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【「大工部」の人たち 第二話 前編】 蝉の声も煩く日差しもきつい7月25日の正午過ぎ、商店街の片隅にある空き地に佇むプレハブ小屋の前に30と少しの学生が集まっていた。 男女の数はほぼ同数で、ほとんどがよく日焼けしていてラフな格好をしている。 頭に帽子やバンダナなどを被り直射日光を遮ってはいるが、それでも暑いのだろう何人かが小屋が作る僅かな日陰に座り込んでいた。 そんな集団の前に並ぶ4人の若者。第九建築部「通称:大工部」幹部である鳶縞キリ、楠木巌、美作聖、御堂瞬だ。 キリは部員達に混じって談笑し、巌は腕を組んだまま普段どおりの仏頂面、聖は自分の学生証に目を下ろしてなにやら弄っていて、瞬はヤカンを片手に部員達に冷えた麦茶を振舞っている。 しばらくして美作聖が弄っていた学生証を畳み込むと、部員全員の学生証から情報着信完了を示す音楽が流れた。 それぞれが着信音を変えているせいで騒音にしか聞こえないその音にキリが眉をひそめる。 「ちょっと皆、着信音はちゃんとベートーベンの『第九』にしないとダメじゃない!」 「イヤですよ完全にダジャレじゃないですか」 頬を膨らませるキリを見て聖が呆れたようにため息を吐く。 それを見て手を挙げた、髪を金髪に染めた部員が一人。 「俺古い洋楽好きだからカーペンターズじゃだめっすか?」 「それじゃただの英訳じゃないの、もっと捻りなさいよ面白みが無いわねー」 やれやれ、と両手を肩まで上げてキリが首を振る。 周りから「部長にだけは言われたくねー」という旨の意見が多数上がるがキリには何処吹く風だ。 そんな光景も見慣れているのか、他の部員たちは特に気に留めずに受信された内容を確認していく。 送られてきたデータには今回の「仕事」である建築物の図面と手順、それとタイムテーブルが示されていた。 全員が学生証に目を通したのを確認すると注目を集めるためにキリが手を叩いた。 「はーい、それじゃお仕事よ。 送ったデータにあるとおり私と瞬くんは創(そう)の所へ行くから、皆は巌(がん)とせーちゃんに従ってね」 「現地への移動は徒歩、ここから10分くらいですね。 着いたらすぐに超略式の地鎮祭を行います、それから作業しますので怪我しないように頑張りましょう」 キリの後を聖が引き継ぐとそれに応えるように部員から了解の声が上がった。 何人かの部員が手を挙げて質問すると聖がそれに応える。 それが終わるとそれぞれが作業に向けて動き始めた。 「今日もあっちーなー」 「夏なんだからしょうがないべ、それに好きでやってんだろ?」 「ああ、お前もだろ?」 「あったりまえだ、汗かいた後の飯程旨いもんはねーよ」 タオルを頭に巻いた少年とスポーツ刈りの少年が笑いあう。 会話の内容が若干親父くさいのを覗けば青春の1シーンといえるだろうか。 「おーいおまえら、副部長歩きだしてんぞ」 「マジかよ! まーた黙って出発しちまったのか、合図くらいしてくんねぇかなぁ」 「今更今更、4ヶ月も付き合ってたら慣れちまったよ」 「ちげぇねぇな」 巌が黙って出発したことに気付いた別の少年が注意する。 何時ものことだが置いていかれない様に距離を開けられた男性陣が慌てて道具箱や機材を手に取り空き地を後にしていく。 「作業中はどうせ離すんだし日傘なんて差すの止めたら?」 「やーよ、私肌弱いんだから。それに私サイコキネシス班なんだから傘持ったまま作業出来るし」 「うわ、ずっるーい! 良いなぁ、あたしもそっちの能力の方が良かったな」 「消耗激しいから体動かすのよりも疲れるんだけどね、そっちは?」 「部長と同じで単純強化系なのよ、おかげでいつも副部長と一緒に力仕事なのよね……」 良く日に焼けた褐色肌の少女と夏だというのに長袖を着込んだ色白の少女が自分達の能力について語り合う。 周りにいる少女達も手に日焼け止めなどを持ち、やれどこのメーカーが良いかと話し合っているようだ。 「はいはい、雑談はそこまでにして出発するよ」 「あれ、男子達もう出ちゃったの?」 「あー! また副部長黙って出てるー! 部長注意してくださいよー!」 「そんなの無理よぅ、巌が無口なのは昔からなんだから」 キリが笑いながら手を振るのを見た少女がため息をつく。 こんなことだから部長、副部長よりも会計の聖の方が頼られているのだが……キリは特に気にしていないようだ。 置いてけぼりをくらった少女達があまり重くない残った荷物を手に男性陣を追いかけて空き地から出て行く。 「じゃぁ瞬君は私とお散歩よー」 「え、えっと部長それはちょっと」 出発していく女性人を眺め微笑みながらキリが瞬の頭をなでた。 しかし、そこはさすがに見た目はベビーフェイスの瞬も中身は一応高1の男子として矜持があるのか嫌がる素振りを見せた。 が、結局キリに丸め込まれて撫でられるがままになっているのが性格の弱さを良く分からせる。 「別に地鎮祭あるんだから急いでも仕方ないじゃない、のんびり行けば良いのよー」 「何言ってるんですか姐さん。 地鎮祭は超略式なんですから、急いで材料を輸送してもらわないと今日中に終わりませんよ」 部室に鍵を掛けていた聖がキリに鍵を渡しながら釘を刺す。 普通は責任者が最後に確認をして鍵を閉めるものだが、大工部ではしっかりしている聖が戸締り確認を行っているようだ。 気付けば部員もほとんどが空き地を後にしている。 「姐さん言うな!」 「あー、はいはいぶちょーぶちょー、これで良いですか?」 「ムギギギギギ、せぇちゃぁんちょっとお話しましょうかぁ?」 「け、喧嘩はダメですよぅ」 キリと聖のは何時もの掛け合いで、じゃれあいに近い。 しかし、そこに毎度涙目になりつつ仲裁に入る瞬の姿も何時もどおりの大工部の光景である。 巌はキリがもし暴れだした際のストッパーとしている上にほとんど喋らないので巨体に似合わず存在感は薄い。 既に出発しているのでそもそも今回はこの場にいないのだが。 「地鎮祭が始まる時に連絡入れますから、道草食わずに直行してくださいよ?」 「分かってるわよ、せーちゃんは冗談通じないわねぇ」 「冗談に聞こえないから言ってるんですよ!」 「あ、あの時間が! 急がないとダメなんじゃないんですか?」 「あーもうこんな時間じゃないですか、走らなきゃ……部長も急いでくださいよ!」 制服のスカートを翻らせながら聖が十メートル程走ってから振り返り再度キリに釘をさす。 苦笑しながら手を振るキリと時計を見て焦っている瞬を見て、聖は戻ろうかと逡巡したが自分も時間が無い事を思い出すと慌てて先ほどよりも速く走りだした。 現場ではおそらく神社の関係者が地鎮祭を行うべく待っている筈だ。 その関係者と話をするのに口下手な巌では少々身に余る。 聖は先の少女の様に自分の能力が肉体強化系でない事に不満を覚え、走りながらため息をついた。 キリと瞬はそんな聖の心情をまったく知る由も無く、その背中が曲がり角を曲がって姿が見えなくなるまで手を振りようやく歩き始めた。 向かう先は資材管理を行う五人目の大工部幹部である源創(みなもと はじめ)が倉庫兼研究所としている倉庫だ。 「部長、急がないと時間がぁ」 「だーいじょーぶよ瞬君、急いだって碌な事無いんだからのんびり歩いていきましょ」 鼻歌を歌いながらのんびりと大股で歩くキリの横をチョコチョコと瞬が追いかける。 まるで飼い主に必死に着いて行こうとするチワワのようだが、それもその筈。その身長差はなんと35cm。 当然一歩一歩の足の幅も違ってくるわけで、瞬の早足がキリののんびり大股と同じ距離を稼いでいた。 が、それに気付いたキリが速度を緩める。 「ごめんごめん、のんびりよねー」 「い、いえぇ、急ぎましょう」 速度を緩めたキリに対して速度を緩めない瞬。 結果として瞬が真剣な顔でペースメイカーの如く先行して、そんな姿を見たキリが微笑みながら追う形となった。 車通りが少ない為歩道の無い開けた道を定間隔で植えられた並木がコンクリートジャングルを彩り、蝉がその青春を謳歌すべく騒ぎ立てている。 アーケードも無いため夏の日差しに汗を流しながら、しばし無言のまま足を進める二人。 倉庫への行程の半分ほどを進んだ時点でようやく瞬が口を開いた。 「部長」 「なーに、瞬くん」 「力に、なれなくて、すいません」 「へ?」 早歩きのせいか若干息を切らしつつ唐突に謝る瞬に、キリが思わず妙な声を上げ完全に面食らったようで馬鹿丸出しに口を開けたまま足を止めて立ち尽くす。 着いてくる足音が止まったことに気付いたのだろうか、キリに背を向けたまま瞬もゆっくりと足を止めた。 「僕の能力で飛べたら、倉庫まで飛ぶことが出来たら暑い中歩かなくても良いのに。 それに物を送ることしか出来なくて作業に参加出来ないのもっ」 瞬にしては珍しくハッキリとした口調、それも大声で喋った。 御堂瞬の能力は「テレポート」である。 学園にいるほとんどのテレポーターは物質と人の両方を転移する事が出来るが、瞬にはそれが出来ない。 出来るのは「生きていないもので、かつ転移先に行った事がなければ送れない」という不便な転移だけ。 そういえば、とキリは以前読んだ瞬の活動記録を思い出した。 (ラルヴァ討伐隊に組み込まれたものの、体力不足と出動先に行った事が無い為物資の輸送もままならない。 その為に「役立たず」扱いされて自ら除隊、それを巌が見つけて連れてきたんだったっけ) 色々と調べたところ、いじめとかではなく少し厳しい戦場で体力の無さを叱咤された時に言われたそうだ。 今の唐突な発言も溜め込んでいたものが出たのだろうか、ともすれば鬱病の気があるようにも思えるが最近仲裁役を押し付ける事が多かったしストレスを溜めさせすぎたのかもしれない。 見た目どおりに精神的に大分弱い所があるんだろうなーと、キリはひとりごちる。 しかし、少し昔を思い出せば自分もその戦場で走り回って隊長として部下の尻を蹴り飛ばしていたのだ。 根性が無かったりひ弱なヤツは良く後陣の部隊へと送り返したのを思い出す。 (確かに瞬君の性格と体格じゃ、戦場はきついわねぇ) でも、と泣いているのだろうか少し震えている瞬の背中を見てキリは思う。 「瞬くーん、人には適材適所ってもんがあるのよ。 大工部は瞬君のおかげで大分楽させてもらってるのは間違いないんだし、下手すると私の方が無能じゃないの」 タイミングよくキリの両腕から熱廃棄の為の空気音が鳴る。 魂源力の大部分を精密制御の出来る義腕に回しているせいで、目下キリは相当低いレベルの肉体強化しか出来ない。 燃費を考えなければある程度までは強化は可能なのだが、もし戦場に立ったとしても今のキリでは「役立たず」に分類されるだろう。 (うちの部員は多かれ少なかれみんなそんな感じなんだけどねぇ) 部を立ち上げたときの部員の顔ぶれを思い出してキリが苦笑する。 ほとんどの部員が戦場においては「役立たず」の烙印を押されて他に何か能力を活かせる道はないかと考えていた面子だった。 それをキリと巌が呼びかけ、醒徒会と交渉して部として成り立たせ、部室を何とか用意して。 初めは小さな仕事からやりだして、僅か4ヶ月で今の大工部がある。 (そりゃ他の建築部が戦闘員としてラルヴァと戦っている時も仕事してたんだから技術も上がるわよねー) 徐々に仕事量が増えるにつれて嬉しい悲鳴が上がったが、瞬が来てくれたおかげで大工部の稼動効率は大幅に上昇した。 鋼材や木材をその都度現場まで運ぶ必要が無くなったのだから。 運転免許やそもそも車の少ない双葉区しかも部活動なので、それまでは超人系やサイコキネシス能力者に運んでもらうしか無かったのだ。 大きさの大小はあっても建物一件立てる分の材料を運ぶ為には丸一日かかることもあった。 それが下見さえ済ませておけば、ものの数分で輸送が完了する。 瞬の能力は、その「限定性」に反比例するように魂源力の燃費が非常に良かったことも助かった。 部に入ってまだ1ヶ月と少しだが大工部にとっては欠かせない「戦力」であり、何よりも殺伐とする部室のオアシスとなってくれているのがキリにはとても嬉しい。 「悩まない悩まない、そんな事言い出したら私だって超人系能力者よー? 瞬君一人担いで走っていくくらい出来ないとダメでしょ」 「いえ、僕も一応男なので女性に担がれるのはちょっと……あ、部長ちょっとだけ後ろ向いてもらえますか?」 はいはいと、キリが後ろを向くと布で何かを拭い擦る音が聞こえてきた。 瞬が少しだけ流れた涙を拭っているのがキリには分かったが、女性に涙を見せたくないという「男の見栄」なのだろうと察してしばらく黙っていることにした。 「もう良いですよ、ありがとうございます」 お互いが振り向くと少し赤くなった頬に何時もの笑顔を浮かべた瞬がそこにいた。 さて、鬱憤をぶつけてくれるのは腹の底を見せてくれるようで嬉しいのだが後に続く湿っぽい空気がキリはニガテである。 たとえ瞬が笑っているとはいえ、どことなくぎこちない雰囲気になるのが耐えられないのだ。 そこで、どうすれば良いかを考えた挙句。 「そーれ、よいしょぅ!」 「う、うぅわっ、部長やめてくださいよぅ!」 よりにもよってキリが瞬の背後に回り、股に頭を突っ込んだ。 手足をバタつかせ瞬が暴れるのも構わずにそのまま背筋と足の筋力に任せて強引に立ち上がる。 瞬の視界が普段の倍近くの高さまで上昇する、ようするに肩車状態だ。これは恥ずかしい。 さすがに瞬も嫌がる素振りを見せるが、 「ぶ、ぶちょ、本当にやめてくださいぃ」 「立ち止まっちゃって時間食っちゃったんだから、せーちゃんから怖い電話入る前に急ぐわよー」 キリが強引に地面を蹴り走りだした。 燃費が悪いのは分かっている筈なのに全身を強化して瞬の体重くらいはなんとか無視できるくらいの力を得ているのだろう。 瞬が出来るだけ怖がらないように上体を動かさずに腰から下だけを器用に動かす。 それはまるで能の舞台へと橋掛かりを進む楽士のようで、すれ違った通行人が驚きあるいは指差して笑う。 瞬が頬を赤くして俯くその下でキリが笑いながら夏の日の下を駆け抜けていった。 大工部の部室から歩いて20分、双葉区を巡回しているバスで停留所4つ分離れた場所に大きな倉庫がある。 中身を全て出せば小さな展示会が出来そうなくらいの大きさのその倉庫の道路に面した側には大きく「資材製作・販売」の文字が、その横に小さく「第九建築部倉庫」が掲げられていた。 中は大きな部屋が2つと、事務所に出来そうな小さな部屋が1つに区切られている。 大きな部屋の片方は所狭しと色んな木材や鋼材などが並べられていて、もう片方にはいくつかの小さな機械と大部分を占める大きな機械が設置されていた。 その二つの部屋を覗けるようにガラスとプレハブ素材で作られた小さな部屋にキリと瞬、そしてもう一つの人影があった。 「で、直前で強化する分の魂源力無くなったけど根性で走ってきたと……バカじゃね?」 「ぜっ、ぜひっ、バ、ぜっ、バカって、はぁっ、言う、なっ、げっほげほ」 「だから無茶だって言ったじゃないですかぁっ」 しっかりと空調の行き届いた、涼しい室内に汗だくになって頬を紅潮させてへたり込むキリとその背中をさする瞬。 そして事務机に添えられた椅子に腰を下ろしてコーヒーを啜りながら呆れ顔で二人を見据える女性。 長い髪を後頭部で無造作に纏めた髪の下、メガネの向こう側には常から目つきの悪いのをさらにジト目にしているのが見える。 機械オイルと埃で汚れた白衣を制服の上に羽織っているのが、口が悪けりゃ目つきも悪い20歳のうら若き乙女を自称する大工部の5人目の役職員である源創(みなもと はじめ)だ。 20歳という割には身長は平均よりも低く体型も正直言えば貧相だが、一人でこの材料店を営むれっきとした双葉大学2年生である。 「あーあー、汗が床に垂れるじゃないか。そこのロッカーにタオル入ってるから使いな」 「えっと……あ、これですね。部長どうぞ」 「はっ、ありがっと、けほっ、瞬君」 瞬がロッカーから取り出したタオルで上気する顔に満ちる汗を拭いながらキリが応える。 元からある程度の体力はあるため、死にそうなくらい荒れていた呼吸も随分と落ち着いてきているようだ。 「落ち着いたら喉渇いちゃったぁ、創(そう)なにか飲みもの頂戴」 「来て早々にそれか……そこの冷蔵庫に何かあるだろ」 「わーい、瞬くん何かとってー。あ、出来たらビールがいいな!」 「部長まだお仕事中ですよぉ、それにビールは無いです」 「えー、ビールないのー?」 「真昼間から酒飲もうとすんな、この飲兵衛め」 創が冷蔵庫を覗いていた瞬を退けて、ミネラルウォーターのペットボトルを取り出しキリに投げつけた。 結構な速度で投げられたそれが顔を拭いている最中のキリの頭に見事に着弾してボコンと鈍い音を上げる。 「いったーい、何すんのよー!」 「やかましい、とっととそれ飲んで用件に移れ。あたしはあんたと違って暇じゃないんだ」 幸い底や蓋の硬い部分じゃなかったのかそれ程の痛みは感じなかったようだ。 当たった部分を瞬に摩ってもらいながら床に座ったまま水を飲むキリを、再び定位置である椅子へと座りなおした創が見下ろす形になる。 「用件に移れも何も、せーちゃんから連絡いってるでしょ?」 「せーちゃん……? ああ、美作のことか。 あんたその変なあだ名着ける癖まだ抜けて無いのかい」 「変なとは失礼ねぇ、親愛を篭めてるのよ。瞬くんにも着けてあげたいんだけど読み方が無いのよねー」 瞬でまたたくだからたっくん? と言い始めたキリを見て、なんでこんな変人と関わっているのかと創はぬるくなったコーヒーを口に含みながら頭痛のする頭を抑えた。 「もうそれは良い、置いとけ。 美作からの連絡は聞いてるよ、丁度来てた超人系のヤツに頼んでかためてあるから運ぶといい。 あたしの聞いた用件ってのはその事じゃなくて、なんであんたがここに来たのかってことさ。 ああ、御堂はコイツの事は放っておいて仕事に移りな。構ってると日が暮れるよ」 創がガラスの向こうに一箇所にまとめてある鋼材などを指さすと、瞬はペコリと小さく一つお辞儀をして部屋から出て行った。 良い子だと創は思う。それに比べて、 「なによー、来ちゃダメなの?」 「あんた厄介ごとしか持ってこないでしょうに」 かつての級友は何でこんなに愚鈍というか変人になってしまったのだろうか、昔は真面目で一本筋の通った良いヤツだったというのに。 空のペットボトルを頭の上に載せて遊び始めたキリを見ながら、創は大きく一つため息を吐いた。 「んで、何しに来たのさ? 顔見に来たってわけでもないんだろ、腕のメンテもしばらく先の筈だ。 あ、もしかして壊したのか!?」 キリの腕のメンテは創が行っている。 とはいっても出来るのは応急処置と簡易検査だけであって、オーバーホールは別の科学部の研究所に頼まないといけないのだが。 キリはその手続きを科学部どうしの繋がりがある創に全部まる投げしていたりする。 創にとっては面倒くさいうえに、借りを作ることになるので非常に嫌なのだ。 「ふえ? 壊れてなんてないわよ、ほーら」 「キモい、止めろ」 「創(そう)はほんとにセメントねぇ。あ、このセメントっていうのは大工部をかけ」 「やかましい」 「なによー」 また頭痛がしてきた、と創はメガネを外してこめかみを抑えた。 暫く経ってから目を開けると地べたに座りこみ普通の人間では絶対に曲がらないような方向に間接を曲げたままのキリが拗ねた様な顔をしていた。 「いい、もう分かったからその妙なポーズは止めろ」 創がさらにキツクなった頭痛をなんとか堪え搾り出すように命令すると、キリはこれ以上のリアクションを求めるのは無理だと悟ったのか大人しく腕を下ろした。 「相変わらず創(そう)はノリ悪いわねぇ」 「あんたのノリにゃついていけないよ、んで結局何しに来たんだ?」 「ああ、腕付け替えに来ただけよ。 久々に参加しようかなと思って……ところで灰皿無いの?」 「あたしは禁煙中だ、吸いたいなら外で吸って来い」 白衣のポケットから禁煙パイポを見せると、クイっと顎で外に繋がる扉を示した。 キリはしばらくどうしようか悩みタバコと外の熱気を天秤に掛け、結局取り出しかけた紙箱をポケットに戻す。 物凄く不満そうな顔をしているが知ったことかと創は思う。 「というか、腕付け替えるんだろ? タバコなんて吸ってられないだろうに」 「走り疲れたから一服したかっただけなのよぅ」 ぐてーっと、キリがだらしなく床(一応創の生活スペースでもあるので掃除はしてある)に崩れこむ。 さすがに創が注意しようと椅子から腰を浮かせたのとほぼ同時に瞬が扉を開けて戻ってきた。 片手に学生証を持っているところを見ると、どうやら携帯機能を使っているようだ。 「部長、美作さんが変われって言ってます。怒ってるみたいですよぉ」 それを聞いた途端、キリがそれまでの飄々としていた表情を一転させて嫌そうな顔を浮かべた。 「えー、せーちゃん怒ると怖いから出たくないー」 「あんたが言うな、あんたが。もう面倒くさいからさっさと出てやれ」 仕事の連絡入る度に愚痴言われるこっちの身にもなってみろ、と創は思う。 その仕返しを食らったキリがその倍くらいの時間電話で愚痴ってくるのも正直止めて欲しい、とも。 目の前で学生証の向こう、見えない聖を相手に頭を下げるキリを見て創の口から今日一番のため息が漏れた。 「せーちゃん、何であんなに怒るのかしらねぇ?」 「そりゃ、だらしないからだ」 仮にも部長が何をやっているのか。 「怒られてるのあんたくらいだろ、あたしに対しては普通の女子やってるぞ」 「えー、創(そう)ずるい」 「いや、ずるいってな」 口を膨らませて、ぶーたれるキリ。 後ろで苦笑いをして頬をかいている瞬を見るに、本当に聖はキリに対してはキツイ性格をしているのだろう。 「まぁいい、んで用件は何だったんだ」 「んー、とりあえず地鎮祭は滞りなく5分で終了したってさ」 「……早すぎじゃないか?」 普通の地鎮祭は短くても30分はかかる。 それが5分で済むとはいったいどんな手抜きだ。 「良いのよ、うちの契約してるところは特別なんだからー 何てったって実際に神様呼んでの地鎮祭、面倒な準備何て無いのよ」 元より悪い目つきを更に悪くする創に向けて、キリがウィンクしながらVサインを出す。 「おい、御堂」 「大丈夫です、本当のことです」 意味不明な歌を口ずさんで陽気に笑顔を振りまくキリ。 それを見た創の、あいつ頭大丈夫か、という意味をこめたジェスチャーに対して瞬が答えた。 「そうか、双葉学園は相変わらず変人の多い所だな」 「あは、あはははははは」 「何よー、創(そう)も十分変人じゃない」 確かに白衣羽織ってオイルと機械に囲まれた生活をしている二十歳の女性はそうはいない。 「あんたにだけは言われたか無いね、二十歳の高2が。制服着てタバコ吸うな、酒飲むな」 「やーよ、両方とも今の私には欠かせないんだからぁ」 何故か胸を張ってキリが答えた。 それをジト目で見つつ、創が残ったコーヒーを喉へと流し込む。 「はいはい、もう馬鹿話はこれまでだ。美作が急かしてるんだろう、とっとと腕変えて現場行け」 「えー、久しぶりに来たんだからもっとお話しましょ?」 「黙れ馬鹿、あんたと話してるとこっちの頭痛が止まないんだよ」 創があっちへ行けと言わんばかりに右手を振った。 それを見て、口を尖らせぶーたれるキリの背中を瞬が押して居住スペースから出て行く。 倉庫スペースへと出た途端に、キリの全身を蒸し暑い空気が包み込んだ。 「……暑いわ」 「夏ですから、それに皆はもっと暑いお日様の下ですよ」 とにかく急ごうとする瞬が申し訳無さそうに背中を押し出してくる。 引っ込み思案な瞬が女性の体に触って、しかも上司を動かそうとしているのだから、相当焦っているのが良く分かった。 「もうしょうがないわねぇ、んじゃお仕事しましょうか」 「早くしないとまた美作さんにお仕置きされちゃいますよぅ?」 「だーいじょーぶよー、そんなに急いだって良い事なんて無いんだから」 微妙に涙目になった瞬の顔を肩越しに身ながらキリが薄い笑みを浮かべた。 というか、聖は既に大分怒っていたりするので今更数分遅れたところで後で怒られるのは確定していたりする。 キリはそれが分かっているので今更急ぐつもりなんてさらさらなかったのだが、 「良いからとっとと仕事いけ、うるさい」 後をついて出てきた創がキリの高い位置にある尻に綺麗な蹴りを叩き込んだ。 トップに戻る 作品保管庫に戻る
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らのらのhttp //rano.jp/1058 2016年の双葉学園には、誰からも愛されるアイドルがいた。 男子・女子問わず羨望の眼差しを集めるその姉妹は、非常に特徴的な異能を有していた。そしてその異能こそが個性であり、特徴であり、自慢であり、武器であった。 頭にキュートな猫耳を乗せて、毛並みのよい尻尾をふりふり動かす。 猫の血を覚醒させて、俊敏にフィールドを駆ける。高所から飛びかかる。獲物を切り裂く。 彼女らの笑顔を一目見ただけで、どんなに硬派で生真面目な男でも、母性をくすぐられ、ときめいたものだった。 その上、彼女らは戦闘能力も桁違いに高く、姉妹なしでは勝てなかったラルヴァとの戦闘も数多い。 この物語は、今や学園の伝説となった猫耳姉妹・立浪みかと立浪みきの、栄光と末路までを綴った記録である。 立浪姉妹の伝説 -その栄光と末路- 第一話 魚肉ソーセージ 学園にラルヴァ襲来警報が発令される! 一般人や並みの異能者である学生は、団子になって逃げ惑った。果敢な者たちは討伐に出たものの、その異形を前にして強い躊躇を見せてしまう。 校庭に鎮座する、静かなる脅威。 物を語らない恐怖の大砲は、双葉学園の校舎をしっかり捉えて破壊の時を待っていた。 「え? どういうことさ。異能者が攻めあぐねていて戦況が動いてないって」 廊下をかけながら、高等部二年生・立浪みかは友達の異能力者にそうきいた。腰まである長い茶髪をばさばさ揺らし、緑の瞳で顔色をうかがいながら走る。友達は顔を赤らめて視線を逸らすと、とても言いにくそうにしてこう言った。 「だってぇ・・・・・・。あんなの、私の口から言えませぇん・・・・・・」 「何なんだよう! わけわかんないなー。強いの? 硬いの? でっかいの?」 「言わせないでぇみかちゃん・・・・・・」 ますます彼女は真っ赤になり、縮こまってしまった。この意味不明な反応に、みかは首を傾げてしまった。とにかく、現場へ急行してみるしかない。 上級クラスのラルヴァが出たと聞いては、この立浪みかが黙っちゃいられない! 彼女はペロリと舌なめずりを見せては、今回はどうやって華麗に撃破してみせようかをすでに考えていた。 友達が時間をかけて駆け上がっていく階段を、みかはひとっ飛びで上っていく。彼女の自慢は身軽さだ。グラウンドや校舎内を軽やかに駆け回り、飛び回る、猫のような動き。 屋上の扉を開け放ち、昼の白い日差しが彼女を出迎える――。 潮風が後ろ髪をたなびかせる。風の強い屋上から、みかはその異形を見た。 異能者たちが攻撃を躊躇するぐらいの、謎に包まれたラルヴァ。立浪みかは、ついにその全貌を目の当たりにする。 「・・・・・・こっ、これはっ!」 百戦錬磨の彼女をもってしても、そのラルヴァを前にして絶句を見せたのであった。 「あううー。私ったらまた、出遅れてしまったようです・・・・・・」 大きなバストを上下に揺らし、はあはあと苦しそうに息をしながら彼女は階段を上がっていった。 立浪みき。高等部一年生。 昼休み、いつものように木陰でお昼寝をしていたら、友達に肩を叩かれて起こされてラルヴァの襲来を知った。モバイル学生証にはすでに、姉からのメッセージが届いている。「なぁに今日ものんびりしてんのさ! 屋上にいるから、早くおいでよ」。 彼女は非常にどんくさい。猫の力で戦うくせして、おっとりしていて動きが鈍い。 趣味はお昼寝。お気に入りの白樫の木のもとで、無防備に仰向けになるのが好きなのだ。 魔が差してしまった高等部の男子が、ブラウスを膨らませている柔らかな双丘に触れようとした事件があった。警戒心の強い彼女は後一歩のところで目を覚ましてしまい、その場でぐすぐす大泣きしながら非難の目を向ける。そして、その男子の家に、怒り狂った立浪家長女がヤキを入れに襲撃してきたという悲劇があったとか、なかったとか。 みきは鉄製の扉を両手で押して、ゆっくり開く。風が強くていつもより扉が重たい。屋上にはすでに、みかが両手を手すりについて校庭を見下ろしている。 「姉さん?」 彼女はすぐに疑問を感じる。いつも自分が遅れてやってくるときには、姉はたいてい自慢のナイフを握って敵と戦闘を繰り広げていた。だが、今日は違った。 「どうかしたんですか? まだ敵と戦闘状態に入っていなかったのですか?」 「おお、来たかみき。ま、あれを見なよ。・・・・・・あはは、あんなんじゃ誰も攻撃したがらないわけだ」 みきは視線を異形に向けた。たくさんの生徒を魅了してきた黄と青の美しいオッドアイを、よく凝らして見つめた。 敵は校庭のど真ん中に鎮座している。一言で表現するなら・・・・・・ミミズ? 一本だけの触手? いや、違うなあ。・・・・・・あ、魚肉ソーセージ! 太くて食感のいい魚肉ソーセージ! 「どう思うかい? その、なんていうか、参ったなあ。困っちゃうよなあ?」 「ええと・・・・・・。おいしそうです・・・・・・」 そう言った次女を、みかは衝撃の目をして振り向いた。ピントのズレた発言も可愛いところがあるみきだが、その発言はいただけない。アウトだ。 「むしゃぶりついたらとってもおいしそうですね。口いっぱいに頬張りたいです。ふふ、私の小さなお口じゃさきっぽのほうしか無理かもしれませんね。姉さんも、お腹空いてたんですか?」 「みき。それ以上いけない」と、みかは心底申し訳なさそうに言った。「無知なのかカマトトぶってるのか、お姉ちゃんのあたしにはよくわからんけどさあ。いいかい、あれはなあ・・・・・・」 ごにょごにょと真実を耳元でささやいたとき、みきの白い猫耳がボンと飛び出した。彼女は真っ赤になった顔を両手で覆い、その場で崩れ落ちてしまった。 「何・・・・・・それえ。もう、やだあ・・・・・・」 「恥ずかしいだろー? 何であんなんが教育現場にいるんだろうな。ある意味一番招かれざる客じゃないか」 と、みかは熱っぽくため息をつきながら言った。魚肉ソーセージは、長い巨体を八本の気持ち悪い足で支えている。あんなのがきちんと意志をもってここまで自走してきたと思うと、とんでもない歩くテロ行為だなとみかは呟いた。 魚肉ソーセージの正体は、恐らく「大砲」なのだろう。まあ、当然「大砲」なのだろう・・・・・・。 実弾を出すのか、光学兵器を展開するのか、戦ってみない限りわからない。 「あーもう! あんなん、女の子が攻めあぐねるのもよくわかるよ!」 みかは大声でそう言った。やけくそな調子のなかにも、内心楽しそうな・嬉しそうな色が少しうかがえる。両腕を後ろに回して、長い髪を緑のゴムで一つに縛った。 「じゃ、そろそろ行くか、みき。誰が連れてきたんだか知らんが、早くあんなの追い出してやらないと、女の子の教育上非常に悪い」 「あうう・・・・・・」 みきはまだ、再起不能のようだ。みかはそれだけ確認して苦笑すると、手すりの上に足をかける。 「立浪みか! みんな、行っくよー!」 みかは飛び出した。青空に滑り込むように、緑の瞳をきらきら輝かせて、校舎の屋上から飛び上がった。 「立浪みかだ!」 「うおお、待ってました! どうかあんな卑猥なの、早くズタズタにしてやってください!」 「猫耳少女とアレが戦うのか? うわあ、すげえ情けない意味で見ものだなあ!」 次々とグラウンドから上がる、男子からの声援。今回、ラルヴァに襲撃を受けているのにもかかわらず、女の子の戦士は一人残らず教室に引きこもってしまったという。 太陽を背景にして、くっきりと浮かび上がる少女の黒い影に、猫耳が具現する。尻尾がしゅるっと生える。 牙を八重歯のようにちらつかせ、にっと微笑みを見せてファンサービスをしてから、猫耳少女・立浪みかは左手に武器を出現させた。彼女が自慢としている、やや大きめの短剣。 「とおりゃあああああああ!」 くすんだ緑色のグラディウスを、飛び道具のように投げ飛ばした。 地上六階の高さから放たれた短剣は、斜め四十五度の鋭角で、地面にへばりついている魚肉ソーセージの本体に直撃する。 全校生徒を大混乱に陥れた八足歩行型砲台ラルヴァ・「リンガ・ストーク」は、強烈な打撃を受けてのたうちまわった。 びたんびたんと、リンガ・ストークは白色の本体を真っ青にしながら、苦しそうにもがいている。周りを取り囲む異能者の男子たちも、思わず脂汗を額に感じていた。 「あたしゃ女の子だからよーわからんけど、相当痛がってるみたいだねえ。直接的な表現はあたしも恥ずかしいから、あたしも『魚肉ソーセージ』と呼ばせてもらうよ」 と、ニヤニヤしながらみかは言った。魚肉ソーセージは、ぶるるっとその巨体を震わせてから、ガサガサとこの上なく気持ち悪い挙動でみかに急接近する。八本足の想像以上の速さに、油断しきっていたみかは懐をとられた。 ばちんと、砲台をしならせてみかの頬をうった。みかは横に吹き飛ばされ、グラウンドを転がっていく。受身を取って立ち上がると、異形に向かってこう怒鳴った。 「いったーい! あんた、よくもそんなもんで女の子のあたしをぶったね! 許さない! 絶対に許さない!」 みかは緑の目を燃え上がらせると、弾丸のような速さで魚肉ソーセージに走りかかった。左手に再び、短剣を呼び寄せた。 すぱっと深く斬りこんでみせる。その切れ味に、異能者たちから歓声があがる。何度も近接間合いに入っては敵を斬りつけ、突き刺して、ナイフを持ち替えてはまた斬った。グリーンの美麗な残像が何度も描かれ、乱舞する。 しかし。このリンガ・ストークは系列が「M」であった。痛めつければ痛めつけるたび、彼女の見えないところで別のゲージが溜まっていった。 がきんと突然グラディウスがはじき返され、みかは仰天する。 「は? 何で? 何が起こってるの!」 刃先を叩きつけても、石のように硬化した魚肉ソーセージにまったく通用しない。みかのグラディウスは斬れないもののほうが少ないだけに、それは彼女をひどく困惑させた。 リンガ・ストークは砲台をほんのり赤く変色させ、その巨体も心なしか、一回り大きく・長くなっているように見えた。この状態変化に危険を感じたか、みかは距離を取る。 「あたしの攻撃がまったく利かなくなった。なあ、男の子ども? これはどういうことなんだい? あたしにわかりやすく教えてくれると、助かるなあ」 などと悠長なことを、みかはわざとらしくギャラリーにきいている。男子の異能者は言葉に詰まって、黙り込んでいた。そのとき、彼女にしっかり照準を向けている真っ黒な経口が、かっと輝いた。 「姉さん! 飛んでぇ!」 みきの絶叫を耳にしたみかは、とっさに跳躍した。 すると、真下をリニアのごとく白いビームが駆け抜けていったのを見た。みかが着地した瞬間、背後にものすごい音が轟いたのをきいた。 恐る恐る背後を振り返ると、山がひとつ吹き飛んでいた。 「・・・・・・怖いってぇ! 何だよこいつ! 危険すぎるじゃないかあ!」 上級ラルヴァのリンガ・ストークは、拠点強襲に特化した兵器タイプのラルヴァである。ビーストにもデミヒューマンにも属さない固有の生物は、便宜上エレメントの分類となる。(その形状から部位としてデミヒューマンに分類されるという意見も根強い) 砲台から高威力のレーザーを無尽蔵に発射できる、恐怖の兵器だ。どうして学園を襲っているのかその真意は不明だが、このまま野放しにすると学園は破壊の限りを尽くされてしまうことだろう。 積極的に敵をいたぶることでますます猛り、レーザーを乱れ撃ちにして手の着けられなくなる「S」タイプと、敵にいたぶられることでゲージをため、強力なレーザーで一撃必殺を狙う「M」タイプが存在する。今回みかが交戦しているのは、後者のほうだ。 「よっと、うわああっと、ひいいいいい?」 みかは横っ飛びにレーザーを避け続ける。彼女を追い回すよう、魚肉ソーセージはレーザーを何発も撃ち込み、よそに直撃しては甚大な被害が出た。「絶対にこっちを背にして戦わないでねみかちゃん!」と、校舎に引きこもっている女子たちは叫んだ。それに対してみかは「無茶言ってないであんたたちも戦ったらどうなんだよぅ!」と怒鳴る。 リンガ・ストークは数秒間パワーを溜めると、砲台を右回りに回転させながらより太いレーザーを射出した。もうやりたい放題だ。 それはグラウンドを白い画用紙にたとえれば、クレヨンを押し付け、扇形を描いたようであった。この想像を絶する激しい攻めたてに、みかは冷や汗を何度もかいた。 「こいつったらあたしをオカズにしてるっていうの? やあん、嬉しくないってえ! こんな早撃ちマック、こっちから願い下げだよ!」 横に飛んで着地したところを、的確に狙われてしまう。正面を向いたら、経口が自分のほうを向いていたのだ。みかは隙を突かれ、レーザーを放たれようとしていた。 みかの機動力なら、それだけ一目見てから回避するのはたやすい。しかし、彼女は背後にあるものを思い出して、くっと歯をきしませた。 (後ろには初等部の子供たちが!) うかつだった。敵の攻撃に追い回されているうち、初等部の校舎を後ろに背負ってしまったのだ。ここでみかが回避をしてしまえば、子供たちの命が危ない。 みかには九歳になるもう一人の妹がいた。その子は大のお姉ちゃんっ子で、みかもまたこの末っ子を溺愛している。ここは絶対に引き下がれない。 「ああもうわかったよ! 撃つなら撃ってこいやあ! あたしがあんたの出したモノ、全部受け止めてやるわあ!」 リンガ・ストークは憤怒の色をたたえ、今まさにレーザーを撃ち込まんとしていた。みかは腹を決めて、両目をぎゅっと瞑って耐え抜こうとした・・・・・・。 ところが、魚肉ソーセージは突然その身をロープのようなもので雁字搦めにされ、レーザーを撃つことも身動きもとることもできなくなってしまった。ばたばたともがいていた。みかはぱっと笑顔になって、もう一人の猫耳少女を見る。 「みき!」 「あうう・・・・・・」 みきは自分に付与された武器・青い鞭で、リンガ・ストークを締め上げていたのだ。縦に、横に、斜めに何重にも巻かれた硬質ロープは、本体にぐいぐい食い込み、ソーセージというよりボンレスハムを思わせた。 「みきったら、やるぅー。カゲキぃー!」 「もう! そんなつもりじゃないのにぃ、姉さんってば!」 泣き出しそうな顔で、みきはそう言う。しっかりと両手で鞭を握り、ぴんと張って異形を締め上げている。 しかし、異形はそれでもびくびく動き、ほんのりと赤みを帯びてその身を硬化させる。硬くなりすぎたあまりビンと反りあがってしまったリンガ・ストークの勇姿は、校舎で引きこもっている女子異能者たちの阿鼻叫喚を引き起こす。 「うわあ、恥ずかし・・・・・・。てか、みき! そんなんじゃダメだ! もっと強く締め上げて!」 「何言ってるの姉さん! こんなの、これ以上縛っていたくないのにぃ!」 「一通り戦ってわかったんだけど、その程度の力加減じゃ相手は悦んじゃうんだよ! ズタズタにするつもりでやって!」 「私にこんなことさせてないで、姉さんが早くとどめを刺してよ! 私、もう、恥ずかしくて、死んじゃいそうだよお!」 「よしわかった、あたしがあの自重しない魚肉ソーセージ止めてやるから、しっかり拘束プレイしてな」 みかはリンガ・ストークに接近し、その本体をよく探った。本体は非常に硬くなっているので、恐らくナイフは通用しないだろう。弱点を見つけ出すことができれば、勝てるのだ。 「これか・・・・・・!」 砲台の根元の真下に、二つの巨大なボールがあった。それはどくどくと心臓のように鼓動しており、指先でつついてみたら、本体と違ってとても柔らかかい。 「あたしたちがカワイイからって、散々ここでヌきちらかした罪は重いぞ! くたばれぇ!」 みかは自慢の短剣を振りぬいた。二つの玉を切り裂いてしまった。 束縛されている魚肉ソーセージが、一気に真っ青になってがくがく震えだした。グラウンドで猫耳姉妹の戦闘を鑑賞していた男子たちは、一目散になって逃げ出す。彼らには、これから何が起こるのかうっすらと想像がついたのだろう。 リンガ・ストークは痙攣を終えると、ばちんと弾けてしまった。 それはまるで植物の鞘が弾け、種子が乱れ飛んだかのようだった。風船が割れたような音のあと、校庭は凄惨な様相を呈する。魚肉ソーセージのばらばらになった肉塊に混じって、白い液体があちらこちらに吹き飛んだのだ。 校舎の壁にもべっとりつき、女子の悲鳴が収まらない。リンガ・ストークを束縛していたみきはまともに液体を浴びてしまい、わんわん泣いてしまった。 「ふえええん・・・・・・。やだあ、臭くてべとべとですごく気持ち悪いよー」 そして見事に強敵を撃破した立浪みかも、心底嬉しくなさそうにしてあぐらをかき、肘を太ももについていた。彼女が一番、破裂による悲しい被害が甚大であった。 「サイテーだ。あたしも戦線に出て長いけど、こんなサイテーな勝利、嬉しくもなんともないわ・・・・・・」 そのぶすっとした童顔も長い髪の毛も、自慢の猫耳も、白濁した液にまみれて糸を引いていた。 会長のロリボイスがその逸話を語り終えたときには、遠藤雅の顔はものすごい引きつりを見せていた。 「・・・・・・そ、そんな情けない事件の話が、会長の言う、知っておくべき過去の事件なんですか?」 「いいや。まだまだ話は始まったばかりだぞ遠藤雅。相変わらずのせっかちさだな。しゅくじょは理解の早くて空気の読めるしんしを好むものだぞ」 あ、そうですか、すみませんでした。余計なこと言ってすみませんでした。 そう、雅は顔を引きつらせたまま謝罪した。 「ところで遠藤雅」と、御鈴はお目目をぱちぱちさせながら彼に話しかける。 「どうしてリンガ・ストークは恥ずかしいラルヴァなのだ? 爆発したあと撒き散らした白い液体は、いったい何なのだ?」 最初に戻る 【立浪姉妹の伝説】 作品 第一話 第二話 第三話 第四話 第五話 第六話 第七話 最終話 登場人物 立浪みか 立浪みき 遠藤雅 立浪みく 与田光一∥藤神門御鈴 登場ラルヴァ リンガ・ストーク ガリヴァー・リリパット マイク 血塗れ仔猫 関連項目 双葉学園 LINK トップページ 作品保管庫 登場キャラクター NPCキャラクター 今まで確認されたラルヴァ
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ラノで読む 「Hey、Boss。そろそろ起きないとチコクするヨ」 「うぅん、あと五分」 黒いスーツを着込みサングラスをかけ、褐色の肌をした大男が、寝坊癖のある少年と母親のような会話をしている。 「Boss……マネーはイチ秒でウゴクといつも言うヨ」 「分かった、今起きる。五分で行くから外で待ってろ」 少年はベッドから出て男に指示を出した。 「OKヘリで待ってるヨ」 男が出て行った部屋で、少年は身支度を始めた。 少年の名は成宮金太郎、彼を起こした大男は個人的に雇っている秘書のアダムスという。 金太郎は普段双葉学園の中を出ないため、外での活動を一切任せている有能な男だ。 その人間の総資産と金運が↑↓-の三種類でわかる金太郎が見て、いつも上向きの金運を保っているのが何とも頼もしい。 今朝は男子寮に入ってきていたが、それは一重に金太郎が学園にしている莫大な寄付に物を言わせた特別措置である。 「ジャスト五分さすがBossネ」 「いつも言ってるだろ、金は一秒で動くって」 これも特別に着陸させたヘリに乗りながら金太郎が言った。 今学園は夏休み中である。 とは言っても学園の生徒の夏休みはとても短い。 授業は無くても、ラルヴァ出現のための待機があるからだ。 金太郎は出動のメンバーには入っていないが、結局学園に残る事になり、学園を離れられるのは十日程であった。 「Boss今日は楽しそうネ、やはりファミリーに会うの楽しみカ?」 「べ、別に関係ねーだろ」 「HAHAHA、そういうところBossもまだ子供ネ。私そういうの好きよ」 照れ隠しに金太郎は操縦席を蹴りつける。 「NO、アブないよ。オちるから大人しくするヨ、OK?」 「けっ」 金太郎はふて腐れて窓の外を見ている。こんな風に金太郎が年相応の反応を見せるのは、今ではアダムスの前だけであった。 程なくしてヘリが目的地に降り立つ。 今回の休みに合わせて開発した別荘地だ。 ヘリから出た金太郎を迎えるため、現地の人々は盛大なパレードを催していた。 「何だこれは」 「みんなBossにお礼言いたいヨ。それじゃバカンス楽しむネ」 立てた親指を突き出し、アダムスがヘリを離陸させていった。 金太郎が周りのテンションの高さに困惑していると、華やかな歓迎の輪から二人の壮年の男が金太郎に近づいてきていた。 「この度は本当にありがとうございました。ウチの建材を発注してくれたおかげで、私共社員一同路頭に迷わずに済みました」 男の一人が涙を浮かべて金太郎に頭を下げる。 助けてくれと泣きついてきた時はひどいマイナスだった総資産もプラスになり、金運も上を向いているようだ。 「べ、別に、どうせ作るなら良い物を使いたかっただけだし……」 どっか行けとしっしと振り出した金太郎の手を掴み、男が泣き崩れる。 「私共も、別荘地として整備してくれたおかげで、最低限の開発で仕事が増えました。成宮様にはなんとお礼を言ったら良いものか想像もできません」 もう一人の男が穏やかな笑顔で話しかけてくる。 「あーもう、とにかくあんたらのためにやった事じゃねーから、蓮次郎が虫捕りがしたいっていうから場所探してただけだし。なあ、そういう訳だからもう行っていいかな」 「それはすみませんでした。ただ本当に村一同感謝の気持ちを伝えたいと思ってやったことです。どうぞ許してやってください」 笑ってはいるが金運はまだ-で、こちらはまだまだこれからといったところか。 「怒ってる訳じゃねぇよ」 ただ学校の朝礼をはじめ、このてのイベントはダルいのである。 「あー、兄ちゃんもう来てる!」 パレードの後方から声が聞こえた。 麦わら帽子に、肩から提げた虫かご、体と同じくらいの長さの虫捕り網を持って完全な虫捕り少年となった弟の蓮次郎だ。 「兄ちゃんスゲーよ、ここ。めちゃくちゃデケぇクワガタがいるよ」 嬉しそうに虫かごを見せてくる。 「うわ、凄いな蓮次郎お前が捕ったのか」 「うん」 満面の笑みで答える蓮次郎とそれを暖かく見守る金太郎。 「よーし、どっちが強いの捕まえれるか勝負だ」 「うん」 駆けていく二人。生まれてすぐ父を亡くした蓮次郎にとって、金太郎は兄であると同時に半分父親のような存在だった。 「ああそうだ、あんたら年賀状とか送ってくるなよな、めちゃめちゃ来るから、ハガキも景品も置くとこ無いんだよ」 途中で金太郎が振り返り挨拶に来た大人二人に言った。 「兄ちゃーん、早く、早くー」 少し先で蓮次郎が手を振って待っている。 「わかった、今行くから」 その日の夜アダムスから連絡があった。 「ああオレだ。今回の面会希望者は何人だ? そんなにか、わかった。どっか一カ所に集めておけ。それと全員分の資料も作っておけよ。明日から一週間完全にオフにするけど、明けたらすぐ見るから」 ちなみに今回金太郎が作った別荘地は、日本の伝統建築がすぐ近くで見られると話題になり、海外でバカ売れしたという。 その売り上げと、今後の観光収入で二、三年後には黒字に転換するだろう。 こうして世界経済を動かすビジネスマン、成宮金太郎の夏休みは終わっていく。 感想・コメントフォーム 名前 キャラ紹介へ トップに戻る 作品投稿場所に戻る
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流れ星を一緒に見よう ラノhttp //rano.jp/1491 この日常に漬かりきっていたせいか、僕は物事のありがたみを忘れていたようだ。 楽しいことだらけの学校に通えて、不思議なちからも使うこともできて・・・・・・。 僕は世界でいちばん幸せだったのかもしれない。 でも、そういう素直な気持ちを忘却してしまっていたのも、いかに僕が学園生活や異能のありがたみを軽んじていたかということだ。 ろくに注意も向けない都会の夜空にも、星は美しく流れていくというのにね。 ごめんね。 今の僕はそういう気持ちでいっぱいなんだ。 本当にごめんね。 ぶん殴ってやりたい大馬鹿ヤロウがいるとしたら、それは僕のこと。 どこにでもいる剣豪少女に僕は言いたい。 タイミングが過ぎてからでないと重要なことに気づけない愚かな僕を、いっそのこと斬ってしまってほしい。 どこかにいる治癒能力者に僕は会いたい。 本当に何でも治すことができるのならば、今すぐにでも僕の喪失を無かったことにしてほしい。 無くしてしまうものが大きすぎる。このままだと僕は死んでしまうよ。 今日はここに来てくれてありがとう。 みっともないだろう? 自分でもそう思う。 ボロボロになった死にかけの僕を、僕は君に見て欲しいのだろうか? いいや、もっと君に見て欲しいものが僕にはある。それは僕の本当の気持ち。 双葉山。うんと静かな夜の展望台。僕らはもう何度、ここに通ったことだろうか? それは数え切れないほどだったよね? ・・・・・・同意が欲しい。 僕は二人の関係が永遠のものだと信じて疑わなかった。 だけど君は「始まりもあれば終わりもあるの」、そう言った。 ほら、見上げてごらん。 今更説明なんてするつもりはない。何度も君に見せてあげたものだから。 でも、今夜の星空はちょっと違う。だからちゃんと見て欲しい。 今宵君に見せてあげようと思うのは、壮大な天の川でも巨大なオリオンでもない。 ――ひとつ、流れていったね。 ――またひとつ、零れていったね。 流星群。これが、今の僕の気持ちそのものだ。 「スターライトシャワー」。暗闇さえあればプラネタリウムを作ることのできる、僕の異能。 化物との戦いに何の役にも立たないけど、僕はこのちからを誇りに思っていた。 なぜなら、これは君のためにあるものだからだと思っていたから。 君を幸せにするために僕は生まれてきたのだと思っていたから。僕は「奇跡」をそういうことだと思っている。 流星群。これが、今の僕の気持ちそのものなんだよ。 本当に悪かったと思っている。僕は愚かだった。 君がいつも側にいてくれたからこそ、僕は日ごろの生活も戦いも幸せだったというのに。僕はそのことをすっかり忘れていた。 君のいない学園生活なんてありえない。 君のいない星空なんて美しくない。 だから、行かないで。 流星群。これが、今の僕の気持ちそのままだよ。僕は泣いている。 手遅れにならないと、僕は失うものの大きさに気づけないようだ。 どうして僕は君を寂しがらせてしまったのだろう。「永遠」にウソをついたのは僕のほうだった。 僕は君を深く悲しませてしまった。もう、二人の愛は元に戻らないのだろうか。 本当にこれですべてが終わってしまうのだろうか。 失うものがあまりにも大きすぎて、ひたすら涙を流すしかない。 もう二度と君を寂しがらせたりしない。 もう二度と「永遠」にウソをつかない。 だから、行かないで。 流れ星が十個ぐらい流れていった頃合だった。彼女は立ち上がった。 一緒に座っていたベンチから静かに離れていった。 「素敵なものを見せてくれてありがとう」 そう、絵に描いたような笑顔を僕に見せてくれる。 「また明日、学校でね」 彼女は僕を残して歩いていった。ベンチに座って、うなだれている僕を残して。 僕は彼女が消えていくのをどうしても見ることができない。こんな結末を認めることがどうしてもできない。両手を組んで、額を両手に付けて、深い息を吐いていた。 だけど、僕は彼女に見てほしかった。 たった今、天上をぼろぼろと流れ落ちていく、熱く閃く大粒の流星群を。 三日後。 彼女が別の男と腕を組んで歩いているのを偶然見かけた。 僕がしばらく見ることのできなかった、本物の笑顔を彼に向けていた。彼女が幸せの絶頂にいるのは、あの子と付き合っていた僕だからわかること。 ふられた僕は「終わり」も「始まり」もない暗がりのなかに取り残されている。 君のいない学園生活が、こんなにも堪えられないとは。 覚悟していた以上に致命的な、色彩の喪失。もう僕に美しい星空を作り出せる自信はない。 だからせめてもの慰めとして、君がこの僕に素敵な夜空を見せて欲しい。 とてつもない暗がりのなかに取り残された僕に、明日への「光」を――。 トップに戻る 作品保管庫に戻る
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工 克巳 「蛇蝎さん、おれをあなたの部下にしてください!」 基本情報 名前 工克巳(たくみ・かつみ) 学年・クラス 中等部3年・J組 性別 男性 年齢 15 身長 176 体重 59 性格 悪ぶっているが真性の悪の資質は持っていない 生い立ち 巳年産まれでもないのに「克巳」という名前にされた時点からおかしくなった(と自分では思っている) 基本口調・人称 一人称「おれ」/二人称「あなた・あんた・おまえ」でも意外と丁寧調 特記事項 やられ役として製造 キャラデータ情報 総合ポイント 18 レベル 5 物理攻防(近) 1 物理攻防(遠) 4 精神攻防 3 体力 2 学力 4 魅力 2 運 1 能力 鋼鉄の毒蛇 特記事項 ポイントを1点使っていません。その分は多少の「製作能力」に回ったと考えてください その他詳細な設定 超科学については設定が煮詰まっていないので、まだ手探りの面があります 多少設定詰めました 322個の体節をつなげた、直径9センチ、全長2メートルの金属製完全自律型兵器 名に反して毒はないが、80枚もの回転ブレードをそなえている ひとたび放ってしまえば、克巳が気絶しようが死のうがエネルギー切れまで目標を切り刻み続ける 一度の稼働時間は約3分。インターバルは3時間。起動後に下せる命令は緊急停止のみ 登場作品 【蛇の道は蛇】/ROND(2節、4節)/【某所大掃除のひと幕】 【セイバーギア外典 -Gears of Force-】/【Sweet or Bitter?】 作者のコメント 裏醒徒会の会長、蛇蝎さまの手下として製作しました。いじってあげてください。 ガチでやればそれなりに強く描写もできると思います。びっくりどっきりマシン製作係でもいいです 突発イベント PC質問大会(試験運用) 簡単に自己紹介をお願いします 工克巳です 中等部3−J、野鳥研究会所属 異能について教えてください 魂源力を動力源とする簡単なパーソナルデバイスの作製です 特技があったら教えてください メカいじりはわりと得意です。最近ジャンクからPCをでっち上げるといい小遣いになることがわかりましたよ 趣味や日課があれば教えてください 学業と対ラルヴァ任務に拘束されてない時間は野鳥研究会の雑用です 自慢話があればご自由にどうぞ 仕えがいのある人に恵まれてることです 朝の挨拶は何ですか? おはようございます。普通じゃないですか? 好物(食べ物)を教えてください タンパク質。動物性ならなおよしです 好きなおかずは最初に食べる?最後まで取っておく? 確保しておかないと——消えます。確実な収納場所は胃袋の中のみです 体で最初に洗う箇所を教えてください 気にしたことないな……頭? 犬派か猫派どっち? 難しいな。飼うなら犬だろうけどそういう機会なさそうですし。外で気楽に触れ合える猫ですか、ここだと 家で落ち着く場所は? 研究会室のほうが落ち着きますね ストレス解消によくすることは? パズルです。ピクロスとかクロスワードとか お友達か知り合いを3人ほど教えてください 蛇蝎さん:うちの会長です 笑乃坂さん:うちの副会長です 相島くん:うちのマスコットキャラです 竹中さん:うちの看板娘です。寝てばっかですけど 学園で何か頑張っていることはありますか? 現在、美化委員と協力して校内清掃の自動化に取り組んでいるところです 双葉学園って、どういうところがスゴイと思いますか? デカいですよね、とにかく。だれも全容を知りえてないところがすごいんじゃないでしょうか 逆に、この学園に足りないものって何だと思いますか? 長期的視野と深慮遠謀を持って物事を考えられる人材が足りてないと思います 要するにうちの会長のような人が上にいないのが問題かと 学園生活での一番の思い出を教えてください 風紀委員に逮捕されて牢屋にぶち込まれたことですね テスト勉強は真面目にやりますか? (それとも一夜漬けか?ヤマは張るか?) 高等部に進んだらこうは行かないだろうけど、いまのところ取り立てて勉強しないでも点は取れますね 異性のタイプが知りたいです うーん……考えたことないや 学校内に好きな人がいたら教えてください! おれ、けっこう忙しいんですよ。機会があれば「いいな」って女の子も見つかるんでしょうけどねえ 河でおぼれそうになってる人が二人居ますが助けられそうなのはどちらか一人だけ。どうしましょう? 近いほうは自分でいきます。遠いほうは新作の水泳マシンを試してみましょう。うまくいったらもうけものってことで 目の前にラルヴァがいます! どうしますか? 襲ってくるなら交戦、そうでないなら学園当局に連絡します あなたはラルヴァを殺して平気ですか? 野暮な質問ですね。おれは実戦経験者ですよ? 初体験はいつ? 自作の超科学デバイスでワームを倒したのが初戦でした。あれから何ヶ月も経ってないんだよなあ(遠い目) 何か言っておきたいことがあれば自由にぶっちゃけてください 野鳥研究会では人材を募集してます。われこそは思う方はぜひ会長の蛇蝎に連絡をしてみてください お疲れ様でした。今日帰ったら何をしたい? これから野鳥研究会室に行って蛇蝎さんに晩飯の予定を聞いてきます。それから材料の買物ですね
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ラノで読む ――午前10時20分 渋谷 渋谷駅構内には平日の昼間だというのに、学生の姿が目立った。双葉学園のように休みになってしまっている者は除くと、制服を着崩したり、年齢に不相応な格好をしていたりと極めてだらしない風体が目立つ。先程の電車の学生もそうだが、最近は規律が甘くなったのだろうか簡単に学校を抜け出せて、それを厳しく咎め立てしない風潮が成り立ってしまっている。 このように無駄且つ不必要に子どもを甘やかすから、悪意の有るラルヴァが跋扈し、それを命懸けで排除する同年代の学生達の横で、何も世の中が分っていないあのような学生達が幅を利かすようになる。全く以てろくな世の中ではない。 「さて、絵理ちゃんに一観ちゃん。何処行くかねぇ」 真琴達男1人女4人は改札を抜けると、出入り口に向かって駅構内を歩きながら、千鶴は絵理と一観にこう言う。 「はい、最初に洋服を見に行きたいと思います。色々なお店を回ってみたいと思うんですよ」 「結構調べたもんね、かわいらしい服とか見たいよね」 絵理と一観は顔を合わせながらこんな風に言って千鶴に答えた。 「真琴ちゃんはどうする?」 2人の答えを聞くと、千鶴は真琴にも話を振る。真琴だけは特に目的も無く、半ば強引に千鶴に連れ出されたこともあるので、千鶴は一応聞いてみることにした。 「そうだなぁ……折角渋谷に来たんだし、絵理ちゃん達と洋服とか着るものを見てみたいと思う」 真琴の返答に千鶴は意外な表情を浮かべた。 「おおお、じゃあ真琴ちゃんは絵理ちゃんや一観ちゃんと洋服見て来なよ。私と三浦は駅近くのカフェで珈琲でも飲んでいるからさ」 「千鶴は来ないの?」 千鶴の言葉に真琴は当然のように聞き返すのだが、 「うーん、何か私は可愛い服を着るのが柄じゃないしさ。スタイルも良くないしね」 真琴の質問に彼女は即答でこう返した。千鶴は確かにスレンダーなのだが、顔の造詣は美人の域に入る。明るく取っつきやすいために男女問わず友達が多いが、着飾って黙っていれば確実に男なら声の掛けづらい部類だろう。 「真琴ちゃんも行かないと言ったら、私が付いて行こうと思ったけど、真琴ちゃんが見に行きたいなら見守りついでに楽しんできなよ」 にっこりと微笑みながら千鶴はこう言うと、真琴は彼女に背中を押されて千鶴に手を振られる。何処となく、孫の世話を押し付けられた祖父母のようなそんな気持ちと共に。 千鶴が真琴の肩をポンと置きながら、絵理と一観にこう言い置いた。 「絵理ちゃんに一観ちゃんは真琴ちゃんに付いて行って、迷子にならないように楽しんできなよ?」 「分りました!」 「はいっ♪」 あれよあれよと目的が決まってしまった真琴は釈然としない気持ちで一杯だったが、取り敢えず微笑んだ顔で絵理と一観を見据える。 「……まぁ、私も行きたいところが出来たので、ついでに私の買い物も付き合ってね?」 「了解しました」 絵理と一観にニコニコと微笑まれながらお辞儀までされると、流石に真琴も嫌な思いはしない。だが、流されそうになった真琴も寸前で踏みとどまった。 「ちょっと待て、そう言えば三浦君と千鶴はその間何しているの?」 「今日暑いし、私と三浦は絵理ちゃん達の買い物が終わるまで、駅の近くのカフェでアイス珈琲でも飲んでリラックスしているよ」 ああ、アレだ。行動が既に決まっているって事は、三浦に千鶴は買い物の付き合いは声に出さないが本気で面倒臭ぇんだな。真琴は心底そう思いながらも、決して声にも表情にも出さず軽く溜息だけ付いた。 「じゃあ真琴ちゃん、買い物終わったらカフェで合流しましょ?」 「わかったよ。じゃあ絵理ちゃんに一観ちゃん、行こうか?」 千鶴と真琴は手を振って二手に分かれ、それぞれ別方向に歩みを進めていった。 「ごめんなさい真琴先輩、私達のお買い物に付き合わせてしまって」 二手に分かれて歩き出した時分、絵理は申し訳なさそうに真琴にこんな事を言う。 「ん? いや、私も洋服とか見たくなったからだよ。気にする事はないよ」 真琴は微笑みながら絵理の言葉に返答して、付け加えるようにこう言い置いた。 「でね、ちょっと私も見たいところがあるから、付いてきてくれると嬉しいかな」 「何処に行くんですか?」 絵理の問い掛けに真琴は一言、明確で簡潔な返答を彼女にする。 「ランジェリーショップ」 「ら…ランジェ……!」 真琴の極々普通で当然のように言う真琴の言葉に、絵理は頬を一気に真っ赤に染めた。 「え…絵理ちゃん、何で恥ずかしがっているのよ……そう恥ずかしがられると、私まで恥ずかしくなる……!」 「え、絵理っ! 女性用下着じゃないっ! わ…私達も、もう少し大きくなったら着けるんだし……」 思いもよらない絵理の赤面に真琴も一観も少々動揺したが、苦笑いを浮かべて絵理は慌てながらも平静を取り戻そうとしていた。 「……ほええぇ……」 渋谷駅を出て通りを歩いていると、真琴を中心にして何度も声を掛けられた。 「お姉さん、今から俺達と遊びに行かないかい?」 「お呼びじゃないわ」 真琴が鉄扇を広げて箒で掃く仕草をしながら、男の声掛けを駆逐しつつ通りを歩くのだが、真琴の容姿が目立つのか声掛けは執拗なものだった。 「お姉さんかわいいねぇ。俺達暇だからさ、遊ぼうよ」 「貴方達がジャニーズレベルの顔の造詣なら考えるよ?」 声掛けする男達も執拗なものだが、それを掴んでは投げるようにいなして躱す姿に、絵理と一観は驚きと共に見つめていた。 「お姉さん美人でスタイル良いよねぇ、超好み! 暇なら今から遊ばない?」 「ごめんなさい、生憎私は好みじゃないし、暇じゃないんだ?」 鉄扇を優雅に仰ぎながら、声を掛けてくる男達を掃いて捨てるように駆逐していく。平日とは言え今日の渋谷の通りには、軽薄な男が余りにも多かった。 「お嬢ちゃんかわいいねぇ、おじさんと遊びに行こうか」 「絵理に触るなっ!!」 「帰れロリコン!」 中には立派な身なりをした壮年サラリーマンが、絵理にこう声を掛けて真琴と一観に引っぱたかれて駆逐されたりする一幕もあったが、総じて言える事は真面目に仕事を勤しんでいる店員やサラリーマンにOL、普通に買い物や遊びに来ている者達を除けば、老若男女ろくな者が居ない事だろう。 (ああ、うぜぇ!! クズしか居やしねぇ!! 拍手がオッパイ眺めている方がよっぽどかわいいわ!) 心底でイライラし始めた真琴だが、絵理と一観の手前顔に出すことは我慢している。今日の主役は絵理と一観で、彼女達が楽しむのを見守るのが仕事なのだから。折角楽しみにしていたショッピングで、嫌な思いはさせたくないからだ。 だが、それでもイライラし始めたのも否めない事実であるため、挙動不審に成らないように目だけで周囲の風景を見渡し、ある閃きが浮かぶとそこに向かって絵理と一観を連れて行く。 「ねぇお姉さん、一緒に遊ぼうぜ?」 「フフフ……貴方、私達とこの店に入ってくるつもりなの?」 後ろを見返りつつ緊急避難と言わんばかりに、さっと見つけたランジェリーショップに入った。 「え……うっ……」 流石にランジェリーショップに入られると、彼氏か余程の厚顔でもない限り退散せざるを得ない。先客の女性客達の冷たい視線が効いたのか、最後にしつこく声を掛けた男は渋々その場を退いた。 軽薄な男を駆逐した真琴は、ランジェリーショップに入って一つ大きく深呼吸、苦笑いを浮かべつつ絵理と一観にこう断りを入れた。 「やれやれ……これでちょっとは落ち着くか。ゴメン絵理ちゃんに一観ちゃん、予定変更して先にこの店を見て良いかな? ちょっと落ち着いてからにしたいんだけど」 「気にしないで下さい」 「大丈夫ですよ」 笑顔で真琴のお願いに答えた彼女達に、真琴は「ありがとう」と笑顔で答え、店の奥の方に歩みを進めた。 店舗の広さはそれ程大きくはなかったが、女性下着専門店の名に恥じずショーツにブラジャー、ガーターベルトストッキングの三点セットは勿論のこと、ビスチェにベビードール、ロング・ミニのスリップ、下着としてのキャミソール、ペティコートと恐らく大まかなランジェリーの種類は全て揃っていた。また色も各種多種多様の物が揃っており、この様に品揃えが良い事もあって来店する女性客も多く、真琴達が店に入った時も客の数は多かった。 真琴は絵理や一観に断わった後、展示されている商品を手触りで確かめつつ、店内を2周ほど見て回った。 「真琴さん楽しそうだね」 「そうだね」 だが、絵理と一観の表情は直ぐに変った。 「!……え…絵理、見てみこの値段」 一観は目に入った値札を見て驚き、絵理の服を引っ張って話しかける。当然物にもよるのだが、ブラジャーにショーツ、ガーターストッキングのワンセットで5000円というのはザラだった。中には一万円を越える物もあり、絵理と一観の想像の域を遙かに凌駕したのだろう。 「高っ! 高いよっ!!」 「……多分、私達が買おうとしている洋服が2・3着買えるよ、きっと」 驚きつつ一観は真琴の姿を目で追う。彼女は商品を見て気に入ったのか、ハンガーに綺麗に収まっている黒のレースの三点セット(ショーツ・ブラジャー・ガーターベルトストッキング)と、黒のミニ・ペティコートを手に取り、そのまま会計カウンターに持っていった。 「……黒い下着……」 「幾らするんだろ」 真琴が会計を済ますまで、絵理と一観は唖然としながら見つめているだけしかできなかった。 ――渋谷、同時刻のカフェ 「私はアイス珈琲のLにミルフィーユ」 「俺は…アイス珈琲のLとチーズトースト」 真琴達と別行動を取った三浦と千鶴は、当初の予定通りにフランチャイズのセルフサービス型のカフェに入って早速注文をする。千鶴も美人の域に入る顔の造詣だが、三浦の持つ絶大な威圧感と存在感が真琴の様に軽薄な声掛けに頭を痛める事無く、真っ直ぐに目的の場所まで来ることが出来た。 注文した物が準備時間の余り要らない千鶴は、自分の注文した物を受け取るとカフェの二階フロアに上り、フロアの空調が良く効く隅のソファーのある席に陣取る。平日の午前中と言う事もあり、渋谷ではあるものの二階フロアには客は疎らなのだが、居ると言えば外回りの営業のサボりだろうか、サラリーマン数人が千鶴の居る席の、真逆で外の風景が眺めることの出来るカウンターに座っているだけで、彼女の周りには人は居なかった。 暫くすると三浦も注文した物をトレイに載せて持って来て、千鶴の座っている位置の対の場所に腰を掛けた。 「絵理の買い物を真琴さんに押し付けちまったようで、何か悪い気がするなぁ」 「あはは、仕方ないさ。真琴ちゃんには悪い気はするけど、三浦がピッタリとくっついて行く訳にもいかないし、私はオシャレなんて柄じゃないしねぇ」 三浦が席に腰を掛けると、千鶴はアイス珈琲にガムシロップとミルクを入れながらこんな事を言うのだが、三浦はさり気なくこんな事を言ってみる。 「勿体ないなぁ、如月は性格良いし美人なのに。男を選り取り見取り出来るレベルじゃんか」 「あれぇー?」 いつもの女の尻を追い掛けるような、嫌らしさの滲み出る言葉とは真逆の三浦の言葉に、千鶴でも目を見開き口もポカンと間抜けに開きながら彼の言葉を聞いていた。 「おいおい、そう言う褒め言葉は真琴ちゃんに言えよ」 だが直ぐに表情を戻し、三浦を窘めるように一言言い置く。 「私が居るからって、真琴ちゃんに暑苦しく付きまとうだけじゃダメだぞ。それに真琴ちゃんからサングラス貰ってるんだろ? 十分脈有りじゃねぇか」 「いや……真琴さんにそんな事言ったら、何か嫌われそうでなぁ」 三浦の聞き慣れない、あまりに純情地味た発言に一気に千鶴の表情が崩れ、本人も我慢出来なかったのかニヤケてしまう。 「はははは……でも、真琴ちゃんの三浦の第一印象は悪かったからねぇ。そうじゃなきゃ、『強制退場』させられる事なんて無いもんね……何処に飛ばされたよ?」 「それを言うなって如月……女子更衣室だよ」 くすくすと笑いながら、千鶴は話を続けるように言葉を付け加える。 「ふふふふふふ……大体気に入らない者は、男女問わずプールに叩き落とされるんだけど、よっぽどイラッと来たか、咄嗟に飛ばされたかのどっちかだねぇ。私の知っている中では、今まで多く飛ばされているのは大学部の討状先輩とC組の拍手かな?」 そして千鶴は思い出し笑いでもしたのか、含み笑いをしながらこんな事を言う。 「くくく……でね、前に拍手が私の70㎝台のぺったんこな胸を見て溜息付いたんだよ、もの凄く哀れみの目でね。イラッときて氷漬けにでもしてやろうかって思ったけど、流石にそうはいかないから、真琴ちゃんにプールに飛ばして貰った事もあったなぁ」 楽しそうに話す千鶴の言葉に、流石の三浦も苦笑いしかできなかった。下手すれば自分も拍手のような事をされかねないからだ。幸い、今まで一度もプールに落とされた事は無いのだが、同じ様なことは受けた事はあるから笑い話では済ませられない。そんな三浦にストローでアイス珈琲を啜りながら、からかうような口調で千鶴は追撃する。 「で、三浦はオッパイ触っちゃったんだ?」 「触らねぇよ!!」 流石の三浦も千鶴の追撃に耐えかねたか、少し声を出して全力で否定する。 「ははは……ごめんごめん、ちょっとからかいすぎたな」 「流石に俺はそこまでしない……まぁ、触りたいけど」 三浦も珈琲を口に含んで飲み込むと、軽く溜息を付いてもう一度話に戻る。 「でも何だ、私は彼氏居ないし、興味もないよ?」 「不思議なのはさ、美人で誰とでも気さくに接する如月が、彼氏が居ないって言うのも不思議なんだよなぁ」 不意と出た三浦の言葉に、千鶴は表情を変えずに即答した。 「ああ、私は当分彼氏作る気無いからね。付き合ったこともないよ」 千鶴の返答に三浦は意外そうな表情を浮かべて彼女の顔を見つめた。誰とでも気さくに接することが出来、男女問わず友達の多い千鶴には彼氏が居てもおかしくなかったからだ。 三浦からしてみれば、このような容姿的にも良好で社交的な人間なら、容易に自分好みの異性と交際できるのではないかと思えるからだ。 「あ、『意外』って思った?」 「思う、最早釈然としないレベルで。如月はいろんな奴と、それも性別関係無しに気さくで社交的なイメージが強いからな。俺の中では」 心底不思議がる三浦のストレートな言葉に、千鶴は思惑を持ち合わす笑みと共に低い口調で言い放つ。 「私ね、昔義理の父親に悪戯されそうになって、男に興味もてないの」 「え?」 千鶴の行き成りの爆弾発言は、三浦を完全に動揺させるだけの破壊力があった。だが、当の千鶴は表情を微塵も崩さずに言葉を続ける。 「それでね、私の『魔力』の潜在能力で、氷漬けにして殺しちゃった」 「お…お前……如月何言って……」 周囲に人が居らず、店内のBGMが比較的大きいとは言え、千鶴の発した言葉の意味は、場に相応しくない程の余りにも重いものだった。 三浦は千鶴の言葉に、まともな反応が出来ずに呆然としているが、当の千鶴は構わずに話を続ける。 「言葉通りよ。忘れもしない小学一年の時、あのクソ野郎は私を散歩に連れ出すと橋の下で私の服を破り、ショーツを引きちぎって陰部に手を掛けたの」 次々と出る千鶴の言葉に、最早三浦は眼を見開き絶句して、何も言葉を発することが出来なかった。 「気が付いたら無意識に印を結んでいて、あのロリコンクソ野郎は漫画のように氷像になっていたわ」 絶句している三浦を他所に、千鶴は笑いながらこんな風に言い切った。 「あの『母』と呼べる女は、私のボロボロの服装を見て目が醒めたらしいわ、再婚は失敗したってね」 千鶴は一切表情を崩さず、含み笑いを浮かべたまま三浦を見つめている。時折珈琲を啜りミルフィーユを口に含みながら、Tシャツの胸元を幾度か引っ張るようにして涼し気にする仕草をしている横で、複雑で青ざめている三浦はゆっくりと珈琲を啜り無言でチーズトーストを囓っている。 店内に流れる本来はアップテンポのJ-POPの、穏やかでスローペースに流れるインストゥメタルが、とても場違いではないかと思える程呑気に聞こえてくる。 「……如月、どうしてそんな、お前に取っちゃあ黒歴史やトラウマな事を俺に言うんだ……?」 沈黙に耐えかねた三浦はチーズトーストを飲み込み口を拭うと、息を整えて至極もっともな質問をぶつけてみた。 「私は単に、三浦の疑問に答えただけだよ」 しかしながら千鶴の返答は三浦の期待していたものとは程遠い、極めて簡潔なものだった。三浦は口を半開きに開けたまま、千鶴の表情を眺めているだけしかできない。当の千鶴は表情を崩さずにそのまま話を続けた。 「世間では『謎の凍死』って言われて警察もお手上げだったらしいわ。だって凍死だもの、真夏にさ。で、それに双葉学園が目を付けて、初等部から双学に入学して現在に至るわけ」 千鶴はこれだけ言うと、締め括りとしてこんな事を言い置いた。 「男が嫌いな訳じゃないけど、今の内は自分から彼氏を作る気はないわね。男の子から好きだって言ってきてくれるのなら別だけど」 三浦を置いてけぼりにしたまま、千鶴は話を言い終えてもう一度珈琲を口に含んだ。 「じゃあよ如月、お前のお袋さんはどうしてるんだ?」 「ああ、あれは埼玉で暮らしてるんじゃないかしらねぇ? 月にいっぺん金と洋服持ってくるから、生きてるんだろうけど?」 あっけらかんとした千鶴の返答に三浦は言葉が詰まるものの、辛うじて言葉を紡いでいく。 「お袋さんの事、嫌いなのか?」 「好きな訳無いだろ。実の父親が交通事故死した翌年に新しいお父さんよって、男作るような女だよ? しかも、その男に犯されそうになったんだしね!」 ミルフィーユを口に含み、一口アイス珈琲を口にして喉を潤すと、千鶴は一度息を吸って三浦と目線を合わす。 「でも私が真に言いたいのはね、別に私の過去を聞いて貰ってお涙頂戴って訳じゃないんだ」 三浦の顔に千鶴は顔を寄せて、声を潜めた。 「あの学校の生徒は一部を除けば、ほぼ全員異能者と考えて良い。やっぱこう言う能力を持っている奴には、バックグラウンドが私以上に仄暗い事が多いんだよな」 含み笑いの表情とは打って変わった真剣な表情で三浦を見つめながら、千鶴は小声ながらもしっかりと言葉を紡いでいく。 「お前が懲りずに女の尻を追っかけるのは勝手さ。でもな、三浦が『尻を追い掛ける女子』や、『一目惚れした真琴ちゃん』がそんな過去を持っていても、何ら不思議じゃないって言ってるんだよ」 ここに来て千鶴の言葉にようやく三浦も表情を変えた。 「真琴さんも、やっぱ酷い過去を持っているのか?」 そんな三浦の疑問に、千鶴はこう言って返す。 「さぁ? まぁ電車事故は酷い過去なのかも知れないけどね。だけどそれはお前が真琴ちゃんの信頼を得て、本人が打ち明けるような空気を作るしか、聞くチャンスはないと思うぞ」 千鶴のあっけらかんとした自分の過去話の衝撃との影響がまだあるのか、三浦はこう指摘されると「ぐぬぬ」と口を真一文字に閉じたまま唸るものの、肝心の言葉が出ない。 「もしかしたら、真琴ちゃんはお前が他の女の子にデレてるのを見て不快に思ってるかもしれんよ? その内背後からプスーッとか?」 そう言って千鶴は刃を突き刺すような仕草を三浦に見せつけると、三浦は少し身震いする。戦闘の場数が多く三浦に隙が無くても、テレポーテーションを持ちうる真琴が相手なら、本当にやられかねないからだ。 『私としてはさ、無闇に他の女の子のお尻を追いかけるのは、もう止めてほしいんだよね』 三浦はサングラスを貰った時の真琴の言葉を思い出した。流石に千鶴にここまで言われると、何を言わんとしているかを嫌と言うほど理解できる。 「信頼を得るには、もう他の女にデレデレしない事が必要最低限と思うがね」 「わーってる! 分っているぜ如月」 チーズトーストをガツガツと頬張りながら、千鶴の言葉に反論するように答える。 「本当かぁ? 三浦が前にクラスメイトの風鈴ちゃんに声かけて、あの娘が脱兎の如く電動車椅子で逃げたのはっきりと覚えているよ?」 「大丈夫だって如月、俺真琴さんに『他の女子の尻を追い掛けるな』って言われたし、真琴さんに一目惚れしてからそう言うの興味なくなったし」 懸念するように言う千鶴の言葉を意に介さない三浦はこう言い置くが、彼の発言に千鶴は驚いた。 「……お…お前よ、その言葉の意味を理解しているか?」 「ん? 真琴さんの苦情じゃないのか?」 だめだ、コイツ早く何とかしないと……千鶴はアイス珈琲を啜りながら眉を顰めて三浦を顔を覗くと、珈琲を飲み終えたのと同時に深く溜息を付き、彼女は静かに席を立つ。 「如月? 何処行くん?」 「……おかわりのアイス珈琲を買ってくるのよ……」 それだけ言い置くと、千鶴はそのまま階段をおりていった。 (あのアホは女の尻を良く追い掛ける割に、鈍いんだな。真琴ちゃんは少なからず好意を持っているというのに) ――正午 渋谷 真琴と絵理・一観の買い物チーム。 「ランジェリーショップからは、落ち着いて買い物できたね」 「そうですね」 ランジェリーショップで真琴が買い物をした後、ウィンドウショッピングも含めて色々な店を回って買い物を楽しむ。ランジェリーショップを出てからは軽薄な男達の声掛けも無く、自分の欲しかった洋服が手に入り、ゆっくりとショッピング出来た事で絵理と一観は満足気だった。 3人は買った洋服をバックに入れ、円を囲むように立ち止まって会話している。 「絵理ちゃんに一観ちゃん、もう買い物は終わりなのかな?」 「はい」 「そうですね。おかげで行こうと思ったお店には、全部行けましたよ」 真琴の言葉に絵理と一観は嬉しそうに答え、笑顔で顔を見合わせた。取り敢えずの一段落が付いた真琴は、喜んでいる絵理と一観を見ながら軽く溜息を付く。 「そう言えば真琴さん、ちょっと良いですか?」 「なんだい?」 軽く溜息を付き、軽く息を吸っている真琴に、思い出したように絵理は尋ねる。 「まだ、遊べる時間……ありますか?」 一歩引いて真琴の表情を覗きながら申し訳なさそうに聞く絵理だが、真琴はにっこりと微笑みながら彼女に答える。 「大丈夫。携帯電話からの呼び出しもないし、今日一日はお休みだからね」 真琴の答えにもう一度絵理と一観は顔を見合わせ、嬉しそうに声を上げた。 「一度行きたい所があるんですけど、大丈夫ですか?」 そして一観がこんな事を言う。絵理は兎も角として、一観の人となりはある程度知っている真琴は、いかがわしい所ではないだろうと思うからだ。 「あんまり変なところじゃなければ大丈夫だよ、一観ちゃん」 取り敢えず釘を刺す意味で真琴がこう言うと、 「秋葉原にも行きたいなって思ってたんです」 一観は一言、真琴にこう返答してみた。秋葉原か。見た目は大規模な電気街だが、その実は未だ世界一のオタク経済中心地の魔都であり観光地……瞬時に真琴の脳内で思考が整理される。家電量販店の横でそびえるアニメ専門店や同人誌専門店の店舗ビルディングは昔の場末的な妖しい雰囲気よりも、興味が無くても脚を踏み込みたくなる空気を漂わせている。 またメイド喫茶などの『コスプレ飲食店』も隆盛しており、秋葉原の歩道には客引きのメイドの恰好をした女の子が立っている。 真琴が一瞬、秋葉原に行くのを躊躇ったような素振りを見せたのは、あくまで週二回だがメイド喫茶にアルバイトに行っているからであるのと、姉の美沙と共に『趣味』としてよく立ち寄るからだ。街中あちこちに張り出されている男女問わずの二次元キャラクターのポスターは、千鶴は秋葉原によく立ち寄るので理解しているが、何も知らずに行くには少し『引く』位の雰囲気は否めない。 ただし、元々の市場の名残から有る数々の飲食店や、パーソナルコンピュータの周辺機器や高性能の部品、記憶媒体に加え、ソフトウェアの品揃えを見るに近年目覚ましい発展を遂げる池袋の電気街化に比べても、未だその地位は不動である。 「じゃあ、行ってみるかい? ちょっと趣味が合わないかも知れないけど」 「大丈夫ですよ。本とかの品揃えが凄いらしいですし……その、同人誌って言うのにも興味有りますし」 真琴の言葉に答えるように絵理は一言言い置く。真琴は何となく分った、多分美沙が少なからず自分の趣味を絵理や一観に見せていたんだなと。 「だけど、一度お兄さんが居る所に行くよ? そこで少し涼んでから、お昼ご飯食べて出発だ」 絵理と一観は『はい』と答えると、三浦と千鶴が待っている喫茶店に向かうことにした。 待ち合わせ場所である喫茶店に入ると、外気の気温と鑑みると些か寒いくらいに冷えている。暑い渋谷の屋外を歩き回った彼女達には、涼しいよりも寒い感覚だった。 「一観ちゃん、絵理ちゃん、真琴ちゃんお帰り~♪」 真琴が2人の居る喫茶店に入り、2階席に向かうと千鶴は真琴達の名前を呼び手招きをする。昼頃にもなると千鶴達が入店した時のがら空きな店内とは打って変わり、主だった席の殆どは埋まっていた。真琴達3人が座れる程席も空いて無く、とても休めそうにはなかった。 「どうだった? 買い物は」 「目的の物は買えたんだけど、何というかナンパが多かったね」 千鶴は『きゃはは』と笑いながら真琴の言葉を聞く。 「真琴ちゃんなら、かわいいしオッパイ大きいから、ナンパも多そうだしね」 千鶴の茶化す言葉に真琴はカッと顔が紅潮し、三浦はムッとする表情を浮かべる。流石に絵理は苦笑いを浮かべる事しかできなかった。 「さてと、流石にここじゃ全員が居れないから、何処かに行こうかねぇ?」 「コホンッ……千鶴、今から秋葉原に行こうと思うんだけど、大丈夫?」 一つ咳払いをして、気を取り直して真琴は絵理と一観に希望されたことを言って見ると、千鶴は楽しそうな笑顔を浮かべる。 「アキバかぁ、皆で遊びに行くのも良いねぇ」 千鶴はこう答えると、座ってムッとしている三浦に視線を送りながらこう言い放つ。 「私は大丈夫だよ、三浦はどう?」 「……ん? あ…ああ、俺も大丈夫だ」 心此処に非ずな三浦だったが、千鶴の問い掛けに答えた彼は少々戸惑いつつも、彼女の誘いに同意する。それと同時に千鶴は三浦を見ながらニヤニヤしながら彼を見る。あからさまな真琴への一方的な嫉妬だったのが面白いのだろう。 「大丈夫だね。一観ちゃんと絵理ちゃんはどう?」 「あ……それが、私達が行きたかったので、真琴先輩に言ったんですよ」 絵理の言葉に千鶴は一瞬口をあんぐりと開けたが、直ぐに戻して真琴の表情を覗く。 「……絵理ちゃんと一観ちゃんがヲタ化……」 「馬鹿な事言ってないで行くよ、千鶴っ! こんな所で屯っても邪魔なだけだし!」 真琴はこう言い放つと、千鶴と三浦のトレイなどをさっと片付けて喫茶店を後にした。 ――12時半 神田明神。 喫茶店を出た面々は、なるべく人目の付かない裏道に入ると、真琴が全員の身体に触れて自らの『自己転移』と『他者転移』で一気にテレポートをする。双葉区ではありふれた能力発動だが、双葉区以外では極力人目に晒さないようにする為にする方策である。 テレポートする場所として神田明神は秋葉原に程近く、また明神のど真ん中でもない限りそれ程人目に付く事もない。普段真琴は秋葉原にバイトで来る時は、大体が神田明神を拠点にして移動する事が多く、帰りは公衆トイレなど人目の付かない場所から双葉学園に戻る。 「今更だけど、真琴さんのテレポートは凄いよなぁ」 テレポートで神田明神に移動した後、真琴を見ながら思わずこんな事を口にする。だが当の真琴は少しだけ息が荒く、少々顔が紅潮していた。 「だ…大丈夫? 真琴さん」 「大丈夫だよ三浦君…んんっ…ちょっとだけ疲れただけだから」 三浦は真琴の能力の動力源を知らない。暑い中外を歩き回り、休憩しないで自分を含めた5人を転移させた事で少しばかり疲労が重なり、疲れてしまって息が上がったのだ。 「少しだけでも休めば良かったんだけどね、私は体力無いから」 掌を三浦に向ける仕草をして『大丈夫』と意思表示をすると、真琴は一回背伸びをする。 「体力付けるために、学園のトレーニングルームで器械運動やスクワットで鍛えてはいるんだけどね……腹筋が締まるだけで体力が付いた実感がしない」 こう真琴が洩らすと、微笑み混じりに三浦にこういう。 「さて折角の休みなのに時間が勿体ない、早速遊びに行こう」 「そ…そうですね」 場の空気に重きを置いたのか、真琴はこれだけ言い置くと神田明神の境内を歩いていく。だが真琴の体力切れは此処にいる面子の誰の目にも明らかだった。 「三浦君、態々私に付き合わなくても良いんだぞ。遊んできても」 「いや、俺も付き合いますよ」 真琴の体力切れを見切った千鶴によって、取り敢えずゲームセンターに涼みに行くついでに遊びへ行く運びとなった。だが、当の真琴はゲームセンターの場末にあるソファー型のベンチに座らされていた。一行は千鶴の『冷気』で真琴の周囲を涼しくし、絵理に軽くヒーリングをされた上でベンチに座らせて彼女を休ませることにしたのだ。 秋葉原は電化製品やソフトウェア、二次元・三次元の所謂『萌え』の数々ばかりではなく、ゲームセンターも数多くある。新作が出ればそのロケテストが行われたり、いち早く導入される。また池袋等の万人向けなレジャースポット化は成されていない為、ナンパ目的などいかがわしい目的の者も少なく、比較的落ち着いてゲームが出来る。 千鶴は真琴に能力を使った後は格闘ゲームの対戦台に座ってゲームに興じ、一観と絵理は所謂『体感ゲーム』に興じている。それだけなら良いのだが、『真琴がナンパされた』と言う事が気になったのか三浦が彼女の近くにいた。 「真琴さん、取り敢えずミルクティーで良かったんですよね」 「……ありがとう」 三浦は真琴に缶のミルクティーを渡すと、彼は少しだけ距離を置いて真琴の横に座った。 「俺は最近のゲームは付いていけないんですよ。如月や絵理はそうでもないようなんですが」 三浦の言葉を聞いた真琴は、苦笑いを浮かべている。 「いや……それにしても申し訳ないです。絵理の買い物に付き合わせちまって」 「ううん、絵理ちゃんにも言ったけど、私もついでに見に行っただけだから気にしないで」 三浦の初対面時の馴れ馴れしさがない静かで、それも緊張感と共に出る言葉は、当初あった真琴のあからさまな嫌悪感丸出しの対応とは違う、ある種の自然な会話を成立させていた。 プルタブを折り曲げて缶を開封した真琴は一口二口とミルクティーを口に含みながら、背もたれに深く寄りかかり、三浦の方に顔を向けた。 「それにしてもさ、やっぱりサングラス似合っているじゃない」 「え? あ、ありがとうございます」 急に話を振られた三浦は、単純にこんな事しか返答できなかった。 「三浦君を見ていると思うんだけど、千鶴って社交的な人間だなって思うよね」 「そうですね……多種多様、男女問わずに気さくで、俺も不思議だなって思うんです」 口から出た一つ一つを言葉として出すのだが、三浦は緊張しているのか真琴の言葉に答える、もしくは三浦の言葉に真琴が答えると、そのまま会話が途切れてしまう。 「俺、真琴さんをカフェテラスで初めて見た時、どうにもこうにも気になっちゃって、如月に教えて貰ったんですよ」 そんな中での三浦の思いがけない言葉に、真琴は言葉を返すことが出来なかった。 「まさか隣のクラスの人だって聞いたときは嬉しかったけど、直ぐに声は掛けられなかった。やっぱ、色んな女子の尻を追い掛けたのが、ここに来てツケで回ってきたんだなーって」 真っ直ぐに言う言葉だったが、自嘲と苦笑いと共に言う三浦の言葉に、真琴も言葉が見つからなかった。 「入り口越しから見てみたいって教室に行ったら、笹島が俺を見て『消えろドスケベ野郎、死ね!』って追い掛け回されたこともあったんですよ。あの時は参りました」 苦笑いと共に紡がれる三浦の言葉を聞くと、思わず真琴は吹き出してしまう。2-Cの委員長である笹島輝亥羽ならやりかねないなと。普段はそこまで酷くはないのだが、その時はたまたま虫の居所が悪かったのだろう。 「ははははは、委員長ならやりかねないな。あの娘大人しくしていると、ルックス的にかわいいんだけどねぇ」 「あの時は、本当に恐ろしかった。普段は悪くない顔の造詣なんだろうけど、あれは最早般若! 般若の形相で追っかけ回されたときは死ぬかと思いましたよ」 少々オーバーアクション気味に説明する三浦の言葉に、真琴は腹を抱えて笑い出す。笹島の場合はただの言い掛かりの時もあるのだが、大体が的を得ている事が多い。笹島の眼には三浦は真琴に限らず、2-Cの女子を物色しているように見えたのだろう。 「で、その後で如月に言われましたよ。『ああ、笹島には気をつけろ』って。あれはある種の『当たり屋』だからって……」 流石の真琴も笑いを堪えることが出来なかった。笹島も笹島だが、思いの外酷い千鶴の笹島に対する形容詞に。 「まぁでも、絵理は最近俺を見て『最近変ったね』って言ってくるんですよ。他の女の子に興味沸かなくなったし、やっぱり変ってきてるんですかねぇ? 俺」 女子にデレデレしていた時のような軽い雰囲気が皆無の、真面目で真剣に言い置く三浦の言葉に、真琴は茶化す言葉や皮肉は自然と思いつかなかった。 「絵理ちゃんが言ってるんだから、変りつつあるんでしょうよ」 真面目に言い置く三浦への真琴の返答は、シンプルでストレートな物だった。 「ま! 私としてはデレデレしない三浦君は嫌いじゃないよ」 「あはは……褒められてるんだか、けなされてるんだか分らないや」 互いに顔を見合わすと、思わず2人とも笑ってしまう。 「バカだね、褒めてるんだよ」 真琴はそれだけ言うと、貰ったミルクティーにもう一度口を付けた。 「三浦君、何しているの?」 十分くらい経った頃だろうか、三浦はソファーから立ち上がると小銭入れを取り出して自動販売機の前に立つ。 「ああ、俺ちょっと小腹が空いちゃって」 見れば最近はあまり見掛けないインスタントラーメンの自動販売機だった。 「カップラーメン食べるのかよ」 一瞬真琴は眉をしかめて、嫌味を込めて言ってみる。個人の自由と言ってしまえばそれまでだが、食べ方によって相当だらしのない画になりかねないのが嫌なのだ。 現在のゲームセンターの立ち位置はレジャースポットであり、『脱衣麻雀』等のアダルトな部分をある程度排除して、女性も入りやすい明るい雰囲気を重視している事が多い。だが、今と昔も変らない部分と言えばこういったカップラーメンの自動販売機や、ハンバーガーやフライドポテトの自動販売機と言った所だろう。それでも自動販売機などはオシャレな物に成ってはいるのだが。 「ガッツリいく気分じゃないんですが、何か腹に入れようと思って。『肉』なら尚良いんだけど」 だからと言って、女の子達と遊びに来てそれはないんじゃねーか? しかも、横で食べられても画的にきついんだよ。真琴はそう思いつつ、硬貨投入口にコインを入れようとした三浦に声を掛ける。 「待って買わないで! ならさ、丁度良い『肉』の『アキバ名物』がある。行くかい?」 今にもカップラーメンを買いそうだった三浦を止めて、真琴はこんな風な提案をする。 「そんな物が有るんですか。行きますよ、美味い肉関連は好きなんですよ」 「じゃあ決まりだね、早速行こうか」 乗り気な三浦の返答を聞いた真琴は立ち上がって一度背伸びをする。 「おお、初めてかも。真琴さんと2人で行動するの」 「みんなで遊びに来て、横でカップラーメン食われるよりは断然良いさ。それに、食べることは疲労回復に繋がるしね」 それだけ言うと、真琴は片手で鉄扇を開きながら微笑んだ表情と共に三浦に手招きして、『早く』と催促するように彼を誘導した。 店内を闊歩する、引き締まった筋肉質の男と、小柄で華奢な巨乳の女の子が並んで歩く画は嫌でも目立っていた。特に三浦と真琴の顔と胸には、己が自覚できる程に視線が突き刺さっている。 「見てみ? 三浦君すっごい目立っているよ」 「……真琴さんもね」 鉄扇をパタパタと扇ぎながら茶化す気満々の真琴に、落ち着いて突っ込む三浦。真琴は思いの外真面目な三浦を見て、口元に扇子をかざして声に出して笑ってみせる。 だが、一頻り笑ったところで真琴は鉄扇で口元を隠したまま、顔を少しだけ傾けて鋭い瞳で三浦を見つめた。 (三浦君、気付いたか?) (ああ) 至極小声で三浦に声を掛け、彼も真琴に相づちをする。好奇または性的で眺める視線とは明らかに異質な、名状しがたい気配と共に自分達を見据える視線を感じた。 気持ちの悪いくらい背中にはっきりと感じる、自分達を捉えて放さない後方から感じる視線はある種の恐怖感さえ漂わしてくる。真琴と三浦は雑談をする素振りをしつつ、目立たないように店内を見渡してみた。 店内に居る人は多かったが、自分達を好奇や性的な目で見る面々や、他人が行なっているゲームのプレイを覗いている者に紛れて、異様なまでに鋭い視線を送っている者が居ることを確認できた。 (真琴さんの知り合い?) (まさか。あんな気持ちの悪い知り合いなんて居るものか) 扇子で扇ぎながら真琴は三浦と二・三言葉を交わす。いくら双葉学園の異能者であっても、気持ち悪いものは気持ち悪い。だが、実際にこの様なストーキングじみた気持ちの悪い事をされても、真琴や三浦に出来る事は殆ど無いと言って良く、気にするだけ無駄なのだから。堂々とテレポートする訳にもいかず、また例え言い寄ったとしても『身に覚えがない』、『自意識過剰』と言われてしまえばそれまでであり、無視する事が得策と結論づけた。 (俺達を狙っているのか?) (バカ言わないで、私達は『テレポート』で移動したんだ。しかも、予定を変更した秋葉原にだぞ!?) 2人はそうと決めると何事もなかったかの如く、階段を下りてゲームセンターから早急に且つ落ち着いて外に出ることにした。 3-5に続く トップに戻る 作品保管庫に戻る
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ラノで読んだ方が読みやすいと思います 前後合わせてラノで読む 「あなたを襲う不幸とわたしは永遠に戦っていこう」 ――特撮〈戦え! ヌイグルマー〉 【幸福ドロップ】 今日が何の日か、皆さんはご存知でしょうか。 そう今日は十月三十一日、ハロウィンです。 詳しくは知らないのですが、仮装をしたりしてお菓子をもらいに行く日だと、小さい頃にお兄ちゃんに読んでもらった本にそんな風に書かれていた記憶があります。 日本では馴染みのないイベントではありますが、みなさんも名前くらいは聞いたことはあるのでしょう。 今日は私の通う双葉学園でハロウィンの仮装パーティーがあるのです。私は今日という日をどれだけ楽しみにしてきたでしょうか。お菓子を求めて楽しく過ごすのです。派手なイルミネーションが街を包み、みんなは様々な衣装に着替えて、まるでおとぎ話のようなファンタジー世界にでも入り込んだような気分になるのです。 授業の終わりを告げるチャイムが鳴り響き、私は初等部の校舎から駆け出て、真っ直ぐに寮の自分の部屋へ向かいます。 ぬいぐるみだらけの自分の部屋に入ると、とても落ち着きます。来年には中等部に上がるというのに、こんなぬいぐるみばかり集めていちゃ駄目だって、ママは言ってたけど、人が苦手で友達の出来ない私にとってこの綿がいっぱいつまった彼らだけが唯一の理解者なんです。ほら、こうしていると彼らの声が聞こえてくるように思えませんか? あの一番大きなクマのぬいぐるみのマーくんがカフスボタンの瞳で私を見ています。 彼は私が小さな頃に天国に行ってしまったお兄ちゃんが、双葉学園入学のお祝いにプレゼントしてくれたものです。私が初等部に上がってすぐに死んでしまったお兄ちゃん。このクマのマーくんがお兄ちゃんの変わりに見守っていてくれてるようで、私はマーくんといつもお喋りをしています。もちろん私の空想ですが、それでも彼だけが私の親友なのです。 『どうしたのみーちゃん。なんだかうきうきしているね』 マーくんが私にそう問いかけている気がします。 「あのね、今日はハロウィンなの。学校で大きなパーティーがあるのよ」 『へえ、それはいいね。でもみーちゃんは人ごみが苦手でしょ。大丈夫なの?』 「心配ありがとうマーくん。あのね、仮装パーティーだからみんな私の顔を見ることは出来ないの。だから多分平気なの」 『へえそれはよかったね。いっぱい楽しんでおいでよ。衣装はできたのかい?』 「うん、何日もかけて私一人で作ったの。どうマーくん?」 私は押入れから手製のハロウィン用の衣装を取り出します。黒いマントに、仮面は大きなカボチャに手を入れて目と口を作りました。カボチャの皮はとても厚く、ひどく手間がかかったのを覚えています。ですがなんとか今日までに間に合わせることができました。 『すごくよくできてるね。さすがみーちゃんだ』 「えへへ、ありがとうねマーくん」 私は頭の中で会話しているマーくんの鼻先をちょんっとつつき、マントを自分の身体にまきつけて、鏡の前でくるりと回ってみます。 カボチャの面をつけてしまうので、似合ってるかどうかはあまり問題ではありませんが、こうしていつもと違う衣装を身につけているとやはりいつもと違う自分になれるのではないかと思ってしまいます。そう、仮面さえ完全に被ってしまえば、もう私という存在はこの世界から消えてしまうのです。 私はマントをはおり、大きなカボチャの面をすっぽりと被り、お菓子を入れるバスケットを手にして部屋を後にします。しかし、私はすぐまた部屋に戻ってしまいます。大事な物を忘れたからです。 「一緒に行こうよマーくん」 私はクマのマーくんを抱えて再び部屋を後にしました。 もう外は日が暮れ、パーティーの時間になっていました。私は急いでパーティー会場へと向かっていきます。 パーティー会場は学園のイベントホールで行われます。そこでは多くの学生たちが参加し、夜の学園はランタンの光りで輝いて見えます。 やっぱり双葉学園はすごいです。私が前いた小学校じゃこんなことをしませんでした。 カボチャのお面は重たいのですが、そんなことに構っていられないほどにとてもワクワクして気になりませんでした。 学園の門をくぐると、そこはまさに異世界でした。 ランタンに点された灯りは夜を照らし、無数の生徒たちがモンスターや動物たちの仮装をしてわいわいと楽しそうにしています。 イベントホールの中へと恐る恐る入っていくと、とてもおいしそうな料理がテーブルに並び、ケーキやお菓子もそこにはありました。みんなそれぞれ思い思いに料理に手をつけたりお喋りをしています。みんな幸せそうです。 「みなのもの楽しんでおるかー!」 突然そんな可愛らしい声が会場に響きます。 イベントホールの中央を見ると、主催者である醒徒会のみなさんがマイクを握って挨拶をしていました。私よりたった一つ年上だというのに、醒徒会長をしている藤神門さんは吸血鬼をモチーフにした衣装を身にまとっています。幽霊のような白装束を着ている副会長さんや、狼男をイメージした狼のかぶりものをしている会計さんと、フランケンシュタインの怪物のように頭にネジをつけている会計監査さんがいます。それに仮装の必要の無い広報さんは龍に変身していますが、もし変身が解けたら服はどうするのでしょうか。心配です。彼らは会長をまるで護衛するように囲っていました。まるでお姫様を護る騎士のようにも見えます。 彼らの隣にはぐるぐると全身に包帯を巻いている人が立っていました。顔も見えないので男の人か女の人かわかりませんが、小柄なので中等部くらいの人でしょうか。恐らくそれはミイラ男か透明人間の仮装なんでしょうが、その仮装に似つかわしくない真っ赤なマフラーを首に巻いています。一体誰なんでしょうか。 そういえばあのいつも元気で明るい、書記さんがいません。私のイメージでは彼女はこういうイベントごとではいつも率先して盛り上げていると思ったのですが。私は彼女のような明るくみんなに人気のある女の子に憧れてしまいます。私は教室で本を読んで過ごすしかなく、楽しくお喋りできる友達もいません。ですからいつも空想の世界で自分を書記さんのような元気な女の子とイメージして遊ぶのです。 私はたくさんのパーティー参加者から書記さんを探そうと目を凝らします。 すると、会場の隅でぽつーんとしている書記さんを発見しました。 彼女は白い虎の着ぐるみを着ていて、その八重歯の似合う可愛らしい顔だけを覗かせていました。ですが、どこかその表情は曇っています。 「書記さん……どうしたんだろうねマーくん」 気になった私は、書記さんに話しかけようか迷います。ですが、私みたいなのが彼女のような太陽のような人に話しかけるのはとても勇気がいることなのです。 私はぎゅっとマーくんを抱きしめます。そうです、私のようななんでもない、話していても楽しくないようなのが話しかけても書記さんも困ってしまうでしょう。私はいつも誰かに話しかけようと思ってもどもってしまうのです。 ですが今日は普通の日ではありません。 私は魔法の言葉を思い出しました。そうです。今日はハロウィンです。私は今、カボチャのお化けになっているのです。だから私が言うべき言葉はこれだけです。 「と、トリック・オア・トリート!」 私は書記さんの目の前で、バスケットを突き出しながらそう言いました。突然そう言われ、書記さんはキョトーンとした表情で目の前のカボチャの顔を眺めています。 “トリック・オア・トリート”とは日本語で「お菓子をくれなきゃ悪戯するぞ」と言った意味で、ある種脅迫ともとれる言葉です。ハロウィンで仮装した子供たちが訪問した家からお菓子をもらうための言葉です。私は勇気を出して書記さんにお菓子をねだってみました。今の私はただのカボチャのお化けです。私が言える言葉はこれだけなのです。 「にゃはは! そっか、今日はハロウィンだもんね。よーし、まっててちびっ子! 今お姉さんがお菓子あげるからねー」 書記さんはにっこりと八重歯を見せながら笑いました。私のカボチャ頭をぐりぐりと撫で回しています。 「あ、あの……何かさっき元気なさそうでしたけど……」 私が小さな声でそう言うと、書記さんは若干困った表情になって自分の頬をぽりぽりと掻いています。 「あちゃー。こんなちびっ子に心配されちゃうとはあたしもまだまだだね。にゃはは、いやーちょっとね……」 そう笑う書記さんの眉は少しだけ歪んでいました。 「あたしはさ、昔の記憶がないんだよね。でもそんなこと全然構わないんだけどさ、でも時々、こうしてみんなでわいわい騒いでいると突然寂しくなっちゃう時があるんだよね。自分が本当は何者かわからないから、なんだか距離を感じちゃうんだ。勿論みんなはそんなこと気にしてないしあたしも普段も気にしてないけど、ちょっとこう大きなイベントがあると考えちゃうんだよねー」 そんなことを言う書記さんは少し照れたような微笑をしていました。強い心を持つ彼女にとってそれは大した悩みではないのでしょうが、それでも本人の気づかない程に僅かですが心をちくちくと刺してくる慢性的な不安なのかもしれません。 「なーんてね。ちびっ子にそんなこと言ってもしょうがないね。それよりお菓子を――って今何ももってないやー」 書記さんは猫の着ぐるみの両手の肉球を合わせて「ごめーん」と言っています。 私はお菓子が本当に欲しいわけではありません。書記さんと会話が出来たことが何より嬉しかったのです。私はそんな書記さんに何かお礼がしたいくらいです。 『じゃあ書記さんのためにその悩みを取り除いてあげようよみーちゃん』 「え?」 『みーちゃんにはその力があるんだよ。人を悲しみから救う力が』 私の頭に響いてくるそのマーくんの言葉は、私がいつも空想で会話しているものとはまったく別物でした。普段のように私が考えた言葉をマーくんが喋っているように空想しているのではなく、今は本当にマーくんが私に話しかけているように思えます。 「ま、マーくん……?」 『何を驚いてるの? ぼくはいつもみーちゃんとこうして会話してきたじゃないか』 マーくんはまるで本当に意思を持っているかのように私の心の中に話しかけてきます。私は大変驚きましたが、もしかしたらこれはハロウィンという特別な日に起きた奇跡なのではないのでしょうか。 私は今起きていることを認識し、マーくんの言葉に耳を傾けます。 「ねえマーくん。私が書記さんを救えるってどういうことなの? 私にそんな特別な力なんて……」 『特別じゃない人間なんていないよ。みーちゃんならきっと出来るさ』 「おーいちびっ子。どしたの? ぬいぐるみをじっと見て」 マーくんと睨めっこしている私を不審に思った書記さんはそう尋ねました。 「あ、いえ――」 私が何か弁解しようかと彼女のほうを振り向くと、私の目に信じられないものが映りました。 書記さんの胸の当たりに光り輝く球体がありました。 それはさっきまでは無かったはずなのに、確かに私には今見えています。私は書記さんの胸に顔を近づけてそれを凝視します。 「ええ? どうしたのチビっ子。あたしの胸なんか見ても得なんかないよー」 その赤色の球体は、まるで飴のよう、そう、飴玉です。これは間違いなく飴玉です。 『さあ、手を伸ばすんだみーちゃん。そして、あの言葉を――』 「トリック・オア・トリート……」 私はその魔法の言葉を呟いて書記さんの胸に輝く飴玉を手に取ります。 「え?」 書記さんが私の行動にきょとんとしている間に私はその飴玉を自分の口の中に放りこみます。その飴玉の味は、とても甘く、今まで食べたことも無いような凄まじい幸福感が口内を支配していきます。この飴玉はなんておいしいのでしょうか。この味はとてもこの世のものとは思えません。 『どうみーちゃん。それが“人の悲しみ”の味だよ』 「人の……悲しみ……」 『人の不幸は蜜の味って言うでしょ。それはこの世界でもっとも甘いものなんだ』 「そんな、私はそんな人の悲しみを食べるなんてこと……」 『大丈夫さみーちゃん。彼女を見てみなよ』 私はマーくんにそう言われるままに書記さんの顔を見ました。 笑顔。 そこには先ほどまでの微笑ではなく、本当に心から幸せそうに笑っている書記さんがいました。 「にゃはははは! なんだか妙に楽しくなってきちゃったよ。あたしってなんでこんなところでぼんやりしてたんだろ。さーいっぱい食べるぞー!」 満面の笑顔で書記さんは料理がたくさん盛ってあるテーブルに向かいました。その姿はとても楽しそうで先ほどまでの雰囲気は一切ありません。まるで忘れてしまったかのように。 『見てよみーちゃん。あの幸せそうな彼女。キミが彼女の悲しみを取り除いたんだよ』 「私が……」 私は口の中で溶けていく飴玉の味にうっとりとしながら、自分の中に使命感が湧いていくのを覚えました。この力は人を救う力。私だけがみんなから悲しみを消せる。 『ねえみーちゃん。折角だからみんなの悲しみも消してあげようよ』 マーくんはまたカフス製の目で私を見つめてそう言います。 私も自分にしか出来ないことだと理解し、決意します。私は世界を、みんなを救うのです。統べての悲しみから開放することが出来るのは私だけなのです。 「私頑張るよマーくん!」 『そうだよその意気だよみーちゃん!』 綿のふわふわした感触のするこのクマのマーくんを抱えて、私は胸に飴玉が輝いている人を見つけようと当たりを見回します。 驚くことに、そこにいる全ての人たちの胸に飴玉はありました。 それはつまり、悲しみのない人間なんてこの世界にはいないということなのでしょう。どんなに明るく、幸せそうにしていても、本人に自覚が無くても人は悲しみを胸に抱いて生きているのです。 それを失くせるのは私だけ。 私は大きく、派手に輝いている飴玉を探します。玉と輝きが大きいほどにその悲しみも大きいものだと私は直感で理解できました。 私はひとまず近くにいて、とても眩しく輝いている飴玉を胸に持っている女の子のもとへと駆けていきます。 「ああ。生徒たちに乗せられてついこんな服着ちゃったけど……。歳を考えたら恥ずかしくなってきちゃったな~」 深い溜息をついているその人は、ピンク色のフリルのたくさんついたドレスを着こんでいました。頭には薔薇のついたヘッドドレスに、これまた鮮やかな桃色の日傘(屋内なのに? と突っ込みたいですがこれも仮装なのでしょう)をさしています。いわゆるロリータファッションというやつみたいです。 とても小柄で、見た目だけなら私や会長さんと同じくらいの歳に見えます。でも初等部で見かけたことはありません。もしかしたら私より下のクラスかもしれません。 日傘から覗くその顔はとても可愛らしく、黒い長髪をサイドで三つ編みにしていて、これまた可憐さを際立たせているようです。服装も相まって外国人のようなぱっちりとした瞳を見ていると吸い込まれてしまいそうです。 「“こんな日くらいお洒落してください”なんてみんなに言われちゃったらしょうがないよね。うん、今日はとにかく食べるぞ~」 その女の子はフォークとナイフを握りしめ、巨大ケーキが飾られているテーブルに向かいっていきました。……あれってオブジェだと思っていましたが食べられるんですね。というかあの女の子しか食べている人はいないのですが。 「トリック・オア・トリート!」 私はその小柄な女の子に向かってそう言いました。すると、きょとんとした表情でカボチャ顔の私を見ています。身長がほぼ同じくらいなので目線はほぼ一緒です。 「あら、可愛い。ジャックランタンのコスプレかしら。ヒーホー! おいらお菓子の長靴が欲しいホー! 今後ともヨロシク! ってやつね」 「……」 私の姿を見るならいきなり意味の解らないことを言ったので、逆に私が唖然としてしまいました。一体何の話なんでしょうか。私が反応に困っていると、その女の子は恥ずかしそうに咳払いをしました。 「……さすがに今の若い子には解らないネタだったのね。それでどうしたの? お菓子が欲しいのかな。でも私は今お菓子持ってないんだけど……。テーブルの上にデザートやスイーツがいっぱいあるからそれじゃ駄目かな?」 その女の子はとても可愛い笑顔で私にそう言いました。ですが、相変わらずその平坦な胸には悲しみを表す飴玉が輝いています。彼女もきっと様々な悲しい思いを胸に抱いて生きているのでしょう。こんなに可愛い女の子がそんな思いをするなんてとても痛ましいです。それを救えるのは私だけ。やるしかありません。 「あの、あなた悩んでることがあるんですか?」 私は率直に聞きました。突然そんなことを聞かれ、また目をぱちくりとして驚いていましたが、やがて少しだけ伏せ眼になって口を開きました。 「うーん。やっぱりあのクラスだから心配事や苦労事は絶えないな~。今年は色々事件もあったし……。それにやっぱりお金もない――って子供に何言ってるんだろ……」 「トリック・オア・トリート!!」 私は魔法の言葉を再び叫び、彼女の胸の飴玉をもぎ取りました。黄金色に輝くその飴玉を口に入れると、またあのなんとも言えない甘い味が口いっぱいに広がっていきます。人の悲しみの味、それはとても魅力的で逆に私の心を多幸感が満たしていきます。 「あれ、なんだか急に胸がすっきりしたような。なんでだろう。何かを忘れたような気がするけど、なんだかとても楽しい気分」 「どうですか。幸せですか?」 「ええ、とっても。さあ今日は楽しいハロウィン。いっぱい騒がなきゃ!」 その女の子は目を輝かせて、料理を食べるためにどこかへ走り去っていってしまいました。 どうやらまた私は人を救うことができたようです。悲しみが大きいほど飴の味は甘くなるようで、さっきの女の子の飴は書記さんよりも甘く、きっと彼女は様々な苦労をしてきたのだろ理解できました。私はその苦しみを取り除いたのです。 自信が湧いてきました。 後編へつづく トップに戻る 作品保管庫に戻る
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ラノで読む それゆけ委員長! 完全版 そのいち 前時代的な巨大な木製の扉の前に男がふたり、立っていた。黒いスーツにサングラス、ネクタイも黒なら、磨きこまれた革靴も黒光りしている。怪しいという形容詞が似合う格好というのは、これ以上ないだろう。 その怪しげな二人組みの内のひとりが、木戸にある叩き金でノックをする。暫く待ってみたが、中からの返事は無い。もう一度ノックする。先ほどよりも叩く力が幾分大きい。 男がもう一度ノックしようとした時、鍵を外すような音が中から聞こえる。蝶番が軋む音を立てながらゆっくりと扉が開いていく。 「遅れて申し訳ございません。何分、イタズラが多いものですから……。それで、どちら様でしょうか?」 扉の隙間から怪訝な表情で二人の男を見つめる少女がいた。おそらく、この屋敷の使用人のひとりなのだろう、黒を基調とした飾り気のない服にエプロンを付けていた。歳の頃は十六、七といったところか。 「ええ、ご主人に用があって参りました。探偵社の者、と言えば分かって頂けますでしょう」 「探偵社さん? ですか?」 「ええ、ピンカートン探偵社のものです。ご主人に“大事な用”がありまして」 「まあ、それは大変! それではどうぞ中へ。客間でお待ちいただけますか? 旦那様は私がお呼びしますので……」 「いえ、結構ですよ」 その言葉が終わる間もなく、男は、彼女の胸にナイフを突き刺していた。彼女は、力を失ったように男の方へ倒れこんでいく。 だが、それを受け止めようともせず、男達は屋敷の中へ躊躇無く踏み込んでいく。 ドサリと使用人の身体が床に倒れこむ。 「ヤツを探すぞ。お前は一階を探せ。俺は上を探す」 「はい」 「あ、あの……、忘れ物ですけど」 『――っ!?』 男たちの後ろから声がする。ふたりが同時に振り返ると、そこには、先ほどまで自分の胸に刺さっていたナイフを手に持った少女が、何事も無かったように佇んでいた。 「ですから、このナイフをお忘れになってますよ。それとも、旦那様にお会いになるということで、私にお預けになったのですか? まあ、なんてことかしら、私としたことが。そんなお気遣いは必要ありませんのに。あら? あのその胸から出された拳銃も預けて頂けるということかしら?」 男たちは、躊躇無くトリガーを引く。そして、その弾丸は、彼女の身体、特に致命的な部分を何箇所も打ち抜いていた。心臓はもちろん、眉間までも。だが……。 「そういったものを持ち出されるのは、さすがに私としましても困るのですけれど……」 何事も無かったようにツカツカと玄関近くの傘立てへと歩いていく。 「こいつ化物か?」 「おい、おい、能力者がいるなんて聞いてないぞっ!?」 黒づくめの男たちが急に緊張をあらわにする。当然だ。常人の人間が、能力者に勝てるはずがないからだ。まして、目の前の女は、9ミリパラベラム弾もものともしない化物。どうやっても太刀打ちできるはずもない。 一方、彼女は、男たちの緊張感とは裏腹に、のんびりまったり、傘立ての中から、几帳面に巻いてある傘を一本取り出していた。 「失礼ですね、私は化物でも、能力者でもありません。こう見えても、ただのハウスメイドです」 彼女が、傘の柄の部分をゆっくりと引っ張り上げると、そこには鈍い輝きをした刀身が現れていた。 「ただし、旦那様に害成す者には容赦はいたしません。よろしいですか?」 後ろ手で、大きな扉をバタンと閉める。 男たちは、自分達が追い込む側から追い込まれる側へに移っていることに気が付き、この屋敷にわずか二人で侵入したとこを心底後悔していた。 双葉学園高等部二年C組は、転校生がやってくるという話題で、賑わっていた。 「やっぱり、女の子で、おっぱいが大きい子がいいなあ」 「友達になれるといいなー」 「クラスの風紀を乱さなければ問題ないわ」 「もう、俺が面倒な目に合わなければそれでいいよ……」 「どんな能力なのか、調べてみたいよねー」 様々な思惑が錯綜する中、いよいよ、始業のチャイムが鳴る。 僅かの隙もなく、扉が開き、担任である字元数正《あざもとかずまさ》が教室に入ってきた。ひとりの女生徒を連れて……。 その女生徒の姿に教室がざわめく。それはそうだ。彼女は、双葉学園の制服ではなく、黒尽くめの地味なメイド服に、何故か晴天の中、傘を一本持っていたからだ。 「な、な、な、なんで、そんな格好をしてるんですっ!? 先生、なんで、その子は制服を着ていないんですか?」 人一倍規則にうるさい、クラス委員長の笹島輝亥羽《ささじまきいは》が声を荒げる。 「というわけで、彼女が転校生の……あとは自分で紹介できるな?」 「ご紹介が遅れまして申し訳ありません。私、瑠杜賀羽宇《るとがはう》と申します。本日から、この学び舎で、皆様と一緒に勉学を共にすることに相成りました。よろしくお願い致します」 ペコリと頭下げる瑠杜賀。 「そーいう問題じゃないでしょ!? 先生、どうしてこの子、いや、瑠杜賀さんは制服を着てないんですかっ?」 うろたえる笹島に困ったような表情で応える字元。 「そういう仕様だからだ」 「はぁ!? それじゃ意味が分からないでしょ、先生」 「そう言われましても、私、この服しか持っていませんし、着れませんので……」 教室中の誰もが、ブチッと血管の切れる音を聞く。 「今すぐにとは言いません。24時間以内に何とかしなさいっ! 瑠杜賀さん!! 制服に関しては私が上と掛け合って何とかしますからっ」 担任の字元さえ圧倒する迫力で、笹島が叫ぶ。 「本当ですか? 有難う御座いますー!!」 笹島のテンションとは真逆に、おき楽に小躍りして喜ぶ瑠杜賀がそこにいた。 そんな喜ぶメイドさんを目の前にし、笹島は、また厄介なクラスメイトが増えたことに、自分がこのクラスの委員長になったことを絶望的なまでに後悔していた。 そして昼休み。笹島の強引かつ大胆な交渉のお陰で、無償で瑠杜賀の制服が提供されることになっていた。その制服を持ち、彼女の前に立つ。 「これが貴方の制服よ。さっさとこれに着替えてらっしゃい」 そう言って、笹島は双葉学園指定の制服を瑠杜賀の机の上に置く。 だが、それを摘んだり、引っ張ったりするだけで、一向に更衣室へと向かおうともせず、不思議な表情をするだけの瑠杜賀。 「だから、これに着替えなさいって言ってるでしょ?」 その当を得ない仕草と表情にイラっとする笹島。 「着替える? ですか?」 「そう」 その言葉に、まるで、宇宙誕生の謎を解明した科学者のような完璧な笑みを浮かべ、ポンと手を打つと、そそくさと、そこで着替えを始めようとする。 「うおーっ!!」 男性陣のどよめきで教室が満たされる。 「な、な、なにやってるのよーっ!!」 「いえ、ですから着替えですけど」 「そんなのは更衣室でしなさい。もう、こっちよ」 そう言って、彼女を教室から連れ出していく。 (くそ、もう少しで、見れたものを、あの堅物委員長め) そう心で舌打ちをしながら、多くの男子生徒は目の前で繰り広げられるはずだったメイドさんの着替えシーンを妄想で膨らまそうと躍起になっていた。 「さあ、ここなら大丈夫よ。存分に着替えなさい。というか、貴方には羞恥心ってものがないのかしら?」 「羞恥心、ですか? それは難しいですねえ」 無造作に服を脱ぎなら、笹島の質問の意図が分からない様子で、質問を質問で返す。 「いや、いいのよ。この学園には色々とおかしな人たちがいるわけだし。特《・》に《・》うちのクラスにはね。多少の常識が欠如している人だって、いてもおかしくないわね……。あら、何か落ちたわよ?」 そう言って、親切心から手に取るのだが……。 「あ、ゴメンなさい。それ、私の“腕”です」 ポロリと落とす。 「い、え、あ、お、はあ……? なっ、なにこれっ!? いっっっや―――っ!!」 その瞬間、高等部どころか、学園中に笹島の悲鳴がこだました。 「え、えーと……どーいうことなのかしら?」 「こう見えましても、私、人ではないのです」 「その腕見れば分かるわよ。ロボットとかアンドロイドの類なの?」 「いいえ、そのようなものではありません。私は旦那様に作られた自動人形《オートマトン》です」 「何がどう違うのよ?」 「さあ? 旦那様がそう言われましたので」 「何よそれ?」 そんな微妙にかみ合っていない会話の間にも、瑠杜賀《るとが》はなんとか着替えようと四苦八苦していた。ただ、その度に、手や足がポロポロと外れ落ちていくため、着替えは一向に進まない。 「いや、もう着替えなくてもいいわ」 「よろしいのですか?」 「ええ。結局、あなたはその格好以外、できないってことでしょ?」 「そうですね。私はこの身体とこの服をもって一つとなっていますので、脱ぐと、どうしても私のバランスが崩れてしまいます」 「なら、なんで最初からそう言わなかったのよ?」 「それは、説明する必要がなかったからです」 「どういうこと?」 「私は、ある人物を探すため、この学園にやってきただけですので。それが私の使命だからです」 「それってどういうこと?」 はっと口を手で塞ぎ、自分がうっかり質問してしまったことに笹島は後悔する。事と次第によっては、自厄介ごとに巻き込まれるかもしれないからだった。だが、後悔とは後に悔やむこと。笹島は後に存分に悔やむことになる。 「だからって、ここで話すことはないと思うんだがなぁ……」 そう愚痴りながら、召屋正行《めしやまさゆき》は不満そうに本日の夕食になるのであろうナポリタンを商店街にある、寂れた喫茶店のカウンターで、ムシャムシャと平らげていた。 「うるさいわね、ここが一番静かに話せるのよ」 「あらあら、今日は先客万来ねえ。それでお二人は何にするのかしら?」 にこやかにウェイトレスが微笑む。 「赤ワインを一本頂けますでしょうか?」 「あらあら? そちらの子は、結構いけるくちなの?」 お猪口でお酒を飲む仕草をするウェイトレス。 「いりません。コーヒーを二つ、アメリカンで」 「そうは言いますが笹島様。私は、ワイン以外のものを口にするのは……」 「未成年なんだから、コーヒーでいいのよ!」 「私に未成年という概念は存在しないのですが」 「いいから、コーヒーにしなさい!」 「いえ、ですが、私、赤ワインが燃料源でして」 「はぁ? しまいには、私の血液はワインでできてるとか言い出しそうね。あんた、転校してくる前はお笑い漫画道場にでも通っていたのかしら?」 「あの、言っている意味が良く分からないのですけど」 「で、お二人さん、注文はどうするの?」 やさしい口調ではあったが、笹島には、ウェイトレスの笑顔が少々引きつってきてたように見えていた。 「赤ワ……」 「コーヒー二つっっ、それ以外はいりませんっっ!!」 「笹島様、貴女は横暴です」 「何ですって?」 笹島の後ろからまっ黒なオーラが浮かび上がる。 「お・う・ぼ・う? この私が?」 「ええ。横暴過ぎます。相手の意見を尊重しないなんて、横暴以外の何物でもないですよ。旦那様も言っておりました。人間、協調性が大事だ…と……あれ? どうしました?」 「いい、良く聞きなさい、私は貴方やそこでのうのうとパスタを食ってるボンクラのクラスメイトで委員長なの、分かる? そこのボンクラ以外にも禄でもない連中ばっかり揃っている二年C組のね、毎日毎日、毎度毎度、厄介ごとばかり起こす上に、その尻拭いは全部私に回ってくるのよ、何度風紀委員に呼ばれたか知ってる? どれだけ醒徒会に嫌味を言われたか分かってる? 何時間も担任の字元先生から小言をネチネチ言われ続けるのがどれだけ苦痛だと思う? それよりも、他のクラスからC組が何て呼ばれているか知っているの? えーえー、そうよ『変態クラス』よ、全くどうして逸材ぞろいの一年B組の爪の垢を煎じてクラスメイト全員に飲ませたいものね、まあ、そんなことを本当にしたらしたで、それこそ『変態クラス』のレッテルがさらに揺るぎないものになってしまうでしょうけどね、しかも、しかも私は、その『変態クラス』の委員長なの、これってどういうことかというと、私は変態さんたちのリーダー、親分、隊長になるわけよ? つまり変態長ってわけね、いやー凄いわねー、何この仕打ちは!? そんな称号これっぽちも欲しくもないわっ、これだけの苦労をしてクラス委員長をしている私が、その責任感と親切心で貴方の相談にのっている私が、なけなしの小遣い叩いて奢ってやろうって言ってるのに、貴方にワインじゃなくて、コーヒーを勧めるくらい何の問題もないわよね、違う?」 「まあ、それは大変ですね! ですので、私には赤ワインを一本」 「そう……し…なさい」 ふらふらとカウンターの方へと歩いていくと、カゴに収まっていた食器をわしと掴む。 「し・に・な・さ・い……。もう、貴方なんか死んじゃえばいーの!! そして、貴方を殺して私も死んでやる。こんな救いのない世界なんてもう要らないわ。滅びてしまえばいいのよ、そうよ! 誰かストームブリンガーを持って来て!! いいえ、ルルイエ神殿を浮上させて頂戴、今すぐそこに殴りこんで、蛸型の神様をぶん殴っておこしてやるわっっ!!」 召屋とウェイトレスに羽交い絞めにされがら、ナイフを振り回し、ワケの分からないことをわめき散らす。 で、十分後。 ようやく落ちつた様子の委員長は、目の前にあるたっぷりミルクと砂糖が入ったコーヒーを熱そうに啜る。 「あじ!」 「あの、ところで、何で俺まで?」 大きな身体を精一杯小さくし、窮屈そうな様子で、ちょこんと笹島の横に召屋が座っていた。 「こちらの方はどなたですか?」 まるで、物珍しいものを見上げるように、瑠杜賀はマジマジと召屋を見つめ、笹島に質問する。 「役立たずのボンクラよ」 「そうですか。では、ヤクタタズノ様は何故、ご同席なさっているのですか?」 「役立たずじゃねーっ」 「思いのほか、ヤクタタズノ様はフレンドリーな方ですのね。苗字ではなく、名前で呼んで欲しいなんて。申し訳ありません、言い直します。ボンクラ様は何故、ご同席なさっているのですか?」 「ボンクラでもねえーよっ、俺にはめし……」 それを遮るように笹島が喋りだす。 「うっさい! 役立たずのボンクラでも数にはなるでしょ。で、探している人物ってのは誰なの」 「だから、俺にはめ……」 「私の旦那様です。それそれは聡明で、思慮深く、自愛に溢れる方です。是非、笹島様もお会いになると宜しいかと」 「へえ、その旦那様を探しにこの人工島まで来たってわけね? あと、写真とかはないの?」 「あの、だから俺のなま……」 「残念ながら。旦那様は写真がお嫌いな方でして……」 「いや、だから俺……」 「なによそれ、昭和何年生まれよ? それとも大正、明治? 何にせよ困ったわねえ。手がかりとか、情報はないの?」 「……うん、ゴメンもういいや」 自分の会話が完全に無視されていることにようやく気が付く。すっかりイジけた召屋とは関係なしに女性陣ふたりの話は続く。 「手がかり、ですか。そうですね、私は知っている情報は、旦那様が今、この人工島にいるということ。それともう一つ、ピンカートン探偵社という方たちが連れて行ったということです」 『連れ去ったぁっ!?』 笹島と召屋、ふたり同時に声を上げ、やはり同時こう思う。 (あ、これはやっぱり、面倒なことになりそうだ……) だが、瑠杜賀は、ふたりの反応に驚きもせず、淡々と話を続ける。 「はい、それ以前にもピンカートン探偵社と名乗る方々からの襲撃を何度か受けていたのですけれど、ある日、私がお屋敷を留守にしている隙に……」 笹島は、その言葉に何か符に落ちないものを感じる。何かがおかしい。 「それって、ちょっとおかしくない? まあ、探偵社が誘拐したってのは状況証拠としても、それじゃあ、この島に貴方の旦那様ってのがいるってことにはならないわ」 「そうでしょうか?」 きょとんとした顔で笹島を見つめる。まるで、自分が言ってることに全く間違いがなく、何故そんな質問をするのか分からないようだった。 「だって、おかしいでしょ!? 何故、貴方がいない間に誘拐されたのに、その誘拐した犯人も拘束先も分かるっていうの?」 「ああっ!! そういうことですか! それはですね、手紙があったからです。これなんですけどね」 クシャクシャになった紙を一生懸命テーブルの上に伸ばそうとする。だがボロボロの紙には、ロールシャッハテストに出てきそうな染みがあるだけだった。 「何、これ」 「ええ、それが置手紙ですけど」 首を右に15度の角度きっちに傾げる。 「なんで、大事な手紙がこうなるのかって訊いてるのよっ!!」 「まあ、委員長。落ち着いてな」 「あぁんっ!?」 嗜めようとする召屋に、見る者の白髪が一気に十本は増えそうな一瞥をくれると、瑠杜賀に視線を戻し、もう一度やさしく問いただす。 「どうして、大切な手紙がシワシワで、インク滲みだらけになったのかしら~?」 「申し訳ありません。あまりにも急いでいたものでして。それと、インクが滲んでしまったのは東京湾を泳いで渡ったからかもしれませんね」 笹島の両手が瑠杜賀の両肩をがっちり掴む。そして、顔を精一杯近づけて、子供を諭すような口調で語りかける。ただし、眉間には深い皺、右の眉毛の端はピクピクと痙攣していた。肩を掴む手には血管が浮いていた。 「ちょっと待ってね、瑠杜賀さん。ちょっと私の理解を超えているようね。えー、貴方は自分のお屋敷からこの島まで、インフラもしっかり整備されている、この島まで、自力で泳いできた。そう言っているのかしら?」 「ええ、地図を見ると直線距離にして一番近かったので。まあ、ちょっと骨が折れましたけど。あ、私人形だから、骨なんてないんですけどね」 「えっ? 人形ってどういうことだ、っておい、委員長!」 思いっきり召屋の顔面に右ストレートをお見舞いした後、笹島は席を立つと出口へ向かって歩いていく。 「あ、あの笹島様。私何か怒らせるようなことを……」 「委員長、手っ前ー、俺にこんな面倒なことを押し付けるんじゃねえ。つーか殴るな!」 「ダメよ」 取っ手を掴んで外へ出ようとした時、出口を塞ぐように、ウェイトレスの生足が伸びてくる。女性であっても思わずドキリとしてしまうほどの曲線美だった。 「どうして?」 敵意をあらわに睨み付ける。 「だって、お会計がまだだものね」 (ちっ! バレたか。召屋君に払わせようと思ったのに) 中々どうして、何気に腹黒い委員長だった。 「それに――探偵社のことなら、よーく知っているわよ。わ・た・し」 『嘘っ!!』 その場にいる全員の視線がウェイトレスに集まる。それに対し、ウェイトレスは茶目っ気のある顔でウインクをすると、人差し指を目の前にいる笹島の唇に軽くあてがう。 「でも、他の人には内緒だぞ!」 性別問わず、思わず蕩けそうなその笑顔と仕草に喫茶店内の人物は皆頬を紅く軽く染めていた。いや、ひとりだけ例外がいた。それは、他に目もくれず、寡黙にスポーツ新聞を読んでいるマスターだった。 トップに戻る 作品保管庫に戻る
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2016年の双葉学園には、名の知れた異能者が二人いた。 その名は立浪みかと、立浪みき。 猫の力を使い、率先して強力なラルヴァと戦ってきた意欲のある異能者であった。長女の人懐っこさや次女の大人しさは多くの生徒たちに好感を与え、親交を深めたり、共闘したりした生徒も多かった。 そんな「学園のアイドル」である二人も、学部長と与田光一の干渉によって悲劇的な運命へと導かれていった。 『血塗れ仔猫』の力に飲み込まれたみきが学園内で暴走し、大惨事を引き起こしてしまったのだ。高等部の校庭に生徒たちの血が流れるという、真夏の悪夢であった。 暴走した彼女を、長女とその仲間たち止めることに成功する。その時点では、誰もが事態は丸く収まったと思い込んでいた。 しかし、その後姉妹は何者かによって抹殺されてしまった。 一通り語り終えた藤神門御鈴は、書物をパタンと閉じて、デスクの脇に寄せる。 雅は何もものを言えずに下を向いていた。思ったり感じたりしたことは、色々とたくさんある。 まず、与田光一が自分のみならず、立浪姉妹にとっても因縁深い敵であったことだ。これにはひどく驚かされたし、彼に対して好意的に接してしまった自分の甘さを強く恥じた。 『いい? そういう種類の人間はとってもキケンなの。まして研究者なんでしょ? その与田って人間。ますます危ういじゃない! ちょっと頭使えばわかることじゃない!』 みくの言っていたことは正解だった。それに対して、自分はどれだけひどい態度でみくに突き返したことだろう? あの子が自分のことを心配する気持ちは本物だった。みくは本気で自分のことを心配していたのだ。 それを、自分はあの子を泣かすことで手ひどく無視してしまった・・・・・・。 そんなあの夕飯の思い出が、今となってはただただ悲しい。雅は今すぐにでもみくに会いたいと思った。会って、謝って、思い切り抱きしめたいと、彼は無性にみくのことを愛おしく思ったのである。 そして次に驚いたのが、会長の始めた2016年の物語の主役が、みくのお姉さんであったことだった。これも衝撃であった。 立浪みきが血塗れ仔猫だったなんて。 こうして醒徒会室にわざわざ呼び出され、話を聞かされた中で、これが一番驚愕した真実であった。 『ラルヴァ』の血に飲み込まれ、無差別に学園生徒を襲った恐怖の異形。今もこの島のどこかに息を潜める漆黒の魔女。彼女がそうなってしまった経緯も考えさせるものがあったし、何より気になっているのが、実妹であるみくがこの事実をどう受け止めるのかということだ。 今、彼女はこの島にいない。自分の前から姿を消して久しい。 戻ってきたらすぐに、血塗れ仔猫の事件を知るだろう。いや、会長の配信した動画を見ているのならすでに知っていると思われる。もしももう一度会えたら、いったいどのような言葉をかけてあげたらいいのか・・・・・・。 「でも、会長」と、雅は口を開く。「立浪みきさんは元に戻ったんですよね? お姉さんと仲間の呼びかけで、自分を取り戻したんですよね? ではどうして、この夏に血塗れ仔猫が出現しているのでしょうか。みきさんとは別人なのでしょうか?」 「ふむ、それは当然抱く疑問であるな、遠藤雅」 と、少女は雅のほうをしっかり見て言う。 「恐らく今この島にいる血塗れ仔猫は、立浪みき本人だろう。彼女は生きている可能性が高いからだ。ここだけの話だが、彼女を始末したのは当時の醒徒会メンバーだということがわかっている」 「せ、醒徒会が?」と、雅は大きな声を出した。 「当時の彼らがこっそり記録を残してくれたのだ。醒徒会としてやらなければならないことであったとはいえ、学園生徒を粛清しなければならなかったのは相当に無念であっただろうな。彼らはどうしても、学園の生徒である立浪みきを殺せなかった。・・・・・・ワザと外したのだ。銃弾を」 「じゃあ・・・・・・みきさんは生きて・・・・・・?」 「島に帰ってきたのだと私は思っておる。血塗れ仔猫に関しては、うちの龍河がよく知っていた。彼は三年前もあの現場にいたから、先日お前と一緒に遭遇したとき、すぐわかったようだ。そこから我々の独自調査も一気に進展を見せた。血塗れ仔猫の正体、変貌のいきさつ、戦闘スタイル・・・・・・。解明に時間はほとんどかからなかった」 雅は龍河弾とともに遭遇した、夜道に浮かぶ二つの赤い点を思い浮かべる。 「これも公には出せない極秘事項だが・・・・・・立浪みかを殺害した者は、与田光一だ」 会長から与田の名前が再び出たとき、雅は目を大きく開けて眼球を震わせる。 「しかし、与田はその件で当時の学部長から表彰されている。学園に現れた上級ラルヴァの脅威を抑止したことで、表彰されたのだ。言い換えれば、学園は、姉妹を死に追いやった彼を『評価』したということだ。姉妹はその上級ラルヴァによって倒されたということにでっちあげられている。でも、私はどう見ても、それは姉妹を消したことに対する学部長からのご褒美にしか見えないのだ・・・・・・」 と、御鈴はとても悲しそうにしてそう言った。 トンボのつがいが追いかけっこをしている。雅の頭上をくるくる旋廻してから、遠くの双葉山へ跳んでいった。 それを、雅は切ない目をして見つめていた。みかとみきはさぞ無念だと思うし、みくはこの事実をいったいどう受け入れればいいのだろうと思う。猫の血。姉妹の末路。血塗れ仔猫。あの小さな背中に背負うものはあまりにも多すぎて、重たすぎる。 あんな感情豊かな可愛い子供が、凶暴なラルヴァだなんて。雅はどうやって、みくと向き合っていいかがわからなかった。みくが自分にとって大切な存在なだけに、どうしたら彼女のことを守ってあげられるかが、わからなかった。 副会長にいただいた水を一口飲んでから、大きく息を吐く。タオルで首もとの汗を拭う。もうそろそろ九月になるが、依然として午後は暑い。ツクツクボウシが思い切り泣き喚いてからどっと押し寄せる静寂に、夏の終わりを感じる。 夏はまだ終わってないぞと、セミが再び鳴きだしたそのときだった。 陽炎ゆらめく道の先にて、巨大なカラスがこちらをじっと見つめている。それはとても懐かしい、雅がこの双葉島にやってきて初めて遭遇した種類のラルヴァであった。 雅はカバンの中から短剣を取り出した。護身用として手に入れたものだ。 カラスはよだれを滴らせながら、ゆっくりこちらに接近してきた。雅はそれを見て、不敵に微笑む。 「ふふ。この夏の間に、僕は変わったんだぞ。伊達に二ヶ月間みっちり修行してないぞ」 そう、右手にダガーナイフを握り締めた。学園で毎日、何時間もかけて練習してきた護身術。訓練の成果を今ここで・・・・・・。 しかし、真っ直ぐ突っ込んできたくちばしをナイフで受け止めたとき。いともたやすくダガーナイフは折れてしまった。 「・・・・・・そんなのアリか」 潔く後ろを向いた。雅は肩にかけているカバンをばたばた揺らしながら逃亡する。その背後を、カラスが鋭利なくちばしを向けてダイブしてくる。「ひいい!」と、雅は前に転がりこんで強襲を回避した。くちばしの激突した道路に穴が開いてしまった。 やはり戦闘向きではない自分は、単独では行動できないのか? それは非常に悔しいことだった。 みくは姉を亡くして一人ぼっちになってから、強くなるために努力してきたという。料理も一人でやってきたし、積極的に敵と戦ってきたという。若干九歳で、何という立派な心がけか。 それに比べて、自分は何なのか? 雅はこの夏、ずっとみくと自分を比較しては努力をしてきた。自分だって異能者として、強くならなければいけないのだ。もう十九にもなる異能者なのに、いつまでも一般人のように弱いままではいけなかった。高等部の才能溢れる異能者たちと訓練場で会って話をするたび、そのようなことを思わされてきたものだった。西院茜燦くん。菅誠司さん・・・・・・。 何よりも、今日までひたむきに頑張り続けてきたきっかけは、やはり与田との一件だった。 異能者としての未熟さが露呈した悲しい事件だった。自分の異能・治癒能力を与田光一に狙われ、多くの人間に迷惑をかけた。自分は騙されてしまったことに深く傷つき、パートナーの立浪みくを失ってしまった。 それらはすべて、自分が弱かったせいなのだ。自分の弱さに起因する犠牲なのだ。 雅はみくのいなくなった寂しいアパートの一室で、一人、ずっと後悔に暮れていた・・・・・・。 「だから・・・・・・強くなろうと思ったのになあ・・・・・・」 勝てないなら勝てないで、もう仕方ないことだった。逃げるしかなかった。また強くなって仕返しでもすればいい。雅は真っ直ぐ前を向いて走り続ける。 だが。 カラスの能力である「突風」を背中に食らってしまい、雅は転倒した。 横に転がって仰向けになると、カラスがみしみしとアスファルトに足音を響かせて、近づいてきていた。今は夏休みで、通りすがる異能者の学生もいない。さらに今の自分には武器もない。 黒い巨体が真夏の青空をドンと塞ぐ。頭を上に傾けてくちばしを天高くかざし、雅の頭を粉々にしようとしていた。 「ごめん、みく・・・・・・!」 そう、雅は「愛する」パートナーの名前を呟いてから、歯を食いしばった。 ところが――。 雅の背後から、太陽を背にして飛び上がった黒い影――。 それはくるんと宙で回り、むき出しになった爪でカラスの体を切りつける! 雅の目の前にてその影は着地した。 カラスが醜い叫び声を上げているなか、雅はその小さな背中に懐かしい髪の香りを認める。白い猫耳と尻尾を生やした彼女は、両手の爪であっという間にこの下級ラルヴァを粉々に切り刻んでしまった。黒い羽がぱらぱらとあたりに散らばった。 カラス相手に苦戦していた数ヶ月前を、彼女は覚えているのだろうか? そのときとは比べ物にならないぐらい、この猫の少女は格段に強くなっていた。 「あ・・・・・・あ・・・・・・!」 彼は震える。涙を滲ませる。 「・・・・・・何泣いてるのよ、泣いてる場合じゃないでしょ?」 それでも雅は、溢れ出てくる涙を抑えることができない。その場で留まることができなくなり、とうとうその少女に抱きついてしまった。彼は子供みたいにわんわん泣いた。 「泣かないで。泣かないでよ、もう。泣き虫」 立浪みくもたくさん涙を零しながら、年甲斐もなく泣きわめいている雅を優しく抱きしめたのであった。 みくは緊張しながら、久しぶりに雅の部屋に入る。まず彼女の目に入ってきたのは、足元に寄ってきた三匹の黒猫。 「この子たちどうしたの・・・・・・? もしかして、あのアイの子ども?」 「そうだよ。一ヶ月前くらいに産まれたんだ」 と、雅はみくに仔猫たちを紹介し始める。 緑の目をしているのが、『リリー』 黄と青のオッドアイが『メフィー』 黄色い瞳の子が『メイジー』。 「まさかこんなにも賑やかになってるとはねえ。あっ・・・・・・?」 狭いキッチンを抜けて、みくは小走りで居間に入る。驚きの表情を浮かべた後、ぐすぐす泣き出してしまった。雅も照れくさそうにして頬を掻きながら、そっぽを向いていた。 「あの笹の葉・・・・・・。まだ生きてたのね。嘘みたい・・・・・・」 みくが七夕のときに取ってきた笹が、あの日のままで窓際にかけられていたのだ。しっかりと枝が伸びており、葉はどの箇所も一切枯れていない、深緑の色を保っていた。 「僕が、毎日『治癒』をかけてたんだ」 「え?」と、みくが雅のほうを向く。 「みくが帰ってくるまでね、枯らしたくなかったんだ。絶対に一緒に七夕をやるんだって思ってた。みくだってあの日、そう思いながら僕のことを待ってたんだろ?」 「マサぁ・・・・・・」 「・・・・・・寂しがらせてごめんね。意地悪言ってごめんね。僕はやっぱり、みくがいないとダメみたいだ。さっきの戦いも、そうだったし」 今度はみくが雅に抱きつく。その小さな頭を撫でてやりながら、雅はとても安心した。 やはり自分はこうでなくてはならない。みくと一緒に戦っていくのが、自分のスタイルなのだ。かけがえのないパートナーの復帰を彼は心から喜んだ。 その後、夏休み前に戻ったかのような楽しい時間が流れていった。 まず、みくにぶつぶつ小言をぶつけられながら、掃除の行き届いてなかった部屋を掃除した。 次に、みくにぎゃーぎゃー怒られながら、買いだめをしておいたインスタントの食品をすべて捨てられた。 それから最後に、みくに真正面からぶん殴られながら、いかがわしい週刊誌を根こそぎ捨てられてしまった。 久々にまともな夕飯を口にしたとき、雅はあまりの味わい深さに嗚咽を漏らしてしまう。極端にしょっぱかったりどこか苦かったりする、体力の付かないコンビニ弁当やカップラーメンとは雲泥の差であった。夏バテ寸前だった自分の体が悦んでいる。 「あんた、どんだけ家事能力ないのよ・・・・・・」と、みくに唖然とされてしまった。 風呂から上がってベッドの布団をめくると、すでに少女はそこで横になっている。 「えへへ」 「・・・・・・照れくさいからよせやい」 「うん? 子供を扱うような、昔の余裕ある態度はどこにいってしまわれたの? だんなさま?」 「ふ、フン!」 電気を消して、雅も横になった。むすっとした表情をしてみくに背中を向ける。そんな彼にみくはぴったりくっついた。 「あったかーい。やっぱ一人ぼっちはよくないネ」 「・・・・・・」 「んもう。夏休み前とかしょっちゅうこうしてたじゃない。まるで妹さんの面倒見てるみたいだって一緒に寝てくれたじゃない。どうしてそんなに黙り込んじゃってるの? ねえねえ!」 とくとくと熱い血をめぐらせる自分の心臓。この夏はずっと一人ぼっちで過ごしていて、正直こたえていた。背後にいるこの女の子が、こんなにも自分を慕ってくれていたことを実感できたし、みくがいなければ戦っていくことすらできないということも痛感した。 ・・・・・・だからといって、この小学生に対してこんな切ない気持ちになっているのは、いったいどうしたことだろう。母さん。僕は変態なのかもしれません。理性があるうちに謝罪します。人の道を踏み外してしまう前に懺悔します。とんでもない変態でごめんなさい。そんなことを雅は悶々と思っていた。 「こっち向いて、マサ」 雅はしぶしぶ、横に転がってみくと向き合う。彼女のつぶらな瞳はほのかに黄色く燃えており、暗闇の中で浮かび上がっていた。 「私はね、『ラルヴァ』なんだって」 びっくりして、雅は目を開いた。それはすでに知っている事実ではあったが、こうしてみくの方から話を切り出されるとは思ってもみなかった。 「私の猫の血筋はラルヴァのもので、下手したら島のみんなに危害を加える可能性もあるんだって。私には二人お姉ちゃんがいるけど、みかお姉ちゃんも、みきお姉ちゃんも、『ラルヴァ』の血を引いてるから学校のみんなに殺されちゃった。もっと言えば、みきお姉ちゃんは本当は生きてて・・・・・・『血塗れ仔猫』として元気にやってるみたいじゃないの」 「みく・・・・・・」 「マサ、聞いて」と、みくは真面目な顔つきになって言う。「私がね、みきお姉ちゃんを止めてあげようと思うの。あの人はおっとりしてて、戦いを嫌がるような優しい人だった。絶対に、今も心のなかで泣いていると思う。たとえ刺し違えるようなことがあっても、みきお姉ちゃんの暴走を止めてあげたい。・・・・・・みかお姉ちゃんだったら、きっとそうすると思うしね」 雅は無言でみくを抱きしめてあげる。初めて布団の中で抱きしめてもらえたみくは、「嬉しい」とうっとりこぼした。 「・・・・・・私は周りの人間や与田が何と言おうが、『ラルヴァ』なんかじゃない。絶対に周りの人たちを傷つけないし、怒りに任せて暴走なんてしないわ。だって、私はただの異能者じゃなくて、マサの『飼い猫』なんだから」 「え」 雅がその意味深な一言に反応した瞬間、真っ暗な部屋に閃光が走る。みくの体が急に発光したため、たまらず雅は目をぎゅっと瞑ってしまう。 発光が落ち着いたとき。白いふさふさの猫耳と、口元から覗く小ぶりの牙と、まん丸の金の瞳が彼をじっと捉えていた。猫の女の子はとても愛らしく、それでいて力強い意志に満ち溢れた凛とした表情をしていた。 「私はマサの『飼い猫』なんだから。そうよ、『ラルヴァ』なんかじゃないの。私はあんたの『飼い猫』なんです」 それからみくは、しっかりとした口調でこう言う。雅に宣誓するようひとことひとこと、慎重に言う。それはまるで何かの呪文のようであった。 私は、愛する人を守るために力を使います。 私は、愛する人を守るためにいる猫の少女です。 私は、マサを守るために力を使う、マサの『飼い猫』です。 「だから・・・・・・ください」 そしてみくは目を閉じ、小さな唇を雅に向けた。雅はそれにものすごく驚かされたが、唾をごくりと飲み込んで、しっかり彼女と向き合った。 自分はみくがいないと戦えない。みくがいないと暮らしていけないし、何より寂しい。それに与田のときや七夕のときのことを思えば、もう、一人の男としてやらなければならないことがあった。 意を決し、みくの唇に自分の唇を重ね合わせた。触れ合った瞬間、びくんと震えたみくの体をぎゅっと抱きしめてあげる。母さん、どうか見ていてください。これが自分の選択です。この子が自分の愛する女性です。そう、心の中で堂々と言いながら。 みくは雅から離れると、しっとり潤んだ瞳を見せてから「えへへ・・・・・・」と笑った。唇の先に残った唾液を人差し指で拭い、それをしゃぶる。雅は不覚にもそれにときめいてしまう。 「これで・・・・・・これで、私は『ラルヴァ』なんかじゃないんだから・・・・・・!」 どういうことだい、みく? と、雅が言おうとしたときだ。 みくの首周りが白く光った。彼女の首を取り巻いている光は、やがてはっきりとした形を作り出す。 同時に、なにやら熱を感じて目を向けた自分の左手首にも、何か輪が形成されつつあった。それはやがて茶色い皮製の「腕輪」となる。よくよく目を凝らすと「miku」と刺繍がされてあった。 そしてみくの首元にも、大きな茶色い「首輪」が形成された。首輪は白い猫耳によく似合っており、彼女はまさに飼い猫を思わせる姿をしていた。雅は半ば呆けた顔をしてそれを眺めていた。 「これが私たち姉妹の、完全な姿よ」と、みくは言う。「私たちは愛する人のために自分の異能を使う種族。みかお姉ちゃんもみきお姉ちゃんも、学園のみんなのために戦ってきた。けど、もともとはこうするためにあるものなの。私は、立浪みくは、これからご主人様のために命をかけて戦います。よろしくお願いします、『ご主人様』」 「そんな、飼い猫とかご主人様とか、そんな主従関係なんていらないよ。僕はただこれまで通り、みくと一緒に過ごしていければ」 そう困惑しながら雅が言うと、みくはニッと不敵に笑いながらこんなことを言った。 「勘違いしてるようだけど、もっと言えば私はあんたの所有物であり、あんたは私の所有物であるってことなのよ? 私とあんたとで交わした契約みたいなもんね。そこんとこよろしくね、『ご主人様』?」 みくは満足そうに牙を見せてにっこり笑うと、「大好き!」と言いながらまた雅の胸に飛び込んできた。 こうして遠藤雅と立浪みくは、血塗れ仔猫との戦いの前に『主従の契約』を結んだのであった。 トップに戻る 作品保管庫に戻る
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ラノで読む 教室に行かなくなって何日が過ぎただろうか。 双葉学園に転校した日以来から、僕は教室に行くことをやめた。 どうやら僕はみんなに嫌われているらしい。 それも仕方ないかもしれない。 転校初日に教室に入って、周囲を見渡して僕は驚いた。みんなまるで漫画やラノベにでも出てくるキャラクターのように整った容姿をしていたのだ。特に女の子は僕の知っている女の子たちとは比べ物にならないほどに綺麗だった。 それに比べて僕は醜い。不細工だ。 僕はとても気持ち悪い。 整った容姿をしている彼らは、きっと僕のことを嫌悪しているに違いない。 僕が教室に入ってきた時に、騒がしかった教室が凍ったのを感じた。「かっこいい男子か、それとも可愛い女子か」と騒いでいた生徒も黙ってしまい、僕に奇異の目を向けていたのだ。 みんな僕から目を背けて、机についたら隣の子が「臭い」とばかりに鼻を押さえて距離を置いたのがショックだった。 みんなは直接口に出したりしないが僕のことを鬱陶しがっているのだろう。 ここは僕の居場所なんかじゃない。 だから双葉学園にはもう行ってない。だけど寮にも僕の居場所はないから、学園の敷地内しか行くところがない。 今日もまた、人気の無い校舎裏で時間を潰す作業が始まる。 日の当たらないこの場所で、ただ何もせずにぼんやりとしている。何もする気にならない。僕がこうしている間も、きっとみんなは学業に励み、楽しく明るい青春を過ごしているのだろう。そう思うと僕の胸は締め付けられる。 だから何も考えないようにしよう。 ひたすら膝を抱え、誰にも顔を見られないように俯いて生きていくのだ。 やがて時間が経ち、昼休みの時間になった。お腹が減ったが、弁当も無いし、購買に行ってもきっと迷惑がられる。 「あれれ? あなた、こんなところで何をしているの?」 ふと、少し離れた場所から声が聞こえた。 恐る恐る振り返ると、そこには一人の女子生徒が立っていた。僕は慌てて顔を背けて、自分の不細工な顔を見られないようにした。 「あなたはちょっと前に転校してきた一年の佐藤くんだよね。一人で何をしているの?」 その女子生徒の顔には見覚えが無かったが、リボンの色で三年生とわかった。僕の二つ上の先輩だ。やはり他の生徒同様、整った顔立ちをしている。長い黒髪は日本的な美人を象徴するようだった。 自分とは正反対に、明るい笑顔を振りまく先輩に嫉妬を覚えながら僕は押し黙った。彼女はきっとただの好奇心で僕に話しかけてきただけだろう。安い同情心なんていらない。僕は一人でいたいんだ。 彼女も僕のことを気持ち悪がっている。 こんな美人なら尚更僕のような汚物を嫌悪するだろう。 「どうしてこんなところに一人でいるの?」 だが先輩は僕の考えていたこととはまったく見当違いの質問をした。 「な、なんでって……」 「もうお昼の時間だよ。ごはん食べなきゃ。私もね、弟と一緒にお弁当食べようと思って探してるんだけど見つからないの」 そう言って先輩はまるで天使のような屈託の無い笑顔を僕に見せつけ、ピンク色の弁当箱を取り出した。 なんだこの人、僕のこと気持ち悪がらないのかな。 「ぼ、僕はいいんです。お腹減ってないですから」 嘘だ。本当はいつだってこの時間は空腹だ。 だけどここを動きたくない。 「そうなの? でも一人じゃ寂しくない? あのね、隣座っていいかしら?」 「え?」 どきり、と胸が高鳴るのを感じた。 可愛い女の子にそんな優しい言葉をかけられたのはこれが初めてかもしれない。 どうして彼女は僕を気にかけてくれるのだろう。同情心か、それとも好奇心か。だが彼女のにこにことした笑顔には裏表なんてなさそうで、何も考えていないように見える。 「でも、僕はキモイですし……臭いですし……」 「何を言ってるの? 私も歩くの疲れちゃったった。弟はいくら探してもみつからないし、もうお腹ぺこぺこだよー。ここで食べちゃお」 そう言って僕の了承も待たずに、彼女は隣に腰を下ろした。 小さくて細い肩が僕の肩に当たり、ふんわりとした繊細な髪の毛が頬を撫でる。その拍子に女の子独特の甘い匂いが鼻を刺激する。 「えへへ。いただきまーす」 先輩が弁当の蓋を開けると、綺麗な彩をした弁当が顔を出す。ピンク色のさくらでんぶに、スクランブルエッグがかけられている。カロリーを抑えめなのかヘルシー嗜好の食材が収められていた。 それを見て思わず「くうう」っと僕のお腹が鳴った。 「あら、やっぱり佐藤くんってばお腹減ってるじゃない。無理しちゃダメだよぉ」 「いや、あの。お弁当持ってないですし」 綺麗な先輩の顔を直視できず、僕はまっすぐ前を向いた。すると、彼女はばっと僕の前に身を乗り出して箸でつまんだ里芋の煮っころがしを僕の眼前に持ってきた。 「お弁当忘れたなら私のと半分こしようよ、ほら、これ私が作ったんだよ。あーんして。ほら」 「え? え? え?」 突然のことに頭がパニックになった。 あーんって、これじゃまるで恋人同士の昼食じゃないか。 「い、いいんですか?」 「いいよー。今日はちょっと作りすぎちゃったし。私って小食なの」 そう言われ、断る理由も見つからずに僕はその煮っころがしを口に含んだ。口の中にしょうゆとみりんの甘酸っぱい味わいが広がっていく。 「おいしい?」と先輩は尋ねた。 おいしい。おいしいに決まっている。こんなにおいしい物を食べたのは生まれて初めてかもしれない。 誰かと食べるご飯が、こんなにもおいしい物だなんて僕は知らなかった。 先輩は笑顔のまま自分も煮っころがしを食べた。僕の口に触れた箸で、だ。関節キスのようなものなのに、彼女はまったく気にした様子もなくその箸を使っている。 それを見てようやく僕は先輩が本当に僕のことを気持ち悪いと思っていないことを理解した。 「ねえ佐藤くん。そういえばきみって授業に出てないってのを弟に聞いたんだけど、どうしてなの?」 いきなりそんなことを言われて僕は身を強張らせる。 先輩は特に悪気もなさそうに、相変わらずの無邪気な笑顔のままだった。まるで本当に理由がわからないようである。 「なんでって、わかるでしょ。僕はみんなと違って気持ち悪いし、不細工な顔をしてるから……。教室じゃ浮くんですよ」 「えー? そんなことないよ」 「そうなんですよ! 僕はみんなに気持ち悪がられているんです! 僕がいるだけでみんな食欲が失せちゃうんですよ!」 思わず僕は叫んでいた。 久しぶりの人との会話、一度溢れ出した感情を止める術を知らない僕は、大きな声を出して先輩に怒鳴っていた。 はっと我に返り自己嫌悪の波が僕を襲った。 せっかく良くしてくれる人ができたのに、僕はいつもこうだ。結局うまくいかない。 「…………」 謝罪の言葉も出せず、僕は黙ってしまった。気まずい沈黙が流れる。 「!」 だけどふっと僕の手に温かい物が触れて、心臓が跳ね上がりそうになる。 先輩の白くて小さな手が僕の手を握り締めていたのだ。 「そんなことない。そんなことないよ。あなたは気持ち悪くなんかないの。あなたは今、ちょっと自信を無くしてるだけ。みんなあなたのことを気持ち悪いだなんて思っていないよ」 先輩は優しい目を向けて、僕の顔を覗き込んだ。 まるで聖母のような慈愛に満ちたその瞳は、僕の枯れた心を潤していくように思えた。 もしかして、今までのことは僕の被害妄想だったんだろうか。 自分の容姿に自信がないせいで、誰もが僕を不細工だと思っていると、思い込んでいたのかもしれない。 「本当ですか? 僕は醜くありませんか?」 「うん。あなたはかっこいいよ。とっても。それにね、人間は見た目じゃないって昔の偉い人が言ってるじゃない。人間外見より中身を大事にしなきゃ」 その言葉一つで不思議と自信が湧きあがってきた。 「自分に自信を持って佐藤くん。それにこの学園のみんなはとってもいい人たちで、そんなことを言ったり思ったりなんてしないよ。怖がらないで」 「……はい」 僕は嬉しさのあまり涙を流していた。 よかった。今日先輩に出会えてよかった。 「さあ、じゃあ教室に行きましょうよ。ちゃんとお勉強しようよ。まだお昼時間はあるし、今からみんなとご飯を食べましょうよ。大勢で食べるほどご飯はおいしくなるのよ」 てへっと歯を見せて笑った先輩はとても可愛かった。 僕の醜く腫れあがった魂は、彼女の笑顔に解放された。 もう大丈夫。僕は大丈夫だ。 「じゃあ教室に行こっか。私がついてってあげるから」 「いえ、いいですよ先輩。僕は一人で自分の教室に行きます。一人で行かなくちゃいけないんです。今日はありがとうございました」 「ううん。いいよ。私も楽しかったよ佐藤くんとご飯食べられて」 そう言ってくれるのが素直に嬉しい。 「名前……先輩の名前をまだ聞いていませんでした。教えてくれませんか?」 「あれ、言ってなかったっけ。私は晶子。夏目晶子だよ」 「ありがとうございました夏目先輩。それじゃあ、行ってきます」 夏目先輩に勇気づけられ、僕は変われる気がした。 その気持ちを失う前に教室へ行こうと、僕は駆け出した。 久しぶりにやってきた学園の校舎、長い廊下を渡り、僕は自分の教室の扉の前へとやってきた。 ノブに手をかけて、少しだけ躊躇する。 緊張で手が震えて胃がきりきりしてくる。 だけどここを乗り越えなければきっと僕はダメになる。 先輩に貰った勇気と自信を思い出し、僕は教室の引き戸を思い切り開いて、足を一歩踏み出した。 「あっ」 っと教室でお弁当を食べていた生徒たちが一斉に僕に視線を向けて、場が静まり返った。 「あ、あの。みんな……久しぶり」 と言いかけた瞬間、扉近くに座っていた女生徒が、顔を青ざめさせて口元を押さえた。そして―― 「うおおろろろろろろろ」 と激しく嘔吐を始めた。 女生徒が先ほどまで食べていたから揚げと胃液が机に溢れていく。それだけじゃなく、他にも何人かの生徒は気分が悪くなったのか嘔吐をして、泣き出し始めた生徒までいた。 みんな一斉に鼻を押さえ、僕から目を背けた。 多くの生徒が無言で席を立ち、教室を出ていく。 一種のパニックに教室は陥っていた。 ああ、やっぱり駄目だった。 僕は窓ガラスに映る自分の顔を見た。 腐り続ける皮膚は緑色に変化し、常にただれ続け、右の眼球は崩れ落ち、中からは無数の蛆虫が這い出ている。皮膚の削げ落ちている一部からは、生気の無い赤黒い肉片が覗いている。 口の中には様々な虫が顔を覗かせて歯には何匹ものゴキブリの卵が植えつけられ、母親ゴキブリが体を駆け巡っていた。 ああ、なんて人間離れした顔なんだろう。 みんなが気持ち悪がり、目を背けるのは当たり前だ。 僕はまともな人間の顔じゃない。まさしくおぞましい腐乱死体そのものだ。 以前一度だけ面と向かって言われたことがある。僕の体臭は「シュールストレミングの缶に、真夏に放置された腐った豚肉とハイエナの糞を詰め込んだような臭い」だという。 やはり僕のような|歩く腐乱屍体族《ゾンゲリア》が人間のように学園生活を送ることは無理だったのだ。 おわり トップに戻る 作品保管庫に戻る