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アニソン 市来光弘 お兄ちゃんのことなんかぜんぜん好きじゃないんだからねっ!! - IM - 走れ!!AGE探検隊 - 歌手 - アニメ情報 アニソン 市来光弘
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就職難民 黙って俺についてこい! 「なんだ寝不足か? 死んだ魚みたいな目ぇしやがって」 朝一番――顔を合わせた瞬間に市来さんから出てきた言葉は、いきなりであんまりなものだった。 「まぁ、目つきに関しては俺も人の事言えねぇけどな」 本当にそうよ! 市来さんなんか出会ってから3日間、いつもどよ〜んとした目をしてるのに。 「でも女でその目はどうだ。まして美成堂の人間がだ」 うっ、おっしゃる通りすぎて返す言葉もない。 クマがびっちり浮きあがった酷い顔は、昨夜カレンに借りた本や新製品の資料を読んでいたら、寝るタイミングを逸してしまった結果。知らないことばかりで色んな事をネットなんかでも調べながら進めていたら、時間の進みが早い早い。気付いた時にはいい時間で、慌ててベッドに潜り込んだんだんけど――朝起きたら明らかにどんよりとした顔がそこにあって。 「でもまぁ、いい機会か。ちょっとそっちに立ってみろ」 そう言うと市来さんは顎で壁の方を示した。 「ここ、ですか?」 「そうだ。そのままな――」 言われるがまま壁を背にして立ち、直立不動でじっとしていると、市来さんが愛用のカメラを取り出した――ってまさか! 「あのっ、私を撮るつもりじゃないですよね!?」 「いいから黙ってろ」 黙ってられるものですか! こんな酷い顔の私を撮ってどうするのよっ! ああ、でも‘あの市来凱’に撮って貰えるのは光栄な事よねっ、ちょっと嬉しいかも〜ってそんな場合じゃないけども! なんてくるくる回る思考を追いかけている間も、市来さんのカメラからのシャッター音は止まることなく響き続けている。 「よし、次は右手を顎に持っていけ。そう、それで指先を頬に。お、いいぞ」 気持ちは動揺しているのに、市来さんの声は頭にクリアに入ってくる。そして無意識に近い感覚で言われた通りの動作をしてしまう。これがプロのカメラマンのなせる技なのかしら。それとも市来さんの魅力? なんて事を考えていると、市来さんの手がカメラから離れた。 「よし、もういいぞ」 そう言うと私の方は見向きもせずに、今度はパソコンへと向かっている市来さんの背中越しに私もモニターを見る。今撮った写真を取り込んでいるみたい。めまぐるしく画面に現れては消えていく自分の顔……相変わらず酷い有様。それでも市来さんの腕のお陰か、多少はマシに見えるけど、でも――。 「モデルだろうが女優だろうがコンディションの悪い時ってのは誰にでもある。特に人気のある人間は忙しすぎて寝る間もないって事は日常茶飯事だ。こっちだって照明や撮り方を工夫するが焼け石に水なんてのはザラだ。今のお前みたいなもんだな」 「うっ……」 「だが今は便利なもんで、簡単に修正が出来ちまう。こんな風にな」 話している間も市来さんの手は休まずPC操作を続けている。 「っと、どうだ?」 そう言われて見てみると、モニター上の私は私だけど私じゃない――そんな写真に思わず衝撃を受ける。 「目もとの隈と肌のくすみを修正、さっき撮らせたポーズ、あれは顔のむくみが分かりにくくなるんだ。こんだけでもちったぁマシになったろ?」 「ちったぁ――というより、大分マシになってます……」 「最大限に綺麗に撮る努力はする。が、そこからさらに美しく加工しないと化粧品のポスターに使えるような吹き出物のあとも、くすみも一つとして無い完璧な肌なんて、そうそう撮れやしないからな」 「なるほど……」 そりゃそうよね、モデルさんだって人間だもん。体調悪い時があるのは当たり前、でも仕事は待ってくれない。 「で――だ。一朝一夕でカメラマンになろうなんてのは、当然ふざけてる。だがこっちの加工なら、まぁそれでもふざけた話ではあるが、まだ望みがある。努力次第で身に付けられる技術だからな」 「! は、はいっ!」 市来さんが私に何を見せたかったのかをようやく理解して、思わず背筋が伸びる。 「俺は他の仕事もあるし、お前にばかりも構ってられない。ある程度の撮影の基本を覚えたら、こっちの方を覚えてみるのもいいんじゃないか? 新製品のポスター修正をいきなりお前にやらせるバカはいないだろうが、それでも何かの役には立つと思うぞ」 「はいっ! 有難うございます!」 正直映像部を希望したはいいけど、自分にはセンスなんかないしカメラについてもド素人。私にできる事なんて、機材の荷物運び位しかないんじゃないか――なんて思う心もあったりした。でも、これなら出来るかも! 「撮影はクロマキーで行われるから、合成する背景の微妙なカラーや配置なんかはセンスも問われるトコだ。頑張れよ」 「はいっ!」 と、勢いよく返事したものの―― 「くろまきーってなんですか?」 市来さんは思わず椅子から転げ落ち――そうになった。 「そ、そうか。そっからか、すげぇなお前……」 不精髭をさすりながら私を見つめる市来さん。その目が呆れて物も言えないと訴えている。 「すみません……」 思わず恥入った私を、だが市来さんは豪快に笑い飛ばした。 「いやまぁいいんじゃないか? 度胸だけはあるって事だろ? 何にも無いより、何か一つあった方が、まぁ……いいだろ」 うっ、微妙に傷つく。何にもないのに勢いだけで来ちゃった人みたいじゃない! ……まぁ事実なんだけど。でもでも! これから! 今から身に付けていくのよ! 頑張れ私! 「で、あのくろまきーなんですけど」 「ああ、そうだなクロマキーってのは――」 その後市来さんは笑いを噛み殺しながら私にクロマキーについて教えてくれた。言われてみればなるほど納得。映画のメイキング映像なんかでもよく見る、青とか緑とかの布の前で撮影して、後からCGで背景なんかを合成する手法――あれをクロマキーっていうとの事。 よく見るだけに知らなかった自分が恥ずかしい。映像部を希望しておきながらこの有様。そりゃ市来さんもビックリするよね。 他にも基本的な用語や加工ソフトの使い方なんかを私に教えてくれた後、市来さんは今日も別の仕事があるとの事で、美成堂を後にした。 「ふむぅ……」 この部屋は市来さん専用のような物で、他には誰もいない。一人きりの部屋で必死にモニターと睨みあいをしながら、加工ソフトの使い方を学んでいく。 どれくらいそうしていただろう。気付けば時刻はすっかり夕方。けどその甲斐あってか、何だか多少は身に付いた気がする。そんな満足感に浸っていると、ふいに携帯がメールの着信を知らせた。 「誰だろ」 カレンかな、なんて思いながら携帯を操作すると、メールの送信者は白波瀬さんだった。 本当にメールしてきてくれたんだ! なんてちょっと頬が緩んでしまう。だってあんな出会い方なんだもの。なんだかんだ言ってもその場限りかな〜なんて、ちょっと思ってたりもしてた。 『お疲れ様です。先日はどうも有難うございました。今晩のご予定は何かありますか? 良かったら一緒に食事に行きませんか?』 胸の高鳴りを覚えながらメールを開くと、そこにはこんな文面が躍っていて、鼓動は今度こそ完璧に早くなった。 「ど、どうしよう」 行きたい気持ちは山々! でも今日の私のコンディションは最悪――ってこんな時こそカレンよ! って私は仕事中に何を考えてるのよ〜! ……でも白波瀬さんは私と同じく化粧品メーカーで奮闘していて、しかもうちの会社の人達みたいに完璧な出来る人間! っていう感じでもないのよね……。我ながら失礼な評価だとは思うけど、あの少し気弱そうな柔らかい雰囲気がなんともいえなく安心させてくれるっていうか……。会社は違うけど、一緒に頑張れたらいいな! ってそんな風に思える相手なんだもん。 嬉しい旨を伝えるメールを打つと、ちょうど終業時刻になった。鞄をひっつかんでカレンの元へと急いだ。 次へ → act.12(市来) お帰りの際は、窓を閉じてくださいv お話はこちらに戻る
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就職難民 黙って俺についてこい! とうとうこの日がやって来た。 新作発表会。 大きなホテルの会場は人がいっぱいで、会場前方に作られたステージもミラーボールが回る室内も、どれもが今まで見た事もない世界で驚きっぱなしだ。 市来さんに選んでもらったオレンジ色のミニドレスを着て、会場の廊下でおろおろとしていると、聞きなれた声が私の背中にかかった。 「こんなトコにいたのか。お前はステージに上がるんだから、早く控室に行け」 声の主は市来さん。光沢のある濃紺のスーツが凄く良く似合っていて、いつもよりもさらにカッコ良く映る――ってそんな事思ってる場合じゃない! 「で、でも控室には各社のモデルさんがいて……」 「当たり前だろ。お前だってモデルだろうが」 「いや、でも……」 すっごい美人さんばっかなんですよーーーーー!! 当然の事だけど、予想してた事だけど、それでも私は浮きすぎて、とても居たたまれない。メイクもしたし、ドレスも着た。ステージにはいつでも立てる。……いや、立てるなんて偉そうには言えないけど、準備は整ってはいる。ただあの控室で待つのは、緊張と劣等感でどうにも心臓に悪かった。 「はー……。お前は本当に世話が焼けるな」 市来さんはそう言うと、ふいに私の肩に手を回した。 「お前は大丈夫だ。俺が選んだ完璧なモデルなんだからな」 息が吹きかかるような至近距離でそんな事を言われたものだから、私の心臓はいよいよ口から飛び出しそうになった。頬が凄い勢いで赤くなっていくのが自分でも分かる。なんなのよ、これー! 余計に緊張しちゃうじゃない! そんな事を思っていた時だった。ふいに背後に気配を感じたのは。 「葉月さんじゃないですか」 次いで耳に届いた聞き覚えのある優しい声。この声は……。 「白波瀬さん!」 振り向くとそこにはいつも通りの優しい笑みを浮かべた白波瀬さんが立っていた。思わず嬉しそうに声を上げた私の肩から、市来さんがそっと手を離す。 「やっぱり僕が見つけちゃいましたね」 なんて言われて今の市来さんとの急接近シーンを見られていたかと思うと、途端にまた恥ずかしさが込み上げてきた。どうしよう、なんて両頬を手で覆いそうになったその時――― 「どういうつもりですか? 白波瀬社長」 いつになく不機嫌そうな市来さんの声が廊下に響いた。ていうか、え? 社長? 白波瀬さんって社長さんだったの? 「いえ、邪魔をするつもりはなかったんですよ」 「そういう事を言っているんじゃない」 おどけた雰囲気の白波瀬さんに対し、市来さんは普段の彼からは想像も出来ないほどに重苦しい空気をまとっている。 「じゃあ、どういう事を言っているんでしょう?」 「……葉月、お前白波瀬社長とどこで出会った」 「え?」 「いいから答えろ」 静かだけれど内に秘めた怒りみたいな物が滲み出ている市来さんの声音に、思わず肩が震えそうになる。それでも聞かれた事に対して、ぽつりぽつりと答えていく。本屋さんで出会った事、一緒に仕事の話をした事、色んな相談に乗ってもらっていたこと……。 「なるほどな」 全てを聞き終わると市来さんは苦虫を噛み潰したような、忌々しそうな表情で白波瀬さんを睨みつけた。 「あんたと御影山社長の因縁なんてものは知らないし、興味もない。秀麗の仕事を受けてきた過去もある。俺はどちらかの肩を一方的に持とうなんてそんな気は無い」 「それは光栄ですね」 市来さんの剣幕にも白波瀬さんはうろたえない。 「だが――だがこれはあんまりじゃないのか。素人のまだ学生の女に甘い顔して近付いて、そこから情報を盗むなんて言うのは」 「盗む? 心外だな。別に僕は何もしていないですよ。可愛らしいお嬢さんと一緒に食事をしただけ。そしたら彼女は勝手にペラペラとしゃべってくれた。ただの幸運、偶然ですよ。そして偶然にも得られた価値ある情報を利用しない手はないだろう?」 「え? どういう、こと……ですか……?」 相変わらず笑みを崩さない白波瀬さん。だけどその顔はどこかそら恐ろしく見える。一体なんの事? 私がしゃべった? 「葉月、この男は秀麗の社長――白波瀬 陽だ」 混乱する私に言い聞かせるかのように、ゆっくりと市来さんがそう告げた。 「う、そ……だ、だって」 白波瀬さんは美成堂より弱小の会社だって……。全部嘘? 私から情報を引き出す為の? 優しくしてくれたり励ましてくれたりしたのも、全部嘘だったの? どうしよう。もう、全然頭が追いつかないよ―――。 次へ → act.29(市来) お帰りの際は、窓を閉じてくださいv お話はこちらに戻る
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就職難民 黙って俺についてこい! 会社に着いた私は社長とロビーで別れると、単身写真部へと乗り込んだ。 緊張しながらも扉をノックすると「今開けますよ〜っと」という気だるげな市来さんの声が返ってきた。 ガチャリ、と扉が開くと相変わらず眠そうな目をした市来さんが現れた。 「うちを選んだのか」 私を視界に留めるなり開口一番、露骨に面倒くさそうな声で市来さんが言葉を吐く。 市来さんの心情も分からなくもない。ド素人の私がいたって足手まといになるだけかもしれない。でもあの美成堂ファンデーションのポスターは、友達の間でも話題にのぼるほど綺麗だし、そんな仕事に少しでも関わる事が出来たら――そんな風に思うと、選ばずにはいられなかったのだ。 そんな風に心の内でもう一度決心をすると、私は市来さんを正面から見上げた。 「はいっ、一生懸命頑張ります!」 「……ま、仕事だから。自分のベストを尽くすのは当然ってトコだな」 そう言うとくるりと背を向けて室内へと入って行った市来さんの後を、私も慌てて追いかける。 「開発部の会議に市来さんと共に参加しろ、と社長から言われたんですが」 その背中にそう声をかけると、市来さんはひらひらと手を振ってみせる。了解――という意味なのだろう。 何をしているのかとそっと覗きこむと、何やらカメラの手入れをしているようだった。 う、具体的に何をしているのかがサッパリ分からないっ。自分の素人っぷりに改めて気付かされて、思わずへこみそうになる。 「何してるんだか分んない〜とか思ってるんじゃねぇの?」 そんな私の心情を見透かしたかのような市来さんの言葉に、思わずギクリと身を縮めた。 「ま、カメラの事なんかはおいおい覚えてけばいいさ。ただ俺は一応外部の人間でもあるからな。いつも――えーっと、葉月だっけ? 葉月の事を気にしてばっかりもいられない。そこの所はよく覚えとけよ」 「はい」 「あとは、それ」 そう言って市来さんが顎だけで指示した方には、何やらパンフレットのようなものが置いてあった。 「今日の会議の資料。一応、目だけでも通しておけ」 「一応……ですか?」 「俺の仕事はいかに綺麗に取れるか、だからな。大体のコンセプトさえ分かっておけばいいのさ。成分だなんだってのは関係ない」 「なるほど」 そんな会話をしながらパンフレットを手に取る。どうやら新製品はリップグロスのようだ。 「ナチュラル志向のリップグロス。それが新製品だ。イメージモデルとして誰が起用されるかは分からんが、ま、清純な感じの子だろうな。男なんてものは大概がナチュラルメイクが好きだからな」 「市来さんもそうなんですか?」 「あ? 俺か? 俺は60年代の女優みたいなの睫毛バッサバサのメイクも好きだぜ? ただまぁ、ああいうのは人を選ぶからな。大衆向けじゃない。葉月がやっても似合わんだろ?」 「そ、そうですね」 愛想笑いを返したが、最後の一言はどう考えてもいらないでしょう! 私だって女優メイクに憧れる気持ちはあるんだからね! ……そりゃ、まぁ、似合わないからしないけどっ。言われたままな事実が悔しいっ。 「そう言えば、お前はいつまで俺の元に付く事になってるんだ?」 ふと思い出したように顔をあげ、そう尋ねてきた市来さんに私も記憶の中から社長の言葉を探り出す。 「社長はこの新製品がヒットするまで……と」 「ようするに発売して成果が見えるまでって事か」 「多分……」 そしてもしこの商品がコケたら、そのまま私もお掃除のお仕事――いや、そりゃお掃除のお仕事だって立派なお仕事。それは分かってる。でもあの社長のあの高圧的な態度から出た「掃除」という仕事は、多分、普通のそれとは少し違って……本気でシンデレラみたいに働かされるのだろうという事は想像に難くない。 「お、そろそろいい時間だな。出るぞ」 そんな私の心中どころか、私自身にもさほど興味もない様子で、市来さんは椅子から立ち上がるとサッサと廊下へと出て行く。急ぎ足で私もその後に続いた。 こんな風に早足で足の長い市来さんの歩幅に合わせて廊下を歩くだけで、軽く息が上がってしまう。 ―――体力もしっかりつけなくっちゃ! 次へ → act.3(市来) お帰りの際は、窓を閉じてくださいv お話はこちらに戻る
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就職難民 黙って俺についてこい! そんなこんなで市来さんの作業も終わり、二人で連れ立ってデパートへとやって来た。 市来さんとこんな風に一緒に社外を歩くなんて変な感じ。私がもっとしっかりしてれば、市来さんの外の仕事にも助手として連れて行って貰えたのかな――なんてちょっぴり感傷に浸っている間も、市来さんはどんどん先へ先へと歩いて行って、あっという間にレディスファッションのフロアに到着した。ざざっとフロア全体を見回した後、市来さんは一つのお店に目を付けた。 普段私が読む雑誌よりもハイクラスな雑誌によく載っている有名ブランド。プライベートだったら恐れ多くて入ることなんてとても無理。 市来さんは躊躇う事なくドレスを物色。店員さんと和やかに会話までしてる。さすが女の人との関わりが多い仕事だけあって、扱いが慣れてるなぁ……。 「これ、試着出来る?」 「はい、どうぞ」 私の意思とか意見なんてものはそこには全くない。店員さんに促されるまま試着室へと入る。 手渡されたドレスはベージュ色のヌーディーな印象を与えるロングドレス。かなり体のラインにフィットしてきて、自分では絶対に選ばないデザイン。なんだか気恥かしさを感じながらも試着室から出ると、市来さんは「ほーう」と意味ありげに一度唸ったあと、別のドレスを手渡してきた。次はこれを着ろってことね……。 2着目は明るいオレンジ色のミニドレス。パニエも一緒に付いていて、ドレスのすそがふわりと広がっている。こっちも着てみると、さっきのドレスとはまた全く違った印象だ。 緊張しながら試着室を出ると、市来さんは顎に手をやりながら頷いた。 「俺の好みとしては最初の方なんだが、今回のイメージはあくまで自然体だからな。それ位のドレスの方がイメージ的には合うだろうな。うん、いいんじゃないか。じゃあこれ包んでもらえる?」 「畏まりました」 私の感想なんて聞きもしないで、市来さんは店員さんに向って購入の意思表示を済ませた。 元の服に着替えてドレスを店員さんに手渡しながら(支払いは何回払いにしよう……)なんて戦々恐々としていると、市来さんがすっと財布を取り出した。 「あ、あのあのっ! 私、ちゃんと支払いますからっ!」 市来さんの動きで察した私がそう声を出すと、市来さんは眠そうな顔で私を見つめ返した。 「いや、ちゃんと社長に請求するから。あ、領収書お願いします」 「はぁ、そ、そうです、か……」 あの社長に請求されるなら、まぁいっか――なんて思ってしまったダメな私。だけどまぁ、私だってすっごい緊張したり委縮したりしてるんだし、会社の為の物でもあるんだし――なんて自分に言い訳をしつつ、私だったら3回払いでもきかない金額のドレスを買わなくて済んだことに内心ほっとしていた。 「じゃ、次は靴だな。行くぞ」 「はいっ!」 こうして私と市来さんは一通りの物を買っていったのだった。 次へ → act.24(市来) お帰りの際は、窓を閉じてくださいv お話はこちらに戻る
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就職難民 黙って俺についてこい! 「お、いいな。良く似合ってる」 私を見るなり市来さんはそう言ってくれた。 「あ、有難うございます」 なんか改めてこんな風に言われちゃうと、妙に恥ずかしい! 「葉月は素人だから演技は出来ないだろ? だからCMはこういう撮影風景の最中の映像からも、良い物があれば使っていく事になったみたいでな。そっちのカメラも入ってきてるが、まぁ気にするな」 「えぇ!?」 そんな事聞いてないわよ! 改めて辺りを見回すと、よくTVなんかで見るあの大きなカメラが何台も用意されている。う、嘘でしょ……。ポスター撮影っていうそれだけでも心臓が口から飛び出しそうなのに! 「おい」 「は、はいっ」 動揺の余り目を泳がせていると、市来さんは私の事を真正面から見据えていた。 「お前は俺だけに集中しろ。他のやつらの事は考えるな」 「あ、あのっ。で、でも」 「でもじゃない。言うとおりにしろ」 「わ、分かりました」 余りにも真っ直ぐな目でそんな風に言うものだから、こっちはもう余計に……! でもでも、市来さんだけを見てればいいんだ。そうだよね、だって他のカメラはあくまで良い物が撮れたら使っていくっていう事だもんね。私は市来さんに撮られる為に、ここにいるんだ! そんな風に思うと、肩の力がふっと抜けた。うん、大丈夫。きっと出来る。 「よし、じゃ向こうに立て」 「はいっ!」 背筋を伸ばしてスクリーンの前に立つ。相変わらず胸の鼓動は早いままだけど、市来さんだけに集中する。 「お、いいな。服もメイクもイメージ通りだ」 ファインダー越しの私はどう映ってるんだろう? カメラを構えた市来さんを見ながら、そんな事を考える。 私が物思いに耽りそうになっていると、フラッシュがたかれた。うう、やっぱ緊張するなぁ。 「最近なんかいい事あったか?」 カメラを構えたまま市来さんが急にそんな事を言うので、思わず「えっ?」と聞き返してしまった。 「なんだ、何もないのか?」 「ありますよっ! 私にだっていい事くらい!」 「お、じゃあ聞かせてもらおうか」 市来さんは会話をしながらも撮り続けている。けど、えっと……気にせずお話してればいい、んだよね、多分。 「つい2日前だって良い事ありました! 市来さんとお買い物に行って……」 「あれが良い事か?」 「良い事ですよ! ドレス、買って貰えたし」 「ゲンキンなやつだなぁ」 「ふふっ、それだけじゃないですけどね」 思わず私が笑った瞬間、物凄い勢いでシャッター音が鳴り響く。 「いいね、今の顔」 「そんな風に言わると、照れるんですが……」 どうしていいものか戸惑って、はにかむ私にまたもフラッシュの嵐。私には演技なんて出来ない。姿勢とかポーズとか色々勉強はしたけど、顔の表情を作るのは無理。でもこうして話していると、自然に笑ったり照れたり怒ったり出来る。市来さんはそんな事まで計算済みなんだろうな。 改めて市来凱というカメラマンの柔軟性と対応力に、心底感心してしまう。 「他は? なんか好きな男と〜、みたいな事はないのか?」 「す、好きな人なんて……」 「いないのか? 寂しい奴だな」 「ほっといて下さい!」 好きな人と言われて、一瞬白波瀬さんが浮かんだけど、白波瀬さんに対する気持ちは好きとかとは違う気がする。 同じような仕事をしていて、色んな事が相談できて、優しい――そう頼れる先輩とかお兄さんって感じかも。 私が好きな人は、もっと男っぽくて、ぐいぐい引っ張っていくけど、でもちゃんと気遣ってくれて、それで―――― そこまで考えると、私は市来さんを見つめた。 途端、何が起きているのか、分らないほどの光の洪水。 「最高だ」 市来さんが呟く。 カメラを構えるその姿は、凄く凛々しくて頼もしい。思えば私が美成堂に入ってからというもの、いつだって私の前を歩いていてくれた。 市来 凱、類まれな才能を持つカメラマン。そんな彼の実態はちょっぴりオレ様だけど、とっても優しい――――そう、私の大好きな人。 次へ → act.28(市来) お帰りの際は、窓を閉じてくださいv お話はこちらに戻る
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就職難民 黙って俺についてこい! 「なんだ寝不足か? 死んだ魚みたいな目ぇしやがって」 朝一番――顔を合わせた瞬間に市来さんから出てきた言葉は、いきなりであんまりなものだった。 「まぁ、目つきに関しては俺も人の事言えねぇけどな」 本当にそうよ! 市来さんなんか出会ってから3日間、いつもどよ〜んとした目をしてるのに。 「でも女でその目はどうだ。まして美成堂の人間がだ」 うっ、おっしゃる通りすぎて返す言葉もない。 クマがびっちり浮きあがった酷い顔は、昨夜カレンに借りた本や新製品の資料を読んでいたら、寝るタイミングを逸してしまった結果。知らないことばかりで色んな事をネットなんかでも調べながら進めていたら、時間の進みが早い早い。気付いた時にはいい時間で、慌ててベッドに潜り込んだんだんけど――朝起きたら明らかにどんよりとした顔がそこにあって。 「でもまぁ、いい機会か。ちょっとそっちに立ってみろ」 そう言うと市来さんは顎で壁の方を示した。 「ここ、ですか?」 「そうだ。そのままな――」 言われるがまま壁を背にして立ち、直立不動でじっとしていると、市来さんが愛用のカメラを取り出した――ってまさか! 「あのっ、私を撮るつもりじゃないですよね!?」 「いいから黙ってろ」 黙ってられるものですか! こんな酷い顔の私を撮ってどうするのよっ! ああ、でも‘あの市来凱’に撮って貰えるのは光栄な事よねっ、ちょっと嬉しいかも〜ってそんな場合じゃないけども! なんてくるくる回る思考を追いかけている間も、市来さんのカメラからのシャッター音は止まることなく響き続けている。 「よし、次は右手を顎に持っていけ。そう、それで指先を頬に。お、いいぞ」 気持ちは動揺しているのに、市来さんの声は頭にクリアに入ってくる。そして無意識に近い感覚で言われた通りの動作をしてしまう。これがプロのカメラマンのなせる技なのかしら。それとも市来さんの魅力? なんて事を考えていると、市来さんの手がカメラから離れた。 「よし、もういいぞ」 そう言うと私の方は見向きもせずに、今度はパソコンへと向かっている市来さんの背中越しに私もモニターを見る。今撮った写真を取り込んでいるみたい。めまぐるしく画面に現れては消えていく自分の顔……相変わらず酷い有様。それでも市来さんの腕のお陰か、多少はマシに見えるけど、でも――。 「モデルだろうが女優だろうがコンディションの悪い時ってのは誰にでもある。特に人気のある人間は忙しすぎて寝る間もないって事は日常茶飯事だ。こっちだって照明や撮り方を工夫するが焼け石に水なんてのはザラだ。今のお前みたいなもんだな」 「うっ……」 「だが今は便利なもんで、簡単に修正が出来ちまう。こんな風にな」 話している間も市来さんの手は休まずPC操作を続けている。 「っと、どうだ?」 そう言われて見てみると、モニター上の私は私だけど私じゃない――そんな写真に思わず衝撃を受ける。 「目もとの隈と肌のくすみを修正、さっき撮らせたポーズ、あれは顔のむくみが分かりにくくなるんだ。こんだけでもちったぁマシになったろ?」 「ちったぁ――というより、大分マシになってます……」 「最大限に綺麗に撮る努力はする。が、そこからさらに美しく加工しないと化粧品のポスターに使えるような吹き出物のあとも、くすみも一つとして無い完璧な肌なんて、そうそう撮れやしないからな」 「なるほど……」 そりゃそうよね、モデルさんだって人間だもん。体調悪い時があるのは当たり前、でも仕事は待ってくれない。 「で――だ。一朝一夕でカメラマンになろうなんてのは、当然ふざけてる。だがこっちの加工なら、まぁそれでもふざけた話ではあるが、まだ望みがある。努力次第で身に付けられる技術だからな」 「! は、はいっ!」 市来さんが私に何を見せたかったのかをようやく理解して、思わず背筋が伸びる。 「俺は他の仕事もあるし、お前にばかりも構ってられない。ある程度の撮影の基本を覚えたら、こっちの方を覚えてみるのもいいんじゃないか? 新製品のポスター修正をいきなりお前にやらせるバカはいないだろうが、それでも何かの役には立つと思うぞ」 「はいっ! 有難うございます!」 正直映像部を希望したはいいけど、自分にはセンスなんかないしカメラについてもド素人。私にできる事なんて、機材の荷物運び位しかないんじゃないか――なんて思う心もあったりした。でも、これなら出来るかも! 「撮影はクロマキーで行われるから、合成する背景の微妙なカラーや配置なんかはセンスも問われるトコだ。頑張れよ」 「はいっ!」 と、勢いよく返事したものの―― 「くろまきーってなんですか?」 市来さんは思わず椅子から転げ落ち――そうになった。 「そ、そうか。そっからか、すげぇなお前……」 不精髭をさすりながら私を見つめる市来さん。その目が呆れて物も言えないと訴えている。 「すみません……」 思わず恥入った私を、だが市来さんは豪快に笑い飛ばした。 「いやまぁいいんじゃないか? 度胸だけはあるって事だろ? 何にも無いより、何か一つあった方が、まぁ……いいだろ」 うっ、微妙に傷つく。何にもないのに勢いだけで来ちゃった人みたいじゃない! ……まぁ事実なんだけど。でもでも! これから! 今から身に付けていくのよ! 頑張れ私! 「で、あのくろまきーなんですけど」 「ああ、そうだなクロマキーってのは――」 その後市来さんは笑いを噛み殺しながら私にクロマキーについて教えてくれた。言われてみればなるほど納得。映画のメイキング映像なんかでもよく見る、青とか緑とかの布の前で撮影して、後からCGで背景なんかを合成する手法――あれをクロマキーっていうとの事。 よく見るだけに知らなかった自分が恥ずかしい。映像部を希望しておきながらこの有様。そりゃ市来さんもビックリするよね。 他にも基本的な用語や加工ソフトの使い方なんかを私に教えてくれた後、市来さんは今日も別の仕事があるとの事で、美成堂を後にした。 次へ → act.7(市来) お帰りの際は、窓を閉じてくださいv お話はこちらに戻る
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就職難民 黙って俺についてこい! 会議室に入ると既に他の人達は集まっていて、私達の到着と共に会議は開始された。「新人なのに一番最後って。良い身分だな」なんていう嘲笑にも似た声が隣からボソっと聞こえた。私の右隣には市来さんが座っていて、声のした左隣には営業部の春日さんが座っている。遅刻したわけでもないのにっ。でもやっぱり私だけでも早く会議室に来ていなきゃダメだったのかな。社会人になった事なんかないんだもの、そんなルールみたいなの分かんないよ……。助けが欲しくて右の方へと視線を向けてみたけど、市来さんは知らん顔。ていうか春日さんの呟きなんて聞こえてさえいないのかもしれない。 ううん、こんな事気にしてる場合じゃない! 今は会議に集中集中! そう気持ちを切り替えた私は、新製品についての説明を部屋の前の大きなモニターで熱心に行なう開発部の人と、出席者全員の手元に置かれたノートパソコンの資料を交互に見ながら、しっかりと脳みそに内容を叩き込む作業に集中した。 出席者は社長を始め、企画部、営業部、開発部、音楽制作部、写真映像部など、新製品に関わる部署のほとんどから1、2名が出席していた。 「今度のリップグロスのテーマは自然との調和です。カラー展開は全部で6色。その中でもメインになるのが、こちらのコーラルです」 モニターの前で開発部の人が試作品のグロスを取り出し、皆によく見えるように掲げる。 「開発部は研究に研究を重ね、日本人の肌にもっとよく馴染むこのコーラルグロスを作り上げました。ただナチュラルなだけではなく、このグロスには光の加減による3D効果が上がるよう、パール成分を配合しています。これにより、よりふっくらとした潤いのある唇が実現出来るのです」 開発部の人は自慢の新製品を実際に着けた女性の映像をモニターへと流す。 その映像に思わず心奪われた。いいなぁ、欲しいなぁ、これ――なんてただの一人の女の子として、そんな事を思ってしまう。 チラリと隣に座る市来さんの横顔を伺うと、さっきまでの眠そうな顔とはうって変わって真剣な表情で開発部の人の説明を聞いていた。こうやって見ると、顔立ちが整っている人なんだなぁ。日に焼けた肌が市来さんの持つ雰囲気に凄く合っている。 「それでは次、営業部春日より、説明を行ないます」 「はい」 そんな事を思っていると、左にいた春日さんが静かに立ち上がり、モニターの前へと進んだ。慣れた手つきでモニターの横に置かれたパソコンを操作して画面を切り替える。 「今回の新製品はリップグロスという事で、私ども営業部では若者に人気の商業施設を中心に売り込みをしようと考えています」 皆の前へと進み出た春日さんは、私に見せる意地悪な表情とは別人のように見える。可愛らしい顔立ちが、凛々しくさえ見えて、思わずそっと息を飲む。 「同時期に発売されるライバル社の秀麗(しゅうれい)化粧品のグロスと比べ、わが社の方が優れていると担当者に掛け合い、より多くの売り場のメインとして置かれるよう働きかけます」 確かに場所って重要だよなぁ。ドラッグストアなんかでも色んな会社のが揃ってると、やっぱりメインで大々的に宣伝されている所に目がいくもん。そっか〜、こういう仕事もあるんだなぁ。本当に私って知らない事ばっかりだ。 「また大手デパートなどでは、メイクアドバイスなどを積極的に実施し、より多くのお客様にこのグロスを体験して頂くつもりです。一度使ってさえ頂ければ――この商品がいかに優れているは分かって頂けますから」 そう言うと春日さんは先ほどまであの場所にいた開発部の人に向って、不敵とも言える程に微笑んだ。その微笑みに、開発部の人も強く頷き返す。 「営業部が力を入れたいと思っていますのは、売り場への直接的な働きかけと、美容部員達への徹底した売り込みの教育です。こちらは教育部との連携で行っていきます」 教育部って、確かカレンがいる部署よね。カレンもこのプロジェクトに関わってるんだ――当たり前の事なんだけど、そう思うと何だか心強い。 そんな事を思いながらカレンの顔を思い浮かべていると、春日さんが隣に戻って来た。 私に対しては一瞬視線を向けたのみで、すぐに着席する春日さん。ま、まぁ私と話す事なんか何もないだろうけどさ。私だって会議に参加しているわけだし、少しは自分のプレゼンの反応とか気にしてくれてもいいんじゃないの? なんて、生意気極まりない事を思っていると、進行役の方が市来さんに合図を出した。 「次は写真映像部より、市来が説明いたします」 そう言うと、市来さんが立ち上がる。春日さんと違って市来さんは本当に大きい。男の人! って感じがする。 そんな市来さんは少し眠そうな目で新製品のコンセプトをもとに、どういった感じの写真を撮るか簡単に説明をした。いくつか候補の写真を撮って、その中から選ぶらしい。腕が良いカメラマンでも、会社のGOサインが貰えなきゃダメなのね。本当にひとつの商品を作って店頭に並べるまでにこんなに多くの過程を経て、多くの人たちが関わって努力しているんだなあ。なんだかすごい、感動しちゃってる私。 市来さんの次は音楽制作部の明月院さん。こちらは相変わらず無愛想にぼそぼそとしゃべっている。綺麗な顔しているから、余計に不思議な雰囲気を醸し出すんだよね。 一通り説明が終わった所で、社長が立ち上がった。 「今回の商品はとても重要なものとなる。我が美成堂が国内シェアやアジアだけでなく、ヨーロッパやアメリカなど広く海外へと進出する足がかりとなるという事を全員肝に銘じ、それぞれの仕事に全力を尽くしてもらいたい。ライバル社との厳しい商戦になるだろうが、君達を信じている。以上」 社長の声がしんとした会議室に響き、全員が一斉に立ち上がった。私も急いでそれに倣う。 「それでは本日の会議はここまでとなります。次回の会議は一週間後です。よろしくお願いします」 進行役の締めの言葉に、それぞれが会議室を後にし始めた。 「終わった終わった」 市来さんは首筋を揉みながらヤレヤレと言った感じで会議室を後にする。私も慌ててその後を追った。 「あのっ、これからどうすればいいですか?」 その背中に向けて疑問を投げると、市来さんは立ち止る事無く、けれど私の方に視線だけは向けてくれた。 「俺は他の仕事があるから」 「他……ですか?」 「言ったろ? 俺はここの仕事だけしてるわけじゃないって」 「あの、それじゃ」 「他の現場にド素人のお前を連れていく事は出来ん」 うっ。ドの部分に妙に力が入ってた気がする……。 「どうすればよろしいですか?」 私がそう言うと市来さんは露骨に面倒臭そうに長く息を吐いた。 「ま、働いた事なんかねーんだもんな。指示がなきゃ動けないのもしょーがねーか」 そんな事を言われても、この会社に来たのだって昨日の今日で右も左もまだまだ分からない。それが言い訳になるわけじゃないけど、でも……。 「どーすっかなー。カメラの勉強? いやいや加工でもやらせてみるか? いやいや」 ブツブツと呟きながらエレベーターに乗り込む市来さん。私も中へと滑りこむとタイミングを見計らってあったかのように、ちょうど扉が閉まった。 「そー……だなぁ。とにかく今日は何か教えるにも時間が取れねぇんだわ。悪ぃな」 「あ、いえっ」 「ま、写真部を選んだ葉月にも落ち度があったって事で」 一言多いっ、思わずむくれた私を見て市来さんがフッと短く息を漏らす。 「冗談だよ」 あれ、今、少しだけ笑ってくれた気がする。 そんな事を思っているとエレベーターが止まった。市来さんの押した1Fまではまだあるはず――なんて思いながら、人が入ってきた時用に奥へと足をずらすと 「やだぁ! 水那じゃない〜〜!」 入ってきたのはカレンだった。 「カレン〜!」 馴染みあるその顔に思わず笑みがこぼれる。 「ってやだ、私ったら。市来さんお疲れ様です」 「うぃ〜、カレンちゃん。今日も綺麗だねー」 「やぁだぁ、ほほほ!」 市来さんとも難なく会話するカレンに思わず尊敬のまなざしを向けてしまう。 「つーか、葉月と知り合いなのか?」 「えぇ、幼馴染なんです」 「ほー。そいつぁラッキーだ。カレンちゃん、悪いんだけど今日一日こいつの面倒見てやってくれない?」 「「え?」」 カレンと思わずハモってしまった。 「いや俺さ、今日は外部の仕事なんだよ。教育っつー事でさ、ひとつ」 「うちはあくまで美容部員の教育であって社内教育じゃないんですけど」 なんてカレンが言い終わるか終らないかのうちにエレベーターは1Fへと到着。 「今度メシでもおごるからさ! よろしく頼むわ〜」 カレンの肩をポンっと叩くと、市来さんはフロアを駆け出して行ってしまった。 う……。きっと私なんてハナから戦力にならないと思って、まともに仕事を教える気なんてないのかもしれない。ただ時間だけを浪費させて、自分の仕事さえ全う出来ればいい――なんて思ってるのかも。 不安になってしまってマイナスな考えが思い浮かぶ。 「全くもう。市来さんはいっつもマイペースなんだから。よし、じゃーついて来て水那」 カレンはそう言うと、市来さんがカレンにしたように私の肩をポンっと叩く。 「なんでも勉強よ? うちでだってイベント用のライティングなんかの勉強は出来るし、それにまだこの会社自体に馴染めてないんだから、ちょうどいいじゃない」 そう言って微笑むカレンに思わず肩の力が抜ける。 「カレン〜〜〜」 人の目も気にせず思わずカレンに抱きついてしまう私。 「ははっ。まー、市来さんとご飯の約束取り付けれただけでも収穫あったし、収穫分はきっちり教育させてもらうわよ〜」 張り切るカレンに続いて、私は教育部へと向かった。 次へ → act.4(市来) お帰りの際は、窓を閉じてくださいv お話はこちらに戻る
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就職難民 黙って俺についてこい! メイク室に入ると、カレンがいつも通りの所作で私にメイクを施していく。そのいつもの感覚が、ガチガチに固まりそうだった私の緊張を少しずつ解してくれた。 「水那はね、本っ当に良い素材持ってるのよ? だから自信持ちなさい」 手を休む事無く動かしながら、そんな風に言ってくれているけど、それには同意出来ないなぁ……。そんな思いが知らず目にでも出てしまったのか、カレンは小さく溜息を吐いた。 「全くもう、自覚ないのね。いーい? いくらあの社長でも、可能性のない子にはこんな事させないわよ? それに何より市来さんだって推してくれてるんだし。あの市来さんよ? 毎日毎日綺麗な子ばっかり相手にしてる人が、水那でいこう! って言ってくれたんだからね? 自分には自信なくても、せめて市来さんの見る目には信頼を置きなさい!」 「そ……っか。そう、なんだよね」 「そうよ!」 カレンに言われて初めて気付いた。そうだよね、私は私に自信を持てないままだけど、でも私を選んでくれた市来さんを信頼する事なら出来る。不安で堪らなかった気持ちが、ふいに軽くなった気がした。 「はい、完成!」 そんな事を思っている間にも、カレンは自分の仕事をきっちりとこなしてくれていて、ほどなく私のメイクは完成した。新作のグロスが何だか気持ちをワクワクさせてくれる。 「このグロス、やっぱりいいね」 「うんうん! 水那の雰囲気にも良く合ってるよ!」 「カレン、有難う……!」 私がお礼を言うと、カレンは照れ臭そうに微笑んだ。 「これは私のし・ご・と! お礼を言う事なんてないのよ。さ、衣装も用意されてるから着替えちゃいましょ!」 「うん!」 カレンに促されフィッティングルームに入ると、真っ白なパフスリーブのワンピースが掛けられていた。 「うわぁ、可愛い〜!」 思わずそう零すと、カレンが「水那のイメージぴったりね!」なんて言ってくれるので、私の胸の鼓動は高まる一方だ。 まっさらなワンピースに袖を通すと、気持ちまでクリアになっていく心地がする。衣装を着て、髪を整え、もう一度メイクを手直ししてもらった後、私は再びスタジオへと入った。 次へ → act.27(市来) お帰りの際は、窓を閉じてくださいv お話はこちらに戻る
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就職難民 黙って俺についてこい! 「しっかしお相手も随分今回は本気だして来たなぁ。モデルの買収だけじゃ飽き足らず、か」 「こんな事ってやっぱり普通はない事なんですか?」 写真部へと向かうエレベーターの中、市来さんがそうごちるので私も思わず聞き返した。 「ま、新製品の情報が漏れるなんていうのは‘ある’話だが――ここまでするのは中々ないな。金もかかるし、ただ単に出し抜きたいとかそういう部分を超えてる。嫌がらせみたいなもんか。陰湿だねぇ、秀麗は」 「そう……ですよね……」 本当にどうしてこんな事までされなきゃいけないんだろう。皆必死に取り組んで、少しでも良い物をお客様に――って真剣に仕事してる。それは当然秀麗の社員さんだってそうだろう。だったら秀麗の社長さんだって秀麗の社員さんをもっと信頼すべきだわっ! ライバル会社にこんな卑怯な手を使うなんて……。うちの社長はああいうタイプだし、怖いけど……でも社員みんなの事を心から信頼してくれてるし……。 「眉間」 「え?」 「皺、すっごいぞ」 「えぇ!?」 市来さんに指摘され、慌てておでこを手で隠す。う、色々考えだしたらムカついてきちゃって……。知らない間にすんごい顔してたみたい。 「シーサーみたいだったな」 「し、しーさー……シーサーってでも可愛いですよねっ!」 我ながらわけのわからない受け答え。うわー、もう、どういう顔してたのよっ! 般若とか言われなかっただけマシかしら……。 「いくら俺でもシーサーを化粧品メーカーのポスターには仕上げられんからな」 「……分かってます」 本気なのか冗談なのか、時々市来さんの考えている事は分からない。でも、とにかく眉間に皺を寄せて小難しい事を考えるのは止めておけって事なんだろう。考えたって私には分からないし、それよりかは少しでも自分を魅力的に見せる方法にでも労力を使った方が、よっぽど生産的だ。 写真部に着くと市来さんは一枚のDVDを私に手渡した。 「前に撮影した現場の映像だ。モデルの動きや表情を見ておけ」 「はいっ」 「とは言ってもお前が評価されているのは、あくまで‘自然体のどこにでもいそうな’部分だからな。下手に意識する必要はない。当日現場で焦ったりしない為に、ま、下見みたいなもんだと思っておけばいい」 「分かりました」 「後は社長が講師を連れてくるから、姿勢やポーズについて学んでおけ」 「はいっ」 威勢よく返事をすると(返事だけでもせめて……ね)市来さんは満足そうに微笑んだ。 「じゃ、俺は次の仕事があるから出るが……今回の企画、ある意味面白くなってきたと思ってる。頑張れよ」 「は、はいっ!」 もう一度にっと笑うと、市来さんは機材を持って写真部を出ていった。 面白くなってきたと市来さんは言うけれど、私は面白さなんて微塵も無くて相も変わらず動揺しまくってるんだけど。でも、やるからには精一杯の成果を出したい! 姿勢や少しの表情、角度で人は随分と見違えるものだって社長は言ってた。講師の先生に色々教えてもらうぞー! 気合いを一つ入れて、私は凛と背筋を伸ばした。 次へ → act.22(市来) お帰りの際は、窓を閉じてくださいv お話はこちらに戻る