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就職難民 黙って俺についてこい! 新製品の情報が漏れているという衝撃の事実を聞いてから一週間後、私はレッスンを重ね少しずつポーズも自分でも取れるようになってきた。背筋を常に意識してぐっと伸ばしているので、鏡に映る自分もいつもより張りがあるというか、堂々として見える。 他社との合同の新作発表会はどんどん近付いてきている。何とか形にしなくちゃ。ううん、何とか形になっている以上の存在にならなくちゃ! そう意気込みながら今日もレッスンを重ねた。ああもう、小さい頃にバレエでも習ってれば良かったな――なんて今さら後悔しても遅いけど……。 なんて事を考えている内に本日のレッスンは終了。 写真部に戻ると市来さんも外から丁度戻ってきた所だった。 「お疲れ様です!」 「おう、そっちもお疲れ」 市来さんは労いの言葉をかけると、私の方へと向き直る。 「来週の新作発表会だけどな、お前と俺で参加することになってるからな」 「私が、ですか?」 「まぁな、メインモデルなんだし当然だろ? 他の部からも何人か行くが、お前は俺と組めって社長命令だ。勉強にもなるし社長なりに考えてくれたんだろう」 「なるほど……」 「それとドレスコードがあるから、格好には気をつけろよ」 「え? ド、ドレスですか?」 「おう、なんかあるだろ?」 どうやったら一般庶民の女の子が22年の人生でドレスを着ることがあるのよ! ピアノの発表会くらいしか思いつかないわ! なんて思っていたのが顔に出たのか、市来さんはやれやれといった表情で肩をすくめた。 「なにもゴージャスなドレスを着ろって言ってる訳じゃい、小綺麗な格好してれば十分だ」 「その小綺麗な服を持ってないんですけど」 「……そうか」 なんだろう、市来さんが絶句した気がする。 そりゃ市来さんが普段触れあう様な本物のモデルさん達なら当たり前のように何着も――そりゃもう有り余るほど持っているのかもしれないけど、私はただの女子大生なんだから、しょーがないじゃない! 「この後何か予定はあるか?」 「え? ありませんけど……」 ある訳がない。最近は帰ってからもレッスンの復習に勤しんでるだけだもの。 「もう少しで俺の方の仕事が終わるから、それまで待ってろ。終わったら一緒に服見に行くぞ」 ん? え? 何? 一瞬市来さんの言っている言葉が理解出来なかった。 一緒に服を見てくれるの? どうして? 服くらい自分でも買いに行けるんですけど……。 なんていう考えがまた表情に出てたらしい。市来さんはやや呆れ気味に口を開く。 「ドレスコードがどの程度のもんか分かってない人間に服なんか選ばせられないだろう? 新作発表会に美成堂の人間として行くって事は会社の代表でもあるんだぞ? 会社に恥かかせてどうする」 なるほど……。私が勝手に選ぶような服じゃ恥ですか……。そうですか、そうですよね……。ううっ、反論は出来ない。 「とにかくもうちょっと待ってろ」 「はい」 それ以上返す言葉もない私は、黙って市来さんの作業が終わるのを待っていた。 次へ → act.23(市来) お帰りの際は、窓を閉じてくださいv お話はこちらに戻る
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就職難民 黙って俺についてこい! 「ほう……」 スタジオに戻ると社長が私を見て目を細めた。う、また何か言われるのかな……。 「よし、市来。頼む」 「分かりました。じゃ、葉月。あそこに立って」 「あ、はい!」 社長に何か言われると身を固くしていたけど、予想に反して何も言われる事はなく、そのまま私は白いバックスクリーンの前へと立つ。 「じゃよろしく」 「はいっ!」 市来さんが私に向けてカメラを向ける。けど、モデルなんてした事無いし、どうしたらいいのか。 「ちょっと片手上げてみて、こう」 市来さんに言われるがままポーズを撮っていく。社長の方をちらりと見ると、にこりともせずにこっちを凝視。うぅ……、緊張する。 「そう言えばお前って、もしここで就職決まらなかったらどうするんだ?」 市来さんがそんな事を突然聞いてくる。 「どうって……」 お掃除する人になるんですっ! って言おうとして若干悲しくなってきた。 「決まらなかったら俺と結婚でもするか?」 「えぇ!?」 ななななな、いきなりこの人はなにををををををを!? 「……冗談だ」 「あっ、当り前です!」 「お、怒った顔。なかなか新鮮だなー」 「からかってるんですか!」 私が抗議を続ける間もフラッシュが止む事はない。 「いや、からかってない。本気だ」 「え?」 そう言う市来さんの声はいつもよりさらに低くて、囁くような大きさだったから、思わず聞き返してしまう。うそ、うそ、だって……。何だか急に恥ずかしくなってきた。いや、でも、だって。 「お、いいね! その表情!」 パシャパシャパシャ! と連続でシャッターが切られる。 「嘘ばっかり言わないでください! もうっ!」 「ははは、嘘と分かる嘘なんざ罪にならねぇだろ?」 「そう言う問題じゃりありません!」 そんな会話をしている間も、市来さんはシャッターを切り続けている。私の動きに合わせるかのように、自分がポジションを変えて色々撮ってくれている。さっきまで緊張で固まっていた私も、いつの間にか自然に笑えるようになっていた。 次へ → act.18(市来) お帰りの際は、窓を閉じてくださいv お話はこちらに戻る
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就職難民 黙って俺についてこい! 各社の発表は次々と進み、大音響で音楽が流れ、ステージ中央にはスポットライトが当たっている。ステージ袖からモデルさん達が次から次へと出て、会場から拍手と歓声が沸き起こる。私の出番ももうすぐだ。 さっきまで怖くて緊張しっぱなしだったのに、今は不思議と気持ちが落ち着いている。市来さんの言葉が私の背中を押してくれている。 『次は美成堂です』 アナウンスとともに曲調が変わる。私の出番だ。 さんざん練習したウォーキングで、私はステージへと躍り出た。 わああああ! という歓声とすさまじいフラッシュの嵐。思わず身が引きそうになったその時、瞼に浮かんだのはカメラを構えた市来さんの真剣な表情だった。そうよ、これは全部市来さんのフラッシュ。フラッシュの先に居るのは市来さん。 そう思ったら自然に笑みが零れてきた。ステージに立ってはいるけど、私は今、市来さんと一緒なんだ! 『美成堂の今季の最大のテーマは自然です。このリップグロスをつければ、誰でも幸せな気分に。その微笑みで誰もが物語のヒロインになれるのです!』 わああああ! 歓声が再び耳に届く。私はモデルさんでもないし、社会人ですらない。でも今、この時この瞬間、最高の幸せを感じている。あの日、社長に出会えて良かった! 市来さんと過ごせて本当に良かった! 幸福感に満ち満ちながら、そんな事を思っているとあっという間に出番は終わり、気付けば私は控室に戻っていた。 ……終わった。 安堵感からか自然に涙が零れた。もう泣いてもいいよね。だって出番は終わったんだもの。 「ちょっと水那!」 遠慮なく涙をずびずばーっと流していると、咎めるような声が背中に刺さった。 「カ、カレン?」 振り向くとそこにはバッチリメイクで気合いの入ったカレンがいた。 「水那、あんたメイクが……」 「うん、だけどもう出番は終わったから。ほっとしたし、色々あって」 「終わってないわよ」 「へ?」 「終わってないわよ、出番〜〜! 美成堂が最優秀賞とったのよ! だからもう一度舞台に立たなきゃ!」 「え〜〜〜〜!?」 嘘うそウソ!? 完全に気を抜いてて、結構な時間泣いちゃってた気がする。鏡に視線を向ければ、そこにあるのはひどい顔。パンダなんて可愛いものじゃない。ビジュアル系バンドみたいに、目から黒い縦ラインが流れている……。 「水那、こっち向いて!」 「は、はいっ!」 慌てた様子でカレンが私のメイクの修復にかかる。 はー、もう! 私ってどうしてこうなのーー!? なんて焦りつつも、心は高揚している。 「ね、カレン。美成堂が一番ってことだよね?」 「そうよ、皆の思いが報われたの」 良かった。白波瀬さんの事とか、何も出来ないくせにプロジェクトに関わった事とか、色々あったけど、私、最後の最後で迷惑かけずに済んだみたい。 「よし、完璧! さー、行っておいで!」 「うん! カレン有難う!」 カレンをギュッと抱きしめた後、私は再びステージへと走り出した。 次へ → act.31(市来) お帰りの際は、窓を閉じてくださいv お話はこちらに戻る
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就職難民 黙って俺についてこい! 「はあ〜。楽しかった! 白波瀬さんって物腰が柔らかいせいかすごく話してて気持ちが穏やかになるなあ。私の話も真剣に聞いてくれるし」 家に帰ってベッドに横になった私は、先ほど白波瀬さんと一緒に過ごした時間を振り返っていた。集中する仕事の後にリラックスして食事が出来たから、明日も頑張ろうって気持ちになる。 ゴロリと反対に寝転がると、ふいに市来さんの呆れた顔が脳裏に浮かんだ。頑張ろうって言っても、市来さんの役には全然立ってないよなぁ。そもそも仕事自体が……。 なんて、ダメダメ! マイナスの事を考えてもしょうがない! 市来さんは忙しい人だから、私の事に意識を傾けてくれるわけないんだから……。でも、白波瀬さんがあんな風にきちんと私の話を聞いてくれると、自然と比較してしまう。ダメなのは私自身なのに……。嫌なやつだな、私って。 落ち込んでもしょうがない! とにかくやれるだけの事はやらなくちゃ! お話を共有できる白波瀬さという存在にも恵まれたんだし。 うん、今日は早めに寝よう! 明日もクマ作って出社はさすがに笑えないもの。 よーし、精進あるのみ! 次へ → act.11(市来) お帰りの際は、窓を閉じてくださいv お話はこちらに戻る
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就職難民 黙って俺についてこい! 「はあ〜。楽しかった! 白波瀬さんって物腰が柔らかいせいかすごく話してて気持ちが穏やかになるなあ。私の話も真剣に聞いてくれるし」 家に帰ってベッドに横になった私は、先ほど白波瀬さんと一緒に過ごした時間を振り返っていた。集中する仕事の後にリラックスして食事が出来たから、明日も頑張ろうって気持ちになる。 ゴロリと反対に寝転がると、ふいに市来さんの呆れた顔が脳裏に浮かんだ。頑張ろうって言っても、市来さんの役には全然立ってないよなぁ。そもそも仕事自体が……。 なんて、ダメダメ! マイナスの事を考えてもしょうがない! 市来さんは忙しい人だから、私の事に意識を傾けてくれるわけないんだから……。でも、白波瀬さんがあんな風にきちんと私の話を聞いてくれると、自然と比較してしまう。ダメなのは私自身なのに……。嫌なやつだな、私って。 落ち込んでもしょうがない! とにかくやれるだけの事はやらなくちゃ! お話を共有できる白波瀬さという存在にも恵まれたんだし。 うん、今日は早めに寝よう! 明日もクマ作って出社はさすがに笑えないもの。 よーし、精進あるのみ! 次へ → act.15(市来) お帰りの際は、窓を閉じてくださいv お話はこちらに戻る
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就職難民 黙って俺についてこい! モデルとして起用されてしまってから、さらに数日が経過したある日、社長からの緊急召集で私たちは再び会議室に集合していた。 前回と同じような顔ぶれで開かれた会議だけど、今回は何故だか空気がとても重たい……。 「今日は、社長から大事なお話しがあります」 司会役の男性社員の額には、あきらかに冷や汗と分かる汗。それをしきりに拭う動作に、私は背中に力が入った。 大事なお話って、何だろう? 「皆、心して聞いてくれ。―――我が社が心血を注いで作り上げて来た今回の新作グロスだが、どうやら情報が秀麗にもれているらしい」 「ええっ!?」 驚いたのはその場にいた全員。あっという間に動揺が部屋中に広がる。 私はびっくりしすぎて一瞬息が止まったほどだ。慌てて隣の市来さんを見る。 さすがの市来さんも驚いているらしく、いつも眠たそうな目が少しだけ大きく見開かれている。だけど私の視線に気づくと、黙って小さく頷いてくれた。その姿に少しだけ安心感を得て、動揺を何とか抑え込む。 「どこから情報が漏れたかは調査中だが、これでまた新製品の質をさらに高める必要が生じた。今よりも商品の値段を上げるわけにはいかないし、別の商品を作る時間もない。開発部にはもっと厳しい仕事をしてもらわなくてはいけないが、各部署で出来る限りのコスト削減を徹底して欲しい。お客のニーズに答えてこその美成堂だ。新作発表会には各化粧品会社が雁首揃えて出席する、その中で美成堂の商品が一番だと言わせる商品作りをしろ。あまり時間がない事を肝に銘じ、すぐに仕事に取りかかってくれ。以上だ」 社長の声はいつにも増して厳しかった。全員が一斉に立ち上がり、小走りに会議室を出て行く人、数人で集まって早口で話し始める人、様々だ。 大変な事が起こってしまった。ライバルには情報が漏れていて、しかも美成堂のモデルは素人の私なのだ。 「あのっ、やっぱり……モデルは私じゃない方が……」 思い切って市来さんにそう言ってみる。今からならまだモデルさん探しも間に合うだろうし、それに――。 「社長の話、聞いて無かったのか? コスト削減。どこにお前より安いモデルがいるんだ?」 「でででででも!」 「それにお前を起用したのは秀麗にもう二度と出し抜かれない為でもあるんだ。この調子じゃ秀麗はお前がモデルっていう事も知ってるだろう。きっと素人を起用した美成堂を笑っているだろうな」 「う……」 思わず顔が引きつる。だったら尚更……! 「だが撮るのは俺だ。安心しろ、お前を撮るのは市来凱だぞ? 俺がどんなモデルよりお前を魅力的にしてやる」 「えっ……」 「あくまで写真の中だけだがな、実物は無理だぞ。誤魔化しようがない」 「わ、分かってますよ!」 俯きかけた顔をあげて抗議をすると、市来さんは豪快に笑った。 「ははは! 元気が出てきたみたいだな。悩んだってどうにもならんのなら、笑ってた方がマシだろ?」 「う……はい」 いつものように飄々とした様子で扉へと向かう市来さんの背中を追いかける形で、私も会議室を後にした。 次へ → act.21(市来) お帰りの際は、窓を閉じてくださいv お話はこちらに戻る
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就職難民 黙って俺についてこい! 「葉月さん、すみませんね。悪気はなかったんですよ」 「で、でも……」 「いや本当に感謝しているんです。あなたのおかげでとても良い商品が完成しました。美成堂を出しぬけるような、ね」 視界がぐらぐらと揺れる。どうしよう、涙が溢れそうだ。こんな、こんな事って。私が美成堂の皆の努力を踏みつぶしていたの? 私が、私が…… 「泣くな、葉月。化粧が崩れる」 滲む世界で言葉を失っていると、頭上から市来さんの落ち着いた声が聞こえた。そうだ、泣くわけにはいかない。私はまだステージに立たなくちゃいけないんだから。 「大丈夫ですか、葉月さん。そんな状態で舞台に立てますか?」 白波瀬さんは相変わらずの温和な態度でそう言うと、にっこりと微笑んだ。そうか、このタイミングで現れたのも全部、全部計算なんだ。 私ってなんてバカなんだろう。とことん自分が情けなくて、悔しくて――――。 「白波瀬社長、俺のモデルにこれ以上ちょっかい出さないで貰えます?」 悔しくて握った拳が震える私の肩を、市来さんがそっと抱き寄せた。 「君のモデル? 美成堂のモデルでしょう?」 「いえ俺の専属なんですよ、こいつ」 「へぇ、市来君が素人を専属にねぇ。これは面白い物が見れたな」 「ステージではもっと面白い物をご覧に入れますよ。契約違反なんて事を平気でするようなモデルより、素人のこいつがずっと上のパフォーマンスを見せる所をね」 「それは楽しみだ」 そう言うと白波瀬さんは私達の前から去って行った。 って、って、ってゆうか! 「なななな、なんて事を言うんですか!」 市来さんと二人だけになると、言われた意味が急速に脳みそを支配して、慌てて私は抗議した。 だけど市来さんはちっとも悪びれる様子もなく、いつも通り飄々としている。 「お前だって悔しいだろ?」 「悔しい、ですけど、でも……」 でも私なんかが、勝てるわけない。 そう言いそうになった私の肩を強く握る大きな手。いつの間にか肩を抱かれている事が気にならなくなってる。これが自然な事であるみたいに。 「お前は俺のモデルだ。分かるか? 俺がお前を選んだんだ」 真っ直ぐに見詰められ、思わず私は息を飲んだ。 「お前なら出来る。この市来凱が選んだ女だ。出来ない訳がない。お前は誰よりも可愛い」 「……こういう場合って、誰よりも美しいとか綺麗とかじゃないんですか?」 「それはまだちょっとお前には早いだろ」 そう言って笑った市来さんを見たら、私もなんだか笑みがこぼれてきた。さっきまであんなに悔しくて悲しかったのに。あんなにも怯え慄いていたのに。 好きな人の言葉って本当に不思議―― それだけで、どこまでも行けるような気分になる。 「私、行ってきます!」 「おう、しっかり見てるからな」 「はい!」 市来さんに見送られ、私はステージ袖へと向かった。 次へ → act.30(市来) お帰りの際は、窓を閉じてくださいv お話はこちらに戻る
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就職難民 黙って俺についてこい! 卒業後――― 私は晴れて美成堂の社員となった。私が希望した部署は教育部。カレンの元で私もメイクの勉強をして、誰かを笑顔にしたいと思ったらだ。いつもカレンが私にしてくれていたように。 街では私が微笑んでいる新作グロスのポスターが、あちらこちらで見られる。でも私がその前を通っても、誰もポスターの人物と同じ人間だとは気付かない。それもそのはず。だってあれは私が市来さんに撮ってもらった奇跡の一枚だもの。 その表情は私が市来さんへの思いに気付いた、あの時のものだ。 市来さんは相変わらず忙しそうに駆け回っている。私はもう写真部じゃないから、自然に会う時間は少なくなった。 でも―――― 感傷に耽っていると携帯が鳴った。液晶に表示された名前を目にすると、思わず笑みが零れた。その表情は少しだけポスターの私に似ている。 弾む気持ちで通話ボタンを押す。 「お疲れ様です」 『お疲れ。今日仕事が早く上がりそうだ。今晩空いてるか?』 「もちろん!」 私は市来さんと新しい関係を築きはじめている。 次へ → act.33(市来) お帰りの際は、窓を閉じてくださいv お話はこちらに戻る
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就職難民 黙って俺についてこい! 「うむ……」 撮影したばかりの写真を見て社長は考え込むかのような表情をしながら、顎に手を当てていた。 「市来、どう思う?」 「問題ないかと。いや、むしろ……」 「ああ、俺もいいんじゃないかと思ってな」 社長と市来さんはかれこれもう十数分ほど何やら話し合いをしている。私はというと少し離れた場所に置かれた椅子にちょこんと座って待機中。一体何を言われる事やら……。 「よし、おい葉月」 「はい!」 お呼びが掛かり慌てて社長の元へと駆けていく。 「なんでしょうか?」 「今度の新製品のモデル、正式にお前を使う」 「えぇ!? え? え?」 ななな、何を言ってるの!? 冗談? そうよ、冗談だよね? さっきの市来さんみたいな冗談なんだよね!? 「これは正式な通達であり、依頼だ」 「えええええええ!?!? ほ、本気ですかっ!?」 「何度も同じ事を言わせるな、鬱陶しい」 社長はそう言って眉間に皺を寄せる。いやいやいや……! 「社長、俺から説明しときます」 「そうか、じゃあ市来あとは頼んだ。俺は次があるからな、川島行くぞ」 市来さんの肩に手を置くと、社長は川島さんを連れてスタジオを出ていった。後に残された私は開いた口がふさがらない。だってだって……。 「これ、見てみろ」 ぽかぁんとしたままの私に市来さんが一枚の写真を差し出した。そこに映っているのは紛れもなく私。でもその表情は自然に微笑んでいて、なんだか幸せを感じるようなそんな一枚だった。 「今度のグロスのテーマは自然との調和、そしてキャッチコピーは‘誰でもお姫様〜幸せはあなたの傍に〜’だったよな。鏡を見る度に自然と幸せになれるグロス、そんな商品だ。葉月は素人だ。誰もお前の事を知らない。しかしその知らない人間がポスターになり、こんな表情を振りまけたらどうだ? 客は『私も可愛くなれるかも!』って思うんじゃないか? 断然プロのモデルより親しみが湧くだろ?」 「で、でも! 美成堂の新製品なんですよ!?」 「だからこそ、だ。美成堂なら夢を叶えてくれると、そう思わせられる事が大切なんだ。安心しろ、お前は可愛い。勿論モデルみたいにという意味じゃない。あくまで一般人として、だ」 分かってます、じゅーーーっぶんに分かってます! 「だがそのどこにでもいそうな女の子っていうのは、結構クセもんでな、案外ヒットしたりするんだよ。昔からな」 「は、はぁ……」 「それともう一つ。秀麗が今回のような嫌がらせを今後もしないとは限らない。今回は仮撮の段階だったから、今からでもモデルを探そうと思えば出来る。だが本番にまたぶつけてきたらどうする? その可能性がないわけじゃない。その点お前なら安心だ。まさかお前が秀麗に行く事はないだろ?」 「当たり前です!」 「秀麗もお前を大金使ってまで引っ張る事はしないだろうしな」 「あ、当り前です……」 何だか話が大きくなってきてしまった。って私が!? もうもうもう! 全然気持ちの整理がつかないよーーー!! 「とにかくそう言う事だ。じゃ、写真部に戻るぞ」 「は、はいっ……」 なんだかもう全然納得は出来てないし、混乱してるけど……、でもっ! そうだよね、私なら秀麗にモデルさんを取られる事はないもんね。ああ、でもでもどうしよう! 今から超緊張してるんですけどーーーーっ!! 次へ → act.19(市来) お帰りの際は、窓を閉じてくださいv お話はこちらに戻る
https://w.atwiki.jp/streetpoint/pages/904.html
就職難民 黙って俺についてこい! 「なんだと!?」 撮影スタジオ内に社長の驚きの声が響き渡った。 今日は新製品のポスターの仮撮りがあって、市来さんだけでなく社長や他のスタッフもスタジオに集まって、モデルさんの到着を待っていたのだけれど……。 なかなかモデルさんが現れず、やきもきしていた所に社長への電話。社長の驚きと怒声で何かがあった事は容易に想像出来る。 「くそっ! 二度とこの事務所は使わん!」 そう言って苛立だしげに電話を切ると、社長は私達の方へと向き直った。 「あのモデルの所属事務所から電話があってな、今回の仕事は降りるそうだ」 「なっ! しかしもう契約は……」 「そうだ、普通に考えて有り得ない事だ。だが、現実にこうしてモデルが来る気配はない」 「そんな……」 スタッフのざわめきがスタジオを支配する。 仕事の分からない私でも、どれ位イレギュラーな事が起きているのか位は分かる。だって、こんなの……。 社長は僅かに思案する表情を見せたが、すぐさま意を決したように口を開いた。 「秀麗があのモデルを専属に雇ったらしい」 「な!? そんな! 確かに秀麗は長くうちとはライバル関係にあります! ですが……」 社長秘書である川島さんが驚きの声をあげるのを、社長は手だけで制した。 「ここらで勝負をつける気だろうな、秀麗は。モデル事務所には相当の金が流れたようだ」 「新しいモデルをすぐに手配します!」 そう言ってスタジオを出ようとした川島さんに、社長は軽く首を振る。 「いや、とにかく今は仮撮が優先だ。おい、葉月」 「はいっ!」 いきなり声を掛けられ、思わずビクッとしてしまう。だって今の社長はいつもの3倍は怖い……。体の奥底に怒りをしまいこんでるっていうか……。今の社長に逆らったら、どんな目にあうか分かったもんじゃない。 「お前がモデルの代わりをやれ」 「はいっ! 分かりま……えぇっ!?」 余りの恐ろしさに脊髄反射的に勢いよく返事をしたものの、私が、モ、モ、モデル〜〜〜!? 「あくまで仮撮の間だけだ。誰もお前にモデルの代わりが勤まるとは思っていない。ただこの中でモデルと購買層の年齢的に近いのはお前しかいないというだけだ」 「は、はぁ」 「今からカレンのとこに行ってメイクしてもらって来い。少しはその間抜け面を何とかしてくるんだぞ」 「……はい」 「急げ」 「はいっ!」 何か酷い事を色々言われた気がするけど、今はそんな事気にしてられない! 社長だって忙しいんだし、市来さんにだって次の仕事がある。少しでも私が役に立てるなら、何としてでも頑張らないと! スタジオを出る時にちらりと市来さんの方を見たら、市来さんはスタッフにいつもの飄々とした調子で指示を与えていた。動揺とか、しないんだなぁ……。 次へ → act.16(市来) お帰りの際は、窓を閉じてくださいv お話はこちらに戻る