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105話 蟲毒の修羅 蟲毒 甕に様々な毒蟲をいれ殺し合わせる。 最後の一匹になったものは蟲毒となり様々な呪いを行う呪法。 青葉区 スマルテレビ屋上。 ここで行われている行為は正にそれ。 四方数十メートル程度の「甕」で行われている悪魔同士の殺し合い。 人の頭では想像できようはずも無い光景がそこにはあった 何の変哲も無い右ストレート。 だがそれは悪魔の急所を的確に抉りぬく。 人修羅 人であり悪魔。 ほんの数時間前までは十分に人としての心を残していた彼。 彼は今自らの仲魔と殺しあっている。 頼り、頼られたはずの仲魔と完全なる自分の意思で殺しあう。 手に残る肉の感触が。 吹き出る体液の温かさが。 そして何より消えていく命の感触が。 確実に人修羅の人としての部分をそぎ落としていくのが解る。 悪魔が一体・・・また一体と地に伏せ、躯となる。 そのたびに人修羅の凶暴性は増していくのだ。 そしてそれは魔仲魔もまた同じだ。 かつて主人だったものに容赦なく攻撃を加える。 放つ魔法は皮を焼き、繰り出す武器は肉を抉る。 確実に人修羅の体力をそいでいく。 確実に人修羅の「人」を消していく。 今の人修羅には「情け」や「容赦」などは存在しない。 「オオォーーーーーーーー!!」 地 母 の 晩 餐 ッ!! 咆哮、そして衝撃。 広範囲に放たれる衝撃波。 耐性の無いものは即座に塵と化す。 そして耐性のあるものは・・・。 煙の奥から現れた最後の悪魔。 その悪魔の放つ一撃は技を放った直後、無防備な人修羅の左腕を引きちぎった。 同時に腕の付け根から血が噴出する。 血が流れる。 流れ落ちる。 かつて人だったときから流れ続けていた血が。 流れ落ちる。 彼の心に最後のほんのちょっぴり染み付いた人の心を。 洗い流していく。 (ああ・・・血だけはまだ・・・赤いな・・・) これは「人」としての人修羅の最後の思考。 「グォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」 咆哮。 あるいはソレは産声だったのかも知れない。 もうそこに 人など いない。 (物理ハ・・・キカナイ・・・) この考えをしたのは本能。 常に戦いを望む悪魔の本能。 その本能は目の前の悪魔を倒す最善の一手を選択する。 殺戮のための一手。 至 高 の 魔 弾ッ!! 人修羅から放たれた光線は悪魔を貫く。 そして躯がまた一つ。 屋上に悪魔の死体が12。 人修羅はゆっくりと死体に近づくと死体を持ち上げる。 彼は勝者だ。 彼は蟲毒だ。 彼がやることは・・・・・・一つ。 人修羅は死体にゆっくりと口を近づけた。 悪魔の死体を貪り食う隻腕の男。 その体からは悪魔の体液による強烈な異臭が放たれている。 今の彼に、「人」を感じられるものがいるだろうか? いはしない。 敵だろうと。 かつての友であろうと。 人修羅自身だろうと。 【時間:午前11時】 【人修羅(主人公)(真・女神転生Ⅲ-nocturne-)】 状態:左肩から下を欠損し出血中 受けたダメージと消耗により既にまともにスキルを使用することは不可能 悪魔化 殺戮衝動 体中に悪魔の体液を浴びており強烈な異臭がする 武器:素手 道具:無し(所持していたものは先の戦闘の巻き添えで塵に) 仲魔:無し 現在位置:スマルTV屋上 行動指針:本能の赴くままに殺戮 備考:悪魔との戦闘はとてつもない音が響いたため青葉区にいればまず気づくでしょう。 左腕からは血が流れていますが、悪魔である彼が出血死するかは不明です。 Back 104 Next 106
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ハロワ歴2010年5月0526より一部転載 国王ヌルポが多忙の為IN出来ないので暫定的な処置として国王交代する事に 前回と同じ理由から一度りりむが8代目国王に就任 その後9代目国王として人修羅が任命される この人修羅国王は非常に好戦的でMOB2史上最もVIPらしい国王の内の一人であると言える。 人修羅@ロリショタババア学園(2010/05/30/(Sun) 22時12分) 「[国王]めんどくせぇから布告する してから考える 何か起こってから考える 国というものがよくわからない」 人修羅@ロリショタババア学園(2010/05/31/(Mon) 00時03分) 「[国王]まぁ自由にやってくれ 俺に作戦なんてものはない! 人修羅@ロリショタババア学園(2010/05/31/(Mon) 00時05分) 「[国王]俺の仕事は大河の如き慈愛と太陽の如き威光をかざしながらふんぞり返るっこと」 10.05/28【ν速VIPハロワ国】は【Gold Wolf国】へ宣戦布告 10.05/29【ν速VIPハロワ国】と【Gold Wolf国】で開戦 【Gold Wolf国】は滅亡する。 ●【2010年5月29日】ν速VIPハロワ国の冬焼雅によりGold Wolf国が滅ぼされる。 10.05/29【ν速VIPハロワ国】は【アクシズ国】へ宣戦布告 ハロワ歴2010年5月0530より一部転載 無所属の攻撃によりアクアリウムが攻め落とされSilver Wolf国が建国される 無所属の攻撃によりスリーピーウッドが攻め落とされ変態国家アクシズⅡ国が建国される 10.0530【Silver Wolf国】建国 【アクアリウム】に成立 建国者【フォーゲル】 MOB2史上十一番目の【狼】系統の国家 ●【2010年5月30日】フォーゲルによりSilver Wolf国が建国される。 10.0530【変態国家アクシズⅡ国】建国 【スリーピーウッド】に成立 建国者【てんぷら好き】 MOB2史上五番目の【アクシズ】系統の国家 ●【2010年5月30日】てんぷら好きにより変態国家アクシズⅡ国が建国される。 10.05/30【ν速VIPハロワ国】と【アクシズ国】で開戦 ハロワ歴2010年5月0530より一部転載 ν速VIPハロワ国よりアクシズ国に宣戦布告 戦争時間は5/30(日)の22時から24時 ハロワ国布告後アクシズ国があま~い国に同時刻で宣戦布告した為戦争は3国により行われる 激戦故に【アクシズ国】は処理落ちか何かで2度滅亡する。 ●【2010年5月30日】ν速VIPハロワ国の人修羅によりアクシズ国が滅ぼされる。 ●【2010年5月30日】ν速VIPハロワ国の了承によりアクシズ国が滅ぼされる。 ●【滅亡】アクシズ国は滅亡しました。(2010/05/30/(Sun) 22時04分) ●【滅亡】アクシズ国は滅亡しました。(2010/05/30/(Sun) 22時04分) ●【制圧】rasukanovipはキノコ神社の街を制圧しました。(2010/05/30/(Sun) 22時05分) ●【制圧】ガンザンはキノコ神社の街を制圧しました。(2010/05/30/(Sun) 22時05分) ●【制圧】赤道凛音はキノコ神社の街を制圧しました。(2010/05/30/(Sun) 22時05分) ●【戦争敗北】ν速VIPハロワ国のぺんぺんは、あま~い国:キノコ神社の街のうどんげに敗北しました。(2010/05/30/(Sun) 22時05分) ●【戦争敗北】ν速VIPハロワ国のちんちんビンビンは、あま~い国:キノコ神社の街のうどんげに敗北しました。(2010/05/30/(Sun) 22時04分) ●【制圧】16才♀はキノコ神社の街を制圧しました。(2010/05/30/(Sun) 22時04分) ●【制圧】人修羅はキノコ神社の街を制圧しました。(2010/05/30/(Sun) 22時04分) ●【制圧】了承はキノコ神社の街を制圧しました。(2010/05/30/(Sun) 22時04分) 10.05/30【ν速VIPハロワ国】は【花鳥風月連邦国】へ宣戦布告 10.06/01【ν速VIPハロワ国】と【花鳥風月連邦国】で開戦 【花鳥風月連邦国】は滅亡する。 ●【2010年6月1日】ν速VIPハロワ国のブロントにより花鳥風月連邦国が滅ぼされる。 ハロワ歴2010年6月0601より一部転載 今日は花鳥風月連邦国と戦争の日 結果はν速VIPハロワ国の勝利!・・・と思われたが制圧後すぐ無所属が再制圧し スリーピーウッドを奪われether連邦国が建国される この建国にはその手段(滅亡後即領土奪還建国)から反発した者も居た。 (どうしても気になる人は本頁のソース参照の事。 10.0601【ether連邦国】建国 【スリーピーウッド】に成立 建国者【あおww】 MOB2史上六番目の【アクシズ】系統の国家 ●【2010年6月1日】あおwwによりether連邦国が建国される。 ハロワ歴2010年6月0604より一部転載 ν速VIPハロワ国よりSilver Wolf国へ宣戦布告 戦争時間は6/5(土)22時から24時 Silver Wolf国国からあま~い国へ宣戦布告 戦争時間は6/5(土)20時00分~21時59分 ether連邦国がν速VIPハロワ国に宣戦布告 戦争時間は6/6日曜日 17時から18時 10.06/04【ν速VIPハロワ国】は【Silver Wolf国】へ宣戦布告 10.06/04【Silver Wolf国】は【あま~い国】へ宣戦布告 10.06/04【ether連邦国】は【ν速VIPハロワ国】へ宣戦布告 10.06/05【Silver Wolf国】と【あま~い国】で開戦 【Silver Wolf国】は滅亡する。 ●【2010年6月5日】あま~い国のサファイアによりSilver Wolf国が滅ぼされる。 10.06/06【ether連邦国】と【ν速VIPハロワ国】で開戦 【ether連邦国】は滅亡する。 ●【2010年6月6日】ν速VIPハロワ国のお!によりether連邦国が滅ぼされる。 10.06/13【ν速VIPハロワ国】は【変態国家アクシズⅡ国】へ宣戦布告 10.06/14【ν速VIPハロワ国】と【変態国家アクシズⅡ国】で開戦 【変態国家アクシズⅡ国】は滅亡する。 ●【2010年6月14日】ν速VIPハロワ国のROMONSTERにより変態国家アクシズⅡ国が滅ぼされる。 【ν速VIPハロワ国】が【狼】【アクシズ】に強硬な姿勢を取り、【狼】【アクシズ】がコレに反発。滅亡→レジスタンスを繰り返す動乱の模様となる。しかし、その状況も長く続くワケも無く・・・。
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魔人転生 静まり返ったビル街に彼は一人立っていた。 全ての人間が消滅し、悪魔の蔓延る世界を作り上げた現象、東京受胎。 その折にある者の手によって人から悪魔へと生まれ変わり、悪魔の住む魔都と化した東京を駆け抜けて来た彼の名は人修羅。 彼は今驚愕していた。その理由は目の前にいる一人の少年。 ボルテクスにいた人間は、既に死んでしまった東京受胎の張本人であり、また自分達の教師であった女性、そして自らの手で殺害した東京受胎の張本人の片割れや友人達だけであった。 マネカタという擬人もいたが、服装から何から目の前の少年はそのマネカタとも違う。 そしてもう一つ驚いたのはこの街並み。 悪魔となった彼が幾多の戦いの末、ボルテクスの源である無尽光カグヅチを破壊した事により、世界は完全に消滅した。 そのカグヅチを滅ぼした直後にこの場所に現れた人修羅の手には、今だにカグヅチを破壊する為に打ち込んだ一撃の感触が残っている。 世界は消滅した。なのにこの町は存在する夕焼けに染まったこの町は。 (――夕、焼け……?) そこで人修羅は気付いた。この町には、いや、この世界には夕焼けが存在している。 ボルテクス界は無尽光カグヅチの光により、常に昼のように明るい。夕焼けなど存在しようもない。 だがここには夕焼けが存在するのだ、まるで東京受胎が起こる前の世界の様に。 (僕は、帰ってきたのか……? 悪魔の体で……) 突然の事態で混乱する人修羅、だが、彼に思考する時間は与えられなかった。 「ヒヒヒ!追い詰めたぁ~!」 夕闇に響く笑い声を聞き、先程まで呆然としていた少年が弾かれるように後ろを見た。 闇の中から姿を現した物は尻尾が2つに割れた巨大な猫。 (ネコマタ……の親類?) 尻尾が2つに割れた化け猫を見て、自分の仲間であったネコマタを連想した人修羅はついついそんな事を考えてしまう。もっとも二股の尻尾と猫の妖怪という共通点があるだけで、他は似ても似つかないのだが。 「見慣れぬ妖怪もいるようだが……、おい貴様!そこの餓鬼はこの化け猫様の物だ、とっとと失せな!」 喧嘩を売ってくる化け猫を無視して人修羅は少年へと視線を向けた。 短髪の少年は壁を背に立ち、鉄パイプを構えながらこちらと化け猫を睨んでいる。 この状況でもその目が自棄を起こした者のそれではなく、諦めていない者のそれである事に人修羅は少々驚かされた。膝は震え、冷や汗を垂らしているのに、この少年は生きる為に立ち上がったのだ。 果たして自分が彼らの年代の時、こんな真似ができただろうかと人修羅は考え、やめた。 悪魔となって世界を滅ぼし、人としての自分と決別した悪魔が今更人間だった頃の事を思い出して何になるだろうか、人修羅は自嘲する。 そして彼が一歩前へと踏み出すと、それと同時に少年が人修羅へと鉄パイプを向けた。 「来るなら来い!この広様がお前らの思い通りになるなんて思ったら大間違いだからな、妖怪!」 広と名乗った少年の鬼気迫るその表情に対し、人修羅の浮かべた表情は笑顔。 「大丈夫、君を襲ったりはしない」 「え……?」 予想外の返事に一瞬呆然とした広の横を人修羅は通り抜け、化け猫と相対した。 「貴様ぁ、何のつもりだ~?。妖怪だというのに貴様は人間風情の味方になるというのか~!?」 怒りに顔を歪ませて吠える化け猫。 対する人修羅の顔に既に笑顔は無い、能面のように無表情になり、無感情な酷く冷たい目で化け猫を見据える。知っている者が見ればわかっただろう。その表情は完全に敵対した者にのみ見せる表情。 その手で命を奪った友人達やカグヅチの前でも彼は同じ表情を浮かべていた。 「妖怪とか人間とかそんな枠組みに興味は無いさ。君と彼なら彼の方が僕は興味を惹かれた。だから――」 人修羅が両の手を堅く握って拳を作り、ファイティングポーズをとる。 「君はこの場にいらない」恐ろしく底冷えのする声が響いた。 「小僧が……舐めるなぁ~!」 怒気を伴った言葉を吐くと同時に化け猫は鋭い爪を剥き出しにして飛びかかる。 対する人修羅は身体中から額へと力を集め、破邪の光弾を放つ。 ……事ができなかった。 「っ!?」 予想外の自体に反応が遅れた人修羅の左肩を鋭い爪が抉る。 肩を押さえる人修羅を尻目に化け猫はニタァと歪な笑みを浮かべながら爪についた血を舐めた。 「カカカ!口だけか~?小僧!」 哄笑しながら化け猫が再度飛びかかる。人修羅はそれをなんなくかわす。 地を蹴りながら反転した化け猫が爪で水平に薙ぐのを人修羅が屈んで避け、ヒョウッと風切り音が鳴った。 チッという舌打ちと共に化け猫は二度三度と攻撃を加えるがそれは悉くかわされる。 対する人修羅も回避するだけでいっぱいいっぱいなのか回避に成功した後はまともに動けない。 そして何度目かの攻防、化け猫の攻撃をバックステップでかわした人修羅に、ついに化け猫の怒りが爆発した。 「逃げてるだけの腰抜けが~!少しは向かってきたらどうだ!」 怒り任せに吠える化け猫に対し、無表情を崩さずに人修羅は化け猫を見据え、構えをとった。 「そうだな、これではっきりする」 静かに息を吐きながら、人修羅はゆっくりと左腕を引く。 人修羅の気配が変わった。だが、化け猫はそれに気付かない。彼にとって目の前の男は逃げるだけの腰抜けなのだから。 「何を訳のわからぬ事を……、シャアアアアアアッッッ!!!」 「ジャッ!」 雄叫びと掛け声、お互いの体が重なる。 顔を朱に染めた人修羅、そして胸を拳に貫かれ、飛びかかる姿勢のまま絶命した化け猫。 驚異的な瞬発力で化け猫の懐に潜り込む様に突撃し、突撃の勢いを全て拳に乗せた人修羅の一撃は、狙い過たず化け猫の胸部を貫いたのだった。 腕を引き抜き、倒れ伏す化け猫を尻目に返り血で朱に染まった自分の顔を拭いながら、人修羅は思考にふける。 (マロガレ以外のスキルが使えなくなっている……。というかマロガレ以外のマガタマが無くなっている?) マガタマ、人修羅が悪魔となった原因であり、人修羅の力の源。 破邪の光弾が出せなかった後、人修羅は化け猫に対し数々の技を試した。そう、人修羅は避ける事でいっぱいいっぱいになったから『動けなかった』のでなく、技を試していたから『動かなかった』のだ。 暴風で相手を切り刻む竜巻、体内から高圧電流を放つ放電、全てを焼き尽くす業火マグマ・アクシス、対象を完全に氷結させる絶対零度、地震と地割れを起こし全てを飲み込む地母の晩餐、そのどれもが発動しない。 試しにファイアブレスやアイスブレスなど上記に比べると些か劣る性能の技も試してみたが発動はしなかった。最後に発動した突撃のスキル以外は。 瞬間的に瞬発力を上げ、その勢いを利用した一撃を打ち込むスキル、突撃。それは彼が最初に手に入れた――正確にはある人物に埋め込まれ、彼を悪魔にした原因である――マガタマ、マロガレによって会得した物だった。 戦いが終わった直後人修羅は自らのマガタマを探ってみる。案の定無くなっていた、マロガレを除く全てのマガタマが。 ボルテクスには存在しなかった妖怪という種族の悪魔、受胎が起こる前の様な世界と人間の子供達、無くなったマガタマ、そして何故自分がここにいるのか。全てが人修羅の理解を越えていた。 (異常な事態にはもう慣れたと思ったんだけど、これは反則だ) 内心溜め息をつきながら、異常としか言えない事態を生き抜いて来た人修羅は苦笑を浮かべた。 「あ、あんた……、何で俺の事を助けてくれたんだ?」 思考していた人修羅に広が声をかける。助けられた事は事実であっても、先程の冷え切った声や血生臭い光景のせいか、その顔には緊張の色が見える。 「さっきも言っただろ、君に興味を持ったんだ。……それと、急にここに飛ばされて僕も何が何だかわからなくてね、君の方があれより意志の疎通がしやすそうに見えたってのもある。小学生にしてはヤケに腰が据わってたしね」 微笑を浮かべて答える人修羅を見て広は果たして目の前の妖怪が信用できるのか考える。 広は克也、まこと、郷子、美樹達ぬ~べ~クラスの友人達と共に突然先程の化け猫に襲われた。 彼らの教師であるぬ~べ~こと鵺野鳴介を呼ぶ為に広が囮を買ってでたのだ。 そうして広がぬ~べ~が来るまで時間稼ぎに逃げ回っている最中、突如彼らの目の前で空間が歪んだ。 異次元の住人にさらわれかけた経験のある広は危険な物を感じ身構えると、その歪みは人のような姿へと変化していき、一際激しい光と共に、現在広の目の前にいる人修羅が現れたのであった。 そして今、化け猫の仲間、ないしは悪い妖怪だと思っていた人修羅に助けられた広は彼を信用するかどうか悩んでいた。 (悪い妖怪……ではなさそうだよな、助けてくれたし) 暫く黙考していた広であったが、元々広は難しく考えるのが苦手な質である。 何より、理由はどうあれ自分を助けてくれたという事実が大きかった。 (あー!難しく考えるのは苦手だ!助けてくれたのは本当だ、それに困ってるみたいだし、とりあえずぬ~べ~に紹介しとくか) 「……そうか、俺の名前は立野広。さっきは助けてくれてありがとうな」 そう言って笑顔で右手を出す広に人修羅は右手を出し、笑顔で応える。 「……僕は魔人『人修羅』コンゴトモヨロシク」 広から向けられた純粋な感謝に、人修羅は心が安らぐのを感じた。 人に感謝されたのはどれくらい前だったろうか。あの世界では意見を違えた事もあり終ぞされる事はなかった。 「人修羅か、よろしくな人修羅。とりあえず俺の先生達のところに行こうぜ、ぬ~べ~なら何か事情がわかるかも知れないしさ。多分今頃、郷子達と一緒に俺の事探してるさ」 「先生、か。ああ、わかった」 一瞬、頭に浮かんだ自分にやる事を押し付けて逝った恩師の姿を頭の隅に追いやりながら人修羅は頷いた。 (滅んだ筈の世界、無くなったマガタマ。これもあなたの遊びなのか? それとも……) 思い描くはあの世界に住まう金髪の男。神へと反逆し続ける悪魔としての自分の生みの親。 混沌としたこの世界に迷い込んだ、一度世界を滅ぼした悪魔はこの先どう動くのか。 それは恐らく十二の翼を持つ魔界の王で全知全能の四文字の神でもわからない事だろう。 滅びる世界に飲み込まれた少年は魔王と邂逅する前に魔都へと転生を遂げた。
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063話 過去、現在、異界に生きる者達の会話 かつては臨海地区と呼ばれた地、少年はその場所を彷徨っていた。 彷徨っていたの言う表現は正確ではないかもしれない。 その少年には目的地があった。 悪魔化した身に布を纏い少年は目的の場所へと歩く。 まず情報だ……少年はそう思い行動を開始したのだ。 少年と言う表現は「彼」にとって相応しくないのかもしれない。 おそらく彼は自らをこう言うであろう。 「僕は「人修羅」と呼ばれる悪魔だ」と。 その少年……否、「人修羅」の周りには敵意に満ちた気配が漂い続けていた。 午前六時きっかりに流れたあの全ての者たちに威圧感を与える声…… 「なお、この後定刻の度『変異の刻』を迎え、悪魔は力を増すだろう」 蓮華台にある七姉妹学園で遭遇した悪魔とはまた違った気配…… 確実にあの時遭遇した悪魔の気配とは異なっていた。 ――面倒だな…… 人修羅はそう思う。 悪魔に対する畏怖、恐怖等ではない。本当に戦うのが面倒なだけなのだ。 そう、敵意に満ちた気配を手っ取り早く断ち切るには仲魔を召喚するだけで良い。 高尾祐子を文字通り「喰った」魔王アバドンを始め「人修羅」に従属する仲魔を召喚すれば即座にそんな気配等は消え失せてしまう。 だが……「人修羅」はそれすらも面倒だった。 彼には目的がある。今はその目的に反した行動は取るべきではない。そう思っている。 その思惑に反するように「何か」が「人修羅」に囁く。 ――本当ニ面倒ナノカ? ああ、そうさ。面倒なだけさ……と「人修羅」は心の中で反論する。 「何か」が笑いを込めたような口調で続けた。 ――本当ハ戦イタイ事ヲ抑エテイルダケデハナイノカ? そんな事は無い。僕は今情報収集の為に行動しているだけだ。結局は戦いが目的かもしれないが…… そら見た事かと「何か」が哄笑した。 ――結局オ前ハ戦イタイダケナノダ……マァソンナ怖イ顔ヲスルナ…… 怖い顔……を僕はしているのか?と彼は自問した。 客観的な視点で見た場合、結論から言えば彼の表情は否。無表情に等しい。その双眸は金色に光っている。 ――オ前ハ死ニタクハナイノダロウ? 勿論だ。死にたくは無い。ただ誰とも関わりたくは無い。それだけなんだ。 ――逃ゲルノカ?逃ゲタトコロデ、ドノ道オ前ハ戦ウ羽目ニナル……本当ハ理解シテイルノダロウ? 煩い…… 煩い…… 煩い…… 顔を下に向けた。自分の影が視界に入る。闇……影ですら「人修羅」を闇へと誘う様に思えた。 「人修羅」の顔には相変わらず表情の変化は起きてはいない。 否、一つだけ変化が起きた。金色の双眸が徐々に緋色に変化しつつある。 ――煩イカ?敵ハスグソコニイルンダゾ?気ヲ抜クナ…… 「……判ってる」 「人修羅」の顔が急に上がる。顔を覆っていたフードが外れた。その顔の目は……完全に「人修羅」の目は緋色に染まっていた。 奇襲を敢行する為であったのか、蛮声を上げつつ剣を掲げた悪魔が一体「人修羅」の前に立ち塞がっていた。 運が悪いな…… ――アア、ソウダナ…… 意見が合った……「人修羅」の口元に残酷な笑みがこぼれる。 「アハハハハハハハハハハ!」 「人修羅」の顔に浮かんだのは戦いへの歓喜、快感、喜び、恍惚、しかしその声自体は酷く冷たいものだった。 そうさ……と「人修羅」と思った。ボルテクス界でもそうだった。ひたすら戦った。最初は生きる為…… ――ソシテ次第ニオ前ノ目的ハ変ワッタ筈ダ…… そうだ、と「人修羅」は思った。 段々と「人修羅」の心に根付いていったもの……力への渇望、欲望、そして闇、漆黒の闇。 「人修羅」は悪魔の攻撃を軽く回避した。 ……甘いんだよ…… 自らの攻撃を簡単に回避され驚愕する悪魔と「人修羅」の目が合う。 太刀筋が単純すぎる、力一辺倒では倒せる悪魔も倒せない。 特に相手がこの「人修羅」であるならば…… 「人修羅」はその悪魔の眉間に右ストレートを叩き込んだ。顔面が潰れ、崩れ落ちる悪魔。あっけない最後。 そして息切れすらしない「人修羅」。そして再びフードを被る。 ――ソラ……ソロソロ目的地ノ場所ダゾ…… ああそうだな……と無意識の内に「人修羅」は頷いた。 「人修羅」の目前には警察署があった。 そう、彼……「人修羅」の目的地はここだったのだ。 周防克哉も疲労していたのだろう。いつの間にか船を漕いでいた。 だが「それ」に気付いた。あの深く冷たい闇に。太陽すらかき消してしまうようなあの闇に…… 「警察だ!其処を動くな!」 その闇に構えた拳銃を向ける。向けた方向は出入り口。その闇とは勿論「人修羅」だった。 「……知っていますよ……」 その声を聞いた克哉の背筋に走る戦慄、生まれて初めて「背筋が凍る」と言う意味を知った気がした。 「だってここは警察署でしょう……?」 そう影は続けた。克哉は未だ背筋に氷柱を突っ込まれた気分だった。 「手を上げたまえ……でなければ撃つ……」 克哉が息を呑む。 敵か…あるいは共闘する者か……未だ不明。油断は出来ない。 ――僕の後ろには女性がいるのだ……そして僕は警察官だ。一般市民を守る義務がある……所轄の意地を今見せなければいつ見せる!? ある意味、彼こそ常識的な理性を持った人物なのかもしれない。(彼特有の)職業倫理すらこの様な殺戮劇に持ち込んでいた。 出入り口の闇は素直に手を上げる。 「戦うつもりはありません……少なくとも今この段階では……」 「君も……参加者の一人なのか……?」 克哉が問う。出入り口に存在する闇は静かに頷いた。 「そうだった……「このスマル市」には参加者しかいないのだったな……」 闇…・・・「人修羅」の頭に疑問符が浮かぶ。 ――丁度イイ……コノ男ハ何カヲ知ッテイルヨウダゾ…… またもや「人修羅」に囁く「何か」。 アあ、そうだ。僕ハ情報を集めタい…… ――情報ヲ集メタイノダロウ……聞イテミタラドウダ?利用スルダケ利用スルノモ一ツノ手ダゾ…… あア……そうダな……使うだけ使ウのモ手のヒトつだ…… 手を上げたまま「人修羅」は問いかける。 「このスマル市とは?貴方は違うスマル市を知っているとでも……」 「人修羅」の疑問を克哉に伝える。 うむ……と答えかけた所で克哉は発言を止めた。そして「人修羅」に告げる。 「君……ああ、失礼だが……人に物を尋ねる時、帽子等は取るのが礼儀と言うものだ」 克哉が言った。 常識的な話であるだけに、この状況化では奇妙な一言だった。 そうですね……失礼しました。と答える「人修羅」。覆っていた布から顔を露出させる。 驚いたのは克哉であった。自分の弟と然程変わらない風貌に見えたのだ。補足するならば上半身は裸であった。 「君……」 克哉が静かにそして諌めるように口を開いた。 「それが最近の若者の流行なのかもしれないが……さすがにその刺青は御両親が悲しむぞ……」 本当に悲しそうな声だった。暖かみがあり、そして寂しげな人間性にとんだ声。 「人修羅」にとって、そんな声を聞いたのは久しぶりであるような気がした。 それを聞いた「人修羅」はただ笑うしかなかった。久しぶりに人間の様な笑い方をする事が出来た気がした。 「何か」が薄れていく……そんな感触もあった。 (最もそう思っていたのは「人修羅」だけであり、克哉からの視点から言えば無表情で口元に笑みのみを浮かべると言う一種不気味な光景を目撃する事になる) そしてその笑い声を聞いた為だろうか、黒猫が姿を現した。 「どうした?克哉……」 黒猫が喋ったのだ、それも日本語を。 黒猫は「人修羅」を視認するや否や「人修羅」の攻撃範囲から遠ざかるように後ろにジャンプ。猫特有の威嚇するポーズをしてみせる。 「下がれ!克哉!……こやつ人では無い!」 うろたえる克哉、そして黒猫に言い返す。 「莫迦を言うな、ゴウト!彼はどう見ても未成年者だ!彼がこうなってしまった経緯を聞き出し、公正させる事が先決だ!」 呆れる「人修羅」、そしてゴウト。 「ええい、何故お前はいつも奇妙な時に官憲意識を露にするのだ!この状況化において何を優先させるか理解しているだろうが!」 黒猫……ゴウトが克哉に向け怒鳴る。まるで弟子を戒める師匠の様な口調だった。 「僕の使命は……住民を犯罪から守る事だ!」 克哉はそう断言した。キッパリと…… さすがの「人修羅」もこう思った。 ――あいた口が塞がらない……とはこう言う事かもしれない…… すっと「人修羅」は一呼吸。そして一人と一匹に言う。 「僕はその警察の方にも言いましたが……敵意を持ってはいません……今の所は……」 その声にゴウトは反応した。猫が恐怖に満ちた時に発生する尻尾の毛が逆立つ現象。ゴウトにとってもこの様な声を聞くのは初めてであった。 そして「人修羅」は付け加える。そろそろ手を降ろしてもいいですか?と。 「まずは年長者から自己紹介だな…俺の正式名称は「イの四十八番」……面倒だろう?だからゴウトと呼んでくれ。大正二十年からこの地に飛ばされてきた」 「猫」が喋った。「人修羅」もこれにはさすがに驚く。 黒い体毛、エメラルドグリーンの透き通った目、「人修羅」が受胎前に目撃していた猫より若干小さい様に見える。 ……そして大正二十年……と言うキーワード。 「人修羅」の知る大正と呼ばれる時代は僅か十五年で終了し、そして昭和という年号に変わったのだ。 「おそらくパラレルワールドと言う奴だろうな……僕が知る大正時代も十五年で終わっている」 克哉が補足する様に発言した。 「僕は周防克哉……先程も言ったが警官だ。正式には港南警察署刑事一課強行犯係巡査部長。同時に珠間瑠市の住民でもあるが……どうやらこのスマル市は僕が居た珠間瑠市ではないようだ」 周防……何処かで見た苗字だ……と「人修羅」は思った。 「そうだ、君。僕の弟を目撃しなかったか?このスマル市に飛ばされている筈なんだ」 「あるいは天野麻耶と言う女性を目撃しなかったか?同じく飛ばされているようなんだ。何と言うか特徴的な服装なんだが……」 ああ……と「人修羅」は思った。参加者リストの中に周防克哉と周防達哉、両名の名前があった事を思い出したのだ。成る程、兄弟か…… 「ちなみに達哉の場合、歳は君と恐らく同年齢、身長は百八十一センチだ。七姉妹学園の制服、あるいは真紅のレザースーツを着用している可能性も考えられる……達哉め……一体何処で何をしているんだ……全く」 ブツブツと克哉が続けているのを「人修羅」は聞いている(フリをした)。挙句、克哉は弟の好物まで呟き始めた。(ポテチと言う「単語」を久しぶりに聞く「人修羅」であった) 勿論、彼らは知らない。「人修羅」の友人であった新田勇を文字通り一瞬にして焼き殺した人間が周防克哉の弟である周防達哉であることを…… 「まぁ彼はこう言った弟想いの人間だ。悪い男ではないんだが……うむ、モダーンな言葉では何といったか……」 とゴウト。「人修羅」が「ブラコンですか?」と言うと、「ああ、それだ。それだ」と頷いた。(猫が人間のようにだ) 「後はまぁ……後二人居る。女性だな……紹介したい所だが今はちょっとそういった状況ではないだろう……」 とゴウトが締め括った。 おそらく最初の十一名の中に知人が居た、といった所だろうと「人修羅」は想像した…… 「人修羅」は克哉に聞いてみる。そう、彼は雑談をしにここまで来たわけではないのだ。 「克哉さん……でしたよね?その……さっきから気になっていたのですが……後にいるのは何なのです?猫の様な姿をした背後霊みたいな……」 冷たい声が警察署に木霊する。 「ん?君には見えるのかい?ヘリオスの事かな?……僕の「ペルソナ」だよ」 ――来タ……良カッタナ、新シイ情報ダ…… 「ペルソナ」……「人修羅」が初めて聞く単語であった。 そウだな……これは有力な情報なのかも知れナい…… 要約すると、もう一人の自分……仲魔という概念でも無い様に「人修羅」は感じた。聞けば精神力を消費して魔法や物理攻撃も可能であると言う。 「後の二人もそうなんですか?」 と更に聞く「人修羅」にゴウトが答えた。 「一人は克哉と同じ様にペルソナを使う事が出来る。もう一人は「あーむたーみなる」なる「ぱそこん」と言うものに近い機械と悪魔召喚プログラムという力で悪魔を使役する事が出来るようだ……それと魔法だな」 「代々のライドウですら艱難辛苦の苦行を重ねて、ようやっと悪魔を使役出来る様になるというのに……いやはやこの時代のデビルサマナーは便利になったものだ」 とゴウトがぼやいた。猫の姿でため息までついてみせた。 「ライドウ?」 と「人修羅」が聞くと「ああ、俺のまぁ弟子のようなものだな」とゴウトは伝えた。 「あ奴も来ている筈なんだが……はぐれてしまったのだ……無事でいるだろうか……?」 「人修羅」はゴウトも克哉の事を言えないのではないか?と思った。 ――ククク……羨マシイノカ……コノ二人ニ心配シテモラエルソノ者達ガ…… そんな事は無い。僕にはそんなもの必要ない。 ――イイ加減……素直ニナッタラドウダ……? ……喧しイ…… 「人修羅」の中でこの様な心理が繰り返されている事を二人は知らない。 「我々はこのふざけた事態を何とか止めようとして行動しようとしていた所だ、協力者も集めようとも思っている」 と克哉が補足する。 「こんな事を目論んだ主催者は僕が必ず確保する……君……知っているかい?本当の取調室ではカツ丼等はでないんだ。くれぐれも悪い事をしてはいけないよ」 「はい、わかりました」と答える「人修羅」。声は冷たいものの、その素直な態度からであろうか?克哉は満足気に頷いた。 勿論、「ウチの達哉も君みたいな素直な子であったら……」と克哉なりの弟に対する愛情表現を忘れてはいない。 心の中で悪魔の笑みを浮かべる「人修羅」、それと呼応するが如く囁く「何か」…… ――サテ……アラカタノ情報ハ聞キダセタ……サァドウスル? そうダな……少なくともこコには三人参加者が居る訳ダ…… ――ぺるそな……実ニ興味深イ対象ダト思ワナイカ……? 確カにそレには同意スる…… ――モウ一人、悪魔ヲ使役出来ル人間ガイルノモワカッタナ…… アア、確かにそウだ…… 「人修羅」の心中に込み上げて来るのは戦いへの欲求…… 「人修羅」の双眸は金色から緋色に変化しつつある…… ――少ナクトモ…コノ目ノ前ニイル男ヲ始末スレバ無防備ナ女ガオ前ヲ迎エテクレルラシイゾ……? それモイイだろう……だが無抵抗な人間を殺すのは面白クナイ…… 「君!?」 「人修羅」は我に返った。チッと舌打ちした「何か」が何処かへ消え失せる。 克哉が「人修羅」の肩を揺さぶっていたのだ。そして問う。 「大丈夫かい?」と。 「今度は少年、お前の番だ」と、ゴウトが言った。 「人修羅」はここまでにあった自分の経緯を二人に伝える。 元々は高校生であった事。 受胎と言う出来事があった事。 ボルテクス界と化した東京、そして悪魔と化しその地を彷徨う羽目になった事、自分は悪魔を召喚できる能力がある事。 さすがに最後までは伝えなかった。喜んで自分のカードを全てさらす莫迦はいる筈もない。 そしてこの時間までに死んだ高尾祐子、新田勇の二名が知人であった事も告げた。 無論、高尾祐子を殺害したのは自分であることは隠してある。 「ナンセンスだ……と言いたい所だが……大正二十年だの、悪魔召喚プログラムだの出て来たこの段階で、悪魔になった人間が居てもおかしくはないのだろうな……」 「普通であれば誇大妄想癖の一言で片付いてしまうのだろうが……君の話も信じられてしまうのが不思議だよ」 とは克哉の弁である。 「それでだ……」 ゴウトが「人修羅」に聞く。 「俺達は今協力者を求めている。お前はどうするつもりなんだ?」 当然の問いだった。この殺戮劇に乗るか剃るかで全てが決まる。 「僕は……まだ決めかねてます」 「人修羅」は言った。 「僕が求めていたのは情報です。ルールが適用される以上、ある程度の時間猶予があるのも事実です。最悪のケースを踏まえ、僕はこのスマル市の情報を知りたいと思っています」 「莫迦な事を言うな!」 克哉が叫ぶ。 「こうしている間にも参加者が戦っているかもしれないんだ!所轄の人間として僕は出来るだけ多くの人々を救わなければならない!」 ここまで言えるのだからこの克哉と言う人間は余程生真面目なのだろう。「人修羅」はそう思った。 面白い…… 「では……どうにもならなかった場合はどうするんです?」 「人修羅」は聞き返した。 一人と一匹の動きが止まった。 「もしも……もしもの話です」 立ち上がる「人修羅」、既に日の光が差し込んでいるはずなのに警察署内に徐々に浸透する漆黒の闇と「何者か達」の気配…… 克哉とゴウトに戦慄に走った。冷たい殺気と悪意の群れ、そして「人修羅」の金色に光る目…… 「仮に貴方達だけになってしまったら……どうするんです?」 「人修羅」がクスリと笑った。 「その状況化でルールにある二四時間間際になってしまったら……?」 「戦いざる終えない状況になってしまったら……?」 「その時は……どうするんですか?」 残酷で冷徹な笑み…… 高校生がこんな笑みを浮かべる事ができるのか……克哉は思った。 この少年はそのボルテクス界と呼ばれる世界でどの様な凄惨な生き方をしてきたのだろう……? 克哉も警察の人間である。「普通の世界」で様々な人間を見てきたのは事実だ。しかし彼の目は今まで見てきた人間の目とは全く異なっていた。 確かに目の色は人間のそれとは違う。しかしその様な些細(そう、それですら些細な問題に思えるのだ)な問題ではないのだ。 例え様の無い程冷酷、それでいて何処か寂しげな、それでいて自信に満ちた何かを目指す。その様な目に見えた。 ――俺に構うな…… 達哉が言ったあの言葉……克哉にはこの少年と自分の少年が重なって見えた。 ゴウトは思う。 ライドウはこの少年と戦う事態に陥ったらどの様に戦うのか……否そもそも勝てるのだろうか? ――出来れば出会って欲しくない……ライドウ……無事でいるのか? そうゴウトは思わずにいられない…… 「今は共闘する者を探す……それもいいと思います。でも……」 「人修羅」は言った。 「最悪の事態を想定すべきと僕は考えます。僕は克哉さんと違ってこのスマル市の事を全然知らない。ルールが適用されるならまだ十九時間弱は自由に行動出来る筈です」 立ち上がった「人修羅」は出入り口の方へと向かった。それを克哉が引き止める。 「待ちたまえ……」 振り返る「人修羅」。その「人修羅」に克哉は詰問する様な鋭い眼差しで問う。 「君はひょっとして……十一人の内、誰かを殺害していないか?それも午前四時頃に……」 すっと「人修羅」の目が細くなる。克哉がその目に畏怖を覚えながらも目を合わせて続けた。 「どうしてそんな事を僕に言うんですか……?」 「人修羅」は言う。どうやらこの周防克哉と言う男は頭の回転はいいらしい。 「まず時間が合わない……このふざけた事態に陥ったのは午前三時……今から約六時間前の事だ」 克哉が続ける。 「君が誰も殺害しておらずルールを踏まえて行動するのならば十八時間弱の行動が取れると考える筈なんだがね……?」 「勿論、計算違いであったと推察する事もできる。だが君の様な冷静な人間がそんな単純なミスをすると考えるのは余りにもナンセンスだ」 ゴウトは克哉の勘に感嘆の意を抱いた。うむ、彼なら探偵業も十二分にこなせるだろう、ライドウと共に捜査を挑めば進捗は早いに違いない…… そしてこうも付け加える。 麻雀も性格故に弱そうだ……勿論ライドウに勝ってもらいたいからな。 「仮に……そうだとしたら……?」 「克哉さんの言う通り……僕が人を殺していたとするならば……どうします?」 挑戦的な言葉、圧倒的有利から来る自信の言葉。酷く冷たいその声が警察署に響く。 そして「人修羅」の双眸が徐々に緋色に染まっていく…… 克哉はため息をついた。 「こんな状況化だ……こんなくだらない事に喜んで参加する人間がいるはずが無い……と思いたいが……」 克哉は続けた。 「そうもいってもいられない。君は敵意が無かったのに、向こうから喜び勇んで戦いを挑んできたと言う状況も予想できる」 「そう……あくまで今のは僕の勝手な憶測だ。現場に向かわなければ状況証拠も確認できない。それでは確保する事は不可能だ」 ――詰メガ甘イナ…… 忍び笑いをする「何か」。 まァな、と同意する「人修羅」。 これ以上踏み込もうとしたらこの場で始末するだけだ…… 「とにかくだ」 克哉が続ける。 「君はここを出るのだろう?今現在は情報を求めているとも言った。物資は足りているのかい?」 「え?」と戸惑う「人修羅」。 「ここに来た以上、何かを求めて来たはずだ。僕は食料ではない……そう推察する」 困惑状態になる「人修羅」、克哉の言っている事が理解出来ていない。 まずは所持品の確認だ……と克哉は「人修羅」のザックを奪い取る。まるで身勝手な弟に接する兄の様に。 「君……僕は君の所持する食料が乏しいと思える……いいから署内の食料品を持って行きなさい」 結構です、と言う「人修羅」を「完全に」無視した克哉は次々と食料や水をザックの中に詰め込んでいく。 「ん……これは?」 ザックの中から転げ落ちた丸い物体、ゴウトが猫が持つ習性に正しく反応し、その物体にじゃれついた。 その物体を取り上げる克哉、猫の習性に正しく反応した事を恥じつつ残念そうにうなだれるゴウト。距離が近かった為か、克哉の猫アレルギーが反応、克哉は大きなくしゃみをする。 2個の球体を「人修羅」に見せた。 宝玉と呼ばれるアイテムで生命力を回復させる効果がある。 「人修羅」はボルテクス界では(特に記憶に新しい終盤では)仲魔の回復魔法を多用していた。 その宝玉と言う存在を忘れかけていたのだ。むしろ、換金物の対象でしかないと思っていたと言っていい。 「これは……一番上の方に入れておくべきだ。奥の方にはいっていたぞ?これではいざと言うときに取り出せない」 と言いつつ、今度はザックに追加した食品をテキパキと整理し始める克哉。鼻をグスグス言わせながら整理を続ける。 全く、こういった所も達哉と変わらんな……と呟いた。 だから「僕」は「達哉」じゃない…… 苛立ちと同時に嫉妬を覚える。彼の様な兄がいたら僕はどういった態度を示すのだろうと…… ――オヤオヤ嫉妬カ?羨望カ?オ前モ親兄弟ガヤハリ懐カシイカ?恋シイカ?友人ヤ恩師ヲソノ手デ殺シタ悪魔ダト言ウノニ…… 違う……身も心も悪魔になった僕にそんな感情は無い…… 克哉が諭す様に付け加えた。 「いくらなんでも上半身裸はいけないな。女性からは変な目で見られてしまうだろうし、この殺戮劇に乗った人間からも格好の的となってしまう。一応これも持って行きなさい」 差し出したのは防弾チョッキであった。 無言の「人修羅」に無理矢理渡す。 「年上の言う事は聞くものだぞ?」 と克哉は爽やかな笑みを浮かべた。そして申し訳なさそうに付け加える。 「本当は護身用に銃を渡したい所だが……残念ながらもうここには……」 これだけでも十分に助かります。わかりました……有難く頂きます。と「人修羅」が礼を言うと克哉は嬉しそうな顔を見せた。 ――偽善者メ…… 違うな……と反論する「人修羅」。 この人は本心からこう思ってるんだ…… ――フン、ソウ来ルカ……マァイイ……ぺるそなカ、マタ面白ソウナノガ出タナ…… そレには同意する。 ――ドウスル……予想以上ノ収穫ハ得タ……殺スカ? ソウだな……ソれもいイかもしれナい…… 「人修羅」の背後にはその思考に賛同を示す闇の気配が漂う。 求めるのは屍山血河、阿鼻叫喚の宴。 コロセ…… コロセ…… コロセ…… コロセ…… コロセ…… ふっと「人修羅」の思考が止まった。 ……ヤめておこう…… 彼らがルールと人道の狭間でどう行動するのか、それをこの目で見てみたい。「人修羅」はそう思った。 ――ソレモマタ一興カ…… そうさ、面白そうだろう? 「食料と水それと防弾チョッキ、有難く頂きます。有難う御座いました」 「人修羅」が礼を言う。「出て行くのか?」と言う問いに頷く「人修羅」。 彼は再び布を纏い顔を覆う。 「気をつけて……いくんだぞ」 克哉は最後にそう言った。 背中越しにそれを聞いた「人修羅」は「はい」とだけ答えた。 出入り口から出た「人修羅」を克哉とゴウトは見送った。 「どう思う?」 ゴウトが克哉に問う。 「善悪は別にして……何かを心に秘めた少年の様に思う。……そしてそのボルテクス界となった世界で必死で足掻き、生き抜いた……でも……」 でも?とゴウトが聞く。うむ、と頷き克哉は続けた。 「同時に何か大切な物を失ってしまった……そんな印象もうける……達哉と友達であったのなら達哉も彼も違った意味で強くなれたかもしれない」 ふむ、とゴウトが呟いた。 「できれば共に戦ってもらいたいものだな、ライドウも世間体に弱い面がある……彼の様な人間が相談相手であったらどんなに心強いか……」 この一人と一匹はお互いの事を言いつつも結局は弟想い、弟子想いである事には変わりないのだ。このような状況化に置かれたとしても…… 戦いたくない。これが一人と一匹の感想であった。 少年とも呼べる年代の人間と殺し合う等と言う非人道的な行動。 さらに肉親に、そして相棒に同年代の人間を持つ者だからこそそう思えるのだ。 と、同時に遭遇した時に覚えた戦慄、恐怖、そして畏怖、浸透するような闇の気配。 (仮にだ)戦うとしたら良くて共倒れ。最悪、此方の全滅。 それだけは避けたい。 克哉は主催者を確保する為。 ゴウトはライドウと合流する為。 そして共に元の世界へ生還を果たす為。 願わくば……そう、願わくば「人修羅」との交戦は避けたかった。 聞いタカい? 「人修羅」が「何か」に言った。 ――聞イタトモ。 「何か」が答えた。 気をツけて……って言っタヨな? ――アア、言ッタトモ。 クククククと笑いが同調する。 もしかしたら殺し合うかもしれないのに…… あるいは誰かに殺されるかもしれないのに…… 赤の他人を心配する克哉と言う男。そして人語を話す猫のゴウト…… うん、実に面白い。 そして…… 悪魔を使役する男と女そしてライドウと言う名の者。 ペルソナと言う能力を使う者。 魔法を使用できる者。 生存が確認された千晶と氷川。 どうやら様々な能力を持つ人間達が此処にいる様だ。 今後このゲームはどう進捗するのか…… 人と関わりを持ちたくないと思いつつも、それらに興味を抱きざるおえない「人修羅」であった。 時間:9時~9時半頃 【人修羅(主人公)(真・女神転生Ⅲ-nocturne-)】 状態:正常(?) 武器:素手(右ストレート:但し各スキル運用が想定される) 道具:煙幕弾(9個) 防弾チョッキ 宝玉(2個) 追記:若干の食料及び水を補給 仲魔:アバドン(他色々) 現在位置:港南警察署→港南区へ移動 行動指針:スマル市の情報収集→最終的には元の世界へ帰る 【周防克哉(ペルソナ2罰)】 状態:正常 降魔ペルソナ:ヘリオス 所持品:拳銃 防弾チョッキ 鎮静剤 現在位置:港南警察署 行動指針:主催者の逮捕 参加者の保護 Back 062 Next 064
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063話 過去、現在、異界に生きる者達の会話 かつては臨海地区と呼ばれた地、少年はその場所を彷徨っていた。 彷徨っていたの言う表現は正確ではないかもしれない。 その少年には目的地があった。 悪魔化した身に布を纏い少年は目的の場所へと歩く。 まず情報だ……少年はそう思い行動を開始したのだ。 少年と言う表現は「彼」にとって相応しくないのかもしれない。 おそらく彼は自らをこう言うであろう。 「僕は「人修羅」と呼ばれる悪魔だ」と。 その少年……否、「人修羅」の周りには敵意に満ちた気配が漂い続けていた。 午前六時きっかりに流れたあの全ての者たちに威圧感を与える声…… 「なお、この後定刻の度『変異の刻』を迎え、悪魔は力を増すだろう」 蓮華台にある七姉妹学園で遭遇した悪魔とはまた違った気配…… 確実にあの時遭遇した悪魔の気配とは異なっていた。 ――面倒だな…… 人修羅はそう思う。 悪魔に対する畏怖、恐怖等ではない。本当に戦うのが面倒なだけなのだ。 そう、敵意に満ちた気配を手っ取り早く断ち切るには仲魔を召喚するだけで良い。 高尾祐子を文字通り「喰った」魔王アバドンを始め「人修羅」に従属する仲魔を召喚すれば即座にそんな気配等は消え失せてしまう。 だが……「人修羅」はそれすらも面倒だった。 彼には目的がある。今はその目的に反した行動は取るべきではない。そう思っている。 その思惑に反するように「何か」が「人修羅」に囁く。 ――本当ニ面倒ナノカ? ああ、そうさ。面倒なだけさ……と「人修羅」は心の中で反論する。 「何か」が笑いを込めたような口調で続けた。 ――本当ハ戦イタイ事ヲ抑エテイルダケデハナイノカ? そんな事は無い。僕は今情報収集の為に行動しているだけだ。結局は戦いが目的かもしれないが…… そら見た事かと「何か」が哄笑した。 ――結局オ前ハ戦イタイダケナノダ……マァソンナ怖イ顔ヲスルナ…… 怖い顔……を僕はしているのか?と彼は自問した。 客観的な視点で見た場合、結論から言えば彼の表情は否。無表情に等しい。その双眸は金色に光っている。 ――オ前ハ死ニタクハナイノダロウ? 勿論だ。死にたくは無い。ただ誰とも関わりたくは無い。それだけなんだ。 ――逃ゲルノカ?逃ゲタトコロデ、ドノ道オ前ハ戦ウ羽目ニナル……本当ハ理解シテイルノダロウ? 煩い…… 煩い…… 煩い…… 顔を下に向けた。自分の影が視界に入る。闇……影ですら「人修羅」を闇へと誘う様に思えた。 「人修羅」の顔には相変わらず表情の変化は起きてはいない。 否、一つだけ変化が起きた。金色の双眸が徐々に緋色に変化しつつある。 ――煩イカ?敵ハスグソコニイルンダゾ?気ヲ抜クナ…… 「……判ってる」 「人修羅」の顔が急に上がる。顔を覆っていたフードが外れた。その顔の目は……完全に「人修羅」の目は緋色に染まっていた。 奇襲を敢行する為であったのか、蛮声を上げつつ剣を掲げた悪魔が一体「人修羅」の前に立ち塞がっていた。 運が悪いな…… ――アア、ソウダナ…… 意見が合った……「人修羅」の口元に残酷な笑みがこぼれる。 「アハハハハハハハハハハ!」 「人修羅」の顔に浮かんだのは戦いへの歓喜、快感、喜び、恍惚、しかしその声自体は酷く冷たいものだった。 そうさ……と「人修羅」と思った。ボルテクス界でもそうだった。ひたすら戦った。最初は生きる為…… ――ソシテ次第ニオ前ノ目的ハ変ワッタ筈ダ…… そうだ、と「人修羅」は思った。 段々と「人修羅」の心に根付いていったもの……力への渇望、欲望、そして闇、漆黒の闇。 「人修羅」は悪魔の攻撃を軽く回避した。 ……甘いんだよ…… 自らの攻撃を簡単に回避され驚愕する悪魔と「人修羅」の目が合う。 太刀筋が単純すぎる、力一辺倒では倒せる悪魔も倒せない。 特に相手がこの「人修羅」であるならば…… 「人修羅」はその悪魔の眉間に右ストレートを叩き込んだ。顔面が潰れ、崩れ落ちる悪魔。あっけない最後。 そして息切れすらしない「人修羅」。そして再びフードを被る。 ――ソラ……ソロソロ目的地ノ場所ダゾ…… ああそうだな……と無意識の内に「人修羅」は頷いた。 「人修羅」の目前には警察署があった。 そう、彼……「人修羅」の目的地はここだったのだ。 周防克哉も疲労していたのだろう。いつの間にか船を漕いでいた。 だが「それ」に気付いた。あの深く冷たい闇に。太陽すらかき消してしまうようなあの闇に…… 「警察だ!其処を動くな!」 その闇に構えた拳銃を向ける。向けた方向は出入り口。その闇とは勿論「人修羅」だった。 「……知っていますよ……」 その声を聞いた克哉の背筋に走る戦慄、生まれて初めて「背筋が凍る」と言う意味を知った気がした。 「だってここは警察署でしょう……?」 そう影は続けた。克哉は未だ背筋に氷柱を突っ込まれた気分だった。 「手を上げたまえ……でなければ撃つ……」 克哉が息を呑む。 敵か…あるいは共闘する者か……未だ不明。油断は出来ない。 ――僕の後ろには女性がいるのだ……そして僕は警察官だ。一般市民を守る義務がある……所轄の意地を今見せなければいつ見せる!? ある意味、彼こそ常識的な理性を持った人物なのかもしれない。(彼特有の)職業倫理すらこの様な殺戮劇に持ち込んでいた。 出入り口の闇は素直に手を上げる。 「戦うつもりはありません……少なくとも今この段階では……」 「君も……参加者の一人なのか……?」 克哉が問う。出入り口に存在する闇は静かに頷いた。 「そうだった……「このスマル市」には参加者しかいないのだったな……」 闇…・・・「人修羅」の頭に疑問符が浮かぶ。 ――丁度イイ……コノ男ハ何カヲ知ッテイルヨウダゾ…… またもや「人修羅」に囁く「何か」。 アあ、そうだ。僕ハ情報を集めタい…… ――情報ヲ集メタイノダロウ……聞イテミタラドウダ?利用スルダケ利用スルノモ一ツノ手ダゾ…… あア……そうダな……使うだけ使ウのモ手のヒトつだ…… 手を上げたまま「人修羅」は問いかける。 「このスマル市とは?貴方は違うスマル市を知っているとでも……」 「人修羅」の疑問を克哉に伝える。 うむ……と答えかけた所で克哉は発言を止めた。そして「人修羅」に告げる。 「君……ああ、失礼だが……人に物を尋ねる時、帽子等は取るのが礼儀と言うものだ」 克哉が言った。 常識的な話であるだけに、この状況化では奇妙な一言だった。 そうですね……失礼しました。と答える「人修羅」。覆っていた布から顔を露出させる。 驚いたのは克哉であった。自分の弟と然程変わらない風貌に見えたのだ。補足するならば上半身は裸であった。 「君……」 克哉が静かにそして諌めるように口を開いた。 「それが最近の若者の流行なのかもしれないが……さすがにその刺青は御両親が悲しむぞ……」 本当に悲しそうな声だった。暖かみがあり、そして寂しげな人間性にとんだ声。 「人修羅」にとって、そんな声を聞いたのは久しぶりであるような気がした。 それを聞いた「人修羅」はただ笑うしかなかった。久しぶりに人間の様な笑い方をする事が出来た気がした。 「何か」が薄れていく……そんな感触もあった。 (最もそう思っていたのは「人修羅」だけであり、克哉からの視点から言えば無表情で口元に笑みのみを浮かべると言う一種不気味な光景を目撃する事になる) そしてその笑い声を聞いた為だろうか、黒猫が姿を現した。 「どうした?克哉……」 黒猫が喋ったのだ、それも日本語を。 黒猫は「人修羅」を視認するや否や「人修羅」の攻撃範囲から遠ざかるように後ろにジャンプ。猫特有の威嚇するポーズをしてみせる。 「下がれ!克哉!……こやつ人では無い!」 うろたえる克哉、そして黒猫に言い返す。 「莫迦を言うな、ゴウト!彼はどう見ても未成年者だ!彼がこうなってしまった経緯を聞き出し、公正させる事が先決だ!」 呆れる「人修羅」、そしてゴウト。 「ええい、何故お前はいつも奇妙な時に官憲意識を露にするのだ!この状況化において何を優先させるか理解しているだろうが!」 黒猫……ゴウトが克哉に向け怒鳴る。まるで弟子を戒める師匠の様な口調だった。 「僕の使命は……住民を犯罪から守る事だ!」 克哉はそう断言した。キッパリと…… さすがの「人修羅」もこう思った。 ――あいた口が塞がらない……とはこう言う事かもしれない…… すっと「人修羅」は一呼吸。そして一人と一匹に言う。 「僕はその警察の方にも言いましたが……敵意を持ってはいません……今の所は……」 その声にゴウトは反応した。猫が恐怖に満ちた時に発生する尻尾の毛が逆立つ現象。ゴウトにとってもこの様な声を聞くのは初めてであった。 そして「人修羅」は付け加える。そろそろ手を降ろしてもいいですか?と。 「まずは年長者から自己紹介だな…俺の正式名称は「イの四十八番」……面倒だろう?だからゴウトと呼んでくれ。大正二十年からこの地に飛ばされてきた」 「猫」が喋った。「人修羅」もこれにはさすがに驚く。 黒い体毛、エメラルドグリーンの透き通った目、「人修羅」が受胎前に目撃していた猫より若干小さい様に見える。 ……そして大正二十年……と言うキーワード。 「人修羅」の知る大正と呼ばれる時代は僅か十五年で終了し、そして昭和という年号に変わったのだ。 「おそらくパラレルワールドと言う奴だろうな……僕が知る大正時代も十五年で終わっている」 克哉が補足する様に発言した。 「僕は周防克哉……先程も言ったが警官だ。正式には港南警察署刑事一課強行犯係巡査部長。同時に珠間瑠市の住民でもあるが……どうやらこのスマル市は僕が居た珠間瑠市ではないようだ」 周防……何処かで見た苗字だ……と「人修羅」は思った。 「そうだ、君。僕の弟を目撃しなかったか?このスマル市に飛ばされている筈なんだ」 「あるいは天野麻耶と言う女性を目撃しなかったか?同じく飛ばされているようなんだ。何と言うか特徴的な服装なんだが……」 ああ……と「人修羅」は思った。参加者リストの中に周防克哉と周防達也、両名の名前があった事を思い出したのだ。成る程、兄弟か…… 「ちなみに達也の場合、歳は君と恐らく同年齢、身長は百八十一センチだ。七姉妹学園の制服、あるいは真紅のレザースーツを着用している可能性も考えられる……達也め……一体何処で何をしているんだ……全く」 ブツブツと克哉が続けているのを「人修羅」は聞いている(フリをした)。挙句、克哉は弟の好物まで呟き始めた。(ポテチと言う「単語」を久しぶりに聞く「人修羅」であった) 勿論、彼らは知らない。「人修羅」の友人であった新田勇を文字通り一瞬にして焼き殺した人間が周防克哉の弟である周防達也であることを…… 「まぁ彼はこう言った弟想いの人間だ。悪い男ではないんだが……うむ、モダーンな言葉では何といったか……」 とゴウト。「人修羅」が「ブラコンですか?」と言うと、「ああ、それだ。それだ」と頷いた。(猫が人間のようにだ) 「後はまぁ……後二人居る。女性だな……紹介したい所だが今はちょっとそういった状況ではないだろう……」 とゴウトが締め括った。 おそらく最初の十一名の中に知人が居た、といった所だろうと「人修羅」は想像した…… 「人修羅」は克哉に聞いてみる。そう、彼は雑談をしにここまで来たわけではないのだ。 「克哉さん……でしたよね?その……さっきから気になっていたのですが……後にいるのは何なのです?猫の様な姿をした背後霊みたいな……」 冷たい声が警察署に木霊する。 「ん?君には見えるのかい?ヘリオスの事かな?……僕の「ペルソナ」だよ」 ――来タ……良カッタナ、新シイ情報ダ…… 「ペルソナ」……「人修羅」が初めて聞く単語であった。 そウだな……これは有力な情報なのかも知れナい…… 要約すると、もう一人の自分……仲魔という概念でも無い様に「人修羅」は感じた。聞けば精神力を消費して魔法や物理攻撃も可能であると言う。 「後の二人もそうなんですか?」 と更に聞く「人修羅」にゴウトが答えた。 「一人は克哉と同じ様にペルソナを使う事が出来る。もう一人は「あーむたーみなる」なる「ぱそこん」と言うものに近い機械と悪魔召喚プログラムという力で悪魔を使役する事が出来るようだ……それと魔法だな」 「代々のライドウですら艱難辛苦の苦行を重ねて、ようやっと悪魔を使役出来る様になるというのに……いやはやこの時代のデビルサマナーは便利になったものだ」 とゴウトがぼやいた。猫の姿でため息までついてみせた。 「ライドウ?」 と「人修羅」が聞くと「ああ、俺のまぁ弟子のようなものだな」とゴウトは伝えた。 「あ奴も来ている筈なんだが……はぐれてしまったのだ……無事でいるだろうか……?」 「人修羅」はゴウトも克哉の事を言えないのではないか?と思った。 ――ククク……羨マシイノカ……コノ二人ニ心配シテモラエルソノ者達ガ…… そんな事は無い。僕にはそんなもの必要ない。 ――イイ加減……素直ニナッタラドウダ……? ……喧しイ…… 「人修羅」の中でこの様な心理が繰り返されている事を二人は知らない。 「我々はこのふざけた事態を何とか止めようとして行動しようとしていた所だ、協力者も集めようとも思っている」 と克哉が補足する。 「こんな事を目論んだ主催者は僕が必ず確保する……君……知っているかい?本当の取調室ではカツ丼等はでないんだ。くれぐれも悪い事をしてはいけないよ」 「はい、わかりました」と答える「人修羅」。声は冷たいものの、その素直な態度からであろうか?克哉は満足気に頷いた。 勿論、「ウチの達也も君みたいな素直な子であったら……」と克哉なりの弟に対する愛情表現を忘れてはいない。 心の中で悪魔の笑みを浮かべる「人修羅」、それと呼応するが如く囁く「何か」…… ――サテ……アラカタノ情報ハ聞キダセタ……サァドウスル? そうダな……少なくともこコには三人参加者が居る訳ダ…… ――ぺるそな……実ニ興味深イ対象ダト思ワナイカ……? 確カにそレには同意スる…… ――モウ一人、悪魔ヲ使役出来ル人間ガイルノモワカッタナ…… アア、確かにそウだ…… 「人修羅」の心中に込み上げて来るのは戦いへの欲求…… 「人修羅」の双眸は金色から緋色に変化しつつある…… ――少ナクトモ…コノ目ノ前ニイル男ヲ始末スレバ無防備ナ女ガオ前ヲ迎エテクレルラシイゾ……? それモイイだろう……だが無抵抗な人間を殺すのは面白クナイ…… 「君!?」 「人修羅」は我に返った。チッと舌打ちした「何か」が何処かへ消え失せる。 克哉が「人修羅」の肩を揺さぶっていたのだ。そして問う。 「大丈夫かい?」と。 「今度は少年、お前の番だ」と、ゴウトが言った。 「人修羅」はここまでにあった自分の経緯を二人に伝える。 元々は高校生であった事。 受胎と言う出来事があった事。 ボルテクス界と化した東京、そして悪魔と化しその地を彷徨う羽目になった事、自分は悪魔を召喚できる能力がある事。 さすがに最後までは伝えなかった。喜んで自分のカードを全てさらす莫迦はいる筈もない。 そしてこの時間までに死んだ高尾祐子、新田勇の二名が知人であった事も告げた。 無論、高尾祐子を殺害したのは自分であることは隠してある。 「ナンセンスだ……と言いたい所だが……大正二十年だの、悪魔召喚プログラムだの出て来たこの段階で、悪魔になった人間が居てもおかしくはないのだろうな……」 「普通であれば誇大妄想癖の一言で片付いてしまうのだろうが……君の話も信じられてしまうのが不思議だよ」 とは克哉の弁である。 「それでだ……」 ゴウトが「人修羅」に聞く。 「俺達は今協力者を求めている。お前はどうするつもりなんだ?」 当然の問いだった。この殺戮劇に乗るか剃るかで全てが決まる。 「僕は……まだ決めかねてます」 「人修羅」は言った。 「僕が求めていたのは情報です。ルールが適用される以上、ある程度の時間猶予があるのも事実です。最悪のケースを踏まえ、僕はこのスマル市の情報を知りたいと思っています」 「莫迦な事を言うな!」 克哉が叫ぶ。 「こうしている間にも参加者が戦っているかもしれないんだ!所轄の人間として僕は出来るだけ多くの人々を救わなければならない!」 ここまで言えるのだからこの克哉と言う人間は余程生真面目なのだろう。「人修羅」はそう思った。 面白い…… 「では……どうにもならなかった場合はどうするんです?」 「人修羅」は聞き返した。 一人と一匹の動きが止まった。 「もしも……もしもの話です」 立ち上がる「人修羅」、既に日の光が差し込んでいるはずなのに警察署内に徐々に浸透する漆黒の闇と「何者か達」の気配…… 克哉とゴウトに戦慄に走った。冷たい殺気と悪意の群れ、そして「人修羅」の金色に光る目…… 「仮に貴方達だけになってしまったら……どうするんです?」 「人修羅」がクスリと笑った。 「その状況化でルールにある二四時間間際になってしまったら……?」 「戦いざる終えない状況になってしまったら……?」 「その時は……どうするんですか?」 残酷で冷徹な笑み…… 高校生がこんな笑みを浮かべる事ができるのか……克哉は思った。 この少年はそのボルテクス界と呼ばれる世界でどの様な凄惨な生き方をしてきたのだろう……? 克哉も警察の人間である。「普通の世界」で様々な人間を見てきたのは事実だ。しかし彼の目は今まで見てきた人間の目とは全く異なっていた。 確かに目の色は人間のそれとは違う。しかしその様な些細(そう、それですら些細な問題に思えるのだ)な問題ではないのだ。 例え様の無い程冷酷、それでいて何処か寂しげな、それでいて自信に満ちた何かを目指す。その様な目に見えた。 ――俺に構うな…… 達也が言ったあの言葉……克哉にはこの少年と自分の少年が重なって見えた。 ゴウトは思う。 ライドウはこの少年と戦う事態に陥ったらどの様に戦うのか……否そもそも勝てるのだろうか? ――出来れば出会って欲しくない……ライドウ……無事でいるのか? そうゴウトは思わずにいられない…… 「今は共闘する者を探す……それもいいと思います。でも……」 「人修羅」は言った。 「最悪の事態を想定すべきと僕は考えます。僕は克哉さんと違ってこのスマル市の事を全然知らない。ルールが適用されるならまだ十九時間弱は自由に行動出来る筈です」 立ち上がった「人修羅」は出入り口の方へと向かった。それを克哉が引き止める。 「待ちたまえ……」 振り返る「人修羅」。その「人修羅」に克哉は詰問する様な鋭い眼差しで問う。 「君はひょっとして……十一人の内、誰かを殺害していないか?それも午前四時頃に……」 すっと「人修羅」の目が細くなる。克哉がその目に畏怖を覚えながらも目を合わせて続けた。 「どうしてそんな事を僕に言うんですか……?」 「人修羅」は言う。どうやらこの周防克哉と言う男は頭の回転はいいらしい。 「まず時間が合わない……このふざけた事態に陥ったのは午前三時……今から約六時間前の事だ」 克哉が続ける。 「君が誰も殺害しておらずルールを踏まえて行動するのならば十八時間弱の行動が取れると考える筈なんだがね……?」 「勿論、計算違いであったと推察する事もできる。だが君の様な冷静な人間がそんな単純なミスをすると考えるのは余りにもナンセンスだ」 ゴウトは克哉の勘に感嘆の意を抱いた。うむ、彼なら探偵業も十二分にこなせるだろう、ライドウと共に捜査を挑めば進捗は早いに違いない…… そしてこうも付け加える。 麻雀も性格故に弱そうだ……勿論ライドウに勝ってもらいたいからな。 「仮に……そうだとしたら……?」 「克哉さんの言う通り……僕が人を殺していたとするならば……どうします?」 挑戦的な言葉、圧倒的有利から来る自信の言葉。酷く冷たいその声が警察署に響く。 そして「人修羅」の双眸が徐々に緋色に染まっていく…… 克哉はため息をついた。 「こんな状況化だ……こんなくだらない事に喜んで参加する人間がいるはずが無い……と思いたいが……」 克哉は続けた。 「そうもいってもいられない。君は敵意が無かったのに、向こうから喜び勇んで戦いを挑んできたと言う状況も予想できる」 「そう……あくまで今のは僕の勝手な憶測だ。現場に向かわなければ状況証拠も確認できない。それでは確保する事は不可能だ」 ――詰メガ甘イナ…… 忍び笑いをする「何か」。 まァな、と同意する「人修羅」。 これ以上踏み込もうとしたらこの場で始末するだけだ…… 「とにかくだ」 克哉が続ける。 「君はここを出るのだろう?今現在は情報を求めているとも言った。物資は足りているのかい?」 「え?」と戸惑う「人修羅」。 「ここに来た以上、何かを求めて来たはずだ。僕は食料ではない……そう推察する」 困惑状態になる「人修羅」、克哉の言っている事が理解出来ていない。 まずは所持品の確認だ……と克哉は「人修羅」のザックを奪い取る。まるで身勝手な弟に接する兄の様に。 「君……僕は君の所持する食料が乏しいと思える……いいから署内の食料品を持って行きなさい」 結構です、と言う「人修羅」を「完全に」無視した克哉は次々と食料や水をザックの中に詰め込んでいく。 「ん……これは?」 ザックの中から転げ落ちた丸い物体、ゴウトが猫が持つ習性に正しく反応し、その物体にじゃれついた。 その物体を取り上げる克哉、猫の習性に正しく反応した事を恥じつつ残念そうにうなだれるゴウト。距離が近かった為か、克哉の猫アレルギーが反応、克哉は大きなくしゃみをする。 2個の球体を「人修羅」に見せた。 宝玉と呼ばれるアイテムで生命力を回復させる効果がある。 「人修羅」はボルテクス界では(特に記憶に新しい終盤では)仲魔の回復魔法を多用していた。 その宝玉と言う存在を忘れかけていたのだ。むしろ、換金物の対象でしかないと思っていたと言っていい。 「これは……一番上の方に入れておくべきだ。奥の方にはいっていたぞ?これではいざと言うときに取り出せない」 と言いつつ、今度はザックに追加した食品をテキパキと整理し始める克哉。鼻をグスグス言わせながら整理を続ける。 全く、こういった所も達也と変わらんな……と呟いた。 だから「僕」は「達也」じゃない…… 苛立ちと同時に嫉妬を覚える。彼の様な兄がいたら僕はどういった態度を示すのだろうと…… ――オヤオヤ嫉妬カ?羨望カ?オ前モ親兄弟ガヤハリ懐カシイカ?恋シイカ?友人ヤ恩師ヲソノ手デ殺シタ悪魔ダト言ウノニ…… 違う……身も心も悪魔になった僕にそんな感情は無い…… 克哉が諭す様に付け加えた。 「いくらなんでも上半身裸はいけないな。女性からは変な目で見られてしまうだろうし、この殺戮劇に乗った人間からも格好の的となってしまう。一応これも持って行きなさい」 差し出したのは防弾チョッキであった。 無言の「人修羅」に無理矢理渡す。 「年上の言う事は聞くものだぞ?」 と克哉は爽やかな笑みを浮かべた。そして申し訳なさそうに付け加える。 「本当は護身用に銃を渡したい所だが……残念ながらもうここには……」 これだけでも十分に助かります。わかりました……有難く頂きます。と「人修羅」が礼を言うと克哉は嬉しそうな顔を見せた。 ――偽善者メ…… 違うな……と反論する「人修羅」。 この人は本心からこう思ってるんだ…… ――フン、ソウ来ルカ……マァイイ……ぺるそなカ、マタ面白ソウナノガ出タナ…… そレには同意する。 ――ドウスル……予想以上ノ収穫ハ得タ……殺スカ? ソウだな……ソれもいイかもしれナい…… 「人修羅」の背後にはその思考に賛同を示す闇の気配が漂う。 求めるのは屍山血河、阿鼻叫喚の宴。 コロセ…… コロセ…… コロセ…… コロセ…… コロセ…… ふっと「人修羅」の思考が止まった。 ……ヤめておこう…… 彼らがルールと人道の狭間でどう行動するのか、それをこの目で見てみたい。「人修羅」はそう思った。 ――ソレモマタ一興カ…… そうさ、面白そうだろう? 「食料と水それと防弾チョッキ、有難く頂きます。有難う御座いました」 「人修羅」が礼を言う。「出て行くのか?」と言う問いに頷く「人修羅」。 彼は再び布を纏い顔を覆う。 「気をつけて……いくんだぞ」 克哉は最後にそう言った。 背中越しにそれを聞いた「人修羅」は「はい」とだけ答えた。 出入り口から出た「人修羅」を克哉とゴウトは見送った。 「どう思う?」 ゴウトが克哉に問う。 「善悪は別にして……何かを心に秘めた少年の様に思う。……そしてそのボルテクス界となった世界で必死で足掻き、生き抜いた……でも……」 でも?とゴウトが聞く。うむ、と頷き克哉は続けた。 「同時に何か大切な物を失ってしまった……そんな印象もうける……達也と友達であったのなら達也も彼も違った意味で強くなれたかもしれない」 ふむ、とゴウトが呟いた。 「できれば共に戦ってもらいたいものだな、ライドウも世間体に弱い面がある……彼の様な人間が相談相手であったらどんなに心強いか……」 この一人と一匹はお互いの事を言いつつも結局は弟想い、弟子想いである事には変わりないのだ。このような状況化に置かれたとしても…… 戦いたくない。これが一人と一匹の感想であった。 少年とも呼べる年代の人間と殺し合う等と言う非人道的な行動。 さらに肉親に、そして相棒に同年代の人間を持つ者だからこそそう思えるのだ。 と、同時に遭遇した時に覚えた戦慄、恐怖、そして畏怖、浸透するような闇の気配。 (仮にだ)戦うとしたら良くて共倒れ。最悪、此方の全滅。 それだけは避けたい。 克哉は主催者を確保する為。 ゴウトはライドウと合流する為。 そして共に元の世界へ生還を果たす為。 願わくば……そう、願わくば「人修羅」との交戦は避けたかった。 聞いタカい? 「人修羅」が「何か」に言った。 ――聞イタトモ。 「何か」が答えた。 気をツけて……って言っタヨな? ――アア、言ッタトモ。 クククククと笑いが同調する。 もしかしたら殺し合うかもしれないのに…… あるいは誰かに殺されるかもしれないのに…… 赤の他人を心配する克哉と言う男。そして人語を話す猫のゴウト…… うん、実に面白い。 そして…… 悪魔を使役する男と女そしてライドウと言う名の者。 ペルソナと言う能力を使う者。 魔法を使用できる者。 生存が確認された千晶と氷川。 どうやら様々な能力を持つ人間達が此処にいる様だ。 今後このゲームはどう進捗するのか…… 人と関わりを持ちたくないと思いつつも、それらに興味を抱きざるおえない「人修羅」であった。 時間:9時~9時半頃 【人修羅(主人公)(真・女神転生Ⅲ-nocturne-)】 状態:正常(?) 武器:素手(右ストレート:但し各スキル運用が想定される) 道具:煙幕弾(9個) 防弾チョッキ 宝玉(2個) 追記:若干の食料及び水を補給 仲魔:アバドン(他色々) 現在位置:港南警察署→港南区へ移動 行動指針:スマル市の情報収集→最終的には元の世界へ帰る 【周防克哉(ペルソナ2罰)】 状態:正常 降魔ペルソナ:ヘリオス 所持品:拳銃 防弾チョッキ 鎮静剤 現在位置:港南警察署 行動指針:主催者の逮捕 参加者の保護 Back 062 Next 064
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前ページ次ページアクマがこんにちわ ルイズの部屋では、人修羅が数冊の本を前にして頭を抱えていた。 ハルケギニアの言葉はなぜか理解できるが、文字の判らない人修羅は、ルイズに文字を教わっているのだ。 「じゃあ今日はここまでにしましょ」 そう言ってルイズが本を閉じる、その本は『イーヴァルティの勇者』という絵本で、ハルケギニアの人間なら誰もが知っていると言われるおとぎ話だった。 「不思議だな、すらすら頭に入ってくるよ。英語は赤点ばかりだったのに」 人修羅は両手を上に上げて背伸びのポーズをした、ううんと唸って背中を反らすと、深呼吸してだらんと腕を下げる。 「英語?」 「うん。俺がいた世界じゃ、国が違うと言葉が違うのが当たり前だったんだ。外国の言葉を学校で習うんだけど、物覚えが悪くてさ」 「とてもそうは思えないわ、見たこともない文字を、貴方三日で読めるようになったのよ」 「たぶん、ルーンの効果じゃないかな」 「…かもしれない。これも後でオールド・オスマンに報告した方が良いわね」 「そうした方が良さそうだね」 人修羅は椅子から立ち上がると、絵本を本棚にしまった。 ルイズは寝る準備をするのか、上着を脱いで椅子の上に置いていく。 召喚されたばかりの頃と違って、ルイズは人修羅に裸を見せなくなっていた、人修羅を一人の人間として意識したせいか、思い出すと顔が真っ赤になる。 「あ、そうだ。ルイズさんにちょっとお願いがあるんだけど」 「何?」 肌の透けにくいネグリジェに着替えたルイズが振り向くと、人修羅は服を着て外に出て行こうとしていた。 「この間言っていた…トリスタニアだっけ。そこにお店とか無いかな。よければシーツとか買いに行きたいんだけど」 シーツと言われて頭にクエスチョンマークを浮かべたルイズは、人修羅の現状を考えてみた。 人修羅に渡した寝具は毛布一枚、今まで文句を言わなかったので気付かなかったが、決して良い仕打ちとは言えない。 「あ、そうね。悪かったわ。ちゃんと寝床も準備するべきだったわね。大きいモノは困るけどベッドぐらいなら買ってあげるわよ」 「いや、シーツだけでいいんだ。干し草をクッションにするから」 「はあ?」 ルイズは間抜けな声を出して驚いてしまった、人修羅は召喚される前にどんな生活をしていたんだろうか。 洗濯は慣れないと言っておきながら、人修羅は細かいところにも気が利く、ルイズの寝るベッドは綺麗に整えられているし、掃除も行き届いている。 それなのに、干し草で寝床を作ると言い出す、人修羅の生活水準が想像できず、ルイズは頭を混乱させた。 「ほ、干し草なんて使わなくて良いわよ、第一散らかるじゃない。美観も損ねるわ」 「ああそれもそうか、確かに寝ていると潰れそうだし、散らかりそうだよな」 「とにかく、ちゃんとベッドは買ってあげるから。明日は虚無の曜日だから街に行きましょ、私も買い物に行きたいしちょうど良いわ」 「街かあ…そうしてくれるとありがたいよ。それじゃあお休み」 「ええ。おやすみ……」 ルイズがぱちんと指を鳴らすと、部屋のランプが消え、部屋の明かりは月明かりだけになる。 人修羅は毛布を被って寝ているが、手の甲と顔から微弱な光が出ており、座ったままの姿で寝ているのがよくわかってしまう。 ごそごそと寝返りを打ち、人修羅から目をそらす。 目を閉じたルイズは、召喚したいと思っていたドラゴンやマンティコアが召喚されたらどんな生活をしていたのかを想像した。 だが、どうしても途中から、実際に呼び出された人修羅との生活を思い浮かべてしまう。 人修羅は優しい、調子に乗って奇妙なことを言うが、なんだかんだ言って『ゼロのルイズ』を肯定してくれる。 口からドラゴン顔負けのブレスを吐き、いくつもの先住魔法を使えて、しかも体は金属のゴーレムより丈夫らしい。 なぜ、そこまで実力のある存在が、私の使い魔になってくれたのだろうか。 「う… う…っ」 人修羅はどんな夢を見ているのだろうか、突然、うなされるような声を上げた。 (手加減ができないんだ…だから、守りたい人まで巻き添えにするよ) そう言っていた人修羅の瞳はとても悲しげだった、過去にどんなことがあったのだろうか、もしかしたらそのせいで悪夢を見ているのだろうか? 藁束で寝床を作るとか卑屈な態度を取るのは、人修羅の過去が関係しているのだろうか? ……と、そんなことを思いながら、ルイズは眠りに落ちていった。 ちなみに人修羅は、アルプスの山頂から干し草のベッドに包まれて転がり落ちる夢を見ていた。 ■■■ 二人は翌日の午前中に、馬で魔法学院を出発した。 正午には城下町に到着する予定だ。 「馬は初めてなの?」 「ああ、普通の馬なんて初めて乗ったよ、意外と大人しいんだなあ」 翌朝、ルイズ達は馬に乗って、トリスタニアを目指していた。 人修羅は最初、走って行くだけの体力はあるから大丈夫だと断ったが、ルイズは二人分の馬を借りたと言って強く騎乗を求める。 仕方なく馬に乗ることにしたが、ふつうの馬に乗るのは初めてなので、流石の人修羅も少し困惑を見せた。 ルイズの得意なものといえば、それは乗馬であった。 人修羅に少しでも主人らしさを見せつけたくて、二人分の馬を借りたのだ。 その意図を知ってか知らずか、人修羅は乗馬の心得などをルイズに質問する、おかげでルイズはいつになく上機嫌だった。 「初めて乗ったにしては、ちゃんとしているじゃない」 「そうかな?自転車と違うし、何より生き物だから、ちょっと怖いよ」 「情けないわねえ。ほら、もうちょっと速くするわよ」 「おっ、とっとっ…お手柔らかに頼むよー」 慣れぬ馬上でバランスをとる人修羅を見て、ルイズは唇の端をかわいらしく曲げて笑った。 ■■■ 一方その頃、キュルケは昼前になってようやく目を覚ました。 虚無の曜日なので授業はない、窓を眺めると、ガラスが破れていることに気がついた。 ベッドの下からはい出してきたフレイムが、ぐわぉ、と鳴いた。 「フレイム、おはよ。……ああ、そうだわ、気分じゃないって言って、断ったんだっけ」 昨晩、かねてからの約束の通り、窓からキュルケの部屋にお邪魔しようとした恋人たちは、哀れにも「気分じゃない」の一言で追い払われてしまった。 いい加減眠くなってきたので後のことをフレイムに任せて、キュルケは窓から落ちていく恋人達の悲鳴を聞きながらぐっすりと寝た。 フレイムが言うには、合計六人ほどが窓から入ろうとしたらしい。 しかしキュルケはそんなことを全く気にせず、起き上がって化粧を始めた、化粧を終えると部屋を出てルイズの部屋に行く。 コンコン、とノックをしつつ、今日はどうやってルイズをからかおうかと考えた。 魔法を使い、ドラゴン並のブレスを吐き、体術にも優れた人修羅に、抱きついてキスでもしてあげようか。 キュルケには人修羅に対する恐怖など無い、むしろ年下の男の子をからかうような、そんな気持ちで接することのできる数少ない人物なのだ。 それにルイズをからかって、悔しがらせることもできる、そう考えるとキュルケはますます心がウキウキしてくるのだった。 ……しかしノックの返事は無い。 おかしいと思ったキュルケは、すぐさまドアを開けようとしたが開かない、鍵がかけられているのだ。 キュルケはすぐさま『アンロック』の魔法をかけた、校則では使用禁止になっているが、そんなことはお構いなしだ。 「相変わらず色気がない部屋ねえ……あら?」 部屋を見渡したキュルケが、あることに気がついた、ルイズの鞄が無い。 いつもならテーブルの上に置かれている鞄が、ベッドの上にも棚の上にも床にも無い。 今日は虚無の曜日なので、何処かに出かけたのだろうと考え、窓から外を見渡す、するとルイズと人修羅らしき二人組が、馬に乗って城下町の方向へ向かっているのが見えた。 「なによー、出かけるの?」 残念そうに呟くと、ちらりとルイズのベッドを見る。 部屋に入ったときから気になっていたが、この部屋にはベッドが一つしか無い、そこでキュルケは悪戯を思いついた子供のように、にやりと笑う。 キュルケがルイズの部屋を飛び出してから数分後、キュルケとタバサの二人はシルフィードの背に乗って、ルイズ達の後を追った。 ■■■ ルイズと人修羅は、馬をトリステイン城下町門前の駅に預けると、トリステインの城下町へと足を踏み入れた。 人修羅にとってトリステインの町並みは、テレビで見た西洋の風景によく似ていた、違うのは魔法があることぐらいだろうか。 きょろきょろと辺りを見回して、生活の水準や、商売の種類などを目に焼き付けていく。 まるでおとぎ話の世界、しかしこれは紛れもない現実だった。 何よりも街行く人々は皆、何かしらの個性があって、質素でも色とりどりの服や喜怒哀楽の表情を浮かべている。 「マネカタじゃないんだな…」 東京とはまるで異なるハルケギニアの文化ではあったが、城下町のにぎやかさは人間の営みを実感させてくれた、それはもう戻ることのない、人間として生きていた東京を彷彿とさせ、人修羅の心に不思議な暖かみを灯していった。 「ここがブルドンネ街よ、トリステインで一番大きな通り、まっすぐ行くとトリステインの宮殿があるわ」 「大通り?これが……意外と狭いな」 「狭いって…どういうことよ」 ルイズが聞き返すと、人修羅は少し申し訳なさそうに答えた。 「ごめん。悪気はないんだけど、俺が居た国で大通りって言ったら、この五倍かそれ以上はあったんだ」 「この五倍も?」 ルイズが信じられない、と言いたげな表情をしていると、人修羅が更に言葉を続ける。 「うーんとね。石よりも木が豊富な土地だったんだ。だから昔は木の家が多かったんだけど、火事が起きるとすぐ燃え移っちゃう。だから道路を広くして燃え広がるのを防いだんだ。道が広いのはその名残らしいよ」 「ふぅん、それが貴方の国なの?でも木の家なんて脆そうね」 「その代わり増改築がし易いんだ。地震と台風の多い国だから、屋根は飛ばされない程度に重く、建物は崩れにくい程度に軽いのが求められた…」 「ジシン?タイフウ?」 「ああ、聞いたこと無いかな。地震は地面が揺れることで、台風は定期的にやってくる大きな嵐のことだよ」 「……そんな国で生まれたの?生きるのにも大変じゃない……そっか、だから人修羅は…」 なにやら人修羅の丈夫さについて、変な形で納得してしまったルイズ。 その隣には、小学生の頃に読んだ『漫画○○の歴史シリーズ』に感謝する人修羅の姿があった。 ■■■ 「ルイズさん、ちょっと聞きたいんだけど」 人修羅がルイズに顔を近づけ、小声で囁く。 「どうしたの」 ルイズが不思議そうに聞き返すと、人修羅は懐に入っている財布の感触を確かめつつ、こう答えた。 「この街スリが多い?」 「!」 ルイズが驚いて目を見開く。 「財布は無事だけど、なかなか油断のできないところだね」 「大丈夫なの?」 「まあ何とか」 「そう…気をつけてね」 ルイズはどこか申し訳なさそうに人修羅を見た、それがなんだかわからずに、人修羅はきょとんとする。 「貴族は全員がメイジだけど、中には貴族を追われて、盗賊や傭兵になるものがいるわ。念力でも使われたら一発ですられちゃうわよ」 「ああ、やっぱりさっきのは念力か」 「念力で盗られそうになったの!?」 「探られてるような感じだったよ、ポケットの中に入ってる財布だけに力をかけるなんて、器用な真似するね」 「でも、ほんとに大丈夫?」 「大丈夫、盗られやしないよ」 「違うわよ、こんな町中でブレスなんて吐かれたら困るもの」 「しないよ!」 まったく人のことをなんだと思っているんだ、と言いそうになったが、ふと自分がアクマなのを思い出した。 アイスブレスを使ったのは迂闊だったかなぁ…と思いながら、人修羅は苦笑いを浮かべていた。 ■■■ ルイズと人修羅は、その後すぐ寝具屋を見つけ、中に入っていった。 その様子を物陰から見ている二人組のうち、背の高い赤毛の女性は、わぁおとわざとらしい声を上げた。 「ルイズったら、男性に寝具を送る意味わかってるのかしら? さ、いきましょ」 キュルケが物陰からでて寝具屋に向けて歩き出す、その後をタバサが続いた。 「出来ないことはありませんが、ちょっと値が張りますねえ」 「幾らぐらいになります?」 「そうですね、新金貨で…」 「え、そんなにするんですか」 人修羅は、常設用のベッドを断って、折りたたみ式のベッドを頼もうとしていた。 ルイズの部屋を圧迫しないように気を遣っているのだが、かえって値が張ってしまうようだ。 「ベッドの一つぐらい、大きすぎなければ大丈夫よ。そこまで気にしなくていいのに」 「そう言ってくれるのはありがたいけど……あれ?」 人修羅は店に入ってくる二人組の姿に気がついた、ルイズも数秒遅れて店の入り口を見ると、そこには笑顔で手を振るキュルケと、タバサの二人がいた。 「ツェルプストー?何でこんなとこに居るのよ」 「つれないわねえ、ダーリンと出かけるなら言ってくれればいいのに」 「ダーリンって…まさかあんた人修羅に手を出す気じゃないでしょうね!」 「あらヴァリエール、いたの?」 「ぐっ」 ルイズが悔しそうに歯噛みするが、キュルケはそれを意に介した様子もなく、人修羅に抱きついた。 「ダーリン♪ ベッドなら私のを使えばいいじゃない、ルイズと一緒に寝たって、あんな平坦なの、何のおもしろみもないでしょ?」 「なっ、なっ、なっ、なー!?」 キュルケの過激な発言に、ルイズは顔を真っ赤にして狼狽える。 「あら、今までまさか床で寝かせていた訳じゃないでしょう? ねえダーリン、こんな店じゃなくて、ゲルマニアから取り寄せた最高級のベッドで夜を過ごさない?」 キュルケが抱きついたまま囁く、だが人修羅はキュルケを片手で押しのけると、無言で店の外へと出て行った。 「ちょっと人修羅、どこ行くの!」 ルイズが慌てて店を出る、キュルケもきょとんとしていたが、タバサと顔を見合わせると、二人の後を追って店を出て行った。 「やれやれ、貴族様の痴話げんかか」 初老の店主は、そう呟くとため息をついて店の奥へと引っ込んでいった。 ■■■ 「ちょっと人修羅!もう、どうしたって言うのよ」 無言のまま歩き続けていた人修羅は、通りの一角にある広場を見つけると、そこの噴水前に腰掛けていた。 ルイズが人修羅の前に立ち、腰に手を当てて人修羅を見下ろしている。 キュルケとタバサの二人は、ルイズの後ろで同じように人修羅を見ていた。 「……その、人前で、あの会話は何というか、その」 「さっきの会話がどうかしたの?」 わからない、といった態度でルイズが問いかける、すると人修羅は顔を上げて深呼吸をし、小声で呟いた。 「はずかしかったんだ」 「「へ?」」 「だから、その…俺女の人に抱きつかれるとか、ちょっと照れちゃって…」 そういって人修羅は顔を覆った。いつものポーカーフェイスだが、視線はルイズたちからはずれている。 キュルケとルイズは、呆れてしまったのか口を半開きにしていたが、しばらくするとルイズは意外そうに、キュルケは可笑しそうな表情になっていった。 「人修羅、もしかして、恥ずかしくて…逃げたの?」 「だからそう言ったじゃないか」 ルイズの質問に、恥ずかしそうに答える人修羅を見て、キュルケはついに笑い出した。 「ぷっ…あははははっ、もう、ダーリンったらシャイなのねぇ、いやだもう、かわいいじゃない」 「かわいいとか言うなよ、ああもう。俺はどうせチェリーだよ。マジ焦った…」 頭を抱える人修羅を見て、キュルケが笑顔のまま顔を近づけて質問した。 「ねぇねぇ。ちょっと聞かせて。夜はルイズと一緒に寝てるの?」 「こっちじゃどうなのか知らないけど、俺は女の子と同じベッドで寝るような教育はされてないよ」 「あらあら、よかったじゃない。貧相なヴァリエールも女の子扱いしてくれてるわよ」 にやにやと笑うキュルケに、ルイズはいよいよ杖を取り出しそうになった。 こんな町中で魔法を爆発させるわけにはいかないので、杖に伸ばした手が、杖をつかむ手前で静止している。 「……あー、とにかく、いきなり店から出て行った事は謝るよ」 「分かったわよ。ツェルプストーが襲いかかってきたんだから、不問にしてあげるわ」 ルイズは無い胸を張って、偉そうな態度で人修羅を許した。 その様子がおかしくて、キュルケはまた笑い出した。 そんな三人の様子を見ていたタバサは、空き部屋を使うとか、使用人の部屋を使わせればいいのに…と考えていたが、あえて何も言わないことにしていた。 ■■■ 結局、寝具屋に戻った人修羅は、一通りの寝具を注文した。 首の後ろに生えている角に合わせて、穴の開いた枕を一つ。 それとベッドは大きすぎるので、貴族の軍人が野宿するときに使う、折りたたみ可能なクッションを買うことで落ち着いた。 これなら折りたたむか、丸めて立てかけるだけで片づけられる。 人修羅はいつかルイズに借りを返さなきゃなぁと思いつつ、照れ隠しに頭を掻いた。 寝具屋から出た人修羅は、ルイズに案内されながら大通りを歩いていた。 「水差しか、壜の形した看板があるけど」 「あれは酒場よ」 「バツ印は?」 「衛士の詰め所よ」 なるほど、と呟く人修羅にキュルケが話しかける。 「ねぇねぇダーリン、トリステインよりゲルマニアの方が活気があるわよ。もっと派手に看板を掲げているわ。見たら目移りするわよ、きっと」 「何よ、そういうのは慎みがないって言うのよ」 ルイズが不機嫌そうに呟く、人修羅はその間に挟まれて冷や汗をかいた。 ふと隣を歩くタバサに視線を移すと、一瞬だけ人修羅に視線を合わせてきた。 『助けて』 『無理』 二人のアイコンタクトは、この場に限り完璧に通じていた。 ■■■ 「ところでさ、武器とかって売ってるの?」 「武器?あるにはあるけど…人修羅にも武器なんて必要なの?」 ルイズが意外そうにしている、キュルケもルイズほどではないが、不思議そうな目で人修羅を見ていた。 「いや、オスマン先生がさ、ガン……武器を使った方がいいって言ってたし」 ガンダールヴ、と言いそうになって、人修羅がハッとする。 このルーンがガンダールヴかどうかは、まだ誰にも言ってはいけないと釘を刺されていたのだ、それはキュルケやタバサにしても同じであった。 「……そうね。武器で戦った方がかえって目立たない、って言ってたものね」 「そうそう、そういうこと」 ルイズは人修羅の言いたいことを察してくれたのか、適当に話を合わせてくれた。 コルベールは、ガンダールヴはあらゆる武器を使いこなしたと言われているのを知って、人修羅に武器を手にしてみるよう頼んでいた。 オールド・オスマンは、人修羅の強力すぎる力をそのまま発揮させるより、武器やマジックアイテムを使って多少ごまかした方がよいと考えていた。 そのためにも、武器を買ってくるようにと以前言われていたのだ。 一行が狭い路地裏に入っていくと、悪臭が鼻についた、ルイズなどは道ばたに捨てられたゴミや汚物を見て顔をしかめる。 「ここ、汚いからあまり来たくないんだけど」 いくつかの道が交差する場所で立ち止まると、ルイズは辺りをきょろきょろと見回し、剣が描かれた看板を見つけた。 「ピエモンの秘薬屋の近くだから、この店ね。さあ入るわよ」 一行は石段を上がり、羽扉を開けて中に入る、武器屋は魔法学院では見られなかった泥臭い雰囲気が漂っていた。 昼なのに薄暗く、ランプに明かりが灯されている。 壁や棚に所狭しと並べられた、剣や槍などの武器、そして甲冑などの防具類、どれも杖さえあれば事足りるメイジの世界とは違っていた。 「貴族の旦那、うちはまっとうな商売をしておりまさぁ。目をつけられるような事なんか、とてもとても」 店の奥から出てきた五十歳ほどの親父が、揉み手をしながらそう言ってきた。 パイプをくわえたまま器用に喋るその姿を見て、人修羅は『うわ本物のパイプだ』と思った。 「客よ」 ルイズが腕を組んで言うと、店主は驚いたように手を広げた。 「こりゃおったまげた。貴族が剣を! おったまげたー」 「どうして?」 「いえ、若奥さま。坊主は聖具をふる、兵隊は剣をふる、貴族は杖を振りなさる。そして陛下はバルコニーからお手をおふりになる、と相場は決まっておりますんで」 「使うのはわたしじゃないわよ。人修羅、良さそうなの、ある?」 「忘れておりました。昨今はヒトシュラも剣をふるようで……」 ヒトシュラって何?と頭にクエスチョンマークを浮かべた店主は、剣を見定めている男の姿に気がついた。 メイジの特徴であるマントを羽織った女性は三人、しかしこの顔に入れ墨を入れた男はどう見てもメイジではない。 「剣をお使いになるのは、この方で?」 人修羅を指さして店主が言うと、ルイズはこくりとうなずいた。 人修羅は店に並ぶ武器類を手にとっては、手になじむかどうかを確かめている。 「…?」 ナイフ、槍、弓などを次々に持ち替えていくと、人修羅は自分の体に伝わる違和感に気がついた。 武器を握った瞬間、体が軽くなる気がするのだ。 この感覚は、魔法で能力を強化した時に似ているが、まだ断言することはできない。 ナイフを買ってもらおうと思い、金属の質を確かめていると、店主が店の奥から長さ一メイルほどの、細身の剣を持ってきた。 見た目は華著で、柄は短く、手を覆うような形でハンドガードがついている。 それをルイズに見せると、主人は自慢げに呟いた。 「昨今は、土くれのフーケやらがずいぶんと城下を荒らし回っているようでございやす。そのせいか貴族の方々の間でも、下僕に剣を持たすのがはやっておりましてね。このレイピアはその際によくお選びになってらっしゃいます」 横から人修羅がのぞき込む、レイピアは煌びやかな模様で装飾されており、貴族に似合いの剣と言われれば納得してしまうような美しさだった。 「盗賊って?」 キュルケが質問すると、店主はへへぇと腰を低くして答えた。 「そうでさ。なんでも『土くれ』のブーケとかフーケとかいう、盗賊がおりまして、貴族のお宝を散埼盗みまくってるって噂でございやす。なんでもめっぽう腕の立つメイジの盗賊だそうで、貴族の方々はそれをおそれて下僕にまで剣を持たせる始末で」 ルイズは盗賊に興味はないので、ほとんど聞き流していた、差し出されたレイピアをじろじろと見ると、確かに綺麗だが頼りない、人修羅ならもっと巨大な剣でも使えるはずだ。 それこそ、体よりも大きいドラゴンを殺せる剣を軽々と振るだろう、と勝手に思いこんでいた。 「もっと大きくて太いのがいいわ」 「お言葉ですが、剣と人には相性ってもんがございます。男と女のように。見たところ、若奥さまの使い魔とやらには、この程度が無難なようで」 「大きくて太いのがいいと、言ったのよ」 ルイズが強く言い放つと、店主は頭を下げて店の奥に入っていった。 「…くくっ…」 「何よ、ツェルプストー」 「何でもないわよ…ぷぷっ」 キュルケは店主とルイズのやりとりを聞いて、何を連想したのか分からないが、とにかく可笑しかったらしい。 人修羅も気がついたのか、ルイズと目を合わさないよう顔をそらしていた。 「これなんか、いかがですかい?」 次に店主が持ってきたのは、先ほどよりさらに見事な装飾の施された、長さ1.5メイルはありそうな長い剣だった。 柄は両手で扱えるほど長く、ところどころに宝石がちりばめられている。 両刃の刀身は鏡のように美しく、力強さも備えていると思われた。 「店一番の業物でさぁ、貴族様のお供をさせるなら…」 店主は意気揚々と剣の説明をはじめる、人修羅はそれを聞きながら剣を手に取り、刀身を眺めて呟いた。 「だめだこれ」 「「「え?」」」 人修羅の言葉に、ルイズとキュルケ、そして店主が驚く。 「金属が不自然なぐらい柔らかい。変なムラがある…なんだろこれ、表面はメッキかな?」 「な、何を言われます、こりゃあ店一番の業物で、ゲルマニアのシュペー卿が鍛えたという代物でさぁ!魔法がかかっているから鉄だって一刀両断できますぜ!」 「魔法?…魔法ならさっき見た…えーと、その片刃の剣の方がよっぽど凄そうだけど」 「げっ」 人修羅が指さした剣を見て、店主が眉をひそめた。 その隙に人修羅は、じっと黙って武器類を見ていたタバサに目配せする。 『変な店主だな』 という意志を込めたはずだが、タバサはそれを別の意味で解釈した。 『この店主ナメやがってェ~ッ!絶対許せんよなぁ~ッ!』 こくりと、タバサは無言でうなずいた。 「試し切り」 「え?」 「試し切りすればいい」 タバサのつぶやきを聞いて、店主はますます顔を青くした。 ゲルマニアのシュペー卿が、魔法を付加した剣として仕入れたのは本当のことだ、しかしその魔法が触れ込みの通りに鉄でも切れるか自信はない。 「これ、幾らなの?」 すでに買う気になっていたルイズは、店主に値段を聞いた。 「へぇ…エキュー金貨で…その」 正直に設定値段を言っていいものかと困っていると、いつの間にかタバサが念力で剣の鞘を引き寄せていた。 キュルケが鞘をのぞき込むと、紐と紙がくくりつけられており、新金貨で3000と書かれていた。 「ふぅん、新金貨で3000ねぇ。エキュー金貨なら2000ね」 「立派な家と、森つきの庭が買えるじゃないの」 値段に驚いたのはルイズだった、いくら何でもそんな大金は持っていない。 店主はぎょっとして目を見開いた、わなわなと口を振るわせて、何とかごまかそうと言い訳を考える。 人修羅はその傍らで、やりとりを見ていた。 ちらりとタバサを見る、今度は『どーなってんの?』という意図を込めていた。 しかしタバサはそれを拡大解釈し『どーなってんだよこの親父、往生際が悪いなあ』と受け取った。 「……」 タバサがぶつぶつと何かを呟くと、店主の真横に、40サント四方の、綺麗な正四面体の氷が現れた。 「ひぃっ!?」 店主は突然の魔法に驚き、飛び上がる。 「鉄が切れるなら、氷ぐらい切れるはず」 タバサの無慈悲な言葉が、店主を絶体絶命のピンチに追い込んでいった。 「……」 タバサは人修羅に視線を移し、試し切りを促す。 「い、いや、試し切りなんて……別のものがあるじゃないか」 人修羅の呟きはつまり『別の剣を買えばいい』という事だった。 しかし店主は何を勘違いしたのか『別のもので試し切りすればいい』という意味で受け取ってしまった。 人修羅と、タバサの視線は、店主に集中している。 つまり、試し切りされるのは……… 「あわわわわ…す、すいやせーん!もうしわけございやせーん!こ、殺さないでくださいー!試し切りはやめてくださいー!」 店主はその場に土下座した。 ■■■ 「あっはっは!さっきの店主、傑作だったわねえ。タバサったらやるじゃない」 キュルケが笑ってタバサの肩をたたく。 結局あの後、土下座して平謝りする店主から、ナイフ数本と『デルフリンガー』というインテリジェンスソードを無料で貰ってしまったのだ。 普段よく喋るというデルフリンガーが、人修羅の前ではあまり喋らなかったので、店主は怯えながらも、不思議そうに人修羅を見ていた。 デルフリンガーは『買われるならしょうがねえ』と一言呟いたっきり、何も喋ろうとしない。 一行は魔法学院に帰るため、城下町門前の駅を目指して、大通りを歩いていた。 「………」 人修羅がタバサを見る、どうしてあんな事をしたんだろうかと、質問しようと思ったが、根掘り葉掘り聞くのも悪い気がした。 しかしタバサは、何か不手際でもあったのかと思いこんでいた。 「…次はもっとうまくやる」 「あはは…」 人修羅は気まずそうに笑った。 「ねえ、でもほんとにそんな剣でいいの?」 ルイズが人修羅の背中を見つつ聞く、すると人修羅は背負った剣をチョンチョンと指先で触れつつ、答える。 「ん?これがいいんだよ、たぶんあの店の中じゃ一番丈夫じゃないかな」 『…って言うかよぉ、おめえ、ホントに俺が必要なの?』 人修羅が背負っている剣が、自信なさげに呟いた。 「まぁまぁ、そう言うなよ。それに俺、まだこの世界のこととかよく知らないしさ。頼りにしてるよデルフリンガー」 そういって人修羅が笑う、表情はほとんど変わっていないが、雰囲気がそれを感じさせてくれた。 『俺っちは話し相手じゃなくて、剣なんだけどなあ。まあいいか』 デルフリンガーも、ため息をつくような雰囲気を感じさせるあたり、体は剣でも雄弁さを備えているらしい。 ■■■ 夜。 人修羅は買ったばかりの剣、デルフリンガーで素振りをしていた。 場所は魔法学院本塔の、正面入り口脇、ここにはちょっとした花壇があり、腰をかけられるように石作りのベンチが作られている。 その傍らではルイズが、明滅するルーンを不思議そうに見ている。 「よっ、はっ……えいっ!」 剣を振り下ろして、ふぅとため息をつくと、人修羅は左手の甲についたルーンを見つめた。 振ったこともない剣の使い道、使い方が、自然に頭の中に入ってくる。 ナイフも同じだった、使ったこともないナイフの動かし方や、握り方、何よりも効率のよい力の出し方が頭に思い浮かび、しかもそれを体が勝手に実行する。 「ルーンの効果なのは間違いないよな」 「使い魔として契約すると、使い魔は特殊な能力を持つことがあるって聞いたことはあるけど、武器の使い方を知ったり、体が軽くなるなんて聞いたことも無いわ」 人修羅の動きを見ていたルイズが呟く。 先ほど、人修羅が武器を持たずに垂直跳びした時は、3メイルの高さまで跳躍した。 しかし何か武器を握ると、高さは10メイルまで伸びるのだ、それが不思議で仕方がない。 「不思議だなあ……あ、これなら60階から飛び降りても平気かな…」 人修羅の脳裏に浮かぶのは、赤いコートを着たスタイリッシュな男の姿。 高いところから飛び降りると瀕死になる人修羅と違い、スタイリッシュな男は平然としていた。 「不公平だよなあ…なんか裏技使ってるに違いない、ダンテのやつ」 人修羅はここにいない友人のことを思い出し、悪態をついた。 「…?」 ふと、背後に視線を感じる。 今日一日ずっと後をつけていた気配と、同じものだろう。 人修羅はルイズの隣に座ると、デルフリンガーをベンチに立てかけた。 「ところでさ、ルイズさん、今日はお客さんが一人いたの気づいてた?」 「一人?ツェルプストーとタバサじゃないの?」 「デルフリンガーは?」 『ああ、一人100メイルぐらい距離をとって、ずっと移動してるやつがいたな』 「え…?」 ルイズは困惑したのか、デルフリンガーと人修羅を交互に見た。 「たぶん、俺を見張ってたんじゃないかなぁ。生徒の安全のために見晴らせて貰うとか、オスマン先生が言っていたし……厨房の勝手口に隠れてないで、出てきたらどうですかー」 人修羅が呼びかけて数秒後、観念したのか、一人の女性が勝手口から姿を現した。 「ミス・ロングビル!」 ルイズが驚き、立ち上がった。 勝手口から姿を現したのは、学院長の秘書、ミス・ロングビルだった。 グリーンの頭髪が鮮やかな女性で、魔法学院内の教師や男子生徒からの人気は決して低くない。 「参りましたね、ずっと気づかれていたんですか?」 「消えすぎてる気配がずっと尾行していたんで、気になってたんですよ」 「消えすぎてる、とは?」 ロングビルが聞き返すと、人修羅は後頭部をぽりぽりと掻いて言った。 「人混みの中に誰もいないような、気配の空白がありました。それがずっと僕たちの後を追ってたので…俺を監視してるんじゃないかなぁと思ったんです」 ロングビルがくすりと笑みを漏らす。 「気づかれていたのでは仕方ありませんね。悪く思わないでください」 「いえ、どうせオスマン先生の差し金でしょう。その心配は当然だと思いますよ」 はははと笑う人修羅の腕を、ルイズが小突いた。 「気づいてたなら教えてくれてもいいじゃない」 「伝えるべきか迷ったんだけどね…せっかくお出かけしたんだから、野暮なことは言いたくなかったんだ」 人修羅がはにかむ、ルイズは仕方ないわねと呟いて腕を組んだ。 「先生方はずいぶんとミスタ・人修羅を気にしていらっしゃいますわ。何でもドラゴンを召還したに匹敵するか、それ以上だとか」 ドラゴンに匹敵すると言われたが、ルイズはうれしそうな顔をするどころか、どこか沈むような面持ちで呟いた。 「オールド・オスマンも同じ事を仰っていましたけど、それならどうして……タバサみたいに……」 ルイズは『なぜ祝福してくれないのか』、と言いたかったが、それを言うと自分が惨めになりそうなので、途中で言葉を切った。 ロングビルはそれを見て、こほん、と咳払いを市、ルイズに視線を合わせた。 「ミス・ヴァリエール。ミスタは遠国から召還されたというのですから、しばらくはいろいろな疑いの目で見られるのも仕方ありませんわ。言い換えればそれだけ強力な使い魔を呼び出したのですから、自信を持ってください」 うつむいたままのルイズに、人修羅が手を乗せた。 ルイズは突然頭をなでられて驚いたが、不思議と悪い気はしなかった。 「ミスタ、はいりませんよ。みんなと同じ呼び捨てにしてください。あんまり畏まられると…なんかむず痒いんですよ、慣れてなくて」 「本当に不思議ですね、とても凄い実力を持っていると言われているのに、気さくで。……それでは人修羅さん。一つ、お願いがあるのですが」 「はい?」 お願い、と聞いて人修羅がきょとんとする、ルイズも多少驚いてロングビルを見た。 「ディティクト・マジックを使ってみてもよろしいですか? 教師の皆さんがドラゴン以上だとか噂しているのですが、私、そういった力を見るのは初めてなんです。一度どんなものか確かめてみたくて…」 人修羅がルイズの顔を見る。 「でぃてぃくとまじっく、って何だっけ?」 「深知の魔法よ、簡単に言えば、あなたがどれだけの実力を持っているのか、それを計るの」 「なるほど。別にいいですよ、見られる感覚は何度かありましたし…たぶんもう何回かやられてるでしょう」 「そうですか、では…」 ロングビルは杖を向けて、ディティクトマジックの呪文を唱えた、その効果で周囲には光る粉が舞う。 ルイズは、少しだけ悔しそうにしていた、自分もディティクトマジックが使えたら、人修羅の凄さがすぐに分かったかもしれないのだ。 ふとルイズがロングビルの表情を伺う、ロングビルの顔は青ざめていた。 ロングビルの目に映ったのは、たくさんの瞳。 凶暴性を宿した赤い瞳、すべてを凍らせるような青い瞳、神々しく畏怖を感じさせる金色の瞳、すべてを殺し尽くすような黒い輝き。 見たこともない化け物が、それぞれが絶対的な力を秘めた化け物たちが、人修羅を中心にして渦巻いている。 そして彼らは、一斉に振り向き、ロングビルに注視した。 「あ、あ……」 ロングビルはがたがたと震えた、そして、糸が切れた人形のように、その場に崩れ落ちた。 「ミス・ロングビル!」 「ロングビルさん!?」 意識を失う前にロングビルが見たものは、心配そうな表情でこちらに駆け寄ってくる、人修羅とルイズの姿だった。 前ページ次ページアクマがこんにちわ
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前ページ次ページアクマがこんにちわ ラ・ヴァリエール家の屋敷、裏庭。 練兵場として使われている一角に、すり鉢状の穴があった。 その縁にはラ・ヴァリエール公爵夫人、カリーヌ・デジレが立ちつくしている。 彼女の着る、過度な装飾を廃した浅紫色のドレスは、貴族婦人と言うより、家庭教師を思わせる凛とした雰囲気を漂わせている。 「ここに居たのか」 公爵が、カリーヌの後ろから声をかけた。 カリーヌは返事をせず、じっと地面を見つめている。 「凄まじいものだな」 公爵が隣に並び、呟く。 数分の沈黙の後、カリーヌが口を開いた。 「……最初、ルイズが連れてきた使い魔を見たとき、ルイズが騙されているのではないかと思ってしまいました」 「わしもだ。…それどころか、今でも彼がルイズの使い魔なのか、疑問に思っている」 公爵はどこか寂しそうに呟く、それはまるで、娘が戦地に向かっていると知りつつ、止めることのできない悔しさが滲み出ているようだった。 「あの少年は、どんな思惑でルイズと接しているのでしょうね」 「彼の言葉を信じるなら、自身のためなのだろう。彼は家族も友人も失って、ルイズに召喚されたようだ」 「戦いの虚しさを知っているのなら、ルイズを力に溺れさせることはないかもしれません。ですが私には、彼の力に群がる者達が現れる気がしてなりません、ルイズがそれに耐えられるでしょうか…」 「カリーヌ…それは、私も同じだ」 二人は、強大な力に不釣り合いなほど、純朴な性格の少年…人修羅の姿を思い浮かべた。 ディティクト・マジックで計りきれぬ強大な魔力、系統魔法とは違う、先住魔法らしき魔法。 そして別の文化圏という、ハルケギニアを冷静に判断する視点の持ちよう。 彼が戦争を望むのなら、ハルケギニアを戦乱の渦に陥れ、世界を破滅させることも可能かもしれない。 彼が戦争を望まなくとも、その力を欲する様々な者達が、彼とルイズを混乱へと導くかもしれない……。 「メイジとして一人前になれなくとも、せめて貴族として社交を身につけて欲しいと、そう思って魔法学院に行かせた。だが、ルイズは、とんでもないモノを召喚してしまった」 そう呟いた公爵を、カリーヌが諫めた。 「女々しいですよ、あなた。ルイズは私たちが思っているよりもずっと困難な道を歩むのかもしれませんが…これも始祖のお導きかもしれないのですから」 「うむ…そうだな、そうだな。カトレアを診てくれたミスタ・人修羅に対しても、些か失礼な物言いになってしまった」 そう言って公爵は空を見上げた。 あまりにも強大過ぎる力の出現は、ハルケギニアにどんな影響をもたらすのか…… 二人は、その力がルイズと人修羅自身を傷つけることにならぬよう、祈る以外に無かった。 ◆◆◆◆◆◆ 朝早くラ・ヴァリエールの屋敷を出たルイズと人修羅は、ゴーレムの御者が手綱を握るブルーム・スタイルの馬車に乗ってトリステイン魔法学院を目指していた。 ルイズは揺れる馬車の座席に座り、人修羅に寄りかかって夢を見ている、人修羅は実家に帰っても気の休まる暇がないルイズを案じて、魔法学院に到着するまで余計な声はかけないように勤めていた。 ごとん、という地面からの衝撃で、ルイズの体が前へと傾きそうになると、人修羅はそっとルイズの肩を押さえて体を支える。 ラ・ヴァリエールの領地にある屋敷と、魔法学院の間はそれなりの距離がある。 平均的な馬で三日ほどの距離があるのだが、帰りは馬でなく竜を使って馬車を引かせているため、移動時間を大幅に短縮できるとのことだった。 その見返りとして、ちょっとした地面の凹凸が大きく響くいてしまう、人修羅は、ふと中世の戦車はこのような物だったのか?と考えた。 古い時代の武将や、レギオンを召喚できたら聞いてみよう…そう考えて、またルイズに目を向けた。 安心して眠るルイズの姿は、妹が居たらこんな感じだったのか、と想像させるに十分な可愛らしさがあった。 ◆◆◆◆◆◆ ルイズは夢を見ていた、舞台はラ・ヴァリエールの領地にある屋敷、つい先ほどまで一時帰省していたはずなのだが、どこか雰囲気が違っていた。 夢の中のルイズは、屋敷の中庭を逃げ回っていた。 背丈と同じぐらいの高さだった植え込みが、まるで迷宮のようで、ルイズは誰かから逃げるようにその陰に隠れていた。 二つの月のうち、片方が隠れてしまう夕方のひととき、一つの太陽と一つの月が交差する時間。 「ルイズ!どこに行ったの? まだお説教は終わっていないのですよ!」 その声でルイズは、これが夢なのだと悟った。 聞こえてきた声は母。 ルイズはデキのいい姉たちと魔法の成績を比べられ、物覚えが悪いと叱られていた。 実際は母に叱られたことなど殆ど無い、だが、母の恐ろしさといったら家庭教師のそれとは比べものにもならない。 だから夢の中にも登場し、ルイズを叱りつけては、魔法のできが悪いと怒るのだろうか。 (これは、子供の頃の夢…) そう思いながらも、夢から抜け出すことは出来ない。 だんだんと辺りが暗くなる頃、植え込みの下から、誰かの靴が見えた。 「ルイズお嬢様は難儀だねえ」 「まったくだ。上の二人のお嬢様はあんなに魔法がおできになるっていうのに……」 召使い達が自分のうわさ話をしている、それがとても悔しくて悲しくて、ルイズは両手を強く握りしめ、歯がみした。 召使い達が植え込みの中をがさごそと捜し始めたので、ルイズは植え込みの隙間を器用にくぐり抜け、中庭へと逃げ出した。 中庭にはあまり人が寄りつかない、が、その場所こそがルイズにとって最も落ち着ける場所だった。 池を中心に様々な花が咲き乱れ、小鳥が集う。石のアーチをくぐり抜けベンチの脇を通り過ぎ、池遊び用の小舟に乗り込むと、小さなオールを使って池の中心へと向かう。 池の真ん中には小さな島があり、そこには白い石で作られた東屋が建っている、ルイズはこの場所を『秘密の場所』と呼んでいた。 成長し、大人になった姉二人も、軍務を退いた両親も、昔はこの小さな池で船遊びをしていた。 だが今は忘れさられたのか、そこに浮かぶ小船を気に留めるものは、この屋敷にルイズ以外居ない。 ルイズは叱りを受けると、決まってこの中庭の池に浮かぶ小船の中に逃げ込み、一人でぼっちでただ時間が過ぎるのを待っていた。 幼いルイズは小船の中に忍び込むと、以前から用意してあった毛布に潜り込む。 毛布にくるまって顔だけを出していると、不意に誰かの姿が思い浮かんだ。 全身に入れ墨を入れた青年、人修羅の姿が、脳裏に浮かんだのだ。 すると不思議なことに、体に優しい暖かさが感じられた、人修羅が自分の肩を抱いてくれてくれている……そう思うと、ルイズの寂しさはいつの間にか暖かさに変わっていった。 「……?」 人修羅とは違う誰かの気配に、ふと顔を上げる。 いつの間にか小島には霧がかかっており、その向こうから誰かが近づいてくる。 その姿はマントを羽織った立派な貴族のようで、年のころは十六歳ぐらいに見える、人修羅と同じぐらいの男性だ。 「泣いているのかい? ルイズ」 その人物はつばの広い、羽根つきの帽子を被っていたので、顔を見ることができなかった。 だが、ルイズはその声を良く知っていた、彼が誰なのかすぐにわかったのだ。 夢の中で、ルイズは胸が熱くなるのを感じた。 すぐ隣の領地を相続した、憧れの子爵であり、晩餐会をよく共にし、自分を気にかけてくれる人である。 ルイズは、子爵と、父の間で交わされた約束を思い出した。 「子爵さま、いらしてたのですか?」 幼いルイズは慌てて毛布で顔を隠す、憧れの人にみっともないところを見られてしまった、その恥ずかしさでルイズの顔はますます赤くなった。 「今日はきみのお父上に呼ばれたのさ。あのお話のことでね」 「まあ!」 ルイズはさらに頬を染めて、俯いた。 「いけない人ですわ。子爵さまは……」 「ルイズ。ぼくの小さなルイズ。きみはぼくのことが嫌いかい?」 ほんの少しおどけた様子で子爵が言う、すると夢の中のルイズは、小さく左右に首を振った。 「いえ、そんなことはありませんわ。でも。わたし、まだ小さいし、よくわかりませんわ」 そう言って、ルイズははにかんだ。 子爵もにっこりと笑い、ルイズにそっと手をさしのべてくる。 「子爵さま」 「ミ・レィディ。手を貸してあげよう。もうじき晩餐会が始まるよ。さあ、掴まって」 ルイズは差し出された手に、自分の手を重ねようとしたが、母親に怒られていたことを思い出し手を引っ込めてしまった。 「でも、わたし」 「また怒られたんだね? 大丈夫だ、ぼくからお父上にとりなしてあげよう」 小さな島の岸辺、から小船に乗るルイズに手が差し伸べられる。 その手は大きな手で、憧れの手だった。 ルイズは立ち上がると、そっと…子爵の手を握った。 その時、風が吹いて子爵の帽子が飛んだ。 飛んでいった帽子を見ていると、その先に、人修羅の姿が見えた。 「ひとしゅら!」 霧のかかった池は、いつの間にか巨大な湖と化していた。 その向こうで人修羅が立っている。 まるで…ルイズを祝福するように笑顔を向けていた。 それがたまらなく寂しくて、ルイズは子爵の手を離し、人修羅へと向き直った。 「人修羅! ……ついてきて、くれないの」 ◆◆◆◆◆◆ 夕方。 魔法学院に到着したルイズと人修羅は、学院長に一時帰省の内容を報告した。 カトレアの治癒についていくつか報告した後、アンリエッタ姫殿下からの手紙を預かっているとのことで、ルイズだけが学院長室に残された。 人修羅が学院長室から出て、本塔の階段を下りていくと、途中でコルベールとロングビルの二人を見かけた。 「おやミスタ人修羅、いつの間に戻られたのですか」とコルベール。 「つい先ほどですよ」人修羅は笑顔で返す。 「ラ・ヴァリエール公爵にもお会いできましたかな?」 コルベールがそう聞くと、人修羅は顔を引きつらせた。 「むっちゃくちゃ緊張しました」 「ははは、まあ仕方ないでしょう」 と、そこで人修羅はあることを思いついた。 「あ、そうだ。ちょっと相談があるんですが」 「何でしょう?」 「実はまたルイズさんと外出することになりそうなんです。それで護衛に必要な道具が欲しくて」 「ほう。道具ですか…」 コルベールがううむと唸る。 「…道具を必要とするんですか?貴方が?」 ロングビルが不思議そうな顔で聞いてくる、すると、人修羅は苦笑いして答えた。 「手加減のために必要なんですよ」 「そ、そうですか…」 気のせいかロングビルの笑顔は、引きつっていた。 ◆◆◆◆◆◆ しばらく後。 部屋に戻ったルイズは、人修羅の姿がないことに気が付き、ふん、と鼻を鳴らした。 「まったく、何処に行ったのかしら、人修羅ったら」 ぐるりと部屋を見渡すと、壁に立てかけているはずのデルフリンガーが無い。 また外で訓練をしているのだろうか?ルイズはそんなことを考えながら、窓から外を見た。 辺りを見回すと、魔法学院の塀の上に座っている影が見えた、よく見ると背中に剣らしきモノを背負っている…人修羅だ。 その隣には小柄な誰かが座っている、おそらくタバサだろう。 ルイズは驚いて口を開けたまま、並んで座る二人を凝視した。 「……っ!」 カーッと頭に血が上る、ご主人様を放っておいて何をやってるの!と叫びそうになるが、かろうじてそれを押しとどめ、ばたーんと勢いよく扉を開けて外へと駆けだしていった。 「ちょっとー!人修羅ー!」 「あ、ルイズさーん」 外壁の下からかけられた声に、人修羅はのんきな調子で答えた。 「ご主人様を放っておいて何やってるのよー!」 「ああ、ごめん。すぐ降りるよ」 そう言うと、人修羅は手の力だけで跳躍し、ルイズの隣へと着地した。 「ごめんごめん、ちょっと相談を受けててさ」 「相談ですって?……タバサが、貴方に?」 タバサという少女は、寡黙でしかも人付き合いが少ない。 自分から何かを相談するとは思えなかったが、人修羅が嘘を言っているようにも思えなかった。 人修羅は上を見上げると、塀の上からこちらを見下ろしているタバサに声をかける。 「タバサさん。さっき言った通り、ルイズさんにも説明してくれないかなあ」 「……わかった」 タバサは少し大げさに頷くと、レビテーションを使ってふわりと地面に降り立っち、服に付いた埃を払って、ルイズの瞳を見つめた。 「な、何よ」 「人修羅が。貴方の姉を治癒して、一定の効果があったと聞いた……どうか、お願い。私にも治癒の力を貸して欲しい。母を、治したい」 「え?」 ルイズは、タバサの口から紡がれた言葉があまりにも意外だったので、言葉を失った。 そして、もしかしたら彼女の無口の理由はそこにあるのではないか…と勝手な想像を働かせてしまい、目をぱちくりとさせた。 「ルイズさん、ちょっと話はややこしいんだが…タバサさんの身内は、どうも普通の病気じゃないらしいんだ。 今までにも治癒のメイジに頼んだり、治癒の文献を読みあさって調べたらしいけど、全く原因もわからないらしい」 人修羅が説明をくわえる、と、ルイズは納得いったかのように頷いた。 「…そう、そうだったの。解ったわ、家族が病気なのは辛いわよね。でもしばらく待って貰えないかしら、私、明日からまたしばらく魔法学院を離れることになりそうなの。 帰ってきたら具体的な話を聞かせて、それで協力するかどうか決めるから」 「わかった」 タバサは小さく頷いて、そのまま魔法学院の寮塔へと戻っていった。 人修羅はタバサを見送った後、ルイズに促されて近くのベンチに座る。 「はあ…、そっか。タバサもそうだったんだ」 ルイズがため息を漏らす。 人修羅は少し間をおいてから、ルイズに声をかけた。 「ルイズさん、当分魔法学院を離れるって事は、王女様に会いに行くのと関係してるの?」 「え? そうなんだけど、ちょっと大変なことになりそうなの。オールド・オスマンが仰るには、明日にでもお忍びで姫殿下が来訪されるとか…」 どこか納得のいかなそうな顔で、ルイズはため息をついた。 「お姫様が来訪?ってことは、この魔法学院に?」 「そうよ…どうしても私と話したかったみたいなの……。なんか、私、複雑だわ」 幼なじみが政略結婚する…そんな経験は、人修羅にあるはずが無かった、かける言葉が見つからず、俯いたルイズを見守ることしかできない。 「あのね…姫様と会って、どんな話をすればいいのか解らないのもそうだけど… 私、立派なメイジになって姫様を助けたいって思ってたの。 お母様みたいに立派なメイジになれれば、何でもできるって思ってたのに、私はまだ何もできないのよ」 「だけどルイズさんは、俺を召喚したじゃないか」 「そうだけど、そうだけど……そうじゃないのよ。誰よりも強くて何よりも凄い使い魔を欲しがったのは私だけど。 だけど、オールド・オスマンも、お父様もお母様もお姉様も、人修羅を怖がるじゃないの。誰も、褒めてくれないわ…」 ずしりと、肩が重くなる気がした。 もし、ルイズが『もっと凄い使い魔が欲しかった』と駄々をこねたなら、人修羅は苦笑だけで済ませただろう。 もし、ルイズが『人修羅は最高の使い魔だからどんな敵も倒せる』と言ったなら、人修羅は怒っただろう。 もし、ルイズが『人修羅なんかいらない』と言ったなら、仕方ないと言ってそのまま旅に出ただろう。 しかしルイズは、ただひたすらに自分の不甲斐なさを責めていた。 「さっき、タバサがレビテーションを使って、外壁の上から降りてきたわ、私はまだレビテーションだって、アンロックだって確実にできないのに。なんだろう、私、悔しい……」 人修羅の出現で、皆の注目がルイズから人修羅へと移ってしまった。 その事で人修羅を責めるのは筋違いだと理解しているから、ルイズは自分を責めることを選んだ。 「ルイズさん」 そう言って、人修羅はルイズの肩を掴み、振り向かせた。 「悔しがらない人間はいない。悩まない人間は居ない。いや……何の悩みもなしに行動する人間より、悩んで、悩んで、それを乗り越えた人こそ、本当に尊敬されるべきだと思う」 ルイズはきょとん、とした顔で人修羅の言葉に耳を傾けている。 「ルイズさん、俺の力をどう使うか、ルイズさんの肩にかかってるんだ。俺は無闇に人を殺すつもりもないし争うつもりもない。 もしルイズさんが残酷な人だったら、俺はルイズさんの元に居ないよ、そうやって悩むことができるから、俺はルイズさんの元にいられるんだ」 「悩む…」 「そうだ。ルイズさんが悩んでいるのは、俺という存在がルイズさんの肩にかかっているからだろ、それは俺の行動の責任を取ろうとしてくれるからだろう。俺がもし他人の使い魔ならルイズさんはそんなに悩まないはずだ」 「うん…そう、そうよ、でも人修羅が嫌いって訳じゃないわ、今までと私の扱いが違って…だから……人修羅にふさわしい主人になりたいのよ」 「それこそ貴族じゃないか。ノーブレス・オブ…何だっけ。ええと、とにかくルイズさんは、貴族って立場の責任を取ろうとしているんだろ。その悩みこそ貴族の悩みじゃないか、立場と責任ある人の悩みじゃないか。 『ふさわしい』とか『ふさわしくない』じゃないんだ。ルイズさんが俺をどうしたいのか、自分がどうなりたいのかを決めるんだ。今はそれを決めるために悩んでいるんだろう?それこそ……貴族じゃないのかなあ」 ルイズは、頭の中でぐちゃぐちゃになっていたものが、少しずつ解けていく気がした。 ラ・ヴァリエール家の人間として教育を受け、領地を持つ貴族がどんな仕事をするのか理解しているつもりだったが、実は何も解っていなかったのだと、気づいてしまった。 大貴族は『領地』の管理を地方太守に任せているが、それはあくまでも現状維持を任せているだけである。 領地を発展させるには、領主がしっかりと方針を定めなくてはならない、例え部下が失敗したとしても、部下に仕事を任せた責任が付きまとう。 人修羅は、自分にとって唯一の『領地』であり『領民』なのかもしれない。 人修羅だけでもこんなに悩むのに、魔法学院を預かるオールド・オスマンは、領地を預かる父母は、王女たるアンリエッタ姫殿下はどれほどの苦悩の中にいるのだろうか。 ルイズはそこまで考えると、両肩に置かれていた人修羅の手をどかし、目に力を込めて人修羅を見返した。 「人修羅、ごめんなさい。私、泣き言を言っちゃったわ。 私が領主で、人修羅が領民なら、私の言葉は領民を不安にさせる失言だったわよね。 私より悩んでいる人なんていっぱい居るのに、それに今更人修羅の主人として相応しいか悩むなんて…駄目ね」 そう言ってルイズは笑顔を見せる、つられて人修羅の表情も軟らかくなり、二人で微笑みあった。 「しっかりしてくれよ」 「解っているわよ。…とりあえず、そろそろ部屋に戻りましょう」 ルイズが立ち上がる、が、人修羅はベンチに座ったまま近くの花壇に視線を向けた。 「悪いけど先に戻っていてくれないか?」 「…いいけど、早く戻ってきなさいよね」 そう言って、ルイズは早足で寮塔へと戻っていった。 ルイズを見送った後、人修羅は唐突に身をかがめ、まるでカエルのようにびょーんと跳躍し、10メイルほど離れた花壇の裏側へと着地する。 「のぞき見かっ?」 「うわああっ!?」 花壇の裏側にいたのは、マリコルヌだった。 人修羅が真後ろに着地したので、マリコルは驚き、丸っこい体で地面を転がる。 「デバガメか!覗きか!つーか何してるんだよ」 「わ、わ、いや、別に。ちょっとスカートがめくれ上がってベンチの後ろからパンティが見えていたとかそんなことは絶対にないよ!」 人修羅はコケた。 「マリコルヌ…その情熱は凄いと思うけど、みっともないとは思わないのかよ」 人修羅が呆れたように呟くと、マリコルヌは立ち上ってふんぞり返り、偉そうに口を開いた。 「何言ってるのさ、最近のヴァリエールは、いや、君が召喚されてからのヴァリエールはツンとしたところが半減してどこか物憂げな感じで、これはこれで良いんだ。 そんなパンツを覗かずにいられると思うかい?偶然見てしまうよ!これは事故だよ」 「どこが事故だよ…」 人修羅は頭を抱えたが、ふと何かを思いついて、マリコルヌに小声で話しかけた。 「ところでさ、話は聞こえていた?」 「ま、まあ不本意ながら」 申し訳なさそうにするマリコルヌを見て、人修羅は苦笑いした。 「一応秘密らしいから、黙っててくれないか」 「もちろんだ。女の子のスリーサイズと同じぐらい大事な秘密だからね。決して口外しないよ」 「やっぱり、バカだろうお前」 前ページ次ページアクマがこんにちわ
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前ページ次ページアクマがこんにちわ 「ひっ…」 目を覚ましての第一声は、悲鳴のような声だった。 「おお、気がついたかね、ミス・ロングビル」 「え?あの…えっ…と?」 ロングビルの目に映るのは天井と、自分を見下ろすオールド・オスマンの姿。 体を起こしてあたりを見渡してみると、ここは学院長室、自分はいつのまにかソファに寝かされていたようだ。 よく見るとオールド・オスマンの後ろには、水系統を担当している教師の姿もあった。 60代後半と思わしきその教師は、つるつるの頭をてからせつつロングビルに近づき、こほんと咳払いをした。 「ミス・ロングビル。気を失っただけで体に別状はないと思いますが…どこか変わったことはありませんか?」 「は、はい。特にありませんわ」 「そうですか…では、オールド・オスマン。私はこれで」 「うむ、ご苦労じゃった」 水系統の教師は、オスマンに一礼すると学院長室を出て行った。 ロングビルがそれを見送った後、窓の外を見る、すると月がかなり高い位置に見えた、おそらくもう日付の変わる時間だろう。 「さて、ミス・ロングビル。人修羅君にディティクト・マジックを使ったそうじゃな」 「え、ええ…」 「……どこまで見えたかね? 思い出したくなければ無理に言わなくてもかまわんが」 ロングビルはあごに手を当てて、思い出すような仕草をすると、小声で呟いた。 「沢山の瞳が、何かが私を見ていましたわ。それぐらいしか分かりません」 「ほう」 オールド・オスマンは驚いたのか、口を開けて少しのけぞった。 「君は自分をラインだと言っておったが、トライアングル並には能力がありそうじゃな」 どきっ、とロングビルの心臓が鳴った。 「まあトライアングルのメイジでも、まぐれでトライアングルスペルが使えたような者もおる。鍛錬を重ねるに超したことは無いのぉ」 「はあ」 オールド・オスマンはほっほっほと笑うと、うむっ、と呟いて背筋をただした。 「ミス・ロングビル。人修羅君から見えたものを、誰にも話してはならんぞ」 「はい。……仮に話したとしても、あんな、いえ、あの…何と言うべきでしょうか、あれほど圧倒的な力を説明しても、一笑に付されるのが落ちでしょうね」 自然と、ロングビルの額には冷や汗が浮かんでいた。 「そうじゃろうなあ。まあ良いわ、ここまで運んでくれたのは人修羅君とミス・ヴァリエールじゃ。後で一言礼を言っておくがよかろ。今日はもう時間も遅いからの…早く休みなさい」 「はい。お言葉に甘えさせていただきます」 ロングビルはソファから降りると、恭しくオールド・オスマンに礼をしつつ、足下のネズミをつま先でぐりぐりと押さえつけた。 「おおぅ…も、もうちょっと優しくしてやってくれ」 「…ったく油断も隙もない」 数時間前、気絶したロングビルを、オールド・オスマンのところに運んだ人修羅は、すでに眠っているルイズを部屋に残し、デルフリンガーと共に魔法学院の外に居た。 人修羅は眠る必要がない、確かに睡眠をとることで精神を休めたり、傷ついた肉体を急激に回復させることができるが、彼はあくまで人間として眠るという習慣を守り、この世界の日常に体を合わせようとしていた。 そんな人修羅でも、今日は試したいことがあるので、夜更かしをする。 「なあ、デルフリンガー。おまえ俺のことどれぐらい分かる?」 林の中で、右手に持ったデルフリンガーに話しかける。 『結晶だな、圧縮され尽くした結晶って言やぁいいのかなあ、濃いとかそんなレベルじゃねえんだ』 「そうか……何か別の存在が、俺の中にいるとか、俺の周囲にいるとか、そんなのは感じないか?」 『うーん。悪ぃけどそこまでは分からねぇなあ』 人修羅は少し残念そうな顔をしたが、すぐに気を取り直した。 「…まあ仕方ないな。なあデルフリンガー。この世界じゃサモン・サーヴァントって魔法で使い魔を呼び出すんだよな。しかも一人一体が原則で」 『サモン・サーヴァントって魔法で呼び出されたなら、そうなる』 「俺さ、この世界にくる前は、いろんな仲魔を沢山呼び出すことができたんだ。けどこの世界じゃ、それができない」 『へえ、おでれーたな。そんな世界があるのか』 「信じるのか?」 『まあな、”使い手”の考えてることなら少しは分かる』 「使い手か…それって、剣の使い手、デルフリンガーのって意味なのかな」 『それだけじゃねえよ、俺はガンダールヴの左手さ。使い手は本当に”使い手”なんだ』 そういえば、と呟いて、武器屋で弓矢を手に取ったときのことを思い出した。 あの時確かに何か別の力が感じられた。 「…じゃあ、弓矢を持ったときに体が軽くなる気がしたのも、使い手というか、ガンダールヴの力なのかな」 オスマン先生とコルベール先生によれば、ガンダールヴはあらゆる武器をを使いこなしたと言われている。 人修羅は五体と技を武器にして戦ってきた、元々武器を扱うのは苦手だったし、武器などいくら持っていても人修羅の力に負けてすぐに粉々になってしまう。 石に魔法を封じ込めた、マジックアイテムのようなものはあったが、デルフリンガーのような武器を使ったことは無かった。 「…俺は武器なんて詳しくない。ってことは、このルーンが俺に武器の使い方を教えてくれるんだろうと思う。ならルイズさんは虚無の系統じゃないのか?」 『わかんね。なにせ俺が活躍してたのって六千年前だからなぁ』 「ルイズさんが魔法を使えるように協力したいんだ、どうにか思い出せない?何か手がかりとか、六千年も生きてたら一つや二つあるだろ?」 『六千年も生きてたら三つや六つ忘れちまうなあ』 「そういわれるとぐうの音も出ない」 ふぅとため息をついて、人修羅は適当な樹木に寄りかかった。 木々の隙間から空を見上げると、二つの月が寄り添うように浮かんでいる、光はとても柔らかく、ボルテクス界を照らしていたカグヅチの禍々しい光とは比べものにならないほどココロが落ち着く。 人修羅はデルフリンガーを立てかけると、適当な空間に向かって手をかざした。 「…………」 意識を集中し、なにやらぶつぶつと呪文のようなものを唱え、力を込める。 すると手をかざした空間に、血のように赤い炎のようなものがゆっくりと集まり…そして霧散した。 「だめか」 『何だい今のは』 「仲魔を呼ぼうと思ったんだ。けどだめだった」 『サモン・サーヴァントとは違うんだな』 「自分が召還された瞬間のことはよく分からない。けれど、たぶん違うと思う」 もう一度空を見上げる、相変わらず月は寄り添っているが、どこかそれは寂しげなものに見えた。 「ピクシー…」 そう呟いて、人修羅は拳を握りしめた。 翌日、人修羅はルイズが授業を受けている間、学院長室に呼び出されたが、学院長室に入ったとたん、ミス・ロングビルに謝られてしまった。 「私からお願いしたのに、気を失ってしまって……」 「ちょっ、そんな、謝るのはこっちの方ですよ、威圧感を出したつもりはないんですけど」 「ほっほっほ、仲が良いのう」 オールド・オスマンは、人修羅とロングビルがお互いに頭を下げているのを見て、楽しそうに笑った。 「ところで人修羅君、昨晩、どこへ行っていたのか教えてくれんかね」 オスマンが唐突に切り出す、昨晩といえば人修羅は、近くの林の中で、仲魔を呼ぼうとしていた。 なぜオスマンがそれを知りたがるのか分からないが、嘘をついて誤魔化すのも無意味だと思い、正直に話すことにした。 「…近くの林に行ってました。ちょっと試したいことがありまして」 「ほう?」 オスマンが興味深そうに身を前に乗り出す、机の上に肘をつくと、俗に言うゲンドウポーズで人修羅を見た。 「この世界でも、仲魔が呼べるのか疑問だったんですよ。それで夕べは人目につかないところで、仲魔を呼ぼうとしていたんです」 「ふむ、では改めて聞くが…仲間を呼ぶとは、サモン・サーヴァントとは違うと言っていたが、それを確かめる理由があったのかね?」 「一応は、あります」 人修羅はサモン・サーヴァントで召喚される使い魔と、仲魔の違いについて説明し、意見を交換しあった。 サモン・サーヴァントは、ハルケギニアに生きる生物の前にゲートを作り出し、それを誘う。 呼び出された生き物が使い魔にならず、反旗を翻すと言うことはまずありえない、しかし主の不始末で、使い魔を暴れさせてしまうことはある。 よりによって蛇嫌いのメイジが、サモン・サーヴァントで蛇を呼び出してしまったことがあるらしい、しかしそのメイジは蛇種の研究で並ぶ者のないメイジとなり、凶暴な野生の獣を飼い慣らす術をいくつも考案したらしい。 結果として、使い魔とメイジの出会いは「失敗」があり得ない。 しかし仲魔を呼び出すには対価が必要だ、その仲魔が自分に協力的であること、そして体を構成するマガツヒが必要なだけ存在すること、またそれ以外に対価を支払うことが必要になる。 「この世界の使い魔は、メイジに服従するのが常みたいですが、仲魔はそうでもありません。たとえば召喚者より強い存在を呼び出して、戦って貰うこともできます。その代わり機嫌を損ねると…」 「なるほどのう、『使い魔』と『仲魔』は、似て非なる協力関係にあるのか、しかしマガツヒという考え方はなかなか不思議じゃ…精霊か、それより純粋な生命、魂と呼ぶべきかの」 「そんな感じだと思います」 オスマンがふむ、と呟き、背もたれに体を預けた。 「すまんの。実はな……昨晩モット伯という貴族の別邸に盗賊が押し入ったのじゃ。昨晩は監視を頼んだミス・ロングビルが気絶しておったので、君がどこに行ったのかを確かめねばならんでな」 「盗賊ですか?」 「うむ。土系統の優れたメイジらしい、君を疑うわけではないが、一応昨晩何をしていたのか聞いておかねばならんと思ってな」 「そうですか……」 人修羅がぽりぽりと頭をかく、正直、疑われるというのはあまり良い気持ちがしない。 しかし、これも自分の宿命かなと思い、苦笑いを浮かべた。 「手口から、最近噂される”土くれのフーケ”の仕業らしい。まあ魔法学院にそやつが来ることは無いと思うが……」 ここで言葉を句切ると、オールド・オスマンはちらりとロングビルの方を向いた。 「ミス・ロングビル。授業は無いはずじゃから、コルベール君を呼んでくれたまえ」 「はい」 ロングビルは短く返事をすると、そそくさと学院長室を出て行く。 ぱたん、と扉が閉じられると、オールド・オスマンは水パイプを取り出して机の上に置いた。 「すまんのー、彼女は真面目でのぅ、水パイプを見ると怒るんじゃよ」 「心配してくれてるんじゃないですか」 人修羅がはにかみながら言うと、オスマンはふぉふぉと笑い出した。 「心配されるとな、かえって吸いたくなるのが人情じゃ。さて、それではな、この間君が言っていたことじゃが…」 杖を軽く振ると、オールド・オスマンの机ではなく、部屋の中央に置かれた応接用の机に直径2.5サントほどの小石がいくつも作り出された。 「実力を隠すためにも、マジックアイテムを作りたいと言っておったな。その案は面白そうじゃ。協力させてもらうぞ」 「ありがとうございます。……でも、どうしてそこまで協力してくれるんですか?」 人修羅はオスマンのはからいに感謝していたが、この世界では使い魔にすぎない自分に、どうして便宜を図ってくれるのかが疑問だった。 オールド・オスマンは、長く伸ばした口ひげをなでつつ答えた。 「…率直に言えばな、一つは、命が惜しいからじゃ。 ミス・ヴァリエール達に見せた氷のブレスといい、君が言っていた『仲魔』の存在といい、すべて現実離れしておる。 それにな、ほれこの間は、林の中で地面を切り裂いていたではないか」 林の中で地面を切り裂いていた…と聞いて、人修羅の顔に焦りが浮かんだ。 「ゲッ、あれも見てたんですか?」 「見ておったよ、昨晩のことももちろん知っておる。わざわざ君に質問したのは君の性格を計るためじゃ」 「はあ…凄いなぁ」 どうやって見ていたのか、不思議に思った人修羅だが、そんなことを質問している場合ではないと思い、口をきゅっと結んでオスマンの顔を見た。 「君は正直に答えてくれた、ならば、わしもその誠実さに答えねばならんと思ったんじゃ」 「そうでしたか……その、ありがとうございます」 「何の何の!」 そういってオスマンと人修羅は、笑った。 オスマンは、人修羅という存在に命の危機を感じていた。 だからこそ自分という人格を露わにして人修羅に接し、人修羅の人格を知ろうとした。 人修羅を『遠見の鏡』越しに見たとき、本能的な恐ろしさを感じた。 初日に、ディティクトマジックを用いたとき、暗い闇の底からオスマンを見つめる無数の瞳を見た。 時間がたつにつれて、その視線が何を意図していたのかを、察することができた。 かれらは人修羅を見守っている。 二度目にこっそりとディティクトマジックを使い、人修羅を探った時、周囲にいた彼らは、笑顔の人修羅を見てとても喜んでいるように見えた。 かれらは子供を見守る親のように人修羅を見守り。 親に笑顔を向ける子供のように人修羅を見ていた。 オスマンも、町に出かけた人修羅が、馬の背で困惑しているのを『遠見の鏡』で見た時、微笑ましいとすら思えてしまった。 それは、子供の乗馬を見守る親のような心境だったのかもしれない。 オスマンは、化け物のような力を持ちながら、あどけない笑みを見せる人修羅に、無粋な政治家どもの手が伸びぬようにと、祈っていた。 また数日、ルイズはいつものように授業を受けていた。 去年と同じように、成功しない魔法を成功させるために、人一倍熱心に授業を受けている。 ほとんどのメイジは、使い魔や、魔法の詠唱でその相性が分かると言われている。 キュルケならば火の魔法が、タバサならば風と水の魔法が、シュヴルーズなら土や火の魔法が、詠唱と共に体を流れていくのを感じるそうだ。 だが、ルイズはそれが無い、どの系統のルーンを詠唱しても、ただ詠唱しているだけで、体を通る力やリズムを感じることはなかった。 ちらりと、隣に座る人修羅を見る。 ルイズの系統が『虚無』かもしれないと、オールド・オスマンから言われたのも、人修羅が呼び出されたからだ。 ルイズは授業を受けた後、人修羅から授業内容について質問されることが多かったが、その質問内容は人修羅の非常識さをよく表していた。 人修羅は系統魔法を知らない、そしてハルケギニアの歴史も常識も知らない、しかしそのおかげか、時々鋭い質問が飛び出してくる。 自分がどの系統なのか分からなかったおかげで、人修羅からの多岐にわたる質問に答えられる、そう考えると皮肉だなぁと思った。 「どしたの?」 人修羅がルイズの視線に気づいて、ルイズの顔を見る。 ルイズは「何でもない」と呟いて、教壇へと視線を向けた。 ■■■ 授業が終わると、長い休憩時間を挟んで夕食の時間がやってくる。 二人は一度部屋に戻ってから、いつものように食堂へと向かった。 「おや、君は確か…人修羅君だったね」 寮塔から食堂へと、歩いて移動していると、この間食堂で香水の瓶を探していた『青銅のギーシュ』が話しかけてきた。 バラの造花を顔の高さに掲げ持ち、話しかけてくるその姿は、ある意味ではシュールだった。 「何よ」 人修羅の代わりルイズが返事をすると、ギーシュは前髪をかき分けて笑みを浮かべた。 「いや、特に用という程じゃないさ、この間のことでちょっとね」 「…この間の事って、香水の瓶のこと?」 「そのことはもういいんだ、モンモランシーも納得してくれたしね。僕はちょっと人修羅君に話したいことがあってね」 「俺に?」 意外そうな顔で聞くと、ギーシュは「そうさ」と呟いた。 「一つ、きみにアドバイスをしておこうと思ってね。何、ただのうわさ話だけど…」 「うわさ話?」 「一部の口の悪いものが、公爵令嬢は亜人をえらく気に入っているとか、そんな噂をしていてね」 「ふぅん。それだけ?」 ルイズが素っ気なく呟くと、ギーシュは「それだけさ」と答えた。 「人修羅、いきましょ」 「…ああ」 話は終わったと言わんばかりに、ルイズが食堂に向けて歩き出す。 人修羅はルイズが10歩ほど離れると、ギーシュに向かって小声で呟いた。 「”気に入ってる”って、どういう意味でだ?使い魔を特別扱いしているって意味なのか?」 「それだけなら良いんだけどね…。もっと下劣なことを考える者もいるのさ」 ふと、ハルケギニアでの平民の扱いや、使い魔の立場が脳裏に浮かんだ。 つまりルイズは、獣姦まがいのことをしているのではないかと、噂されているのだろう。 「……ありがとう。注意するよ」 そういって人修羅がはにかむと、ギーシュは小さく鼻を鳴らした。 「僕は、女性への侮辱は許せないのさ」 先ほどまでキザったらしいと思っていたギーシュの仕草が、似合っていると思えてしまうのだから不思議だ、人修羅はギーシュに感謝した。 「ヒトシュラー!」 離れたところからルイズの声がする、いつの間にかルイズはかなり先に行ってしまったらしい、人修羅はすぐにルイズへと駆け寄った。 「ギーシュったら、何だったのかしら。使い魔と仲良くするのはメイジとして当然の事じゃない」 「ははは。世の中には”喧嘩仲間”って言葉もあるさ」 「何よそれ」 「うーん、喧嘩するほど仲がいいとか、本音をぶつけあう喧嘩はお互いを認め合ってなきゃ出来ないとか…そんな意味だっけな」 「仲がいいのに喧嘩するの?それって……あ」 ルイズの脳裏に、トリステインの薔薇の君、王女アンリエッタの姿が思い浮かぶ。 よく考えてみれば昔とっくみあいの喧嘩をしたこともある、けれども、仲は良かったと思う。 今はもうお互い子供ではない、昔のように仲良く遊べるわけがない。 けれども掛け替えのない思い出として心に残っている。 ルイズは、人修羅の言わんとしていることが理解できたのか、ほほえみを浮かべていた。 それとは対照的に人修羅は、ギーシュの言ったことが本当なら、自分はどうするべきだろうかと真剣に悩んでいた。 ■■■ 「人修羅さん、どうかしたんですか?」 「ほへ?」 食堂前でルイズと分かれ、厨房で食事をしていた人修羅は、突然シエスタに話しかけられ間抜けな声を上げた。 「いえ、いつもおいしそうに食べていたのに、今日は何か渋い顔をしてらっしゃるので」 「ごめんごめん、ちょっと考え事しててさ」 頭をポリポリとかく仕草で、照れを隠しつつ人修羅が答えると、マルトーが布巾で手についた水を拭き取りつつ近づいてきた。 「なんだ、味付けを間違ったかと思ったぜ。悩み事でもあるのか?」 「まあそんなとこです」 「いきなり召喚されたんだし、まあ、悩みが尽きないのは仕方ねえだろうなあ」 「…まあ召喚される前の環境よりは良いかもしれないんですけど」 人修羅の呟きに驚いたのは、シエスタだった。 「召喚される前って……やっぱり東方って、危険なんですか?」 「ん?いや、東方って言っても、俺の場合ちょっと特殊だからさ」 実際の東方を知らないのに、東方の話をふられるのは困るので、いつものように話を誤魔化した。 「マルトーさん、やっぱりこれ錆が浮きかけてます。交換して貰いましょうよ」 人修羅が食事を終えたところで、料理人の一人がマルトーに声をかけた、大きな鍋を指さして錆がどうとか呟いている。 マルトーは大きな鍋をのぞき込み、内側の様子を確認した。 「ん? ちょっと見せてみろ……これは駄目だな、そうだな、そろそろ交換して貰うか、大きさも物足りなかったところだ」 好奇心を刺激された人修羅は、ひょいと立ち上がって鍋に近づいた、内側はとても汚れたり錆が浮いてるようには見えない。 「…錆?」 「ああ、錆だ。見てみろこの部分、作りが甘かったのか、ほかの部分より少し薄いんだ」 マルトーが指さした部分を見ても、人修羅にはよく分からないので、首をかしげる。 それを見て、料理人の一人が鍋の内側を木製のへらで軽く叩いた。 「こっちと、こっちじゃ音が違うでしょう。この鍋は練金で作られた鍋なんですが、メイジ様の腕が悪かったのか、厚みにも、固定化にもムラがあるんですよ」 「へえ、そっか、魔法にはそんな落とし穴もあるのか」 納得した人修羅が呟くと、マルトーがそうだそうだと言ってうなずいた。 「貴族はよ、魔法が使えるからっていばってやがる、そのくせ美味い料理は俺たち平民任せさ。オールド・オスマンは料理道具にも金をかけてくれるからまだ良い方なんだ。 ある貴族はなあ、穴の開いた粗悪な調理器具を練金で作って、それで美味い料理を作れなんて無茶を言ってきたらしい、まったくふざけた話さ」 「んな無茶な」 人修羅が呟くと、マルトーは人修羅に向き直って、大げさに両手を広げた。 「ああ無茶さ!あいつら、火の玉を作ったり氷を作ったり、果てはドラゴンなんかを乗り回すが、美味い料理は作れねえ。食材を美味い料理に変えるのは俺たちの魔法だ、そう思わねえか?」 「なるほど!そうか、確かにそうかもしれない。マルトーさん凄いなあ」 「がはははは!そうかそう言ってくれるか!おい、せっかくだ、ワインも飲んでいきやがれ!」 「い、いや俺未成年っすから」 もちろんハルケギニアで未成年なんて関係なかった。 後で知った話だが、貴族が嗜好品として飲む高級なワインと、平民が水代わりに飲む生活飲料としてのワイン、その二種類があるらしい。 今回人修羅が飲まされたのがそれなりにお値段の張るワインだと聞いて、後で青ざめたのは余談である。 ■■■ 「~♪」 鼻歌交じりに鍋を磨く人修羅を見て、コルベールが呟く。 「鍋を風呂にするとは考えますねえ。しかし底が熱くなりすぎるのでは?」 食事を覆えた人修羅は、ルイズに断りを入れてから、大きな鍋を持って中庭に移動していた。 鍋は日本の釜戸で使うような半球状のものではなく、底が平らになっており、深さ60サント、直径2メイル程の大きさがあった。 「すのこって言って、木の板を網目状にしたものを敷くんです。浮かせば蓋になるし、沈めれば熱から足を守れます」 「なるほど。しかし鍋状の風呂を用いるとは…君の世界ではそのような風呂を使うのですか?」 「暖める方法はいろいろありますけど、鉄だと湯船が熱過ぎるんで、石とか木で作った風呂が高級だと思われてますねえ。檜のお風呂って言えば高級品なんです」 「木ですか、ふむ、確かに堅さといい使い勝手といい悪くはなさそうですね」 「ええ、しかも木の香りは、いい香りなんですよ。ココロが落ち着くって言うか…」 「香木を使って風呂を作るのですか!それは凄い」 しきりに感心するコルベールの部屋は、なぜか教師寮の外にあった。 魔法学院は上空から見ると五角形の外壁に囲まれており、それぞれの頂点には塔が建っている、正門から見ると、本塔を挟んで反対側に火の塔がある。 向かって左側にある土の塔とは、ほかと同じように外壁で繋がれており、五角形を形作っている。 また、学生寮を除いたほかの塔は回廊で本塔と接続されているので、それぞれが中庭として使われ例留。 火の塔、土の塔、本塔の三つに囲まれた左奥の中庭、その火の塔よりの場所に、掘っ立て小屋のようなコルベールの研究室があるのだ。 お風呂を作ろうと思って、コルベールを頼った人修羅が見た研究室の中は、がらくたが散乱しており酷い有様だった。 しかし同時に、この先生なら異国の文化に興味を示してくれる、とも思えた。 「ところで先生、ここに鍋を置いてもいいんですか? 邪魔になりません?」 「なぁに、僕は変わり者でね、皆からも煙たがられている。この研究室には誰も寄りつかないんだ。鍋の一つ置いたところでどうってことはないよ」 「そうですか…じゃあお言葉に甘えさせて貰います」 「そうだ、ついでに小屋を作っておこう。なに、大げさなものじゃない、煉瓦を練金すればすぐに作れる」 「そこまでしてくれるんですか!?」 「もちろん! 君はマジックアイテムの開発にも協力してくれるのだからね、これぐらいの事はさせて貰うよ」 ここ数日、人修羅はボルテクス界で使った、魔法を封じ込めたアイテムを再現しようとしていた。 オールド・オスマンとコルベールは、快く協力してくれている。 今のところは、強力な魔法や技を封じ込めることはできず、破壊力はあまり期待できない。 しかし人修羅にとっては、自信の実力を隠すために、マジックアイテム使いであると周囲が思いこんでくれればそれで良かったので、小石に魔法を封じるという考えは、とても有り難かった。 そしてオスマンやコルベールにとっても、人修羅の魔法や技を研究するのに渡りに船であった。 「それじゃあ、明日は水を汲んでお湯を暖めてみますよ。ここで火を使っても大丈夫ですか?」 鍋磨きに使っていたぼろ切れを、鍋の縁にかけつつ、人修羅がコルベールを見る。 「ええ大丈夫ですとも、私は火のメイジですしね。ところで、ミス・ヴァリエールに心配をかけぬよう、はやく戻った方がいいですよ」 「そうですね、それじゃ」 本塔脇を抜けて寮塔へ向かおうとした人修羅が、ちらりと後ろを振り向くと、コルベールは鍋の周囲に何かを練金しているところだった。 「お世話になりっぱなしだなあ、俺」 そう呟いて、何かお礼はできないものか…と思った。 ■■■ 「ん?」 魔法学院の敷地内で、寮塔へ向かうには、空でも飛ばぬ限りどうしてもアウストリの広場を横切る必要がある。 魔法学院の正門をくぐり最初に足を踏み入れるのが、アウストリの広場である、この広場は、右手に水の塔、左手に寮塔、正面に本塔、左手奥に土の塔、以上四つの塔を頂点とした四角形の広場で、中庭としては一番大きい。 その広場には花壇があり、鳥形の使い魔が留まれる木もがいくつか植えられている。 人間が三人は潜めそうな茂みの陰で、一人の生徒がしゃがんでいるのを見かけた。 「……どうかしたんですか?」 「うわっ…わ、なんだ、ヴァリエールの使い魔か。僕は茂みの裏でしゃがむのが趣味なんだ、決してのぞきじゃない。放っておいてくれ」 頭を抱えるようにしてうずくまっていたので、心配になって声をかけたが、どうやらけがや病気のたぐいではないらしい。 しかし『決してのぞきじゃない』と自白しているあたり、この生徒は何かをのぞき見しているのだろう。 人修羅が周囲を見渡すと、寮塔の近くに女子生徒が何人か集まり、何か話をしているのが見えた。 「そこに立ってたら目立つよ、早く座って!」 人修羅が茂みの裏にしゃがみ、ぽっちゃり型の生徒の脇に座る。 今はルイズから貰った服を着ているので、人修羅の体から光はほとんど漏れていない。 「何かあったんですか」 人修羅がそう質問すると、しゃがみ込んでいる生徒は、寮塔の方角に杖を向けた。 「それをこれから聞くんだよ」 ぶつぶつと何かのルーンを呟くと、離れたところにいる生徒の声が聞こえてきた、どうやらこれも魔法らしい。 『…あの使い魔とずいぶん仲が良いみたいよ』 『亜人でしょう?』 『夜になるとどこかへ出かけて居るんですって』 『東方の蛮人って聞いたわよ』 『ゼロのルイズは、使い魔に後ろから抱きしめられてたわよ』 『ああそれぐらいがお似合いよねえ、ゼロには…』 「噂って……これかよ」 人修羅は目を見開いた。 すると隣にいた小太りの生徒が、小声で安堵したように呟いた。 「よかった…」 「何?」 じろりと人修羅が睨む、するとその生徒はビクッ、と体を震わせた。 「ま、待て、その、悪かった。君はミス・ヴァリエールの使い魔だから怒るのは当然だ。でもそういう意味じゃない。僕のことが噂されて無くて安心したんだ、だからつい…」 突然狼狽え、わたわたと手を振って弁解を始めたので、人修羅も驚いてしまった。 「こ、こっちこそごめん。ところで、君の言ってる、”噂”って何なんだ?」 そこまで言って、ふと先ほどの発言を思い出した。『決してのぞきじゃない』という一言だ。 「もしかして、君、覗きがバレたとか?」 「ち、ちがう!まだ覗いてない!」 「まだ?」 「いや、その、不可抗力で見てしまうことはあるけど意図して覗きをするわけじゃないよ!スカートが風でめくれるぐらい事故じゃないか!」 「そこまで聞いてないよ!落ち着いて、落ち着いて」 人修羅が生徒をなだめる、生徒は大きく息を吸って、ゆっくりと吐き出し、肩を落とした。 「……とにかく、ミス・ヴァリエールは魔法が使えないのに二年生に進級したことをやっかまれているんだ。去年彼女はずいぶん爆発を繰り返して、恨みを買ってるからね」 「ルイズさん、そんなに爆発させてたの?」 「割ったガラスの数は数知れず、だよ。おかげで水系統のメイジは治癒が上手くなり、土系統のメイジは練金で建物を補修するのが上手くなった。 風系統のメイジはとっさに身を守る障壁を作れるようになったし、火のメイジはルイズを焚きつけるのが上手くなったと言われるぐらいさ」 「この学校にもいじめはあるのか…」 そう言って、人修羅は顔をうつむかせた。 沈む人修羅とは対照的に、この生徒は多少興奮気味に話を続けた。 「まったくヴァリエールには迷惑ばかりかけられていたよ。一度モンモランシーのスカートが綺麗に裂けてそれはもう素晴らし……じゃなくて、大変だった。 ヴァリエールのストッキングが所々破れて見事な模様になったのも危険だった。 ああ、そういえばシャツが破れておっぱいの先端がほんのちょっと覗かせたこともあったなあ、いやあ危ない危ない」 ものすごく鼻の下を伸ばしつつ、ルイズの爆発で被った被害を話す生徒。 その姿に呆れつつも、ほんの少しの親近感を感じた。 「スカート…なるほど、この世界にもチラリズムがあるのか…」 「何だいそれは」 「大事なところ…普段隠されている大切な部分が、何かの弾みでちらりと一瞬だけ顔を覗かせることがある。その一瞬の輝きを『チラリズム』って言うんだ」 「普段隠されているだ大切な部分……」 ごくり、と生徒がのどを鳴らした。 「あれはエッチな絵や写真じゃ絶対に味わえないな、目の当たりにしたその瞬間こそがいいんだ」 「なるほど、よくわかる、よく分かるよ!」 小太り気味の生徒は、人修羅の手をつかむとブンブンと振り回した。 「僕はマリコルヌ・グランドプレ。君は確か人修羅だったよね」 「ああ。……俺名乗った覚えないんだけど」 「ヴァリエールが何度も君のことを呼んでたじゃないか」 「なるほど」 「君とは気が合いそうだ。ところでちょっと聞きたいんだけど」 ずい、とマリコルヌが顔を近づけてくる、人修羅は思わず後ずさった。 「あ、ああ。俺に答えられることなら…」 マリコルヌはにやりと笑った。 「チラリズムって、こんなシチュエーションもありなのかな…たとえばさ…」 二人が話を終えて笑顔で握手する頃には、寮塔の前にいた女子生徒はいなくなっていた。 ■■■ 「ただいまー」 「遅かったじゃない。何してたの?」 人修羅がルイズの部屋に戻ると、ルイズは図書館から借りた古いルーン文字の本を開いていた。 「ちょっとね……なんて言うか、世界は違っても同士って居るんだな…って」 「何があったのか知らないけど、先生方に迷惑をかけちゃ駄目よ」 「分かってる、大丈夫だって」 「ならいいけど…」 本に視線を戻したルイズだったが、しばらくすると本を閉じ、寝る準備を始めた。 どうやら人修羅が戻ってくるのを待っていてくれたらしい、だがそれを口に出さないのがルイズらしいのかもしれない。 着替え始めたルイズを見て、人修羅は戸棚の脇に立てかけていたベッドを床に敷いた。 ベッドと言っても、ルイズが使っているような大きなものではなく、その半分以下の幅しかない。 高さ30サントの、折りたたみ式テーブルの上に寝ているようなものだが、首の角を差し込む穴がついている。 ボルテクス界では座って体を休めるか、女神に体力を回復して貰っていたので、自分用のベッドで眠れるというだけでも十二分に有り難かった。 「寝るわよ」 「わかった」 ぱちん、とルイズが指を鳴らすと、天井から下げられていたランプが消えた。 「…ねえ、ルイズさん」 「何?」 月明かりの中、人修羅は小声で囁いた。 「力のある人が、その力を隠すのって、どう思う?」 ほんの少し、何度か深呼吸できるぐらいの間が開いて、ルイズからの返事が返ってきた。 「…どんな力なのか分からないけど、時には隠すのも、必要だと思うわ」 「そう、わかった」 答えの後、すぐにルイズの寝息が聞こえてきた。 人修羅はふと、先ほどまで話をしていた、マリコルヌのことを思い出した。 マリコルヌは、音の反射の仕組みを知っていた。 足音を区別して人数を数える方法も、魔法を使わずに遠くの音を聞く方法も、望遠鏡で見るよりも遠くの景色を見る魔法も知っていた。 ディティクト・マジックで罠を見破る方法、罠を解除する方法、それらもすべて魔法学院の女子浴場を覗くために身につけた技術らしい。 欲望のために力を得る、それはとても人間らしい行為だと思える。 それに比べて自分はどうなのだろう。 欲望のためではなく、ただ他人の考えに賛同できなかっただけで、結果としてなにもかも失ってしまった気がする。 ボルテクス界に変容する前の、人間として生きていた世界に戻りたかったのに、なぜ神と悪魔の戦争に参加してしまったのだろうか。 奇妙な噂をしていた女生徒を跡形もなく消し飛ばす力が自分にはある。 けれども、それをしたら自分は『怖がられて』しまう。 力任せに、うわさ話をやめろと迫っても、ルイズ、キュルケ、タバサ、シエスタ、マルトー、コルベール先生、オールド・オスマンに嫌われてしまうかもしれない。 そう考えると、人修羅は何も出来なかった。 もう一度学生に戻って、馬鹿をやりたい、そんなことを考えつつ人修羅は目を閉じた。 前ページ次ページアクマがこんにちわ
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前ページ次ページアクマがこんにちわ 港町ラ・ロシェールを見渡す岩山の上に、人修羅の姿があった。 「手がかりは無いか」 昨日ルイズ一行を襲った物盗りは、偶然ルイズ達を襲ったのではなく、何者かによって手引きされていた。 手がかりを得るため、幾つかの店や酒場で話を聞いたが、結果は芳しくなかった。 人修羅の身なりはルイズが用立てたもので、純白や漆黒を避けてはいるが仕立ては魔法学院の学生と同レベルのものであった、マントでも着けていればメイジだと思われたかもしれない。 ちぐはぐな身なりの男が酒場で多少聞き込んだところで、仮面を付けた男の足取りなど調べようもなかった。 ただ、人修羅もその点は理解している、そこで重要なのが『心眼』と呼ばれる殺気を感じ取る技術だった、他人の心を読む程ではないが、殺気や懐疑心には特に敏感に反応する。 「眩しいな…」 太陽は既に水平線を離れている、地球の時間で言えば午前7時頃だろう。 『そろそろ戻った方がいいんでねーの。もし嬢ちゃん達が狙われてるなら、また襲われるだろ』デルフリンガーが言った。 人修羅は「そうだな」と呟いて崖から飛び降りた、岩壁の途中の僅かな起伏を選んで飛び移り、町はずれへと下りていった。 ◆◆◆◆◆◆ 『女神の杵』亭に戻り、人気のない朝の酒場で体を休めていると、二階から羽帽子をかぶったワルドが降りてきた。人修羅の姿を見つけ、笑みを浮かべる。 「おはよう。使い魔くん。ずいぶんと朝が早いね」 「おはようございます。ちょっと寝付けませんで」 人修羅がそう言うと、ワルドがはははと笑った。 「緊張していると皆眠れなくなるのさ、今日のうちに緊張をほぐしておくといい」 「そうします」 人修羅は冷や汗を浮かべつつ答える、寝付けないどころか、夕べは桟橋へのルートや、賊が潜めそうな場所を一通り見てきたのだ。 わざわざ『睡眠の必要もありません』と言うこともあるまい。 すると、気をよくしたのかワルドはにっこりと笑った。 「きみは伝説の使い魔『ガンダールヴ』なんだろう?」 「え?」 人修羅は、不思議そうにワルドを見た。 ワルドは首を傾げて、人修羅の腕を見る。 「…昨日、グリフォンの上でルイズに聞いたが、きみは異なる世界からやってきたそうじゃないか。おまけに伝説の使い魔『ガンダールヴ』だそうだね」 「はぁ」 『ガンダールヴ』のことは他言無用だと注意されていた、ルイズが婚約者に話してしまったのだろうかと危惧した。 「僕は歴史に興味があってね。王立図書館で『ガンダールヴ』のことも伝説的な描かれ方をしていたんだ。君がガンダールヴと同じルーンを持っていると聞いて驚いたよ」 「そりゃどうも」 「それに、なかなか腕が立つそうじゃないか、任務のためにも、ちょっと手合わせ願いたい」 「手合わせって…?」 ワルドを見た、腰に差した剣状の杖をトントンと小突いている。 「つまり、これさ」 魔法の杖を引き抜くと、にやりと笑う。 「……ルイズさんに許可を取りたいんですけど、いいですかね」 「許可か…」 許可と聞いて、どうしたものかとワルドは唸る。 人修羅はどうやって断ろうかと悩んだ。 そこに、ギィ…という扉の音が聞こえた、誰かが入ってきたのかと扉を見ると、ロングビルが顔に緊張を浮かべて扉を開いていた。 すぐに人修羅の姿に気が付き、目があった。 「用があるみたいですね、ちょっと話を聞いてきます」 人修羅はそう言うと、そそくさとロングビルの元へ近づいた。 「どうしたんですか?」 「ミスタ・人修羅。私はあなた方がラ・ロシェールにたどり着いたのを見届るのが仕事でした。用はもう済みましたので、これから魔法学院に戻ります」 「わかりました」 「アルビオンでは何が起こるか解りませんから、気をつけてください、それでは…」 短い言葉を交わすと、ロングビルはいそいそと『女神の杵』亭を離れていった、その様子に焦りにも似た雰囲気を感じながらも、人修羅は黙って見送った。 「何かあったのかね?」 ワルドがそう声をかける。 「ミス・ロングビルは魔法学院に戻るそうです。元々、ラ・ロシェールに到着するのを見届けるのが仕事だったとかで」 「ほう、彼女は魔法学院の教師かね」 「そんなところです」 さ、どうやって腕試しのお誘いを断ろうか…そう考えていると、丁度良く二階からルイズ達が降りてきた。 「おはよ。みんな朝が早いな」 「おはよう」「おはよ」「君こそ早いな、おはよう」 タバサ、キュルケ、ギーシュが答える。なぜかルイズは黙ったままだ。 「ルイズさん?」 「あ、人修羅。朝早いのね」 ルイズの返事には、なぜかキレが無い。久しぶりに婚約者に会えたことで眠れなかったのだろうか。 (まさか…ワルドさんが強引に迫って…昨晩のうちにキスどころかあんな事やこんな事まで!?) ゴン!と音を立てる勢いで、自分の頭を石造りのテーブルにぶつけた。 「なっ何やってるの?」 ルイズが驚いて近づくと、人修羅は引きつった表情のままルイズに向かって頭を下げた。 「ごめん。ホントにごめんなさい」 「何?何?何なのよもう」 ◆◆◆◆◆◆ 石造りのテーブルに自ら頭をぶつけるという奇行に走ったおかげで、『手合わせ』の話はうやむやになった。 「ここで集まっていても仕方あるまい。僕は桟橋へ行ってこよう。ルイズも行くかい?」 「ううん…、私はここに残るわ」 「そうか。すぐに戻るつもりだが、万が一ということもある。使い魔くん、ルイズを頼むよ」 「解りました。」 興が削がれたせいか、ワルドは手合わせの話を蒸し返そうとせず、アルビオンに行ける船があるのか調べるため桟橋へと出かけていった。 『女神の杵』亭からワルドを見送ると、ルイズは人修羅の側に寄り、ちらりと人修羅の顔を見て、すぐに視線を下に向けた。 「どうかしたの?」 「何でもない」 心配する人修羅を余所に、ルイズはそそくさと部屋に戻ってしまった。 「なんかあったのかな」 「あら、やっぱりルイズのことが心配なのね」 キュルケが悪戯を思いついた子供のような笑みを浮かべて、人修羅に近寄る。 「うん。心配してないと言ったら嘘になるかな」 「何よもうからかい甲斐が無いわねえ」 人修羅があっさりと答えてしまうので、キュルケはつまらなそうにした。 タバサはそんな二人の様子など気にすることなく、人修羅の向かいの席に座り、小声で呟いた。 「…何か解った?」 「ああ、昨日の話か」 人修羅はテーブルに肘を突き、静かにタバサの目を見返して答える。 ただならぬ雰囲気を感じたのか、キュルケがタバサの隣に座り、釣られてギーシュも人修羅の隣に座った。 「昨日の物盗を雇った男は、仮面を付けた壮年の男性。依頼を受けた酒場にも行ってきたけど、正体は解らずじまい。 あの物盗りは傭兵で、前金として15枚のエキュー金貨を貰っていた、おかしいと思わないか?俺でも大金だと解るべらぼうな金額だ。 これは勘だけど…傭兵に金を出してでも、こちらの戦力を測る必要があったんだろう」 「…貴方達は、何かの任務を負ってる?」 何気ないタバサの呟きはある種の核心を突いていた。 「ふふん。残念ながら君たちには教えられな」 「おい」 人修羅がギーシュを睨む、するとギーシュは得意げな表情をみるみる青ざめさせてしまった、殺気が漏れていたことに気付き、人修羅は慌てて視線を逸らす。 ギーシュは得体の知れない悪寒に戸惑い、目をぱちくりとさせ、黙ってしまった。 「ギーシュ…気持ちは解るが、そんな言い方をしたら任務を負っていると自慢してるようなものだろう。お忍びなんだから、任務を負ってることすら他人に気取られないよう注意しなきゃ」 「あ、ああ。うん。そうだね、ハハハ…」 乾いた笑いしか出ないギーシュ、可哀想だが自業自得だと割り切って、人修羅はタバサに視線を戻した。 「お忍びでアルビオンへ行く。それ以上は言えない。」 タバサとキュルケが頷く。人修羅はそれを見てにっこりと微笑むと、椅子の背もたれに体を預けた。 「……それにしても、ルイズといい、ワルド子爵といい。貴族であることを隠そうとしない。とんだお忍びがあったもんだ」 「格式しか取り柄がないんでしょ、トリステインは」 「キュルケさんは辛辣だな」 人修羅とキュルケは、揃って笑みを浮かべた。 そのまま無言で二分ほど過ぎた頃だろうか、タバサがぼそりと呟く。 「…朝食は取らないの?」 「ああ、そろそろ注文しようか。酒場の料理でいいのか?」 そう言って席を立つと、キュルケとギーシュは、変な物を見るような目で人修羅を見る。 「ここは酒場」とタバサ。 「ん?」 「朝食は給仕に運ばせて部屋で取るのが普通」 「あ、そうなの」 人修羅は恥ずかしそうに頭を掻いた。 ◆◆◆◆◆◆ タバサとキュルケは朝食を取らずに出かけるようで、人修羅とギーシュは部屋に戻り大人しく朝食を取ることにした。 すぐに給仕の女性達がやってきて、ワゴンに乗せた朝食を小さなテーブルへと並べていく、朝食を部屋で取るのは、地球ではどの国の文化だったか…そんなことを考えながらふとギーシュを見た。 当然のように座り食事に手をつけているが、その動きに淀みはない。 食事は魔法学院の朝食より幾分か質素であるが、日本生まれ日本育ちの人修羅には十分豪勢な「コース料理」であった。 「すごいな」 「ん?」 「いや、ナイフとフォークを、きれいに動かすものだなと思って。幼い頃から練習しないとそう見事にはならないな」 人修羅はそう言うと、夜のうちに作っておいた木の箸でライスを摘み、口に運ぶ。 「君の食べ方も不思議なものだな、よくそんな棒で食べられるね」 「これは『箸』って言うんだ。故郷の食器さ」 ギーシュはふむ、と呟きつつ食べ物を口に運んだ。 「…そういえば君は、東方出身の優れたメイジだとか聞いたけど…本当かい?」 「ん?誰からそんな話を聞いたの」 「ミセス・シュヴルーズやミスタ・コルベールが言っていたよ、マジックアイテムの研究を手伝って貰っているとか、優れた医術を持つとか」 「メイジと言えばメイジ…なのかなあ。医術って言ってもそれほど詳しい訳じゃないぞ、俺の故郷じゃ皆学校に行くんだ。そこで各専門知識の『さわり』を習うんだよ。それがたまたま役に立った」 「平民も皆学校に行くのかい?」 「ああ。段階はあるけどな、小学校、中学校、高等学校、大学とあっって、そのうち小学校六年間と中学校三年間は受ける義務があるんだ」 「九年の義務か! しかし、平民にそんな教育が必要とは思えないなあ」 「そうでもないさ。ちゃんとした知識を得て見聞を広げる土台があれば、農業も工業もより良い結果を出そうと努力しあうんだよ。そりゃ知識を悪用して、互いの足を引っ張ることもあるが、それを罰するのが為政者だろ?」 「うむむむ…」 何か感じるものがあったのか、ギーシュは唸って考え込む。 (ギーシュは意外と真面目なんだな…) そんなことを考えながら朝食の時間は過ぎていった。 ◆◆◆◆◆◆ 朝食を終えた人修羅は、昨日に続いてこの街の様子を見ようと部屋を出たところで、ルイズと鉢合わせた。 「話があるんだけど…ちょっと来て」 「わかった」 ルイズと人修羅は、女神の杵亭の中庭を通り抜けて、今は倉庫として使われている部屋にやってきた。 掃除をすればちょっとしたホールとしても使えそうな広さだが、それもそのはず、ここはかつて貴族たちが集まり、陛下の閲兵を受けたという練兵場らしい。 樽や空き箱が積まれ、片隅には旗立台や古ぼけた棚などが並んでいた。 「人修羅」 ルイズが人修羅の顔を見上げ、細い声で独白を始めた。 「昨夜、ワルドにプロポーズされたの。この任務が終わったら、僕と結婚しよう…って。私ももう、十六だし、自分のことは自分で決められるって…言われたけど、でも、まだ、ワルド様に釣り含うような立派なメイジじゃないし……、もっともっと修行して……」 人修羅は、そっとルイズの肩に手を置いた。 「ルイズ。俺はこの世界のことは解らないけど、これだけは言っておく。迷っているなら止めるんだ。戸惑うならまだその時じゃない。 悩むだけじゃイヤだと言っているのと同じ事なんだ。今は駄目だと思うなら、今は駄目だとはっきり言った方がいい。 それでも求婚されて、自分の気持ちが変わったと思うなら、堂々と受けろ」 ルイズは驚いた顔で人修羅を見上げたが、不意に表情に力がこもった。 「うん、ありがとう。 …私って優柔不断なだけかもしれない。私は多分ワルド様と結婚することになると思うけど、今は…迷ってる。だから、ちゃんと自分の魔法を使えるようになってから、改めて考えてみる」 「いい顔になったな、悩んでばかりだと笑顔が曇る。笑ってた方がいい」 そう言ってルイズの頭を撫でると、ルイズが微笑み、そして人修羅も微笑んだ。 「あ、そうだ…朝、ワルドさんが俺を『ガンダールヴ』だと言ったけど、ルイズさん話しちゃったの?」 「うん。ワルド様も気づいていたみたい。グリフォンに乗った時『伝説のルーンによく似ている、いやそのものかい』って聞かれたから、隠しても仕方ないと思ったし…答えたわよ」 「そうか、それならいいんだ。秘密にしろと言われてたから、今朝突然『ガンダールヴ』だと言われて驚いたよ」 「ワルド様は魔法衛士隊、グリフォン隊の隊長よ。貴族の力関係だけじゃなくて、系列や歴史も学んでるわ。それぐらい不思議じゃないわよ」 「なるほどね」 人修羅は頭を掻きつつ、ルイズの背中をぽんと押して、練兵場を出て行った。 (疑いすぎても駄目だな…もう少し冷静にならないと) 「おや、ルイズに使い魔くん」 部屋に戻ろうとしたルイズと人修羅は、桟橋から帰ってきたワルドと鉢合わせた。 「交渉はどうでした?」 余計なことを言われても困るので、人修羅は船便の話を聞くことにしたが、ワルドは首を横に振った。 「昨日と変わらないな。明日の昼頃でないと風石が運ばれてこないらしい。今日の出航は無理そうだ」 そう言うと、ワルドはルイズに向き直る。 「ルイズはアルビオンに行ったことがあるんだね?」 「ええ、一度だけ行ったことがあるわ。でも行楽としてよ」 「それで十分だ、港に到着してからの経路や土地の情報を、幾つか聞いたのだが、ルイズの知っているアルビオンの様子と照らし合わせたい」 「もう何年も前の記憶だから、役には立たないと思うわ。それに…」 「それでもいい、僕はアルビオンへ行ったことはなくてね、地図と照らし合わせておきたいんだ」 「そう言うことなら…。あ、人修羅も聞いておいた方がいいんじゃない」 人修羅が返事をする前に、ワルドが口を挟む。 「使い魔君は用心深い、その性格を買って、一つ周囲の警戒を頼みたいんだが…」 「…解りました。細かい話は船の中でしてくれるんでしょう?」 「ああ」 「じゃ、見回りしてきます。ルイズ、何かあったら上空で爆発を起こすか、これを使ってくれ。すぐ駆け付ける」 「解ったわ。 …気をつけてね」 ルイズは人修羅から小石を受け取ると、人修羅を見送ろうとしたが、ワルドはルイズの背中を軽く押して部屋へ行こうと促した。 「使い魔くんが(野党に襲われないか)心配かい?」 「ええ。(ラ・ロシェールが壊滅しないか)心配よ」 二人の想像は、似ているようでまるで違っていた。 ◆◆◆◆◆◆ ワルドに言われなくとも、人修羅は適当な口実を作って外を見回るつもりだった。 念のため、ルイズには『テトラカーン』と『マカラカーン』をかけた上で、目印となる石を持たせてある。 直径2サントほどの小石は、周囲に被害を及ぼさず魔力を放出する『メディアラハン』を仕込んである。 杖を奪われたりなどして爆発を起こせない場合があるし、爆発が起こると巻き添えでルイズ自身が怪我をすることもあり得るが、石を発動させれば怪我の治癒だけでなく、その余波がルイズ達の目印となる。 人修羅は『女神の杵』亭を出て、デルフリンガーを背中に釣るためのベルトを引き締めると、様々な店が建ち並ぶ大通りへと歩いていった。 『あの嬢ちゃんの側にいてやらなくて、いいのかい?』 背中からデルフリンガーに声をかけられ、人修羅は小声で答えた。 「デルフ、今朝から視線を感じてる。そいつの正体を知りたい。今は真後ろに居るはずだ…それらしいヤツはいるか?」 『…こっちを監視してるヤツが居るとは思えねーけど』 「勘だけど、かなり遠い。宿を出てからずっと見られてる気がするんだが…」 人修羅はふと立ち止まり、街道に並ぶ店から果物屋を選んで近づいた。 「これ下さい」 そう言って林檎を一つ選び、壮年の男性へと代金を渡した。 「まいどあり、この林檎は今アルビオンへの出荷が止まってだいぶ安くなってるが、貴族向けの品物なんだ。味わってくれよ」 「へえ、そんな形で戦争の影響があるなんて、大変だな。ところで聞きたいことが有るんだが…知り合いがアルビオンから疎開したと聞いたんだが、どこに行ったのかが解らないんだ。そういった人が情報交換に使ってる場所とか知らないか?」 「それは知らないなあ、アルビオンからの疎開らしき人もあまり見かけない。酒場にはもう行ったかい?」 「酒場で一通り聞いてみたんだが、駄目でさ。林檎が好きだったからこの店にも立ち寄ってるかと思ってね」 「そうかい、すまないが俺には心当たりがないねえ」 「ありがとう。コレ取っておいてくれ」 人修羅はチップにと少量の硬貨を渡して店を出、来た道を戻った。 物珍しそうに店を覗き、辺りを見回して視線の元を探る……人修羅の目はシルフィードほどではないが、かなり遠くまで見通せるが、相手も人修羅を警戒したのだろう、見つけ出す前に気配は失せてしまった。 「視線が消えたな。デルフ、お前って人の姿は解るんだよな、どれくらいの距離まで解る?」 『特徴があって遮るモノがなければ、100メイル先でも解るぜ』 「壁越しは?」 『できねー訳じゃないけど、面倒だな。ぼやける』 「そうか。壁やドア越しに俺達を気にしてるヤツがいたらさりげなく教えてくれ。ついでに尾行にもな」 『あいよー』 そろそろ昼になる、人修羅は昼食を取るべく宿に戻った。 『女神の杵』亭に戻った人修羅は、見慣れた後ろ姿を見つけ、声をかけた。 「タバサさんにキュルケさん、買い物は済んだのかい」 「あら人修羅、貴方も外にいたの」 「見回りがてら美味そうな物を探したんだ、ところでギーシュは見なかったか?」 「先に戻ってたわよ」 「そうか…じゃあ二人に話したいことがあるんだけど、時間あるかな」 「いいわよ。タバサは?」 「私も平気」 「そっか…んじゃ、とりあえず酒場の席にでもつこう」 三人が中にはいると、ギーシュは既に適当な席についていたので、同じテーブルにつく。 「やあ、麗しきレディの二人と同じテーブルとは光栄だな」 ギーシュはいつもの調子で三人に声をかけた。 「モンモランシーに殺されるぞ」 人修羅がぽつりと呟く。 「ちよっ、ちょっと待て、これは只の挨拶だよ!」 「ほんとかなー。どう思う二人とも?」 「ギーシュは移り気なだけね、情熱のかけらもないわ」 「ただのお調子者」 キュルケとタバサの容赦ない言に、ギーシュは突っ伏した。 「それはそれとして、だ。この際だから聞いておきたいけど、キュルケさんと、タバサさんは、アルビオンまでついてくるつもりなのか?」 「私はどっちでもいいわよ。人修羅が付いてきて欲しいって言うなら別だけど?」 「私は…必要ならついていく」 二人の言葉に驚いたのはギーシュだ、まさか二人とも付いてくるような事を言うとは思わなかった。 「おいおい、これはお忍びの任務なんだよ、二人は部外者じゃないか」 「だけど、もう知られてしまったろう?変に追い出すより、昨日みたいな事が起こるとも限らないから、二人には影からの協力を頼みたいんだ」 人修羅はギーシュを制すと、タバサとキュルケを見る。 「シルフィードは、アルビオンまで楽に行けるのか?」 「今の時期はアルビオンが近い。航路さえ解れば、二日はかからない。体力的にも問題はないと思う」 「そっか。…俺達は船でアルビオンに行くけど、誰にも気取られずにアルビオンに近づくことはできるか?」 「多分難しい。港周辺は竜騎士が哨戒に出ていると思う。その目をかいくぐるのは無理」 人修羅はタバサの回答から、アルビオンの港が厳しい監察課にあることを察した。ラ・ロシェールは港町として、交易地独特の威勢がある、しかし戦場ではない。 タバサは、アルビオンに入港する船全てが、貴族派もしくは王党派の入念な取り調べを受け、空には竜騎士がいて『フライ』で密入国するメイジを見張っていると想像しているのだろう。 キュルケも、ほとんど同じ考えだが、こちらはタバサと違い完全な『勘』であった。 「なら、船の後を追ってくれるか? 船上での危険に対応しきれない場合もある。もちろん、タバサに危険が有ればすぐに逃げてくれ、帰り道の確保ができればそれに超したこともないが……」 「わかった」タバサが頷く。 「な、なあ、そこまで心配しなくてもいいんじゃないか?アルビオンに到着したら手紙を届けるだけなんだろう?」 ギーシュが口を出すが、キュルケがふんと鼻で笑った。 「何がおかしいんだ」 「おかしいのは貴方よ、トリステインの貴族って危機感もないのね。王党派はもうニューカッスル城に籠城してるって話よ。貴方今日は女の子を口説くだけで、アルビオンについて何も調べなかったのかしら」 「な…なんだって…」 ギーシュはいてキュルケとタバサを見やる、自分を驚かすための冗談だ馬鹿も休み休み言い給え…と言い返そうにも、二人の凛とした瞳を見て何も言い返せなくなってしまった。 「ワルドさんが何とかしてくれるだろ?」 気まずい沈黙を破るため、人修羅が呟く、するとギーシュは幾分か緊張が解けたのか、ハハハと笑った。 「そ、そうだね。魔法衛士隊の隊長ならきっと上手い手があるはずさ」 キュルケは肩をすくめ、やってられないわ、と言いたげな視線を人修羅に向ける。 思わず苦笑で答えてしまった。 ◆◆◆◆◆◆◆◆ 一通り話を終えた一行は、思い思いの時間をラ・ロシェールで過ごした。 ルイズはワルドと出かけたりしたが、シルフィードが丘の上から見守ってくれたおかげで、人修羅も武器を売っている店を探し、投げナイフや鉄つぶてを補充したり、ガンダールヴのルーンを隠す手袋を買ったりした。 夕方になって宿屋に戻り、夕食。これは魔法学院よりも豪勢なもので、人修羅は『この旅だけで幾ら使う気だろう…』と冷や汗を流した。 そのまま皆は酒を飲みはじめ、アルビオン出航前だというのにパーティーのような雰囲気らしい。 それが悪いとは言わない、だが危機感が足らないと非難したくなる。もちろん、この非難は的はずれだ。 ハルケギニアの人間が酒に強いのは、水代わりにワインを飲むことが多かったからだ、石灰を含む地下水が多く、常飲に適さないため、エールやワインが水代わりに飲まれていた。 そんな国で6000年も過ごした人間達は、酔いに強くなる、子供も酒を飲める文化が出来上がるのは当然と言えた。 …尚、人修羅は酒にイヤな思い出があるので飲酒を控えていた。 酒を飲んで、ふと気が付いたらラ・ロシェールの入り口に放り出されているかもしれない。 キュルケにも誘われたが、丁重にお断りし、部屋で装備品のチェックをしていた。 この世界で船に乗るのは初めてだ、しかも海ではなく空を飛ぶ船、人修羅は空を飛べないので心の何処かに焦りがあった。 「…………」 掌を上に向け、そこに青銅の固まりを乗せて、ゆっくりと握る姿を想像していく。 空の上で竜に襲われた場合、相手のスピードを上回る攻撃をしなければ、人修羅はともかく船が持たない場合もあるだろう。 そんな時はギーシュに青銅の塊を練金させ、直接投げつけるしかない。 酒場や街で聞きかじった情報を纏めていくと、この世界には空の海賊とも言える『空族』がいる。 軍人崩れが多く、マジックミサイル等の魔法だけでなく、船に大砲を積んでいる場合もあるという。 それらと対峙したときに、自分はどう行動すべきか? 船を落とされたら負け、しかも無駄な乗員はその場で殺されるか、船から落とされるかもしれない。 先の先を取って、遠距離攻撃に頼り、相手の船を潰すしか方法が無いのだろうか…。 そんなことを考えていると、不意にノックの音がした。 「どうぞ」と返事をするのと同時に扉が開き、ルイズが姿を見せた。 「ねえ、人修羅は飲まないの?」 「俺はいい、酒にはそんな強くないしな」 「そうなんだ」 ルイズは人修羅の側に近寄ると、ちょこんとベッドに座る。 足をブラブラとさせて、ベルトの長さを調節する人修羅を見つめた。 「ルイズさんこそ、下はいいのか。みんな飲んでるんだろ?」 「そうだけど、人修羅が一人だから、気になったのよ」 「俺のことなんか気にしなくてもいいのに」 「そうもいかないでしょ、人修羅は私の使い魔なんだから」 ふと、昨日の『兄妹みたい』というキュルケの言葉が浮かんだ、なるほど手のかかる妹かもしれない。 こうして、自分のことを気にしてくれるだけでも心が安らぐ、妹を持つ兄とはそんな気持ちなのだろうか。 人修羅は一通りの装備を身につけ、軽く体を動かした。 ベルトや足首に固定された五寸釘のような投げナイフや、内ポケットに入った鉄の礫は、動いても音が鳴らないようにう工夫されている。 人修羅は「よしっ」と満足そうに言った。 「ねえ、人修羅って、結婚とか考えたことあるの?」 「うん?」 ルイズの呟きに、人修羅は少し考え込んでしまった。 実を言えば結婚なんて考えたことはない、しかし、ボルテクス界では結婚生活の悩みを抱えたまま肉体を失い思念体になった者も少なくない。 (俺って、いわゆる耳年増なんだろうか) 「…あの、今日ワルド様にプロポーズさたって言ったじゃない。あの時『迷うなら止めろ』って言ってくれたでしょう?」 「その話か…そうだな、俺が結婚するなんて考えなかったなあ」 「その割には、すごく解りやすい言葉だったわ。なんか、目が覚めたって気がするもの」 「結婚して失敗したと嘆く人や、良かったと言う人の話は沢山知ってる。 隠し事が原因で離婚した人や、死別した人、第三者に奪われた人もいる。 結婚は喜びばかりじゃないと教えられたよ。でも、最善を尽くそうとした人は苦しみや悲しみを受け入れて、それを越える力を持ってると思う。 だから迷う内は止めろって言いたかったんだ」 「そう……」 ルイズはベッドから下りると、人修羅と向かい合った。 「改めて礼を言うわ、ありがとう」 「どういたしまして」 月明かりを背にした人修羅は、金色に輝く瞳がとても澄んで見えた。 それは記憶の中にいる誰よりも優しくて、悲しみを称えた色だった。 …しかし、その数秒後に、月明かりは遮られてしまう。 「!」 人修羅はただならぬ気配を感じた、鉄の音と、巨大な何かが蠢く音が当たりに聞こえてくる。 「何か来る、ルイズさんは下がって」 「何かって…え、ええええええーー!」 窓の方を振り向き外を見ると、山が動いていた。二人は目を懲らして外を見るが、するとそれは地面ではなく、岩でできた巨大なゴーレムだと解った。 人修羅は巨大ゴーレムの足下に、傭兵らしき者が集まっていると察した。 「こんなゴーレムを作れるなんて」 「ルイズ、下がってろ、まだ一階には侵入されてないが、時間の問題だ」 首のない巨大なゴーレムの肩から、二人の人間が飛び降りた、フードを深く被っており顔は見えないが、二人とも何処かで見たような体格をしていた。 「あいつらが動かしてるのか!ルイズさん、俺が足止めする、皆と合流してくれ!!」 言うが早いか、人修羅はベランダに出てゴーレムの足元を見た、傭兵達が酒場に殺到していると思いきや、暗闇から弓矢を射ている、メイジの魔法を警戒してのことだろう。 瞬間、数本の矢が人修羅へと放たれた。 体で受けると服が破れる上、後ろにいるルイズに当たるかもしれない。人修羅は一瞬でデルフリンガーを抜き、矢を払いのけた。 だが、弓矢だけでなくゴーレムにも動きがあった、その巨大な手を人修羅に向かって振り下ろそうとしたのだ。 「人修羅!」 ルイズが叫ぶ。 それとほぼ同時に、人修羅はデルフリンガーを左手に持ち替え、右手の指に力を込める。「ジャッ!」 振り下ろされた腕はまるで獣のようで、指先は猛禽類を思わせる魔力の爪を纏っている、その破壊力は凄まじくゴーレムの肘までを一瞬で粉々にした。 バゴゴッ!と、硬い岩の割れる音が当たりに響く。 人修羅はすぐさまルイズの手をつかみ駆け出す、部屋を抜けて階段を駆け下り、一階の酒場へと向かった。 酒場では、突然現れた傭兵の一団が玄関へと乱入し、ワルドたちに襲いかかろうとしたらしい。 すぐさまギーシュ、キュルケ、タバサ、ワルドの四人が応戦したが、多勢に無勢。ラ・ロシェール中の傭兵が『女神の杵』亭を狙っているとしか思えない程だった。 キュルケたちは床と一体化したテーブルの足を折り、それを縦にすることで矢を避けていたが、相手もまた歴戦の傭兵らしくメイジの射程距離に入ろうとはしない。 傭兵たちは暗闇の中から、飛び道具で一方的に攻撃をしている、魔法を放とうと立ち上がれば、暗闇から矢が雨のように飛んでくる。 店の主人は傭兵達に文句を言おうとして、腕に矢を受けてのたうち回っていた。他の客はカウンターの陰に隠れてガタガタと震えている。 人修羅はそんな酒場を一瞥すると、ルイズを庇いつつキュルケ達の元に駆け寄った。 「参ったね」 ワルドの言葉に、人修羅とキュルケが頷く。 「こんなに傭兵を集めるなんて、誰だか知らないけど随分フンパツしたものね」 キュルケはそう言うと、人修羅を見た。 「奴らはこっちの精神力が切れるのを待ってるわ、油付きの矢を使われたら魔法で対処する羽目になるし、一斉に突撃されるのも時間の問題よ。どうする?」 「ぼくのゴーレムでふせいでやる」 ギーシュがちょっと青ざめながら言ったが、人修羅がそれを制止した。 「ギーシュ、震えてるお前じゃ無理だ」 「や、やってみなくちゃ解らないさ!」 声を震わせながら必死で立ち上がろうとするギーシュを押さえると、キュルケが呆れたように呟いた。 「あんたの作るゴーレム「ワルキューレと言ってくれ!」…ワルキューレじゃあ、一個小隊ぐらいが関の山よ」 「だが、相手は平民だ」 「あたしはあなたより戦いを知ってるつもりよ、平民を侮って死ぬ気?」 「ぼくはグラモン元帥の息子だ、卑しき傭兵ごときに、後れをとってな ごっ!」 人修羅はギーシュの頭を叩き、胸ぐらを掴んで引き寄せた。 「死ぬぞ」 ギーシュは、ぺたりと地面に尻を付いた。 「あ、ああ、じゃあどうすればいいんだ?」 その言葉を待っていたかのように、ワルドが口を開く。 「いいか諸君……このような任務は、半数が目的地にたどり着ければ、成功とされる」 その言葉にタバサが反応した、いつもの本を閉じて、一言呟く。 「囮」 それからタバサは、ワルドとルイズと人修羅を指して「桟橋へ」と呟いた。 「いや、俺がここに残る。タバサさんはシルフィードに頼んで、挟撃を警戒して周辺を探ってくれ。キュルケさんは突破口を開くのに必要だ、行ってくれ」 「人修羅!」 人修羅が残ると言い出したので、ルイズは驚いて声を上げた。 「心配するな、直ぐに追いつくさ」 「仕方ないわねぇ」とキュルケ。 タバサとギーシュは頷くだけで、ルイズは驚いた目で人修羅を見ていた。 「よし、行くぞ!」 ワルドが号令をかけ、ルイズの手を引く、ルイズは躊躇いがちに人修羅を見たが、すぐに事の重大さを思い出しワルドの後を走り出す。 そして、キュルケ、タバサ、ギーシュが後に続いていった。 ……そして一人残った人修羅は、デルフリンガーを右手に持ち酒場を飛び出した。 無数の矢が人修羅を襲うが、涼しい顔で片っ端から叩き落とし、悠々と歩を勧めていく。 弓矢だけでは分が悪いと想ったのか、頭上ではゴーレムがの腕が振り上げられ、人修羅に振り下ろされようとしていた。 「悪く思うなよ」 デルフリンガーを左手に持ち替え、右手を高く掲げる。 瞬間、掌から黄金色の魔力が放たれ光り輝く剣が出現し、ゴォゥ…と風が吹いた。 ◆◆◆◆◆◆◆◆ 『女神の杵』亭を襲撃した傭兵達は、楽な仕事だとタカをくくっていた。 現在の『女神の杵』亭は酒場を作り窓を広げて、砦の機能を自ら捨てている、そんな宿を一つ落とすだけで、一人に一枚以上の金貨が手に入る上等な仕事だった。 物量と作戦があればメイジ数十人が相手でも簡単に殺せると知っている、しかも戦争に慣れていないメイジは、臆病極まりないか、猪突猛進の役立たずのどちらかだ。 だからこそ人修羅が酒場の入り口から出てきた時、傭兵達は『見せしめに丁度良い』ぐらいにしか思っていなかった。 「何だァ、一人で出てきやがった」 「やっちまえ」 暗闇に隠れた傭兵達が、弓をひく。 一斉に放たれた矢が人修羅へと襲いかかるが、その全てが魔法ではなく剣で弾かれたことに驚く。 「風の魔法でも使ってやがるのか、しかし…」 優れた風系統のメイジは、不可視の壁を作って弓矢を防ぐ、しかし人修羅は明らかに剣で矢を一つ残らず叩き落としていた。 「なめやがって」 傭兵の誰かが叫び、弓に矢をつがえた、その時人修羅の動きに変化があった。 高く掲げられた手に、黄金に輝く剣が出現したのだ。 「ジャッ!」 地面に叩きつけられた剣は、ドォォン!という爆発音と黄金色の衝撃波を作り出した。 『ヒートウェーブ』と名付けられた衝撃波は扇状に広がり、傭兵達を吹き飛ばしゴーレムにヒビを入れる。 ルイズの爆発より強力な衝撃波は、傭兵達をパニックに陥れた、暗闇の中では平衡感覚を失った傭兵が何人も逃げだそうとしている。 『手加減しろよ、岩山が崩れちまうぞ』 「解ってるよ、デルフ」 人修羅はそう呟くと、両腕を広げて大きく息を吸い込み、空気と魔力を体内で攪拌して力強く噴き出した。 ゴオオオとうなりを上げて噴き出されたそれは、空気中の水蒸気を一瞬で凍てつかせダイヤモンドダストを発生させるほどの強力な冷気であった。 傭兵達は、突き刺すような冷気で体中を刺激され、悲鳴を上げながら逃げていく。 『手加減って言うのか?これ』 「全力でやったら宿屋ごと凍り付くぞ」 『とんでもねー…』 人修羅はゴーレムを見上げた、既にヒビは直り、腕を振り上げて人修羅を潰そうとしている。 巨腕が振り下ろされる直前、人修羅はゴーレムに向かって跳躍した。 「オオオオァァッ!!」 ズゴーン!と落雷のような音がラ・ロシェール中に響く、人修羅の『アイアンクロウ』でゴーレムが粉々に砕かれたのだ。 破片を周囲にまき散らし、完全にゴーレムの姿は消えた。 デルフリンガーを右手に持ち替えつつ、ゴーレムの破片がまき散らされた暗闇に走り出す、そこには二人のメイジが居た。 一人はゴーレムの破片の下敷きになっていたが、もう一人は仮面で顔を隠し、杖をこちらに向けている。 (こいつが傭兵を雇った”仮面の男”か!) 人修羅は身を屈めて、足に力を入れた。目にもとまらぬ早さで破片をかいくぐり、仮面をつけたメイジへと接近する。 仮面のメイジも、軽業師のような身の軽さで背後へと跳躍し距離を稼いだ。しかし人修羅の方がずっと素早い。 あと数歩という所で、杖の先端ゆらめいた。 『ウインド・ブレイクだ!』 デルフリンガーの叫びと共に、杖から魔力を伴う突風、いや爆風とも言うべき風が吹き荒れた。 それは人修羅の足下からゴーレムの破片を巻き上げ、岩の波を作り出した。 「ちぃ!」 人修羅は岩の波に逆らわず背後へ飛び、倒れているメイジを庇うように、無数の岩を弾き続けた。 それが収まると、すでに仮面の男の姿は無かった、逃げられたとは思えない、おそらくルイズ達を追っただろう。 人修羅は足下に転がるメイジへを見た、うつぶせに倒れ、直径1.5メイルの岩に足と腰を潰されている。 岩を持ち上げると、左足が潰れて骨が露出しているだけでなく、腰の骨も砕けていた、放っておけば死ぬのは時間の問題だろう。 『おい、こいつは…』 「気づいたか」 人修羅は跪くと、メイジを仰向けにした、月明かりに照らされた緑色の髪と整った顔立ちは見覚えがある。 メイジの正体は、ここには居ないはずのミス・ロングビルだった。 『こいつが裏切り者だったのか』 「いや…そうは思えない」 朝、ロングビルが人修羅の前に現れたとき、ほんの僅かにだが、怯えと焦りの混じった感情が見えた気がした。 「この人の実力なら宿ぐらいすぐに潰せるし、ゴーレムで派手に戦うより地面に穴でも空けて暗殺部隊を送り込む方が楽だ、しかしそれをしなかった。脅迫でもされたか?」 人修羅はロングビルへ『メディアラハン』をかけ怪我を治すと、ロングビルを肩に担ぐと、目にもとまらぬ早さで駆けだした。 =========== 前ページ次ページアクマがこんにちわ