっくりと口を開いた。 「情報統合思念体は困惑している」 どういうことだ? 「存在しているすべての物には情報がある。だけどあの涼宮ハルヒには情報がない」 結論を言えばわからない、ってことか。 長門は小さく頷く。 「古泉一樹の説が有力であると私も思う。実在している涼宮ハルヒにも変化が見られる」 ハルヒに変化が起きていることは俺もなんとなくだが気づいている。 それは古泉にも言ったことだが。 「今、涼宮ハルヒを構成している情報の弱体化を確認した」 「なんだって?」 「彼女が倒れたのもその影響」 原因はわからないのか? もう一人のハルヒとの関係は? と聞きかけたところで担任の岡部がやってきてしまった。 長門にまた後で聞かせてくれと言い残し、俺は教室へと戻った。 ハルヒは保健室で寝ているだろう。下手したら家族が迎えにきているかもしれない。 そう思っていたのだが、席にはハルヒが座っている。 「お前、大丈夫なのか?」 と俺の問いに、ハルヒは微妙にはにかむような仕草をした。 まさか! 俺は岡部が教室に入ってくる前にハルヒの手を掴み廊下に飛び出し、人気のないところまで走った。 これではいつもと逆である。 「学校ではその姿にならないって約束しただろ?」 「あたしもそのつもりだったんだけど、どうしてかわからないけどあの姿に戻れなくなったの」 このハルヒが言うには、俺の鞄の中に入っていたが突然その状態を維持できなくなり、 鞄を出てハルヒの姿になってからは光の玉の姿には戻れなくなってしまったというのだ。 ハルヒが戻ってこないのはわかっていたから、とりあえず俺が戻ってくるまで席についていることにしたと。 ハルヒが倒れたことと関係があるのだろうか。とにかく校内に二人のハルヒがいるのは大変まずい。 「ねえ、キョン。あっちの涼宮ハルヒは、どうしたの?」 「貧血で倒れたんだ」 「そう……」 ハルヒは悲しげに表情を曇らせた。 まるで、なぜそうなったかを知っているかのように。 とりあえずハルヒは部室に押し込むことにした。本人はSOS団の団員が来たら嫌だと言っていたが、 他に方法はないし来たら掃除用具入れのロッカーにでも隠れればいいと納得させたのだ。 そして教室に戻った俺が岡部にこっぴどく怒られたのは言うまでもない。 クラスの連中はハルヒの姿を見ていたはずだが、ハルヒの性格も大体知っているのだろう、 あまり体調が良くないのに教室に戻ってきたが、俺がそれを保健室に連れていった、という絵に見えたようで 誰も気にしていないようであった。そう見られるのも不本意ではあるが、今はそんなことも言ってられないからな。 通知表の受け渡しという魔の行事を終えてその日のHRは終了となった。 谷口や国木田と軽く会話を交わした俺は、部室に行く前に保健室へと向かった。 ハルヒがまだいるかもしれないからな。一応様子だけは見ておいたほうがいいだろう。 保健室に到着すると、中から保健の先生が出てきた。 「あら、何か御用?」 「いえ、涼宮はまだ中に?」 「ええ、大分顔色も良くなったけどもう少し休ませてから帰すわ。あなたは……?」 クラスメイトです。と伝えたところ何を勘違いしたのか、 「あらあら、じゃあ悪いけどあなた送ってあげて頂戴。家のほうに連絡したんだけど、誰もいないのよ」 もう少し休ませてから、と言って保健の先生は職員室の方へと行ってしまった。 やれやれ。 「あ! キョン君じゃないかいっ?」 この声は、 「鶴屋さん、朝比奈さんも」 朝比奈さんは鶴屋さんの後にくっつくようにしてついてきていた。 「キョン君もお見舞いに来たのかいっ?」 ええ、まあそんなところです。 「涼宮さん、大丈夫かなあ……」 いつも酷いことをされているのに朝比奈さんはまるで天使のような優しい心をお持ちだ。 その心を少しでもハルヒにわけてやりたいですよ。 「私、様子見てきますね」 そう言って朝比奈さんは保健室の中に入っていった。鶴屋さんもついていくのかと思ったが、 ドアを閉めると俺の顔を覗き込んできた。 「ほうほう。あんまり動揺はしてないみたいだねっ」 どうして俺が動揺せにゃならんのですか。 「キョン君! はっきりしない気持ちは時に人を傷つけることもあるんだよっ。 キョン君が悪いわけじゃないけどねっ」 鶴屋さんはまるで俺の心を見透かしたかのように言う。 「ふっふーん。なんでわかるんですかって顔してるねぇ。 ま、違ったら違ったでいいんだけどねっ」 そう言って鶴屋さんは保健室に入っていった。 二人が出てくるまで俺は廊下で待つことにした。鶴屋さんから言われた言葉が少しひっかかっていたのもあったからだ。 十分ぐらいして二人は出てきた。 「今日は活動しないと思いますけど、部室に行ってますね。キョン君ともお話したいことがありますから」 朝比奈さんはそう言って鶴屋さんと去っていった。 あっちのハルヒは大丈夫だろうか。 「キョン君、またねっ!」 SOS団の中ではあまり俺にはっきり意見する人がいない。ハルヒは別枠として、 古泉もあまりストレートには言わないし、朝比奈さんや長門もだ。 そういう意味でも鶴屋さんの一言は大きかった。 なんとなく入りづらかったが、いつまでもここに突っ立っているわけにもいかないので、 俺は意を決して中に入った。 保健室の中にはベッドが二つあり、どうやらハルヒは奥のほうにいるらしい。 カーテンで遮られているので入り口からでは様子を伺うことはできない。 カーテンの側まで近づいたところで、中から声が聞こえた。 「キョン?」 良くわかったな。 「みくるちゃんが言ってたからよ。あんたがいるってね」 なるほどな。納得だ。 「わざわざ何しにきたわけ?」 カーテンを開けると、ハルヒはベッドの中に潜り込んで頭だけを布団の中から出していた。 しかし、頭は逆側に向けているので表情を伺うことができないわけだが。 「大丈夫なのか?」 「何が? ちょっと寝不足なだけよ。みくるちゃんもわざわざ鶴屋さんと来たりして、大げさなんだから」 お前は昨日八時間も寝たとか言ってたじゃないか。それに誰だって心配すると思うぞ。 倒れたなんて聞いたらな。 「とにかく、大したことなんてないのよ。これから山だって行くんだし、寝てる場合じゃないんだから」 ハルヒはそう言って起き上がろうとした。 「おい、無理するなよ」 「別に無理なんか……」 と言いかけてハルヒは手で胸の辺りを抑えた。 だから言ってるだろうが、体調悪いときはゆっくりしておけ。 どうせ治ったらあほみたいに遊びまわるんだから、今ぐらいゆっくりしてても誰も文句は言わんぞ。 むしろみんなも休める。 「うるさいわね……」 ハルヒはまた布団をかぶるとそっぽを向いてしまった。 俺は辺りを見渡して椅子を見つけるとベッドの横に持ってきた。 「なにしてんのよ」 「まあ、なんだ。俺も前に入院したときは見てもらったしな。たまにはこういうのも悪くないだろ」 ハルヒは黙り込んだ。 俺は、「あれは団長としてだから別にあんたのために行ったんじゃないわよ」とか言われるもんだと思っていたので この無言には不意をつかれた。 帰宅する生徒たちの声が聞こえてくる中、沈黙は流れ続けた。 ふとハルヒの手がベッドから出ていることに気づいた。 クローンハルヒの行動の影響か、それとも鶴屋さんの言葉の影響か、 はたまた俺が血迷ったのか、気づいたら俺はその手を握っていたのである。 ハルヒが一瞬体をびくっと震わせた。しかし、声は出さない。 そのうち、ハルヒも俺の手を握りこんできた。 別に俺もハルヒも深い意味があったわけではないだろう。体が弱っているときは手を握ると元気が出るとか そんな噂を聞いたからである。 ……いかんな。鶴屋さんの言っていたことを俺はすでに忘れかけていた。 だが今はそういうことにしておいてくれ。とてもじゃないが心の整理がつかないんでな。 二十分ほどそうしていたが、俺はもう一人のハルヒのことを忘れていたことに気づいた。 この本物のハルヒを連れて帰るにしても、あちらもどうにかしないといけないのだ。 どうやらハルヒは眠ったようなので、静かに手を離すと俺は保健室を後にした。 部室のある旧館に向かう途中の通用路でクローンハルヒが立っているのを見つけた。 「キョン。部室にみくるちゃんが来たから出てきちゃった」 ハルヒのクローンは、本物と変わらない笑顔で俺に近づいてきた。 「そうか。悪いんだけどな、これから朝比奈さんと少し話しをしなきゃいけないんだ。 どこか人目につかないところで待っててもらえないか?」 ハルヒはそれを聞いてむくれッ面になる。 「キョン全然あたしの相手をしてくれないのね」 状況が状況なんだから仕方ないだろ。家に帰ったら遊んでやるさ。そんな余裕があればな。 「まあいいわ。旧館の屋上で待ってるから、話が終わったら来てね」 満面の笑みを浮かべて走り去るクローンの後姿を見送ってから部室へと向かった。 部室の前までやってきた俺は念のためにドアをノックした。 さっきから大分時間は経っているが朝比奈さんのことだ、いつお着替えをしているかわからんからな。 「はーい」 部屋の中から愛らしい声が聞こえてくる。 中からドアが開けられるとそこには朝比奈さん、正確には制服を着た幼い方ではなく、 成長してよりナイスな体になった未来の朝比奈さんが現れた。 「あ、朝比奈さん」 「キョン君、お久しぶり。とりあえず中に入って?」 俺は促されるままに部屋の中へと入った。 部室の中には幼い方の朝比奈さんが椅子に座って気持ちよさそうに眠っている。 「本当だったら、この時代の私がいないときに来たかったんだけど、時間を選んでる余裕がなかったの」 朝比奈さん(大)は深刻そうな表情で目線を少し下に落として言った。 「キョン君も古泉君から聞いたと思うけど、涼宮さんのクローンはどうやら涼宮さん自身が作り出したみたい。 私たちの時代でもあそこまで完璧なクローンは……ってこれは禁則事項でした……」 頭をコツンと叩いてから朝比奈さんは続ける。 「私たちも古泉君たちと同じような見解で今回のことは見ているわ。問題は、本物の涼宮さん。 体調を崩したのは、恐らく少しずつクローンと入れ替わろうとしているから、その弊害だと思う」 なるほど、それでクローンハルヒも以前使えたような力が使えなくなったということか。 少しずつ本物の人間に近づきつつあって、それは本物のハルヒの力を吸い取るように成長している。 そういうことですよね。 「そんな感じだと思う。断定はできないけど……辻褄は合うでしょ?」 確かに、ハルヒが体調を崩したのと同時期にクローンが特別な力を失っている。 これはいよいよ認めなければいけないらしい。 「このままいけば恐らく本物の涼宮さんの存在は消えて、今までクローンだった涼宮さんが本物になるはず。 あくまでも自然に、誰にも気づかれないで元々そういう人間だったという認識になるの」 それは、俺もですか? 「それはわからないけど……」 朝比奈さんは言いにくそうに目をそらした。 「仮に、いや、俺に選択肢が与えられたという前提で考えた場合ですが、 俺はまだどちらを選んだりとかしてませんよ。なのに本物のハルヒと取って変わろうとしているのはなぜです?」 少し怒ったような顔で朝比奈さんが詰め寄ってくる。 「それはキョン君がはっきり伝えないからです。涼宮さんが無意識的にしろキョン君に選択を求めたのは 今の自分よりもこっちのほうがいいかもしれないって思ったからです。 答えを出さないってことは、涼宮さんとしてはやっぱり今の自分じゃ駄目なんだと思うに決まってるじゃないですか!」 この時の朝比奈さんは本気で怒っていたのかもしれない。 もともとおっとりしている人だ、怒っても怖いということはないが、 涙目になって迫ってくる姿には俺の良心を揺さぶるものがあった。 「どちらにしても、キョン君がちゃんと答えを出してあげてください。 どちらの涼宮さんを選んでも未来にはさほど影響はありません。 だから、よく考えて決めてあげてください」 古泉と同じようなことを最後に言って、朝比奈さんは部屋を出て行こうとした。 「朝比奈さん」 「はい?」 「朝比奈さんは、どちらのハルヒが良かったんですか?」 朝比奈さんは困ったような顔をしてから、 「禁則事項です」 と微笑み、去っていった。 可愛らしい寝息を立てている朝比奈さんの横に座り、俺は善後策を考えることにした。 答えを出せ、と言われてすぐに答えを出せるほど俺はハルヒのことを意識しちゃいなかった。 普段があんなだし? いきなりそういうふうに見ろって言われても無理があるってもんだ。 しかし、時間的余裕はあまりないようだ。 ハルヒのあの様子だと、時間が経てば経つほど力を失っていくようだ。 どうしてこう毎度毎度俺は世界の危機だとか人命がかかってるとか、 そんなことばかりに巻き込まれるんだ? それはハルヒと出会ってしまったから、運命……だとは思いたくないが。 以前、閉鎖空間に行ったときもこんなことを考えたな。 ハルヒは俺にとって何なのか。 それはあの時とは少し変化したのかもしれない。 ただ、明確な答えが出せるほどハルヒに対しての気持ちを煮詰めたわけではない。 俺にとってのハルヒ……。 それにしても鶴屋さん、朝比奈さん(大)、古泉やらにあそこまで言われたらまるで俺が悪者だ。 この決着がついたら、ハルヒに奢らせてやろう。理由は適当に考えればいいさ。 まだまだ俺たちの関係は続いていくんだからな。 朝比奈さんが目を覚ましたので事情をある程度まで説明した俺はもう一人のハルヒが待つ屋上へと向かった。 朝比奈さん(小)はただ一言だけ、 「キョン君、今まで私たちがしてきたことを思い出して」 と言って俺を見送ってくれた。 屋上の扉を開けると、クローンハルヒは屋上の調度真ん中あたりで体育座りをしていた。 「よう、待たせたな」 「キョン、待ってたんだから」 ハルヒは立ち上がると俺に向かって走ってくる。 直前で止まるのかと思っていたが、次の瞬間にはタックル(本人は抱擁のつもりだったらしい)をくらって 天を仰いでいた。 ハルヒの頭が俺の胸のあたりにあり、その手でYシャツが握り締められているのがわかる。 「おい、どいてくれないか」 その言葉にハルヒはゆっくりと首を横に振る。 「いや……」 嫌って言われてもな、この誤解されかねない状況は非常にまずいんだが。 「キョンは……あたしのこと嫌いなの?」 ハルヒらしくない声でそういうこと言われると調子が狂うんだが。 「ハルヒ、それなんだけどな……」 と言いかけたところでハルヒは勢いよく体を起こした。 「キョン、遊びにいこう! まだ時間も早いし、ちょっと遠くなら誰にも会わないし。 ね?」 まるで最後まで聞きたくないといったように話を遮ったこのハルヒは立ち上がると俺の腕を掴んで引っ張り上げた。 「話を最後まで聞いてくれ、大事なことなんだ」 「……遊びに行ってくれたら、聞くから、だから……行こ?」 むう。そんな目で見ないでくれ。まるで朝比奈さんのような愛らしい小動物のような目線で見られたら 俺もハルヒとはいえ強引に話を進めるわけにはいかないじゃないか。 「わかったがな、まだ本物のハルヒが校内にいるんだ。それを家まで送らなきゃならん」 「それなら大丈夫。古泉君がどうにかしてくれるわ」 なぜ古泉の名前が出てきたのかは知らんが、とりあえず確認をとってみることにした。 電話に出た古泉は、まるで電話が来るのを待っていたかのような口ぶりで、 「涼宮さんでしたら僕が責任をもって送り届けますよ」 と言った。 どこまで知っているんだ? まさかここにいるハルヒと繋がってるんじゃないだろうな。 「クローンの涼宮さんがまだ校内にいることはこちらも把握してますから。 今回はあなたのサポートを徹底的にやってやろうと決めたんですよ」 ありがたいのやらそうでないのやら。 「そうそう、あなたの選択に口を挟むつもりではありませんが、これまでのSOS団、 涼宮さんのことを含めて楽しい思いをさせていただきましたよ」 なんだそのもう終わりみたいな言い方は。 「いえ、そういうつもりではありませんよ。ただ、環境が変わる可能性もあるのでほんのお礼みたいなものです」 古泉はそう言うと電話を切った。 「大丈夫だったでしょ?」 満面の笑みでハルヒが顔を覗き込んでくる。 そのハルヒのクローンを見ていてわかったことがある。 本物のハルヒが弱っている反面、こちらのハルヒの感情が豊かになってきたように見える。 元々どっちが本物かわからないぐらい似てはいたが、ここに来て雰囲気的な部分で変化が見えるような気がする。 校内にいるハルヒのことも気にはなったが、ここは古泉に任せておこう。 このハルヒに話を聞いてもらわなければ解決のしようもないからな。 「で、どこに行きたいんだ? 言っておくが、そんなに金はもってないぞ」 「んー……キョンと一緒だったらどこでもいいんだけど、なるべく人の目を気にせず動けるところがいいじゃない?」 どうせハルヒは今外をまともに動けないだろうから、遠くに行く必要もないと思うが。 「それじゃ、キョンに任せる」 任せる、と言われても俺にもそんなレパートリーがあるわけじゃないぞ。 「そうだ、商店街! この前涼宮ハルヒとも行ったところ、そこ行きたい!」 というわけで、見た目は全く同じのハルヒと再び商店街にやってきた。 どこが違うかというと、このハルヒは電車に乗ってからずっとべったりくっついてくるぐらいか。 同じコースで周りたいというので、まずは電気屋のおっちゃんのところに向かった。 「おっちゃん! 久しぶり!」 そのおっちゃんにしてみれば二日ぶりぐらいだろう。 まあハルヒの性格だから、本物が言ったところで違和感はなさそうだが。 「おや、今日も来たのかい? ……随分と仲良しだね、いいなあ若い子たちは。あっはっは」 ハルヒに無理矢理繋がされた手を見て人のよさそうに笑ったおっちゃんは そうだ、と何かを思い出したように店の奥に消えていった。 三十秒ほどして戻ってきたおっちゃんの手にはカタログのようなものが握られていた。 「これ、今度来たときに渡そうと思ってたんだよ」 そのカタログは……チャッカマンのカタログだった。 話を聞くと、律儀にもこの電気店の店主のおっちゃんはハルヒの役に立てなかったことを悔やんでいたようで 火炎放射器はさすがに手に入らないが、強力なチャッカマンなら、とカタログを取りに行ったんだそうだ。 そこまでハルヒに肩入れする理由は知らんが、今ここにいるハルヒには何のことだか理解できないようで、 終始不思議そうな顔をしてカタログに目を通していた。 検討してみます、という言葉を残して電気店を出て商店街を歩いていると、 最近できた店だろうか、見たことのない洒落た感じの時計屋ができていた。 この前もここは通ったはずだが、あの時はハルヒに引っ張られるように進んでいたので、 気がつかなかったのかもしれないな。 このハルヒも興味を示したのか、店の中へと俺を引っ張り込んでいった。 しばらくの間、ハルヒは可愛らしい時計などを見て女の子らしい声を挙げていたが、 俺はふと目に留まった時計があった。 そう、それは俺が今している時計と同じものだったのだ。 ハルヒはここでこの時計を買ったのだろうか。 すると、若い女性の店員が近づいてきた。 「いらっしゃいませ。何かお探しですか?」 「いえ、ちょっと見てるだけなので」 「そうですか、あら? あなたはこの前いらしてた……」 とハルヒの方を向いて店員は言った。 「へ?」 ハルヒが何のことだかわからないといった表情をしたので、俺はあわててフォローに入った。 「実はこいつ双子の姉がいまして、たぶん買いにきたのはその姉のほうかと」 「あら、そうでしたか。随分お悩みになってたんですよ。どなたにあげるんですか? って聞いたら、 恥ずかしそうに『男の友達です』って言ってましたけど、あれはきっと恋する女の子の目でしたわ」 なぜか店員が恥ずかしそうに両手で頬を抑えている。 「最終的にこちらの時計を買っていかれました。もらった男の子と上手くいっていればいいんですけど……」 今度は涙目になってすすり泣きを始めた。変な人だ。 直後、俺はハルヒに腕を引っ張られて外に連れ出された。そして、腕を捲くられて時計を見ると、 「……あたしも買う!」 とか言い始めた。 お前は金を持ってないだろ。それに時計なんて買ってどうするんだ。 「キョンにあげるの! あたしもあげたいの!」 ハルヒのイメージがどんどん崩壊していくな。そんなセリフ、一生聞けないと思ってたぞ。 そんなことで対抗心を燃やしても仕方がないし、時計を二つも持っていても使い道がないということを 懇々と繰り返してようやく納得したハルヒはまた俺の手をとって歩き始めた。 日が落ちるまでそんな調子で連れ回され、暗くなったところで夕食をとることにした。 とはいえ今日は制服なので駅の近くのファミレスに入ることにした。 クローンのハルヒは、 「雰囲気あるところがよかったけど、仕方ないかあ」 と残念がっていたが、俺の懐具合からしてももう一度あのレストランはさすがに厳しいぞ。 小さい男と思われるだろうが、それならぜひうちの母親に小遣い値上げの説得をしてくれ。 食事中はハルヒは終始笑顔だった。 しかし、出てくる言葉は、今度はどこに行きたいとか、キョンにプレゼントを挙げたいから何が欲しい?とか そういう言葉だった。 さすがにそんな中で話を切り出すわけにもいかず、食事を終えて外に出たところでハルヒに話をしようと 改めて言った。 するとハルヒはそっぽを向いて、 「それじゃ、北高にいきましょ」 と言ってさっさと歩き始めた。 電車内では来る時とうってかわってハルヒは無言だった。 離そうとしなかった手も、微妙な距離で離れたままだ。 北高の校門まで来たが、当然ながら門は閉じられている。 「中に入りましょ」 そう言ってハルヒは校門を乗り越えようとした。 俺も黙ってそれに従う。 二人は校庭の一角にあるベンチまできて腰をかけた。 そのまま十分ぐらいはどちらも口を開かなかった。春が近づいているとはいえ、夜風はまだ冷たい。 「なあ、ハルヒ」 「ん?」 「お前はまだどうしてここにいるか、知らないんだよな?」 沈黙が流れる。 「知ってるわ」 俺が続けようとした言葉を遮るようにハルヒは言った。 「ここにいる理由、初めはわからなかったけど、もう見つけたの」 見つけた? 「あたしはキョンと一緒にいたい。理由は、それだけで十分」 ハルヒは真っ直ぐ前を見据えたままだ。 「お前はな、ハルヒに……」 「聞きたくない。……わかってた。涼宮ハルヒがあたしを作り出したってこと」 ハルヒの目に涙が浮かんでいるように見えた。 「でも、涼宮ハルヒはあなたに選択を委ねたんでしょ? それなら、あたしが必ずしも消えるなんて限らないじゃない! あなたは、あたしみたいな涼宮ハルヒを求めていたんじゃないの? 素直で、普通の女の子のような涼宮ハルヒを!」 涙をこぼしながらハルヒは俺に訴えるように言った。 やはり、俺が招いたことだということは認めざるを得なかったが、こう正面から言われてしまうと、 何も言えなくなってしまう。 俺は、俺にとってのハルヒは……。 「ハルヒ、俺は確かに暴力的でわがままで素直じゃないハルヒよりも、 お前のような素直で女の子らしいほうがいいと思っていた」 「それじゃあ!」 「でも、違うんだ。俺にとって大事だと思うハルヒは、ありのままのハルヒだ。 確かに暴力的だし人の話も聞かないし女の子らしくないわで良いところはどこだと聞かれたら 正直どう答えたらいいかわからないが、それでも俺はありのままのハルヒを選ぶ」 クローンのハルヒは俯いてしまう。 「俺には初めから選択肢なんてなかったんだ。選択する権利もないし、必要もない。 初めからそういうハルヒに俺は惹かれていたんだからな」 「……そっか」 ハルヒは立ち上がって数歩前に進むと、ゆっくりとこちらを振り向いた。 「あたしだったら、もっとキョンのことわかってあげられる自信あるよ。 SOS団だってもっと楽しくなる! あの三人とだってきっと上手くやっていける!」 「ハルヒ……」 「だから……」 ハルヒは笑顔を作っていたが、その頬を涙が伝っているのは暗い中でもわかった。 「あたし……消えたくないよ……キョンと……もっと楽しいことしたり、一緒にいたいよ……」 次の瞬間、ハルヒの体が淡く光ったかと思うと、その体がまるで透けるように薄くなり始めた。 「……キョン、最後のお願い……あたしのこと、抱きしめて」 「しかし……」 「大丈夫、後はもう消えていくだけ……だから、お願い」 俺は立ち上がると、ハルヒの背中に手を回した。 すでに感覚も薄れ始めていて、人に触っているという感覚とは少し違っていた。 「……暖かい」 「すまなかったな」 「今更謝らないでよ。あたし、短い間だったけど、キョンと一緒に過ごしたこと、絶対に忘れないから」 ハルヒの体はどんどんとその色を失っていく。 「また……いつか会えるよね?」 「ああ、会えるさ」 「そのときは、あたしも……」 消えかけていくハルヒは最後にこう言った。 「キョン。ありがとう」 翌日、肉体的にも精神的にも疲れていた俺は学校が休みに入ったことをいいことに布団から出ずに寝ていた。 気がつくと12時近くになっていたので飯でも食おうかと一階に降りていくと、 聞きなれた声がリビングのほうから聞こえてきた。 「あー、何よこれ! 結構難しいわね」 「ハルにゃんがんばれー!」 なぜかハルヒが妹とテレビゲームをしている。 「おい」 「あ、キョン君!」 「あんた、やっと起きたの? 春休みだからって気抜きすぎよ! たるんでるわ!」 いつもどおりのハルヒである。 「お前、体調はもういいのか?」 「あたしを誰だと思ってるの? SOS団の団長は風邪なんかでへこたれたりしないのよ!」 そうかい。で、 「何しに来たんだ?」 「遊びにきまってんじゃない! 後で古泉君もみくるちゃんも有希も来るわよ!」 まるで俺の家を私物化である。 「ったく、勝手に決めるなよな」 俺は苦笑いをして着替えをするために部屋へと戻った。 着替えの最中にドアが蹴り破られんばかりに開かれたかと思うと、ハルヒが立っていた。 「あ……」 上半身裸の俺を見てなぜかハルヒは赤面している。自分の着替えを男子に見せるのは平気なのに、 男の裸を見るのは恥ずかしいのか、偏った趣味だな。 「何が趣味よ。それより、昨日あんたが保健室に来てその後のこと、ほとんど覚えてないのよね。 気づいたらあんたいなくて、古泉君が車で送ってくれるって言って家で寝てたら急に元気になってきたのよ」 ほー、いい薬でも飲んだのか。 「薬なんかに頼るほどひ弱じゃないわ。それに、変な夢見たりしてあんまり良い気分じゃなかったわね」 そりゃ、あれだけのことがあって気分が良いなんて言えるほうがおかしいってもんだ。 そんな俺も昨日のことはかなりこたえた。 はっきりさせたって意味では解決したのかもしれんが、二度とはごめんだ。だから、 「ハルヒ」 「ん、何よ」 「俺は、お前みたいな奴と出会ってここまで無茶苦茶なことやってきたりしたが、 後悔なんかしていないし、本気でお前のことが気に入らないと思ったことはない」 「なに? どういう意味よ」 「俺は今のままのお前が好きなんだ。だから余計なこと考える必要はないと思うぞ」 ハルヒは先程よりも顔を真っ赤にさせたかと思うと完全にそっぽを向いてしまった。 「ば、馬鹿じゃないの? 何よいきなり……」 「まあ、そこに少し素直さがあればもっといいかもしれんが」 「す、素直って……」 ハルヒはそれから頭を抱えたり地団駄を踏んだりと今にも暴れそうになっていたが、 「時計……」 ん? 時計がどうしたんだ。 「時計……あげたでしょ。それで十分でしょ! それとも、あたしとあんたの間でそういう言葉が必要?」 ハルヒなりに譲歩した言葉だったのだろうけど、俺にとってそれは最もわかりやすい言葉だったし、 ハルヒの気持ちも伝わってきたからよしとしよう。 お前が言うな、とはさすがに言えないからな。 「いーや。確かに、言葉なんかいらんな」 「ふん」 そう、言葉なんて初めから必要なかったんだ。 俺とハルヒの間にはな。 しかしなんだ、そういう自信が持てなかったというのはお互い様だったと思うし、 もう一人のハルヒがその自信を俺たちに与えてくれたのかもしれない。 全くもって俺に平穏な日々を与えてくれないハルヒであるが、 それを含めて俺はできる限りこの団長様を支えていくつもりだ。 それが、あの消えてしまったハルヒに対する俺なりのけじめだと思うからさ。
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涼宮ハルヒの糖影 起 涼宮ハルヒの糖影 承 涼宮ハルヒの糖影 転 涼宮ハルヒの糖影 結
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少女達の放課後 A Jewel Snow (ハルヒVer) ダーク・サイド 繋ぎとめる想い 涼宮ハルヒの演技 涼宮ハルヒと生徒会 HOME…SWEET HOME 神様とサンタクロース Ibelieve... ゆずれない 『大ッキライ』の真意 あたしのものよっ!(微鬱・BadEnd注意) ハルヒが消失 キョウノムラ(微グロ・BadEnd注意) シスターパニック! 酔いどれクリスマス 【涼宮ハルヒの選択】 内なるハルヒの応援 赤い絲 束の間の休息(×ローゼンメイデン) ブレイクスルー倦怠期 涼宮ハルヒの相談 お悩みハルヒ 絡まった糸、繋がっている想い 恋は盲目(捉え方によっては微鬱End注意) 涼宮ハルヒの回想 小春日和 春の宴、幸せな日々 春の息吹 おうちへかえろう あなたのメイドさん Day of February ハルヒと長門の呼称 Drunk Angel ふたり バランス感覚 Swing,Swing,Sing a Song! クラス会 従順なハルヒ~君と僕の間~ B級ドラマ~涼宮ハルヒの別れ~ ハルヒがニート略してハルヒニート 涼宮ハルヒの本心 涼宮ハルヒのDEATH NOTE 思い込みと勘違い 束の間の休息・二日目 束の間の休息・三日目 涼宮ハルヒの追想 涼宮ハルヒの自覚 永遠を誓うまで 涼宮ハルヒの夢現 Love Memory 友達以上。恋人未満 恋人以上……? 涼宮ハルヒの補習 涼宮ハルヒの感染 雨がすべてを 涼宮ハルヒの天気予報 キョンに扇子を貰った日 涼宮ハルヒの幽霊 隠喩と悪夢と……(注意:微グロ) Close Ties(クロース・タイズ) の少し後で セカンド・キス DEAR. 涼宮ハルヒの独白 寝苦しさ 涼宮ハルヒの忘却 涼宮ハルヒの決心 ティアマト(ハルヒ×銀河英雄伝説) 式日アフターグロウ 微睡の試練 涼宮ハルヒの大騒動シリーズ young 神の末路(微グロ注意) 涼宮ハルヒの奇妙な憂鬱 夕日の落ちる場所 涼宮ハルヒの抹消 トラウマ演劇 涼宮ハルヒは夜しか泳げない ハルヒ「釈迦はイイ人だったから!」 (グロ ナンセンス) ハルヒとボカロオリジナル曲の歌詞をあわせてみた 涼宮ハルヒの共学目次 word of thanks 赤色エピローグ 夏の日より 朝比奈さんの妊娠 疑惑のファーストキス 機関の推測(微エロ注意) 涼宮ハルヒの切望―side H― 憂鬱な金曜日 それでもコイツは涼宮ハルヒなんだ
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まず、プロローグ的なものだ。 なんというか、前々回の話はどこ言ったのか? と、疑問に思ってる方もいるでしょうが、 それはまぁ、あれだ、えっとだな、そう、 宇宙人的、未来人的、超能力的、超監督的存在が、 倫理的観念から放送を打ち切った様なもんだ。鬱展開だったんだ! そう思っとけ。 決して手を抜いたわけじゃないぞ。 それも含めてネタだと思えばいいのさ。 そういや、最近ネタ系の話が多くなって来た気がするが、 ここいらで真面目系の展開にするか? それもいいかもしれないが、今までの展開は無視していいものかどうか、 悩むところだな、でも、まあ悩んでも仕方ない、なるようになれだ。 ま、それに文句を言われても俺にはあのセリフがあるからな。 ──知ったこっちゃねーや。 なぁんてな、と、そろそろ話を進めないといかんよな、 と、言うわけで──。 最終話『涼宮ハルヒの深淵』スタート 「──えーと、マジですか? 長門さん」 俺達は今、旧校舎の階段の踊り場にいる、 さっきまでいた鶴屋さんは朝比奈さんの整備の為に二年の教室に戻ったいった。 なので俺たちと言うのは長門と古泉と俺の三人だ。 この非常識な世界を元に戻すための方法を見出したとされる、 ミス万能宇宙人長門から、俺はその方法を訊いて思わず冒頭の言葉を吐いた。 さすがに信じがたいことだったからな。その内容はというと……。 「涼宮ハルヒがいる空間に入れるのはおそらくあなたのみ、 あなたが何度かその空間にアクセス出来た状況からみても断言できる、 その方法としては、あなたに危機的状況が訪れたときだと推測される」 ここまで言ったことについては俺も理解できた。 「それにより、涼宮ハルヒはあなたの状況を何かしらの方法で観察、 または探知していると推測し、 わたしはその検証を試みた、先ほどあなたに切りかかったのはその為、 そのとき、わたしはあなたの前腕部に軽い切り傷を作った」 思わず自分の左腕を見る、が、そのような跡はまったくないぞ、 「結果、その傷は数秒でなくなった、これにて検証終了、 あなたはおそらく不老不死と呼ばれる存在に改変されていると思われる」 なんだって、不老不死? 意味わかんねぇぞ、おい。 「あなたもなにかしら改変されていたようですね、 しかも不老不死、結構じゃありませんか、 人類が切望し、手に入れたがっていた存在になれたのですよ、 神に選ばれたあなたならではの能力じゃないですか、 まったく、うらやましい限りです」 あー、まぁこの際、俺も何かの改変をされてるのはいいとしよう、 だが古泉、おまえも有る意味不死的な存在じゃないのか? 「そう言われればそうですね、常人よりかは幾分頑丈な肉体になりました」 いつもの笑顔で軽く笑う古泉。 お前は何があってもその笑顔だな、正直感心するよ。 「そう、涼宮ハルヒにとって我々SOS団のメンバーは特別な存在といえる、 そのメンバーが怪我や病気になることを涼宮ハルヒは望まない、 そのため、あなたには不老不死、古泉一樹には吸血鬼、 朝比奈みくるは機械の体に改変した」 なるほど、一応理由がある訳か、ん? ちょっと待て、長門の雪女はどうなんだ? 雪女に不死的設定なんてあったっけ? とはいえ妖怪の一種だからいいのか。 おばけは死なない、病気もなんにもない。そんな単純でいいのだろうか。 俺としてはダジャレの線もすてがたいんだが、まあいいか。 「涼宮ハルヒがメンバーの健康状態を危惧するようになったのは、 去年の十二月十八日以降だと思われる。涼宮ハルヒ、古泉一樹、 朝比奈みくるには、わたしとあなたが体験したものとは、 まったく別の出来事を記憶しているのが原因。 その出来事は涼宮ハルヒにとって衝撃的で、今回の方法の重要なファクター」 長門がそこまで言ったところで古泉が、なるほど、 っと言って自分の手の平をぽんと叩いた。 なにがなるほどだ。 そして長門はゆっくりと俺のほうに向き直り、じっと顔を見つめながら、 「その出来事をここで再現し続ければ、 涼宮ハルヒを目覚めさせるきっかけが得られるはず」 ちょっと待て、いま再現し続けるって言いましたか。この野郎。 俺だってその時、何が起こったのかは古泉から訊いていたから知っている。 つまり長門が何を言おうとしてるのかというと、 俺を階段から転げ落として頭を強打させようとしているってことだ、 しかもそれをハルヒの目が覚めるまで何度も繰り返すんだと。なんつうこっちゃ。 そして冒頭のセリフ、マジですか? 長門さん。となるわけである。 それについて長門は一言、 「もちろん」 ほんとに一言だった。 じゃ、俺も一言。 おしまい 「ここで終わりにはさせる訳にはいかない、改変世界の回復を優先してほしい」 「ちょっと、勝手に終わらせないで下さい」 二人から同時に突っ込みを受けた。 俺だってさっさと元の世界に戻したいさ、だが、なんで俺だけ体を張って、 しかも文字通り階段落ちをしなければならないんだ。 いや、一回位ならやってもいいが、何度もやらなければならないのは、 さすがにちょっと、遠慮し……。 ここまで言ったところで不意に足が滑った、体勢を立て直すために右足を出すと、 そこは既に階段だった、 「うわっ!」 と、叫んで手すりを掴もうと反射的に手をのばす、うをっ冷てえ! 手すりが氷になってるし、よく見ると俺がさっきまで立っていた床も氷で覆われていた。 滑ったのはそのせいか。 体が宙を舞う不思議な感覚と背中やひじ、ひざに襲い掛かる衝撃を受けて、 俺は見事に階段落ちをきめた、もちろん、 最後に後頭部を強打すると言うところも忘れずに。 「すぐに起き上がってはだめ」 いてて、と後頭部をさすりながら自分の体に異常がないか確かめてると、 頭上から抑揚のない声が降ってきた。 「気を失った状態になった方がより望ましい」 「そうですね、あの時の再現をするならそこまで演技したほうがよさそうですね」 おいおい、そういうことは事前にちゃんと言っといてくれよ、 しかも不意打ちで足を滑らせるなんて反則だ。 それに再現もなにも俺にとっては初めてのことだ、あと、俺に演技を期待するな。 と、いうわけで第一回階段落ちは失敗に終わった。 俺が不死身の肉体に改変されてるのは本当のことのようだ、 打ち身や青アザくらい出来てもおかしくない転落っぷりだったのだが、 俺の体はまったくの無傷だったからだ。 とはいえ、痛みを感じない訳ではない、そのせいで恐怖心も芽生えてくる。 はっきり言って俺はこんなマゾな性癖を持ち合わせてなどいないからな。 世の中には苦痛が快感になって自分の体をわざと傷つける人間がいるらしいが、 そんなヤツの気持ちなんぞまったくわからん。 そんなヤツには朝倉を紹介してやるぞ。喜べ、今なら虎縞ビキニ姿だ。 仕方なく階段をのぼる俺、うう、足取りが重い。 古泉、ご愁傷様ですって顔でこっちを見るな、同情するなら金をく……って古い! 「心配は要らない、今のはリハーサル、次できめる」 はい、次本番いきまーす、っておい、リハーサルなんか必要ないだろ、 それに次できめるってなんだ? 何をきめるつもりだ、長門。 「別にわざわざ飛び込まなくてもいい、あなたが落ちる状況はわたしが演出する」 と長門は言った、俺は普通に階段を下りていけばいいらしい、 その方が自然だということだ。普通ねぇ……そう言われると意識して行動しにくいな。 で、テイク2。 今度は靴の裏と床が凍りつき、つんのめった感じで階段から落ちた、 ラストは前回同様、後頭部を強打して終わる、やっぱ痛ぇ。 ここで気絶したふりをすればいいんだな、と、思っていると、 「うわっ」っといって誰かがゴロゴロ落ちてきた。 何だ? と思って薄目を開けて見ると、古泉も落ちてきていた。 なにやってんだ、あいつは。 古泉はすぐ隣で俺同様、後頭部を強打して止まる。 これを見てひとつ解かったことがある、 体験するより見てる方が気分が悪いってことだ。 なるほど、次できめるって言った長門の気持ちが少し理解できた。 で、なんで古泉も階段落ちをしてるんだ? と思っていると、 長門も階段から落ちてきた。まじっすか? しかもすっごい不自然な落ち方だ。 直立不動で落ちてきてる──ありえねぇー。 とはいえ、長門も後頭部を強打するラストを迎えるのか、 そう思うとなんだか阻止したくなる、誰だって受け止めたくなるさ、そうだろ。 だが、俺の思惑の斜め上の行動を長門はした。やっぱ長門の思考は計り知れん。 そのまま後頭部から落ちてくるのかと思っていたらいきなりジャンプしたのだ、 ────な!? 虚をつかれる俺。 長門はそのまま空中のキャンバスにムーンサルトを、 きれいなハーフイン・ハーフアウトで描き、そして古泉の腹の上に着地した。 古泉は一瞬かえるの鳴き声のような呻き声をだす。 まるでダウン攻撃だな。などと、思っていると。 長門は「……パラシュート部隊」と、ぽつりと言った。 すまん、意味がわからん。 そして長門はひっそりと両眼を閉じ、崩れ落ちるように俺の上に倒れこんだ。 ……長門!? まてまて、こう言う場合、俺はどういうリアクションをとればいいんだ? はたから見れば押し倒されたようにも見えなくはない、 運悪く三人とも階段を転げ落ちた感じにも見える、 さっき俺が言っていた、階段落ちをしてきた長門を受け止めた様にも見えるな。 で、俺はやっぱり気絶しているふりを続けた方がいいのか? どうすりゃいいんだ監督さんよう、 誰かカット、OK、とか言ってこの演技を終わらしてくれ。 おい、そこっ、うらやましいとか言うな。 仕方なく、俺は小声で、 「どうすりゃいい? 俺はこのまま気絶したふりをしてていいのか」 と、長門に聞いてみた。 「……しばらく、このまま」 ある意味、果報者が聞くセリフかもしれないが、 今はそんなこと考えてられなかった、今の長門は雪女なんだからな、 はっきり言って、寄り添われてると寒い、凍え死にそうだ。 「大丈夫、今のあなたは死ぬことはない、 ザ・フジミとも呼べる存在」 THEを付けただけで、いきなり弱くなった気がするな……、 それよりだんだん感覚がなくなってきたんだが、俺、凍り始めてねえか? このままだと鉱物と生物の中間の生命体になりかねないぞ、 本格的にやばい、意識が遠のいてきた……。 長門、悪いが限界だ、どいてくれないか。 そう言って起き上がろうとした時、長門と目が合った。 いや、合ってしまったと言うべきか。 妖しげな雰囲気、白い肌、少し儚げな感じがする無表情。 胸の上という至近距離からまじまじと俺を見上げているその瞳に、 俺は魅せられてしまった。まずい、抵抗できん。 その瞬間、俺の思考が停止した──。 その後のことは断片的にしか覚えていない、 気が付いたら闇の中を落ちていた。 はっきりと思い出せない、なんかとんでもないことをしようとしてた気がする。 なんかこう……自分の意思とは無関係に腕が動いたような……。 ぐあ、考えたくねえ! それに最後は長門に腕をかまれた様な気もする。 長門に噛み付かれる様な事でもしでかしちまったのか? やっぱ考えたくない、だが、後で謝っておいたほうがいいのかもしれん。 闇の中で浮遊感とともにそんなことを考えながら俺は落ちていっていた。 急に辺りが明るくなり、気がつくと教室の中に俺は立っていた。 これで三度目だな、ここに来るのは。 俺はハルヒの寝ている窓際最後部の方に向く。 安らかな寝顔が見えた。ちっ、忌々しい。 俺は途中にある机や椅子を迂回せず、机の上を飛び石のようにして一直線で向かう、 以前のように足をつかまれて強制退場させられる訳にはいかないからな。 ──ハルヒ、起きろ。 やはりここでは声は出せないままか。だが言わせてもらうぞ。 ──お前にとってはとんでもなく愉快な夢かもしれないけどな。 ──俺にとっちゃ全然愉快でもなんでもねえ、 ──ま、中にはお前の夢の世界ででも楽しんでる人もいるが……。 ──それでも迷惑に思ってる奴がいるんだ、 ──だから早く起きろ、いつまでこんなところにいる気だ、 ──天岩戸じゃあるまいし、お前は天照大神か? ──こんなところで寝てたってちっとも愉快な出来事は見つけられないぞ。 ──SOS団のみんなで何かやってる方が楽しいんじゃなかったのか? ──それに……。 声にはならなかったが言いたい事のほとんどを言った時、自分の机まで来ていた。 そのままゆっくりと自分の机の上に座る。 ハルヒの穏やかな表情の寝顔を見て、ふと思う。 果たしてこの騒動は本当にハルヒの能力が原因なんだろうか。 誰だって寝不足になったり夢をみたりするだろう、 いくらハルヒでもそんなことぐらいで世界を改変させるのだろうか? だったらもっと頻繁にこんな騒動がおこってもおかしくないはずだ。 あえてハルヒに改変能力を使わせようとしてる黒幕がどこかにいるんじゃないのか。 なぁんてことを考えてたが、そんなこと考えるのは長門と古泉の役目だ。 柄にでもないことしちまった、さて俺の役目は決まってる、 そのためにここに来たんだからな、もう一度ハルヒの寝顔を見る。 人の気も知らないで気持ちよさそうに寝てやがる。やれやれ。 俺はやわらかそうなハルヒの頬に手を伸ばし、 ──それに……だ、お前のいない世界はやっぱ落ちつかねえし、つまんねえよ。 そう言って俺は少々強めにハルヒの頬をつまんでやった。 その後のことを少し話そう。まあ、エピローグ的なものだな。 結果、俺はハルヒを起こすことに成功し、無事にもとの世界に戻れた。 ハルヒが起きた瞬間、さっきまで誰もいなかった教室に生徒が現れたのだ。 みんな普通の姿だ、へんな改変はされていない。 それはいいのだが、程なくして担任の岡部が入ってきて、 朝のホームルームをはじめたのだ。なに? 朝? 俺の体感ではたしか夕方だったはずなんだが、 ということはもう一回今日をやり直せってことですかい、ハルヒさん。 もうすでに俺は色々あったんで休息をとりたいのだが、 帰っていいかなぁ、俺。て、やっぱそれは無理ですか、そうですか。 くそ、ハルヒの奴め、じゅうぶん睡眠をとれてやたら元気になってやがる。 忌々しい、お前にはセリフをやらん、てことで全部俺のモノローグだ。 さて、昼休みになって、俺はまたもや文芸部の部室に向かった、 チョット訊きたいこともあるし、それに、 なんだか知らないがココの主に謝らないといけない気がするからな。 部室に入ると予想どおり長門はいた、 いつもの席に座って本を読んでいる。本を読めるようになってよかったな。 とりあえず話し掛けてみた。 いつもなら本を読みながらでも返事くらいはしてくれるのだが、 なぜか今日は本を読むのを中断し、顔を上げ、 「…………」 無言で俺のほうを見る長門。 なんか念波を送っている感じがする、やっぱ怒ってらっしゃる? 「あーそのーなんだ、すまん、あんまり覚えてないんだが……」 いや、言い訳はよくないな。 「長門、すまなかった、なんかとんでもないことをしちまったみたいだな、俺、 このとおり謝るから機嫌を直してくれ、な」 そう言って頭を下げる俺。 これで許してもらえるだろうか、と顔をあげて見る。 いつもの無表情だが、気のせいか俺には困惑しているような、 または残念がっているような感じに見えた。 長門は二回ほど瞬きした後、目線を本に戻し、 「……それは勘違い、わたしは怒ってなどいない」 え!? 「だから謝る必要はない」 じ、じゃあ、あの最後に噛み付いたのはいったい? 長門はもう一度ゆっくりと俺の方に向き、 「それはあなたの体表面に、 涼宮ハルヒを強制的に覚醒させるプログラムを展開させるためにしたこと。 一度目の転落時、涼宮ハルヒにアクセスすることが出来た、 その時に、何者かの介入があったこと、 彼女が強制的に夢を見る状況に追い込まれていることが判明したため」 て、ことはやはり黒幕がいたってことか。 長門を怒らせてしまったのかとヒヤヒヤしていた俺は正直ホッとしていた。 無意識状態だったとはいえ、俺は、いや、俺の腕は長門をギュっと抱……。 あーっだめだ! 思い出しただけで自分の頭を壁に打ちつけたくなる。 あれは幻覚だ、忘れるんだ、俺──。 落ち着け、話を戻そう、確か黒幕がいたってことだったな。 「ひょっとして雪山山荘事件の野郎か?」 俺がまず思い立ったのはそれだった、たしか広域帯宇宙存在だっけ、 閉じ込められた吹雪の山荘から脱出した時と、 今回の騒動を終わらせた時の状況がよく似ていたからそう思ったんだが。 「おそらく、そう……前回より効果的なアプローチになっている」 連中も学習しているってことかよ、だったらもっとまともに挨拶に来い。 いや、だからと言って普通に宇宙人ですって挨拶に来られても困るわけなんだが。 まあ、長門の説明によるとやつらの仕業で間違いないようだ。 今後、似たようなことが起きない様に警戒と対策を施しておくそうだ。 あと長門は、今回の改変騒動は強制的に睡眠状態にされたハルヒが、 異常状態を俺たちに知らせる為の方法かもしれないと言っていたが、 真相はハルヒの心の奥にあり、そして俺にとってはもうどうでもいいことだ。 ただ、どちらかといえば陰鬱で殺伐とした世界じゃなく、 比較的、気楽で愉快な世界に改変されていたのが救いだと俺は思う。 そういや、生徒会長が言ってたな、ハルヒのことを頭のニギヤカな女だって、 まったくもってその通りだな。 それと、俺が着けていたトナカイの被り物だが、 あれがハルヒのいた空間とつながっていたそうだ。 あの騒ぎから数日間、時折長門は俺の顔を見つめてくるんだが、 やっぱ怒ってたのだろうか? いや、気のせいだな、すでに今はいつもの長門だしな。 そして今回の騒動、長門の親玉も色々と興味深く感じていたそうだ。 まさかとは思うが、次は長門の親玉主催の乱痴気騒ぎが起こるんじゃあるまいな。 明日学校に行ってまたもや変な改変世界になってたら、 今度は俺が天岩戸に閉じこもってやる、 アメノウズメ役はだれかほかの人にたのんでくれ、俺はもうこりごりだ。 おわり 挿絵1 長キョン あとがき、のようなもの。 俺、実はなま足萌えなんだ、いつだったか朝倉の太ももは、 そりゃもう反則なまでに魅力的だったぞ。 なぁんてことを考えて朝倉をSSに出演させるために考えはじめたのがこの話です。 でも朝倉の活躍はまったくありませんがね。 あと、ギャグ展開にしようと思ったのはバンブーブレードの一話を見て、 影響を受けたためです。ある意味自殺行為だったけど。 しかし、深淵の連載中、いろいろと名作も投下されてて自分の文才のなさに凹みまくりました。 ほんと小説になってねぇな俺のは、一話なんてキョンのモノローグ風プロットってかんじがする。 次回作はもう少しマシにしたいなぁなんて考えておりますが、 はてさてどうなることやら。 と、いうわけで次回はミステリーに挑戦する予定です。 おまけ ハルヒ「……ここでSS投下予告」 キョン「テンション低!、前回は俺がいなくなる話だったが、今回はなんだ?」 ハルヒ「今回の話、あたしの出番がほとんどないし、つまんなさそう」 キョン「真面目にやらんと予告コーナー長門に取られちまうぞ」 ハルヒ「わ、わかったわよ、真面目にやればいいんでしょ」 キョン「そうそう、で、タイトルは『涼宮ハルヒの……何て読むんだこれ、フカブチ?」 ハルヒ「深淵よシンエン、『涼宮ハルヒの深淵』わかった?」 長門 「……読んで」 キョン&ハルヒ「うおっ!」 恥ずかしながら、これは第一話投下時に使用した予告レスです、 深淵という文字の読み方が解らないって方がいたからここに載せておきますね。 次回予告 ハルヒ「ちょっとキョン!あたしのセリフ無くすなんていい度胸じゃない!?」 キョン「文句はあとで聞いてやるから落ち着いてくれ、今は予告をだな……」 ハルヒ「むうー、今回出番はほぼ無いし、ずっと寝てて退屈だったのよ! もう、 じゃあ、さっさと次の予告いくわよ! 次回はちゃんとあたしの出番あるみたいだし」 キョン「その調子でいこう、次回はミステリーだそうだ」 ハルヒ「タイトルは、『新・孤島症候群(仮)』ってことらしいけど、 よくあるタイトルよね」 キョン「被ってなきゃいいんだが……」 ハルヒ「ところで一つ訊きたい事があるんだけど」 キョン「なんだ?」 ハルヒ「真のますらおってなに?」
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涼宮ハルヒの陰謀 基礎データ 著:谷川流 口絵・イラスト・表紙:いとうのいぢ 口絵、本文デザイン:中デザイン事務所 初版発行年月日:平成17年(2005年)9月1日 本編422ページ 表紙絵:朝比奈みくる タイトル色:青色 初出:書き下ろし 初出順:第21話 裏表紙のあらすじ紹介 年末から気にしていた懸案イベントも無事こなし、残りわずかな高一生活をのんびりと楽しめるかと思いきや、ハルヒがやけにおとなしいのが気に入らない。こんなときには必ず何かが起こる予感のそのままに、俺の前に現れたのは8日後の未来から来たという朝比奈さんだった。しかも、事情を全く知らない彼女をこの時間に送り出したのは、なんと俺だというのだ。未来の俺よ、いったい何を企んでいるんだ!?大人気シリーズ怒涛の第7弾! 目次 プロローグ・・・Page5 第一章・・・Page58 第二章・・・Page112 第三章・・・Page162 第四章・・・Page224 第五章・・・Page265 第六章・・・Page319 第七章・・・Page265 エピローグ・・・Page401 あとがき・・・Page428 アニメ 全編未アニメ化。 漫画 ツガノガク版(雑誌の発表号などの詳しい情報はツガノ版漫画時系列で) コミックス第12巻に収録第53話『涼宮ハルヒの消失・エピローグ』(原作P7-原作P36、最初からキョンが作中時間の4年前より帰ってくるまで) コミックス第13巻に収録第62話『涼宮ハルヒの陰謀Ⅰ』(原作P38-原作P65)(消失の時空列の古泉の考察から2人の朝比奈さんが部室におり長門が入ってくるところまで) コミックス第14巻に収録第63話『涼宮ハルヒの陰謀Ⅱ』(原作P65-原作P107)(長門がみくるを連れ出すところから長門がキョンとみくるに晩ご飯かお茶がいいかと尋ねるシーンまで) 第64話『涼宮ハルヒの陰謀Ⅲ』(原作P107-原作P135)(長門が晩ご飯つくるところから指令に基づいてキョンたちが置いた缶を蹴って怪我をした男を介抱するシーンまで) 第65話『涼宮ハルヒの陰謀IV』(原作P135-原作P162)(キョンたちが置いた缶を蹴って怪我をした男を介抱するシーンから2回目の朝比奈さん(大)の指示書(石移動)を下駄箱で手に取るまで) 第66話『涼宮ハルヒの陰謀V』(原作P162-原作P207)(朝比奈さん(大)の指示書(石移動)を下駄箱で手に取って読んでいる時から宝探しのSOS団会議でキョンが古泉と鶴屋さんの関係に思考している場面まで) 第67話『涼宮ハルヒの陰謀VI』(原作P207-原作P254)(宝探しのSOS団会議でキョンが古泉と鶴屋さんの関係に思考している場面から古泉とキョンがハルヒの精神状態の考察をしている場面) コミックス第15巻に収録第68話『涼宮ハルヒの陰謀VII』(原作P254-原作P297)(山を下る場面から藤原の講釈を聞き終わる寸前まで) 第69話『涼宮ハルヒの陰謀VIII』(原作P297-原作P335)(藤原の講釈から朝比奈さん(みちる)が誘拐されるまで) 第70話『涼宮ハルヒの陰謀IX』(原作P335-原作P364)(朝比奈さん(みちる)が誘拐される場面から朝比奈さん(みちる)が帰るまで) 第71話『涼宮ハルヒの陰謀X』(原作P365-原作P399)(再度宝探しの約束をしてハルヒと喫茶店で別れる場面から、鶴屋さんに電話を掛けるシーンまで) 第72話『涼宮ハルヒの陰謀XI』(原作P399-原作P427)(鶴屋さんに電話を掛けるシーンから、最後まで) 登場キャラクター(原作のみ登場) キョン 涼宮ハルヒ 長門有希 朝比奈みくる 古泉一樹 鶴屋さん 朝比奈さん(大) 谷口 国木田 キョンの妹 森園生 新川 多丸圭一 多丸裕 シャミセン ハカセ君 藤原 橘京子 あらすじ 後に繋がる伏線・謎 対立組織の目的 刊行順 ←第6巻『涼宮ハルヒの動揺』↑第7巻『涼宮ハルヒの陰謀』↑第8巻『涼宮ハルヒの憤慨』→
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Ⅴ 「‥‥‥誰、ってどういう意味かしら」 「そのまんまの意味だ。お前は誰だ。本物のハルヒはどこやった?」 そのハルヒはこちらにニヤリと笑った口下だけが見えるよう少しだけ振り返り、またもハルヒとおんなじ声色で俺へと返事をした。 「なあに、キョン。本物のハルヒ、なんて意味ありげな言葉言って。まるであたしが偽物みたいじゃない」 その通りだよ偽ハルヒめ。 「だって忘れちゃったんだから仕方ないじゃない。それとも何、そんなに大事な思い出だったのかしら?」 白々しいことを。どういう過程でこいつが全くハルヒと同じ容姿と声と性格を得たかは不明だが、本当のハルヒではないということが確かになった。となると、こいつが閉鎖空間を発生させたということか。畜生、よりによってハルヒの姿になりやがって。 「じゃあ教えてよ。もしかしたら思い出すかもしれないわ。どうやってあたし達はここから出たんだっけ? キョン、言いなさい」 誰が言うか。 「じゃああたしが本物か偽物かは分からないわね」 ウフフ、と小悪魔みたいな笑い方をした後、また偽ハルヒは窓へと視線を向け直した。後ろ姿からでも俺には分かる。きっとこいつは今、笑っているに違いない。 もうバレているのに、まだハルヒの真似をするのか。じゃあいい、とっておきの質問をしてやるよ。 「3年前の七夕、お前は何をした」 「何、って‥‥‥そう、東中のグラウンドに絵を描いたわ」 「ほう、一人でか」 「あたし一人じゃないわよ。女の人を背負った北高のお兄さんも手伝ってくれたわ」 「そいつの名前は?」 「ジョンよ。ジョン・スミス」 妙なとこまで知ってやがるな。となれば‥‥‥。 「ね? あたしは涼宮ハルヒよ」 「いやまだだ。お前、グラウンドで北高生に絵を描かせたのは覚えてるんだよな」 「絵の模様までは覚えてないわよ」 「それは別にいい。だがそこまで覚えてるんだったら分かるよな? その絵の意味を」 「‥‥‥‥意味?」 ここで偽ハルヒの言葉がとうとう詰まった。しめた。 「ハルヒが描いた絵はとある宇宙語なんだよ。お前が本物のハルヒなら、その日本語訳を絶対に知ってるはずだぞ!!」 後半怒鳴るような声でそう問いただすと、さっきまで余裕で答えていた偽ハルヒからはわたしのわの字も出なかった。ざまあみろ。これでこいつが本物のハルヒではないことが完全に証明されたぜ。 「‥‥‥フフ、そうね。確かにあたしはその言葉の意味を知らないわ。どういう形なのかもね」 そこまで言って、ようやく偽ハルヒはこちらへと振り返った。 「でもね、キョン」 「それでも、あたしが本物のハルヒよ」 「いい加減にしろ。お前がハルヒじゃないとはもう分かりきってるんだよ」 そう言う俺の言葉にも段々覇気がなくなっていた。振り返った偽ハルヒは、朝倉の顔をしていた! なんてこともなく、誰がどう見ようと涼宮ハルヒだったのだ。今の表情は俺にとってはいやぁな計画を思いついたハルヒのそれだった。 「キョン、あんたにとって‘涼宮ハルヒ’って何かしら?」 「‥‥どういう意味だ」 「あんたの言う‘涼宮ハルヒ’は、この顔をしていること? それとも声かしら? 自分勝手な性格? 身長、体重、趣味が完全一致している人物を指すの?」 偽ハルヒはそこで一旦言葉を区切り、団長と書かれた三角錐の乗った机の引き出しから腕章を取り出して 「それかこの‘団長’の腕章を身につけてる人のことを言うのかしら?」 と口にしながら腕章を右腕にはめた。 「違う」 「どう違うのかしら」 「お前はハルヒじゃない! だからいくらハルヒの真似をしたところでハルヒじゃない!!」 「ウフ、いいわよ。あたしはハルヒじゃない。あんただけにはそう認めてもいいわ」 だが偽ハルヒは勝ち誇った顔を浮かべ 「だけど他の人にはどうかしら?」 「何‥‥?」 「谷口や国木田、担任の岡部や鶴屋さんの目にはいつもどおりの‘涼宮ハルヒ’が写っているんじゃない? あんたがそうだったようにね」 「‥‥‥‥」 確かに反論は出来ない。 「だとしたら俺がお前が涼宮ハルヒじゃないと言いふらしてやるよ」 「どうやってかしら。あんたと‘涼宮ハルヒ’‥‥‥あと宇宙人の有希しか知らない事実でなんとかしようっていうの。笑えるわよ、キョン。頭おかしいと疑われるのがオチよ」 長門を宇宙人だと知ってるのか? いや、そもそも長門に攻撃不許可にしたのがこの偽ハルヒだったんだから、何もおかしくはないか。しかしあの見た目がハルヒの口から「宇宙人の有希」なんて言葉が出てくると妙な気分になるぜ。 「どうして長門が宇宙人だと知ってる」 「有希だけじゃないわよ。みくるちゃんは未来人で、古泉君は超能力者でしょ」 まさかこいつが新たな異世界人なのか? と一瞬疑問がよぎったが、その考えはものの見事に粉砕された。 「何故知ってるのか? って顔をしてるわね。ウフ、キョンは忘れちゃったのかしら?」 俺が忘れてる? 「そうよ。だって、長門有希が宇宙人っていうのも、朝比奈みくるが未来人というのも、古泉一樹が超能力者であることも‥‥‥あんたが教えてくれたんじゃない」 なんだと。 「俺はお前なんかに教えたつもりは‥‥‥」 「5月29日、日曜日」 偽ハルヒは俺の顔を見ず天井見上げてそう声を上げ、団長席の回りをゆっくりとした足取りで歩み始めた。なんだなんだ。 「今日はSOS団の活動の日。みくるちゃんと有希と古泉君は用事があるみたいで、よりによってキョンと二人きりだったけど仕方ないから同行してあげた。喫茶店でキョンにどうやって奢らせようか考えていたら、あいつ、妙なことを話し始めたわ。有希が宇宙人でみくるちゃんが未来人、古泉君が超能力者なんて言い始めたの。一生懸命考えたジョークなんだろうけど、全然面白くなかったわ。選んできた人材が偶然みんな宇宙人未来人超能力者なわけないじゃない。全く、聞いてて呆れたわ」 床の上に落ちた壊れたパソコンの液晶画面をさらにバリバリと砕くように足を乗せて、ハルヒは机の回りを一周し終えた。また横目だけで俺の顔を伺う。 「それに、」 「もし有希が宇宙人で、みくるちゃんが未来人で、古泉君が超能力者なら、あんたは何なのよ」 「‥‥‥‥」 それは逆に俺が聞きたいぐらいだ。まさか俺が異世界人でした、とかないよな。 「‥‥‥キョンは、何なのかしら?」 「さあな」 だんだんと麻酔銃を向けている腕も疲れてきたが、まだ下ろすわけにはいかない。聞かなきゃいけないことがまだ山ほどあるからな。とりあえず一つずつ疑問を解消させよう。 「今のはハルヒの日記か」 「‥‥‥‥」 偽ハルヒは黙っていたが、間違いない。 黒魔術の練習か、小さい頃から親に強いられてきたのか、あるいは日々の出来事に不思議が紛れこんでいるかもしれないと思ったのかどうかは知らないが、ハルヒはこまめにも日記を書いているようだ。どうりで妙に深いところまで知っているわけだ。ジョン・スミスとかさ。だがさすがのハルヒも、運動上に描いた絵のイラストや例の閉鎖空間での出来事を書かなかった。そりゃそうだ。俺が日記をつけていたとしても、あの出来事だけは絶対に書かない。 しかし日記を自由自在に見れるということは、本物のハルヒと完全に入れ替わったということだ。となるとハルヒはどこへ? 「‥‥お前は一体何者なんだ。何故ハルヒの姿をしている?」 「あたしが‘涼宮ハルヒ’だからよ」 くそ、話が進まん。多少の強引さが必要か。 「いい加減にしろ。正直に全てを話せ。じゃないと撃つぞ」 人を脅したことのない俺が声にたっぷりと威厳をこめてそう言ったものの、何せ腕がプルプルして重心が定まらない上に、何故か人差し指に力が入らないせいで様になっていない。人に向けてエアーガンの類のものを撃ったことがないのも関係があるが、姿がハルヒということが何より大きいだろう。 「ウフフ、言葉が足りなかったかもね」 麻酔銃を五百円くらいで売っているおもちゃを見るような目でハルヒは見つめた。もうちょっと怖がれよ。 「あたしは‘涼宮ハルヒ’。でもただの‘涼宮ハルヒ’じゃないわ」 「‘涼宮ハルヒ’のみが持っている全宇宙の中で一つだけ存在する能力。それを自在に使えるのがあたしよ」 ハルヒがゆっくりと右手を上げ人差し指を立てた後、勢いよくそれを振りおろした。 一体何やって――――――ぬわっ!? ダイナマイト爆弾が爆発したような音を立て、校舎が破壊されるのと俺が体制を崩したのはほぼ同時だった。窓の外を見れば、神人が元コンピ研があった部室を上から下まで腕を振り下ろし二分割にしていた。散々だなコンピ研も。 「無様な格好してるわね、キョン」 俺を見下ろしながら一人笑う偽ハルヒの笑顔は、やはりハルヒの笑顔とシンクロ率400%だった。 なんとか立ち上がり、また麻酔銃を向ける。 「‥‥‥何をした」 「命令しただけよ」 命令? 「神人にか?」 「‥‥‥‥‥」 偽ハルヒはそれぐらいの答えは言わなくても分かるでしょう? と教師がよくするような笑みをした。窓の外では相変わらず古泉が頑張っているのがチラリと見える。 しかしどういうことだ。神人ってのは、いわばハルヒのストレスの塊なんだろ。それを自由自在に操るとは一体‥‥‥。 「‘涼宮ハルヒ’本人から生まれた存在」 パソコンが踏み潰されているのをお構いなしに偽ハルヒはこちらに向き直し、ニヤッとグレたハルヒのような笑い方をした。 「だからあたしは本物の‘涼宮ハルヒ’なのよ」 涼宮ハルヒから生まれた存在? 何ワケの分からな――――― ‥‥ 「‥‥‥‥‥!」 その時、俺の中の記憶が走馬灯のごとくフラッシュバックした。ハルヒが楽しそうにしおりを作っているところから俺が告白しようとした時までの期間がわずか二秒で頭を駆け巡る感覚。その中に、ハルヒが妙なことを言っていたことがあったはずだ。そう、あれはハルヒが睡眠不足で苦しみながらも寝ずに放課後まで過ごしたあの日だ。俺が朝登校し、珍しくも心配してやった後、あいつは何て言った? ハルヒは俺に何を伝えようとしていた? 『ねぇ‥‥‥キョン。‥‥前に、自分がいかにちっぽけな存在かを話したじゃない?人ってさ、自分の中にさらに他の自分がいるとしたら、人の数なんていうのは、本当はもっと多いのよね‥‥‥そのたくさんある中の1つがさ‥‥‥その人物の人柄と見なされて表に出てくるのよね‥‥‥。でも、せっかく出てこれたその1人も‥‥本当は世界と比べたらちっぽけな存在で‥‥‥』 ‥‥‥‥。 「お前、」 ハルヒは眉だけをクイッと器用上げ、俺の反応を伺った。表情は相変わらずのダークハルヒ。 「もう一つの、ハルヒの人格か」 そう言った途端だ。ハルヒは、いや偽ハルヒは、ようやくにしてニヒルな表情を取っ払い300ワットの笑みを浮かべた。SOS団を立ち上げた時のような、身体全身から表現する喜びの感覚。今、目の前にいる偽ハルヒは完全に本物のハルヒだった。 「その通りよ!」 ‥‥にしてもなんてこった。俺はてっきり、名も知らぬ異能力者が完璧にハルヒに化けたものばかりだと思っていたのに、そのハルヒ本人から生まれたとは。オリジナルでありながらも、オリジナルよりタチが悪いハルヒ。 だがそんなのは関係ない。今この世界を閉鎖空間で丸呑みしようとしているのがこいつには違いないのだから、なんとかして危機を回避しなければならん。それにいくらハルヒ自身とは言え俺にとってのフル迷惑なハルヒはあのハルヒ一人だけで、こっちは偽ハルヒに変わりない。 「あたし自身、最初は気づかなかったわ。どうしてここに生まれてきたのか。何のために存在するのか。後から分かったの。何のために、という意味は無かったけど、いつ生まれたかはね」 ‥‥‥そう。そうよ。あたしのハッピーバースデーは‘涼宮ハルヒ’が夕食を食べながらテレビを見ていたあの時間帯。自由どころか感覚も無かったけれど、意識だけはあった。そんな意識も最初の内はぼんやりにしか働いていなくて、あたしはただただ真っ暗な空間の中で‘涼宮ハルヒ’の声が反響するのを聞いているだけだった。 反響する声の中で一番多かったキーワードが「キョン」。でもこの言葉が出る度にあたし自身も口では表せない楽しさが浮きあがっていた気がするわ。結果論だけどね。 ほの暗い場所で、あたしはただただ膝を抱えて‘涼宮ハルヒ’の会話というラジオを聞くしかなかった。何もしないで一日中ぼけーっとしてるだけ。本当に意味のない存在だったわ。 「でも、ある日を境にあたし自身が変わってきた」 反響する声の中で、‘涼宮ハルヒ’がこう叫んだわ。 『SOS団主催、読者大会を開きます!』 まさにこの日の夜、あたしという存在は確立された。『人格と精神』という本に‘涼宮ハルヒ’が読み始め、あたしの意識が段々と強くなっていったのよ‥‥。 「ってことはなんだ。医学の本をハルヒが読み始めたのは、本当に偶然だったのか?」 「‘涼宮ハルヒ’は多重人格には興味を持っていたけど、特段医学関連の本を読もうとは思っていなかったようね。テレビ番組のような難しい内容を、キョンに読ましたら面白そうだなとは思っていたけどね」 ‘涼宮ハルヒ’自身はくじ引きでどの本に当たろうと良かった。偶然医学の本を引き、たまたま多重人格に関心があったから『人格と精神』を手にした。 ‘涼宮ハルヒ’が『人格と精神』を読めば読むほど、あたしには力が湧いてきた。暗闇から立ち上がって歩くことも出来たし、さらには‘涼宮ハルヒ’が寝ている時に限り身体を借りることが出来たの。その時思ったわ。 ああ、 「この本を読み続ければ、乗っ取ることが出来る」 ってね。 「‥‥‥ハルヒを睡眠不足に追い込んだのはお前か」 「さすがに本人もおかしいと思い始めたわ。起きれば机の前に座って本を読んでるんだし、疲れも全く取れてないんだから」 次第に本を読むのを止めようとした。さすがに不思議事が好きでも、これは不気味だったようね。 でもあたしはそうはさせなかった。ここまで来て、中途半端な意識だけを持って終わりたくはなかった。だから、無理に読ましたわ。キョンならもう分かるんじゃない? 「‥‥‥深層心理を利用したのか」 よく出来ました。あれだけ哲学の本を読んでれば、いくらキョンでも分かるわよね。 ‘涼宮ハルヒ’の意識が及ばないところであたしはひたすら本を読むように命令していた。拒否も出来ずもがきながら本を読む‘涼宮ハルヒ’を見て、さすがにあたしも罰が悪かったわ。でも仕方ないわよね? あたしが生まれた以上、あたしだって身体を動かしたいわよ。 そんなことを無理矢理させていた日の夜、口では言い表せない何かがあたしの中に流れこんできたわ。あたしは戸惑ったし、対処の仕方も分からなかったからなすがままにそれを蓄えたわ。後から分かったけど、これが‘涼宮ハルヒ’の持つ情報爆発能力だったのよね。ありったけのストレスで作られたパワーは、あたしをより確実なものへと成長させた‥‥‥。 「閉鎖空間が発生しなかったのはお前が内側で貯めてからか」 「そうよ」 寝てようが起きてようが本を読まされる。あたしにとって、‘涼宮ハルヒ’を乗っ取るのも時間の問題だったわけよ。 でも、思いもよらない行動を彼女はとったわ。 寝ずに読み始めたのよ。本を自らね。読破する気だったのかしら。読み終わればなんとかなるとでも思っていたのかも。 でもあたし自身、‘涼宮ハルヒ’がこれを読み終わった後どうなるか分からなかった。彼女の多重人格の興味は消えて、別の本に手をつけるかも。そしたらあたしの力はきっと消えていく。あともう少しで身体があたしのものになるのに。 「焦ったわよ。でも、あたしはギリギリ逃げ切った」 「‥‥‥‥‥」 「さすがの‘涼宮ハルヒ’も仲間の前で安心しちゃったのかしら。とうとう疲れに疲れを溜めて、寝たのよ。そしてそんな弱り切った‘涼宮ハルヒ’を多大なるストレスで力を得ていたあたしが乗っ取るのはいとも容易かった‥‥‥‥」 「‥‥‥つまり、お前は、」 ‥‥ハルヒの奴、一人でそんな悩みを抱えてたのか。古泉の野郎、一体何してんだ。いつも通りなわけないじゃないか。朝比奈さんも長門も、どうしてあのハルヒに異常があると察しなかったんだ。なんですぐに集まって対策を練らなかった。 ‥‥‥‥‥、分かってる。一番悪いのは古泉でも、、朝比奈さんでも、長門でもない。一番身近にいながら、様子がおかしいと思いながらも何も出来なかった無力な俺だ。俺の知らないところで皆手を尽くしていたのかもしれない。でも俺は何も出来なかった。しなかった。せいぜい声をかけたぐらいだ。過去の俺を殴り倒してやりたいぜ。最悪だ、本当に。 なんたって、 こいつは、 「俺たちの目の前でハルヒと入れ替わった、ってことか‥‥‥‥!!!」 肯定の返事はなかったが、顔見れば分かる。朝比奈さんが感じた時空震とやらはおそらくこいつが入れ替わった時起こったものだろう。そういやあの日は長門の様子もほんの少しだけ違ったし、何よりもハルヒの様子がおかしかった。あいつの機嫌が良くて俺に礼まで言ったのは、テンションが最高にハイってやつになっていたからか。ハルヒじゃなく、こいつの。 「あたしはいつも‘涼宮ハルヒ’の目と声を通していたからね‥‥誰にどう接して、どういう仕草を取ればいいかも分かっていたわ」 そうかい。完全に騙されてた。お前の演技も主演女優並だな 。 「ということは、今度はハルヒが内側にいるのか?」 「そのことなんだけどねー」 偽ハルヒは喋りすぎて肩でもこったのか、首をゆっくりと回した。右回り、左回りとした後に俺を見て、その後掃除箱の方へ見やる。 「あたし家に帰ったあと、思ったのよ。もしかしたら‘涼宮ハルヒ’が身体を取り返してくるかも、って」 「だから思ったわ。あたしだけの身体があればいいのに、って。そしたら‥‥‥」 偽ハルヒは高々と右手を上げ、指をパチンと鳴らした。一体何をしたのか。俺の左側にある掃除箱がガタンッと音を立てた。中のほうきが倒れたにしては音がでかすぎる。ビクッと身体を仰け反らすと、掃除箱のドアがひとりでに開き‥‥ 「‥‥‥‥‥ハ、」 見知った人物が重力に導かれるまま倒れこんできた。 「ハルヒ!!!」 何故掃除箱から、などという疑問をよそにハルヒは前のめりに床に激突しようとしていた。危ない! 麻酔銃を投げ捨てハルヒをギリギリで抱きかかえる。だが顔から打たなくて良かったと安堵する前に、俺はハルヒの軽さに驚いた。いくら女とはいえ軽すぎだろ。 急いでハルヒを仰向けにし、顔色を確かめる。思っていたほど頬がガリガリと言うわけではなく、少しだけ俺は安堵した。 「ハルヒ。おいハルヒ! 起きろ!」 「‥‥‥‥‥」 肌は健康色。だがその割には反応に生気を感じられない。冗談は止めろマジで。 「‥‥あたしがあたし自身の身体を手に入れた時、不意に分かったの」 「ああ、あたしには‘願望を実現させるチカラ’があるんだ‥‥ってね」 「それで結果ハルヒは二人になったわけか。まるで分身の術だな」 もちろん分身はお前の方だがな、という皮肉を言ってやろうと思ったが、偽ハルヒが手も触れずに俺の麻酔銃を手にした瞬間にそれは喉の奥へと引っ込んだ。強力なサイクロン掃除機を使ったみたいに手の平に吸い込まれやがった。唯一の武器が‥‥‥。 「あたしはこの能力が、一体どこまで出来るのか知りたくなったわ。で、思いついたワケ。キョン、分かるかしら?」 そんなもん俺が知るわけないだろ。 「じゃあ教えてあげるわね! あんたがあたしに告白してくるかどうかを試したのよ!」 ‥‥‥‥なっ‥、 「なんでだ‥‥?」 何故あえてそれにしたんだ。 「んー、なんでかしら。強いて言うならあんたに興味があったから」 俺に興味? 「だって、あんただけ何もないじゃない。宇宙人でも、未来人でも、超能力者でもないし、あたしみたいな万物の創造みたいな能力もない。だけどあんたはSOS団にいて、‘涼宮ハルヒ’と仲が良いわ。日記見てたら分かるもの。‘涼宮ハルヒ’があんたにどれだけ信頼を置いてるのかが」 映画の時にも古泉に言われたな。ハルヒは俺だけは絶対に味方だと信じてる、ってことを。 「だがそれと、お前に俺が告白するのになんの関係がある?」 「‘涼宮ハルヒ’が気に入ってたものは、あたしも欲しくなるに決まってるじゃない」 物扱いかよ。俺は非売品だぞ。 「自分から言うんじゃ、‘涼宮ハルヒ’らしくないからね。だからあんたから言うように、状況を作ったの!」 わざわざご苦労なこった。だから哲学書十冊も読ませようとしたのか。 「放課後あたしみたいな子と二人きり。あとはあたしが願ってさえいればすぐに告白してくるだろうと思ったの」 でもしなかった、と。 「そうよ。あんたがチキンだから告白をしてこなかったわ。まだまだムードが足りないからかしらとその時は思うことにしといたわ」 悪かったなチキンで。 「だから、あたしはあたしとキョンの間に噂が広がればいいのにと願ったの。そしたらキョンもその気になるかなってね」 ‥‥‥残念だったな、俺がチキンの上に超がつくような人間で。 「そうよ! それでもあんたはあたしに告白しなかった。さすがに少しは意識してたみたいだけど」 フフン、と得意気に笑う偽ハルヒの顔を見ていると、俺が抱えているハルヒが偽物であそこで立ってる偽ハルヒが本物に思えてくる。姿が似てるってのも厄介だな。 「あともう一押しって感じだった。だから、あたしは古泉君達に賭けたの」 「それは長門や朝比奈さんを含めてという意味か?」 「そうよ。あんたがあたしに告白せざるをえない状況をあの三人なら作れると思ったの」 『真相が違ったのです』 ‥‥‥‥。 なるほどね。 「だがお前の考えも当てが外れたな。朝比奈さんは途中で気づいたぞ。お前が能力を使えるようになったことをな」 「みくるちゃんがあんたに手紙を渡したのを見た時、まさかとは思ったわ」 見てたのかお前。 「あんたとみくるちゃんが話してた内容まで聞いたわ。みくるちゃんがそのことに気づいちゃうとは思わなかったけれど、それをキョンに話そうとまでするなんてね‥‥‥ひたすら祈ったわ。誰かが邪魔するようにって」 「誰かって、誰‥‥‥」 ‥‥! 谷口か。 「あたしが作り出した‘谷口’だけどね。あんたとみくるちゃんの会話を邪魔するためだけに生まれた」 ‥‥‥こいつの話で大体の真相が見えてきた。つまりこいつは色々なことに能力を使いまくってたというわけか。 見事に遮ることに成功した偽ハルヒは、これ以上邪魔が出ない内に強行手段に出た。それが今日の放課後だ。俺が偽ハルヒに告白までしそうになったことは全て偽ハルヒの計算通りであり、まんまと俺は餌に釣られて釣針を口に含んでしまった魚よろしく、事を進めてしまった。俺が偽ハルヒの肩を掴み、耳を真っ赤にしながら口を開いた瞬間、偽ハルヒを勝利を確信したのだろう。俺は見ず知らずの相手に愛を伝えてしまうところだった。そう、あと少し、ゼロコンマ2秒遅かったら。遅かったらって何が? それはわかるだろう? 「長門に感謝しなくちゃな‥‥‥」 今度集まりで奢る時は、食べきれないほどのパフェを奢ってやるよ。おかわり自由だ。 「本当に‥‥本当にあと少しだった。でもあの宇宙人が邪魔をした」 「長門はSOS団の影のトップなんだよ。途中でお前が別人だと気づいたんだろう」 これまで多くのことで長門に助けられてきた。それなのにあいつは、不平不満言わずにちゃーんと見守っていてくれていたんだ。夏休みの時なんざ、人間ならとっくに死んでてもおかしくないくらいの年月を過ごしてきたんだぜ。 「でもそんなあんたたちの唯一の頼りである有希には制限をかけておいたわ。あたしに害のある行動は行わないようにね。だからこの状況は、もうどうにもならないわよ!!!」 再び耳をつんざくような破壊音が鳴り響き、校舎が振動で震えた。無意識にもハルヒに覆い被さり守ろうとしたのは、男としての性ってやつか? 「ウフフ、キョン。ゲームオーバーよ」 そうニヤリと笑いながら口にし、こちらに歩み寄ってくる。来るなよ。 「あんたがどうやってあたしだけの世界に来たかは知らないけど、あんたにこうして全部話したのも、結果が決まってるからよ」 「一つ聞きたい。この空間はお前が意図的に起こしたものか?」 麻酔銃をこちらに向け、ニコニコという笑みに変えた後 「そうよ」 とだけ偽ハルヒが言った。そんなことまで出来るとはね。 「‘涼宮ハルヒ’の内側にいた頃、自分の中に流れ込んでくるパワーを爆発させてみたくなったのよ。そしたらこんな面白い空間が出来ていたなんてね。古泉君はその処理担当かしら? 日に日にやつれていくのを見てて、とっても面白かった」 姿形はハルヒでも、やはりお前は根本からハルヒと異なるな。カマドウマ以下だ。 「そんな口、聞いていいのかしら?」 「‥‥‥‥っ」 偽ハルヒは俺の眉間に麻酔銃を向け、引き金に指をかけていた。麻酔銃なのだから死ぬことはないだろうが、それでもやはり怖いという感情は隠せない。やばい、冷や汗出てきた。 「キョンなんて、何も出来ない無力な人間じゃない。どう? いっそのこと、あたしと同じような能力を持って一緒にここの空間で生きていく? 半分は上げるわよ」 まるで魔王みたいな取引をしてきやがった。なんだっけ。昔したゲームでは、確かここで『はい』の選択肢を選ぶとゲームオーバーになるんだっけか。 「もし、俺がうなずいたならどうする?」 虚を突かれた表情に一瞬変わったが、すぐに聖母マリアのような微笑みに戻し、 「あんたとなら、二人で生きていくのも悪くないわね」 とだけ言った。 お前、今もの凄く恥ずかしいセリフ吐いたんだぞ。そのこと分かってるのか。 しかし偽ハルヒは恥ずかしがる様子をちっとも見せず、相変わらず麻酔銃を向けたままだった。 「本当に、うなずいたら俺のことを助けてくれるんだな?」 「ちゃんと肯定したらの話よ?」 そうかい。助けてくれるんだな。 本物のハルヒを静かに床に寝かせた後、言ってやった。 「だが断る」 思いっきり偽ハルヒの右手を叩きつけ、麻酔銃を弾け飛ばした。偽ハルヒが不意を突かれている内に、西部劇のワンシーンのように掃除箱の側に落ちた麻酔銃をすぐに拾い上げる。俺が銃口を向ければ、はたかれた右手を見つめる偽ハルヒがそこにいた。なんだこれ。半端ない罪悪感がこみ上げてくる。 「‥‥‥‥悪いな」 本当にそう思ってるから言葉にした。 「だが、俺はまだ本当の世界に未練があるんだ」 「‥‥‥‥‥」 偽ハルヒはただただ右手だけを見ていた。俺が叩いたその手の甲は赤くなっている。 「‥‥‥‥お前に恨みはない。だが、ハルヒのためにもここで眠ってもらう」 俺が引き金を引こうとした時だ。偽ハルヒはボソボソと何か言った。 「‥‥‥‥‥‥」 「え、なん‥‥‥」 俺が言い終わらない内に偽ハルヒはこちらに飛び込み、あろうことか今度は俺の右手を思いっきり蹴飛ばした。よくそんなに足が上がるな、と感心する前に鋭い痛みが右手に走る。 「いっ‥‥‥!!」 たい、という前にまたもや高速で蹴りが腹に入れられる。言葉より先に嗚咽が出た。 「あぐぁっ!!!」 スレンダーな足のくせして破壊力満点の蹴りだ。サッカー選手だってもう少し躊躇するぞ。 俺は偽ハルヒにキックで吹っ飛ばされ、壁に背中を強打した。またその反動でひざを床につけてしまい、腹を抱えながら恐る恐る上を見上げれば、無情にも俺を見下ろす偽ハルヒがそこにはいた。視線の先が俺から、横たわっている本物ハルヒへと移る。 「そんなにこっちの‘ハルヒ’が大事かしら?」 いかん。矛先がハルヒの方に向いている。 おそらく注意をこちらに向けないと、この偽ハルヒはハルヒに攻撃するだろう。女の子を攻撃するなんて男のすることするじゃねえ! っ叫ぼうとしたが、困ったね、こいつ女だった。 というより論点はそこじゃない。こいつがハルヒに攻撃して、本物が起きちまったらどう説明しても後々とりつかない事態になることは明確だ。なんとかしなければ。 「‥‥ふ、はは。なんだよ今の蹴り。それがお前のマックスか?」 腹を猛烈に庇っている男の吐くセリフじゃないな。 「何よ、キョン。もっと蹴られたいのかしら? マゾ?」 でもこっちの偽ハルヒも単純で良かった。 俺はずりずりと壁伝いになんとか立ち上がり、一方で腹を押さえながらもう一方の片手は偽ハルヒへと差し出した。 「‘本物’のハルヒならこんなもんじゃないぞ。一度だけ思いっきり蹴られたことがあるが、あの時はホント、この世に医者がいなかったら死んでたかもしれん痛みだった。にしてお前の蹴りはどうだ。不慣れな格好で蹴ったにしては威力は高かったが、‘本物’なら同じ格好で俺をまた瀕死状態まで追い込むぞ。背丈姿形性格一致で黄色いカチューシャと腕章つければ‘本物’のハルヒになったつもりか? だとしたらお笑いだぜ」 もちろんデタラメだ。だがそこまで言ったところで、偽ハルヒが強烈な回し蹴りを繰り出して、俺はなんとか右手でガードした。相変わらず超ド級クラスの痛みが右手から体全体へと響き渡り、音だけ聞いていれば折れたかもしれんと思えるようなものだった。蹴りの達人かお前は。 「ぐぅっ!!」 「‥‥‥‥どうかしら?」 どうって何がだよ。気持ちいいです、って言えばいいのか? 悪いが言えない。マジで痛い。 だがやめてくださいとは言えん。俺が実はマゾで、本当は気持ちいいのを体験しているからではない。 「‥‥‥むちゃくちゃ痛いさ。でも所詮はそんなもん。痛い程度だ。入院までしない」 逆に蹴りで入院した奴を見てみたい気もするが。 「‥‥‥‘涼宮ハルヒ’はあんたに随分手荒だったようね。日記にも書いてないというのは反省の色も見られないわ。なんでそこまでして‘涼宮ハルヒ’を守るの?」 守る、か。嘘がバレてるなこりゃ。じゃなきゃこんな言葉出ねーよ。そりゃバレるだろう。うん。一応こいつも偽ハルヒだしな。 「‥‥‥お前の知らない世界での話さ。日記にも綴られていないとある空間の出来事で、俺はハルヒと共にそこを脱出した。その時気づいたのさ。出会って二ヶ月だったがな、人間いつどこでそんな感情が芽生えるか分からん。たまたま俺はそれが早かっただけさ」 ハルヒが起きてないことをひたすら祈る。 「その脱出以来、決めた。例えどんなことがあっても、それこそ重傷ものの蹴りを喰らっても、ハルヒと共にまたここに来た時には、絶対に二人で元の世界に戻るってな」 「‥‥‥‥‥」 神人の青光が強くなってきている。とうとう校舎全破壊する気か? だが、その前に。 「‥‥返せよ」 俺は精一杯怒気を効かせて、偽ハルヒに言ってやった。 「その腕章は、」 蹴りを喰らっていない左手を偽ハルヒへと差し出す。 「ハルヒのものだ」 偽ハルヒは右腕にはめてある腕章を見つめた後、不意にニヤッと笑った。 「まだ分からないの?」 顔に集中している間に右足に痛みが走る。ローキックがかまされていた。 痛みに耐えかねて俺は床へと倒れ、ひたすら歯を食いしばりながら右足に手をやった。そして偽ハルヒはゆっくりと上履きのつま先を俺の顎へとくっつけ、蹴ろうと思えば蹴れるのよと言ったような顔をした。 「あたしが本物の涼宮ハルヒよ」 顎にあった足を引き、まるで顎下にサッカーボールがあるかのように思いっきり蹴りを俺に喰らわせようとする。さすがにこれ受けたら脳震盪を起こすに違いない。北高初の蹴りで入院した高校生第一号になってしまう! 偽ハルヒの足が消えるような速さでこちらに向かってきた時、俺は現実逃避するがごとく目を閉じた。 痛みを覚悟した瞬間、また何かが壊れる音を聞いた。とうとう俺の顎が砕けたか? だがそんなことはなかった。物理的破壊の音は確かに聞こえたが、それでも俺に痛みはなかった。何がどうなってるのか。まぶたが暗闇しか写さないので、おそるおそる開けてみると‥‥‥‥ 「‥‥また邪魔するのね」 「‥‥‥‥‥」 いつぞやの光景がフラッシュバックする。あの時もそう。もう駄目だ、と思った時に突然俺の前に現れた。そして必死に守ってくれた。そんな彼女はSOS団の最後の切り札と言ってもいい。 長門は偽ハルヒのつま先を片手で受け止めていた。 「‥‥‥‥‥‥」 ふと隣を見れば壁に穴が開いている。隣のコンピ研の部屋から力ずくで入ってきたらしい。しかしよくここに渡ってこれたな。コンピ研の部屋はもう床も天井もないんだぜ。 「あんたはあたしに攻撃にできないはずよ」 「攻撃は許可が下りていない。しかし彼を守る許可は取り消されていない」 偽ハルヒの足の筋肉はどうなっているのか、ひとっ飛びし一瞬にして団長机前まで下がる。あいつ本当は朝倉の親戚かなんかじゃないのか。 「涼宮ハルヒを連れて遠くへ」 「いや、しかし、」 「大丈夫」 大丈夫、か。今日で二度目だなその言葉。 長門の登場と言葉に安堵する刹那、文芸部の天井が砕け散り、瓦礫が俺たちを襲った。 「あぶねっ!」 我が身を横たわっているハルヒの上に被せ、瓦礫による痛みを覚悟する。‥‥、二秒経過。痛くない。 「早く‥‥」 長門がバリアみたいなものを作り上げ、瓦礫から俺たちの身を守っていた。何から何まですまない。 「やるわね有希。じゃあこれはどうかしら」 「‥‥‥‥」 偽ハルヒがまた何かする気だ。これ以上俺たちがいれば長門に今以上の負担をかけることになる。ハルヒを抱き上げて俺はドアノブを握った。よもや映画以外でハルヒをお姫様だっこすることになるとはな‥‥‥。 「‥‥‥って、」 ガチャガチャとドアノブを捻りながら押したり引いたりを試みる。だがドアはまるで意志を持ったかのように開かない。どういうことだよ‥‥カギはかかってないぞ! 「‥‥‥‥!」 人間には聞き取れない速さの言葉で長門が何かを呟くのが聞こえた。嫌な予感しかしない。 「吹っ飛びなさい!」 長門の半球の形をしているバリアがなければ死んでいた。それぐらい強烈な死が空から降ってきたのだ。 荒々しい轟音を鳴り響かせコンピ研を完膚なきまでに粉砕した、見覚えのある拳が今まさに俺たちを叩きつけようとしていたのだ。障壁がなんとかそれを喰い止め、俺たち三人は事なきを得た。しかしバリアを通じて伝わる衝撃は並々ならぬもので、それは長門の膝がガクンと一段階下がるほどのものでもあった。 「早く‥‥‥‥」 無機質な声なんだが、俺にはわかる。かなり切迫詰まっている長門の声だ。神人のパンチは朝倉の比ではないらしい。 急がなければ。しかしドアは相変わらずボンドを隙間に流し込んだみたいには開かなかった。 舌打ちをしながら一度思い切り蹴ってみる。音だけは威勢がいいが、破れる気配が全くない。 神人は圧力をかけ続けており、またさらに長門の膝がガクンと下がった。それに順じてバリアも小さくなる。長門は何も言わなかったが、相当やばそうだ。なんとかここを突破しなければ長門がもたない。だがドアが以前として開く様子がゼロだ。 焦りだけが心内で広がっていく。 「くそ‥‥‥開けよ!!」 中段蹴りを何度も何度も喰らわせるが、それがどうしたと言わんばかりにドアは立ちふさがる。長門の膝がとうとう床についた。 「キョンったら、無様ね」 偽ハルヒの余裕綽々な声が聞こえた。今どんな格好しているかは分からないが、おそらく団長机の上に座って事の成り行きでもせせら笑いながら傍観しているんだろう。悪趣味め。 「‥‥‥‥‥っ」 まさか長門が来てからよりピンチになろうだなんて誰が思った? 誰も思いやしなかったさ。少なくとも俺は、長門がやられかけてるとこなんて信じられなかったからな。タイマンなら絶対に負けないだろう。だが俺たちを守りながらほとんどの技術が規制されれば話が別だ。条件は長門側がずっと悪くなる。 それでも長門は何とかしようとしている。俺は‥‥俺は、無力だ。‥‥‥ ‥‥ ‥‥‥嘆いている暇はない。ドアが無理なら一つだけ方法がある。バリアを抜け、長門がぶち破ってきた穴から出るのだ。出ても一階の床に落ちるだけだ。ちゃんと足からつけば死なないだろう。 覚悟を決め、ハルヒを抱えたままバリアの外へと飛び出そうとした。 バリアを抜けたまさにその時だ。意固地に開かなかったそのドアが爆発音と吹き飛ばされた。一体なんだと戸惑っている内に、小さな赤い球体が長門の首横を電光石火のスピードで通り偽ハルヒへと飛んでいく。偽ハルヒはそれを目を見張るような瞬発力で避け、床へと突っ伏した。やっぱり団長机に座ってたか。 「こっちです!」 グワシャーンと窓ガラスを盛大に粉々にする音が聞こえたが、それでも奴の声は聞こえた。ナイスタイミングだな。 バリアをくぐり抜けてドアへと走り寄る。案の定そこにはSOS団副団長こと、超能力者古泉がいた。 「朝比奈みくるから事情を聞きました。急いで逃げてください」 「朝比奈さんからだと?」 「詳しい話は彼女から。‥‥長門さん!」 古泉は長門そばまで詰め寄り、対神人に躍り出た。赤い球体を何個か神人の拳にぶつけ、ダメージを与える。宇宙人のバリアにはびくともしなかった神人の手は、まるで腫れ物に触ったかのように手を引っ込めていった。やっぱり古泉の能力は閉鎖空間内では強いんだな。 「キョン君、こっちです!」 ドアの向こう側に朝比奈さんが待機していた。俺は長門と古泉を後にして、ようやく廊下へと出た。 「ハルヒのことを?」 「はい。長門さんが、情報規制が一部緩和されたと言われて話を聞きました」 緩和ね‥‥。偽ハルヒが俺に正体を打ち明けたからか? 「キョン君、行きましょう」 ボロボロに崩れてきている校舎の中を、俺はハルヒを抱えて朝比奈さんの後についていった。 ハルヒがいくら軽いと言っても、お米十キログラム四個分くらいはあるだろう。おまけに体のあちこちが偽ハルヒのせいで痛む。そんなだから、俺は朝比奈さんの同じペースで逃げることが出来るというものだ。むしろ朝比奈さんより遅い。 だがハルヒを出来る限りあの偽ハルヒから遠ざけなければ。もはや朝倉同様、こちらを殺す気にかかってきているのだ。そんな奴のそばにハルヒを置いておけるか。 「キョン君、こっちです」 いたるところが崩れボロボロの校舎の中で朝比奈さんの柔らかいボイスは見事なまでに対になっていた。ちょこちょこと道を先回りして朝比奈さんはナビゲートをしてくれる。何を根拠に道を選んでいるのかは不明だが、とりあえず偽ハルヒからは離れているだろう。それでいい。 「ハルヒを安全な場所に置いた後、俺はもう一度あいつのところへ戻ります。朝比奈さんはハルヒと一緒に‥‥‥」 「ダメです! ケガがひどいんですから、無理をしちゃいけません」 無理というより無謀に近い。行ったところで何の役にも立たないだろう。というより邪魔だろうな。 だがもう一度だけあのハルヒの方に合わなきゃならない気がした。長門と古泉相手に、あの偽ハルヒが大人しく座談会開いて平和解決しようなんて言うとは思えないのだ。 どうにかこうにか、俺と朝比奈さんは東館の端っこまでやってこれた。とりあえず一安心だ。ここならば偽ハルヒも何も出来ない。 「では、朝比奈さん‥‥」 「‥‥‥‥‥」 朝比奈さんは目をショボショボさせてうつむいた。そんな顔されたら行きたくなくなる。ここらで一言 「必ず戻ってきます」 と言うのもいいんだが、なにやらそれが良くない方向へと事を運びそうなので控えておいた。 「無理しちゃ‥‥駄目ですからね」 俺は黙ってうなずき、身体に鞭打って部屋を出た。もう一頑張りしなきゃな。 ‥‥‥‥しかし部屋を出た直後、急遽朝比奈さんの下へ身を翻した。お別れのキスを忘れてたよ、とかそんな御伽噺チックじゃない。窓から差し込む光に、嫌と言うほど見覚えがあるからだ。 「あれ、キョン君‥‥‥?」 「部屋を出てください!!」 ハルヒの両脇を乱暴に掴み、ズルズルと引き摺るようにして部屋の外へと運ぶ。朝比奈さんも続いて部屋を出て、窓の外と俺の態度を見てようやく事態を理解したらしい。池に落とされる時の朝比奈さんでさえ、こんな青ざめた顔色してなかったぞ。色的な意味で。 グワシャッ、と3階と粉砕される音が耳に届いた。まずいまずいまずい。 朝比奈さんは 「きゃああああああ」 といかにもお化け屋敷を駆け巡る少女のような悲鳴を上げ走って行ったが、俺はハルヒを運ばなければならない。もう腕の上に任せる時間はない。悪いがこのまま引き摺るぞ。 一階の天井にとうとうヒビが行き渡り、そして瓦礫の山と共に神人の手の平が降ってきた。懸命に引き摺ったおかげか神人の手とは距離のある位置には俺たちは来ることが出来ていた。だが一度どこか崩れると、連鎖反応のように崩れてしまう天井の破片が俺たちを襲ってくる。ひたすらハルヒに当たらないことを祈りながら全力で逃げる。 なんとか逃げ切り瓦礫の山の一部とならずに済んだ俺は、ハルヒを抱え上げ次はどこに行こうかと思惑した。まさか神人がもう一体出てくるとはな。西館に逃げるのが良いのだが、しかしそれではあっちの方の神人に‥‥。 「キョン君っ!!」 先に行ってしまわれていた朝比奈さんが小走りでこちらで戻ってきていた。無事で良かった。 だが朝比奈さんの背後を見る限り、無事とはほど通そうな状況になっていることに俺は気づいてしまった。 なんと、瓦礫が崩れこちらにまで被害を及ぼそうとしているではないか。ハルヒを抱えて、ちょうど今俺のいる位置と朝比奈さんのいる位置の中間地点にある階段の方へ走り、朝比奈さんにもこちらへ来るよう呼びかけた。岩なだれのように降ってくる天井を見ながら早く早くと俺は心の中で朝比奈さんを急かした。遅いなりにも―――あれが朝比奈さんの全速なんだろう―――ギリギリのとこで角を曲がり切ることに成功し、三者ともなんとか今は無事だということが確認出来た。階段だってもうほとんど瓦礫に成り代わっていたおかげで足元が不安定極まりないのだが、ここにいればひとまず瓦礫に怯えなくても済むというのがありがたい。上を見上げれば見えるは夜空のムコウ。 「‥‥う、運動場に‥‥‥」 もうどこにいようと危険地帯だと思いますよ。 「そ‥ぅ、ですよね‥‥‥」 息は荒いし涙は出るしで、おそらく未来にいた頃よりもよっぽど恐ろしい体験をしているのだろう。周りを見れば神人だらけだしな。 「‥‥‥あのハルヒの方へ戻りましょう」 「でも‥‥‥」 その先の言葉が朝比奈さんの口からは出なかった。俺が同じ立場でも出ない。 こうなったらもう偽ハルヒを羽交い締めしてでも動きを拘束して、偽ハルヒから能力を取り返すしかない。二人より三人。三人より四人だ。 神人に気づかれないよう‥‥‥というよりあいつら目が無いのだが、俺たちの位置分かって攻撃しているのか‥‥‥? まあさておき、再び旧館に戻ることにした。長門と古泉の二人が相手ならば、いくら反則みたいな能力でも多少は苦戦を強いられるだろう。というよりやられておいてくれないと困る。 瓦礫の道はやはり進みにくく、俺はハルヒをおんぶに変更し先を行き始めたのだが、‥‥‥やめときゃ良かった。背負ってから後悔したものだ。集中出来ん。 神人はと言えば東館の校舎をミニチュアハウスをいじる三歳児のごとく乱暴に壊しており、しばらくはこちらに来る様子がない。それはいいことだ。俺たちは無事に旧館へと着いた。 長門達はおそらく二階にいるはずだ。だからハルヒは文芸部の部室真下の部屋に置いておこう。俺としても、これ以上背負っていると罪悪感が膨れ上がりそうだったしな。 「朝比奈さんはここにいてもらえますか?」 「‥‥‥はい」 不安そうな返事をした。ただでさえ落ち着かない心境なのに、ハルヒのことを守らなければならない立場となってしまったからな。俺としても本当は二人で行きたい。しかしハルヒをここに置いてきぼりとなると‥‥‥‥にしても、さっきまで耳をつんざくような音を体験したせいか、こちらがえらい静かに思える。荒々しい戦闘を繰り広げているのではないのか? 背中に冷たいものを感じた。これは何か始まる予兆にしか思えない。 俺は朝比奈さんに背を向け、開けっ放しにしておいたドアへと進んでいった。がすぐに足を止めた。 さっきは行く途中で取り止めとなったが、今度は行く前に取り止めとなった。何故かって? ご丁寧にもあちらから来てくれたからな。 ドアがひとりでに閉まったかと思えば、誰かが暗闇の中からこちらに歩いてくる。長門なら忍者のように音もなく歩くはずだし、古泉ならばまず声をかけてくるだろう。となれば一人しかいない。 「お前か」 背後の窓からまた盛大に青い閃光が広がり、そいつの姿を映し出した。やっぱりね。 「長門や古泉をどうした」 「さあ? 帰ったんじゃない?」 まるで放課後の会話みたいな口調で偽ハルヒは答えた。朝比奈さんは 「あわわわわわ」 と小声だが、驚いているようだった。偽ハルヒとしてこのハルヒを見るのは初めてのようだ。 「有希が言ってたわ。そっちの涼宮ハルヒがいれば、あたしから能力を奪ってこの閉鎖空間を消すことが出来るって」 「そうかい。そりゃ良かった」 でも偽ハルヒから能力を取って本物のハルヒにかえすなんてこと、長門以外出来ないぞ。そもそも長門もそんなこと出来るのかどうか知らないんだが、今は信じるしかない。でもハルヒの能力を一時的にしろ場所移動が出来るということは、長門ならその力を応用して自分の思い通りに世界を造り変え‥‥‥何を馬鹿なこと言ってんだ。長門がそんなことするわけないだろ。 ともかく、長門達が来るまで時間稼ぎをしなければ。神人をそばで待機させているだけなのを見ると、すぐに攻撃をしてくるなんてのはなさそうだ。 ハルヒとその傍に寄り添っている朝比奈さんを庇うように、一歩前に進み出る。ということは偽ハルヒに少し近づいたことになるのだが、そのハルヒにはこっちのハルヒみたいに服に汚れやほこりが被さっているなんてことはなく、本当に長門と古泉を相手にしていたのか疑問せざるをえないほどいつも通りのハルヒの格好だった。髪に手を絡め、なびかせるように手を払う。ああ、ハルヒもよくそんな仕草してたな。 「‥‥‥あんた達に希望はないわよ」 そして第一声にこれだ。そんなのまだ分からないだろ。 「分かるわよ。あと数分もすれば、完全に世界は入れ替わる。こっちが本物になってあっちが偽物になるのよ。そしたら神人はこちらから消え、あちらの世界で破壊し尽くすからよ。古泉君も能力を失うし、有希もあたしを見守ることになるわ」 「どうしてこっちの世界にこだわる。お前は本当の世界を壊して、それで何になるっていうんだ。これ以上思い通りになる世界が欲しいっていうのかよ」 「‥‥‥‥」 買ってもらったばかりのおもちゃを壊されてしまったかのような顔をした後、偽ハルヒはボソッと、朝比奈さんまでには届かない声量で何かを言った。 「‥‥本物がいいの」 「‥‥‥‥」 そんな切なげに言われたら、どう返せばいいんだ。というよりもお前、自分で「本物」を連呼してたじゃねーか。 「あたしは本物だったわ。あんたに正体がばれる前まではね」 「‥‥‥俺が否定したからか?」 「そうよ」 そうなのかよ。 「だからあたしは本物となる。現実と閉鎖空間が入れ替われば、あたしが確実な本物となるはずよ。‘涼宮ハルヒ’はあたしとなって、’涼宮ハルヒ`が涼宮ハルヒとなるの」 「ワケ分からないこと言うな。ハルヒはハルヒでお前はお前だ。違うか?」 「違うわ。キョンは何も分かってないわよ」 さっぱり理解出来ない俺をよそに、朝比奈さんの方は 「涼宮さん‥‥」 とポツリと呟いていた。何が何だか‥‥‥。 「どっちにしろ、もう時間がない。お前にはハルヒに能力を返してもらうぞ」 「‥‥‥フン。キョンに何が出来るって言うのよ。有希がいなくちゃ何も出来ないじゃない。頼りきりのあんたがあたしに勝てるの?」 ‥‥‥‥。 「ほら、反論出来ないでしょ? 大人しくあたし側についたら?」 偽ハルヒの言うとおり、俺は反論出来なかった。長門がいなければ朝倉にナイフでメッタ刺しに殺されていただろう。古泉がいなければ閉鎖空間なんぞ知らないで焦りまくった挙げ句神人に踏み潰されてたかもしれん。朝比奈さんがいなければ、ハルヒの能力が目覚めるきっかけとなったあの時代までワープすることも出来ず、今居るSOS団の面子とも顔を合わせることすらなかったに違いない。三者三様、俺に協力をしてくれていたのだ。長門のおかげで面白い小説が読める。古泉のおかげで心置きなくゲームに勝つことが出来る。朝比奈さんのおかげでお茶の旨さを知った。 他の皆が俺を支援している理由なんて探せば山ほどある。どの一部がかけても俺は一人で道を進めないだろう。破天荒な団長にツッコミが出来ないというもんだ。 お前の言うとおり、俺はたいした能力を持たない無力な弱っちい人間だよ。 ‥‥‥でも俺は無敵だ。 窓ガラスが割れる音がして、二人分の着地音が聞こえた。朝比奈さんは「ひっ」と驚いたようだが、俺は振り向かずとも誰かは分かっていたから特段びびることもなかった。ゲームが弱い超能力者と万能宇宙人以外誰がいる? 「解析に時間がかかった」 長門の無機質な声が淡々とそう告げた。振り向いてやると二人とも埃まみれだ。切り傷や刺し傷がなさそうで良かったぜ。 「何が無敵よ」 偽ハルヒが嘲笑交えてそう言った。 「結局誰かの頼りになるんじゃない」 「そうだよ」 おくびれもせず開きなおる。俺もタチが悪くなったもんだ。 「俺には残念だが、宇宙人と互角に渡り合うほどの力はない。巨人と戦うダビデのような勇気も、タイムトラベル出来るほどの知恵もない。だがどうだ。そんな何も持たない俺の周りに、そんなすげー奴らが集まってるんだぜ。一人いりゃ充分なくらいなのに、三人揃っているんだぞ? そんな皆に支えられて、そして何よりも、」 一呼吸おき、目を閉じて寝そべっているハルヒの方を見る。 「ハルヒまでいるんだ。これが無敵とは言えずにいられるか?」 言えないだろう? 「‥‥‥なによ、皆そっちの涼宮ハルヒばかり気にして‥‥‥」 頼んでおいた仕事に失敗した部下を怒鳴りつける前のような上司ばりの不愉快さを露わにして、偽ハルヒは叫んだ。 「一体そっちの何がいいのよ!」 「有希、あんたにとって観察対象は涼宮ハルヒではなく、進化の可能性を秘めている能力を持った者じゃないの? 古泉君。神と崇める対象は一般の女子高生ではなく、世界を創造する能力を持ったものでしょ? みくるちゃん。時空のズレを発生させたそもそもの原因は、涼宮ハルヒの持つ情報爆発の能力じゃないの?」 三人とも押し黙り、何も答えれずにいた。宇宙人の派や機関、未来人の組織の中には、こっちの涼宮ハルヒを観察対象とするよう言っている奴もいるかもしれない。 「そっちのハルヒは忘れて、あたしの世界に来なさいよ。何もかも望み通りにしてあげる。有希が望むなら人間に、古泉君が望むなら超能力を消してもいいわ。みくるちゃんも、この時代に留まらせてあげる。だからあたしの世界に来なさい」 ‥‥三人は相変わらず沈黙をし、ただただ偽ハルヒを見つめていた。そりゃそうだ。あっち側に行く奴がいたら殴ってたところだ。 「何でよ‥‥‥」 歯車が歪み、思い通りに動かないおもちゃにイラつく子供のように叫んだ。 「どうしてなのよ!」 崩れ散る校舎でさえ響く偽ハルヒの声。外にいる神人も段々と透明になり始めてきていた。 ‥‥‥どうして、か。 そりゃな、お前。勘違いしてるぜ。 長門も古泉も朝比奈さんも、宇宙人、超能力者、未来人であってのSOS団じゃない。SOS団内の宇宙人、超能力者、未来人なんだ。そこの順序が大事なんだよ。 「そっちのハルヒにはもう何も残ってないじゃない‥‥‥」 偽ハルヒの目は、少しだけだが潤んでいた。 「どうしてあんた達は、そのハルヒを守るのよ!?」 ‥‥‥‥‥‥、いつだってそうだ。 ハルヒが何か思いつけば、誰もがそれに従ってしまう。古泉はただニコニコと笑ってるだけだし、長門は本を読んで我関せずだ。朝比奈さんはオロオロして、賛成が二で棄権が二だ。ここで誰が何と言おうとハルヒの催しは通ってしまい、いらぬ苦労を俺たちが抱え込んでしまう。そんな未来が待っているのを分かっていながらも、このまま好き勝手させては今後ハルヒはもっとトンでもないことをしでかすかもしれない危険性があるので、一応反論しておくのだ。そう、主に俺が。 今もそうだ。偽物とはいえハルヒはハルヒ。そんなハルヒの言葉に反応出来るのは、この三人ではないのだ。だから、言ってやった。 「団長を守るのに、理由がいるか?」 ハルヒ。目を開けて、周りをよく見てみな。 お前があんなに会いたがっていた宇宙人と未来人、超能力者がお前のために集まってきてくれたぜ。どうしてか分かるか? みんなお前のことが好きだからだよ。 「‥‥‥ふ、フフフ‥‥‥キョンったら‥‥」 偽ハルヒは人を小馬鹿にするような笑い、そして天井を見上げた。真上はSOS団の部屋だ。 「あんた達がどうしてもそっちのハルヒにつくって言うのなら、もう構わないわ。でも世界が入れ変わるまで一分弱‥‥‥今更何しても無駄よ」 な、残り一分弱だと。もうそんだけしかないのかよ!? 偽ハルヒがこちらに背を向け、教室から出ていこうとする。逃すものか。 だが俺が追いかけようとした瞬間に、真上の天井が亀裂が入った。まさか、と思う寸前で誰かに襟首を捕まれ引っ張られた。尻からこけ、 「いってーな!」 と思わず条件反射で文句を言ってしまったが、崩れさる天井の騒音でその声はかき消された。襟首を引っぱったのは長門か。じゃあ理不尽な文句が聞こえてるなこりゃ。Ⅴ 安全だと思われていたSOS団の床はとうとう抜け、俺たちと偽ハルヒの間に瓦礫の山を作ってしまった。上では神人が完全に校舎を破壊しており、その瓦礫の破片も容赦なく降り注いでくる。どうすんだおい。 「古泉!」 古泉の赤い球に期待するしかない。あれで急いでこの瓦礫の山をぶっ飛ばし道を作らないと、時間が! 「ダメです‥‥!」 右手を見てみれば、ピンポン球のよあな小さな赤い球しか浮いていない。もっとでかいの作れないのか。 「能力が‥‥失われつつあります。こちらが現実に変わろうとしているんです!」 そんな‥‥じゃあマジでヤバいじゃないか。どうすんだよ!? そんな非力な三人をよそに、長門は瓦礫にかけより、なんと瓦礫の破片を一つずつどかし始めた。まるでマシュマロでも掴んでるように素早く脇へと捨てていくが、しかしいくら長門とはいえこのスピードでは遅すぎる。もう30秒もないはずだ。その間にここをくぐり抜けて偽ハルヒを捕まえ、能力をハルヒに返すなんて無茶だ。不可能としか言いようがない。 「‥‥‥‥‥‥」 ‥‥‥何、諦めてんだ俺。 ザクザクとモグラのように瓦礫の山を掘り進んでいく長門を見て、そう思った。俺たちが守らなきゃならない世界を、どうして俺たちがこうも簡単に諦めて、代わりに宇宙人が頑張って守ろうとしているんだ。本当に頑張らなきゃならないのは俺たちの方じゃないか。 ‥‥‥諦めるものか。まだ、時間がある。もしないとしても、そう、時間を作ればいいのだ。 「朝比奈さん!!」 ハルヒのそばで涙目でオロオロしている朝比奈さんのもとへ駆け寄った。長門が時間内に掘り進めることを今は信じるしかない。 「五分前です!!」 「え、あ、ちょっと待っ‥‥」 待てない。時間がないんだ。 朝比奈さんの右手首をギュッと握った。まずい。窓から見える神人の姿が消えようとしている。 「朝比奈さん!!」 「申請がと、通りました。キョン君、目を閉じてくださ――――」 言われる前に目を閉じた。そしてすぐさまジェットコースターに乗ったかのような重力無視の感覚が四方八方から襲う。耐えろ、俺。耐えるんだ。 ‥‥‥キョンなら分かってくれると思ってた。有希や古泉くん、みくるちゃんが分かってくれなくてもキョンだけは分かってくれると思っていた。何故? これは私自身が‘涼宮ハルヒ’だから? それとも、私は私という、‘涼宮ハルヒ’に見目姿似ただけの別個体だからかしら? 分からない。‥‥分からない。 分かるのはもう彼らにはなすすべがなく、あたしは創造し終わった世界をどうしていくかを考えなければならないということだけ。やることは膨大にあるわ。とりあえずはコンビニね。コンビニ創ってご飯買って腹ごしらえしないと。そしてそのあとに校舎の創り直し。こんな校舎じゃ皆びっくりするわ。あ、あっちの世界にいるみんなをこっちに創らなきゃ。そして違和感ないようにいつも通りの日常を過ごしていた記憶を創りあげないと。そして、そして‥‥‥‥。 ‥‥‥‥‥‥、 考えれば考えるほど空しくなってきた。あたしは何がしたかったの。どうしてあたしは生まれたの。あたしは‥‥私は‥‥‥ この世界で何を望むの‥‥? ‥‥‥何発式なのかは分からない。だが撃つチャンスは一度しかない。時間的にも、相手がハルヒということも含めてだ。だから俺は、教室の扉を偽ハルヒが閉めた瞬間、すぐさま目の前に踊り出た。 「っ‥‥‥キ、キョン!?」 『ためらわずに』 カチッと、引き金を引いた音がした。銃弾が出たわけでも、針が出たわけでもなかった。本当に出たかどうかさえも分からない。だが目の前のハルヒの様子を見る限り何かは当たったようだ。 「‥‥‥っ!」 おでこを抑え、扉にもたれかかり、どんどん力が抜けていくかのように膝が床についた。ガクリと左手の手のひらを床につき、苦しそうに俺を見上げた。ズキンと胸が痛くなる。 偽ハルヒは‥‥‥ハルヒは、泣いていた。 「‥‥‥悪いな、ハルヒ」 朝比奈さんは急いでもう一人のハルヒの方に近づき、うなだれるハルヒを揺さぶっていた。死にそうな目に合わされた相手だと言うのに、朝比奈さんは一緒に泣いていた。ハルヒはわずかに頬に涙が流れる程度だったが、朝比奈さんはわんわんと泣いている。ハルヒのこんな表情見てしまったら、もし一人だったなら俺だって朝比奈さんのように泣いていたかもしれない。目頭が熱い。 「‥‥‥やっと、」 最後の力を振り絞ったかのような声だった。ハルヒのまぶたはもう閉じようとされている。‥‥まるで、‥‥永遠の眠りにつくかのように。 「‥‥‥ハルヒって、呼んでくれた‥‥」 ‥‥‥物理的な力を失い、廊下に完全にハルヒは倒れた。麻酔銃の効果だ。眠ったらしい。 眠っただけなのだ。何も死んだわけじゃない。死んだんじゃないんだ。 ‥‥‥なのに。 こんなにも涙が出るのはなんでなんだ。 ハルヒと呼んでやっただけで、どうしてそんなに満足そうな顔出来るんだ。お前は‥‥これから、いなくなってしまうのに。 ハルヒ、どうしてお前は‥‥‥‥‥‥。 バンッと誰かが教室のドアを押し倒してくる。とっさにハルヒを引きずり、下敷きになるのだけは免れさせた。誰だ一体‥‥‥と、そんなことするのは、今この状況には一人しかいないか。 長門だ。 「涼宮ハルヒに能力を返す時間はない。したがって一度私が世界を改変する」 「ま、待て長門。急にそんなこ‥‥」 そんな俺の言葉を全く聞きもせず長門はハルヒに手をかざした。能力なんてそう簡単に取ったり取られたりするもんなのか? 俺がハルヒの持つ能力とやらをどういう形をしているのか確認しようとした途端、朝比奈さんの切迫詰まった声が聞こえた。 「強力な時空震がきます。キョン君、目を閉じて!」 ほんの少しだけでいい。あのハルヒが保持していたものが見たい。 だが長門の手の周りがぼんやりとした瞬間、とてもじゃないが目を開けてはいられなかった。頭がグラリグラリと重力を完全に無視し引っ張られ、鋭い痛みがあちこちに走る。気持ち悪くなってきた。頭を両手で押さえ、今自分がどんな体制でどこにいるのかさえも見当もつかないまま俺はひたすら歯を食いしばった。 まずい‥‥‥ 意識が‥‥ ‥‥‥‥。 『‥‥‥キョン』 →涼宮ハルヒの分身 エピローグへ